やすな「ロシアの殺し屋」ソーニャ「おそろしあ」 (394)

以前書いたものの続編……と言うかスピンオフ?的な感じです。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1451553738

では早速投下。


「距離1200……風の影響で少し左に逸れるかな?」

スコープをいじりながら、私は独り言をつぶやく。
依頼書に乗っている顔の男が、スコープの中に現れた。

「……見えた」

引き金に指をかけ、呼吸を整える。
息を止めると、都会の喧騒がだんだん遠くなり、自分の心臓の鼓動のみが鼓膜を打つ。
どくん、どくんと規則正しく私の全身に血液が送り出されるのがわかる。
その鼓動の僅かな合間、私は引き金を引いた。

ライフルの大きな発射音。バシン、と空気が振動する。
発射された弾丸は、何も知らないスコープの中の彼を吹き飛ばした。
彼はこちらに全く気づいていなかった。多分、今死んだことにさえ。

「……さてと、帰ろっかな」

私はさっさと帰り支度を始めた。ライフルを分解し、ケースに収納していく。
全て片付けると、私はスナイパーからあっという間に一般人へと姿を変える。
日常と非日常が織り交ざる、不思議な感覚。

「……ソーニャちゃんも、同じだったのかな?」

屋上から建物の中に入り、私は一人の買い物客としてビルを後にした。
何も買っていないのに「ありがとうございました」なんて深々とお辞儀をする店員がなんだか可笑しい。

町を歩いていると、本当にいろんな人がいる。親子連れ、老夫婦、若いカップル。
皆笑顔で、なんだか幸せそう。

その中を、私は人殺しの道具を隠し持って歩く。
このケースの中には、人間なんか簡単に吹っ飛ばせるような武器が入っている。
誰もそんなこと夢にも思わないだろう。私だって時々夢じゃないかと思うくらいだから。

でも、それは確かに存在しているのだ。
そしてそれが必要とされるような世界も存在している。
私はそれを十年前、二人の命と引き換えに知った。

「……待っててね、ソーニャちゃん」

私は今から、これまでの十年間を取り戻しに行く。

しえん

「うっ……ぐすっ……ソーニャちゃん……」

十年前のあの日。
私は部屋で膝を抱えて泣いていた。

みんな、私の前から消えていってしまう。
お父さん、お母さん。
そして、ソーニャちゃんまでもが。

「ひどいよ……!こんなの、ひどすぎるよ……!」

どうして、こうなってしまったのだろう。

「ソーニャちゃん……」

私に関わるな。
ソーニャちゃんは最初、そう言っていた。
あぁ、そうか。
ソーニャちゃんは殺し屋で、私はただの何も知らない女子高生。
最初から、住む世界が違いすぎたのかな。

「ソーニャちゃん……!」

それでも。
それでも私達は、確かに一緒に過ごしていた。
一緒に海に行った。一緒にお祭りにも行った。
一緒に、二人で。
挙げればキリがない。
たくさんのソーニャちゃんとの思い出を忘れるはずがない。

あの時は住む世界の違いなんて存在しなかった。
殺し屋のソーニャちゃんも。
一般人の私も。
いたのはただのソーニャちゃんと私だけ。

「ソーニャちゃんっ……!」

わからない。
私達が引き裂かれた本当の理由を知るには、私はあまりにも無力だった。
出来ることといえば、思い出を反芻して涙を流すことくらい。

私は、どうしたら良いの?

>>5 どうもです!



その翌日。

「え……?」

「だから、出発だ。荷物はまとめたんだろう?」

朝起きていきなり、伯父さんが私にそう告げた。

「それはそうだけど……やっぱり、今日じゃなきゃダメ?」

「ほら、もう業者さんが来てるから」

私の家は、慌ただしく働く人達でいっぱいだった。
男の人達がベッド、机、本棚、家具のいっさいを運び出している。
私の思い出も、運びだされていく。

「で、でも転校の手続きとか……」

「そう言うのは昨日全部済ましてきた。ほら、用意しなさい」

「でも……やっぱり私、ここで」

「……気持ちはわかる。けどな、今お前に必要なのはとにかく悪いことを忘れてゆっくりといつも通りに戻ることだ」

「……」

「気持ちが落ち着いて、もう大丈夫になったらまた戻ってくれば良い。それまでは俺達の家で過ごしなさい」

「……うん」

私はただ頷くことしか出来なかった。
抵抗しようにも、もう殆ど家財道具がなくなったこの家で過ごすことは不可能だった。
考える時間は、最初からなかったんだ。
たぶん伯父さんもそれが狙いだったんだろう。
結局私は荷物をまとめてこの家から去ることになった。

「こんなに広かったんだぁ……」

部屋に戻ると、本当に何も無くなっていた。
家具がなくなって、異常なまでに広く見える。
がらんとしてて、なんだか少しさびしいような。

「……あ、そうだ」

まとめた勉強道具の中から紙とペンを取り出す。ついでに封筒も。

「せめて、これくらいは……」

私は、ペンを走らせた。
あまり気の利いた言葉は思いつかないけど、思いの丈をありったけ詰め込んだ。

「……できた!」

『ソーニャちゃんへ
突然こんなことになってごめんなさい。
私はここで暮らしたいと言ったけど、結局叔父さん達の家に引っ越すことになってしまいました。
昨日言うつもりだったけど、どうしても言えませんでした、ごめんなさい。
私は遠くへ行ってしまうけれど、ソーニャちゃんの事絶対忘れません。
だからたまにソーニャちゃんも私のことを時々思い出してくれるとうれしいです。
本当は、ソーニャちゃんが殺し屋をやめられないって事もわかっています。だからもうやめてなんて言いません。
だけど、これだけは絶対に約束してください。どうか、無事でいて。
ソーニャちゃんが幸せに過ごせる事を、ずっと祈っています。
また、かならずどこかで会いましょう。さようなら。
                                    やすな』

我ながら会心の出来だと思う。
私は手紙を折りたたんで封筒へ入れて、部屋の隅っこに置いた。

「……来るよね、ソーニャちゃん」

ソーニャちゃんは優しいから。
きっとまた昨日みたいに家に来てくれる。
でも、そこに私はいない。

「卑怯だよね……こんなの」

置いてかないで。
なんて昨日は言ってたくせに。
いざその時が訪れると、逆に私がいなくなることになるなんて。

今、この家を飛び出してソーニャちゃんに会いに行くことだって……。
いや、昨日のソーニャちゃんを追いかけることだって、出来たはずなのに。
出来るはずなのに。
私はそれを実行すること無く、最悪の形で別れを告げることになった。


叔父さん達に心配をかけるからとか。
業者さんたちが迷惑するからとか。
ソーニャちゃんとは住む世界が違うからとか。
なにかと適当な理由をつけて、私は自分が行動することを放棄してる。

心配させたくない。
迷惑かけたくない。
そんなの全部、自分が傷つくのを恐れてついた嘘だ。
結局私は……。

「私は……」

私は、どうしたかったの?

「私は……」

なんで、ソーニャちゃんに殺し屋をやめて欲しかったの?

「私は……!」

健康に悪いから?
立派な社会人になれないから?

違うでしょ?

「……そうだよ」

ただ、一緒にいたかった。
それだけ。

「それだけだよ……!」

こんな単純なことだったのに。
私のちっぽけな理性や常識なんてものが、それを理解するのを遅らせた。

「……バカだなぁ、私」

大切な物ほど、失ってから初めて気づくんだ。
そして、気づいた時には。

「もう、遅いのかな……」

一緒に寄り道した、クレープ屋さんも。
一緒に遊んだ公園も。
一緒に歩いた道も。
全部、過去のものになっちゃうの?

「……やだよ」

見た景色や、感じたにおい。
あの時抱いた感情すらも。
全て一時の夢だなんて。

「そんなの、絶対やだよ……!」

そんなの我慢できない。

「やだよぉ……!」

辛い。
苦しい。
そして何より、憎い。
ソーニャちゃんを縛り続ける組織とやらが。
私の両親を殺した奴らが。
私とソーニャちゃんを引き裂いた世界が。
どうしようもなく憎らしい。

私の中に、どす黒い感情が湧き上がる。

「……殺してやりたい」

私の両親を殺した奴らを。
私からソーニャちゃんを奪った奴らを。

この手で。徹底的に。

「……私も行くよ、ソーニャちゃん」

この日、私の中で。

何かが壊れる音がした。




「ん……」

カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、私の顔を照らしていた。
薄暗いホテルの一室で、私は時計を探してもぞもぞ動く。
手にとった時計の液晶は、午前七時を指していた。

「……ちょっと寝すぎたかな」


私はベッドから起き上がり身支度を始める。
ロシアの朝は、寒い。

支度を終えた私は、フロントに鍵を預けて外へ出た。
まもなく冬を迎えるこの時期、道にはコートを着て寒そうにしながら歩く人達がたくさんいる。
私は人の流れに逆らって歩き続ける。
しばらくすると小さな公園が見えてきた。まだ朝の早い時間、元気に遊びまわる子どもたちの姿はなく、かわりに散歩を

している老人の姿がちらほらしている。

私はベンチに座って、その光景をぼんやりと見ていた。
人が右から左に、左から右に流れていく。

十分くらいが経った頃、一人の男性がタバコをふかしながら私の隣に座った。

「……Курица и яйцо, которое он впервые?(鶏と卵、どちらが先だ?」

「Там используется для быть.(昔はどちらもあった」

今のは合言葉。
私は彼の顔を見た。

彼も私の顔を見る。

「……おはよう同志、依頼はそつなくこなしているようだね」

「同志になったつもりはないけど。利害が一致しているだけだよ」

「ハハハ、手厳しいな……」

「まず頼まれた五人は全員片付けたよ。それで今日は何を言いに来たの?」

「次の標的だ、まずこの中の奴らを頼む」

そう言って、男は封筒を一枚渡してきた。

「今は開けるな、後で確認してくれ。それと今回使う装備一式の受け渡し場所も書いてある」

「……随分と用意がいいね。銃もそうだけど一体どんなパイプがあるのか気になるなぁ」

「それは企業秘密だ同志……じゃなかったミス・オリベ」

「同志もイヤだけど、その呼び方もなんかイヤだなぁ……」

「まぁそういうことだ。それと、そろそろ私の部下が動き出す。あなたなら大丈夫だと思うが一応気をつけたまえ」

「……悪い人だね」

「あなたも同じだろう、同志」

嫌味臭く男はそう言うと、そのまま立ち上がりどこかへ消えていった。

とりあえず私はホテルへ戻って、渡された封筒を開ける。
中には数枚の写真と地図、そして何枚かのメモ。

「装備の受け渡しは……明日かぁ」

一枚のメモには今回の仕事で使うための装置を受け渡す場所が記されてあった。
受け渡し場所はサンクトペテルブルグの港。コンテナ船の船着場近く。

「うーん……電車で行けばいいか……」

ここモスクワからサンクトペテルブルグまでは、特急でだいたい三時間半。
受け渡しは朝早くだから……今日のうちに現地入りして、向こうで宿を探したほうが良いかな?

「じゃあまた出掛けなきゃ。宿の予約は……いいや、どうせあるだろうし」

どうせ一泊だし、最悪ラブホテルとかその辺りでも問題は無い、と思う。
私は最低限の荷物だけを携え、ホテルを出た。


レニングラード駅に着いて、早速特急の切符を買うために窓口に並ぶ。
平日で、しかも昼前なので窓口は空いている。すぐに担当の駅員が私の応対にあたってくれた。

「Как далеко вы идете?(どこまで行かれます?」

「Для Санкт-Петербурга.(サンクトペテルブルグまで」

「Что листов?(何枚ご利用ですか?」

「Один взрослый.(大人一枚」

淡々と無愛想に答える私に、駅員は終始笑顔で付き合ってくれた。

「Хороший путешествие.(よい旅を」

「Спасибо.(ありがとう」

切符を買った私は搭乗ゲートへ向かう。
ゲートでは手荷物検査が行われいて少し身構えてしまうが、今の私は一般人。
何事も無く通過することが出来た。
ゲートの職員も笑顔で「いい旅を」なんて言って送り出してくれる。
皆なんだか愛想が良い。

電車内にも、やはり人の姿は少ない。
私の座った席の前方に、数人が点々と座っているくらいだ。
私はゆったりとしたシートに身を沈め、出発を待つ。

「着くのは、夕方くらいかな」

だとしたら先に宿を探したほうが良い。
そのあとは短い休息だ。大したことは出来ないだろうけど、町をふらつく程度のことは出来ると思う。

しばらくして、車内アナウンスが流れると列車がゆっくりと動き出した。
一定のリズムでガタン、ガタンと車体が揺れる。
上質な座席に座っていることもあって、眠気が私を取り巻き始めた。
おかしいな、寝不足ってわけじゃないのに。
でも着くまで時間が結構あるし、まぁいいか……。
私はそのまま眠気に身を任せ、瞼をゆっくりと閉じた。

とりあえず本日はここまで。
それではみなさんさようなら。

あ、前の作品のURL忘れてた……。

ソーニャ「ロシアの殺し屋」やすな「おそろしあ」
ソーニャ「ロシアの殺し屋」やすな「おそろしあ」 - SSまとめ速報
(ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449565169/)

あけました、おめでとうございます。
では早速。



「……本当に、これでいいのか?」

「うん。ちゃんと自分で決めたから」

「それは良いんだが……うーん……」

高校卒業までまもなくといった時期。
一枚の紙を挟んで、私と伯父さんが向かい合う。
紙には「進路希望」の文字。

「俺にもよくわからないが、相当過酷だぞ?特にお前は背も小さいし……」

「……でも、私はこの道に進みたいなって」

そして私が入れたチェックの場所には、特別国家公務員の文字。

「しかし、お前が自衛官か……」

私は自衛官を希望した。
これを知った人たちは、だいたい同じ反応を返してきた。
友達は呆然として、先生も呆然として、伯父さんは今目の前でうんうん唸っている。

実はこの進路希望表、一旦先生に出したものの突き返されたのだ。
先生曰く「もう一度まじめにじっくり考えろ」とのことらしい。
なんて失礼な、私はふざけたわけでもウケを狙ったわけでも決して無い。
あの日から真面目にじっくり考えた結果の答えがこれだ。

「うん」

「なんで自衛官なんだ?他にも、こう……警察とか消防とかもあるだろうが」

伯父さんもわかりやすくうろたえている。
まぁ、私からこんな事を言われるなんて予想外もいいとこだろうけれど。

「……強そう、だから」

「はぁ……?」

「私も人の役に立ちたいの。強くなって、皆を守りたい」

「……お前がそこまで言うなら、俺は止めようが無い」

「ありがとう伯父さん」

「……頑張りなさい」

「うん!」

動機の半分は本当だ。
もう半分は嘘。

強くなりたいのは本当。
役に立ちたいのも本当だ。

違うのは、それがソーニャちゃんのためだという事。

ソーニャちゃんを取り戻すために、必要なステップ。
その第一段階がこれ。

「伯母さんにもちゃんと自分から言うんだぞ」

「もちろん!あ、でも伯母さん心配症だからなぁ……」

「そこら辺は俺からも口添えしてやるから」

「ありがとう!」

伯父さんは了解した様子で、紙にハンコを押してくれた。
伯母さんはきっと、「そんな危ないこと」って言うかもしれないけど、伯父さんが手伝ってくれるなら多分大丈夫だろう。

後日、私は用紙を書き直すこと無く先生に提出した。
先生はやはり驚いていたが、ようやく私が本気だとわかると「頑張れ」と言って用紙を受け取ってくれた。

今まで居た平和な世界とは別の世界。
何が待っているのかわからないけど。

強くなるためなら、私は何だってするよ。

「……はっ」

目が覚めた。
それと同時に強めの日光が目に飛び込んできて私は思わず顔をしかめる。

時計を見ると出発から二時間ほど経過していた。

「えっと……二時間も寝てたんだ、私」

軽く伸びをして、改めて外の景色を見た。
荒涼とした大地が目の前に広がり、傾き始めた太陽が輝いている。

「綺麗だなぁ……」

しばらく外の景色に見とれていたが、突然私の腹の虫が鳴いた。
そう言えば今日は朝からろくなものを食べていない。

「なんか食べよっと」

私は席を立って食堂車へと向かった。

食堂車で空腹を満たした後、適当に時間を潰しているとあっという間にモスクワ駅に到着した。
町は夕暮れの橙色に染まっている。
私は早速駅の周辺のホテルを探すことにした。

とりあえず駅の近くのビジネスホテルに入って、宿泊が可能か交渉する。

「Есть здесь за ночь сколько?(一泊いくら?」

「Три тысячи рублей(三千ルーブルです」

「И я не есть оговорка(予約はしてないんだけど……」

「Хорошо.(大丈夫ですよ」

いきなり話が纏まりそうだ、今日はついている。
私は早速泊まることを告げて部屋のキーを貰った。

部屋はベッドとデスク、後はテレビと照明が設置された簡素な部屋だ。
今日までいたホテルよりは当然劣るが、値段の事を考えるとかなり良い環境であるだろう。
私はもらった封筒をひっくり返して、再び中の資料に目を通して受け渡し場所の再確認を行った。

「朝六時か、早いなぁ」

朝の六時、サンクトペテルブルグ港の六番埠頭、コンテナ集積所。
遅れても、早すぎてもダメらしい。

日はすでに地平線の果てに沈み、代わりに街灯が街を映し出していた。
窓から通りを見下ろすと、仕事帰りのビジネスマンや学生の一団などが思い思いの余暇を楽しんでいる。
ある者は通りで馬鹿笑い、ある者は酒瓶片手にフラフラと、若い恋人たちは口づけを交わしていたり。

私は私で暇だったが、電車内で中途半端な時間に食事をとったので夕飯にする気はあまりないし、外を見て回る気も湧いてこなかった。
そもそもこの町の見て楽しいところなんて、来たばっかりの私には皆目見当がつかない。
結局、道行く人々をテレビの音声をBGMに眺めるのが今の私にとって最高の娯楽だった。

窓の外を眺めて、結構な時間が経過した。
酔っぱらいはいつの間にか姿を消し、学生たちは連れ立って町の郊外の方面へ向かったらしい。
若い恋人たちは私のいる向かいのいかがわしい色のホテルへ姿を消した。

私はと言うと見るものがなくなってしまい、退屈していた。
BGMがわりのテレビはさっきから代わり映えのしないニュースをロシア語で垂れ流している。

どこか遠くの国の戦争、誰かが損をした話、芸能人の妊娠。
無味無臭の情報が、テレビから溢れている。
テレビに映る人たちは、いちいち難しそうな顔をしたり、悲しそうな顔をしたり、わざとらしく笑って見せたりして、
味気ないニュースを少しでもおいしそうに見せる努力をしているみたいだけど、正直なところそれは無駄な努力にしか見えない。
それどころか、その無駄な味付けが雑味となって私の中にずかずかと入り込んでくる。

私はテレビを消して、ベッドに倒れ込んだ。
少し固めのベッドが、私の体を跳ね上げる。

なんだか疲れた。
今日はいつもより眠っているはずなのに、また眠気が顔を出し始める。

「んぅ……」

ダメだ、抗えない。
眠気は迅速に私の体から感覚を奪っていく。
手足から力が抜け、胴体はベッドに沈み込んでいく。

そして最後はいつもの様に、眠気は優しく瞼を撫でていった。

とりあえず今日はここまででありました。
また明日の夜辺りまでに書き溜めできればなと……

どうもこんばんは。早速投下します。




次の日。
昨日やたら寝たせいか、午前四時に目が覚めた。
外はまだ真っ暗で、車がホテルの前を走り抜ける音だけがたまに聞こえる。
町は静寂に包まれていた。

「……今出ちゃおうかな」

どうせ部屋にいてもやることなんかない。
ずっと部屋にいるくらいなら、少し外に出て寝ぼけた体を起こしたほうが良いだろう。

それに夜明け前の街を当てもなくふらつくって、ちょっとお洒落じゃない?

寝間着から、外に出るための服装に着換える。やっぱりロシアの朝は寒い。
フロントに鍵を預けて外に出ると、冷気が私の足元から一気に駆け上ってきた。

「……さ、寒い!」

さすが北の大地、更に夜明け前となれば寒さに一層拍車がかかる。
私はたまらず体を縮こまらせた。

雪こそ無いが、このままでは凍えてしまう……。
その時ホテルの前に設置してある自動販売機が目に止まった。
しめた、ホットコーヒーでも買って体を温めよう……。

ポケットから財布を出そうとするが、寒さのせいで指が思うように動かない。
指の関節がまるで固まってしまったかのようだ。
震える指で小銭を取り出し、自販機に投入する。

「ブラックコーヒーしか無い……」

この自販機、あろうことかホットで売られているのがブラックコーヒーしかなかった。
後は全てアイス、つまり「つめた~い」のである。

「こんな時期にアイス買う人いるのかなぁ……?」

しかし、寒さに耐えるにはこれしか方法が思いつかない。
仕方ない、飲めないにしてもカイロ代わりにはなるかな……。

適当なボタンを押すと、自販機はコーヒーを吐き出した。温かい。
ポケットにそれを突っ込むと、少しだけ寒さが和らいだ気がした。

夜明け前の街は、不思議な空気が漂っていた。
暖められる前の、凍てついた大気が重く静かに滞留している。
肺に冷気がじわりと入り込んで、私の体温と混ざり、溶け合っていく。
緊張と緩和が同時に存在しているような、奇妙な気分だ。

結局歩いて港まで来てしまった。
朝早くだというのに、港からは金属がぶつかり合うような音や、重機が走り回る音が聞こえてくる。

時計を見ると、約束の時間の十分前。
ちょうどいい時間だ、私は港へと足を踏み入れた。

受け渡し場所までの経路はすでに頭のなかに入っている。
積み上げられたコンテナの間を、右へ左へとくねくね進む。
何回か曲がった時、正面から作業員らしい男が向かってきた。
私と彼の距離がどんどん縮まっていく。

すれ違う直前、男が呟いた。

「Это умирает Сталин?(スターリンが死んだら?」

「Спасибо Богу.(神様ありがとう」

私の返事を聞いた男は、キーホルダー付きの小さな鍵を渡してきた。

「Это является ключевым, и использование.(鍵だ、使え」

そう言うと男は、そのまま行ってしまった。
私もそのまま歩き続け、ある赤いコンテナの前で立ち止まった。
扉には南京錠がかけてある。

先ほどもらった鍵で錠を解除して、重たい扉を開けた。
中はだだっ広く、中央にぽつんとボストンバッグが置いてあるだけだった。

バッグを手にとって、中を確認する。
カメラのような機材に、配線、付属機器が少し。
軍用の映像システムだと聞いてたけど、思ったより地味な機械だ。

何はともあれ、これで受け渡しは成功した。
後はまたモスクワへ取って返し、依頼をこなすだけでいい。

私はカバンを抱えて港を後にした。
用事が済んだらこの街にいる必要は無い、駅へ向かい特急のチケットを用意しなければ。

ホテルをチェックアウトし、早速モスクワ駅へ向かう。
窓口は今日も空いていて、笑顔の職員がまた応対してくれる。この間と一緒だ。

チケットを手にして、セキュリティゲートへ。
ゲートの職員が私のカバンの中身を検める。

「Что это?(これは何ですか?」

案の定、受け渡された機材について突っ込まれた。
私はペラペラと口からでまかせを言ってその場を凌ぐ。

「Это снимает оборудования(撮影機材です」

「Фотооборудование?(撮影機材?」

「В мой хобби.(趣味で写真を撮ってるんです」

「Использование такого рода вещи?(こんなものを使って?」

「На этот раз, те, предметом особенного.(今回は被写体が特殊なもので」

「……Ну, я понимаю. Пожалуйста.(……わかりました、どうぞ」

「Спасибо.(どうも」

職員は少しだけ私に疑いの目を向けたが、すぐにゲートを開けてくれた。

書き溜めが尽きました……。
とりあえず今のところここまでです。


せっかく休みだしゆっくりやったらええで

特急はモスクワへ向けて一直線にロシアの大地を駆け抜けた。
私が乗ったのはちょうどお昼時、乗務員が忙しそうに前へ後ろへと移動する。

ぼんやりと外を眺めていると、ポケットに何か硬いものがあるのに気がついた。

「あ……飲むの忘れてた」

それはすっかり冷えきったブラックコーヒーの缶だった。
なんとなく封を開けて少しだけ口に含む。

「……うぇ、やっぱり苦いや」

私はそのまま、残りのコーヒーを一気に飲み下したのだった。

とりあえずキリの良い所で。

>>77
どうもです、頑張ります。

どうもこんばんわ、遅くなりましたが投下していきます。





翌日。

モスクワに戻った私は、休日の街をうろついていた。
人でごった返す道路にうんざりしながら歩きまわる。

しかし、別に理由なくふらついているわけではなかった。
依頼者からもたらされた情報によれば、今日片付ける予定の人物はこの近辺で情報屋と落ち合うらしい。

落ち合う場所は特定できないが、情報屋の後をつけていけばそこにターゲットも現れるだろう、という算段だ。
もうすぐ現れても良い頃だと思うんだけども……。

「……あれかな」

フードを目深に被った、全身迷彩服の男。
写真こそ無いが聞いた情報と合致している。
私はその男の後をつけることにした。

男は最初、ビルの周りなどを意味もなくぐるぐる回っていただけだったが、しばらくすると突然目的を持ったような行動に移った。

どうも尾行を撒こうとしていたらしい。
しかしその辺に関しては素人なのか、とても下手くそだ。

彼は大きなデパートの中へと入っていった。
私もそれに続いて、デパートへ。

人混みをかき分けて彼は進む。
ちらちらと後ろを気にしているようだが、私には相変わらず気づいていないようだ。

人の海を抜け階段にたどり着いた彼は、今度は上階へと登り始めた。
ここには私を隠してくれる群衆が居ない。加えて足音も目立つ。私は細心の注意を払いながら進んでいった。

できるだけ身を隠しながら、彼の後をつける。
黙々と階段を登り続ける彼。一体どこへ?

とうとう一般の客が立ち入れる限界の場所まで来たが、彼は立入禁止の看板を無視して更に上の階へと消えていった。
なるほど、ここか。

人々の喧しさが更に薄まっていく。追う私と追われる彼だけがフロアにいた。
そして彼は資材置き場らしい一番端の部屋へ消えていった。

私は彼のいる場所を記憶して、来た道を引き返した。
デパートの外へ出て、近くのコインロッカーへと向かう。

ロッカーの中から取り出したるは、ライフルのケースと昨日のボストンバッグ。
その二つを抱え、彼のいる部屋が狙える建物へと向かう。

時計を見る。彼らが落ち合う予定の時間まであまり余裕が無い、急がなくちゃ。

目当てのビルに到着すると、私は階段を駆け上がって屋上へと向かった。
屋上へ着くと、先ほどのデパートがよく見えた。距離的にはだいたい一キロくらいかな。

屋上の扉を閉鎖して、誰も上がってこれないように工作する。
周りを見渡し、誰も居ないことを確認してから私はケースを開けた。

出てきたのは分解された対物ライフル。手早く組み立て、調整に入る。

「あ、そうだこれも付けなきゃ……」

ボストンバッグに入っている機材も、ライフルに取り付ける。
今回使う機材はデリケートな電子機器だ、気をつけないと。

特殊なカメラをライフルの上部に設置、更に配線をつなげ薄い板状の機材に接続する。
この機材は指向性のレーダーだ。これを使って建物の内部を覗き見る。
ここから発せられた特殊な電波を目標へ放射すると反射してきたレーダー波をカメラが受信、映像化するというなかなか

高価なシロモノだ。

スイッチを入れると、街が白黒になってスコープに浮かび上がってきた。
先ほどのデパートの内部がよく見える。

灰色の背景に、白く蠢く集団。これが人間だ。

「映像に異常はなし……あとは弾道がどれくらいずれるかな……」

なるべく射撃は避けたいが……。
しかし、何段階かに映像を処理する機材を使った狙撃は通常のスコープのそれと比べると、照準にズレが出る可能性が高い。
私の経験上、そういうことがあった。

「……撃とう」

私は射撃を行うことにした。
秘匿性を重視したところで、肝心の標的に当たらなかったとなれば目も当てられない。

標的は、デパート屋上の給水タンク。
風はほぼない、撃つなら今だ。
弾丸を一発装填し、私は引き金を引いた。

大きな発射音。バシン、と空気が叩かれる。

しかし、その音は休日の街の騒がしさがかき消してくれた。
狙ったのはタンクのド真ん中。しかし着弾は少し左にずれた。

「やっぱり、ずれた」

予想通り。私はスコープを調整しなおした。
これで準備は万全、あとはターゲットが現れるまで待つだけだ。

私はカメラで、先ほどの男の姿を探す。
人々がぎっしり詰まったデパートのフロアから、少し離れた位置にいる一つの白い影。彼だ。
動かないところを見ると、やはりあの部屋が待ち合わせ場所に違いない。

息を殺して、ターゲットが現れるのをじっと待ち受ける。

とりあえず今日はここまで。
ではまた明日辺りに。

ちょっと遅くなったけど、今から投下していきます。


十分もしないうちに、白い影がもう一つ姿を現した。
おそらくターゲットだろう。

「……ん?」

ターゲットらしき者を尾行するように、新たに二つ白い影が現れた。
護衛?まさか、気づかれてる?

「……それにしたら動きが少し不自然だなぁ」

ターゲットと距離を置いて、まるで気づかれないように後をつけているような動き方。
そう言えばこの間、彼が自分の部下を動かすと言っていた。それがあの二人か?

「どうしよう……」

おそらく、新たな二人も組織の人間だろう。
ここで始末してしまった方が良いのかな……。

いや、待て。
片付けるのは簡単だけど、ここで予定外の殺しをしてしまっては計画が狂うのは目に見えている。

ターゲットはすでに目的の部屋に入って動かない。
情報交換が始まっているようだ。時間がない。

落ち着け、今何をすればベストなのかを考えるんだ。

「……まず、ターゲットだけをやろう」

ライフルに、弾丸を四発。
まずターゲットを撃ち、護衛二人が妙な動きを始めたら即座に始末する。

これが私の出した結論だった。

「……距離1400、無風、標的の動きはなし」

引き金に指をかけ、ゆっくり深呼吸。
標的を照準の中心へ捉える。

影がこちらを向いた。

「……今」

引き金に軽く触れる。
同時に撃針が雷管を叩き、一気に弾丸を押し出した。
また、大きな発射音。

弾丸はそのまま壁を撃ちぬいて、その向こうのターゲットを吹き飛ばした。
影が、霧散する。

数秒もしないうちに、護衛の二人が行動に出た。私は二人に照準を合わせる。

「……いや、必要なさそうかな」

二人は、情報屋の男を取り押さえた。
そのまま部屋に留まっているところを見ると、二人の目的は私ではなかったらしい。

「なんだぁ、心配して損したよ……」

ふぅ、と思わずため息が出た。
とにかく、ここに長く居る必要もない。早く移動してしまおう。
私はそそくさとライフルを分解し、ケースに収めていった。

その日の夜。

「……だから、そう言うことはなるべく正確に伝えろって言ってるんだけど」

「あれがあの時点でもたらされていた最新の情報だ。問題はない」

「二人ついてくるなんて聞いてないよ。こっちはいつカウンタースナイプを食らうか不安で仕方なかったんだから」

「まさか、あなたほどの腕で」

「今話してるのはそういうことじゃないよ。情報がなければこっちは動きようがないんだから。
現場判断なんておっかなくて出来たもんじゃないしね」

「それでも、今日は見事に成功したじゃないか」

「運が良かっただけ。見切り発車でうまくいくことの方が珍しいよ。私は私の仕事をきっちりこなす、
だからあなたもきちんとした情報を提供して。じゃないと私が死んじゃう」

「わかった、わかったから。そうカッカしないでくれ。とりあえず明日だ、よろしく頼む」

「……何か新しい情報があったら、すぐに伝えて。良い?」

「もちろんだミス・オリベ。それでは」

「だからミスはやめてって……あっ、切れた」

私は携帯をベッドに放り投げた。あぁ、イライラして仕方がない。
契約時にあれほど常に情報は正確に寄越せと言ったのに……ちゃんと聞いてたんだろうか。

まぁ、いくら組織といったところでマフィア崩れの集まりだ。
軍隊式の私のやり方と相容れないこともあるだろう……。
それに、情報を鵜呑みにして事前に確認しなかった私にも非があったと言えなくもない。
私達は利害で繋がってるだけ、自分の身は自分で守らなくちゃ。

とにかく、明日も予定が入っている。相手の不手際に怒っている場合じゃない。

「明日は任務中の人間か……」

明日始末する予定のターゲットは、任務でモスクワに現れる組織の殺し屋らしい。
極秘で動いているらしいから、それなりに相手も気が立っているだろう……簡単に行くと思わないほうが良さそうだ。

「それより……明後日の行程が気になるかなぁ」

指令書の中に入っていた、狙撃指令とはまた別の指令。
そこには、組織の人間と接触しろとだけ書かれている。
現れるであろう日時と場所があるだけで、その人物の詳細は一切無い。
あの男、本当に情報を寄越す気があるのだろうか?
明日の朝、やはり問いただす必要がある。

イライラしたせいか、なんだか疲れた。
私はベッドに身を投げる。

「わからないことだらけだよ……」

一人呟いてみるが、当然答える声など無い。
無意味に音だけが部屋に響く。

「……眠くなってきたな」

難しいことを考えてると、いつも眠くなってしまう。
なかなか便利な癖だけど、同時にうんざりもする。
思考の放棄の仕方が、変わっただけだ。
昔から何も変わっちゃいない。

力なんか手にしたところで、私は昔のままだ。

「私は、バカだからね……」

口から、力のない声が溢れる。
瞼は重くなり、視界もぼんやりとしてきた。
ダメだ、眠い。

「だよね、ソーニャちゃん……」

私の独白に、答える者はやはり誰も居なかった。

とりあえず今日はここまでであります。

また明日来る予定です。

どうもこんばんは、さっそく投下します。



「連続して二発……距離は1000……」

起伏の多い、乾燥した大地。
砂の混じった風が吹きすさぶ。

「……当たるかなぁ」

私は銃を操作して、スコープの中央に標的を捉える。
周囲の草が揺れている。修正が必要だ。

慎重な動きで狙いを定める。手元では一ミリの動きでも、距離が離れれば離れるほど大きな誤差となって現れるから注意が必要だ。
少しだけ銃口が揺らいで、標的を弾道に捉える。

「……ゆっくり、落ち着いて」

深呼吸。
体から力が抜けて、私の目と指が銃と一体になる。
風の音、砂の音、全てが世界から消え失せて、私の体を流れる血のリズムが聞こえてきた。

標的、風、そして体。
すべての条件が整うその時を、私はじっと待つ。

「……見えた」

指先が、軽く引き金に触れた。
衝撃と共に視界が揺れて、銃から薬莢が排出される。
キン、と言う気持ちのいい金属音が静かに鳴った。

「次……」

再び照準を安定させ、間髪入れずに次弾を撃ちだす。
あたりは硝煙の匂いで満たされた。
光の尾を引いた弾は吸い込まれるように標的の中心に命中し、パッと一瞬だけ輝いてみせた。

「うん、上出来」

スコープから顔を離し、私は一息ついた。
いつも射撃の訓練はしているが、やはり環境が変わると少し緊張する。

「ヘイ、ミス・オリベ。素晴らしい腕だ」

「だからミス、はやめてくださいって言ってるじゃないですか大佐……」

私の後ろで腕を組んだいかつい男性が囃したてる。
彼はフォース・リーコンの将校だ。
彼だけじゃない、今この演習場にいるのはアメリカのあらゆる特殊部隊から招集された狙撃手たちが数多くいる。

私の隣で射撃をしているのはネイビー・シールズの隊員だし、少し視線を動かして本部のあるテントを見ると
そこにはグリーン・ベレーやデルタフォースの将校が私の上司となにやら話をしている。

「我々こそ最強だと思っていたが、日本のスペシャルフォースもなかなかやるじゃないか大尉」

「一等陸尉、ですからね大佐」

そして私は特殊作戦群。陸自の特殊部隊だ。
今この演習場では、日米合同の狙撃手育成訓練が行われていた。
国内では実現不可能な、広大極まりない巨大な演習場。
やはりアメリカはこの辺のスケールが桁違いだ、敵に回したくない。

「しかし、自衛隊は何度か来ているが君のような女性隊員が来るのは初めてだ。しかもバツグンの射撃技量と来ている」

「あはは……そう褒めてもらうとなんだか照れちゃいます」

「君の上司には悪いが……ウチへ来る気はないか?ハッキリ言って君を使うのに自衛隊では役不足も良いところだ、
その気があるなら私の権限で君の立場を保証する、国籍も用意しよう。どうだね?」

「……申し訳ありませんが、お断りします」

「なぜだ?君がうちへ来ればたくさんの兵士の命を救うことが出来るはずだ。君のその力を我々に貸して欲しい」

「……この力は、別のことに使うつもりなので」

軍人としては、あるまじき思想なのかもしれない。
公僕である自衛官、その存在意義はより多くの人々のために力を行使することにある。

だけど、私の目には一人の友だちしか写っていなかった。
乱暴でちょっと怖いけど、本当はか弱くて……優しいあの子。

世界とソーニャちゃん、どちらを取るかと言われたら。
私は迷わずソーニャちゃんを選ぶ。


もともとこの力は、世界に対抗するために手に入れたんだから。

「……そこまで言うのなら、仕方がないな。しかしだ大尉、もし気が変わったのならここへ連絡したまえ。いつでも待っ

ている」

そう言うと、大佐は一枚の紙を渡してきた。
電話番号と、彼の所属する部隊が記されてある。

こう言うしたたかなところも、アメリカ軍らしい。

「まぁ……考えておきます」

「さぁ、もう一発撃ってみてくれないか。ぜひとも新人教育の参考にしたい」

「いいですよ、じゃあスポッターをお願いします」

「もちろんだとも!」

二人で地面にうつ伏せになる。
私は再び狙撃銃を構え、大佐は観測用のスコープを覗く。

「そうだな……次は二時方向、距離は……1800か?」

「えーと……見えました。大体それくらいですね」

「よし、撃ってくれ」

「風向は……少し左ですかね」

「そのようだ」

距離に照準を合わせるため、スコープを調節する。
標的にピントが合わさった。

「……君は、人を撃ったことがあるか?」

「え?」

大佐の唐突な問いかけに、私は一瞬スコープから目を離してしまう。

「スコープから目を離すな、そのままでいい」

「は、はい……」

「まぁいきなりこんな話をされて驚くのも無理は無いな」

「はぁ……」

「それで、あるのか?」

「それは……」

もちろん、あるわけがない。

「まぁ、無いだろうな」

「どうしてそんなこと……」

「単刀直入に言おう。君は、何かを殺したいほど憎んでいないか?」

「え……」

まるで、心臓を撃ち抜かれた気分だった。
私の心の奥を、いきなり暴かれた。
動揺で呼吸が乱れ、心拍数は上がり、手は震える。

「どうなんだ、大尉」

「……そ、れは」

「……図星のようだな」

「……」

大佐はそれ以上何も言わない。
私は、頭がどうかしてしまいそうだった。

「……君のような目をした人間を見たことがある」

「え……」

「復讐に囚われ、怒りを向ける先を見失った人間の目だ。私は戦場でその目を見た」

大佐は私の目をじっ、と見つめてきた。
思わず目をそらしてしまう。

「……一体何の話ですか大佐」

居心地が悪くなった私は、とぼけたふりをして話題をすり替えようとする。
しかし、大佐はそんな小手先の話術を物ともしない。

「君は、人を撃てない。いや……このまま撃ってはいけない」

「そんな、こと……」

ない。

たった二文字の言葉なのに、それを口にするのがとても怖かった。
言い切ってしまったら、今度こそ。
迷いとともに、他の何かを断ち切ってしまいそうな。

「技術は良いが、やはり精神がそれに追いついていないようだ」

大尉の目が、私を覗き込んでくる。
私は、何も言えずにただ呆然とするだけ。

「……さぁ、条件は最高だ。撃つなら今だぞ、大尉」

「……はい」

再びスコープを覗き込んで、標的を見る。
数十センチ四方の、ただの鉄板。そこに人を模したペイントが施された、至って普通の訓練標的。
でも……。

「……どうした大尉、引き金を引くんだ」

「……はいっ」

どういうわけか、指が動かない。
まさか、今の話のせいなのか。

「このっ……」

言う事を聞け、動くんだ。
あれはただの訓練標的、ただの鉄板じゃないか。
人型のペイントもそれっぽく見せるためだ。
あれは人間じゃない。

そうだ、いつも通り。
深呼吸して、息を整えよう。
心拍が上がっている、心を落ち着かせて。
大佐の口車に乗せられるな、あれはいつも撃ってるやつだよ。
決して、人なんかじゃない。

無理やり思考を切り替えて、殺人の幻想を取り払う。
体もだんだん普段の調子を取り戻す。そうだ、それでいい。

後は指先を軽く触れるだけでいい、簡単なことでしょ?

さぁ撃て。

折部やすな。

「……撃ちます」

……やすな。

「……っ!?」

今のは?

一瞬何かに気を取られた私の手元が、わずかに狂った。
恐らく発射の瞬間、銃口が一ミリ……いや、〇.五ミリ上に向いたのだろう。

しかし、そのズレが致命的なミスとなる。

弾丸は標的から大きく外れて着弾した。

「……あ、あれぇ?」

「……やはり、な」

「あ、ははは。ちょっと手元が……」

「今までろくにメンタルケアを受けていないだろう大尉。なるべく早く治療を受けたほうがいい」

「な、何を言うんですか!」

「私は至って真面目だ」

「う……」

大佐が鋭い目つきで私を見る。
まるで全てお見通しだとでも言いたげに。

「何が見えた、大尉」

「……何も、ありませんよ」

何も、見ていない。
そうだ。私は何も。

何も、見えていない。

「もう少し訓練すれば君もちゃんと人間が撃てるようになるだろう。だが、今の精神状態で実戦に出れば……今度は君が

壊れるだろうな」

「……」

人は、ちょっとした言葉でここまで動揺するものなのか。
信じられない。

「……何か思うところがあるなら私に連絡してくれ。力になろう。軍人としてではなく、一人の人間として」

「……どうして、私にそんな事を」

「私の部下に君と似たものが居た。優秀な狙撃手だったよ。だがあいつも、いつか君のような目になった」

「その人は今……」

「死んだよ」

大佐はさらっと言ってのけた。
だがその言葉に、不思議と冷たさは感じない。

「彼のような人間をもう、出したくない」

「……そうですか」

「まぁそういうことだ。後のことを決めるのは君だからな、考えておいてくれ」

そう言うと大佐は、将校の集まるテントに歩いて行った。

「……撃て、ない?」

標的を仕留め損ねた右手を見つめる。
自分で自分がわからなくなる。
今まで私は、がむしゃらに上を目指してきた。
もっと強く、もっと大きな力を手に入れたかった。
その結果が特殊作戦群に入隊した私。
いとも簡単に人を殺せる能力を与えられた私。

だけど確かに、人を殺す実感は掴めなかった。
人を人とも思わずに、引き金を引くための教育。
まるでゲームのような。

私は、人を撃ったことがない。
撃ったら、どうなるんだろう。
命を奪うことって、どんなことなんだろう?

「……どうなのかな、ソーニャちゃん」

引き金を引く瞬間。
僅かに、しかし確実に私の視界に現れた彼女に聞いてみたけど。
彼女がふたたび現れることはないのであった。

とりあえず今日はここまでです。

しかしこれうまく終わるんだろうか……。

あっ、まずい誤字った。
>>130 の大尉の部分は大佐でした……。

こんばんは、早速投下です。




「えーと……あ、いた。大体距離600かな?」

夕方のモスクワ市街。
任務中のターゲットを双眼鏡で確認した。

彼はビルの非常階段で何やらあたりを見廻している。
標的の監視でもしているのだろうか。

「でも狙われてるのはあなたですよ、っと」

まもなく日が暮れる。
一応暗視装置は用意していたが、今のチャンスを逃す訳にはいかない。

夕日が眩しい。
彼の居るビルからの照り返しが私に振りかかる。
柔らかで暖かい、夕方の日差し。

私はいつも通り、ケースから取り出した狙撃銃を構え標的を狙った。

相手は下の世界に夢中だ、こっちに気がついていない。
彼が何をしようとしているか知らないが、私には好都合だ。

私はマガジンを装填し、コッキングレバーを引いた。
これでいつでも撃てる。

今回は標的近くに風向きを見るような物がないけれど、これだけ近ければ多分殆ど問題無いだろう。

あとは引き金を引くだけ。
いつも通り、簡単なこと。

と、次の瞬間。
彼がこちらを向いた。

「気づかれた?」

どうもそのようだ。
あぁ、スコープの反射のせいか。なかなか初歩的なミスをした。
でも、もう彼に逃げ場はない。

「……残念でした」

私はそのまま、彼の顔めがけて撃った。

弾丸がゆるい放物線を描きながら、彼に一直線に向かっていく。
そして、体が消えた。

この距離で、この大口径のライフル弾だ。彼はもはや人の体をなしていない。
彼だった血や骨、肉片は真っ赤な花のような模様を壁に描いていた。

夕日の赤と血の赤が交じり合って、どこか幻想的な雰囲気すら漂っている。

「なんてね」

これで、七人目。
仕事は順調だ。今のはちょっとだけ危なかったが、まぁ結果オーライだろう。
標的となる人間のおよそ半数を始末したことになる。

これで、相手の戦力はほぼ壊滅状態と言っていいだろう。
ますますこの後の仕事がしやすくなる。

「……帰ろう」

私は仕事道具を収めて、階段を降りていった。

夜。

「それで……明日会う人物についてだけど」

「なんだ、そんなことでわざわざ電話してきたのか」

「ぜんぜんそんなことじゃないんだけども」

電話の向こうの彼がヘラヘラと答えるので、逆に私はイライラしていた。
次に会ったらぶん殴ってやりたいくらいに。

「日時と場所はともかく、人物の情報が一切ないってふざけてるの?」

「私は至って真面目だ同志、とにかくそこに行けば組織の人間が現れるから接触してくれと言ってるんだ」

「……それとも、何か私に言えないことでも?」

「ま、会ってのお楽しみってやつかな」

「はぁ……」

「真面目な話、あまりそいつの情報を持ち出したくないのだ。すまないが直接会って確かめてくれ」

「……まぁ、そういうことなら」

「それと今独自に動いてる部下だが、だんだん情報を絞り込んできた。君が元自衛隊の人間であることを掴んだようだ」

「その辺の事に関してはあなたに任せているからなんとも言えないけど……」

「一応私も努力はしているが……立場上あまり露骨な撹乱は出来ないのでな。その内君にたどり着くかもしれない」

「……まぁ、なんにせよ明後日には全て終わるよ。それまでに私の正体がバレることは流石にないでしょ?」

「そうだが、一応気を付けてくれよ」

「お気遣いどうも、では」

電話が切れる。
結局明日接触する人物に関しての情報は全く得られなかった。

せめて特徴だけでも、と思ったんだけど……。

それはそれとして、追手がだんだん私に近づいてきたと言う点も見逃せない。
正体こそバレていないが、特定されるのも時間の問題だろう。

「まいったな……」

ここに来ていきなり課題が山積みだ。

とりあえず、私は明日やるべき仕事について考えることにした。
明日の予定は人に会うだけ、重いライフルも何も必要が無い楽な仕事だ。

場所は、思っていたより近い。
彼の組織の本部近くの酒場、そこに例の人物が現れるようだ。
私から声をかければ良いんだろうか?

「見たらすぐわかる、とか書いてあるけど……本当かなぁ」
とりあえずライフルは必要ないが、自衛用に拳銃くらいは持っていったほうが良さそうだ。

「はぁ……最近疲れてばっかりだなぁ」

この仕事が終われば、彼女と会えるはずなのに。
私の心は逆に重く淀んでいく。

まるで、ずっと靄の中にいるみたいな気分だ。
やっぱり、何も見えない。

「……本当に会えるのかな」

私の心が、わずかにぐらついた。

何を言っているんだ私は。
会えるに決まっているじゃないか、そのために私は今まで……。
今まで、やって来たのに。
今まで頑張ってきたのに。
それじゃあ私がまるで……。

「……私が?」

私が、今まで頑張ってきたのに?

ふと出た言葉に、私は疑問を抱いた。
これは、もしかしたら。
とてつもなく自分勝手な考えなんじゃないか?

今まで、ソーニャちゃんのためなんて言っていたけど。
私は、私を慰めるために彼女を使っていたんじゃないか?

あの日自分から逃げ出しておいて、それを今になって取り戻そうなんて。
なんてわがままなんだろう。

「……そんなこと」

ないって、言える?

わからない。

「ソーニャちゃんのため……かぁ……」

それは、同時に私のためでもあったのだろうか。
誰かのため。
便利な言葉だ。
うまく使えば、自分の行動の責任を誰かにまるごと被せ、しかも相手を縛ることすら可能なんだから。

私がしたことは、本当にソーニャちゃんのためだったのかな。

「十年、かぁ」

あれから、十年。
私がソーニャちゃんから逃げ出してから。
ソーニャちゃんを裏切ってから。

十年が経った。

ソーニャちゃんは今もまだ、殺し屋をしている。
会えていないけど、それだけは知っている。

ソーニャちゃんの心に、私はまだいるのだろうか?

「……やめよう」

こんな事を考えるのは、ちょっと疲れているせいだ。
勝手に想像して、勝手に落ち込むなんて、バカみたいだから。

「もう、寝よう……」

ベッドに倒れ込む。
ギシギシとスプリングが音を立てた。

「絶対会えるよね、ソーニャちゃん……」

小さく呟いてみたその言葉。

それはソーニャちゃんに対する信頼か、それとも自分自身を慰めるための物なのか。

私にもわからないまま、睡魔が私に優しく覆いかぶさった。

とりあえず、本日はここまでです。話もだいたい進んできたと思いたいです。

今更ですがいろいろコメントいただけて嬉しいです、ではまた明日あたりに出没します。

だんだん進んできております、投下します。


 


「……一人負傷!動けん!」

「援護を要請する!本部!」

埃っぽい空気の中、怒号が飛び交う。

私は廃墟の壁に隠れて、指示を待っていた。

「折部!移動だ、ついて来い!」

「は、はい!」

目まぐるしく変わる戦況、ここにいる誰もが初めての経験だ。
いつも落ち着いている私の上司も、わずかに浮き足立っているように見える。

ここは中東のとある村。
私達は海外派遣部隊として、この付近に送り込まれていた。

キャンプ付近の簡単な警備任務を終えて帰投するところを、
現地の武装勢力に襲われそのまま戦闘に突入し、現在に至る。

先頭を走っていた車両がRPGで吹き飛ばされたあと、私達は車両を捨てて付近の建物に逃げ込んだ。
外では散発的に銃声が響いている。

私は上司に連れられ、建物の屋上へと向かった。
屋上に出ると、あたりがよく見える。

「前方にいる奴らを援護するぞ、用意しろ」

「わかりました……」

私は担いでいたライフルを設置して狙撃の準備を完了させた。
スポッターは隣の上司が務めてくれる。

「街道突き当りに機関銃だ、見えるか」

「えっと、はい。捉えました」

スコープの先、砂煙の向こうに機関銃が見えた。
急場しのぎで戦闘用に改造されたピックアップトラック、いわゆるテクニカルの上にある。

射手は何やら叫びながら手当たり次第に撃ちまくっている。
何を言っているかわからないが、殉教の言葉でも叫んでいるのだろうか。
彼の射撃はハッキリ言って素人同然だ。
しかし、その強力な弾丸と発射速度のせいでここでは相当な脅威として存在している。
そして何より実戦に関しては私達も素人同然だ。

「よし、撃て」

「……はい」

引き金に指をかけた。
照準は、相手の頭を捉えている。

「……何してる、早くしろ」

「は、はい……」

あれ……まただ。

いつかみたいに、指が動かない。
なんで、よりによってこんな時に……。

「おい!どうした!」

「な、なんでもありません」

「落ち着け、訓練を思い出せ」

そうだ、訓練通りにやるんだ。
標的を照準の真ん中に入れて、引き金を引く。
いつも通り、当たり前の事をするだけだ。

「……撃ちます」

君は、人を撃てない。

「……っ!」

このまま、撃ってはいけない。

「……なんで」

こんな時に。
この重要なときに。

「折部、撃ってくれ。頼む」

「……はい!」

撃たなきゃ。
今は、悩んでる暇なんかないのに。

じゃないと、私も死んでしまう。

「いいか、あれは敵だ。撃たなきゃ俺もお前も死ぬんだ。今までの訓練を思い出せ。全てはこの時のためだ」

そうだ。
いつも通り。
少し周りがうるさいが、私が居て、銃があって、標的がある。
何にも変わりがない。

呼吸を合わせて。
肩の力を抜くんだ。
そう、その調子。

「……距離は200ほどだ、外すなよ」

「わかってます」

息を止める。
私の意識が全て、スコープの中に注がれる。
標的は弾丸を装填している。今がチャンスだ。

「……カウント3で撃て、良いな」

「はい」

「行くぞ。3……」

あれは敵だ。私が倒すべき敵だ。
撃たなきゃ死ぬんだ。



君には撃てない。
撃ってはいけない。


やめて。

「2……」

私は人を撃つんじゃない、敵を撃つんだ。
あんなの……。


技術は良いが、精神がそれに追いついていないようだ。

……今度は君が壊れるだろうな。

黙れ。

「1……」

……やすな。

うるさい!

「……撃て!」

やすな!

「あんなの……!」

人間じゃ、ない!

私は引き金を引いた。
同時に何かが壊れたような、あの懐かしい音も聞こえた。

弾丸は、正確無比に。
自然の摂理に従って弾道を描き。

機銃手の頭を吹き飛ばした。

「……命中だ、折部」

「……は、はは。やりましたよ」

そこから後は、もう簡単だった。

何も考えず、撃つ。撃つ。撃つ。
何人撃ったかも覚えていない。

ただひたすら、標的をスコープで捉えて引き金を引いた。

気が付くと、戦闘は終わっていて私は車両の中に居た。
窓の外を見ると友軍のキャンプが近づいてきている。

「……おい、折部?」

「え、あ、はい。なんですか」

「大丈夫か?さっきから上の空だが」

「いや……まぁ」

「まぁ初めての実戦だ、思うところもあるだろうが……お前のおかげで皆助かったんだ、自信を持て」

「はぁ……」

「……今日はゆっくり休め、いいな」

まるで、今まで夢を見ていたような気分だ。
実際、本国にとっても、私達にとってもさっきの戦闘は夢の様なものとして扱われるだろう。

でも、私の右手は覚えている。
さっき、初めて人を撃った事を。
他人の命を奪ったことを。

それは、夢ではない。

ぎゅっと、右手を握りしめてみる。
右手は、わずかに震えていた。

「……いいんだよね、これで」

あの時振り払ったのに、再び現れた彼女の幻影。
まるで、救いを求めるように問いかけてみた。

私が人を殺したって知ったら、ソーニャちゃんはどんな顔するだろう。


撃たなきゃ皆死んでいた。
私だって、死んでたかもしれない。
だから仕方なく、生き残るために。

言い訳がましく、言葉を並べてみても。

私の心はむしろ、曇っていくばかりだった。

とりあえず本日はここまでであります。

それではまた。

野暮なことだけどRPGじゃ陸自の派遣車両吹き飛ばすのは厳しいと思うんじゃ
危険地域向けの派遣車両だいたい装甲ついてるし
実際LAV乗ってる人に聞いた時も当たったとこにいた気の毒な奴が死ぬだけって話だったのじゃ

>>192
そこは高機動車かそのあたりということでご勘弁していただきたく。
漫画とかでも襲われてたのは高機動車だったので……。

いやまあ状況描写が少ないからどうとでもなるけどね
派遣とはいえ小型トラックも使われたりもするし

>>194
とりあえず、今後の参考にさせていただきますね。
しかしRPGって案外派手じゃないんですねぇ……LAVでもまるごと吹っ飛ぶかと思ってました。

どうもこんばんは、遅いですけど投下していきます。



翌日。

私は指令書に書いてあったとおりの場所に立っていた。
とりあえず組織の本部近くに立っていろ、との事だったが……。

「誰なんだろう」

向こうから声をかけてきてくれるのだろうか。
私には相手の情報が無いので、声のかけようがない。

「……ウソってことはないよね、流石に」

時間が経つにつれ、だんだん不安になってきた。
約束の時間が迫る、あたりを見回してみるが、それらしい人影はない。

本部の周りをウロウロしてだいたい十分が経過した。
後数分で相手が現れるはず、なのだがやはりそういった気配は感じられない。

あの男に連絡を入れようと携帯を取り出した。
その時だった。

私のいる場所から道路を挟んだその向こう側、彼女が現れた。
私が十年間、追い続けたあの子。

「ソーニャ……ちゃん……?」

最初は、とうとう私もおかしくなったのかと思った。
他人の空似も疑った。
でも、あれは幻でも他人でもない。
紛れも無くソーニャちゃん、その人だった。
よく見ると、あぎりさんも一緒にいる。

組織の人間って、まさかそういうことなのか。

あいつめ、何が会ってのお楽しみだ。

「ど、どうしよう……」

私は本気で動揺していた。
まさか、こんな形でソーニャちゃんと再会するなんて。
全くの予想外だ。

何も出来ずにいると、二人は小さな酒場に入っていった。
店はまだ開店前に見えるが、一体何をしているのだろうか。

少なくとも、今一緒に乗り込むのは得策ではない。
とりあえず、店を出たところをつけるとしよう……。

用事が済んだのか、二人は店を出た。
私は一定の距離をとって、二人を追跡する。

しばらく歩いて交差点に差し掛かると、二人はふた手に別れて行動し始めた。
たぶん、私の追跡に気づいたのだろう。

私はソーニャちゃんの方を追うことにした。
はやる気持ちを抑えているつもりだが、無意識に歩くのが速くなる。

距離がだんだん詰まってきた。

私達の距離が三十メートルを切ったところで、ソーニャちゃんが角を右に曲がる。
私は追いつこうとして、更に歩くスピードを上げた。

そして角を曲がろうと言う時。

突然ソーニャちゃんが目の前に現れた。
私は面食らって、一瞬動きが止まる。

その瞬間を狙って、ソーニャちゃんが背後に回って私の腕を捻り上げた。

「貴様、私になんの用だ?」

「あだだだだ!痛い痛い痛い!」

「お前は……!?」

聞き覚えのある声。
綺麗な金髪に、透き通るような青い目。

「あ、あはは……ソーニャちゃん……」

「やすな……!?」

ソーニャちゃんは、信じられないと言った風に私を見つめていた。
その顔は、十年経っているとは言え昔のままだった。
懐かしさがこみ上げてくる。

「ソーニャちゃん……やっと見つけたよ……」

「お前、どうしてこんなところに……!」

「ソーニャちゃん……!ソーニャちゃんっ……!」

私はたまらなくなって、ソーニャちゃんに抱きついた。

「ごめんね……!ごめんねソーニャちゃんっ……!」

「やすな……」

あの時、逃げ出して。
あの時、裏切って。

ごめんなさい。

でも、今度は絶対に逃げたりしないから。

「やすなっ……!ずっと会いたかった……!」

ソーニャちゃんが抱き返してくる。
あぁ、あの時のままだ。
昔、私を抱きしめてくれた時から変わらない暖かさがそこにあった。

「……やすなさん?」

「あ、あぎり……」

「あぎりさん!」

二人で抱き合ってるうちに、あぎりさんがやって来ていた。
ちょっと恥ずかしいところを見られちゃったかな……。

あぎりさんも驚いた表情で私を見ていた。
この人も、昔と変わっていない。
いや、やっぱり昔と比べてより美人になったような……。

「お久しぶりです、あぎりさん」

「十年ぶりですね~、お元気でしたか~?」

「はい!あぎりさんもお元気そうで!」

「いえいえ~」

十年ぶりに、三人が揃った。
まるで……夢を見ているみたい。

「しかしやすな……一体どうして……」

「ソーニャちゃんを探しに来たんだよ!」

「私を?」

「いろいろ時間がかかっちゃったけどね……」

「でも、私がここにいるなんてどうやって調べたんだ?」

「写真見せて、とにかく聞いて回ったんだよ!とりあえず首都だし、人も多いからいるんじゃないかなー……と」

「呆れた……お前まさかその調子でロシア全土を調べるつもりだったのか?」

「も、もちろん!」

「……やっぱりバカだなぁ、お前は」

「こんな時になってまでそう言わなくてもいいじゃん!」

「いいやバカだ、大バカだ。わざわざ私なんか探してロシアを駈けずり回ろうなんて考える奴はバカ以外の何者でもない」

「むぅ……」

「でも、そこが良いところだ。変わらないな」

「えっ……?ソーニャちゃんがデレた……!?」

「うるせえ!」

ソーニャちゃんが私の頭を小突いた。
この感じ、なんだか懐かしい。

「そうだソーニャちゃん!せっかく会えたんだし……この後何か食べに行かない?」

「あぁ…すまない、ちょっと仕事中でな……今は時間が無くて」

「仕事……って、また」

「いや、その……人探しだ」

そう言って、彼女は目を逸らした。
嘘を言っている。
だいたい、最初の段階でまだ組織に居ることも殺し屋を続けていることも、私は知っているから。
でも、私だって嘘をついてるからお互い様だ。

「なんだー、探偵にでも転職したの?」

なので、私も適当に話を合わせる。

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

「まぁ、お仕事なら仕方ないね……。私はこの近くのホテルにいるから、時間ができたら連絡ちょうだい!これ、連絡先!」

「あ……うん。それじゃあ、後でな」

「待ってるからね!絶対だよ!」

そう言って、私は滞在先のホテルに戻る道を歩いて行った。
柄にもなくスキップなんかして。

ソーニャちゃんたちが見えなくなった。
私は一人で、帰り道を歩いている。

さっきの出来事が、本当に夢なんじゃないかと少し怖くなる。
でも、さっき連絡先を渡した時に握った彼女の手は本物だ。

「ソーニャちゃん……」

今まで生きててくれたんだ。
それに、私の事を忘れずに居てくれた。

「あはは……よかったぁ……」

おかしいな、涙が止まんないや……。
今は泣いてる場合じゃないのに……。

「そうだよ、まだやることいっぱいあるんだから……」

でも、意思に反して目からはぼろぼろと涙が落ち続ける。
結局ホテルに戻るまで涙は引っ込んでくれなかった。

と、とりあえず本日はここまでであります……。


悲しいなあ

乙です。
前作を読んでいるから、結末はどうなるかわかっているけどな…

>>217
>>218
読んでいただいて嬉しいです。
やっと終盤入ってきましたので、もうすぐなんとかなるかと……。

どうも、昨日は全然進展が無いので投下できませんでした……。
今日はなんとか少し進みましたので投下していきます。



「で、感動の再会はどうだったね同志」

「……言うことはそれだけ?」

「あぁ、そうだが?」

「随分味な真似をするんだね、何がしたかったの?」

「報酬の前払い……とでも言おうかね」

「ふざけないで」

「冗談はさておいて……これで、君が容疑者として彼女らの目にとまる可能性はほぼ消えただろう」

「ソーニャちゃんが動いている事実を隠したのもそのため?」

「効果を高めるための、ドラマティックな演出ってやつだよ。どうだ、なかなか感動的だったろう?」

「……本当に嫌な人だね、あなたは」

「嫌なやつじゃなきゃこの世界じゃとっくに死んでるさ。まぁ、なんにせよこれで調査の手が君に及ぶことはほぼ無い。
重要なのは明日だからな、よろしく頼むぞ」

「……約束はちゃんと守ってくれるよね?」

「もちろんだとも」

「……ソーニャちゃんの無事は?」

「保証しよう」

「……じゃあ明日、だね」

「よろしく、ミス・オリベ。それでは私は一足先にソチに行くとするよ」

「ソチ?」

「別荘があるのさ、それじゃ」

私は電話を静かに置いた。
机の上には、彼から渡された資料が散乱している。
組織本部の見取り図、見張りの情報、合言葉、その日本部にいる人間のリスト。
そして武器の置き場所と同行する兵のリスト。

彼が用意した傭兵らしいが……。
果たして信用できるだろうか。
あの男の言動や態度、怪しくて仕方がない。
明日も用心する必要がありそうだ。


「……私も嫌なやつ、だね」

影に隠れてコソコソと。
油断したところを狙い撃ち。

嫌なやつじゃなきゃ、私も生き残っていない。

明日、私は本部を襲う。
そして一人残らず本部に居る人間を始末する。

これが最後の仕事だ。

そうすれば組織の崩壊は確実、帰る場所を失ったソーニャちゃんたちは……。

「……最低の方法だよ、これ」

でも、現状これしか方法がない。
手段なんか、選ぶ余裕はないんだ。

「……ん?」

先ほど置いた電話が震えている。
何か言い忘れたことでもあったのだろうか、私は電話に出た。

「もしもし……」

「私だ」

この声は……!

「ソーニャちゃん!」

「連絡が遅くなった。すまないな」

「ううん、大丈夫!それで、いつなら空いてる?」

「実は、今のところ決まってなくてな……もう少し掛かりそうなんだ」

「なんだぁー……つまんない……」

「お前は、どれくらい滞在するつもりなんだ?」

「入国管理の人に二ヶ月くらいって言っちゃったよ」

「流石にそんなにはかからないはずだから……すまん」

「ううん、お仕事だもん。しょうがないよ」

「しかし二ヶ月もいるつもりだったのか……」

「だって、手がかりの無い状態から探すわけだから……それくらいかなと思って」

「ロシアにはいつ来たんだ?」

「んー、三週間くらい前かな?だからあと一ヶ月くらいはいるよ」

「そうか、ならもう少し辛抱してくれ。きっと時間を作るから」

「うん、待ってるよ!」

「それじゃ切るぞ」

「うん、ばいばいソーニャちゃん」



電話が切れる。
仕事が終わったら、か……。

「明日で全部片付くんだよ、ソーニャちゃん」

そう、全部終わる。
この十年、私がずっと追ってきたもの。

ソーニャちゃんを取り戻すために。

そのために、今まで。

「やって来たんだけどね……」

ここまで来て、なんだか怖くなってくる。
ソーニャちゃんに会えたのは、もちろん嬉しかった。

でも、ソーニャちゃんが知っているのはあの頃の弱くてバカな私だけ。
兵士としての、人殺しとしての私を。

彼女は知らない。

「ソーニャちゃん……」

知られるのが怖くて、私は彼女を欺いた。
まるであの頃から変わらないままでいるかのように。

伯父さんに嘘をついて。
先生にも嘘をついて。
上司にも、大佐にも嘘をついて。

とうとうソーニャちゃんにまで嘘をついた。

「やっぱり嫌なやつだな、私」

窓から外を見る。
とっくに日は沈んで、あたりは真っ暗だ。

それでも町の明かりに照らされて、空には雲の姿がうっすらと確認できる。

黒くて、分厚い雲が町の上に漂っていた。

「……明日は、降りそうだね」

真っ黒な空の向こう。
目を閉じれば、あの日戦場で見た空が広がっている。

あの時、私は何を失ったのか。
どこに置き忘れてきたのか。

そんな事を考えても、もう無駄だ。

取り戻すには、あまりにも時間が経ちすぎたから。

とりあえず本日はこのあたりまでです。
では。

こんばんわ、遅いですが早速投下していきます。



「……本当に良いのか?」

「はい、自分で決めたことです」

「そこまで言うなら、俺にはどうも出来ないが……」

デスクに座る上司。

その前に直立する私。

そしてその間に置かれた辞表と書かれた封筒。

「出来ればもう少しいて欲しかったが……職業支援は受けるのか?」

「いえ、やることのアテはあるので受けないことにします」

「……わかった、確かに受け取った。後の期間、しっかり勤めてくれよ」

「はい、では失礼します」

海外派遣から戻って数ヶ月。
私は自衛隊を去ることに決めた。

理由はまぁ、いくつかある。

一つはある程度の貯金が貯まったことだ。
そこまですごい額、というわけではないが退職金も合わせれば海外に暫く滞在出来るだけの蓄えはある。


そしてもう一つは、ソーニャちゃんがロシアに居るという確信を持ったからだ。
上司の繋がりで、私はモスクワに勤務している防衛駐在官と知り合うことが出来た。
彼からモスクワの治安などについて、例えば犯罪組織やマフィアに関する情報を度々仕入れていたのだ。

そして独自に調査した九年前の事件に関しても、ロシア系の人物の影が見え隠れしている。
ソーニャちゃんの居る組織と言うのはロシアに本拠地があると見ていいだろう。

「折部、やめるんだって?」

「先輩やめちゃうんですか?」

私の同僚や後輩たちが、声をかけてくれた。
今まで私を支えてくれた人たちだ。

「うん、まぁね」

「そうかぁ、寂しくなるなぁ」

「じゃあ今日は送別会でもしますか?」

「いや、そんな……」

「何言ってるんだ、遠慮するな!」

結局その日、同僚たちによって半ば強引に送別会が開かれることになった。
場所は駐屯地近くの小さな居酒屋。
今回だけじゃなく、何かある度にちょくちょく利用してきた場所だ。

「それじゃあ、折部一等陸尉の前途を祝して、乾杯!」

「乾杯!」

居酒屋には、結構な人が集まってくれていた。
同僚に後輩はもちろんのこと、ちゃっかり上司まで居る。
お酒が入っているせいか、みんな上機嫌だ。

そういう私も、ビールを数杯飲んでほろ酔い気分。
体がぽかぽかして、頭がふわふわする。

「なぁ折部、どうして辞めるんだ?」

顔を赤くした上司が話しかけてきた。
彼もそれなりに出来上がっているらしい、少しフラフラしている。

「……実は、ずっと前から友達を探してて」

「友達?」

「えぇ、昔引っ越してから一度も会えてないんです」

「……それと、辞職に関係が?」

「……連絡が取れないから、探しに行くんですよ。本格的に。そのための資金もある程度貯まりましたし」

お酒が入ったから、今日の私は少々お喋りだ。
なんだか会話が止まらなくなってしまう。
その後も、私は上司にソーニャちゃんに関する思い出話なんかをしたりした。

「……大切な人なんだな」

「はい、とても」

「いいか折部。お前はいなくなってしまうが……何かあったらまた俺に連絡してこい。力になれるかわからんがな」

「……じゃあ、その時はお願いしますね」

「ははは、任せておけ」

上司の赤い顔が、更に赤くなったような気がした。
宴会もだんだんと落ち着いてきて、みんなそれぞれが思い思いの話をしている。

「……なぁ、折部」

「はい?」

「あの時はすまなかったな」

「あの時、ですか」

「……お前に、人を撃たせてしまった」

「あれは……仕方ありませんでしたよ」

「……俺も、実は怖かったんだ。すまない」

そう言う上司の顔は赤いままだったが、表情は真剣そのものだった。
私も、少しだけ酔いが覚める。

「……撃たなきゃ、いけなかったんですから」

「すまんな……」

それ以上、彼は何も言わなかった。
二人の間に沈黙が横たわる。

「何だ折部、大人しいじゃないか!飲め飲め!」

「あ、いや私は」

「何言ってるんスかぁ~、主役が飲まなきゃダメっすよ~」

「あぁ、もうこんなになって……」

二人によって、場の空気が一気に変わった。
いつも騒がしい二人だったけど、この時ばかりは救われたと思う。

しばらくすると、上司が締めて送別会はお開きとなった。

夜の静かで暗い道を、少し酔いの覚めた体で歩く。
途中、駐屯地が見えた。明かりがちらほらとついている。

「……九年もここにいたんだなぁ、私」

いろんなことがあって、いろんな人に会った。
嫌なこともあったけど、同じくらい良いこともあった。

「……楽しかったな」

ここに居るのは、とても心地よかった。
それはもう、あの時の事を忘れてしまいそうになるくらい。

とても、楽しかった。

でも、それでは駄目なのだ。

今まで止まっていた時間を、私は動かさなければいけない。

「私は……」

どうする?

「……行くよ、私は」

今度こそ、私に出来ることを。

もう、誰も。
私の前から消えてしまわないように。

とりあえず本日はここまでであります。

ではまた明日あたりに……。

書き溜めが結構たまりました、投下していきます。







次の日。

「Или готов хорошо?(用意はいい?」

「別にロシア語を使わなくても良い、普通に話せ」

「そう?じゃあそうするよ」

私は、三人の男を乗せた車を運転していた。

私達は、いつかのように武器の受け渡し場所へと車を走らせていた。
場所はモスクワにある貨物トラックのコンテナ集積所。

集積所へ着いた。
私達は適当なところに車を止めて、コンテナの間を縫うように進む。

しばらく歩くと、印のついた目的のコンテナが見えてきた。

「……これでいいの?」

「あぁ、そうだ。ちゃんとマークもある」

そう言って、男の一人が鍵を取り出すとコンテナの南京錠を解除した。

中やはりだだっ広く、その中央に数個のケースがぽつんと置いてあった。
形状からしてアサルトライフルでも入っているのだろう。

私達はそれぞれケースを手に取ると、来た道を引き返し車に乗り込んだ。

また車を走らせる。今度の目的地は組織の本部近く。
二十分もしないうちに、車は本部の前へ到着した。

車を降りる前に、ケースを開けて武器の用意をする。
ケースの中にはサイレンサー付きのアサルトカービンに、同じくサイレンサー付きの拳銃が入っていた。
マガジンは予備を含めてそれぞれ三つずつ。

手負いの組織を潰すには十分すぎる装備だろう。

全員、武器に異常が無いことを確認して車を降りた。

私が先に進み、ドアをノックする。
見張りの男が覗き窓を開け、私を睨みつける。

「Кто?(誰だ?」

「Знакомство Сони.(ソーニャの知り合い」

「……Хорошая лучший вид в Москве?(モスクワで一番眺めがいいのは?」

「Подвал Лубянки(ルビャンカの地下室」

合言葉を聞いた男が、扉の鍵を解除した。

その瞬間、私は思い切りドアを開け呆気に取られた男の額を拳銃で撃ちぬいた。
バス、というくぐもった音が響く。

男は声も上げずに絶命した。
私は彼が地面に倒れる前に抱き止めて、ゆっくりと地面へ置く。

ハンドサインを出すと、隠れていた三人がやって来た。
彼らはそのまま中へ進んでいった。私も後へ続く。

完全に不意を突かれた形になった本部の人間たちは、為す術もなく銃弾に倒れていった。
数人始末したところで、やっと気づいた奴らが銃を持ち出してきたが今更もう遅い。

バス、バスと静かな銃声が建物に反響する。

結局三十分もしないうちに、本部の人間は全員片付いた。

死体が床に転がっている。

なんて呆気ない結末だろうか。

「……全員始末したね、それじゃあ撤収しようか」

「その前にやることがある」

「やること?」

そう言うと、男達は私に拳銃を向けてきた。

「武器を置け。ゆっくりだ」

私は言われたとおりに、ライフルと拳銃をゆっくりと床に置く。

「……なんのジョーク?」

「ジョークも何も、俺達は最初からそういう契約で仕事を引き受けた。本部を襲い、お前を殺せとな」

「……やっぱり、あいつの差金だったんだね」

「わかっていたのか?」

「そんな気がしただけだよ」

「まぁいい、お前が何者か知らないが悪く思うな」

彼が拳銃を構え直し、引き金に指をかけた。

やるなら、今しかない。

私は彼の手を払いのけ、拳銃を床に叩き落とした。

同時に隠し持っていた別の拳銃を素早く取り出し、彼の胴体に二発撃ちこむ。
残る二人も、慌てて私を撃とうとするが私の方が僅かに速い。
それぞれ一発ずつ撃ちこんで、動きを止める。

三人が、ほぼ同時に床に倒れた。

だが、相手もタダではやられてくれないようだ。
私に拳銃を向けてきた男が、最後のあがきとばかりに再び銃を向けてくる。

私もそちらへ銃口を向け、引き金を引いた。

響く二つの銃声。

「がぁっ……」

「くっ……!」

ほぼ同時だった。
私の撃った銃弾は彼の頭を撃ち抜き。
彼の撃った銃弾は私の肩を抉った。

「はぁっ……はぁ……」

肩の傷を見る。
血が結構出ているが、すぐに手当をすればどうということはない。

「あいつ……」

私はすぐに電話を取り出して、あの男へ電話をかけた。
出るかどうかは分からないが……。

「はい、もしもし。私だ」

「よくも抜け抜けとそんな事を……」

「おや、生きていたのか。君もやるな」

「ふざけないで。最初からこうするつもりだったの?」

「私を知る者はできるだけ消しておきたくてね」

「……ソーニャちゃんはどこ」

「それは教えられないな。まぁ、まだ死んではいないがね」

「ソーニャちゃんに手を出したら、あなたを殺す」

「まぁそうカッカするな。彼女を助けたければ私の所へ来ると良い……まぁ無事に着けるかは知らないがね」

そこまで聞いて、私は携帯を切った。
あいつ、ふざけやがって。

ソチの別荘にソーニャちゃんたちもいるということだろうか?
さっきの言葉から考えると、その可能性は高い。
私は本部の中の救急箱で傷の手当をすると、すぐに本部から出て車に飛び乗った。

向かうのは、前にも使ったモスクワ市街のコインロッカー。
中からあのライフルのケースと、いろいろ使うものを取り出す。

こうなれば出し惜しみはなしだ。徹底的にやってやる。
装備を一通り車に積んで、私は更に車を走らせた。

一旦ホテルへ戻って、また電話をかける。
相手は、知り合いの防衛駐在官。
数回呼び出し音がなった後、聞き覚えのある声が向こうから聞こえてきた。

「はい、もしもし」

「……私です、折部です」

「折部?どうしたんだいきなり……そうだ、去年辞めたと聞いたが……」

「無理を承知でお願いします。今すぐソチへ向かいたいんです、なるべく早く」

「そ、ソチだって?」

「あなたの権限でヘリか何か用意できませんか」

「無茶を言うな!そんな事……」

「お願いします」

「おいおい……勘弁してくれ……」

電話の向こうの彼はわかりやすく狼狽えていた。
いきなりこんなことを言われれば当然だろう。
私も非常識なことを言っている自覚はある。

でも、この際常識なんて言ってられないのだ。

「お願いします……絶対に迷惑はかけませんから」

「ううむ……仕方ない、とりあえずどうにかしてみよう。三十分待ってろ!」

「ありがとうございます!」

「しかし……一体何事なんだ……」

「……すいません、それは」

「……まぁいい!とりあえず今どこだ!」

「モスクワです」

「モスクワか……とりあえず空港へ行け!また後で連絡する!連絡は折り返しで大丈夫だな?」

「はい、大丈夫です」

「ったく……あいつの部下じゃなきゃとっくに電話を切ってるよ……」

「……すみません」

「まぁ、いい。腐れ縁ってやつだ、こうなりゃ最後まで付き合ってやる。じゃ、後でな!」

電話が切れる。
一か八かの賭けだったが、なんとかうまくいった。

あとは、とにかく時間との勝負だ。

私は車を飛ばした。
モスクワ空港まで、一刻も早く。

「……ソーニャちゃん」

大丈夫、まだ……まだ生きてるはず。
そんな簡単に、ソーニャちゃんが……。

思えば思うほど、嫌な予感ばかりが頭を支配する。
人間の悪い癖だ。

私はそんな考えを振り払うかのように、アクセルを踏み込む。
車は、ロシアの大地を疾走した。

空港へ着くと、すぐに電話がかかってきた。
駐在官のあの人だろうか、電話に出る。

「はい」

「折部か?なんとか用意したぞ、今俺も空港に向かっている」

「本当ですか!」

「あぁ、ヘリを一機だけだが」

「十分です、ありがとうございます」

「……本当に何をする気だ、お前」

「……全て終わったら、必ず説明しますから」

「そうか。とりあえずあと二十分だけ待ってくれ!」

「わかりました」

あと、二十分。
ただ、時計の針を見つめる。

たったの二十分が、まるで永遠のように感じられた。

「……遅いなぁ、もう」

焦りから、少しイライラし始めた頃。
駐在官の彼がやって来た。

「折部!待たせた!」

「いえ、大丈夫です」

「五番ヘリポートだ、すでに待機してる。急げ!」

「はい!」

彼に連れられて、建物から直接滑走路に出る。
目的のヘリポートに到着すると、すでにヘリがローターを回転させて待機していた。

「ソチってなると……ソチ空港までで良いのか?」

「ええ、それでお願いします」

「ところで、その荷物だが……」

「あ、いやこれは……」

「……随分穏やかじゃないな、おい」

「あはは……分かりますか……」

「……まぁこの際それはどうでもいい、早く乗れ」

「……聞かないんですか?」

「こういう仕事をしてるとな、聞かないほうが良い事ってのがわかってくるもんだ」

「……すみません」

「まったく、次はもう少し上手く隠せよ」

「はぁ……」

ヘリに乗り込み、彼が何やらパイロットに耳打ちするとヘリはすぐに上昇を始めた。

そのままぐるりと旋回し、一気に機体が加速する。

「だいたい到着まで二時間ぐらいだ」

「……わかりました」

「……何をそんなに急いでるか知らんが、間に合うと良いな」

「……はい」

ヘリは、ずっと一直線に飛行を続けた。
広く平たい地面の上に灰色の雲が蓋をしているのが、機内からよく見えた。

「降る前に到着すると良いんだがなぁ……」

彼が心配そうに、呟いた。






「それじゃあ、気をつけろ」

「ありがとうございました、本当に……」

「それは別に良い、とりあえず怪我すんなよ。じゃあな!」

彼はそう言い残し、ヘリと共に曇りの空へ飛び去っていった。

滑走路から直接空港の外に出る。
私はレンタカーを借りて、あの男の居る別荘へと向かった。

場所は、ソチ国立公園にある別荘地区。
だんだんと町が遠ざかり、代わりに森が姿を現した。

それに従って、人の姿も減っていく。

「……雪だ」

車を走らせていると、雪が降ってきた。
結構強めに降っている、一時間もすればこの辺りは真っ白になるだろう。

適当な場所に車を停めて、徒歩で移動を開始する。
もっとも静かで、そして確実な移動方法だ。

しばらく歩くと、例の別荘付近が見渡せる場所に出た。
一旦ここに居座り、相手の出方を伺う。

「……やっぱりいるね」

用意した双眼鏡を覗くと、屋敷の周辺に武装した四人の男の姿が見えた。
それぞれがアサルトライフルを持っているあたり、かなりしっかりした装備に見える。

「他には……周囲に等間隔で一人ずつ、か」

視線を動かすと、だいたい100m感覚で一人ずつ見張りが立っていて屋敷の全周を囲むように配置されているのがわかっ

た。
数は、確認出来るだけでも六人ほど。

「さて……どう攻めようか」

狙撃で狙おうにも、樹木が邪魔すぎる上に気づかれた場合のリスクが大きすぎる。
やはりここは隠密行動で一人ずつ始末するのが確実だろうか。

「……よし、いこう」

狙撃銃のケースを地面に下ろして、身軽に動けるような装備に整える。
私はゆっくりと斜面を降りて、別荘の方へ向かった。

樹木の影から影へ。
隠密行動は狙撃手の基本だ。
枝一本折ることすら、許されない。

空から降る大量の雪が、幸いにも私の姿を隠してくれる。

すぐに、一人の見張りの近くへたどり着くことが出来た。
木の影に隠れて、機会をうかがう。

見張りは暇そうに、タバコなんか吸っている。油断しきっているようだ。
私がすぐ近くにいるなんて、夢にも思っていないだろう。

彼が背中を見せる。私はすぐに彼の背後をとって口を塞ぎ、ナイフで背中を何回か突いた。
彼は「うっ」と短く呻いて、絶命した。全身から力が抜け、腕がだらしなく垂れ下がる。

まず、一人。

死体を目立たないように隠し、次の見張りのもとへと向かう。
その間にも雪は降り続く。

二人目の見張りは、常にあたりを見回していて接近できるような隙が見当たらない。
仕方ない、射撃で処理しよう。

私は銃を構え、彼の頭に照準を合わせて引き金を引いた。
バス、という発射音と同時に、彼の頭の右半分が吹き飛ぶ。

彼はまるで糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
倒れた後も、体がまだ痙攣しているのがわかる。

これで、二人。

その後も順調に三人、四人、五人と見張りを始末していく。

「よし……これで全部」

六人目を排除して、別荘の方を見た。
特に動きは無い。よかった、まだ気づかれていないみたいだ。

一旦先ほどケースを置いた場所へ戻り、狙撃銃を抱えてまた別荘の近くへと移動する。
隠れるのにちょうど良さそうな場所を確保して、私はそこに寝そべった。

ここからならば、別荘の中もある程度確認できる。

「……いないのかなぁ」

別荘の中を覗いてみるが、ソーニャちゃんが中に居るような気配はない。
ここにいないとしたら、どこに居るんだろうか。

聞き出すためには、やはりあの男に直接合う必要があるか……。

私が移動しようとしたその時、遠くから接近する車が見えた。
見たところ、大型のワゴン車が走ってきている。

なにも無ければいいが……一応警戒のために照準を合わせる。
車は、別荘へ続く道の入口付近に停車した。

まさか、敵の増援か?

車内の様子が見えないが、あの大きさの車なら最大六人くらい乗れそうだ。
屋敷周辺の四人と合流される前に、こちらから攻撃を仕掛けるか……?

悩んでいるうちに、車から人が降りてきた。
男が一人に……。

「……え?ソーニャちゃん?」

車から降りてきたのは、武装したソーニャちゃんと一人の男。
いったいどうなっているんだ?

「もうわけわかんないよ……何がしたいのあの人は……」

まるでソーニャちゃんが自らの手の内にあるかのように振る舞ってみたり、私を消そうとしたり……。
だが、とりあえずソーニャちゃんが無事なのを確認出来て私は胸をなでおろした。

「でも……何しに来たんだろう、ソーニャちゃん」

武装している、ということは戦闘を想定してここへ?
そう言えば、あぎりさんはどうしたんだろうか。

「……まずは、様子を見よう」

ひとまず、下手に動くのはまずい。
今は事態の行く末を見守ろう。

ソーニャちゃんと男が、警戒しつつ別荘へ近づいていく。
なにやら無線でも連絡を取り合っているようだ。

しばらく黙ってみていると、見張りの一人が突然倒れた。
狙撃された?

「狙撃手?どこに……」

倒れた男の様子から、狙撃手のいる位置を予測する。

その方向を観察していると、銃の発砲炎が見えた。
同時に、二人目の見張りが倒れる。

「ソーニャちゃん達の援護……?あっ、あぎりさん!」

発砲炎の見えた場所を確認すると、あぎりさんがそこに陣取っているのが見えた。
使用しているのはサイレンサー付きのSVD。随分用意が周到だ。

「"Враг с атаки!(敵襲だ!」

突然、男の叫び声がする。
声の方向を見ると、見張りの一人が仲間の死体を見つけたようだ。

そこからのソーニャちゃん達の動きは素早かった。
一気にセーフハウスへ駆け寄ると、見張りの背後へ回り込む。

「Где это! Там, где я!(どこだ!どこにいる!」

見張りは、狙撃手を探して背後のソーニャちゃんに気がついていない。

あぁ、やられるな。これは。

直後にソーニャちゃんが発砲し、見張りの男はその場に倒れた。
残るもう一人の見張りも、頭を撃ち抜かれ動かなくなっている。

これで、敵はいなくなった。

そしてソーニャちゃんは、別荘の中へと入っていく。


今日はここまでであります。

もうすぐ終わりそうかな……。

こんばんわ、いろいろ難航してましたがとりあえず続きが出来ました。
早速投下です。




「今のところ、何もないみたいだね……」

別荘の周辺を見回す。
敵の姿は特にない。

これで、全てなのか?

しかし、やはりソーニャちゃんたちがなぜここへ来たのかがわからない。
ここに一体何の目的が?
……いや、この際それは後回しだ。とにかくソーニャちゃん達を守らなければ。

いろいろ考えながら、周囲を見渡す。
するとあぎりさんの遥か後方、一瞬だけ何かが光ったのが見えた。

「……スナイパー?まさか!」

全員ここにおびき寄せられた?
あの男が何を餌にしたのか知らないが、迂闊だった。

……ソーニャちゃんが絡んで、私も少し冷静さを失っていた。

とにかく、奴にあぎりさんの後方を取らせるのは非常にまずい。
しかし相手の存在は想定外だ。
敵の位置に照準を合わせようにも、時間がない。

「……仕方ない」

私はあぎりさんのいる位置に銃を向けた。

狙うのは、あぎりさん。

「……よし」

の、少し手前。

引き金を引くと、大きな発射音がよく響いた。
数秒して、あぎりさんの手前に着弾する。派手に雪が舞い上がった。

「気づいて……!」

あぎりさんは、近くの岩陰に身を隠す。
そして何やら無線で話した後、その場から離れていった。
ひとまず成功だ。

すかさず、あぎりさんの後方に居たスナイパーを狙うべく私は照準器を調整する。

「だいたいここから1500くらいかな……?」

スコープの光った位置に、銃口を向けた。
しかし、すでにそこに敵の姿はなかった。
位置を変えたらしい。

「……くそぅ!見失った!」

私も狙撃地点を変えるため、移動しようと起き上がりかける。

その時。

パン、と乾いた銃声が聞こえた。

「え……?」

聞こえてきた方向から察するに、恐らく別荘の中で発砲があったらしい。
私は再び寝そべり、スコープを覗いた。

大きめの窓から、中が見える。

そこには、足を抑えうずくまる男と。

尻もちをついたソーニャちゃん。

そして拳銃を握る、あの男。

「そ、ソーニャちゃん!」

あの男は、今まさにソーニャちゃんを撃たんとしている。

そしてソーニャちゃんは、呆然と男を見つめていた。

まずい。
このままじゃ、ソーニャちゃんが。

「させるかぁ!」

私は反射的に引き金を引いた。
撃ちだされた弾丸は、男の右腕を分断する。

拳銃が、床に放り出されるのが見えた。

「……これで、契約は白紙だね」

スコープの向こうでは、形勢が逆転していた。
腕を抑えて床に倒れている男に、拳銃を向けるソーニャちゃん。

二人はしばらく何か言葉を交わしていたようだが、最後はソーニャちゃんが男を撃った。
再び、乾いた銃声が聞こえる。

依頼者が死んだ。
結局、彼が何をしたかったのか私にはわからなかった。
ただ思うのは、この厄介な状況を生み出したあいつに対する悪口くらいだ。

「……ほんと、嫌な人」

別荘の中のソーニャちゃんは、しきりに外を気にしていた。何かあるのか?
私は銃から双眼鏡に持ち替えて、あたりを見回す。

「……車が二台、か」

黒い車が二台、別荘の近くに停車した。
中からは武装した男たちがぞろぞろと出てくる。

「……ちょっと厳しいね、これは」

男たちが死体を調べて、なにやら話している。

そして突然、そのうちの一人の頭が弾け飛んだ。

どうやらあぎりさんが仕掛けたらしい。
男たちは、あぎりさんのいる方向に銃を撃ち始める。

同時に、別荘の中に居たソーニャちゃんが外へ飛び出した。

「……強行突破、か。ソーニャちゃんらしいな」

だが負傷者を連れ、更にアタッシュケースを抱えているせいで動きが遅い。
あのケースはなんだろう?
……いや、今はそんなこと気にしている場合じゃない。

「Врага! Я был там!(敵だ!居たぞ!」

「……見つかっちゃったか」

数人の男が、ソーニャちゃんへ向けて銃を乱射した。
辛くも別荘の影に隠れたソーニャちゃんだったが、二方向から接近されて釘付けにされている。


「……距離、300。風はなし」

男の一人に照準を合わせる。
この距離なら外すことはない。

引き金を引くと、次の瞬間男は跡形もなく消えていた。
命中だ。

「Я Снайпер!(スナイパーだ!」

そう叫んだ男も、銃弾によって散り散りになった。
次から次へ。
とにかく私は撃った。

敵がうろたえている。
動くなら今だよ、ソーニャちゃん。

思いが通じたのか、ソーニャちゃん達は別荘の影から飛び出して車のある方へ一直線に走りだした。
敵が数人追いかけようとするが、私がそれを許さない。

「……ほら、よそ見してると撃っちゃうよ」

一人、また一人。
私は射撃で男たちを仕留めていく。

これなら行ける。

ソーニャちゃんは武器を捨てて、全力で車へ向かっている。
敵はソーニャちゃんを逃すまいとして射撃を続けるが、混乱のせいかうまく狙えていないようだ。

車まで、あと少し。
これならもう大丈夫だろう。何かあってもあぎりさんがなんとかしてくれるはずだ。

私は残りの男たちに照準を合わせた。
さぁ、後片付けといこう。

数分もすると、別荘の周りには死体の山が築かれていた。いつの間にか、雪も止んだ。
全てが静かに、まるで死んだように見える。まぁ実際死んでいるのだが。
ソーニャちゃん達はすでに車で走り去った後だった。あぎりさんも多分合流しただろう。

「これで全部……」

起き上がろうとしたその時。

何かが風を切るような音がした。

「っ!」

咄嗟に身を翻す。
銃弾が私の横を掠めていった。

あのスナイパーだ。

「……どこから」

身を隠して、相手の出方を伺う。
再び静寂があたりを支配した。

太陽は沈みかけ、あたりは暗くなり始めている。
真っ暗になる前に、どうにかしないと厄介だ。

私は移動を開始した。
木々の間を駆け抜けて、より周囲が見渡せる位置へ。

射点について、すぐに相手を探す。

映画なんかだと、ここらで主人公の秘策が発動するものだが現実はそこまで面白くない。
ただ、先に見つけたものが勝つだけだ。

だからこそ、私は血眼で相手を探す。
素早く、だが丁寧に。

どこだ、一体どこにいる……。

太陽はすでに西の空に沈み、空は鮮やかなオレンジから深い藍色へ変化していた。
もうすぐ、夜が来る。

視界が、もうすぐ闇に支配される直前。
ぼんやりと、岩の影に人の輪郭が見えた。

「……いたッ!」

相手も、ほぼ同時に私を見つけたらしい。
二つの銃声が一つに重なった。

スコープの向こうで、何かが弾けたのを確認すると同時に。

左肩を激痛が襲った。

「ぐうぅっ……!」

よりにもよって、本部で撃たれた場所とほぼ同じ場所を銃弾は通過していった。
でも、幸い致命傷じゃない。

私はすぐに相手の居る位置へと向かった。
拳銃を握りしめ、斜面を駆け下り暗い森を縫うように進む。

「いた……」

しばらく歩くと、一人の男が仰向けに倒れていた。

見ると、彼は左腕をまるごと失っていた。
かなり出血が激しい。放っておいてもその内失血死するだろう。

「……お前が」

私に気づいたらしい。
男が口を開いた。

「……お前が、俺を撃ったのか」

「……そうだよ」

「なかなかやると思ったら、まさか女とは……本部にいた連中をやったのもお前か?」

「本部に行ったの?」

「俺が向かった時、仲間の死体が三つあった……あれはお前がやったんだな」

「……あなたの目的は何だったの?」

「本部に来る三人を仕留めろと言われた……逃げられちまったけどな、まさか煙幕を用意してるとは」

「それって……」

「あぁ、お前が逃がしたあの三人だ……」

あの男は、本部でソーニャちゃん達を消すつもりだったらしい。
それには私が邪魔だった。

つまり私はまんまと騙され、ここまでノコノコ出てきたわけだ……。
結局、私は最後まで振り回されっぱなしだったのか。

「……まぁ、それはもう良いや」

私は拳銃を構える。

「何者か知らないけど、悪く思わないでね」

狙いは、彼の頭。

「どうせこの傷じゃ助からんよ……ただ、一つだけ聞いてもいいか」

「何?」

「お前の名前を……俺を殺す奴の名前を教えてほしい」

彼はまっすぐ、私の目を見てそう言った。
私は思わず、目をそらした。

「……聞いてどうするの」

「どうもしないさ、ただ俺が聞きたいだけだ……」

「……折部」

「ほう……」

「……折部、やすな」

「日本人か……?」

「……うん」

「なるほど、わかった。じゃあ、頼む」

男は覚悟したように、私を見据えて動かない。
私の指が、再び固まった。

「……どうした、はやくしろ」

「……あなたは、これでいいの?」

「言ったろう、どのみち俺は助からないと……だから、俺はお前に殺されるのを選ぶ」

「どうして……」

「……殺された者の魂は、殺した者に引き継がれる。俺もそうだった。常に殺した奴らが付き纏うんだ」

男はゆっくりと、視線を動かさずに話す。
私の目を、じっと見たまま。

「殺した奴らから解放されるためには……自分が誰かに殺されるしか無い。誰かに自分ごと肩代わりさせるしか無い」

「……随分、ロマンチストだね」

「そう思うか?まぁそんなことはどうでもいい……はやいとこ頼む」

「……それじゃあ」

私は拳銃を構え直す。

「一発でやってくれよ」

「……もちろん」

「それじゃ……До свидания(さようなら」

「……さよなら」

私は、彼の眉間を正確に撃ちぬいた。

数時間後。

私は、近くにある湖に来ていた。

「よいしょ……」

船着場にあった小さなボートを勝手に拝借し、水上を進む。

湖には誰もいない。
風もなく、木々の揺れる音すら無い。
ただただ、オールが水をかく音だけがする。

「……この辺りでいいかな」

湖のちょうど中央辺りで、私はオールを置いた。

代わりに持ちだしたのは、さっきまで使ってた武器が入ったケース。

「もう……」

私はその一つを、放り投げた。

ざぶん、と音がして水の中に沈んでいく。
波紋が、湖面に移った星々を歪ませる。

「もう、いらないんだ……」

もう一つ、放り投げる。

さらに、もう一つ。

次々と、湖底へ沈んでいく。

「……これで、最後」

最後に残ったのは、ずっと使ってきた狙撃銃。

「……最後に、一回だけ」

私はケースを開けて、狙撃銃を組み立てた。

夜の薄明かりに照らされて、銃は鈍く光っている。

「それじゃあ、ね」

私はそれをゆっくりと、湖面に下ろした。
手から離れた銃は、そのまま水中の色と溶け合って見えなくなる。

すこし遅れてケースも一緒に沈めた。

これで、全部。

「……全部、終わり」

ソーニャちゃんも無事。
組織も、壊滅だろう。

私の目的が、復讐が。

「あはは、終わったよソーニャちゃん」

全部、終わり。

「終わったんだよ……これで……」

でも、なんでだろう。

「終わったんだよ……」

どうしてこんなに、悲しくて。

寂しいのだろう。

「うっ……ううぅっ……!」

どうして、涙が止まらないのだろう。

「うあっ……うあああ……っ!」

私の声が、夜の冷たい空気に反響する。
目からは情けないほどに大粒の涙が溢れて、湖面に落ちて波紋を作る。

「う…うぅ……っ…!ソーニャちゃんっ…!」

彼女の名前を、呼んでみた。

「お母さんっ……!お父さんっ……!うわああ、あああ……っ!」

いなくなった二人のことも、呼んでみた。

けれど。

「あああああああっ……!」

誰も、答えてくれない。

ここには、誰もいない。

「これで……これで本当に良かったんだよね……?ねぇ……!」

私は、思い出の中の彼女に問う。

「ねぇ、ソーニャちゃん……!」

その答えを彼女に求めたところで、どうにもならないと知りながら。

仮に後悔した所で、もう遅いのだ。
もう、全部終わってしまったんだから。

「ソーニャちゃん……!」

結局私は、何をしたかったんだろう。
もう、それすらわからなくなってしまった。

あの日、日常を捨て。
今、力を手放した私に残ったものは。

数多の人の血で濡れた、この両手だけ。

「私は……私はっ……!」

私の、ほんとのきもちは。

「わからないよぉっ……!」

私は、まるで子供みたいに泣いた。
跪いて、空に向かって声を上げた。

どうせ、聞いてる人なんか誰も居ないんだ。

なら、今くらいは。
自分に正直になってもいいのかな。

そう思うと、ちょっとだけ楽になった気がした。

本日はここまでになります。
たぶん、明日完結するかなーと……。

どうもこんばんわ、では投下していきます。



「Я не знаю этого человека?(この人を知りませんか?」

「Я не знаю, я прошу прощения.(知らないな、すまない」

「ここも駄目かぁ……」

除隊して、一年。
ついに私はモスクワへやって来た。

私はとにかく、人の集まる場所へ行ってソーニャちゃんの写真を見せて、彼女を知らないかと訪ねて回った。
しかし、今のところ目立った成果は上がっていない。

「うーん……この辺りは全滅だね……」

駐在官から聞いた情報をまとめると、この近くに本部があるはずなんだけど……。
そこにソーニャちゃんも出入りしているはず。

まぁ、今のところこれしかソーニャちゃんを探す方法がない。とりあえず次の場所に行こう。

「……あそこなんか、どうかな」

見つけたのは、小さな酒場。
なんとなく、ふらっと入ってみる。
店内はかなり狭い。カウンターには覆面をかぶった変なマスターが立っていた。

「Я не знаю этого человека?(この人を知りませんか?」

さっきと同じ事を、私はマスターに尋ねた。
彼はチラリと写真を見ると、やはりすぐに「知らない」と返してきた。

ここも駄目……。

今日はもうこの辺でやめようかな……ずっと歩きっぱなしでなんだか疲れちゃったし。
私は席に座って、マスターにメニューを要求した。

「うぅ……ちょっと飲み過ぎたかな……」

だいたい一時間後。
私はフラフラと店を出た。

調子に乗ってアルコールを頼みすぎた……くらくらして足取りがおぼつかない。

「おや、大丈夫かねお嬢さん」

「え……」

声のする方向を振り向くと、一人の初老の男が立っていた。
彼はそう言うやいなや、私に肩を貸してきた。

あまりにいきなりなので、私はびっくりして何も出来ない。

「あ、いや……大丈夫ですから……」

「何を言う、フラフラじゃないか」

「でも……」

振りほどこうとするが、力が入らない。
結局、私は彼に抱えられたまま道を歩くことにした。

「……すいません」

「構わんよ。それに、君に聞きたいこともある」

「……はい?」

「ソーニャは、君とどういう関係かね?」

「は……?」

この男……まさかソーニャちゃんを知っている?
酔いが、一気に覚める。

「どうなんだ?」

「……友達、です」

「ほう……ソーニャの友人か。てっきりあぎりだけだと思っていたが」

あぎりさんの事まで……。
この男、一体?

「あなたは、ソーニャちゃんの何なんですか……?」

「……まぁ、知り合いとでも言おうか」

「どこに居るんですか、ソーニャちゃんは……!」

「待て待て、ここは一つ取引と行かないか」

「取引……?」

「君は元軍人だろう?それもかなり優秀だったと見える……」

「……なぜ、そんなことが」

「その体つき、そして右手のタコ……何より、その目。死線を掻い潜った人間のものだ。違うかね?」

一瞬で私が元軍人であると見ぬかれた。
この男も、只者ではない。

「君の力を私に貸してくれるならば、ソーニャに関して私も手を貸そう。それでどうかね?」

「それは……」

こんなことを言われて、断れるわけがなかった。
まさか、こんなに簡単にソーニャちゃんに繋がる道があるなんて。

「……詳しく聞きたい」

「よろしい、では明日ここへ来るといい」

彼が、一枚の小さな紙を差し出した。

「さぁ、受け取りたまえ」

これを受け取ってしまったら……。
でも、ソーニャちゃんへ繋がる手がかりがここに。

「……明日、だね」

結局私はその紙を、受け取ったのだった。

数日後。

「いやー、ソーニャちゃんのお仕事がやっと終わってよかったー!」

「ほら、行くぞ」

ロシアでの一連の出来事が終わった後、ソーニャちゃんが会いに来てくれた。

「それで?どこいくの?」

「そうだな……どこに行きたい?」

「えーとね……うーん、改めて言われると思いつかないや……」

「別にどこでも良いぞ、時間はたっぷりあるんだからな」

「うーん……うーん……」

どこでも良い、と言われるとかえって困るのが人というものだ。
どこが良いかな……。

「なんか自然のある場所がいいな!」

「自然?」

「うん、ショッピングとか美術館とか、そう言うのはある程度見たし……やっぱりロシアの大自然だよ!」

それに、ソーニャちゃんと二人だけになれるから。

「大自然か……なら、ソチかな」

「ソチ?」

「国立公園があるんだ、広いぞ」

「やった!そうしよう!」

実は私も数日前まで居たんだけどね。
まぁその時は自然を見るなんて余裕はなかったけど……。

私達はそのまま空港へ向かった。
今回は普通にお客として飛行機に乗るので航空券もしっかり買う。

「えへへー、隣同士だよソーニャちゃん」

「お前の隣の席か、懐かしいな」

「本当にね」

私達を乗せた飛行機は、二時間半かけてソチへと飛んだ。
着いた先でレンタカーを借りて、国立公園へ向かう。

この間と同じように、私が運転だ。

「しかし、お前運転できたんだな」

「へっへーん、私だって運転免許くらい持ってるよー」

「ま、私だってそれくらいとっくに取ってるけどな」

「そりゃソーニャちゃんは持ってないといろいろ困るでしょ。て言うかソーニャちゃんはヘリとかも免許持ってそうだし」

「流石にヘリは無理だな……」

会話をしていると、いつの間にか公園の敷地内へと入っていた。
外を見ると、雪に太陽光が反射して光を放っている。

「うっわぁー!キラキラしてる!綺麗!」

「お、おい!ちゃんと前見て運転しろ!」

「あっいけない」

よそ見をしてしまった。
幻想的な光景を前に、つい昔のようにはしゃいでしまう。

「あ、次を左だな。そこが湖の入り口だ」

「左ね!おっけー」

湖近くの駐車場に車を停め、歩きで湖畔へと向かう。
湖は今日も静かにで波ひとつない。
まるで鏡のように周りの景色を映し出していた。

「綺麗だねー……」

「あぁ……」

「……ソーニャちゃんと、こうして出かけるなんていつ以来かなぁ」

「あれから随分経ったもんな」

「なんだか、よくわからないうちに離れ離れになっちゃったもんね」

「そうだな……」

湖畔を歩きながら、昔の事を話す。
そうだ、ずっと言えなかったことを伝えなきゃ。

「……あの時はごめんね。手紙だけ置いて、勝手に消えるなんて卑怯だよね」

「いや、いいんだ」

「ソーニャちゃんは、この十年何してた?」

少しだけ黙った後、ソーニャちゃんは口を開く。

「……私は相変わらず、殺し屋をしてた」

「……やめる気は無いの?」

「なかったけど……もう、やめなきゃな」

「本当に!?」

ソーニャちゃんの口から、この言葉が出る時を私はずっと待ってきた。
これで、ソーニャちゃんは……。

「あぁ……」

「やったー!ついにソーニャちゃんが更生したよ!」

ソーニャちゃんは……。

「これで、ソーニャちゃんも一般人だね!やっふぅー!」

「……」

なんだか、様子が変だ。
ソーニャちゃんは黙って、私を見つめている。

「どうしたのソーニャちゃん?なんで黙ってるの?」

「……やすな」

「なに?」

「いや……」

「折部一等陸尉」

「な、なにそれ?」

どうして、その名前をソーニャちゃんが。

「……折部やすな、所属は陸上自衛隊特殊作戦群、階級は一等陸尉。狙撃過程を修了し、狙撃手として活動。そして去年退役した」

「あ、あははは!なに言ってるのかわかんないよ~ソーニャちゃん!」

「とぼけるな!」

ふざけてみたけど、ソーニャちゃんにそのごまかしは通じなかった。
あぁ、そうか。

「ソーニャちゃん……」

全部バレたんだ。

「……もう、全部わかってるんだ」

「……」

「話してくれ、やすな」

「……あはは、バレちゃったかぁ」

私は、力なく笑うしかなかった。

「お前が……」

「……うん、そうだよソーニャちゃん」

私が、組織を潰したスナイパー。

「……嘘だろ?やすな」

多分、ソーニャちゃんが脱出するときに持っていたアタッシュケース。
そこに、私の情報を書いてある資料でもあったのだろう。
最後の最後に、とんでもない置き土産を置いていってくれたものだ。

「……そこに書いてあったことは全部本当だよソーニャちゃん。私は元陸自のスナイパー。全部、全部真実なの」

「……どうして」

「……十年もあれば、人は簡単に変わっちゃうんだよ」

「どうして!どうしてお前まで、この世界に!」

ソーニャちゃんは、私に問いかける。

「やすな……!どうして……!」

大声を上げて、私に問い続ける。

「お前は、あのままで……あのままでよかったのに……!ずっと、あのバカで優しいままでいれたはずなのに……!どうして……!」

「……ソーニャちゃん」

今にも泣き出しそうな、ソーニャちゃんの絞りだす声が。
私の心に刺さっていく。

「どうやって、ボスとコンタクトを取ったんだ」

「……腐っても、元軍人だからね。こう言う肩書は結構使えるんだよ」

「何のためにこんなこと……!」

バカだなぁ、ソーニャちゃんは。
そんなの、決まってるじゃない。

「……ソーニャちゃんを、取り戻すため」

「え……?」

「ソーニャちゃんを追って、私はロシアのネットワークに探りを入れた。そこで、あの人に出会ったの。
組織を潰して、世界から抜け出したがってたあの人の思惑と、私の利害は一致した……私はソーニャちゃんを縛っている組織が憎かった。
世界が憎かった。だって、あんなに近くに居た私達なのに……あんな事で、あんな方法で私達を引き裂いたんだよ」

初めて話す、自分の胸の内。

ソーニャちゃんが知らない、私の十年間。
私の復讐。

「だから、私がそっちに乗り込んでやれば良いんだって。気づいちゃった。
ソーニャちゃんが抗えないほどの力を相手が持っているなら、私がそれを超える力でソーニャちゃんを奪えば良いんだって」

「そんな、こと」

「組織を潰す代わりに、ソーニャちゃんの身柄を私に預ける事で契約は成立したよ。
最後はあの人がソーニャちゃんを殺そうとしたから、白紙になっちゃったけどね」

これが、私の十年だよ。
ソーニャちゃん。

「バカ……!このバカぁっ……!どうしてそんな……!」

「バカはソーニャちゃんのほうだよぉっ!」

気が付くと、私は叫んでいた。
耐えられなかったのかもしれない。
ずっと心の奥で抑えてきたものが、ここに来て爆発した。

「大切な人が……!大切な友達が……!傷ついていくのを、ただ見てるだけなんて……!」

また、涙が止まらない。
私の思いも止まらない。

「そんなの、耐えられないよぉ……っ!」

「やすな……」

「ソーニャちゃんは……ソーニャちゃんは、ずっと私を守ってくれた……刺客に追われた時だって……穴に落ちた時だって、私を助けてくれた……」

「……」

「そこからずっと変わらないなんて……ずっと弱いままなんて……私はやだよ……」

本当は、あのまま。
ソーニャちゃんとずっと過ごしていたかった。
ずっと、ずっと友達でいたかった。
でもそれは無理だから。

「……私、バカだから。こんな方法しか思いつかなかったよ……ソーニャちゃん」

だから私はここまで来たんだ。
何かを失って、人を殺せるようになった。
自分を縛り付けて、ソーニャちゃんを取り戻した。
それしか、思いつかなかった。

「……ねぇ、ソーニャちゃん」

「……なんだ」

「ソーニャちゃんは、私を殺す?」

あのスナイパーは言った。
解放されるには殺されるしか無い、と。

「……ソーニャちゃんになら私、いいよ」

なら、いっそのこと。

「……何言ってるんだ、お前」

「もともとそのつもりだったんじゃないの?」

「私は……」

ソーニャちゃんになら、私は。

「……私に、お前は殺せない」

……やっぱり、ソーニャちゃんはそう言うよね。

「……私がソーニャちゃんを殺そうとしても?」

「……そうだ」

「……ソーニャちゃん」

「……やすな」

「私、どうしたら良いんだろう?」

「……私もわからない」

風が私達の横を吹き抜けていく。
湖面が波立ち、写っていた景色が大きく揺らいだ。

「なぁ、やすな。私達、今から幸せになれるのかな」

「……どうだろうね」

「……とにかく、けじめをつけよう」

「どうやって?」

「一つだけ方法がある、行くぞ」

そう言って、ソーニャちゃんは身を翻し歩き出す。
私は慌てて後を追いかけた。

「ねぇ、どうするの?ソーニャちゃんってば」

「車の中で説明するよ。今度は私が運転でいいか?」

「ソーニャちゃんのドライビングテクニック、どんなもんかな?」

「お前よりは上手い」

「まったまたー、そんなこと言ってー」

二人で隣同士。
十年前と一緒だ。
ソーニャちゃんと並んで歩いてたあの頃と。

これからどうなるのか、何が待ち受けているのか。
私には、分からない。
けど今は、隣にソーニャちゃんがいるから。

二人なら、きっと。
大丈夫だよね、ソーニャちゃん。







あれから六年が経った。

私が今居るのは、刑務所の独房。

「Это освобождение, и иди(釈放だ、来い」

「……Да(……はい」

そして今日、私はここを出る。

あの後私達は、警察へ行って自首をした。
罪状はよく聞いてなかったが私は六年、ソーニャちゃんは八年の服役を命じられた。

ソーニャちゃんが提案してきた、けじめのつけ方。
それは、普通に犯罪者として刑務所に入ることだった。
私はその提案を受け入れた。いや、受け入れるしかなかった。

それが正しかったのか、私にはわからない。
私はただ、ソーニャちゃんの提案に乗っかっただけだ。

でも六年間という期間は、私に考える時間というものを与えてくれた。
私の犯した罪について、私なりの償い方について。
時々、狂ってしまいそうなくらい悩んだこともあったけど。
私はしっかりと向き合うことに決めたから。
今度は逃げないと決めたから。

刑務所の門を出ると、見覚えのある人影が見えた。

「……あぎりさん」

「お久しぶりですね」

「あの、そちらは……」

そして、もう一人。
あぎりさんは見知らぬ男を伴っていた。

「……まぁ、ツチノコとでも呼んでもらおう」

「おかえりなさい、やすなさん。とりあえず立ち話も何ですから」

あぎりさんに連れられて、私は車に乗り込んだ。
助手席にはあぎりさん、運転席にはツチノコと名乗る男。

「……あぎりさん?」

「なんですか~?」

「今……どこに向かっているんですか?」

「そうですねぇ、とりあえず私達のお家です」

「私達……って言うと、お二人は」

「いや、別にそういう関係じゃないからな」

男が先回りして私の疑問に答えた。
しかし、どうして。

「暮らす場所がないと困るでしょ~?」

「……なんで、私を」

「……決まってるじゃないですか~、私達はお友達でしょ~?」

あぎりさんは「それに」と付け加える。

「ソーニャも会いたがってますしね」

「……私を、恨んでないんですか。あぎりさんは」

「……こう言う世界ですからね、仕方ないです」

そう言うあぎりさんの表情を、私は見ることが出来なかった。

「……俺は」

男が、口を開く。

「俺は今でも、あんたを恨んでいる」

「……あなたは?」

「……六年前、お前がデパートで狙撃した相手。その隣に居た奴だ」

私は記憶を辿って、彼の姿を探す。
あぁ、あの迷彩服の情報屋。

そっか、生きてたんだ……。

「お前が撃ったのは、俺の友人だ」

「……ごめんなさい」

私は、それしか言えなかった。
言葉が出てこない。他になんて言えば良いのかわからなくて。

「……前は、会ったらぶっ殺してやろうなんて思ってた」

「……」

「でもな」

男は続ける。

「それをしちまったら、ソーニャさんの大切な人を奪っちまうことになる。だから、今回はあんたに手を貸すぜ」

「大切な人……」

「それに、あんたはもう罪を償った。それをまた裁く権利を俺は持ち合わせちゃいないしな」

「ごめんなさい……」

そういう男の表情も、彼が前を見ているせいでわからない。
でも、彼がとても強い人だということは言動から知ることが出来た。

「ごめんなさい……!あぎりさん……ツチノコさん……!」

「……やすなさん」

それ以上、二人は何も言わない。
静かな車内に、エンジンの音と私がしゃくりあげる声だけが響いていた。

それから更に、二年後。

「えーと……うん、こんなもんで良いかな?」

私は朝早くから部屋の飾りつけをしていた。
部屋の壁にペーパーフラワーをつけたり、風船を膨らませたり。

「わ~、すご~い」

「あっ、あぎりさん!どうですかこれ!」

「綺麗ですね~。あ、でも……」

横断幕を見たあぎりさんが、少し困った顔をした。

「これはちょっと直接的過ぎませんかね~?」

「……やっぱりそうですかね?」

横断幕には「出所おめでとう」の文字。

「……もう少しマイルドな表現はなかったのか」

「あっ、ツチノコさん」

「なんだ、そのー……「お勤めご苦労様」……とか」

「そっちの方がなんだか嫌味くさいですよ~?」

「うーむ……」

「どうしよう……」

「……普通に、「おかえりなさい」で良いんじゃないですか?」

「それだ!早速書きなおしてきます!」

今日は大切な日だから。

しっかり準備しなくちゃね。



数時間後。

「遅いなぁ……」

「遅いですね~」

静かに、時計の音だけが部屋に響く。
日は暮れて、とっくに外は真っ暗だ。

「ホントにおっせえなぁ~……」

「あぁっ!ツチノコさん勝手にお酒開けてる!」

「良いじゃねえか少しくらい……」

「ダメです!もう、昨日も飲んだじゃないですか!」

「昨日も今日も同じだろうがよぉ……」

あーあ、もうダメだ。すでに出来上がってる。

私がツチノコさんからお酒を取り上げようと動いたその時。

呼び鈴が鳴った。

「んもぅ、こんな時に……」

私は玄関に向かって、ドアを開けた。

「はーい、どちらさま……あ……」

そこにいたのは、ソーニャちゃん。

「……ひさしぶり」

「……ソーニャちゃん」

「ただいま」

そう言って、ソーニャちゃんが抱きしめてきた。
ソーニャちゃんの体温が伝わってくる。
あの時と変わらない、暖かさだ。

私も思い切り抱き返した。
もう、絶対に離さない。

目頭が、自然と熱くなる。
ダメだな、笑って迎えてあげたかったけど。
どうしても涙がこぼれそうになってしまう。

ソーニャちゃん。

私が今までしてきたことが、正しいかはわからないけど。
それでも、いつか精算できる日が来るよね。

だから、一つだけ。
一つだけ私のわがままに付き合って欲しいんだ。

「さぁ、入ろうやすな」

ソーニャちゃんが優しく語りかけてくる。
今、顔を上げるのはちょっと恥ずかしい。

「……もう少しだけ」

「え?」

「もう少しだけ、こうしていたいの」

「……そうか、そうだな」

どうか、その日まで私のそばに居てほしいな。

ねぇ、ソーニャちゃん。

おわり。

というわけで、やっと完結いたしました。

いろいろコメント頂けて嬉しかったです。



面白かった

>>382
ありがとうございます!

よかったよ

乙!

>>384 >>385
ありがとうございます、嬉しいです!

乙!
そういや最後は三人とも30歳あたりなんかな?

>>387
アニメの時点で仮に17歳だとすると35歳前後ですね。

はえ~元がキルミーとは思えない すっごい

お疲れ様でした。
キルミーはソーニャが殺し屋という設定が元からあったせいか、そこからコメディ要素を抜いたこのSSはすんなり受け入れられたよ。
これがけいおんとかだったら、最初の方でスレを閉じていてもおかしくなかった。


やすな視点も良かった

>>389 >>390 >>391
そう言って頂いてとてもうれしいです。


あぎりさんは殺し屋やめたんか?

>>393
組織が壊滅したのでやめるしかなかったと言う感じで。

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