島村卯月「シンデレラガール争奪戦?」塩見周子「そうだよー」 (29)

島村卯月と塩見周子とシンデレラガールの話です。

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とあるパーティー会場の角に彼女はいた。

「周子、こんなところにいたのか」

「やっほー、プロデューサーさん」

「なんというか、今回の結果は……」


プロデューサーと呼ばれたその男性は言いよどむ。


「そういうのは無しで!しゅーこちゃんは今までどおりにやってくだけだからさー」

「でも、こうなったのは俺の責任も……」

「じゃあさー、お願いひとつきいてくれる?」


塩見周子はいたずらを思いついた子供のような笑みを見せた。

控え室にいる島村卯月は緊張のあまり体が固まっていた。


「もうちょっとリラックスしなよ、卯月」


渋谷凛は少し呆れたような顔をしてそう言った。


「で、でも……」

「今日はお披露目会と言ってもいるのは同じ事務所のひとだけだよ」

「そ、そうですね」


卯月は1回大きく深呼吸をする。


「なんだか今でも夢みたいだなって思うんです」

「夢?」

「はい。ここまで色々ありました」

卯月は目を閉じ、こう続けた。


「私は普通でした。自分に自信が無くなって、自分にはなにもできないだなんて思ったこともありました。それでも凛ちゃんや未央ちゃんやプロデューサーさんや他にもたくさんの人たちに助けてもらって」


ここで凛のほうを向き言う。


「これからはいつだって『笑顔』で『挑戦』し続けようって。そう決めたんです。」

「卯月……」

「だからここまで来れたのは凛ちゃんたちのおかげです!」

「そっか……。ねえ卯月」


「シンデレラガールおめでとう」

パーティーも終盤に入った。

いよいよ4代目シンデレラガール塩見周子と5代目シンデレラガール島村卯月が舞台にあがる。

シンデレラガールの象徴であるガラスの靴を贈呈するセレモニーを行うのだ。

舞台の上で待っているのはアイドル部門を統括する会社の役員。

司会がこう告げる。


「それでは塩見周子さん、ガラスの靴を返還してください」


しかし周子は動こうとしない。手にガラスの靴を持ったまま、なにかを企んだような笑みを浮かべている。


「塩見さん?」


司会が動揺し呼びかける。会場にいるアイドルたちもざわめく。

そのとき周子が口を開く。


「わたしは島村卯月をシンデレラガールには認めません」


そう声が響いた。

いつもとは違う堅い口調で続ける。


「だからこのガラスの靴は返却しません」


会場のざわめきがさらに大きくなった。

周子を非難する声も聞こえる。


「そこで提案します」


しかし彼女はそんな騒ぎなど耳に入っていないかのような態度で続ける。


「島村卯月さん、わたしとシンデレラガール争奪戦をしてください」

「ちょっと待ってよ、周子さん!」


騒ぎが収まらないまま終わってしまったパーティーをあとにし、凛は周子を追いかけていた。


「どうしたのー、そんな怒った顔してー?」

「ふざけないでよ!なんなの争奪戦って!」

「中身についてはもう言ったんだけどなー。聞いてなかった?」


確かに周子は卯月に争奪戦を提案し場を騒然とさせた後、その詳細について語っていた。

1000人のファンを招待する限定ライブを行うこと。そこで周子と卯月がパフォーマンスをすること。そしてどちらのほうが良かったか投票してもらうこと。もし卯月の得票数が上回ったら『ガラスの靴』を渡すこと。

「そんな一方的な言い分通るわけないでしょ!?」

「そーかなー。少なくとも卯月ちゃんは乗り気みたいだけど」


そこで凛が振り向くと卯月がいた。まっすぐに周子を見つめていた。


「わかりました。私、周子さんに挑みます」

「ちょっと待ってよ卯月、本気なの?」

「本気だよ」


卯月は断言する。


「私がシンデレラガールになれたのは、みんなのおかげです。だからこのまま引き下がるわけにはいかないんです。」

「『みんなのおかげ』ね……」


そう言って周子は思いふけるような顔をした。しかしそれは一瞬のことであり、すぐになにかをたくらむような表情になった。


「よーし、じゃあ決まりね」

「ちょっとプロデューサー!」


卯月が『シンデレラガール争奪戦』を受け入れると決めてもなお凛の怒りはおさまっていなかった。

凛はその怒りのままに今度はプロデューサーのところに向かった。


「あんまり大声出さないでくれ。大人組が酒をやたら勧めてきて、今日は飲み過ぎたんだ」

「そんなこと言ってる場合?周子のあんなふざけた企画認めるの?」

「認めるよ」


凛の抗議に対してあっさりと答えるプロデューサー。

ちょっと考えてほしいのだけれど、あんな大事な場でふざけるほど周子は不真面目か?いや、まあ、真面目ってわけでもないけども」

「それは……」

「そりゃ確かにめちゃくちゃだよ。選挙で決まった結果をくつがえそうだなんてふざけてるよ」

でもな、とプロデューサーは続ける。


「それを分かった上でなおも、ふざけた言い分を続けるということはあるんだよ。覚悟ってやつがさ」

「それじゃ、そんな覚悟を固めていったいなにがしたいの?」

「さあ?それは分からないけども」

「分からないって……」

「まあ取りあえず最後まで見届けよう。それから考えてもきっと遅くない」

塩見周子の『宣戦布告』は世間で大きな話題となった。

事務所の話題づくりと考えるものもいた。

塩見周子の腹いせだと考えるものもいた。


当然事務所のなかでも、『シンデレラガール争奪戦』の開催には反対意見が多かった。

しかしそれでもプロデューサーは強引に企画を進めた。

ときには自分の首をかけるとすら豪語したらしい。

普段敏腕と評価される男のこの行動にも周囲は困惑した。


そしてそれらの混乱と困惑を巻き起こしたまま、『争奪戦』の日を迎えた。

『争奪戦』当日。凛は卯月の控え室にいた。彼女は入り口のドアの近くに立っており、卯月の背中を見ていた。


「もう何回も言ったけど、こんな茶番つき合わなくていいんだよ卯月」

「もう何回も言いましたけど、私は周子さんに挑みますよ、凛ちゃん」


後ろ姿だけだからよく分からないが卯月はいたずらっぽい笑みを浮かべているようだった。


「凛ちゃんは周子さんと仲がいいですか?」

「仲がいいとまではいかないけど、それなりに一緒に仕事はしてきたよ」


そこで凛は迷うように口を閉じたが、思い直し再び口を開いた。

「正直にいうとちょっと尊敬していた。後悔しないでいつも自分らしく生きているところとかね。でも今はよく分からない」

「私もよく分かりません。でも不思議なんです。周子さんのこと恨んだり怖いと感じたり、そんなこと全然無いんです。なんでなんでしょう……」

「卯月?」

「大丈夫ですよ凛ちゃん!」


そこで卯月は凛の方を向きこう言う。


「私はみんなのおかげで、みんなと一緒にここまで来れたんです。だからシンデレラガールになれたんですから」


一片の曇りもない笑顔でそういう卯月を見てなぜか凛は不安を感じた。

そしてライブがはじまる。

島村卯月は舞台の上に立つ。

まっすぐ観客席を見つめ口をひらく。

歌う曲は『S(mile)ING!』

それは彼女の決意の曲。

たとえ自分に自信をもてないときでも笑顔でいようという決意の曲。

感謝の想いが届くように。

ファンや仲間やプロデューサーに。

ねえ卯月ちゃんは凄いんだよ。

あたしには無いものを持っているんだから。

あたしはいつも流されるまま生きてきた。

アイドルになったのも成り行きってやつだしねー。

でも卯月ちゃんは違うでしょ?

卯月ちゃんはずっとアイドルになりたくて、

そして実際にアイドルになった。

そんな風に夢を貫くことがどれだけ難しいか。

卯月ちゃんのそういうところ誉めてくれる人、

今じゃだいぶ減っちゃったなーって。

あたしだってちゃんと誉めたことないけどさー。

ほら、そこはあたしってめんどくさがりだしさ。

そもそもこーゆー風に色々考えるのは苦手なのにさー。

だからあたしは『笑顔』も『挑戦』も分かんない。

さっぱりね。

でもね、

過去に想いをはせたり、

未来を不安に思ったり、

それってちゃんと考えている証なんだと思うよ。

まあ結局結論は出ないんだけども。

だから卯月ちゃんにはなんにも伝えられないんだけど。

あたしがアイドルになった意味。

あたしがシンデレラガールになった意味。

それを示すことがシンデレラガール塩見周子の最後の仕事。

なーんてね。

塩見周子は舞台の上に立つ。

まっすぐ観客席を見つめ口をひらく。

歌う曲は『青の一番星』

それは彼女の願いの曲。

たとえ暗い夜の中でも風のように気ままに歩みたいという願いの曲。

自由の想いが届くように。

ファンや仲間やプロデューサーに。

周子さんはあんなことを言ってから、批判を受け続けました。

大人のみなさんから、

友達のみなさんから、

そしてファンのみなさんから。

それなのにどうして笑顔でいられるんですか?

どうしてそんなに自由でいられるんですか?

私のことが嫌いだからこんなことしているわけではないのですか?

だったらなんでこんなことをしているのですか?

疑問ばかり沸いてきます。

周子さんのこと、実はうらやましく思っていました。

いつも華やかで、綺麗で、キラキラしていて。

でもあのパーティー以来、

私と会うとき周子さんの手はいつも震えていました。

そのとき私はふと思ったんです。

すごく偉そうだなあと思ったけどこう思ったんです。

周子さんも普通なんだなあって。

周子さんも怖いって思っているんだなあって。

そんなことを思うようになってから、

ちょっと気が楽になりました。

シンデレラガールになってから、

私、別に無理しているつもりは無かったんですけど、

ホントは違ったのかな。

周子さんのいいところを、

私勘違いしていたのかもしれません。

華やかさだけじゃなくて、

その自由さもいいところなんだと思います。

そしてこんなことを考えるようにもなりました。

シンデレラガールになった私が、

やりたいことってなんだろうって。

歌が終わりふたりがともに舞台に上がったとき、観客は奇妙な光景を見た。ふたりが笑いあっているところだ。

塩見周子と島村卯月は仲が悪いのではないのか?だからこんなことになっているのではないのか?

そんな困惑をよそに司会は投票をうながす。

司会からはふたりが笑いあう様子は見えなかったからだ。

「さあついに結果発表です!」


司会が宣言する。


「塩見周子さん499票。島村卯月さん501票。よって島村卯月さんの勝利です!」


そのとき舞台上で異変がおきた。塩見周子の体がゆらぎ倒れ込んだのだ。

騒然とする会場の中、卯月は周子に駆け寄る。

周子の顔を見ると顔が青ざめて、血の気が引いていた。

そんな状態の中彼女は口にした。


「ごめんね、卯月ちゃん。こんな、伝え方しか、できなくて」

「納得できない!」


そんな騒動を経て後日のこと。凛は生八つ橋を口にしながらそう言った。


「まあ気持ちは分かるけど仕方ないんじゃない」

「仕方なくないし。なんであの後、周子さんと卯月が一緒の仕事が増えてるのさ。どう考えてもおかしいでしょ」

「そりゃ卯月が望んでるからだしなあ。あと周子の持ってきた生八つ橋食べながら言っても、説得力無いから」


凛はむっとした顔になり、口に一気に生八つ橋を押し込む。そんな子供っぽい様子を見てプロデューサーは苦笑いをした。

なおこの八つ橋は周子がお詫びのしるしに事務所のあちこちに配ったものだ。凛に渡されたのはチョコ味とのこと。

「しかもふたりが一緒の番組視聴率いいんでしょ?どうなってんの?」

「存外、世界ってのは優しいんだねえ」

「なにそれ?」


凛は困惑した顔をした。そしてテーブルの上にあった日本茶を飲み干す。

湯飲みをふたたび机の上において、ふと口にする。


「結局周子さんってなにしたかったんだろう?」

「そうだなあ。結局のところ…」

「喧嘩したかったんじゃないか」

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