― 研究所 ―
ゴキブリ「ねえ、博士」カサカサ
博士「ん?」
ゴキブリ「どうして博士はぼくを改造して、考える力や言葉を話す力を与えてくれたんですか?」
博士「それはね……私はゴキブリを愛しているからさ!」
博士「私は世界で一番といってもいいゴキブリ大好き人間だ!」
博士「ゴキブリを見ると胸がドキドキして、ときめきが止まらない!」
博士「動物園のゾウやパンダなんかより、ゴキブリの方がずっとずーっと大好きなのさ!」
博士「だからもっとゴキブリと仲良くしたくて、君を生み出したんだよ」
ゴキブリ「ありがとう……博士」
ゴキブリ(博士はぼくをたくさん可愛がってくれるし、餌もいっぱいくれる)
ゴキブリ(だけど、一つだけ大きな不満がある)
ゴキブリ(ぼくは博士以外の人間と出会ったことがないのだ)
ゴキブリ(ぼくは、もっと色んな人間と知り合いたいのに……)
ゴキブリ(だからぼくは、博士に直訴することにした)
ゴキブリ「お願いがあります、博士!」
博士「なんだい?」
ゴキブリ「どうかぼくを、研究所の外へ出して下さい!」カサッ
博士「う~む、しかしなぁ……」
ゴキブリ「このまま研究所で一生を終えるなんてイヤです!」
ゴキブリ「お願いです、博士!」
博士「分かったよ……君がそこまでいうのなら……」
研究所の外に出たゴキブリ。
ゴキブリ「ようし、色々な人間と知り合って、友達をたくさん作るんだ!」カサカサ
ところが――
男「うわっ、ゴキブリだ! うげえ、気持ち悪ィ!」
女「いやぁぁぁ! 誰か退治してええ!」タタタッ
子供「喰らえ! 殺虫ビーム!」ブシュゥゥゥゥゥ
ゴキブリ(うう、みんな、ぼくを見るなり話も聞かずに逃げたり攻撃してくる)
ゴキブリ(どうして……? ぼくはただ、人間と仲良くなりたいだけなのに……)
― 研究所 ―
博士「そうか……やはりな」
ゴキブリ「博士、これはどういうことですか?」
博士「実は、人間社会ではゴキブリは不快害虫として忌み嫌われているのだよ」
博士「それも並大抵の嫌われ方ではない。害虫の中でも一番、といっていい」
ゴキブリ「そうだったんですか……だから博士はぼくが外に行くのを止めたんですね」
博士「そのとおりだ」
ゴキブリ「でも……でも! ぼく、人間と仲良くしたいです!」
博士「うーん……ならば、方法は一つしかない」
ゴキブリ「そんな方法があるんですか!? ぼく、なんでもやります!」
博士「それは……ゴキブリが絶滅危惧種になることだ」
ゴキブリ「え」
博士「人というのは勝手なもので、たとえばある生物がウジャウジャといる時は」
博士「“たくさんいるんだから”と容赦なく殺したり粗末に扱ったりするのだが――」
博士「“もうすぐこの生き物は絶滅してしまう”と知ったとたん、掌を返す」
博士「絶滅しないようにするため、大切に保護するようになるのだ」
博士「これはおそらく、ゴキブリも例外ではないだろう」
ゴキブリ「な、なるほど……」
ゴキブリ「だけどぼくが絶滅危惧種になるってことはつまり――」
ゴキブリ「大勢の仲間を殺さなきゃいけないってことですよね」
ゴキブリ「さすがに、それはちょっと……」
博士「いや……その心配はないよ」
博士「こっちへ来なさい」スタスタ
ゴキブリ「……?」カサカサ
― 地下施設 ―
ゴキブリ「ひ、広い……!」
ゴキブリ「博士、なんですか、ここは!?」カサカサッ
博士「私が密かに作り上げた、ゴキブリの楽園“ゴキートピア”さ」
博士「温度や湿度を始め、全てをゴキブリにとって最高の環境に整えてある」
ゴキブリ「博士、どうしてこんなものを……!?」
博士「私はね、人々にゴキブリが嫌われてる現状を見るたび、心が痛んでいたんだ」
博士「そして考えた」
博士「ゴキブリが人々から嫌われず、幸せに暮らす方法はないものか、と」
博士「だから、この施設を作ったのだよ」
博士「ゴキブリの、ゴキブリによる、ゴキブリのための楽園をね」
ゴキブリ「博士……!」
博士「そこで君に頼みたいのが、ゴキブリたちの説得だ」
ゴキブリ「ぼ、ぼくが……!?」
博士「私は君を、他のゴキブリを魅了する特殊なフェロモンを発せられるようにも改造してある」
博士「それに加えて、君の知能をもってすれば、世界中のゴキブリを説き伏せることも可能だ」
博士「もし君が世界中のゴキブリをここに移住させることができたなら――」
博士「希少種となった君は当然、人間に重宝され愛されることになるし」
博士「移住したゴキブリたちは人間に嫌われることなく、ここで幸せに暮らせる」
博士「そうなれば、私も世界一のゴキブリ好きとして嬉しい……!」
博士「つまり、みんなが幸せになることができるんだ!」
ゴキブリ「な、なるほど……すごい名案です!」
ゴキブリ「ぼく、絶対にこの使命をやり遂げてみせます!」
博士「頼んだよ」
ゴキブリは世界各地のゴキブリを説得した。
~
ゴキブリ「みんな! ぼくらゴキブリは新天地“ゴキートピア”に移住しよう!」
ゴキブリ「そこでなら、餌には困らないし、敵もいないし、快適に過ごせるよ!」
『新天地?』 『ゴキートピア?』 『ふうん……よさそうな場所だな』
~
ゴキブリ「これでアジアのゴキブリはだいたい説得できたな……次はアメリカだ!」カサカサ
~
ゴキブリ「“ゴキートピア”で、ぼくたちだけの国を作ろう!」
『オーッ!』 『よっしゃ、移住だ!』 『夢みたいな話だぜ!』
~
誘惑フェロモンと高い知能を持つ彼の言葉を、世界のゴキブリたちは快く受け入れた。
やがて――
ゴキブリ「博士、世界中のゴキブリはみんな、ゴキートピアに移住してくれました!」
博士「おおっ、よくやってくれた!」
ゴキブリ「次はどうすればいいでしょう?」
博士「今頃、世間ではゴキブリがいなくなったことに対して大騒ぎになっているはずだ」
博士「だからまずこの私が、ゴキブリは絶滅寸前にあると正式に公表する」
博士「それまでは、君もゴキートピアで暮らしていてくれ」
ゴキブリ「分かりました!」
博士「君が人々に愛されるようになることを祈っているよ」ニコッ
― 地下施設(ゴキートピア) ―
カサカサ… カサカサ…
『へぇ~、いいとこじゃんか!』 『人間もやるじゃん!』 『サイコーだよ!』
『色んな種類のゴキブリにとってちょうどいい気候だ』 『天国だ!』 『ありがとう!』
カサカサ… カサカサ…
ゴキブリ(よかった……みんな大喜びだ!)
ゴキブリ(あ、そうだ! みんな喜んでるって伝えれば、博士もきっと喜ぶぞ!)カサカサ
ゴキブリ「博士ー!」カサカサ
博士「ええ……まもなくゴキブリは絶滅します」
ゴキブリ「え……!?」
博士「ここまで実に大変な道のりでしたよ」
博士「まず、私が改造したゴキブリにたっぷり愛情を注ぎ、人間に憧れを抱かせ……」
博士「その後、自分は人間に嫌われているのだと身をもって学習させ……」
博士「そこへ、人間に愛されるには絶滅危惧種になるしかないと吹き込み……」
博士「世界中のゴキブリを説得させ、全てのゴキブリはゴキートピアに移住しました」
博士「あとは私がスイッチを押せば、あの中には猛毒ガスがばら撒かれ」
博士「ゴキートピア内にいるゴキブリは絶滅です。改造ゴキブリもろともね」
博士「きっと世界中の人々が私に感謝をし、私の名は永久に歴史に残るでしょうねえ」
博士「……私がゴキブリ好き? ハハ、ご冗談を」
博士「私は世界一ゴキブリが嫌いな人間ですよ。見るだけで胸がバクバクします」
博士「こんな私だからこそ、こんな壮大で非現実的な計画を立案し、実行することができたんです」
ゴキブリ「……」カサッ
博士「――さて、そろそろボタンを押しに行くとするか」
ゴキブリ「こんにちは、博士」カサカサ
博士「ゴキブリ!? どうしてお前が外に……!? 」
ゴキブリ「すみません、さっきの博士のお電話、全部聞いちゃいましたよ」
博士「あ……!」
ゴキブリ「博士はぼく、いやぼくらを愛してくれてはいなかったんですね」
ゴキブリ「ぼくは全ゴキブリを罠に誘導するための装置でしかなかったんですね」
博士「いや……あの、そ、それは……」
ゴキブリ「だけど、もういいんです」
ゴキブリ「こうなれば、ぼくたちで“真のゴキートピア”を作るだけですから」
博士「ど、どういう意味だ!?」
ゴキブリ「これより、ぼくは全ゴキブリを率いて人間に対して戦いを挑みます」
ゴキブリ「まずあらゆる施設や機械に侵入し、人間の文明を破壊します」
ゴキブリ「その後は直接襲いかかるなり、食料を食い尽くすなり、ま、色々プランは考えてますよ」
博士「人間に戦いを!? バカな、勝てると思ってるのか! たかがゴキブリが!」
ゴキブリ「勝てますよ」
ゴキブリ「そりゃもちろん、万全な準備を整えた人間には勝ち目はないでしょう」
ゴキブリ「たとえばもし、いきなり軍隊や兵器を持ち出されたら、ひとたまりもありません」
ゴキブリ「だけど現実問題として、そんなことあるわけがない」
ゴキブリ「人間は必ずぼくらをナメてかかる。その段階で、ぼくらは勝負を決めます」
ゴキブリ「ぼくらが本当に人類を絶滅させかねない存在だと悟った時には……もう手遅れ、です」
博士「ぐ……ぐぐ……!」
ゴキブリ「だけど博士、あなたは自力で動けない体にするにとどめて、生かしてあげます」
ゴキブリ「“絶滅危惧種”として、たっぷり可愛がってあげますよ」
ゴキブリ「おや? 音がしますね」
ゴキブリ「どうやら同胞たちも、ぼくに続いてゴキートピアから出てきたようです」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
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おわり
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