朝潮「初恋の、ビターチョコレート」 (111)
基本台本書き、書き溜めです
設定キャラクター等違和感あったらごめんなさい
朝潮「以上、注意してください」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455625587
朝潮「バレンタイン?」
大潮「そう、バレンタイン!最近鎮守府内はその話で盛り上がってるよ!」
荒潮「バレンタインねぇ。朝潮姉さんにはちょっと分からないんじゃないかしらぁ」
大潮「ええっ、いくら何でもそれくらいは知ってるでしょ!ねぇ?」
朝潮「ええ、知っているわよ」
大潮「ほら!」
朝潮「ヴァレンタインの語源はウァレンティヌス。バレンタインデーとは、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日だと、主に西方教会の広がる地域において伝えられていたの」
大潮「え、えぇ~……?」
荒潮「あら~、博識ねぇ」クスクス
朝潮「まぁ……冗談はさて置いて」
満潮「え”っ?あんた、冗談とか言えたの!?」
大潮「そこで食いついてくるんだ……」
朝潮「バレンタインとは女性が好意を持つ男性にチョコレートを送る日。それくらいは私も勉強しているわ」
朝雲「う、うーん?間違ってないというか合ってはいるけど、朝潮姉さんが言うと何か雰囲気を感じないというか……」
山雲「朝潮姉ぇってー……クリスマスの時も思ったんだけどぉ。イベント行事も『楽しむ』と言うより、『学ぶ』姿勢で居るわよね~」
朝潮「艦娘として生まれ変わってから、知らないことだらけの世の中なんだもの。日々が学びの毎日、学ぶことで司令官の助けにもなるはずだから」
大潮「うううぅ……ダメダメ!ダメだよそんなんじゃ!戦うときは戦う!勉強するときは勉強する!遊ぶときは遊ぶ!そう、楽しいことに対してはもっとアゲアゲで楽しまなくちゃ!」
朝潮「私だって楽しんでいるわよ?新しい知識、経験が入ってくる毎日が楽しいわ」
大潮「そういうことを言ってるんじゃなくてぇ!」
朝潮「?」
大潮「うぅ……クリスマスはみんなはしゃいでいたのに……姉さんだけは……」グスッ
朝潮「大潮。ケーキも美味しかったし、とっても楽しい雰囲気だったから。だから落ち込まないで、ね?」ナデナデ
山雲「それってぇ……フォローになっているのかしらー。ねー」
朝雲「確かにまぁクリスマスの時はいつもより笑顔が多かったし、楽しんではいたんでしょうけど」
満潮「まぁ、姉さんに対して『頭空っぽにしてはしゃぎなさい』なんて難しい課題でしょ。諦めなさいって」
朝潮「と、そろそろ行かないと」
満潮「ああ……確か午後は秘書艦だったっけ」
山雲「もうちょっとー、ゆっくりしてからでも良いんじゃないかしら~」
朝潮「艦娘たる者、10分前行動は基本よ、山雲」
荒潮「うふふふふ、相変わらずねぇ。どこかのメガネちゃんや引きこもりさんに、姉さんの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわぁ」
朝潮「それに、霞のことが心配だから……あの子、また司令官に迷惑を掛けていないかと」
大潮「あー、霞はねぇ」
朝潮「……うん。様子見がてらに、もう行くわね。何かあったら執務室を訪ねてちょうだい」パタン
大潮「いってらっしゃーい!」
荒潮「うふふ、霞ちゃんや満潮姉さんの態度はある意味好意の裏返しでもあるのに……姉さんはそうは捉えられないんでしょうねぇ」
満潮「ちょっ、ちょっと!何でそこで私の名前が出てくるのよ!」
一二五〇 鎮守府 執務室前廊下
朝潮(服装、良し。髪の乱れもなし。うん、いいわ)
朝潮(昨日時点での任務の進み具合も把握してあるから、午前の業務分を霞と引き継いで……)
朝潮(さぁ、今日も頑張りましょう!)スッ
<ちょっと、ちゃんと聞いてるわけ!?
朝潮「……」
<この、クズ司令官!
朝潮「あの子は、また……!」
コンコン
朝潮「失礼します!」ガチャ
霞「え、あ、朝潮姉さん!?うそ、もうそんな時間?」
朝潮「司令官、午後の秘書艦を務めます、朝潮です!よろしくお願い致します!」
司令官「お、今日も真面目可愛いな。待ってたよ」
朝潮「はい、恐縮ですっ!……霞。声が執務室の外まで響いていたけれど、何を騒いでいたの?」キッ
霞「別に、何でもないわ。……はいこれ、午前の業務分よ」バサッ
朝潮「え……ちょ、ちょっと」
霞「じゃあ私は遠征に行ってくるから。クズ司令官、朝潮姉さんが秘書艦だからって午後はなまけちゃダメよ」バタン
朝潮「霞っ!……もうっ」
朝潮「申しわけありません、司令官!いつもいつも妹が……」
司令官「構わないさ。最初こそびっくりしたけれど、近頃はすっかり慣れちゃったし」
朝潮「あの子、本当は良い子なんです。その……ちゃんと、後で注意しておきますから!」
司令官「ああ、良いんだ朝潮。霞が良い子なのは知ってる。今のもね、僕が悪かったから霞に非はないんだ」
朝潮「そうなのですか……?」
司令官「うん。昼を取ったからかその、執務しながらちょっとだけ居眠りしちゃっててさ。霞はそれを注意してくれたんだよ」
朝潮「そ、そうだったんですね。……それにしても、言い方が……」
司令官「言い方はきつかったかもしれないけれど、それも彼女の個性だからね。それに、きつい口調だからって霞は心から相手を貶したり蔑んだりはしない。全部艦隊を思ってのことなんだよ」
――――――――
――――
――
霞『バッカじゃないの!?仮にもこの鎮守府の指揮官な訳でしょ?その自覚、持ってるわけ?』
霞『平時だからって気を抜いてたら、痛い目見るわよ?いつ何時、緊急の連絡が入るかも分からないんだから!』
霞『アンタがそんなだとみんなが迷惑するの!何よ、まだ眠そうな顔晒して』
霞『いい?昼に眠くなる位なら夜にもっとしっかり休みなさい!耐えられないなら、意識が落ちる前に時間決めて仮眠でも取りなさいよ!』
霞『ちょっと、ちゃんと聞いてるわけ!?ああもう、見てらんないったら!……ほら、コーヒーでも入れてあげるからそれ飲んで頑張りなさいな!この、クズ司令官!』
――
――――
――――――――
司令官「不器用なとこもあるしきつく当たりがちだけど、なんだかんだ優しいんだ、あいつは」
朝潮「……」
司令官「ま、僕はこんなだからさ。本気であきれられている部分もあるだろうけどな」タハハ
朝潮「そ、そんなことありません!司令官は立派な方です!」
司令官「はは、ありがとう。そうだな、立派な方ってのになれるように、頑張らないとね」
朝潮「いえ……」
朝潮(司令官は、立派です。だって、こんなにもちゃんとみんなを、妹のことを見てくれているのだから)
朝潮(朝潮は本当に素晴しい上官に恵まれました。尊敬しているだなんて、一個人の感情を伝えるのは差し出がましくてとても出来ないけれど……)
朝潮(それでも。一艦娘としてこの人に、私の全てを捧げてついて行きたい)
朝潮「……司令官!朝潮はいつでも任務に取りかかれるよう、準備出来ています!どうぞ、ご命令を!」
司令官「おっ、さすがだな。よっしゃ、じゃあいっちょ頑張りますかね!」
朝潮「はい!」
二一三〇 朝潮型の部屋
霰「ふぅ……ただいま」
大潮「おかえりーっ!遠征はどうだった?」
霰「うん……大成功、だったよ」
朝潮「霰、お疲れ様。今丁度山雲と朝雲と荒潮がお風呂に入っているから、行ってくると良いわ」
霰「ありがとう、そうする、ね。姉さんも……秘書艦。お疲れさま」
朝潮「ええ、ありがとう」
満潮「あれ、霞は?」
霰「司令官に、報告……」
大潮「霞が報告かぁ。大丈夫かなー」
朝潮「大丈夫よ、きっと」
大潮「あれ?一番心配がるかと思ったのに」
満潮「不思議なこともあるものね」
二二二〇 朝潮型の部屋
霞「今帰ったわ」
荒潮「あら~、霞ちゃん、ずいぶん遅かったわねぇ。うっふふふ、司令官と何かあったのかしらぁ」
霞「はぁ……何もないわよ、荒潮姉さんは相変わらずすぐ変なこと言うんだから」
荒潮「うふふふふふ」
霰「霞は、執務室から直接、お風呂に来たんだよ……ね?」
大潮「そうだったの?」
霞「ええ、まぁ。潮風でべたべただったし、早いとこシャワーを浴びたかったから。今日は疲れたしね」
朝雲「布団は敷いて置いたから、すぐにでも寝れるわよ」
朝潮「もう二二〇〇を越えているし、みんな歯を磨いて着替えて、布団に入ったら消灯しましょうか」
大潮「さんせーい!」
霞「よいしょ……」ゴソゴソ
朝潮「霞」
霞「朝潮姉さん……なに?」
朝潮「昼は、ごめんなさい。あなたを責めるような目で見てしまって……」
霞「良いわよ。自分の口調のきつさは知ってるつもりだし」
朝潮「ううん……司令官から聞いたわ、あなたが気を遣ってくれていたこと」
霞「別に……そんなんじゃないわ」
朝潮「司令官、『折角コーヒーを入れようとしてくれたのに、悪かったな』って言っていたわ。私からも……ごめんなさい」ペコ
霞「だ、だから良いってば……何で姉さんが私に頭を下げるのよ」
朝潮「霞」
霞「な、何よ」ビク
朝潮「司令官からの伝言よ。『今度、美味しいコーヒー入れてくれ』……確かに伝えたわ」
霞「……そう」
朝潮「……」
霞「……ふふっ。何それ、バカみたい」クスクス
朝潮「……」クスッ
霰「みんな……いい?電気、消すね」パチッ
山雲「今日も~、一日お疲れさまー」
朝雲「と言っても、今日は仕事らしい仕事をしていなかったからあまり疲れていないんだけれどね」
満潮「朝潮姉さんと霰と霞以外は、特に動きもなかったし……」
霞「そういう姉さんは明日遠征じゃなかった?」
満潮「ええ、そうね。いくつかのちっさい企業の輸送船の海上護衛任務だけど」
山雲「一日、出ずっぱりになるわねー。早く寝なきゃ~」
満潮「別にそんな大変じゃないわよ。というか、早く寝るよりも寧ろそろそろ二二〇〇の就寝時間を遅くしたいくらい何だけれど」
荒潮「時報担当は別としても、そもそも私達、何でいつもこんなに早く寝てるのかしらねぇ」
朝雲「暁型の子達だってまだ起きてる時間よね……」
大潮「うぅ……なんだか意識したら本格的に寝れなくなってきた!」
朝潮「うーん、そうね……確かに目が冴えてきたわ」
大潮「……そうだ!8人で怪談でもしない!?話なら寝ながらでも出来るし!」
荒潮「うふふ、良いわねぇ」
満潮「はぁ!?意味わかんないから!却下!」
朝雲「わ、私も怪談って気分じゃないかなー……」
霰「Zzz」
大潮「えー、そっかぁ……。……あ、じゃあ!」
大潮「恋バナしようよ、恋バナ!」
満潮「こ、恋バナぁ!?それこそ意味分からないわよっ!」
霞「そうよ、そもそも恋バナって言ったって対象がいないじゃない対象が!」
荒潮「あら~、対象なら居ると思うんだけどなー?」
霰「誰があんなクズを対象として見るって言うのよ!」
荒潮「うっふふふふ。霞ちゃん、私まだ誰が対象とは言っていないわよ?」
霞「っ!」カアァッ
朝潮「?」
大潮「朝潮姉さんは何かあ……る?」
朝潮「恋バナ?恋話し……で合っている?」
大潮「う、うん」
大潮(しまった……振っておいて何だけど、お姉さんから何か出てくるとは思えない……)
朝潮「そうね……」
朝潮「女性として生まれ変わった以上、いずれは誰かと結ばれることがあるかもしれないわね」
大潮「うん……」
朝潮「……?」
大潮「……え、それだけ?」
朝潮「ええ。……付け加えるとしたら、今は毎日が戦いの日々だし、私自身はまだそういったことはないと思う……って言うことくらいかな……」
朝雲「まぁ、そうなるわね」
山雲「あー、今のってぇ、日向さんの真似ー?」
朝雲「いやいや、違うわよ」
大潮「ううぅ……分かっていたけど……分かっていたけどぉ!」
大潮「それでもさぁ!何かないの!?こう、ちょっとキュンとしたというかドキッとした経験というか!」
朝潮「不覚にも敵に背後を取られたときとかはドキッと……」
大潮「そうじゃないっ、そうじゃないのぉ!」
荒潮「やっぱり、姉さんは手強いわねぇ?大潮姉さん」
大潮「きっと朝潮姉さんは、初恋の甘酸っぱい味も知らないんだ……」クスン
朝潮「恋に味なんてあるの……?」
大潮「あーあ。もうすぐバレンタインだし、丁度良い話題だと思ったのになー……」
荒潮「そっか、バレンタインねぇ……明日辺りチョコレート、買いに行こうかしらぁ」
霰「ふんっ。バレンタインとか、そんなものに浮かれてるヒマがあるなら練度の一つでも磨くわよ」
満潮「そもそもチョコなんて作ってもあげる相手が居ないわよね」
朝雲「2人とも相変わらずつんつんしてるわね……」
大潮「あれ?でも霞と満潮、この前街中のスーパーで2人でチョコ買ってなかった?」
満霞「!?」
霞「み、見てたのアンタ?」
大潮「うん、ばっちり!」
荒潮「あらあら……なんだかんだ言ってチョコ作りするつもり満々じゃないのぉ」
満潮「そ、そんなんじゃ……ない、訳でもないけど……」ゴニョゴニョ
霞「わっ……私はただ仕方なく、そう、仕方なくなのよ」
山雲(何が仕方なくなのかしらねー)
朝潮「バレンタイン……」
大潮「お……お?もしかして姉さん、興味がわいてきたりして!?」
朝潮「いえ……ただ、一つ聞きたいことがあるのだけれど」
大潮「うんうん!」
朝潮「みんなは、誰にチョコを作るつもりで居るの?」
大潮「そんなの、司令官に決まってるよ!」
朝潮「司令官に……?」
満潮「ちょ、ちょっと!私は何も司令官にチョコを作るとは……」
霞「……覚悟を決めましょう、満潮姉さん。姉さん達の前ではもう何を言っても無駄よ……」
荒潮「うふふふふ」
山雲「私はー、司令さんにも作ってあげるけど~。朝雲姉ぇのために作るからね~」
朝雲「わ、私も山雲に作ってあげるついでに司令官に作るのよ!」
満潮「山雲は兎も角として朝雲は逃げ方が卑怯よっ!」
大潮「あ、どうせならみんなでチョコ作りしようよ!それで司令官の胃袋とついでにハートをずきゅーんと射止めちゃうの!」
霞「何で司令官のハートが出てくるのよそこで……」
朝潮「ま、待ってみんな」
大潮「?」
山雲「朝潮姉ぇどうしたの~?」
朝潮「ごめんなさい、少し混乱してしまって……。でも、どうしても分からなくて……」
朝雲「なになに?」
荒潮「何かしらぁ?」
朝潮「バレンタインでチョコレートを送るのは、夫婦や恋人でしょう?告白に使用するとも聞いたけれど、それでも」
朝潮「それでも、司令官には既に心に決められた人が居るじゃない」
霞「……」
大潮「あ……」
荒潮(あらあら……)
朝潮「……、……」
山雲「……朝潮姉ぇ。バレンタインはねー、そんなに窮屈な日じゃないんだよ~」
朝潮「え……?」
大潮「……確かに、司令官にとっての一番は決まっちゃってるかもしれない……けど。別にね、チョコは恋人や夫婦じゃなきゃ渡しちゃいけないって決まりはないんだよ、お姉さん」
朝雲「友チョコって言って友達同士でチョコを送り合う風習だってあるしね」
朝潮「そ、そうなの……」
大潮「そうそう!だからお姉さんもチョコ、作ろうよ!」
朝潮「でも……」
荒潮「チョコにはね、愛情だけを込めなくちゃダメって決まりもないのよぉ。朝潮姉さんの場合、司令官への感謝とか、これからも宜しくって思いを込めて作れば良いんじゃないかしら~」
朝潮「……」
霞「……ま、チョコ作りっていうイベントデーだと思えばいいのよ。節分の時だって姉さん、全力だった訳だし。あの時みたいに難しく考えず、ただイベントに全力で取り組んでみたら?」
満潮「霞の言うとおりだわ。私だって、イベントって言うことで仕方なく周りにあわせるだけなんだし!」
朝雲(ここぞとばかりにチョコ作りの理由をはぐらかしてきたわね……)
朝潮「私は……」
荒潮「……上官と部下は是あるべきと礼節を重んじる朝潮姉さんの事だから、抵抗もあるかも知れないわねぇ。でも……私達含め艦娘のほとんどみんな、司令官へのチョコ作りに精を出すつもりで居るの。ね?なぁんにも失礼なこと、ないんだからぁ」
朝潮「……、……」
朝潮「そう……ね。私も少し、考えてみようかしら……」
大潮「うんうん、そうこなくっちゃー!チョコ作るときは手伝うから、いつでも言ってね!」
朝潮「ええ、その時はお願いするわ、大潮。ありがとう」
大潮「いえいえー!」
霞「一件落着……なのかしら?」
荒潮「そうねぇ……」
朝潮『それでも、司令官には既に心に決められた人が居るじゃない』
荒潮(一時はどうなるかと思ったけれど……。でも、姉さんが言ったことは、本当は何も間違っていないのよね……)
荒潮(司令官が心に決めた人、か。それを知りながら、でもこういうときばかりはわざと心のどこかで意識しないようにしながら、私達は)
荒潮「いつまで彼に……チョコをあげ続けるのかしらね。うふふ……」ポソ
翌日 一〇〇〇 鎮守府 執務室
満潮「じゃあ、3社目の海上護衛任務に行ってくるから」
司令官「ああ、宜しく頼むよ。っと……満潮、これを持っていって」ポン
満潮「……何よ?これ」
司令官「クッキーだ。もうすぐ僕達も休憩にするからさ。せめて行きしに皆で食べてくれ」
満潮「はぁ……あいっかわらず甘いのね、アンタ」
司令官「なんだ、いらないならいらないでいいんだぞ?」
満潮「ふんっ。貰っといてあげるわよ。あんたが私に恩を着せようとするのは今に始まった事じゃないし」
司令官「おーう、せいぜいありがたく思えよ!……ま、実際恩を受けてるのは僕の方なんだけどさ。いつもありがとうな、満潮」
満潮「っ!そ、そういうのが一々ウザイのよっ!」クル
満潮「……こちらこそ、ありがと」ポソ
司令官「ああ……いってらっしゃい」
満潮「~~~~!」ダッ
朝潮「司令官!お茶が入りました!」
司令官「お。よし、じゃあ一服するかね」
朝潮「はい!」
司令官「茶請けは何にするかなー。確か前熊野から貰った煎餅がこの辺りに」
朝潮「あ……す、すみません司令官!茶請けも適当な物を一諸に用意してしまいました」
司令官「それは謝る事じゃないだろう。寧ろさすが朝潮、気が利くな」ナデナデ
朝潮「んっ……恐縮です!」
司令官(朝潮の場合本当に恐縮してるんだろうなぁ……せめて瞳の一つでも細めてくれれば……)ナデ
朝潮「?」
司令官(戦闘で活躍したときなんかは割と自慢げな様子とかが出てくれるんだけどな)髪クリクリ
朝潮「司令官。それは新しい暗号でしょうか」
司令官「おっと、すまんすまん」
司令官「さてと、冷める前に……」
司令官(む……これ……)
朝潮「そうですね、いただきましょう」
司令官「ああ。いただきます」コク
朝潮「いただきます」コクン
司令官「ふぅ……ああ、美味しい。この時期は暖かい紅茶が一層美味く感じるな。朝潮が用意してくれたチョコにも良く合う」ヒョイパク
朝潮「司令官に喜んでいただけて、良かったです!丁度昨晩姉妹でチョコレートの話をしていたせいか、目に止まってしまって」
司令官(この時期にチョコの話って……十中八九バレンタイン関係だろうけど。朝潮がその輪の中に入ってたってのは意外だな)
司令官(バレンタインかぁ……今年もそんな時期がやってきたんだなぁ……)
朝潮「お茶のおかわりもありますから、必要があれば申しつけてください!」
司令官「ああ、また頼むよ」
一〇分後
朝潮「……」
司令官「ふぅ……」
朝潮「……、……」
朝潮「…………あの、司令官」
司令官「ん?」
朝潮(先程から、司令官はチョコの包みを二つしか取っていない)
朝潮(一口サイズの小さなチョコレートなのに。やはり……)
朝潮「申しわけありません、司令官!」バッ
司令官「お、おぅ?」
朝潮「今は、チョコレートの気分ではなかったのですね。希望も聞かず勝手に茶請けを選んでしまって、ご迷惑を……」
司令官「あいや、違う。これは違うんだよ朝潮。というか迷惑なんかじゃないから、だから謝るな」
朝潮「しかし……」
司令官「取り敢えず顔上げて。な?ほら」
朝潮「はい」スッ
司令官「よし。チョコは普通に美味しかったし、紅茶にも良く合った。だから美味しくいただいたよ、そこは安心してくれ」
朝潮「では……」
司令官「ああ、言いたいことは分かってる。分かってるんだが、あー……」
朝潮「……」
司令官「……。朝潮」
朝潮「はい」
司令官「今から言うことは、誰にも内緒にしてくれ」
朝潮「はいっ。それがご命令ならば」
朝潮「――甘いものが苦手、ですか?」
司令官「いや、正確には違うな。好きなんだけど……量が入らないんだ」
司令官「ほら、何でも、食べ過ぎると胸焼けするだろう?僕はさ、砂糖の入った菓子でそれが起こりやすくて……甘ければ甘いものほど飽きも胸焼けも早く来るんだよ」
朝潮「なるほど。だからチョコレートも好きではある物のあまり食べられない、と言うことですね」
司令官「そうなんだよね。カカオ80パーとか90パーとか、苦くてちょっとだけ甘さがあるようなやつなら寧ろいくらでも入るんだけどなぁ……そういやあれ美味いのに着任してから食べてないや……」ハァ
朝潮「……一つ、宜しいでしょうか?」
司令官「うん?」
朝潮「今の話に関して何ですが……これは内密にするよりも、逆に広めた方が皆も配慮してくれるのではないでしょうか。その、もうすぐにバレンタインデーでもありますから」
司令官「そのバレンタインがな、問題なんだよ……」
朝潮「と、言いますと……?」
司令官「まぁ俗っぽい話になるんだけど。こうして提督業に着くまではさ、僕は女性にもモテなかったしバレンタインなんてのは母親からお情けのチョコ貰うか自分で買って食べるかくらいしか経験がなかったんだ」
朝潮「司令官は硬派な方だったのですね」
司令官「朝潮は本当に良い子だな、うん。まぁそんなわけでこの鎮守府に配属になって色々な艦娘と出会う中に、一昨年のバレンタインを迎えたわけよ」
朝潮「ふむふむ」
司令官「艦娘ってさ。本当にみんな良い子達なんだよ。僕みたいなのにみんなチョコくれるの。しかもほとんど手作り。やっぱ最初は感動したし嬉しかったんだ、ああチョコが貰えるって幸せだなぁって。これがリア充なのかって」
朝潮(リア充……?後で勉強しなきゃ)
司令官「ところがな。ふと気付いたんだ、執務室に積み上げられた大量の箱という存在に……」
司令官「もとよりチョコなんて一口二口食べれば満足なのに、こんなにあっても食べきれない。でも、みんなが想いを込めて送ってくれたチョコレートだ、無碍には出来ないし食べないわけにもいかない」
司令官「……朝潮、これ、今から言うこと本っ当に誰にも言わないでくれよ?」
朝潮「はい!朝潮は誓って、司令官の秘密はこの胸にとどめます!」トン
司令官(うむ、ぺたんこな良い胸だ……じゃあなくて)
司令官「だからさ……砕いて茶請けとして用意することもあるんだ。勿論自分も食べるんだけど、秘書艦とか遊びに来た子達に、それが僕へのプレゼントのチョコだとはばれないように食べて貰ったりもしててさ……それでもまだ、去年の丸々と一昨年のチョコが残っていたりしてさ……」
司令官「これをみんなに打ち明けるのは、裏切りになるような気がしてな……まぁ、もう既にみんなの好意を裏切ってるようなことしてる最低な司令官なんだけど……」
朝潮「そ、そんなことはありません!事実、司令官は皆のチョコを何とか自分も消費しようと努力されているではないですか!それに、話を聞いていて思ったのですが……隠しているとはいえ、砕いてみんなに食べて貰うのも、せめて廃棄にさせないためじゃないんですか?」
司令官「……だとしても、僕のために持ってきてくれるチョコを他の人に上げているわけだしね。非難されても仕方がない行為だよ」
朝潮「っ……!」
どこか寂しそうに、申し訳なさそうに。自身を卑下する司令官の姿が。独りぼっちな彼の姿が。
朝潮「……確かに、端から見れば司令官の行動は、誰かの想いを踏みにじっているのかもしれません」
私の胸を切なくさせる。私の胸を、強く打つ。
朝潮「けれど、同時にその想いを出来るだけ汲み取ろうとしているじゃないですか、司令官!」
未だ気付くことの出来ない、この想い。
司令官「朝潮……?」
朝潮「司令官は裏切ってなんかいない、司令官の行動は非難されてしかるべきではありません!」
朝潮(あれ――私、)
朝潮「例え誰が非難しようと、私は決して非難しません!」
朝潮(おかしい、わ。なんだかかっとなって、胸が熱くて……)
朝潮「わたっ……私は、私がこんな事を言うのは、差し出がましいけれど……っ」
朝潮(言葉が、止まらない)
朝潮「私はっ!し、司令官をいつも尊敬していますから!」
朝潮(想いが、止まらない――)
朝潮「っはぁ……はぁ……」
司令官「……、……」
朝潮「ぁ――」
朝潮「す、すみません!今のは、そのぅ……」
司令官「ああもうくっそ可愛いなぁ!」ギュッ
朝潮「きゃっ!し、司令官?」ドキドキ
朝潮(な、何……?動悸がする、司令官に抱き締められていると何か――)
司令官「おっとと……ご、ごめん、つい」パッ
朝潮「い、いえ……」ドキ…
朝潮(今のは、一体……)
司令官「でも……ありがとうな。チョコに関しては自分の中でもずっともやもやしていたから……朝潮の言葉に、救われたよ」
朝潮「そんな、私は何も……」
司令官「ううん、朝潮のおかげだ。……こんな司令官だけどさ、これからも、僕に着いてきてくれるか?」
朝潮「無論です。司令官の作る道が、朝潮の進む道ですから」
司令官「はは……頼もしいよ、朝潮。ごめんな……本当、ありがとう」ナデナデ
朝潮「恐縮です!」
司令官「よし。じゃあ改めて宜しくって事で……このあとの業務も頑張るか」
朝潮「はい!」
一四〇〇 鎮守府 執務室
司令官「で、ここの言い回しなんだけど、もう少し柔らかめにして貰って」
朝潮「なるほど、この箇所ですね……」カキカキ
コンコン
司令官「はーい、どうぞ」
ガチャ
伊19「失礼しまず……なのね」
司令官「イク……?どうした、何か様子が変だけど……」
伊19「うぅ……どうやら風邪を引いたみたいで、ずっと頭ががんがんしてるのね……」
伊19「鼻も出でぐるし……」ズビ
司令官「大変じゃないか!熱は……あるっぽいな」ピト
伊19「ん……えへへ……てーとくにおでこ触られたら……もっと熱くなっちゃうのねー……」ニパ‥
司令官「全く、そんなこと言ってる場合じゃないだろうに。今日一日は安静にしてなきゃダメだぞ、明石の所には行ったのか?」
伊19「うん……お薬はもう貰って、朝よりは大分楽にはなったの……。ただ、今日一四〇〇から、鎮守府内巡回担当だったから……」
司令官「バカ、身体が一番だろ。良いから寝てろ、巡回なら代役を立てるから」
朝潮「司令官、イクさん。宜しければ朝潮が巡回に行かせていただきます」
司令官「良いのか?」
朝潮「はい、お任せください」
司令官「じゃあ、任せようか。ありがとうな」
伊19「ごめんね、朝潮……」
朝潮「大丈夫ですよ、イクさん。では司令官、行ってきます。何かありましたら無線でお呼びください」
司令官「ああ、行ってらっしゃい」
伊19「……、……じゃあ、イクも……」
司令官「イク、部屋まで行けるか?僕の布団で良ければ、裏の部屋に敷くけど……」
伊19「ううん……私が寝たら、提督に移しちゃう、から……」コホコホ
司令官「……」ナデナデ
伊19「……その代わり治ったら、一諸に寝てあげるの。寝るケド、朝まで寝かせないのね……」ニヘ
司令官「か弱いイクに抱いた一瞬のときめきを返せ。ま、せめて部屋まで送ってあげるよ」ニッ
伊19「えへ……だからてーとくは、……大好きなの」ポソ
一四三〇 鎮守府 工廠前廊下
朝潮「ここも異常はなし、ね」
大潮「あれっ、お姉さんだ!何してるの?」
朝潮「あら、大潮。鎮守府内の巡回をね」
大潮「巡回?でもお姉さん、今日は秘書艦だったよね?」
朝潮「ええ、ちょっと理由があって」
大潮「ふーん、そうなんだ!……あ、そうそう。そう言えばもう決めた?」
朝潮「決めた……って、何をかしら?」
大潮「チョコレートだよ、チョコレート!ほら、昨晩言ってたじゃん。司令官にチョコを作るかどうか考えるー、って!」
朝潮「そう言えば、話していたわね。チョコレート、か」
朝潮(司令官から、あんな話を聞いたばかりだし……)
朝潮(やっぱり私は――)
大潮「きっと、喜ぶよ司令官!だから、ね?」
朝潮「司令官が、喜ぶ……」
大潮『チョコは恋人や夫婦じゃなきゃ渡しちゃいけないって決まりはないんだよ、お姉さん』
荒潮『朝潮姉さんの場合、司令官への感謝とか、これからも宜しくって思いを込めて作れば良いんじゃないかしら~』
霞『難しく考えず、ただイベントに全力で取り組んでみたら?』
朝潮(でも、司令官は甘いものが……。私は、どうしたら……)
司令官『カカオ80パーとか90パーとか、苦くてちょっとだけ甘さがあるようなやつなら寧ろいくらでも入るんだけどなぁ……そういやあれ美味いのに着任してから食べてないや……』
朝潮「!」
朝潮「……私、作るわ。司令官への、チョコレート」
大潮「おおっ!そうこなくっちゃ!」
朝潮「ええ。また、手伝ってくれる?」
大潮「もちろんだよ!むしろ、今すぐにでも作りに行こう!」グイ
朝潮「わっ、ちょ、ちょっと待って大潮!今はダメよ、まだ巡回業務中なんだから!」
大潮「あ、そっか。んー……、朝潮姉さん、もう甘味所は見回った?」
朝潮「甘味所?いえ、まだそっちの方面は見ていないけれど……」
大潮「じゃあ行こうよ!ちょうど今、暁型の子達が裏でチョコ作りしてるんだって!」グイ
朝潮「も、もうっ、大潮ったら!」
一四四〇 鎮守府 間宮裏
暁「電、バニラエッセンス取って」
電「はい、暁ちゃん。入れすぎると苦くなるから気をつけるのです」
暁「ちゃんと分かってるから大丈夫よ!」
雷「響、あーん」
響「あー……はむ。……ハラショー、これはアーモンドだね?」
雷「良い香りが出てるでしょ?この調子でもっともーっと作るんだから!」
大潮「わぁ、やってるやってる!良い匂い~!」
響「やぁ、大潮、朝潮。2人もチョコを作りに来たのかい?」
大潮「ふっふっふ!私達は偵察に来たんだよ!」
朝潮「私は巡回のついでだけれど……」
暁「見学に来たなら丁度良いわ、大人のレディのチョコ作りを見せてあげるんだから!」シャカシャカ
響「暁、零れてる零れてる」
大潮「あはは……暁、張り切ってるね!」
雷「だって司令官の為なんだもの、みんな張り切るわよ」
暁「わ、私はただレディの魅力を知らしめるためなんだからねっ」
響「チョコ作りの前からずっとそわそわしてたのに良く言うね」クスクス
暁「そわそわなんかしてないし!それに、私達の中で一番張り切っているのは他でもない電でしょ」
電「はわっ」
雷「あー、確かにそうよね。張り切りすぎてチョコの入ったバケツを持ったまま間宮さんに衝突しちゃうくらいだし」
響「チョコ間宮さん」
電「はわわわ……あの時は本当に申しわけなかったのです……」
暁「電は司令官のことになると本当、周りが見えなくなるんだから」
電「ううぅ……」カアァ
雷「暁も大概人のこと言えないわよ」クスッ
大潮「仲良きことは美しきかなー!」
朝潮「……、……」
朝潮(電)
朝潮(この鎮守府の初期艦で、誰よりも多くの旗艦、実践をこなしてきた子)
電「も、もうっ!恥ずかしいのです……っ」
朝潮(顔を隠すようにして頬にあてられた掌、その左手の薬指に填められた銀の指輪)
朝潮(あれは、ケッコンカッコカリという制度の証。既に何人かの艦娘は司令官とのケッコンカッコカリを済ませている。けれど、彼女の場合は――)
雷「もー電、司令官のお嫁さんになるならもっと堂々としなきゃダメよ!」
電「い、雷ちゃん!?ま、まだカッコカリなのです!お嫁さんだなんて、そんな……」
響「まだ?」
電「あっ!こ、これはちが……違うのです……うぅ……」プシュー
朝潮(上官と部下の枠を越えた、2人の関係。2年間も2人の様子を目の当たりにしてきたのだから、私目から見ても、充分に理解できた)
朝潮(司令官はいずれ、電とケッコンではない結婚を行うのだろうな、と)
朝潮「……」
大潮「あれ?でも、よく見たらみんなバラバラにチョコ作ってない?」
響「それがどうかしたのかい?」
大潮「私てっきり、4人はみんなで一つのチョコを作るのかと思ってたよ!」
雷「あー、最初はそうも考えたんだけれどね。どうせなら、一人一人違うチョコを作ろうって」
響「その方が、司令官も色んな味を楽しめるだろうしね」
大潮「へぇー、なるほど!ちなみにちなみに、それぞれどんなチョコを作っているの?」
雷「私は砕いたアーモンドを入れた、オーソドックスなアーモンドチョコよ!」
響「ポマードカっていうクリームを使った、ロシア風のチョコを作っているんだ」
暁「暁はね、ウイスキーボンボンを作ってるのよ!」
大潮「えっ!?暁が……ウイスキーボンボン!?」
暁「そうよ。一人前のレディが作るチョコはひと味も二味も違うんだから!」フフン
雷(ウイスキーの香りに当てられて軽く酔っ払ったから、結局中身を甘酒に変えたのは言わないのね)
大潮「はぇー……みんな個性的なチョコをつくるんだね~」
朝潮「電は、どんなチョコレートを作るのかしら?」
電「えっと、電はホワイトチョコを作っているのです。ミルクとお砂糖タップリの、優しいお味を目指しているのです」
朝潮(え……?)
雷「電のチョコってばすごく甘いのよねー。ほら、一口舐めてみて?」
大潮「じゃあじゃあ遠慮なく……はむっ!……ん~!うわぁ、とっても甘くて美味しい!朝潮姉さんも、ほら!」
朝潮「え、ええ。あむ……」
朝潮(確かに……美味しいけれど、すごく甘い)
大潮「普段から司令官と砂糖たっぷりな生活を送ってるから、チョコもこんなにあまいのかな?」
電「お、大潮ちゃんっ」ハワワ
朝潮(……電は知らないんだわ。司令官が、甘いものをあまり食べられないこと)
朝潮(口ぶりからして誰にも言っていないであろう事は分かっていたけれど……それでも、それでも電にまで黙っていたなんて、何というか……意外ね)
大潮「でもこれだけ溶けるように甘いと、司令官の心も電にメロメロで溶けちゃうかもー!」
電「はうぅ……」
朝潮(きっと、司令官は電からのチョコレートを楽しみにしている。電だって、司令官にチョコレートをあげることを楽しみにしているはず)
朝潮「――電」
朝潮(ならば電にだけはせめて。教えてあげた方が――)
電「は、はいっ。何でしょうか、朝潮ちゃん」ニコ
朝潮(っ……!)ズキ
朝潮「……、……」
電「朝潮ちゃん……?」
朝潮「う、ううん。美味しかったわ、ありがとう」
電「!はいなのですっ」パァ
朝潮(そうよ、何をしているの朝潮。電に、教えようとするなんて)
ドウシテ
朝潮(司令官に誓ったじゃない、絶対に誰にも言わない。司令官の秘密はこの胸に留めるって)
チガウ
朝潮(誓ったの……そう、誓ったから、私は言葉を飲み込んだ……)
チガウノ
朝潮(筈なのに)フラ
ワタシ――
大潮「あれ、朝潮お姉さんどこ行くの?」
朝潮「巡回も、時間が限られているから……もう、行くわね」
大潮「あ、うん。ごめんね!いってらっしゃーい!」
雷「相変わらず、朝潮は真面目ねぇ」
暁「レディなら常に心の余裕を持たなくちゃ」
響「暁はもう少し緊張の糸を張ろうか」
二二三〇 朝潮型の部屋
荒潮「昨晩は結構盛り上がったけれど……今日はもう妹たちは寝てしまったのね」
大潮「うーん、こう考えてみると、二二〇〇就寝も理にかなっているのかも」
満潮「ないない。少なくとも私は後一時間は起きていたいから」
荒潮「うふふ、夜更かしはお肌の敵なのよー?」
満潮「え、荒潮まさか……いつもそんなこと気にしているわけ?」
荒潮「あらぁ、そんなことだなんて。私達、一応女の子なのよ?身近に男の人だって居るんだし、意識してもいいんじゃないかしらぁ?」
満潮「男の人って……どうせ司令官の事を言っているんでしょうけど。司令官の事を意識して自分磨きだなんて、ちゃんちゃら可笑しい話だわ」
荒潮「ふぅ~ん……?でも、チョコは作るのよねぇ?」
満潮「イベントに合わせてるって言ったでしょ!あ、あんなのは義理、義理なんだから!」
荒潮「あはっ。相変わらずかーわいいんだからぁ」クスス
満潮「こ、これ以上からかうと怒るわよっ!」
大潮「あっ、そうそう!チョコで思い出したんだけど、朝潮お姉さんもチョコ作るって!」
荒潮「あらぁ~!」
満潮「ふーん。ま、そんな気はしてたけど」
大潮「え、そうなの?私は実は意外だったんだけどなぁ」
満潮「姉さんなら、一周回って順応するかなって思ってたし。いつだって色々なことに全力で取り組んできたから、今回もね」
満潮(そこに浮ついた気持ちはないんでしょうけど)
荒潮(淡々と司令官にチョコを渡す姿が頭に浮かぶわねぇ。朝潮姉さんは弄りようがないかしらね)
大潮(姉さんが赤面して司令官にチョコを渡す様子は……想像できないなぁ)
満潮「朝潮姉さん」
朝潮「何かしら?」
満潮「その、姉さんはどんなチョコを作る予定なのよ?」
大潮「あ!満潮気になってるんだ~!」
満潮「別に変な意味はないわよ!何よ、姉妹で作るチョコが気になるのはいけないことなの!?」
荒潮(これだから満潮姉さんは弄りがいがあるのよねぇ)
朝潮「……まだ、決めていないわ」
大潮「そっかぁ。チョコにも色々種類があるもんねぇ」
荒潮「具材を買いに行くときに色々見て回ると、想像が膨らんで決まったりもするわよ?」
大潮「それじゃあさ!明日一諸に買いに行こうよ、私も買いたいものあるし!それでそれで、その後みんなで作ろう!」
満潮「何言ってるのよ大潮姉さん。明日は私達第八駆逐隊の出撃任務をこなす日でしょ」
大潮「あ、そっか……。でもでも!任務は昼でしょ?午前中に買いに行って、任務後に作ればいいじゃない!」
荒潮「朝潮姉さんは明日は動けるのかしらぁ」
朝潮「……」
満潮「姉さん?」
朝潮「えっ?あ……ええ、明日の秘書艦業務は出撃と書類整理だけだから、時間は作れるわ」
大潮「お姉さん、もしかして眠い?」
朝潮「ううん、少し考えていて……」
満潮「もしかして、何のチョコを作るかでそんな真剣に悩んでたの?相変わらずね」
荒潮「もしこれが恋する乙女だったなら、恋は盲目~だなんて言えるのだけれど……ねぇ」
朝潮「恋は盲目……」
荒潮「でも、朝潮姉さんみたいなタイプは案外、恋したときに盲目になりがちだと思うのよねー」
大潮「あー!分かる気がする!」
満潮「ちょっと荒潮、ナチュラルにそういう方向の話に持っていこうとしてるでしょ?」
荒潮「あらあら、そんなことはぜーんぜん。ないわよぉ?うっふふふ」
満潮「絶対、嘘!だいたいねぇ、あんたはいっつも――」
大潮「あはは……また始まっちゃった。満潮と大潮は本当、仕方ないなぁ」
朝潮「……大潮は」
大潮「うん?」
朝潮「大潮は、恋したことがあるのかしら」
大潮「ぶっ!な、なんかいきなり直球だよ!?」
朝潮「ごめんなさい。……恋は盲目って、どんな感じなのかな……って。難しい言葉だと思って」
大潮(ああびっくりした、そういうこと……。また、お姉さんの勉強癖かな……うーん)
大潮「どうなんだろうねー……。でも、盲目って言うくらいだからきっと周りが見えなくなるんじゃない?」
朝潮「相手に対して夢中になるって言うこと?」
大潮「うん、そうそうそんな感じ」
朝潮「夢中に……」
朝潮(だとすれば……きっと、私の心配は杞憂のはず。そう、昼のあれだって……あの気持ちだって、きっとなにかの間違い――)
大潮「あ、でもそれだけじゃないかも」
朝潮「えっ?」
大潮「多分ね、周りだけじゃなくて、自分自身も見えなくなると思うんだー」
朝潮「自分自身……」
大潮「普段と違うことを言ったり思ったり。でも、なんでそんなこと言っちゃったのか自分で分からなくなったり」
朝潮「……。……そっか」
大潮「?」
朝潮「ありがとう、大潮。勉強になったわ。明日は買い物、宜しくね」
大潮(あ、やっぱり勉強だったんだ)
朝潮「さぁ、じゃあいい加減寝ましょうか。ほら満潮と荒潮も。だんだんと声が大きくなってきてるわよ?妹たちが起きちゃうから」
満潮「うぐ……分かったわ……」
荒潮「うふふ、はぁーい」
大潮「じゃあ、お休みなさーい!みんな、アゲアゲな夢見ようね!」
満潮「どんな夢なのよ……」
荒潮「寧ろ眠れなくなりそうねぇ」
朝潮「お休みなさい」
???????? 朝潮型の部屋
大潮「うぅーん……むにゃ」
満潮「すぅ……すぅ……」
荒潮「……うふっ……。……あっはははっ……」
朝潮「……、……」
朝潮(……)
朝潮『相手に対して夢中になるって言うこと?』
大潮『うん、そうそうそんな感じ』
朝潮(そう。これはあくまで敬愛の念。私が感じているのは、ただの尊敬。事実、夢中になっている何てことはないのだから)
朝潮(私は艦。彼は艦に乗り指揮を取る、人間なの。絶対の上官であるから……本来であれば、尊敬という『念』を抱くことさえ恐れ多い)
朝潮(私はただ部下として相手の言葉に従うだけ。使役され、使役する関係。そこにそれ以上の何物も存在してはならない)
朝潮(優しい方だから、笑顔も多く見せて下さるしたくさんのイベントを経験させてくれるけれど……それでも。本来、彼の行動に意味や理論はあっても情はないはず)
朝潮(上官なのだから。それを見習って、部下である私も彼の前では情を見せてはならない)
朝潮(それが艦娘としての使命なのよ。……ただ1人、例外がいるとすれば――)
電『何でしょうか、朝潮ちゃん』ニコ
朝潮「っ……」
朝潮「どうして……」
朝潮(私の想いは、敬愛のはずなのに)
朝潮「違う……」
朝潮(『司令官との誓いを守るため』 その言葉を盾にしたけれど)
朝潮「違うの……」ギュ
朝潮(普段は絶対に思わないような考えが、脳裏には浮かんでいた)
朝潮「私の、想いは」
朝潮(恋は盲目?恋をしているからこそ、盲目だからこそ)
朝潮「私――」
朝潮(純粋に。電には教えたくないと思った)
朝潮(私と司令官だけの。秘密――)
翌日 一〇〇〇 内地 大型スーパー
大潮「……ん、……ぇさん」
大潮「朝潮お姉さん!」
朝潮「」ハッ
朝潮「な、何かしら大潮」
大潮「何、はこっちの台詞だよ!お姉さん、一体何買ってるの!?」
朝潮「何って……そんなに変な物は」
大潮「カカオ100%とか充分変だって!そんなのもうチョコじゃないよ!カカオだよ、カカオ以外の何物でもないよ!」
朝潮「?けれど、ちゃんとチョコレートって書いてあるわよ」
大潮「ふ、ふええぇん!せめてこの場に荒潮や満潮が居てくれたら突っ込みも手伝ってくれるのにぃ!」
朝潮「……?」
大潮「はぁ……もう良いよ、ぐすん。別にそれをそのままあげる訳じゃなくて、ちゃんとそれ使って作るんだもんね?」
朝潮「もちろん」
大潮(ミルクと砂糖……多めに買っておこう)
大潮「っと、良い時間だね。そろそろ行こっか、お姉さん」
朝潮「そうね……」
大潮「そう言えばね、満潮ったらこのあとの任務に対してすごく張り切っていたんだよ!任務の後みんなでチョコ作りするって言ってからなんだ!」
朝潮「そうなの」
大潮「なんだかんだいって満潮も、司令官へのチョコ作りが楽しみで仕方がないんだろうなぁ!」
朝潮「そうね」
大潮「……」
朝潮「……」
大潮「ねぇ、お姉さん。何かあったの?」
朝潮「えっ、どうして……?」
大潮「なんだかお姉さん、いつもの朝潮お姉さんらしくないから……」
朝潮「あ……」
朝潮(……)
朝潮「心配かけて、ごめんね。そうね……少し、疲れているのかもしれないわね」
大潮「そうなの?じゃあ、今日は早めに寝ないとだね!」
朝潮「ええ……そうしようかな」
朝潮(本当に……少し、考えつかれちゃったのかもしれないわね……)
朝潮(私……)
一二三〇 南西諸島海域 東部オリョール海
勝利S
荒潮「うふふ、大したことないのねぇ。暴れたりないわぁ」
満潮「この様子だと、一時間後には鎮守府に帰投しているわね、きっと」
卯月「うーちゃん達の練度ならオリョール海なんて怖くも何ともないぴょん」
朝潮「どんなときだって油断は禁物よ、卯月」
卯月「相変わらず朝潮ちゃんは真面目ぴょーん」
大潮「司令官、ちゃんと着いてきてますかー?」
司令官【ああ、こっちも順調だよ】ザザッ
満潮「毎度毎度思うけれど、督戦スタイルだなんて今のこの時代に良くやるわよね」
荒潮「帰りは船に乗って帰れるから、楽よねぇ」
朝潮「それ以上に、司令官が近くで直接指示を出してくれるのは何よりも心強いです!道中の敵はしっかり撃滅して進みますから、安心して着いてきてください」
大潮「寧ろ、スピードアゲアゲで追いついちゃいましょー!」
満潮「追いついちゃダメでしょ追いついちゃ……索敵兵曹しか積んでいない船を戦場のど真ん中に放り出すつもり?」
荒潮「それはそれで楽しそうねぇ」
司令官【あはは……勘弁してくれ】
卯月「瑞鳳さ~ん、敵はまだ見つからないぴょん?」
瑞鳳「今偵察機を飛ばしているから、少し待っててね」
卯月「う~……簡単な任は早めに終わらせたいっぴょん」
満潮「そうね、ちゃちゃっと敵主力打撃軍を撃滅して任務をこなしましょ」
朝潮「だから2人とも、油断してはダメよ」
瑞鳳「見つけたわ!あ、いや……これは潜水艦の子達ね」
荒潮「潜水艦達も、資材を集めに来てるんだったわねー」
満潮「別働隊――って言い方は違うか。彼女達も大変ね」
瑞鳳「あ……今度こそ見つけた!東北東の方向に、空母ヲ級elite、空母ヲ級、戦艦ル級、重巡リ級2体、駆逐ニ級」
朝潮「ヲ級2体……少し厳しい編成ですね」
瑞鳳「まぁ、これを予想して艦戦を積んであるから、制空はギリギリ問題ないはずだけれど」
大潮「よーし!早速突撃しちゃいましょーう!」
卯月「しゅっつげきぃー!」
満潮「待ちなさいよ、私も行くわ!」
荒潮「あらぁ、張り切っているわねぇ」
朝潮「隊列を乱さないで!ちょ、ちょっと!」
司令官【総員、旗艦である朝潮の指示に従うように。特に大潮、満潮、卯月。陣形は単縦だぞ?】
卯月「分かってるぴょ~ん!」
満潮「ふん、こんな海域多少前に出たってなんとかなるわ。それとも何、私じゃ力不足って言いたいの?!」
司令官【そういうことじゃないだろう、全く――む?】
朝潮「司令官?どうされましたか?」
司令官【計器の数値が普段と違う……微弱だが電探に反応有り……】
朝潮「まさか……!司令官の周りに深海棲艦が!?」
司令官【いや、この付近で出る反応じゃあない……かといって朝潮達が向かっている先の敵にはまだ反応しない距離だし……】
荒潮「んー……探ってみたけれど、私達の電探に反応があるのは目の前の敵だけね」
瑞鳳「計器の故障かしら」
司令官【その可能性はあるにはあるが……。……、総員に告ぐ。ただちに航行を停止し、180度旋回。来た道を引き返すように】
満潮「はぁ!?撤退命令!?」
司令官【不確定要素を背負ったままの進撃は危険だ。こっちの電探に反応している物の正体が分からない今、進撃を許すことは出来ない】
卯月「え~……折角ここまで来たのにぃ」
大潮「あちゃー……残念!」
朝潮「よし、じゃあみんな、180度旋回!司令官の下へ帰りましょう!」
満潮「……くできない」
朝潮「満潮?」
満潮「納得できないわよ!仮に司令官の船の電探に反応したのが敵だったとしても、オリョール海の敵なんてたかが知れているじゃない!」
荒潮「まぁ……確かに満潮姉さんの言うことも一理あるわよねぇ。それにまだまだ暴れたりないし……うふふ」
朝潮「司令官が撤退だと言ったのだから、撤退よ。それに何が起こるか分からない中で、不安を抱えたまま進むのは危ないわ」
大潮「正直アゲアゲでがつーんと突っ込みたいところではあるけれど……ここはお姉さんの言うとおりだと思うよ」
満潮「別に考えなしで言っている訳じゃないわ。私達は別に大破したところですぐに沈む訳じゃないし、危なくなったら艤装の防護壁が残っている間に撤退すれば良いだけの話でしょ?」
瑞鳳「それは、そうかもしれないけれど……」
司令官【いや、ダメだ。一度母港へ戻り、様子を見て再出撃を――】
満潮「っ、目の前の勝利をみすみす見逃すなんて戦略、たてないでよ!」ダッ
朝潮「満潮!?待ちなさい、満潮!」
荒潮「ちょっとぉ、このままじゃ――」
大潮「敵艦隊、見ゆ!戦闘海域に突入!」
瑞鳳「くっ……仕方ないわね。みんな、制空を頼んだわよ!」ピシュン
ニ級「キィキィ」
満潮「ウザイのよっ!」ドォン
ニ級「ギイィ!」轟沈
満潮「ふんっ、やっぱりこの海域の深海棲艦は手応えがないわ。後数匹増えようが、充分に戦える!」
朝潮「満潮、何を勝手なことをしているの!?」
荒潮「まぁまぁ、ここまで来ちゃったんだから。精一杯、暴れましょう?あっはははは」ドォン
朝潮「荒潮まで……!」
リ級「グウゥ!」ドォン
朝潮「っ……仕方ない!朝潮、戦闘に入ります!」ドォン
満潮(戦艦も空母もいる……けれど、制空だって取っているし所詮、この程度敵じゃない!)
大潮「このままなら行けそうかも!それっ、どーん!」ドォン
瑞鳳(……おかしいわ、制空は取っているはずなのに艦攻が思うように機能しない……空は)
瑞鳳「な――っ!敵の艦戦が増えてる!?」
卯月「で、電探に反応有り!みんな、後方から敵艦隊が攻めてくるぴょん!」
朝潮「挟撃!?司令官の船が捉えたのは、この艦隊の反応だったのね……!」
瑞鳳「っ、艦載機からのイメージが流れてこない!目視確認!敵は……空母ヲ級、戦艦ル級、軽母ヌ級、軽母ヌ級、輸送ワ級、輸送ワ級!」
満潮「敵強襲揚陸艦隊!?なんでそんな奴らが……!」
瑞鳳「ダメだわ、空の戦いでは完全に負けている!このままじゃ!」
ル級「」ガシャン
朝潮「!荒潮、危ない!」
荒潮「な――」
ル級「」ドォン
荒潮「きゃああぁ!」大破
朝潮「荒潮!」
荒潮「うぅ……もう、酷い格好ね……」
卯月「あわわわわ、この数の差で弾着観測射撃まで撃たれ放題だと厳しいぴょん!」
朝潮「くっ!総員撤退を!私に付いて……」ハッ
大潮「こ、これはまずいよ!朝潮お姉さん!」
朝潮(隊列が……分断されている!荒潮と満潮だけ、敵の中に取り残されて――)
瑞鳳「まさか、あの子達に集中砲火を……」
朝潮「っ!」ダッ
大潮「お姉さん!」
荒潮「けほっ……あははは……いたぁい……」
満潮(どこを見ても逃げ道が、ない……こんな、まさかこんな事になるなんて)
満潮「私の……せいだ……私のせいで……」
荒潮「うふ、ふ……ダメよぉ、姉さん……今は自分を責めている時間じゃないわぁ。少しでも、突破口を開かないと……」
満潮「荒潮……そうね、考えなくちゃ――」
リ級「」ドォン
荒潮「づっ!?」
満潮「荒潮!?」
荒潮「う、何するの、よ……死んじゃうじゃない!」
満潮「こいつら……大破した荒潮を集中的に……!」
荒潮「ふ、ふー……ふぅ……まだ、防護壁のおかげで、死なないけれど……少し、身体が重い、かしらぁ……あは……」
満潮「っ……!このぉ!」ガシャン
深海棲艦「」ガシャガシャッ!
満潮(四方八方から、銃口を向けられて――)ゾクッ
荒潮「あら……ぁ、絶体絶命?なの、かしらぁ……」
満潮(こんな……こんなの……)フルフル
荒潮「あ、は……姉さ……っ」ギュ
満潮「う、荒潮は、荒潮だけは……っ」
朝潮「妹達に、手を出すなああああああぁぁぁ!!」ドォン
満潮「姉……さん?」
朝潮「そこをどけ!深海棲艦!」ドォン
リ級「グゥッ!」
満潮「そんな、この包囲網を無理矢理だなんて……危険すぎる!」
ル級「オオォ!」ドォン
朝潮「きゃっ!」中破
ル級「シズメ!」ガシャン
満潮「朝潮姉さん!」
朝潮「これで、勝ったつもり!?」ドォン
ル級「ヤルナ……」大破
朝潮「満潮!荒潮!」
荒潮「姉さ、ん……」
朝潮「荒潮、もう大丈夫。大丈夫よ」ギュウ
満潮「姉さん、私……」
朝潮「満潮、無事で良かったわ……それが何よりよ」
満潮「……ごめんなさい」
朝潮「……、……司令官が緊急で連絡を取ってくれたから、もうすぐ潜水艦隊が応援に来てくれるわ。2人は自衛に徹して。私が護衛して、時間を稼ぐから」
満潮「そんな、私も戦うわ!」
朝潮「満潮、あなたは荒潮のそばにいてあげて。私一人で、戦うわ」
荒潮「そんな、姉さん……!」
朝潮「この朝潮が護衛する限り、決して見殺しにはしない。必ず守り通すから」
荒潮「っ!やめて……そんな、あの時みたいな、そんな台詞……」
朝潮「……駆逐艦朝潮、出る!」
荒潮「朝潮姉さぁん!!」
朝潮(大丈夫よ、満潮、荒潮。2人には一切手を出させない、全てこの身で受け止める)ドォン
朝潮(あの時とは違う、例え大破したとしても、しばらくはいくら攻撃を受けようと沈むことはないから)ジャキッ
ル級「フン」ドォッ
朝潮「っ……!」大破
満潮「姉さんっ!」
朝潮(だから、だからそんなに悲しそうな顔をしないで?)
リ級「オワリ、ダナ?」ガシャン
朝潮(私を信じて。そして、安心して?だって――)
ル級「オチロ」
朝潮(決して見殺しにしないと叫ぶのは。私だけではないのだから……!)
司令官【全潜水艦、雷撃準備!】
呂500「潜水艦隊、ろーちゃんに付いてきて!魚雷発射、よーい!」
伊8「フォイヤ!」バシュッ
ル級「グゥッ!?」
司令官【潜水艦隊!3人を取り囲む敵軍の1カ所に魚雷集中!卯月、大潮、瑞鳳!風穴が空いたら全力で中へ突っ込め!】
瑞卯大「了解!/ぴょん!」
司令官【朝潮ォ!状況報告!】
朝潮「はいっ!荒潮は機関部に損傷、航行不能!満潮が護衛に当たっています!」
朝潮「朝潮は大破、ですがまだ動けます!」
司令官【よし、満潮は引き続き荒潮の護衛を!敵の陣形に穴が空き次第潜水艦隊は撹乱魚雷!朝潮は敵に肉薄し混乱を拡大させろ、その乱れに乗じて動ける艦娘で一気に叩き崩すぞ!】
全員「オォーッ!!」
司令官【朝潮。辛い役目だが……やれるか?】
朝潮「はい!駆逐艦朝潮、必ず司令官の任をやり遂げて見せます!」
司令官【頼んだぞ。戦闘終了次第すぐ回収にかかれるよう、僕もできるかぎり近付くからな】
朝潮「!……はいっ!」
朝潮(ああ、そうよ。司令官は、いつだってそう)
朝潮(いつだって勇猛に指示出しをして、私達を導いてくれる)
朝潮(いつだって私達の身を案じ、気遣ってくれる)
朝潮(そしていつだって。自ら危険を顧みず、全てを尽くしてくれる)
朝潮(だから、だから私達はいつだって戦うことが出来るの)
朝潮「まだまだぁ!!」
リ級「バカナ、ソノキズ……モハヤウゴケルカラダジャ!」ドオッ
朝潮「がっ……!あああぁ!」ドンッ
ヌ級「コイツ、イッタイ……!」ゾクッ
ル級「ヒルムナ!イクラカンムストイエドコノキョリナラ……!」
大潮「さっせないんだからぁー!」ドォン
ヌ級「バカ、ナ……ミカタハ、イツノ、マニ……」轟沈
卯月「撃ぅてぇ!」ドンッ
伊168「これで、終わりなんだから!」バシュゥ
リ級「グッ……」轟沈
ル級「ココマデ、カ……」轟沈
朝潮「っはー……!っ、ひゅ……!ぁ……勝っ、た……わ」フラ
大潮「お姉さん!」ガシッ
瑞鳳「もうそこまで司令官の船が来ているわ、早く乗せましょう」
朝潮(司令官――)
戦闘終了 督戦用輸送船上
司令官「みんな、良くやった。荒潮、朝潮は――」
荒潮「ここにいるわぁ……」
司令官「荒潮!酷くやられたな、大丈夫か?」スッ
荒潮「あらぁ……ありがとう、でも私は無事よぉ。……それよりも、姉さんが……」
司令官「ああ。……朝潮」
朝潮「……しれいか、んに……報告、を……」フラ
司令官「朝潮……っ」ギュウ
朝潮「ぁ……」
司令官「よく頑張った。よくやり遂げたな。本当に、こんなになるまで、良く……」ツゥ
朝潮「し……れいかん……」
司令官「帰ろう。帰って、ゆっくり休め。な……もう、肩の力抜いて良いから……もう、大丈夫だから……」ギュ
朝潮「……、……」
朝潮(ああ……暖かい。以前抱き締められたときのように、心が、とても)
朝潮(いつだって、私達のために。そう)
朝潮(そんな司令官だから、朝潮はあなたを素晴しい上官だと認めている)
朝潮(そんな司令官だから、私はあなたを――)
司令官「……」ナデナデ
朝潮(この暖かさは、このほころびは)
朝潮(敬愛だと思っていた、この想いは)
朝潮(――そうか、やっぱり朝潮は、私は)
朝潮(あなたを。愛して――)
朝潮(――)
一六〇〇 医務室
朝潮「ぅ……、ん」
朝潮「ここ……」
司令官「起きたか、朝潮!」ガタッ
朝潮「司令官……?」
司令官「身体は、どうだ?痛いところとかないか?」
朝潮「はい……寝起きで少しぼんやりとしますが、身体に異常はありません」
司令官「そうか、良かったぁ……」ホッ
朝潮「あれから、一体どうなったのですか……?」
司令官「荒潮と朝潮を優先的に、みんなすぐにドック入りだよ。その後朝潮をここまで運んで、後は様子を見ていた感じ」
朝潮「みんなは、みんなは無事ですか?」
司令官「ああ、みんな無事だ。……ただ、満潮だけど」
朝潮「満潮が、何か……?」
司令官「目の前で姉妹だけ傷付いた様子に、少しショックを覚えているみたいなんだ。恐らく、過去のトラウマからだろう」
朝潮「満潮……」
司令官「僕も少し話したけれど。お前からも、声をかけて話を聞いてやってくれ」
朝潮「……はい」
司令官「それと、少し前まで朝潮型全員がここにいたんだよ。夕方だし、一度帰らせたんだけどね。みんな朝潮を心配していたから、後でちゃんとお礼を言っておくと良い」
朝潮「そう、だったんですね。……司令官にも、みんなにもご迷惑をおかけして……」
司令官「迷惑なもんか。寧ろ朝潮は良くやってくれた、無茶な命令を出した僕の方が迷惑を掛けているよ」
朝潮「そ、そんな!司令官の指示のおかげで、こうして無事に窮地を切り抜けることが出来ました!朝潮だって、こうして無事に……」
司令官「……ありがとうな、朝潮」ナデナデ
朝潮「あ……」
朝潮(いつものように、ただ頭を撫でられているだけなのに)
朝潮(とても、気持ちいい……)
朝潮(そんなこと、思ってはいけないはずなのに。司令官だって……)
朝潮(いや……もう、いい加減認めてしまおう)
朝潮(これは、彼の、労いの愛撫)
朝潮(彼の行動に、意味や理論はなく。ただ情のみがあったことだって、多々ある)
朝潮(司令官は、そういう方なんだ。上官も部下も関係ない。古い主従関係に搏られる人でない)
朝潮(いつだって、私達艦娘を、彼は。愛してくれていた、愛を持って接してくれていた)
朝潮(情があっても良いの。ここにいる限り、この人の元にいる限り。感情を、想いを殺す必要なんてない)
朝潮(だから――)
朝潮「司令官」
司令官「ん?」ナデ
朝潮「恐縮です」フワリ
司令官「ん……あ、おう」ドキ
朝潮(――好きです)
一八三〇 鎮守府 間宮裏
満潮「朝潮姉さん、私……」
朝潮「だからもう良いのよ、満潮。それに、ほら。こうしてみんなでチョコ作りが出来るんだから、ね?」
大潮「そうそう!もっとテンションアッゲアゲで作ろうよ!」
霞「まぁさっき話は聞いたけれど。満潮姉さんがそんなにしおらしくてどうするのよ」
山雲「笑顔がだいじ~。ねー」
満潮「みんな……」
霰「……あれ、何か……焦げ臭い、よ?」
朝雲「ちょ、ちょっと!鍋が火にかけっぱなし!」
荒潮「あらぁ、たいへーん。うっふふふ」
大潮「そんな悠長なこと言ってる場合じゃなぁーい!」
ワーワー ギャーギャー
満潮「……ありがとね、姉さん」
朝潮「……昔と今は違うわ。きっと、私たちは大丈夫」
朝潮「私たち第八駆逐隊は、決して駆逐艦満潮を置いて沈みはしない。第八だけじゃない、ここにいる姉妹、鎮守府の艦娘達みんなが一諸よ」
満潮「そう、ね。……せめて、誰かが沈む時は……一諸に逝きたい」ポソ
朝潮「いえ、満潮。そもそも……誰一人として、沈みはしないわ」
満潮「え……?」
朝潮「だって、私たちには司令官がいるのだもの。ね?あなただってよく知っているでしょう?」
満潮「!……、全く……」
満潮「……仕方ない、か。一生懸命、あいつにチョコを作ってあげるわ。義理に代わりはないけどね!」
朝潮「ふふ……、そうね。司令官のために、頑張りましょう」
一九一〇 鎮守府 間宮裏
大潮「おおおぉぉ!でっきましたぁ!」
朝雲「ふぅ、何とか完成したわね」
山雲「みんなー、お疲れさま~」
霞「まぁまぁ、いい出来なんじゃない?」
霰「お砂糖……たくさん、余ってるけど」
満潮「作る前から明らかに量がおかしかったもの。ま、砂糖なら腐らないしまた別の機会に活きるでしょ」
大潮(結局お姉さん、砂糖もミルクも使わなかったからなぁ……)
山雲「じゃーあ、後は渡すだけ、だねー」
朝潮「そうね。じゃあ、みんなで司令官の部屋へ行きましょう」
荒潮「あら。朝潮姉さん、もしかしてみんなで一諸にチョコを渡すつもりなのぉ?」
朝潮「?ええ、そのつもりだったけれど……」
荒潮「どうせなら、一人一人渡した方が良いんじゃないかしらぁ。ねぇ、満潮姉さん?」
満潮「えっ、何よその意味ありげな目は……」
満潮(――あ。もしみんなで渡すとなると、最悪みんなの目の前で司令官にからかわれることになるかも……)
満潮(そ、そんなの絶対嫌よ!)
満潮「ま、まぁそうね。私もそれが良いと思うわ」
霞「賛成ね。さっさと渡してさっさと帰る予定だし」
朝雲「私も、右に同じくよ」
朝潮「分かったわ。じゃあ、最初は誰から行く?」
山雲「別に、長女の朝潮姉ぇからでいいんじゃないかしら~」
大潮「大潮もそう思うよ!」
霰「賛成……かな」
霞「異論はないわ」
朝潮「分かった。それじゃあ、先に渡してくるわね」
大潮「うん!ちょっとしたら、順番に次の人も向かうね!」
一九一五 鎮守府 廊下
朝潮「……、……っ」
部屋を出るときは別に、そんなに意識していた訳じゃないのに。
朝潮「は……、」
完成したチョコレートを手に持っていると。無意識に、早足になって。
朝潮「はっ、は……」
急ぐ必要もないのに。息を切らしながら、駆ける。
額に汗をにじませながら、自然と口元を綻ばせながら。
ああもうすぐだ。もうすぐで、彼の待つ部屋が。
朝潮(見え――)
朝潮(――開いている?)
飛び込む前に足を止め、少しだけ開いた隙間に身を寄せて。
中からこぼれる声は。
電「司令官さんっ」
朝潮(電……)
電「司令官さん、あの、その……」
司令官「……ははっ。テンパリ過ぎだぞ、電」
電「はわわわ……はわわ」
司令官「ほら落ち着いて?ひっひっふー、ひっひっふー」
電「ひっひっ……って司令官さん!こ、これは違うのです!もうっ!」
司令官「ごめんごめん。でも本当に焦りすぎだ、ほら……今は2人きりだよ?」
電「あ……。……司令官」
朝潮(私の知らない、電と司令官――)
朝潮(盗み聞きなんて、こんな真似……酷く失礼な行為なのに……)
朝潮(この場から、動けない……)
電「」スゥ、ハァ
電「あの……司令官。電の本気のチョコ、差し上げるのです!こちらなのです!」
司令官「……、……電」
電「はっ、はいぃ!」
司令官「ほんっと愛してる!もう大好きだよ!」ギュウ
電「はわわわわわわわ!」ボフン
朝潮「」ズキッ
司令官「電のチョコ、早速食べて良いか?」
電「はひ……た、食べて欲しいのです!」
司令官「どれどれ……しかし大きいなぁ。お、ホワイトチョコか」ガサガサ
朝潮(あのチョコは……)
電「ミルクとお砂糖たっぷりなのです!」
司令官「ほぉ、美味しそうだ。じゃあ、いただきます」パク
電「」ドキドキ
司令官「うん、すっげぇ美味いよ!美味い美味い」パクパク
朝潮(えっ……?)
電「ほ、本当ですか?良かった……」
司令官「電の愛が詰まってるもんなぁ……ぺろりと行けちゃうよ」ニコ
朝潮(全部、食べて……。まさか、無理をしながらでも……)
電「えへへ……司令官のために、頑張ったのです」
司令官「ありがとう、電。ごちそうさま、最高だった」ナデナデ
電「ふぁ……えへ、司令官……」ギュ
朝潮(司令、官……。あなたにとっての電は、そんなにも――)
大潮「あれ、お姉さん?」
朝潮「大、潮?」ビクッ
大潮「チョコは渡せた?あれ、でも手に持ってるの……」
朝潮「っ!」ダッ
大潮「ちょ、ちょっと!朝潮お姉さん!?」
一九三五 鎮守府 波止場の灯台
多摩「この時間の見張りが一番お腹空くにゃあ……」クァア
多摩「ん……?あれは、朝潮……?」
朝潮「……」トボ、トボ
多摩「朝潮、こんな時間にどうしたのにゃ」スタッ
朝潮「多摩、さん……」
多摩(目が腫れぼったい……こんな朝潮の表情は初めて見るにゃ……)
多摩(……)
多摩「朝潮、良ければ灯台の上で月でも眺めていくにゃ」
多摩「今日はそんなに寒くないから、きっとゆっくりと出来るはずにゃあ」
朝潮「はい……」
同時刻 鎮守府 波止場の灯台 最上階
朝潮「……」ボンヤリ
知らなかった訳じゃない。
いつだって電は司令官の一番で、司令官は電の一番だ。
忘れていた訳じゃない。
電だって、司令官のためにチョコレートを作っていたこと。
考えなかった訳じゃない。
司令官の部屋に、電がいることを。
ただ、それでも司令官の部屋へとはやる気持ちで駆けたのは。
朝潮(盲目だったのね……私)
朝潮「……」グッ
力を入れる。
パキン、と小気味いい音を立て、チョコレートが割れた。
朝潮(あれ、私……これは司令官に渡すはずのチョコなのに)
包装を外し、一口サイズになった欠片を取り出してみる。
人生で初めて作った、誰かのためのチョコレート。
朝潮(恋は盲目……あと、何だったかしら。大潮が、言っていたのは――)
徐に、欠片を口に放り込んだ。
菓子としての甘みはない、強い香りが咥内に広がる。
朝潮「うっ……」
大潮『きっと朝潮姉さんは、初恋の甘酸っぱい味も知らないんだ』
朝潮「……嘘ばっかり」ツゥ
チョコレートは、ただただ苦いだけ。
司令官「朝潮……」
朝潮「!」ビクッ
朝潮「あ……」ゴシゴシ
司令官「……」
朝潮「……司令官、どうしてここへ……」
司令官「大潮から聞いたよ。朝潮型全員で、チョコ作りしてたんだな。1人ずつ、僕にチョコを渡してくれる計画で、朝潮が一番手になって」
朝潮「……」
司令官「でも、朝潮が来る前に大潮が来たからね。それで、朝潮を探していたんだ」
司令官(多摩から怒ったように連絡があったおかげで、すぐ場所は分かったけどな)
朝潮「そう、だったんですね……申しわけありません」
司令官「それ……チョコレートだよね?貰っても、良いかな」
朝潮「いえ、でもこれは……。その、とっても苦くて……」
司令官「朝潮は知ってるだろ?苦い方が、僕の好みなんだよ」
朝潮「あ……。……、……不躾な味ですが、宜しければ……」スッ
司令官「うん、じゃあいただきます」パキッ
司令官「……」モグモグ
朝潮「……、……」
司令官「ああ、美味い。良くできてるじゃないか、朝潮」ニコ
朝潮「ぁ……」
朝潮(既視感。さっき見た、笑顔)
朝潮(電のチョコを全て食べたときと同じ、笑顔――)
朝潮「……司令官。お願いがあります」
司令官「うん?」
朝潮「正直に応えてください。朝潮のチョコレートは……、いかがですか?」
司令官「……、……。……美味しいよ、これは嘘じゃない」
司令官「だけどまぁ、ちょっと苦すぎるかな」タハハ
朝潮「やっぱり、ご無理をされていたんですね……。……」
朝潮「司令官。朝潮にもう一度機会をください!」
司令官「お?」
朝潮「きっと、司令官が好みのチョコレートを作って見せます!なので、そのチョコレートを返していただいても宜しいでしょうか!」
司令官「……そっか。楽しみにしているよ」
朝潮「はい!」
二三〇〇 鎮守府 間宮裏
朝潮「道具良し、具材良し。うん、いいわ」
朝潮「朝潮、これよりチョコレート作りに入ります!」
朝潮「作ったチョコレートを湯せんで溶かして、ミルクと砂糖を入れすぎないように少しずつ……」
朝潮「……」
朝潮(この数日間、とっても濃い日々だったわね)シャカシャカ
朝潮(色々なことを学んで、激しい戦闘もあって)
朝潮(何よりも。私自身の想いに気付けたことが一番大きい)
朝潮(結局、叶わない恋なんて苦しいだけのように思えるけれど。でも)
朝潮(ただの上司と部下という冷たい関係では、なくなったのだから)
朝潮(それを考えたら、この胸はとても暖かい)
朝潮(きっとこれからもたくさんのことを学んでいくだろう)
朝潮(きっとこれからは楽しいことがいっぱいあるのだろう)
朝潮(みんなと。司令官と、一諸に)
朝潮「後は、固めるだけ……。……」ペロ
朝潮「……うん。美味しいわ」
朝潮(明日にはちゃんと出来ているだろうから。朝に少し早起きをして、包装をして)
朝潮(後は、司令官に渡すだけ)
朝潮(彼は、喜んでくれるかしら)
朝潮(彼は、どんな表情をするのかしら――)
翌日 〇八〇〇 鎮守府 執務室
朝潮「駆逐艦、朝潮です!」コンコン
司令官「お、待ってたよ。どうぞ」
朝潮「失礼致します!おはようございます、司令官!」ビシッ
司令官「おはよう。うん、今日も朝潮は真面目可愛い」
朝潮「きょ、恐縮です!」
司令官(お?珍しい反応だな)
朝潮「……、その、早速ではありますが」スゥ
朝潮「司令官。こちらのチョコレートを、どうぞお受け取りください!」
司令官「おっ!完成品か」
朝潮「今度は大丈夫です!味見と毒見は完了済みです!安全安心です!」
司令官「そうかそうか、安心安全は良いな」クスクス
司令官「じゃあ、早速貰おうかな」ガサガサ
朝潮「はい……っ!」
司令官「……、……」モッモッ
司令官「ああ……うめぇ」フゥ
朝潮「!」
それは、今までに見たことがないような表情で。
まるで心奪われるように優しい笑みを浮かべながら。ゆっくりと、チョコレートを食べていた。
朝潮(このチョコレートは私の初恋。苦くて、でも美味しくて)
司令官「久しぶりに食べたよ、苦くて、美味いチョコレート。朝潮、本当にありがとうな」
朝潮(私だけが知っている司令官の、好みの味)
朝潮「司令官に喜んでいただけて良かったです!」
司令官「ああ。これで、今日一日の執務も頑張れるよ」ナデナデ
朝潮「んっ……」
朝潮(司令官、私は――恋が成就しなくても、私は艦娘として一生を捧げてゆく覚悟です)
朝潮(だけど。この、小さな私だけの特権を。私の誇りとすることを、どうかお許しください。司令官)ギュ
司令官「なぁ朝潮」
朝潮「はい!」
司令官「その、バレンタインじゃなくてもさ。もし良ければ何だけど……また、このチョコ作ってもらう事ってできるかな」
朝潮「!……はいっ、もちろんです!」
司令官「そうか、作ってくれるか!」パアァ
朝潮「朝潮のチョコレートであればいくらでも!」
司令官「ああ、ありがとう!いやぁ楽しみだ。よっしゃあ、艦隊指揮頑張るぞー!」
朝潮「……、……」
叶わなくても。ずるい自分だと分かっても。
朝潮(いえ、むしろ。いつでもまた、朝潮に作らせてください)
私だけが知っている笑顔をまた見たいから。
朝潮(他でもない、司令官のために――)
私の――
初恋の、ビターチョコレートを。
了
お目汚し失礼しました。急ピッチで仕上げたのに結局バレンタインには間に合わなかったという……。
>>8は酉忘れてますが私です。
では、依頼出してきます。閲覧ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
物凄く良かったです。朝潮のほろ苦い恋のバレンタインの物語。胸が締め付けられながらも朝潮を応援せずにはいられませんでした!!!今度も楽しみにしています!!!