佐久間まゆ「操り人形の恋」 (29)
アイドルマスターシンデレラガールズ、佐久間まゆメインのお話です。
注意
独自設定、地の文あり、キャラがおかしい、暗めな話です。
書いた当人が当初予定していたものと全く違う物が出来上がってしまったのですが、供養だと思ってお付き合い頂けますと幸いです。
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人間に恋をした操り人形は、自分の糸を切りました。
人間が操り人形に恋をしてくれるように。
「え……?」
その言葉を聞いた時、まゆには理解が出来ませんでした。勿論、言葉の意味は分かります。もし、まゆが知っている以上の意味があるとすれば話は別ですけども。
「……プロデューサーさんが辞めたんです」
ちひろさんはまゆの顔を見ながらもう一度同じ言葉を発しました。二度聞いても理解出来ないその言葉を。
「プロデューサーさんが……? え……?」
言葉が理解出来ないまゆは、壊れたオルゴールのようにいくつかの言葉を繰り返す事しか出来ません。聞きたい事はいっぱいあるのに、口が思うように動いてくれないのです。
「……ごめんなさい。私も急に聞かされたので詳しく分からないんです」
まゆの思うところをちひろさんは察してくれたようで、自分に聞いても無駄だという事を教えてくれました。
まゆは先ほどの言葉を頭の中で繰り返します。「プロデューサーさんが辞めた」という言葉を。
まず、ちひろさんの言う「プロデューサーさん」とは誰なんでしょう。簡単です。まゆの愛しい人。まゆの恋した男性。まゆのPさん。
次に「辞めた」とは何でしょうか。職業や役職から離れる事だと思います。言い換えるとすれば、退職、辞職、辞退など。
ここまでは大丈夫です。ちひろさんの言う「プロデューサーさん」はPさんの事。「辞めた」とは退職の事でしょう。
でも、この二つの単語を繋げて文章にしてみると、不思議な事にまゆには理解出来なくなります。「プロデューサーさんが辞めた」一体どういう事なんでしょうか。
「プロデューサーさんが、辞めた」
先ほどから理解出来ないままの文章を口に出してみます。
「プロデューサーさんが辞めた……」
もう一度、同じ言葉を口に出します。ゆっくりとしっかりと意味を考えながら。
「まゆちゃん……?」
そんなまゆを不審に思ったのでしょう。ちひろさんがまゆの表情を伺ってきます。
「冗談、ですよね……?」
理解出来ない言葉。でも意味は分かってしまう言葉。まゆは理解しないで済む手段を求めてちひろさんに言います。
「いえ……今朝、社長の机の上に辞表が置かれていたらしくて……」
「嘘……ですよ。だって、今日もこれから一緒にお仕事に行くって……」
昨日の夜、事務所で別れる時にPさんは言いました。明日の仕事は久しぶりに一緒だぞって。Pさんは嘘なんかつかないんです。だから、Pさんが辞めたなんてそんなことありえません。
「まゆちゃん!」
いつの間にかまゆは事務所の床に崩れ落ちていました。だって、理解は出来ないけど意味は分かるんです。つまり、まゆのPさんはまゆの前から居なくなってしまったという事です。
「そんなはずないです……。Pさんがまゆを捨てるなんて……」
ありえちゃいけないんです。まゆはPさんの傍に居るために今までのまゆのすべてを捨てて来たのに。それなのにPさんはまゆを捨ててどこかへ行ってしまったんですか?
まゆは貴方が居たから操り人形じゃ無くなったのに。
仙台に居た頃のまゆはただのお人形でした。可愛いお洋服を着せてもらい、皆から可愛いと言ってもらうだけ。自分では何も考えず、何も出来ず、ただ言われるがままに言われる通りに生活する。それがまゆでした。
ある日、まゆの両親がまゆの事をモデル事務所に捨てました。いえ、両親からすれば捨てたわけではないのでしょう。二人の自慢のお人形をもっと多くの人に見せて自慢したかったのだと思います。
でも、お人形のまゆには捨てられたとしか思えませんでした。いつもまゆの事を可愛がってくれていた持ち主が、まゆを手放したのですから。芸をしないただのお人形のまゆではいあの二人はいつまでも手元に置いてはくれませんでした。
捨てられたまゆはモデル事務所で芸を仕込まれました。操られる通りに表情を作り、操られるままにポーズを取る。お人形だったまゆは操り人形のまゆに変わりました。自分からは動けないけど、誰かに操ってもらえれば動ける操り人形に。
まゆの捨てられたモデル事務所にはまゆと同じような綺麗なお人形がたくさんありました。可愛いお人形も、カッコいいお人形もたくさん、たくさんありました。お人形のくせに自分から会話をするお人形もありました。
ある日です。そんなお人形の一つがまゆに熱心に話しかけてきました。まゆには何を言っているのかまったく理解出来ませんでしたが、どうも他のお人形がざわざわしているところを見ると、何か特別な事だったのかもしれません。
それからです。まゆは他のお人形から嫌がらせを受けるようになりました。お洋服を隠されたり、靴に画びょうが入れられたりと。挙げればキリがないです。
でも、服がなくなっても靴が履けなくなっても操り人形には関係ありません。服も靴もまゆには必要ないからです。操り人形にとって自分の糸以外に大事な物は何もありません。糸さえあればまゆは芸をする事が出来ます。糸さえあればまゆはもう捨てられません。
そうして操り人形として幾年か過ぎた頃です。一人きりのまゆが駅前をふらふらと宛もなく彷徨っていると一人の人間に声をかけられました。見てくれはお世辞でしか良いと言ってもらえそうにない、まゆよりも10程歳が上に見える男性でした。
男性は名を名乗ると怪しい者ではないと前置きをしてから、まゆにとある場所を知らないかと聞いてきました。偶然その場所を知っていたまゆは尋ねられた事だけを簡潔に伝え、その場を去ろうとしました。操り人形は言われた以上の事は出来ないのです。操り人形は操ってくれる人が居なければ自由には動けません。
しかし、まゆが去ろうとした時に男性は操り人形のまゆの手を取ってお礼を言ってくれたのです。もう何年もまゆに直接触れてくれる人間は居ませんでした。別のお人形がまゆに触れることはあります。でも、人間はまゆには触れません。操り人形は糸を介してしか人間と触れ合えないからです。
「や、やめてください……!」
まゆは言いながら男性の手を振り払っていました。お人形のまゆは壊れてしまったらまた捨てられてしまいます。糸以外を触られて壊れてしまったら、もう誰もまゆを見てくれません。
男性はまゆの声を聞くと申し訳なさそうな顔をしながらひたすらに頭を下げてくれました。一通り謝った後、男性はもう一度まゆに感謝と謝罪をして、まゆが教えた方に歩いていきました。
まゆの捨てられた事務所の方へ。
男性と会った後、まゆは考えました。どうしてあの男性はまゆにお礼を言ったのでしょうか。人形に感謝する人間なんて聞いた事がありません。少なくともまゆが知っている人間は人形の扱いが雑です。壊れたら捨てればいいのですから当然なのかもしれませんけど。
ですが、あの男性は違いました。操り人形のまゆにも丁寧に接してくれました。まゆの思い違いでなければ操り人形のはずのまゆと対等に接してくれたのです。
もう一度あの人に会いたい、そんな思いが操り人形のまゆの中に生まれた瞬間でした。
そんなまゆの思いは早々に成就することになります。翌日、事務所に行くとあの人がそこには居たのです。まゆの捨てられた事務所を探していたので当然と言えば当然なのかもしれません。
あの人は事務所の社長さんと一緒にたくさんのお人形の写真が並んだカタログを見ていました。漏れ聞く話を聞いているとどうやらお仕事に使うお人形を探しに来たみたいです。
社長さんがまゆに気付くと、まゆの事をあの人に勧めてきました。社長さんはまゆの事を完璧に仕事をこなす優秀な娘だと評価しました。でも、実際はまゆを操っている人が優秀なだけでまゆは何も出来ないただの操り人形です。あの人がうまくまゆを使える保証はないのに、社長さんは無責任にもまゆの事を勧めたのです。まゆは社長さんの視線を感じたので、笑顔を作り、自己紹介をしました。この事務所で散々仕込まれた芸を披露したのです。
するとあの人は腕組みをするとうんうんと唸り始めました。おかしいです。この芸を披露してこんな反応になる人間は初めて見ました。どこか間違えてしまったのかと思い、捨てられる恐怖を頭の隅に追いやりながら、恐る恐る社長さんの方を盗み見ました。ですが、社長さんはいつものように満足そうな顔をしています。
あの人はしばらく唸った後、社長さんにまゆと話をしても良いかと許可を求めていました。社長さんは笑顔を浮かべたままどうぞどうぞと言って、まゆにこちらに座るように求めました。まゆが言われるがままソファに腰を下ろすと、あの人は社長さんに席をはずしてくれるようにお願いしました。
「君と話がしたいんだ」
あの人はまゆに向かって言います。ですが、まゆは話が出来ません。操ってくれるはずの社長さんは隣に居ません。操り人形のまゆはどうすればいいのか理解出来ませんでした。
「あの……」
なんとか声を絞り出し、社長さんを呼び戻してもらおうとした時です。あの人がもう一度同じ事を言いました。
「俺は君と話がしたいんだよ」
あの人は今までどんな人間もまゆに向けた事のない目をまゆに向けていました。優しく笑っては居るものの何かを見透かそうとする瞳でした。
「まゆは……お話出来ません……」
この人の前ではどんな誤魔化しも無駄だと悟ったまゆは、観念して自分が操り人形である事を告白しました。誰かが居ないと何も出来ない無力な操り人形である事を。まゆの告白を聞いたあの人は良く出来た人形だなぁ、と笑いました。何がおかしいのかまゆには分かりませんでしたが、あの人はそんなまゆの事は放って続けました。
「君が人形なら、俺も人形だよ。だって、君は俺と同じだろう? でも、俺は人間だ。だから俺と同じ君は人間だよ」
初めてでした。まゆの事を『人間』と言ってくれた人は。両親も事務所の人もまゆの事を一度も『人間』とは言ってくれませんでした。誰もまゆの事を『人間』と言ってくれなかったからまゆは自分を『人形』だと思い込んでいたのかもしれません。
「ま、君が人形って言うなら今回は別の人に仕事を依頼するよ。俺が探してるのは人間のアイドルだからね」
あの人はそう言うとまゆの肩を優しくポンと一回叩いて事務所から出ていきました。まゆを『人間』と言ってくれたあの人はまゆの目の前から去ってしまったのです。
その日の夜、まゆは考えました。まゆは『人形』なのか『人間』なのかを。もし、まゆが『人間』ならまゆは誰かに操られなくても自分で動く事が出来ます。でも、まゆは自分の糸が無くなってしまったら動く事すら出来ません。だからまゆは『人形』なのです。
もう一つ考えます。あの人の事です。あの人はまゆと自分を『同じ』と言いました。するとあの人も『人形』という事になります。ですが、あの人は自分で動いていました。『人形』なら誰かに操られないと動く事は出来ません。そうなるとあの人は『人間』という事になります。
「まゆとあの人は同じ……。でも、まゆは『人形』であの人は『人間』……」
口に出してみた時に一つの可能性に思い当たりました。もし、まゆが『人間』だとすれば、どうしてこんなに『人形』のようなのでしょう。『人形』にあって『人間』にないもの。それがまゆを『人間』から『人形』にしているのだとすれば、それを捨ててしまえばまゆは『人間』になれるのかもしれません。
肩に手を当てます。あの人が去り際にポンと一度叩いた肩に。
そこに糸はありませんでした。操り人形の命とも言える糸はまゆの肩には無かったのです。
まゆは『人形』ではなく、『人間』になっていたのです。
まゆが目を覚ますと、そこはすっかり見慣れた事務所の仮眠室でした。
「目が覚めましたか?」
気怠い身体を無理やり起こすと、ちひろさんが心配そうな顔でまゆの事を見つめていました。
「心配したんですよ。顔色が真っ青になって倒れちゃったんですから……」
ちひろさんがまゆに起きた事を説明してくれました。どうやらまゆは気を失ってしまったらしいです。
「ごめんなさい……ずっと看ててくれたんですね」
まゆが謝るとちひろさんは軽く微笑んで気にしないでくださいと言ってくれました。
「Pさんは……居ないんですね……」
周りを見渡してもまゆの愛しい人の姿はありませんでした。担当アイドルが倒れたなんて聞いたらどんな仕事を放り投げてでも来てくれたPさんはどこにも居ませんでした。
「ごめんなさい……連絡だけはしようと思ったんですが……」
ちひろさんが俯きながら携帯電話を取り出しました。おそらく、電話も繋がらなかったのでしょう。
「これから教える事はまゆちゃんが聞きたくない事かもしれません」
ちひろさんがそう前置きしてから、まゆが気を失っている間に分かった事をまゆに教えてくれました。それは本当にまゆが聞きたくない事でした。
凛ちゃんも辞表を出していた事。
凛ちゃんとも連絡が取れない事。
凛ちゃんの家から凛ちゃんの荷物が無くなっていた事。
Pさんが自宅を引き払っていた事。
二人の行方が分からくなっている事。
それだけ聞けばまゆにはもう充分でした。Pさんに何があったのか、凛ちゃんに何があったのか。分かってしまうにはもう充分過ぎました。
「凛ちゃんは……Pさんがスカウトした娘でしたね……」
確認するわけではないですが、ちひろさんに向かって言います。
「ええ……プロデューサーさんが最初にスカウトしたアイドルです」
Pさんが選んだのは、Pさんの元に勘違いですり寄ってきた人形なんかではなく、Pさんが見つけた人間でした。
「人間は、人形に恋してくれなかった……」
もう、まゆは人間のフリをすることも出来ないみたいです。こんなに悲しいはずなのに涙は一筋たりとも流れてはきませんでした。
Pさんと凛ちゃんが駆け落ちしてからもまゆはアイドルを続けました。いえ、正しくは続けるしかありませんでした。操り人形は新しいプロデューサーに操られるがままにアイドルという芸をこなしたのです。
操り人形のまゆは、あの時と同じように捨てられる事を恐れながら、使ってくれる人に操られるままに芸を披露し続けるのです。もう、誰もまゆの事を『人間』とは言ってくれないのですから。
操り人形が人間に恋をしました。
でも、人間は操り人形に恋をしてはくれなかったのです。
End
以上です。
なんか、どうしてこうなったのか訳が分かりません。不快に思う方には本当に申し訳ありません。
凛がこんな事するわけないですし、まゆだってこんな娘じゃないです。二人ともただ一途な可愛い女の子なんです。
最初は奈緒が加蓮が死ぬと勘違いして大慌てするっていう何番煎じだって言うような話を書くつもりだったんです。
本当にどうしてこうなったのか。
依頼出したら頭冷やしてきます。
お読み頂いたみたいで非常に光栄です。
頭冷やしてきた結果、書きたかったものと書けたもののギャップがあまりにも大きかったためにここまで混乱したのだという結論に至りました。
今までに自分が書いてきたもの見返してみれば似たようなものは書いたことがあるので、何もおかしくはないはずなんですが。これでよかったのでしょうか。
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