【オリジナルSS】 ぼくらの世界創造 (722)

■注意事項

・厨二要素っぽい
・私自身がSS初投稿で至らない点十分にあり

この二点がどうも気になる方は、ブラウザバックを推奨します。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1454556385

 この音はなんだろう、意識が朦朧とする。

 まるで、どこかのライブの会場にいるかのように騒がしい。何かを楽しむ歓声なのか、誰かを非難する怒号なのか、よく分からない。

 それは、いつまでも鳴り続ける受話器のように単調な音が響き続けているようで、とてもライブだとかそういうものではないことが分かる。

 そもそも俺は一体どうなってしまったんだろう? 意識が朦朧とするし、頭が痛い。
それに、あたりは真っ暗でなにも見えないし、体もロクに動かすことができない。さっきから感じられるのは聞こえてくる音だけだ。

 騒がしい音に混じって、誰かがマイク越しに喋っていることに気づく。だがそれは、頭を強く殴られたかのように意識が朦朧としていて、うまく聞き取れない。


「……劣等種……は、今蹂……れまし……」


 そのマイク越しで喋っている人は、俺がいる場所からかなり近いのか、他の音よりかはまだマシな程度に聞き取ることが出来る。しかし誰の声だろう? どこかで聞いたことのある声のような気がする。


「…ここに……ア……画は達……れ、次のス……」


 その中ではっきりと聞こえた、ただひとつの単語。それは”劣等種”。この単語を聞いた瞬間、不思議と何処かから、頭の中にテロップのようなものが流 れてくるものを感じた。

「劣等種。 それは、有能種によって駆逐されるべき異端者。
世界の意思に、神の意思に背く忌むべき存在」


 異端者? 神の意思? 何を言ってるんだ……? いつのまにか、俺はある程度、思考する力を取り戻していたことに気づく。でも、劣等種? 劣等種って一体何だ……?


『考えろ……』


またテロップのように頭に言葉が流れてくる。そもそも俺は今、どこにいて、何が起きているのか。考えろ、考えなくては……!


「俺は……そう、みんなとここに来て……? いや違う、“みんな”じゃなくて”ぼくら”……あれ? くそ、なんだったっけ……」


 そう考えている内に、徐々に意識が覚醒しだす。それとともに、マイク越しで伝わる誰かの言葉も強くハッキリと聞こえてくる。

 そしてあの、やかましくもけたたましい、あの音も。それは容赦なく、有無を言わず、俺の耳に入り込んでくる。


「劣等種は死ね!」「劣等種は生きる価値無し!」「劣等種は地に堕ちろ!」


 聞こえてきたもの、それは呪いの言葉だった。俺達に向けて飛び交うそれは、世界の意思に背く者へ紡がれる言葉。それをハッキリと認識できたその時、「俺」の意識は完全に戻り、同時に全てを思い出した。

 俺は、いや違う……”ぼくら”は今、捕らわれている。目は目隠しをされているため見えない、体は完全に固定され、動かすことができない。だから今、機能するのは”聞く”事のできる耳と、”語る”事のできる口だけ。

 唯一機能する耳には、いまも何千、何万と存在する「彼等」の呪いの言葉と、ひたすら演説を行う誰かの声が無理やり押し込んでくるかのように入ってくる。

 だから俺は抗った。押し込まれるなら押し返してやる。目には目を、歯には歯を。ならば耳には耳を、だ!

俺は、「彼等」を含む誰かに向かって叫ぶ「こんな世界、狂ってる……!」と。


 そうだ。どれもこれも「アレ」のせいなんだ。「アレ」のせいでみんなが……世界が変わっちまったんだ……!

 みんな、狂った世界に飲み込まれ、悪意に侵食されていく。そして、悪意に飲み込まれた人が、まだ飲み込まれていない人を変えていく永久の連鎖が繰り返されていく……! みんな「アレ」のせいで!

 そんな悪意に囚われた”彼等”は、俺の放った言葉に全く怯むことなく、今もなお俺達に向かって呪いの言葉を吐き続ける。

 しかし彼等は怒っているわけではない。きっと、喜んでいるのだ。なぜなら、ぼくらは生贄だから。

 これは戦いに負け、世界の意志に背いた愚か者を裁くための、いわば地球最後の儀式。
”彼等”は、ぼくらが裁かれるのをまだかまだかと待ちのぞんで待っている、ぼくらにとっては人ならざる獣のような存在だ。

 ぼくらが……生贄? そんなの嫌だ……認めない、認められる訳がない!! ”俺”は足掻く、こんな終わり方なんてあんまりだ!!

 その時だ、”俺”のよく知る人物がぼくらに向かって語りかけてくる。『生贄は生贄らしく淑やかにしているべきだ』と。それを聞いた途端、血の気の引くのを感じた……が、それでも、俺は足掻きながら声を振り絞り、ありったけの声で叫ぶ。

 それがどんなに無駄なことであり、何かを変えることなんて到底出来やしないだろうと承知の上で。……が、それでも!!


「こんな世界、俺は認めないッ!!」

 ありったけの力を振り絞って出した声も、”彼等”の放つ言葉の前に、あっという間にかき消されてしまう。まるで、アリの軍勢の中に放り込まれた一匹の幼虫の様に、俺の声がとてもか弱く、その全てを貪り食われるかのように。

 そして、それと同時に俺の近くでなにか音が聞こえた。それを、耳が感知したその瞬間、俺の意識は再び、闇の中に飲み込まれていった。

予め書き溜めた部分まで載せました。続きはまた書けたら載せます

>>7
地の文二行以上の改行をするならもう少し意味のあるところでやった方が良い
或いは次スレに書くとかにして間を稼いだ方が読みやすいよ

>>8
指摘ありがとうございます、参考にさせて頂きます。

再開します。


 俺は、いや違う……”ぼくら”は今、捕らわれている。目は目隠しをされているため見えない、体は完全に固定され、動かすことができない。だから今、機能するのは”聞く”事のできる耳と、”語る”事のできる口だけ。
唯一機能する耳には、いまも何千、何万と存在する「彼等」の呪いの言葉と、ひたすら演説を行う誰かの声が無理やり押し込んでくるかのように入ってくる。

 だから俺は抗った。押し込まれるなら押し返してやる。目には目を、歯には歯を。ならば耳には耳を、だ!
俺は、「彼等」を含む誰かに向かって叫ぶ「こんな世界、狂ってる……!」と。

 そうだ。どれもこれも「アレ」のせいなんだ。「アレ」のせいでみんなが……世界が変わっちまったんだ……!
 みんな、狂った世界に飲み込まれ、悪意に侵食されていく。そして、悪意に飲み込まれた人が、まだ飲み込まれていない人を変えていく永久の連鎖が繰り返されていく……!


                     みんな「アレ」のせいで!

 そんな悪意に囚われた”彼等”は、俺の放った言葉に全く怯むことなく、
今もなお俺達に向かって呪いの言葉を吐き続ける。しかし彼等は怒っているわけではない。
きっと、喜んでいるのだ。なぜなら、ぼくらは生贄だから。

 これは戦いに負け、世界の意志に背いた愚か者を裁くための、いわば地球最後の儀式。
”彼等”は、ぼくらが裁かれるのをまだかまだかと待ちのぞんで待っている、
ぼくらにとっては人ならざる獣のような存在だ。

 ぼくらが……生贄? そんなの嫌だ……認めない、認められる訳がない!!
”俺”は足掻く、こんな終わり方なんてあんまりだ!!

 その時だ、”俺”のよく知る人物がぼくらに向かって語りかけてくる。
『生贄は生贄らしく淑やかにしているべきだ』と。
それを聞いた途端、血の気の引くのを感じた
……が、それでも、俺は足掻きながら声を振り絞り、ありったけの声で叫ぶ。

 それがどんなに無駄なことであり、何かを変えることなんて到底出来やしないだろうと承知の上で。

……が、それでも!!

「こんな世界、俺は認めないッ!!」

 ありったけの力を振り絞って出した声も、”彼等”の放つ言葉の前に、
あっという間にかき消されてしまう。
まるで、アリの軍勢の中に放り込まれた一匹の幼虫の様に、
俺の声がとてもか弱く、その全てを貪り食われるかのように。

 そして、それと同時に俺の近くでなにか音が聞こえた。
それを、耳が感知したその瞬間、俺の意識は再び、闇の中に飲み込まれていくのを感じた……

…………
……


 ここは静かだ。また、俺は闇の中にいる。
さっきまでの”彼等”の声も、聞き覚えのあるマイク越しの声も聞こえない。
それに、先程までの、捕らわれているという、冷たい感触もない。

「……お……い!」

 だれかが俺のことを呼んでいる。
しかし、どこから呼んでいるのか、声が小さくて全然分からない。

「おき……まこ……」

 間違いなく俺の名を呼んでいるようだが、そんなか弱い声じゃ、
呼ばれたって主を探せるわけもない。
そう思った俺は、今度はこちらから呼びかけてみることにした。

「誰かいるのか? 俺を呼んでるってなら、もっとデッケー声で頼むぜ……ッ!?」

「うるせぇッ!」

 声の主が急に俺の横にいるかのように聞こえると同時に、
脇腹を思いっきり殴られる感触を覚える。
突然の痛みで俺は、意識が一気に覚醒すると同時に、苦悶の声を上げる。

「ぐぼぇッ!?」
「あんたねー……そんな大きい声出したらお客さんに迷惑でしょ?」

 そうして目を開けると、そこは暗闇の世界から、ちょっと薄暗い世界が広がっていた。
俺は何やらフカフカの、ちょっと高そうな椅子に座っており、声の主である、隣の席の奴の方を向く。

「あれ? え? ……え?」
「だから静かに喋れっつの!! あたしの声でも迷惑なんだから……」

 俺の席の横にいるのは、俺の友人である桃華だった。
彼女は、俺に大して怒りの眼差しをぶつけてくる。
全く状況が理解できない俺は、混乱して桃華に問いかけた。

「え? は? 桃華? これはどういうことだ?」
「ったく、今イイトコなんだから~! ああもう、アンタに構ってると見逃しちゃうじゃない!!」
「イイトコ? えッ……? ……あ」

 その時、ようやく思い出した。ここは映画館の劇場内だ。
そうだ、俺は……違う。俺達は今、映画を見てるんだった。
途中で眠くなっちまって、うとうとしてたら変な夢見ちまって……

 うん、今、完璧に思い出した。俺達は今、4人で映画館に来ているんだ。

書き溜めた分はここまでです。帰りの電車の中でもくもくと考えております。

再開します。酉つけました

 今、俺達が見ている映画。
それは 「世界の果てへ -World Outskirts-」というタイトルの作品だ。

 原作である小説が大ヒットして劇場化まで上り詰めた名作であり、
物語の内容は、主人公と三人の仲間が宇宙を目指す旅をする話で、
旅の途中にとある理由で4人は仲違いをしてしまうけれど、
そうした苦しい時間を耐えた末仲直りし、より友情を深めていき、
最後は皆で宇宙に飛び立つ……といった、いわゆるお決まりの友情をテーマにした作品なのだ。

 今さっき、俺のことを叩き起こした桃華から勧められて読んだ小説で、
それがなかなか面白くて、これが劇場化するという話を聞き、
俺の親友グループ4人で観に行くことになった。
けど、俺は前日に冬休みの宿題で徹夜しちまって、
つい睡魔に負けちまい眠っちまったワケだ。

 一応言っておくが、決して映画がつまらなかったとかそういうわけではない。
ただ、何度かこの原作の小説を読んじまっているから、
どうも展開が分かっちまって既視感って奴が……いや、なんでもない。

 気づくと、俺達が変に話し声を立ててしまったせいか、
周りの何人かの人達から、なにやらイヤな雰囲気を漂わせるオーラみたいなのが伝わってくる。
だから俺は、許して欲しいという言葉を込めて軽く頭を下げてから、
再び劇場のモニターで続きを見る。さて、今、どこまで進んだのかな?

『お前たちの……勝ちだ』

 荒廃した土地で主人公たち4人が、ラスボスであろう男一人を追い詰めている。
その男も、とうとう観念したようで、懺悔とともに、主人公たちに問いかける。

『だが、一つだけ聞かせてはくれないか? 何故、お前たちは宇宙を目指す……?』

 それを聞いた4人は見つめ合い、もう分かっているんだろうと言わんばかりに、優しく男に語りかけた。


『僕達は宇宙を目指す事を夢見てきた。でも、これからは違う!
宇宙で、成し遂げるんだ。ぼくらの世界創造を!』


 男は、聞いて良かったと、今までに見せたことのないような顔をして、その場に倒れこんだ……

 ちぇーッ、もうこのシーン最終章のラストの中のラストのシーンじゃん。
それで最後に主人公がこう言うんだ。
『僕達は成し遂げる……宇宙で、ぼくらの世界創造を! ぼくらの世界創造は、宇宙をも超える!』ってね。




 そうしてスタッフロールが流れつつその後の展開が簡潔に流れていく。
あ~あ、終わっちまった。あーあ、ちくしょー寝てなきゃなぁ……

 なんだかとても勿体無い気分を味わってしまったかのよう。
だって、折角お金まで払って、チケット買って劇場に来たのに、
その半分以上は眠っちまったって、テレビでよく言われる定番であるっちゃあるけど、
いざ自分がその立場になると、なんだか軽くショックだ。

 そう後悔しているうちに、スタッフロールも終わり、映画館が明るくなった所で、
観客が劇場から、ぞろぞろと退場していく。

「俺達もそろそろ行くかー」
「そうだなー」

 劇場から人がだいぶ居なくなったところで、俺達も出る準備をする。
長時間座っていたせいなのか、それともちょっと眠ってしまっていたからか、
立ち上がった時、ほんのちょっと立ち眩みがした。
けれど、すぐ後ろにいた桃華に「ドンくさいなー」と一喝され膝カックンを食らい、
そのおかげで前に倒れそうにはなったが、足に力が上手く入るようになり、
先に劇場を出た二人の後を追うように、ちょっと小走りで劇場を出た。

 映画館の外に出ると、俺達は12月特有の寒さに身を縮ませた。
まるで全身の穴という穴に、針のように侵入していく寒風の辛さとは裏腹に、
外は人という人で溢れかえっていた。
 今日は、12月でも特別な日、大晦日だ。
街の人は、予約したおせちを受け取りに行ったり、年越しそばを買ったりと、
今年最後の外出を楽しんでいる。

 俺達4人も、まさにその仲間であり、芋を洗うような人だかりの俺達の街、
戸蘭市の街道を、ワイワイ喋りながら進んでいた。

桃華「そーいや誠、アンタ大丈夫? あたしが殴った時、すっごく変な声出してたみたいだけど?」
誠「ああ、アレ? ヘーキヘーキ、お前に殴られるなんてもう慣れっこだからよ~」

 やれやれと肩をすぼめて答える。

桃華「本当ぉ? あたし達の名前思い出せるゥ~?」
誠「バカにしてんのか? お前が桃華だろ? そしてお前が澪音だろ? そんで、えっと……お前誰だっけ」

 冗談まがいに、昌也に向かって首を傾げながら指を指して言うと、本気にとった昌也がデケー声で吠える。

昌也「ハァ~!? ぶっ殺すぞテメェ!」
誠「ジョーダン、昌也、だろ?」

 俺に向かって殴りかかろうとする昌也を「分かった分かった」と手で押さえつけ、なだめてやる。
コイツは馬鹿のお手本みたいな奴だから、俺達にとってはこういうコミュニケーションが日常茶飯事だ。
 まあ、俺もコイツも、もう中学生なんだから、
うそはうそであると見抜けるくらいの判断くらいして欲しいもんだけど。

誠「いやー、しかしよく出来てたな~あの映画」
桃華「そういうアンタは寝てたくせに、よく言うわよねぇ」

 便乗するかのように、昌也も続く。

昌也「確かに~ でも観に行こうぜって言ったのお前だよなぁ? ま、こ、と、さァん?」
誠「う、うるせッ! 冬休みの宿題溜まってたんだよッ!」
昌也「嘘つけ、ぜってー音ゲーやってたんだぞ」
誠「お前じゃねーんだし、そんなわけあるかッ!」

 そういい、コイツの頭をぶん殴る。

澪音「……でも、誠、夢の中でもしっかり映画を見てたみたいだよ?」
桃華「え? どゆこと? みっちぃ」
澪音「だって誠、寝言で、こんな世界狂ってるとか、認めないとか、ブツブツと言ってたから……ふふふっ」

 いつもは大人しくて、あんまり感情を見せない澪音が、俺の顔を見て口元を押さえて笑いだす。
その姿は、なんだか小動物で可愛いのだけど、これ、俺が馬鹿にされてるだけなのよね。

昌也「だーっはっはっははは! 夢の中でも映画見てたんかよ! バッカみてぇ!!」
桃華「ホントホント!! アンタやるわねぇ~、意外と。あーっはっはっは!!」

 桃菓と昌也の二人も、俺に指さし腹を抱えて笑い出す。
いや、コイツらは笑う、じゃなくて嗤う、の間違いだろう。

 俺の顔を見るたび、必死に口元を押さえて笑いを堪える努力をする澪音はまあいいとして、
街中で人に指さしゲラゲラと嗤う約二名は許すまいと、二人の肩をちょっと痛がるくらい組んで、静かにさせた。

 なんともまあ傍から見ると迷惑な中防4人だことだろうと思われる、
そんな俺達は、こうしていつも一緒。こいつらといると、楽しい事も、
イラッとする事も沢山ある。どちらかと言うとイラッとする事のほうが多いんだけど。

 こいつらとは小学校の始めからの、幼馴染みたいな関係だ。
そんな俺達も、いつのまにか中学生になった。小学生の頃と違い、
再来年の高校受験の為に必死に勉強する奴ら、部活に専念する奴らなど、
小学校の頃とは違い、周りのやつらはどんどん変わっていく。

 が、しかし、俺やこいつらの様に未だに遊び呆けている奴もいる。
俺達4人はそういう遊び呆けた奴の集まりみたいなもんであるのと、
小学校の頃から長く付き合っているせいで、離れるに離れられない同士みたいなものなのだ。

 だってさ、まだ中学一年生だぜ? 受験なんて2年後なんだし、今をもっと楽しみたいじゃん?

 そう、気づけばこいつらと一緒に遊んでいたし、なにもかもこの4人で一緒だった。
俺達が俺達であることが、さぞ当たり前かのような環境で、ずっとずっと過ごしていた。

 けど、こいつらと過ごす時間だけは、なんだか飽きが来ない。
まるで、歪な形のパズルのピースが、この4人でたまたま上手くはまってパズルが完成するという、
なんだか不思議な安心感を、こいつらといると覚える。

 なんてな、馬鹿みてぇなこと考え過ぎか。そんなんだから、さっきみたいに3人に馬鹿にされるんだよなぁ。

誠「そういや、この作品観たり読んだりしてるとさー」

 ようやく3人の笑いが収まりつつある時に、ふいと俺が皆と顔を合わせずに呟いた。

桃華「んー? どした誠?」
誠「俺思っちまうんだよな、宇宙って……そんな遠いところにあるのかなって」

 俺は空を見上げた。雲一点もない昼の冬空を。桃華も、それに続くように。

桃華「そーねぇ、今でも頭上に見えてる位、すぐ目の前に見えてるってのに
……行くのが難しいだなんてねぇ~」
誠「そうだよなぁー……この作品見た後って、宇宙の神秘ーだとか、
なんかとってもでっかいものを感じちまってさ、なんか感傷的になっちまうよなぁ~」

昌也「宇宙ヤバイってか?」

桃華「そうよ! ヤバイ。宇宙ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
宇宙ヤバイ。
まず広い。もう広いなんてもんじゃない。超広い。
広いとかっても『東京ドーム20個ぶんくらい?』とか、もう、そういうレベルじゃない……」

誠「あ~桃華もういいもういい! お前が宇宙ヤバイって言葉聞くといつもこれだ!!」

桃華「宇宙は全然平気。無限を無限のまま扱ってる。凄い。ヤバイ。
とにかくアンタら、宇宙のヤバさをもっと知るべきだと思いますッ!」

誠「わかったわかった!落ち着けって!」

 早口言葉のように喋る桃華を手でなだめる。
こいつはホント、見かけによらず、宇宙が好きでしょうがない奴で、
毎晩必ずと言っていいほど宇宙に関する本を読む事を日課にするほど、
生粋の宇宙好きな、意外とロマンチックなヤツだ。

 度々、この事になると自慢話でもするかのように、
宇宙に関するうんちく話を投げつけてくる。俺達にはそんなこと聞かされてもさっぱりなのに。
まさに、会話のドッジボールだ。

 さっきも言ったが、今日見た映画の原作である小説も宇宙に関するテーマのもので、
それを見逃さない宇宙フェチの桃華から広まったものだ。

桃華「けど、いつも思うのよね。この空って、どこまで続いてるんだろうって」
誠「そうだな……そう思うと、よく出来てたな~あの映画。小説を上手く再現出来てて、すげーって思ったぜ」
桃華「そうねぇ~確かに良い出来だったわね~
……ケド、ちょっとあたしの想像とは違う部分とかもあったから、
アンタの言うほど最高ってワケではないわねぇ」
誠「おいおい、おまえはどんだけこの映画のクオリティを高望みしてたんだよ!」
桃華「え~? これでもね、あたしの中ではだ~いぶ評価高くしてんのよ~?」

 腰に手を当てて、誇らしげに言う。誇るべきはお前じゃねーだろって言いたくなるケド。

澪音「……桃華はそういうのには厳しいんだね」

桃華「そーよ、みっちぃ~ あたしはこの作品の大ファンだからね、
監督サンにもキャストの人達にも頑張ってほしいのよ~……でさ、聞いて?
こういうお話を映像化してくれるってのはありがたいことなんだけどさ。
それでも、やっぱ自分の抱いていたイメージってあるじゃない?」

誠「ほぅ」

桃華「活字だからこそ湧いてくるイマジネーションってやつ?
それがさ、イメージと違うってなるとやっぱりあたしとしては違和感が湧くモンなのよ」

 なかなか饒舌に語り出す桃華。
コイツは、いつもハマってしまうものはどっぷりと浸かってしまうタイプだから、
そういう領域に達していない俺には正直言って桃華の話には半分ついていけない。
これが会話のドッジボールだ。

誠「まあ流石によ、そこはさぁ、この映画を作るのに携わった監督さんと、
お前の考えてたイメージの違いってヤツがあるんじゃねーの?」

桃華「だーッ! アンタね~……それ言っちゃおしまいなのよ! 分かってないわね~」

誠「何をだよ!」

桃華「あー、なんも分かってない! ダメッ! イメージの違いで済ませちゃダメなのよっ!
わかる? アンタにはわかんないでしょ~ね~」

誠「はいはいすいませんでした、俺が間違ってましたー」

 分かんねーだろって思ってんなら、言うなよってな。やれやれと肩をすくめたくなる。

桃華「てかさー、やっぱ有名な作品になっちゃうと……こういうのが湧くって聞くけど、本当ね~
……ねー、誠さーん?」

誠「は? どーゆー意味だ? こういうのって何だよ」

桃華「それくらい自分のアタマで考えなっ」

 そう言って桃華は俺にデコピンを食らわしてくる。

誠「痛ってぇ~、あー訳分かんねぇ~……なぁ? 昌也」

昌也「日本語で喋ってくれ」

 まるで話を理解できていないみたいで、コイツに聞いたのが馬鹿だった。
まあ俺も、桃華の話の七割くらいはよく分かってないんだけど。昌也の事言えねーか。

ひとまずここまで。今日中にあと1回くらいは来ます。

乙。文章から見ると結構若い人かな。
ちがってたらスマン。

これからの展開に期待

内容には言及しないが、全体的に一文が長い
一人称の視点だから特にそう感じたよ
一つの台詞を主人公が話すまでの思考が多すぎると会話文がぐだぐだになるから、その辺を意識するともう少し良くなるんでない?

>>29
期待ありがとうございます。頑張って完走させようと思います。
そうですね、結構若いです……

>>30
あくまでSSだからというのもあるのでしょうか……? まだまだ勉強不足でした、
これから色々と改善していく努力はしてみます。指摘ありがとうございました!

続きいきます


誠「でもさ、俺達も、行ってみたいよなぁー 宇宙さ」

桃華「そうねぇ……けど、そんなの、夢のまた夢でしょ。だから、あの映画で、ちょっとでも近づいた気分になりたいのよ」

誠「相変わらず、こういう時だけはロマンチストだよな。お前は」

桃華「いーだ、あたしはカヨワイ乙女なんだから、いいの~」

 再び俺達は空を見あげる。

昌也「でもよ、ゲーセンで音ゲーすんのが趣味の俺達が、さっきみたいな感傷的な気持ちになってるってどうよ?
そんなことより俺、まだ冬休みの宿題……なーんも手つけてないんだけど、誰か助けてくれね?」

 昌也の「宿題」の一言で、俺達の気分は一気に崩壊する。

桃華「アンタねぇ、こういう時に宿題の話出してくるなんて、ちょっと空気読めてないんじゃない?」

昌也「なぁ、頼むよ。ちょっとだけでいいからさ」

桃華は、ねだる昌也を完全に無視し、先へ行ってしまう。

誠「お前家で普段何やってんだよ」

昌也「音ゲー」

誠「いやいや……それでも宿題ぐらい手ェつけられるだろ普通」

昌也「毎日7時間は日課だろ?」

誠「お前よく腱鞘炎にならねぇな」

昌也「へへへ」

誠「褒めてねぇぞ」

 しばらく歩くと突然、クラクションと共に後ろからやってきた車に声をかけられる。

「おーい誠ぉ! お、それに3人も。おーい!」

この声は、俺の父ちゃんだ。

3人「「「こんにちはー」」」

父「おお、成長したねぇ。グーだよグー」

桃華「もーバカにしないで下さいよおじさん! あたし達もう中学生なのよ?」

昌也「そーだそーだぜ!」

桃華「あ、コイツだけは小学校入学の時のままですケド~」

父「ははは……!元気で何よりだ。 それより誠、これから母ちゃんとこに行くんだが、どうだ?」

誠「そーだな、じゃあお言葉に甘えて!」

父ちゃんが後ろのドアを開けてくれて、俺は飛び乗るように車に乗り込む。

桃華「ねーあたしも連れってって下さいよ~」

誠「悪ぃな桃華、この車、二人乗りなんだ」

 桃華は、地団駄を踏んで無理やり乗り込もうとしてくるが、
父ちゃんが母ちゃんのいる病院へのお見舞いである事を伝えると、しぶしぶ乗ることを諦める。

誠「ほんじゃ、またな~ あ、明日のアレ、楽しみにしてるぜ~」

 父ちゃんは、俺がしっかり乗り込んだことを確認し、車を発進させる。

昌也「寝坊すんなよな~!」

叫ぶような昌也の声がギリギリ届くくらいで、他の2人の声は、車の距離が離れすぎてもう、
聞こえなくなっていた。

父「ん? どうした? 誠。桃華ちゃん置いていったのが心配か?」

誠「いや、なんでもないよ父ちゃん、ってそんなんじゃねーし!」

父「ハハハ、そうかそうか、お前と桃華ちゃんはいいコンビしてると思うけどな!」

誠「は、はははっ、アイツと俺が? ないない! 絶対ないって!」

父「おや? 俺は今年の文化祭でやったお笑いコンビ『りばいぶ体操 雲海 vs 最澄』の話をしてるんだけどなぁ、
あれ? 誠ぉ、顔が真っ赤っ赤だぞ~?」

誠「な、なんだよ、赤くなってねーよ! 全く、話のネタが古すぎるぜ父ちゃあん~」


ってか、よくよく考えたら『りばいぶ体操 雲海 vs 最澄』って何だ。
こんな名前でコンビとか恥ずかしくて二度と人前に顔を出せなくなるレベルだってのに、
よくこんなものをやれたもんだ。ちなみに雲海が俺で、最澄が桃華だ。尚更意味不明感が漂ってくる。

 あの時はどういうコントやったんだっけ……

誠『我を目覚めさせる暗号を入力するがいい……』(頑張って出したボイス)

桃華『ほれ、ピッピッピッピっとな』(tkb連打)

誠『ウ”ウ”ウ”ォ”ォ”オ”ォ”オ”ア”ア”ア”!!!!』(何気に痛い)

桃華『なんでや! 動かんかいこのクソ筐体!』(バンバン)

誠『痛ってぇ……(小声)……ぉ、お客様! 台を叩くのはおやめ下さい!(裏声)』

……ネタまで意味不明だったことを思い出した……やめだやめ。まさに人生の黒歴史だ。
というかあの時父ちゃんいたんだっけ、はずかし……

父「んん? どうした誠、人生の道を踏み外して絶望した人みたいな顔をして、何かあったか~?」

誠「い、いやいやいや、なんでもねーから、ホラ、青信号! 前見て運転! 安全運転!」

 後ろの車からクラクションを鳴らされ、父ちゃんも俺も変なことを考えるのをやめ、我に返る。

父「お、おっとっと。すまんすまんっ……と」\

 車を発進させようとした父ちゃんは、先ほど後ろの車に煽られたせいか多少焦ってしまい、
クラッチを踏む力を弱めすぎてしまったため、車がガタガタと振動しながら動き出す。

父「ふー、久々にやっちまうとこだった」

 そういい安心した父ちゃんだったが、再び何かに目覚めたかのようにハッとなり、俺に話しかけてくる。

父「しまった! 今年のおせち、まだ頼んでなかった……!」

誠「なーんだ、大丈夫だよ。澪音ン家でまた作ってもらうことになってるから!」

父「そーかそーか! そりゃよかったよかった!
……と、じゃあはやく母ちゃんに、今年最後の挨拶と行くか、な!」

誠「そーだね、父ちゃん」

 車は冬の大通りを進んでいく。いつもどおりの風景、今年も無事に終わりを迎えられそうだ。

【1/1 AM5:40 誠の家】

「誠ー! 早く起きろー!」

 父ちゃんの声で俺は目を覚ました。

誠「ふあぁ~……っ! 寒!」

 寝ぼけてた為ついつい毛布をめくってしまい、冬の冷気が俺の体を刺す。
そんな俺は、つい反射的に毛布に包まり冷気を凌ぐ。

 昨日は、母ちゃんのところで夜まで話した後、
家で父ちゃんと紅白見たり、年越しそば食べたり、その後二人で2時くらいまで、
去年の出来事や武勇伝を互いに語り合ったせいで、
こんな時間に起こされちまうと非常に辛いってもんじゃない。

父「なーにやってんだ誠! 早く起きてこいよー!」

 父ちゃんが急かしてくる。でも毛布から出たくはない……
俺は毛布に包まりながら、近くにあった携帯を手に取り開く。

誠「ん、なんだこれ……桃華からの着信22件……? はぁ……?」

何事かと思い、眠さと寒さに耐えながらしぶしぶと電話を返す。

誠「ふあぁ……よ、桃華。なんだよさっきから」

桃華「あんたねぇ~~……それマジで言ってるわけ?」

誠「俺は大マジだぜ? なんだよ、自己べ出たって話なら今度聞くぜ……」

桃華「…………」

誠「桃華?」

桃華「あけましておめでとう、誠」

 そーいや今日は正月だったか。そりゃそうだろうな、
昨日が大晦日ではしゃいでたんだから。

誠「……? おう、あけましておめでとう、桃華」

桃華「……まだ分かんない?」

誠「おう」

桃華「とりあえず早く降りて来なさい。@そーね、2分。それだけ待ってあげる。
もし間に合わなかったら……分かってるわよね?」

 さっぱり状況がつかめない。桃華は何が言いたいんだ?

誠「だから何なんだよ……降りて来いって、どこへ? 俺んちの玄関?」

桃華「いいからさっさと降りて来なさいッッ!!」

誠「ひいぃっ!?」


 携帯の着信音を1にしていても耳を破壊しかねない桃華のマジギレボイスによって、
一気に俺の頭は覚醒し、冷気も忘れ、毛布から飛び起き、わけも分からず外へ出る支度をする。
 コイツ、怒らせるとホント怖えぇんだよなぁ~……はぁ。

 俺は、申し訳程度の着替えと、申し訳程度の防寒具を用意して、桃華のいる玄関へ向かった。

桃華「あら、ちょっと早かったじゃない、間に合うとは思わなかったわ」

誠「ったく、一体なんだってんだよ……」

桃華「じゃあ、行くわよ」

誠「行くって、どこへ?」

桃華「……アンタね、まだ気づかないの?」

誠「へ?」

桃華「初日の出観に行くって言ったのアンタじゃないのよこのバカ!!!」

 言われて気づいた。そうだった、元旦はいつも俺達、初日の出を4人で見るのが約束だったっけ……
気づいた時にはもう、時既に遅し。「……じゃ、行くわよ」と言い捨てるように、
てくてくと桃華は水溜りが凍って滑りそうな道を進んでいってしまう。

 それから、お互いに何も喋らず3分近くは歩いただろうか。なんだこれ、めちゃくちゃ気まずいぞ俺。
流石に耐えきれなくなった俺は、怒っている桃華の反応を伺う為に、機嫌を直す作戦に出る。

誠「悪りぃ、桃華、ほんとゴメンって」

反応が帰ってこない。というかコイツ、すまんとかゴメンとか言われるのが一番嫌いなんだったっけ。
あ~~~もうめんどくせぇヤツ!……ならば、物で交渉開始だ。

誠「な、なぁ、寒くね? あそこの自販機にあるホットココアでもどうだ? おごってやるぜ?」

桃華「…………」

誠「い、いらねーの? じゃあ、今度発売する家庭用アヴァンギャルドビートⅦ、
真っ先にお前にやらせてやるよ!」

 アヴァンギャルドビートとは、俺達がゲーセンに行っていつもプレーしているゲームだ。
その最新作が家庭用で発売されると聞いて一番喜んでいたのは他の誰でもないこの桃華である。

桃華「…………」

 ああああッ!!! なんでだッ! どうしてこれでも反応してくれないんだッ!!
クソッ! これがコイツの仕打ちってわけか! チクショ~~~!!
無視されるってのが一番精神的に来るんだぞー! わかってんのかお前ーッ!

……にしても、桃華がここまで俺の事を無視するってのも珍しい。
そういや、こういう事が前にもあったような……

…………
……

 暗い病室の扉、そこで俺はいるかどうかもわからない彼女の名を叫ぶ。

「もーもーかっ! おい! 聞こえてんのか!? いるんなら返事しやがれッ!」

……
…………

 まさかな、アイツがそんなことでまた……
そう考えていると、突然桃華から鼻歌が聞こえてくる。

誠「は?」

 よく見るとアレ、意外と機嫌がいい? あれ……あっ
その時、気づく。

 俺は桃華の肩に右手を置き、左手でうなじ辺りから伸びる黒い物体を俺は引っ張りだす。
そして手に取ったそれは、音楽プレーヤーだった。

桃華「ちょっとぉ~~! なにすんのよっ!!」

誠「テメエェェェ……怒ってたんじゃなくて、ずっと俺の話無視して、音楽聞いてやがったなぁ!?」

桃華「ゴメ~ン、だってアヴァンギャルドビートⅦのサントラ、宿題やってる間は聞けなかったんだも~ん」

誠「んなこた知るかッ!! 上機嫌に鼻歌まで歌いやがってよォ!」

桃華「えへへへ……あっ、アンタ、真っ先にやらせてくれんでしょ? 家庭用!」

誠「あっ、テメッ、聞こえてやがったなぁ~~~!?」

桃華「キャッ、怖~い! あ、早くしないとアイツら、待たせちゃってるぞー。急がなきゃ!」

誠「うるせぇッ! 待ちやがれコノヤロォーッ!!」

「キャ~~~! ちかーん!!」

 桃華はこんな時間に叫ぶには、ぶっちゃけシャレにならないセリフを放ちながら俺から逃げる。
それを必死に追う俺も俺なのだが……

 まあなにより、桃華が言うほど怒っているわけではないことが分かってよかった。
アイツ本気で怒ると……本当に、いろんな意味で恐いから……な。

 とりあえず今は、俺がストーカーだか痴漢だかの冤罪の疑いをかけられる前に、アイツをとっ捕まえなければ。
あーあ、これも初日の出のことすっかり忘れてた俺の自業自得ってわけかよ! チクショウ!

【1/1 AM6:00 戸蘭森林公園】


昌也「お~い! こっちだこっち~!」

 遠くから、昌也が俺達に向かって手を振り合図をする。

誠「ぜぇ……ぜぇ……よ、あけましておめでとう。二人とも」

澪音「あ、あけましておめでとう…… どうしたの? 二人とも、そんなに疲れて……」

誠「こいつが」桃華「コイツが」

 俺と桃華は互いに指をさし合う。

昌也「はあ? まあいいや、とりあえず、海岸の方向かわね?」

誠「ち、ちょっとまって、少し休ませてくれ……」

 そう言って、俺と桃華は近くのベンチでぐったりと倒れこむ。

桃華「はぁ……はぁ……ったく、アンタのせいだからね?」

誠「はぁ……お前のせいだろ……」

澪音「二人共、年始めからケンカはダメだよ……」

 澪音は今年になっても相変わらず俺達の制止役だ。
ホント、苦労を掛けているって感じですまないと思う。

 俺達が休んでいると、だんだん海岸に向かう人がチラホラ伺えるようになってきた。

誠「やっぱ、今年も見に来る人、沢山いるんだなー」

澪音「一年に一度の初日の出だしね……しっかり写真に収めなきゃって人がいっぱいいるんだよ」

桃華「あたしはみっちぃを写真にもっと収めた~い!」

誠「お前のそういう写真はどんな猥雑なことに使われるかわかったもんじゃねーだろが」

桃華「あたしはどんな光より~、みっちぃの姿が一番神々しく感じるのであ~る」

昌也「てかさ、俺達もそろそろ行かないと、場所埋まっちまいそうだぜ?」

誠「そーだな。流石に俺も大分体力回復してきたしなー
お前ももう平気だろ? ってあれ? 桃華はどこだ?」

 隣に座っていたはずの桃華の姿がない。
どこへ行ったのか……と思ったけれど、だいたい察しがつく。
何故なら、澪音もいつの間にか姿がないから。

桃華「ナーイスショーット、オゥ、ナーイスショットゥ、イイネイイネェ~」

 桃華は澪音を自動販売機のの近くで無理やり変なポーズをさせ、
何度も携帯のカメラで写真を取っている。

桃華「ン~~~今度はこの角度で、ギリギリのライン、狙ってみよーかぁ、
ウンイイ!!その絶対領域!!グゥッドゥ!」

誠「おら何やってんだ、とっとといくぞ」

桃華「ストップストップ!! あたし、マダ、ツカレテルネ」

誠「澪音の写真撮る余裕あんなら平気だろうが!!」

 桃華の頬をつねり、無理やり澪音の側から引っぺがす。

誠「てか、お前もお前だ。わざわざこんな変態の言うこと聞く必要ないんだぞ?
さっき撮られた写真もどんな事に使われるかわかったもんじゃないんだぜ?」

桃華「ちょっ、何いってくれてんのよ!」

誠「ネットの海は怖いぞ~ あの写真をネットにばら撒かれたらどんなひどい目にあうか……
画像編集で変なことに使われたり、合成であんなことやこんなことや……ああ言い切れない!!」

桃華「あたしがそんなことするかっつの!
みっちぃのプライベート写真は、全部あたしの個人的な趣味の為に使わせてもらうんだから~」

誠「そういうお前の方のが充分こえーよ!」

昌也「おいおい、もうすぐ日がのぼっちまうぜ!」

 昌也の一言で、俺達は当初の目的を思い出す。珍しく役に立ったな、昌也。

 少し歩くと、ようやくすぐそこに海岸が見えてくる。
時計をみると、6時20分を迎えており、日の出の時間はもうまもなくであった。

澪音は、結構高そうなカメラを用意して、写真を撮る準備をしている。

誠「今年もバッチリ行けそうか?」

澪音「うん……今年も皆で写真、撮れるのがうれしくって」

誠「去年もおんなじこと言ってたよな、お前」

澪音「だって、その前の、一昨年は……」

誠「ああ、そうだったな」

 一昨年の初日の出。行けた事は行けたのだが、とある出来事があったせいで、
俺達は今のような関係でいられなくなるかもしれなかった。

桃華「ええ、そうね」

誠「うわっ! 桃華!?」

いつの間にか桃華が後ろにいた。やべ、全然気づかなかった……

桃華「あの時は……色々と、あったよね」

 俺は、すぐに桃華の声色の変化に気づいた。
今の桃華の声が、とても震えて怯えたような声であることに。
コイツがそういう声色になった時は、”あの”出来事を思い出したということだ。

 桃華は過去に起きた”ある事件”によって、トラウマを植え付けられてしまっている。
トラウマをぶり返してしまうと、桃華はおかしくなってしまう。
だから、そういう時に俺は普段桃華に掛ける声とはまるで違う、
怖がらせないような優しい声を頑張って出し、忘れるように呼びかける。

誠「そうだけどさ……あの出来事はもう忘れるんだ。
俺は、ううん、ぼくらはそう約束しただろ? な? 桃華」

桃華「……ぅん、そう……ね」

誠「お前が言うには、宇宙が、お前のことを助けてくれたんだろ?」

桃華「うん……」

誠「だから、忘れろ。な?」

桃華「その……」

誠「なんだ? 桃華」

桃華「もう、大丈夫だから。ありがと、アンタのお陰で楽になったよ」

昌也も澪音も、桃華の事を心配した目で見ている。けど、今はもう大丈夫だ。

誠「大丈夫! 桃華は強えからよ!ホラ、変な気を起こしてないで、そろそろ日の出が来ちまうぜ?
カメラの準備とか早く済ませちまえよ!」

 俺の一言で、桃華も他の皆もいつものペースを取り戻す。
カメラの準備をせっせと行う澪音に、桃華は擦り寄り、昌也はそれをじっと眺め続けている。

 あの出来事を忘れようなって言ったのは、俺なのに……
本当は、俺が一番、忘れられてないのかも……


…………
……

「可哀想に……あんな理不尽な事件のせいで……。@まだ小学校に通うような歳だというのに……」@

「うわあああああッ……! うわあああああんッ!! おとーさんッ……! おかーさんッ!!」

「そうですか、面会……拒絶ですか」

「はい、申し訳ありません……」

「無理もない、あんなことがあったんだ。誠、帰ろう……さあ、皆もだ」

……これだけじゃない。

「……なに、誠」

「話ないんだったら、帰ってよ」

「忘れたい、何もかも」

……
…………

何もかも忘れたい……か。桃華は、この出来事以来、その前の思い出全てを忘れようと努力した。
そのおかげで、俺達は今も楽しくコイツと仲良くしていられる。

そう、全てを忘れることで。

「……まーことっ」

誠「はぁ……」

昌也「おい、まーことっ!」

昌也が目の前まで近づいてきて、ようやく俺は我に返る。

昌也「見ろよ見ろよ!! 来るぜッ、日の出!」

 少しずつ空が明るくなっていく中、昌也が指差す水平線の先を見渡すと、
黄金のように輝く太陽が僅かずつ頭を見せているのが見えた。
 俺達以外の初日の出を見に来た人達も、それに気づき感嘆の声をあげ始める。

誠「キレーだなぁ……」

昌也「あぁ……」

桃華「ねえねえ、あたし達も写真とりにいこ?」

澪音「ちょっと、待って……!」

 砂浜に向かおうとした俺達を、澪音が引き止める。

桃華「先に、ここで皆の入った写真……撮らない?」

昌也「お、ナイスアイデア! 撮ろうぜ撮ろうぜ!」

桃華「全員入る?」

澪音「三人だし普通に入るよ……?」

誠「三人じゃないだろ~ 澪音も入るんだよ!」

澪音「え、どうやって……?」

誠「タイマー機能で撮れるだろ~」

桃華「ホラ、澪音も早く早く!」

 海岸のざわめきの中に一つ。颯爽としたカメラのシャッター音と、
太陽にも負けじと光るフラッシュが海岸へ轟いた。

その後、砂浜に出た俺達は、太陽にもっと近づきたくて、波が目の前に来る場所までやってきた。

桃華「また、来年も行けるといいね」

誠「ああ、そうだな」

澪音「来年も再来年も、ずっとずっと……」

昌也「へへ、また約束、増えちまうな」

誠「この4人で、いつまでもってか?」

桃華「なんだか、昨日の映画で見たやつみたい」

誠「はは、そうだな」

澪音「くすくす、昨日の誠、思い出しちゃった」

誠「おい澪音、今その話はねぇだろ~お?」

「「「はははははっ」」」

 俺達は……いや、ぼくらは、いつまでも友達だ。
そしてまた増えた俺達の約束。来年も、再来年も初日の出を見に来ること。
この調子なら、きっと叶うだろう。俺達の昔かわした約束を、これからも皆が忘れなければ……

 初日の出を見終わった俺達は、砂浜に入ったせいで靴に溜まった砂を掃いた後、
海岸まで来た道を戻っていった。

その後、澪音の家で、特製のおせちのおすそ分けをもらい、それぞれの家に戻ろうとしていた。

誠「そーいやさ、お前らこれからどうする感じよ?」

昌也「どうするって?」

誠「一度家帰っておせち食った後さ、皆で遊ばね?」

桃華「悪い、あたし昨日から親戚が帰っててさ、色々とやることあるんだ」

誠「そっか、ならキツイなー、澪音は?」

澪音「私……この後、ちょっと遠くまで出かけるんだ」

誠「どっか行くのか? 旅行?」

澪音「海外まで、別荘の様子を見に行きたいってお母様が……」

誠「はえ~、オマエんとこはやっぱすげーなぁ……で、昌也、オマエはどーよ」

昌也「……さすがに宿題やるわ」

誠「ちぇ、じゃあ全員アウツか。まあ、俺も父ちゃんが家にいる貴重な日だし、
たまにはのんびりさせてもらうか~」

桃華「そーよ、アンタはご両親がいる間はあたし達と遊んでなんかいないで、もっと一緒にいてやりな」

誠「ま、次は冬休み明けだな」

澪音「そうなるね」

誠「ま、すぐ一週間後だしな、学校始まった日の帰りにゲーセン行こうぜ~」

桃華「そうねー。じゃ、腕、上げときなさいよ~ ま・さ・やクゥン?」

昌也「くっそ……宿題さえなかったらよぉ……!」

誠「ざっまーみろっての、今までのツケが回ったんだよオメーは」

昌也「な、なんだとッ!」

誠「オマエ、帰り道あっちだろ~? あと、あんまり暴れると、澪音ン家のおせちが台無しになるぜ~?」

昌也「ち、ちぇっ! 覚えてろよ! オマエら絶対ヒィヒィ言わせてやるからな!」

誠「はいはいわかりましたよっと、
じゃあ昌也、澪音、冬休み明けにな~ 澪音、おみやげよろしく~」

澪音「うん、もちろん……!」

桃華「みっちぃ~あたし寂しぃ~~」

誠「お前はこっちだろ! 早くこい!」

吸い付くかのように澪音のところへ向かおうとする桃華を引っ張り、
昌也と澪音の二人と別れた後、俺達は、元の帰り道の方向に向かう。

誠「ったくよー、お前はいっつもいっつも……」

桃華「アンタの説教なんて聞きたかないわ」

誠「説教で悪かったな」

桃華「それよりさ、さっきは……ありがとね」

誠「は? なんのこったよ」

桃華「だから、日の出前の……」

誠「ああ、アヴァンギャルドビートの事ね、わかってるって」

桃華「んもう、いいわよっ」

 本当はわかってる、桃華の言いたいことは。
けど、変にまた、桃華の気を起こさせたくない。
この一週間俺達は会えなくなるんだし、尚更のことだ。
これ以上桃華に辛い思いは、させたくねーしな……

桃華「あたしこっちだわ、じゃあ、また学校でね!」

誠「おうよ、またなー」

 手を振って別れる俺達。散々文句ばっかり言い合って、結局終わりはこうやって名残惜しく別れる。
終わりよければ全てよしってやつか。まあいいや、早く帰って、父ちゃんとおせち食おっと!

 俺は転ばないように下を見て気をつけながら軽くスキップをし、家まで戻っていった。

【1/1 AM7:20 誠の家】


父「あけましておめでとう、誠」

 家に帰ると、リビングで待っていた父ちゃんと元旦恒例の挨拶をする。

誠「あけましておめでとう、父ちゃん!」

 俺も恒例の挨拶を返し、父ちゃんの向かいの椅子に座り、
澪音特製のおせちを早速開き、その中にある数の子を頬張る。

 父ちゃんは俺が椅子へ座ったのを見ると、手元の機械をいじり始めた。
父ちゃんは有名なジャーナリストで常に多忙な人だ。こんな元旦の朝でも仕事が絶えない。
そんな父ちゃんをチラチラ見つつ、俺は次々とおせちの中身を平らげていく。

父「そうだ、誠」

誠「ん? なぁに? 父ちゃん」

父「父ちゃん、また今年も忙しくなりそうなんだ。悪いけど、また家事とか頼めるか?」

誠「また? 父ちゃん。へーきへーき! しっかりやれるし、俺だってもう中学生なんだぜ?」

父「そうか、いつもいつも迷惑かけて済まない。桜花にもよろしく頼むよ」

誠「任せてよ、父ちゃん」

父「で、いつも頑張ってる誠に……ほれ!」

 急に父ちゃんがポケットから紙袋を出して俺の目の前に差し出す。

誠「えっ……これは?」

えっ、と口にしたが、内心では『おっ!待ってました!』というところだ。

父「お年玉。 誠ももう中学生だろ? だから去年より多く入れといたぞ」

 受け取ってすぐ、俺はお年玉の袋を開く。そこには一万円札が2枚。

父「に……2万も! ありがとう! 父ちゃん!」

父「頑張ってる誠にご褒美さ。それに……」

誠「ひゃっほぅ~~~!」

 あまりの金額の多さにはしゃぐ俺は、その後の父ちゃんのセリフを聞いてはいなかった。

父「父ちゃん、いつ帰れなくなるような事になるか分からないからな……」

『番組の途中ですが、総連合国支部からの緊急特別生中継を行います……』

朝のニュース番組を放送していた番組が急に切り替わり、
はしゃぐ俺と父ちゃんはテレビの方に目を向ける。

耳慣れない放送に、俺はお年玉から興味を移し、テレビにがっつく。

誠「父ちゃん、これ何?」

父「なんだろう? 俺もよくわからないな」

『それでは始めます、どうぞ』

 始まった特別生中継、そこには誰もが知った顔が映し出された……
俺は社会の教科書で、父ちゃんは、常識として。

『私は総連合国軍最高司令官、ノヴァ・アサイラムである。
まずは諸君らの朝の時間を少しばかり頂くことにお詫びを申し上げよう。
この放送は全世界同時生中継であり、総連合国、EIN連合国、
AIN連合国全ての国民にとって、非常に重要な話になるため、是非とも聞いていただきたい』

『諸君らもご存知だろうが今、この世界は絶えず戦争がおき数々の地域に多大な被害、環境の汚染などが広がっている。@
特に、古代から一つの大陸として多くの国が存在したアフリカ大陸、そして世界の中でも著しく成長を続けていったアジア連合、ニホン地区の東京……。@
それら全ては我々人類の戦争という行為によって、今や死の土地と化している』\

『それだけではない。我々人類は今や150億という人口がおり、
その数もいまだ増しているという状況だ。その為、経済的危機に陥っている地域は食糧不足により、
生まれてきたにも関わらず一ヶ月もたたぬ内に命を断ってしまう、という悲しい出来事も起きている。
この増えすぎた人口の為、人類は自らが自らを滅ぼしてしまう……という事になりかねない』

『そこで私は考えた。この先人類が何百年、何千年と生き残るための方法を』

 人類が生き抜くための方法だって……? 俺は興味津々とノヴァ・アサイラムの話を聴き続けた。

『その方法とは、選ばれた人間と動物たちだけが地球を離れ、宇宙へ飛び立ち、
新たな新天地を何世代もかけて探しだすという計画だ。
今や各国の宇宙開発のレベルは非常に高いものとなっており、
時間さえあれば何百年、何千年と航行が可能な船を建造することは、最早容易なことである』

選ばれた人間。それを聞いた俺は、中学生ながら、
その言葉の意味をなんとなく理解していた為に、心底がっかりした。

 選ばれた人っていうのは頭が良い人だったり、お金持ちの人のだったりするからだ。
ってことは、俺には無縁の話じゃないか……と思い急にこの話の興味を失った。

何となく理解している。ここは一定に幸せで、一定に不幸な世界なんだ。
まさか俺が選ばれた人間であって、その船に乗れるだろうなんて、はなっから考えちゃいない。

『現在その船はとある場所で建造中であり、今年のニ月の終わりには完成するものと思われる』

ここでノヴァ・アサイラムが一息をつき、脇にあるコップの水を飲む。
そして、一呼吸入れた後、再び話しだした。が、その声色は、先程のものとは少し違った。

『ここまでは、ただ計画の内容をお伝えしたことのみであるが、
諸君らの最も興味するところはここからである。
私は選ばれた民を船に乗せるといったが、船に乗せるのは諸君ら世界中の民だ』

『しかし、この建造中の船には10万~15万の人間しか乗り込むことができない。
この船に乗ることが出来ない人間のほうが圧倒的に多くなるのは必然である。
が……しかし! 私はそれでいいと思っている!』

 彼の真面目そうな顔がより一層極まってくる。

『先程も申し上げたとおり、今、世界は絶えず戦争が起きている。
食料、資源、土地……様々な理由があるだろうが、
結局その取り合いが発生するのは人間が増えすぎたからだ。
だからこそ人類は自らが自らを滅ぼしてしまう、と私は申し上げた』

『だがそんな劣悪な環境から抜け出し、食料、資源、土地を満たした状態で、
なおかつある程度の人口のみを残した状態を維持することで、
諸君らがどう生きていくのか、私は見てみたい。
だからこそ、私は諸君らを乗船員にすることに決めた。
そして、私が諸君らの中から誰が乗船員に選ばれるのかを知るのは最終的なものである。
乗船員を選ぶのは私ではなく、諸君らなのだ!』

『私は人間達を船に乗せ、宇宙の彼方に捨てるなどと言った考えでこの話をしているわけではない!
寧ろ逆だ、この船に乗りこむ人間はこの世界の代表であり有能な者、
すなわち有能種であると、私は考えている!
どんな方法でもいい。諸君らが乗船員を選ぶのだ!』

彼は、少し落ち着いて僅かの間沈黙する。

『……さて、そんな諸君らに、この計画の名前を伝えようと思う』

『この計画の名は、リヴァイブ・ノア。 リヴァイブ・ノア計画だ。
神話の話になるが、かつてノアという男が自分の家族とそれぞれの動物を船に乗せ、
神によって引き起こされた大洪水をしのいだ……ノアの方舟という話がある。
諸君らはこのノアという英雄になるチャンスがあるのだ!
この計画に参加する有能種たる諸君らよ! 立ち上がれ!』

『方舟に乗り、劣悪な環境を脱し、新しい未来を築いていく権利を手に入れようではないか!
そう、この計画によって船に乗る権利を得られる人間は、有能種たる存在であるといえる!』

 有能種? 唐突に現れた言葉が俺にはとても気になった。なんだろう? 有能種って?

『有能種たる諸君らは、必ず現れるであろう劣等種を狩る為に戦うという義務がある!
そう、この計画は船に乗る為に全世界の民を有能種と劣等種に分けるというものでもある!』

『どんな手段でもいい! これから有能種になりうる諸君らが劣等種の人間を叩き落とし、
未来を掴むのだ! 人は争う為に生き、争いの中でこそ輝く!
そのことを有能種になりうる諸君らは忘れないで欲しい!』

『ノアになれ!有能種たちよ!』

『……以上が私の話である。もう一度、諸君らの朝の時間を少しばかり頂いたことにお詫びする……』


 演説が終わると、3秒程度、調整中と書かれたテロップが流れたのち、
先ほど流れていた元の番組に戻った。

 先ほどの彼の喋り方は、まるで選挙運動中の人間のような、
熱意のこもったものに変わっており、
少し呼吸が乱れているのがテレビ越しでも分かるほど迫力があった。

 それを見ていた俺と父ちゃんは、朝食をとるのも忘れ、
箸を握りながら三十秒は時が止まったかのように動けなくなるほど呆然、とするのだった。

誠「ねぇ……父ちゃん」

父「何だ?」

誠「さっきの話って、結局なんだったんだろう?」

父「うーん、父ちゃんにも……分からないなぁ」


分からない。そう、分からないんだ。

 俺達の住むこの平和なニホンという”地区”に住んでいると分かりづらいのだが、
俺達の地球は今、度重なる戦争の後で様々な場所が汚染されてしまっている。
これは社会や歴史の授業で聞いた話だ。

 そんな汚染された星から飛び立とうという彼の話はわからないでもないが、
船員は、君達が決めると言って、それっきりだ。

 そのために残したキーワード、有能種。なんだろう?

 有能な人間ってのは頭のいい人という意味なのだろうか?
じゃあ劣等種はその逆で頭の悪い人間……? いや、やっぱ違うか……?

そもそも、俺は一体有能種と劣等種どっちなんだ……?
誰かが決めてくれる? 違いは? ああもう分からない!

 考えれば考えるほど、ますます分からなくなっていくこの演説の言葉の意味。
きっと俺みたいなのが深く考えたところで、到底分かる話ではないのだろう。

 なんだかそう考えていたら、こんな意味不明な話どうでも良くなってきた。
俺は考えることを放棄する。そもそもこんな新年の朝っぱら頭なんて使いたくねーよってね。

誠「ねえ、父ちゃん」

父「何だ?」

誠「これ食ったらさ、初詣行こうぜ!」

父「そー……う、そうだな!」

そんなことより、もっと冬休みを満喫しよう。

 父ちゃんと一緒に入れる時間は少ない。
あいつらとも遊びたいところだけど……この冬休みは父ちゃんとずっと一緒にいたい。

 俺は澪音からもらったおせちの数の子をポリポリと食らいながら、
冬休みの残りの期間何をしようかなと考えるのであった。

ここまででとりあえず一区切りです。次から、本格的に第一話となりますので、
次の機会に用語集や、登場人物の一覧を載せようと思います。

タイプミスの記号が結構残っているなどのミスが多かったりと、
まだまだ至らない部分もありますが、まだまだ続けようと思うので、
よろしくお願い致します。

乙。
書くのが楽しいってのがすごく伝わって来るな・・・
これはこっちまで楽しくなる。

冒頭からここらまでの繋ぎとかセンスは感じる。
ただやっぱり全体的に余分な部分も多いな。
けど、今は思いっきり書きたいだけ書くのがセンス伸ばすコツかも

再開します、大体この時間辺りにこれから更新していこうと考えてます。
大体1話につき3~5日ペースで書いていければいいかなと。

>>52
29の方でしたか!ありがとうございます。
余分が多いですか……一度書いてそこから無駄そうな部分を荒削りしていったのですが
まだ多い感じですかね、こういうのは他の方のオリジナルSSの書き方も参考にしたほうがいいのでしょうか……

【プロローグ~1話の登場人物&単語一覧】

■登場人物

「内田 誠(うちだ まこと)」
13歳 戸蘭市にある戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
幼なじみ4人グループのリーダー格。

「氷崎 桃華(ひょうざき ももか)」
13歳 誠と同じ戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
性格は強気。

「朝日 昌也(あさひ まさや)」
13歳 誠と同じ戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
おバカ。音ゲーが生きがい。

「瑠璃崎 澪音(るりざき みおん)」
12歳 誠と同じ戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
おしとやかで、幼なじみ4人グループのマスコット的存在。

「内田 雅仁(うちだ まさひと)」
36歳 誠の父親。仕事はジャーナリスト。
仕事上、家にいる日が年で30日を満たない。

「内田 逢花(うちだ おうか)」
33歳 誠の母親。
生まれつき病弱で、誠を産んでからずっと病院ぐらしを続けている。

「木田 佳彦(きだ よしひこ)」
42歳 誠のクラスのホームルーム担当教師。

「堂内 克範(どうない よしのり)」
27歳 誠達のゲーセン仲間。みんなからドナさんと呼ばれている。


「ノヴァ・アサイラム」
53歳 総連合国軍の大統領の座につく男。「リヴァイブ・ノア計画」の発案者。


■単語

「戸蘭(とらん)」
人口10万人ほどの、海に面した小さな町。環奥(わお)島と呼ばれる、観光地があることで、
観光客や、海水浴にやってくる人が多い。

「リヴァイブ・ノア計画」
ノヴァ・アサイラムが立案した選民移住計画。そのヴェールは謎に包まれている。

【ぼくらの世界創造 第1話「理不尽な優劣」】


【1/9 誠の家】

雅仁「誠ー!準備できてるかー?」

誠「ばっちりだよ父ちゃん!」


 今日は短い冬休みが終わり、後期の授業の後半が始まる日。
昨日までとは違って、ざわめき声が部屋から聞こえてくる。

 通学路から「冬休みどうだった?」とか「学校行きたくねーなー」とか、
友達と会話するやつらの声。それはいつも通りの光景、いつになっても変わらない、
と思っていた。けど、今年は何かが違った。

「テレビの"アレ"……お前、見た?」 「ああ、見た見た!なんたら・ノア計画……だっけ?」

 あの元旦の朝に起きた緊急中継の話。通学路を歩く皆が、
定型文のような挨拶を交わす中で、その話題を口にしていた。

「俺たちも方舟に乗れるのかな?」 「お前じゃ無理だろーよ!」




 あのテレビの話は、10日もたたないうちに、
新聞やニュースで話題になっていた。

 その全てがリヴァイブ・ノア計画の話題で持ちきりで、
計画の謎に迫る特集番組もやる始末。
 緊急中継という突然の出来事も相まってか、皆の話題はそれで持ち切りであった。

 けれど、確かに流行に敏感になるのはよく分かるけど、こうやって皆が皆、
この話しかしないって言うのは……なんだか俺はちょっと気に入らない。

 人は人それぞれ違うって言うし、皆が冬休みで過ごしてきたことは違うはずなのに、
皆が同じ話しかしない。俺がピリピリしすぎているのかもしれないけど、
そういう空気はちょっと違和感を覚えてしまう。

だから、外からひたすら聞こえてくる計画に関しての話が、ちょっと耳に障った。


昌也「誠ー! 俺だー! いるかー?」

 そんな時に飛び込んでくる、聞き慣れた昌也の声。

雅仁「おい、外で昌也くんが待ってるぞー」

誠「おー…おう! 今いくよ!ちょっと待って!」

俺は我に帰り、机の上のたいして何も入ってないバッグを手に取り、階段を降りる。

昌也「おっせーよ! なーにやってたんだ?」

誠「悪りぃ悪りぃ! 準備に手間取っちまってよ!」

昌也「なーに言ってやがる、どうせお前のバッグ空っぽなんだろーが!」

誠「相変わらずよく分かってんなー」

「分かってんなー、じゃねぇよ! 寒いから早くしてくれよな~」

「おうよ、ちょっと待ってろー」

 俺は、父ちゃんが用意してくれた朝に食べる用のサンドイッチを
手に取りカバンに放り投げ、玄関の靴箱から新しく買った靴を取り出した。

 そして、新品の物を扱う時特有の、
ちょっと丁寧な手さばきで靴紐を結び、玄関を飛び出す。

雅仁「車に気をつけろよー」

誠「おうよ、父ちゃん! いってくる……おわっ!?」

 扉を開けた途端、昌也に袖を引っ張られ、寒い外の空間へ放り出される。

誠「寒っ! 急に引っ張んなよ!」

昌也「お前がまたせるのが悪い」

誠「わりぃわりぃって、怒んなよなー」

 玄関前で肩を寄せ付けあい、ちょっとケンカ腰での挨拶代わり。

昌也「ともかく行こうぜ、寒くてしょうがねえぜ」

誠「そーだな」

 新年明けて初めて歩く通学路。学生や会社に通う人がひしめき合い。

 何かのイベントでもあるんじゃないかと感じるほどの賑わいを見せる中、
俺達は手袋をつけていても悴んでしまう手を、
コートのポケットに両手共突っ込みながら話をする。

昌也「なぁなぁ、今日早く学校終わるしゲーセンいかね?」

誠「お前なー、まーたゲーセンか! お前の財布は平気なのかよ?」

昌也「お前に心配される筋合いはねーぜ! そんなことより、
今日こそテメーのあのスコア抜いてやろうじゃねーか!」

誠「へえ、けどそれ2週間前も同じこと言ってなかったっけ~?」

昌也「バッカ、俺は今日からが本気なの!」

 俺のさっきまでの不安をよそに、こいつはなに一つ変わってない。

 まあ、こいつはテレビとかニュースとか見る奴じゃないし、
そもそも中学になってから音ゲーにどっぷりハマって、
それに命かけてるかのような馬鹿だからある意味ノーカウントか、人として。

 けど、今の俺にとって昌也の存在がなんだかありがたい。

 街はリヴァイブ・ノア計画の話で持ちきりである中で、
こういったいつもの会話が出来るという安心感を持てるのは、なんだか嬉しい。

昌也「やっぱさーあそこの中盤とか難しいしよー、
テメーはそこ綺麗に繋げるから羨ましいよなー……ぐへっ!」

「アンタ、相変わらずへったくそよねぇ~!」

 桃華が後ろからやってきて、昌也のマフラーを掴み転ばせる。

桃華「よっ! 1週間ぶりィ!」

誠「よっす、桃華! 」

昌也「いてて……新学期始めからコレとか、勘弁してくれよなぁ?」

桃華「あれから冬休み元気だった?」

誠「おうよ、元気十分だぜ!」

昌也「なら結構!……そーれーよーりー昌也ァ~?
アンタ未だに誠のスコアに勝てないわけェ~?」

 そういやこいつも中学に入ってから音ゲーにハマってしまった一人だ。
しかも俺達の中で一番上手い。

 時間さえあれば昌也とゲーセンに行って競いあってるらしい。
全く音ゲーの何に惹かれたんだか……

 そういう俺も地味にやっているから。あんまり人の事言えないのだが。

桃華「……んで? 誠、今日はゲーセン行かないの? 行くでしょ!!」

誠「ん~、まあ。昌也が行きたがってるし、行くとすっか~」

昌也「おっしゃ! 今日は誠、桃華共々追い越してやんぜ!」

桃華「誠程度に勝てないアンタじゃ無理よ」

昌也「さらっと俺『程度』って言ってくれるねぇー
あんま舐めてると桃華、お前のスコア脱いちまうぞ?」

 なんだかんだで対抗心を燃やしてしまう。まあ楽しいからいいんだけど。

 しかしあれだな、俺達3人の誰かが「ゲーセン行こうぜ!」と言う。
そして、心の中で「今日はあんまりお金ないし、ちょっとやるか観るだけ観るだけ…」といいつつ、
いざゲーセンに来てしまうと「やっぱやろう!」って気分になっちまって

 結局はお金を使いまくって、
ゲーセンを出た際には「あーあ、なんで今日もやっちまったんだろー」って後悔しながら家へ帰る。

 そして次の日、また誰かが「ゲーセン行こうぜ」ってなって以下ループ。

 これ音ゲーの怖いところね。 負の連鎖。 財布のデフレスパイラル。
……こういうのは音ゲーに限った話じゃないけど。

 そうして話し込んでいたら、いつの間にかもう学校がすぐそこだった。

【1/9 戸蘭西湘中学校】

木田「おーし、朝のホームルーム始めんぞー お前ら席につけー」

ざわめいていた教室が、やってきた先生の一言で、少しずつ静かになっていく。


木田「おーい、今日の日直は誰だー? 欄に名前が入ってないぞー」

昌也「あっ!! 忘れてた!! 今書きます書きます~! ……ぐえっ!」

 日直であることを忘れていた昌也が、
立ち上がる動作と前に進む動作を同時に行ったおかげで、
机の裏側に膝を思いっきりぶつけてしまい、悶え苦しむ。

 それを見て皆がどっと笑いの渦に飲まれる中、
教室の後の扉が開き誰かがそろそろと教室に入って行く。

 気になって後ろを見ると、それは澪音だった。

木田「お、おおー 瑠璃崎か~ ゲフンッ…… 早く席につけよーゲホゲホハハハッ!」

 先生も笑っていた為、むせつつも彼女に指示をする。

 それにしても、俺たちの中で一番真面目でよく出来てる澪音が遅刻って珍しいな……
何かあったのだろうか。

「よーし、改めて朝のホームルーム始めんぞ!」

昌也が、普段の会話では絶対に出さないようなやる気のない声で、朝の挨拶をする。

木田「2週間ぶりだなーお前らー 体調とかくずしてないかー? お前は大丈夫か木下ー?」

木下「ええ、まあ大丈夫です」

 先生の会話にやる気のない声でクラスメイトの木下が返す。 まあ何時ものことだ。

木田「そうかそうかー お前はどうだ中村?」

中村「まあーほどほどっすね」

木田「みんなみんな聞いてくれよーコイツ冬合宿のスキー場でかまくら作ったんだけどよー
コイツが中入った途端かまくらが急に崩れて雪ん中埋れちまったーんだよな!?」

中村「ちょっとバラすのやめてくださいよ先生ェー」

 彼の冬合宿の関係者だけがゲラゲラ笑う。 これもいつもどおりの光景だ。

木田「しかしな、体調だけは十分気をつけてな。
1年の時期も残り少ないから頑張ってくれよ!」

木田「そうそう、それでよー、また聞いてくれるか? お前ら元旦の朝テレビ見たよな?」

 その言葉に、無意識に身体が拒否反応を示したかのように一瞬固まった。

木田「知ってる人ちょっと手をあげてくれるか?」

 クラスの半数以上が、手をあげた。
もっとも、知ってても上げていないヤツだっているだろうけど。

木田「おろしていいぞ。 急に緊急生中継とか言い出して、びっくりしたよなー
リヴァイブ・ノア計画だったか? 先生も行ってみたいね、宇宙!」

木田「どうせならこのクラス全員で行けるのなら面白いな!
じゃあ俺の話はここまで! 挨拶ー!」

あの話題は、唐突に始まり唐突に終わった。

 再び昌也が終わりの挨拶をあっさり済ませると、先生が教室から出ていき、
また仲が良いグループで固まり、そこら中で会話が始まった。

俺はというと、遅刻してきた澪音の所へ向かっていた。

誠「よっ、澪音。 今日はどうした? 珍しく遅刻なんてよ」

澪音「あっ…おはよ誠。 あのね、ちょっとお家のお用事でね…?」

誠「家の用事? そりゃ大変だな!」

澪音「うん、お母さんが厳しくって……」

 澪音の家はとても金持ちで、なんでも親父さんが、国に関わるような仕事をしているらしい。
そんな家の奴がなんでこんな学校にいるのかが不思議でならないけど。

誠「ところでさ、俺達学校終わった後ゲーセン行くんだけど、澪音はどうだ?」

澪音「…特にお用事もないし、私も行きたいな」

誠「おっしゃ、決まりだな!」

 と、昌也や桃華にしてみせるように澪音もゲーセンに誘う。

 日常茶飯事のことで感覚が麻痺してしまっているため気にもしなかったが、
いくら俺達が連れていってるとはいえ、澪音がゲーセンはまずいのではないだろうか。

 おかげで、俺達ほどではないが澪音まで音ゲーにハマってしまう始末だ。
いやホント我々のせいです、澪音のお父様お母様ゴメンナサイ。

誠「そういやこの後って、なんかあるんだっけ?」

澪音「全校集会……」

 全校集会、そのメインとなるのは校長先生の話だ。
それを聞くだけでもう既に体から寒気が走った。

【その一時間後……】

「「「「…………」」」」

 校長先生の話と少々の連絡が終わり、校庭から教室へ戻ろうとしている俺達。
全校集会の有様を一言でいうと、収容所さながらの光景であった。

 うちの中学は服装は自由のくせして、こういう時だけマフラー禁止!
だとか手袋禁止!だとか意味のわからない制約をかけてくる。

 だからこの寒さの中、春に着る格好で、
1時間ばかし話を聞かなければならないという拷問さながらのものだ。

 体育会系の先生達が並ぶ生徒たちの後ろに立ち、抜けだそうものなら彼らに捕まる……
そんでもって、校長先生の話は健康に気をつけようとか、学業がなんたらと言う。

こんな寒さの中、拷問のような行為をしているアンタが。
よくそんな言葉がベラベラと出てくるもんだと寧ろ感心してしまうくらいであった。

昌也「ふええー! あの校長、頭ハゲすぎて寒さの感覚いかれちまったんじゃね~の!?」

桃華「ほんとよ! 30分も話続くなんておかしいんじゃないかしら」

 暖かい場所についた途端に出るだけ文句を言う俺達。
校長よ、アンタの話よりこういう愚痴を言い合ったほうが健康にはよっぽどいいと思うぜ。

木田「おーい、さっさとしろー! 皆待ってるぞー!」

木田「早く席につけよー 帰りのホームルーム出来ないぞー」

 先生が俺達に向かって催促してくる。

 教室に入ると、早く帰りたいのにこいつらは何やってんだ、とクラスメイトの一部は、
ちょっぴり睨むような形で俺達を待っていた。

 俺達は右手をちょっとたてて軽ーく詫びる時のような手の形をとり、そそくさと席につく。

木田「よーし、帰りのホームルーム始めんぞー」

木田「明日からまた授業が始まるわけだがー……」

 わざわざプリントに書いてある連絡内容を先生がただ読んでいるだけっていうのが
バカバカしくなって、ついついボーッとしてしまう。

 窓の外をチラッと見てみると、ホームルームが終わり下校している学生がちらほらと歩いていた。
朝の光景とは違って、帰りは皆晴れ晴れとした顔で帰っていく姿がうつる。

昌也「きりぃーつ」

 ボーッとしていたら、いつの間にかホームルームが終わっていた。

昌也「れぇーい」

木田「はい、解散!」

 先生の解散の「ん」の言葉を言い終えると共に、
時の流れが鈍くなっていた世界が元に戻ったかのように、
クラスメイト達が動きだした。

今回はここまでにします。
次からはようやく物語が動いていく始まりになってきそうです。

1話の登場人物&単語一覧は>>55にありますので、そちらからどうぞ。
……正直これは書き始めの2の時点で載せるべきでした。失念。

おつー

再開します。

>>71
ありがとうございます。


昌也「早く行こうぜ誠ー!」

桃華「さっさとしなさいよー? ほらみっちぃも!」

 昌也は飛び出すように教室から出て行き、
桃華は澪音にベタベタくっついて後を追う。

【1/9 11:00 戸蘭市通学路】

冬休み明けというのもあって、通学路は学生で溢れていた。

 見れば様々。7人横一列になっているヤツらが、
車に乗っているおっさんに怒られている様子や、
歩き食いしているグループを巡回している教師が見つけ、
食べ物を没収されている様子……なんだかそれらを見るのも久々だ。


昌也「でさぁ、ひでぇんだぜ? スーパーのレジで会計済ませる時にさ、
382円ですって言われてオレ、1357円出したんだけどさぁ、
あと25円出せよって顔されてイラって来たんだよなぁ~」

桃華「いやアンタ、普通25円出すでしょ。そしたらちょうどお釣り千円じゃない」

昌也「違ぇんだよ! 俺は小銭増やしておきたかったんだよ!
財布の中に小銭が多いと。なんだかちょっと小金持ちになった気分になる、分かるだろ!?」

誠「すまん分かんねーわ。お前の財布とは違って、俺達の財布は生活がかかってんだよ。
だから札の方が全然大事だわ。なぁ、桃華?」

桃華「当然よ、そもそもレジの人に迷惑でしょ。常識的に考えて」

昌也「何だよお前ら! その小銭でゲーセン行くって考えにならねぇのかよ!
澪音なら分かるよな? な?」

澪音「私も迷惑だと思う……」

 特に意味のない日々の愚痴を言い合う。ある意味俺達にとって正しい姿だ。

 とかなんとか言ってるといつの間にかゲーセンに着きつつあった。
学校から歩いて15分ちょっとなんだから本当に便利なものだ。

昌也と桃華はゲーセンが見えた途端に、俺たちを置いて突撃する。

誠「全く…あいつら、もうちょっと待ってくれてもなぁー……なあ澪音?」

澪音「みんな我慢できないんだよ。 私たちもいこ……?」

すぐに小走りで後を追った。

【1/9 12:30 ゲームセンター】

昌也「ああ~~~~~~ッッッ!!!」

 今日も台パンを繰り返す昌也。これが本日5度目、なーにやってんだか。
店員さーん店員さーん、ちょっとこの人台パンし過ぎなんですがー。
出禁までよろしくお願いしまーす。

昌也「何でまた勝てないんだあああああああ!!!」

桃華「アンタ冬休みサボってたんじゃないの~?」

昌也「うるせっ! 冬休み毎日やってたよコンチクショウ!」

桃華「やっぱアンタ才能ないんじゃない? 引退をオススメするわ」

昌也「は? なに言うとるんお前? 見てろ見てろ」

桃華「はいはーい」

 二人で、筐体に立ったまま言い合い。
だけど、後ろに待ってるお客さんいたら邪魔でしかないぞ。
ついでに連コまでしだす、おいおい、マナーマナー。

なんだか見てられなくて、俺は澪音がプレーしている台に向かう。

澪音「桃華と昌也がうるさくて集中できないよ」

 元々声がそこまで大きくない澪音。
ゲーセンの大音量が彼女の声をかき消してしまい聞こえづらいが、
……なんだかそこがかわいい。

誠「あいつら他の客のこと考えて欲しいわ……なぁ?」

澪音「今は他のお客さんの迷惑になってないし、楽しそうだから私はいいけどね……?」

誠「いやいやそこは同意しようぜ~?」


「やあ、またやってるねー」


 後ろから俺達を呼ぶ30代くらいの人の声。

誠「あ、ドナさん! お久しぶりっす!」

ドナ「腕の調子はいかがかな?」

 彼は、ここのゲーセンの常連さんで、俺達とも仲がいい。
俺達はドナさんと呼んでいる。

 俺たちがゲーセンに行く大体の時はここに来ているため互いに知り合いになって、
今では音ゲーについて色々攻略法を教えてくれたりとお世話になっている。

 テクニック見たさに、皆でよく泊まりにいったこともあるくらいだ。

誠「俺は悪くないっすよ! だけど、昌也がまた桃華にイジられてますねー」

ドナ「いつものことだね、はは」

ドナ「おっ、こんにちは澪音ちゃんー、お久しぶりー」

澪音「お久しぶりですっ……」

ドナ「偉い偉い! よく言えましたっ! ナデナデしてあげよう~」

澪音「い、いえ、結構です……」

ドナ「そうかー、そりゃ残念。去年あたりは喜んで受けてくれたのになぁ~ はっはっは!」

澪音「も、もう中学生ですから……!」

 そこを否定する澪音。でもそういうのってドナさん側から見ると、
可愛くってしょうがないんだろう。

ドナ「やっぱりかわいいねぇ!」

澪音「きゃっ……!」

 ってかこれ、傍から見たらロリコンのおじさんが中学生の子を、
無理やりナデナデしているようにも見える……危ねぇなおい。

ドナ「君達が結構盛り上がってるみたいだから、僕は他のゲームをしてくるよ」

誠「わかりました。じゃあ、後で俺と一勝負よろしくっす!」

澪音「いってらっしゃい……」

 ドナさんは、「ウン分かった」と手で伝え、
他のゲームをするために、ここを離れていく。

 それと入れ替わりに……まーたあいつらの声が響いてくる。


昌也「くっそおおおお!!ぬあんでえええええええ!!?」

桃華「ま~たあたしの勝ち~! へへーんだっ」

昌也「ぐぬぬぬぬ……もう一回! もう一回だ!!」

誠「お前らー、さっきドナさん来てたぞー」

昌也「えっマジで!? うわー、全然気付かなかった!
俺、アドバイス久々に聞きたかったんだけどなー!!」

桃華「でもさー、アンタじゃ聞いたって、どーせ自己流になっちゃうんでしょ~が~」

誠「せっかく来てくれたってのに、お前らはしゃぎ過ぎてるもんだから、
気を使って邪魔にならないようドナさん他のゲームやりに行っちまったんだぞ」

昌也「マジか!それは悪いことしたな……」

誠「あとで謝っとけよ~」

「「は~い……」」

 ドナさんの事になると素直な二人。……なんだかんだで尊敬されてんなぁ。

「なんか文句あんのかゴルァ!!」

 突然、遠くの方から怒鳴り声が聞こえてくる。
同時に、並べてあった椅子がなぎ倒されるような音が、普段からうるさい
ゲーセンの中ですら響き渡った。

澪音「な、なにかあったのかな……?」

桃華「どーせよくあるトラブルでしょ、じきに店員さんがなんとかしてくれるわよ。
それより昌也ァ、まだ私に挑戦する気ィ?」

 桃華はにやけ顔で昌也に挑発する。が、桃華が急に神妙な顔になる。
何事かと思い、俺は昌也の顔を見る。すると、昌也は、いつも見せない青ざめた様な表情を
晒し、体が硬直したように固まっていた。

誠「なんだよ、どーかしたか? 負けが続いて気分でも悪くなったか?」

 少しおちょくるように、俺も昌也に話しかける。が、いつものような反応が帰ってこない。

桃華「アンタ、変よ? 昌也」

昌也「……!! あ、ああ」

 昌也は、一番近くにいた桃華の声で、今まで貯め続けていた息をようやく吐くかのように、
挙動を取り戻した。

誠「ホントに大丈夫か? 気分でも悪くなったんなら休めよ」

昌也「い、いや、気分は……まあどちらかと言うと、悪い、かな」

 途切れ途切れで昌也は返事をする。
どうもおかしなヤツだな、と思っていた俺達だったが、
次の昌也のセリフで、俺達はギョッとする羽目になる。

昌也「あのさ、さっきの怒鳴り声の方チラッと見たんだけどさ」


昌也「椅子蹴っ飛ばされて倒れてんの、あれ、ドナさんじゃね?」

 そうして昌也の指差した方を俺達もみると、
そこには2人の男に蹴飛ばされ、跪いているドナさんの姿が遠くからでも見えた。

今日はここまでになります。また明日のこのあたりの時間にやってきます。


どんどん見やすくなってるからすごいなぁ

>>83
良かった……! 乙ありがとうございます。

再開いたします。

 しばらく様子を伺っていると、1人の店員さんが止めにかかろうとする。
が、1人の男がなにか言いくるめるように店員さんに伝えると、店員さんは
まるで見て見ぬフリでその場を立ち去ってしまう

 そして、これ以上彼らを止める人が現れる様子は、まるでない。

桃華「ねえ、なんで皆止めないの!?」

誠「さ、さあ……わかんねぇよ」

澪音「こんなの……ひどい……」

 ドナさんはマナーもしっかりしてるし、なにより優しい人だ。
他のゲーセン仲間の人達からも好印象なイメージを持たれていて、
間違っても暴力を振るわれるような行為をする人じゃない。

 おかしい、絶対におかしい。

 しだいに、俺の頭の中は暴力を振るう男達に対する怒りと、
もはや制止しようと考えすらしない、店員さんや周りの人達への
憎悪でいっぱいになっていく。

 なんで止めない? なんで助けない?
俺の頭の中の正常な判断が鈍っていくのが分かる。

誠「なあ、みんな」

昌也「……?」

誠「許せねぇよな、ああいうのって。なぁッ!」

 我慢がとうとう限界を超えた。
俺は、何も考えずにドナさんの所へ飛び出していく。

昌也「おい馬鹿!」

桃華「アンタじゃ無茶よっ!」

 2人の制止など、聞こえても頭からすり抜けていくように
意味を持たなかった。

誠「おいアンタら! ドナさんから足を退けやがれッ!」

男A「あ~ン? なんだこのガキィ?」

誠「その汚ぇ足を退けろっつってんだよ!」

男B「ガキには用はねぇ、すっこんでな!」

 彼等の対応に痺れを切らした俺は、男達に飛びかかる。
大人2人だからなんて関係無かった。

男A「ぐはっ……痛ててっ、何しやがるこのガキ!」

男B「やりやがったな畜生ォ……」

誠「う、うわっ!」

 前傾姿勢で飛び込んだ俺は、ドナさんを踏みつける男を一度は転ばせることに成功する。
だが、そうして取っ組み合いになるまでが俺の限界。

 もう一人の男が加勢して、俺はあっという間に男たちに拘束されてしまう。

男A「へへへ、よくもやってくれたなこんガキャあ……ただじゃ済まさねーぞ」

ドナ「ま、誠くん……君達や、やめるんだ……」

誠「クソッ、離せ、離しやがれ!」

 俺はこの時心底呪った。
周りの人達がこんな状況でも俺達の事を見て見ぬフリをしていることに。

 ゲーセンの機材にさえ危害がなければ、店員さんですら未だに動く気配を見せない。
どうなってんだ、一体!?

「ちょっとアンタら! 恥ずかしくないのこんなことして!」

 後ろから一喝。声の主は桃華だった。

桃華「ここはどこ? ゲーセンでしょ? 仮にも公共の場なんだから、
大人としてルールくらい守って欲しいわね!」

男B「あぁ? テメェもこのガキの仲間かァ?」

桃華「そうよ、だから何よ。なら、あたしにまで暴力を振るう気?
だったら言ってやるわ。恥ずかしくないの? 大人としてじゃなくて、人としてねッ!」

 桃華は昔から気の強い性格だ。時にはとても女とは思えない声と気迫で、
男顔負けの凄みを見せたりする。

男A「このクソガキ共めが、言わせておけば……」

 手の空いている男は、指の関節をポキポキ鳴らしながら桃華に近づこうとする。
が、それを何かに気づいた、俺を拘束する男が止めに入る。

男B「お、おい、ちょっと待て。あの後ろにいるヤツ、まさか……」

男A「あぁ!? なんだよ?」

男B「あの顔、“アレ”で見た覚えがねぇか? ちょっと耳貸せや」

 俺を掴んでいた男は、急に力を緩めて俺を解放し、もう一人の男に近づいて
何かコソコソと話す。

男B「ヤツ……の令嬢だぜ……組合に連絡……とな」

 一部の声が、近くにいた俺には聞こえた。
が、途切れ途切れでしか聞き取れず、意味はよく分からないし、
今はそんな事に気を配っている状態ではなかった。

男A「へへへ、命拾いしたなガキ共よぉ」

男B「じゃあなクソガキ、へっへへへへ……」

 彼等は急に笑い出したかと思うと、そのまま立ち去ってしまう。
ああもう、意味がわからない!……そうだ、今はドナさんが!

誠「大丈夫ですか! ドナさんッ!」

桃華「ドナさん!」

澪音「皆も大丈夫……?」

 皆がドナさんに駆け寄り、声をかける。
どうとあれ、彼を魔の手から救うことは出来た。それを今は喜ばなきゃ。

ドナ「うう……、皆、ゴメン……」

誠「平気ですって俺は、皆も。なぁ!」

桃華「ったく、アンタが無茶するから、もう……」

ドナ「でもありがとう、助けてくれて。痛ててっ」

誠「大丈夫ですかっ! 立てます?」

ドナ「う、うん……大丈夫だよ、心配しないで」

ゲーセンの店員「あのぉ……」

ゲーセンの店員「申し訳ありませんが、暴力行為を起こされては、
こちらも然るべき対処を取らせて頂きましたので……」

 店員さんが、俺達の側に今頃やってきて、その後、近くの警察に通報した
と短く伝え、その場で警察が駆けつけるまで待機しているように言い、
そそくさと立ち去っていく。

 俺達は、ゲーセンの入口近くにあるベンチに座り、しぶしぶと迎えが来るのを待つ。

ドナ「本当にゴメン……僕のせいで、こんなことになってしまって……」

誠「一体何だったんですかヤツらは? ドナさんに暴力を振るう理由が俺には
見当たりませんよ」

ドナ「理由はね、一概にないってわけじゃないんだ」

誠「ウソだぁ! ドナさんが一体何をするっていうんですか!?」

ドナ「ううん本当だよ、聞いて誠くん。それに、皆も聞いて欲しい。
……皆は、多分知ってるよね。元旦の緊急中継で放送された、アレを」

桃華「リヴァイブ・ノア計画、ですか」

ドナ「うん。僕が殴られたのは、アレに関わることなんだ」

誠「ち、ちょっとまってくれよ。ドナさんとあの話に何の関係があるっていうんだよ!?」

ドナ「それはね……」

 俺達4人は、ドナさんに食い入るように近づく。
ドナさんは少し息を吸い、ゆっくりと語り始めた。

今日はここまで。あと1~2回で第一話が終わりそうです。
今考えているままでいくと、なんだか長編になりそうな予感がします。

>>2に書かなかった戒めとして再び。

>>55 プロローグ~第一話 登場人物紹介
>>56 第一話「理不尽な優劣」の開始地点

となっております。

再開します。第1話ラストになりそうです。

ドナ「僕は、この放送を見て思ったんだ。こんな不明瞭な話、真に受けちゃいけないって」

ドナ「けど、周りの人達、ネットの人達は皆、リヴァイブ・ノア計画の話で後が絶えなくなっていくんだ。
週刊誌やテレビでも、予想や話題の事でいっぱいだっただろ?」

 俺達は頷く。ドナさんもまた、違和感を感じていた一人だったのかもしれない。

ドナ「僕はなんだか嫌な予感がしてね、
計画の事を考えるのは少し待ったほうが良いんじゃないかって言ったんだ。
友人や、ネットの掲示板でね」

ドナ「すると、掲示板では、計画を考えようとしないお前は馬鹿だ、
とか非難轟々でね、友達も皆同じ反応で、徐々に僕は、話を聞いてもらえなくなっていたんだ」

ドナ「それでも、僕は一旦頭を冷やそう、とか、切り替えて話をしようって言い続けたよ。
けど最後には、お前は劣等種だって突っぱねられて、この有様さ」

ドナ「今日僕を殴ってきた2人も、元々は僕のゲーセン仲間でね。
僕が席に座ろうとしたらたまたま出くわして、
『お前は劣等種なんだからどけよ』って言われて、反対したら襲いかかってきてね……」

誠「そんなの理不尽じゃねぇか……! ここの店員さんは何で止めてくれなかったんだよ?」

ドナ「店員さんも僕とはよく知り合いでね、僕が劣等種って事も知られていたせいで、
彼等が、『コレは計画に従ったまでだ』って言うと、あの人も納得したみたいなんだ」

澪音「酷い……」

昌也「でも、オレはドナさんの言いたい事、なんだか分かるぜ。あの計画、オレも見たけどよく分かんねぇしな!」

ドナ「昌也くん……」

誠「俺も同じです。皆が今日、通学の時に計画の話しかしない事に、ちょっと違和感を感じてたんだ。だから俺は、ドナさんの味方ですよ!」

ドナ「誠くんも……」

桃華「あたしも! ね、みっちぃもね!」

澪音「う、うん……」

ドナ「皆、ありがとう……こうしてマトモに口を聞いてくれたのは、なんだか久々な感じがするよ」

 ドナさんは目に涙を浮かべながら、俺達に感謝するように言った。

ドナ「正直、君達にも計画の話をすると突っぱねられそうで、怖かったんだ」

誠「安心して下さい、俺達はいつも、ドナさんの味方じゃないですか」

ドナ「その言葉、本当に嬉しいよ……!」

 ちょうどその時、お巡りさんがやってきて、俺達に事情を説明するように言われ、
覚えている限りに俺達はドナさんを中心に事の全てを伝えた。

 そして、俺は暴力に加担したということでこっ酷く怒られ、
おおよそ30分ばかりの時間で、俺達は再び開放された。

ドナ「本当に申し訳ないよ。いくつ謝ったらいいか……」

誠「ドナさんは謝る必要ないですよ、悪いのは俺とアイツらなんですから」

ドナ「いやいや、元は僕の責任なんだから。本当に申し訳ない……」

誠「いいんです。そうだ、また時間たったら音ゲーしましょう! 次はドナさんのお家で!」

ドナ「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」


ドナさんは俺達に向かってなんども謝りながら、別れを告げて去っていった。

桃華「……で、あたし達にも、何か言うことはないわけ?」

桃華が腕組みしながら問いかけてくる。

誠「悪い、悪かった! 皆に迷惑かけてゴメン!」

深々と頭を下げて謝る俺、そんな頭を優しく当てて桃華は言った。

桃華「まあ……もし私が誠だったらおんなじ事してたと思うし、いいよいいよ。許したげる」

誠「すまん……」

桃華「だ・け・ど・ねっ!! その代わり明日、しっかりとしたお弁当作って、
あたしに献上しなさいよ!! いいね?」

誠「はぁ?」

昌也「おお、良いねぇー。それじゃ、オレの分も作ってもらおうかな~」

澪音「わ、私の分も欲しいな……」

誠「ふ、ふざけやがって!! お前ら~ッ!」

桃華「ホレホレ、元気になった?」

誠「あ……お、おう!」

桃華「んじゃ帰ろ? 帰り遅くなっちゃったし!」

 皆は歩きだす。そんな3人には俺を責めるという気持ちはなかった。
お人好しな奴らだぜ、全く。

【1/9 16:30 通学路】

昌也「じゃあ俺たちはこっちだからなー、」

澪音「また明日、学校でね……」

 昌也と澪音の家は俺と桃華の正反対側にある。
それなのに、毎日朝、俺と登校するためだけに、昌也は
わざわざ反対側から来てくれるものだから、たいしたものだ。

昌也「あ、そうだ、弁当楽しみにしてっからなー!!」

誠「しょーがねーなー! 分かったよ!」

桃華「みっちぃ、まったねー もふもふっ」

澪音「ひあぁん……」

 桃華の別れのもふもふ、見ていて目の保養になる。

 そうして2人と別れた後、桃華と隣で歩く俺を、夕焼けが眩しく照らす。

 冬は空気が乾燥している為、夏よりも夕日が綺麗に赤く濃く見えるそうだ。
その光景は見事な1枚の絵にしても損のないくらい美しいものであろう。

桃華「……ねぇ、誠?」

誠「ん? どうした?」

桃華「あたし、最初にリヴァイブ・ノア計画の話を聞いた時、
ちょっとロマンチックだなって思った」

誠「え?」

 桃華の口から突然溢れる“あの”話題。 一瞬、体が硬直してしまう。

桃華「だってさ、人が地球を離れて新しく住める星が見つかるまで旅を続けるって、
素敵なことだと思わない?」

誠「そうだけどな、でも……」

桃華「分かってる! なんかこの計画、おかしいって事は!
今日の事ではっきりわかったもの。 その計画の為に悲しんだり、
苦しんだりする人が出てくるなんておかしいって」

誠「桃華……」

 桃華も“おかしい”と思っていてくれた。それが安心で、ホッとした。

桃華「でもね、それでもやっぱり憧れちゃうな、宇宙に」

誠「桃華はそういえば、宇宙の事好きだもんな」

桃華「うん。 宇宙の広大さを想像するとね、
嫌なことも辛いこともなんでも忘れられるくらい、
自分のことや色んなことがちっぽけなものだって思えるから」

桃華「でね、そんな宇宙に行けるって夢が叶うこの計画がとってもロマンチックだなって……ね」

誠「…………」

 俺は知っている。普段は明るく振舞っている桃華が、なぜ宇宙にここまで心酔しているのか、
そして、その理由である、彼女の深く消すことの出来ない心の傷を。

桃華「変なこと言っちゃったね、ゴメン!……っと、もうこのあたりね。
じゃあまた明日ね! 誠! お弁当よろしく!」

誠「ったく、お前も覚えてやがったか! おう、また明日な!」

桃華「あ、そうだ」

 去ろうとした桃華が、再び俺の方へ振り向く。


桃華「あの時、飛び出して行ったアンタ、正直ちょっとカッコよかったぞっ」


 それを言ったあと、桃華は手を振って俺に別れを告げ、走って去っていく。
さっきの桃華の顔は、バックの夕日のせいかほんのり赤く見えたのは気のせいだろうか。

 さて、俺も帰ろう。 今日は疲れたなぁ。
あ、父ちゃんに料理手伝ってもらおっと!

 相変わらずのこの寒さ。
冬はまだまだ終わる気配を見せる事はないだろう。

今日はここまでです。これで第1話が終わり、次から第2話となります。
また明日、この時間に……

>>55 プロローグ~第一話 登場人物紹介
>>56 第一話「理不尽な優劣」の開始地点

です。度々、なぜ最初に書かなかったのかと後悔しています。
では、また明日。

おつー

大分読みやすくなったな

再開いたします。今日から第2話です。

【ぼくらの世界創造 第2話「入り口」】


【2/11 14:30 戸蘭西湘中学校】

 ゲーセンでの出来事から、おおよそ1ヶ月がたった。
あれから、なんだか後ろめたい気持ちがあり、ほぼ1ヶ月間、
ゲーセンに行くことはなくなった。

 ゲーセンでトラブルを起こしたという話は、担任の木田先生や、
家族のような、一部の関係者が知るくらいで、俺達の事も考えてくれたらしく、
クラスメイトに事実が伝わり広がる……という事にはならなかった。

 だが、“あの”話は、まるでとどまることを知らない。
ニュースや週刊誌はともかく、うちの学校でも、有能種と劣等種の事で
イジメが起きている……なーんて話もある。

 幸い、先週までテスト期間であったこともあり、騒ぎになるような事も
特に起きず、今もこうしていつものホームルームを過ごしていられるのだけど。

木田「よーし、解散!」

 先生の一言で、静かな教室が一気にざわめきへと変わる。

昌也「誠ー! 帰ろうぜ~!」

桃華「あ~ん! 今日もみっちぃ、きゃわわ~!」

澪音「は、はめへ~……(や、やめて~……)」

 3人はいつものように、俺の席の側へやってくる。
それにしても、桃華と澪音、相変わらず顔が近い。

桃華「今日はどうしよっか? ねぇ、どうしよみっちぃ~」

誠「あー……そうだなー。たまには粗布(そふ)町まで出掛けね?」

昌也「それ賛成~ テスト終わったおかげで、やることなくて暇なんだよなぁ~」

 粗布町とは、俺達の住む戸蘭町から、電車で1駅先に行った場所にある町で、
料理店が並ぶ、グルメな町だ。

 期末テストが終わった為、俺たちの学校の授業は1コマ30分になる。
例え6時間目までコマがあっても、14時には授業がすべて終わってしまうのだ。

 だから、特に部活もしていない俺たちはそのまま帰宅することになるが、
どうせ暇になるから、毎日何処かに出かけ、他愛のない話で盛り上がるのが、
俺達の日常だ。

桃華「そうときまればレッツゴーね! ほらいこ、みっちぃ!」

澪音「あ……うわっ!!」

 桃華はバッグを持ち、澪音の手を握り、教室を飛び出していく。

誠「アイツら、行動が早すぎんだよなぁ」

昌也「いつものことじゃねぇか。じゃ、俺も先に行って下駄箱近くで待ってるぜ。
お前も早く来いよー」

誠「おう、準備してっからちょっと待っててくれー」

 机の中の、普段置き勉しているおかげでパンパンになってしまった教科書と、
毎日配られるせいで、めんどくさくなって持って帰っていないプリントをカバンに詰め、
せっせと準備をすすめる。

誠「あーやっべ、携帯の予備充電器、無くしたと思ったらこんなところにあったのかよ……」

「身の回りもたまには掃除しなきゃな」なんて今思ったりするけど、結局いざやろうとすると
めんどくさくなってやらねえんだよなー……はぁ。

 心の中で愚痴を唱えながら、今も充電器が使えるかどうか、携帯を取り出して確かめる。

誠「ちぇっ、帰って電池変えねーとなぁ。……ん」

 携帯を開いた時、たまたま操作しっぱなしにしていたメールボックスを見たおかげで、
フラッシュバックのように蘇ってくる。あのゲーセンでの出来事が。

 結局、昌也達3人は、あの出来事を口にしなくなった。
まるで何事もなかったかのように。

 俺はというと、正直、あの出来事が頭から離れない。
理不尽なドナさんへの暴力。今でも許せない。

 おかげで最近、桃華達にも「元気ないね」とか言われたりして、
迷惑をかけているみたいだ。

「明るく過ごそう」だなんて口にしてきたのも、俺なのに。
その俺が変になっちゃ、だめだよな。

 そうだよな、皆忘れようとしてるのに、俺だけなんて。
忘れる努力。しなくちゃ。

 そんなことを考えながら準備を終え、静かになった教室を、
出て行った。

桃華「遅いッ! 何やってたのよアンタ!」

誠「わりぃわりぃ、ちょっと荷物が多くてよぉ」

桃華「普段から持ち帰らないからこんなことになるんでしょーが。
全くバカなんだから……」

誠「バカは昌也のことだろーがよ!」

昌也「巻き込むなよバカ!」

誠「バカにゃ言われたかねーよ!」

桃華「とにかく、待たせたから罰。あたし達の荷物、粗布まで担いでもらうからねー」

誠「ちぇ、分かったよ!」

 自業自得。ま、しょーがねぇか。

【2/11 14:45 戸蘭市通学路】

昌也「でさ、粗布まで行って何するよ?」

桃華「そりゃ決まってんでしょ~ ファミレスよファ・ミ・レ・ス」

昌也「無難なトコロだな。そーいや、誰か学割チケットみたいなヤツ持ってねぇ?」

桃華「持ってるわよ。それに、見せるだけで15パーオフとか……」

 前を行く桃華達とは裏腹に、荷物が重い俺は、澪音に支えられて歩いている。

澪音「大丈夫、誠? 私の分は平気だから」

誠「いいっていいって、これも全部自業自得なんだからよっ」

澪音「……誠、やっぱり最近、ちょっと変」

 とうとう澪音にまでも言われちまう。

誠「どこがだよー? 俺は至って普通だぜ?」

澪音「なんだかいつも、ボーッとしてて、元気ないように見えるもん」

誠「へへ、そうかよ?」

澪音「それに、『自分のせい』って言葉が増えた。さっきも『自業自得』だって……」

誠「やっぱバレちまうのかなぁー……」

誠「俺さ、正直後悔してんだ。あん時、何にも考えないでアイツらに
向かっていった事」

誠「頭に血が上っちまって、手を出したら負けって分かってんのにさ。
どうしてあんなことしちまったんだろ……って」

澪音「でも、ドナさんは、誠のおかげで助かったんだよ?
だったら今はそれで良いと、私は思うし、皆も、
誠のあの行動を責めたりなんて絶対にしないよ」

誠「澪音は本当に優しいな。その言葉だけでも嬉しいぜ」

誠「けど、本当に俺はいつもの俺だから。心配しないでくれよな!
って、おいおい、あんまりモタモタしてるとアイツら、あんな遠くまで行っちまったぞ!」

澪音「……うん」

 俺達は、2人を急いで追いかける。
けど、澪音は俺よりゆっくり、距離を広げるように走っていたように感じた。

 まるで、澪音と俺に、距離という名の空白が、出来てしまったかのように。

今日はここまでになります。

>>104
乙ありがとうございます!

>>105
ありがとうございます。もっと読みやすくなるよう努力いたします。

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点

となっております。

第二話の登場人物紹介は、まとめて二話終了時点で書くことにして、
人物紹介自体をセリフや地の文に内容として載せることにしました。

おっつん

再開します。この時間に間に合ってよかった……


昌也「あ~うめぇなあ~!!」

 ファミレスで食いに食った俺たちは、
自販機で買ったスポーツドリンクを飲みながら帰路につく。

 テスト明けに行く友人との食事はなんだかんだ最高で、知らぬまに
かなりの金を使っちまったみたいだ。

 それにしても、ハンバーグに付いてくるソースって、あれ頼めば無料で
サービスしてくれるのね。あれをごはんに付けて食べると美味いからついやっちゃうんだよなぁ。

桃華「ゲーセン以上に奮発しちゃったわねぇー
今週の食事、どうしよっかなぁ~……ねぇ、誠ぉ」

誠「おいおい、やめろよなぁ? 先月もお前、俺に食費ねだってきたじゃねえか!」

桃華「ケチぃ~ あたしは食欲旺盛な女の子なんだから、ちょっとくらい良いじゃない」

誠「かよわい女の子は、食欲旺盛なんかじゃねーと思うが」

桃華「変わったタイプなの~!」

昌也「しっかし今日のファミレス、全然人がいなくてほとんど貸し切り状態だったな!」

誠「だからってコーラに色んな物混ぜて遊ぶんじゃねーよ」

澪音「私思うんだけど……」

誠「ん? どーした澪音」

澪音「ファミレスだけじゃなくて、この町に、全然人がいないように私は見えるな」

 そう言われてみると、確かにそうだ。
粗布町のレストラン街に、俺達以外に誰も歩いている人を見ない。

 いくら平日の昼過ぎだからといっても、こんな光景は初めてだ。
まるで、廃れてしまった商店街を歩いている気分になる。

桃華「ま、あたし達にとってはかえって好都合なんだけどねえ」

誠「ん? お前らこの後なんかあるのか?」

桃華「みっちぃとお買い物よ、ね~みっちぃ」

 桃華はそういい、みっちぃを抱いた。澪音自体は迷惑そうに見えたが。

誠「さっきあんだけ使っといて……ホント食費の事も考えろよな」

桃華「ダイジョブ、ウィンドウショッピングみたいなもんだし!」

誠「昌也はどうする?」

昌也「俺はそのまま帰るぜ。家庭版アヴァンギャルドビート、進めとかなきゃいけねーし」

誠「そうかい、じゃあ、今日はここで解散かな?」

桃華「そうねー じゃ、また明日ー」

 桃華の一言で、同じように「また明日」と俺達は返すと、それぞれの道へ向かって
歩いて行った。

【2/11 16:00 帰り道】

 久々に一人での帰り道。電車が通る線路がある脇の道路を俺は歩く。

 冬の中でも2月がある意味最も寒い時期だ。
その寒さで、水たまりが凍りついているのを見つけ、
寒さをより強く俺に伝えてくる。

 相変わらず、道には俺以外の人がいない。
本来なら、ランニングをしている人、犬の散歩をする人、
買い物に向かうおばちゃんが行き交う道路であったはずなのに。

 別に俺は、こういう空間は嫌いじゃないんだけど、なんというか、当たり前であることが、
そうでなくなるこの空気感というものが、なんだか気分が悪くなりそうになる。

 俺は、しばらく小走りで道を進んでいった。

 15分ほど歩いただろうか。粗布町から、戸蘭町の境目のあたり、
ようやく俺は人を見つけた。

 だが、久々に見かけたその人は、何やら様子がおかしく、
俺の存在に気づいたと見るに、こちらに走って向かってくる。

「ちょっとあんた!!ちょっとちょっと!!」

 向かってきたのは、ちょっと言い方は良くないが、
ブクブクに太ったおばさんだった。

 普段走ることに慣れていないせいか、焦っているようにもかかわらず、
向かってくる速度が、俺の小走りのスピードと大して変わらない。

誠「どうかしたんですか?」

おばさん「あんた若いでしょ!ちょっときて!!はやく!!」

 おばさんは、俺の問いを無視するかのように、俺の腕を掴むと
どこかへ案内しようする。

誠「何かあったんです?」

おばさん「ぜぇ、はぁ、走ってる間は後にして! それより早く!!」

 少し先にある小さい交差点まで案内されると、
おばさんは、すぐ先の道を指で差した。

おばさん「ぜぇぜぇ……ホラここ!! ここ見て!!」

 俺は、必死に伝えようとするおばさんの指差す先を見る。
そこにはなんと……べっとりと乾いた血が、道に続いていた。


おばさん「ぜぇぜぇ、あたしゃこれみて腰抜けそうになってさ。
ずっとこの血、続いててさ……ぜぇぜぇ……」

誠「いったい誰の血なんです? これ……」

 おそるおそる俺は尋ねる。

おばさん「知らないよ。アタシがここ曲がろうとしたらこんなことになっててさ。
あんた若いんだから、この先見てきておくれよ。
もしなんかの事件だったら、アタシゃ怖くて怖くて……」

誠「え、でも」

おばさん「頼むよ、若いの。あたしゃ怖いんだ……」

 俺は少し戸惑ってしまう。だが、『頼む、頼む』と、
何度もおばさんに念押しされ、結局、承諾してしまった。

おばさん「悪りぃねえ、警察に連絡しても返事がねぇしさ。
アタシもあんたの後ろについてくから、もし何かあったら、
アタシが近くで誰かを呼べるよう準備しとくよ」

 ・・・・・・・・
 後ろについていくということは、
俺に「逃げるな」という意味を込めているものなのかもしれない。

 このおばさんはこの血を見て恐怖したと共に、
何があったのか知りたいという興味も同時に湧き上がってきたのだろう。
だから、俺に私の代わりに何があったか見てこい、と頼んだに違いない。

 そうして、俺達は交差点の先を進み、血の跡を進んでいく。

 道路に続く血は、次の交差点に続いていた。
あの交差点を曲がった先は、確か公園があったはず。

 しかも、この続く血は公園に近づくほど、濃くなっていく。
もしかしたらまだ、この血を流した人は今、あの公園にいる。

誠「あのあたりでしょうか……」

おばさん「気をつけなよ、アタシゃいつでも平気だからね」

 けどなんだろう、なんだか嫌な予感がする。
それは、次第に濃くなっていく血なんかじゃない。

 俺が感じた嫌な予感は、あのおばさんから発せられるもの。
気のせいか、公園に近づく度に、今も掴んでいるおばさんの握力が強くなっている
感じがする。

 だから俺は、一度問いかけてみることにした。さり気なく、ぽつりと。

誠「いますかね?」

おばさん「ああ、いるよ」

 俺の呟きへの答えが、「いる」。
おばさんはハッキリとそういった。

 つまり、公園には誰かがいるのだ。それは血を流した怪我人か、
それとも、別の誰かか。少なくとも、誰かが。

 昔、何かの番組で見たことがる。事件が起きたと称して人を誘い、そのまま
誘拐してしまうという出来事を。

 どうも、今日の人がまるでいないという不思議な状況で、
こんな事件が起きているなんて、都合が良すぎる。

誠「あの」

おばさん「どうしたぇ?」

誠「俺、なんだか嫌な感じがするんです。だから、他に人を呼んでからまた
来ます。だから、おばさんはここで待っていて下さい!」

おばさん「いゃ、あのな……」

誠「待っててくださいよっ! すぐ戻りますから!!」

 俺は、人を呼ぶという名目で、この場から一度離れることにした。
それが正しかったのかどうか、俺には分からない。

【2/11 16:20 戸蘭町】

■視点「誠」→「おばさん」


 今、アタシは猛烈に腹を立てている。

おばさん「あーもう……やっと一人釣れたと思ったけど、さぁッ!」

 路地裏にある、雨漏り用のバケツを蹴り飛ばす。
近くでノロノロと餌を探していた黒猫は、それを見て驚き、逃げ出して行った。

おばさん「今月まだ1人? ノルマが一杯溜まってこちとら大変なんだよ。
なのに逃げやがってあンのクソガキィンア"ァ!?」

誰でもない誰かに愚痴を飛ばす、そんなことをしても消費してしまった時間というものが帰ってくるわけでもないのに。


「1ヶ月のノルマ、20人なのに……どうしてくれんのよ……ッ全く!!」


 アタシは再びバケツを蹴った。

 最初こそいい音を鳴らしながら転がっていったものだが、
水の入っていない質量の少ないバケツは、カランカランと、
情けない音を立てながら遠くまで転がっていく。

 それをみて、アタシはまたイラつき奇声をあげた。


「有能種であろう貴女がそんなことやってて、恥ずかしくないんですか?」


 アタシの後ろから突然声が聞こえてくる。

「そういう声、我々の中では『豚の悲鳴』と呼ばれてますもので……
情けないですから、ま、今のは聞かなかったことにしましょう、か」

 この声は、いつも聞き慣れた彼の声。
それを理解した途端、アタシはまた奇声をあげた。

「あらあら……せっかく聞かないでおこうとしたのに……
よく鳴く豚だこと」

 散々アタシのことをコケにしてくるこの男の名は、谷岡 曹爽。
リヴァイブ・ノア計画の参加促進団体「世界方舟新興組合」という団体の、
団長を務めている男だ。

 団体というよりか、これは宗教団体の一つだ。彼は教祖にあたる人物。

 この団体の目的は、計画の発案、実行者である、ノヴァ・アサイラムを神とし、
戦い生き残ることで人は救われ、すべての幸福を得て宇宙へ飛び立つことができる……
という教えを信じ活動しているもの。

おばさん「なによ……アタシに何の用? あんたが直々にアタシのところにくるなんてさ」

谷岡「いやいや、単に勧誘が順調かどうか貴女の行いを確認したかっただけですよ」

谷岡「ただ、ね? 貴女が一番ノルマを達成できていないので、ね……?」

おばさん「だ、だってしょうがないじゃないのよ!! さっきも逃げられちゃったんだし……」

谷岡「組合の力を持ってすればどんなことだってできる。 何だって!
なのに貴女は勧誘に失敗しつづけている。それは何故か?」

 谷岡は、アタシの耳にこびりつくようなねっとりとした声で続ける。

谷岡「それは貴女が本気で計画に参加を促していないから。
じゃあなぜ本気になれないか? それは、貴女が計画に……」

『貴女が計画に参加する意欲が薄いから』

 彼はそう言おうとした、いや、言ったのだろう。

 計画に参加する意欲が薄いということは、計画に疑問があり否定する劣等種。
それか、計画に興味すら持たない怠惰な豚。 アタシは彼にそう教え込まれてきた。

 だから体が無意識に反応し、そうでないことを全身で、言葉で、アタシの全てで否定する。

おばさん「ちがいます!! アタシは劣等種でも怠惰な豚でもございません!!」

 アタシをさんざんコケにする谷岡という男が本当は憎いはずなのに、
何故かアタシは路地裏の土を舐めながら必死に土下座をする。

だって……


谷岡「そうだよ、いい子だ」


 彼はある一線を超えると、突然優しくなり、
まるでアタシを包み込むかのように甘い声で語りかけてくる。

谷岡「貴女なら出来ます、だって私がついてるんですから」

谷岡「ホラ、立って。貴女は立派な有能種なんですから、絶対に成功しますよ……」


 これが悪魔の囁きであることはわかっているはずなのに、
既に彼の甘美なモノを覚えてしまっているアタシは、
それに飲み込まれるかのごとく彼についていく。

 それがまさに、逃れられない悪魔の巣であることを承知の上で……


谷岡「それに大丈夫ですよ、さっきの彼。もう、こちらの手のひらの上ですから」

 彼は笑う、悪魔のように。

今日はここまでになります。

>>115
おつありがとうございます~

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点

となっております。では、また明日。

おつ
どうなるかわりと楽しみ

再開します。

【2/11 17:00 誠の家】

■視点「おばさん」→「誠」


誠「ただいまー」

雅仁「おお、お帰り。誠」


 家に帰ると、父ちゃんがエプロン姿で出迎えてくれた。

雅仁「今日は、お前の好きなローストチキン作ってるからなー。
ちょっとだけ待ってろよ」

誠「マジ? ありがと! 父ちゃん!」

雅仁「あと1時間くらいしたら、また呼ぶからな」

 俺は大きく頷いて、2階の自分の部屋に入る。

 結局、俺はさっき正しい判断をしたのだろうか。
ここまで逃げておいて、今更不安になってくる。

誠「一応、警察に電話くらいはしておくべきだよなぁ……」

 そう呟いて、110番に連絡を入れるために携帯を取り出した。

誠「って、アイツらからメール来てやがったのか。気づかなかったぜ」

 俺はとりあえず先に、届いているメールを確認する。

--------------------------------------------------------
From:桃華

添付画像:3件

本文:どお~? 似合ってるでしょ~
みっちぃのも可愛くない?
--------------------------------------------------------

 画像には試着場で、着替えてみた自撮り画像が送られていた。
ワンピース姿はいいけどさ、まだそういう季節じゃねーだろってな。

 次は、昌也のメール。

--------------------------------------------------------
From:昌也

添付画像:7件

本文:おう、どうよ? このスコア!!
今度ゲーセン行くとき覚悟しとけよな?
--------------------------------------------------------

 昌也の方は、アヴァンギャルドビートのゲーム画像が沢山。
見る価値なし。

 さてと……あれ? よく見ると、もう一件来てる。
それも、初めて見るメールアドレスだ。
なんだろう、迷惑メールか何か?

--------------------------------------------------------
From:世界方舟新興組合 広報部

添付画像:1件

本文:計画の船に乗りませんか? 広報部担当のパンゲアです!

[今日のニュース]
★☆今日も1人の劣等種候補を裁く!☆★

 計画発表の日から、早いもので1ヶ月近くが経ちましたが、
アサイラム氏から、新たな情報はありません。

 しかし、これは我々にとっての試練であり、神の召すままに、
計画に仇なす劣等種を今も狩り続けるのが、我らの宿命なのです!

 いずれは、私達も敵同士になり、戦い合うことになるかもしれない……
今からでも、やれることをやりましょう!

 今日も、劣等種と戦った由緒正しき我らが有能種の姿をお送りいたします!
これを励みに、私達も今を戦いぬきましょう!

以上、広報部担当のパンゲアでした!
--------------------------------------------------------

 なんだこりゃ……世界方舟新興組合ってなんだよ。
何が有能種、劣等種だよ。まるで宗教団体みたいじゃねーか。

誠「どれ、その有能種サマの姿でもちょっとだけ見てやろうじゃねえの」

 そんな軽々しい気持ちで、俺は添付されている画像を開いた。
だが、その画像を見た瞬間、俺は手から携帯を滑り落としてしまう。

 何故って、その画像には……リンチを受け、ズタボロになったドナさんの
姿が、モザイク越しでも分かるように、写っていたから。

 俺は、すぐさまドナさんの携帯に電話をした。さっきの110番なんて、
頭から既に消し飛んでいた。

 無機質な呼び出し音と共に、俺の心臓の音が鳴り響く。
1回、2回、3回……その時間は永遠にも感じた。

ドナ「もしもし……」

誠「ドナさん!? 今どこに居ますか!?」

ドナ「…………」

 まさか、捕まって答えられないような場所にいるんじゃ……?
俺の額から冷や汗が止まらない。

誠「ドナさん?」

ドナ「……病院だよ。もしかして、もう、知ってるのかい?」

誠「あぁ、良かった。い、いやいや、良くないんですけどっ……
さっき、迷惑メールみたいなので、ドナさんがその……」

ドナ「そっか……」

誠「今からそちらに向かっていいですか? なんだか心配で」

ドナ「うん、いいよ。僕も、誰かと話したい気分だから」

誠「ありがとうございます! お見舞いの品、用意しますんで!」

 ドナさんの「待ってるよ」という声を聞いて、俺は電話を切り、
さっきまで着ていたコートを再びあおり、部屋を飛び出る。

誠「ゴメン、父ちゃん! ちょっと用事できちまって、
出かけることになった! でも、1、2時間くらいで帰るから!」

雅仁「ん? そうかい、じゃあ帰ってくる時また連絡してくれたら、
食事温めなおして用意してるからな」

誠「うん、ありがと! 父ちゃん!」

 父ちゃんにお礼を言い、日が落ち暗くなった外に出る。
そして、猛ダッシュで病院へ駆け出した。

【2/11 17:30 戸蘭大病院】


 ここは俺の住む街、唯一の病院である、戸蘭大病院。
この付近どころか、少し遠いところからも人がやってくる、
かなりの最先端技術を駆使している場所だ。

俺は病院に入り、受付の窓口に向かい声をかける。

誠「すみませーん」

 すると、1人の看護婦さんが気づき、近づいてくる。

「あ、誠くん。こんにちはー」

誠「うっす、緑子さん、こんちは! 今日も母ちゃん、元気?」

緑子「ええ、もちろんよ。会いたがってるから、早く会いに行ってあげて」

 今話している看護婦の緑子さんとは、
母ちゃんが俺を産むためにこの病院に入った時に、
ここに勤め始めたということもあり、ずいぶん昔からの知り合いだ。

 だから気軽に話が出来る。

誠「けど、今日は母ちゃんに会いに来たんじゃねーんだ。」

緑子「え? じゃあ一体何の用かしら?」

誠「あのさ、今日、怪我してこの病院に入院してきた男の人……
堂内さんって言うんだけど、知らない?」

緑子「ちょっと待っててね? えーっと……
あー、うん、今日入院してきた男の患者さんが1人いるわ」

誠「その人と話をしに行きたいんだけど、大丈夫?」

緑子「誠くんの知り合い? ええ、もちろんよ。175号室にいるわ」

誠「ありがと、緑子さん!」

緑子「どういたしまして」

 俺は早速エレベーターで、ドナさんのいる病室へ向かう。

【2/11 18:45 戸蘭大病院】

ドナ「誠くん? 入っていいよ」

 俺はすぐさま、ドナさんの無事を確認したくて、部屋へ駆け込む。

ドナ「や、やあ。誠くん」

誠「ドナさん……」


 体の半分くらいに包帯に巻かれたドナさんを見るに、
俺はつい安心してしまいフラついてしまう。

ドナ「おぉ、誠くん大丈夫かい?」

誠「ははは、そのセリフは俺のモンですよ。はい、ドナさんへのお見舞い」

ドナ「わぁ、ありがとう」

誠「でも、一体何でこんなことになってしまったんです?」

ドナ「ゲーセンで話したとおりさ。彼等はどんどんエスカレートしていってね……
今日も、帰りの駅で彼等と出会ってこの有様さ」

誠「世界方舟新興組合、とかいうヤツらですか?」

ドナ「うん。駅前で、こんなビラを配っていたんだ。
誠くんも、このビラには気をつけて」

 ドナさんから受け取ったビラには、
組合への参加を促すことがビッシリと書かれていて、
読むのも頭が痛くなりそうになるものだった。

 でも、今日は外にほとんど人が居なかったのに、
ドナさんはなんて不運なのだろう。

 まあ俺も、怪しいおばさんに出会ったのだけれど。
とにかく、ドナさんが今こうして無事で、
俺は体の緊張が一気にほぐれる感じがした。

 一時の静寂が続く。しばらくして、次に口を出したのは俺だった。

誠「でもよかった……」

 それを聞いた途端に、ドナさんの顔が暗くなる。

ドナ「……よくないよ」

誠「え?」

ドナ「僕はね、彼らにおかしいよって伝えたかっただけなのに…」

 ドナさんは、自分の本音を、言いたかったことを俺に話し始める。

ドナ「人を蹴落として作っていく計画なんておかしいはずなんだ、
なのに誰も分かってくれない……」

ドナ「そうだろ? 誠くん、こんな計画、人と人が争い合って、
何も良い未来が生まれるなんて思えない!」

ドナ「なのに僕の仲間、友人、知り合いまで、みんな変わっていく……
僕のゲーセン仲間は誠くん、君たちを除いてみんな、
僕の話なんかこれっぽっちも聞いてくれなくなったんだ」

誠「ドナさん……」

 ドナさんは悲しい声で本音を語る。

ドナ「君は、誠くんはどうなんだい? この計画、君はどう思ってるんだい?」

 俺の顔をまじまじと見て問う。
その眼差しは『君なら無条件で計画を否定してくれるだろ?』
といわんばかりのものであった。

誠「俺は……」

 でも、答えが出せない。。
確かに、人を蹴落としていく計画なんておかしいとは思う。
それに、1ヶ月前の朝の光景。

 異様な、皆が計画の話しかしないあの光景。
それにドナさんを傷つけたヤツら。

 おかしな計画だって分かってる。人を蹴落として得る幸せなんて、
幸せじゃないって事も分かってる。でも……決して否定が出来ない。

 宇宙に行くということは、密かな桃華の夢でもある。
それが成し遂げられるかもしれないという計画を、
俺は100%否定ができないでいる。


ドナ「答えられないのならいいよ、無理強いはしないさ」

誠「ごめんなさい……」

ドナ「いいんだよ、しょうがない……さ」

 ドナさんはちょっぴり微笑んだ……けど、無理をしているのがよくわかる。

ドナ「そうだ、ところでこの病院、誠くんのお母さんもいるんだろ?」

誠「ええ、そうですが……」

 そう、俺の母ちゃんがこの病院にいる。

 俺の母ちゃんは生まれつき病弱で、
俺を産んでからずっと病院ぐらしを送っている。

ドナ「せっかくここに来たんだから、顔見せてあげなよ」

誠「でも……」

 でも今は、ドナさんの方が心配だ。
俺がそう思った途端、ドナさんは松葉杖をもち、
包帯で包まれた体でベッドから起き、
ぎこちなくも俺を病室から追いやろうとする。

誠「あ、ちょっと!」

ドナ「ほらほらっ、僕のことなんていいから」


 ボロボロの体のドナさんに抵抗するわけにもいかず、
俺は病室から追い出されてしまう。


ドナ「またね、誠くん。親孝行、しなきゃだめだぞ!」

誠「ちょっと、ドナさん!」

 病室のドアが閉められ、俺は廊下にたたずむ。
……俺はドナさんになにを言えば良かったのだろうか。

 これは甘えだが、混乱しているのは俺も一緒だったから、
ドナさんを気遣って、「ドナさんのいう通りだと思います」なんて言葉は、
あの時出てこなかった。

 こんな俺じゃ、ドナさんの気持ちを踏みにじらぬような答えなんて、
俺には出すことが出来ない。

 その時、ドナさんの病室の扉越しから嗚咽の声が漏れる。
それにつられ、こっちまで悲しくなってくる。

 だって今漏れてくる嗚咽の声は、
ドナさんの無念と悔しさがひしひしと伝わってくるから……

 俺はトボトボと、ある意味逃げるように、ドナさんの病室を離れ、
母ちゃんのいる病室へ向かう。

「たしか、28階だっけ」

 この病院は35階まである、そのためエレベーターの来る間隔が非常に遅い。

 30秒位待っていると、エレベーターがやってくる。
そこには誰も人は乗っていない。

 母ちゃんは、昔から俺を癒してくれる最も信頼できる人だ。
昔から何度も何度も母ちゃんの言葉に助けられたことか。

 そういえば母ちゃんに会うの、1ヶ月ぶりだっけな?
去年の大晦日以来、か。

……でも、母ちゃんには心配、かけられないな。

 エレベーターは、俺だけを乗せてゆっくりと上へ登っていく。

 後ろに広がる戸蘭市の夜景が、徐々に小さくなっていくその様は、
まるで、上にある別の世界の入り口に進んでいるようにも、俺には感じた。


第二話「入り口」 おわり

今日はここまで。明日から第三話になります。

>>129
ありがとうございます!

【2話の登場人物&単語一覧】

■登場人物

「内田 誠(うちだ まこと)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
両親が仕事や生活上の理由で、家にいないことが多く、家事を
一人でこなしている。

「氷崎 桃華(ひょうざき ももか)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
両親が他界しており、親戚の援助で一人で生活している。
澪音が大好きで、いつもくっついている。

「朝日 昌也(あさひ まさや)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
おバカ。

「瑠璃崎 澪音(るりざき みおん)」
12歳 誠と同じ戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
お金持ち。

「内田 雅仁(うちだ まさひと)」
誠の父親。仕事はジャーナリスト。
仕事上、家にいる日が年で30日を満たない。

「内田 逢花(うちだ おうか)」
誠の母親。
生まれつき病弱で、誠を産んでからずっと病院ぐらしを続けている。

「木田 佳彦(きだ よしひこ)」
42歳 誠のクラスのホームルーム担当教師。
サッカー部顧問。

「堂内 克範(どうない よしのり)」
27歳 誠達のゲーセン仲間。みんなからドナさんと呼ばれている。
リヴァイブ・ノア計画の事で疑問を感じ、皆に計画の危険性を示そうとするが、
周りから劣等種とけなされてしまう。

「谷岡 曹爽(たにおか そうそう)」
40歳 リヴァイブ・ノア計画参加団体「世界方舟新興組合」の団長。


■単語

「粗布町(そふ)」
戸蘭から約一駅進んだところにある町。
レストラン街が広がっており、人が賑わう場所。

「世界方舟新興組合(せかいはこぶねしんこうくみあい)」
谷岡 曹爽が中心となって結成した、
リヴァイブ・ノア計画に意欲的に参加することを促す為の組合。

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点

となっております。明日から、第三話「パンドラの箱」となります。

おつ。どう話が展開するか楽しみ

おつー

再開いたします。
今日から第三話「パンドラの箱」になります。

【ぼくらの世界創造 第3話「パンドラの箱」】


【2/11 19:20 戸蘭大病院 逢花(誠の母)の病室「282号室」】


誠「俺だよ、誠だよー」

 俺は母ちゃんの病室のドアの前に立ち、母ちゃんを呼ぶ。

逢花「あら、久しぶり! 入って入ってー」

 母ちゃんの許可が通ると、自動ドアが開く。
この病院の20階以降の病室はセキュリティの関係で自動ドアになっている。

 母ちゃんは長いことこの病院に通っているため、このセキュリティ万全な病室を使わせてもらっているのでとても満足しているらしい。

誠「母ちゃん、久しぶり」

逢花「久しぶりね~誠。大晦日以来かしら?」

誠「そ、うだね」

逢花「でも、急にどうしたの?」

誠「1月会いに行けなかったじゃん? だから、久々に……ってね」

逢花「そうなの? 気遣い嬉しいわ」

誠「う、うん……」

 せっかく、久々に母ちゃんに会えたのに、うまく言葉が出ない。
会いたいと思ったけれど、考え事のせいで、何一つの話題をも持ってこれなかった。

 そんな情けない自分を少しだけ呪う。

逢花「外、寒い?」

誠「……おう」

逢花「んん? どうしたの? さっきから口数がやたら少ないけど……
なにか悩み事?」

 すぐに母ちゃんに悟られてしまう。

誠「い、いや、何でもないよ!へーきへーき!」

逢花「ふーん……ふう~ん」

 母ちゃんは、神妙な顔で俺をまじまじと覗いてくる。

逢花「嘘、ね」

誠「う……」

逢花「何があったの? 母ちゃんに話してみ?」

 俺は一瞬戸惑った。話すべきかどうかと。

 けど、さっきも言ったとおり、母ちゃんは俺の最も信頼できる人で、
こんな俺を癒やしてくれるよく出来た人だ。だから、隠さず話した。

誠「俺の知り合いの人が、悪い人に暴力を受けてさ……傷ついてるのに、
俺、何もしてやれないんだ。だからどうすればいいのかなって考えてて」

逢花「誠の心は、どうしてやりたいって思ってるのさ」

誠「……助けたいんだ、その人を」

逢花「それは、誠の本心?」

 俺は少し考えたけれど、しばらくして「うん」と頷いた。

 すると母ちゃんは、俺に近づくように促し、
ベッドの上で俺の頭をよしよしするかのように、抱きしめる。
そして優しく言った。

逢花「なら、本心のままにするといいわ」

誠「本心のまま?」

逢花「誠は誠のやりたいことをあるがままにすればいい、
うん、うん、それがいい」

誠「母ちゃん……」

 母ちゃんは優しく、子守唄を聴かせる様に、俺に言ってくれた。
俺も、その温もりにしばらく浸っていた。

 けれど、だんだん恥ずかしくなってきて、俺は母ちゃんの手を、
そっと払いのけて立ち上がる。

誠「…………」

逢花「ホラホラ、いつまで暗い顔してるんだい? しゃんとしなきゃだめだよ?」

逢花「あ、そうだ誠、今度コンビニのおでん買ってきてくれない?
あれ緑子さんに頂いたんだけど、すっごい美味しかったんだよね~
だからお願い~! 他にも他にも……」

 母ちゃんが唐突に話を切り替える。
母ちゃんが、こういう話を始めると止まらないのだ。

 俺は母ちゃんが満足するまで、話に付き合わされる羽目になった。
でも、母ちゃんと話している時が一番落ち着くし、安心する。

 普段の生活の中に、こういう存在がいないから、俺は未だに、
反抗期というものも来ないのだろうな……

 結局、話が弾み弾み、1時間近くは話してしまう。

逢花「おやおや、もうこんな時間! ほれ!
父ちゃんが夕食作って待ってるよ! 行ってき!」

誠「そうだね、今日はありがとう、母ちゃん」

逢花「母ちゃん、詳しいことは分からないけど、
誠は誠の正しいと思ったことをやればいいさ、ね?」

誠「……うん」

俺は手を小さく降り、病室から出て行く。


逢花「そっか、誠も、もう中学生かぁ……ゴホゴホッ! ゴホゴホゴホッ!!」

【2/11 21:30 誠の家】


誠「ただいま、父ちゃんー」

雅仁「おう、おかえりー 連絡入れてくれっていったけど、一体どうしたんだ?」

誠「あっ……!忘れてたゴメン!
あのな、ちょっと用があって母ちゃんのトコ、行ってたんだ」

雅仁「そうかそうか、でもちゃんと連絡いれてくれよなぁ!」

誠「ゴメンって!!」

雅仁「次から頼むよ! じゃあ、夕食温めなおすから待っててな!」

誠「うん、父ちゃん!」

 俺は夕食を待っている間、リビングにあるテレビで暇をつぶすことにした。
この時間はなにかやってたっけ……?

 俺は父ちゃんが読んでいる新聞を手に取り、テレビ欄を見る。
「ニュース りばいぶのあ」「クイズ!ナンテコッタイ」「オテラノススメ」……
うーん、特に面白い番組やってないもんだな……

 それでもとりあえずリモコンをいじってチャンネルを度々変えていく。

『本日の特集は、タピオカジュースについての……』

『塩原先生の化学教室~……』

『世界箱舟振興組合のご加入はコチラ!』


 そこに、世界箱舟新興組合のコマーシャルが流れてくる。
知らない間によく耳にするなぁとは思っていたが、
このCM、意識してなかったから全然気が付かなかったけど、
組合のCMだったんだ……

『有能種の我々の手で、新たな未来を宇宙で勝ち取りましょう!』

 へぇ、新たな未来……か。
まるで、あの小説で言ってたよーな言葉だな……
けど、一緒にしてもらいたくねーけど。

 少しイラッときた俺は、病院でドナさんから貰ったチラシを、
ポケットから手に取り、シワが出来る程度につぶす。

 しかし、コマーシャルまで作られている団体だったとはな。
最近出来た団体だろうに、もしかしてとても大きい存在なのかも?

雅仁「ほら、夕食できたぞー」

 そう思っていると、父ちゃんが夕食を完成させていた。

誠「うわ、いい香り!」

雅仁「どうだ? いい出来だろ~!」

誠「すっげぇ!」

雅仁「ところで、誠。ちょっといいか……?」

 急に父ちゃんの顔が、ちょっぴり暗くなる。

誠「なぁに? 父ちゃん」

雅仁「父ちゃんまた仕事できちゃってな? 明日から当分帰れないんだ」

誠「また? 分かった」

雅仁「帰ったら、また色々作ったり、埋め合わせするから……な?」

誠「…………」

雅仁「まこ……と?」

誠「うん、仕事ならしょうがないよな。
分かったよ父ちゃん! いってらっしゃい!」

雅仁「いつも悪いな、家のことや、桜花のこと、任せっきりで」

誠「へーきだって! あのさ、父ちゃんが帰ったら、今度は旅行でも行こうぜ!」

雅仁「そうだな、そうしよう!!」


「「おう、約束だ!」」


俺と父ちゃんで腕をがっちり組み、誓いをたてる。


雅仁「誠に迷惑かけっぱなしだから、
こういうところでも少しずつ罪滅ぼししなきゃな!」

誠「……ありがとう、父ちゃん!」

 その夜は、とても楽しい事でいっぱいだった。
今日の出来事を、何もかも忘れるようなほどに。

 明日のことは明日、考えよう。
今日はもう、そういう気分だ。

おやすみ、またいつか。

ああ、またいつか。


…………
……

 ここはどこだろう。車の中……だろうか。
音も、感覚もない。

 誰かが、誰かを引き止めてる……?
お、おいちょっと待って!

……
…………

今日はここまでになります。

>>148
ありがとうございます! 頭捻りだして展開考えてます。

>>149
おつありがとうございます!

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点
>>151 第3話「パンドラの箱」開始地点

>>146 第2話の登場人物一覧

となっております。では、また明日。

おつ

再開いたします。

【2/12 7:50 誠の家】

昌也「誠、早くしろよ~」

誠「悪りぃ悪りぃ、昌也!」

昌也「はやく行こうぜ~!待ちくたびれちまったよ~」

 昌也が、いつものように俺ん家の前で俺が来るのを待ち構えていた。

父ちゃんはもう既に家を出ていて、明日からまた家事を自分でこなさなきゃ
いけないと思うと、少し憂鬱に感じた。

桃華「お~い、アンタら~! おっはよー」

 出発する所で、ちょうど桃華とも合流する。

桃華「あのさ、昨日さ~ 帰った後も、
またいろいろ食べちゃってさ。あーあ、体重気になるなぁ~」

昌也「お前が体重気にするなんてめずらしーな~」

桃華「なによ! あたしだってきゃわわな女のコですも~んだ」

 桃華と昌也が、今日も楽しそうに会話している。
そんな中、俺は、昨日のことを話すべきか話すまいか迷っていた。

正直言って、みんなを巻き込みたくない。

 ドナさんを傷つけたヤツら、世界箱舟振興組合。
あくまで平和な世界にいるみんなを、
まるで歯車の欠けたような不安定な世界に巻き込みたくない。

 桃華はなおさらだ。 あんな辛い思いをしたコイツに、
これ以上苦しむような出来事があってほしくない。

 だけど、本当にそれでいいのか……と、迷っている。

昌也「ん?ど~した誠? 明るくね~な~」

 昌也があんまり会話に入ってこない俺のことを気にして、問いかけてくる。

誠「いや、なんでもないぜ」

昌也「おっそうか、しっけーしっけー。 それより今日はどこいこっか!?」

桃華「あたしゲーセンいきたーいー」

昌也「行きたいけどさぁ、オレ、今、金ねぇんだよなぁ……
あ、そうだ! ドナさんの家行こうぜ! ドナさんのテクニックまた見てぇ!」

 ……!! 俺は息をつまらせてしまう。。

桃華「あードナさんの家、いいわね…! 誠、そうしよそうしよ!?」

誠「…………」

昌也「誠?」

 ドナさんの事を正直に言いたくなかった俺は、仕方なく嘘をついて
ごまかそうとした。

誠「す、すまね、多分ドナさん、今日は仕事だと……思うぜ」

昌也「そっか~じゃ、しょーがねーなー」

桃華「…………」

 どんなに口が裂けても、ドナさんは今ある事情で怪我してて、
病院にいる……なんて言えるわけがない。

 また、昌也と桃華は楽しそうに喋っている。
この話を知っているのは俺だけ。
きっと、組合の事も、口にしないほうがいい。

 ポケットに入れっぱなしのチラシを手で握りつぶす。
俺は俺の正しいと思う事をする。
だからこそ、俺はあいつらを巻き込む訳にはいかない。

 そうだよ。知らないほうが、幸せなんだ。きっと。

【2/12 8:35 戸蘭西湘中学 1-A組教室】


木田「おーい、早く席につけー」

 学校につき、澪音と合流し、廊下で4人で話していた俺たちは、
先生に注意され急ぎ足で席につく。

木田「よし、全員席についたなー? 今日はとあるところから、
ぜひ話をしたいという事で、急遽お越しにきてくれた方がいる。
だから、時間割を変更して特別授業を行うことになった」

 突然の授業変更にざわつく俺たち。

木田「それでは、どうぞこちらへ」

 先生が廊下の外にいる人影に催促する。

 そこに入ってきた男は少し老けていて、
なにやら強い意思を持っていそうな眼差しをしていた。

木田「彼は、谷岡 曹爽氏だ。わざわざここまで足を運んで頂いたんだ。
だから、しっかり話、聞くように!」

 先生の一言で、教室が静かになる。
それをみて、教壇の前に立つ男は口を開いた。

谷岡「戸蘭中学の皆さん、初めまして。谷岡 曹爽と申します」

谷岡「今日はとても大事なお話をするためにやってまいりました」

 谷岡 曹爽と名乗るこの男の声色は、なにか安心するものを感じ、
ずっと聞いているとなにかに飲み込まれそうな感じがする感じがした。


谷岡「まず最初に、皆さんはあの話をご存知ですか? リヴァイブ・ノア計画を」

谷岡「選ばれた人間が宇宙船に乗り、何世代もの時間をかけて、
新たな移住可能な星を探すという選民移住計画……」

谷岡「人が本格的に宇宙に出るという、とてもロマンチックな計画であり興味を示した人も多いでしょう」

谷岡「特に興味深いところは、この計画により宇宙に出るチャンスを得られる人間は、
この地球に住む全ての人だということ……」

谷岡「元旦に発表された際に、彼……ノヴァ・アサイラムはそう言いました、
覚えているでしょうか?」

 忘れるわけもない、あの元旦の発表。
突然のあの放送にテレビを見た人は皆、唖然としたに違いない。

谷岡「アサイラムはこう言いました、
計画によって船に乗る権利を得られる人間は、有能種たる存在であるといえる。
そして、有能種は、いずれ現れる劣等種を狩る役目がある……と」

谷岡「ところで、皆さんはこの有能種と劣等種の定義について、
どうお考えでしょうか……?」

今日はここまでになります。

>>163
おつありがとうございますー

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点
>>151 第3話「パンドラの箱」開始地点

>>146 第2話の登場人物一覧

ヨーグルト食べながら話考えると、なんだかスムーズに進むような気がするのは私だけでしょうか。
では、また明日。

乙。
文章がだんだん洗練されてきた気がする

後は文章を無理矢理口語にしたような長音符を、完全ではなくとも今の2割くらいの使用頻度にしてくれると読みやすくなるな

再開いたします。

谷岡「私はこう思うのです。有能種とは、先の見えぬ計画に対しても、
能動的に参加する意思があるということ。
劣等種とは、その逆。計画に疑問をもち、計画を否定する人間であるということであると」

谷岡「皆さんはこれから考えてみてください。ここにいる皆さんは今、
この計画に参加する、いや、既にしているという意識があるでしょうか?」

谷岡「……もちろん人の意思というのは自由を重んじられています、計画に参加するしないは自由でしょう」

谷岡「しかし、計画に参加するということが当たり前の社会、義務であるならどうでしょう?」

谷岡「計画に反対、参加しないという行為は全て、
反社会行為として咎められてもおかしくないだろう!……と私は思います」

谷岡「今や、この地域の警察や官僚は、共に計画に参加する方針であり、
今私が話したような計画に参加することが義務付けられる、という状況になりつつあります」

谷岡「わざわざ大国である、総連合国総司令官であり大統領でもある人間が語った話です。
私達はそういうレベルの話だということに、そろそろ気づかなくてはならないのです」

谷岡「そう考えると、この計画は今世界で最も行わなければならないであろう人間の飛躍。
宇宙へ飛び立つための精神の開花なのです」

谷岡「それを否定するというものは、日々進化し続けている人間の試みを否定するも同様であるのです。
進化できるはずの我々を妨げるものがいるとしたら……それは劣等種と呼ばれる人間であることでしょう」

 ドナさんは計画に疑問をもった、だから反社会行為、人間の進歩を抑制する存在とみなされ、
アサイラムの”狩り”という名の元による暴力を受けた。彼はそう言いたげであった。

 けど、そんなのって理不尽すぎる。暴力を受けたドナさんの言葉を、
俺自身で聞いたからというのも相まって、本当にそれは正しいのだろうか……とやっぱり思う。

 谷岡は、シンと静まり返った教室で、また続ける。

谷岡「はたまた考えてもみてください、元々義務でもある労働がありますよね」

谷岡「労働という行為は、義務化されているにも関わらず、働かない人間もいます」

谷岡「もちろん、身体の問題、精神の問題で働けないという人間もいるでしょうが……」

谷岡「働かない人間、というのはどうですか? はたして社会に歓迎されていると思いますか?」

谷岡「答えはノーでしょう、当然です。 若者が働かず問題になった事もあるくらいです」

谷岡「今、話になっているリヴァイブ・ノア計画の参加の義務とはこれと同じなんですよ……」

谷岡「とどのつまり! 劣等種とは人間の可能性そのものを否定する存在であり、人類の敵なのです!」

谷岡「おっと、そうだそうだ。木田先生、この資料、皆さんに配ってはいただけませんか?」

木田「かしこまりました」

 先生は、何百枚とある用紙を手に取り配り出す。

木田「全員回ったかー?」

 澪音がいる廊下側の列の、一番後ろのヤツが、一枚足りないと手をあげ、先生はもう一枚紙を回す。

 その時は、配られている紙を見るという意識は全くなかったから気付かなかった。
だから回ってきた一枚の用紙を見た途端、俺はギョッとしてしまう。

木田「どうした?内田ー、はやく回せよ」

 先生の声が意識に入ってこない。

 だって今配られている用紙というのは、俺が昨日ドナさんからもらった、
世界箱舟振興の組合員募集のチラシのコピーそのものだったから……

「内田、後ろ待ってるぞ」

 後ろの席のヤツに指でツンツン突かれ俺は我に返る。

誠「あ、ああ、すまね」

木田「おーし、回ったな。 お時間かけて申し訳ない……では続き、お願いいたします」

谷岡「今配った紙をご覧ください、ここには私が務めている組合、
世界箱舟新興組合という団体の募集チラシのコピーです」

谷岡「この組合には、この計画に能動的、意欲的に参加する人々が集まっております」

谷岡「紙にも書かれておりますが、今や組合員は4000人を超え、
この戸蘭市でも、多くの人達が参加しているかなり大規模な団体となってまいりました」

谷岡「もしかしたら既に参加しておられる方もこの中におられるでしょう」

谷岡「この団体を、今始めて知ったという方もいらっしゃるでしょう、
その方はどうか帰った後お父様お母様、知人友人にこの団体の紹介をしてください」

谷岡「この団体に入れば未来が手に入ります、
もうこんな地球という疲れに疲れ切った星にカビの様に粘りつくのはやめにしましょう」

谷岡「神話であるノアの箱舟伝説のように、洪水を逃れ、
新たな世界を築き上げることが許されているのも、我ら世界箱舟新興組合です」

谷岡「そのために戦いましょう、皆さん。 今やこの計画に参加しないということは死を意味する……
それくらい、この話は大事なのです」

谷岡「私はこのことを一刻も早く皆さんに伝えたくて、今日ここを訪れました。
それを早く聞くことができた皆さんはとてもラッキーです、幸せものですよ……?」

谷岡「他のクラスでも、組合の幹部の方達が私と同じ話をしていることでしょう。
これも全て、皆に未来を贈りたいがためです」

谷岡「では、私の話はこれで以上です。皆さん、今度は組合でお会いしましょうね?」

 クラスが拍手の音で一杯になる。
だけど、俺はとてもこの話に拍手など出来るはずがない。

 俺は俺自身の目で現実を見てきた。話でも噂でもない。

 この計画による有能種と劣等種の理不尽な差別。それを間近で知っている俺は、
この計画を賛美するようなこの雰囲気に耳を塞ぎたくなる。

 拍手は、谷岡が教室を出て行くまで続いた。
俺は、そんな空気に抗うように顔を伏せて、感情を抑え、必死に耐えた。

 また、ゲーセンの時のような事は、繰り返したくないから。

【2/12 9:35 戸蘭西湘中学 1-A組教室】


 俺は完全に頭が真っ白になっていた。
よりにもよって世界方舟振興組合の人が学校にやってくるとは思わなかった。

 谷岡……なんていったっけ? まあそんなことはどうでもいい。
彼の言動は、あのノヴァ・アサイラムの演説の時の言葉を代弁したような口ぶりだった。

 だがあんなおかしな話、とても納得できるようなものではない。ドナさんのこともあるし尚更だ。

 それにしても驚きなのは、こんな話を信用している人が、沢山この街にいるってことだ。

 皆、騙されているんじゃないだろうか、あの男に。
そんなに、この街の人間は馬鹿じゃないはずだろ……?

昌也「誠ぉ? どうしたんだよ、今日はほんと元気ねーなー」

 昌也が話しかけてくるけれど、適当に相槌だけして済まそうとする。

昌也「なんだよ、考え事なんてお前らしくねぇな」

誠「…………」

昌也「あれか? お前んとこの親父さんがまた出かけちまったせいで、
明日からの弁当の献立に悩んでんだろ? それなら安心しろよ、俺がついてんだろ?」

誠「そんなんじゃねぇよ」

桃華「水くさいわねぇ、アタシも料理手伝ってあげるから元気だしなさい、ね?」

誠「だから、そんなんじゃねぇんだよっての!」

 机を叩いた拍子ではらりと、俺のポケットからあるものが床に落ちる。

 それは、今日配布されたものと中身、内容共に同じプリント。
先ほど、谷岡との話で配られた、組合募集のチラシだ。

 だけど、今落としたのは、俺がドナさんから貰った、カラー印刷されたもの。

 それを見た桃華は、真っ先に反応し、つっかかってくる。

桃華「あら、なにこれ? 今日配られたプリントのカラー版?
なんでアンタがこんなの持ってんのよ? 
それになによ、プリントの隅についた乾いた血の後! アンタ、なんか隠してるわね?」

 桃華は隠し事をされるのが大っ嫌いだ。

 昔、俺が桃華の給食のプリンを間違えて食べてしまい、
俺がそのことを隠すと桃華は探偵まがいのようなことを始め最終的にバレちまって、
俺達は散々な目にあったことがある。

 それに、いつも自信ありげに話している俺が、
ぎこちない態度をとったとなると桃華が見逃すはずもない。

 だから、俺は隠さず桃華達に真実を話した。
昨日の出来事全て……

誠「――ってことなんだ……」

 それを聞き、桃華は拳を震わせ怒りをあらわにする。
勿論、昌也もだ。

桃華「許せない、許せないわ。アイツ、そんなことをする組合の一人だったワケ」

誠「ああ」

桃華「変なヤツだとは思ってたけど、とんだキチガイね。確信したわ」

誠「俺もさ。今日の話聞いて、押し付けのように聞こえたぜ。まるでなんかの宗教だ」

 桃華と俺は、珍しく意見を一致させる。こういう時の仲間って、なんだか頼もしい感じがする。

昌也「なぁ、そういえば澪音どこ行ったんだ?」

誠「さあ? トイレでも行ったんじゃね?」

 教室では、俺と桃華は斜め前の席同士。
昌也もすぐその斜め前の席に座っていることもあり、休み時間でも話をするために集まる。

 だけど、澪音はかなり遠い席にいて、
しかも休み時間中は日課である日記を書くという時間になっているらしく、
昼休みに食事をする時にしか、教室では話す機会が少ない。

 だから、澪音がいなくても自然だったけど……

 2時間目の授業開始のチャイムが鳴っても、澪音は戻ってこない。
そして、授業が始まり、5分、10分たっても、戻ってこない。

 気になった俺は、ノートの切れ端でメモを送り合うことで、桃華と話を始めた。

誠メモ「なあ? 澪音帰って来ねぇけど、アイツ大丈夫か?」

桃華メモ「あたし、女子トイレの方見てこよっか?」

誠メモ「任せたぜ」

 桃華は、メモを受け取るとすぐ立ち上がり、腹痛がするという理由をつけて
教室を出て行った。

 これで安心だと息を落ち着かせる俺。だが、ものの2分もたたずに、桃華は戻ってくる。
それも一人で。

桃華メモ「みっちぃ、トイレにいなかったよ」

今日はここまでになります。

>>174
ありがとうございます!

>>175
指摘ありがとうございます。今後の参考になります!

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点
>>151 第3話「パンドラの箱」開始地点

>>146 第2話の登場人物一覧

予定は26話くらいまで続く感じになりそうです。
シナリオフローチャートを作った時に感じました。

ではまた明日。

乙。
すごく壮大な話になりそう。期待

再開いたします。

誠メモ「マジ? どうなってんだ……?」

 俺達は、顔を合わせ互いに首を傾げる。
しばらくすると、昌也のノートの切れ端が飛んできた。

昌也メモ「速報速報! 今、前の席の木下に聞いたんだけどよ、
先生に職員室に呼ばれて出て行ったらしいぜ」

誠メモ「なんだよ職員室か……心配かけさせやがって」

桃華メモ「でもさ、今職員室って、あの谷岡って男も一緒にいるんじゃ?」

昌也メモ「それがどうしたのさ」

桃華メモ「分からないの? このバカッ! さっきの誠の話聞いて、
あんなヤツと一緒に可愛い可愛いみっちぃを置いておけないっつの!
ねぇ誠、今度はアンタ、見に行ってくれない?」

誠メモ「えぇ!? 俺が!?」

桃華メモ「ノートはとったげるからさ。あたしの愛しいみっちぃの為を思って……ね!」

誠メモ「ったく、しょーがねぇな……怒られたらお前の責任だからな!」

 メモを少し投げるようにして桃華に渡すと、俺も腹痛を理由に教室を出る。
そして、3階から2階……1階にある職員室へと、少し駆け足で向かった。

 職員室につくと、何やら話し声が。こっそり耳を立ててみると、
それは澪音と谷岡の話し声だった。

谷岡「それで、どうか承諾して頂けませんかね? あなたのご家族にも、そう伝えて頂きたいのですが」

澪音「ぅ……うぅ……」

谷岡「そんなに怯えないで下さいよ、お姫様。
あなたと、あなたのご家族がこの組合に参加して頂ければ、
きっとこの戸蘭市全ての人々は幸せな未来を掴むことが出来るのです

谷岡「どうか、彼等のことも思って!」

 谷岡という男。コイツは、澪音を世界なんたら組合に無理やりにでも入れようと考えてるのか?

 相手をする澪音は、明らかに怯えている。そりゃそうだ。
そもそも、アイツは俺達以外の人と話すのが極端に苦手なやつなんだから。

 早く助け舟を出したいと思った俺だったけど、
澪音には悪いと思いつつも、一度冷静になってしばらく様子を伺うことにした。

谷岡「そうだ、どうせならご両親に私が伺うといった形で交渉はいかがでしょう?」

澪音「お、お父様は、普段お家にいなくて……お母様も、仕事でご面会の余裕はない……です」

谷岡「そうですか……だから、せめてあなただけでも! それに、ご友人を失いたくないでしょ?」

澪音「……!」

谷岡「そのギョッとした顔。そうですよ、ご友人は大切にしなきゃ、いけませんよねぇ?」

澪音「でも、でも……」

谷岡「まぁ、あなたの有無なんて、私にとってどうでもいいなのですが……」

 俺は、谷岡の言動に危険な匂いを察知し、職員室をノックして扉を開けた。
けど、ノックと扉を開ける時間差が少なかった為、怪しまれたかもしれない。

誠「あ、あの、申し訳ありません、授業中失礼して。うちのクラスの先生の忘れ物を取りに来ました」

 澪音は、俺が来たことで顔を明るくする。
だがその表情の変化に、谷岡も反応したように見えた。

谷岡「君は、この子のお友達ですか?」

誠「え、ええ、そうです」

谷岡「……さっきまで、彼女と少し訳あって、お話をさせて頂いたのです。
急に、お友達を勝手に連れだして申し訳ないです」

誠「お……いえ、自分も、急にコイツがいなくなって気になっていましたが、
疑問が晴れて安心してるところです」

谷岡「そうですか。では私は、彼女ともう少しお話をさせて頂こうと思っているので、
申し訳ないですが、もう少し彼女をお貸し頂けることを、許して頂けますか?
もちろん、担任の木田先生には許可をとってありますから」

 言うとおり、ここで俺が立ち去ってしまうと、コイツが澪音に何をするか分からない。
さっきの谷岡の言葉を聞くに、コイツは澪音を無理やりにでも引き入れるつもりだ。

 俺達の澪音にそんなことはさせない! と言ってやりたいけれど、
そんな直情的に突っ込むと、痛い目を見ることに違いない。

谷岡「どうしたんです? そもそも、あなたの目的は、先生の忘れ物ではなかったのですか?」

 考えている間、直立不動であったことに、いちゃもんをつけられてしまう。
コイツは早く俺に出て行ってもらいたいんだろう。

 ……けど、そういうわけにはいかないんだ。
目に見えない澪音を賭けた戦いが、今ここで繰り広げられていた。

「ん? おい、誠か? そこで何してる」

 突然後ろから声。HR担任の木田先生だ。

木田「あれ? 谷岡さん? てっきり、学校をもう出て行ったものと。
それもウチのクラスの瑠璃崎と一緒に……これはどういうことです?」

 その時、ハッキリと谷岡が動揺していることに気づいた。

谷岡「いえね? この子が組合に興味があると、今すぐ話を聞きたいって言うのでしてね?
仕方なく授業時間であることを承知で、お話をさせて頂いたのですよ」

木田「そうでしたか。ですが、中学の授業は、貴方の言う義務でございまして、
お話は出来れば放課後辺りにお願いできますかね……?」

谷岡「申し訳ありません。では瑠璃崎さん。
私は多忙でして今日の放課後は時間がございません故、次の日あたりに、
私のいる世界方舟新興組合の皇津本部までいらして下さい。それでは……」

 そう言い、谷岡は職員室をあっさりと出て行った。
けれど、出て行く直後、彼が舌打ちしたような音が聞こえたのは気のせいだろうか。

木田「ほら、お前たちも授業へ戻れ! 授業は義務なんだからな!」

「「はい……」」

 木田先生のおかげで、澪音は谷岡の魔の手から救われた。
今度こそ、安心して肺に溜まった空気が一気に抜け出るような気分になった。

誠「大丈夫か? 澪音」

澪音「う、うん……」

誠「実は、さっきまで俺、隠れて話、聞いてたんだ。ま、途中からなんだけどさ。
危ないところだったな」

澪音「うん……怖かった」

誠「悪ぃな。俺も、ホントはすぐ助けに行きたかったんだけどさ」

澪音「分かってるよ。けど誠って、盗み聞きする癖、よくあるよね」

誠「謝ってんじゃんよ~ もしかして根に持ってる?」

澪音「違うよ、こういう時の誠って、冷静だよねって」

誠「え? そ、そうか? そうかなぁ?」

木田「おいお前らなぁ、くっちゃべってないでとっとと行け!」

 木田先生に怒られて、俺達は駆け足で教室に戻った。
勿論、教室に戻ると先生にこっ酷く叱られた。一体こんな時間まで何やってたんだ……と。

 その後罰として、俺と澪音は日直仕事である黒板消しの掃除や、学級日記の記入などを、
押し付けられてしぶしぶこなす羽目になったのだった。

今日はここまでです。

>>189
乙ありがとうございます!

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点
>>151 第3話「パンドラの箱」開始地点

>>146 第2話の登場人物一覧

次回で第3話が終わりになりそうです。
明日は忙しい為、投稿できるか分かりませんが、できたら明日に。
出来なければ明後日に。

おっつ

大分読みやすくなってきたね
頑張ってくれ

応援してるぞ

再開いたします

【2/12 14:45 戸蘭西湘中学 1-A組教室】

桃華「お疲れさ~ん、2人共~ やーん、みっちぃ大丈夫~~~?」

 俺達は罰である仕事を終わらせて、わざわざ下駄箱前で待ってくれている
桃華と昌也と合流する。

 相変わらず桃華は、澪音の姿が見えた途端に弾丸の如き速さで飛び込んでくる。

澪音「うみゅうっ……!」

 割りと力のある桃華を受け止める澪音もいつも大変だなと感じる今日このごろだが……

誠「ったく、酷ぇんだぜ? 今日に限って、『今日のこと纏められてないじゃないか!』
とか、『黒板の隅にチョークの粉溜まってんぞ!』とかホント厳しくてよ~……」

昌也「ま、そういう日もあるさ。ドンマイドンマイ」

誠「ちぇ、今日は厄日だぜ……」

 学校を出てからしばらくは、昌也と先生に対する愚痴を続けていたが、
とある電柱に貼ってあった張り紙に目が入ると、全員エスカレーターが急に停止
するかのように、俺達は立ち止まる。

 その張り紙は、あの世界方舟新興組合のものだった。

誠「けッ、何が『宇宙で新たな未来を手に入れましょう』だよ。
訳も解らねぇ理由で人を傷つけといて、自分達だけ未来を手に入れようとする、
クソッタレの集まりじゃねえか」

桃華「あたしも、なんだか見ててイライラしてくる気分になるわ」

誠「この町の人達もどうかしてるぜ全くよ、毒されてんじゃねーぞってな、クソッ!」

 俺は張り紙を思いっきり破り、溝に投げ捨てる。その時感じた清々しい快感は、
何やら麻薬のような危険な甘さがあると思った。

 けど同時に、俺は使命感に駆られるかのように、とある事を思いつく。

誠「なぁ、みんな」

 3人は、どうした?と言わんばかりの顔を向けてくる。

誠「俺分かったんだ。ドナさんをこれからやってくるかもしれない
組合の暴力から守る方法を」

昌也「なんだよ? 言ってみろよ?」

誠「ヤツらに俺達の理不尽だって言葉を認めさせるんだ」

桃華「一体どうすんのよ?」

誠「俺達が組合に、直接乗り込もう!」

 3人は驚愕する。なんてことを言いだすんだコイツはという
目を向けてくる。でも分かっていた。

誠「お前らの言うことは分かってる。けど、あの時は俺一人が無茶したからだ」

誠「けど、お前たちも俺に協力して、4人であの谷岡に俺達の言葉をぶつけて、
ドナさんの言い分も、俺達の言い分も認めさせてやりてぇんだ」

誠「でも、『勝手に巻き込むな』とか、『無茶だ』ってお前らが思うなら、今ここで
俺を殴って頭を冷やさせてくれ。けど、俺のしたいことに付き合ってくれるなら……」

 皆立ち止まってポカーンとしていたのだったけど、
しばらくすると、桃華が口を開き、俺に言った。

桃華「あのさ」

誠「なんだ? 桃華」

桃華「アンタはさ、いつもいっつも、あたし達のリーダーでさ、何かあるとすぐ
アレコレ言ってあたし達を引っ張ってく存在だわ」

桃華「時には無茶なことも4人でした。アンタの思いつきで、
県を2つまたぐサイクリングをしようって向かった時、
道が真っ暗になって帰れなくなって、先生や他の大人達にたくさん迷惑かけたこともあった」

誠「……おう」

桃華「けどさ、そんなアンタの下らなかったり無茶な思いつきを、あたし達が止めた事ある?」

誠「どーだったかな」

桃華「もう、あるワケないじゃない! いままでも、そしてこれからもよ」

誠「え、じゃあ……」

昌也「分かってんだろーがよ」

澪音「誠、私達は巻き込むなって気持ちは、絶対にないよ」

 なんてお人好しなヤツらだろうか。
ゲーセンでの俺の勝手な行動、いや、それ以前もずっと、
本当はお前らに沢山迷惑かけちまったってのに……

 けど桃華は言ってくれた。昌也は肩をたたいてくれた。そして澪音は優しく。

誠「ありがとう、お前らッ!」

 俺は、握りこぶしをつくり、前に出す。
皆もそれを見て、俺に合わせてくれた。

誠「ドナさんを、俺達で守るんだ!」

みんな「「「「おおーっ!」」」」

 それは、俺達の気持ちが一層強く固まった瞬間だった。

 それと同じタイミングで、遠くから学校のチャイムが聞こえてくる。
今の俺たちにとって、その音はさながら、戦いの始まりのゴングであった。

桃華「じゃあこれから、アンタの家で作戦会議ねっ 少し荷物置いてくるから、待ってて!」

 桃華はそういい、走り去っていく。
昌也と澪音も、同じように。

 そうだよな……俺は何を不安がっていたのか。
ドナさんが危険な目にあったのに何もしないなんてどうかしてたぜ。

 ありがとな、母ちゃん。俺の本心のままに、俺はやってみるよ。
アイツらとならやれる、何だってできる。

 そして言い聞かせてやろう、今日きた谷岡にも、
ドナさんをめちゃくちゃにしたヤツらにも、組合全員にも!
この計画がおかしいものであることを!

 今なら自信を持って言えるよ、ドナさん。この計画は、狂ってる。

 今の俺たちは、まるで小学生の頃、友人の家へ遊びに行く時のような感覚に近い喜びを感じていた。
だが向かう先は敵地、世界箱舟振興組合。

 しかし恐怖はない、天衣無縫の如き高揚感が恐怖をすべて塗り替えている。

 やろう。俺達が谷岡を、計画を正してやるんだ……!

…………
……

そう、こうして俺たちは今、開いてしまった。

全ての災いが入る箱、決して触れて、開けてはいけないと言われるパンドラの箱を。

 もしここで、違う道を選択していれば……
きっと入り口でかろうじて踏みとどまり、引き返すことが出来た。
俺達の開いてしまった箱、その中身には狂った世界が広がっている。

 そんなことはつゆ知らず、血液が沸騰しそうなほど、高揚感にあふれる俺達の後ろで、
狂った世界からの使いが一人、にたぁと笑う。俺達を、その世界へ引きずりこむ為に。

「あのガキ……来るのね……うふふっ……」

「アタシが伝えよう、谷岡様へ。貴方の言うとおり、あのガキ共は餌に釣られました、と」

今日はここまでです。

これで第4話「パンドラの箱」が終わり、
次回からは第5話「狂った世界」となります。

昨日は更新できず申し訳ありませんでした。比較的まだ時間に余裕のある2月中は、
出来る限り毎日更新を行っていきます。

いつも読んでくれる方や、私の至らない部分を指摘して頂ける方、
いつもありがとうございます。

>>200
おつありがとうございます!

>>201
そう言って頂けると嬉しいです! これからもクオリティ上げていけるように
努力いたします。

>>202
応援ありがとうございます!嬉しいです!

【3~4話の登場人物&単語一覧】

■登場人物

「内田 誠(うちだ まこと)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
直情的な性格であるが、悩みやすい。考え事をすると周りが見えなくなる
癖がある。

「氷崎 桃華(ひょうざき ももか)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
誠達4人で腕相撲をすると、一番強いのが彼女。

「朝日 昌也(あさひ まさや)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
バカというと怒るが、自分も誰かにバカと言わなければ、
やってられない性格らしい。

「瑠璃崎 澪音(るりざき みおん)」
12歳 誠と同じ戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
何やら瑠璃崎家には、谷岡が必要としている力があるらしい?

「内田 雅仁(うちだ まさひと)」
誠の父親。仕事はジャーナリスト。
とある仕事を受け、今年も仕事へ立つ。

「内田 逢花(うちだ おうか)」
誠の母親。
生まれつき病弱で、誠を産んでからずっと病院ぐらしを続けている。
誠の最も信頼できる人物。

「木田 佳彦(きだ よしひこ)」
42歳 誠のクラスのホームルーム担当教師。
細かいことにうるさい。

「堂内 克範(どうない よしのり)」
27歳 誠達のゲーセン仲間。みんなからドナさんと呼ばれている。
世界方舟新興組合に目をつけられ、劣等種とけなされ暴力を受け入院する。
彼の心には今、無念の思いしかない。

「前川 緑子(まえかわ みどりこ)」
35歳 戸蘭大病院の看護婦を勤めている女性。
誠が生まれた年から勤務しており、病院ぐらしの誠の母、逢花とは親交が深く、
プライベートでもクリスマス会や旅行に同行したりと内田家とは仲が深い。

「谷岡 曹爽(たにおか そうそう)」
40歳 リヴァイブ・ノア計画参加促進団体「世界方舟新興組合」の団長。
澪音を狙う様子がある。

「組合のおばさん」
年齢不詳 リヴァイブ・ノア計画参加促進団体「世界方舟新興組合」のメンバー。
ひょんなことで組合に参加し、以後、計画促進活動を続けている。


■単語

「戸蘭大病院(とらんだいびょういん)」
戸蘭市唯一の大病院。最新設備が施されており、利用者がかなり多い。
誠の母である逢花や、暴力を受けて入院したドナさんがいる。

>>56 第1話「理不尽な優劣」開始地点
>>107 第2話「入り口」開始地点
>>151 第3話「パンドラの箱」開始地点

>>213 第3~4話の登場人物一覧

>>211 訂正:第3話「パンドラの箱」が終わり、次回からは第4話「狂った世界」となります。

今日は1日ぶりということもあって、なんだかやたらミスが目立った……
ではまた明日。

乙。展開に期待してる

おつ
最初を見返すと嫌な予感がするなぁ

再開いたします。

【ぼくらの世界創造 第4話「狂った世界」】

【2/13 11:30 電車内】


 休日の土曜日、電車の音だけがただ鳴り響く。
相変わらず外に出る人間は少なく、
休日の午前だというのに電車の中はほぼ無人状態と言ってもいい。

 俺たちはこれからヤツらのいる場所、世界箱舟新興組合の本部へ向かう。
幸いか皮肉かわからないが、本部の場所は戸蘭市の中にあり、電車で行ける距離であった。

 あれだけ昨日燃えていた俺達であったが、
皆、眠るに眠れず寝不足で今日を過ごしてしまったそうで、電車の中ですやすやと仲良く眠っている。

 でもそれだけみんなドナさんの為に、
今日ヤツらにぶつけるべき言葉を考えてきたという証拠でもあるんだ。

 桃華は澪音と寄り添って眠っている。それは見てて絵になりそうな光景だけど、
なんで昌也は俺の肩に寄り添って眠っているのか……。
しかもよだれでジャケットをベトベトにしてやがる。着いたら叩き起こしてやろう。

 ふあぁ……そういう俺も、なんだかんだですっげぇ眠い。
まだ時間かかりそうだし、もうちょっとだけ寝るかなぁ……

…………
……

 ここは夢の中だろうか。

 そういえば今年に入ってからの夢は、いつも赤く燃えるような夕日が映っている。
俺の視点から見える場所や位置はいつも違うけど、空を眺めると、必ず夕日が見えるんだ。

あんまりにも強烈なほど印象に残る夕焼けだから、起きてもしばらくは覚えていられるし、
夢を見る度に、前も見たなと思えるほど鮮明だ。

 現実で最後にこんな夕日を観たのっていつだったっけ? しばらく首を傾げて考える。

 そうだ、あの時。ドナさんがゲーセンで暴力を受けたあの日だ。
あの日の帰り道、桃華の背に、綺麗な夕日が見えたんだっけ。

 でも本当に綺麗だなぁ。写真でも撮りたいところだけど、ココは夢だし無理だよなぁ。

 そう思っていると、辺りがぐにゃりと歪み始めてくる。
何となく分かった。これはそろそろ、目が覚めるという知らせなんだ。

……
…………

「おーい、起きろー!」

「早く!駅すぎちゃうぞ!」

「寝ちゃ駄目だよ、起きて……!」

「「「誠!!」」」

誠「はっ……!」

 俺が夢と現実の境界線にいる時に、3人の誰かに腕を思いっきり引っ張られ、
電車の席から引きずり降ろされる。

桃華「も~起こしてもなかなか起きないんだからっ~!」

誠「ふ、ふぇ……?」

昌也「何寝ぼけてんだよ、つ・い・た・ぞ!」

誠「そ、そうか……」

桃華「もう、しっかりしてよ誠!」

 皆からいろいろ言われ、ようやく頭が覚醒する。
ここは、俺達の住む最寄りの駅である戸蘭中央駅から6つ先にある、
皇津(のうつ)駅だ。

 戸蘭市のはずれに位置する場所であり、住宅もかなり少ないため、
きっとこういう組合にはうってつけのような場所なのだろう。

 周りを見ると、駅の看板のほとんどが世界方舟新興組合によるものであった。
まさに敵地と言わんばかりのような場所であることがひしひしと伝わってくる。

 その緊張感にちょっと澪音が怯えかける。

澪音「……怖いよぉ」

桃華「だーいじょうぶ、桃華おねーちゃんに任せときなー!」

 普段の桃華であるが、こういう時はなんだか心強い。うれしいことだ。

昌也「誠、見ろよ……!」

 昌也が指をさす方向を見る、そこには何百人もの人達が集まっていた。

誠「なんだぁ、ありゃ……」

 唖然としてしまう。こんな人数の人を見たのは初めてという事もあったが、
そんなことよりも、この人達はただ集まっているだけなのだろうか。

 しばらく観察してみると、彼等は何かを懇願している? それとも何かを待っているのか?

皆が皆、灰色の同じ服を着て、ざわつきあうその姿は、くねくね動く不気味な生物に見え、
それをずっと眺めていると吐き気がしてきそうになりそうになる。

澪音「何してるんだろ……」

誠「わからないけどあの光景、ずっと見てると参っちまいそうだな……」

桃華「でもさ、こんだけここに人が居るんなら、
あたし達の町から人が減ったって理由も納得できるかも」

誠「なるほどな。そういうことだったのか」

澪音「でもそれじゃ、なんでニュースとかで皇津町に人が集まってるって話にならないんだろ……?」

 澪音の疑問はごもっともだ。ニュースにならないということは、
情報操作されている可能性が高い……って、父ちゃんに聞かされたことがあったっけ。

誠「ヤツらにとって、ここに人が集まっていることを世間に知らせたくなかったからなんだろうな」

桃華「本気であたし達の町を乗っ取ろうとでも考えてるのかしら?」

誠「さあな、計画のために何でもやるヤツらだろうし、気をつけねぇと」

昌也「それよか、こっからどーすんだ?」

誠「人混みを避けていける出口を探してみよう」

 そう言ったものの、どの出口を探しても彼らを避けて通ることは出来ない、
と分かった俺たちは、仕方なく本部の場所に最も近い正面出口から改札を降りる。

 だが改札を降りた途端、灰色の服を着ている人達から一気に俺達は睨みつけられる。

昌也「な、なんだよこいつら……」

 まるで彼等は、この場所に異物が入ったかのような反応を見せる。

ただただ睨みつけてくるだけってのがかえって不気味。
なぜ睨みつけてくる? みんなと服が違うから? それだけ?

 俺達が立ち往生していると、そんな人混みの遠くの方から、
1台の車がやってきて停車する。

 すると、さっきまで睨みつけていた人達が一斉に車のほうを向き、
全員が背筋をぴーんと伸ばし歩き始め、車から俺達へ続く、人の道が作り出される。

 そして、車から誰かが降りてこちらへ向かってくる。
俺達は困惑しつつ、誰が降りてきたのかと遠くを見つめると、その正体はすぐに分かった。

それは、俺らの知る顔……昨日学校にやってきたあの、谷岡 曹爽だった。

谷岡「お待ちしておりました、内田 誠くんご一行様」

 彼は深々とお辞儀をし、挨拶をする。
まさか彼の方から出迎えてくるとは夢にも思わなかった。

予想外の出来事ではあったが、これはかえっていい機会なのかもしれない。

「折角遠くからおこしくださったのですから、是非私の車でご案内させて頂きたいです。
車の中なら、僅かですが皆さんと長くお話できるでしょう……?」

俺達は、どうしようと互いに顔を合わせる。

谷岡「ホラ、さあ乗って。どうぞ?」

 しつこく催促してくる谷岡に、俺たちはちょっと不安になりながらも、
彼が用意した車に乗せてもらう事にした。

谷岡「ちょっと窮屈ですけど……許してくださいね?」

澪音「……いえ、お気遣い感謝します」

 澪音はこんなときでも礼儀正しい。見習いたいもんだ。
谷岡は前の助手席に、俺達は後ろの座席に乗りこみ、
谷岡が運転手に指示をすると、間もなくして車が発進した。

 そして、車が動き出してすぐ、谷岡の方から口が開いた。

谷岡「皆さん、えっと、内田 誠くん、瑠璃崎 澪音さん、氷崎 桃華さん、それと……」

昌也「朝日 昌也です」

谷岡「これは申し訳ない、名前を覚えるのも一苦労でして」

昌也「むぅ……へーきです」

 彼は昌也にお辞儀し詫びる。
昌也自身は、気に食わない顔をし続けていたが。

谷岡「大体10分くらいで到着します、その間ちょっとだけお話しましょう」

昌也「谷岡さん、そーいやなんで俺たちの名前、知ってんすか?」

 昌也が疑問を問いかける。すると、谷岡は静かに笑い出して言った。

谷岡「はは、やだなぁ。 貴方方の学校にきた時、名簿を見たから覚えてるんですよ」

昌也「あーそっか、なるほど!」

 昌也はそれで納得したそうだが、俺はちょっと納得できない。
彼は俺たちの学校だけでなく、他の学校にも向かって話をしているはずだ。

 それなのに、なんで知ってどうなるものでもない俺たちの名前を、
記憶に覚えていられるのだろうか?

 彼は記憶力に優れた人間なのだろうか。だがしかし、
今はそれを追求するよりもっと大事な話がある。

誠「谷岡さん。なんでリヴァイブ・ノア計画に疑問を持つ人を攻撃するんですか?」

 俺は早速、疑問を問いかける。
けど納得の行く答えは帰ってきまい。
それでも、ドナさんが傷つけられた理由をしっかりと知りたくて。

谷岡「そりゃ簡単ですよ、そういう人間は劣等種だからです」

桃華「劣等種だから? なんでそういうことになるんですか!?」

 桃華が少し大きな声を出して言う。

谷岡「貴方がたに話をした時も言いましたよね?
今、リヴァイブ・ノア計画を否定する事は反社会行為に値することだと」

谷岡「計画を享受する事が、当たり前な世の中なのですよ?」

桃華「だからって、否定する人間を叩かなくてもいいじゃないですか!」

谷岡「桃華さん、貴女は人の話を聞かぬ人間ですね。
あの時も言いましたよ? 計画に能動的に参加する我々が、計画を否定する劣等種を裁くと」

谷岡「それを繰り返し繰り返し、劣等種を蹴散らしていくことによって、
我々が船に乗り宇宙へ出る権利を得る」

谷岡「言わば我々は警察です。 それも、出世を確実の物とした……ね」

その言葉に納得の行かない桃華が、敬語を忘れ噛みつき始める。

桃華「はぁ?何言ってんのアンタ……馬ッ鹿じゃない!?」

「こら!言葉に気をつけろ!」

 それを聞いていた運転手の人はに怒鳴られるが、谷岡が「いいですいいです」と制す。
怒鳴られた桃華も、威嚇するような目つきで谷岡を見つめ続ける。

 谷岡とここで会ってまだたったの3分と経っていないというのに、
この車の中の空気がどんどんドス黒くなっていく。

谷岡「反社会行為を行う輩を我々が取り締まり改心させる……それはまさしく正義。
警察そのものなのですよ」

桃華「それで暴力を受けた人がいるのに!? おかしいわよ絶対!」

 桃華も、澪音がいるからギリギリ興奮しない程度に抑えていられるようだが、
いつか、感情が爆発する時が来てしまうだろう。

谷岡「寧ろ我々は受け容れられるべき存在、褒められてもいい存在のはずです。
証拠に、この組合はどんどん大きくなっている……」

誠「……違います」

谷岡「え?」

 緊張感高まる中、俺は割って入る様に、静かに口を開ける。

誠「間違ってるのは貴方です。 みんな貴方に騙されている」

誠「計画のために傷ついている人がいるなんて、そんなこと、あり得て良いわけがない」

桃華「誠……」

誠「俺は傷ついた人を見てきました、その人は日常を失い、苦しみ悲しんでいる」

誠「今まで当たり前のように過ごしていた生活が奪われ、狂った世界で一人取り残されていく、
そんな世の中があっちゃいけないんです」

 俺はドナさんの無念を晴らすために、静かに、強く伝える。
ドナさんの叫びを。この口で。

誠「義務だから当たり前なんて知りません。傷つく人間が生まれてしまう計画なんて、
人として間違いなんです!」

誠「俺達はこの計画で、この組合の人間によって傷ついた存在がいる、
計画が間違っていると確信し、それを伝えるためだけに来ました。
決して、組合に興味を持ってここに来たなどということはありません」

誠「それは、ここにいる他の3人も同じです。な? みんな!」

桃華「そうよ!」 昌也「ああ!」 澪音「はい……!」

 俺達は全員で谷岡に強い意志を見せるような顔をぶつける。
分かってもらう為に。

 谷岡はしばらく沈黙を続け、俺達から顔を背けるように、前を見つめていた。
最初は、俺達の意志に根負けしているから黙っているのだと思っていた。

 けど、次に呟いた言葉が、そうではないことを示すものだと俺にはすぐ気づいてしまった。

谷岡「やはり、劣等種に毒された者に何を言っても無駄、か……」

 谷岡はそう呟くと、今度こそ何も喋らなくなった。
沈黙。長い長い沈黙。車のエンジン音がただただ鳴り響いている。

 不気味に思った昌也が、この空気に耐え切れず、口を開いた。

昌也「あのー……?」


谷岡「黙ってろや!! このクソガキが!!!」


 突然の激昂。今までのお淑やかだった声がまるで別人のよう。
人間に化けていた鬼が正体を現した瞬間だった為、俺達は唖然としてしまう。

谷岡「もう貴方がたの意見や主張は聞き飽きました。ですが、私は元々から貴方がた全員に
用があるのです。何があっても、組合へ来ていただきますよ?」

谷岡「それに瑠璃崎 澪音さんは特にね……? くくくくく……!」

 人が変わったように話し始める谷岡の顔は、直接には見えなかった。だけど、車に置いてあった
小さい鏡から見えてしまう。

まさしく、鬼そのものの顔をした谷岡の姿を見てしまう。

 その瞬間から、俺達の強い意志はどこへやら。
緊張から始まった車の空気は今、恐怖で覆い尽くされてしまった。

 そして車は進んでいく。彼等の本拠地、鬼の巣である、組合の本部へ向かって……

今日はここまでになります。

[訂正部分]
>>224
12行目(空の行を含む 含まない場合は、8行目)の名前が振られていないセリフは、
谷岡のセリフになります。

谷岡「折角遠くからおこしくださったのですから、是非私の車でご案内させて頂きたいです。
車の中なら、僅かですが皆さんと長くお話できるでしょう……?」

>>215
乙ありがとうございます! この回から話が動くペースが早くなっていきます。

>>216
おつありがとうございます! フラグ完全に立ってます、立ててます。
サブタイも狂った世界ですからね。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第3~4話の登場人物&単語一覧 >>213

■おまけ
この第4話がこのSS自体の一つの節目になっていることもあり、ここから一気に
話が展開していきます。
飲むヨーグルト飲みながらせっせと執筆していきます。

では、また明日。


やっぱフラグ立ってるかぁ…

乙。
ちょっと見やすくなったな

再開します。

誠「な、何すんだよ、離せよ!!」

桃華「どういうつもりよ!!これは!!」

 本部に着いた途端、俺達は屈強な男達に捕らえられてしまう。
俺達は屈強な男達に捕まりながらも谷岡に向かってぎゃあぎゃあと叫ぶ。
それでこの縛りが解かれるというわけがないと、解っているのに。

「黙れ、クソガキ共が!!」

谷岡「まあまあ落ち着いてくださいよ……そんな暴言を、
大きな声で言ったところで彼らの心というものは変えられないし、状況だって変わりませんよ……?」

 その言葉は多分俺達にも言っていることだろう。
要するに、無駄な抵抗はよせ。そういうことだ。

谷岡「彼らとは私が直々にお話します、特別にね」

「谷岡さん、そんな必要ありません!! こんな劣等種のガキ、俺達で……」

「へぇ、私のいうことが……聞けないんですか?」

 谷岡がそういうと、男達は一斉に口を閉じる。

谷岡「彼らは私が呼んだ、最ッ高のVIPなんです。
こんなところで傷をつけるなんて勿体無いでしょお……?」

 谷岡は俺達のところへ向かい、
桃華の顔に息がかかるくらい近くまで顔を近づけ、ねっとりと言う。

谷岡「申し訳ありませんね、こんな招待の仕方で。貴方たちがいけないんですよ?
でも、安心して下さい……この後、私と楽し~いお話をしましょう」

谷岡「あなた達はきっとそれで、
今の屈辱的な出来事は記憶から消え去ることでしょう、うふふふふ……」

桃華「~~ッ!!!」

 堪らなくなった桃華は谷岡の顔に頭突きを食らわした。

それはあまりにも、おもいっきりな頭突きだったため、
お互いおでこが充血し赤く染まっているのが見えた。

 頭突きを食らわせた本人の桃華はまさに自爆したと言わんばかりに痛みで悶絶する。

しかもコイツらに自由を奪われているので痛いのに自由に動けない、
それが更に痛みというものを増幅させているのだろう。

 だがしかし、桃華と俺達は、見る。
頭突きを食らった本人である最も痛みを感じるべきであろう谷岡は、
全く痛みを感じていない。

それどころか、桃華の顔に近づいた場所から全く動かず平然としていた。

 桃華は、仏のように動こうとしない谷岡に恐怖し、痛みを忘れ、
谷岡の顔を見たくないと言わんばかりに首を激しく振る。

桃華「いや! いや……! 見ないで、見ないでぇッ!!」

谷岡「全く、失礼なお方、だ」

 谷岡は呆れたような声で言う。

それと同時に、自分の後ろにいる男2人に手で合図する。
彼等は互いに顔を合わせながらも、谷岡の合図に頷き、俺達の後ろへつく。

谷岡「これからあなた達とのお話の為に特別なお部屋へご案内いたします」

谷岡「きっときっと、互いに楽しいお話になることでしょう……ね?」

 谷岡に連れて行かれる、この施設の更なる奥の奥へ。
俺達の連行される姿は周りの組合の人間に見られている。

その中には、あの時俺を誘ってきたおばさん、
そしてドナさんに暴力をふるったヤツらがいたことに気づく。

「憐れ……ね、くくく」

「ざまァないぜ、ひゃははははッ」

「無礼者、谷岡様の前でそんな声出すんじゃねェ」

 まるでゴミが処理されていくかのような目で見られながら、
施設の奥の奥へと連行されていく……

【2/13 12:30 世界方舟新興組合 皇津本部 特別室】


谷岡「さあ、どうぞ?」

 そこは、ソファーが2つテーブルと共に置いてある、小さな部屋。
よく見ると、部屋の奥にはもう一つソファーが用意されていて、その周りはガラスで囲まれていた。

 つまり、小さな部屋の中にもう一つガラス張りの小さな部屋がある奇妙な場所に、
俺達は連れてこられたのだった。

 谷岡は、俺たちを拘束する男に指示を出すと、俺達をガラスの部屋に入れ、鍵を閉める。

谷岡「どうです? 貴方がたはこれで籠の中の鳥。
そして、貴女がたが閉じ込められている部屋のガラスは頑丈な防音ガラスになっています」

谷岡「ですので、中にスピーカーを一つ用意しておきました。ホラ、私の声が今、
スピーカーを通して聞こえるでしょう? しかし、貴方がたの声はこちらには届きません」

谷岡「これから貴方方とは、一人ずつお話をさせていただきます。つまり二者面談です、ふふ……」

谷岡「貴方がたは一切、お友達に呼びかけることは出来ません、くくくくく……!」

 俺たちは抵抗しても無駄だと分かっているが、ガラスを叩き続ける。

そんな無駄な抵抗をする俺達を、それこそ谷岡が言ったとおり、
鳥籠から出ようとしてもがく鳥のように見えたに違いない。

昌也「くそッ、どうすりゃいいんだよ……! ちくしょう出しやがれッ!」

 ガラスを叩きながらそう言いつづける昌也。

澪音「怖いよ、怖いよぉ……」

 桃華はさっきの谷岡との件もあってか、完全に縮こまってしまい動かない。
澪音は今にも泣き出しそうに怯えている。

 どうしてこうなってしまったのだろう。
俺たちは谷岡と言葉で戦いに来た、しかしその結果がこれだ。

くそ、くそッ!! 裏目、ゲーセンの時と同じだ、これじゃあ!

谷岡「では、そろそろお話を始めましょうか」

今日はここまでになります。

>>233
おつありがとうございます!

>>234
ありがとうございます。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第3~4話の登場人物&単語一覧 >>213

■おまけ
今日は忙しかったのと、この後の文の修正作業と見直しをしていたため、
元々書き溜めた部分のみで、少し短めになってしまいました。

けれど、今までより展開が早くなるためこれくらいがちょうどいいのかも……?

ではまた明日。

おつおつ

遅くなって申し訳ありません。
今帰ったところなので再開します。

谷岡「そうですね……では、桃華さん、昌也くん、誠くん、最後に、澪音さん。
この順番で行おうと思います。おい、出せ」

 屈強な男は、指示を谷岡から受けると、鍵を開け桃華の胸ぐらを掴み、外へ連れ出す。

桃華「どどど……どこ触ってんのよ!」

男「ガキの、それも劣等種のなんて触っても嬉しくもなんともないし、何も感じねぇ……よッ!」

 言葉を言い終えるあたりで、桃華は外へ放り出される。
ガラスの扉は再び鍵をかけられ、俺達と桃華は同じ部屋にいるにもかかわらず、完全に分断されてしまう。

谷岡「では、どうぞこちらへ、桃華さん?」

桃華「なんで、こんなことすんのよ……」

谷岡「貴方がたが、劣等種だから」

桃華「そんなの理由になってないわよ! 何であたし達が劣等種……!? ぐふォッ……」

 またも突然の出来事。
桃華は谷岡に、膝で腹を思いっきり殴られる。

 桃華は息が出来ず、苦しくて突っ伏してしまう。

 ちょっと遠くから見ているはずなのに、
苦しみで悶える姿がよく分かるくらい、谷岡は桃華のみぞおち近くを狙って攻撃したんだろう。

桃華「ゲホッ! ゲホゲホ……!」

谷岡「いう事を聞かないと、もっと酷い目に遭うかもしれません……よ?」

 谷岡が優しく桃華を抱きかかえ、席に座らせる。
そして、手の自由を失わせる為に、どこから持ってきたか、手錠を桃華につけ始める。

桃華「はぁ……はぁ……」

 桃華が依然と苦しそうなのを無視し、谷岡は話を始める。

谷岡「それではこれから、貴方がたを心からリヴァイブ・ノア計画を愛せるよう、
改心させましょう。ガラスの中にいる貴方方もしっかり聞いていてくださいね……?」

谷岡「……と、その前に。貴方方に謝らなければならない事が一つあるのです。
実は、この場所に来るまで一つ、私、嘘を吐いてました」

 谷岡はまた合図をし、屈強な男から20枚くらいの紙を手にする。

谷岡「私、貴方がたの名前を覚えてる理由に、学校で名簿を見たから、と言いました。
ですがそれ、嘘なんです」

谷岡「実はですね、私は、そこそこ名のある探偵の方に依頼して、
密かに貴方がたの事を調査させていただきました」

谷岡「つまり、今受け取ったコレには、貴方がたの全てが記されているんです、
そう全てが……ね?」

 それを聞いた途端、俺は察する。こいつはまずい、やめさせなければ……!
俺は思いっきりガラスを叩き、同時に大声でやめるように乞う。

谷岡「んん? どうしましたか? 誠くん。
聞こえませんよ……もっとはっきり言ってくださいよ」

 谷岡がダメなら桃華に伝わるようにと、必死にガラスを叩く。
しかし、桃華自身は痛みのせいで、話を聞ける状態ですらない。

 これから起きること、それは桃華にとってとても残酷なこと。
だから、せめてアイツ自身がなんとかしてくれなきゃ……!

 しかし桃華は、さっきの腹に受けた痛みの恐怖と、未だに残る苦しみで動こうとしない。

谷岡「ふふ、では始めましょう」

誠「やめろおおおッ!!」

 悲痛な叫びは、小さな部屋の、そのまた小さな部屋だけに響き渡る。
届いて欲しい人は、すぐ目の前にいるというのに。

谷岡「氷崎 桃華、13歳、誕生日4月17日、生まれは、ここ戸蘭市」

 ついに始まってしまった。だけどまだ、桃華は気づいていない。
あの紙には、谷岡が言ったとおり俺達の全てが書かれていることだろう。

 谷岡は間違いなく、桃華の一番忌わしい記憶である、
かつての事件のトラウマを引きずり出そうとしている……!

俺は何度も何度もガラスを叩き、やめるように叫ぶが、まるで無意味だ。

谷岡「趣味はゲーセンでの音楽ゲーム、これは貴方がた共通みたいですね。
あ、いや、それぞれ別の趣味も持っていらっしゃる。それはそれは、とても素敵なことです」

谷岡「で、桃華さんのもう一つの趣味は、宇宙? これはどういう意味ですか?
天体観測? 教えてくださいよ、桃華さん」

桃華「……なんであんたなんかに趣味を、教えなきゃいけないの、よ」

ビクビク震えながらも、桃華は谷岡への答えを拒む。

谷岡「宇宙を夢見る少女……ああ素敵だ。貴女こそ、
リヴァイブ・ノア計画により宇宙に出ることを目指すべきなのですよ!
そうは思いませんか?」

桃華「そんなの、あたしの好きに、させてよ……」

谷岡「じゃあなぜ貴女は、宇宙に興味を持ったのか教えて頂けませんか?」

桃華「アァんたね!! そこにあたしの事が書いてある紙があるなら、
それを読めばいいじゃないの!!」

谷岡「あーいやいや、ね? 私はただ、貴女と趣味を共有したいだけでして。
そう、私は貴女と楽しい話がしたいだけなんですよ」

桃華「ふざけないでよ、あたし達を……帰して」

谷岡「いえいえ、そうはいきません。これは貴女にとって重要な話です、人生が変わるんですよ?」

谷岡「このままだと貴女は、いえ貴方がた全員は劣等種と呼ばれ続けてしまいます。
だから私が、その運命を変えて差し上げようというのですよ? なぜ喜べないんです……?」

桃華「その劣等種ってのを押し付けてんのが、アンタらなんでしょ……勝手もいい加減にして」

谷岡「ま、いいでしょう。 話はまだ始まったばかりで・す・か・ら」

 その後も谷岡は、桃華の事について聞き続ける。好きな言葉はなんだとか、
昨日何食べただとか何がしたいのか分からなくなりそうな事を。

 俺はもう、何をやっても無駄だと悟り、用意されていたソファーに座って、
話を聞くだけの木偶の坊のように諦めてしまった。

きっと、この絶望感と無力感さえも、谷岡の筋書き通りなのだろう。

谷岡「ほほーぅ、なるほどなるほど。これは面白い……」

谷岡「ねぇ、桃華さん? サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件って……ご存知ですか?」

桃華「……!!」

 桃華の体が跳ねるように反応し、耳を塞ごうとする。
しかし、手錠がかかっていて自由に手が動かせず、耳を塞げない。

 ああ、始まってしまった。俺は、俺達は、祈るしかなかった。
桃華の心が、どうか壊れないように、と。

今日はここまでになります。
明日も少し遠出する予定がありますので、遅れるかもしれません。

>>244
おつありがとうございます!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
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・第3~4話の登場人物&単語一覧 >>213

■おまけ
久々に帰る時間が日付をこえて眠いのと疲れが襲いかかってきたせいで、
今でも気づいてないミスがあったらどうしようかと。
関係ないですが、KAC 5thお疲れ様でした。

では、また明日。

おつー
あと音ゲーマーだったのか

再開いたします。

谷岡「そう、これは今から2年前の事です……」

 嫌がる桃華をよそに、谷岡は話を続ける。

谷岡「2年前、それはここに住んでいれば、実感が湧くはずもないものでしたが、
世界は連合国同士が、激しい戦争を繰り広げていました。覚えてますよね?」

谷岡「そう、我らがアジア地域中心のASIN連合国と、太平洋の先、
アメリカ中心の総連合国の戦争です」

谷岡「いつまで経っても終わらない戦争に、両者は痺れを切らしたのか、
総連合国側は、ある大規模な作戦を決行しました」

谷岡「ASIN連合国の巨大な砦でもあり、世界最大の軍事基地と謳われる
"玉鳳"(ぎょくおう)を攻略するために考案された作戦、
それがサブジュゲート・シュタルク・アイゼン作戦です」

谷岡「当時の総連合国は新兵器を開発しており、
玉鳳を落とすこと自体は容易いことだと考えていました」

谷岡「しかし、軍の全総力を玉鳳に注いだASIN連合国の抵抗が激しく、
作戦自体は失敗に終わりました」

谷岡「……だがしかし、その時に事件は起こったのです」

谷岡「敗走する総連合国は、なんと玉鳳に軍の全総力が回されていることを良いことに、
開発中の新兵器を使って、我々の身近にもある、あの世界最大の商業都市"東京"を襲撃したのです」

谷岡「無防備な東京は瞬く間に崩壊していきました。
どれほどの犠牲者がいたことでしょうか。未だにその数は判明していないそうです」

谷岡「その後、総連合国はこの虐殺行為によって当然非難を受け、
結果、高い賠償金と戦争を終わらせるという事を条件に、
この件を丸く収めようとした……」

谷岡「他2ヶ国は、その対応にも遺憾を唱える者が多く居ましたが、結局、
各国の情報規制と貿易規制を行い、世界を3つに分断し」

谷岡「決して関わることない状態にすることで、事実上長きに渡る戦争も終わらせることが出来て、
めでたしめでたし……という事件です」

谷岡「誠くん達も、ニュースで聞いたことぐらいあるでしょう?
サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件の事を」

 そう、これはちょうど2年前、ニュースや雑誌で幾度となく話題になった話だ。

俺達も当然知っている話なのだが、桃華のこともあって、
間では決して話題にすることはない話だったのだけど。

谷岡「それで……桃華さんは、事件当時、東京にいらっしゃって、
その時の生き残り……なんですって?」

桃華「~~~~~~~~ッ!!!」


 聞きたくないものを聞いてしまった桃華は、声にならない悲鳴を上げる。
まるでこの世のすべてが終わってしまったかのように。

 きっと、泣き叫ぶ事で谷岡の言葉をかき消そうとしたが、
間に合わなかったのだろう。

そんなことはお構いなしに、谷岡は容赦せず桃華に問いかける。

谷岡「ねぇ、桃華さん……その時のことについて……話して頂けませんか……」

桃華「い、いや……いやああああッ!!」

谷岡「全く……しょうがない子、だ」

 そう言い、谷岡がポケットに手を突っ込み、何かをする仕草を見せた。

 すぐ数秒後だ。クラッカーが弾けるような音が聞こえたと思うと、
桃華の2メートルくらい後ろにある植木鉢が割れる音が聞こえてくる。

 桃華の恐怖と悲鳴がぴたりととまる。
それだけではない。ガラス部屋の中にいる俺達の誰もが、動けない。

 部屋の中が、一気に凍りつく。
だって今、谷岡が手にしているのは拳銃で、それをしかも、
桃華の顔をギリギリ逸れた辺りを狙って発砲したから。

谷岡「次は外しませんよ。さあ、話して?貴女の口から……」

桃華「あ、あぁ……ああぁ……」

谷岡「怖いですか?これが。じゃあ喋って」

 谷岡の声は、手に持っている物とは対照的にとても優しい。
それがまた恐怖。

しかし、あんなものを出された以上、俺達は完全に気力を失ってしまう。

 もはやガラスを叩いて外に出たいと願うだけでも、
谷岡は容赦なく俺達か、または桃華を撃ちかねない。

 もうこれは会談なんてものじゃない、脅し、脅迫。そう、一方的な脅迫でしかない……!

 桃華は今も、カチャカチャと手錠を外せないかと足掻いているが、
その音も力も弱々しく、俺達同様に、気力を失ってしまっている。

 完全にパニック状態を越え、極限状態。もう限界だ。
お構いなしに、谷岡が再び弾を桃華に向ける。

谷岡「さあ、言って?」

桃華「あ、わたし、は……」

谷岡「え? 声が小さいですね、聞こえません、よッ!」

 谷岡は銃口を桃華の額にぶつけるように当てる。

桃華「だ、だめ……」

 桃華は弱々しい声で、顔を震わせながら言う。

谷岡「ダメダメ、指にトリガーがかかってるんですから。
そう動かれると誤って撃っちゃうかも……しれません、よ?」

桃華「ひ、ひ……」

谷岡「ほらしっかり。お友達にも聞こえるように、ね?」

 桃華はブルブル震えながら、ゆっくりと、おそるおそる口を開く。

桃華「わた、しは……あの事件で、おとうさんとおかあさんを亡くしましたっ……」

谷岡「へぇ、それは可哀想。どんな感じに? 両親の方の最期は?」

桃華「おとーさん、は、総連合の、機械のへーたいさんに……おかーさん、は、
わたしを逃がす為に、わたしを庇って……うえええぇぇ……うえええええぇぇん……!!」

 とうとう限界を超えてしまった桃華は、
谷岡が銃を額に当てているにもかかわらず、泣き出してしまう。

すると、谷岡は銃を捨て、桃華に抱きつく。そして桃華の手錠を解き、抱きしめる……

谷岡「可哀想に。さぞや辛かったでしょう……」

 それはとても異様な光景。
なんと、さっきまであんなに拒絶していた桃華が、谷岡を享受したのだ。
手錠は外れているはずなのに、桃華は逃げる素振りどころか、反抗する素振り一つも見せない。

谷岡「よくわかりました。だから、もうこんな苦しいこと、思い出さなくていい……!」

桃華「うえええぇえん……!」

 ガラス越しから見える桃華の顔は、泣きながらも、安らいでいるような顔に見えた。
しかし俺達から見る2人の姿はまるで、悪魔に連れ去られていく妖精のよう。

このままでは桃華は堕ちてしまう。狂った世界の住人に……!


 その時だった。少し遠くで何か爆発音が聞こえてくる。
谷岡が銃を持っているくらいだ。きっと他のヤツらも銃を持っていて、
発砲訓練でもしてるんじゃないかと思った。

 しかし、そんな俺の予想は一瞬で覆される。

 再び爆発音。それと同時に、この部屋の扉が割れる音が聞こえ、
扉を破壊して部屋の中に軍服を着た人達が3人ほど入ってくる。

「な、何だ貴様等……うおぁッ!?」

「ほげふッ!?」

 彼等は、先ほど俺達を拘束していた屈強な男を殴り倒し、部屋内を包囲する。
そのうちの一人が、通信機を使って喋っているのを、スピーカー越しからも聞こえた。

軍服の男「ターゲット、発見いたしました。フェイズ2、実行開始!」

言い終わると同時に、何かが弾けるのが見え、辺りが真っ白になる。


谷岡「ぐ……なんだ、何事だ……ぐふッ!?」

桃華「ゴホッ……ゴホッ……」

 慌てる谷岡と、咳き込む桃華の声が聞こえると共に、彼等が大声で叫ぶのが聞こえてくる。

軍服の男「君たち、下がりなさい!」

 その声を聞いた瞬間、何者かによってソファーの後ろへ転ばされる。

激しい音が響きわたったと思うと、本来届くはずのない煙が、こちらにも届いてくる。
もしかして目の前のガラスを、割ったのか……?

 だが、そう思うのもまた一瞬で、彼等によってガスマスクを無理やり装着されると同時に、
腕を捕まれ強引に引っ張られていく。

誠「ちょ、ちょっと! なにするんだ!?」

 ガスマスクをつけているため、声は上手く彼等に届かない。
彼等の走るスピードはあまりに速く、ある意味引きずられるかのように、俺は連れて行かれていった。

 何も見えない世界で後ろから、俺達を追いかけてくるヤツらの声が聞こえる。
何が起きているかわからない、もうめちゃくちゃだ……!!

今日はここまでになります。

>>258
おつありがとうございます。察しの通り音ゲーマーです、メインは弐寺だったり。
細かくは語る場所じゃないので、この辺りのみで……

戸蘭(とらん)市だったり、皇津(のうつ)駅だったり、色々とSS内でも隠れてます。

>>259

乙ありがとうございます!

■サブタイトル一覧
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・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第3~4話の登場人物&単語一覧 >>213

■おまけ
今日は横浜の氷川丸を見学に行きました。だから遅れました、申し訳ありません(3度目の言い訳)
船のエンジンルームなんかは、今後のSSの描写表現なんかにも役に立ったりするので、
かなり収穫があったお出かけでした。

そんなことより、今日書いた話の展開が、見てて辛いだけのモノになってないかが心配です。
おまけが本編より充実するのも良くないのでここまで。では、また明日。


登場人物無意味に死んだりとかじゃなきゃ問題なし

再開します。

【2/13 13:20 世界方舟新興組合 皇津本部 特別室】

【視点:誠→谷岡】


 私は今、唖然と立ち尽くしている。
それはなぜか。私の思い通りに、ことが運ばなかったどころか、
想定もしていない出来事が起きたからである。

 徐々に、世界が明けるかのように、煙が少なくなっていき、
部屋一面に散らばったガラスの破片が見えてくる。

しばらくすると、ガチャリとドアの開き、部下である男2人が戻ってくる。

屈強な男「申し訳ありません、谷岡様。逃げられ、ました……」

 だが今の私は、彼らの報告が耳から耳を通ってすり抜けていくだけで、
とても話など聞いていられる状態ではない。

屈強な男A「くそッ、こんなことになるとは……」

屈強な男B「しかしさっきのアレ、確か総連合ンとこの技術じゃなかったか……?」

屈強な男A「そ、その……! 申し訳ありません!! 谷岡様!!」

 「申し訳ありません」その言葉を再び聞き、ようやく私は我に返り、
人としての怒りと、悔しさという感情を取り戻す。

谷岡「は?」

屈強な男B「申し訳ありません、ガキ共に全員逃げられました……」

谷岡「さっきから申し訳ありません、申し訳ありませんって……
あんたら何のために呼んだか分かってんの?」

屈強な男A「いや……本当に……」

谷岡「あのさぁ……ターゲットにコイツがいるんだからさ……
こういうこと想定してたんだよこっちは?」

 そう言い、瑠璃崎 澪音の半分が白紙である紙を、地面に叩きつける。

谷岡「なのにさ、これはどういう事? 逃げられた? 言い訳になると思ってんの??」

屈強な男A「本当に申し訳ありません……」

谷岡「だからさぁ……謝られても困るんですよ、貴方!!」

屈強な男A「は、はぁ……うごはッ!?」

私は怒りのあまり、男の一人に蹴りを食らわす。

 今のコイツらの顔ときたら、とんだお笑い者だった。
だって、なんでこんなに謝ってんのに許してくれないんだ、
俺達はやるべき事をやったんだから……って顔!!

 普段の私ならほくそ笑むところだが、今はそうもいかない。
せっかくあの3人と共に、瑠璃崎 澪音を使って計画に近づこうと思っていたのに……!

 私は、金で探偵に依頼して受け取った、残り3人分の情報が書かれた紙を、
彼らに投げつける。

谷岡「あのですね、今回の目的分かってるんです!?」

谷岡「瑠璃崎 澪音を我ら、世界方舟新興組合に引きこむことで、我々が計画の一部になれる
可能性が大きく上がるんです!!」

谷岡「そのために、澪音がいつも関わっている内田 誠を中心としたグループの情報を、
名前、趣味、家族、それこそ彼等のスリーサイズまで、事ッ細かく調べ上げ!
その関係者を叩き、餌としてここまで連れてくる!!」

谷岡「ここまでは筋書き通り進んだ!!
だが最後の仕上げ……まず彼女の仲間達を精神的に追い詰め引きずり込むことで、
自然に彼女の方から組合に転がってくるという仕上げ……!」

谷岡「しかし、この最後の最後でしくじるとは……情けない、ああ情けない!!」

谷岡「解っているんですか!? ええ!? 瑠璃崎 澪音の裏には膨大な力があるんですよ……!
それも我々でも調べ上げることが出来ないくらいの、ねッ!!」

「だから今回も、周到に計画し、当日もいかなる事が起きても対策出来るように、
とあれほど口にしたんです! それがなんだ、このザマは……!!」

 私は生まれて初めてとも言っていいくらい激昂していた。
それほど、私は今、必死になっているのだ。

リヴァイブ・ノア計画の発表から1ヶ月がたった今でも、新しい情報は入ってこない。

 何も言ってこないということは、計画の立案者ノヴァ・アサイラムは、
今も我々を試しているということなのか……?

…………
……

 そう。私は、元旦の日から誰よりも早く立ち上がった。
ノヴァ・アサイラムの計画発表を聞き、計画の信憑性を疑ったが、少なくともこの話は
金に出来ると確信した。

 世の中全ては金……とは言わないが、実際のところ、
金と聞くとついてくる人間はかなりいる。そうやってまず、
世界方舟新興組合という宗教じみた組合を作り、知名度と勢力を瞬く間に増やしていった。

 幸いにも、私にはそういうことができる金はあった。
だから簡単に人を引きこむことが出来た。

 そうして一度ある程度の人間を引き込んでしまえばもうこちらのもの。
噂が噂を呼び、世界方舟新興組合という組合は瞬く間にこの地区全てを飲み込んでいった。

私自身は、ノヴァ・アサイラムの代弁者といった形で次々と人に迫っていく。

 先程も申したが、この計画の不可思議な点。
それは、計画の概要を未だに発表しない不明瞭な部分が多い点だ。

 そんな計画が総連合国のトップ、ノヴァ・アサイラムに言われたとはいえ、
不安がらない人間はそう多く居ないだろう。

 私はその人間の不安につけ込むこと、つまり計画を私なりに解釈し大々的に伝えていくことで、
人々の不安を解消していったのだ。

 彼らに計画の形を与え、不安を取り除く。これはかなり大きい効果を持っている。

 人は、形が不明瞭な物にはその中身がどうなっているのか不安がり、
安心して触れることが出来ない。

 だが、形がはっきりするものにはそれが中身が危険なものであろうと、
とにかく触ろうと考えてしまう生き物なのだ。

 しかもその話は、とてもロマンチックなもの。
この汚れた地球を飛び出しての、宇宙への航行。

それに興味を抱く人間も多い。
実際この組合にも、かなりの数、宇宙への夢を持った人間いる。

 先ほど私が苛めた氷崎 桃華という少女も、宇宙への夢を持つ人間の一人だ。
それに重度のトラウマを抱えているとなると、付け込む余地は十分にあった。

 しかし……彼女をマインドコントロールする寸前で、
あの瑠璃崎 澪音の護衛部隊なる存在の襲撃を受けてしまう羽目になってしまった……

 瑠璃崎 澪音……彼女の情報だけは先ほど申したとおり、
全ての情報を手に入れることが出来なかった。

 普段はお淑やかにしているそうだが、
いざという時はこういう強行手段を取ることができる少女。

 一体どれほどの地位と権力を握っているのか、私自身震えるほど気になって仕方がない。

 しかし、こういうことが出来る人間を取り込むということは、更なる組合の宣伝にもなる。
だが、この全てが失敗した今、私はどうすればいいか分からなくなってしまった。

……
…………

 私は、先ほど雇った役立たずの男たちに、それなりの報酬を与え、とっとと帰らせた。
失敗の原因となった彼らの顔など二度と見たくない。
多少の金を払ってでも追いだしてやりたかった。

 まあせいぜい、私の怒りを買ってしまったという呪いを、
これからひしひしと感じていくがいいさ……

 私は事後処理を済ませた後、団長である私の部屋に向かい、ソファーに座り考える。

どうしても私は今、あの瑠璃崎 澪音が必要だ。

 だが、今日のような手はもう使えない。間違いなく我々は彼等にマークされ、
彼女どころか、その周りの人間にもガードを固めたに違いない。

最悪の場合、この件で、どこかへ逃亡してしまうかもしれない。

 その時やってくる、ノックの音。
ドアが開かれ、組合の人間が入ってくる。

男「谷岡様、夕刊をお持ちいたしました」

イラついていた私は、ぶっきらぼうに返してしまう。

谷岡「せめてノックしてから入って下さい。新聞ぐらい、私が取りに行こうと思ってましたから」

男「申し訳ありません。しかし貴重な情報源なので、すぐにお持ちしようと思いまして……」

 申し訳ありません、またその言葉……もう聞き飽きた。

谷岡「まあいいです、用がないなら……」


 だがその瞬間、全身に電流が走ったかのように、部下の”情報源”という言葉を思い出し、閃く。


 そうだ、情報。
……情報。
……情報。
……情報!

…………情報ッ!!


谷岡「クククくひゃはははひひひひ……!!」


 私はつい可笑しくなって、組合の人間が目の前にいるにもかかわらず腹を抱えて笑い出してしまう。

男「……た……谷岡様……?」

谷岡「ひぃぃぃいいひひひひー! ひひひひひィ……ふぅ……ふぅ……」

谷岡「なんだ、簡単な事でした。こうすれば、再び彼女の方からここに来てくれるじゃないか……」

谷岡「おい!! 君!!」

男「は、はい!?」

谷岡「今すぐ呼べ!! あのガキ共の通う学校の関係者とその保護者!!
とにかく今日捕らえたガキ共の情報操作を行える人間を集めろ!!」

 そうだ、彼女が拒むならば、その周りの人間を使って、ズタボロに精神引き裂いてくれる……
殺すッ! 情報であのガキ共3人、圧殺してやるッ!!

 世界方舟新興組合から逃れられると思ったら……大間違いだッ!!

【2/13 14:00 戸蘭中央高速道路 車内】

【視点:谷岡→誠】

 なんとか彼等のおかげで、俺は助かった。他のみんなも、もちろん桃華も。
しかし妙なのは、彼らの素性を聞いても教えてくれないこと。

 だがこの人達は、俺達それぞれの家まで運んでくれるそうなので、
安心といえば安心なのだけど、今は逃げ切れたことを喜ぶより、皆が心配だ……

 澪音も昌也も、車に乗ってからだんまりで何も話そうとしない。
一番ひどいダメージを受けたのは桃華は、顔を下に向け、ふるふると小刻みに震え続けている。

 無理もない。谷岡にひどい目に遭わされ、更にトラウマをえぐられてしまったんだから。
立て続けに、今日の出来事を思い出しては忘れようと首を振り、しくしくと泣き続けている。

 そんな桃華を慰めてやりたいが、俺には方法がわからないし、その俺も混乱している。

 まるでこれは、ドナさんの時と一緒だ……何も変わっちゃいない。
俺は何の力にもならないどころか、みんなを狂った世界に巻き込んでしまった。

 俺達を助けてくれた彼らが言うには、念のため安全を考慮して2~3時間まっすぐ家に帰らず、
この車内に居た方がいいし、それに気分転換にもなるとの事で、車に引き続き乗せてもらっている。

けど、こんな淀んでしまった空気では気分転換もクソッタレもない。

 ふと窓を見る、外は、徐々に太陽が沈み夜になっていくのが分かる。
ああそうだ、この光景だ。燃えるような夕日。

まるで、「あの時と一緒だよ」と天から告げられているかのよう。

 それを見た俺は、ため息をつきたくなったが、
そうするとこの淀んだ空気が更に増してしまう事に気づき、ぐっと堪える。

 なんでだろう、どうしてこうなってしまうのか。
全てが空回りだ。俺の行いが何もかもを台無しにしてしまった気分だ。

 ああ、この町は、いやこの世界は狂ってしまったんだろう。
こんな世界は嫌だ、神様がいるなら戻して欲しい。

願わくば、今年の元旦の、あの発表の前の時に。

【2/13 18:00 昌也の家 付近】


彼等の言うとおり、長い時間のドライブが終わると、約束通り、
俺達の家へそれぞれ向かい、みんなを解放してくれた。まずは、昌也の家からだ。

昌也「……じゃ」

 いつも元気な昌也が気の抜けたような声で言う。
当然だ、昌也も相当参っている。

 俺達……いや、正しくは俺と澪音は手を軽く上げて、別れのサインを出す。
それを見届けた運転手の人は、再び車を発進させる。

 夜道のドライブには、ハウスでも聞いていたいところだが……いや、今は不要か。

 次第に俺達の家の近くにも到着する。

誠「……今日はありがとうございます」

 俺は頑張って口にした。こういう状態でも、
これくらいのことは言わなければ神様にバチが当たってしまうと思って。

流石にこんな状況の桃華に同じことを求めるのは……無理か。

誠「澪音、じゃ、また学校で」

澪音「……うん」

 澪音だけはまだ、喋る気力があるのか、とりあえず返事を返してくれた。
今の俺にはそれだけでも十分な心の癒やしだ。

 澪音を乗せた車が走り去っていく。

 俺達は振り返り、自分たちの家に向かう。
お互い喋らない。それどころか顔も向きあおうとしない。

頼むから明後日。学校のある月曜には、元気な姿を見せて欲しい……
俺はそう祈りながら、桃華と二人で夜道を歩く。

 積もった雪が寒さで凍る帰り道。
この寒さは、まさに俺達の今の心境を物語っているようだった。

 しばらくすると、桃華の家にもやってくる。
結局、一度も顔を合わせることもなく、桃華はトボトボと
事前に定められた動きをするロボットの様に、家に入っていく。

誠「……じゃな、桃華」

 桃華は、返事も反応もしてくれない。
それだけ参っている、しょうがないことだろう。

 それでもこれだけは、しっかりと桃華に伝える。

誠「月曜、ちゃんと学校、来いよ」

 すると桃華はちょっと立ち止まって、俺の言葉を聞いてくれたみたいだった。
そしてそのまま家のドアを開け、中に入り、閉める。
結局は俺の方には一切振り向こうとせずに。

 しょうがない、今は。いずれ元気になってくれれば、それでいいんだ。
2年前だって、そうだったじゃないか。

 皆と別れた俺は、ようやくため息をつくことができた。
今まで我慢していた分、とても大きいため息が出て自分でも驚きだった。

完全に日は落ち、電灯と空の星々と月だけが俺を灯りで照らしてくれる道を行く。

 こんな出来事があった日だ。それはとても不気味なものを覚え、
組合の人間がどこから襲ってきてもおかしくないと感じてしまう。

 さっき、助けてくれた人達が、暫くの間俺達を隠れて守ってくれるそうで、
少なくとも家にいる間は安心していいというが、それでもちょっと怖い。

 まあ現実はそんなことはそうそうないもので、結局何事も無く無事に家にたどり着くことが出来た。

 家に着いて、俺は一人リビングでぐったりうなだれる。誰がやってくる気配もない、
守ってくれてるんだもの。当然か。

 ああ、今日はもう、何もしたくない。
そう思えるほど、俺自身も相当、今日の出来事はかなり堪えていた。

 もう寝よう。もしかすると、明日目覚めたら、元の日常が戻っていて、
いつもの仲間が元気にやってくる。

 こんな狂った世界から、きっと抜け出すことが出来る。それを信じて、
俺は眠りについた。

【???】

【視点:誠→???】

 狂った世界からは、何人足りとも逃れる事はできない。
嘘が嘘を呼び、怒りが怒りを呼ぶ。

 だが同時に喜びもある。これが世界の始まりなのだから。
そんな世界を欲した人達は、今もどこかで笑い続ける。

 だから敢えて言おう。ようこそ、狂った世界へ。
Welcome to the mad world……

――親愛なる観測者オブザーへ ヴァロンより、人の怒りを込めて。


第4話 狂った世界 おわり

今日はここまでになります。

>>270
おつありがとうございます!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第3~4話の登場人物&単語一覧 >>213

■おまけ
第4話登場人物&単語一覧は、明日に書こうと思います。
節目である第4話が終わって、次からは第5話「裏切りられた町」となります。

雰囲気もどんどん変わっていきます。ではまた明日。

>>287
訂正:第5話「裏切りられた町」→第5話「裏切りの町」

変なとこでミスしてしまった……では改めて、また明日。

おつー

再開します。先に、第5話の登場人物&単語集からどうぞ。

>>290
また間違えた……第4話のやつです。

【4話の登場人物&単語一覧】

■登場人物

「内田 誠(うちだ まこと)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
 彼等のグループのリーダー格であり、自ら前に立とうと無茶をするような人物だが、
グループ以外では冷めた態度を取り続けており、クラスメイトからも一定の距離を
取られている。それは何もかも、桃華を2年前のトラウマから守るためである。

「氷崎 桃華(ひょうざき ももか)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
 2年前に東京で起きた、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件により家族を失い、
遠縁の親戚である叔母に仕送りをもらいつつ、一人で生活している。
 彼女は、事件の唯一の生き残りだとされている。

「朝日 昌也(あさひ まさや)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
 バカを振る舞う一方で、両親とは非常に仲が悪い。
彼の両親は、いつも朝早く仕事で家を出て、彼の寝た後に帰ってくるのがほとんど。
 彼曰く、ここ3年間はマトモに会話したことがないという。
昌也は、このことを皆に話してはいない。

「瑠璃崎 澪音(るりざき みおん)」
12歳 誠と同じ戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
 家に軍隊に対抗できるほどの護衛を雇っている。それほど、
彼女の家と名前は、相当の権力を握っているものだと分かる。
 だが、このことを誠達3人は知らない。

「谷岡 曹爽(たにおか そうそう)」
40歳 リヴァイブ・ノア計画参加促進団体「世界方舟新興組合」の団長。
 澪音をお姫様と呼び、なんとしても彼女を手に入れようと、前回計画を実行したが、
彼女の護衛部隊によって、その目論見は失敗に終わる。
 だが、彼はまだ諦めていない様子。


■単語

「皇津町(のうつまち)」
 戸蘭市のもっともはずれに存在する町。人が極端に少なく、組合にとっては格好の場所で
あったことだろう。

「サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件」
 2年前に起きた、総連合国の新兵器によって東京が壊滅状態になった出来事。
生存者は現在分かっているのでは、氷崎 桃華ただ一人だと言われている。

「総連合国(そうれんごうこく)」
 アメリカ諸国を中心とした、約35年前に三国分立法案によって作られた国の一つ。
首相は、アメリカ代表 ノヴァ・アサイラム。
 三国分立法案実施後、唯一軍事産業を進めた国であり、それを遺憾としたASIN連合国と対立し、
約20年前から長い戦争状態に陥った。
 しかし、2年前の事件、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件によって、事実上戦争は終わり、
現在では、三ヶ国が互いの情報をシャットアウトし、実質的な鎖国状態になり、関わりあわないことで
戦争をある意味防いでいるという。

「ASIN連合国(エー・エス・アイ・エヌれんごうこく)」
 アジア区域を中心とした、約35年前に三国分立法案によって作られた国の一つ。
首相は、チャイナ代表 孫 鎧峰。
 世界最大の軍事基地「玉凰」、世界最大の9つの層で構成されたシェルター「 九尾(きゅうび)」、
世界最大の人口密度を誇る都市「東京」が存在し、世界最大級のものが多く存在していたが、
2年前のサブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件によって東京は実質的崩壊をしてしまった。

「EUIN連合国(イー・ユー・アイ・エヌれんごうこく)」
 欧州連合加盟国を中心とした、約35年前に三国分立法案によって作られた国の一つ。
首相は、ロンドン代表 バルド・アドレウス。
 ASIN連合国と、総連合国の戦争を長きに渡り見届けた国である。

【ぼくらの世界創造 第5話「裏切りの町」】

【2/15(月) 7:30 誠の家】

【視点:誠】

誠「……ん、ぁ」

 俺は珍しく、目覚まし時計より先に起きてしまう。
本当は、7時45分に起きるのがいつものことなのだが、今日はなんだか珍しい。

 結局、いくら寝ても一昨日の出来事は全て現実で起きたことで、
決して夢でないことを新聞やテレビを見るに、痛感してしまう。

 世界方舟新興組合、気づくとそれは、新聞、広告、テレビ、
どこにでも載る事が当たり前の団体になっていた。

 その組合の長である谷岡に、俺達は一昨日、一人の仲間の日常を壊されたことを機に、
リヴァイブ・ノア計画に参加することの義務について抗議をしに出かけた。

しかし、その結果は散々。

 俺達は激昂した彼に捕らえられ、尋問まがいのことをさせられて、
俺達の心はボロボロになってしまった。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう……。
リヴァイブ・ノア計画の事に関わってからロクな事が起きていない。最悪だ。

 俺は朝食を作りながら、学校に行く支度をする。
ただでさえ月曜日は憂鬱なのに、今日はその3倍くらい憂鬱だ。

 冷蔵庫にあるジャムを取り、そのままにしてしまったせいで、
部屋中に警告音が鳴り響く。

 父ちゃんは仕事でいないんだから。俺が、しっかりしなきゃ。

 昨日の夜、昌也と澪音から連絡があり、今日は学校を休むそうだ。
無理もあるまい、あんなことがあったんだから、それくらいの権利はあってしかるべきだろう。

 しかし、桃華からは何も連絡が来ない。桃華だけは学校に来るのだろうか、
それともただ連絡する気力すら無いのだろうか。

 そんな俺は桃華にメールする勇気はない。そういう意味では、
それを確かめる術は今この場には存在しないということだ。

誠「昌也も居ないし……たまには早く学校に行くかー」

 俺は朝食で作ったハムエッグと、ジャムを塗ったパンを食べながら独り言を呟く。
こういう気分の時は、無性に母ちゃんのところへ行きたくなる。

……そうだな、今日は学校終わったら、母ちゃんとこ、行こう。

 朝食を食べ終わり、バッグを持ち外へ出る。
昌也の居ない朝というのは、とても学校に行くという感じがしない。

だけど、たまにはこういう静かな朝も、いいかな?
などと、自分を言い聞かせ、ドアノブに手を掛け、外に出る。


 しかし、その時……信じられないことが起きた。

 俺が外を出た瞬間、学校に通うやつらが一斉に俺の方を向き、睨みつけてくる。
俺はその迫力に負け、一度扉を閉めてしまう。

……なんだ? 一体何なんだ? 俺の気のせい……か?
そうだよ、俺は今、疑心暗鬼になっているだけ……

平常心、平常心。 心って大事大事!

 しかし、再びドアノブにかけた手は震えてしまう。
もし、またドアを開けると一斉に彼らが睨みつけてきたらと思うと……

 いや、それどころか、扉の目の前まで近づいてきて、俺の出るのを待っている……?
落ち着け俺! んなわけないだろ俺! 大丈夫、大丈夫!

誠「大丈夫、大丈夫!」

 心の声は既に言葉になっていた。
そして勇気を振り絞り、もう一度扉を開ける。

………………。

 やはり見間違いではなかった。
流石に、彼らが俺のうちの扉の前まで来ているなんてことはなかったけど
……睨みつけてくる。

 通る人通る人、俺を見るやいなや、睨んでくる……。
冗談じゃない、なんなんだよもう!

 堪らなくなって、俺は思わず駆け出した。

 目線が怖い、まるで目線が物体となって、牙となって襲ってくる気分だ。
走る、走る……だが走るという行為がまた、俺の存在を引き立ててしまい、注目を浴びる。

「ヒソヒソ……ヒソヒソ……」

 誰かが俺のことで何かを話しているのが聞こえる……聞きたくない、聞きたくない……!!

誠「はぁッ……はぁッ……」

 全速力で駆けた。全身から酸素が抜け今にも倒れそうだ。
俺は頑張った! 頑張ったのに、その見返りは残念なことに、なんにもみたいだ。

 俺への視線は、学校についた今もしっかり続いている。
それでも俺は、満身創痍な身体を頑張って動かし、教室へ向かう。

 とにかく、一刻も早く立ち去りたい。
この時間、人が最も多いこの校門前に居たくなかった。

 休もう。教室に入っても目線が続くようなら、ずっと突っ伏してよう。
俺に対しての話は、テキトーに耳栓でも作ってりゃ大丈夫。

とにかく休みたい……まだ朝なのに、今日はもう疲れた。

【2/17(月) 8:15 戸蘭西湘中学校 1-A組教室】

 扉を開けると、俺は驚愕した。本日二度目。

 俺はまたしても信じられないものを見て、目を疑う。
さぞ当たり前のように、クラスメイトの目線が俺に集中したというのもある。
しかしそんなことより、もっと、確かなものを俺は見た。

 教室全てに、俺達4人を中傷するかのような文字。
俺達の机は隅に追いやられ、わずかに入っていた俺達の机の中身はぐしゃぐしゃに投げ捨てられていた。

 無法地帯、異常領域。しかし、そんなことより真っ先に浮かんできたのは、疑問。
一体なぜ、どうしてこんなことを?

 そんな無法地帯になってしまった教室を眺めていると、ゲーセンの時も覚えたあの、
俺の中の怒りというケダモノが、心の鎖を解き放ち、暴れだそうとする。

 俺だけならともかく、桃華、昌也、澪音まで……許せるか、こんなことッ!!
爆発は、すぐだった。

誠「……おいッ!! これはどういう事だよ!?」

 走ってきたという疲れを忘れ、俺はありったけの大声で激昂する。

「「「「「…………」」」」」

 答えない、誰も答えない。
この教室には二十数人のクラスメイトがいる。なのに誰も答えようとしない。

 俺は完全に切れ、最も近くに居たクラスメイト、木下に突っかかる。

誠「おい、テメー木下ァ!! これは一体なんなんだよ!!」

 突っかかれた木下は、俺の迫力に負け目を逸らす。
しかし、肝心の口からは何も声を出さない。

 誰かに口をチャックで閉ざされ喋れなくなったかのように、口を開かない……!

誠「なんとか言えよ!! えぇ!?」

 さっきまで、俺が教室を開ける前までは和気あいあいと、色んな話で盛り上がってたくせに……

「ヒソヒソ……ヒソヒソ……」

 この教室で皆が皆、小さな声で噂している。この状況を見るに、どう考えても俺の事だ。
そうだろう、そうに違いない、そうじゃなきゃおかしい!

 ロッカーの方を、ふと見る。3人組の女子のクラスメートがこちらに目を合わせながら
何かヒソヒソと話している。

 俺はそのひそひそ話をしている女子のクラスメート3人に標的を変え、近づいていく。

誠「おい! お前ら!! 俺が一体何したってんだよ!?」

彼女らの方へ向かうと、そいつらは、
うわ……こいつ来たよ……みたいな、いかにも俺を拒絶する顔をする。

 流石に女子だから、さっきの木下みたいに男のように突っかかる事はできないが、
迫力は負けずに問いかけていく。

誠「なんとか言えよ!!」

ボフッ……

 その時、後ろから何かが俺の頭に当たる。
変に柔らかかった為、痛みはないが違和感があった。

俺は、何かが当たった頭の部分を手で触ってみる。

 それはチョークの粉だった。つまり飛んできたのは黒板消し。
これはアレだ、典型的なイジメってやつの……!

 また巨大な音が響く。
俺は音をした方を向くと、今度は俺の机が教室のベランダに投げ捨てられていたのが見えた。

 俺は、投げ捨てられた机を拾いにベランダへ出る。が、その時。

がちゃり。

 教室側からベランダの入り口の鍵を掛けられてしまう。
ガラスで出来た扉越しから開けろと叫ぶ俺。

 当然、皆が見て見ぬフリ。いや、見て見ぬ“フリ”じゃない。
見てるんだ、俺を。そして、叫ぶ俺を見て、嘲笑っている。

 その時だ、廊下に桃華がやってきたに気づく。
ダメだ、今、この教室に入っちゃダメだ! 桃華……!!

 俺は心の中で祈る。が、こういう時に限って、しっかりと望みは裏切られてしまう。
桃華も教室のドアを開けてしまい、一瞬で、事の異常さに気づいてしまったようだ。

 きっと同じだ、桃華も俺と同様、登校時に沢山の人の目線に遭ってきたはず。
逃げるように、安らぎを求めて教室に向かったその結果がこの仕打ち、耐えられるはずもない。

そうでなくても、桃華は今、心に傷を負っているというのに。

 俺はガラスを叩き、俺の存在を示そうとする。
桃華は立ち尽くしたまま、俺に気づかない……。

誠「桃華、俺だ! 気づいてくれ……!!」

 俺は膝をつきながらも、ガラスを叩き続ける。
その光景は皮肉にも、あの時の、谷岡との話の時の構図とそっくりだった。

 そして、当然の出来事だった。
この光景に耐え切れなくなったのだろうか、桃華がバッグを手からこぼし、立ち去っていく。

誠「待て、待って! 桃華!!」

 しかしその声は届かない。
その時の俺はもう、我慢ができなくなっていた。

 俺は思いっきりガラスに向かってパンチをし、ガラスに空いた穴から鍵を開け、
教室へ舞い戻る。クラスの奴らは唖然としていたがそんなことはどうだっていい。

 手は割れたガラスが刺さり、血まみれになってしまったが、そんなことは気にしない。
器物損害? 知ったことかそんなこと。今はアイツの方が、大事なんだ!!

今日はここまでになります。

>>289
おつありがとうございます!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>291

・第4話の登場人物&単語一覧 >>292

■おまけ
今回はパパッと書けたような気がします。セリフが少ないからでしょうか。
では、また明日。

訂正:
・第5話「裏切りの町」 >>292

・第4話の登場人物&単語一覧 >>291

になります。逆でしたね。しょーもないミスが続くなぁ……
では、改めてまた明日。

展開が自然な時は書きやすいってのはあるな
書きやすければ何でもいいってワケじゃないけどね。

再開します。

「桃華あぁッ!!」

 俺はありったけの声で、桃華に聞こえるような声で叫ぶ。
それに気づいた桃華は一瞬足を止めた、が。

 振り向いた桃華は突然転んでしまう。
後ろには、ぬらりと俺達の担任、木田先生が立っていた。

木田「おーっと、これは失礼失礼ー」

 先生……まさか、アンタもかッ……!
怒りに任せ、俺は歩いて近づいてくる先生に向かって飛びかかる。

木田「おやおや、どうしたね~内田」

誠「しらばっくれんじゃねェ!! アンタが、アンタが桃華を転ばせたんだ!!」

木田「さぁて何のことかなぁ~」

誠「て……テメェッ!!」

 俺は先生の顔に向かって、胸ぐらをつかんでいない右手を使い全力で殴りかかろうとする。
だが、しかし。

木田「おぉーっと、いいのかなぁ~? 俺は先生だ。
殴ってもいいが、その後どんなことをされても文句言えないよなぁ~
なぁ、内田ァ?」

木田「それに、さっきいや~な音も聞こえたしなぁ? なんだ、あ、の、音、は?」

誠「ぐっ……!」

木田「弁償、出来るんだろうな? 出来るよな? だって、君のご家族は、
そこそこお金持ちだもんなぁ!」

誠「チ……」

 俺は先生の足元に唾を吐き捨て、しぶしぶと、胸ぐらをつかむ左手を離す。

木田「そうそう、それでいいんだ。全く、劣等種ってよくもまあそんな必死になれるもんだ」

誠「俺は、劣等種なんかじゃねぇ……!」

木田「そうかいそうかい、ま、俺にはどうでもいい事だがね。
そんなことより、氷崎の事はいいのか内田ァ」

 先生に言われハッと気づく。
そうして廊下の先を見ると、既に桃華の姿はそこにはなかった。

誠「そんな……桃華……!」

 俺は先生を突き放し、桃華を探しに行く。

木田「ふう……いくらウチの生徒とは言えど、劣等種は劣等種だからな……
あの4人には悪いが、私も巻き添えを食いたくはないからな。コレも、社会の摂理ってヤツさ」

誠「桃華ぁー! 桃華ぁー! どこだー!?」

 大声で、ありったけの大声で。アイツの名を叫ぶ。
そんなことをするから、俺はまた皆の注目を浴びる。

 しかし今の俺にとって、そんなのお構いなしだった。
桃華、どこへ行ったんだ……!桃華……!

別のクラスの教室を開ける。いない。
女子トイレの前で桃華の名を叫ぶ。返事がない。
使われていない教室を開く。いない。
体育館の中で叫ぶ。返事がない。

 探しまわっている内に、授業の1時間目が始まる時間になってしまう。
だけど、そんなことどうだっていい。

「うるさい!!」「授業始まってんだぞ!!」と、何度怒鳴られただろうか。
それでも俺は諦めず、桃華を探し続けた。

【2/17(月) 9:30 戸蘭西湘中学校 校舎裏】

 とうとう探していないのはここ、校舎の裏だけだ。
俺もとうとう疲れ果て、名前を呼ぶのを完全に諦めてしまった。

 アイツはあのまま帰ってしまったのだろうか……?
いや、それとも、まだどこかで一人ぼっちで座り続けているのだろうか。

 そういえば、2年前もこんな風に桃華を探したっけ。

 桃華があの事件のせいで入院することになって、心を閉ざしたと聞いたその日から、
俺は、毎日のようにアイツの病室へ行き、扉の前で声を掛けたっけ。

 けど、ある日、桃華が病院から突然抜けだしたって、桃華の親戚のおばさんから聞いて、
俺も探すのを協力したんだ。

 その時も、「桃華、どこだ? 返事してくれー!」って叫びまくったっけ。
妙に蒸し暑くて、そんでもって星の綺麗な夜だったっけ……

 そんな風に、昔のことを考えていたら、見つけた。
掃除用具の倉庫の横に、体育座りで泣いている、人の影が一つ。

……桃華だ。

 俺はそっと、桃華の近くに行く。

誠「……桃華」

 俺のことに気づいた桃華は、顔を上げる。
その顔は涙で濡れ、真っ赤になっていた。

誠「大丈夫……か?」

桃華「ぐすっ……なワケ……ないでしょ」

誠「そー……だよ、な」

俺も、桃華の側に座る。

桃華「……授業は?」

誠「あんなとこで授業なんか、したかねーよ」

桃華「そっか」

誠「その、ごめんな。俺のせいで、こんな……」

その時、桃華の顔が一瞬変わった。

桃華「そうよ、アンタの……んッ」

「アンタのせいよ」多分、桃華はそう言いかけた。
無理もないだろうし、俺も否定なんて出来るわけない。

だけど、桃華はグッとその言葉を飲み込んでくれた。

桃華「ううん、なんでも、ない」

 俺はそれだけの意思を見せてくれるだけでもありがたく、
不謹慎だが、ちょっと安堵してしまう。

 俺にもまだ、こういう仲間がいるんだ……って。
そう思うと、涙が出て、止まらなくなる。

桃華「……誠?」

誠「桃華……桃華ァ……」

 男が女の名前を呼びながら泣く。なんて情けないシチュエーションか。
でも堪えられなかった、桃華が話してくれて、安心して。

 この涙は無念と悔しさ、そして唯一の味方である桃華の僅かなぬくもりが混ざった涙。
それは、あの時のドナさんの涙と一緒。

 こうして少しでも話してくれる人がいるだけで、見守ってくれるだけで、
これだけ人は安心出来るものなのかと自らで痛感する。

俺はひたすら泣き続けた……桃華の横で。

 キーンコーンカーンコーン……

授業の終わりを告げるチャイムが、校舎から聞こえてくる。
その頃には、溢れだしていた感情も収まって、涙も自然に止まっていた。

長い長い間泣き続けたと思っていたが、
これが30分授業のチャイムだったことを考えると、大した時間ここに居なかったことが分かった。

誠「ふう……泣いたらなんか、スッキリした」

 人は笑うことより、泣くことの方がストレスが解消できるらしい。
詳しくは知らないけど、それは科学的にも証明されているそうだ。
お陰で、ある程度は正常な頭に戻すことが出来た。

誠「桃華」

俺は、桃華の名を呼ぶ。

誠「今日はもう、帰ろうぜ」

桃華「……うん」

 桃華も、俺と同じくらい泣いていたのだろうか、
先ほどと比べてリラックスしたような顔になっていた。

 互いに泣いている所を見られたのが、今更恥ずかしくなったのか、
俺達は別の意味で顔を赤くする。

誠「さ、行こうぜ。バッグ、取りに行かなきゃな」

桃華「……うん」

 互いに手を取り、立ち上がる。
そして、体についた砂を互いで取り合った後、校庭へ向かった。

今日はここまでになります。

>>302
乙ありがとうございます!

慣れてきた……というのもあるのかもしれません。
だからこそ、気を引き締めて書かなくてはいけないのでしょうけれどね。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292

・第4話の登場人物&単語一覧 >>291

■おまけ
なんて言うんだろう。酷い目にあった後の安らぐ雰囲気?
そういうのが、何となく好きです。何となく。

では、また明日。

おつやで

再開します。

 校庭には、俺のバッグと中身、それだけではなく、
桃華のバッグも同様に放り投げられていた。

しかし、今の俺にとってそれはある意味好都合か。

誠「へへ、見ろよ桃華。あいつら律儀に俺たちの荷物、届けてくれたみたいだぜ」

 つい可笑しくなって、こんな時でもジョークまで口にしてしまう。

桃華「そうね……あいつら、バカだもん」

 桃華もそのジョークに乗ってくれた。

誠「あーあ、教科書が砂まみれだな。帰って、汚れ取んねーとなー」

桃華「うん、そうね」

 俺達は適当に砂を取り除き、バッグに詰め込む。

誠「よし、いくか」

桃華「……うん」

【2/17(月) 9:50 戸蘭町 通学路】


 平日の午前の通学路、ただでさえ人が少ないこの時間に、
俺達は言葉を交わすこともなく、歩いている。

 でも、一昨日とは雰囲気、空気がまるで違う。

今はなんだかいい空気だ。目線ばかりのプレッシャーもなく、
一昨日のような気の重さもなく、さっきまであんなに嫌なことがあったのに、
どうしてだろうか、不思議な感覚に包まれている。

 桃華は地面を向いて歩いている。その横顔を俺はちらりと見ると、
こういう桃華って、案外かわいいんだなって思ってしまう。

 こんな時に何考えてるんだ俺……二人で辛い思いをしてきたばかりなのに。
けれど、しょんぼりとした桃華を、また見たくなって、俺はチラチラと桃華の
方を覗く。

 しばらくすると、偶然目があってしまった。
瞬間すぐに、俺達は目をそらす。何やってんだろ、俺達。

 時には、同時に口を開けてしまい、互いに話すタイミングを失ってしまったりと、
もどかしい気分で一杯になる帰り道となった。

 そんな不思議な時間も、桃華の家にたどり着いてしまうと、そこまで。

誠「じ、じゃあ、また今度、な?」

桃華「う、うん……また、ね?」

 桃華がドアを開ける前に、俺はもう一度手を振ると、桃華は黙って返してくれた。
ぎこちない会話、挨拶。それら全てがある意味心地良くて、恥ずかしかった。

なんだろう、中学生の俺達にとって、まだまだ理解するのに時間がかかるであろう気持ちを今、
味わったような気がした。

 桃華と別れた後、俺はすぐに病院の方へ向かった。
マトモに話ができる人と、今は話をしたい気分だ。

 それが、ドナさんと、俺の母ちゃん。
路頭に迷ってしまった俺の悩みを聞いてくれるのは、きっとこの2人だけだろう。

 そう思うと、次第しだいに駆け足になっていき、会いたいという気持ちで
いっぱいになってしまい、最後には全力疾走で病院まで駆けていく。

なんでも良かった、心の拠り所が俺は、欲しかったんだ。

誠「はぁ、はぁ、はぁ……」

 全速力で病院まで駆けた。
流石に、本来授業をしているはずのこの時間に、まさか学校の人間がうろついているわけあるまい。
登校の時と同じように身体は満身創痍であったが、今はそれが心地いい。

だって、話を聞いてくれる人達が、すぐそこにいるんだから。
俺は病院に入り、受付に行く。そして、緑子さんの名前を呼んだ。

緑子「あれ? 誠くん? どうしたの、今日学校の日じゃなかったっけ?」

誠「無性にドナさんと母ちゃんに会いたくなってさ」

緑子「も~、そんな理由で勝手に着ちゃダメなんだからね」

誠「今日だけだから、会いに行っていい?」

緑子「しょうがないわねぇ、えっと、お母さんと、
ちょっと前入院してきた堂内さん……だっけ?」

誠「そそ、早く早く!」

緑子「えーっとね、その堂内さん、昨日退院したみたいだよ?」

誠「えっ?」

 どういうことだろう。いやまあ、怪我が良くなってすぐに退院出来たことは喜ぶべきなんだけど……

 仮にもドナさんは命に別状はないとはいえ、かなりの怪我を負っていたはず。
なのに、そんなに早く退院するなんてことがあり得るだろうか?

ナース「あー、堂内(どうない)さんのこと? あの人、ここに迷惑掛けられないから、
あとは自分で治すって言って、出て行かれたはずですよ?」

 その時、ナースの人が後ろから話しかけてくる。

ナース「もちろん止めましたよ? 『でも、やるべきことがある』って言って、
私達のいうことを聞こうともせず出て行ったんですよ」

誠「なんで……なんでもっと強く止めてくれないんですか!?
ドナさんは、あんな体で……外もヤツらのせいで危険なのに……どうして……!!」

緑子「ちょ、ちょっと。落ち着いて誠くん!!」

 怒る俺をなだめようと、緑子さんは受付から出て止めようとする。
けど、俺はお構いなしに続ける。

その時気づいた。俺のことを、病院の中にいる人達が冷たい目で俺を睨んで来るのが。

ナース「ちょっともー……何なんですか? ねぇ、緑子ー、この子の知り合いなんでしょー?
ちょっと黙らせてくんない?」

誠「オイ、俺の話を聞けよ、オイッ!」

ナース「あーもう、うるさいわねぇ。退院したんだから、喜べばいいじゃない!!
あたしにアレコレ言われても、迷惑です」

 その時理解した。この人も、俺の主張を全く聞いてくれない。
いや、最初から真面目に聞くつもりはなかったのだろう。

 それが悔しくて、悔しくて。俺は病院を飛び出した。こんな無責任なところ、
もう居ていられない。

 後ろから、緑子さんの呼ぶ声が聞こえたけど、今の俺には耳に入らなかった。

【視点:誠→緑子】

緑子「あっ、待って! 誠くん!!」

緑子「あーもう……誠くんったら……」

緑子「ちょっとあんた、さっきの対応、どーなのよ」

 私は、同僚の彼女につっかかる。

ナース「フン、別にいーじゃない。 アタシもちょっとイラついてたんだからさ」

 それを聞き、私は眉をしかめる。

 それを見た彼女は、ハイハイごめんなさいすいませんでした~……
と言わんばかりに手で合図して、立ち去って行く。

一つため息をついたところで、さっき彼がお母さんと会いに来たという事を思い出した。

緑子「そういえば、誠くん、お母さんにも会いにきたんだっけ? 一応、伝えておかなきゃ」

 私は院内回線の電話を手に取り、誠くんの母に電話をする。

緑子「もしもし、受付の緑子です」

逢花「あら、緑子さん? どうかなさいました?」

緑子「さっき誠くんがお見舞いにきてくれましたよ?」

逢花「あら、そうなの! ……でもあの子、本当は今、学校なんじゃ?」

緑子「そうなんですけど……でも、私が誠くん怒らせちゃって、今さっき帰っちゃいました」

逢花「……一体何があったの?」

 私は彼女に話した。 誠くんがきた時のことを。

逢花「まあ、誠がそんなことを? 何かあったのかしら……
もしかしたら、なにか事件に巻き込まれてたりして……ゴホゴホッ! ゴホゴホゴホッ!!」

緑子「だ、大丈夫ですか!?」

逢花「へ、平気ですわ……ゴホゴホッ!!」

 彼女はそうはいうが、明らかに苦しそうな声が、電話越しからでも伝わってくる。
私はもう一つの電話で、彼女の担当の看護婦を呼ぶ。

逢花「う、うううぅぅん……! ゴホゴホッ!!」

 そうしている間に、とうとう彼女から苦悶の声しか聞こえなくなる。

緑子「緑子です! 大至急2815号室の患者の所へお願いします!
2815号室です、はい、お願いします!!」

逢花「ううう……ううう……」

緑子「待ってて下さい! 今、担当の看護婦が向かってますから!! それまで頑張って!!」

今日はここまでになります。

>>314
おつありがとうございます~!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292

・第4話の登場人物&単語一覧 >>291


■おまけ
 このSS、設定上は2100年くらいのお話にしようと考えていたのですが、
ぶっちゃけ未来要素をブチ込もうとは全く考えておらず、未来設定あっても意味が無いかなと思ったので、

未来を連想させるような描写は一切登場せず、あくまで時代設定も、
現代とほぼ同じ時代のものにして書いていくことにしています。

 最初は、アジア全域が連合国になる~だとか、宇宙開発がどうこう~だとか、そういう話があるから、
2100年くらいにしとかないとダメかなぁと思ったのですが、そんなことはありませんでした、はい。

では、また明日。

人口も150億らしいからな。
ちょっとだけ未来ってコトでいいんじゃないか?

21世紀が後半に差し掛かった時代くらいの印象

遅くなりました。少しだけですが、再開します。

【視点:緑子→誠】

 俺は、母ちゃんに会いに行く事なんて忘れてしまい、病院を飛び出す。
病院のヤツらは、ドナさんのことなんか全く考えていなかった。ああ失望した……!

「くっそおおおおッ!!」

 ああ、今日は何度駆けただろう、何度叫んだだろう。
色んな事が頭の中で混ざってぐちゃぐちゃだ。

朝の視線、突然のクラスメイトの俺たちに対するイジメ、桃華、ドナさん。
それを考えると、ぐちゃぐちゃな頭が更にかき回される気分になる。

こんな気分で、母ちゃんにあわせる顔なんて、ない。
そう自分を自己嫌悪すると、尚更頭がどうにかなりそうになってしまった。

【2/15 11:00 誠の家】

 家へ帰ると、俺は真っ先に自分の部屋のベッドに飛び込んだ。
今日はもう何も考えたくない、早く眠って頭をリセットしたい。

 だけど、そう都合よく、こんな真っ昼間から眠気がやってくることはなかった。

それどころか、光もない、音もない、そんなただ俺一人の空間で睡魔が囁くのを待つために
じっとしていても、やってくるのは苛立ちと、疑問と、そして得体のしれない恐怖だけ。

 だから、大体15分くらい。それくらいの時間俺は、ベッドの中で考え事をしていた。
そして、その時間が無駄であることが分かった今、俺はベッドから起き、リビングで適当に
昼食を作る。

 こんな嫌な気分でストレスマッハの時は、タンパク質を良くとるといい。
そんな感じのことをテレビかなんかで聞いた覚えがあったので、
俺は冷蔵庫にある豚肉とキャベツを取り軽く刻み、フライパンで、だしを加え、煮る。

ついでに、余っていた豆腐もあったので、適当にお皿に添えてやって、簡単な豚肉料理と、
冷奴の完成だ。

 なにか音も欲しかったから、テレビをつけ、俺以外誰も居ないのに、ムダに広いテーブルを
使い、食事をとる。

「リヴァイブ・ノア計画、未だに謎は解明せず……」「我々は宇宙へ行けるのか? 計画の全貌とは?」
「計画のために、私たちは今考えなくていけないのです!」

 テレビの声を聞いていると、どこもかしこも計画、計画、計画……
なんだよ、もう……計画計画うっせぇなぁ。

 劣等種と呼ばれ、巻き込まれた俺達のことなんて、きっと誰も考えちゃいない。
戸蘭市のヤツらも、学校の皆も、みんなみんな理不尽だ。

 まるで、この町に裏切られた気分。こんなに自分の町が嫌いに思えたのは、
初めてかもしれない。

 煩わしくなった俺は、テレビを消して、ゲーム機を取り出し、昌也からデータを貰った、
アヴァンギャルドビートⅦのサントラを流す。

 ああ、こっちの方がいいや。自然自然、こっちなら何度でも聞き流したいくらい。
メシも食ったし、なんだかこういうの聞いてたら、やっと眠くなってきたかも。

 少しずつやってきた睡魔に感謝しながら、俺は父ちゃんの部屋にある毛布をソファーに引いて、
そのまま眠りにつく。

 明日は学校サボろ……桃華には悪いけど、とても人に顔を合わせる気分なんかじゃない。
これはきっと、目が覚めて頭がリセットされても、変わらないだろう。

 せめて夢の中では、いつもの俺でいたいな……そう思って眠りに入った俺はその日、
そもそも夢を見ることはなかった。

今日はここまでになります。

>>325
そうですね、少しだけ未来って設定で間違いないです。

>>326
そう見えましたか。ハイテク技術があるよ!みたいな描写も特にしてませんし、
このまま行こうと思います。

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■おまけ
遅くまでやる事があるとどうしても間に合わなくなるなぁ……
無理しない程度に頑張ります。

ちょっとした裏設定?でしょうかね。戸蘭市は神奈川の海沿いみたいな土地です。
では、また明日。

再開します。

【2/16(火) 7:30 昌也の家】

【視点:誠→昌也】


昌也「う、う~ん……」

 オレは、いつの間にか自室のベッドで眠っていた。
今、何日だ? 火曜? はぁ……

 十分休んだはずなのに、頭と体が重い。
まるで風邪を引いて体調が悪いみたいに。

 何もかも、土曜のアレからだ。
世界方舟新興組合に乗り込んで、そのまま返り討ち。
何だコレ、バカみてぇ。

昌也「よいしょっと……」

 重い体をわざわざ上げて、学校へ向かう為に着替えつつ、
朝食を食べるためにリビングに降りる。

 学校か、どうせ30分授業でロクな授業もやらないんだし、
それにテストも終わったんだ。何で学校に行く意味があるのやら。

でも誠や桃華の様子が気になるから、行かざるを得ないんだよなぁ。

 そう考えながらリビングへやってくると、そこには誰も居なかった。
オレの両親は、いつも5時だか6時だか、やたら早い時間に仕事で出かけ、
オレが寝た後、深夜の1時とか、そんな時間に帰ってくる。

だから、ろくに顔も合わせてないし、会話なんて今年に入って5回もしたかどうか分からない。

 当たり前のように、机には朝食も何も置いてない。
適当に炊いてあるご飯と、適当に棚からお茶漬けの素でも取り出して食べろということなのだろう。

 なんで、俺の両親はこんなに冷たいのだろう。オレがバカだから? まさかね。
下らねぇ考えしてる暇があったら、とっとと飯食って出かけるのが先決だ。

 とりあえず、適当にご飯をよそい食べる。ふりかけやお茶漬けは使わなかった。
今の気分では、この銀シャリだけで十分だったから。

 それにしても、オレは飯なんて作れないから、毎日自炊している誠がとても羨ましい。
羨ましい……けど、そのことで努力しようとは思わない。

典型的なダメ人間だな、オレって。はは。

 しばらくして、朝食を食べ終わると、空っぽのバッグを手に取り玄関へ向かう。
そして、いってきますと、そう心でつぶやき外へ出る。

 そのときだ。通る人皆が、オレを睨んでくる。
気のせいか? いや、この状況はとても気のせいとは思えない。

 オレはビクビクしながら通学路へ出る。
なんなんだこいつら、オレが何をしたってんだ……?

 大量の矢のように向けられる目線がどんどん怖くなっていき、
俺はたまらず通学路を外れた、人が少ない道路に逃れる。

 その道に、人がいないことを確認しホッとする。そうだ、誠の所へ行こう。
アイツと一緒にいれば、少しは楽になる。

少しでも、日常へ、戻らなきゃ。

 わざわざ遠回りで、オレは誠の家まで向かう。
そもそも、オレと誠の家は学校から正反対の位置にあるのに、
よくもまあ毎日迎えに行く気になったもんだと、自分を感心したくなる。

 家と家の隙間の道を進む、いつ始まるかもわからない工事現場の準備地区を進む、
そして、再び通学路。人の目線を気にしながら、オレは小走りで進む。

そうして、ようやく誠の家にたどり着いた。

 ピンポーンと、誠の家のチャイムが鳴り響く。オレは凍えるようにアイツを待つ。
コイツん家は通学路のど真ん中。目線が怖いから早く出てくれ誠……!と、心で願いながら。

すると、がちゃりと誠の家のドアが開くのに気づく。

誠「昌也か?」

昌也「お、おっす誠……」

 扉を開けて出てきた誠は、少し目の下にクマができ、やつれているように見えた。

誠「すまね、今日俺、学校休むわ」

「まじか」とオレは返したが、誠が今まで学校を休んだことなんて一度もないから、
心のなかではとても驚愕した。

誠「悪りぃな、昨日ずいぶん参っちまって、さ」

昌也「昨日? お前、昨日何かあったのか?」

誠「ま、まあな……」

昌也「あとさ、この痛いほど感じる視線。これは一体、何なんだよこれ」

誠「しらねぇよ、俺だってさ」

昌也「……そっか」

誠「すまね昌也、俺もこの視線、結構くるモンあるんだ……もう行ってくんね?」

昌也「おう、じゃあまた明日な?」

 一呼吸開けた後、誠は家に戻る前に言う。

誠「もし桃華が学校きてたら……励ましてやってくれよ」

昌也「……あいよ」

 誠は、そそくさと逃げるように、家に入りドアを閉める。
今日の誠は、オレの知っている誠ではなかった。

 見た目と声が全く同じの別人に出会ったかのよう。
今のヤツが、自分を見たらきっと「ドッペルゲンガー見ちまった!」なんて言うんじゃないだろうか。

 ま、そんな妄想は置いといて、学校へ向かおう。
昨日サボったのはオレなんだし、全く憂鬱だぜ……

 そうしてオレは再び、視線という矢の海へ、自ら身を投じていった。

今日はここまでになります。

>>333
乙ありがとうございます~ なんでや334(ry

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■おまけ
昨日投下したのを改めて読み返してみると、全く話の展開が進んでなくてつい笑ってしまった……

2月ももうすぐ終わりですし、3月は流石に毎日更新は
難しくなるかもしれません。クオリティももっと上げなくてはいけませんからねぇ

2月が終わると同時に、5話も終わると思います。では、また明日。

再開します。

 ヒソヒソ……ヒソヒソ……

 一体オレはどこへ迷い込んでしまったのだろうか。
町はそのまま、雰囲気だけがごっそり入れ替えられている感じだ。

土曜日のあの出来事から、世界がガラリと変わっちまった。

 視線の事は、またこの通学路に入った時から覚悟していた。
だけど、覚悟あっても怖いものは怖い。

 今更ながら、わざと遅刻して来ればよかったと後悔。
まあ、こんな所まで来ておいて、後悔もクソもないんだけど。

 そんな時、何やら目立つものを遠くに発見する。
目を細めてよく見てみると、3人組の男に、誰かが囲まれているようだ。

 全く、この町も随分と治安の悪い場所になったもんだ。と、心の中で愚痴り
ながらオレは通学路を進む。

 だんだん彼等に近づいていく。正直言って面倒事が起きている道をわざわざ
通りたくはなかったけれど、学校に行くにはこの道を通るしかないから仕方がない。

 そうして、大体10メートル近くまでやってくる。
その時だ、オレは気づいてしまう。

「ホラ呼んでみろよ、テメーのガードマンって奴をよ~」

「それにしてもいいカバン持ってんね~
これめっちゃ高いやつでしょ? 俺にちょうだいよ」

「可愛い体してんね~」

 男3人。彼等は、オレの学校の不良グループで最も有名な、
2年の救堂さんとその取り巻き。

 救堂さんの父親は、この戸蘭市周辺の地方議員を勤めており、
その金の力で救堂さんはクラスメイトどころか、一部の先生を
動かしているというもっぱらの噂だ。

 そして、そんな危険な彼等が囲んでいるその人は、澪音だった。

澪音「嫌……嫌です……」

救堂「へ、どうしたよ。呼ばなくて平気なのか? お嬢様よぉ」

 助けなきゃ。でもどうしよう……
オレはロクに鍛えてもない、ゲーセン通いの弱々しい男子だ。
相手は当然上級生で、それもきっと喧嘩慣れした手慣れだ。

 それに、人数もあちらが上。戦ったら、間違いなく返り討ちにあって、
俺まで悲惨な目にあうことは間違いない。

 あーもう、ちくしょうちくしょう! オレはどうすればいいんだ!?
ただでさえ、この視線の中のプレッシャーがあるってのに、
どう立ち向かえばいいのか分からない!

 ……でも、誠だったら考えもせずに、助けに行くんだろうなぁ。
ゲーセンの時、アイツはそうだった。

 あいつはいつだってそんな奴だ、無理だと分かっていても、挑もうとする勇気がアイツにはある。
クソッ、クソッ!羨ましい……!

 けど、そんな誠の事を考えていたら、自然と勇気が出てくる気がした。
分かったよ、やってやらぁ。

 どうにでもなれ、と心で唱えると、オレは澪音の元へ駆け出していった。

昌也「おい! お前ら、澪音になにをしてやがるッ!」

 俺は大声で、澪音を囲む3人組に向かって叫ぶ。

取り巻きA「あぁ? なんだテメー?」

取り巻きB「俺達の邪魔すんじゃねーよ!」

 取り巻きの2人にガンを飛ばされ、オレは緊急ブレーキが掛かったかのように、
足が硬直し、勢いで彼等の目の前で転んでしまう。

取り巻きA「何だコイツ? ぎゃははははッ!」

取り巻きB「救堂さん、なんか厄介モンがやってきましたぜ?」

救堂「んン? 放っておけ。どうせそいつには、なんにも出来やしねぇよ」

取り巻きA「騎士でも気取りたかったのか? 悪ぃな、ごっこ遊びはもっとお子様とやってくれや」

澪音「ま、昌也……」

 澪音は弱々しくオレの名を呼んだ。きっとこんなオレでも助けてくれると信じていたのだろう。
しかし、その澪音の言葉が、この後の展開を更に悪くしていく。

取り巻きB「救堂さん、今コイツ、昌也って言いましたぜ? 昌也ってあの……」

 救堂さんは、取り巻きのその言葉を聞き、小さく舌なめずりをする。
そして、一度興味を無くしたはずのオレに、3人のうちの2人がジリジリと近づいてくる。

救堂「なるほどな、テメェがあの、“劣等種グループ”の一人、朝日 昌也か」

取り巻きA「自分から入って来るなんて、今どんな気分だ?」

 オレは既に彼等が恐ろしくなっており、歯をガタガタさせながら震えているせいで、
彼等に何も言い返せなかった。

 立ち向かおう。そう思っていた数十秒前の気持ちは、もうどこにもない。

取り巻きB「ヘヘっ、コイツビビって何にも喋れないみたいだぜ?」

救堂「それは丁度いい、噂のグループの2人が揃ってんだ、俺らで“取り調べ”だ。
お前ら、1時間目は例の場所に行くぞ」

 と、取り調べ……? 何をするつもりだ……?

昌也「ゃ、め……助け……て」

 恐怖で喉がつまり、唯一出せた言葉がなんと情けないことか。

取り巻きA「あっ、今コイツ助けてって言ったぜ? やっぱ臆病だなテメー! 情報どおりだぜ!!」

取り巻きB「いっそのこと助けにこなきゃ良かったのになァッハッハッハ!!」

 情報? 情報ってなんだよ、何の情報だよ……!
誰でもいい、助けてくれぇッ!!

「へえ。じゃ、そんなあんたらは臆病じゃなくて、勇敢だっていうの?」

 その時、後ろから声が聞こえる。

取り巻きA「あぁん? 誰だ!!」

「じゃーさ、これ見てもビビらないって……ワケ?」

 振り向くと、道の外壁に立っている桃華がいた。
そして、驚くべきものを手に持っている。それは、拳銃だ。

取り巻きA「ひっ……! け、拳銃……!?」

桃華「やっぱり、人の事言えないんじゃない?
こんなカヨワイ女の子の前で後ずさりするなんて……男として、どーなのよ? ええッ!?」

 とても女の子とは思えない声で怒鳴る桃華。

 そんな桃華の気迫と、持っている銃を恐れたのか、
取り巻きの2人はさっきのオレの様に腰を抜かしてしまう。

 だが、救堂さんだけは違った。

救堂「随分ナメた口聞いてくれるじゃねぇか、このアマが。俺達に喧嘩を売るってのが、
どういうことか分かってんのか?」

桃華「へぇー、あんただけはちょっとは度胸があるみたいね。2年の救堂せんぱーい」

救堂「女が銃なんて持っててもちっとも恐くねぇんだよ! 似合ってねぇんだよ、このアマァ!!」

桃華「そう? 女の子のガンマンだって華麗よ? 皆殺しのメロディー……なんて言わない?」

救堂「夢見てんじゃねぇアマが。それに、その銃……どうせオモチャなんだろ?」

 それを聞いた桃華は、自分の手に持つ銃を見て、静かに銃口を下におろす。

桃華「へ~え、さすがセンパイ、ちったぁ喧嘩慣れしてるだけはあるわね」

救堂「おいテメェら、いつまでもビビってんじゃねぇ。聞いたか? あのアマの持つ銃、ただのガラクタだ」

 それを聞いた途端、再び2人が活気づき、じりじりと桃華に近づいて行く。

 心配したオレは、眼差しを桃華に送るが、
桃華は静かにオレに向かって「大丈夫だ」と手でサインを送り、パチリとウィンクする。

取り巻きA「丁度、誠って野郎以外が揃ってんだ、どう痛めつけてやろうかねぇ」

取り巻きB「なんだ? オモチャのハジキとまんまと見破られて、急に怖くなって身動きできねぇのか?」

 ジリジリと2人は桃華に近づく。だけど、桃華は動こうとも、喋ろうともしない。

取り巻きA「なんか言えよこのアマァ! ホラもっと足掻いて見ろホラ!!」

桃華「……悪いケド」

 2人が桃華にあと少しで手が届きそう……という所で、ポツリと言う。

それと同時に、つい最近も聞いた、あのクラッカーの弾けるような音、と表現したあの音が、
町に響き渡った。

 音速と化した本物の矢は、澪音のわずか2m横あたりの壁を貫いて、
小さな穴と、それによって広がるヒビを作り出した。

 取り巻きの2人は、何が起きているのか理解していない。
ただ、少し遠くから見ていたオレ、救堂さん、そして澪音は理解する。

 桃華は再び口を開ける。理解していない2人の為に。

桃華「この銃、本物よ」

今日はここまでになります。

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■おまけ
作業用BGMはかけないほうが話が思いつく気がする、なんとなくですけど。
では、また明日。

おつつ

再開します。

取り巻きAとB「あ、あわ、あわわ、ほ、ほん、ほんものぉ……?」

桃華「で、あんたら結局何なのよ? こ~んなか弱い女の子に暴力を振るうアンタらが有能種?
調子こいてんじゃねーぞ、このクズ共がッ!! 眼球に弾丸打ち込まれたいかアァン!?」

取り巻きAとB「「ひ、ひぃぃ~!!」」

 更に凄みを増した桃華の怒号と、本物の銃の力で、取り巻きの2人は逃げるように去っていく。
救堂さんも、舌打ちをして悔しそうにしながら澪音の前を少しずつ離れていった。

 オレはというと……何が起きてるのかよく分からなくて、地面に倒れたまま口をポカーンと開け
続けていた。

桃華「ったく……態度だけデカイって、正しくあーゆー奴らの事よね。
ホラ、だいじょぶ? みっちぃ」

澪音「う、うん」

桃華「ホラ、アンタもいつまで地面で寝そべってんのよ。もちっとシャキッとしなさい」

 しぶしぶといった感じに、桃華はオレに手を貸してくれた。
少し足がガタついているのを、隠すのが少し大変だったが、気づいてないみたいでホッとした。

桃華「ただでさえ目立ってんのに、こんな物まで使ったんだから今は注目度MAXよ。
早く逃げなくちゃ」

昌也「そ、そうだな……って学校は?」

桃華「バカね、学校なんて行ってる場合?」

昌也「お、おう……」

 オレ達は、3人で通学路を離れ、海の方角に向かうことにした。

【2/16(火)8:30 環奥海岸通り】

 人々の目線から離れ、やってきたのは戸蘭市随一の観光地に繋がる道、
環奥海岸通りにやってきた。

 ここは毎年夏、環奥海岸や、環奥島に観光にやってくる人達で賑わう場所なのだけど、
冬や、こういった平日の朝は寂しさも感じられるようなくらい、人が通らない道だ。

 今のオレたちにとってなんと好都合な場所だろう。

今感じる気分は、常にこの町にいると大して気にならない潮の香りと、
少し遠くに見える環奥島が、今日も綺麗に海に浮かぶ姿が、実にあっぱれだと感じるくらいだ。

桃華「とりあえず、今日はあの環奥島の岩山近くでピクニックね」

昌也「ピクニック、か。いつもなら心躍る気分になる言葉なのにな」

桃華「アンタ一人ででも勝手に躍ってれば? あたしはただでさえ踊らされてひっどい気分なんだから」

昌也「やめとくぜ」

桃華「みっちぃ、目に砂とか入ってない? バッグとかも後で砂、吹きとらなきゃね」

澪音「う、うん……」

 そういえば、さっきまで全く気になってなかったけど、
どうして今日の桃華はやたらとキレッキレなんだろう?

誠から「桃華の事励ましてやってくれ」なんて言われて、てっきり
土曜のアレでだいぶキテるのかと思っていたのに、奇想天外とはこの事だ。

 かと言って、桃華本人に問いただすのもちょっと気が引けるし、
気にしないのが一番いいのかなぁ。

桃華「にしても、アンタらも大変ね。ちょっと隙を見せると、
あんなヤツらに絡まれるようになるなんて。
それに、アンタらずっと気になってるでしょ? あたしに向かってくる視線の事」

昌也「そうだよ! 何なんだよアレは?」

桃華「それはね、あたし達3人。いいえ、誠を含めて4人は、
この町に劣等種として“認められてしまった”のよ」

昌也「は? なんでだよ! なんでオレ達が劣等種扱いされなくちゃならねぇんだよ!」

桃華「谷岡のジジイのせいよ」

昌也「た、谷岡? あの時、俺達を散々な目に合わせたあの?」

澪音「あの人……諦めてなかったんだ……」

桃華「そう、谷岡はあたし達を取り逃がして相当イラついてたみたいでさ」

桃華「腹いせなのかどうかは知らないんだけど、世界方舟新興組合という名の元に、
信者を使って、あたし達のした悪い噂と情報を、皆にばら撒いたのよ」

桃華「特に、あたし達がゲーセンで喧嘩に加担したってのが、結構痛かったみたいでさ。
街中はあたし達の非難の言葉でいっぱいよ」

昌也「アイツ、酷ぇことしやがる……って、何でお前がそんなこと知ってんだよ?」

桃華「ちょっと信者の一人を、コレでね」

 そう言って桃華は先ほど使った銃をくるりと回して遊ぶ。

昌也「それによ、その銃、どっから手に入れたやつなんだよ?」

桃華「あら、分からない? 土曜日、組合の本部でまじまじと見せつけられたじゃない」

澪音「桃華……」

昌也「へ? 何のことだよ? 澪音、お前は分かったのか?」

 澪音は黙って首を縦に振る。あの日の出来事を忘れるはずがない。
だけど、何で? どうして?

桃華「何? アンタ本当にあの時、あたしが精神がどうかしちゃって、
谷岡を受け入れたと思ってんの?」

昌也「え、違うの?」

桃華「確かに、銃を額に当てられた時はビビったけど。
あの時あたしは、谷岡の油断をずっと狙ってたのよ。あんな風に迫真の演技でもしてやれば、
必ず騙せるって信じてたから。ホラ、女の嘘と涙は怖いって言うでしょ?」

昌也「へえ、大した……」

「大したやつだな」そう言おうとすると、後ろから澪音に口止めされる。
澪音は、少し怖い顔でオレを睨みながら、首を横に振り続けていた。

桃華「ま、あたしには銃1つ程度でビビってられないくらいような、もっと怖いものをさ……
味わってきたんだ、から……もっと、シャキッと……うぅっ」

 桃華は少しずつ震え、涙声になっていく。その時、澪音がなぜオレに口止めした意味を理解した。

昌也「無理、すんじゃねーぞ」

桃華「うん、うん……」

 桃華に手を差し伸べる。桃華は恐る恐ると手を握ってくれたけど、握り加減が滅茶苦茶で、
もともと強い桃華の握力をそのまま味わう羽目になった。

昌也「痛って、痛って!! 爪! 爪食い込んでるからッ!」

桃華「あ、ご、ごめん……」

 普段からオレたちは鍵盤叩く音ゲーやってるおかげで、爪が短い為、血が出るには至らなかった。
ありがとうアヴァンギャルドビート。

 そんなことより、やっぱり桃華は無理していた。
そりゃそうだよな。土曜のことはともかく、2年前の事件は、桃華にとって忘れられない出来事なんだものな。

 そういう意味では、今学校なんかに行かず、環奥島でちょっと一休みする桃華の提案にも
納得がいくとオレは思った。

 それから、桃華は相変わらず、澪音にベタベタくっつきながら話をし、相方の居ないオレは、
潮風と口笛を吹くくらいしか出来ず、少ししょぼくれながら先へ進んでいく。

 15分くらいは歩いただろうか、環奥島は既に目の前に迫っていた。

今日はここまでになります。

>>355
おつありがとうございます~!

>>365
おつありがとうございます! 
おおっと、コレは神奈川のどこだか特定されないように気をつけなくてはいけませんね……

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292

・第4話の登場人物&単語一覧 >>291

■おまけ
明日で第5話ラストになりそうです。本当は、誠が病院から走り去った所で5話は終わりにしようと
思っていたのですが、4話と比べて内容が薄い気がしたので、付け足す形で今5話を書いております。

おかげで、なんだかずっと5話が続いているような気がしてならない。
5話といったら日常アニメでは、水着回が多かったりしますかね? 私の偏見ですが。

では、また明日。

ワンクールなら9話、2周なら17話辺りに入る気がする
おいおい、話数たりねぇだろ、そんな事やってるなら大事な部分しっかり描写しろよ的に思う辺り

再開します。

【2/16(火)9:10 環奥島】

桃華「さ、こっちよ」

 桃華に着いて行った俺達は、環奥島の裏側にある平坦な砂地にたどり着き、
そこで本来昼に食べるはずの弁当を開き、適当に口に運んでいく。

 誠が欠けているからか、それともやはり皆精神的に参っているせいか、
極端に口数が少ない。

 桃華は、聞けば話してくれるみたいな感じで、さっきからオレが質問ばかりしているような
気がしてならない。

昌也「ところでさ、この後どうすんのさ」

桃華「勝手にすれば? あたしは、コレ食べ終わったらやることあるからさ」

昌也「そうか……」

桃華「家に帰ってゆっくりするのがいいわ。なんせ、今は家が一番安全だからね」

昌也「で、お前のやることって、何さ?」

桃華「あんまり詮索しないで」

昌也「お、おう……」

 さっきの桃華の怒鳴り声で、ちょっとビビっていたオレは、
少しの桃華の声色の変化ですら、体が震えてしまう感じがしてしまう。

 コイツとは友達のはずなのに、何でオレはビクビクして話さなきゃならないんだろう。

桃華「にしても、潮風が気持ち良いわね。ココは」

昌也「そうだな」

桃華「もう、普通に喋ってよね。いつもみたいにさ」

昌也「……出来りゃやってるよ」

 これがピクニック、か。なんだか憂鬱極まりないぜ。

桃華「ふう、ごちそうさま。じゃ、あたし行くから」

昌也「おう、分かった。気をつけてな」

桃華「ええ、いつも以上に、ね。じゃね、みっちぃも」

澪音「うん……」

 オレ達は、手を振る桃華を見送った。
取り残されてしまったオレと澪音は、とりあえずやることも思いつかないから、
せっかく来たこの島の潮の風に、身をあおられる事にした。

昌也「なぁ、澪音。オレ達はさ、なんでこんな事、してるんだろうな」

澪音「分からないよ……」

昌也「だよな、お前もだいぶ参ってんのに、余計なこと聞いちまって、悪ぃ」

澪音「でも、ちょっと意外」

昌也「何が?」

澪音「昌也でも、こういう時はマジメになるんだねって思って」

昌也「おいおい、お前まで誠が言いそうな事言わないでくれよ」

澪音「くすくす……」

昌也「笑うなよ、澪音~ はははっ」

 そういえば、ここ3日、笑う事なんて無かったっけ。
いつもは何気ない事なのに、当たり前の事なのに、すっかり忘れちまっていた。

昌也「ありがとな、澪音」

澪音「何が?」

昌也「なんだかちょっと、元気でたぜ」

澪音「良かった」

昌也「そうだ、正直これから帰るのもアレだし、桃華の行方、追ってみね?」

澪音「見つかったら、怖いよ?」

昌也「大丈夫だよ、オレに任せろ!」

【2/16(火)10:00 誠の家】

【視点:昌也→誠】

誠「はぁ……」

 家の中で、またため息。今日はコレで何度目?
少なくとも両手では足りない数のため息をはいたことは間違いない。

 俺はすっかり自信を失ってしまった。
何をやっても空回り、何かしなくても辛いだけ。じゃあどうすればいいのか。

 ただそれだけをずっとずっと考え続け、気づけば今日の朝。
昌也がわざわざやってきてくれたのに、半ば追い返すように突っぱねて、
こうして再び自問自答。

 狂った世界の裏切りの町は、俺にとっても、皆にとっても、悪夢さながらの場所だろう。
だから、もう何があっても驚かないと思っていた。思っていたんだ。

 リビングの横の部屋にある、電話が突然鳴り響く。
俺は、電話に向かって歩き出すが、それは電話に出るのが目的ではなく、
けたたましく鳴るこの着信音を止めるために、俺は電話に向かっている……というのが正しい。

 まあ受話器をとって、そのまま切ってやるというのも一つの手ではあったが、それは流石に掛けてきた
側もはた迷惑だろうし、仕方なく俺は少しだけ話を聞いてやろうと思った。

誠「もしもし……」

「えっと、誠くん!?」

 電話の主は、戸蘭大病院の受付の姉ちゃん、緑子さんだった。

誠「緑子さん? なんです、一体」

緑子「その、えっと……昨日はごめんね」

誠「気にしてないっすよ……それに悪いのは、俺なんですから」

緑子「そんなことないよ、って、今はその話じゃないの。落ち着いて聞いて」

誠「え?」

緑子「昨日、誠くんのお母さん、逢花さんが、急に体調を崩して……」

 緑子さんの言葉の途中で俺は、受話器を床に落としてしまう。

緑子「誠くん! 誠くん!?」

誠「母ちゃんが、母ちゃんが倒れた……嘘だ、俺のせいだ、なんで、どうして……!
うわあああああッ!!」

 俺は、今や裏切りの町と化したこの町の、この部屋で叫び尽くした。
何がなんだかわからなくなって、頭がおかしくなりそうで。

 そして、天啓が走ったかのように、俺は立ち上がり、何も持たずに家を飛び出す。
向かう先は当然、戸蘭大病院。

 嫌な予感なんかしなかった。だって、今は全部が、嫌なことだらけなんだから……!


第5話「裏切りの町」 おわり

今日はここまでになります。

明日から、第6話「暴走と崩壊」となります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292

・第4話の登場人物&単語一覧 >>291

■おまけ
今日一日は休みだったので、久々にStudio OneとAviutlで動画制作をしてました。
13時間くらいぶっ続けでパソコンの前に座って作業だったので、目と肩が痛いです。

明日からは第6話です。5話までの登場人物&単語一覧は、明日の冒頭で載せる予定です。
では、また明日。

乙乙乙+

再開します。

【5話の登場人物&単語一覧】

■登場人物

「内田 誠(うちだ まこと)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
 何もかもが空回りしてしまい、自分に自信をなくしてしまった。
生まれて初めての挫折感と恐怖感。どうすればいいのか、自身も迷っている。

「氷崎 桃華(ひょうざき ももか)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
 谷岡にトラウマを引きずり出されたのだったが、
建前はいつもの桃華に戻っている。しかし、やはり無理をしている様子。

「朝日 昌也(あさひ まさや)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
 自信がバカである理由、それは、臆病な気持ちを抑える
為だというが……

「瑠璃崎 澪音(るりざき みおん)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
 なんだか、普段あまり自分から口を出さない為、
こんな時でも彼女はいつもどおりのように見える。

「救堂 雅彦(きゅうどう まさひこ)」
戸蘭西湘中学校に通う中学2年生。
 地方議員を勤めており、金の力で学校の生徒だけでなく教師までも、
ひれ伏してしまう存在の不良少年。

【2/16(火) 10:20 戸蘭大病院】

誠「姉ちゃん! 緑子の姉ちゃん!!」

 病院に来てすぐ、俺は受付の姉ちゃんの名前を叫ぶ。
しかし、姉ちゃんの姿はどこにもない。

 それどころか、受付に、誰も人がいない。
仕方がないので、俺は許可も取らずエレベーターで母ちゃんの病室へ向かう事にした。

 エレベーターの中では、息が詰まる用な気分を俺は味わった。
ただでさえ長いエレベーターが、一生分続くかのように感じた。

 ようやくエレベーターの扉が開くと俺は、水中の中で息止めをしていた挑戦者が、
耐え切れなくなって顔を水面に出すかの如く、フロアへ飛び出していく。

【第6話「暴走と崩壊」】

 母ちゃんの病室前に、人だかりがあった。
そこには、院長さんや、知らない医者の人、それに、緑子さんも。

誠「はぁ、はぁ……緑子さん、母ちゃんは?」

 ここまでずっと走ってきた俺は、息切れを起こしながら緑子さんに尋ねたが、
何故か緑子さんは、口を開かない。

誠「どうしたん、だよ? 母ちゃんに、何があったのさ……」

緑子「……誠、くん」

 なかなか答えてくれない緑子さんと、目を合わせ続けていても仕方ないと思い、
逸る俺は人をかき分け、母ちゃんの病室に入っていく。

緑子「あ、まって……誠くん!」

 緑子さんは、俺の腕を掴む。

誠「なんだよ、中に入れてくれよ」

緑子「あのね、誠くん。お母さんの事なんだけど……」

誠「わかってるよ、体調崩してちょっと疲れてるだけなんだろ?
だから、母ちゃんと話をしにここまで来たんだよ」

緑子「違うの、違うのよ、誠くん」

誠「ああもう、くどいよ緑子さん!」

 俺は緑子さんの制止を振り払い、病室のドアを開ける。
結局俺を止めたのは、緑子さんただ一人で、他に居た人達皆は、
俺を止めるつもりは、はなっから無かったかのように、その場から動かない。

 だから、中に入ってしまえば、もう簡単だった。
母ちゃんの病室には、担当医の先生と、2人の看護婦さんがいるだけ。
そして、ベッドに目を閉じて眠っている、母ちゃんの姿が。

誠「母ちゃんッ!」

 駆け寄るように、俺は母ちゃんの枕の側までやってきて、声をかける。

誠「母ちゃん、母ちゃん……俺が心配かけたから、俺が、情けないから……
ごめんな、ごめんな……」

 眠る母ちゃんは、反応しない。当たり前だ、眠ってるんだから。
眠っている? 眠ってるって、まさか。

担当医の先生「誠くん、逢花さんは、今日……」

 嘘だ、そんなの、嘘だ……

 担当医の先生が、看護婦さんが持つ白い布を渡すよう指示し、
母ちゃんの顔にそっと被せる。

 認めたくなかった俺は、ぞんざいに布を取り上げ、母ちゃんの顔に抱きつきながら大粒の涙を流す。
自分でも聞き取れないほど、大きな大きな叫びと涙が、明るい病室内をこだました。

 気がつけば、緑子さんもやってきた。

緑子「ごめんね、電話でも、ここでも、言い出せなくって……逆に辛い思いをさせて……ごめんね」

誠「母ちゃんッ! 母ちゃんッ……!!」

 担当医の先生も、部屋に居た名前も知らない看護婦さんも、そして緑子さんも、これ以上なにも
話さなかった。

 ただただ、俺の泣き叫ぶ声が病室に轟くのを、悲しい目で見つめてくるだけ。
今まで散々この病院で、廊下は静かに、とか、迷惑かけるな、とか、散々迷惑をかけてきたけれど。
 今の彼等は、そんな俺を咎めることはなく、ただ俺を見守っているだけだった。

誠「うおああああああああッ!! なんで……なんでッ……!! どうしてこうなるんだあああああッ!!」

…………
……

 それからしばらくして、落ち着いた俺は、担当医の先生達と話をして、
葬儀の日などの、その後の事について話し合った。

 話し合ったというよりか、先生たちが勝手に決めたというのが、正しいだろうか。
もはや放心状態の俺は、ただ先生の言うことに、頷くだけの人形と化していた。

 帰りは、緑子さんの車で家まで送ってくれた。
トボトボと礼も言わず、家に入る俺。

 もう、考えることも、何かをするという気持ちも、失ってしまった。
リビングにくしゃくしゃに畳んでいた毛布に包まり、横になる。

 眠るつもりも、起きるつもりもない。ただただ、ぼーっとしていたい気分に、
今は体を委ねたかった。

 『もう、いやだ』

【2/16(火)10:30 戸蘭町 通学路】

【視点:誠→昌也】


 オレと澪音の2人で、桃華の行き先の手がかりを探す。
桃華の家は勿論、ゲーセン、公園、2人でアイツの行きそうなところを探したが、
見つからなかった。

昌也「アイツ、どこで何してやがんだろうな? 澪音、なんか他に行きそうなトコ、ねぇか?」

澪音「もしかして、学校に向かったのかも……」

昌也「学校行ってる場合? なんて言っといて、自分は真面目に……なんてあり得るかねぇ?
ま、行ってみるか。あんまり行く気になんねー場所だけど」

 そうして、少し早歩きで学校へ向かう。
今いる場所から学校までは10分あればたどり着ける場所が、幸いだった。

…………
……

昌也「ついたな、学校」

澪音「うん」

昌也「正直言って、今から校門くぐるのって、躊躇しねぇ?」

澪音「なんで……?」

昌也「だってよ、2日だぜ? 2日もサボってりゃ、今日もサボりてぇなあ~……
なんて感じると思うんだけどよ」

澪音「そうかも……そういわれると、ちょっと怖くなっちゃった」

昌也「あ、いやいや。怖がらせるために言ったんじゃねぇぜ。すまん」

澪音「足が震えない内に、入ろっか」

昌也「そだな……」

 誰も居ない下駄箱口で、上履きに履き替える中、ヒソヒソとオレは、澪音と
会話を続ける。

昌也「なぁ、桃華の下駄箱、靴あるか?」

澪音「うーんと……あ、あったよ」

昌也「どっちのだ? 上履き? それとも外履き?」

 もし外履きだったら、今日桃華が履いていた靴がここにあるなら、
桃華は今、ここにいるということになる。

澪音「……外履き、今日は桃華が履いてたやつだよ」

昌也「まじかよ……澪音、お前の考え、ドンピシャだったな。
流石、桃華によく抱きつかれてるだけはあるぜ」

澪音「あれ結構苦しいんだよ……?」

昌也「へへ、桃華だったら『当然よ、一心同体なんだから』とか言いそうなのによ」

昌也「それにしてもアイツ、ここに一体何の用があるんだろうな?」

澪音「クラスメイトに、なにか言いたい、とか……」

昌也「でも劣等種扱いされてんだろ? オレ達。
ドナさんみたいに、口聞いてくれないかもしれねーじゃん」

澪音「そうだよね……」

 その時、授業が終わるチャイムの音が響く。今が、10時45分くらいだから、
30分授業の3時間目が終わる合図なのだろう。

昌也「やべ、見つかったら、また視線にさらされるかも。
早いとこ教室見て、とっとと退散といこうぜ」

 澪音はこくりと頷く。そして、駆け足で階段を登り、教室へ向かっていった。


「ぎゃああああッ!!」

 俺達の教室がある3階まで続く階段。その階段を、登り切った辺りで、突然悲鳴が聞こえる。
悲鳴の元は、最も奥の教室。俺達の教室だ!

 元々駆け足だった中、更に速度を上げて、教室へ向かう。
そして、辿り着いた教室のドアの窓から中を覗く。

 そこには、クラスメイトの木下の手の甲を、
彫刻刀で机に釘付けにしようとしている桃華の姿が見えた。

今日はここまでになります。

>>374
乙ありがとうございます!!!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377

・第5話の登場人物&単語一覧 >>376

■おまけ
4話の終わりから、やったら暗い話が続いていますが、いつまで続くのだろう……
自分でも分かりません。自分で書いていても、まだ明るく振る舞っているっぽい昌也が心の救いかな?
サブタイトルもアレですからね。アレ。

では、また明日。書いていたら日付が変わっていたけれど、また明日。

>>385
描写は初期から較べるとかなり良くなってきたと思うよ
小説としていく予定があるなら名前表記なしでもキャラクターの書き分けができるようにしていく事を推奨

再開します。

「「「きゃあああぁぁぁあああ!!!」」」

 クラスから恐怖の悲鳴がこだました。
それが木下の苦痛の痛みの悲鳴と混ざり、教室はパニックに陥っている。

 そのパニックに乗じて、こそりと教室のドアを開けて中に入るが、
そこは異様な空間に変わっていた。

 オレ達の席は隅へ追いやられ、“劣等種グループ”と大きく机に書かれている。
それだけではない。本来は、今日の時間割などを書く後ろの黒板には、オレ達の名前が大きく書かれ、
赤のチョークでぐしゃぐしゃに塗られていた。

桃華「ああ、うるさい、うるさいうるさいうるさい!!!」

木下「ううう……」

桃華「早く答えなさいよ。誰が、誰がこんなこと書いたのよ!! 誰が、どこで、いつ!?」

 桃華は、自分の机にびっしり書かれた文字を指差し叫ぶ。

桃華は、黒板にびっしりと書かれた、桃華の母の名前と父の名前。
それが赤色で書かれていた事にひどく憤慨していた。

昌也「お、おい、やりすぎじゃね?」

澪音「そ、そだよ……」

昌也「どうしよう、オレ達が止めて、大丈夫かな」

澪音「う~ん……」

 オレ達は躊躇してしまう。今日の朝の桃華を重ねてしまって動けない。

桃華「誰よ、早く言いなさいよっ!! 誰がこんなことを書いたのよ!!」

 桃華はさらに、木下の手の甲に貫通している彫刻刀をグリグリと動かす。
その度に、何度も木下は苦痛の声を漏らす。

木下「ぎゃあああッ!!」

 ざわめく教室、その騒ぎは、いつの間にか隣のクラス、そのまた隣のクラスに飛び火していく。
そして、そんな騒ぎを聞きつけた体育教師の一人が、ここにやってくる。

体育教師「おい! 君、手を離しなさい!!」

 先生は、桃華にジリジリと近づき、彫刻刀を握る右手を掴み、強引に引っぺがす。
さすがの桃華も、体育担当の先生には力で叶わず、あっさりと引き離されてしまう。

桃華「ちょっと、離してよ!! ねぇ! ちょっと!!」

体育教師「職員室までこい! ほらッ!!」

桃華「やめて!! ねぇ!! ……助けて! 連れてかないで!!」

 桃華はそのまま体育教師に連れて行かれていく。オレ達はそれを見ていることしか出来なかった。

桃華「ねぇ、やめてよ!! ……ちょっと、アンタら!! 見てないで助けてよ!! ねぇッ!!」

 桃華は今、アンタらと言った。オレ達の存在に気づいてしまったのだろう。
しかしそれでも、オレ達は何も出来なかった。

 どうすればいいのか分からなかった。
桃華を止めるべきだったのか、今から向かいに行けば良いのか。

桃華「助けてっ! 助けてよっ!!」

 桃華は、オレたちの視界から見えなくなっても叫び続けている。
オレも澪音も、最後までその場から動かなかった。

 そして、教室からの悲鳴も、桃華からの叫び声も聞こえなくなると、
木下は友人に連れられ、保健室へ向かっていく。

 野次馬たちも、ぞろぞろと元のクラスへ戻っていき、またいつもの情景に戻っていく。

澪音「……桃華」

 そんな中澪音は、がくりと膝を落とす。
無理もない、オレも桃華も、そして澪音も、色々なことがありすぎた。

 うなだれる澪音の肩を抱いてやりたかったけど、それよりこんな所にいつまでもいると、
また朝のような目線が襲ってくると思い、オレ達はそそくさと退散する。

 次に向かった先は、職員室だった。
助けられなかった代わりに、せめて桃華を迎えるくらいはしたかったから。

 先生に見つからないように、ロッカーの死角で桃華を待っていると、
大体10分くらい待った後、桃華が職員室のドアを開けて出てくるのを見つける。

 なんて声を掛けて桃華と会おうかと悩んでいたが、いつもの感じで話すことにした。

昌也「よ、桃華」

桃華「…………」

昌也「大丈夫だったか?」

桃華「……はぁ。アンタらさ、何で来ちゃったのよ」

澪音「だって、心配だったから……」

桃華「心配、か。心配されないように、今日の朝ああやって振る舞ったのにさ。
これじゃ、意味無いじゃん」

昌也「悪ぃ」

桃華「悪ぃ? 悪いと思うなら……まあいいわ。アンタはよく分かってるしね」

昌也「…………」

桃華「帰ろ? ちょっと色々と疲れたし、今はアンタらと話がしたい気分」

昌也「あ、ああ」

【2/16(火)11:30 戸蘭町 通学路】

 それから3人で学校を出る。
傍から見ると、何のために学校へ来たんだろうというくらい、実際に学校にいる時間は少なかった。

桃華「あたし、許せなかったんだ」

昌也「何がだよ」

桃華「あたし達をバカにする連中がさ。あたし達、なにか悪いことした? してないでしょ?
なのに、意味不明ないいがかりつけられて、教室でもイジメみたいなことになっててさ」

桃華「だから、ガマンできなかった。なんだろ、誠みたいな言い訳だよね」

昌也「全くだぜ。ホント、よしてくれよな……」

桃華「でもさ、アンタだってあたしみたいな気分になったりしないの?
悔しいとか、許せないとか」

昌也「なんだろな、オレ、よく分かんねぇや」

桃華「もう、ごまかす気? そんなんじゃ、いつまでたってもバカにされ続けるわよ」

昌也「そうなのかなぁ……」

桃華「分かったんだ、劣等種って馬鹿にされるのなら、抗えばいいって。
だから、これからもあたしは戦う」

桃華「でも、度が過ぎてるようにアンタらが見えたら、あたしのこと、止めて欲しい」

昌也「お、おう……」

桃華「もうこんなとこ。じゃね、2人とも。明日からはあたし、しっかり学校行くから」

 桃華はテキパキと口にして、ササッとオレ達の元を去っていく。
まるで、今日の帰り道はずっと桃華一人が喋っていたかのようだった。

今日はここまでになります。

>>386
ありがとうございます。

名前表記なしで、ですか……小説はそれがノーマルですからね。
今はまだ難しそうですが、挑戦はしてみたいです。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
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・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377

・第5話の登場人物&単語一覧 >>376

■おまけ
明後日(3/5)は都内のイベントに出向く為、おそらく書き込めに行けないかもしれません。
帰りも遅いですし、何より体力的に死んでると思うので。

まあ来れたとしても、書き溜め分を修正した物を少し……という形になりそうです。
では、また明日。

乙や

どの辺が話の着地点になるんだろなぁ

再開します。

【2/19(金) ??:?? 誠の家】

【視点:昌也→誠】


 一体、部屋にいつまで篭っていただろう。
部屋はカーテンを閉めていて真っ暗で、ただテレビが点いて勝手に映像が流れているだけ。

俺はもう、孤独感と喪失感が拭えない。
もう……何もしたくない。学校なんてとてもとても……。

 周りから大切な人がどんどん居なくなっていく。

 俺は孤独だ、この先一人で生きていかなきゃいけないんだと考えると、
涙が止まらなくなっていく。

 よくドラマやアニメで、家族が死んで悲しむシーンを見たことがあるが、
こんなに悲しいものだとはとても思わなかった。

 桃華が2年前の事件で家族を失った時の気分……今なら痛いほど分かる。
宇宙への夢のような現実逃避をしたくなるのも、無理はない。

そういう意味で桃華はこのリヴァイブ・ノア計画の話、とても興味があったことだろうに……。

 ゲーセンで事があったあの帰りの日、桃華は俺に話してくれたが、
どうしてあれ以来、俺や仲間にもっと興味を持って話さなかったのだろう?

…………
……

「あたし、最初にリヴァイブ・ノア計画の話を聞いた時、ちょっとロマンチックだなって思った」

「だってさ、人が地球を離れて新しく住める星が見つかるまで旅を続けるって、素敵なことだと思わない?」

「分かってる!なんかおかしいって事は!」

「今日の事ではっきりわかったもの。 その計画の為に悲しんだり、
苦しんだりする人が出てくるなんておかしいって」

「でもやっぱり憧れちゃうな、宇宙に」

「うん。 宇宙の広大さを想像するとね、嫌なことも辛いこともなんでも忘れられるくらい、
自分のことや色んなことがちっぽけなものだって思えるから」

……
…………

 あの時の会話を思い出す。

そう考えるとアイツは優しいやつだ。もし今の俺が宇宙に興味を持って、
こんな夢が叶うような話を持ちかけられたのなら……俺はどんなことがあっても叶えようとするだろう。

 たとえ人を傷つけても、自分の夢が叶うんだから。

 アイツなら、もっとそういうのに貪欲になるのかもしれないと思っていたけど、
やっぱそういう意外な面ってのが、あったのかと、そう思っていた。

 けどやっぱりアイツは、欲しかったんだろう。夢が。
だからこそ、随分前に俺の携帯に届いたメールを見たとき、起きるべくして起きた事なんだなと感じた。

 桃華がクラスメイトに暴行して、問題を起こし続けているらしい。
そうする理由は痛いほどわかる。

 劣等種と蔑まれた俺たちは、こうして戦わなければやっていけないのだから。
昌也と澪音から桃華を止めて、というようなメールが来るが、俺は返しちゃいない。

 今の俺に何が出来るってんだ。
桃華を止めるどころか、これは仕方のないことだと諦めちまってる。この俺に。

 それに今は何もしたくないんだ。

 なあ、母ちゃん……最後に会ったあの日、言ったよな。
『やりたいことをあるがままに、やればいい』って。
母ちゃんの言うとおり、俺は俺の思うことあるがままに行動したよ。

……だけどその結果がこれだ。
危険な団体に皆を巻き込んで、そして悪い噂を流され皆が傷ついて。

 それを知った母ちゃんは、俺のことを心配したせいで心に負担を掛け、病状を悪化させてッ……

 ちくしょう、何もかも俺のせいだ。どうすればいいのか考えた時間もあった。
そして答えは出た。何もしない、が答え。

 そうだ、俺はもう何もしない。
このまま朽ち果てて、俺も母ちゃんのところへ行くんだ……

【2/19(金) 8:25 戸蘭西湘中学校 1-A組教室】

【視点:誠→桃華】

桃華「ホラ、早く綺麗にしなさいよッ! えぇッ!?」

 そう言い、机に分厚い教科書を叩きつける。

あたしは、未だにあたし達の事をコソコソと陰口したり、
性懲りもなく黒板に悪口を書いたりするクラスメイトをしばき上げる。

桃華「ったく、学習能力ゼロなのアンタは?
あン時、木下にあたしがしたコト、忘れたわけじゃないでしょうね?」

 それでも聞かない連中には、あの時教室に衝撃を与えた彫刻刀を握り、顔の近くまで近づける。

 それを見たクラスメイトはあっさり縮み込み、
急いで黒板に書いてあるクソ汚いものを消していくのだ。

 ああ愉快。えぇ、これが正しいあたしの戦い方。
あたしがこういう態度をとり始めてから、あたし達に対するイジメは徐々に無くなっていった。

つまりは怯えてるようじゃダメ、泣いているようじゃダメ。

そんな素振りを見せたら、コイツらは餌を得たように喜んで飛び込んでくる。

 それじゃダメだ。ならどうするか?
叛逆すればいい。抗ってやればいい。こちらから恐怖を与えてやればいい。
そうすることで彼等は抗われることを恐れ、あたし達に対して攻撃するのをやめていく。

 最も、何も知らない誠はいいとして、昌也と澪音は徐々にあたしから離れていってしまった。
そんなに怖い? あたしが? こうしないと、生きるのだって辛いんだから、いいじゃない。

 そう、いずれはあたしの家族を冷酷に奪い去った、総連合国のヤツラにもそれらを教えてやろう。
皆、許してやらない。総連合国の人間は誰一人として許さない。

……だけど一人だけ、たった一人総連合国の人で、ある意味感謝したい人間が一人、あたしにはいる。

 それは、元旦の日、リヴァイブ・ノア計画の発表演説をした、ノヴァ・アサイラム。
あたしは彼の思想を書いた本を読んだことがある。

 その本には、こんな一文が書かれていた。

『人は争いのために生きる。争わない人間は腐り、人という器の価値を失っていく』

 最初は、何を言っているのかよく解らなかったけれど、今思うと、まさにその通りだった。
あたしは今、それを実感している。

 戦ってやろう、どんなヤツらとも。
あの時、あたし達をひどい目に合わせた谷岡のヤツであろうとも。

 彼は今もきっと、どこかで何かを企んでいる。そうなんでしょ? 谷岡さァん。
今もどこかであたしの……あたし達の事をみているんでしょ?

 見たけりゃ好きに見てなさいよ。もしこれからアンタらが何かしてこようが、
今度はそうは行かないから。

 もし正面から来たら、おもいっきり頭を叩き割ってやろう。
もし背後から来たら、油断していているように見せかけ逆に油断したところを脇腹ぶっ刺してやろう。
あたしは今、そういう覚悟で生きているんだから。

木田「よーし、ホームルーム始めんぞー。席につけー」

 クソッタレな先生がやってくる。そして、いつもの下らない三拍子だ。

「きりぃーつ」「れーい」「ちゃくせきー」

 一見、このクラスはいつもと変わらないように見えるのだけど、
実は、今やみっちぃと昌也、休んでいる誠を除く全員が、あの世界方舟新興組合の組合員と化している。

当然、先生だって。

 だからさっきから先生が話しているのはリヴァイブ・ノア計画の話、
自分たちが宇宙へ出るんだ、という話ばかりだ。

そしてそれに賛同する、クラスメイト共。
……もううんざり。

仮にコイツらと宇宙に出てもあたしはなんも嬉しくないし、
この先一緒に生きていこうとはとても思えない。

 もし宇宙に出る夢を果たすのならば、誠、昌也、みっちぃの四人で、
そう、あたしの唯一無二の拠り所である彼等とだけで、誰にも邪魔されないように……。

木田「ちょっとすいません、今はホームルーム中ですので……しばらくお待ちいただけませんか?」

 そんなことを考えていると、先生が、突然やってきた誰かが教室内に入るのを止めていることに気づく。
何かあったのかしら……?

「私は瑠璃崎 澪音の父親だ。どうか通して頂けないかね?」

 教室にまで届いたその声は、やたらカタコトの日本語であり、
どこかで聞いたことのある声のような気がした。

 それを聞いた教室のヤツらも、何事かとざわめく。

「どっかで聞いた声だよなー あの人の声」

「なんかの有名人かな? タレント?」

「瑠璃崎の父親って言ってたけど、そーいや、アイツの両親って見たことないよなー」

 あたしも見たことのない、みっちぃの父親の顔。それが、今日明らかになるのだろうか?

今日はここまでになります。

>>395
乙ありがとうございます!

>>396
結構前のレスに書いたのですが、26話あたりまで続く予定になっているので
まだまだこれからといった感じですかねー

悠長すぎると感じられるなら、もっと要約して書けるよう頑張ってみようと思いますが……、

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377

・第5話の登場人物&単語一覧 >>376

■おまけ
昨日も書いたとおり、明日は多分来れません……
それにしても、話を書いていく度に桃華ちゃんの言葉が荒っぽくなっていく。

必死になってる子は私、好きですが、ヤンデレっぽくなっちゃうと、うーん……って感じ。
では、また明日。

おつ
うーん、このペースだとエタりそうと心配になる
まぁ、でも最初は気にしないで書きたいように書いた方がいいか
書きづらさとか展開に詰ったとかあったら思い切って場面すっ飛ばすのも方法の一つ
これからもし詰ったら試してみ


完結してほしいなぁ

再開します。

 ガラガラと音を立て、とうとうこの教室にその人はやってくる。
止めていたはずの先生は、何故か膝に手を落とし、ガクガクと震え動かない。

一体何があったの……?

 入ってきた人の顔は、帽子で良くは見えないのだけど、少し老けていて、
大体50代くらいなんじゃないかという印象だ。

 身体も綺麗に整っていて、みっちぃの両親であるという証明である、裕福さを
象徴とするような服装を身にまとう凛々しい人に見える。

 その人は、辺りを見渡す。みっちぃの姿を探しているのだろうか?

 あたしはみっちぃの方を見る。
みっちぃは体を縮こませ、見つからないように顔を隠し。震えていた。

 どうしたのだろう? もしかして、両親に虐待されていて、元々離れ離れに住んでいたのを、
迎えに来られ、怯えているのだろうか?

……いや、まさかね。

 その人に見つかるのも、結局は時間の問題で、さっきみたいなカタコトのような
日本語で、「帰るぞ」とだけ口にする。

 だけど、みっちぃは動こうとしない。引き続き、縮こまり、怯え続けている。
そんな時だ。

「ああああッ!?」

ある種の静寂を破るように一人のクラスメイトのヤツが叫ぶ。


「も、もしかして、あの人……ノヴァ・アサイラムなんじゃ……」


 その言葉に、クラスの微々たるざわめきは、一気に爆発する。

「何いってんだよ、んなわけ無いだろ?」

「ホラ、この歴史の教科書見てみ?ぜんぜ~ん違うじゃね、え……か……あれ?」

「……ほ、本物だ……あの髭、しわ、目つき……そっくりだ」

「総連合国、大統領で、総司令官……そしてリヴァイブ・ノア計画の発表をした、あの……」

「「「う、うわああああああああッ!!!」」」

 ノヴァ・アサイラム……? え? え? どういうこと
なんで彼がこんな場所に? それに……みっちぃが、ノヴァ・アサイラムの……? え? え?

 あたしの頭は疑問で埋め尽くされていく。

 だけど、しばらくすると、その疑問は別の感情によって吹き飛んでいく。
その感情は、心の奥底から生まれた小さな種が、発芽し一気に芽生えるかのような、憎悪。

 ってことは、何だ? みっちぃは、あたしを……いや、あたし達を騙し続けてきたってワケ?
あの時の救出劇も、みっちぃの出来レースだった……?

バカな、バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな!!!

 あたしはあたしの心の中で、憎悪と戦う。
みっちぃにまでも裏切られるのか? という気持ちと、そうでない気持ちが交錯する。

昌也「お、おい桃華、これってまじかよ……」

桃華「うるさいッ!」

 昌也が話しかけてくる。 だが、人に話しかけられると最近の癖と、
今のあたしの心境上、強くあたってしまう。

昌也「ひいぃッ! 黙ってるよ……」

 そうよ、みっちぃは何も知らなかっただけ。

みっちぃは、ノヴァ・アサイラムの事なんて知らない。

だから、みっちぃは総連合国の人間で、あたしの敵(かたき)なんかじゃない。

でも実は、みっちぃとアサイラムは血が繋がっていた。

ああああ……もう、もう分かんない……! 分からないよ……!!

 教室内は、いや、いつの間にか、別の教室からも、沢山の人だかりが。
噂が噂を聞きつけ、生徒だけでなく、教師までも、この教室の前に押しくら饅頭の様に
かたまり、アサイラムの姿をひと目見ようと押し寄せてくる。

「アサイラム大統領……本物だ!」

「キャー! サインしてー!」

「計画は、計画はどうなるんですか!?」

「何か一言ッ!!」

 その姿は、話題の人に群がるマスコミさながらのよう。
携帯のカメラで写真を取る人もたくさんいた。

……そんな中でもアサイラムとみっちぃは動こうとしないし、互いに何もしゃべろうとしない。
ただただ互いを見つめ合っているのみ。

 それとも、見つめ合うことで、何かを交信でもしているのだろうか……?

 だが……よく考えて見れば、これは復讐の時なのではないだろうか?
突然過ぎて全く考えが及ばなかったけど、今なら冷静に判断ができる。

 そう、アイツが、総連合国の人間が、あたしのお父さんとお母さんを奪っていったんだ。
そうだ、思いだせッ! 氷崎 桃華ッ!! 今こそ復讐を遂げるんだ!!

目の前に敵がいるんだ、躊躇うなッ!

 本心に従ったあたしは、すくりと立ち上がる。そして、登下校の時に着ているコートに、
密かにしまっている、拳銃をこっそりと手に取り、ゆっくりとアサイラムに近づいていく。

 近づくスピードは徐々に増していく、今なら誰も気づいていない。
ヤツに一発拳を繰り出すチャンスは十分だ。

 拳銃はあくまでアサイラムに懺悔の言葉を唱えさせるための脅し。
クラス全員に手出しをさせない為の抑止力。

 群がるクラスメイトを押しのけ、半径3m、2m、そしてクラスメイトと僅かに、ぽっかりと空いた
空間、アサイラムの立つ半径1mにあたしは飛び込んでいく。

「ノヴァ……アサイラムッ!!」

 あまりの突然さに、あたしを止める人は誰もいなかった。
あたしの、東京の、家族の恨み……受けてもらうッ!!!

 その行動に、クラスは一瞬にして凍りつく。
あたしがアサイラムに、拳で渾身の一撃を叩きつけたから。いや、違う。

 あたしの拳に唯一反応し、それを身をもって止めた人が、たった一人いて、
そのアサイラムの身代わりに、あたしの拳が命中したから。

 前かがみになっていたあたしは、身代わりの顔を見ていなかった。だから、あたしは
顔を上げて、その顔を見る。

「やめて……桃華……!」

桃華「みっ……ちぃ……?」

澪音「……ごめんね」

 今、あたしの嫌いな言葉を吐くソレは、みっちぃだった。
みっちぃはよろよろとした体勢で、あたしに立ちふさがる。

桃華「みっちぃ、アンタ、こいつをかばうの? なんで? どうして!?」

澪音「それでも、私のお父様だから……」

桃華「本当なのみっちぃ? 本当にコイツが、アンタの父親で?
いや、そんなことはもう、どうでもいいわ」

桃華「アンタも……アンタもあたしを裏切るの? あたし達は仲間で、友達じゃなかったの?」

澪音「っ……!そういう、つもりじゃ……」

桃華「じゃあ何だっていうのよッ!! ええッ!?」

 あたしは、みっちぃに見せたこともない凄みで吠える。
だけど、みっちぃも、あたしに見せたこともない目つきで、今もなお、あたしの前に立ちふさがる。

 目と目で語り合う、そうすれば、互いの心すら透き通り、理解し合えると言われている。
だけど、あたしとみっちぃが、語り合った末に見えたものは、拒絶。

 あたしは今、見つめあうことで理解した。みっちぃが、裏切り者だということに。

桃華「ああ、わかったわ。アンタは嘘つきだ。みっち、いや、もうアンタの事をそんな風に呼ばない。
澪音。アンタは、あたしの敵、総連合国の人間なんだ」

桃華「それを、初めて会ってから7年間、ずっと身分を偽って、あたかもあたしと対等であるかのように、
ずっと振舞ってきたんでしょ?」

澪音「桃華……」

桃華「しゃべるなッ!! もういい、澪音。アンタなんかもういい!!
総連合国の人間の言葉なんて、聞きたくない!!」

澪音「…………」

 あたしの言葉に、澪音はだんまりを続ける。つまりは全て事実。
そうだ、澪音はあたし達を騙していた。ずっとずっと、昔からッ!!

「ねえ、総連合国の人間ってさ、なんでこうも卑怯なの!? なんでこうも人を騙せるの!? ねぇ、アンタが教えてよ、ノヴァ・アサイラム大統領様ァッ!!」


目の前に立つあたしの敵、ノヴァ・アサイラムは、それを聞きニヤリと口を歪める。

アサイラム「君は随分と威勢のいい女だな。だが、私に一体何の恨みがあると?」

桃華「サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件……
お父さんとお母さんをあんた達に殺されたわ……無慈悲にねッ!!
あたしはその事件の唯一の生き残りなのよ!!」

 彼が鼻で笑ったのをあたしは見る。それが、あたしの怒りの限界というものを完全に破壊してしまった。

桃華「ノヴァ……!! アサイラムううぅゥッ!!」

 あたしは我を忘れ、懐から隠し持った拳銃を取り出し、アサイラムの脳天に向ける。
本当は、脅しの道具だったはずの、その拳銃を……

今日はここまでになります。

>>407
おつありがとうございます。なるほど、詰まった時に試してみます!
助言ありがとうございます!

>>408
乙ありがとうございます!
頑張って完結させますので応援よろしくお願いします……!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377

・第5話の登場人物&単語一覧 >>376

■追記部分
>>416 21行目(空の行を含めなかった場合は14行目)のセリフ部分は
桃華のセリフとなります。

■おまけ
 昨日は豊洲PITで開催されたEDP2016に向かいました、
帰りの電車が終電ギリギリで帰れなくなるところでした。

 チラ裏でやれという話はここまでにして、あと2日くらいで6話も終わりになりそうです。
6話のサブタイ通りに「暴走と崩壊」といった話に仕上がってきて自分でもちょっと安心。

 このSSの書き始めに作ったシナリオフローチャートがなんだかんだ役に立ってる感じがします。
では、また明日。

再開します。

 澪音は、あたしのもつ銃がほんものであることを知っている。
だから、本能的に逃げた。仕方の無いことだとはいえ、
澪音には大した覚悟もないから本能的に逃げざるを得なかったのだろう。

 だけど、アサイラムは動じない。
それどころか、平常心を保ちながら私に近づいてくる。

アサイラム「女の子には似合わない武器だな。それは」

桃華「なッ……なにが!!」

アサイラム「君には、私を撃つことは出来ない」

桃華「ナメんじゃないわよ!!」

 そう言いながら、あたしの手は小刻みに震えていた。
敵だと思っていても、人を撃つという行為に恐怖を覚えた。

 まるでアサイラムは、その事が分かっていたかのよう。
そして、その一瞬が命取りだった。

 瞬間、あたしは五人くらいの男子に捕まってしまう。

 銃は地面に転げ落ち、アサイラムの手に渡る。

桃華「離せッ!! 離してよッ!! このッ!! このぉッ!!」

 あたしはなんとか抜けだそうとするが、男子五人の力には流石に勝つことはできなかった。
それでも、目の前にいる敵、それを諦めきれないあたしはあがく。

 あたしが身動きが取れないことをいいことに、アサイラムは近づいてきて、
銃をあたしの額に当てトリガーに手を掛ける。

 あたしは、反射的に動きを止めてしまう。
まさにあの時の、谷岡に銃をつきつけられたときの記憶が蘇ってくる。

 だけど、そんなこと関係なく、弾が入っていることが分かっている銃を額に当てられ、
トリガーを手に掛けているなんて考えたら、誰だって動きは止まってしまう。当然だ。

 そんなあたしの挙動を見てアサイラムは再び鼻で笑う。

アサイラム「所詮、その程度で怯えるようでは、まだまだ話にならんな。
復讐だけで動く……それだけでは何も達成できない。覚えておけ」

 そう言い放つと、アサイラムは銃をこめかみから外し、放り捨てる。

アサイラム「いくぞ、澪音」

澪音「はい……」

 気づけば、澪音はアサイラムの従順な羊になったかのように、てくてくとヤツの後をついていく。
そうでしょうね、あたしに隠すものは、コレでなにもないのだろうから。

 澪音とアサイラムが教室から、あたしの視界から去っていく。
どうにも出来なくなったあたしは次に、怒りの矛先を澪音に向け口で攻撃をする。

桃華「澪音覚えてなさい!! あたしを、あたし達を騙してたことッ!! 絶対に許さないからッ!!」

澪音はもう何も答えなかった。

桃華「嘘つき、澪音の嘘つきッ……!!」

 身動きの取れないあたしはひたすら叫ぶ、もう恐らく澪音には聞こえてないだろうが、それでも叫ぶ。

それは、信じてた人間に裏切られた悲しみを大声を出すことで少しでも和らげようとしてか、
総連合国の人間に対する恨み憎しみからか。

叫んでいる本人のあたしですら、それは解らなかった……

クラスの男子「オラ、立てッ!」

 それからあたしも無理矢理立たされ、アサイラムの向かった先とは別の場所に連れて行かれる。
連れて行かれている時、周りから聞こえてくる声は、あたしを非難する声でいっぱいだった。

体育教師「よーしお前ら、そこまででいいぞ」

 後ろからやってきた体育教師の先生に止められる。

体育教師「後は先生達に任せなさい。ホラ、君らは授業があるんだから戻りなさい」

 そう言われ、あたしを放り出すように体育教師の先生にバトンタッチすると、
その場を去っていく。

体育教師「さぁて、劣等種の君には……私、いや、私達の特別な授業が必要なみたいだね」

 先生は連れて行く。職員室を通り過ぎ、1階へ、校庭へ、その裏へ。
やってきたのは、体育倉庫。そこには、先生が呼び寄せたのだろうか。

 他の先生達が何人も、拳をポキポキ鳴らして待ち構えていた。

体育教師「口で言っても聞かないバカな劣等種クンには、体で覚えてもらうかな……!」

 他の先生達もゲラゲラ笑う。ただし、笑っているのは口だけで、目は鷹の様に鋭く睨みつける。
けど、恐怖は覚えなかった。だって、今のあたしは恐怖より、失望感の方が、大きかったんだから。

【2/19(金) 9:00 戸蘭市 通学路】

【視点:桃華→澪音】

ボディガード「こちらです、アサイラム様、澪音様」

アサイラム「うむ、済まないな。では、行ってくれ」

 お父様は、私を後部座席に座らせ、車を発信させるように促す。
これからきっと向かう先は、私の知らない場所なのだろう。

 もはや隠すこともない、私は総連合国大統領を務めるノヴァ・アサイラムの隠し娘で、
元々総連合国とアジア連合国のハーフの人間だ。
この町で瑠璃崎という苗字を使い、総連合国の人間と悟られないように生きてきた。

 元々、お父様は結婚していることを世間には隠していた。
国のリーダーとして立ち続けているお父様は、
敢えて私とお母様をこの町に送り、距離を取っていた。

 そのことを、いつかは誠や桃華にこっそりと打ち明けようと思っていたのだけれど、
2年前、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件が起き、総連合国を憎むようになってしまった
桃華に、こんな真実を伝えられるわけがなく……

結局中学生になっても、私は一番大切な仲間たちに、私の本当の姿を伝えることは出来なかった。

 私は嘘つきだ。それも、何年も何年も、騙し続けてきた。
桃華が私にあんな言葉を言うなんて、分かりきっていたことだったけれど、いざ言われるとやっぱり辛い。

 ああ、桃華に謝りたい。どんなことを桃華にされても構わないし、その後私がどうなっても構わない。
このままじゃ、桃華は一生、私を憎んでこの先、生きていくことになる。
そんなのは、嫌だ。

澪音「お父様……1日だけ、1日だけ待っては頂けませんか……?」

アサイラム「……何をだ?」

澪音「総連合国に私を連れていくことは分かってます、
けれど1日だけ、この町でやり残したことがあるんです。お願いします!」

アサイラム「駄目だ」

澪音「そんな……」

アサイラム「お前はもう忘れるんだ、これまでの日常、友、仲間、全てをだ」

 そんなこと、出来るわけがない。
忘れられるわけがない。誠達と過ごした日々全て。

辛いことも楽しいことも、全部分かち合ってきたあの三人との思い出を……

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377

・第5話の登場人物&単語一覧 >>376

■おまけ
もう暖房はいらない気温になってまいりました。この時間に作業してても手が冷たくなくていいですね。
では、また明日。

おつ


まさかのラスボス登場か

再開します。

【2/19(金) 9:40 世界方舟新興組合 皇津本部 特別室】

【視点:澪音→谷岡】

谷岡「それで、昨日も今日も、彼等は意味もなく学校へ?」

幹部の男「ええ、懲りずにです。いい加減、何を唱えようが、あの4人が劣等種というレッテルから
逃れられるわけがないのに。学習能力ゼロですね」

谷岡「分かりました、下がりなさい」

 私に、今日の朝の誠グループ4人への監視の情報を伝え、彼は部屋を出る。
今日も私にとって素晴らしい一日となるに違いない。いや、既になっている。

なぜなら……

谷岡「いーっひひひひッ! くはははははッ!!」
 
 ああ駄目だ、笑いが止まらない、いひひひひひッ!
彼等4人の情報が伝わってくる度、笑いがこみ上げてしょうがない。

 あれから、私は内田 誠を中心としたグループの関係者に、彼らに関する悪い噂を流し、
生活の中で孤立させるように仕向けた。

 これも全て、瑠璃崎 澪音を手に入れるため。
押してダメなら引いてみろ、と言わんばかりに、
今度は瑠璃崎 澪音の意思でこちらに来てもらうような状況に持っていくのだ。

 瑠璃崎 澪音は彼らのグループのいわばマスコットであり、そしてグループの制止役だ。
彼らのグループになにかあれば、必ず私のところにこんなことをやめさせるためにやってくる。

そこで、瑠璃崎 澪音が組合に入ることを引き合いに出せばいいのだ。

 それに、あのグループには一人勘が鋭く、行動力がある人間が一人いる。そう、氷崎 桃華だ。
彼女の大雑把な行動すべてが、我々の手によって曝け出されている。

 彼女が怪しい行動を見せたのなら、それは我々が動く時。
氷崎 桃華は、我々にとってのアラームレシーバーなのだ。

 私は、自分の部屋の引き出しから、シュガーレスガムを取り出し、3粒手に取り口に含む。
ガムを噛んでいる時は、頭の回転が早くなる。それに、歯の健康にもいい。

 そうして再び椅子に座り、一息つく。

 それにしても、噂というのは興味深いものだ。
そう、人は生まれながらにして悪い心を一つ持っている。

 それは、人の悪い噂を聞き、それが少しでも面白いもの、興味を引くものであったならば、
驚異的なスピードでその噂は広がり、そして尾ひれがついたかのように噂は悪い方向に大きくなっていく。

 それがまた、若い学生となるとまた面白い。
悪い噂が少しでも伝わると、その噂の中心人物や、関わる人間を攻撃したがるのが学生だ。

 人が破滅する様を見るのが好きな学生はいっぱいいる。
その証拠に、彼らのグループに対する視線や虐めという行動が見えてくるのだ。

 さらに、噂というのは、力さえあれば虚実によってコントロールすることが出来る。
そのコントロールのさじ加減で、噂の人物や、周りの人間すら、心理的に操ることだって可能なのだ。

 瑠璃崎 澪音を情報によって手に入れる、最も効率的な方法だと、私は思うのだが、
一度、信者の一人が不安げに語ったことがあったか。

……
…………

信者「……しかし、これで本当に瑠璃崎 澪音が手に入るのですか……?
その前に警察や、またまたボディガードのようなものを送り込んでくるかも……」

谷岡「警察ゥ……? 貴方ね、警察はもはや力を失っているも同然でしょォ……?
今や警察、この街の治安維持をしているのは最早我々なのですから」

谷岡「完全にこの街は私達、世界方舟新興組合が支配したのです! ですが、それだけでは足りない!
リヴァイブ・ノア計画の一員となり、今度は我々が宇宙に出て、
さらなる飛躍を遂げなければならないのだから!!」

信者「……そう、でしたね」

谷岡「なんですか? それでも、なにか不安、不満があるとでも?」

信者「いや、なんと言いましょうか……。彼女だけは、なにか我々の想像を超えるなにかが……あるような」

谷岡「黙りなさい!! あんな小娘になにが出来るというのか!!
そもそもあの時だってもう少しで彼女を物に出来たはず!! ……もう少し、もう少しなんです!!」

谷岡「こんな小さい街から宇宙へ、我らの夢を!! 悲願を達成させるときなのです!!
そのために、もっと苦しめるのです……彼らをッ!!」

谷岡「この私の仕向けた、情報という恐怖に苦しめ……堕ちろ……内田 誠とその仲間共。
そして早く私の元へやってこい……瑠璃崎 澪音ッ!!」

私はいつでも歓迎しているぞッ!! くっくくくくく!!!

……
…………

 想像を超える何か、か……
確かに、彼等4人をここに迎えるための準備として探偵を雇い、4人の情報を集めさせたが、
瑠璃崎 澪音の情報は満足なモノが得られなかった。

 だが、たかが人間一人なのだ。組合という、人が集まった力に、どう対抗できようか。
そんなもの、地方や国をあげてでもしない限り、太刀打ち出来るわけがあるまい。

 そう考え事をしていた時、突然私の部屋の扉が、ノックもなしに開く。

信者「谷岡様ッ! 谷岡様ッ! 大変です!!」

谷岡「何事です?」

信者「瑠璃崎 澪音が、ノヴァ・アサイラムに連れ去られました!!」

谷岡「は?」

 その時の私には、彼の言うことが聞き間違いか何かと思っていた。しかし。

信者「監視員が入手した唯一の写真です。こちらを!」

 その写真を手に取り、見る。そこには、瑠璃崎 澪音とアサイラムが、黒い高級車に乗り込む姿が。

谷岡「こ……これは、本当ですか?」

信者「間違いありません、中学校に潜入させた仲間の一人から送られた確かな情報です」

谷岡「ノヴァ・アサイラム……彼女と、アサイラムには、何か関わりが……?」

信者「どうやら、彼女とアサイラムは親子関係らしいとの情報もあります、とにかく、これから我々は
どうすればよいのでしょう?」

谷岡「あり得ん、あってたまるか……それも何だ? わざわざ彼がこの戸蘭市まで訪れ、彼女を連れて行く?
そんな馬鹿な話があってたまるか……!」

 平穏から、一瞬にして混乱へ。口の中でガムをコロコロと転がしながら、私は考える。

谷岡「何故、何故このことを察知できなかったのかッ……!」

信者「流石に、アサイラムという総連合国トップの事情の把握は不可能です」

谷岡「くっ……それが世界方舟新興組合の力の限界ということ、ですか」

 考えても、どうすればいいのか思いつかない。どうすればいい、どうすればいいのだ!

谷岡「……ありえんッ!! こんなところでッ!!
しかも、瑠璃崎 澪音を連れ去ってしまうとはッ……!!」

信者2「大変です! 谷岡様!!」

 また、信者の男が一人部屋にやってくる。

信者2「瑠璃崎 澪音が連れ去られたという噂が組合員の中で広まり、谷岡様の見解を聞きたいと、信者達が
迫っています!!」

谷岡「ぐッ……! ぐぐぐぐぐッ……!!」

 組合の中がざわめきだしていくのが、嫌でも聞こえてきそうになる。
くそ……このままではまずいッ……!

「行くぞ、ココをひとまず抜け出します。貴方は着いてきなさい!」

 この部屋に留まっていてはいけない、留まっていれば、この事態への納得のいく説明を、
組合員達に説明しなければならないが、今の私にそんなものは思いつかない!!

谷岡「もう一人の貴方は、私が留守にしていることを伝えなさいッ!
そうだな、二日は戻らない……そう、そう伝えなさい!!」

 私は、今や棺桶となった部屋を抜け出し、緊急事態時に使用する予定の地下通路への扉を開き、中に入る。

クソ、なんだ、何故だ!? 一つの歯車がズレたせいで、他の歯車が次々と崩壊していく……!!
折角この作戦もうまく行きかけてたというのにッ……!!

【2/19(金) 10:00 戸蘭市 地下通路】

 カツーン、カツーン……と、足音が反射して、耳に響き渡る。

 もしもの時のために、使われなくなった地下通路を改装して用意しておいたこの隠し通路が、
こんな時に役に立つとは皮肉なことか。

 今の私は敗走の将だと言われてもおかしくはない。
それもこれも、瑠璃崎 澪音に関わってから何かが変だ。

それ以前までは、何もかもが上手く行っており怖いくらいだった。

 だがあの時、私が瑠璃崎 澪音を含んだ内田 誠グループを監禁し、
脅迫まがいにこの組合に誘い込んだ時から、なにかが狂い始めたのかもしれない。

 私にもわからない力が働いている……? それほどこのリヴァイブ・ノア計画と、
それに携わるノヴァ・アサイラムの血を分ける人間には、何か見えぬ力があるとでもいうのか……?

信者「谷岡様、我々はこれからどうするのです?」

谷岡「とにかく、この世界方舟新興組合の内部崩壊を避けるために尽力しましょう、
リヴァイブ・ノア計画の事は、少し頭の隅に追いやらなければ……なりませんね」

 本来なら私は今、失敗ばかりでブチ切れているところだが、何故か今の私は冷静そのものだ。
ある意味それが幸いしたのだろうか、大勢の組合員に私の失敗を問いただされ、
私自らの手で組合を潰してしまうという最悪のシナリオを回避することが出来た。

それが不幸中の幸いと呼べるほどであるかは……別として。

信者「谷岡様、この通路は一体どこへ繋がっているのでしょうか?」

谷岡「戸蘭市の駅の地下通路にそれぞれ繋がっています。
とりあえず……ある程度遠い、戸蘭中央駅に向かいましょう」

谷岡「まずはそこで体制を立て直しましょう。そこには、氷崎 桃華もいます。
彼女も、何か行動を起こしているに違いない」

 そうだ、まずは傾いた体勢を立て直すことから。何もかも、地道に地道に、堅実に。

思いだせ。私が最初、この組合をつくり上げる時の苦労と努力を……
それと比べればこんな問題、容易いものなのだからッ……!

【2/19(金) 10:20 戸蘭市 通学路】

【視点:谷岡→桃華】

 体全体がズキズキする。頭はガンガンするし、足は傷のせいで、引きずりながらだ。

 あの後、あたしは先生の手によって、学校の体育館の横にある体育倉庫に連れて行かれた。
そこで、先生達による暴行を受けた。

 あたし一人のために、何人もの先生が倉庫で待ち構えていて、私を殴る蹴る……
もう終わったはずなのに、耐えたはずなのに、脳裏から彼等の声がいつまでも蘇ってくる。

『劣等種如きがノヴァ・アサイラムに歯向かうな』

『世間知らず』

『一度死んでこい』

 あああ……うるさいうるさい、黙れ黙れ黙れ。
今の私の体は、暴力によりボロボロだ。

でもそれ以上に心は修復するのが難しいくらいボロボロになっていて、
とても耐えきれるものではない。

 どこかで読んだことがある。言葉による暴力、心に受けた傷というのは、
そう容易く消えるものではないという。

感じたくもないのに、まさに私は今、それを実感していた。

 ……それに、澪音だ。
あいつはノヴァ・アサイラムの娘、総連合の人間だった。

 ずっと一緒にいながら、あたし達を騙していたんだ。
あいつとは沢山楽しいことをした、辛い時も一緒にいてくれた……。

サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件の後だって、あいつは私の事をずっと心配してくれた。

 でもそれは、自分が総連合の人間だということを隠すために、
そう思わせないためにしていたことだったんだな……って、今になって思う。

 そう思うと、私の体の芯から怒りと憎しみの感情が沸き上がってくる。
小学校の頃から7年間、ずっと一緒にいたのに……あんなに一緒だったのにッ……!!

許せない、許せるはずがないッ!!

ノヴァ・アサイラムならまだしも、あいつを逃すわけには行かない。
のこのこと、総連合に返すと思うな……?

その時、あたしの携帯に鳴り響くメールの着信音。

あたしは携帯を開く。差出人は……澪音だった。

--------------------------------------------------------
From:みっちぃ

本文:明日の休みの日、学校で桃華に謝りたいです。
--------------------------------------------------------

 謝りたい? 馬鹿じゃないの?

嘘を吐いてた事を、7年間も騙し続けていたことを、
ごめんなさいの一言で片付けられると思ってんのこいつは?

 ああ、これだからあたしは「ごめんなさい」の言葉が大っ嫌いなんだ。
ただ一言謝れば、チャラに出来ると思ってる。許しあえるのだと思ってる。ああ馬鹿馬鹿しいッ!

嘘は、嘘を吐いた時から罪なのだ。そして隠していた分と時間だけその罪は重くなっていく。

 あたしとの友情をぶち壊すような嘘。その罪は……そうね、あたしから家族を奪い、
そして今世界を狂わせている元凶である総連合国への業。

それを全て背負うくらいの償いはしてくれなければならないだろう。

 殺すなんて、そんな甘い罪で済ませてたまるか。そんな奴のためにあたしが手を汚す理由なんてどこにある?
既に掻き回されてぐちゃぐちゃになってしまった人生だとしても!

……それをなに? ごめんなさいで終わり? 的外れにも甚だしいッ!

 逃がさない、絶対に逃がさないッ!! 今からでもあいつの家に行って、
あたしと同じような苦しい人生を与えてやるッ!! もちろんアサイラムもだッ!!

…………
……

 あれ? 今あたし、逃がさないって言ったっけ?
……逃がさない? いや、違う。

………ふっ……くっくくくく! あははははははッ!!

 そうよ! あたしがあいつの家に出向くこともなかった!! なんて好都合! あははははッ!!
あいつの方からこっちに来てくれるなんて、みっちぃ優しい~ッ!!

そうと決まれば……準備だ。 とっておきの歓迎、してあげなくちゃ。

 皆を呼ぼう。明日は土曜日、学校は休み。
4人で楽しい1日にしてやろう。澪音を盛大に歓迎してやろう!!
レッツパーリィよ、はははははッ!!

 邪魔は誰一人許さない。明日のパーティを邪魔するヤツは、容赦しないから。
だって、幼なじみで大の仲良しの友達が、別れの挨拶に来てくれるんだから……!


 ボロボロだったはずの体なのに、今はとても体が軽かった。
それはなぜだろう? 目的が出来たからか、喜びが手に入ったからか。分からない。

 けど今、明日の事を2人に伝えるメールを打つ速度は、自分でも考えられなくらい
スピーディで、しなやかだった。


【視点変更:桃華→???】

新着メールが一件届きました。

--------------------------------------------------------
From:桃華

本文:明日、学校でみっちぃのお別れパーティを開くわ。
復讐という、パーティを。絶対、来てね。
--------------------------------------------------------


【ぼくらの世界創造 第6話「暴走と崩壊」 おわり】

今日はここまでになります。

>>427
おつありがとうございます!

>>428
乙ありがとうございます!
漂うラスボス感。またこれからも出てきます。

>>429
乙ありがとうございます!!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377

・第5話の登場人物&単語一覧 >>376

■おまけ
明日からは、第7話「遠い記憶に思い做す」となります。
狂って裏切りで暴走で、めちゃくちゃになってきましたが、いかがでしょうか。
では、また明日。

再開します。

【6話の登場人物&単語一覧】

■登場人物

「内田 誠(うちだ まこと)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
 何もかもが空回りしてしまい、自分に自信をなくしてしまった。
生まれて初めての挫折感と恐怖感。どうすればいいのか、自身も迷っている。

「氷崎 桃華(ひょうざき ももか)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
 総連合国の人間を、親の敵として恨んでいる。


「朝日 昌也(あさひ まさや)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少年。
 自信がバカである理由、それは、臆病な気持ちを抑える
為だというが……

「瑠璃崎 澪音(るりざき みおん)」
戸蘭西湘中学校に通う中学1年生の少女。
 父は総連合国大統領を務める、ノヴァ・アサイラム。
彼女は、その隠し娘であり、身分を隠してこの戸蘭市に住み着いていた。

「木田 佳彦(きだ よしひこ)」
42歳 誠のクラスのホームルーム担当教師。
 世界方舟新興組合の組合員として、たとえ教え子であっても、劣等種は追い詰めなければいけない。
なぜなら、生き残るため。自分が劣等種と呼ばれないように、弱い立場の人間を叩かなければ、生きていけない。

「谷岡 曹爽(たにおか そうそう)」
40歳 リヴァイブ・ノア計画参加促進団体「世界方舟新興組合」の団長。
 瑠璃崎 澪音の確保に再び失敗が迫り、焦っている。

「ノヴァ・アサイラム」
53歳 総連合国の大統領の座につく男。「リヴァイブ・ノア計画」の発案者。
 澪音を連れ帰るために、多忙の中わざわざ戸蘭市まで足を運んだ。
それほどまで、彼女が必要なのだろうか?

【ぼくらの世界創造 第7話「遠い記憶に思い做す」】


【2/20(土) 3:30 澪音の家】

【視点:桃華→澪音】

 私は、お父様に連れられて、一度私の家まで戻って来た。
その訳は、明日の朝に総連合国からやってくる小型の軽飛行機を待つためだ。

 今、世界の3つの国は、いわば鎖国状態にあり、自由に国の行き来が出来なくなってしまっている
為だからだそうだ。

 それにしても、こんな明け方に起きるなんて始めてで、今とても眠い。

 だがそんなことを言っている暇はない、
今から私はここを抜け出し学校へ向かわなければならないのだから。

 今まで。お母様や使用人の方のいいつけを守ってきた故に、慣れない事をするためとても不安だ。
そう思うと、本来は安らぎを与えてくれる私のお家にいるというのに、緊張感と恐怖が湧き上がってくる。

そういえば、誠達にこのお家に招待したことはなかったっけ……

 それは、お母様の言いつけであったけど、7年も彼らと一緒にいて、
何度も彼らのお家に招待されたはずなのに、私だけお家に上がらせなかったというのは、
ちょっと違和感を感じる……かな。

 そんなことを思いながら、広い廊下をそーっと進んでいく。

今は、お父様がいるため、このお家は特別な体制で警護をしている。
だから、見つからずに進むのは容易いことではない。

 暗くてあたりがよく見えず、うっかり花瓶を落としてしまう。
運良く落としただけで割れはしなかったが、使用人の人に勘付かれたかもしれない。

廊下をちょっと駆け足で抜ける。ライトを持って歩く使用人の人が私の見える範囲にいたが、
気づかれずに済んだ。

 長い廊下を抜け、階段にたどり着く。
あとはこの階段を降りて裏口から外に出るだけ。
案外あっさりお家を抜け出せそうだと、私は少し安心する。

 階段を降りきり、1階にやってくる。
そして、裏口の扉を開け、外に出る。

 それと同時に、冬の冷気に身体が当てられ、私はちょっと身震いした。
マフラーをつけておいて良かった……

使用人「澪音様……? そこで何を?」

 突然後ろから聞こえた声。私はギョッとしてつい変な声を出してしまう。

使用人「……? どうなさいました? 澪音様?」

澪音「い、いえ、最後にこの街を見ておこうと思いまして……」

使用人「そうでございましたか……」

 納得してもらえただろうか……? 早くここを立ち去らなければ……

使用人「しかし、先日からアサイラム様に命じられております。澪音様を外に出さぬよう……!」

 それを聞いた途端、私はとっさにこの場から駆け出す。
やっぱり、バレてしまった!

使用人「澪音様がお逃げになった! 誰か! 誰かいないかー!?」

 後方から使用人の人達の声が聞こえる。

使用人の人達はきっと、我が家のボディーガード、総連合軍上がりの人達を呼び、
私を追ってくるだろう。

世界方舟新興組合の本部に行った時、私達を助けてくれたのは彼らだ。

使用人の人達ならまだしも、訓練された彼らに追われてしまうとなると、
流石に私も逃れ切ることはできない。

 後ろを振り向く、追っ手はまだ来ていない。
しかし必ず来る。はやく向かわなくては!

 寒さと焦りで奪われていく気力と体力の中、私は力を振り絞り走る。
戸蘭市は広い。何処かに隠れさえすれば、早々に見つかることはないだろう……!

 あれから15分ほど走った私は、無意識に桃華のお家にたどり着いた。
早く桃華に会わなければという焦りが、きっとここまで足を運んだのだろう。

 少し早いけど、今桃華に会って、話をするのも悪くない。
そうして私は、桃華のお家のインターホンを鳴らす。

 しかし、インターホンを何度も押しても出る気配がない。
時計はまだ朝の4時を回っていないし、眠っているのだろうか……?

 ここは失礼だけど、勝手に上がらせてもらおう。
桃華に謝らなきゃいけない事がまた増えてしまうけど、私には時間がないのだから。

澪音「失礼します……」

 私はそっとドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。

 桃華は二年前の事件、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件でご両親を亡くした後、
遠くに住む親戚の方から仕送りをもらって生活しているため一人暮らしをしている。

 そのため、よく誠の家に招待されたりするみたいで、
それに便乗してよく私も誠の家にお泊まりに行ったものだ。

 中に入ると、そこは真っ暗な空間で覆い尽くされていた。

きっとまだこんな時間だ、自分の部屋で眠っているのだろうか。
起こすことになるけど仕方ない。どんどん謝ることが増えていってしまう気がして、
私の心が更に沈むとともに、「ごめんね」と言わないと気がすまないという気持ちでいっぱいになる。

 ちょっと段差の高い階段を登る。
ここだ、桃華の部屋。何度も泊まりに来た場所だからよく知っている。

 ノックをしてみる、しかし反応はない。
やはり眠っているのだろうか……?

澪音「おじゃまします……」

 お邪魔する相手には聞こえているわけがないけど、これも礼儀だ。
そーっとドアを開け桃華の部屋に入っていく。

 中に入ると、女の子の部屋特有のある種の匂い、いや香りと言ったほうがいいか、
そういうものが漂ってくる。

 私にとっての普通の女の子である桃華の香りは、ある意味魅了されるものがある。
……だがいない。桃華が部屋のどこにもいない。

 お手洗いだろうか……いや、どこの電気もついていなかったからそれはありえないだろう。
ならばどこへ行ってしまったのだろうか……?

「澪音様ー!」

「……確かこの辺りだったはずだが?」

「澪音様の友人の家に紛れ込んでいるかもしれない、少し乱暴であるが一軒ずつ回ってみよう」

…………!
いつの間にか、追手がすぐ近くに来ていた……!
どうしよう、ここに入られたら逃げられない……!

 あ、しまった……靴! 靴を玄関に脱いだままにしてしまった!

十中八九この桃華の家に入ってくることは間違いないだろう。
ここはもう、靴を囮にこの家を探しまわっている間に逃げるしか無い!

「……む、鍵は閉まっているな」

「一階の窓から入ろう、ガラスは仕方あるまい」

 来る……! 私はまず履いていた靴下を脱ぐ、
いくら寒いといえ雪の残った道を靴下で進むのは裸足より苦痛だ。

 次に桃華の部屋のドアに鍵をかけ、部屋の窓を開ける。
すると、冬暁に染まる街と厳しい冷風が私を再び襲う。

ここから、この二階の部屋から飛び降りる、それは私にとって初めての試み。

 飛び降りようとした時、ガラスの割れる音が聞こえる。彼等が、桃華のお家の窓を破って、
入ってきたという証拠に違いない。

 もう躊躇している場合じゃない! 私は窓の横を見る、そこには水道の配水管があった。
これならちょっと情けないけど管を使って降りることが出来る……!

 私は管に手を伸ばし部屋から移る。
やや凍りついている配水管は無防備な私の素手と素足を冷たさで襲う。

それをぐっと我慢して桃華の部屋の窓を閉め、早々に二階から地面まで降りていく。

 地面に降りた時、手は既に凍っているかのように動かなかった。地に付いている足も冷たくて苦しい。
だが、弱音を吐いている場合じゃない。ここから早く逃げなくては……

 塀を飛び越え、再び駆ける。まだ彼らには気づかれていない、逃げろ逃げろ……!
裸足だから足が軽い。その分早く走れるけど恐ろしいほど冷たい道のせいで長くは走れない。

 どこへ逃げよう、誠の家?……いやだめだ、彼らは私の友人の家を探すと言っていた。
少なくとも、もっと時間がたたなければ行くことは出来ない。ならばどこだろう、安全な場所……

 そうだ、戸蘭大病院。あの巨大な施設なら、時間が稼げる。明るくなるまで、身を潜めていても、
きっと大丈夫。

 そう思った私は、学校から反対の道を走る。目指す場所は、戸蘭大病院。

今日はここまでになります。

>>444
乙ありがとうございます!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447

・第6話の登場人物&単語一覧 >>446

■おまけ
明日か明後日はどちらか書き込みに来れないかもしれません……一応予告です。
では、また明日。

おつお

再開します。

【2/20(土) 4:10 澪音の家】

 私はなんとか無事に、戸蘭大病院に辿り着いた。
この病院に、一度も用になったことはないのだけど、誠のお母様が入院しているところで、
お見舞いに行ったことも何度かあったし、なによりこの町唯一の病院だから場所はよく覚えている。

 入口は当然のように開いているのだけど、追手から逃れる為にここに来たのだから、
正面から入るのは少し忍びない。

だから私は、裏口にある非常用の入口から、空いている扉を見つけて病院に入る。

 中は非常口の明かりが不気味に光るだけで、真っ暗だった。
私のペタペタと歩く足の音すら響き渡るんじゃないかと思えるほど、音も全く聞こえない。

 それにしても、こんな明け方の病院の中に入るなんて初めての事だ。
思えば今日は、なんだか初めての事が多い。

いつもと違う世界で、いつもと違うことをする。いつもの私達ならなんて心地良いフレーズだっただろうか。

 そうだ、誠のお母様の部屋に行ってみよう。
部屋の中には入れないけど、懐かしい感じがして無性に行きたくなった。

 でも、出来ることならお母様に会ってお話がしたい。けどそれはこんな明け方に失礼だ。
懐かしい気持ちを、あの楽しかった時の感じを取り戻したい。

えっと……何階だったっけ? この病院は大きすぎてよくわからない。

そうだそうだ、28階。思い出した。

何故思い出したかというと、去年の末に皆と観に行き、桃華から勧められた
「世界の果てへ」という小説のおかげだ。

 小説に出てくる、一番お気に入りのフレーズ「ぼくらの世界創造は宇宙(そら)をも越える」は、
主人公4人が地球から宇宙へ飛び立つときの台詞で、それが書かれているページが、
最終巻の280ページであったから、それでいつも思い出すんだ。

 そういえば私がリヴァイブ・ノア計画の話を聞いた時も、真っ先にこの小説が出てきたっけ。

 宇宙に出る夢を、いつも桃華は私達に話していた。
だから、私もこの小説の影響で宇宙に出てみたいなと、何度も思ったことはある。

小学校の時、将来の夢は宇宙飛行士だ――なんてことも、考えたこともあるくらいに。

 今進んでいる「リヴァイブ・ノア計画」は、その夢を叶えるのに、
もしかしたら一番の近道なのかもしれない。

 だけど、近道であるはずのその計画は、宇宙への夢を忘れてしまうくらい、
私達の住む世界を、めちゃくちゃにしてしまった。

 今では宇宙なんかより、桃華とのすれ違いをなんとかしたいという気持ちでいっぱいだ。

 けど、もしこの先すれ違ってしまった私達が元通りになって、
リヴァイブ・ノア計画の船に乗り込むことが出来たなら。

 私達の、いや、”ぼくらの世界創造”それが、現実で出来るのかもしれない。
小説「世界の果てへ」の物語のとおりに、4人で宇宙へ。

 長い長い非常階段を、上へ上へと登っていく。
凍える手足をぐっと我慢しながら、ひたすら上へ。

 足は疲れ、熱を帯びパンパンになるところだけれど、その熱も冷気に奪われ、
筋肉が固まってしまうかと勘違いしてしまうほどだ。

 そう思いながら、ようやく辿り着く。誠のお母様がいる、28階へ。
再び、少し重い扉を開き、暗い暗い廊下の中に体を溶けこませていく。

 えっと、ここかな? 誠のお母様のお部屋。
そう、今日はここを通るだけ、通るだけ。近くにいるだけなんだから。

 しかし、その時誰かの足音が。
恐らく、警備員さんだろう。流石に今見つかってはいけない、隠れなくては……!

 私は慌てふためく。非常階段まで戻るか? いや、非常階段の扉を開ける時感づかれてしまう。
近くの椅子に身を潜めるか? もし警備員さんがライトをこちらに向けてしまった時が最後だ。

なら……この病室に入るしかない。それはとても失礼なことだけど、今の私に手段を選んでいる余裕はなかった。

本来、この病院は確か深夜23時から7時の間、20階以上の病室のセキュリティは停止しているんだったはず。
深夜は電力消費を抑えるために、セキュリティを昼とは逆に2階から19階の部屋に働かせているそうだ。

だから、お願い、開いて……! そう心に願い、取っ手に手を掛ける。
そうすると、するするっとドアごと取っ手が右にずれていき、部屋にはいることが出来た。

 そうして私は、無事にお母様の病室に入ることが出来た。
けれど、誠のお母様の姿がないことにすぐ気づく。

え? どういうこと? 私、入るお部屋……間違えたのかな?

 幸いにも、廊下と違い、病室は外がよく見えるようになっている構造になっているため、
明かりをつけなくても僅かに辺りの物や文字を目視することが出来た。

 そうして、壁に書かれているであろう患者さんの名前が書かれている場所を見る。
そこには誠のお母様の名前は書かれておらず、どうやら、ただの空き部屋と勘違いしてしまっていたようだ。

 やっぱり入るお部屋を間違えたんだ。失礼なことをしないで済んだと私はホッとする。
安心したら急に疲れが現れ始めてしまい、私はベッドの近くにある丸い椅子に座る。

足が冷たくて痛い……ある程度温かい手で、足を少しでも温めるととても気持ちよかった。

 とっても静か。こんな静かだと、懐かしく楽しい思い出、辛く苦しい思い出、
色んなモノが鮮明に頭に浮かんできそうなくらいだ。

 沢山の記憶で一番の思い出。そうだ、それはこの病院にあった。
あれは今から3年前、小学4年生の頃、誠が肝試しがしたいって言って始めたことから始まった。

肝試し自体は、途中で誠が見つかっちゃって、そこで看護婦さんにこっぴどく怒られて終わりになったけど。
けど、懐かしい。あの時は、怖くて怖くて、桃華の裾を握りしめながら歩いたっけ……

…………
……

誠「さて、やってまいりました深夜の病院っ!」

誠と桃華「「おーっ!!」」

澪音「ね、ねぇ……ホントにするの? 誰かに見つかったら怒られちゃうよ……?」

誠「平気へーき! 見つかりゃしねぇって! なあ桃華!」

桃華「そうよ、大丈夫だって!」

澪音「でも……」

誠「一人でそこに居てもいいんだぜ? けど、病院の1階、その周りにはここで死んだ沢山の
幽霊がいるって言うぜ?」

澪音「いやぁ……!」

桃華「ちょっとー、澪音泣かせようとするんじゃないわよー」

誠「悪ぃ悪ぃ! な、2人でペアだから、大丈夫! オバケも出ないし、見つかりっこねえよ!」

(そっか……あの頃は、桃華も私のことを「みっちぃ」じゃなくて「澪音」って呼んでたっけ……)

桃華「じゃあ、二人一組になりましょー!」

昌也「ところで、何で決めんだ? 誠! くじ引き? じゃんけん?」

誠「そーだなー……手っ取り早くグーとパーで組み分け、でいいんじゃね?」

桃華「はいけって~!」

昌也「じゃ、やろうぜ!」

みんな「「「グーとパーで分かれましょーっ!」」」

桃華「……あ、あれ?」

(そこで、何故か昌也だけがチョキを出してて、あたし達は呆れ返ったっけ)

昌也「うぇ~い、俺の一人勝ちィ~! じゃ、俺一番最初な?
誠のカーチャンとこまでだろ? 行ってきま~す!」

誠「あ、おい! 待てよ!」

(二人一組になるってさっき言ったのに昌也だけ先に行っちゃって、
その後、誠がこうなったら一人で行きたいって言ったから、
桃華と私のペアで行くことになったんだよね)

(そういえば、裏口の非常階段もこの時知ったんだった……)

桃華「うわぁ……思った以上に暗いわね」

澪音「うぅ……ぐすっ、ひっく……」

桃華「ったく、澪音は怖がりだなぁ。大丈夫、桃華おねーちゃんが守ってあげるから、ね?」

澪音「……うん」

(私は怖くて怖くて、さっきも言ったとおり、桃華の裾を握りしめ、決して離れないように、
奥へ奥へと進んでいった)

(少し明るい所にたどり着き、そこで桃華の裾が私の手の汗で湿気っちゃってるのを見つけて、
おふざけ程度に怒られたっけ)

(そんなこんなで、非常階段を登り、暗い廊下を行ったり来たりの繰り返しを続けていった。
そして、誠のお母様の部屋まで、あとすこしという所で、私は怖さで足がとうとう動かせなくなってしまった)

澪音「桃華……」

桃華「ん? どったの澪音?」

澪音「やっぱり戻ろ……? 私もう……無理……」

桃華「だから大丈夫だって!」

澪音「だって……真っ暗だし、見つかったら怒られちゃいそうだし……
うええぇん……帰りたい、帰りたいよぉ……」

桃華「ははは、澪音。暗いのが、そんなに怖いの?」

澪音「ぐすっ、桃華は……怖くないの?」

桃華「あたしも、ちょっとだけ怖いよ?……でもね、目を閉じればいいの。
ホラ、こうすれば、暗くても明るくても一緒。ね? 怖くない、怖くない!

桃華「それに、見つかった時は、きっと誠と昌也が犠牲になってくれるわよ、だから平気だよっ」

(それを聞いた私は、言われるがままに目を閉じた。それからも、桃華は「怖くない、怖くない」って
何度も言ってくれたっけ。他にも「辿り着いたら、お菓子も待ってる」とか、私を励ましてくれた。
だから、震えていた足も、少しずつだけど動くようになってきた)

(この時の桃華の励ましって、今思えばおかしな話だなって思う。
けど、その時の私はそれを聞いてとっても安心したな……
それは、仲間が近くにいて私を守ってくれているってことが、実感できたから)

(そのおかげで、なんとか誠のお母様の部屋まで辿り着いたんだ)

桃華「ほーらついた、ね? 案外大したことないっしょ?」

澪音「……うん」

(扉の前に立った時、廊下からでも聞こえるくらいの大きな声で、昌也とお母様の話し声が聞こえてきたっけ)

桃華「失礼しまーす……」

(それから、静かに挨拶しながら、私達はお母様の部屋に入っていったんだ)

今日はここまでになります。

>>455
おつありがとうございます~

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447

・第6話の登場人物&単語一覧 >>446

■おまけ
自分で書いといて何なんですが、「グーとパーで別れましょ」って今使う子って
いるんですかね? 最後にやったのは小学6年位だったかなぁ。

では、また明日。


グッパー懐かしいなぁ


俺の習い事の小4が先々週使ってたぞ>グッパー

再開します。

逢花「あらあらいらっしゃい、今度は2人? えっと……」

桃華「桃華でーす!」 澪音「澪音です……」

逢花「桃華ちゃんと澪音ちゃんね、ホラこっちへいらっしゃいな」

 桃華はささっと、そして私はおずおずと、誠のお母様の側に近づく。

逢花「誠はどこへ行ったのかしら?」

昌也「きっとこれから来るんですよ、もしかしてオバケに襲われてたり?」

逢花「くすくす、そうね。あの子ああ見えて、
びっくりするような大きい音によく反応する子なの」

桃華「えー? 本当ですか? 今度試してもいい?」

逢花「ええいいわよ、きっと驚いて空中で一回転しちゃうかもね」

(それから、私達はどうやって誠を驚かせようか、どんなリアクションを取ってくれるかで、
お母様と色々話した)

(他にも、実はどんな食べ物が嫌いかとか、どんな歌が好きかとか、誠の居ない部屋で、
お母様ととても長い時間、誠の事で話を続けた。
お母様の口からは、誠の事がいつまでもいつまでも飛び出してきて、皆も驚いたっけ)

(けど、なかなか誠はここにやってこなかった。それに、夜もかなり遅かったし、
私達は次第に眠くなってきてしまった)

昌也「ふあぁ……オレ、眠くなっちまったぜ……」

逢花「あらあら、もうそんな時間? 一体誠は何やってるのかしらね?」

桃華「ふにゃぁ……何やってんのよアイツは……むにゃむにゃ」

(桃華と昌也は、誠のお母様の元で今にも眠りそうだった。そんな中、私だけが
目をぱっちり開けて起きていた)

逢花「あら、澪音ちゃんは眠くないの?」

澪音「誠が来るのを、待ちたいので……」

(といったものの、それは強がりで、本当はこの部屋の微妙な薄暗さが怖くって、
眠れなかっただけなんだけど)

逢花「澪音ちゃん、いえ、皆は本当に誠と仲がいいのね」

桃華「あたし達は、ずっと誠と友達なの~……ねむねむ」

昌也「そうだぜ~……」

逢花「おばさん嬉しいわ。誠にはこんなに大切な仲間がいつも一緒に居てくれるのね」

(そこで、誠のお母様は一度、窓を眺めた。月明かりが綺麗な空を、何かに見立てるように)

逢花「そうだわ、ちょっとだけ、おばさんと交わして欲しい約束があるんだけど……聞いてくれる?」

澪音「約束、ですか?」

逢花「そう、約束よ。それも、おばさんからの一生のお願い」

桃華「あはは、一生のお願いって、昔も使ったことあるんじゃないですか~?」

逢花「そうかもしれないけどね、コレは、私にとっての本当の一生のお願いなの。
3人共、皆の心の中に、いつも刻んでいて欲しいくらいのね」

(皆はいつの間にか目を覚まし、誠のお母様の言葉を待った。お母様は、もう一度窓を眺めた後、
口にした)

逢花「皆それぞれ、いつも、どんな時でも、互いに助け合える友達でいて欲しいの。
誰かが一人ぼっちになっても、3人で支え合う。皆にどんなことがあっても、助けあって生きていくような、
そんな素晴らしい仲で、いて欲しい」

逢花「これが、おばさんから皆への約束。覚えててくれる?」

「「「…………」」」

(これを聞いた時、私達は顔を合わして……笑ったんだ)

昌也「何いってんすかおばさん、そんな簡単なこと!」

桃華「そうよそうよ、ねぇ澪音」

澪音「う、うん……!」

逢花「皆、優しいのね……誠は本当にいい友だちを持ったわ……」

桃華「いい友だちって……あたし達のことですか?」

逢花「ええ、もちろんよ。皆、ありがとう。じゃあ最後に約束の証として、皆で”アレ”やりましょ?」

桃華「アレってなんですか?」

逢花「指きりげんまん、今の子達はもうやらないの?」

昌也「え、オレ知らなーい」

桃華「あたしもー」

澪音「わ、私知ってる……」

逢花「あら~、知ってる子がいて嬉しいわ。じゃあ練習、二人は見ててね?
こうやって、小指を交えて歌を歌うの。じゃあ行くね? せーの」

「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます」」

逢花「こうやるのよ? さあ、みんなでやりましょ」

「「はーいっ!」」

「「「「ゆーびきーりげーんまん、ウーソ付ーいたらはりせーんぼん飲ーますっ!」」」」

逢花「はい、よく出来ましたっ」

(そう、あの時、こんな約束を交わしたんだっけ……そう考えると今の私達は、
誠のお母様にとても顔向けできそうにないなぁ)

桃華「この約束、あたし達の宝物にしましょ!」

昌也「宝物?」

桃華「そう、宝物って大切なモノでしょ? それを宝物って思えてる間、私達はそれを忘れない!」

逢花「あら、ロマンチックね、あなた達って」

昌也「そーっすか? 桃華が勝手に……」

(その時、病室のドアが開いて、看護婦さんと共に、誠がやってきたんだっけ)

緑子「ちょっと、逢花さん……あら、やっぱりここに居たのね!あなた達!!」

「「ぎくり……」」

(病室の中で、散々怒られたっけ。それにしても、懐かしい。
あたし達は、今まで当たり前のように一緒に過ごしてきて、こんな約束も交わしていたんだ……)

……
…………

 元旦の初日の出をこれからも見に行く約束、いつまでも助け合う仲でいる約束。
そんな約束を交わした私達は今、バラバラになってしまっている。

 皆は覚えているのだろうか、今まで交わした約束を。
約束を破っている事に、気づいているのだろうか……?

 そんな思い出に浸っていたらいつの間にか太陽が姿を見せ、外が大分明るくなっていた。
冬の夕焼けはとても綺麗だけど、それは朝焼けも同じこと。

 時間も、いつの間にか午前5時30分を迎えていた。
きっと私の追っ手も、遠くへ行ったと勘違いして場所を変えたに違いない。

 さて、これからどうしよう。学校へ向かうのにもまだ早い。
かと言って、いつまでもここにいるわけにも行かない。

 そう途方に暮れていると、病室のベッドの中に、何やら硬く小さなモノが眠っていることに気づく。
探ってみると、それは鍵だった。

 辺りを見回すと、鍵を挿せそうな小さな小棚があることに気づく。
私は興味本位で、その小棚に鍵を差し込んでみた。

 すると、特に力も入れずにカチャリと音を立てて、小棚は開かれた。
その中には、日用品が綺麗に詰められていた。

 きっと、前の患者さんの忘れ物だろうと思い、これ以上中身を詮索するのも失礼だし、
棚を閉めて片付けようとした、その時。

 はらり、と何か足元に感触。手に抱えていた小棚をひとまず置き、私は足元にあるモノを拾った。
それは、何かの封筒だった。

 そしてギョッとする。その封筒には、誠のお母様の名前が。
どうして誠のお母様の手紙がここに? じゃあやっぱりここはお母様の病室……?

 ではなんでここにお母様はいないのだろう? 一時退院しているのだろうか、
それとも病室が変わったのだろうか……?

 私がもう一度確かめようとして立ち上がり、病室にかかれているはずの名前を探してみたが、
やはり誠のお母様の名前は見つけられなかった。

 途方に暮れた私は、誠のお母様が書いたであろう手紙を、手に取り読むことにした。
人の手紙を勝手に読むわけには……と、躊躇したけれど、ここが誠のお母様の部屋であるか否かの
手がかりが欲しくて。

 封筒の中には、5枚ほどの手紙が。最初の1ページを手に取る。
そこには、最近の容体が極端に悪くなり、いつ命を落としてもおかしくない事が、
そして、誠のお父様に向けての、遺産の事が書かれていた。

 そう、それは手紙などではなかった。これは、遺書だ。
本来、誠のお母様はここの病室で生活していたのに、今ここに居ない。ということは……

 嘘、そんな事って……ひどい……

 目にしてしまったものを取り消すことは出来ない。私は知りたくなかった、誠のお母様が
亡くなってしまった事なんて。

 誠はこのことを知っていて私達に何も言わなかった。
だから、最近連絡も取れず学校に来なくなったのだろう。

 そうか、今、誠は一人ぼっち……そう考えると目頭が熱くなってくる。
桃華の所へしっかり謝りに行く。そう意気込んで来たというのに、
その途中でこんな残酷な真実を叩きつけられてしまう。

こんなのってあんまりだ、ひどすぎる。

 誠は深い絶望に身を沈めている。
ああ神様、私はどうすれば誠を救ってやれるの……?

私になにか出来るコトがあるなら、それを教えてっ……!

 しかし現実は無情。こんな病院の空き部屋となってしまった部屋の隅でメソメソとしている私に、
誰かが道しるべを示してくれるなどという救いはなかった。

 とても、今のこんな気持ちじゃ桃華にきちんと謝ることなんて出来ない。
それが悔しくて、辛くて、無力で、私は泣いた。

 誠のお母様……どうしてこんな時に逝ってしまったの?
あなたが居なくなったせいで、誠はあんなに苦しんで……

 誠はただでさえ苦しい思いをしていたはずなのに、なんでそばに居てくれなかったの?
教えて、誠のお母様……! 私は教えを請うように、先ほど手に持っていた手紙を読み広げる。

 遺言を、誠の家族ですらない私が勝手に読むなんて、許されないことなのだけど、
今の私は誰かの助けが欲しかった。

 その唯一の助けが、この遺言だけだった……

…………
……

 私は5枚の手紙を全て読み終え、一時感傷に浸る。
最初の1枚目は、それこそ家族の問題の話だったりしたのだけれど、
それから残りの4枚は全部、誠への、それだけではない。私達へのメッセージでもあった。

 そこには、夜の病室で交わした約束のことも書かれていた。
『今も覚えていますか? 守り続けていますか? これからも守っていけますか?』
……そう書かれていた。

 そうだ、助け合わなくちゃ。あの小説“世界の果てへ”だって、言っていた。
「助け合う心が、世界すら変える」って。

 なら、助けなきゃ。私が、誠を、桃華を、昌也を。

 私は顔を上げ、天上を見る。
涙腺に溜まった私の涙たちを目の中に留まらせるため。
天国へ行ってしまった誠のお母様にお礼をするため。

 もうこれ以上、メソメソと泣いちゃいけない。私には、やることがあるんだ。
天国へ行ってもなお、私達の事を見つめ、道を示してくれる誠のお母様への感謝の気持ち。
その気持ちを現実へ。

 私が、すれ違ってしまった四人の心を取り戻すんだ。

 先ほどまで絶望していたのが嘘みたい。
私には見える、沢山の進むことが出来る道があることを。

そして私が選び、進んでいくんだ。

 私が選ぶ道、それを見える風景に例えると……それは雪山だろうか。
行く道は険しい、途中できっと挫け朽ち果てた人もいるような険しい道。

 しかし、頂上へ辿り着けば今までの苦労と見合うであろう至福と達成感を得ることが出来る。
それが私の選ぶ道だ。

 そのための一歩を、今踏み出す。
もう一度言う、ありがとう誠のお母様。

 私にも、出来るコトが沢山あったということを教えてくれて。

 私は病室を抜け出し、裸足で駆ける。
向かう先は、誠のお家。

 そう、私は今、何も持たぬ者。
お父様の作り出した計画“リヴァイブ・ノア計画”のモチーフとなったノアの方舟伝説。

 その神話に喩えるならば、私は方舟を作ることを命じられたノアそのもの。
方舟に乗り、洪水を防ぐにはその方舟を作らなくてはならない。

 その最初の部品、それは皆の絆。そして、この狂った世界を絆の方舟で、抜け出すんだ。
それが私の役目なのだから……!

今日はここまでになります。

>>467
乙ありがとうございます! 懐かしいですよね、ホント。
小学生の子くらいしか使いませんからね。

>>468
乙ありがとうございます!
へぇ……未だに使われてるんですね、びっくりです。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447

・第6話の登場人物&単語一覧 >>446

■おまけ
だいぶ遅くなってしまった…… 制作しているものもあってか、
昨日は時間を割けませんでした。

「リヴァイブ・ノア計画」という名前を使っておいて、やっと今更申し訳程度のノアの単語登場。
要素の回収は難しいですね。では、また明日。

再開します。

【2/20(土) 5:20 澪音の家】

 誠の家の前に無事に辿り着いた。
流石に、追手の人たちは私のことを諦めていることだろう。

 なんだかんだで、私がお家から出て2時間以上はたっている。
だから病院からは少し気が楽に向かうことが出来た。

 しかし、ここから。誠を立ちなおらせる事、そして誠に桃華のことを相談するんだ。
仲間に助けを求める、今私がやらなくてはいけない事。

 助けを求めることは決して弱いことではない。 それで互いにとって開ける道もある。
そのためにまた一歩、私は歩む。

 インターホンを鳴らす。しかし、出ない。
眠っているのだろうか、それとも、出る気力がないのか。

 また失礼だけど上がらせてもらおう。 今は、大事なときなんだから……!
そうしてドアノブに手を掛けようとしたその時。

誠「……澪音?」

 誠が現れた。けど、一瞬それは誠に見えなかった。
だって、髪はボサボサ、顔はやつれ、いつもの元気がまるでない。

そんなのは、誠じゃない……

澪音「入らせてもらっても……いい?」

 誠はそのまま棒立ちで、答えなかった。

澪音「ごめんね、こんな朝早く……ぶるるっ」

 あまりの寒さで一瞬身震いしてしまう。それを察知したのか、
誠はとうとう口を開く。

誠「体温めてやるから、上がってリビングで待ってて」

 誠は、そのままドアを開けたまま、トボトボと中へ入っていく。

澪音「おじゃまするね……」

 中に入ると、部屋は真っ暗だった。
まだ日が昇っていない明け方だということもあるけれど、
それ以前にリビングはカーテンで閉ざされていて、僅かな外の光すら許していない。

 唯一、辺りを見渡せる程度の光があるとしたら、テレビだ。
テレビだけは、いつまでも消音で点いていて、ちょっと不気味にあたりを照らしている。

 とても、前に来た誠のお家とは似ても似つかない。……やっぱり、誠は苦しんでいた。
できればこんな誠、見たくなかった……

 しばらくすると、風呂場にいた誠が暖かいタオルと、
湯気がほくほくと煙る洗面器を持ってきてくれた。

誠「ほら……手足、これで温めな」

澪音「あ、ありがと」

誠「お前は動かなくていいから……俺に任せろ」

 そして、私の凍ったような手足をマッサージしながら温めてくれた。
けど、今の誠の“任せろ”は、今まで聞いた“任せろ”の中で、一番頼りない声だった。

澪音「……あ、その、いいかな……?」

誠「…………」

 誠は、私からの問いかけには何も喋ってくれない。
きっと、私の事を心配するだけでも精一杯なんだろう。

 誠の頭のなかはきっとグチャグチャで、
どうすればいいのか考えることすらままならないはずだ。

 そんな苦しんでいる中、ただただ私の足を温める為に尽くす誠を見ていると、
目頭がまた熱くなってくる。

 ……ううん、だめだ。 あそこで決めたじゃないか、もう泣かないって。

 勇気をまた一歩、そしてまた一歩重ねていく。今日はこれで何度目だろう。
誠を傷つけてしまうかもしれない、けど今は、そんな考えを捨てて、私から話すんだ。

 出来る、私なら出来るから……! 踏み出せ、一歩を。

澪音「ねぇ、誠。今の誠の辛い気持ち……私には分かるよ」

 誠は答えない。

澪音「誠のお母様……」

 言いかけた時、誠のマッサージする手の力が急に強くなったと思うと、
ピタリと手が止まる。

誠「なんで知ってるんだ」

澪音「……ここに来る途中、病院で知ったんだ」

誠「……そっか」

 誠の手は動かないまま。けど、私の足を掴む手は徐々に強くなっていく。

澪音「あのね、誠」

誠「悪ぃ、聞きたくない」

 “お願いがあるの”その、“お”の文字すら言わせてくれなかった。
それでも、普段の私とは真逆のように、強引に話を続けようとした。

澪音「聞いて欲しいの、私の話」

誠「…………」

澪音「私、実は……このニホンの人じゃないの」

澪音「総連合国大統領の、ノヴァ・アサイラムの隠し娘で、
私は、誠達と出会ってからずっと隠してきた、いや、騙してきたの」

澪音「それでね、桃華が私の事恨むようになって……」

澪音「私、それで本当は今日、総連合国に帰らなきゃいけないんだけど、
桃華に謝るために、お家を抜け出してきたんだ」

誠「へえ、そりゃ初耳だ……で、それを俺に話して、どうしろってんだ」

澪音「お願い、桃華を助けて欲しいの。
このままだと桃華が、ただでさえ今苦しんでいる桃華が、もっともっと……」

誠「靴と靴下、貸してやるから……これ終わったら、帰ってくれ」

 誠が割り込んでくる。

誠「俺な、もうイヤなんだ。 母ちゃんは居なくなって、父ちゃんも帰ってこなくて。
俺の周りには、誰も助けてくれる人なんて居なくなっちまった」

誠「俺のことはほっといてくれ……桃華の事も、俺にはなにもできない……
俺が何かしたって、また失敗するんだ、また裏切られるんだ……」

 誠から感嘆の声が響く。けど、私は諦めなかった。

 最初からわかっている。私の言葉だけじゃ、誠のお母様の言葉だけじゃ、誠は救えない。
だったら方法はひとつ。 誠が、誠自身で少しでも心に絡みついた厚い壁を破ってもらう。

 もうそれしか道はない。だから私は、待つ。

澪音「私は、何度でも頼むよ。 誠が頷くまで」

誠「帰ってくれ」

澪音「……いや」

誠「帰って」

澪音「…………いや」

誠「帰れよ」

澪音「いや。誠が、うんって言うまで、私は残るよ」

 ああ……

誠「帰れ」

澪音「いや」

 俺は……

【視点変更:澪音→誠】

誠「帰れっつってんだよ」

澪音「……待つよ、いつまでも」

誠「あのさ……」

 ダメだ。

誠「俺を嘲笑いに来たのか? 澪音」

 俺は、普段の俺なら決して澪音に口にしないような事を、思い切り放つ。

誠「いいよ! 笑えよ! そうだ、俺は一人ぼっちだッ! 誰も助けてくれない!
ああ、今なら2年前桃華が父ちゃんと母ちゃんを失った気持ちがよく分かるッ!」

誠「そうだろうな。桃華の気持ちになれば、そんな家族を奪った国の隠し子であったことを、
俺達に隠して、騙し通してきたお前は絶対許せないッ! ああ、許せないだろうなあッ!」

 俺は何を言っているんだ、友達の澪音に。 やめろ、やめてくれ。

……だが、やめろという俺とは裏腹に、心の中に潜む悪魔は告げる。

(恨み事や心に留めた毒、全部吐いちまえよ。 そうして一度全て洗い流すんだ。
大好きな友人を傷つけろ……そうすれば心から楽になれるぞ……)

 なんだよ、ふざけんなよッ! 俺は澪音にこんなこと言いたくない……!
俺の中から出て行けッ!

(バカな奴……いつまで”良い人”ぶってんだお前? だから辛いんだぞ?
だから心がグチャグチャになる! いっそ心の中を怒りで一杯にするんだ)

(そうすれば、母ちゃんが死んだ苦しみ、一人ぼっちになった苦しみを消すことが出来る!
やめちまえ!!”いい人”なんか!!)

 黙れ黙れ黙れ黙れッ!! 悪魔めッ! 俺を誘惑するなッ!

(誘惑するな……って事は、やっぱ楽になりたいんだ……そうだよなァ! 楽になりたい!
そう楽になりたい!! 人としてそれは当たり前ッ! 辛いのは嫌だ苦しいのは嫌だ……!)

(どうすれば楽になれるか、お前はもうわかってる! 俺はそれをただ助言してるだけなんだよ!)

誠「何とか言えよ澪音ッ! えぇッ!? 何なんだよお前は?
いつもいつも臆病で、何考えてるかよくわかんなくてッ!!」

 やめろ、やめろよ……! やめてくれ……!

(考える事なんてやめちまえ、思考するだけ疲れるだけ。今は身を任せちまえ。
この口に、お前自身の口に!)

誠「初めて会った時から、何でお前は喋らねえんだろうってずっと気になってた!
不気味だった! それが、そんなクソッタレな嘘って理由で黙りこくってたなんて、
許せねえ、許せねえよッ!」

 いっその事、泣いて立ち去ってくれ。 お願いだ、澪音。


澪音「…………」


俺の願いと裏腹に、澪音は泣かない、それどころか、俺の話、いや、俺の澪音に対する恨み事のようなものを真剣に聞いている。

聞くな澪音……聞かないでくれッ!


誠「そうだよな、よくよく考えてみれば、あの時谷岡に捕まったのは俺のせいじゃない、
お前のせいなんだ! お前というやつがいたからッ!」

誠「谷岡は、お前に目をつけて! 俺達は劣等種扱いされて……!
返せよ! 俺達の楽しかった日常! 四人で一緒にゲーセンに行って……ッ!」

 もういい……もう流れるまま、
このまま滝へ一直線に流されていくかように……身を任せてやる。

 俺は悪魔の言葉を完全に聞き入れ、身を委ねる。
友達一人を捨てて、一時の心の休息を得る為に……

誠「ああ、俺が馬鹿だったよ。7年間ずっとこんな嘘つきと友達だったなんてよ!
今思えば虫唾が走るッ!! もういい、お前なんかッ!!」

誠「二度と俺の前に、顔を見せるな、口を聞くな、俺の前に姿を現すな、
総連合国に帰っちまえ!! 絶交だ……」

 

その時だ。

 ぱちん。

 俺の頬に柔らかくて、ちょっと冷たい手の感触。

 俺は澪音から平手打ちを受ける。
痛いと感じるどころか、手のひらが顔に当たった……
といった感触のほうが正しいか。

誠「な、何しやがるテメッ……!?」

 その時みた、澪音の顔は、今まで見たこともない顔。
いつもはビクビクおどおどしてて、ロクに人と目を合わすのも苦手なコイツが。

俺の目を一点に見つめ、離さないんだ……

 異様な部屋で、異様な2人が、異様な空間。
なんだろう、この語らずとも、何かが伝わってきそうなくらいのこの空間は。

 だが、そんな中でも俺の中の悪魔は、口から汚いものを吐き出そうと、
呪文を詠唱するかのように続けようとする。しかし。

誠「お、俺はなッ……お前がッ……」

 言葉がうまく出せない。それどころか、視界が急に悪くなった。なんだよ、これ。

 熱い感情が抑えきれない。涙が止まらない。
俺の大粒の涙が、澪音の足元にある洗面器に、ぽたりぽたりと音を立てて、
次々と零れ落ちる。

誠「うぇっ……違う、違う違う違う……ッ!! ううううぅッ……!!」

 そんな状態になった俺を、澪音は今も、いつまでも見つめ続ける。

 そんな澪音の真剣な顔を見ていると、さっきまで楽になろうと、
悪魔に身を任せようとした自分が愚かしくなってきて、
これ以上でないと思っていた涙が、もっともっと止まらなくなる。

 ……俺はまた、女の子の前で涙を流す。それもありったけの。桃華の時の再現だ。
でも何だこの涙は、なんだろう? 分からない。

 ……いや、分からなくていいか。 俺はもう感情に身を任せる事にしよう。
それは悪魔に委ねるのではない、ずっと、今も俺を見つめ続けている澪音に、
俺は身を委ねた。

 気が付くと、カーテンの奥に光が籠っていることに気づく。

 俺は、澪音の膝の上で何分も泣き続けていた。涙が止まった頃には、
すでに朝になっていた。

 泣き止んだことを見るに、澪音は俺に優しく語りかける。

澪音「楽になった……?」

 掛ける言葉がなかった。だって……

澪音「もう、私への恨み言は、終わった?」

 こんな、狂ってしまった俺を、ずっと待っててくれたのか?
どうしてお前は、こんなに優しいんだ、どうして強いんだ。

 俺が、最初に掛けた言葉は、『悪ぃ』だった。

誠「わりぃ……なんか随分、俺、おかしくなっちまってたみたいで」

澪音「ううん、いいの」

誠「え……?」

澪音「本当の事だから。 私は嘘つき。 寧ろ、誠が本当のこと言ってくれて……私、嬉しいな」

 澪音は微笑んでさっきの俺の恨み言を受け入れてくれた。

澪音「私の方こそ、ごめんなさい」

誠「ん……何のことだ?」

澪音「誠自身が、しっかり私のお話聞いてくれるようにするために、
怒らせるために、ちょっと強引な事しちゃったから……」

誠「いいんだ、それが俺の事思ってくれてのことなら。
寧ろ、さっき怒って泣いちまったら、なんだか今はいい気分だ」

澪音「良かった……!」

 その時見せた顔は、嘘偽りのない澪音の安心した笑みだった。
それを見ると、さっきまでのモノクロに染まった世界が嘘のよう。

 こんな狂った世界が、カラフルに彩られていて……素敵な世界に見えてくる。

 もう俺に囁く悪魔はいない。
今なら、今の俺なら澪音の話を聞いてやれる、そう思った。

誠「そうだ、澪音。 桃華が……どうしたんだっけ?」

「いいの……?」

誠「お前が、俺が『うん』って言うまで帰らないっつったんだろ? なんでも言えよ」

 うん、なんだか調子がいつもの俺に戻ってくる。

澪音「さっき話したとおり、私はアサイラムの隠し娘で、
お家から夜中抜けだしてここまで来たの」

誠「さっきはなんとも思わなかったけど、澪音、お前すげー身分なんだな」

澪音「私はこんな身分……いらないのに」

誠「悪りぃ、余計だった」

澪音「でね、桃華が私を総連合の人間だって恨むようになって。
今日謝るために、桃華のいる学校へ行くの。
そこで、誠にも手伝って欲しい……なって」

誠「いいぜ、手伝うよ」

澪音「ありがとう、本当にありがとう……」

誠「でも……上手くやれるかは、わかんねぇ。
今までの俺の行動、ゲーセンでも、世界方舟振興組合のときも……
全部俺が、お前達を傷つけちまって……」

澪音「大丈夫だよ」

 そう澪音はいい、俺に一つの封筒を渡す。
そこには、俺の母ちゃんの名前が。

誠「なぁ、これ……なんだ?」

澪音「自分で開けて、確かめて」

 そう言われ、俺は手紙を開く。

……
…………

 俺は、封筒に入っていた最後の手紙の1ページを読み終える。
そこには母ちゃんの、俺達に向けての最後の言葉が。忘れていた、約束が。

 ごめん、母ちゃん。俺、今日まで忘れてた。
けど、思い出したよ。コイツの、澪音のおかげで。

澪音「ごめんね、私、これ病院で見つけた時、中身読んじゃって……
でも、これを読んで、私、昔の私達に戻らなきゃって思ったの……だから」

誠「ううん、サンキューな」

 俺は澪音の頭を撫でる。

誠「お前がこれを見つけて、読んで……
そして勇気を振り絞って俺を立ちなおらせてくれたんだよな」

誠「なら! 俺もお前の勇気に答えなきゃ……な!」

 俺は立ち上がり、部屋を閉ざしているカーテンを思いっきり開く。
すると、今まで溜まっていた光が溢れだすかのように、部屋に満ちていった。

誠「さあ、作戦会議だ!!」

【2/20(土) 7:00 誠の家】

 俺達はそれから、この後の事について話し合った。
結局、澪音は学校でダイレクトに桃華と会うことになり、
俺は後に来てフォローする、といった形になった。

 そして、出発前。

誠「準備出来たか? 靴、サイズ合うのなくてごめんな」

澪音「ううん、平気だよ。それより、本当にありがとう。
こんな私に、こんなことまでしてくれて……」

誠「何いってやがる。俺達は、友達、だろ?
それに、ありがとうってのは、全部終わってからにしようぜ? まだ、言うには早えーって」

澪音「ふふ、そうだね」

誠「あ、そうだ……そーいや桃華は、今お前のことまだ、”みっちぃ”って呼んでんの?」

 澪音は首をふる。

「そー……だよな。 あのさ、正直どうよ? ”みっちぃ”って」

「ちょっと好みじゃ……ないかな」

「ははは、やっぱ? やっぱあいつ、ネーミングセンスねぇな」

「だって桃華だもん……」

 二人で笑う。 なんだろう、ほんの少し前まではこんな会話が当たり前で、
なんとも思わなかったのに……

 今はこうしたちょっとした会話でも心が温かくなる。

そうだな、取り戻そう。 こんな俺達のバカみたいな繋がりを!

澪音「じゃ、先に行ってるね? 学校で待ってる……!」

 澪音は、玄関で人差し指と中指をクロスさせ、合図を送る。

 総連合国、かつてのアメリカでは人差し指と中指をクロスさせる……
それは指で作れる簡単な十字架。それを捧げ、嘘を点いたことへの懺悔の意味。

 だが、その行為には沢山の解釈がある。そして、最も有名な解釈が、
グッドラック、幸運を祈る。

 俺も、同じように指をクロスさせ、もう一つの手でハイタッチを。
互いに幸運を。 俺達だけではない、昌也も、そして桃華も……

 皆が俺のために、いや、俺達の為に作った宝物、大事なモノ。
それを思い出してくれるように。

 澪音は今、飛び出していった。未来へと。

 俺は澪音が去った後、気合を入れるために、久々の朝食を取る。
その後、準備の為に携帯を手に取る。そこには、沢山のメールが。

 昌也や、澪音が心配してくれていた。ずっとずっと、俺のことを。
けど、その中に一つ、混じるように桃華のメールが。

 俺は、それを開く。

--------------------------------------------------------
From:桃華

本文:明日、学校でみっちぃのお別れパーティを開くわ。
復讐という、パーティを。絶対、来てね。
--------------------------------------------------------

 なんだよ……これ……送られてきたのは昨日の夕方なのに、全然気付かなかった。
これじゃ澪音が危ない、俺も急がなくては……!

 しかし何故だろう、今までで一番やばい感じがする事なのに、
なんだか心は今までと比べて一番冷静だ。

今の俺なら、乗り切れそう。見ててくれ……母ちゃん!

 俺は、準備もなにも、そのまま携帯だけ持って家を飛び出す。
待ってろ澪音……!

…………
……

 家に残していった母ちゃんの手紙。それが、俺の開けたドアから吹く、
僅かな冬の風ではらりとテーブルから落ちる。

 そんな澪音が持ってきてくれた母ちゃんの残した最後の手紙。
その一文をここに記す。


『あなたは皆に、皆はあなたに。 あなたは自分を信じて出来るコトを貫いて。
皆、あなたを信じてるから』


【ぼくらの世界創造 第7話「遠い記憶に思い做す」 おわり】

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447

・第6話の登場人物&単語一覧 >>446

■おまけ
明日からは第8話「交差する約束」となります。
とうとう、いわば第二章の節目の話。物語も3分の1が終わりかけています。

■修正部分
>>483 の、【2/20(土) 5:20 澪音の家】 は、
【2/20(土) 5:20 誠の家】です。

なんというミス。すぐに気付ける所で良かった(よくない)
では、また明日。

再開します。

【ぼくらの世界創造 第8話「交差する約束」】

【2/20(土) 7:30 戸蘭中央駅】

【視点:谷岡】

 私はようやく戸蘭中央駅にたどり着く。
ここまで来たのは氷崎 桃華の動向を探るためだ。

 私にとってのある意味、計画への生き残りの最後の希望。
これは美化しすぎた言い方だ、悪く言えば、飢える私の為の太りに太らせた、豚。

 瑠璃崎 澪音がまさか、ノヴァ・アサイラムの隠し娘だなどと思ってはいなかった。
それどころか、よもやアサイラム本人が彼女を迎えに来ることになるなんて誰が予想するか。

 そのせいで今、私の計画はすべて水の泡になろうとしている。
まあ過ぎてしまったことだ。グダグダ言っても仕方のない事か。

……が、しかし、今噂になっている“あれ”は一体なんだ?

戸蘭中の生徒A「戸蘭中の生徒が、教室にいた吹奏楽部の部員を監禁? ホント?」

戸蘭中の生徒B「1-Aクラスの、今噂のあいつか? とうとうやりやがったんだとよ」

戸蘭中の生徒C「あの教室だって? 急いで観に行こうぜ!」

 この時間は、ガキ共の話が嫌でも耳に入ってくる、土曜の部活が始まる時間帯。
しかし彼らの話題は今、何者かの監禁事件の話で一杯だ。

氷崎 桃華、彼女は情報員からの情報で、
クラスメイトに暴力を振るうようになったという話を聞いていたが、
仮にその彼女が誰かを監禁しているとしても……

 その対象は思いつかないし、そもそも監禁する目的が分からない。
とにかく、私も向かうしかなかった、戸蘭中学校へ。

 こういう場合、警察が来るのが通常であるが、その警察は全く機能していない。
まあ、その警察の機能を止めたのは……私なのだが。

 彼らももはや自分のことしか考えられない人間たちになってしまっている。
だから治安なんて、とてもあったものではない。

……と、なれば、もし何か不祥事になるようなものを止める力となるのは……
 私こと、我々、世界方舟新興組合のみ。

学校に近づくに連れて人は増えていく。 中にはこの事件への野次馬もいるのだろう。

 そして、戸蘭中学校の校門前にたどり着く。 校庭の中に、うろたえる朝練にやってきた生徒達が見える。

 そして彼らが見ている先、それは、その教室のベランダから何かがぶら下がっている何かだ。
あれは、人……? 肝心の教室の中はカーテンのせいで上手く見ることが出来ない。


部下の信者「た、谷岡様、これ以上先に行くと生徒達に見つかる可能性が……!」

 先に進もうとした私は連れの部下に止められる。しかし、構うものか。
見つかったところでなんだ、今はあの教室で誰が何をしているのかを確かめねばならないのだ!

部下の制止を振り切り、私は校門をくぐり学校に入る。

部下の信者「あ……!お待ちくださいッ!」

 私は堂々と校庭を進んでいく。
当然、生徒たちは誰かがやってきたことに気づき、それが私であることにもすぐに気づく。

「あ、あれって……」

「世界方舟新興組合の谷岡様じゃ……」


有名な顔になるということに嫌気が差すとはこのことか。

一人に見つかると、また一人……次々と波のように私に注目する人間が増えていく。

部員A「ねぇねぇ、宇宙に行けるんだよね!?」

部員B「ここに何しに来たの?」

部員C「サインください!」

 鬱陶しい……ああ鬱陶しい!
キラキラとした目で、私の事を見つめやがってッ!

「黙れ……」

「へ?」

「黙れッ! ガキ共ッ!! 道を開けろッ!!」

 一喝。 そう、この一喝が大事。
それだけでこいつらは凍ってくれる。それで十分!

 私の一喝を聞いた、何も知らない人間が、何事かとこちらを向く。
この一喝を聞いた人間は怯え、引っ込む。その連鎖の繰り返し。

 その光景は、まさに波が割れるよう。
校庭に出来たモーゼの奇跡。私はその道をゆく。

確かめろ…この目で。何が起きているか……!

短いですが、今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」>>500

・第6~7話の登場人物&単語一覧 >>446

■おまけ
 書き溜めが残っていないのと、時間があまりなかったせいで、今日は少しだけなりました。
昨日、なんだか長く書きすぎた気がするのです。では、また明日。

乙やで

再開します。

【視点:谷岡→昌也】

 一体全体、何が起きているのか分からない。
オレは昨日、桃華から手伝ってほしいものがあるとメールが届き、
今日、朝早くに重い体に鞭打って学校へ向かった。

 そうして学校につき、俺達のいる教室へ入ると、何だこりゃって思った。
桃華が、普段休日に教室を借りている、吹奏楽部の部員たちを銃で脅していたから。

桃華「あんたら、悪いけどちょっとそこから動かないでもらうわよ」

 何かの冗談かと思った。でも、ここ2日の桃華の行動と言動を見るに、
冗談であるなんて到底思わなかった。

 それに桃華のもつ銃、あれは紛れもない本物。

吹奏楽部の奴らは最初何の冗談だとバカにしていたが、
桃華が一発銃を放つともうそれまで。このクラスは一瞬にして危険な場と化してしまった。

桃華「来たわね、昌也。これでこいつら全員縛ってくれる?」

昌也「は?」

桃華「は? じゃないわよ。今は冗談やってんじゃないの。早くして」

昌也「い、意味わかんねぇよ」

桃華「アンタにはわかんなくていいから、とっととして」

 桃華がオレにも銃を向ける。
それでビビっちまい、そのまま言うとおりにした。


昌也「こんなもんか? ちょっと扱いが難しくてうまく結べないんだけどよ」

桃華「ったく、ドン臭いわね。ホラ、貸してみ?」

 桃華は、オレの手に持つ縄を、強引にひっぱり、
オレが縛った一人の女の子の、手首に巻かれたロープを、まるで血が止まってしまうかのようなほどに、
ぎゅうぎゅうにきつく締めた。

吹奏楽部の女の子「ッ……痛い、痛い!! やめて!!」

桃華「痛いからやめてって、アンタ。あたしがやめてって口にしても、聞かなかったくせに」

吹奏楽部の女の子「何の話よ、あたし知らない! あんたなんて知らないから!!」

桃華「知らない? 嘘つき。あたしのこと、あーんなに学校で噂にしてたくせに。
あたし知ってるのよ。アンタが友達と、あたしに対して陰口叩いてたこと」

吹奏楽部の女の子「知らない、知らないよ! だから離して、解いてぇ!!」

昌也「な、なあ桃華、本当にこの子、知らないんじゃねえのか?
もう、やめようぜ? こんなことさ、はは、はははは……」

桃華「やめよう? 何を今更言ってるの昌也?」

 桃華は、懐からスタンガンを取り出す。コイツ、一体どこで手に入れたんだ……?

桃華「いい? 嘘つきは、こういう目に遭うの。他のアンタら、見てなさい。
昌也も、もちろん。それに……」

桃華「今なら、アンタだって傷つける事ができる。 ……こんな風にねッ!!」

 その子の体少しだけびくんと跳ねる。
さっきまで、離して、とか、知らない、とか、大きな声で叫んでいた子が、
途端に動かなくなってしまった。

昌也「おい、まさか……お前」

桃華「大丈夫だよ、ちょっと手加減したから。 でもね……」

 桃華はスタンガンの別のスイッチをいじる。

桃華「これくらい威力を上げればね? 殺せちゃうのよ? いいッ!?」

 その怒号とともに、その子の近くにあった机が蹴り飛ばされ、激しい音を教室内に響かせる。
その音の迫力と、スタンガンの威力、そして脅しの銃。

 他の3人ほどいた吹奏楽部の部員達は、完全に怯えきってしまった。
ビビったのは、オレも例外ではない……

 それから、3人は口も塞がれてしまい、
もはや同じ学校の生徒としての尊厳は、まるでなくなってしまった。

 彼らを縛り終わると、桃華は彼らを担ぎベランダへ行き、
体育倉庫から持ってきたであろう綱引きの縄を手に取り、
ベランダとベランダを結ぶ大きな柱に、縄が、虚空に線を結ぶように引いた。

それが外れないよう何度も確認した上で、こちらへ戻ってくる。

 桃華は、4人をベランダに運び、今用意した縄にくくりつけるように、
もう一度4人の手を結び直す。

 なぜ手を再び結ぶのだろう? 疑問だった。
しかし、その疑問は、すぐに解決した。

 桃華は、とたんにその4人をベランダから突き落とす。
ギョッとしたが、誰かが落ちた気配はない。

 恐る恐る覗き込んでみると、彼等は桃華が最初に用意した縄に手の縄が引っかかって、
落ちないようになっていた。

桃華「ふう……」

 桃華は一仕事終えたかのように、汗を拭き取るような仕草をする。
ここは3階だ。もしあの4人が落ちるようなことがあれば、死ぬことはないだろうが、
何本もの骨折は覚悟しなければならない! なんだ? 桃華は何を考えているんだ!?

桃華「何ボーッとしてんのよ。ホラ、コレ」

 そういい、オレに何かを投げつける。

昌也「え? あ……コレ、銃?」

桃華「そうよ、ニセモノだけどね。
それで偽善者教師どもや野次馬どもを、この教室に近づけさせないようにするの。
それが、今日のアンタの大事な役目よ」

昌也「お、おう……でも、うまくいくかな? おもちゃだろ?」

桃華「アンタが初見でビビったんなら、アホ教師どもも騙せるでしょ。
それに、3階へ上がる階段から、この教室までは距離があるんだから」

昌也「が、頑張ってみるぜ……」

桃華「頑張ってみる、じゃなくて、やるの。出来なきゃ、アンタもコレで……」

 再び懐に入っているスタンガンを手に取ろうとする。

昌也「分かった分かった! やるから、やるって……」

桃華「任せたわ、ありがとね。こんなことに付き合ってくれて。
あたしの友達、おバカの昌也クン……」

 こんな時に、そんなおちょくるような声で言われたって、
口が笑えねえよって言いたくなる。

 その時、教室の扉が、静かに開く音がした。

桃華「誰ッ!?」

 咄嗟に銃を向けた桃華であったが、オレが扉の方に振り向く前に、
桃華は銃を収める。

 そこには、扉に手を当て、立つ澪音の姿があった……

今日はここまでになります。

>>505
乙ありがとうございます!

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■おまけ
 今日は出先の電車内で投稿しました。
立ちながらノートパソコンでSS速報VIPを開いてぱちぱちやってる人を中央線で見かけたら
きっと私です。明日は久々にゆっくり考えられる時間が出来そうです。
では、また明日。

再開します。


澪音「……桃華? それに……昌也?」

 やってきた澪音は驚きの表情が隠せなかっただろう。
そりゃそうだ、教室に入ったら机が窓際に追いやられ、もちろん蹴り飛ばされ、
倒れている机もある。

 それだけではなく、オレがニセモノの銃を持っていること、ベランダにある謎の縄も。
ここは既に、教室であって、教室じゃないのだ。

桃華「遅かったじゃない、澪音……いや、予想通りだわ」

 桃華は、一度大きく息を吸う、そして、
VIPの来賓を祝福するかのような司会者のように、
溜めに溜めた言葉を吐き出すかのように、叫ぶ。

桃華「ようこそみっちぃッ! 私とアンタの、友情を取り戻す為の舞台へッ!!
……で、なに? アンタはあたしにどんな心を揺さぶるような言葉をかけてくれるっての?

桃華「ねぇ、みっちぃッ! アンタの吐いていた7年間の嘘を塗りつぶすような、
贖罪の言葉を、さぁ聞かせてよッ!!」

澪音「…………」

 澪音は何も言わない。ただ、まっすぐ桃華の目を見て、近づいてくる。

桃華「なによ、アンタ、何かする気?」

 警戒した桃華は、澪音に向かって本物の銃を向ける。躊躇は全くなかった。
それでも、澪音は何も言わず、恐れず、ただただ桃華に近づいていく。

桃華「あたしの側まで近づいて、隠し持ってるナイフでぐさりとでも行く気?
 謝るって、そういう意味?」

澪音「…………」

桃華「なんとか言いなさいよッ! ああもう、意味わかんない! ッもう!!」

 桃華は右手に持つ銃を地面に叩きつけ、代わりに教卓の近くに用意した、
普段体育の剣道の授業で使っている木刀を手に取る。そして……

 少し気持ちの悪い音が届く。
それは、桃華が澪音の肩に、木刀を叩きつけた音。

 澪音は倒れてしまう。当然だ。
追い打ちをかけるように、肩を押さえ倒れている澪音に、桃華は言葉をぶつけていく。

桃華「何よ、言いなさいよ……えぇッ!? アンタ、私に謝りに来たんでしょ? 違うの!?」

澪音「私を傷つけることで、私への恨みが消えるのなら……
大切なモノを思い出してくれるなら……もっとして、いいよ」

 バカ野郎……! 今の桃華にそんなこと言ったら……!

桃華「は、はァ~!? それがアンタの“謝る意思”ってやつなの?
……意味わかんない、ホント何考えてんのかわかんないのよ、アンタはッ!!」

 桃華は再び、倒れる無防備な澪音の背中を木刀で叩く。

澪音「う……くぅっ……!」

 叩かれる度、澪音は痛みで悶絶のような声を出す。
可愛い澪音の、いつも可愛い言葉を放つ澪音の口から、こんな苦痛の伴う声を聞くことになるなんて……

桃華「まあ、アンタがここに来てくれるってだけで、とりあえずアンタは役に立つわけだし。
あたしを喜ばせる程度には、アンタはここに来た意味はあるわ。

 アンタの身で、総連合国のクソッタレ共への復讐が出来るんだからッ!」

澪音「うぅっ……!」

 オレはこんな状況であるのに手が、足が、全身が震えて、怖くて動けない……
なんて情けないんだオレは。くそっ、畜生!

桃華「アンタも、そんなトコでボケーッとしてないで、とっとと廊下をオモチャで見張ってなさい!!」

昌也「ひいぃっ……!」

 そして、今に至る。

 オレは廊下に立ち、誰かが来る度に、ニセモノの銃を構えることで、教室への
野次馬達を抑えてきた。

 教室の廊下側の窓と扉は閉めきっている。なのに、桃華の怒声と、木刀が澪音の体や地面に
叩きつけられるような音が定間隔で今も聞こえてくる。

 クソ……こんな時にアイツが、誠がいてくれれば……!
何やってんだよ誠……オレ達を助けてくれッ……!

【2/20(土) 8:00 戸蘭市通学路】

【視点:昌也→誠】

 何日ぶりだろうか、外にでるのは。
俺は駆ける、学校へ向かって。


 途中、通学中のやつらからあの時のような視線を感じなかった。
代わりに学校で何かがあったというウワサ話が聞こえてくるのみ。

 この噂は桃華だ、間違いないッ!
俺は走るスピードを上げる。 急がなければ、取り返しの付かないことになる……!


 はぁ……はぁ……はぁっ……!

 5分ほどで学校にたどり着く、その校庭は、部活動にやってきた生徒であふれていた。
彼らは俺達の教室を見ているようだ。俺も同じように教室の方を見る。

 ベランダから4人ほどの女子生徒が縄で結ばれぶら下がっている。なんだこりゃ!?
とにかく教室へ向かおう、澪音も桃華もそこにいるだろうから!

運動部員A「ああッ!お前はッ!」

 だが、その時。校庭に居た運動部員たちが俺を見つけ、次々と近くにやってきて俺を囲んでいく。

運動部員B「内田 誠……桃華の友人……」

運動部員C「劣等種仲間なんでしょ、アンタ、どうしてくれんのよ」

運動部員D「やっぱ汚ねえぜ、劣等種のやることって!」

誠「どいてくれ、今はあそこに行かなきゃ行かないんだ!」

運動部員C「行ってどうするつもりよ、アンタもアイツの仲間なんだから、
なにか企んでるんでしょ!」

運動部員たち「そうだそうだ! 劣等種は帰れ! ここに来るな!」

「かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ!」

 校庭に響き渡る、帰れコール。その声はどんどん強さを増していく。

「「かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ!」」

「「「かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ!」」」

「「「「かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ!」」」」

もうこんな状態じゃ、言葉で説明しても無駄。どんな正論だろうと、
彼らの都合によって聞き流されてしまう。

 これがこの狂った世界。 どんな事も、ただ劣等種だからという理由だけで、
不都合なものに書き換わってしまう。

 でも俺は、ドナさんのようにはならない。俺はそれでも正しいと主張するため……戦う。

 俺は、囲む彼らに向かって飛び込む。当然彼らは邪魔をする為に、体を張って止めに来る。
そんなやつは……こうだッ!

運動部員A「ぐはぁっ!」

 俺は邪魔するやつらを、殴り蹴り進む。 やつらもそれに応じて反撃してくる。
戦力差1対10以上といったところか。 相手は圧倒的な物量で攻撃に出る、けどある意味それが幸いした。

 乱戦になればなるほど、彼等にとって敵である俺の姿は見えなくなっていく。そして……

運動部員D「痛ぇ……何しやがるテメー!!」

運動部員A「ああ? テメェこそ!!」

 各地で、全く意味のない争いが引き起こり、ヤツラは目的を見失う。
それでも俺を探すやつがいるが、この意味のない争いに次第一人、また一人と飲み込まれていく。

 全くギャグアニメの乱闘シーンみたいなもんだ。お笑いもんだぜ。
最初こそ威勢の良かった彼らだが、結局はその程度だったということだ。

 俺に恨み憎しみがあるから、俺を敵視し攻撃する。それが普通。だがこいつらはそうではない。

 こいつらは、俺が劣等種であるからという理由だけで攻撃をする。
特にそれ以外に理由はない。だから意思は弱いんだ。

 そんなこいつらが別の要因で、あっさり目的を見失ってしまうことなんて、明々白々であった。

 そうして、俺は無事に校舎内への潜入に成功する。

 とりあえず少し休憩したいと思うところだが、今はそんな場合ではない。
ここからが本番なのだから……

 下駄箱に靴を入れ、上履きを取り出し、駆け足で階段を登っていく。
階段を登る時、さっきの乱戦で手足をいくつか掠ったらしく、遅れて痛みがやってくるが、
気にしている場合ではない。

 校舎内は、不気味なほど静かだった。普段は聞こえてくるはずの、吹奏楽部や器楽部の演奏音が
聞こえてこないからだ。

 代わりに聞こえてくるのは、俺が階段を登る音だけ。
それがかえって、不気味さを増している気がした。

 そして、3階にたどり着く。まず俺は、階段の壁から、俺達の教室の方を覗く。
すると誰かが、俺達の教室のドアの前廊下に立っている人が見えた。

誰だ? 俺達の教室は、この階段から最も遠い端にあるため、よく見ることが出来ない。

 目を凝らして、改めて覗いてみると、立っているのが昌也であることに気づく。
けど、なんで昌也が……?

 俺は、昌也であるなら少なくとも危害は加えないだろうと考え、
隠れるのをやめ、教室の方へ向かう。

 昌也の方も誰かがやってきたということに気づいたらしく、
最初はこちらへ来るなとハンドシグナルのようなものを送ってきた。

 けど、それが俺であることに気づくと、その仕草をやめ、
教室の様子を少し伺った後、少しだけ教室から離れ、俺の方へ向かう。

誠「はぁっ……はぁっ……昌也? 一体ここで何やってんだ」

昌也「ちょっと、桃華の手伝いをな……そんなことより……頼む!
桃華を……早く桃華を止めてくれっ!」

誠「わかってる、そのために来たんだから」

 俺が先へ進もうとすると、昌也に止められてしまう。

誠「何すんだよ、行かせてくれ」

昌也「ダメなんだ……!」

誠「ダメってどういう……」

昌也「……情けねぇことにオレは桃華に脅されちまっててよ……オレが教室に快く誰かを通しちまうと、
桃華は何をしでかすか分からねぇ。今のアイツは、暴走状態。オレ達の知ってる桃華じゃねえ」

誠「はぁ? じゃあどうしろってんだよ!」

昌也「だから提案があるんだ。誠、オレを思いっきりぶん殴れ。
それならば桃華は、オレが快く通したと思うはずはねぇ!」

誠「そんな、急にぶん殴れって言われてもよ……」

昌也「いつもオレがふざけてる時みたいに、思いっきりやってくれよッ! 時間がないんだ、早く!」

 昌也は必死に殴れと俺に言う。
昌也の提案にとても乗る気が起きないが、……まあ、しょうがねぇ。これしかないなら……!

誠「悪りぃ、じゃあ、やるぜ……!」

昌也「いつものことだ、俺に構わず、頼むぜっ」

 俺は、ダッシュしたような勢いで、なるべく力を抑えるように昌也の頬を殴る。

 昌也はそれで過剰に吹っ飛んだ演出を、身を犠牲にしてこなす。
廊下は固い、吹っ飛んでころんだ時は、受け身とらねーと痛いっつうに……

桃華「昌也!? どうしたのよ!?」

 教室の中から、バカでかい声の桃華の声が聞こえてくる。

昌也「……桃華が気づいた、早くいけよ」

 ぶっ飛ばされた昌也がこっそりと俺に囁く。俺は、少しだけ頷き、教室のドアに手をかけ、開く。
そして対峙する。桃華と、俺。

桃華「誠……!?」

誠「桃華……」

 俺たちは互いに睨み合う。俺は、桃華のあらぬ行いに。
桃華は、俺がやってきたことへの驚きで。

桃華「アンタが、どうしてここに?」

誠「お前達を、助けに来た」

今日はここまでになります。

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■おまけ
 戦いの幕開け。では、また明日。

再開します。

【2/20(土) 8:15 戸蘭西湘中学校 2-A教室】

【視点:誠→谷岡】


 なるほど……先ほどの騒ぎは、そういうことか。

 私は、学校に入った後、一度3階に登ったのだが、一人の見張りがいることで、
ある程度状況を察したため、一度2階の、事が起きている教室の、
一つ下の階で様子を伺っていた。

すると、校庭がやけに騒がしくなり、劣等種だとか帰れだとかの声で、
いっぱいになっていることに気づき、外を眺めた。

 そうしたら面白いこと、校庭内にいる彼らが乱闘を始めたのだ。
そして上の教室から聞こえる、かすかな氷崎 桃華の声。

なるほど……と、なると校庭には内田 誠が来ているということになる。
あんな大人数に向かっていくほどとなると……

 ただ、氷崎 桃華を止めるために来ただけではなく、何か他に目的があるとも見える……
まさか彼女は、ヤツを、瑠璃崎 澪音を上で監禁しているな?

 くっくくくく……もし私の考えが正しければ、
やはり彼女を太らせておいて正解だ……!

 私にはまだチャンスがある。 そのチャンスを彼女自身が……! くっひゃひゃひゃッ!!
で? 内田 誠はその2人、いや3人を救うナイト気取りとでも? 馬鹿馬鹿しい!!

 いいだろう! 時期を見て瑠璃崎 澪音を奪う。 もう手段は選ばないッ!!

【視点:谷岡→誠】

桃華「私を助けに? それとも、こいつを?」

 打撲した跡でいっぱいになり気絶している澪音を前に出し言う。
その時も、桃華は澪音を蹴る殴る……

それは目を背けたくなる様な光景。
あんなに一緒だった、あんなに仲が良かったはずのこいつらが……なんで!

 だがそれは口に出さない。この場において「なんで」とか「どうして」
なんて台詞、今の桃華には火に油に注ぐような言葉にほかならない。

 さっきと同じ、俺はただ戦うだけだ。

誠「澪音を……返してもらうぞ」

桃華「へぇ……意外。アンタ、お母さんを亡くして、しょげこんでるそうだから、
とてもそんなこと言う意思が今のアンタにあるとは思わなかった。

桃華「もし話せるんならさ、じゃあ、教えてよ、聞かせてよ。
お母さん亡くして、お父さんも帰ってこなくて一人ぼっちになって……! 今どんな気持ちか!」

桃華「ええ、あたしは嬉しいわ。2年前のあたしの気持ちを本当に理解してくれる人が増えてくれてッ!
なら分かるでしょ……今のあたしの気持ちが……!」

誠「言わないね、お前のそんなつまらない言葉、耳にも入らないぜ」

桃華「ッ……! つまらない……ですって?」

誠「ああつまらないね。それはお前の言葉か? 違うだろ? お前の中に潜む心が言わせてる言葉だろ?」

桃華「何よソレ、バカじゃないの? あたしはあたし。
他の誰も、あたしの心には潜んでいるわけないじゃない」

誠「いいや、いるね。お前には見えてないだけだろうけど、俺には見えるぜ。お前じゃない、心の何かが」

桃華「ふざけないでッ! アンタ、そんな頭のネジがふっとんだようなことを、私に言いに来たっての?
 だったら帰って。アンタは邪魔なだけ。あたしの復讐のねッ!」

澪音「うぅっ……!」

誠「楽しいか? 友達を蹴るのは」

桃華「友達ィ? 誰が? コイツの事? 的外れもいいとこよ。コイツは嘘つきの達人よ。
7年間もあたし達を騙し通せてきたんだから。今となってはアッパレよ」

誠「そうか、そうかい! ……なら、俺はお前を止める」

桃華「うん知ってた。邪魔なんでしょ、あたしが。良いわよ? あたしだって、
アンタの事が、いや、アンタ達の事が邪魔で邪魔でしょうがなかったんだから」

誠「へぇ、7年も一緒にいて?」

桃華「そうよ……ッ!」

桃華「そうよ! 返してよッ! あたしの日常を! あんなに楽しかった毎日を!!
朝起きて通学路でアンタ達と会って! 学校で色んな話して、些細な事でも盛り上がって!

 帰りにはゲーセンに行ってワイワイ楽しんだり馬鹿なコトして大騒ぎ!
楽しかったッ! とっても楽しかったよッ!

 ……けどね、それを壊したのは誰? アンタ達じゃないの?

誠……アンタがゲーセンでドナさんを助けようとしなければッ!
澪音は総連合の人間であることをずっと隠してきた嘘つきだったッ!
そして昌也……アイツはこの期に及んでも何もしない!

 そんなアンタ達があたしの日常を壊したんだッ!!」

 激昂し、スタンガンを手に、突っ込んでくる桃華。

 スタンガンの存在にギョッとしたが、一瞬。それまで。
俺はひらりと桃華の攻撃を避ける。

誠「そうだよ、俺が壊したッ!」

桃華「解ってるなら……解ってるならどうすればいいか分かるでしょッ!?」

誠「ああ、分かるねッ!!」

 俺は桃華の攻撃を避けると共に、とっさにロッカーの方へ向かい、
自分の、なにか戦えるような物を取るために、向かう。

 桃華も、そうはさせまいと、体を無理やり反転させながら、俺を追いかける。

桃華「じゃあ早く、私の前で意思を示しなさいよッ! この口だけの奴ッ!」

誠「言っておくぜ。お前の考えてること、なんかいろいろと間違ってんぞ!」

 桃華が、俺に間に合わない事を察すると、教卓に置いてあるチョークの箱を俺に投げつけてくる。

「うわッ……ぷ、ゲホッゲホッ!」

 運悪く、そのチョークの箱から飛び出た粉が、俺の顔にクリーンヒットしてしまい、
目と鼻にダメージを受ける。

 もちろん桃華は、その隙を見逃さない。

桃華「情けないのッ!」

 そして、迫る桃華のスタンガンが、俺の体へ触れ……!

誠「スタンガン、電源切れてるぜ?」

桃華「えっ……?」

 ちょっとした賭け。その言葉一つで桃華の手を止め、隙を作る。
その隙に、俺は桃華のスタンガンをかわし、ロッカーの木刀を手に取る。

桃華「ちっ……」

 俺は机を踏み台にして、広い場所へ移動する。机ばかりの狭いところは桃華に有利だから!
桃華も、俺の考えを分かっていたかのように、元の場所に戻り木刀を再び手に取る。

 これで少しは対等な状態に近づいた……!


桃華「ちったぁ……やるじゃない」

誠「へ、馬鹿にすんなッ!」

澪音「桃華……誠……」

 痛みで地面に突っ伏していた澪音が、床を舐めまいと顔を上げる。
廊下の昌也も、扉の影から俺達を見守っていた。

 俺達は一呼吸置いて、全身全霊の力で跳びかかり、つばぜり合いになる。

桃華「アンタよ、そう、いつもアンタだった!」

誠「なんの……ことだッ!」


 互いに力を込める。すると反発しあうかのように俺達は後ろによろけてしまう。

 本来、力なら男である俺の方が上なのだけど、俺はここまで来るのにかなりの体力を使ってしまい、
思うように力が出せない。

 それに、今の桃華の腕力と体力は、明らかに常人のそれをはるかに上回っている。
本来ならば満身創痍でぶっ倒れそうなぐらいだ。だが、今はそういう訳にはいかない!

桃華「アンタがずっとリーダーで……アンタがあたし達の何もかもを仕切ってて……」

誠「それは、お前らが勝手についてきただけだろーがッ!」

桃華「そうやってゲーセンの時のことも、谷岡の時のこともシラを切るって言うの!?」

誠「ああそうだ、お前らが勝手に盛り上がって、勝手についてきたってだけで、
人のせいにすんじゃねぇ!!」

桃華「馬鹿にしてッ! 死ねッ! アンタは死んで詫びろッ!!」

誠「だから、お前は大切なモノを失っちまうんだよッ!」

桃華「あたしのお母さんとお父さんのことは、いうなああああああッ!!」

 完全にキレてしまった桃華は、もはや女の子とは思えないような力で俺に襲いかかる。
木刀を片手で握って振り回すってだけでやばいのに……これが火事場の馬鹿力ってやつか……!

 桃華の攻撃を何度も何度も受け止める。
その度その度、俺の腕が痺れ、どんどんということを聞かなくなる。

 ……耐えろ、少しでも桃華が正気に戻り、俺の声がちゃんと届くようになるまで、耐えてくれ……!
澪音が教えてくれた、人を立ちなおらせる方法。

 澪音ができたんだ、俺が出来ないわけがないッ!

桃華「アンタは悲しくないの!? 親を失っておきながらッ!!
あたしと同じ気持ちのくせに、同じ立場のくせにッ!!」

誠「俺と同じ気持ちだって思うんなら、じゃあ俺の気持ちも分かってんだろ? ええ!?」

桃華「アンタの気持ち……? 同族嫌悪? そう言いたい、ワケッ!?」

誠「ぐっ……!」

 とうとう木刀を握っていた片手が離れてしまう。それでも、もう一方の手耐え、再び刀を握り直す。

誠「そうだ、俺は悲しいぜ、悔しいぜ、なんでいなくなったんだって何度も何度も思った!!」

桃華「はぁっ……はぁっ……なによ、アンタも……そう思ってたんじゃない」

誠「でも、それは昨日までの俺で、今日の俺は違う!」

桃華「そんな心変わりするような事が……あったっての?」

誠「そういう……こった!」

 俺は再び桃華に突っ込む。そして、またしてもつばぜり合いになる。

桃華「じゃあそれを教えてよ……昨日のアンタに、何があったかをッ!」

誠「俺には、今も母ちゃんがついてる!」

桃華「は、はぁ……!? 何言い出すのよ、馬鹿馬鹿しいッ!!」

 さっきと同じように、俺達は後ろへ離れる。

桃華「聞くだけ無駄だったわ、何よそのオカルト、キモッ!」

誠「まあ聞けよ! お前ら、母ちゃんと約束したんだってな! あることを!」

 俺は、“みんな”に言う。

桃華「約束ゥ……? 何よそれ、忘れたわッ……そんなこと!」

 刃と刃がぶつかる、3度目のつばぜり合い。

 その時、桃華が体力の限界なのか、フラつき倒れそうになる。
当然だろう、ここまでとんでもない力を使ってきたのだから。

誠「お……っと!」

 そんな桃華を、俺はさりげなく支えてやる。

桃華「……何よ、今の」

誠「まだわかんねぇか」

桃華「わかりたくもない、そんな……ものッ!」

誠「大切なモノ、お前自身が思い出さなきゃ意味がねぇ」

桃華「だから、ふざけ……ないでッ!」

 桃華はよろめきながらも、再び木刀を握りしめ力を込める。

桃華「じゃあ、その大切なモノってのはさ……あたしの家族を返してくれるってワケ?
こんな悲しい現実をなかったコトにできるってワケ!?」

誠「そんなのは……夢だ」

桃華「もう、ふざけないで……これ以上、あたしをイジメないで……ッ」

誠「だから、戦ったんだろ」

桃華「そうよ、戦った……そうして生きてくことで、悲しいことを忘れられるようにッ!」

 俺達はまた、離れる。

誠「それは、間違ってる」

桃華「じゃあ何? 現実から逃げるな……っての」

誠「違う」

桃華「じゃあ……なによ」

誠「忘れるな、決して」

 人は、正しく精神を保てるように、悲しい事や辛い事を優先的に忘れるよう脳にインプットされているという。
だが、そんな便利な機能のせいで、悲しい出来事の時にあった大事なことも、一緒に忘却に洗い流されてしまう。

桃華「辛いのよ、もう我慢できないのよッ! あたしはねッ!
あの事件から2年の間、辛いことを忘れるために生きてきた!
宇宙に興味を持って、そのうちに宇宙の広大さ、神秘さに魅力的になって、辛いことを頭から消していった!

 それだけじゃない、アンタらとゲーセンでワイワイ楽しんで、楽しさで頭をいっぱいにした!!
それを何!? あの辛くて耐え切れない記憶を忘れるなって!?
 あたしのこの二年間してきたこと全てを否定するってワケ!?

……残酷よ、そんなの。あたしにとって、それは死ぬより残酷なこと」

誠「それでも、忘れるな」

桃華「…………」

 互いによろめきながら、見つめあう。
今日の朝の、俺と澪音のように。

 目と目で見つめあうこと、それは互いの心を透き通らせる魔法のようなもの。
言葉なんていらない。それだけで、分かり合えるのだから。

桃華「……そうね、思い出したわ。アンタの言うこと。
確かにそれは、あたしの力にもなるし、現に今だって、さっきまでだってそうだった」

 桃華は木刀を床に落とす。木の床に木刀が当たる音は、意外にも爽快な音がした。

桃華「忘れないわ、ええ、忘れない。いいえ、忘れられてなかったのよ。あたしは」

誠「桃華……」

 分かり合えた。やっと、思い出してくれたんだ。俺達の約束…「死ね」

 …………え?

桃華「あたしにとって、2年前の事件は、今となっては死ぬのと同じくらい怖いもの。
それを忘れるななんて、アンタが言うとは思わなかった。もういい、もういいわ」

 桃華は、ポケットからあるものを取り出す。それは、拳銃。

桃華「アンタにこんなこと、本当はしたくなかった。
けどね、もうアンタは、あたしの心を冷たく握る死神でしかない。

 あたしに、こんな辛いことを『忘れるな』だなんて。失望なんて、とうに通り越した気分だわ」

 ここで言いたくなる。『桃華、それは違う』って。
でも駄目だ、耐えろ、桃華が自分で気づかなきゃいけないこと。

 バカな俺だって気づけた、だから、桃華だって気づける。
それを信じろ、母ちゃんからの手紙の言葉を信じてる、約束を信じてる、だから俺は桃華を信じるんだ!

桃華「小学校からずっと、いや、この二年間、とっても楽しかったわ。この記憶も、もう忘れるから。
アンタのこと……ううん、もういい」

誠「…………」

桃華「じゃあね、ばいばい」

 谷岡の組合で聞いたあの爆ぜるような音が、一瞬耳に入ってくる。
途端に体に力が入らなくなる。痛みはあった、けど、のたうち回るような痛みじゃない。

 桃華の顔を最後に見る。目に一筋、涙が垂れている、ような……
俺の意識は……途切れてしま

【視点:誠→桃華】

澪音「ま……誠……誠ぉ……!!」

 あたしの目の前で、ボロボロになった澪音が必死の思いで誠に寄り添い、体を擦る。
……え、なに……これは……

 どういうこと、これ……私……
あたし、撃ってない。撃ってないのに……!

「くひひひひッひゃはははっはははははははは!!!」

 その時、初めて聞こえた。悪魔の声が。
いつの間にか、廊下を見張っていたはずの昌也が、教室の中にいて、腰を抜かしている。

 教室のドアは開かれている。そこに一人、立つ人が。

谷岡「いーひひひひッ……! ひひひひひひひひッ! 次はお前だ、氷崎 桃華ァ……!」

 こいつは……散々、あたし達を弄んで……

桃華「悪魔、この悪魔! 誠を、誠を返せ……」

谷岡「なんとでも言うがいいィ……瑠璃崎 澪音は私のモノだァ……
彼女こそ、私にとって大事なモノなのだからなァ……ッ!!」

 私は、持っていた銃を迷わず谷岡の額へ向ける。躊躇など、一欠片もなかった。

谷岡「くひひひひひッ! あひゃひゃひゃひゃひゃッ……!」

 憐れな者に鉄槌を。悪魔は、悪魔の巣へ。

桃華「谷岡あああああアアァ……ッ!」

 教室に、銃声が響き渡る。
あたしは、意識を失った。

…………
……

 ここは、どこだろう。……みんな、どこ?
なんで誰も……いないの?

「桃華ぁ―っ! 無事かー!?」

「助けて、助けてくれぇ……!!」

「嫌だあああッ!! ぐちゃっ」


 やだ、いやだ……あたしにそんなの、見せないで……
いやだよぉ……誰か、誰かたすけて……

忘れるな。
……忘れたい。

それでもなお、忘れるな。
思い出したくない。

「大切なモノ、忘れるなよ」
「ゆーびきーりげーんまーん、うそつーいたーら針千本のーますっ」
「あたし達の宝物!」

 ……え……あ……。


「皆にどんなことがあっても、助けあって生きていくような、そんな素晴らしい仲で、いて欲しい」


 そうだ……忘れていた……あの後、色々あったから。
あの時から、両親を亡くした悲しみから過去を捨てようと決めてしまって、
こんな宝物を置いて行ってしまったなんて……

「ロマンチックね……あな……て」

 あ……声が……待って……

 ……そうか、今更思い出しても、遅いもんね。
で? アンタらは、あたしをどこへ連れってくれるの?

 ……まあ、聞かなくても……分かるよ。
こんな狂った世界なんだもの。

 いってきます、そして、ばいばい。

【視点:桃華→???】

 これは、2/20 午前8時未明に起きた出来事のレポートである。
私はこの出来事を、戸蘭西湘中学校 学生監禁事件と呼ぶ。

 戸蘭西湘中学校にて、2XXX年2月20日朝、
この学校に通う中学1年生の少女”氷崎 桃華”(13)が吹奏楽部員4名、
そしてもう一人、親友の“瑠璃崎 澪音”(12)を監禁、暴力を振るい、その後、
その場にいた2名の友人と共にこつぜんと姿を消した。

 ”氷崎 桃華”もろとも姿を消したため、現在有志による彼女への情報提供が求められている。
また、事件当時、世界方舟新興組合の組長“谷岡 曹爽”氏の姿を目撃したとの証言もある。

 彼女が、友人3人をさらったのか。それとも彼が4人をさらったのか。
真相は明らかになっていない。


 以下は人物レポートである。

 内田 誠……行方不明
事件現場の教室には、血痕があり、鑑定により、彼の血と一致したため、何者かに暴行、または命に関わる
何かを受けたことは間違いない。

氷崎 桃華……行方不明 
今回の事件の重要参考人物。現在逃走中なのか、それとも拉致され彼女も監禁されているのか、分からない。

朝日 昌也……行方不明
今回の事件で、唯一教室に血痕が見受けられなかった人物であるが、当時学校に来ていた生徒からの証言で
存在が判明。行方は解っていない。

瑠璃崎 澪音……行方不明
彼女も生徒からの証言で判明。彼女に関しては、特殊部隊のような集団から、
こちらに情報提供を求め続けられている。

その他4人の吹奏楽部員……事件後に駆けつけた教師たちにより救出された。怪我はほとんどない。

谷岡 曹爽……行方不明 彼等を監禁するためにどこかに潜伏している可能性あり。
警察が動きを見せないため、世界方舟新興組合組員による捜索活動が行われている模様だが……
その数は少人数であると報告あり。

 この事件にはリヴァイブ・ノア計画が深く関わっている。
それに伴い、世界方舟新興組合組長である、谷岡 曹爽の存在が一つの原因であると予測している。
要検証すべし。

また、これ以降世界方舟新興組合を批判する、新たな団体が出現したとの情報もある。

 この団体は姿、形を見せず不明瞭な情報ばかり存在するどころか、
存在しないゴーストである可能性も否めないとの声もあったが……

 この事件に関わり、介入していた可能性があるという情報を耳にし、
この団体の存在を確実のものとした。

 となれば、内田 誠以下3人は彼らに連れ去られた可能性もある。
その辺りも再び検証しなければならない。

 今この街、いやこの世界は、世界方舟新興組合のような存在によって、
警察の存在が意味を無くしており、計画の遂行者であるノヴァ・アサイラムの理想となる世界になりつつある。

 アサイラムの撒いた種は花を咲かせ、世界を狂ったような戦いという闇で包んでいく。
リヴァイブ・ノア計画。その計画、今もなお進行中。

以上、レポートを終了する。


【ぼくらの世界創造 第8話「交差する約束」 おわり】

今日はここまでになります。

>>524
乙ありがとうございます!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218
・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」>>500

・第6~7話の登場人物&単語一覧 >>446

■おまけ
 一気に第8話を書き終えました。ふぅーっ。
明日からは新展開で、暫くの間、今まで出てきた登場人物殆どにお休みしてもらって、
少し時を遡り、始まります。

第9話「真実への第一楽章」 では、また明日。

おっつ
このssほんとすこ

再開します。

【視点:???】

 ああ、我らが地の神よ、何故怒るのか。
 あゝ、我らが天の神よ、何故嘆くのか。

 地の神は大地を、天の神は空を怒りの業火で焼き払う。

 だが、その哀しき運命に、宇宙の神は救いの光を示しだす。
 天地の神の悲しみを払い、世界を救う6つの啓示。

  一つは、世界の果ての理を知ること。
  一つは、生死者の世界を壊すこと。
  一つは、楽園に密かに実る毒林檎。
  一つは、救済者となりうる悪しき英雄。
  一つは、ただ戦うだけではないこと。
最後の一つは、心に宿る宝物――

 その6つを手にし、救済者の姫君が願う時、
災厄の地に降臨する歪みし方舟は、救済の舟に姿を変える。

 そして、神は英雄に世界を変える力と、
世界を作る力を与えることになるだろう。


 ……これが、計画者の求む願望。託した神託は、空を駆けたかに見えた。

 しかしそれは、あまりに抽象的すぎて、あまりに偶像的すぎて、
生きとし生ける人々には、あまりにも重すぎた。

 そんなことも知らない哀れな一匹の子羊が、またやってくる。

ああ、きっと彼も知るのだろう。計画の全てを。
知ってどうなるのか、知って何を做すのか。

ああ、彼もまた、知ったものしか聞こえてこない世界の協奏曲を、
共に奏でてしまうのだろうか。

――親愛なる観測者オブザーへ ヴァロンより、迫り来る謎を込めて。

【2/2(水)7:50 誠の家】(第8話 おわりから18日前)

【視点:???→雅仁】

誠「じゃあ父ちゃん! 行ってきまーす! ……おわっ!!」

雅仁「行ってらっしゃい……って、もう行ってしまったのか、
全く元気なもんだ。誠は」

 誠の出発を見送ると、私は朝食の後片付けを済ませ、
自分の部屋のパソコンを起動し、コーヒー片手に執筆作業を始める。

 私はフリーのジャーナリストとして、そこそこだが名のある仕事を
させてもらっている。

 今回の仕事は、“キュレーション”といって、情報コンテンツを集め、
それに新しい意味や言葉を付け加え、記事として共有するというものだ。

 今集めている話題は、ネットどころか、この町、この国、この世界で話題騒然の
あの話、“リヴァイブ・ノア計画”だ。

 元旦に行われた計画発表の話が真実ならば、
選ばれた人々が方舟に乗って移住可能な星を見つけるまで航行し、
旅を続けるというこの計画が、今後世界にどのような影響を与え、どのように世界を変えていくのか。

 それを考えるのは、非常に興味深い。

 しかし、一つ気がかりなことがあった。
私の息子、誠がこの計画の関係することでトラブルにあったらしい。

 なんでも、息子が友達とゲームセンターに遊びに行った際、
知り合いのゲームセンター仲間が襲われてるところを助けようとして巻き込まれたらしい。

 警察の方が色々手を回してくれたお陰で大事にはならなかったのが不幸中の幸いだ。

 私はその後、誠に帰った後キツく言ったつもりだがそれでも正直心配でならない。
誠は正義感の強く、曲がったことが嫌いな真っ直ぐな人間だ。

 私としては、そんな誠の性格は立派であり、私の息子として誇りに思う所はあるが、
その性格が災いして、更なる厄介事に、巻き込まれていかなければいいのだが……

 今はまだあまり知られていないようだが、世間では、
ノヴァ・アサイラムの演説の言葉を勝手に解釈した人間が集まり、その解釈通りに行動する人間が現れ、
世間でトラブルを引き起こしているという情報がチラホラ回ってくる。

 まるで宗教団体に近いような雰囲気を漂わせている団体もあるらしい。

何でも、その宗教団体がかなりの力を持っており、そのおかげで警察の力が弱まり、
治安の乱れが激しくなり、前述したトラブルを引き起こす人間が多くなった原因でもあるそうだ。

 今回はその事を記事にしようと考えてはいたが、恐らくそれを、あるがままに記事にすると、
私までトラブルが回ってきて、誠にも影響があるのではないかと、私は恐れている。

 何より宗教団体だ、目をつけられるほど怖いものはない。

 本来、記事というものは真実を述べるべきものであるが、こういう世間にとって、
都合の悪い情報を、知らぬ人間に伝えるというのは、互いにとっても不利益になりかねない。

 ジャーナリストとしてはとても褒められた行為ではないが……私だって人間だ。
叩かれることが決まっているのに事実、真実を伝えるという勇気は正直私にはない。

 流石に家族を持つようになると、そういった無茶はできなくなるものだ。

 きっと、こういうことがジャーナリストの中で幾度となく行われ、
世界は真実を知ること無いまま回り続けるのだ。

これが正しいことかどうかは、神のみぞ知る事なのだろう。 

 だから、私は正しい真実を知りたい。
世間が作る、不安定な真実よりも、計画者の言葉による、
純粋で、透き通ったような真実を、私は知りたい。

 だからこそ、私宛に、こんなメールが届いた時、
これは神が私にチャンスをくれたのだと、思った。

 それは、総連合国国防長官“ヴィッツ・アンシエンツ”
と名乗る人物からのメールだった。

--------------------------------------------------------
From:総連合国 国防総省
件名:リヴァイブ・ノア計画の概要説明会のお知らせ

本文:
 突然のメールで失礼致します。私は、総連合国国防総省の長官の役を
努めさせていただいております、ヴィッツ・アンシエンツと申します。

 内田 雅仁様に、ご招待がございます。
現在、世間にて大きな話題となっております、リヴァイブ・ノア計画。

 その真実に迫る、総連合国大統領ノヴァ・アサイラム主催の概要説明会が、
総連合国にて催されます。

 そして内田 雅仁様、貴方もその席に、是非参加していただきたい所存でございます。

 詳しい日程や詳しい場所は、折り入って連絡いたします。、

 どうか、我々と共に、真実の為の楽章を、見つけませんか。
心より、お待ちしております。

<総連合国 国防総省 (~以下略~)>
--------------------------------------------------------


 まさか、アサイラム本人の口から計画のことが聞けるなんて夢にも思わなかった。
私は、参加の意志があるというメールを返し、日程と場所を知り、執筆のさなかで準備を進めていた。

 だが、私はため息をついていた。それはなぜか。
この発表会の会場に向かうためには、総連合国に行かなくてはならない。だが、今各国への航行は、
禁じられている。

 だから、特別な方法で向かわなければならない。そのために、アンシエンツ側からも、配慮があるそうで、
総連合国側から、特別に旅客機でニホンまでやってきて、送り届けてくれるらしい。

 だが、その旅客機がやってくる日程が、2/12日。その日は、誠と出かける予定になっていた。

 折角の貴重な家族の時間を、また失わせてしまうというのは、辛いものだ。
だが、それでも知らなければならない。真実を。

 再び私はため息をつく。
今の私は執筆より、誠にどう言い訳するかを考えるほうがよっぽど難題であった……

……誠にはまた迷惑を掛けてしまいそうだ。

今日はここまでになります。

>>540
乙ありがとうございます~

>>541
おつありがとうございます! そう言ってもらえるとうれしいです!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

■おまけ
 9話からしばらくは、1~8話の登場人物一覧があまり役に立たないので割愛させていただきました。
ここからは、誠の父、雅仁のストーリー。雰囲気も今までとは変わっていきます。

では、また明日。

再開します。

【2/11(木)23:50 誠の家】

誠「今日は楽しかったよ、父ちゃん。明日からお仕事、がんばって」

雅仁「ああ、ありがとう、誠」

 今日は、寝る前まで誠と過ごしていた。
明日から会えなくなってしまう息子に、少しでも長い時間そばに居てやりたかったから。

誠「それじゃ、お休み。父ちゃん」

雅仁「ああ、お休み」

 だいぶはしゃいだとはいえ、もうこんな時間だ。誠は明日も学校があるし、私も明日の為の最後の準備を済ませなければいけない。

 キャリーバッグには、必要最低限なものだけを用意し、余計なものは持って行かないことにした。

 向かう場所が総連合国だったからだ。仮にも2年前まで、このニホンは大きく関わっていないのだが、ニホンが所属する連合国、ASIN連合国は、総連合国と戦争を繰り広げていた。

 おかげで自由に航行が出来ない今、向こうの地で何が起きるかわからない。用心に越したことはないのだから。

 さて、私も今日は早く寝るとしよう。
我が家のベッドで寝るのも、これからしばらく無いと思うと、やはり憂鬱だ。

 かつて、様々な地を出歩いてきた私だが、やっぱり我が家のベッドが一番落ち着く。
我が家のベッドで再び眠る日が来るように、という理由で旅の無事を祈るのは如何なものだが……

 どうか何事も無く、安全に真実を知ることが出来るように。私は神に祈った。

【2/12(金)06:30 戸蘭中央駅】

 朝早くに目覚めた私は、名残惜しさもありながら、我が家を去り、
最寄りの駅である、戸蘭中央駅へとやってきた。

 通勤時間でありながら、駅どころか、電車の中にすら人が少ないのに疑問を感じながらも、
約1時間ほど掛けて、集合場所となっている浜小海(はまおみ)街へと辿り着いた。

 そこは、2年前にサブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件によって壊滅した東京に代わって、
都市開発計画が一層進んでおり、今や第二の東京と呼ばれてもおかしくないほど、発展し成長を
続けていたのだったが……

 この街にも、人があまりに少ない。
街だけそのままに、約8割の人が姿を消していた。まるで、街全体が未知のウイルスに侵され、
それによって人々が避難している、なんていう映画の舞台に降り立った気分だった。

 だがそんなことを気にしている時間はなく、特別な旅客機が用意されているという、
浜小海発着場跡地を目指して、地図を片手に足を進めた。

雅仁「ここで、待っていれば良いのだろうか……」

 15分ほど歩くと、今は使われていない、わずかに木々が茂った発着場跡地へたどり着く。
本来の集合予定より、15分早く着いたために、まだ飛行機がやってくる気配はない。

 私は使われていない施設の中に入り、その中にある待合室で、飛行機の到着を待った。

 それにしても、ほとんど誰も居ない街は、極めて不気味だった。
人のざわめきはもちろんのこと、近くの高速道路を走る車の音、
店を開く準備をするために聞こえてくる音、何一つが聞こえてこない。

 代わりに聞こえてくるのは、カラスの鳴き声と、近くを流れる川の音だけ。

 これはニホンだけに起きている現象なのだろうか? それとも、総連合国でも同じ状況なのだろうか……
2年前のそれぞれの国に対しての情報規制から、他国の情報を全く知ることができていない。

 先程から何度も出てくる“2年前”という時期。あの年をキーに、世界は大きく変わってしまった。
しかし、2年前から変わらなくなったものがあった。それは、乗り物だ。

 世界は様々な技術革新によって進化している。投薬やコンピュータ、あらゆる技術や環境対策……
それは日に日に進化していき、我々の暮らしを変えてきた。

 しかし、乗り物だけは、まるで人々が興味を失ったかのように、計画されていたものが無かったことになり、
2年前、いや、もっと前。20年前ほどから、姿を変えていない。

 乗り物といえば、リヴァイブ・ノア計画で話題として出てきた、宇宙を長く航行する為の船。
その建造が刻々と進んでいるということ。

 ノヴァ・アサイラムは、放送で何百年、何千年と航行が可能な船が完成しつつあると言っていた。
確かに宇宙開発技術というのはめまぐるしい進化を遂げ、
今やお金さえ持っていれば手軽に宇宙に行くことができる時代になっている。

 そんな私も、ジャーナリストを目指す前に、一度宇宙から地球を眺めたことがあった。

 それはとても美しかった。 私達の住む、水の星と呼ばれた惑星、地球がこんなに美しいものとは……
だからこそ残念だった。 こんな美しい星でなんで私達は争い、傷つけあわなければならないのか。

 それが、私がジャーナリストとして足を踏み入れる決意をする、きっかけになった事でもある。

 昔からの乗り物の技術革新の停止、計画の船の建造。何か関係しているのだろうか……?

 ……と、話が逸れてしまったか。

 そう、ノヴァ・アサイラムの言った、長時間航行が可能な船が作られているのは、
あの計画自体が狂言でもない限り、間違いないことだ。

 もちろんそれには凄まじいお金と技術、人の力が必要だ。

もっとも、総連合国大統領の権限を持つ男がそう言ったのだから、
お金と人くらいは簡単に揃うのだろう。

 しかし、技術がなければいくら人が揃ったところで、そんな船は出来っこない。
だが、そんな技術もないのに、こんな大そびれた事が言えるとは考えられない。

 ということは、考えられるのは一つ。

 その手の技術を、何十年も前から全て、計画の船に注いでいる。
乗り物が進歩しないのは計画の船を作るためだから。

 そして、そう考えると、こうも考えられる。
このリヴァイブ・ノア計画が、この国で発表されたのは今年の元旦だが……

計画自体は、何十年も前から始まっている。ということが。

「EMERGENCY…… EMERGENCY……」

 突然、この施設全体に響き渡る警告音。
何事かと思い、焦り立ち上がったが、窓を見上げると、すぐにこの警告の意味を理解した。

 滑走路に降り立つ旅客機が1台。とうとうやってきたのだ、総連合の迎え人が。
私は施設を出て、旅客機の元へと向かっていった。

ロボット?「ヨウコソ、内田 雅仁 サマ」

 旅客機の側へやってくると、入口からやってきたロボットのような物に歓迎される。
身分証明を要求されたため、おずおずと私は答え、そのまま旅客機の中へと案内された。

ロボット?「荷物ハ、コチラニテ、オ預カリサセテ頂キマス。雅仁サマは、右手ノ階段ヲ上リ、
指定サレタ席ヘト、オ座リ下サイ」

 ロボットは、私の荷物を回収し、私に指示した方向とは真逆の階段で、下へと降りていく。
言われたとおりに、右手の階段を登って行くと、そこは至って普通の旅客機そのものだった。

「ようこそ、マサヒト様。お待ちしておりました」

 次に歓迎してくれたのは、ロボットではなく本物の人間……? つい気になって、
挨拶も忘れ、問いかけてしまった。

雅仁「あの、貴方はロボットではないですよね?」

「ええ、勿論ですとも。私は、総連合国国防長官、ヴィッツ・アンシエンツです


 先程まで、人を殆ど見かけなかったことが、どうも私の目をおかしくしていたみたいだ。
私は無礼を謝りつつ、挨拶を返した。

雅仁「し、失礼しました。私は、内田 雅仁です。今日からどうかよろしくお願いします」

アンシエンツ「共に真実を巡る旅へ。ささ、どうぞ座席の方へ。他の参加者の方も、出発を
今か今かと待ち望んでおります」

 アンシエンツ氏から促され、私は通路を更に先へ行く。そして、後部側の座席に人の気配。
そこには8人の男女が。

 きっと彼等もまた、私と同じく真実を求めるためにやってきたでのであろう。

 機内放送で、アンシエンツがこの機に乗り込む全員に呼びかける。

アンシエンツ「これで、全員が揃いました。保全を再優先に考えまして、
この機は15分の機器チェックを持ちまして、即座にここを出発いたします。

それまで、どうか真実を求める同志達で、交流を深めお待ち下さい」

今日はここまでになります。

>>552 で、久々に改行無しで投稿してしまい、プロローグ並の見づらさになってしまい申し訳ありません……

>>550

乙ありがとうございます!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

■おまけ
 投稿が遅くなる日は、投稿する量が少なくなってしまう……
明日は多忙なため、書き込みにこれないかもしれません。

では、また明日。

再開します。

 放送が終わると、機内にガクンという音が響き、エンジンチェックの時間に入る。

「マサヒト!!」

 その時、聞き覚えのある声が近くで聞こえてくる。

雅仁「貴方は……」

「お忘れですカ? 2年前、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件の
その後を共に書き記した、ジェラート・ハイソンでス。お忘れですカ?」

雅仁「ああ、あの時の! 月刊『War Drive』(ワードライブ)
第523号の記録編集を担当なさっていた……」

ジェラート「エエ! 覚えていて頂き光栄でス。ささ、どうぞこちらへ。
条約の壁を味わった一日千秋の思いの、この2年間。本当に久しいでスね!」

雅仁「ジェラートも、アンシエンツ氏のメールを読んでここへ来たのですか?」

ジェラート「そうでス。我が国総連合国は、今も計画で苦しむ人々が沢山いまス。
 だから、真実を知ることで世界を救えると信じて、やって来ました」

「ジェラート? 彼はだあれ?」

 ジェラートと話をしている時に、突然一人の赤いドレスを着た、若い女性が割りに入ってくる。

ジェラート「ああ、彼はASIN連のニホン地区出身の、マサヒト ウチダだよ。
2年前の記事制作で共に知りあっタ。
 マサヒト、紹介しまス。彼女はEUIN連出身の、エイメ・ロザリー氏でス」

ロザリー「ふふ、よろしく。ミスターマサヒト。現地でリポーターの仕事をさせてもらっているわ」

雅仁「よろしくお願いします。私は、フリーのジャーナリストを職にしています」

ロザリー「名は聞いているわ。充実しているみたいで素晴らしいと思う。
そうだ、マサヒトにも。はいコレ、つまらないものだけど受け取って。エスカルゴチョコよ」

 彼女が差し出したソレは、名前の通り、カタツムリの殻の形をしたチョコ。
口に含んでみると、チョコにしてはさっぱりとした風味が味わえた。

ロザリー「このご時世、なかなか互いの国の物を知ったり、口にすることは少ないからね。
今日は色々と貴重な体験をさせてもらうわ。それじゃね! ジェームス、マサヒト」

 ロザリーは、ウィンクしてその場を立ち去っていく。
いちいち仕草で、やたらめったらと胸元を強調していくその姿、そして今のウィンク。

 少し心にキュンと来るものがあったのだが……いかんいかん。
私には逢花という妻であり、パートナーがいるのだから。

ジェラート「ン? どうかしましたか? マサヒト。さっきから首を振っテ」

マサヒト「いえいえ、何でもありません……」

ジェラート「そうそう、ここにいる他の方も紹介しなくてはいけませんネ。
今のうちに挨拶を済ませておきまショウ」

マサヒト「ええ」

 残りの6人に挨拶に回るため、私は席を立った。
既に幾つか交流を済ませていたジェームスが、色々と解説をしてくれたのは本当に助かった。

ジェラート「彼は、EUIN連出身のアルボ・クリス。産業用ロボットのメーカーの社長を務めていまス」

クリス「よろしく。おっと、握手は左手で頼む。左手を事故で怪我してしまってな」

 50代くらいの少し老いた右手を握る。その感触は、年季に満ちていた。

…………

……

ジェラート「こちらは、総連合出身のミケランダ・ケイオス。作家だそうでス」

ケイオス「物語とは常に真実を記す必要はありません。ですが、私はただ知りたいのです。
物語より奇なる、この計画の全貌を」

…………

……

ジェラート「こちらは……えっと、そろそろ口を開いていただいてモよろしいでスか?」

「…………」

ジェラート「申し訳ありません。マサヒト、彼はどうも頑固者みたいだそうデ」

 私はその時彼が、何か座席の前の背もたれに、指で何かをなぞっている事に気づく。

雅仁「ちょっと失礼」

ジェラート「? どちらへ? マサヒト」

雅仁「ミスターケイオス。貴方の持っているペンと紙をお貸しいただいてもよろしいでしょうか」

ケイオス「勿論」

ジェラート「マサヒト? 一体何を?」

雅仁「さあ、こちらに名前を」

 その男は、少し震えながらもペンと紙を受け取り、何かを書いていく。

ジェラート「えーと、なになに? ルクレツィア……ヴァロン?
出身……総連合……国?……職業は……印刷……業?」

雅仁「彼はきっと、なにか理由があって喋れないのですよ。
けど、ソレを追求するのは今はなしです。たとえこの旅が真実を求める旅であってもね」

ジェラート「なるほど、それもそうですネ。しかし、貴方の洞察力は大したものでス」

雅仁「大したことありませんよ。物言えぬ人の気持ちでも、
理解する努力は怠ってはいけない。ただそれを守ってきたまでです」

ジェラート「相変わらず貴方は立派ダ。私も見習わなくては。では、次へ行きまショウ」

…………

……

ジェラート「彼は、デュラン・フレデリク……」

 とても若く見える彼はジェラートの言葉を遮り、席から思い切り立ち上がって挨拶した。

フレデリク「どうも、フレデリクと申します! 僅かな時間でありますが、勉強させて頂きます!!」

ジェラート「彼はEUIN連の専門学校に通っておりまス。多分この機内では一番最年少になるでショウ」

フレデリク「よろしくお願いしますッ!!」

…………

……

ジェラート「彼女は、ボワル・メグ。薬品研究を携わる方でス」

メグ「総連合国から参りました。よろしくお願いします」

 先ほどのロザリーとは違って、こう言ってはロザリーに悪いのだが、
気品のある女性に第一印象は見えた。

 もし私が誠だったら、ロザリーは桃華ちゃんで、
このメグという女性は、澪音ちゃんを連想できると思った。

雅仁「よろしくお願いします」

 彼女に対して、他の人にしたように握手を求める。だが……

メグ「握手……ですか。遠慮させて頂きます……」

 何だろうか。冷めている。それが第二印象だった。

…………

……

 次が最後の一人だ。

ジェームス「コチラの方は、コティ・ガブリエラでス」

ガブリエラ「よろしく。私はEUIN連で医者をやっている。
旅で何かあったら、君も遠慮せず声をかけてくれたまえ」

雅仁「よろしくお願いします」

アンシエンツ「皆様、おまたせ致しました。ただいま、エンジンチェックの全てが終了し、
安全を確認いたしましたので、総連合に向けてフライトを開始したいと思います。
 皆様は、一度席にお戻りになって、安定飛行状態になるまで待機をお願い致します」

 アンシエンツ氏からの放送で、ジェームスも私も、ササッと席につく。

 だが、席につこうとした時に、皆が座っている席から離れた場所に、
置き去りになっているキャリーバッグを発見する。

雅仁「ジェームス? あのキャリーバッグはどなたのです?」

ジェームス「あれ? おかしいですネ。荷物は全てここから1つ下の階層に、
ロボット達が運んだものだと思っていましたガ……」

雅仁「まあいま気にしても仕方ないです。とりあえず席につきましょう」


 私達が座席についたすぐに、機体が徐々に震え始める。
とうとう、2年ぶりの総連合国へ向けての旅が始まる。

 アンシエンツ氏の言う、真実の楽章を見つける為に。

■<計画概要説明会に参加した10名>

内田 雅仁……ASIN連合国 ジャーナリスト

ヴィッツ・アンシエンツ……総連合国 総連合国国防長官
ジェラート・ハイソン……総連合国 ジャーナリスト
ミケランダ・ケイオス……総連合国 作家
ルクレツィア・ヴァロン……総連合国 印刷業
ボワル・メグ……総連合国 薬品研究

エイメ・ロザリー……EUIN連合国 リポーター
アルボ・クリス……EUIN連合国 産業用ロボットメーカー社長
デュラン・フレデリク……EUIN連合国 専門学生
コティ・ガブリエラ……EUIN連合国 医者

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

■おまけ
 いきなり8名もの名前が出てきて、今後の展開に混乱しないように、
フライトで飛び立った10名の名前と職業だけを、9話の終わりに書く人物紹介とは別に、
>>566 に書き込ませて頂きました。

 雨がよく降るのでつらい。では、また明日。

再開します。

乙乙
いつもお疲れ様

アンシエンツ「安定飛行に入るまで、もうしばらく時間がかかります。

 ですので、今日はこの機のアシスタントを担当していらっしゃる、
我が総連合国が作り上げた、軍用開発機”オラクル”をご紹介させて頂きます」

 そんなアンシエンツ氏の機内放送が始まると共に、
先ほど私の荷物を出し入れする手伝いをしてくれたロボットが、
5体ほど、やや揺れている機内の中、飲み物を運びながらやってくる。

 その内の1体は、飲み物を3つもトレーに用意し、
そのまま飲み物が運ばれたトレーを思いっきり上に持ち上げる……!

 私たちは悲鳴を上げたが、ロボットは脅威の身体能力で、
グラスを3つキャッチすると、何事もなかったかのように、私達のところへやってくる。

 それを見た私たちは、あつい拍手を送る。

アンシエンツ「如何でしょうか? この適応能力。これは、我が総連合国が、各地の研究者、科学者、技術者を寄せ集め結成した、
方舟開発支部“NTEC”が開発致しました、戦闘用ロボットになります」

クリス「これで戦闘用ロボットなのか……もったいない技術だ」

ロザリー「ねぇねぇ、方舟開発支部が作ったってことは、こういうロボットがさ、
方舟に乗ることが出来ればあたし達でも使えたりするわけ?」

アンシエンツ「勿論でございます。ただしこれは、“NTEC”の開発したものの、ほんの一部。
 NTECは、これに遥かに勝る装置を来る方舟に取り付けるために、今も活動をしているのです」

クリス「その、このロボットより遥かにまさる装置とは何かね?」

アンシエンツ「ふふふ、知りたいですか? では、もったいぶらずご説明させていただきましょう。
 皆様はきっとこの話を聞くと驚くことでしょうが、この“オラクル”。

 実はNTECが作り出した、ある装置によって自己複製され、“生み”出されたのです」

 それを聞いて、私は「ほぉ~」と感心するだけであった。
 が、先程から質問を繰り返していたクリスは興奮のあまり、立ち上がり声を上げだした。

クリス「機械の自己複製……? それはロボットの究極の形だ!!
まさか、そのなんたらとか言う支部は、それを実現させたのですか!?」

アンシエンツ「その通りです。機械が自ら意思を持ち、
まるで子を産むかのように物質を生み出す。それがNTECの開発した究極の装置“永久機関”なのです」

 それを聞いたクリスは、感動で涙を流す。

クリス「是非、その装置をここで見せて欲しい!!」

アンシエンツ「それは出来ません。あくまで国家機密の事ですから。
これ以上の“永久機関”に関わる話は、私の口からは出来ません」

ジェラート「マサヒト……本当にこのロボット、よく出来てまスね」

雅仁「えぇ、しかし人型のロボットにしては、やたら背中が反り返ってるんですね」

ジェラート「確かニ。まるで、お固いアンシエンツ氏の背中ニそっくりダ」

雅仁「確かに、ははは……!」

 あれ……? 何故だろう。私は、こんな話を昔にも彼としたような気がする。
もしかして、私はこのロボットを見たのは初めてではないのか……?

雅仁「ジェラート、尋ねたいことが」

ジェラート「何でス? マサヒト」

雅仁「このロボットを以前見たことって、ありませんでしたか」

ジェラート「まさカ。ここで初めてみましタよ。そりゃそうじゃないでスか。
だっテ、このロボットだって、本来ならば総連合国の国家機密なんでスから」

雅仁「そ、そうですよね……」

 ジェラートが知らないというのならば、私の勘違いだったか……?
彼は総連合の人間だ。私はニホン。彼のほうが総連合のことについて詳しいのだし、
彼が知らないのなら……そういうことなのだろう。

クリス「いやぁコレは本当に素晴らしいものだよ。
是非我がEUINでもこのようなロボットを参入させたいものだ」

ジェラート「おや? 総連合の物は決して見ない触れないと言ったEUINの方が、こ
んな事を言う時代になるとハ。時代は変わりましたね」

クリス「2年前の総連合の悪事を、いつまでも根に持っていても仕方あるまい。
今は、世界が手を取り合って、宇宙を目指さねばならないのだから」

ジェラート「そうでスね……」

 2年前のサブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件によって、
総連合の信用は0に等しくなった。

 そもそものASIN連と総連合の停戦協定の理由は、
両国が戦いにおいてすら完全に信用を失ってしまったからというのが一番の理由だったそうだ。

 戦争だって、ルールがある。それを守れない国と、ドンパチやることなんて出来ない。
互いの国のそのわがままが、今の世界を築き上げたと言ってもおかしくないだろう。

 その結果、このリヴァイブ・ノア計画で宇宙に出なければならないほど、
地球は荒廃しきってしまったのだから。

アンシエンツ「まもなく、この機は安定飛行に入ります。
約6時間のフライトで、総連合国に到着いたします。

 安定飛行に入りましたら、自由に行動をしてかまいませんので、後もう少し、お待ち下さい」

 私達は、“オラクル”が持ってきてくれたドリンクを飲み、安定飛行に移るのを待った。

 約2分ほどで、安定飛行に入ったというアナウンスが入り、私達は安全装置を外し、機内を歩きまわる。

 それは、互いの国でのリヴァイブ・ノア計画の状況を、情報交換するため。
 私は唯一のASIN連合国からの参加者。きっちり、つとめなければ。

今日はここまでになります。

>>569
乙ありがとうございます!!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

・第9話の計画概要説明会の参加者一覧 >>566

■おまけ
時期が時期的に、毎日更新ががががあばばばば。
来れる時きっちり来て、もこもこと書いていきたいですね。
では、また明日。

再開します。
2日放置はまずいと思ったので、少しだけですが更新を。

ロザリー「おーい、ジェラート! マサヒト! こっちこっち!!」

 私とジェラートは、早くもロザリーに呼ばれ、彼女の元へ向かう。

ロザリー「フレデリクが、アサイラムの計画概要文の解釈を作ってきたってよ!
早く早く!!」

ジェラート「へぇ、それは素晴らしイ! 一体どんな解釈なのでスか?
ぜひ私にも聞かせて下サい!」

 ロザリーとジェラートは興奮して、フレデリクの話を聴いている。
だが、私にはよくわからない。計画概要? 一体何のことだろう?

雅仁「失礼、皆さん。アサイラムの計画概要とは、一体なんのことですか?」

 それを聞いた3人は、信じられないという顔をする。

ロザリー「マサヒト、それ本気? アサイラムによる計画発表の時、
彼が解釈は自由にして構わないが、諸君らには理解できないだろう……
どうこうと、口にしなかった?」

雅仁「いえ、私は何のことかさっぱりです」

ジェラート「もしかすると、ASIN連だけハ、何カが違うのかもしれまセンね」

フレデリク「ミスターマサヒト、コチラに来て下さい。私が説明致しましょう!」

フレデリク「ノヴァ・アサイラムの計画概要文とは、
我が国でリヴァイブ・ノア計画が発表されたのと同じ時に公表された、
アサイラムの謎めいた言葉の事です。

 では、今からそれを読み上げようと思います。良いですか?」

 こくりと頷くと、フレデリクは息を大きく吸い、始める。


 ああ、我らが地の神よ、何故怒るのか。
 あゝ、我らが天の神よ、何故嘆くのか。

 地の神は大地を、天の神は空を怒りの業火で焼き払う。

 だが、その哀しき運命に、宇宙の神は救いの光を示しだす。
 天地の神の悲しみを払い、世界を救う6つの啓示。

  一つは、世界の果ての理を知ること。
  一つは、生死者の世界を壊すこと。
  一つは、楽園に密かに実る毒林檎。
  一つは、救済者となりうる悪しき英雄。
  一つは、ただ戦うだけではないこと。
最後の一つは、心に宿る宝物――

 その6つを手にし、救済者の姫君が願う時、
災厄の地に降臨する歪みし方舟は、救済の舟に姿を変える。

 そして、神は英雄に世界を変える力と、
世界を作る力を与えることになるだろう。

フレデリク「これで全部です。どうです? 一度聞いただけでは、意味不明ですよね?」

雅仁「うーん……確かに、6つの啓示に、救済者の姫君。
つまり、方舟に乗るには、7つの何かが必要になるという事を示しているのですかな?」

フレデリク「鋭いですね! その通りです。今、ボクも言おうとしてたのですが、
ミスターマサヒトの仰るとおり、7つの謎を解き明かさなければならないのですよ」

ロザリー「それで? フレデリクは分かったんでしょ? 言って言ってよ!」

フレデリク「まあまあ、焦らないで焦らないで。順をおって説明していくので、
よく聞いてくださいね?」

 2人はキラキラとした目でフレデリクを見つめていた。
 私は……彼の言葉も参考にしながら、今はじめて聞いた、その概要文を、
私なりに考えてみようと、顎下に手を置き、思考を始めていた。

フレデリク「まずは、アサイラムが口にしていた、有能種と劣等種という言葉を
思い出して下さい。ボクの解釈は、それに基づいているのですから」

フレデリク「では6つの啓示の謎を。1つずつ、説明していきましょう。

 まずは世界の理を知ること。これは、アサイラムが言っていたとおり、
計画の正しい意味を知ることだと思うのです。
 彼はあの発表の時、何度も意味を考えろと口にしていましたからね」

フレデリク「次に、生死者の世界を壊すこと。これは、生きている人、死んでいる人。
ようは、行きとし生ける全ての人の世界を壊すこと。
この計画で、アサイラムは世界を滅茶苦茶にしようとしているのですよ」

ジェラート「あながち間違ってまセんね。現に今、我が国では有能種と劣等種の反発によっテ
暴動が多発し、いわば内紛状態にも近いでスから」

雅仁「それは本当ですか? ジェラート」

ジェラート「えエ。聞く話によルと、我が国総連合国ハ、
最もリヴァイブ・ノア計画の発表が早かった国だと言われていまス。

 でスので、計画の進行度が最も早いのは、我が国なので、このような
状況になっているのデしょう」

ロザリー「総連合も大変なのね……」

フレデリク「えっと、その、続けていいですか?」

ジェラート「ええ、ええ。申し訳なイ。話を止めてしまっテ」

フレデリク「ではっ……! 次に、楽園に密かに実る毒林檎。楽園と林檎で、ピピッと来ました。
神話のアダムとイヴの話だって事が。

 それは、アダムとイヴの2人が禁断の果実を口にしたことで、
エデンの園から追放されたという話です」

フレデリク「アサイラムは、こうも言っていた。『これから有能種になりうる諸君らが、
劣等種の人間を叩き落とす』と。
 つまり、劣等種を追放し、船にのる権利を勝ち取れという、メッセージなのですよ」

 それからも、フレデリクは続けた。
 救済者となりうる悪しき英雄。それは、劣等種を追放した罪を犯し、
晴れて船に乗って飛び立つことの出来る意志がある人が必要だと。

 ただ戦うだけではないこと。
それは、計画の意味を理解して、船の権利を奪う戦いに参加しろということ。

 そして……

フレデリク「最後の一つ、心に宿る宝物。これは、勇気です」

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
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・第2話「入り口」 >>107
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■おまけ
遅くなって申し訳ありません……土曜は他のことに集中して、
日曜ガッツリ書いていこうと思います。そろそろ、また明日。なんて言ってられる状況ではないので……

では、また次回。

再開します。

フレデリク「ボクの解釈はこれで全部です。ゴメンナサイ、これでもまだ抽象的で」

ロザリー「あ、あれ? その次の救済者の姫君ってのは?」

フレデリク「ボクもそれがよく分からなくて……むしろ、だからこそ!
無理を言ってボクもこの説明会に参加させてもらったのですよ!」

 それを聞いて、一番期待をしていたロザリーは少しがっかりして、ため息をつく。

ジェラート「未ダに、謎ハまだ、謎……というワケでスね……」

 しばし2人には、がっかりしたムードが漂ってくる。
自信満々に語っていたフレデリクも、対して驚かれることもなく、
自信をなくししょげこんでいた。

 そんな中、私は未だ考えていた。

 今日はじめて聞いたはずの計画概要文ではあったが、
彼の解釈のおかげで、一つの例が生まれたことにより、思考の幅が広がった。

 特に、世界の理……というものが計画の事だと考えるのは、
彼の言葉がなければ思いつきもしなかったことだ。

ジェラート「マサヒトは、まダ、考えているのでスか?」

雅仁「ええ。でも、そんな簡単に答えは出るものではないと思います」

「その通りです!」

 その時、アナウンスではなく、私達の後ろから、直接アンシエンツ氏がやってくる。
 そういえばこのクルーで、アンシエンツ氏の素顔を見たのは初めてかも知れない。

アンシエンツ「アサイラムの提示しは謎はあまりに難解、抽象的、理解不能。
ですが、彼は言っていました。『考えることこそが、人には必要なのだ』と。

 だから、ミスターフレデリク、ミスターマサヒト。謎を探求するそのお気持ち。
大変素晴らしいものでございます」

フレデリク「あ、ありがとうございます……!」

 アンシエンツ氏に褒められて、キラキラとした目で喜ぶフレデリク。
こう感情が素直で、ホント若いって良いなぁ。

アンシエンツ「そして、これからも是非考え続けて下さい。アサイラムの思想を、
そして総連合国に辿り着いても、全てを鵜呑みにせず、
自分でなお、計画の答えを見つけて下さい。

 それこそが、アサイラムの本当に望む、“有能種”なのですから」

 そう言って、アンシエンツは去っていく。
 本当に望む、有能種……か。

クリス「いやーはっはっは、本当にこのロボットはすごい」

 次にやって来たのは、クリスだった。

クリス「見て下さいよ、この二台のロボット……えーっと名前は何だったっけ」

雅仁「オラクルです」


クリス「そうそう、オラクルオラクル。いやいや、名前なんてどうでもよくてね!
 ホラこのアームの数々!1センチ、1ミリ、いやいや、1ナノまで寸分の狂いもないこの設計!!
 アンシエンツ氏の言っていたことは本当だ!

 まさに機械が生み出した機械人形!!
いや、これは機械人形というのも痴がましい!!
 まさにこのロボットは、人そのものである!! ああ、なんていい響きだ……」


ジェラート「ミスタークリスは、本当にロボットがお好きなのでスね」

クリス「ロボットこそ、人が滅びようとも人の証を残すことが出来る産物!
 人死すともロボット死なず! なのですよ!!」

ロザリー「でもそれって怖いことじゃない?
言っちゃえばさ、いつかロボットは人の能力だけでなく、
頭脳までも上回り、いつか人を支配して、人を滅ぼすってことになってもおかしくないって事でしょ?」

クリス「え? 私はそれでも構わないと思ってますよ?
 たとえロボットに支配され、滅ぼされようとも、人はそのロボットに、“名”を刻めるのですから」

ロザリー「まぁ、貴方って見かけによらず、クレイジーな考えの人なのね。意外!」

クリス「ふふふ、よく言われますとも!」

 ロザリーとクリスは笑い合う。

アナウンス「長旅お疲れ様デス。本機ハ、マモナク総連合国領、
ハワイ島沖ヲ通過致シマス。

 目的地の到着マデ、オオヨソ4時間半を予定シテオリマスノデ、
ゴユックリ空の旅ヲお楽しミ下サイ」

 どうも飛行機の中で立っていると、いつもより疲れを感じてしまうため、
ジェラートと共にランチを取ることにした私は、一度席に戻る。

 それにしても、2年越しの総連合国まで、あと4時間半……か。
楽しみ、とか、久しぶり……と言うよりか、いつか戻ってくるだろう……と、
国同士が鎖国状態になった時からひしひしと感じていた。

 果たして、国は、計画は、真実は、私達を歓迎してくれるのだろうか……?


【2/12(金)搭乗から2時間半 旅客機内のどこか】

「さて、準備は整った。あとは、時を待つだけ……ということになるな?」

「ククク、馬鹿共め。今のうちに、これから消えていくであろう命の灯火を、
大事に大事に舐め舐めしているが良い」

「そうだな。まもなく、この旅客機内の人間全員は皆殺しとなるだろう」

「全く楽しみだ、クククくく……」

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

・第9話の計画概要説明会の参加者一覧 >>566

■おまけ
久々に書き溜め作りました。製作中のフリーゲームの製作ともこんがらがって、
土日は引きこもり状態!! では、また次回。


応援してる

再開……というか、今日はエイプリルフールなので、2月あたりに書いた
誠達のお話をまとめてこちらにも投稿をば。

【TIPS「ウソかマコトかバースディ」】

【2XXX(本編から4年前) 4/1 10:30 桃華の家】

昌也「ちーーーっす!! ハッピーバースデー!!」

誠「は?」桃華「は?」澪音「え……?」

 勢い良く桃華の家のドアを開けた昌也はバカでかい声で、
迎えに来た仲良し3人に、右手を向ける。

 ……だがしかし、その3人は疑惑の目で昌也を見つめ、冷淡に返事をしたのだった。

昌也「な、なんだよお前ら! ハッピーバースデー……って!!」

 昌也は引き続き右手を伸ばし伸ばし、3人にじりじりと近づいてくる。
まるで、今日が自分の誕生日だから、祝って欲しいと言わんばかりに。

誠「お前なー 今日が何の日か知ってんのか?」

昌也「そりゃー知ってるぜ! 誕生日だよ! だからプレゼント……」

桃華「違うでしょアンタ。今日は、エ・イ・プ・リ・ル・フール!
4月1日のお約束じゃない!」

誠「流石によ、俺達がお前の誕生日忘れるわけねーだろ?
見え透いたウソ過ぎて、付き合いきれねーっつーの、なあ澪音」

澪音「うん……」

昌也「え、ええ~~~~っ!?」

 相変わらずおバカな昌也。けど、今日はいつもよりネジが吹っ飛んでる量が多いのか、
昌也の頭にはクエスチョンマークがいくつも飛び交い、3人の言っている事が理解できない。

桃華「そんなアホ面晒してないで、とっととこっち来なさいよ。
 せっかくあたしン家でアバビー対戦しに来たんしょーが。早く上がりなさいな」

※アバビー=(アヴァンギャルドビート)

昌也「お、おう……」

 それから、流れるかのように4人は桃華達とひたすらアバビーで盛り上がるけれど、
時々思い出すかのように、昌也はプレゼントについて3人に問いかけようとする。

昌也「なぁ、やっぱりプレゼント」
誠「やだ」

昌也「桃華ァ」
桃華「ばーか」

昌也「澪音~……」
澪音「…………」

 とうとう昌也は、堪えきれなくなり泣きだしてしまう。

昌也「うわああん……! 何だよお前ら! 薄情者ぉ~~!! プレゼント、プレゼント~~!!」

 それはまるで、駄々をこねる子供のよう。
いや、“よう”ではなくて、“そのまんま”。

 澪音は泣き出した昌也の頭をなでなでするのだけれど、昌也の涙は止まらない。

 呆れ返った2人は、昌也……ではなく、時計を見る。
時刻はまもなく12時を迎えようとしていた。

桃華「ま、頃合いかしら。ささ、アンタらも手伝って。昌也もホラ、泣いてんじゃないわよ」

 あまりに無慈悲な呼びかけに、昌也はより一層涙が止まらなくなってしまう。
今日の昌也は、ほんとに変。

 桃華は、溜息をつきながら『しょーがないヤツ』と呟くと、
昌也の耳元まで近づいて、何かを囁いた。

 ……すると、昌也はスイッチが切り替わったように立ち上がり、
桃華にガンを飛ばしはじめる。

 誠と澪音は、それを眺め、肩をすくめて溜息をつき、顔を向かい合わせる。
ああ、いつもいつも4人はこのパターン。

 呆れるなんて、とうに慣れてしまっていて、呆れる気にもなりゃしない。

桃華「もぅ、いいから行くわよ! あ、アンタだけは来なくていいからね~」

 3人は、キッチンへ向かう。皆、もう分かっている事だろう。
 おおよそ2分とちょっとが経ち、再び部屋に、大きいケーキを持って3人が戻ってくる。

 そして……

3人「ハッピーバースデー!! ウィズ、ユー!!!」

 祝われたのは、昌也。

……ではなく、誠だった。

誠「サンキュー! 皆!! へへ、こんな日に誕生日だから、
ちょっとビクビクしなきゃなんねーし、先に手を打たせてもらったぜ? 昌也!!」

昌也「ったくよ~、エイプリルフールだからって、皆でそういう空気出すの、やめてくれよなぁ~!」

桃華「いやー傑作だったわ。アンタが自信満々にあたしン家のドアを開けた時の
『え? 今日誠の誕生日じゃなかったっけ?』って顔!!

 それだけで3人で口裏合わせて準備したかいがあったわ~」

澪音「ごめんね……昌也を騙そうとして……」

昌也「何なんだよもう~~~!! ったく、ホラよ! 誠!!」

 そうして、昌也は再び右手を伸ばし、誠に向ける。

昌也「プレゼントッ!!」

 その手には、小さなストラップが。

誠「お、サンキューな。昌也」

 誠は、握手するかのように、昌也の右手を握り、プレゼントを受け取った。

 これは、エイプリルフールでの、4人の小さなお話。


【TIPS「ウソかマコトかバースディ」 おしまい】

今日はここまでになります。

>>589
ありがとうございます!! 最近書き込みになかなかいけず申し訳ありません……

>>590
乙ありがとうございます~


・TIPS「ウソかマコトかバースディ」 >>592

・その他一覧 >>588

■おまけ
第9話の展開とは全く関係ないシーンですが、エイプリルフールなので許してください……
明日はなんとか続きを書けそうです。書き溜めがないと超不安!!

では、また次回。

再開します。

【2/12(金)搭乗から4時間 旅客機内】

 私たちは、ジェラートとランチをとった後、席でゆっくりと談義を続けていた。
そこで、彼から様々な総連合国の事情の話を聞くことが出来た。

 特に気になったことは、彼の住む総連合国が、私の住むニホンが所属する、ASIN連合より、
リヴァイブ・ノア計画が1年半も早く伝わっていたこと。

 そのせいで有能種と劣等種の住み分けが、ニホンより進み、
まるで迫害されるかのように、劣等種のレッテルを貼られてしまった人達が、
細々と生活をしている区域もあるらしい。

 それだけではない。有能種と劣等種の争いだけでなく、
有能種同士の争いも起こっているらしい。

 これも全て、少しでも弱い立場の人々を踏み倒し、船に乗る権利を手に入れる為。

 私が見ることが出来なかった世界はそんな、計画の闇に飲み込まれ、
混沌に染まってしまったそうだという……

雅仁「信じられません……そんな事になっているなんて」

ジェラート「悲しい事に、全て事実でス。地方警察も力を失い、
もはや世界の終わりを過ごしていルと言っても過言ではありまセん。
 だカらこそ、私はこの計画の真実を知る為に、ここへこうして参加しているのでス」

ジェラート「悲しい事に、全て事実でス。地方警察も力を失い、
もはや世界の終わりを過ごしていルと言っても過言ではありまセん。
 だカらこそ、私はこの計画の真実を知る為に、ここへこうして参加しているのでス」

雅仁「なるほど、ジェラート。それにしても、貴方の行動力は、相変わらず素晴らしいです。
きっと貴方なら、総連合国の人達に、真実を伝えることが出来ると思いますよ」

ジェラート「……マサヒト。それは違うのでス」

雅仁「え?」

ジェラート「ただ真実を、私が大らかに語ったところデ、
きっと世の中は変わらなイでしょう。

 虚構は時に、真実に勝る。彼らにとって都合の悪いものが、もし真実だとシたら、
きっと彼らはその真実を否定し、消去することでシょう。

 だから、自ら考え、世界に挑むことが出来る人を生み出す為の力を手にするために、
私は真実を知るのでス」

「素晴らしい、それこそ、真なる有能種を目指す為の第一歩となることでしょう」

 その時、アナウンスから知らない人の声が聞こえてくる。
参加者達は、また他のオラクルによる話が始まるのだと思い、
ワクワクしながら次の言葉を待った。

アナウンス「皆さん、真実を目指す空の旅は、如何でしょうか?
2年間の間、国々は分断され、こうして様々な情報交換が再び出来るようになった事を、
心から喜んでいることでしょう。

 ですが、喜びには代償が必要でございます。
その、代償とは何か? それを、今から手短に説明させて頂きます。

 実のところ、あなた達の真実を目指す旅の舞台は、総連合国で行われるものではありません。
これからあなた達の向かう場所。それは今、眼下に広がっております、母なる海の底。

 時速900kmでご案内させていただく母なる海へ。
それはまさに、地獄への招待状でございます……!

 そう、我々はこの機を、ハイジャックさせて頂きました事を、ここにお知らせ致します……!」

 機内がそれをきき、少しずつざわめきはじめる。
しかし、またアナウンスが続くことに気づくと、スイッチのオンオフのように静まり返った。

アナウンス「私達は、これからこの旅客機内に配属させております、
オラクルの頭脳データにアクセスし、彼らを業務用モードから、戦闘用モードに設定を変更させ、
皆様をいとも不思議な、ケチャップ添えのスクランブルエッグに料理致します。

 ですが、そのアクセスには僅かに時間がかかります。
大体、30分程度……というところでしょうか。

 その時間内に、私達が提示した謎を解き明かすことが出来れば……
オラクルへのアクセスは拒否され、皆様は、無事に総連合国にたどり着くことが出来るのです。

 私達の提示した謎は、この旅客機の客席内の何処かにございます、
キャリーバッグの中に記されております。

 命が惜しい方、本当に真実を追い求めたいという方は是非、頑張って謎を解き明かしてくださいね?
 そう、これはゲームです。あなた達が真なる有能種であるという事を、証明するための、ね。

 では、全員が無事に、元々の目的地で共に出会えることを、私達はお祈りしておりますよ……?
ククククククク……!!」

 アナウンスが終わる。機内は、しーんと静まり返っていた。
そこに口を最初に開いたのは、ロザリーだった。

ロザリー「は、ははは……何かの、冗談よね? 随分と悪趣味な催しだけど。
アンシエンツさん。アンシエンツさん。流石に冗談にしてはキツすぎますよ?」

 アンシエンツ氏から、何も返事が帰ってこない。だがその代わりに、聞こえてきた。

ガコン……ガコン……

 なにやら、この客席の下。そこで何かが動いているような音が。

クリス「ま、まさか、下でロボットが動いているのではないでしょうね……?
さっきから、オラクルの姿も見えなくなってしまった……まさか」

 音は、次第に激しさを増していく。


ガブリエラ「では、やはり……」

フレデリク「これは本当に……」


「「「「きゃああああああああッ!!!」」」」


 自分の立つ状況を理解した我々は、一気にパニック状態に陥る。
頭を抱え、叫ぶ人。席を立ち、転がりまわる人。
ペンを探し、何かを記そうとする人、それぞれが奇怪な行動を繰りかえす。

 それは私やジェラートも例外ではなかった。
しかし、私達がとった行動は、アンシエンツ氏がいるであろう操縦室。

ジェラート「マサヒト!? どこへ!? 待ってくだサい!!」

 ジェラートの言葉を無視し、私は急ぎ足で向かう。

 客室を出て、階段を降り……? えーっと、どっちだ?
クソ、オラクルに客室のみにしか案内されなかったせいで、よくわからない!
けれど、これが普通の旅客機ならば……

 私は、前へ前へ進んでいく。
いくつもあるよく分からない扉を開いては閉じ、開いては閉じ、機内前方にある操縦室を目指して。

ジェラート「マサヒト! ここでス!!」

 ジェラートが、操縦室への通路を発見し、私も後へ続く。

 そして……たどり着く。操縦室に。
だがそこは、もぬけの殻だった。

雅仁「どういう、ことだ!?」

ジェラート「きっと、オラクルが自動操縦で遠隔操作していルに違いありまセん。
でスから、オラクルの設定が変えられテしまっタら……ズドン。という事でしょう」

雅仁「それにしても、アンシエンツ氏はどこに……?」

 機内から外へ出る方法は、この高度1万メートル上空の世界では存在しない。
いや、1つだけ存在する。それは、死。

 空に身を投じることで、機内から外へ出ることは出来る。
しかし、そんなことは普通考えられないことだ。

ジェラート「マサヒト! 操縦室の奥に、もう一つ扉ガ!」

 ジェラートが叫ぶように言う。
私もそこへ近づき、扉を見ると、“地下制御室”という文字が書かれていた。

ジェラート「開けようと思っタのでスガ、どうやらパスワードが必要らしいでス」

 ジェラートが指差したところには、6桁の数字を入力する為のパスワード入力装置が備え付けれられていた。

雅仁「まさか、アンシエンツ氏とハイジャックの犯人はここに?」

ジェラート「ここ以外に考えられまセん。
もしかすルと、アンシエンツ氏も共犯の可能性もありまス」

雅仁「さっき、犯人はキャリーバッグに我々が助かるための謎が入っている、
と言っていましたよね」

ジェラート「そうだ、それでス! 戻りましょう!!」

 2人で頷くと、すぐさま客室へ向かった。
 だが、戻った客室は少々異常な状況になっていた。

 慌てふためいていたはずの彼らが、揉めあい、殴り合い、取っ組み合い。
一体ぜんたいなんの騒ぎだ!?

雅仁「皆さん、これは一体どういうことです!?」

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

・第9話の計画概要説明会の参加者一覧 >>566

■おまけ
新 生 活 
では、また次回。
次回はちょっとなぞなぞを用意しています。おたのしみに。

再開します。

 返事は帰ってこない。ただただ、怒声、罵声を言い続け、乱戦が繰り広げられている。
その中に、よく耳をすましてみると、皆が共通した事を話していることに気づく。

ケイオス「貴方が犯人だ!!」

クリス「いいや、違う。貴方だろう!」

ロザリー「アンタなんでしょうが!!
ロクに席から立たず、交流もしようともせず、この時をずっと待っていたんでしょ!?」

メグ「違います……! 貴女こそ、犯人なのではないですか?
全員にその破廉恥な体で接近して、動向を探っていた……」

ロザリー「破廉恥……ですってえええ!?」

ジェラート「マサヒト。私には読めテきまシた。
さしずめ、私達が居ない間ニ、放送で犯人はこの中にいル……ダなんテ唆したのでシょう。どうします?」

雅仁「止めようにも……私達でもどうにもならないでしょうね」

 私が彼らを止めに入れば最後。私やジェラートまで犯人扱いされ、
キャリーバッグの中に入っているであろう謎に挑む以前に私達は犯人に敗北してしまう。

 しばらく、私達は彼らに見つからないように、客室の外に隠れながら、考えていた。

フレデリク「うわああああッ!!」

 その時、フレデリクの悲鳴が客室に響き渡る。
それと同時に、皆の罵声と悲鳴が収まった。何事だ?

フレデリク「い、痛い痛いッ!! くそ、くそ……!!」

ヴァロン「あ……あ……!」

 騒ぎが静かになったところに、私達も安全と判断し、客室内に入る。
するとそこには、目を抑えて倒れこむフレデリクの姿と、
首を横に振り、怯えるヴァロンの姿が。

ジェラート「これ一体どういうこトでス?」

 誰も答えない。その時は、皆で必死に乱闘をしていたからだ。
だから、答えたのはやられた本人だった。

フレデリク「ヴァロンが……ヴァロンが、ボクにペンを、ボクの目にペンを……!」

雅仁「どういうことです? ヴァロンさん」

ヴァロン「し、知らな、い……私じゃ、ない……」

フレデリク「し、しらばっくれるなッ……!
ボクが乱闘から必死に逃げようとしたところをグイッと掴んでブスリと……!
このボクが一番知っているッ……!! この、目を潰されたボクがああッ!!」

 目からは見るも耐えない液体と、血が流れ落ちる。

 我に返った医者であるガブリエラが早速手当てに入ると、
ようやく皆も、血が登っていた頭を少し冷やす時間が与えれた後のように、
少しは落ち着きを取り戻していた。

 皆は、ヴァロンの事を冷ややかに見ながら、フレデリクの周りを囲んでいた。

フレデリク「ちくしょう……何でこんなことに……痛い、痛い……」

ガブリエラ「パニックだったのでしょう。君だって、彼だって……」

 看病は彼に任せるとして、私達はようやく少し落ち着きを取り戻した彼らに対して、
先ほどの乱闘に関することを、事情を手短に聞き出すことができた。

 結果は、察しの通りだった。犯人と思われる人物のアナウンスで、
『オラクルが再作動するまで、あと1時間。だがヒントをやろう。
 犯人はこの旅客機の中にいる誰かだ。今でも、よーく貴方がたの事を、その目で見ている』
などと言ったそうだ。

ジェラート「とにかク、ここは犯人がどうこう、と争っている場合ではありまセん。
今は、キャリーバッグの中にある謎を、協力して解き明かさなければならないのですから。
犯人探しなんテ、その後でもいいデしょう。マサヒト? どうですか?」

 私はジェラートに頼まれ、先ほど安定飛行に入る前に見つけた、
客室内の隅にあったキャリーバッグをこちらまで運ぶ。

 なかなかの大きさのバッグであるはずなのに、
いざ持ってみると案外軽く、ある意味怪しさがますます増していく。

雅仁「よいしょっと! きっとこれです。この中に、謎が隠されているに違いありません」

クリス「コレを、開けるのだね?」

ジェラート「エエ。開けて、謎を解いて、全員で生還すル」

ロザリー「まさかだけど、開けたらドカン! みたいなことにはならないでしょうね……?」

雅仁「でも、開けなくては始まりません」

ジェラート「では、雅仁。よろしくお願いします」

雅仁「え、ええ? 私が!? ロザリーの言うとおりドカンと来たら怖いですよ……
トホホ、言い出しっぺ損とはこの事だ……」

 そう小さく愚痴をいい、恐る恐るキャリーバッグを開けていく。

 そこには、A4サイズの紙が1枚入っており、
開けた挙動で、その紙はひらりと客室内の床に落ちる。

 その後入念に中身をチェックしても、中身は何も発見できなかった。

 床に落ちた紙を、クリスはおずおずと拾い上げる。

クリス「な、なにか書かれてますな……えーっと……なになに?」

ジェラート「一体何ガ……?」

クリス「いや、私にはさっぱりだ。なにかの暗号文なのかもしれないし、我々に対するメッセージ
にも見えてくる」

雅仁「ミスタークリス。それを口に出して読んでみて頂けますか?」

クリス「え、ええ……分かりました。

『機械は告げた。“蘇る”と。
 そうして機械は、人間が定めた並びによって司る6つの中に紛れこむ、
 たったひとつの劣等種の中の劣等種の存在を、完全に見定めた。

 しかし、気づいてしまった。“ならば、今ここにいる私達は、その劣等種未満の存在ではないか”と』

 ……と、書かれています」

ロザリー「ち、ちょっと……何よそれ、意味分かんない。これが犯人の言っていた謎だっていうの?」

 私達は、この謎によって動きが止まってしまう。
謎を考えるにも、残りの猶予が1時間を切っていて、焦りも見え始めてくる。

 ああ、このまま私達は終わってしまうのだろうか……?

今日はここまでになります。

>>608

乙ありがとうございます~

■サブタイトル一覧
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・第9話の計画概要説明会の参加者一覧 >>566

■おまけ
今回登場した謎をもう一度書き出します。ちょっとした謎解き問題になっていますので、
挑戦してみてください。


 『機械は告げた。“蘇る”と。
そうして機械は、人間が定めた並びによって司る6つの中に紛れこむ、
たったひとつの劣等種の中の劣等種の存在を、完全に見定めた。

 しかし、気づいてしまった。“ならば、今ここにいる私達は、その劣等種未満の存在ではないか”と』


 次回は答え合わせになりますが、物語上ではなく私から解説させて頂きます。
シナリオの都合上、物語内での推理パートはカットさせて頂きます。

 次回で恐らく9話も終わり。毎日更新で出来なくなり、やたら長く感じてしまいました。
では、また次回。

再開します。

【2/12(金)搭乗から4時間半 旅客機内】

 私達はグループに分かれ、行動を取ることにした。

 私、ジェラート、ロザリー、クリス、ヴァロン。
この6人で謎を考え、2人でアンシエンツの捜索、また機内に他に怪しい物がないか調べさせ、
フレデリクとガブリエラは、しばらくヴァロンの不可解な出来事を心の外に置いてもらって、
目の治療に専念させる。

ジェラート「で、皆さン。なにか分かりまシタか?」

クリス「いえ、さっぱりです……人間が定めた並びによって司る6つ、
というのが恐らくあなた達2人が見つけた地下制御室へのパスワード6桁だ……
と書いてあるようにしか見えません」

ロザリー「でも、『蘇る』と、『ならば私達は~』の部分には引用符が振られているわ。
コレがヒントになってるんじゃないかしら?」

雅仁「うーん……」

 私達は考えつづけた。オラクルの暴走のタイムリミットまでの恐怖に打ち勝ちながら、
議論し、考え、推理し、ようやく答えにたどり着いた時、客室下から響く音は、激しさを更に増していた。

ジェラート「もう一刻の猶予もありまセん。地下制御室へハ私達2人で向かいまス」

ロザリー「任せたわ。始めから、あなた達2人が適任だと思っていたわ」

クリス「我々の命を預けますぞ……!」

 全員の言葉を最後まで聞くことなく、私はジェラートと共に再び操縦室ヘ向かい、
先ほどの謎を解いて入手したパスワードを入力する。

雅仁「ジェラート、パスワードは『123456』で間違いありませんね?」

ジェラート「大丈夫でス。それより急いデ!!」

 焦りつつも慎重に、僅かに震える手でパスワードを入力する。
 なに、失敗しても爆発する類の物じゃないんだから……

 パスワードを入力し終えると、ドアは愉快な音を立て開く。

 私はジェラートと互いに向かい合い、潜入捜査員さながらの動きで、
扉を入ってすぐにある階段を降りていった。

 そして階段を降りきった先に、最後の扉が。

ジェラート「空きまスか? 雅仁……」

雅仁「ん……、えぇ、どうやら普通の扉みたいです。では、開けますよ……?」

 私はドアノブに手をかけ、回す。

 その動作は、決して遅いものではなかったのだが、
私にとっては何故かスローモーションに感じるような気がした。

 開いた先は、暗闇。しかし、耳をつんざく轟音が、部屋中を響き渡らせている。

「やはり、あなた達でしたか」

 その言葉とともに、まるでミュージカルの開演さながらのように、
一気に部屋に照明が照らされる。

 その眩しさに、私とジェラートは一瞬目が眩んでしまい、腕で目を隠してしまう。
……と同時に僅かに見えた世界から見てしまう。

アンシエンツ「が……は……」

 アンシエンツ氏が、私達の目の前で倒れていく姿を。

ジェラート「ミスター、アンシエンツ……!!」

 やはり、アンシエンツ氏は捕らわれていて、犯人は別にいた……ということか……

 では、その犯人とは一体!?

 徐々に光に慣れていった私は、腕を少しずつ下げ、ゆっくりと目を開いていく。
そこには……

ジェラート「なんて事ダ……犯人ハ、あなた達だっタのでスね……?

 ミケランダ・ケイオス! ルクレツィア・ヴァロン!
……そして、ポワル・メグ!!」

ケイオス「ククク……その通り、その通りだとも! ジェラート・ハイソン!!
だが、それを君が言うのもおかしな話だとは思わないかね?」

ジェラート「な、何の事でスか!?」

メグ「しらばっくれないで……貴方だって、同罪なのよ。
それは貴方の“体”が一番知っているじゃない……?」

雅仁「ジェラート……?」

ヴァロン「ホラ……君のご友人が、不安そうな目で見ているよ。
見せてあげなくちゃ……その正体を……」

ジェラート「ッ…………!!」

「おやおや、コレはどういうことですかな?
やはり“意志”を持つという事は、こんな予想だにしない出来事も起こりうるという。
……ここでも証明されましたなぁ」

雅仁「他にも、誰か居るのか!?」

 ヌラリと、3人の後ろから現れた人影。私はそれをよく擬視する。
だがそれは、人として、見てはいけない物を見た瞬間だった。

雅仁「貴方は……アンシエンツ……?」

 素直な疑問が頭を走る。だって、アンシエンツは先ほどここで倒れて、今もここに……

アンシエンツ「その顔は、まるで理解が及ばないらしい。まあ無理もない。
獰猛な獅子が、知恵の実を与えられようと、決して人になることは出来ないのと同じことですから。

 それにミスターマサヒト、貴方は1つ勘違いしている。それにまだ、気づきませんか?」

雅仁「どういうことです……?」

アンシエンツ「それは、貴方がまだ、キャリーバッグに入っていた
謎の正解にたどり着いていないという事です」

雅仁「そんなバカな! 私とジェラートは、
この謎を協力して解いて、答えを出し! ここまでやって来た!」

アンシエンツ「ミスターマサヒト。違いますよ。
誰が、パスワードを解いたら命が助かる……だなんて口にしました?

 確かに、貴方の解いた扉に関するなぞなぞの答えは正解でしょう。
ですが、答えが1つであると、一体全体どこの誰が言った?」

雅仁「そんな……小学生の言い訳のような事を貴方が言うなんて……!」

アンシエンツ「幼稚な意見だとお思いですか? まあそう思うのも勝手でしょう。
ですが解が1つであるという陳腐な考えこそ、痴がましいとは思いませんか?

 世界は○×の二択でどうにかなるものではない! それに気づけないからこそ!
貴方は、いえ、この世界の人々は、アサイラムの6つの啓示の謎を、解き明かすことすら出来ないのですよ」

雅仁「まるで意味がわからない! だったら、貴方の言う答えとは何なのですか?」

アンシエンツ「くくく、知りたい、ですか? 良いでしょう、教えて差し上げますよ。
キャリーバッグに入っていた文の、その意味をね!」

 私は息を呑む。正直言ってもう、助からないだろう。その覚悟くらいは既に出来ていた。
だから、なんだか頭は冷静沈着でいられた。

アンシエンツ「では皆さん、蘇りなさい!!」

 アンシエンツのその言葉とともに、アンシエンツ自身が、後ろにいる3人が、
私の目の前で倒れていたアンシエンツだった物全員が、突如いびつに変化をはじめる。

 それに私はもう、驚きすら感じなかった。

 うねうねと動くかのように人の姿から、形容しがたい何かに変わり、
そしてまた、人の姿へと戻っていく。

 そして変形が終わったとき、彼らは全員、私のよく知るものへと、姿を変えた。

雅仁「オラクル……」

アンシエンツ(オラクル)「ソノ通リ。今、機械ハ告ゲタ。“蘇る”ト!
ソシテ、私達ハ、世界ニ紛レ込ム、劣等種ノ存在ヲ見定メタ!」

ジェラート「しかシ、気づいてシまっタ……」

雅仁「ジェラート!?」

 ジェラートは、私の肩を掴み、万力のような力で離そうとしない。

ケイオス(オラクル)「マダ、気ヅカナイカ?」

ヴァロン(オラクル)「ミスター、マサヒト。アナタハコレカラ、劣等種未満ノ存在トナルコトヲ」

メグ(オラクル)「ソレハスナワチ、人デスラ無イ……トイウコト!!」

アンシエンツ(オラクル)「ソウ! マサヒト! 今貴方ハ、人トシテノ人生ヲ終エ、
我々ノヨウニ、“オラクル”トシテ生キルトイウコト!!

 マサヒト! 貴方ノ、真実ノ為ノ楽章ハ、第一楽章ニ入ル事スラ無ク、
ソノ前奏曲デ幕ヲ閉ジルノダアアァァッ!!」

 4人の、いや、4体のオラクルは、野獣のごとく私の体めがけて飛び込んでくる。
ああ、私はここで死ぬんだなと思い、私はそっと目を閉じた。

 ものすごい衝撃で、私は弾き飛ばされる。
それはまるで、小型トラックにでもはねられたかのよう。

 走馬灯が見える。誠、逢花……すまん……
 目を閉じ、迫る死を享受した……


……が。

 目の前ですさまじい衝撃音。私は、部屋の隅で頭を打った程度で済んだ。

アンシエンツ(オラクル)「ドウイウツモリデスカ……? ジェラート」

ジェラート「私ハ、マサヒトを、守ルッ!」

アンシエンツ(オラクル)「何デスト……?」

ジェラート「行って下さイ! マサヒト!!」

雅仁「痛てて……ジェラート、行くといっても、何処へ……?」

ジェラート「良いでスか? 今から私が彼らノ足を、一瞬だケ停止さセます。
 その隙ニ、その先にある荷物室から、私の荷物を見つけ、その中に入っているパラシュートを使い、
脱出するのでス!!」

アンシエンツ(オラクル)「ググググ……ソウハサセマセンヨ、ジェラートオオォォ……」

ケイオス(オラクル)「貴方だっテ、“オラクル”ダロウニ……裏切リ、
愚カナ劣等種ニ味方スルトイウノカ!?」

ジェラート「マサヒトは、優秀な方でス。彼こそ、有能種たル人物だと、私ハ理解しまシた……!
彼ハ言いまシた。『物言えぬ人の気持ちでも、理解する努力は怠ってはいけない』ト!!

 私ハ気が変わりましタ……彼ならば、計画を理解できル男足りうるト!!」

アンシエンツ(オラクル)「コレダカラ……コレダカラ、人ノ心トイウ不完全ナ物ハ、
駄目ダトイウノダアァァァ!!」

 4人の猛攻を、ジェラートは必死に耐える。
ボロボロになっていくジェラートを、私は見ていられず、彼を助けようと近づく。

ジェラート「来るナッ!! 来ないで下さイ、マサヒトッ!!
……申し訳ありませン。私が、貴方を試スような真似をシてしまって」

雅仁「…………」

ジェラート「けど、だからこソ、貴方ニ託すのでス! たとえ死地、総連合国でモ、貴方は這い上がリ、
必ず正しい計画を理解しテ、自国に戻ることが出来ル……ト! うおぉ……」

 ジェラートは、そこまで言い切ると、自分の力をフルに使い、
押していた4人を逆に押し返し、4人の上になるように、倒れこむ。

 ジェラートの体はロボットであるアームが飛び出し、
中身の燃料も少しずつ溢れ、既に人どころか、それを司るロボットですらない事が、目に見て明らかだった。

雅仁「ジェラート……」

ジェラート「行っテ……下さイ。私はもうダメ……でス、
が……4人はすぐニ、動き出すことでシょう。

 ……ガガ、私は、所詮、ロボット。たダ、人の意思ヲ、少しだケ、身にツ……」

 ジェラートの“意識”はそこで途絶えてしまった。

雅仁「違います、ジェラート。人の意思を持ったロボットなら、
それはもう人であり、理解しなくてはいけない対象なのですから。

 ……ありがとう」

 きっと聞こえては居ないだろうけれど。それだけを言い残し、私は先へ進む。

 奥の扉には、ジェラートの言ったとおり、荷物室が。
その中の彼の荷物を探しだし、パラシュートを無事に発見する。

 地上1万メートルからのスカイダイビング、いや、
今は高度が下がり、7000か6000程だろう。けれど、私の体がGに耐え切れるだろうか。

 ……いや、耐えきれまい。

 死にはしないが、意識を失うくらいはするだろう。だが、行かなくては。

 クリス達の事も頭に浮かぶ。彼らは、まだきっとこの旅客機の中にいる。
助けに行こうにも、パラシュートは私の分しかないし、戻る時間はきっとない。

 恐らく助からないだろう。すまない……皆。

 私は、自分自身の必要な荷物、そして、パラシュートを装着し、飛行機の扉を開き……飛んだ。

 一瞬にして激しい衝撃に煽られ、旅客機は彼方へ飛び去っていく。
その後私は、地獄さながらの気分を味わい、そのまま意識を失った。

 その間は、2秒も無かった。


【第9話「真実の第一楽章」おわり】

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543

・第9話の計画概要説明会の参加者一覧 >>566

■おまけ
 第9話がようやく終わりました。地味にレス数では第9話が一番長くなっていますね。
更新ペースはなんだか3日に1回がいい気がしてきました。

 かなり忙しくなってきたので、毎日2、3レスちびちび書き込みに行くより、
3日溜めてドッと流したほうがやっぱりいいと思ったので、これからはそうする予定です。

次回からは、第10話「有劣つけられた場所」 では、また次回。

おつつ

再開します。

【ぼくらの世界創造 第10話「計画の謎」】

(はじめに:予告からサブタイトルを変更させていただきました。)



【2/12(金)搭乗から8時間 ???】

…………。

……。

 辺りは潮風に包まれている。なんだか懐かしい気分だ。
隣には、逢花がいる。

 ああ、これは環奥島のビーチだろうか……

逢花「雅仁くん。綺麗だね」

雅仁「うん、綺麗だ……」

逢花「もう、オウム返しみたいに返さないで」

雅仁「すまん……」

 私が、逢花に見えない位置で、そっと小さいバッグから何かを取り出す。
そうか、これはあの日の事か……

雅仁「なぁ、逢花」

逢花「なぁに?」

雅仁「環奥島に、今日来たのは……ちょっとした意味があるんだ」

逢花「そうなの?」

雅仁「あ、ああ。環奥島の名前の由来、知ってるかい?」

逢花「知らないわ」

雅仁「環奥島の“環”というのはね、輪っかを連想できて、永遠を意味するんだ」

逢花「うんうん」

雅仁「それで、奥は、深いということ。つまり、永遠に深く長く……ううん、もう!!」

 言う度恥ずかしくなって言った私は、隠していた物を、勢い良く差し出した。

雅仁「受け取ってくれ! 逢花!! き、君をい、いい、一生、幸せに、するっ……!」

 しかし、逢花から返事が返ってこない。恐る恐る、逢花の姿を見つめると、
なんと逢花は、その場で倒れてしまっていた。

雅仁「お、逢花!? 大丈夫か!? へ、返事がない……お、お~い! 誰かぁ~!!
 救急車、救急車を呼んでくれ~!!」

 後に、あまりの衝撃によって貧血を引き起こし倒れてしまったことを知り、
その後改めてプロポーズすることになり、あっさりとOKを貰ったのだ……

 ……。

 …………。

雅仁「はっ……!?」

 私は目覚めた。眠っていたのだろうか……?

雅仁「私は……助かったのか」

 辺りを見回す。そこは、何の変哲もない病院の中。
開けっ放しの窓には、心地よい潮風が入ってくる。

雅仁「ここはどこだろう……」

 地図を取り出そうと、ズボンのポケットをまさぐる。
……が、ポケット自体が存在しなかった。

 よく自分の姿を見てみると服が私のものではなく、病衣に変わっていた。

 それでハッとなって思い出した。

 私は総連合で行われる計画発表説明会に参加するために、
アンシエンツの用意してくれた飛行機で、私と同じように真実を求める同志9人と、
総連合国に向かっていた。

 しかし、途中でアンシエンツ達によって機内がハイジャックされ、
ジェラートの助けもあって命からがら飛行機からパラシュートで脱出することが出来た。

……はいいものの、あまりのGに体が耐え切れず、すぐに意識を失って今に至る。

 誰かが海で倒れている私を見て、この病院まで運んでくれたのだろう。

 その人がいたら、感謝をしなくては。
いや、でもそれより今は、自分の身の回りを何とかしなくては。

雅仁「荷物、何処に行ったんだろう……」

 ごく当たり前のように、ベッドから起き上がり立ち上がる。

 立ち上がってから思ったことだけれど、
体の痛みが無かったのは奇跡的と言ってもいいのかもしれない。

 そのまま歩き、病室の扉を開け、廊下に出る。
 病室と同じく、廊下もあまりに静かで、さざなみの音だけしか耳に入ってこないほどだ。

雅仁「私以外、誰もいないのだろうか……?」

 歩けど歩けど人っ子一人現れない。無礼承知で他人の病室を覗いてみたりしたけれど、
入院中の患者すらここにはいない。

雅仁「どうなってるんだ……?」

 第一印象は美しい場所だと感じていた、この施設内が徐々に怖い場所に思えてきて、不安になってくる。

 得体の知れない恐怖というものは、人を一番恐れさせるものだ。
そんな事を聞いたことがあるが、自分の身でそれを今体験することになるとは考えすらしなかった。

 途方に暮れた私は、とうとう病院内から外に出る。

 そこは海浜公園のような場所で、夏ならばビーチでサーフィン、
バレーに日光浴と人が溢れるような場所だったろうが、海岸に相変わらず誰もいない。

 しかし外に出てはっきりしたことがある。辺りに書かれている文字が皆英語であること。
 つまり、ここは総連合国。

 といっても、仮にも地球の3分の1の国土を持つということもあり、
結局自分のいる場所がはっきりしたわけではないのだが……

 まさか、2年ぶりの総連合国にこんな形で踏み入ることになるとは思いもしなかった。

 ひとまず私は病院内に戻り、荷物を探した。

 私の着ていた衣服は、どうやら私の病室の外で干されていたようだけれど、
キャリーバッグに詰めた荷物が丸々姿を消してしまった。

 いくら探しても見つからないため、とうとう断念し、病院を手ぶらで離れる事に決める。

 財布もない、携帯もない、パスポートもない。
まあ、パスポートは今日あまり意味を成すものではなくなっているのだが……

 これからどうしていこうか……

 でも、何でこんな事になってしまったのだろう。
私は、計画の内容をあらかじめ知ることで、どのようなことがあっても、
対策ができるようにしておきたかった。

 そうして、家族を守るつもりだった。
なのに、私は計画を知るどころか、全てを失ってしまった。

 唯一の救いになったのは、ジェラートの最後の言葉。

『私なら、死地である総連合国でも這い上がり、必ず正しい計画を理解して帰ることが出来る』

 ただその言葉を信じ、私は右も左も分からない場所をさまよい続けるのだった……

【2/13(土)10:00 総連合国】


 1時間ほど歩いただろうか。あれから私は道路を見つけ、道に沿って歩いて行く事に決めた。
運さえ良ければ、ヒッチハイクして近くの町まで乗せていってもらおうとも考えていた。

 しかし、人どころか車すらここは通る気配がない。相変わらずその不気味さは変わりなかった。

 それにしても、誠は今どうしてるだろうか。
病院を出た時大体9時頃だったから、ニホンは今18時頃か……

 桃華ちゃん達と遊び終えて、夕食の準備に取り掛かっているところだろうか。

 逢花はどうしてるだろうか。
緑子さんに相変わらず迷惑を掛けていないだろうか……?

 家族のことを思いながら更に歩き、足が疲れてきた辺りでようやく小さな町のような場所を見つけ、
ようやく一段落つくことが出来そうだった。

 町に入ると、流石に人がいた。普通に道で人が歩き、店で呼びこみをしている人、
バイクの整備をする人と、ごくごく当たり前の町だった。

 まずは聞き込み……と行きたいところだったけれど、私はあくまでアジア連合の人間。

 彼らは総連合。2年前まで戦争をやっていて、それに今は3国が鎖国状態で、
私のようなニホン人がここにいて大丈夫なのだろうか……? と、疑問が走った。

 しかし、何事も動かなくては始まらない。たとえ、それで追われる身になったとしても。

 とりあえず、あの明かりのついた家にいる洗濯をしているおばさんに話を聞いてみる事に決めた。

雅仁「すみません、少し道を尋ねたいのですが」

おばさん「んん? アンタ、みない顔だねぇ。顔つきも違う。アンタ誰ね」

 早くも警戒されてしまう。まあ分かりきっていたことだし、会話のプランくらいは用意してある。

雅仁「いえ、私は旅の者でして。つい最近持ち物を盗っ人に取られてしまいましてね。
この町に逃げ込んだと思い追ってきたのですが、如何せん初めてきた場所。
右も左もわからないものでして。近くに交番か、図書館のような施設はございませんか?」

おばさん「交番なら、ここにゃねえよ。あんなもの、いまどき必要ないからね」

雅仁「必要ない?」

おばさん「へ? アンタ、リヴァイブ・ノア計画を知らんのかえ?」

雅仁「……噂だけは知っています」

おばさん「てことは、アンタ有能種でも、劣等種でもない人間って事なるね。珍しいこった」

雅仁「ハハハ……私にはよく分からない話ですけどね。それで、図書館はここにはありませんか?」

おばさん「図書館? アンタ、盗っ人を追っていたんじゃないのかね」

雅仁「あ、ああ。そうなんですが、右往左往するのも嫌なので、地図を探そうかなーと思いまして」

おばさん「……そうかい。図書館なら、ここの通りを曲がって5分ほど歩いた先にあるよ」

雅仁「ありがとうございます……!」

おばさん「…………」

 おばさんは最初から最後まで、私を疑惑の目で見続けていた。
情報を手に入れたはいいものの、あまり喜ばしい状況とも言えなくなってしまっただろう。

 図書館で地図を探した後は、早々にこの町を出たほうがいいのかもしれない。

 そう思いながら、私はおばさんの言うとおりに足を進めた。
すると、言われた通りの場所に図書館があり、安堵して中に入っていった。

 図書館は、思ったより広いところだった。早く町を出ようと思っていたけれど、
この総連合国でしか手に入らない情報を、無視するのは私の中の魂が許さなかった。

 だから、しばらくここで情報を集めることにした。


 私は早速、技術書と歴史書の場所を探す。

 なぜ技術書と歴史書なのかというと、飛行機の搭乗場所に向かう直前で、
私がこんな考察をしていた事を思い出したからだ。

……。

…………。

 しかし、2年前から変わらなくなったものがあった。それは、乗り物だ。

 世界は様々な技術革新によって進化している。投薬やコンピュータ、あらゆる技術や環境対策……
それは日に日に進化していき、我々の暮らしを変えてきた。

 しかし、乗り物だけは、まるで人々が興味を失ったかのように、計画されていたものが無かったことになり、
2年前、いや、もっと前。20年前ほどから、姿を変えていない。

 乗り物といえば、リヴァイブ・ノア計画で話題として出てきた、宇宙を長く航行する為の船。
その建造が刻々と進んでいるということ。

 昔からの乗り物の技術革新の停止、計画の船の建造。何か関係しているのだろうか……?

 しかし、技術がなければいくら人が揃ったところで、そんな船は出来っこない。
だが、そんな技術もないのに、こんな大そびれた事が言えるとは考えられない。

 ということは、考えられるのは一つ。

 その手の技術を、何十年も前から全て、計画の船に注いでいる。
乗り物が進歩しないのは計画の船を作るためだから。

 そして、そう考えると、こうも考えられる。
このリヴァイブ・ノア計画が、この国で発表されたのは今年の元旦だが……

 計画自体は、何十年も前から始まっていたのかもしれない。

…………。

……。

 そう、あの時は調べるモノが何もなかったが、
今ここにはニホンでは読むことすら叶わない様々な図書が揃っている。

 そこで、実際いつ乗り物の技術が止まったのかを技術書で調べ、その後、
その近くに起きた出来事を歴史書を使い調べれば、少しはそこから計画に近い場所に近づけるであろう。

 だが、それでもたかが一つの町の図書館。その程度で計画の全貌が明らかになるとはとても思えない。

 だから私は、計画の概要を知る為に、その計画のルーツと本質を見抜く。

 そうすることで、計画の立案者であるノヴァ・アサイラムの思うこと考えることを理解し、
そこからどのような事をするのかある程度予測をたててから動くほうがいい。

 だから、私はそれらの本から手をつけ、真実をつかむことにした。

 そうして、図書室中を探し回り、私はそれが分かりそうな本を幾つも机に重ねていく。
最終的に本の数は30を超えてしまった。さあ、ここから情報の取捨選択だ。

 本といえど、全てが全て正しい情報を書いてあるとは限らない。

 読み比べて異なるものが見えたのなら、どちらが真実に近いか判断するのは私の頭だ。
必ず真実は見えてくる。今までだってそうだったんだから。

 ……と、そう言い聞かせ本を開く。 私の仕事、そして戦いが今、始まった。

今日はここまでになります。

>>625
おつつありがとうございます~!

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
 元々のサブタイトル「優劣つけられた場所」ですが、話がグダりそうなのでボツにすることに。

理由としては、第9話でジェラートが口にしていた、

“有能種と劣等種の住み分けが、ニホンより進み、まるで迫害されるかのように、
劣等種のレッテルを貼られてしまった人達は、細々と生活をしているらしい。”

 という文の話を載せるつもりでしたが、そもそも第5~9話でまじまじと見せつけておいて、これ以上
狂った世界を語る必要もないかなと思ったので、カットさせていただきました。

では、また次回。

再開します。

【2/13(土)12:00 総連合国】

 私は本を読み進める内、様々なジャンルの本を必要としては探し、
それを読み、また探す……といった繰り返しの作業を行っていた。

 気づけばこの図書館に来てから、2時間くらいはたっている。

 そのお陰で、様々な興味深いものを発見した。

 まず、私は乗り物の技術発展の停止について探っていた。

 本によると、今から10年ほど前を最後に、
乗り物に関しての技術革新にピリオドが打たれていたことが明らかになった。

 これは、水素燃料エンジンの普及によるものであった。
私もそれは考えていたため、どうやら間違いではなかったということだ。

 だが面白いのはこの後の話。

 乗り物の技術革新にピリオドを打った年、
それは現総連合国大統領ノヴァ・アサイラムの大統領赴任の年でもあったのだ。

 この一致は偶然だろうか?
 しかし、乗り物の技術と総連合国大統領という役職の関連性を見つけるのは難しい。

 となると、ノヴァ・アサイラムは乗り物の技術というものを
10年前から今も建造中であろう”計画の方舟”に注いでいると考えられる。

 そして、少なくともアサイラムはその年から、
リヴァイブ・ノア計画に関してのシナリオを構築していたということにもなる。

 それは、この10年の間の彼の行動の多くがこの計画に向けて……といった話に繋がるのだ。

 その10年間の間の彼の起こした行動を調べるが、それは後の話。

 次に我々にとっての計画の始まりである計画発表演説について、私の考えを固めよう。
10年間の出来事については、その後の話でも遅くない。

 ……まず、覚えているだろうか? ノヴァ・アサイラムが元旦の日の演説を。

 その時に計画の名前を私達に示した時の彼の台詞。

『……さて、そんな諸君らに、この計画の名前を伝えようと思う』

『この計画の名は、リヴァイブ・ノア。 リヴァイブ・ノア計画だ。
 神話の話になるが、かつてノアという男が自分の家族とそれぞれの動物を船に乗せ、
神によって引き起こされた大洪水をしのいだ……ノアの方舟という話がある。

 諸君らはこのノアという英雄になるチャンスがあるのだ!
この計画に参加する有能種たる諸君らよ! 立ち上がれ!』

 彼は、この計画をリヴァイブ・ノア計画と名づけた。
リヴァイブとは、何かが生き返る、蘇るといった意味だ。

 ノアは、神話であるノアの箱舟に登場する洪水から身を守った英雄の人物だ。

 もう解っていると思うが、つまりこの計画はノアの方舟の神話の再現をしようとしている。
私はそれで、ノアの箱舟伝説にまつわる本も調べた。

 そうして調べたこの伝説の話を、とりあえず簡単に説明しよう。

『この地は神の前に堕落し、不法に満ちた世界に成り果てていた』

『神は地を見て思った。全ての生き物はこの地で堕落の道を歩んでいた』

『すべて生き物を終わらせる時が迫っている。彼らのせいで、不法が地に満ちている。
ならば私は、地もろとも彼らを滅ぼす』

 神は、地上にいる生き物が堕落し、
腐っていく様子を見てそれに憤慨し、地上の生き物を滅ぼす決意をした。

『しかしノアよ、あなたは方舟を作るのだ。
そして妻や子供、そして全ての命あるものから雄と雌の二つがいを方舟に連れ、共に生き延びるようにせよ』

『更に、食べるものも集め、船に乗る皆の食料とせよ』

 堕落した者の中、唯一神に従う無垢な人間ノアに、神は方舟を作り、生き延びることを命じた。

『ノアは、すべて神に命じられたとおりに事を行った』

 そして洪水を神は起こす。

『神の手によって大いなる深淵の源がことごとく裂け、
天の窓が開かれかの如き雨が40日降り続き、大地も、高山も、洪水によって覆い尽くされた』

『大地に生きし生ける物は全て拭い去られ、ことごとく息絶えた。
そして、ノアと、彼と共に方舟に乗りしものだけが残った』

 神は洪水を起こし、地上の生き物を根絶やしにした。

 この後、唯一生き残ったノアとその一行は、
最後に山の頂を見つけ新たな生命の発展を促していくといった話だ。

 リヴァイブ・ノア計画が、もしこのようなシナリオを沿っているものだとしたら、
この計画を唱えた理由の1つとして挙げられるのは、人間の堕落。

 これは、ノヴァ・アサイラムが演説の時も口にしていた。

『今、この世界は絶えず戦争がおき、数々の地域に多大な被害、環境の汚染などが広がっている。

 特に、古代から一つの大陸として多くの国が存在したアフリカ大陸、
そして世界の中でも著しく成長を続けていったASIN連合のニホン地区である、東京……

 それら全ては我々人類の戦争という行為によって、今や死の土地と化している』

 人間の所業によって、この地球は汚染され続け、死の星になろうとしている。

 それは、伝説の序章に書かれていることと近い話をしているように、私は捉えた。

 そして彼が言った、人類を何百年、何千年と生き残らせるための方法。
それが船による宇宙への進出と、新天地への探訪。

 そして彼はその後、有能種と劣等種の話を始めた。

 私は、有能種を計画に能動的なもの。劣等種を計画を否定するものだと、
ここまで過ごしてきてそう感じた。

 だが、ここの話だけ彼は伝説になぞって話をしていないと私は感じた。

 方舟に乗ることの出来たノアという人間は、神に従う無垢な人であったと伝説には書かれている。

 確かに、仮に神であるノヴァ・アサイラムの作った不明瞭であろう計画。
それを無垢に信じた人間を計画に能動的である有能種とする……という言い分は分かる。

 しかし、有能種はその計画を否定する劣等種を駆逐するのだとも彼は言った。

 有能種が劣等種に救いの手を差し伸べるというのならば分かる、だが、実際はそれと異なる。

 これは矛盾。伝説をなぞった計画であるならば明らかにおかしい事実。

 寧ろ、そんな戦いを好む有能種の方が洪水に飲まれることになる堕落した人間に見えてくる。

 神話に書かれていない部分だが、ノアは方舟を作る際にきっと、
洪水の事の知らない人間たちに何度もバカにされ、邪魔されたのだろう。

 まさか地上全てが水で覆い尽くされるほどの洪水が起こるなどと、誰も予想しまい。
 世界の多数は神の教えを信じていなかったのだろうから。

 今の世界はどうか。計画を信じる人間が多数を占めていて、計画を否定するものはそう多くあるまい。

 多数は少数を駆逐し、少数である劣等種は数を減らしていくだろう。
方舟に乗れるのは世界の人口と比べてあまりに少ない。

 なのに、彼のいう船に乗れるだろうという有能種はその数を増やし続けていく。

 ……以上の考えから、私が思うこと。それは、有能種と劣等種に関する彼の言動は他に意味がある。

 つまり、私が考えるような、計画に能動的なものが有能種とは限らないし、
否定しているから劣等種とは限らない。また別の何かなのだ。

 有能種と劣等種の事は、それ以上私はわからない。
しかし、その部分の話に何かしら彼の言動とは別の他の考えがあることが確かなことははっきりした。

 そして最後にその後の話。神は洪水を起こして地上の生き物全てを根絶やしにした。

 彼はこの部分に関しての事は、演説の時には口にしなかった。

 仮に、彼が方舟に乗れなかった人間に待っているのは死だ……
なんて口にしたら、それこそパニックになるというか、世界はますますおかしな方向に向かったに違いない。

 しかし、神話では方舟に乗れなかった生き物は皆死んだのだ。

 この計画が神話通りに進んでいるというのなら、そういう準備を隠れて行っている可能性はある。

 もし本当に方舟に乗れなかった人間が滅ぼされてしまうというのならば、
これではまるで、人類が生き残る為の計画ではなく、人類を絶滅させるような計画ではないか。

 分からない……計画において隠されているにもかかわらず最も大事であろうこの部分は、
完全に私1人の力で解き明かせる気がしない。

 そのためにはアサイラムの考える事、思想を理解する必要がある。
それはきっと、本で見つかるようなものではないのだ……

 だが、ヒントを掴むことは出来る。

 それは、彼が大統領に就任して10年の間に起きた、彼の理解できない行動が1つだけある。

 それが、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン作戦。

 前にも説明したこの東京を滅ぼした事件とも呼ばれるようになった作戦。

 これを指揮していたのは、旧国防長官であるアクト・ギルガメシュという男だったそうだが、
あくまで作戦の決定は大統領に権限がある。

 10年前からリヴァイブ・ノア計画を立案していたにもかかわらず、
世界から非難されるようなこんな事をしでかしている。

 この彼の行動の矛盾、何かあるかもしれないが、今の私にそれは解き明かすことは出来ない……

 だが、アクト・ギルガメシュに話を聞くことが出来れば、何かが分かるかも知れない……

 夢物語のような話ではあるが、案外不可能なことではない。

 彼は、サブジュゲート・シュタルク・アイゼン作戦の責任を取り、国防長官を辞任しているらしい。

 更に、彼はアサイラムの秘書を長い間務めていた人物でもあり、
もしかしたらアサイラムをよく知る男なのかもしれない。

 彼に会う事……それが私の謎を解き明かすための目標。ようやく、光明が差してきた……!

「ちょっと君、いいかね?」

雅仁「はい?」

 突然後ろから声をかけられる。振り向くと、大柄な男が3人ほど、私を囲むように立っていた。

大柄な男A「町の人間から聞いたのだが……ここの町の住民じゃないと聞いてね、一体何者かね?」

雅仁「わ、私は旅の者でして……」

大柄な男B「旅の者、ねぇ。総連合の人間にしちゃあやたらカタコトに聞こえるが、
アンタ、この国の人間じゃないな?」

 ま、まずい……

雅仁「い、いや……私は……」

大柄な男C「まぁ、正直国のことはどうでもいいわけさ。戦争は終わった。
それに、今はそんな時代じゃあないからな。だが、アンタに聞きたいのは、そんなことじゃない」

大柄な男A「アンタは、有能種でも、劣等種でもないと言ったそうだがね。
それはこの国では有り得ないことなんだよ」

雅仁「それは、どういう意味です……?」

大柄な男B「なあに簡単な話よ。今、こうして外にブラブラと歩いていられるのは皆、有能種達だ。
劣等種はな、ひっそりと束になって生活していて、町には出てこれねぇワケよ」

大柄な男C「だからな、どちらでもない……なんて言う奴は、本当に何にも知らない部外者サマか、
ウソの仮面を被った劣等種ということになる。アンタは、どっちだい? 

……と、聞くのはヤボだったな。ちょっと、オレ達と来てもらおうか?」

 本能的に私は察した。彼らの言いなりになってしまうと、きっとただでは済まないと。
だから、咄嗟に腕をつかもうとした男1人を殴りつけてしまう。

大柄な男B「ぐはッ!?」

 だが、今の私の行動は良き方向ではなく、逆に悪い方向へ進んでいく。

大柄な男A「や、やりやがったな……!?」

 一瞬のスキを見て、私は逃げるように図書館を飛び出した。
逃げるのも、間一髪だった……が。

大柄な男C「待てッ!! おいッ!!」

 彼らは当然追ってくる。しかし、「待て」と言われて待つ人間など居ない、
というか、その「待て」という言葉によって、追われる人間はかえって追われていることを認識することができる。

 それによって“危機”を感じるから、いわゆる火事場の馬鹿力という力を発揮でき、
より追ってから逃げやすくなる。

 だから、追う人間は「待て」という言葉によって、自分の首を絞めていると私は思う。

 ……と、そんなことを考えている暇があったら、とっとと追手を振り切らなければ。

 そうやって逃げていく度、次第に騒ぎは大きくなり、気づけばかなりの数の人たちが、
追ってきていることに気づく。

 マトモに相手をしていたら、もう逃げられないだろう。
 私は、彼等の死角となる場所から場所へと、忍者の様に駆ける。

 そうしていく内に、わけもわからぬ薄暗い場所までやってきた。
ここなら少しの間は隠れていられるだろう。

 未だに彼等の声はここまで響いてくる。いくら隠れていても、声だけで精神的に来るものがある。

 こういう状況になると、指名手配犯の気持ちがよく分かるというものだ。

 これだけの人数に捜索されているという気分になると、まともな精神状態でいられなくなる。

 だから、通常の状態では考えられない行動、すなわち無茶というものを、
時間の経過とともにしでかしてしまう可能性が高くなる。

 実際に今、冷静に考えているように見える私だが、内心は不安と焦りで一杯だ。
今の私の、本当の心の声を表すと……こうだ。

『彼等に捕まったらどうなるか分からない。だから、誰か助けてくれ』

 それは恐怖。実際に心ではそう思っていても、私はそれを心が限界になるまで考えない。
考えてしまってはダメなのだ。

 私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸しようとした、その時だった。


「ねえ、そこのおじさん」

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
いわゆる説明回。シェーッ!
では、また次回。

再開します。

 ゾクッとする。絶対に見つかるまいと思っていた矢先に、急に後ろから声をかけられる。

「ねえ、ねえってば」

 蛇に睨まれた蛙のように、私は硬直して動けない。
しばらくして、正常な気持ちを取り戻した私は、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこに立っていたのは、一人の少女だった。

少女「ちゃお。そこで何やってんの? おじさん」

 私の後ろに立っていた少女の容姿は、とても幼く見えた。

 それは誠の友達の澪音ちゃんよりも小さく、きっとまだ小学校に通う年くらいのものに見えた。

少女「ねえ、答えてよ。おじさん」

 一度気づいてしまえば、後ろに立っていた少女の声は、私に対し敵意がない声だと分かる。

 だがそうやってすぐ信用するのも如何せん気に食わないので、私はとりあえず嘘をつく。

雅仁「私? 私はね、ちょっとした探しものをしていてね」

少女「…………」

 少女は私をぐっと睨む。まさか、勘付かれた?

少女「……ウソね。アンタ、マサヒトでしょ?」

 一瞬で、私の嘘は見抜かれてしまう。しかし、子供の偶然の勘……というものがある。
だから、私は嘘を続ける。自分で作った嘘というロジックを生かさなくては。

雅仁「マサヒト? 知らないなぁ。君の知り合いか何か、かな?」

少女「しらばっくれてもムダよ。私、アンタの顔、知ってるもの」

雅仁「えっ?」

少女「月刊『War Drive』(ワードライヴ)2年前に起きた、
サブジュゲート・シュタルク・アイゼン事件の記事の著者、ウチダ マサヒト。
これってアンタの事でしょ」

 なんてことだ……。確かにこの記事は私が書いたものではあるが、
なんでこんな子がこの雑誌を知っているんだ?

雅仁「君は一体……?」

少女「ここで立ち話もなんだし、とりあえずちょっとついて来て」

 そういい彼女はくるりと反転し、てくてくと歩き出す。

少女「ダイジョウブよ、アンタがマサヒトなら、アタシはなーんにもしないから。
そう、マサヒトなら……ね」

 ある意味、これは彼女に脅迫されているようなものか。
もしついていかなかったら、私が私でないことになり、おそらく周りの人達に私の居場所がばれてしまう。

 しかし、ついていけば私が私であることを認めるという事。
彼女についた嘘が、嘘であるということを認めた証となる。

 代わりに、身の安全はある程度保証されるものであろうが。
まさか、こんな年端も行かない子供に脅迫される日が来ようとは……世の中恐ろしいものだ。

 私はとうとう諦め、てくてくと進む彼女の後ろを追う。

 暗い裏道のような所を進む。なぜかある水たまりは、暗くともひどく濁っていることが分かり、
近くにはネズミが走るというくらい不衛生な場所だ。

 一体、彼女は私をどこに連れて行こうというのか。

雅仁「ねえ、どこまで行くんだい?」

少女「アタシのおうち」

雅仁「こんなところに……? 君の家が?」

少女「ホラ、もうつくわよ。見て、あそこ」

 彼女は暗い道のとある場所を指差す。それはマンホール。

雅仁「君の家は……ここ?」

少女「そうよ、さあ入って」

雅仁「この先の道は? 先に君が入ったほうがいいんじゃないかな?」

少女「道? この中全部がアタシのおうちよ? それに、アンタが先に入ってくれないと、
私が蓋を閉められないの。ここのマンホールの開け閉めは、ちょっと特殊だから」

 まさかこれは彼女の罠か? と一瞬感じた。

 しかし、もし私を捕らえる為に送り込まれた刺客としたら、
わざわざこんな人の目につかぬような、暗くて汚いこんな場所に私を閉じ込めるというのは非効率極まりない。

 彼女は、訳あってこんなところに住んでいる、訳ありの人間だ。そう信じたい。

少女「どーしたの? 早く入りなさいよ」

雅仁「え? ああ」

少女「考えてること大体わかるわ。
アタシがアンタを捕まえるためにここまで連れてきたんじゃないかってアンタは考えてる。違う?」

 やはり見透かされている。なんだこの子は……。

少女「答えらんないってなら、図星だったってことね。
安心して、アタシはアンタを捕らえようなんてこれっぽっちも考えてない」

雅仁「口だけじゃ……信用できないな」

少女「あっそ、じゃあこのまま戻って、アンタを血眼のように探している人達に、
醜く食い千切られに行ってどうぞ?」

雅仁「…………」

少女「あ~あ、ざんねん。せっかく計画の船のおもしろーい物が見れるっていうのに、
帰っちゃうだなんて。勿体無いの~」

雅仁「計画の船!?」

少女「そうよ、アタシのおうちには面白い資料があるわ。
でもアンタはアタシのこと信用ならないんでしょ? じゃあ帰った帰った」

 まさかこんなところで、計画の事に近づくチャンスが訪れるとは思わなかった。

 ピンチがチャンスを呼ぶとはこのことか。
ここは罠である可能性を考慮しても、入るべだろう。私の直感がそう言っている。

雅仁「わかったよ。君の家に入れてくれないか?」

少女「アタシの事信用する?」

雅仁「わかった。信用する」

少女「ちゃお。じゃ、どうぞ」

「信用する」と口にすると案外あっさり中に入れてくれた。

少女「アンタは先に下に降りてて、アタシはここを閉める作業をしなくちゃいけないから」

 マンホールの蓋が閉ざされ、中は真っ暗になる。私の上で彼女は何かしらの作業をしている。

 早く下に降りるように催促されたため、私は何も見えない中で取っ手を手と足で探りながら慎重に降りていく。

 下へ下へと続くこの穴は、一体まで続くのだろうか……。
と、そう思っていたら突然辺りが明るくなり、私はびっくりしてつい取っ手から手を滑らせてしまう。

雅仁「う、わッ!」

 私は真っ逆さまに落ちていく。落ちると体で分かった時には、なんだかイヤに冷静だった。

少女「マサヒト!?」


 彼女の声が、ホール内で響く。
 え、嘘だ……。こんな所で、死ぬ?

 マンホールの穴というのはだいたい10メートルくらいの深さがあるという。

 10メートルくらいなら打ちどころが良くて骨折程度で済むかもしれないが、
運の悪いことに私は頭から落ちてしまっている。

 これでは死なずとも、かなりの重症でとても動けるものではなくなる。

 せっかく彼女が計画の船についての資料を用意してくれているというのに……。
どうして私はこんな大事なときに、こんなマヌケに手を滑らせてしまったのだろうか。

 誠、桜花……済まな……。


雅仁「ぐふぉッ!!」


 風船の空気が一瞬で抜けたような音の声を発し、私は地面に衝突する。

あ、あれ……? 無事……?

少女「もー……何やってんの? アタシが作ったトコだったから良かったけど、フツーだったら死んでるよ?」

 思い切りぶつけた頭がズキズキし、意識が朦朧としている中、
彼女の声が聞えることで生きている事を確認することが出来て安心する。

 どうやらこのマンホールは、3メートルもあるかないかの浅い穴だったらしく、
私はある意味九死に一生を得た。

 頭から急転直下したので、痛みはかなりのものがあるが、
どこも骨折などをしてないことを確認して再び安心する。

少女「大丈夫? マサヒト?」

雅仁「あ、うん、大丈夫だよ」

少女「ちゃお。じゃあ、こっち」

 彼女は奥を指さし、先に進む。
私もフラフラと立ち上がり、彼女の後を追う。

 しばらく進むと、道が壁で閉ざされたいて進めなくなった。

雅仁「ん? ここ行き止まりじゃないのかい?」

少女「いいえ、ここがアタシのおうちよ」

 そう言い、彼女はまた何かを作業をする。

雅仁「さっきからキミは何をしてるんだい?」

少女「ちょっと黙ってて、今忙しいから」

 どうやら相手にされていない。どうしても気になってしまった私は、
彼女が作業をしているパネルのようなものを眺める。

 そこにはびっしりと英数字が並んでいた。何かのプログラム?
 それは見るだけでも頭が痛くなるようなものであった。

 彼女はこれを操作し、何かしらの仕掛けを動かしているとでもいうのだろうか……?
しばらくすると、目の前にある壁が急に振動を始め、動き出す。

雅仁「な、何だ!?」

 壁が取り除かれた先には、8坪くらいの機械に囲まれた部屋が見えた。

少女「さ、どうぞ」

 そう言われ、私が中に入ると、彼女は『部屋を隠す作業をする』と言い、
再び壁の近くのパネルを操作しに戻っていく。

 それにしてもこの部屋は一体何だろう? 生活に必要な設備は当然のこと、
どこかの研究室のように設備が整っており、とてもこんな子供一人が使うにはなんとも惜しい部屋だ。

 そんな中、一つだけ私の見慣れない機械があることを見つける。
見た目は砂時計みたいな形をしていて、何かを抽出するような物に見えた。

少女「ああそれ? それは“永久機関”っていう装置の一部よ」

雅仁「“永久機関”って……もしかして、あの総連合国が開発した?」

少女「あら、よく知ってるじゃない。けど正しくは、アタシのパパが開発した……ね。
 確かにマサヒトの知ってる通り、コレが全ての資源を生み出すことが出来る装置よ。

少女「ただ、この装置一つじゃ何の役にも立たないわ。
もっと大規模な装置に取り付けることで初めて力を成すものなんだけどね」

雅仁「これを作ったのが君の父さんって……キミは一体、何者なんだい?」

少女「そういえば自己紹介がまだだったわね。アタシの名前は、リーファ・ツヴァイン。
で、アタシのパパの名前が、マサライ・ツヴァイン。パパはロボット工学で権威を持つ人でね」

少女「それを買われてリヴァイブ・ノア計画の為に作られる船の技術者として、
アタシが生まれる10年以上前から携わっているの」

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
久々にゲーセンに行ったら腕がズタボロ……困ったものです。
では、また次回。

再開します。

雅仁「ツヴァインちゃんのお父さんが、計画の船の技術者……?」

リーファ「ツヴァインじゃなくって、リーファって呼んで」

雅仁「あ、ああ、ごめん。リーファちゃんのお父さんは、計画の船の技術者なのかい?」

リーファ「ええ、そうよ。いや、そうだった、の方が正しいわね」

雅仁「そうだった……?」

リーファ「少なくとも、二年前までは、ね。そうでしょ、パパ?」

 彼女が、まるで他にも人がいるかのように私とは別の方向を向く。

 すると、私と同い年か少し上くらいの男が暗影から姿を現した。
まさかこの暗い部屋にずっと引きこもってたとでも……?

雅仁「あなたが……ミスターマサライですか?」

マサライ「…………」

リーファ「ごめんね、アタシのパパって、とても人見知りで、
初めて会った人には顔も合わせられないくらい臆病な人なの」

 そんな人間がよくトレスシエントスの技術者であるものだと思った。

リーファ「大丈夫よ、パパ。この人は怖い人じゃないわ」

マサライ「…………」

リーファ「パパ、話してあげて。計画の船の話を」

マサライ「…………」

リーファ「ちょっとホラ! マサヒトもパパに挨拶して!」

雅仁「ど、どうも。ミスターマサライ」

 再びの沈黙。やりづらいことこの上ないが、本当にこんなことで大丈夫なのだろうか。

リーファ「もう、しっかりしてよパパ! ……ごめんね、本当にいつもこんな調子なの、ほらお願い!」

『……ぐぅ~』

 マサライから腹の音が部屋に響く。
これから大事な話が聞けるというそんな空気に釘を刺すかのような、なんとも情けない音。

リーファ「……もぉ、仕方ないわね。マサヒト、少し早いけどお昼にしましょ?」

 リーファがそう言うと、私の腹も鳴りだした。
そういえば、病院を出てから私は何も物を食べていないことに今更気がついた。

 だから、仕方なく私は、彼女の言葉に従うことにした。

 どうやら食事もリーファが作っているらしく、マサライは自身の部屋に戻ったきり帰ってこない。

 改めてこの部屋を見渡すと、見たことのない装置がずらりと並んでいた。
正直、触っていいものなのだろうか……? と、内心恐れていて、動くに動けなかった。

雅仁「ん……? これは」

 私はその中に、見覚えのある物を見つける。それは、アヴァンギャルドビートのゲームソフトだった。

マサライ「……ミスターマサヒト、それ、私のです」

雅仁「ん? えぇ……うわぁッ!?」

 急にマサライが、前からヌラリとやってくる。あんまりにもいきなりだったのと、
彼の声を初めて聞いたせいで、驚き尻もちをついてしまう。

マサライ「……返して下さい」

雅仁「す、すみません……」

 なんだろう、やっぱりやりづらい……

マサライ「ミスターマサヒト、音ゲーは好きですか?」

雅仁「私の息子がよくやっていて、それを見たことがあるくらいですが……」

マサライ「音ゲーはいいですよ。ちょっとしたスポーツになりますし」

雅仁「へ、へぇ……」

マサライ「知っていますか? かつてアメリカでは音ゲーの1つであるダンスゲームが、
学校の教材になったこともあるんですよ」

雅仁「初耳です」

マサライ「どうです? ちょっと気持ちを切り替えるという意味で少し、やってみませんか?」

雅仁「そ、そうですね」

 おずおずと、マサライに連れられ私もゲームを遊ぶことになってしまった。

 それから、誠がプレーしているのを見たことがあるくらいの知識の私に、
マサライは色々とプレーのコツだとか、こんな曲がいいだとか、様々な話を聞いた。

 最初はよくわからなかったが、やっていく内にだんだん楽しくなってきて、
気づけばマサライと2人で楽しく指を動かしていた。

 それにしても、あんなに無口そうな彼が、実はこんなに話す人だとは思わなかった。

 初対面において、第一印象は大事ではあるが……見かけで判断できないことってまだまだあるんだなぁと、
なんだか勉強になった気分になる。

リーファ「2人ともー お昼出来たわよー! ……ちょっと、2人共っ!」

 最終的には、リーファの夕食の呼びかけに気づかないほど、夢中になってしまう。
久々にゲームなるものをプレーしたが、案外楽しいものだなぁ。

リーファ「……マサヒト? って、パパまで!! 昼食出来たんだから、早く来てよっ!」

 小さい子に怒られる大人2人。実にシュール。

 私達は、苦笑いを浮かべながら昼食に向かった。

リーファ「それじゃあ、いただきまーす」

 リーファの用意してくれた夕食は、予想に反してマトモなものだった。

 シーフードビーフンに、かぼちゃのスープ。デザートとして、パイナップルの輪切り。
どれも、こんな子が作ったとは思えないものばかり。

リーファ「驚いてる? マサヒト」

雅仁「あ、ああ。よくこんな料理が作れるんだね」

リーファ「生きる上で必要だから」

雅仁「なんだか、随分大変な過去を過ごしてきたような言い方だね」

リーファ「……そうでもないわ。それより、パパ? いつからあんなにマサヒトと親しくなったわけ?」

マサライ「音ゲー」

リーファ「はぁ……全くわからないわ。ごめんね、アタシのパパ、こんなのでさ」

雅仁「は、ははは……けど、本当に意外です。まさか、貴方が音楽ゲームに趣味があるなんて」

マサライ「色々、ありましたから……」

雅仁「良ければ過去の貴方のお話、聞かせて頂けませんか?」

マサライ「…………」

 あれ……やっぱりこういう話はダメなのだろうか……?

マサライ「…………」

リーファ「パパ?」

マサライ「……折角リーファが作った昼食。冷めてしまいますよ」

雅仁「あ、え、そうですね」

マサライ「昼食の後、ゆっくりお話をしましょう。」

雅仁「あ、ありがとうございます……」

 なんだろう……やっぱりこの人とはやりづらい……。

【2/13(土)12:00 総連合国】

リーファ「ごちそうさまでした」

2人「ごちそうさまでした」

 昼食を食べ終え、一息つく。
 しかし、あまり無駄な時間は過ごしたくない。

雅仁「では、話して頂けますか?」

マサライ「どこから話しましょう?」

雅仁「出来れば、覚えている事最初から。お願いします」

リーファ「じゃ、アタシはお皿洗いしてくるから、先に2人で話してて。すぐ戻るから」

マサライ「……分かりました。では私の、開発者時代のことから話しましょう……」

 ……。

 …………。



【視点:雅仁→なし】

 それは、今から10年前の事。マサライ・ツヴァインは、水素エンジンの開発研究に精を出していた。

 彼こそが、水素エンジン技術を実用化までに導いたスペシャリストだった。

 彼の悩みは、28になっても出会いがないという恋へのコンプレックスを抱いているくらいで、
それもこういう職についている以上、致し方ないことなんだろうと割り切っていた。

 そんな彼、マサライ・ツヴァインは今日も研究に勤めていた。

 しかし、そんなある意味当たり前の日々を過ごす彼の元に、暗雲がかかるかのように突然、
意外な人物が訪ねてくる。

「貴方が、ミスターマサライですね?」

マサライ「ええ、私こそが技術開発部主任のマサライ・ツヴァインです。貴方は一体どちら様です?」

「おおっと、申し遅れました。私は、総連合国アメリカ支部、上院議員のヴィッツ・アンシエンツと申します。
今後、お見知り置きを」

マサライ「議員さんですか。一体私に何の用です?」

アンシエンツ「手短に申し上げますと……貴方を、スカウトいたしに参りました」

マサライ「スカウト……? 一体何の?」

アンシエンツ「詳しいことはここでは口に出せません。
……そうですね、今日のお時間あります時に、別の場所でお話しましょう。どうです?」

マサライ「そうですね。では、今から4時間後……17時あたりに如何です?」

アンシエンツ「問題ありませんよ。では、その時間にまたお声を掛けさせて頂きます。
……と、そうそう。話次第では、貴方や、貴方のご家族の生活を大きく変えることになる話なので、
覚悟をしておいて下さいね……?」

 そう意味深な事を呟きながら去っていくアンシエンツの背中を見つめるマサライ。

 いまいち彼の真意が分からなかったマサライは、
どこかのタレント事務所からのスカウトか何かを想像しながら、
自分の鏡を見て『そりゃないか』と心で呟くと、いつも作業に戻っていく。

 しかし、動揺を隠せなかった彼の足は、どこかぎこちないように見えた……。

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
あんまり時間がなかったので、書き溜め分があと少し……
ギブミー時間。

では、また次回。

いつもはROMだが乙。

再開します。

アンシエンツ「申し訳ありませんね、こうして私が気兼ねなく話せる場所が、この窮屈する車の中だけでして」

 それから4時間後、再び彼の元にアンシエンツが訪れ、彼を用意していた車に案内する。
 アンシエンツは申し訳無さそうに口にしていたが、仮にもこの車は高級車。

 美しい外装に、中の空調設備と、座り心地のいい椅子。
マサライにとっては夢の様な場所に見間違えたに違いない。

 そうして車は発進する。この先に何が待っているかなど、誰にもわからない。

マサライ「それで、一体私に何のスカウトが来たというのです?」

アンシエンツ「貴方は、ノアの方舟伝説をご存知ですか?」

 質問を質問で返されたマサライは、少し戸惑ってしまう。

マサライ「は、はぁ……。ええ、まあ小話程度ですが」

アンシエンツ「堕ちた世界を見た神が怒り、洪水によって洗い流す。
神を信仰するただ一人の少年ノアだけは、神の言葉を信じ、方舟を造り洪水を免れ生き残る……。
簡単に言うとこんな話です」

マサライ「私には分かりません。そのノアの方舟の話が、私と何の関係があると?」

アンシエンツ「……まもなく世界は堕ち、滅びを迎えます」

 その言葉にマサライは、きょとんとした顔を見せた後、静かに笑う。

マサライ「よして下さいよ全く。終末論を掲げる人はこの世にいくらだっています。
マヤの予言、ノストラダムスの大予言、ダニエル書、聖徳太子の未来記……。

 その全てに、人類の滅亡を予言するかのような言葉が記されていた。
しかし、起きましたか、滅亡なんて? 起こらないんですよ、そんな事」

アンシエンツ「果たしてそうでしょうか……? 起こる証拠は確かになくとも、
起こらないという理由もまたありません」

マサライ「馬鹿げていますね、そんなもの。で、何です? 貴方の言う世界の滅びが来るから、
私はノアの箱舟伝説に出てくる少年ノアのように洪水を生き残り、
再び命を育む救世主にでもなれというのですか?」

アンシエンツ「その通りです」

 マサライはますます分からなくなっていく。と言うよりも、馬鹿馬鹿しくなってきて興味を失っていく。

マサライ「ご遠慮させていただきますよ、そんな役。私にそんな器は持ち合わせていない、
と言うよりか……私は神話になるような、表に出る人間ではありません。私は科学者であり研究者です。

 あくまで研究物を開発し、引き立て役に回る裏方の人間なのですから」

アンシエンツ「私が欲しいのは、そういう人なのですよ」

マサライ「……え?」

アンシエンツ「貴方には、とある技術開発部に就いていただきたいのです。その名も、方舟開発技術センター
“Noah:Development of Technology Center”
略して“N:DTC(エヌデック)”」

マサライ「“N:DTC”……」

アンシエンツ「そこで、約20万人が収容可能な大型宇宙探査船の建造と共に、
永久的なエネルギー供給システムの開発を貴方に行っていただきたい!」


……。

…………。

雅仁「そうして貴方は開発に携わることになり、全てをリセットして永久機関の研究に携わるのですね」

マサライ「ええ、そのとおりです。しかし、最初はあまりにも飛びすぎた話で信用していませんでした。

 ですが、アンシエンツから研究に三大ヵ国が裏で携わっており、いくらでも費用が出ることや、
開発終了後、一生働かずに生きられるほどの報酬が得られることを告げられ、徐々に私は迷い始めました。

 時間を掛けて考えさせてくれないか? とも頼みましたが、
今ここで即決して欲しいとあっさり返されてしまいました」

雅仁「しかし結局は、そのN:DTCに関わることになった……それは一体何故です?」

マサライ「研究への欲求、と言うのも理由ですが、それはどの研究者だって持ち合わせているもの。
我々のような人にとってはそれは理由にはなりません。

 そうですね、強いて言えば……名を刻みたかった。とでも言いましょうか」

雅仁「名を刻む……?」

マサライ「研究者として名を残す事。恥ずかしながら、あの時は欲しかったのです。
名誉というものが。しかし、全ては間違いでした。

 N:DTCで始まった7年にも及ぶ研究の全ては、
決して世界の人々の為に行われたものではなかったのですから……」


……。

…………。

 マサライはN:DTCに参加して、同じ優秀と謳われた各国の研究者と共に、
“永久機関”の開発に携わる事になり、はや7年が過ぎた。

『That development completed(開発完了)……』

 その声とともに最終テストが終了し、無事に永久機関は完成した。

 開発チームは喜びの声をあげ、いよいよ実用化に向けて話が進む段階までやって来たそんな時期。
突然、アンシエンツから彼らに招集がかかったのだ。

アンシエンツ「諸君らは、今日を持ってN:DTCを解雇処分とする!」

 ざわめく開発チーム。当然だ。突拍子もなく解雇処分だなんて聞かされれば、誰だってそうなる。

「一体どういうことです? アンシエンツ!」

「そうだそうだ! 理由を説明しろ!! いきなり解雇だなんてそんな話は聞いていないぞ!」

アンシエンツ「お静かに。これは全て、後に始まる計画のため止むを得ない事なのです」

「意味がわからない! 具体的に説明しろ!!」

アンシエンツ「リヴァイブ・ノア計画。まもなく、計画は始まろうとしています。
きっとその頃には全ての戦争は終わり、偽りの平和が続いているでしょう。

 ですがその計画によって、この世界はかつてない混乱に陥ることになる。
その混乱を解決せんとするが為に、貴方がたN:DTC永久機関開発チームは、今日まで開発を続け、
無事に完成にまで導くことが出来ました。

 これより先は、全てこの私、ヴィッツ・アンシエンツにお任せ下さい。
貴方がたは、苦難の日々を忘れ、あるべき地に帰る時がきたのです。

 だからこれは、私からの感謝を込めた贈り物。どうかお受取り下さい」

「ふざけるなッ!! クビにされる事が私達にとっての贈り物だって?
そんな贈り物、我々は決して受け取る気はない!!」

 彼らの怒りは頂点に達する。彼らは、納得の行かない言葉を吐き続けるアンシエンツに、
襲いかかるかのように跳びかかっていく。

 が……その時だった。

 アンシエンツの後方で、何かが光る。
それと同時に、真っ先に飛びかかろうとしていた開発チームの男の頭が吹き飛び、
血飛沫とともに床に転がり倒れていく。

 突然ブリザードが走ったかのように、彼らの動きが固まって、誰もが動けない。

 そんな中で、口を開いたのはアンシエンツだった。

アンシエンツ「如何です? 貴方がたが開発した、永久機関が生み出した新型軍用開発機“オラクル”の性能は」

 語るアンシエンツの後ろには、背中が反り返る人型のロボットが立っていた。

アンシエンツ「今撃たれた彼は、きっと幸せだったでしょう。
何も分からぬままに逝けたのだから。これから起こる、狂乱の世界を見ずに済んだのだから……」

 再び“オラクル”の手が光る。するとまた一人、先ほど倒れた彼の近くにいた男の顔が破裂して吹き飛んでいく。

 ぼとり、ぐしゃり、どさり……と、おぞましい三拍子が再び部屋に響き渡る。
 その時から、この部屋にいた皆の静寂は、絶叫に変わっていく。

「きゃああああああッ!!」

「う、うわああああッ!!」

 皆は走りだして、部屋から抜けだそうと、ドアまで走っていく。

 しかし、ドアを開いた途端、待ち伏せていたオラクル3機が、
待ってましたと言わんばかりに彼らの頭を瞬間に破壊していく……!

アンシエンツ「貴方がたは、文字通り“処分”されるのです。
これも全ては計画の為。人類の恒久なる生存の為! はっはっはッ……あーっはっはっはっはッ!!」

 彼の言葉に平行して、開発チームの人々は次々とオラクルによって倒れていく。
 足がすくむ者はその場で、逃げる者は追われ、次々と死体の山を増やしていく……。

 だがその中に、運良く部屋を脱出し逃げ延びた者もいた。彼らは死体の山をほふく前進し、
うまくオラクルに気づかれることなくドアを抜け、廊下に飛び出し駆けていく。

 その数は僅かに4人。しかし、1人は廊下の最初の角を曲がるギリギリでオラクルに見つかってしまい、
瞬く間に射殺され、残るは3人。

 永久機関開発チームは50人ほどの人数がいたのに、生き残ったのは僅かに3人……。
 その中に、マサライの姿もあった。

マサライ「どうするつもりだ!? これから!!」

 同じく逃げる1人であり、マサライとかなり親しかった男パロウシアに、マサライは走りながら話しかける。

パロウシア「ひとまず研究所に戻って、我々の荷物を確保しよう! そして、早々にこの場所を立ち去るんだ!」

 必死の形相で、これからの事を話す。
彼らは今、どこから迫ってくるか分からないオラクルの恐怖で、頭がいっぱいだったから。

 それから研究所に無事辿り着いた3人は、それぞれ分担して水や食料を乱暴に詰めていく。

パロウシア「不必要な物は置いていけ! 時間がないんだ、早くッ!」

マサライ「分かってるッ!!」

 そうして食料を詰め終わり、いざ出発せんとした時、マサライは机の上にある小型の機器に目が入る。

 それは、小型化した永久機関の心臓部分。
研究用の試作機ではあるものの、この機器もあくまで永久機関の一部そのもの。

 必死だったのか、ただの気まぐれだったのかは分からない。
マサライは、食料を詰めた袋に、こっそりその機器を詰め込んだ。

パロウシア「さあ行くぞ、急げッ!」

 皆は頷き、研究所を飛び出していった。

……。

…………。

今日はここまでになります。

>>667
乙ありがとうございます~!

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■おまけ
気づけばもう4月のおわり。5月に入った辺りで第10話が終わりそうです。
では、また次回。

再開します。

マサライ「これが、後に総連合国で噂になる“研究者連続失踪事件”の実態なのです。
私を含め、乗り物の水素燃料エンジン開発のパイオニアは皆全て、N:DTCの元で永久機関の開発を行い、
そして、死んでいきました」

雅仁「生き残ったのは、貴方だけなのですか?」

マサライ「最終的には……はい、私だけになります」

雅仁「あなた達に一体何が?」

マサライ「それを、これからお話します。そしてこの話は、リーファとの出会いのきっかけにもなるのです……」

…………。

……。

 生き残った3人、マサライ、パロウシア、そしてプラーナは、
無事にオラクルの攻撃を受けることなく研究所を脱出し、広い荒野に出た。

 しかし、彼らが研究所から外へ出たのは、実に7年ぶり。
だから、彼らはどこにいるのか皆目検討もつかない。

プラーナ「ここは……?」

 見渡す限り、ぺんぺん草1本も生えぬ、まるで死の土地。
 遠く遠くを眺めてみても、何一つ見えてこない。

パロウシア「……グレイブヤードだ」

マサライ「グレイブヤード?」

パロウシア「3ヵ国の何処にも所属しない、かつてアフリカ大陸と呼ばれていた死の土地だ。
ここでは誰も生きられない。時々、こんな極秘の研究開発が出来る場所がどこであるか考えていたのだが、
まさかこんなところで行っていたとはね」

プラーナ「これからどうする?」

パロウシア「立ち止まっていてもしょうがない。ひとまず先へ進もう。
……しかし、これから我々は果たして大丈夫だろうか……」

 そんなパロウシアの不安は、少しずつ少しずつ彼らに恐怖となって襲いかかる。

 歩けど歩けど、続くのは死の荒野のみ。最初の3日間は、いつまでこの光景が続くのか、
もしかしたら一生続くのではないか? という恐怖に震えながら、ただ歩き続けた。

 逃避行4日目。あろうことか、プラーナが病気で倒れてしまう。
元々体が弱いプラーナにとって、この逃避行はまさに艱難辛苦の道さながらであったに違いない。

 当然、薬などない。だから、死の荒野の中で自分の抵抗力をただ信じるしか、治すすべはなかった。

 食料も水も、徐々にそこを尽きかけている。この3日間は、これから生きていけるのだろうか?
 という恐怖に震えながら、友の、そして我が身の無事を祈った。

 そして、逃避行7日目。プラーナの看病の事もあってか、とうとう水が尽きてしまう。

 そもそも、1日500mlの水でなんとか凌いできてよく1週間もったと、
感心してしまいたいと言いたくなるほどだった。

 おかげで身も心もボロボロになり、最初と比べて1日で進んだ距離も、
おおよそ半分以下になってしまっていた。

 プラーナの病気は、なんとか完全に体を蝕まずに済んだ。
しかし、その治癒の為に相当の体力を使ってしまったらしく、
彼はまるでゾンビのように、身も心も変わり果てていく。

 逃避行9日目。とうとう最後の食料が尽きようとしていた。残るのは、イワシの缶詰2つのみ。

 当然ながら、辺りは未だ死の荒野。遠くを見通したところで、何ひとつの変化がない。

 彼らはもう一言も口を開かなくなっていた。
体力も気力も底をつき、こんな事になるのなら、あの場でオラクルの手によって苦しまずに逝けた方が
幸せだったとすら、頭をよぎった。

 その日の夜。限界に近いパロウシアが、残ったイワシの缶詰を隠れて食しようとする姿を
プラーナが目撃してしまう。

プラーナ「……おい、その缶詰をどうするつもりだ」

パロウシア「…………」

プラーナ「答……えろ。それは最後の、食料。1人で食べるのは許さん……ぞ」

 パロウシアは答えない。缶詰を手に取り、よろよろとプラーナの元を去ろうとしていく。

 それを良しとしないプラーナは、自分の棒のように細くなった足でぬらりと立ち上がり、
パロウシアに近づき、自らの身体で押し倒す。

 たった2個のイワシの缶詰を巡る、餓死寸前の男達の争いは、
それを見る者も、行う者も、酷く、醜く、あまりに儚いものであった。

 マサライがこのことに気づいたのは、しばらく経った後だった。

 彼もこの時、実は残った缶詰を隠れて食べてしまおうという算段を立てていた1人であった。

 しかし、彼らの争いを見た瞬間に、そんな考えは頭から雲散霧消の如く消え去っていった。
いや、その彼らの争いではなく、“その様”を見てしまったからだ。

マサライ「パロウシア……これは、どういうことだい?」

 パロウシアは答えない。彼らの目当てであったイワシの缶詰は、遠くまで転がり取りに行くのは一苦労だ。

マサライ「パロウシア……?」

 パロウシアは答えない。代わりに聞こえてくるのは、
プラーナの『こひゅー、こひゅー』という、苦しそうな呼吸音だけ。

 そう、プラーナはこの時死にかけていた。ただでさえ病に冒され、
それを治すために体力、いや、もはや生命力と言ってもいい力を限界まで使い果たしていた。

 だから、そんな彼が取っ組み合いなんてものをしようならば、体に限界が来るのは至極同然。

 きっと彼の頭は既に、あたり一面黒い霧がかかり、全身はおろか、
考えるという力すらも失いかけていたに違いない。

パロウシア「く、くくく……くくくくくく……!」

 突然、パロウシアは笑い出した。マサライには、それが何故か分からない。

マサライ「パロウシア!」

 三度、マサライは彼の名を呼んだ。すると今度は、陽気な声で返事をしてくれた。

パロウシア「くくくくく、マサライ。我々は、生き残らなくてはならない。忘れていないだろうなあ?」

マサライ「勿論だとも。こんなところで死んでしまっては、この9日間、
苦しみ抜いた意味すらなくなってしまう」

パロウシア「そのとおりだよマサライ。そう、我々はどんな事をしても生き残る。
生き残らなくてはならない……!」

 マサライはパロウシアの言葉に強く頷いた。
彼の言葉はあまりにもチープな言葉ではあったけれど、
“生きる”という目的を強く唱え続けた彼の言葉に、マサライの心がよりいっそう固まったのだ。

パロウシア「そう、何があっても、何をしても、我々は……いいや、俺は生きる!
……そこでだ、マサライ。我々は今、餓死状態、極限状態、瀕死寸前。
だがその中に、生き残る事が出来る、一筋の光明が差した。分かるか? マサライ」

 マサライは分からない。瀕死の男1人に、餓死寸前の2人。
食料は缶詰2つ。この状況に一体、どんな生き残りの道があるというのだろうか?

パロウシア「分からないようだな、マサライ。まあ無理もない。
俺も今気がついたことなのだからな。普段生きる上で、それは考えもしない事だが、
とても簡単なことだったんだ」

 そう言いながら、彼はプラーナの側によろよろと、這いつくばる様に近づいていく。
 この期に及んでも、マサライはまだ分からない。

パロウシア「なぁ……マサライ。プラーナを、食ってしまおう」

 パロウシアは、ありったけの力でプラーナの胸に、持っていたナイフを突きつけた。

……。

…………。

マサライ「私は、その時ようやく彼の狂気に気づき、止めにかかりました。
しかし、必死に生きようとする彼の力にはかないませんでした。それに、その時私も、弱ってましたから……」

 私は、想像してしまう。その時の惨状を。

 血で染まった服を引きちぎり、出血部分からまるで吸血鬼のように血を啜る男の姿を。

 ズタズタに切り裂いた手、足、胴、指、腹、首、性器、そして五臓六腑までも。
死後硬直した筋肉を、優しく、ゆっくり、そして愛でるようにほぐしながら、
それを火で炙り、肉食獣のように食らう男の姿を。

 マサライは口にしなかったが、そんな光景を、私は頭で想像してしまった。
 だから言われずとも、胃の中身が逆流する感覚を覚えざるを得なかった。

マサライ「申し訳ありません。食事の後なんかにこんな話をしてしまって……。
ですが、これが私達に起こったこと、事実なのです。

 それから私はもう、彼の狂気を震えながら見ていることしか出来ませんでした。
ですが、悲劇はまた……繰り返されたのです」

…………。

……。

 マサライは、パロウシアにとって用済みとなったイワシの缶詰をチビチビと食べながら、
先ほどの出来事を思い出しては、吐き出した。

 彼は狂ってしまった。そう、もう彼は人間ではない。獣なのだ。……マサライはそう思った。

 逃避行10日目。パロウシアはゲラゲラと笑いながら、マサライを先導する。

パロウシア「くくくくく、ゲヒャヒャヒャ……なぁ、マサライ。俺はこうして正解だったと心底思うよ」

マサライ「……何故だい」

パロウシア「ニンゲンって、あんなに美味いんだなって、理解できてッくひひヒヒヒ……。
もし生きてグレイブヤードを抜けられたのなら、裏世界で人肉レストランでも開こうかねぇ~?」

 マサライはとても言葉を返せなかった。獣になってしまった彼に、何を言っても無駄。
寧ろ、余計なことを言って自分が次に狙われてしまうのではないかと恐れた。

パロウシア「それにきっとプラーナだって、こうされて喜んでいるハズさ。
ヤツは俺に、生を託すことが出来たのだから! ゲゲゲゲヒヒヒャヒャヒャ……」

 パロウシアは、息が詰まるまで笑い尽くした。
 そしてこれ以上、マサライに口を開くことはなかった。

 その日の夜、珍しく雨が降った。
恵みの雨は、乾いた心を満たしていくかのように降り続けた。

 しかし、パロウシアはその雨を『邪魔だ』と言った。
彼は、自分の体に迸る、血の匂いが消えることに憤慨しているように見えた。

パロウシア「血をよこせ……肉をよこせ……」

 マサライは、彼と共にいる事で自らの命の危険を感じ、雨の音に紛れ、彼の元を去っていった。

 逃避行12日目。マサライも、とうとう限界が来てしまった。
 何もない、死の荒野の真ん中で、幾度と無く試練を耐えぬいた足がガクリと抜けて、
元々そんなものはなかったのだと言わんばかりに力が失われていく。

 マサライは感じた。己が限界を。自分に漂う死臭の匂いを。

 その時だった。

「会えたな。また」

 聞き慣れた声。ああ、どうしてこんな時に。
 けど、なんとなく感じていた。『自分は彼に引きちぎられて、食われて死ぬんだな』と。

 それでも抗った。死ぬことが、分かっていても……!

マサライ「うわああああッ!!」

パロウシア「お前を、食いたいッ……!」

 意味なき咆哮、意味なき抵抗。
 彼の握るナイフを、彼の腕を握り、必死に受け止める。

パロウシア「食わせろ、食わせろおおぉぉおぉ……」

 彼は動かない腕を振ろうと力を振り絞る。
 しかし、その拍子でナイフが彼の手から飛び、私の肩に軽く突き刺さり、地面に落ちる。

マサライ「ぐうッ……!」

 痛み。肩に温かい血の感触。パロウシアは、その臭いをすぐに察し、肩に飛び込んでいく。

『はっ、はっ、はっ、はっ……』と、興奮する犬のようにマサライの血を啜りだす。
 もはや、ナイフのことなんて頭になくなっていた。

 その隙を、マサライは見逃さなかった。自由になっている片手を使い、ナイフを手に取る。

 そうして、今も肩にへばりつくパロウシアの無防備な背中にブスリ、と……

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
シナリオチャートにもあったので、このグロ展開は避けられませんでした。
こういうのが好きな人がいてくれれば、うれしい(?)

では、また次回。

再開します。

 とは行かなかった。マサライはすんでの所でナイフを止めた。

 彼は躊躇した。いくら人肉喰らう獣と化したとはいえ、仮にも元は、7年も共に過ごした同僚なのだ。

 その思い出、その面影を感じた彼は、躊躇わざるを得なかった。

パロウシア「血、血、血ィ……はっ、はっ、はっ、はっ……」

 しかし、彼をこのまま野放しには出来ない。

 もし近くに、今もこの地で生きる集落があるのなら、その人々が犠牲になってしまう。
 もしそれから、グレイブヤードを飛び出し、狂人として国に戻ったのなら、
どれだけの人が彼の手によって捕食されてしまうことだろうか。

 そうだ、思い出さなくては。彼はもう、人ではない。人喰らう獣なのだから。
 これは全て、世のため人のため。だから、許せ……!

 マサライは、再びナイフを握る手に力を込め……

 ぶすり。いや、もっと気持ち悪い音。形容し難い音を立てて、ナイフは彼の背中に深く深く刺さった。

 パロウシアは思いっきり血反吐を私の顔に向かって吐き出した。
 しかし、私の顔にかかった血を見るに、パロウシアは私の顔をべろべろと舐めはじめる。

 ナイフが刺さり、血がどくどくと流れているのに……彼は動きを止めることはなかった。

 何度も言うとおり、彼はもう人間ではない。
狂犬にナイフを突き立てた所で、動きがすぐに止まるとは限らない。

 だから彼も、ナイフで一刺しした所で、止めることは出来ないのだ……。

マサライ「パロウ……シア」

 私はとうとう諦めてしまった。
あの時のプラーナのように、全ての力を使い果たしてしまったのだから。

 最後の力で、彼を見た。
 ぼやけた目で、せめて、捕食者となった元同僚の顔を見て死んでいきたいと思ったから。

 パロウシアは、何も言わずに私に近づき、私の細々とした手の指にしゃぶりつく。
 彼の犬歯が指の肉を剥ぎ、私の痛覚を刺激する。

 しかし、その速度はあまりに遅い。満足に彼は、私の指を噛むことすらままならないかのよう。

 だからマサライは、彼を哀れだと思った。

マサライ「そんな獣になってまで、どうして生きるんだ?」

パロウシア「獣……か。食えない獣に、もう何の価値もないさ」

 そう言って話す彼の目は、人間の目をしていた。
 彼は朦朧とした意識の中で、少しだけ残っていた人の心をこの場で取り戻したのだ。

パロウシア「なぁ、マサライ。生きたい……か?」

マサライ「……分からない」

パロウシア「もし生きるのなら、俺の願いを聞いて欲しい」

マサライ「願い?」

パロウシア「俺達は、どうしてこんな目にあってしまったんだろう。
アンシエンツは、どうして俺達を……お前に、その謎を、解いて欲しい」

マサライ「けど、もう私には歩く力は……ない」

パロウシア「……分かってる。だから、俺の肉を食え」

 それは、とんでもない言葉。彼を殺すことだけにとどまらず、彼の肉を……?

マサライ「そんな事、出来るわけ、ないじゃないか……」

パロウシア「お前は、俺のことを獣と呼んだ。だから、俺はもう人じゃない。獣さ。
 食えるよ、お前なら。食ってくれ、そして生きてくれ」

 マサライは涙を流した。
しかしその涙は、血で濡れきった顔を、少しずつ少しずつ洗い流すかのように、流れていった。

 それからパロウシアに、人肉の喰らい方をレクチャーされながら、マサライは彼を“調理”した。

 火にあぶられながらも、パロウシアは最後までレクチャーを続け、
同時に『謎を解くために、生きろ』と言い続けていた。

 彼の最後の言葉は、『託したぞ』ただそれだけだった。

 マサライは涙を流しながら、パロウシアの肉を食べた。当たり前のように吐いた。
けれど、彼の為を思って、必死に肉を体の一部とするように、ただただ喰らい尽くした。

 全てを終えた彼は、最後に残った服を墓代わりにして、
謎を解き明かす事を約束し、その場を立ち去っていく。

……。

…………。

マサライ「それから私は、自ら人を殺めてしまったという罪悪感だけでなく、
あろうことか解体し、喰らってしまうという恐ろしさに、自らの心を凍らせることで必死に慰めようとしました。
 おかげで私は、一時の満腹感の為に、心を失いました……」

マサライ「パロウシア……いいえ、プラーナも。彼らの血と肉は、きっと今も私の中で生きていることでしょう。
だがそれは私の一生残る罪であり、神以外に償う宛もいない、私の枷となったのです……」


「へぇ、そんなことがあったんだ」


 マサライが後ろを振り返る。
 そこには、皿洗いを終えて戻ってきたリーファの姿が。

マサライ「い、いつからいたんだ……?」

リーファ「パパが、ナイフがぶすりとか言ってた辺りから」

マサライ「そ、そうか……」

リーファ「全く、そんな気持ち悪い話。初めて会ったあの日の少し前に、そんなことがあったのね。
けど心に貯めこむくらいなら、とっととアタシに話しちゃえばよかったのに」

 そう言われてマサライは困惑する。まあ、人を喰らったなんて話、性格はどうあれ、
こんな小さな子に話すことでもないだろうと思った。

雅仁「って、マサライ。リーファとは、先ほどの話の後に……?」

 マサライが口を開く前に、リーファが口を開き、私の元に飛び込んでくる。

リーファ「そ~よ。アタシはパパの事、パパって呼んでるけど、別に血を分けた本当の家族じゃないわ。
元々アタシは、グレイブヤードの住人だったのよ」

 私の体に飛びついてきたリーファはニッコリとそう言い、私の顔を見上げるようにして見つめてくる。
……仮にも人の子供なのに、なんだか恥ずかしい……

マサライ「リーファが言った通りです。私はあの後、この子とひょんな事で出会うことになるのです……
そして、私はこの子に、事実上命を助けられた……と言っても過言ではありません」

…………。

……。

 逃避行14日目。ただ、マサライは歩き続けていた。

 パロウシアを喰らってから、まもなく2日が経とうとしていたのに、
不思議と腹は減らなかったし、食欲も対して無かった。

 マサライは心を失った。だから、腹が減ったという3大欲求の1つですら、彼は殺してしまったのだろうか。

 もし人が殺されたという惨状を見ても、人は次第に腹を空かしてしまうと言われている。
それほど、人間の3大欲求とは、己の体に嘘をつくことはない。

 何より、彼は人を喰らったのだ。

 だから、自分は既に人ではなく、あの時のパロウシアと同じく、
獣になってしまったんだと自分で言い聞かせ、人だった心を殺してまで、自分を仮面で覆ったのだろう。

 そんな彼は、未だ歩く。ただ歩く。
 時には砂嵐に襲われた。時には蜃気楼にも襲われた。

 それでも、マサライは無言で歩き続けた。もはや恐怖はない。恐怖すら、彼は殺したのだから。


 “獣は、恐れない。”

 逃避行15日目……。

 突然、彼の目前に集落のようなものが広がる。
 始めは蜃気楼のせいだと思っていた。
しかし、いざ辿り着いてみると、そこが紛れもない本物の集落であることに気づく。

 マサライは、人を探した。理由は分からない。
獣らしく、見つけ次第に肉を喰らってやろうと無意識に考えたからか。

 それとも1%でも、この状況からの脱却。誰かの手による救いを求めたからだろうか。

 ……しかし、探せど人は居ない。代わりに見つけたのは、かつて人であったモノ。
 風化した、骨、骨、骨……

 想像はつく。彼らは、かつてのマサライ達とは違って、獣になれなかった“人達”。

 食べ物を求め、泣いて、苦しんで……
それでも、人としての尊厳だけは失わんと、強がって……死んでいったのだろう……

 苦しみ抜いた証の、撒き散らした汗や液、悲しみ抜いた証の血と涙。それも虚無と時間が風化させていった。
ここはきっと、そんな場所。

 マサライは気づく。命の形跡の証拠を。近くに、貴重な水脈が流れている音に。
 少し小走りで彼は向かった。


 辿り着いたマサライは、2つの意味でため息をついた。

 1つは、聞いた水脈の音が、本当に、水の流れる音であって、感嘆した為。
 もう1つは、その水が、決して人が飲めるものではないという事に気づき、落胆した為。

 このグレイブヤード、かつてはアフリカ大陸と呼ばれた広大な砂漠と、
赤道付近に広大な熱帯雨林が広がっている、生死を二極に分けたような場所だった。

 しかし、古くから続いていた戦争により、資源は1滴残らず搾り取られ、まず住んでいた人々は追いやられた。

 次に、人が居なくなったことをいい事に、戦争屋達はその地を次々と軍用基地として使い始め、
そして、彼ら同士が壊しあった。

 それが繰り返し繰り返し……気づいた時には、この地は汚染され、
死の土地“グレイブヤード”なる不名誉な名前を授かったのだ……

 今流れている水は、かつて軍が掘り当て使用した地下水脈。
だがしかし、汚染されたこの地の水は、毒にまみれ、とても飲めたものではない。

 マサライは、もう一度溜息をつき、その水脈から離れようとした。

 その時だ。彼は、見た。

 水脈に近づき、今、まさに水を啜ろうとしている少女を……!

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
次回で10話終わりかなぁと思っていましたが、もう2回位は続きそうです。
では、また次回。

なんかレスしようと悩んでたらどうでもいい事が浮かんできた
忍者の様に ←未だに通じるのねさすが忍者

再開します。

マサライ「お、おい……!」

 久々に出した声は、あまりにか細く、少女には届かない。
 すでに、少女は水を飲み終え、立ち去る最中。

 ……これは見殺しだ。でもそれは、何度も何度も何度も、見てきた。そうやって逃げてきた。

 開発チームの仲間、追っ手が来るかも分からないグレイブヤードでの逃避行、そして今。
 一体何人と、私は人を殺してしまったのだろう。

 そんな罪悪感から、せめて、先ほどの彼女の最後くらいは見届けてやろうと、少女の元へ向かっていった。

 てくてくと歩く少女の後を、こっそりつける。
 傍から見れば、私は彼女のストーカーにしか見えないだろう。

 道行く道に並ぶ風化した骸骨たちが、なんだかそんな風に言っているように聞こえてくる気がした。

 しばらく彼女の後をつけていく。
すると、小屋のような場所にたどり着き、少女は一息ついたかのように、そこに座り込む。

 マサライは、しばらく物陰で彼女を観察することにした。

 なあに、これも死を見届けるためだ。

 ……だが、仮にも、人の肉を喰らった経験のある彼だ。

 もしかしたら、彼女の死を見届けるという事は、彼女が死んだ後、
ハイエナの如くその肉を喰らおうと考えていたのかもしれない。

 しかし、不思議な事に、いつまでたっても少女が苦しみだす様子が見られない。

 それどころか、彼女はふっと立ち上がり、小屋の奥へ向かい何かをしている様子。

 手には、なんだか細々とした根……だろうか?
竹のような物を手にとって、かじりながら胸のあたりをポリポリと掻いている。

 こんな死の世界で、なんともお気楽な事だろうか……と、思うと同時に、
口から湧き出てきたのは、大量の唾液だった。

 人間の肉以外で、食べられそうな物。いくら細々としていようとも、食べられる物……!

 少女がそれをかじる。羨ましい。
 少し硬いのか、噛みちぎるのに苦労する。じれったい。
 ようやくちぎり、噛み噛み唾液を分泌させる。ああああッ……!

 少女を観察なんてしていられなかった。久々のマトモな食事。
それを見れば見るほど、死んだ心に火が灯るのを感じずにはいられなかった。


 ああ、そうだよ……そのマトモな食事、殺してでも奪い取るッ!!

マサライ「あ”あ”あ”ぁぁッ!!」

 声にならない声を上げ、少女を襲うかのように私は飛び込んでいく。

 錯乱して食事に飛びつこうとするその姿は、かつてプラーナを喰らい獣になった、
あのパロウシアと瓜二つに見えたかもしれない。

 だが根本的に違う。マサライは、これでもまだマトモだったのだから……。

マサライ「食事……食事ィ……」

少女「……?」

 急な来客に、少女は驚く様子を見せない。
きょとんとしながらも、ただ先程まで続けていた食事を再び楽しもうとする。

 マサライもマサライで、錯乱していた。仮にも相手は少女であるのに、
まるで恐ろしい存在から、大事にしているものを奪ってやると言わんばかりに、声高に叫ぶ。

マサライ「それを……よこせッ!!」

少女「…………」

 しばらくして少女は気づいた。彼は今、自分の手に握っている食事が欲しいのではないかと。
何度か、マサライの顔と自分の食事を交互に見る。

 そして、最後にマサライの顔を向き、ニッコリと笑うと、立ち上がる。

少女「ちゃお」

 マサライは、少女が初めて発した言葉の意味がわからなかった。
けれど、少女が指で、小屋の窓を指している事に気づいた。

少女「…………」

 再び少女はニッコリと笑う。
 なんとなく察した。指のさす所に、“それ”はあるんだろうと。

 マサライはそこへ向かった。どこまで歩けばいいんだろうと、
今日まで歩いてきた地獄を思い出しそうになった。

 けれど、“それ”はすぐ近くにあって、今考えたことが杞憂であることに安堵した。

 そこは、まるで干ばつで、地面に沢山のヒビが入ってしまったように見える場所。
そのヒビの割れ目の間に、彼女の持つ“それ”は生えていた。

 それは、イタドリだった。

 東アジア原産種であるイタドリは、様々な場所で生息できる竹にも似たような植物で、
繁殖力が高く、コンクリやアスファルトを突き破ってでも現れると言われる、食べられる植物だ。

 マサライは、ひとまず一本を引き抜いて、口に含んだ。
 口に酸味が広がっていく。それと同時に、こんなマトモな食事がまだできるんだと感じ、涙を流した。

マサライ「ううう……ううううッ……!」

 気づけば後ろに少女がいて、彼が泣いている様を眺めていた。

少女「……?」

マサライ「ううううッ……うああああッ!!」

 少女は、彼が何故泣いているのか、いや、そもそも地面に突っ伏して何をしているのかすら、
理解していなかった。

 ……しばらくして、マサライも冷静さを取り戻し、少女と共に食事を続けた。

 それから、ついに少女は中毒症状を起こすことはなかった。
どうやら、マサライがあの時見た水脈は、安全な水だったそうだ。

 しかし気になったのは、少女は一体何者なのだろうか……ということ。

 どうやら、彼女は言葉を知らないらしい。
唯一発せられる言葉が、『ちゃお』の一言と、その言葉を分解したものだけ。

 けれど、どうしてあの水が安全であることが、植物を栽培することを覚えたのだろうか。
 それを知る人物は、すでに骸骨となり、口を開いて教えてくれはしないのだから……。


 それから、マサライはこれからどうしようかと考えた。

 仮にも追われている可能性がある私にとって、ここで停滞するのは如何せんよろしくない事なのだが、
盲亀の浮木的なほどに、やっと辿り着いたこの集落から離れようにも離れられず、
結局は、しばらくこの場所で少女と共に過ごすことにした。


――2日後。

マサライ「それにしても、君はすごいな」

少女「ちー?」

マサライ「どのくらいか分からないけど、きっと長い時間、こんな過酷な世界で生き抜いてきたんだろ? すごいよ君は。

 ……っと、今更だけど、名前がないと不便だなぁ……元々の名前なんて聞いてもわからないし……
うん、そうだな。折角だし、私が名前、つけてやるとするか」

 なんて名前がいいだろう。うーん、いざ考えてみると、思いつかない。

 女の子だしな、可愛い名前が良いに決まってる。う~む……

 頭に様々な名前が飛び出しては消える。
なんだか、私の一生叶わないだろうなと思っていた結婚して子を手に入れ、始めにする名前を決める儀式。
そのゴッドファーザーになった気分を味わっている気分だ。

 けど、こうして私がこんな場所に留まろうとしたのも、あのイタドリの植物のおかげだったんだよな……
植物なんて言い方もアレだろうし、花、うん。花だ。

 そうだな、なんとなく愛ある感じにして、ああしてこうして……うん。リーファ。
私の姓であるツヴァインを付け加えて、リーファ・ツヴァイン。いいんじゃないかな。

マサライ「リーファ。今日から君は、リーファだ。分かるかい、リーファ? リーファだよ、リーファ」

リーファ「……?」

 たった今、リーファと名付けられた少女は、首をかしげる。

 彼女の今の心境を言葉にできたならきっと、
『この人はどうして同じ単語を言葉の中に繰り返しているのだろう?』と考えていたに違いない。

 けれど、マサライはなんとか分からせたくて、何度も『リーファ』と繰り返した。

 その姿は、言葉を知らない赤ん坊に、なんとか言葉を覚えさせようと努力する父親にも見えた。

マサライ「ほらリーファ、言ってごらん? リーファ。リーファだよ」

リーファ「…………」

マサライ「リーファ、リーファだよ。ほら、リーファ」

 リーファはこの時、少し苛立っていた。マサライが何度も何度も『リーファ』と連呼するから、
なんとか止めてやりたいと考えていた。

 しかし、言葉が喋れず、仕草もよく分からない彼女は、
どうすればこの苛立しい声を止めることが出来るのか分からなかった。

 そこでふと思いついた。『オウム返しのように返してやれば、どうなるのだろうか?』と。

 『リーファ』という言葉の発音の仕方も、正直良く分かっていないけれど、
マサライの口元をよーく観察しながら、彼女は頑張ってその言葉を返した。

リーファ「り、りぃふわー……」

マサライ「お、おおおぉぉ!」

 マサライが頭を撫でてくる。それもそれで、なんだか鬱陶しかったのだけれど、
何度も連呼された『リーファ』という声はひとまず収まったので、とりあえず妥協といえど、満足した。

 それから何日か掛けて、マサライはリーファに言葉を教えた。

 だがなんと、1週間もかからずに、リーファは2歳児後半レベルの言語能力を身につけてしまった。

 おかげで、コミュニケーションが迅速に進むようになり、2人はより互いを知る事になっていく。

リーファ「ねー、パパ? 今日は何食べる?」

マサライ「今日もイタドリで良いんじゃないか?」

リーファ「ダメよ、パパ。イタドリは食べ過ぎると体、うーんと……おかしくなっちゃう」

マサライ「けど、また幼虫食べるのはちょっとなぁ……」

リーファ「そう? 幼虫美味しいよ?」

 いつしか、リーファはマサライの事をパパと呼ぶようになった。

 どうも、マサライの立場について彼女に問われた時に、
父親だーみたいなニュアンスで答え、次に父親がどういう物か説明を問われ、
パパだなんて適当に受け応えてしまった事で、こうなってしまったのだ。

 血を分けた同士ではないのに、自分は父親と呼ばれて果たして良いのだろうか……?
と考えたこともあった。

 けれど、そんなごちゃごちゃになりそうな話をリーファにして変な呼び方をされるくらいだったら、
これでいいかと思った。

リーファ「今日は幼虫!」

マサライ「いいや、今日はイタドリだ!」

リーファ「……ふーんだ、別におんなじ物食べなきゃいけないってルールはないもんね。
アタシは幼虫にするもーん」

マサライ「ん、まあ。じゃあ私はイタドリ取ってくるよ……」

 普通の2歳児であったなら、このまま行くと泣き出してまで、
自分の主張を続けようとするのだろうけれど、リーファはなんだかその辺……というよりか、
何もかもが変に要領が良いというか、辺に感情的にならないというか……

 とにかく、普通ではなかった。

 これだけ言語能力がこの短期間で成長した。
そんな彼女は紛れも無く天才で、そういう意味でも普通ではなかった。

 しかし、彼女の普通ではない能力は、日が進むごとにますます伸びていく。


 そしてある日、彼女が紛れも無い、特別な天才であることを証明する出来事が起きた……。

今日はここまでになります。

>>696
“忍者の様に”ってどこのことだろう……と思っていたら少し前の部分でしたか!
なんだかんだジャパニーズニンジャは何時の時代になっても親しまれてそうですからね。アイエエエエ!?

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・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
イタドリ伝々の話は、昔に読んだサバイバル本の記憶を引っ張り出しました。
間違っているところがありましたら、申し訳ありません……

では、また次回。

再開します。

 それは、リーファと出会ってからおおよそ2週間が過ぎた時だった。

 マサライも、気づけばこの集落で住むことに慣れ、元は研究所から脱出し、逃避行を続けていた事を忘れさせてしまっていた。

 リーファは、マサライから様々なことを学んだ。
言葉や文字は、既に完璧にマスターし、マサライの手持ちに含まれていた……いや、たまたま紛れていたと言っていい、
N:DTC永久機関開発チームによる研究資料を読んだり、同じくマサライが持っていた永久機関の一部に興味を示したりしている。

 マサライ自身は、彼女には『まだ難しいぞ』と、遠ざけさせて、代わりに料理を教え込んだ。

 仮とはいえ、血が繋がらずとも、彼はリーファを娘のように可愛く育てたかったからだ。
 いや、もしかしたら、マサライは彼女の天才っぷりを心の何処かで恐れていたのかもしれない……

 まあそんなこんなで、今日もマサライは食料や水の確保に向かっていた。

 ……だが、向かう途中で、彼は見てはいけないものを……目にしてしまう。

 “そいつ”は、まだこちらに気づいていない。マサライは運が良かった。
仮にもし、先に見つかっていたら、自分は死んでいただろう……

 大慌てで、なおかつ足音を極限に避け、リーファのいる小屋へ戻り、走る。

 定期的に、後ろをチラチラと見つめながら、距離を離していく……
 10m、20m、30m……仮にも急ぎ足であるというのに、小屋までの距離が永遠に感じてしまうほど、
彼の心は恐怖に侵食されてしまっていた。

 何度も前と後ろを確認していく内に、ようやく小屋が見えてくる……!

 だが、その時。ああ、なんて運の悪いこと。マサライは“そいつ”と目があってしまう。

 マサライは特別目がいいわけではない。“そいつ”との距離は、おおよそ100m先。
それでも、彼は“そいつ”と目があってしまったと確信していた。それは何故か?

 彼は知っていた。この目でしかと目に焼き付けていたから。研究所での、あの惨劇を。

 人間のような姿をし、二足歩行で少し背が反り返っていて、私達がかつて開発を進め、
永久機関によって生み出されたロボット……その“オラクル”を誰よりもよく知っていたから……!

 軍用として使われていたれっきとした兵器であるオラクルは、基本的に標的を発見するまでは物陰に隠れている。

 だから、姿を堂々と陽の下に晒しているという事は、標的を発見し、攻撃態勢に入っているという証拠。
それをマサライは、よく知っていた!

 今もオラクルは、マサライと軸を合わせながら、まるで彼を擬視するかのように立ち尽くしている。

 彼は少し不用心だった。オラクルに軸を合わせられていた事に気づかず、彼は直線に走っていてしまい、
オラクルにロックオンされていた事に気づいていなかった。

 だから、その状況に気づいた時、僅かに手遅れであった事に、体で気付かされてしまうことになる……!

マサライ「うぁ、ぐッ……!」

 ふわり、と足の自由が効かなくなり、マサライは地面を転げてしまう。
 撃たれてしまったのだ、足を。

 戦闘態勢のオラクルが、対人用に装備している口径9mmの短機関銃が彼の足に命中した。
しかし、またしてもというべきか、マサライは幸運だった。

 オラクルは、自信で判断して、標的に見合った装備を選択し、かつ効率的に行動を起こす。
今回も、オラクルが標的が人であると判断し、それに見合った威力、射程距離を見計らい、攻撃を行った。

 もし、オラクルが標的を絶対に仕留める為に、周りの被害を考慮しない……といった、
無差別な殺戮兵器であったなら、きっとアンチマテリアル的な対物ライフルを放たれ、
マサライの体は木っ端微塵に吹き飛んでいただろう。

 そういう意味で、マサライは、オラクルの効率的行動によって、
運良く一撃で命を仕留められずに済んだと言ってもいい。

 しかし、足を撃たれたのだ。もうマサライは立ち上がれない。

 とどめを刺す為に、オラクルはマサライに時速20km程度の速度で近づいてくる。
移動の最中に、持っていた短機関銃から装備を変え、その手にはロボットが持つにはあまり似合わぬ短剣を手に取る。

 機械がまさか、人の様にナイフでぐさりとトドメをを刺しに来るなんて……
マサライは、それが少し屈辱的に感じた。

 やろうと思えばどんな殺し方が出来るはずなのに、わざわざ人間に模倣した方法を取るなんて、
まるで、機械に見下された気分。“ロボットは人に勝てない”なんて呼ばれていた時代は終わったと、
下克上された気分。

 その時だ。リーファが小屋から出てきて、こちらへ向かってくる。

 当然、オラクルはそれにすぐに気づく。マサライは、『逃げろ』と口にしたかったが、
それが無駄だと分かっていた為、何も出来なかった。

 オラクルに見つかったら最後。誰も生き残れない……!

 オラクルは武器を再び変える。動けない人間より先に、動ける人間を始末する。オラクルは、そう考えている。

 マサライはリーファの方を見る。リーファは、ある程度近づいたきり、足を止めてぴたりと動かなくなる。
気づくと、その右手に何かを握っているように見えた。

 オラクルは装備の変更を完了させる。
再び、短~中距離の標的を仕留める、短機関銃を片手に、彼女を“見つめる”。

 リーファもまた、動かない。
動かないのは、蛇に睨まれた蛙のように、恐怖に駆られているからか、何か策があるからか……。

 数秒の沈黙。先に動いたのは、リーファだった。
 右手に持つ何かを、オラクルにかざす。オラクルもまた、リーファに向かって短機関銃を放つ……!

 再び、2人は動かなくなる。その姿は、西部劇でよくある、ガンマン同士の決闘にも見えた。

…………。

 ……ぐらり。

 膝をついたのは……オラクルだった。
 操り糸が切れた人形のように、両足から崩れ落ち、地面に倒れ……絶命したかのように動かなくなった。

 一方、リーファは……無事だった。

 しかも、傷一つない。オラクルの短機関銃は、僅かにリーファの左足から数cmズレていた。

 マサライは、何が起きたのか正直理解していない。
どうやってオラクルが倒れたのか、そもそも何故、オラクルが弾丸を外したのか。

リーファ「何なのコレ? これがパパの言ってた、オラクル?」

マサライ「あ、ああ……そうだよ……」

リーファ「どうしたの、パパ? 大丈夫?」

マサライ「足を撃たれてね……動こうにも動けないのさ……」

 武器を知らないリーファは、少しの間『撃たれたから動けない』という意味がわからず首を傾げていたが、
すぐに理解し、マサライの止血を始めた。

マサライ「ははは……料理の時に、ナイフで指を切って、止血するのを見せたのがこんな所で役に立つとはね……」

リーファ「血が出ると痛いもんね」

マサライ「こういうのは痛いで済まないんだけどなぁ……うぐぐっ……!」

 死を免れて緊張感が薄れ、撃たれた足の痛みが襲ってきて、何度かマサライは喘ぐ。
しかし、生きている。まだ生きられることに、安堵して涙が出そうになるが、
リーファにそれを見られるのがなんだか恥ずかしくて、堪える。

マサライ「それにしても、どうやってオラクルを停止させたんだい……?」

リーファ「これ、永久機関の一部なんでしょ?」

 リーファは、先程まで右手に持っていたモノを近づける。
それは、マサライが研究所から持ちだした、永久機関の心臓部分の部品だった。

リーファ「パパの資料を見て、ちょっといじってみたら出来ちゃった」

マサライ「嘘……だろ?」

 なんということだろう。この装置を弄ることができ、効果を発揮させられるということは、
リーファは、永久機関の仕組みを僅かながらも理解しているということになる。

 N:DTCが7年掛けて構築した永久機関の仕組みを、彼女がたったの2週間程度で……。

 今回は、その永久機関の部品を改造し、リモコンのようなものに作り変えた。
どのように改造したのかは、マサライ自身も理解していない。

 とにかく、リーファは持っていた装置で、オラクルを停止させた。
それだけしか、マサライは今になっても理解していないのだ。

 応急処置を済ませた彼女は、次にオラクルの側に近づき、
今や動かぬガラクタと化したそれをベタベタ触りながら検証のような事をしていた。

 それから、オラクルを小屋まで持ち帰り、中身を解剖し、分析を始めたのだ……。

 後になって分かったことなのだが……何故、オラクルが私を撃った際、心臓や頭ではなく、
運良く足に標準がズレたのか、リーファと対面した際も、何故標準がズレていたのか。

 それは、研究所からここまでマサライを追っていく内に、あらゆる部品が疲弊に耐え切れず、
不具合を発生させていたからだった。

 今回は、運に助けられた。しかし、次はどうだろうか。

 ここまでオラクルは、彼を追ってきた。他のオラクルがやってこないとは言い切れない。

 ……もう、彼が生き残るには、このグレイブヤードに居続けるわけにはいかなかった。

マサライ「ねぇ、リーファ」

リーファ「何? パパ」

マサライ「私はここを、もうすぐ離れることにするよ。またきっと、オラクルはやってくる。
リーファを、巻き込めない」

リーファ「…………」

 リーファは分かっていた。マサライが無茶を言っていることに。
足を怪我し、当分は動けないことが自分でも分かっているクセに、何を言い出すのかと思っていた。

マサライ「明日にはここを出る準備をする。その、なんだ……お別れ……だ」

リーファ「……はぁ」

 マサライの言葉に、リーファは溜息で返した。不機嫌になったのか、リーファはマサライの側から離れていく。

 マサライは思った。仮にも父親と呼んだ存在に、急に別れを告げられ、
どういう態度を見せればいいか、よくわからないから立ち去ったんだな、と。

 でも仕方ないのだ。リーファはあくまで無関係の人間。
これ以上危険をともに過ごす義理も理由もない。娘として大事にするなら、
ここでしっかりケジメをつけなくてはいけないのだから。

 その夜。リーファは一度もマサライに顔どころか、姿を見せさえしなかった。

 最後の夜だというのに……。マサライは、ちょっぴり寂しさを感じざるを得ない。
しかし今は、寂しさを感じるより、明日から始まる逃避行に備える為に考える必要があった……

 ……眠れぬ夜。癒えない傷を抱えながらも、小屋から出て空を眺める。

 死の土地、グレイブヤードと言われているこんな場所でも、遥かに続く空と星々のプラネタリウムは美しかった。

 都会では、地の光によって遮られてしまい、星はよく見えない。
けれど、死の土地だからこそ、何一つしがらみのない場所だからこそ、こんなに星は綺麗に見えるのだなと、マサライは理解した。

 そういえば、リーファの姿がない。今も心の整理がついてないのだろうか、どこか別の所で、彼女も考えているのだろう。

 最後の日くらい、娘の寝顔を……見たかったなぁ。

…………。

 次の日。小屋の中で、何かの音に気づき目を覚ます。

 少し寝不足で、まどろみに襲われていたマサライだったが、
その音がオラクルの発するおとであることに気づき、意識が一気に覚醒する。

 ……もう、来てしまったのか……?

 最悪の想像をする。小屋を出ると、研究所で見た、あの大量のオラクルの集団に囲まれてしまう事を。

 頭をぶんぶんと振り、その想像を頭から消し去る。
そんなはずはない、そんなはずはない……と心に言い聞かせ、小屋の外をそっと覗いた。

 ……そこには、リーファがいた。

 昨日、あれからめっきり姿を消してしまったリーファが、まるでマサライが小屋を出るのを待っているかのよう。

 恐る恐る、マサライは外に出る……

リーファ「あら、遅いじゃない」

マサライ「リー……ファ?」

 リーファの目の前には、オラクルだったようなものが立っている。
いや、彼女に色々と話を聞かないと、目の前にあるモノが何かわからない。

リーファ「それで? ここを出るんでしょ?」

マサライ「あ、ああ……でも、これは……?」

リーファ「…………なんでもいいじゃない。それより早く乗って。準備は全部済んでるんだから」

 リーファに言われるまま、マサライはオラクルだったようなものに乗る。
彼が乗り終えたことを確認するに、彼女も、その横にぴょんと乗った。

リーファ「さ、行くわよ。何処へ?」

マサライ「え? ええ? …………」

リーファ「何動揺してんのよ、パパ。追っ手、きちゃうんでしょ?」

 マサライは理解が追いつかない。この乗り物は? リーファも一緒に?
これから何処へ? 頭がごちゃごちゃになり、混乱する。

リーファ「はぁ……。寝ぼけてるのね。分かったわ。じゃあ、アタシが連れてってあげる。この世界の“外”へ」

 その言葉と共に、乗り物は動き出す。風をきるように、ものすごいスピードで、走る走る……

 2人は一体何処へ向かうのか。それは、誰も知らない事……。
 ただ、この死の大地を脱出する為に、いつまでもどこまでも、走り続ける。

 さよなら、グレイブヤード。

……。

…………。


【視点:なし→雅仁】

マサライ「それから私達は、グレイブヤードを抜け、EUIN連合の土地へやって来ました」

リーファ「その時も、色々なことがあったけどね」

マサライ「ああ……。ええ、それからも苦労は絶えませんでした。しかし、この娘。
リーファのおかげで、私達は今、こうしてこの場所で密かに過ごすことが出来るのです」

リーファ「アタシだけじゃ、どうしようもないことだってあったわ。それもこれも、あの人のおかげでしょ?」

マサライ「……あの人、か」

雅仁「あの人……とは?」

マサライ「EUIN連合で、途方に暮れていた私達に救いの手を差し出してくれた人、いいえ、恩人のような方がいるのです」

リーファ「今でも、この総連合国で劣等種のレッテルを貼られた人達を囲う、グルーヴハウスって施設を建てて、
差別された人達を救っているの」

雅仁「グルーヴ、ハウス……私は聞きました。
総連合国では、劣等種のレッテルを貼られてしまった人達は、細々と生活をしているらしいと。
そういう人達が、グルーヴハウスに住んでいるのですか?」

マサライ「ええ、その通りです。私達も、その住人の一人なのです。
私達は、グルーヴハウスの人々の為に、衣服や薬、食料の確保をするために、ハウスの外で生活しているのです」

リーファ「その仕事は、殆どアタシがしてるんだけど。たまにはパパも働いてよ」

 マサライは、リーファの言葉で黙り込む。

雅仁「それにしても、そんな施設を作れる人なんてそうは居ないはず……一体誰なんです? その人は?」

マサライ「……かつて、総連合国国防長官を務めていた、アクト・ギルガメシュです」

 アクト……ギルガメシュ……!? その名を聞いて私は驚いた。

リーファ「どうしたの? マサヒト」

 表情に大きく出てしまったのか、リーファに神妙な顔で見つめられる。
だが、私は半ば落ち着けず、直球なことを尋ねてしまう。

雅仁「あ、あの、そのギルガメシュに……会うことは出来るでしょうか?」

 2人は顔を見合わせる。そして、同時に答えた。


「「もちろん」」


 ……決まった。とうとう、計画の謎に迫ることが出来る……!

 マサライの過去の話による、研究者連続失踪事件によって起きた、乗り物の技術の停止の真実。

 彼らの正体、そして、ギルガメシュとの面会。

 謎のヒントはもう、私の目の前にある。そう思うと、興奮すら抑えきれなくなってしまっていた。

 それから、1日の時間を置いて、明日の昼にグルーヴハウスに向かうことを約束する。

…………。

 次の日。私は2人に色々と注意事項を聞かされ、グルーヴハウスへ向かう。

 特に大した注意事項ではないのだけれど、1つだけ何度も忠告されたのは、
グルーヴハウスの場所や、向かう方法を知ってはいけないとのこと。

 その為、出発前に私は睡眠薬を投与し、眠りながら車でそこへ向かう必要があると言われた。

マサライ「申し訳ありません。これも、劣等種と蔑まれた彼らを守るため……お許し下さい」

雅仁「ギルガメシュに会えるなら。これくらい、なんてことありません」

リーファ「2人共。外でぺらぺら喋ってないで。ここでも見つかったら大変なんだから」

マサライ「そうだった……。では、雅仁。これを」

 手渡された、錠剤のようなものを飲み込む。
 飲んだことを確認すると、私を後部座席へ案内し、車を発進させる。

 少しずつ、夢の世界に誘われて行くのが分かる。
 意識がゆっくりと……無くなっていく。

 ああ、次に目覚めた時は……計画の……。

【第10話 おわり】

今日はここまでになります。

■サブタイトル一覧
・プロローグ「選民移住計画」>>2
・第1話「理不尽な優劣」 >>56
・第2話「入り口」 >>107
・第3話「パンドラの箱」 >>151
・第4話「狂った世界」 >>218

・第5話「裏切りの町」 >>292
・第6話「暴走と崩壊」 >>377
・第7話「遠い記憶に思い做す」 >>447
・第8話「交差する約束」 >>500

・第9話「真実の第一楽章」 >>543
・第10話「計画の謎」 >>627

■おまけ
次回からは第11話からなのですが、ここで少しだけ別ルートのお話を。

 この後、雅仁がギルガメシュと会う話に入るのですが、それとは別に、
別のあるキャラの視点からの、別視点からの計画の謎に迫る話を用意しておりますが、
どちらが良いでしょうか?

 安価で、雅仁ルートで続けるなら“1”、別キャラルートを続けるなら“2”とレスしていただけば。
多かった方を次回続きとして書いていこうと思います。

 特に反応が無かった場合は、通常通りこの話の続きの、雅仁ルートを書いていく予定です。

では、また次回。

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