乃々「もりくぼと弱虫とチョコレート」 (19)
モバマスSS。
地の文メイン。
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手元には、赤色の包装紙に金色のリボンでラッピングされた甘い塊。
その甘さに胸焼けしてしまいそうになりながら、私は事務所のビルの階段を上ります。
本日は2/14。平日です。嘘です休日です。
……それも、嘘です。今日は、ばれんたいんでー、だそうです。
生憎もりくぼは、こんな日とは今まで生きてきた中で無縁だったので、忘れてしまいそうになりました。
バレンタインデー。
バレンタインさんという人が処刑された日です。
……どうしてそんなめでたさの欠片もない日に、みんなはそわそわしたり、幸せそうにしているのか、ですか。
どうも日本は、他の国とバレンタインデーの受け止め方が違うようで。
愛を確かめ合うために、女の人が、男の人にチョコレートを贈る日という受け止め方をしているようです。
なんでそんな受け止め方をされてしまったのかはわかりません。2/14が他の国では「恋人たちの日」と呼ばれているからかもしれませんね。
以上が、もりくぼが少女漫画から仕入れた知識でした。
で、そんな「恋人たちの日」に何故今まで無縁だった私がチョコを片手に事務所の階段を上っているのかというと。
チョコを渡す間柄は、必ずしも恋人同士でなくてはならない、という決まりはないそうで。
女の人から男の人に、恋愛感情ではなく、感謝をこめて渡す「義理チョコ」というのも存在するという話もあり、
そして私は、一応、アイドルとしてプロデューサーさんにはお世話になっていて……
「……手作りでは、ないですけれど」
デパートで売っていた、手元の少し高級なチョコレートと睨めっこしながら、私は階段を登り終え、廊下を歩きます。
果たしてプロデューサーさんは、喜んでくれるでしょうか。
……あの人なら、誰からどんなものをもらっても、喜びそうですけれど。
鉄製の扉が目に入り、私はチョコレートをダッフルコートのポケットにしまい、事務所のドアを開けようとしました。
すると、中から賑やかな声が聞こえてきます。
他の皆さんの声に交じって、プロデューサーさんの声も。
「いやー、やっぱチョコレートは手作りに限るな!」
ピシィ、と。
もりくぼの中で何かが割れたような音がして、ドアノブを握ったまま動けなくなりました。
全然、そんなこと気にしてはいなかったのに。
言われても、私は不器用だからという言い訳まで用意していたのに。
いざ言われてみて、初めてわかる、一度私と向き合ってくれた相手の言葉。
「……」
ドアノブを握ったまま、しばらくの間呆然としていて。
向こう側からドアを押されてはっと気がついた時にはもう遅かった。
どしんと、尻もちをついて廊下に座り込んでしまいます。
「うわっ!?ととと~、ってあれ。乃々ちゃん?」
「ふ、フレデリカ……さん」
金色のボブヘアーを揺らして、翡翠色の瞳が私を覗き込みました。
手には食べかけのチョコレート。
口元も、少し茶色くなっています。
「どしたの~?あ、もしかしてプロデューサーにチョコー?だったらおいで~。あたしも味見するから♪」
「あ、えと、違う、違う、んです」
「違うの~?なんだフレちゃん残念」
どうして今私は肯定しなかったのでしょうか。
何か、後ろめたい事でもあったのでしょうか。
……あったんでしょうね。プロデューサーに、手作りがいいと言われてしまったから。
ポケットの、苦々しい塊を、渡すことができなくなってしまって。
「近くを……たまたま、通っただけですから……じゃあ」
「……んー。わかった。じゃあね、バイバーイ!」
私が立ちあがり、歩きだしたのを見てフレデリカさんは事務所に戻って行きました。
……これでよかったんです。これで。
チョコは後でもりくぼが家で食べましょう。いつも頑張ってる自分に、少し高級なご褒美です。
これでいいんです。あの人だって、もりくぼからもらえるだなんて、きっと、きっと、思ってませんから。
これで―――
コートのポケットから、今やビターになってしまったチョコレートを取り出して。
行きと同じく、階段でじっと睨めっこ。
ただ一つ違う事はと言えば。
……弱虫が、足にまとわりついて、離れてくれないこと。
この弱虫を振り解けたら、
この弱虫を、ここに置いて行けたなら。
もりくぼはきっと、変われる気がして。
「乃々!」
後ろから投げかけられた声に、弱虫は一目散に逃げ出して、階段を1匹下って行きました。。
そして私は振り返りたくもないのに、振り返ることができてしまったのです。
そこには、しわだらけの背広に身を包んだプロデューサーさんが、立っていて。
「フレデリカから聞いた。チョコ渡すために、わざわざ来てくれたんだって?」
「えっ、も、もりくぼは、そんなこと……」
「え?俺の聞き間違えかな……俺、乃々から貰えると思ったから急いでフレデリカとか置いて追いかけてきたんだけど」
困ったように首の後ろを掻くプロデューサーさんを見て、もりくぼは思わず声に出してしまいました。
「……さっき、チョコは手作りに限るって、プロデューサーさん言ってました。……もりくぼのは、手作りじゃありませんから……」
拗ねたような言い方になってしまったのは、きっとそれが私の本音だからで。
「あれはフレデリカ達だからだよ……あの辺の奴らは、どんなゲテモノチョコ買ってくるかわかったもんじゃないからな」
だけど、苦笑いするプロデューサーさんは、そう答えて、
「手作りとか、買ったものとか、そんなの関係ないよ。俺は乃々がくれるって事が嬉しいんだ。乃々からもらうって事に、意味があるんだ」
そう言って私の手を取って言いました。
……ずるいです。プロデューサーさんは、やっぱり。
「そう言われたら……渡すしか、ないじゃないですか……」
ぷいとプロデューサーさんから顔をそむけて、ポケットから取り出した塊を突きつけます。
なんだか照れくさくて、プロデューサーさんの顔をまともに見れません。
「ありがとう。乃々。大事に食べさせてもらうよ。ちゃんとお返しもする」
そのチョコを、壊れ物を扱うかのように大事に手に取ったプロデューサーさんは、優しげに微笑むのでした。
甘ったるくて、恥ずかしくて、でもなんだか、温かい。
もりくぼにとっての、初めてのバレンタインデーのお話は、これでおしまいです。
「ただいま」
「おかえりプロデューサー。乃々ちゃんからチョコもらってきたの?」
「ああ」
「あたし達を置いて?」
「……ああ」
「じゃあ約束通り、今年はフレちゃんからのチョコはナシでーす。あーあ、結構頑張ったのになー」
「そうか。俺も残念だわ。まぁ俺には乃々からもらったチョコがあるからな」
「……」
「結構高い奴選んできたなあいつ……ちゃんとお返ししな、うわっとぅ?!フレデリカお前、いきなり何を投げて」
「やっぱあーげる。今年は特別だよー?」
「何なんだお前は……まぁ、くれるならもらっとくけどよ」
「……フフンフンフン、よかったね~、乃々ちゃん♪」
無理に変わる必要も、変わろうと思う必要もないんだよ。
ではありがとうございました。
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