モバP「晩秋の列車に揺られ」 (30)

通勤電車に乗っている時、ふと思うことがある。「このまま降りずに、どこまでも進んで行くとどうなるのだろう」と。

 人の壁に押し潰され、波に飲まれ降車していく。とある日、その普遍的な、ある意味不変的な日常を打開する好奇心は収まることを知らず、人が降り去った社内でぼんやりとその流れを眺めてしまった。そのことを後悔しているとは言えない。環状線ではないその電車に揺られ、辿り着いた楽園は荒んだ心の大地を潤わすに素晴らしきものだったからだ。

 そうしてその時の職を失い、今の職についた。社長曰く、ティンときたという話ではあるのだが、今でもその感は間違っていなかったとも思う。天職、その二文字が自分にとっての自信だった。

 だけども、やはりふと思い出すことがある。あの時揺られた心地良い気分と、降り立った楽園を。今の仕事電車を使うことは少ない。通勤も車で行い、送迎も車。偶に新幹線に乗ることもあるが、あの時のような感情が湧くこともない。だからこそ、オフの日には電車に揺られ、あてのない散策を続けることを趣味としていた。

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「プロデューサーさん」

 そんなオフの前日、事務デスク前で思いに耽っていると、ふと後ろから声をかけられた。幼気残る高いキーの声色。ラベンダーアッシュの髪色に、跳ねた横髪のショートカットの髪型。絶対的な自信の王者であり、他に追随を許さないカワイイの権化――輿水幸子。

「ん、何だ?」

 頬杖をつきながら振り向きもしないで声を返す。今はできるだけ、明日の思いに思いを馳せていたいのだ。

「明日、オフですよね?」

「オフだけど、何かあったのか」

「いいえ、そういうわけでもないのですが」

 いつもの彼女であれば堂々たる様で言い出すものだと思うのだが、いじらしく明確なことを言い出さない。もしかして仕事で何かミスをしてしまったのか、そんな考えが頭に浮かび上がる。

「大丈夫か? 仕事で何かやらかし――」

「あぁ、いえ、そういうことじゃないんです。ただプロデューサーさんは普段オフで何をしているのか気になって」

 殊勝な態度でおずおずと問いただされる。こんな姿の彼女は珍しく、思わず目を丸くする。

「オフ、そうだなぁ。平日はあまり家のことができないから、休日でそれをやっているかな」

「出かけたりはしていないんですか?」

「外出……まぁぼちぼち」

 あまり人に話して共感を得られる外出内容でもない。淡々と電車に揺られるだけのものだ。一人孤独に、人に揉まれることの疲れを癒やすものでもある。

「明日は、どうなんですか?」

 スケジュールボードをちらりと伺いながら聞いてくる。一体何を聞きたいのかは全くの検討もつかない。

「ぼちぼちの方だな」

「じゃ、じゃあその――」

――――
――


「やだ」

 彼女の提案は即答で答えられる程度には難しかった。子供らしいと言われればそれまでなのだが、少なくともその一言で全てを言い表せる。

「なんでですか! カワイイボクとオフでも一緒だなんて嬉しくないんですか!?」

「それとこれとは話が別」

「強情ですねプロデューサーさん! 女心がわからないなんてボクのプロデューサーとしてなっていないですよ!」

 ぐぬぬ、と言っているかのような表情をしつつこちらを睨みつける彼女。こちらも呆れたような顔を向けるが状況は膠着している。

「女心として言っているなら尚更断る。お前はアイドル。俺は男。おーけー?」

 そう自分が言い放つと、彼女は一瞬寂しげな表情をし、顔を伏せる。そうしてボソリと呟いた。

「それは、ボクだからですか?」

「それは違う。絶対にだ」

 聞いたこともないような彼女の痛心の言葉に、若干の罪悪感を背負いながらも返答する。誰がではなく、単に器量の問題なのだ。

「なんにせよ誰も連れて行くことはないよ。幸子は幸子のオフを満喫しな」

「……わかりました」

 そういって幸子は踵を返す。そろそろ仕事に戻ろう、そう思いつつキーボードを叩きながらも、やはり明日のオフについてが脳内を駆けまわるのだった。


 そして、緑の悪魔がニヤリと微笑んだのを知ったのは次の日の朝のことだった。

――――
――



次の日。予想が外れ豪雨ということもなく、雲ひとつ無い高い秋空が窓枠の中に写っていた。

 何も生産性のない趣味だとしても心休まるその時が待ち遠しく、上の空でトーストをかじりチーズを零してしまうというアクシデントもあった。

 プライベート用と仕事用の携帯電話と財布。普通なら仕事用を持っていく必要はないのだが、未成年もいる会社の手前、監督側としても情報統制はしっかりと行わなければならない。

 何もなければ良いのだが、そんな少しの不安要素を振り払い、これからゆっくりできるという事だけを頭に入れながら玄関から外の世界へ一歩、踏み出した。

「遅いですよプロデューサーさん! ボクを待たせるなんてなっていないですよ!」


「へ?」

「そんな間の抜けた声を出してどうしたんですか? 早く行きましょう。何処に行くんですか?」

「は? あ、いや、ちょっと待て」

 アクシデントも何もなければ良い、その願いは開始10秒も待たずに崩壊する。さも自信ありげな表情で出迎えてくれた輿水幸子は、今か今かと出発するのを待っている。

「えっ、あの、その、何でいるの?」

「プロデューサーさんのオフに付いて行くためです!」

 ドヤ顔。

「その前に何で家知ってるの?」

「3000モバコインでした」

「えっ」

「あ、いや、なんでもないです! なんでもないですから! さぁ行きましょう、カワイイボクを世界は待ってはくれません!」

 緑の悪魔さんにとっては社員の個人情報というものは無いようで、真剣に頭が痛くなってくることかもしれない。仕事面で頼りにしているだけ立場が弱い自分にとっては諦めるしか無いところなのかもしれない。社長に相談しよう。

「とりあえず帰ってくれ。頼む」

 ダメ元で言う。ここまで来られると半ば諦め気味ではあるのだが、彼女の良心に頼ってみる。

「フフーン! ボクはそんな言葉じゃ引き返しませんよ! それに、今日じゃないとボクは嫌ですから」

 笑顔でそう言ってくる彼女に躊躇いなど無かった。仕事で鍛えられたその笑顔は例えプロデューサーの自分でも少し揺らぐものもあり、ため息を付きながらも遺憾ながら、誠に遺憾ながらも了承の二つ返事をしてしまった。

――――
――


「あぁ、そうだ。お前靴買ってこい。動きやすいもんを」

「へ?」

 駅に向かって歩くさながら、隣をひょこひょこと歩く小さいそいつに言う。

「別に都内を回るわけでも、飯を食いにいくわけじゃないからな。金渡すから行って来い」

 財布から1万程抜き出し彼女に渡す。費やす趣味も恋人もいない自分にとって金銭に琴線が振れることもない。25歳児が喜びそうな言葉だ。

「そ、そんな流石に悪いです。ボクだって働いていますから――」

「男のプライドみたいなもんだよ。聞き分けのいい、良い女なら黙って受け取るもんだ」

 そう言うと無言で一枚の紙を受け取る。幸子のような奴が喜べる靴を1万で買えるのかと考えると正直無理だろうとは思うが、今回だけ使うものと考えるとそこまで高くないものを選ぶことを祈ろう。

「……ありがとうございます」

 やけに殊勝になった彼女を駅前の靴屋に連れて行く。自分は買うものがあるから、30分後に改札前集合ということにし一時解散をする。別れる際に「このままどこかに行かないでくださいよ!」と不安そうな瞳を向けられたが、大丈夫だ、と一言返しておいた。

 30分後に改札に向かうと、すでに買い物を終えていた幸子が一人佇んでいた。もしかしたら帰ってしまったのではないか、だなんて思いに駆られ憂いを帯びた表情をし俯いている。

「悪い、待たせた」

「え、あ、お、遅いですよプロデューサーさん! 何やってたんですか!」

 声をかけるとぱぁっと表情を明るくし、いつもの様に怒涛の罵声を投げつける。疲れないのかなぁ、こいつ。そんなことを思いつつもペットボトルのお茶を一本差し出す。

「ちょっとな。ほら、持っとけ」

「あ、ありがとうございます」

 こいつがどんな靴を買ったのか。ちらりと足元を見てみると、意外にもスニーカーだった。青と白を基調とした色合いで、スニーカーであってもデザイン性が良い物を選んだようだった。

 改めて幸子のファッションを見てみると、秋だからいつもより眺めのレースの付いた藍色のロングスカートに、今日は黒タイツを履いているのだろう。トップスに関しては黒いタートルネックTシャツの上にねずみ色のカーディガンを羽織っている。彼女にしては抑え目の色合いであると感じる。

「あれ、そんなカバン持っていました?」

「ほっとけ」

 軽口をたたきながら切符売り場まで歩みを進める。

「この線の終点までの値段買うからな」

「ずいぶん遠くに行くんですね」

「まぁ目標より過程が重要なんだけどな」

 二人分の切符を買うと、またも戸惑いながらも小言を言う幸子の腕を引っ張り改札を超える。休日と言えど、人は少なく、この付近の住人は休みの日は出かけたくない人が多いのだろうということは察しがつく。

 ホームで電車を待つ。隣でチラチラとこちらを除き見てくるが、喋りかけられない限りこちらからは喋らない。二人無言で電車が来るのを待っていた。


 数分待つと、数人を載せた車両が目の前に止まる。誰も降りることもなく、かといって自分たち以外が乗ることもなく列車は進んだ。

 ガラリと開いたボックスシートに幸子と向い合って座り、このゆったりとした揺れを芯から感じつつ、外の風景を呆けて見ていた。

「あの、結局何をするんですか?」

 静寂を破る、少し高い声色。ふと彼女の方に視線を向けると、少し不安そうな眼で訴えてくる。

「何もしないよ。それが俺の休日」

 語るに高尚なことでもない。その姿を見て察したのか、彼女も窓の外を眺める。

 未だビルがフレームに収まる車内、季節の移り変わり、街の活気、そして過去未来への想い。そのそれぞれを頭の中で反芻させる自分たちを列車は運んでいく。

 環状線ではない、片道切符のこの旅。誰かといると、気まずさから癒やされないのではないかという考えは杞憂であったようだ。

 電車が進み、朱が視界に散りばめられてくる。木々、畑、山。そんな風景が色とりどりに世界を染めていく。

 ふとそんな時、輿水幸子の口が開いた。

「その、急に今日はごめんなさい」

 唐突な謝罪の声。仕事の時には見せない、悲しそうな、泣きそうな顔。この静寂の中、一人考え込んでいたのだろう。

「謝ることはないよ。暗い気持ちでいると、この景観も楽しめないぞ」

「それでも、その――」

「誰かといるとさ」

 彼女の言葉を遮り、言葉を続ける。外の景色は紅、黄、緑。宝石が降るように葉が舞っている。

「気を使って疲れるんだよ。だから休日はこんなことをしている」

 彼女は黙って聞いていてくれる。

「だけどさ、唐突にお前が来たけど、そんな気も使っていない」

 彼女と面と向かう。目と目があう。

「何も喋ってないけど、お前と真摯に向き合えた気がするよ。来てくれてありがとうな」

 腕を伸ばして頭を撫でる。ラベンダーアッシュの髪色に、跳ねた横髪のショートカットの髪型。柔らかな質感を持ったそれを優しく、触れるように撫でる。

 一言、胸を貸してくださいと言った彼女を引き寄せ抱きしめる。華奢な身体を、壊れてしまいそうな身体を抱きしめながら髪を撫でる。服は濡れてしまうだろうが、不服も、後悔もない。少しの満足感と、腕の中にある信頼を感じ取れるだけで幸せだった。

一度休憩。書き溜めで終わりまで書いています。あいも変わらずの短編ですが。10分後くらいに再開します。

――――
――



「んー、長かったなぁー」

 小さな駅から出て、身体を伸ばす。2時間程乗っているとやはり身体が凝り固まってしょうがない。隣の彼女も猫のようにしなやかに身体を伸ばす。みくの立場を奪わないでやってくれ。

 時間は昼時。お天道さまは頭上にいるも、少し冷え込んでくる。あたりを見回すと、本当に東京に近いのかと声を出しそうになるくらいには自然に溢れていて、温泉ロケの時のような、そんな既視感が襲う。

「ところで、ここで何かするんですか?」

「言ったろ。目標より過程が重要って。何も考えてないよ」

 その言葉に吃驚した様子でこちらを見るけれどもすぐにふいと顔を逸らす。

「全く! せっかくプロデューサーさんのことを見直した途端にそれですか。いくらボクでも言葉

が出ません」

 悪い悪い、そう謝りながらも幸子を撫でる。撫でられると、ニヘラと笑う。目元は少し赤いが、明日には支障ないだろう。

「とりあえず、飯処でも探そうか」

「そうしましょう」

 二人で建物がある方へと脚を向けていく。あたりを見まして少しはしゃぎ気味な隣人を微笑ましく思う。

「寒くないか?」

「え? あぁ、少しだけです。我慢できないほどではないので大丈夫ですよ」

 そう言って小さく笑う。

「寒いなら手でも繋いでやろうか?」

 意地の悪そうに挑発すると、幸子目を伏せがちにしつつ、そっと手を握る。そっぽを向かれた頬は紅かった。

「今日だけは、特別ですよ」

 そんなことを言う彼女が少し、愛おしかった。


 風が吹く。少し、身体が震えた。紅葉が風と共に踊り、高い秋空へと消えていく。隣でTo my darlingを小さくを歌う彼女に、なぁ、と、声をかける。

「どうしたんですか?」

「俺さ、あんまり人付き合いって得意じゃないんだ」

 この仕事は人付き合いで出来ている。営業も、アイドルも、誰とでも人付き合いをする仕事だ。そんな語りだしをした自分の言葉を、彼女は黙って聞いていた。

「だからさ、あんまり人と出かけたりはしたことはない」

 歩みを止めて、彼女と向かい合う。照れ隠しに頬をかき、一瞬の静寂。風が吹く音と、葉が擦れる音、遠くから子どもたちの小さな喧騒が聞こえ、この世界に取り残されたような感覚に陥る。

「緊張するし、気まずくなるし、どうしたら良いかもわからなくなる」

 一歩進む。彼女が少し、顔を上に向ける。大きい瞳、泣いたからか、腫れぼったい目元、小さい鼻、紅く染まった頬。輿水幸子というアイドルが今目の前にいる。

「さっき言ったけど、お前とだと付き合いが長いからか、そんな気疲れしない。まぁ年齢差もあるからだけどな」

 何か言いたそうに、彼女は口をもじもじと動かす。


「だから、その、なんというか、あれだ――」


 瞳を、あわせる。


「――誕生日、おめでとう。これからもよろしく頼む」

 花開くように笑顔になる彼女は、トスンと、抱きついてくる。

「遅いですよ、プロデューサーさん」

 数刻前とは違って、ぎゅっと抱きしめる。ごめん、と一言つぶやくと、許しますと笑われる。

「本当は予定に無かったんだからな」

 そういって手に持っている鞄を彼女に渡す。それを受け取ると、やっぱり持っていませんでしたよね、といつもの自信ありげな表情をしくすくすと笑う。

 中を開き、一つの包みを見つける。

「開けていいですか?」

 是非とも、そう言うと丁寧に包装を開ける。性格の、育ちの出ているその行動に少しギャップを感じる。

「寒くなるだろ? 今日も冷え込むっていうのに少し薄着だったからな」

「プロデューサーさんって、職業の割にはセンスないですよね」

「うるせぇ」

 彼女はそう言いつつもそれを首に巻いていく。赤い毛糸のマフラー。彼女の今の服装に合うのではないかと思い立って買ったようなものでもある。

 
 幸子はマフラーに口元をうずめて、一つ大きく息を吐く。

「でも、ありがとうございます。ボクは何をつけてもカワイイですから」

 そう笑う彼女は、一番のカワイイを見せてくれた。

 アイドルとの二人三脚というものは、とても転びやすいものでもある。泣いたり怒ったり拗ねられたり。だけどもそんな過酷な連続の中で、一瞬の、心からの笑顔さえあれば続けられる。

 秋も終わり、冬が近づく11月の晩秋。凩が吹き、紅葉が舞う。街は色とりどりのイルミネーションを纏いながら、その寒さに身を震わせる。

 電車に揺られ、季節の移ろいを、街の移ろいを感じながらも、過去や未来、それぞれに想いを馳せ、列車のフレームを除く。

 隣で眠りにつく彼女の首には赤いマフラーを。自分の左手には、彼女の右手を。

 沈みゆく夕日を一人横目で眺めつつ、今は幸せそうに眠る彼女の頭をそっと撫でた。

これにて終わりです。

誕生日おめでとう。喜びで涙が流れそうです。稚拙な文章ですが、私の大好きな彼女への想いを詰め込みました。

あぁ最後に昔に書いた幸子SSも載せておきます。
それと、本日中にでもhtml依頼を出します。ありがとうございました。

モバP「耳を触らせてくれ」 幸子「は?」
モバP「耳を触らせてくれ」 幸子「は?」 - SSまとめ速報
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