【艦これ】叢雲「狼の慢心」【ラノベSS】 (213)

叢雲メインヒロインの地の文SSです。短編ラノベ感覚でご覧ください。
書き上げ済であり、出来る限り毎日更新予定。2万8千字程度です。
台本形式でないと……という方は申し訳ありませんがお戻り下さい。

【今まで書いた叢雲過去作】

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(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433665395/)

多分叢雲はこれで全部です。
叢雲以外のはトリップで検索していただければと思います。

本文に数字を振ってありますので、息継ぎする参考にしてくださいませ。
それでは次の投稿から本編へ。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1459689516





「まるで一匹の獣みたい」



自分の後ろに展開している艦隊を見て叢雲は、思わずそう呟いた。

艦隊を形成する艦娘たちの、そのひとりひとりが獣の手となり脚となりそして牙となり、獲物の息の根を止めるのだ。



いまの自分はその獣の、いわば頭脳だ。あらゆる思考をめぐらせて、この艦隊に勝利をもたらす。

そしてその頭脳が、先ほどの自身の呟きのささやかな間違いを指摘する。

「そうね……この場合は二匹の獣、というべきだわ」


だから自分と相手の艦隊、そのどちらかは今回、狩られる立場ということになるけれども。

この叢雲が率いる艦隊は、常に狩る側の存在だ。負けるなんてありえない。




半径4キロ四方。

叢雲たちが航行するこの第一演習海域にはいまふたつの艦隊が展開していて、
自分たちこそがこの海域の覇者たらんと互いに隙を伺っている。


もう一体の――叢雲艦隊の――獲物となるべき構成員たちを確認するため、
叢雲は1キロ先にある波止場に浮かぶ電光掲示板に一瞬だけ視線をやった。

『鎮守府近海第一演習海域 特型駆逐艦合同演習戦』



部隊A 旗艦:叢雲 僚艦:初雪、暁、響、磯波

部隊B 旗艦:吹雪 僚艦:深雪、白雪、雷、電



勝利条件:相手艦隊の撲滅

二匹の獣たちはそれぞれ旗艦を先頭に、掲示板に名前が記されている通りの順番で単縦陣を組んでいる。


お互いを遠巻きに見つめながら航行を続け、演習が始まってから15分ほどが経過していたが、
未だぶつかり合いと言えるような波乱はない。



そのため第一演習海域には嵐を迎える前の海のような……腹の底を掴む、しかし弛緩した緊張感を漂わせていた。

もちろん、叢雲の率いる艦隊に油断なんてあり得ないが。

「そろそろ頃合いかしら」


そう判断した叢雲は、後方の僚艦5人へとあらかじめ決めておいたハンドサインを出す。

振り返らずとも2番艦の初雪から最後尾の磯波に至るまでが頷くのが分かる。

獣の頭脳が発した命令に手足が音もなく反応し、無言のうちに艦隊の速度が上がった。



第一戦速。



足元の主機が、叢雲たちの航行速度が増すにつれて音を大きくする。

それはどこか、獲物に狙いを定めた狩人が発する、低く冷たいうなり声に似ていた。




――こちらの呼吸は整ったわ。だから、あとは仕掛けるタイミングね。

そう判断した叢雲の意識は、今回狩るべき獲物……演習海域に展開するもう一つの艦隊に集中されていく。




一糸乱れぬ叢雲の艦隊と比べて、駆逐艦吹雪が率いる艦隊はやや雑然としていた。

鎮守府初期から艦隊を率いる身の叢雲と違い、吹雪はつい先日その素質を見込まれ、抜擢されたばかりなのだ。

最初のころよりも大分成長が見られるものの、叢雲から見るとまだ甘い。




期待の新米旗艦は時折ちらちらと自分の後方を確認し、隊列を整えることに腐心している。

叢雲に簡単に襲い掛かられるような隙を見せまいとした必死の形相が微笑ましい。

2番艦の深雪以下5隻も、よく吹雪をサポートしているといえた。

「真正面から突っ込んでいっても完勝する自信はあるけれど」


これからの鎮守府運営まで考える身としては、力押しでルーキーに勝つだけでは意味がない。

せっかくの合同演習。なるべく多くのものを仲間たちと学び、分かち合わなければ。

そんな思考を乗せながら、艦隊は猛スピードで演習海域を航行していく。

「それに」


たがいに丁字有利の状況を作り出そうと円を描くように進むふたつの艦隊。

だが、この演習海域に存在しているのは叢雲たち2つの艦隊だけではない。




叢雲の頭上を飛ぶ水上偵察機が、低いプロペラ音を靡かせてこの戦闘の成り行きを見守っていた。

演習が狙い通りの結末を迎えられるかどうか記録されているのだ。


そしてその映像は明日の午前中、旗艦を務めた2人の報告書に添えられて提出される。当然、それらを見るのは――

明日のその光景を脳裏に浮かべて、叢雲は呟いた。



「あんまり情けない姿は見せられないもの」

この演習が企画された理由は二つある。一つは吹雪の旗艦スキル育成で、これは演習に参加している全員が知っている。

普通の演習を重ねるだけでも吹雪にとってはいい経験になるから、ここで叢雲が総攻撃をかけて勝利するだけでも問題ない。




ここで問題になるのは、もう一つの伏せられた理由の方だ。

それを達成しつつ勝利しなければ、先月の秘書艦当番の時に叢雲と“アイツ”で考えた狙いは、

いつ開催出来るか分からない次の合同演習までお預けになってしまう。

この叢雲は、任された任務は確実にこなす……そういうところを見せつけてやるのだ。

だから、ここらでもう一つの目的の鍵を握る人物に気合を入れておこうと、叢雲は自分の艦隊の後ろに向って声を張り上げた。




「磯波。この作戦はアンタにかかってるんだから、しっかり頼むわよ」




演習が始まる直前、叢雲が隊内に通達した一つの奇策。

今回の演習の裏目的。その作戦の鍵を握る最後尾の同型艦に激を飛ばすと。

「あ、あの……えっと……が、がんばりまふっ!」

「不安になる返事しないでよ、ったく……」



磯波の、重要な役目を任された緊張でいっぱいいっぱい、という様子に力が抜ける。



臆病さは本来美点だ。

ただしそれが慎重さの発露ではなく、自信のなさに繋がってしまっている磯波の現状に叢雲ははがゆさを感じている。



そして今日は、それを叩きなおしてやる絶好の機会なのだ。

秘書艦として提案し、“アイツ”と詰めた今回の作戦。

無様に失敗して慰められるような情けない結果などあり得ない。



もしそんな結末を迎えたら、この演習に関する“アイツ”の記憶がなくなるほどの魚雷をお見舞いすることになる。

明日からの鎮守府が平穏に運営されるためにも、ここからの戦闘指揮を完璧にこなさなければ。

叢雲の鋭い眼が、刀のように研ぎ澄まされた。




「面舵いっぱい」




さて、狩りの時間よ。

3



「叢雲艦隊、舵を左に切りました」

「吹雪、こっちはどーすんだ?」



経験豊富な叢雲を相手に緊張する新米旗艦は、僚艦である白雪、深雪に指示を求められて一瞬だけたじろいだようだ。

すぐに持ち直して平気なふうを装っているのが遠くから眺める叢雲にも分かる。



そして、そういうところが甘いのだと思う。



演技を悟られている時点で旗艦としては失格。

内心がどんなに不安でも、付いてくる味方には決然とした表情しか見せてはならない……それが旗艦というものなのだから。

逡巡する吹雪に対して深雪が何かを叫び、それに白雪が異を唱えている。

こちらの動きの変化に対して、ふだん積極的な深雪と慎重な白雪……

どちらがどんな提案をしたのか、叢雲には手に取るように分かった。




では吹雪は旗艦としてどういった決断を下すか?




吹雪の取り得る道は二つしかない。

一つは、叢雲の意図が見えないうちは舵を逆方向に切って様子を見るという道。

つまり、距離をとっての仕切り直し、慎重策だ。



そしてもう一つの選択肢。それは……

「へえ、仕掛けて来るなんて、やるじゃない」



大きく左に舵を切った叢雲艦隊と違い、吹雪は進路を変更しなかった。

かわりに艦隊の戦速を増して、先ほどから二匹の獣が描いている曲線を高速でなぞっていく。

この積極策は深雪の意見だろう。

高速で大きく回り込むかたちでこちらの尻尾に噛み付き、後ろから総攻撃を仕掛ける腹づもりが読み取れる。




それを受けてこちらはどうするか。

最後尾の磯波が追いつかれるから、また舵を切り直す……?


もちろんそんなことはしない。


何故なら吹雪の艦隊が背後から追いすがってくる、一見最悪なこの状況こそが、

叢雲の描いた狩りの筋書きなのだから。

「……」




吹雪に気取られないように戦速をわずかに緩める。

彼女たちが追いつきやすくなるような、それでいてそのことを不審がらせないような絶妙な速さ。




『自分たちが叢雲を追いつめている』 ……吹雪たちがそう思えるように。

狩られるべき獲物が、まるで自分こそが狩人の立場にあると勘違いするように。

そうしてそれは、その通りになった。



「吹雪艦隊、わが艦隊の後方から急接近……追いつかれます!」



艦隊最後尾から磯波の悲痛な声が響く。

筋書き通りの展開だというのにこの演技力……とは普段の磯波の性格を知っている叢雲としてはとても信じられないので、

ほんとうに泣きべそをかいているのだろう。

まったく、度胸がないったらありゃしない。



「まあでも、それも今日までだけど」

戦速はそのまま。

手信号で指示を出しながら、これまで黙ってついてきたチビたちにも活躍の機会を与えることにする。



「暁、響、牽制射撃」

「もう、待ってたんだから!」

「了解」



見た目通りの幼さの暁と、幼い見た目からは考えられないほど冷静な響。

暁型の二人は一瞬だけ背後の敵を振り返り、それぞれ主砲をぶっぱなした。

「へへん、当たりやしないぜ」



深雪の得意げな反応は当然だ。逃げながら放つ射撃なんてめったに当たらない。

暁と響の弾丸は予想通り虚しい軌跡を描き、仲春の凪いだ海だけを穿った。



射撃に気をやった分だけこちらの航行速度は鈍り、さらに互いの距離が縮む。

それが吹雪たちの心に、偽物の自信とわずかな懐疑を抱かせる。

「あと少しで追いつくよ。そしたら攻撃できそう!」

「でも、なぜ一番後ろの磯波さんでなく、暁ちゃんと響ちゃんが牽制を?」




そう、本来叢雲が牽制射撃を放つように命じるべきなのは、暁たちではなく最後尾の磯波だ。

隊列の真ん中の艦が振り返って弾を放つなど誤射がこわいし、何より後ろの艦の航行の邪魔でしかない。



“追われている時に、何故そんなことを?”

それは、自分たちこそが獲物をしとめる側だという勘違いから浮かぶ、傲慢な疑問。

その疑問を解くために、彼女たちは考えだす。

叢雲の指示ミスか?それとも磯波の艤装の不調?



……そうではなく、磯波にはもうすでに、別の命令が与えられているとしたら?

「おい吹雪、やべーぜ!」



これに気づいたのは深雪だった。

昔からやつは妙に勘が良くて、叢雲が隠しておきたい事に気付くことが多い。

ただしいま彼女が見つけた答えは、叢雲がそうなるように種をまいたからだけれど。



「え、深雪ちゃんなに……って、ああ!」

「まずいわね……」


吹雪たちの反応があまりに予想通りすぎて、叢雲はほくそ笑んだ。

どうやらちゃんと気が付いた様ね……まあ、そうじゃなきゃ困るんだけれど。


何故ならここからが、叢雲の狩りの、その本領なのだから。

本日分ここまで、続きは明日の夕方~夜の間に。
スレ立て時エラーが出て何度かやり直したので、もし同じのを立ててしまってたらすみません。

久しぶりの新作、しかも地の文多めですので、見にくいかったり行き届かない所があればすみません。
まあもうすでに経験のない吹雪に教え込むとか磯波に握らせるとかヤバいこと書いてる訳ですが。

それではまた明日。

始めます
叢雲は鹿島フォルダが出来るまでは唯一単独の画像フォルダを設けていた子です

違うんや浮気じゃないんや

「磯波、酸素魚雷の準備。はやく!」

「は、はいっ……い、いきます!」



酸素魚雷は水雷戦隊最大の武器だ。


大型艦と比べればどうしても火力が不足してしまう駆逐主砲と違って、魚雷ならばどんな敵だろうが一発で屠ることが出来る。

それが重巡であろうが戦艦も装甲であろうが関係ないし、まして駆逐艦同士の演習戦であればなおさらだ。

難点はといえば、かわされやすい事。

音と水しぶきを上げて進む魚雷はとにかく目立つのだ。



だから普段魚雷を打つのは敵を引き付けたり、砲撃のさなかに隙を作りだしたりしてからだ。


今回の場合であれば、一列に航行する吹雪艦隊に対して素早く、

帯状に魚雷を発射出来れば誰かには命中する公算が高い。

後ろの艦ほど先を行く味方の背で視界が塞がり、回避が難しくなる。

「一度距離をとって逃げましょうか」

「で、でも、せっかくここまで追いかけて来たのに……」



ここまで来て諦めるのか?せっかく叢雲を追いつめたのに?

回避行動に移るのは早ければ早いほど言い分、吹雪たちに迷いが生まれる。

いっそ仕掛けてしまえば……でもいま魚雷を発射されたらアウトだ。艦隊のうち数人が轟沈判定を受けるだろう。



「どうしよう……」


吹雪艦隊の全員が、食い入るように自分たちの進路の先を見据えた。

「磯波、まだ発射できないの!?」

「ご、ごめんなさい、も、もう少し待って……」



そこで彼女たちが見たのは、もたもたと準備を続ける磯波に、声を張り上げる叢雲の姿。

敵旗艦の声はいつもよりさらに苛立って聞こえる。



それは追いすがる吹雪艦隊へ晒した致命的な隙――少なくとも、吹雪たちにはそう見えた。

するとつい先ほど抱いた危機感が嘘のように崩壊して、

またしても、やはり自分たちの方が有利なんだという認識が強いものになる。



その希望こそが叢雲から与えられたものだとも知らずに。

せっかくの好機。だがそれを台無しにしそうな驚異はどうやらまだ先にあるらしい。

のんびりしていると磯波が魚雷の準備を整えてしまい、背後をとったこの優位な立場を手放さなければならなくなる。



一度手に入れかけた餌への欲求を抑えられるものは、そうそういない。

「吹雪、いちど距離を取って様子を見ましょうか?」

「なんでだよ、せっかくのチャンスだぜ?もたついてる磯波だけでもやっちまおうよ!」



それを聞いて磯波がひぅ、と喉を鳴らす。

……アンタ、ほんとうに作戦理解してるわよね?ぜんぶ言った通りの状況じゃない。



「磯波、女は度胸よ」



もう一度発破をかけ、叢雲の視線はさらに後方の敵旗艦へと集中した。

すべてはここからのタイミング次第。

手足が思い通りに動いてくれるなら、狩りの行方は頭脳の冴えにかかっているのだから。

さて、肝心の吹雪は?


深雪の提案が吹雪の心と同じだったのか。

磯波のオドオドした態度が背中を押したのか。




「せっかくのチャンスだもんね……うん、まずは磯波ちゃんからやっつけちゃおう!」




駆逐艦吹雪が決断を下し、獣が繁みから躍り出た。

その先に待つのは羊などではなく、自分よりも大きくて老獪な狩人だとも知らずに。

>>27はページ番号4 です、小さなミスですが一応訂正

5



「目標、魚雷準備中の磯波ちゃん!」

「よっしゃ、恨むなよ磯波っ」



吹雪以下五隻の駆逐艦たちが、まだ手こずっている磯波へと牙を剝いた。



「き、来た……!」



もう一度磯波へのフォローが必要だろうか。

しかし自分はのちの四隻が動くタイミングを計らなければいけない。初めて判断に迷った叢雲だが、

「やるしかないよね……うん、わたしにかかってるんだから……!」



胸に手を当てて覚悟を固める磯波を見て、少しだけ頬がほころぶ。

まったくもう、手がかかるったらない。最初からそうしとけばいいのよ。



いまの磯波のひとことが聞けただけで、叢雲はこの演習の成功を確信した。

あとはそう、予定通りに……しっかりと吹雪たちの攻撃を受け止めて、耐えなさい。

「きゃああああ!?」



被弾した磯波が甲高い悲鳴をあげ、同時に波止場の電光掲示板が彼女の名前を黄色に明滅させた。

中破状態となったことを意味するそれを視認し、叢雲はいっそう誇らしくなる。



「やるじゃない、磯波。ご苦労さま」

集中砲火を喰らったにもかかわらず赤の大破判定、灰色の轟沈判定ではなく、中破判定。

それは磯波が自分のもとへと迫る弾丸に目をそらさずにしっかりと見定め、致命打だけを確実に避けた結果だ。

オドオドしててもやるときはやる女。そうよ、それでいいじゃない。



「あとは私たちに任せなさい」



叢雲の号令に、後ろに続く初雪、白雪、暁、響が無言で頷いた。

ペース配分が良く分かりませんが今日はこれくらいで、明日で演習戦が終わります。

中破した磯波ちゃんを呼び出して秘書艦をさせる
そういう提督に私はなりたい

鎮守府一「しょうがないわねえ」が似合う女叢雲
次点は誰か思いつかん

では始めます

6



艦隊とは、一匹の獣だ。



そう名乗るのが戦艦や空母であるならば、その獣とは獅子のことを意味するのだろう。

それは例えば軽巡洋艦でも同じことかもしれない。



止まることを知らない鬼軍曹しかり、やたらと騒ぐ夜戦馬鹿しかり……

深海棲艦という驚異に真っ向から立ち向かっていく彼女たちのその姿を、獅子と呼ばずに何と呼ぶだろう。

では、この叢雲が率いる艦隊は?

雄々しい獅子か、それとも美しい鳳か。



違う。

そんな華々しい称号はいらない。煌びやかな戦いに興味はない。

叢雲が欲するのはただ、確実な勝利のみ。

それを得るためにはただひたすら機を窺い、沈黙に徹する。


獲物が油断するまでじっと待ち、時には自分から甘い果実に載せてそっと毒を差し出してやるのだ。


狡猾に、確実に獲物の息の根を止める狩りをするその様はまるで――


「獲物が罠にかかったわ。各自、予定通りに動きなさい」





そう。


この叢雲が率いる艦隊は、狼だ。

7



中破状態の磯波が戦線から離脱したのを見て、叢雲たちはいっせいに散らばった。

計算通りに戦闘が進んでいるいまも、狼は微塵も気を緩めたりしていない。




「磯波さん、撃破したのですっ」

「やったなあ、ちんちくりん!」


仮初の勝利に、獲物の艦隊が沸き立つ。

「ちょっと、やっつけたのはこの雷さまよ!」

「二人ともケンカしないで、みんなこのまま……」

「いえ、どうやら私たちの負けみたいです」



最初に敗北を悟ったのは、やはり白雪だった。

半ば勝利を確信していた吹雪艦隊は、磯波の抜けた四隻の叢雲艦隊にいつのまにか取り囲まれていた。

八つの瞳が彼女たちを冷たく見据えている。

「どうしたの白雪ちゃんって、ええ!?」



半円を描くように包囲された状況を、吹雪も認識したようだ。

磯波はこの状況を作り出すための囮だったと気づいても、もう遅い。



この敗北をもって吹雪はまた一つ、旗艦として大切なことを学ぶだろう。



人は手痛い経験とともにしか成長しない。叢雲だってそうだった。

だから、こうやって吹雪に教える。

狩人が最も警戒しなければならない瞬間は何時か。



それは獲物の姿を捉え、風上から忍び寄る時ではない。



大地を駆け抜け、獲物めがけて飛びつく直前でもない。






「『上手くいったと思った時が一番危ない』ってことよ」






高らかに掲げた手を振り下ろしながら、訓示するように吹雪に告げる。

狩人が最も警戒しなければならない瞬間は何時か。


それは狩りを成功させたと思った、まさにその時なのだ。






獲物の喉笛に牙を突き立て、爪が臓腑を切り裂いた、まさにその瞬間。



すべての武器を使い切った瞬間に生まれる慢心は、



どんな獅子をも狩られるだけのか弱い子羊へと変えてしまうのだから。

「……か、囲まれちゃった……」



衝撃がぬぐいきれないまま茫然とした吹雪の呟きが引き金となり。

重なり合う主砲の音が、電光掲示板の吹雪以下六隻の艦名を灰色に消し去った。

区切りになるので少なめですがここまで
これって零偵が記録してるんだよな、磯波ちゃんと吹雪艦隊の艤装がふっとぶとこ

・・・。

よし行きます

8



陸に上がりそれぞれの兵装を下ろした叢雲たちは、工廠から続く通用口をへて鎮守府本棟へと入った。

暖かな春を感じさせる日差しが窓から差し込んでいて、いよいよ来週から年度が変わることを意識させられる。



「あ~、悔しい悔しい悔しい、く~や~し~い~!」

「うるっさいわねえ、アンタまだそんなこと言ってるの!?」



そう言いながらこちらの肩を揺らしてくる深雪に向って怒鳴る。

深雪は演習で負けた側に入るといつも悔しがるけれど、今日は格別だ。


自分の進言が艦隊を敗北に導いたとを気にしているのかもしれない。

工廠を出たところで暁型と別れてからずっと、深雪は叢雲に抱き付いて来たり背中をぽかぽかと叩いたりと、うっとおしいことこの上ないのだ。

「あのねえ、『上手くいったと思った時が一番危ない』って学べたでしょ。それでいいじゃない」

「ちぇえ、偉そうに。覚えてろよな。そのうち目にモノ見せてやるから」



頬を膨らませる深雪を見て叢雲は少し警戒する。

これは絶対に仕返しを考えている眼だ、せいぜい気を付けなければならない。

何しろ叢雲にとって今日の本番は演習などではなく、この後に控えているのだから。

廊下の先に2階へと続く階段が見えてきたころ、今度は白雪が疑問を口にした。


「でも、なんで白雪に囮役をやらせたのかしら」

「そーだそーだ、ひでーぞ!旗艦さまの横暴だー!」


深雪のそれは仕返しの一手らしいが、狼は気安く挑発には乗らないので無視だ。

「それはわたしも知りたいな。叢雲ちゃん、どうして?」


当の磯波も真剣な表情でこちらを見て来る。

相変わらず気弱げなようすだけれども、いまはどこか芯が通ったような、そんな表情をしていた。


「アンタ、次も同じ囮役やってって言われたら、出来そう?」

「う、うん。大丈夫だと思うけど」


それこそが、叢雲と“アイツ”が欲しかった答えだ。

「ちょっとは自分に自信が持てたじゃない。前まではそんなこと言わなかったでしょ」

「あっ……」


磯波は技術も知識もあるし、センスだって悪くない。

しかし自信の無さが災いして、いままであまり大きな活躍をすることがなかった。でも、今日からは違う。

無理やりにでも度胸を付けさせることで、磯波にだってやれば出来るという自信をつけさせたかった。




「悪くないでしょ、今日のMVPに選ばれるのも」

「……うん。叢雲ちゃん、わたし、もっともっと頑張るねっ!」


日陰にひっそりと咲く花のようにつつましやかな微笑みを浮かべて、今日のMVPはそんなことを口にした。

「私だけの考えじゃないわ。先月の秘書艦当番の時に……」



狡猾な狼を名乗るにはあるまじき失態。

言った瞬間、しまったと思ったのは深雪が猫のように眼を輝かせたからだけではない。

脳裏に浮かんだ“アイツ”のとぼけた顔を追い出しながら、深雪の迎撃態勢に入る。

「ほっほ~う?」

「……いまのところ、くわしく」

「なんでアンタまで入ってくるのよ」

「……面白そうだからっ!」



この手の話題になると深雪と初雪はしつこい。

タッグを組んで叢雲から決定的なひとことを引き出そうと躍起になるからだ。


他の3人もなぜかそれを止めようとはしない……どころか、何故だか叢雲と“アイツ”の話に何かを期待しているフシがある。

年頃の少女たちが期待するような話題……そんなものは自分と“アイツ”の間には微塵も、

これっぽっちもありはしないのに、何故だかみんなそれを信じてはくれないのだ。

「おうおうおう、今日は執務室に行かなくていいのかよお?」


執務室は鎮守府本棟一階北側。二階への階段を上る今さら遅い。

演習の報告なんて期日は翌日で何も慌てて向かうこともない。それに。




「あのねえ、私が秘書艦当番だったのは先月の2月で、3月は違うのよ」

「かわらない。どうせ来月はやる……くせに……」



痛いところを突かれたと思ったのは、当の叢雲が完全にそのつもりだったからだ。

「まだやるって決まった訳じゃないわ」


少々言い訳のように聞こえてしまうが、叢雲は別に嘘は言っていない。

来月――4月の秘書艦当番がまだ決まってもいないからだ。

そして、それを決めるのは叢雲ではなく、もちろん鎮守府の責任者である“アイツ”。



この鎮守府では、指揮官である提督を補佐する秘書艦が艦娘の中から選ばれる。

ひと月ごとに5人の艦娘が秘書艦を務め、彼女たちが次の月に連続で選ばれることは無い。

だから先月秘書艦当番をこなした叢雲は今月はフリー、というわけだ。



面倒で大変な秘書艦をふた月もやらせるのは申し訳ないという“アイツ”の方針をちらりと思い出し、

叢雲は心の中で舌打ちした。 まったく、お人好しもここまでくると病気よね!

10



「でもさ、叢雲ちゃん、ずっとひと月おきに秘書艦やってるよね」


伏兵は意外なとことにいた。吹雪が尊敬を交えた表情でそんなことを言う。



「ははーん?」

「……なる、ほど」



深雪と初雪のしたり顔が憎らしい。

これでは叢雲が来月の秘書艦をやる気マンマンでいるみたいではないか。

――でも、まずいわね。

叢雲は考えを巡らす。



ある程度納得のいく答えを返さないと、乙女心に火が付いたこいつらは簡単に止まりそうもない。

かといってあまり不自然な反応を――沈着冷静な狼にはあり得ないが――してしまっては、

この後談話室で休憩しながら持ち出すつもりの話題も勘繰られることになる。



それは叢雲にとって死活問題だ。

「ねえ、どうなの叢雲ちゃん。来月も秘書艦当番、やりたい?」

「言っちまえよ、叢雲。司令官の秘書艦、楽しみにしてんだろ~」

「あ、あのねえ」



伏兵・吹雪の発言からきた思いもよらないピンチは……

やはり叢雲の思いもよらない方向から解決することになる。



「あら……吹雪型は今日、演習だったわよね。もう終わったの?」

今日はここまで、吹雪型のキャッキャウフフはいいものだ



>>56
磯波の影の薄さ極まりすぎwww...

ごめんよ磯波ちゃん・・・プリントアウトした最終稿も「白雪」になっていました。
>>68ありがとう

>>56差替え


廊下の先に2階へと続く階段が見えてきたころ、今度は白雪が疑問を口にした。

「でも、なんで磯波に囮役をやらせたのかしら」
「そーだそーだ、ひでーぞ!旗艦さまの横暴だー!」

深雪のそれは仕返しの一手らしいが、狼は気安く挑発には乗らないので無視だ。

では本日分始めます

11



頭上で高く括った濡羽色の髪に、すらりと伸びた脚のせいだろうか。

鎮守府のなかでは真ん中より少し上くらいのはずなのに、やたらと背の高い印象を受ける。



軽巡洋艦矢矧は小脇に書類の束を抱え、少しばかり疲れのにじんだ微笑みを向けて、

今しがた叢雲たちが上ってきた階段から踊り場へと姿を現した。

矢矧はそのまま叢雲たちの前に立ち、

「違ったかしら?」



反応がないことを不思議に思ったのか、いたずらっぽく小首を傾げて見せた。

そうやって眉をひそめても絵になるのだから、美人というやつはつくづく反則だ。



吹雪たちが猫のように固まってしまうのは矢矧の持つその神秘的な美しさからか、

それとも単純に駆逐艦の上役である軽巡洋艦に声をかけられたからか。



叢雲としては、演習の鬼軍曹でもない限りそう気張る必要はないと思うのだが……

それはこの鎮守府にいる駆逐艦の中で自分だけが秘書艦として、時には戦艦や空母にも接することがあるからかもしれない。

どちらにしても、これで先ほどの自分への追及が流れそうなので都合がいい。

吹雪たちに任せていると話が進まないのもあって、叢雲は口を開いた。

狼は機をみるにも敏なのだ。




「たったいま終わってきたところよ」

「首尾はどう?」




上々よ、と言いながら吹雪たちを向き直ると、まだ固まったままだった。

……まったく、美人に弱いのは男だけで十分だというのに。

「ふふ、流石ね」



駆逐艦の演習成果にまで気を配るのは、矢矧もまたそういう立場にあるからだろう。

そう思いながら叢雲はあらためて彼女の格好に目をやった。



矢矧の服装はいつもの、自分が着たところを想像するだけで恥ずかしくなるようなあの露出満載の艤装ではなかった。

いまの彼女はワンピース風のチェニックにローライズのジーンズといった完全な私服で、それがまた華やかな矢矧によく似合っていた。



なんだか負けた気がして叢雲はぐっと喉を詰まらせる。だって矢矧は今までこのかっこうで――

「矢矧さん、今日はオフなんですか?」

「そうだったらどれだけいいかしら」



意を決してという表現があながち間違いではなく、緊張をはらんだ様子で吹雪が声をかける。

私服に身を包んでいるから出撃がなかっただろうという考えは正しいけれど、この場合は少し的外れな質問だ。



気さくな返事をしつつも、矢矧が苦笑する。

矢矧のこの疲れた表情と服装、何より今月彼女に割り振られた役職を考えれば答えは一目瞭然だろうに……。



「秘書艦よ、秘書艦当番」

月末の疲れをにじませた矢矧の答えに、吹雪たちがああ、といっせいに声を上げた。



矢矧は三月の秘書艦当番の一人。



二月の秘書艦当番の時に引き継ぎをした叢雲はそのことをしっかり覚えているし、

何より今月だれが秘書艦かなんて知っていて当然ではないか。


叢雲なんて、矢矧以外の当番が誰かも覚えている。

「大変そうね、今月はとくに」

「本当よ、まったくもう!」



気の無いふうを装って水を向けると、まるで三式弾が弾ける様に矢矧が反応した。



「能代姉は真面目すぎて融通が利かないし、反対に球磨は暢気すぎるわ!」

「さっきまで執務室に?」


探るように聞くと、矢矧は、


「そうよ。間に入る私の身にもなってよ」

頭の中で他のメンツを思い浮かべると、確かに矢矧がいちばん貧乏くじを引いていそうだ。

憂いを帯びた漆黒の瞳がこちらを見つめる。



矢矧の態度は明らかに秘書艦の苦労が分かる叢雲を愚痴のはけ口に求めているのだが、そこはあえて気づかないふりをした。

ここで“アイツ”の話題を出され過ぎると、二人の会話を聞いている後ろの吹雪たちがどう思うか分からない。



尻尾を踏んづけられるような失態だけはしたくないので、後ろ髪をひかれる思いで別れを告げた。

……どうせ同じ愚痴を自分も来月抱える羽目になるのだから、今度付き合おうと心の中で誓いながら。

「そうそう、時間があれば顔を出すよう伝えてくれって言われたんだけれど」

二階にある軽巡洋艦の談話室に向って歩き出した矢矧がふと振り返って、そんな事を言う。




誰が、と言わないのは、言わなくても分かるからだ。



「これから吹雪たちとお茶会なの」



先ほどまで矢矧が過ごしていた時間を突き付けられたようで面白くない叢雲は、気のない返事をして三階へと続く階段に足をかけた。

12



「なんだか別世界の会話を聞いていたみたい」



三階の廊下を歩きながら吹雪が先ほどの叢雲と矢矧の会話を反芻すると、

他のみんなもその通りといった表情でしきりに頷いていた。



駆逐艦の中で秘書艦が出来るのが今のところ叢雲だけなので、

吹雪たちの目にはいっそう特別に映るのかもしれない。

「あんなの別に大した話じゃないじゃない。秘書艦当番なら日常茶飯事よ」

「でも、いいの?なんだか呼ばれていたみたいだけど」



「ほっときゃいいのよ。ほんとうに困っているなら――」

「と、とにかく、ほっときゃいいのよ」



自分で来ればいいんだから。そう言いかけて慌てて口をつぐむ。

「とかなんとか言ってさ、頼まれたらやるくせにな~」

「……来月の秘書艦当番、楽しみ?」




あと数歩で駆逐艦談話室に到着するというのに、

やっかいな二人がニヤニヤしながら叢雲の失言を狙ってからんできた。



ムキになって反論しても良い事がないのは分っている。

狡猾な狼は常に冷静でなければならない。

「そうね、もし来月も務めることになったら」



深雪や初雪相手に口喧嘩で遅れをとるなんて、海の水が全部干上がったとしてもありえない。

狩る側にまわるのは常に、狼である自分の役割なのだから。

いたずらっぽく口の端を吊り上げて、談話室の重い扉に手をかけながら言い放つ。



「秘書艦特権で、今度の囮役は深雪と初雪にしようかしら……それも神通相手の演習の時に、ね?」



そんなあ、という悲鳴に近い叫び声二つに、一同がどっと沸いた。


狩る側も狩られる側も笑っていられる……そんな狩りもあるのだ。

隙あらば矢矧っ・・・!
本日以上です。息の長い作品ですがなにとぞよろしく。

今日の更新はこちらだけです

13


鎮守府本棟3階は駆逐艦のための区画だ。普段はそれぞれの個室に2,3人が割り当てられて暮らしている。

けれど、今みたいに演習や任務の終わりにみんなで話がしたいときに使われるのは、決まって廊下の真ん中にあるこの談話室。




アーチ状の煉瓦窓や雰囲気のあるアンティークのテーブル、それを囲うように置かれたソファ……

古びた洋館の趣は少女たちに大変人気で、いつもは大抵誰かがいるのだ。




しかし今日は珍しく吹雪型以外の駆逐艦娘が全員任務で夜まで帰ってこないので、その間ずっと貸切状態を楽しめる。

談話室で過ごす、自分たちだけの特別なひととき。

だが、古びた建物というのはそれなりに問題も抱えているものだ。

「あれ、ちゃんと閉まってないよ」

「ほんとうだ、わたし、閉めてくるね」



今しがた叢雲たちが入ってきたオーク材の厳めしい扉は確かに閉めたはずなのに、

片側だけが半開きになってキイキイと音を立てていた。


磯波が戻って取っ手を押すと、今度はギイイと耳障りな大きな音を立てて、今度こそ閉まった。

「あちこちボロボロね」

「私と吹雪さんの部屋もこうなるわ」



白雪がため息をつく。が、秘書艦としてはうかつなことは言えない。

みんなの希望に従っていたら洋館の大改修となることは目に見えていて、それにかかる予算に見当も付かないからだ。



そのうち“アイツ”に手柄を立てさせて、本部に申請するとしよう。

すぐに改修しなかったからといって、特段問題が起こる訳では無いのだから。

「そんなことよりっと……あ~、極楽、極楽」




乙女らしからぬ声をあげて深雪がソファにどかっと腰を下ろした。

それを引き金にみんながいつもの定位置についていく。



叢雲も空いている深雪の隣へと座り、白雪がキチネットでお湯を沸かすのをぼんやりと眺めることにした。

もちろん、この後のお茶会のなかで例の話題をどう切り出すかを考えながら……

14



「新しい茶葉を試してみたの」



白雪が抽出機から人数分の紅茶を注いでいく。

英国かぶれの帰国子女に影響されてか、最近紅茶にご執心なのだ。

そのおかげで吹雪型はこうしてお茶会を開催することが出来る。

室内に柑橘系の匂いが立ち昇り、叢雲たちの演習の疲れを癒していく。


白雪に礼を言いながらカップを手元に寄せている最中も、叢雲は常に話題を切り出すタイミングをうかがっていた。

あまりすぐだと余計な勘繰りを受けるかもしれないので、やはり切り出すのは場が盛り上がってから……


そう考えていたところへ、深雪がカップを手にしてわざとらしく紅茶の匂いを嗅いで見せた。





「くんくん……うん。これはアールグレイだな」

「すごい。よく分かったわね」

「へへーん、どうよ」


白雪に感心されて得意げな深雪があまりにおかしくて、ついつい突っ込んでしまう。

「ふん、どうせ知ってる茶葉の名前を適当に言ってみただけでしょ」

「なっ……ばっかいえ、お茶っぱの名前くらい分からぁ!」

「お茶っぱって」



――この反応……どうやら図星のようね。

少しおちょくってやろうと、この前みんなで飲んだ紅茶は何かと聞いてみると、



「み、ミルクティ?」

「茶葉の種類を聞いてるんだけれど……」

「え゛」


せめてダージリンだとか、何か適当な名前でも思いつかなかったのだろうか。


「それって何が違うん?」


コイツはもう温めた海水でも飲んでればいいのだ。

ちなみにこの前白雪が淹れてくれたのはアッサムで、

深雪も含め全員がストレートで飲んでいたことを教えてやった。

それを白雪も覚えていたのか、苦笑している。




「紅茶について語るならまず、茶葉のことをお茶っぱって言うのをやめてからにしたら?」

「むぅ~、口うるさい叢雲なんて、こうだっ!」

「や、ちょっ、脇腹くすぐるのやめなさいよ……んっ、紅茶がこぼれるでしょ、こらっ!」


叢雲は小突いてくる深雪を追い払うのに随分と苦労した。

今日は短めで、明日で吹雪型お茶会の終わりまでかな
大分かかるかと思いましたが、投稿を始めてみれば案外ペース早いです

>>41
亀だが呆れ顔でなら曙、困り顔でならむっちゃん、頭撫でられながらなら雷が似合うと思います、サー
叢雲は全てで似合うと思うけど

天龍とか摩耶とか隼鷹とかとバカやりながら「しょうがねぇな~」って言われたい

>>100 >>101
最後は結局私のところへ頼りに来るのよね型 の叢雲曙陸奥
しょうがねえ、付き合ってやるよ一緒にやっか!型 の天龍麻耶隼鷹 

でしょうか。今回書いてるのは勿論前者。


では始めます

15



カップが全員に行き渡るとみな無言でひと口目をすすり、それからほう、とため息をついた。

演習で尖らせていた神経がようやく落ち着いて、会話にも色が出始める。



「磯波ちゃん、今日はすごかったね!」
「まっさか磯波があんな役を任されるとはなー、すっかり騙されたぜ」
「えへへ、ありがとう」



今日の活躍を改めて褒められた磯波は恥ずかしそうに、しかしとてもうれしそうに笑っている。

しばらくはみんなで演習の話題が続いて、段々と場が温まりだした。

「今日の茶葉は金剛さんに頂いたものなの」

「へえ、そうなんだ」


紅茶について語りだす白雪と、それを聞く吹雪と磯波。




「うお、すっげえ。ノーダメじゃん初雪!」

「……相手の攻撃を喰らうようじゃ、初心者っ」

「だからって防具つけずに行くかフツー?」


携帯ゲーム機を取り出してカチャカチャやっている初雪と、

初雪のプレイを後ろから見てはしゃぐ深雪。

――もうそろそろ、いいかしら?


談話室がほどよく盛り上がったのを見た叢雲は、頃合いだと判断して口を開き、



「……ごほん、そういえば」

「ねえみんな。週末の予定なんだけど」



第一声が、見事に吹雪と被った。

16



「ごめん叢雲ちゃん。いまなにか言ったかな?」

「ななな、なんでもないわ!ちょっとむせただけだから!」



少し焦った叢雲だが、吹雪の発言はありがたかった。

なぜなら吹雪が出したこの週末の予定こそ、

叢雲がいつ切り出そうかとやきもきしていた話題だったのだから。

「そ、そう?じゃあ、続けてもいいかな?」

「むしろ都合がい――な、何でもないわ、つ、続けてちょうだい!」

「? うん、分かった、それじゃあ改めて……今週末はみんなお休みだよね、それで――」



艦娘にとって休日というのは実に貴重だ。

午前も午後も一日中休みだなんて週に一度しかないし、

同型艦全員の休みが重なるだなんて、ふた月にいっぺん位しかない。



そして吹雪型はその待望の一日がこの3月最終週、その週末にあるのだ。

4月になれば任務が色々と――特に叢雲の場合は――忙しくなる予定なので、何かするとしたらもうその日しかない。

ちなみに、次にみんなの休日が重なるのは今のところ5月。大分先の話になるのだ。

「そうですね、ちゃんと決めておかなくちゃ」

「行き先はこの間決めましたから、あとはそこで何をするかでしょうか」


吹雪がどんどん仕切ってくれるおかげで、叢雲は目立たなくてすむ。

白雪や磯波も乗り気な様子で、ほっと胸をなでおろした。




「む……ちょっと、待って。いまやめるから」


ゲームを中断して初雪が顔を上げると、それを後ろから覗いていた深雪も顔を上げて、

「週末って、どっか行くんだっけ?」

「っ、なんで覚えてないのよ!?」

「うお、叢雲がいきなり怒った!?」


安心した矢先の深雪のすっとぼけに思わず大声を上げてしまった。

吹雪に任せて肝心なところだけ口を出そうと思っていたのに、これでは失敗だ。

しかたなく話に加わっていくことにする。




「アンタねえ、このあいだ、行先決めたときは賛成してたじゃないの」

「あたしはみんなで楽しめればなんでもいいからな~、もう覚えてないや」


そんな憎めないことを言われると、こちらとしてもそれ以上責めれなくなってしまう。

仕方なしといったかたちで初雪が助け舟を出した。

「この前、『ガーデンズ』に行くって、決めた」

「ああ、そうだったわー、わりいわりい」

「まったくもう」




みんなが『ガーデンズ』と呼んでいる今週末の行先は、

鎮守府に一番近い田舎町からバスを乗り継いで2時間ほどのところにある複合商業施設だ。


ショッピング区画や映画館に遊園地、果ては人気のレストラン街なんかが立ち並んでおり、

外観もその名のとおり庭園を意識した美しいもの。


当然艦娘の中でも人気が高く、普段の忙しさと距離的な問題でそうそう気軽には行けないが、

こうしてたまの休日にみんなが行く場所には最適と言える。

――そうよ、せっかくあそこへ行けるんですもの。このチャンスは絶対にモノにしなきゃ。

でないと、4月のアレに間に合わないんだから。


休日のお出かけといった軽い気持ちの他のメンバーに対して、叢雲だけは並々ならぬ気合が入っていた。

もちろんそれを吹雪たちに悟られるようなヘマはしないが。



「ねえ、みんなは何か見たいものはある?」



吹雪のおかげで叢雲はほとんど出番がなく、口々にみんなが希望を述べだした。

「……新作のゲームが出てるから、いろいろ見たい」

「新作といえば、私も新しい茶葉に挑戦してみようかと思うの」

初雪も白雪も関心はショッピングに向いているようで、叢雲にとっても都合がいい。

それぞれの趣味に合った意見が出た。



「えっと、わたしは本、買いたいかな……?」

「へえ、いいわね」

磯波もやはりショッピングエリアにある大型書店の名前をあげた。

叢雲も読書は嫌いではないので、一緒にまわってみて気に入ったのがあれば買ってみてもいいかもしれない。




こうしてみるとみんなでいろいろなお店を見て回れてそれだけでも面白いだろう。

だけれども、今回叢雲が胸に秘めた企みは、それでは叶えられない。

やはり、自分で言うしかないかしら。そうやってあきらめかけたその時。

「あのう、わたしもちょっといいかな?」


快活な吹雪がおずおずと手を挙げて、


「わたしはその、服とか、見てまわりたいかな?」

「そうよ吹雪、それよ!」


「へ、む、叢雲ちゃん?」

「や……あの、そうじゃなくって」


吹雪があまりにも叢雲の言いたかったことを言ってくれるので、つい大げさに反応してしまった。

慌てて誤魔化そうと、

「ちょうど、春先に着る服がないなと思っていたのよ」

嘘ではないけれど、といった言い訳を口にする。



もちろん一着もない訳では無いし、例えば去年の今頃購入した白のワンピースなんかには自信がある。

だけれども、そう。あれは去年着て見せたのだ。流石に2度目は感動がないだろう。



叢雲が見たいのはあっと驚く“アイツ”の間抜けな顔。

それを想像すると思わずにやけてしまいそうになる。

「ってわけで、私も賛成よ」

「ええ、いいのではないでしょうか」

「……げーむ見た後なら、さんせい」

「わ、わたしも……」



みんなも多少はお洒落というものに関心があるのか、でもそう言い切るのは何となく恥ずかしいらしい。

控えめではあるけれど、満更でもない反応が返ってきた。

――思ったよりみんな友好的ね。なんだ、これなら私から切り出しても良かったんじゃないの。少し慎重になりすぎたかしら?

などと叢雲が安心していると。


「ええ、服なんて着れりゃ同じじゃん。それより、面白そうな映画がやってるんだよなあ」


お洒落にとんと興味のない女から、まったくもって余計なひとことが出てきた。

悪意のない深雪の意見に、叢雲はまずいことになったと内心で顔をしかめる。

――よりにもよって半日は潰れる映画だなんて、冗談じゃないわ!
――行き帰りの時間も考えたら、それだけで一日終わっちゃうじゃないの!



「あのねえ、アンタもいい加減、見てくれに気を使ったらどうなの?」

「へん。あたしは誰かさんみたいに見せたい相手もいないんでね」

「なっ!?」



深雪のあまりの不意打ちに言葉もない叢雲。

いつもならさらりとかわしているそれに、今だけは反撃が出来なかった。

何故なら……そう、深雪の軽口が、あまりに叢雲の本心を射た発言だったのだから。

「え、映画は当たり外れが大きいし、他の買い物の時間まで無くなってしまうわ。それに」

「わ、分かったよ。言ってみただけで、また今度見れればいいからさ……?」



焦って早口でたたみかけたせいか、少しムキになりすぎたかもしれない。

深雪はあっさり引いてくれたけれども、首を傾げている。

「それじゃあ今回はお買い物中心にして、映画はまた今度、再来月のお休みにでも行こうね」


タイミング良く吹雪が締めてくれたおかげで助かった。

けれども、しばらくの間探るように見て来る深雪の視線が気になって、叢雲は気が気ではなかった。

今日はここまで
吹雪型がお店の商品を見ながらきゃいきゃいいってるのを眺めていたいだけの日曜日だった

アカン忙しくなってきた
提督登場です

17



どうやって話題を切り出すかで悩んでいたけれども、意外と簡単にことは済んでしまった。

案外チョロいものだ、これでこっちの問題は解決だと、叢雲は心中で歓声を上げていた。



――あとはそう、もう片方をなんとかするだけね。



その時だった。

あつらえたように談話室のあの重い扉がノックされ、来客があることを伝えたのは……

――来たわね。


「はい、どなたですか」


扉から一番近くに座っていた磯波が立ち上がる。


「誰だろうね?」
「さあ?」

みんなの反応を見て叢雲は思う。まったく、みんな鈍いんだから!

この部屋を訪れるのにわざわざノックをして廊下の外で待っているだなんて、

そんな奴は一人しかいないだろうに。




まあもっとも、ノックもせずに入ってきたら容赦なく叩き出してやるけれど。


磯波はまたしてもギイイと耳障りな音をさせて扉を開け外に出ると、

数秒もしないうちに慌てて戻ってきた。

「むむむ、叢雲ちゃんっ!」
「なによ、騒々しいわね」


おさげとスカートをはためかせ、ずっこけんばかりに転がり込んできた磯波に白けた視線を送る。

まったく、ちょっと度胸が付いたと思ったらすぐこれだ。今回の演習だけじゃ足りなかったのかしら?


「で、誰がきたの?」

「し、し、し……」

「し?」



「しれいひゃ……ひたいっ!」

「……なに舌噛んでるのよ」

今度磯波を神通相手の演習に放り込むことを心に固く誓いながら、叢雲は立ち上がる。

まったく、何もかも思い通りに行き過ぎてこわいくらいだわ!


「おちおち紅茶も飲んでいられないんだから」




内心とは別の台詞を呟くと、飲みかけの紅茶をぐっと飲み干して渋面をつくる。

こうしないとニヤけてしまいそうだからだ。



みんなからはなるべく面倒そうに見える様に、足取りが軽くならないように気を付けながら、

叢雲は廊下に向って歩き出した。

さあ、狩りはいよいよ仕上げの時間。あとは獲物をしとめるだけ。


足取り軽く廊下に出る叢雲は、深雪がまだ自分に向って怪訝な視線を向けたままでいたことに気づきもしなかった。

18



キイ、と音をたてて後ろ手に扉を閉めると、獲物はまぬけな表情を浮かべて廊下に突っ立っていた。

こんなの相手に緊張するだとか、磯波はやはりどうかしている。


「やあ」
「フン」


しまりのない笑顔に背を向けるようにして廊下を2,3歩進み、叢雲は改めて誰もいないことを確認した。

案の定吹雪型以外はみんな出払っていて廊下はシンとしているし、

談話室は“コイツ”が鳴らす革靴の音すら聞こえなかったくらいに遮音性が高い。




そう、だから、これから叢雲と“コイツ”の会話を聞くものは誰もいないのだ。

――これで安心して狩りの仕上げができるわ。



理想の展開に舌なめずりをしながら、談話室の前に立つ青年に背中を向けたまま。

腕を組んで、努めて気のない声を出しながら視線だけを後ろにやり、



「……で、何の用?」



もう分かりすぎるくらいに分かっている用件を、あえて聞いてやった。

叢雲のフンデレ始まりました。
あと少しで終わりです。

19



かなりそっけない返事をしたというのに、目の前の青年は叢雲が声をかけたというそれだけで無防備な笑顔をさらし、距離を詰めてきた。

叢雲が狼で自分はその狼に狩られる羊だなどとは微塵も気が付いていない。




いまの“コイツ”から感じるのは、叢雲たち艦娘を指揮して深海棲艦と渡り合っているとは思えない柔和な雰囲気と、

肩書からイメージされるような厳かなひげも、深い歳月が刻まれた皺もない間の抜けた表情……。

そこからは、普段“コイツ”が周りからなんと呼ばれているのか想像も出来ない。




――帝国の若き英雄、国士無双……こんなやつが、本当に?

栄えある鎮守府の提督という看板を背負った後ろの男は、笑ってしまうほど飄々としていた。

叢雲の返事があまりに不機嫌に聞こえたのか、提督はなかなか答えを返さない。

なので、仕方なくもう一度聞いてやることにする。



「で、なんの用?」

「いやあ、その、ええと」



矢矧づての呼び出しを無視したのが堪えているのだろうか。

叢雲としてもあれは少しやりすぎたかもしれないと反省して……そして、すぐに思い直す。

矢矧からの呼び出し!



……そうよ、この男は今日一日、あの美人と二人きりの時間を過ごしていたわけだわ。



それを思うとあれくらいの突き放しはやはり、叢雲に許された当然の権利のように思えた。

それに、こうして提督がわざわざ自分を頼って訪ねて来るというのも悪くない。

「ええと、いま、暇してたか?」

「白雪が淹れてくれたお茶で、ぶっとおしの演習の疲れを癒していたところよ」


「……」

「……」



乾いた沈黙が二人の間に降りる。

「ええと、今日の演習……磯波はどうだったかなあ、なんて……」



そんなのは明日の報告書と映像で分かるでしょうが。それしか用件が無いのなら。



「……帰るわ」

「叢雲、いえ叢雲さま待ってください、お願いだから!」



踵を返そうとすると、提督はそう言いながら叢雲と談話室の間に立って進路をふさいだ。

意外にも強い力で両肩を引き寄せられ、二人の身長差に叢雲の踵が浮く。

「ちょっ……まって」
「いいや、待たん」


この体勢はまるで……そう、抱き合う前の恋人のようで、

そのことに気づいた叢雲は余計に冷静さを失っていく。




「ち、近いってば、放しなさいよ、もう!」

「ここでお前を放すわけにはいかないんだ」

「……っ! あ、アンタほんとに頭沸いてるんじゃないの!? い、いいから放せ、はーなーせー!」



流石の狼であっても、これは慌てても許されるだろう。

こんな時に冷静でいられるやつなんて、艦娘じゃないのだから。

「ハア、ハア……わ、分かったから、帰らないから……!お願いだから放しなさい!」



二人のやりとりを聞く者がいなくて本当に良かった。


息も絶え絶えに談話室に帰らないことを約束すると、

叢雲はようやく提督を引きはがすことに成功したのだった。

20



肩にはまだ提督のに掴まれた感触が残っている。

叢雲は口をとがらせ、そのあたりを手で擦りながら、



「来月の秘書艦当番?」



すまなそうに打診してきた提督に対して、心底呆れたように返してやる。

コイツがそれを頼みに来たのかなんてお見通しだったけれど、そんな隙は見せてやらない。

獲物に対して寛容な狼がいるはずもないのだ。

「アンタ、いま何日だと思ってるのよ」

「三月の二五日ででございます……」




そう、三月最終週の、その初日だ。




「もう、この週末には四月の当番を張り出さなきゃならない」

「あーら、ようくお分かりだこと。安心したわ」

秘書艦当番が月替わりの交代制である以上、その次の月――この場合は、

四月の当番が誰になるかは三月末には公表されなければならない。

この期に及んで叢雲に頼みに来るようでは遅いのだ。




「大方誰にも頼みづらくて先延ばしにして、今さら焦ってるってところね」

「おっしゃる通りで言葉もありませんです、はい……」

確かに秘書艦当番は大変な役職で、頼みづらいというのも分かる。

鎮守府を運営するという責任が伴うし、現に今月の当番である矢矧は自分が疲れていても駆逐艦の演習成果まで気にしていた。




「そんなの片っ端からお前がやれって命令してけばいいじゃない、馬鹿ね」

「俺から命令されると嫌でも引き受けざるを得んからなあ……たとえどんなに嫌な役職でも」

それ以上に目の前の頓馬が気にしているのはこのことだ。



……まったく。

戦場での指揮と違って艦娘相手だと何故こうもコイツは目くらになるのだろうと、

叢雲は内心であきれ果てた。

確かに秘書艦当番に任命されても、出撃や遠征任務が免除されるわけではない。

むしろ通常なら休息や余暇にまわせる空き時間まで内勤に取られてしまい、負担ばかりが増加するのだ。



そして秘書艦の時間はそのほとんどが執務室で、異性であるコイツと二人きりになる。



時間も体力もそして気もつかう……

だからこの朴念仁は、秘書艦当番は艦娘たちのあいだで大変人気のない、

誰もがやりたがらない役職だと思い込んでいるのだ。

「ほんっと、馬鹿ね」

「嫌々やらせても、成果なんか期待出来ないからな」



そこでその返しが来るから馬鹿だと言っているのに、相手が目の前の鈍感男では仕方がない。

なにせ、いままでこの鎮守府で、秘書艦当番に任命されて断った艦娘が一人としていないということの意味……



そこに全く気付いていないのだから!

だが、叢雲は迷える子羊を導いてやる羊飼いなんかではなく、むしろそれを狩る狼。


だから絶対に教えてやりはしない。

だってそんなことをしたら……


“コイツ”の頼みを仕方なしに引き受けるという、このとてつもなくおいしい立場を、

わざわざ手放すことになるのだから。

21




「それで、私以外にあと何人なの」


今回も『仕方なく』当番を引き受けてやり、足りない艦娘をかき集めるとしよう。

そう思って、何気なく聞いてみた。


「一人目」

「そう、それじゃあ――」


私が一人目なのだから、あと四人ね。

そう言おうとしたところで叢雲の思考が止まる。

「――は?」

「お前しか声をかけてないんだから、お前が引き受けてくれれば一人目だ」




てっきりこちらは、すでに何人か声をかけた後でここに来たと思っていたのに。




叢雲で、一人目。

秘書艦当番を断る艦娘なんていない……提督の発言の、意味するところは。

「もしかして、真っ先に私のところへ来たってわけ?」

「まあ……俺が何か頼むのなら、まずはお前からかなあと」

「……っ!?」



――ちょ、ちょっと、そそそ、そういうのは卑怯じゃないの!?

心臓が悲鳴を上げそうになるのを抑えるので、叢雲は精いっぱいだった。



なぜコイツはいつもいつも、叢雲のツボを押さえたことを言うのだろう。

しかもこちらがそれを意識していない、まったくの無防備なときにかぎって!

この朴念仁を相手にしていると、時々コイツこそが狼で、自分の方が羊なんじゃないかと疑ってしまう。

だってこれじゃ、どんな面倒な頼み事をされても断れやしない。

もっとも叢雲には提督の頼みを断るつもりなんて、最初から無かったのだが。




自分の発言が叢雲の心の平穏をどれだけ脅かせるか分かっていない提督は、

首を傾げてただこちらを見つめている。



目の前に餌を差し出された獲物の気持ちが、少しだけ分かった気がした。

当番を五人も決めるのに執務室で一緒に仕事するのは一人なんだ……時間交代制か日数制?

本日の投稿はここまでです

>>153
この鎮守府は日数制です。原作は時報を聞く限り一人の艦娘が一日中秘書艦を担当してますよね。
矢矧も一日執務室に籠りきりで、疲れて階段を上がってきたところ叢雲と遭遇する訳です。

うーん……一日一人交代制と&間に入る、というからには能代→矢矧→球磨の順で間に挟まれている分、二人のツケが自分の日に回ってくるとか?

>>157の考えでで書いております。ちょっと書き込みが甘かったかもしれませんね。
矢矧と一日二人きりとか提督の提督が提督してヤバい

では今日の投下です

22



「いいわ。四月の当番、引き受けてあげる」


心臓の鼓動を落ち着かせるのに内心気を使いながら、叢雲は首を縦に振った。



「ほんとうか!?」

「あとは……そうね、赤城や加賀なら引き受けてくれるでしょ、頼んでみたら?」


「う゛……そ、そうだな……そうかなあ?」

「ちょっとは自信持ちなさい、”提督さん“?」



提督が二の足を踏むのも分かる。

彼女たちも秘書艦当番の常連で、つい先月も当番を引き受けてくれたばかりなのだから。

でもその理屈なら叢雲にも言いたいことがあった。

「私だって先月も当番だったんだけれど?」

「う、そ、そうだな。損な役回りばかり押し付けて、申し訳ないとは思ってるよ」



いつ、だれが損な役回りを押し付けられていると感じてるのかは知らないが、

そう思うのなら思わせておくことにする。



高く買ってくれるのなら、思いっきり高く売ってやるまで。

「へえ……それはつまり、この私の献身に報いてくれるということかしら?」

「う……まあ、いいだろう。なんだかんだ言って叢雲にはいつも助けてもらってるからなあ」



提督から欲しかった台詞を引き出すのに成功して、叢雲は心の中でぐっと拳を握った。



「それじゃあ、なにか甘いものが食べたいわね」



そして、しばらく考えるふりをしてそう言った。

そんな叢雲のことばを、提督は単に奢りの要求と判断したようで、


「ええと、それじゃあ間宮さんの店でいいか?」

「ううん、そうねえ」



叢雲は違うわよ、アンタ馬鹿じゃないの、と怒鳴りかけたのをかろうじて抑えた。

ここで鎮守府に内設している甘味処『間宮』に誘うのがコイツなのだ。




――まったく、この状況なら誘う場所が他にもっとこう……何か他にあるでしょう!?




コイツがここまで朴念仁だとは……

いや、それが分かっているからこそ叢雲はこうして、こんな回りくどいことをしているわけなのだが。

「……ファミーユ」

「へ?」



たっぷり10秒くらいかけてから。

答えなんて最初から決めていたのに、叢雲はようやくそれを思いついたようにして答える。



「“ファミーユ”のケーキが食べたいわ」


ここから遠く、汽車で数日はかかるという距離の、帝都近郊にある洋菓子店の名前を口にする。

それは去年の今頃、公務で帝都を訪れた際に叢雲と提督が入ったお店。



あの時は仕事が忙しくて、アンティーク風の洒落が利いた店の雰囲気も、

大きなコンクールで優勝したという名パティシェ作のケーキもろくに味わえなかった。



だから、機会さえあればきっとまた来ようと……コイツは確かにあの時確かに、叢雲にそう言ったのだ。

“ファミーユ”の名前を出したところで、さすがの沈着冷静な狼も気が気ではなかった。

さて、コイツはいったいどんな反応をするだろう。鈍感なくせして、時たま変なところで鋭いところがあるのだ。


叢雲があの店の名前を出した意味に気づくだろうか?

期待と不安。気づいて欲しくないようでいて気づいて欲しい……。


そんな半々の想いを抱いた叢雲が紅の瞳を提督へと向けると、ちょうど青年が口を開くところだった。

いつものように飄々とした、間の抜けた顔で、頭を掻きながら。




「えーと、ファミーユって、なんだっけ?」


ぶん殴ってやろうかと思った。

23



「去年帝都の公務で入った店か。名前までは憶えていなかったんだよ」



張り手で膨れ上がった頬をさすりながら謝る提督を思い切りにらみつける。

男がああいった店に興味を惹かれないのは分かるが、

一緒にまた来ようとまで言った店の名前まで忘れているだなんて!



中々怒りが収まらずに、もう一発くらいと思う叢雲だが、すんでのところで思い直して両手の力を緩めた。

朴念仁のアンポンタンでも、仮にもコイツは上官なのだ。ビンタはともかく拳はまずい。

「それで、どうなの。連れていくの、いかないの」



どうしてこう、羊の反応に狼の自分がやきもきしなければならないのか。

叢雲はいよいよ演技ではなく声を苛つかせ、腕を組んで提督を上目遣いに睨みつけた。

足元がそわそわして落ち着かずに、革靴はコツコツと床を叩いていた。



「だがあれは帝都にしかない店だろう。ここから何百キロ離れてる?」



そんなこと知っている。そして、だからこその“ファミーユ”なのに、コイツはやはり何もわかっていない。

「それこそ来月帝都で開催する式典にでもついてこない限り――」

「だ・か・ら! それに連れてけって言ってるのよ! ついでに式典も出てあげるから!!」

「国を挙げての式典をついで呼ばわりですか……」




年度初めである四月には毎年、帝都で大本営が主催する式典がある。

鎮守府や泊地の長は必ず出席だし、それには秘書艦の帯同も義務付けられている。

当然連れていかれるのは優秀な秘書艦なわけで、中々気の抜けない大事な行事なわけだが……。

「そうしてくれると助かる。実は、そっちもどうやって頼もうか悩んでいたんだ」



月の秘書艦当番ですら決まっていないのだから、式典のほうなんてまだに決まっていた。

数日間汽車の中でコイツと過ごすなんて、他の艦娘に任せられるわけがない。



「大変だと思うがいいのか? しかも2年連続で」

「しょうがないでしょ、まったく」

これでようやく叢雲の狩りは、彼女が期待した通りの戦果を挙げたと言える。

そのことに気分をよくしていた叢雲は、提督の発言のささいな含みに気づかなかった。



彼が“誰に”頼もうかではなく。

“どうやって”頼もうかを悩んでいたという、その発言の意味するところに。

本日ここまで、投稿はあと2,3回くらいでしょうか?

グラーフさん書くの難しい

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「それじゃあ、来月からまた頼む。式典のほうもな」

「ええ」



別れ際、提督が叢雲の服装を指してそういえばと呟いた。



「“ファミーユ”もそうだが、帝都へ向かう道中は艤装なんかしてられないぞ」

ここから帝都へは汽車を乗り継ぐちょっとした小旅行なのだが、

いかにもな艤装では艦娘という存在に慣れていない市民が落ち着かないだろう。


それに、叢雲の感覚としても艤装で街をいくなんてあり得ない。

だから、去年もわざわざ私服を用立てたのだ。



「分かっているわよ、それくらい」




そう……だから先月の秘書艦当番の時に吹雪型の休暇が重なるように調節した。

四月になればまた秘書艦当番が回ってくるはずの自分は休みを取れないし、

三月のうちに戦闘準備を整えなければならないと思って。

鎮守府を発つ日の叢雲の私服姿を見てこの鈍感男がどんな反応をするか、今から楽しみで仕方ない。

まあ、この馬鹿に乙女心をくすぐるような大した反応なんて期待していないけれど。



そう思っていたのに、続く提督のことばは、叢雲にとって本当に予想外のものだった。

「今年も去年のと同じ服で行くのか? ほら、あの白いワンピース」

「な、なんでっ、なんでそんなこと覚えているのよ!?」




一緒に入ったお店の名前すら覚えていなかったくせに。

……なんで、去年の私が着てた服なんて覚えているのよ。

……あの時は、私を見ても何にも言わなかったくせに。




仕留めたと思っていた獲物からの思わぬ反撃に頬が染まる。

それを提督に見られたくなくて、叢雲は絶対に目線を合わせなかった。

「なんでって、そりゃあ覚えてるだろ」

「な、なっ……!?」



あれこれと理由を挙げられるよりも、覚えていて当然といった提督の態度の方が、叢雲には何倍も効果のあるものだった。



そのことを、コイツは分っているのだろうか?

だって、そのことばの裏側にどんな意味が込められているのか……それを考えてしまわずにはいられないのだから。

まずい、まずい、まずい。これはそう、とてつもなくまずい。

ことばが出てこない。高揚を抑えることが出来ない。


自分はこんなにも予想外の出来事に弱かっただろうか。

それともこれは、コイツが絡んでいるから……?



「……い、いえ。違うのを用立てるつもりよ」



ようやくそれだけを絞り出して、言う。

何も知らせずに新調した春服を披露する企みは、これで水の泡だ。

「へえ。あれはお前によく似合ってたのに、残念だ」

「そ、そう?」


あまりのことに動揺しすぎて、憎まれ口のひとつも叩けない自分が恨めしい。

去年と同じだと感動がないだとか勝手に思っていたが、これは早まったかもしれない。



でもせっかく新調すると決めたのだ。

それに、今さらあれを着て行って、あの時褒められたからかなどと勘違いされてもたまらない。

……白いワンピースは秘書艦の時にでも着るとしようと、叢雲は固く心に誓った。

「ははあ、分かったぞ」


そんな叢雲の歯切れの悪さを“コイツ”はどう解釈したのだろうか。

たまに“コイツ”は、本当にとんでもないことを言い出すのだからあなどれない。



果たしてなにを言われるのか。緊張しながら身構える叢雲に対して提督は。

とびきりの冗談を思いついたと調子に乗った顔で、



「な、なによ」

「さてはお前、太って去年のが着られなくなったんだろう?」





今度は拳だった。

我が怒涛の叢雲愛、もはや止まらぬ

続きは明日

たぶん、本日がラストです

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「ふふん、ちょろいものね」




途中、ちょっと予想していないことも起こって、何故だか右手がジンジンするけれど……。


狩りは大成功と言えた。


まんまと目当ての獲物を仕留めた狼は、戦果を口に咥えて巣穴へと戻っていく。

すっかり上機嫌な叢雲は前髪を揺らし、談話室へと繋がる扉に手をかけた。

身も心も踊っているせいか今だけは重厚なつくりのこの扉も軽く感じるし、

扉を開ける際の耳障りな音まで柔らかに聞こえた。




週末のお出かけも希望通りのショッピングに決まったし、“アイツ”との約束も無事取り付けた。

これで後はスケジュールをこなしていくだけ。

式典に出かける日の“アイツ”が驚く顔が目に浮かぶ。

これで全部、全部上手くいったわ!

談話室で待つ吹雪たちにどういう呼び出しだったのか聞かれたら、

渋々秘書艦を引き受けたと言っておこう。



冷やかされるかもしれないが、本当の目的を隠すため、多少の我慢は仕方がないだろう。

それに、それくらいの冷やかしならなんてことはない。



「ただい……ま?」

そう考えながら談話室に足を踏み入れた瞬間、叢雲の動きがピタリと止まった。



吹雪、磯波、白雪、初雪、深雪……

ひとことも喋らない全員の視線が、戻ってきた叢雲のもとへ、一斉に集まっていたからだ。



全員が顔を紅潮させている理由が分からない。

吹雪や磯波にいたっては爆発しそうなくらい真っ赤になっているし、

室内が異様な熱気に満たされていて、叢雲は何故かイヤな予感を覚えた。

こういう時、一番冷静な白雪に目をやると、

叢雲に向って何かを言いかけたものの、そのうち諦めたように首を振った。



そして残る二人、初雪と深雪はといえば――

「な、なによ?」




彼女たちもうっすらと頬を紅くしている。

けれどもそれ以上に叢雲が気になったのは、二人の研ぎ澄まされた鋭い眼だ。




そう、それは先ほどまで叢雲がしていた、獲物を見つけた時の狼のような……?

「な~あ、初雪。やっぱりこの週末は買い物なんかやめて、みんなで映画にでもいかねえ?」

「……そのほうがいい、かも……」

「なっ!? え、ちょっと……ええ!?」




突然の話題に頭が付いていかない。

そのせいで叢雲は、この異様な空気のなかでなぜいきなり深雪がそんな話をしたのか、不審に思うことが出来なかった。

「そ、それはさっき、再来月にしましょうって……」



ただ頭に浮かんだのは、その深雪の提案をどうしても取下げなくてはという思いだけ。



「いやあ、いま面白そうなやつが上映中なの忘れててさあ。

それがなんと、四月いっぱいまでしかやってないみたいなんだわ」

「期限があるんだから、しょうがないだろ?」

「……買い物なんて、いつでもできる、から……」



――いつでもできるですって!? 冗談じゃないわ!!

そう叫ばずにすんだのは、単にことばが出なかっただけ。

「吹雪たちもそう思うだろ、な、な?」


あまりのことに口をパクパクさせるだけの叢雲を置いて、深雪が勝手に話を進めていく。



「え、あ、うん……そう、かな?」

「だ、駄目よ。週末は買い物って、最初に決めたじゃない」



吹雪たちも深雪の勢いに頷いてしまい、叢雲の味方はいなくなる。

――なんでここまで来てこんなことになるのよ。

もう叢雲は誰が見ても分かりすぎるくらいに動揺し、焦っていた。

「おいおい、別に買い物しないなんて言ってないぜ?」

「……じゅんばんを変えただけ」

「そうそう。なんなら買い物は次の休みに……そう、再来月にでも」




「それじゃあ意味がないじゃない!!!」




だから叢雲は最後までこの会話が深雪と初雪が仕掛けた罠とも気づかずに、大声をあげてしまっていた。

談話室にいる誰もが聞き逃しようのないほどの、大声を。

「…………ぁ」



自分はいま、何と言った? 決定的な何かをやらかしたのではないか……?

冷たい水をぶっかけられたようにして顔が凍り付いていく。



でも、これだけではまだ叢雲の真意はバレていないはず。

今月のうちにどうしても買い物に出かけたいという、その本心は誰にも気づかれることはないはずだ。



……それこそ、廊下での叢雲と提督の会話を聞いてでもいないかぎりは。

「なあ、叢雲?」


背筋がビクリと震える。

先ほど提督に掴まれた肩のあたりを、今度は深雪と初雪が叩いていた。

まさか、こいつら……いや、そんなはずはない。そんなはずはないのだ。


「この週末に買い物が出来ないと、意味がないんだ?」

「べ、別にそんな訳じゃ」


「……さっき、たしかにそう言った。艦娘に、そんなにすぐに私服が必要?」

「なんでだろうなあ、お洒落したところを見せたい相手なんていないはずだろうになあ?」

「と、当然じゃない」

大丈夫、まだ逃げ切れる。深雪がこの手の話題で絡んでくるのなんていつものこと。

これは単なるカマかけにすぎない。深雪も初雪も何も気づいてない。だから大丈――



「あ~あ、なんだか甘いものが食べたくなってきちゃったぜ。な、初雪?」

「……“ファミーユ”のケーキとか、いいかも……」



二人のそのことばが、叢雲に残る微かな希望を粉砕した。

「へ?や、な、な、なん……?」




動揺しすぎて言葉にならない。まるで喉を獣に喰いつかれたようで、息が苦しい。


だって二人の問いかけは、叢雲がいままで秘めていた狙いを完全に見通しているということなのだから。

でも、何故……どうやって?


今までコイツらに叢雲の狙いが勘付かれるヘマなんてしなかったハズだ。

さっきの廊下での“アイツ”とのやりとりだってそう、談話室を閉ざすあの重たい扉が、叢雲たちの会話をきちんと遮って――



「ま、まさか」



そこまで来て叢雲は、ようやくとある可能性へと思い至る。

まったくもって馬鹿げた、それでいて自分にとっては致命的な可能性へと。

「む、叢雲ちゃん」



吹雪が、まだいくらか赤い頬を両手で押さえながら言った。



「そ、その……談話室の扉は立て付けが悪いから」

「だ、だから、なんなのよ」



自分でも往生際が悪いとすら思う抵抗。

そのせいで叢雲は決定的な痛手をこうむることになる。

叢雲が返事をした瞬間、図ったように背後から音がした。

それは談話室を使う時にはいつも聞くことになる、あの甲高くて耳障りな、キイキイという木が擦れるような音だった。



振り返る叢雲の目に映るのは、半開きになった扉と、先ほどまで提督と自分がいた廊下。

そして、その光景を見て茫然とした叢雲の耳に、吹雪の声が届き。



「ちゃ、ちゃんと閉めなくちゃ、ぜんぶ聞こえちゃうよ?」


そのことばが、いまのこの談話室のすべてを物語ってしまった。

「ぁ……、そん、な」

吹雪たちには、すべて聞こえていたのだ。



――いいわ。四月の当番、引き受けてあげる。
もったいぶって言い放ったあのことばも。


――それで、どうなの。連れていくの、いかないの。
自分を帝都に連れていくようにせがんだあのことばも。


――な、なんでっ、なんでそんなこと覚えているのよ!?
不意打ちに動揺したせいで叫んだあのことばも。



ぜんぶぜんぶ、すべて、余すところなく吹雪たちに聞かれてしまっていたのだ。

狩りの成果は上々だと……そんなふうに思いあがっていた少し前の自分をぶん殴ってやりたい。

だが今の叢雲には、そんなささやかな願いすら叶うことはない。

だって、そう。



「む・ら・く・も・ちゃぁん?」

「ひぁっ!? あ、あぁ……!?」



これから叢雲に訪れるのは、ぶん殴られたほうがマシなくらいの惨劇なのだから。



「こ~んな教訓を知ってるかなあ?」



もう叢雲にはなすすべがなく、肩を掴まれたまま猫なで声の深雪にささやかれる。

「あのな……『上手くいったと思った時が、一番危ない』んだぜぇ?」

「~~~~~~~~~~~~~~!?」




先ほどの演習で吹雪たちをせん滅した時に言い放った、叢雲の台詞。


それがまさか深雪の口から強烈な皮肉となって返ってくるなんて、思いもしなかった。


だがいまの叢雲には、それが悔しいと思えるだけの余裕すらなかった。


なぜならば。



「さあて、叢雲ちゃんは司令官に見せるために、どーんな服を選ぶのかなあ?」

「……きっと、ものすっごく、かわいいやつ」




自分を追いつめたコイツらが、この程度で許してくれるはずがないのだから。

深雪と初雪のその言葉に、残りの三人から黄色い声があがる。

叢雲にはそれが、獲物を前にした狼たちの出すうなり声に聞こえた。

「も、もうかんべんして頂戴……」

「おおっと、逃がさねえぜ~」

「もうちょっと、詳しくっ……!」



もちろん敬虔な狼たちが弱った獲物に手心を加えるはずもなく。

いまやこの部屋の誰よりも顔を真っ赤に染め上げ、涙目にすらなっている叢雲は、

その手の話題に飢えた乙女たちのかっこうに餌でしかなかった。

「ねえねえ叢雲ちゃん、いつからなの、いつからなの!?」

「そ、それよりも。いえそれも大事ですが、司令官のほうがどう思われているかが重要では!?」

「へ、やっ……吹雪、白雪!? ちょ、ちょっと? や、やめっ」




気付けば叢雲は深雪と初雪に羽交い絞めにされたまま、他の三人に抱き付かれてもみくちゃにされていた。

吹雪と白雪が信じられないくらいに瞳を輝かせて迫ってくる。

「む、叢雲ちゃんはその、司令官にお洋服を、その……ど、どんなふうに褒められたいの?」



そして磯波のその質問で、談話室の盛り上がりは最高潮に達した。



「きゃぁぁぁ、大胆っ、磯波ちゃん大胆すぎるよ!」

「で、でも叢雲さん、そこのところ、どうなんですか!?」

「い、磯波、アンタまでっ……アンタたちやめなさい……って、お、覚えてなさいよ!」

さっきまで狼を気取っていた叢雲だが、いまやその姿は見る影もない。

牙も爪も使い切った狼がその皮を剥がれれば、後に残されるのはあわれでか弱い子羊だけ。

海の上でそれを知らしめた叢雲だが、まさか陸の上で吹雪たちに教えられるとは思いもしなかった。



「どうやら私も、まだまだ甘いってことね」



舞い上がる吹雪たちの餌食になりながら、叢雲は噛みしめるように呟く。




――狩人が最も警戒しなければならない瞬間は何時か。

そう、それは狩りを成功させたと思った、まさにその時なのだ。   




狼の慢心 了

書き忘れていましたが終わりです。
地の文でこれだけの量ですが、最後まで読んで頂けた方ありがとうございました。

近いうち作者スレに貼るかもしれませんので、そうしましたら批評のほうもお願いしますね。

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