小鳥「夢みる頃を過ぎても」 (69)
@音無家。早朝。
カーテンの隙間から差し込む陽に顔をしかめる。
「……きもちわる」
降り注ぐ太陽光に、目の奥がズキズキと痛んだ。
「昨晩のチャンポンはマズかったわね……」
まだ布団の上で寝そべっていたいけど、喉が渇いて仕方がない。
加えて胃の中がひっくり返りそう。
「うぅ」
汗ばむ体を引きずってキッチンへ向かう。
「暑いよぉ」
七月下旬。絶好調な太陽が顔を出した早朝の事。
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小鳥「……んく。ぷはぁ」
小鳥「あーあぁ」
小鳥「だいぶマシになったわ」
小鳥「うぅ」
小鳥「うっ」
小鳥「……うええぇ」
小鳥「ぜんぜんマシじゃなかったわ……」ヘナヘナ
小鳥「……はぁ。やんなるわ」
小鳥「いつの間にこんなに弱くなったのかしら。うぷ」
小鳥「代謝が悪くなったのも歳の所為、かも」
小鳥「流しに吐きまくる2×歳か」
小鳥「……私、いつまでもこんなで」
小鳥「いつまでも独りなのかなぁ」ぐすん
小鳥「今日もお仕事あるのに。流しから離れられない」
小鳥「うぅ、まだ決済の済んでない書類がぁ」
小鳥「律子さんに怒られるぅ」
小鳥「吐き気だけで熱はないし。頑張って出社しないと……」
小鳥「……うん、ちょっと良くなったかも」
小鳥「なんならちょっと体が軽いぐらいだし」すくっ
小鳥「うっ」
小鳥「」ごくん
小鳥「準備しよ……」
小鳥「ごそごそ」
小鳥「ふぅ。ん? あれ?」
小鳥「下着が緩い」
小鳥「!」
小鳥「こ、これは」?
小鳥「お胸様が」
小鳥「小さくなっとる!!」
小鳥「ナンデ!? オムネ、ナンデ!?」
小鳥「まさか、萎んだ……?」
小鳥「歳で?」
小鳥「……」
小鳥「……もう、いやぁ」
小鳥「もうヤダ。会社行かない」
小鳥「今日は休むもん! ぜったい!」ぴぴぴ
小鳥「はい、音無です」すちゃ
小鳥「あ、律子さん。おはようございます」
小鳥「はい、はい。書類ですね」
小鳥「はい、今日中に、ええ」
小鳥「わかりました。大丈夫です。丁度家を出る所なので」
小鳥「はい、では」カチャ
小鳥「……ノーとは言えないシャチークです、小鳥です」
小鳥「はぁ。顔洗うの忘れてた」
小鳥「でも不思議と吐き気以外はいたって好調なのよね」
小鳥「スキップも軽やか」ぴょんぴょん
小鳥「これも女として色々失ってきたからかしら……」
小鳥「さてと、お化粧して、その前に洗面台へ……ってアンタ誰!?」
小鳥「(状況を整理しよう)」
小鳥「(今の私は紛れもなく2×歳だ)」
小鳥「(昨日だって焼酎を一本開けてベロンベロン」
小鳥「(でも! 今! 目の前に立つ彼女は!)」
小鳥「(いや、違う)」
小鳥「(鏡の前に立つうら若き少女は!)」
小鳥「……なんか若返ってる」
小鳥「やっぱり、お胸さまが大人しくなってるし」
小鳥「昨日寝る前までは、こう、バイーンって感じだったのに」
小鳥「でもいまは、ふにょんって感じなのよ?」
小鳥「ふにょんふにょーん。でも昨日は、ばいーんばいーん」
小鳥「わはははは」
小鳥「これはすごい!」
@765プロ事務所前
小鳥「何とかあり合わせの服でやってきたけど」ブカブカ
小鳥「何かスースーするし」//
小鳥「オハヨーゴザイマース」がちゃ
小鳥「誰も、居ないわね」
小鳥「今の内に書類だけ整理して病院いこ」そろーり
小鳥「原因不明の奇病かもしれないのに、こんな事してる私」
小鳥「社畜の鏡ね」キリッ
真美「?」
小鳥「どわっほい!?」
真美「どわっほい?」
小鳥「ままま真美ちゃん!?」
真美「真美は真美だけど、姉ちゃん誰?」
真美「ふしんしゃ?」ジト
小鳥「(あぁ! 真美ちゃんの怪訝そうな視線、最っ高だわ)」はぁはぁ
真美「うえ!? ちょ息遣い荒いよ、この姉ちゃん」ヒク
小鳥「(おっと、そうじゃなかった)」
小鳥「真美ちゃん私よ小鳥よ! だからその電話を置いてダメ! 通報やめて!」
真美「姉ちゃんが、ピヨちゃん?」ケゲンソー
小鳥「そうよ、音無小鳥よ」
真美「ぶぅ。真美がコドモだからってバカにしてるっしょ」
真美「ピヨちゃんは姉ちゃんより歳とってるYO!」
小鳥「ぐは! いやそうなんだけど」グサリ
小鳥「でもほら私が音無小鳥の証拠に」ごそごそ
真美「証拠に?」
小鳥「ほうら、この写真。事務所でお昼寝中の真美ちゃんよぉ」
小鳥「ぐふふ。よく撮れてるでしょ? おへそだしちゃって、可愛いわぁ」
小鳥「ほらっ、見て! 私の真美ちゃんコレクション!」
小鳥「まだまだあるわよ。テレ顔真美ちゃん、エヘ顔真美ちゃん、ゆきまみ! やよまみ!」
小鳥「これが私の真美ちゃんへの愛の証だぁ!」
小鳥「これでもまだ私が音無小鳥じゃないって言える!?」
真美「Oh……」
がちゃ
P「おはよー」
真美「に、兄ちゃーーーーん」がばっ
P「うおっ、真美!?」
真美「へ、ヘンタイだよっ、ヘンタイさんが居るんだよ!」
P「変態だって!? どこだっ」
小鳥「はぁぁはぁ、真美ちゃん、真美ちゃん……」ニジリニジリ
P「」
小鳥「あ、プロデューサーさん、おはよーございまーす」
P「誰だアンタっ!!」
ζ'ヮ')ζ<事情を説明中です~
P「に、にわかには信じがたい話だ」
あずさ「でも音無さんソックリだわ~」
伊織「目元のホクロもそのままだし」
亜美「おーよしよし、怖かったねー」ナデリコナデリコ
真美「うう、ぐすんぐすん」
春香「可愛い女の子に目がない所もね。あはは……」
小鳥「ほんとなんですよぉ、ぷろでゅーさぁーさーん」うるうる
P「しかしだなぁ。そんな荒唐無稽な」
小鳥「判りました、じゃあ私の秘蔵本の隠し場所を」ごそごそ
真美「!」びく
P「わかりましたから! 真美にトラウマ植え付けるのはやめてくださいっ」
春香「な、なんでそんな見せたがるのかな、小鳥さん」
伊織「露出狂に通ずる物があるわね……」
律子「しかし、小鳥さんがこうだと、仕事にならないわね」
小鳥「あのー、事務仕事なら」
律子「お客様との応対が無いとはいえませんし」
律子「ってそんな話じゃありません!」
律子「お仕事は良いですから、早く元の体に戻る方法を探さないと。一番大切なのは小鳥さんの健康でしょう?」
小鳥「り、律子さぁん」うるる
P「ともかく原因が判らないと。まずは病院へ行きますか」
小鳥「アポトキシンを飲んだ覚えはないんですけどね」
P「それにしても何で若返りなんて……」
貴音「それは私が説明しましょう」しゅばっ
P「貴音!? 一体どこから」
貴音「それは些細な事です。それよりも先ず、解決すべき問題があるでしょうに」
貴音「プロデューサー」
貴音「雨だれ石を穿つ、という言葉をご存じありませんか」
貴音「結論から言いましょう」
貴音「小鳥嬢の若さへの憧れや執念が、彼女を17歳に若返らせたのです」
P「んな、アホな」
貴音「想いの力に底はありませんよ? プロデューサー」
貴音「それに」
小鳥「あ」
貴音「小鳥嬢には心当たりがあるようです」
小鳥「そう言えば私、ココのところ自己暗示にハマってたんだわ」
あずさ「暗示?」
小鳥「ええ。鏡美容法っていうんですけど……」
伊織「あんまり聞きたくない話ね、ソレ」
小鳥「鏡の前でこういうの」
小鳥「小鳥、貴方は可愛い。ビューティー、若返る、Pさんの正妻……」
小鳥「毎晩毎晩、自己暗示をかけ続けたの」
小鳥「丁度、昨日が九九日目の晩だったわ……」
伊織「とんだ99 Nightsね」
貴音「げに恐ろしきは女の執念とはこの事です」
春香「二人とも言いすぎだよっ!」
小鳥「そうよ、そうだったのよ。これが……」
あずさ「アンチ、エイジング……!」ごくり
伊織「いや、おかしいからね」
P「……で、音無さんを元に戻すのはどうしたらいい? 貴音」
貴音「強い呪いこそ、綻びは見えやすいものです」
貴音「もとに戻る為には、願望を成就させることですよ」
貴音「小鳥嬢がこの姿を取っているのは、彼女の強い願いがそうさせているのです」
貴音「その願いが叶えられたなら、自然と元の姿に戻りますよ」
律子「小鳥さんの」
亜美「望み?」
小鳥「私の望みですか……」
貴音「邪法に縋ってでも叶えたい望みがあったのでしょう?」
伊織「邪法て」
小鳥「(私の望み、か)」
小鳥「(若返って私がしたかったこと)」
小鳥「(……そりゃいっぱいあるわよ)」
小鳥「(2×じゃ着れないような女の子な服装とか、体重を気にしないで甘いもの食べて)」
小鳥「(それで……)」ちら
P「?」
小鳥「(……甘酸っぱい恋とか、してみたい)」
小鳥「…………」
P「音無さんが長考に入ったぞ」
真美「またヘンな事言わないかなぁ」
P「……そうなった時は全力で真美を守るよ」
小鳥「決めましたっ!」がたんっ
P「き、決めたって何を?」
真美「びくびく」
小鳥「あたし、ゆ、遊園地に行きたいです」
P「(音無さんはそんな、ホントに些細な願いを口にしたのだった)」
@遊園地。
ジェットコースターが綺麗な宙返りを決める。滑車の音に伴って楽しそうな叫び声が続いた。
入園チケットを持って、プロデューサーはゲート前の三人の元へ向かった。
P「ほれ、春香に真美に、あとは音無さ……ん」
いつも職場で見る彼女とは違う姿に、言葉を失う。
紺色のブレザーに身を包んだその背は、丁度プロデューサーの胸のあたり。
彼を見上げた拍子に、髪飾りが光に揺らめいた。
P「それ」
小鳥「あ、これですか?」
小鳥「わ、私はちょっと派手かなぁって思ったんですけど」
小鳥「服は衣装に丁度良いのがあって。髪留めは春香ちゃんと真美ちゃんが選んでくれたんです」
いつものカチューシャに加えて、格子模様の入った髪留めを刺していた。
小鳥「黄色は亜美ちゃん、真美ちゃんのイメージカラーでしょって言ったんですけど」
P「ひよこ色っていうんですよね」
小鳥「え?」
P「綺麗です。似合ってますよ」
小鳥「きれ……え? きれいって、えぇええ?」
P「さぁさ、みんな行こうか。せっかく俺がおごるだんから楽しんで貰わないと」
春香「やったー! ねぇねぇ、真美。はじめは何に乗ろっか」
真美「えとえと、真美はね」
P「けど、ちっとは仕事が少ない事を心配してくれても良いんだぞ……?」
小鳥「き、きれぇ」//ぷしゅー
P「さ、音無さんも行きましょう」
真美「あー楽しかった! アレもう一回乗ろうよ、はるるん」
春香「ええ、また!? もう三回目だよぉ」
真美「いーじゃんいーじゃん、ほらピヨちゃんもっ」
小鳥「う、うん。もう一回!」
P「ちょっと、みんな……待ってくれよ」
小鳥「(なんて、なんて、なんて)」わなわな
春香「アイスおいしいね」
真美「はむはむ」
小鳥「おいしー」
小鳥「(何て燃費が悪いの、この身体わっ)」
小鳥「(食べても食べてもお腹が減るわ。カロリー消費量半端ないわね)」
小鳥「(そしてそして!)」
真美「はるるん、あそこまで競争だー」
春香「あはは、待ってよー」
小鳥「私も行くわー」
小鳥「(身体がっ身体が軽いっ)」
P「お前たち、走るなよ~」
小鳥「待てー、あはは」
小鳥「まてぇ、あはは、はぁ」
小鳥「ちょ、待って……」ぜぇぜぇ
小鳥「(しまった、この頃も体力はないんだった……)」
P「お、音無さん平気ですか?」
小鳥「プロデューサーざん……」ぜぇ
小鳥「ごめんなさい、私はしゃいじゃって」
P「たはは。良いですよ。何だか、危なっかしくて」
P「しばらく、傍に居ます」
小鳥「あ」////
P「どうかしましたか?」
小鳥「な、何でもないです」ぷいっ
P「?」
小鳥「……」
小鳥「(プロデューサーさん優しいよぉ)」ドキマギ
小鳥「(でも、勘違いしないようにしないと)」
小鳥「(私だけじゃなくて、女の子には優しい人だもの)」
小鳥「(危なっかしくて、か)」
小鳥「(ほっとけないと思われるのも、私が若いからなのかなぁ)」
小鳥「(だから、小鳥! いまこそプロデューサーさんに甘えるチャンスなのよ)」
小鳥「(ちょびっとドジで無防備な格好を見せれば、プロデューサーさんも私にメロメロ)」
春香「みんなー。クレープ買ってきたよー」
小鳥「!」
P「おいおい、また食べるのか?」
春香「い、いいんですよ、女の子は甘いものは別腹なんです。ねー」
真美「んっふっふ~、兄ちゃんはレデーの扱いが判ってないなー」
小鳥「(チャンス到来っ)」」
小鳥「(クリームを口の横につけて子どもアピール)」
小鳥「(無防備な笑顔にプロデューサーさんもキュン死に作戦よっ)」
P「はいはい。ほら春香は前向いて。危ないから」
春香「大丈夫ですよ、私もそうそうコケたり……っ」ゲシっ
春香「はれ?」ぐらり
P「春香っ!?」だっ
小鳥「!」
その時、全てがスローモーションに見えました。
よろけた春香ちゃんは、プロデューサーさんが受け止めます。
そして春香ちゃんの手からクレープが放り投げられました。
ゆっくりと弧を描いてクレープが私に向かって飛来。
避け、否。
小鳥「」べちゃ
春香「小鳥さんっ!?」
真美「まさかの顔面キャッチだYO!!」
P「ちょ、音無さんっ。エライことになってますが」
鼻先からクレープをぶちまけられ、口元から生クリームを垂らすあたし……
小鳥「ありね」
真美「ないよ!? どったの、ピヨちゃんっ」
小鳥「ほらほらぁ、プロデューサーさん。JKが白くベタつくナニカを口元につけてますよ~? ありでしょ~?」
P「おおお音無さん、落ちついて」
春香「うぐっ。うう。ごべんなざい。私の所為で小鳥さんが……!!」
@お手洗い。お化粧直し中。
小鳥「うぅ、クリームは大分落ちたけど」バシャバシャ
小鳥「プロデューサーさん、ドン引きだったなぁ」フキフキ
小鳥「ううんっ! 落ち込んじゃダメよ、小鳥っ。次なる一手を考えなくては」ぐっ
小鳥「そうだ! 躓くフリして、プロデューサーさんに抱き着いちゃおう!」
小鳥「……春香ちゃんみたいに」
小鳥「せっかく若返ったんだから、いっその事、妹キャラで攻めるのはどうかしら?」
小鳥「にーちゃーんって甘えてみるのよ!」
小鳥「……真美ちゃんみたいに」
小鳥「はぁ、あたし何やってるんだろ」
P「あ、音無さん!」ぱたぱた
小鳥「ごめんなさい。待たせちゃって」ぺこり
P「いやいや、そんな」
春香「謝らなきゃいけないのは私の方です! 小鳥さん、私のせいで……ごめんなさいっ」
小鳥「大丈夫よ」ニコ
春香「でも……」
小鳥「もう、春香ちゃん? 可愛いお顔が曇ってるわよ」
小鳥「それより、せっかくのお休みだもの。もっと楽しみましょう!」
小鳥「ね、プロデューサーさんっ」だっ
P「うわっ、音無さん? 急に走り出して」
小鳥「ほらほら~、あたし先に行っちゃいますよ?」
小鳥「(結局、考えても邪な考えしか思いつかないもの)」
小鳥「(だから。少女時代のあこがれだった観覧車へ、Pさんと!)」
小鳥「(こんなチャンスもう二度とないかもしれないもの)」
小鳥「(2×のあたしじゃ……プロデューサーさんは……)」
P「あ、あの! まってくださいって……」ぜぇぜぇ
小鳥「プロデューサーさん! 私をドキドキさせてくださいっ」
P「急になにいってるんすか」///
小鳥「若い私なら、プロデューサーさんだって嬉しいでしょう?」
小鳥「ほら、一緒にっ」ぐいぐい
P「いや、ちょっ」
P「どうしたんですか」
P「……いつもの音無さんと違いますよ」
小鳥「!」
小鳥「そうですよ! 私はいつもと違って若いんです!」
P「音無さん?」
小鳥「真美ちゃんみたいに元気いっぱいで、春香ちゃんみたいに素直で明るくて」
小鳥「若い私って変ですか? でもいいじゃないですか。……ちょっとぐらい夢みたって」
私ってば何いってるんだろう。
小鳥「私は若くなりたかったんです」
些細な事で笑い合ったり、
ちょっとした弾みで指先が触れ合って、照れちゃって、
でもそれがまたおかしくって。
そんな、そんな当たり前の気持ちを、感じたくて。
小鳥「男の人とデートみたいな事、したかったんです」
小鳥「あたしは……Pさんに女の子として見て欲しかったんです」
小鳥「2×のあたしじゃなくて、一人の女の子として、Pさんと遊びたかったんです」
P「……」
小鳥「ご、ごめんなさい。なんか、まくしたてちゃって……困っちゃいますよね」
小鳥「でも、私が妄想してきたような事は、もう、できないんです」
小鳥「いい年した女が、学生みたいな恋に憧れるなんて、おかしいですよね?」
P「おかしくなんてないです」
小鳥「でも――」
P「それに年も関係ありません」
P「いくつになったって、恋は楽しいもんです」
P「俺だって苦しんで悶絶する夜が、今だってありますよ?」
P「好きな人と一緒に歩いたり、ちょっと口には出来ないような事を妄想したり」
P「そういう事考えては、にやにやしたり」
P「でも恋をするって、俺はそういうことだと思うんです」
P「学生の頃みたいに、胸を弾ませられるなんて素敵じゃないですか」
小鳥「プロデューサーさん……」
P「そうやって、何かを強く想う事が出来る音無さんが、俺はとっても素敵だと思います」
小鳥「……!!」
小鳥「あの。あたし」
小鳥「あ、あれ。あたし、もしかして泣いちゃってます……?」ほろほろ
小鳥(あたしは、別にこのままで……2×歳のままでも)
小鳥(恋をしたっていいんだ)
小鳥(ああ、でも。もっとたくさん遊びたかったなぁ)
小鳥(遊園地の次はプールに行って)しゅ18才
春香「ああ! 小鳥さんのお胸さまが!」
小鳥(遊び疲れた帰りの電車で、Pさんの肩に寄りかかったりして)しゅぅ24才
真美「ばいんばいんにっ!」
小鳥(そんなこと、もっとしたかったなぁ)しゅぅう2×才
小鳥「……」
P「……音無さん」
小鳥「ごめんなさい、ごめんなさいっ」バッ
P「音無さん。こっちむいてくださいよ」
小鳥「いま、みっともない顔してるんで。だから……こっち見ないでください」
――――
――
小鳥「(結局その日はそれで終わっちゃった)」
小鳥「(プロデューサーさんが事務所まで送ってくれて。車の中では春香ちゃんや真美ちゃんに気を使わせちゃったな」
小鳥「(事務所に着くと、律子さんやみんなが笑顔で迎えてくれた)」
小鳥「(多分気づいてたと思うけど、あたしの眼が赤い理由は誰も聞かなかった)」
小鳥「(……みんなの優しさに事務所のトイレでまた泣いてしまった)」
そして……
満員電車に揺られ、日々の業務に追われる。
妄想を働かせる暇もなく過ぎる毎日の事。
@765プロ事務所
相変わらず冷房は壊れていて、扇風機の首が忙しく動いている。
時折、涼しい風が吹いては、机の上の重なった資料を揺らす。
P「音無さん。次のミーティングの資料ですけど」
小鳥「それでしたら――はい、これです」ごそごそ
P「ありがとうございます。やぁ、それにしてもすっかり夏ですね」
小鳥「え、ええ。そうですね……」
デスクから首を捻って外を見ると、ビルの隙間から立派な入道雲が見えた。
小鳥(あの一件以降、身体に不調はなくなったけど……)
小鳥(プロデューサーさんとは、何だか気まずい感じ)もじもじ
P「おとなしさん」
小鳥(それに冷静に思い返すと、Pさんに告白めいたことをしちゃったよーな)ドキドキ
小鳥(でもしょうがないじゃない。こちとら一体何年片思いしてると思ってるのよ)
P「音無さん」
小鳥「(……思いしちゃうな。Pさんと初めて出会った日)」
小鳥「(『こんな綺麗な女性と働けるなんて』そんな可愛い事を言ってくれたっけ)」
P「音無さんっ」
小鳥「へ!?」
P「今からコンビニ行きませんか? アイドル達がそろそろ帰ってくるし。アイスでもご馳走しようかなと」
P「手伝って貰えると嬉しいです」
開け放たれた窓から蝉しぐれが聞こえる。
一拍の間をあけて、あたしは答えた。
小鳥「も、もちろん。お手伝いしますよっ」
あたしの頬が赤くなっていないか、心配だった。
@コンビニまでの街路。
プロデューサーさんの半歩後ろを、歩くあたし。
ドキドキが止まらない。
そういえば二人で出歩くのは久しぶり。
意識しだすと、妄想も出来ない。頭の中が真っ白になる。
「音無さん」
「は、はい! なんでございましょう!?」
……声が上ずってしまった。
あたしの緊張を知ってか知らずか、プロデューサーさんは柔らかく笑う。
鼓動が半音を上がるのが分かった。
「今日は髪留めつけてないんですね」
髪留め。春香ちゃんと真美ちゃんが遊園地デートで選んでくれた。
あたしには若いと感じて気おくれしてた。
「あれ、かわいかったのにな」
「……あ」
『こんな綺麗な女性と働けるなんて』
お世辞だと思っていたあの言葉が思い出される。
今まで真剣に向かい合ってこなかったのはきっと、あたしなんだ。
プロデューサーさんの言葉を信じられなかったのは、あたしが弱かったから。
彼の本心を知るのが怖かったから。
若さとか、同僚だからとか、適当に理由をつけて、逃げてたのはあたしなんだ。
でも、もう言わなきゃ。言わないと、この気持ちを伝えないと一生後悔する。
プロデューサーさんは言ってくれたじゃない。
年齢なんて関係ないって、誰かの事を大切に思う事に資格なんて必要ないって。
あたしは、あたしの好きな人の言葉を信じられないっていうの?
だから、あたしは言う。
「プロデューサーさん?」
夢みる頃を過ぎたって、
いまも私は恋していられるの。
それは貴方のおかげなんですよ?
「なんですか、音無さん」
こんなキモチを教えてくれて ありがとう
あなたのことが とってもだいすきです
おしまい
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