オッサン勇者と少女魔族が世界を旅する話 (104)

習作
小説形式

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人々が魔界と呼ぶ地の中央に聳える禍々しくも豪奢な城の最上最奥。その玉座の間の扉が重々しく開く。

『着たか』

『はい。ニンゲンの魔力波導です』

二人、いや二体のヒト型の魔族は何事もない様に会話を交わした。
魔王と呼ばれ魔界を支配し管理する雄型の魔族と、その魔王、唯一の側近である雌型の魔族。
人間としてみれば魔王は壮年の男性、側近は十代の少女に見えるほど幼い印象を受ける。
ヒトとさして差異のない姿をしてるものの、青白い肌や頭部から突出した魔力を帯びた双角は魔族の特徴であり、扉を開いた人間にはない決定的な違いだ。
開かれた扉からは、双手剣を携え明確な敵意と殺気をもった人間が歩を進めているにも関わらず、魔王は泰然と玉座に腰を据え、側近は悠然と傍らに佇んでいた。

『この扉がニンゲンの手によって開けられたのはいつ以来だろうな』

『畏くも申し上げます。主がわたくしをお傍に置いてくださって以来一度もございません』

『ふむ……』

扉を開けた人間の双眸は、今にも目の前の二体を射殺さんとするほど殺意に満ち溢れている。
歩みには優雅さも閑雅な振る舞いもない。その代りにここにいたるまでの過酷な経験を男は身に纏っていた。
顔には古傷が幾つも浮かび、装った鎧は所々が剥げ、内に着用している鎖帷子も砕けており、もはや防御の機能ははたしていない。
無精ひげはそのままに、まるで手入れのされていない黒いざんばら髪、その姿はさながら野盗のそれである。
しかし粗野な風貌とは対照的に清廉な闘気を放ち、それでいて裂帛の気合に男の身体は熱を帯びていた。
魔王はわずかに口角を上げ、歩を進める人間に語りかける。

「よく来た、ニンゲン。褒めて使わす」

「っ!」

kitai

突然、聴きなれた言語が耳に飛び込み、男は反射的に歩を止めた。
同時に目の前の魔族たちから漏れ出る魔力波導の異質さに気付く。
ここまで斃してきた魔族とは明らかに違う。どの魔族にも共通していたぬるりと身体にまとわりつく薄気味悪い魔族特有の魔力波導をまるで感じない。
代わりにすべて飲み込まれてしまいそうな深い奈落を覗き込んだような感覚に陥った。
少しでも気を抜けば、この魔力波導にあてられただけで意識を手放すことになるだろう。
わずかに、剣を握り締めた拳が震える。

(恐怖……? は、まさか今更そんなものを感じるとはなァ……)

男は一介の王宮兵士に過ぎなかった。魔法は不得手であったものの、剣の腕には自信があった。
強大な魔族であっても単身で打ち斃す実力もあった。王都を襲った巨大な飛龍を単独で屠った実績もあった。
それでもこの城にたどり着くまでに幾度となく死線を彷徨った。
その都度強くなり、その都度恐怖を克服してきた。
魔族から勝利をあげるたびに無謀と罵声を浴びた行為は勇敢へと変わり、蛮行と謗りを受けた行為は英断へと変わっていった。
そうして愚者と嘲笑われた男はいつしか勇者と呼ばれるようになっていた。

(ヒトらしい感情は全部捨ててきたつもりだったが、まだ俺も人間だってことか)

震える右の拳を左の手で抑え込む。
これで、最後。全ての元凶たる魔王が目の前にいる。
勇者は、他人のために剣を振るわない。勇者は国のために剣を振るわない。勇者は平和のために剣を振るわない。
ただひたすら己がため。己の目的のために剣を振るい、独りでここに辿り着いた。
故に死地へ向かうことに躊躇はなく、自らの決意に迷いはないつもりだった。
しかし対峙しただけで湧き上がった恐怖は勇者の覚悟を一笑に付されたに等しかった。

(……くくっ。なにビビってやがる。死のうが生きようが、これで終いだってのに)

羞恥を瞬時に黙殺すると同時に勇者の中にどす黒い炎が猛り、僅かながらに芽生えた恐怖を焼き尽くしていく。

「わざわざヒトの言葉を操る、か。魔族にしちゃァ知能が高いみてェだな」

「ここまで辿り着いたニンゲンへの褒美だ。ニンゲンが魔族の言語を理解できるとは思うておらぬのでな」

魔王は玉座に肩肘をつき不敵な笑みを浮かべる。

「問おう。なぜ貴様はここへ来た――」

魔王の問いが終わるか終らないか、勇者は床石を蹴り魔王へと驀進する。
音を置き去りにする加速と体運びに予備動作はない。動きを予測することは不可能であり完全に不意を突くことに成功した、はずだった。
しかし、次の瞬間。勇者は城内の内壁に強かに背を打ち付けられ、そのまま前のめりに倒れ込んた。

(なにが、起こった……)

否、何が起こったかはわかっていた。
ただ、それを認めたくはなかった。
一閃で仕留めるつもりで上段に振りかぶった剣を魔王に向けて振り下ろす直前、傍らにいたはずの側近が突如眼前に立ちはだかっていた。
そして二つ指を貫手のように立て、易々と勇者の剣を受け止めた後、他方の掌で勇者の身体を弾き飛ばした。
軽く添えられただけのように思えた側近の掌からは、臓腑を深く抉るような重い衝撃が勇者の身体を突き抜け、一撃で戦闘不能に近い損傷を与えられていた。

『我が主よ。まだ、意識があるようです。息の根を止めても?』

『よい。命を摘む必要もあるまい』

『は』

魔王と側近からは追撃もない。それどころか攻撃を仕掛けられてなお、殺意も敵意さえもない。

(ここまで、差があるかよ……)

羽虫を追い払う程度にしか考えていないのだろうと勇者は捉えた。
しかし、魔王と側近の認識と勇者の認識はほんの少しだけ違っていた。
魔王と側近の実感した勇者の実力は、予測より遥かに高みに位置しており、わずかながら動揺を生み出した。

『二本か。強いな。お前にふた指使わせることができるものなぞ上位魔族にも数えるほどしかおらぬ』

『ああ、なんともったいなきお言葉。望外の喜び。私め如き力量をそのように評していただけるとは』

『事実であろう。そのお前が放った技を身に受け、なお心の臓の鼓動が続いている。身もなんと堅きことだ』

『あの威力の魔力波をニンゲンが身に受けて、原形を留めていることは予想外と言わざるを得ません』

『ニンゲンは弱小種族だと思っていたが。少しばかり認識を改めなければならぬ』

『あのニンゲンだけが特殊なのではないでしょうか』

『かもしれぬな。が、しかし。ニンゲンという種に可能性があることも捨て置けぬ』

確かに魔王とその側近は勇者を脅威には感じていない。
それほどまでに、実力がかけ離れている。あのわずかなやり取りだけでまざまざと見せつけられてしまった。
勇者が十年にも及ぶ旅路で得た経験も、積み上げた研鑽も、励んだ練磨も、努めた鍛錬も、苦痛を経た修練も、この二体の魔族の前では無に等しい事実を突き付けられた。
勇者は回復術を唱えつつ、剣を石床に突き立て杖代わりにどうにか立ち上がる。
眼前の敵を見据え、再度剣を構えた。

「これだけの差を見せられてまだ戦う気力があるとはな。この差が分からぬほど弱き者でもあるまい」

「てめェを殺すことだけを目的に生きてきたからなァ……簡単にくたばるわけにはいかねェのよ」

「ほう、それが先の問いへの答えか。余を抹殺することが目的だと。して余を抹殺の後に、なにを望む。
 余が亡き後、魔族の王になるつもりか? それともニンゲンの世で名を馳せたいのか?」

「くく、ははははっ! 魔族もそんな人間らしい世俗的な考えをもてるのか! こいつは傑作だ!」

「では、重ねて問おう。余を抹殺して何を望む」

剣を握る力を強め、勇者は再び躍り掛かる。

「なァに、わかりやすい話さ! てめェを殺したあとの望みなんてねェよ! ただの復讐だ! 個人的ななァ!」

先ほどよりも疾く駆け、間合いを詰めていく。

「おぉおおぉッ!」

勇者の雄叫びに怯むことなく側近は先ほどと同じように指を二本たて、待ち構えた。
剣と指が交わったとは思えない鈍い音が、剣戟の実態とは遅れて玉座の間に響く。
上下左右、縦横無尽、あらゆる角度から仕掛けるも側近の視線を振り切ることはできない。
勇者の十重二十重に張られた陽動、牽制に目もくれず本命の斬撃だけを側近は的確に防いでくる。
不意を討っても防がれる。フェイントも意味をなさない。
それならば、受けられない攻撃を繰り出せばいい道理であると勇者は結論付けた。

(とっておきを、くれてやるッ!)

剣を諸手に構え、技を放つ。
兜割り、袈裟、逆風、逆袈裟、薙ぎ払い。あらゆる方向から時間差なく銀閃が走る。一太刀一太刀がすべて奥義の領域であり、必殺の威力を持っていた。

『疾い――』

しかしその刹那の時間にも満たない間に繰り出される一瞬二十六斬、神域まで到達した剣閃――それを側近はすべて受けきり、再び勇者の身体に掌を添え、吹飛ばした。

「っがっは!」

口から尋常でない量の血液が飛び散る。

(中身が逝きやがったか……)

激痛に襲われ、声にならない呻き声が腹の底から押し出される。
全身全霊を込めた自身の技が全く通用しない現実を目の当たりにしながらも勇者の頭は至極冷静だった。

(アレを全て見切るかよ……俺の一番の技だったんだがなァ)

回復術が追いつかない。
治癒を施しても激痛は収まらない。むしろ増していくばかりである。
虚ろな意識のまま、勇者は立ち上がる。

(ここで終われねェ……終わるわけにはいかねェ……)

側近は思わず目を瞠る。
まるで全力ではないとはいえ大半の生命体が絶命する威力の魔力波を二度も受け、尚立ち上がる姿に素直に驚嘆していた。

『まさか、お前が片腕のすべてを使って受けるとはな』

『お見苦しいところをお見せいたしました』

『それほど、奴の剣技は見事だったのだろう』

『はい。それに加え、砕けない肉体、折れない精神。奴は本当にニンゲンなのでしょうか』

『奇跡、と呼ぶほかあるまい』

さらに驚愕は続く。
側近の頬から一筋の傷が開き、僅かに血が滲み出る。

『なっ……!』

爪の先ほどのわずかな傷にすぎなかった。
だがその傷は勇者の攻撃が側近の予測を超えたことの証左に他ならない。

『ほう。お前に傷を負わせるか』

『ああ、なんという……! 申し訳ございません! 我が主の前で私の穢らわしい血をお見せするなど』

『構わぬ。しかしやはりニンゲンの評価を改めなければならぬな』

身体は砕けずとも心は折れずとも、魔王と側近の賞賛とは裏腹に勇者の頭の中では既に結論が出ていた。

(勝てねェ。だが……)

勝機はない。それでも背を向けることは元より考えにない。

「もう一度だけ問う。余の抹殺の先に何がある」

「なにがあるかだと? くくく、ははははは! 本当にてめェは何度も笑わせてくれる!」

徐々に言葉は怒気を帯びていく。

「なにもねェさ! 俺の未来はもう全部てめェら魔族に奪われてんだ!」

待ち受ける先が敗北と知りつつも、気力はいささかも衰えず猛然と魔王へと疾駆する。

『これがニンゲン特有の蛮勇……ですか。それだけの能力を持ちながら、愚か者としか言いようがない』

思わず、側近の口からこぼれ出る。

勇ましき者の叫びが城内に響いた。

****

「もう一度言いますけど、私は私の意志でここにいるのではないのですからね」

「うるせェ! 黙って歩け!」

王都の大通りの往来を一組の男女が闊歩する。
男の怒声に人々が振り返る。男はバツが悪そうに赤面をすると早足でその場を立ち去り、女は嘆息しつつ男の後を追った。

男はさっぱりとした短い黒髪に鷹のような鋭い眼を携え、上背のある体躯を揺らしながら歩く。
女は絹のようなたっぷりとした銀髪とくっきりとした目鼻立ちに加え、視る者を魅了する真紅の瞳と左の眦にある蠱惑的なほくろが特徴的だ。
さらには同伴する男ほどではないがスラリと高い身長と他の女性が羨むような豊満な身体を持っており、歩くたびに道行く男たちの視線を釘づけにしていた。

「ふむ。この身はやたらと注目を集めますね。少々失敗しましたか」

「大体なんでそんな扇情的な格好してんだ。へそを出すな。へそを」

「扇情的な格好をしているわけではありません。衣服の大きさが私に合っていないだけで、一般的な大きさの着衣であると聞いています」

「一般的なものであっても、大きさが違えば一般的の枠から外れることもあんだよ」

「では、私にどうしろと? ここでまた幻身の法を使えというのですか?」

「んなこといってねェ。とりあえず、宿に入る。巻き込まれで好奇の視線に晒されるのも居心地が悪ィんでね」

「もう就床するのですか。十年以上ぶりの王都なのでしょう? もう少し満喫してはいかがですか」

「そういう気分じゃねェよ」

勇者と呼ばれた男が王都から魔王討伐に出立して十三年の時が流れていた。
いまだ人間と魔族の敵対は熾烈を極めていたが、ほんの二年程前から魔族の侵攻が弱まっていた。
二年前。勇者が魔界に繋がると言われる島に最も近しい村で目撃された。
「これから魔界に行く」と王都への言伝を村の長に頼んだ後姿が、人々の知る最後の勇者の姿である。

その一年後。王都は初めて、魔族に簒奪された地を奪還することに成功する。
理由はわからないが、目に見えて魔族の侵攻が鈍り、なによりも侵攻を統括する敵将が弱体化していたのである。
吐き出す火球も、放つ爆破魔法も、氷結魔法も、雷撃魔法も、すべての威力が数段落ちていた。
敵将の弱体化は魔族側にとって大きな誤算であったらしく、後退し敵将は簒奪した地に築いた居城に籠城を決め込んだ。
王都内部は、これを罠とみるか好機とみるか意見は真っ向から対立し割れたものの、軍部の独断行動により敵将を追い詰め、ついには討ち倒すに至る。
この事変を契機に王都は、防衛主眼の方策から積極奪還へと姿勢を翻し、次々と魔族に撃ち滅ぼされた大地を奪い返していった。
その後わずか一年という期間で、奪われた地の半数を取り返し、着実に復興への道を歩み始めた。

魔族との戦いに勝利を重ねるうちに、人々の間で噂が飛び交うようになる。

曰く、魔族が弱体化したのは勇者が魔王を滅ぼしたからではないか。
曰く、魔族の統制が弱まったのは、勇者が内部で暴れているに違いない。
曰く、勇者が今も魔族を討ち滅ぼす戦いをしている。

様々な噂が飛び交ったがその真偽を確かめる術はなかった。
勇者の凱旋を皆待ちわびた。
だが初めて魔族に奪われていた地を奪還したその日から、二年経った後も勇者が戻ってくることはなかった。

故に王都からの正式な声明はなかったものの、民心の大半は「勇者は魔王を斃したが、魔王との戦いで命を落とした」という結論に傾いていた。

そしてさらに一年後。つまり現在、世界最大の大陸の中央を真っ二つに割る形で人間と魔族は睨み合っている。
平和からは程遠いものであるものの、一歩一歩確実に完全勝利へと向かっているという実感に人々は酔いしれ、王都の中心は束の間の安息を享受していた。
おかげで戦場の最前線から程遠くなった王都は、かつて忘れられていた活気というものに溢れていた。
大通りには、祭りごとがあるわけでもないのに露天商も多く店を構え客引きをしている姿が目に入る。
道行く人々も恐怖に彩られた目に染まっているものはみてとれない。
誰もが他愛無いことに喜びを覚えるように、このかけがえのない日常を甘受するように行き交う。
しかし男と女は人通りの多さに辟易していた。

「人。いくらなんでも多すぎだ。祭事でもねェってのによ。王都が魔族に脅かされなくなったからって人が集まりすぎだろう」

「ニンゲン界がこのようなことになっていようとは。我が主も驚かれるかもしれません」

「ヤツがこんなことで驚く玉かよ」

「それもそうですね。全知全能たる我が主がこのような事態を予測していないはずがありませんから」

歩く二人は憮然とした表情で正面を向いたまま言葉を交わしており、どうみても恋仲同士の会話ではない。
では、兄妹であるかと問われれば、これまた二人の容姿は似ても似つかないし、年齢もかなり離れているように思える。
男は二十後半から三十前半、女は大人びている容姿ではあるもののどことなくあどけなさが残っているせいか十代半ばから後半程度に見えた。
女の見目形に目を奪われ、声をかけようかと逡巡する男たちが幾人もいたが、横の男との関係性を邪推して思いとどまる。
その結果騒ごうが騒ぐまいが結局好奇の視線を集めていた。
注がれる視線に気づいていたものの、二人は気にする様子もなく歩を進める。

「前々から思っていたが、アイツのことちっとばかし過剰に評価しすぎじゃねェか?」

「私は事実のみを評します」

「全知全能はどうかと思うが。まァ、優秀だってことは認めてやる」

「我が主に向かって不遜な口のきき方ですね。ここで始末してもいいのですよ」

「おーう。上等だ。二年前の決着今つけてやらァ」

「どの口が言うのやら。手も足も出ずに叩きのめされたくせに」

びしりと音を立てるかのように男の額に青筋が走る。
俄かに殺気立つ二人であったが、その周囲に殺気を気取られるほど未熟ではない。
ただ険悪な二人に見えたことは確かであったが。
その険悪な二人を、喧嘩をする恋人同士とみてとったのか、露天商が声をかけてきた。

「おやおや、お若いお二人さん。せっかくの休日に喧嘩たぁ、しまりませんねぇ!」

「あァ?」

「旦那も怖い顔しなさんなって。喧嘩しているお二人にいいモノご紹介しますぜ?」

露天商はあまりにも胡散臭いものいいで、目の前に広げてあるアクセサリーから銀色の指輪を二つ取り上げる。
なんの変哲もない指輪をさも神聖そうに取り上げる様子をみて、女はつい聞き返してしまう。

「指輪、ですか? なにも感じませんが」

「へへ、これは今王都で一等流行ってるものでして」

男はため息をつきつつ、また始まったかとこぼした。
女にも露天商にも聞こえていたであろうが、二人は話を続ける。

「どうして、こんな変哲もないものが? 確かに細工はそれなりに麗しいですが」

「いやいや。なんでもない、なんてとんでもない! これはちょっとしたまじないがかかってましてね」

「まじない、ですか」

女は露天商の手のひらから指輪を取り上げるとまじまじと見つめる。
やはり何の魔法の痕跡も残滓も感じない。

「この指輪を番ではめた恋人たちは必ず結ばれる、そんなまじないでさぁ! 恋愛の女神さまのご加護ってわけ!
 お二人の喧嘩なんざたちどころに収まっちまいます!」

「ほう。私が知らない、それになにも感じさせずそのようなチカラを付加する魔法以外の技術があるとは。
 我が主の見立て通りニンゲンもなかなか捨て置けませんね」

人間? と露天商は疑問符を浮かべたが気にせず商い口を続ける。

「それで、この二対の指輪を互いの指にはめ込む、ってのが相場さぁ。それだけで喧嘩なんかたちどころに収まっちまう!
 しかもたったの銀貨五枚! それも今だけ! 明日にはもう値あがっちまってこんな格安で買えるのもう来ない!」

いかがです? と露天商は女の顔を覗き込む。
女は相変わらず興味深そうに指輪を眺めている。
どこにそんな力が隠されているのか真剣に悩んでいる様子だ。
バカらしくなり、男は女に声をかける。

「んなチカラあるわけねェだろ」

「ないのですか?」

「あたりまえだ。お前も俺も魔力を感じてねェんだから、そんなデタラメの口上に付き合うな。時間の無駄だ」

「では、この者は私を欺こうとしたわけですか?」

露天商は突如得体のしれない怖気に襲われ、ビクリと身を竦ませた。

今までに感じたことのない、奇妙な感覚。それでいてはっきりとわかる不吉の予兆。

「へ、へへ……なにを仰っているのか」

「なにを笑っているのですか?」

その怖気の元が、女から叩き付けられている殺気であると気付くのに時間はかからなかった。

「なぜ、騙そうとしたのですか?」

女の声は平坦なものであったが、露天商は明確に死を意識した。

「ひ、ひっ……!」

ゆっくりと女の手が露天商に伸びていく。
逃げ出したい。数歩後ろに下がれば簡単に逃れられる。なのに身体が動かない。露天商の思考は死に染められていた。

「なにやってんだ、早くいくぞ」

「わっ」

ぐい、と襟元を引かれ、女は体制を崩しながら二、三歩後ずさる。

「わりィな。兄ちゃん。コイツどうにも冗談が通じなくてよ」

「へ、へ? いや、その」

露天商は、いきなり極度の緊張から解放されたせいか、何が起こっているのかわからない様子だった。
女は不満げに言葉を漏らす。

「この者は、私を欺こうとしたのですよ。罰を与えてなにが悪いのですか」

「いーから黙っとけ。こっちにきていきなり問題を起こそうとすんな」

男に諌められ、得心いかないと思いつつも女は引き下がる。

「兄ちゃん、ビビらせた詫びだ」

男が親指でピンと何かを弾いた。
緩やかな放物線を描いて、露天商の下に飛んでいく。
あわてて両手で受け取ったものは一枚の金貨であった。

「え、え!?」

露天商は突然手元に現れた大金に再度混乱に陥る。
理由を質そうと顔を上げた先に、男女の姿はもう人ごみに紛れて見えなくなっていた。

大通りを離れた裏路地を先ほどの男女が早足に進んでいく。

「お前、なんにも考えてねェだろ」

「そんなことありません」

「騙されたことに怒る気持ちはわかるがよ」

「魔族である私を謀ろうとするなど、許せるものではありません」

「向こうは、ただの人間だと思ってんの。お前だってそう思わせるために魔法つかってるんだろが」

先ほどのやり取りにやはり納得がいっていないように、女はむくれた顔をする。

「それは、そうですが。ニンゲンがニンゲンを騙すことも悪なのではないのですか?」

「そりゃわりィことに違ェねェがよ」

女からの思わぬ正論に、思わず男は口ごもる。

「まァ。これもお前の使命の一環だろ。勉強になったじゃねェか」

誤魔化すように、女に顔を向け、諭すように語りかける。
この街に来て女は初めて男の顔を意識的に見つめた。

「……ええ。ニンゲンはすぐに騙そうとするいやしい生き物であるということを学ばせて頂きました」

「その口の悪さ、どうにかできねェもんかね……」

女の据わった視線を受け流しながら、男は一軒の宿の前で歩みを止めた。

「一つだけ言っておくぞ。お前の使命なんざ、俺はどうでもいいがな。騒ぎを起こせばお前たちの目的達成は困難になることだけは覚えておけ。
 人間界ってのは、良くも悪くも他人との繋がりを重視する。すぐに噂は広まって、穏便に済まなくなるからな」

「わかりました。肝に銘じておきます」

女は平常を取り戻し、落ち着き払った様子で返答した。

「ですが。あのニンゲンのおかげで我が主からの命である『人間を知り、生命を知り、世界を知れ』という一助は得られた気がします」

「そうかい。そりゃよかったな」

男は、興味なさげに宿屋のドアに手を掛ける。
ドアベル代わりに木製のドアが軋む音共に一組の男女は宿屋に姿を消した。

かつて勇者と呼ばれた男と魔王と呼ばれた者の腹心である女魔族。
勇者が舞い戻ったことも、厄災級の大魔族が侵入したことも、まだ、王都の誰も知らない。

こんな感じで続けていきます。
よろしければお付き合い下さい。

期待~、乙

>>11
>二年前。勇者が魔界に繋がると言われる島に最も近しい村で目撃された。

三年前の、間違い

割と好き

乙です
期待
女魔族はデレますか?

良さげ
期待

乙!
面白そうだな続き期待

乙!

>>22
話を追ってもらえればいずれわかるかと

3日ないし1週間に1度くらいのペースで投稿していけたらと思います

強いけどボコボコにされる勇者なんてSSだと珍しいな

面白そう
楽しみに待ってる

ごめん、あげた

二年前。勇者が魔王の居城に乗り込み、魔王の側近により意識をとばされた直後に時は遡る。
三度目の魔力波を受け、勇者の意識は完全に途絶した。
力なく投げ出された両腕。色なく虚空を見つめつづける双眸。自ら作った血だまりの中心で倒れ伏す身体。
それでもなお勇者の肉体は生命活動を続けており、二体の魔族が持つ知識における人間の範疇を完全に超えていた。
しかし側近は勇者の肉体の頑強さよりも、行動の不可解さを潜思していた。

『なぜ、ニンゲンは……いえ。この者は勝てぬとわかっていて向かってきたのでしょうか』

『それは、余への問いか?』

『い、いえ! そのようなつもりは決して。ただ、つい声に出てしまったのです』

魔王は慌てふためく側近を見て、微笑を口角に浮かべた。
自らの主の喜色を浮かべた笑みを側近は数百年仕えて初めて目にし、さらに思考は迷路へと向かう。
側近の当惑した面持ちに、魔王は表情をさらに緩めた。

『フフ。いや、よい。では、余から問おう。気になるのか? そのニンゲンが』

『……はい』

側近は、率直に答える。
勇者のあまりにも不合理な選択、あまりにも非論理的な意思決定、あまりにも無意味な行動に、側近は理解できずに困惑が続いていた。
しかしそれでいて生涯において初めて出会う未知の感覚に不思議と勇者から目を離せないることも、また事実であった。

『ならば、迷う必要はない。訊けばよいではないか』

『それは――』

側近が疑問を呈するよりも早く、魔王は玉座に腰を据えたまま、倒れ伏す勇者に向けて掌を向ける。
魔王から放たれた穏やかな魔力の波長が勇者の身体を包み込んだ。
勇者の身体はわずかに浮かび上がり、暖かな光を放つ。

『ふむ。ニンゲンの体構造はなかなかに魔族とは径庭があるな』

『私め如きが我が主に問うという愚行をお許しください。なにをなさっているのですか……?』

『我が魔力をもって、こやつの身体に宿る治癒力を最大まで引き上げておる。このまま魔力循環を促せばそのうち目を覚ますだろう』

予想外の魔王の口述に、側近は大きく狼狽する。

『僭越ながら申し上げます! 我が主の高潔な魔力をニンゲン如きに放出するなど――』

魔王は、側近の進言を遮るように言葉を重ねる。

『勘違いをするな。余はニンゲンのために魔力を放っているのではない。お前のために行っていることだ』

思わぬ自らの主の言葉に、側近は忘我の境地に至るほどの喜悦を覚えた。
顔に朱が射し、先ほどとは全く別の意味で狼狽する。
感動を口に出そうとするが、言葉にならない呻きが漏れ出るだけで要領を得ない。
恍惚の表情をそのままに、側近は魔王の行動を見守る以外できなくなってしまっていた。

魔王の行った治療はほんの僅かな時間でしかなかったが、その効果は絶大であった。
絶命寸前であったはずの肉体は、勇者が玉座の間に辿り着いたときよりも快癒しており、さらには古傷のほとんどが消え失せていた。
苦痛に満ちた勇者の表情は、いつの間にか安らかな寝顔に変わっていた。

『この程度でよかろう』

ゆっくりと勇者の身体は再び血だまりの床に横たえられる。

『あとは好きにするがいい。気になるのであればニンゲンの口から直接訊くことだ』

『は、はっ!』

魔王の声に祝着の果てから意識を取り戻した側近は、改めて状況を整理する。
だが思考を巡らせるほど、自らの主の行いに疑問が鎌首をもたげてくる。

『ただの気まぐれだ。大した意味はない』

内心を読み取ったかのような魔王の言に、側近は吃驚した。

『私は、口にしておりましたか……?』

『フフ。なに、そう思っただけだ。お前は独りごちてなどおらぬ。まあ、そんなことはどうでもよい。
 それよりも、ヤツの傷は治っておる。あとは何かきっかけさえあれば目を覚ますだろう』

『は』

今日ほど胸臆が揺さぶられた日もないと静思しつつ、側近は勇者の傍らへと移動し片膝をつく。
勇者を吹き飛ばした時と同じように、腹部に掌をあてがった。
しかし、あのときとはまるで違う、活力を誘起させるような魔力波を勇者の体表面に奔らせ、身体の芯にまで染み渡るように優しく流し込んでいく。
しばらくの後、ほんの僅かに魔力波に力を込めた。
びくんと勇者の身体が大きく跳ねるのを確認すると、側近はゆっくりと立ち上がる。

『起きなさい』

警告に近い物言いで、言い放つ。

「う……」

小さく呻き声を上げ、勇者は自宅の寝床で起きたかのような無警戒さで瞼を上げた。

『起きたのならば、居住まいを正しなさい』

「ここは……っ!」

突如、現実に引き戻された勇者は、弾かれるように一足跳びで側近との距離を取った。
カラン、と足元に剣が当たる。どうやら無意識のうちに投げだされた剣の傍へ飛び退いたようだった。

『意識がはっきりと戻ったのでしたらするべきことがあるでしょう。
 我が主によって生かされたのです。まずは感謝の辞を述べなさい』

「なにを、しやがった」

勇者の中では当惑が渦巻いていた。
確かに自分は、致死寸前のところまで追い込まれていたはずだ。
魔力波を喰らう直前の、冷徹な女魔族の表情はたしかにこの眼に焼き付いている。
なのに今はどうだ。この城に到達したときよりも、いやここ数年でもっとも身体が軽いとさえ感じる。
それに気付くと二体の魔族と対峙したときとは全く質の違う恐怖に包まれた。

ふと顔の感覚に違和感を覚える。手を顔にやると、そこに刻まれているはずの古傷の凹凸がない。
飛龍の爪に切り裂かれた右眼に走った三本の傷も、魔獣の尾に水平に薙がれた鼻の傷も、かつて灼かれた左頬の火傷の後もない。
どんなに探してもさっぱりと跡が消失していた。
あまりにも状況にそぐわない自身の状態に勇者の混迷は極まっていった。
その混迷を振り払うかのように、声色は荒々しくなっていく。

「なにをしやがったと訊いてんだ! 答えやがれ!」

『やかましいですね。なにを口にしているのか不明ですが、おそらく問うているのでしょう。
 しかし、お前が問うことは許していません。お前はこちらの問いにだけ答えていればよいのです』

「言ってることが、何一つわからねェよ! この魔族が! わかるような言葉で喋れ!」

『なにを吼えているのかわかりませんが、私の要求が叶えられているわけではなさそうですね』

「やはり、てめェらとは剣を交えるしかできねェみてェだな……」

勇者は足元の剣を蹴り上げると空中で捉え、そのまま腰だめに構える。

『この状況で剣を握る? また己が身の破滅を望むのですか。
 我が主の行為をふいにするどころか、忘恩の徒に身をやつすとは救いがたい』

一人と一体は、再び戦闘態勢をとった。
側近は先ほどとは違い、明確に殺意をぶつけてくる。
勇者は脳髄から湧き出てくる恐怖と必死に格闘しながら、それでも逃げ出すことはやはり考えていない。
一触即発の空気の中、殺気立つ両者の後方から諍いを封殺するかのように魔王の声が降ってきた。

『殺気を収めよ。弱小種族相手に見苦しいぞ』

『は……はっ! 申し訳ございません!』

魔王は、側近を軽く諌めると、視線を勇者へと移した。

「フフ、互いに通ずる言語を持たぬというのは不便なものよ。なあ、ニンゲン」

「なんだと……?」

側近は即座に構えを解いたものの、勇者は警戒を弱めない。
一層強く剣を握り締め、即刻斬りかかれる状態を維持し続けている。
側近も魔王も構えてなどいない、それどころか視線すらもこちらに向けていないにも関わらず斬りかかれないでいた。

(ダメだ。どこから攻めてもさっきの二の舞だ)

脳内で疑似戦闘を行い戦略を立てようとするが、先ほどの敗北を払拭できない。
幾度も薙ぎ倒され、蹂躙される自身が想像されてしまう。
動けないまま時は過ぎていく。警戒と殺気を濃く滲み出すことしかできなくなってしまっていた。
だがそんな勇者の行動を歯牙にもかけない様子で、魔王は笑みを口元に湛えたまま語りかけた。

「なにを、それほどに生き急ぐ。ニンゲンの短き畢生をさらに縮めてどうしようというのだ」

「てめェに応える義理なんてねェ」

「フフ、然り。だが、余に殺気を向けることができる者など、魔族にもわずかしかおらぬ。興味深くてな」

「はっ。人間界までやってこいよ。てめェを殺したいと思うやつ奴なんざ掃いて捨てるほどいるぜ」

「そうではない。余と対峙し、殺気を向けるに至る者など絶無に近い。
 殺意を向ける前に、大方逃亡するか喪神するほかないのだ。お前たちニンゲンよりも強靭な魔族であってもな」

「生憎、そんな我が身の可愛さを勘案する高尚な精神なんぞもってないんでね」

「破滅を望むとは。生命の根源を超越したのか、それともただの破綻しただけの存在なのか。
 ニンゲンとは、いや貴様は余にもわからぬ。フフ」

魔王はそのまま沈思黙考し、静寂が玉座の間を包み込んでしまっていた。
あまりの毒気のなさに、思わず勇者は構えを解いた。

「くそっ。どうなってやがる……」

勇者は混乱した頭を整理するために現状を顧みる。
魔王も側近も、勇者に、人間に対して興味がない。剣を合わせ、ほんのわずかに口を聴いただけだが、それは理解できた。
興味がないというのは文字通り、長年敵対する種族として見ていないどころか、害する存在とさえ思っていないのだろう。
故に、人間の苦痛を糧とし、人間の悲鳴が愉悦の一つかの如く人間を蹂躙し虐殺する行為に興味を覚えるとは到底思えなかった。
この二体の姿は、残虐で、冷酷で、無慈悲な勇者が知っている魔族とあまりにもかけ離れていた。

魔王は、なにか思いまわしている勇者の様子を見て、また一つ笑みを浮かべ黙考をやめた。

「どうした、構えを解いて。もう戦闘に飽いたのか」

「戦闘と呼べるほどのモンがどこにあったよ」

「フフ。それを自覚できているのならば、お前はまだ強くなれる。よかったではないか」

「魔族の親玉に言われても嬉しくなんざねェよ」

勇者は剣を交わす代わりに言葉を交わす決意をする。
魔族の、魔王の本質を見極める。その決意を胸に秘め、対話に臨む。
剣の修業に明け暮れ、戦いの中でしか意志のやり取りを行ってこなかった勇者にとって対話での疎通は未知の試みであった。
慎重に、そして恐る恐る言葉を紡いでいった。

****

宿屋に入った一組の男女は今後の行動計画を立てていた。
ベッドに腰掛け、互いに向かい合う。

「それで、王都にきて何がしたいって?」

「まずは、あなた方ニンゲンの王に拝謁したいですね」

男――勇者は呆れたように息を漏らす。

「あのな、そんなに簡単に会えるわけねェだろ」

「そうなのですか?」

「いいか。今のお前はただの身分の不確かな街娘だ。
 そんなどこの馬の骨ともわからん奴といちいちあってくれるほど陛下も暇じゃねェ」

「では魔族であると、身を証明すればよいのですか?」

「んなことしたら、いきなり攻撃けしかけられるのが関の山だ」

「では、私が街娘として陳情したいことがあると申し出ればよいのですか?」

「だから、そんなこといちいち構ってくれねェよ」

「自らが治める民草の願いも聞き届けてくれぬとは。
 ニンゲンの王とは狭量な者でもなることができる、と。
 ふむ、また一つ勉強になりました」

女――魔王の側近は皮肉を込めて返す。
勇者は慣れた様子で聞き流しつつ、半ば諦めたように応答した。

「どうやったら人間の言葉を覚えて一年でここまで口が悪くなるかね」

「さあ。それは言葉を教えてくださった方に苦情を申し立ててください」

「あァ? 俺はお前みたいに口は悪かねェ」

「自覚がないとは恐ろしいものです。教養の重要さを改めて考えさせられますね。
 今からでも剣術の代わりに学習に精を出してみてはいかがですか」

側近は淡々とした口調のまま、滔々と辛辣な言葉を並べる。

「けっ。腹黒女が」

「残念ながら、歯に衣を着せぬ物言いなだけで腹黒なわけではありません」

「自覚してんのかよ」

「申したでしょう。自覚がないとは恐ろしい、と。私は自覚していますので。
 それよりも言葉は正しく使うべきです。私に言葉を教えた者が、そんな様子では困ります。
 私まで馬鹿だと思われてしまうではないですか」

「本当に、どうしてこうなったんだか」

お互いに攻撃的な応酬をしているものの、殺伐とした雰囲気ではない。
むしろ穏やかささえあるといえるほど、二人のこのやり取りは日常的なものになっていた。

しかし、側近は人間の王に会うという目的をいきなり断たれたことを思い出したのか、些か不機嫌になる。

「ニンゲンの王程度、すぐに会うことができると思っていましたが、うまくいかないものですね。
 これでは王都まで出向いた意味がありません。まだ砂漠の街で特産品を見て回った方が有意義です。
 それならば、明日にでも王都は発ちましょう」

思い返せば道中幾度となく、王都はどんなことろかと側近に訊かれていた。
側近は認めないだろうが、おそらくどのような形にせよ楽しみにしていたに違いない。
それが叶わぬと知って子供の様にわかりやすく肩を落としている。
側近の大きなため息と失望の色を隠さない有様に、勇者はしぶしぶといった様子で口を開いた。

「まァ、陛下に会う方法がないわけではないがな。あまり使いたい方法じゃねェが」

といったところで今回は終わり

おつ

はよ

乙乙、もっと読みたいよう

「方法があるのですか?」

喰い気味に身を乗り出し質問を投げかけてきた。
思わず勇者は仰け反る。

「あ、ああ。だが、会わせてやるのはいいが二つ条件がある」

指を二本立て側近の顔の前に突き出した。
条件と聞いて側近は、あごに手を添えつつ、小首を傾げる。

「条件、ですか。なんでしょう」

「別にそんなに難しいモンじゃねェが」

立てた二つの指から中指だけを折り曲げる。

「一つ、まずは身なりをどうにかしろ。過度に飾る必要はねェが、ある程度は弁えておかないといけねェ。
 俺も褒められたもんじゃねェが、お前のそれは門前払いもいいところだ」

「ふむ。わかりました。それくらいでしたら問題ありません。
 朝一番で仕立て屋で着衣を見繕いましょう」

側近は澄ました顔で軽く頷く。
勇者はあまりの安請け合いっぷりに心なしか不安を覚えた。

今の側近の恰好は確かに一般的な街娘の恰好である。
上半身は胸元を革紐を交差させて綴じる白の麻の服。
下半身は本来ならばくるぶしまでくる若草色のロングスカートに身を包んでいる。

が、しかし。服の大きさが全くあっていない。全体的に側近の身体に対して小さいのだ。
それ故に胸元ははだけ豊満な谷間を見せつけつつ、丈の足りていない腹部からは動くたびにちらちらとヘソを覗かせている。
もちろんスカートもあっておらず、本来くるぶしまで来るはずの丈も、おおよそひざ下までしかない。
肌の過剰な露出をよしとしない人間界にとって、側近の恰好は卑猥そのものであった。

「あくまでも、人間として身なりを整えろ。魔族的なモノは論外だからな。
 お前には難しいかもしれんが、人間の常識の範疇で――」

「わかっています。失敬ですね。
 後から文句をつけるくらいでしたら、仕立て屋までついて来てくださればよいじゃないですか。
 それに、あのときついて来てくだされば、こうしてまた仕立て屋に赴かねばならない必要もなかったんですから」

咎めるように視線を投げつけられ、勇者は委縮する。
そもそも、側近がちぐはぐな格好をしているのは勇者の服装選びが端を発しているのである。

魔王城をでた後の最初の村で勇者が側近用の衣服を購入した。
魔族のときの恰好では悪目立ちをするだろうと、勇者からすれば善意の元の配慮であった。

しかし購入した服のセンスがあまりにもひどかった。それはもう壊滅的にひどかった。
どどめ色としか言いようのないおどろおどろしい奇妙な色で彩られ、奇抜な模様がぐねぐねとうねったワンピースを購入してきたのである。
魔界に近い故にひっそりと隠れ住むような荒廃した村であったため、服飾が豊かにあったとは言えない。
それでも、うら若い女性に着せる服としては落第もいいところであった。

目立たないようにと購入したものの、むしろ魔族の衣服のほうがマシなほど悪目立ちをする服だった。
勇者の言によれば、店主に勧められるがままに購入したらしい。どうにも失敗作であり不良在庫と化した在庫処分の割を喰ったようだった。
平時の勇者であれば、おかしいと思ったのであろうが、気恥ずかしさから女性用の仕立て屋から一刻も早く出ようと言われるがままに購入してしまった。
そして、その服を着なした側近の姿を見て、ひとり顔を覆いつつ流石に罪悪感を感じたのであった。

次の村に辿り着いたとき側近はあらゆる方向から注がれる視線に気づいた。
すれ違う人すれ違う人がぎょっとしているし、勇者も気まずそうに視線を合わせてこない。
どうやら村人は自分の服装を見て引きつり笑いをしているようだった。

その様子に、側近はどうやら一般的な服装ではないと感じ取り、勇者からお金を受け取り自ら仕立て屋に向かったのだが、それもまずかった。
魔族は人間文化に疎い、というか興味がないに等しい。現在ならいざ知らず、出立した直後は側近も同じく疎かった。

仕立て屋に赴いたはいいものの、何が一般的な服装かわからない。
故に側近の取った行動は模倣であった。小柄な女店員の着ていた服装を参考にして丸ごと同じものを購入してきたのである。

わからないのだから、真似をする。その行動はある種正しい。だが、すべてを真似してしまっていた。
まさに文字通り、色も、形も、そして大きさまでも全く同じものを買ってきてしまったのだ。
その結果、自身の身体の大きさにあっていない衣服を纏うことになり、
側近の容姿も相まって妄りがわしい格好になってしまっているというのが事の経緯である。

「大体、王都の往来で扇情的だと私の服装をなじってきましたが、あなたにも原因があるんですからね」

「うっ……」

言い訳をするように、しどろもどろになりつつ勇者は答える。

「女の仕立て屋に入るのはニガテなんだよ……。
 いづれェわ、店の主人が鬱陶しいわ、客も女ばかりだわで、
 行くって考えただけで気が滅入る」

頬をひくつかせながら声が徐々に小さくなっていく勇者をみて、側近は鼻で笑う。

「あなたの今の姿は情けなさ過ぎて、私ですら同情を覚えます。なにが勇者ですか。
 本当にあれだけ勇ましく私たちに立ち向かってきた者と同一人物とは思えませんね」

「うるせェ。そんなことはいいから話を聴け」

はいはい、と側近は話を受け流しつつ勇者に続きを話すように促す。
勇者は軽く咳払いをして調子を整えつつ、先ほど折り畳んだ中指を再び立てた。

「それで二つ目、城内に入った後は俺がいいというまで口を開くな」

側近は怪訝な顔をしつつ、質問を返す。

「なぜですか?」

「一応宮中なんだ。お前は宮中の作法なんざしらねェだろ。
 とりあえず俺の真似して動いとけ」

作法という勇者に似つかわしくない単語を耳にして、さらに側近は顔をしかめる。

「……あなたは知っているような口ぶりですね」

「これでも、王都の元軍属なんだ。宮中行事にだって参加したことだってある。
 王都から出立した日も謁見したしな」

「軍属だったのですか。初耳です」

特に驚いた様子もなく側近は相槌を打つ。

「特に話すようなことでもねェしな。お前だって興味ねェだろう?」

「ええ。そうですね」

側近はにべもなく首肯する。
だが勇者も気にする様子はなく、お互いに興味がないということをわかりきっているようだった。

「その二つの条件を守ることを約束すれば、陛下に会わせるところまでは段取ってやる。
 あとはメンドウな騒ぎさえ起こさないようにするなら、好きにすればいいさ」

「わかりました。それくらいでしたら問題ありません」

「んなら、今日はもう俺は寝る。だらだらとお前とお喋りに興じるつもりもねェしな」

そういうと勇者は話は終わったと言わんばかりに就寝の準備を始める。
ランプの灯を消すと部屋は暗闇に閉ざされた。
勇者はキルトをかぶり側近のいるベッドに背を向けた。

今日中にもう一回投下したい

卑猥そのものいいね!服飾ネタいいね!あみあみ胸元いいね!バイーン
つぎなに着てくるか期待

いいねいいね

並レベルの仕立てでも見目麗しいんでしょうええわかってますとも期待なんてしてないんだからねッ

翌朝、早朝に宿を出た二人は、王都の大通りへ再び繰り出していた。
早朝の爽やかな空気と顔を出したばかりの柔らかな陽光が王都を包み込み、また一日の始まりを告げる荷馬車の音が響いていた。

まだ人の往来は少なく、それぞれの店の主がせわしなく開店の準備をしてる様子がみてとれる。
閉店した酒場の前には空き樽がずらり置かれ、それを酒屋が回収していく。
開店前の肉屋や青果屋の前には仕入れの品がたっぷりと置かれていて、大通りに彩りを添えている。
他方では肉や魚を燻す白煙がゆったりと燻製器から漏れ出ており、さながら白雲の様でもあった。

それぞれが今日を生きるため、明日の糧を得るために勤しんでいる。
野菜や果実の瑞々しい清香や肉の野性味あふれる芳香、燻製の薫香と空の酒樽に残った酸い余香。
それらが混じり合う独特の匂いが、王都の朝の馥郁であった。

「朝早くに出たのはいいですが、まだ店は開いていないのではないですか?」

「まァ、ほとんどのところはな」

その大通りを外れて二人は西へと向かっていた。
二人はやはり並んで歩かない。
勇者が側近の数歩先を歩き、側近はつかず離れずの距離を保ったまま歩を進めていく。
背を向けたまま勇者は側近の問いに答える。

「ただ、酒場をはじめとする夜の商いをしてる奴らもいるからな。
 そういう人らが仕事上がりに買い物できるように、早朝にいっぺん店を開けているところもあるんだよ。
 だから、本当に早朝までしか開いてねェんだ。閉まったら次開くのは昼前になっちまう」

「ふむ。なかなか面白い試みですね。
 ですが、なぜ知っているのですか? 昨日は情報収集している様子はありませんでしたが」

「言っただろ? 王都の元兵士だったんだ。
 俺も何度か夜間哨戒任務の後に使わせてもらったからな」

「そういうことですか」

勇者は、もっとも十三年前の話だが、と付け加える。

「ニンゲンとて風習風土はそう簡単に変わるものではないでしょう?」

「そうであってほしいがな。っと、着いたぜ、南五番通りだ」

大通りから三度角を曲がった先に、五番通りと呼ばれる場所はあった。

王都は都市景観の美しさを重視しており、俯瞰すると区画ごとに分けられた格子状の街並みをしている。
王城を中心に南北にはしる通りを一番通り、もしくは大通りと呼んでいる。

同じく東西に抜ける通りを二番通り、または目抜き通りと呼び、王城を交点としてクルスを描くように整備されていた。
さらに大通りの隣、西側に平行に位置する通りを三番通り、東に平行に位置する通りを四番通りといった具合に、左右交互に連番が付き十二番通りまで続いていく。
東西の通りも同様に、二番通りから北に平行に抜ける道を十三番、南に平行に抜ける道を十四番と続き、二十四番まで番号が割り振られているのである。

現在、勇者と側近は大通りから西へ進み王城の南側に位置する五番通りへと着いた。
ここは、大通りや二番通りとは立ち並ぶ店が若干違っている。

大通りや二番通りは主に食料品を扱う店が立ち並ぶ。加えて酒場をはじめとする多数の人が行き交う交易地点でもある。
さらには露天商や行商が節操なく手を変え品を変え商いに励んでおり、混沌の様相を呈するのが常である。

そのため年中、大通りと二番通りは食料品と人々が織りなす様々な匂いが立ち込めているのである。
故に匂いが服飾や生地布に移らぬ様、大通りからは離れた場所に多くの仕立て屋は店を構えねばならなかった。
しかし離れすぎては人通りが少なくなってしまい、客足が遠のいてしまう。
近すぎず遠からず。大通りから程よく離れており、程よく大通りから人が流れてきやすい場所が理想と言えた。
つまり仕立て屋が求める立地条件が五番通りには揃っており、こぞって仕立て屋は店を構えたのである。
さらに仕立て屋が集まったことに伴い、装飾品を取り扱う雑貨屋や靴屋、宝飾店も多く集い、服飾関係が立ち並ぶ通りへと定着していった。
それが五番通りである。

「開いている店が見えませんが」

「実際ほとんどの店は、閉まってるからな」

勇者は再び歩き出す。
早朝の五番通りは、大通りと違い、仕入れの品を積んだ荷馬車の姿も見えない。
まばらに人がいるだけであり、側近の言ったとおり見る限り店は一つも開いていなかった。
勇者は五番通りの細い路地に入りどんどん進んでいく。
僅かながらにもあった人影がついにぱったりと消えたころ、勇者はようやく立ち止まった。

「ここだ」

勇者が立ち止った店は、刀剣の看板を掲げ、アンティークチェアを店先に置いた古風な武器屋であった。

といったところで今回は終わり
GW中にもう何回か投下したい

京都かな?

この人間の営み感、たまりませんな、乙

こういうのなら名前あった方がいい気がしなくもない

気のせい気のせい

勇者は木製の片開きドアを手前に引いて店に入っていった。
ドアベルが軽快に鳴り、勇者と側近の来店を店主に知らせる。
しかし、店内はがらんとしており、人の気配がない。
カウンターにもランプと出納帳らしきものが拡げられているだけである。

「あん? ジジイいねェじゃねーか」

勇者はつい独りごちる。
この店に光が差し込むほど日がまだ昇りきっておらず、逢魔が時のように店内は薄暗い。
店内の四隅にはランプが灯っており、店を開いている形跡はあるものの店主の姿は見えなかった。

「これが人間の武器屋ですか」

側近は、もの珍しそうに店内を見回した。
それほど大きい店ではないものの、剣や槍、戦斧に弓といった武器から胸当てから鎧、盾、兜といった防具まで多種多様な武具がみてとれる。
しかし乱雑さはなく丁寧に並べられていた。さらに全てがよく磨かれており、ランプの僅かな光を反射して美しい光沢を放っている。
毎日手入れがされているのであろうことがどの武器防具からも伝わってくる程度には、。

「……人間の感覚ではどう評するのかわかりませんが。
 私から見てこの店の主は、よい仕事をする者のように思えますね」

側近は、店の状態を率直に評した。

「ほォ。お前にもそう見えるか」

「ええ」

側近は頷くと、再び店内を見回す。

「どこを見ても、手抜きの様子がないですね。
 清掃も行き届いていて、埃が積もっている場所も見当たりません」

「店の格式が高いわけでもねェし店主はヘンクツジジイだが、目利きと仕立てと仕事に対するプライドは一流だからな」

「だーれが、偏屈ジジイだって?」

カウンターの奥の間からしわがれた声がした。
ぼんやりとしたシルエットが奥から歩いてくる。

「ごほっ。いつもは客なんぞ来ないが、来たら来たでろくな客が来ないのう」

ぶつくさと文句を言いながら、眼鏡を掛けた痩躯の小柄な老人が姿を現した。
髪はたっぷりとあったが、ほとんどが白髪と化していた。
元々の毛色であったであろうの栗色の名残がちらほらと見える。
口ひげを半月のように蓄えているが同じく白に染まっていた。
老人は、二人を交互に睥睨する。

「よォ。久しぶりだな、ジジイ」

「フン、ワシはお前なんぞ知らんわい」

ついでにそこの姉ちゃんもな、と店主は側近に目をやりながら付言する。

「私は、初対面です」

「ああ、そうかい」

どうでもよさそうに言い捨てると、店主は再度勇者のほうへ視線を戻す。

「それで? 何の用だ? モノが欲しいなら適当に見繕って金置いてきな」

「変わんねェな、ジジイ」

「だから知らんと言うとろうが」

「あァ……顔面の火傷の跡が、もうねェからわかんねェのか」

「火傷……?」

「数年前まで、ここにでけェ火傷の跡があったんだが。
 って言っても、ジジイと最後に会ったのは十三年前のことだからな。火傷の跡があっても覚えてもねェか」

勇者は右頬から右眼にかけて火傷のあった場所を指でなぞっていった。
辿る指の軌跡を老人の視線が追う。何かに気づいたように半眼だった老人の眼が徐々に見開いていった。

「十三年前……? ま、まさか、お主……!」

「おォ、思い出したか?」

老人はカウンターから出て、勇者と対面する。

「お、おお……おおお…その眼、その黒髪……お前さん、生きて、生きておったのか……!」

「あァ。何遍も死にそうになったがな」

老人は涙を浮かべつつ、勇者の右手を両手で握った。
指を一本一本確かめるように、優しく触れていく。

「この手……間違いない、間違いない」

「そう擦るなよ。気持ちワリィ」

「ほほ、すまんの」

老人は破顔しつつ、勇者から一歩下がる。
気持ち悪いと言いつつも勇者もまんざらでもないように笑みを口元に浮かべた。
それを見ていた側近が口を挟む。

「どのような関係なのですか?」

「俺が軍属の間、王都を出立するまで、武器も防具もここで設えてたってだけだ」

「あなたの国は、装備品も兵士に支給しないのですか?
 それに、私の知識によれば人間の兵は、規律により兵装も統一されていたはずですが」

「ちゃんと支給はされていたさ。規律ももちろんあった。ただ俺のいた部隊はちっと特殊でな。
 兵装に関しては支給品でなくてもよかったんだよ。まァ、ほとんどのヤツは支給されたモノを身に着けていたがよ。
 俺は国からの支給品より、ジジイのモンのほうがしっくりきた。それだけだ」

「ふむ、なるほど」

老人が勇者の言を補足するかのように付け足す。

「国王陛下より賜ったものよりも、ワシの店のモノのほうが良いとは奇特な者だと思ったもんさ。
 だが、気に入った客の依頼には完璧に応えるのがワシの主義での」

「なーにが、完璧だ。オーダーと違うモン持ってきやがることも多いだろうが」

「ワシは客に最善を与えるのが仕事だからの。それにお前さんの場合、オーダーが毎度毎度ムチャクチャすぎるわい。
 やれ火竜の火炎に耐えられる鎧を設えろだの、やれ鋼鉄をも切り裂く魔獣の爪に耐える盾を探せだの、鉄塊も断てる剣を用意しろだの……」

「ジジイは毎回俺の期待を超えてきてくれるからな」

くくく、と勇者と老人は互いに笑い声をこぼす。

「それだけですか?」

「あァ」

「それだけにしては、随分と懐旧の情が高まっているように見えましたが」

老人は眼を細めつつ、側近の疑問に答える。

「こやつが入隊した当初からの付き合いだからのう。
 確かにただの店主と客の間柄にすぎんが、思い入れもひとしおでの」

それに、と老人は言葉を続ける。

「軍属を抜けて独りで魔界へと旅立つと聞いたときは、もう二度と会えぬものと思っておったわ……」

「実際、俺も生きて帰ることができるなんて思ってなかったし、考えてもなかったからなァ」

「無鉄砲なやつだとは思っておったが、まさか単身で魔界に向かう向こう見ずなやつだったとはのう」

「はは、ちげェねェ」

勇者は思わず苦笑いを浮かべた。
出立の日に立ち戻るかのように、十三年前に思いを馳せる。
王都からの出立、人喰い鬼の討伐、エルフの里への漂着、飛龍の巣への突入、魔族の大群との戦闘、魔界への進入、そして魔王城……。
店主の老人がじっと勇者の眼を見据える。

「勇者だのなんだのと持ち上げられて舞い上がった愚かな選択をしたのかと思っておったが、そうではないみたいだの」

「俺は俺の目的のために動いてるだけだ。昔も今もな」

「ほほ、それなら結構」

老人は勇者の答えに満足げに頷いた。

今度は、側近へと視線を移す。
最初に投げつけられた侮蔑的な視線ではなくまるで品定めをするような目つきだ。

「しかし、魔界へ行ったと思ったら嫁を連れ帰ってくるとはのう。しかもえらい別嬪を。
 どこで見つけてきた? これほどの器量よし王都にもおらんわ。
 もっと愛想が良ければ絶世の美女として祀り上げられるかもしれん」

「嫁じゃねェよ」

「昔っから女っ気はないとはおもっとったが、とんだ面食いだったということかの。
 こんな別嬪でなければ気が済まんとは。理想が高すぎるわい」

「だから、嫁じゃねェって」

「それに、歳も一回りくらい離れておるんじゃあないか?
 お前さんもいい歳だし結婚を焦る気持ちもわかるが、うら若い婦女子をたぶらかすのは感心せんの」

「ぶった斬るぞ、クソジジイ……」

鞘からわずかに抜かれた刀身がぎらりと光った。

「ほほ、冗談よの。相変わらず堅いのう、お主」

老人はカラカラと笑う。

「ただ、お前さんとそのおなごの関係はそれほど不思議に見えるということよ。
 どういう関係か詮索する気はないが、目立つということだけは覚えておくといいのう」

ふん、と勇者は鼻を鳴らし剣を鞘に収めつつ、ちらりと側近を見やった。
特に二人の話題に思うことはなかったようで、側近は変わらず無表情を貫いており感情を読み取ることはできない。
老人はカウンターの裏へ戻り、肘掛椅子に腰を掛けた。

「さて、そろそろ本題を訊こうかの。昔話をしに来ただけではあるまい」

「当たり前だ。今回はコイツの恰好をどうにかしてやってほしいってのが依頼だ」

また近々に投げたい
説明的なパートが続きますがご容赦を

乙!
大丈夫諦めるなお前ならできる

>>62
誤字気になる…

>>62
>毎日手入れがされているのであろうことがどの武器防具からも伝わってくる程度には、。

毎日手入れがされているのであろうことがどの武器防具からも伝わってくるのである。

に訂正。

>「これが人間の武器屋ですか」
>「……人間の感覚ではどう評するのかわかりませんが。

それぞれニンゲン、ということで。

>勇者は右頬から右眼にかけて火傷のあった場所を指でなぞっていった。

左頬から左眼の間違い
うおおおおおお……痛恨のミス……

べつに気にならんな、おれが気になるのはただひとつ、側近の新装備説明パートのみ
詳しく頼む乙乙

「その女子の恰好?」

改めてまじまじと老人は側近の恰好を見直す。
なるほど、確かにこれで往来を歩くのは気が引けるだろう。
それに勇者の共としての恰好としてもあまりふさわしいとは言えないと老人は判断した。

「ふむ、この恰好はお主の趣味かの」

老人は側近に問う。

「いいえ」

「では、どんな恰好をしたいかという希望はあるかの?」

「特には」

老人は、ふむと一息つくと、店の一角へと足を運ぶ。
木台に飾られている甲冑の前に立つと、店主の顔つきへとなった。

「では、このフルプレートアーマーはどうかの。防御面ならば一番だの」

「これ、ですか」

説明によれば、教会によって魔法洗礼された純銀を用いた設えで、並大抵の魔法ならば全く通らず、
呪いと呼ばれる魔族特有の魔法すらも遮断できるとのことらしい。
しかしあまりにゴツい見栄えはとても普段着として使えるものではなかった。

「ジジイ、戦に行くんじゃねェんだぞ」

「非常に動きづらそうです」

勇者と側近からは間髪おかずに不満が漏れる。

「ならコート・オブ・プレートはどうかの。防御面も稼動面も文句なしだと思うが。
 見た目もそれほど悪くない」

白の塗料で塗られた革地の裏に同じく魔法洗礼された板金を仕込んだ防具と説明されたものの、見た目は完全に武装用のそれだ。
フルプレートよりは衣服の印象に近いが、それでも防具に変わりはない。
通常の衣類にはない頑強さが見て取れる。

「騎士サマじゃねェんだ。そんなに鉄を張り巡らせなくていい。
 それに、肩から先と脚がまるだしじゃねェか」

「普通は、ガントレットと脚鎧を併着するもんだからの」

「それだとフルプレートと変わらんだろうが」

「わがままだのう」

老人はあごに手を当てて数瞬考えた後に、戸棚からじゃらりと音を立てながら何かを引っ張り出した。

「それならチェインメイルはどうかね。ウチで一番動きやすい防具だの」

チェインメイルを側近に手渡しつつ、チェインメイルの特性を話したが、側近は顔をしかめ不服そうな表情を見せる。
側近はひっくり返したり、裏返したりしていたが、しばらくさわった後に老人に返してしまった。

「動くたびに鎖の擦れる音がうるさいので嫌です」

「第一、さっきのより防具感あふれすぎだ」

やれやれとかぶりを振りながら、次の木台に飾られている防具を指す。

「ぬう、ならば、鋼の胸当てと腰垂れのセットで勝負!」

「なんの勝負だ。それに今より露出多くしてどうすんだ、ジジイ」

「むむ、これも気に召さんか」

「だから戦場に向かうわけじゃねェんだぞ……」

老人はその後さらにいくつかの防具を提示してきたものの、目当てのものは出てこない。
勇者は、呆れ気味にため息をつく。
あまりにも見当違いなものが次から次へと出てくると思ったが、よくよく考えれば
どんなものが欲しいか伝えていいなかったことに気付いた。

「もっと、フツーでいいんだ。フツーで。それこそただの服みたいな」

「……それなら仕立て屋へゆけばいいだろうて。
 普段着なんぞ、この店に置いてないわい」

今度は老人が呆れ顔に染まる。

「それができねェからこうして頼んでるんじゃねェか」

老人は再びカウンターの裏へと戻ろうとしたその時である。

「まったく……ごほっ! ごほっ!」

老人が突如大きく咳き込む。
苦しそうに咳を続け、床にくずおれ口元を手で覆うが咳は一向に止まらない。
尋常でないその様子に勇者は思わず駆け寄った。

「おい、ジジイ!」

勇者は身体を支えようと屈みこむ。前に倒れ込もうとする身体を腕で支えてやり、背中をさする。
老人が口元を覆った手をみると血が指の隙間からにじみ出ていた。

「ほ、ほほ。ちっと胸をやっちまっての。なにいつものことさ」

「いつものって……これ、大丈夫じゃねェだろう。治療薬は?」

「あ、ああ、奥にある……」

カウンター裏の通路を老人は指した。

「おい、ジジイを頼む。俺は薬をとってくる」

「わかりました」

勇者が老人の身体を側近に預け、奥へと向かおうと立ち上がると同時に扉奥からばたばたと騒がしい足音が向かってくるのが聞こえてきた。
足音が近づくにつれ、薄らと足音の主のシルエットが見えてくる。かなり、小さい。
その小さな影が通路の奥から矢のように飛び出してきた。

「おじいちゃん!?」

悲壮な叫び声が店内に響く。
小さな影がランプに照らされる。栗色の髪の可愛らしい小さな女の子である。歳はおそらく十前後であろう。
勇者と側近にはまるで眼もくれず、少女は老人のもとへと走り寄ってきた。

「おお、孫娘や。なに大丈夫。少し咽ただけ……」

「ダメだよおじいちゃん! そんなんだからよくならないんだよ!
 ほら、お薬飲んで」

少女は青い液体で満たされた円柱状の瓶を老人へ渡す。

「一人で飲める? 飲めないなら飲ませてあげようか?」

「ほほ、大丈夫、大丈夫……」

老人は少女から受け取った瓶に口をつけるとゆっくりと飲み干していった。
その後、ゆっくりと深呼吸を重ねる。呼吸を整え徐々に平常を取り戻していった。
深呼吸の間に薬が効いたのだろう。表情も随分と楽そうになっていた。
少女も安堵して、息を一つ吐いた。

「心配かけないでよね。いきなり咳き込んだ声が聞こえたから飛んできて正解だったよ」

「すまんの。もう楽になったわい」

「もう休んでなよ。お店なんて閉めちゃっていいから」

「そうもいかんわい。客がおるからの」

「お客さん……? わっ!」

少女は勇者と側近にまるで気が付いていなかったらしく、大きく仰け反り、尻餅をついて驚いていた。
勇者はともかく老人を支えていた目の前の側近にすら気がつかないほど少女はあせっていたことが窺えた。

「え、えーと! すみません! えっとえっと!
 ちょっとおじいちゃんを休ませてくるので、お待ちいただいていいですか!」

「構わねェぜ。さっさと休ませてやりな」

「ありがとうございますですっ!」

ぺこりとお辞儀をすると、肩を貸すように少女は老人の腕の下に潜り込んだ。
しかし老人は頑なに接客を続けようと抗議の弁を上げる。

「こ、こら。だから客がおると言っておろうが」

「そんな状態のジジイに構われようとは思わんさ。また出直してくる。
 まずは、店に立てる程度まで治しやがれ」

勇者にたしなめられると、老人は頭を垂らして申し訳なさそうにすまんと呟き、少女に連れられて店の奥へと帰っていった。
しばらくの後、またぱたぱたと店の奥から足音がこちらに向かってきた。

再び少女の姿がランプに照らされる。
この家系の毛色であろう栗色の髪を肩口まで伸ばしている。
眦の下がった優しい瞳をしており、顔の中心にはちょこんと可愛らしい鼻が乗っていた。
わずかに頬にそばかすが散っていたものの、成長すれば十分美人の部類に入るようになるだろう。
少女はふたりを見回すと、大きく頭を下げた。

「あ、あの! あのあの! ありがとうございますですっ!」

「別に礼を言われるようなことは、なにもしてねェが」

「え、えっと。その。えっと」

少女は困ったようにあうあうと口をぱくぱくさせている。
どうにも少女の眼には怯えが映っているように思えた。

「あなたを見て怖がっているのではないですか」

側近が、怯えの感情を読み取ってか勇者に告げる。

「あん? ……ああ。わりィな嬢ちゃん」

勇者は自分の面構えの悪さを自覚している。
その気はないが、威圧をしているように見えるらしい。
大の大人がそう感想を漏らすのだ。こんな幼子が怖いと思うのも仕方がないだろう。
だが、少女は否定して、勇者をまっすぐ見つめた。

「あ、あの。そうじゃ、ないです!
 本当に感謝してますです! で、でもあの……接客って初めてで」

どうやら、少女は店主の代わりを務めようとしているのだろう。
まだ幼子である。はじめてのことで、怯えているのもしかたがない。
それでも懸命に、少女は自分の役割を果たそうとしていた。

「大丈夫だって。また来るからよ。無理にしなくていい。
 ジジイの看病に専念してやんな」

踵を返して店を出ようとしたが、勇者の手がぐいと後方に引かれた。

「だ、ダメです!」

「ダメって」

少女が必死に引き留めようとしていた。
眼を潤ませながら勇者を見上げていた。

「お、おじいちゃんに教わりましたです! 感謝を感じたら必ずそれに応えてあげなさいって」

全然進んでいませんが生存報告がてら


わりと楽しみにしてるので、無理はしないように気を付けてな

幼女きたか(ガタッ)

乙乙、かなり好きだわ

明日明後日くらいに上げたいです

舞ってる

   *゚゚・*+。
   |   ゚*。
  。∩∧∧  *

  + (・ω・`) *+゚
  *。ヽ  つ*゚*
  ゙・+。*・゚⊃ +゚

   ☆ ∪  。*゚
   ゙・+。*・゚

そして>>87は星になった

「感謝ってもなァ……」

勇者は困惑を浮かべ、後頭部を掻いた。
少女の瞳は、怯えを映しつつも、それでも決意の色が見て取れる。
勇者は少女の目線に合わせるように、膝を曲げた。

「なら。一つ頼まれてくれるか?」

「う、うん!」

少女は喜色を滲ませ、そして真剣な顔つきへと変わる。

「ど、どうすればいいですか?」

「ああ、頼み事ってのは、コイツの恰好をどうにかしてほしいんだ」

「お姉さんの……?」

少女は側近の恰好を一通り眺めると、うんうんと唸りだした。
ぶつぶつと独り言をいいつつ、考えているようだったが、ふと何か思い当たるようなものがあったようで
ちょっと待っていて欲しいと言い残して店の奥へと姿を消していった。
少女の姿が見えなくなった後、側近がおもむろに口を開いた。

「あのような幼子に何かできると思っているのですか?」

嫌味ではなく純粋に疑問に思っているようだった。
勇者は気まずそうに目線をそらし、頬を人差し指で掻いた。

「できるなんておもっちゃいねェさ。
 ただ、ガキに泣かれると、その、困る」

「似合いません」

勇者は側近にバッサリと切り捨てられ、ひくひくと頬をひきつらせている。

しばらくすると、またぱたぱたと騒がしい足音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。

「あの、お姉さんに、似合いそうなものが1つだけ、ありましたですっ」

少女の両腕の中には綺麗に折りたたまれた衣類が収まっていた。
側近は先ほどの勇者と同じように屈みこみ、少女の腕の中から衣服を受け取る。
折りたたまれた状態からは全形はわからないものの、店主が出したような防具でないことは見てとれた。

「どこで着替えればよいですか?」

「あの、えっと、お店の奥でどうぞっ!」

少女につれられるように側近は店の奥へと消えていった。
一人置き去りにされた勇者は手持無沙汰になりつつも、店の奥から聞こえる二人の会話に耳を傾けていた。
どうやら、側近は服の着方が分からないらしく、少女は着方を知らない側近に対して驚いているようだ。

会話に興味を失くしたのか、勇者は店内を見回し始めた。
懐かしい。勇者が出て行ったときとほとんど変わっていない。
変わっていないことが勇者が王都へ帰ってきて些細ではあるが、初めての安らぎを与えていた。
不意に郷愁の念が沸きあがり、十三年前の出立の日を勇者は思い返していた。

過去への郷愁の旅から帰ってくると、店の奥からの声が途絶え2つの足音へと変わっていることに気付いた。

「お待たせしましたっ!」

少女の弾んだ声に振り向くとそこにはすっかり様変わりした側近の姿があった。
思わず瞠目し、今までにないくらいまじまじと側近を見つめてしまっていた。

「どうしましたか?」

いつもと変わらない側近の声で、ようやく勇者の意識は戻ってくることができた。

側近の着ているものは一言で形容するならばドレス、なのだろう。
肩が大きく出たビスチェコルセットにチュールスカートである。

ビスチェコルセットは胸下から下腹部に4本の細い黒のベルトとゴールドのバックルがあしらわれ、引き締まった印象を与える作りになっている。
ベルトによって身体の線の陰影がはっきりとし、豊満な胸がより一層強調されていたが、そこにいやらしさはない。
さらに腋下から腰に掛けてのラインは黒の布地になっており、その上にラインストーンが散りばめられていた。さながら星空を湛えているようでもあり、デザイン性も高い。

そして深紅のチュールスカートはくるぶしまで覆っているものの、深く入ったスリットから艶めかしい脚がみえていた。
なによりもその服装は側近の銀髪と白い肌によく映え、魅力を十二分に引き出しているのである。
側近に対してなんの感情も持っていないはずの勇者でさえも、見とれてしまうほどであった。

「ビスチェは、えっと、ぎ、銀糸? を使ってあってまほーに強いそうです」

少女は沈黙を破るようにたどたどしく、説明を始めた。

魔法洗礼を受けた銀糸を布地に織り込み対魔法の防御力が引き上げられており、
銀糸を使用したことで見た目以上に物理的な耐久にも優れているらしい。

深紅のチュールスカートは魔法の耐性の中でもとりわけ炎に強くできているとのことだった。
もちろん深く入ったスリットも動きやすさを最大限引き出すためにつけられているとのことだった。

「えっと、えっと。バトルドレス、っていうらしいです。
 戦うための、ドレス、なのかな?」

そういわれれば、なるほど、得心がいく。
大きく出た肩も、深く入ったスリットも動きやすくするためのものに違いない。
しかし、どうにも防具としては心もとない気がするのも事実であった。

「えっと、えっと! あとは、ショールを肩にかければ、カンペキですっ!」

少女はぴょんぴょん跳ねながら側近の肩に純白のショールをかけ、側近の胸元で結んだ。
これもどうやら銀糸が織り込んであるらしかった。

「変ではないですか?」

全形を見せるようにくるりとスカートをはためかせつつ回転し、勇者に問いかけた。
お洒落に気遣う子女の問いではなく、人間として目立たないかという質問であることはすぐにわかったが、
それでも一瞬どのように返事をすればよいか勇者は戸惑った。

「あ、あァ。可笑しくねェよ」

「ふむ。それならばよかったです」

側近も改めて、自身の恰好を確認しているらしく、その場で何度もくるくると回っていた。
確認が終わったのか、側近は少女の前で、先ほどと同じように屈み、視線を合わせた。

「ありがとうございます。気に入りました」

「え、えへへ」

人間の少女を笑顔にする側近のその行動を見て勇者は、

(お前だって、似合わねェことしてんじゃねェか)

と思うのであった。

こんなところで、また土日に更新したい
服装が伝われば幸いです

乙です

おつ

待ってた

まだ!

この更新頻度なら深夜の方に立てたほうが良かったんじゃない?

はよ

はよ

おつ

(´・ω・`)

☃ฺ

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