女騎士「皆が笑顔になれる世界へ――」 (28)
La… La… La…
皆が笑顔になれる世界――
果たしてそんなものが存在するのだろうか?
もし、存在するのだとしたら――
私はどんな犠牲を払ってでもそこへ行きたい。
――名もなき吟遊詩人の唄
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ヴェルスティリア神聖国――
人口 19,531,023人
面積 2,231,591平方キロメートル
国旗 白地の中央に銀の王冠
マキヴァス大陸に属する五国家のうち、最大の版図を擁する宗教国家。
代々の元首“神聖法王”のカリスマ性と、精鋭の軍団“神聖騎士団”の力を背景に、
マキヴァスの指導者たる存在感を確固たるものとしている大国である。
しかし、このヴェルスティリアにうっすらと暗雲が漂いつつあった。
第43代神聖法王である現法王が、他の四国家に野心を持ちつつあるというのだ。
人々の間では、法王が侵略戦争を始めるのではないか、というまことしやかな噂が流れていた……。
*** ヴェルスティリア神聖国 神聖騎士団駐屯地 ***
あわただしく廊下を歩く男女。
女騎士「やれやれ……演習の直後に大聖堂に集合せよ、とは……法王殿の考えることは分からんな」
白銀騎士「そう愚痴をこぼしなさんなって。俺たち騎士の役割は主君の命を果たすこと」
白銀騎士「むしろ今日はこの程度の命令で済んだってことを、神に感謝しなきゃな」
女騎士「法王殿が侵略戦争を始めるという噂、か」
白銀騎士「そこまでは言ってないぜ。だけどいざとなったら俺は戦うよ。お前だってそうだろ?」
女騎士「それは……もちろんその通りだが」
この二人が所属する神聖騎士団とは、ヴェルスティリア神聖国の精鋭部隊である。
人数は1000人にも満たないが、厳正かつ過酷な選抜を乗り越えた騎士たちの戦力は、
たった一人で一般兵による一個大隊をたやすく壊滅できるという。
むろんその性質上、騎士団は男性がほとんど――というより女性は女騎士一人のみ。
しかし、彼女の武功は誰もが認めるところであり、女性だからという理由で彼女を蔑視する者は
今や一人もいなかった。
女騎士(侵略戦争の噂……あれは単なる噂ではあるまい)
女騎士(おそらく本日の大聖堂での集会で、法王は侵略戦争開始への“布石”を打つはず)
女騎士(大陸統一の必要性を説いたり、我々に他国民を斬る覚悟をせよ、と訴えかけてくるはずだ)
女騎士(私に……できるのか?)
女騎士(我が国に攻め入ってきたわけでもない、他国の兵士を斬れるのか?)
女騎士(ましてや、もし非戦闘員を斬れと命令されれば、私はどうすればよいのだ?)
女騎士(私は――皆が笑顔になれる世界を目指して、神聖騎士団に入ったはずなのに――……)
*** ヴェルスティリア神聖国 大聖堂 ***
ヴェルスティリア首都の中心に位置するこの大聖堂は、主に大々的な宗教儀式を行う際に使用される聖堂である。
著名な芸術家を多数徴用して装飾を施させたこともあり、建築面だけでなく芸術面での評価も高い。
およそ数万人を収容できるともいわれるこの建物に、神聖法王の言葉を聞くために大勢の人間が集まっていた。
女騎士「神聖騎士団だけでなく、一般の将校や兵士も招集をかけられているようだな」
白銀騎士「ああ、国の重臣たちはもちろん、市民からの参加者もいるみたいだ」
女騎士「つまり法王殿は今日、それだけ重要なことを話すということか……」
二人とも答えは分かっている。
法王は今日間違いなく侵略戦争への布石を打つ。
布石どころか、戦争開始を宣言してもおかしくはない。
女騎士「緊張……するものだな」
白銀騎士「そう気負うなって。どんな事態になっても、俺たちは自分がやるべきことをやるだけさ」
大聖堂の祭壇に法王の右腕たる神官たちが集まると、雑談がぴたりと止む。
ヴェルスティリアの元首、神聖法王のお出ましである。
正装たる白を基調とした法衣をまとい、姿を現した法王。
黒い噂が立とうとも、見る者を圧倒する後光が差したかのようなカリスマ性はやはり健在。
法王「我が愛する、ヴェルスティリアの民よ」
法王「諸君に集まってもらったのは、本日この私自ら、重大な宣言を行うためである」
法王「宣言というのは、我が称号についてである」
法王「ヴェルスティリアの元首たる称号“神聖法王”であるが――」
法王「これではまるで私が君たちを隷属しているような体裁になってしまう。それは私が望むものではない」
法王「よって私は、今この時をもってこの称号を改めることを決断した」
厳粛な場に、流石にどよめきが起こる。
偉大なる歴史ある称号を、この場で変更しようというのだ。当然の反応といえた。
法王「古来より受け継いだ称号を改める。これが重大事であることは私も重々承知している」
法王「しかし、世界は今、新しい時代に向かって動き始めていることは皆も存じていよう」
法王「人が変わり、道具が変わり、生活が変わり、産業が変わり、兵が変わり、法が変わった」
法王「そして、私もまた変わらねばならない」
法王「流れを止めた川は淀み腐るように、流れを止めた国もまた未来はない」
法王「称号を改めることは、新時代に向けての第一歩なのである」
法王「輝かしい新時代を迎えるための進歩なのである」
法王「私と諸君らはこれまでの旧態依然とした“王と民”という関係であってはならん」
法王「我らはより距離を近く、より密接な関係であらねばならない」
法王「そう、家族のように」
法王「そうすることで、私たちはより強固な絆を結ぶことができ、国もまた強力になる」
法王「私は諸君らの“兄”のような存在でありたいのだ」
法王「諸君らもまた、“弟”あるいは“妹”として私を慕って欲しい」
法王「この主従関係を超越した新たな結びつきは、ヴェルスティリアに必ずや栄光をもたらすであろう」
新時代に向けて、国は変わらなければならない。
王と民は、家族のような関係になるべきである。
法王は“兄”となり、民は“弟妹”となる。
これらの言葉の額面通りに受け止めた者は、おそらくいないだろう。
皆、分かっているのだ。
ようするに、これから法王が始める侵略戦争は“家族のための戦いだと思え”ということだと。
だからこのタイミングで称号の変更を行うのだ、と。
女騎士(やはり思った通りだ……)
女騎士(法王はこの大集会で、侵略戦争への布石を打つつもりなのだ)
女騎士の全身にねばつくような汗が浮かび上がる。
しかし、まさか国家元首に食ってかかるわけにもいくまい。彼女にはどうすることもできない。
法王「さて、それでは“神聖法王”に代わる新たなる称号をこの場で述べさせていただく」
法王「私は本日より、君たちの兄となる」
法王「よって――」
法王「私は“神聖法兄”を称することをここに宣言する!!!」
神聖法兄
神聖法兄……
神聖法兄――
神 聖 法 兄
「ふふっ」
誰かが笑った。
つられて他の者も笑った。
笑いは連鎖となり、次々に人々が笑い出した。
女騎士も笑った。白銀騎士も笑った。
やがて法王も笑われてる理由に気づいたらしく、笑い始めた。
大聖堂の数万の笑い声は瞬く間にあらゆる場所に伝播し、国境を越えて世界中の人が笑った。
もはや、争いは生まれようもない。
皆が、笑顔になった――
***** Fin *****
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