一ノ瀬志希「深層心理」 (30)
アイドルマスターシンデレラガールズ。一ノ瀬志希のSSです。
地の文あり。
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目が覚めると。と言うと語弊があるかもしれない。
気が付いたらというのが正しいの、かな?
目の前には薄暗く、深い森が広がっていた。
ご丁寧に人一人が入れそうな入口まで用意していて、これはあたしを歓迎しているんだったらいいんだけどね。
分かりやすいように、ウェルカム志希ちゃんとでも横断幕やら作ってくれればいーのにーなんて。
ニャハハと笑った声は寂しく宙にこだまをして、消えていった。
ひとまず両手の指に傷が無いか探す。
少し汚れが有るだけで、針が刺さっていたような傷は無い。
どうやら百年の眠りから覚めた訳じゃなくて一安心する。
「だからって何かが解決したって訳じゃないよね~」
まぁ、どちらにせよ進まなきゃどうにもならないよねという気持ちで森の入口へと踏み出していく。
森の中は光が射してこない為か、外で見たときよりも一層、不気味な雰囲気が醸し出されているけどそんなの志希ちゃんには関係なーし。
所々に落ちている物を拾い上げ眺めてみると、それはどうやら今までのアイドル活動の中で使ってきた小道具や、撮影器具の様だった。
白衣はともかく、桃色の液体が入っていたフラスコ……etc。
それらが事務所の倉庫よろしくグチャグチャになって散らばっていた。
その中から適当に選んだいつぞやの西部公演に使ったリボルバーの銃を拾い、クルクル~っと中指を主軸にガンスピンをキメてみる。
うん。腕は相変わらず衰えていないよね。
安全装置をカチャリと外し、適当な方向へ向けて撃ってみる。
撮影用に使った奴とは違い、耳が破裂するような炸裂音を響かせながら構えた腕が反動で吹っ飛ぶ。
「おおう、びっくりした~」
弾の飛んでいったと思われる方向を見ると、木にかかっていた時計にヒビがはいっていて時間が止まってしまっている。
あちゃーと思いながらも、ルイスキャロルの物語に出てくる兎が持っていそうな懐中時計の蓋を閉め、どこかにいる持ち主にゴメンナサイをする。
ふと、周りを見渡してみる。
右を向けばかんかん照りの日差しが差し込み、砂と塩……つまり海の匂いがしている。
左を向けばしんしんと雪が降り積もっており、こんな薄着じゃ今にも風邪を引いてしまいそうだ。
まっすぐを向けば、桜の花が舞い散っており森の緑と相まってビビッドなピンクがより目立つ。
今更ながらおかしな所へ来てしまったなぁと思う。
トリップするのは好きだけどまさかこんな所まで飛んでいくとは思わないって。
流石にここが死後の世界であたしは第七天に導かれた訳では無いだろうし。
そんなことを考えてたら向こう側から近付く足音とあたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「まさかキミまでこんな所に来るとはね」
やれやれという風にあたしの元へとやってきたプロデューサーに言葉を投げかけると、残念ながらとでも言うようにプロデューサーが、逆だよと答える。
「逆?」
「そう、僕は元からここに居た。志希がこっちへ来たんだ」
イマイチ要領の得ない答えに納得しかねるけどこればっかりはどうしようもない。
大方の予想はついていた、こんなおもちゃ箱をひっくり返したような奇妙奇天烈なこの場所は……
「まぁ、夢だよ」
顎をさすりながらプロデューサーが答える。
これにはフロイト先生も困惑しちゃうのかなぁ……ひとまず何でもかんでも男根の象徴! なんて言ってたりして。
「なら覚めるまであたしは待っていればいいの?」
「だといいんだけどなぁ」
ちらりとプロデューサーが、木にかかっていた時計を見てみる。
「これが正常に動いていれば時間通りに起きれた筈なんだけど」
「ごめん。あたしが銃で撃ち抜いちゃった」
えへへと笑ってみるけどプロデューサーの表情は何一つ変わらない。
「まぁ、一分遅れてる時計と全然動かない時計だったら後者の方が正確だし~」
「この時計はもともと遅れてなかったけどな」
おっと、これは一本取られてしまいました。
ありすちゃんみたいな論破を彷彿とさせますね。
「なら、どうしようか。覚めない夢の中であたしとずっと一緒に居る?」
「別に構わんがそれで良いのか?」
キミが居るなら退屈はしないだろうと思ったけど……
「キミってオリジナルじゃないよね」
あたしの言葉にプロデューサーは深く頷く。
……結局そうか、このプロデューサーは他の小物と同様、あたしの記憶の中にある部品を無理矢理つなぎ合わせただけのレプリカ。
そうなると、今ここに立っているあたし自身のアイデンティティも怪しくなってくる。
あたしもレプリカと同じ、水槽の脳とでも言うような、寝ているあたしが作り上げた夢の世界の住人なのかもしれない。
考えれば考えるほどこの世界が気持ち悪く見えてくる。
これにはユング先生もお手上げだよ。
さっきまで、この夢は望んだことを見ていた補償夢だと思ってたけど違うよねって。
ここには発見がない。
あたしが今まで見てきたものばっかりなんだから当然と言えば当然なんだけど。
こんな所で退屈のままずっと生きていくのも嫌だし、やっぱりあたしは刺激が欲しい。
アイドルとしてまだ見ぬ領域へと登りつめたいし、なにより本物のキミをもっと実っけ……観察したい。
足元に落ちていた銃を拾い上げ、自分のこめかみに……いや、それじゃあ確実じゃないってなんかで聞いたことがある気がする。
口をあけ、銃口を口蓋垂に突きつける。おえっ。
走馬灯のように記憶の中を歌が流れている。
今まであたしは沢山の歌を歌ってきたんだなって。
いや、待って。そんな昔の事でも無かったな。うっかりうっかり。
引き金に掛けた指が震える。
開けてた口の中が渇いてきた。
そのわりに服の中は嫌な汗でじっとりと濡れてる。気持ち悪い。
次はホンモノのキミに会えるといいな。
心で決めたと同時に指に力が籠る。
バイバイ。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「……」
「おはよう。志希が自分で目覚めるなんて珍しいな」
最悪の目覚めに飛び込んできたその声は、ドクンドクンと煩わしいあたしの胸の動悸を少し抑えた。
白衣の下のタンクトップはさっきまでと同様、汗ばんでいて気持ち悪い。
ここは事務所で、あたしはソファーの上に居た訳だから今までのは夢だって確信は持てたけど、どうしても確かめたいことがある。
例え好奇心が猫を[ピーーー]としても。どうしても。
「キミは、ちゃんとキミだよね?」
「どうしたいきなり……もしかして哲学的な話……?」
近づいてペタペタと顔を触ってみる。匂いを嗅いでみる。
ついでに頬をつねってみる。
「いひゃい。なんえ」
「なんとなく~」
手を離してにゃははと笑ってみると、プロデューサーも赤くなった頬をさすりながら口元にには笑みが広がっていた。
「キミってM?」
「そんな訳無いだろ」
だったらなんでとあたしが聞こうとするのを遮り、志希だってなんだかご機嫌じゃないか、いい夢でも見たか? と尋ねくる。
正直、自殺する夢だなんて二度と御免だけど、そのお陰であたしが生きていたことを思い出せたので良かったということにしておこう。
何はともあれプロデューサーがあたしの望んでいない言葉をかけてきたのだからそれで良いんだ。
「助手君。疲れた」
「寝てたのに?」
「寝てたからだよ」
ならちょうどいいと、プロデューサーが冷蔵庫からお皿を取り出す。
「ほれ、糖分だ」
「……なにこれ?」
お皿に乗っていたのはなんて事ないイチゴの乗ったショートケーキ。
プロデューサーは和菓子の方が好みだから、おやつは大抵あんことかそんなんばっかり。
だからこそキョトン。と口に出してこれをあたしに寄越した意図を聞いてみるとプロデューサーは、ああやっぱりといった表情であたしを見つめる。
「自分の年齢も忘れてたぐらいだもんなぁ……」
年齢……ケーキ……?
記憶の奥底に何か引っ掛かるものがあり、急いで振り向けば時計の針は十二時を指していた。
途端にさっきまで「明日」だったものが段々と「今日」に塗り変わっていく。
五月の三十日。思わずなるほどと口から零れていた。
それを聞いたプロデューサーがやれやれという風に、あたしにフォークを渡す。
ケーキの先端を縦に切り、口元へ運ぶ。
懐かしいような甘味が広がる。
お腹が空いていたであろうキミにもついでに少し分けてあげよう。
「ほら、あーん」
「あーんって子供じゃないんだからさぁ」
「そうだね、未成年の子供を日を跨ぐ時間まで事務所に居させる悪い大人だもんね」
「一人で帰して家に戻らない方が困るからな。ちひろさんには許可取った」
それ食べたら帰る準備をするぞとプロデューサーが懐から何かを取り出す。
渡された小箱のリボンを解くと中からいつか夢で見た懐中時計が中に入っていた。
残念ながら銃弾は貫通しておらず、カチコチと一定のリズムを刻んでいる。
あの夢はきっと自分の時間を止まらせないようにという暗示だった……のかなぁ? と思ってみることにする。
ケーキを食べ終え、上着に袖を通し事務所のドアを開ける。
息を深く吸うとペトリコールとジオスミン。大気中の埃と湿気の匂いが鼻に飛び込んできた。
もうすぐ、梅雨が始まる。
隣にいたプロデューサーに向かって手を差し出すと、少し照れながらその手を重ねる。
次の仕事は北海道でよさこいだそうで。
まぁひとまずは。
ハッピーバースデーということで。
短いですが終わります。
書き始めから終わりまで、なんだこれと言いながら書いてました。なんだこれ。
とにかく誕生日おめでとう!
過去作ですが志希の話なのでどうぞよしなに。
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