私は本日10杯目のカレーライスに挑むことになった。
私は自他ともに認めるカレーライス好きだが、さすがに10杯目ともなるとスプーンを動かす手が重くなる。
山盛りのルーから放たれる食欲をそそるスパイスの香りも、もはや鼻につくものでしかない。
「もう、食べたくない……」
ついつい弱音を吐いてしまう。
しかし、私は食べなければならないのだ。
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「うっ!」
一瞬の気のゆるみが災いし、ルーとライスが胃袋からせり上がり、喉のすぐ下まで迫ってきた。
すぐさま喉に力を込め、せり上がってきたものを押し戻す。
弱音を吐くだけならまだしも、本当に吐いたのでは洒落にもならない。
少量の胃液が舌にまで達したものの、どうにか最悪の事態だけは避けることができた。
皿の上にはカレーライスがまだ半分ほど残っている。
私のすぐ横では、私と同年代の青年がステーキを頬張っている。
彼もまた大の肉好き、脂っこいもの好きを自称しているが、今やその面影はない。
青ざめた表情で、ぶ厚い肉にかじりついている。
大好物のサーロインステーキも、12皿目ともなればこうなるのも仕方ない。
その目に生気はなく、今の彼は「ステーキを食べる人間」というよりは、
「ステーキを食べる人形」と化していた。
私は彼を励まそうとしたが、かえって彼の集中を乱してしまう結果になるかもしれない。
だから私は声をかけるのを止めた。
私の後方では、二人の女子が食事をしている。
一人はケーキを食べ、もう一人はジュースに挑んでいる真っ最中だ。
ケーキを食べている女子は、これで20個目。
我々より一食あたりのボリュームは少ないとはいえ、確実に限界は近づいてきている。
ふと彼女と目があったので、私が大丈夫か、と声をかけると「平気よ、これぐらい」と返してくれた。
強がっているのは明白だった。
ジュースを飲んでいるもう一人もつらそうだ。
キレイなビンに入った果汁たっぷりのジュースを、息継ぎを繰り返しながら飲み干そうと頑張っている。
彼女もこれで、ジュースは20本目ぐらいだったはず。
きっとお腹はちゃぷちゃぷだろう。
しかもケーキとジュース、どちらも血糖値が心配になるメニューである。
しかし、そんなことを気にしている余裕は我々にはない。
なぜなら私たち四人の前には異形の化け物がいるからだ。
むろん、敵対関係にあり、それどころか今私たちはこいつと戦っている真っ最中だ。
先ほどからの食事も、全てこの化け物の攻撃をかいくぐりながら行っているのだ。
といっても、かいくぐりながら食事をすること自体は慣れてしまうとさほど苦ではなく、
やはり問題となるのは満腹や吐き気との戦いなのだが。
そう、私は勇者。
私たち四人は「勇者パーティ」と呼ばれる一団である。
ステーキを食べているのが戦士、ケーキは魔法使い、ジュースを飲んでいるのは僧侶だ。
実は私たちのいる世界では、体力や魔力の回復は薬品や薬草を使うよりも、
カレーライスやケーキといった料理に頼った方が効率がいい。
このため、完成済の料理を大量に持参することは冒険者の間でのセオリーとなっている。
なので、手強い敵との戦闘中は、私たちの消耗も大きくなり、
必然的に激しく動き回りながら大食い大会をするような光景が繰り広げられることになる。
「――ラスト!」
私はやっとのことで最後の一口を飲み込み、10杯目のカレーを平らげた。
これで体力回復。
ようやく攻撃に転じることができる。
化け物に挑むため、スプーンを捨てて剣を握る。
しかし、今日の敵は今までにもまして強力だ。
私はすぐに11杯目のカレーライスに挑むことになるだろう。
― 終 ―
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