ソーニャ「ロシアの殺し屋」やすな「おそろしあ」 (249)
キルミーベイベーにいまさらハマってしまった勢いで初めてSSを書いてしまいました。
内容はシリアスっぽく。
感想とか言ってもらえるとテンション上がります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1449565169
よし、ちゃんとトリップついた。
じゃあ投下していきます。
私にはバカな友だちがいた。
折部やすな、そいつの名前である。
いつも私に近づいてきてはちょっかいを出してきて、そのたびに私に返り討ちに合う。
それでも、あいつは私にかまってきた。
彼女と過ごしているうちに、私の中には特別な感情が芽生え始めていた。
うざったいのに、めんどくさいのに、どうしても無視できない。こんなことは初めてだ。
それが「好き」だという感情だということに気づいたのは、彼女がいなくなってからの事だった。
ある日。
「……今日は、休みか」
誰も座っていない席を見て、私は一人呟いた。
どうせ、またバカな事をして体調を崩したのだろう、明日にはまたケロリとした顔で登校してくるさ。
そう思って、私は最初の授業の準備に取り掛かった。
だが、ホームルームが始まってそれが間違いだということがわかった。
「えー、折部さんですが・・・残念なことに、ご両親が突然亡くなられたということで暫くお休みです」
「え……?」
一瞬、思考が停止した。
やすなの両親が、死んだ。それを聞いたクラスメイトたちが小さくざわつく。
担任はその後さっさと教室から出て行ってしまい、代わりに授業担当の先生が入ってきてすぐに授業が始まった。
授業の中身は、さっぱり頭に入らなかった。ただ隣の不自然な空席だけが、私の最大の関心事だった。
昼休み。
「あぎり!」
「はい~」
「やすなのこと……知ってるか」
「知ってますよ~、ご両親が亡くなられたとかで、暫くお休みだそうで~」
いつもどおり、あの妙にのんびりした口調でそんなことを言うあぎり。
「……なんでお前はそんなに冷静なんだ」
「これでも、動揺してるんですよ~?」
「とりあえず、帰りにあいつの家に行くこうと思うが」
「……やめたほうが、良いと思いますよ?」
「どういうことだ?」
「まぁ、どうしてもと言うなら止めませんけど~、では私はこれで~」
「お、おい!待て!……行っちまった」
放課後。
あぎりの言葉が気になったが、やはりやすながどうしているかが一番気になる。私はやすなの家に急いだ。
家の前には、喪服を来た人たちが居て、白黒の幕と「折部家」と文字の入った提灯が置いてあった。
どうやら、両親が死んだというのは本当らしい。
私は人の間をを縫うように進み、玄関へとたどり着いた。インターホンを押して見たが、なかなか返事がない。
もう一度押そうとしたその時、スピーカーの向こう側から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「…はい、折部です」
「やすなか?」
そう言うとスピーカーは何も返さず、代わりに玄関のドアが開いた。
「ソーニャ、ちゃん?」
泣き腫らしたような赤い目元をこすりながら、彼女は姿を表した。
「……あぁ」
「えへへ、来てくれたんだ。とりあえず上がって」
辛いくせに、無理やり笑顔なんか作って。その彼女の健気さが痛ましい。
親戚の人たちに軽く挨拶をして、私は彼女の部屋に上がり込んだ。
ベッドはぐちゃぐちゃで、部屋は散らかっている。
「……お父さんとお母さんがね、死んじゃったんだ」
「それは、聞いた」
「そっか」
言葉が出てこない。なんて言えば良いのか。
ここまでしおらしいやすなを見るのは初めてのことで、何を言っても傷つけてしまいそうで。
だが、彼女はあくまでも明るく振る舞おうとする。
「いま、何か用意するね! お茶でいい?」
「お、おい。お前……」
「それともジュースのほうがいいかな?」
「そうじゃなくて」
「もう、何がいいの?はっきりしてくれないと?」
「やすな!」
もう見ていられなくなって、私はたまらず声をあげた。やすなの肩がびくっと跳ねる。
「いいんだ、無理しなくて」
「う…」
「ほら」
私はやすなを抱きしめた。彼女は私の胸に顔を埋め、その表情はわからない。だが体は小刻みに震え、
熱を持っていた。
「…私の前でくらい、自然でいろ」
「う…うぅ……っ…!ソーニャちゃんっ…!」
「全部、ぶつけていいから」
「お母さんっ……!お父さんっ……!うわああ、あああ……っ!」
彼女のくぐもった嗚咽が、私の体に伝わってくる。そうだ、それでいいんだ。
そのまま、彼女は泣き続けた。
しばらくして。
「ありが、とう。ソーニャちゃん」
「別に、しおらしいお前が見たくないだけだ」
「えへへ」
「……それで、ご両親はどうして」
「あ、うん……」
彼女の表情が、再び曇る。
「言いたくなければ言わなくても」
「……殺されたの」
「え」
「……二人で買い物してたら、誰かに撃たれたんだって」
「……」
殺、された?しかも、撃たれたって言ったか?
アメリカじゃあるまいし、この国で銃で殺されるなんてことが。
「……どうして、かなぁ」
あぎりの忠告の意味を理解した。
まさか、他殺だなんて。やすなはそれ以上何も語らなかった。
私は自分の言葉を後悔した。
かなり長居してしまったらしい。
私はそろそろ帰るとやすなに伝えると、彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「今日は、来てくれてありがとうねソーニャちゃん」
「やすな…」
「私、嬉しかったよ。ソーニャちゃんが抱きしめてくれた時すっごく嬉しかった」
「…それは」
「じゃあ、また明日ね」
「あぁ…。なぁ、やすな」
「なに?」
「辛かったら、いつでも私のところに来ていいぞ」
「……あはは!その台詞キザっぽい!あははは!」
「なっ、お前なぁ……!」
「あはは…、今それはずるいよソーニャちゃん…」
「あ、おい……」
彼女は顔を伏せたかと思うと、袖でぐしぐしと乱暴に目元を拭った。
また、無理してる。
「それじゃ……また明日ね!」
やすなは、やっぱりバカだ。こんな時なのに、あんな精一杯笑顔を作っている。
だから、たまには私も仕返しだ。
「あぁ、そうだな!」
笑顔になっているのかわからないが、私も笑顔で返してやった。やすなは少し呆気にとられたようだが。
「……うん!」
そう返した彼女の笑顔は、いつもの純粋な笑顔だった。
やっぱり、こいつは笑っていたほうがいい。
すっかり暗くなった帰り道。
歩いていると、後ろに気配を感じた。この気配は……。
「…こそこそしてないで、出てきたらどうだ」
「あら~?バレちゃった~?」
「わざとらしいぞ、一体なんの用だ」
「やすなさんはどうでした~?」
「一応、それなりにしてた」
「……ご両親のことも聞いたでしょ?」
「……他殺だと聞いた」
「そうでしたか~」
この期に及んでヘラヘラとしたいつもの口調を崩さないあぎりに、私は多少苛ついていた。そしてこう
いう時の彼女は、確実になにか知っているということもわかっている。
「……いい加減にしろ、お前何か知ってるな?」
「別に~?何のこと~?」
「ふざけるな!あいつの両親に関して、何を知っている!答えろ!」
「じゃあ、ヒントくらいはあげましょう~」
「ヒント、だと?」
「やすなさんのご両親が殺された現場には、証拠らしい証拠はほとんど消されていたみたいですね~」
「なに?」
「それに、警察は今週中には捜査を打ち切る予定らしいですよ~?」
「それって、まさか」
「後はご想像にお任せします~では~」
「ま、まて!どういうことだ!おい!」
彼女の話が本当なら・・・何らかの力が働いているということだ。しかもかなり大きな。
私のいる組織が何かした、という可能性も・・・。
嫌な可能性ばかりが、頭のなかをぐるぐると渦巻いている。
その日は結局一睡も出来ずに朝を迎えた。
しえん
次の日。
学校へ行くと、相変わらずやすなの席は空いていた。
やはり、昨日の今日ですぐ学校に来るのは無理があったのだろうか。その日の授業も頭になんか入ってこない。
呆けながら授業を受けていると、いつの間にか放課後になっていた。
とりあえず、私はやすなの家に向かった。やっぱり白黒の幕が垂れ下がっているが、人の気配はない。
私はインターホンを押してやすなの返事を待ったが、どういうわけかスピーカーからは何に音も聞こえてこない。
奇妙に思ってドアノブに手をかけると、ドアがそのまま開いた。
「……おーい?やすなー?」
呼んでも、なにも返事がない。鍵もかけずに出掛けたのだろうか?
いや、玄関にはやすなの靴が残ってる。
まさか!
「おいっ!やすな!返事しろ!やすなぁっ!」
昨日のあぎりの話、もしあれが事実だとしたらやすなの身に何かが起きる可能性がある。
私は玄関から勝手に家に上がり込んで、やすなの部屋に向かった。
ドアを開けると、びっくりした顔をしたやすながいた。
「そ、ソーニャちゃん?どうしたの?」
「あっ、あぁ……いくら呼んでも返事がないから……ごめん、勝手に上がり込んで」
まず、やすなの無事を確認出来た。私はほっと胸をなでおろす。
やすなは慌てた私を見て、おかしそうに笑った。
>>15 ありがとう!
「ソーニャちゃん、そんなに私の事心配だったのー?」
「ニヤニヤすんな。……昨日の今日だからな、万が一ってこともあるだろうし」
「大丈夫だよ、ありがとね」
「あ、あぁ。あと玄関の鍵、ちゃんとかけとけ。不用心だぞ」
「あ、忘れてた……」
会話をしていると、だんだんとやすなの調子が安定してきているような気がした。
「今叔父さん達は市役所と行ってるんだ、いろいろ手続きがあるみたいで」
「……お前は行かなくて大丈夫なのか?」
「なんだか、よくわからないし。それに家にいればソーニャちゃんが来てくれるかなーって」
「望み通り来たぞ」
「さっすがソーニャちゃんだね!」
なんだかんだで、そのまましばらく話し込んでしまった。
やすなといると、どうしても時間の感覚が鈍ってしまう。
今日は仕事が入ってたんだった……。時計を見ると、時間が迫ってきている。そろそろ行かなくては。
「……そろそろ、用事があるから帰る」
そう言って私は部屋を出ようとした。しかし、制服が何かに引っ張られる。振り返るとやすなが服の裾を掴んでいた。
「……悪いが放してくれ、時間が」
「……用事って、またお仕事?」
「……そうだ」
「行っちゃだめ」
ぎゅっと、やすなの手に力が入った。
「ダメだ、こればっかりは」
「……昨日ね、ソーニャちゃんが帰った後にあぎりさんが来たの」
「あぎりが?」
嫌な予感がする。私の心は、やめろ、それ以上言うな、と騒いでいた。
「……お母さんたちを殺したのは組織だって」
「嘘、だろ……」
「嘘じゃないよ。あぎりさん、いつもの喋り方じゃなかったもん。……それに、あぎりさんはそんな嘘
をつくような人じゃないよ」
やはりあぎりのやつ、最初から全部知っていたのか。
私は、腹の中がまるごとひっくり返りそうな気分に襲われた。
「あなたには、知る権利と義務があるって……殺し屋と接触するのは、本来どういうことか知るべきだって……」
「それって」
「……そうだよ、ソーニャちゃん」
「ふざけるな!」
やすなの両親は、やすなが私に近づきすぎた代償に殺されたとでも言いたいのか。
なら、なぜ今まで放っておいたんだ!
「私は、ソーニャちゃんの近くにいすぎたって……これは、その警告だって……」
「……ごめん」
「……ソーニャちゃん」
やすなの両親が死んだのは、私のせいだったのか?
私とやすなが近づきすぎたから。
こんなしょうもない事実を知ってなお、私の頭の中に浮かび上がるのはやすなと過ごした日常だった。
その日常の代償が、二人の命。
「こんなことしか言えなくて、ごめん。ごめんな」
「……」
やすなは黙ってうつむいている。一体何を思っているのだろう。
私に対して、一体どう思っているのだろう。
怒り?憎しみ?私が原因だ、それも仕方ないだろうな。
私が、殺し屋が幸せを掴もうとした代償がやすなの憎しみなら。
「……もう行くぞ」
「だめ」
「……時間が」
「だめだよ」
やすなはそれしか言わない。
「いっちゃだめだよソーニャちゃん……殺し屋なんてもう、もうやめてよぉ……!」
「……」
「お母さんも、お父さんもいなくなって……!ソーニャちゃんまでいなくなっちゃったら、私……どうしたらいいの……?」
「……ほんっとうに、バカだなお前は」
「ねぇソーニャちゃん、だから殺し屋なんて……」
「……なんでそんなに、優しいんだお前は!」
「……」
「私が、原因なんだ!私のせいでお前の両親が死んだんだぞ!なのになんで、この期に及んでそんなこ
と言えるんだよぉ!」
私の胸が、押しつぶされそうだ。やすなの有り余る優しさは、私のちっちゃな心を一瞬で埋め尽くす。
強固だったはずの覚悟が、いとも容易く飲み込まれ、壊される。
あぁ、こんなことになるなら殺し屋なんて……。
「怒れ!私を憎め!そんな……そんな風に優しくするな……!」
「……無理だよ」
「どうして……」
「私、ソーニャちゃんのこと大好きだもん」
「や、すな……」
「だから……殺し屋なんてやめて……お願い……」
「……すまない」
私は、やすなの手を振りほどいて走りだした。女子高生の力だ、振りほどくのは造作も無い。
むしろ私の足を何度も止めそうになったのは彼女の言葉だった。
「ソーニャちゃん!行かないで!待ってぇ!」
「もう、変なことしないから!うざくしないから!だから行かないで!」
「私を、置いてかないで……!ソーニャちゃん……!」
「ソーニャちゃあああああああん!」
私は、やすなの家を飛び出した。
最後の言葉が、やすなの叫びが私の心に呪いのようにまとわりついて離れない。
あいつの家から飛び出した私は昨日と同じように帰り道を歩いていた。
そして、この気配も昨日と同じ。
「……やはり、知ってたんだな?」
「その様子だとだいたいわかったみたいですね~」
「……あぁ」
「そういうことですよ」
「なぜ、私じゃなかったんだ?」
「組織があなたを手放すわけ無いでしょう」
「それでもあの仕打ちは」
「やすなさん本人が殺されないだけよっぽどマシだと思いますけど?」
「……どうして今さら!」
「それは、私にも予想外でした。ただ、あなたにやたら近い一般人がいることが組織は普段から気に入
らなかったみたいですね」
「……」
「上辺の付き合いなら、カモフラージュとしてごまかせたでしょうけど・・・やすなさんはソーニャのこと
を深くまで知りすぎて、ソーニャはやすなさんに隙を見せすぎた」
「だからあいつの両親を殺したって言うのか!」
「そうですよ」
「……そんな」
「……あなたは、自分が何者であるのかを忘れてしまった」
「……そう、だな」
私は殺し屋だ。
普通の人間が、踏み入れることのない領域に生きている人間だ。
普通の世界と決して交わることのない裏の世界。
その二つが近づき過ぎると、両方とも壊れてしまう。
そう、何度も言われてきたことだ。私達は真っ当な生き方なんて出来ない。
だけど。
「だけど、あいつとなら……!あいつと一緒なら……!大丈夫なんじゃないかって……!」
「……同じ目に遭ってきた人間は皆、同じ事を言いますねぇ。だけどよく聞いて、ソーニャ。あなたは
一人の殺し屋。それ以上でも、以下でもない。そしてそうである限り、あなたも生き方のルールからは
逃れられない」
結局、私が甘かったということなのだ。
私のような日陰者が、人並みに幸せな日常を送ろうなんてことが出来るわけがないのだ。
なにより、私はその幸せな日常を今までいくつも、数えきれないほど奪ってきたから。
だからこれは、私への罰。
そのために二人の命が失われ、やすなの心が犯された。
「もう潮時です。これ以上やすなさんと一緒にいたら、今度こそ彼女自身が」
「……いやだ」
「ソーニャ」
「あいつと別れるなんて、いやだ……!」
あぎりの言うとおり、やすなと私の関係を断ち切るのがお互いにとって一番なのはわかっている。
でも、そんなの我慢できない。私はやすなと一緒にいたい。
「……とにかく、組織から配置転換の要請が来ています。数日中には荷物をまとめてこの町から出てい
かなければ」
「そんな……」
「伝えることは伝えましたので、今日はこの辺で~」
そう言うと、どんな忍法を使ったのかあぎりは一瞬で姿を消した。
「……やすな」
やすなのあの叫びが、私の頭を再び駆け巡った。
その日も、昨日と同じように朝まで一睡もできなかった。
私は、どうしたらいいんだ……?
次の日。
私の足取りはどうもおぼつかない。この二日間で、いろいろなことが起きすぎた。私の処理能力の限界
を超えている。
昨日は結局、仕事なんか手につかなかった。適当な理由をつけて任務の実行を遅らせたのだ。
組織にバレたら大目玉、なんてものじゃ到底済まないが一応それなりに私は信用されているらしく、組
織はすんなりその報告を信じた。
「……また、休みか」
昨日と同じ。私の隣の席は相変わらず誰も座っていない。
心なしか、クラスも少し静かな気がする。
ずっとやすなの机を見つめていると、いろいろな記憶が蘇ってきた。
教室に犬が入ってきた時もあったっけ。
あいつに乗せられて手刀で瓶を開けてみたり、お手玉なんかもしたな。
そう言えば、あのうさぎのぬいぐるみ・・・ぴょんすけだか、ぴょんきちだか言う奴は今どうしてるんだろう。
「やすなぁ……」
寂しい。
寂しいよ、やすな。
お前と一緒にいることがどれだけ幸せか、今わかったよ。
いつもそうだ、失ってから初めて気づく。バカは私の方だな。
最近、時間の流れが異様に早く感じる。さっきまで東の空にいたはずの太陽が、いつの間にか西の空に
沈みかけていた。
放課後、私はまたやすなの家に向かった。
白黒の幕は撤去されて、やすなの家はいつもどおりに戻っていた。
玄関で呼び鈴を押す。
誰も出ない。
ドアノブに手をかけてみた。
「開いた……」
まったく、また鍵を閉めるのを忘れたのか。
危ないから注意しろってまた言ってやらないと。
でも、それが不可能だということに私は気がついた。
「……変だな」
玄関に靴がない。
いや、玄関だけじゃない。家の中の家財道具がなくなって、妙にがらんとしている。
「やすなー! おーい!」
呼んでも返事はない。
私は家の中に足を踏み入れた。床が軋む音が家に響き渡る。
二階へ上がって、やすなの部屋のドアを開けた。
「……なんだよ、これは」
やすなの部屋は、広々としていた。
それもそうだ、昨日まであったベッド、机、本棚、そのいっさいが消え失せていたからだ。
窓から入ってくる西日がまぶしい。
呆然と立ち尽くしていると、部屋の隅っこに一枚の封筒が落ちていた。
拾ってみると、封筒には『ソーニャちゃんへ』と書かれている。
封を開けて中身を取り出すと、予想通りやすなが書いた私宛の手紙が出てきた。
『ソーニャちゃんへ
突然こんなことになってごめんなさい。
私はここで暮らしたいと言ったけど、結局叔父さん達の家に引っ越すことになってしまいました。
昨日言うつもりだったけど、どうしても言えませんでした、ごめんなさい。
私は遠くへ行ってしまうけれど、ソーニャちゃんの事絶対忘れません。
だからたまにソーニャちゃんも私のことを時々思い出してくれるとうれしいです。
本当は、ソーニャちゃんが殺し屋をやめられないって事もわかっています。だからもうやめてなんて言いません。
だけど、これだけは絶対に約束してください。どうか、無事でいて。
ソーニャちゃんが幸せに過ごせる事を、ずっと祈っています。
また、かならずどこかで会いましょう。さようなら。
やすな』
「そんな……」
私は、頭を思いっきり殴られたようなショックを受けた。
同時にこれは本当に現実なのかと思った。
「……いや、これで良いんだ」
そうだ、これが一番良い選択なんだ。私から別れを告げる手間が省けただけだ。
だからこれでいい。
「そうだよな、やすな」
やすな。
私は。
「やすな……やすなぁ……!」
抑えきれなかった。私の心の深いところから湧き上がった様々な感情が。
口から、目から。あらゆる場所から吹き出した。
「やすなあああああああああああああああああっ!!」
私はその場に崩れ落ちた。
そして、叫んだ。
後悔を、悲しみを、謝罪を。
そして、やすなへの思いを。
どれぐらいの時間が経っただろう。
明かりのない部屋に、月明かりが静かに差し込んでいた。
私のしゃくりあげる声だけが部屋に響く。
「探しましたよ、ソーニャ」
声のする方を見ると、あぎりが立っていた。
「……なんだ」
「この街を離れる準備が出来ました。急な話ですが、一時間後には出発しますよ」
「……そうか」
「……さ、行きましょう」
「……私は、いい」
「何を言っているんです?組織の命令に背く気ですか?」
「……もういい、なんだか疲れた。私の事は好きにしてくれ」
「あなたは!」
へたり込んでいた私に、あぎりが詰め寄る。
私は胸ぐらを掴まれて、無理やり立たされた。
「ずっとそうやって腐っているつもりですか!」
「……わからない」
「しっかりしなさい!」
あぎりの手が、私の頬を叩いた。
ぱん、と乾いた音が部屋に響く。
「あなたの気持ちはわかります、でもそれが逃げていい理由にはならない」
「あぎり……」
「いいですか、ソーニャ。いなくなった人を連れ戻すことは出来ない。あなたの責任を消すことも出来
ない。でも、生きていればいつか清算できる日が来る」
私の目をじっと見つめ、訴えかけるあぎり。
彼女の言葉はなおも続く。
「あなたがすべきことは、今を恨むことじゃない。とにかくその日まで強く生き続けることです。あな
たにはその責任がある」
「生きる、責任……?」
「そうです。今まで奪ってきた命、自分で選んだ生き方、その全てを背負って生きる責任がある。それ
を親友と離れ離れになったぐらいで投げ出すなんて、私は絶対に許しませんよ」
「奪った命……」
「それに、諦めなければきっとやすなさんにも再会できます。だからその時までしっかり生きて、ソー
ニャ……」
私の胸ぐらを掴んでいた手は、いつの間にか私の体を優しく包み込んでいた。
横目でみたあぎりの顔に、何かが光るものが伝っていた。
「……あぎり」
「……なんです?」
「置いてかれるのって、こんなに辛いんだな」
「……そうですよ」
「やすなの気持ちが少し、わかった気がする」
「……じゃあ、もう大丈夫ですね?」
「あぁ、心配かけたな。すまない、どうかしてた」
「その意気ですよ。さぁ、車が待ってます。行きましょう」
やすなの家を出ると、目の前に風景とは不釣り合いなゴツくて黒い車が停まっていた。
中には、スーツを着てサングラスをつけたいかにもな風貌の運転手。
「荷物は一応私が用意しましたけど、家に戻らなくても大丈夫ですか?」
「あぁ、特に問題ない」
ドアを開けて、座席に座る。隣の席にあぎりも乗り込んだ。
運転手はこちらを見ずに「出すぞ」とだけ言って、その後は一言も発さなかった。
「そう言えば聞いてなかったが……配置転換って一体どこになるんだ?」
「ソーニャにはとりあえず、一旦ロシアの方に戻ってもらいます~。そこで現地の人間と接触して
さらに詳しい指令を受け取ってくださ~い」
そう言って、あぎりは一枚のメモを渡してきた。
メモには、ある駅の名前と時間が記されている。
「指定された場所と日時で相手と落ち合ってください~」
「……お前はどうするんだ?」
「私はもうちょっとだけこっちに残ります~、でもすぐに追いつきますから心配いりませ~ん」
「そうか、待ってるぞ」
やすなの家が、だんだんと遠ざかる。
最後に、いろいろな思いでをくれた場所。
やすなの思いを知った場所。
そして、私が新たな決意をした場所。
やすな、私は絶対お前に会いに行くぞ。
いつになるかわからないけど、その日まで絶対に死んだりしない。
だから、それまで。
「……さよなら、やすな」
すでに誰も存在しない家は、少しだけ寂しそうに私を見送ってくれた気がした。
とりあえず前半終了、そして書き溜めが尽きる。
とにかくこれから続きをどうにかしてきます。
おつ
しえん
>>33
ありがとう!
あれから、十年が経過した。
私は、相変わらずロシアで活動していた。
十年も経てば、立場は変わる。私は一介の雇われヒットマンから、組織にちょっとだけ近いポジション
の殺し屋になった。
あぎりはあぎりで、相変わらず変わらない。いっつも神出鬼没で、怪しげな術は更に怪しさを増していた。
変わったことといえば道具の値段が少し上がったくらいか。
なんとなく理由を聞くと、あぎりは「ここ最近は不景気ですから~」なんて事を言っていた。
わからないのは、やすなの所在だけだ。
法律や組織のルールにギリギリ触れないくらいまでの手段をつくして見たけれど、高校卒業後の彼女の経歴が全く確認できない。
ここロシアから、日本のことを探るのも確かに無理があるのだろうが・・・それにしたってもう少しなにか出てくるものじゃないのか?
やすなは今、どこで何をしているのだろうか……。
「呼び出し?」
「はい~そうです~」
ある日、私はあぎりから組織の指令を言い渡された。
ボスのところへ自ら出向け、とのことだった。
「指令書、とかじゃなくてか」
「直々に出向くように、と聞いてますね~」
「何があったんだ……」
普段、私をはじめとする殺し屋には何人かの手を経由して指令書が届けられ、それにしたがって命令を実行するスタイルをとっている。
足をつきにくくするためだ。
その段階をすっ飛ばして、直接会って命令するというのはかなり稀である。
逆に言うと、そうしなければいけないほどの事態が起こっているということだ。
とにかく、しばらく気をつけて生活しなければならないかもしれないな……。
とりあえず命令通り、私とあぎりはそれぞれボスのもとへ向かうことにした。
電車やバスを乗り継いで、一見普通のビルの前に到着した。ここがアジトの一つだ。
見たところあぎりは来ていないようだ。もしくは先に中へ入ったか……。
入り口のドアを叩くと、覗き窓が開いた。鋭い目つきの男が見える。
「Кто?(誰だ?」
男がロシア語で訪ねてくる。
「Соня(ソーニャだ」
「Когда коммунизм вводится в пустыне?(共産主義が砂漠に導入されたら?」
「Стать нехватка песка(砂不足になる」
今のは合言葉である。
私が組織の人間であることを確認すると、男は私を中へ招き入れた。
男に連れられて、ある部屋の前に着いた。
「Вот(ここだ」
「Оказалось, спасибо(わかった、ありがとう」
扉を開けると、椅子に座った初老の男性と。
「ソーニャ、遅かったじゃない~」
あぎりがいた。
「お前……もう着いてたのか」
「いま来たばかりよ~」
「……そろそろ良いかね、あぎり、ソーニャ」
「あ、はい……」
ボスが、低い声でゆっくりと話し始める。
「今日君たちに来てもらったのは、指令を伝えるためだ」
「なら、いつも通りで良いのでは」
「今回ばかりは、そういうわけにもいかんのだソーニャ。この組織の存続に関わってくる話かもしれんし、最悪の場合身内にターゲットがいるケースも考えられる」
いつになく真剣な様子で私のことを見つめてくるボス。
かなり深刻な様子である。
「ここ最近、組織のヒットマンが立て続けに始末された。ここ二週間で五人ほどだ、異常なペースだ」
「それは、本当ですか」
「事実だ。相手が何者か不明だが、同一人物によるものと見て間違いない」
「なぜそんなことが」
「手口が皆一緒だからですよ~」
あぎりが口を挟んできた。
「殺された場所はそれぞれ違いますが、一様に遠距離からの狙撃で殺害されてます~。しかも全員見事に頭を一発で撃ち抜かれていますね~」
「スナイパーか……」
「とにかく、君たちには彼らを始末したスナイパーを特定、排除してほしい。僅かだが、持っている情報も全て提供しよう。とにかく何か新たな情報を手に入れたらすぐに連絡してくれ。以上だ」
「では失礼します、ボス」
部屋を出ると、先ほどの見張りが車を用意して待っているという。
私達は車に乗り込んで、組織のセーフハウスへと戻った。
「資料は明日送られてくるそうです~」
「本格的な活動は明日からか……」
「一応、ある程度の情報を頂いてますから、それを元に明日どこへ行くか決めましょ~?」
「そうだな……」
遠距離からの狙撃、か……。
思えば、基本的に私はナイフでの接近戦が主なスタイルなのでこのタイプの相手は初めてということになる。
正直不安だ。
「とりあえず、最初に殺られた奴のところに行こう」
「そうですね~」
「そうと決まれば、今日は早めに休んだほうがいいな……。お前も寝ておいたほうが良いぞ」
「わかりました~、おやすみなさ~い」
ベッドに潜り込んで、明日の事を考える。
まず、それぞれの事案の詳細な手口を調べなければ……。
いろいろ考えているうちに、眠気が私を飲み込んでいった。
今日はとりあえずここまで……。
とにかく書き溜め作ってまた明日の夜くらいに出没できればいいなと。
書き溜めがある程度たまりました。でもまだ続きそうな…。
次の日。
「ここがその部屋か……」
「まぁ、綺麗に片付けられてますね~」
「撃たれた時、こいつは何か任務についてたのか?誰かを追っていたとか……」
「いいえ~、この人含めて全員休暇に入ったところのようですね~」
私達はモスクワに派遣されていたヒットマンの部屋に来ていた。
この部屋に住んでいた者が、最初の犠牲者である。
部屋はそこそこの広さで、寝室には見通しの良い大きな窓がある。
彼は寝室に倒れているところを隣の部屋の人間に発見されたという。
「よくある話だが……窓に近づいたところを狙い撃ちにされたようだな」
「そうですね~」
「しかし、ここから見る限り狙撃ポイントに使えそうな建物なんて……」
「一番近くで二キロほど離れてますね~、相当な技量の持ち主だと思います~」
「二キロ、か」
それだけの距離を狙撃するとなると、狙撃に特化した特別なライフルを使ったずだ。
「狙撃に使われた銃はわかってるのか?」
「そうですね~、資料には大口径対物狙撃銃の可能性が高いって書いてあります~。死体の状況からもそれが読み取れると思いますよ~」
あぎりが渡してきた写真を見たが、思わず目を背けてしまいそうなくらいに原型をとどめていなかった。
「ひどいな……」
「なんせ12.7mmですから~」
長距離狙撃用の特殊な銃……それに一発で仕留める腕前……。
この要素から考えると、相手は元軍属で狙撃手をやっていた者の可能性が高いな……。
「……よし、次の場所に向かうぞ」
「は~い」
その日の夜。
セーフハウスのリビングに置かれた机の上には、数々の書類と写真が乗せられていた。
そして私の向かい側にはあぎりが座って、書類に目を通している。
最初の犠牲者の家からまた別の犠牲者たちの家を見て回ったが、特にこれといって特別なものは得られなかった。
今日ハッキリしたことは、敵のスナイパーは最低でも一キロの距離から狙撃をしているという点と、元軍人の可能性があるということだ。
とりあえず私はこの事をボスに伝え、ここ数年以内に退役した長距離狙撃の記録を持つ軍人を調べるように要請した。
相手の国籍は分からないが、とりあえずロシア軍の関係者から洗ったほうが良いだろう。
「はぁ……初日だから仕方ないとはいえ、あまり有力な情報は無いな……」
「そうですね~」
「そっちは何かあったか?」
「私も全然ですね~」
「そうか……今回の件、簡単に行きそうもないか……」
「……でも、手がかりが無いわけじゃないようですねぇ」
そう言って、あぎりは一枚の紙を渡してきた。
「これは……」
「おそらく、これが今回使われた銃です。バレットM82……対物ライフル」
「こんなもんが……」
「米軍も使用してるライフルです、それに発射音も大きい……にもかかわらず、狙撃地点付近で銃声を聞いたという人がいませんから、かなり周到な準備の上で狙撃したみたいですねぇ」
「しかも、殺られた奴らは全員屋内にいるところを狙撃されている……。セーフハウスの位置を把握されているってことか」
「……今回はかなり手ごわそうですね~、気をつけないと~」
「相手がかなり有利じゃないか……対抗できるんだろうか」
「周到な準備をしている、つまり相手の行動があらかじめ決まっている可能性が高いということです。こっちが相手の動きを予測して動けば……」
「そうするしかないか……となると、次のターゲットは誰か予想できそうだな……」
私は、組織にいる殺し屋のリストを取り出した。
組織には、今回殺された五人、そして私達二人を含めて大体二十人ほどの殺し屋がいる。
今回狙撃された奴らは全員休暇中だった……リストの中で一週間以内に休暇に入る奴は三人だ。
「こいつ……かな」
「私もそう思います~」
導き出された人物は、最近組織に入った若い殺し屋だった。
明後日、休暇に入るらしい。休みに入ったやつを片っ端から狙っているのだとしたら彼が狙われる可能性が一番高い、という結論に至った。
とにかく明日、重要な仕事が出来た。
スナイパーめ、絶対に見つけ出してやるぞ……。
また次の日。
「あぎり、どうだ?」
「順調ですよ~、気づかれてませ~ん」
私とあぎりで、昨日のリストにいた若い殺し屋の跡を付けていた。
さすが忍者、というべきか。あぎりはしっかりと尾行できているようだ。
私はと言うと、ビルの屋上で双眼鏡片手にあたりを監視していた。
「こっちも変なものは見えないな……そろそろ移動する、尾行を続けてくれ」
「わかりました~」
私は階段を駆け下り、あぎりたちの後を追う。
「今移動してる。そこからは何か見えたか?」
「いいえ~、特に怪しい物は~」
「少しでも変な物があったら教えてくれ」
「は~い」
「さて……次はこのビルだな」
私は次の監視ポイントである別のビルの屋上へと向かった。
仮に明日、狙撃を決行するとしたら何かしらの下見に訪れているはずだ。
「うーむ……」
そして、かれこれ数十分が経過した。
このビルの屋上はおろか、別の建物の屋上にもそれらしき者は見当たらない。
地上にいるあぎりの方からも、特に変わったことは無いそうだ。
「こちらソーニャ、特に何もなし」
「あぎりです~、こっちも何もないですね~」
「うーん……読みが外れたか?」
「そんなこともありますよ~、とりあえず合流しましょう、下の喫茶店にいま~す」
「わかった、すぐ向かう」
ビルを降りると、結構混んでいる喫茶店を見つけた。おそらくここだろう。
店に入ると、ターゲットの男と少し離れた場所にあぎりが座っているのが見えた。
私はあぎりの向かい側に座る。
「私の方は収穫なしだな、お前の方は?」
「こっちも似たようなものですね~」
「ところで……それはお前が頼んだのか?」
「そうですよ~?」
あぎりは結構なサイズのパフェを注文していた。なんとも緊張感が無いというか……。
「美味しいですよ~?はい、あ~ん」
「やめろ!……お前なぁ、何もこんな時になって」
「前から来てみたかったんです~、クレープも美味しいらしいですよ~」
「はぁ……一応言っとくが観光に来たわけじゃないんだからな」
「ん~、おいし~」
「聞け!」
相変わらずマイペースである。
「ん?」
「どうしました~?」
ポケットに入れていた携帯が振動している。画面を見ると、非通知のようだ。
「電話だ……はい、もしもし」
「ソーニャか?私だ」
「ボス?」
「あぁ、昨日の件を調べたのでな。ロシア軍にはそれらしいものは居なかった。本格的な調査はまだだが、米軍と英軍に関してもあまり良い結果とは言えないな」
「こちらは使用してる銃器がだいたい特定できました、もう一度米軍を洗いなおしてもらえますか?」
「わかった。ところで今何をしている?」
「次に狙われる可能性のある者を尾行してます。今のところ手がかりは掴めていませんが……」
「ターゲットがわかったのか?」
「あくまで可能性が高い、ですが……」
「うむ、何かあったらまた連絡をくれ」
「はい、では」
ロシア軍の関係者ではない……それに使用した装備から考えると、やはり元米軍か?
「誰からですか~?」
「……ボスからだ」
「何かわかりました~?」
「ロシア軍にはそれらしい者は居ないらしい……」
「やはり米軍ですかね~?」
「私もそう思うが……」
「あ、ターゲットが席を外しましたよ~」
「何?追うぞ!」
「あ~、まだ残ってるのに~」
「言ってる場合か!」
会計を済ませ、再び私達は男の後を追いかける。
男が次に向かったのは、近くにあった大きなデパートだった。
「こんなところに何の用だろうな……」
「さぁ~、普通にショッピングかもしれませんよ~?」
「まぁいい、とにかく行くぞ」
そして男は華麗にショッピング……ということではもちろんなく、脇目もふらず階段をずんずんと登っていく。
追跡すると、一般客の立ち入りの制限されたエリアへと入っていった。
「……何かあるようだな」
「そうですね~、私達も行きましょ~」
目的地があるのか、男はエリアの奥へと進んでいく。
そして資材置き場らしい一番端の部屋へ消えていった。
「こんなところで何をするつもりだ?」
「何でしょうね~」
「くそっ、中の様子がわからないな……」
「では~、これを使いましょう~」
「なんだ、こんな時に……」
「じゃ~ん、ファイバースコープ~」
「よく用意してたな……」
「諜報活動の基本ですがな~、お値段五万円です~」
「とにかく貸してくれ!」
ファイバースコープを使って部屋の様子を探る。
よし、追跡はバレていないみたいだ。
部屋は、四方を壁に囲まれていて薄暗い。窓も存在しないようだ。
中では私達が追っていた男と、目深にフードを被った全身迷彩服の男が向かい合っている。
何やら話をしているようだが……。
「あの迷彩服の男、何者だ……?」
「うちの組織の人ではないですね~」
「別の組織の人間か?」
その時だった。
バコン、という音と共に壁に穴が空き、ターゲットの男の体が弾け飛んだ。
「な、なんだ!?」
「……行きましょう!」
「あ、おい!」
言うが早いか、あぎりが飛び出していった。
私も慌てて後に続く。
中にいた迷彩服の男も、この状況に混乱しているようだ。
「くそ!嵌めやがったな!」
物陰に隠れながら、男が叫ぶ。
「おびき出してまとめて始末しようって魂胆か!だがそう簡単にはいかんぞ!」
男はどうやら私達を狙撃した仲間だと勘違いしているらしく、戦闘態勢に入っていた。
彼の投げたナイフが飛んで来る。
「くっ!」
間一髪、私はナイフを避ける。
私はあぎりに目で合図する。あぎりも了解した、といった風に頷き返した。
「こっちだ!」
「畜生!舐めるな!」
「よっと!」
いいぞ、奴の攻撃が私に向いている。
「あぎり、今だ!」
「えいやっ」
「うぼぁっ!」
あぎりの手刀が、奴の首を見事に捉えた。
意識を失った男は、その場にガクリと崩れ落ちる。
「ナイスアシストです~、ソーニャ~」
「ふう……しかし、まさか壁越しで狙撃なんて……」
私は横目で死体を見た。壁を通過したにも関わらず、弾丸の威力は全く衰える事なく彼の上半身を吹き飛ばしたようだった。
「どうやら、スナイパーが追跡していたのは彼ではなく……」
あぎりが気絶させた男をちらりと見る。
「こっちの方のようですねぇ、やられました」
「ということは……こいつらがここで落ち合うってことも全部筒抜けだったって事かよ……」
「……とにかく、こうなると内通者の存在は確実ですねえ。後片付けは組織に任せて、私達は一旦戻りましょう」
「……あぁ」
相手の動きを予想するどころか、こっちが終始弄ばれている……。
まるで亡霊のような相手だ……。
私達は、果たして奴に勝てるのだろうか?
不安は募るばかりだった。
夜になった。
相変わらず机の上には資料が散らばっている。
「……はい、はいそうです。えぇ」
「また、一人やられたか……」
私はボスと電話をしていた。
電話越しなのでボスの表情は分からないが、声はなんだか沈んでいるようだった。
「しかし、今回は有力な手がかりを手に入れました」
「例の殺し屋の事かね」
「はい。それに、相手の装備に関しても詳細がわかってきました」
「それがわかるまでに全滅しなければいいがね……」
「それは……」
「まぁいい、とにかく調査は続行してくれ。それと米軍の件だが、明日には結果が出るはずだ」
「そうですか」
「……頼んだぞ。以上だ」
「はい」
「なんて言ってました~?」
「米軍関係者は明日には調べ終わるらしい、ってことくらいだ」
「そうですか~」
「そう言えば、今日捕まえた奴は……」
「今は本部にいて、眠ってもらってます~。明日お話を聞くつもりですが~」
「やっと進展らしい進展があったな……」
「それと……今日狙撃で使われた装置がこれですね」
資料を受け取ると、そこには軍が使う狙撃システムの詳細が記載されていた。
「あんな閉鎖空間でも、正確に当ててきたのはこれのおかげだったのか……」
「特殊な電波を使用して、壁の向こうにいる標的も狙撃できる……かなりの装備ですね~」
「もしかして……米軍関係者、なんてもんじゃなくて米軍そのものが絡んでるんじゃあるまいな……」
「流石にそれは無いと思いますよ~、かける労力に比べて得るものが皆無でしょうから~」
「うーん……」
「でも、多分何かしらの後ろ盾はありますねぇ。個人で用意できるモノの範囲を軽く超えてますから。と言うか対物ライフルの時点でかなり特殊です」
「そもそもなんで私達を狙うのか、って言うこともわかってないしな……」
手元の資料に目を通すが、書いてあるのはだいたい同じような事ばかりだ。
それに内通者の存在も気になる。リストの中の一体誰が裏切り者なんだろうか。
とにかく、明日の尋問と調査結果が出れば事態も動くはずだ。
翌日。
私達は組織のアジトにやってきた。
昨日捕まえた迷彩服の殺し屋が中で捕らえられている。
「今、どんな状態なんだ?」
「椅子に縛り付けてる感じですかね~。健康状態は問題ないように配慮してますよ~」
奴がいる部屋の前には、黒服の見張りが二人居た。それぞれサブマシンガンで武装している。
私達の気配に少し警戒したようだが、それが身内のものであるとわかるとすぐに扉を開けてくれた。
「さて……話を聞かせてもらうぞ」
「お願いしま~す」
「フン……殺すならさっさと殺せ!俺は何も知らんぞ!」
男は私達の顔を見るなりそう吐き捨てた。
完璧に勘違いしている。まずは誤解を解くところから始めないといけないか……。
「落ち着け、別にお前を殺すつもりはない」
「どうだか……そう言っておいて、またどっかからブチ抜くつもりじゃないのか?」
「昨日撃ってきたスナイパーは私達の仲間じゃない……殺された奴が私達の仲間だった」
書き溜めがまた尽きてしまった…。書き溜め作ってきます…。
おつ
まってるよ
>>64
ありがとうございます…頑張ります。
「……それは本当なのか」
「本当だ。しかも彼だけじゃない、ここ最近私達の仲間が立て続けに殺されてる」
「……身柄の安全は保証してくれるな?」
「わかった、全力でお前を守ってやる」
「よし、交渉成立だな」
「あぁ。まずお前は何者なんだ?あそこで何をしていた?」
「俺はザ・ツチノコ……昔はとある組織に居たが、今はフリーで活動してる。情報提供が主な業務さ」
「ザ・ツチノコ……?どこかで……」
どこか聞き覚えのある名前。私は昔の記憶を辿っていく。
「思い出した!お前十年くらい前に私を狙ってきた……」
「何?十年前?俺はまだ活動してないぞ?」
「お前が自分で名乗ったじゃないか」
「十年前ってことは……多分先代だな、そいつは」
「ザ・ツチノコって襲名制なのか……」
ザ・ツチノコ流とかでもあるんだろうか。
いや、今はこんなくだらない話をしている場合ではない。
「それで、昨日は一体何の目的であいつと会ってたんだ?」
「彼から情報がほしい、と言われてな。確か次の仕事のターゲットの話だった」
「それであそこに居たわけか……会うのを誰かに話したか?」
「いいや、そう言う類の話は一切口外しない事にしてるからな。情報屋は口が固くないと務まらないんでね」
「そうか……」
彼から情報が漏れたわけではないとすると、やはり私達組織側の情報が流れているということになる。一体どこから……。
「……なぁ、この件だが俺にも協力させてくれないか」
「なぜだ?」
「彼は数少ない友人でな……軍の同期だった」
「……その申し出はありがたいが、何か変な動きをしたらすぐに始末するぞ。それでもいいな?」
「あぁ、そのことは承知している」
「よし、ボスに掛けあってみよう。正式に決まるまでここにいてくれ、悪いがそれまで手錠も外せない」
「いや、良いんだ。これがルールだからな」
「また明日来る、それまで待っていてくれ」
「わかった」
今日はここまで……
まだ明日の夜頃出没します。
と言うか日付変わってるし。
書き溜めをある程度作りました。早速投下。
私たちが部屋を出ると、またすぐに入り口を見張りの男が固めた。
相変わらず鋭い眼光で、身内の私も少し萎縮してしまいそうだ。
「……首尾はどうかね。ソーニャ、あぎり」
「……ボス?なぜここに」
「ハハハ、何故もなにもアジトにボスがいて何がおかしいのかね?」
ボスが力なく笑う。
その表情には少なからず疲れが含まれていた。
「情報屋が協力を申し出てくれました」
「……信用できるか?」
「もちろん、妙な動きをしたらすぐに消すつもりです」
「なるほど、結構だ。すぐにそいつの拠点を用意しよう、では私はもう行くとする」
そう言って私達の前から歩み去ろうとしたボスだったが、何か思い出したように身を翻し私達のもとに戻ってきた。
「そうだ忘れていた。これが米軍関係者のリストだ、使ってくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それじゃ、今度こそ行くとするよ。気をつけてな同志」
そのままボスはフロアの奥にある重そうな扉の中へ消えていった。
「さて、これで資料は揃ったか……また戻って書類とにらめっこだな」
「そうですね~、とにかく帰りましょうか~」
受け取るものも受け取った。
ここ数日で犠牲も出たが、着実に調査は進展している……と思いたい。
そして、夜。
またいつものように資料を右から左へと片っ端から見ていく。
米軍関係者のリストはあらかた確認し終えたが、どうもこれといった手がかりは見つからない。
「また読みが外れたのか……?」
「そうでも無いようですね~、米軍に近いものって言う点ではほぼ正解じゃないでしょうか~?」
「どういうことだ?」
「これで~す」
「これは……?」
見せられたのは、ある演習の記録だった。
題目を見ると射撃記録と書いてある。
「これがどうかしたのか?」
「ほら、ここ」
あぎりの指差した先。
これは……。
「この記録……」
「驚異的ですねえ~、選抜射手の中でも群を抜いてますよ~」
「これはいつの記録だ?」
「三年前……ですねえ、今まで見てきたリストの中では一番時期が近くて、しかも一番記録が良いみたいですよ」
「ほぼ全てド真ん中に命中か……」
「残念ながら、この隊員の詳細はわかりませんが……これで最近退役していたら、可能性はあるんじゃないですか~?」
「やっと尻尾を掴んだぞ……!」
姿は捉えられなくても、その影を捉えた。正体まであと少しか……?
「それで、米軍に近いものっていうのは……もしかして」
私は演習のタイトルを見ながらあぎりに確認した。
「えぇ、日米狙撃手養成キャンプ……」
「日本……自衛隊か」
「正直、私も見落としてましたねぇ。まさかここまでの射手がいるなんて」
「とんだミスだな……とにかく連絡してくる、あぎりは他の資料にもそいつの記録がないか探してくれ」
「了解で~す」
ボスに連絡しようと私は携帯を取り出した。
しかし、その瞬間携帯が震えだした。着信だ。
番号は非通知……ボスからか?
「はい、もしもし」
「ソーニャか?まずいぞ、また一人やられた」
「え……」
また、なのか。
「今度は任務中だ……しかも極秘で動いていたはずの者が、だ」
「……」
「……ソーニャ?どうした?」
「あっ……いえ、大丈夫です。……やはり、内通者がいるんでしょうか」
「それはわからん……身内を疑うことはしたくないが、もっと力を入れて調べる必要がありそうだな……。ところで、そっちはどうだ。なにか見つかったか」
「えぇ、やっとそれらしいものを……。ここに来て元自衛隊の人物の可能性が高くなってきました」
「自衛隊だと?」
「はい、盲点でした……今あぎりがその方面の人物を洗ってます」
「以外だな、まさか日本人とは……」
「確定ではありませんが……」
「わかった、早急に関係者のリストを送ろう。それと、明日はなるべく派手な動きは控えるんだ」
「なぜです?」
「昨日、今日で二人だ。相手の行動が活発化していると思われる。数日様子を見るんだ」
「わかりました……ところで、情報屋の彼はどうしてますか?」
「先ほど部屋から出した。今のところ本部の空き部屋を使わせているが、明日そちらへ向かわせる。なかなか良い青年だ、役に立ちそうだ」
「そうですか。じゃあまたなにかあったら連絡しますので」
「うむ。気をつけるんだぞ、以上だ」
電話が切れた。
また、やられたのか。
また、一人消された。
また、誰か死んだ。
人物の影は掴んだが、その目的は相変わらずわからないまま……。
本当に、一体何がしたいんだ……?
「ソーニャ?ボスはなんて言ってました~?」
「関係者のリストを作ってくれると。それと……また一人やられたらしい」
「また、ですか」
「あぁ……」
「ペースがいきなり速いですねぇ……どうしたんでしょう」
「……次は、誰なんだろうな」
「さぁ……撃たれてみないとわかりませんから~」
「お前は、怖くないのか?」
「ん~、怖くないって言うと嘘ですけど~」
「情けない話だけど……私は今になっていきなり怖くなってきたよ……」
一人ずつ、一人ずつ。
まるで生爪を一枚ずつランダムに剥がしていくかの如き、強烈な痛みとストレスが精神を蝕んでいく。
次は誰だ?あいつか?こいつか?それとも……私か?
「……ダメだな、私は。何も変わってない」
「そんなもんですよ~、人間そう簡単に変わりませんから~」
「そんなもんかな……」
「それに、変わらないってことはあの日決めたこともそのままってことでしょ~?」
「それは、そうだけど……」
「なら、そのままでいいですよ。そのままのあなたの方がきっと誰よりも強いですから」
あの日、決めたこと。
十年前、やすなに誓ったこと。
それは今でも変わっていない。
そうだ、それだけは変えちゃいけないのだ。
「……お前には救われてばかりだな、あぎり」
「それが役目ですから~。それに私もソーニャがいないとダメですよ~」
「そうか?」
「……少し休憩しましょうか、コーヒーでも入れまてきますね~」
そう言うと、あぎりはキッチンへと姿を消した。
コップにお湯を注ぐ音が聞こえてくる。
「……はぁ」
少し疲れたのかもしれない。
ソファーに体を沈めると、全身から力が抜けていくような気がした。
「十年、か」
あれから十年。
結局、やすなに会えずにこれだけの時間が経ってしまった。
あいつは今何をしているんだろうな……。
結婚してたり?もしかして、バリバリのキャリアウーマンなんてことは……。
「……ないな、うん。絶対無い」
どういうわけか、あいつがしてそうな仕事と言うと保育士とかそう言う類のものしか思いつかない。
子供みたいだから?いや、違う。
「……優しいからな、あいつは」
「誰がですか~?」
「うわっ!?」
物思いにふけっていると、いつの間にかあぎりが戻ってきていた。
「まぁ、どうせやすなさんのことでしょうけど~」
「どうしてそうなる……」
と言いつつ図星なので思わず目を背けてしまう。
「この件が終わったら、ちょっと日本に旅行しに行きましょうか~」
「日本か……」
「結局、あの時離れてから一度も戻ってませんし~」
「……それも良いな」
私達が居た町はどんな風に変わっているのだろうか。
学校は新しくなってたりして。
あのクレープ屋は流石にもう無いかもしれないな。
「じゃあ、早速この仕事を片付けてしまいましょう~」
「あぁ、そうだな。さっさと片付けて休みでも取ろう」
「楽しみですね~」
そうなると、なんだか少しやる気が出てきた気がする。
怖くなくなったわけではないけど、目的が出来ると人は前向きになれるものだ。
「……それまで、やられるわけにはいかないな」
この事件にカタをつけるまで。
やすなに、会うまで。
次の日。
「おーい!いるんだろ!返事しろ!おい!」
「ん……」
ドアが乱暴に叩かれる音で私は目を覚ました。
寝ぼけ眼と、ふらつく足をどうにかしながら玄関へ向かって外を窺った。
見ると、ザ・ツチノコの奴がドアの前にいる。私は鍵を開けて彼を招き入れた。
「ったく……返事くらいしてくれ、やられたのかと思ったぞ」
「あぁ、すまない……今まで寝てたからな……」
時計を見ると、午前九時三十分。少し寝坊気味だ。
「ほら、昨日言ってたリストだ。ボスから預かってきた」
「これか……他のと比べると量があるな」
「米軍と比べるとセキュリティが少し甘かったからな。それでもこんだけの量集めるのには苦労したが」
「よし、すぐにこいつらを洗おう。おいあぎり、起きろ」
私は横で寝ているあぎりを揺する。
「ん~、もう食べられないです~」
「なんだそのベタな寝言は……起きろ!」
「は~い」
「うわぁ!」
となりの部屋からいきなりあぎりが飛び出してきた。
じゃあこれは……。
「変わり身の術ですがな~」
「なにもこんな時にふざけなくても……」
「じゃ、リストはいただきますね~」
「ほら、これだ」
「は~い」
リストを受け取ると、あぎりは再び隣の部屋へ消えていった。
「……いつもああなのか?」
「まぁ……そんな感じだ」
「あんたも大変だな……」
ツチノコが半ば呆れた感じで言った。まぁ普通呆れて当然だろう。
「それでだ、ソーニャさんよ。何か有力な情報を掴んだらしいが……」
「見つけたのはあぎりだけどな……三年前の日米合同演習に、例のスナイパーが参加してた可能性が高くなってきた」
「だから退役自衛官のリストか……」
「こっちはそんなところだ。お前の方はどうだ?」
「知り合いの情報屋にいろいろ聞いてみたが、あまり有益なものは無いな……だが、一つだけ気になる話を聞いた」
「なんだ?」
「どうもここ暫く、あんたのことを聞いて回ってる奴がいるらしい」
「私を?」
「こんな話が流れてくるあたり、相手は素人だろうが……気をつけるに越したことはないだろう」
「……今回の件と無関係、というわけでも無さそうだしな」
「俺も詳しい話が無いか調べてこよう……。こっちはそんな感じだ」
「敵も随分動いてきたな……」
ボスの言うとおり、相手の動きは活発化していると見て間違い無さそうだ。
そして気がかりなのが私を探そうと嗅ぎまわっている者の存在……。
これは早急に手を打たなければならないだろう。
「その情報の出処はわかるか?」
「アジト近くにある酒場のバーテンダーから聞いた話だ。写真を持ってこの女性を知らないかって聞いてきたらしい。それがお前そっくりだったそうだ」
「写真だと?」
「あぁ。随分古いものだったとあいつは言ってたが……他の場所で聞いた話でも、写真片手に聞いてきたってところは一致している」
「……ちょっと直接聞いてくる。場所は?」
「おい、今日は派手に動くなとボスに……」
「少し話を聞くだけだ、どうにかなる」
「じゃあ、私もついていきます~。それで良いですか~?」
「……わかった、行ってこい。俺はここに残っていろいろ調べておく。何かあったら連絡をくれ」
「あぁ、頼んだぞ」
「あぁ、それと……これを持っていけ、そうすればすんなり中に入れる」
そう言ってツチノコは一枚のカードを渡してきた。
黒一色のカードで、鈍く光を放っている。
「俺の知り合いって事の証明だ。話をしてくれたバーテンダーは覆面を被った一風変わったやつだ、すぐ見つかるだろう」
「あぁ……わかった、ありがとう。それじゃ行ってくる」
「幸運を、同志」
家を出て、また電車やバスを乗り継いでアジトの近くへやってきた。
その酒場は思っていた以上に小さな店で、カウンターテーブルが一つだけある。
この大きさでは十人と入れないだろう。
「……失礼する」
「まだ開店はしてないよー、出直してくれ」
カウンターの奥に、覆面をつけた男が一人。
グラスを拭きながら素っ気なく返事をした。
「酒が目的じゃない、話を聞かせてくれ」
私はそう告げて、ツチノコから渡されたカードを彼に見せた。
彼の眼の色が変わる。
「なんだお客さん……そういうことなら先に言ってもらわないと。とりあえず座ってください」
彼に促され、私達はカウンターに座った。
彼は慣れた手つきで水を用意すると「さて」と前置きして話を始めた。
「何が聞きたいんです?」
「……最近、私を探してる奴に会ったそうだな」
「あぁ、その話ですか……。確かにここに来ましたよ、写真片手にこの人を知らないかと」
「なんて答えた?」
「まぁ、一応あなたの職業柄バラされたくないでしょうから……知らないとは答えましたけどねぇ」
「そうか……」
「その人はどんな風貌でした~?」
「そうですねぇ……大きめのパーカーを着て、顔をフードですっぽり覆ってたので顔はわかりませんが……声からして若い女性のようでした」
「女?」
「えぇ、ちょうどあなた方と同じ位の年齢だと思うのですが」
「そうか……」
「それに関しては以上ですが……他になにか?」
「いや、もう結構だ」
「そうですか……さて、お代の方ですが……」
「向かいのビルのポストに、口座と金額を書いた紙を入れろ。数日中に振り込まれる」
「はい、毎度」
欲しい情報は手に入れた。
これ以上この場所にいる必要もないだろう。
私達は店を後にして、来た道を引き返す。
「む……おい、あぎり」
「えぇ……居ますね」
お互い前を見たまま、小さく言葉を交わす。
一定の距離をとって、ずっとついてくる足音……。
付けられている、間違いない。
「ふた手に別れよう」
「はい~、それじゃあまた後で~」
交差点にさしかかり、あぎりは右へ、私はまっすぐ進む。
さぁ、どちらに食いつく?
「……私が目当てのようだな」
足音は私と同じルートを辿ってきた。
こいつが私を探していたという奴か?
考えているうちに、相手がスピードを上げた。
距離が詰まってくる。
「ここで仕掛けるつもりか……だがそうはさせるか」
私は適当な角で右に曲がり、その影で相手を待ち受けることにした。
相手は見事に引っかかった。足音が段々と近づいてくる。
「さぁ、来い……」
十メートル、五メートル、一メートル……。
今だ!
出会い頭の格好となった私と追跡者、相手は驚いて一瞬動きが止まる。
それだけあれば、私には十分だ。
その一瞬で相手の背後に回り込み、腕を捻り上げる。
「貴様、私になんの用だ?」
「あだだだだ!痛い痛い痛い!」
「お前は……!?」
聞き覚えのある声。
短い栗色の髪に、つぶらな瞳。
「あ、あはは……ソーニャちゃん……」
「やすな……!?」
私達の十年ぶりの再開は、唐突な形でやってきた。
どうしてやすながロシアに……。
書き溜め、尽きる。
明日は時間があるから今日より進めるといいな……。
明後日くらいに完結出来るように頑張ってきます。
書き溜めがある程度出来たので投下していきます。
ただ、ちょっと進行遅いです……。
「ソーニャちゃん……やっと見つけたよ……」
「お前、どうしてこんなところに……!」
「ソーニャちゃん……!ソーニャちゃんっ……!」
やすなは私に抱きついて、離そうとしない。
「ごめんね……!ごめんねソーニャちゃんっ……!」
「やすな……」
たまらなくなって、私もやすなを抱き返した。
「やすなっ……!ずっと会いたかった……!」
やすなの腕に、一層強く力が入ったのがわかった。
周囲から見たら異様な光景だろう。
でも、やっぱり嬉しくて気持ちが抑えられなかった。
また生きてやすなと会えるなんて。
「……やすなさん?」
「あ、あぎり……」
「あぎりさん!」
いつの間にかあぎりがやって来ていた。
彼女も心底驚いたという表情だ。
「お久しぶりです、あぎりさん」
「十年ぶりですね~、お元気でしたか~?」
「はい!あぎりさんもお元気そうで!」
「いえいえ~」
十年ぶりに、この三人が揃うなんて。
私は夢でも見ているような気分だった。
「しかしやすな……一体どうして……」
「ソーニャちゃんを探しに来たんだよ!」
「私を?」
「いろいろ時間がかかっちゃったけどね……」
「でも、私がここにいるなんてどうやって調べたんだ?」
「写真見せて、とにかく聞いて回ったんだよ!とりあえずここは首都だし、人も多いからいるんじゃないかなー……と」
「呆れた……お前まさかその調子でロシア全土を調べるつもりだったのか?」
「もちろん!」
「……やっぱりバカだなぁ、お前は」
「こんな時になってまでそう言わなくてもいいじゃん!」
「いいやバカだ、大バカだ。わざわざ私なんか探してロシアを駈けずり回ろうなんて考える奴はバカ以外の何者でもない」
「むぅ……」
「でも、そこが良いところだ。変わらないな」
「えっ……?ソーニャちゃんがデレた……!?」
「うるせえ!」
軽くやすなの頭を小突く。
この感じも久しぶりだ。
「そうだソーニャちゃん!せっかく会えたんだし……この後何か食べに行かない?」
「あぁ…すまない、ちょっと仕事中でな……今は時間が無くて」
「仕事……って、また」
「いや、その……人探しだ」
やすなの眼差しに、私は少し後ろめたさを感じる。
一応嘘は言っていない。
「なんだー、探偵にでも転職したの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「まぁ、お仕事なら仕方ないね……。私はこの近くのホテルにいるから、時間ができたら連絡ちょう
だい!これ、連絡先!」
「あ……うん。それじゃあ、後でな」
「待ってるからね!絶対だよ!」
そう言うと、やすなは滞在先のホテルに戻っていった。
わかりやすく浮かれているようで、スキップなんかして。
「……あれは本当にやすななんだよな」
あまりに突然の出来事で、私はこれが現実なのか夢なのかわからなくなっていた。
でも、さっきの抱きしめた感触と、なにより私の右手に握られている連絡先のメモが紛れも無い事実だと言う確証をくれる。
「驚きましたね~、まさかやすなさんにロシアで出会うなんて~」
「……」
「ソーニャ?」
私も、自分で自分に驚いていた。
そのつもりがないのに、目から勝手に涙が溢れて止まらない。
「あれ……おかしいな、なんで今更……」
「……ソーニャはやすなさんの事になると、いきなり泣き虫になりますねぇ」
「変だな……そんなつもりは無いのに……」
「その涙が、ソーニャの本当の心ですよ」
「私の、心……」
またいつかのように、あぎりの腕が私を包んでいた。
相変わらず涙は止まらない。まるでダムが決壊したようにとめどなく、ぼろぼろと。
「……さぁ、戻りましょうか」
「……もう少しだけ、こうしていてくれないか」
「いいですよ」
「すまない……」
結局、二十分くらい私はそのままだった。
「お、おい!どうしたその顔!何があった!?」
セーフハウスに戻ると、ツチノコが私の顔を見て驚いた。
確かに、目元が赤く腫れあぎりにおもいっきり抱きついていたせいで髪もぐしゃぐしゃになっている
からひどい状態であるのは間違いない。
「あ、あぁ……その、なんだ、催涙ガスで自爆した」
「なんだぁそりゃ……まぁ、無事ならいいんだ」
苦しすぎる言い訳だが、ツチノコは信じてくれたようだ。
「話は聞けたか?」
「あぁ。そうだ、これは返しておくぞ」
私はツチノコから渡されたカードを返そうとしたが、彼はそれを遮った。
「いや、暫く持っててくれ。その方が楽だろうしな」
「そうか?じゃあしばらく借りていよう……」
「で、何かわかったか?」
「私を探してた奴の件はカタがついた」
「何?」
「正体がわかったからな。心配ない」
「一体誰だ」
「そいつは一般人だからな……あまり名前は出したくないが」
「そうか……とりあえず無害なんだな?」
「無害だ」
「なら良かった」
「そっちは何か掴んだか?」
「いいや、今リストに目を通してるところだが……さっぱりでね」
「収穫なしか……」
「もう少し調べてみる。パソコンもうちょっと借りるぞ」
「頼んだ」
そう言い残して、ツチノコは奥の部屋へ引っ込んでいった。
「そうだ、連絡しないと……」
私はやすなからもらったメモを見て、携帯に番号を打ち込む。
数回呼び出し音がなってから、すぐにやすなが出た。
「もしもし……」
「私だ」
「ソーニャちゃん!」
「連絡が遅くなった。すまないな」
「ううん、大丈夫!それで、いつなら空いてる?」
「実は、今のところ決まってなくてな……もう少し掛かりそうなんだ」
「なんだぁー……つまんない……」
「お前は、どれくらい滞在するつもりなんだ?」
「入国管理の人に二ヶ月くらいって言っちゃったよ」
「流石にそんなにはかからないはずだから……すまん」
「ううん、お仕事だもん。しょうがないよ」
「しかし二ヶ月もいるつもりだったのか……」
「だって、手がかりの無い状態から探すわけだから……それくらいかなと思って」
「ロシアにはいつ来たんだ?」
「んー、三週間くらい前かな?だからあと一ヶ月くらいはいるよ」
「そうか、ならもう少し辛抱してくれ。きっと時間を作るから」
「うん、待ってるよ!」
「それじゃ切るぞ」
「うん、ばいばいソーニャちゃん」
今日はこの辺で……。
あと乙とかおもしろいとか言ってもらえてとてもうれしいです。
また明日の夕方から夜にかけて出没するつもりです。
書き溜め溜まったけど、やっぱり完結しない……。
でも、だんだん終わりが見えてきました。投下していきます。
電話が切れる。
この仕事が終わったら、やすなと一体どこへ行こうか。
ベタなところで赤の広場とか、あとはクレムリン?
いや、あいつは動物園とかのほうが喜びそうな気がするな。
もしくはあいつのわがままに延々付き合うっていうのもいいかもしれない。
「私も連れてってくださいね~」
「わぁ!」
背後から声がかかったので、振り返るとあぎりが天井からぶら下がっていた。
思わず声が出る。
「お、脅かすな!と言うか思考を読むんじゃない!」
「ひどいじゃないソーニャ~、私だってやすなさんと遊びたいです~」
「わ、わかったから……床に降りてこい」
「さてと、ソーニャ。リストのチェックが終わりましたけど」
「あぁ……結果はどうだった?」
「人物の特定はまだですが……かなり絞れてきましたね~」
あぎりの手に握られている資料を受け取る。
そこには、「陸上自衛隊特殊作戦群 射撃記録」のタイトル。
「元自衛隊の人間ってことはほとんど確定か……」
「えぇ、しかも特作群ですからね~。この筋でたどっていけばいつか突き止められると思います~」
「仕事上、元米軍や元スペツナズの人間はよく知ってるが……元特作群となると未知数だな」
「あまり外に情報が出てきませんからね~。どれぐらいの実力かわかりませんし~」
「まぁいい……なんにせよ、早く見つけて始末しないと」
「とりあえず、今回の狙撃に必要な技量を持っている人物はこの中では八人ほど居ますね~。全部名前も階級も伏せられてますけど、大きな収穫ですよ~」
「陸自のスナイパーか……」
一体どんな人物なのだろう。
軍用の狙撃システムを用意して運用することが出来る人間……。
そうなると、やはりどこかに協力者がいるはずだ。
もしかすると今回の相手、単独ではなくチームで動いているのかもしれない。
「なんにせよ、そいつらの名前と階級の情報を集めるのが最優先か……」
「そうですね~。日本にいる知り合いにちょっと頼んでみますか~」
「お前、日本にもコネがあったのか?」
「忍者ですから~」
「いや……説明になってないぞ」
「とにかく調べておきます~」
敵の正体も、だんだんと見えてきた。
あと少し。
待っていろ、今にお前を追い詰めてやる。
次の日。
「なぁ、ソーニャさんよ」
「どうした?」
「実は本部と連絡が取れなくなっているんだが……」
「なんだと?」
「そっちの携帯でつながらないか試してくれ」
「わかった。とりあえず、すぐにアジトに向かえるように支度しろとあぎりにも伝えてくれ。一応、銃も持って行こう」
「了解だ、用意してくる」
「くそっ、どうしたんだ……」
アジトに電話をかけるが、何回呼び出し音が鳴っても誰も出ない。
これは、本格的にまずくなってきた。
「あぎり、ツチノコ!今すぐ出るぞ!急げ!」
「わかった!すぐ行く」
「何があったんですかね~?」
いつも通りマイペースなあぎりだが、必要な装備一式をすでに用意していた。
彼女も事態の深刻さをある程度感じているようだ。
相変わらず移動は電車やバスだ。
移動速度は普通に車を使うより速いが、この時ばかりはいつもよりずっと遅く感じられる。
「着いたな……見た感じ異常は無さそうだが……」
「私が先に行く、ツチノコたちはバックアップ」
「わかった」
私が先行し、出入り口の横に張り付く。
周囲を警戒したが、異常は無いようだ。ハンドサインでツチノコたちに「来い」と指示を出す。
ツチノコも私の後に続き、出入り口の横に張り付いた。
お互いのポジションを確認して、ツチノコが扉を叩く。
「……返事がないな」
「おい!誰か居るか!俺だ!」
今度は声を上げて扉を叩く。が、反応はない。
突入する必要がありそうだが……。
「くそっ、カギがかかってる!ソーニャさん、鍵ないか?」
「いや、ここは内側からしか開かないようになっている。別の進入路を探すか?」
「その必要は無いですよ~」
後ろを振り向くと、あぎりがどこから出したのかショットガンを持っていた。
「お前、いつそんなもんを……」
「まぁそんなことは気にしないでください~。それより下がってないと怪我しますよ~?」
あぎりはショットガンを構えると、素早く引き金を引いてドアの鍵を吹き飛ばした。
衝撃でドアが開く。それと同時に、見張りであろう男の死体が倒れこんでくる。
「ひぇっ!?何だこりゃ!どうなってんだ!」
素っ頓狂な悲鳴をあげるツチノコ。
「見張りが殺されている……」
「くそっ、なんなんだよ!」
「これはちょっとまずいですねぇ……中にも罠が張り巡らされているようですし」
「あぎり、わかるのか?」
「まぁ、すぐに見破れるようなブービートラップばかりですけどね。ただ油断するとすぐ死んじゃいますよ」
「勘弁してくれ……聞いてないぜこんなの……」
「なんだツチノコ、怖気づいたか?」
「怖じ気づくもなにも、俺はただの情報屋なんだぜ……こう言う派手なのはあまり経験が無い」
「仕方ないな、私が先行する」
銃口の向きと、視線の向きを合わせながら、ゆっくりとアジトへ足を踏み入れる。
なんてことだ……通路には見張りの男を筆頭に、ボディガードの奴らやファイルにいたヒットマンたちの死体が転がっていた。
だが、敵の姿はない。
入って来い、とハンドサインで伝える。まずツチノコが、そしてあぎりが後方を警戒しながら続く。
今度はツチノコが先行し、私が拳銃を構え周囲を警戒する。
埃っぽい通路を忍び足で進む彼。私は彼に意識を集中させつつ、彼の進路上にあるもの全てに気を配る。
そして、彼の足元にキラリと光った一筋の糸。まずい!
「ツチノコ!止まれ!」
「何っ!?」
私は素早く彼の後ろに付き、肩を掴んで強引に引き戻した。
ブービートラップだ、手榴弾が仕掛けてある。
「なんて恐ろしい……」
「一番オーソドックスな罠だ、今無力化する」
私は手榴弾のピンを折り曲げ、罠を無力化する。
なるほど、確かにあぎりの言うとおり罠があちこちに仕掛けられている……。
これじゃドアを開けることすら危険かもしれない。
「ツチノコ、よく聞け。ドアは不用意に開けるな、それと死体も絶対に動かすな」
「死体なんか触りたくもないけどな……わかった、注意する」
お互いが交互に前進して、建物の奥へと進む。
進んでいると、閉まっているドアと不自然に開け放たれているドアが混在していることに気がついた。
敵はどうやら私達を誘導しているつもりらしい。
「そのつもりなら、こっちから乗り込んでやる……」
敵の誘導に乗って、開いているドアを何度も潜り抜ける。
そうしてたどり着いたのが、ボスの部屋の重そうな扉の前だった。
その重厚感が、不気味さを醸し出している。
「どうもここが最終地点らしい……」
「どうするんだ?罠が仕掛けられてるかも知れないんだろ?」
「……私が開ける、二人とも下がってろ」
二人を下がらせて、私はドアノブに手をかけた。
ゆっくりと手前に引いて、怪しいものが何もないかじっくり観察する。
少しずつ、少しずつドアは開かれ、人一人がやっと通れそうなくらいの隙間ができた。
「ここまでは大丈夫だな……」
私は隙間から部屋の中に入り込み、ドアの周囲に何もないかを確認する。
うん、手榴弾などの類はない。大丈夫そうだ。
「おい、どうだ?」
「大丈夫だ、何もない。今開ける」
ドアを開けると、二人も部屋の中に入り込んできた。
一応ここまでは全員無事だが……。
「しかし、見事に何もなくなっているな」
「あぁ……」
ボスの部屋は、大きな机以外すべての物が持ち出されているようだった。
「事前に察知した連中がどこかに移したのか……それとも敵が根こそぎ回収したかだな」
「まったく……自分から申し出たとは言え、俺もとんでもないことに巻き込まれちまったなぁ」
「本当に何も残っていない……」
机の周りを見回すが、やはり何もない。
いったいどうしてしまったのか……。
ふと、部屋の窓から外を見る。
遠くの建物に何か光るものが見えた。
「伏せろ!」
脳がそれを理解する前に、私は反射で叫んだ。
直後、窓ガラスが割れ四散する。
ガラスの破片が私の上に降り注いだ。
「スナイパーだ!」
奴め、これが目的か。
とうとう私たちを狙ってきたらしい。
「ツチノコ、あぎり!とにかく今は逃げるぞ!勝ち目がない!」
「んなことは分かってるよ!」
「でも出入口は一つしかないですよ?逃げようとすれば狙い撃ちにされますねぇ」
「何かないか……何か……」
考えろ、考えるんだ……突破口は必ずあるはず。
「くそっ、煙幕でもあればな……」
「せめて何か気の引けるものは無いのかよ?」
「あぎり、何か持ってるか?」
「そうですね~、今回は手裏剣とかしか持ってないです~」
「何もなしか……」
「仕方ないですねぇ、じゃあちょっと体を張りましょう」
そう言うと、あぎりはおもむろに立ち上がる。
「なっ、バカ!お前何を……」
次の瞬間、あぎりを銃弾が貫いた。
「あぎり!おい!」
「変わり身ですよ、それっ」
いつの間に移動したのか、壁に張り付いていたあぎりが床に何かを投げつけた。
同時に煙が部屋に充満する。
スナイパーはこちらの意図に気づいたらしい、とにかく部屋に銃弾を撃ち込んできた。
私達は無我夢中で部屋から飛び出す。
「あぎり……肝が冷えたぞ……」
「それに、吹き飛び方まであんなリアルにしなくたってなぁ……」
「そのほうが騙しやすいじゃないですかぁ。とにかく逃げ切りましたねぇ」
「この様子だと、敵は畳み掛けに来たようだ。今すぐここを離れないと私達も危ない」
「そうですねぇ……。そう言えばボスは今どうしてるんでしょう?」
「確かにそうだな……」
「なぁ……もしかして、ここは陽動ってことはねぇよな?」
「!!」
陽動。
しまった、その可能性が残されていた。
ここで私達を釘付けにして、別働隊がボスを狙いに行っている可能性。
仮に相手がチームで行動しているとしたら、十分に考えられる。
「まずい……!早速向かうぞ!ボスが危ない!」
「じゃあ一旦戻って、装備を整えなければいけませんねぇ。最悪撃ち合いも覚悟しなきゃですから」
「マジか……」
「……重装備で行くぞ、車も用意しなければ」
「それなら俺に任せてくれ。他に必要なものはないか」
「ボスの別荘はソチにある。ついでに航空券なんかも必要だな」
「航空券?……わかった、用意しておこう」
また時間をかけて、セーフハウスへ戻る。
途中、ツチノコは私達と別れて必要な物を調達しに行った。
家に着いた私達は、物置となっている一室の鍵を開ける。
一見するとただの物置だが、実は巧妙に偽装された武器庫なのだ。
「おい、車を持ってきた。家の前に停めてある……って何だこりゃ、すげぇ」
「お前も早く支度しろ」
「おう……AKに、M4に……なんでもあるな」
「防弾ベスト、忘れるな」
「あ、あぁ」
「私はこれで行きます~」
あぎりはそう言って、SVDを持ち上げる。
「援護を頼む、あぎり」
「はい~」
「俺も用意したぞ……重いな」
「我慢しろ、死ぬのよりは良い」
家をでると、目の前に以上にでかいワゴンが停まっていた。
ツチノコが用意した車らしい。
「すごいな、まるで軍用車だ」
「まるで、じゃなくてまんま軍用車さ。民生仕様だがスペックは最高だ」
「よくこんなものを短時間で用意出来たな」
「そこはまぁ、情報屋の専売特許ってヤツかな?」
得意気に言うツチノコ。情報屋としての実力はやはり高いらしい。
運転席にツチノコが乗り込み、エンジンをかける。
私は助手席に、あぎりは後部座席に乗り込んだ。
「よーし二人共、出すぞ」
「わかりました~」
「間に合うと良いが……」
車が走り出す。
まず目指すのは空港だ、ここモスクワからボスの居るソチまでは飛行機で約二時間半かかる。
「よし、着いたぞ」
「ん?おい、駐車場はあっちだろ」
「こっちでいいのさ」
ツチノコは駐車場を素通りし、なんと車を直接滑走路に乗り入れた。
「おい、どうするつもりだ」
「まぁ落ち着けって」
ツチノコはそのまま滑走路を走り、一つの格納庫の前で停車した。
中には軍用の小型輸送機が待機している。
「航空券なんてケチなもんじゃなくて、一機まるごとチャーターしといた。ソチまでこれでひとっ飛びだ」
「お前のコネすごいな……」
「戦闘の経験は無くても、元軍人って肩書は結構便利でな。俺はパイロットに話をしてくるから、カーゴに車を入れといてくれ」
彼が車から降りる。すぐに私が運転席に座り、輸送機のカーゴに車を入れた。
するとどこから現れたのか、輸送機のクルーが車を固定し始めた。
「固定が終わり次第すぐ出発だ」
ツチノコがコクピットから出てくる。どうやら話はついたらしい。
車の固定が終わると本当にすぐエンジンが始動し、輸送機は滑走路に出る。
一旦停止した輸送機は、少し間を置いてフルスロットルで滑走路を走り始めた。
機体がガタガタと振動する。しばらくすると、振動が一気に無くなり機体がふわりと空中に浮く。
「わぁ~、飛んでますね~」
「あぁ……少し休んでおこう、これから何が起こるかわからないからな……」
地面がみるみるうちに遠ざかり、機体は雲の中に飛び込んでいった。
二時間ほどの移動。なんだかここに来て一気に疲れてきた。
今だけは、いろいろと考えることをやめたい。
そう考えているとすぐに睡魔がやって来て、私の瞼を即座に閉じていった。
書き溜め尽きました。やっと終盤に入ってきたけど、果たして今日完結出来るのか……。
とにかく続き書いてきます。
「おい、起きろ。そろそろ到着だ」
「ん……そうか……」
私を起こしたのはツチノコだった。
外を見ると、雪が降っている。ソチの町は真っ白だ。
「あんたよくこんな状況で寝られるなァ……真似できねえや」
「こう言う時だからこそ、な……お前は大丈夫か?」
「俺なら大丈夫だけど、あぎりさんが相変わらず起きなくてな……」
「あぎり……おい、起きろ」
「ん~、もうお腹いっぱいです~」
「またベタな寝言言いやがって……起きろって!」
「んぅ~、なんですかぁ~」
「あれ、今回は変わり身じゃないのか……」
「あれは意外と体力使うんですよ~」
「初めて知った……」
まぁ……一応あぎりもこれからに備えて配慮しているらしい。
機体が徐々に高度を下げ、振動が大きくなる。
地面が近づいて、ドスンという衝撃の後機体は徐々に減速していった。
機体が格納庫に入ると、すぐに荷降ろしが始まった。
といっても積んでいる貨物は車くらいのものですぐに作業は終了する。
車で空港を去るとき、私が見たものはツチノコを敬礼で見送る輸送機のクルーだった。
「ツチノコお前……本当に何者なんだ?」
「あまり詳しくは言えないが……ま、持つべきものは友ってことかな」
「なんだそれは……」
ゆるい会話を交わしながら、ツチノコの運転でボスのいるセーフハウスへと向かう。
セーフハウスがあるのはソチ国立公園の別荘地区だ。
ビルのある都市部から、だんだんと民家もないような森のなかへと入っていく。
「……そろそろだな」
「……そうだな」
「じゃあ、私はそろそろこの辺りで降りますね~」
一旦車を停めて、あぎりを車から降ろす。
ここから彼女は別行動で、セーフハウスを監視できるポイントに向かってもらう。つまり観測班だ。
「それじゃあ、お元気で~」
「気をつけろよ、あぎり」
「そっちもね~、ソーニャ~」
「よし、出してくれツチノコ」
「おう」
車が再び走りだすと、無線に連絡が入ってきた。
「ソーニャ~?聞こえますか~?」
「聞こえる、感度良好だ」
「こちらも感度良好~、これから観測点に向かいます~」
「了解」
無線が切れる。
いよいよ、ボスの屋敷が近くなってくる。
私とツチノコは、緊張のせいか二人で黙っていた。
「……あそこだな」
口を開いたのは、ツチノコだった。
彼の視線の先に、別荘地区への入り口の看板が立っている。
入り口の近くに車を停めて、車内から外に出る。
先程まで暖房の効いた車内に居た体は、外の冷気に敏感に反応した。
ここからは、徒歩で目的地まで行く。
「ツチノコ、用意は良いか」
「あぁ、問題ない。早く行こうぜ……寒いのはゴメンだ」
私達はライフルを構え、雪の降る中をゆっくりと進んでいく。
ざく、ざくと雪を踏む音だけが周囲に響く。
「ソーニャ、ツチノコ、聞こえますか~?」
「……聞こえる」
「俺も聞こえてる」
「観測点に到着しました~、見たところ外に見張りが四人ほど居ますね~」
「そいつらは味方か?」
「ん~……組織の人たちではないですねぇ、多分敵です」
「やはり、アジトは陽動だったのか……排除できるか?」
「やってみます~」
私は双眼鏡を取り出して、見張りの様子を見る。
「捉えた。あぎり、用意は?」
「良いですよ~」
「じゃあ行くぞ。3、2、1」
次の瞬間、見張りの男が頭を撃ち抜かれ地面に倒れた。
真っ白な地面が、一気に真っ赤に染まる。
「ダウン、次だ」
「はい~」
次の標的に双眼鏡を向ける。いいぞ、まだ気づかれていないようだ。
「捉えた」
「OKです~」
「行くぞ、3、2、1」
また、一人仕留めた。
あと二人。
「三人目、捉えた」
「いいですよ~」
「行くぞ。3、2……」
「"Враг с атаки!(敵襲だ!」
見張りが、大声を上げた。
声のした方に目を向けると、最初に狙撃した見張りを別の見張りが発見したようだ。
まずいな、気づかれた。
「あぎり、とにかく片っ端から撃て!」
「わかりました~」
「ツチノコ、行くぞ!」
「ついにおっ始めようってか」
私達は道を駆け抜け、一気にセーフハウスへと接近する。
敵はあぎりを探していて、まだ私達に気づいていないようだった。
「ツチノコ、裏から回り込もう。ついて来い!」
「了解!」
相手の目を避け静かに、しかし素早く移動する。
敵の背後を取った、今だ。
「Где это! Там, где я!(どこだ!どこにいる!」
「くらえ!」
小銃の引き金を引いて、私は敵の背後から銃撃を加えた。
敵は背中に三発の銃弾を食らい、その場に倒れ動かなくなった。
「あぎり、どうだ」
「私も一人やりました~、もう見張りはいませんねぇ」
「わかった、今から突入する。外で何かあったら教えてくれ」
「はい~」
今日はここまで……。今日完結予定だったのに終わりませんでした……。
明日こそ、終わらすつもりで頑張ってきます。
書き溜めがたまりました。
とりあえず投下していきます。
ドアに手をかける。
トラップの類はないようだが……しかし相手の気配も無い。
「……妙だな」
「敵がいないに越したことはないだろ、とにかく行こうぜ」
「何度も言うが気をつけろよ……」
薄暗い室内。ギシギシと床が軋む。
中に侵入してすぐ、暖炉の前の椅子に縛られたボスが居た。
「ボス!無事ですか!」
「あぁ……なんとか。早く縄を解いてくれんか」
「はい、今すぐ」
「やれやれ……大変な目にあった……」
「大丈夫ですか?」
「別に何もされとらんからな。さて、早くここから出ようか」
「ええ、もちろんそのつもり……」
「ソーニャ~?ちょっとまずいですよ~」
「あぎり?どうした、なにがあった?」
「増援と思われる車が二台ほどそちらへ向かってます~」
「分が悪い……今すぐ脱出する、支援を……」
そこまで言いかけた途端、外から銃声が聞こえてきた。
あぎりのライフルのものではない。
しかし、私達のいるコテージには何も起こらない。
「なんだ?」
「まさか……おい、あぎり!応答しろ!」
「なんとか無事ですよ~、でも位置がバレてしまいました、移動します~」
「とりあえず身を隠せ!」
「申し訳ないですが、しばらく支援できません~。多分増援のほうが先に着いてしまいますねぇ、と
にかく逃げてください~」
あのスナイパー、もう移動したのか?
まずい、私達も狙われている可能性がある。
「ソーニャ、どうかしたのか?」
「増援が来ます。今すぐ脱出しましょう」
「いやはや、敵も必死だ……」
「私が先に行きます。ツチノコ、お前はボスを援護してくれ」
「あぁ」
「いや、その必要はないぞソーニャ」
「え?」
「あぶねえっ!ソーニャさん!」
パン、と乾いた銃声が響く。
私はツチノコに突き飛ばされて、派手に床に倒れ込んだ。
体勢を立て直し、ツチノコを見る。
彼の足からは、真っ赤な血が流れていた。
「ツチノコ!おい!」
「痛ぇ……くそっ……」
「フン、ムダな抵抗を……」
「ボス……!?」
「本当は本部で君たちには消えて貰う予定だったのだが……奴め、ここぞという時にしくじりおったな」
「な、何を言って……」
「内通者がいると言ったな、私だ」
ボスが一体何を言っているのか、分からない。
ボスが、裏切り者……!?
「なんで……」
「……私も歳だ。いくら組織のボスと言えども、寄る年波には勝てん。
それに、私は長いことこの世界にいすぎた。
こんな終わらせ方くらいしか、思いつかなかったのだよ」
「終わらせ方って……」
「もう、引退しようと思っていたのだがな。いい加減、この世界に疲れたのだ。
だが、おそらく後継者争いで揉めることになろう……激化した抗争に、巻き込まれるのはゴメンだ。
ならば自ら潰せば良い、単純な話だ」
「そんな、理由で」
「そうだ、そんな理由だ。この歳になって私は自由が欲しくなった。
だからどんな手段を使ってでも手に入れる」
今度こそ、とばかりに私に銃口を向けるボス。
私は、動けない。気が動転して、次に何をすれば良いのかわからなくなる。
「心配するな、あぎりのやつもじきあの世行きだ。
彼女は奴が追っている、そして奴は獲物を絶対に逃さない」
ボスは冷酷な目をしたまま、こちらへ歩み寄ってくる。
私は、座り込んだまま。
「あ、あぁ……」
「そんなにショックか?まぁ驚くのも無理は無いがな……とにかくさよならだ、悪く思うな」
ボスが銃の引き金に、再び指をかける。
バン、と音がして私の体に銃弾が。
「ぐわぁッ!?」
「え…?」
銃弾に倒れたのは、ボスだった。
よく見ると、彼の右腕は肘から先が無くなっていた。
「奴め、裏切るつもりか……」
「……くっ!」
私は拳銃を構え、ボスに向けた。
「あなたは!……そんな勝手な理由で!」
「……目的のために、誰かを殺す。今までと同じだ。それが身内に向いただけでな」
「……あなたを、排除します」
「そうしてくれ、これではどうせ死んでしまうからな」
「……いやに諦めが良いですね」
「冷静な状況判断と言うやつだ。この稼業を続けていると、やたらと死に対して冷静だ。それが自分のものだとしてもな」
私はボスの頭に銃口を向ける。
「これで良い。私が本当に望んでいたものは、自由なんかよりこっちだったのかもしれない」
「……あなたの自殺のために!他の仲間は死んだとでも言うんですか!」
「彼らを、この世界の呪縛から解くためにはそれしか思いつなかった……私が引退して彼らが殺しを
やめたところで、元の生活に戻れるはずがない……ある者は自責に押しつぶされ……ある者は衝動を
抑えきれず再び同じ道へと戻ってくる……もちろん君もだ、ソーニャ。その方がよほど残酷だと思わ
ないかね……」
「私は、それでも死ぬつもりはありません」
「ほう……?」
「いくら残酷な境遇にあっても……いつか絶対に、抜け出せる日が来ます。それを信じて、私は生きます。いや、生きなければならない」
「……いい眼だ、ソーニャ。君がそのつもりなら、それでも良いだろう。
だが、死者の呪縛は思ったより強烈だ……気をつけたまえ、気を抜くと奴らはすぐに君を連れて行こうとするぞ」
「……それは、ボスの話ですか」
「さあな……それと、すまないが椅子の近くにあるアタッシュケースを持って行ってくれないか。
私の遺品だ、墓にでも入れといてくれ」
「……はい、ボス」
「よろしい……では、頼む」
「……さようなら」
私の指が、引き金を引く。
銃弾は狙い通りに、ボスの頭を貫いた。
「ソーニャ?どうしました~」
「あぎり、無事だったか」
「今別の観測点にいます~、敵が到着してしまいました~」
「まずい……ツチノコが負傷した」
「……動けますか?」
「足をやられて……肩を貸せば動けるだろうが、それだと追いつかれるな……」
「籠城するしか無いですかねぇ」
「いや、すぐに制圧される……車まで逃げる間、支援を頼めるか」
「わかりました、気を引いておきますねぇ」
「頼んだ。……おい、ツチノコ!大丈夫か!」
「なんとか……足をやられただけさ、止血すれば」
「待ってろ、今手当してやる」
「すまない」
私は服の袖をちぎって、ツチノコの足に巻きつける。
当面はこれでなんとかなるだろう。だがやはり治療を施さないと。
「よし、出血は止まった……動けるか?」
「よいしょ……痛て……」
「足を引きずるな……車まで行けるかどうか」
「大丈夫だ、なんとかなるさ」
そしてついに、セーフハウスの前に車が二台止まった。
気づかれないように外を見ると、ぞろぞろと武装した男たちが降りてきた。
「……あぎり、やれ」
「はい~」
数秒後、外で誰かが倒れる音と絶叫、そして銃声が響き始めた。
「始まった、行くぞツチノコ!」
「お手柔らかに……」
私はツチノコの肩を貸し、アタッシュケースを引っ掴んでセーフハウスの裏口から外へ出た。
「Врага! Я был там!(敵だ!居たぞ!」
「くそっ!」
今度は気づかれた。
あぎりへ向けられた銃火が、今度は私達に向けられる。
木製のセーフハウスは、銃弾によって壁を削られていった。
相手の様子をうかがうと、二方向から同時に接近されている。
万事休すか……。
「Я Снайпер!(スナイパーだ!」
突然、敵が叫んだ。
物陰から様子を窺うと、敵が一人吹き飛んでいた。
あぎりのSVDによるものではない。
「あぎり、お前か?」
「いいえ~、違いますよ~」
「じゃあ、まさか」
奴なのか?
しかし、なぜ私達の援護を?
不意を突かれた敵はそのまま奴の正確な射撃で一人、二人と射抜かれていく。
「ツチノコ、走るぞ!」
「あ、あぁ!」
私はツチノコと一緒に、物陰から飛び出した。
車のある場所まではだいたい二百メートル程、全力で駆け抜ける。
逃走に気づいた敵が、私達に向けて銃弾を浴びせてきた。
私の横を銃弾がかすめていく。
「ツチノコ!ツチノコ!おい!しっかりしろ!」
「あぁ……すまないソーニャさん……くそっ視界が……」
ツチノコの足を見ると、再び出血が始まっていた。
傷が開いたのか……。
「目を覚ませ!もうすぐだ!」
車まで、あと百メートルを切った。
私は武器を捨て、彼を背負う。
重い、けれど重さを感じている場合ではない。
「死ぬもんか……!」
絶対に、死ぬもんか。
「生きるんだぁッ!」
後ろを見るな、前だけ見て走れ。
それだけ考えて、私は車までたどり着いた。
「ソーニャ、今です!」
「助かった!」
アクセルを思い切り踏み込んで、一気にその場から走り去った。
敵が後ろから撃ってきたが、それもすぐ遠くへと消えていった。
「はぁ……」
どうやら生き残った、らしい。
「ソーニャ~、今から合流します~」
「わかった、どこに行けばいい」
「そのまま走っててください~」
直後、屋根の上にドン、という衝撃が走りあぎりが器用に助手席に滑り込んできた。
「相変わらず器用だな……」
「お疲れ様ですソーニャ~。……ところで、ボスはどうしたんですかぁ?」
「ボスは……死んだ」
「……そうですか」
「……これで、組織も壊滅だな」
「そうですねぇ」
「とにかくツチノコの治療が最優先だ、急がないと」
「えぇ、今病院に連絡を取りますね」
「あぁ……すまねぇな、お二人さん……」
後部座席のツチノコが、呻くように声を出す。
意識が回復したらしい。
「動くな、寝ていろ」
「ハハ……ドジッちまった」
「いいから、もう喋るな。今すぐ病院に運んでやるからな」
「すまねえ……」
車は、白く染まった道を走る。
町が見えてきた、もうすぐ病院に到着するだろう。
「……なぁ、あぎり」
「なんです?」
「……お前、これからどうするんだ」
「そうですねぇ……組織も壊滅したことですし……ニンジャグッズでも売りましょうか~」
「ニンジャグッズ……ねぇ」
「ソーニャはどうするんですか~?」
「私は……」
私には。
「……まだ、やることがある」
「……ソーニャ」
「なんだ」
「待ってますからね?」
「……ありがとう」
外はすでに暗くなって、いつの間にか星が空に輝いていた。
数日後。
「いやー、ソーニャちゃんのお仕事がやっと終わってよかったー!」
「ほら、行くぞ」
「それで?どこいくの?」
時間の出来た私は、やすなに会っていた。
あの後ソチにある病院にツチノコを送り届け、私達は元のセーフハウスに戻っていた。
ツチノコは快方へ向かっているらしい。
「そうだな……どこに行きたい?」
「えーとね……うーん、改めて言われると思いつかないや……」
「別にどこでも良いぞ、時間はたっぷりあるんだからな」
「うーん……うーん……」
うんうん唸りながら、頭を捻って考えるやすな。
やがて、合点がいったように顔を上げてこう答えた。
「なんか自然のある場所がいいな!」
「自然?」
「うん、ショッピングとか美術館とか、そう言うのはある程度見たし……やっぱりロシアの大自然だよ!」
「大自然か……なら、ソチかな」
「ソチ?」
「国立公園があるんだ、広いぞ」
「やった!そうしよう!」
そうと決まると、私達は空港へ向かった。
この前のように、軍のチャーター機というわけにも行かないので航空券をしっかり購入する。
「えへへー、隣同士だよソーニャちゃん」
「お前の隣の席か、懐かしいな」
「本当にね」
私達を乗せた飛行機は、また二時間半かけてソチへと飛んだ。
着いた先でレンタカーを借りて、国立公園へ向かう。
「しかし、お前運転できたんだな」
「へっへーん、私だって運転免許くらい持ってるよー」
「ま、私だってそれくらいとっくに取ってるけどな」
「そりゃソーニャちゃんは持ってないといろいろ困るでしょ。て言うかソーニャちゃんはヘリとかも免許持ってそうだし」
「流石にヘリは無理だな……」
そうこうしているうちに、車は国立公園の敷地内へと入っていった。
この間降った雪が残っているが、晴れの日の今日は太陽が雪に反射して美しい光をキラキラと放っていた。
「うっわぁー!キラキラしてる!綺麗!」
「お、おい!ちゃんと前見て運転しろ!」
「あっいけない」
雄大で美しい自然を前に、昔と同じようにはしゃぐやすな。
まるで、あの頃に戻った気分だ。
「あ、次を左だな。そこが湖の入り口だ」
「左ね!おっけー」
湖近くの駐車場に車を停め、歩きで湖畔へと向かう。
大きな湖は、まるで鏡のように木々を写し、まるで異世界への入り口のような雰囲気を醸し出している。
「綺麗だねー……」
「あぁ……」
風が、私達の横を吹き抜けていく。
風に煽られた木が、ザアザアと音を立てた。
そのまましばらく、湖の周辺をゆっくりと歩く。
「……ソーニャちゃんと、こうして出かけるなんていつ以来かなぁ」
「あれから随分経ったもんな」
「なんだか、よくわからないうちに離れ離れになっちゃったもんね」
「そうだな……」
「……あの時はごめんね。手紙だけ置いて、勝手に消えるなんて卑怯だよね」
「いや、いいんだ」
「ソーニャちゃんは、この十年何してた?」
「……私は相変わらず、殺し屋をしてた」
「……やめる気は無いの?」
「なかったけど……もう、やめなきゃな」
「本当に!?」
「あぁ……」
「やったー!ついにソーニャちゃんが更生したよ!」
その場で飛び跳ねて、全身で喜びを表現するやすな。
無邪気なものだ。子供みたいだ。
「これで、ソーニャちゃんも一般人だね!やっふぅー!」
「……」
「どうしたのソーニャちゃん?なんで黙ってるの?」
「……やすな」
彼女のその喜びが、果たして本物か。
「なに?」
「いや……」
今、はっきりする。
「折部一等陸尉」
終わらなかった……今日はここまでです……。
明日こそ、明日こそは完結です。多分。
また夜くらいに現れますので。では。
こんばんは、早速投下していきます。
「な、なにそれ?」
「……折部やすな、所属は陸上自衛隊特殊作戦群、階級は一等陸尉。狙撃過程を修了し、狙撃手として活動。そして去年退役した」
「あ、あははは!なに言ってるのかわかんないよ~ソーニャちゃん!」
「とぼけるな!」
「ソーニャちゃん……」
「……もう、全部わかってるんだ」
「……」
「話してくれ、やすな」
「……あはは、バレちゃったかぁ」
やすなが、困ったように笑う。
「お前が……」
「……うん、そうだよソーニャちゃん」
こいつが、やすなが。
私達が追っていた、スナイパー。
私達はセーフハウスに戻った後、ボスが残したアタッシュケースの中身に目を通した。
そこには、今回の事件の全てに関する情報があった。
部下であるヒットマンの行動計画、いつ誰とどこでコンタクトを取るか。
そして、いつ殺すか。
その中に、一枚の履歴書が挟まっていた。
そこにはあの無邪気な笑顔からは想像できないほど険しい表情で、迷彩服を来て写真に写るやすなの姿。
私は、信じたくなかった。
やすなが、私達の仲間を殺したなんて。
「……嘘だろ?やすな」
「……そこに書いてあったことは全部本当だよソーニャちゃん。私は元陸自のスナイパー。全部、全部真実なの」
「……どうして」
「……十年もあれば、人は簡単に変わっちゃうんだよ」
「どうして!どうしてお前まで、この世界に!」
それだけは、それだけは起こってほしくなかった。
やすなには、平凡でちょっと退屈だけれど、それでもあまりある幸せが満ちた世界に居て欲しかった。
それなのに。
「やすな……!どうして……!」
それしか言えなかった。ただ、問うことしか。
やすなは、押し黙って私の叫びを聞いている。
「お前は、あのままで……あのままでよかったのに……!ずっと、あのバカで優しいままでいれたはずなのに……!どうして……!」
「……ソーニャちゃん」
「どうやって、ボスとコンタクトを取ったんだ」
「……腐っても、元軍人だからね。こう言う肩書は結構使えるんだよ」
ツチノコと似たような言葉を吐くやすな。その言葉は、異常なほどに重々しく、冷たい。
「何のためにこんなこと……!」
「……ソーニャちゃんを、取り戻すため」
「え……?」
私を、取り戻す?
一体何を言っているんだ?
「ソーニャちゃんを追って、私はロシアのネットワークに探りを入れた。そこで、あの人に出会ったの。組織を潰して、世界から抜け出したがってたあの人の思惑と、私の利害は一致し
た……私はソーニャちゃんを縛っている組織が憎かった。世界が憎かった。だって、あんなに近くに居た私達なのに……あんな事で、あんな方法で私達を引き裂いたんだよ」
俯いて、喋り続けるやすな。
その表情はわからない。
「だから、私がそっちに乗り込んでやれば良いんだって。気づいちゃった。ソーニャちゃんが抗えないほどの力を相手が持っているなら、私がそれを超える力でソーニャちゃんを奪えば
良いんだって」
「そんな、こと」
「組織を潰す代わりに、ソーニャちゃんの身柄を私に預ける事で契約は成立したよ。最後はあの人がソーニャちゃんを殺そうとしたから、白紙になっちゃったけどね」
単純かつ明快な力の理論。
気に入らないなら、ぶん殴ればいい。
手に入らないなら、奪えばいい。
思い通りにならないなら、殺せばいい。
それが私達のル―ル。
この世界のルール。
「バカ……!このバカぁっ……!どうしてそんな……!」
「バカはソーニャちゃんのほうだよぉっ!」
やすなが、叫ぶ。
「大切な人が……!大切な友達が……!傷ついていくのを、ただ見てるだけなんて……!」
相変わらず表情はわからないが、彼女の頬には涙が伝っていた。
「そんなの、耐えられないよぉ……っ!」
「やすな……」
「ソーニャちゃんは……ソーニャちゃんは、ずっと私を守ってくれた……刺客に追われた時だって……穴に落ちた時だって、私を助けてくれた……」
「……」
「そこからずっと変わらないなんて……ずっと弱いままなんて……私はやだよ……」
絞りだすようなやすなの声。
それは救いを求めているかのようにも聞こえた。
「……私、バカだから。こんな方法しか思いつかなかったよ……ソーニャちゃん」
やすなは、私の仲間を殺した。
私をこの世界から、抜けださせるために。
彼女の行為は許されることではないが、そのための覚悟は本物らしかった。
私には、それを責めることが……出来るのだろうか?
「……ねぇ、ソーニャちゃん」
「……なんだ」
「ソーニャちゃんは、私を殺す?」
やすなは顔を上げて、私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
その目は、やっぱり昔のままで。綺麗で澄んだ瞳をしていた。
やめてくれ。そんな目で私を見ないでくれ。
「……ソーニャちゃんになら私、いいよ」
「……何言ってるんだ、お前」
「もともとそのつもりだったんじゃないの?」
「私は……」
違う、と言い切れない。
宿敵の正体が、かつての親友でしたと告げられて。
それまで胸の中にあった報復を望む心は、いとも簡単に突き崩されてしまった。
「……私に、お前は殺せない」
「……私がソーニャちゃんを殺そうとしても?」
「……そうだ」
本当は全てを消し去って、やすなを抱きしめたい。
報復も、覚悟も、責任すらも。
でもそれを許してしまうと、私も消えてしまう気がして。
「……ソーニャちゃん」
「……やすな」
「私、どうしたら良いんだろう?」
「……私もわからない」
風がざわざわと騒ぎたて、早く決めろと急かしてくる。
「なぁ、やすな。私達、今から幸せになれるのかな」
「……どうだろうね」
「……とにかく、けじめをつけよう」
「どうやって?」
「一つだけ方法がある、行くぞ」
私は、身を翻して車へと歩みを進める。
後ろからは、やすながあわててついてきた。
「ねぇ、どうするの?ソーニャちゃんってば」
「車の中で説明するよ。今度は私が運転でいいか?」
「ソーニャちゃんのドライビングテクニック、どんなもんかな?」
「お前よりは上手い」
「まったまたー、そんなこと言ってー」
二人で隣同士。
十年前と一緒だ。
また、私達はあの頃みたいになれるのだろうか。
不安と小さな期待を胸に、私は車のエンジンをかけた。
それから、八年後。
「Соня. "Ы-релиз.(ソーニャ、釈放だ」
「Да.(はい」
私は、刑務所に居た。
そして今日、刑期を終えて釈放される。
あの後私達は、警察へ行って自首をした。
罪状に関してはよくわからなかったが、結局やすなは六年、私は八年の服役を命じられた。
私達のけじめのつけ方。
それは、単純に犯罪者として裁かれることだった。
それが正しいのかは、今でも分からない。ただの自己満足と言われてしまっても仕方がないと思う。
けれど、法というものはどうしていいかわからない私たちに、明確な時間と労働によって償い方というのを教えてくれた。
「Не вернется больше.(もう戻ってくるなよ」
「Спасибо за помощь(ありがとう、お世話になりました」
刑務所の門を出ると、町の空気がなんだか懐かしく感じられた。
私は片手に握ったメモの住所に、いつかのようにバスや電車を乗り継いで向かう。
結構時間がかかってしまい、着いたのは日が沈んでからだった。
「……遅くなってしまった」
目的地は、小さなアパート。ある一室の前に立ち、呼び鈴を鳴らした。
「はーい、どちらさま……あ……」
「……ひさしぶり」
「……ソーニャちゃん」
「ただいま」
私はそう告げて、今度こそ彼女を抱きしめた。
彼女もぎゅっと抱き返してきた。
「……おかえりなさい、ソーニャ」
「あぎり……!」
「……おつかれさん」
「ツチノコも……!」
みんな揃っていた。
チラリと見えた部屋の中には、ささやかな飾りなんかが施してある。
「ちゃんと戻って来ましたね、ソーニャ」
「……あぁ、お前の言うとおりだった。生きてれば、いつか清算できる日が来るって」
「覚えててくれたんですか……」
「当たり前だ、ずっと忘れるもんか」
「……立派になりましたね」
「ありがとう」
「さぁ、湿っぽいのはナシだ!いろいろ用意してある、早く始めよう」
ツチノコが陽気に言う。
さてはこいつ、すでに一杯ひっかけたようだ。
「お前……どれぐらい飲んだ?」
「あー、いや、そこのウォッカをちょいとばかし……」
「ビンが転がってるぞ……」
「ありゃ、隠すの忘れちまった」
「さぁ、入ってくださいソーニャ。今日はあなたのために集まったんですから」
「……本当に、ありがとう。あぎり、ツチノコ」
「いいえ~」
「さぁ、入ろうやすな」
さっきから抱きついたままのやすなに、言葉をかける。
やすなは小さく呟いた。
「……もう少しだけ」
「え?」
「もう少しだけ、こうしていたいの」
「……そうか、そうだな」
結局、二十分くらい私達はそのままだった。
おわり。
というわけで、完結しました。
読んでくれたり、乙とか言ってくれた皆さんありがとうございます。
おつ!
おつ
すごい面白かった おつです
>>233
ありがとうございます!嬉しいです!
皆さんありがとうございます。
ロシア語は翻訳に日本語ぶち込んで雰囲気だけロシアっぽくしました。
心から乙です
今まで読んだキルミー小説の中でいちばん好きです
Twitterやらpixivってやってたりします?
>>240
ありがとうございます。
両方やってますけど、作品投稿とかはあまりやってないです。
ツイッターはプラモとかやってますけど。
>>241
そうでしたか……
もし今後文章創作用のアカウント等お作りになられましたら
ここでお知らせ頂くかトリップで検索出来るようにして頂けたらなぁ、なんて
長文&偉そうに書いてしまっていたら申し訳ありません
本当に感動しました‼ 乙です‼
>>242
またなんか思いついたら現れるつもりですので。
最後まで読んで頂いて本当に嬉しいです!ありがとうございました!
ソーニャ「キルミーベイベー」を書いてた人?
乙!
キルミーSS自体珍しいが、ここまで作りこまれて話のテンポも明快なのは素晴らしいな
乙でした
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