結城晴「文香の怪奇帳・あいくるしい」 (81)

あらすじ
ずっとずっとあいしています……その気持ちの行方はどこかしら。


文香の怪奇帳・第3話
設定は全てドラマ内のものです。
グロ注意。

それでは、投下していきます。


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臆病な私の手を、あなたは引いてくれた。

あなたは、子供の小さな世界を広げてくれた。

太陽のように朗らかな、あなた。

優しい、あなた。

将来の夢を語る、あなた。

誰かの味方になりたい、あなた。

あいくるしい、あなた。

あなたへの気持ちが何かを知るには、出会った頃は幼過ぎました。

あなたのおかげで、私は変わりました。

あなたが連れて行ってくれた場所が、私の大切な場所になりました。

あなたが語った夢が、私の夢にもなりました。

あなたが進んだ道を、私も歩きたいと思いました。

あなたの背中を見ながら、ずっとずっと歩いてきました。

月日は経って、私はあなたよりも背が高くなって。

離れた時もあったけれど、今はあなたの近くにいられます。

あなたの夢の途中を、傍で見ていられます。

そして、私はあなたへの気持ちの正体を知ることが出来ました。

でも。

知ってしまったから、私はこの気持ちを伝えられません。

この気持ちは、あなたの夢には……悪いものだから。

本当のことなんて、言えません。

私は、あなたのために言えない。

あなたの夢のために、言えません。

あなたの夢は私の夢でもあるから、伝えられません。

伝えても、楽になるのは私だけ。

本当の自分をさらけ出せないのは、辛いけれど。

あなたに届かない場所で、気持ちの吐露をして、自分と折り合いをつけて。

私は、平気です。

あなたが笑顔なら、笑っていられます。

優しいあなたは、きっとわかってくれるから。

きっと、私の立場になって考えてくれる。

いつも通り、笑ってくれる。

だから、言っちゃいけないんです。

だって。

だって、あいしてるから。

あいしてるから……くるしい。

序 了





古書店・Heron

鷺沢文香「志乃さん、あの……」

柊志乃「どうしたの……これはまだ文香さんには早いわ」

文香「実家の日本酒ですか……」

志乃「ええ……試作品らしいわ。誰かと試飲しようと思って……」

文香「飲み過ぎにはお気をつけて……」

志乃「話を逸らしちゃったわね……どうしたの」

文香「……晴ちゃんのことなのですが」

志乃「……ごめんなさい」

文香「謝ることでは……私が、原因ですから……」

志乃「変わった様子が、あったのかしら……」

文香「朝までは平気だったのですが……」

志乃「仕方がないわ……小学生には強すぎる毒だわ」

文香「……隠していたのが、いけないのでしょうか」

志乃「そうは思わないわ……」

文香「……」

志乃「話してみましょう……」

文香「……ええ」

4/12



翌朝

古書店・Heron

結城晴「……」

志乃「あら……晴ちゃん」

晴「げっ」

志乃「げっ……?」

晴「おはよう、志乃!オレ、学校に行くからな!」

志乃「ええ……行ってらっしゃい」

晴「じゃあな!」

志乃「……あからさまに避けなくても」

文香「晴ちゃんの声がしたような……」

志乃「先に……行ったわ」

文香「……置いて行かれてしまいました」

志乃「……ええ」

文香「どうしましょう……」

志乃「どうしようもないわ……逃げられたら」

文香「……行ってきます」

志乃「いってらっしゃい」

文香「……」

鷹富士茄子「おはようございますー」

志乃「おはよう……」

茄子「あれ?文香さんは、何か悩み事でも?」

志乃「ちょっと、ね……大丈夫よ、ありがとう」

茄子「そうですか?」

志乃「朝に来るなんて、珍しいわね……何か、あったの?」

茄子「はい。文香さんにお知らせしようと思ったのですけれど」

志乃「事件かしら……」

茄子「悩み事があるようなので、私の方で頑張ってみますね」

志乃「これまでとの関係は、ありそうかしら」

茄子「わかりません。私も今から現場に行くところなので」

志乃「そう……」

茄子「それでは、失礼しますね」

志乃「ええ……」

志乃「……」

志乃「参ったわね……」



喫茶・St.V

茄子「おはようございます」

片桐早苗「茄子ちゃん、おはよう」

茄子「お疲れ様です。状況は」

早苗「見てもらった方が早いわ。発見されてから、まだ30分も経ってないもの」

茄子「わかりました。被害者はどちらに」

早苗「あそこのブルーシートの下。テーブルに突っ伏してるわ」

茄子「お店の中、なんですか?」

早苗「そうよ」

茄子「南無阿弥陀仏、失礼します」

早苗「被害者は、相原雪乃」

茄子「ここのマスターですね」

早苗「死亡したのは、今夜。従業員が帰ってから、今朝出勤してくるまでの間」

茄子「遺体に暴行された様子はありませんね。犯人は男性じゃないのでしょうか?」

早苗「どうして、そう思うの?」

茄子「だって、男性なら雪乃さんを滅茶苦茶に出来るなら、したいと思いません?」

早苗「へ?」

茄子「冗談ですよー。性的暴行に性別は関係ありませんから。でも、暴れた形跡はほとんどありませんね」

早苗「え、ええ、そうね」

茄子「外傷もないみたいですね。死因はなんでしょう?」

早苗「なんらかの毒物じゃないかしら。そこにビンがあるでしょ?」

茄子「これですか?小さくてカワイイ」

早苗「無色透明の液体が入ってるわ」

茄子「紅茶もありますね。冷えてます」

早苗「毒物を飲んだのが死因ね、私のぱっと見だけど」

茄子「毒物は残ってそうですね。鑑識次第でしょうか?」

早苗「そうね。直ぐに来てくれるわ」

茄子「ふーむ。荒らされた様子もなければ、侵入したわけでもなさそう」

早苗「ええ。目的は強盗じゃなくて、殺人だった」

茄子「まずは、聞き込みでしょうか。私、探してみますね」

早苗「お願い。でも、聞き込みの前に」

茄子「前に?」

早苗「第一発見者には会っておいて。ここの従業員よ」



北苗小学校・教室

晴「……」

橘ありす「晴さん」

晴「……」

ありす「晴さん!」

晴「わっ、なんだよ、橘。驚かせんな」

ありす「次の授業、理科ですよ。移動しないと」

晴「次郎の授業か」

ありす「次郎じゃありません。山下先生です」

晴「はいはい、わかってるよ」

ありす「まったく。どうしたんですか、ぼーっとして」

晴「そんなつもりないんだけど」

ありす「してます」

晴「してない」

ありす「してます」

晴「……してるかもな」

ありす「何か、あったんですか?話くらいなら聞きます」

晴「なぁ、橘」

ありす「なんですか?」

晴「むこうの橘と今の橘が、入れ替わってないのを証明できるか?」

ありす「何言ってるんですか?」

晴「いや、忘れてくれ。そろそろ行かないと遅れちまう」

ありす「え、はい」

晴「そんなこと気にしても仕方ないよな。うん、そうだよな」

ありす「……」



喫茶・St.V

茄子「昨日、お二人が帰ったのは何時ですか?」

槙原志保「えっと、営業終了が8時だったから……」

安部菜々「9時ぐらいでした」

志保「そうです!昨日の後片付けをして」

菜々「みんなでお夕飯を食べて」

志保「いつも通り、お別れしました」

茄子「ふむ。その時まで、雪乃さんはご無事だったのですか?」

志保「もちろんです」

菜々「お巡りさん、もしかして、ナナ達を疑ってるんですか!?」

茄子「疑ってなんかいませんよー。私は犯人を目撃した人を見つけたいだけ、です」

志保「どうして、マスターが……」

菜々「わかりません……恨まれるようなこと、あるはずないのに」

茄子「それは、私も知っています。閉店後の行動はわかりますか?」

志保「わかりませんけど、出かけてないと思います」

菜々「マスターのおうち、ここの2階なんです」

茄子「そうなんですね。先ほど、お夕飯を一緒に食べたと」

志保「はい。だから、出かけてはいないと思います」

茄子「誰かと会う約束をしてたとか、聞いてますか?」

志保「ナナちゃん、聞いてます?」

菜々「聞いてません」

茄子「秘密のデートとか?」

志保「ま、マスターにお付き合いしてる男性が……いた?」

菜々「ゆ、許せません……許せませんよ」

志乃「そんな……信じられない」

茄子「誰も男性とは、言ってません」

志保「そうでした。お仕事が一番だって、いつも言ってました」

菜々「なら、誰が、マスターを殺したのですか」

茄子「殺したとも言ってません。自殺かも」

菜々「そんなわけありません!」

志保「そうですっ!明日の仕込みもしたのに!」

茄子「衝動的に自殺するとは?」

志保「考えられません!」

菜々「そーですよぉ!マスターがナナ達に隠しごとなんてしません!」

茄子「でも、昨日誰かと会うとかは聞いてませんよね」

志保「それは、そうですけど……」

茄子「実はですねー」

菜々「実は……?」

茄子「雪乃さんのケータイには、誰かから連絡を受けた形跡がありません」

志保「えっと、それじゃ」

茄子「突然の来客だったのかもしれませんね」

菜々「そんなぁ」

茄子「そうだったにも関わらず、雪乃さんはその人を招き入れ、紅茶の準備もしました」

志保「知り合い、だった?」

茄子「その可能性は高いと思います」

菜々「でも、マスターの知り合いなんて、いっぱいいるじゃないですかぁ!」

茄子「その通りです。だから、困りました」

志保「……」

茄子「お話、ありがとうございます」

志保「お巡りさん、犯人見つけてください」

茄子「はい。最後に一つだけ、聞いていいですか?」

志保「なんでしょうか」

茄子「雪乃さんを殺す動機を持った人なんていますか?私には思いつきません」

菜々「そんな人いませんよぉ!マスター、とっても優しいのに」

志保「恨まれることなんて、ないと思います」

茄子「ありがとうございます。引き続き、協力をお願いしますね」



お昼休み

北苗小学校・図書室

文香「……」

桃華「司書さん、この本をお借りしたいの」

文香「はい……」

桃華「あら、元気がありませんわね」

文香「いつも通りだと……思います」

桃華「いつも元気溌剌というわけではありませんけれど、今日はいつにもまして陰気でしてよ」

文香「陰気……」

桃華「ごめんなさい、口が過ぎましたわ。何かありまして?」

文香「その通りですね……」

桃華「どうしましたの?」

文香「いえ……大丈夫です」

桃華「大丈夫じゃありませんわ。お話になさって」

文香「そう言ってあげればいいのでしょうか……」

桃華「お話出来てない人がいますの?」

文香「わかりました……私が、あなたのように声をおかけしてあげないと……ですね」

桃華「その意気ですわ」

文香「本、お返しします……何かに使うのですか」

桃華「今日は縦割りですの」

文香「縦割り……学年が違う児童と活動する、授業でしたか……?」

桃華「その通りですわ。今日は、この本を読んでみようと思いますの」

文香「良いと思います……」

桃華「みんなとももう少しでお別れですもの。一つでも多く、思い出を残したくて」

文香「ええ……」

桃華「時間ですわね。ごきげんよう」

文香「はい……楽しんでください」



北苗小学校・多目的室

晴「……」

佐々木千枝「晴さん」

佐々木千枝
北苗小学校の5年生。晴と同じ縦割り班の、大人しい女の子。誕生日は6月7日。

晴「ん、千枝、どうした?」

千枝「あの、これ、見てくれますか?」

晴「おっ、上手く出来てるな。フェルトか?」

千枝「えへへ♪アップリケです」

晴「千枝らしくて、カワイイな」

千枝「今日は、皆でアップリケを作ろうと思うんです。フェルトも亜里沙せんせいから貰ってきましたっ」

晴「うーん……」

千枝「ダメ……ですか?」

晴「悪くないぜ。でも、針は小さい子には危ないな」

千枝「そうですね……千枝、来年はリーダーなのに……」

晴「そんなに落ち込むなって。こういう時は役割分担だ。サッカーだって、ゴールキーパーもストライカーもいないとだろ?」

千枝「役割分担?」

晴「絵を描いてもらおうぜ。あとは、フェルトを選んでもらうとかさ。縫うのは、千枝がやればいい。な?」

千枝「はいっ!」

晴「へへっ。千枝、頼んだぞ」

千枝「晴さんも、縫うのを手伝ってくれませんか?いっぱい作ったら、みんな喜びます」

晴「えぇ……オレはそういうの苦手だからさ」

千枝「やれば、楽しいですっ」

晴「オレはなぁ……オレか」

千枝「晴さん?」

晴「オレも千枝みたいに可愛い女の子みたいだったら、良かったな」

千枝「そんなことないですっ、晴さんはかっこよくてかわいいです!」

晴「ありがとよ。でもさ、やっぱり、何か違う気がすんだよ……」

千枝「亜里沙せんせい、言ってました」

晴「どうした?」

千枝「自分らしく、が一番良いです」

晴「本当に自分なら、な」

千枝「え……?」

晴「よしっ。何事もチャレンジだし、オレも裁縫くらいできないとな!」



北苗小学校・図書室

文香「図書室ではお静かに……」

小春「はーい。皆、静かにご本を読みましょう~」

文香「……」

美優「こんにちは」

文香「三船先生……こんにちは」

美優「誰も、騒いでいませんか?」

文香「ええ……6年生ともなると、大人びてますね」

美優「特に女の子は、ね」

文香「はい……」

美優「小春ちゃんも、いつの間にか、しっかりしてきて」

文香「立派、です……」

美優「文香さんも、縦割りとかしましたか?」

文香「私は、あまり良い、上級生ではなかったと……」

美優「どうして、ですか?」

文香「もっと話すことも、遊ぶことも、色々なことが出来たはずなのに……」

美優「今からでも、遅くありませんよ……?」

文香「……そうだと、良いのですが」

美優「私も大人しい方だったから。でも、変えてくれた人がいたんです」

文香「……変えてくれた?」

美優「川島先生だったんです。私、憧れて教師にもなっちゃいました」

文香「それは……素敵ですね」

美優「文香さんは、こうなりたいと思う人がいますか?」

文香「どうでしょう……私には皆がまぶしく見えて……」

美優「たとえば」

文香「晴ちゃんは元気ですし、小春さんは大切な気持ちをもってます。ありすさんには、夢があって、龍崎さんには応援してもらいました……」

美優「文香さんは、それでいいと、思います」

文香「どういうこと、でしょうか……」

美優「子供から良い所を学ぶことは、難しいんですよ。私達、先生でも難しい」

文香「私は……ただ、自分が……」

美優「文香さんは、自分が嫌いですか」

文香「……そんなことは」

美優「そう言えるなら、大丈夫です。もっと、好きになってください」

文香「……はい」

美優「あの、それで……ひとつ、お聞きしたいことが」

文香「なんでしょう……」

美優「晴ちゃん、何か悩み事でもあるのですか?」

文香「……やはり」

美優「どうしましたか……?」

文香「良く見ていますね……三船先生は、良い先生です……」

美優「そんな、私なんで、まだまだ……」

文香「私に、少し時間をください……それでも、ダメなら……助けてください」

美優「もちろんです」

文香「ありがとう、ございます……」

美優「だって、晴ちゃんは私の大切な生徒ですから」



喫茶・St.V

茄子「ただいま戻りました」

早苗「茄子ちゃん、お帰り」

茄子「握野さんは、お帰りになりました?」

早苗「ええ。本庁で桜庭先生の検死に立ち会ってるわ」

茄子「何か、わかりましたか?」

早苗「検死はまだだけど、鑑識の結果は出てるわ」

茄子「本当ですか、教えてください」

早苗「犯人らしき指紋は見つからなかった」

茄子「あらら。他のお客さんに紛れちゃいました?」

早苗「それだけじゃないわ。来客に用意されたカップ、テーブルになかったでしょ?」

茄子「そういえば、一人分だけでしたね」

早苗「ちゃんと洗われて、キッチンに置かれてたわ」

茄子「隠されたということですね」

早苗「そういうこと。手袋もしてたようね」

茄子「潔癖症なんでしょうか」

早苗「あるいは、入った時から殺意があった」

茄子「そういえば、ビンから指紋は出ました?」

早苗「出たわよ、亡くなった相原さんのものだけ」

茄子「雪乃さんのものだけ?」

早苗「鑑識によると、この指紋のつき方は自分で持って、自分でフタを開けたらしいわ」

茄子「つまり、自分で開けて、自分で入れたのですか?」

早苗「鑑識はそう言ってるわ」

茄子「なら、自殺ですか?」

早苗「さっきご両親が来てたけど、そんなわけはないって。怒られたわ」

茄子「従業員のお二人もそう言ってました。誰も自殺とは言わないですね」

早苗「あたしも、そうとは思わない」

茄子「なら、犯人はこの毒の入ったビンを持って来たんですね」

早苗「相原さんはそのビンを開けた」

茄子「自分で、毒を紅茶に入れた?」

早苗「毒を自ら飲んで、亡くなった」

茄子「どうやって?」

早苗「わからないわ。自然と毒を紛れさせるように仕向けるなんて、犯人は狡猾だわ」

茄子「もしくは、一か八かだったとか?」

早苗「入れてくれれば成功、入れないなら問題なし?」

茄子「そういうことです」

早苗「そうは思えないわね。だって、犯人は殺人だけが目的よ?」

茄子「金銭も奪われてませんもんね。お金持ちなのかもしれません」

早苗「目的を達成する機会が出来たのに、見逃すかしら?」

茄子「ふむ……一理あります」

早苗「毒の分析待ちだけど、このままじゃ手詰まりよ。茄子ちゃん、目撃情報あった?」

茄子「特に重要な目撃情報はありませんでした。でも、ちょっと気になる人が一人だけ」

早苗「誰?」

茄子「小学校の川島先生です。犯行時刻ぐらいに近くで目撃されてます」

10

放課後

北苗小学校・6年2組の教室

文香「あの……」

小春「文香さん、こんにちは~」

ありす「どうかしましたか」

文香「晴ちゃんは……いませんね」

ありす「走って帰って行きましたよ」

小春「きっと、見たいテレビがあったんですぅ」

文香「そうですか……」

ありす「用事ですか?連絡しましょうか」

文香「いいえ、大丈夫です……」

小春「お話したかったんですかぁ?」

文香「ええ、お邪魔しました……まだ図書室は開けていますので、ご贔屓に……」

小春「さようなら~」

ありす「晴さんと文香さん、ケンカでもしてるのでしょうか」

小春「違うと思いますぅ」

ありす「避けているような、気がするのですが」

小春「たまには、お話したくない時もありますぅ」

ありす「そうだと、いいんですけど」

11

北苗小学校・職員室

文香「カギを返しに……あら」

茄子「こんにちは、文香さん」

文香「こんにちは……どうしましたか」

茄子「少しだけ、お話を聞きに来ただけです」

文香「そうですか……」

茄子「お邪魔しました。三船先生、お話ありがとうございました」

美優「はい……また、何かありましたら」

茄子「文香さん、またお夕飯をいただきにいきますね」

文香「はい……お待ちしてます」

美優「……」

文香「なにか、ありましたか……?」

美優「殺人事件があったそうで……聞き込みに」

文香「事件……」

美優「目撃情報があったそうで……」

文香「目撃情報……?」

美優「川島先生が、犯行時刻に近くにいたとか……」

文香「川島先生はどちらに……」

美優「今日は、県の教育委員会の仕事で出張中です……」

文香「昨日は……?」

美優「わかりません……連絡してみます」

文香「……」

美優「調べないと……かな」

文香「……」

美優「図書室はおしまいですか?」

文香「はい……カギを」

美優「預かりました……また、明日」

文香「はい……また、明日」

12

夕方

北苗商店街・派出所

茄子「はい。ご報告ありがとうございます、お疲れ様でした」

晴「……」

茄子「あら、晴ちゃん、どうしたんですか?」

晴「なぁ、茄子」

茄子「どうしましたー?」

晴「ここって、事件とか事故のことを調べられるか?」

茄子「もちろんです。最近以外は事件もほとんどなかったので、20年分以上あります」

晴「見せて、くれるか」

茄子「一般の人には、教えてあげませんよ?」

晴「事件のことは、話すのにか?」

茄子「それで正解だったでしょう?」

晴「……そうだな」

茄子「晴ちゃんの探し物には、協力できません」

晴「なぁ、茄子」

茄子「わかってくれました?」

晴「わかったよ。聞いていいか」

茄子「なんですかー?」

晴「茄子はいつからここにいるんだ」

茄子「2年前からですよ」

晴「じゃあ、知らないな……」

茄子「何を、です?」

晴「ねーちゃんが、下宿を始める前にも何度か来てたかどうか」

茄子「わかりませんねー、ごめんなさい」

晴「そうか、そうだよな」

茄子「これから、文香さんの所でお夕飯をご一緒しようと思ってます。晴ちゃんも行きませんか?」

晴「辞めとく」

茄子「そうですか」

晴「……なぁ」

茄子「質問が多い日ですねー。どうぞ」

晴「茄子は、自分が自分でいる自信はあるか?」

茄子「はい。なぜなら」

晴「理由があるのか?」

茄子「私、幸運ですから」

晴「そんな理由なのかよ」

茄子「全ては偶然の積み重ねです。その積み重ねで私が出来ているのですから、私は私です」

晴「よくわからねぇ」

茄子「ここにいるのも奇跡って、よく歌で聞くじゃないですか。私がここにいれる幸運を持ってるなら、私は私です」

晴「オレには、納得できる理屈じゃない。茄子だけだよ、それでいいのは」

茄子「そうですか?晴ちゃんも晴ちゃんらしく、ここにいるのは幸運だと思いませんか」

晴「その幸運はさ、誰かが意図的に作って良い物ものなのか?」

茄子「どういうこと、でしょう?」

晴「悪かった。邪魔したな。また、事件があったのに」

茄子「大丈夫ですよ。市民のお悩みを聞くのも、お巡りさんの仕事です」

晴「じゃあな」

茄子「晴ちゃん、さようなら」

茄子「……」

茄子「どこから来たのかなんて、そんなに重要だと思います?」

13



古書店・Heron

文香「毒殺……」

茄子「そうみたいです」

志乃「飲ませる方法は幾らでもあるわね」

茄子「はい。その方法は犯人しか知りえませんが」

文香「毒物は……なんだったのですか」

茄子「わかりません」

志乃「わからない?鑑定の結果が出たとか」

茄子「鑑定の結果は、わからない、です」

文香「どういうことでしょう……」

茄子「少なくとも警察が知っている毒物ではありませんでした」

志乃「……特殊な毒を作る技術があった」

文香「あるいは……どこからか手に入れた」

茄子「警察は海外のルートもあたっています」

文香「ここならば、別の可能性が……」

茄子「はい」

文香「つながったどこか、から持って来たのではないでしょうか……」

志乃「そうなると……」

茄子「一連の黒幕との関係が出てきますね」

文香「ええ……」

志乃「だけど、犯人に至る痕跡がないわ」

茄子「その通りです。だから、お願いしたいんです」

文香「入手経路を探すこと……ですか」

茄子「はい、大丈夫でしょうか」

文香「わかりました……」

志乃「でも、不思議ね」

茄子「何が、ですか?」

志乃「これまでと違うわ」

文香「私もそう思います……」

志乃「黒幕はわからないにしても、犯人は明白だったわ。非現実の存在を感じさせた」

文香「今回は、違います……」

志乃「毒物でも辿らなければ、それを見つけられない」

茄子「なんで、でしょう?」

文香「犯人が、ここの人間だから、だと……」

茄子「黒幕が直接犯行を行った、と?」

志乃「それはわからないけれど……」

文香「自身で手に入れた毒を利用したならば……」

志乃「確実に移動できるのは、文香さんか黒幕だけよ」

茄子「なるほど」

志乃「直接出てきた理由はわからないわ」

文香「ええ……」

茄子「でも、近づいて来ましたね」

志乃「文香さん、心当たりはあるかしら……」

文香「……」

茄子「文香さん?」

文香「あることはありますが……」

茄子「なら、調べていただけませんか?」

文香「……はい」

志乃「あまり、行きたくないのかしら……?」

文香「本音を言えば……そうです」

茄子「誰かが自由に移動できますか?」

文香「いいえ……私が閉じました……」

志乃「……理由を聞いてもいいかしら」

文香「……」

茄子「聞かれたくないこともありますよね?」

文香「……すみません」

志乃「文香さんが謝らなくてもいいわ……」

茄子「この話は終わりです。そういえば、晴ちゃんが事件とか事故のことを聞きに来ました。知ってますか?」

文香「え……」

志乃「……」

茄子「あ、話題を変えられてませんでした!今日のお夕飯、美味しかったです!誰かから習ったんですか?」

志乃「……」

文香「龍崎さんから……初心者でも簡単に作れる料理を教えてもらいました……」

茄子「薫ちゃんですか?凄いですねー」

文香「……」

志乃「紅茶でも淹れるわ……雪乃さんから貰った、残りだけれど」

文香「いただきます……」

茄子「あの、雪乃さんを殺す動機はわかりますか?」

文香「わからない……」

志乃「そもそも、一連の事件の関係性は見えてこないわ」

茄子「むぅ……」

志乃「リフレッシュしましょう。気持ちを落ち着けて、よく寝れば違う答えも見えてくるわ」

14

翌朝

北苗小学校・職員室

瑞樹「うーん、どうしてそんな証言が出たのかしら」

美優「そうですよね……だって」

文香「おはようございます……」

瑞樹「文香ちゃん、おはよう」

美優「おはようございます……」

文香「お話中でしたか……?」

瑞樹「大丈夫よ。昨日、警察が私を訪ねて来ただけよ」

文香「そういえば……茄子さんが来ていました」

瑞樹「関係ないのよ?本当よ?」

文香「疑ってはいませんが……その日は何をしてたのですか?」

瑞樹「美優ちゃんと夕ご飯を食べてたのよ。帰った時間も事件より前よ?」

美優「8時過ぎだったと思います……」

瑞樹「そうなのよ。まだ、志保ちゃん達が帰ってない時間よ?」

文香「確かに、その通りです……」

瑞樹「目撃者の人が勘違いしたのね」

美優「そうだと、思います……」

文香「川島先生、最近、体育館に行きましたか……?」

瑞樹「体育館?ほぼ毎日のように行ってるけど」

美優「体育館……?」

文香「すみません……壇の上の倉庫にです」

瑞樹「あの、キグルミとかが置いてあるところね」

美優「……」

瑞樹「頻繁に行くような所じゃないけど、最近も行ったわ」

文香「いつ、ですか……?」

瑞樹「キグルミがあるじゃない?仁奈ちゃんと一緒に見に行ったのよ。確か、12月の中頃だったかしら?」

文香「何か、その時にありましたか……?」

瑞樹「何もなかったわ。仁奈ちゃんが大喜びしてたくらいよ」

文香「何か、拾いませんでしたか……たとえば、ビンとか」

瑞樹「ビン?いいえ?」

美優「どうして、そのことが気になるのですか……?」

文香「いえ……なんでもありません」

美優「……」

瑞樹「うーん、疑われるのは気分が良くないわ」

美優「川島先生が、何もしてないなら……平気です」

瑞樹「もちろん、何もしてないわ。教師の誇りにかけていいわ」

文香「わかっています……」

瑞樹「そろそろ、時間ね。図書室のカギ、持ってくるわ」

文香「ありがとうございます……」

美優「……」

15

休み時間

北苗小学校・図書室

仁奈「体育館でごぜーますか?」

文香「はい……」

仁奈「キグルミが一杯あったでごぜーます!」

文香「ええ……」

仁奈「でも……仁奈には大きすぎでやがります……」

文香「それは、残念でしたね……」

仁奈「川島先生は着たことがあると言ってたですよ」

文香「そうですか……」

仁奈「160センチくらいがぴったりと言ってたですよ」

文香「私には、少し大きいかもしれませんね……」

仁奈「大きくなるにはどうすればいいか、教えてくだせー」

文香「えーっと……」

仁奈「食事ですか、運動でごぜーますか?」

文香「わかりません……しいて言えば、寝ることでしょうか……?」

仁奈「わかったでごぜーます!仁奈も本をいっぱい読んで、いっぱい寝て、おねーさんみたいなナイスバディになるですよ!」

文香「私はそんな……」

晴「いるよな……仕事場だから」

文香「晴ちゃん……」

仁奈「晴おねーさん、こんにちはでごぜーます」

晴「なぁ、ねーちゃん」

文香「お話をしていいでしょうか……」

晴「どうして、だ?」

文香「何が、ですか……」

晴「よく考えれば、当たり前だったんだよな。人見知りなねーちゃんが、オレだけ、最初から名前で呼んでた」

仁奈「そうでありますか?」

晴「しかも、ちゃん付けだ」

文香「……それは」

晴「オレは、ねーちゃんとか家族が知ってる、オレじゃない」

仁奈「どうしたでごぜーますか?」

文香「晴ちゃん、落ち着いてお話ししましょう……放課後に」

晴「違ぇよ」

文香「……」

晴「オレが聞きたいのは、何かあったかじゃねぇよ!」

文香「晴ちゃん……」

仁奈「廊下を走ったらあぶねーですよ」

文香「……その通りです」

仁奈「ケンカはダメでごぜーます」

文香「わかっています……」

仁奈「会って話せる時間がいっぱいなの、羨ましいでごぜーます」

文香「……ええ」

仁奈「何かありやがりましたか?」

文香「私が……聞いてしましました……」

仁奈「聞いた?」

文香「……聞かない方が良かった、お願いなのかもしれません」

16

古書店・Heron

志乃「あら……珍しい」

早苗「こんにちは。茄子ちゃんが今日は非番だから、代わりに来たわ」

志乃「そう……何か」

早苗「毒物のことよ。何か、わかった?」

志乃「いいえ……出所は不明ね」

早苗「文香ちゃんのことだけど」

志乃「……」

早苗「あたしにも理解できるように説明しろ、って言ってるわけじゃないわ」

志乃「そうね……」

早苗「何が、出来るの」

志乃「別の世界に行けるわ。例えば、ここではありえない毒も手に入れられるかも」

早苗「あの、持ってた大きい本に意味があるの?」

志乃「今はないわ。文香さんの気分をその気にさせるための、小道具ね」

早苗「今は?昔はあったの?」

志乃「詳しくは知らないわ……だけど、この世界の歪さを知らしめる何か、を文香さんが持ってた可能性はあるわ……」

早苗「それは、どこにあるわけ?」

志乃「文香さんも知らないようだから……叔父様が処分したのじゃないかしら」

早苗「うーん、やっぱりわからないわ」

志乃「それが普通よ……」

早苗「でも、あたしにもわかることがあるわ」

志乃「……なにかしら」

早苗「茄子ちゃんも全部は私に話してくれないし、話してもらおうとも思わないけど」

志乃「……」

早苗「黒幕は、この世界にいるのよね。なら、警察が捕まえるわ」

志乃「頼もしいこと……」

早苗「まだ止められてないのが不甲斐ないわ」

志乃「悪いのは……警察じゃないわ」

早苗「ありがと、ところで」

志乃「どうしたの……?」

早苗「それ、実家の新商品?」

志乃「あら……見えたかしら。試作品よ」

早苗「いいじゃない、あたしにも分けてくれる?」

志乃「先着がいるのよ。余ったら、お譲りするわ」

早苗「えー、誰よ」

志乃「高峯さんよ。これで釣り出したわ」

早苗「あら、珍しい。それは横取りできないわね」

志乃「ええ。だから、これは諦めてちょうだい」

17

放課後

北苗小学校・図書室

文香「そうですか……」

ありす「すみません。連れてこようと思ったのですが」

文香「ありすさんのせいでは……」

ありす「まったく。どこへ行ったのでしょうか」

文香「あの……ありすさん」

ありす「ケンカの理由はなんですか?」

文香「もしも……です」

ありす「もしも?」

文香「鏡のむこうのありすさんと、あなたが入れ替わっていたらどう思いますか?」

ありす「……」

文香「ありすさんは、ありすさん、ですか」

ありす「本当は、今ここにいる私が夢を諦めないといけなかったとしたら、ですか」

文香「……はい」

ありす「すぐには答えられませんけれど……晴さんが同じようなことを聞いてきました」

文香「……」

ありす「それが、原因なのですか」

文香「……はい」

ありす「晴さんは、知ってるのですか」

文香「ある程度は……知っているかと」

ありす「……」

文香「私、どうしたらいいのでしょう……」

ありす「聞くしかないと思います」

文香「……でも」

ありす「鏡のむこうまで、追いかけてきてくれた文香さんらしくありません」

文香「それは……」

ありす「むこうの私も意地っ張りでした。晴さんと私は、12歳です。ちょっと、意地っ張りな時期なんです」

文香「……」

ありす「探してきます。見つかったら、連絡します」

文香「……はい」

18

北苗小学校・体育館

晴「よし、誰もいないな……」

晴「地下室は怪獣の女王様の国だし、美術室の先は何もない、音楽室のむこうにオレはいた」

晴「だから……ここしかない」

晴「ゲートは……開いてる?」

晴「なんで、だ?」

美優「晴ちゃん……?」

晴「わっ、美優先生、どうしてここにいんだよ」

美優「様子がおかしかったから……追いかけてきたの」

晴「……そんなに、おかしかったか」

美優「元気がなかったから……」

晴「大丈夫だって」

美優「その、必死に自分を偽ろうとしてるの、わかるから……」

晴「偽る……」

美優「先生に話してくれないですか……?」

晴「だってよ、そうしないと!」

美優「……」

晴「そうしないと……オレ、ここにはいられな、え?」

美優「どうしました?」

晴「後ろ!」

美優「え……?きゃあ!?」

晴「うわっ!」

19

ほんの少しだけ違う場所・体育館

晴「いたた……美優先生!?」

美優「大丈夫です……いきなり押されて、転んでしまいました」

晴「待て、閉めるな!」

美優「閉める……?」

晴「クッソ、閉められた!戻れないぞ!」

美優「あのキグルミはどこに……?」

晴「キグルミ着てたな、誰かわかんねーじゃねぇか!」

美優「晴ちゃん、何が……」

晴「美優先生、大丈夫か?」

美優「私は大丈夫です。晴ちゃんは」

晴「オレも平気だ。でも、困ったな」

美優「あの……どうして、困ってるのですか」

晴「だって、こっちに来ちまったんだぞ」

美優「体育館ですけど……」

晴「あ……」

美優「晴ちゃん?」

晴「……信じられないかもしれないけど、聞いてくれるか」

美優「もちろんです……教え子の言うことは信じます」

晴「ここは、別の世界だ」

20

ほんの少しだけ違う場所・古書店

志乃「いらっしゃい……」

美優「こんにちは……」

志乃「あら……三船さん、お久しぶりね。お子さんはお元気かしら……?」

美優「え……?子供がいるの、ですか」

晴「違う違う!人違いだって。似てるだろ?」

志乃「本当に似てるわ。それに、今は三船さんじゃなかったわ」

美優「え、ええ……私、独身ですから」

晴「その三船さん、って今はどこにいるんだ?」

志乃「旦那さんと都内暮らしよ……たまに帰ってくるわ」

美優「そうなの、ですか……」

志乃「ところで……あなたはどなた?」

晴「その前に、こっちから聞いていいか」

志乃「ええ……どうぞ」

晴「鷺沢文香っていうねーちゃんはいるか」

志乃「……いないわ」

美優「どちらに……」

志乃「亡くなったの……」

美優「本当に……別の場所……」

志乃「良い子だったわ……でも、病気がちで」

晴「……」

志乃「大学進学を契機にここで下宿していたのだけど……倒れて……そのまま」

美優「辛いことを、聞いてしまいました……」

志乃「いいのよ……」

晴「志乃、さっきの質問に答える」

志乃「あなたは……どなた、なのかしら」

晴「オレは、結城晴だ」

志乃「……」

晴「知ってるか?」

志乃「知ってるわ……文香さんが言ってたもの」

美優「……」

志乃「そう……良く、顔を見せて」

晴「ああ」

志乃「本当、だったのね……」

晴「何が、だ」

志乃「文香さん、大事なことをしたって……」

晴「何を、したんだ」

志乃「家族がいる場所へ……導いたと」

晴「……」

志乃「ありがとう……文香さんの証がいるのね……」

晴「感謝なんて、しないでくれよ」

志乃「今は、どこで何をしてるの……?新しい家族の所で元気にしてるの……?」

晴「家族……」

美優「晴ちゃん」

晴「ああ、もちろんだよ!」

志乃「ウワサ通りの……元気な女の子のままなのね」

晴「ああ、オレはオレだからな!」

志乃「よかった……本当に、よかったわ……」

晴「だから、ねーちゃんを誇っていいぞ。オレは生きてるからな」

美優「……」

21

ほんの少しだけ違う場所・空き地

看板『高峯地所管理』

美優「ずっと買い手がついていないようです……」

晴「そりゃあ、爆発事故の現場だからな」

美優「原因は、爆発物みたいですね……」

晴「むこうの世界より、化学物質が作りやすいみたいだな」

美優「たまたま間違いで出来たものが、発火してしまった……」

晴「オレは3歳で、奇跡的に助かった」

美優「……晴ちゃん」

晴「オレは、ここにいたんだよな……」

美優「晴ちゃん、少し休みましょう……」

晴「……ああ」

22

ほんの少しだけ違う場所・校庭

晴「……」

美優「落ち着きましたか……?」

晴「ああ……ありがとよ、美優先生」

美優「もしよければ、話してくれますか……?」

晴「……」

美優「先生の、ワガママなのかもしれないけど……聞いてあげたいんです」

晴「ここが、どこかわかったか」

美優「はい……似ている、違う場所です」

晴「いろいろな可能性があって、オレらがいるのも一つに過ぎなくて」

美優「……」

晴「ねーちゃんが、それを教えてくれた」

美優「文香さんが……」

晴「……」

美優「偽ろうとしていた理由を、知ってもいいですか……?」

晴「話して、いいのか」

美優「ええ」

晴「聞いてくれんのか」

美優「はい。だって、私は晴ちゃんの先生ですから」

晴「……オレは、ここから来たんだ」

美優「……」

晴「オレが、偽物だったんだ……」

23

北苗小学校・図書室

茄子「こんにちは、文香さん」

文香「茄子さん……」

茄子「見回りも兼ねて、来てみました」

文香「制服じゃないの、ですか……?」

茄子「非番ですから」

文香「それは……お疲れ様です」

茄子「川島先生ともお話できましたし、ばっちりです」

文香「そうですか……」

茄子「間違いだったみたいですねー。それがわかっただけでも良かったです」

文香「目撃情報は、どなたが言ったのですか……?」

茄子「秘密です。報告者のことは話してはいけないんです」

文香「ふむ……」

茄子「三船先生ともお会いしたかったのですけど、どこにいるか知ってますか?」

文香「いいえ……」

茄子「どこに行ったのでしょう?帰ったわけでもなさそうですし」

文香「なら、どこかにいるかと……」

茄子「急ぎの用事ではないので、日を改めます」

文香「茄子さん、お願いが……」

茄子「どうしました?味見ならいくらでもします♪」

文香「晴ちゃんを、探してくれますか……」

茄子「あら、お話できてないんですねー」

文香「はい……」

茄子「ご自分で探したらどうでしょう?その方が早く見つかる気がします」

文香「え……?」

茄子「私の勘ですからきっと当たりますよ。でも、探してみますね」

文香「は、はい……」

24

少しだけ違う場所・校庭

晴「ねーちゃんは人付き合いが苦手なんだ」

美優「そうみたいですね……」

晴「人との距離が詰められない」

美優「私も子供の頃はそうでしたから……わかります」

晴「でも、オレに対しては最初から違った」

美優「……」

晴「知ってたんだ。少なくとも、見覚えがあった」

美優「……」

晴「ねーちゃんが、張本人だった。オレが美優先生の所にいれるのは、ねーちゃんのおかげだ」

美優「それは、幸運だと喜んでいいと思います……」

晴「本当か?」

美優「はい」

晴「本当は違うんだ。本当にあそこの世界で産まれたオレはいないんだ」

美優「……」

晴「親も兄弟もさ、オレのことをカワイイって言うんだよな」

美優「ええ」

晴「本当にいたオレなら、その期待に応えられたんじゃないか」

美優「……」

晴「入れ替わるまでは、大人しい女の子だったんだ。そのまま、育ってれば、きっと期待に応えられた。でも、オレは違う」

美優「……」

晴「オレは、どうしたらいいんだ」

美優「晴ちゃん……」

晴「わかんねぇよ。オレはこのままの方が良かったのか?」

美優「……」

晴「家族を失って、みなしごでさまよってた方が良かったのか」

美優「……」

晴「そっちの方が自然だったんだ。ねーちゃんが、それを捻じ曲げちまった」

美優「……」

晴「美優先生の所のオレは……ああ、もう!」

美優「言わないでください……」

晴「死んじまったんだよ!」

美優「晴ちゃん」

晴「止めんなよ!どうしようもないじゃないか!ねーちゃんも志乃も否定してくれないんだぞ!」

美優「……」

晴「家族にも性格が変わったとか、言われてんだよ。なんだよ、それ」

美優「文香さんは、決意をしたのですね」

晴「ああ……」

美優「家族を失った子供と子供を失った家族を、作らないと決めたんです」

晴「良いことだからって、美優先生はそれを認めんのか」

美優「……」

晴「オレとオレの家族を騙してるのに、変わりはないじゃないか」

美優「騙す……」

晴「オレは家族が好きなんだよ、だから、オレの家族のために、本当の結城晴にならないといけないんだ」

美優「……」

晴「それが、オレの、存在価値なんだよ。もし、死んでなかったら、オレなんていらないんだ」

美優「……」

晴「どうなんだよ。なんか、言ってくれよ」

美優「晴ちゃん」

晴「オレはどうすれば、いいんだよ!」

美優「すぐには答えられません。だから、私の話を聞いてくれますか?」

晴「……なんだよ、それ。オレが話して楽になったから、後は落ち着かせるだけか?」

美優「思ってません。私は知っているからこそ、聞いてください」

晴「……何の話だ」

美優「女の子の話です。不幸な恋をしている、女の子の」

25

少しだけ違う場所・校庭

美優「晴ちゃん、先生はどう思いますか」

晴「美優先生のことか?」

美優「違います。一般的な先生のことです」

晴「そう、言われても困る」

美優「先生は、どんなイメージがありますか?」

晴「なんだろ、優しいとか立派とか」

美優「そうですね……」

晴「皆の見本になるとか」

美優「ええ、そうありたいですね」

晴「後は、正しいとか。間違ったら、叱れる」

美優「……」

晴「どうした?」

美優「そうですね」

晴「美優先生は優しいけど、そういう所はしっかりしてるもんな」

美優「私は……正しくなんてありません」

晴「正しくない……?」

美優「そもそも、正しいとはなんでしょう」

晴「……オレにはわからない」

美優「私も、わかりません」

晴「……」

美優「わからないのに……私は、皆に正しいことを教えないといけない」

晴「わかんない、のか」

美優「いつも自信がありません……皆にとって、正しいことを言えてるかどうか」

晴「美優先生は、平気だよ。オレ達のこと、見ててくれて、頭ごなしに否定なんかしない」

美優「そうするように……していますから」

晴「だから、そこは正しいと思う。そこはいいんじゃないか、正解だって、言っても」

美優「……いいえ」

晴「どうして、いいえ、なんだよ」

美優「私は……正しくないから、正しくないかもしれないものに、間違えの多い子供達に……優しいだけかもしれません」

晴「……美優先生がなんて言おうと、オレは美優先生のことは良いと思うぜ」

美優「ありがとう、晴ちゃん……」

晴「だから、そんなこと言うなよ」

美優「そうですね……そのことを褒められました」

晴「誰に、だ?」

美優「私の、憧れの人にです……」

晴「憧れ?」

美優「今の自分がいるのは……その人のおかげなんです」

晴「そうなのか」

美優「どんな先生になれるかは……今も探しています」

晴「オレは、今の美優先生も立派だと思う」

美優「……」

晴「オレの夢を聞いてくれた。真剣に、オレのことを聞いてくれた」

美優「でも、晴ちゃんの今の悩みには答えていません」

晴「……ああ」

美優「少しだけ……先生になりたかった理由を話させてください……」

26

少しだけ違う場所・校庭

美優「私、大人しい子供でした」

晴「……だろうな」

美優「何をするにも臆病でした」

晴「……」

美優「小さな頃の私には、世界は怖いものでした」

晴「そうか……?」

美優「今考えてみれば、必要以上に恐れ過ぎていました……」

晴「……」

美優「でも、教えてくれた人がいました。怖くないよ、と」

晴「それが、先生か?」

美優「違います。近所のお姉さんです、二つ年上の」

晴「ふーん……」

美優「元気で、優しくて……一歩が踏み出せない私の手を引いてくれました」

晴「……」

美優「小さな頃は知らないことばかりです、知らないことが怖くて。そんな時、いつも先にいてくれた」

晴「……」

美優「知れば、怖くないことばかりかもしれません」

晴「知って、良くないこともある……」

美優「そうでしょうか……」

晴「オレには……そうだ」

美優「……」

晴「知らなければ、良かったかもな」

美優「いいえ、違います」

晴「……」

美優「それに意味があるのなら、きっと知るべきです」

晴「……」

美優「……また、話がそれてしまいました。先生になりたかった理由ですね」

27

少しだけ違う場所・校庭

美優「その、実は……」

晴「実は……?」

美優「先生になった理由って、自分の意思じゃないんです」

晴「そうなのか?誰かになれ、と言われたとか?」

美優「そうではありませんが……」

晴「なら、なんだよ……」

美優「私は、憧れた人の夢に着いて行っただけです」

晴「……」

美優「彼女の夢を私は聞いてました」

晴「先生になること、か」

美優「はい。私の理想は、全部受け売りです」

晴「そうじゃない、と思うぜ。たぶん」

美優「でも、身を預けてもいい、理想だと思います」

晴「その、お世話になった人のか?」

美優「ええ。2つ上の、お姉さんの夢です」

晴「……そっか」

美優「私は話すのが苦手でしたから……たくさんの話を聞きました」

晴「……」

美優「最初は芸能人になりたいとか言ってたんですよ……」

晴「目立ちたがりだったのか」

美優「とても……そんな彼女は、いつからか教師の夢を持っていました」

晴「……」

美優「自分にしてくれたように、私は生徒を導く教師になりたい、と言っていました」

晴「立派だな。なれたのか?」

美優「もちろんです。今もまだ、夢の途中だそうです」

晴「夢の途中……」

美優「まだ、教え子が夢を叶えるところを見ていないから、だそうです」

晴「なるほど」

美優「でも……実はもう、叶っています」

晴「……そっか、美優先生もその1人か」

美優「はい。私を、広い世界に連れ出してくれて、教師という夢も持たせてくれました」

晴「……」

美優「恥ずかしいから……言いませんけれど」

晴「美優先生らしいや」

美優「本当に恩人です。こうして、晴ちゃんとも会えました」

晴「……」

美優「それを、大切にしてもいいですか?」

晴「……わかんねぇ」

美優「私の中では大切にさせてくださいね」

晴「それはいいけどよ……そのさ」

美優「なんでしょう……?」

晴「あ、あれだよ。美優先生の憧れの人はどうしてんだ?」

美優「ふふっ……晴ちゃんも知ってますよ」

晴「そうなのか?北苗小の先生か?」

美優「ええ。川島先生ですから」

晴「そういや、昔からの知り合いなんだよな」

美優「瑞樹さんの夢を、私は近くで見ていられます」

晴「そうだな」

美優「晴ちゃんから見て、瑞樹さんは立派な先生ですか?」

晴「ああ。担任だったこともあるし、元気で優しい先生だな」

美優「そう……それは良かったです」

晴「じゃあ、美優先生はオレが知らない瑞樹先生も知ってるんだな」

美優「……」

晴「美優先生?」

美優「そうですね……知っています。大学時代以外は、きっと」

晴「例えば?」

美優「いっぱいあります……聞いてくれますか」

晴「ああ。ねーちゃんが、助けに来るまでなら」

美優「……では、お話しますね」

28

北苗小学校・図書室

文香「今日は……もう、終わりで……」

瑞樹「知ってるわ。お疲れ様」

文香「川島先生、どうされましたか……」

瑞樹「美優ちゃん、知らないかしら?」

文香「私は見ていませんが……」

瑞樹「おかしいわね。さっきから、見当たらないのよ」

文香「帰宅したのでは……」

瑞樹「荷物も置きっぱなしなのよ」

文香「ケータイは……?」

瑞樹「つながらないわ。本当に、どこに行ったのかしら。ねぇ、文香ちゃん」

文香「なんでしょう……?」

瑞樹「美優ちゃん、見かけたら教えてくれる?」

文香「わかりました……」

瑞樹「今から図書室のカギ、閉めるかしら?」

文香「はい……」

瑞樹「職員室まで持って行くわ」

文香「よろしくお願いします……」

瑞樹「任されたわ」

文香「あの、川島先生……」

瑞樹「なーに?悩み事かしら?」

文香「晴ちゃんを見かけませんでしたか……?」

瑞樹「晴ちゃん?見かけてないわ」

文香「そうですか……ありがとうございます」

瑞樹「何か、あった?」

文香「そういうわけでは……」

瑞樹「そう。言わないなら、詮索はしないわ」

文香「……」

瑞樹「自分で解決しないといけないこと、あるものね」

文香「……その通りです」

瑞樹「よろしい。がんばるのよ、文香さん」

29

少しだけ違う場所・校庭

美優「吠えてくる犬が怖くて、一緒に帰ってもらったこともあります」

晴「自分より大きな犬だもんな、追いかけられると怖い、よな」

美優「晴ちゃんも怖い経験をしましたか……?」

晴「最近な。ねーちゃんに助けてもらった」

美優「ふふ……でも、あまりにも吠えて来るので、瑞樹さんも頭に来たみたいです。その時、どうしたと思いますか?」

晴「犬を叱った、とか?」

美優「違います。吠えたんです」

晴「わんわん、って?」

美優「もっとこう、遠吠えみたいな感じでした。その犬も呆気に取られてたのが、ちょっとおかしくて、笑ってしまいました」

晴「瑞樹先生らしいな」

美優「それから、その犬は平気になりました。遠回りして帰ったのが、嘘みたいです」

晴「そっか」

美優「いつでも優しくて、カッコいいお姉さんでした」

晴「うん。わかるよ」

美優「今思えば、それはどこか抜けていたり、良い解決策ではなかったかもしれないけれど」

晴「子供の頃だから、当然だろ」

美優「ええ……だけど、その時の私に何をしてあげたらいいのか、いつも考えてくれた」

晴「……」

美優「男子にからかわれていたのを助けてくれたり、逆上がりの練習に付き合ってくれたり」

晴「……」

美優「飼っていた犬が亡くなった時も慰めてくれました。学校の演劇で失敗してしまった時も、元気づけてくれました」

晴「……」

美優「テストの勉強も見てもらいました。自分が受験だった時でも、私のことを気にかけてくれました」

晴「……」

美優「転んだ時には手を差し伸べてくれて。泣きたい時には一緒に泣いてくれた」

晴「……」

美優「いつも元気で朗らかで、優しかった。それに……」

晴「それに?」

美優「自分の夢を、教師になる夢を話してくれる姿は、本当にキラキラしてました」

晴「熱っぽく語ってるの、想像できる」

美優「同じ夢を追いたいと言った時に、素直に喜んでくれました。美優ちゃんなら、きっと優しい先生になれるから、って」

晴「ああ……」

美優「私、嬉しかったです。一番、認めてもらいたい人に認めてもらえた」

晴「……ん?」

美優「瑞樹さんは都内の大学に行ってて、1人暮らしをしてたんです。家事がとっても上手になったんですよ」

晴「へぇ」

美優「いつも近くに住んでいたから、私の知らない瑞樹さんがいるのが新鮮でした。同じ大学に行ければ、と思ってたんですけれど」

晴「行かなかったのか?」

美優「実家から通える地元の大学にしました。その勇気は私には、ありませんでした」

晴「都会が怖かった、からか?」

美優「……そうですね。理由は恐怖に近かったのかもしれません」

晴「ん、どういうことだ?」

美優「ねぇ、晴ちゃん」

晴「なんだ?」

美優「誰かを、好きになったことがありますか」

30

少しだけ違う場所・校庭

晴「へ?」

美優「初恋は、まだでしたか?」

晴「うーん、男子とサッカーとか遊んだりしてるけど、恋?オレが恋なんて、まだ早いよ」

美優「早いも遅いもないですよ。でも、きっとその時が来ると思います」

晴「そうかぁ?」

美優「ええ。でも、その時は自分の気持ちと正直に向き合ってください」

晴「想像つかないな……美優先生に相談していいか?オレが答えを出せそうもない」

美優「相談してくれるなら、もちろんです。卒業してからでも、いいですよ」

晴「ありがとよ」

美優「ふふ……」

晴「美優先生は、どうだったんだ?」

美優「初恋ですか」

晴「それもだけど、好きな人とかいるのか?こっちの美優先生は結婚してたみたいだしさ」

美優「はい……ずっと、います」

晴「そうなんだ。結婚とかするのか?」

美優「恋人でもありません。ずっとずっと、私の片思いです」

晴「そっか。告白、とか、するのか?」

美優「しないです」

晴「……」

美優「私は初恋の人が今も好きです。でも、この気持ちは伝えられないです」

晴「なんでだ、ずっと好きなんだろ。他に恋人がいるから、か?」

美優「違うんです……理由があります」

晴「聞かない方がいいか?」

美優「いいえ。晴ちゃん、聞いてください。不幸な恋をしている話を聞いてください」

晴「……いや、ダメだ」

美優「……」

晴「オレに言わなくていいことを言おうとしてる。勘だけど、わかる」

美優「私のワガママです。この気持ちを、吐露しないと、私はきっとあの人の夢を壊してしまう」

晴「あの人の夢、え?」

美優「はい」

晴「まさか……なら、ダメだ!オレなんかに言っていいことじゃない!」

美優「私は、晴ちゃんには話していいと思いました」

晴「オレはそんなんじゃ……」

美優「あなたには、自分の意思と良心に従う力があります。それと、他者の気持ちに寄り添う強さも」

晴「オレは……」

美優「だから、聞いてください。お願いします」

晴「わかった……聞くよ」

美優「ありがとう……一回だけ深呼吸をさせてください……」

晴「……」

美優「すぅ……大丈夫ですか」

晴「……ああ」

美優「私が愛してる人はずっとずっと変わりません……川島瑞樹さん、だけです」

31

少しだけ違う場所・校庭

美優「これが私の隠しごと、です……」

晴「オレ、どうしたらいいかわかんねぇよ」

美優「聞いてくれるだけでいいんです」

晴「……誰か、他に知ってるのか」

美優「病院の先生と、カウンセラーの人くらいでしょうか」

晴「親は」

美優「知りません……」

晴「……瑞樹先生は」

美優「もちろん、知りません」

晴「その……辛くないのか」

美優「いいえ……夢のためですから」

晴「それでいいのかよ」

美優「はい」

晴「はい、じゃない」

美優「決めましたから」

晴「おかしいだろ、美優先生が何かしたのかよ」

美優「晴ちゃん」

晴「瑞樹先生なら、わかってくれるって。話した方が絶対に……」

美優「わかってます。ずっと、見てましたから」

晴「なら、どうして秘密にしてるんだよ」

美優「私達は先生ですから、正しくないといけないんです」

晴「はぁ……?」

美優「だから、私は正しくないんです」

晴「正しい、って。なんだよ」

美優「なんでしょう……私にはわかりません」

晴「それだけで、全部否定されんのか」

美優「その通りですよ……教師という職業は特に」

晴「……」

美優「私は晴ちゃんのこと、好きですよ」

晴「冗談でも言うなよ」

美優「はい……私が好きなのは瑞樹さんだけです」

晴「なら、いいじゃないか。オレには良い先生なだけだ、優しい、美優先生だ」

美優「でも、皆がそう思ってくれるとは限りません」

晴「……」

美優「先生は、性的マイノリティの尊重を教えることはできます。でも、先生がそれでいいという風潮はありません」

晴「……正しいか」

美優「『正しい』、あるべき姿は異性愛者ですから」

晴「……」

美優「私達はそれに応えないといけない……」

晴「なんだよ、あるべき姿って」

美優「……」

晴「そんなんで、自分を否定するべきじゃないだろ」

美優「その通りですね」

晴「美優先生は美優先生だよ。そんなので、変わらねぇよ」

美優「……」

晴「だから……」

美優「だから、晴ちゃんも、そうしましょう」

晴「え?」

美優「今のままの晴ちゃんで、いいですよ」

晴「……」

美優「女子サッカー選手の夢、追いかけてみましょう」

晴「……待て」

美優「元気な晴ちゃんが、私は好きです」

晴「待て、って言ってんだろ!」

美優「……」

晴「美優先生、ダメだって……」

美優「答えは、出ましたか」

晴「オレなんかのために、そんな秘密を話すべきじゃない!」

美優「晴ちゃん」

晴「ごめん……美優先生」

美優「謝らなくていいですよ」

晴「……オレ、自分勝手だった」

美優「わかります……本当はどうなればいいのか、私も迷いました」

晴「勝手に、ならないといけない自分を決めてた」

美優「ええ……」

晴「家族だって、ねーちゃんだって、美優先生だって……」

美優「……」

晴「誰もオレを、今のオレを否定しなかったのに」

美優「はい」

晴「オレは……」

美優「晴ちゃんは晴ちゃんのままがいいですよ。自分を偽るのは……どんな理由でも、辛いものだから……」

晴「ごめん……オレ、皆を裏切るところだった」

美優「いいんですよ……本当の自分なんて、私もまだわかってませんから……」

晴「……」

美優「帰ったら、文香さんと話しましょう。きっと……あの選択に意味があるはずですから」

晴「……ああ。避けてたから、謝らないと」

美優「はい……そうしましょうか」

晴「でも、困ったな」

美優「ここから、どう帰りましょうか……」

晴「ねーちゃんを信じるしかないか」

美優「そうですね……」

晴「その、だからさ」

美優「はい……?」

晴「オレ、美優先生には何も出来ないけど、初恋の話くらいなら、聞けるぜ」

美優「……ありがとう、晴ちゃん」

晴「今なら……誰にも聞かれないからさ」

美優「お話していいですか……?」

晴「ねーちゃんが助けに来るまで、なら」

美優「ふふ……それだと、話しきれないかも」

32

北苗小学校・6年2組の教室

文香「あら……」

留美「文香さん、今日は終わりかしら」

文香「はい……」

留美「結城さんと一緒に帰るつもりかしら?」

文香「いるのなら、そのつもりでした……」

留美「約束はしてないのね?」

文香「はい……」

留美「ランドセル、置いてあるのよ」

文香「え……?」

留美「どこに行ったのかしら。下校時間も過ぎてるのに」

文香「……」

留美「その顔、心当たりでもあるのかしら」

文香「いえ……そんなわけでは……」

留美「……」

文香「探してみます……」

留美「三船先生も見当たらないの」

文香「川島先生も探してました……」

留美「体育館に向かったのを見たと、仁奈ちゃんが言ってたわ」

文香「そこに行ったのですね……」

留美「体育館にはいなかったらしいけれど」

文香「……ありがとうございます」

留美「私、何かしたかしら」

文香「失礼します……また、明日」

33

少しだけ違う場所・校庭

美優「ちょうど、晴ちゃんくらいの年齢だったと思います」

晴「好きだって、気づいたのか」

美優「いいえ。最初からずっと好きでした。でも、好きにも種類があると知らなかっただけです」

晴「好きの種類か、友人でも家族でもなくて」

美優「恋愛感情……性愛でした」

晴「……オレ、良くわかってないな」

美優「大丈夫ですよ……誰もわかっていません」

晴「そう、思うか」

美優「はい」

晴「ダメだよな、それ」

美優「今はその通りですから……」

晴「……誰か、それについて教えてくれたのか」

美優「いいえ……自分で調べました」

晴「……」

美優「瑞樹さんが中学生になって、女性らしい体つきになった時に、感じたこの気持ちはなんだろう、と」

晴「……」

美優「私だって何も知らないわけじゃありませんでした……男女の間のことを知っていました」

晴「それは、教えられるもんな」

美優「後はもう一つ……言い方が悪いですが……オカマはわかるかもしれません」

晴「えっと……」

美優「男の子が好きでもなくて、男の子でもない、私は何者か」

晴「……」

美優「幸いなことに、私の感情にも存在にも名前が付いていました」

晴「それで、自分だけの秘密にして納得したのか?」

美優「だって、一番大切なことは否定されませんでしたから」

晴「そっか」

美優「勘違いでもなくて、これは本当の感情でしたから」

晴「でも、同時に秘密にしないといけないものだった」

美優「瑞樹さんの夢は、私がこの感情を理解するよりも先に聞いてました」

晴「邪魔は出来ないから、黙ってたのか」

美優「はい。私達の仕事は、一人一人が違うたくさんの子供を預かる仕事です……理解のある人とは限りません」

晴「……」

美優「それが、預けたくないという感情に繋がるなら、秘密にすべきです」

晴「本当に、美優先生は一途なんだな」

美優「ふふっ……私は頑固なんです……」

晴「やっぱりさ」

美優「なんでしょう……」

晴「瑞樹先生には言った方がいいと思う」

美優「いいんですよ……」

晴「きっと、聞いてくれるぜ。瑞樹先生は、今でも美優先生が憧れてる優しいお姉さんのまんまだろ」

美優「だから、言えません」

晴「……どうして、だ」

美優「きっと、私のことを考えてくれます……でも、私は瑞樹さんにそんなことを考えてもらいなくないです」

晴「……」

美優「叶わない恋だということも、知ってますから……」

晴「……」

美優「大学時代に追いかけて行けなかったのは……一縷の望みが叶わなかったから、です」

晴「あっちも好きでいてくれること、か」

美優「瑞樹さん、お付き合いしている男性がいました」

晴「……そうだよな」

美優「私の初恋は叶いませんでした……でも、それで良いです」

晴「……」

美優「たぶん、あの頃だったら、自制できなかったかもしれないです」

晴「……」

美優「抱きしめて、好きだと言ってしまいそうでした。だから、近くに行けなかった」

晴「今は、どうなんだ」

美優「今も、好きです」

晴「そこじゃない。このままで、いいのか」

美優「はい……同じ夢を近くで見ているだけで、幸せです」

晴「なぁ、美優先生」

美優「なんでしょう……?」

晴「瑞樹先生のこと、好き過ぎるだろ」

美優「私も、そう思います」

晴「もっとさ、自分のために色々しようぜ」

美優「……」

晴「オレが言うのも、何か変だけど、もっと色々出来るはずだって」

美優「そうかもしれませんね」

晴「そうだな、サッカーでもするか?」

美優「ふふっ」

晴「あー、もう!悪かったな、サッカーぐらいしか思いつかないんだよ!」

美優「大丈夫ですよ。私は、憧れの人に教えてもらいました」

晴「なにをだ?」

美優「好きなものを増やして、好きなものが好きであり続けることが、楽しい人生だって」

晴「そっか。その人が言うなら、間違いないな」

美優「晴ちゃん」

晴「なんだ?」

美優「私はあいしてる人ために何でも出来るけど、人生はそれだけじゃないです」

晴「それは普通さ、言い切れないだろ」

美優「普通じゃ……ありませんから」

晴「……あ」

美優「だから、私はきっと味方になってあげられます。大多数や普通から離れた、子供たちのために」

晴「美優先生……」

美優「何か悩むことがあったら、言ってね。私は晴ちゃんの先生だから」

晴「ああ、オレな今、わかった」

美優「わかった、ですか……?」

晴「憧れなんて追いかけるの勿体ないぜ。美優先生は、もっともっと良い先生になれる」

美優「ありがとう、晴ちゃん」

晴「もちろん、瑞樹先生も良いよな。美優先生は、どこが好きなんだ?」

美優「えへへ……その恥ずかしいですけど」

晴「うんうん」

美優「全部です……」

晴「へ?」

美優「声が好きです。目元とかメイクしてなくても美人で、メイクするともっと美人です。あと、スタイルも良くて……水着姿はドキドキします」

晴「しまった。ねーちゃん来るまで、終わりそうもないな……」

34

北苗小学校・体育館

文香「行くとしたら……ここから」

文香「閉じてます、ね……」

文香「……なぜ」

文香「……」

文香「理由は、簡単ですね……」

文香「誰かが、閉じたから……」

文香「……」

文香「そうですか……」

文香「そちらに、いるのですね……」

文香「いいえ……後悔など……」

文香「そちらは……しているのですか」

文香「していたが……正しいでしょうか……」

文香「……」

文香「いいえ……そう、思います」

文香「迎えに行って、良いでしょうか……」

文香「はい……校庭に、三船先生といるのですね……」

文香「結んでください……」

35

少しだけ違う場所・校庭

晴「おっ」

美優「文香さん……」

文香「探しました……」

美優「私達の、文香さんですか」

晴「ああ。こっちのねーちゃんは……」

文香「知っています……晴ちゃん、三船先生には話をしましたか……?」

晴「ああ」

文香「どこまで、でしょうか……」

晴「ほとんど。オレのことも、ねーちゃんのことも、事件のことも」

文香「そう、ですか……」

美優「秘密、でしたか」

文香「そういうわけでは、ありませんが……説明が難しいので、その」

美優「良かった、です……知られたくないこともあるでしょうから」

晴「……」

文香「晴ちゃん、その……」

美優「文香さんの、話も聞いてあげてください……」

晴「ああ。わかってるよ、ありがとな、美優先生」

美優「どういたしまして……晴ちゃん」

晴「ねーちゃん」

文香「なんでしょう……?」

晴「戻ろう。オレのいる場所は、ねーちゃんと美優先生がいた世界だ」

文香「晴ちゃん……」

晴「それでいいよな、美優先生」

美優「はい……」

晴「帰ろう、ねーちゃん」

文香「ですが……その前に」

晴「やることがあるのか」

文香「おふたりを、こちらに閉じ込めたのはどなたですか」

36

少しだけ違う場所・体育館

文香「キグルミ……ですか」

美優「はい……体育館に置いてあったものだと」

文香「どなたかは、わかりませんね……」

晴「ああ」

文香「犯人でしょうか……?」

晴「何のだ」

文香「毒殺の、犯人です……」

美優「毒殺……」

晴「喫茶店のか」

文香「この世界では、毒の生成が簡単だと……」

美優「そうみたいです……」

晴「一家に一台の、小さな化学工場だ」

美優「それくらいしか……この場所は違いません」

文香「そのくらいの差でも、人は大きく変わります……」

晴「……そうだな」

美優「犯人はここに来て、毒物を入手した……」

文香「でも、特定は難しい……」

晴「ああ」

文香「……ふむ」

晴「わかったことは、犯人は移動できる」

文香「ええ……私が閉じたはずなのに」

美優「開いていました……」

晴「でも、向こうから閉じられてたら移動できない」

文香「つまり……こちらから来たわけではありません」

美優「……私達の世界に犯人がいるのですか」

文香「そういうこと、です……」

美優「……」

晴「見つけるしか、ないだろ」

文香「はい……」

晴「オレ達の場所は守らないと」

文香「……ええ」

美優「なんとか、移動を防げないでしょうか……」

文香「私のように閉じることを出来る人を見つけるのは……難しいと思います」

晴「なら、どうする」

美優「物理的に閉じるとか……」

文香「こちらの誰か、協力してくれるでしょうか……」

晴「心当たりはあるけど」

文香「どなたでしょうか……」

晴「こっちの志乃だ。多分、協力してくれる」

文香「……」

美優「別人ですから……会うのはためらいますか」

文香「お願いしましょう……案内していただけますか」

晴「古書店だ。オレらの志乃とほぼ同じだ」

文香「ええ……行きましょうか」

37

ほんの少しだけ違う場所・古書店

晴「よっ」

美優「お邪魔します……」

志乃「あら、また来たのね」

晴「紹介したい人がいるんだ」

志乃「どなたかし……ら」

文香「こんにちは……」

志乃「……」

文香「ご説明を……」

志乃「いいの、わかってるわ」

文香「……」

志乃「触ってもいいかしら……」

文香「……どうぞ」

志乃「……」

文香「頬に何か……」

志乃「肌が荒れてないわ、それに体も温かいわ……」

文香「……こちらの私は」

志乃「体が弱かったの……それでも、大学で学びたいと思って……」

文香「……」

志乃「元気にしてるかしら……?」

文香「はい……健康です」

志乃「ここにいた文香さんのこと……知ってるのね」

文香「……はい」

晴「証拠も、ここにいる」

志乃「もう一度だけ、会いたいと思っていたわ……」

文香「……ごめんなさい」

志乃「一度だけ、抱きしめさせて」

文香「それで……済むのなら」

志乃「そっちの私は元気かしら……」

文香「はい、お酒の量を減らして欲しいです……」

志乃「気をつけるわ……私も」

文香「ごめんなさい、先に行ってしまって……」

志乃「……本当に」

文香「志乃さんがいなくなったら……なんて考えるのも怖いです」

志乃「私も、そうだったわ……でも、ね」

美優「……」

志乃「生きていくわ……文香さんの好きだった場所を残すために」

文香「はい……」

志乃「……戻った方がいいわ」

文香「一つ、お願いがあります……」

志乃「そのために、来たのかしら……?」

文香「すみません、あなたの好意を利用します……」

志乃「いいのよ……それで、要件は」

文香「カギをかけてください……」

志乃「カギ……?」

文香「毒殺の入手経路を封じ込めます」

38

北苗小学校・体育館

晴「戻ってきたな」

美優「はい……」

文香「むこうの志乃さんと約束できて、良かったです……」

美優「席を長く空けてしまいました……」

文香「川島先生が探していました……」

美優「ふふ、なら急いで戻らないと……またね、晴ちゃん、文香さん」

晴「おう。また明日な、美優先生」

文香「……何か、お話しましたか」

晴「色々な」

文香「そうですか……」

晴「美優先生は、オレはオレのままで、ここにいて良いって」

文香「……」

晴「だから、ねーちゃんがどうして、オレをここに連れてくると決めたか、教えてくれないか」

文香「私を、許してくれますか……?」

晴「それは、聞いてから、だな」

文香「厳しいですね……」

晴「志乃が待ってるぞ。帰ろう」

文香「はい……帰りましょう、晴ちゃん」

39

古書店・Heron

文香「ただいま帰りました……」

志乃「お帰りなさい……」

晴「よっ」

志乃「今日は遅いと思ったら……晴ちゃんと寄り道をしていたの?」

文香「ちょっと、別の世界まで……」

志乃「……そう」

晴「毒を手に入れた場所はわかった」

文香「体育館の裏……少しだけ違う場所です」

志乃「そこから……」

晴「志乃が隠していたことも、わかった」

志乃「……」

晴「でも、大丈夫だ。あの旅人が言ったことは、もう気にならない」

志乃「信じていいのかしら……?」

文香「はい……もちろんです」

志乃「今日は閉店……お夕飯にしましょう」

文香「はい、志乃さん……」

40

古書店・Heron

志乃「毒殺犯の……経路」

晴「ああ。あっちの志乃に塞いで貰った」

文香「これ以上増えることはないかと……」

志乃「問題は……そこじゃないわ」

文香「ええ……」

晴「移動できることか」

志乃「黒幕は移動できるわ……予想はしていたけれど」

文香「……」

志乃「でも……どうして、かしら」

晴「何が、だ?」

志乃「晴ちゃんと三船先生を、向こうに行かせる意味は、あるのかしら……?」

文香「わかりません……」

晴「鏡のむこうの、奏みたいな意図は感じないよな」

志乃「ええ……そうだとしても、失敗してるわ」

晴「ああ」

志乃「文香さん……」

文香「どうしましたか……」

志乃「お料理、上達したわね……」

晴「練習してたもんな」

文香「大切なのは練習と、お勉強ですから……それと」

志乃「それ、と……?」

文香「変えようと、変わろうと思うほんの少しの勇気……です」

志乃「そうね……」

文香「私には、まだ踏み出せないことばかりですけど……」

志乃「少しずつでいいのよ……」

晴「……」

志乃「今日は神妙な顔してるのね……晴ちゃん」

晴「色々、わかったからさ」

文香「……」

晴「たぶんだけどよ。あっちのねーちゃんがしたことも、小さな勇気だった」

文香「そうだと、思います……」

晴「どうして、ねーちゃんはオレをここに呼んだんだ」

志乃「……文香さん」

文香「理由は……なんだったのでしょうか」

志乃「……」

文香「その日、私は叔父の古書店……ここに来ていて……」

晴「何があったんだ」

文香「……」

晴「ねーちゃん?」

文香「違う私のことを……話してもいいのでしょうか」

晴「ああ。あっちのねーちゃんは、その選択を間違いだとは思ってなかった」

文香「なら……お話します」

晴「……」

文香「むこうの私は隠し事をしています……隠し抜きました」

晴「え?」

文香「彼女は奇跡的に助かった晴ちゃんを見つけて、監禁したのです」

41

志乃「どういうこと、かしら……?」

文香「彼女はこうなるようにタイミングを見計らっていました……色々な場所の私を通じて、取り換えることを、狙っていました……」

晴「……」

文香「私は、そのうちの一人で……」

晴「ここにいた結城晴の……死体を見つけたのか」

文香「はい……事故死した遺体を」

志乃「そこからは……本当よ。私も知ってるわ……」

文香「後は……お分かりの通りです」

晴「オレはここに来て、家族に育てられた」

文香「はい……」

志乃「遺体は、むこう側へ」

文香「偶然でも何でもありません……」

晴「そうみたいだな」

文香「むこうの私が、彼女が考え得る最高の『物語』を作り出そうとした、結果です……」

志乃「……話してくれれば良かったのに」

文香「だって……」

志乃「私は文香さんの味方よ……いつも、いつまでも」

文香「私は、その計画に乗ってしまいました……身勝手な善意を押し付けるために」

晴「……」

文香「ごめんなさい……晴ちゃん」

晴「謝るなよ」

文香「……」

晴「ねーちゃん、聞いていいか」

文香「どうぞ……」

晴「普通じゃないことをしようとしてるのは、わかってたよな」

文香「……はい」

晴「別の場所の自分と会話できるのも、知ってたのか」

文香「その時は『本』のおかげだと……思っていました」

志乃「今なら……直接つながっていることがわかるのね」

文香「今も、その彼女の一部は私の中で結ばれています……」

晴「オレは、そいつには聞いてない」

文香「私に……ですか」

晴「ああ。オレはここに来た以上は、ここの人間だ。だから、ねーちゃんの気持ちが聞きたい」

文香「私の気持ち……」

晴「オレがここにいることは、間違いか」

志乃「……」

晴「オレを連れてきたのは、自分で物語を作るためか」

文香「……」

晴「どうなんだ」

文香「違います……私は、ただ……」

晴「……」

文香「家族を失うのは……辛いことだと、色々な私が教えてくれたから……」

志乃「……」

文香「本当に本当じゃなくても……家族を失わせたくなくて……その……」

志乃「晴ちゃん」

晴「やっぱり、美優先生の言うとおりだ」

志乃「文香さんは……決めたのでしょう」

晴「自分で決めたんだ。小さな勇気で、オレを助けてくれた」

志乃「変えてしまうけれど……それでも、最良の選択を」

文香「ごめんなさい……晴ちゃん」

晴「わかった。オレは、ねーちゃんが謝らなくて済むようにする」

志乃「つまり……」

晴「オレ、ここにいるよ」

文香「晴ちゃん……」

志乃「決意は受け取っておきなさい、文香さん」

文香「許して……くれますか」

晴「謝るのは、オレの方だ。どこから来たかなんて、今のオレには関係ない」

志乃「……」

晴「オレさ」

文香「なんでしょう……」

晴「こっちにいた結城晴にはなれないけど、今のオレでいいんだな」

文香「ええ……」

晴「なら、オレはオレのまま行くよ。ねーちゃんがくれた、ここを走ってく」

文香「ありがとう……晴ちゃん」

晴「こっちこそ、ありがとよ。見ててくれよな、オレの夢が叶う所」

文香「もちろんです……」

志乃「……ふふ」

晴「なんだよ、ホッとしたような顔して」

志乃「本当にほっとしたわ……どうなるかと」

晴「志乃も心配するんだな」

志乃「人聞きが悪いわ……いつも心配してるの」

文香「すみません……もっと、安心できるようになります」

志乃「文香さんを責めてるわけじゃないわ」

晴「そうだよ。ねーちゃんはもっと自信を持とうぜ」

文香「ええ……ほんの少しの自信を持つように、なります……」

志乃「待ってるわ……お酒が飲めるようになる日も……ね」

文香「はい、志乃さん……」

晴「なんか、スッキリしたら腹が空いてきた」

文香「おかわりをお持ちしますか……?」

晴「頼む」

志乃「お酒のおかわりも……」

文香「志乃さんは控えてください……」

志乃「文香さんのケチ……」

文香「もっとたくさん心配をかけますから、その時まで……見ててください」

志乃「わかってるわ……もちろん」

晴「一つは問題解決だ。後は」

文香「事件の犯人を捕まえるだけ……」

志乃「今日はゆっくりお夕飯を食べて、終わりにしましょう……」

晴「決めることは、エネルギーがいるんだな」

文香「流されるだけは簡単ですが……決断とはそういうものです」

晴「見つけられるか」

文香「見つけます……必ず」

42

深夜

古書店・Heron

文香「……」

志乃「どうしたの……?」

文香「志乃さん、お休みになったのでは……」

志乃「物音が聞こえたから……どうしたの」

文香「探し物を……」

志乃「何かしら……?」

文香「『本』です……」

志乃「いくらでもあるわ……どんなものかしら」

文香「晴ちゃんを迎えた時に、私は『本』を見ました……」

志乃「最近まで持っていたものではないのかしら……?」

文香「はい……叔父の家のどこかにあると思うのですが……」

志乃「今は不要なものでしょう……」

文香「あの時……私はそれで、自分を出来ることを知りました」

志乃「別の誰かが……知ったということかしら」

文香「そうかもしれません……」

志乃「何が、書いてあったのかしら……?」

文香「異なる世界が近いこの場所と……その移動について、です」

志乃「……そう」

文香「本来ならば、同化して一本の線となる理を……無視した場所の」

志乃「本来なんて、言葉を使わないで。まるで今の文香さんが間違ってるみたい……」

文香「志乃さん……あの」

志乃「なにかしら……?」

文香「……私、どうしたらいいのでしょう」

志乃「……どうしたの、急に」

文香「ここにいる私は、何をすべきなのでしょう……」

志乃「使命なんてないわ、誰かから押し付けられるようなものは特に」

文香「……」

志乃「自分の心に従って……決めればいいの」

文香「……はい」

志乃「今日は、休みましょう……」

文香「おやすみなさい、志乃さん……」

志乃「文香さん、おやすみなさい」

43

数日後

古書店・Heron

茄子「こんにちはー」

文香「いらっしゃいませ……」

茄子「お昼のパトロールのついでに来てみました」

文香「お疲れ様です……」

茄子「文香さんも、平日は小学校で、休日は古書店だと大変じゃありませんか?」

文香「いいえ……どちらも代役ですから……」

茄子「司書さんと叔父さんが帰ってきたら、楽ですか?」

文香「どちらも4月には帰ってきます……そうしたら、大学生に戻るだけ、です……」

茄子「楽しそうですね、大学」

文香「そうかもしれません……」

茄子「私も異動になるかもしれないんですよー」

文香「そうなのですか……?」

茄子「交番勤務も楽しいですけど、それで満足していたらいけないですから」

文香「がんばってください……」

茄子「それで、何かわかりましたか?」

文香「いいえ……入手経路以外は何も」

茄子「最近は穏やかですね」

文香「事件が立て続けに起こっていましたから……」

茄子「もしかして、黒幕はもう犯行を止めたのでしょうか?」

文香「それなら……いいのですが」

茄子「でも、たぶん違いますよね」

文香「その理由は……」

茄子「無差別殺人なら、誰でもいいはずです」

文香「怪獣達にもターゲットが決められていました……」

茄子「執拗に姿を隠す必要も、事件そのものが目的ならいりません」

文香「ええ……」

茄子「文香さんを狙った理由もまだわかっていません……もう狙う必要がないのかも」

文香「気をつけます……」

茄子「見回りに来ますから、ご心配なく」

文香「お願いします……調査の方も」

茄子「はいっ!でも」

文香「でも……?」

茄子「事件がない時くらいは、心穏やかに過ごしてくださいね。疲れちゃいます」

文香「……わかりました」

茄子「それでは、失礼します。何かあったら、連絡くださいねー」

文香「お疲れ様でした……」

44



三船美優の自宅

美優「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます……高峯先生」

高峯のあ「いいのよ……明日のカウンセリングをキャンセルしたのは、私だもの……」

美優「紅茶をどうぞ……」

のあ「いただくわ……最近はどうかしら……?」

美優「カミングアウトを……しました」

のあ「どなたに、かしら……」

美優「生徒の一人です……」

のあ「そう……今の気持ちは」

美優「特に、穏やかです……」

のあ「秘密を隠し続けるのは……辛いことでしょう」

美優「……はい」

のあ「知ってくれる人物を増やすのは……良いことよ」

美優「……」

のあ「その生徒のお名前を聞いていいかしら……もちろん、秘密は守るわ」

美優「結城晴ちゃん、です……」

のあ「結城さんの娘さんね……忌避する感じはあったかしら」

美優「ないと思います……」

のあ「それなら、良いわ……そう、これを」

美優「これは……?」

のあ「紅茶用の香料よ……気分が落ち着くわ」

美優「オシャレな小瓶に入っていますね……わぁ、良い香り……」

のあ「雪乃さんに頼まれて集めていたのだけれど……残念なことになったわ」

美優「犯人は……まだ捕まってないですね」

のあ「ええ……差し上げるわ、どうぞ」

美優「いただきます……ほんのり甘みもあるんですね……美味しい」

のあ「三船さんは……これからも、隠し続けるのかしら」

美優「そのつもりです……先生にはご迷惑をおかけします」

のあ「そうね……」

美優「話せる人がいるだけで……変わります」

のあ「……」

美優「このままで……いいでしょうか」

のあ「あなたはどう思うかしら……」

美優「そう、ありたいです……」

のあ「……紅茶、美味しいわね」

美優「雪乃さんが選んでくれたものですから……」

のあ「もう二度と手に入れられないのは……惜しいけれど」

美優「はい……」

のあ「飲んであげるのが……本望でしょう」

美優「ええ……本当に美味しい」

のあ「卒業のシーズンね……学校はいかがかしら」

美優「準備で忙しいですけれど……楽しいです」

のあ「……」

美優「目標も出来ました……人とは違う子供の味方に私はなれますから……」

のあ「高い志ね……」

美優「がんばってみようと思います……」

のあ「そろそろ……いいかしら」

美優「何が、ですか……?」

のあ「もしも……」

美優「もしも?」

のあ「あなたが抱いている感情が、捻じ曲がった偶然から生まれたとしたら?」

美優「どういうこと、でしょう……」

のあ「苦しかったわね……もう、いいのよ」

美優「何を、言って……」

のあ「むこうのあなたは、結婚して幸せな家庭を築いていたわ。この世界が捻じ曲がってしまってるだけ……」

美優「先生……?」

のあ「だから、結ぶわ。この異常な世界を結びなおして……1つの本流にしないといけない」

美優「何の話ですか……?」

のあ「だから、もう苦しまなくていいの」

美優「言っていることが、わかりま……けほっ、え……?」

のあ「あなたの死は無駄にならず、そしてその結末さえ消える」

美優「ぁ、ごほっ、息が……」

のあ「雪乃さんを殺した毒の名前は『好奇心』。毒という可能性を消すには十分な感情」

美優「あ、あなたが……」

のあ「毒の名前は『信頼』。疑いもしなかったでしょう。警察の報道が制限されているというのも、あるけれど」

美優「どうし、て……」

のあ「むこうのあなたに、カウンセラーは必要ないわ。因果の積み重なりで、この事象が起こっているのなら……正すべき」

美優「や、やめて……私、まだ、見ていたい……」

のあ「理解してるわ。あなたの苦しみを」

美優「私、そんな、ちが……う……あ、ああ…」

のあ「私は知っている。死の理由も、苦しみも、毒を飲む理由も」

美優「ぁ……ごほっ、ごほっ……ちが……」

のあ「いいのよ、救ってあげる……だから、おやすみなさい」

美優「あぁ……瑞樹さん……わたし……あなた、の……」

のあ「そう……やっぱり」

美優「ぁ……」

のあ「言いたかったのね、あいしている、と。カウンセラーにも本当の気持ちを漏らさないなんて……私も無力ね」

美優「……」

のあ「苦しい愛情の行方も、救ってあげる……」

のあ「だから……もう少しだけ時間をちょうだい」

のあ「新しい世界でまた会いましょう……三船美優」

3/12

第3話 あいくるしい 了

最終話 宙を結ぶ
に続く。

オマケ・P達の視聴後

CoP「むぅ……」

PaP「どうした、深刻な顔して」

CoP「いや、この前のドラマの感想が来てまして」

PaP「ほうほう。見ていいか」

CoP「どうぞ」

PaP「美優お姉さま、わたくしが御慰めしてあげますわ……?」

CoP「こんな手紙が良く来るので、どうしようか、と。まぁ、それ以外も玉石混交です」

PaP「良いことだと思えばいい。それほどまでに何かが伝わった、ってことだろ」

CoP「そうですね。見せることにします」

PaP「次の良いステップになるといいな」

CoP「ええ」

PaP「だが、しかし」

CoP「なんですか」

PaP「やっぱり、僕も担任の美優先生がよかったなぁ。ドキドキして、授業が聞けない自信がある」

CoP「えぇ……」

あとがき

あいくるしい、の解釈には大分バイアスがかかっております。

次回は最終話、
鷹富士茄子「文香の怪奇帳・宙を結ぶ」
+エピローグ「ブライトブルー」
です。

それでは。

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