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翔太「ねーねー冬馬君」冬馬「なんだよ」
翔太「ねーねー冬馬君」冬馬「なんだよ」 - SSまとめ速報
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再生ボタンを押す。
『……私です。今日はいつものバラエティ番組の収録と音楽雑誌に載るインタビューを二本取ってきました』
『この業界に入ったばかりの頃は全然上手に笑えなくてよく叱られて落ち込んだりもしたけれど、最近はそれでも少しはテレビ慣れ出来てきた気がします』
『それから前に手紙で言っていた食事もちゃんと取ってます。最近は春香に教わって自炊も少しずつしているから……心配しないで』
『それと今度ソロでのライブの仕事が決まりました。来月の××日、××での開催予定です。チケットを送ったのでもし時間があるなら来て下さい』
『……今日はもう他に報告することはないみたい。じゃあそろそろ私も明日に備えて寝ます。お母さんもくれぐれも身体には気をつけて。おやすみなさい』
――メッセージは以上です。
無機質な音声と共に留守電が切れる。すぐにもう一度再生する。
『……私です。今日はいつものバラエティ番組の収録と音楽雑誌に載るインタビューを二本取ってきました。この業界に入ったばかりの頃は……』
切れる。ボタンを押す。切れる。また押す。
そのメッセージはもう一ヶ月以上も前に吹き込まれたものだった。
結局その日、私はそのライブに行っていない。
*
「一ヶ月ぶりだな」
「ええ」
月に一度の面会日だった。
木製のテーブルを挟んだ向かいに腰掛けているのはかつては私の夫だった人だ。
形だけの短い挨拶の後にはお金のこと、保険のこと、生活のこと。いつも通りの事務的な会話が待っている。
「……お前また少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食べてるのか」
「食べてるわ。余計な口を挟むのはやめてと言ったでしょう」
「……」
手元のカップに視線を落としていても彼が憮然と眉を寄せたのが分かる。
こんな棘のある言い方がしたいわけじゃない。でも自分ではどうしようもなかった。
素っ気なく煮え切らない私の物言いに彼がイライラしている。私もイライラしていた。
噛み合わない感情のズレが互いに互いを苛立たせた。
夢の中で上手く走れない時のようなもどかしさ。何百、何千回とこんな何の進展もないやり取りばかり私達は繰り返している。
店内に流れるクラシックのBGMだけが重苦しい空気の合間を縫って軽やかに響いていた。
こじんまりとしたこの喫茶店はまだ若かった二人にとって小さな隠れ家のような場所だった。
とても美味しいコーヒーとホットサンドを出してくれる。
ここに来る時は二人でいつもそれを食べた。
私は少食だから一人では食べきれなくて、そうすると余った数切れをこの人はひょいと掴んでパクリと一口で胃に収めてしまう。
そんな男の人の食欲に私はとても驚いた。
それまで私は食事を美味しいとか楽しいと思ったことがなかった。
ただあまりに食べないでいると倒れてしまうから義務的に何かを咀嚼するだけ。
けれどその時初めて、私は誰かと取る食事を楽しいと感じた。
四人で食べた時にはもっと美味しかった。一つのホットサンドを半分に分け合って頬張る小さな娘と息子。
上手に食べられなくてポロポロと膝の上に食べかすを零してしまう子供達を見て、この人はからりとした明るい声でいつも笑っていた。
幸せだった。
「この前のライブのことだけどな」
「……」
「俺は行ってきた」
「ええ、聞いてます」
「なあ。お前も忙しいのは分かるが娘の晴れ舞台なんだ。たまには……」
「仕事があったのよ」
「……」
「どうしても外せない仕事があったんです」
「………そうか。まあそっちにも事情はあるだろうからな。これ以上はまた堂々巡りになるだけか」
「そうね」
「じゃあ……そろそろ俺は出る。お前はどうする」
「まだ少しコーヒーが残っているから」
「分かった」
アクリルの伝票入れに無骨な大きい手が伸びる。
「あ。今日は私が……」
「じゃあな」
私の言葉を途中で遮り、指先で伝票を攫って彼が背を向ける。
二十年前。初めてのデートでこの人のこういうところに私はとてもドキドキしていた。
十年前。幼い子供達に囲まれながら、この人のこういうところがとても温かいと思った。
今は何も感じない。何も。恨みすらない。ただ悲しい。何かがとても悲しい。
カランと高いベルの音を鳴らしてドアから出てゆく少し丸めた背中にあの人も歳を取ったなと思う。私も歳を取った。
誰かの去ってゆく後ろ姿はいつも寂しい。あの時も。あの時も。あの時も。
もう誰もどこにも行かないで欲しい。誰も私を置いて行かないで欲しい。
それを素直に口に出来ない不器用さが私を今こんなにも孤独にさせたのだろうか。
あまりにいろんなことを悲しみ過ぎる悪い癖。
冷めてしまったコーヒーの表面にはのっぺりした、つまらない中年女の無表情が映っている。
*
『……じゃあそろそろ私も明日に備えて寝ます。お母さんもくれぐれも身体には気をつけて。おやすみなさい』
十回目の再生が切れて、いよいよ重い沈黙が一人暮らしの部屋にのし掛かる。
このひとりぽっちの時間のやり過ごし方にはもうとっくに慣れたはずなのに。
月に一度のこの日だけは、いつもどうしても心の底から叫び出したくなるような醜い感情を抑えきれない。
「ああ……あああ……うっ……ふっ……うぅ……」
受話器の上にぽたり、ぽたりと涙が落ちる。
暖房も付けていない寒々しい部屋にそのままずるずる座り込んだ。ストッキング越しにフローリングの床がとても冷たい。
「優……優……会いたい……優……」
私だけが取り残される。私だけが幸せだった過去にいつまでもしがみついている。
私だけがもう甘い味などしないあの頃の思い出の後味をいつまでも噛み締めて吐き出せないまま生きている。
あの子は既にいろんなことを乗り越えて、テレビの中で、ステージの上で、優しい仲間達の輪の中で、あんなにも力強く楽しく歌っているというのに。
「ちーちゃん……優くん……ごめんね……お母さん弱くてごめんね……ごめんね……」
私はもういつから笑っていないのだろう。
私はあの頃どうやって笑っていたのだろう。忘れてしまった。
たくさんの大事なことをすっかり忘れて、そうして本来忘れてしまわなければならないことだけ私はずっと覚えている。
正しい笑い方が分からない。誰か私に教えて欲しい。誰か。
――1月某日 PM4:00 天ヶ瀬家
冬馬「おらぁぁあ! っしゃああああ! 出てこいやああああ!!!」ブシューッ!!
翔太「………いや、何やってんの冬馬君。まあ見たら大体分かるけどさ」
冬馬「ん? おう、来たか翔太………じゃなくて! ヤツだよ!! ヤツが出たんだ!!」
翔太「はいはい、要するにゴキブリね。まったくゴキくらいでいちいち騒がないでよ、うるさいなあ」
冬馬「何言ってんだ! 今は冬だぞ!? くっそ、こんな時期にまで出てきやがるとはあいつらの生命力一体どうなってんだ!!」
翔太「……あ、いたよ。そこ」
カサカサカサッ…
冬馬「なにっ!? って、うおおおお、出たあああああ!! おらっ! こうしてやる! 食らいやがれ!
ははははは、どうだG野郎! 新製品の強力ジェットの威力は!?」プシューッ!
翔太「……」
冬馬「ほらほら、じわじわとなぶり殺しだ! 見たか人間様の力を! どこに隠れてもこの俺が1匹残らず駆逐してやるからなぁー!!」
翔太「……冬馬君ってほんと人生楽しそうでいいよね」
冬馬「ああ!? お前Gナメんなよ! こいつらは1匹見たら30匹はいるんだからな!
こういうのは迅速な対処と事前の対策が肝心なんだ! 可能性を生み出しただけでアウトなんだよ!!」
翔太「そのセリフの方がアウトだよ。……いいからとりあえず上がるよ」ヒョイッ
冬馬「あっ、おい、靴はちゃんと揃えろよ!」
翔太「はいはいはい、分かった分かった」
――天ヶ瀬家リビング
冬馬「……ふぅ。やっと人心地ついたぜ」
翔太「よかったね」
冬馬「まったく、ヤツらのしぶとさには参るな。もはや一周回って戦友のような友情覚えるレベル。
………とでも言うと思ったか! また出てきやがったりしたら何度でもその息の根止めるまで戦ってやるからなぁー! バーーーーカ!!!!」
翔太「うるさい」
冬馬「……んで、言っといたもんはちゃんと買ってきたか?」
翔太「うん。僕の担当は肉系と魚系ね。あとお菓子。野菜とかジュースとか重いものは北斗君が買ってきてくれることになってるから」
冬馬「あいつちゃんと来るんだろうな? 直前になってやっぱり女の子と約束が~とか言い出しかねないからなあいつは」
翔太「だね~。北斗君ってオフの日はもちろん仕事の合間ですら暇さえあれば常にデートしてるからさー。まあまず捕まんないよね」
冬馬「な。あいつあんなこと続けてたらその内同性の友達失くすぞ」
翔太「でも北斗君なら『いいんだよ。俺には冬馬や翔太、それに315プロの皆もいるからね』とか言いそう」
冬馬「……ああ、言うな。あいつなら絶対言うな」
翔太「まあそこが童貞と非童貞を分ける差なんだろうね」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「あ、ところで前貸したゲームどうだった?」
翔太「あー、あれ? うん、まあまあ面白かったよ。うん」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……っつか、今日は反省会も兼ねてるんだから来なかったらマジであいつシバき倒すぞ!!」
翔太「で、また殴りかかろうとした冬馬君が拳痛めるオチね」
冬馬「黙れ」
翔太「あ、そうそう。はい、これ。姉さんが焼いたケーキ。『北斗さまとついでに冬馬君にも食べてもらって』って」
冬馬「ついでか。俺はただのついでか」
翔太「それで冬馬君の方は? ちゃんと鍋の用意してくれた?」
冬馬「おう。つっても今回は普通の水炊きでいいんだろ? 土鍋に昆布ブチ込んだだけだからな」
翔太「うん、ありがと。あーでもちゃんぽん辺りでもよかったかもね」
冬馬「今更遅ぇよ」
ピロリーン♪
翔太「……あ、北斗君からだ」ピッ
冬馬「なんだって?」
翔太「6時過ぎくらいにはこっち着くみたい。他に何か追加で買うものあったら言ってって」
冬馬「お前なんかあるか?」
翔太「強いて言うなら辛子のたっぷり入ったシュークリームとかかな。冬馬君用の」
冬馬「ざけんな。……あ、じゃあ味ぽん頼んどけ。まだ全然残ってるけど一応な」
翔太「おっけー、送った」カカカカカッ ピッ!
冬馬「……お前ほんと早打ちだな」
翔太「今時の中学生だからね。で、鍋は?」
冬馬「具材入れんのは北斗来てからでいいだろ。俺らの番組始まんのが7時だからまだまだ時間はあるしな」
翔太「えー! でも僕もうお腹ペコペコだよー! せっかくこのために今日はお昼控えめにしてきたんだよ?」
冬馬「買ってきた菓子あるだろ」
翔太「そういうのじゃなくてぇ。もっとガッツリしたオカズ系が食べたい」
冬馬「このワガママ王子が」
翔太「天使な小生意気って言ってよ」
冬馬「やめろ、俺のめぎゅが汚れる」
翔太「お腹空いたよー! とうまーお腹空いたー! とうまとうまとうまー!」
冬馬「お前はどこの腹ペコシスターだ……ったく、しゃーねえな。軽く前菜になるようなもん作るか」
翔太「わーい! 冬馬君ってホント家庭的だよね~。なのになんでモテないんだろ」
冬馬「……モ、モテてるわ。ちゃんとファンもいるわ」
翔太「どうだか……っと、そうだった。危ない危ない、忘れるところだったよ」スクッ
冬馬「ん?」
翔太「冬馬君、チャッカマンとお線香出して。あとロウソク。早く早く」
冬馬「……ああ」
カチカチッ! ボッ!
翔太「よし、火ぃ点いた。あとはお線香立てて~っと。あれ、冬馬君アレは? 鐘鳴らすやつ」
冬馬「リン棒な。……ちゃんとそこにあるだろ」
翔太「あ、あったあった。じゃあこれで失礼して、っと」スッ
チーン……
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……ん、これでよし!」
冬馬「いつも悪いな」
翔太「え? 何が?」
冬馬「……いや、なんでもねえ」
翔太「冬馬君のお母さんこんにちは。今日もお邪魔してます。ところでさっきから冬馬君がうるさくしてごめんなさい」
冬馬「おい」
翔太「えーっと、今日の分の報告は何があったかな~。……あ、そうそう。この後ね、7時から僕たちの番組やるんだよ~。
もうね、今回のロケはほんと大変だった! ほんとに僕死ぬかと思った!!」
冬馬「……ああ。マジで今回のことは思い出したくもねえな……」
翔太「ある意味黒ちゃん以上にブラックだよね、うちの社長。
まーそんな感じで315プロはちょっといろいろ頭おかしいけど。
でもなんとか僕たち3人とプロデューサーさんと他の事務所のみんなとで頑張ってます」
冬馬「……」
翔太「それから冬馬君のことについてね。えー、あなたの息子さんは残念ながらこの通りちょっとアレな人に成長してしまいましたが……」
冬馬「おい。……おい」
翔太「まあとにかく。おちんこ出たりもするけれど冬馬君は元気です」
冬馬「ちょっと待て」
翔太「ん?」
冬馬「ん? じゃねえよ! お前人の母親の仏壇の前でなんてこと言ってやがんだ!? 出してねえよ! 俺は露出狂か!!」
翔太「いやいやいや、何言ってんの。この前の温泉ロケでタオル取れて全国のお茶の間に思いっきり誰得なポロリかましてたじゃん」
冬馬「…………すいませんでした!!!!」
翔太「向こうからしたら息子の息子がポロリだよ。お母さん草葉の陰で泣いてるよ」
冬馬「母さんごめん……こんな不甲斐ない息子に育っちまってごめん……」
翔太「……だけどなんだかんだで冬馬君は僕たちにとってはかけがえのない大切なリーダーです。
仕事に手を抜いてる相手にはすぐ噛み付いてくようなめんどくさい熱血漢だけど、そんなところも彼のいいところではあると思います」
冬馬「……」
翔太「冬馬君が暴走し過ぎた時には僕と北斗君が全力で止めるからおばさんは何も心配しなくて大丈夫だよ。安心してね」
冬馬「……翔太……」ジーン…
翔太「だから早く成仏して下さい」
冬馬「いや、ふざけんな。もう成仏はしてるわ。とっくに天国で安息に暮らしてるわ」
翔太「いやいや、分かんないよ。冬馬君が残念過ぎて未練残ってまだこの辺うろうろしてるかも」
冬馬「……え、マジで? いる、のか? 母さん! 母さーん!?」
翔太「冗談だよ、冬馬君は本当に単純だなあ。それよりお腹空いたー。早くごはん~」
冬馬「……こいつほんっと……はあ。分かったからおとなしく待ってろ」スクッ
翔太「はーい」
――PM4:40 天ヶ瀬家リビング
翔太「……」モグモグ
冬馬「……」モグモグ
翔太「あ、美味しいねこれ」
冬馬「おう。そうか」
翔太「でもこれなに? なんかやたらモチモチしてるけど」
冬馬「ゼッポリーネな」
翔太「ゼッポ……? なにそれ知らない」
冬馬「俺も本に載ってたの見ただけだから詳しくは知らねえけど。
要はピザ生地に青海苔入れて揚げただけだ。昨日焼いたピザの残りあったからな」
翔太「えっ、冬馬君ピザ作ったの!? ずるい! 僕も食べたい!」
冬馬「もうねーよ。これで終わりだ」
翔太「ちぇっ、なーんだ。っていうかそれならまた作ってよ。僕ほんとに食べたい」
冬馬「分かった分かった、今度な」
翔太「やった。……あ、そういえばさあ。前にテレビでビギナー向けの料理番組やっててね。なんとなくそれ見てたんだけど」
冬馬「うん」
翔太「その時紹介してた料理がなんだったと思う?」
冬馬「……えー。分かんねえ」
翔太「卵かけごはんの作り方」
冬馬「ふっww」
翔太「いくらなんでもビギナーってレベルじゃねえぞってね。
流石にあれには普段温厚な僕でも激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだったよ」
冬馬「お前よくその言葉そんな真顔で言えるな。つーかお前は別に温厚じゃねえだろ。単に神経図太いだけだろ」
翔太「だがそこがいい」
冬馬「自分で言いやがった……だと……?」
翔太「ところでほんと美味しいねこれ。あ、もうなくなりそう」ヒョイ パクッ
冬馬「食い過ぎんなよ。この後鍋控えてんだぞ」
翔太「僕は今食べ盛りの育ち盛りだからヘーキヘーキ」ムグムグ
冬馬「……確かにお前最近ちょっと身長伸びてきたな。相変わらずチビなのは変わんねえけど」
翔太「うるさいよ。あーでもそういえばここのところ夜寝てると腰の骨? 関節? がミシミシ鳴って痛いんだよねー。これが成長痛ってやつ?」
冬馬「そういうのは無理に運動し過ぎるとなるんだよ。お前は面倒臭がっていつもウォームアップとクールダウン適当に済ませるからだ。
ファンのためにも身体はマジで大事にしろよ。それ以上痛むようなら強制的に病院連れてくぞ」
翔太「分かってるよ~。ところでどうする? 将来的にジュピターの中で僕が一番でっかくなったら」
冬馬「お前に見下ろされる日が来るのか……やべえ、想像したくねえ。なんだこの屈辱感」
翔太「だけどさ。もしそうなったとしたら今の小さい僕が好きなファンの人たちはどう思うのかな?」
冬馬「……あー」
翔太「大きくなっちゃった僕を見てその人たちはきっとこう言うよね」
冬馬「……」
翔太「『昔のしょうたんは子犬っぽくて可愛かったけど、今のしょうたんは大型犬っぽくてもっと可愛いー!!』……って」
冬馬「お前のその底抜けのポジティブさは割とマジで見習っていこうと思う」
・
・
・
冬馬「……で、アレな。例のフリートーク番組での失態な」
翔太「アレね。収録前に楽屋で話し込み過ぎて肝心の本番で喋る話題が何もなくなるっていう」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「いや、マジでアホだろ俺ら……」
翔太「プロデューサーさんが物凄く悲しそうな顔してたね。『こいつらここまでアホだったのか……』みたいな可哀想な子を見る目で見てたね」
冬馬「あれはキツかったな……」
翔太「僕もその手の反応されるのが一番ダメージ大きいよ。うちの学校の担任の先生みたいに全力でチョークスリーパーかけてくる方がよっぽどマシ」
冬馬「お前は普段学校で何をやらかしてんだよ」
翔太「いや、廊下一面に油引き用の油ブチまけて上履きローラースケート大会でも開催しようかと」
冬馬「そりゃ怒られるわ。お前の担任の方に同情するわ。ご愁傷様です」
翔太「……あ、そろそろ5時だ。冬馬君、テレビ点けていい?」ピッ
冬馬「言いながら既に点けてるやつな」
翔太「……あっ、ねえねえ見て! ちょうど北斗君のCMやってるよ!」
冬馬「おっ…」
チャララ~♪
女の子『あっ、あの!』
北斗『ん? なにかな、エンジェルちゃん』
女の子『その、私っ! 実はずっと前からあなたに……っ!』
北斗『……あ。待って……そのままじっとして動かないで』グイッ
女の子『えっ?』
北斗『ほら。髪に芋けんぴ……付いてたよ?』ニコッ
女の子『あ……その……ありがとう///』
北斗『ふふっ!』カリッ
女の子『……ねえ、それ……美味しい?』
北斗『ボーノ! とっても美味しいよ!』
女の子『よかったっ!』
北斗『エンジェルちゃんもエンジェル君もみんなで食べてね☆ カロリー70%オフの芋けんぴ、新発売だよ! チャオ☆』
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「ねえ冬馬君」
冬馬「なんだ」
翔太「僕このCMほんと狂おしいほど好き」
冬馬「ああ。俺も大好きだ」
翔太「この静かに狂ってる感じがたまんないね」
冬馬「ああ。しかもこのCM効果でマジで今芋けんぴが売れてるってとこがすげえよな。日本狂ってるわ」
翔太「ずるいよね。北斗君の口から芋けんぴって単語が出てくるだけで面白いもん。
あ、でもこれショートバージョンだね。僕ロングの方が好きなのに」
冬馬「『エンジェルちゃんの笑顔が眩し過ぎて一晩で法隆寺建てられちゃうよ☆』ってやつな」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「フフッ…ww」
冬馬「んくっ…ww」
翔太「……正直さ。僕たちの中で北斗君が一番芸人度高いよね」
冬馬「だな」
翔太「……」ピッピッ
冬馬「……」
翔太「あー。この時間だとまだニュースばっかりだね」
冬馬「暇だな」
翔太「じゃあまた聞く? 僕の怖い話シリーズ」
冬馬「お前のする話はリアルに怖ぇからな……まあいい。言ってみな」
翔太「うん。あのね、僕この前の休みの日に某マンガショップ行ってきたんだけど」
冬馬「へー」
翔太「最初は普通の漫画物色してたんだけど。途中で僕の頭の中にある天啓が降ってきたんだ。
『あれ? そういえば僕たちの同人誌ってあるのかな……?』って」
冬馬「………お前……まさか」
翔太「当然そっち系ね」
冬馬「ベーコンレタスか」
翔太「ベーコンレタスだよ」
冬馬「勇者かこいつ……なんでお前はそういつも要らねえチャレンジ精神発揮してくるんだよ」
翔太「そこから同人誌コーナー移動してね。あったよ。まず一冊目は僕と冬馬君が北斗君の性奴隷になってた」
冬馬「…………ヒューウ」
翔太「ね。すごいでしょ」
冬馬「すげえな。一発目にしてこのパンチ力。力石倒せるレベル」
翔太「北斗君がノンケでも構わず食っちまういい男になってたよ。童貞殺しの北斗って異名取ってた」
冬馬「実際は女縛って喜んでる変態なのにな」
翔太「実際は女の子に羞恥プレイかまして喜んでる変態なのにね」
冬馬「つーかそんなんばっかか。俺らの本。ファンに一体どういう目で見られてんだ俺ら」
翔太「逆に冬馬君×北斗君のもあったよ。二人が新婚夫婦って設定の」
冬馬「……まずその前提からしてツッコミ入れてえけど入れるだけきっと無駄なんだろうな」
翔太「ツッコミっていうか突っ込む話だしね」
冬馬「うるせえよ」
翔太「で、新妻側の北斗君が裸エプロン着ててね」
北斗『冬馬おかえり。ごはんにする? お風呂にする? それとも……俺とチャオ……する?』
翔太「とか言ってた」
冬馬「あっはっはっはっ!」
翔太「僕その場で思いっきり噴き出しちゃってヤバかったよ」
冬馬「チャオってたのか」
翔太「ものすごいチャオってた」
冬馬「すげえな、その本の中の俺」
翔太「でも何より一番面白かったのは冬馬君がとんでもなくテクニシャンに描かれてたことかな。
ゴールドフィンガーだったからね。実物はただのチェリーなのに」
冬馬「やかましい」
翔太「あ、だけどちゃんと純愛ものもあったよ。あのね、冬馬君はプロデューサーさんに片思いしてるノンケで
その冬馬君に僕が片思いしてて、プロデューサーさんはガチショタコンで僕に性的にハァハァしてるっていう三角関係もの」
冬馬「プロデューサーェ……。純愛とは一体」
翔太「結構絵も上手くて感動的な感じだったよ。冬馬君が本物より2割増美形に描かれててイラッとしたけど」
冬馬「……ある意味続きがすげえ気になるなそれ。最終的にはどうなるんだ?」
翔太「えっとね。最後はプロデューサーさんはもふもふえんの方に目覚めて、失恋した冬馬君をヤンデレ化した僕が拉致監禁してハッピーエンドだった」
冬馬「俺の知ってるハッピーエンドと違う」
翔太「まあそれでその本は買って帰ったんだけど」
冬馬「何やってんの?」
翔太「え?」
冬馬「バカじゃねえの? お前ほんとバカじゃねえの?」
翔太「いや、それを冬馬君の誕生日にプレゼントして反応を見るっていうイタズラを思い付いて」
冬馬「お前は本当にぐうの音も出ねえ畜生だな」
翔太「まあ結局その案はボツにしたんだけどね」
冬馬「なんで?」
翔太「……その本自分の部屋の机の上にそのまま置いといたら姉さんに見つかってさ」
御手洗姉『翔ちゃん……翔ちゃんはそういう趣味だったんだね。ちょっとびっくりしたけど……でも翔ちゃんが本気ならお姉ちゃんは応援するよ。
世間の目は厳しいかもしれないけど頑張ってね。あ、でも冬馬君ならいいけど北斗さまは取らないでね?』
翔太「とか本気で心配されて心が折れた」
冬馬「こいつ最っっっ高にバカ!!!!」ゲラゲラゲラ
翔太「トドメに『そうだよね、そういえば翔ちゃんって今まで一度も家に彼女連れてきたことなかったもんね。
ごめんね、お姉ちゃん今まで気付いてあげられなくて……』
ってすごく哀れんだ目で見られたよ。余計なお世話だクソアマってね」
冬馬「ざっまあああああああwwwwwwww」
翔太「はあ……流石の僕も今回の件は本気でヘコんだよ……」
冬馬「自業自得だバーカ。これに懲りたら今後こういうイタズラは控えることだな」
翔太「何言ってんの、冬馬君をおちょくることは既に僕のライフワークのひとつだよ?
この失敗を恐れずこれからも積極的にどんどん仕掛けていこうと思ってる」
冬馬「あーこいつの脳天にピンポイントで隕石落ちてこねえかなあ」
翔太「……あ、冬馬君見て見て。765の人たちの番宣やってるよ」
冬馬「ん?」
あずさ『毎週水曜夜8時は、私三浦あずさと~』
貴音『四条貴音のぶらりまったり、気まぐれ二人旅。今週は博多らぁめん特集でお送り致します』
あずさ『今回もどのお店もとっても美味しかったわよね~。うう~ん、でもおかげでお腹周りがちょっぴり心配だわあ』
貴音『なんと。それはこの辺りですか?』プニッ
あずさ『あんっ。も、もうっ! ダメよそんなところ触っちゃ~。お肉が付いちゃってるのバレちゃう』ショボン…
貴音『いえ、私にはあずさはとてもすれんだーなように感じられますが』プニプニ
あずさ『……あ、あら? ほんと? そうかしら? ふふ、うふふっ、もう~。
やだわあ、貴音ちゃんったら上手いんだから~……はっ!
えーっと、そうそう、ですから皆さん今回の放送も是非楽しみにしていて下さいね~!』
貴音『真、美味ならぁめんでございました』
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……これさ。次回予告で毎回次は浅草とか盛岡とか言ってるけど、実際番組始まってその通りの場所に行ったことが一度たりともないよね」
冬馬「すげえカオスだよな。こんなフリーダムなのに打ち切られないどころか常に毎週高視聴率叩き出してるのがビビるわ」
翔太「先週のやつ面白かったね。宇都宮に餃子食べに行こうとして気付いたら富士宮にいたからね。リアルにポルナレフの気持ちになったよ」
冬馬「しかもあれ結局焼きそば食ったら満足してそのまま終わったからな。
あんなグッダグダなだけの番組なのになんでこんな面白いんだろうな」
翔太「でもさあ、いるじゃんウチにも。あずささんに勝るとも劣らない逸材が」
冬馬「……あー、あの人か。神谷さんな」
翔太「メキ剥ぎの人ね」
冬馬「ぶふっwww」
※神谷幸広
http://imepic.jp/20160129/678090
21歳。水嶋咲も所属する5人組アイドルユニットCafe Parade(カフェパレード)のリーダー。
同名のカフェのオーナー兼ギャルソンでもある。
極度の方向音痴だが旅行好き。
Mマス内で読める雑誌の中でした「メキシコで追い剥ぎに遭った話」がやたらシュールでインパクトが大きかったため、ファンからは親しみを込めて「メキ剥ぎ」の愛称で呼ばれている。
冬馬「前にな。あの人と企画で一緒になったんだけど、案の定向こうが収録直前になって忽然と消えたんだよ。都内のロケだぜ?」
翔太「うん」
冬馬「慌てて電話かけて場所聞いたら『大きな塔の近くにいる』っつーから『スカイツリーと東京タワーどっちっスか?』って聞いたんだよ」
翔太「はいはい」
冬馬「そしたら『自分では分からないから写真送るよ』って言われて送られてきた写メに写ってたのがどう見てもブルジュ・ハリファっていう。
ドバイにある世界一高い塔だよ、そりゃ大きいわ」
翔太「あっはっはっ!」
冬馬「そこはせめて国内で留まっていて欲しかった」
翔太「なんかもういろいろ人智の力超えてる人多過ぎだよね、ウチの事務所」
冬馬「まさか961プロ時代が懐かしく感じられる日が来るとは思わなかったぜ……」
翔太「ところでさ、アレあるじゃん。千早さんがMCやってる歌番組。毎回ゲスト一人呼ぶやつ」
冬馬「ああ」
翔太「あれ僕ずっと楽しみにしてたんだよ。やよいちゃん回。ついに来たね」
冬馬「こないだのやつな。俺も前々から内心すげえ期待してた」
翔太「一番最初のゲストが千早さんに持ってきたお土産渡すコーナーでさ。
やよいちゃんに手料理差し入れてもらった千早さんがその瞬間感極まって号泣しだしていきなり放送事故みたいになってたやつね」
冬馬「あれはしょっぱなから笑ったわ」
翔太「まだ歌ってすらいない段階でガチ泣きだからね」
冬馬「さらに何事もないかのようにそれをスルーして番組自体は淡々と進行してくっていう」
翔太「周りのスタッフさんたちも視聴者も完全に想定の範囲内だったからね。やよいちゃんが来るって時点で分かってたことだから」
冬馬「だな」
翔太「しかもいつも最後は千早さんが自分の曲披露した後に告知して〆なのに
結局終始やよいちゃんに歌わせ続けて終わったからね。あの回は伝説だね」
冬馬「あの時のあいつ、ひたすら『高槻さん可愛い!!! 高槻さん可愛い!!!』しか言ってなかったからな。仕事しろよ司会者」
翔太「そして後日その件について千早さんが伊織さんに事務所で正座させられてガチ説教食らったオチね」
冬馬「あいつらほんと面白ぇな」
翔太「まあ向こうからしたらこっちの方がこいつら頭おかしくて面白ぇなって感じなんだろうけどね」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……あ、おい。お料理さしすせその再放送始まったぞ」
翔太「ん? あーほんとだ」
やよい『高槻やよいの! うっうー! お料理さしすせそー!!』ガルーン!!
やよい『今日は寒い冬にぴーったりの! シチューを作ろうと思いますーっ!』
やよい『みなさんぜひお腹いっぱい食べてこの寒さを乗り切って下さいね! じゃあまず材料は~……』
冬馬「いいよなこの番組。実は俺も重宝してる」
翔太「うちの母さんも好きなんだよね~これ。
『この手際の良さは本当に普段から料理してるわねこの子。まだ若いのにしっかりしてるわ~』ってよく感心してるよ」
冬馬「ただいくらなんでもモヤシ使い過ぎだろとは思う」
翔太「ツイッターでいつも『追いモヤシ』『事故らない平野○ミ』がトレンド入りしてるからね」
冬馬「な」
翔太「でもやよいちゃんのあのとにかく隙あらばモヤシ投入していこうとするアグレッシブなスタイル嫌いじゃないよ僕。
芽キャベツの件に関してはまだ根に持ってるけど」
冬馬「んふっ……おま、思い出させんなよ……」プルプルプル…
翔太「あの一件以来、テレビでロールキャベツとかキャベツ炒めとかの単語が出てくる度に若干ビクついてるからね僕」
冬馬「あの緑の悪魔と恐れられる翔太にトラウマを植え付けるとは……いいぞ高槻、もっとやれ」
・
・
・
ルルルー♪
新人女優『乾燥するこの時期、カサつきに悩んでいる人たくさんいますよね』
新人女優『そんなあなたにもっと透明感のある肌へ。コラーゲン配合の保湿成分が潤いをずっとキープ』
新人女優『いつでも輝く私でありたい。指先から美しく。ベタつかないハンドクリーム、新登場』
翔太「……あ、この人最近よく出てる女優さんだ。いいよねこの人。僕結構好きだよ。ちょっとキツそうな感じが」
冬馬「へえ、お前こういうのが好みなのか」
翔太「僕はジュピターのこと応援してくれるお姉さんならみんな好きだよ?」
冬馬「キャラ作り乙」
翔太「冬馬君はこういうタイプよりもっといかにも清純派で甲斐甲斐しい感じの子が好きでしょ」
冬馬「トーゼンだろ」
翔太「そうだよね、冬馬君はナースさん大好きだもんね」
冬馬「おう。俺はナース……ん?」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……………………いつ見つけた?」
翔太「さて、いつでしょう?」
冬馬「お前……お前ぇぇええええええええ!!!!!」ガターンッ!!
翔太「冬馬君さあ。いくらなんでも今時ベッドの下はベタ過ぎるでしょ。昨今小学生でもやらないよ。
机の引き出しの二重底の下に隠して誰かが開けようとしたら炎上するくらいのことはしてもらわないと。そして左手でポテチを食べる」
冬馬「ふざっけん……あっ! ってことはさては俺の秘蔵のコレクションの中身全部取り出して
全編アニマルビデオに入れ替えやがったのもお前か!! やっぱりお前の仕業か!!」
翔太「可愛かったでしょ? 世界の子猫シリーズ」
冬馬「………確かにあれはあれで癒やされてつい最後まで見て……じゃねーよ!!」
翔太「もー、冬馬君はいちいち短気だなあ。しょうがない、そんな煩悩にまみれた冬馬君のためにとっておきのプレゼントあげるよ」
冬馬「あ?」
翔太「えーっと、どこ入れたかな~。あ、あったあった」ゴソゴソ
翔太「ちゃらららっちゃらー! 最新の新幹少女ギリギリグラビア第二弾~!」
冬馬「……」
翔太「はい、あげる。どうぞ」ポンッ
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「かたじけねえな」
翔太「かまわんよ」ニッコリ
ピンポーン♪
翔太「……あ、北斗君かな? はいはーい、今出まーす!」
――PM5:50 天ヶ瀬家
ガチャッ!
翔太「北斗君おっかえり~! 結構早かったねー。ごはんにする? お風呂にする? それとも……僕?」
北斗「ただいま翔太。うーん、じゃあ翔太にしようかな」
翔太「はい、ご指名入りましたー! コースはいかがなさいますかー?」
北斗「そうだね、それなら一昨日言ってた英語の宿題にしようか。
まだ終わってないって言ってたよね。みっちり3時間スパルタコースで」
翔太「………ありがとうございましたー! またのご指名お待ちしてないので今すぐ帰ってくださーい!」
北斗「あはははっ!」
冬馬「……お前今日いきなり飛ばしてんな。すげえな、アルコールも入ってなくてそのテンションか」
北斗「いやあ。すまん、実はちょっと入ってる」
翔太「はあ!?」
冬馬「おい! 何やってんだ、ふざっけんな!!」
翔太「ずるい! 僕たちはまだ未成年なのに北斗君ばっかり! 訴訟! 訴訟!」
北斗「ほんと悪い。いや、大学時代の友人に偶然久しぶりに再会してね。一杯だけって言われて断れなくて」
翔太「……ああ、はいはい。そういうことね」チッ
冬馬「一杯だけじゃなくて一発だけの間違いだろ」チッ
翔太「酔わせて連れ込む系のアレね!」ペッ!
冬馬「そりゃあさぞかし美味かったんだろうなあ~? 酒も女も! ……死ね!」ペッ!
北斗「……この俺のイメージの悪さはどうにかならないものかな。
残念ながら今日は普通に男の友人だよ。声楽やっててね。いい奴なんだ」
冬馬「ふーん」
翔太「まあそういうことなら今回は許す」
――天ヶ瀬家リビング
北斗「はー、あったかいなあ。やっぱり外は寒いね。耳と鼻が痛いよ」
冬馬「お疲れさんだな」
翔太「僕はまだ若くて新陳代謝高いから全然平気だけどね~」
北斗「……」ピトッ
翔太「ひぃえっ!? ちょ、やめてよ! 首は卑怯! 冷たっ! つめったっ!」
北斗「おお、なんという温もり……そうか、これが子供体温(チャイルド・テンパチャー)。
俺がかつて少年時代(リンボ界)に置き去りにしてきた遺産(シャングリラ)、か……」
冬馬「訳:子供の身体ってあったかい」
翔太「厨二乙」
冬馬「二十歳過ぎての邪気眼は流石にマズいだろ。まあ俺もリアル中2の頃は右腕に巣くう黒き魔獣のせいで感情失ってたけど」
翔太「謝れ! 今すぐアスランさんに謝れ!!」
※アスラン=BB(ベルゼビュート)Ⅱ世
http://imepic.jp/20160131/557780
マヤ暦5174年10月9日生まれの26歳。上述のカフェパレードのメンバーの一人。
天才シェフ。自称ゲヘナ出身。だが実際は熊本出身疑惑が出ている。
重度の厨二病で自分のことを堕天使サタン(常に肩に乗せているぬいぐるみ)のしもべであると言い張っている。
言動は痛々しいが本来の性格は気弱。
冬馬「あの人な。もしかしたらウチの事務所で一番キャラ濃いんじゃねえか?」
翔太「いろいろ美味し過ぎるよね。でもあの人と厨二会話するとやたら楽しいから困る。
前なんて授業中暇過ぎたから、ふと思い立ってあの人に『どうしよう、今教室に4人組のテロリストが!!』ってメール送ってみたんだ」
北斗「ぶふっwww」
冬馬「……そ、それで?」
翔太「いやもう、『おっ、おおお落ち着け! 平常心だ、我が仕えしサタンの如く平静な心を持って対処しろ!
まず身の回りにクラウ・ソラスでもマインゴーシュでもなんでもいい!
何か武器になるような物は落ちていないか!?』とかすごいマジレスが返ってきてさ」
北斗「あはははは!」
冬馬「教室に当たり前のようにそんなもんが落ちてたらそっちの方がよっぽど事件だな」
翔太「『木星よりこの地に来たりし勇敢なる少年よ! 悪辣なる闇の眷属共から穢れなき光の民をその手で守るのだ!』とかね。普通にいい人だよねあの人」
北斗「だね」
翔太「おまけに後日、厨二仲間だと思われたのかあの人とお揃いの眼帯と包帯までプレゼントされちゃったからね。ちょっと嬉しかった」
冬馬「嬉しかったのか」
翔太「ちょっとね」
北斗「ふふふ。……それにしてもこの時期はエンジェルちゃん達がみんな厚着なのが悲しいよね。
まあコートにマフラー姿の彼女達もそれはそれで愛らしいんだけど」
翔太「え? エンジェルちゃんが? なに?」
北斗「ん?」
冬馬「エンジェルちゃんの? 笑顔が? 眩し過ぎて?」
北斗「……エンジェルちゃんの笑顔が眩し過ぎて一晩で法隆寺建てられちゃうよ☆」
翔太「ブーーーーッwwww」
冬馬「ブーーーーッwwww」
北斗「二人とも大好きだねこれ。自分では結構本気で気に入ってるんだけどなあ。あ、そうだ。はい冬馬。買ってきたもの」ドサッ
冬馬「おー……って、お前どんだけ買い込んできたんだよ。うわ、白菜とか一玉丸ごとか」
北斗「え? ダメだった?」
冬馬「別にいいけどよ。冷蔵庫入り切らねえんじゃねえかこれ」
北斗「いや、翔太いるなら大丈夫かと思って」
冬馬「……本当に全部食べ切るからなこいつは。まあいい、それじゃあさっそく始めるか」
翔太「わーい! これでやっと鍋が食べられるよ~! はー、お腹空いたー」
北斗「……あ、ちょっと待って。その前に俺も冬馬のお母さんにちゃんと挨拶しとかないと」
冬馬「おお。是非してくれ」
カチカチッ! ボッ!
北斗「さて、線香立てて後はリン棒はっと……あったあった」スッ
チーン……
北斗「……」
冬馬「……」
翔太「……」
北斗「……冬馬のお母さんこんばんは。お邪魔しています。
今日はこの後、俺達の出演する番組が放送されるのでその反省会を兼ねて3人で鍋をすることになりました。
騒がしくなるかと思いますがどうかご容赦下さい」
翔太「まあ一番うるさいのは冬馬君なんだけどね」
冬馬「お前にだけは言われたくねえよ」
北斗「それから冬馬のことについてですね。えー、あなたの息子さんは残念ながらこの通りちょっとアレな奴に成長してしまいましたが……」
冬馬「それはもう聞いた。さっき聞いた。まったく同じ台詞を既に数時間ほど前に聞いたわ」
翔太「やっぱ天丼は基本だよね~」
冬馬「お前らはそれを何の事前の打ち合わせもなくやるところがすげえよ」
北斗「まあとにかく。いつか俺もそちらへ行った時には是非デートしましょう」
冬馬「肝座ってんなお前。実の息子の目の前でその亡くなった母親までも口説くのか」
北斗「違うぞ冬馬。母親じゃない、人妻だと考えるんだ」
冬馬「死ね。……いや、やっぱ死ぬな。出来うる限り長生きしてあの世に行く日を引き伸ばせ」
翔太「大丈夫だよ、北斗君みたいな好色な人は死後は地獄に落ちるんでしょ?
冬馬君のお母さんはちゃんと天国にいるだろうから何も問題はないよ」
北斗「はは、手厳しいな。永遠に女性的なるもの、我らを引きて天に昇らしむってね。
その時に俺にとってのグレートフェンが現れてくれることを願うよ」フッ…
翔太「全然意味分かんないけどなんか頭良さげな感じを醸し出そうとしてるところがムカつくね」
冬馬「このドヤ顔がまたイラつきを増幅させるな」
・
・
・
翔太「冬馬くーん、テーブル拭いたよ~」トテトテ
冬馬「よし、じゃあそっちにコンロと土鍋持ってけ」トントントンッ
翔太「りょーかーい。よっこらせーのどっこいしょ」ヒョイッ
北斗「冬馬、箸と取り皿はどこだっけ?」
冬馬「箸はこの引き出しの一番上。小鉢は食器棚の二段目に白いとんすいあるだろ、それ使え」トントントンッ
北斗「オッケー」
冬馬「うっし、これで野菜は切れたな。あとはコップと豆腐すくいとポン酢とゴマだれと~……」
――PM6:20 天ヶ瀬家リビング
グツグツグツ…
翔太「冬馬君、まだ? まだ?」ソワソワソワ…
冬馬「まだ具材入れたばっかだろ、もうちょい待て。っつか灰汁取れ灰汁。ほら、お玉」
翔太「うん!」
北斗「しかし店以外で鍋食べるのなんて随分久しぶりだなあ」
翔太「北斗君って普段家でなに食べてるの?」
北斗「ん?」
翔太「あれでしょ、やっぱパスタとか?」
冬馬「あとサンドウィッチとローストビーフな」
翔太「ビールにコーヒー」
冬馬「ジャズと猫」
翔太「やれやれ、僕は射精した」
北斗「今年はノーベル賞誰になるんだろうね」
冬馬「あれな、なんかもうムカつくから一冊の内に一体何回女と寝るのか数えてみたことあるわ俺」
翔太「あっ、だよねだよねー! それ僕もやった!」
北斗「そういうことばかりしているから二人には彼女が出来ないんじゃないかな?」
冬馬「………………」
翔太「………………」
冬馬「翔太、ゴー」パチンッ
翔太「ラジャ」ガシッ!
北斗「……あれ?」
冬馬「よっしゃ、歯ぁ食いしばれオラぁぁあああああッッ!!!!」バキッ!!
冬馬「…………痛ってええええええ!!!!」ゴロンゴロンゴロン
北斗「……この流れもすっかりお約束だなあ」
翔太「今のは北斗君が悪いよ北斗君が。大丈夫? 冬馬君」
冬馬「おう……」ヒリヒリ…
北斗「とは言ってもね」
翔太「だってそうやって北斗君が女の子と楽しんでる時に僕なんて夜中にどっかの知らない変態のおじさんからイタ電かけられてるんだよ? なにこの落差」
冬馬「ブフォッwwww」
北斗「あー。でも俺もそういうのあったよ。ちょうど翔太くらいの年の頃に」
翔太「え、なになに、どんな話?」
北斗「えーっと、学校の帰り道にね。通学路歩いてたら隣に一台の車が横付けしてきてさ。
窓が開いて、まあごく普通の気の良さそうな中年の男性が道を尋ねてきたんだ」
冬馬「ほー」
北斗「で、こっちも普通に答えてたんだけど、ふと目線を下げたらその男性は下半身に何も身に着けてないっていう」
翔太「うわっ!」
冬馬「キッツ…」
北斗「しかもその人一人かと思ってたけど、よくよく見たら助手席の下にもう一人女性がしゃがんでてさ」
冬馬「………まさか」
北斗「まあ……咥えてたよね」
冬馬「エレクチオンしたブツをか」
北斗「エレクチオンしたブツを」
翔太「ド変態じゃん……もうやだこの国」
冬馬「それその後どうしたんだ?」
北斗「いや、別に気にしないようにして淡々と道教えたらそのままありがとうってにこやかにお礼言われて去ってったよ」
翔太「はー。冬馬君も露出狂だけど上には上がいるもんだね」
冬馬「だから俺は露出狂じゃねえよ!」
北斗「俺だったからまだよかったものの、純粋なエンジェルちゃんが代わりに被害に遭ってたらと思うとゾッとするよね。
だから恋人同士のスキンシップはとても大切だと思うけど、やっぱりそういう他人に迷惑をかける行為は頂けないな」
翔太「なんだろう、正論のはずなのに北斗君の口から出るとこの違和感」
冬馬「趣味が縛りの奴が言っても説得力がまるでないな」
翔太「よし、分かった。これから北斗君のあだ名は梱包業者にしよう」
冬馬「ぐふぅっwwwwww」
北斗「なんか今日俺の扱い悪くない?」
冬馬「というかお前らなんでそんな変態との遭遇率高ぇんだよ。俺そういうの全然ねえぞ」
翔太「えー、誰でも一度くらいはあるもんじゃないの?」
冬馬「ねーよ。強いて言うなら近所で飼ってるエリマキトカゲが逃げ出したのが家に侵入してきて捕獲しようとしたらめっちゃエリ立てて威嚇されたくらいだわ」
翔太「ぶふっ! い、いいね、冬馬君って平和な人で……」プルプルプル…
北斗「まあ何もないに越したことはないよね」
冬馬「いや……っつーか単にお前らの日頃の行いが悪いからじゃねえの?」
翔太「……………」
北斗「……………」
ピピピピッ
冬馬「……お、メシも炊けたな。お前らどんくらいだ?」
北斗「俺は少なめでいいよ」
翔太「僕は大盛り!」
冬馬「はいはい」
翔太「あ、北斗君。そこのお茶取ってくれる?」
北斗「どうぞ」
翔太「ありがせとうま」
冬馬「……おい。なんだそれは」
翔太「え? いや、冬馬君の名前とありがとうをかけてみたんだけど。ちょっとこれからうちの事務所内で流行らせようかと」
冬馬「流行らせなくていい。やめろ」
北斗「翔太、ついでに俺のコップにもお茶入れてくれる?」
翔太「はいはーい」トプトプトプ…
北斗「ありがせとうま」
冬馬「だから流行らせようとすんな。おい」
チャリンチャリーン♪
北斗「……ん? コインの音?」
翔太「あ、僕のメールの着信音だよ」ピッ
冬馬「お前こないだはドラクエのレベルアップ音でその前はピタゴラスイッチだったよな」
北斗「誰から?」
翔太「冬馬君のお父さんからだった~」メルメルメル
冬馬「ふーん…………は?」
翔太「ん?」
冬馬「……なんでウチの親父がお前にメール送ってんだ?」
翔太「え? いやいや、なんでも何も……普通にメル友だし」
冬馬「はああああああああ!!??」
北斗「んぐぅっwwwwwww」ブフォッ
翔太「あと週一くらいで電話もかかってくるよ」
冬馬「だからなんでだ!? 俺のとこには全然かけてこねえぞ!?」
翔太「ほら、今年の新年初ライブの時にわざわざ転勤先の四国からこっちまで見に来てくれたでしょ?
その時なんてお年玉までいっぱいもらっちゃったよ~」
天ヶ瀬父『翔太くんは家の馬鹿息子と違って素直で優しい良い子だなあ~。
よーし、頑張ってる翔太くんのためにおじさんお年玉弾んじゃうぞー!』
翔太「って」
冬馬「騙されてる!! 騙されてるぞ親父!!
っつーか俺には『お前は自分で稼いでるからいいだろ』とか言ってビタ一文寄越さなかったんだぞ!? あのクソ親父ぃぃぃいいいいい!!!!!」
北斗「ぶはあっwwwwwww」ゲラゲラゲラ
冬馬「代わりにポンジュースだけ山ほど送りつけてきやがって!! ふざけんなよ!!」
北斗「い、いいじゃないかポンジュース。美味しいし」フルフルフル…
冬馬「デカいダンボールに5箱分だぞ!? 飲み切れねーよバカか!」
翔太「えー、でもおじさんメールでいっつも冬馬君のことばっかり聞いてくるよ?」
冬馬「えっ……」
翔太「冬馬のやつは元気かとか仕事でポカやらかしてないかとか風邪引いてないかとか。
ほんとはすごく心配だけど直接聞くのは恥ずかしいんだよきっと」
冬馬「……お、おう。そうか……」
北斗「冬馬の素直じゃないところはお父さんに似たんだね」
翔太「たまには冬馬君の方から連絡してあげなよ。お互い意地張ってないでさー」
冬馬「……………そうする」
北斗「ははっ」
翔太「そういえばさ。冬馬君のお母さんはどういう人だったの?」
冬馬「あん?」
翔太「だって今までそういう話ちゃんと聞いたことなかったなーって思って」
北斗「俺も興味あるな」
冬馬「別に普通だったぞ。まあ怒った時はマジで般若だったけど。あと料理は上手かったな」
翔太「あ、やっぱりそうなんだ」
冬馬「つってもそのことにはっきり気付いたのはおふくろ死んだ後だったんだけどな」
北斗「ん? どういうこと?」
冬馬「俺にとっては物心つく前からその味がデフォで当たり前だったからさ。
自分で料理するようになって初めて『あーうちの母さんの作るメシってすげえ美味かったんだなあ』って」
北斗「ああ、なるほど」
冬馬「食うのは一瞬だけど作ったり片付けたりすんのはそれよりずっと時間も手間もかかるしな。
当然のように毎日それ食ってて特に有り難いとも思ってなかったのはすげえ後悔してる」
翔太「……そっか。僕も冬馬君の作ってくれるごはん当たり前みたいに食べてたけど本当はすごく大変だよね。ごめんね」シュン…
冬馬「……なんだよ、急にしおらしくなりやがって。気持ち悪いからやめろよ。
別にいいよ、お前の食いっぷりは見てて気持ちいいし。料理自体は好きだから全然苦じゃねえし作り甲斐あるよ」
翔太「ほんと? よかったあ」ホッ…
北斗「お母さんも今の冬馬と同じ気持ちだったんじゃない? 冬馬が美味しく食べてくれるの見て、それだけでもすごく嬉しかったと思うよ」
冬馬「だといいんだけどな。……あー、それともう一つ死んで初めて気付いたことといえばさ。
思い返してみれば母さんが俺を叱る時ってほとんど全部同じことだったなって」
翔太「同じ?」
冬馬「そう。必ず俺が何かを諦めようとしたり自分で自分を駄目だって思った時なんだよ、本気で叱るのは」
冬馬「俺サッカー好きでずっとやってたけど、まー世の中俺よりもっと上手い奴ってのはやっぱゴロゴロいるわけだ。
どんなに練習しても勝てねえし、悔しくて悔しくてしょうがなくてな」
冬馬「そういう時に俺なんか結局才能ないからどんなに頑張ったって駄目なんだって愚痴零すと、途端にめちゃくちゃ目ぇ吊り上げて思いっきり頭小突かれてな」
天ヶ瀬母『自分を駄目だと思うのは自分を馬鹿にすることと同じ。
自分を馬鹿にすることは誰かを馬鹿にすることと同じなのよ。
冬馬は大事な友達のことをあいつは駄目な奴だって馬鹿に出来る? 出来ないでしょう? 自分をもっと信じなさい』
冬馬「って、そういう時よく言われた」
北斗「素敵な話だね」
冬馬「逆におふくろが大事にしてた花瓶割っちまった時なんかは全然怒られなくてさ。
冬馬が怪我しなくてよかったって本気でホッとしてる顔見てなんかもう死にたくなったな」
翔太「……」
北斗「……」
冬馬「あれならぶん殴られて怒鳴りつけられた方がよっぽどマシだって何度も思った」
翔太「いいお母さんじゃん」
冬馬「まあな」
翔太「……あっ! 今、僕なんか分かった!」
冬馬「うん?」
翔太「ほら、冬馬君のそういう料理上手なとことか誰かのために怒ったり逆に優しく出来たりするとことかさ。
あと死ぬほど負けず嫌いで馬鹿みたいな努力家に育ったところも。全部お母さんのおかげなんだね」
冬馬「…………はあっ!? おま、くっせーこと言うのやめろよ! どうしたんだよ今日! きめぇ!!」ゾワッ
翔太「僕は冬馬君と違ってツンデレじゃないから素直に誉める時は誉めるよ」
冬馬「……」
翔太「お母さんは亡くなってもそういうとこちゃんと冬馬君に受け継がれてるし、いろいろ影響与えてるんだよね。
冬馬君の中にお母さんがいるみたいな感じ、なんか分かるもん」
冬馬「……なんだそりゃ。俺がオカン属性って言いてえのか」
北斗「その通りじゃないか」
冬馬「フン……まあなんだ。要するにまとめると失って初めて気付いて成長出来ることもあるってことだな」ドヤァ
翔太「童貞と一緒だね!」
冬馬「……」
翔太「……」
冬馬「……早く捨ててえな」
翔太「……そうだね」
北斗「何故お前達はそうやって自ら傷を抉るような発言ばかりするんだ……」
翔太「あーでも冬馬君のお母さんの話聞いてたらなんか思い出しちゃったよ。ほら、この前したおばさんの話」
冬馬「ああ、あの誘拐未遂の」
翔太「冬馬君はそこら辺強いから大丈夫かもしれないけどさ。中にはやっぱり弱かったり繊細な人もいるもんね」
冬馬「その人のことなんとかして探し出して会ったり出来ねえのか?」
翔太「いやいや無理でしょ。もうかなり昔のことだし顔覚えてないどころか名前すら聞いてないんだよ?
僕の方は名乗ったはずだけど翔太なんてどこにでもいるありふれた名前だしね。
大体別に向こうもまた会いたいとか思ってるかどうかも分かんないし」
北斗「まあそうだよね」
翔太「僕ももうあの頃に比べたら大きくなっちゃったしなあ。もし仮にどっかですれ違ったりしたとしてもお互い気付かないだろうね」
冬馬「そうか……」
翔太「今はもう元気にしてるならそれでいいんだけどさ。なんか幸薄そうな感じの人だったからな~」
北斗「薄幸の美女か……そんな女性も素晴らしいけれど、やっぱり可愛いエンジェルちゃんには笑顔が一番似合うよね」
翔太「うん……って、あーーーー!!!!」
冬馬「……っくりしたぁ!! なんだよ急に!」
翔太「なんだじゃないよ、あれ! あれは!?」
北斗「あれ?」
翔太「鍋用のお餅! スライスしてあるやつ!」
北斗「え? 言われてないから買ってないけど」
翔太「えー!? 僕あれ大好きなのにー!」
冬馬「うどんならあるぞ」
翔太「あっ、食べる食べるー! ……いや食べるけど! それも食べるけどお餅!
あれってコンビニ売ってる? スーパーまで行かなきゃダメかなあ?」
冬馬「いや、ふざけんな。もう番組始まるっつの」
翔太「あと何分!? うわ、もう10分しかない!?」
北斗「……まあ録画もしてあるし俺達のコーナー始まるのはもう少し後だから……」
翔太「ダッシュで行けば間に合うよね!? 僕ちょっと買ってくる!!」
冬馬「おっまえなあ……この土壇場になってだなあ」
翔太「分かってるよ、お説教は後でちゃんと聞くから! えーっと、帽子帽子! あとメガネ! あった!」ゴソゴソ
北斗「行くのはいいけど急いで転んだりしないようにね」
翔太「うん、ありがと! じゃあ御手洗翔太、行ってきまーす!」
ガチャッ バタンッ! バタバタバタ…!
冬馬「……あいつは本当にいつも嵐みてえな奴だな」
北斗「翔太のそういうところがみんな好きなんだよ。ファンも俺達もプロデューサーもね。
きっと自分の中に素直になれない部分を持っている人間ほどああいうタイプに惹かれるんだろうな」
冬馬「相変わらずキザな野郎だ……」
――同日 PM6:30 都内某CDショップ
千種「…………」カチャッ
視聴機のヘッドホンを外す。両耳に流れてきた新譜の曲。あの子達が最近リリースした歌だ。
一人の部屋に耐えられなくて結局あの後また家を出てここまで来てしまった。
ジャケットの真ん中にはあの子の顔。
随分と気難しげだった少し吊り上がった切れ長の目の中に今は柔らかさが覗いている。
そこには意志の強い凛とした少女の姿が印象深く映し出されていて、きっとたくさん出来たファンの人達には以前よりもっと可愛らしく好意的に見えるだろうその表情が私にはとても怖い。
CDに伸ばしかけた指先が寸前で少し躊躇う。
『あなたみたいな母親失格の人間にそれを買う資格があるの?
仕事を言い訳にライブにすら行ってあげないくせに? 自分を慰めたいだけなんじゃないの?』
自分の中のもう一人の私が責める。
たった一枚のCDを買うことにすら毎回葛藤する私は一体なんなのだろう?
たった一通の返事の手紙を書くだけで何十枚もくしゃくしゃに紙を丸めて。
結局本音とは遠く離れた当たり障りのない言葉しか書けない私は何故いつもこんなことしか出来ないのだろう。
本当にやらなければならないことは分かっているのに、そのたった一歩の勇気が出ない。
震える指を押さえつけてそれを手に取り、俯きながらレジに向かう。
店員「ありがとうございましたー!」
にこやかな店員の明るい声を背後に聞きながらガラスのドアを押し開け外に出ると、真冬の冷たい空気が頬を刺して小さく身体を縮こませた。
昔から歌うのが好きな子だった。買ってあげたおもちゃのマイクをあの子はとても気に入って、一日中手放さずにいつでも楽しそうに歌っていた。
『おねえちゃん、うたって! ねえ、もっとうたってー!』
『じゃあ、ゆうはなんのおうたがいい?』
『えっとねー、つぎはね~!』
リビングから響いてくる会話を聞きながら夕食を作る。少し調子外れな歌。
あの子は初めからそこまで上手かったわけじゃなかった。けれど誰より幸せそうに歌う。
世界中のどんな上手い歌手よりも私はその歌が好きだった。
その内に部屋中にいい匂いが漂う頃になると二人がキッチンに駆けてくる。
エプロンをした私の腰の辺りにぺたっと張り付いて「きょうのごはんはなあに?」と見上げてくるその顔中が笑っている。
『さあ、なにかな』
『あーっ、ビーフシチューだ! ぼく、おかあさんのシチューだいすき!』
『ふふ、当たり。じゃあ優くん味見してみてくれる?』
『うん!』
『わたし、おさらとスプーンだしてくるね!』
『ちーちゃんはえらいなあ。ほら、優くんもお姉ちゃんみたいにお母さんのお手伝い出来るかな?』
『できるー!』
テーブルの上に器が並ぶ頃にはあの人が「ただいまあ」と玄関を開けて帰ってくる。
四人で囲む食卓。湯気の立つシチュー。賑やかな会話。
幼い子供とまだ若かった私達。
毎日飛ぶように時間が過ぎて忙しなくてバタバタと慌ただしくて、思えば今よりずっと疲れていたはずなのにそう感じたことはなかった。
いつでも笑い声の絶えない家。愛情に満たされていた家庭。どこにでもいるありふれた家族。
特別な何かよりもそんな些細な日々こそが私を支えてくれていた。
そしてそれこそが何にも代え難い特別なものだというあまりに単純明快な答えに、幸せ過ぎたあの頃の私はまるで気付いていなかった。
映画でも小説でもドラマでも、そんなテーマのストーリーはいくらでも見てきたのに。
人はいつも自らの経験を以ってしか本当のことには気付けないように出来ている。
千種「…………」フラフラ…
??「―――あっ、危ない!!」
千種「えっ……?」
??「おばさん、前! 前!! トラック来てる!!」
千種「えっ、あ、きゃっ!?」ドシンッ
キキキキキーッ!!
トラックの運ちゃん「……っぶねえなあ!! 気ィ付けろバカ!! ひいちまうぞ!!」
パッパーッ! ブロロロロッ……
千種「…………」ポカーン
??「ちょっ、大丈夫!?」タタタタッ
千種「……え、あ、ええ。大丈夫よ……ごめんなさい」
??「もー、何もあんなに怒鳴らなくったっていいじゃんね。
でもおばさんも気を付けなくちゃダメだよ。今よそ見してたでしょ?」
千種「ごめんなさい……」
??「ううん、それより怪我してない? 平気? 立てる? あ、なんか袋落としたよ。あれ? これ……」ヒョイッ
千種「あっ……」
??「765プロの人たちのCDだ! 最近出たやつだよねこれ。僕も買ったよ」
千種「! そう、なの……」
??「よかった。ちょっとだけケース掠れちゃってるけど中身は無事みたいだよ。はい」
千種「……ありがとう」
??「おばさんも765プロのファンなの?」
千種「え? ……ええ、まあ……」
??「そうなんだ! 僕も好きだよ~。ベタだけどマスターピースが一番好きなんだよね。
前にアリーナでやったおっきなライブ見に行った時に生で聴いてさ。もーすっごい感動しちゃって……」ペラペラ
千種「…………」
千種(よく喋る子……)
??「おばさん?」
千種「え、ああ。そう、そのライブ私も……行ったわ」
??「あ、ほんと? すごかったよねー! なんかこう、会場中にお客さんの歓声がビリビリ響いてさ。
サインライトが一面ピカピカ光ってすごく綺麗でもうゾクゾクしちゃったよ」
千種「……」
そう、その大きな舞台を私も見に行った。
あの子はそこで仲間と手を繋いでステージ中を走り回って跳ね回って、楽しそうに歌っていた。
―――とても楽しそうに。笑って。心の底から満ち足りた笑顔でそうしてあの子は歌っていた。
あの頃と同じ、キラキラ輝く眩しい笑顔で。
その笑顔をずっと見ているのが辛くて、結局声はかけられずにそっと帰ってきてしまったけれど。
千種「……あら」
??「ん?」
千種「いえ、ごめんなさい……あなたどこかで……?」
??「あちゃ、バレちゃった。うーん、これでも割と変装は得意な方なんだけどなー。
そうです、僕もアイドルやってます! ジュピターの御手洗翔太だよー!」
千種「ああ……やっぱり」
翔太「へへ」
千種「確か……えっと、961プロから移籍して……?」
翔太「うん、今は315プロってところで活動してるよ。まだまだ無名だけどね。でもこれから絶対もっと有名になるよ」
千種「そう……大変ね」
翔太「んーん、そうでもないよ。黒ちゃん……あ、前の事務所の黒井社長のことも僕は結構好きだったんだけどね。
まあいろいろあって。今のプロダクションの方が自由にやらせてくれるから僕たちには合ってるかな。
忙しいのは変わらないけど毎日すごく楽しいもん」
千種「……」
翔太「考え方が甘いって言われることもあるけど、今度は事務所の力じゃなくて自分たちの実力でトップに立ちたいから。
だから次は僕たちが春香さんたちみたいにあの舞台に立って歌わなくっちゃね」
千種「……」
最近はあの子が映っているのを見ると心が苦しくなってしまうからいつの間にかテレビは見なくなってしまった。
それでも未練がましく出ている番組はほとんどすべてチェックしている。
部屋の隅には目を通していない録画だけがどんどん溜まっていく。
ジュピターというアイドルグループが社長と方針が合わずに揉めて辞めたことも一応は知っていた。
随分とマスコミに騒がれていたことも職場の同僚達の噂話で多少なり聞いている。
大手事務所から人気絶頂の最中での離反ということで何やらあることないこと言われていたようだった。
961プロが自分達のところのアイドルを売り出すためならどんな汚い手でも使うだとか、765プロに嫌がらせをしていたとかいう話もふと頭の中にチラつく。
けれど目の前の少年とそのイメージとはなんだかかけ離れていて重ならない。
もっとも、だからこそ彼らはそこを辞めたのかもしれない。
詳しいことは分からないし、特に知りたいわけでもなかった。
彼らには彼らにしか分からないことがある。
私やあの子に他人には分からないものがあるのと同じように。
少なくとも一つ確かに言えるのは、この少年の目の中には暗い影が見当たらない。きっとそれがすべてなのだろう。
翔太「ん? あれ?」
千種「どうしたの?」
翔太「うん。なんか僕の方もおばさんのこと見たことあるような気がするなーって」
千種「……気のせいじゃないかしら。今まで誰にもそんなこと言われたことないもの」
翔太「そう? うーん、でもやっぱ誰かに似てる気がするんだけど……まあいいか」
千種「……」
翔太「そうだ、それよりおばさんこの後何か予定ある? あっ、別に変な勧誘とかじゃないよ」
千種「え? いえ、この後は家に帰るだけだけれど」
翔太「ほんと? よかった! じゃあさ、この後ブーブーエスの2時間スペシャルで僕たちの番組やるから、もしよかったら見てよ!
もー今回の収録はほんっと大変だったからさ!!」
千種「……」
翔太「この真冬に北海道でのロケだったからね~。もう僕凍え死ぬかと思ったよ。
しかもさー………ねえ、おばさんほんとに大丈夫?」
千種「うん?」
翔太「だってなんかさっきからずっと辛そうな顔してるよ。そういえば道歩いてる時もフラフラしてたし。もしかして具合悪いの? タクシー呼ぶ?」
千種「……いいえ、大丈夫よ。ただ……あの、ただ少し疲れているだけだから」
翔太「そう? ならいいんだけど。えっとね、そういう時はため息吐いたりしちゃダメなんだよ。
痩せ我慢でもいいから笑った方がいいんだって。ただの姉さんの受け売りだけどね。ほらこうやって、にこーって」
千種「……」
翔太「これが芸能人スマイルね。今日は特別にサービスだよ! なんてね。
あのね、辛い時には思いっきり泣いた方がいいけどその後にはちゃんと笑うんだよ」
千種「……」
翔太「ずっと泣き続けてばっかりいると余計に幸せが逃げちゃうからね。だからおばさんも笑った方がいいよ。元気出してね」
千種「…………!」
『泣いちゃだめだよ。泣いたらしあわせがにげちゃうんだよ。だからおばさんも笑った方がいいよ。元気出して』
千種「あ……!」
翔太「って、うわ、やばっ! もうこんな時間!? ごめん、僕ももういい加減帰んなきゃ!
あーもうまた冬馬君に叱られるよ~!」
千種「えっ…」
翔太「じゃあね、よかったらほんとに僕たちの番組見てね! ばいばーい!!」クルッ タッタッタッ
千種「待っ……!」
<じゃーねー!!
千種「………………」
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