女「ねぇ、教科書見せてくれる?」 (43)
ミステリー系
完結済み
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益田先生は、先ほど体調不良で早退されました。
午後一番の日本史の授業にやってきた地理の教師は、そう言ってプリントを配り始めた。
そのまま「自習プリント」と題されたそれは、教科書等を見ながら空欄を埋めていく予習のためのもので、内容も易しければ量も2枚と少ない。どうやら即席でこしらえたものらしかった。
教師が去り、教室が脱力の空気に包まれる中、逸早く自習に取り掛かろうと教科書を開くと、左の席から声が掛かった。
女「ねぇ、教科書見せてくれない?」
そいつは同じクラスの女だった。ほとんど関わりがなかった為気が付かなかったが、どうやら地歴選択も被っていたらしい。
なぜ右隣の自分なんだろうと思って彼女の左隣に目をやると、そこは空席になっていたから、どうやらその人物は欠席で、しかたなく右隣にいた俺に助けを求めてきたらしいとわかった。
俺は了承し、席をくっつけやすいように自分が一つ右の席へずれることにした。彼女も得心して俺が空けた俺の席につく。何の偶然か、今俺が座った席の人間も学校を休んでいたのだ。
女「いやー助かったよ。ありがとね」
男「気にしないでくれ。しかし運が良かったな。マスダは生徒が忘れ物をすると露骨に嫌な顔をするんだ」
女「もしかして経験者なの?」
男「ついこの間の授業で教科書忘れて、休み時間の内に申し出たら溜息ついて舌打ちされたよ」
教科書を広げて、連結させた机の境界線のところに広げる。それから、俺は無意識に、座ったばかりの机の具合を確かめるような感じで机の中を探った。
普段使わない特別教室だから何もなくて当たり前だったのだが、左手に固いものがコツンと触れた。取り出してみると、それは机の上にあるのと同じ教科書だった。
女「あれ、なんで教科書2冊も持ってるの?」
出てきた教科書と俺とを見比べ不思議そうな顔をする彼女に、俺は首を振って否定を示した。
男「まさか。誰かの置き忘れだろう。というか、普通に考えてO君の置き忘れだね」
女「あ、そっか。O君ってそこの席で授業受けてたもんね。あれ、そういえばなんで今日休みなの?」
男「理由までは知らないさ。だれかA組の人間なら知ってるんじゃないか?」
そういって周りと見渡すと、話が聞こえたらしいA組の女子が振り返って、「O君はインフルだよ。昨日から」と教えてくれた。
女「え、インフル出てるんだ。季節外れじゃない?」
男「うちのクラスで流行ってないことは確かだな。でも一年中絶対感染しない時なんてないだろう」
女「それもそっか」
女「けど、教科書置き忘れていくなんてO君もうっかり屋さんだよね。誰かに持って行かれてなくてラッキーだったね」
彼女はそう言って軽く笑うと、何か思いついたように俺の顔を見た。
女「そうだ。せっかくだし私O君の教科書借りようかな。見せてもらっておいてなんなんだけど、二人で一冊じゃ窮屈でしょう? 席戻そっか」
別に窮屈とは思っていなかったが、特に断る理由もないので了承した。
そそくさと席を離し、俺達はプリントの空欄を埋める作業に戻る。
しかしそこで、ある違和感がふと頭に浮かんだ。
―――何故、O君は教科書「だけ」を引き出しの中に置き忘れたりしたのだろう。
日本史は選択科目で、ABの両クラスが合同で行う為、授業は自分の教室ではなく特別棟の空き教室を使う。
だからこそ机の中に置き勉することはまず考えられないし、それよりなにより教科書だけが入っていることが不自然だ。
この教室で引き出しを使うことがあるとすれば、「机の上で邪魔になったものを取り敢えず入れておくため」というのが妥当だろう。
つまり、筆箱や資料集が出てくるならばともかく、一番使用頻度の高い、常に広げているはずの教科書だけを仕舞う訳がないのだ。
そういえば、どうして俺は教科書をO君のものだと断定したのだろう。裏面の記名は一度も確認していない。
男「悪い、ちょっとその教科書貸してほしいんだけど」
女「うそ! 丁度私もこれ見て欲しかったんだ」
男「? その教科書がどうかしたの?」
女「見て見て! この教科書落書きだらけなの。しかもすっごい上手いんだけど! O君って美術部だったっけ」
少し興奮した様子で、彼女は俺の机に教科書を広げた。
余白という余白に登場するイラストはどれも線が多く書き込まれていて、遠目には黒ずんで見えるほどの存在感があった。
書かれていた多くは漫画のキャラクターなんかで、他にもデッサン調の動物や、益田先生の似顔絵などバリエーションも豊かだ。
男「確かにかなり上手いと思う。落書きのレベルを超えてる」
女「ね? ね? すごいでしょ」
何故か誇らしげな態度の彼女にああと応え、俺は教科書を手にとってパラパラめくった。
ざっと見ても、大体1/3は落書きで埋め尽くされている。
O君が美術部員だということは俺もなんとなく知っていたので、これが彼の教科書であることは間違いないらしい。
彼女に譲って座ったO君の机にも、似たようなタッチの落書きを見かけたのだ。
けれど一応、俺は教科書の裏表紙を見ておくことにした。
O君の名前はどこにも入っていなかった。
他の部分に記名があるのかもしれないと考え、背表紙や小口、天を覗いたがいずれも名前は見当たらなかった。
もしかしてO君は持ち物に名前を書かないのだろうか。俺はぼんやりそんなことを考えてみたが、そういえば日本史の授業ではまずはじめに全員が教科書に記名をさせられたのだったと思い出した。
時期的に考えて、名前が擦れて自然に消えたとは考えにくい。
従って裏表紙の欄の空白は、一度書かれた名前が消されたことを意味している。
そう思ってまじまじと見てみると、いやはや、記入欄の部分だけ周りから浮き上がったみたいに紙面の艶がない。
指でなぞってみると、ザラザラと紙面が荒れているのだった。
日本史のクラスは全員で18人で、教室には、縦3人の横6列の形に生徒が収まることになる。
俺は左から3列目の3番目(つまりは真ん中ブロックの最後尾)の席に座っていた為、教室を後ろからぐるりと眺めることが出来た。
そして今、俺はある明確な目的を持ってプリントと格闘する彼らを眺めた。
どうも今回教科書を忘れてきた人間は隣の彼女だけではなかったようだ。
たとえば左から1列目の最前列にいるA組野球部の男子生徒。
一番右の列の前から2番目にいる髪を2つに縛った女子生徒。
この三人が教科書を忘れ、それぞれ隣接する席の人間にそれを見せてもらっている。
俺は、隣りにいる彼女を含めたこの間の抜けた3人を注意して観察した。
野球部の彼は、机の左側に半透明なファイルケースを引っ掛け、隣の女子生徒の教科書を懸命に覗いてプリントを埋めていた。
廊下側である一番右列で髪を二つに縛った彼女は、机に引っ掛けた緑のリュックサックに背を向け、教科書を机に広げた左隣のメガネの女子生徒と仲良くおしゃべりをしていた。
最後に俺の隣りにいる彼女は、紫のアウトドアのバッグからペットボトルのお茶を取り出して飲んでいる。
俺は両腕を宙に突き出して深い深呼吸をした。
この不思議な出来事についてある見通しがたったのだ。
2
俺はトイレに行ってくると言い残して、自習中の特別教室を後にした。
それから、扉がピタリと閉められた授業中の地理の教室の前を過ぎて、まっすぐに一階の生徒玄関へ向かう。
トイレですとは言い切れない所まで来てから、もしも教師に出会ったらなんと言い訳しようかと思案したが、どうも杞憂に終わったらしい。一階の生徒玄関には誰もいなかった。
ロッカールームも、下足箱も、朝や休憩時間の光景が嘘のようにガランとしている。
俺はロッカールームを一度通りすぎて、下足箱へと歩いた。
我が校のロッカーは施錠型で、鍵は生徒一人ひとりが個人で管理する。ロッカーには教科書やジャージ類、鞄、貴重品などあらゆるものを収納するため、鍵を家に置き忘れるとその日一日が大変なことになる。
従って、生徒はほとんど全員が鍵を上履きと一緒に下足箱に入れて帰っていた。
持って帰る人間も勿論一定数はいたようだが、やはり置き帰りが大多数だった。
きっとO君も下駄箱の上履きの真下に鍵を置いて帰っているに違いない。
俺はそんな考えから、こっそりここまで来ていたのだ。
『A-5番』と書かれたシールを目印にO君の下駄箱を開けると、まだ汚れていない上履きが揃えて置いてあった。
俺はある確信を持って、両方の上履きを持ち上げた。
間違いない。下駄箱のなかはもちろん、上履きの中にも、扉の裏にも、鍵は隠されていなかった。
確信は強度を増し、俺の中で、おそらく間違いのない一つの考えが生まれた。
O君の教科書は、O君の知らないうちに、誰かの為にあの教室に隠されたのだ。
一時中断
3
5時間目の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
教師の居ない日本史のクラスに号令はなく、各々が身勝手に教室を出て行く。
俺は荷物をまとめたが、椅子からは立ち上がらずに居た。
そんな俺に不思議そうな目を向けながらも女が教室から出て行くと、あとには二人だけが残った。
俺と、野球部の中村だ。
中村は、いやにゆっくりと帰り支度をしている。俺にはそんなふうに見えていた。
いつまでも教室から立ち去らない俺を不思議に思ったのか、中村はとうとう振り返って尋ねてきた。
中村「どうしたんだよお前。次の授業があるだろう?」
男「それはお前にも言えることだよ」
俺はそう言ってから、セカンドバッグの中身を取り出して付け加えた。
男「それに俺はこの後生物の授業になっている。生物室はこの真下なんだ」
俺は、中村がどこか焦りにも似た表情を浮かべたことを見逃さなかった。
中村には、この教室でやりたいことがある。そしてそれは、俺がいては到底達成ができないことなのだ。
俺がいつまでも席を立たないでいると、中村は観念したように立ち上がった。
しかしそれは俺になにか感づかれたとか、そういったことは全く危惧していない、単純にイレギュラーな事態に対応しようとしているに過ぎない観念だった。
おそらくこの男は、教科書の回収を後回しにすることにしたのだろう。いや、もしかしたらここを去ったように見せかけて、俺がいなくなってからひょっこり戻ってくるつもりかもしれない。
俺は時計を見て、そろそろこの男を脅かしてやる頃合いかなと考えた。
男「ところで中村。俺は、今日学校を休んだO君がいつも座っているこの机から、彼のものだと思われるこの教科書を見つけたんだが」
俺はO君の教科書を右手で振りながら、中村の目を覗き込んだ。
奴は瞳の奥で一度慄いたようだが、まだこれを単なる世間話の一環として俺が話していると思っているらしかった。
男「なんでこの教科書がここにあるのか疑問に思えて仕方ないんだ」
中村「どの辺が疑問なんだ? 別に変なことじゃないだろう。なんせここはいつも日本史で使ってるんだから、誰かが机の中に教科書を忘れていくこともあるさ」
男「マスダはいつも教科書に準拠した授業をする。生徒を指して音読させることも頻繁だ。この授業で常に用いられる教科書が、ねえ君、机においていられないほど邪魔になることがあるかな?」
中村「確かにお前の言うことも一理あるけど、だからといって必ずしも机の中に教科書を仕舞わないなんて言い切れないんじゃないか?」
男「ああ、絶対に有り得ないとはいえないな。お前の言う通りだ」
男「でもな」
男「この教科書に限っては、絶対にここにあるはずがないものだったんだ」
中村は眉をひそめ、俺が何を言っているのかわからないというような顔をした。
俺は言葉を続ける。
男「実は俺とO君とは気軽に言葉を交わす仲なんだ。芸術科目で知り合って仲良くなったんだが、この授業でも隣同士だろう? だから日本史の授業の後は、よく二人で行動してたんだ」
男「でも最後に日本史の授業があった一昨日、俺は教科書を忘れてしまってね。それでその日は隣の席だったO君に見せてもらって授業を乗り切ったんだよ」
男「そこまでは良かったんだけど、その授業が終わって教室を出て行く時、俺が間違ってO君の教科書を持ち去ってしまったんだ」
男「尤もその日は帰り際に気がついて、放課後O君にロッカーの前で返せたんだけど……」
男「つまり何が言いたいかといえば、俺は目の前で教科書をロッカーに仕舞っているO君を目撃しているんだよ」
男「そしてその翌日である昨日からO君はインフルエンザで学校に来ていない。これはもしかしたら他の生徒に教科書を貸したかもしれないという可能性を否定できる事実だ」
中村「!」
男「だからこの教室に、まるで前の授業の時の置き忘れかのような形で『自然に』教科書が残されているのは『不自然』なのさ」
中村は、俺がなにを暴こうとしているのか、そろそろ気づき始めたに違いない。
実は見せてもらったO君の教科書を間違って持ち去ったという話はまったくのデマなのだが、中村にはそれが否定出来ないのだ。上位スクールカーストである野球部が、俺達のような目立たない男子のお付き合いを知る訳がないのだから。
男「でも、今日間違いなくこの教科書はこの机の中にあった」
男「このことが何を意味しているのか……」
男「それは、この教科書を何者かがO君のロッカーから持ち去ったということだ」
中村「確かにその可能性はある。けど日本史の選択者は俺達全員で18人だぞ。Oを抜いたとしても17人だ。この中からどうやって犯人がわかるっていうんだ?」
男「いや17人じゃない。実際、教科書を盗んだ奴がいるとすれば3人に絞られる」
中村「なんでそう言える?」
男「教科書を欲しがるのは、教科書を持たない奴だけだからさ。忘れ物は当然マイナス評価にもなるし、マスダは特に厳しくもあった。隣の席の奴に見せてもらうのも申し訳ないもんだ」
男「だから教科書を盗んだのさ」
男「しかも、この教科書に残されたある重要な手掛かりから、犯人像を想像することができる。どんな手掛かりが残っていたかわかるか?」
中村「俺はその教科書を見ていないからな、わかるわけないだろう」
男「この教科書、名前が書かれてないんだよ。日本史で初めて教科書が配られたのもまだ記憶に新しいだろう? 俺達は最初、マジックで名前を書かされたはずだ。わざわざ反抗して名前を書かなかった奴がいるとは考えられない。マジック自体も、マスダが順番に配ったものだった」
男「ということはだ。この教科書にあったはずの名前は、何者かが意図的に消し去ったということになる。まぁ油性で消えないから消したというよりは砂消しなんかで削ったんだろうがな」
男「ではなぜか。それはO君の名前を消した上で新しい別の名前を書くために他ならない」
男「つまり犯人は教科書を借りるのではなく、奪おうとしたことになる」
中村「じゃあなんで教科書が机の中にあるんだよ! おかしいじゃないか! 奪おうとしたのならわざわざ返してやる訳がない!」
中村はとうとう声を荒げた。
俺は奴の実質的な自白の態度を冷めた目で見ながら、O君の教科書をヤツの眼前で広げた。
そこにはおびただしいほどの落書きがある。
中村「ッ!!」
男「奪えなかったのさ。この本は広げただけで、あらゆるページが持ち主のことを雄弁に物語ってしまう。教科書を奪おうとまで考える犯人なら、おそらくそいつ自身の教科書は使えない状態にあると推察できる。多分なくしてしまったんだろう」
男「そして今回の犯行に及んだわけだが、奪った教科書を自分のものにしてもそれはすぐにO君のものだとバレてしまう」
男「それで仕方なく教科書をロッカーに戻そうとしたが、犯人が落書きに気づいた時は、すでに授業が始まる寸前だった」
男「最前列である犯人の席は、授業が始まってしまえばマスダから丸見えになる。そんなところで堂々とあの本を広げられるわけがない。第一教科書への落書きなんて、一番後ろのO君だからこそできた芸当なんだ」
男「さて犯人はなんとかして教科書を隠さなければならなくなった。しかし考える時間は与えられず、もうすぐ教室には昼休みを終えた日本史受講者が来てしまう」
男「それで犯人はとりあえずバッグの中に教科書を隠そうとしたが、不運にも彼のバッグは外から中身が見えてしまうタイプのものだった」
男「ちょうど中村。お前が持っているファイルケースみたいに、な」
中村「!!!」
男「引き出しの中に隠しても後ろの人間に見つかってしまう恐れがある」
男「教室の中でほかに隠せそうな場所もない」
男「むしろ全く関係ないところから出てきた方が事件性が強まってしまう」
男「そんな中で犯人は、持ち主であるO君の席に戻すことを思いついた」
男「それなら、万が一発見されても彼が忘れたんだろうということで誰の印象にも残らない。他の場所から発見されるよりはるかに安全だと思ったんだろう」
中村は怒りとも恐れともわからないような厳しい表情で俺の話を聞いていた。
あと3分足らずで最後の授業が始まってしまう。
男「ところで、俺はさっきの時間、トイレにいくふりをして玄関まで行ってきたんだが、O君の下駄箱から鍵は見つからなかった」
男「けれどO君は一昨日、俺が誤って持ち去った教科書を返した時、確かに上履きの下に鍵を置いて帰ったんだ」
男「失くなったその鍵。中村、お前持っているよな?」
きっと中村は、ロッカーから抜き取った教科書を完全に自分のものにする為にO君の名前を消し、中村充と書いたのだ。
本来であれば、これで確かに日本史の教科書の―――"歴史の洗浄"は完了するはずだった。
しかし授業開始の前になって、実は本の中身が落書きだらけだったことに気がついた。
消しても消しても追いつかない、どころか、かなりの筆圧で書かれたそのイラストをどうしても消し去ることができなかった中村は、急いで自分の名前を砂消しで削り、教科書を隠し、他人の目を盗んで再度O君の名前を書くことで事件をなかった事にしようとしたのだろう。
教科書を机に隠す時、すぐにO君の名前を書かなかったのは、きっと筆跡の違いで即座にバレると思ったからだ。
O君は昨日からインフルエンザで休んでいる。
インフルエンザの人間が、一日二日で復活することはまずあり得ない。
O君と同じA組の中村は当然それを承知していたから、一々鍵を下駄箱に戻すことはしなかったはずだ。
出席番号で自分とは離れた位置にあるO君の下駄箱を中村が触る所は、絶対に目撃されてはいけないのだから。
ゆえに、多分鍵は中村が持ったままになっていて、それが今回の犯行の動かぬ証拠になる。
いつの間にか落ち着きを取り戻した中村が、まっすぐに俺の目を見ていた。
中村「……どこにあると思う?」
俺「そうだな。休み時間のロッカーの中は人の目に触れやすいから、馬鹿正直に見える所にはあるまい。ロッカーにあるなら、更に学生鞄の中なら安全そうだ。もしくは、そうだな、臨機応変に対応するために俺なら財布の小銭入れの中にでも入れて持ち歩くが、どうだろう?」
中村は、諦めたように笑ってブレザーの内ポケットから黒い財布を取り出した。
間もなく、広めの小銭入れの中から赤い札のついた鍵が姿を現す。
中村「参ったな。まるで見ていたみたいじゃないか」
中村は力なく椅子に腰を落とすと、脱力した顔で薄く笑った。
俺は、O君の教科書を静かに彼の目の前に置いて、教室の出口まで歩いた。
それからいつまでも動く気配のない背後を振り返って、乱歩の小説のあの探偵のように言った。
男「約束しよう。俺は決して君のことを誰かに話したりなぞしないよ。ただね、俺の判断が当たっているかどうか、それが確かめたかったのだ」
fin
お付き合いありがとうございました
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また書いたら読んでください
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