魔法使い「え、えろ魔道士です…」 (400)

「そんなっ…馬鹿な…」

「これで終わりだ魔王!せめて小生の命と引き換えに貴様を封印する!」

「ふふふっ…いいだろう…だが我はすぐに復活する…」

「我の力の一部を授けし者が、この世に蔓延る限り…」


こうして魔王と私たちの戦いに一時の終焉が訪れた。


人間は良心な亜人種や魔族と手を取り合い再びこの世界は平和となった。


だがその四年後…


王「どうやら魔王の封印が徐々に解けているらしいのじゃ」

魔導師「それは本当ですか!?」

王「そこでじゃ、またお主には女神の加護の元新たに選ばれし勇者と共に魔王の力の一部を受け取ったとされる各地の残党と、まだ魔力が回復しきっておらぬ魔王を叩いてほしい」

王「先代の勇者がその身命を賭して魔力を削ってくれたのだ。次こそは封印ではなく、完璧な消滅までもっていけるであろう」

魔導師(四年前に全ての魔王軍は撲滅されたはず。今いるとされる魔王の残党は元々は魔王軍には関係のない個々の魔族の悪党共で、偶々魔王にその悪行を見出され力を与えられた者共だ)

魔導師(そいつらが魔王の復活に関与し始めているのか?やはり無視できない存在だったか…)

魔導師(…だが)

王「頼んだぞ」

魔導師「すみません国王様…私にはもう魔王討伐の旅に出ることはできませぬ…」

王「なんと!?それはどういうことじゃ!?」

魔導師「……」


『魔導師、この旅が終えたら小生の故郷で共に暮らさないか?』


魔導師「私は…もう耐えられないのです。大切な仲間を失ってしまうのが…」

王「…すまぬ。だがな魔導師よ」

勇者「もういい」

魔導師「!!」

王「どうした新生の勇者」

勇者「残党および魔王討伐は俺一人だけで十分だ。先代の魔導師殿の協力が仰げればもっと楽だったのだが無理だと言うなら仕方ない」

魔導師「勇者殿…」

勇者「王よ、俺はもう出発するぞ」

王「む、そうか。じゃがお主を王都に召集したのはお主とお主の旅仲間となる者の合流が目的じゃった。他の仲間を集めたければ酒場を当たるとよい」

勇者「ああ。一応覗いてみるとしよう」

勇者(まぁこの街にいる俺以外の冒険者なぞたかが知れているが…)

俺は城を出ると何を期待するでもなく酒場へと向かった。

俺は幼い頃に魔王軍に家族を殺されそこからあらゆる師にあたり、死にものぐるいで修行し続けた。

そのおかげで剣術の腕には自信がある上に基本程度の回復魔法は扱うことができる。

俺が勇者に選ばれたのは女神の導きだと聞くが…女神は俺に魔王への復讐の機会を与えてくれたのかもしれん。

今日は王都に召集されたが元々一人旅の身だ。

別に一人であることを苦には感じない。
孤独を感じるには、俺は一人でいる時間が長すぎた。

魔導師「なんとたくましい勇者なのだ…」

王「あれだけの精神を持つ者こそ女神の加護を授かるのに相応しい」

王「ふむ、しかしやはり一人となるとどこかで躓くことになるのではないかと少し心配じゃな」

王「お主の弟子はどうじゃろうか。四年前に魔王城の近くで保護したというあのロップイヤーの少女がそうじゃったじゃろ」

王「確か14にしてお主に匹敵するとんでもない魔力を持っているのじゃろう?」

魔導師「あー…あれはですね確かに私が彼女に目をつけて四年間魔法を教えていたのですが…どうにも…」

王「…?」


…………

酒場のお姉さん「はいオレンジジュース」

魔法使い「あ、ありがとうございます…」

酒場のお姉さん「で、今日はどうだったんだい?ファングの一体でも倒せたのかい?」

魔法使い「あぅ…今日もダメでした…」

酒場のお姉さん「う~ん。そんだけの魔力があってなんでやろね~」

戦士「おっ!魔法使いちゃんじゃないか!どうだ?今日こそ俺とパーティ組んでクエストに行かないか?」

武闘家「あっ!ずりーぞ戦士!俺に決まってんだろ!な?魔法使いちゃん」

魔法使い「あはは…すみません…お誘いは嬉しいのですが…」

戦士「ちぇ、つれないね~」

武闘家「あちゃー。じゃあ今日もむさ苦しいメンバーで行くか~」

ドコドコ

魔法使い「…はぁ」

酒場のお姉さん「今日もモテモテだねぇ。よっ、魔性の女!でもなんでだい?ファングもあいつらに任せときゃ倒せるのにさ」

魔法使い「…男の人って怖いんです。なんか目がギラギラしてて」

魔法使い(本当は他にも理由があるんですけど…)

酒場のお姉さん「あっはっはっ!そりゃそうさ。あんた鏡見たことあんのかい?」

酒場のお姉さん「あんたの格好なんて帽子とマントとスカートがなけりゃその辺のカジノにいるバニーガールと大差ないじゃないか!そりゃそういう目で見るなって方が男共には酷さね」

魔法使い「だ、だって…この格好はお師匠様が私の得意な魔法と一番相性がいい装備だって…」

酒場のお姉さん「ふ~ん。あんたのお師匠様って偉大な方やけんね。あの人がそう言うなら間違いないんやろうけど」

魔法使い「でも最近は本当にこれでいいのかなって思えてきちゃいましたよ…うぅ…」


酒場のお姉さん「ん?」

ザワザワ…

「おい、あれってよ…」

「確か新生勇者様だろ?」

酒場のお姉さん「なんやすごいお客さんが来よったな」

魔法使い「ゆーしゃ…さま?」

酒場のお姉さん「何にしましょうか?」

勇者「酒はいい…腕のたつ冒険者を探している。誰かいるか?紹介さえしてくれれば後は俺が魔王討伐に必要な者かどうか判別する」

魔法使い(すごい…かっこいいひとだなぁ…)

酒場のお姉さん「ふむふむ…ならこの娘なんてどうです?」

魔法使い「え、えぇ!?冗談はよしてくださいよ!」

酒場のお姉さん「いししっ…なんや彼堅物っぽいやん?でも彼でもあんたを前にしたら鼻の下伸ばすんやないかって気になってもうてん。もしそうやとしたらおもろいやんけなあ?」ヒソヒソ

勇者「……」

勇者(見た目はその辺にいる年端もいかない少女だが…)

魔法使い「も、もう!何言ってるんですかぁ!!こんなかっこいい人が私なんかに目を向けるわけないじゃないですか!」ヒソヒソ

勇者(だがこいつからはあの魔導師殿に匹敵…いやそれ以上かもしれない魔力を感じる…)

勇者(これ程の奴がまだこの街にいたとはな)

勇者「いいだろう。この女を連れて行くことにする」

酒場のお姉さん「おっ!?」

魔法使い「え、えぇ!?」

酒場のお姉さん「ここに新たな新生勇者パーティの誕生ですやん!この娘も勇者様に拾われてさぞ大喜びでしょう」

魔法使い「ち、ちょっと!」

勇者「では行くぞ。ついて来い」

魔法使い「え!?いや私は…!ああっ!手ぇ引っ張らないでくださいよぉ!ひぃ~」

魔導師殿が凄まじい力を持っているのは分かっていたので無理強いはしなかったが、俺以外に無名でこのレベルの奴がいるということに俺は驚きと若干の高揚感を覚えていた。

この魔法使いの魔王討伐へのやる気云々はそっちのけでとりあえず彼女の実力を見てみたくなった。

酒場のお姉さん「すっご~い。本当に魔性の女だわ…」

勇者「くるぞ!ファングだ!」

ファング「グルルル…」

魔法使い「あ、あぅぅ…」

ファング「バァウ!」

勇者「遅いな…」

突進してくるファングをするりとかわしわざとファングの対象から自分を外す。

俺に突進を交わされたファングはそのまま俺の後ろにいた魔法使いの元へ全力疾走する。

魔法使い「へっ!?…ひっ、ひぃ!」

勇者(さぁ見せてもらうぞ、お前の実力を…)

魔法使い「ぼ、ぼむふぁいあ~!」

彼女の差し出した手から紅の魔法陣が出現する。

だがその魔法陣は炎を放つことなく水に浮かべた少量の絵の具のようにすぅっと空気中に溶け込んで消えてしまった。

勇者「!?」

魔法使い「ああ~!やっぱり無理でしたぁ!」

ファング「グラァゥ!」

大口を開けたファングはそのまま魔法使いに飛びかかりその鋭い牙と爪で彼女に襲いかかろうとしていた。

勇者「チィッ!」

瞬時に疾風の剣技でその狂犬の身体を切り裂く。

ファング「キャイン!!クゥン…」

切り裂かれたファングは血を吹き出して野原に倒れた。

魔法使い「はぁ…はぁ…すみません。ありがとうございましたぁ…」

勇者「ふざけているのか?」

魔法使い「ふっ、ふざけているわけじゃないんですよぉ!信じてぐださいっ!」

勇者(魔力が高くても詠唱に時間がかかるということか?まぁこの魔力で最速詠唱の魔法が放てるならあの酒場にはいないか…)

勇者「分かった。次こそは頼むぞ…」

そして現れた二体目のファング。

相変わらず本能のままに動く知能の低い狂犬は俺に猛進してくる。
今度はそれを交わさずに牙を剣で受け止める。

ファング「ギィ!ガルルル…」

勇者「おい今のうちだ!やれ!」

魔法使い「で、でも危ないじゃないですか!」

勇者「お前が魔法を放った瞬間に俺は退く!大丈夫だ!俺を信じろ!」

魔法使い「え、ええ…どうなってもしりませんよぉ!?ぼ、ぼむふぁいあ~!」

勇者(ふん、いうじゃないか。俺が交わし切れるかどうか分からない程の速度を期待してるぞ)

だがその俺の期待も虚しく彼女の魔法陣はまたも何を放つこともなく空間の中に溶け込んで消えた。

勇者「……」

魔法使い「す、すみません!私実は攻撃魔法使えないんです!」

呆れた。

勇者(無理ならそれを先に言え)

俺はファングの腹に膝蹴りを入れると怯んだファングを一刀両断した。

勇者「補助専門だったか。なぜそれを先に言わない」

魔法使い「あーいえ…補助専門…というのも怪しくて…まぁどちらかと言えばそうなんですけど…」

勇者「お前は魔法使いなのだろ?もしかして僧侶のように回復魔法の方が得意なのか?」

魔法使い「いえいえいえ!それはありえません!回復魔法も全く…」

勇者「…とりあえず使える魔法を使ってみろ」

魔法使い「え、今ここでですか…?」

勇者「ああそうだ!悪いが俺はお前には一ミリも興味がない。お前の魔法に興味があるんだ!」

勇者「お前が今使える一番強力な魔法を見せてみろ」

魔法使い(勇者様本気なんだ…私に全く興味がないこの人の前なら使っても大丈夫かな…)

魔法使い「タンターシオン!」

勇者「…?」

勇者「…ぐっ!?」

…………

王「どういうことじゃ?」

魔導師「彼女には攻撃魔法の才能も回復魔法の才能もなかったのです。ましてや強化魔法や戦闘向きの状態異常魔法も使えませぬ」

王「なら何ができるのじゃ?強大な魔力は一体何のために…」

魔導師「ただ彼女はある非戦闘用の状態魔法だけはかなりの腕前と言えます。今までありとあらゆる魔法使いを見てきた私ですがそのようなものに特化した魔法使いを私は彼女以外に知りません」

王「ほう。全く新たな魔道を行く者というわけか。どのような魔道士なのだ?」

魔導師「大変申し上げ難いのですが彼女は…」


…………

魔法使い「ひゃっ!」

魔法使い「ゆ、ゆうしゃ…さま?」

なんだこれは…なぜ俺はこの女を押し倒している。
なぜかそうせずにはいられない。



魔法使い「やっ、やっぱりこうなっちゃうんじゃないですかぁ!!だから使いたくなかったのに…うぅ…」

勇者「ハァ…ハァ…くそっ!おいお前俺に何をした!?」

勇者「お前は一体何者なんだ…」

魔法使い「え、ええっと私は…」








「「え、えろ魔道士です」」














第1章
誘惑の呪い








勇者「ビスペル!」

ひとまずギリギリの理性を振り絞り魔法使いの上から退き魔法で状態異常を荒く解呪する。

魔法使い「だ、大丈夫ですか…?注文通り今私が使える中で一番強力な誘惑魔法を使ってしまったので…」

魔法使い「こんなの人に向かって打ったことなかったのに…勇者様なら大丈夫かなって思っちゃったんです…」

勇者「ちっ、安心しろ。お前みたいな王都でぬくぬくと育った小娘の魔法にやられるほど俺はヤワではない」

と、強がってはみるが実は悔しいことにまだ少し頭痛のような感覚がある。


勇者(今日はもう王都の宿に泊まるか。一晩寝れば治るだろう。旅立ちは明日でいい)

魔法使い「そう…ですか…」

勇者「俺は宿に戻る。どうやら俺の勘違いだったようだ。お前に魔王を倒すだけの力はない。面倒なことに付き合わせて悪かったな」

俺は転移魔法を使うとその日はもう寝ることにした。


勇者「…もう朝か」

勇者「ぐっ!」

まだ頭痛が治まらない。

勇者「教会で見てもらうか」

仕方なく教会へ出向くことにした。


神父「かなり強力な魔法がかけられてますな…私どもの祈りではどうにも…」

勇者「何だと!?他に方法はないのか!?」

神父「魔法の使用者に解呪していただくか、もしくは使用者の亡命しかないかと…」

勇者「…分かった」

勇者(あいつはどこだ?酒場へ行けばまた出くわすか?)

勇者(あんな腰抜けしかいなさそうな酒場に二度も出向くことになるとはな)


酒場のお姉さん「魔法使いなら今日はもう出て行きましたよ」

勇者「そうか。情報提供感謝する」

欲しい情報が手に入ったならば長居は不要だ。
直ぐに席を降りてカウンターを背にする。

酒場のお姉さん「あー、もしかして勇者様もあの娘の虜になっちゃいました?」

勇者(馬鹿言え)

勇者「ふっ…なかなか面白い冗談を言う。まぁそうでなければ酒場の看板娘は務まらんか」

勇者「まぁ、ある意味そうかもしれんな。今俺はあいつに殺意という関心がある。俺が魔獣と罪人以外で殺したいと思った奴はあいつが初めてだ」

それだけ言い残して俺は酒場を出て行った。

酒場のお姉さん「え…勇者様ってヤンデレ…?ってかあの子何したのよ」



魔法使い「来ないで~!」

ファング「ガウガウ!」

ザシュン!

ファング「クゥン…」ドサッ

勇者「魔法使いが杖を振り回して戦うとはな。得物を棍棒に持ち替えたらどうだ?」

魔法使い「すみませんありがとうございました…って勇者様!?」

勇者「見つけたぞクソ魔道士。少しでも回復魔法が使えるなら今直ぐ俺に使った魔法を解呪しろ」

魔法使い「で、ですから私は昨日お見せした誘惑系以外の魔法は皆無で…」

勇者「ならしょうがないな」

魔法使い「は、はいすみません…」

勇者「俺は今からお前を斬るとしよう」

魔法使い「ふぇっ!?」

勇者「お前に魔法を使えと言ったのは俺だ。だから自分がどれだけ理不尽なことを言っているかも理解している」

勇者「だがなクソ魔道士よ。俺は全人類と女神から魔王討伐を任された身だ。なんとしてもその使命を果たさなければならん。それにはこの頭痛は重荷になり過ぎる」

勇者「長旅になる。ときにはこれから先あらゆる出来事に躓き、頭を悩ませることもあるだろう。これはその道中の俺の失敗、俺の罪だ。お前は俺の一番最初の難関となったのだ」

勇者「すまんな。俺の罪を許せ。その代わり俺は必ずや魔王を撃ち、全人類とお前たちのような善良な亜人種や魔族に平和をもたらすことを約束しよう」

勇者「ではな」

魔法使い「ひぇっ…!ちょっ、ちょちょちょっとまって!」

俺は涙目で命乞いをする魔法使いを無視し問答無用で刃を彼女に振り下ろした…つもりだった。

勇者(!)

また頭痛が強くなった。

手は勝手に刃を振り下ろすのを止めた。

魔法使い「ひっ、ひぇぇ…」

勇者(馬鹿な…この感じ、俺自身がこいつを殺すことを躊躇した?)

勇者(これも呪いの力だと言うのか)

勇者「手がぶれた。次はない」

もう一度剣を上に振り上げたときだった。

魔法使い「ひっ、解きます!解きます!解けるようにしますっ!だっ、だから殺さないで!殺さないでくださぃ!お願いいたします!」

今更何をいっているんだこいつは。

勇者「だがお前は他の魔法は全く使えないのだろう?それともなんだ、自害でもするのか?」

魔法使い「た、旅に同行させてください!ももももしかしたら旅の中で魔法を解く手がかりが見つかるかもしれませんし、勇者様の隣に私を置いておけばいざとなったときいつでも私を殺せるでしょう!?」

魔法使い「だっ、だから、今殺すのは勘弁してくださいぃ…」

勇者「なるほど。だがお前を連れて行って俺に利はあるのか?」

魔法使い「あっ、あります!あります!多分あります!」

勇者「多分?」

魔法使い「す、すみません!絶対いいことあります!ありますからぁっ!」

勇者(必死すぎるだろ…)

勇者「はぁ…分かった」

見事なまでの命乞いだ。
さすがの俺も同情してしまった。

勇者「では、今からもう出発するとしよう。立て」

魔法使い「あ、あのうすみません。一度王都に帰っていいですか?」

勇者「何を言う。俺は一刻も早く魔王を撃たなければ………そうかそういうことか。ここはなんとか凌いでこの俺から逃げようというわけだな?そうはさせんぞ」

魔法使いの手を引いて無理やり立たそうとする。

魔法使い「まっ、まってくださ…い、いやあ…」

立ち上がった魔法使いは俺に引かれていないもう片方の手でスカートを抑えていた。

勇者「……?」

魔法使いの足元を見てみると彼女の座っていた地面だけが水分を吸って黒くなっていた。

勇者「お前もしかして…」

魔法使い「いやぁ…ぐすっ…もぅお嫁に行けませんよぉ…」

勇者「……」

クソ魔道士というのには語弊があったようだ。

クソじゃない方の魔道士の間違いだった。


勇者(結局また一日伸びてしまった)

魔法使い「勇者様~!お待たせしました!」

勇者「遅いぞアホ魔道士」

魔法使い「すみません。お師匠様に挨拶してまして」

勇者「師匠?」

魔導師「まさか本当に私の弟子が駆り出されることになるとは思いませんでした。弟子のことを頼みましたよ。勇者殿」

魔法使いのいた宿から出てきたのはなんと魔導師殿だった。

勇者「これは驚きました。まさかこいつに貴方のような優秀な師がついているとは…」

魔導師「まぁその様子なら勇者殿は魔法使いの毒に当てられることもなさそうで安心です」

勇者「毒?」

魔導師「この子は大量の魔力をまだコントロールできていなくて常に垂れ流してる状態なんですけどその魔力一つ一つに誘惑の力が込められているのです」

勇者「は、はぁ…」

勇者(また面倒に巻き込まれそうな体質だな)

魔法使い「すみません…」

勇者「もういい、では出発するぞ垂れ流し魔道士」

魔法使い「変な呼び方いっぱい作らないでくださいよぉ~!それではお師匠様、行ってきます!」

魔導師「達者で」

魔導師(必ずや、生きて私の元に帰ってきてくれ…魔法使い)

魔導師殿は優しい微笑みで俺たちを見送ってくれた。

魔法使い「い、いざ魔王を倒しに冒険に行くとなるとなんだかドキドキしてきました…」

勇者「この旅は遊びではないぞ」

魔法使い「分かってます!」

魔法使いはフンスと鼻息を出しながら何処かの軍人のような敬礼をして答えた。

旅仲間ができるのなら己が実力を認めた者だけと決めていたがいきなり例外を出してしまうとは…
我ながら情けない。

勇者(いや待て)

旅仲間ではなくかけられた呪いも含めお荷物と考えればノーカンか。


勇者(さっさと何処かで捨てられるといいな)

旅が始まって一週間ばかり過ぎた。

ファング「グルァ!」

勇者「ふっ!」

俺たちはファングに遭遇し戦闘をしていた。

ファング「グルッ!?」

勇者「鋼の味は美味いか?」

最後の一匹の牙を剣で受け止める。

勇者「今だ!やれ!」

魔法使い「ぼ、ぼむふぁいあ!」

魔法使いが炎の魔法を唱える。

が、

魔法使い「えいっ!えいっ!ああ…ダメダメです…」

相変わらず炎は放たれることなく魔法陣は消え失せた。


勇者(やはり無理か…)

彼女の攻撃魔法で止めをさすことを諦めた俺はいつものようにファングに蹴りを入れ、真っ二つに切り裂いた。

勇者「…はぁ」

魔法使い「す、すみません」

もう何度目になるか分からない謝罪を回復魔法を使いながら聞き流しす。

勇者「行くぞ」

…………



勇者「お前は魔導師殿から一体何を教えてもらったんだ」

魔法使い「攻撃魔法とか補助系の魔法とかそれはもういろいろ教えてもらいましたよ」

魔法使い「全部できなかったんですけどね…えへへ」

勇者「よくそれで魔道を志すことをやめなかったな」

魔法使い「ええ、私はお師匠様の側に居なければ生きていけませんでしたから…」

勇者「どういう意味だ?」

勇者「どういう意味だ?」

魔法使い「私、お師匠様と出会う前の記憶がないんですよね。気がついたときにはもうお師匠様の隣にいて…お師匠様は私の親のような人なんです」

勇者「…お前も本当の親がいないということか」

魔法使い「それすらも分からないんです。私の記憶は10歳からなんでそこまで私を育ててくれた人がいると思うんですけど」

勇者「10とはお前にとってはかなり最近の話だな。なんだどこかで頭を打ったか?そのときに記憶と共に賢さすら失ったか」

魔法使い「酷いこと言いますね…いや確かにそうかもしれませんが!」

勇者(自分が馬鹿だという自覚はあるようだな)

魔法使い「森の中にいたんです…」

勇者「森の中?」

魔法使い「はい。森の道でただ一人座っていたんです」

魔法使い「そこに涙で目を赤くしたお師匠様と出会って、家とか名前とかいろいろ聞かれたんですけど名前しか答えられなかった私を見てお師匠様は『お前も一人なのか。私も一人になってしまったんだ。よかったら私に付いてこないか』って言ってくれて…」

勇者「今に至るというわけか」

魔法使い「変な話ですよね。でもそこって魔王城の近くだったらしいんですよ。だから勇者様について行こうって決意できたのは実はそこまで行けたら何か思い出せるかなっていうのもあったんです」

勇者「は?」

今聞きづてならないことを聞いてしまった。

勇者「クソ魔道士、お前魔王城まで付いてくるつもりなのか?」

魔法使い「え?だってそのための旅なんですよね?」

勇者「俺は呪いが解けたらお前を適当なところで捨てるつもりだったんだが…」

魔法使い「えぇ!?そ、そんな…冗談ですよね?」

勇者「悪いが冗談ではない。今は何もできないお前を俺が守りながら戦う形になっているがこの戦い方はあと二つ三つも村や町を抜ければ通用しなくなるはずだ」

勇者「魔王城まで付いてくるつもりならそれまでに攻撃魔法を使えるようにしておけ」

魔法使い「ふぇぇ…四年も修行して無理だったのにそんなの無茶振りですよぉ…」

勇者「口答えするな。俺はお前をここで殺すことだってできるんだぞ?」

剣を抜いて魔法使いに向けてみせる。

魔法使い「ひッ!はひぃ!使えるようにします頑張ります!だからそれだけは…」

勇者(相変わらず必死だな)

勇者「そら、村が見えてきたぞ」

魔法使い「は、はぃ…」

村に着いて宿を取る。
すると受付の中年の男に妙なことを言われた。

中年「あんたが噂の勇者様か。連れのお嬢ちゃんもお強いのかい?」

魔法使い「わ、私は…」

勇者「まったくの雑魚だ」

魔法使い「あぅ」

中年「そうなのかい。お嬢ちゃん可愛い顔してるし、気をつけろよ」

何をだ?

勇者「……」

魔法使い「?」

横目で魔法使いの方を見るも彼女も何の心当たりもないようで首を傾げていた。

勇者「何の話だ」

中年「実はな、この辺で最近人喰いの豚の亜人が暴れてるんだ」

勇者「人喰いだと?」

中年「ああ、それも若い女ばかり狙うゲス野郎だ」

魔法使い「ひぇっ」

勇者「なるほどそういうことか」

もしかしたら魔王の力の一部を受け取った残党かもしれん。

勇者「その話、引き受けよう。そいつは俺が斬る」

中年「それは本当かい!?本当は俺からも討伐をお願いしたかったんだが勇者様は先を急ぐ身だ、無理は言えねぇって思ってたんだが…」

勇者「何の罪もない者たちが襲われているのを放ってはおけん」

魔法使い「私も罪はないと思うんですけど~…」

小さな声で魔法使いが横槍をいれた。

勇者「お前は俺に呪いをかけただろ」

魔法使い「うぅ」

中年「じゃあさっそく今日の夜からお願いするぜ勇者様。あいつは夜に若い女のいる場所に忍び込むんだ」

勇者「ああ分かった。おい呪い魔道士、今のうちに寝て夜に備えておけ」

魔法使い「はい…」

俺は魔法使いに準備を促し、部屋に入った。






第2章
人喰いの夜






「…さま」

「…しゃさま」

「ゆーしゃさまぁ…」

勇者「ん、んん…」

大分日も落ちて外も薄暗くなってきたころ、誰かの声で目が覚めた。

勇者「なんだ?」

目を開けるとそこにいたのは枕を抱えた魔法使いだった。


魔法使い「勇者さまぁ…」

勇者「どうした?例の亜人がでたのか?」

魔法使い「そうじゃないんですけど…あの、私も一緒の部屋で寝ていいですか?」

何を言っているんだこいつは。

勇者「お前の部屋は別で取っておいたはずだが?」

魔法使い「だ、だだだだってぇ…怖いじゃないですかぁ。私の部屋にいきなりその亜人が出たら私何もできずに食べられちゃいますよぉ…」

勇者「それはお前が死ぬということか?」

魔法使い「そうですよ死んでしまいますよ」

勇者「それは幸運だな。お前を守りながら戦うこともなく呪いも解けていいことづくめだ」

魔法使い「酷い!」

勇者「だから大人しくあっちの部屋で寝ろ」

魔法使い「お願いします!ここで一緒にいてください!」

ベッドの下で土下座する魔法使い。

勇者(こいつにはプライドというものがないのか?)


ベッドを降りて魔法使いの前にしゃがむ。

魔法使い「実は私寝相には自信がある方なんです!絶対に勇者様の邪魔にはなりませんのでどうか!」

勇者「俺はお前に起こされて目が冴えた。そこで好きなだけ寝てろ」

魔法使い「え!?それじゃあ意味がないじゃないですか!」

勇者「何がだ」

魔法使い「ここにいてくれないと…」

勇者「じゃあお前のアホみたいな寝づらをじっくりと拝んでやるから安心して寝ろ」

魔法使い「うっ、それは恥ずかしいですけど仕方ありませんね。ありがとうございます」

勇者(ここまで俺の前に散々醜態を晒しておいてこれ以上何を恥ずかしがることなんてあるのか?)

魔法使い「そ、それでは寝ます。お休みなさい…です」

さっきまで俺がいたベッドに上がり布団を被る魔法使い。

そのまま目を瞑るのかと思えば何やらこちらをチラチラ見ている。

勇者「どうした」

魔法使い「あの…あまり寝顔見ないでくださいね?」

勇者「ならこうしておくか?」

掛け布団の上の方を掴んで魔法使いの顔に押し付ける。

魔法使い「んばっ!んんー!!!!」

魔法使い「や、やめ…!んぐぁ…いいですから!もがっ!…寝顔ガン見してもいいですから!」

勇者「むしろ本音はできるだけ見たくないからこうしてるんだがな」

魔法使い「ほんっとーに!んがぁ!やめっ!いぎでぎなっ…できまぜんっが、らぁ!じぬっ!じぬっ!」

勇者「この程度で死ぬのか。なら死ね」

魔法使い「そ、それいじょ…うんっ…やったら…また魔法…がげぢゃいま、ずよぉ!」

勇者「なっ!」

さすがに手を離す。
ただでさえまだ頭痛が残っているというのにこれ以上の呪いは気が狂いそうだ。

魔法使い「およ?ふふふふ…勇者様の弱点見つけちゃいました」

魔法使いは何故か得意げだ。
少し腹が立った。

勇者「いいだろうその代わりもし本当に俺にもう一度あの魔法を使ったときには問答無用でお前を殺す」

魔法使い「ひぇっ!冗談ですよぉ…」

すぐにいつもの涙目に戻った。
やはりこいつはアホだ。

勇者「もういい。さっさと寝ろ」

魔法使い「ふぁーい…むにゃ…」

その後魔法使いは10分も経たないうちに眠りについた。


魔法使い「んー…くぅくぅ…」

勇者(さっきまで怯えてたのが嘘みたいな寝顔だな。連れてかれても食べられるまで起きそうにないな)

魔法使い「ん~…しゃさまぁ…むにゃ…」

勇者「?」

勇者「寝言か…夢の中でまで俺の足を引っ張ってるのか。本当に迷惑な奴だ」

魔法使い「ふにゅ…」

勇者(しかしこうして見ると幼い子供のそれだな。男を魅せる魔性の力と身体を持っていても、所詮中身はまだまだ少女というわけか)

そのまま数時間後…村人たちもみな寝静まりほとんどの家の灯りが消えた。

勇者(そろそろか?)

勇者「おい起きろ、そろそろ外に見張りに出るぞ」

魔法使い「うぅん…にゅー…じゅる…」

ヨダレを垂らしたアホづらのままなかなか起きない。

勇者「おい!」

軽く頬をぺちぺちと叩いてみる。

魔法使い「んにゅ~、やぁ…」

勇者「…駄目か」

勇者(どうせこいつは使えないし一人で出るか)

勇者「子供は寝る時間、だからな」

俺は一人で宿を出て外を見て回ることにした。

勇者「特に異変はないな」

暫く外を歩いてみたが激しい物音も悲鳴一つも聞こえてくることはない。
宿から少し離れた所も見に行ったがそれは変わらなかった。

勇者(今日は偶々現れなかっただけか?)

勇者(随分と宿から離れたところまで来てしまったな。そろそろ戻るか。もしかしたら何処かに潜んで俺がその場所を離れるのを待っていた可能性もある)

引き続き時間を置いた宿の周りを探索しようと戻ったときだった。


勇者「!」

何やら黒い人影が宿の窓を攻撃している。

そしてついに影は窓を叩き割り部屋へ進入した。

勇者「待て!」

俺も急いで宿の入り口から部屋に入る。

人喰い「んぁ?なんだ戻ってきたのかよ」

部屋の扉を開けると、人喰いは寝ている魔法使いに手を伸ばそうとしていた。

勇者「貴様が人喰いか」

見た目は肥満気味な大男といった感じで正に豚のような男だった。

人喰い「なんだ?この女もそうだがお前らは村の人間じゃなさそうだな」

勇者「俺は勇者だ」

人喰い「勇者だと?ということはこっちの女はお前の仲間か」

人喰い「やっぱ村の人間じゃなかったか。だってこの村にはこんないい女いねーもんなぁ!この部屋には何かいい女がいるような気がしたんだよなぁ!」

人喰いは魔法使いを見ながら正に下衆というような表情を浮かべながら舌なめずりした。

勇者(あいつの誘惑の毒は外にまで漏れてるのか?恐ろしいな)

勇者「そいつは仲間じゃなくて荷物だ。間違えてもらっては困る」

人喰い「あーはいはいお前の所有物ってわけか。なら許可取った方がいいか?こいつを俺に譲ってくれよォ!」

勇者「それはどっちでもいいが俺は貴様を斬ることには変わりない」

人喰い「なんだ俺の邪魔するってのか?じゃあお前は殺すとするか。俺は食べる奴以外は殺さないエコな思考なんだがなぁ」

人喰い「止めといと方がいいぜ?俺はその辺の雑魚とはちげぇ。一応魔王様にちょっとだけ力を分けてもらってる身だぜぇ?」

勇者(やはり残党の一人か)

勇者「弱者だけを襲うというわけか。ふん、小物だな」

人喰い「だって男って筋肉質で硬くてあんまりうまくねーんだよ」

人喰い「それに比べて女はよぉ…柔らかくてもう最高よ」

人喰い「それに、食べる以外にも楽しみがあるしなぁ!この女は沢山楽しめそうだぜぇ」

人喰いは魔法使いの太ももを触りながら己の汚れた欲望を語る。

魔法使い「んっ…んぅ…むにゃ…」

少し顔を歪めるも魔法使いはまだ起きそうにない。

勇者(そこまでされてまだ起きないのか。呑気な奴め)

人喰い「あー我慢できなくなってきたぜ…。お前さぁ、さっきこの女のことはどっちでもいいつったよなぁ」

勇者「ああそれはそうだが…」

人喰い「なら闘り合うのは俺が少し楽しんでからでもいいか?まぁ実際に喰うのは少し運動してからのが美味いからお前を始末してからでいいが…ちょっとそこで見てろ。お前の荷物だった奴が乱れていくのをな」

俺を煽っているつもりなのだろうか。別に俺はあの女がどうなろうと知ったことではないというのに。

人喰い「へへっ…たまんねーよこいつぁ…」

俺が黙っているのを良しととったのか人喰いは魔法使いの身体を気持ち悪い手つきで触り始めた。

太ももを撫でた後に、服の中に手を忍びこませ腹をさする。

人喰い「ぐへっ…ぐへへ…」

魔法使い「んっ…んっ…んあっ…」

勇者(あれでも起きないのか。俺があいつの立場なら身体が拒絶反応を起こして飛び起きそうなものだが)

勇者(一見隙だらけだ。後ろから一撃お見舞いしてやってもいいが)

勇者「くっ」

先ほどから妙に頭痛が酷い。
なぜいきなり…。

人喰いが服の中に滑らせた手は腹からみぞおちへ…そして胸へと進もうとしていた…そのときだった。

魔法使い「んはっ…んぁ…くしゅぐったいですよゆーしゃさまぁ…むにゅ…」

勇者「!!」

その寝言を聞いて俺は瞬時に鞘から剣を取り出し人喰いの背を斬りつけようとした。

人喰い「あ?」

それに気がついた人喰いは素早く腰から短刀を引き抜きそれを受け止める。

人喰い「どういう関係かはしらねーが仮にも自分の女がいいようにされるってのに随分と素直だなと思ったらこういうことかい。不意打ちとは女神に選ばれた身にしちゃあセコい真似するじゃねーの勇者さんよぉ」

勇者「気が変わった。どうやらそのアホづら魔道士の夢の中では貴様の気色悪い淫行は全て俺がやってるものに置き換わっているようだ。流石に不愉快極まりない」

人喰い「ちっ、いいとこだったのによぉ。結局こうなっちまうのかい」

人喰いは魔法使いに触れていた手を離し、腰からもう一本の短刀を引き抜くと俺の腹目掛けて一振りする。

勇者(丁度頭痛もおさまったか。なんとか戦えそうだ)

その一撃を距離を取りながら回避し、下から剣を振り上げ片方の短刀を弾く。

人喰い「おっと!」

一度は驚きの表情を見せた人喰いだったが、直ぐに表情を改めまだ持っている方の短刀をこちらに投げつけた。

勇者「ぐぅっ!」

間一髪頭を右に傾けて奇襲を避ける。

俺が怯んだ隙に上に宙を舞う短刀を握りそのまま振り下ろす人喰い。

人喰い「オラァ!」

避けきれず肩をかすめる。

勇者「ちっ!」

人喰い「やるじゃねーか。今のはモロ入ったと思ったんだがな」

勇者「貴様もその巨体にしては軽々と動くな」

人喰い「なんでも見かけで判断しちゃあいけぇねぇよなぁ」

勇者「そうかもしれんな!」

仕切り直しの初撃、真っ向からの一撃はまず受け止められまたも睨み合いに突入する。しかしこの様子なら奴にもう他の短刀はないと見て良さそうだ。

勇者(リーチはこちらの方が長い。そこを上手く生かせれば楽に沈められるはずだ)

一旦離れ、斬ると言うよりは突き気味の攻撃に転じる。

人喰い「よっと、おっと、ほっと!危ない危ない」

人喰いも上手いこと俺の攻撃をかわしているが避けるのに精一杯といった様子でなかなか得意であるはずの間合いには入って来れない。

勇者(確実に押している。こうしている内に体力を削られ何処かでかわし損ねれば…あとは…)

人喰い「あめーな勇者様」

勇者「!」

ニタリと口を緩める人喰い。

勇者(しまった!完全に油断していた)

気づいたときにはもう遅い。

勇者「ぐぁっ!」

肩に投げられた短刀が突き刺さる。

そうなのだ。奴はもう一本を投げれば得物が無くなるというだけで別に投げるという選択肢を失っているわけでは無かった。

人喰い「おらよぉ!」

人喰いは俺が痛みに怯んだ一瞬の隙を逃さず懐に素早く入り込むと拳にこめた渾身の一撃を俺の腹にお見舞いした。

勇者「がはっ!」

勇者「がはっ!」

殴られた勢いでそのまま壁に叩きつけられる。

勇者「ゴホッ!」

剣も手からこぼれザクリと木製の床を貫いた。

人喰い「チェックメイトだな…勇者様よぉ」

最初に投げて壁に突き刺さった短刀を引き抜きとにやけた面の大男は俺の目の前に刃を向けた。

勇者(回復魔法詠唱の隙もないか…万事休すか?)

勇者(クソッ!こんなところで死ぬわけにはいかぬというのに!)

魔法使い「あ、れ?勇者様…?」

人喰いの巨体の後ろに隠れて見えないがどうやら俺が壁に叩きつけられた音で魔法使いが目を覚ましたらしい。

魔法使い「も、もしかして人喰い…ですか?」

人喰い「なんだ起きたのか…丁度よかったぜ、そこで勇者様の首が飛ぶのを見てな!」

魔法使い「ひっ!そ、そんな…!」

人喰いは顔を魔法使いの方に向けて話しているが恐らくこちらへの警戒は怠ってないだろう。
何しろ最初の不意打ちとも言える一撃を受け止めたのだから。
下手に動けば本当に首が飛ぶ。

勇者(何かないのか…?何か…)

人喰い「死ねぇ!」


月明かりを受けギラリと光る鋭さが俺の首目掛けて切り裂かんと振られる。

勇者「くっ!」

魔法使い「タンターシオン!」

勇者「!?」

人喰い「ヌッ!?」

あと少しで俺の首に到達しそうだった短刀の動きが止まった。

人喰い「ハァッ、ハァッ…」

突如狂ったように息を荒げた人喰いは短刀を床に落とし、魔法使いの方を向いた。

人喰い「ヒヒッ…ヒヒヒヒヒ…ウマソウ…うウマソウ!」

人喰い「ウマゾウッ!!!!!」

メスを見つけ発情した獣のごとく人喰いは魔法使いに飛びかかった。

魔法使い「ヒェッ…いやぁっ!ゆ、ゆうしゃさまぁ!!!」

一瞬何が起こったのか理解できず戸惑っていたが魔法使いの声で我にかえる。

勇者(俺は何をしている!?今が好機だ!)

床に突き刺さった剣を取り走る。

勇者「うおおおおおお!!!」

背を向いた人喰いを力任せに斬りつけた。

人喰い「グゥァァァァ!」

大量の血を吹き出しながら巨体が重みのある音をたてて倒れた。

勇者「はぁ、はぁ、はぁ…」

魔法使い「うっ…ひっく…うぇぇ…」

勇者「……」

魔法使い「ゆうしゃさまぁ…うぅっ…」

勇者(間違いない)




今こいつは人喰いの理性を一瞬で破壊した。





勇者(一体どれだけの魔力を込めて撃ったんだ?少なくとも俺に向けて放ったのより二倍…いや三倍近くの魔力…)

勇者「……!!」

自然と身体が震えていた。

勇者(俺の本能が恐怖すら感じている…)

魔法使い「こわかった…ゆうしゃさまが死んで…わたしも殺されちゃうんじゃないかって…こわかったですよぉ…」

魔法使いに抱きつかれた。

勇者(今怖いのはお前の方だ)

だが

勇者(情けない話だが俺はさっき確実にこいつに助けられた)

勇者「まさか泣き虫クソ魔道士に助けられることになるとはな…礼を言うぞ」

魔法使い「うぇぇん…くずっ…ずるずるズッー…」

勇者「…人の服で鼻をかむなクソ魔道士」

何はともあれ、己の力を過信していたが俺もまだまだというわけか。


次の日


中年「本当にありがとうございました勇者様!他の村人たちもお礼を言っていましたぜ」

勇者「礼には及ばない。俺は何もできなかった」

中年「まぁまぁそんなことはないだろう?あそこの部屋はボロボロで暫く使い物にならねぇが別の部屋をタダで貸すから、暫くゆっくりしていってくれよ」

勇者「それはありがたい。お言葉に甘えておこう」

ボロボロになった部屋に戻ると泣き疲れた魔法使いがまだベッドで布団にくるまっていた。

勇者「おい起きろ鼻水魔道士。この部屋は出て行くぞ。別の部屋を貸して貰えることになった。…というよりお前は元の部屋へ帰れ。もういいだろう」

魔法使い「ふぁ~い…」

魔法使いが目を擦りながらゆっくりと身体を起こす。

彼女が起きたのを確認した俺は先に新しく用意された部屋へ移動しようとすると彼女に呼び止められた。

魔法使い「あ、すみません少し聞きたいことがあるんですけれど…」

勇者「なんだもう元の部屋の番号を忘れたのか」

魔法使い「そうじゃないんですけど…勇者様、もしかして私が寝ている間にその、私の身体触ってたりとか…してましたか?」

勇者「俺は触ってない。あの人喰いはベタベタと気持ち悪い手つきで触っていたがな」

魔法使い「ひぃっ!?それ本当ですか!?」

勇者「残念だが本当だ」

魔法使い「さ、最悪ですよぉ…私今すぐお風呂入ってきますっ!」

勇者「ああそうしろそうしろ。多分俺でもそうしている」

魔法使い「なんで勇者様じゃないんですかぁ!なんでよりによって…あ、あんな恐ろしい人が…」

勇者「知るか。むしろ俺だったら良かったのか?随分と軽い女だな」

魔法使い「ふぇっ!?いえぇ、けしてそういう意味では…」

魔法使い「あぅ…」

魔法使いは顔を激しく真っ赤にすると妙な様子でドタバタと騒がしく部屋を出て行った。

勇者「…変な奴だな」



人喰いのいた村を出た俺たちは先にある大きめの街を目指して出発した。

勇者「随分と数が多いな」

その道先で大量のファングの群れに囲まれていた。

勇者(一匹を相手にしてたら後ろから別のもう一匹に噛みつかれそうだ)

ファング「ガルルル」

ファング2「グルルル」

ファング3「ギャルル」

勇者「魅せてやれ尻軽魔道士」

魔法使い「またやるんですか!?」

勇者「仕方ないだろ。囮にしか役に立たないお前が悪い」

魔法使い(あぅ…なんか最近さらに扱いが雑になってるような…)

魔法使い「テンプテーション…」

ファング123「グラァ!!!」

魔法使いに魅せられた獣が一斉に彼女に飛びかかった。

魔法使い「うわぁ!」

勇者「一箇所に集まってくれれば容易い」

同じ方向となったファングを一匹また一匹と切り倒していく。

勇者「片付いたな」

魔法使い「流石に死んじゃうかと思いましたよぉ~」

勇者「別に死にはしないだろ。お前の呪いにかけられたヤツらの目的はお前を殺すことではなくなっている」

勇者「お前を…」

魔法使い「い、いわないでくださぃ!」

赤面して手のひらをぶんぶんと振る魔法使い。

勇者「分かってるなら言う必要もないな」

勇者(大分戦術として完成されてきたか)

魔法使いが引きつけてそれを俺が斬る。
それが今の俺たちの戦闘スタイルだ。

最初は荷物としか思えなかった魔法使いの扱い方も分かってきた。

ただ敵がまったくの能無しになる代わりに意地でも魔法使いを襲おうとするあまり若干力が強くなってるのが問題点か…。

しかしそれを差し引いても2対1の対人限定なら最強に近い闘り方だ。獣相手より闘り易いかもしれん。

勇者「行くぞ」

魔法使い「はーい…」

勇者「なんだどうした」

魔法使い「いいえ、別に…」

勇者「……」

勇者(もう一つ問題があったな)




魔法使いはあまりこの戦い方が好きではないようだ。



勇者「よし着いたぞ。とりあえず宿を取って道具の補充するか」

魔法使い「そうですね」

「誰か捕まえてー!」

「またか…」

「役人は何やってるんだ?」

勇者「何だ?」

魔法使い「何か揉め事でしょうか」

街の大通りの人混みの中をかき分けて俺と同じくらいの年齢の茶色のバンダナをした男がこちらへ走ってくる。

「誰が捕まるかい!」

「んにゃー!ぱんつ返せにゃー!」

「おっと!おっと!どいたどいたぁ!」

魔法使い「うわぁ!」

「あいてっ!」

男は鈍臭い魔法使いと激突した。

魔法使い「あぅぅ…」

「おっとすまねぇな嬢ちゃ…ん?」

魔法使い「いえ、大丈夫です…」

さっきまで風の様に街を駆け抜けていたバンダナの男が尻もちをついた魔法使いの前に立ち尽くした。

勇者「?」

「ほ、惚れたぜ!」

魔法使い「ふぇ?」

「すっ、すすすすっげー可愛いなアンタ!惚れたぜ惚れたぜビビッと来たぜ!アンタ名前は!?」

勇者(何なんだこいつは…)

魔法使い「えっ、と、はい?魔法使い…ですけど…」

魔法使いも流石に自分が何を言われているのかイマイチ理解できていない様子だ。

「はぁ、はぁ…追いついたにゃす。もう逃さないにゃす」

そこに肩を上げながら息をするタンクトップにショートパンツの猫耳娘がやって来た。

「おっと、オイラとオイラの運命の女の出会いを邪魔する野蛮な奴め…ここは仕方ない」

「魔法使いちゃん。オイラは手に入れると決めたモンはどんな手を使ってでも手に入れる主義なんだ!オイラはアンタが欲しくなった!また会おうぜ!」

そう言い残すと男は軽々と民家の壁を上がり、屋根の上を駆け抜けて行った。

「すっ、すごっ…ずるいにゃす!ずるいにゃすぅ~!」

猫耳の娘はもう駄目と言わんばかりに地面に座り込んだ。

「はぁ…にゃーのぱんちゅ…」

魔法使い「な、なんだったんでしょうか」

勇者「さあな。おいそこの女、あいつに何か取られたのか?」

「にゃーのぱんつ取られたにゃ…結構お気に入りの奴だったのに…」

勇者「下着泥棒か?しょうもない小悪党だな」

「お兄さんたちあいつのこと知らないにゃす?」

魔法使い「はい。私たちさっきこの街に訪れたばかりなので」

勇者「この辺じゃ有名な下着泥棒なのか?」

「下着だけじゃないにゃ。あいつは自分が欲しいものは何でも盗む最低の野郎にゃ。その欲ぶかさとあいつの持ってる武器からあいつは針鼠って呼ばれてるにゃ」

勇者「なるほどな」

魔法使い「あの人を捕まえましょう勇者様!」

勇者「随分と燃えてるな」

魔法使い「それはそうですよ!女性の下着を盗むなんて許せません!」

「えぇ!?お兄さん勇者様にゃす!?」

勇者「ああそうだ」

「勇者様ぁ!にゃーからもお願いにゃ!あいつを捕まえて欲しいにゃ!」

勇者(流石に小物相手過ぎる気もするが…)

魔法使い「勿論協力してくれますよね!?」

勇者(鈍臭魔道士が異様にやる気だな。この流れでは断りにくい…)

勇者「ああ。まぁいいだろう」

ねこ「ありがとうにゃす!にゃーはねこにゃす!」






第3章
針の数の欲望






道具の補充などが終わった俺たちはねこの家に邪魔していた。

ねこ「協力してくれるお礼にゃ、ねこの家に泊まって行くにゃす」

勇者「感謝する。これで宿代を他の分に当てられる」

ねこ「勇者様が協力してくれるなら百人力にゃ!にゅふふふ…針鼠、次ににゃーの下着を取りに来たら命はないと思えにゃ」

勇者「あの男はいつもこんな白昼堂々と活動しているのか?」

ねこ「時間は関係ないにゃ、真夜中に被害を受けたっていう話もあとをたたないにゃ」

勇者「なるほどな。欲しいものを欲しいときに手に入れようというわけか。欲望に忠実な奴だ」

勇者「そうなると狙っての撃退は難しくなるか?」

勇者「ふむ…」



『魔法使いちゃん。オイラは手に入れると決めたモンはどんな手を使ってでも手に入れる主義なんだ!オイラはアンタが欲しくなった!また会おうぜ!』


勇者「いや、そうでもなさそうだな」

ねこ「本当かにゃ!?」

勇者「おい鈍臭魔道士」

魔法使い「はい?」

勇者「今晩一晩中ねこの家の前で立っていろ」

魔法使い「えぇ!?」

ねこ「いったいどういう作戦にゃ!?」

勇者「針鼠の次のターゲットは恐らくこいつ自身だ。こいつを餌にあの男を釣る」

魔法使い「そ、そんなぁ…無茶ですよ勇者様」

ねこ「そうにゃ、だってあいつは魔法使いちゃんが今何処にいるかすら知らないにゃ」

勇者「あいつはどんな手を使ってでも欲しいものは手に入れると語っていた。ここまで名を広げているんだ。たとえ標的が動いてたって関係なさそうだろ」

勇者「それにねこ、安心しろ。こいつ自身は魔法使いを語るにおこがましいお荷物だがこいつの持つ毒は本物だ」

魔法使い「おこがましいだなんて…うぅ、すみませんお師匠様…」

ねこ「毒…?」

勇者「この女は無意識の内に男を誘惑するというとんでもないメス兎だ」

ねこ「それはすごいにゃすね…男の人にモテモテにゃすか?うらやましいにゃす!」

魔法使い「そんないいものではないですよぉ」

ねこ「じゃあ勇者様も魔法使いちゃんのことが好きにゃす?」

魔法使い「!!」

勇者「ふっ、馬鹿にするなよねこ。俺がもう既にこいつの毒に当てられてるならこいつの力を利用しようなどとは思うまい」

ねこ「それもそうにゃすか」

魔法使い「……」

勇者「何を肩を落としている。気に食わん作戦かもしれんがお前に拒否権はないぞ」

魔法使い「いえ、けしてそういうわけではないんですけど…」

勇者「?」

ねこ「…いろいろ大変にゃすね」

勇者「何か言ったか?」

ねこ「いや、なんでもないにゃす」

勇者「そうか、ならこの作戦で…うっ!!」

頭に鋭い痛みがはしりよろめく。

魔法使い「勇者様!?」

ねこ「大丈夫にゃす!?」

勇者「…気にするな。とにかくこの作戦で行くぞ」

勇者(また唐突な頭痛…痛みの発生に何か条件があるのか?)

そして夜が来た。
家の前に魔法使いを立たせて二回の窓から俺とねこで外の様子を伺う。

ねこ「本当にくるんにゃすかね?」

勇者「来ないならその程度のやつということだ」

魔法使い「勇者様ー!もし私が攫われたら助けに来てくださいよぉー!?」

勇者「うるさいぞ餌魔道士!こちらに向かって話を掛けるな!釣れなくなるだろう!」

魔法使い「うぅ…扱いが雑すぎますよぉ…」

ねこ(勇者様本当に魔法使いちゃんのことを女の子と思ってないにゃすね…仲間と思ってるかも怪しいにゃす)

「そんなに釣りたきゃ釣られてやるぜ!」

姿は見えないが突如昼に聞いた声と同じ声が夜の街に木霊した。

魔法使い「ひっ!」

ねこ「本当に来たにゃす!」

勇者「真っ向勝負を挑むか。ただの小物というわけではないようだな」


「沼のヌシを無理やり釣ろうとは思わないことだな!」

針鼠「エサが減っていくだけだぜ!」


下にバンダナをした男の姿が見えた。

勇者(間違いなく昼の男だ!)

魔法使い「きゃっ!んんー!!!」

男は魔法使いに近づいて自分のバンダナを取りそれで手際よく魔法使いの口を縛ると、抵抗する彼女を強引に抱えて走り出した。

針鼠「へっ!そこそこのおっぱいの割に思ったより軽いな。まぁ身長はガキだしこれなら逃げ切れそうだぜ」

魔法使い「んっー!んっー!」

勇者「逃がすか!」

俺は窓から飛び降りると針鼠の後に続く。

ねこ「にゃっ!?ちょっ、ちょっと待つにゃすぅ~!」

遅れてねこも外に出てきた。

針鼠「いいねぇいいねぇ。愛の逃避行って感じでロマンチックだぜ!」

魔法使い「んんー!」

針鼠「悪いね魔法使いちゃん。落ち着いたら外してやるからよ。ホントは好きな女に酷いことする趣味はねーのさ。許してくれよっ!」

勇者(差が広がるわけでもないが全く縮む気配もない!人一人抱えた状態で俺とほぼ同じ速度で走っているというのか!?)

勇者(あいつも口が防がれているから魔法は使えそうにないな。どうする?)

考えているうちに針鼠は大通りを外れ、小さな路地へ曲がった。

俺も急いで路地へ曲がる。

だがそこは行き止まりで壁しかなく、二人の姿は何処にも無かった。

勇者「なっ、なんだと!?クソッ何処へ消えた!」

とりあえず路地を出て辺りを探すことにした。

勇者「本当に何処にもいない…くそっ!見失ったか…」

ねこ「はぁ、はぁ。やっと追いついたにゃすよ」

勇者「ねこか。針鼠を見なかったか?」

ねこ「え?勇者様が追ってたんじゃなかったにゃす?」

勇者「あの辺りの路地に入ったあとに消えた。あそこには壁しか無かった。一体どうやって身を隠したんだ?」

ねこ「え?壁?」

勇者「そうだ」

ねこ「あの路地は反対側の大通りに繋がっていて壁なんか無いにゃすよ?」

勇者「なんだと?」

…………

針鼠「へっへっへ…茶濁しにしかならないと思っていたが、思ったよりもオイラの幻覚魔法が効いてる効いてる。この辺じゃ見ない顔だったしあの分だとこの辺の道を知らなさそうだな。本当はここに壁なんかねーからな」

針鼠「なんで俺が選ばれたのかはよく分かんねーが魔王様に力を貰ってから絶好調だぜ!」

魔法使い「!!」

魔法使い「んー!んー!」

針鼠「あっ、悪りぃ。苦しかったよな。一旦落ち着いたから外してやるよ。よいしょっと」

魔法使い「ぷはぁっ!」

針鼠「さすがに人一人抱えて走り続けるのは堪えるな。ここらでちょっと休憩するか」

魔法使い「ゆ…ゆうしゃ…もがっ!」

針鼠「おっと。叫ぶのは無しにしてくれよ?叫んだらオイラの得物が黙っちゃいねーぜ?」

魔法使い「ひっ…針…」

針鼠「さっきも言ったろ?あんま魔法使いちゃんには手荒な真似したくねーんだ。勘弁してくれよ?」

魔法使い(うぅ…私に一人で戦えるだけの力があったら…)

魔法使い「…あなたは、魔王の力の一部を受け取った残党なんですか?」

針鼠「んー?なんかよく知らねーがそうなのか?ある日いきなり魔王様を名乗る女がオイラの目の前に来てよぉ。力を与えてくれたんだ」

針鼠「オイラは魔王様にはすっげー感謝してるんだ。魔王様に合わなかったらあんなたいそうな幻覚魔法なんて使えなかったしな」

針鼠「もしこれからアンタと暮らすことが出来たならもっと感謝しなきゃな!」

魔法使い「えっ、私をどうするつもりなんですか?」

針鼠「そりゃあもうオイラのお嫁さんにしたいに決まってるじゃんよ。オイラ真剣にアンタに惚れてるんだ」

魔法使い「えぇ!?…そ、そんなの、困りますよ…」

針鼠「なんでだ?俺といたらアンタの欲しいもんもなんでも手に入れてやるぜ?これから魔法使いちゃんの欲しいもんもオイラの欲しいものになるんだ。それでもダメか?」

魔法使い「だって…私は勇者様と一緒に魔王を倒さないと」

針鼠「さっき叫ぼうとしたので察したけどやっぱりあいつ新しい勇者だったのかい」

針鼠「そんなの最悪あいつ一人に任せときゃいいだろ。それともなんだ?あいつにとって魔法使いちゃんは欠かせない存在なのかい?まぁめちゃくちゃ可愛いしな」

魔法使い「そ、それは…ない、と思います…」

魔法使い(いつもお荷物か囮扱いですし)

針鼠「ふーん。じゃあさ…」

針鼠「魔法使いちゃんはあいつのこと好きなのかい?」

魔法使い「ふぇっ!?しょっ、しょれはでしゅね…」

魔法使い「…よく分からないん、です…勇者様は私をとても雑に扱ってるのに…それでも勇者様はいつもかっこよくて、いつでも死んでもいいはずの私をいつも守ってくれて…偶に少しだけ優しくて…私を見る目がギラギラしてる他の男の人とは違くて」

針鼠「あーもう分かった分かったよ。話聞いてるだけで甘酸っぱ過ぎて唾が出ちまう」

針鼠「でも安心しな。これからはオイラの虜にしてやるからよ。オイラだけの女にしてやる。あんたを、ずっとオイラの隣に置いておきたいんだ」

魔法使い「あぅ…そんな恥ずかしいこと言わないでくださぃ」

勇者「それは困るな」

勇者「そいつには俺にかけた呪いを解く義務がある。それができなければ俺はそいつを殺す。俺がいつでも殺せるようにそいつには俺の隣にいてもらわなければな」

針鼠(やべっ…長居し過ぎたな。幻覚がばれたか?)

勇者「そこにいるんだろ?ビスペル!」

解呪の魔法を唱えると壁は透けて消え去りそこには魔法使いと針鼠がいた。

針鼠「また追いかけっこの時間かい」

魔法使い「ひゃっ!」

針鼠はまた魔法使いを抱え直すと反対側の大通りに向かって走りだした。

勇者「ねこっ!」

ねこ「んにゃっ!もう逃さないにゃ」

あらかじめもう一方の出入り口に配置しておいたねこを使って挟み討ちにする。

魔法使い「ねこちゃん!」

針鼠「あらら、桃色パンツの猫ちゃんかい。今夜は何色のはいてるの?」

ねこ「い、言うわけないにゃすよ!」

勇者「悪いが今のお前は逃げ場もなく3対1の状況だ。大人しく負けを認めろ。お前が理性を保っていられる内にな」

針鼠「はいはい俺の負けだ。ここは一旦逃げてあとでまた魔法使いちゃんを迎えに行くとするよ」

針鼠は魔法使いを下ろした。

魔法使い「ゆーしゃさまぁ!」

魔法使いが親の迎えが来た子供のようにこちらへ走って抱きついてきた。

魔法使い「ゆーしゃさまぁ…」

勇者「暑い重い離れろガキ魔道士。まだ戦いは終わっていない。俺たちはあいつを逃すつもりはない」

勇者「仮に逃がしたところでまたお前を餌にするだけだがな」

針鼠「本当にクソみたいな男だな。アンタ」

針鼠は何故だかキレ気味に俺にそう言った。

勇者「盗っ人のお前に言われる筋合いはない」

針鼠「魔法使いちゃん。あんた悪い男に騙されてるだけだよ」

勇者「なんの話だ?俺がいつお前を騙した」

魔法使い「そっ、その話は…」

針鼠「じゃあまたな!」

針鼠はねこの方へ走ると数本の針を投げた。

ねこ「にゃーなら通して貰えると思ったにゃすか?」

ねこは針をかわすとすれ違おうとする針鼠の腕を掴んでそのまま壁に叩きつけた。

ねこ「くらえにゃあ!!!」

針鼠「ぶへっ!」

叩きつけられた針鼠はどしゃりと倒れる。

針鼠「ぐほっ…」

魔法使い「強い…」

勇者「思ったよりやるじゃないか」

針鼠「ちっ、とんだ怪力娘だな」

針鼠は鼻血をぬぐいながらよろよろと大勢を立て直して血の混じった唾を地面に吐きつけた。

ねこ「にゃーはこれでも一端の武闘家なのにゃ!なめてると痛い目みるにゃすよ?」

針鼠「いいぜやってやる。魔法使いちゃんにオイラはこいつらより強いってことを証明するいい機会だしな!」

針鼠は両手に何本もの針を持って構える。

勇者「やっと逃げられないことを悟ったか。だがさっきから言っているようにお前はもう終わりだ」

勇者「出番だぞクソ魔道士。更に進化した魔法で奴の理性を破壊してやれ」

魔法使い「は、はい…」

針鼠「なんだい魔法使いちゃんがオイラに止めを刺してくれんのかい?」

魔法使い「……」


『魔法使いちゃん。あんた悪い男に騙されてるだけだよ』


魔法使い(それでも…私は…)


『じゃあお前のアホみたいな寝づらをじっくりと拝んでやるから安心して寝ろ』


『まさか泣き虫クソ魔道士に助けられることになるとはな…礼を言うぞ』

魔法使い(気がつけば勇者様の隣に居たくなってしまってたから…)

魔法使い「ごめんなさいっ!テンタツィオルネ!」

夜の闇の中に桃色の巨大な魔法陣が展開される。
そこから放たれる魔法陣と同じ色をした無数の魔力の糸。

その一つ一つが対象の理性を粉々にする恐ろしき毒。

勇者(っ…)

魔法が放たれる様子を見た俺の身体はまた無意識の内に震えだしていた。
おそらく俺は心の奥底で魔法使いのことを酷く恐れている。

以前よりもさらに彼女に強く当たって見栄を張らなければ彼女とまともに会話もできない程に。

針鼠「くぅっ!なんだなんだ!?」

糸は逃げようとする針鼠を追って絡みつき、やがて針鼠の身体中に吸い込まれていった。

針鼠「くっ…うぐぁ…なんなんだ…?」

ねこ「にゃ、にゃにが起こったのにゃ!?」

勇者(さぁ、その狂った眼差しをクソ魔道士に向けろ)

魔法使い(自分で使っといてなんですけどこれ本当にただじゃすみませんよぉ…)

針鼠「はぁ…はぁ…」

勇者(さぁ!)

針鼠「ん?なんだ…?何ともないぞ?」

魔法使い「え!?」

勇者「なんだと!?」

ねこ「にゃ?」

勇者「そ、そんなはずは…奴の理性は完膚なきまで砕かれるはず…」

勇者「おい手抜き魔道士!攫われて奴に情が移ったか!?」

予想外の事態に平静を保てずに取り乱す。

針鼠「ま、マジか!?オイラ嬉しいぜ!」

魔法使い「えぇ!?手なんか抜いてませんよぉ~!」

勇者「くそっ、なぜこいつの誘惑魔法が」

勇者(奴の対魔法耐性が高いようには見えんが)

針鼠「はっ、何かと思えば誘惑魔法だと?そんな物が今のオイラに効くわけないだろうが!」

針鼠「今のオイラはもう既に心から魔法使いちゃんに惚れてるんだ!これ以上ないってくらいにな!」

勇者(奴の恋愛感情が魔法による魅了を遥かに超越しているということか!?一体奴の目に魔法使いはどう映っているんだ…)

ねこ「何かよく分からにゃいけどとりあえず普通に闘うしかないってことにゃすね!」

勇者「仕方あるまい。役立たず魔道士、もうお前は用済みだ。下がっていろ」

魔法使い「え…そんな…」

針鼠「2対1になるのか?楽になるし魔法使いちゃんも傷つけずに済むしラッキーだぜ」

針鼠「来いよ!仕切り直しといこうぜ!」

勇者「うおおおお!」

ねこ「にゃー!!!」

俺とねこで二人同時に攻め立てる。
それに対して二方向同時に針を投げる針鼠。

針鼠「よっ!」

勇者「甘い!」

ねこ「何回投げても当たらないにゃす!」

俺は剣で針を叩き落としねこはかわしながら走る。

針鼠「やっぱ簡単にはやられてくれねぇか」

針鼠は跳躍し、隣の壁を蹴るとその勢いでまた目の前の壁を蹴りそれを繰り返してどんどん上へと上がっていく。

勇者「とんでもない身体能力だな」

ねこ「ずるいにゃす!」

針鼠「これで建物の屋上まで行けたら上に逃げることもできたのにな…流石にこの高さはキツイな…」

針鼠「魔王様の力の一部!とくと味わいな!」

針鼠は上に上がるのをやめると宙を舞い、上から大量の針をばら撒いた。

勇者「奴も魔王の残党だったのか…!?」

ねこ「にゃにゃにゃ!危ないにゃすぅ!」

雨のように降り注ぐ針に俺たちはそれぞれかわすことに集中するしかない。

ねこ「やっと落ち着いたにゃす。あいつは…いたにゃす!くらえにゃ!」

ねこは思いっきり力を入れた拳を振るった。





勇者「ぐあっ!」

…俺に。

ねこ「あれ!?勇者様だったにゃ!」

勇者「ぐっ…はっ…ね、ねこ…どうしたんだ…」

ねこ「ご、ごめんにゃ!にゃーには針鼠に見えたんだにゃ!」

勇者(幻覚魔法か!やられた!)

針鼠「仲間割れなんかしてる暇あんのか?」

ねこ「にゃっ!?」

針鼠がねこの背後から彼女の首めがけて針を刺そうとしていた。

勇者「ねこ!」

まだ痛む身体を無理やり立たせてねこに飛び込む。

ねこ「勇者様!」

勇者「ぐあああ!!」

ねこを抱き寄せ庇った俺の背に何本もの針が突き刺さる。

針鼠「ちっ、もうちょいで一人消せると思ったけど…やるな」

魔法使い「勇者様ぁ!」

勇者「くるな!今お前が攫われたら何もかも水の泡だ!」

こちらへ走って来ようとする魔法使いを怒鳴って止めた。

魔法使い「うぅ…」

ねこ「そ、そんにゃ…にゃーを庇って…」

勇者「ねこ…これは俺たちが引き受けたお前からの依頼だが、奴はどうやら魔王の残党だ。本来ならば俺たちだけで解決しなければならない」

勇者「俺たちはお前を巻き込んで傷つける訳にはいかないんだ」

勇者(まだギリギリ闘れそうか…いや、闘らなくてはな)

身体を奮いたたせ立ち上がり針鼠に向けて剣を構える。

勇者「ねこ、俺たちがお前を守る」

ねこ「ゆうしゃ…さま…」

勇者「そこで見ていてくれ」

魔法使い(私…何もできてないや…)

魔法使い(こんなんじゃ…勇者様の隣に居られない!)

針鼠「その傷でタイマンを挑むってか?真っ向から戦っても勝てそうだぜ。まずアンタから仕留めてやるよ勇者様!」

勇者「負けるつもりはない」

互いに向き合い同時に動き出す。
両手に二本の針を持って俺に刺そうとする針鼠、剣を振り上げ針鼠を斬ろうとする俺。

いち早く一撃を入れた方が勝つ。
そんな勝負だったのだが…

勇者(くそっ…)

残ってたダメージが響き足元がぐらつく。

針鼠「もらったぁぁぁぁぁ!!!」

魔法使い「勇者様は殺させませんっ!」

針鼠(魔法使いちゃん!?)

勇者(クソ魔道士!?)

俺と針鼠の間に魔法使いが両手を広げて割って入った。

魔法使いに向かって針鼠の針が鋭く光る。

ねこ「あぶないにゃーーーー!!!!」

針鼠「くっそぉ!」

針鼠がギリギリのところで手を止めた。

勇者「…すまんな」

その針鼠の一瞬の動揺を見逃すことなく針鼠を剣で貫いた。


針鼠「がはっ…なん…で…」

魔法使い「…ごめんなさい。でもあなたのおかげで気づくことができました。私は…」

魔法使い(勇者様のことが…)

針鼠「はは…もう、いい。それだけ聞けりゃあ…十分、だ」

針鼠「このオイラでも…手に入れられないもんがあったなんて…な…」

針鼠はそう言い残すと息絶えた。

勇者「……」

俺は普段から真剣な命のやり取りに正当なやり方もクソもないと思っているが、今回ばかりはあまりにも卑怯な勝ち方をしてしまったと針鼠に心の中でもう一度謝罪をした。

だが彼の亡骸を見るとなぜだろうか。
少し満足気に笑ってるようにも見えた。

俺の中の卑怯な心が少しでもこの闘いの結末を正当化するためにそう見せてるだけかもしれんが…。

勇者「はぁ…またお前に…助けられたな…」

俺も限界を迎え地面に膝を着く。

魔法使い「勇者様ぁ!」

ねこ「勇者様!」

前に倒れこむ俺を魔法使いが胸に抱きかかえた。

勇者(普段は荷物と囮にしかならんような奴だが…なかなかどうして、いざとなったときは憎めん奴だ…)

何故か少しだけ頭痛が晴れたような気がした。

勇者(本当に、恐ろしい奴め…)

そこで意識が途絶えた。

…………


勇者「ここは…ねこの家か?」

魔法使い「勇者様!」

ベッドの上で目が覚めるといきなり魔法使いに抱きつかれた。

勇者「離れろ。傷口が開く」

勇者(っ!また頭痛か…やはり治ったわけではなかったか…)

魔法使い「だってぇ…」

ねこ「あっ!目が覚めたにゃす!?」

勇者「ねこが応急処置をしてくれたのか…助かった。あとは俺の回復魔法でなんとかなりそうだ。世話になった。明日には出発する」

ねこ「また魔王とその残党って奴らを倒しにいくにゃ?」

勇者「ああ…魔王は四年前に各地で目撃されている。そのときに一部の素質ある奴らに力を分けて回ったそうだ。何が目的かは知らんが…」

勇者「針鼠もその一人だったということはここにも訪れたことがあるということだな」

ねこ「その話だけどにゃーもしかしたら四年前にその魔王に会ってるかもしれないにゃ」

魔法使い「えぇ!?」

勇者「それは本当か!?」


ねこ「なんか寝ぼけててよく覚えてにゃいんだけどにゃーが寝てるときにいきなり窓から黒い人影が来て魔王って言ってたような気がするにゃす」

ねこ「そのときは変な夢を見たにゃって思ったんだけどもしかしたら夢じゃなかったかもしれないにゃす」

勇者「そのときは大丈夫だったのか?」

魔法使い「魔王に何もされなかったんですか!?」

ねこ「うーん。何かされたようにゃされなかったようにゃ…」

勇者「何もかもが曖昧だな」

ねこ「だからそれが知りたいからにゃーも旅に同行させて欲しいにゃす!」

魔法使い「え!?」

勇者「なるほどそういうことならいいだろう。お前の実力は昨晩しっかりと目にしたしな」

勇者「ちょうど対魔法耐性の高い相手や俺たちの戦術が効かない相手に対してこれからどう戦おうか悩んでたところだ。俺自身が強くなることも大切だが仲間が増えるならもっと心強い」

ねこ「決まりにゃーね!これからよろしくにゃ!魔法使いちゃん!勇者様!」

何を思ったのかねこまで俺に抱きついてきた。

勇者「…どうした」

ねこ「にゅふふふ。仲間の間のスキンシップは大切にゃす」

魔法使い「あぅ…」

魔法使い「私の必要性が…」

勇者「お前はさっさと呪いを解く方法を見つけろ」

魔法使い「はぃ…」

勇者(まぁ神父が方法を知らなかっただけで俺自身の力でなんとかする方法が見つかれば一番楽なのだが…こいつの無駄に高い魔力を超える程の対魔法耐性を今から身につけるのは難しい)

勇者(針鼠はこいつに心から惚れこんだことによって誘惑を無効化したが…)

魔法使い「勇者様…?」

勇者(俺もそうしたらこの呪いが解けたりするのか?)

魔法使い「あの…しょ、しょんな…じっと見られたら…」

勇者(はっ、馬鹿馬鹿しい。…まさかな)

勇者「帽子が変な位置になってたから気になっただけだ」

魔法使いの目が隠れるくらい上から深く彼女に帽子をかぶせた。

魔法使い「あうっ、もっと変な位置にしてるじゃないですかぁ~」

勇者「お前にはそれくらいが似合っている。ずっとそうしていてもいいぞ」

ねこ「あー!にゃー抜きのスキンシップはずるいにゃす!ずるいにゃすぅ!」

勇者「お前はさっきから何をいってるんだ」


なんかけっこう間でレスついてて嬉しいです

今回はここまで

(-ω-)

俺たちはねこの家を出て次の村を目指す。
次の村は俺に剣術を教えてくれた師匠がいる場所でもあった。

勇者「ふっ!」

ねこ「とにゃー!!!」

ファング1「ギャインッ!」

ファング「クォン…」

ねこ「どーんなもんだにゃん!」

新しく仲間に加わったねこはとても頼りになっている。

雑魚との戦闘もより迅速に終わるようになった。

勇者(それに比例して…)

魔法使い「え、えへへ…お、お疲れ様です…」

勇者(奴の出番は殆どなくなったが…)

勇者「行くか」

ねこ「ゴーゴーにゃす!」

魔法使い「はぁ…」

魔法使い(もう本当に私に出来ることは魔法を解く方法は探すことだけなのかな)

魔法使い(でも勇者様にかけた魔法を解けば攻撃魔法を使えない私は勇者様と一緒にいられなくなってしまう…)

魔法使い「うぅ…」

勇者「のろのろ歩くな薄鈍魔道士。置いて行くぞ」

魔法使い「は、はい!」

奴自身も最近コンディションがあまりよくないのかため息ばかりだ。

勇者(こんな奴のどこをどう好きになれと?)

勇者(針鼠も所詮は他の男共同様に毒に当てられてただけか。奴には少々毒が馴染みすぎたと考えるのが妥当な気がしてきたな)

ねこ「ゆーっしゃさまっ!何か考え事にゃす?にゃーが相談にのるにゃすよ」

勇者「気にするな。何でもない」

ねこ「そーにゃす?にゃーはいつでも勇者様の味方にゃ!気が向いたらいつでも相談して欲しいにゃす」

勇者「それは助かる。礼を言うぞねこ」

ねこ「にゅふふ~。どーいたしましてにゃす~」

魔法使い(ねこちゃん、すごいな~)

勇者「懐かしいな。何も変わっていない」

そこは、かつて俺が師匠と寝食を共にした村。

勇者「宿を取ったら少し師匠に挨拶をしに行っても構わんか?」

魔法使い「え?ここに勇者様のお師匠様がいるんですか?」

勇者「言ってなかったな。ここは俺が昔この身を置いて修行した場所だ」

ねこ「ぜんぜんいいにゃすよ。にゃーも勇者様のお師匠様見てみたいにゃす」

宿を取った俺たちは師匠のいる家へ向かった。

勇者「師匠!居ますか?俺です。勇者です!」

家の前で挨拶をするとゆっくりと扉が開き、中から師匠が出てきた。

師匠「おおっ!勇者じゃねーか!風の噂で聞いたぜ。お前女神様に選ばれたそうじゃねーか」

勇者「はい。今はこちらの二人と共に魔王城を目指して旅をしています」

魔法使い「は、はじめまして…」

ねこ「よろしくですにゃん」

俺の後ろで二人が軽くお辞儀をした。

師匠「おうおうおう。可愛い娘たちじゃねーか!」

魔法使い(勇者様がお堅い性格なのはお師匠様の影響もあるのかと思ってたんですけどまるで正反対の性格ですね…)

師匠「まぁそんなとこに立ってねーで中に入ってくれや。コーヒーいれてやるよ」

師匠の家ではこれまでの冒険、戦った敵のことなどを話した。

師匠は時には笑い、時には真剣に話を聞いてくれた。

勇者(…師匠なら馬鹿げた俺の相談にものってくれるだろうか)

勇者「ねこ」

ねこ「はいにゃ」

勇者「悪いがそいつと一緒に先に宿に戻ってくれ。俺はもう少し師匠と話していたい」

ねこ「りょーかいにゃ」

魔法使い「はい…」

ねこと魔法使いが部屋を出たのを見送ってから俺は師匠の方へ向き直った。

師匠「なんか悩み事か?そういう顔してんぜ?」

勇者「!」

勇者「相変わらずなんでもお見通しというわけですか」

師匠「いんや。どんな悩み事かまでは分かんねぇけどよ」

師匠はコーヒーカップを手に取りながらそう言った。

勇者「実はですね…その…」

勇者「どうやったら、まったく興味のない女のことを好きになれますか?」

師匠「ブファッ!ゴホッ!ゴホッ!」

師匠は口に含んでいたコーヒーを盛大に床に吹き出してしまった。

勇者「師匠!?す、すみませんなんでもありません!馬鹿げた質問でした。今のは忘れて下さい」

師匠「いやー、ハッハッハッ。まさか堅物のお前の口からそんな話が聞けるとはな」

師匠「気にすんな。俺はお前に剣術を教えたがだからって別に『剣術の師匠』ってわけじゃあねぇ。弟子の相談なら剣術だけじゃなくて今日の晩飯だろうが色恋沙汰だろうが聞いてやるよ。それが師ってもんだ」

勇者「師匠…」

俺はコーヒーを台拭きで拭きながらそう言う師匠の言葉を聞いて、改めて俺の師がこの人でよかったと思えた。

勇者(やはり師匠に相談してよかった…)

師匠「で?どっちなんだ?」

勇者「はい?」

師匠「あの猫耳の元気っ娘の方か?それとも魔法使い風の格好したえっちなうさ耳遊び人の嬢ちゃんの方か?」

勇者「…一応あいつは魔法使いなんですが」

勇者(いや戦闘に殆ど参加してないから遊び人でも間違ってないか)

師匠「そうなのか。変わった格好してるな。まぁ俺なら…どっちも捨てがたいが僅差で魔法使いちゃんの方だな。やっぱあの格好は反則だぜ。それにおっぱいもなかなか…」

その後3分ほど師匠から見た魔法使いの話を聞かされた。

勇者(師匠の好みの話になってるな…)

師匠「で?改めてお前はどっちのことで相談しようとしたんだ?」

勇者「その魔法使いの方ですが…」

師匠「だよなぁ!お前なら分かってくれると思ったぜ!さすが俺の弟子!」

俺の肩に豪快に笑いながら腕をかける師匠。
…重い。

勇者(…さっきのは訂正だな。やはりやめておけばよかった)

師匠「あれ?でもお前さっき『まったく興味のない女を』つってたよな」

勇者(とは言っても師匠も既に俺の話に乗りかかってしまっているし…ここから話を打ち切るのは無理そうだな)

そこから俺は本題に入り師匠に魔法使いが普通の魔法使いではないこと、俺に魔法をかけたこと、それが原因の不治の頭痛のこと、彼女に好意を持つことでその頭痛を治せるかもしれないことを語った。

師匠「話は大体理解した。だがお前は魔法使いちゃんにまったく興味がないというわけだな」

勇者「はい」

師匠「まぁ、なんだ…女の子を好きになるってのは努力するもんじゃねぇ。ちょっと意識して見れば勝手に好きになっていくもんだ」

師匠「特に可愛い女の子に対してはな。男ってのはそれくらい単純な生き物だ。あれくらい可愛い子だったら逆に一瞬でも全く好きにならない方が難しいだろ」

師匠「…お前、男の方が好きとかじゃないよな?」

勇者「そ、そんなことはないと思います!」

今まではただひたすら強くなること、そして今は魔王を倒すことに集中していたから女に興味が無かったというだけでさすがにそんなことはないと思う。ないと思いたい。

師匠「ならさ、なんかあるんだろ?彼女自身の容姿や性格に関係ないところに、彼女のことを好きになれない理由が」

勇者「!!」

それがあるとしたら、俺の魔法使いへの殺意と恐怖…か。

だが確かにその二つは彼女の持つ『力』に対しての感情だ。

師匠「その反応なら何か心当たりがあんだろ。そういうの一旦全て無しにして彼女を見てみろ。何か変わるかもしれんぞ」

勇者「努力…してみます」

師匠「あー、初々しくていいなぁオイ!」

勇者「なっ、こ、これは頭痛を無理やり治すために仕方なく試みてみることであって俺は別にあいつのことは…」

師匠「あーはいはい。分かってる分かってるって」

師匠「とまぁ冗談はここまでにしておいてと」

師匠はへらへらとした顔つきをやめ、急に真剣な眼差しとなった。


…………


魔法使い「はぁ…」

ねこ「なんか元気ないにゃすね。早く宿で休むといいにゃす」

魔法使い「いや大丈夫です。あっ、私少しそこの川で涼んできますから、ねこちゃんは先に宿に入っててください」

ねこ「分かったにゃす」

魔法使い「それではまた後で…」

ねこ「……」

ねこ「魔法使いちゃん!」

魔法使い「はい?」

ねこ「あまり思い詰めちゃだめにゃすよ?」

魔法使い「えへへ…ありがとうございます」

魔法使い「綺麗な川だなぁ…」

魔法使い(あっ、私の顔が映ってる…)

魔法使い(酒場のお姉さんも顔だけはいいって言ってくれてたけど…勇者様は私の顔どう思ってるのかな…)

魔法使い(やっぱり嫌いなのかなぁ。そんなんじゃみんながいいって言ってくれても意味ないよ…)

魔法使い(もしもう一度勇者様に魔法を使ったら、もっと私のこと女の子として見てくれるのかな…なんて)

魔法使い(そんなわけないよね。きっと殺されちゃう。やっぱり攻撃魔法を使えるようになる以外で私が勇者様の隣に居られる方法なんてないんだ)

魔法使い「ぼ、ぼむふぁいあ~」

魔法使い「ぼむふぁいあ~!!!!」

魔法使い「だめですね…はぁ…」

「すっごいため息。お姉ちゃん疲れてるの?」

魔法使い「え?」

「くまと一緒におやすみ、しよ?」

魔法使い(熊のパーカーの女の子?)

くま「くまねー、いいとこ知ってるの。みーんなそこでおやすみ中。お姉ちゃんもくまと一緒におやすみしよ?おやすみしたら、嫌なことぜーんぶ忘れて、幸せになれるよ」

魔法使い「えーっと…」

くま「だめ?お姉ちゃんくまと一緒ヤダ?」

魔法使い「そ、そんなことはないんだけど…」

くま「うっ…うぅ…」

魔法使い「え?あれ?な、泣かないで!」

魔法使い(どうしよう)


『あまり思い詰めちゃだめにゃすよ?』


魔法使い(そうだよね。ちょっと休憩しよっかな)

魔法使い「そ、それじゃあ私もその場所に連れて行ってくれるかな?」

くま「いいの!?やったー!!!」

…………


勇者「はい?」

師匠「今度は俺の方の相談に乗ってもらっていいか?」

勇者「はい。お力になれることがあれば」

師匠「実は二日くらい前から村の住民が行方不明になる事件が相次いでいるんだ」

師匠「なんでも森に入ったっきり帰って来ないという人が後を絶たない」

勇者「…魔王の残党の仕業ですか?」

師匠「かもしれん」

師匠「俺も森の入り口付近は探索したんだが特に変化は見られなかった。奥に何かありそうだと見ているが奥に行っている間に村の方で何も起こらないとも限らない。そこでお前には村の護衛を頼みたい」

勇者「はい。承知しました」

師匠「今日はとりあえず長旅の疲れをしっかりと癒せ。明日俺が森の奥へ向かっている間、頼んだぞ」






第4章
夢の中で臨むもの






ねこ(あれ?魔法使いちゃん遅いにゃすね。少し様子をみてこようかにゃ)



ねこ(確かこっちの川に…いないにゃす…)

ねこ(足跡?まだ新しいにゃす。これはもしかして魔法使いちゃんの足跡かにゃ?)

ねこ(追ってみるにゃす)

ねこ(にゃ…?なんかだか霧が深くなってきたにゃ…)

「お姉ちゃんも一緒におやすみする?」

ねこ「にゃっ!?誰にゃ!?どこにいるにゃす!?」

ねこ「ん…あ、れ…おかしいにゃ…なんだかだんだん眠たく…なっ、て…」

ねこ「にゅん…」

勇者(寝る前にあいつらに明日の予定について話しておかんとな)

二人のいる部屋の扉を叩く。

勇者「おい。まだ起きているか?明日の予定について話がある」

勇者「……」

10秒ほど待つも返事がない。

勇者「どっちも寝ているのか…?」

少し扉を開けてみて隙間から確認する。

勇者「いない?あいつら一体何処へ」

宿を出て外を見て回るも二人の姿はどこにも見当たらない。

勇者「すまん。猫耳の女とふざけた格好の魔法使いを見なかったか?」

村人「んー。知らないねぇ」

村人2「なんだなんだ?また神隠しか?」

村人「またかい。怖いねぇ…」

勇者「神隠し…?」


『実は二日くらい前から村の住民が行方不明になる事件が相次いでいるんだ』

『なんでも森に入ったっきり帰って来ないという人が後を絶たない』


勇者(まさか!!)

勇者「情報提供感謝する!」

勇者(二人とも森の中か!?)

急いで森の中へと入っていく。

しばらく走っていると妙に霧の濃いところ着いた。



勇者(周りがあまり見えないな…)

「お兄ちゃんもおやすみしよ?」

勇者「誰だ!?出てこい!」

「こわいよ。お兄ちゃんもおやすみしたら穏やかな気持ちになれるよ?」

勇者「うっ…な、なんだこれは…急に眠たくなって…催眠魔法か?」

勇者「ビスペル!」

睡魔を追い払うために解呪の魔法を唱えると俺の眠気が消え去ると同時に霧も全て消え失せた。

勇者(この霧全体が催眠魔法でできていたのか)

くま「なんで?なんでお兄ちゃんそんなことするの?」

霧が晴れるとそこには熊のパーカーを着た子供が立っていた。
そして周りには…

勇者(これは!?)

かなりの人数の人間が眠っていた。
恐らく行方不明となっていた村人たちだろう。
その中には魔法使いとねこもいる。

勇者「ただの子供…ではなさそうだな」

くま「お兄ちゃんもみんなと一緒におやすみしようよ。幸せになれるよ?ほら、みんな幸せそうな顔してる…」

ねこ「んにゃ…」

魔法使い「ゆうしゃ…しゃま…むにゃ…」

勇者「おいねこ!居眠り魔道士!起きろ!」

しゃがんで地面に転がる魔法使いの頬を叩くも寝言を言うばかりで起きようとしない。

勇者「くそっ!ビスペル!」

試しに解呪を試みるも起きない。
かなりの魔力の催眠魔力がかかっている。

くま「無駄だよ。今はお姉ちゃんもきっとすっごい幸せな夢をみているよ」

勇者(くっ、これでは眠る前に対処しなければ効果が期待できそうにないな)

魔法使い「ゆうしゃさまぁ…」

眠っているはずの魔法使いに急に抱きつかれ押し倒された。

勇者(寝ぼけているのか?)

勇者「おいふざけるな寝ぼけ魔道士!離れろ!」

魔法使い「えへへ~ゆーしゃさまぁ…ぎゅーってして…ぎゅーって…」

勇者「は…?」


くま「ほら、お姉ちゃん。幸せなそうでしょ?でももしかしたらお兄ちゃんが魔法かけちゃったせいで中途半端に起きてるのかもね」

魔法使い「えへへ…だいしゅき」

勇者「なっ!何を言ってるんだお前は!」

魔法使い「てんぷてーしょん」

勇者(誘惑魔法!?こいつっ…!)

魔法使いが使える誘惑魔法の中では最軽量のものだが彼女の魔力ならもう既に一度誘惑魔法をかけられている俺には十分すぎる。

勇者「ビ、ビスペ…んぐっ!?」

解呪しようとしたところで魔法使いの口によって俺の口は防がれた。

魔法使い「んっ…んちゅ…んぁ…ぷはっ」

柔肌をすりつけ俺の全身を撫でながら吸うように俺の唾液を舌で舐めとる。

勇者「ぷはっ…はぁ…はぁ…お前…こんなことをしてただで済むと思うなよ?」

振り絞る理性でなんとか抵抗する。

やはり誘惑に抗うことの代償なのか頭痛もかなりのものになっている。

だが逆にこの痛みが今の俺を踏みとどまらせてくれてるのかもしれない。

魔法使い「えへへ…ぷれじゃ…」

いつもなら脅せば泣いて謝る魔法使いだが泣くどころか微笑んでから何やら魔法を唱えた。

勇者(…なんだ?)

勇者「んっ!?」

またも唇を奪われる。

魔法使い「んちゅ、ちゅる…んっ」

勇者(なんだこれは…)

さっきとは段違いの快楽が襲いかかってくる。脳が…溶かされるようだ…。

勇者(もしかしてさっきのは快楽を上昇させる魔法なのか?)

くま「わわっ…お姉ちゃんダイタン…」

魔法使い「ぷはっ…しゅき…もっと…もっ…と…んっ…すぅ、すぅ…」

勇者「…寝たか。何が『寝相には自信がある』だ最悪だったぞ。くっ、ビスペル!」

勇者「はぁ、くそっ…はぁ…呪いがさらに酷くなりそうだ」

上に乗っかる魔法使いをどかして立ち上がる。
魔法使いがもう少し寝ぼけていたら俺の理性は完全に破壊されていたかもしれない。

考えただけでまた恐怖で身体が震える…

だが…

勇者(今こいつが見ているであろう夢はあの催眠使い曰くこいつにとっての幸せの夢)

勇者(なら、あれがこいつの心の底で望んで求めているものだとでも言うのか?)

『…だいしゅき』

勇者(あの戯言も本気なのか?)

くま「お兄ちゃんも分かったでしょ?みんなおやすみしてた方が幸せなんだよ」

勇者(いや、今はそんなことはどうでもいい。目の前の撃つべき敵に集中しろ)

くま「お兄ちゃんもさ、くまと一緒におやすみしようよ」

勇者「ふん、お断りだな。そのお前と一緒というのはどういう意味だ?一緒という割にはお前は寝てないようだが…寝ている連中から魂でも吸い取るのか?」

くま「…違うよ。ずっとくまとお友達になるだけ。永遠の幸せの中でくまと一つになるだけだよ」

勇者「図星だな。いい加減そんな似合わない少女の姿はやめて本性を現したらどうだ」

くま「…なんかお兄ちゃん嫌い。いいよ、おやすみしなくても魔王様の力でくまのお友達にしてあげる」

勇者(残党か…)

くまの周りに黒い影が現れて彼女を包んだ。
やがて黒い塊から出てきた彼女の姿は先ほどまでの少女のような可憐さなど微塵にも感じさせない大熊だった。

くま「グオオオオオオ!!!」

勇者(昔書物で読んだことがある。その大熊の魔獣は人の姿に化けて人間を眠らせ、その魂を喰らうという。一つの村に目をつけ、その村の住人がいなくなるまで魂を喰らい続け、また次の村を求めて徘徊する。まさか本当に存在したとはな)

勇者「来い!」

くま「グラァォ」

迫ってきたくまの大振りの爪攻撃を伏せてかわす。
俺の後ろにあった木に爪が当たり木の上部は一瞬にして木片となった。

勇者「ほう…一撃必殺というわけか。だがそんな攻撃は俺には当たらんぞ」

大振りで隙ができたくまの足元にすかさず一太刀入れる。

くま「グ、グルゥ…」

股の間をくぐり抜け後ろから背にもう一撃。

くま「グゥッ!」

勇者「遅い!」

とっさにこちらに向き直るくまの胸を斬りつける。

勇者「師匠直伝の疾風の剣技にて早々に葬ってやろう」

くま「グゥラアアアアアア!!!!」

勇者「なんだとっ!?くそっ!」

手応えはあったはずだがくまは怯むことなく俺を抱え込んだ。

くま「アアアアアアアアア!!!」

勇者「離せ!」

大きな野生の両腕は俺を軽々と持ち上げてがっちりと拘束し離そうとしない。

浮いた足でくまの腹部に蹴りを入れるも斬撃と違い全く効果がないようだ。

くま「ガルラァ!!!」

俺の背にメリメリと爪が食い込んでいくのが分かる。

勇者「ぐあああああああああ!!!」

勇者(まずいっ!このままでは!)


「それっ!」


くま「グシャアアアア!」

突然くまの片腕が吹き飛び拘束から解放され地に膝を着く。

勇者(!?)

師匠「勇者~!生きてるかぁ~?」

勇者「けほっ!けほっ!師匠!」

師匠「今日の夜に何かあってもいけねーから村の見回りをしてたんだ。ったらよ、お前が森に走っていくのを見たって人がいたもんで探しに来たんだ。間に合ったようで良かったぜ」

勇者「あ、ありがとうございます。不甲斐ない所を見せてしまいましたね…」

師匠「いいってことよ。まだ闘れるか?」

勇者「はいなんとか…」

回復魔法を使いながら立ち上がる。

くま「ガァルルルル…」

師匠「こうしてデカイヤツ相手に二人で囲むとなんだか昔を思い出すなぁ勇者!」

勇者「そうですね」

師匠「いっちょやったるか!ついてこいよ!」

師匠「ついてこられるならなっ!」

師匠が得意技である疾風の剣技で美しい連撃をみせる。

師匠「オラオラオラオラァ!」

くま「ギャィッ、ギャンッ!ギャーッス!」

片腕をもぎ取られガードもおぼつかずなす術なく斬りつけられ続ける大熊はただ悲鳴をあげるのみとなっていた。

師匠「ラァッ!」

疾風のラッシュが終わりぐらついたくまに向かって師匠が叫ぶ。

師匠「美味しいところはくれてやるっ!見せてみろ!今のテメーの疾風剣技を!」

剣を構えて集中する。
全体の風の流れを読み取り、それに乗る。

自らも風の一部となる!

勇者「疾風剣技…!はぁっ…!」

全力を込めた駿足の居合切りを放つ。

くま「グッ…グガァ…ゴ…」

あたり一面に赤黒い血を吹き出すと催眠の魔獣は地に沈んだ。

勇者「ハァ…ハァ…」

師匠「うーん。70点ってとこだな」

勇者「手厳しいですね…」

暫くすると眠っていた村人達が徐々に目を覚ましていった。

若者「あ、れ?俺何してたんだっけ」

農夫「ん、あれ?どこだここ」

師匠「立てますか?肩貸しますよ」

村の子供「師匠さん。ぼくおなか空いたー…」

師匠「そりゃそうだ坊主。帰ったら母ちゃんに美味いもん食わしてもらえ」

師匠「俺はみんなを送って先村に帰ってるから。協力してくれてありがとよ勇者!」

勇者「はい…」

勇者「はい…」

師匠や村人たちの後ろ姿を見送ったあとまだ寝ていたねこと魔法使いを起こすことにした。

勇者「ねこ!クソ魔道士!起きろ!」

勇者「…どっちも起きないな」

勇者「おいクソ魔道士。いつまで寝ているんだ」

魔法使いの身体を雑に揺すると気だるそうに目を覚ました。

魔法使い「あ、れ…?ゆうしゃさま?どうして私こんなところで…そうだ!くまちゃんに会ってそれで…」

勇者「あいつは残党の魔獣だった。もしや普通に騙されていたのではあるまいな」

魔法使い「えっ!?そうだったんですかぁ!?」

勇者「……」

呆れて溜息もでない。

魔法使い「だ、だって…寝たら嫌なこと全部忘れられるってくまちゃんが…」

勇者「…夢に安寧を求めるほどお前は病んでいたのか?」

魔法使い「いえけしてそんなことは…なくは…なかったんですけど…」

勇者「そうか」

魔法使い「…気にしないで下さい。その、お荷物のちっぽけな悩みなので…」

視線を下に向けながら魔法使いは拗ねたように言った。

勇者(俺のせいでそうなってるとでも言いたそうな顔だな。俺はお前に悩まされてるというのに)


『そういうの一旦全て無しにして彼女を見てみろ。何か変わるかもしれんぞ』

『えへへ~ゆーしゃさまぁ…ぎゅーってして…ぎゅーって…』


勇者「はぁ…」

勇者「別にどうでもいいことだがお前、寝相に自信があるとか言っていたが大嘘だったな」

魔法使い「えっ!?う、嘘…私寝ている間に勇者様に何かご迷惑をお掛けしましたか!?」

勇者「それはもう最悪だ。寝ぼけたお前に誘惑魔法をかけられた」

魔法使い「ひっ…ひぃ!?こ、殺さないで下さいお願いしますっ!ここは不可抗力ということでどうか…」

勇者「…だから、今から俺がやることは誘惑魔法のせいだ」

魔法使い「え?」

俺は試しに魔法使いを抱きしめてみた。



魔法使い「ふぁ…へ…?ゆうしゃ、さま?」

とても柔らかい感触がする。
少しでも力を入れようものなら壊れてしまいそうな華奢な身体だ。

女というのはみんなこんなものなのか?

まぁ、これで頭痛がなくなるかもしれないというのなら安いものだ。

確かに、また少しだけ楽になったような気がしないでもない。


勇者「これで満足か?」

魔法使い「あ、あぅ…」

魔法使いは腕の中でもじもじと赤面しながら言う。

魔法使い「死んじゃいそうなくらい幸せ…です…」

勇者「っ…」

そのとき今までの魔法使いには抱かなかった謎の感情が一瞬だけちらついた。

勇者「はんっ。こうしているだけでお荷物が死んでくれるなら万々歳だな」

何故かもう少しだけこのままでいたいと思った自分に理由をつけるようにほざいた。

魔法使い(今日の勇者様すごく優しい。どうしたんだろう…。もしかして本当に魔法のせいなのかな…)






ねこ「にゅん…ずるいにゃす」






勇者「それでは師匠。どうかお元気で」

師匠「おう!もう魔王城もそこそこ近いしな。魔王討伐、頑張れよ!」

魔獣による村人失踪事件を解決し、二日ほど村に滞在した俺たちは出発の朝を迎えていた。

勇者「ねこ、寝相最悪魔道士、行くぞ」

ねこ「しゅっぱーつ!にゃす~」

魔法使い「はい勇者様!」

魔法使いも調子を取り戻したようだ。

勇者(男に甘えるだけで元気を取り戻すとは…やはり尻軽なメス兎だな)

魔法使い「勇者様」

勇者「なんだ?」

魔法使い「あっ、えっと…えへへ…呼んでみただけです」

勇者「そう、か」

魔法使い(『なんであのとき抱きしめてくれたんですか?』…なんて聞きづらいよ)

勇者「…鬱陶しいだけだ。そういうことはやめろ」

師匠「勇者~!」

勇者「師匠?」

師匠「何か、掴めたみたいだな!」

後ろで師匠がにやにやした顔でそう言った。

勇者「……」

勇者(確かに…俺は少しあいつを見る目が変わったかもしれんな…どういう風に変わったのかは自分でも分からんが)



ねこ「勇者様…」




魔王城に近づくにつれ空気中に漂う魔力も強くなっているのか道中の魔獣もかなり手強くなってきた。

ねこ「くらうにゃあ!」

ファング「グルッ!」

ファング「ガルァ!」

ねこ「うーん。かなり本気だったんにょに」

勇者「その傷でまだ立ち上がるか。一発で沈むやつは少なくなってきたな」

ファング「グルルル…グァウ!」

魔法使い「え?」

傷ついたファングは狙いを俺やねこから俺の後ろにいた魔法使いに変えた。

魔法使い「き、きゃあ!」

勇者「とりあえず弱いやつから狙って頭数を減らそうというわけか。知能の低い獣にしては考えたな!」

俺の隣を横切ったファングを疾風剣技で追って切り裂く。

ファング「グ…ル…」

それが致命傷になったようで力尽きた獣は倒れた。

魔法使い「あ、ぅ…はぁ…はぁ…」

勇者「…大丈夫か?」

魔法使い「は、い」

勇者「まったく。別個体とはいえ魔獣ですら強くなっているというのにお前はいつまで経っても変わらんな」

剣を鞘にしまいながらため息をついた。

ねこ「一応誘惑魔法はどんどんすごくなってるにゃすよ」

勇者「雑魚相手にはいらんだろ。お前と俺がいれば」

ねこ「まぁそうにゃすね」

ねこ「でも偶にはにゃーも勇者様に守って欲しいにゃすね~」

勇者「面白い冗談だな。お前は一人でも十分強いだろ」

ねこ「冗談じゃないにゃすよ?にゃーは魔法使いちゃんが羨ましいにゃす!」

魔法使い「すみません…」

勇者「もういい。行くぞ」

そんな調子で一週間が経った。




勇者「次の街までもう少しだが今日はもう遅い。ここで野宿するぞ」

ねこ「ふにゃあ…今日はたくさん歩いたにゃす」

勇者「そうだな。ねこもゆっくり休め」

魔法使い「そうですね~」

勇者「お前は今日も特に何もしていないがな」

魔法使い「あぅ」

勇者「ふっ…」

ねこ「!」

ねこ(勇者様今笑ったにゃす?あの普段はお堅い勇者様が…)

魔法使い「あ、明日こそはちゃんと頑張りますからっ!」

勇者「頼むぞ。期待はせんがな」

ねこ(なんか最近魔法使いちゃんと話してるときの勇者様…楽しそうにゃすね…)

ねこ(にゃーと話してるときはあんな顔絶対しないのに)

夜、月と星の光だけが辺りを照らす中ねこも魔法使いも寝た頃俺は一人剣の素振りをしていた。

勇者「ふんっ!ふんっ!」

勇者(最初は一人で十分だと思っていたが…俺はこの旅が始まって既に何回か命を落としかけている)

勇者(師匠やねこ、そしてあいつがいなければとうの昔に死んでいる。もっと強くならねば…)

魔法使い「あれ?まだ起きてたんですか?」

勇者「ん?」

さっきまで寝ていたはずの魔法使いが目をこすりながらこちらへ来た。

勇者「起こしたか?すまんな」

魔法使い「いえ…少し目が覚めちゃっただけなので気にしないでください」

勇者「そうか。なら俺は構わず続けさせてもらう」

俺は彼女に背を向けてまた剣を振り始めた。

魔法使い「あの!勇者様!」

勇者「どうした?」

魔法使い「少し休憩…というかお話ししませんか?」

勇者「それは別に構わんが、なんだ?」

剣を鞘にしまって魔法使いの方を向く。

魔法使い「あの、その、なんであのとき…」

そこで彼女の言葉は一旦止まった。
まるでこの話は言っていいのかと迷ってるようだった。

魔法使い(やっぱり聞きにくい…)

勇者「?」

魔法使い「じゃなくてっ…なんで勇者様はいつも私のことを守ってくれるのかなって…そう思っちゃいまして…だって勇者様にとっては私が死んでも別にどうでもよくて…むしろ都合がいいのにどうしてかなって」

最初に聞こうとしていたこととは別の質問に変えたようだったがそこは深く聞かないことにした。

勇者「なんだ死にたかったのか?なら別に俺が直々に殺してやっても構わんが」

魔法使い「い、いえいえいえ!そんなことはありませんっ!死にたくないです!死にたくないです!」

勇者「ふっ、冗談だ。それは分かっている。何しろ漏らすほどだしな」

魔法使い「その話はしないでくださいよぅ…」

魔法使いは両手で自分の顔を覆う。
無理もない。

勇者「確かに最初は理由などなかった。ただ目の前に敵がいたからそれを斬っていただけだった」

魔法使い(あ、深い意味なんてなかったんだ。そうだよね。何を期待してたんだろ、私…)

勇者「だが今は違う」

魔法使い「!」

勇者「恥だが俺はお前に二度も命を救われている。俺は人にあまり借りを作りたくない主義でな。その借りを返しているだけだ」

勇者「あとは…その、あれだ。囮にしか使えん荷物とはいえここまで一緒に旅をしてきたんだ」

魔法使い「…?」

魔法使い(何かいつもと様子が違う?)

勇者「変な情が湧いてるのかもな。ねこもそうだが、お前のことも一応…仲間だと思ってるのかもな…」

魔法使い「勇者様…」

勇者(とりあえず俺自身がこのお荷物を見る目が変わったのは事実だ。どう変わったのかは知らんがそういうことにしておくか)

魔法使い「勇者様ぁ!嬉しいですぅ!嬉しすぎますよぉ!」

魔法使いが半泣きで走っていきなり抱きついてきた。

勇者「おいっ!そうやってすぐくっつくな尻軽魔道士!鼻水とか涙とかいろいろ服につくだろ!」

魔法使い「だってぇ…そ、そうですよアレですよアレ!ねこちゃんも言ってた『仲間』どうしのスキンシップですよっ!勇者様!」

勇者(こいつっ!調子にのって仲間の部分を強調してっ…!)

勇者(まあ、いいか…無理に突き放そうとするのは何故だか呪いに響くしな)

勇者(それにこいつにくっつかれているのは)

『悪くない』と思うようになったのも、殺意と恐怖を切り捨て仲間だと意識するようになったからだろうか。

魔法使い「ほぇ?」

すぐそこにあった彼女の頭になんとなく手を乗せる。

魔法使い「はぅ…勇者様…?」

勇者「愛玩動物のような奴だなお前は」

魔法使い(勇者様のぺットなら…って何考えてるの私!!)

魔法使いは何を考えているのか顔を赤くしてぶんぶん顔を振った。

ねこ(嫌なときに目が覚めてしまったにゃす…)

ねこ(魔法使いちゃんいいにゃあ…)

ねこ(いいにゃあ…いいにゃあ…)

ねこ(魔法使いちゃんは…)


『汝は我に選ばれた…』


ねこ「っ!?」

ねこ(いきなり何にゃ?急に頭がっ!)

ねこ(さっきの記憶は…もしかしてあのときの…)






「ふむ。あれが噂の新生勇者か…こんなところで見つけるとは…俺は非常にツイているな」

「ふっふっふっ…前勇者には敗北し屈辱を味わったが…いずれは世界を征服するこの俺の力で…貴様こそは叩きのめしてやろうぞ。新生勇者…」







第5章
仲間の力









勇者「!!」

魔法使い「どうかしましたか?」

勇者「お前とは別に強大な魔力の持ち主の気配を感じる」

「勇者よ、俺と雌雄を決せよ」

夜の暗闇から現れたのは黒いマントを羽織り鋭い牙を光らせる長身の男だった。

魔法使い「ひっ!」

勇者「一目で只者ではないと分かったが唐突な奴だな。俺は勇者だ。一刻も早く魔王を倒さねばならぬ身、ただの喧嘩ならお断りだ」

勇者「貴様、何者だ」

吸血鬼「お前に全く関係ない者ではないぞ勇者よ。俺は魔王から力の一部を授かりし者の一人。吸血鬼だ」

魔法使い「残党ですか」

勇者「なるほどな。ならわざわざそっちから出てきてくれたのはありがたい。俺の剣で切り裂いてくれる!」

吸血鬼「そして俺はいつかは俺に力を授けた魔王すらも超える存在となる者だ」

勇者「魔王すらも超える存在だと?」

吸血鬼「ああそうだ。元々魔王は臆病な奴だ」

勇者「力の主に向かって随分と大口を叩くな」

吸血鬼「お前は魔王が何故力の一部を分散させたか知っているか?魔王は次々と魔王軍を殲滅させていく前勇者を恐れていた」

吸血鬼「部下からの敗戦報告を聞くうちに悟ったのだろうな。『今世の勇者には勝てない』と」

吸血鬼「だから軍が消滅してもいいように、己が敗北してもいいように予防線を張っておいたのだ。各地であらかじめ力を分け与えその者たちが力を使い昇華させていく度に封印された己のところにその力が行くようにな」

吸血鬼「確かに前勇者は強き者であった。俺も戦ったが敗北した。屈辱であった。しかしあの時俺は奴に殺す気で襲いかかったのだ」

吸血鬼「一方魔王は最初から諦めていた。これを臆病者と言わずになんと言おう!そんな臆病者に頂点に立つ資格などありはしない。俺はいつか魔王を超える!」

吸血鬼「前勇者亡き今それは容易となった。勇者よ、お前の旅路はここで終わりだ。俺がお前をここで下し、お前が果たせなかった魔王討伐を達成してやろう」

勇者「なるほどな。だがどうにもお前が頂点に立つ世界には平和が見えてこない。俺は頂点に立つために魔王を倒すのではない。平和のために魔王を倒すのだ。よって平和のためにお前を斬る!」

ねこ「うにゃー!すっごい強そうな奴がいるにゃー!」

勇者「ねこ、起きたか。奴は魔王の残党だ。やるぞ」

ねこ「了解にゃす!」

吸血鬼「何人でかかってこようと同じことだ。最後に頂点に立つのはこの俺一人なのだからな!」

吸血鬼は真正面から空中を走るようにこちらへ向かってきた。

ねこ「にゃー!」

吸血鬼「弱いな」

そしてねこが振るった拳を軽く手のひらで受け止める。

ねこ「ふにゃ!?」

ねこは一旦身を退こうとするも手がしっかりと掴まれていて動けていない。

吸血鬼「フンッ!」

隙ができた彼女の懐に吸血鬼の鉄拳が入る。

ねこ「んにゃっぁ…」

ねこは堪らずその場に腹を抱えてうずくまった。

魔法使い「ねこちゃん!」

勇者「ねこ!くそっ!うおおお!」

吸血鬼に向かって真っ向から剣を振るった。
真っ向からだが速さは今の俺の中の全力だ。

勇者(このスピード…貴様に反応できるか?)

吸血鬼(ほぅ?速さだけなら前勇者を軽々と超えているな…)

吸血鬼は反応こそできているようだったがかわすまでには至らない。

勇者(遅い!貰った!)

吸血鬼「だが…甘いな…」

勇者「何!?」

俺の一撃を吸血鬼は素手で受け止めた。
当然吸血鬼の手は刃が食い込み大量の血がふき出している。

吸血鬼「受けても大してダメージにならんのなら…受けても問題はないだろう?」

勇者「ぐぅ…」

そのまま剣に力を入れ続けるも剣は吸血鬼の手の中に止まったままだ。

吸血鬼「どうやらお前は速さと手数で勝負するタイプの剣士のようだが…」

吸血鬼「確かに雑魚相手ならそれでいいだろう。だが強者たる俺の生命にその刃は届かない」

勇者(剣を放せば一旦離れられるが武器を取られてはその後が続かない…どうする!?)

吸血鬼「そのまま剣を手放す気がないのなら歯をくいしばれ勇者…これがお前にはない圧倒的なパワーというものだ」

吸血鬼はねこと同じように俺に拳を振るう。

勇者「ぐはぁっ!」

まともに受け剣と共に俺の身体は宙に浮き、地面に叩きつけられた。

魔法使い「勇者様!」

吸血鬼「…ふん。たわいない」

吸血鬼「だが少々血を流しすぎたか。喉が渇いた」

吸血鬼「そこの女…なかなか美味そうな見た目をしているな」

魔法使い「ひぃっ!」

魔法使いを見て吸血鬼は舌舐めずりをする。

勇者「おい…!俺がなんとかする!魔法を使え!」

魔法使い「は、はい!」

なんとか足腰に力を入れて立ち上がる。

勇者(喉が渇いているということは若干ながらもダメージにはなっているということだ。連続で斬り続けることが出来ればまだ勝機はある。奴の理性を崩せば!)

魔法使い「テンタツィオルネ!」

吸血鬼「ぬぅっ!?」

勇者(効いたか?)

吸血鬼「ほーう…ハァ…ハァ…何をしたかは分からんが…女…お前の血がもっと欲しくなったぞ」

魔法使い「効いてない…?」

勇者(いや、効いてはいるが奴の魔法耐性がギリギリ上回っているといったところか)

吸血鬼「血をよこせ…」

勇者(隙はかなりできた!)

勇者「疾風剣技!」

圧倒的手数で次々と吸血鬼の身体に傷をつけていく。

吸血鬼「その程度の力では俺を消し去れんと言っているだろう!」

吸血鬼の拳もまた俺に襲いかかる。

勇者「ぐぅっ!」

鞘を盾がわりにそれを踏ん張り受けきる。

吸血鬼「ふっふっふ…どうしたどうした!このままでは先ほどと変わらんぞ!」

勇者「ねこ!」

ねこ「にゃすぅ!」

吸血鬼を背後からねこが殴りこむ。

吸血鬼「ぬぐぅ!?」

どうやら俺の剣撃よりもパワーがあるねこの拳の方が効いているようだ。

吸血鬼「雑魚に用はない!」

吸血鬼もよろめきながらも裏拳でねこを殴る。

ねこ「にゃんぅ…」

吸血鬼「血をよこせぇ!」

魔法使い「いやっ…!」

勇者「させるか!」

マントを大きく広げ魔法使いに飛びかかろうとする吸血鬼の懐に剣を刺しこむ。

吸血鬼「がっぐぅ…」

勇者(俺の攻撃はあまり効かないと言っていたとはいえ警戒心が薄すぎるな…じわじわと魔法が効いてきたか)

勇者「…貴様の傲慢さを見ているとついこの前までの俺を見ているようだ」

吸血鬼「何だ…と?」

勇者「俺は最初一人でも魔王を倒せると豪語し旅に出た。しかしそれは大きな慢心だった。道中では何度か命を落としかけその度に色んな人間に助けられている」

勇者「貴様は確かに強い。だが貴様は俺たちの力を甘く見すぎている。俺が今まで戦ってきた残党をなめていたようにな」

勇者「俺たちの力はこんなものではないっ!個々の力ではなく力を合わせればなっ!」

魔法使い「勇者様…」

ねこ(また、また魔法使いちゃんが勇者様に守ってもらってるにゃ…)


『汝は…』


ねこ「にゅっ~!?!?!?」

ねこ(また…あのときの…)

ねこ(でも何だか不思議な感じにゃ…身体の奥底から力が湧いてくるような…)

吸血鬼「負けんぞ!俺は頂点に立つのだ!俺は!俺は!」

勇者(やはり冷静さを失いかけているっ!)

勇者「俺もここで死ぬわけにはいかん!平和へ導くためにな!」

吸血鬼「ぐぬぬぬぬぬ!」

勇者「はあああああ!」

剣でそのまま貫こうとする俺とそれを引き抜こうとする吸血鬼の睨み合い。

勇者「ぐっ…くっ…そっ…」

俺の押す力が限界を迎えようとしていたその時だった。

吸血鬼「ぐあっ!」

吸血鬼の身体がかなりの勢いで横へ吹き飛ばされた。

勇者「ねこ!助かったぞ」

勇者「ねこ?」

ねこ「……」

俺の目の前には強大な魔力を纏い無言で立つねこの姿がそこにあった。

魔法使い「すごい…」

勇者(身体強化系の魔法か?いつの間にそんな技を…)

吸血鬼「ぐっ…なんだこの力は…これがさっきまでの雑魚の真の力だというのか!?」

ねこ「にゃあああああああ!!!」

勇者(速いっ!)

目にも止まらぬ速さでまだ地面に転がる吸血鬼に接近し、蹴り上げる。

吸血鬼「がっ…はぁ…」

ねこ「んにゃあ!」

宙に浮いた吸血鬼の懐目掛けて鬼のような連撃を放つ。

ねこ「ふんにゃっ!」

吸血鬼「がぁ…」

ねこ「ふしゃー!」

吸血鬼「ごふっ!」

ねこ「ぐぅぅにゃあ!」

吸血鬼「ごっ…はっ…!」

冷静さを失いガードの緩くなった吸血鬼にそれら全てがまともに入る。

吸血鬼「血を…血を…」

満身創痍の吸血鬼はただただ自らの源を求める声を上げるだけとなっていた。

ねこ「んーにゃっ!」

ねこのとどめの一撃が吸血鬼の顎を鋭く叩く。

吸血鬼「ま…さ…か…これほど…とは…」

ついに力尽きた吸血鬼は地面に膝を着くとゆっくりと倒れた。

ねこ「はぁ…はぁ…あれ…?」

吸血鬼「」

ねこ(これ、にゃーがやったにゃす…?)

死闘の終焉、日は昇り出始めの太陽の光に包まれた吸血鬼は灰となって消えた。

魔法使い「すごいですよ!ねこちゃん!」

ねこ「はぁ、はぁ、勇者様…魔法使いちゃん…」

勇者「ねこ…お前いつの間にそんなに強く…俺も負けてられないな」

ねこ(どうしよう…思い出せない…何も思い出せないにゃす…怖いにゃ…怖いにゃ…)

ねこ「にゃっ…にゃはははは…今回はにゃーのお手柄にゃすね~」

魔法使い「そうですね!」

勇者「お前の魔法が効いていたのもあるがな」

魔法使い「勇者様?」

勇者「いつもは使えないが…今回はまぁ、クソ魔道士にしてはよくやったんじゃないのか?」

魔法使い「勇者様ぁ!ありがとうございますぅ!」

勇者「っ!だからそうすぐにくっつくのはやめろ!」

魔法使い「仲間どうしのスキンシップ…ですよね?ねこちゃん!」

ねこ「……」

魔法使い「ねこちゃん…?何かこわい顔してますよ?」

ねこ「にゃ?そ、そうにゃす!スキンシップは大切にゃす~!にゃーも混ぜるにゃ!」

勇者「んなっ!ねこっ!お前までっ!」

魔法使い「なんかいいですね~こういうの…仲間って感じがします!」

勇者「お前らな…」

勇者(しかし…)



偶にはこういうのも悪くない…か?



ねこ「にゃああああああ!!!」

ファング「キャィィン…」

ねこ「はぁ、はぁ…終わったにゃす」

勇者「こっちも片付いた」

魔法使い「えっ!これねこちゃん一人でやったんですか!?」

ねこの周りには俺たちが倒した数の二倍以上の魔獣がくたばっていた。

ねこ「にゃははは…ここのところ絶好調にゃすね~」

勇者「……」

吸血鬼との闘いから数日、確かに彼女自身の言う通りねこは絶好調だった。

勇者(だがどうも様子がおかしい)

最近の戦闘が終わったあとのねこの顔はまるで魔法使いの魔法に恐怖していた俺のような顔だった。

自らの力に怯えているような…
そんな感じだ。

勇者「ねこ」

ねこ「にゃ?」

勇者「頑張るはいいが無理はするなよ。最近のお前は肩に力が入りすぎている」

ねこ「そ、そうにゃすかね」

勇者「そうだな。不本意ではあるが次の街はいつもより少し長めに居座るとするか」

勇者「そこで羽目を外すといい」

魔法使い「いいんですか?」

勇者「…これも仲間のためだ」

魔法使い「えへへ。最近勇者様本当に丸くなられましたよね」

勇者「お前は最近調子に乗りすぎだ。近い、離れろ」

魔法使い「そうですかね?」

勇者「実は羽目を外させるのにはもう一つ理由があってな。近々お前を殺す予定だからな、お前が少しでもこの世に未練が残らないようにという配慮もある」

魔法使い「ひっ!?それだけはっ!離れます!離れますからぁ!…ってそれ本当ですか?」

勇者「ふっ、本気にしても構わんぞ」

魔法使い「なら冗談ということにしておきましょう!最近の勇者様はお優しい方ですから!」

勇者「なっ!腕を抱くな!歩きにくいだろう!」

魔法使い「えへへ~」

魔法使い(…たとえそれが本気だとしても、未練を残さないために私はこうしてると思いますよ。勇者様…)

ねこ「にゅん…」


『汝は我に選ばれた』


ねこ「っ!」


『汝に与えるは力、嫉妬を源とする…』


ねこ「んぅ!はぁっ!はぁっ!」

勇者「ねこ!?大丈夫か!?」

ねこ「い、や…何でもないにゃす。ちょっとさっき魔獣に体当たりされたところが痛むだけにゃす」

勇者「回復魔法が足りなかったか。ヒール!」

ねこ「ありがとうございますにゃ」

ねこ(最近どんどん鮮明になっていってる気がするにゃ)

ねこ(あのときの記憶…)






第6章
永遠のスキンシップ








無事街に到着した俺たちは宿を取った後別行動をすることにした。

魔法使い「わー!ねこちゃんのいた街よりももっと活気がありますね!すごいです!」

勇者「俺は道具の補充をしてくる。お前たちは各々自由にしていいぞ」

ねこ「はいにゃす」

魔法使い「はーい!」

勇者「また後でな」

俺は宿前で二人と別れ自分の用事を済ませるため道具屋へと向かった。

…………

魔法使い「どこから行きましょうか。えーっと…あのお洋服屋さん…あっちのケーキ屋さんもいいですねぇ~…うーん。迷っちゃいますよ」

ねこ「魔法使いちゃん。にゃーはあっちの方を見に行くにゃ。また後でにゃす~」

魔法使い「はい。また後で…」

魔法使い「とりあえずお洋服を見に行きましょう」

青年「おーい!」

青年「そこの変わった格好のお嬢ちゃん。俺らと一緒にお茶しねーか?」

魔法使い「え?」

青年2「あっ!お前だけ抜け駆けかよ。俺が先に見つけたのによ。な?俺と一緒に来ねーか?奢ってあげるよ」

魔法使い「ええっと…その…私は…」

ねこ「あんたらじゃスペックが足りないにゃす」

青年「なんだこの猫耳女…」

ねこ「にゃーは魔法使いちゃんのお友達にゃ!お友達に悪い虫はつけさせないにゃす!しっしっにゃ!ふしゅー!」

魔法使い「ねこちゃん!」

青年「ちぇっ…んだよ」

青年2「俺割とマジで好みだったんだけどな~。行くか~」

魔法使い「あ、ありがとうございました。ねこちゃん」

ねこ「相変わらずすごいにゃすね~。一瞬でも一人にしたらすぐ男の人が寄ってくるにゃす」

ねこ「なんか心配だからにゃーは魔法使いちゃんについていくことにするにゃ」

魔法使い「えへへ…助かります。じゃああのお洋服屋さんに行きましょう!」

ねこ「分かったにゃす~」

…………

魔法使い「わーこれいいな~かわいいな~」

ねこ「見るだけにゃすか?買わないにゃす?」

魔法使い「すぅっごく欲しいんですけど…どうせこの街を離れたらまたこの装備に戻さないといけないので…」

ねこ「別にいいんじゃにゃい?勇者様も暫くはここにいるって言ってたし、その装備は男の人を引き寄せやすいにゃ。少しでも誘惑の魔力を抑えるために普通の服を着ておいてもいいと思うにゃす」

魔法使い「でも…」

ねこ「もしかしたら…普段とは違う姿の魔法使いちゃんを見たら勇者様の対応もいつもとは変わるかもしれないにゃすよ?」ボソッ

魔法使い「へ?」

魔法使い「そう、ですかね…」

ねこ(この反応は…やっぱり魔法使いちゃん勇者様のこと好きなんにゃすね)

魔法使い「じゃっ、じゃあ折角ですからねこちゃんも何か買いましょう!あっちにねこちゃんに似合いそうな服があったんですよ!」

ねこ「にゃ、にゃーはいいにゃ。この格好の方が動きやすいし…」

魔法使い「い~い~か~ら~」

ねこ「にゃにゃにゃ!引っ張らにゃいでぇ!」

…………



魔法使い「わー!やっぱり似合ってます!その袖付きのキャミソール!」

ねこ「そ、そうにゃす?」

魔法使い「なんかいつもより『女の子』って感じがしますよ?多分勇者様も見たらびっくりすると思います!」

ねこ「じゃあ…これ…買っちゃおうかにゃ~」

魔法使い「えーっと…じゃあ私は~」

…………

ねこ「次はどこ行くにゃす?」

魔法使い「えーっと。さっきまではケーキ屋さんにしようかなーって思ってたんですけど、美味しそうなクレープ屋さんをみつけちゃったのでそっちにしましょう!」

ねこ「分かったにゃ」

街人「ねぇ、そこの君。俺と遊ばね?」

魔法使い「あっ、私たち…その…」

チャラ男「うぇーい!そこの冴えない男なんてほっといてさ~俺と行こうぜ~」

ねこ(普通の服に変えた筈なのに悪化してるにゃす…)

ねこ「逃げるにゃ!」

魔法使い「あわわっ!」

…………

ねこ「なんとか逃げ切れたにゃー」

魔法使い「クレープも買えましたね」

ねこ「装備とかあんまり関係なかったにゃすね」

魔法使い「あはは…困っちゃいますね~」

ねこ「魔法使いちゃんは本当にすごいにゃ。羨ましいにゃす」

魔法使い「そんなことないですよ。ただただ沢山の男の人に好かれたって…私は…別に…」

ねこ「それでも羨ましいにゃすよ…だって…」



『ふっ…』



ねこ(魔法使いちゃんと話してるときの勇者様はあんなに楽しそうで…まるで別人みたいにゃ)

魔法使い「ねこちゃん?」

ねこ「魔法使いちゃんは…勇者様のこと好きなのにゃ?」

魔法使い「え!?えええ~!?いきなり何を…え、えーっと…その…それは…」

ねこ「隠さなくてもいいにゃす。最初に会ったときからなんとなく知ってたにゃ」

魔法使い「はぅ…そうです…ね…」

ねこ「にゃーも勇者様のこと大好きにゃす」

魔法使い「ええ!?」

ねこ「にゃーを針鼠の攻撃からかばってくれたとき…本当にかっこいい人だにゃって思ったんだにゃ…」

ねこ「にゃーが昔魔王と会ったかもしれないっていうのは本当にゃ。そのとき何があったのかっていう真実を確かめたいのも本当にゃす。でもそれはこの旅についてきた理由の半分でしかなくて…もう半分は勇者様と一緒にいたかったっていうのが本音なのにゃ」

魔法使い「そうだったん、ですか…」

ねこ「にゃーから見れば勇者様は魔法使いちゃんと話しているときはすっごく楽しそうな顔をしているにゃ…それが羨ましくて…」

ねこ「あー!にゃーもモテモテになりたいのにゃ!」

魔法使い「ねこちゃん…」

ねこ「にゃんてね。実は自分より他の人の方がよく見えてしまうのはにゃーの昔からの悪い癖にゃ」

ねこ「ちょっといい思いをしてるように見える人を見ると、すぐあの人が羨ましいな、ずるいにゃーって思っちゃうのにゃ」

ねこ「だからこの話も気にしなくていいにゃ。ごめんにゃ。ほら、クレープ食べようにゃす」

ねこ「はむっ…んにゃあ~。ほっぺがとろけそうにゃすぅ~」

魔法使い「私から見れば…」

ねこ「にゃ?」

魔法使い「ねこちゃんの方がいっぱい良いところあると思いますっ!」

ねこ「にゃす?」

魔法使い「私なんかよりも何倍も強くて、最近なんか勇者様よりも数の多い魔獣の相手をしてるし!」

魔法使い「とぉっても仲間思いで優しいし!私知ってるんですよ?私が森で寝ちゃってたとき一番最初に私を探しにきてくれたんですよね!」

ねこ「ん、まぁ、そうにゃけど…」

魔法使い「さっきだって男に人に絡まれて困ってた私を助けてくれたし…私からして見れば私なんかよりねこちゃんの方がずっと可愛いし素敵です!あの人たちは女の子を見るセンスがないと思いますっ!」

ねこ「にゃ、にゃあ?人の中身なんて初見で話しただけじゃ分からないからしょうがにゃいと思うにゃ」

魔法使い「それでもです!」

魔法使い「だから…もし自分よりも他の人の方がよく見えたときは私の言葉を思い出してください。ねこちゃんにはねこちゃんのいいところ…沢山あるんですから…」

ねこ「魔法使いちゃん…」

ねこ(ありがとうにゃ…)

魔法使い「あむっ。んん~!クレープ本当に甘くておいしいですね!」

ねこ「魔法使いちゃん!んっ…ぺろっ…」

魔法使い「ふぇ!?な、なんでいきなりほっぺたなんか舐めて…」

ねこ「クリーム、ついてたにゃすよ」

魔法使い「あ、はい…ありがとうございました…」

ねこ「魔法使いちゃんはすごいにゃす。女の子すら虜にしちゃうんにゃすね」

魔法使い「どういう意味ですか?」

ねこ「にゃーね?魔法使いちゃんのことも…だーい好きにゃす!」

魔法使い「え…」

魔法使い「…えへへ。私もです」

魔法使い「あ!あれ勇者様じゃないですか?用事は終わったんですかね?次のお店は三人で一緒に回りましょう!」

ねこ「それいいにゃすね!」

魔法使い「勇者様ぁ~!」

勇者「ん?なっ、どうしたその恰好は…」

魔法使い「えへへ。ちょっと着替えてみました。どうですか?似合いますか?」

勇者「ん…まぁ似合ってるんじゃないか?」

魔法使い「ありがとうございます!」

勇者「はん。装備を変えたときくらいまともな魔法が使えるようになれば言うことなしなんだがな」

ねこ(やっぱり、多分勇者様も魔法使いちゃんのこと…)

ねこ(でもそれでいいにゃ)

魔法使い「ねこちゃんもいつもとは違うんですよ?」

勇者「ん?ねこ?どこにいるんだ?」

魔法使い「あれ?さっきまでそこにいたんですけど…」

ねこ「じゃーん!」

勇者「いたぞ。…って別にいつものねこだが」

魔法使い「あれぇ!?またいつもの恰好に着替えちゃったんですかぁ!?」

ねこ「うーん。やっぱりにゃーはこっちの方がいいかにゃって」

魔法使い「ぶー。せっかく似合ってたのにぃ」

ねこ(例え勇者様の隣に寄り添って歩くことはできなくても…)


『ねこちゃんにはねこちゃんのいいところ…沢山あるんですから…』


ねこ(にゃーはにゃーのやり方で勇者様と一緒にいられればそれでいいにゃ)

ねこ(にゃーは勇者様が安心して背中を預けられる存在になればいいにゃ!)

勇者「女の子らしいねこだと?…いまいち想像できんな」

魔法使い「本当!本当なんですよ~?」

ねこ(魔法使いちゃん…そのことに気づかせてくれてありがとうにゃ)








<本当にそれでいいのかにゃ?>











ねこ「うぐっ!?にゃっ…ん…」

ねこ(いいのにゃ!これで、これでいいのにゃ!)





その後はなんだかよく分からないまま俺は二人に連れまわされた。

…疲れた。

…………



魔法使い「今日は本当に楽しかったですね!」

ねこ「そうにゃすね」

魔法使い「ああ…魔王の残党とか、魔王討伐とか、もうそんなの全部そっちのけにして三人でずっとこんな日々が過ごせたらな…って思っちゃいましたよ」

魔法使い「えへへ…そんなのダメなんですけどね」

ねこ「全部終わったらそれも叶わない夢ではないのにゃ」

魔法使い「そうですね…そうですよね!」

魔法使い「全部終わったらまた三人でこの街を訪れましょう!今度は勇者様と一緒にクレープを食べましょう」

魔法使い「あ、あと…勇者様に選んでもらった服を着るとかも…いいかもしれませんね…」

ねこ「にゃはは。魔法使いちゃんは本当に勇者様が好きにゃすね」

魔法使い「何言ってるんですか。ねこちゃんの服も選んでもらうんですよ?」

ねこ「…まぁ、全部終わった後ならいいかもしれないにゃすね」

魔法使い「えへへ。楽しみになってきました!それでは、また明日。おやすみなさい」

ねこ「おやすみにゃす~」


…………


魔法使い「ん、すぅ、すぅ…」

ねこ「んっ…んにゃぁぁ…んんんん…!」

ねこ「あぅっ…んはぁ…はぁ…」


『汝に与えるは力』


<このままでいいのにゃ?>


『嫉妬を源とする…』


<あの女さえいなければ…>


『力を昇華させよ』


<勇者様の隣には…にゃーが…>


『己が持った罪を貫け』


<消さないと…>



ねこ(違うにゃ!それは違うにゃす!)

ねこ(頭がっ!割れそうだにゃっ!!!)

ねこ「んにゃああああああああああ!!!!」

ねこ「はっ!はぁ…はぁ…魔法使いちゃんが起きちゃうにゃす」

魔法使い「んー…すぅ、すぅ…」

ねこ「良かった…まだ寝てるにゃす」

ねこ「…やっぱりにゃーはそうなのかにゃ?」

ねこ「にゃーは…」


魔王の…


五日ほど街で過ごした後俺たちは街を出発した。



ファング「ギャィン!」

ファング「ギャン!」

ねこ「はぁ…はぁ…」

勇者「暫く闘いから離れていたから少しくらい鈍ると思っていたが…ねこ、お前また強くなったか?」

魔法使い「一度に相手にできる魔獣に数が増えてます…」

ねこ「にゃはははは…こんなの朝飯前にゃす」

勇者「息抜きをしたつもりだったのだが…一体いつ修行してたんだ」

ねこ「にゃーにも分からないにゃす」

勇者「は?それは一体どういう…」

ねこ「と、とにかくここは片付いたからどんどん進むにゃす!」

勇者「あ!おい待て!」

勇者(どうしたんだ…)


…………

勇者「今日はここで野宿する」

魔法使い「あれ?確かにもう夕方ですけどまだ日も沈みきってないのに…珍しく足止めが早いですね」

ねこ「え!?なんでにゃす?もっと進むにゃ!」

ねこ(にゃーが生きてたら魔王がどんどん強くなっちゃうにゃす。だから少しでも早く魔王城に行って魔王を倒さないといけないのに…)

勇者「落ち着け。…なんか最近のお前は変だぞ」

ねこ「にゃ…」

勇者「前にも言ったが、一度肩の力も抜け。今の狂戦士のような闘い方を続けていると近いうちに身体を壊すぞ」

ねこ「でも…だってにゃーは!」

勇者「?」

ねこ「分かった…にゃす…」

ねこ(にゃーが魔王の残党って言ったら…もう二人と一緒にいられなくなるにゃ。それだけは絶対に嫌にゃす)

勇者「しっかり休め。…俺はお前が心配なんだ」

ねこ「勇者様…」

魔法使い「わっ、私だって心配してますよ!」

勇者「そういうわけだ。今日は早めに休んで明日の朝早く起きればそれでいい」

ねこ「にゅん…」

その日、保存食による晩飯を取った俺たちは日が沈みきるとすぐに寝た。


ねこ「にゃ…にゃ…」

ねこ「フッー!フッー!」

ねこ「にゅっ、にゅん…やぁ…」

ねこ(最近にゃーの中の魔王の魔力がどんどん強くなってるにゃ…このままじゃ本当に魔王がどんどん強くなっちゃうにゃ…なんとかして力の昇華を止めないとっ!)



<嫉妬の原因を無くせばいいのにゃ>


ねこ(それは…そうにゃんだけど…)


<あの女を消せばいいのにゃ>


ねこ(なっ!?やめっ!やめるにゃあ!)


<あの女を消せば>

ねこ(にゃ…?身体が…勝手に…魔法使いちゃんの方に)

魔法使い「ん~…ゆーしゃさまぁ…いけません…むにゃ」

ねこ「にゃ、にゃ、にゃ」

ねこ(手が…魔法使いちゃんの首に…)

ねこ「ケス…ケス…ケス…」

ねこ「コロス…コロス…」

魔法使い「んにゅ…あれ…?ねこちゃん…?どうしたの…?」

ねこ(逃げ…て…)

ねこ「にゃあああああ!!!!」







勇者「んっ…なんだ…?」









魔法使い「んぐぁ…!?ね…ご…ちゃ…ん…??」

ねこ「にゃ…にゃ…」

魔法使い「ぐ…ぐる…じぃよぉ…やめ、で…やめで…よぉ…」

ねこ「にゃにゃにゃ」

勇者「ねこ!」

魔法使いの首を絞めているねこを発見し体当たりをした。

ひとまず魔法使いからねこを離す。

ねこ「にゅんっ!」

魔法使い「ゲホッ!ゲホッ!うっ…おぇぇ…」

勇者「どうしたんだねこ!返事をしろ!」

ねこ「…ユウシャサマ?」

勇者「っ!?」

勇者「お前…本当にねこなのか?」

鞘から剣を抜きねこに向けて構える。

魔法使い「!?ゆう、じゃざまっ!なにっ、やっでるんですがぁ!ごほっ…そこにいるのはねごちゃんなんでずよ!?」

勇者「分かっている!分かってはいるが…」

ねこ「フシュー!」

勇者(なんだこの尋常じゃない魔力…そして殺意は!?まるで…残党の連中みたいだ)

ねこ「フニャー!」

勇者(どうする!?どうすれば)

ねこ「やめ、るにゃ」

ねこ「にゃはは…もう…だめみたいにゃすね…」

勇者「!?」

殺意に満ちた狂人のような顔から一瞬、いつもの穏やかで頼りになる俺たちの仲間、そんな、俺の知っている彼女の…哀しそうな微笑みが見えた。

ねこ「ごめんにゃさい…」

ねこは俺に物凄い速度で接近する。
俺は反応できなかったわけではないが相手があのねこだったので剣を振ることができなかった。

ねこ「ちょっと借りるにゃす」

勇者「なっ!」

ねこは俺から剣を奪い取ると…

ねこ「にゃんっ!ぐっ…にゃ…ん…」




自らの腹にそれを突き刺した。






魔法使い「ねこちゃん!?」

ねこ「ハァ…ハァ…ハァ…」

勇者「お前…一体何をしているんだ?説明してくれ!頼むっ!」

ねこ腹から剣を引き抜き倒れるねこを受け止め支える。

俺には何もかも突然なことで訳がわからない。

なぜねこは魔法使いの首を絞めていたのか。
なぜねこは自らの腹に剣を刺したのか。


勇者「とりあえず回復魔法を使うぞ!話しはその後で聞かせてもらう!ヒー…んぐっ!」

何処にまだそんな力が残っているのか、ねこにかなりの力の手で口を抑えられた。

ねこ「ハァ…にゃーね…実は魔王の残党なんだにゃ…」

勇者「!?」

魔法使い「はぁ…はぁ…えっ…えぇ…!?ごほっ…」

ねこ「にゃー…は…ゴホッ…!ゆーしゃ、さまと…魔法使い…ちゃんの…ことが…だいす…き…だから…ゴホッ!ゴホッ!ずっと一緒に…いたい…のにゃ…」

ねこ「で、も…だめなの…にゃ…たぶ、ん。ここからさき…も、きっ、とにゃーは魔法使いちゃんのこと…を…殺そうとしてしまうにゃ」

ねこ「うけいれたくにゃい…けど…きっと、それもにゃーの心の一部なのにゃ…にゃーは…そういうやつ…だから…だからまおうに、選ばれちゃった、のにゃ」

ねこ「にゃーは…みんなとずっと一緒に…いたいから…ずっと一緒にいるために…体はここに置いていくことにするにゃ…にゃーが死んでも…心はずっと繋がってるから…にゃーを許して欲しいのにゃ…」

勇者(ふざけるなっ)

俺の口を塞ぐ手の力が緩んできた。
それを機に口から手を離せたがそれは同時にねこがもう危ない状態にあることを意味していた。

勇者「ふざけるなよねこぉ!ヒー…んむっ!?」

今度は手ではなく口で塞がれた。

ねこ「んっ…んちゅ…ちゅっ…」

鉄っぽい味が口の中いっぱいに広がる。
それはねこの…命の味…。

勇者「んはっ…ね、こ?」

ねこ「にゅふふ…スキンシップは…」

ねこ「た、い、せ…つ…にゃ…」

俺に抱きついていた腕はスルリと力なく落ちた。

勇者「ね…こ…嘘だろ?」

魔法使い「ごほっ…ねこ…ちゃん…?」

勇者「ヒール!ヒール!」

何度も回復魔法を使った。

使えなくなるまで使った。

俺の精神が擦り切れそうになるまで。

しかしもう、俺の腕の中で安らかに眠る彼女から生命の鼓動は感じられなくて…



勇者「嘘だと…嘘だといってくれ…ねこ…」

魔法使い「そんな…そんな…うぅ…ねごちゃん…」

勇者「ねこ…ねこ…」






勇者「ねこおおおおおお!!!!!」








魔法使い「ねごちゃん…うぅ…」

勇者「くそっ…くそっ…!」

ねこが悩んでいたのに気づいてやれなかった自分への怒りか、勝手に一人でいってしまったねこに対しての怒りか、はたまたねこを悩ませる原因を作った魔王に対してのの怒りか。

何に対しての怒りなのか分からないまま行き場のない怒りが拳の先に伝うのを感じてひたすら地を殴った。

魔法使い「勇者様…」

魔法使い(あの勇者様が今までにないくらい取り乱してる…)

勇者「どうして…どうしてなんだねこ…俺は、どうすればよかったんだ。なんでそんな風になるまで俺に何も言ってくれなかったんだ…」

魔法使い(泣いてる場合じゃない)

魔法使い(私が、ねこちゃんの分まで勇者様を支えてあげないと)

魔法使い「勇者様」

勇者「!」

後ろから、ささやかな温もりがそっと俺を包んだ。

魔法使い「本当に悲しいときは…泣いてもいいんですよ?」

勇者「っ!離れろ!別に俺は悲しいわけでは…」

魔法使い「肩…震えてますよ。こんなに近くにいるんだから分かっちゃいますよ」

勇者「何をっ!」

魔法使い「悲しくないわけないじゃないですか!わだしだって…ほんどは…うそだって思いたいでずよ!」

勇者「……」

魔法使い「これは何かの悪い夢で、また目が覚めたらいつものねこちゃんがいて、三人でまた魔王城を目指して歩いてって…思いたいでずよぉ!」

魔法使い「でも…これは夢じゃないんですよね。そう、とても悲しい現実なんですよね」

勇者「やめろっ!」

魔法使い「私たちはねこちゃんの思いも背負って…前に進まないといけないんです…」

勇者「そんなことは分かっている!馬鹿にするなよクソ魔道士!」

魔法使い「でも今は辛いんですよね…分かります。だから辛さはここに置いて行きましょう。大丈夫です。ねこちゃんは心はずっと繋がったまんまだって言ってくれましたから…」

勇者「…どこに置けばいい」

魔法使い「私が全部受け止めてあげますよ。今だけじゃありません。これからもねこちゃんの分まで私が勇者様を支えますから」

勇者「ふっ…相変わらず笑わせる。攻撃魔法も使えないお前がか?」

魔法使い「はい。頑張ります」

魔法使い「勇者様最初に『お前を連れて行って俺に利はあるのか?』って私に聞きましたよね」

魔法使い「だから私が勇者様の隣にいて勇者様にとってプラスになることをいっぱい作りたいんです。…ありますって言っちゃいましたしね」

魔法使い「私は…勇者様のことが大好きですから…」

勇者「!!」

勇者「…そう、か。ならここに全て置いて行くとしよう。前に進むために。ねこに胸を張れるように」

魔法使い「はい。どうぞ私の胸を借りて下さい」

勇者「いや…それはだな…」

魔法使い「やっぱり恥ずかしいですか?」

魔法使い「ふふっ。なら緊張を解いて差し上げましょう」

魔法使い「…テンプテーション」

勇者「!」

俺は魔法使いの方を向き彼女の胸に顔を埋めた。

勇者「これは魔法のせいだ」

魔法使い「はい」

勇者「これから起きる出来事は後で全て忘れろ。いいな」

魔法使い「はい」

勇者「本当だろうな?」

魔法使い「……」

勇者「まぁ…いい…くっ…うぅ…」

勇者「ねご…すま、なぃ…魔法使い…感謝する…」

勇者「うぅっ…」

魔法使い「……」

魔法使い(ねこちゃん。ごめんなさい…今の私、すごくずるいですよね)



そんなことないにゃすよ



魔法使い「!」

魔法使い(あはは…私すっごく嫌な子だな…自分を正当化するために幻聴を聞くなんて…)

魔法使い「うっ…うぅ…うぇ…」








ねこちゃん…ありがとう…








数日後、本格的に近くなってきた魔王城を前にして俺たちは魔獣にすら手こずっていた。

勇者「ハァ、ハァ…やっと片付いたか」

魔法使い「はぁ、はぁ…ただのファングもすごく強くなってますね…」

勇者「ああ」

魔法使い「あっ」

勇者「!」

突然魔法使いがふらつき前に倒れこんだ。

勇者「おいっ!大丈夫か!?しっかりしろ!」

魔法使い「はぁ…はぁ…はぁ…」

彼女の額に手を置くと人肌にしてはかなりの熱が伝わってくる。

勇者(ねこがいない分今まで以上に過酷な戦闘と連続の魔法詠唱に疲れたか。無理もない)

とりあえず回復魔法を使い、彼女の疲労回復を試みる



魔法使い「んっ…あぁっ…だ、めぇ…」

勇者(全く効果がないだと!?)

勇者(その上にいつものこいつよりさらに強大な魔力を感じる)

勇者(これはあの時のねこから感じた魔力と同じ…まさか…いや、そんな馬鹿な…)

魔法使い「はぁ…勇者様…すみません…立てそうにないです…」

勇者(ここで休んで行きたいところだがその間にまた魔獣が来ては本末転倒だ。ここでは症状の回復が見込めない以上どこか宿のある場所を探すしかない…だかこの辺りに村は…地図を見る限りではなさそうだな)

勇者(…山小屋のようなものを探すしかないか)

勇者「ここは危険だ。移動するぞ」

魔法使い「は、はぃ…がんばります…」

勇者「背負ってやる。乗れ」

魔法使い「え…でも…」

勇者「さっき立てそうにないと言ったのはお前だろう。いいから乗れ」

魔法使い「は、はい。では失礼します」

魔法使いを背に再び歩き出す。
安息の場所を求めて。

魔法使い「はぁ…はぁ…すみません…いっぱいいいこと作るって言ってたのに…早速迷惑かけちゃいましたね…」

魔法使い「えへへ…勇者様の背中、大きくて温かいです…」

勇者「黙っていろ。楽じゃないなら喋るな。寝ろ」

魔法使い「優しいんですね」

勇者「随分とよく喋るな。本当は大丈夫なんじゃないのか?」

魔法使い「いえ…なんだか少し…頭がふわふわしています…」

勇者(熱の症状のせいか?それともこのさらに強大になった魔力が何か関係しているのか?)

魔法使い「勇者様…少し甘えてもいいですか?」

勇者「こんなときに何を言っている。こうして背負ってやっている時点で十分お前は俺に甘えているだろうが」

魔法使い「じゃあ、もっと甘えちゃいますね…ぎゅー…」

勇者「んなっ」

魔法使いが俺にしがみつく力を強めた。
当然彼女の上半身は前に寄せられ、俺の背とさらに密着する。

さっきまでは気にならなかった柔らかい感触も流石に気になってきた。

勇者「やめろっ!下ろすぞ!」

魔法使い「私知ってますよ。勇者様はお優しい方なのでそんなこと言っても下ろさないって…」

勇者(さっきまでの魔法使いと明らかに何かが違う!遠慮がちなこいつは何処に行ったんだ?こんなこいつは…師匠の村で寝ぼけてたとき以来だ)

魔法使い「ゆーしゃさまぁ…だいすきです…」




『汝には我の最後の力の一部を与えよう』



魔法使い「!?」

魔法使い「はぅっ…!?あっ…あたま…が…」

勇者「どうしたっ!?」

魔法使い「や…だ…」

勇者「くそっ!何処かにないのか!何処か…少しでも休める場所があればっ!」

ファング「グルルル!」

勇者「なんだ?」

振り向くと後ろからは魔獣の群れがこちらに向かって迫ってきていた。

勇者「ちっ!こんなときにっ!おい!」

魔法使い「は、はぃ」

勇者「走るぞ!落ちるなよ!」

群れから逃げるため全力で走る。
もちろんあてなどない。
適当にまければそれでいい。

一本道を走るだけではいずれ追いつかれると悟りデタラメだが木々を曲がり、ただまくことに専念した。

ファング「ギャルルルル!」

勇者「しつこいっ…」

だがどんなに走っても魔獣は追ってくる。

勇者(このままじゃ追いつかれるぞ!)

曲がる余裕もなくなり雑木林を抜け開けた場所へ出る。

勇者「な…」

なんとそこは崖だった。

ファング「グルルル…」

やっと獲物を追い詰めたと言わんばかりに唾で地面を濡らす獣の集団が俺たちに迫る。

勇者(状況は絶望的だが…)

それと同時に俺たちには新たな希望も生まれていた。

崖の下には隠れ里なのか民家や畑などの人が生活している風景が見えた。

勇者(この場から直ぐにあの場所へ行く方法とこの場を切り抜ける方法は一致している)

勇者(幸いこの崖は低めだ。飛び降りた後の衝撃の痛みも回復魔法を使えばなんとかなるかもしれん)

ひとまず魔法使いを背から下す。

魔法使い「んっ…はぁ、はぁ…勇者様…私も戦います」

勇者「その必要はない」

魔法使い「え?」

魔法使いを抱き、頭を手で抑えつける。

魔法使い「え?え?勇者様…?」

勇者「頭を引っ込めていろ」

ファング「グラァ!」

勇者「行くぞ!」

魔獣が飛びかかるのと同時に崖から飛び降りる た。

勇者「ぐぅっ!」

魔法使い「きゃあああああ!!!!」

落ちていく中魔法使いを庇いながら後頭部を打たないように横向きに身体を捻る。

5秒後、鈍い音を立てて俺たちは原っぱへ着地した。

勇者「がはっ!」

魔法使い「んっ!」

魔法使い「ゆ、勇者様ぁ…大丈夫ですか?」

勇者「ああ…なんとかな…」

回復魔法を使いながら上の様子を伺う。

ファング「ギャルルル…」

勇者(流石にまだいるか…今にも飛び降りてきそうな勢いだ…キツイが早くこの場から移動しなければ…)

だがしばらくすると俺たちがもう一度立ち上がる前に群れは森の方へ消えて行った。

勇者「…なんだ?」

魔法使い「はぁ…とりあえず…はぁ…助かったみたいです…ね…」

勇者「おいっ!」

勇者「…ついに気を失ったか」

俺は気を失った魔法使いをもう一度背負い直し、里へと降りて行った。

…………

ようやく里へたどり着いた俺は辺りを見回した。

そこは街以上に普通の人間と多彩な魔族や亜人種が住む場所のようだった。

勇者(魔王城に近いからか?)

勇者「やっと着いたな…宿は、無さそうだな…何処かに邪魔させてもらうしかないか」

「うぬ?見ない顔じゃな…お主一体何処からこの隠れ里に…」

そこに立派な白い髭を蓄えた老人に話しかけられた。

勇者(兎の耳…。兎の亜人種か…)

勇者「俺は勇者だ。そこの崖から飛び降りてきた」

長老「なんと!?勇者様であったか!これは失礼…ワシはこの里の長老です」

長老「ですが勇者様となると…魔王を討伐するためにこの辺りを訪れたのでは?」

勇者「そうだが」

長老「困りましたね。実は今この里の周辺には特殊な結界がはられてまして…外からの魔獣やらを受け付けない代わりに一度入ってしまうとこの里から出られなくなってしまうのです…」

勇者「なんだと!?それは本当か!?どういうことだ!…くっ」

思わず声を荒げるとここまでの戦闘と回復魔法の連続詠唱に疲労した体が悲鳴をあげ、よろめいた。

長老「とりあえずその怪我ではまともに立ってられますまい。とうぞこちらへ…」

勇者「あ、ああ…すまない…」

長老「ん…?その後ろの少女は…」

勇者「ああ。長老殿と同じ兎の亜人種の者だが…」

長老「…た、大変じゃ!早くこちらへ!」

突如長老は落ち着きを無くし、自宅だと思われる場所へ駆け込んで行った。

俺も後を追ってその民家の中へ入る。

勇者「邪魔する…」

そこで長老が同じく兎の亜人種である女性と男性と話していた。

長老「あれは…確かじゃろう?」

「ま、間違いないわ…」

「…生きてたんだな!」

勇者「……何の話をしているのか分からんがとりあえず後ろのこいつをベッドに寝かせてやりたいのだが」

「勇者様!何処でその子を?」

「そうだよ!一体今まで何処にいたんだ」

勇者「こいつとは王都で出会った。もしや知り合いの者か?」

母「知り合いもなにも!私たちはその子の親です!」

勇者「何!?それは仰天した」

父「四年前に行方不明になってから何処に行ってしまったのやらと思っていたのですが…」

勇者(確かにこいつは四年前から記憶がないと言ってたが…一体何があったんだ?)

母「私たちの知らない間にこんなに大きくなって…うぅっ…ぐすっ…嬉しいわ…」

勇者「そいつのことで聞きたいことも山々だが…先ずは何故この里から誰も出られないのかを聞きたい」

老人「結界を張っているのはここのすぐ近くの洞窟の中にいる竜神様なのですが、竜神様は四年前に魔王がここを攻めてきてからというもの外界からの悪しき魔族を寄せ付けないためかずっと結界を張り続けたままなのです…」

母「竜神様が結界を張った日、魔法使いは里の外に遊びに行ってたんです…そこからずっと帰って来なくて…」

父「探しに行こうにも里からは出られなかったんです。だから…もうどこかで魔獣にでも襲われたのかと…」

老人「昔は里の声を聞き入れ…里の民と仲良く談笑するような穏やかな竜神様だったのですが四年前から聞く耳を持たず、それどころか暴れまわる始末で…」

勇者「つまり…その竜神をなんとかすればいいんだな?」

老人「まぁ…そうなのですが…」

勇者「洞窟の場所を教えてくれ」

勇者「俺は…必ずや魔王を撃ちとらねばならん身なのだ…」







第7章
怒りと怒りと衝突






「…誰だ。オレに何の用だ」

洞窟の中へと入った俺は奥にいた真っ赤な鱗で全身を覆う竜と対峙していた。

勇者「貴様が竜神か。結界を解いて貰いたい。俺は勇者だ。魔王を撃つためにここを出る必要がある」

竜神「その必要はない。魔王はいずれオレの結界を破りまたここを攻めてくるに違いない。きたるそのとき、オレが魔王を叩き潰す!」

竜神「…勇者ということはお前は余所者のようだな。丁度オレと同じような魔力の気配を感じ取っていたところだ。余所者が迷い込んだのは察していたが…オレと同じ魔力の持ち主はお前ではないようだが…」

勇者(…あいつのことか?)

勇者「お前と同じ魔力とは…何のことだ?」


竜神「憎き魔王の魔力よ!」

竜神はそう言い張ると一度洞窟の一部にヒビが入るほどの圧倒的な怒りの感情を含んだ咆哮を上げた。

勇者「ぐっ…!」

勇者(確かに一気に禍々しい魔力を感じた!こいつは残党か!?)

勇者(だがあいつも同じとはどういうことだ!?あいつも…残党ということか…?)

勇者(まさかっ!まさか本当にそんなことが!なら…俺はあいつも…)


『にゅふふ…スキンシップは…』



『た、い、せ…つ…にゃ…』


勇者(殺さなければならないのか?ねこと同じように…)

勇者(…何故だろうな。最初はいつでも殺すつもりであいつを連れていたのに)

勇者(今は…)


『え、えろ魔道士です』


『ゆうしゃさまが死んで…わたしも殺されちゃうんじゃないかって…こわかったですよぉ…』


『勇者様ー!もし私が攫われたら助けに来てくださいよぉー!?』


『死んじゃいそうなくらい幸せ…です…』


『勇者様ぁ!嬉しいですぅ!嬉しすぎますよぉ!』


『えへへ。ちょっと着替えてみました。どうですか?似合いますか?』


『大好きですから』


勇者(何故こんなにも辛い)

勇者(家族とねこに続き…またも魔王に奪われようとしている…魔王は俺からどこまで奪って行くつもりなんだ?)

勇者「許さんぞ…魔王…」

竜神「ほぅ…静寂ながらオレに勝るとも劣らない怒りの力を感じるぞ!」

勇者「竜神よ、俺はこの里から出るぞ」

竜神「いいだろう。その怒り!このオレにぶつけるがいい!その怒りがオレの怒りを超えたとき!結界の解除を認めてやろう!」

竜神「行くぞっ!!!!」

勇者「うおおおお!!!!」



…………


『汝には我の最後の力の一部を与えよう』


ゃ……


『汝に与えるは力』


やだ……


『色欲を源とする』


こわぃ……


『力を昇華させよ』


こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい

魔法使い「っんは!」

魔法使い「はぁ…はぁ…はぁ…」

魔法使い「ここ…は…?」

魔法使い(なんでだろう…とても懐かしい気分…)

母「魔法使い!目が覚めたのね!」

魔法使い「きゃっ!」

母「おかえりなさぃ…グスッ…本当に…本当に良かった…あなたが生きててくれて…」

魔法使い「え?え?えーっとぉ…す、すみません…どなた…ですか?」

父「え?」

母「へ?」

魔法使い「す、すみません…私たち…どこかでお会いしましたか?」

母「なっ、何言ってるの!?」

父「母さんと父さんのことを忘れたのか!?」

母「そうよ!どこで会ったも何も!あなたは私たちの子で私たちは家族なのよ!?」

母「やっと…やっとまた会えたのに…そんなこと…言わないでよぉ…」

父「魔法使い。頼むからこれ以上母さんを悲しませないでくれ」

魔法使い(え?え?え?え?)

魔法使い(お父さん…?お母さん…?)


…………


魔法使い「お父さーん!お母さーん!友達と遊んでくるね?」

父「気をつけてな」

母「暗くなる前に帰ってくるのよ?」

友達「今日は森の中を探検するんだぞー!」

魔法使い「楽しそうだね!」


…………


魔法使い「うぅ…ぐっ…うぁっ…あっ…」

母「魔法使い!?大丈夫!?」

長老「やはり外にいる間に何かあったのじゃな…そのときのショックで記憶を無くしておるのかもしれん…」

母「そんな…」

…………

友達の母「はぁ…はぁ…良かった…あなた達が無事で…今里が大変なの!魔王が攻めて来たかと思ったら今度は竜神様が急に暴れ出しちゃって…」

友達「え?竜神様が!?」

友達の母「ええ。だから早く逃げるのよ!さ、魔法使いちゃんも早く!急ぎましょう!」

友達「やべーぞやべーぞ!走れ走れ!」

魔法使い「まって!まってぇ!」

魔法使い「あっ…!」

魔法使い「あいたっ!うぅっ…まって!まってよぉ!」

魔法使い「うぇ…うえええええん…」

「そこの童女よ」

魔法使い「え?…だえ…?」

魔法使い「ひっ!」

魔法使い(こ、この女の人…なんだかものすごく…こわいっ…)


「汝には我の最後の力の一部を与えよう」

「これで七つの全ての力を振り分けることができる…最後がこのような何の才も感じられぬ普通の子供になるのは不本意だが…まぁよい」

「明日には勇者が城へ攻めてくるのだ。我にはもう時間が残されていない。ゆえにもう力の器も選んでられん…」

魔法使い「あ…あ…」

「恐ることはない。力を受け入れよ」

魔法使い「いや…やだ…」

「汝に与えるは力、色欲を源とする」

「力を昇華させよ」

魔法使い「ひぃっ…ひぃぃ…」

「はぁ!!」

魔法使い「ああああ!!!!あ…が…やぁ…だぁ…」

魔法使い「ごわぃ…ごわ…ぃ…やだ…やだやだやだ…」

魔法使い「こ…わ…」

「……」

魔法使い「ヒュー…ヒュー…」

「ふむ。やはりこのような子供では駄目だったか?まるで魂だけが抜けたような…そんな顔をしているぞ」

「ここでそのままにしてもよいが…この様子では我と勇者との戦いが終わる前に死んでしまいそうだな。それでは意味がない…」

「ここらの魔獣は一度一時的に払っておくか」

「我の力の一部…汝に預けたぞ…ではな…」


…………



魔導師「…かなりの魔力を感じる」

魔導師「あそこからか…?」

魔法使い「……」

魔導師「子供…?」

魔法使い「……」

魔導師「お前…どこから来たんだ?どこに住んでいる」

魔法使い「…?」

魔導師「名前は?」

魔法使い「魔法使い…」

魔導師「一人なのか?」

魔法使い「…こわい」

魔導師「そうか…そうだよな。一人は怖い。そして寂しいものだ」

魔導師(妙に強大な魔力を持っているからどの道ほおってはおけないが…私もどうかしているな…普通はこの子の親を一緒に探してやらねばならぬのに…今の私は…新たな温もりを探し求めているのか?)


魔導師「お前も一人なのか。私も一人になってしまったんだ。よかったら私に付いてこないか」


…………

魔法使い「あっ…あっ…あっ…」

魔法使い「うああああああああ!!!!」

母「魔法使い!?」

…………

竜神「オレの炎で灰と化せ!」

竜神「ハァ!フンッ!ラァ!」

勇者「くっ!ふっ!はっ!」

竜神「ちょこまかと!」

勇者「疾風剣技!」

竜神「グォ!…やるな」

煉獄の満ちた洞窟の中、俺と竜神の攻防が続いていた。

竜神「まだまだァ!」

竜神の吐く炎を避けながら隙をついて懐中へ斬りこむ。

勇者「ハァッ」

竜神「グルッ!」

勇者「そろそろ終わらせてもらうぞ!竜神!」

竜神「何!?」

勇者「疾風剣技!居合斬り!」

風に乗り一瞬の内に竜神の急所を切り裂く。

竜神「うがああああ!ぐっふっ…」

竜神の巨体が倒れる音が洞窟中に広がった。

勇者「ハァ、ハァ…終わった…か…?」

勇者(早く戻らなければ…あいつが心配だ…)

勇者(だが…俺はやはりあいつを殺さないといけないのか?何か他に方法はないのか?くそっ!)

戻らなければと思いつつも戻れば魔法使いを殺さなければならない。

魔王に対する怒り、魔法使いを救えない悔しさや悲しみ、そして数々の死闘で積み重なってきたダメージで疲弊しきった俺はその場に座り込んでしまった。

倒れた竜神にもたれかかり、意識も遠のいてきたそのときだった。

竜神「グッ…グググ…」

勇者「!?」

竜神が身体を起こして立ち上がった。

もたれていた俺はそのまま地面に倒れる。

竜神が俺を見下ろしているのが分かるが身体が言うことをきかず立ち上がることができない。

勇者(くっそぉ!立ち上がれ!動け!)

竜神が炎を吐くのかゆっくりと口を開く。

勇者(くっ…そっ…)

竜神「礼を言うぞ…勇者…」

勇者「……?」

竜神の口から出たのは炎でも罵倒でも勝利宣言でも無かった。

勇者「どういう…ことだ?」

竜神「どうやら魔王を撃ち破る宿命を背負った女神の力を纏うお前に斬られたことによってオレの中の魔王の力が消え失せたようだ」

勇者「なんだと?」

竜神「普通の魔物や人間では先ほどのお前の一撃でこの世から去っていただろうが竜の鱗を纏ったオレはあの程度の攻撃では死には至らんぞ」

勇者「…だがもう俺に敵意はないんだな」

竜神「ああ、お前の怒りがオレの怒りを超えたからな」

勇者「そんなにも魔王を憎んでいたのになぜ魔王の力を身につけたんだ?」

竜神「…オレはこの場所に里ができる何十年も何百年も前からずっとこの洞窟にいた。一人でな」

竜神「だがある日オレの前に一人の人間が現れた。そいつは不思議なやつだった。威嚇するオレに対して怯えるわけもなくだからと言って襲ってくることもなかった」

竜神「オレがそいつにお前は不思議な奴だと言ったら、そいつはなぜそう思うのかを聞いてきた。オレはずっと一人だったことをそいつに伝えた」

竜神「そうするとそいつは何故かここに人を集めると言い出した。やめろと言っても聞かなかった。なんでもオレを孤独から救うためだという…」

勇者「……」

竜神「里ができてからまた何年もの月日が流れそいつは死んだ。だがそいつは確かにオレをこの薄暗い洞窟の中の孤独から解放した…オレは誓った。死んだあいつへの恩を返すために、あいつが集めた民たちを守り続けようと」

竜神「そんな中魔王がここを攻めてきた。里の一部は焼かれ沢山の民が死んだ。オレは魔王に立ち向かったが力及ばす地に伏し敗北した」

竜神「民はオレが魔王に負けたのを見て絶望し、この里を捨てて逃げようとしたのだ」

竜神「逃げ行く民たちを見てオレはあまりの自分の力の無さに憤怒した。最初は自分に対する怒りだったのだ。だがそれは徐々にオレをまた孤独へと陥れようとする民たちへの怒りへと変わっていった」

竜神「オレはまだ闘れる、だからオレを置いて行くな…とな…」

竜神「そんな怒りを魔王につけこまれ魔王に力の一部を押し付けられたというわけだ。哀れな奴だな…オレは…」

勇者「結界を解いてくれるか?」

竜神「ああ、魔王を撃つのはお前に任せた。頼んだぞ…勇者…」

勇者「任せろ…俺が必ず…この手で魔王を撃つ!」

竜神「だが今のお前では少し力不足とも感じられる。もっと女神の力を最大限に生かすことができるようになれば魔王を滅せるだろう。オレが修行に付き合ってやる」

勇者「本当か!」

竜神「ああ。…だが、今は向かうべき場所があるのだろう?」

勇者「そうだな。お前の言うことが本当なら…少しは仲間を助けられるかもしれない」

洞窟を出た俺は魔法使いの眠る場所へと戻った。


勇者「…魔法使いは無事か」

母「はい。今は少し落ち着いて眠っています。一度目を覚ましましたが頭を抱えて苦しそうでした…」

勇者「やはりお前は、魔王の…」

魔法使いが眠るベッドの横にあった椅子に座る。

魔法使い「うっ、んんっ…うっ…あぁっ…」

勇者(内側から押し寄せてくる魔王の力を必死に押し返そうとしているんだな…ねこも…ずっとこんな感じだったのか?)

悪夢にうなされているような顔で眠る彼女の片手をそっと両手で握った。

勇者(本気で斬らなければ完全なる魔王の力の消滅は難しいが…抑えることならできるかもしれん)

魔法使い「…んっ、はぁ、ゆ…しゃ…さま…」

勇者(お前だけは…俺が救ってみせるっ!)

勇者(女神よ!俺に力を貸してくれ!)

彼女の手を強く握りしめると俺の手から白い光が満ち溢れ、部屋中を照らし始めた。

母「な、何!?」

父「何だ!?」

長老「これは…!?」

やがて光が収まり、目も慣れ、ゆっくりと目を開けた。

魔法使い「ん…すぅ…すぅ…」

勇者(顔色が穏やかになっている。それに、完全ではないが禍々しい魔力もあまり感じられない)

勇者「なんとか…なったのか…?」

肩からすっと力が抜けたかと思うと気がつけば俺は魔法使いを抱きしめていた。

魔法使い「んぁ…あ…れ…?ゆうしゃ…さま?」

勇者「起きたか…この馬鹿魔道士…この俺にここまで心配させるとは…やはりお前はお荷物だな」

魔法使い「ふ、ふぇっ!?勇者様!?どうしたんですか!?い、いきなり…そんな…」

母「魔法使い!大丈夫なの!?」

魔法使い「あっ…お母さん…うん。私は大丈夫だよ…」

父「全部、思い出してくれたのか」

魔法使い「はい。全部思い出しちゃいました」

魔法使い「すみません勇者様…聞いてください…」

勇者「……」

魔法使い「騙すつもりは無かったんです…私は、実は魔王から力の一部を受け取った残党の一人でした」

魔法使い「あはは…あ、いえ…笑い事じゃないんですけど…笑っちゃいますよね。だって本当にお荷物だったんですから」

勇者「……」

魔法使い「あ、でも勇者様が私を連れて行ってくださらなかったら、勇者様がこのことに気がついたときに王都まで戻って私を殺さないといけなかったので…その手間が省けたという意味では私を連れて行っていいこと…ありましたね!」

魔法使い「それだけでも良かったです。それだけで…うぅっ…わだしは…ぐすっ…まんぞくでずっ…」

魔法使い「どうか…ゆうじゃざまのてで…わだしを…ころしてください…もう覚悟はでぎでまずからっ!」

母「魔法使い!?またあなたは…何を…」

魔法使い「おがあさんごめんなざい!でも…だめなんです!わだしが生きてたら…たとえ魔王を倒したとしても…また魔王が復活してしまうんでずっ!」

父「そ、そんな…」

長老「な、なんということじゃ…」

母「う、嘘よ!嘘よそんなの!」

魔法使い「嘘じゃないんです…ごめんなざい…嘘じゃ…ないんです…」

勇者「お前にしては随分と諦めが早いな」

魔法使い「へ?」

勇者「あんなにも生への執着が強かったお前にしては随分と諦めが早いなと言っているんだ。震えて、泣きわめいて、土下座して…挙句の果てには…」

魔法使い「そ、その話はしないでくださいって…」

魔法使い「……」

魔法使い「私だって…死にたくないですよ…私は…ねこちゃんみたいに強くない…だから…本当は…死にたくない…もっと…もっど…ゆうじゃざまと…いっしょにいだいでずよぉ!」

勇者「なら、そうすればいい」

魔法使い「でも!それでは魔王が!!」

勇者「俺はお前がずっとお荷物だと思っていたし今も…邪魔だと感じることもある…」

魔法使い「…?」

勇者「だが荷物を背負う期間が長すぎて感覚が麻痺してきた。今では背中に荷物がないと身体が軽すぎて落ち着かないくらいにな。今の俺には少し重荷があるくらいが丁度いい」

魔法使い「!!」

勇者「お前が生きている間ずっと魔王が復活し続けるというのなら俺が何度でも魔王を倒すだけだ」






勇者「だから…ずっと俺と一緒にいろ。この旅が終わった後もだ…」





魔法使い「へ…?え…?」




魔法使い「ひっぐ…うぅっ…ゆうしゃ…さまぁ…」

母「あ、ありがとうございます!勇者様!」

父「ははっ…参ったな…将来娘が欲しいと言う男が家に来れば一度は顔面を殴るつもりでいたのだが…これでは殴れないじゃないか…」

魔法使い「うぅ…だいしゅきです…あいじでいまず…」

勇者「ふっ…涙鼻水まみれでそう言われてもな…」

勇者「!」

魔法使い「ゆうしゃさま…?どうかされましたか?」

勇者「…いや、なんでもない」

そこで初めて気がついた。

俺を散々悩ませていた呪いは、完全に消えていた。



…いや、消えたというより。


馴染んだのかもしれない。

竜神との修行で俺は魔王を葬る女神の力を纏う剣技を習得した。

結界が解除された里を抜け、俺たちはついに魔王城の扉の前に立っていた。


勇者「とうとうここまで来たか」

魔法使い「長かった旅もここで終わりですね」

勇者「魔王…覚悟しろ。たとえ何度お前が復活しようと無駄だということをこの一度で思い知らせてやる」

魔王城の巨大な扉が重くゆっくりと開かれる。

今、最後の戦いが幕を開けようとしていた。







第8章
伝説の魔法使い








魔王城の一番奥の部屋にたどり着くのは容易だった。

当たり前といえば当たり前だ。


勇者「別に疑っていたわけではないが魔王軍全滅というのは本当だったんだな」

魔法使い「本当に誰もいませんでしたね…」

勇者「この部屋の奥に魔王がいるんだな。間違いない。桁外れな魔力を感じる」

魔法使い「は、はい」

勇者「…足が震えているぞ」

過去のトラウマのせいもあるのだろう。

勇者「お前の魔力と魔法の殆どは魔王のものと言っても過言ではない。どうせ奴にお前の魔法は通用しないだろう。お前はここで待っていても構わんぞ」

魔法使い「い、いえ!私も最後まで一緒に戦いますよ!それに魔王に魔法が効かないなんてやってみないと分からないじゃないですか」

足も、声すら震えていたが彼女の眼差しだけは恐れの感じられない力強い光を宿していた。

勇者「…その根拠はどこからきている」

魔法使い「同性でも魅せることができる自信はねこちゃんのお墨付きです!」

勇者「そうか…なら行くぞ!」

部屋の入り口を蹴り飛ばし、俺たちは部屋の中へと突入した。


魔王「…来たか。新たなる勇者よ」

勇者「ああ、貴様を葬りさるためにな」

魔王「そして…まさかお前が来るとはな」

魔法使い「わ、私はあなたの敵ですよ!魔王!」

魔王「我はお前を殺す気はないぞ。お前は魔王軍復活の礎となるのだ」

魔王「そこの現勇者を滅ぼしてからな!」

勇者「やってみろ。その言葉、そのままそっくり返してやろう」

魔王「ふむ。確かに我の力を借りた者共はそこの娘を残して全てどうにかしたようだが…」

魔王「分かってはいると思うが、そこの娘を生かしておる限り我の完全なる消滅はありえんぞ?」

勇者「なら何度でも貴様を斬るだけだ」

魔王「ふふふふふ…おもしろい。だが一度でも我をねじ伏せられるなら真となるか?ゆくぞ!」

魔王が前に手を差し出すと手のひらに禍々しい魔力が集中する。

勇者「一撃で沈める!」

勇者「ゴッデス…」

魔王「遅い!デストロイファイア!」

勇者(早い!最上級の攻撃魔法をこれだけの短時間で詠唱できるとはっ…!)

横に転がり飛んでくる炎球をギリギリかわす。

勇者(一撃は無理だったか。やはり何発か打ち込み、動けなくなったところに止めを入れるしかないか)

勇者「疾風剣技!連斬!」

風の速度で間合いを詰め、魔王に斬りかかる。

魔王「プロテクト」

魔王の手から光の壁が現れ最初の一撃を阻まれた。

勇者「まだだ!」

下から振り上げもう一撃。

魔王「……」

またも光の壁に阻まれる。

勇者「くそっ!」

魔王「甘いな」

次も、その次も阻まれる。
俺の刃は魔王にまで届かない。

魔法使い「勇者様!一度離れてください!」

勇者「!」

勇者「分かった」

魔王「む?」

魔法使いが魔法陣を構えているのを見て一度魔王のもとを離れた。

勇者(頼んだぞ)

魔法使い「テンタツィオルネ!」

魔王「ほう。そこまで我の力を昇華させたか」

桃色の魔法陣から放たれた魔力の糸が一斉に魔王に向いて襲いかかる。

魔王「だが…」

魔法使い「えっ…!」

魔王は魔法陣から来る糸さえも光の壁で断ち切ってしまった。

壁に遮られた糸は力なく消滅する。

魔法使い「そんな…」

勇者(だめかっ…)

魔王「忘れたわけではなかろう?その力はもともと我の物だということを。ただの我の一部複製品であるお前の魔法が力の主である我に効くわけがなかろう」

魔王「だが我と勇者との神聖な戦いに水を差されては面倒だ。…お前はそこで大人しくしていろ」

魔王「バインド」

魔法使い「きゃっ…」

魔王は光の壁を出したその手からそのまま黒い魔力でできた縄を出す。
それが魔法使いの身体と腕を拘束し、魔法使いはバランスを崩してその場に座り込む形となってしまった。

勇者「魔法使い!ビスペ…」

魔王「デストロイファイア」

俺が魔法使いの拘束を解こうとするとそれをさせまいと魔王が攻撃魔法を俺に打つ。

勇者「くぅっ!」

またギリギリでかわせたがこれでは魔法使いに解呪の魔法を使えないどころか近づくことさえままならない。

魔法使い「んぅ…んー!…動け…ない…」

魔法使い「勇者様…すみません…」

勇者「いい。そこで俺が魔王を討ち滅ぼすのを見ていろ」

魔王「今のままでは我の攻撃魔法をかわすだけで精一杯といったところだがな」

そう言いながら魔王はまだまだ燃え盛る火炎を飛ばし続けてくる。

勇者「俺は避けているばかりではないぞ!」

なんとか隙をついて魔王に斬りかかるもそれは光の壁の防御魔法に防がれ続ける。

魔王「そのやっとの攻撃は我に届いてないがな」

魔王「そろそろ終わらせるとしよう。フリーズ!」

魔王が氷結の魔法を唱えた。

勇者「くっ!」

勇者「…?」

俺は瞬時に身構えるもどこからも氷が飛んでくる気配はない。

だがその魔法はもうすでに俺のすぐ近くまで迫ってきていた。

勇者「!!」

足元に火傷しそうなほどの冷たさを感じる。

魔王「それでもう動けまい」

勇者「なんだと…!」

俺の足は床にぴったりとくっついたまま動こうとしない。

魔法使い「勇者様!」

勇者「ビスペ…くっ…」

咄嗟に解呪しようとしたが魔王は既に俺の目の前まで来ており俺の顔の前に手のひらをかざしていつでも魔法がうてる体制に入ると鼻で笑った。

魔王「あっけない。実にあっけないな勇者。せめて後一人くらい我に力を与える者が残っていれば我も本調子で戦えていたのにと悔やんでいたが、お前には本調子で戦う必要すらなかったようだな」

魔王「やはり先代が強すぎただけか。安心を通り越してもはや拍子抜けだ」

勇者(…確かに魔王は自分より強いと思っていた前の勇者をも相打ちにまでもっていった。奴の本気はこの程度ではないということくらいは分かっていたが…くそっ!この段階のこいつにすら俺は及ばないのか!?)

魔王「終わりだ。勇者…」

魔法使い「勇者様ぁ!!!!」







<彼を救ってください>









魔法使い(!)




魔法使い(あなたは…誰…?)







<私は女神…あなたが彼を救ってくださるのなら…力をお貸ししましょう…どうか、世界を救ってください…>







魔法使い(私は…勇者様を助けたい…)

魔法使い(力を貸してくださいっ!女神様!)






<感謝を。あとは…任せましたよ。魔法使い…>






<ビスペル>








魔法使い「魔王!勇者様から離れてください!」



魔王「何だ!?」

勇者「魔法使い…?」

魔王「どうやって我の束縛魔法を…」

魔法使い「デレアスモス!」

魔王「また上級誘惑魔法か!何度やっても同じことだ!」

魔法使い「はああああああ!!!!」

魔王はまた壁を作り出し魔法使いの魔法を防ごうとするが魔法陣から放たれた糸は光の壁を貫通し、魔王の中に入り込んでいった。

魔王「な、なんだ…この聖なる魔力はっ!!!!」

魔王「我のものでは…ない」

魔王は何かに操られたかのようにじりじりと魔法使いに近づいて行く。

勇者(何が…何が起こっているんだ…?)

勇者「逃げろ!」

魔法使い「駄目です!ここでやめたら意味がありません!」

魔王「な、ぜ…だ…なぜ…我は…こいつのところへ…」

魔法使いの目の前まで来た魔王は魔法使いの肩を両手で硬く掴んだ。

魔法使い「今です勇者様!」

勇者(状況は把握しきれていないが隙はできた!)

勇者「ビスペル!」

魔法で足元の氷を溶かし、魔王に斬りかかる。

勇者「魔王!覚悟!」

魔王「くぅぅ!舐めるなよ勇者ァ!」

まだ理性が残っているのか魔王は自分と魔法使いを覆う殻を作るように光の壁を展開し俺の剣を阻んだ。


勇者「くっ!」

魔法使い「勇者様!それでは意味がありません!今こそ必殺の一撃を!」

勇者(そんなことは分かっている!だが…)

勇者「今あれを使えばお前もただではすまないんだぞ!」

魔法使い「大丈夫です!早く!」

魔王「グッ…ガガッ…オノレ…」

魔法使い「あぁっ…いだっ…ゆ、しゃ…さま…わだしのこの力も…あまり、長くはもぢまぜんっ!」

勇者(俺は…どうすれば…)

魔法使い「今しか、ないんですっ!」

魔王「グゥ…グッ…」

魔法使い「いぎっ…世界を…世界を救ってくだざいっ!」

勇者「……」

魔法使い「勇者様!」


勇者「ああああああああああああ!!!!」

勇者「ゴッデスソード!!!!」

両手で力強く剣を振り下ろすと白い光の魔力が斬撃となって放たれた。

魔王「グガッ…?」

斬撃はシェルターと化した魔王の壁をいとも簡単に叩き割り、光が魔王と魔法使いを包んだ。

魔王「ぐ…あ…や、め…ろ…」

魔王「キエル…?コノ…ワレガ…?」

魔王「キエテイク…ヤメロ…」

魔王「ヤメロォォォ!!!」




女神の魔力の光に飲まれ魔王は灰となって消えた。

光が完全に消えたそこには倒れた魔法使いの姿だけが残った。




勇者「魔法使い!」

強大な魔力の放出によりボロボロになった剣を捨て、走って彼女に駆け寄る。

魔法使い「ゆ、しゃ…さま…えへへ…やりましたね…」

勇者「馬鹿!喋るな!」

回復魔法を使おうとするも最後の一撃の反動で魔力は底を尽きていた。

魔法使い「ね?わたしが、いて、いいこと…ありました…ね…」

魔法使い「女神様が…わたしに、ちからをかしてくれたんです…」

勇者(あれは女神の魔力だったのか…)

勇者「だがその結果がこれだ!」

女神の力を込めた一撃を受けた彼女からは魔王の魔力は完全に感じられなくなっていた。
というより、彼女自身の魔力が殆ど消滅していた。

彼女は元々普通の少女で彼女の持つ魔力の殆どは魔王の魔力で構成されていたためだ。

そして幼いころから魔力を植え付けられていた彼女の身体は魔王の魔力があるのが当たり前となっておりそれが全て無くなった今、彼女は危険な状態にあった。

魔王の魔力と女神の魔力、二つの強大な魔力が無理矢理注がれた小さなの少女の器は限界を迎えようとしていた。

魔法使い「わたしが死んじゃうより…ゆうしゃさまが死んでしまうのは…もっと嫌ですから…」

勇者「お前」

勇者「…この馬鹿魔道士が」

勇者「俺の背に乗れ、王都へ帰るぞ」

魔法使いを背負って、魔王城の廊下を歩く。

急がなければ。

魔法使い「あ、わたし…この旅がおわったら…たくさんやりたいことあったんです…」

勇者「喋るな」

魔法使い「またあの大きな街へいきましょう…」

勇者「喋るな」

魔法使い「あの街のクレープ…とっても美味しかったんですよ?…ゆうしゃさまと一緒に食べたかったです」

勇者「もういい!喋るな!」

魔法使い「あとは…ゆうしゃさまに選んでもらった服を着て…」

勇者「そのアホみたいな夢物語にも後で幾らでも付き合ってやる!本当にお前がそれを望むならその願いも叶えてやる!」

魔法使い「……」

勇者「だから…頼むから…今は…黙って寝ていろ…寝ていてくれ…」

魔法使い「今じゃないと駄目なんです」

勇者「うるさい!黙れ!」

魔法使い「えへへ…これでも今眠たいのを必死に我慢してるんですよ?今寝てしまったら…多分もう起きられないので…」

勇者「!」

その言葉を認めたくなくて、聞きたくなくて、抗えない運命を変えるために、俺は走り出した。

勇者「後で意地でも叩き起こしてやる。だから安心して寝ていろ!」

魔法使い「そんなに…走ったら…眠れませんよ…」

勇者「じゃあもうそのままでいい!寝るな!」

魔法使い「もぅ…どっち…なんですか…」

魔法使い「…ゆうしゃさま。すみません。一度止まっていただけませんか?」

勇者「……」

彼女の言葉を無視して走り続ける。

魔法使い「お願いします…止まってください…」

無視して走る

魔法使い「お願いします…もう…止まってくださったら喋らないので…」

無視して…

魔法使い「テンプテーション」

俺の意思とは関係なく俺の足が勝手に止まった。

勇者(やめてくれ…俺はこんなところで…止まるわけには…)

そう思いつつも俺は自分の本能に従ってか、魔法使いに従わされてか彼女を背から降ろし正面から抱きしめていた。
何故だ?俺にもうこいつの魔法は効かないはずなのに…。

魔法使い「やった…魔王の魔力が無くてもちゃんと使えた…お師匠様…お師匠様との修行は無駄じゃなかったんですね…」

勇者「おい…今すぐ魔法を解け…」

魔法使い「無理ですよ。回復魔法は使えないんです」

勇者「ふざけるなよ…クソ魔道士…」

魔法使い「違いますよ。わたしは…えろ魔道士です…」

魔法使い「ゆうしゃさま…」

魔法使いがこっちも向いたまま目をそっと閉じた。
これも魔法の力なのか俺は吸い込まれるように彼女に口づけした。




顔を離すと魔法使いは少し微笑んでから言った。

魔法使い「ゆうしゃさま…あい、して…ま…」

魔法使い「す…」




勇者「…!」

勇者「おい…」

さっきまでは見えない何かに縛り付けられているかのように彼女を抱きしめ続けていたが、もう俺は自分の意思で彼女を離すことができるようになっていた。


もちろん俺が解呪の魔法を使ったわけではない。


勇者「おい!」

勇者「起きろ!寝るな!おい!起きろ!起きろ!」

勇者「俺を…一人にしないでくれ…」

心の中で自分で呟いた言葉を嘲笑った。
あれだけ孤独でいた自分、一人でも生きていけると思っていた自分からは想像もつかない言葉だったからだ。


彼女の最後の誘惑魔法が俺に効いてしまったのは…きっと、彼女の全てを俺が受け入れようとしなかったから。

彼女が消えてしまう運命を受け入れようとしなかったから。


…………



魔導師「…こんなところにいたんですか」

世界の平和を祝う王宮のパレードの華やかな明かりに照らされた王都の隅で、ぼんやりと夜空を眺めていると魔導師殿に声をかけられた。

魔導師「主役の英雄が何故こんな日陰に…王様も探しておられましたよ」

勇者「…魔導師殿。すみませぬ」

俺は彼女に対して何度目か分からぬ謝罪の言葉と共に頭を下げた。

魔導師「私を見るたびに頭を下げるのはやめてください。貴方の話を聞く限りではそれがあの子の望んだ結末なのだと分かっていますので」

勇者「……」

魔導師「もう私よりも悲しくないふりはやめてください。私には分かりますよ。あの子がいなくなったことに一番心を痛めているのは勇者殿なのでしょう?」

魔導師「一人は怖い。そして寂しいものです。そう感じるのは当たり前なのです」

勇者「……」

魔導師「あんなにも一人でも逞しく生きる貴方を変えたのはあの子の温もりです」

魔導師「どうかその心を忘れないでください。そしてできれば、一人でいる者に今度は貴方が手を差し伸べてあげてください。あの子からもらった温かさを他の誰かに広めてあげてください」

魔導師「私はこれから…魔王軍の手によって孤児になった子たちを集めて学び舎を開こうと思っています。私は今度はその子たちに魔法使いが私にくれたものを広げていきたいと思っています」

勇者「……」

魔導師「私は…勇者殿にはどうかそのような生き方をして欲しいと願っています」

魔導師殿はそれだけ告げると俺のもとを去っていった。




勇者(俺に…そんなことができるのか?)

勇者(いや、やらねばならぬのだろうな。それがせめてものあいつやねこ、魔導師殿への償いとなるのなら…)



…………


そこから五年の年月が経った。


「うわっ!」

勇者「甘いな弟子。そんなんではいつまで経っても疾風剣技は使いこなせんぞ」

弟子「師匠強すぎますよ~。あ~、俺剣技の才能ないのかな~」

弟子「やっぱり魔法使い目指そうかな?今からでも遅くないですかね?」

勇者「何を馬鹿なことを…大体魔法使いと言ってもいろいろあるだろう。一体目指すと言ってもどの魔法使いを目指すんだ?」

弟子「そりゃあもちろん!勇者様と一緒に旅を共にした伝説の魔法使い様ですよ!」

勇者「…ふっ。お前、その伝説の魔法使いが一体どんな魔法使いだったか知っているのか?」

弟子「そりゃあもう。あの魔導師先生みたいに巨大な炎やら雷撃やらをドッカーンでしょ?」

勇者「全く違うな」

弟子「あれ?じゃあ回復専門だったんですか?」

勇者「そうでもない」

勇者「やつには攻撃魔法の才能も回復魔法の才能もなかった。ましてや強化魔法や戦闘向きの状態異常魔法も使えない」

弟子「えぇ!?嘘でしょう!?」

勇者「ただやつはある非戦闘用の状態魔法だけはかなりの腕前と言えた。今までありとあらゆる魔法使いを見てきた俺だがそのようなものに特化した魔法使いを俺は未だにあいつ以外に知らん」

弟子「え?じゃあ全く新しい魔道を行く人だったってことですか?」

勇者「ああ、やつは…」

勇者「クソ魔道士…」

弟子「え…?」

勇者「いや、馬鹿魔道士だったか?違うな、アホ魔道士か?」

弟子「し…師匠…?」

弟子(あの師匠が…泣いて、る…?)

勇者(おい、ねこ…できるなら教えてくれ。あいつは元気か?)

俺は何とかやってるぞ。

勇者「そうだそうだ。あいつは…」










「えろ魔道士だ」














おわり






これにておしまいです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。


(-ω-)

まさか一月以上もかかるとは思いませんでした。

当然途中はダレたし設定もガバガバでぐだりましたがなんとか完結までもっていけました。

途中レスをくださったみなさんのおかげです。
本当にありがとうございました。

ってかこの内容ならこの板でやる必要なかったなって

そういうの期待してた人はすみませんでした

>>1ですが

7章で勇者が魔法使いの手を握ったとこで魔法使いが精神世界的なところて女神とチラッと出会う的な描写を入れるのを忘れていました

だから8章で「なんだこの超展開」みたいになってしまったので反省したいです
m(-ω-)m

ご都合展開っぽく感じられた方はすみません…

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