新田美波「ミーナミン! キャハっ☆」 (34)
・シンデレラガールSS
・世界線はモバマスとデレステが混ざっています
・三人称地の文メイン
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正直、不安はあった。
美波は心配半分感心半分で、愛梨の仕事ぶりを熱心に見つめている。
カラフルな装飾が施されたメイドカフェ風の撮影現場。
パンケーキの焼ける甘い匂い。
愛梨の楽しげなハミング。
文字通りの甘い空間。
料理姿を撮られているときの愛梨は、普段の姿からは想像もつかないほどに手際が良い。
美波にしても、母親からの花嫁修業により料理も一通りできるようになっている。
だからこそ、ちょっと悔しい、とか、今度教えてもらおうかな、とか持ち前の負けず嫌いと好奇心を抱えながら観察している。
たしかに愛梨のテキパキとした動作は目を見張るものがあった。
体に染み付いている、という表現がぴったりである。
調理の一連の流れはしなやかに踊るようで、愛梨も楽しいのか、歌を口ずさんでいた。
「わたしだけの特権、特権、特権ですっ♪」
先日の愛梨のメイド喫茶体験レポも、美波のメイド衣装グラビアも、どちらもその月の雑誌の売れ行きに大きく影響を与えるほどに評判が良かった。
その結果を受け、アイドル雑誌の編集部から今回はその二人での撮影の依頼が来た。
美波は前回、服のファスナーが噛んでしまった挙句プロデューサーに恥ずかしい姿を見られたり、終いにはなぜかドSメイドの恰好をさせられたりしたせいで、メイド関連の仕事に対し若干身構えていた。
しかし、今回は正統派メイド服だけの撮影と聞いて、胸を撫で下ろしていた。
それでも、露出の多い衣装はもう慣れたしまったらしいが、コスプレの類いはまた緊張の度合いが違うらしい。
美波が現在着ているのは、シンプルなヴィクトリアンメイド型で、濃紺のロングスカートのワンピースに白いエプロン、頭にメイドキャップ、スカートの下は黒のパンストにハーフブーツと肌の露出が少なく、西洋貴族に仕える家政婦を彷彿させる。
対して愛梨の衣装は、前回のメイド体験で着たような、まさしく『コスプレ』と言えるフレンチメイド型。
短いスカート、ガーターベルト付きニーソックス、エプロン、袖口、カチューシャなどに過剰なまでにヒラヒラとした白のフリルをあしらい、少し胸元を開けてあざといまでの可愛らしさを全面に押し出している。
※ ※ ※ ※ ※
二人合わせての撮影も、各個人での撮影も滞りなく終了し、着替えを残すだけとなった。
ちなみに美波の撮影は歴史ある洋館をイメージしたセットで行われ、紅茶を煎れる美波の姿はまるで当時の家政婦がそこにいるかのような錯覚を起こし、カメラマンから絶賛された。
二人は休憩用のパイプ椅子に腰掛けて一息つき、美波は今回はアクシデントなく終われたことに安堵していた。
周囲は片付け作業に入り始め、スタッフ達が右へ左へと忙しなく動いている。
「愛梨ちゃんがさっき歌ってたの、『絶対特権主張しますっ』だっけ?」
「あ、そうなんです。私、気に入っちゃて、つい口ずさんじゃうんです」
「うん、テンポが良くて楽しい歌だよね。それに歌詞と、5人の可愛い雰囲気がすごく合ってると思うよ」
「収録も楽しかったですよ~。みんなで打ち上げもしましたし」
「打ち上げ……うん、そっちのメンバーは平和な打ち上げになりそうでいいね」
美波は遠い目をして、いつしかの打ち上げの惨劇を思い返していた。
美波と愛梨は事務所もプロデューサーも同じであるが、仕事で共演するのは初である。
普段の天然ぶりや脱ぎ癖を見ていると、事前に対策をとっておいた方が良いかもしれないと思っていた。
プロデューサーに相談をしたときは
「ああ見えて、愛梨はしっかり自分で考えてるから大丈夫だ」
藍子と買い物に行ったときに聞いてみれば
「愛梨さんと美波さんならきっと大丈夫ですよ」
と、やや肩透かしな返事をされてしまった。
とはいえ、自分達が信頼されているということだろうし、美波よりも愛梨を知っている二人の意見であればおそらく正しいのだろうと思うことにした。
実際、仕事に関して愛梨は特に問題がなく、美波の不安は杞憂に終わった。
撮影現場はまだ指示が飛び交っているが、徐々に機材は減りつつある。
プロデューサーは少し時間が取れたようで、二人に声をかける。
「美波、愛梨、お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「あっ、プロデューサーさん! お疲れさまですっ!」
「二人とも、バッチリ撮れてたぞ! 最高だ!」
「良かった……。今回は変なこともなく終われました」
「わー、嬉しいですっ! じゃあ、プロデューサーさん、ご褒美、貰えますか?」
プロデューサーは「はいはい」と、慣れた手付きで愛梨の頭をぽんぽんと撫でる。
「ああっ、でもっ! 今日の私はメイドさんでした!」
ぶんぶんと擬音が付きそうな勢いで愛梨は体ごと首を左右に振る。
「だから今日は、頑張ってくれたプロデューサーさんに、私がご奉仕します!」
「ほほう」
「あれ? でも、ご奉仕って何をすればいいんでしょう?」
「大丈夫、愛梨のその気持ちだけで俺は頑張れるよ。ありがとう」
くしゃっ、と愛梨の前髪を優しく撫でる。
えへへっ、と童顔の愛梨がさらに幼く見える笑顔を見せる。
美波から見れば、愛梨はまるで恋する乙女の表情だ。
普段から愛梨とプロデューサーは物理的に距離が近い。
きっとパーソナルスペースが自分とは異なるのだろうと、ざわつく心を強引に納得させていた。
プロデューサーは何かを感じ取ったのか、急に美波の方に顔を向けると、美波と目が合った。
「ああ、愛梨だけ撫でるのも不公平かな」
「美波ちゃんもプロデューサーさんに撫でてもらったらどうですかー? あったかい気持ちになりますよ?」
「い、いえ。私はいいです」
どきり。
不意打ちに対して心臓が高鳴る。
(もう……人の気も知らないで!)
美波がその気持ちを隠しているのだから気付かれないのは当たり前ではあるのだが。
そもそも撫でてもらうなんて、そんな年齢でもない。
とはいえ愛梨だって一つしか違わないが。
あるいは、つい最近まで両親と暮らしていて、今は一人上京していることから、もしかしたら寂しいのかもしれない。
そんな言い訳じみたことを美波は勝手に思っていた。
なおもプロデューサーは愛梨の肩をぽんぽんと叩き、スキンシップを取っていた。
「愛梨は今日も可愛いぞ」
「ほんとですか? ありがとうございますっ! プロデューサーさんは、メイド服は好きですか?」
「好きだ。大好きだ」
プロデューサーの潔すぎる発言に美波は眉をひそめる。
「やっぱりプロデューサーさんの趣味だったんですね、これ」
「それは否定しない。だが前回はちゃんと好評だったし、ファンから求められていることは間違いない」
「はぁ……。まあ、これも仕事ですから」
「今回だって完璧だったぞ美波! ヴィクトリアンなメイド服を着こなせる女の子はそうそういない!」
「そうですね~。しっかり者の美波ちゃんにぴったりで、大人っぽいですよね」
「は、恥ずかしいです……。でも、ありがとうございます」
『アイドル』として、どう見られているか、何を求められているか。
しっかりもので優等生。
それなのに、ふとした瞬間色っぽい。
商品としての需要と供給。
異性から『そういう』目で見られるのは仕方ないものだと、弟を見ていればわかる。
むしろそれはアイドルとしては武器だろう。
それでも、何か、もやもやが残る。
プロデューサーは少し現場に戻るそうで、美波と愛梨は残された。
美波は愛梨を改めてまじまじと見る。
「美波ちゃん、どうかしましたか?」
「ああ、ごめんね。じろじろ見ちゃって。えーっとね、メイド服もそうだし、愛梨ちゃんって可愛いなって思って」
「そうですか? えへへっ、ありがとうございますっ!」
女性から見ても、愛梨は可愛らしい。
「でも、私自身が可愛いって、自分じゃよくわからなくて」
愛梨は人から見られることに無頓着で、それがかえって魅力にもなっている。
「だから、プロデューサーさんに、可愛いって言われると、本当にそうだと思えてきちゃうんですよねっ」
こういうことも嫌味なしに言えるのが愛梨の凄さ。
そして、愛梨は可愛いと、口にしたことで美波にはわかったことがあった。
(そっか、私は、プロデューサーさんに『可愛い』って言われたいんだ)
可愛いって褒めて貰えたり、可愛いがられるのが、羨ましかったんだ。
「美波ちゃんも、ためしにこの形のメイド服を着てみたらどうですか? たしか予備があったような……」
「うーん、私には、似合わないんじゃないかな」
適材適所。
わかっている。
それと同時に、今更ながら、悔しい。
自身に強いイメージを持たれているというのはアイドルとして長所であるが、なんだか自分の可能性を閉じられているようで、釈然としない。
「美波ちゃんなら、大丈夫ですよ。ほら、美波ちゃんってファンタジーな服で撮ったプロモーションビデオとか、なりきってる感じがすごいじゃないですか」
「あ……そうだね」
たとえば幻想的な舞台、異世界の住人になれそうな衣装。
そんな仕事のときは、美波は女神のように、戦乙女のように、その『役』になりきることで雰囲気を演出していることが多かった。
「衣装が美波ちゃんを作るんじゃなくて、美波ちゃんがなりきっちゃえばいいんですよ」
「なるほど。いつもの撮影の応用と思えばいいんだね」
そう考えると、抵抗感は少し減った。
「愛梨ちゃん、メイドになりきるってどうすればいいかな」
「菜々ちゃんの真似、とか?」
「あれは……17才って設定でやるから許されるものだと思うよ……」
「設定?」
「ううん、なんでもない」
「ひとまずメイド服を着て、プロデューサーさんに見せに行きましょうっ!」
「えっ」
「メイドといえばご主人様が必要ですね。ご主人様役の人がいれば、美波ちゃんもその気になるかもしれませんっ」
「そうかな…?」
渋る美波に、愛梨はにこにこと微笑んでいる。
「へー、意外ですね」
「?」
一点の曇りもない笑顔で愛梨は言葉を投げ掛けてきた。
「美波ちゃんでも、できないことってあるんですね」
美波を動かすには十分な一言であった。
美波の表情から熱が消え、それは内なる熱へ変わる。
愛梨の言動が天然によるものか計算によるものかは美波に知る由もない。
天然であれば無意識に人の心を揺さぶる才能であるし、計算であればそれに嫌みを感じさせないコミュニケーション能力の才能であるが美波にとって今はどちらでも良かった。
※ ※ ※ ※ ※
どうしていつもこんなことに。
美波は心の中で頭を抱える。
もしかしたら自分は流されやすい人間なのか。
生徒会のときだってそう。
頼み事は断れない質だし、他人が困っているのは放っておけない。
アイドル活動だってそう。
プロデューサーが持ってくるセクハラじみた仕事も、なんだかんだ人生経験だと楽しんでいる。
では今現在の状況は?
フリフリのメイド服を着るなんて一生ないと思っていた。
太股と胸元が妙にスースーする。
愛梨に乗せられたとは言え、勢いで着てしまったのだからもうどうしようもない。
あまり出歩くわけにもいかないので、控え室でプロデューサーが帰ってくるのを待つ。
愛梨は家で焼いてきたというアップルパイを鞄から取り出していた。
「個人的~感情で~近づくの~♪」とまたしても呑気に歌を口ずさんでいる。
しかし今の美波はそれどころではない。
とはいえ、ここまで来て辞めるというのも癪なので、腹をくくることにした。
椅子からすっと立ち上がり、息を吐いて臍の辺りに力を入れる。
例え流されて始めたことであっても、そこに決意と行動が伴えば、それは意思である。
そして、まるで示し合わせたようなタイミングでノックの音がして、古びたドアノブが捻られる金属音と共に扉が開く。
それは新しい世界の扉か、地獄の門か、あるいは。
「おお!? 美波!?」
「ええっと……」
プロデューサーは目を見開いている。
さあここだ。
考える時間は与えない。
一歩進め。
新しい自分に近づくために。
目の前の人の、心動かすために。
「キュピーン☆ ミナミンパワーでメルヘンチェーンジ! 目をそらすのは、許しませんっ」
手の汗が尋常じゃない。
舌の粘膜が渇く。
唇が震えるけれど、笑顔で押さえ込む。
プロデューサーは。
能天気で、いつも無茶ぶりをしてくるプロデューサーは、自分を否定されるのは怖くないのだろうか。
彼はいつもこんな気持ちで、新しい可能性を探しているんだろうか。
心を擦り減らしてまで、アイドル達が輝くことを願っているのだろうか。
だからこそ彼の存在は、こんなにも眩しくて、こんなにも自分を奮い立たせてくれるのだろう。
「お疲れ様です、ご主人様♪ ミナミンはぁ、ミナミン星から来たメイドさんなんですよぉ♪」
さあ演じろ。
その世界に入り込めるのは、役になりきれるのは、美波のアイドルとしての長所。
表情で、体の角度で、腕のキレで、横ピースの位置で、宇宙一可愛いメイドを演じろ!
「せーの、ミーナミン! キャハっ☆」
ああそうだ。
このドキドキ感だ。
しっかりもので優等生。
そんなイメージを自らの手で壊すのが、こんなにも甘美なことだとは思わなかった。
まるでかさぶたを引っぺがすように、痛くて、痛くて、痛いのに。
不思議な開放感。
刹那的快感。
不思議と笑みが溢れてきて、伝播するようにプロデューサーも目を輝かせる。
「可愛いっ!」
とてもまっすぐで、キラキラした目だ。
アイドルを信じて、自身を信じて、夢を信じている、いつもの目だ。
どんな仕事をさせられても、美波が結局許してしまうのは、この目のせいだ。
どうしようもなく惹かれてしまうのは、この目のせいだ。
プロデューサーは、これは美波の新しい可能性だ今まで気付けなかったのが悔しいし美波にも申し訳なかったディレクターとちょっと話してくるから待ってろ、と早口に捲し立ててから部屋を飛び出していった。
プロデューサーに気圧され、棒立ちしていた美波と愛梨は顔を見合わせると二人同時に、くしゃっと笑った。
「愛梨ちゃん、背中を押してくれてありがとう」
「上手くいって良かったですっ! 美波ちゃんすごい! プロデューサーさんも、びっくりしてましたね」
「ふふっ。いつもびっくりさせられてるから、お返しだね」
「とーっても可愛いかったですもんねっ!」
「ありがとう、愛梨ちゃん」
未知を既知に変える瞬間。
知らない景色が見えた瞬間。
このドキドキ感が、たまらなく楽しい。
体にはまだ熱が残る。
これからももっと、ドキドキしたい。
願わくばその隣には、プロデューサーがいて―――
「美波ちゃん、本当に可愛いかったんですよ。まるで、恋する女の子みたいでしたっ」
「えっ」
急に核心を突きながらも、含みを持たせるような言い方。
愛梨の雰囲気は無邪気そのものであったが、美波は表情が固まる。
「あ、でも~」
愛梨は一旦言葉を切って、両腕でバツを作る。
ライブでもお馴染みの可愛いらしい振り付け。
そして、時折見せる、その小悪魔っぽい表情は多くのファンを魅了してきたのだろう。
美波は言葉が出なかった。
美波は愛梨の次の言葉を聞いてはいけないような気がした。
それでも、愛梨の柔らかな唇がしなやかに続きを紡いでいく。
「プロデューサーさんに、個人的感情で近づくのは禁じます! なーんちゃって、ふふっ」
ぞわり。
美波の火照っていた体が一瞬で冷え、汗が引っ込む。
このタイミングで、その歌詞を引用する意味とは。
やんわりとした牽制なのか。
さらには歌詞に沿うのであれば『優しい言葉をかけてくるから』『嬉しくなって勘違いをしただけなのバカね』とでも言うのか。
それを意識的にやっているのか、無意識でやっているのかすら分からない。
何か得体の知れないものに触れてしまった。
美波は乾いた口から、なんとか声を出す。
「……あはは。そうだね、愛梨ちゃん。プロデューサーさんは、みんなのプロデューサーだもんね」
「そうですよ。私達にとっては、プロデューサーさんは一人しかいないんですから」
果たして美波の考えすぎ、だろうか。
「お仕事のあとは、おやつが美味しいですよっ! せっかくですからアップルパイをプロデューサーさんと一緒に食べましょうっ!」
なんという屈託のない笑顔。
『会いたいから焼いたのアップルパイ』のフレーズが頭をよぎる。
愛梨はしっかり自分で考えている、というプロデューサーの言葉を美波は思い出していた。
アップルパイの甘く香ばしい匂いが嗅覚を刺激しているのに、口の中は苦い唾液の味がしていた。
だけど、ここで立ち尽くすわけには行かない。
足の指にぐっと力を入れると、視界がクリアになる。
新しい世界を見ようとするということは、見たくないものまで見えてしまうということ。
例えば誰かの意外な一面。
例えば自分の弱い一面。
あるいは、現状というガラスの檻を抜け出すために、傷を伴うかもしれない。
それでも、進み続けるその先に、ドキドキが待っていると信じている。
「『果てなく秘める恋ならば歌えぬ歌と同じ』。なんてね」
「え? 美波ちゃん、何か言いました?」
「ううん。それより愛梨ちゃん、今度お菓子作り教えてくれない? 挑戦、してみたくなっちゃって」
おわり
読んでいただきありがとうございました。
この二人の組み合わせが公式非公式でほとんどないことに驚いています。
過去作。
本作とは関係なく、別の世界線のお話です。
愛梨「好きだらけ?」
新田美波「時の蝕み」
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