美優 「ハナムケのメロディー」 (45)

初投稿SSです。

・モバマスSS
・地の文形式
・多少キャラ崩壊しているかも知れません
・誤字脱字、あったらすいません
・全て書き溜め

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「これだけで、本当にいいんですか?」

段ボールに残った私物をしまいながら尋ねる彼に、はい、と簡単に返した。

「細かいものはこちらで捨てちゃいますから。Pさんこそ、あんまり余計な荷物持っていかない方がいいのでは?」

「そうでもないですよ。環境違う場所に行くんですから、できるだけ馴染んでいるものは多い方がいい」

それもそうかもしれませんね、と人段落した彼に氷いっぱいの冷たい麦茶を渡す。待ってましたと言わんばかりに飲み干し、額から流れる汗をタオルで拭った。

8畳の、二人で生活するにはやや狭い部屋の中には、大小混じった段ボールが5箱。

もともとあまり余計なものを買わない彼がまとめた荷物は、それでも一緒にいた時間の長さを見せつけるようにそれなりの量を感じさせた。

「思ったより増えちゃいましたね」

「ほんとですよね。寝に帰ってきてるだけ、とか思っていたはずなのに、いざ片づけると笑っちゃうくらい大切なもの多いんですよ」

大切なもの。

その言葉にチクリと胸が痛んだが、なんともなかったかのように涼しい顔をして見せた。

「寝に帰ってきてるだけなんて、ひどいです。私、いっつも待っていたのに」

「それに関しては、ほんとにすいません。結局あんまり楽しい思い出できませんでしたね」

「そんなことないですよ。ちょっと意地悪してみただけです。Pさんが忙しいの、私も知ってましたから」

もちろん、ただ意地悪したかっただけじゃない。でも、いまさら喚いてもしょうがないことをわざわざ改めて言いたくはなかった。

--本当に、いまさら?
--まだ、もしかしたら間に合うんじゃない?

心の中の汚い自分がささやく。

振り切るように、彼に意地悪を重ねた。


「でも、ここまで忙しくなって、揚句に『仕事をもっと頑張りたい』なんて言葉、正直聞きたくなかったですけど」

「いやー……自分でも、大学のころはこんな仕事人間になるとは思ってなくて」

「なんでしたっけ? 卒業の時の言葉。忘れちゃったんで、もう一度、言ってもらってもいいですか?」

「--ごめんなさい。その言葉は、もう俺から美優さんにはいうことはできないです」

自分で話を振っておいて、ここまで的確に墓穴を掘るとは思っていなかった。

突然の真剣な表情に、自分でも信じられないほどのダメージを受ける。

バカだなぁ私。彼のこういう、思い立ったら一途なところを好きになったのに。

「もう、冗談だって言っているじゃないですか。向こうはジョークが通じない人は嫌われますよ」

「勘弁してくださいよ……寿命が縮みます」

「ふふっ、たまには私も仕返しするんですよ」

本当は冗談なわけがない。

それでもこうやって彼を困らすことができたのだから、それで満足、ということにしておく。

無理やりにでも、そう思っておく。

「さて、後は荷物を取りに来てもらうだけですね。やっと一服できるー」

そういって、彼は窓を開けて、西日のあたるベランダに出た。

ふたつ寄り添ったサンダルの赤い方を履いて、私も外に出る。

「あれ、タバコ吸おうと思ったんですけど……におい、嫌じゃないんですか?」

「嫌に決まっているじゃないですか。でも、あんな荷物ばっかりの部屋にいるよりもいくらかましです」

「うへぇ……今日の美優さん、ほんと攻撃力高いな」

「今日は調子がいいので、いっぱいPさんいじめちゃいますよ」

「お手柔らかにお願いしいますね……」

本当は、少しでも一緒にいたいだけだけど。

未練がましいと思われたくなくてとっさに出た嘘だったけど、思ったよりうまくごまかせたようだ。

「あの荷物、どうするんですか?」

「配送依頼はしているので、待っている間にシャワー浴びて取りに来てもらったらもう出発しようかな、と思ってます」

「そうですか。相変わらず、この手の段取り組むのうまいですね」

「プロデューサーなんて、企画組んだりするよりこんなのが本業みたいなものですから」

「ううん、Pさんは大学のころから得意でしたよ。なんとなくやりたいことの段取り組んで、みんなが楽しめるように裏方に徹するの。ときどき表舞台に立ったりもしましたけど」

「そうですね。大学祭のステージプログラム担当はかなり楽しかったなぁ。結局あれでプロデューサー目指したようなものだし」

一本目が消えて部屋に戻ろうとする彼を、さり気なく邪魔してみる。

すこし不思議そうな顔をしたけど、察しのいい彼はすぐに私の気持ちを見破り、二本目を咥えた。

--もうちょっとだけ、二人の思い出に浸っていたいの。

「実際、学祭運営やってなかったら美優さんと出会ってなかったし。ホントやってよかったです」

「焦りましたよ。キャンパス歩いていたら急に『ミスコンに出てみませんか!』なんて言われちゃったんですから。ナンパかと思いました」

「ナンパっていうより、俺の初めてのスカウトでしたね。あれがうまくいったのもプロデューサーになったきっかけの一つでもあります」

「運営の一人が明らかにやりすぎなえこひいきしたせいで、なんでか私まで一緒に運営委員長に怒られちゃったんですからね」

「それはしょうがないです。あの時の美優さん、一人だけ断トツでかわいかったんですから」

「もう。先輩に言い寄られるの、はっきり言って結構怖かったんですからね」

「すいません。でも、結局美優さんもノリノリだったじゃないですか」

「……そりゃ、年上のかっこいい人にかわいいって言われるの、嬉しかったですし」

「え?」

「なんでもないです!」

それが、私たち二人の出会い。

見かけたら声かけるようになって。
なんとなく一緒にいる時間が楽しくて。
気づいたら隣にいることが当たり前になって。
そういえば、大学祭運営委員会にも入っちゃったなぁ。
デートもキスもえっちも全部しちゃったのに、きっかけが掴めず学生時代は肝心な言葉はなかったけど。

彼が卒業する時に言われた言葉を機に、とうとう正式に付き合うようになった。

「美優さんはこれから、どうするんですか?」

「……お仕事のことはあんまり考えていませんけれど、とりあえずここは引っ越そうかと思ってます」

「え! そうなんですか!?」

「だって、学生のころから住んでるんですよ? 事務所だって遠いし、アイドルが一人暮らしするにはちょっとどうかと思いまして」

「まぁ、そりゃ確かにそうですけど……」

「幸い、Pさんが最後の仕事に私を総選挙2位までしてくれたので、お仕事とお金には困らなくなりました。もうちょっと事務所に近くてセキュリティの良いところに引っ越しても罰は当たらないかと」

「美優さんがいいならいいんですが……」

「何か問題がありました?」

「ここ、気に入ってるって言ってたじゃないですか」

そういって彼はベランダの隅を指さす。

見なくてもわかる、ここに来た時からあったツバメの巣。

毎年どこからともなくやってきて、気付いたらツバメが居ついていた。最初はフンの処理やにおいで嫌だったけど、偶然巣立っていく瞬間を見てから愛着が湧いてしまった。

それ以来、時期になるとなんとなくベランダに出て子育てするツバメを眺めるようになった。

「いいんですよ。ツバメならどこでもみれますから」

「そりゃまぁ、そうですけど」

「それに……一昨年くらいから、来なくなっちゃいましたし」

「あれ、そうだったんですか」

「知らないのも無理ないです。Pさん、ほとんどお休みなかったですものね」

「その時期は総選挙とかあって、結構ピークですからね……」

今年は来るの遅いな、と思っていたのが、一昨年。

気づいたら時期を過ぎていて、また来年に、と思っていたら、次の年も来なかった。

もしかしたら、なんて思っていけれど、今年も雛鳥のにぎやかな声を聴くことはできなかった。

それでやっと気づいた。

あぁ、もうここにツバメが来ることはないんだなぁと。

「Pさんもいないし、ツバメも去って行った。もう、ここにいる理由もなくなっちゃったなぁって思いまして」

「……」

「そんな顔しないで下さいよ。巣立ちは良いことです。ね?」

別に約束したわけじゃないけど、お互いになんとなく守っている約束。

Pさんは何を思っているのかわからないけれど、私はずっと守り続けている。

--最後の二人の記憶は、笑顔がいい。

「あー、気付いたら三本も吸ってしまった。これでおしまいにしておこう」

「そんなに吸ったんですか? 体に悪いですよ」

「よくいいますね。窓の前から動かないくせに」

「あれ、なんの話しでしょう?」

「なんでもありません。これ吸ったらさすがにシャワー浴びますか」

「久しぶりに一緒に入ります」

「……あー……。ものすごく、ものすごく魅力的なお誘いなのですが、遠慮しておきます。長くなっちゃいそうなので」

「結構悩みましたね」

「しょうがないじゃないですか、こんな魅力的な提案」

「そうですね。昔はPさんの方から誘ってきましたものね」

「若気の至り、ってやつですよ」

そう言って。

昔話は終わり、とばかりに、彼がタバコを消す。

「はい、付き合っていただき、ありがとうございました」

何気ない言葉に、いろいろな想いを乗せて。

二人の時間が、灰と共に流れていく。

シャワーを浴びる彼を待ちながら、何気なく部屋を見渡す。

よく見たらいろんなところに思い出が散らばっている、学生時代から8年間過ごした部屋。

朝まで一緒にお酒飲んで、就職先でうまくいかなくて、アイドルに誘われて、幸運にも人気が出るようになって。

長いようで短い季節は、ほとんど彼と過ごしたんだと気づかされる。

実のところ、事務所の近くとかセキュリティとか、もっともらしい引っ越しの理由は全部ウソだ。

キッチンのすみの焦げ跡とか、ほんのちょっと引っ掻いたフローリングとか、建付けの悪くなった押入れとか。

なにより、いくらアロマを焚いても上書きできない--でも私にしか気づかない、かすかにしみついた彼のにおいとか。

探せばきりがないほど、探したくなくても見つけてしまうほど、至る所にばらまかれた思い出と共に暮らすには、ちょっとだけ彼との日々を楽しみ……愛しすぎていた。

「何してるんですか?」

「……アロマ焚いても、タバコのにおい感じるなぁって」

「えぇ、ほんとですか? 俺全然感じないんですけど」

「吸いすぎて鼻がおかしくなったんじゃないですか?」

「おかしいなぁ……楓さんや瑞樹さんもなんにも言わなかったのに」

「まぁ、もう少しで引っ越しますし。6年住んでたら壁紙の張り替えで費用取られないこと多いらしいので、大丈夫ですよ」

「ならよかったです。幾らかお金置いてかなきゃ、って思いましたよ」

シャワーから上がった彼と話しながら、慣れた手つきでネクタイを締める姿を見つめる。

ちょっと高い背。事務仕事してるとは思えないしっかりした腕。スーツの似合うスリムな体型のくせに、ズボンの下から感じる逞しいモノ。

ダメだなぁ。やっぱり好きだなぁ。

「ねぇ、Pさん」

「はい、なんでしょう?」

「……向こうでも、頑張ってくださいね?」

「ええ、絶対に超一流のプロデューサーになりますよ。何年かかっても、何十年かかっても」

ホントはもうちょっと違うことを言いたかったけど、とっさに思い直して、ありきたりなエールを送る。

アイドル総選挙後に彼から聞かされた、事務所の海外部門新設。大抜擢された若手主任プロデューサーという肩書。

代わりに突き付けられた、いつ戻れるか、そもそも戻れるのかわからない片道切符。

会社を背負って立つ人間として、誰にも負けないプロデュースノウハウを得るため。

彼は、その話を受けることを選んだ。

誰にも--私にすら言わず、悟らせず、本当に一人だけですべてを決めて。

「そういえばPさん」

「なんですか?」

「今思い出したんですけど、私たちって喧嘩らしい喧嘩ってあんまりなかったですね」

「あー、確かにそうですね。ときどき俺がヘマして怒らせたくらいですか」

「それも、今では『こういう人だから仕方ない』って思うようになっちゃいましたし」

「ははは、美優さんができた人間で助かりました」

「ぜんぜん反省していないんですね」

「これが俺ですから」

「なんですかそれ。私、怒りました。……Pさん、喧嘩しましょうか」

「え、いやすいません。急にどうしました?」

「なんでもいいんです。私があなたに罵声を浴びせるので、言い返してください。いいですね?」

「えぇ、美優の罵声って何……。お手柔らかにお願いしますね」

出かける準備が整い、突然のことに少しついていけない彼をしり目に、勝手に話を進める。

でもいいんだ、今日は彼をいじめてもいい日。

ありったけの怒りと恨みをこめて、彼に文句を。

「あなたのこと、8年間ずっと嫌いでした」
--あなたのことが、8年間ずっと好きでした。

「仕事うまくいかない私を誑かし、プロデュースされてとっても退屈でした」
--仕事がうまくいかない私を誘い、プロデュースしてくれてとても楽しかったです。

「そんなあなたが一人で勝手に海外行きを決めて、清々しています」
--そんなあなたが一人で悩んで海外に行くことになり、棟が張り裂けそうです。

「おかげで、こんな大嫌いな家から離れることができます」
--そのせいで、この大好きな家から離れなければなりません。

「ここにある荷物、全部私が捨てておきます。せいぜい心配してください。」
--荷物、あとは私が何とかしておきます。だから安心してください。

「もうあなたの顔を見なくてもいいなんて、本当にうれしい」
--もうあなたの顔を見ることができなくなるなんて、本当に悲しい。

「だからPさん」
--だからPさん。

「失敗することを願ってます」
--成功することを祈っています。

途中から震えていた私の言葉を、彼は眼を閉じて最後まで受け止める。

私が何も言わなくなったことに気付いて、ゆっくり目を開く。

吸い込まれそうな、穏やかな彼の瞳が私の視線と交わり、見つめあう。

どれくらいそうしていたのかわからない。それでも彼は、やがて口を開き、私の罵声にこう言い返す。

「ありがとうございます。俺、向こうでも頑張ります」

溢れそうになった感情を、最後の力で無理やり押し込める。

「なんですか、それ。喧嘩しましょうっていったじゃないですか」

「罵声を言うから言い返せ、としか言われてませんから。ちゃんと約束は守りましたよ」

「屁理屈ばっかり。そういうところ、本当に嫌いです。大っ嫌いです」

「うん」

「……うそつき」

「うん」

「言い返さないんですね。約束守ったって自分から言うくせに」

「5年前の約束、守れなくてごめん」

相変わらず、察しのいい彼は何の話かちゃんと見抜いていた。

卒業の日に聞かされた、私を支えてきた言葉。

--5年後、君を幸せにするよ。

約束は、今日この日を持って、果たされることなく終わりを迎える。

「いいですよ、別に。Pさんみたいに5年も待たせない、素敵な彼氏みつけてやりますから」

「そっか。でもアイドルだし、気を付けてくださいね」

「それ、あなたが言いますか? 恋人でもないのに手を出すし、宙ぶらりんのまま待たせるし、やっと言ったと思ったら5年後だし、揚句に自分の彼女をアイドルにしたと思ったらその日にえっちするなんて」

「うわ、うわ、すいません。勘弁してください」

「本当に悪徳プロデューサーですね。向こうで刺されるんじゃないですか?」

「やべ、どうしよう。美優さん、なんとかしてください」

「ホント、どうしようもない人ですね……しょうがないので、最後におまじないです」

「えっ……んっ」

驚く彼の顔に、震える唇で無理やりキスをする。

ほんの一瞬で離れてしまう、でもありったけの気持ちを込めて。

私を見つけ、輝く世界に連れて行ってくれた彼に、めいっぱいのハナムケを。

「あなただけの女神から、特別なおまじないです。無病息災、商売繁盛。でも副作用として、女神以外からは全く相手にされなくなります」

「なんです、それ。自分で女神って言っちゃってるし」

「いいんです。せいぜい遠くから、私の活躍を一人のファンで眺めていてください」

「……ああ、そうさせてもらうよ。これからは、一人のファンとして」

久しぶりに聞いた、私に向けられた砕けた口調。

『プロデューサーとアイドル』という関係にって、彼が使うようになった丁寧な言葉づかい。

それが今、取り払われた。

恋人でもなく、職場の関係も無くなり、残ったのは赤の他人同士。

あぁ。

終わっちゃったんだなぁ。

「さ、そろそろ時間ですよ。もう出なきゃ飛行機、間に合わなくなります」

「おっと、本当だ。じゃあ、もう行くな」

「はい。あ、外まで見送りとかはしないので、ここで」

「ひどいなぁ。……美優」

「はい?」

「今まで、俺を支えてくれて、ありがとう」

「っ、うるさい、さっさと出てってください」

「うん。それじゃ、またな」

「はい、さようなら」

追い出すように、平気な顔をして手を振って見送る。

玄関ドアが少しずつ閉まる。ゆっくり彼の姿が小さくなり、やがて完全に見えなくなる。

一瞬だけボーっとしてしまう。頭を振って無理やり意識を取り戻して、部屋に戻った。

「ふぅ。さて、後は段ボール取りに来てもらったら終わりね」

「あ、あの人ハンカチ忘れてる。まぁこれくらいなら勝手に買うよね」

「そういえば合鍵返してもらってないなぁ。すぐ引き払うし、別にいいかな」

「今日のごはんどうしましょう。荷物取ってきてもらってから作るのも面倒だし、外にいこうかな」

「そうだ。楓さんが行きたいところあるって行ってたっけ。連絡してみましょう」

スマートフォンを取りだし、ロックを解除。

待ち受け画面の写真は極力見ないようにしながら、電話ボタンを押す。

履歴にはある人物の名前で画面が埋まっていたので、すぐに連絡先を開いて「た」行から楓さんを見つけ発信する。

ほんのちょっとのコール音の後、やけに驚いたような声が電話越しに聞こえてきた。

「もしもし、楓さんですか? 今お電話大丈夫でしょうか?」

「私ですか? ええ、何もありませんし、大丈夫ですよ」

「ふふ、変な楓さんですね」

不思議と冷静な私が、高いところから自分を見ているような感覚がした。

電話越しからでもわかる無理やりなハイテンションに、私は身を任せるしかなかった。

「今日、お時間あります? 以前言っていた日本酒と煮物がおいしいお店、行けないかなぁと思いまして」

「ええ、今日です、今日」

「はい、お酒が飲みたいなぁと思いまして。いつもは避けたいところですが、今日はなぜか胸が張り裂けんばかりに、叫んでしまいそうです。ふふっ」

「え、何を言ってるんですか。いつも通りですよ。仁奈ちゃん大好きな美優お姉さんです」

「大丈夫ですって。あ、すいません、ちょっと待っててもらっていいですか? 業者さんが来たみたいです」

「あぁ、荷物を取りに来てくれたんですよ。今、家に段ボールが転がってまして」

「ちょっと出てきますね」

「……」

「お待たせしました。やっぱり5箱なんてあっという間ですね」

「はい。おかげさまで、だいぶ部屋がすっきりしました。余計なものがなくなったので、とってもいい気持ちです」

楓さんの気遣う言葉に、なぜだかひどく感情がささくれ立つ。

「……無理なんてしてませんよ。なに仰っているんですか」

無理してますよ。そんなことこっちだってわかってるんですから。

「だって、勝手に出て行ったんですよ? こっちが待っていたらいい気になって、気付いたら外国まで行って」

「何もかもあの人が始めたくせに、さんざん期待させておいて、私を置いてっちゃいました」

「ひどいですよね。男のクズですよ。あんな人のこと、みんなさっさと忘れちゃえばいいんです」

「……え? そうですね。私がこんなこというの、あの人だけです」

少しずつ強くなる私の言葉、口調に、楓さんもとうとう耐え切れなくなったようだ。

自分でもこれはまずい、と言うのはわかっていた。

でもしょうがないじゃないか。もう言う相手なんていない。

例えいたとしても、もう届きはしないんだから。

「だって。もう遠慮するような間じゃないですから」

「ホントに。遠慮せず、ついて来いって言ったら少しはましだったんですけどね」

「……なんで、勝手に行っちゃったんですかね?」

「私、これでもずっと待ってたんですよ。みんなから愛されるシンデレラにはなれなくてもいい。でも、あの人の隣にはずっといられると思って」

「知ってます? あの人、大学卒業の日に『5年後に幸せにする』とか言ったんですよ。そのくっ、そのくせ、5年後には一人で行っちゃいました」

「これは俺の夢っ、だとか、美優はみんっ、みんなのものだとか」

「そんっ、そんなこっ、は聞いていません。私は、彼の言葉っ、で、彼のものになぃ、なりたかったのに」

だんだん呂律が回らなくなってきたな、なんて、もう一人の私がとても冷静に分析する。

こうなってしまったら、もう止まらない。

「あれ、おっ、おかしいですね。うまくしゃべぇ、しゃべれないです。変だな。さっきまでだいじ、大丈夫だっぁのに」

「わたし、だいじょぉぶで、彼がいなくても、だぃょうぶで、あんなひぉ、あんぁ、ひどい、ひどいぃ、やさしぃ、彼と」

「彼とっ、いっしょにぃ、ず、ずっとぉ、だいぃらいぃ、大好きっ、なのにっ、置いてっ、待ってたぁ、ひどいっ、思い出っ、もっとぉ」

「アイドぅもっ、シンデぇラもっ、いらないぃ、彼さえいればぁ、Pさんが、Pさんがぁ」

「あぅ、うわぁ、おさけぇ、のみにぃ、うぁぁ、あとでぇぇ、だいすきぃ、あぁぁぁ、わたしぃ、Pさん、いなぅても」

「Pさん、いなくても、あ、あ、Pさん、なんぇ、なんで、Pさん、いなくぁるのぉぉ」

「うぁぁ、Pさん、いなぃ、どこ、あぁああああぁ、どうしてぇぇぇ、なんでいっちゃうのぉぉぉ!」

「うあぁぁぁああぁ! 大好きだったのにぃぃ! ずっと! ずっと一緒だと思ったのにぃぃ!」

「手を繋いで! お出かけして! えぐ、キスして! えっちして! ああぁ! 赤ちゃんできて! 子供育てて! 二人で支えあって!」

「ずっと一緒だと思ったのに! ずっと、じゅっと! ばか! 大嫌い! ふざけんな! 大好き! 一緒にいたかった!」

「うあああぁああぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」

意味不明な言葉ばかりを発ながら、ずっと我慢していたちっぽけなプライドが、8年間の思い出とともに崩れていった。

楓さん、本当にごめんなさい。

もうちょっとだけ、私のわがままに、付き合ってください。




「楓さん、皆様、この度は本当にご迷惑をお掛け致しました」

「いーのいーの! 美優ちゃんのガチ泣きなんてめったにないんだから、むしろいいもの見られたって!」

「あぅ」

「こら早苗、今日は傷心の美優を慰めるんだから、デリカシーのないこと言わないの」

「そうですよ。傷心の美優さんが焼身しちゃったらどうするんですか」

豪快な早苗さんの励ましに、瑞樹さんと楓さんがフォローをしてくれる。

ありがたい、と思う反面、あんまり傷心とか言わないで欲しいとも思う。というか楓さん、焼身って流石に縁起悪くないですか。

「でもびっくりしたわ、楓からのメッセージ。なにかと思ったらすごい慌ててるんですもの」

「ほんとね。瑞樹が真剣にスマホ見てるから何かなーって思ってたら、だんだん顔が真っ青になっていくんだもん」

「だって……美優さん、急に泣き出して、えっちとか赤ちゃんとか、ふざけんなとかいうんですもの」

「え!? なにそれちょっと詳しく話しなさい!」

「わー! わー! 楓さんそれ言っちゃダメですー!」

--あのあと。

私の様子が尋常じゃないことに気づいた楓さんが、電話しながら瑞樹さんにメッセージを入れて。

一緒にいた早苗さんと(飲んでいたらしい。楓さんと電話した時はまだ日が落ちていなかったはずなのに)3人で迎えに来てもらった。

皆さんが家につく頃にはかなり落ち着いたつもりだったのだが、顔を見た瞬間にホッとしてしまい、また号泣してしまったのだ。

皆さんにしがみつく私を、楓さんも、瑞樹さんも、早苗さんも、優しく受け止めてくれた。

「ま、無理もないわよねー。あれだけ事務所でラブラブオーラ振りまきながら、急にバイバイなんだもの。私ならシメあげてどこにも行けない体にしちゃうわ間違いなく」

「ホントね。あれで隠してたつもりなんだから、Pくんも美優もちょっと余裕かましすぎよね。むしろ見せつけてるのかと思ってたわ」

「べ、別に見せつけてたわけじゃ!」

「まぁまぁ、仲良き事は美しき哉、ですよ。私もかなり羨ましかったです。ふふっ」

「……ん? 今なにかダジャレ入った?」

「美しき哉、とかなりを掛けたんじゃないかしら?」

「楓ぇ……ちょっと無理やりすぎない?」

「無理やりでもなんでも、やり切ったもん勝ちです♪」

「もはやダジャレかどうかすらわからなくなったわね……まだ始まってもいないのに」

ひとしきり泣いて、落ち着く頃にはもう夜になってしまっていた。

もう大丈夫、という私に「まだまだ大人の時間は始まったばかりよ!」と瑞樹さんが切り出し、あれよあれよという間に外に連れだされた。

辿り着いた場所は、楓さんから言っていた日本酒と煮物が美味しいお店。

「そういえば、まだ注文してないんですけど、いいんですか?」

「いいのいいの、まだ揃ってないし……っと、来た来た」

「遅れましたー! ウサミン星から電車で30分! 安倍菜々、美優さんに元気を届けにやって来ましたよー☆」

「美優のはぁとをシュガシュガスウィート☆しゅがーはぁと到着でーすっ☆」

「待ってたわよしゅがみん。自爆要員とウワキツ要員がいないと、いつ自分がそっちに行くかわからなくて怖いのよね」

「ちょっと瑞樹さん! 夜に呼び出しておいてどういうつもりですか! 菜々はリアルJKだからもう寝る時間だったんですよ!」

「ウワキツ要員ってどういうことですか☆ いくら先輩でも健康的はぁとキックお見舞いしちゃうぞ☆」

「リアルJKが夜に居酒屋に呼び出されて、ちゃんと来るってどういうことよ……」

騒がしく文句を言いながら、ちゃんと席に着いてくれる二人。

「すいません、何やら巻き込んでしまって」

「何言ってるんですか美優さん☆ はぁとはいつだって恋する乙女の味方だゾ☆」

「ナナ、今日は皆さんと一緒に恋バナしたい気分だったんです!」

「私たち、まだ恋する“乙女”を名乗って良いのでしょうか?」

「楓。私たちはアイドルよ。だから間違いなく“乙女”なの。いいわね?」

「でも、美優さんはプロデューサーと」

「ちょっとおにいさーん! 生6大至急! 急いで! ホントに! 私たちのライフが0になる前に早く!」

慌てて注文する早苗さんを見ながら、さっきまでの空気が吹き飛んだことを実感する。

これでは落ち込む暇もないな、と思ったが、もしかしたら皆さんわざと明るく振る舞ってくれているのかもしれない。

本当に、アイドルになってよかった。

「さぁ! みんな揃ったところで早速始めるわよ! 今日は朝まで、無礼講でガンガン騒いじゃうんだから!」

グラスが到着した瞬間、瑞樹さんが立ち上がり、号令を掛ける。

流石は元アナウンサー。こういうのは得意なのだろう。

「乾杯はどうしますか?」

「そんなの決まってるじゃない。美優が私たち、キャピキャピ独身女子会の仲間入りしたことよ!」

「え! なんですかそれ! 嫌です! 今すぐ抜けます!」

「うるさいわね! 楓に助けを求めて今ここにいる時点でもう遅いのよ! はいカンパーイ!」

「「「「カンパーイ!!!!」」」」

「えぇ!? えぇ!? あーもう! カンパーイ!」

全員がダメージを受けるやけくそ気味な乾杯の音頭で、飲み会が始まった。

「さぁ、この中から一番の裏切り者はいつ出てくるのか……くっくっく、楽しみねぇ」

「な、ナナはJKだから大丈夫ですし! 確かにそろそろお母さんからの視線が痛いですが……」

「そうですねぇ。温泉とお酒にいくらでも付き合ってくれる人がいたら、私もとっぷり浸かっちゃうかもしれませんね」

「あ、美優ちゃんは新入りだから先輩より先に退会しちゃダメよ。いい人がいたら早苗お姉さんに紹介しなさい」

「……そんなのお断りです。今日は振られましたけど、すぐにいい人見つけますよ」

「お、美優が燃えてる! いいぞ、もっとやれ☆」

各々が、好き勝手に言いたいことをいい、注文したいものを頼んでいる。

まとまりなんてあったもんじゃないように見えるが、確かな絆を感じる。

「さぁーて! Pくんと美優のあんな話やこんな話、聞かせてもらいましょうか!」

「なにそれ! はぁと気になる~☆ 早く聞かせて! 聞かせろ☆」

私に群がる5人を見ながら、さぁどんな話を聞かせてやろうかと考えた。

今はまだ思い出すのはちょっと辛いけど、こうやって少しずつセピア色に染めていくんだろう。

忘れることは、きっと出来ない。

けれど、いつかは笑って、思い出せるようになると思うから。

「しょうがないですね。じゃあ、Pさんの知られざる性癖をお話しちゃいますよ」

「なにそれ超気になるんだけど! はやく教えなさい!」

「聖域に隠された性癖、ですね。ちょっとワクワクしちゃいます……!」

「な、ナナは今日、大人になっちゃうんですね……!」

「実はあの人、意外と責められるの好きで--」

いつかまた、会えると信じて。

あなたと過ごした日々とともに、私はきっとこの先も、アイドルとして、頑張っていきます。


以上です。題名は樹海というアーティストが出した曲名から頂きました。

中身もそれに関連しているのですが、他にも「letter」「勿忘草」という曲も若干混ぜています。

それにしても、SSって難しい……本当はSSご都合展開キャラの戦隊モノや悪魔っ子たちのオトナ向けも構想にあったのですが、気づいたら美優さんを泣かせたくなってました。

後悔はしていませんし、実はPと楓さんを混ぜたドロドロの話になる可能性もあった、なんてこともありません。

本当にできるかわかりませんが、上のふたつを作るとなったら台本形式なると思います。

皆さん、美優さんに声がついても泣かせたいなんて思っちゃダメですよ!

感動したと思ったらこれだよ!

歪みない愛すき。
おつ!

>>1
ふざけんな
マナーくらい守れや
それが出来ないなら書くな

読んでて辛かったけど面白かった
おつ

続編が出来るなら是非とも読みたい
私はそう思った

乙乙

戻ってきて欲しいようなそうでないような

ダメだな
まるでなってない

樹海好き

タイトルが「ハナゲのメロディー」に見えて鼻毛真拳SSかと

糞SSですね

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