モバP「誰かの夏と終わり」 (21)

アイドルマスターシンデレラガールズのSSスレです。
気長におつきあいいただければ幸いです。

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 ――ハイ片付けー!!

 ほとんど放心状態になっていたオレの耳に届いた、終了の合図。

 グラウンドにぼたぼたと落ちる汗を腕でぬぐい、顔を上げると、陽射しがもろに目に入ってくる。

 最低気温からして30度近いこの時期、「朝の涼しい時間帯にがんばろう」なんていうのはヤケクソのうそっぱちだ。 

 テレビでは、外での活動は控えるようになんて言っているのにな。

 ともかく一瞬でもはやく水をがぶ飲みしたいんだけど、かといってさっさと片付けに入れるほどの体力も残ってない。

 というわけで、オレ含めてたいていの部員はゾンビみたいにのろのろと移動し、そのくせラダーやパイロンみたいな片付けの楽な器具に取り付くのに必死になる。
 
 そんな中、ひょいひょいとハードルをまとめて担いで倉庫に一番乗りし、もうトンボ持って戻ってきてるやつがいた。

 足元から砂煙を立たせ、ピンと伸びた背筋は疲れなんか感じさせず、鼻歌まで歌ってるそいつは、俺を見るなりにっこり笑って、

「ほらほらー、あと少しだから、がんばろっ?」

 一ミリの嫌気もなく言い切った。

 オレの5センチ上から。

「ちっ……うっせーっつの」

 そう吐き捨てると、男子からはひゅーひゅー声が飛んで、女子からは、うわあいつサイアクなんて評価が聞こえよがしに下った。

 そういつはというと困ったみたいに笑って、トンボ掛けに向かった。もちろん駆け足だ。

 あーもう、サイアクだ。

 乙倉が悪い。

  
 いつからか、デカ女、という悪口は言わなくなった。あまりにもみじめだからだ。
 
 その代わり、とても口には出せない敗北感は、毎回態度になって表れていた。

 ことあるごとにオレは乙倉に勝負を吹っかけた。

 勉強は――まあどっこいどっこいだった。

 それ以外では完全にオレの負け。

 身長はアイツのほうが高い。女子の中ではダントツだし、男子と比べても負けてるやつはいっぱいいた。

 顔は――ぜったい本人には言わないけど――可愛い。オレなんてフツーもいいとこだし、告白もされたことないから、これも乙倉の勝ちだろう。

 乙倉は何回も告白されてるみたいだと、ウワサで聞いた。同学年も上級生からも、それどころか高校生からも、だって。

 でも、全部断ってるっていうのもおんなじウワサで聞いた……ホッとしたのは、内緒だ。

 そんで、小学校の頃から自慢にしてきた陸上でも――オレは乙倉に勝てていない。

 もちろん、男女で大会自体は別だから、レギュラー争いとかそういうのではない。

 競技もほとんど違うから、部活でどうとわけでもない。

 純粋に、乙倉はオレよりかけっこが速い。

 いつもオレは、乙倉の背中を見るはめになっていた。

 単純にそこが問題で、だからこそ悔しかった。

 部活じゃ関係ないしねっ、なんてフォローされるのがなによりしゃくだった。

 乙倉は特別なんだと思いたくなかった。

 負けたくなかった。

 ――おーい乙倉、迎え来てるみたいだぞー? 

 オレがほこりっぽい倉庫から戻っていると、、顧問がグラウンド中に聞こえるような大声で叫んでいた。

 誰かが、乙倉を迎えに来たようだった。

「え、ええー?! いま行きまーすっ!!」 

 トンボ掛けは、あと半分ほど残っているようだった。

「……ちっ」

 めんどくささを前面に押し出しながら乙倉の元に駆け寄る。

 誰か代わってやれとか言うなよ分かってんだよ先生。

「……ん」

 オレの登場にハテナマークを浮かべる乙倉へ、できるだけしかめっ面で手を差し出した。  

「……え? いいのっ?! うわぁありがとっ!! えへへっ!」 

 満面の笑みで、オレにトンボを渡す、その指が、少しだけ熱かった。

「お土産買って来るからね!」

 今度はオレがハテナマークを浮かべる番だった。

「……あれ、言ってなかったっ? 来週まで、ライブとそのためのレッスンでこっちはお休みするんだっ」

 そう、こいつは、モデルの仕事からなりあがって、あろうことかアイドルまでやってのけていた。

 親のいる前では、まともにテレビのチェックはできないけれど、隣町まで行って買った雑誌のグラビアは、部屋の隅の使わなくなったエナメルバッグに隠してある。

 むき出しの肩も腿もへそも、満面の笑みも、すぐそこにあるけれど、面と向かってじっくり見るなんて不可能だから。フルカラーで載ったすべすべの肌の感触も知らないままだ。

 で、そんなことはどうでもよくて。

 オレはおもわず、聞いてしまった。

「……お前、合宿来ないの?」

 今週末の合宿。

 当たり前すぎて考えもしなかった、参加するしないの話。
 
「うんっ。もーすっごい楽しみにしてたんだけど、仕方ないよねっ」

 だってお仕事だもん、そう言う乙倉はちっとも残念そうじゃなかった。

 もう少し残念そうにしろよ、とは言わず。

 こっちに来いよ、なんてもちろん言えず。

「……もう行けよ」

 自分で自分をぶん殴りたくなるような態度に、乙倉は嫌な顔ひとつしなかった。

 たぶん、それどころじゃないのだろう。乙倉は、もう、次のことに目を向けているんだ。

「うん! じゃああとよろしくねっ! 合宿、私の分まで楽しんできてね!」 

 ばーか、あんなもんキツいだけだ。楽しみなんかあるもんか。

 そんなオレの呪いのつぶやきに気付くことはなく、くるりと背中を向け、練習の疲れなんか少しも見せずに乙倉は走り出す。
 
 結局、オレは乙倉の背中を眺めることになる。

 砂煙の向こう。

 まだ遠い背中。

 合宿が終われば、夏が終われば、追い付けるかな。 



――――――――――――――――――――――――――――――――


 ライブを無事成功させた私たちは、現地で一泊してから帰ることになっていました。

 スタッフさんやスポンサーさんへの挨拶もそこそこに、明日も早いからと私とPさんは早々に席を抜け出し、

「お疲れ様でしたーっ!」

「お疲れ、悠貴」

 ふたりで成功をお祝いしていました。

 この一週間、すごーく大変なスケジュールをこなしてきたから、せめてこれくらいはとPさんが気を遣ってくれたんです。

 私たちは会場を出た後、こっそりホテルの近くのコンビニで買出ししました。

 Pさんは、おいしそうなものを手当たり次第にカゴに入れていました。

 そしてホテルの部屋に戻った途端、ビニール袋の中身をばら撒いて、小さな丸テーブルはあっという間に埋め尽くされていました。

 まずは、ひとつ500円もするパフェをそれぞれ取って、プラスチックのながーいスプーンでつつきます。 

「それにしてもさっきはびっくりしたぞ? ライブが終わったと思ったらランニングに行ってるんだから」

 子どもみたいな顔でチョコパフェをほおばりながら、Pさんが言います。その隣で、私もちっちゃなブドウと生クリームを口に運びました。

 今日はカロリー計算はお休みですっ。

「えへへ、ごめんなさいっ。あのタイミングでしか、時間取れなさそうだったからっ」

 毎日走らないと、なんだか落ち着かないんです。今朝だって、私なりの調整のつもりで軽めに走ったんだけど、ライブ後も、カラダがうずうずして、つい。

「部活のみんなが頑張ってるから、負けられないなってっ」

 それを聞いたPさんは、少し悲しそうな顔でした。

「間が悪かったな。合宿だったっけ? 陸上部の」

 私は、自分のうかつさに気がついて、

「あ、や、その、違うんですっ。確かに部活の合宿にいけなかったのは残念だったけど、でもでもっ、合宿自体は事務所のみんなとするし、それに……」

 続けようとした言葉の、余りの恥ずかしさに気がついて、私の言葉とスプーンがとまってしまいます。

 でも、それに、と言ってしまったから。恥ずかしかったけれど、私は、言いました。

「けーひさくげん? ってわけで……Pさんと一緒に、お泊り、できたから」 

「……!」

 言っちゃった。

 いっちゃった、いっちゃったっ。

 もう怖いものなんてないっ!

「そっち、行っても、良いですかっ」

 隣に座ったPさんに言います。

 私は――パフェを手に持ったまま――Pさんのひざの上に、向かい合わせになってまたがりました。

(こーやって、向かい合ってだっこしてもらうのが、一番好き……っ)

 大人扱いでもなければ子ども扱いでもない。

 コイビト扱いしてほしいんだって、気付いてるんです。

 そんなキモチを目線にこめて、Pさんにまばたきしました。

 
 Pさんのおくちは、チョコレートの味がしました。甘やかしなオトナの味。

 ユウキはたぶん、ブドウの味。まだまだこれからのあまずっぱさ。
 

「こっちでも、合宿、企画しようか」 

 そんな声を、Pさんの胸の中で聞きました。言葉の振動が伝わってきて、本当にPさんに包まれているみたいでした。

「わあ、いいですね、それっ!」

 私はがばっと起き上がって賛成しました、けど。

「そういえば合宿って」

「うん」

「どんなことするんですかっ?」

 座ったままPさんがずっこけたような気がしました。

「ええと、そうだな……」

 Pさんの答えに集中します。

「バスで山奥か海沿いの合宿所だかまで行って、吐くぐらい走って筋トレして、飯ごうでべちゃべちゃの米炊いてうすいカレー作って虫満載のトイレでおっかなびっくり肝試しして徹夜して好きな人の言い合いするんだって意気込みながらヘトヘトだからすぐ眠くなって」

 それ……楽しいんですか……っ?
 
 そんな私の表情を見て、Pさんは笑いました。

「みんなといっしょなら、それが全部いい思い出になるくらい楽しいんだよ」

 想像しました。

「…………っ!」

 そんな気がしました。

「やっぱり、やりましょうよ、合宿っ!」

 
「そうだな、それじゃ、計画してみるか」 
 
 みんなでする合宿。


 それはとても、楽しそうでした……でも。

「その合宿……Pさんは、来ますかっ」

「うん……? 少なくとも顔出しくらいは、しようと思うけど」

 それを聞いて私は、もういっかい、Pさんの胸の中に潜り込みました。

 ぴったり、Pさんのカラダに、吸い付きました。こういうときだけ、細身のカラダが、うれしいんだ。

「それじゃ……Pさんを独り占めできるのは、いまだけですね……っ」

 私は、Pさんの言ってくれた合宿の例にのっとって、言いました。



 私の好きな人は。

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