卯月「人生なんて素敵なものではありませんよね」 (83)


『昔々、シンデレラという美しく優しい女の子がいました。

シンデレラは母親を亡くしていましたが、父親がシンデレラを大切に育てていました。

その後、父親の再婚相手として来たのが、二人の娘を連れたいじわるな継母だったのです。

やがて父親が亡くなると、継母と二人の娘はシンデレラの美しさを妬み、シンデレラを召使いのように働かせました』



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「……うーん」

私はTVから流れてくるシンデレラのお話を聞き流しながら、ちょっとだけ唸りました。

そうです。私は今、宿題の真っ最中でした。

テストも近いのに、こんなに宿題が溜まっているのは恐らく平日のレッスンが大変だからなのでしょう。

「全然わからない……」

宿題が分からなかったら、友達に聞くしか手はありません。

私はすぐさまラインでメッセージを送ります。

『いいよ』

淡白な返事と共に宿題の写真が送られてきました。

私はありがとうと感謝の意を表すと、それを写しだします。

……宿題を見せてもらったのは、かれこれ何回目だったでしょうか?


「おはようございます!」

私は今日も元気に学校であいさつをします。

結局、昨日は写すだけでも手間がかかってしまったので、あまり寝ていません。

眠いなあと思いながら、昨日の友達に「ありがとうございました」とお礼を言いにいきました。

友達は「そんなあ、全然いいってー」と笑ってくれました。


「でも、卯月ってアイドル研究生なんでしょ? 将来、そんなので大丈夫なの?」

「え……あ……それは」


私があたふたとして下を向くと、友達は軽快に肩を叩きます。


「宿題もそうだけど、ノートとったり、勉強もしっかり『自分で』やらないと――センター試験とか大変だよ?」

「は、はい……そうですよね、えへへ」



私は何も言えませんでした。



そうです。私は現在、アイドルの研究生をやってます。

アイドル研究生と言うことは、アイドルではありません。

私はそのことをずっと抱えたまま、過ごしていました。

「……アイドルになるって、どうなのかな」

先ほど友達に言われたことは私は少しだけ気にしていました。

みんなは、塾へ通ったりして来るセンター試験に向けて勉強に励んでいるようです。

方や、私はアイドル見習のまま足踏みを続けています。

もしも、このまま何もなく日々が過ぎてしまったら……私は時々そんなふうに考えてしまいます。

「はあ……」

夢を追うことが大変なことは分かっているつもりでした。


……でも、それはどうやら思い過ごしだったようです。



私が帰宅しようと階段を下りていたとき、下駄箱の近くで誰かの声が聞こえました。

「てかさあ、あの子なんでアイドルなんて目指してるんだろうね?」

どうやら私の話題に思え、身を隠します。

「さあ? 自分のことかわいいとか思ってるんでしょ?」

「あはは! それうける!」

誹謗中傷ともとれる言葉に少しだけ私は傷つきました。

「へらへら笑って、自分の将来とか考えないのかな?」

「まあ、私らは少なくとも考えてるからいいんじゃない?」

そう言い残して、二人は去っていきました。

ぽつんと残された私は、胸に手を置いて目を閉じます。


――泣いてしまいそうな自分を、ぐっと我慢しました。


――――
――


「島村さーん、これ向こうに持って行ってー」

「分かりました!」

今日はアルバイトです。

募集されていたものに応募してみたところ、見事に当たってしまったので、今日は頑張りたいと思います。

「あー、それはこっちじゃないなあ……渋谷さーん、今手伝えるー?」

「もう少ししたら行けます」

遠くから、誰かの声が聞こえました。

澄んだ透き通るような声に、思わず聞きほれてしまいます。

「島村さんは……向こうで、手伝いしてきて」

「わ、分かりました!」



前途多難ですが……がんばります。




「お疲れ様、これアルバイト代ね」

「あ、ありがとうございます!」

私は手渡されたアルバイト代を手にして、私はそれを見下ろします。

私の一日をお金に換えると、これくらいの重みがあるみたいです。

……そう考えて、少しだけ気が重くなりました。

「島村さん、どうかした?」

「い、いえ……あ、あの、ありがとうございました!」

深々と頭を下げて、私はその場を後にしました。



帰宅途中の空を見上げると、きらきらと星が輝いていました。

「綺麗……」

すうっと流れ星が横切ったとき、私はあの日のことを思い出していました。

『へらへら笑って、自分の将来とか考えないのかな?』

悔しいですが、あの時の私は何も言い返せませんでした。

……自分がそんなこと一番分かっているんですから。

「未央ー! バイト終わったんでしょ? 向こうでクレープ食べて帰ろー」

「おい本田、それなら俺におごってくれよー」

「えー、それなら私もおごって!」

「ちょっとちょっと! なんで私が奢るみたいになってんの!」

向こうの歩道からは、楽しげな声が聞こえてきました。

ちょっとだけ、寂しいなと思ってしまいます。

「……帰らなきゃ」

私には、やるべきことがたくさんあります。

今日も帰ったら、宿題が待っています。


でも、私頑張ります!




「あのさ卯月ちゃん、ちょっと言いづらいんだけど……」

今日、私はショックなことがありました。

研究生として一緒に頑張ってきた友達が、今日で辞めると言うことを報告してきたのです。

理由を聞いてみましたが、その友達は「自分の時間が取れなくて……」と申し訳なさそうに言っていました。

それについて、私は何も言えませんでした。


「結局、最後まで残っちゃったね島村さん」

「そうですね……」

研究生として、私は最後まで残ってたことを先生は言いにくそうに目を背けました。

「でも、島村さんならアイドルになれるからね」

「はい……」

そう言ってくれたものの、あまり実感はわきませんでした。

「さあ、レッスン始めましょうか」

私は頷くと、ステップの練習を始めました。

いつもよりも足取りは重かったです。


「はあ……」

結局、思うようにレッスンはうまくいきませんでした。

私は溜息を吐くと、ベッドの上で天井を眺めます。

シンデレラは――こうやって、毎日を過ごしていたんでしょうか?

私には分かりません。

「明日も……頑張らなくちゃ」

ちょっとだけ弱音を吐いて、私は灯りを消します。


――明日は今日よりも少しだけいいことがありますように。


とりあえずここまで。
続きは後で書きます。


『昔々、ある国にとても勇敢な王子様がおりました。

王子さまは勇敢だったので、悪い魔女を倒そうと立ち上がります。

しかし、悪い魔女に王子様はカエルに変えられてしまいます。

カエルに変えられた王子様はなすすべもなく魔女の後を去りました』


「……うーん」

私はお菓子をもぐもぐと頬張りながら、唸りました。

絵本にぱらぱらとお菓子の欠片が零れると、いけないいけないとそれを払います。

「かな子ちゃん、絵本読んでるの?」

智絵理ちゃんがそっと私の後ろから覗き込んできました。

私は微笑むと絵本を広げます。

「カエルのおうさまを象ったお菓子なんてどうかなあ?」

私は智絵理ちゃんに問いかけます。

「うふふ、かな子ちゃんらしいね」

「そうかなあ」

私もつられて笑いました。


今日は天気が良かったので智絵理ちゃんと外でお菓子を食べていました。

勿論、お菓子は私が焼きました。

「かな子ちゃんのお菓子……美味しいね」

「本当? ありがとう」

私は微笑みながら、お菓子を頬張ります。

美味しいお菓子を食べると、心が休まります。

「あっ……カエルさん」

「カエル?」

智絵理ちゃんが指さした葉っぱの上にはカエルが座っていました。

私はにっこり笑います。

「もしかすると、あれがカエルの王様なのかな」

私がそう言うと、智絵理ちゃんは笑ってくれました。

私はまたお菓子を口に運びます。


「三村さん、またお菓子食べすぎたでしょ?」

「あの……その……」

レッスンの先生は、眉を顰めて私を咎めました。

おろおろと私が目を泳がせると、先生はこう付け足します。

「アイドルになるんだったら、もっと自分のスタイルを気にしないと」

「はい……すみません」

私はしょんぼりと項垂れました。


家に帰って私は先生に言われたことを思い出していました。

『アイドルになるんだったら、もっと自分のスタイルを気にしないと』

そうは言われても、大好きなお菓子を止めるなんて私には出来ません。

「……美味しいから大丈夫だよね」

そう自分に言い聞かせると、また私はお菓子を頬張ります。

もぐもぐと食べると、私の心は再び満たされます。

なんでこんなに美味しいお菓子を食べたらダメなんだろう?

『アイドルになるんだったら――』

アイドル、その言葉が私の喉を通るお菓子の動きを鈍らせました。

「アイドルかあ……」

私はしょんぼりとしました。


次の日、私はとぼとぼと歩いていました。

アイドルになるにはお菓子を止めなくちゃダメということを、昨日からずっと考えていたのです。

いいえ、止めると言うのは私には出来ません。

きっと、『控える』という表現が正しいのでしょう。

それすらも私を苦しめました。

「はあ……」

情けなくため息をついていると、とことこと誰かの足音が響き、ふいに私は顔を上げます。

「ふぅ……やっと逃げ切れたか――ん?」

「あっ……杏ちゃん」

そこには双葉杏ちゃんが息を切らして立っていました。


杏ちゃんとはレッスン場で喋ったことがあったので、私たちはお互い友達のような関係でした。

きょろきょろと周りを見渡して息を整えると、杏ちゃんはぼやっとした目つきで私に語り掛けます。

「んー……、なんかあった?」

「ええと……その」

煮え切らない態度を取っていた私でしたが、結局杏ちゃんに自分の悩みを打ち明けてみることにしました。

「かな子ちゃん」

全てを話した時、杏ちゃんはじっと私の手のひらを眺めていました。

「杏はアイドル目指すことなんて早くやめちゃいたいなあって思うけど、かな子ちゃんはどう思ってるの?」

「ええと……」

「まずは、それが大事じゃないの? かな子ちゃんのことは、かな子ちゃんしか分からないんだからさ」

私はそう言われて、杏ちゃんの方を眺めます。

「杏だって飴食べたいなあっていつも思ってるし、別にそれでいいと思うんだけどなあ……」


そう言って、また何かを言いかけた時――どこからともなく「にょわー!」という声が聞こえました。

杏ちゃんはすぐに駆け出すと、どこかへ消えていきました。



私は一人で空を見上げて考えていました。

私はアイドルになりたい――でもお菓子も好きなだけ食べたい。

その二つを天秤にかけても、答えは見つかりません。

私は自分のお腹をつまみます。


――案の定、ぽよぽよでした。



このままアイドルになることが出来なければどうなるのでしょうか。

恐らく、私は今、お菓子の魔女に魔法をかけられたのかもしれません。

今の私は『カエル』です。

誰の目にも止まらないカエルなのです。

こんなカエルを誰が望んでくれるでしょうか。誰が見てくれるでしょうか。

……カエルのおうさまは、何を考えながらこの綺麗な空を見ていたのでしょうか?

今の私なら分かるかもしれません。


――きっと、元の姿に戻りたいと思っていたのですから。


とりあえず区切りです。
続きはまた明日。


『昔々、とても働き者のロバがいました。

けれども、だんだん歳をとって、仕事が思うように出来なくなってしまいました。

とうとう、ロバは主人に追い出されてしまいます。

困り果てたロバは、同じ悩みを抱えるネコ、イヌ、ニワトリに出会います。

四匹は途方に暮れながらも、まだ見ぬブレーメンを目指します』


「……うーん」

みくは書類に目を落としながら、まるでネコみたいに唸っていました。

ごろごろと喉を鳴らすと、前に座っていた子が恐る恐る声をかけてきます。

「どうかな? 今度の文化祭の出し物に、ブレーメンの音楽隊」

みくはちらりと目線を合わせます。

「ちょっと考えさせてもらってもいいかな……?」

みくは申し訳なさそうに言葉を口にします。

その子は二度ほど軽くうなずくとそのままどこかに行ってしまいました。

うーん……、ブレーメンの音楽隊……。

みくは赤い眼鏡の位置を正しました。


「えー、それでは委員会を始めます」

ぼやっとした声が委員会の開始を告げると、みくは背筋を伸ばします。

なぜなら、その方が真面目に見えるからです。

「前川さん、これ資料ね」

「あっ……、ありがとう」

にゃ、とつけそうになって思わず口を噤みます。

ダメダメ、今のみくは『みくにゃん』ではないのです。

みくは、窓の外を眺めます。

陽気な太陽は、さんさんと輝いていました。

みくは少しだけ目を細めます。


「それじゃあ、そこのステップやってみましょうか」

「分かったにゃ!」

レッスンが始まればみくは、すぐに『みくにゃん』に変わります。

「はい、ワンツーワンツー!」

なんとか足取りを揃えてみますが、先生の目線が私に向きます。

「前川さん、遅れてる!」

「は、はいにゃあ!」

みくは叫びにも近い返事をすると、せかせかと足を動かします。


――アイドル研究生もあまり楽なものではありません。


「前川さん、こことここきちんと復習してきてね」

「分かったにゃ……」

「返事は、はいでしょ」

「……はい」

みくは元気をなくしながらも、くたくたな足取りでその場を後にしました。

帰ったら今日の授業の復習もしなくてはなりません。

とたんに気が重くなりました。

でも今日の『みくにゃん』は終わったので、今からはまたいつもの『みく』に戻らなくてはいけません。

だから、それも仕方のないことなのです。

そう思いながら、みくは眼鏡をかけます。


「あ、前川さんじゃん!」

帰路についていたとき、ふと誰かに話しかけられました。

三人組の男の子達は、ぞろぞろとみくの前までやってきました。

どうやら部活動の帰りみたいでした。

「えっと……」

一人はクラスメイトでしたが、あとは知らない子だったので思わずうろたえてしまいます。

間髪入れずに、クラスメイトの子が言葉を投げかけてきます。

「前川さん、なんでこんな時間にこんなとこいるの?」

「そ、それは……」

みくはたじろぎながら、眼鏡越しに目を泳がせます。


「前川さんって部活入ってたっけ?」

すごいぐいぐいと言及されるので、みくは思わずねこぱんちを放ちたくなりました。

「ちょっと用事があって……」

みくがアイドルの研究生であることは秘密なのです。

みくは自分を曲げません。

「へぇ~。あ、俺もう行かなきゃ! それじゃあまた学校で!」

あまり興味がないような返事を聞いたときには、その子はもうどこかへ行っていました。

実は、みくはアイドルなんだよ! と猛々しく叫びたくなりましたが止めておきました。


なぜなら、みくは自分を曲げないからです。


「前川さん、ステップの復習やってきた? 今日は歌のレッスンだからね」

「は、はい……にゃ」

みくが先生の言葉に項垂れていると、遠くの方から声が聞こえてきました。

「今どき……猫語……古くない……?」

「しっ……聞こえてる……かも」

くすくすと含んだ笑いは、みくを笑う声だったのでしょう。

みくはそんな声を気にしません。

みくは可愛い女の子になりたいから、だからネコになっているのです。

いつかアイドルになったとき、みくが正しかったと言うことは証明されると思います。

だから、みくは何も言わずその場を後にしました。

これで正しいのだと、自分に言い聞かせました。


「ブレーメンの音楽隊?」

「うん、李衣菜ちゃんはどう思う?」

ある日、みくは文化祭の出し物にあがっていたブレーメンの音楽隊について李衣菜ちゃんに聞いてみました。

「うーん、音楽隊っていうくらいだから……すごいロックじゃない?」

ダメでした。李衣菜ちゃんはロックをあまり分かっていないみたいです。

「そう言う意味じゃないにゃ……」

「え、そうなの?」

「そもそも、李衣菜ちゃんはブレーメンの音楽隊を知ってるのかにゃ?」

「ええと……た、たぶん」


みくはそんな李衣菜ちゃんのために、ブレーメンの音楽隊について話してあげることにしました。

「いい? ロバは歳を取って働けなくなって捨てられたから、仕方なくブレーメンを目指すにゃ」

「うん、それで……確か、イヌとかニワトリとかを連れていくんだよね――ええと、あともう一匹は……」

「ネコにゃ! 忘れちゃダメにゃ!」

みくは声を大にしてそう告げました。

そうです。物語の中で、ネコは歳を取ってネズミがとれなくなったからと、捨てられてしまうのです。

それはあまりにも残酷に思えました。


もしも、みくがアイドルになったとして――歳を取れば、いらないと捨てられてしまうのでしょうか?

……答えは分かりません。



「みくちゃん?」

「…………」

ネコはブレーメンを目指します。

だけど、その時、みくはブレーメンを目指すことは出来るのでしょうか。

『いつかアイドルになったとき、みくが正しかったと言うことは証明されると思います』

自分の言葉は、針のように突き刺さりました。

みくはぼんやりと考えます。


――みくは……、年老いる前の『ネコ』にすらなれないのでしょうか?

一旦区切りです。
しばしお待ちください。


『昔々、赤ずきんと呼ばれる女の子がいました。

赤ずきんはお使いを頼まれて森の向こうのおばあさんの家へと向かいます。

しかし、向かった先のおばあさんは既にオオカミに食べられた後で、オオカミは赤ずきんが来るのを待っていました。

ついに、おばあさんに化けていたオオカミに赤ずきんは食べられてしまいます』



「……うーん」

私は赤ずきんのお話を思い浮かべながら、軽く唸りました。

そうです。今は大学の講義を受けている最中でした。

授業の一環で、今日は童話に出てくる登場人物の行動原理について考えてみるというものでした。

「新田さんは赤ずきんを選んだんですね」

「はい」

「赤ずきんは、深層心理学的解釈から話しますと――」

とてもためになる授業で、思わず深く聞き入ってしまいました。


「美波、今日はアイドルのレッスン?」

「ええ、だからラクロスの方は出れないの……ごめんなさい」

「全然いいよ! 頑張ってね!」

エールを送られ、私は思わず微笑みます。

友達は私がアイドルを目指していると言うことを知っていました。

まだ研究生ではありますが、日々レッスンに励んでいます。


「新田さん、今日はレッスン頑張っていましたね」

「ありがとうございます」

どうやら今日は調子が良かったみたいでした。

先生に褒められると、私は上機嫌で家に帰ります。

帰りに資格の参考書を買って帰ったのは内緒です。


「ねえねえ美波、今度合コンがあるんだけどさあ……」

ある日、私は友人の一人に合コンの話を持ち掛けられました。

あまりそういうことには参加したくない私でしたが、

「本当にお願い! 人が足りてなくて……!」と懇願されたとあっては断り切れませんでした。

「今回だけだよ?」

私はそんなことを言ったと思います。



合コン当日、私は慣れないお酒を飲みながら男の人たちから離れた場所で座っていました。

そこに一人の男性が近寄ってきました。

「一人で飲んでるの?」

私は警戒心を持って接していましたが、徐々にお酒の力もあってか私は頭が回らなくなっていきました。

「へえ、アイドルの候補生やってるんだ。凄いね」

「いえ、別にそんなことは……」

馴れ馴れしく話してくる人だなという感覚でいましたが、アイドルの話にはやけに食いついてきました。

私は嬉しくなって、饒舌に話をしました。


気が付けば、ぼんやりとした光景が広がっていました。

「美波ちゃん、アイドルってさ、やっぱりそう言う仕事とかもあるんじゃないの?」

下卑た声は、ぐわんぐわんと頭に響いてきました。

「大丈夫? ほら、この道に入ったら、休めるホテルがあるから」

何を言われているのかも分かりませんでした。

ただただぐわんぐわんと頭だけが揺れていました。


――そう言う仕事?


私は理解できませんでした。


「美波……、何をしてるのですか?」

そのとき、誰かの声が耳に届きました。

揺れる視界の中で、誰かは叫んでいました。

私はそのまま意識を失いました。


「美波、大丈夫ですか?」

「……アーニャちゃん」

どうやら私はアーニャちゃんに助けられたみたいでした。

私は手渡された水に口をつけると、アーニャちゃんにお礼を言いました。

「いいえ、でも……私、怖かったです」

アーニャちゃんはぎゅっと私を抱きしめてくれました。

あのままアーニャちゃんが来てくれなかったら、どうなっていたのか――私は身震いをしました。


『アイドルってさ、やっぱりそう言う仕事とかもあるんじゃないの?』

あの時の言葉は、はっきりと覚えていました。

今、あの時の言葉の意味ははっきりと分かります。

……どうして、そんなひどいことを言えるのか私には理解できませんでした。


「美波……」

「もう、大丈夫よ。本当にありがとうアーニャちゃん」

アーニャちゃんは眉を下げると、しょんぼりと顔を俯かせました。

私はふと、オオカミに食べられた赤ずきんのことを思いました。

もしかすると、私はあのまま赤ずきんのようにオオカミに食べられてしまっていたのかもしれません。

……アイドルを目指すと言うことは、そんな目で見られるということなのでしょうか?

私には分かりません。


――でも、少しだけ悲しくなりました。


区切り。
今日中に書き終えたいけど、無理かもしれないです。


『昔々、白雪姫というとても美しい王女がいました。

彼女の継母である王妃は、白雪姫の美しさをねたみ、毒リンゴを送ります。

毒リンゴを食べてしまった白雪姫は息絶えてしまいます』


「……うーん」

私は机の前に置いたノートに書かれた物語に目を落とすと、唸りをあげました。

毒リンゴというワードが私の心をくすぐります。

「くくく……狂気で血塗られたリンゴを齧りたまえ」


どうやら、決め台詞として使うタイミングはなさそうです。


教室のチャイムが鳴り響くとクラスの皆はぞろぞろと席を立ちだします。

「神崎さん、またねー」

そのうちの一人が手をひらひらと振って、別れの挨拶をしてきました。

すかさず私は手のひらを前に突き出し、こう告げます。

「闇に飲まれよ!」

「え?」

どうやら一蹴されてしまったようです。

「闇?」

すぐに聞き返してくるクラスメイトに私はもう一度、こう告げます。

「闇に飲まれよ!」

「あはは、変なのー」

あっさりと笑われた私がそこにはいました。


「神崎って可愛いけど、なんか変だよな」

「神崎さんのこと、ちょっと理解できないかな……」

「蘭子ちゃん? あー、まあいいんじゃない? 良くわかんないけど」

私は、私が思うような生き方をしてきました。

ですが、それは誰しもに受け入れられることではありませんでした。


「神崎ー、あれやってくれよ~。闇になんとかとかいうやつ」

「バカ、お前あれだろ? やみのまだよ、やみのま」

「あっはっは! なんだそれー!」

「…………」

好きに生きると言うことは難しいものです。


――学校は、私が想像している以上に過ごしにくい場所です。


「はあ……」

私はブランコに座って溜息を吐きました。

私が私のままでいれる場所――それはどこにあるのでしょうか。

「普通に……したらいいのかな」

普通と言うものは難しいものです。

何が普通なのでしょうか?

私には分かりません。

……私は『常識』と言う毒リンゴを齧ります。

それで私の中の私は消え去るのでしょう。



――でも本当にそれでいいのでしょうか?


短いですが、区切りです。
あと一個で終わりです。


『昔々、白くて美しいアヒルの群れの中で汚い灰色のひな鳥がいました。

ひな鳥は、醜い醜いアヒルの子でした』


「……うーん」

私は妹にお話を読み聞かせてみましたが、まったく反応がなかったので唸りをあげました。

読み聞かせをするにはどうやらまだ早かったようです。

「みりあー、こっち手伝ってもらえるー?」

「はーい!」

お母さんに呼ばれると、私はとてとてと慌ててそちらへ向かいました。


「みりあちゃん、見て見てー」

ある日、学校で友達がキラキラと光るアクセサリーを先生に内緒で持ってきていました。

私はたちまちのうちに目を輝かせます。

「すごーい! きれいだね!」

「そうでしょ?」

自慢げに友達はアクセサリーを光らせていました。

「みりあちゃんもつけてみる?」

「えー? いいの?」

「うん、はいこれ」

私は渡されたアクセサリーをつけてみました。

ですが、それはあまりにも似合っていませんでした。

「あはは、なんだかみりあちゃんがつけると、おもちゃみたいに見えるね」

「……」


私は何も言い返せませんでした。


私は周りの友達よりもちょっとだけ背が小さいです。

みんなは大人みたいな恰好をしておしゃれですが、私はいつまでたっても子供みたいな服を着ています。

私はそれでも満足していますが、みんなよりも子供に見られることを少しだけ気にしています。

お母さんにそんなことを言うと、「みりあはそのままが可愛いのよ」と言われました。

……私には分かりません。


「うーん、アタシはみりあちゃんのお母さんの言ってることワカるなあ」

同じ研究生の莉嘉ちゃんに相談してみましたが、莉嘉ちゃんもそう言って笑っていました。

でも、私には分かりませんでした。


「みりあちゃんどうかしたにぃ?」

そんなとき、きらりちゃんが私に話しかけてきました。

私は見上げると、思いのたけを話しました。

きらりちゃんはちょっとだけ悲しそうな顔をすると、みりあに微笑んでくれました。

「きらりはねー、ちょーっとだけ背がおっきいから、みりあちゃんのことは分からないけど……
みりあちゃんにはみりあちゃんのいいところがたっくさん、あると思うにぃ!」

きらりちゃんはそれから自分が昔から背が大きくて困ったことを話してくれました。

ちょっとだけ、私は私の言ったことを後悔しました。

「はぴはぴできたぁ?」

そんなきらりちゃんに私は満面の笑みで返しました。


きらりちゃんと別れた後、私はぼうっと遠くの湖を見ていました。

水辺にはぷかぷかとアヒルが泳いでいました。

「……」

もしかすると、私は醜いアヒルの子なのかもしれません。

こんな私がアイドルになって輝くことは出来るのでしょうか。

……答えは分かりません。

私は空を見上げます。


――醜いアヒルの子は、その湖から飛び去りたいと思っていたのでしょうか。




***


少女たちは悩んだり、苦しんだり、その日を一生懸命過ごしています。


アイドルになるということ、それは想像以上に辛く苦しいことなのです。


でも、物語はこれで終わりではありません。


***


『カエルになった王子様は魔法が解けて、元の姿に戻ると王女様と幸せに暮らしました』

「え、あ……オーディションの結果ですか?」


『四匹はブレーメンには行かず、一緒の家で楽しい音楽を奏で続けました』

「ご、合格にゃ!?」


『赤ずきんは猟師さんに助けられ、無事に家に帰ることが出来ました』

「ええと……ありがとうございます」


『白雪姫は王子様の口づけで息を吹き返し、そのまま王子様と結ばれたのです』

「私がアイドルに……――くくく、ついに闇の世の始まりか!」


『醜いアヒルの子は、成長して自分が美しい白鳥であることに気付きました』

「みりあ、アイドルになれるんだあ! わーい!」



「こんにちは、島村さん」



『ガラスの靴がぴったりと合ったシンデレラは、その後、王子様と幸せに暮らしました』



「シンデレラプロジェクト……ですか?」





――人生の素敵なことは、だいたい最後の方に起こる。






おわり

元ネタは「屋上の少女」です。

※智絵理→智絵里で補完してください。

ありがとうございました。

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