岡崎泰葉「恋と」 宮本フレデリカ「愛」 (25)
・今更バレンタインの話です…。
・百合
・でもいちゃいちゃというよりドロドロというかギスギス
・志希担当Pとフレデリカ担当Pごめんなさい!
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「私恋をしてしまったのかもしれない…。」
2月はじめの昼下がり、更衣室で泰葉はあたしこと塩見周子の前でそんなことを口にした。
「えーと、それあたしに言ってるのかな?」
「……っえ?私声に出してましたか!?」
「おもいっきりね。」
「すっ、すいません…。」
「無意識に声に出しちゃうなんて、菜々さんや千鶴ちゃんみたいやね。」
あたしは茶化すようなことを言った。
それにしても…。
「恋か…。泰葉がそんなこと言うようになるなんてなー。」
「プロ意識にかけますよね…。」
「別にあたしはそうは思わないけどなー。だって恋しちゃったものは仕方ないじゃん。」
ほんとは問題なんだろうなあと思いつつそう言った。
この目の前の少女は人一番責任感が強いのだ。
そんな娘が無意識に口にするくらい恋いこがれているというのだ。
それを止める権利なんてあたしにはない。
「ところでお相手はだれなん?プロデューサー?テレビ局のスタッフ?もしや前に競演したあの315のアイドル?」
「えーと、そのですね…。」
「まあ無理に聞かんから安心してよ。」
「いえ、言わせてください…。」
もうここまで聞かれたら同じことと判断したのか泰葉はその名を口にした。
「宮本フレデリカさん、です。」
「……………、へっ?」
バレンタインというのは日本ではチョコレートを送りあうことになっているが、
他の国では別にチョコレートとは限らない。
ていうかそもそもチョコレートになった理由というのが商売的戦略らしい。
まあそんな歴史にはキョーミないけどね、にゃはは。
そんなことを考えながらあたしの家の普段は使われないキッチンを使っているフレちゃんの様子を見ていた。
パリジェンヌ(半分だけど)たるフレちゃんがバレンタインの贈り物をチョコレートする必然性は皆無なわけだけど、
目の前でそのフレちゃんはトリュフをつくっていた。
「トリュフじゃなくてボンボン・ショコラだよ、シキちゃん。」
「ふたつってちがうの?」
「ちがうよー。ラジオ体操とヒゲダンスくらいちがうよー。」
「あたしはどっちもよく知らないよー。」
「そもそもトリュフってキノコじゃなかったけ?」
「じゃあ輝子ちゃんの領分かー。」
多分フレちゃんの言ってることは事実ではないのだろう。
だがそんなことはどうでもいいのだ。
フレちゃんとあたしの関係性とはそういうことだ。
いやちがうかな。
フレちゃんの周囲はそういう『法則』なのだ。
「バレンタインデーってフレちゃんの誕生日でもあるじゃない。自分の誕生日に贈り物をするって変じゃない?」
「そーかなー?バレンタインデーと誕生日が同じなんて一石二鳥じゃない?」
「一石二鳥ってそんな意味だっけ?」
「ワタシニホンゴワカリマセーン」
「そっかー分かんないかー。」
「ワタシニホンゴワカラナロイドだからね。」
「語呂悪すぎじゃない?」
毎度のことながら話の本筋というものが欠如している感じだ。
「今年は特別なチョコつくってくれそうな娘がいるんだよねー。」
「そっかー。あたしも負けていられないなー。」
「シキちゃんも手作りチョコくれるの?楽しみにしてるー。」
「いいーの?肌緑色になっちゃうかもよー。」
「わおっ。えころじーってやつだね。」
「光合成できそうだもんね。」
と、聞きもらしそうになったけど『特別』って言ったよねフレちゃん。
正確には『特別なチョコ』だけれど、なんにしてもフレちゃんの『特別』か。
果たしてだれがつくるどんなチョコなんだろう。
限度はないのかこの娘には……、と内心思わずにはいられなかった。
恋の相手について聞いてしまった以上、はいそうですかで終わりにするわけにはいかない。
それなので泰葉のバレンタインチョコづくりを手伝うことにした。
場所は泰葉の家。
あたしは過去に何回か訪ねたことがあった。
その家のキッチンでどんなチョコつくるのかなあと思いながら、板チョコ砕きみたいな手伝いをこなしていたんだけどねえ。
この手作りチョコについて、ひとつづつ説明していこう。
まずでかい、とにかくでかい。
30cm角、いやもう少し大きいかな。
こんなものが冷やせるほどでかい冷蔵庫が別にお菓子屋でもなんでもないこの家にあるのも凄いけど。
そして飾り付けが凝っている。
ハート型の上に天使が乗っている模様。
その周りにツタや花があしらわれている。
まるでパティシエだ。
つくった当人に聞くと「前にバレンタインイベントでチョコつくりましたから」なんていったけど絶対それだけじゃ無理だ。
手先が器用なのは知ってたけど。
「どうでしょうか、このチョコレート……?」
泰葉はおずおずと心配そうな目でこっちを見ながら聞いてきた。
ここは友人としてたとえ傷つけることになっても、
冷静な意見を言うべきところだぞシューコちゃん、と自分に言い聞かせながらあたしは口を開いた。
「いいんじゃないかな。フレちゃんもきっと喜ぶよ。」
……まあ仕方ないね。
泰葉かわいいからね。
フレちゃん結構派手好きだしきっと喜ぶのは間違いないよと自分自身に言い訳した。
「それなら、良かったです……。」
しかしあたしの言葉を受けて泰葉はむしろ不安そうな顔になった。
「どーしたん?」
「えっと……、どうしても自信が持てなくて。」
「そっか。でも気楽にいったほうがうまくいくものかもよ告白なんて。」
「いえ、そうではなくて……。」
目線を空中に向け考えるように言葉を続けた。
「告白がうまくいかなくてもそれはそれで仕方ありません。人の気持ちを無理矢理変えることなんてできませんから。
でもそもそも『告白と気づかれなかったら』。こんなつらいことはないじゃないですか……。」
「えっと……。よく分からないけど難しく考えすぎじゃないかなあ?フレちゃん変わってはいるけど人の気持ちはちゃんと分かる人だし。」
「そうですね……。きっと不安なんでしょうね。今までこいばなになんてろくに関わってこなかったんですから。」
「そっか。ところでさ、なんでフレちゃんを好きになったの?別に答えたくないならいいけど。」
あたしは少し場の雰囲気を変えられないかとそんな質問をした。
「バレンタインイベントで競演したとき、実感したんです。
この人はまっすぐと背筋をぴんと伸ばして愛することができる人なんだろうなあと。そう思ったんです。」
「うん。」
「私どんなアイドルになりたいか、ずっと考えてきたんです。ずっと迷ってきたんです。でも最近気づいたんです。
私はまっすぐ人を愛することができる人になりたいんだなって。それからフレデリカさんはあこがれになったんです。」
「うん。」
「それがいつの間にか恋になっていました。」
「そっか。それならさ……。」
あたしは泰葉の手を取って言った。
「それを伝えよう、まっすぐに。そしたら絶対に伝わるよ。」
「周子さん……。ありがとうございます。」
「これ受け取ってください!」
フレちゃんとあたしが事務所にきたとき女の子がそんなことを言ってずいぶん大きな箱を渡してきた。
神様からの贈り物のひとつであるあたしの嗅覚は箱からただようチョコレートの香りを感じ取っていた。
そっか、今日バレンタインデーか。
「わおっ!?凄いおおきな箱だね、ヤスハちゃん。宅配便かな?」
「いえ、そのバレンタインデーと誕生日を兼ねたプレゼントといいますか……。」
「そっか!今日バレンタインデーか。覚えてたけど!ではではフレちゃんからも……。」
フレちゃんはカバンから贈られた箱よりずいぶんと小さな箱を取り出した。
「じゃーん!可愛い可愛いヤスハちゃんにはこちらのトリュフをプレゼントしよう!」
「結局トリュフなんかーい。」
「えっ?」
まずいまずい、思わず口に出していた。
目の前の女の子、いやまあ岡崎泰葉嬢なんだけどね、その子が怪訝そうな顔をしてきた。
「えっ……。志希さん……。」
これもしかしてあたしが目に入ってなかったな。
よく観察すると、額が少し汗ばみ頬が赤くなっている。
子役の経験があるらしいから緊張を隠すのは得意だろうに隠し切れていないということは……。
「えっと、その私はここで失礼します!あっそうだお誕生日おめでとうございます!」
「じゃーねー、ヤスハちゃん!」
そんなちぐはぐなこと言って泰葉ちゃんは去っていった。
「ねーフレちゃん、レッスン前にその箱の中身確かめない?」
「わざわざ協力していただいたのにすいません……。」
社内カフェテリアで泰葉はそんなことを言った。
「いや、別に謝ることじゃないよ。」
結局泰葉は告白まではできなかった。
まあ志希ちゃんもいたらしいしね。
「でもフレちゃんにチョコ渡せたんでしょ?」
「それはそうなんですが……。」
「ならとりあえずいいんじゃない?」
泰葉が特別な想いをもっていることには気がつくだろうし。
「そうでしょうか……。」
「そうだよー。ところでさフレちゃんからもチョコもらったんだよね?」
「はい。これです。」
泰葉がカバンからプレゼント箱を取り出した。
「…あれ?」
「どうかしましたか?」
「あたしがもらったのと箱がちがう」
「あっ、ほんとうです。」
あたしがもらったチョコの箱はピンクのリボンで飾り付けられていた。
それに対して泰葉がもらった箱は金色のリボンで飾り付けられていて、花の飾りもついていた。
「これさあ。もしかして『特別』なんじゃない?」
「『特別』ですか?」
「これ凄いね!シキちゃん!」
「ほんと凄いね、これは。」
休憩室にて泰葉ちゃんから贈られたチョコレートの箱をあけてみた。
天使をあしらったチョコレートは芸術作品の域に達していた。
デザイナー志望たるフレちゃんはまた異なる評価なのかもしれないが。
「可愛い天使だね!」
「天使というよりキューピッドかな、彼女の意図は。」
ギリシア神話の愛の神様エロスが変化したものであり、手にする矢は恋心を操るという。
なるほどねー。もう考察するまでもなくこれはあれなんだろう。
口にするのも恥ずかしいあれがたくさん込められたチョコなんだろう。
だけど、ね。
「フレちゃんは泰葉ちゃんのこと好き?」
「うん。大好きだよ!」
「じゃあ、あたしのことは?」
「シキちゃんのことも大好き~」
そっか泰葉ちゃんは『大好き』のカテゴリーに入るのか。
「ならさ、もし泰葉ちゃんに告白されたら、つき合う?」
「お~ねがい♪シンデレラ~♪」
泰葉は歌を口ずさみつつ廊下を歩いていた。
わかりやすいくらいテンションあがっている…。
「周子さん、こんなに世界は輝いていたんですね!」
キミはなにを言っているんだ…。
まあ泰葉が嬉しいと、あたしも嬉しいけどね。
「なんかテンション高いね、泰葉さん。」
「あっプロデューサー。なんかいいことあったみたいなんよー。」
「それは良かった。なんだか今日は事務所の中が少しピリピリしている雰囲気があったから。」
「うーん、そう?」
「まゆさんとかね。」
それプロデューサー自身が原因のひとつじゃない?
「あれっ?泰葉さんどうしたの?」
泰葉の顔が固まっていた。
「……あの、プロデューサー、それは?」
泰葉はプロデューサーが手に持っていた箱を指していた。
「ああ、これはフレデリカさんからもらったんだ。」
金のリボンで飾り付けられた箱だった。
『特別』なバレンタインプレゼントだった。
「そっか、そういうことだったんだ……。」
そういうと泰葉は逃げるように走っていった。
「まってよ!泰葉!」
あたしは泰葉を追って1階ロビーに来ていた。
「まだそんなあきらめることないよ!フレちゃんにとって泰葉が特別なことには変わりないんだから!」
「周子さん、それは…。」
「それはまったくもってちがうよ周子ちゃん。」
そこに立っていたのは志希ちゃんだった。
「それ、どういうこと?」
「周子ちゃん、怖い顔しないでよ~。泰葉ちゃんが大切なのは分かるけどさ~。」
志希はどことなくいつもよりけだるげな様子でそんなことを言ってきた。
「親友と恋人はちがうじゃない?恋と愛がちがうように」
まあ、あたしが言っても説得力ないかもだけど、と志希ちゃんは続けた。
「だから泰葉ちゃんの想いとフレちゃんの思いはかみ合わない、絶対にね。」
「……そんなの分かんないでしょ。変わるかもしれない。」
「周子ちゃんってそんなに感情的に事象をとらえるヒトだったの?なんか意外だにゃ~。」
ところでさあ~、と志希ちゃんは泰葉のほうを向き口にした。
「『アイドルに恋愛は御法度』なわけだけど、その辺泰葉ちゃんはどう思っているのかな~?」
「……それはっ」
「ああ。先に言っとくけど『同姓だからノーカン』とかつまんない嘘言い出さないでね。」
「あんたねえ!」
あたしはもう我慢できなかった。
「あんたらそんなつまんない不文律を気にするような性格してないでしょ!?」
「怒んないでよ周子ちゃん。怒りは冷静な分析力を奪うよ。」
彼女はいけしゃしゃあと続けた。
「ところで『あんたら』ってあたしとフレちゃんのこと?だとしたらあたしはともかくフレちゃんは全然違うよ~。
宮本フレデリカはね、誰よりも自分を大切にし、誰よりも家族を大切にし、誰よりもファンを大切にする、正しい人間なんだよ。
自分の尺度ではかると真実を見誤るよ。」
「その見方は『自分の尺度』じゃないの?」
「存外痛いところをつくなあ~。でもフレちゃんが恋愛する気がないのは間違いないよ。だってあたし聞いたし。」
もし泰葉ちゃんに告白されたらどうする?って。
「そ、そんな!」
「泰葉!」
崩れ落ちる泰葉にかけよる。
「あんたのこと、あたし、許さない…!」
あたしは志希をにらむ。
「あたしとしては優しさのつもりだったんだけどな~。叶わない希望なんて心を刺すだけだよ。
フレちゃんもまあ酷いとは思うよ。けどさっき言ったことを踏まえるなら、フレちゃんの尺度では『アイドルは恋愛をしない』
フレちゃんは泰葉ちゃんをアイドルとして高く評価してたから、泰葉ちゃんも恋心なんて持つ訳ないと思ったんじゃない。」
「……、あんたの言うことは正しい。けれどね人間は変われるんだ、それをあたしは泰葉からっ」
「周子さん、もういいんです…。」
「泰葉……。」
「結局私は舞い上がってただけなんです。浮かれてただけなんです。なにもかも手に入れようとしたのが間違いだったんです。」
泰葉はあたしのほうを見て続けた。
「だって私はアイドルだから……。」
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「ヤスハちゃん元気ないの?」
「そんなことありませんよ。ただ昨日ドールハウスづくりを夜遅くまで起きてたので少し寝不足かもしれません。」
「気をつけてヤスハちゃん。寝不足とラーメンは美容の敵だってママがいいてたからね。」
「ふふ。ありがとうございますフレデリカさん。」
「それじゃライブがんばろうね!」
フレちゃんは楽屋を出て行った。
あたしもフレちゃんを追いかけなくてはいけない。
けれど一言だけ泰葉に声をかけることにした。
「ほんとに大丈夫ですよ」
「心配いりませんと周子さん。だって…」
作り笑顔は慣れてますから。
(了)
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