周子「だめかな?」 (73)

オリジナル要素を含みます

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周子「いやぁ、まいったなぁ」

ざんざかと振り出した雨を横目に、あたしはため息をついた。
売り言葉に買い言葉で京都をとびだしてから早三日。ただ充てもなくぶらぶらとしていたにしては、なかなかもった方ではないだろうか。

周子「にしてもなぁ……ちょっと無理っぽい?」

公園のベンチで寝ていたところ、不意打ちでこの雨である。ゲリラ豪雨とはよくいったもので、あたしの身体をしたたかに雨が打ち付けてくれた。おかげでこれまでお風呂に入れなかったことがチャラには……ならないか。

周子「はぁ、どうしよ」

いまは民家?の雨戸に避難している。なんで民家かどうか疑問なのかと言うと……とんでもなくでかい。あたしの実家の二倍以上はある。あたしの家もそれなりの大きさで、小学校の時なんてそれこそ自慢げに話してたんだけど、そんな昔話さえ恥ずかしくなるぐらい大きい

周子「井の中の蛙ってね……」

井の中の蛙なのは、今も同じらしい。別に何も考えていないわけじゃない。そのうち石油王とでも結婚するかーなんて言ってたら、怒り狂ってぶってきたおとんが悪いのだ。そらまあ確かにな〇高校に合格したのに行かなかったのは悪かったけど、そんなに悪いことかねぇ……

周子「ふぁ……」

雨に打たれたせいか、体力がいつも以上に奪われる。身体は寒いしお腹はすいたしなんだか眠たいし……いいや、寝ちゃおう。そしてここの家主にお風呂入れてもらおう。……蹴りだされるのがオチかな。

そんなくだらないことをおもいながら、冷たいコンクリートの上に寝そべった。というか、一瞬で寝た。

???「おーい、いきてるかー」

なんだか声が聞こえる……こっちは寝てるってのに……

???「おいこらー、……寝てんのかな」

見てわからんのか、寝てるんや……寝かせてよ……

???「まいったなぁ、玄関でびしょ濡れの美人が寝てるのに放置はできないし」

???「……わぁ!!!」

周子「ひゃあ!!何すんのおかん!!!」

???「うおっ!?なんで切れてんの!?」

周子「……あれ?」

なんか知らん男の人が……あれ?あたしなんでコンクリートの上に寝てるん?えっ、もしかして

周子「もしかして……誘拐?」

???「違うわ!!!」

それがあたしと……Pさんとの出会いだった

ごめんなさい、酒を飲まさせられたので遅れました
こんな頭じゃやなのであしたにします

???「俺はここの家主!お前はここで寝てたの!」

周子「ああ……」

思い出した。京都からはるばる出てきて野たれ死ぬところだった。

周子「……へくちっ」

身体が冷えている。まあ雨でぬれてたから当然っちゃ当然なんだけどさ。

???「……お前家は?」

周子「んー、京都?」

???「京都ぉ!?」

あちゃー、素直に応えるべきじゃなかったか。失敗失敗。

???「帰る方法は?」

周子「え、帰る?」

???「……こりゃ駄目だな」

周子「???」

???「……いいからそこどきな」

周子「あーい」

男の人はあたしが寝そべっていたところに立ち、玄関にカギを差し込んで回し、開けた。

???「中にはいりな」

周子「……へ?」

???「中に入りなって言ってんの」

周子「あたし……体は売ってないよ?」

???「いらんわボケ。はよはいれ」

想像以上に冷たい反応だった。むむー、周子ちゃんの魅力なら冗談だとわかってもそこらの男なら狼狽すると思うんだけどなー。
まあそんなどうでもいいことは置いといて。

周子「そんなら、お言葉に甘えましょうかね」

中に入ると、古風な内装が目についた。たたきのある玄関、狭い廊下にふすま、昔の家によくある緑色の壁……あれなんていうんだろ?

???「おら、靴脱いであがれ……いや上がるな!ちょっとまて」

そういって後ろから来た彼は奥へと入って行った。ビチャビチャに濡れた体で家に入れたくないのだろう。彼がふすまを開けると、畳にちゃぶ台、それと板の間……板の間?なんだか立派そうな掛け軸まである。いやはや、なんだかすごいところに来ちゃったな。

そんなくだらないことを考えていたら彼が布を持ってきた。

???「これ足ふきマットな、風呂はあそこにあるから」

周子「……ん?」

聞き間違いかな?いやまさかね……

???「ん、じゃない。ぱぱっとする。ほら、靴脱いで靴下も脱いで!」

どうやら彼の言い間違いでもあたしの聞き間違いでもないらしい

周子「えーっと、あたしお風呂に入るのかな?」

???「そうだよ」

周子「……やっぱり体が目当てじゃ」

???「……ふん」

いや、ふんて。あたしそれなりにいいプロポーションよ?女子高生よ?ぴちぴちよ?それをふんってあんた。

なんだかよくわからないうれしいような、かなしいような、腹立たしいような感情を抱えて、あたしは言われるがままに靴と靴下を脱ぎ、足ふきマットで軽く足を拭いて、風呂場へと案内された。

お風呂もやっぱり広かった。いやー、すごいね、ヒノキだもん。
でもお湯を張る時間なんてないし、ましてや人の家でそんなことはできない。普通にシャワーだけにしよう。
シャワーも旧式で、温冷が分かれているタイプだった。あたしんちも昔こんなんやったなぁなんて呟きながら温度を調節する。
そういや服とかどうなるんだろ……ていうか、あの人はいったい何者で、何を考えてあたしを家にいれたんだろ。わかんない。そもそも行きずりの女が雨に濡れて玄関に寝てるだけで家に入れて風呂にいれるような奴の考えなんて常軌を逸している。あたしにわかるはずもない。
ただわかるのは、なんとな~く敵意がなさそうだ。うん、なんとな~く、ね。
あたしの適当さはあたしの勘の良さにつながっている、と勝手に思ってるから、きっとこれでよいのだろう。

周子「……よし」

とりあえず風呂から上がったらここから退散しよう。いまは敵意がなくとも、いつ敵意が生まれるかわからない。それこそ、今も表に出ていないだけで、何か思惑があるのかもしれないし。

そんな淡い決意を胸に風呂から上がると、そんな決意が一瞬にして立ち消えた。

服が、ない。

これはやられたと思った。そういうことかと。確かにこれはあたしに有効だ。服がなけりゃ外に出られない。うまいことやられた……そんなことが頭にぐるぐる渦巻いていたら、

???「おい、入るぞー」

周子「ひゃっ」

ガラっピシャ、勢いよくあたしは風呂場に入りなおす。

???「……風呂場に行ったな?開けるぞ」

そういって彼は脱衣所に入ってくる。この極悪人め、あたしの服を奪って何するつもりだ、まさかあたしにあれやこれやいかがわしい命令を

???「服、ここにおいとくぞ」

デスヨネー

そういって彼は脱衣所から出ていった。……なんなんだろう、ほんと。あの人も、あたしも。

よくわかんない自己嫌悪を抱えながら、あの人が用意してくれた浴衣に着替える。……でも下着がない。いやそりゃまあ、男が女の下着を持ってたら逆にドン引きだけどね。

周子「えーっと、お風呂ありがとうございました」

さっきの板の間に戻ってくると、彼が見えた。今は台所に立っているようだ。スーツの上から割烹着をつけて料理をしている。なんというか、そうとう不格好だ。

???「おー、服は洗濯機にかけといたからな」

周子「あ、ありがとうございます……」

なんなんだ、この手際の良さは。ウチのおかんか。見れば鍋とフライパンを火にかけながらまな板で野菜を刻んでいる。おかんか、こいつは。

???「もうちょっとでできるかんな」

周子「え?」

???「料理だよ料理。今日はホッケとみそ汁だ」

そういえば、焼き魚のいい香りが……っていやいや。

周子「さすがにそこまでお世話になるのはちょっと……」

???「なに、遠慮はするな」

そういって彼はこちらを振り向いて微笑む。そしてゆれるスーツに割烹着。もうなんなんこの人。意味わからん。周子ちゃんの手に負えません。はい。

???「ほら、運ぶの手伝え」

気づけば料理は完成していた。なんでそない手際がええんや……

???「ほら、はやく」

周子「あ、あいさ」

なんだか終始、この人のペースに流されっぱなしである。まあ、お腹はすいた。背に腹は代えられぬのだ。周子ちゃんは黙って手伝った。

???「はい、いただきます」

周子「……いただきます」

やっぱり、おかんだ。

今日はここまで

食べ始めたら自分で思っていた以上に身体は食べ物を求めていたようで、料理の感想なんて言う間もなく食べ続けた。

周子「ぷはぁ……おいしかったぁ」

久方ぶりのまともなごはんだった。

???「それはよかった」

目の前の彼が微笑みながらそう言った。なんか恥ずかしい

???「えっと、塩見周子さんでいいのかな?」

周子「な、なんでそれを」

???「さすがに財布を見せてもらった」

周子「いやん、大人のレディの秘密がー」

???「お前まだ17歳だろ」

周子「ちぇ、全部みられちったか」

そりゃまあさすがに身元捜査ぐらいするか……あたしでもするとおもうしね。

???「で、問題なのがホントに京都にご実家があることなんだよな……」

はぁ、となんだかため息をついている。この辺りに家があるなら送ればいいとでも考えていたのか、困った顔をしている。
これは初めてあたしが勝った気がする。何に勝ったかはしらない。

周子「えとね、あたし、家から追い出されちゃってさ」

???「追い出された?家出じゃなくて?」

周子「うんそうそう、おとんと喧嘩しちゃってさぁ」

???「ふーん……ここまでどうやって来たんだ?」

周子「そりゃ、新幹線よ。おかげでお小遣い全部使っちゃったけどね」

???「それで家の前に倒れ込んでたのか」

周子「ほんま、ご飯とお風呂おおきに♪えっと、何さんかな?」

???「ああ、俺の名前言ってなかったな。俺の名前はP。年は24、東京出身だ」

周子「24!?わかいねー、70ぐらいだと思ってた」

モバP「おうこら」

周子「えへへ、でも出身地とか別にいわへんでもええんちゃう?」

モバP「俺が周子の出身地と年を知ったんだから俺も教えるべきだろ」

周子「なにそれ、へんなの」

モバP「変とはなんだ、変とは」

そんなたわいもない話をしていたら、時計が12時を指していた。

モバP「……寝るか」

寝る?つ、ついにこの時が……やっぱり油断させておいてのガブリ、男はみんな狼だって婆ちゃんも言ってたし、しかも若い男女が屋根一つ。これはもう食べられてしまいますなぁ

モバP「布団はあそこの部屋にもあるから、使っていいぞ」

デスヨネー

周子「だいぶいまさらだけど、ここまでしてもらっていいの?あたし一文無しなんだけど」

モバP「未成年に何を求めることがあるか。とっとと寝な」

そういって、しっしという仕草をするPさん。年の離れた兄弟ってこんなんかなぁなんて考えながら、あたしは布団を敷いた。
布団はおひさまの匂いがして、すくなくともここ数日の間に日に当てているのがわかる。

モバP「おやすみ」

周子「おやすみなさーい」

そういえば聞き忘れたけど、なんでPさんここに一人で住んでるんだろ。こんなに広いと一人じゃ掃除が大変そうだし、そもそも大きすぎる。想像もつかないや。

そんなことを考えてたら、昨日までの疲れからか、すぐさままどろみの中に頭から突っ込んでいった。

今日はここまで

先に言っておこう。あたしは朝にはこっそりと、この家から出るつもりだった。元々あたしは一人だって生きられるんだっておとんに証明したくて飛び出してきた節もあったし、そもそもPさんにそんなに迷惑をかける気はなかった。家出娘を家に匿った時点で犯罪になっちゃうってどこかで聞いたし。

だからあたしはPさんの家から出るつもりだったのだ。

周子「へくちっ」

いまあたしは、Pさんの家の布団に寝ている。なんてことはない。風邪をひいちゃったのだ。そら、びしょ濡れのままコンクリートで寝ていれば当然、覚悟してしかるべきだった。ここ数日はまともに飲み食いもしてなかったので、体力も消耗していたんだろう。

こんなあたしを見るや否や、Pさんは黙っておかゆを作って、

モバP「腹が減ったら温め直して食べろよ」

と言って仕事に向かってしまった。女子力高すぎか。

外は昨日と違って晴れていた。初夏にはまだまだ程遠いが、比較的力強い日が庭に差し込んでいる。庭はあまり手が入っておらず、雑草がそこらかしこに生えていた。その中に、立派な松の木が一本だけある。

なんであれだけきちんと手が入ってるんやろ……?

あたしはたびたび子供の頃からおとんの趣味である園芸を手伝わされていたので、あの松は相当入れ込んでいるとわかる。しかし、いかんせん下手くそだ。ああ、直してやりたい……。

周子「へくちっ」

そんなことを徒然に思うも、所詮は病人。布団の中でうだうだするしかないのであった。

周子「はぁ……なにやってんだろ、あたし」

おとんと喧嘩し、勢いで飛び出して、ノリで東京に来て、お金が尽きて、Pさんに拾われて、ご飯もお風呂ももらって、風邪ひいて。

自分の情けなさにため息が出るばかりだった。

周子「……お腹すいた」

情けなくても腹は減るもので、ため息しか生産していなくてもエネルギーはいる。んー、自分で言うのもなんだけどかなり辛辣だ。

あたしは痛みで疼く頭を抱えながら、布団からもぞもぞと出る。幸い、キッチンはすぐそばにある。キッチンはこれまた古いガスレンジ。冷蔵庫もかなり古い型で、ところどころ塗装が剥げている。ただどちらも丁寧につかわれているのか、油汚れとかはついていない。

周子「……すごい、土鍋や」

おかゆは土鍋の中にあった。しかも卵がゆだ。これは周子ちゃんポイントが高いですなぁ。

火を通す元気はないので、そのままお椀によそう。

周子「いただきます」

一口含むと、口の中に優しい旨みが広がる。お米は潰れきっておらず、かといって火が入っていないわけではない。卵も程よく固まっていて、艶やかな黄がお椀を彩る。昆布でだしを取っているのも京都出身の周子ちゃんを意識してなのか、なんとも憎い演出である。

あたしは夢中でおかゆをほおばる。一口、二口と手を動かすたびに、なんだか不思議と力が沸き踊るように感じた。おいしい料理は、人を元気にするんやなぁ、なんて。

一所懸命食べていたら、いつの間にか三回もおかわりしていた。おそるべし、Pさんのおかゆ……ただ、土鍋にはまだ半分残っていたので、一度火にかけてから、蓋をした。

周子「さて、と」

おかゆを食べると、あたしはそれなりに回復していた。お外に出れるほどじゃないけど、おうちの中が探索できるぐらい。

周子「あはは、家で一人残してるのが悪いんだよーっと」

あたしはそう呟きながら、昨日入れなかった場所に潜入捜査することにした。ここまで家が広いと、充実した成果を得られそうだ。

あたしはとりあえず、昨日Pさんが寝ていた部屋に入った。そこはさっきまでの部屋と変わらず、純和風の部屋。その中に、タンスやら子供のころから使っているであろう学習机が置いてあったりしてなんともミスマッチである。

周子「……?」

その学習机の上に、Pさんの仕事の企画書が置いてあった。きちんとホッチキスでまとめられているものや、ファイリングされているものの中に、変な名前があった。

周子「シンデレラガールズ……プロジェクト?」

気になってあたしはその企画書の中身に目を通す。

周子「既存の体制では抜擢されることのない養成所のアイドルや、これから先、芽が出そうなアイドルの卵をスカウト、デビューさせることを目的とし……」

どうやらPさんは芸能関係、それもアイドル事務所に勤めているようだ。それも、あたしでさえ聞いたことのあるような事務所だ。

あたしは黙々とその企画書を読み進めていった。自分が知らない世界だから面白かったというのもあるけど、単純に企画書の内容そのものがすごく面白かったからだ。40ページほどある企画書のすべてはPさんの努力と足跡の結晶であり、なんだかあたしまでもが、そんな風に頑張ってきたような感じがしてわくわくした。だから気が付くと、

モバP「おいこら」

周子「わぁ!?」

モバP「わぁ、じゃない。勝手に部屋に入るなよ」

Pさんが帰ってきてることに気付かなかった。

周子「Pさん帰ってくるのはやない?」

モバP「はやない。もう六時過ぎだぞ」

周子「昨日は八時過ぎやったやん」

モバP「仕事がら、不規則な退社時間でな。ていうか周子のせいで早く帰ってきたんだぞ」

周子「え、心配してくれたん?」

モバP「あほ、そんなことあるか」

周子「えー、ほんまにぃ?」

モバP「うるさい、おかゆ食ったか?」

周子「食べた食べた。いやー、あれはおいしかった」

モバP「……そうか」

そっけなさそうだけど、Pさんはどことなく嬉しそうだった。

なんかそこかしこの日本語がへんですね……寝不足で書くんじゃなかった

今日はここまで

ごめんなさい、レポートがネズミ算式で増えているので、しばらく更新できません。
お待たせして申し訳ない

周子「あ、Pさんってプロデューサーなん?」

モバP「なんの話だ」

周子「これこれ」

あたしはさっきまで読み込んでいた資料をひらひらと振る。

モバP「人の物を勝手に読んだあげく振り回すな」

パッとPさんはあたしの手から取り上げる。

モバP「これは次の企画書だ。三日後に会議で提案する。まあプロデューサーといえばそうだが、末端だな。まだ大きなイベントを企画するようなアイドルを任せられてないし」

周子「へぇ、Pさんがプロデューサーってなんか以外やなあ」

モバP「なんでだよ」

周子「料理も洗濯もできて、気配りも完璧やからせいぜいマネージャーかと……あたっ」

モバP「失礼なやつめ、飯食わさんぞ」

周子「ああうそうそ!Pさんほどプロデューサーが似合う男もおらへんわぁ、よっ、色男」

モバP「調子のいいやつめ……ま、なんにせよ元気にはなったようだ」

そういってPさんは部屋から出る。

モバP「手伝わないと飯食わさんぞ」

周子「ちょ、まってーな!」

あたしもPさんにくっつく形で後を追った。

今日の晩御飯はあんかけ堅焼きそばだった。作り方はいたって簡単で、イカ、エビ、白菜、きくらげを具材としたあんをつくる。その間にフライパンに油を敷いて中華麺に焦げ目がつくまで焼く。最後にパリパリになった中華麺をお皿にのっけて、その上からあんをかけるだけだ。たったこれだけなのに、中華出汁とごま油のいい香りが鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。

周子「あれ、Pさんは食べへんの?」

モバP「おかゆ残ってたし、おかゆをたべる」

周子「え、じゃああたしがそっちたべよっか?」

モバP「昼もおかゆだったろ、いいからそっち食べろ」

周子「おー、Pさんやっさしいねぇ」

モバP「いまさら何を」

周子「んふふ、いただっきまーす」

モバP「変なやつ……」

モバP・周子「いただきます」

周子「これおいしっ」

お箸で少しづつ麺を崩しながらあんと絡めて、口に含めばあんと中華麺の香ばしい味が舌に残る。

モバP「そりゃよかった」

やっぱりPさんはそっけない感じで言うが、頬が少しだけ上がっている。わかりやすい人だ。

モバP「そうそう、周子」

周子「どしたん?」

モバP「お前、いつ帰るんだ?」

周子「帰る……うーん、移動手段があれば帰るかもしれへんなぁ」

モバP「嘘は言わなくていいぞ」

周子「……帰りたないなぁ」

あたしの中で帰るなんていう選択肢がもとよりないことは、Pさんにばれているらしい。

モバP「……これからどうするつもりだ」

なかなか痛いところをついてくる。

周子「とりあえず、Pさんとこにはお世話になりっぱなしだし、ひとまずはここからでようかな」

モバP「そっからどうすんだ」

周子「いや、特に考えはあらへんよ?」

モバP「……お前ってやつは……」

Pさんは箸を置いてため息をつく。

モバP「これも何かの縁……か」

そうつぶやくと、Pさんは、

モバP「掃除、洗濯、料理、その他諸々の家事で出来ないことはなんだ」

周子「え、なに?」

モバP「いいから答えろ」

周子「んー、料理くらいかなあ」

モバP「ほかにはないのか?」

周子「あ、あたし剪定できるよ」

モバP「……本当か」

周子「ほんまほんま」

モバP「……合格」

周子「ん?」

モバP「お前を我が家の住み込み家政婦として雇う」

周子「ええっ!」

モバP「昼寝三食付きだ、条件は悪くあるまい」

周子「そんな、ええよここまで世話になったんに」

モバP「うっさいわ、黙って見過ごせるか。お前に拒否権なんてないからな」

周子「……ええの?」

モバP「厚かましいやつなのに、ここで遠慮することあるか」

周子「……それなら、その、今後ともお世話になります?でいいんかな……」

モバP「あと毎月給料を出すから、新幹線代までたまったら帰れよ」

周子「ええ!そんなぁ」

モバP「拒否権なんかないからな」

周子「それなら、家政婦としてなんもせんかったら……」

モバP「働かざる者食うべからず!」

周子「働きます!」

モバP「よろしい、ごちそうさま」

周子「ご、ごちそうさま……」

そうしてPさんは行ってしまった。

結局あたしはどこに行っても人に甘やかされないと生きてけないのかな……なんてちょっと思ったりしながら、最初のお仕事である食器洗いを始めた。


今日はここまで
長い間更新がなくて申し訳ない

次の日から、周子ちゃんは専属家政婦としてせっせと働くことになった。
やることは朝食をPさんに作ってもらい、一緒にご飯を食べながら談笑。その後皿洗い。Pさんが仕事に行ったあとはPさんが残した買い物リストを元に買い出し。お昼はPさんが作り置きしてくれた料理(今日は豚の生姜焼きときゅうりとわかめの酢の物)をたいらげ、皿洗い。ほどなくお昼寝をし(ここは秘密)、Pさんがあまり使わない部屋(基本的にもぬけの殻だ)をとりあえずそうじきと雑巾がけをするころにPさんが帰ってくる。

周子「おかえりーん、ご飯にする?ごはんにする?それともゴ・ハ・ン?」

モバP「うるさい」

周子「だってお腹すいたし……」

モバP「もっと可愛い言い方はできんのか」

周子「んー……おなかすいー、んー……すいたーん?」

モバP「なんの疑問だ」

周子「おなかすいたーん♪どうこれ、なかなか良くない?」

モバP「……及第点だ」

周子「お、アイドルプロデューサーさんからのお墨付きだね。そのうち流行語になったりして」

モバP「調子にのんな、飯つくっからどいてくれ」

周子「あいあーい」

こんな感じであたしはすでに二週間ほどお世話になっている。これじゃ実家にいたころと変わらないといわれると、その通りなのである。ただまあ、あたし自身はいつまでも実家でヌクヌクしていたいのだから、正しいと言えば正しいのか。始めのころに持っていたおとんを見返してやるなんて気概はとうの昔に霧散してしまった。

モバP「そうだ、周子」

周子「どうしたーん?」

モバP「剪定、出来てるか?」

周子「……あっ」

モバP「……まあいい。想像以上にきちんと働いてるし、あとでおいおいやってもらおう」

周子「えへへ、ごめんなさいでしたーん♪」

モバP「そろそろうざいぞ」

周子「あーい」

今日の晩御飯は肉じゃがとなめこの味噌汁だ。いつものように割烹着をワイシャツの上から着こんでいる。いつまでたってもこのミスマッチにはなれそうもない。ご飯はなんと五穀米だ。さすがのおかん力。

モバP「なんか失礼なこと考えてないか?」

周子「ぜんぜーん」

モバP「……まあいい、食うぞ」

モバP・周子「いただきまーす」

周子「今日もおいしいなぁ、流石や」

モバP「そりゃどうも」

そういいながら、急いで味噌汁に口をつけてお椀で顔を隠す。なんてわかりやすい。

周子「そうそうPさん」

モバP「なんだ?」

周子「あの木、なんでそんなこだわってるん?えらい手が入ってるように見えたけど」

モバP「ああ、あれは死んだじいちゃんの形見でな」

周子「……っえ」

モバP「なんとか素人ながら頑張ってみたんだが、じいさんみたいにうまくいかなくてな、困っていたところだ」

周子「ちょいちょい、それ、あたしがやってええのん?」

モバP「ほかに誰がやるんだ?」

周子「だって形見……」

モバP「じいさんも我流で適当にやってただけだし、『形見だから』ってことで丁重にしてる訳じゃなくてただ何となく俺が残してるだけなんだ、気にする必要はない」

周子「……ほんとにええの?」

モバP「おう、いいぞ。頼んだぞ、家政婦」

なんかすごい気が引けるんだけど……頼まれた以上やるしかあるまい。

周子「了解了解っと」

モバP「うまくできりゃ追加報酬も出してやるからな」

周子「えっ!なになに!?」

モバP「明日のおたのしみな」

周子「ええー!?」

Pさんは結局その日は口を割らなかった。

次の日。
いつものルーティンをこなしてお昼寝前、あたしは松の木の前に立っていた。

周子「うむむむむ」

松の木の高さは優に二メートルは超えている。各方面にほうぼうと伸びた松の葉は意気揚々としているかのように見えるが、ところところ不格好になっている。Pさんは仕事も忙しいし素人だと自称していたので、そこまで面倒見切れなかったのだろう。

周子「あたしがなんとかしちゃるけんね!、なーんちゃってねー」

あたしも素人なのだから、絶対的な自信があるわけではないが、とりあえずじいちゃんの言っていたことを一通り実践してみよう。
あたしは買い物でついでに買った滑り止め軍手と、家の中で見つけた使い古されたジャージを着て、臨戦態勢だ。……Pさんの匂いがちょっとだけするかもしれない。

周子「なに考えてんだか……さて」

まず松の葉をY字になるように剪定していく。チョキン、チョキンと上から切る。もちろん脚立なしには届かないので、手が届く範囲を切ったらまた脚立をもって移動する。これが意外と重労働なのだ。

一通り切り終わったら、今度は古い葉を取り除く。それと、長い芽も取り除いておく。一度遠くから見直し、少しづつ切る場所を増やしていく。もうすこしだけ枝が重ならないようにしないと……

そんな風に試行錯誤していき、ようやく納得のいく形になった。

周子「……ふふん」

モバP「おう」

周子「わひゃ!?なんでこう毎回急に来るかなぁPさんは」

モバP「そりゃすまんな、どや顔の周子さんよ」

周子「みてたん?」

モバP「おう」

なぜだか恥ずかしくなってしまい、あたしは目を伏せる。でもPさんはそんなあたしの様子に気付くこともなく、松を見始めた。

モバP「……ははあ、お前本当に剪定できたんだな」

周子「うわ、失礼なやっちゃなー」

モバP「失礼で結構だ」

周子「んで、出来栄えは?」

モバP「……及第点だな」

周子「えー、そんだけ?」

モバP「そんだけだ」

周子「もっとなんか言えー」

モバP「なんじゃそら……ほれ、これ特別報酬」

Pさんが『タイ焼き』と書いた茶色い紙袋を揺らす。

周子「ん?なにこれ」

モバP「……タイ焼きを知らんのか」

周子「タイ焼き?」

モバP「誰もが食べたことがあるはずのお菓子なんだが」

周子「アタシ ジッカ ワガシヤ」

モバP「タイ焼きも和菓子のうちに……入らんほどきちんとしたところってことか」

周子「んで、どんなやつなん、それ」

モバP「んーまあ、食べてからのお楽しみってところだな」

周子「あーい」

あたしとPさんは家の中にならんで入った。

今日はここまで

周子「お……」

モバP「……お?」

周子「おいしいーーー!!!」

モバP「そりゃよかった」

あたしは晩御飯をPさんと食べた後に本日の特別報酬を食べたのである。

周子「小麦粉で作られたこのファンシーな見た目……ぎっしり詰まったあんこ……カリカリのしっぽ……口に含めば香ばしい香りとあんこのやわっこい甘さが口の中を支配する……うーん、でりしゃ~す」

モバP「そりゃよかったよ」

タイ焼きは二つ買ってきてあったが、Pさんは手を付けようとしなかった。

周子「Pさんはたべへんの?」

モバP「俺はここのは食い飽きたからな。お気に召したのなら食べたらいい」

周子「それはそれは……ではあ~ん」

モバP「むぐっ」

周子「どう?おいしい?」

モバP「んぐ……そりゃうまいが、何を急に」

周子「もひとくち、あ~ん♪」

モバP「むぐっ」

なんだかひな鳥に餌を与えてるみたいで楽しくなってきた。Pさんは頬張った分を懸命に胃に収めてるけど全然嫌そうじゃないし、もっともっとあげたくなる。

周子「どう?美少女周子ちゃんに食べさせられた気分は」

モバP「いつもと変わらんな」

周子「そういう意地悪言うと、もっと食べさすで?」

モバP「いらん。そもそも人に食いさし渡すとはどういうことだ」

周子「あ、Pさん食いさしとか気にしちゃうタイプ?」

モバP「ま、職業柄変にとるやつもいるからな」

周子「へー、そうなん……あむっ」

モバP「言ったそばから食うなよな」

周子「んふふ……」

平気な顔して食べた……ように見せれただろうか。あたしが食べたものをPさんに食べさしたり、Pさんが食べたものをあたしが食べたり……たったこれだけのことなのに、顔が熱くてたまらないのを感じる。いままで感じたことがない感覚。でも答えは知ってるような、知らないふりをするような、そんな気分。
あたしはいままでのあたしとは違っていくのが手に取るようにわかって、でもそれは出来るだけ引き延ばしい。まだこのままでいいのだ。
このままで。

ある日のこと、Pさんは早くに帰ってきた。

モバP「……ただいま」

周子「おかえりー、どしたん?こんな早くに」

モバP「……別にいつも通りだろ」

明らかに嘘だ。まだ五時も回ってないし、あたしも掃除が済んでないため、Pさんの割烹着を無断着用していた。

モバP「……ちょっと部屋にいる」

しかしPさんはそんなあたしを意に返さず、自分の部屋へと向かっていく。なんだかどことなーく、元気がない感じ。あたしはのんきなもんで、お腹でも痛いのかなーなんて考えていた。

周子「晩御飯どーするん?」

モバP「……適当にどっかで食べてくれ」

そういってPさんは、部屋から腕だけにゅっと出して、諭吉さんを渡してきた。

周子「……え、まじ?」

Pさんはドがつくほどの倹約家である。「外で食うものが如何に手抜きで如何に不衛生で如何に損をしているか」という話は耳にタコができるほど聞いたし、その熱量はおそらくアイドルを指導するのとおんなじくらいなんやないかななんて適当に考えていたが、しかしあのPさんが外食を居候に許可するなど、これは大問題であった。そもそも、あたしがPさんの手料理を食べられないのが嫌である。

モバP「まじだ、しばらく一人にしろ」

そういってぴしゃりとふすまを閉められた。あたしを見つめるのは手のひらにある諭吉さんただ一人。
こうなってくると、周子ちゃんにも居候兼家政婦の意地に火が付く。

周子「いっちょ、やったりますかぁ」

なんてったって、Pさんのためだしね。

周子「まあ、わるくないんじゃないかな」

やってみればどうとでもなるもので、一時間と少しで晩御飯が出来上がっていた。味噌汁と焼き魚、玄米入りご飯と簡単なものだけど、きちんと掃除(家探し)して見つけたレシピ本を参考にして作ったから、まずくはない……はずだ。

周子「Pさーん、ご飯よー」

ちょっと楽しく感じている自分がいる。ただの家主と居候という関係じゃないように思えて。うちのおかんは何が楽しくてあの頑固親父にご飯作ってたのか長年疑問だったけど、こういうことなのかもしれない。

周子「Pさーん?」

あたしはPさんの部屋の前まで行って、軽くノックした。

P「……どうした」

周子「ご飯、つくってみたんやけど、食べてみいひん?」

P「……わかった」

スーッとふすまが開くとPさんがのっそりと出てきた。依然、顔が少し青い。

周子「……大丈夫なん?」

P「平気だ。というか、作ったのか」

周子「そんな顔した雇い主置いて食べたご飯なんかおいしくないわ」

P「……すまん」

周子「ええって。そんじゃ、たべよっか」

Pさんと食卓を囲む。きっとあたし特製の手作りご飯でも食べてくれたら元気になってくれる……はずいなぁ、もう。
いつからこんな乙女みたいな考えに陥ってしまったんやろうか。

P「周子、開いた魚は身から焼くんだ」

周子「え、そうなん?」

P「ああ、身が縮こまってしまっているだろう。あと、味噌汁の出汁の分量を間違えてるな。味噌はきちんと入っているが旨味が足りない」

周子「うぐっ……レシピ本には昆布での出汁の取り方しか書いてなかったから、鰹節の分量がわかんなかったんだ」

P「米も少し硬いな、俺はもう少し水を入れる」

周子「それはもうPさんの好みやん……」

自分ではなかなかうまくできたと感じていたが、Pさんからしたらまだまだだったようだ。

P「まあでも」

周子「ん?」

P「及第点、だな」

周子「またそれ~!?たまには花丸満点がほしいわぁ」

P「馬鹿言え、俺が満点出すことなんざ今後もない」

周子「ぶーぶー」

P「うるさい、さっさと食え」

周子「はーい」

……なんとなく元気になった……かな?
そのあと、あたしの制止を振り切って、Pさんはあたしの代わりに皿洗いを始めた。料理を代わってもらった代償、らしい。
あたしとしてはやりたくてやったんだけど、律儀なものだ。

周子「さーってと」

あたしはPさんが洗い物に躍起になっている間、こっそりPさんの部屋に忍び込んだ。あたしとご飯を食べるときは気丈に振る舞っていたけれど、やっぱり今日のPさんはおかしい。朝はなんともなかったし、ご飯もきちんと食べてたから、病気という線はないだろうし、となるとやっぱり仕事が原因だろうか。

周子「おっじゃましまーすっと」

なんども来た部屋だけど、やっぱり家にPさんがいると思うと緊張する。

周子「……ん?」

部屋を開けるとそこには、おそらくアイドルの衣装……らしきものが部屋の真ん中に鎮座していた。

周子「なんなんやろうか、これ」

青を基調としたチェックのコートドレス、スカート部分にはベルトと二重のフリルがついていた。

周子「……きれい」

あたしは吸い込まれるように近づき、自然と触っていた。生地は滑らかで触り心地がいい。よくみると袖もティアード加工が施されており、丁寧な造りであることがうかがえた。

P「周子!!」

周子「Pさ、きゃあ!」

Pさんが洗い物を済ませたのか、こちらにやってきて……思いっきり引っ張られ、あたしは踏ん張りも効かず、なすがまま。
結果的にPさんの胸元に抱きかかえられていた。
ちらとPさんの顔を見ると、その顔には深い皺と、激情の色が見て取れた。

P「あの衣装には!……近づくな」

そして、すぐにその隠しきれない感情を、Pさんは白々しくなかったことにしようとした。やってしまったと思ったのだろうが、もう遅い。今度はあたしが感情を抑えきれなくなってしまったのだ。

周子「Pさん、どないしたん」

P「いや、なんでもないんだ」

周子「なんでもないはずあらへんやろ!」

あたしは思いっきりPさんの胸元に頭をうずめた。あたしの額に人の熱と鼓動が伝わる。

周子「急に帰ってくるなり、部屋に籠って、好きな料理も出来へんし、それにさっきの反応……もううんざりや」

P「周子……」

周子「あたしはそら、Pさんからみたらちんちくりんやろうし頼りないよろうけど……それでも、あんな仕打ちは酷いわ」

P「……すまん」

周子「謝るのはちゃうやろ……あたしに二度とこんな思いさせんとってや。Pさんと居て、不安になんか、なりたくないねん」

あたしは言葉が停まらなかった。不安と恋慕の塊を飲まされたあたしは、焦燥感と怒りに変えて吐き出すしかなかった。

周子「もう、こんなんこりごりや」

P「……」

関西弁でまくし立てて、Pさんの胸元で目をはらしながら心情を語るあたしは間違いなく面倒な女で、それを自覚しながらもやめることが出来なかった。

P「周子……心配させて、ごめん」

周子「……そんだけ?」

P「それと、心配してくれて、ありがと」

周子「……あたしは心が広いから、許す」

そのままあたしはPさんとしばらく抱き合った。

今日はここまで。
長い間おまたせしました。
いっつも書こうとしたときにその場で書いてるから展開が割と右往左往してますね。
あとお世話になってたSS作者支援ツールサイトが閉鎖していたので困っています。どっかいいところないですかね?
それと、ご指摘ありがとうございました。

しばらく抱きしめあったあと、Pさんはゆっくり話始めた。

P「その衣装は、うちのアイドルのものだったんだ」

周子「だった?」

P「ああ、そのアイドルは今日限りで○○に移籍することになった」

〇〇……あたしでも知っている芸能事務所だ。たしか俳優事務所のはず。

周子「え、移籍で寂しいから落ち込んでたん?」

P「いや、そういうわけではないが……」

Pさんの眉間にしわが寄っている。話すべきかどうか迷っているようだ。

周子「いまさら隠すことないやん、全部しゃべってよ」

Pさんはもう一度逡巡していたが、あたしが黙ってにらみつけていると観念したらしく、しゃべりだした。

P「……彼女は絶対に芽が出ると踏んでプロデュースしていた。彼女にも今はまだ我慢のときだと言い含めていたし、事務所にもそれで話を通していた。しかし……どうやら彼女は成果を求めた」

周子「……?」

P「……〇〇はその、そういうところで有名なんだよ」

周子「そういう……?あっ」

あたしは確かにこういった世界に疎いが、何も蝶よ花よと育てられてきたわけではないから、そういったことだってあるのは知ってた。

P「俺が……俺がもっときちんとプロデュースしてたら、もっとちゃんと話していたら、彼女があんなことにならずに済んだかもしれない。そう思うと情けなくてな……」

Pさんはそういうと、あたしを硬く抱きしめた。

あたしはなすがままにPさんの胸板に耳をくっつけた。Pさんの鼓動が聞こえる。少し早いようにも思えるし、そうでもないようにも感じる。ただ、あたしの鼓動はけたたましいほど早鐘で、マシンガンを体の中でぶっぱなしてるようだったから、正常なリズムというのがどこなのか、わからない。

周子「Pさんはさ、優しすぎるんだよ」

あたしはゆっくりと、言い含めるように言った。

P「優しい?俺がか?」

周子「そう、優しい。あたしみたいないい加減な家出娘を家に上がり込ませて、おまけにあたしが帰りたいと思ったらいつでも帰れるように用意までしてくれて……ふつう、こんなんできへんよ?」

P「……俺にとっちゃ、これが普通なんだよ」

周子「せやから、優しいんやって。優しいから、誰にも親身になって接することが出来るし、みんなに慕われる」

Pさんは黙ったままだ。ちらっと顔を見ると居心地悪そうな顔をしている。優しいという評価が自分像と結びついていないのかもしれない。

周子「そんなPさんの元におるから、あたしもついつい甘えてしまったし、きっとその子も甘えてしまったんやと思うよ」

P「甘える?……俺に甘えることと、『ああいう』ことにどんな関係があるんだ」

あたしはPさんの声が思いのほか穏やかになっているのに気づいた。少し落ち着いてきたのかもしれない。

周子「きっとね、いろんなところでその子はPさんに甘えていたと思うんよ。そして同時にこうも思ったとおもう。『このままじゃ自分でなんにもできなくなる』ってね」

P「……その子は一人暮らししてるし、礼儀もきちんとしている。自分から大御所だろうが他事務所のアイドルだろうが挨拶に行くし、自立してないなんて思えなかったんだが」

周子「でもPさんって、プロデューサーやろ?」

P「そうだ」

周子「プロデューサーってさ……普通、そういう場面に一緒におるもんかな」

P「……いないな」

周子「朝さ、おべんと作っていくよね。それが一人や二人じゃない分作ってはるやろ?もちろん、あたしの分もあるんだけどさ」

P「……そうだな」

周子「不安になったんちゃうかな、その子。単身東京に出てきて、アイドルなるって意気込んだのはいいものの、なかなか成果は上がらん。Pさんは『いつか芽が出る』って言ってくれる。けども、そのPさんがこんなに優しかったら、『自分に気を使ってほんとのこと言えないだけなのか』なんて思ってもおかしくないやろ?」

P「……そう、なのかもしれないな」

周子「それに、Pさんはその子のこと、礼儀正しくて素敵な子だと思ってはったんやろ?そうそうPさんが嫌がることするかな。ま、あたしはその子と直接会ったことがないし、わかんないんだけどさ」

P「……そうだな」

Pさんはなんだか少し、すっきりした表情になっていた。

P「信じてみることにする」

前向きなその発言にあたしはうれしくなった。

周子「そうそう、悩みすぎてもしょうがないよ」

周子「ところでさ、いつまであたしに抱き着いてんの?」

しばらく話し合ったあたしとPさんだが、互いに手を離したり、身を引いたりすることはなく、自然とくっついていた。以前からこうしていたかのようにも感じるし、ついさっきからのようにも感じられる。

P「抱き着くとは失礼なやつだ。これはそうだな、抱き着かせてやってるんだよ」

周子「なにそれ、変な意地はっちゃって……そんならこれでどう?」

あたしは自分の鼻先をPさんの体にこすりつけるように顔を揺らす。鼻先がシャツにこすれて何とも言えない感覚と同時に、果てしない恥ずかしさが襲ってきた。流石に調子に乗りすぎたのだ。
ちらりとPさんを見ると、Pさんも顔を赤らめていた。Pさんが動揺していることなんて滅多にない。一度裸を見られかけたけど、その時もほとんど無反応だったし。ええい、ままよ!

あたしが構わず鼻をこすりつけていると耐えかねたようにPさんが口を開いた。

P「もう十分だろ」

周子「まだまだ、半分も満足してないわ」

P「そもそもお前は俺の使用人だから、俺の言うこと聞けって。もう離れろ」

周子「……だめかな?」

あたしが顔を上げてPさんの顔を下から覗く。言ってしまってから、なんだか甘えるような言い方になっていて自分でも驚く。

P「……っ!ああぁぁぁあ!もう!」

周子「え?ひゃあ!?」

何を思ったか、Pさんはあたしを脇から抱きかかえて、勢いよく庭へと飛び出した。

そしてそのまま裸足でぐるぐるとあたしごと回り始めた。

P「うおぉぉぉりゃあぁぁぁぁ!」

周子「ひゃあああ!」

P「ああぁぁぁ!」

周子「ああぁぁぁ!」

P「あぁぁ、は、はははは!」

周子「あは、はははは!」

いつまでそうやって回っていたかわからないけれど、いつの間にか楽しくなってきて、二人で笑いあって、Pさんが目を回して庭に寝っ転がって、あたしも寝っ転がって、また笑いあって……気づいた時には二人とも土だらけだった。

P「周子」

周子「なに、Pさん」

P「お前を、アイドルにする」

周子「……あいどる?あたしが?アイドルに?Pさんそれ、本気?」

P「本気も本気だ。お前をアイドルにする」

周子「え、それいつから考えてたん」

P「いま考え付いた」

周子「え、そんないい加減な。そもそもあたし家出中やし」

P「仕事ってこういうもんだ。さて」

周子「……?」

Pさんはその場で携帯電話を取り出すと、おもむろに電話をかけ始めた。

P「あ、もしもし塩見さんのお宅でしょうか」

周子「え!?」

P「お子さんを預からせていただいてるPですが……はい、先日もわざわざお土産をくださってありがとうございます。……あ、あの松見ました?あれ周子さんがやったんですよ。ええ、ええ……はいわかりました、今度そちらに周子ともどもお邪魔させていただきますので、はい、よろしくお願いします。それでは失礼します」

P「という訳で、行くぞ、京都」

周子「えぇ……なんかもう頭が追い付かんわ」

P「簡単に言えばお前がうちに転がり込んでから毎日塩見家と連絡とってたってこと。お前未成年だし。まあ、家出少女を保護するのはサンタ保護するより簡単だったよ」

周子「しかもなんか実家に帰る取り決め勝手にしてたし……」

P「もう何か月も経って満喫しただろ。お前の親父さん、肝冷やしてたぞ。風邪ひいたなんて言った時には口うるさくってなぁ。お前のおかゆの好みまで教えられたよ」

周子「……もう」

P「じゃ、親父さんにアイドルになる許可もらいにいくぞ」

周子「……へーい」

こうしてあたしは、京都の地に舞い戻ることになった。

結果として、あたしはアイドルになることが許された。
さんざんおとんとPさんは怒鳴りあってたけど(一方的におとんが怒鳴っただけだけど)なんとか丸く収まったようだ。さいきんではなぜか、

塩見父「いやぁ、うちもいい後継者が見つかったな」

と言いながら酒を飲むのだった。深意は探らない方がいいだろう。

ただ、条件としてあたしは高校を卒業するまではせめて親元で、ということだった。
Pさんはいますぐアイドルにしたいのかと思いきや、その点に関してはむしろ賛成していて、「親孝行するんだぞ」なんて余計なことまで言い含めてさっさと東京へ帰ってしまった。あの裏切り者め。

---------そしていくらかの時がすぎた某所にて-------------

あたしはとある一軒家に忍び込むことにした。あたしの実家の二倍以上はある家の玄関に、ちょうどいい石畳みがある。今夜はあそこに失敬しよう。
……思ったより、というかめっちゃ寝づらいやんこれ。なんであのときすんなり寝れたんや。人間ってのも不思議なものである。

そんな風に石畳の上で寝ようと四苦八苦していると、

???「おい」

周子「……何奴」

???「こっちのセリフだ」

周子「三食昼寝布団付きの部屋を所望する」

???「対価は?」

周子「んじゃ、あたしがアイドルになるってことで」


周子「……だめかな?」

相当期間が空いて文体むちゃくちゃですが、これで一応終わります。
とりつけるの忘れてましたね……一応スレ主です。
おまけとしてP視点も考えてはいたのですが…公表する前に似たようなのが毎週火曜夜十時に始まってしまったのでなんか悔しいのでたぶん書きません。
読んでいただきありがとうございました。

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