モバP「水本さんは魔女」 (17)
モバマスSSです。
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更新不定期。
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『水本さんは魔女』
水本さんは異界の魔女、ユカリ・フェアヘイレン。
水本さんは呪の源となる人の感情と関心を引き寄せるアイドル、水本ゆかりというアイドル像を隠れ蓑に世界を欺く大魔女である。
時は深夜零時。ここはCGプロダクション。
女子寮をこっそり抜けだしてここに訪れた水本さんは堂々と合鍵を用いて正面から内部に潜入した。
これも魔女たる己ならばこそこそと壁抜けや透過の呪を用いる必要はないという確固たる自信によるものだ。
断じて壁抜けや透過の呪が用いることが出来ない訳ではない。
用いれば三日三晩鼻水とくしゃみが収まらないだけだ。本業ではないとはいえ、二日後にミニライブを控える水本さんのプロ意識には頭が下がる。
『水本さんは深夜に出歩く極悪非行魔女』
プロダクション内部、とある部屋へ侵入すると水本さんのウィッチイヤーが規則正しい寝息を捉える。
――男だ。
椅子に深く腰掛けるようにして水本さんのプロデューサーが瞼を閉じて眠りに就いていた。
周囲に書類が散乱しているのを見るに、完全に寝落ちしているのだろう。
水本さんはプロデューサーを視界に入れると影のある笑みを浮かべてみせた。これこそが呪を操る魔女の貫禄か。
水本さんはどこからか橙色の毛布を取り出して再びの笑み。
ちなみにこの毛布、水本さんが普段から用いている毛布である。
水本さんは、プロデューサーを起こさないように毛布を掛けると満足気な息を吐いた。
水本さんクラスの魔女になると、自身が操る傀儡のような存在の手入れも欠かさない。道具を常に万全の調子に整えておくのも魔女の心得の一つだという。
断じて自身の匂いを染みこませようなどというマーキング行為などではない。
……断じてない。
『水本さんは嫉妬深い』
水本さんのウィッチアイがやや熱っぽいと感じられるほどに彼女のプロデューサーに向けられる。恐らく、なんらかの意図があるのだろう。もしかすると、もう既に呪を掛けているのかもしれない。
暫くして、やや名残惜しそうに水本さんはプロデューサーに背を向け、歩き出した。
……かと思いきや、水本さんはやや慌てたように駆け出し、プロデューサーの元まで戻る。
彼の前髪を掌で?き上げると、その額にやや乱暴気味に唇を落とした。
「……「他の女性と話していると時々私の顔が頭によぎる」という微妙な呪いを掛けましょう」
水本さんは異界の魔女、ユカリ・フェアヘイレン。呪のエキスパート。
呪を用いた副作用か水本さんの頬は紅潮し、やや息が荒かった。
水本さんはふっ、と息を吐くと再びプロデューサーに背を向ける。
続いて、なぜかその場にしゃがみこみ、頬に両手を当てて背中を丸めている。
「は、恥ずかしい……ちゅ、ちゅって……ちゅうって……ふぁ……」
深夜の水本さんはいつもより大胆だった。
『水本さんは魔笛の奏者』
魔女たる水本さんには不釣り合いなほどに穏やかな太陽の光が降り注ぐ日。
水本さんは柔らかな笑みを浮かべて魔笛、負流雨斗(ふるぅと)を奏でる。
常日頃から精進を欠かさない水本さんは頻繁に魔笛を用いる。
ほっそりとした指先が揺れるように動き、水面のように澄んだ音色が部屋中に満ちる。
直接心を揺り動かす魔笛の音色に人は逆らうことは出来ない。
現に椅子に深々と腰掛けた男、プロデューサーは最初こそソファーに座り込みながら静かに音色に耳を傾けていたが、今となっては穏やかな寝息を立てて眠りに落ちている。
恐るべきは魔笛の音色というべきか。魔女たる水本さんにとっては他者を眠りに誘う魔曲程度は児戯にも等しいのだろう。水本さんは寝息を立てるプロデューサーを横目に、小さく微笑んで見せた。
水本さんは曲の終わりと共に、魔笛をしまい込み息を一つ吐き出す。
足音を立てぬように静かに歩み、プロデューサーの座るソファーの隣に腰掛ける。
やや遠慮がちに彼と体をくっつけた水本さんはゆっくりと頭を彼の肩に預けた。
続いて、瞼を閉じるとゆっくりと穏やかな息を吐き始めたではないか。
「……んふぅ」
満足げにひとつ息を吐く水本さん。
魔女とて休息の一時は必要なのだ。
『水本さんと千佳ちゃん』
平日の事務所は行き交う人々で落ち着きのない雰囲気だ。
だが、夕方以降になれば疲れ果てた年少組と大人しい大人組とで大分静かになるのだが、水本さんはこの騒然とした空気も好ましく思っていた。
ふと、水本さんが視線を移すと一人の幼い少女が珍しく気難しい顔をしているのが目に入った。
「どうかしましたか、千佳ちゃん?」
気難しい顔をしていた少女、千佳が顔を上げる。
「うんとね、あたしが魔法少女アニメの声を当てるんだって。魔法少女役で」
メインキャラクターの子供役に本当に子供が声を当てる例が少ないことから考えれば大きな仕事と言えた。だが、話を聞く限り仕事の重みに若干腰が引けているようだ。
水本さんは考えこむように瞼を閉じた。
そして、十秒、二十秒、三十秒立つ前にそっと瞼を開く。
「私にいい考えがあります」
恐らく駄目だろう。
『水本さんと本格派魔法少女ごっこ』
「とうとうここまで追いつめたよっ、わるい魔女め!」
プリティーハート・チカが真っ直ぐにステッキを魔女に突きつけた。
その瞳には不屈の闘志的なものが秘められている気がしないでもないような気がする。
……長く、辛い戦いだった。具体的には十五分くらいじゃれあ……死闘を繰り広げていただろうか。
対する魔女は口元に薄っすらと笑みの型を作り啜るような笑い声を上げた。
「な、なにがおかしいのっ」
「……ふふふ、別に?」
魔女の不敵な笑みに一歩退きそうな心を押さえつけ、プリティーハート・チカがまた一歩踏み出す。
「呪いを、解いて。あなたが掛けた呪いのせいで沢山の人たちが苦しんでるんだよ……」
プリティーハート・チカは唇を噛み締めながら瞳だけは真っ直ぐに魔女へと向ける。
「凛ちゃんはどうやっても蒼って言う度に頭の中に鮮やかな色のウミウシが頭に浮かぶようになっちゃったし、まゆちゃんは手首に巻いてるリボンが勝手にうどんになっちゃうようになったんだよ!?こんなんじゃ……つらすぎるよ……」
ウミウシに罪はない。
『水本さんと本格派魔法少女ごっこ(2)』
桃色の閃光と漆黒の波動を重なり、弾け、ぶつかりあっている気がしないでもない。
激しい技の応酬を終えた後、魔女は苦しげに呻いて膝を突いた。
薄暗い闇の中魔女の全身からは懐中電と……光と額からケチャ……血液が止めどなく溢れ出ている。それはもう、彼女が”戻れない”ことを示していた。
「……負けちゃいました、ね」
魔女は膝を突きながらも、鋭い視線をプリティーハート・チカへと向けていた。
対するプリティーハート・チカは苦々しげに表情を歪めた。
「なんで」
「私が消えれば現存する微妙な呪いは消えるでしょう」
「……なんで!こんなになってまで!」
「それが魔女の在り方、当然でしょう?」
魔女はあまりにも綺麗に、笑ってみせた。それがプリティーハートチカには恐ろしくて堪らない。
「……さぁ、最後に私の命の全てを使って貴女に呪を刻みましょう。守るべきものもなき既に滅びた世界で一人きりで生きなさい」
姿が薄れ、存在が薄れ、それでも魔女は呪を刻む。
「……あっ」
魔女が命を燃やして消えた先に無骨な門があった。プリティーチカは真っ直ぐにそこに吸い込まれていく。門が繋ぐ先は全てが終わり、消え去った世界。果たしてプリティーハートチカは滅びを迎えた世界から無事に脱出出来るのか。
『水本さんと本格派魔法少女ごっこ(3)』
水本さんと彼女のプロデューサーはぼんやりと事務所の端に備え付けられているテレビを眺めている。
「なぁ、ゆかり」
「はい」
「……最近千佳が魔法少女アニメのレギュラー声優やってるのは知ってるよな」
「……はい」
どうやらテレビでは件の魔法少女アニメを放送しているようだ。
『あはっ♪あはははっ、いらないっ、みぃんないらないっ!ぜんぶ、ぜんぶこわしてやりなおすのっ、おとーさんもおかーさんもみんなもっ、ぜんぶっ!』
「……遊んでくれてるのに悪いんだが、千佳の魔法少女ごっこに付き合ってくれる時はこう、もうちょっと……こう、内容を明るいやつにしてくれるか?」
果てしなく微妙そうな面持ちのプロデューサーとやや不満気な水本さん。
「……せっかく次の新しい台本も用意してたのに」
「だ、台本とかじゃなくて、もうちょっとフィーリングと直感でやらないか?遊びだから……な?」
後にこの台本はとある脚本家に渡り、リメイクされることになるが、プロデューサーはまだそのことを知らない。
『微妙じゃないよ、結構致命的だよ』
大魔女である水本さんの呪いは時に甚大な被害を生み出す。
例えばここに一人のプロデューサーが居る。
耳にスマートフォンを当てて、誰かと通話しているようだ。
「あ、母さん。大丈夫だよ。俺は上手くやってるから」
どうやら彼は母親と通話しているようだ。
「いや、いいよ。そんな沢山野菜送られても喰いきれないから。……彼女?……居ないよ、放っといてくれよ」
苦笑いしながら彼は会話を続けている。
「……ッ!?」
しかし、唐突にピクリと彼の体が震える。
心なしか顔も青ざめて見える。
「い、いや大丈夫だって。ちょっと風邪っぽいだけで……ひぃっ!? い、いや。大丈夫。あ、あぁ……おやすみ」
震える手でスマートフォンの終話ボタンを押し、通話を打ちきった彼は濁った目を虚空に向ける。
「なんで母さんと話してるのにゆかりの顔が何度も浮かぶんだ……。無意識に俺がゆかりに母性を感じていたり、求めていたりしている?……そんな馬鹿な……俺は……俺は一体……」
大魔女の呪いはあまりにも、むごい。
一旦ここまで。
おやすみ
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