鷺沢文香「文香の怪奇帳・鏡裏」 (130)
あらすじ
最後に残った一人の鷺沢文香は小学校の図書館で働きながら、怪奇事件の謎を追う。
注
そんなドラマにアイドルが出演するようです。
設定は全てドラマ内のものです。
グロ注意。
それでは、投下していきます。
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目次
プロローグ 追うモノ
第1話 鏡裏
第2話 怪獣の姫君(仮)
第3話 あいくるしい(仮)
最終話 宙を結ぶ(仮)
エピローグ ブライト・ブルー(仮)
メインキャスト
鷺沢文香・叔父の古書店でバイトをしている大学生
結城晴・北苗小学校の6年生
柊志乃・古書店の雇われ店長
鷹富士茄子・派出所の警察官
古賀小春・北苗小学校の6年生
櫻井桃華・北苗小学校の6年生
橘ありす・北苗小学校の6年生
メアリー・コクラン・北苗小学校の5年生
赤城みりあ・北苗小学校の5年生
遊佐こずえ・北苗小学校の5年生
佐々木千枝・北苗小学校の5年生
佐城雪美・北苗小学校の4年生
福山舞・北苗小学校の4年生
市原仁奈・北苗小学校の3年生
龍崎薫・北苗小学校の3年生
横山千佳・北苗小学校の3年生
三船美優・6年生の担任教師
斉藤洋子・6年生の担任教師
真鍋いつき・5年生の担任教師
持田亜里沙・5年生の担任教師
川島瑞樹・4年生の担任教師
和久井留美・3年生の担任教師
プロローグ・追うモノ
逃げなければ、追われませんよ。
その恐怖も……感じずに終わります。
1
夕闇の道
オレは追いかけられてる。
それを最初は犬だと思った。痩せた犬だと思った。
それは追いかけてきた。全然速くなかった。
オレは足には自信があったし、簡単に逃げ切れると思った。
だけど、今もまだ追いかけられてる。
ずっと、逃げ続けてる。
おかしいだろ!
なんで、人もいないんだ!
暗くなってきたのに、明かりがついた家がない。
オレは追われてる。
逃げ続けて、追われ続けている。
追うモノの息が、聞こえてた。
振り返るのは、オレらしくなかった。
銀と赤の毛で、四本足の、舌がだらりと出た、猫か犬か狼か。
なんとなく、メスの気がするけど、ともかく怪物がいた。
怖かった。
怖いだなんて、ただの女の子みたいじゃないか。
逃げる、追われるから逃げる。
昨日見た、死体のニュースを思い出した。
ニュースでは流れてないひでぇウワサも聞いた。
追われてるなら、逃げないと。
一瞬だけ思った。
こんなに辛いなら、逃げなければいいんじゃないか?
ダメだ、ダメだっ!
諦めるか、そんなのオレらしくない!
チビだろうが、女だろうが、諦めない、何も諦めない、そう決めただろ。
走れ。走れ。走れ。
終わってないなら、諦めてないなら、なんだって起こる、コーチはそう言ってた。
「あった!」
明かりを見つけた!
オレは、その扉に飛び込んだ。
ドアノブには『古書買取』と書かれた板が掛かってた。
2
かつての古書店
鷺沢文香「わっ……」
結城晴「おい!助けてくれ!」
文香「そう言われましても……」
柊志乃「お客様は丁寧にね、文香さん」
文香「そうですね……いらっしゃいませ」
晴「呑気に挨拶してる場合じゃない!外に、なんかオカシイのが!」
志乃「わかってるわ。ここに来ること事態が間違いよ」
文香「カギを閉めてください……入ってきたら大変です」
志乃「はい。これで一安心かしら?」
晴「ぜぇ……はぁ……」
ガシャン!
晴「アイツだ、まだオレを追ってきてる!」
文香「アナタを……」
ガンガン!ガンガン!
志乃「追うモノ、ね……」
文香「はい……動いてますね。本棚で防ぎましょう……」
志乃「そうね。結城さんのお嬢さん、手伝って」
晴「お、おう!」
志乃「追うモノに命令したのは、誰かしら」
文香「わかりません……」
志乃「せっかく、掃除したのにね」
文香「仕方がありません……せめてこれだけでも」
志乃「一冊にして。逃げられないわ」
文香「残念です……よいしょ」
晴「はぁ、アイツは何なんだ!」
文香「追うモノです……」
志乃「少し落ち着きなさい。文香さん、お水をあげて」
文香「はい……どうぞ」
晴「ありがとよ……ふぅ」
ゴン!
晴「うわっ!」
志乃「準備をしましょう、懐中電灯はどこかしら」
文香「あそこです……外を見てきましたか?」
晴「見てきた……誰もいなかった」
ガシャン!
志乃「ここは、誰もいないのよ」
文香「代わりに、追うモノという存在がいます……」
晴「アレ……か」
文香「対象を捕まえるまで止まらない……機械と思ってください」
晴「……捕まったらどうなるんだ」
志乃「命令通りに」
文香「難しいことはできません……対象を間違えることも」
志乃「細かいことは出来ないわ。捕まえようとして殺してしまうことも多かったみたいよ」
晴「そんなのがいたら……」
文香「結果は……この通りです」
志乃「事件のこと、聞いてるかしら」
晴「……死体の話か」
志乃「追うモノを使った可能性があるわ」
文香「誰かが……ここから持ち出した、と」
晴「待て、なら、ここはどこなんだ?」
文香「寄り道をしましたか……?」
晴「してな……いや、ボールが転がったから空き地に入った」
文香「もう一か所ありましたか……」
志乃「懐中電灯はあったわ。荷物は」
文香「持っています……」
志乃「捨てていいものは捨てるわ」
ガン!ガンッ!
志乃「扉が持たないわ」
文香「裏口から……走れますか」
志乃「走らないと、殺されるわ」
晴「脅すな、走るよっ!」
志乃「良い返事よ……行きましょう」
晴「どこに」
文香「小学校、です」
3
追うモノの街
文香「誰もいません……」
志乃「いても困るわ」
文香「行きましょう……」
晴「本当に、小学校でいいのか?」
志乃「ええ」
文香「元の世界へ戻ります……」
晴「小学校から?」
志乃「正確に言えば、校庭の隅で」
ドーン……
晴「追ってきた!」
志乃「走って。よーい」
文香「どん……」
晴「……」
志乃「どうしたの?」
晴「遅い……大丈夫なのか?」
志乃「放っておけないタイプでしょう……」
晴「そんな話はしてない」
志乃「姿が見えたわ」
晴「アイツ、大きくなってないか?」
志乃「追うモノは目標を達成するのに手間取ると、変形するらしいわ」
晴「……ヤバイだろ、それ」
志乃「初めて見たわ」
晴「初めてなのかよ……」
志乃「私達は、記録でしかしらないの」
晴「大丈夫か、本当に?」
志乃「大丈夫よ。私達も走りましょう」
4
追うモノの街
文香「はぁ、はぁ……」
晴「ねーちゃん、大丈夫か?」
文香「大丈夫です……小学校までなら」
晴「そこで倒れたりしないよな!?」
志乃「大丈夫よ、たぶん」
晴「心配だな、うおっ、と!」
文香「はぁ、はぁ……」
晴「もう一体いる!」
志乃「ここには幾らでもいるわよ」
文香「追う対象が決まっていなければ……追ってきません」
志乃「距離が迫ってきたわね。出来る?」
文香「おいで……良い子です」
晴「良く、触れるな……」
志乃「命令元には優しいわ。最初は犬から作られたとも」
晴「……」
文香「見えますか……はい」
晴「話せるのか?」
文香「書いてあった通りに……してるだけです」
志乃「普通は出来ないわ」
文香「お願いします……少しだけ時間を」
晴「走って行った」
志乃「少しだけ猶予が出来たわ。文香さん、走って」
文香「はい……ふぅー、すー、はぁ……」
晴「なぁ、こうやって皆が命令したから、人がいないのか」
志乃「命令する人が誰もいなくなったから、ここは平和よ」
文香「ふぅ……」
晴「ここは、どこなんだ」
志乃「追うモノが産まれた世界線と、文香さんは言うわ」
文香「お待たせしました……走れます」
志乃「戻ったら、話してあげるわ。戻れたら、ね」
晴「怖いことを言うなよ!走るぞ!」
5
かつての小学校
晴「小学校はそのまま、なんだな」
文香「はぁはぁ……お水を」
志乃「どうぞ」
晴「アイツが見えたぞ!おいおい、大きくなってる!」
文香「負けてしまいました……か」
志乃「落ち着いて。まだ距離はあるわ」
晴「ここからどうやって戻るんだ!?」
文香「志乃さん……本を」
志乃「どれくらいかしら」
文香「すぐに……やります」
晴「その本、なんだ?」
文香「手順書です……私達の世界とここを結びます」
晴「結ぶ?」
志乃「世界は無数に並ぶ糸のように」
文香「……」ブツブツ
志乃「それをより合わせて繋ぐ」
晴「意味がわからない」
志乃「私も理解はしてないわ」
晴「見つかった!追うモノが来るぞ!」
文香「ありがとう……私のおかげで助かりました」
志乃「開いたようね」
晴「明かりだ……」
文香「入ってください……追うモノが来ます」
志乃「入って。時間がないわ」
晴「急に持ち上げるなよ!入るのかよ、心の準備が出来てない!」
6
北苗小学校・校庭
志乃「無事に到着」
文香「まだです……」
晴「来てる!」
文香「切ります……さようなら」
晴「……」
志乃「……」
文香「閉じました……追うモノは戸惑っていると思います」
志乃「一安心かしら」
晴「とりあえず、降ろしてくれ」
志乃「ごめんなさい。結城さんのお嬢さん」
晴「いろいろ聞きたいけどさ、どうして知ってるんだよ」
志乃「あら、お父さんとお兄さんがいつも褒めてるわよ。カワイイって」
晴「嘘だろ?」
文香「本当です……フリフリな服を着せたいとも」
晴「嘘だろ……」
文香「お話し中すみませんが……」
志乃「文香さん、どうしたの?」
文香「結城さんでしたか……?」
晴「ああ。助けてくれて、ありがとう」
文香「まだ終わっていません……教えてください」
晴「何を、教えればいいんだ?」
文香「迷い込んだ空き地を……教えてください」
7
迷い込みの空き地
文香「始めます……離れていてください」
志乃「ええ」
晴「なぁ」
志乃「なにかしら」
晴「ねーちゃんは何をやってるんだ」
志乃「経路を閉じてるの。誰も迷い込まないように」
晴「それは、さっき聞いたからわかる」
志乃「それなら、何が聞きたいの?」
晴「なんで、そんなことが出来るんだ?」
志乃「そうね……近いのよ」
晴「近い、何と?」
志乃「隣の世界と」
晴「隣の世界、さっきの場所みたいなのか?」
志乃「あなたがサッカーではなく、バレエを選んだ世界も捨てられたのよ。そんな捨てられた世界と近いの」
晴「オレがバレエ?」
志乃「ええ。バレエを」
晴「それはない。絶対にない」
志乃「それと同じように、追うモノも、あの世界以外では産まれてないの。小さな可能性は、捨てられて忘れられる」
晴「……」
志乃「その可能性を紡ぐのが、あの『本』よ」
晴「ねーちゃんが持ってる、あれか」
志乃「亡くなってしまった可能性と繋がるの」
晴「……」
志乃「わかったかしら」
晴「わかんねぇ。オレは勉強は苦手なんだよ」
志乃「そう。知りたくなったら、いつでも来なさい」
晴「でも、わかることもあるよ」
志乃「それは、なにかしら」
晴「あの、ねーちゃんは危ない」
志乃「だから、言ったでしょう」
晴「何か言ってたか?」
志乃「放っておけないタイプなの」
晴「そう、かもな」
文香「終わりました……あの」
志乃「どうしたの?」
文香「お二人とも楽しそうなので……何かありましたか」
晴「なるほど。これは心配だな」
志乃「ええ」
文香「あの……話が読めないのですが」
志乃「なんでもないわ……念のために、入れないようにしてもらいましょう」
文香「それが、良いかと……」
志乃「高峯地所ね……高峯ビルとオーナーは一緒かしら」
文香「そのようです……」
晴「あの、ねーちゃん」
文香「なんでしょう……」
晴「よくわかってないけど、助かった。ありがとな」
文香「いえ……私はただ」
志乃「お礼は素直に受け取っておきなさい」
文香「はい……無事で安心しました」
晴「でも、なんであの場所にいたんだ?」
文香「それは……」
志乃「その話はやめましょう」
文香「はい……」
志乃「落としたものはないかしら」
晴「あっ、ボール!しまった、怒られる!」
志乃「ボールは取りに戻れないわ」
文香「倉庫に転がっているかもしれません……今度探してみます」
志乃「戻りましょうか。夕食にしましょう」
文香「はい……もしご用事があれば」
志乃「私達の古書店に来るといいわ」
晴「ああ、その、色々気になるし」
志乃「でも」
晴「でも?」
志乃「早いうちにまた会えると思うわ」
8
翌日
映画館・オリオン堂
志乃「話がまとまって良かったわ」
文香「ええ……」
志乃「今よりも安全だと思うわ」
文香「はい……あ……」
志乃「お巡りさんがいるじゃない」
文香「……あぁ」
鷹富士茄子「あら、こんにちは~」
志乃「何があったのかしら」
茄子「秘密です」
文香「殺人ですか……」
茄子「ふふっ」
志乃「笑って誤魔化せないわよ」
茄子「お察しの通り傷害事件です。入らないでくださいね?」
文香「はい……」
志乃「少しは様子を教えてくれてもいいじゃない?」
茄子「とっても酷いですよ?」
文香「食い殺された……?」
茄子「違います。それは前の事件ですよ」
志乃「なら、今回は」
茄子「扼殺です。でも、オカシイんですよ」
文香「何がでしょう……?」
茄子「首を両手で強く絞められた跡がついてました」
志乃「それは……お悔やみを」
茄子「それ、自分のものみたいなんです」
文香「え……」
茄子「本庁に電話をしますので、失礼します。握野さん、こんにちは。はい、今日もお手柄ですよー」
志乃「……」
文香「……あぁ」
志乃「文香さんが気に病むことじゃないわ」
文香「ですが……」
志乃「追うモノではないわね」
文香「次に移ったようです……」
志乃「想像以上に、危険かしら」
文香「わかっています……でも」
志乃「逃げてもいいわ。文香さんの叔父さんも危険なことは願っていない」
文香「……」
志乃「あなたが無事なら、それで」
文香「私が……向かい合わないと」
志乃「……ええ。無理はしないで」
文香「わかっています。お店に戻りましょう……」
9
翌週 月曜日
北苗小学校・図書室
晴「橘はいつもうるさいんだよ、別に返却期限が一日くらい過ぎたっていいじゃんか」
文香「……あら」
晴「あれ?」
文香「こんにちは……ご返却ですか」
晴「何してるんだよ、ねーちゃん」
文香「司書の代理です……」
晴「それは、見ればわかるって」
文香「なら……調べ物を」
晴「調べ物?」
文香「小学校は一番近いのです……見捨てられた世界と」
プロローグ・追うモノ
了
第1話・鏡裏
に続く。
第1話・鏡裏
10/12
鏡の世界の私に、願いをこめて。
1
某年2月
北苗小学校・図書室
北苗小学校
北苗町にある公立小学校。全校生徒約500人。創立記念日は3月25日。
鷺沢文香「ご返却ですか……?」
結城晴「ご返却はご返却だけどさぁ……」
鷺沢文香
文学部の学生。大学の春休みということで、アルバイトで司書を務めている。誕生日は10月27日。
結城晴
北苗小学校の6年生。男女混合のサッカーチームでプレーしている。誕生日は7月17日。
文香「お預かりします……」
晴「司書のおばちゃんは?」
文香「貸出期限が切れています……次は気をつけてください」
晴「わかってるよ」
文香「この本は……読みましたか」
晴「ごめん、読んでない」
文香「児童文学に分類はされますが……良質なミステリーです」
晴「そうなのか?」
文香「メインとなる3人のキャラクターにも注目です……」
晴「でも、読書はオレのキャラじゃない」
文香「そうですか……」
晴「そんなに悲しそうな顔しないでくれよ」
文香「いいえ……でも、時にはゆっくりと書に触れ合って欲しいと思います」
晴「で、なんでここにいるんだよ?」
文香「図書室では……お静かに」
晴「オレとねーちゃん以外誰もいないけど」
文香「……」
晴「わかったよ。オレ、練習があるから行くぜ」
文香「あの……仕事が終わった後なら」
晴「ここだと話せないのか?」
文香「ここは図書館ですので……」
晴「ねーちゃんはマイペースだな」
文香「待っていますから……一緒に帰りましょう」
晴「前みたいに何かあったら困るからな。わかった、待ってろよ」
文香「晴さんはもう平気です……私が……」
晴「ねーちゃん、何か言ったか?」
文香「なんでもありません……練習、がんばってください」
2
古書店・Heron
古書店・Heron
鷺沢文香の叔父が営む古書店。北苗商店街のはずれにある。
文香「ただいま帰りました……」
晴「おじゃましまーす」
柊志乃「お帰りなさい。あら……いらっしゃい、結城さんのお嬢さん」
柊志乃
古書店の雇われ店長。文香曰く、叔父とどのような関係かはわからないとのこと。誕生日は12月25日、クリスマス。
晴「呼び方を変えてくれないか、お嬢さんは恥ずかしい」
志乃「そうね……晴ちゃん、こんにちは」
晴「なんか、印象違うな」
文香「いつも通りです……」
晴「あそこで会った時はもう少しシャキッとしてた」
志乃「リラックスしてるのよ……」
文香「お酒は控えてください……」
志乃「適度にしてるわ……晴ちゃんは探し物でもあるのかしら」
晴「違う」
志乃「そう……ありすちゃんはご贔屓にしてもらってるのに」
晴「ありす、って橘か?」
志乃「ええ……橘ありすちゃん」
晴「橘、名前で呼ばれるの嫌いなんだよ。苗字で呼んでくれ」
志乃「あら、そうなの……覚えておくわ」
文香「本を探してないのですか……残念、です」
晴「なんでねーちゃんが残念がるんだよ。オレは話を聞きに来たんだ」
志乃「お話ね……何を聞きたいのかしら」
晴「あの時のこととか、ねーちゃんが図書室にいることとか」
志乃「文香さん、話してないの……?」
文香「はい……外で話すことではありませんから」
志乃「……それもそうね」
晴「なぁ、何か秘密があるのか」
文香「秘密は女の魅力……ですから」
晴「はぁ?ドラマのセリフみたいだな」
志乃「……晴ちゃん」
晴「なんだ?」
志乃「お夕飯をご馳走するわ」
文香「今日は閉店です……」
志乃「お家にも連絡しておくわ……」
晴「なら、遠慮しないぞ」
志乃「何も知らないという選択もあるわ……引き返すなら今よ」
晴「……怖いこと言うなよ」
志乃「どうするのかしら……?」
晴「聞くよ」
文香「……良かったです」
志乃「文香さんの味方をしてあげて、晴ちゃん」
晴「……?」
志乃「文香さん、奥に案内してあげて……店じまいはしておくわ」
3
古書店・Heron
晴「司書のおばちゃん、入院してんの?」
文香「はい……もともと持病があったようです」
志乃「2ヶ月ゆっくりとお休みを……文香さんはその代理よ」
晴「おばちゃん、いつも元気だったのに」
志乃「持病を持ってるかなんて、わからないわ」
晴「そうだったのか、健康そのものだと思ってたのに」
文香「本当というモノは……目には見えないものかもしれません」
志乃「……」
文香「お味噌汁……いかがですか」
晴「正直に言っていいのか」
志乃「言った方が文香さんのためよ」
晴「味が薄い」
志乃「体に良いわ……」
文香「すみません……今度は気をつけます」
晴「いつも、ねーちゃんが夕飯を作ってるのか?」
志乃「ええ……花嫁修業も兼ねて」
文香「そのつもりはありません……」
晴「二人はどんな関係なんだ?」
文香「ここは叔父が営んでいます……私はバイトです」
志乃「私は店長よ。叔父様に雇われてるの」
晴「その叔父さんは?」
志乃「うふ……」
文香「叔父は……」
晴「……聞いちゃいけなかったか」
文香「長い旅行に出ています……叔父は貯蓄が得意だったみたいです」
晴「旅行かよ」
志乃「今日もあれが届いたわ……」
晴「ダンボールか?」
文香「古書を漁りながら……国内国外を楽しんでいるようです」
志乃「文香さんも着いて行けばよかったのに……」
文香「私は……外出するのは好きではありませんから」
志乃「……」
晴「ねーちゃんとは違うタイプみたいだな」
志乃「ええ……行動的な独身貴族ね」
晴「二人は、ここに住んでんの?」
文香「居候をしています……志乃さんは住み込みです」
志乃「叔父様がいない間は借りてるの」
文香「誰かがいてくれると……安心します」
晴「……いないと安心できないのか」
文香「……」
晴「この前も映画館で、死体が出たとか言ってた」
志乃「そうね……」
晴「学校に、なんかあるって言ってるし」
文香「はい……あそこは特殊な場所ですから」
晴「わかんねぇよ。そんなこと言われても」
文香「私は司書の仕事のためだけに……あそこにいるわけではありません」
晴「調べ物、って言ってたな」
文香「はい……」
志乃「少し、待ってちょうだい」
文香「何か……」
志乃「追うモノの話からした方がいいわ。話してくれるお客様が来るの」
晴「客?」
ピンポーン!
志乃「お迎えしてくるわ……待ってて」
晴「オレも知ってる人か?」
文香「商店街の人なら、知らない人はいないかと……」
4
古書店・Heron
鷹富士茄子「こんばんは~」
鷹富士茄子
北苗商店街派出所に勤務している警察官。誕生日は1月1日。何の因果かとても運が良い。
晴「あ、茄子だ」
茄子「茄子じゃなくて茄子ですよ~」
晴「わかってるって」
文香「お約束……です」
志乃「茄子ちゃん。好きな所に座って」
文香「お味噌汁を持ってきます……」
茄子「失礼します」
晴「茄子は何か知ってるのか?」
茄子「何でも知ってますよ♪」
晴「何でも、か」
茄子「冗談です。私は、ちょっと運が良いだけの、派出所勤務の警察官です」
晴「ちょっとじゃないだろ……」
志乃「茄子さん、お酒はいかが?良い清酒が送られてきたの」
茄子「今日は遠慮しておきます。またの機会に」
志乃「そう、残念」
茄子「そうそう、お土産を持って来たんですよ」
晴「おっ、コロッケだ」
茄子「二階堂さんのコロッケ大好きなんです。皆さんもどうぞ」
志乃「いただくわ……文香さん」
文香「はい……なんでしょう」
志乃「ソースを持ってきてくれる?」
文香「わかりました……茄子さん、お味噌汁をどうぞ」
茄子「ありがとうございます。あら、油揚げですね、食べたかったんですよー」
文香「ソース、ソース……」
茄子「お腹が空きました。いただきます」
晴「味、薄くないか?」
茄子「私、薄味くらいが好きですよ♪」
文香「ソースをどうぞ……」
茄子「ありがとうございます。晴さんは、どうしてこちらに?」
晴「オレは話を聞きに来たんだ。茄子こそ、いつも来てるのか?」
茄子「最近になってから、です」
文香「コロッケ、いただきます……」
茄子「どうぞ、召し上がれ」
晴「事件があったから、か?」
志乃「その通りよ……」
文香「……はい」
茄子「秘密ですよ?」
晴「悪いこと、してんのか」
茄子「悪いことをしてるのは、私だけです」
晴「ニコニコしながら言うなよ」
文香「……すみません」
晴「ねーちゃんに言ったわけじゃないよ」
文香「そもそもの悪いのは……私ですから」
志乃「悪くはないわ……始まりだっただけ」
晴「何があったんだ?」
茄子「お味噌汁だけ飲ませてください。そしたら、3つの話をしましょう
5
古書店・Heron
志乃「話は3つ」
晴「えっと、追うモノだろ」
茄子「映画館の話は、これからしますね。資料を持ってきました」
晴「もう一個は?」
志乃「それが最初の話よ」
文香「茄子さんに相談したのも……その件からです」
茄子「はい。相談内容は不審者でした」
志乃「そうね……」
晴「不審者?」
茄子「北苗町は平和で閑静な町ですけど、偶にはあります」
文香「……」
志乃「古書店に覗きが現れたのもこの頃」
晴「ねーちゃんが狙われたのか?」
文香「わかりません……」
茄子「志乃さんに相談されまして、私がパトロールをすることになりました」
晴「それで、捕まったのか?」
志乃「いいえ……」
茄子「見つかりませんでした」
晴「あのさ、普通に客として来てるんじゃないか」
茄子「それはちゃんと考えてますよ」
文香「常連さんと近所の方は、志乃さんが覚えてますから……」
志乃「それ以外の人で怪しい人はいなかったわ」
晴「茄子が見回るようになったから、いなくなったのか?」
茄子「それなら、良かったですけど」
文香「……違いました」
志乃「追うモノが出たのよ」
晴「あれが……出た」
茄子「追うモノは文香さんを捕まえることには失敗しました」
志乃「晴ちゃんは見てないと思うけど、対象が少なくとも同一の世界線にいなければ駆動しないわ」
文香「私は……逃げ込むことで回避しました」
志乃「文香さんは、もともと追うモノの世界を使ってたのよ」
文香「すみません……」
茄子「でも、それで助かりました」
文香「助かったのは……私が知っていたからです」
志乃「でも、二つ目が起こるわ」
晴「死体の話、か」
茄子「その手の話は、大丈夫ですか」
晴「もちろんだ。子供じゃないからな」
志乃「あら、私は文香さんを子供みたいに思ってるわ」
文香「私も早く大人に……」
志乃「焦らないでいいわ……その話は置いておきましょう」
茄子「はい。追うモノによる被害者が出ました」
晴「ねーちゃん、以外のか」
茄子「被害者の名前は涼宮星花さんです。文香さんと同じ大学の学生でした」
涼宮星花
被害者となった大学生。衣服を引きちぎられ、咬傷だらけの状態で倒れていたのを発見された。誕生日は8月28日だった。
晴「ねーちゃんの知り合いか?」
文香「いいえ……その、私は交友関係が広くありませんから……」
茄子「ニュースは見ましたか?」
晴「ああ、なんか通り魔とか言ってたな」
茄子「追うモノは見ました?」
晴「ああ」
茄子「追うモノに、食い殺されました」
晴「……」
茄子「写真を見ます?刑事課の握野さんと片桐巡査部長には秘密ですよ?」
晴「いや、いい。見なくていい」
茄子「まず、足を狙ったようです。捕まえるために」
晴「……」
茄子「金品等は一切盗まれていませんでした。所持していたバイオリンには興味を示していません」
志乃「追うモノは目的を達成したわ」
文香「そして……消えました」
茄子「はい。逃走した、獣の情報は一切ありませんでした」
文香「私は……次に追われることはありませんでした」
晴「ねーちゃんを狙ったけど、間違えた?」
志乃「追うモノの精度は高いとは言えないわ」
文香「対象を間違えた……可能性はあります」
茄子「目撃者もほとんどいません。いつもの通学路で、もっとも人通りが少ない所で狙われています」
晴「じゃあ、茄子はねーちゃん以外にも狙われてる人がいるって言いたいのか」
茄子「その通りです」
晴「でもさ、追うモノの、あの場所にはもう行けないよな?」
志乃「空き地の隙間を埋めたから、行けなくなったことを祈るわ」
茄子「でも、解決ではありませんでした」
文香「実際に……次の被害者も出ましたから」
6
古書店・Heron
晴「2人目、いや3人目か?」
文香「……はい」
志乃「事件は3つ目」
茄子「被害者は、速水奏さん。高校生です」
速水奏
2人目の被害者となった高校生。映画館・オリオン堂で扼殺された状態で発見された。誕生日は7月1日。
晴「奏……」
茄子「知ってますか?」
晴「知ってるよ。サッカーのドキュメンタリー映画を見に行ったら、オレと奏しかいなかったから」
志乃「いつも古い映画を上映してるのよね……」
文香「新作のフィルムを買えないし……おじいさんが趣味と募金で開けているだけですから」
晴「なんで、奏が」
文香「わかりません……」
志乃「……」
晴「ごめん、わかるわけないよな」
茄子「わかるのは、状況だけです」
晴「何が、あったんだ」
茄子「これも口外しないでくださいね」
文香「わかっています……」
茄子「この日の夕方も、オリオン堂は倉庫の奥から引っ張ってきた古い映画を上映していました」
文香「タイトルは……なんでしょう」
茄子「掠れていて読めませんでした」
晴「ん?どうやって、そんな映画を見る気になるんだ?」
茄子「オリオン堂のご主人によると、上映時間だけ掲示したそうです」
志乃「それで、常連の奏さんが来たのね」
茄子「ええ。奏さんはタイトルもわからないことを了解して、この映画を見始めていますね」
文香「料金を払っていますか……」
茄子「はい。これを見てください」
志乃「事件の日付、夕方、来客1名」
晴「あの映画館、本当に人いないんだな」
文香「事件は……上映中でしょうか」
茄子「はい。死亡推定時刻から、上映中だと思われます」
晴「なら、映画館のじいちゃんが見てるんじゃないか?」
茄子「上映中は映写室にいるんですよ」
志乃「劇場の様子は見えない……」
茄子「戦争映画で音も大きかったらしいです」
文香「行為を止めるのは難しい……」
晴「じゃあさ、受け付けは?」
茄子「この写真の通りです。隣の映写室と繋がってはいますが、鈴を鳴らさないと出てきません。横目には見えてる程度ですね」
志乃「ご主人も映画を見てるのね。楽しい仕事だわ」
文香「守るのが……大切な仕事ですから」
晴「上映中に誰か入ったとか?」
茄子「その可能性はありますが、ご主人は見ていないと」
志乃「監視カメラは……?」
茄子「なかったです」
晴「他になんかないのか?」
茄子「上映中に声をかけた人物が、1人います」
晴「なら、そいつが犯人だろ」
茄子「そうだと思います」
晴「なら、そいつを捕まえればいいだろ」
文香「……」
晴「なんだよ、難しい顔して」
志乃「私は察しがついてるわ」
茄子「話しかけた内容は、『お手洗いを借りたから、再入場するわね』」
晴「は?」
茄子「その1人は、速水奏さんです」
7
古書店・Heron
文香「そういうことですか……」
志乃「追うモノを使うことは諦めたようね」
茄子「そうみたいです」
晴「待った。意味がわからない」
志乃「晴ちゃんの言った通りよ……」
晴「オレの言った通り?」
文香「はい……犯人はどなたですか」
晴「声をかけた奴が犯人」
志乃「なら、その人は誰?」
晴「声をかけたのは奏?待て待て待て、奏が被害者で奏が犯人とでも言いたいのかよ」
茄子「ええ」
晴「自殺なのか?」
茄子「違います」
晴「あ、もう、わけわかんねぇよ」
文香「犯人は奏さんです……」
志乃「殺された奏さんと殺した奏さんは、同じ人物であり、別人よ」
晴「……ん?」
茄子「これを見てください。遺体の写真です」
文香「綺麗な人ですね……」
晴「その感想はどうなんだよ、ねーちゃん」
文香「あ……すみません……」
茄子「首の骨は折れてました。とても強い力をかけられたようです」
志乃「首ね。痕がついてるわ」
茄子「首を両手で絞められた痕があります。これから、犯人の手がわかるんですよ」
文香「奏さんのものだったのですか……」
茄子「今日、監察医の桜庭さんから検視結果が来ました。正式なものです」
文香「首筋に別の血が……」
茄子「犯人のものだと思われますが。血は奏さんのものでした」
晴「自分で絞めたわけじゃないよな」
志乃「それなら、この写真はおかしいわ」
文香「両手は広がっています……」
志乃「手は綺麗ね。人を殺した手には思えない」
茄子「床に押し倒された際にケガもしていますし、少なくとも誰かがいたのは間違いないと思いますよ」
晴「……」
茄子「新しい足跡は3つでした。ご主人のもの、被害者のもの、犯人のもの」
文香「犯人のものは……」
茄子「奏さんの自宅にあった靴と一致しました。本当に同じものかは不明です」
志乃「困ったわね」
茄子「まとめるとこうです。上映中にご主人をかけて、犯人は館内に入りました」
文香「犯行は行われた……」
志乃「床に押し倒して、首を両手で絞めて殺害した」
晴「問題はそこじゃなくて……」
茄子「犯人が奏さん本人と似ています。DNAレベルで一致している、他人です」
志乃「一卵性双生児がいるわけないわよね」
茄子「もちろんです。奏さんのエコー写真まで全部残ってるんですよ?」
文香「同一人物がいないと……仮定するならば」
茄子「この事件は、奏さんが館内で自殺したということにしか出来ません」
志乃「それは、この世界というルールでのみ成立すること……」
茄子「彼女が自身の細い腕で、白い首が折れるほどに絞めたと、するしかありません」
文香「……」
茄子「だから、助けてください」
文香「この世の理屈でないこと……」
茄子「どこからか現れた、もう一人の彼女を見つけないといけません」
志乃「それと」
茄子「その人を招き入れた人物も、です」
8
古書店・Heron
晴「……」
茄子「資料をどうぞ。持ち出したのは秘密です」
志乃「ありがとう。参考にするわ」
晴「むぅ……」
志乃「どう、わかったかしら」
晴「いや、わからねぇ」
茄子「普通、そうですよ」
晴「茄子はなんでそんなに受け入れてるんだ?」
茄子「私の勘が本当だと言ってるからです。私の勘、良く当たるんです」
晴「茄子の勘なら当たりそうだな」
文香「それで……晴ちゃん」
晴「なんだ?」
文香「夕方の質問に答えます……」
晴「今か?なんで、あそこにいるのか、だよな」
文香「晴ちゃんは知ってると思いますが……学校が一番近いのです」
志乃「隣の世界と」
茄子「なんていうのでしょう、パラレルワールド?」
志乃「そうとも言うわね……そう一意的に定義できるものではないけれど」
文香「私は……この事件を調べないといけません」
志乃「ここでない、忘れ去られた世界を悪用されないように」
茄子「まずは、奏さんを殺した奏さんを探して欲しいです」
晴「いや、待てよ」
文香「なんでしょう……」
晴「ねーちゃんは、オレを助けてくれた恩人でもあるけどさ」
志乃「そうね、狙われている被害者でもあるわ」
晴「危険だろ。それにさ、ねーちゃんがそういうことに向いてるとは思えない。志乃と茄子ならいいけどさ」
茄子「もー、晴ちゃん、私も女の子なんですー」
志乃「私は……女の子から熟成したわ。食べ頃よ」
晴「志乃は何言ってんだ……話を逸らすなよ」
志乃「いいえ。文香さんのためよ」
晴「なんでだ」
志乃「追うモノとニセモノをけしかけた犯人、黒幕とでもしておこうかしら」
茄子「黒幕と鉢合わせる可能性は減ります」
文香「黒幕は……姿を一切見せていません」
志乃「非常に用心深いわ。なによりも、この世界にない物を使ってるのが証拠よ」
茄子「昼の小学校ならば、人の目があるから黒幕と鉢合わせません」
文香「もし……夜に調査をするならば」
志乃「それだけで危険ね」
茄子「だから、お願いがあります」
志乃「文香さんを助けてあげて」
晴「なるほど、な」
文香「お願いします……」
茄子「まずは、一緒に帰るところから始めましょう♪」
志乃「ええ……何事も小さな一歩から」
晴「わかった。協力する」
文香「ありがとうございます……」
晴「でも、聞いていいか」
志乃「なに?」
晴「ねーちゃんしか、隣の世界と繋げられないのか?」
志乃「ええ」
茄子「そうみたいです。黒幕はどの程度なのかはわかりません」
晴「なら、どうしてねーちゃんは繋げられるんだ?」
文香「……」
志乃「文香さん」
文香「それは……」
晴「聞いちゃいけないこと、だったか。茄子は知ってるのか?」
茄子「理屈は知らないです」
晴「なら、辞めておくよ」
志乃「どうするの、文香さん」
文香「後でお話します……」
晴「わかった」
文香「この世界と私が……どれだけ危うい場所に立っているか、それを知ってからでも遅くはないと思います」
茄子「……」
文香「その時に……お話します」
9
古書店・Heron
茄子「ごちそうさまでしたー。また来ますね」
晴「ごちそうさまでしたっ、ねーちゃん、また明日な!」
文香「はい……おやすみなさい」
志乃「おやすみなさい……」
茄子「さ、晴さんは私が送っていきますね」
晴「茄子と一緒なら平気だな」
茄子「遅くなるとお兄さんたちが心配しますから、行きましょう」
晴「ああ」
茄子「……」
晴「……なぁ」
茄子「なんでしょう?」
晴「茄子は平気なのか?」
茄子「何がです?」
晴「変なことが起こってるぞ。追うモノは本当に怖かった」
茄子「そうですね……私は」
晴「私は?」
茄子「怖くありません。私は警察官ですから」
晴「怖いものは怖いよ」
茄子「それに、私は運がいいですから♪」
晴「銃弾の海でも当たらなそうだな」
茄子「はい。だから、私の心配はいりません」
晴「心配なのは、ねーちゃんか」
茄子「ええ。でも、文香さんを頼るしかありません」
晴「……不安だ」
茄子「だから、助けてあげてください」
晴「ああ、わかってるよ」
茄子「晴れちゃん、約束してくださいね」
晴「何を?」
茄子「あなたはあなた、ここはあなたの場所、絶対に忘れないでくださいね」
晴「どういう意味だ?」
茄子「あっ、コンビニ。新しく入った店員さんがイケメンって評判です」
晴「ふーん……」
茄子「アイスを食べましょう!お姉さんがごちそうしますよー」
晴「……なんでもいいのか?」
茄子「どうぞ!ゴディパでも、ピエール・エレメでも!」
晴「知らないけどさ、それはコンビニで売ってないだろ」
10
翌日
北苗小学校・図書室
晴「ねーちゃん、いるか?」
文香「います……おはようございます」
三船美優「おはよう、晴ちゃん」
三船美優
北苗小学校の教諭。6年生、晴のクラスの担任。誕生日は2月25日。優しく穏やかで人気がある。
晴「美優先生、おっす」
美優「おはようございます、ね?」
晴「……おはよう」
文香「何か……ご用でしょうか」
晴「いや、確認に来ただけだよ。ねーちゃん、朝弱そうだし」
文香「それは……事実ですが」
晴「美優先生はなにしてんだ?」
美優「午後の授業でお借りするので、相談に」
晴「なんだっけ?」
美優「歴史ですよ」
文香「調べ物の……仕方です」
晴「そっか」
美優「鷺沢さん、午後からお願いします」
文香「はい……お願いしていたもの頂いてありがとうございます」
美優「いいえ、でも学校の間取図なんて何に使うのですか?」
文香「えっと、その……建物の間取りを見るのが好きで……ええ、と」
晴「言い訳がヘタクソだな……」
キーンコーンカンコーン……
美優「5分前ですね。晴ちゃん、教室に行きませんか」
晴「おう。ねーちゃん、またな」
文香「はい……お勉強、がんばってください」
11
北苗小学校・図書室
午前中の休み時間
橘ありす「こんにちは」
橘ありす
晴のクラスメイト。読書、特にミステリーが好き。誕生日は7月31日。
文香「こんにちは……」
ありす「貸し出しをお願いします」
文香「はい……」
ありす「……」
文香「どうぞ……返却期限はいつも守っていただいてるようですね」
ありす「もちろんです」
文香「図書館も古書店も今後ともよろしくお願いします……」
ありす「……」
文香「……」
ありす「……」
文香「……」
ありす「あの」
文香「……どうかしましたか」
ありす「何をしてるのですか?」
文香「ええと……」
ありす「学校の地図、ですか?」
文香「はい……来て日が浅いので覚えようか、と」
ありす「歩けばいいじゃないですか?」
文香「確かに……そうですね。ありがとうございます」
ありす「不思議な人ですね。授業が始まるので、失礼します」
文香「はい……よろしくお願いします」
12
お昼前
北苗小学校・図書室
文香「よいしょ……よいしょ」
松山久美子「文香さーん」
松山久美子
北苗小学校の音楽教師。見目お麗しい。誕生日は1月21日。
文香「松山先生……どうしましたか」
久美子「お弁当届いたから、お昼休みにしない?」
文香「はい……ありがとうございます」
久美子「忙しかった?」
文香「いえ……倉庫に良い本が多かったので……出してみようかと」
久美子「へー」
文香「おかげで……調べものが進まなくて」
久美子「調べもの?大学のレポートでも書いてるの?」
文香「そのようなものです……休憩室に行きましょうか」
久美子「そうね。今日は山菜おこわみたい」
文香「青木さんのお家のお弁当……いつも美味しいです」
久美子「4姉妹で切り盛りしてるのよねー」
文香「はい……毎日忙しそうにしています」
久美子「担任の先生だけじゃなくて私達も給食欲しいなー、美味しいらしいの」
文香「そうなのですか……?」
久美子「あれ、文香さんはここの出身じゃなかった?」
文香「はい……実家は長野です」
久美子「叔父さんがこっちにいるんだっけ?」
文香「小さい頃から知っています……あら」
久美子「どうしたの?」
文香「あの、松山先生」
久美子「なに?」
文香「いえ……お聞きしたいことが」
久美子「廊下だとうるさいし、お昼食べながらにしましょ」
13
北苗小学校・職員休憩室
久美子「怪談?」
文香「はい……」
久美子「音楽室はいくらでもあるわよ?」
文香「やっぱり、ですか……」
久美子「くんくん……この餃子ニンニク入ってないわよね?」
文香「ニンニク抜きですね……」
久美子「良かった。音楽の先生からニンニクの臭いがするのはダメよね」
文香「音楽室の怪談は……例えば、どのようなことでしょう」
久美子「まずはベートーベンね」
文香「目が動く……」
久美子「そうそう。あとはひとりでになるピアノ」
文香「ふむ……」
久美子「女の子の幽霊がいるとか。自殺した子がいるとか。嘘なのにね」
文香「たくさんありますね……」
久美子「ねー。ベートーベンの肖像は本気で取ろうかと考えてるわ」
文香「……自分で見つけないとダメそうですね」ボソッ
久美子「それと、もう一つ」
文香「もう一つ……?」
久美子「皆が帰った放課後に、髪の長い女の幽霊がピアノを弾いてる」
文香「……それは」
久美子「さて、正体は誰だと思う?」
文香「……」
久美子「ま、私なんだけど。勘違いしちゃったみたい」
文香「え……?」
久美子「小学生って凄いのよ。想像力豊かなの」
文香「そうなのですか……」
久美子「まぁ、久美子先生が妖怪とかいうウワサにならなくて良かったかも」
文香「ええ……」
久美子「それで、なんで怪談に興味があるの?」
文香「いえ……興味があるだけです」
久美子「そう?怪談とか噂話には事欠かないから、他の先生にも聞いてみて」
文香「そうします……」
14
5限
北苗小学校・図書室
文香「図書室では……お静かに」
美優「それじゃ、はじめてくださーい」
文香「……」
晴「ねーちゃん」
ありす「晴さん、鷺沢さん、です」
晴「ねーちゃんはねーちゃんだし、橘は橘だろ」
文香「どうか……しましたか」
晴「本を探して欲しいんだってさ」
ありす「あの、前に見た本がないんです」
晴「しまってないか、ってさ」
文香「あの、三船先生……」
美優「もう少し探して欲しかったけど、いいですよ」
文香「わかりました……本のタイトルを覚えていますか」
晴「だってさ」
ありす「えっと、わかりやすい歴史みたいなタイトルだったと思います」
文香「はい……後ろの蔵書庫を探してきます」
晴「司書さんの後ろの扉にも、本棚があるのか?」
ありす「そうみたいです。図書館の本、時々変わりますから」
晴「へー」
文香「こちら……でしょうか」
ありす「それですっ!」
美優「橘さん、しー」
ありす「す、すみません」
晴「おしっ、これで一番乗りだな」
文香「使い終わったら……カウンターまでご返却ください」
ありす「ありがとうございます」
文香「早かったですね……」
美優「少しだけイジワルしてみたのに」
文香「橘さんは貸し出した冊数も多いですから……気づけたようです」
美優「約束通り、時間になったら説明をお願します」
文香「はい……図書館の使い方ですね」
15
北苗小学校・図書室
ありす「ありがとうございます」
文香「ご返却、ありがとうございます……」
ありす「今度、町の図書館にも行ってみます」
文香「はい……わからないことがあれば聞いてください」
ありす「はい。それじゃ、失礼します」
晴「橘、機嫌がいいんだ。美優先生に褒められたし」
ありす「そんなんじゃありません」
晴「まーまー。またな、ねーちゃん」
文香「ええ……」
美優「鷺沢さん、ありがとうございました」
文香「疲れました……人前で話すのは緊張します」
美優「そうは見えませんでした」
文香「そうですか……いつも、ぼそぼそと話すと言われるので」
美優「お好きなんですね」
文香「え……?」
美優「本ですよ。熱っぽい話し方でしたよ」
文香「そうでしょうか……」
美優「はい。勉強になりました」
文香「そうだと……良いのですが」
美優「次の授業が始まるので、行きますね」
文香「ええ……」
古賀小春「あの~」
古賀小春
北苗小学校の児童、晴のクラスメイト。ペットはイグアナらしい。誕生日は4月1日。
文香「貸し出しでしょうか……」
小春「お願いします~」
文香「はい……返却は2週間後です。どうぞ」
小春「ありがとうございました~」
文香「……」
文香「どうして、2年ぶりにイグアナの飼い方を借りたのでしょうか……」
16
放課後
北苗小学校・職員室
文香「あの……」
川島瑞樹「鷺沢さん、どうしたの?」
川島瑞樹
北苗小学校の教諭。4年生のクラス担任。三船先生とは昔からの知り合いとのこと。誕生日は11月25日。
文香「図書室を閉めたので……カギを返しに」
瑞樹「あら、もうこんな時間。どうだった?」
文香「何がでしょう……」
瑞樹「授業したんでしょう?美優ちゃん、じゃなくて三船先生が言ってたわ」
文香「はい……緊張しました」
瑞樹「んー、少し時間あるかしら?お茶でもどう?」
文香「いえ……今日は人を待たせてるので」
瑞樹「そう、残念ね」
文香「それで……一つお願いがあるのですが」
瑞樹「なに?なんでも、言ってちょうだい」
文香「少し校内を見回ってもいいでしょうか」
瑞樹「良いけど……どうしてかしら」
文香「……興味本位、ではダメでしょうか」
瑞樹「うーん、それだと弱いわね。そうだ!」
文香「……?」
瑞樹「そろそろ下校時間だし、校内に残ってる子に声をかけてくれないかしら?それをしてくれるなら、いいわよ」
文香「わかりました……」
瑞樹「でも、放課後の学校って魅力的よね。わかるわ」
文香「ええ……」
瑞樹「なんとなくだけど異世界って感じがしない?」
文香「……異世界」
瑞樹「なーに、キョトンとしちゃって」
文香「なんでもありません……カギをお願いします」
瑞樹「わかったわ。そうだ、明日の放課後はお茶でもいかがかしら?」
文香「そうですね……ぜひ」
瑞樹「約束よ?お疲れ様、またね」
文香「お疲れ様でした……失礼します」
瑞樹「一つ、聞いていい?」
文香「なんでしょう……?」
瑞樹「その本、なにかしら?」
文香「お守り……みたいなものです」
17
北苗小学校・校内
晴「よっ」
文香「今日、サッカーの練習は……」
晴「練習はなし。さっきまで男子と遊んでたんだ」
文香「待っていてくれたのですね……」
晴「志乃に、見ててくれと言われたからさ」
文香「……助かります」
晴「それで、何をするんだ?」
文香「下校していない児童に……声をかけます」
晴「それも大事だけどさ」
文香「近い場所を……探しましょう」
晴「近いってさ、前の追うモノがいた所につながるようなところだよな」
文香「はい……条件によっては現れない可能性もありますが」
晴「ここでオレ達が話してても、見つかるわけない」
文香「ええ……」
晴「その本で、何か出来るんだよな」
文香「……」
晴「ま、聞いてもわかんないからいいけどさ。探してみようぜ、もう一人の奏が見つかるかもしれないし」
文香「ええ……行きましょう」
18
北苗小学校・3階
晴「3階は6年と5年の教室だな、あと」
文香「図書室と美術室……ですね」
晴「視聴覚室もある」
文香「西端から……6年生の教室ですか」
晴「そうそう。1組は洋子先生のクラス、誰もいないな」
文香「2組は……」
晴「オレのクラスだな。担任は美優先生」
文香「ふむ……」
晴「何か見つかったか?」
文香「さすがに、教室のど真ん中には何もありませんね……」
晴「あっても困る」
文香「視聴覚室は……あら」
晴「職員室からカギを借りないと開かないぞ」
文香「施錠されているようですし……後にしましょう」
晴「ああ。6年の教室と多目的室を隔てて、5年生の教室だな」
文香「誰もいません……」
晴「ウサコがいるな。まだ使ってるんだ」
文香「ここも大丈夫ですね……」
晴「図書室はどうした?」
文香「カギを閉めました……残るのは」
晴「美術室か」
19
北苗小学校・美術室
晴「なんで、美術室は汚いんだろうな」
文香「……」
晴「ねーちゃん、どうした?」
文香「ここです……この石膏の裏側」
晴「簡単に見つかるもんなんだな」
文香「ふむ……」ペラペラ
晴「その本、何が書いてあるんだ?」
文香「色々……です」
晴「誰が書いたんだ?」
文香「……ええ」
晴「ねーちゃん?」
文香「ここは……大丈夫です」
晴「わからない。ちゃんと説明してくれ」
文香「この先には、何もいません……」
晴「は?」
文香「……繋げてみましょうか」
晴「……」
文香「行きますよ……」
晴「あー、もう、勝手に行くなよっ!」
20
何もいない荒野
晴「ホントに……何もないな」
文香「ええ……」
晴「ここ、日本か?」
文香「そのようです……基本的に近くに出ますから」
晴「オーストラリアのど田舎はこんな感じだったな」
文香「……ええ」
晴「でもさ、なんでこんな感じになってんだ?」
文香「それは……」
晴「日本なら街があってもいいだろ?どこにあるんだ?」
文香「この下……です」
晴「へ?」
文香「大量の土砂の下に……皆、眠っています」
晴「地震か津波か?」
文香「わかりません……わからないまま死んでしまったのですね……」
晴「……その本に書いてあるのか」
文香「はい……」
晴「オレはラッキーなのかもな」
文香「生きているのは……細い糸のような道を通るくらい難しい、と思います」
晴「ここに、もう一人の奏はいないな」
文香「ええ……戻りましょうか」
21
北苗小学校・2階
晴「……」
文香「どうかしましたか……?」
晴「いや、なんでもないけどさ」
文香「そうですか……3年生と4年生の教室は問題なさそうですね」
晴「ああ……理科室は問題なさそうだし」
文香「残るは……」
晴「コンピュータルームと美術室だな」
文香「ええ……」
ありす「……」
晴「ん、橘だ。音楽室の前で何してるんだ?」
文香「静かに……」
晴「音楽室に用事なのか、入ればいいのに」
ありす「……やめよう」
文香「こっちに来ましたね……」
ありす「あっ」
晴「よっ」
文香「下校時間ですよ……」
ありす「見てましたか?」
晴「音楽室に用事だったのか?」
ありす「な、なんでもありません!鷺沢さん、さようなら!」
文香「さようなら……」
晴「オレに挨拶はなしかよ。なんだったんだ?」
文香「コンピュータルームは施錠されていますね……」
晴「音楽室は、誰かいるな」
文香「ピアノの音が聞こえています……」
晴「入るか」
文香「はい……幽霊かもしれませんが」
晴「冗談、だよな」
文香「冗談ですよ……人がいると思います」
晴「ねーちゃんが言うとシャレにならないんだよ」
文香「おじゃまします……」
22
北苗小学校・音楽室
晴「なんだ、久美子先生か」
久美子「文香さんに、晴ちゃん、どうしたの?」
文香「川島先生に頼まれまして……」
晴「残ってる奴がいないか見て回ってるんだ」
久美子「ふーん」
晴「久美子先生は何をしてたんだ?」
久美子「ピアノの練習、新ネタを増やさないとね」
文香「……」
久美子「ベートーベンは動いた?」
文香「動いてません……」
晴「当たり前、でもないのか」
文香「……」
久美子「ねぇ、その本なに?」
晴「お守りみたいなもんだってさ。オレも詳しくは知らない」
久美子「何が書いてあるの?」
晴「見せてくれないからなぁ」
文香「ここは……眺めがいいですね」
久美子「校舎の端だし、下校してる生徒が見えるわよ」
文香「……見えますね」
晴「何がだ?」
文香「商店街の方向です……」
久美子「確かに、文香さんのお店も見える?」
文香「角度が悪いようです……でも」
晴「オリオン堂は、見えるな」
文香「ええ……」
久美子「映画館、行ったことないのよね。もう行けないかも」
文香「松山先生……事件の前に何か見ませんでしたか?」
久美子「事件って、映画館の事件よね?」
文香「ええ……」
久美子「ごめんね、その時は音楽室にいなかったわ」
文香「そうですか……簡単ではありませんね」
久美子「大変なの?」
文香「鷹富士さんが、困ってますので……」
久美子「私も協力したいけど、こればかりは、ね」
文香「お邪魔しました……」
晴「そうだ、聞きたいことがあんだけど」
久美子「なに?」
晴「橘、オレのクラスの橘ありすがさっきまでいたんだけど、何か知ってるか?」
久美子「橘さん?うーん……」
文香「……」
久美子「わからないな。真面目で良い子だと思うけど、話したことはあんまりないわ」
文香「ふむ……」
晴「ま、いっか。明日にでも聞いてみる」
文香「ええ……失礼します」
久美子「また明日ね、文香さん、晴ちゃん」
23
北苗小学校・体育館
晴「ねーちゃん、スポーツは好きか?」
文香「スポーツはあまり……」
晴「だろうな、知ってたよ。中学の部活は何をやってたんだ?」
文香「文芸部でした……高校もです」
晴「予想通りだな。今は?」
文香「今ですか……?」
晴「大学って、サークルがあるんだろ?」
文香「どこにも所属していません……ダメでしょうか」
晴「そうか。珍しい、のか?」
文香「私は大丈夫です……晴ちゃんはどうですか?」
晴「オレか?」
文香「サッカー部ですか……?」
晴「部活か……」
文香「晴ちゃん……?」
晴「オレの話はどうでもいいんだよ。なんか見つかったか?」
文香「こちらです……」
晴「壇上か?」
文香「もっと上です……」
晴「上か」
文香「行ってみましょう……」
晴「オレも初めてだな。鉄の階段はちょっと怖いな」
文香「ホコリっぽいですね……」
晴「おし、うわっ、下が見えてるな」
文香「……倉庫でしょうか」
晴「これ、キグルミか?」
文香「そのようですね……これはキレイですね」
晴「使ってんのか、商店街で見かけたような」
文香「……晴ちゃん、こっちです」
晴「見つけたか」
文香「ここから行けますね……」
晴「行くか?」
文香「辞めておきましょう……」
晴「人がいるってことか?」
文香「ええ……少しだけ見えますよ」
晴「壇上で、なんだ、演劇の練習でもしてるのか」
文香「そのようですね……」
晴「どうする?」
文香「閉じておきましょう……私以外が開けないように」
晴「そうだな」
文香「ええ……」
晴「ここから、もう一人の奏が来た可能性はあるのか」
文香「わかりません……」
晴「探しに行くか?」
文香「晴ちゃんが……もう一人になってしまう覚悟があるのなら」
晴「……辞めとくわ」
文香「確証もなく……渡るのは危険です」
晴「ああ。だけど、なんとなくわかった」
文香「なにがでしょう……」
晴「ねーちゃんの不思議な力で一挙解決とはいかないことが、さ」
24
北苗小学校・1階
晴「校庭も外の倉庫にも特になんもなかったな」
文香「追うモノの世界は……開くこともできますが」
晴「それは、やめとこうぜ。あそこは誰もいないのが、嫌な言い方だけどさ、正解なんだよ」
文香「はい……」
晴「結局、見つけたのは2つだけか?」
文香「簡単にわかるものは……です」
晴「他にもあるのか?」
文香「無数にあると……思います」
晴「厄介だな……」
文香「可能性はいくらでも……それに従って、忘れ去られた世界はいくらでも増えていきます」
晴「オレがお淑やかな世界もあるのか?親父とか兄貴とかに根負けしてさ」
文香「……ええ、きっと」
晴「見てみたいとは思わないな。そっちはそっちで元気にやってるだろうし」
文香「……」
晴「どうした、階段の前で立ち止まって?」
文香「この扉は……」
晴「倉庫らしいぜ。入ったことないけど」
文香「地下があります……階段のようです」
晴「地下?」
文香「カギがしまっていますね……見に行きましょう、カギを借りてきます」
晴「ねーちゃん、怖いもの知らずだよな、意外と」
文香「そうでしょうか……暗くて狭い所は落ち着きませんか」
晴「ごめん、その気持ちはまったくわからねぇ」
25
北苗小学校・地下倉庫
文香「明かりは……」
晴「おっ、ついた」
和久井留美「これでいいかしら」
和久井留美
北苗小学校の先生。3年2組の担任を務めている。誕生日は4月7日、美優先生と同い年。
文香「ありがとうございます……」
留美「ここ、まだ白色電灯なのよ。変えてもらいたいわね」
晴「なぁ、留美先生」
留美「なに?」
晴「ここ、キレイだな」
留美「使ってるもの。見たことないかしら、それとか」
晴「算数の時に使った、三角錐だ」
文香「ということは……人の出入りは頻繁ですか」
留美「ええ。あと、木曜日の放課後に掃除してるわ」
晴「ふーん、入ったことないから怖い所だと思ってたぜ」
文香「……カギは」
留美「カギは職員室」
文香「いえ……気になるのは扉です……」
晴「扉?」
文香「内側からカギがかけられるのですね……」
留美「かけるというか、開けるね。閉じ込められても困るもの」
晴「おっ、ねーちゃん。この本なんだ?」
文香「ふむ……」
留美「昔の教科書とかね。郷土史の資料も置いてあるわ」
文香「図書室のラベルがついてますね……」
留美「あら、そうなの?」
文香「廃棄予定で……放置したのでしょうか」
留美「置いておくのも難ね……」
文香「調べておきます……何なら私の古書店で引き取ります」
留美「なら、お任せしようかしら」
晴「……ん、なんだこれ」
留美「なにか見つけた?」
晴「食いカスが落ちてる」
留美「ネズミかしら、いるみたいなの」
文香「……」
晴「結構、広いんだな」
留美「上の職員室と同じくらいの広さがあるわ」
晴「サッカーの練習が出来そうだな」
留美「校庭を使って。それに、雨の日は体育館を解放してるじゃない」
文香「……ふむ」
留美「言われたから案内したけど、なにか知りたいことでもあるのかしら」
文香「興味深いと……思いまして」
留美「興味深い?」
文香「地下室がどうしてあるのでしょう……」
留美「理由はわからないけど、便利よ」
文香「そうですね……」
晴「ねーちゃん、ここはオッケーか?」
文香「はい……和久井先生、ありがとうございました」
留美「どういたしまして」
26
映画館オリオン堂・入り口前
貼紙『当分の間、営業を控えさせていただきます。長年のご愛顧ありがとうございました』
晴「辞めるつもりなのかな」
文香「そうみたいですね……」
晴「警察のテープは貼りっぱなしだし」
文香「ええ……」
茄子「こんにちは~」
晴「茄子だ」
文香「こんにちは……」
晴「自転車で、見回り中か?」
茄子「はい!みんなの下校を見守るのもお巡りさんの務めですっ」
文香「あの……」
茄子「入りますか?実はもう掃除も終わってて何もないんですよー」
文香「いいのでしょうか……?」
晴「いいのか?」
茄子「ご店主には了解を頂いてます。カギも、ほら、ここに」
文香「助かります……」
茄子「いえいえー、行きましょう」
27
映画館オリオン堂・シアター
茄子「ここに倒れてたんですよー」
文香「……血が」
茄子「あ、晴ちゃん、映写室からはどう見えました?」
晴「かなり高い位置にあるんだな。誰かが立ち上がっても、あそこじゃ見えない」
茄子「警察も同じ見立てです、目前で犯行は行われたんですよ」
晴「そりゃあ、映画館のじいさんも寝込むわ」
文香「入り口以外は……どことも繋がっていないのですね」
茄子「そうですよ。何か見つかりました?」
文香「『本』を出します……探してみます」
茄子「お願いします」
晴「改めて見ると……古いな」
茄子「でも、凄い反響するんですよ?」
晴「知ってる。戦争映画は、迫力があったかもな」
文香「……」
茄子「どうですか?」
文香「何もないみたいです……当たり前ですね」
晴「本当か?」
茄子「本当だと思いますよ」
晴「茄子、なんでだ?」
茄子「速水奏さんの目撃情報が出たから、ですけど?」
晴「それを早く言えよ」
茄子「詳しい話は、志乃さんにしてありますから、聞いてくださいね」
文香「わかりました……」
茄子「本官は巡回に戻りますー、お疲れ様でした」
28
古書店・Heron
志乃「お帰りなさい……」
文香「ただいま帰りました……」
晴「オレはここで」
志乃「あら、今日は帰るの……?」
晴「いつも夕飯ごちそうになってるのも悪いしさ。あのさ、ねーちゃん」
文香「なんでしょう……」
晴「地下、なんかあったか?」
文香「ありました……」
志乃「そう……」
晴「危ないやつか?」
文香「わかりませんが……私は何も出来ません」
志乃「なぜ、かしら」
文香「あちら側から、強く閉められています……私では何も」
晴「ここに誰かが来てるってことか」
文香「わかりません……強制的に閉めたのかもしれませんが」
晴「犯人の可能性はあるよな」
文香「わかりません……」
晴「まだ、さっぱりだな」
志乃「そうね……だからこそ」
晴「調べない、といけないか」
文香「時間があるかどうかもわかりません……早急に」
晴「ああ、わかってる」
志乃「でも……急いでも仕方がないわ」
晴「今日は帰るぜ。課題もあるし」
志乃「課題……?」
晴「将来の夢、明日発表なんだよ」
志乃「若いわ……私も書こうかしら」
晴「志乃もあるのか?」
志乃「石油王に玉の輿とか……ふふ」
文香「急にいなくならないでくださいね……」
志乃「文香さんが独り立ちするまでは、絶対にいるわ……安心して」
文香「お願いします……店長」
晴「またな、ねーちゃん」
文香「はい……また、明日」
29
古書店・Heron
文香「上映中の時間……」
志乃「ええ。中にいるはずの時間に、映画館へ入るのを見た人がいるわ」
文香「やはり……映画館の中ではありませんでした」
志乃「どこかからこの世界に来て、映画館に訪れた」
文香「ええ……それなら」
志乃「どこから来たのか」
文香「どこへ帰ったのか……」
志乃「目撃情報があるといいのだけど……」
文香「見つかりませんね……」
志乃「小学校の方も、微妙ね」
文香「見つけたのは、3つだけ……」
志乃「美術室と、体育館、それと」
文香「地下倉庫です……」
志乃「他は」
文香「あるとは思いますが……簡単には」
志乃「少しずつ……ね」
文香「はい……」
カランカラン……
志乃「お客様よ……」
文香「いらっしゃいませ……」
古澤頼子「こんばんは」
古澤頼子
古書店の常連さん。美術書やパンフレットも集めている。大人びて見えるが、高校生。誕生日は5月18日。
志乃「あら……古澤さん、いらっしゃい」
頼子「この前、頼んだものなのですけど」
志乃「あれね……文香さん」
文香「はい……お持ちしますね」
頼子「見つかりましたか?」
志乃「ごめんなさい、私と文香さんだと判断が出来なくて」
文香「おそらく……この辺でしょうか」
頼子「わっ、凄い量……」
志乃「叔父様の仲間と連絡を取ってもらったわ」
文香「いかがでしょうか……」
頼子「ありがとうございます、本当に凄い量ですね……あっ!ニューマン展のカタログが……」
志乃「奥の座席……使っていいわ」
頼子「それでは、失礼します」
文香「価格表です……ご参考に」
頼子「良いお値段ですね、お小遣いが足らないかも」
志乃「無理はしないように……末永くお付き合いを」
頼子「ところで、何かお話中でしたか?」
文香「いえ……まだ営業時間ですから、気にしないでください」
志乃「そうね……ねぇ、頼子ちゃん」
頼子「おぉ、サインが入ってます。どうしました?」
志乃「映画館の事件の日、なにか見てない?」
頼子「映画館の事件……あの日ですか?」
文香「はい……前に行くことがあると、お聞きしました」
頼子「あの日はこっちに来てませんよ。高校からは家と逆方向なので、通りもしません」
志乃「そう……奏さんについてはどうかしら」
頼子「高校が違いますから……中学の時から美人でしたね」
文香「そうですか……」
頼子「ミステリアスだから、誤解もされてたように思います。あっ、これは欲しい……」
志乃「誤解?」
頼子「美術品みたいなものです……勝手な解釈を人は押し付けています」
文香「人には心があるのに……」
頼子「犯人、見つかっていないのですか」
志乃「ええ。あなたも気をつけるのよ」
頼子「遅くならないうちに帰ります」
文香「あの……北苗小学校のご出身ですか」
頼子「はい。奏さんも一緒ですよ」
文香「なにか……怪談を聞きませんか」
頼子「怪談ですか、いくらでも。七不思議とかありましたよ」
文香「例えば……どんなものでしょう」
頼子「音楽室のベートーベン、美術室の笑い声、体育館のコックリさん、地下倉庫の怪物、歩く二宮像、図書室の幽霊、異世界に繋がる姿見、増える階段、ホルマリン漬けの死体、とかですね」
志乃「既に7つを越えてるわ」
頼子「そんなものです。よし……決めました。これだけください」
文香「ありがとうございます……紙袋をお持ちします」
頼子「福島まで行きたかったけど、今月は諦めます」
志乃「お釣りをどうぞ」
文香「こちらを……」
頼子「ありがとうございました。何かいいものがあったら、教えてください」
志乃「今後ともご贔屓に」
文香「……」
志乃「姿見はあったかしら」
文香「階段の踊り場に鏡はありましたが……」
志乃「姿見だったわね。言い間違いかしら?」
文香「探してみます……」
志乃「お願いするわ」
文香「頼子さん、半分以上買っていきましたね……」
志乃「待ってるだけじゃ、売れないわ。時には、聞いて解決を」
文香「ええ……」
志乃「苦手なことに逃げても、先が進まないわ。挑戦よ……」
文香「わかっています……」
30
翌朝
北苗小学校・図書館
文香「ふむ……」
晴「どうだ?」
文香「良いと思います……力強い自分の言葉で書かれています」
晴「そうか?ねーちゃんが言うなら間違いないな!」
文香「少しだけ単語を訂正しました……胸をはって発表してください」
晴「へへっ」
文香「将来の夢はサッカー選手なのですね……」
晴「いいだろ?オリンピックもワールドカップも、夢じゃないんだ」
文香「はい……中学校でもがんばってください」
晴「……そうだな」
文香「あの……晴さん」
晴「やべ、遅れると美優先生に怒られる。またな!」
文香「中学校に女子サッカー部は……あったでしょうか」
31
北苗小学校・3年2組
晴「次は、橘か」
美優「次は橘さん、どうぞ」
ありす「は、はいっ。私は……」
晴「なんか、妙にテンパってるな」
ありす「……真面目に勉強して……」
晴「大学か、大学ねぇ」
ありす「私は、誰かのためになれる大人になりたいと思います」
晴「真面目だな、橘は。オレの夢より全然しっかりしてる」
美優「あの、橘さん……」
ありす「なんでしょうか」
美優「……良い発表でした。みなさん、拍手を」
32
放課後
北苗小学校・図書室
文香「ご利用ありがとうございます……返却日は守ってください」
赤城みりあ「ねー、それはなにしてるのー?」
メアリー・コクラン「本になにしてるのかしラ?」
赤城みりあ
北苗小学校の児童。元気な小学5年生、担任は真鍋先生。誕生日は4月14日。
メアリー・コクラン
みりあのクラスメイト。サンフランシスコ出身、漢字は苦手。誕生日は1月19日。
文香「これは……メンテナンスを」
みりあ「メンテナンスー?」
メアリー「なおしてるのネ!図書館の本はどうしてあんなに汚いのかしラ!」
文香「手に取っていただいた方が幸せです……汚れはとることもできますから」
みりあ「ねーねー、みりあにも教えて、どうやるの?」
文香「道具も知識も必要ですから、私に任せてください……」
みりあ「えー」
文香「なら、お願いをしていいでしょうか……?」
みりあ「お願い、ってなーに?」
文香「本を大切に……開いたまま置いていたり、汚れた手で触らないで欲しいです」
メアリー「それなら、アタシにも出来るワ」
文香「書き込みも辞めてください……皆の物、ですから」
メアリー「わかってるワ。この漢字ドリルに書き込んだりしないわよ」
文香「すみません……お聞きたいしたいことが」
メアリー「なにかしラ?」
文香「移動式の、姿見……鏡はどこかにありませんか」
メアリー「カガミ?」
みりあ「うーん、前ね、どこかで見たよ?」
文香「あるのですね……」
みりあ「でも、捨てちゃったかも。ゴミ捨て場で見たかも」
文香「わかりました……呼び止めてすみません」
メアリー「みりあ、帰りましょ。バーイ♪」
みりあ「ばいばーい、図書室のお姉ちゃん」
文香「はい……さようなら」
33
北苗小学校・職員室
文香「すみません……図書室を閉めました」
瑞樹「文香ちゃん、お疲れ様。今日はどうだった?」
文香「あっという間ですね……」
瑞樹「楽しい?」
文香「わかりません……そう言えば」
瑞樹「楽しい、って言ってくれると安心するわ。大学もね。ところで、なにかしら?」
文香「地下倉庫の本なのですが……」
瑞樹「わかった?」
文香「廃棄予定でした……蔵書にもありません」
瑞樹「あら、そうなの?」
文香「引き取れるものはお引き取りします……あとは捨てようかと」
瑞樹「そうね、お願いするわ」
文香「ゴミ捨て場はどちらでしょう……」
瑞樹「教えてなかったわね。美優ちゃ、じゃなかった、三船せんせーい」
美優「どうしました……?」
瑞樹「文香さん、来たからお茶にしましょ?」
美優「はい……準備しておきますね」
瑞樹「私は、文香さんと校舎裏のゴミ捨て場に行ってくるわ。何か持って行くものはある?」
美優「とりあえず……大丈夫です」
瑞樹「文香さん、案内するわ」
文香「お願いします……」
34
北苗小学校・校舎裏
瑞樹「ゴミ捨て場はここね。置いておけば、なんでも回収してくれるわ」
文香「古紙も……ですか」
瑞樹「もちろん。分別だけはしっかりしてね」
文香「はい……あの」
瑞樹「なーに?」
文香「あの姿見は……」
瑞樹「ああ、あれね。新品を買ったから、捨てるのよ」
文香「いつから、ここに?」
瑞樹「まだここにあるから、今日かしら?新品は音楽室よ」
文香「そうですか……」
瑞樹「欲しい?」
文香「そういうわけでは……」
瑞樹「そう?鏡はいくらあってもいい、って松山先生は言ってるわよ?自分を見ることが美の秘訣だって。手鏡もいつも持ってるんじゃないかしら?」
文香「私は外見にこだわりはありませんから……」
瑞樹「若いのにもったいないわ!とりあえず、前髪を切ってみない?」
文香「遠慮しておきます……」
瑞樹「うーん、無理にとは言わないけど」
文香「ありがとうございました……地下倉庫の本は処理しておきます」
35
北苗小学校・職員室
美優「紅茶をどうぞ……」
文香「ありがとうございます……」
瑞樹「サッカーチームが練習中ね。美優ちゃんのクラスの子でしょ?」
美優「はい。結城晴ちゃん、って言って元気な子ですよ」
瑞樹「知ってるわ。いつも元気なの?」
文香「……」
美優「はい、クラスを明るくしてくれます」
斉藤洋子「あっ、休憩中ですか?」
斉藤洋子
北苗小学校の教諭。6年1組の担任、校庭で児童と一緒によく遊んでいる。誕生日は12月29日。
瑞樹「洋子先生、紅茶はいかが?」
洋子「もらいます。えっと、文香さん、でいいですか?」
文香「はい……司書代理の鷺沢文香です」
洋子「文香さんとお話もしたかったんです」
瑞樹「大学生の若い子と話すのは、刺激になるわ」
美優「もっと若い子と触れ合ってますよ」
瑞樹「それはそれ、これはこれよ!ね、文香さん?」
文香「あの……」
美優「どうしましたか……?」
文香「お砂糖をいただけますか……?」
洋子「思ったより、マイペースなんだ」
36
古書店・Heron
志乃「いらっしゃい……あら」
茄子「こんにちは~」
志乃「茄子さん……」
茄子「文香さん、いますか?」
志乃「勤務時間は終わってるけど、まだ小学校よ……」
茄子「あら、そうですか。小学校に行ってみましょうか」
志乃「なにか、わかったの?」
茄子「どうやら、犯人の奏さんは小学校の方から来たみたいです」
志乃「やっぱり、そうなのね……」
茄子「それで、ですねー」
志乃「なにかしら?」
茄子「目撃者がいないかな、と思いまして」
志乃「いるかもしれないわね……」
茄子「ということなので、行ってきます。文香さんにも会ってきますね」
志乃「ええ……いえ、待って」
茄子「なんでしょう?」
志乃「もし……目撃者がいたとしたら」
茄子「犯人はどうするつもりなのでしょうか」
志乃「最悪の事態も……」
茄子「かもしれません。なので、行ってきます」
37
北苗小学校・職員室
洋子「進路ですか?」
美優「はい。今日は将来の夢を題材に発表してもらいました」
文香「晴ちゃんが言ってました……」
瑞樹「なにかあったの?」
美優「あまり、進路のことをわかっていなくて」
瑞樹「ほとんど同じ中学校に進学だものね。経験値が足らないかも」
文香「……」
洋子「文香さんは、どうだったのですか?」
文香「私ですか……?」
洋子「そうそう。中学校は?」
文香「中学校は長野の地元で……高校も地元の公立でした」
瑞樹「大学からここに?」
文香「はい……」
美優「洋子先生のクラスは、どなたか別の中学校に行きますか」
洋子「桃華ちゃんは私立の中学なんですよ。受験もまだですけど、心配はしてないです。ちょっと寂しそうですけどね」
美優「そうですか……あの、文香さん」
文香「はい……」
美優「いつ、自分の将来を決めましたか?」
文香「まだ……決まってないと思います」
瑞樹「そうよね、大学1年生だもの」
久美子「お疲れさまー」
美優「久美子先生、紅茶はいかがですか……?」
久美子「いただくわ」
洋子「なにしてたんですか?」
久美子「硲先生にオルガンを教えてたの。音楽も担当する1年生は大変ね」
瑞樹「あの先生も真面目よねー」
文香「……」
美優「紅茶をどうぞ……」
久美子「ありがとうございます」
瑞樹「久美子先生はいつ音楽の先生になろうと思った?」
久美子「進路の話ですか?」
美優「はい」
久美子「私はお母さんがピアノの先生だったから、自然と」
瑞樹「そういうものよね」
洋子「三船先生は何か思うところがあったんですか?」
美優「小学生が書く将来の夢に……ちゃんと向き合えてるか、と思いまして」
瑞樹「わかるわ、難しいことよね」
文香「本当の夢を……言えてるかなんてわかりませんから」
美優「そうですね……」
洋子「この学区だと中学校もほぼ選択肢がないし、ご家庭でも問題にしてないかも」
久美子「むー、中学生になる前に悩み過ぎるのもね」
コンコン!
美優「晴ちゃん?」
瑞樹「窓を叩いてるけど、どうかしたのかしら?」
文香「何かあったのでしょうか……?」
洋子「今、窓開けるね。どうしたの?怪我人なら、百瀬先生を呼ぶけど……」
晴「ねーちゃん!音楽室!急げ!」
文香「わかりました……失礼します」
晴「先に行くからなっ!」
文香「『本』を……」
洋子「意外と機敏……でもなかった」
久美子「音楽室?まだカギは閉めてないけど」
美優「見てきます」
久美子「私も行くわ」
瑞樹「お願い」
38
幕間
北苗小学校・音楽室
ありす「はぁ……」
奏「こんにちは」
ありす「あっ……どなたですか!?不法侵入ですよ!」
奏「そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃない?」
ありす「ち、近いですっ!」
奏「あの日も、こうやって外を見てたのね」
ありす「え……」
奏「正直に言えないのかしら。本心を言うのが怖い?」
ありす「……」
奏「でも、そんなことは関係ないの。あの日、私を見た?」
ありす「見てません」
奏「ウソ。はっとした顔をしたもの」
ありす「それは、先生でもない人が入ってきて驚いただけです!」
奏「私は、速水奏」
ありす「えっ……」
奏「名前は初めてかな。いいのよ、その反応であってるわ」
ありす「あなたは、し、んで……」
奏「偉いわ、新聞を読んでるのね。褒めてあげる」
ありす「褒められても、嬉しくありません」
奏「良い子には教えてあげる。死んだのはこの世界の私、殺したのは今ここにいる私」
ありす「そんな小説みたいなこと、信じません!」
奏「あるわ。私の姿が、その証明」
ありす「……」
奏「校庭でサッカーの練習中なのね。ふふっ、目が合っちゃった。走り出してきたわ」
ありす「なぜ、ここに」
奏「私、好きなの」
ありす「なにが、ですか」
奏「あなた」チュッ
ありす「な、なにするんですか!」
奏「が絶望に怯える顔、よ」ボソッ
ありす「ひっ……」
奏「この鏡を見て。怯えてたあなたが見えるわ」
ありす「や、辞めてください」
奏「でも、それじゃ足りないわ」
ありす「はなしてください!」
奏「この世界の私が見せてくれたように。別のあなたと向き合って、絶望して見せて」
ありす「きゃあ!」
晴「ありすっ!」
奏「鏡の裏の世界へ、ごあんなーい。ふふっ……うふふ」
晴「なにしてるんだ、奏!」
奏「ばいばーい」
幕間 了
39
北苗小学校・音楽室
晴「き、消えた!?」
文香「晴ちゃん……」
晴「ねーちゃん、そこの鏡だ!」
文香「新しい姿見……こっちだったのですか、いえ……」
晴「ありすのランドセルだ、やっぱり連れ去られたのか、くそっ!」
文香「条件が違う……なんでしょう」
晴「ねーちゃん、繋げられないのか?」
文香「ありません……ないです」
晴「え?」
文香「昨日の時点でそうでした……音楽室には何もありません」
晴「じゃあ、どうやって出てった?」
文香「教えてくれています……見つかりさえすれば、繋げられます」
茄子「大丈夫ですかー」
美優「橘さんの声が……」
久美子「何が、あったの!?」
茄子「ふーん、そういうことですか」
晴「状況は後で説明する!」
茄子「いずれにせよ、この部屋から連れ去られたのは本当ですね」
文香「はい……」
茄子「わかりましたっ!」
美優「何が、ですか」
茄子「連れ去られたのはどなたですか?」
晴「橘ありす、オレのクラスメイトだ!」
美優「そんな……」
茄子「付近一帯を調べます。連れ去ったのは、映画館の犯人である可能性が高いですっ!」
久美子「それ、って」
茄子「危ないです。こちらから必ず連絡しますから、落ち着いて行動を」
美優「橘さんはどうして、ここに……」
茄子「現状ではわかりません。先生方は職員室に」
久美子「ええ、ご両親に連絡を」
美優「わかりました。急ぎましょう」
茄子「先生方、よろしくお願いします」
文香「任されました……」
晴「おう、必ず連れて帰るからな!」
茄子「お気をつけて。相手は、こちらの法で裁けない殺人犯ですから」
40
北苗小学校・音楽室
晴「志乃に連絡しておいた」
文香「どこに……扉が」
晴「がんばって、だとさ。オレもそれに賛成だ」
文香「急がないと……」
晴「橘が連れ去られたのが、問題だよな。なんで、犯人の奏はそんなことを」
文香「ドッペルゲンガーを見ると、人はやがて死ぬと言います……」
晴「は?」
文香「いずれにせよ……殺意があります」
晴「だから、オレ達でやるぞ」
文香「晴ちゃん……質問が」
晴「なんだ」
文香「なんでもいいです……手がかりを」
晴「鏡の裏の世界とか言ってたな」
文香「他には……」
晴「他には、えっと……何か持ってたような……」
文香「思い出してください……」
晴「光ってた、なんだ、アクセサリーか……」
文香「鏡!」
晴「びっくりした、大きい声が出せたのか」
文香「鏡、を持ってました?」
晴「ああ、コンパクトミラーだったと思う」
文香「そうです、鏡の怪談なら、それとワンセットじゃないですか、わざわざ動かすことのできない踊り場の鏡ではなく、姿見の理由は……」
晴「凄い早口だな……」
文香「晴さん、この鏡は何に使っていますか……?」
晴「音楽の授業だよ。自分の歌う姿勢とか見るためだよ。楽器の持ち方とかも」
文香「なら……もう一つくらいありますね」
晴「鏡が、か?」
文香「松山先生の用具入れは……ここですね」
晴「手鏡と櫛が入ってんな……久美子先生、綺麗の秘密か」
文香「晴ちゃん、知っていますか」
晴「何をだ?」
文香「合わせ鏡ですよ」
晴「合わせ鏡、あのずっと無限に移り続けるやつだよな。不気味だよな」
文香「鏡の裏の世界ですから……そこが見えないと意味がないんです……」
晴「何を……」
文香「鏡裏を見るのではなく写す……持っていてください」
晴「おう……うわ、オレが一杯だ……え?」
文香「違う晴さんが、ちょっとだけ見えました」
晴「え、嘘だろ!?あの野球帽でバット担いでるのがオレかよ!昴さんじゃあるまいし!」
文香「野球少女なのですね……教えてください」
晴「『本』は答えたか?」
文香「答えるまでもありません……既に開いています」
晴「間違えて入らなくてよかったぜ」
文香「行けます……飛び込む準備は出来ましたか」
晴「とっくに出来てる!橘を助けに行くぞ!」
文香「ええ……飛び込みます」
41
鏡のむこう側・小学校
晴「小学校の、音楽室だな」
文香「ええ……『本』によると特殊なことは起こっていません」
晴「天災とか追うモノとかは無いってことか」
文香「その通りです……それは危険でもありますね」
晴「ここのオレがいるんだもんな。いたいた、本当に野球をやってるんだな」
文香「帽子を深めに……追いましょう」
晴「わかってる。ねーちゃんはいいのか」
文香「私は……大丈夫ですよ」
晴「なんでだ?」
文香「……急ぎましょう、遠くには行っていないはずです」
晴「橘は……どこだ」
文香「わかりません……奏さんを追いますよ」
42
鏡の向こう・小学校
晴「もう下校時間か。ガラガラだ」
文香「教えてください……」
晴「校舎には人がいないぞ、ラッキーだな」
文香「そうですか……」
晴「ねーちゃん、何か書いてあったか」
文香「気をつけてください……鏡に」
晴「鏡か?」
文香「どうやら……私達の場所とは違う道理の物です」
晴「違う、道理?」
文香「鏡は古くから呪具でした……過去と未来を見るための」
晴「まさか、ここの世界では本物なのか?」
文香「違います……見えているのは」
晴「なんだ?」
文香「私達の世界です……占いと誤解しています」
晴「占いと思ってたら、別の世界が見えてるのか」
文香「見れる人物は少ないようですが……」
晴「でもさ、鏡の向こうが見えて、何になるんだ?」
文香「し……人が来ました」
晴「久美子先生、だ。なんで、ツインテール……」
文香「離れましょう……見つかるだけで、晴ちゃんは怪異的な存在です」
晴「どこ行ったんだ、橘は……」
43
鏡のむこう・裏道
晴「どうする」
文香「そもそも……犯人は何が目的なのでしょう」
晴「わかんねぇ。でも、橘は音楽室にいた」
文香「音楽室……」
晴「思い出した!志乃が言ってた、犯人の奏が小学校の方から来たって!」
文香「なら……」
晴「昨日言っただろ、橘が目撃者だ!」
文香「目撃者の……始末」
晴「可能性はあるな、それこそヤバイじゃないか!」
文香「橘さんがいれば……私達がこの世界にいつか辿り着く」
晴「ああ、それを怖がったんじゃないか?」
文香「ですが……意味はあるのですか」
晴「意味?」
文香「この世界に来ましたが……私達はこの世界の奏さんを裁く法がありません」
晴「せっかく、犯人も見つけたのに、何も出来ないのか」
文香「決めました……」
晴「おう」
文香「最優先は、橘さんを連れて帰ること」
晴「ああ。それ以外は、最悪出来なくても構わない」
文香「次は、奏さんの事件の真相を知ること」
晴「そうだな……」
文香「ですが……最優先の目的を叶えるためには」
晴「奏を見つけるのが先か」
文香「はい……行きそうな場所は」
晴「この感じだと、好きなもんはちょっと違うけど、大きな違いはないよな」
文香「晴ちゃんも、サッカーと野球の違いでした……」
晴「なら、あそこしかない。こっちの奏も、構造を知ってた」
文香「はい、映画館です……」
44
鏡のむこう・映画館
晴「こっちでも寂れてるな」
文香「ええ……」
晴「でも、好都合だ」
文香「いることは……確認しました」
晴「まだ、上映前だ。開けるぞ」
文香「はい……」
晴「奏!」
奏「ふーん、やっぱり追いかけてきたんだ」
晴「堂々としてんな、橘はどうした!?」
奏「そんなに焦らないの。可愛い顔が台無しよ?」
晴「……なんだ?違和感がある」
文香「生き方も思想も違う……別人ですから」
奏「その通り。あなた達が知ってる私じゃないの」
文香「百も承知です……」
奏「少し話をしない?そうしたら、むこうのありすちゃんの居場所を教えてあげるかも」
晴「おまえ……」
文香「今は……言うとおりにしましょう」
晴「わかったよ。何か話したいことでもあんのか?」
奏「そこの晴ちゃんはサッカー少女なのよね」
晴「オレのこと、知ってるのか」
奏「見ていたの」
文香「鏡ですか……」
奏「ええ、あなた達には出来ないでしょ。まっ、ここの人でもほとんどムリなんだけどね」
文香「何が見えているか、理解していますか……?」
奏「今まではしていなかったわ」
晴「今は、してるのかよ」
奏「鏡のむこうは過去でも未来でもなく、別の世界なのね」
文香「はい……ですが」
奏「ここに来ると、私が見えるのよ」
晴「映画好きだったからな」
奏「私も好きよ。でも、最高な映画なんてどこにもないわ」
文香「……何故ですか」
奏「ヒントは、これ」
晴「コンパクトがどうかしたのかよ」
奏「これがあれば十分でしょう。満足するものがここにあるもの」
晴「映画より、鏡が良いって……」
奏「はぁ……」
文香「映ってるのは……自分の顔ですか」
奏「神様っているのね……私って、神の与えし芸術品だと思わない?」
晴「ただのナルシストじゃねぇか!」
文香「……しかし、鏡は向こうも見えるはずです」
奏「その通りよ。わかる?私の気持ちが」
晴「わかんねぇよ。ここの奏は、おかしい」
奏「だって、見えるのよ。同じ顔をした誰かが。私を見たいのに、ね」
文香「……それが理由なのですか」
奏「まさか。私と同じ顔をしてるのに、どうしてそんなに不満なのかしら?なんて、考えたことはあるけど」
晴「不満?」
奏「むこうのあの子は寂しかったわ。成熟した外見と未熟な精神がうまく合ってなかったのね。だから、映画に逃げてた」
文香「そうなのですか……」
晴「そうか?オレは美人で優しい大人だと思ったぞ」
奏「だって、大好きな私だもの。どんな時にどんな顔をするかくらい、わかるのよ」
晴「説得力はあるが……納得は出来ねぇ」
奏「向こうの私に願ってたわ。もっと自信を持って。この美しい体にたまたま宿っただけの、迷える魂なだけ。迷うよりも、美貌を誇って見せて」
文香「……悲しい考え方です」
奏「そうかしら?心は肉体が作ってくれたオモチャよ。それに高貴な価値があるだなんて、そんな人格主義こそ間違いだわ」
晴「わかった。こいつは奏じゃない」
奏「ふふっ、いまさら?」
晴「奏は人間の心は持ってた。お前とは違う」
文香「ええ……動機にも検討がついてきました」
晴「ああ、コイツはただの狂ったナルシストだ」
文香「そして……奏さんの悩みも見抜いていました」
奏「ふふっ。だから、その悩みから解放してあげたの」
晴「違うだろ!自分が大好きなお前が、他人のことなんて考えてるわけない!」
文香「ええ……ましてや、異世界の人のことなど」
奏「正解。じゃあ、なんだと思う?」
文香「良くも悪くも……あなたは自分を確立しています」
晴「アイデンティティ、だっけか?」
文香「その姿は……彼女には毒です。不安定な自我の時期には」
奏「ええ、その通りよ、うふふ……」
文香「あなたが見たかったものは……大好きな自分の顔が絶望で歪むところです」
奏「ぴんぽーん♪」
晴「ピンポン、じゃない!」
奏「良かったわ……私が苦し気に悶えて……息絶え絶えで、許しを乞うの……うふ、首筋は白くて細くて……そうそう、少しほどけた胸元とか……鎖骨とか……あはっ」
晴「……うわぁ」
奏「はぁはぁ、ふふ……うふっ、むふぅ、ふふふ」
文香「わかりました……ですが、わかりません」
奏「むふぅ……何を、かしら」
文香「おそらくあなたは……世界を行き来する術を知りませんでした」
晴「誰が、指図した。答えろよ」
ブー……
奏「はーい。おしゃべりの時間はおしまい」
文香「上映時間ですか……」
奏「面白いもの、見せてあげる」
晴「えっ……」
奏「私が見たいの。特別に、あなた達にも」
晴「橘が映ってる!くそっ、縛られてるじゃないか!」
文香「何を……ですか」
奏「私はもちろん私が一番好きよ。でも、可愛い子も好きだわ」
晴「映画館の人もグルかよ」
奏「だって、私よ?好きにならないわけないでしょう?」
晴「お前なぁ!」
文香「どこにいるのでしょうか……民家でしょうか」
奏「色んな表情を見せてもらいたい……例えば」
文香「絶望ですか……」
奏「もしもーし、ありすちゃん。うん、約束の場所に行って。準備は出来たわ」
晴「本当に興味本位なのか」
奏「ええ。不安定な自我が、鏡の裏の、堂々とした自分に乱されるのを見たいの」
晴「くそっ!」
奏「こっちのありすちゃんは立派よ。悲しいことにね」
文香「あっ……そんな」
奏「お姉さん、やっぱり。面影があるわ」
文香「そんなことはどうでもいいです……私達にはあなたを裁く法がありません」
奏「私は夢を見たの、ウサギを追って、ワンダーランドに飛び込んだような。それだけなの」
文香「ありすちゃんは連れて帰ります……あなたの被害者になんてさせない」
奏「良い心がけね。止めないわ」
文香「晴ちゃん……急ぎましょう」
晴「ああ!」
奏「私はここで見てるわ。ばいばーい」
晴「ねーちゃん、橘はどこなんだ!?」
文香「叔父の古書店です……」
45
鏡のむこう・古書店跡
晴「ねーちゃんの古書店、こっちはやってないのか」
文香「私ではなく叔父の店です……ホコリが溜まってます」
晴「閉店してから長いみたい、だな」
文香「はい……叔父は店を続けられなくなったようです」
晴「これ、ねーちゃんの写真だ。一杯あるな……ん?小学校の写真があるな」
文香「事情があって、叔父と暮らしていた時期があるようです……」
晴「なぁ、ねーちゃん」
文香「なんでしょう……」
晴「奥の部屋、あそこを見てくれ」
文香「仏壇……です」
晴「遺影さ」
文香「……」
晴「ねーちゃん、だよな。たぶん、オレより下だ」
文香「……はい」
晴「……だから、ねーちゃんは見られても平気なのか」
文香「はい……叔父もここにはいないようですから」
晴「もう一つだけ、いいか」
文香「……」
晴「どうして、それを知ってるんだ?」
文香「それは……」
晴「ねーちゃん、嘘は苦手だろ。『本』をそんなに大事に抱えて、さ」
文香「言葉よりも動きで伝わることもあるのですね……」
晴「難しい言葉なんかより、オレには伝わるよ」
文香「晴さんの言う通りです……この『本』は私が紡いだものです」
晴「別世界の自分から教えてもらってたのか」
文香「はい……黙っていてすみません」
晴「謝るなよ。事情があるんだろ」
文香「真実を知ったら……心配をかけます」
晴「まだ秘密があるのか」
文香「……」
晴「……今は、橘を探すのが先だ。映ってたのは、どこだ?」
文香「2階です……」
46
鏡のむこう・古書店跡
晴「橘!大丈夫か?」
ありす「晴さん……」
文香「カメラはどこに……?」
晴「紐を外すぞ。傷はついてないな、良かった」
ありす「ありがとうございます……」
文香「カメラは上ですか……マイクもですね」
晴「何かされたか?」
ありす「あの……晴さん」
文香「カメラは固定のようですね……脚立を持ってきましょうか」
晴「どうした?」
ありす「本当の私って、何ですか」
文香「2階の倉庫に……」
晴「どうした?」
ありす「こっちの私、いつも笑ってて、明るくて」
文香「……」
ありす「あっちで私が望まれてる姿そのままで……」
晴「望んでるのは嘘だ。橘は橘だ」
文香「こっちでしょうか……」
ありす「……のに」
晴「橘?」
ありす「本当の私なんて、知らないのに!」
文香「その通りです……簡単にわかるものではありません」
ありす「私、今日の発表で嘘をつきました」
晴「何をだ」
ありす「夢があるのに、私、言えてない……」
文香「脚立がありました……」
晴「言ったら、楽になるか。オレは橘の夢をバカになんかしないぞ」
文香「よいしょ、よいしょ……」
ありす「晴さんは、嘘つきです」
晴「え?」
ありす「晴さん、今日の発表でごまかしました」
晴「……え」
ありす「本当は……サッカー選手なんかに」
晴「違う!」
文香「……電源を切るのにパスワードが必要ですね」
ありす「なら、どうして言ってくれないんですか!?」
文香「数字が10桁……ふむ……」
晴「……だって」
ありす「だって……なんて言うなら、私と同じです……」
晴「……ごめん」
ありす「言えないんです……真面目に、自分らしく、いるために」
晴「橘、オレはさ」
文香「あ……」
晴「皆と同じ中学に行って、サッカーは市のクラブチームでやろうと思ってた」
文香「しぃ……?」
晴「でも、もっと夢にも近いコースがあった。私立の中高一貫、日本代表も居るところに行く道があったんだ」
ありす「……誰かに言いましたか」
晴「……いや、言えてない」
ありす「……一緒ですね」
文香「……」
晴「違うんだ、橘。オレは決めてるんだ」
ありす「何を、ですか」
晴「オレは何も諦めない。夢も諦めない。だけどさ、家族とか友達とかと離れるのもイヤなんだよ」
ありす「子供みたい……そういうのがキライです」
晴「そうやって、天邪鬼だから、言いたいことも言えなくなるんだ」
ありす「……そう、ですね」
晴「自分の意見を我慢して大人っぽく見せるのは、ガキのやることだろ」
文香「……」
晴「オレは決めた。学校は皆と同じ、サッカーはクラブチームだ」
文香「決めたのは良いですが……一度、話してみませんか。遅くはないかと」
晴「それもそうだな。だから、橘はどうする?」
ありす「私は」
晴「私は?」
ありす「脚立の上のお姉さん、数字を入力できますね?」
文香「はい……」
ありす「暗証番号は、0701865584。あのナルシストらしい番号です」
47
鏡のむこう・古書店跡
晴「あ?」
文香「止まりました……ありがとうございます」
晴「えっと、つまりよ」
ありす「まったく、むこうの晴さんも世話が焼けます。こういうところは乙女ですね。よしよし」
晴「頭を撫でるなよ……さっきの話、どうして知ってる」
文香「よいしょ……鏡で見たのですか」
ありす「違います。そんなに万能じゃありません」
晴「なら、なんだ?」
ありす「簡単です。向こうの私から聞きました」
晴「オレ、橘になんも相談してないぞ」
ありす「だから、気にしてたんですよ。聞けなかったみたいですから」
晴「……そっか、心配かけてたのか」
ありす「正直で良いです。むこうの私と違って」
晴「ねーちゃん、いつから気づいてた?」
文香「先ほど脚立に登った後です……」
ありす「出てきても大丈夫ですよ。お迎えが来ました」
晴「橘、衝立の向こうに隠れてたのか」
ありす「晴さん……」
晴「大丈夫か?」
ありす「はい……その、良かったです」
晴「オレなんてどうでもいいよ」
ありす「また来年も一緒に通えるんですね」
晴「あっ」
ありす「まったく、素直じゃないですから。二人とも」
文香「ええ……あなたはなぜこんなことを?」
ありす「奏さんの思いどおりもイヤじゃないですか。ちょっとイタズラしただけです」
文香「一芝居を……と」
ありす「むこうの私を落ち込ませるつもりだったのかもしれませんけど、そうはいきません」
文香「はい……ありがとうございます」
ありす「どういたしまして。奏さんがこっちに向かってくると思います」
文香「ええ……どうしましょう」
ありす「学校で待ち伏せされるのが一番厳しいです。ここにおびき寄せましょう」
文香「はい……少し待ちます」
晴「なんか、こっちの橘はハキハキしてるな」
ありす「私はそっちの私よりも大人なんです」
文香「あなたも……鏡の向こうが見えるのですか」
ありす「はい。見てました」
ありす「……」
ありす「むこうの私は、今は目の前にいるけど、いつも言いたいことを飲み込んでました」
ありす「……はい」
ありす「何度も何度も音楽室の前を通っては、あと一言が言えなかった」
文香「昨日も……ですか」
晴「音楽室?」
ありす「その……」
ありす「私から言っていいですか?」
ありす「……ダメです」
ありす「私もダメだと思います。鏡の向こうの私から夢を言ってはいけないですから」
文香「夢ですか……」
晴「そうか……だから、わかったのか」
ありす「あなた達はどちらも本心を隠しました。夢というテーマで、目の前を見ないようにしていたんです」
ありす「……」
文香「仕方がありません……変化は恐ろしいもの、ですから」
晴「なぁ、橘」
ありす「私ですか……」
ありす「あなたです。私はこの晴さんと関係ないですから」
ありす「なんでしょう」
晴「鏡のむこうの自分を見て、どう思ったんだ」
文香「犯人の狙いは……向き合わせることでした」
ありす「……」
晴「答えてくれ、橘」
ありす「鏡のむこうの私は……」
文香「……」
ありす「答えてあげてください。私はどう思われても平気です」
ありす「そんなこと言わないでください!」
晴「橘?」
ありす「どう思われてもいいとか、そんなわけないです……どうなってもいいとか嘘です」
ありす「やっぱり、私には隠せませんでした」
文香「何か……ありましたか」
ありす「この人、私に夢を諦めないでと言いました」
ありす「私が諦めたからです」
ありす「どうして、そんなに堂々としているのですか」
ありす「私は辛いことに耐えた分だけ強いからです」
ありす「……なぜ」
ありす「むこうの私だって、空想の私だって、どんな私でも、ハッピーエンドがいいじゃないですか」
晴「こっちの橘の夢はなんだ?」
ありす「お母さんの病気が治るといいな。子供っぽいですか?」
文香「いいえ……立派です」
晴「なんだ、その……願ってるよ」
ありす「ありがとうございます。鏡のむこうのお母さんは、元気ですからきっと良くなります」
文香「ええ……きっと」
ありす「どうして、そんなに真っ直ぐに言えるのですか……?」
文香「ありすさん……」
ありす「叶わないかもしれないのに!その時に裏切られたら、どうするんですか!」
晴「橘、やめろよ」
ありす「大丈夫です。私もそう思ってました」
文香「……越えてきましたか」
ありす「むこうの私、聞いてください」
ありす「なぜ……」
ありす「子供であることが認められないで、大人びたフリをしているのは、子供だからです」
文香「……」
ありす「私は、私が出来ることしか出来ないんです。お母さんの病気が治るまでに、この小学生の私がやれることをやるしかないんです」
晴「……」
ありす「だから、私が子供であることを認めないといけないんです。お医者様でも、神様でもなくて、ただの小学生なんです」
文香「……」
ありす「出来ることしか出来なくて、それでも元気になって欲しいです。だって、だから、私、我慢できます。少しだけ鏡の向こうの私より先に大人になりました」
ありす「あ……」
晴「……そうだよな。勝手に、オレらの世界の橘が被害者だと思い込んでた」
ありす「向き合うのは、あなたもだったのに」
ありす「もっと、子供のままでいたかった、です。私、夢を見て、皆にわがままをかけて、大人に憧れていたかった、です……」
文香「もう……やめてください。辛かったのですね……」ダキッ
ありす「うぅ……私にも同じ夢があったのに」
ありす「……ごめんなさい」
晴「違うぜ、橘。鏡のむこうのお前は、自分の意思で自分がしたいことを選んでる」
文香「ええ……それでも泣きたいことはあります」
ありす「……ぐすっ」
文香「もし、が叶っている自分に向き合うのは……辛かったのですね」
ありす「ううん、違う。だって……」
ありす「なぜ、ですか。さっきからずっと……」
晴「ずっと言ってる。鏡のむこうの私は、ハッピーエンドが良いって」
ありす「どうして」
ありす「だって、私は辛いから。辛いのを知ってるから」
文香「そんなのない方が……いいですね」
ありす「鏡のむこうの私、聞いてください」
ありす「はい、聞きます。なんでも、聞きます」
ありす「お願い、夢を叶えてください。皆、協力してくれます。本心から伝えれば、きっと」
ありす「本心から伝える……」
ありす「こっちで見てます。だから、私の夢を、叶えてください」
ありす「はい、私、やります。きっと、皆に、あなたに誇れるようになるから……」
文香「立派です……あなたは負の感情に勝ちました」
晴「ああ、奏みたいに負けなかった」
文香「もういいですよ……我慢せずに泣いてください」
晴「今は、この世界の誰も見てないからさ」
ありす「う、うぅ……ああぁ……」
48
鏡のむこう・古書店跡
ありす「すみません。濡らしてしまいました」
文香「服は大丈夫です……あなたは平気ですか」
ありす「スッキリしました。強がって泣くのを我慢しないのも大人ですから」
文香「そうなのですか……?」
晴「違うんじゃないか?」
ありす「ごほん。それよりも、です」
晴「奏だな」
ありす「そろそろ来てもいいですね。ルートはわかりますか」
文香「はい……私達の世界と町並みは変わらないようですので」
ありす「裏から逃げてください。こちらの奏さんは自信過剰ですので、真っ直ぐ来ます」
晴「信用度が高いな」
文香「行きましょう……夕ご飯の時間です」
晴「ああ」
ありす「私はここで時間を稼ぎます。こちらの世界で殺しはしないと思います」
文香「はい……お気をつけて」
ありす「はい。永遠にさよなら、ですね」
晴「ああ」
ありす「私、鏡のむこうでがんばってください」
ありす「はい。私、話してみます」
晴「結局、橘の夢ってなんなんだ?」
ありす「それは、その、今は秘密です!」
ありす「落ち着いてから、聞いてあげてください」
文香「わかりました……行きましょう」
晴「ああ」
ありす「ありがとう」
ありす「ううん。なんにもしてない」
ありす「辛いですか」
ありす「誰かが辛いよりは幸せです」
ありす「お母さん、良くなるといいですね」
ありす「信じていれば、夢は叶います」
晴「橘、行くぞ!」
ありす「私、がんばります。ばいばい」
ありす「ばいばい。見てるから、ずっと……ずっと」
49
鏡のむこう・商店街
晴「なんか、聞こえないか」
ありす「パトカーのサイレンですか?」
文香「……止まったようですね」
晴「なぁ、あそこって」
文香「映画館です……」
ありす「犯人、そこにいるんじゃないですか」
晴「見に行くぞ。悪い予感がする」
50
鏡のむこう・映画館前
晴「まさかな……」
ありす「……」
文香「お待たせしました……」
ありす「どうでした、か」
文香「アリバイの証人だと言って……教えてもらいました」
晴「中で何があったんだ」
文香「殺人です……」
ありす「ひっ……」
晴「こっちの奏も殺された、のか」
文香「そのようです……」
ありす「また、別の自分にですか」
文香「違うようです……銃殺でした」
晴「口封じ、か」
文香「ええ……黒幕の口封じかと思います」
晴「……くそ」
ありす「あの、目撃者とかは」
文香「いません……映画館のご主人も殺されています」
晴「大胆だな、こっちだからか」
文香「銃も銃弾も残っていないそうです……」
晴「黒幕がここから逃げたなら、未解決事件だな」
ありす「あの」
晴「どうした」
ありす「こんなことが起こってたのですか」
文香「ええ……黒幕は私達の世界にいます」
晴「大丈夫だ。学校の奴らはオレとねーちゃんで守る」
文香「もちろん……街の人もです」
ありす「勝てますか。信じていいですか」
晴「信じるしか、ないだろ」
文香「犯人は私法で裁かれました……」
晴「おう、そうでも思わないとやっていけない」
文香「ここから去りましょう……私達も異物には変わりませんから」
51
北苗小学校・音楽室
晴「ふー、到着」
ありす「どうやってるのですか?」
文香「詳しいことは私には……ここは閉めます」
晴「鏡も変えた方がいいな」
文香「古いものが処分されてませんから……戻しましょう」
茄子「おかえりなさーい!ご無事ですね♪」
晴「茄子、こっちの様子はどうだ?」
茄子「みんなやきもきしてますよー。橘さんは無事でした?」
ありす「はい。心配をおかけしました」
茄子「本当にこの世界のあなたですか?」
ありす「なっ、私は私です。ここにいた私です」
茄子「ちょっと質問がイジワルでした。ごめんなさい。犯人はどうでしたか?」
晴「……言いにくいんだが、殺されてた。動機もわかったよ」
茄子「報いを受けた、と思いましょう。そうしましょう」
晴「……ああ」
文香「これから、どうしましょう……」
茄子「無事に帰ったから良しとしましょう。私、考えがあります」
晴「なんだ?」
茄子「橘さん、協力してくださいね」
ありす「どうするのですか?」
茄子「誘拐犯のもとから逃げた、ということにしましょう。打合せを」
晴「オレらは?」
茄子「なにも見つけられなかった、でいいですか?」
文香「問題ありません……」
晴「仕方がないな、ノコノコと帰るか」
文香「ええ……茄子さん、お願いします」
茄子「お任せあれ」
ありす「あの、ありがとうございました」
文香「いいえ……私は迎えに行っただけです」
ありす「私に恥ずかしくない私になりますから」
茄子「何の話でしょう?」
ありす「そのうち、わかります。わかるようにしてみせます」
晴「またな、橘。ねーちゃん、行こうぜ」
文香「はい……志乃さんが心配してま、す」
晴「ねーちゃん、大丈夫か?」
文香「少し……疲れただけです。帰りましょう……」
52
古書店・Heron
晴「ねーちゃん、大丈夫か?」
志乃「疲れただけよ。一晩休めば良くなるわ」
晴「なら、いいけどよ……」
志乃「文香さんのこと、何か聞いたかしら」
晴「むこうのねーちゃんは、いなかった。死んでた」
志乃「……そう」
晴「驚いてないなら、知ってるのか」
志乃「ええ……」
晴「『本』のこともか?」
志乃「聞いたのかしら」
晴「ああ。別のねーちゃんが書いたもの、なんだな」
志乃「そうね……」
晴「志乃は見たことあるのか」
志乃「あるわ……何も書いてない真っ白なページを」
晴「え?」
志乃「都合よく必要な出来事があそこに収められるほど、あの本は厚くないわ」
晴「じゃあ、読んでるわけじゃないのか?」
志乃「読んでることは読んでると思うわ……対象が目の前でないだけ」
晴「どういうことだよ……」
志乃「おそらく……文香さんは引き出しているのよ」
晴「オレさ、本とか読まないからわからねぇ。ちゃんと教えてくれ」
志乃「もう、ここの世界にしか文香さんはいないわ」
晴「……そうなのか」
志乃「あの子が全ての亡くなったあの子と繋がってるわ。その糸を手繰り寄せてるだけ」
晴「……」
志乃「『本』も繋ぐのも、同じことだと思うわ……想像に過ぎないけれど」
晴「ねーちゃんも気づいてるよな」
志乃「ええ……おそらく」
晴「なのに、橘を助けに行ったのか」
志乃「そうよ……」
晴「お人好しだな」
志乃「本当に……そうね」
晴「……今日は帰る。ねーちゃんによろしくな」
志乃「わかったわ。晴ちゃん、あの子をよろしく」
晴「ああ、わかってる」
志乃「ところで」
晴「なんだ?」
志乃「どの中学に行くか、決めたかしら?」
晴「なんで志乃が知ってるんだよ」
志乃「ちょっとバーで。風のうわさで聞いたの」
晴「……それはちゃんとオレから話すよ。むこうの橘に、情けない姿を見せられないもんな」
志乃「どういうこと、かしら?」
晴「また、後で話す。またな、志乃」
志乃「おやすみなさい……」
53
翌日
古書店・Heron
志乃「はい……今日もがんばってね」
文香「あの、今日はよろしくお願いします」
志乃「ええ……覚えておくわ」
晴「おはよ」
ありす「おはようございます」
志乃「あら、いらっしゃい。仲良しなのね」
晴「おう。なっ、ねーちゃん」
文香「そう言っていただけると……嬉しいです」
ありす「鷺沢さんは大丈夫ですか、その心配で」
文香「大丈夫ですよ……」
志乃「私が保障するわ。文香さんを送り届けてもらえる?」
晴「任せとけ」
文香「お願いします……」
志乃「いってらっしゃい」
ありす「鷺沢さん、オススメの本とかありますか?」
文香「そうですね……ミステリーだと……」
晴「志乃」
志乃「どうしたの?」
晴「たぶんだけど」
志乃「もし、悪い勘ならそれはアタリよ。言わなくていいわ」
晴「……たぶん、これで終わりじゃないぞ」
志乃「わかってるわ」
晴「オレはさ、子供なんだ。欲しいものは全部欲しい」
志乃「私もよ。文香さんが無事な未来も欲しいの」
晴「ああ」
志乃「行きなさい。本当に置いて行かれたわ」
晴「あの二人は話始めると夢中だからなぁ。おーい、待てって!」
54
放課後
北苗小学校・職員室
志乃「こんにちは」
瑞樹「あら、志乃さん。待ってたわ」
志乃「文香さんはここにいるかしら」
瑞樹「あそこで本を読んでるわよ。文香さーん」
文香「志乃さん、お待ちしてました」
志乃「持ち運ぶ本はどこかしら?」
文香「地下です……」
瑞樹「ささっと、終わらせちゃいましょう。三船先生、お手伝いを……あら?」
美優「はい、会議室に行きましょうか」
志乃「晴さんに呼ばれたみたいね……」
瑞樹「まったく、嬉しそうにしちゃって。心配するくらいなら聞けばいいのに。そう思わない?」
志乃「そうね。それにしても、あなたも嬉しそうね」
瑞樹「昔から知ってるもの。優しくて良い子よ。良い先生でもあるわ」
文香「ええ……」
瑞樹「久美子ちゃんも橘さんに呼ばちゃったし、私達でやりましょうか」
文香「ダンボール、ダンボール……」
志乃「川島先生?」
瑞樹「なに?」
志乃「小学生の時の夢、って何だったかしら?」
瑞樹「もちろん、先生よ」
文香「夢を叶えたのですね……」
瑞樹「いえ、まだよ。条件付きだから」
文香「条件……?」
瑞樹「教え子の将来を、いいえ、最高の未来を見るまでは夢が叶ったなんていえないもの。そうでしょ?」
志乃「川島先生らしいわ……」
瑞樹「だから、がんばらなくちゃ。生徒には大切な1年だもの」
志乃「良い夢ね。叶えてみせて」
瑞樹「もちろん、叶えてみせるわ」
文香「安心しました……」
志乃「そろそろ、始めましょうか」
文香「叶えてくれます……鏡のむこうのあなたの夢は、ここできっと」
第1話 鏡裏 了
55
幕間
レッスンスタジオ
茄子「まぁ、これは……惨い」
片桐早苗「茄子ちゃん、お疲れ様。これ見て、どう思う?」
片桐早苗
刑事。階級は巡査部長。小柄だが武闘派とのこと。誕生日は3月7日。
茄子「どう、ですか?」
早苗「これも連続殺人と関係があるのか、どうか」
茄子「わかりません。けど、うーん……」
早苗「気になることがあったら、何でも言って。茄子ちゃんの勘、当たるし」
茄子「血みどろで天井に磔なんて、どこの怪獣の仕業なんでしょう?」
幕間 了
8/12
終
第2話 怪獣の姫君
に続く。
本日はここまで。
メインキャストすら全部出てなくて申し訳ない。
全4話の予定ですので、よろしければお付き合いくださいな。
それでは。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません