みく「にゃーにゃーにゃー」 (23)

「にゃっ」

 と猫じみた声を上げて、みくは目覚めた。

「にゃーにゃーにゃー」

 あれ、おかしいな。普通に喋ろうとしたけど、言葉が出てこない。

 どうして猫語しか言えないの? 声帯が猫のそれに変わっちゃったとか?

「っにゃ、にゃにゃにゃっ。にゃにゃにゃんにゃ!(って、それどころじゃない。もう時間だ!)」

 今日は休みだけど、事務所に行かなくちゃいけないんだ。時計から目を逸らして、さっそく支度に取り掛かる。

 少し寝過ぎちゃったかな? 間に合うと良いけど……。

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「にゃにゃにゃんにゃにゃにゃ!(おはようございます!)」

 と言ったつもりだけど、やっぱり日本語が出てこない。案の定、みくの意味不明な言葉を耳
にした未央チャンが、目を輝かせて近づいてくる。

「どしたの、みくにゃん」

「にゃーにゃーにゃにゃにゃ」

「さすがの私でも猫語は理解できないかな」

「にゃーにゃーにゃーっ!」

 駄目だ、ちっとも通じない。未央チャンの頭上には疑問符が浮いている。

「もしかして、みくにゃんに猫が憑りついたとか!」

「にゃにゃんにゃ!(違うにゃ!)」

「そうに違いない! 本物のみくにゃんを返せー!」

「ふにゃーッ!」

 未央チャンの機敏な指先がこちょこちょとわき腹をくすぐる。

 く、くすぐったいにゃ!

「にゃはははははっ!」

「ほらほら、ここがいいのかなー?」こちょこちょこちょ

「にゃあっ、にゃにゃにゃっにゃにゃ!(にゃあっ、ギブアップにゃ!)」

 目に涙が滲んできた頃、未央チャンは、ようやくわき腹に這わせていた指を放す。乱れた呼
吸を整えながら、これからどうしたものかと考える。

 Pチャンが来るまで事務所にはいなくちゃいけないし……。

 結論。今の状況に耐え忍ぶしかない!

「まだ抵抗するか名も無き猫よ……」

 乗り気な未央チャンは、瞳に好奇心の光を揺るがせる。間違いない、まだ何かを企んでいる
眼つきだ。

「ふしゃーっ!」

 全身の毛を逆立てるように、口から威嚇する声を上げた。その剣幕に、未央チャンはびくっ
と反応する。

「怒ってる!? ならば……」

 さっと懐から取り出したのは、猫じゃらし。未央チャンはそれを片手に、みくの許へそろり
と足を進める。

 なんでそんなモノ常備してるにゃ!

「ホントはみくにゃんと遊ぶつもりで買ったんだけど、まさか本物の猫に使うことになるとは
ね。猫キャラだけに、みくにゃんはただの猫かぶりだから。ちょっと痛いし」

 何気にディスらないで欲しいにゃ!

「食らえ化け猫!」

 未央チャンは、右手の猫じゃらしを出鱈目な動きで振り回した。ふっ、みくがそんなモノに
反応するわけ――

「ふにゃああああっ!」

 あ、あれ!? 身体が勝手に動いちゃう! みくは左右に振られる猫じゃらしを追いかけ、
本能のままに飛び掛かる。

「やっぱ猫だこれ! みくにゃんじゃない! あの子、そこまで痛くないもん!」

「にゃにゃんにゃにゃにゃにゃにゃー!(痛いとか言うなー!)」

 抗議しながらも、みくの身体は猫じゃらしを追いかけ回す。

左右にふらふら、上下にふらふら。

 ……縦横無尽に振られる猫じゃらしを、目が追いかけちゃう。それにつられて、身体も反応
する。それこそ本物の猫みたいに。

「ほい! ほい! 今度はこっちだ!」

「にゃあ! にゃあ! ふにゃあ!」

「あはは、面白い!」

「にゃああぁ……」

 指先が猫じゃらしを掠めた時の、得も言われぬゾクゾクとした刺激。ああ、堪らないにゃ!

 それに……。

 みくの目は猫じゃらしとは別に、ひらひらと揺れる未央チャンのスカートをも捉える。

あの中、狭くて良い感じかもしれない。

 一たびそう考えてしまうと、身体の疼きが止まらない。

 ――も、もう我慢できないにゃ!

「ふにゃあああ――ッ!」

「へ?」

 頭を低く下げ、抉り込むように未央チャンの懐へ入る。そのまま低弾道のタックルをスカート内部に
かました。

「ふにゃぁ~」

「え、わああああっ!?」

 薄暗くて、少し蒸している。どことなく甘酸っぱい匂いの漂う空間に、みくは快楽に蕩けた
声を漏らす。……うーん、落ち着くにゃ。

「ちょ、そんなに動かないで……んぁっ! そ、そこ、ダメだって! 頭グリグリしないで
ぇ……っ」

 珍しく、未央チャンが困惑したような声を上げる。でも、それだけじゃにゃいような?

 そんな疑問を深めていると、何の前触れもなく事務所のドアが開かれた。ギギ、と少し軋ん
だ音が耳に届く。

「――おはよう、み……お……?」

 声の主は李衣菜ちゃん。そう呟いたきり、口を噤んでしまったようだ。

 ……というか、この状況ヤバくないかにゃ!? めっちゃ誤解してるよね! でも、みくの
顔は見えていないから、正体はばれていないはず!

「みくちゃん……みおちゃん……」

 バレてるにゃあああぁっ! なんで分かるの!? みく、一言も発してないよね!

「分かるよ、匂いで……」

 匂いで!? というかさり気なく心読まないでよ! 

「二人とも、そういう関係なんだ……。みおちゃん、ずるいよ……」

「ずるい!? いや助けてよ!」

「ねえ、私のパートは? エアでかき鳴らすのはもう嫌だな……」

 李衣菜ちゃんは一体なにをエアでかき鳴らしてるの!?

「だあああ! まずみくにゃん、いい加減にスカートから出ろおおお!」

「ふにゃああああっ!」

 業を煮やした未央チャンに、無理やりスカート内から追い出されてしまった。

 みくは転びそうになるも、俊敏な身のこなしで一回転、床に着地する。

「誤解しないでね。事の発端は――」

 未央チャンが事情を語り終えると、李衣菜ちゃんは納得したように頷いた。

「なるほど、みくちゃんが猫に……」

 そうにゃ、みくは変態じゃないにゃ!

「なら、良い考えがあるよ」

「え、どんな?」

「ちょっと待ってて」

 李衣菜ちゃんは事務所から出て行くと、その十分後に戻って来た。手には買い物袋が提げら
れている。

「みくちゃんが猫に憑りつかれたか、その真偽を確かめるにはこれだ!」

 そう言って袋から取り出したのは……コンビニ弁当? 李衣菜ちゃんは真顔でその蓋を開け
ると、付属の割り箸で何かを摘まみ上げた。

「うにゃっ!?(お魚!?)」

 猫キャラなのに苦手な食べ物。それを、李衣菜ちゃんはビシっと突き付ける。

「さあ食べて!」

「にゃ、うにゃ……っ」

 無理、ぜったい無理! ……のはず。だけど意思とは関係なしに、身体が引き寄せられる。
勝手に口が開き、突き出されたお魚の切れ身をぱくり。もごもごと咀嚼してしまう。

「ああっ、みくにゃんがお魚を! これは、やっぱり私の想像通り……」

 そ、そんな。みくは猫じゃない! みくは、みくなんだよ!?

 ……このまま、皆に誤解され続けたら? 

 ずっと猫の言葉でしか喋れなかったら? 

 みくは、もう皆と仲良くできないの? 誰も、みくの気持ちを分かってくれないの? どこ
ろか、みくはずっと猫として……。そ、そんなの――っ!

「待って」

 そこで、李衣菜ちゃんの冷静な声が割り込んだ。

「違うよ。この子は、猫じゃない」

「え、どうして?」

「よく見て。みくちゃん、顔をしかめてる」

「あ……っ!」

 ……李衣菜ちゃん!

「どころか、薄く涙まで滲ませて……。いくら猫っぽくなっても、身体の反応は誤魔化せない
みたいだね」

「つまり……猫に憑かれたとかじゃなくて。みくにゃんに猫の本能が備わってただけ、って
こと? どうして?」

「それはたぶん……」

 李衣菜ちゃんの目が、壁に掛けられたカレンダーへ転じる。

「今日が二月二十二日。猫の日だから、だと思う」

 ……な、なるほどにゃ! よく分からないケド!

「……それで、みくにゃんはどうするの? こんな調子じゃ、今日は仕事にならないだろう
し。色々と不都合も……」

「それは問題ないよ」

「にゃ?(え?)」

 先に続く台詞を、李衣菜ちゃんは赤面しながら言った。



「……今日一日だけ。私が、みくちゃんを飼うから」

「ふにゃああああああっ!?(えええええええっ!?)」




 その後、二人でにゃんにゃんした。みくの猫化は翌日あっさり解けたにゃ!

                                     
   
                                 おわり

短いですが以上です。少しでも楽しんでいただければ幸いです

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