島村卯月「ご注文は?」 (127)



ここは、喫茶店『フルブルーム・スマイリィ』
ちょっと長いので、常連さんたちからはブルームって呼ばれています。

そして、このお店の一人娘が私、島村卯月です。


《カランコロン♪》


あ、お店の扉が開く音が。どうやら、お客さんが来てくれたみたいです。

では……満開の笑顔で、お出迎えを。


「―――いらっしゃいませっ」



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※世界観オリジナルどころかアイドルですらないです

それでもよければ、お付き合いいただけると幸いです


春眠暁を覚えず―――なんて、昔の人はよく言ったものですよね。
まさにその通りだと思います。

今日はぽかぽか陽気。

窓から差し込むお日様の光がとっても心地よくて、ついつい私もお昼寝しちゃいます。


「卯月」


……? 誰かに呼ばれたような……きっと気のせいですね。
それより今は、このまどろみに身をゆだねていたいです。

このふわふわした感覚に、抗うことなんて出来ませんから。


「卯月、起きて。……起きてってば、卯月!」

「……ふぇ?」


耳元で大きな声を出されて、私の意識が夢から現実に戻されました。

目をこすりながら開けると、私の前には凛ちゃんが。


「……あ、おはよう、凛ちゃん」

「おはようじゃなくてさ……仕事中に寝ないでよ」

「えっ?」


凛ちゃんに言われて周りを見渡すと……そこは自分の部屋ではなく、ブルームの店内でした。
これは……つまり……。

私はおそるおそる、凛ちゃんに訊ねます。


「……もしかして私、居眠りしてたの?」

「ぐっすりね。いくらお客さんがいないからって、仕事中に寝るのはどうかと思うな」

「あ、あはは……つい、うとうとしちゃって」

「まったく、これじゃどっちがバイトなんだか」


そう言うと、凛ちゃんは軽くため息をつきました。


私を起こしてくれた彼女は、渋谷凛ちゃん。
私と一緒にブルームで働いてくれている、バイトの子です。

いつもクールだけど、実はとっても優しい凛ちゃん。
今だって愚痴を言っているように聞こえますが、私のためを思って注意してくれているんです。……多分。


それともう一人、ブルームにはバイトの子がいるんですが……今日はシフトに入っていないので、その子の紹介はまたの機会に。

今は、凛ちゃんにお礼を言わないと。


「凛ちゃん、起こしてくれてありがとう」

「ん、どういたしまして。もう寝ないでね、卯月」

「……が、頑張ります」


「……お客さん、来ないなぁ」


私は思わず、呟きました。

居眠りから起きた後、誰一人としてお客さんが来ていません。
店内は閑古鳥が鳴いている状態。


そんな私の呟きは、凛ちゃんの耳に入ったようで。


「……このお店、よく潰れないよね」

「それ私の前で言うことじゃないよ!?」


縁起でもないことを凛ちゃんが口にしたので、即座にツッコミます。


「まあ、それは冗談だけど……でも実際、このお店がお客さんで一杯になったところ、見たことないんだよね」

「……」


凛ちゃんのその言葉に、何も言えなくなります。

なぜなら私も、ブルームがお客さんで一杯になったところなんて、見たことがないからです。
もう17年もこのお店にいるのに……


でも私のなけなしのプライドが、それを認めるのを拒否しています。
なので、見栄を張ることにしました。


卯月「り、凛ちゃんがいない時には、いつもお客さんで一杯になってるんだよ?」

凛「……何その、私が疫病神みたいな」


あっ……。

ごちうさ見てたらこんな感じのを書きたくなりました

こんな感じにやっていきます

>>7で間違えたので、これからは「」の前に名前付けるのに統一します


《カランコロン♪》


今のはお店の扉が開く音……!
ついに、待ちに待ったお客さんが来ました。

私は早足で入口へと向かい……そして、満開笑顔でお出迎えを。


卯月「いらっしゃいませっ」

文香「こんにちは、卯月さん」

卯月「あ、文香さん。こんにちは」


来てくれたお客さんは、常連さんの鷺沢文香さんでした。


文香さんはこのお店の近所に住んでいる、大学生のお姉さんです。
本を読むのが好きだそうで、このお店でもよく本を読まれています。


文香「いつもの席は、空いているでしょうか?」

卯月「はい、空いていますよ」


全ての席が。と、危うく付け加える所でした。

文香さんのいつもの席はお店の一番奥、その窓際の席。
この席が空いている時は、文香さんは毎回ここに座るんです。


文香「では、注文もいつものものでお願い出来ますか?」

卯月「はい、承りました」


さっそく私に注文を告げると、文香さんはいつもの席へと歩いて行きます。

私も急いで凛ちゃんの元へと。


卯月「凛ちゃん、いつものをお願い」

凛「そうだと思ったから、もう作ってるよ」


……凛ちゃん、出来る子です。


注文を受けてから、少し経って。


卯月「お待たせいたしました。こちら、オリジナルブレンドです」

文香「ありがとうございます、卯月さん」


私は文香さんに、いつものコーヒーをお出ししました。

そう、文香さんの『いつもの』は、ブルームのオリジナルブレンド。
うちのお店だけのブレンドなので、文香さんに気に入ってもらえているのが、すごく嬉しいです。


卯月「ごゆっくりどうぞ」

文香「はい、そうさせていただきます」


文香さんにそう告げて、私は凛ちゃんのいるカウンターへ戻ります。


チラリと見てみると、文香さんはコーヒーを飲みつつ読書タイム。

ふふっ、文香さんがお店に来た時のいつもの光景です。


《ぺらり…………ぺらり…………》


店内には、文香さんが本のページを捲る音だけが響いています。
それと、たまにコーヒーをすする音も。


卯月「……」

凛「……」

文香「……」


《ぺらり…………ぺらり…………》


……静かです。あまりにも、静か。


静寂に耐え切れず、私は凛ちゃんに話しかけました。


卯月「凛ちゃん」

凛「なに?」

卯月「暇だから、何かしない?」

凛「今は仕事中だよ、卯月」

卯月「あぅ」


無慈悲な返しが来ました。

確かに、凛ちゃんの言う通りなんですが……仕事って?
ここにこうして突っ立っているのが、仕事なんでしょうか?

物凄く、時間を無駄に浪費している気が。


…………やっぱり耐えられません。


目をうるうるさせて、凛ちゃんにもう一度お願いしてみます。


卯月「り、凛ちゃあん……」

凛「そ、そんな目で見ないでよ」


あ、なんだかいけそうな雰囲気です。凛ちゃん少しおろおろしてます。
じゃあもう一回です。


卯月「お願い、凛ちゃん……!」

凛「うぅっ……」


凛ちゃんが何か葛藤しています。
もう少し……もう少しでいけそうです!



……あれ? そういえば、本を捲る音が聞こえなくなったような。


見てみると、文香さんは本を閉じてコーヒーを飲んでいました。

その様子を見て、私は凛ちゃんにお願いするのを中断。
文香さんに声をかけることにしました。


ちなみに後ろからは、『ほっ』と、安心して息を吐くような音が。


卯月「文香さん、本を読み終わったんですか?」

文香「はい。このお店はいつも静かですから、読書がとても捗ります」


そ、それは褒められているんでしょうか。
お客さんがいつもいないという意味にも聞こえます。

私の微妙な表情に気が付いたのか、文香さんが慌てたように。


文香「あ、いえ、そういうつもりではなかったのですが……すみません、気を悪くさせてしまいましたか?」

卯月「い、いえ、全然大丈夫です。文香さんは、ブルームを気に入ってくれているということですよね?」

文香「はい、その通りです。その……なんと言えばいいのでしょうか……」


文香さんは少し考え込んで……その続きの言葉を発してくれました。


文香「このお店にいると、落ち着くと言いますか……心が、安らぐんです」

卯月「安らぐ……」


その文香さんの言葉を聞いて……以前、お母さんが私に言ったことを思い出しました。


『ねぇ、卯月。お客様がこのお店に来て、少しでも温かい気持ちになってもらえたら……それって、すごく素敵なことだと思わない?』


……うん。
すごく素敵だと思うよ、お母さん。

なんだか、私の心まで温かくなってきたみたい。


卯月「ありがとうございます、文香さん。その言葉、とっても嬉しいです」

文香「いえ……私は思っていることを言っただけですから」

卯月の母親への呼称がアニメ版だとママだということに今気付きました

なので、訂正したの投下します


文香「このお店にいると、落ち着くと言いますか……心が、安らぐんです」

卯月「安らぐ……」


その文香さんの言葉を聞いて、前にママが私に言ったことを思い出しました。


『ねぇ、卯月。お客様がこのお店に来て、少しでも温かい気持ちになってもらえたら……それって、すごく素敵なことだと思わない?』


……うん。
すごく素敵だと思うよ、ママ。

なんだか、私の心まで温かくなってきたみたい。


卯月「ありがとうございます、文香さん。その言葉、とっても嬉しいです」

文香「いえ……私は思っていることを言っただけですから」


文香さんはコーヒーを飲み終わると、お会計を済ませて、ブルームを後にしました。

お客さんは、また0人に逆戻り。
でも私は、文香さんに言ってもらえた言葉を思い出して、ついつい顔を綻ばせてしまいます。

凛ちゃんは、その様子が気になったようで。


凛「卯月。なんだかにこにこしてるけど、どうかしたの?」

卯月「えへへ、あのね?」


私は凛ちゃんに、さっきの文香さんの言葉を伝えようと―――


《カランコロン♪》


―――伝えようとしたところで、お客さんが。


卯月「あ、行かないと」

凛「だね。話はまた後で聞かせて」

卯月「うんっ」


凛ちゃんと約束をして、私はすぐにお客さんの元へ。

少しでも、温かい気持ちになってもらえるように。
お出迎えから、お見送りまで―――心をこめて、おもてなしを。


卯月「いらっしゃいませっ、フルブルーム・スマイリィへようこそ♪」


 *


―――お昼時。

この前とは打って変わって、今日のブルームはお客さんが盛り沢山。
大忙しの今日この頃です。


未央「へい、しまむー! キリマンジャロ2丁、ホットでお願いね!」

卯月「了解っ、ホットキリマンジャロ2丁ですね!」


ハイテンションな未央ちゃんにつられ、私もハイテンションにオーダーを受けました。

そしてその勢いのままコーヒーを淹れ―――てしまっては、美味しく淹れられそうにないので。
ここはいつも通り、心をこめて丁寧に淹れましょう。


凛「タマゴサンドとハムサンド、出来たよ」


私がコーヒーを淹れていると、厨房から凛ちゃんが出てきました(凛ちゃんには今日、厨房で料理を担当してもらっています)。


凛「はい、未央」


凛ちゃんが未央ちゃんに、サンドウィッチを乗せたお皿を手渡します。


未央「しぶりん、さすが早いね! よし、じゃあお客様に―――」


そのタイミングで、私もコーヒーを淹れ終わりました。


卯月「ホットキリマンジャロ2丁、お待ちですっ」

未央「おっと、こっちもか」

卯月「未央ちゃん、一緒に運べる?」

未央「任せなさいって!」


そう言うと未央ちゃんは、コーヒーとサンドウィッチのお皿をバランスよくトレイに乗せます。


未央「お待たせいたしましたー!」


 *


慌ただしいお昼時をなんとかこなし、今はお昼過ぎ。
さっきまでの忙しさはどこへやら、もう店内にお客さんはいません。


未央「ふぃ~……やっと一息つけるね」


未央ちゃんがカウンターの席に座り、ほっと息を吐きました。


紹介が遅れましたが、彼女は本田未央ちゃん。
ブルームのもう一人のバイトの子です。

いつも元気で、とっても明るい未央ちゃん。
未央ちゃんがいるだけで、お店の雰囲気まで明るくなるんですよ。


凛「未央。お客さんがいなくなってもまだ仕事中なんだから、だらけないの」

未央「しぶりんは真面目すぎるよ~。ね、しまむー?」

卯月「ふふっ、でもそこが凛ちゃんの良い所だと思うな」


隣に座る未央ちゃんに、私はそう答えます。


凛「……」

未央「おやおや? しぶりん、もしかして照れてる?」

凛「べ、別に照れてないよ」

卯月「?」


2人が何の話をしているのかよく分かりませんが……なぜか、凛ちゃんの頬は少し赤く染まっていました。


 *


お客さんがいないので、3人でとりとめのないお喋りをしていると―――


《カランコロン♪》


突然、扉の開く音が。お客さんが来たみたいです。

すると、私よりも先に未央ちゃんが動きました。
お仕事モードに切り替えて、すぐにお客さんの元へ。

2人行っても仕方ないので、私はカウンターに留まります。


未央「いらっしゃいませー!……あ、文香さん」

文香「こんにちは、未央さん」


来てくれたお客さんは文香さんでした。

……あれ?
文香さんの後ろに、小さな人影が見えます。

あれは……女の子?


未央「ん?」


どうやら、未央ちゃんもその子に気付いたようです。


未央「その子、文香さんの妹さん?」

文香「……いえ、彼女は―――」


文香さんがそう言いかけると、女の子が前に出てきました。

そしてそのまま、自分の口で自己紹介を。


ありす「文香さんの家のお隣に住んでいる、橘ありすです。よろしくお願いします」


そう言うと同時に彼女―――ありすちゃんは、未央ちゃんに向かって軽くお辞儀をしました。


未央ちゃんが2人を席にご案内して。

ありすちゃんのことが気になった私も、2人のテーブルへと来ちゃいました(凛ちゃんはカウンターに残りました。真面目さんです)。


卯月「ありすちゃんは文香さんのお隣さんだったんだね」

未央「ありすちゃん、文香さんの妹かと勘違いしちゃったよ」

卯月「あ、私もてっきりそうかと思った」

未央「やっぱりそう思うよね」

ありす「あの、やめてください」


私たちが話していると、ありすちゃんがそんなことを呟きました。
見ると、少しだけ不機嫌そうです。


卯月「え? やめてって……」

未央「ごめん、そんなに文香さんの妹って思われたくなかった?」

ありす「そんなこと言ってません。そこは今どうでもいいです」

卯月「? じゃあ、ありすちゃんは何をやめてほしいの?」

ありす「それです」

卯月・未央『それ?』


『それ』の指すものが分からず、私たちが頭に疑問符を浮かべていると―――ありすちゃんが唐突に立ち上がり、声を大にして叫びました。



ありす「ありすではなく、橘と呼んでください!」



卯月・未央『そこ!?』


私たちが驚いていると、文香さんが今のありすちゃんの発言について説明をしてくれました。


文香「ありすちゃんは、自分の名前を快く思っていないらしく……」

ありす「キライです。こんな子供っぽい名前」

卯月「でも可愛くて、とっても良い名前だと思うよ?」

未央「うんうん。童話に出てくるような、素敵な名前じゃない?」

ありす「それが嫌なんですっ」


ありすちゃん、大分名前にコンプレックスを持ってるみたい。


ありす「とにかく、私のことは橘でお願いします」

卯月「う、うーん……」


未央「でも文香さんは『ありすちゃん』って呼んでるよね?」

ありす「そ、それは……文香さんは、特別ですから」


ありすちゃんは私たちから顔を逸らしながら、そう告げました。
その頬は、ちょっぴり赤くなっています。


文香「私も最初は『橘さん』と呼んでいたのですが……ある日、ありすちゃんから『ありす』でいいと言われまして―――」

ありす「ふ、文香さん! 余計なこと言わないでください!」

文香「……す、すみません。私、何か失言をしてしまったのでしょうか?」

ありす「し、失言というか、何というか……」

未央「ふむふむ……」

卯月「なるほど……」

ありす「何を頷いているんですか!」


つまり、文香さんと仲良くなったから、名前で呼んでほしくなった……ということなのかな。


卯月「ありすちゃん。ありすちゃんが本当に嫌って言うなら、呼ばないけど……もしそうじゃないなら、名前で呼ばせてほしいな。私たちも、ありすちゃんと仲良くなりたいの」

ありす「え……」

未央「私のこと、未央ちゃんって呼んでいいからさ」

ありす「そんな風に呼ぶつもりありません」


そう言いながらも、ありすちゃんは私たちの言葉を聞いて、少し考えるようなそぶりをしました。

それを見た文香さんは、ありすちゃんに優しく声をかけます。


文香「……ありすちゃん」


文香さんはありすちゃんの名前を呼んだだけで、それ以上言葉を続けませんでした。

でもそれだけで、ありすちゃんには何かが伝わったようで。


ありす「文香さん……。……分かりました。ありすでいいです」

卯月「ありがとう、ありすちゃん」

未央「ありがと、ありすっち!」

ありす「やっぱり未央さんは橘でお願いします」

未央「ごめんごめん冗談だって!」


凛「ねえ、2人とも。いつまでも喋ってないで、そろそろ注文訊こうよ」

卯月・未央『あ』


凛ちゃんにカウンターから指摘されて、まだ注文すら訊いていなかったことに気付きました。

私は慌てて、お仕事モードに切り替えます。


卯月「お、お2人とも、ご注文はお決まりですか?」

文香「……私は、いつものものをお願いします。ありすちゃんは、どうしましょうか?」

ありす「文香さんと同じものをお願いします」

文香「……あ、ありすちゃん? 私の頼んだものが何なのか……分かっていますか?」

ありす「……そういえば知りません。何なんですか?」

未央「知らないんかい!」


未央ちゃんが勢いよくツッコミます。


卯月「えっと……ありすちゃんも、オリジナルブレンドのコーヒーでいいの?」

ありす「あ、コーヒーだったんですか。はい、それでいいです」

未央「苦いけど大丈夫? ココアとかもあるよ?」


未央ちゃんのその提案に、ありすちゃんは少しむっとした表情になりました。


ありす「子供扱いしないでください。コーヒーくらい飲めます」

未央「さ、左様ですか」

卯月「文香さん、いいんでしょうか?」

文香「……ありすちゃんがそう言うのでしたら。……オリジナルブレンド2つで、お願いいたします」

卯月「はい、ご注文承りました」


文香さんたちの注文を聞いて、私と未央ちゃんはカウンターに戻ってきました。


未央「しぶりん。そんなわけで、オリジナルブレンド2つお願いね」

凛「うん、分かった」

卯月「ありすちゃん、本当に飲めるのかな……?」

凛「砂糖とミルクを入れれば苦味は抑えられるし、大丈夫だと思うよ」

卯月「うーん……それもそうだね」


小学生はコーヒーが苦手って決まっているわけでもないですし、好きな子もいますよね。


 *


それから少し経って、私は入れたてのコーヒーを文香さんたちの席にお持ちしました。


卯月「お待たせいたしました。こちら、オリジナルブレンドになります」


私がテーブルにカップを置くと、さっそくありすちゃんがカップを手に取りました。


ありす「では、いただきます」

卯月「え? ち、ちょっと待って! それまだ砂糖とミルク入ってないよ?」

ありす「? ブラックで飲むのに、そんなもの入れるはずがないじゃないですか」

卯月「え、ブラック? ありすちゃん、ブラックでコーヒー飲めるの?」

ありす「だから子供扱いしないでください。それくらい余裕です」


それを聞いて、一緒にテーブルに来ていた未央ちゃんが感心しました。


未央「へー、凄いなぁ。私だってブラックとか苦くて無理なのに」


気のせいかもしれませんが……今、ありすちゃんが『ふふん』と、得意げになったように見えました。


ありす「では、いただきます」


ありすちゃんはカップを口に付け、ごくごくとコーヒーを―――


ありす「苦っ!?」


―――飲めずに、吐き出しました。


ありす「に、苦いですっ! うぅ、口の中に苦味がこびりついて……っ」

未央「やっぱり駄目じゃん!」

文香「や、やはり止めるべきでした……」


その惨状を見た私は、大慌てでカウンターへと向かいました。


卯月「り、凛ちゃん、ミルクお願い!」

凛「はい、卯月」

卯月「早いね!?」

凛「こうなる気がして、準備しておいたから」


さ、さすが凛ちゃん、出来る子です。


私は急いでミルクをありすちゃんのテーブルへと運びました。


卯月「ありすちゃん、ミルクだよ。口直しに飲んで」

ありす「ち、注文してません」

未央「そんなこと気にしなくていいの! さ、ぐいぐい飲む」

ありす「あぅっ」


未央ちゃんがミルクのカップをありすちゃんの口元へと運びます。

そしてそのまま、ごくごく……ごくごく……と。
ありすちゃんは一気にミルクを飲み干しました。


ありす「……ふぅ」

卯月「口の中の苦味は、もう大丈夫?」

ありす「はい……ミルク、ありがとうございました」

未央「まったくもー。苦くて飲めないんなら、素直にミルクと砂糖を入れなよ」

ありす「……だって、子供っぽいじゃないですか」


ぽいも何も、ありすちゃん小学生なんじゃ……。


卯月「ありすちゃん。私が言うのもなんだけど、無理してコーヒー飲むことないと思うよ」

ありす「えっ?」

未央「だよね。無理して飲んでも美味しくないし」

文香「……それに、コーヒーにはカフェインが含まれていますから、あまり飲むと夜眠れなくなってしまいます。ありすちゃんは成長期ですから……十分な睡眠をとれないと、大きくなれないかもしれませんよ」

ありす「そ、それは困ります……!」

卯月「だから、コーヒーを飲むのはもう少し大人になってからでいいんじゃないかな」


私のその言葉に続いて―――


凛「その代わりと言ってはなんだけど」


後ろから、凛ちゃんの声がしました。


卯月「凛ちゃん?」

未央「しぶりん、いつの間に」


気が付いたら、凛ちゃんが私たちの近くまで来ていました。


凛ちゃんは、ありすちゃんの前に一つのカップを差し出します。


凛「はい、入れたてのホットココア」

ありす「い、いいんですか?」

凛「うん、遠慮しないで。初来店のサービス」

ありす「で、では……」


ありすちゃんが、おずおずとカップを口に運びます。


ありす「……あ、美味しい」

凛「うちはコーヒーが自慢なのはもちろんだけど、全部のメニューが自慢だから」

ありす「そうなんですか」

凛「背伸びしたい気持ちも分かるけど……肩ひじ張らずに、楽にするのも悪くないと思うよ。ここは、そういうお店だから」

ありす「あ……」

凛「ごゆっくりどうぞ」


ありすちゃんに微笑んで、凛ちゃんはカウンターに戻っていきます。


凛ちゃん、颯爽と現れて颯爽と去っていきました。……かっこいいです。


未央「しまむー、これじゃどっちがこの店の娘か分からないよ」

卯月「自分でも薄々思ってたけど、それは言わないで!」


確かに今のは、私がやるべきことだった気がします。

そんな、若干落ち込んでいる私をよそに。


文香「……ありすちゃん。凛さんの言うとおり……ここではもっと、のんびりとしていいと思いますよ」

ありす「のんびり、ですか。……分かりました、そうしようと思います」

文香「それと……ありすちゃんのコーヒーは、私が頂きますね」

ありす「すみません、文香さん」

文香「……ふふ。気にしないでください」


そうした2人のやり取りは、まるで本当の姉妹のように見えました。


 *


一時間ほど経って。
文香さんとありすちゃん、お帰りの時間です。

たった今、お支払いも済みました。


文香「……ではありすちゃん、帰りましょうか」

ありす「あ、少し待ってください」


ありすちゃんはそう言うと、とことこと小走りで凛ちゃんのいるカウンターに。


ありす「凛さん。ホットココア、ごちそうさまでした」

凛「ん……。良かったら、また来てね」

ありす「はい、絶対にまた来ます」


凛ちゃんと話をしたのち、ありすちゃんが戻ってきました。


ありす「お待たせしました」

文香「……では帰りましょうか」

ありす「はい」

未央「ばいばい、ありすちゃん」

卯月「凛ちゃんも言ってたけど、ぜひまた来てね」

ありす「気が向いたら、そうします」

卯月「うん。……うん?」

未央「ねえ、しぶりんに言ったのとちょっと違わない?」

ありす「気のせいです。では、さようなら」

未央「なんかおざなりじゃない!?」

文香「……また来ますね」

卯月「あ、はい……またのご来店を、お待ちしています♪」


そうして文香さんとありすちゃんは、ブルームを後にしました。


 *


―――ブルームからの帰り道


文香「……ありすちゃん」

ありす「はい、なんですか文香さん?」

文香「あのお店は、どうでしたか?」

ありす「その……良いお店だと思います。文香さんのお気に入りというのも、納得です」

文香「……よかった。ありすちゃんにも、気に入ってもらえたようですね」

ありす「でも卯月さんも未央さんも、もっとちゃんと働くべきだと思います。いくらバイトだからといって、ずっと私たちとお喋りをしているのはどうかと。……まったく、凛さんを見習うべきですね」

文香「……あの、ありすちゃん。バイトなのは未央さんと凛さんで……卯月さんが、あのお店の一人娘なんです」

ありす「……えっ」


 *


―――フルブルーム・スマイリィ


卯月「へくちっ」

未央「しまむー、風邪?」

卯月「うーん……どうだろう?」

凛「待ってて。卯月にもホットココア作るから」

卯月「ありがとう、凛ちゃん」


 *


―――ありすちゃんがブルームに来てから、数日後。


《カランコロン♪》


卯月「いらっしゃいませっ」

ありす「どうも」

未央「ありすちゃん! また来てくれたんだ」

凛「今日は一人?」

ありす「はい。あの、この前の席に座ってもいいですか?」

卯月「うん、どうぞ」

ありす「あ、それと……注文は、ホットココアをお願いします」

卯月「はい、ご注文承りました♪」


どうやら、小さな常連さんが一人増えたみたいです。


 ***


窓から見えるのは、お日様ごと空を覆い隠す雨雲。
ブルームの店内に居ても、ザーザーと雨音が聞こえてきます。


卯月「雨、けっこう降ってるね」

未央「さっきまで晴れてたのに、急に降り出すんだもん」


凛ちゃんが心配そうな瞳で、ありすちゃんに声をかけました。


凛「ありす、大丈夫? 帰れそう?」

ありす「大丈夫です。こんなこともあろうかと、折りたたみ傘を持ってきてますから」

未央「お、準備いいね」

卯月「気をつけてね、ありすちゃん」

ありす「はい。では―――」


そうして、ありすちゃんがお店から出るために扉を開くと。


《ドバァア―――――――――――――――――ッ!》


突然、雨足がバケツをひっくり返したように激しくなりました。


ありす「……」


無言で扉をバタンと閉めるありすちゃん。


ありす「……もうしばらく居ていいですか?」

卯月「あはは……うん、ゆっくりしてて」


 *


卯月「あれから大分経ったけど……」

未央「全く弱まる気配がないね」


今も外では、まるでスコールのような雨が降り続けています。


凛「ありす、この中を帰るのはやめた方がいいよ」

ありす「そうは言っても、帰らないわけにもいかないですし……」


困り顔で、窓から外の様子を窺うありすちゃん。
時計を見ると、もうだいぶ遅い時間です。

でも、豪雨は一向に収まりそうもなく……。

どうしたものかと考え込んでいると、未央ちゃんが『あ、そうだ』と何か閃いたような声を。


未央「それならさ。今日のお泊り会、ありすちゃんも一緒にっていうのは?」

卯月「あ、それいいかも」

凛「そうだね。ありすが良ければだけど」

ありす「……お泊り会?」


ありすちゃんが、きょとんと首をかしげました。


 *


ブルームの店内から場所を移して、みんなでリビングに。


ありす「本当に泊めてもらっていいんですか?」

未央「いーのいーの! 遠慮しないで泊まってって」

凛「それは卯月が言う台詞だと思うけど」

卯月「さっきも話したけど、今日は元々、3人でお泊り会をする予定だったの。だから、むしろ大歓迎だよ、ありすちゃん」

ありす「そ、そうですか? ではその……お、お世話になります」


小さくお辞儀をするありすちゃん。

私たちからは、柔らかい笑みがこぼれます。


未央「自分の家だと思って、くつろいでいいからね」

凛「だからそれは未央の言う台詞じゃないよね」

卯月「ふふっ。じゃあ晩ご飯の準備するから、ありすちゃんも手伝ってくれる?」

ありす「はい、了解です」


 *


みんなでテーブルを囲んで、晩ご飯。
わいわいとお話しながら食べるシチューは、とびきり美味しく感じます。

そんな中、私はありすちゃんに訊いておくことがあるのを思い出しました。


卯月「そういえば、ありすちゃん」

ありす「もぐもぐ……なんですか?」

卯月「この後なんだけど、誰と一緒にお風呂入る?」

ありす「……はい?」


ありすちゃんが、また可愛らしく首を傾げました。
ただ、さっきとは違い、戸惑うような表情です。


未央「もちろん私とだよね!」

卯月「私と一緒に入ろ、ありすちゃんっ」

ありす「1人で入るという選択肢はないんですか!?」

凛「よしなよ2人とも。ありす、困ってるよ」

卯月「だってだって、せっかくのお泊りなんだよ?」

未央「私と裸の付き合いしようよ、ありすちゃん」

ありす「嫌です」

未央「そんなつれないこと言わずに! ね?」

卯月「私と背中流しっこしよ! ね?」

ありす「だ、だから嫌だと……うぅ、なら―――凛さんと入りますっ!」

凛「……えっ」


突然の指名に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる凛ちゃんでした。


 *


十分後。
自分の部屋で、私は未央ちゃんと2人で遊んでいます。


卯月「ま、ま……負け犬」

未央「ぬ……ぬか喜び」

卯月「び……秒殺」


しりとりです。それも体育座りをしながら。


未央「つ……つまんないから、これもうやめない?」

卯月「……そだね」

未央・卯月『……はぁ』


私と未央ちゃんのため息が重なります。

それに続いて出るのは……怨嗟の声。


未央「おのれ、しぶりん……っ!」

卯月「私もありすちゃんと入りたかったのに~……!」


 *


風呂場にて。

ありすと共に湯船に浸かる凛は、不意にその身を『ぶるっ』と震わせた。


凛「……?」

ありす「どうしました?」

凛「ううん、なんでも。それよりありす、本当に私と一緒で良かったの?」

ありす「凛さんとが一番良いです」


ありすのその言葉に、少しだけ頬を緩ませる凛。
口には出さないが、凛はありすからの好意を喜ばしく思っていた。

だが、ありすの言葉には続きがあった。


ありす「未央さんと卯月さんは、何をしてくるか分かりませんから」


卯月と未央に対し、警戒をあらわにするありす。
彼女の目は鋭いものへと変化している。


凛(そんな2人が危険人物みたいな……)


そのあんまりな認識に笑みを消し、卯月たちを憐れむ凛であった。


 *


のんびりと湯船に浸かりながら、凛とありすはとりとめもない会話を続けている。


ありす「こういうお泊り会って、よくやっているんですか?」

凛「小さい頃からだから……うん、もう結構な回数やってるかな」

ありす「そういえば、凛さんたちは幼馴染なんですよね。……苦労してますね」


凛を見るありすの眼差しには、同情の色がうかがえた。


凛「ま、まあ確かに苦労もあるけど……それ以上に、楽しいこともたくさんあるよ」


凛がありすにそう返した、その時。


《バァーンッ!》


突如、浴室の扉が勢いよく開かれた。


凛・ありす『!?』


 *


未央「おっじゃましまーすっ!」

卯月「えへへ、私もー」


私は未央ちゃんと一緒に、お風呂場に突入しました。


凛「未央!? 卯月も!?」

ありす「なんですか急に!?」


驚く2人に、私と未央ちゃんはニッコリとした笑みで。


卯月・未央『来ちゃった♪』

ありす「なに可愛い子ぶってるんですか!」



卯月「私たちもありすちゃんとお風呂入りたかったんだもん」

未央「しぶりんだけずるいじゃん」


私たちは頬を膨らませて、恨めしそうに凛ちゃんを見ます


凛「ずるいって言われても……」

卯月「ではではありすちゃん、お背中お流しするねっ」

ありす「もう洗いました」

卯月「……」


打ちひしがれる私。


未央「あはは、残念だったね、しまむー。じゃ、ありすちゃん、頭洗おっか」

ありす「頭も洗いました」

未央「……」


打ちひしがれる未央ちゃん。

そして、私たちの心の奥底から、妬み嫉みの感情が沸々と……!


卯月・未央『凛ちゃん……っ!(しぶりん……っ!)』

凛「睨むのやめて」


結局私と未央ちゃんは、ありすちゃんと一緒にお風呂に入ることしか出来ませんでした。


 *


お風呂から上がり、みんなで私の部屋に。


卯月「ありすちゃん。私のお下がりだけど、我慢してね」

ありす「いえ、貸していただいてありがとうございます」


ありすちゃんが着ているのは、私が小さい頃に着ていたパジャマ。
捨てずにとっておいて正解でした。


未央「ねえねえ、トランプでもしようよ」


棚に置いてあったトランプを手に取って、未央ちゃんがそんなことを言い出します。


凛「いいけど、何やるの?」

未央「大富豪!」

卯月「私は七並べがいいな」

ありす「ポーカーはどうでしょう?」

凛「見事なまでにバラバラだね。……ちなみに私は神経衰弱」


さりげなく凛ちゃんも自分の希望を口にしています。


未央「むむむ……ならどれをやるか、ババ抜きで決めよ!」

卯月「分かったよ!」

ありす「受けて立ちます!」

凛「ねえ、それババ抜きやることに…………まあ、みんながそれでいいならいいかな」


それから私たちは、幾度となく激戦(トランプ)を繰り広げました。


 *


時計の針が9時をまわって……今日はもう、おやすみの時間。
布団にくるまれて、全員眠る準備は万端です。


ありす「卯月さん、未央さん」

卯月「なーに?」

未央「どしたの?」

ありす「どうして、私を挟むようにして寝ようとしているんですか?」


ありすちゃんの言葉の通り、私と未央ちゃんは、ありすちゃんの隣で横になっています。

未央ちゃん、ありすちゃん、私、凛ちゃん。この順番で。


卯月「もちろん、ありすちゃんの隣で寝たいからだよ」

ありす「なんの答えにもなってません」

未央「しぶりんはお風呂で存分にスキンシップとったんだし、このポジションは譲らないからね」

凛「はいはい」



ありす「はぁ……もういいです。未央さんも卯月さんも、私の寝ている間におかしなことしないでくださいね」

卯月「そんなことしないよ?」

未央「私たち何だと思われてるの?」

ありす「むしろ未央さんたちこそ、私のことを何だと思ってるんですか?」

未央「え? 可愛らしいマスコットかな」

ありす「私、凛さんの隣で寝ます」

未央「冗談だって!」

ありす「本気に聞こえたんですが!」

卯月「そんなこと思ってないよ、ありすちゃん。……少ししか」

凛「卯月、私には最後の呟き聞こえたよ」

卯月「えっ……ありすちゃんには内緒でお願い」

凛「まったく……」


凛ちゃんと小声でそんなやりとりをして。

そろそろ……まぶたが重くなってきました。



私はありすちゃんの方を向いて、呼びかけます。


卯月「ありすちゃん」

ありす「……なんですか?」


ありすちゃんからは、少しだけご機嫌斜めな声が返ってきました。
こっちは見てくれません。

ちょっぴり寂しいですが……私は一言だけ。


卯月「おやすみ」


と、伝えました。

そうすると……ありすちゃんは、顔をこちらに向けてくれて。


ありす「……おやすみなさい」


今度は優しい声色で、そう返してくれました。


未央「おやすみ、みんな」

凛「うん、おやすみ」


続いて未央ちゃんと凛ちゃんも。


そして私は、まぶたを閉じて――――――


 *


―――夜が明けた。

昨日の雨雲はどこへやら、朝の日差しが部屋の中に差し込んでくる。


ありす「ふにゅ…………」


その眩しさのせいか、ありすは一人目を覚ました。


ありす「う、ん…………うん?」


だが、ありすは自らの身体に異変を感じる。

目を開け、左右に首を動かし、周囲の状況を確認。そして、納得。


ありす(これは……寝相、でしょうか? それとも、自分の意思で?……いや、どっちでもいいですね)


ありすは大きく息を吸い―――叫んだ。



ありす「卯月さんも未央さんも、私から離れてくださいっ! これじゃ動けませんっ!」



その大声に、凛が目を覚ます。


凛「……こんな朝早くから、何?」

ありす「あ! す、すみません、凛さん」

凛「ありす?……ああ、そういうこと。2人とも、くっついてないでありすから離れなよ」

未央「もう食べられないよ……」

卯月「ううん、デザートは別腹……」


ありすを抱きしめるようにして眠る2人が起きるのは、それから5分ほど経った後だった。


 ***


卯月「まさか、こんな日が来るなんて……!」


目の前に広がる光景に、感動で打ち震えます。

なんと、ブルームがお客さんでいっぱいに!


未央「あーもう、忙しいったらありゃしない!」

凛「くっ、私たちだけじゃとても捌ききれない……!」


次々と入るオーダーに、慌てふためいている未央ちゃんと凛ちゃん。

普段しっかりしていても、やはり2人ともまだまだ経験不足のようです。


未央「助けて、しまむー!」

凛「お願い、卯月!」


ついには私を頼る始末。……やれやれ、仕方ないですね。

2人を安心させるため、私は力いっぱい頷きます。


卯月「任せて。この店の一人娘は伊達じゃないよ」


さて、と。……では、行きましょう。
オーダーひしめく、私たちの戦場へ―――


 *


―――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ!


やけに耳障りな電子音が鳴り響いています。

気が付くと、目に入るのは見慣れた天井。


卯月「……ほぇ?」


やかましいアラーム音を鳴らす、枕もとの目覚まし時計。
ただ今の時刻、午前6時30分。

……夢かぁ。


 *


私立346学園。
初等部から大学部まで、内部進学が可能なエスカレーター校。

その高等部に私は通っています。


午前の授業が終わり、今は昼休み。

私は今朝からの深刻な悩みを、クラスメイトの神谷奈緒ちゃんに打ち明けました。


卯月「ねえ、奈緒ちゃん。どうすれば私、尊敬される先輩になれるのかな……?」

奈緒「どうした急に」


ほのぼのとお昼を食べていた中、唐突に訪れたシリアスムードに、奈緒ちゃんはお弁当をつつく箸を止めました。



私は、今日見た夢の内容を奈緒ちゃんに伝えました。


卯月「だからね? 私、夢で見たみたいに凛ちゃんと未央ちゃんに頼られたいの」


私が話を終えると、奈緒ちゃんは飲んでいたイチゴオレのストローの先から口を離しました。


奈緒「なるほどなー。つまり、先輩風を吹かしたくなったと」

卯月「人聞き悪く言い直さないで!?」


言い方がちょっと違うだけで、大分印象が異なります。
日本語は摩訶不思議です。

気を取り直して、私は奈緒ちゃんに訊ねます。


卯月「そ、それで、どうしたらいいと思う?」

奈緒「後輩に尊敬される方法ねぇ……むしろ、あたしが知りたいんだけど」

卯月「へ?」

奈緒「だってあたしもさ―――」

加蓮「奈ー緒っ!」

奈緒「うぇっ!?」

卯月「加蓮ちゃん!?」


突然、奈緒ちゃんに後ろから抱きついてきたのは、一年生の北条加蓮ちゃんでした。


 *


抱きついていた身体を奈緒ちゃんから離して、加蓮ちゃんはおかしそうに笑っています。


加蓮「どう、びっくりした?」

奈緒「そりゃ驚くわ!」

卯月「加蓮ちゃん。わざわざ2年生のクラスに来るなんて、奈緒ちゃんに何か用事でもあるの?」

加蓮「うん、そだよ。今日は察しがいいね、卯月」

卯月「えへへー」


加蓮ちゃんに褒められちゃいました。

何か言い回しに引っかかるものを感じましたが、そんなのどうでもよくなります。


奈緒「用事? いったいなんだよ」

加蓮「ちょっとお願いがあって」


加蓮ちゃんはそこで一旦言葉を止めます。

そして、天使のような笑顔とともに、告げました。


加蓮「奈緒、お金ちょうだい♪」

奈緒「やらねーよ自分の教室帰れ!」



奈緒ちゃんのつれない返事を聞くと、加蓮ちゃんの顔からエンジェルスマイルが消えます。


加蓮「……ケチくさ」

奈緒「態度悪いな!」

加蓮「でも、真面目にお金貸してくれない? 財布家に忘れてきちゃって、飲み物も買えないの」

奈緒「そういうことなら最初からそう言えよ……ほら」


奈緒ちゃんは財布から小銭を取り出して、加蓮ちゃんに手渡しました。


加蓮「やった、くれるの?」

奈緒「なわけあるか貸すんだ!」

加蓮「……ケチくさ」

奈緒「よーしっ、今すぐそれ返せ♪」


加蓮ちゃんに負けず劣らずのエンジェルスマイルで告げる奈緒ちゃん。

ただ、目の奥はこれっぽっちも笑っていません。


加蓮「ジョーダンだって。ありがと、奈緒。じゃ、凛待たせてるから、もう行くね。卯月もばいばい」

卯月「あ、うん、ばいばーい」

奈緒「ったく……」


私たちに軽く手を振り、加蓮ちゃんは教室から出て行きました。


卯月「……なるほど」

奈緒「?」


今の2人のやり取りを見て、私は一つの真理に辿りつきました。


卯月「私わかったよ、奈緒ちゃん」

奈緒「何が?」


ぽかんとしている奈緒ちゃんに、私は立ち上がり答えます。


卯月「後輩に頼りにされるには、お金をあげればいいんだね!」

奈緒「いいわけないだろ!? 加蓮は頼りというより、たかりに来ただけだよ!」


 *


奈緒が卯月にお金の大切さをこんこんと説いているその頃。

加蓮は飲み物を片手に、自分の教室へと戻ってきた。


加蓮「お待たせ、凛」

凛「加蓮。奈緒、お金貸してくれたんだ」


加蓮の買ってきた飲み物を見て、凛は呟いた。

凛の対面の椅子に座ったのち、加蓮は答える。


加蓮「まあね。ついでにちょっとからかってきた」

凛「やめなよ」

加蓮「やめられない、とまらない~♪」

凛「奈緒はスナック菓子じゃないよ?」


 *


加蓮「凛も奈緒のからかわれ上手っぷりは認めてるくせに」

凛「それはまあ……認めるのにやぶさかじゃないけど」


そんな、奈緒が聞けば憤慨しそうな会話を2人がしていると。

突然、騒々しいかけ声が隣の教室から上がった。


『パジェロ!! パジェロ!!』


そのやかましくも懐かしさを覚える騒音に凛たちは驚く――かと思いきや。
クラスの誰一人として意に介さず、先ほどまでと変わらぬ食事風景が広がっている。


凛「未央のクラスは毎日毎日賑やかだね」

加蓮「今日は何してるんだか」


慣れとは恐ろしいものである。

普段から未央のクラスのノリに付き合わされている凛たちは、これくらいでは動じない精神を身につけていた。


未央『げっ、たわしだぁあああああああ!? いらないよぉおおおおおおおおお!』


『(うるさいなあ……)』


ただ、それはそれとしてイライラは募っていたのだった。


 *


同じ頃、346学園初等部。

橘ありすは自らの溢れんばかりの願いと想いを、その小さな手のひらへと集めていた。

周りには、同じように手のひらを握る数多の児童が。


瑞樹「それじゃ、みんな準備はいーい?」


担任教師である川島瑞樹のその言葉に、こくりと頷くありすたち。

そして、ついに戦いの火蓋が切られたのだった。


瑞樹「最初はグー! ジャンケン」

『ポンッ!』


繰り出されるグー、チョキ、そしてパー。


瑞樹「あいこで」

『しょっ!』


繰り出されたのはいくつものグーと……ただ一つのパーだった。



瑞樹「ウィナー、桃華ちゃん!」

桃華「ふふっ、イチゴオレはわたくしの物ですわね」


唯一パーを繰り出した少女、櫻井桃華。

戦いに勝利した彼女の手には勝者の証イチゴオレが握られており、その顔には優雅な笑みが浮かんでいる。

だが、勝者がいれば、そこには必ず敗者が存在する。


ありす「そ、そんなぁ……がくり」


ありすを皮切りに、その場に崩れ落ちていく少女たち。

―――給食の余り物ジャンケン

いつの世も変わらぬ子供たちの戦場が、そこにはあった。


 *


346学園大学部、その食堂にて。

鷺沢文香は、友人である新田美波と食事をともにしていた。


美波「見て見て、文香ちゃん。ほらっ」


手に持ったスマートフォンの画面を文香に見せる美波。

その画面には、銀髪碧眼の見目麗しい少女の写真が。


文香「……とても綺麗な子ですね。彼女が、美波さんの家でホームステイしているという?」

美波「アーニャちゃんって言うの」

文香「……外国の方なのですか?」

美波「ううん、ロシア人と日本人のハーフなんだって。ロシアで暮らしてた時期もあったみたいだけど、これまでは北海道に住んでたらしいの」



文香「……なるほど。では、日本語も普通に話せるのですね」

美波「それが、話すのはちょっと苦手みたいで。だから、私が色々と教えてあげてるんだ」


美波は笑みを浮かべ、とても楽しそうにアーニャについて語っている。

そしてそれを聞く文香も、だんだんと心が温かくなっていた。


美波「なんだか妹が出来たみたいで、すごく嬉しいのっ」

文香「妹……たしか、美波さんには弟さんがいましたよね?」

美波「あ、うん……でも、今はもう、いないから」


そう呟き、遠い目で窓の外を見つめる美波。

それを心なしか、白い目で見つめる文香。


文香「……美波さん、その言い方は誤解を生むと思うのですが」

美波「だってあの子、全寮制の高校に入っちゃったから、全然会えなくて……だからその分も合わせて、たくさんアーニャちゃんを可愛がるんだ♪」

文香「……そ、そうですか」


美波を見つめる文香の頭には、ブラコンとシスコンの2単語が浮かんでいた。


 *


……ようやく、奈緒ちゃんの説教が終わりました。

たしかに、尊敬をお金で買うのは限りなく虚しいですね。


卯月「うぅ、でもじゃあどうすればいいの?」

奈緒「だからそれはあたしも知りたいって。……ていうか、卯月はそれなりには尊敬されてると思うぞ」

卯月「ほんと?」


それなりと言うのが気になりましたが、私の心に光が差し込みます。


奈緒「ああ。あたしが凛と未央に遠回しに訊いてみるよ」


そう言うと、奈緒ちゃんはスマホを取り出し、何か文章を打ち込み始めました。


奈緒「これで送信っと」

卯月「奈緒ちゃん? なんて送ったの?」

奈緒「ん」


奈緒ちゃんが見せてくれたスマホの画面には、こんな一文が。


『いやー、今日も天気いいよな。……そういえば、卯月のことって尊敬してるか?』


卯月「ストレートど真ん中だよ!?」


教室にクラスのみんながいることなどおかまいなく、私は喚きます。


卯月「これで『は? 卯月のことなんて尊敬してるわけないじゃん。まだミトコンドリアの方が尊敬できるよ』とか返ってきたら、私もう立ち直れないよぉ!」

奈緒「さすがにそこまで酷いことは言わないと思うぞ!?」



そして、ついに奈緒ちゃんのスマホが着信を知らせました。


奈緒「あ、もう返信来た」

卯月「ミトコンドリアって!?」

奈緒「だからそれはねーよ!」


私にツッコミを入れて、奈緒ちゃんはスマホの画面に目をやります。

すると……なぜか、奈緒ちゃんの表情が柔らかいものへと変わりました。


奈緒「卯月、心配しなくても大丈夫だったっぽいぞ」

卯月「えっ? な、なんて書いてあったの?」

奈緒「それは……悪いけど秘密だ」

卯月「秘密!?」


―――キーンコーン、カーンコーン

あ、予鈴が……。


奈緒「さて、午後の授業の準備するか」

卯月「いや待って奈緒ちゃん! どうして秘密にするの!?」

奈緒「2人が卯月には言うなってさ」

卯月「えぇ!? なんで!? やっぱりミトコンドリアなの!? 私、ミトコンドリア以下なの!?」

奈緒「安心しろ、それだけはないから」

卯月「教えて、奈緒ちゃん! 気になって授業に集中出来ないよ~!」

奈緒「だーめ」


結局、奈緒ちゃんは教えてくれずじまい。

私はその日、午後の授業を悶々としながら過ごしたのでした。

※今さらな注意事項

この物語は、アイドルじゃない世界観の平凡な日常を淡々と描く物です。
過度な期待はしないでください。

……してる人いないと思うけど


***


フルブルーム・スマイリィは、今日もゆるりと営業中です。


卯月「もうすっかりありすちゃんも、ブルームの常連さんだね」


今日は文香さんと一緒に来てくれたありすちゃん。

文香さんと2人で、いつものテーブル席に座っています。


ありす「常連割引とか無いんですか?」

未央「ないよ!」


ありすちゃんの照れ隠しに、鋭くツッコミを入れる未央ちゃん。

その様子を見て、文香さんが小さく笑みをこぼしました。


凛「文香さん?」

文香「いえ……ふふっ、確かに馴染んでいるなと思いまして」

ありす「な、馴染んでませんっ」


文香さんの言葉を否定し、ぷいっと横を向くありすちゃん。

その頬は、ちょっとだけ赤らんでいます。


未央「ありすちゃん。常連割引は無いけど、常連サービスならあるよ」

卯月「え、そんなサービスあったんだ!」


この店に私の知らない未知のサービスがあったなんて……驚きです。

驚愕に震える私に、なぜかありすちゃんが冷たい目を向けてきました。


ありす「この店の一人娘の卯月さんが知らないのなら、そんなのあるわけないでしょう」

卯月「……あ、そっか」

凛「卯月、本気で信じてたの?」


憐れなものでも見るかのような目で、私を見つめてくる凛ちゃん。

なぜでしょう、見られてるだけなのに痛みを感じます。主に心に。だから凛ちゃんその視線やめて。



そんな私をよそに。


未央「ちっちっち……無いんなら、今から新しく始めればいいんだよ」


立てた人差し指を横に振り、逆転の発想を口にする未央ちゃん。

そして、例えばこんなのどうかな、と提案しました。


未央「ほら見て! 新サービス、未央ちゃんの0円スマイル♪」


眩しい営業スマイルを繰り出した未央ちゃん。その輝きは顔の横に☆を幻視するほどです。

さあ、この新サービスに対する、常連さんの反応やいかに?


ありす「スマイルの押し売りはやめてください」

未央「受け取り拒否された!」


新サービスは3秒で廃案になりました。



無慈悲にボツを食らった未央ちゃんには目もくれず、ありすちゃんは私に視線を移しました。

その澄んだ瞳はくりっとしていて、とても可愛いです。


ありす「というか、常連って私たち以外にもいるんですか?」

卯月「もちろんたくさんいるよ!?」


澄んだ目で内角をえぐるように質問をぶつけてきたありすちゃんに、私は声を張り上げて返します。

凛ちゃんと未央ちゃんもさすがに黙っていられないのか、それに続くように。


凛「ブルームに来るお客さんのほとんどは、常連さんだよ」

未央「この店を気に入ってくれてる人、結構多いんだからね?」

ありす「そ、そうなんですか?」


そして最後に、文香さんが。


文香「ブルームは素敵なお店ですから……常連さんが数多くいて、当然だと思いますよ」

ありす「……たしかに、そうかもですね」


そう呟くと、ありすちゃんは微かに頬を緩ませ、ココアのカップに口をつけました。


―――カランコロン♪


と、ふいにドアのカウベルが鳴りました。

反射的にドアの方を振り向くと、入ってきたのは―――


奈緒「よっ」

加蓮「遊びに来たよー」

卯月「奈緒ちゃん、加蓮ちゃんっ。いらっしゃい!」


 *


来てくれたのは、奈緒ちゃんと加蓮ちゃんでした。


卯月「ありすちゃんは、はじめましてだよね。私たちの友達の―――」

奈緒「神谷奈緒、よろしくな」

加蓮「はじめまして、北条加蓮だよ」

ありす「橘ありすです。橘と呼んでください」


お互いに挨拶を交わす3人。

すると、ありすちゃんの名前に加蓮ちゃんが反応しました。


加蓮「そっか、あなたが噂のありすちゃんなんだ」


ありすちゃんのタチバナリクエストを華麗にスルーした加蓮ちゃんが、ありすちゃんのそばに寄ります。

要望を無視されたありすちゃんは一瞬むっとした表情になりましたが、それよりも加蓮ちゃんの言葉が気になったようです。


ありす「噂?」 

加蓮「まだ小学生なのに、しっかりしてるいい子だって、凛が話してたよ」

ありす「り、凛さんがそんなことを?」


ありすちゃんが視線をやると、凛ちゃんは慌てて明後日の方向に顔を逸らしました。


凛「……加蓮のおしゃべり」



さらに加蓮ちゃんは、意味ありげに含み笑いをしつつ。


加蓮「それと未央が、ブルームのマスコットみたいな子だって言ってたかな」

未央「あっ、それ言っちゃ駄目!?」

ありす「やっぱりマスコットって思ってるじゃないですかぁーっ!」

未央「ごめん、ごめんって!」


怒りに身を任せ、未央ちゃんをぽかぽかと叩くありすちゃん。

でもあんまり痛そうには見えず、マッサージのようでむしろ心地良さそうです。あれなら、私もやってほしいかも。

……はっ! あれを新サービスにすれば……あ、駄目だ。ありすちゃんうちの従業員じゃなかった。



などと、我ながらちょっぴり邪なことを考えつつ2人を見ていると。

奈緒ちゃんがふと何かを思い出したように口を開きました。


奈緒「あ、そういえば卯月も―――」

卯月「!」


奈緒ちゃんが何かを口走りかけましたが、私はとっさに手に持っていたトレーで口を塞ぎました。


奈緒「!?」


ありすちゃんの私への好感度を下げるわけにはいきません。次にありすちゃんとお泊りする時、今度こそ一緒にお風呂で背中流しっこするために。

そのささやかな野望のため、私は奈緒ちゃんにお願いをします。もちろん笑顔で。


卯月「奈緒ちゃん、お口チャックしよ?」

奈緒「……。……ふ、ふぁい」


良かった。分かってもらえたみたいですね。

……でもどうして奈緒ちゃん、ライオンに射すくめられたシマウマみたいに怯えた目をしてるんだろう。何か怖いものでも見たのかな。



奈緒「恫喝だとか脅迫だとか、そんなチャチなもんじゃない……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぞ……」

凛「何言ってるの?」


意味不明なことをのたまっている奈緒ちゃんは、とりあえず放っておきます。


ありす「えっ、加蓮さんと奈緒さんも、卯月さんたちみたいに幼馴染なんですか?」

加蓮「うん、奈緒とは家が隣同士でね。だから、お互いの部屋の窓から行き来したりしてるんだよ」

ありす「そんな漫画みたいなことを!?」

奈緒「流れるように嘘つくな加蓮! そんな危ないこと現実で出来るか!」


あ、奈緒ちゃんツッコむために復活した。


加蓮「ま、それは冗談として……実際のとこは、窓から漫画とか本の貸し借りしてるくらいかな」

奈緒「……それはやってるけども」

ありす「やってるんですか」

文香「窓から、本の貸し借り……」


心なしか、文香さんが羨ましそうな目をしているような……やってみたいのかな、窓から本の貸し借り。



ありす「そういえば、加蓮さんたちはこの店によく来るんですか?」

加蓮「うん。もうずっと前からここの常連だよ」

ありす「常連……」


常連というワードだけをオウム返しするありすちゃん。

……まさかとは思うけど。


卯月「もしかしてありすちゃん、ホントに他に常連いたんだ、とか思ってないよね?」

ありす「お、思ってないですよ!?」


私に否定の言葉を返し、ココアのカップに口をつけるありすちゃん。

あからさまに動揺しているように見えるのは、気のせいだと信じます。


文香「……ありすちゃん。そのカップ、もう空だったように見えたのですが」

ありす「……」



文香さんに指摘されると、ありすちゃんは角度がほぼ90度になるくらいにカップを自分の鼻へ近づけました。


文香「ありすちゃん?」

ありす「……すんすん」


……?

私たちがその行動の意味を測りかねていると、ありすちゃんはカップを鼻から離し、テーブルに置きます。


ありす「ふぅ……ココアはすごく良い香りですねっ」

未央「無理あるよその誤魔化し!」


 *


私たちから少し離れた位置―――カウンター付近で、奈緒ちゃんと凛ちゃんが2人で会話をしています。


奈緒「そういやこの店って、ありすみたいな子供客はあんまり来ないんじゃないか?」

凛「そうだね……家族連れで来る子はいるけど」


何を話しているかは聞こえませんが、2人ともありすちゃんを見ているようです。

そして、凛ちゃんが軽く笑みをこぼしました。


凛「だからかな。卯月も未央も、ありすのこと大分可愛がってるんだ」

奈緒「そういうことか」


ふいに、奈緒ちゃんが凛ちゃんに視線を向けます。顔を少しにやけさせて。


奈緒「でも……可愛がってるのは凛もだろ?」

凛「……まあね」

奈緒「ははっ、やっぱし」


……あ、凛ちゃんがむっとした表情に。


凛「奈緒……今すぐそのにやけ顔やめないと、次からコーヒーに味噌をブレンドして出すから。奈緒だけのオリジナルブレンド」

奈緒「おっ、それ常連っぽくていいな―――って、言うわけあるか! それもう味噌汁だろ絶対にやめろよな!?」



 ***


その日、加蓮は奈緒の部屋に来ていた。


奈緒「……」

加蓮「……」


奈緒は座布団に座って漫画雑誌を読みふけり、加蓮はベッドに寝転がったままファッション誌を眺めている。

奈緒と加蓮は付き合いが長く、気の置けない関係である。こうして一緒にいるのに無言で別のことをして過ごしていても、今さら気まずいとも思わないのだった。

何かあれば話すし、別に話すことがなければ話さない。ただそれだけである。


加蓮「あ、そうだ奈緒」


加蓮が静寂を破った。ふと何かを思い出したようだ。


奈緒「んー?」


加蓮の声に、奈緒は漫画雑誌から目を離すことなく生返事で答える。今週も磯○衛が面白いのだ。


それを別に気にせず、加蓮はなんでもないことのように続けた。



加蓮「私、バイト始めたから」



奈緒「へー。……………………は?」


奈緒の目が、ジャ○プから離れた。


 *


奈緒「加蓮がバイトを始めたんだっ!」


ブルームにやってきた奈緒ちゃんが、深刻な顔でそう告げました。

それを聞かされ、キョトンとする私たち。そして一拍間を置き、凛ちゃんが反応を返しました。


凛「ふーん」

奈緒「なんだその薄い反応! 加蓮がバイト始めたんだぞ!?」

凛「いや分かってるよ。ていうか加蓮から聞いてたし」


興奮している奈緒ちゃんに、未央ちゃんがおそるおそる訊ねます。


未央「かみやん、かれんがバイト始めたからどうしたの?」

奈緒「どうしたもこうしたもあるか! 加蓮が社会の荒波にもまれようとしてるんだぞ!」

凛「そうだね。いいことじゃないかな」

奈緒「なに呑気なこと言ってんだ! 荒波に飲まれて海の藻屑になったらどうする!? 加蓮が深海でリュウグウノツカイと遭遇するかもしれないだろ!」

凛「何言ってるの?」

未央「ごめん、さすがに私も今のかみやんのノリにはついていけないよ」


ありす「……奈緒さん、いったいどうしたんですか?」


支離滅裂な言葉を矢継ぎ早に並び立てている奈緒ちゃんを見て、ありすちゃんが私に小さな声で耳打ちをしてきました。

私は苦笑いをしつつ、それに答えます。


卯月「あはは……奈緒ちゃん、加蓮ちゃんのこととなるとちょっぴり心配性なんだ」

ありす「心配性?」

卯月「うん。前に加蓮ちゃんが道端で転んだ時、救急車呼ぼうとしてたし」

ありす「それちょっとどころじゃないですよね!? この上ないですよ!」


結局、あの時はみんなで奈緒ちゃんを止めたんだっけ……迷惑になりますから、救急車は救急の時だけ呼びましょうね。


卯月「加蓮ちゃん、昔は病弱だったらしいから……。今回も、バイトを始めるって聞いて心配なんだと思う」

ありす「なるほど……」


 *


ありす「……だからといって、普通わざわざ見に来ますか?」

卯月「……それだけ心配なんだよ」


私たちは今、加蓮ちゃんのバイト先だというお店の前に来ています。


未央「ら、ラヴィエ、えん……?」

凛「ラヴィアンローズ」


フランス語で書いてある店名が読めなかった未央ちゃんの代わりに、凛ちゃんが読んでくれました。


凛「ここも喫茶店らしいよ」

卯月「え、そうなの?」


加蓮ちゃんのバイト先、喫茶店だったんだ。


奈緒「みんな、そろそろ店に入る。準備はいいな?」

ありす「はあ」


真剣な表情の奈緒ちゃんの問いに、やる気のない返事をするありすちゃん。

加蓮ちゃんにバレないようにこっそり見守るということで、私たちは伊達メガネと帽子、マスクをつけて変装しています。

ちなみに未央ちゃんが、ならサングラスかけようよ、と提案したのですが、逆に目立つということで却下されました。奈緒ちゃん、かなり本気です。


奈緒「いくぞっ!」


意気込む奈緒ちゃんの後を追い、私たちもラヴィアンローズへと入って行きました。


 *


加蓮「いらっしゃいませ」


いきなり加蓮ちゃん出てきた!

なんだか新鮮です、ウェイトレス姿の加蓮ちゃん。


加蓮「……ん?」


しかし加蓮ちゃんはすぐに営業スマイルを崩し、訝しむような目へと。


加蓮「…………」


まずいです。加蓮ちゃん、じーっと私たちのことを見てます。

これはもうバレたんじゃ……と思いきや、加蓮ちゃんが笑顔に戻りました。


加蓮「お客様、5名様でお間違いないですか?」

奈緒「アッハイ(裏声)」

加蓮「では、席へとご案内いたします」


良かった、バレてなかった。

他のお客さんと同じように案内してもらえるみたいです。


加蓮「テラスの立ち食い席でよろしいですか?」


そう言って、加蓮ちゃんが店の外を指差しました。


『(立ち食い……席……?)』


私たちの頭に疑問符が浮かびます。

それもそのはず。私にはそんな席があるようには見えず、ただの道端にしか見えません。おそらく他のみんなもそうでしょう。

そもそも立ち食いなのに、席とはいかに。


加蓮「お飲み物は道路の自動販売機でお買い求めください♪」

奈緒「遠回しに入店拒否するな!」


奈緒ちゃんがその天性のツッコミ体質に逆らえず、素でツッコミを入れてしまいました。


奈緒「はっ!? しまった!?」


自らの過ちに気付くも、時すでに遅く。

加蓮ちゃんの営業スマイルが次元の彼方へと消え去り、氷河期を想起させるほどの冷たい瞳に変わりました。


加蓮「……奈緒、何しに来たの?」

奈緒「べ、別に~? テキトーにぶらついてたら疲れたから、ちょっと喫茶店入ろうかと思って……えっ、もしかしてここ、加蓮のバイト先だったのか!? し、知らなかったぁー!」


大根役者の素養を存分に見せつける奈緒ちゃん。この演技を見た観客はきっとあくびを隠せないことでしょう。

しかし加蓮ちゃんからはあくびではなく、深いため息が。


加蓮「はぁ……それにみんなまで来てるし」


加蓮ちゃんの視線を受けておとなしく変装を解くと、私たちはここに来た理由を白状しました。


凛「あの状態の奈緒はほっとけなくて」

卯月「加蓮ちゃんがどんなお店で働いてるのか、見てみたかったから」

未央「なんか面白そうだったから来てみたよ」

ありす「巻き添えです」


気のせいか、後半になるほど理由が酷くなっていった気がします。


加蓮「うん、事情は大体分かった。もうとりあえず席に案内するから、ついてきて」

奈緒「立ち食い席じゃないよな?」

加蓮「奈緒だけホントにそうしてもいいけど?」

奈緒「普通の席でお願いします」


私たちは立ち食い席ではなく、きちんとしたテーブル席に案内されました。

席に座ると、加蓮ちゃんが呆れたような表情で奈緒ちゃんに問いかけます。


加蓮「ホントさあ……奈緒はそんなに私のこと気になるわけ?」

奈緒「だ、だからあたしは偶然この店に来ただけだし! 加蓮のことなんてこれっぽっちも、考えてすらいなかったんだからな!」


むしろ脳内が加蓮ちゃんオンリーだったことは想像に難くないのに、よくああも無理のある供述が出来るものです。

そんな耳まで真っ赤になりながら言い訳を続ける奈緒ちゃんを、未央ちゃんが指差して。


未央「見てごらん、ありすちゃん。あれがツンデレってやつだよ」

ありす「なるほど、あれがそうなんですか」

凛「確かにいい見本だね」


奈緒ちゃん、ありすちゃんの社会勉強の教材にされてる……。

不憫に思い、私は奈緒ちゃんをフォローすることにしました。


卯月「加蓮ちゃん、今はそれくらいにしてあげない?」

奈緒「ナイス卯月!」

加蓮「そだね、仕事中だし。……帰ったらこってり絞ればいいだけだし」

卯月「うん、そうして」

奈緒「卯月。お前、味方に見えるけど実はあたしの敵だろ」


心外なことを言われました。せっかくフォローしたのに、あんまりです。


未央「それにしてもここ、随分お洒落なお店だよね」

ありす「中々の素敵空間です」


言われてみると、お店の中はブルームよりも広く余裕があり、インテリアは洋風で凝ったものになっています。

ありすちゃんの言うように、素敵な空間です。

……しかしなぜでしょう、それを素直に認めるのには抵抗が。


卯月「ま、まあ、うん……そこそこ、いい感じだよね。……ブルームも負けてないけどねっ」

凛「卯月……」


心なしか、最近、凛ちゃんに憐れみの視線を向けられることが多い気がする。……きっと気のせいですね。


何か注文をしようとお店のメニューを見てみると、よく分からない単語ばかりが並んでいました。

エスプレッソやキリマンジャロなどの、見覚えのある単語が見つかりません。


卯月「? 加蓮ちゃん。ここ、喫茶店じゃないの?」

加蓮「喫茶店だよ。コーヒーがメインのブルームと違って、ハーブティーがメインのね」

卯月「あ、そうだったんだ。どうりで」


コーヒーに『カモミール』なんてあったっけ? と疑問に思いましたが、ハーブティーのことだったんですね。

私の横では、未央ちゃんがメニューを見て頷いています。


未央「ふむふむ……なるほどね」

ありす「未央さん、ハーブティーのこと分かるんですか?」

未央「いやさ……カルダモンって、デ○モンっぽくない?」

ありす「はい?」

奈緒「確かに。でも『カ』に濁点が付けばもっといいよな」

未央「だよね!」

ありす「……聞いて損しました」


そういえば以前奈緒ちゃんに聞きましたが、今年で20周年らしいですね。


どうやら私たち全員、ハーブティーには詳しくなかったようです。


凛「加蓮に注文任せていい?」

加蓮「りょーかい。じゃあ、それぞれにオススメなのを―――」



「あら……? 橘さん?」



ふいに、ありすちゃんを呼ぶ声が聞こえました。


ありす「はい、私こそ橘ですが―――」


念を押すように自ら橘と名乗りながら、ありすちゃんが声のした方に振り向きます。

私もそちらを見てみると、そこにはありすちゃんと同じくらいの歳に見える女の子がいました。


「やはり、橘さんでしたのね」

ありす「―――櫻井さん?」


声をかけてきた彼女は、櫻井桃華ちゃん。ありすちゃんのクラスメイトだそうです。


ありす「それにしても、こんな所で会うとは奇遇ですね」


ありすちゃんが、隣の席に座ってもらった桃華ちゃんに話しかけました。


桃華「いえ、奇遇ではないですわね」

ありす「? それはどういう……」

加蓮「ありすちゃん、店長のクラスメイトだったんだね」

『……店長?』


声を揃えてそのまま返す私たち。みんな一様に目が点になっています。


ありす「店長って……え、まさか……」


そして困惑するありすちゃんを前に―――桃華ちゃんは驚きの事実を告げました。


桃華「改めまして……当店、ラヴィアンローズの店長を務めている、櫻井桃華ですわ」


『えぇええええええええええええええっ!?』


桃華ちゃんは、まさかのこども店長だったのです。


桃華ちゃんの話によると、実際の仕事はほぼ全て副店長さんがやっているらしいです。

ラヴィアンローズは桃華ちゃんのパパが経営しているお店の一つで、溺愛している愛娘の桃華ちゃんを可愛さのあまり店長に据えたそうな。……親ばか、ここに極まれりですね。


桃華「そういうわけで、ほとんど名前ばかりの店長ですわ」

未央「それでもすごいよ!」

ありす「全然知りませんでした……」

桃華「あえて喧伝することでもありませんので」


そう言って、ティーカップに口をつける桃華ちゃん。

その優雅な所作からは育ちの良さがうかがえ、見ていると思わずため息がこぼれます。


卯月「凛ちゃん、本物のお嬢様だよ! 麗しいねっ!」

凛「恥ずかしいから騒ぐのやめて!」


怒られました。


加蓮「店長。実は卯月も喫茶店の一人娘なんですよ」

桃華「あら、そうでしたの?」


桃華ちゃんの視線が私へと向けられます。

ここは私も、さっきの桃華ちゃんのように。


卯月「改めまして……喫茶店フルブルーム・スマイリィ、次期マスター(予定)の島村卯月です」

凛「張り合おうとしなくていいよ」

未央「バイトの本田未央です」

凛「未央も続かなくていいから。自己紹介ならさっきしたよね?」

未央「そしてもう一人!」

卯月「頼れるバイトの渋谷凛ちゃんです♪」

凛「私まで巻き込まないで!」


そして、私と未央ちゃんは凛ちゃんの横に並び―――締めのポーズを決めました。


卯月・未央『私たち、ブルーム3人娘☆』

凛「ポーズとかやめてったら! 恥ずかしいにもほどがあるよ!」


そんなこと言いつつも一緒にポーズをとってくれた凛ちゃんが、私は大好きです。

私たちを見た桃華ちゃんからは、くすくすと上品な笑みがこぼれています。


桃華「面白い方たちですわね」

ありす「……他人の振りしたいです」

奈緒「その気持ち分かる」


 *


あまり長居してもあれなので、そろそろ私たちはおいとますることに。


卯月「桃華ちゃん、今度ぜひうちの店に来てね」

桃華「ええ。機会があれば、ぜひ伺わせていただきますわ」


お店を出る前に、私はそんな約束を桃華ちゃんと。

ブルームに来てくれたら、とびきりのコーヒーでおもてなししてあげようっと。


奈緒「さて、じゃあ帰るとするか」

未央「だね」

加蓮「あ、待って奈緒」

奈緒「ん?」


お店を出ようとした奈緒ちゃんを、加蓮ちゃんが呼び止めました。そして、そのまま奈緒ちゃんに近寄ります。

きっと、なんだかんだ言って加蓮ちゃん、奈緒ちゃんが来てくれて嬉しかったんですね。お礼でも言うのかな?

そして加蓮ちゃんは、奈緒ちゃんの耳元に口を寄せました。


加蓮「バイト上がったら、奈緒の部屋行くから。……覚悟しといて」

奈緒「……」


どうして奈緒ちゃん、まるで死刑宣告を食らったかのような表情をしてるんだろう……。


その後、やけに口数が少なくなった奈緒ちゃんと共に、私たちはラヴィアンローズを後にしました。


 *


その日の夜、奈緒の部屋にて。

加蓮は底冷えするほどの冷たい表情で、正座する奈緒を見下ろしていた。


加蓮「―――大体、店に来るなら普通に客として来ればいいでしょ? なにあの小賢しい変装。こそこそと見守る気満々じゃん。ストーカーじゃないんだからさ。それとも何? 奈緒は私のストーカーなの? 警察呼んだ方がいい?」

奈緒「あたしが悪かったから、もう勘弁してくれよぉ……!」

加蓮「ダメ」


涙目の懇願は即座に却下。

加蓮が勘弁するまで、奈緒は1時間こってり絞られたのだった。


 ***


前川みくは、未央の所属するクラスの委員長を務めている少女である。
眼鏡をかけ、いかにもマジメそうな雰囲気の漂う少女だ。

今は放課後の掃除の時間。
みくは教室の掃除当番なのだが―――。



みく「いい加減にしなさぁーーーーーーいっ!」



あらん限りの大声で、みくは叫んだ。


未央「わ、びっくりした!? ど、どしたの、みくちゃん」

みく「どうしたもこうしたもないでしょ!? 今は掃除の時間なんだよ!? なんで……なんで未央ちゃんたち、空のペットボトル並べてボウリングとかしてるの!?」


みくが怒った理由は単純明快。
未央たちが掃除をサボり、あろうことか教室でボウリングに興じていたからである。


未央「あ、みくちゃんもやる? えっとね、今スコアが最高で―――」

みく「スコアまでつけてるの!? やらないよ! 掃除してよ!」

未央「いや、後でちゃんとやるつもりだったよ? ね、みんな?」


未央の問いかけに、ボウリングに興じていたクラスメイトたちがこくこくと頷く。

一見不真面目な未央たちだが、やるべきことはきちんとやるのだ。
ボウリングが終わった後は、ちゃんと全員で掃除をする心づもりだった。

みくも、それは分かっている。
このクラスメイトたちは悪い連中じゃない。むしろ良い連中と言える。
ただ、明るさと楽しさとやかましさが度を過ぎているだけなのだ。

だがそれを理解していても、今日はもう、みくの我慢の限界だった。


みく「あのさ、この際だから言わせてもらうけど……このクラスなんなの!? 毎日毎日馬鹿騒ぎして! 毎日が学園祭のノリじゃん! いやクラスの雰囲気が明るいのは良いことだと思うよ!? でも明るすぎだから! ピッカピカすぎだから! もうついていけないよ!」


このクラスになってから約1ヶ月半。
心の中に溜まっていたものを、みくは余すことなく吐き出した。


みく「このクラスをまとめるのなんて、私には無理! 委員長なんてやめる!」

未央「みくちゃん!? ち、ちょっと落ち着いて! ね!?」

みく「シャラップ! 私もう帰るけど、ボウリング終わったら、ちゃんと教室掃除しといてよね! 明日来たらチェックするからね!」

未央「怒ってるのにマジメ!」


みくは教科書諸々を乱暴に鞄に詰め込み、帰る準備を終わらせた。


みく「じゃあね、さようなら! また明日!」

『ま、また明日~……』


丁寧にクラスメイトたちに別れの挨拶を告げ、みくは教室から出て行った。


未央「みくちゃん、大分怒ってたなぁ……」

藍子「私たち、ふざけすぎたのかもしれませんね……」

未央「いや、あーちゃんはそこまででもないでしょ」


未央は藍子にフォローを入れた。

未央のクラスメイトで、親友でもある高森藍子という少女は、おっとりゆるふわした性格だ。
そんな性格なので、クラスで何かする時は率先して先頭に立つわけでもなく、愉快なクラスメイトたちをのほほんと暖かい目で見ていることが多い。

むしろ、率先して先頭に立っているのは―――。


未央「ふざけすぎてたのは、どう考えても私だって」

藍子「未央ちゃん、そんなこと…………………………ごめんなさい」


藍子はとっさに否定しようとしたが、否定材料が無いことに気付いた。
そもそも今日のボウリングも、未央が提案したものなのだ。


未央「謝るくらいならフォローしようとしなくていいよ!」

藍子「あはははっ、ごめん未央ちゃん」

未央「まったくもー!」


2人のやりとりで、教室の空気が明るくなった。
このポジティブさが、このクラスの持ち味である。


未央「さて、じゃあ私、みくちゃんに謝ってくるね」

藍子「あ、それなら私たちも一緒に」

未央「ううん、いいよ。まずは私だけで話してみる。みんなは明日―――」

藍子「じゃあ私だけでも一緒に行くね」

未央「いや、あの、だから明日で―――」

藍子「私も一緒に謝りに行きます」

未央「……あーちゃんには敵わないよ。分かった、一緒に来てくれる?」

藍子「はいっ♪」

未央「今から追いかけて、追いつけるといいんだけど……ん?」


そこで、未央はみくの机の下に一枚の紙が落ちているのに気付いた。
未央は近づいて、それを拾い上げる。


未央「なんだろ、これ?」

藍子「何かのお店のチラシみたいだね」


 *


所変わって、とある喫茶店の店内。


菜々「みくちゃん、今日はどうかしましたか? 少し元気がないような……」

みく「あはは、ちょっと学校で色々あって……でも大丈夫! お仕事に支障はきたさないにゃ!」

菜々「無理そうなら、休んでもらっても大丈夫ですよ?」

みく「平気平気! さーて、今日も張り切っていくにゃ!」


―――カランコロン


扉のベルが鳴る。店内に客が入ってきた合図だ。

みくは、とてとてと小走りで入り口に向かい、とびきりの笑顔でお客様をお迎えした。



みく「お帰りなさいませにゃ! ご主人様♪」



未央「……」

藍子「……」

みく「……」


3人の時が止まった。


―――ここは、メイド喫茶『ウサミン☆スター』


未央と藍子はフリーズしていた。

教室で2人が拾った喫茶店のチラシ。
もしかしたら、この店でみくはバイトをしているのかもしれない―――そう考えた2人は、『ウサミン☆スター』へとやってきた。

だがそうしたら唐突に目の前に、ネコ耳メイド服というキュートな装いのみくが現れたのだ(ちなみに眼鏡も外している)。

未央と藍子にとって、みくはマジメな委員長という認識だった。

それが突如メイド服を来て現れたら、フリーズくらいはする。それほど2人には衝撃的だった。

そして10秒ほど経って、ようやく2人のフリーズが解ける。
ぎこちない笑顔とともに、未央が口を開いた。


未央「……み、みくちゃん?」

みく「にゃ!?」

藍子「に、にゃ?」


未央に名前を呼ばれ、動き出すみくの思考。
今の今まで、みくもフリーズしていたのだ。


みく「み、みく? だ、誰のことにゃ? みくは―――じゃなかった! 私はみ、み……ミーコ! ミーコって名前の、しがないメイドでございますが?」


脳を必死に回転させ、みくは自らの正体をひた隠しにかかる。
だが悲しいかな、あまりにも誤魔化し方がお粗末すぎた。


未央「いや、みくちゃんだよね……」

藍子「どう見ても、みくちゃんですよね……」

みく「にゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


2人に楽々と正体を見抜かれ、絶望するみくの絶叫が、店内に響き渡った。


 *


一方、同じ『ウサミン☆スター』店内。
身を隠すようにコソコソと動く、一つの人影があった。


菜々「……あれ? どこに行くんですか、な―――」

??「しっ! お願いだから静かに……! バレたらあたし終わる……!」

菜々「は、はあ……」

??「お願い店長……! 今日はもうあたし、キッチンで料理担当させて……!」

菜々「構いませんが……」

??「ありがとう……!」


感謝の言葉を告げ、メイド姿の謎の少女は、逃げるようにキッチンへと向かったのだった。

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