提督「踊れ、ないない駆逐隊!」 (66)



天津風「…………あの、今なんて?」

提督「罰としてこれから君たち6人には、ここで踊ってもらう」

天津風「…………」

提督「しかもただ踊るだけではなく、水着を着て踊ってもらう。もちろんスク水だ」

雪風「しれぇ! それには何か意味があるんでしょうか!」

提督「私が大変喜ぶ」

時津風「えー、なにそれ……」

提督「分かっているとは思うが、もちろん水着に着替えるところからスタートだ。

   この部屋で、私の目の前で服を脱ぎ、水着を着て、そして踊るのだ」

浦風「ここの提督さんは、本日もクレイジーじゃねぇ」

浜風「まったくもって、不可解な存在です」

提督「ささっ、全員分の水着ならここに用意してあるから、今すぐコレに着替えて……」

天津風「なっ、なんであたしたちがそんなこと!!」

提督「何故かって? 胸に手を当ててよく考えてみなさい」



時津風「…………」ペタ

雪風「…………」ペタ

浜風「…………」ペタ

浦風「…………」ペタ

島風「…………」ペタ



天津風「ひゃっ! ……もう! 自分の胸に手を当てなさいよ!!」

浜風「ジョークです」

浦風「天津風の体は温かいけん、ついのぉ」

天津風「二人が言うとイヤミにしか聞こえないんだけど……」




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457606813

前:提督「ようこそ、ないない駆逐隊!」( 提督「ようこそ、ないない駆逐隊!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454071396/) )



提督「じゃあ私も失礼して」ソーッ

天津風「ち、近寄らないでよ変態!」

提督「とまぁ冗談はさておき。とにかく水着に着替えてもらおうか」

天津風「い、イヤに決まってるじゃない!!」

提督「イヤ、か……。つまり今回の不始末、自分らに非はないと主張したいわけだな」





一同「…………」





天津風「だ、だって……あれは島風が……」

島風「緊急事態だったんだもん。それに天津風ちゃんは勝手について来ただけでしょ」

天津風「あたしだって一度帰還しようと思ったわよ! でも浜風が追いかけたほうがいいって……」

浜風「このままではマズイと発言しただけで、島風を追うべきだと主張したわけではありません」

浦風「そうじゃそうじゃ、浜風は現状分析をしよっただけじゃけん。

   なーんも意見せぇへんかった時津風や雪風の方にこそ、非があるんとちゃうん?」

雪風「雪風、どうしたらいいかよく分かりませんでした!」

時津風「えー、浦風がよく言うよー。だいたい時津風たちは、旗艦の命令に従っただけなんだからさー」

天津風「またあたしの判断ミスって言いたいわけ!?」

島風「実際そうだもん」

天津風「だいたいねぇ! あなたがあんな勝手な真似をしなければ、

    こんなことにはならなかったのよ島風! 分かる!?」

浜風「連絡を受けたとき、近くにいた者が素早く島風の首根っこを捕まえておくべきでしたね」

時津風「え、なにそれ、時津風に言ってるの?」

浦風「あがいな状況で、他に誰もおりゃーせんって」

雪風「そろそろ晩ご飯です! お腹ペコペコです!」

天津風「とにかく、水着で踊るのなら、島風が一人でやってよね!」

島風「えぇー! なんで私ばっか悪いみたいに!」

天津風「そうでしょうが! 私たち被害者よ!?」





提督「はぁ……こらこら、こんな所で喧嘩を始めるな」





天津風「だって島風が!」
 島風「だって天津風ちゃんが!」





提督「気が合うんだか、合わないんだか……」







   コンコン




提督「ん? 入れ」

???「失礼する」



  ガチャ



那智「提督、例の輸送任務に関する書類を届けに……ん? なんだ、取り込み中か?」

提督「いや、構わない。ありがとう那智」

那智「この子らはたしか……あぁ、以前に全体集会で騒いでいた陽炎型の駆逐艦か」

天津風「は、はい。あの時はどうもお騒がせして……」

島風「私、陽炎型じゃないし」

那智「なに、この提督の近くにいると、どうも奇妙なことに巻き込まれやすい。

   あれくらいのことでいちいち目くじらを立てる者はこの鎮守府にはいないだろうから安心しろ」

天津風「は、はあ……」

那智「どれほどの期間の研修になるか知らないが、腐らず精進することだ。では、私はこれで」

提督「……那智、ストップ」

那智「…………」

提督「ふふふ、良いことを思いついたぞ。

   本当はあの子たちが戻ってきたら頼もうと思っていたが……ちょうど良い」

那智「私は今まさに、奇妙なことに巻き込まれようとしているな……」




         ~ 駆逐艦寮 会議室 ~




那智「なるほど……事の顛末は概ね理解した」

天津風「那智さんの目から見て、誰が悪かったと思いますか?」

那智「ふむ……まず、お前らが演習を終えた頃に、付近で深海棲艦が出現したという連絡を受けた。

   それを聞いた島風が独断で、そのまま飛び出して行ってしまったという話だったな?」

浜風「当然ながら、燃料も弾薬もほとんど底をついている状態です」

島風「近くを客船が通ってるって言ってたもん」

那智「たしかにマニュアル通りの対応となれば、一度帰還して提督の指示を仰ぐべきだ。

   だが緊急事態であり、島風の判断も一概に間違っているとも言えない」

島風「ほら見たことかー」

天津風「で、でも……」

那智「だが補給不足かつ疲労も溜まった状態での独断専行、決して良い判断とも言えない。

   結局全員で深海棲艦のもとへ向かったというのは、最善と言えよう」

浦風「浜風の状況分析の賜物じゃね」

時津風「えー、でも時津風たち、しれーに怒られたよ?」

雪風「どうすれば怒られなかったのでしょう?」



那智「どうすれば怒られなかったか……それはもちろん、全員で真っ直ぐ鎮守府へ帰還することだ。

   深海棲艦出現の連絡は、当然提督の耳にも入っているはずだ。それなりの準備はしていただろう」

島風「でも、それじゃあ間に合わずに客船が襲撃を受けていたかもしれないじゃん」

那智「あぁ。だがお前らが向かえば、轟沈するかもしれない」

天津風「それって……提督はあたしたちと客船の乗客を天秤にかけて、こちらの安全を優先しようとしたってこと?」

那智「……そのようには考えていないだろうが、そういうことになるな」

時津風「えー、それって軍人としてどうなの?」

那智「一世代前に比べて轟沈率は激減したとはいえ、やはり心配なのだろう。アレは過保護だからな」

浜風「つまり軍人として当然の判断をした我々は、提督の理不尽な都合によって罰を受けることになったワケですか」

天津風「それなのにあの場で水着に着替えて踊れだなんて、イヤに決まってるわ!」

那智「イヤに決まっている…………それは、提督も同じなのだろう」

天津風「え?」

那智「君たちを沈めて失うのが、イヤなのだろう」


一同「…………」


那智「提督とて何もかも尊敬できる完璧な人間ではない。

   君たちが『イヤだ』と思うのと同じように、提督もまたイヤなことは『イヤだ』と言いたいのだろう。

   まぁ、それが許されない立場の人間ではあるのだがな」


浦風「誰が正しいとか悪いとか……そげな話じゃないんやね……」

那智「あぁ、そうだな……」




浜風「まぁ、それが分かったところで罰則が免除されるわけではないのですがね」

一同「…………」











       ~ 翌朝 ~







時津風「うえぇえ……もう疲れたよぉ……」

那智「泣き言を言うな。目的地はすぐそこだ」

島風「なんでわたし達……こんな山道を、登ってるの……」

天津風「相変わらず人の話聞いてないのね……。 山の清掃をするようにって言われたでしょ。水着で踊る代わりに」

雪風「ハイキングみたいで楽しいです!」

浦風「山自体を鎮守府が管理しちょるって、提督さん言いよったけど、どういうことじゃろ?」

浜風「見たところ何か特別な山とも思えませんが……」

那智「私が口頭で説明しても構わないが、実際に見てもらった方が早いだろう。さ、見えてきたぞ」

時津風「ふぅ、よっこいしょ、一休みっと。で、どこに何があるのー?」

那智「お前が座っているその石をよく見てみろ」

時津風「え?」

雪風「あ、何か書いてあります! えっと……センカン…ん?…ココニネムル……」

天津風「所々文字がかすれて読めないわね。何かしら?」

那智「それは墓石だ」

時津風「ふーん、ボセキ……あぁ、お墓ってことかぁ~…………えぇええーーーっ!?」ピョーン

浜風「近寄らないでください。バチ当たりがうつります」

浦風「お墓に腰掛けよるなんて、こりゃ重罪じゃねぇ……」

時津風「え、えぇ~! ごめんなさいごめんなさい!」

島風「でも、なんでこんな所にお墓があるの? 変じゃない?」

那智「この墓石……というより、この山自体が墓として存在している。戦闘で華々しく散った艦娘の魂を宿してな」

天津風「艦娘の……お墓……?」

那智「さて、もう少し歩くぞ。開けた場所に出るはずだ」








雪風「お墓が……いっぱいです……」

那智「人類と深海棲艦との、戦いの歴史とも言えるな……。何度来ても感慨深い場所だ」

浜風「我々艦娘は、こうして何度も深海棲艦に立ち向かい……散っていったのですね」

浦風「なんだかちぃと、物悲しい気分じゃね」

那智「この山にあるものが全てではないが、もしかしたら君たちの前任者が眠っているかもしれない。

   会って話してみるのも一興だろう」

天津風「会って話すって…………」

島風「ねぇ、もしかして清掃活動って……ここのお墓をキレイにするってこと……?」

那智「無論、その通りだ」

時津風「時津風、もう帰りたいんだけどぉ……」

雪風「このまま帰ったら、時津風ちゃんはもっと呪われそうです!」

時津風「雪風ー!? 変なこと言わないでよ、もぉー!」

浜風「しかしすごい数ですね……今日中に終わるでしょうか」

浦風「7人もおるけん。皆で協力すれば大丈夫じゃて!」

浜風「お世辞にも協力し合えるメンツだとは思えないのですが」

浦風「あははは……」

那智「何も今日中に終わらせる必要はない。昼休憩や訓練の合間を見つけ、少しずつ進めればいい」

島風「えー!? そんなぁー! 休憩なしってことじゃん!!」

那智「仕方がないだろう。これは罰則なのだからな」

天津風「まぁ、そうですよね……。那智さんもすみません、関係ないのに付き合わせてしまって……」

那智「謝る必要はない。私はお前たちにこの場所と掃除の仕方を教えるだけで、手伝うつもりはないからな」

天津風「……え?」

那智「今日からお前たち6人だけで、すべての墓を磨き上げてもらう」

一同「ええぇええーーーーー!!??」





時津風「はーあぁ……てっきり那智さんも手伝ってくれると思ったのに」

雪風「スグに帰っちゃいました」

天津風「仕方ないでしょ。那智さんだって暇じゃないんだから」

浦風「うちら、この鎮守府まで来て何しよるんじゃろ……」

浜風「少なくとも、草むしりをしに来た、なんてことはないはずですが」

島風「…………退屈」

天津風「だったら面白い話のひとつでもしてよ」

浦風「あ、うちにいい話があるけん」

天津風「なに?」

浦風「ふっふっふー、実はこの山…………出よるんじゃて」

時津風「……へ? で、出るってもしかして……」

雪風「石油!?」

浜風「そうなれば燃料にも困らないのですがね」

島風「フーン、何? お化けでも出るって言うんでしょ?」

天津風「ま、まぁ墓地だものね。定番よね定番」

浦風「それもそうなんじゃけどな? どうやら幽霊だけじゃないらしいんじゃ……」

時津風「え? ど……どういうこと? っていうかやっぱりお化けは出るの!?」

雪風「まさか……温泉ですね!」

浜風「もしそうなら、墓地は掃除どころか撤去になりますね」

浦風「ふふふ……以前にもとある駆逐艦がな、目撃したんじゃて………………鬼の姿を」

島風「鬼…………?」ゴクリ




浦風「体長は3mを悠に超え、丸太のような手足を持ち、額には鋭い二本の角、

   眼光は怪しい赤、鋭い爪や歯は触れよるだけで相手を切り刻み、そして真夜中に響く雄たけびが……」





浦風「がぁああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」






時津風「ぎゃぁあああああああああああああああああっ!!」
天津風「きゃぁあああああああっ!!!」
浜風「・・・・・」






浦風「とまぁ、そがいな根も葉もない噂があるんじゃて」

天津風「お、おおお驚かさないでよもう!」

浜風「ひ、非科学的ですね……」ガクガク

雪風「時津風ちゃんが一番美味しそうなので、真っ先に狙われそうです!」

時津風「なにそれ全然嬉しくないよー!」

天津風「もう……草むしり、結局全然すすんでないじゃない……。浦風が変な話するから」

浦風「天津風がおもろい話せぇって、言ったけん」

天津風「誰も怖い話をしろなんて……――――――――」

島風「――――――――バッカみたい。私、あっちでやってくるから」

天津風「あ、ちょっと島風、勝手に!」

雪風「あ! アリの巣を発見しました!」

時津風「もうダメ~。全然草をむしる気になれない~」

天津風「あぁもう……スグこうなる……」

浜風「初めから分かっていたことじゃないですか。ないない駆逐隊は、協力し合えないチームなんです」

天津風「それを何とかするのがあたしの仕事だって言いたいんでしょ」

浜風「無論です。……さて、私も少し気分が優れないので休憩を頂きます」

浦風「ならうちも休憩じゃ」

天津風「あなた達も大概ね……」













             ~ 翌日 ~






天津風「さ、今日もお墓掃除よ。全員いる?」

浜風「珍しく島風がちゃんといますね」

島風「フン」

天津風「絶対に逃げると思って、朝から捕まえておいたのよ」

浦風「で、草むしりもなんとか終わったけぇ。次は何しよるん?」

天津風「いよいよ磨くのよ。墓石を」

雪風「雪風、準備はバッチリです! 一番呪われそうな時津風ちゃんには、この新品のタワシをあげます!」

時津風「よーし、これでピカピカに磨いて汚名返上するぞぉー」ゴシゴシゴシゴシ

天津風「皆よく見ておいて、このようにタワシで擦ると墓石が傷つくから、絶対にやらないこと」

雪風「はーい!」

時津風「ちょっとぉおーー!!?」

天津風「那智さんが一通り説明してくれたでしょ?」

島風「スポンジに水とか洗剤を含ませて磨く。文字の彫刻部分は歯ブラシで汚れをとる。

   仕上げに水をかけて、タオルで拭く。これでいいんでしょ?」

天津風「あら意外。島風、あなた案外人の話を聞いてるのね」

島風「早く終わらせたいだけだもん」

浜風「初めて目にしたときは驚きましたが、この墓石の数にも慣れてきましたね。素早く終わらせましょう」

浦風「ひょっとしたらうちらのご先祖様が眠っとるかもしれんけん。見つけたら後で教えてな?」

天津風「ご先祖様って言い方は少し違うような気もするけど、まぁイメージとしてはそんなところかもね。

    それに自分の墓を見ているようで少し不気味な気はするけれど、確かに気にはなるわ」

雪風「会って話すといいって、那智さんも言っていました!」

時津風「えぇー……お化けと話したくはないなぁ……」












    キュッ キュッ キュッ キュッ



天津風「ふう……。これでいくつ目だっけ……。結構やったけど、やっぱり駆逐艦の墓石が圧倒的に多い……。

    ほんの少し前の技術革新とかで轟沈率が激減したみたいだし……

    今の私たちって、割と恵まれているのかもしれないわね」




      バコッ!  バコッ!  バコッ!




天津風「……って、え? 何この音……? 向こうの茂みから聞こえるけど……」


      バコッ!  バコッ!  バコッ!


島風「このっ! このっ!」

天津風「島風? あなた一体何やって…………は? ちょっと島風!? ホントに何やってるのよ!?」

島風「こんなの、ただの石ころだもん」

天津風「そうかもしれないけど、だからって蹴ることないでしょうが!

    あーもう泥までついて、一体誰の墓石を…………えーっと、クチクカン……シマ、カゼ……」

島風「…………」

天津風「これ……駆逐艦島風って……あなたのお墓じゃない!」

島風「ふざけてる、この墓石」

天津風「ふざけてるのはあなたよ! よりにもよって自分のお墓を蹴るなんて、どういうつもりよ!」

島風「よく見てよ、この文字」

天津風「文字? …………カゲロウガタ、クチクカン……シマカゼ……。  ……あれ?」

島風「ふざけてるよ、こんなの。わたし……駆逐艦島風は、陽炎型じゃないのに」

天津風「何だろう……誤字? 発注ミス?」



島風「ここの駆逐艦島風は……きっと弱かったに違いないよ」

天津風「は? どういうこと?」

島風「弱いから頼られなくて、誰からも覚えられてない。

   弱いから沈んで、そして誰も覚えていないから、こんなふうに間違えられた。きっとそうだよ」

天津風「……勘ぐりすぎじゃない? 単に何かのミスだって思わないの?」

島風「ミス? 墓石の彫刻を?」

天津風「うぅ……まぁ、たしかに普通こんなの間違えたり……。あ、でも見てよ島風。ほら、隣にあるこの墓石」

島風「……なんて彫ってあるか、全然分かんない」

天津風「いくつか墓石を磨いて分かったけど、墓石の彫刻にはひどくバラつきがあるわ。

    良いものもあれば、コレみたいに何が書いてあるか分からないヘタクソな物もある。

    だから島風のお墓だって、きっといい加減な業者さんが間違えただけとか、そういう理由よ」

島風「……だったらなおのこと、このお墓に価値なんてない。

   こんな間違いだらけの不名誉なお墓なんて……無い方が良いに決まってるんだから!」




            タッタッタッタッ



天津風「島風……」





天津風「陽炎型駆逐艦島風……不名誉、かぁ」













             ~ 別の日 夜 居酒屋鳳翔 ~





那智「すまないな天津風。こんな夜更けに呼び出してしまって」

天津風「いえ、あたしは全然別に……。というか、この鎮守府ってこんな所まであるんですね……」

那智「おかしいか?」

天津風「いえ、素敵だと思います」

那智「だろう? 鳳翔さんが半分趣味でやっている居酒屋で、私も大変世話になっている」

天津風「毎晩ここでお酒を飲んでいるんですか?」

那智「ふっ、まさか。私がそんな飲んだくれに見えるか?」

天津風「あ、いえ、そういうわけでは……」

那智「最近、提督の命令でお前たちとは別の駆逐艦共の面倒を見ることになってな……。

   なかなかの個性派揃いなもので苦労している。今夜ばかりは飲ませてもらわないと、やっていけない」

天津風「そうだったんですね……すみません、那智さんだって忙しいでしょうに、私たちの面倒まで見てもらっちゃって」

那智「構わないさ。私はずっと昔から、駆逐艦を尊敬している。その駆逐艦のためとあらば、喜んで力になる」

天津風「尊敬? 重巡の那智さんが、駆逐艦をですか?」

那智「おかしいか?」

天津風「いえ、素敵だと思いま…………んん? いや、だって……」

那智「ふっ、無理もないか。……実は幼い頃、私は駆逐艦に助けてもらったことがあってな。

   私はその恩返しの意味も込めて艦娘をやっているし、駆逐艦を今でも尊敬している」

天津風「そんな過去が……」

那智「…………つまらない話をしてしまったな。 さて、お前は飲まないのか?」

天津風「えっ、いえ、私は飲みません。苦いのが好きではないので」

那智「やはり駆逐艦の口には合わないか。……鳳翔さん、この子に何か酒以外の飲み物を」

天津風「あたし、今お金とかは……」

那智「私のおごりに決まっている。これも私の、駆逐艦に対する敬意だ」

天津風「ありがとうございます……。それであの、お話というのは?」




那智「大したことではない。単に墓掃除の進捗状況を聞きたかっただけだ。あれから数日経ったからな」

天津風「進捗、ですか……。今はその……だいたい半分くらい磨き終わった感じで……」

那智「予定より遅れているな」

天津風「すみません……」

那智「期限を設けるつもりはないが、早く終えるにこしたことはない。遅れている理由は分かるか?」

天津風「はい……まぁ、痛いほど分かります……」

那智「なるほどな……。『ないない駆逐隊』の名は伊達じゃないということか」

天津風「私……やっぱり旗艦失格です……」ズーン

那智「お前たちは駆逐艦だ。それだけじゃじゃ馬の方が駆逐艦らしくて良い」

天津風「あんまり嬉しくないのですが……」

那智「とにかく今は頑張れとしか言えない。何か不明点があれば私に聞きに来い」

天津風「ありがとうございます…………あ、さっそくですけどあたし、那智さんに聞きたいことがあって」

那智「なんだ?」

天津風「墓石の彫刻についてなんですが……誤字ってありえますか?」

那智「誤字?」

天津風「はい。この前、駆逐艦島風の墓石を見つけたんですけど、そこに『陽炎型』って彫られていたので」

那智「後世に残す大事な墓石に誤字など、にわかには考え難いな……。

   墓石は業者が用意すると聞いたことはあるが、私がこの鎮守府へ着任してからはその現場に立ちあったことはない」

天津風「そうですか……。島風があの墓石を見つけた時……なんだかとても悲しそうにしてて……。

    今の島風も、昔の島風も……あれじゃあちょっと可哀想だなって……」




那智「ふっ……ふふふ……」

天津風「あの、那智さん?」

那智「すまない。いやなに、あれほど熱の入った喧嘩をしておきながら、

   島風のことをえらく気にかけているのだなと思ってな」

天津風「そ、そりゃ……自信過剰で自分勝手でワガママな子ですけど……。

    嫉妬するほど強いし、努力家でもあるし……誰かを守りたいっていう気持ちも……人一倍強い子だから……」

那智「だが独りよがりな一面が、その長所をすべて裏返している、というところか」

天津風「だから私はあの子と……島風と同じ部隊になることを望んだんです」

那智「何か深い事情がありそうで気にはなるが、今聞くのはやめておこう。話が逸れてしまったな」

天津風「あ、はい、そうでした。それでその、あの墓石……何とかして作り直すことってできないのでしょうか?」

那智「墓石の改修か……前例はないだろうが、提督に頼めばやってもらえるかもしれないな」

天津風「提督に……ですか……」

那智「どうした?」

天津風「あたし、あの提督、苦手なんですけど……」

那智「たしかに頭のネジが2、3本吹き飛んでいるような奴だからな、天津風の言うことも分かる」

天津風「いえ、そこまでは言ってないですけど……」

那智「だが今のお前はあの男の秘書艦なのだろう? 早く慣れておいた方が良い」

天津風「はい、まぁ、そうなんですけど…………あれ、秘書艦?」

那智「ん?」

天津風「完全に忘れてた……あたし、秘書艦だった!!」











              ~ 翌朝 司令室 ~








天津風「お、おはようございます……提督」

提督「おはよう天津風。随分と久しぶりだな」

天津風「ごめんなさい、私……秘書艦代理に任命されてたこと、すっかり忘れてて……」

提督「なーに、構わないさ。君たちないない駆逐隊はここに来て間もない。それくらいは目をつむろう」

天津風「あ、ありがとうございます! あたし、今日からはしっかりと秘書艦として頑張るから!」

提督「うむ。良い心がけだ。ではさっそくで悪いが、そこの書棚から資料を取ってくれないか?」

天津風「任せて!」サッ

提督「それを持ったまま私の膝の上へ」

天津風「お安い御用よ!」チョコン

提督「素晴らしいな」ナデナデ

天津風「きゃぁあああああああっ!!」

提督「どうした?」

天津風「ど、どどどどどうしたじゃないわよ!! 何が秘書艦の仕事よ! このヘンタイ!」

提督「なんだか新鮮な反応だな……。いいか天津風? この鎮守府における秘書艦の仕事とはな、こういうものなのだ」

天津風「う、嘘よ! 膝の上に座ることが秘書艦の仕事だなんて、そんなのおかしいじゃない!」

提督「今この場にいないのが非常に残念ではあるが、うちの本当の秘書艦は何の迷いもなく座るぞ」

天津風「どうなってるのよこの鎮守府!」

提督「あ、でも誤解するなよ? 彼女はちゃんと恥ずかしそうにはする。少し恥じらいながらも嬉しそうに、

   なおかつほんの少しだけ申し訳なさそうにして座るんだ」

天津風「どうでもいいわよそんな情報!」

提督「カルチャーショックだな……。となると、天津風は私の膝には座りたくないというのだな……」

天津風「当たり前でしょ。艦娘を何だと思って…………はっ!?」

提督「ん?」

天津風( 待って……ここで提督の機嫌を損ねてしまったら、墓石の改修の件は…………。

     これも島風のため、ないない駆逐隊のため……なんとか提督のご機嫌をとって、

     墓石の改修許可を貰わないと……!! )




提督「では残念だが、天津風は向こうの椅子と机で……」ショボン

天津風「な、な~んて冗談よ冗談! 私、提督のこと大好きだもの! 膝の上意外に座る場所なんてないわよ!」チョコン

提督「おお! さすが天津風! 話の分かる奴だ!」ナデナデナデナデ

天津風「あは、あははは……」

天津風( 耐えるのよ天津風……誇り高き陽炎型駆逐艦なら、ここで根性見せなくっちゃ!! )



    コンコン



提督「ん? 入れ」




   ガチャ




浜風「失礼いたします」

浦風「お邪魔するけぇねー」




天津風「げっ……」

浜風&浦風「………………」

天津風( よりにもよって、なんでいきなりこの二人が出てくるのよーーーーーッ!! )

浜風「目まぐるしい環境の変化に対応できず、ついに気が狂いましたか」

天津風「うるさいわね! もうちょっと言葉を選びなさいよ!!」

浦風「そりゃ提督と秘書艦の間柄じゃけえ。しゃーないことじゃて」

天津風「勝手に納得しないでくれる!?」

提督「で、どうしたんだ?」

浦風「あ、そうじゃった。お墓のお掃除について、天津風に聞きに来たんよ」

浜風「といっても、いつも通り訓練後で良いかどうか確認しに来ただけなのですが」

天津風「そうよ、いつも通り。あと島風が逃げないようにしっかり見ておいてね。はい終わり、帰った帰った」

浦風「ふふっ、そうじゃねぇ。ウチらがおるとお邪魔じゃけぇねぇ~」

天津風「変な解釈しないでくれる!?」

提督「私は別に、浦風と浜風が膝に座ってくれても構わなないぞ?

   あ、いや、二人の場合は私の前ではなく後ろ側からフカフカと……」ブツブツ

浜風「失礼しました」ガチャ

浦風「ほいじゃのぉ」



    バタン




提督「……天津風、二人は照れ屋なのか」

天津風「…………」








           ~ 数分後 ~






雪風「こんにちは、しれえ!」

時津風「ふぅ~ん、ほうほう。なるほど~」

天津風「今度はあなた達!? 何しに来たのよもう!」

雪風「浜風と浦風が教えてくれました! しれぇ室で面白いものが見れるって!!」

天津風「あっのデカチチコンビィ~!!!」

時津風「それでついでに、お墓掃除にちゃんと島風を連れてくるようにって、強引に頼まれたんだけどぉ」

天津風「それ、私があの二人に頼んだことじゃないの……」

提督「ないない駆逐隊は本日も絶好調だな」

天津風「何なのこの状況……今の私の状態も含めて最悪すぎ……」

時津風「いやー、それにしても天津風、まさかしれーのお膝の上で仕事してるなんて……ねぇー?」

雪風「天津風ちゃんは、しれぇのことが大好きなんですね!」

天津風「ち、違ッ!…………うっ、そ、そうよ……悪いかしら……」

天津風( 耐えなさい天津風……ここで提督を調子づけておけば……!! )

提督「そうか、嬉しいぞ天津風。だがすまない……私にはもう、指輪を渡して結婚までした駆逐艦が……。

   いやしかし、愛人としてなら……」

天津風( 那智さん……外れたネジは2,3本どころじゃないと思います…… )







         ~ 数分後 ~




島風「何してるの天津風ちゃん」

天津風「真顔でそれを聞かないでよ……」

提督「今度は島風か。どうしたんだ?」

島風「知らない。時津風と雪風がここに行けって言うから」

天津風「あの二人……!! っていうか、これって島風をお墓掃除に連れていくのもあたしに押し付けられてる……!?」

島風「そんな監視みたいなことしなくたっていいのに」

天津風「ダメよ。あなたスグにどっか行っちゃうでしょ?」

島風「そんな状態の天津風ちゃんに言われても」

天津風「ぐぬぬっ……。……あ、そうだ。島風がいるならちょうどいいわ。 提督にお願いがあるんだけど」

提督「許可しよう」

天津風「え……? 私、まだ何も言ってないんだけど……」

提督「ここしばらくの天津風の言動を見ていれば、君の言いたいことくらい、私には分かるさ」

天津風「ほんと? じゃあ……」

提督「あぁ。私を『パパ』と呼ぶこと、全面的に許可しよう」

天津風「全然分かってないじゃないの!!」

提督「あれ、違ったのか」

天津風「そんなのじゃなくて! お墓についてよ!!」

提督「墓? あぁ、あの山のことか」

島風「…………」

天津風「そうよ。 あの山にある駆逐艦島風のお墓、彫刻の文字が間違ってるの。だから、お墓の改修をしたいの」

提督「うーん……墓の改修か……うーん……」

天津風( くっ……このままじゃ……。もうひと押しできれば……!! )

提督「うーむ……うーむ……」

天津風「お、お願い……パパ」ニコッ

提督「ん? おお? いやぁー、よく聞き取れなかったなぁ」

天津風「…………ッ!!」

提督「うーん、うーん」

天津風「……あ、天津風のお願い、聞いて欲しいなー。ねぇお願い、パーパ☆」

島風「うげぇ……」

提督「うんうん、やはり天津風は思春期で反抗しがちだが、やっぱりパパのことが大好きな愛娘感が似合うな!!」

天津風「じゃ、じゃあお墓の改修は…………」ニコッ ニコッ

提督「だが許可はできない」

天津風「なんでそうなるのよォーーー!!!」




島風「お墓の改修だなんて、別に私、そんなの望んでないのに」

提督「島風もこう言っていることだし、パパは許可できても墓の改修は許可できない」

天津風「どうしてよ!? だってお墓って後世にずっと語り継がれていくものじゃないの!?

    そんな大事な物なのに、表記が間違ってるのよ!?

    過去と未来、そして現在の駆逐艦島風のためにも、早急に直すべきよ!!」

提督「いいか天津風? あの墓石にはな、過去に散っていった艦娘の魂が宿っている。

   欠番となった艦名は新たに艦娘候補生が襲名する仕組みだが、当時の駆逐艦島風は一人しかいない」

天津風「当たり前じゃない。だから墓石を直そうって……」

提督「それと同じように、当時の駆逐艦島風の戦友たちもまた……その当時にしか生きていない。

   私や君たちは、当時の艦娘たちのことを知らない」

天津風「どういうこと? 何が言いたいのよ……」

提督「あの墓石に宿っているのは、散っていった艦娘の魂だけではない。

   その艦娘を見送る戦友の想いもまた、同じように込められている」

島風「戦友の……想い?」

提督「天津風、島風。あの彫刻の文字はな…………仲間を失った艦娘が、いなくなった艦娘を想いながら彫るんだ」

天津風「あの彫刻……艦娘が彫ったってこと……? なるほど……どうりで……」

提督「だから、たとえそれが本当に誤字であったとしても、当時の艦娘を知らない我々が、易々と手を加えてしまってはならない」

天津風「………………」



島風「ふーん……よーく分かった。やっぱりわたしの思った通りじゃん」

天津風「え?」

島風「当時の駆逐艦島風は、周りからしたらどうでもいい存在だったんだよ。弱くて、仲間はずれで、戦友なんていない。

   特にスゴイこともせず、いつの間にか沈んでて、誰にも覚えられてなくて……お墓だって誰かが適当に作った。

   だからあんなふうに……駆逐艦島風を、『陽炎型』だなんて間違いを……」

提督「…………」

島風「でも私は……過去の島風とは違う。みんな私をバカにしたり、仲間はずれにしたりするけれど……

   だけど、私は強い。今の私は、一人でも強いもん」

天津風「島風……」

島風「だからあんなお墓、どうだっていい。お墓の改修とか……偽善ぶらないでよ」

天津風「…………」

島風「私……先にお墓の所に行ってるから」


    ギィ…… バタン     タッタッタッタッ


天津風「あたし、偽善なんかじゃ…………」

提督「難しいものだな、人間関係というものは」



天津風「ねぇ提督」

提督「ん?」

天津風「提督なら何か知ってるんじゃないの……あの墓石の、駆逐艦島風について」

提督「あれはおそらく私の提督就任より少し前の艦娘だ。知っているわけがないだろう」

天津風「そう……そうよね」

提督「だがまぁ、調べることくらいはできそうだがな」

天津風「え? 調べる?」

提督「君たちに毎日提出してもらっている日報……あれは、ずっと昔から続いている習慣だ」

天津風「その日報が、今でも残ってるっていうの……?」

提督「まぁ、捨てたりはしないだろうな」

天津風「お願い提督! それ、見せて!」

提督「うーん……」

天津風「お、お願いパパ! 見せて!!」

提督「何度聞いても甘美な響き…………だがダメだ」

天津風「またそれ!? ふざけないでよもう!!」

提督「ふざけてなどいないさ。他者の日報を見せてはならないと上から言われている。

   そもそも艦娘を資料室に入れることすら禁じられているのだ」

天津風「なによそれ……いいじゃない、ちょっとくらい……」

提督「ダメなものはダメだ」
















             ~ 夜 居酒屋鳳翔 ~





那智「提督よ。貴様、嘘をついたな?」

提督「嘘? なんのことだ?」

那智「例の駆逐艦についてだ」

提督「あぁ、もうすぐ始まる輸送任務の話だな」

那智「私を旗艦とし、3隻の駆逐艦を随伴艦として編成された艦隊……。ここまでは普通の話だ」

提督「そうだな」

那智「だがあの駆逐艦共は一体なんだ?

   貴様が『戦艦大和との戦闘で無傷だった』と言うから期待していたが、基礎すら危うい連中じゃないか」

提督「皐月、長月、文月……。たしかに三人は、あの戦艦大和と実弾を用いた戦闘経験がある。

   被弾はゼロ。嘘は言ってないぞ?  …………まぁ、逃げ回っていただけらしいが」

那智「はあ……」

提督「嫌だったか?」

那智「私にとって駆逐艦の面倒をみること自体は光栄なことだ。

   だが、あのレベルでの戦線投入だとは思っていなかったという話だ」

提督「やる気だけは誰よりもある三人なんだがな……」

那智「やる気だけで深海棲艦を撃退できれば、苦労はしない」

提督「じゃあどうする? 随伴は別の駆逐艦にするか?」

那智「私は嘘を言った貴様を、酒の勢いで責め立てたかっただけだ。何も今さら交代など不要だ」

提督「そ、そうですかい……」

那智「それに私は、どれだけ彼女らが弱かろうと、決して沈めたりはさせない。

   この那智が、命に替えても彼女らを無事に帰還させることを約束しよう」

提督「そうか……その言葉が聞けて安心した。さて、じゃあ私はこれで」

那智「なんだ? まさか貴様まで苦くて酒が飲めないとでも言う気か?」

提督「まだやることがあるんだ」

那智「こんな夜更けにか?」

提督「あぁ。ちょっと資料室まで、ヤボ用でな」

那智「はぁ……。本当に貴様は……駆逐艦に甘い」


いったんここまでです。
続きは明日の夜、投稿予定です。










             ~ 翌日 墓地 ~






時津風「うあー……もう疲れたよぉ。休もうよぉ」

雪風「まだ半分しか終わっていません!」

浜風「当初の予定では、そろそろ終わる頃なのですがね」

浦風「みんなマイペースじゃけ、時間もかかりよるねぇ。現に島風もどこか行きよったし」

天津風「…………」

時津風「あれー? いつもならここで天津風がブツブツ文句言うのに、今日はお休み?」

浦風「天津風? 具合でも悪いん?」

天津風「ううん……そういうわけじゃなくて……。提督が言ってたのよ。

    ここのお墓の彫刻は全部、艦娘たちが彫ったものだって」

浜風「なるほど……どうりで歪な文字が多いわけです」

天津風「残された艦娘たちは、どういう気持ちで文字を彫ったんだろうなぁと思って」

雪風「それは……きっと悲しいと思います」

時津風「うーん、時津風なら、そういうのやりたくないなぁ」



浦風「ほじゃけど、業者じゃのうて艦娘が彫るんは、何かしら意味があるゆーことじゃけんね?」

浜風「艦娘自らが文字を彫ることで、仲間の死を受け入れ、冥福を祈るのでしょう」

天津風「じゃあもし、沈んだのがあまり仲の良くない艦娘で、その子の文字を彫れって言われたら?」

雪風「仲の良くない人、ですか?」

天津風「いや、まぁ仲の良くないというか、自分と関係の薄い艦娘の場合、かな?」

浦風「そうじゃねぇ……きっと、変わらんじゃろうな」

浜風「そうですね。親しい人と全く同じ想いで彫るとまでは言いませんが、たとえ関係性が薄くても、

   同じ戦場に立った同志です。最大限の敬意をもって彫るでしょう」

時津風「まぁ面倒ではあるけど、やっぱり他人事とは思えないもんねー」

雪風「雪風もそう思います!」

天津風「そっか……。うん、やっぱりそうよねぇ」








天津風( やっぱり違う……あれは、誤字なんかじゃない……。だってそんなの、悲しすぎじゃない…… )
















          ~ 夜 廊下 ~




天津風「とはいえ一体どうすれば……。やっぱり一番の手がかりは資料室にあるっていう日報なんだろうけど……」




???「いやぁ~大漁大漁」

???「ものの数分の出来事だったな。やはり我々には素質があるのやもしれん」

???「あははっ。もぉ~、そんな素質イヤだよぉ~」



天津風「ん? ……誰?」

皐月「うわヤバ! って、なぁんだ、例のワイワイ駆逐隊かぁ。驚かさないでよ」

天津風「ないない駆逐隊なんだけど……」

長月「すまない。あなたはたしか、中央の鎮守府から研修に来たという陽炎型駆逐艦……天津風といったな」

天津風「えぇそうよ。そういうあなたたちは、皐月と長月と文月だったわね。よろしく」

文月「えへへ~、よろしくねぇ天津風ちゃん」



天津風「ところであなた達、こんな夜遅くに何してるわけ?」

皐月「いっひひひ~。見てよこれ、じゃーーん!!」

天津風「お菓子、おつまみ、漫画に雑誌……もしかしてこれ、ギンバイ……」

長月「手に入れるのに苦労したが、それに見合う戦果となった」

文月「見て見て~、プリンもあるんだよ、ほらぁ」

天津風「…………」

皐月「目玉商品はこれ、ビールだよ! ビール!」

長月「それは美味いのか?」

皐月「知らない! ボクも飲んだことないから!」

文月「文月はりんごジュースが良かったのになぁ」

皐月「チッチッチッ、子供だなぁ文月は。ボクらはせっかく艦娘になれたんだから、お酒くらい飲んでみないと!」

天津風「ねぇ、盛り上がってるところ悪いんだけど」

長月「なんだ? 恵んでほしいのか? 悪いがこれは―――――」

天津風「――――悪いけどあたし、秘書艦なのよねぇ」




皐月&長月&文月「………………」サーッ




皐月「えっと……実はボクたち、明日は那智さんと輸送任務があって……」

長月「我々にとってちゃんとした任務はこれが初めてで、それで……」

文月「前祝いといいますか景気づけといいますかあわわわ……」




天津風「ギンバイ行為……理由が何であれ、決して見過ごせるものではないわ」

皐月「ボ……ボクは悪くないよ!? 文月がギンバイをそそのかすようなこと言うから!」

文月「文月はただ外から色々入荷してくるのを見たっていっただけだよぉ~。

   そこからギンバイ作戦を企てたのは長月だもーん」

長月「な、なにを言うか!

   わ、私は別に、こうすればギンバイが可能だと言っただけで、実行に移したのは皐月のはずだぞ!」

天津風「見事なまでの仲間割れね……どこぞの私たちみたい」

文月「お願い見逃して天津風ちゃん! 今度ご飯の時にりんごジュース出たら、文月のやつ飲んでいいから!」

長月「何ならこの雑誌、我々が読み終えたら一番に天津風に貸そう!」

皐月「おまけにこのビールも…………4分の1くらいなら飲んでいいから!!」

天津風「ダメったらダメよ。だいたい私、それ苦くてキライなの」

皐月「え、苦いの?」

長月「そんなことも知らずに持って来たのか」

文月「ほら、りんごジュースにすれば良かったのにぃ」

天津風「しかも全然反省してないし……」

皐月「いやいやいや反省はしてるって! 本当だって! お願い見逃して! 何でもするからさ~!」

天津風「…………今、何でもするって言ったわよね?」

長月「皐月がな」

文月「皐月がねー」

皐月「え……なに……何なの………………え?」

















            ~ 資料室 ~



      ガラガラガラガラ……



天津風「お邪魔しまーす……。誰もいないわよね?」

天津風「さすがギンバイの常習犯なだけあって、コソドロみたいな真似は得意なのね、あの三人。

    まぁおかげで資料室の鍵は手に入ったし、あとは駆逐艦島風の日報を探すだけね……」



天津風「……って、さすがにスゴイ数……。明かりをつけるワケにもいかないし、探し出すのも一苦労ね……」


天津風「とりあえずこの、なんか棚から落ちかかってるヤツから失礼して…………」




       ――――――――駆逐艦、島風。



天津風「っていきなりビンゴ!? 幸運すぎてなんだか逆に気持ち悪いわね……。 まぁいいわ、えーっと、どれどれ」


      パラパラパラ……


天津風「日報っていうか、まるで日記ね。

    演習で疲れたーとか、遠征で遠いところまで行ったーだとか……今の島風とそっくり。

    それに墓石の手がかりになるようなことは、特には…………あっ、このページで終わってる……」





     『 あしたの輸送任務の準備をした 』





天津風「輸送任務……そっか、当時の島風は……この任務中に……」


天津風「さて、はぁ……結局ここまでして手がかり無しかぁ……。振り出しに戻っ……――――――」



       バサッ!



天津風「あれ? 今あたし、何か蹴った?」

天津風「足元に何か……これだわ。これも誰かの日報みたいね。

    一体誰の………………え? …………これって……!!」














            ~ 翌日 墓地  ~




時津風「ねぇ見て見てー。時津風と雪風のお墓もあったよー」

浦風「ほれ見てみぃ浜風。うちらの墓もあるけん! しかも仲良ぉ隣同士じゃね!」

浜風「墓石には年月日も彫刻されていますね。そう古くはありません。

   我々の前任でしょうか? ……おそらく全員が、同じ時期に活躍した艦娘なのでしょう」

時津風「へぇー、なんか偶然だねー。天津風の墓石は?」

天津風「えぇ、少しヘタクソだったけど、あたしのもあったわ」

浦風「ふふっ、昨日とは打って変わって、今日はご機嫌さんじゃねぇ天津風」

天津風「そう? ふふふ、ちょっと良いものを見つけちゃって」

浜風「拾い食いはさすがに控えたほうが良いかと」

天津風「何でそうなるのよ……」

浦風「ん? ところでまた島風の姿が見えんけど、何しょーるん?」

時津風「雪風が連れてくるって言ってたけどー?」

浜風「雪風に任せて大丈夫なんですか……」

天津風( 早く来なさい島風…………駆逐艦島風にとっての最高のメッセージが、あなたを待っているわ…… )





          タッタッタッタッタッ




雪風「みんなーーーー!!! 大変です! 大変大変です!!」

浦風「雪風? ひとり……?」

時津風「どーしたの雪風? そんなに慌てて」

雪風「はぁ……はぁ……大変……大変なんです!!」

天津風「ちょ、ちょっと……落ち着いて雪風、何があったの?」

雪風「島風ちゃんが……島風ちゃんが…………」

浜風「島風が、また何かしたのですね?」







雪風「島風ちゃんが……また一人で、出撃しちゃいました!!」














           ~ 鎮守府 桟橋 ~





文月「うわぁあああああああああああん!!」

長月「な、泣くな文月! 我々が泣いたら……那智さんに、申し訳が立たない……」

天津風「はぁ……はぁ……ちょっと、どうしたのよ一体!?」

皐月「天津風……ボクたち……ボクたち……」

浜風「気が動転しているようですね。まともに話せる状態ではないでしょう」

天津風「あなた達、たしか今日は那智さんと輸送任務って言ってたわよね……」

長月「そうだ……そして、私たちは……那智さんを……見捨てて来てしまったんだ……」

時津風「えっと、どういうこと?」

雪風「雪風にも、状況がよく分かりません……」

文月「うわぁああああああん!!」

浦風「ほうら。ええ子じゃけぇ、そがぁに泣きなさんな。……な?」ギュゥ

文月「うぅ……ひっく……うん……」

浦風「ゆっくりでええけん、落ち着いて言うてみ? 何があったん?」

文月「うん……。あのね、文月たちね、那智さんと一緒に航行してたんだけど……。 途中で深海棲艦が接近して……」

長月「大した相手では無かったはずだ……だが……」

皐月「ボクたちを庇って……那智さんが大破して……。無線も壊れちゃって……」

天津風「助けを呼ぶために、あなた達だけで戻って来たってことね?」

文月「……うん」

時津風「……それでまさか、島風……」

浜風「何も考えず……また飛び出して行ったのでしょう」



皐月「ボクたちのせいだ……ボクたちがもっとしっかりしていれば……」

天津風「あなた達のせいじゃないわ。那智さんだって、そう簡単にやられたりはしないはずよ」

雪風「早く、しれぇに報告しましょう!」

時津風「で、でも、今から行けば島風に追いつけるかもよ?」

浜風「しかし、それはまた……あの時のように我々が軍規違反を犯すということです……」

浦風「じゃけど……提督も那智さんも、まずは報告って言いよるけん……」

時津風「どうしよう…………ねぇ、天津風?」

天津風「………………」








       ―――――――――今度こそ私が、あの子を助けなきゃ。








天津風「…………島風を追うわ」

雪風「でも、またしれぇに怒られちゃいます!」

天津風「その時はまた、皆で怒られましょ」

時津風「えぇー……」

浜風「島風を追うべきだという根拠が、何かあるのですか?」

天津風「聞こえたのよ」

浦風「聞こえた……?」

天津風「しっかり届いたわ…………彼女の……天津風の声が」

時津風「え……どういうこと? 何言ってるの?」

天津風「つべこべ言わない! これよりあたしたちは、島風を追って、那智さんを連れて帰るの! いいわね!?」

雪風「……はい! 雪風は賛成です!!」

浦風「あはは……結局こげな展開になるんじゃねぇ。……ええよ、付き合っちゃる!」

浜風「それが旗艦の判断とあらば、異議はありません」

時津風「島風も天津風も、ほーんと仕方ないなぁー」

天津風「よし! それじゃあないない駆逐隊、抜錨よ! ついてらっしゃいな!!」









               ~ 小島 ~





島風「見つけた」

那智「島風か…………すまないな」

島風「じゃあ曳航するから、早く掴まって」

那智「重ね重ね申し訳ない……。まさかまた、こうして駆逐艦に助けられることになるとはな……」

島風「……またって?」

那智「私が艦娘になることを決意したのは……幼い頃、お前と同じような駆逐艦に、こうして救われたからだ」

島風「ふぅん」

那智「あまりハッキリと覚えているわけではないのだが、たしか客船に乗っていた。

   深海棲艦の出現はあり得ないとされていた海域で、客船は奴らに出くわした。

   幼少の私にも容易に理解できただろう…………私はこの海で、死ぬのだと」

島風「生きてるじゃん」

那智「あぁ生きている。たった一隻の駆逐艦が我々の前に現れ……

   その小さな体で、勇猛果敢に怪物共と死闘を繰り広げた」

島風「その駆逐艦は……どうなったの?」

那智「分からない。客船はすぐさまその海域を離脱してしまったからな」

島風「でも、たった一隻だったんでしょ? じゃあ多分、沈んでるよ」

那智「自分のことは棚にあげて、よく言えたものだな」

島風「私は違う。速くて強い、特別な駆逐艦だもん」

那智「ふっ、大した自信だ……。

   まぁ、そういうわけで私は、あの時から今もずっと……駆逐艦に対する敬意を忘れたことはない。

   駆逐艦の危機とあらば、私はこの身を挺して救ってみせると決めたのだ」

島風「そんなボロボロな体で、よく言うよ」



那智「……では今度はお前のことを話してもらおうか」

島風「一方的にそっちがベラベラ喋ってきただけじゃん」

那智「まぁそう言うな。駆逐艦島風の墓石……文字が間違っていたと聞いたが、そんなに嫌だったか?」

島風「別に嫌ってワケじゃないけど…………でも、あれを見てるとこう、イライラして」

那智「イライラ?」

島風「当時の駆逐艦島風はきっと、誰にも覚えられないひとりぼっちの弱い弱い駆逐艦だったんだと思う。

   私もその……元いた鎮守府では仲間外れにされたりしてたけど……でも、私は弱くない」

那智「速くて強い特別な駆逐艦、か」

島風「そう。でも、何だかあのバカげた墓石を見てると……

   自分まで弱いって言われているような気がして、すっごく腹が立つの」

那智「なるほど。まぁ、分からないでもないが――――――――」





     ザザーッ……





島風「…………あ」

那智「どうした?」

島風「波の音が、変わった」



島風「波の音が変わった」

那智「波の音? どういうことだ?」

島風「回り込まれてる」

那智「まさか、深海棲艦か?」

島風「軽巡1、駆逐3、水雷戦隊……」

那智「驚いた……。まさか波の音だけで察知するとはな。大きな耳を持っているだけのことはある」

島風「これ、耳じゃないし」



      ドオオォオオオオン!!



那智「くっ……撃ってきたか。だがしかしこの距離では当たらん。射程距離に入る前に迂回して……」

島風「イヤ」

那智「お前! まさか戦うつもりか!?」

島風「悪い?」

那智「敵は4隻だぞ!?」

島風「あんなザコ、私一人で十分だもん」

那智「本気で言っているのか!?」

島風「本気だよ。私は強い駆逐艦だから、あんたを守ってあげることもできるし、アレ全部を沈めることもできる」

那智「なっ! それは慢心だぞ!」

島風「慢心じゃなくて事実。いいから黙って見てて……駆逐艦島風の力を、見くびらないで!!」

那智「お前……」

島風「行くよ、連装砲ちゃん!!」



    ドォオン!  ドォオン!  ドォオン!  ドォオン!



那智「自走する兵装……!? 一体どうなっている?」

島風「気が散るから話しかけないで!」

那智「まさかその兵装…………」



    ドォオン!  ドォオン!  ドォオン!  ドォオン!



島風「はぁ………………はぁ……………」

那智「駆逐艦2隻を撃沈。残り2隻は大破で戦闘不能……まさか、たった一隻でここまでやるとは……」

島風「フン……見たか、これが……駆逐艦島風の…………」

那智「まだだ……後方から重巡2、駆逐2!」

島風「まだいるの!?」

那智「長期戦にもつれ込むと危険だぞ!」

島風「分かってる! 全速力で逃げるから、しっかり掴まってて!!」




     ドォオオン!  ドォオオン!!




那智「くっ……距離が縮まっていく……! お前のあの兵装で、なんとか応戦できないのか!?」

島風「逃げながらじゃ無理! 連装砲ちゃんは、私がしっかり見てないと動かせないの!!」

那智「なるほど……。やはりあの兵装、全自動というわけではなかったのだな」

島風「うるさいなぁもう! そうだよ!!」

那智「なら島風…………私がお前の目になろう」

島風「はぁ!?」



那智「私が敵との距離を測りつつ指示を出す。お前は言われた通りに兵装を操舵し、砲撃を行なえ」

島風「そ、そんなこと……できるわけ……」

那智「無理なのか?」

島風「知らないよそんなの! やったことないもん!」

那智「躊躇している暇はない、やるぞ! スイカ割りだとでも思え!!」

島風「スイカ割りなんてやったことない!!」

那智「南西に全力で前進させろ! 仰角そのまま、5秒後に2時方向へ砲撃!

   5・4・3・2・1……撃て!!」




        ザバァアアアアアン!!




島風「当たった!?」

那智「いや、外した」

島風「だから無理なんだってば!」

那智「ハナから当てるつもりなどない。敵をかく乱させ、こちらから遠ざけることができればそれでいい」

島風「遠ざけるって、逃げ切れるほど遠ざけるなんて無理だよ!」

那智「単なる時間稼ぎだ。鎮守府に近くなれば、いずれ連中も撤退を始めるはずだ!」

島風「ここから鎮守府まで結構あるんだけどー!?」

那智「いいから次、やるぞ!!」

















        ドォオオオオオオオオオオン!!



島風「うわぁ!?」

那智「うっ……島風、大丈夫か!?」

島風「うぅ…………くっそぅ……。もっと……もっと速く…………」

那智「曳航しながらではこの速度が限界……」

島風「はぁ……はぁ……」

那智「島風、私のことは――――――」

島風「はぁ……はぁ……言っとくけど、置いて行けとか言われても、絶対……言うこと聞かないから!」

那智「んなっ……!」

島風「私は……人の話を聞かないって! 天津風ちゃんにもよく言われるから!!」

那智「島風……」

島風「だから私……絶対にあんたを鎮守府まで引っ張っていくから!!」





       ドォオオン!!   ドォオオン!!   ドォオオン!!




島風「くぅっ!」

那智「やはり無茶だ! 私を置いて戦うなり逃げるなりしろ!!」

島風「うるさいってば!! どんな状況だって、私はスピードなら誰にも負けない!

   私は弱くなんかない! 弱いなんて言わせない! 駆逐艦島風は、たとえ一人でも…………――――――」











      ―――――――――――次こそあなたを、沈めさせたりしない。










島風「え……なに?」

那智「島風?」



島風「声が…………声が、聞こえる……」

那智「声だと? 私には……何も聞こえないが?」












      ―――――――――――――――あなたは私たちの大切な仲間。そして……











島風「仲間……………………」

那智「どうした? おい、島風?!」

島風「私の……仲間…………………………」





















天津風「しぃいいいいいまああぁああああかぁああああぜぇええええええっ!!!」



島風「天津風ちゃん!? どうして……」

天津風「どうしてじゃないわよバカー! あなたを見捨てて、お墓掃除なんてしてらんないっての!!」

雪風「お掃除も好きですけど、海の上を皆で航行するのが、雪風は一番好きです!」

時津風「まぁあんな所にいるよりかはマシかなーってねぇー」

浜風「島風に振り回されるのも、今に始まったことではありませんから」

浦風「何だかんだ言うても、うちらは皆、島風のことが大好きじゃけ!」

島風「みんな……」

天津風「帰ったらあなたに言いたいことがホンットに山ほどあるの!

    だから勝手にいなくなって勝手に沈んだりとか、絶対に許さないんだから!!」

島風「……ごめんなさい、天津風ちゃん……。やっぱり、やっぱり私……一人じゃ、何も……」

天津風「ったく……当たり前でしょ。何のためにあなたをうちの隊に引き入れたと思ってるのよ」

島風「…………え?」

天津風「さて、お喋りしてる場合じゃなかったわね。

    それじゃあ皆、私たち6人……ないない駆逐隊を本気にさせたらどうなるか!

    あの醜い怪物たちに……目にもの見せてあげるわよ!!」



一同「了解!!」






















              ~ 夕方 墓地 ~








時津風「ふぅー。やーっと終わったぁー!!」

雪風「バンザーイ! バンザーイ!」

浜風「一時はどうなるかと思いましたが……なんとか終わりましたね」

浦風「この墓地も最初はちぃと不気味じゃったけど、こうして眺めると何だか神秘的じゃね」

天津風「那智さんも、大破したばかりなのに手伝ってもらっちゃって……」

那智「気にするな、高速修復材という奴はなかなか効く。

   それに、これは命を救ってくれたお前たちへ礼のつもりだ。この程度ではまだまだ足りないがな」

島風「べ、別にいいのに……そんなの」

那智「謙遜するな島風。お前には今回、特に世話になった。

   索敵、戦闘、戦況判断……お前はすべてにおいて優秀だ。速くて強い駆逐艦……たしかにその通りだ」

島風「でも…………結局私一人じゃ、ここまで帰ってこられなかった……」

那智「あぁそうだ。ここまで誰も沈むことなく帰還できたのは、仲間との協力があったからだ」

島風でも「私は…………一人でも強い存在でありたい。誰かに頼るなんて…………」


一同「………………」


天津風「はぁ……島風ってホント、呆れるほど頑固よねぇ」

島風「………………」

天津風「いいわ、じゃあちょっとついて来て。他の皆も」

那智「そうか。では、私は先に戻っている」

天津風「いいえ、那智さんもです」

那智「……私もか?」

天津風「那智さんにもきっと、関係のあることですから」

那智「……?」

天津風「ここにいる全員に、見せたいものがあるの」








天津風「これよ」

島風「…………」

雪風「シマカゼ……島風ちゃんのお墓です!」

時津風「んー? でも何だかこれ、変じゃない?」

浜風「カゲロウガタ……『陽炎型駆逐艦、島風』と彫刻されていますね」

浦風「島風も昔は陽炎型やったん……?」

島風「そんなわけないでしょ。これは……単なる誤字で……」

天津風「いいえ島風。これ、誤字なんかじゃなかったのよ」

島風「……え?」

天津風「当時の駆逐艦島風が最後に行った任務は、何の変哲もない輸送任務だった」

雪風「最後の任務……ですか」

島風「そんな普通の任務で、駆逐艦島風は沈んだ……」

天津風「ううん、そうじゃないの」

島風「どういうこと?」



天津風「輸送任務そのものは大したことなかったみたい。

    けれどその帰還中、付近の客船が深海棲艦の襲撃を受けたっていう連絡を受信して、

    駆逐艦島風は艦隊を抜け、一人で飛び出して行ってしまった……」

島風「…………」

天津風「そして駆逐艦島風のおかげで、客船は無事に海域を離脱することができた」

那智「まさか……その客船に乗っていたのが、幼い頃の私だと言うのか……?」

天津風「確証はありませんが、おそらくは」

浜風「すると島風は……二代に渡り、那智さんを救ったということになりますね」

時津風「すっごい偶然だねー。そんなこともあるんだぁ」

島風「…………でも、駆逐艦島風は、その戦闘で……」

天津風「えぇ。島風はいつまで経っても帰ってこなかった。

    やがて島風のための墓石が届いて、輸送任務を共にした仲間たちはようやく受け入れたのよ。

    島風は沈んだ。たとえ軍規違反でも、あの時、自分たちがあの子を追いかけていれば……ってね」

浜風「ちょっと待ってください。そんなこと、一体どうやって調べたのですか?」

天津風「当時の日報を読んだのよ」

雪風「なるほど! 当時の島風ちゃんの日報ですね! 雪風も毎日書いています!」

浦風「けどそれじゃと、島風が沈んでからのことはどうやって調べよったん?」

天津風「島風の日報を読んだ後にね、偶然とある艦娘の日報を見つけたのよ。

    そこに、輸送任務の旗艦として、島風を沈めてしまったことへの後悔が記されていたわ」

時津風「じゃあ、この彫刻をしたのも……その艦娘ってこと?」

天津風「えぇ、そうみたいね」

島風「輸送任務の旗艦…………私の……島風の墓石の文字を彫った艦娘って……一体……」





















天津風「彼女の名前は…………―――――――――――――――陽炎型駆逐艦、天津風」


一同「…………!?」






天津風「輸送任務の旗艦を務めた、当時の天津風。

    その随伴艦が、雪風、時津風、浜風、浦風……そして、島風」





時津風「うそ……」

浦風「うちらと……同じ艦隊……?」

浜風「まさか、そんなことが……」

雪風「雪風、運命を感じちゃいます……!!」

天津風「彫刻を担当したのは旗艦の天津風。彼女は泣きながら、歯を食いしばりながら、あなたの名前を墓石に刻んだの」

島風「じゃあなんで……『陽炎型』だなんて……」

天津風「彼女の日報にはこうも書いてあったわ。『もし私が沈んだら、その時は島風の隣で眠りたい』と」

島風「私の……隣……。 ……天津風ちゃん…………」












『あなたは最後まで、私たちに心を開いてはくれませんでした。

 でもきっとそれは、私たちも同じだったのかもしれません。

 あなたに一言伝えるだけなのに、それができなかったことを深く後悔しています。

 あなたは天国へ行ってもひとりぼっちで寂しがっているでしょうから、今さらだけど、言わせてください』

 


          『 島風、あなたは私たちの大切な仲間です。 そして……姉妹です 』









島風「陽炎型駆逐艦……島風…………」

天津風「もう分かったでしょ? 当時の島風は、決してひとりぼっちなんかじゃなかった」

島風「………………」

天津風「もちろん、今のあなたもね」

島風「天津風ちゃん……私…………皆を仲間だと思って、いいの……?」

天津風「えぇ」

島風「いっぱい迷惑かけたり、ワガママ言っても……いいの?」

天津風「今さら何言ってるのよ」

島風「皆と一緒にいても………………いいの?」

天津風「島風」

島風「天津風ちゃん…………」

天津風「あたしたちは6人全員で、ないない駆逐隊よ」









浜風「………………くぅ」ジワッ

雪風「あ、浜風が泣いてます!」

浜風「……泣いてません」

時津風「なーんで浜風が泣いてんのさぁ」

浦風「当時の天津風が島風に伝えられなかったことが、今こうして、世代を超えてようやっと伝わったんじゃ。

   こんな奇跡、滅多にお目にかかりゃーせんよ。のぅ、浜風?」

浜風「そう……ですね……。……いえ、泣いてはいませんが」

天津風「よく考えたら、別に何も難しいことじゃないのよね。ただ島風が大好きだって、それだけのことよ」

島風「う、うん…………あの、わ、わたしも……その……」

浦風「くぅ~、照れ屋な島風も可愛いけん! うちが抱きしめちゃる!」ボヨーン

島風「うわぁ!? や、やめてよ! このおっぱいお化け!!」

天津風「じゃあ私もー!」ペターン

島風「おうっ!? …………やめてよ、お化け」

天津風「ちょっと島風、その比較の仕方は酷くない!? あなただって同じくらいのくせに!」

島風「ふーんだ。天津風ちゃんよりはあるもーん」

天津風「嘘おっしゃい! 私の方があるに決まってるでしょ!?」

浦風「まぁまぁ二人とも。大きくたって、別にえぇことなんてありゃせんよ?」

天津風&島風「うるさいおっぱいお化け!!」

浦風「な、なんでうちが責められるん……」

浜風「またこうやって喧嘩になるのですから……やれやれですね……」

時津風「あはははは、おっかしぃー」

雪風「これぞ、ないない駆逐隊です!」
















提督「随分とキレイにしてくれたみたいだな」

那智「提督か。少し遅かったな。今しがた、彼女らの成長を垣間見れたのだがな」

提督「……いつも通りにしか見えないが?」

那智「まぁ、ああいう姿こそが、ないない駆逐隊らしくて良いとも言える」

提督「そうだな」

那智「それにしても驚いた。まさか一世代前でもあの六人が、あぁして艦隊を組んでいたとは」

提督「一応言っておくが、意図してあの六人を組ませているわけではないと思うぞ」

那智「では何か? 運命の巡り合わせ、はたまた奇跡というやつか?」

提督「奇跡くらい起きるさ。艦娘という存在そのものが、私にとっては奇跡なんだ」

那智「やはり貴様は、頭のネジが欠けているようだな」

提督「褒め言葉として受け取っておこう」







文月「お~い!」

皐月「那っ智さーーーーん!!」

長月「良かった……無事だったのだな……」

那智「ん? あぁお前らか、心配をかけたな」

文月「あの、ごめんなさい那智さん。文月たち、全然那智さんの力になれなくて……」

皐月「本来ならボクたちが随伴艦が旗艦の那智さんを守るべきだったのに……」

長月「自分たちの未熟さが身に沁みました……」



那智「反省と後悔を抱くその心を忘れるな。お前たちはこれからまだまだ強くなれる。

   ……それに、私は提督と違い嘘はつかない。私がいる限り、お前たちの身の安全は保証する」

提督「おいおいおい……」

文月「さっすがあねごぉ!」

皐月「姐御カッコイイ!」

長月「姐御、一生ついていきます」

那智「私はいつから姐御になったんだ」

文月「いや~、本当は『先生』かなぁとも思ったんだけどねー」

皐月「ボクたちの先生は他にもいるからさぁ」

長月「那智さんを先生呼びしてしまうと、あの人が嫉妬してしまうかもしれないからな」

提督「それはそれで見てみたい気もするがな」

那智「まぁ……勝手にするといい。ところで提督、天津風のことは良かったのか?」

提督「ん? 突然何の話だ?」

那智「艦娘は許可なく資料室に立ち入ってはならない。他者の日報を見せてはならない。

   たしかそのような軍規があったはずだ」

皐月&文月&長月「……………………ッ!!」ビクンッ

提督「別に私は日報を見せてなどはいないし、彼女が資料室に入室したという証拠もない」

那智「はぁ……貴様は本ッ当に、駆逐艦に甘い」

提督「いいや違うぞ那智。私はただ甘いだけの人間じゃない。罰則はきちんと受けてもらうつもりだ」

那智「……罰則?」












       コツコツコツコツ……



提督「ないない駆逐隊の諸君。墓地の清掃、ご苦労であった。ここに眠る艦娘たちの魂も、さぞ喜んでいることだろう」

島風「えっへん! これくらい朝飯前なんだから!」

天津風「あなたが一番働いてないんだけど……」

提督「うむ。では次の罰則については、司令室に戻ってから行うのでヨロシク」

雪風「はい! 了解です! …………あれ?」

時津風「次の……罰則?」

提督「いやだって君たち、また私の許可なく出撃しただろう?」

浜風「あ……」

浦風「すっかり忘れとったわ……」

天津風「だ、だってあれは島風が!!」

島風「天津風ちゃんは勝手に追いかけてきただけでしょ! それに、緊急事態だったし!」

雪風「雪風、どうしたらいいか分かりませんでした!」

時津風「時津風は旗艦の命令に従っただけだしー」

浜風「そうですね。根拠を尋ねても『声が聞こえた』などと意味不明な発言をして、

   私たちは無理矢理巻き込まれました」

浦風「そうじゃそうじゃ。浜風の言いよる通りじゃて」

天津風「あぁーっ! あなたたち、またあたしのせいにしてー!!」

提督「はいはいはい、そのやりとりはもう何度も見た。おとなしく罰則を受けなさい」

一同「えーっ」

島風「もうお墓掃除はヤダー!」

提督「何言ってるんだ島風。ここの清掃は単なる思いつきだ。本来すべき罰則は、最初に伝えたはずだろう?」

天津風「ま、まさか…………」

提督「そう、司令室に帰ったら君たちは、私の前で服を脱ぎ! スク水を着て! そして踊る!

   さらに使用済みのスク水はあとで私がこっそり着る!!」

浜風「最後に気持ち悪い項目が追加されていますね」

提督「さぁ帰ろう。そして踊れ、ないない駆逐隊!」

天津風「そんなの……そんなのイヤに決まってるじゃなーーーーーーーいっ!!!」














おわり

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
今回は天津風と島風を主体としたお話となりました。
体を張って陽炎型駆逐艦島風の謎を解いた天津風、仲間の温かさを知った島風。
そんな二人のいがみ合うけどやっぱり仲良し、という関係がたまらなく好きです。

ちなみに設定背景にはかなり独自の考えを盛り込んでしまいました。
おそらく陽抜の影響が大きいと思います。


それではまた。

過去作

①提督「朝潮型、整列!」 【MMDドラマ化してみました:http://www.nicovideo.jp/watch/sm28020797
提督「朝潮型、整列!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1443872409/)
②提督「朝潮型、出撃!」 【MMDドラマ化してみました:http://www.nicovideo.jp/watch/sm28309364
提督「朝潮型、出撃!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1443970090/)
③提督「朝潮型、索敵!」
提督「朝潮型、索敵!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1445001663/)
④提督「朝潮型、遠征!」
提督「朝潮型、遠征!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1445615911/)
⑤提督「朝潮型、編成!」
提督「朝潮型、編成!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446812254/)
⑥提督「朝潮型、解散!」
提督「朝潮型、解散!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447416092/)
⑦提督「朝潮型、結婚!」
提督「朝潮型、結婚!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451124063/)


①提督「ようこそ、ないない駆逐隊!」
提督「ようこそ、ないない駆逐隊!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454071396/)

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom