女「好き!」男「……え、今なんか言った?」(65)


女「えっ?」

男「え?」

女「……えっ?」

男「いや、いま何か言った?」

女「……」

女(……ええー)


男「なんも言ってないの?」

女「あ、いや、言った。言ったけど……」

男「……なに? どうでもいいこと?」

女「あ、いや、どうでもいいことではないんだけど……」

男「じゃあなんだよ」

女「それは、その……」

男「……なんだよ。大事なことじゃないの?」

女「大事なことでは、あるんだけど……」


女(こういうときどうすればいいか、女友ちゃんに聞いておくの忘れた……)

女(言い直すべきなの? 言い直していいの?)

女(ああでも……さっきまでの良い雰囲気がどこかに霧散してしまっている……)

女(……制服で一緒に下校して、商店街に行ってドーナツ食べて、その帰りに、安心できる心地よい沈黙があって……)

女(今なら言えるかもしれないと勇気を振り絞ったのに……)

女(もう雰囲気がどこにもないじゃん!)

女(女友ちゃんのうそつき! 雰囲気づくりした上で告白すれば男なんてチョロいなんて!)

女(嘘だった! わたし、今たいへん! ちょろくない!)


男「……どうかしたの?」

女「えっ、あ、いや……」

男「また言ってる」

女「え?

男「その『あ、いや』って口癖」

女「あ、いや」

男「また言った。まぁ、別にいいんだけどさ」

女「あ……うん」

男「……」

女(この沈黙は居心地の悪い沈黙だ……)


女(女友ちゃんいわく、『告白とは雰囲気である』。卒業式やバレンタインデーに告白が多発するのは雰囲気があるからである)

女(雰囲気、雰囲気がないと……困る。雰囲気がないときに告白するのは『下策中の下策。乙女の資格なし』って女友ちゃんも言ってた)

女(乙女の資格なんて恥ずかしいからいらないけど、失敗はしたくない)

女「あ、あの……男くん」

男「ん?」

女「ちょっと、どこか寄っていかない?」

男「……え?」

女(とにかく、いまは、時間稼ぎ! 時間に余裕を作らないと、わたしの脳が、処理落ちする!)

女(わたしすごい! 冷静な判断ができてる! すごい、いつもはダメだけど! ピンチに覚醒! すごい!)

女(わたしちょお冷静! ちょおスゴイ! スゴすぎて言葉を失う!)


男「別にどこかに寄るのはいいけど……」

女「う、うん」

男「あのさ、他意はないと思うんだけどさ」

女「……うん?」

男「……このあたり、田んぼのほかにはラブホテルしかないけど」

女(あ、ぜんぜん冷静じゃなかったらしい)


男「ここから先、ほとんど何もないし」

女「……」

女(まずい、告白に失敗したどころか時間稼ぎにまで失敗してしまった……)

男「……」

女(男くんも気まずそうな沈黙……。マズい、主にわたしの印象がまずい! あと心臓がマズい!)

女(ついでになぜかコメカミの辺りが第二の心臓になったかのように鼓動してる! マズい!)

女(というかずっと思ってたけど、今日、いつもより距離が近い! なんでだ!)

女(肩がときどきぶつかる。なんで? わたし、いつもと歩き方ちがう?)

女(緊張する……。近いよ、近すぎだよ! 恋愛は距離感だって女友ちゃんも言ってたよ? 距離感が大事なんだよ!)

女(うれしいけど! うれしいけどなんか、緊張する!)


女(黙ってたらダメだ……何か言わなくては……)

女(女友ちゃんいわく、『雰囲気とは甘い言葉である』)

女(それだ!)

女「あ、あのさ」

男「ん?」

女「駄菓子屋いこう!」

男「……えっ?」

女(その甘いじゃないから――――!)


女(なんでこんな失敗を……。漫画じゃないんだよ? 漫画だとしてもありがち過ぎて失笑を買うレベルだよ!)

女(……生まれ変わったらハクビシンになりたい)

男「――いいけど」

女「えっ」

男「……なんでびっくりしてるの?」

女「あ、いや……」

男「また言ってるし……」

女「……ごめん」

男「別に悪いって言ってるんじゃないよ。いいと思うよ、俺は」

女(……褒められてるの? 口癖を? それってどう受け取ればいいの?)

男「行こうか、駄菓子屋」

女「……うん」


男「何食べる?」

女「あ、えっと……」

女(……あの)

女(正直、ドーナツでお腹いっぱいなんですけど!)

女(食べられないよこれ以上! ていうかそもそも!)

女(ドーナツ、二個も食べたのに、駄菓子屋行こうって誘ったりしたら、食い意地の張った子だと思われる!)

女(思われてしまっている! マズい! ついでにわたしの体重はひと月ほど前から順調に増幅しつつあるというのに!)

女(ドーナツは美味しかったけど、マズい!)


男「キャベツ太郎、アポロ、わなげチョコ、こんがりラスク……これ好きだったよな」

女「え?」

男「こんがりラスク」

女「……あ、いや」

男「ちがうっけ?」

女「……よく覚えてない」

男「好きだったって。自分のを食べ終えたあと、絶対に俺から取り返してただろ、こんがりラスク」

男「俺はいつも食い損ねたんだ」

女「……」

女(……そういえば、そんなこともあったけど。でも、小学生のときのことだよね、いっしょに駄菓子屋寄ってたのって)

女(覚えてるんだなぁ、男くんも。なんだかうれしいような、気恥ずかしいような……)

女(……むずむずする)


女(……そういえば)

女「男くんは、いっつもチョコばっかりだったもんね」

男「……そうだっけ?」

女「そうだよ、わたしからアポロ奪ったもん。強奪したもん。ひどかったよ。わたしがおかし好きなの知ってて奪うんだもん」

男「……あー、そういえば」

女「あれはよく考えるとイジメだよね。女の子いじめて楽しんでたよね。男くんのサド」

男「……口の滑りはだいぶ良くなってきたみたいだな、おい」

女(……でも、わたしが本気で怒ったり、泣いたりすると、いっつもラスクを分けてくれたんだっけ)

女(うれしかったなぁ。幼心に恋に落ちたなぁ……)

女(いま思えば完全にマッチポンプだけどね!)

女(優しさからラスクをくれたんじゃなくて、わたしをなだめる為に餌を与えてただけだね! いま思えば!)

女(でも好きだ! ちくしょー!)


男「……まぁ、さっさと金払っていこうぜ」

女(……どうやら男くんは気まずくなってしまったみたいだ)

女(自分から墓穴を掘ったようなものだもんね。わたしは気にしてないけど)

女(……あれ? 雰囲気づくりどこ行った?)

女(思い出語りに夢中になりすぎて、雰囲気をおろそかにしてしまったような)

女(どうしよう。あ、いや、待て。思い出語りって雰囲気じゅうぶんじゃない?)

女(このまま……いけるかな?)

女(……待て、待つんだ女。お前はいつもそうやって失敗するじゃないか。功を急くな、急がば回れ)

女(はい隊長! だいじょうぶです! 女は冷静です! ちょお冷静です!)


男「公園行って食おうぜ」

女「はい隊長!」

男「えっ」

女「あっ」

女(間違えた――――!)

女(なんでそんなに間違えるの? わたしの口はひょっとして欠陥品なの?)

女(それとも喉? ひょっとして肺? あんまり考えたくないけど脳? いずれにしてもアホですかわたしは!)

女(……もし三度目の機会があるならイルカに生まれ変わりたい)


男「相変わらずだな、おまえ」

女「……な、なにが?」

男「いつもは静かなくせして、ときどき変なこと言うんだもんな。俺、そのたびにおかしくてさ」

男「小学のとき、俺が風邪で寝込んだことがあったろ。そんで、お前がお見舞いに来てさ」

女(……そういえば、そんなこともあったっけ)

男「俺がベッドでウンウン唸ってたら、おまえがさ、『風邪を足せば治るの?』って言ったんだよ」

男「それ聞いたら俺、苦しいのに笑っちゃってさ」

女(そんなこともあったっけ。お見舞い、したなぁ。わたしもそのあと寝込んじゃったんだよね。でも、正直……)

女(男くんのツボがまったく分からない……!)

女(その話どこがおもしろいの? いまそんな言葉を聞いても、受け狙いにしか聞こえない!)

女(世間の風にさらされて、少しは大人になったのかしら。物事を純粋な目で見れなくなったのね……)

女(汚れつちまつた悲しみに……)

女(……緊張してるからって関係ないこと考えて現実逃避するのはやめとこう)


男「ベンチで食うか」

女「……うん」

男「むかしはさ、滑り台のてっぺんで食べたんだよな。覚えてる?」

女「……うん」

男「俺が落っこちちゃったこともあったっけ」

女「あのときは、死んじゃうかと思ったよ」

男「大げさだな」

女「……起き上がれなかったくせに」

男「でも起き上がっただろ?」

女「そうだけど」

男「おまえがわんわん泣くから起き上がらざるをえなかったんだよな」

女「だって、男くんが痛い痛いって唸るから……」

男「結局、母さんにさんざん怒られたんだっけ」



男「……言ってなかったけど、あのときさ」

女「……なに?」

男「ぱんつ見えてた」

女「えっ」

男「ちょっとだけな」

女「ちょっとだけって、え、ホントに?」

男「いまだに柄まで覚えてる」

女「や、やめてよ」


男「子供の頃のことじゃん」

女「それでもいやだよ、恥ずかしいよ。忘れて、可及的速やかに忘れて」

男「やだよ。あれも思い出の一ページなんです」

女「そんな思い出いらない」

男「いるだろ、俺の性のめざめだよ? いらないわけないだろ! おまえを女と意識した最初だぞ!」

女「それ素直に喜べないよ……素直になれたとしても喜ぶようなことじゃないよ」

女(……それにしても、女って意識してたんだ)


女(というか、いっしょに裸でお風呂に入ったりもしてたのに、性へのめざめはぱんつなの?)

女(あ、いや、いっしょにお風呂入ってたのは小学生になる前か)

女(……でも、ぱんつって、別に見ても嬉しくないような……。小学校の頃って、低学年まで着替え一緒の教室でしてたし)

女(もちろん物陰で隠れて着替えてはいたけど、でも、あのときも男の子ってぱんつ見たがってたりしたのかな)

女(その割には、みんな覗きにきたりはしないんだよね……見たいならなぜ?)

女(隠れてるからいいのであって、見れるようにされると興味を引かれないのかな)

女(……いやでも隠れて着替えてたし、それなら着替えを覗きたくなるのでは?)


女(そういえば水着も下着と同じくらいの露出だけど、水泳の授業で男子が嬉しがってるのみたことないし)

女(でもまぁ、そうだよね。水泳の授業のたんびに興奮してたらいろいろ大変そうだしね)

女(いや何を考えてるんだわたしは……)

女(……男の子って謎すぎる)

女(っていうか、怪我した状態で性へのめざめって、どっちかっていうと生へのめざめでは?)

女(あれかな、生命の危機を感じると性欲が強くなるっていうあの……)

女(……だからどうでもいいことを考えて現実逃避するのはやめろと)



男「……で、どうしたんだよ、いったい」

女「え?」

男「帰りたくないんだろ?」

女「……え?」

男「あれ、ちがうの?」

女「あ、いや、まぁ、そう言えなくもない、けど、ちがうとも言える……かな?」

男「そうなんだ。どこかに寄ろうっていうから、てっきり帰りたくないのかと思った」

女「……うん」

女(めちゃくちゃ見透かされておりますがな)


男「…………」

女(……うぅ)

男「…………」

女(なんか気の利いたこととか、言えないのかね、『月が綺麗ですね』とか。いやまだ日沈んでないし)

女(あっ)

女「月でてるよ!」

男「……お、ほんとだ」

女「月!」

男「……うん。出てるな」

女「…………」

男「…………」

女(だからなんだよぉ――――!!)


女(『月が出てるよ』って言ってどんなふうに会話がはずむんだよ!)

女(『あ、ほんとだね』としか言えないよ! 『綺麗だな』と続くかもしれないけど、それは求めてるのとはちがうんだよ!)

女(だいたいこの話、最近いろんなところで引用されすぎなんだよ!)

女(ちょっといい感じのエピソードとか、飽き飽きなの! 求められるのはもっと新しい視点なの!)

女(中原中也の詩の引用とか! 冒頭のページに聖書の引用とか! 大した意味ないだろ絶対! 雰囲気でしょそれ!)

男「綺麗だな、月」

女(ほら、絶対そのままの意味だよ……)


男「…………」

女(会話広がらない。……もうわたし、こんなのばっかり。からまわってばっかり)

女(スタンドを立てた自転車の後輪並みにからまわってる。いつもより多めに回っております)

女(くるくるくるくる回って……そしていつか、地球になるんだ、わたし。そして世界をわたしの回転運動と慣性の法則でひっかきまわすの)

女(そのときも、男くんが一緒にいてくれたら、いいな)

女(…………)

女(……自分で考えててなんだけど、正直まったく意味がわからない。頭までからまわってるらしい)

男「なんとか言えよ」

女「……え、なにか言った?」

男「……いや、なんでもない」


女(あれ、そっぽ向いてる。なんか怒らせちゃったかな)

女「……男くん?」

男「……ん?」

女「なんか怒ってる?」

女(……あ、しまった)

女(女友ちゃんが「怒ってる?」って聞くと大抵の男の人は不機嫌になるって言ってた)

女(怒ってないのに「怒ってる?」って聞かれるとイライラするもんね。……でも結局、それって怒ってるんじゃ)

女(いや、それはいい。今はいい。後で考えようそんなことは。とにかくいま大事なのは……大事なのは、なんだっけ?)


男「……」

女(……男くんが黙ってアポロをぽりぽり食べてる)

女(長年の付き合いだし、ちょっとした表情から何を考えてるかとか読み取れないかな)

女(うん。男くんがアポロをぽりぽり食べてるときは……前はたしか、怒ってたときだったっけ)

女(……ん、でもこないだは落ち込んでるときだった。……あれ? 上機嫌なときも食べてたよね)

女(寒い寒いって言いながらコタツに入って食べてるときもあったっけ……)

女(……役に立ちませんね、長年の付き合い)

女「ていうかアポロ食べすぎだよ……」

男「え?」

女「あっ」

女(しまったあああああ――――!)


男「……あ、食べたかった?」

女「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」

女(っていうか女! おまえさっきから思ってたけど!)

女(失敗のパターンが! 完全にワンパターンじゃないかよお――――!)

女(思ってたことを口に出すとか、そういうワンパターンな失敗は、誰も得しないんだよ!)

女(もっと女友ちゃんみたいに上手いこと失敗しようよ、「てへ、しっぱいしちゃった☆」って感じの!)

女(こんな失敗じゃ好感度はあがらないよ……)

女(むしろ急激に下降中な気配がする、人のおやつにケチつけるなんて大罪だよ……)

女(その大罪にも関わらず、もし四度目の生が許されるほど神が寛大だったなら、もっと余裕がある女の人に生まれたい……)


女(いや、今はそんなことはいい。とりあえず会話を回復する手立てを、流れを変える手段を考えなければ)

女(ええい、ままよっ!)

女「あのさ!」

女(と声をかけてしまえば何か言わざるをえないし、そのうち思いつくよね、きっと。がんばれ二秒後のわたし!)

女(……こういう場合も他人任せと言うのかな?)

男「どうした?」

女「あの、えっと……」

女(……あ、あれ? なんかこの流れで告白リトライできてしまいそう?)

女(期せず機会がやってきた。うん、人生って思い切りが大事なんだね。ありがとう十秒前のわたし)

女「あ、あのね、男くん……」

男「ん?」


女「……あのさ!」

男「お、おう」

女「……あのさ」

女「『閉口』と『開いた口が塞がらない』って、字面は真逆なのにニュアンスが似てるよね」

男「……え? あ、うん。そうかもな。……そうか?」

女(…………)

男「…………」

女(みんなわたしをヘタレだと罵るがいいさ……)


女(そしてわたしも本日何度目かわからないがこう言いたい。『だからなんだよ』と)

女(さすがに神様も、好きに指定させてくれるのは三回目までだと思うの。仏の顔もっていうし)

女(でも、『仏の顔も三度まで』って『三回までは許す』なのかな、『三度目はアウト』なのかな)

女(『烈火の炎』じゃどっちだっけ? 三回殴られたら? それとも四回目?)

女(……思い出せないや。男くんなら分かるかな、男くんの持ってた漫画だし)

女(……ああ、でも、いま話しかけるのはつらいかも。二度目の失敗……)

女(わたしは何をやっているんだ……)

女(もし生まれ変わるなら、男くんの彼女に……)

女(だめですか、そうですか……そうだよね、夜眠る前にさんざん祈ってもだめだったもんね)

女(願いも祈りも、それだけではなにひとつ生み出さないのだぜ)

女(なんでこんなにネガティブなことばっかり考えてるんだろう……)


女(叶えたい願いがあるなら、それ相応の行動を起こさなくちゃだめなのだぜ)

女(こう言い換えるとポジティブかもしれないのだぜ)

女(あれ、とれなくなったのだぜ)

女(……バカなことばっかり考えてるからだよ)

女(……あれ、なんか男くんがこっちを見てる気配がするのだぜ)

男「…………」

女(ていうか気のせいじゃないっぽいのだぜ。……手元。ひょっとして……)

女(アポロ? このタイミングでアポロ? そんなにアポロが好きなのか! 自分のぶんは食べきったのか!)


女(なんかもうめっちゃみてる! 物欲しそうに! この顔は欲しがってる顔だ! 分かりづらいけどチラ見してる!)

女「…………」

男「…………」

女「……食べる?」

男「……いいのか?」

女「正直、とられるだろうなぁと思って買ったのだぜ」

男「だぜ?」

女(……また間違えた)


男「だぜ、って……!」

女(そしてなんかツボってる。感性が分からない。どうしよう、笑いのツボの違いは男女関係に重大な破綻をもたらすって女友ちゃんが……)

女(……言ってたけど、まぁわたしって良い占いしか信じないタイプだから別にいいか)

男「……っ! ……っ!」

女(……すごく笑ってる)

女(……なんだか困るなぁ。ちっとも良い雰囲気にならない)

女(こう、もっと甘い感じの? 空気がいいよね。手が触れ合っただけでどぎまぎしてしまう感じの)

女(なのになんですかこれ。彼、笑う、わたし、黙る。なんだこれ)

女(……困った)


男「なあ」

女「はい?」

男「何か言いたいことあるのか?」

女(なにこの人、急に真面目になったよ)

女「あ、えっと……」

男「…………」

女「……その」

男「……うん」


女「あのね」

男「ちょっと待った」

女(なんで出鼻を挫くかなぁ――――!)

女(わざとか! 言わせようとしたくせに、言いかけると邪魔するのか!)

女(わかっててやってるとしたらすごくいやな奴だ! いやなやつだ!)

女(でも好きだ!)

女(…………)

女(……わたし一人でアホみたい)


男「あのな、ちょっと大事な話があるから聞いてほしい」

女「……大事な話?」

男「そう」

女(よもや、彼女ができたから距離を置こうとかそういうあれでは……)

女(……「ひょっとして告白!?」と思えない自分が憎い)

男「……まぁ、落ち着いてラスクでも食べろ。やる」

女「……あ、ありがとう」

女(この年になってラスクをもらえるとは……今年のバレンタインは気合いを入れねばなるまい)

女(そしてホワイトデーにはラスク! ……それって喜ぶべきなの?)



男「……俺らさ、子供の頃から一緒だったじゃん」

女「……うん」

女(……なにつくろう。定番はチョコだよね。あんまり凝ったのは難しいし、お金もないし)

男「だから、いまさらというか、なんというかなんだけど」

女(そういえば、男子は誰からチョコをもらっても嬉しいっていうけどホントなのかな)

女(前に男くんが「バレンタインになると男子はみんなソワソワしてるだろ?」って言ってたけど……)

女(正直、いつどうやって渡そうかとずっと考えてて、ほかの男子を見てる余裕なんてないよね)

女(……あ、今の言葉、なんか恋愛の縮図っぽくて素敵?)

男「なんつうか、このままっていうのはもう嫌なんだよ」

女「……うん」

男「だから……」

女(……ラスク美味しい)



男「好きだ。俺と付き合ってくれ」

女(……でも、男くんってわたしの手作りチョコよりアポロの方よろこびそう)

男「…………」

女「……え? 今なんか言った?」

男「…………」

女「……ごめん。生返事してた」

男「……ああ、うん」


女「あの、もう一回話してくれる?」

男「……いや」

女「……えっと、大事な話じゃないの?」

男「いや、大事な話……なんだけど」

女「うん。聞くよ」

男「…………」

女「えっと……?」


男「……いや、なんつーかさぁ」

男「大事な話って言ったんだから聞いとけよ!」

女「えっ」

男「俺めっちゃ前置きしたじゃん! いや、自分でも本題なかなか切り出せてないって思ったけどさ!」

男「聞いとけよそこは! 悪かったよ長くなったのは! でも大事な話って言ったしさ!」

女「な、えっ……」

男「俺めちゃくちゃ真剣だったじゃん! なんか今日、俺空回りしてばっかじゃん!」


女「そ、そんなこと言ったら、男くんだってわたしの話きいてくれなかったじゃん!」

男「俺が? いつ?」

女「さっき!」

男「さっきっていつ?」

女「さっきはさっきだよ! わたしだって話があるって言ってたのに上の空だったもん!」

男「そんなの……そんなの、聞く余裕ないに決まってるだろ! 悟れ!」

女「悟れなんて言われても無理だよ! わたし超能力者じゃないもん! 男くんサトラレじゃないもん!」

男「んなの……長年の付き合いなんだからさぁ!」

女「長年の付き合いに大した効力がないのはさっき確かめたもん!」

男「ああもう!」


男「だから俺はだな!」

女「なに?」

男「お前が好きだって言ったんだよ! なんで聞いてないんだよ!」

女「そんなのわたしだって言ったもん! 男くんだって聞いてなかったじゃん!」

男「…………」

女「…………」

男「ん……?」

女(あれ?)


女(……ん?)

女「……あの、男くん、ちょっと聞きたいんだけど、今なんて言った?」

男「何回言い直させる気だと言いたいところだけど、俺からも聞きたい。今なんて言った?」

女「……好きって言ったよ」

男「……俺も」

女「ずるい」

男「えっ」

女「ちゃんと言って」

男「……したたかだな、おい」


男「好きだ」

女「もっと大きな声で」

男「調子のんな」

女「……ごめんなさい」

男「…………」

女「…………」

男「好きだ!」

女「……うん」


男「…………」

女「…………」

男「……もっとラスク食べる?」

女「……うん」

女「あ、アポロあるけど、食べる?」

男「準備いいな」

女「お互い様じゃない?」

男「うん」


男「……これ食べ終わったら帰るか」

女「……うん」

男「もう日も沈むな」

女「うん」

男「……月、出てるぞ」

女「……出てるね」

男「…………」

女「……きれいだねえ」

男「うん」


女「ああいうの、夕月っていうの?」

男「知らない。俺、日本語研究したことないもん」

女「わたしもない」

男「そうなん? ありそうだけど」

女「本気で言ってる?」

男「うん」

女「…………」

男「ごめん、適当なこと言ってた」

女「わたしも」


女「男くん、好きだよ」

男「うん」

女「好き」

男「……何回言うんだよ」

女「何回だって言いたい気分なんだよ」

男「俺は何回も言わないよ」

女「何回だって言ってほしいよ」

男「…………」

女「…………」

男「好きだ」

女「……うん」


女「あのね」

男「……うん」

女「わたしを、男くんの彼女にしてください」

男「…………」

女「…………」

男「……うん」


女「……なんかすっごく疲れた」

男「俺も。肩の荷が下りた感じがする」

女「うん」

男「…………」

女「……うん」

女「なんか、なんか、すごいね」

男「……うん。そう思う」


女「……食べ終わったし、帰ろっか」

男「……だな」

女「なんか、男くん、さっきから言動がそっけないよ」

男「そう?」

女「彼女になっちゃうと安心してほかの女の子に目がいくタイプ?」

男「……余韻に浸ってるんだよ」

女「余韻」

男「あと照れくさい」

女「……案外ロマンチストなんだから」

男「うるさい」


女「ねえ、わたし、男くんの彼女でいいんだよね?」

男「うん……。うん」

女「じゃあ、男くんはわたしの彼氏?」

男「……そうなるな」

女「……なんかそっけない」

男「照れくさいし、実感沸かないんだよ」

女「わたしも。ぜんぜん実感わかない」

男「……うん」

女「さっきから『うん』ばっかり」

男「お前こそ、さっきから変に喋るじゃん」

女「……安心したのと、うれしいのと、照れくさいのと、だよ」


女「男くんがわたしの彼氏、かぁ」

男「うん」

女「……なんか恥ずかしいね」

男「いや、うん」

女「……好きだ!」

男「まだ言うか」

女「男くんが好きだ!」

男「やめて、もう俺たぶん顔とか真っ赤だから」

女「わたしも顔熱いし大丈夫だよ」

男「それ、全然だいじょうぶじゃない。家ついたら家族にばれてしまう」

女「ばらしちゃえばいいよ」

男「恥ずかしいわ」


女「……へんなかんじ」

男「どんな感じ?」

女「ふわふわする」

男「ふわふわ?」

女「わたしね、これが夢だって言われたら、納得するかもしれない」

男「……それは、とてもふわふわしてそうだな」

女「男くんは?」

男「……わかんねえ。なんもわかんねえ」

女「そんなかんじだ」

男「うん」


男「……」

女「……好きだよ」

男「……うん」

女「…………」

男「俺も好きだ」

女「…………」

女「……うん」

男「…………」

女「これからも、よろしくね」

男「……ああ」

おしまい

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