モバP「夏への扉」 (62)

桃華「さ、紅茶を淹れましたわ」

みく「ありがとにゃ。雪美チャンは砂糖とミルクいる?」

雪美「うん……」

桃華「そろそろ暖かい紅茶ともお別れですわね」

みく「もうすぐ夏だからね」

雪美「夏……暑いの……嫌い……」

みく「みくは好きだけど……うーん……」

桃華「何かありまして?」

杏「プロデューサーが薄着の女の子に鼻の下伸ばすのがイヤなんでしょ」

桃華「プロデューサーにはもう少し紳士になってほしいですわ」

晶葉「紳士矯正装置でも作るか?」

みく「Pチャンが紳士になる前に死にそう」

雪美「よくない……」

杏「今もこうやって担当アイドルがのんびりお茶を飲んでいる横で
  そこら中に電話をかけて、お仕事頑張ってますとかなら多少は許せたかもしれないけど」

P「いやー、桃華のお茶はうまいな」

みく「仕事して」

P「してるしてる。いいか、メリハリが大事なんだよ。やる時はやる。休む時は休む。
 これが仕事をうまくやる秘訣なんだ」

桃華「でも今は休憩時間ではありませんわね」

P「はっはっは」

雪美「さぼるの……めっ……」

P「働くか」

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晶葉「プロデューサーが働かないと我々の仕事がないからな」

みく「おらおら、きびきび働くにゃ」

P「お前ら絶対夏に水着の仕事いれてやるからな。覚悟しろよ」

杏「このメンツに対してそういう発言するのはどうかと思うよ」

晶葉「夏の水着はともかくとして、普通の仕事はあるんだろう?」

P「もちろんあるさ。キャンペーン活動とか他の事務所との合同ライブとか。
 ただ折角の夏休みを仕事でぎゅうぎゅうにするのはつまらんだろうし
 しっかりと夏を楽しめる期間も作るぞ」

杏「杏は夏休みだけ楽しめればいいかな」

P「杏だけ仕事詰められるだけ詰めるか」

杏「やめて」

みく「でも仕事をたくさんやったほうがみんなに認知されてトップアイドルに近づくんじゃない?」

P「そりゃまぁそうかもしれんが、学生の夏休みだぞ? トップアイドルも確かに大事だけど
 夏休みにはもっと大切なものが詰まっていると思うんだ!」

桃華「力説しますわね」

雪美「大切なもの……?」

P「そう……。なんというか、こう……青春! 的な……」

晶葉「プロデューサーにもあったのか?」

P「晶葉きらい」

晶葉「えっ」

杏「あーあーすねちゃった」

みく「晶葉チャンだめにゃ。こんな人間がまともな青春を送れるはずないにゃ」

桃華「Pちゃま。お代わりですわ」

P「うん……」

雪美「元気……出して……」

P「うん……頑張る……」

杏「とは言っても杏たちアイドルだし普通の学生の青春ってのはちょっと無理があるよね」

晶葉「そもそも普通の青春というのはどういうものなのだ?」

P「そりゃお前あれだよ。ちょっと気になる子を誘って夏祭りとか花火大会にいくんだよ。
 待ち合わせ場所に予定時間よりもずいぶん早く着いちゃってさ、緊張して待っていたら
 浴衣姿の彼女がやってきてね。いつもと違う髪型もしていて非日常感が」

みく「というのがPチャンの妄想する青春らしいにゃ」

P「みくきらい」

雪美「よしよし……」ナデナデ

桃華「つまり意中の相手とのデートってことですの?」

晶葉「そんなことしようものならスキャンダルになるな」

杏「まーアイドルである限りはそういうの無理だよね。アイドルじゃなければ大丈夫だろうけど」

みく「アイドルじゃないみくかぁ……。想像つかないにゃあ……」

晶葉「私は自分のラボにいただろうし、桃華と雪美は普通の小学生か」

杏「杏は普通のニートだね」

桃華「ニートは普通ではないと思いますわ」

雪美「普通の……小学生……」

みく「アイドルになるなんて結構大きな決断だよね。みくはなりたかったから嬉しいんだけど」

晶葉「数年前の自分に言っても信じられないだろうな。自分がステージの上で歌って踊っているなんて」

杏「ほんとだよ。杏が働くなんて」

雪美「でも……アイドルになって……よかった……」

桃華「そうですわね。みなさんとも出会えましたし、アイドルの仕事も楽しいですわ」

P「俺もお前達と出会えて……お前達をアイドルに出来て嬉しいよ……。
 みんな……ありがとう……」

みく「いきなり復活していい話風にしめないでくれる?」

P「海行くか」

みく「は?」

P「この前、青春の話したじゃん?」

雪美「うん……」

P「青春って言ったら海だと思うんだ」

みく「女の子の水着が見たいだけでは?」

P「青春って言ったら海だと思うんだ」

みく「水着が見たいだけでは?」

P「青春は海なの! 海も青いし青春も青いでしょ!」

雪美「青春は……青いの……?」

みく「真に受けないほうがいいにゃ。それで海に行くの?」

P「いろいろとさ、仕事のスケジュールとか入れてたら
 丁度みんなの休みが数日連続で重なるところがあったんだ」

みく「そういう風に調整したんでしょ?」

P「……」

みく「わかったにゃ……。もう突っ込まないからそんな目で見ないで」

P「プライベートのこととかあるだろうから全員参加ってのは難しいだろうけど
 もしもいけたらみんなでどこかの海へ旅行なんてどうかなって」

雪美「みんなで……旅行……行った事……ない……」

みく「あー、そっか。雪美チャンは修学旅行とかまだなんだ。
   じゃあいい機会かもしれないね」

P「まぁでも急な仕事とかあるかもしれないし、あまり期待しないほうが……」

雪美「旅行……海……楽しみ……」

みく「Pチャン、責任重大にゃ」

P「努力します」

ガチャ

桃華「雪美さんはいらして?」

雪美「桃華……旅行……海……!」

桃華「ええ? 何の話ですの」

みく「かくかくしかじかにゃ」

桃華「あら、でしたらわたくしの別荘を提供しますわ」

P「別荘……だと?」

桃華「ええ、綺麗な海が見えて……少し手狭かもしれませんけど問題ないと思いますわ」

みく「さすがお嬢様にゃ」

雪美「砂浜……?」

桃華「もちろん。綺麗な砂浜のある入り江ですわね。波も穏やかでいい場所ですわ。
   それに周囲は櫻井家の土地ですのでプライベートビーチですの」

P「すごいな……」

みく「そんなところほいほい貸せるの……?」

桃華「たまにしか利用しませんもの。使わないと損ですわ」

雪美「楽しみ……」

桃華「ええ、わたくしもですの。Pちゃまにはちゃんと旅行に行けるよう頑張って
   もらいましょうね」

P「努力します……!」

みく「ところで桃華チャンは雪美チャンに何の用事だったの?」

桃華「あら、そうでしたわ! 雪美さん、レッスンの時間ですの」

雪美「あっ……急がないと……」

P「まだ間に合うだろうからそんなに急がず、車に気をつけろよー」

桃華「わかってますのー!」

雪美「いってきます……」

みく「いってらっしゃーい……。しかし別荘にプライベートビーチとは……」

P「俺としては宿を取らずに済む、というよりもみんなを一般人の目から避けられるのは嬉しいな」

みく「みんなの水着姿を独占したの?」

P「俺はだなー!」

みく「にゃはは。冗談にゃ。Pチャンの言いたい事はわかってるにゃ。みくたちアイドルだもんね」

P「まぁ水着独占したいというのもある」

みく「おい」

プルルル

P「トレーナーさんからだ。もしもし」

トレーナー『もしもし。P殿か。今日は佐城と櫻井のレッスンがあるはずなのだが来ないぞ』

P「え? さっき出て行きましたよ。三十分くらい前ですかね。もう着いてるはずですけど」

トレーナー『おかしいな。すまないが二人の携帯電話に連絡してもらえないか?』

P「はい、わかりました。連絡がついたらこちらから折り返しますね」

トレーナー『よろしくたのむ』

みく「どうしたの?」

P「二人がレッスンに来てないって……サボったのか? まさかな……」

P「雪美のは呼び出し音は鳴っているが出ない……あ、もしもし? 雪美か?」

『もしもし』

P「……誰だ、あんたは。雪美はどうした」

『すみません。私、警察の者なのですが』

P「警察?」

『こちらの携帯電話の持ち主の関係者……ですよね。至急ご家族のかたにご連絡していただけますか?』

P「待ってくれ。どういうことだ」

『この携帯電話の持ち主の女の子とその友人、でしょうか。その、交通事故に巻き込まれまして』

P「雪美と桃華は! 雪美と桃華は無事なんですか!!」

『金髪の子はかすり傷と軽い脳震盪だと思われるので命に別状はありません。ただもう一人の子は――』

P「………………」

ちひろ「……プロデューサーさん」

P「桃華と雪美の両親には連絡しました」

ちひろ「ええ」

P「桃華は……桃華は無事でした。多少のかすり傷で跡は残らないと。今はまだ寝ていますが
 そのうち起きるそうです」

ちひろ「ええ」

P「雪美は…………」

ちひろ「……プロデューサーさん。大丈夫です。私も……知っていますから」

P「……見ましたか」

ちひろ「えっ」

P「雪美、見ましたか」

ちひろ「……いえ、止められたので……」

P「見たんです。俺。本人確認のために。もしかしたら別人かもしれないから。
 いや、別人であって欲しかったんだ。この目で確認するまで。だって信じられないでしょう。
 ついさっきまで俺と喋っていたんですよ。楽しそうに。海に行くんだって。
 外に出るのが好きじゃないって言ってた雪美がですよ? 旅行だってはしゃいじゃって。
 桃華から宿も提供されて、とんとん拍子で物事が進んで。それじゃあ俺も期待に答える
 ために頑張らないとなって。そう思ったんですよ。それなのに、なんでいきなりこんなの」

ちひろ「プロデューサーさん……」

P「まだ十歳ですよ? まだこれから……何も始まっていないのに……。
 あんな……傷を負って……死ぬなんて……そんなの……」

ちひろ「……」

P「そんなの……」

P「……」

P「……お、ペロか。お前も来てたんだな」

ペロ「にゃあ」

P「そうだよなぁ……。ご主人の葬儀だもんな……」

P「……見ろよ。あの煙。お前のご主人様の煙だよ」

ペロ「……」

P「俺さ、お前のご主人の両親に会った時。殺される覚悟だったんだよ。
 だって預かっていた大事な一人娘をさ、こんな……事故で亡くしちゃったんだもんな」

ペロ「……」

P「そしたらさ、感謝されたよ――」

『私達は娘に不自由をさせないために仕事に打ち込んで来ました。
 それが大きな過ちだったと気づいたのはずいぶんと後になってからでした』

『親は子の傍にいるべきだったのです。娘には寂しい思いをさせてしまいました』

『もしもあなたたちに出会えなければ娘は寂しさに沈んだままだったでしょう』

『東京から帰って来て、あなたたちとの事を話す娘は本当に楽しそうでした』

『だから、ありがとうございます。娘と、雪美と一緒に過してくれて。本当にありがとう』

P「――そういってさ。深く頭を下げて」

P「俺も頭を下げたよ。言葉にならなくて、何も言えなかったけど」

P「それでここで泣いてたってわけ。お前も泣くか?」

ペロ「にゃ」

P「……加害者は刑務所に入ったし、これで全部終わりなのかな」

P「なんであの時、呼び止めてしまったのか。旅行の話を後にすればこんなことならなかったのに」

P「あるいはもっと引き伸ばすか。いや、そもそもレッスンが入ってなければ。あの日がオフだったら」

P「悔やんでも悔やみ切れないよ。時間さえ戻れば……」

P「……時間さえ、戻れば。そうだよ、ペロ。雪美が死ぬなんておかしなことが起きたんだ」

P「だったら時間を戻すなんておかしなこと起きてもおかしくないよな? ペロ」

ペロ「……」

P「そうだよ、戻せばいいんだ」

P「あの時まで」

P「……」

晶葉「……よし」

P「……出来たか」

晶葉「ああ」

P「そうか、それが……」

晶葉「君が望んだ物。タイムマシンだよ」

P「長かったな」

晶葉「全くだ。あれからもう……二十年か」

P「ありがとう晶葉。これでようやく本来の歴史を取り戻せる」

晶葉「……」

P「早速あの日に戻ろう。この椅子に座って、このヘルメットを被ればいいのか?」

晶葉「待て。まだ話は終わっていない」

P「……そうだな。これの説明を聞かないとな」

晶葉「このタイムマシンは肉体を過去に送ることは出来ない。出来るのは意識の時間移動だ。
   ゆえに移動可能時間はPの年齢と同じになる」

P「あの日に戻れればそれでいい」

晶葉「戻ったとしても何も変えられないかもしれない。それどころか時間移動すら出来ず
   この大仰な装置もただのガラクタかもしれない。何も確定していることはない。
   君がこれを使ったら火達磨になって死ぬ可能性だって私は否定しない」

P「そんなことにはならない。他の誰でもない、お前が作ったのだからな。
 俺はこれで雪美を取り戻すんだ」

晶葉「そんなに大切かね? 言ってしまえば一時期君が担当していただけのたかが十歳の娘だぞ。
   今の地位を、世界に名を馳せる企業の社長という地位を捨ててでもいく価値があるか?」

P「答えるまでも無い」

晶葉「……一つの可能性として。君がここで時間移動を行った時、この世界は消滅するかもしれない。
   君だけじゃない。この世界が、彼女たちが積み上げてきた全てを抹消することになるんだ。
   それらを天秤にかけて、それでもなお、佐城雪美が大切だと言うのか。
   彼女の命はこの世界が積み上げてきた二十年という歴史よりも重いというのか」

P「重い軽いの問題ではない。間違っているから正すだけだ。
 そのなくなったものが雪美であっただけ。みくや杏、桃華、そしてお前であっても俺は同じことをする」

晶葉「……それはどうだかな。そもそも本来の正しい歴史とは今あるこの歴史のことだろう。
   これを使って、死んだはずの人間を生き返らせたらそれこそが間違った歴史じゃないのか?」

P「そんなはずないだろう。雪美が生きているというのが本来の歴史なのだ」

晶葉「……そうか、わかっていたが君はもうとうの昔に気が違っていたようだな。
   タイムマシンを作ってくれと頼みこんできたときからずっと」

P「お前はその狂人の望みを叶えたわけだがな」

晶葉「全くだ。本当に私も……。いや、やめようか。使用方法はさっき君の言っていた通り。
   座ってヘルメットを被るだけだ。時間の指定は私がセットするから問題ないぞ」

P「わかった。……そうだ、これを渡し忘れていたな」

晶葉「この封筒は?」

P「お前の言葉を借りるならば、一つの可能性として俺が時間移動をした後もこの世界は変わらず
 存在し続けるかもしれない。そのときのために会社や親しい者に宛てた手紙だ」

晶葉「時間移動を行った君が本来の君でなくなる可能性を配慮した、というわけか」

P「ああ。お前にも宛てた手紙があるからそれを読めば問題はないが、もしも俺が精神を無くした廃人に
 でもなったら処分してくれ。そんな状態で生きていると会社の運営だの困る事態も多いしな」

晶葉「出来るわけないだろう。君を[ピーーー]なんて」

P「頼んだぞ」
   
晶葉「自分勝手だな。君は」

P「そんなの百も承知だろう。よし、被ったぞ」

晶葉「……跳ぶのは二十年前のあの日、時間は事故時刻の二十分前だ。誤差はない、と思いたいな」

P「ああ」

晶葉「よし、いくぞ……起動!」

P「晶葉」

晶葉「なんだ、もう止まらないぞ」

P「ありがとう」

晶葉「……私はずっとPのことが――」

P「――――……」

P「……雪美」

雪美「……?」

P「……」ナデナデ

雪美「……」

みく「なんで無言で撫でてるの?」

P「特に深い意味はないさ」

P(14:30か。旅行の話をする少し前のようだ。そして二十分後、雪美達は事故に遭う)

P(さて、どうしたものか。もしも全てが過去と同じ通りならば時間をずらせば、問題ないが)

雪美「……P?」

P「どうした?」

雪美「……ううん……。なんでも……ない……」

P「そうか。そういえば昔……じゃなかった。この間、学生の夏休みは楽しむべきだって話をしただろう」

雪美「うん……」

P「だからお前達のスケジュールがうまく合えばみんなで海にでも旅行してもいいかなと思ったんだ」

みく「費用は?」

P「無論事務所持ちさ」

雪美「みんなで……旅行……!」

みく「雪美ちゃんがすごい反応してる!」

P「雪美は修学旅行とかまだだから友達と旅行ってのは初めてなんじゃないか?」

雪美「うん……楽しみ……」

P「おう。楽しみにしとけ」

みく「でもそんな約束していいの? 急なお仕事が入るかもしれないよ?」

P「いや、絶対に行くよ。必ず旅行に行く」

みく「Pチャン……そんなにみんなの水着が……」

P「見たくないと言えば嘘になるな」

みく「Pチャンのえっちー!」

ガチャ

桃華「雪美ちゃんはいらして?」

雪美「桃華……海……旅行……!」

桃華「ええ? 何の事ですの?」

P「夏にみんなで海にでも行くかって話だよ」

桃華「いいですわね。賛成ですの。宿の目処がまだでしたらわたくしの家の別荘を提供しますわ」

みく「別荘!?」

桃華「ええ。海の近くにありますの。ちょうど入り江になっててプライベートビーチになってますし
   Pちゃまも余計な気苦労をしなくて済むと思いますわ」

P「それは助かる。ぜひともお願いするよ」

桃華「では話を通しておきますの。ふふ、楽しみですわ」

P「さて、桃華は雪美とレッスンの時間だな」

桃華「あら、そうでしたわ。わたくしもそれを言いに……」

P「レッスン場まで車で送ろう。ちょっと外に出たかったからな」

桃華「あら、よろしいの?」

P「構わんさ。ということでちょっと外に出ますね。ちひろ……さん」

ちひろ「それでしたらついでにノリも買って来てもらえますか?」

P「了解しました」

みく「なんで一瞬言いよどんだの」

P「いや、話に加わってなかったから、ちゃんといるか心配になってな」

ちひろ「ちょっとひどくないですか」

P「まぁまぁ。それじゃあ二人とも行くぞー」

桃華「わかりましたわ」

雪美「うん……」

P(もしも全てが過去の通りならばあの時間のあの場所を避ければ問題はないはず)

P(事故現場はレッスン場の近く。このまま行けば同じところを通ることになるが
 時間がずれているから事故は起きない、はずだ)

P(念のためあそこを通るのはやめておくか)

桃華「あら、Pちゃま。レッスン場はあちらでは?」

P「二人を降ろした後、コンビニに行く事を考えるとこっちのほうが楽なんだ。
 普通に行くとUターンするか、ちょっと遠いところまで行かないといけないからな」

桃華「なるほど。確かにそうですわね」

雪美「……」

P(多少遠回りしても車なら時間的余裕はある。レッスンの時間は普段通り間に合うな)

P(これで……雪美は……)

雪美「……P」

P「なんだ?」

雪美「P……私達に……」

桃華「Pちゃま!!」

P「!! くそっ――――」

P(……ここはどこだ?)

P(俺は確か……)

P「!!」ガバッ

杏「うわっ、びっくりした」

P「杏! 雪美と桃華は!!」

杏「とりあえずベッドに寝て。プロデューサーも軽い怪我とはいえ、今まで寝てたわけだから」

P「いや、俺のことなんてどうでもいい。あの二人は」

杏「寝て」

P「……わかった。これでいいだろう」

杏「何が起きたか覚えてる?」

P「トラックが……横から突っ込んできたのは覚えている」

P(杏の目が赤い……)

杏「うん。それでね。Pの車はぺしゃんこになったの」

P「それで」

杏「それで……Pと桃華は打撲。あと軽い脳震盪だったかな。外傷はひどくないから、検査入院して
  問題なければすぐに退院出来るってさ」

P「雪美は」

杏「雪美は……」

P「杏、雪美は」

杏「……あの状況で、二人がほとんど、無傷で生きてただけでも、奇跡だって、警察が」

P「……」

杏「うっ……でも、プロデューサーは……自分のこと……攻めないでね……ひっく……」

P(……失敗した)

P(雪美を助けることが、出来なかった)

P(雪美はまた)

P(死んでしまったんだ)

P(……あの時、雪美は俺に何を言おうとしたのだろう)

晶葉「珍しいな。Pが私のラボまで来るなんて」

P「大事な話があるからな」

晶葉「大事な話?」

P「そうだ」

晶葉「何の話かな」

P「雪美のことだ」

晶葉「……もう二ヶ月になるのか。早いものだな」

P「お前にはこれからタイムマシンを作ってもらう。それで再び時間移動をする」

晶葉「なに? タイムマシンなど……今『再び時間移動をする』と言ったか? まさか」

P「そうだ。俺はタイムトラベラーだ。二十年後からやってきたんだ。お前の発明品を使ってな」

晶葉「二十年……見つかるのか? 時間移動を行う方法が」

P「ああ。お前が独自の研究で発見したんだ。俺も詳しい理論までは知らないが、作り方は
 ある程度覚えている。おそらく前回よりも早く出来るだろう」

晶葉「……ふむ。わかった。とりあえずそのタイムマシンとやらの作り方を教えてもらおうか」

P「――というわけだ。俺が覚えているのはここまでだな」

晶葉「これなら……今の技術でも作れるな。しかしこれで本当に時間移動が……」

P「現に俺は出来た。もう少し詳しく覚えておけばよかったのだが……」

晶葉「出来ない理由でもあったのか?」

P「内容が高次元過ぎたというのが大きいな。あとは俺が単純に忙しかった」

晶葉「二十年後の君は相変わらずプロデューサーをしているのかね」

P「いや、会社の社長だったよ。世界規模のな」

晶葉「……ずいぶんと成り上がったようだな」

P「まぁな。杏もアイドル時代の貯金を元に株やら何やらで世界的な資産家になったし
 桃華は櫻井家の会社をより繁栄させた。結局アイドルを最後までやっていたのはみくだけだったな。
 さすがに途中で女優業に転身してはいたが」

晶葉「私はこれの開発にかかりきりだったってことか」

P「ああ」

晶葉「だが時間移動しても……雪美の死という結果は変わらなかった」

P「そうだ。どうやら場所は問題ではなく、おそらく死因も決まっていない。
 雪美はあの日、あの時間に死ぬという結果だけがあるようだな」

晶葉「科学者らしからぬ言い方をすれば運命からは逃れられないということか」

P「そう思ったんだがな、少し気になる事があるんだ」

晶葉「ふむ?」

P「俺が過去に移動し、前回と違う行動をすることで世界は少しずつ変わる。
 その変化が影響しあい、思いもよらぬ結果が出ることがある。
 いわゆるバタフライエフェクトというやつだ」

晶葉「ああ、タイムトラベルには付いて回る現象だな」

P「俺が時間移動で戻ったのはあの事故の日の14:30。事故の二十分前だ。それは間違いない。
 そして俺が前回と違うことを行った結果、あの事故は別のところで発生した。
 俺はするはずのなかった怪我を。桃華は別の怪我。そして加害者は別人」

晶葉「Pの行動で変化はあるものの雪美の死と桃華の怪我という結果は変わらなかったわけだ」

P「そこまでは俺も納得している。違和感に気づいたのは雪美の葬儀の時だ。
 どういうわけか偶然にも前回と同じ日だったのだが……あの日の天気覚えているか?」

晶葉「雨だったな。一日中」

P「前回は晴れていたんだ」

晶葉「……なに?」

P「それで気になって、もう少し調べたんだが俺が行動したことによって起こる影響。
 つまりバタフライエフェクトでも説明できないようなところにまで変化が出ているのがわかった」

晶葉「既に天候の時点でPが何かをした程度じゃ変わらない事象だな」

P「他にも著名人のスキャンダルや訃報から外国の事件まで大小様々な相違点がわかった。
 しかし俺が飛んできた以前は確認した限りでは変化は無い」

晶葉「Pが飛んできた時点から不確定な状態になったというわけだ」

P「しかし雪美の死と桃華の怪我の結果は変わらなかった」

晶葉「ふむ……。他の人間の死の時間が変わるのならば、死という結果だけが
   確定しているわけでもない……。他にも何か変わらなかったことはあるのか?」

P「変化したものとそう変わらないさ。スキャンダルや誰かの訃報。どこかの異常気象まで。
 あとは雪美の葬儀の日も変わらなかったな。でもそうだな。他のは時間まで同じかどうかわからんな」

晶葉「なるほど……なるほどな……」

P「人の死が不確定事項であるならば、時間移動も少ない回数で済ませたほうがいいからな。
 ある程度、見当をつけて時間移動をしたいのだが」

晶葉「P。結果の対義語が何かわかるか?」

P「反対の言葉か……。なんだろうな」

晶葉「それは原因だ。事象の発生源とその結末。それが原因と結果の関係だ。
   そしてこの世界はその二つにより構成されているものだと思っていた」

P「思っていた、ということは今は違うということか」

晶葉「ああ。例えばPが昼食の飲み物を買い忘れたことに気付き、コンビニに行ったとする。
   冷蔵庫の前でお茶にしようか、炭酸にしようか少し悩み、お茶を手に会計へ行く。
   飲み物を買い忘れたことが原因で、コンビニにお茶を買いに行くという結果というわけだ」

P「そうだな」

晶葉「だがこれはさらに分解することが出来る。買い忘れが原因で、コンビニに行くという結果。
   コンビニに行くという原因で、お茶を買うという結果。分解しようと思えばさらに細かく
   出来るだろう。このように世界、もとい我々の日常は原因と結果が複雑に、かつ連続して
   重なり合うことで構成されているのだ」

晶葉「この理論通りならばPは時間を何回繰り返しても飲み物を買い忘れ、コンビニに行き
   お茶を買うという事実は変わらないのだ。周辺状況に一切の変化はないし、Pは冷蔵庫の前で
   何度悩んでもお茶を買う。この事実を知っている第三者の介入がない限り全く変わらない。
   というのがかつての私の考えであった」

晶葉「しかしPの話から察するにどうやら原因と結果の間には過程、経過、あるいは選択と言えるものが
   存在することがわかった。タイムトラベラーしか観測できない事象ではあるが、これにより
   世界は決まった未来を持たない不確定状態となっている。しかしそれにも関わらず
   雪美の死と桃華の怪我という結果は発生してしまった。確認したいのだが時間も一緒なのか?」

P「ああ。事故の時刻も……雪美の死亡時刻もだ。即死だったそうだからな。ずれはほぼないだろう」

晶葉「Pの確認した世界は不確定状態であるという事実と事故という確定した事実。これは矛盾している。
   考えられるのはPの行動が結果に対して意味をなしていない些細な行動であったか
   もしくはその程度ではもはや変えようの無い結果であったのどちらかだろう」

P「ということはもっと根本的なところを変えれば、事故という結果も変えられるかもしれないのか」

晶葉「そうだな。あの日をオフにするぐらいのことをすれば、結果が変わる可能性は十分ある」

P「よし、じゃあ次はあの日の朝に戻ってみよう」

晶葉「ただもしも……桃華の怪我は命に別状が無い軽いものだからいいとして、雪美の死が
   それでも変えることが出来なければ、彼女のことを諦めたほうがいいかもしれない」

P「それはなんでだ?」

晶葉「そもそもおかしいのだ。なぜあの時間に事故が発生して雪美が死ぬ? どんな原因があれば
   そんな結果が確定するというのだ。時間のずれがあれば、例えばあの日のいずれかの時間に死ぬ
   とかであれば、まだ理解は出来る。だが同じ日同じ時間に分も違わず死ぬというのは
   最早……運命というべき事象であろう。それに辿り着く原因など到底思いつかない」

P「確かに見当もつかないな」

晶葉「もしかしたら原因と結果に繋がりはないのかもしれない。ただそこにその事象が横たわっている。
   天命、寿命。雪美の生の限界がその地点なのかもしれない。私にはそんなことしか思い浮かばない。
   だからもしも解決しなかったら……」

P「それでも俺は諦めない」

晶葉「……そうか。わかった。とはいえそれは最悪と言うべき事態だ。オフにすれば回避出来るかも
   しれん。まずはこのタイムマシンを作ろうか。ただしPには今回みっちり付き合ってもらって
   構造を完全に頭に叩き込んでもらうぞ」

P「転ばぬ先の杖だな」

晶葉「ああ。出来れば使わずに済むことを願おう」

P「そうだな」

P「――――……」

P「……日付時間に問題なし。無事時間移動は成功か」

P「まずは雪美と桃華に連絡だな。今日のレッスンは中止にして……晶葉にも連絡しよう」

P「もしもし、晶葉か。おはよう。頼みがあるのだがいいか?」

晶葉『なんだ朝からいきなり……ふぁあぁ……』

P「ああ、もしかして寝ていたのか。すまないな」

晶葉『気にしなくていい……。それで頼みとはなんだ』

P「今日一日雪美を見ててくれないか?」

晶葉『雪美を? 構わないが……オフだったっか?』

P「いや、今オフにした」

晶葉『んん? なんでそんなことをしたんだ?』

P「電話で詳しい話をするのは難しいのだが……簡単に言うと俺は未来から来たんだ。
 今から……二十年、じゃなかった十年後から来た」

晶葉『ほう……それで?』

P「もしも俺の努力が無駄ならば今日の14:50に雪美は死ぬ」

晶葉『……なるほど。わかった。危ないことをさせずに様子を見ておけばいいのだな。
   外出も控えさせよう』

P「ああ、そうしてくれ」

晶葉『話は後でちゃんと聞かせてもらうぞ。雪美と一緒にな』

P「……わかっている」

P(これで……雪美は外出しない。晶葉により監視されているから危ないこともしない。
 仮に今日外出することが原因で雪美が死ぬのならば……これで回避出来る)

P「よし、後はトレーナーさんに連絡して……出社だな」

P(これで全てが終われば)

P(これで何もかもうまく行けば)

P「……」

ガチャ

晶葉「……」

P「来たか。話は長くなる。何か飲み物を入れようか」

晶葉「……ずいぶんと余裕があるな」

P「そうか?」

晶葉「雪美の葬儀の時も泣かなかったな」

P「そうだな」

晶葉「慣れたのか。雪美の死に」

P「……俺は時間移動を二回行った。どちらも記憶のみを指定した時間まで戻らせる方法だ」

晶葉「十年後から来たと言っていたな」

P「その前は開発に二十年かかったよ。その度に全てが元に戻るはずなんだけどな。
 今回初めて涙が出なかった」

晶葉「……体は戻っても心は戻らないということだな」

P「そういうことかもしれない。いっそのこと涙が枯れるまで泣けたほうが楽なのにな。
 どれだけ叫ぼうが声が枯れようが涙だけは一滴たりとも流れ無かったよ」

晶葉「再び跳ぶのだろう」

P「無論。安心しろ。設計は叩きこまれたからな。今回は五年……いや、もっと早く完成するだろう」

晶葉「私が協力すれば、な」

P「……何を言っているんだ?」

晶葉「P。私は協力しないよ」

P「なぜだ」

晶葉「これは……Pのためを思って言っているんだ」

P「雪美が死んだままでいいと?」

晶葉「そうは言っていない。私だって雪美を蘇らせることが出来るならしたい」

P「だったら」

晶葉「二回、時間移動をしたと行ったな。どちらも失敗したからここにいるわけだ。
  あと何回時間移動をすれば成功すると言うんだ?」

P「……」

晶葉「私は目の前で見たのだぞ。雪美が倒れるのを。私の手の中で息を引き取る雪美を。
   おおよそ健康状態に問題のない人間はこうも突然死んだ。Pの言った時間にだ。
   私はこういう言い方は好きではないが……雪美の死は運命なのだ。揺るぎようの無いな」

P「違う。雪美の死は変えられる。他の人間の死だって変えられるんだ」

晶葉「じゃあなぜ二回も失敗した」

P「……やり方を間違ったんだ。この方法では雪美が助からない。それだけだ」

晶葉「今回は仕事をオフにするというやり方を選んだわけだが、雪美は死んだ。
   時間から考えると本来ならば確か……レッスンだったか。あの日は。
   外で何らかのトラブルに巻き込まれて死んでいたといったところか」

P「そうだ。外出という原因が死という結果に繋がると思っていたんだ」

晶葉「しかし見当違いだったというわけだ。結果は何も変わらず。いつも通りの時間に死んだ」

P「だからお前にタイムマシンを作ってもらって、別の方法を試すんだ」

晶葉「具体的になんだ? その別の方法とやらは」

P「それは……」

晶葉「私が言うまでもなくP自身がわかっているのだろう。タイムトラベラーならなおさらだ。
   雪美の死は時間を戻っても回避が出来ないことなんだよ」

P「結果はあるんだ。ならばその原因があるはずだ。そこへ至る過程も。
 どちらかを変えれば、必ず雪美の死は回避出来る」

晶葉「確かに。結果があるならば原因も存在しよう。世界はそれで構成されているのだからな。
   だが見たところ原因には心当たりはないようだな」

P「まだない。これから考えて見つけるんだ」

晶葉「私にはわかるぞ。原因が」

P「わかるのか? 教えてくれ」

晶葉「簡単な話だ。生まれたことだよ」

P「え……」

晶葉「死という結果に直結する最も大きな要因。それは生誕だ」

P「……」

晶葉「雪美は生まれた。だからあの時間に死ぬのだ」

P「そんなこと……」

晶葉「一度目はどのような方法を取ったのかわからないが、今回よりも小規模な方法だったのだろう?
   そうだな。例えばレッスンの時間を変えるとか違う道で行かせるとか」

P「……」

晶葉「だがな。今回は外にすら出ていない。私の知っている限りは雪美は死に直結するような
   持病もないし、あの日の健康状態は良好だった。女子寮が突如爆発するなどという極僅かな
   可能性を除けば死ぬ要因など一つもない」

P「……」

晶葉「その死にどのような原因が存在する。生まれた事以外に何が彼女を死に至らしめた」

P「……」

晶葉「もう諦めるんだ。さっき涙が出なかったと言ったな。おそらくタイムトラベルの影響だろう。
   前回は二十年。今回は十年で計三十年は人よりも長く生きている。このまま精神の年齢だけを
   重ね続ければ、今に想像も出来ないような異常が生じるかもしれない」

P「……」

晶葉「お願いだ。P。苦しませたくないんだ。彼女の死は逃れられぬものだったんだ。
   納得して諦めてくれ……」

P「……いや、だめだ」

晶葉「P?」

P「晶葉、何を言っているんだ。諦めるだの諦めないだの。雪美は生きていなければおかしいのだ」

晶葉「何を言って……」

P「お前の協力を得られないのは残念だ。だが設計図は俺の頭の中にある。俺一人で作ろう」

晶葉「おい、待て」

P「時間を取ってもらって悪かったな。ここでの話は忘れてくれ」

晶葉「P!!」

P「どうした」

晶葉「雪美の死を受け入れろ!! 彼女はもう蘇らないんだ!!
   今ここにいる私を見ろ!! 生きている私を!!」

P「……」

晶葉「……」

P「安心しろ。ちゃんとお前のことはプロデュースするさ。それが俺の役目だからな」

晶葉「P……」

P「だが装置が出来たら俺は過去へ向かう。その後、俺がどうなるかはわからないが
 問題がなければその後もずっとプロデュースし続けるさ」

晶葉「……」

P「お疲れ様、晶葉」

バタン

晶葉「……」

晶葉「……くそっ」

P(わかっている。俺が異常だってことくらい)

P(俺が幼稚なばかりに雪美の死を受け入れられていないだけだ)

P(駄々をこねている子供と何ら変わりはしない)

P(あの時、晶葉にタイムマシンの製作を頼んだ時、一笑に付されると思っていた)

P(もしもあそこで晶葉が今回みたいに言ってくれたら、結果は変わっただろう)

P(でも晶葉は俺を嗤わず、そして二十年という月日と自身のあったはずの未来を投げ打って
 タイムマシンを完成させてくれた)

P(雪美が助かる可能性を生み出してくれた)

P(ならば俺は可能性がある限り、時間を戻し続けるしかない)

P(例えその果てで俺の精神が壊れようとも)

P(……晶葉のいない開発は想定以上に難航した。設備もない。材料調達の宛てもない。時間もない)

P(また二十年かかるかもしれない。しかし設計図は頭の中にある。必ずやり遂げてやる)

P(あれ以来晶葉はほんの少しだけ態度が変わった。他の人間にはわからないぐらい僅かな差だ)

P(時折俺を見る目が変わったのだ。憐憫か、悲哀か。憂鬱とも取れる目で俺を見る事がある)

P(タイムマシンについてはお互い一切触れていない。あの時言った通り、話はなかったことになった)

P(それでいいのだ。これでよかったのだ。俺はそう言い聞かせながら一人、開発を進めた)

P「ふぅ……。これで今日の仕事は終わりか」

P「ちひろさんは先に帰宅しているから俺も戸締りして、帰るかな」

P「最近あっちの開発もあって、睡眠時間が足らない気がするな」

P「うぅ……なんだか頭も重い……。今日はゆっくりと寝たほうが――」

P(体が……倒れて……動かない……。息が……なんで……)

P(救急車……携帯が……暗くて……どこだ……苦しい……あ……)

P(ゆき……み……そ……こ……に……)

晶葉(Pが死んだ)

晶葉(朝、出社したちひろがデスクの下で冷たくなっているのを発見したそうだ)

晶葉(死因はエナドリの過剰摂取ではないかと言われている)

晶葉(それを聞いておそらくみんな混乱しただろう)

晶葉(雪美が死んで以来、この事務所は健康には非常に気を使っていた)

晶葉(Pの労働時間も同じ職種のそれと比べて、だいぶ短く休日もしっかり取っていた)

晶葉(そして彼らの間ではよく飲まれるスタドリ、エナドリの使用を禁じていた)

晶葉(「ああいったものは一時凌ぎでしかない」。ちひろがそう言い、禁じたのだ)

晶葉(ではなぜPは休みもちゃんとあったはずなのにエナドリを摂取し続けていたか)

晶葉(私にはわかる。私だけが知っている)

晶葉(あれから五年間。Pは仕事と開発の両立をし続けたのだ。健康を犠牲にして)

晶葉(もしかしたら時間移動すれば健康な体に戻るから
   多少無理をしても平気だと思っていたのかもしれない)

晶葉(死んでしまっては意味がないとか時間移動した後、残された体はどうなるんだとか
   色々言いたい事はあるが、もう言うことは出来ない)

晶葉(残されたのはPが死んだと言う結果とその原因が私だと言う事実だけ)

晶葉(私がPを殺したのだ)

晶葉(Pが死にみんな変わってしまった)

晶葉(一番変わったのは桃華だ)

晶葉(Pが死んですぐに事務所はなくなった。というよりも潰された)

晶葉(さらにそれまで住んでいた家にもおおよそ正規ではなさそうな引越し屋がやってきて
   半強制的に移住をさせられた)

晶葉(移住先は言うまでもなく、櫻井家の用意した家。こんなことが出来るのはあそこくらいだ)

晶葉(桃華はひどく臆病になった。かつて桃華は雪美と一番仲が良かった。そしてPにも
   多大な好意を寄せていた)

晶葉(雪美が死んだときも普段からは考えられないほど取り乱していた。五年経ち、ようやく立ち直った
   ところにPの死だ。彼女の心に変調を来たすのも無理の無い話)

晶葉(事務所の仲間やちひろさんを手元に置き、いつも自分の監視下に置きたがった。一緒の家
   に住み、門限を決め、それまでに帰らないと不安がった。ただ時間を守り、遅くなるときは
   連絡をいれれば普段通りだったので、散々取り乱した前回に比べればそこだけは幸いと言える)

晶葉(このようなことを両親が許したのは彼女の日常生活を思ってのことだ。彼女の精神の安定のため
   我々は衣食住と引き換えに、多少の自由を彼女に差し出すことにしたのだ)

晶葉(杏は何もしなくなった)

晶葉(元から自分から何かをするような人間とは言い難かったが、今はこちらから何かをしない限り
   ベッドの上で文字通り何もしないでいる。食事も風呂も何もしない。用を足すぐらいだ)

晶葉(それを桃華がひどく気にしており、毎日世話をしている。杏は何も言わず、拒むこともない。
   もしかしたらこのまま桃華の人形として生きていくのかもしれない。そんな考えが頭を過ぎる)

晶葉(みくは大学に通っている。アイドルには多少未練があるらしいが、こうなってはもう出来ない
   と諦めてしまった。ネコミミはもう捨ててしまったそうだ)

晶葉(ちひろさんは櫻井家の会社で働いているそうだ。アイドル関連の仕事ではないらしいが
   そこそこ毎日充実しているらしい。強かな人だ)

晶葉(私はみくと同じように普通に大学に通い、毎日後悔をしながら生きている)

晶葉(あの時、私がPの協力を断ったからこうなったのだ。全てが狂ってしまった)

晶葉(そして考えてしまうのだ。もしもあの時に戻れれば。タイムマシンさえあれば、と)

晶葉(その連絡が入ったのはPの葬儀が終わってから、まだ日の浅い頃のことだ)

晶葉(Pの両親から頼まれて荷物整理をしていた櫻井家の人間が奇妙なものを部屋で見つけたから
   見て欲しいと言う)

晶葉(すぐに何のことかわかった。二つ返事をして、運び出されたそれを見に行く)

晶葉(円筒状の見慣れない物体。大量の工具や部品らしきもの。そして一冊のノート)

晶葉(Pの作りかけだったタイムマシンだ。だがノートを見る限り、作業はあまり進んではなさそうだ)

晶葉(私はそれの開発を秘密裏に請け負った。櫻井家が支援をする代わりに完成したら権利を譲渡する
   という契約を結んだ。この事については緘口令がしかれ、桃華すら知ることはなかった)

晶葉(大学を退学し、一日中開発に勤しんだ。時折桃華が不審に思っていたようだが、彼女の両親が
   ごまかしてくれたおかげで特に問題が発生することもなかった)

晶葉(それから数年後。タイムマシンは完成し、私はすぐさま誰にも知られることなく
   あの日へと向かった)

P「もしもし、晶葉か。おはよう。頼みがあるのだがいいか?」

晶葉「……いや、待て」

P「ああ、もしかして寝ていたか」

晶葉「雪美はその方法では助からない」

P「……なに?」

晶葉「今日の予定をオフにしても雪美は死ぬ。この時点で既に変えようのない結果だ」

P「なんでお前が……まさか」

晶葉「ああ、なったよ。私もタイムトラベラーにな」

晶葉「やっとまとまった時間が取れたな」

P「ああ、コーヒーでも飲むか?」

晶葉「いや、遠慮しておこう。さてと、タイムマシンの開発だな?」

P「それもだがまだお前がどうしてタイムトラベラーになったかも聞いていないぞ」

晶葉「そうだったな。あの後、雪美が死んで忙しくなったから話すのを忘れていた」

P「聞かせてくれるか?」

晶葉「私が君の協力を断ったんだ。そのため、君は仕事と開発の両立をしなければなくなり
   結果無理が祟って死んでしまった。私は君の残した作りかけの装置と設計図の書かれた
   ノートを引き継ぎ、完成させてこの時間まで戻ってきた、というわけだ」

P「俺の協力を断ったのにタイムマシンを完成させたのか……」

晶葉「私は卑しい女でね。幾度もの時間移動を繰り返してでも君が助けようとしている
   雪美に嫉妬したんだ。だから最初は断った。ずいぶんと体の良い事を君には言っていたよ。
   それも嘘ではない。だが本心は君に見て欲しかったんだ」

晶葉「その後、君が死んでから自分のしでかした事の重大さに気付いた。私が小さな嫉妬心から協力を
   断ったばっかりに、君は死んでしまった。悔やんでも悔やみ切れない。それこそタイムマシンを
   作って、過去に戻りたいと思うくらいにね」

P「それで俺の跡を継いだのか」

晶葉「装置と設計図が手に入ったのは偶然ではあったが……結果として私はこの時間に戻って来れた。
   タイムマシンは当然作る。だが君には私に対して仕返しをする権利がある。
   なにせ私は雪美を見捨て、君を殺したのだからな」

P「仕返しか……。とは言われても今の俺は特に被害を受けたわけじゃないからな。
 それにあれだ。あのタイムマシンを使ったのだろう? ならばそれをお仕置きとしようじゃないか」

晶葉「使用した時に驚いたぞ。まさか未完成だったとはな」

P「未完成というよりも想定外の不具合だろうな。元の晶葉は完成させたと思っているはずだ」

晶葉「設計図と私の体験からするとおそらくこの装置は本来であれば未来と言われる方向に進むはず
   の時間を逆行させる、いわゆる時間逆行装置なんだ。だから瞬間的に目的の時間に移動せず
   今我々が一秒ごとに未来へ向かっているように過去へと向かって行く」

P「時間の向きを逆さにしているわけか。なるほどな」

晶葉「前回、じゃなくて今回か。君は雪美が死んだ後、涙が流れなかっただろう」

P「前の俺が言ったのか」

晶葉「ああ、その時はタイムトラベルの影響と三十年も余計に年齢を重ねているからだと言ったのだが
   さらに三十年間も多く過していれば精神など異常が出るに決まっている」

P「その上、逆行の間は意識だけだからな。体は勝手に動くのに感覚はある」

晶葉「生き地獄とはまさにあのことだ。出来れば一瞬で跳ぶようにしたいが……」

P「やるとしたら当然開発は遅れるわけだろう?」

晶葉「まぁそうだな。どうしてこうなったのかも考えなければいけないし、どのくらいかかるかも
   やってみないとわからない」

P「ならばこのままでいい。時間が過ぎれば過ぎるほど僅かではあるが俺かお前が突然死する可能性が
 増えていくわけだしな」

晶葉「即断か。全く。君は雪美がよっぽど大切なのだな」

P「違うさ。俺は例え雪美でなくても」

晶葉「違わんよ。自分で時間移動を行って、文字通り身に染みてわかった。
   事務所の仲間を救うためだとしても、あれを知った今となってはとても使えないな。
   君のため以外にはね」

P「俺は特別なのか」

晶葉「君が雪美に特別な感情を持つように、私も君に特別な感情を持っているからな」

P「特別な感情って……」

晶葉「言わなくてもわかるだろう。いい加減自覚したらどうだ。
   大丈夫。法律上は私だろうが雪美だろうが違法であることには変わりないしな。
   私は軽蔑しないし、雪美も受け入れてくれるさ。はっはっは」

P「……笑いどころか? ここ」

晶葉「そういうわけで完成したぞ」

P「まさか半年で作れるとは」

晶葉「アイドルの仕事も少なめにしたりして時間は作ったからな。
   一度作ったから設計図は頭に残っていたし、改良部分もいくつかあったから早くなった」

P「俺は一人だと五年かかっても出来なかったのにな……」

晶葉「君と私では基礎的な能力も知識も違うよ。さてと、一応もう一回聞いておこうか」

P「なんだ?」

晶葉「時間移動をやめろ。私と共に生きよう」

P「すまない。それは出来ない」

晶葉「うむ。わかった。今回の移動はいつにするか決めたのか?」

P「原因の当ても特に浮かばないからあの日の一日前にでも戻ろうかと思っている。
 お前がこっちに来たのは当日の俺が電話をする少し前だって言ったな」

晶葉「ああ。もしも君がそれ以降に飛んだのならば時間移動した私が協力できたのだが……。
   まぁ仕方ないな。あの日だけではどうあがいても変えられそうにない」

P「もしも俺が戻ってすぐにお前も同じ時間に戻ったらどうなるんだ?」

晶葉「我々が移動出来るのはあくまでもこの世界の歴史での過去だ。行けるのはあの日の朝に君が戻り、
   私が電話を受ける少し前に戻った世界であり、君が一日前に飛んだ世界は別の世界になる。
   例え私が追いかけて移動しても、そこにいるのは時間移動のことなど知らない人だけだよ」

P「そうか。じゃあ今のお前とはここでお別れだな」

晶葉「名残惜しいか?」

P「少しだけな」

晶葉「……君は呪われてしまったな」

P「なにがだ?」

晶葉「いつか君が雪美を生存へと導ける世界を作り出せたとしたらもうタイムマシンを使うことは
   ないと思うか?」

P「そりゃあないだろう」

晶葉「その後、別の何かしらのトラブルに巻き込まれてもか?」

P「それは……」

晶葉「別れ際にあまり言うのも良くはないと思うのだがな。忠告だよ。
   おそらく一度この力を手にしてしまった君はこれからも別のところで使うことになる」

P「ない、とは言いきれないな」

晶葉「そうしたらまた私を頼りたまえ。私は君の力になろう」

P「一度協力を断った人間のセリフじゃないな」

晶葉「かもしれないな」

P「……」

晶葉「……」

P「……それじゃあ」

晶葉「ああ、行ってくるがいい。好きなだけ精神を磨り減らして、地獄を巡り
   そして彼女の手をちゃんと掴んでこい!」

P「ああ、行ってくる」

こうして俺の果てのない旅は始まった。

一日前に戻った俺は手当たり次第に自分の知る歴史を変えていった。

幸いにもこの装置は一秒ずつ戻ってくれる。過去に何をやったかを再体験することが出来たので
前回と同じことをするということはなかった。

原因は全くわからない。晶葉の言う通り、生まれた事とのみ繋がっているのかもしれない。

だけどもしかしたら風が吹けば桶屋が儲かるのように
一見何ら関係ないような繋がりに見えても、実は繋がっていたというものがあるかもしれない。

ただそれをひたすら探す旅だ。

戻り、別行動をし、雪美の死を見て、晶葉に協力を仰ぎ、再び戻る。

同じ日を何回も何回も。多い時は十回や二十回繰り返し、納得したらさらに一日戻る。

毎回協力してもらう晶葉には悪いが、全てを伝えているわけではない。自分が時間渡航者であることと
それを行う装置の作り方ぐらいなものだ。

原因はわかるのかと聞かれるたびに実は目処が付いていると嘘をつく。何もわからないだの
今までの全てを話せば、また協力を拒否されるかもしれないからだ。

何百回か繰り返して気付いたのは他のアイドルやあるいはちひろさんが死ぬというのがないことだ。

健康な一般人であれば、日常生活において多少の怪我や病気をすることはあっても突然死することは
ないということだ。あるいは未だ発生しないほど確率が低いか。雪美の死だけが特別なのだ。

あの日の14:50が来るたびに心の中で祈る。そして絶望する。

そのようなことを何千回と繰り返し、それでも助けることが出来ず。

時間は過去へ過去へと遡り、ついに俺はその日を迎えてしまった。

雪美と初めて会い、スカウトしたその日に。

P「……」

P(時間移動で見なくても覚えている。あの日のことを)

P(外回りの休憩に寄った公園。初めて来た場所だったから少し見て回ったんだ)

P(見つけたベンチの上には屋根の代わりに藤棚があり、紫色の花を咲かせていた)

P(そこに彼女が居た)

P(一人、藤を仰ぎ見ている彼女が)

P(そして手を伸ばして、藤の花を取ろうとしていた。でも背伸びしても届かず)

P(それを見かけた俺が代わりに取って上げたのだ。それが彼女との出会いだった)

P(今、目の前にある道を歩いていった先に彼女がいる)

P(ここで戻れば、彼女との接点はなくなり、アイドルになることもないだろう)

P(彼女はいつだったか、アイドルになって良かったと言っていた)

P(彼女の両親は俺にアイドルにしてくれてありがとうと感謝することもあった)

P(彼女がアイドルになれたことを幸福に思っているのならば、俺はその幸福を奪うことになる)

P(だけどもしも……アイドルになるということが彼女の死の原因だとしたら)

P(俺は……)

P(……彼女の未来を信じよう。アイドルではない他の道にも幸福があることを)

P(例え彼女と話すことも、頭を撫でてやることももう出来ないとしても)

P(それでも彼女がこの世界に生きているなら俺は――)

P(彼女のいない事務所は当然ではあるのだが、最初からそうであったかのように動いていた)

P(俺は彼女の事を考えずに済むように仕事に没頭し、時折杏に仕事入れすぎだと愚痴られた)

P(しかしどれだけ仕事に没頭していても、ふとした拍子に彼女のことが蘇る)

P(仕事中に膝の上に乗りたいと言ったり、おいしそうにイチゴを食べたり、
 ハーモニカの練習をしたり、サンタに手紙を書いたり、風鈴の音に耳を澄ませたり)

P(それでも出来る限りすぐに気を取りなおして、あの日を待ち続けた)

P(今やネットでもニュースは見れる。死亡事故なら検索すればひっかかるだろうし、場合によっては
 と直接訪ねて、彼女の存在を確認すればいい。もしも生きていたらその時スカウトしてもいい)

P(そんなことを考えていたある日、俺は別の事務所に所属する知り合いのプロデューサーに出会う)

「お、ちょうどいいや。お前にまだ紹介してなかったな」

P(手招きしてやってきたアイドルを見て、俺は驚愕した)

「佐城雪美って言うんだ。一緒に仕事することがあったらよろしくな。ほら、挨拶」

雪美「……よろしく……」

「ちょっと寡黙な子でな。でも可愛いだろ?」

P(そんなこと言われなくても知っている。俺はこの子のために今までずっと……)

雪美「……」

P(感情とは裏腹に俺は彼女と無難な挨拶を交わし、その場を離れることが出来た)

P(俺を見る彼女の顔は懐かしくもあり、初めて見るものでもあった)

P(俺がスカウトしなくても、彼女はアイドルになっていたのだ)

P(そんな可能性をこれっぽちも考えていなかった)

P(佐城雪美のプロデューサーは俺だということを当たり前だと思っていた)

P(これでは今回俺がスカウトしなかった意味がないのではないだろうか)

P(だが運命は確実に変わっている。しかも小さいながらの接点も出来た)

P(これで彼女が生き延びれば、全く接点のない世界よりかはマシなのではないだろうか)

P(大事なのは彼女が生き延びることだ。だからこれでもいいのだ)

P(俺はそう結論を出し、運命の日を待った)

P(そして――)

P「他の事務所の子と、とは言っても撮影するだけだから気楽にやればいいぞ」

桃華「ええ、わかってますの」

P「さっき会った通り、あちらのアイドルはとてもおとなしいからな。そんな苦労はしないさ」

P(運命の日。どういうわけか偶然にもうちの桃華とあちらの雪美が撮影で共演することになった)

P(撮影終了予定時刻は15:00。これが無事に終われば、雪美は生き延びたことになる)

P「無事……終わるといいな」

桃華「そうですわね。……随分と感情が篭ってますわね」

P「気のせいじゃないか。さてと、スタジオのほうに行くか」

桃華「ふふっ。完璧にこなしますわ!」

P(撮影は滞り無く、順調に進んだ)

P(頻繁に時計を見ていたせいか、時間がのろのろと過ぎているように感じた)

P(それでも時間は規則正しく、一律に進み、あの時間を迎えた)

P(どうあがいても桃華にはトラウマが残る。横で一緒に被写体になっていたアイドルが死ぬのだ)

P(突然倒れるならまだマシだが、機材が頭に降って来たとかなら桃華自身も危ないだろう)

P(一応あらかじめ携帯に110番でも入れておくか? むしろもう呼ぶか?)

P(もしかしたら雪美が死ぬまで至らず、重症で済む世界もあるかもしれない)

P(いや、それではだめだ。雪美が完全に無事でなければだめなんだ)

P(俺はそのためにここまで……)

P(……過ぎてる)

P(もうあの時間を過ぎてる)

P(雪美が、生きてる)

P(死の運命は、回避されたんだ)

P(……良かった。これで良かったんだ)

P(俺はアイドルになることが死の原因だと思い、スカウトしなかった)

P(だが今こうして、雪美は桃華と一緒にアイドルとしての仕事をこなしている)

P(その先を考えたくは無い。だが、どうしてもその結論が出てしまう)

P(雪美の死の原因は『俺のアイドルになること』)

P(俺が彼女をスカウトしたから、彼女は死んでいたのだ)

P(助けようと必死にもがいていた俺自身が原因だったとはな)

P(……それならば仕方が無い。この運命を受け入れるしかない)

P(俺と彼女の距離はこれが適正だったということだ)

P(雪美がこの世界に生きている。それを喜ぼうじゃないか)

桃華「Pちゃま?」

P「ん、ああ。撮影終わったのか。お疲れ様」

桃華「見てませんでしたの?」

P「すまんすまん。最後のほうはちょっと考え事しててな」

桃華「あんなに破廉恥な格好までしましたのに……」

P「え、なにそれ。聞いてない。ちょっと詳しく」

桃華「冗談ですわ。でも桃華から目を離さないで欲しいですの」

P「肝に銘じておくよ」

桃華「ではわたくし、着替えてまいりますの」

P「わかった。外で待ってるからな」

桃華「はいですのー」

「お疲れ様」

P「ああ、お疲れ。滞りなく終わったな」

「なんだ、何かトラブルでも起きると思ったのか?」

P「いや、そういうわけじゃないが……。また機会があったらよろしくな」

「おう。それじゃあ雪美、お前も着替えて来い」

雪美「……」

「雪美?」

雪美「あなた……」

P「俺か?」

雪美「そう……あなた……」

P「俺がどうかしたか?」

雪美「なんで……そんな……悲しそう顔しているの……?」

P「えっ?」

「俺には普通の顔に見えるが」

雪美「ううん……私には……わかる……。不思議……。
   前に……会った時も……私を見て……とても……悲しそうだった……」

P「……」

雪美「あなたは……何で……悲しいの……?」

P「俺は……」

P(俺はお前のために)

雪美「きっと……笑える日が……来ると思うから……頑張って……」

P「……ああ、ありがとう」

P(俺の事を励ます彼女の優しい笑顔が俺の記憶を蘇らせた)

P(あの時、藤の花の下で彼女と交わした最初の約束を)

P「晶葉ぁ!」

晶葉「うお! なんだ、いきなり。桃華の撮影に付いていったんじゃなかったのか」

P「タイムマシンを作るぞ!!」

晶葉「はぁ? 何を言っているんだ」

P「タイムマシンだよ! 知ってるだろ。あの時間遡る系のあれだよ!」

晶葉「知っているが現在の科学では不可能だろう」

P「いや、可能だよ。なぜならば」

晶葉「なぜならば?」

P「俺がタイムトラベラーだからだよ!」

P(これは終わりではない。始まりなんだ)

P(雪美が生存する世界がある。それがわかった。後は生存する原因を探すんだ)

P(何千回と時間を繰り返してきたのだ。そのくらいお茶の子さいさいだ)

P(雪美が生きていればそれでいい? 何を寝ぼけたことを言っているんだ)

P(俺は彼女と約束したじゃないか)

P(雪美が迷わないように、その手を繋いでいると)

P(俺はいくつかの推測を立て、実験をした)

P(例えば俺はスカウトせず、他の事務所から引き抜く形で雪美を迎え入れたら?)

P(逆に俺がスカウトして、他の事務所に移籍させていたら?)

P(今まで俺はこんなことをしてこなかった。佐場雪美は俺のアイドルであると当然のように
 思いこんでいたという大きな過ちをしでかしていたからだ)

P(これは今まで繰り返してきた時間移動よりも遥かに精神的なダメージが大きかった)

P(雪美を手放すことがこれほどつらいなんて。同時に自分にとって雪美がどれだけの存在かもわかった)

P(いや、わかっていたんだ。晶葉に言われるよりもずっと前から)

P(彼女一人を特別視しないようにと心に歯止めをかけていた)

P(全てが終わったら、再び俺はこの心に歯止めをかけるだろう)

P(それでいいのだ。今はこの気持ちがあるから、前につき進めるのだから)

P(実験と検証を繰り返し、俺は一つの結論に辿り着いた)

P(雪美は運命の日のあの時間、俺のアイドルであると死ぬという結論だった)

P(ずいぶんと遠回りしてきた)

P(一つの思いこみのせいで本当に長い遠回りを)

P(今回、雪美は別の事務所へ一時的な移籍をしている)

P(他の事務所での経験を積むことを目的にしたものだが、言うまでも無く雪美には酷なものだったろう)

P(最初は一ヶ月ぐらい移籍しようかと思っていたが、なんだかんだで三日間という超短期移籍になった)

P(契約は運命の日である今日の15:00に切れ、彼女もそのタイミングでこの事務所に来る手筈だ)

P(あまりにも簡単で呆気ない、そんな方法だが今までの実験から考えるとこれで彼女は生き残る)

P(なぜ雪美が俺のアイドルのまま、あの時間を迎えると死ぬのか。それはわからないままだ)

P(この世界は原因と結果が複雑に重なり合って構成されている。しかしその全てを解明することは
 出来ない。もしもそれが出来る存在がいるとしたら、それは神様と言える存在だろう。
 人に出来るのはせいぜい風が吹いて桶屋が儲かる程度の因果関係なのだ)

P(俺はそれでいいと思っている。結果が不確定だからこそ、人はより素晴しい未来を夢見て
 努力することが出来るのだ)

P(散々確定した未来を変えるために奔走した人間が言うような言葉ではないけれど)

P(壁掛けの時計のチャイムが鳴る)

P(事務所のドアが開く音。そして床を歩く靴音が聞こえる)

雪美「……」

P「……」

雪美「……P……ずっと……泣き出しそうな……寂しそうな顔……してた……。
   それに……隠し事も……。私と……初めて会ったときから……」

P「……」

雪美「いつか……Pが話すまで……私は訊かなかった……」

P「……」

雪美「でも……もう大丈夫みたい……」

P「……」

雪美「今のP……泣きそう……だけど……とても嬉しそうだから……。
   ふふっ……変な顔……」

P「……」

雪美「……ただいま」

P「おかえり……雪美」

みく「日焼けクリーム!!」

晶葉「よし!!」

桃華「準備体操!!」

雪美「よし……!!」

ちひろ「それでは……」

『海だー!!』

P「はっはっはっはっ」

杏「……ん」

P「はっはっはっはっ」

杏「プロデューサー。クーラーボックスから飲み物取って」

P「自分で取れよ!! 俺は今お前のために浮き輪に空気入れてるんだぞ!!」

杏「杏、肺活量ないからさー」

P「肺活量いらねぇよ!! 足で押すポンプだよ!!」

杏「まぁいいじゃん? 他の浮き輪のついでだよ」

P「これで! 六個目の浮き輪! なんで各自持ってくるの!」

杏「取り合いのない優しい世界のためだよ」

P「というかなんでちひろさん自分で入れなかったの」

杏「そりゃちひろさんだし」

P「畜生……、俺はまだみんなの水着もまともに見れて無いのに……。
 俺もみんなと遊びたいよぉ……」

杏「浮き輪まだ?」

P「鬼! 悪魔! 怠け者!」

杏「まぁまぁ。ほら、飲み物取ってあげるから」

P「俺が用意したんだけどな。飲み物も。クーラーボックスも。別にいいけどさ……」

杏「………………ふぅ」ゴクゴク

P「よし、あと、ちょっとだ」

杏「プロデューサー」

P「なんだ」

杏「夏だねぇ」

P「……そうだな」

以上
タイトルは同名のSF小説より取りました

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