小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」 (987)

一週間前、346プロ

一同「なっ……765プロと合同合宿ーーーー!?」

346P「少し急になりますが、ちょうど一週間後に三日間の合同合宿を行うことになりました。
   スケジュールの調整は済んでおりますので、あとは各自……」

未央「ま、まさかあの765プロと……! ついに私たちもここまで来たかって感じ!?」

莉嘉「ねぇねぇPくん! 765プロってことは、美希ちゃんとかも居るの!?」

346P「はい。765プロの方も12名全員が参加されます」

みりあ「すごーい! 本当に765プロの人とお泊りできるんだ!」

李衣菜「765プロってほんとすごいもんねー。
     テレビとか雑誌とか、毎日何かで見てる気がするもん」

みく「流石の李衣菜ちゃんも765プロは知ってるんだね……安心したにゃ」

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アーニャ「765プロ……。私も、知ってます。可愛い人、きれいな人ばかりですね」

きらり「みんなとーってもキラキラハピハピしてて、きゃわいいにぃ!」

かな子「お、お菓子たくさん持って行かなきゃ! 765プロの人たち、食べてくれるかな?」

智絵里「うう、なんだか緊張してきちゃった……」

蘭子「つ、ついに、遂に我が力を、い、頂きに立つ者達へと示す時が……!」

美波「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
   って……あら? 凛ちゃん、どうかしたの?」

凛「えっ? あ、いや……。なんかみんな大げさじゃない?
  私たちだって一応アイドルなんだし……」

未央「し、しぶりん、なんて大それたことを……! 765プロの凄さを知らないとは!」

卯月「そ、そうですよぉ!
   近頃は765プロに憧れてアイドルを目指す子も少なくないって聞きます!」

凛「あ、そうなんだ。いや、すごいのは知ってるんだけど……」

杏「っていうかプロデューサー、よく合同合宿とかできたよね。
  こう言っちゃなんだけど、知名度とかで言えばあっちの方が断然上でしょ?」

346P「それは、その通りかも知れません。しかし皆さんも着実に知名度は上がってきています。
   そしてそのことは765プロの方も認めてくださっています。
   シンデレラプロジェクトも、765プロに決して劣ることのない魅力を持っていると」

みく「ほ、本当!? じゃあみくたちもあんな風になれるの!?」

346P「はい。私はそう信じています」

未央「な、なんか燃えてきた! よーっし、765プロの人に良いとこ見せるぞー!」

ちひろ「ふふっ……なんだかみんな、いつにもまして元気になっちゃいましたね」

346P「千川さん……。はい、皆さんとても……」

ちひろ「『いい笑顔』。ですよね?」

346P「……その通りです」

ちひろ「そう言えば今回の合宿所の近くには海があるそうですが、
    プロデューサーさんは水着はお持ちですか?」

346P「は? いえ、アイドルの皆さんには休憩時間は自由に使っていただくつもりですが、自分は……」

ちひろ「プロデューサーさんも一緒の方が、きっとみんなも喜びますよ。
   アイドル達と親睦を深めることも大事ですし、ね?」

346P「け……検討させて、いただきます」




亜美「ねぇねぇ兄ちゃん! 346プロってどんなとこなの?」

真「最近よく仕事で一緒になったりしますよね?
 あ、でもシンデレラプロジェクトの人とは会ったことないなぁ」

765P「彼女たちが有名になり始めたのは最近だからな。
   でもその成長っぷりはみんなも知ってるんじゃないか?」

貴音「確かに……。近頃はめでぃあへの露出も急増しているようです。
   頂点を目指す立場としては、決して無視できない存在と言えるかも知れません」

伊織「ふんっ。でもまだまだ私たちの方がずーっと上よ。
   そう簡単に追いつかれたりなんかしないんだから」

あずさ「あらあら~。伊織ちゃんは負けず嫌いさんねぇ」

伊織「当然でしょ? 競争相手なのに意識しない方がどうかしてるわよ」

真美「ねぇ兄ちゃん、ライバルと一緒に合宿なんてしちゃって大丈夫なの?
   真美たちの人気の秘密を盗まれちゃったらやばいっぽいよー?」

765P「そんな盗まれて困るような秘密なんて持ってないだろ……。
   それに、確かに彼女たちはライバルかも知れないが、敵視することはないぞ?」

律子「今回の合宿も、互いに利があると判断しての決定よ。
   彼女たちが信条とする『パワーオブスマイル』。
   これは私たちの方針と近いところもあるし、きっと何か得るものがあるわ」

765P「そういうことだ。これは互いを高め合ってより上を目指すための合宿でもある。
   まぁお前たちに限ってそんな心配はないと思うが、
   変に張り合ったりするんじゃなくて、志を共にする仲間だと思って参加して欲しい」

伊織「……今あんた、私の方見て言わなかった?」

765P「え!? いやそんなことは……」

美希「いやーん、でこちゃん怖いのー。
   こんな人が765プロに居たらきっと346プロの人たち怯えちゃうって思うな!」

伊織「う、うるさいわね! そういうことならちゃんと仲良くするわよ!
   あとでこちゃん言うな!」

春香「合同合宿かー。どんな風になるんだろ……楽しみだね、千早ちゃん!」

千早「そうね……。良い刺激になりそう」

響「よーし! 自分、かっこいいところ見せてやるさー!」

やよい「うっうー! すっごく楽しみですー!」

雪歩「な、なんだか緊張しちゃうよぉ。
   大丈夫かなぁ、私、足引っ張っちゃったりしないかなぁ……」

真「あははっ、大丈夫だよ雪歩。いつも通り、ボク達らしくやろう!」

小鳥「みんな楽しそうですねー。今回の合宿も海の近くですか?」

律子「はい、その予定です。っていうかすみません、毎回留守番お任せしちゃって……」

小鳥「いいんですよ。それが私の仕事なんですから」

765P「ありがとうございます、音無さん。またお土産買ってきますね!」

小鳥「まぁ! ふふっ、それじゃあ楽しみにしてますね、プロデューサーさん」

こうして、765プロと346プロ(シンデレラプロジェクト)の合同合宿が決定した。
片や全国的に有名なトップアイドル。
片や人気急上昇中の新進気鋭の新人アイドル。

双方相手に感じる思いは様々ではあったが、
この合宿へのやる気が十分であることは両者に共通していた。
知らせを受けてからの一週間、これまで以上に仕事にレッスンに励み、
合宿へ向けてますます気合を充実させていった。

当日は各々貸切のマイクロバスに乗って事務所を出発。
765側も346側も道中いつものように賑やかで、これから始まる楽しい三日間を予感させた。

しかしその移動中。
運転手を除く全員の記憶が、ぷっつりと途絶えた。




千早「春香。起きて、春香」

春香「ん……。あっ、ご、ごめんなさい! 私居眠り……あれっ?」

伊織「これで全員起きたわね……」

春香「えっと……ここ、どこ? 合宿所?」

千早「分からないわ……。みんな目が覚めたらこの部屋に。それに、この首輪も」

春香「えっ?」

春香たちが目を覚ました場所、
そこは白い壁に囲まれた殺風景な部屋だった。
ただ隅にぽつんとテレビが置いてある以外は何も無い。
その部屋に765プロのアイドルたちが全員揃って、どうやら眠っていたようだ。

春香「な、何だろこの首輪……。あ、そうだ! 346プロの人たちは? もう来てる?」

律子「それが本当に何も分からないのよ。
   千早がさっき言ったとおり、全員いつの間にか寝てて、目が覚めたらここに居て……。
   さっきからプロデューサーや小鳥さんに電話してるんだけど全然出ないし……」

亜美「しかもドアが開かないんだよー!」

真美「うあうあー! 真美たち、閉じ込められちゃったよー!」

貴音「これは所謂どっきり企画……というものなのでしょうか?」

響「ハム蔵ー、居ないのかー? おーい、ハム蔵ってばー!
  うぅ、やっぱりこの部屋には居ないみたいだぞ……」

美希「もしかしてこれ、夢の続きなの? だったらもう一回寝たら目が覚めるかなぁ……あふぅ」

あずさ「あらあら……ダメよぉ美希ちゃん。ほら起きて、ね?」

雪歩「も、もしかして私たち、ずっとこのままなんじゃ……!」

やよい「はわっ!? そ、それは嫌ですー!」

真「テレビの企画とかだったら、そろそろ説明があってもいいはずだけど……」

と真が呟いたのとほぼ同時。
部屋の天井にあるスピーカーから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

小鳥『全員目が覚めましたね、おはようございます』




未央「えっ? この声……」

凛「ちひろさん……だよね」

同時刻、346プロのアイドル達。
彼女たちも765プロのアイドル達とまったく同じ状況に立たされていた。

ちひろ『それでは説明を始めます。
    質問は最後に受け付けますので、しっかりと聞いていてください』

淡々としたその言葉を聞き、アイドル達は俄かに静まり返る。
それを確認したか、ちひろは説明を始めた。

ちひろ『これから皆さんには、765プロの人たちと殺し合いをしてもらいます』

小鳥『まずテレビ画面を見てください。この無人島が殺し合いの場になります』

ちひろ『期間は三日間。お互いに相手の事務所の人間を殺し合って、
    三日後の24時までに多く生き残っていた方の勝利となります。
    どちらかが全滅した時はその時点でゲーム終了です』

小鳥『勝敗が決まると同時に敗者チームは全員首輪を爆破され死亡します。
   生き残るのは勝者チームのアイドルのみです』

ちひろ『引き分けだった場合は両チーム全員の首輪が爆発します。
    その場合、生存者はありません。765プロ346プロ共に全員死亡します』

小鳥『また当然ですが、自殺はおすすめしません。
   自分の死が敗因となって、仲間が全員死ぬ事態を招く恐れがあります』

ちひろ『ちなみに首輪は絶対に外れないし、無理に外そうとしても爆発します』

小鳥『ゲーム開始前に皆さんはもう一度眠らされ、島の中にランダムに配置されます』

ちひろ『その時、ゲームに勝つための道具がランダムに一つずつ配られるので、
    目が覚めたらまずは傍に置いてあるカバンを確認してください』

小鳥『他に配られるのは三日分の水と食料、時計、懐中電灯、
   必要事項の書かれた書類、それから地図とコンパスです』

ちひろ『地図にはエリアの区分と、自分がどこに配置されたのかが記されています』

小鳥『また、日中は同じエリアにずっと止まっていることは禁止されています。
   エリア区分は地図で確認してください』

ちひろ『止まるのが許されているのは、19時から翌朝の7時までです。
    それ以外の時間に、同じエリアに1時間以上留まっていると首輪が爆発します』

小鳥『なお、ゲーム終了後には勝者の記憶は改ざんされ、これまでの生活に戻されます。
   以降の生活に殺人を犯したことによる精神的影響はありません。安心して殺し合ってください』

ちひろ『これらのことは配布される書類に記載してあります。必要に応じて参照してください』

小鳥『説明は以上です。ではこれから質問を受け付けます』

説明を聞き終えたが、346プロのアイドルたちは全員静まり返っていた。
状況を整理するのに頭が追いつかないのだろう。
しかしそんな中、未央がおずおずと、ぎこちない笑みを浮かべて手を上げた。

未央「えーっと、ちひろさん……?」

ちひろ『はい、なんでしょう』

未央「えっと、その……ど、どうやったら相手を『殺した』ことになるの?」

ちひろ『相手の心臓が止まり生命活動を停止したら、です。手段は自由です』

未央「……ちょ、ちょっと待って。殺し合いって、本当に殺し合うわけじゃないよね?
  そういう雰囲気のゲームでしょ? ほら、サバゲーっていうの? ああいう感じの……」

ちひろ『本当の殺し合いです』

未央「い、いやいやいや……。ないでしょ、え? 殺し合いってそんな……」

アーニャ「アー、えっと……? こ、ころしあい、ですか?
     人を殺す……ということですか……?」

ちひろ『そうです』

みりあ「だ……ダメだよそんなの。人を殺しちゃうのって、いけないことなんだよ……?
    ね、そうだよね? 莉嘉ちゃん、きらりちゃん!」

きらり「あ、えっ? そ、そうだよ、もちろん、そう……!」

莉嘉「当たり前だよ! そんなのゲームでもなんでもないじゃん!」 

凛「あのさ……これドッキリとかじゃないの?
  あり得ないでしょ? 殺し合いのゲームとか……」

卯月「そ、そうですよ! ちひろさん、ドッキリですよね!
   何かの番組のドッキリ……」

ちひろ『ドッキリではありません。本当に殺し合ってもらいます』

美波「っ……ちひろさん、この扉を開けてください!
   このままじゃ話が進みそうにありません!」

ちひろ『扉を開けることはできません。
    どうしても信用できないようでしたら、テレビに向かって右側の壁を見てください』

それを聞き、天井のスピーカーに向いていた皆の視線は壁へと誘導された。
すると数秒待たず、真っ白な壁が左右に開き、ガラスの壁へと姿を変える。
そしてその向こう側には首輪をした猫がいた。
アイドル達のものとよく似た形の首輪をした猫が。

李衣菜「……ね、ねぇ、あれってまさか……」

ちひろ『皆さんの首に付けられているものと同じものです。少し小型ですが。
   それでは実際に作動させてみましょう』

みく「作動……ま、待って!? それって……!」

これからの展開を察したみくがスピーカーに向かって叫ぶ。
しかし次の瞬間。
何の前触れも、警告音すらなしに首輪が破裂し、ガラスに真っ赤な飛沫が散った。

突然の惨状に数人は同時に叫び、残りの数人は口元を押さえ目を見開いたまま固まっている。
しかしそんな彼女たちなど意に介していないかのように、やはりちひろは淡々と言った。

ちひろ『これで信じてもらえましたか?』

智恵理「ぃっ……いや、嫌ぁ……!」

かな子「だ、誰か……誰か助けてください! 誰かあっ!!」

凛「や……やばいよコレ! 早く逃げなきゃ!!」

未央「ド、ドア!! あのドア破ろうよ!!」

ちひろ『助けは来ませんし、ドアの破壊もガラスの破壊も不可能です。
   もう質問がないようなら、ガスで眠らせた後ゲームを開始しますがよろしいですか?』

部屋の中の阿鼻叫喚など聞こえもしないかのように静かな声が流れ続ける。
しかしそんな中、唯一その声に返事を返す者が居た。

杏「待った!! 質問あり!!」

きらり「え……あ、杏ちゃん……?」

ちひろ『はい、なんでしょう』

杏「杏たちが生き残る方法って、殺し合いゲームに勝つ以外には絶対に無いの?」

ちひろ『ありません。あらゆる不正、抜け穴の可能性を想定し、その全てが潰してあります。
    ゲームに勝利する以外で生き残ることは不可能です』

杏「……そっか。それじゃもう一つ。死んだ子の今後の扱いってどうなるの?」

ちひろ『事故死あるいは行方不明として扱われます』

杏「勝ったら本当に記憶消してくれるの?」

ちひろ『はい、間違いなく。勝者には平穏な日常が約束されます』

ちひろの声と同じように淡々と連続して質問を投げかける杏。
そんな杏に周りのアイドルたちは困惑の表情を向けている。
杏はそれに気付いていないのか気付かないふりをしているのか、天井を見つめ質問を続ける。

杏「相手チームの人数は?」

ちひろ『14人です』

杏「島の広さは?」

ちひろ『外周はおよそ9km。
    地図には100mごとに罫線が引いてあるのでそれを参照してください』

杏「……わかった。じゃあもういいよ。質問終わり」

きらり「あ、杏ちゃん……? どうして……?」

『どうして』。
この一言に込められたきらりの感情を、杏は察した。
だからきらりが最も欲しているであろう答えを返す。

杏「心配いらないよ、一応聞いただけ。どうせなら色々質問しときたいと思ってさ」

ちひろ『もう質問がないようなので、ガスを注入します』

杏の言葉に対してきらりが口を開く前に、ちひろが先を急かすように言った。
346プロのアイドル達のこの部屋での記憶は、これが最後だった。




伊織「は……はぁ? 何言ってるの? 冗談にしちゃ趣味が悪すぎるわよ……」

亜美「そうだよピヨちゃん! もういいからネタばらししてよ!」

真美「真美たち十分ドッキリしたっしょ!? だからもう終わりでいいよ!」

律子「あの……小鳥さん。本当に悪趣味過ぎじゃありませんか?
   この子達はまだ中学生だし、346プロには小学生の子も居ますよね?
   小鳥さんはこの程度の分別は付けられる人だと思ってましたけど……」

響「そうだぞぴよ子! こんな酷い冗談、自分だって怒るぞ!」

小鳥『冗談でもドッキリでもありません。全て事実です』

真「じ、事実って……そんなわけないじゃないですか!
 そんな、殺し合いのゲームなんて……!」

やよい「わ、私! 嫌ですそんなの! 絶対やりたくないです!」

小鳥『不参加は認められません。全員強制的に参加になります』

伊織「あんたねぇ……いい加減にしなさいよ!
   こんな悪趣味なドッキリどこの誰が企画したの!?
   教えなさい! 文句言ってやるんだから!」

小鳥『ドッキリではありません』

怒りや困惑を顕にする皆に対し、ほとんど感情の篭っていない返事を繰り返す小鳥の声。
伊織はそれに痺れを切らしたようにスピーカーから目を逸らした。

伊織「っ……あっそう! もう良いわよ!」

そう言ってポケットを探り、携帯電話を取り出した。
そしてどこかへ電話をかけ始める。

やよい「い、伊織ちゃん? どうするの……?」

伊織「新堂に言って調べてもらうの! ったく、冗談じゃないわ。
   こんなふざけたこと考えた奴、どう責任取ってもらおうかしら……あっ、新堂?
   調べて欲しいことがあるんだけど。……え? ええ、そうだけど……。
   ……ちょ、ちょっと、何言ってるの? 新堂……?」

皆が見守る中、受話器に向かって何度かうわ言のように相槌を繰り返す伊織。
いつの間にか初めの勢いは完全に姿を消していた。
そして遂に、

伊織「……新堂……」

伊織は震えた声で執事の名を呟き、そして電話を持った手を力なく下げた。
その様子を見て一同は最悪の状況を察した。

小鳥『これで信じてもらえましたか?
   なお今の通話は信用してもらうために許可しましたが、これ以降は繋がりません』

伊織「……なんでよ。なんで、こんな……」

伊織の執事が彼女に何を言ったのかは分からない。
しかし、決して常識に欠けていることなど無く、
寧ろリーダーとしての高い資質を備えているはずの彼女が、
『殺し合いゲーム』を事実であると認めた。
そのことが、これ以上ない説得力を以てアイドル達に非情な現実を突き付けた。

しかし当然ながら、全員が伊織の判断にすぐさま納得できるわけではない。
それを真っ先に指摘したのは亜美だった。

亜美「ま、まだ分かんないよ! いおりん!」

伊織「え……?」

亜美「しんどーさん、このゲームが本物だって言ってたんだよね?
   でもしんどーさんもドッキリの仕掛け人ってこともあるじゃん!
   だから、いおりんに嘘ついてるってことも……」

客観的に見れば当然考えうる可能性。
しかし落ち込む伊織を勇気付けようとしたはずのこの言葉を聞き、
伊織は形相を変えて怒鳴った。

伊織「新堂は……新堂は嘘なんかつかないッ!!」

伊織「新堂は、ずっと私の味方で……私を、いつも助けてくれて……。
   私を思っての方便ならまだしも、こんな最低な嘘をついたことなんか一度だって無いわ!!
   つくわけがない!! それに、それに……!」

あずさ「伊織ちゃん! 少し落ち着いて、お願いだから……!」

亜美に掴みかかり取り乱す伊織を見かね、あずさが仲裁に入る。
伊織はその時になってようやく亜美の怯えた表情に気付き、唇を噛んで視線を逸らした。
そしてそれから少しの間を置き……

小鳥『これでも信用できないのなら、テレビに向かって右側の壁を見てください』

静かに響いた小鳥の声。
その先の展開は、346プロのアイドル達に起きたものと同じだった。
壁が開き、ガラスが現れ、そして同じように、首輪を付けた猫が殺された。

悲鳴を上げる者、息を呑む者……。
765プロのアイドル達の反応も346プロのものと大差なかった。
そして765プロのアイドル達の中でいち早く会話へと思考を移すことができたのは、

貴音「……小鳥嬢、答えなさい。なぜ、このようなことをするのですか……」

スピーカーへ向けて静かに、しかしこれ以上ないほどの怒りを露にする貴音。
しかしやはり返答は、淡々としたものだった。

小鳥『娯楽です。アイドル達が殺し合うという事実を楽しむ人たちのための』

貴音「なっ……!?」

その常軌を逸した答えに、貴音は二の句が告げなくなる。
そんな彼女に変わって反応を返したのはやはり、伊織だった。

伊織「な……何よ、それ……。ふざけるんじゃないわよ!!」

娯楽で猫を殺し、自分たちを狂ったゲームに参加させる存在。
目に見えないその存在に対し、伊織は怒声を上げる。
しかし次いでその怒りの矛先は、スピーカーの向こうに居る小鳥自身へと向けられた。

伊織「大体なんで……なんであんたはそんな風にしていられるのよ!?
   こんなわけわかんないこと私たちにさせて……!
   私たちの誰かが死ぬかも知れないっていうのに、なんであんたは平気でいられるの!?」

小鳥『……』

いつの間にか、伊織の目から大粒の涙がこぼれていた。
ぼろぼろと涙を流し、喉が裂けんばかりに叫ぶ伊織。
しかし小鳥は何も答えない。

それでも伊織は叫び続ける。
ただただ感情に任せ、無機質なスピーカーに向けて怒りと悲しみをぶつけ続けた。

伊織「仲が良いと思ってたのは私たちだけだったってこと!?
   あんたの笑顔も、今まで私たちを助けてくれてたのも嘘だったの!?
   私だって、いつもあんたに助けられて、感謝して、なのに……! バカみたいじゃない!!」

小鳥『……』

伊織「最低よ!! こんなことならあんたと仲良くなんてするんじゃなかった!!
   こんなことならあんたなんか……! あんたなんか死ん……」

美希「待って、伊織!」

伊織の叫びを美希が止めた。
そんな美希の普段とまったく違う様子にアイドル達は、伊織すらも、思わず目を向ける。
そして美希は真っ直ぐに伊織の目を見て、静かに言った。

美希「ミキね、小鳥が平気なわけないって思うな」

伊織「っ……なんでそんな」

美希「だって平気なわけないもん。あの小鳥がミキたちにこんなことして、平気なわけないよ」

ふざけた様子もなく真剣に、ただそう言い張る美希。
何の根拠もない言葉だったが、「あの小鳥が」というこの一言が何よりの証拠であると、
その場の全員に思わせる説得力がそこにはあった。

千早「……私も美希の言う通りだと思う。それに、音無さんの声……少し震え」

小鳥『もう、質問はありませんか?』

伊織が怒りをぶつけている間ずっと沈黙し続けていた小鳥だったが、
ここで唐突に話の流れを切るように質問を促した。

伊織はこれを受けて、不確定ながらも小鳥の心情を察した。
他のアイドル達もまた同様だった。

小鳥『もう質問が無いようでしたら……。最後に一つ、大切な説明をします』

”大切な説明”
この言葉に、一同は一言も聞き漏らすまいと身構える。
数秒後、小鳥はやはり淡々と、

小鳥『765プロのアイドルの数は律子さんを含め13人。対して346プロは14人。
   数の上での公平を期すため、765プロ側として私も参加します』




ちひろ「……っ」

小鳥「ぅくっ……うっ……」

男「お疲れ様でした、お二人とも。見事な演技でしたよ」

ちひろ「どうして……どうして、こんなっ……」

男「おや、説明しませんでしたか? その方が面白いからですよ。
  見知らぬ男に説明されるより、親しい間柄の者に淡々と説明される方が……」

小鳥「そうじゃありません!!
   どうしてあの子達がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!?」

ちひろ「みんなとても優しくて、いい子なのに……! 普通の女の子なのに、どうして……!」

男「あなた方、さっき自分で言ってたじゃないですか。娯楽のためですよ」

小鳥「っ……」

ちひろ「……もう、いいです……! それより、約束は守りました!!
    プロデューサーさんを離してあげてください!!」

男「ええ、もちろん」

そう言って、男は指を鳴らした。
するとそれを合図に背後の扉が開き、
そこには顔にあざを作ったプロデューサー達が複数の男に囲まれ立っていた。

  「プロデューサーさん!!」

ちひろと小鳥は同時に叫び、各々の事務所のプロデューサーの元へと駆け寄る。
周囲の男はプロデューサーを半ば突き飛ばすように前へと押しやった。

765P「……すみません、音無さん。俺のせいで……!」

346P「千川さん……申し訳、ございません……」

小鳥「プロデューサーさんは悪くなんか……!」

ちひろ「それより二人とも、お怪我は大丈夫ですか!?」

765P「は、はい、大丈夫です」

346P「私たちは、何も……。それよりあなた方お二人が……」

男「おや、ずいぶん仲がいいですね。敵同士だというのに」

男「特に765の事務員さんは346の人にとってはとんでもない人だと思いますけどね。
  まさかわざわざ自分から参加を志願するとは……。
  まあ、人数を公平に出来るというのならこちらとしても助かるので良かったですが。
  外見も美しくいらっしゃいますからね。顧客は大喜びでしょう。
  しかしそんなに346のアイドルを殺したかったのですか?」

765P「やめろ! 音無さんはそんな人じゃない!」

男「そうですか。でもそんな人じゃないかどうかは関係ないと思いますけどね。
  ですよね、346のお二方?」

ちひろ「っ……私からは、何も言うことはありません」

346P「音無さんの気持ちは、私にも痛いほど分かります……。
   彼女の決断、またこれからの行動についても……私共からは何も……」

男「ほう、人間ができていらっしゃる方たちだ。
  ま、それは置いといて。765の事務員さん以外には、ゲーム終了まで休んでいてもらいましょう」

男のその言葉を合図に、周囲で待機していた別の男たちが小鳥を除く三人に手錠をかけ、
そして別室へと乱暴に連行する。
小鳥はただ黙って彼らの背中を見送ることしかできなかった。

しかしドアをくぐる直前。
765プロのプロデューサーが不意に振り向き、そして叫んだ。

765P「お……音無さん!」

1.どうか生きて帰ってきてください!
2.どうか誰も殺さないでください!
3.あいつらのこと、よろしくお願いします!

>>47

765P「あいつらのこと、よろしくおねがいします!」

小鳥「っ……!」

プロデューサーの力強い呼びかけを受け、小鳥は喉元がきゅっと締まるのを感じた。
だが言葉を返す前にドアは閉まり、
小鳥は返事を喉にとどめたまま、黙ってドアを見つめ続けた。

男「さ、ではあなたも眠りますか。
 次に目が覚めた時がゲームの始まりですから、そのつもりで」

男の言葉に小鳥は反応を示さない。
ただ俯いて、震えを抑えるかのように胸元で両手を握り締める。

そんな彼女の背中を、男はやはり強引に押して別室へと連れ出した。
そこで小鳥は、アイドル達と同じ方法で眠らされ、
気付いたときには見知らぬ森の中に倒れていた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日に投下します

一応先に言っておくと、男はもう出てきません
アイドル達が殺し合ったり殺し合わなかったりするだけのSSです

15:00 我那覇響

響「……ッ!!」

意識が戻ったと同時に響は飛び起きた。
慌てて辺りを見回すと、今いる場所は深い木々に覆われた森の中のようだった。
服は普段のトレーニングウェアに着替えさせられている。

響は直前の記憶が夢ではなかったことを悟り、吐き気にも似た感覚を覚えた。
視界がじわりと滲む。

伊織は執事との電話で『殺し合いゲーム』が事実であると信じていたようだが、
正直に言うとあの時はまだ自分は、やっぱりドッキリなんじゃないかと心のどこかで思っていた。

しかしあの後、猫が殺されて、本当に部屋にガスが注入されて、
そして目が覚めるとこんなところに寝かされていた。
つまり、本当なんだ。
冗談やドッキリなんかでこんなこと……するはずがない。

しかし響が絶望感で動けずに居たのは数秒のこと。
はっと思い出したかのように、響はすぐ隣に置いてあったカバンに目をやった。

中身を探ると、記憶にある説明の通りのものが入っていた。
水は500mlのペットボトルが三本、食料は栄養調整食品が数種類。
時計、地図、コンパス。
それから……

響「……これって確か……」

響はそれを手に取り、また見えやすい位置にあった紙を広げて見た。

『スタンガン(改造済み)』

大きめに印刷された文字が目に映る。
そしてその下には武器の説明が丁寧に分かりやすく書いてあった。
どうやら使い方が分からずに困ることはなさそうだった。

しかし現状、これまでで最も最悪な形で困っている。

一体なぜ自分がこんな目に……。

響は一度出したものを再びカバンにしまい込み、
そんな思いをぶつけるように、また不安をかき消すように、目一杯叫んだ。

響「おーーーい!! 誰かーーーーーッ!!」

その後数秒待ったが、返事はない。
しかし仲間を求めて響は叫び続ける。

響「貴音ーーーーーーーッ!! 返事してくれーーーーーー!!
  美希ーーーーーーっ! 真ーーーーーーー!! 春香ぁーーーーーーッ!!」

大声で仲間の名を呼び続ける響。
そしてそろそろ全員呼び終えようかという頃……。

響「おーーーーーい!! 誰か……んぐっ!?」

突如背後から口元を押さえつけられた。

貴音「響、静かに。大声を出してはなりません……!」

響「……!」

一瞬身を強張らせた響だが、その声を聞いて安堵した。
親友である貴音が来てくれたことを喜び、
意志の疎通を示すため何度もコクコクと頷く。
それを確認して貴音はそっと手を離した。

響「た、貴音! 良かったぞ、自分……」

貴音「響」

貴音は静かに響の言葉を遮り、口元に指を当てて声を抑えるよう促した。
それを受けて響は一度深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

響「……も、もう大丈夫。落ち着いたぞ」

貴音「何よりです。以降は気を付けてください。
   大声に呼び寄せられるのは、味方だけとは限りませんから」

響「え……そ、それって、つまり……」

貴音「その可能性は、十分に有り得ることです。ですから……」

やよい「響さーん! どこですか! 返事してくださいー!」

貴音「!」

響「や、やよい!?」

やよい「あっ、響さん! 貴音さんも! 良かったですー!!」

響「しーっ! やよい、大声出しちゃダメだぞ!」

少し距離のあるやよいにギリギリ届く程度の声で響はそう伝える。
やよいは初め、響が何を言っているのかわからなかったようだが、
口元に指を当てている響のジェスチャーを見てようやく理解した。

そして口を両手で押さえたまま二人の元へ駆け寄り、
囁くような声で問いかけた。

やよい(えっと、響さん。どうしてダメなんですか?)

響「え……? ご、ごめん、聞こえなかった。なんて……?」

やよい(あの、どうして、大声出しちゃ、ダメなんですか?)

貴音「……やよい。静かに話すのであれば普通に喋っても構いませんよ」

やよい「えっ? あ、はい! えっと、どうして大きな声で話しちゃダメなんですか?」

貴音「やよいは……今私たちの置かれている状況を理解できていますか?」

やよい「あ……」

二人に会えた喜びが大きく、ほんの一時頭の片隅に追いやられていた事実。
それを思い出し、やよいの表情は一気に暗くなった。
貴音はそのことに心を痛めつつも、言葉を続ける。

貴音「これは響にも言ったことですが……大声に誘われるのは味方だけではないということです。
   初期の配置はらんだむとのことでしたが、私たちがこうして互いに近い位置で
   目覚めたことを考えると、346の者もすぐ近くに居るかも知れません」

やよい「……それって……346プロの人たちが、私たちを……?」

貴音「はい。あまり考えたくはありませんが……」

響「で、でも、そんなこと本当にあるかな……」

貴音「……と言いますと?」

響「自分、人殺しなんて絶対にしたくない……。
  それは346プロの人たちも同じのはずだぞ。
  だから、346プロの人たちと協力すればいいって自分思うんだ」

やよい「協力……そ、そっか。そうですよね!」

響「そうさー! みんなで力を合わせれば良いんだ!
  そしたらこんなふざけたゲームなんか……」

貴音「残念ですが、それには同意しかねます。
   恐らく彼女たちも、私たちのように
   『殺し合いげぇむ』が事実である証拠を見せられているはず。
   そしてこれが事実である以上、響の考え方は些か楽観的に過ぎるかと思います」

やよいと響は一瞬、貴音の言葉に耳を疑った。
しかしその後に続く言葉は、彼女たちに真っ向からの反論を許さなかった。

貴音「私たちは互いに、仲間の命を人質に取られているようなもの。
   仲間と他人の命を天秤にかければ、自らの手を汚してしまっても構わないと……。
   そう考える者が出てもおかしくはありません」

響「そ、それは……! でも、だから、みんなで協力すればきっと別の方法が……」

貴音「必ず見つけられると言い切れますか?
   望みの薄い可能性に賭け、全滅のリスクを負える者ばかりだと思いますか?
   この状況下で疑心暗鬼にならずに相手と協力しようとする者ばかりだと思いますか?」

響「っ……じゃ、じゃあどうするの!?
 本当に殺し合えって、346プロの人を殺せって、そう言うのか!?」

貴音「そうは言いません。人殺しを忌避するのも当然の感情です。
   ですが……警戒は必要です。それに、覚悟も」

響「か、覚悟……? 覚悟って何!?」

貴音「……」

響「や……やっぱり殺すんじゃないか! 自分、嫌だぞ! 人殺しなんて絶対……!」

やよい「ひ、響さん落ち着いてください! 声が大きくなってます……!」

響「あっ……ご、ごめん……。で、でも、自分……」

貴音「殺せ、とは言いません。しかしいざと言う時、自分で自分の身を守る覚悟を……
   渡された武器を使う覚悟を。私たちは全員、持っているべきではないでしょうか」

響「……そんな……」

やよい「あぅ……」

響とやよいは、貴音の言葉に沈黙してしまう。
貴音はやはりその様子に胸を締め付けられる思いをしたが、表情には出さず冷静に続けた。

貴音「……まずは確認させて頂いてもよろしいでしょうか。
   私たちが今持つ自衛の手段……。支給された武器を」

そう言って貴音は右手を静かに挙げ、
その手にずっと握られていた物を見えやすい位置に掲げた。

貴音「私はこの鉄製の棒……。確か『ばぁる』、と言いましたか。これが鞄に入っておりました。
   やよい、貴女の鞄には何が入っていましたか?」

やよい「あ……え、えっと、私は……!」

やよいは貴音に促され、慌ててカバンを探る。
そして少々難儀しながら、それを取り出した。

やよい「私はこれでした! これって、弓矢ですよね……?」

貴音「弓矢……とは少し違いますね」

響「そ、それ、見たことあるぞ。本物じゃないけど……」

やよい「でも私、使い方がよく分からなくて……」

貴音「……私と同様であれば、説明書があるはずですが」

やよい「えっ? そ、そうなんですか?」

バールにもわざわざ説明書が付けてあったのか、と
その必要以上に丁寧すぎる対応に響は困惑と共に微かな苛立ちを覚えた。
そんな響を尻目に、やよいは再び自分の鞄を探る。
そして数秒後、

やよい「あ……ありました! これですよね?」

そう言ってやよいは響たちに取り出した紙を見せる。
そして彼女たちの目に真っ先に飛び込んできた大きな片仮名。

『クロスボウ』

その下に書かれた武器の説明は、
概要だけでもそれが十分な殺傷能力を持っていることは十分に伝わるものだった。

響「……なんだよ、これ……。こんなの使ったら、本当に……!」

武器を見、そして説明書を見、響は改めてこのゲームの狂気を実感した。
自分のスタンガンや貴音のバールとは違い、指先一つで簡単に人を殺せる武器。
こんなものが他のアイドル達にも配られているかも知れないのだ。
怒りからか恐怖からか拳を震わせる響に対し、貴音はやはり冷静に声をかける。

貴音「あくまで自衛……警告や交渉の道具としてなら、十分以上です。
   それより、響。あなたも……」

響「わ、分かってるぞ! 自分はこれ! スタンガン!」

不安を取り払うかのように響は勢いよく返事し、
そして鞄からスタンガンと説明書を取り出して二人に見せる。

やよい「あ、それは知ってます! ドラマで見ました。
    電気がバチバチーってなって気絶しちゃうやつですよね?」

貴音「しかし実際には気絶するほどの威力はない、とプロデューサーから聞いたことがあります。
   このすたんがんがどうなのかは分かりかねますが……」

響「い、いや……。これ、改造して威力が高めてあるって書いてたぞ。
  だから使えば失神もさせられるって……」

貴音「……なるほど。しかしそれでも『くろすぼう』とは違い
   まさに自衛のための武器、といったところでしょうか」

やよい「あ、あの……。でも私のは……」

貴音「……そうですね」

貴音は呟くようにそう言い、考えるように目線を伏せた。
二人がその様子を疑問に思い声をかけようとした直前。
貴音は再び顔を上げ、そして言った。

貴音「提案なのですが……。道具を交換するというのは如何でしょうか?」

やよい「えっ?」

響「道具を交換……?」

貴音「はい。くろすぼうは、やよいが扱うには文字通り荷が重いかと……。
   ですから、くろすぼうは私が持ちます。
   代わりにやよいには、響のすたんがんを持たせては如何でしょうか。
   すたんがんなら、小柄なやよいでも十分扱えると思うのですが」

響「そ、そっか。確かに……じゃあ自分は、貴音のバール?」

貴音「そういうことになります。
   以上が私の提案ですが、意見があれば聞かせてください」

やよい「え? あ、あの……」

響「べ、別にないって言うか……。すぐに意見なんて思い付かないぞ……」

貴音「……そう、ですね。ではもし何か思いつけば、遠慮せずすぐに言ってください。
   それまでは私の案を採用する、それでよろしいですか?」

響「う、うん……。わかった」

やよい「は、はい、大丈夫です」

貴音「では少しの間、説明書をしっかりと読みましょう。
   特にやよいと私には必要……。っ!」

と、貴音は途中で言葉を切り、視線を二人から外した。
そして何もない森の中をじっと険しい表情で見続ける。

やよい「あの、貴音さん……? どうかしたんですか?」

響「も、もしかしてそっちに誰か居るのか……!?」

貴音の様子を不安に思い、二人は声をかけた。
しかし数秒後、貴音はふっと視線を戻す。

貴音「いえ、気のせいだったようです。ただ……私たちが武器の理解に時間をかける間、
   何者かが近寄って来ないとも限りません。
   ですから響はその間、周囲の警戒をお願いできますか?」

響「えっ? う、うん、わかったぞ……!」

貴音「その後、南下して海岸へ出てみましょう。
   海岸沿いを歩けば、何か手がかりのようなものが見つかるかも知れません」

こうして三人は説明書に目を通した後、海岸へ出ることに決めた。

15:03 諸星きらり

きらり「はぁ、はぁ、はぁっ……!」

歩きなれない森の中を、きらりは必死に駆けていた。
大きな体と長い髪を小枝が擦り、少なからず傷付けていく。
しかしそんなことなど意に介さずきらりは駆け続けた。

目覚めた少しあとに聞こえた大きな叫び。
きらりにははっきりと聞こえ、声の主が346プロの者ではないということも分かった。
距離は多少あったようだが、
『殺し合いゲームの敵が居る』という事実はきらりの恐怖心を十分以上に煽った。

急いでこの場を離れなければ。
そう判断し、きらりはすぐに鞄を抱え込むように持ち、声とは逆方向に走り出した。
地図など見る暇もなく、ただがむしゃらに走ったきらりだったが、
しかしこれが恐らく正解だった。

少し走ると波の音が聞こえ、そしてすぐに視界が開けた。
海に出たのだ。
きらりはどちらに逃げようか迷い、視線を右から左に動かす。
そして左の一点で、ぴたりとその目は止まった。

海沿いを歩く一つの影。
きらりは一瞬それが誰か分からず全身の毛穴が開くような感覚を覚えたが、
すぐに自分がそのシルエットをよく知っていることに気付いた。

きらり「か、かな子ちゃん……!」

それが346プロの仲間、三村かな子であると知るが早いか、きらりは再び全速力で走り出した。
少し走り、ある程度近付いた頃、きらりは抑えきれない感情を声に出した。

きらり「かな子ちゃーーーん!!」

かなこ「えっ!? あっ……き、きらりちゃん!?」

波の音に足音をかき消されたか直前までまったく気付かなかったが、
自分の名を大きな声で呼ばれ、かな子は驚いて振り返った。

そして直後、

かな子「きゃあっ!?」

きらり「かな子ちゃん、良かった、良かったぁ……!」

かな子「きらりちゃん……。だ、大丈夫だよ、だから落ち着いて……。
    っていうか、く、苦しい……」

きらり「あっ……ご、ごめんね! ごめんね!」

自分がかなりの力で締め付けていたことに気付き、きらりは慌てて離れる。
開放され、かな子はふぅと息をついて言った。

かな子「でも、私も良かった……。こんなことになって、
    それで目が覚めたら本当に、一人ぼっちだったから……」

そう言ってかな子は目元を拭う。
その時初めて、きらりはかな子の目が赤くなっていることに気付いた。

きらり「……かな子ちゃん……」

ほんの一瞬まではただただ不安と恐怖に怯えていたきらりだったが、
かな子の、友達の涙を見て、ほんの僅かだがその感情は影を潜めた。

そうだ、怖いのは自分だけじゃない。
自分が怖がっていたら、周りのみんなまで怖がらせてしまう。
怖がるより、いつも通り元気な自分で居ないと。

きらり「でも……もう大丈夫だよね! きらりも怖かったけど、大丈夫だもん!
    きらりにはかな子ちゃんが居るし、かな子ちゃんにはきらりが居るから!
    だからハピハピ! 怖くなんかないにぃ!」

かな子「! う、うん……ありがとう、きらりちゃん」

そう言って互いに、心の底からではないにせよ、笑顔を向けあった。

しかし当然、それで問題が解決したわけではない。
これから先どうするか、考えなければならない。

かな子「……やっぱりまずは、みんなを探した方が良いかなぁ」

きらり「うん……。きらりも、そう思うにぃ。
   それで、みーんなで、どうしたら良いか相談しよ!」

かな子「うん、そうだね。でも……765プロの人たちは、どうするのかな。
    もしできれば、765プロの人たちも一緒に相談した方がいいよね?」

きらり「あっ……」

かな子の言葉を聞いて、きらりは先ほどの自分の行動を後悔した。

そうだ、逃げちゃダメだったんだ。
冷静に考えれば765プロの子たちだって、こんなゲームやりたくないに決まってる。
だから敵とか味方とかじゃなくて、みんなで一緒に協力しなきゃいけなかったんだ。

かな子「……? きらりちゃん? どうしたの?」

きらり「ご……ごめんね。さっき森の中に765の人が居たんだけど、きらり、逃げちゃって……」

かな子「えっ。そ、そうだったの?」

きらり「ごめんなさい……」

かな子「い、いいよいいよ、謝らなくても! 仕方ないよ!」

きらり「どうしよう……。今から戻ったら、会えるかなぁ。
    かな子ちゃん、きらりが居たとこまで戻ってみよ!
    そしたらきっと765プロの子たちにも会えるにぃ!」

かな子「あ、えっと……」

自身の考えを改めたきらりは、765プロのメンバーに会いに行くことを提案した。
しかしかな子は、何か少し煮え切らない様子だ。
きらりがその反応への疑問を口にする前に、かな子は口を開いた。

かな子「ご……ごめんなさい。私、さっきはああ言ったけど、でも……。
    ほ、本当は、ちょっと怖いの。
    もしかしたら、765プロの人は……そ、その気なんじゃないか、って……」

きらり「その気って……え? そ、そんなことないよ。
    人を殺すなんて、そんなことやりたがる子なんて居るわけ……」

かな子「で、でも! もしかしたらって思うと、やっぱり……ご、ごめんなさい……」

『そんなはずはない』
かな子も基本的にはそう考えたい、信じたいと思っているのはきらりにもよく分かった。
しかしやはり、もしかしたらという不安は簡単にぬぐい去れるものではない。

そして何より……震えるかな子に無理強いさせてまで
自分の考えを押し通すことはきらりにはできなかった。

きらり「……ううん、きらりこそごめんね。それじゃ、私たちから会いに行くのはやめよっか!
    たまたま会って、それで大丈夫だってなったら、一緒に頑張ることにしよ!」

かな子「う、うん……! ありがとう、きらりちゃん」

きらり「元々、きらりが逃げちゃったのが悪いんだし……。
   それより、これからどうすゆ? あ、そうだ! 島の周りをぐるーって歩いてみようよ!
   そしたらきっと誰かに会えるし、もしかしたら何かいい方法が見つかるかも知れないにぃ!」

かな子「そうだね……うん、そうしよう!」

そうして二人は島の東側海岸を北上することに決めた。
そうと決まれば、とかな子は地図を探すため鞄を開けたが、その時にふと思い出した。

かな子「そう言えば……きらりちゃん、鞄の中何が入ってた?
    私はこれだったんだけど……」

そう言ってかな子が取り出したのは、催涙スプレー。
護身の為の道具として広く一般に普及しているものだ。

きらり「そっか。すっかり忘れてたにぃ……」

きらりもかな子に倣って鞄を開ける。
しかし中を覗いた瞬間、ぴたりとその手が止まった。

かな子と同じ催涙スプレーかあるいはそれと同等のものが入っていると、
きらりはすっかりそう思い込んでいた。
しかしそこにあったのは、

きらり「な……え? に、偽物、だよね……?」

震える手で取り出したそれは、映画などでよく見る銃。
それも拳銃ではなく、両手で扱うようなものだった。

そしてきらりが取り出したのと同時に、紙が地面に落ちる。
かな子はその紙の正体に覚えがあった。
拾って見ると、やはりそれは銃の説明書だった。
二人が説明書に目をやると、

『短機関銃(サブマシンガン)』

大きな文字で書かれたその文字がまず目に入った。

その下に、丁寧かつ分かりやすく書かれてある文章は、
それが玩具ではなく本物の、殺傷能力を持った銃であることを示していた。

きらり「や……やだ。こ、こんなのいらない……!」

きらりはそう言って、散弾銃を地面に投げ捨て、先に進もうとする。
しかしかな子がそれを止めた。

かな子「ま、待ってきらりちゃん! 捨てちゃダメだよ!」

きらり「えっ……ど、どうして?」

かな子「だ、だって、もしもの時に……」

きらり「こ……こんなの使ったら死んじゃうよ! きらりは、誰も殺したくなんか……!」

かな子「お願い、きらりちゃん! 捨てないで、お願い……!」

そう言ってすがるかな子の目。
その目を見てきらりは、かな子が抱いている不安を思い出した。
そしてそうなった以上、きらりの取る選択は一つだった。

きらり「わ……わかった、捨てないよ。念の為に、持っておくね……」

この返事を聞き、かな子は安堵の表情を浮かべる。
きらりはそんな彼女にぎこちないながらも優しい笑みを向け、
武器を鞄へとしまって再び歩き始めた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します

あと一応、初期配置がどんな感じになったか貼っておきます。
仲良し同士が近かったり妙に密集してたりしますが完全ランダムです。
ついでに言うと武器も完全ランダムです。

http://i.imgur.com/ew36KwD.png

15:20 秋月律子

律子「……」

いつまでもこんなところに居ても仕方ない。
考え事は歩きながらでもできるはず。
律子はようやく、この場を動くことを決意した。

自分をこんな状況に追いやった者から与えられた道具を使うのは
正直言って気が進まなかったが、しかしそんなことも言ってられない。
気休め程度にしかならないかも知れないが使えるものは使っておくべきだ。
そう思い、脇に置いてあった防災ヘルメットを被って律子は立ち上がった。

自分が目覚めた場所は海岸沿いの砂浜だった。
東側はそれなりに遠くまで見渡せるが、西側にはすぐ傍に高い岩場があり視界が遮られている。
律子は少し迷ったが、
見たところ東側に行ってもあまり有益なものは得られそうにないと考えた。

西側から、取り敢えず海岸を探索してみよう。
もしかしたら船が通るかも知れないし、他にも何か脱出の糸口が見えるかも知れない。
それに自分と同じ考えて海岸を目指すアイドルがきっと何人か居るはずだ。
その子達と協力して解決策を探そう。

色々と思考を重ね、律子は西側へと歩き出した。
が、しばらく歩くと律子が思っていたよりも早く事態は展開した。

  「きらりちゃん……みりあちゃぁん、どこぉ……。ぇぐっ……お姉ちゃあん……」

律子「っ! あの子、確か……」

涙声で友達の名を、また姉を呼びながら歩く少女。
その姿を律子は知っていた。
人影を見て一瞬警戒はしたが、様子を見てその必要はないと判断した。

律子「あなた、城ヶ崎莉嘉よね……?」

莉嘉「ひっ!?」

律子「ああごめんなさい! 大丈夫心配しないで!
   私はあなたに危害を加えるつもりはないから!」

声をかけた途端に怯えた目を向けられ、
律子は慌てて自分に敵意がないことを示す。

律子「ほら、私が持ってるのはこのヘルメットよ!
   武器なんかないわ。だから安心してちょうだい」

莉嘉「あ、えっと……?」

律子「信用、してもらえるかしら……。もし信用できないなら、私は今すぐここを離れるわ」

莉嘉「! う、ううん、大丈夫!」

律子の対応が良かったか、あるいは莉嘉の一人ぼっちになる不安が優ったか、その両方か。
莉嘉は律子の敵意がないという言葉を信じた。
それを受け、律子は安堵のため息をつく。

莉嘉「あ、あの、お姉ちゃん、765プロの人?」

律子「ええ……。765プロで竜宮小町のプロデューサーを担当してる、秋月律子よ」

莉嘉「ア、アタシ、城ヶ崎莉嘉! 346プロで、シンデレラプロジェクトで……」

律子「凸レーションのメンバー、よね?」

莉嘉「えっ。し、知ってるの?」

律子「もちろん。本来は一緒に仕事をする相手だったんだもの」

莉嘉「あ……そっか。本当は、765プロの人たちと、合同で……。
   ね、ねぇ! えっと、プロデューサーは何か知らないの!?
   どうしてアタシたち、こんなことになってるの!?」

律子「待って、落ち着いて。まずは冷静になりましょう。
   冷静に、状況を整理するの。目が覚めるまでに何があったか、
   私たちが持っている情報を共有しましょう。まずはそこからよ!」

莉嘉「あ……う、うん、わかった」

律子はこの異常な状況においても、いや、異常な状況だからこそ、
努めて冷静に行動することを固く心に決めていた。
ただ、自分が思いつく限りの手が尽きた時、果たして冷静でいられるか……。
表には出さないが、それが律子にとっての最も大きな不安の一つだった。

それから数分、律子と莉嘉はお互いの持つ情報を話し合った。
猫を首輪で殺害したという話を聞き、
律子は小鳥の説明が本当に冗談でもなんでもなかったことを改めて確信した。

莉嘉「アタシたち、どうなっちゃうのかな……。アタシ、殺すのも殺されるのもやだよ……!」

律子「……大丈夫よ。これを考えて実行したのが人間である以上、『完璧』なんてことはないわ。
   どこかにきっと穴がある。こちらが最善の手を打てばなんとかなるはずよ。
   だから、いい? 絶対に諦めちゃダメよ?」

莉嘉「プロデューサー……。う、うん、そうだよね、なんとかなるよね!」

律子「それじゃ、そろそろ行きましょうか。まずは海岸沿いを探索しましょう。
   それから、私のことは律子でいいわ。私も莉嘉って呼ぶけど、それでいい?」

莉嘉「う、うん! よろしくね、律子ちゃん!」

本来ならさん付けで呼ばせるところだけど……
と律子は一瞬思ったが、今はそんなことはどうでもいい。
こうして二人は、島西部の海岸沿いを北上し始めた。

15:30 島村卯月

卯月「……」

目覚めて30分ほど経つが、卯月はその場から動けずに居た。
訳のわからない状況に立たされ、何をどうしていいのかまったく分からず、
未だにただただ武器の説明書と地図を交互に見返すことしかできていない。

今の卯月には何のために地図を見ているのか、
どうすれば事態が進むのか、
そもそも事態を進めるべきなのか、
何も分からない……いや、分からない以前に思考がまともに働いているかどうかすら怪しかった。

そしてそんな卯月の背後から突如、声がかかった。

  「島村卯月ちゃん……よね?」

卯月「わあっ!?」

小鳥「あっ、ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったの!」

卯月「え……あ、いえ! こ、こっちこそごめんなさい!」

そう言って卯月は慌てて頭を下げる。
それを見て小鳥は、努めて優しい声で声をかけた。

小鳥「あの……なんだかずっと動いてなかったみたいだけど、大丈夫?
   もしかして、どこか怪我したの?」

卯月「い、いえ、違うんです。ただ、これからどうしようかなって考えてて……。
   みんなと会いたいんですけど、どうすればいいのか、分からなくて……」

小鳥「みんなっていうのは、346プロの子達よね?」

卯月「あ、はい!」

小鳥「もし良かったらだけど、私も一緒に手伝いましょうか?」

卯月「え……い、いいんですか!」

と、小鳥の提案に卯月はぱっと顔を輝かせた。
そして何の疑いもなく嬉しそうに、

卯月「あ、ありがとうございます! 私、一人で何か考えるのってまだちょっと苦手で……。
   あっ、私、島村卯月です! 346プロで、ニュージェネレーションズっていうユニットで
   アイドルをさせてもらってます! よろしくお願いします!」

まるで今自分が置かれている状況を理解していないかのように
いつもと変わらない調子で元気に自己紹介する卯月。
それを見て小鳥は強く胸を締め付けられるのを感じた。
しかしすぐに取り繕い、薄く笑って自己紹介を返す。

小鳥「私は765プロで事務員をしてます、音無小鳥です。
   えっと、卯月ちゃんって呼んでもいい?」

卯月「はい! えっと、それじゃあ……小鳥さん、よろしくお願いします!」

小鳥「ええ、よろしくね。さて、早速だけど……私はそこの上から階段で降りてきたの。
   それで降りる前にね、向こう側に誰か居るのが見えたのよ」

卯月「えっ!? 本当ですか!」

小鳥「ええ。遠くだったからはっきりとは分からなかったけど、多分346プロの子じゃないかな?」

小鳥が指差した方向は、海岸沿いの北側。
しかし砂浜に立つ崖に遮られ、向こう側は見えない。
確認するには、崖沿いに歩いて向こう側へ行くしかなさそうだ。

卯月「そ、それじゃあ行ってみましょう!
   えっと、すぐ準備しますからちょっと待っててくださいね!」

そう言って卯月は、手に持っていた紙を折りたたみ始める。
と、ここで小鳥がその手を制止した。

小鳥「あっ、待って! その前に、えっと……それ、見せてもらえないかな?」

卯月「? これですか?」

小鳥が指したその紙を卯月は素直に手渡す。
そしてそれは小鳥の考えた通り、卯月の持つ武器の説明書だった。

『散弾銃(ショットガン)』

その文字を見て、小鳥は微かに息を飲んだ。
自分のことを疑うことも警戒することもなかった、この優しく穏やかな少女。
そんな彼女にこの強力な武器が渡ったという事実を、小鳥は幸運に思った。
もし卯月でなければ、この武器は765プロにとって大きな脅威になり得ただろう。

小鳥「卯月ちゃん……これ、今、その鞄の中に?」

卯月「あっ……はい。なんだか怖くて触ってないですけど……。
   私が触ったら、間違えて大変なことになっちゃいそうなので」

小鳥「……あの、一応聞いてみるけど……。
   卯月ちゃん、今自分の身に何が起こってるか分かってる……わよね?」

卯月「え? それは……分かってると思います。
   えっと、酷いゲームに参加させられてるって……」

卯月「でも、大丈夫ですよね! 私一人だとどうしようもないかも知れないけど、
   みんなで頑張れば、きっと家に帰れますよね!」

そう言って笑顔を浮かべる卯月を見て、小鳥は再び胸を痛めた。
卯月は言葉ではそう言っているが、その目には隠しきれていない感情があった。

小鳥は直前まで、卯月の不自然すぎるほどの危機感のなさに違和感を覚えていた。
自分を見てもまったく警戒しようとしなかったこと、
まるで日常の中に居るような明るさ、
銃の存在に大して怯えもせず無関心であるかのような態度……。
しかしこれらの違和感の全てに今ようやく合点が行った。

言ってしまえば現実逃避だ。
殺し合いを強制され、相手を殺さなければ自分も仲間も全員死ぬという現実……。
その点に一切目を向けようとしていない。
それが卯月の今の状態だった。

小鳥「……ええ、そうね。きっとみんなで帰れるわ」

そんな卯月の心情を思い、小鳥は卯月が求めている返事を返した。
そしてそのまま更に言葉を続ける。

小鳥「ごめんね、おかしなことを聞いて。
   それで、えっと……その銃なんだけど、卯月ちゃんの言う通り、
   やっぱり危ないわよね? だから、良かったら私が預かろうと思うんだけど」

卯月「えっ? で、でも危ないですよ? それに結構重たいですし……」

小鳥「だ……大丈夫! こう見えて私、力持ちなんだから!
   それに重たいなら余計、卯月ちゃんは大変でしょう?」

卯月「え、っと……それじゃあ、ごめんなさい。お願いしてもいいですか?」

小鳥「ええ、もちろん!」

卯月「その、ありがとうございます!」

深々と頭を下げて礼を言い、卯月は鞄の口を広げる。
小鳥はその中から散弾銃と予備の弾を取り出して、自分の鞄の中へ入れた。

小鳥「さて……それじゃ、行きましょうか。
   きっと今からなら追いつけるはずよ」

卯月「はい、行きましょう!」

そうして二人は崖の向こう側を目指し、
東側の海岸を北上し始めた。

15:30 前川みく

みく「あのー! 誰か居ませんかー!」

扉を開けてそう呼びかけるのも何度目か。
家屋はあれど人の気配はまったくない。
この村はどうやらもう長く人は住んでいないようだと、
みくが薄々感じていた予感は確信に変わり始めていた。

みくが目覚めたこの場所は、村というより集落に近かった。
しかしみくが考えている通り、もう何年も人は住んでいない。
というより、この島自体が無人島と化してから長い。

人が居ないなら、何か別のものを。
はっきりとした目的は定まっていないが、みくは探し物を変更して探索を続けることにした。

それからしばらく経ったが、やはり大したものは見つけられなかった。
成果と言えばただ野宿するよりはマシな場所を見つけた、という程度だ。
それも探索の成果ではなく自分がたまたまそこに配置されたからに過ぎない。

しかし、みくはこれを幸運と考えていた。
地図にははっきりとこの集落が示してある。
島にはもう一箇所、ここから南東の辺りに集落があるようだが、
もしかしたら誰かこちらを目指してやって来てくれるかも知れない。
そうすれば、これから先の行動を相談できる。

ただ出来れば346プロのアイドルの方が……。
と思うが早いか、その時は訪れた。

  「み、346プロの人だよね……?」

みく「っ!?」

突然横から話しかけられ、慌ててそちらを向く。
するとそこに立っていたのは、

美希「あ、あの! ミキ、星井美希だよ! は、はじめましてなの!」

みく「へっ? あ……み、美希ちゃん!?」

美希「! ミキのこと、知ってるの……?」

みく「知ってるよ! だってテレビでよく見るもん!」

美希「わあ、嬉しいの! でもミキも知ってるよ! えっと……前川みく、だよね!」

みく「ほ、ほんと!? 美希ちゃんがみくのこと知ってるなんて、すごく嬉しい!!」

美希「あれっ? でも言葉遣いがちょっと違うような……。
   あんまり『にゃあ』って言わないんだね」

みく「えっ? そ、そんなことないにゃ! みくは可愛い猫ちゃん目指、し……」

状況を忘れさせるような盛り上がりを見せていた二人だが、
皮肉にもその時の会話が、みくに思い出させた。
目の前で大好きな猫が爆死させられた、あの光景を。
そして自分たちが置かれている現状を。

美希「……? みく? 大丈夫?」

みく「あ……う、うん。ごめんね、大丈夫……」

美希「なんだか顔色が悪いの……。ちょっと座った方がいいって思うな」

みく「う、ううん、大丈夫。ありがとう……」

美希「……やっぱり、そうだよね。こんな訳わかんないことになって……」

そうして二人とも黙り込んでしまう。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。
そう思い、みくは顔をあげた。

みく「美希ちゃんも、こんなゲーム絶対嫌だよね? 殺し合いなんて、しないよね?」

美希「そ……そんなの当然なの!」

みく「みくも同じだよ……殺し合いなんて絶対に嫌……。
  だからみくは、何か別の方法を探すことにしたの!
  美希ちゃんも手伝ってくれるよね! まずこの近くに何があるか見てみようよ!」

美希「近くに、何があるか……? 何か見つけたら、解決できるの!?」

みく「え、えっと、それはまだ分かんないけど……。でも、きっと……」

美希「あ……。うん、そうだね! ミキもそう思うの!」

そう言って美希が見せた嬉しそうな笑顔を見て、みくも同じように笑顔になる。
それと同時に、持ち前の明るさが少しではあるが戻ったようだ。
敢えて明るく振舞おうとしているというのもあるかも知れないが、
少なくとも見た目には普段のみくに戻りつつあった。

みく「よーし、やってやるにゃ! 絶対解決策を見つけてやるにゃー!」

美希「あはっ! 本当に『にゃあ』っていうんだ。なんだか可愛いの!」

みく「えへへっ、当然にゃ!」

いつもと変わらぬ様子の美希に、元気にそう返すみく。
そしてみくは足元に下ろしていた鞄を持ち、肩にかけた。

みく「じゃあみくは、あっちを探すね!
  何かあったら呼ぶから、美希ちゃんも呼んでにゃ!」

美希「うん、ありがとうなの!」

笑顔でお礼を言う美希に、みくは同じく笑顔を向け、それから背を向けて歩き出す。
美希はほんの少しその背中を見つめてから、反対方向に歩き出した。

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します。
あと>>89できらりの武器が散弾銃になってますが、短機関銃の間違いでした。

15:40 新田美波

伊織「止まりなさい!!」

美波「ッ……!」

こちらに気付いた伊織の悲鳴にも似た叫びに、美波は足を止めざるを得なかった。
双方の間にはまだ数十メートルは距離がある。

伊織は明らかに美波のことを警戒している。
それに気付いた美波は、大声で敵意のないことを伝えた。

美波「だ……大丈夫! 私はあなたと戦うつもりはないわ!
   ただ協力しようと思ってここまで来たの!」

しかし伊織はまったく警戒を解く気配を見せず、叫び返す。

伊織「その手に持っている物は何!? 支給された武器でしょ!?」

美波「武器……? ち、違うわ! 武器なんて持ってない!
   これは探知機よ! 他の子たちの居場所が分かるの!」

伊織「……!」

美波に支給されたものは、アイドル達の居場所が分かる探知機。
それを聞き伊織は表情を変えた。
警戒の色を僅かにではあるが弱め、そしてゆっくりと美波に向かって歩みを進める。
美波は取り敢えずは信用してもらえたことに安堵し、
同じように伊織に向かって歩き始めた。

徐々に二人の距離は縮まり、10メートルを切った。
伊織は相変わらず警戒心を顕にしているが、
美波は歩を進めながら出来るだけ優しく、穏やかに声をかける。

美波「あなた、水瀬伊織ちゃんだよね? 竜宮小町のリーダーの……」

伊織「……待って」

と、伊織はここで再び美波を制止した。
美波は素直に従って足を止める。
そして伊織は数メートル先の美波に、静かに言った。

伊織「その探知機、こっちに投げてもらえる? 確認しないと信用できないわ……」

美波「……もちろん、良いわよ。それじゃあ投げるね?」

美波は下手でそっと探知機を伊織の胸元めがけて投げ、
伊織はそれを落とすことなく受け取った。

美波「右側にスイッチが二つあって、それでズームインとズームアウトが出来るの。
   探知できるのは半径300mくらいまでみたいだけど、
   765プロの子と346プロの子で色分けがされてあって分かりやすいわ」

伊織「……」

説明を聞き、伊織は美波を気にしながらも目線を手元に下ろす。
そして探知機を色々と操作した後、再び美波を見て、静かに言った。

伊織「本当に探知機みたいね。それじゃ、お返しにこれを渡すわ」

そう言って伊織は鞄から何か円筒状の物を取り出す。
伊織の言葉を聞いてすぐに構えた美波だったが、

美波「えっ……!」

伊織はそれを美波の胸元へ向けて真っ直ぐではなく、大きく弧を描くように高く投げた。
思わず美波はそれを目で追い、落とすまいとして注視する。
だから気付くことができなかった。
投げた直後、伊織が耳を塞いでうずくまったことに。

伊織の投げたそれが放物線を描き落下し始めたと思った、次の瞬間。

美波「ッッ!!??」

辺り一帯を覆い尽くすほどの強烈な光と爆音が、美波を襲った。

『音響閃光手榴弾(スタングレネード)』

屋外では効果が薄れると言われるこの武器だが、
それでもただの女子大生を一時的に行動不能にするには十分な効果を発揮した。
突然の脅威から身を守ろうと、
美波は呼吸すら忘れてただ体を丸めて身を固くすることしかできなかった。

しばらく経って恐る恐る目を開けた時には、伊織は既に姿を消していた。
強い光を直視したせいでまだ視界がはっきりとしない。
追いかけるのは不可能だった。

美波は少なからずショックを受けた。
何にショックを受けているのか、それは自分でも分かっていない。
ただ視界の不良を差し引いても、しばらく動く気にはなれそうにないと美波は感じた。

しかしそれから長くは待たず、美波の表情に落ちた影は取り払われた。

アーニャ「美波っ……美波!!」

背後から聞こえたその声に振り向くより先に、
座り込む美波の目の前にアナスタシアが半ば倒れこむようにして回り込んできた。

アーニャ「美波、Ты в порядке!?」

美波「えっ?」

アーニャ「Что случилось!?  Есть ли какие-травмы!?」

美波「ア、アーニャちゃん、ちょっと……!
   私は大丈夫だから、お、落ち着いて? ね?」

アーニャ「あ……ご、ごめんなさい。えっと、大丈夫、ですか!?
     美波、怪我はないですか!? 何がありましたか!?」

アーニャ「いきなり大きな爆発、聞こえました!
     私、見に行ったら、美波が居ました! 倒れてるの、見ました……!」

美波「あ……う、うん。でも大丈夫、びっくりして倒れちゃっただけ。
   どこも怪我はないから、心配しないで?」

泣きそうな顔で声を荒げるアナスタシア。
そんな彼女をまずは安心させなければと、美波は優しく微笑みかけた。
アナスタシアをそれを見てようやく少し落ち着きを取り戻したらしく、
今度は確認するように静かに聞いた。

アーニャ「ほ、本当、ですか? 怪我、してないですか?」

美波「ええ、本当よ」

アーニャ「っ……美波!!」

美波「きゃっ!?」

アーニャ「Я рад……! 安心しました、私、美波に何もなくて……!」

無事を確認した途端、アナスタシアは勢いよく美波に抱き着いた。
美波には表情は見えなかったが、直前の表情と声色から、
彼女が涙を流していることは分かった。
抱き着かれた瞬間は驚いた美波だったが、すぐに両手をアーニャの背に回して抱き返す。

美波「ありがとう、アーニャちゃん……。ごめんね、心配かけちゃって」

アーニャ「謝ること、ないです! 私、嬉しいですから……!」

それからもう少しだけ二人は互いの温もりを確認し合った。
しかしそうしてばかりは居られないのも事実。
美波はアナスタシアの肩に手を置き、体を離して言った。

美波「アーニャちゃん……。まずは確認させて欲しいことがあるの」

アーニャ「? なんですか……?」

美波「今私たちがどういうことになってるか、理解はできてる?
   眠らされる前の説明、ちゃんとわかった?」

アーニャ「あ……。Да、わかりました。
     私たち、765プロの人達と、えっと……殺し合い、するんですね?
     負けた時と、ничью、引き分けの時は、みんな死ぬ……ですね」

美波「うん……それでね。私、人殺しなんてそんなの絶対嫌だから……。
   さっき765プロの水瀬伊織ちゃんに会って、それで、一緒に協力しようと思ったの。
   でも、逃げられちゃった……。伊織ちゃん、映画に出てくるような、
   光と音が出る爆弾を持ってて、それで……」

アーニャ「……Такой……そんなことが、あったんですね……。
     私、見たことあります。イオリ……中学生のアイドルです」

美波「あの子、完全に私のことを、346プロのことを敵だって思ってた……。
   もしあの子が人を傷つける武器を持っていたら、使ってしまうかも知れないわ。
   ううん、あの子じゃなくても、他にもそんな子が居るかも知れないって……。
   そう思ったら、私……」

アーニャ「美波……」

自分の肩に置かれる美波の手が震えている。
アナスタシアはそれに気付くと、そっと美波の手に自分の手を重ね、
それから自分の胸元で彼女の手をぎゅっと握った。

アーニャ「大丈夫です、美波」

美波「え……?」

アーニャ「協力してくれる人、きっと居ます。私、一緒に探します。
     それから、もしも美波に酷いことをする人が居たら、私が守ります。
     だから美波? 怖がらないで。私たち、ラブライカ……ずっと一緒です」

美波「……アーニャちゃん……!」

優しく心強いアナスタシアの言葉。
それを聞き、美波は笑顔でアナスタシアの手を握り返した。
その時にはもう美波の手は震えてはいなかった。

アーニャ「そう言えば、美波? 私、美波に聞きたいことあります」

二人で手を握り合って少し経った後、
不意に思い出したようにアナスタシアは美波に聞いた。

アーニャ「美波、武器はなんですか? 私は、これが入ってました。
     見たことないですが、強そうです。これならきっと、美波のこと守れます」

そう言ってアナスタシアは鞄から武器を取り出した。
武器自体は美波も見たことはなかったが、その如何にも攻撃的な形状に少し物怖じした。

美波「……こ、これが、アーニャちゃんの……?」

アーニャ「Да……. ここに、色々と書いてあります」

次いでアナスタシアは説明書を取り出し、美波に手渡す。
見るとそこには、美波が武器の形状から抱いたイメージとは少し違う名称が記されていた。

『モーニングスター』

美波がこの名前を見たのを確認し、アナスタシアは呟くように言った。

アーニャ「Утренняя звезда……朝の星、という意味ですね」

そういう意味ではアナスタシアにお似合いの武器かも知れない。
しかしそれでも見た目は武器そのもの、用途は当然人の殺傷である。
美波は親友が自分のためにこんな武器を使おうとしていることを辛く思った。
が、アナスタシアは困ったようなぎこちない笑顔で続けた。

アーニャ「名前は、好きです。でも、形はとても怖いです。
     でも、あー……だから、みんなも、怖がると思います。
     атака、攻撃してきた人も、逃げてくれると思います」

美波「! ……そっか、そうだよね。使わなくても、きっと……」

アーニャ「Да. それで、美波の武器はどうですか? 怖い武器ですか?」

美波「私は探知機……えっと、人を探す機械だったんだけど。
   さっき伊織ちゃんに持って行かれちゃって……」

アーニャ「あ……そう、ですか。でも、大丈夫ですね?
     二人で一緒に、探しましょう。協力してくれる人、きっと見つかります」

美波「うん……そうだよね!」

アーニャ「では、行きましょう。
     私は、маяк……灯台に行ってみたいですが、
     美波、どこか行きたいところはありますか?」

美波「灯台……島の北側にあった灯台ね? 私もそこでいいと思うわ」

美波は地図を広げ、灯台の位置を確認する。
自分とアナスタシアが歩いてきた道を戻ることになるが、
灯台ならひょっとすると何か得られるものがあるかも知れない。
そう思い、二人は島北部の灯台を目指すことにした。

これで取り敢えず15時台に誰かに出会ったアイドル達は全員です
15時台で他に気になるアイドルが居れば何人か様子を書きます

特に無ければ今日はこのくらいにしておきます
次の更新は年明けになります

15:00 双海真美

真美「っ! あ、亜美……亜美ぃーーーーーーーーッ!!」

目が覚めた真美の最初の行動は、
状況を整理するでもなく、鞄を探るでもなく、双子の妹亜美を呼ぶことだった。
そしてそれは、向こうも同じだった。

真美「……!」

確かに聞こえた。
毎日聞いているあの声が、自分の名前を呼ぶ声が、自分の声に重なって確かに聞こえた。
そう確信した真美は二度目を叫ぶことなく走り出した。

声がした方向に向かって一直線に走る。
するとほんの少し走ったところで、正面に鏡が置いてあると思えるほど
まったく同じようにこちらへ走ってくる影が見えた。

亜美「真美!」

真美「亜美!」

双子の姉妹は同時に互いの名を呼び、
そしてそのまま走り寄り、飛びつくようにして抱き合った。

真美「亜美ぃ! どうしよ、どうしよ……!」

亜美「そ、そんなの分かんないよ! 真美も考えてよー!」

涙目になりながら二人でとにかく混乱を共有する亜美と真美。
だがいつまでも混乱しているわけには行かない。
ここで先に話を切り出したのは亜美だった。

亜美「ま、まずは『情報のキョーユー』からだよ!
   困った時はそうしろってりっちゃんが言ってた!」

真美「じ、情報のキョーユー?」

亜美「亜美が知ってることと真美が知ってることを二人で教えあうんだよ!」

真美「で、でもそんなの同じじゃん! 亜美も真美も、完璧に同じ状況っしょ!?」

亜美「うっ……そ、そうかもしんないけど、でも……!」

亜美がせっかく律子から教わった手もいきなり塞がったように思えた。
しかし今度は真美が気付く。
自分たちに同じではないものがあるということに。

真美「あっ……ま、待って亜美! そう言えば鞄!
   鞄にはみんな違うものが入ってるって言ってた!」

亜美「! そ、そうだ! じゃあ鞄を……あれっ!?」

真美「そ、そうだ! 鞄、さっきのとこに置いてきちゃったんだ!」

亜美「早く取りに戻らなきゃ! 真美、あとでね!」

真美「亜美もあとでね!」

二人は互いにそう言い残し、背を向けて同時に走り出した。

そして数十秒後。
二人は無事に再会できた。
状況を考えると荷物を取りに行く間にも何が起きるか分からなかったが、
互いの距離が近かったことが幸いした。

二人は先ほどと同じ場所で今度は座り込む。
そして鞄を開け、その中身を確認した。

とは言っても確認が必要だったのは真美の方だけだった。
亜美はその鞄から既に武器が半分近くはみ出していた。

亜美「やっぱりそうだ……。これ、ゴルフのやつだよね? 真美のは?」

真美「真美はこれ……。っていうかこんなの説明書いらないじゃん!」

『ゴルフクラブ』と『鎌』

それが亜美と真美に支給された武器だった。
そしてこれらにも例に漏れず説明書が添付されている。

亜美「そーだよ! っていうかなんでこんなの入ってんの!?」

真美「意味わかんない! 真美たちのこと馬鹿にしてるっぽいよ!」

何の変哲もないただのゴルフクラブと草刈用の鎌。
それにわざわざ説明書が付けられていることに対し二人は憤慨する。
そして二人とも、なぜここでゴルフクラブと鎌が支給されているのか理解できていなかった。
つまり、人を殺すためにこれらの道具を使うという発想がそもそも無いのだ。

しかしそんな無知で無邪気な子供で居ることを、
この懇切丁寧な説明書は許さなかった。

真美「……ま、待って、え? な、何、書いてんのコレ……?」

亜美「な、何これ……。やだよ、亜美、そんなのやだよ……!」

ゴルフクラブで、あるいは鎌で、どのようにすれば人を殺すことができるか。
説明書には殺人の方法が亜美と真美にも分かりやすい文章で丁寧に書かれていた。

読み進めるうちに二人は否応なしに現状を再認識させられる。
自分たちは今、殺し合いゲームに参加しているのだと。

真美「や……やだ!! 真美、こんなの絶対いや!!」

亜美「あ、亜美だってやだよ! 人殺しなんてしたくないもん!!」

真美「亜美、作戦会議だよ! これからどうすればいいのか考えなきゃ!」

亜美「うん! 人なんか殺さなくてもいいように考えよ!!」

絶対に人なんか殺したくない。
その確固たる意思を以て、これからどう行動すべきか。
亜美と真美はまず二人でそれを考えることから始めた。

15:02

あずさ「っ……」

鞄の中の説明書を読むうちに、あずさは手が震え始めるのを感じた。

鞄を開けた時にプラスチックのような容器に入った液体が初めに見え、
何の気なしに蓋を開けてみた。
するとその瞬間に強い臭いが鼻をつき、慌てて蓋を閉めた。
そして次に手に取った説明書には、大きな文字でその液体の名が書いてあった。

『フッ化水素酸(フッ酸)』

あずさにとって聞いたことがあるような無いような名前だったが、
まず間違いなく危険な薬品か何かであることは分かった。

そして説明書を読み進めると改めて確信に変わった。
間違いなく一般人が手にしていい薬品ではない。
あまりにも危険すぎる。

あずさは一瞬、ここに置いていってしまおうかと考えた。
しかし万が一、誰かがこの薬品を見つけたら。
誤って害を被ってしまったら。
そう考えると、自分がこの手で持ち運んだ方が
他のみんなにとっては危険が少ないのかも知れない。

しばらく悩んだ結果、あずさはその薬品を鞄の中に閉まった。
そして立ち上がり地図を持って歩き始めた。
ここからなら海が近いはず。
一度海に出て、海岸沿いを歩いてみよう。

あずさはそう決め、歩き出した。

15:45 神崎蘭子

蘭子「……!?」

どこか遠くから聞こえた大きな音。
それを聞き、蘭子は初めて顔を上げた。
そしてこれが彼女にとってある意味最大の幸運でもあった。
蘭子は目が覚めてからの数十分間ずっと蹲っており、
この音が無ければずっとその体勢のまま動かなかったかも知れない。
もしそうなれば一時間以上同じエリアに留まっていたこととなり、蘭子は死んでいた。

しかし今、蘭子はそのルールを思い出した。
時計を見て、慌てて立ち上がる。
そして鞄を持ち、取り敢えず今いるところから離れることにした。

少し走ったところで地図を広げる。
ここで初めてしっかり地図を見た蘭子だが、一つのエリアは案外狭いらしい。
それならばもう安心だろう。
そう思い、蘭子は一人ホッと胸をなで下ろした。

だが安心している場合ではないことは本人も十分に分かっている。
これからの行動を考えなければならない。
蘭子は地図を見、そして目に付いたのが集落だった。

集落は二箇所にあるようだが、
ここからならまっすぐ西に進んで行ける方が分かりやすいかも知れない。

蘭子は混乱しながらも考え、そう判断した。
そうして蘭子は二つある集落のうち、北西側にある方を目指して歩き始めた。

16:50 萩原雪歩

雪歩「はあっ、はあっ、はあっ……!」

ほんの少し前まで進んでいたのとは丸っきり向きを変え、雪歩は半泣きで走っていた。
その目線は進行方向と手元とを忙しく行き来している。
そうしてしばらく走り続けた後、ようやく雪歩は足を止めた。
息を整えながら、やはり手元に目をやる。

雪歩の手元には、10分ほど前まで美波が持っていたのと同じ物が握られていた。
探知機は765側と346側にそれぞれ一つずつ支給されており、
765側でそれを引き当てたのが雪歩だった。
そしてこの探知機こそが、雪歩がたった今全力疾走した理由だった。

15:50 萩原雪歩

雪歩「はあっ、はあっ、はあっ……!」

ほんの少し前まで進んでいたのとは90度向きを変え、雪歩は半泣きで走っていた。
その目線は進行方向と手元とを忙しく行き来している。
そうしてしばらく走り続けた後、ようやく雪歩は足を止めた。
息を整えながら、やはり手元に目をやる。

雪歩の手元には、10分ほど前まで美波が持っていたのと同じ物が握られていた。
探知機は765側と346側にそれぞれ一つずつ支給されており、
765側でそれを引き当てたのが雪歩だった。
そしてこの探知機こそが、雪歩がたった今全力疾走した理由だった。

海岸で目覚めた雪歩は、やはりしばらくは恐怖で動けずにいた。
しかしこのままでは駄目だと思い立ち、その場を動くことを決意した。

そしてまずは集落に向かおうと島の中心部を目指して歩き始めたのだが、
ふと手元の探知機に目をやった途端、雪歩の心臓は跳ね上がった。
自分が今まさに進んでいるその先に、346プロのアイドルを示す印が表示されていたのだ。
しかも、自分の居る方へ向かって進んでいるようだ。

探知機を見るのが遅かったため、かなりの接近を許してしまっている。
そのことに気付いたと同時に、雪歩は向きを変えて走り出した。
とにかく恐怖に頭を支配され、必死に走り続けた。

そして今に至る。
これからどうするべきか、雪歩は必死に考えた。
結果、やはり集落を目指すことに決めた。
ただし先ほど探知機に映った者との遭遇を避けるため、思い切り遠回りをして。

しかし今にも、もしかしたらその人がこちらに歩いてきているかも知れない。
そう思い、雪歩は探知機を気にしつつ再び早足で歩き始めた。

今日はこのくらいにしておきます
>>165の名前欄は消し忘れただけなので気にしないでください

名前が出た中でしばらく大きな変化(出番)がなさそうな三人を書きました
次の更新はさっきも書いたけど年明けになります
日にちは未定です

開始一時間でアイドル達がどう移動したか一応貼っておきます
あくまで大体の目安なので後で何かおかしいところが見つかったら
修正したりしなかったりするかも知れません
http://i.imgur.com/VYMwsbt.png

16:00 天海春香

海沿いを歩きながら、春香は20分ほど前に聞こえた音のことを考え続けていた。
距離が遠くまた波の音に混ざっていたためはっきりとは分からないが、
何かが爆発した音のように聞こえた。

爆発音ではないか。
一度そう思ってしまうと、想像はどんどん嫌な方向に進んでいく。

爆弾の音だったのかも知れない。
誰かが爆弾を使ったのかも知れない。
だとしたら誰が、何のために?
まさか本当に戦ってるのか。
じゃあ誰と誰が?
爆弾で誰か死んでしまったのか。
誰が死んでしまったのか……。

一歩歩くごとに嫌な想像が頭の中を駆け巡る気がする。
ただ歩いているだけなのに心臓が早鐘を打つ。
そしてしばらく歩いた後、その心臓は一際大きく跳ね上がった。

  「春香……?」

突然のその声に、春香はほとんど反射のように顔を向けた。
まず目に映ったのは防波堤とその向こうに広がる海。
声はどうやら防波堤の下から聞こえてきたらしい。

視界を遮る壁はそう高くない。
春香は聞き覚えのあったその声の主を確かめるべく、
急いで壁の上から身を乗り出して下を見た。
するとそこに居たのは、

千早「やっぱり、春香だった……!」

千早「下から春香の頭とリボンが見えて、もしかしてと思ったけど……」

安心したようにそう言ってこちらを見上げる親友の顔を見て、
春香の感情は一気に高ぶった。
返事をすることも忘れ、勢いをつけて壁に上り、そして、

千早「ちょっ、春香!? 危な……きゃっ!?」

2メートルほどの高さから、千早に向かって飛び降りた。
千早は慌てて春香の体を受け止めたが、当然落下の勢いのままに砂浜に倒れこむ。

千早「も、もう! どうして急に飛び降りたりなんか……」

倒れたままの態勢で、自分にしがみついている春香を軽く叱ろうとした千早。
しかし春香の様子がいつもと違うことに気付いて、言葉を飲み込んだ。

春香「千早ちゃん、良かった……! 千早ちゃん……!」

千早「春香……」

自分の胸元に顔を押し付けたまま涙声で安堵の声を漏らす春香。
千早は初めて見る春香の姿にどうしていいか分からず、ただ黙って春香の頭を見続ける。

しかし泣いている親友をこのまま見ていることしかできないのも嫌だ。
そう思い千早は、右手を春香の肩からゆっくりと、頭へと移した。
そしてそのままぎこちなく、春香の頭を撫でる。

春香「……千早ちゃん……?」

髪に触れるその感覚に、春香は千早の胸から顔を上げた。
涙目ではあるが既に泣き止み、きょとんとした目で千早を見つめる春香。
そんな春香の反応に、千早は慌てて頭から手を離した。

千早「あっ……ご、ごめんなさい。
   その……どうすればいいか、分からなくて……。」

千早「春香に、えっと……同い年の女の子に抱き着かれて泣かれるなんて初めてで、
   だから、その……。……い、嫌だったかしら。ごめんなさい……」

しどろもどろと一生懸命弁解する千早。
そして最後にはなぜか落ち込んでしまった。
それを見て春香はほんの少し間を置いたあと、にっこりと笑った。

春香「ううん……ありがとう、千早ちゃん。
   おかげですっごく落ち着いた! もう大丈夫だから心配しないで!」

千早「そ、そう? だったら良いんだけど……」

春香「それから、ごめんね。いきなり飛びついちゃって……。怪我してない?」

千早「あ……いえ、良いの。気にしないで。でも次からは気を付けた方が良いわね。
   いくら砂浜とは言っても、やっぱり危ないから」

すっかりいつも通りの調子を取り戻したような二人。
だが当然状況はいつも通りではない。
春香が元気になったし互いに怪我も無いのなら、
と千早は表情を改めて話題を変えることにした。

千早「それより、春香。少し前に、遠くで何か音が聞こえなかった?」

春香「あ……う、うん。すごく、大きな音だった……」

千早「そうね……。何か、爆発音のように聞こえたわ」

春香「だ、誰か、戦っちゃってるのかな……。
   あ、あの爆発で誰か、死んじゃったのかな……!?」

千早「春香、落ち着いて。悪い方に考え始めたらキリがないわ……。
   それより、これからどうするか考えましょう」

春香「あっ……そ、そうだね。ごめん、また私取り乱しちゃって……」

春香は千早の言葉を受け、再び冷静さを取り戻すことができた。

そうだ、悪い想像ばかりしていても仕方ない。
ここは最大限ポジティブに考えて、今やるべきことを優先しよう。

春香「えっと……これからどうすればいいか考えるんだよね!
   私はね、まずはみんなで集まったほうが良いと思うんだ」

千早「みんなというのは……765プロのみんな?」

春香「本当は346プロの子たちも集まれれば一番良いんだけど、
   それはもしかしたら難しいかも知れないから……。
   取りあえずは765プロのみんなで集まって、できたら346プロの子達も一緒で、
   それでみんなでどうすれば良いか考えようよ!」

千早「……そうね。私も賛成よ。みんなで考えれば良い案が思い浮かぶかも知れないし。
   ただやっぱり……万が一のことも、考えておいた方が良いと思うの」

春香「え……? ま、万が一って……」

千早「……346プロの子が襲ってきた時、どうするか。一番に考えるのは説得でしょうけど、
   もしそれが駄目だった時……。逃げるか、戦うか……早く決めておかないと、
   きっと後悔することになると思う」

「そんなことはない」「襲ってくる子なんて居るはずない」
少し前までなら春香は恐らくそう答えただろう。

しかし、どうしても忘れがたいあの爆発音のことがある。
ポジティブに考えようとはしているものの、それで他の可能性が消えるわけではない。
春香も当然そのことは分かっており、無責任に「大丈夫」とは言えず視線を落としてしまう。
そしてそのまま黙り込んでしまうかに見えたが、数秒後、春香は搾り出すように答えた。

春香「……私は、本当は逃げたい。でも、もし逃げられなかったり、
   逃げたせいで他の誰かが襲われたりしたら……」

春香「だから私は、戦った方が良いと思う……。
   で、でも殺したりするんじゃなくて、気絶とか、動けないようにするっていう感じで……」

恐らくこれまで春香が口にしたことのない、精一杯の「攻撃的」な言葉。
それでも悪く言えば中途半端で、声にも不安や辛さがにじみ出ている。
しかし千早はこれを聞き、表情を変えずに頷いた。

千早「私もそうするべきだと思う。攻撃する意思のある人を放ってはおけない。
   なんとかして説得を続けるにしても、無力化してからでないと駄目だと思うから。
   ただもちろん、相手の武器によるけれど……」

と一瞬思案するように目を逸らした千早だったが、
春香が何か言う前に再び視線を戻した。

千早「春香、あなたの武器を教えてもらえるかしら。
   戦うのに適したものだといいんだけど……。私は少し、頼りない物だったから」

そう言って千早は足元に視線を落とす。
春香がその視線を追うとそこには、先端の無いモップが落ちていた。
千早はそれを拾い上げ、困ったように言う。

千早「他のみんなもこの程度なら良かったんだけど、
   あの爆発音を聞く限りそれは少し楽観的過ぎよね……。
   だから春香、あなたの武器を教えて欲しいの」

春香「あ、えっと、それが……」

千早の質問にバツの悪そうな表情を浮かべる春香。
そして申し訳なさそうに、小さな声で言った。

春香「お、置いてきちゃって……。怖かったし、絶対使わないって思ったから……」

千早「え? 置いてきたってどこに……?」

春香「あの灯台が私が目が覚めたところなんだけど、そこに……」

そう言って春香は離れたところに見える灯台を指さした。
千早はチラと灯台を見、再び春香に視線を戻す。

千早「……それで、何だったの? 春香の武器って」

春香「毒入りの……ちょ、ちょっと待ってね。えっと……」

口で説明するよりその方が確実と思ったのか、
春香は鞄の中を探って武器の説明書を取り出して千早に手渡した。
そして千早はそれを読んだ途端、嫌な想像が頭をよぎった。

『水・食料(毒入り)』

本来の水と食料とは別に配られた、毒入りのもの。
それが春香の武器だった。

春香「一応見分けは付くように小さく目印は付いてるみたいなんだけど、
   なんだか私、間違っちゃいそうで……。
   それに使うつもりも無いんだから、ってそう思って置いてきちゃったんだ……」

積極的な攻撃のためでも自衛のためでもない、明らかに騙し討ちを想定した武器。
春香が絶対に使わないと判断したのも頷ける。
しかし……

千早「す……捨てたんじゃなくて、置いてきたの? 灯台のどこに……?」

春香「えっ? えっと、一階にあったテーブルの上、に……。ッ!!」

ここでようやく春香も気付いた。
そう、それが毒だと知っているのは今ここにある説明書を読んだものだけ。
つまり何も知らない者がそれを見つけた場合どうなるか。
可能性としては決して高いとは言えないだろうが、しかし……。

千早「急ぎましょう。最悪の事態が起こってしまわないとも限らないわ……!」

春香「そ、そうだね! 急ごう!」

言葉も少なに、二人は灯台に向かって走り出した。

16:00 渋谷凛

波の音が聞こえ、更に歩くと木々の隙間から海が見えた。
しかし凛は焦らず、先ほどまでと変わらず慎重に進む。

今からちょうど一時間ほど前……目が覚めた直後に聞こえた声。
あの声を頼りに歩いた先に居たのは、765プロのアイドルが三人。
遠目でしかも多くの障害物越しだったため
はっきりとは見えなかったが、何か話し合っているようだった。

内容までは聞き取れなかったが、
武器を手にして険しい顔つきで話すその様子を見て積極的に接触しようとは思えなかった。
あまり考えたくはないが、その三人は既に覚悟を決めてしまっている可能性だってあるのだから。

凛はそう思い、彼女らと距離を取ることに決めた。
そして間違って発見されてしまわないよう、
また他の765プロのアイドルに接触してしまわないよう、
慎重に歩みを進めて今ようやく海岸へとたどり着いた。

視界が開け、凛はほっとため息をつく。
左右の見通しはよく、これなら森の中のように神経を張り詰める必要はなさそうだ。

そんな風に一瞬思った凛だったが、
海岸に出てふと森を振り返るとその楽観的な考えはすぐに消えた。

そうだ、もし今あの森の中に誰かが居ても、自分は多分気づけない。
でも向こうからは、自分の姿は丸見えなんだ。
これはひょっとすると森の中を進んだほうが安全かも知れない……。

と、再び森に戻ろうと早足気味に歩き出した凛。
しかし直後その足は、また視線は、ぴたりと止まった。

自分と同じく森から出てきた者の姿が少し離れたところに見えた。

凛は一瞬身を固くしたが、それが誰かを確認してすぐに力は抜けた。
次いで、向きを変え小走りにそちらの方へ駆け出す。
ある程度距離が縮まったところで、凛は少し声を張って名を呼んだ。

凛「智絵里!」

智絵里「っ! り、凛ちゃん……!」

唐突に名を呼ばれ、智絵里は一瞬怯えたようだったが
すぐにその表情には安堵の色が浮かぶ。
そして彼女も凛の方へと駆け寄った。
と、ここで凛は智絵里の右手に光る物に気が付いた。

彼女の小さな手に握られたそれは、どう見ても拳銃だった。

智絵里「凛ちゃん、わたし、わたし……!」

凛「う、うん、大丈夫。大丈夫だから……」

凛の元へ着いた智絵里は喜びからか現状への不安からか泣き出してしまう。
凛は彼女の右手が気になってはいたが、取りあえずは智絵里が泣き止むのを待つことにした。

しばらく寄り添い、声をかけたり背中をさすったりするうちに、
ようやく智絵里は会話を出来る程度には落ち着いた。

凛「もう平気? 話せそう?」

智絵里「う、うん……ごめんなさい」

凛「良かった……。じゃあ、早速聞きたいんだけど……それってやっぱり、本物なの?」

凛の視線を追うように智絵里も手元に視線を下ろした。
そして凛の言う『それ』が、自分が握り締めている銃を指しているのだと気付く。

智絵里「あっ……。そ、そう、本物みたい……」

凛「……あの、さ。それ、入れ物とか無いの?
 危なくない? そんな風にずっと手に持ってたら……」

智絵里の持つ銃に気付いてから、凛はずっとそれが気がかりだった。
見たところトリガーに指はかけておらず、
五指でグリップを握り締めるような形になっているから
うっかり発砲してしまう可能性は低そうではあるが、それでも気になるものは気になる。
普通こういうものはホルダーか何かに入れておくものでは……
と凛はそう考えていたのだが、智絵里は首を横に振った。

智絵里「入れ物みたいなのは無くて……。
    それに、危ないのは分かってるんだけど、でも……怖くて……」

智絵里が怖いと言っているのは拳銃のことではない。
言葉は少なかったが、文脈的にも心情的にも十分それは理解できた。

もちろん智絵里は引き金を引くつもりなどないし、
誰かを傷つけたいとも思っていない。
しかしこの異常な状況下で自分の身を守ってくれる
唯一の道具を手放せるような性格でもなかった。

またそれは凛も同じである。
彼女も移動の間中ずっと、鞄の中にあったサバイバルナイフを手放せないでいた。

凛「……わかった。取り敢えずそれはそのまま持っといて良いとして、まず移動しようよ。
 実はさっき向こうの方で765プロの人達を見たんだ。
 あんまり考えたくないけど万が一ってこともあるから、逆方向に行きたいんだけど……」

智絵里「な、765プロの人……!? う、うん、じゃあこっちに行こう!」

こうして二人は765プロのアイドル達……響、貴音、やよいの三人から離れるように、
島南側の海岸近くを西へと進むことにした。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します

16:00 星井美希

美希「みくー! ここに居るのー?」

美希は玄関に脱いである靴を見て、中に居るであろうみくに大きく声をかけた。
すると奥から返事が聞こえ、すぐにみくが姿を現す。

みく「はーい! 美希ちゃんどうした……わっ!?」

美希「? どうかしたの?」

みく「び、びっくりしたにゃ……。美希ちゃん、バットずっと持ち歩いてるの?
  逆光で美希ちゃんのシルエットが完全に不審者だったにゃ……」

美希「えっ? あ、えっと……バット、色々便利だよ?
   ミキすぐ疲れちゃうから、杖がわりにできて助かるの!
   っていうか不審者なんて失礼だと思うな!」

みくの発言に対しふくれっ面で怒ってみせる美希。
しかし本気で怒っているわけではないことはすぐ分かり、みくは笑いながら謝った。

みく「えへへ、ごめんにゃ。それで、どうしたの? あっ、もしかして何か見つかった!?」

美希「違うの。ミキが探してた辺りの家はもう探し終わっちゃったから、
   みくはどうかなーってこっちを手伝いに来たの」

みく「そっか……。ありがとう、美希ちゃん!」

みくは笑顔で礼を言いながら、玄関で靴を履く。
それを見て美希は笑い、

美希「あはっ! みくって真面目なんだね。
   どうせ誰も住んでないんだから、靴なんて履いたまま上がっちゃえばいいのに」

みく「えー? ダメにゃそんなの。お行儀が悪いにゃ!」

美希「空家なんだからそんなの気にしなくていいの」

みく「ダメにゃダメにゃ! 美希ちゃんはトップアイドルなんだから、
  そういうところからきちんとした方がいいにゃ!」

美希「むー。みくってばウチのもう一人のプロデューサーみたいなの。お説教は、や! なの」

外へ出ながら和気あいあいと話す二人。
そして玄関の扉を閉めたところで、美希は少し表情を改めて聞いた。

美希「あ、そうだ……。ミキの方はダメだったけど、みくは何か見つけた?」

みく「ん……みくもこの家で最後だったんだけど、何も見つからなかったにゃ」

美希「……そっか」

みく「でもでも、まだまだやることはあるにゃ! 次は誰か人を探してみようよ!
   みんなで力を合わせて、物を探したり、色々考えたりするの!」

暗くなりかけた空気を振り払うように、みくは殊更に元気な声を出した。
これで打つ手がなくなったとは思いたくなかったのだろう。
そして美希もみくの様子を見て、少しの間を開けてにっこりと笑ってみせた。

美希「うん、ミキ的にもそれが良いって思うな! 流石みく、頼りになるの!」

みく「! と、当然にゃ! みくの方が美希ちゃんよりちょっとだけお姉さんなんだからね!」

美希「あはっ、頼もしいの!」

みく「それじゃあ、もう一回手分けして今度は人を探すにゃ! みくは向こうを探すね!
  日が暮れるまでには美希ちゃんも、ここに帰ってくるにゃ!」

そう言ってみくは背を向け、
美希はその後頭部へ向けて、思い切り金属バットを振り下ろした。

美希「っ……はあっ、はあっ、はあっ……!」

声も漏らさず、みくは地面に倒れ伏した。
聞こえるのは美希の荒い呼吸のみ。

美希はその呼吸を抑えようともしないままに、バットを手放してみくの鞄へ手を伸ばす。
口を開けひっくり返すと、中から出てきたのは食料、水、地図、そして……フライパン。

このごくごく普通のテフロン加工済のフライパンが、みくに支給された「武器」だった。
美希は一瞬、本当の武器は別にあってこのフライパンはこの集落で調達したものではないか、
とそう思った。
しかし説明書が出てきたのを見て、その可能性は諦めた。

まともな武器がないのなら、この鞄に用はない。次の行動を起こさなければ。
そう思い美希が立ち上がった瞬間。

みく「……ぅ……」

美希「っ……!」

微かにだが、確かに聞こえた。
前川みくの声が。
まだ、生きている。
あんなに強く殴ったのに、思い切り殴ったのに、まだ生きている。

その事実に、美希は内蔵が裏返るような感覚を覚えた。
美希はその感覚を飲み込み、再び震え出した手を、バットへと伸ばす。
そして立ち上がり、ゆっくりと振り上げ……

李衣菜「おーい、みくー? 居るんでしょー? どこー?」

美希「っ……!?」

決して遠くない距離から聞こえたその声。
それを聞いた瞬間、美希は全速力でその場を離れた。

そして俄かに静かになった集落に、ただ一人の声がこだまする。

李衣菜「おーい、みくってばー! ……おかしいなぁ。
    確かにこっちの方から聞こえたと思ったんだけど……。おーい! 返事してよー!」

李衣菜はそう呟いて頭を掻き、辺りを見回した。
あれだけはっきり聞こえたんだから気のせいということはないはずだ。
そう思い、李衣菜は親友の名を呼び続ける。

と、その声は唐突に止まった。
そして直後、

李衣菜「っ……!」

李衣菜は一直線に駆け出した。
そして地面に膝をつき、確認する。

みく「ぅ、ぁ……」

李衣菜「み……みく! ど、どうしたの、大丈夫!?」

李衣菜「ね、ねぇみく! しっかりして、ねぇ!」

李衣菜は呼びかけるが、みくはただうめき声を上げるだけでそれ以外の反応を示さない。
そしてそれから数分間、状況は何も変わらなかった。
横たわるみくの隣に座り、李衣菜は涙目でみくに声をかけることしかできていない。
取り敢えず仰向けにしてはみたものの、どうすれば良いのか分からない。
一体なぜ倒れていたのか。
原因が分からなければ対処の仕様がない。

とは言え仮に何か取るべき行動があったとして、今の李衣菜にそれが可能かは疑問である。
それほどまでに李衣菜は動揺していた。
もしこのままみくの容態が回復しなかったら、と悪い方に悪い方に考えてしまう。

が、不意にその時間は終わりを迎えた。

みく「……あ、れ……? 李衣菜、ちゃん……?」

李衣菜「っ! みく!」

李衣菜「良かった、目が覚めて……!」

ようやく目を開け、みくは李衣菜を認識した。
それまで不安でいっぱいだった李衣菜の表情は一気に明るくなる。

しかし……
数秒も待たずその表情は再び、いや、より強い負の表情へと変わった。

みく「えっと、ごめん、みく寝てて……!」

そう言って、慌てた様子でみくは勢いよく上半身を起こした。
口調自体はしっかりしている。
だが発言の内容が何かおかしかった。

みく「い、今何時!? ライブは……!? ま、まだ間に合うよね!」

李衣菜「……え?」

みく「なんでみく、こんな大事な日に……。って、あれ?
   ここ、どこ……? ライブ会場ってこんなとこだっけ……」

李衣菜「な……何言ってんの? みく、ちょっと……?」

みく「え? 何って、みくは……っ……。あ、あれ、ごめん、何か……! ッ……」

次の瞬間、内容はともかくとして一見普通に話していたみくの様子が急変した。
顔色を変え突然口を押さえたかと思えば、
手と口の隙間から吐瀉物が溢れ出した。

李衣菜「ッ!? みく……!」

みく「ゲホッ!! ゴボッ……!!」

李衣菜「やだっ、やだ……! なんで!? どうしよう、どうしたらいいの!?
     しっかりして、お願い、みく……!」

突然の嘔吐に、李衣菜は完全に狼狽してしまっている。
半泣きで必死に声をかけながら背中をさする。

そしてその甲斐があったのかは分からないが、
内容物を全て吐き出したであろう頃に、ようやくみくの嘔吐は止まった。
吐瀉物まみれの地面に両手をつき、肩で息をするみく。
そして李衣菜が何か話しかける前に、みくは涙に滲んだ目を李衣菜に向け、
そして申し訳なさそうに眉根をひそめて言った。

みく「……ごめん、いきなり吐いちゃって……。
  なんだか気分が悪いの……頭もすごく痛い。
  だから今日のライブは……出られないかも……」

李衣菜「な……何言ってんの!? ライブって何!? どうしちゃったの!?」

みく「え……?」

李衣菜「覚えてないの!? 私たち、765プロの人と合宿に来て、
    でも合宿じゃなくて、目が覚めたらワケ分かんないゲームに参加させられて……!」

みく「っ……李衣菜ちゃん、ごめん……!
  頭、痛いの……だから、もうちょっと静かに……」

李衣菜「あ……ご、ごめん! でも、みく何か変だよ……どうしたの……!?」

みくは李衣菜の言葉を受けて目を伏せる。
目が覚めてからずっと頭が痛く、気分が悪い。
しかし何かこの頭の痛みはただの頭痛とは違うことに、みくはようやく気付いた。
それに加え、李衣菜の言葉が頭の中でぐるぐると回る。

そうだ、自分は少し前まで、何かしていたはずだ。
何かが起きて、そう、合宿……。
ライブじゃない、合宿が決まって、765プロの人と、それで……白い部屋……。

みく「っ……そうだ、みく、さっき美希ちゃんに……」

ここでやっと、みくの記憶の混乱が治まった。
倒れる直前のことも、今ならはっきりと思い出せる。

李衣菜「美希ちゃんって……星井美希? 765プロの……?」

みく「美希ちゃん……美希ちゃんは!? 李衣菜ちゃん、美希ちゃんのことどこかで、っ……」

李衣菜「だ、駄目だよ動いちゃ! な、何? 星井美希がどうかしたの!?」

みく「さ……さっきまで、みく、美希ちゃんと一緒で、それで……」

みくは自分が覚えていることをすべて話した。
そして言葉にして話すうちに、なぜ自分が倒れていたのか理解していった。
つまり、美希に殴られて倒れたのだということを。
みくはそれを口には出さなかったが
聞いていた李衣菜もやはり同じ結論に至り、唇を震わせて言った。

李衣菜「そ……それって、星井美希でしょ!? 星井美希が殴ったってことだよね!?」

みく「……多分、そう……だと思う」

李衣菜「多分って、絶対そうじゃん!!
    765プロは、の、乗り気なんだ……! わ、私たちのこと本気で……!」

みく「そう……なのかな。やっぱり、そうなのかな……!?」

みく「嫌だ、怖い……怖いよ……」

李衣菜「……みく……」

いつからかみくは顔面蒼白で全身が小刻みに震えている。
それが頭部へのダメージによるものでないことは明らかだった。
話に聞いただけの李衣菜ですら強い恐怖を感じている。
ならば直接その身に人間の殺意を、暴力を受けてしまったみくは当然言うまでもない。
そしてそんな親友の姿を見て李衣菜は、恐怖とは別の感情が心の奥から湧いてくるのを感じた。

李衣菜「絶対、守るから……」

みく「え……?」

李衣菜「私が絶対! みくのこと守るから! だから大丈夫!
     みんなで帰ろう! 生きて、みんなで帰ろう……!」

自分の覚悟を宣言するように、李衣菜はみくを真っ直ぐに見つめて言う。
みくはそんな李衣菜を数秒見つめ返した後、
下唇を噛んで、しっかりと頷いた。




美希「はあっ、はあっ、はあっ……!」

山中を走り続け、呼吸が限界近くなった頃にようやく美希は止まった。
膝に手を付き、荒れた呼吸が止まる間もなく、美希は胃の中の物を吐き出した。

最悪だ。
呼吸を整えながら美希は激しく自己嫌悪する。

島で目が覚めた時に、既に覚悟は決めたはずだった。
このゲームが本物であることは間違いない。
それなら取るべき行動は一つ。
やるしかない。

みんなで話し合って他に方法を探すというのも、初めは当然考えた。
でもたった三日間でそんな方法が見つかるだなんて思えない。
だったら、やるしかないんだ。

人殺しなんて絶対に嫌だ。
でもそれ以上に、765プロの友達が死ぬほうがもっと嫌だ。
765プロは自分の居場所なんだ。
家とは違う、もう一つの大切な場所なんだ。
ただいまって、帰れる場所なんだ。

そこを壊されるくらいなら、なんだってやる。
だってどうせ記憶には残らないんだし、人を殺すくらい、やってやる。
大切な人達を失うくらいなら、何人だって殺してやる。

……そう覚悟を決めた、はずだった。
でも出来なかった。
失敗した。
演技までして、あんなに元気で明るくて優しい良い子を騙して。
そこまでして失敗した。
逃げる前にもう一度殴ろうと思えば殴れたはずなのに、やらなかった。
覚悟はしてたはずなのに。

いや、違う。
本当に覚悟を決めてたなら、最初にみくが手分けして何か探そうと言ったあの時に、
出会って最初に背を向けたあの時に、殴っているはず。
でも自分は殴らなかった。

『もしかしたら何か見つかるかも知れない』
『何か見つかれば人殺しなんてせずに済むかも知れない』
そうやって期待してしまって、殴れなかった。

中途半端だったんだ。
失敗したのもそのせいだ。

絶対に失敗しちゃいけなかったんだ。
あんな最低で最悪な方法を取ったのに。
失敗したらもっと最低で最悪だ。

前川みくは生きてる。
それで、あの声……。
誰かは分からないけどあの子に助けられて、元気になるかも知れない。
いや、きっと元気になってしまう。

元気になる前に集落に戻ってもう一度……いや、駄目だ。
倒れたみくを見て、きっともう一人の子は765プロを警戒してしまってる。
そうなると騙し討ちは使えない。
武器も分からないし、金属バットでは戦うのは危険すぎる。
もう手遅れだ。

これじゃ、ただあの子たちに「765プロは危険な敵だ」って教えてしまっただけだ。
もしかしたら次はあの子たちが、戦う気が無い765プロの誰かを殺してしまうかもしれない。
自分のせいで。
自分が中途半端だったせいで。

自分のせいで、765プロの誰かが殺されるかも知れない。
自分のせいで、みんな、死ぬかもしれない。

美希「ッ……!」

美希は傍にあった木に両手を添え、そこに思い切り自分の頭を打ち付けた。
一瞬遅れて、鈍く重い痛みがやってくる。
しかし、最悪な気分はほんの少しだけ和らいだ。

終わったことは仕方ない。
後悔するのはもうやめよう。
そしてもう二度と、後悔はしない。

次だ。
次は絶対に躊躇ったりなんかしない。
次は絶対に失敗なんかしない。
嘘でも演技でもなんでも、どんな手を使ってでも……

美希「ミキが、みんなを守るんだ……!」

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日の夜投下します

真や未央が大きく動くのはもうちょい後になります

16:00 音無小鳥

卯月「あっ! 本当です、居ました!」

しばらく歩いた後、卯月は嬉しそうに小鳥に向かって言った。
しかし小鳥は言われるまでもなく気付いていた。
自分が少し前に見た人影が、海岸の岩場でじっと座っていることに。

ちらりと横の卯月を見ると、今にも声をあげて走り出しそうな表情をしている。
小鳥はそんな彼女の肩をつつき、耳打ちするようにして言った。

小鳥「卯月ちゃん。あんまり大きな声を出したらびっくりさせちゃうかも知れないから、
   もう少し静かに近付きましょう? 声をかけるのはそれからでも良いわよね?」

卯月「! そ、そうかも知れないですね。はい、そうします!」

卯月は素直に小鳥に従い、二人はもうしばらく黙って歩いた。
しかしその時間はあまり長くは続かなかった。

まだ少し距離のある段階で、向こうがこちらに気付いたのだ。
その小さな人影は接近してくる二人に気付くと、
脇に置いてあった何か長い物を持って勢いよく立ち上がった。

そして卯月は向こうがこちらに気付いたのを見て、
嬉しそうに笑って手を振りながら彼女の名を呼んだ。

卯月「杏ちゃーん! 私です、卯月でーす!」

しかし杏は答えない。
ただ黙ってじっとこちらを見……そしてほんの1~2秒の後、
杏は卯月と同じようににっこりと笑った。

杏「卯月ちゃーん! 会いたかったよー早くこっち来てー!」

手を振って名を呼び、卯月の歩みを急かす杏。
そして卯月もまた友達の元へ早く行きたかったのだろう。
杏の言葉のままに駆け出そうとした。
しかし、

小鳥「ま、待って卯月ちゃん!」

卯月「えっ? は、はいなんでしょう!」

小鳥「ご、ごめんね。私、ちょっと疲れちゃって……。
   杏ちゃんには悪いけど、もう少し一緒に歩いて欲しいの……駄目かな?」

卯月「あっ、ごめんなさい! 私気付かなくって……。
   えっと……。杏ちゃん、ごめんなさい! すぐ行くから、もう少し待っててくださーい!」

卯月は口の横に両手を添え、杏に向かって大きな声でそう伝えた。
実際、双方の距離はもうすぐにでも数メートル程度にまで縮まるだろう。
だから特に何の問題も起こるはずはなかった。

しかし卯月の返事を聞いた杏はその直後、
満面の笑みを浮かべていたその表情を180度変えた。

杏「いいからこっちに来て!! 早くッ!!」

卯月「えっ……? あ、えっと……?」

突然怒ったような顔でそう叫んだ杏。
しかし卯月はそんな杏に戸惑ってしまい、すぐに足を踏み出すことができなかった。
そして困惑する卯月の隣で、小鳥は杏の叫びの意味に気が付いた。
杏も自分のことを敵視しており、卯月と自分とを引き離そうとしているということに。

小鳥「っ……動かないでッ!!」

杏に続き、今度はすぐ傍から聞こえた怒声。
卯月はびくりと肩をはねさせ、慌てて横を見た。
するとそこには、少し前に自分が手渡した武器をこちらに向けた小鳥の姿があった。

卯月「え……?」

卯月は何が起きたのか分からないという表情を浮かべる。
しかし小鳥はそんなことに構わず、再び声を張り上げた。

小鳥「杏ちゃん、だったわね……! ゆっくり近付いて来て!
   それからその手に持っているものをこっちに渡しなさい!」

杏「っ……」

杏は唇を噛み、指示に従うべきか数秒ほど悩んだようだった。
しかし取るべき行動が他に思いつかず、
自分の武器を握り締めたままゆっくりと小鳥たちに向けて歩を進めた。
卯月はそんな杏と小鳥との間を、困惑した表情で視線を行き来させる。

卯月「こ……小鳥さん? え、えっと、どういうことですか……?」

小鳥「……」

卯月の質問に小鳥は答えない。
ただ黙って銃口を卯月に、視線を杏に向け続けている。

小鳥は、初めからこうするつもりだったのだ。
卯月の散弾銃を預かったのは、預かるという名目で武器を奪うためだった。
卯月と行動を共にしたのは、
彼女を人質に取り、次に出会った346プロの者を無力化させるためだった。

杏は初めから小鳥の敵意に気付いていたわけではない。
気付いたのは、卯月が自分の元へ駆け寄るのを阻まれた時だ。

もっと早くに気付いていれば。
あるいは、もっと上手く卯月を小鳥から引き離す方法を思い付いていれば、
展開は変わっていたかもしれない。

もっとこうしていれば……と、杏の頭は後悔でいっぱいだった。
だが今更そんなことを考えても仕方がない。
今はとにかく、この状況の打開策を考えなければ。
杏はそう思考を切り替え、
不審に思われない程度にゆっくりと歩いて可能な限り考える時間を作る。

自分が今手にしているのは白木の鞘に納まった『日本刀』。
自分と小鳥との距離は既に10mは切った。
卯月と小鳥との距離は1~2m。
この状態で自分も卯月も助かるにはどうすれば良いのか。

……しかしどれだけ思考しようと、ロクな案が思い浮かばなかった。
何か一つ小鳥の意に沿わない行動を起こしてしまえば、
その瞬間に発砲してしまうかも知れない。
そうなればあの至近距離だ、卯月にはほぼ確実に命中してしまうだろう。

小鳥「……止まって。そこから、その刀を私の足元に投げて」

その指示に杏は従わざるを得ず、
刺激せぬよう、下手でそっと小鳥の足元へ刀を投げた。

まずい、このままでは最後まで相手の言う通りにしてしまう。
「最後」というのが何を指すのかは分からない。
相手が自分たちを殺す気なのか、それとも武器を奪えば満足してくれるのか。

後者であればまだ良い。
このまま大人しくしていれば命だけは助かるはず。
しかし前者であれば……もうなりふり構っている場合ではない。
危険な賭けだろうがなんだろうが、何か行動を起こさなければならない。

杏は小鳥の目的を見極めるべく、全集中力を小鳥の表情を読むことに当てた。
だから本来なら真っ先に気付けていたはずなのに気付けず、
代わりに卯月が気が付いた。
自分たちが歩いてきた方向から二人やって来たことに。

卯月「き、きらりちゃん、かな子ちゃん……!」

無意識に漏れた卯月の声。
その声と視線に誘導されるように、小鳥は注意と銃口を卯月から逸らしてしまった。
見ると確かに二人、距離はあったが卯月の視線の先に立っていた。

そして、これがいけなかった。
卯月は先程までは敵意と凶器を自分に向けられ、その恐怖から動くことができなかった。
しかし今は違う。
今この瞬間は、自分は脅威から解放されている。
考えたわけではなく直感的に、卯月はそう感じた。

だからほとんど無意識に、卯月の足はその場から離れようと動いた。

小鳥「っ……!」

走り出した卯月に、一瞬遅れて小鳥は反応した。
視線と銃口を戻した小鳥の目に写ったのは卯月の背中。
そして次の小鳥の行動は、何かを考えてのものではなく咄嗟の行動だった。

小鳥は卯月の背中へ向けて、引き金を引いた。

次の瞬間、強い反動と大きな音が小鳥を襲い、思わず一瞬目を閉じてしまう。
そして直後に開かれた小鳥の目に映ったのは、

卯月「ぅ、ぁっ……」

地面にうつ伏せに倒れた卯月の姿だった。
そしてそれから一秒も置かずに、今度は杏の声が響き渡る。

杏「ッ……森に走って!!」

その声は遠く離れたきらりとかな子に向けられたものだった。
小鳥がその叫びに反応して目を向けた時、既に杏はかなりの距離まで遠ざかっていた。
次いできらりとかな子へ目を向ける。
すると二人は肩をびくりと跳ねさせ、数歩後ずさったのちに森へと駆け出した。

小鳥は、そんな彼女たちのあとを追う気には全くならなかった。
それより今は、すぐ目の前の光景で頭がいっぱいになっている。

卯月「ぃ、たい……。痛ぃ、痛いッ……!」

いつの間にか彼女の背中は、ウェアの下からにじみ出た血で赤く染まっている。
痛みに声を出しているが、地面に這いつくばったままで全く動かない。
本当はすぐにでもこの場から離れたいのだが、痛みのせいで体を動かすことができないのだ。

卯月「や、だ……嫌……だれ、か……。
   た、すけて……凛ちゃ……未央、ちゃん……!」

涙をこぼしながら、蚊の鳴くような声で助けを求める卯月。
小鳥はそんな彼女にただ黙って近付き、次弾を装填し、後頭部に銃口を押し当て、
そして、引き金を引いた。




島村卯月 死亡

16:15 双葉杏

杏「はあ、はあ、はあ……!」

森の中をしばらく走った後、杏は立ち止まった。
息を切らせながら見るその先には、地面に座り込むきらりとかな子の姿があった。

杏「……二人とも、大丈夫……?」

息が少し整ったところで杏は声をかける。
その声を聞いて初めて杏の存在に気付いたかのように
きらりとかな子は同時に顔を上げ、そしてきらりが血相を変えて叫んだ。

きらり「た……助けに行かなきゃ! 卯月ちゃん、助けに……!」

涙を流し、卯月の救出を請うきらり。
しかし杏は唇を噛み、きらりの眼差しから目を逸らした。

杏「……無理だよ。もう、無理……」

きらり「ど、どうして!? なんで……」

杏「きらりも聞いたはずだよ……あの後もう一発銃声が聞こえた。
 卯月ちゃんはもう、殺されてる……」

きらり「……そんな……」

かな子「っ……ぅあぁあああ……あぁあああああん……!」

きらりはその場にへたり込み、かな子は声を上げて泣いてしまう。
杏はそんな二人に何か声をかけようとしたが、途中で飲み込んだ。
そしてほんの数秒目を閉じ、開け、静かな声で言った。

杏「……悲しんでる暇はないよ。次は杏たちがやられるかも知れないんだ」

そのあまりに落ち着いた声に二人は一瞬体を強張らせ、恐る恐るといった様子で杏に目を向ける。
二人の注意が自分に向いたことを確認し、杏は続けた。

杏「杏たちが死んだら、こっちのチームが負けになるかも知れない。
  そしたら杏たちだけじゃなくてみんな死んじゃうんだよ。
  シンデレラプロジェクトのメンバー、みんな……」

そこで杏は一度視線を落とす。
しかしすぐに上げ、二人の目を真っ直ぐ見て言った。

杏「杏はそんなの絶対嫌だ。友達が殺されるなんて絶対に嫌だ。
  だから二人とも、力を貸して。生き残るために精一杯のことをするんだ……!」

これまで見たことのない表情で語られた杏の気持ち。
それを受け、きらりとかな子の心持ちは変化を見せた。
友人を失った悲しみもショックも消えるはずはない。
しかし杏の言葉で、「これから」のことを考える方向へとほんの少し気持ちが向かった。

かな子「で……でも、力を貸すって、どういう……?」

杏「まずは二人が持ってる武器を教えて。
  杏は刀を持ってたんだけど、さっき逃げる時に置いてきちゃって……。
  今、身を守る方法が無いんだ。だから二人の武器が頼りなんだけど……」

それを聞き、まずはかな子が反応した。
慌てて鞄を開けて、中から自分の武器を取り出す。

かな子「わ、私は催涙スプレー……。
     あ……あんまり、役に立たないかも知れないけど……」

杏「ううん、無いよりはずっとマシだよ。それじゃあきらりは?」

きらり「……きらりは……」

ここで言い淀むきらりとその表情を見て、杏は察した。
そして数秒後に杏の推測は確信に変わる。

きらり「きらりは、これ……」

そう言って鞄の口を広げ、中身を見せる。
それを見て杏は、運がいい、と思った。

杏「ねぇきらり、それ杏が預かるよ」

きらり「えっ?」

杏「きらり、それ鞄から出す気もないんでしょ? 勿体無いよ。
  さっきみたいな人が襲ってきても、
  それならただ持ってるだけでも追い払えるかも知れないのに」

きらり「で、でも、杏ちゃん……」

杏「威嚇射撃とかも、多分きらり怖がってできないでしょ? だから杏が持っててあげるよ」

きらり「……でも……」

杏「……もしさっきの人がもう一回襲ってきたら、今のままだとみんな殺される。
 でもそれがあったら逃げられるんだよ。だからきらり、お願い。
 杏……これ以上みんなが傷つくの嫌なんだよ」

そう言って杏は真剣な顔できらりの顔を見上げる。
その表情を見て、きらりはついに折れた。

きらり「う……うん……」

か細く消え入りそうな声でそう答え、杏に短機関銃を引き渡した。

杏はきらりの手からそれを両手で丁寧に受け取る。
やはりそれなりには重いが、想像していたよりずっと軽かった。
これなら自分でもなんとか扱えそうだ。
と、杏はほんの少しだけ安心した。

杏「ありがとう、きらり。これならきっとみんな助かるよ」

薄く笑ってそう言う杏だが、きらりはそれに笑顔を返すことなく、ただ黙って頷いた。
次に杏はかな子にも目を向け、

杏「……それでこれからなんだけど」

そこで一度言葉を区切り、杏は鞄から地図を取り出す。
そして一箇所を指差した。

杏「取り敢えずここに行ってみようと思うんだ」

杏が指した場所は、島の集落。
二つある集落のうち、南東部に位置する方だった。

杏「ここならきっと建物とかもあるし、森の中にずっと居るよりは快適でしょ?」

かな子「……で、でも……それならこっちの方が近いんじゃ……」

そう言ってかな子は、もう一つの集落を指す。
しかし杏は首を捻って、

杏「確かにそうなんだけど……。そっちよりこっちの方が傾斜がなだらかなんだよ。
  だから距離は伸びるけどこっちの方が良いかなって思ったんだ。
  坂道キツイと普通に歩くよりずっと疲れるし」

確かに杏の言うとおりだった。
地図には等高線があり、それを見ると傾斜の違いは明らかだった。
きらりとかな子にはこれだけ見てもどの程度の傾斜なのかは分からなかったが、
杏にはイメージが付いているらしい。

かな子「じゃ……じゃあそれで良いかな……」

杏「そっか。きらりもそれでいい?」

きらり「……うん」

杏「……。よし、それじゃ早速行こうか。多分完全に暗くなる前には着けるよ」

そうして杏は先頭に立つ。
それと同時にチラリと後ろを振り向き、二人の表情を見る。
しかしそのまま何も言わず、再び前を向き歩き始めた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します

16:20 如月千早

千早「……それじゃあ、開けるわよ」

春香「うん……!」

灯台に着き、千早は入口の扉に手をかけて確認を取った。
ここへ来たのは、春香が置いてきたという毒を誰かが口にしてしまうことを防ぐためだ。
理屈で言えば今この中に人が居る可能性は決して高くなく、
また誰のものかも分からない水や食料を口にするとも考えづらい。
だが時間の経過に伴ってその確率は高くなっていく。
早い段階で、可能性をゼロにしなければ。

しかし忘れてはならないのが、仮に現在この灯台に人が居た場合……
その者が自分たちに敵意を持っていないとも限らないということだ。

少し前に聞こえた爆発音。
あれの元凶になった人物がここに居るかも知れない。
そう考えると千早も春香も慎重にならざるを得なかった。

だが今覚悟を決めた。
千早は春香が頷いたのを見、可能な限り音を立てずに扉を開けた。

すると一歩中に入った途端、はっきりと聞こえた。
誰かの声だ。
千早は確認のために春香を振り向く。
春香は黙って何度も頷く。

間違いない。
すぐ目の前にあるもう一枚の扉。
その向こう側に誰か居る。

千早はモップの柄を握り締め、扉にゆっくりと近付き……

  「そう言えば少し喉が乾いちゃったな……。アーニャちゃんも、飲んでおいた方が良いよ?」

この声を聞いた途端、春香は全身の毛穴が一気に開いたような感覚を覚えた。
同時に一切の思考は消えて足が動いた。
前に居た千早の脇をすり抜け、壊れるかと思うほどの勢いで扉を開ける。

そして次に春香の目に映ったのは、驚きの表情でこちらを見る二人のアイドルと、
そのうちの一人の手に握られたペットボトルだった。

春香「だっ……駄目ぇええええッ!!」

美波「きゃあッ!?」

そう叫び春香は美波に思い切り飛びついた。
美波は突然のことに全く対応する間もなく、バランスを崩してそのまま床に倒れこむ。
そして、

アーニャ「ッ……!!」

『敵が襲ってきた』『美波が襲われた』『守らなければ』。
アナスタシアが咄嗟にそう判断したのも仕方のないことだった。

アナスタシアはほんの一瞬だけ、美波から目線を外す。
その先にあるのは壁に立てかけてあった彼女の武器。
本当は使うつもりなどなかったはずだが、
そんなことは今のアナスタシアの頭からは消え去っていた。

今頭にあるのは敵から美波を救い出すことだけ。
アナスタシアは壁へと走って武器を手に取り、
そして美波に覆いかぶさる敵に向け、振りかぶった。

が、それを振り下ろす直前。
アナスタシアもまた、美波と全く同じように床に倒れ込んだ。
今度は千早がアナスタシアに飛びついたのだ。

しかし、アナスタシアは武器を手放さなかった。
美波を守りたいと願うその強い心が、彼女に武器を握らせ続けた。

倒れた直後に、自分に飛びかかってきた敵は起き上がろうとした。
駄目だ、ここで起き上がらせたら駄目だ。
敵が何かする前に、早くしないと、美波を守れなくなる。
直感的にそう感じた。
だからアナスタシアは、敵が行動を起こす前に、
倒れたままの体勢で武器を振り上げ、そして……

美波「待ってアーニャちゃん!!」

美波の声でアナスタシアはそのままの姿勢でぴたりと止まる。
それと同時に、千早は急いでアナスタシアから離れた。
しかしアナスタシアは動けない。
呼吸は浅く早く、目には涙が浮かび、なお武器を握り続けたままで固まっている。
そんな彼女に美波は駆け寄り、そして武器を握る手を優しく包んだ。

美波「大丈夫……。アーニャちゃん、大丈夫だよ」

手の温もりと優しい声に、アナスタシアの硬直はようやく解けた。
数秒美波を見つめた後、ようやく武器を手放す。
そして美波に抱き着き、声を押し殺して泣いた。

美波「えっと……天海春香ちゃんと、如月千早ちゃんだよね?
   説明をお願いできるかしら……。二人共、私たちに危害を加えるつもりじゃなかったのよね?」

アナスタシアが落ち着くのを待ち、美波は春香と千早に目を向けて言った。
しばらく傍で黙って立っていた千早達だが、この問いに春香が慌てて反応した。

春香「こ、ここに置いてあった飲み物と食べ物は、食べちゃ駄目なんです!
   毒が入ってて、私が置きっぱなしで、だから……!」

千早「春香、落ち着いて。順を追って説明しないと」

春香「う……ご、ごめんなさい」

千早「その……。ここに入った時、テーブルの上に水と食料が置いてあったはずです。
   実はそれは春香に支給された武器で――」

春香の代わりに千早は事情を説明した。
美波もアナスタシアもそれを黙って真剣に聞く。
そして全ての説明を終えたあと、アナスタシアは震える唇を開いた。

アーニャ「ごめん、なさい……。私、勘違い……でしたね。
     ハルカ、チハヤ……。とても優しい人でした。私たちのこと、助けるためでした……。
     なのに、私……私っ……」

そう言ってボロボロと涙を流すアナスタシア。
それを見て春香は再び慌て出す。

春香「ああっ、いいの大丈夫だから!
   私が紛らわしいことしちゃったのが悪いんだよ!
   アナスタシアちゃんは悪くないよ! だよね、千早ちゃん!」

千早「えっ? え、えぇ、そうね……。結果的には誰も何ともなかったのだし……」

正直、飛びついたあと顔を上げると
武器を振り上げた彼女が目に映った時は心臓が止まるかと思ったけれど。
と言うと更に泣いてしまいそうだったので千早はその言葉は飲み込んだ。

ただ、もし自分が殴られていたらどうなっていただろうか。
春香はどうしていただろうか……。

そんな風に意味の無い想像をしてしまいそうになるのを千早は懸命にこらえた。
そしてアナスタシアに薄く笑いかけ、

千早「私は気にしてないわ。これからはお互い、冷静に行動するよう気を付けましょう」

春香「そうそう、これから気を付ければいいんだよ!
   だからアナスタシアちゃんもそんなに気にしないで、ね?」

アーニャ「……ハルカ、チハヤ……。ありがとう。やっぱり、とても優しいですね……」

春香「そんなこと……。それに、優しいのはアナスタシアちゃんだと思う。
   さっきは美波さんを守りたい一心で……だったけど、
   本当は人を傷付けたくないんだって、すごく伝わってきたから」

そう言って春香にほほ笑みかけられ、アナスタシアにもようやく笑顔が戻った。
美波もその様子を優しい笑顔で見ている。
と、今度はそんな美波に春香は顔を向けて言った。

春香「でも、本当に間に合って良かったです! もう少し遅かったらって思うと私……」

美波「あ……え、えぇ、そうね。ありがとう、春香ちゃん」

少し言い淀み、少しぎこちない笑顔を浮かべる美波。
それを見て千早は察した。
そしてきょとんとする春香の横顔に向けて、

千早「春香……。もしかして新田さんが飲もうとしていたのは、自分の水だったんじゃ」

春香「え!?」

思わず声を上げ、春香は美波に顔を向ける。
すると美波は少し表情を強ばらせた後、やはりぎこちない笑顔で微笑みかけた。
その笑顔はつまり千早の考えを肯定するものであると、春香にも分かった。

春香「じゃ、じゃあ私、早とちりで……。ご、ごめんなさい!」

美波「い、いいの気にしないで! 私も紛らわしいことをしちゃったんだし……」

千早の言葉によってつい先ほどと似たようなやり取りが繰り返されようとしたが、
それを止めたのも千早だった。

千早「それより、二人に確認したいことがあるんです」

真剣なその声を聞き、途端に場の空気がぴりっと引き締まるのを春香たちは感じた。
そして千早は少し間を置いて問いかけた。

千早「少し前にこの灯台の東側から大きな爆発音のようなものが聞こえました。
   そのことについて何か知っていることがあれば聞かせてくれませんか?」

美波は千早の問いに正直に答えるべきか少し悩んだ。
しかし状況が状況だ。
下手に嘘をつくとそれが後になってどう影響するか分からない。

だから美波は、自分の身に起きた出来事を全て話した。
そしてあの爆発音の正体を聞き、
春香の手は動揺に震え、千早は目線を落として眉根を潜めた。

春香「……伊織が、そんな……」

千早「……」

春香「ま……まさか伊織、本当に、こ、殺したりなんかしないよね?
   み、346プロの人のこと、怖がってるだけだよね……?」

千早「……ええ。ただ武器を奪って逃げたということは、そういうことなんだと思う」

春香「そ、そうだよね! じゃ、じゃあもし伊織に会ったら、
   みんなで協力するように言ってみようよ!
   美波さんとアナスタシアちゃんのことをきちんと知ってもらえれば、
   伊織だってもう怖がったりしないで済むはずだよ!」

千早「ええ……そうね」

殺意があったのなら、美波に危害を加えていたはず。
そういう理屈で千早は春香の焦りや不安を落ち着かせた。

だが千早は、実際がどうかは分からないと、口には出さなかったがそう思っていた。
伊織は相手との体格差を考えて撤退しただけかも知れないし、
強力な武器が手に入れば殺傷も厭わない覚悟を既に終えているかも知れない。

春香とアナスタシアは少なくとも表情には出ていないが、
美波も千早と同じ考えに至っているようで、その顔には僅かに影がさしていた。
だが美波も千早も、今は周りを不安にさせることよりも安心させることを優先した。

それから四人は話し合い、
今後は闇雲に動き回るのではなくこの灯台を拠点とすることとした。

誰かがここを目指して来てくれるかも知れないし、
上にのぼって外に出れば何かあった時に発見もしやすくなる。

野宿することもなく、体力も温存できる。
必要に迫られれば当然ここを離れるが、
それまでは腰を落ち着けてじっくりと話し合い、考えた方が良い。
灯台内部でもまだ調べられるところはあるだろう。

そのようにして四人は今後の方針を結論づけた。
ただ恐らく無意識ではあったが、四人には共通の認識があった。

今ここに居る者に関しては信頼できるだろう。
しかしやはりこの場に居ない他事務所のアイドルには全くの無警戒では居られない。
外を動き回って、もし襲われたら。
その可能性に対する無意識下での警戒心や恐怖心が、四人をこの場にとどめていた。

16:30 神崎蘭子

蘭子「あ、あの……誰か……」

地図を頼りに、蘭子はようやく集落にたどり着いた。
しかし着いたは良いものの、それはそれで蘭子にとっては不安だった。
ここに346プロの人が居れば良い。
だがもし、765プロの人だったら。

前に聞こえた大きな音のことが頭から離れない。
ひょっとすると、ここに来たのは間違いじゃなかったのか。
人を探すのをやめてすぐにでも森の中へ引き返すべきじゃないのか。

蘭子がそう思い始め、目にじわりと涙が浮かんだのとほぼ同時。
すぐ横の民家の扉が勢いよく開かれた。

蘭子「ひっ!?」

突然の出来事に蘭子はほとんどかすれ声のような悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまる。
しかし次に聞こえた声が目線を上げさせた。

李衣菜「やっぱり、蘭子ちゃんだった!」

蘭子「あ……り、李衣菜さん……?」

李衣菜「あ、あぁごめん、びっくりさせちゃったね」

しゃがんだまま涙目で李衣菜を見上げる蘭子。
それを見て李衣菜は自分が蘭子を驚かせてしまったことに気付く。
しかし謝罪もそこそこに、すぐに話題を次に移した。

李衣菜「えっと……蘭子ちゃん今、一人だよね?」

蘭子「えっ? は、はい……」

李衣菜「それじゃ取り敢えず中入って! 早く!」

李衣菜に急かされて蘭子は慌てて立ち上がる。
そして手を引かれるがままに、扉をくぐった。

蘭子「お、お邪魔します……」

混乱しているのか礼儀として習慣付いているのか、
蘭子はこんな時にも関わらず挨拶を口にする。
次いで靴を脱いで上がろうとしたが、それは李衣菜に止められた。

李衣菜「脱がなくて良いよ。どうせ空き家なんだし、
     それに、何かあった時にすぐ動けるようにしてなきゃ……」

蘭子「え……何か、って……」

と、蘭子は歩きながら疑問を口にしたが、その答えが返って来る前に、
もう一人の声によって李衣菜との会話は中断された。

みく「あ……ほんとに蘭子ちゃんだったんだね」

みく「良かった……。大丈夫、蘭子ちゃん? 怪我とかしてない?」

李衣菜「ちょっ、駄目だって! 起きるのは一時間に一回って言ったじゃん!
    出来るだけ安静にしてなきゃ!」

蘭子「あ、あの、えっ……? み、みくちゃん、どうして……?」

何故か横になっていたみくと、起き上がろうとするのを止める李衣菜。
その二人のやり取りを見て、
友達に出会ったことで多少は和らいでいた蘭子の不安が再び色を濃くする。
李衣菜はそんな蘭子の不安を感じ取り、
一度目を伏せてからゆっくりと顔を上げて言った。

李衣菜「何があったか説明するよ……。適当に座って」

その李衣菜の表情は蘭子の不安を更に掻き立てた。
ごくりと喉を鳴らし、蘭子は恐る恐る李衣菜に向かい合うように、みくの横に腰を下ろした。

それから李衣菜は自分たちの身に、主にみくの身に起きたことを話した。
そして李衣菜の話を聞いて、蘭子は手が震えるのを止められなかった。

765プロの人達が、自分も少なからず憧れていたあの人達が、
自分達を殺そうとしている。

頭が真っ白になっていく。
視界が滲み始め、喉が閉まり、唇が震える。

みく「蘭子ちゃん……」

蘭子「っひ、ぇぐっ……」

みくは手を伸ばし、蘭子の手を優しく握る。
そして李衣菜は弱々しく嗚咽を漏らす蘭子を見て、拳に力が入るのを感じた。

守らなければいけない。
自分が絶対にこの子たちを守るんだ。
例え何があろうと、何をしようと、絶対に……。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します

16:30 四条貴音

海岸沿いを貴音、響、やよいの三人は慎重に進んでいた。
移動を始めた直後よりも更に慎重に。
理由は、少し前から二度ほど聞こえた大きな音だ。
距離は分からないが少なくとも気のせいではない程度にははっきり聞こえた。

周囲を警戒しつつ、また海岸に何か有用なものが無いか探しつつ、
貴音たちは少しずつ海沿いを北上していった。

また響は動物が居ないか森の中をずっと注視していたが、
それはどうも期待できそうにない。
鳥の一羽すら見ないというのはやはり、人為的な要因があるのだろう。
響も薄々そのことに気付き、
もう動物を探すのは諦めたほうが良いかも知れないと思い始めた……その時だった。

進行方向へ何気なく向けられた響の目に、何かが映った。
海岸に何か、大きめの物が落ちている。
色合いからして明らかに人工物だ。

しばらくじっと見つめていた響だが数秒後、息が詰まった。

響「た、貴音、やよい!! あれ!!」

突然名を呼ばれ、貴音とやよいは驚いて響に顔を向ける。
次いで、響が指差す方向へ視線を移す。
その先にあった「何か」。
やよいはそれを見て、思わず声を上げた。

やよい「ひ、人……。人が倒れてます!!」

それを聞き、ようやく貴音にも見えた。
確かに人だ。
砂浜に人が一人、倒れている。

響「た、大変だ……!」

そう言ってまず先陣切って走り出したのは響。
次いで、やよいと貴音がその後を追う。

遠目から見るとまったく動いているようには見えない。
きっと大怪我をしているんだ。
あるいは気絶しているのかも知れない。

色々と考えるうちに響の足は徐々に加速していく。
そして段々と、人影の姿もはっきりしてきた。

もう間違いない、どう考えても人だ。
と確信したその直後。
響の足は地面に固定されたようにぴたりと止まった。

その理由を、やよいも貴音も聞かなかった。
聞くまでもなく分かった。
二人にも、はっきりと見えていた。
いつの間にかやよいは響の腕にしがみついている。
その呼吸が乱れているのは走ったせいではない。

響もやよいも、一点を見つめたまま微動だに出来なかった。
しかしそんな二人の横を貴音はゆっくりと通り過ぎ、
一人その人影のもとへ歩いて行った。

貴音、と響は呼び止めようとしたが、声が出ない。
やよいもまた同様で、涙を浮かべた目で貴音の背中を追う。

数秒経ち、とうとう貴音はたどり着く。
そして響達に背を向けたまま、静かに言った。

貴音「……ご安心を。765プロの者ではないようです」

それを聞き、響は訳の分からない感情が一気に沸き上がってくるのを感じた。
これが一体何なのか自分でも分からない。
またやよいも、今この状況で冷静にそんなことを言える貴音に驚きを隠せなかった。
それがいい意味でなのか悪い意味でなのかは分からない。

とにかく今の二人には、貴音のことが本当に分からなかった。
謎が多いだとかそういう問題ではなく、
本当に貴音のことが理解できないと、そう思ってしまった。

だが次の貴音の行動を見て、二人のその思いは急激に引いていった。
貴音はそのまま黙って、遺体の横に膝をつき、
そして……素手で、砂を掘り始めた。

これを見て、響とやよいの二人の硬直はようやく解けた。
震えながらも一歩一歩足を踏み出し、
そしてとうとう、はっきりと目で見える位置まで来た。
同時に二人は目を強く瞑って俯き、再び足を止めてしまう。

貴音「……無理を、しないでください」

貴音は背を向けて砂を掻き出しながら、二人に向けてそう言った。
しかし数秒後、やよいは覚悟を決めたように走り出し、一気に貴音の隣にまで近寄る。
そして隣に跪き、貴音と同じように黙って穴を掘り始めた。
響もそれに倣い、やよいのように勢いよくとは行かなかったが、
徐々に距離を縮め、そして二人に並んで膝をつく。

互いに表情は見ず、言葉も発さなかった。
それからしばらく辺りには、波の音と砂を掻く音と押し殺された嗚咽だけが聞こえ続けた。

あれからどのくらいの時間が経ったか。
貴音たちはようやく埋葬を終えた。
とは言っても、ただ窪みに遺体を入れて砂をかけただけ。
満潮時に波が来るであろう位置からは離れているとは言え、
時間が経てば砂も吹き飛んでしまうかも知れない。
墓というにはあまりに粗末なものだった。

だが今の彼女たちにできることはこれが精一杯だった。
響とやよいが海水で軽く手を洗い終えたのを見、貴音は静かに声をかけた。

貴音「……進みましょう」

短いその一言を聞き、二人は返事をすることもなく荷物を持って歩き始めた。
表情は暗く俯き、誰一人会話しようとしない。
この雰囲気がずっと続くと思われたがしかし、
少し歩いた後、今度は唯一顔を上げていた貴音が足を止めた。

それに気付いた二人が貴音を見上げると、彼女は遠方をじっと見つめていた。
二人がその視線を追うと、少し離れた岩場に座る一つの影が見えた。

そしてすぐに分かった。
その人影に向かって、やよいが真っ先に声を上げて飛び出した。

やよい「こ、小鳥さん!」

響「っ……ピヨ子ぉ……!」

やよいに続いて響も駆け出す。
また小鳥も、やよいの声でこちらに気付いたようだった。
しかし立ち上がることはなく、顔を背けて俯いてしまう。
貴音はそんな小鳥の様子を疑問に思いながらも、二人のあとに続いて駆け出した。

やよい「小鳥さん、小鳥さぁん……! 私ぃ……!」

小鳥「……やよいちゃん……」

やよいはとにかく知り合いに会えたことが嬉しく、
言葉にならない感情を小鳥の名を呼んで表現する。
そんなやよいに小鳥が目を向けた直後、今度は響が叫んだ。

響「ピヨ子、違うんだよね!? ピヨ子は自分達のこと好きだよね!?」

小鳥に二の句を継がせない勢いで話しかける響。
響が言っているのは、あの白い部屋でのことだ。
狂ったゲームについて淡々と説明していた小鳥の心情。
美希の言葉で察しはついたものの、響は本人の口から直接聞きたくて仕方なかった。

響「ピヨ子だって、本当はこんなことしたくないんでしょ!?
 人殺しなんて絶対……」

しかしここでその勢いは止まる。
響は、小鳥の脇に置かれた凶器に気付いた。

やよい「そ、それ、ピストルですか……? 本物の……」

貴音「……」

響に続いてやよいと貴音も気付く。
やよいは「ピストル」と言ったが、それならまだ可愛らしい。
小鳥が持っているそれは拳銃などではない。
そして、三人は気付いた。
小鳥の服が、赤黒い染みで汚れていることに。

響「え……? ま、待って、違うよね? そんなことないよね……?」

小鳥「……」

響「あ……そ、そうだピヨ子! さっき、向こうで、し、死体、見つけて……!
 あ、危ないんだ! 多分346プロの子だと思うんだけど、
 もしかしたらあの子を殺した犯人が、ち、近くに、居るかも知れなくて……!」

響は頭に浮かんだ可能性をかき消すように小鳥に叫ぶ。
しかし小鳥は何も答えない。
ただ黙って響を見、響の言葉を聞き続ける。

響「ね、ねぇ、なんで黙ってるの? 何か言ってよ、ねぇ!!」

反応を返さない小鳥に対し、響の感情は加速する。
黙ったままの小鳥の肩を掴み、そして揺さぶるようにして響は叫び続けた。

響「そ、その銃、使ったのか? ねぇ、それ使ったのか!?」

貴音「響……少し落ち着いてください」

響「答えてよ!! ピヨ子、黙ってないで答えてよ!!
 ピヨ子が殺したの!? あの子、本当にピヨ子が殺したのか!?」

貴音はなだめようとするが、その言葉が聞こえないのかあるいは無視しているのか、
響はまったく落ち着こうとする様子はない。
そしていつの間にか響の困惑は、確信を経て、怒りへと変わりつつあった。
だが感情に任せて言葉を発しているというよりは
自分の言葉に引っ張られて感情が高ぶっているような、今の響はそんな状態だった。

響「なんで!? なんで殺したの!? なんでそんなことしたんだよ!?」

貴音「冷静になるのです、響。今の貴女は……」

響「その銃で撃ったんだよね!? なんで!? 酷い、酷すぎるぞ!!」

貴音「っ……響、ですから……!」

響「最低だぞ!! 本当はやっぱり、なんとも思ってないんじゃないのか!? この、人ごろ……」

貴音「響!! 落ち着きなさいッ!!」

その瞬間、響の怒声をかき消すほどの大声が辺りに響き渡った。
今まで聞いたことのない貴音のその声に、やよいは既に涙で滲んでいた目を向け、
響も目を見開いて顔を向ける。
続いて貴音は、落ち着いてはいるものの強い語調で、響に向かって言った。

貴音「響。今の貴女は、瞳が曇ってしまっています。
   私たちの知る小鳥嬢の姿を、顔を、よく思い出しなさい。
   そしてもう一度落ち着いて彼女を見なさい。
   それでもなお小鳥嬢を責めようと言うのであれば、
   私は貴女の頬を張ってでもそれを止めましょう」

貴音の言葉を聞き、響は今度はゆっくりと、小鳥に目を向ける。
そして、ようやく気付いた。
小鳥の目が真っ赤に腫れていること、悲哀に表情が歪んでいること、
衣服が血以外のもので汚れ、ツンと鼻をつく胃液のにおいが漂っていること、
自分の質問に答えなかったのではなく、答えることができなかったのだということに。

今まで見えていなかったものが見え、
響はようやく自分が小鳥にしていたことに気付いた。

小鳥の行いは、自分たちを思ってのことだった。
人殺しが悪いことなんて、そんなこと小鳥だって分かってるに決まってる。
でも小鳥はその上で、自分たちのために自らの手を汚したんだ。

だからと言って人を殺すのを簡単に受け入れられるかと言われれば、できないと思う。
でも、それでも少なくとも、自分は小鳥を責めてはいけなかった。

それなのに自分は、貴音が止めてくれなければ
取り返しのつかないことを言ってしまうところだった。
いや、もう言ってしまったようなものだ。

響は小鳥に謝ろうとしたが、どう謝れば自分のしたことを許してもらえるか分からず、
考えるうちに謝罪より先に涙が出てきてしまった。

地面に座り込み嗚咽を漏らす響。
貴音はそんな響の肩を抱き、優しく囁きかけた。

貴音「実直さは、貴女の魅力の一つです。人を傷付けることを許さない優しさも……。
   しかし、大切なものを見失ってはいけません。
   見失ってしまえば、貴女自身が誰かを傷付けてしまうことになります。
   ……優しい貴女が、これ以上人を傷付けてしまう前に止められて良かった」

と、ここで貴音は響から視線を外してやよいに向けた。
そして薄く笑い、

貴音「やよい。少しの間、響をお願いできますか?
   私はその間、小鳥嬢と話したいことがあるのです」

やよい「は、はい!」

やよいの返事を受け、貴音は静かに立ち上がる。
そして小鳥を連れ、声がギリギリ届かない程度まで響たちから距離を取った。




響「……自分、どうしたらいいのかな」

やよい「え……?」

貴音と小鳥が離れた後、響は独り言のように呟いた。
そして俯いたままでぽつりぽつりと続ける。

響「さっきまで自分、人殺しなんて絶対嫌だって、思ってたんだ。
 自分が殺すのも、誰かが誰かを殺すのも、絶対嫌だって……。
 だから、ピヨ子が人を殺したって知って、
 すごくびっくりして、悲しくなって、訳わかんなくなって……。
 でもそれは、自分達のためで……」

やよい「……」

響「もう、仕方ないのかな……。自分も、765プロのみんなのために、
 346プロの人達……殺さなきゃ、駄目なのかな……」

こんなことをやよいに聞いたところで、やよいを困らせてしまうだけ。
分かってはいたが、響は半ば自問自答のような、
あるいは自分の気持ちを吐き出すような気持ちでその疑問を口にした。

しかしやよいはしばらく響の横顔を潤んだ瞳で見つめたあと、
目を伏せ、そして言った。

やよい「……私は、できないと思います……。
    それに、小鳥さんは、もう、殺しちゃったけど、でも……。
    私は、これ以上小鳥さんに、誰も殺して欲しくないです……」

響「……やよい」

やよい「で、でも、誰かを殺さなきゃ、みんな死んじゃうから……。
    それから、小鳥さんを一人ぼっちにしちゃ駄目だと思うし、
    あ、でも、もし小鳥さんがこれから誰かを殺そうとしたら……。
    と、止めた方が良いのか、止めちゃダメなのか……わ、わからないけど、でも……!」

やよい「……あうぅ」

話しているうちに自分でも何を言ってるのか分からなくなったのだろう。
やよいはとうとう黙り込んでしまった。
やはり響の問いかけは、やよいを困らせてしまっただけだった。

しかし響はこれを見て、自分の頭が先ほどまでに比べて落ち着いていることに気が付いた。
理由は分からない。
やよいも自分と同じだと知って安心したのかも知れない。
分からないがしかし、今やよいを見ている響の目は、
先ほどの弱々しいものとは少し違っていた。

響「……ありがとう、やよい。ごめんね、困らせるようなこと言っちゃって……」

やよい「わ、私こそごめんなさい……何も答えられなくて……」

響「ううん……気にすることないさー。
 そうだよね。こんなこと、簡単に決められるわけないよね……」

響「正直言って、自分もまだ分からない。自分がどうするべきなのか、決められてない……。
 でも自分、これだけは決めたんだ」

それまで申し訳なさそうに俯いていたやよいだが、この響の言葉に視線を上げる。
そして響はやよいの目を真っ直ぐ見て、はっきりと言った。

響「自分は、人殺しが嫌だっていう気持ちは絶対に忘れない。
 でもだからって、殺した人を責めたりなんかもしない。
 それが765プロの誰かだったら、自分は、味方になりたいんだ。
 もし自分達までその人を責めちゃったら、きっとその人、本当に一人ぼっちになっちゃうから……」

やよい「響さん……」

響「だから、なんていうのかな。人殺しは許せないけど、人を殺した人は許すっていうか……。
 765プロの味方をするのは当たり前かもしれないけど、えっと……
 ちょ、ちょっと上手く言えないけど、とにかくそういうことなんだ」

響「他にも考えなきゃいけないことや決めなきゃいけないことは山ほどあるけど、
 それだけは決めたんだ……! って、こんなこと言ったって、
 だからどうってわけでもないんだけど……」

響は最後少し遠慮がちになったが、これを聞き、やよいの目にも僅かながら力が戻った。
そして響もそのことに気付き、ほんの少しだけ笑顔が戻った。

実際、問題はまだ何も解決していない。
しかし自分の心にただ一つ揺るぎないものがあると自覚できたことは、
二人の心を強く支えてくれた。

やよい「は……はい、私も! 私も、同じです!」

響「……うん。これからいっぱい、考えていこう」

そこで二人の会話は途切れた。
そしてどちらからともなく、少し離れた貴音たちの方へ目をやる。

そうだ、まずはきちんと謝らないと。
響は小鳥が戻ってくるまでじっくりと謝罪の言葉を考えることにした。




貴音「――申し訳ありません、小鳥嬢」

響達からある程度離れたところで立ち止まり、貴音は小鳥に声をかける。
その第一声が謝罪であったことを、小鳥は表情に出さない程度に意外に思った。

貴音「響は、人の想いが分からぬはずはないのです。ただ、この異常な状況で……。
   どうかそのことを、理解していただけると……」

小鳥「ええ、大丈夫。私も分かってるから……。
   貴音ちゃんが言ってた通り、響ちゃんの優しさも素直さも、あの子の良いところだもの。
   あとで響ちゃんにも、私は気にしてないって言っておくわ」

貴音「……ありがとうございます」

ここで小鳥は貴音から視線を外し、どこか遠くの方を見つめる。
その様子を疑問に思った貴音が声をかけようとした直前、

小鳥「貴音ちゃん達は、今までに346プロの子には会った?」

突然の質問。
問いかけた後、小鳥は再び貴音の方へ目を向けじっと見つめる。

貴音にはこの質問の意図が分かりかねた。
だがここでそれを探るのは無意味だし何より無礼に当たる。
貴音はそう感じ、正直に答えることにした。

貴音「……いえ。森の中で一人こちらを窺っていた者が居たようですが、
  すぐに去っていったので……。まだ出会ってはおりません」

貴音の答えを聞き、小鳥は微かに息を吐く。
恐らく安堵のため息だろう、と貴音が考えた直後、
小鳥は真っ直ぐに貴音に向き直り、そして言った。

小鳥「貴音ちゃん、お願い。一つ約束して欲しいことがあるの。
   あなた達は絶対に……絶対に、誰も殺さないで」

その言葉に貴音は微かに目を見開く。
小鳥はそのまま、貴音の目を見て続けた。

小鳥「みんなにあんなこと、させられない……。
   あんな思いをするのも、手を汚すのも、私だけで十分なの。
   だからお願い貴音ちゃん、約束して……!」

貴音「小鳥嬢……」

小鳥「あなた達のことは、私が守るから……。だから、お願い……」

うっすらと涙を滲ませ、そう懇願する小鳥。
それを見て貴音は少し逡巡した後、静かに答えた。

貴音「……分かりました。貴女の意思を尊重致します。
  可能な限り人を殺さぬと約束しましょう。しかし……」

と、貴音は一度言葉を切る。
そして小鳥が何か言う前に、自分の想いを伝えた。

貴音「私とて、765プロの皆を守りたい気持ちは貴女と同じです。
   ですから有事の際には……私の意思も尊重していただきたいのです」

小鳥「っ……」

『もしもの時は自分も346プロの者を殺す』
はっきりとは言わなかったが、貴音の発言はつまりこういうことだった。

それは小鳥の意思にはそぐわないこと。
しかし小鳥は貴音の目と言葉に宿った想いを拒絶することはできなかった。
そしてだからこそ、より一層小鳥の意思は強まった。

小鳥「……ええ。でも、安心して。そんなこと絶対に起きないから。
  私が必ず、みんなを守ってみせるから……!」

強くそう言い切った小鳥を見て、貴音はこれ以上何も言うまいと言葉を飲み込んだ。
これで互いの意思は確認した。
今はこれで十分だ。

小鳥「それじゃあ、響ちゃんとやよいちゃんのところに戻りましょうか。
   これからどうするか……みんなでしっかり、考えないといけないものね」

貴音「ええ……そうですね」

そうして二人は、心配そうにこちらを見る響たちの元へ戻っていった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します

17:00 双海亜美

亜美「真美、やっぱ気のせいじゃないっぽいよ……!」

真美「ど、どうしよう、隠れなきゃ……!」

二人で森を歩いていた亜美と真美だが、
そう言葉を言い交わし慌ててそれぞれ木の陰に隠れた。

少し前から、どうも人の気配がするような気がする。
物音のような、話し声のような、はっきりとは分からないが
何か近付いてきていると、亜美と真美はそう感じていた。
そして今、それは確信に変わった。

少し離れたところから木の枝を折るような音が聞こえたのだ。
枝葉が特に濃く天然のカーテンのようになった、その向こう側からだった。

二人は息を殺して別々の木陰に身を潜め、
ほんの少し頭を覗かせて様子を窺う。
すると数メートル先の枝葉が揺れ、気配の正体が姿を現した。

杏「……きらり、通れる?」

きらり「うん……」

かな子「はぁ、はぁ……」

目に映ったのは見知らぬアイドル三人。
それを確認し、二人は慌てて頭を引っ込めた。
亜美はゴルフクラブを、真美は鎌を、それぞれ胸元で握り締める。

そして二人はこのままじっとしていることにした。
もし何も無ければあるいは接触をはかったかもしれない。
しかし二人は、杏の手に握られた銃をはっきりと見た。

あんな武器を持ち歩く人間なんかどう考えても危ない。
このまま隠れてあの三人が去るのを待とう。
亜美と真美はチラリと視線を合わせ、互いの意思を目で確認した。

しかし、

杏「……待って、誰か居る」

その言葉に亜美たちの心臓は止まりかけた。
かと思えば胸を突き破る程の勢いで加速し出す。
イタズラで隠れているのが見つかった時の比ではない緊張感が二人を襲う。

きらり「だ、誰か、って……?」

かな子「だ、誰? 誰が居るの……!?」

緊張しているのは亜美たちだけではないが、
そんなことを気にする余裕はない。
亜美と真美は口元を押さえ、互いを見つめ合うしかできない。

杏「……もう気付いてるからさ、出てきなよ。出てこないならこっちから行くよ?」

その声の直後に足を踏み出す音が聞こえ、
亜美と真美は同時に覚悟を決めた。

亜美真美「……」

かな子「っ! あ、亜美ちゃん、真美ちゃん……!」

木陰から姿を現した二人のアイドル。
面識はないが見覚えのあるその顔に、かな子は思わず声を上げた。
だが亜美と真美の表情は固い。
というより、明らかに警戒している。

亜美と真美の強い警戒心はその表情から読むまでもなく、
本人たちの口からはっきりと表れた。

亜美「あ、亜美たちをどうする気!?」

真美「そのテッポウで撃つ気なの!?」

そう叫んだ亜美と真美の体は震え、もはや泣きべそをかく寸前に見えた。
そしてそんな二人を見て、真っ先に反応したのはきらりだった。

きらり「そっ……そんなことない、そんなことないにぃ!
    大丈夫、きらりたち、なんにもしないよぉ。だから安心して、ねっ?」

つい先ほどまではまともに喋らずにこりともしなかったきらり。
しかし泣きそうな子供をこれ以上怖がらせたくないその一心で、
懸命にいつもの調子を取り戻し、話しかけた。

真美「ほ……ほんと? なんにもしない?」

亜美「じゃ、じゃあそのテッポウしまってよ! すっごく怖いんだからね!」

きらり「あっ……う、うん、ごめんね。杏ちゃん、それ、しまお?
   これじゃあ亜美ちゃんと真美ちゃんのこと、怖がらせちゃうにぃ」

杏「……あー、うん。わかった、ごめんごめん」

そう言って杏は短機関銃を肩にかけた鞄の中に入れた。
きらりとかな子はそれを見てほっと息を吐く。
杏はきらりから銃を受け取る際、「襲われた時に逃げるためだ」というようなことを言っていた。
そして確かにその通り、敵意のない相手には使わないようだと二人は安堵した。

きらり「もう怖い鉄砲はしまったよ。大丈夫!
   だから、こっち来て一緒にいよ? こんな森の中に二人だけで居たら危ないにぃ」

そう言って優しく微笑みかけるきらり。
それを見て亜美と真美は、ようやく警戒心を解いた。

二人は顔を見合わせた後、ゆっくりと近付く。

亜美も真美も相手を警戒してはいたが決して敵対したいわけではない。
このふざけたゲームを終わらせるため、
自分たちではまともな案が思い浮かばなかったが
それでも大勢で協力すれば、とそう考えていた。

ここで敵意のない346プロのアイドルに会えたのは運が良い。
二人は自分達の幸運に感謝した。

……しかし次の瞬間、亜美は気付いた。
それと同時に真美を見るが、真美はまったく気付いていない。
そうだ、死角になっているんだ。
きらりとかな子も、気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか。
分からない、分からないが、そんなことを考えている場合じゃない。

杏は、武器をしまった鞄から手を抜いていなかった。

亜美「真美ッ!!」

そう叫び、真美は亜美に飛びついた。
そしてそれと同時だった。

杏の鞄の中から、何かが連続して破裂するような、
少なくともきらりもかな子も聞いたことのない音が聞こえた。

だがすぐに何が起きたか理解した。
杏が、亜美と真美に向けて発砲したのだと。

きらり「だ、駄目えッ!!」

杏「っ!」

状況を理解した直後、咄嗟にきらりは武器を持つ杏の手を掴んだ。
銃口はあらぬ方向を向き、杏はトリガーから指を離す。
そして次に目線を戻した時、亜美と真美は既に遠くへと走り去っていた。

杏はすぐにあとを追おうとしたが、
きらりが自分の手をまったく離しそうにないと知り、諦めた。
そして深く息を吐き、

杏「きらり、邪魔しちゃ駄目だよ。危ないし……」

いつもとまったく変わらない様子でそう言う杏を、
きらりは信じられないものを見るような目で見た。
そして、まるで意思疎通ができるか確かめるかのように、恐る恐る問いかける。

きらり「ど、どうして、杏ちゃん……?」

杏「……何が?」

きらり「だ、だって! だって杏ちゃん、使わないって……!」

杏「言ってないよ。持ってるだけで威嚇になるとは言ったけど、
 撃たないなんて言ってない。っていうか……撃たないわけないじゃん。
 やらなきゃみんな死ぬんだから」

きらり「そっ……そんなことない! みんなで考えれば、絶対なんとかなるよ!
   人なんか撃たなくても、絶対……!」

杏「……じゃあそれでみんな死んだら、きらり責任取れるの?」

きらり「え……」

杏「あー……ごめん、今のなし。きらりも死ぬんだから責任も何も無いんだった。
 まぁとにかくアレだよ……。無理だよ。ゲームに勝つ以外で生き残るなんて」

かな子「あ……杏ちゃん」

杏「杏なりに一応色々考えたんだよ。でもやっぱり無理なんだ。
 だからやるしかないんだよ。それとももしかして、
 人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシとかって考えちゃう感じ?」

ここで杏はひと呼吸置く。
そしてはっきりと、宣言するように言った。

杏「杏は嫌だよ。絶対に死にたくない。自分が生き残るためなら他の誰が死んだって構わない。
 ああ、二人は多分無理だろうから誰も殺さなくていいよ。杏が全部一人でやるから」




真美「はあ、はあ、はあ……」

亜美「はあッ、はあッ……!」

杏の発砲を受け、亜美と真美は全力でその場を走り去った。
離れてしまわないよう手を繋ぎ森の中を駆ける。
しかし並んで走っていたはずの二人はいつの間にか、
真美が亜美の手を引く形になっていた。

真美「亜美、早くっ! 何してんの!」

亜美「っ……ごめん、真美……」

ひたすら前を向いて妹を引っ張る真美。
しかしここで唐突に、亜美の足が止まった。

真美「わっ!? あ、亜美!? なんで……」

汗ですべって手を離したため真美は転倒することはなかったが、
慌てて後ろを振り向く。
そして急かそうとした真美だったが、亜美の様子を見て表情を一変させた。
亜美は地面に両膝をついて息を切らせ、
そしてその衣服はかなりの範囲が真っ赤に染まっていた。

真美「え、えっ……!? な、なんで!? 怪我、怪我したの!? 亜美、どこか……!」

亜美「……うん、そうみたい……」

今まで聞いたことのないようなか細い声でそう呟いた亜美は、
ぐらりと上半身が揺れ、そのままぱったりと横に倒れた。

真美「亜美!!」

倒れた亜美を見て、真美も慌てて倒れこむようにすぐ横に座る。
亜美は仰向けになり、汗にまみれた顔で真美の顔を見上げた。

亜美「真美、ごめん……。先、行ってて。亜美、なんか疲れちった……」

真美「い……行くわけないっしょ!? どこ怪我したの!? お腹!? 服捲るよ!?」

そう言って服を捲った真美は、その瞬間息が止まった。
脇腹に見たこともないような傷ができ、そこから血が溢れ出ている。
どう見ても重症なそれを見て、真美は思わず泣き出してしまった。

亜美「……なんで真美が泣くの。怪我してんの亜美なのに……」

真美「だ、だって、だってぇ……!」

亜美「ヘーキだよ。別に、痛くないし……。
   見えないけど、多分見た目よりは大したことないっぽいよ……」

真美「ほ、ほんと!? 痛くない!? 痛くないの!?」

亜美「うん……。だから泣かないで、真美。真美が泣いたら、亜美まで悲しくなっちゃうよ」

真美「っていうか、これ真美のせいだよね!? 亜美がさっき、真美のこと庇ったから……!」

亜美「……んっふっふ~。亜美の方が、先輩だかんね……。先輩が後輩守るのは、当然っしょ?」

真美「そんなの関係ないじゃん! それ言ったら真美の方がお姉ちゃんだもん!
   お姉ちゃんが妹守んなきゃいけないんだよ!」

亜美「そっちの方が……関係ないっぽいよ。亜美たち……どっちがお姉ちゃん、とか……そんなの……」

真美「先輩とかのが関係ないもん! 亜美の馬鹿! おたんこなす!」

亜美「……ごめん……なんか亜美、ちょっと、眠いかも……」

真美「え!? ま、待って! これ寝ちゃダメな奴じゃないの!?
   寝たら死ぬっぽいよ! 駄目だよ! 寝ちゃ駄目!」

亜美「……ねぇ、真美?」

真美「な、何!? どうしたの!?」

亜美「それじゃ……今度は、真美が……亜美のこと……守って……くれる……?」

真美「あ、当たり前っしょ!? 真美の方がお姉ちゃんなんだから!
   オトナなんだから! 今度は真美が守るよ! 約束だかんね!」

亜美「……ね、真美……?」

真美「何!? 今度はどんな約束……」

亜美「……ごめんね……」

真美「え……? なに、何が?」

  『ごめんね』

その真意が分からず、真美は亜美に尋ねた。
しかし亜美は目を閉じたまま、答えない。

真美「ね……寝ちゃったの? 駄目だよ亜美! 寝ちゃ駄目だって!
   起きろ亜美! 起きて、起きて!!」

肩を揺すっても、頬をつねっても、亜美は返事をしない。
だが真美は亜美を起こそうと叫び続ける。
イタズラで寝ているふりをしている妹を起こすように。

真美「亜美、亜美ってばー! 鼻つまんじゃうよー! ほら、苦しいでしょ!
   このままじゃ本当に死んじゃうよ! な、なーんてウソウソ!
   ほら離したよ、息できるよ! いつまでやってんの、ホラ起きてってば!」

真美「ねぇ、亜美、本当は起きてるんだよね……!?
   真美のこと引っ掛けようとしてるんでしょ!?
   もういいよ! これ以上やるんだったら真美、本気で怒るよ!?
   さっきの約束もなかったことにするかんね! それが嫌なら早く……」

その時、真美は突然背後に気配を感じた。
反射的に振り向いた先に居たのは、
息を切らせて目を見開いた伊織だった。

真美「っ! いおりん……! ほら亜美、いおりんが来たよ!
   起きないといおりんのでこりんビームだよ!」

正面へ向き直り、再び亜美を起こそうとする真美。
そんな真美を尻目に伊織はゆっくりと近づいて、亜美の横に腰を下ろした。
探知機を地面に置き、横たわる亜美の手をそっと握る。
そしてその手を胸元へ引き寄せ、声を押し殺して泣き始めた。

それを見て、真美の中で辛うじて繋がっていたものがぷっつりと切れた。

真美は、分かっていた。
だが信じたくなかった。
いつものようにふざけていれば、いつものように起きてくれると願っていた。
でも駄目だった。

亜美の頬に手を添える。
汗でしっとりと濡れ、弾力もあり、まだ温かい。
でも、動いていない。
ほんの少しも、まるでよくできた人形みたいに、ぴくりとも動かない。

真美は亜美の頭を抱き、声を上げて泣いた。

地面に置かれた探知機の液晶には
765プロのアイドルを示す印が二つ、静かに点滅していた。




双海亜美 死亡

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分日曜の夜投下します

仮に勝ったとしても途中で死んじゃったものは事故死などとか思い込むように記憶操作されんだろ?

真美の場合いくらそうなっても違和感を覚えて本当のこと思い出しそう

もし、真美が記憶取り戻し復讐するってなったら、こんなゲームをやりだした運営にするのか、亜美を殺したアイドルがいた346に何かしらやるのか…

>>403
伊織のは346と765メンバーを探知できる(美波から奪ったもの)
雪歩のは346メンバーのみ探知できる
真美のは765メンバーのみ探知できる

なのでは?

>>412
真美は鎌なんだが…
探知機は雪歩と伊織(美波)のだけだが

亜美真美pのワイ、死ぬ
頼むから真美には生き残って欲しい

>>419
sageれないんだしそのまま逝けばいいじゃん

>>422
つまりちひろを犯れば二人ほど助かるかも……?

>>423
なんでや!(今回は)ちひろ関係ないやろ!

>>424
765PとモバPの心が救われるかもしれないだろ?

>>426
モバPはわかるが765Pの心は救われるのだろうか

17:20 菊地真

真「……ふー……」

ようやく目的の場所に辿り着き、真は深く息を吐いた。
体力的には問題ないが、やはり精神的な辛さがある。
森の中を神経を張り巡らせて歩くのは本当に疲れた。

周囲にはそれなりに民家があるようだが、やはり住人の気配はない。
しかし屋根のある場所で寝られそうなのは助かった。
真はそう気を緩めかけたが、次の瞬間それを反省した。

  「動くな!!」

少し離れた位置から聞こえたその声に、真は反射的に目を向ける。
するとそこには、片手に手のひらサイズの何かを握ったアイドルが立っていた。

未央「これ何か分かるよね!?
   何か変な動きをしたら、このピンを抜いてそっちに投げる……!
   それが嫌なら言う通りにして!」

そう言って未央が顔の高さに掲げているものに真は見覚えがあった。

『手榴弾』

映画などでよく見る物の、恐らく実物が、今目の前にある。
そしてその脅威が自分に向けられようとしている。

未央が立っているのは建物の陰を一歩横に出たところ。
投げた直後すぐに隠れることのできる位置だ。
対して真の周りには、遮蔽物になるものは何も無かった。
未央との距離も決して近いとは言えない。

未央はこのタイミングを狙っていた。
相手が自分の指示に従わざるを得なくなる、この状況を。

真「っ……その前に聞かせて。君は、ボク達と戦うつもりなの?」

未央「戦うよ……! それしか方法はないんでしょ!?」

戦う意思を問われ未央は即答する。
仲間のため、あるいは自分のために戦う覚悟は既に出来ている。
真はそう思うと同時に、鉈を握る右手に力が入るのを感じた。
そしてそれを知ってか知らずか、未央は再び叫ぶ。

未央「まずはその武器を地面に置いて!」

その指示に、真はゆっくりと鉈の位置を下ろしていく。
未央は相手が指示に従い動き始めたのを確認し、

未央「武器を置いたら、次は……」

と「次」を指示しようとした未央だが、その続きが口から出ることはなかった。
鉈を地面に置こうと屈んだはずの真は次の瞬間、
曲げた膝を思い切り伸ばして未央に向かって全力で走り出した。

未央は、真が指示に従わない可能性も当然考えていた。
だがこれは完全に想定外だった。
背を向けて逃げるなら分かる。
それならまだ良かった。
しかし真の取った行動は真逆。

この真の行動に未央は一瞬ぎょっとする。
が、判断は早かった。
あるいはほぼ反射のようなものだったのかも知れない。
ピンを引き抜くと同時に右手を振りかぶる。
そして躊躇することなく、未央は迫る真に向けて手榴弾を投げた。

だがその直後の真の行動は再び未央を硬直させた。
真は一瞬深く息を吸ったと思えば、
自分に向かって飛んできた手榴弾を、思い切り上空へ向けて蹴り飛ばした。

未央は思わず手榴弾を追って目線を上げる。
しかし真は違った。
視線は真っ直ぐ固定され、
蹴り上げた足をそのまま未央へ更に接近するために踏み込む。

そして遥か上空で手榴弾が爆発した時、真は既に未央の目と鼻の先に居た。

未央「ッ!?」

真「はあああああッ!!」

次の瞬間、未央の即頭部を強い衝撃が襲う。
真の強烈な上段蹴りを食らった未央は勢いよく倒れ、そのまま数メートル地面を転がった。
だが、今度は真の目が驚きに見開かれた。

未央「っ、ぐ……!」

成人男性すら一撃で昏倒させる真の蹴り。
それを食らった未央はしかし、ふらつきながらもすぐに立ち上がる。

直撃であれば当然、今頃未央の意識はないだろう。
だが真には見えていた。
完全に不意打ちだったにも関わらず、
未央は驚くべき反応速度で腕を上げて衝撃から頭を守ったのだ。

これは一筋縄ではいかないかも知れない。
頭部に少しでもダメージが残っているうちに無力化した方が良い。
そう思い、真は鉈を地面に置く。
そして自分が最も慣れた空手の構えを取った。

しかしその時、真は未央の背後から一つの影が現れたことに気付いた。
未央は真に一瞬遅れて気配に気付き後ろを振り向く。

そこに立っていたのは、バットを振り上げた美希だった。

未央「ぅあッ!?」

咄嗟に未央は横へ飛び、受身を取る余裕もなく地面に倒れこむ。
それと同時に、一瞬前まで未央が立っていた位置にバットが振り下ろされた。

真「み、美希……!?」

美希「真くん! 話はあと!」

自分の名を呼んだ真を美希は制した。
その目は未央に固定されている。

未央は敵が一人増えたことを確認し、必死に次の行動を選択した。
相手はあの菊地真と星井美希。
しかも自分は丸腰で、ここで立ち向かっても返り討ちに遭うだけだ。
逃げるしかない。

そう判断し、未央は二人から距離を取るためすぐに立ち上がる。
しかし二人に背を向けた直後
未央の目に飛び込んできたのは、民家の壁だった。

咄嗟のことだったとは言え避けた方向が悪かった。
未央は今、完全に退路を絶たれてしまっている。
そしてそんな未央に二人は、特に美希は、
圧倒的な威圧感を持ってジリジリと攻め寄っていく。

未央「っ……はあっ、はあっ、はあっ……!」

壁を背にし、未央の呼吸と心臓は急激に加速する。
目にはいつの間にか涙が浮かび始めている。
そして美希のバットを持つ手が動いたその時。
未央はぎゅっと目を瞑って、叫んだ。

未央「ま、待って!! お願い、待って!!」

それを聞き、美希はぴくりと眉を動かし手を止める。
未央はこの機を逃すわけにはいかないと、
美希と真の間に視線を忙しく左右させ、そして必死な形相で、

未央「こ、殺さないで、お願い! なんでも、なんでもするから!!」

命乞い。
少し前までとは打って変わって、完全に怯え切った表情を浮かべての必死な懇願。

これを見て真は、少し前まで自分が抱いていた敵意が薄れていくのを感じた。
微かな困惑の色を浮かべ、空手の構えを解く。
そして美希にチラリと視線を向ける。
だが美希はただ黙って、未央をじっと見続けていた。

未央「お、お願い、本当、なんでも……そ、そうだ! 私、人質になる!
   私のこと、利用していいから! そしたらホラ、他の子を脅したりとかできるでしょ!?
   そしたらもっと戦いやすくなると思う! ね!?」

美希「……それ、何か意味あるの? 人質になってミキたちが有利になって、
   それで346プロが負けたら結局死んじゃうのに?」

未央「い、いい! 今死なないで済むならそれで良い! だから、お願い!」

美希「……」

仲間を裏切るような真似をしてまで延命を乞う未央を、美希は無感情な目で見続ける。
美希が何を考えているのか、未央にはもちろん、真にも分からなかった。
そして真はそんな美希の沈黙に耐えられなかったのか、
美希の反応を窺うように声をかけた。

真「ね、ねぇ美希。ボクとしては、この子を人質にするのはアリだと思うんだけど」

美希「……そうなの?」

返事はしたが、美希はやはり未央から目を離さない。
真は美希の横顔に向けて、続けた。

真「うん……。人質が居た方が今後やりやすくなるっていうのはその通りだと思うし……」

そこまで言って、真は美希の反応を待つ。
美希はやはり黙って未央を見続け、そして、呟くように言った。

美希「いいよ。じゃあこの子、人質にしよう」

未央「……!」

真「じゃ、じゃあ」

美希「でもこのままじゃ駄目なの。せめて両手くらいは動かせないようにしなきゃ」

未央と真が何か言う前に美希はそう続けた。
確かに人質を自由に動ける状態にしておくのは賢明ではない。
それは真も納得した。
しかし、

真「動かせないようにって……でも、どうやって? 何か縛るものが無いと……」

美希「ミキ的には、骨を折っちゃえばいいって思うな」

まるで日常の中でなんでもない提案をするかのように、美希はさらりとそう言った。
真はぎょっとしたが、美希の顔は真剣そのものだった。

両手の骨を折る。
それなら確かに縛る必要もなく行動は制限される。
表情をまるで変えることなく発されたその言葉に、未央は息を呑む。
しかし異を唱えれば、殺されてしまうかも知れない。
そう思うと未央は黙っていることしかできなかった。

だがそんな未央に代わり、
直接的ではないにせよ異論を唱え始めたのが真だった。

真「ボク、紐か何か探してくるよ。これだけ家があればそのくらいは……」

美希「無いって思うな。ミキ、さっきまでもう一つの似たような所に居たんだけど、
   そういうのって何もなかったの」

真「……でも、こっちにはあるかも知れない。だから探してくるよ」

そう言って、真は美希に背を向けようとする。
しかし一際大きな美希の声がそれを止めた。

美希「待って!!」

その声に真は再び美希へ向き直る。
が、次に美希が話しかけたのは真ではなかった。

美希「ねぇ、ここって紐みたいなのあった?」

未央「……え」

美希「ミキや真くんが来る前からここに居たんだよね?
   色々探してみたでしょ? 紐みたいなの、あった?」

未央「え、えっと……」

美希「嘘は駄目だよ? あったって言って、もし無かったら……」

未央「っ……な、無かった! 多分、無かったと思う……!」

未央の返事を聞き、ミキは微かに口角を上げる。
そして相変わらず未央に視線を固定したまま、真に向けて言った。

美希「ほらね、真くん。ミキの言った通りだったでしょ?」

真「……美希が脅して言わせただけじゃないか」

美希「そんなことないの。ね、違うよね? ……違うよね?」

未央「っ……!」

一瞬遅れてそれが自分に向けられた言葉だと気付き、
未央は美希を肯定するべく慌てて首を縦にふった。

しかしその様子を見て、真は数秒黙り、そして、静かに言った。

真「やっぱり見落としてるかも知れないから一応探してくるよ」

あくまで無傷の拘束にこだわろうとする真。
そしてそんな真に、美希はとうとうしびれを切らした。

美希「っ……もう! 真くんの意地っ張り!
   この子まだ普通に動けるのに、一人で見張るなんて危なすぎるの!
   動けないようにするまでは、
   二人でちゃんと見てないと安心できないって思うな!」

真「それは……そうかも知れないけど……」

美希の言うことを肯定しつつも、やはり反論しようとする真。
その真の様子に、美希はまた少し沈黙する。
そして真が口を開こうとした直前、美希は軽く息を吐き、落ち着いた声で言った。

美希「……優しいね、真くん」

真「え?」

美希「いいよ、わかったの。そう言えばミキ、縛るもの持ってたからそれで縛るね」

美希「真くん、あの包丁貸して。まず切らなきゃいけないから」

美希が包丁と呼び指し示したのは、真の武器である鉈。
だが真は今の美希に渡していいものかどうか少し迷った。
しかし美希はそんな真の心情を察し、薄く笑って言った。

美希「大丈夫。傷付けたりなんかしないよ。この子はちゃんと縛って人質にするの」

真「……」

どうやら嘘は言ってなさそうだ。
そう判断し、真は地面に置いた鉈を拾って美希に手渡した。

美希「ありがとうなの」

そう言ったと同時。
美希は一切の躊躇なく、真が止める間もなく、自分の髪を掴んでバッサリと切断した。

真「っ……!」

美希「この包丁よく切れるね。じゃあ縛っちゃうから、これ返すね」

眉一つ動かさずそう言い、美希は真に鉈を返す。
そして未央に向けて、

美希「壁の方向いて。両手は後ろ。変に動いちゃヤだよ?」

淡々と指示し、数十本あるいは数百本の髪の束を作って未央の両手首を縛り始める。
普通の紐や縄を使うのに比べ流石に難儀したようだが、
十分な長さを持った美希の髪は見事、未央の両手の自由を奪うことに成功した。

美希「良かったぁ。どう真くん? ミキ、上手に出来たよね!」

人質を縛り終え、ここで美希は初めて未央から視線を外し、真に顔を向けた。
その瞬間、真は悪い意味で心臓が大きく跳ねるのを感じた。

いつも通りの口調で行われる、倫理や常識から外れた行動。
まるで美希によく似た別人のようだ。
何が美希をここまで変えてしまったのか。
全身に走った悪寒を抑え、真は頭によぎった想像をそのまま口にした。

真「……美希。もしかして、もう346プロの誰かを……」

美希「……」

この質問に美希は目を伏せて沈黙する。
そしてその反応を見て、未央は全身の血の気が引くのを感じた。
自分を見る美希の目が尋常ではない色を帯びていることには気付いていた。
しかしやはり、直接答えを聞くのは怖い。

そんな未央の思いを知ってか知らずか、美希はチラと未央を見て、答えた。

美希「ううん、誰も殺してないよ。殺そうとしたけど、失敗しちゃったの」

未央「こ……殺そうとしたって、誰を……」

美希「……誰だっていいの。
   っていうか、人質なんだから勝手に喋っちゃ駄目だって思うな。
   次勝手に喋ったら酷いことするから黙っててね?」

未央「っ……」

このシンプルな脅しに未央は沈黙せざるを得なくなる。
そんな未央を尻目に、美希は真に向けて続けた。

美希「ミキね、自分でもこんなのおかしいって思ってるよ。
   人を殺すのは悪いことだっていうのも分かってる。
   でももう決めたの。ミキは346プロの子達を殺すって」

そう言った美希の表情を見て、真は思わず美希から目を逸らしたくなった。
だがそれは、先ほどのように美希に負の感情を抱いたからではない。
この時になってようやく、気付いたからだった。

真は少し前まで、美希はこの異常な状況で、
ある意味狂ってしまっているのだと思っていた。
正常な判断ができる精神状態にないのだと、そう思っていた。
だが違った。

発言は確かに正常とは言えないがしかし、殺意を口にした美希の表情は、
彼女が極めて「まとも」であることを示していた。
そのことに真は気付いた。
そしてそんな状態でこれほどまでの覚悟をしてしまった美希の心情を思い、
胸が強く締め付けられるのを感じた。

真は眉根を寄せ唇を噛む。
美希はその真の様子を見て、ほんの一瞬目を伏せた。
だがすぐに上げ、いつもの口調で続けた。

美希「そうだよね、真くんはやっぱり嫌だよね。
   こんな状況でも人なんか殺せないよね。ミキもそれが普通だって思うな」

真「美希……」

美希「人殺しなんかしたくないって言うんだったら、それでいいよ。
   その時はミキ、この子と二人でどこかに行っちゃうから。
   真くんだったらきっと一人でも大丈夫だよね?
   ミキがいーっぱい敵をやっつけちゃうから、真くんは生き残ってくれればいいの!」

美希はやはり、いつもと変わらぬ口調で話す。
しかし、だからこそ、真は美希の声を聞くにつれて
自分の中で初めは曖昧だったものが徐々に形を成していくのを感じた。
そしてそれは真の口からはっきりと、言葉となって表れた。

美希「うん、きっとその方がいいよね。
   だってミキが頑張ればみんなは人なんか殺さなくても」

真「ボクもやるよ」

言葉を遮るように、真は美希の肩を掴んで力強く言った。
そして大きく見開かれた美希の目を見つめ、

真「一人で頑張りすぎるのは良くないって、ボク達はみんな知ってるはずだよ……。
 それにこんなことを美希一人に背負わせるなんてボクにはできない。
 正直言うとさっきまで、迷ってた。でも、ボクも今決めた。
 みんなで生きて帰るために、ボクも……」

そこで言葉を区切り、真は美希から視線を外した。
外した先に居た未央と目が合う。
そして真は未央の目を真っ直ぐに見つめ、
最後に残った迷いを断ち切るように言い切った。

真「ボクも、346プロの子を殺す……。君のことも殺すことになるかも知れない」

その視線から逃れるように未央は目を瞑る。
同時にその目から涙が一筋流れたが、真の敵意も戦意も、もう薄れることはなかった。

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します

みくが目覚めた集落の南東およそ400m辺りがもう一つの集落です
海沿いと集落以外は基本的に全部森です

17:21 双葉杏

きらり「ひっ……!」

かな子「い、今何か……」

杏「しっ! 静かに!」

きらりの悲鳴とかな子の言葉に、杏は前を向いたまま言葉だけを返し身を伏せた。
自分達が向かっているその先……恐らくそう遠くない位置から聞こえた大きな音。
恐らく何かが爆発した音だろうと、三人の認識は共通していた。

杏は黙って音のした方向を見続け、
きらりとかな子はその後ろで手を取り合い震える。

その後しばらく身を低くしてじっとしていたが、
どうやら今すぐこちらを襲う脅威はないようだと杏は判断した。

後ろを向き、かな子達に目を向ける。
二人は怯えたような眼差しでこちらを見つめている。
そして杏は数秒二人の様子を見ながら考えた。

恐らくこの先で、346プロと765プロが戦っている。
本来なら加勢に行くべきなのかも知れない。
しかし危険要素が多すぎる。
敵の数も武器も分からないし、それに何より、一番の不安はこの二人だ。
今の二人の状態では、連れて行くにしても置いて行くにしても危ない。
死者が一人ならまだしも、場合によっては二人、三人もあり得る。
それを考えれば……

杏「……行き先変更。もう一つの集落に行こう」

杏はそう言って立ち上がった。
そして二人の横を通り過ぎ、今来た道を引き返す。

杏「ほら、早く。急がないと向こうから敵が来るかもよ」

かな子「……! い、行こう、きらりちゃん」

杏の警告を聞き、かな子も素早く立ち上がった。
そしてきらりの手を引き杏の後ろを付いて行く。
きらりは返事をすることもなく、かな子に手を引かれるままに歩き出す。

杏はそんな二人の様子を肩越しにチラと振り返り、
敵との戦いだけでなく
きらりへの対応も早めに考えた方がいいかも知れない、と思った。

17:40 みりあ

みりあ「っ!」

爆発音を聞き慌てて駆け付けた先にあった光景。
それが目に入ったと同時に、みりあは慌てて木の陰に隠れた。

美希「ねぇ人質さん、どこが一番休めそうな感じ?
   ミキ的にはクッションとか柔らかいものがあれば良いと思うんだけど」

未央「ご……ごめん。クッションは多分、無かったと思う……」

美希「……ふーん。ま、それもそうだよね。でももしあったら、真くんに一番に使わせてあげるの」

真「うん……ありがとう、美希」

みりあは恐る恐る顔を出し、様子を窺う。
遠目からだが、その姿ははっきりと見えたし声も風向きのおかげか辛うじて聞こえた。
未央の両隣に居るのは765プロの菊地真と星井美希。
そして未央は「人質さん」と呼ばれて後ろ手に両手首を縛られ、
更には首元には大きな刃物が当てられている。
協力関係に無いことは明らかだ。

助けに行かなければとみりあは一瞬飛び出しそうになったが、すぐに思いとどまった。
相手は二人、どちらも自分より背が高く、武器も自分のものよりずっと強力そうだ。
無作為に飛び出せばどうなるか、まだ幼いみりあにも簡単に想像がついた。

だからみりあは、機を待つことにした。
三人はどうやらこの集落を中心にして動くつもりのようだ。
既に日は傾きかけており、少なくとも寝泊りはここですると考えて間違いない。

未央を助けるチャンスを窺うため、みりあはしばらく三人を監視することに決めた。

17:55 水瀬伊織

伊織「……真美、立って」

荷物を持って立ち上がり、伊織は真美に声をかける。
しかし真美は反応を返さない。
亜美が目を覚まさなくなってからしばらく経つが、
真美は未だに遺体の横に座ったまま動かずにいた。

本来なら伊織も、真美の気が済むまでずっと二人を一緒に居させてやりたかった。
だが、このエリアに来て既に数十分が経過している。
細かい時間を見ていなかったため正確には分からないが、
そろそろ動き始めておかないと取り返しのつかないことになる。

伊織「ほら、真美……行かなきゃ。早く立って……」

真美「……」

伊織は真美を急かすがやはり反応はない。
このままでは二人揃って死んでしまう。
そう思い、伊織は口元を引き締め、少し語気を強めて言った。

伊織「真美、早く行かないと一時間経つわ。そしたらどうなるかあんたも知ってるでしょ」

それを聞き真美はようやく反応した。
俯いたまま、消え入りそうな声でぽつりと、

真美「……じゃあ亜美も連れてく」

そう言ったまま再び黙り込んでしまう。
伊織はその声に、言葉に、胸を締め付けられながら答えを返す。

伊織「ダメよ……。それはできないわ。人一人抱えてこんな森の中を歩くなんて……」

真美「じゃあ行かない。真美もずっとここに居る。亜美と一緒じゃないとやだ」

そうして真美はやはり、俯いたまま黙ってしまった。
今真美がどんな気持ちで居るか、伊織には計り知れない。
ずっと二人で、いつも一緒に居た双子の姉妹。
自分の分身とも言える大好きな妹を失った真美の気持ちは、恐らく誰にも分からない。

真美の心情を考えるだけで胸を切り裂かれる思いがしたが、
その痛みを堪えるように、

伊織「っ……いいから早く立ちなさい……! もうあと何分なのか分からないんだから!
   早く移動しないと、ここに居たら死んじゃうのよ!?」

ぐっと拳に力を入れ伊織は真美にそう強く言った。
しかし真美は伊織の言葉を聞き表情を酷く歪めた。
そして涙でボロボロになった顔を伊織に向け、叫んだ。

真美「いいもん!! 死んじゃってもいい!!
   亜美と一緒に居られないんだったら死んだほうがいいよ!!」

伊織「ッ……!!」

次の瞬間、伊織は真美に向けて思い切り手を振り上げた。
真美はそれを見て反射的に首をすくめて目を瞑る。
しかし痛みに備えた真美の体に伝わったのは、強く抱きしめる腕の感覚。
それと、震えた伊織の声だった。

伊織「嫌よ……お願い、そんなこと言わないで……」

真美「え……」

伊織「亜美だけじゃなくて、あんたにまで死なれたらどうしたらいいのよ……!
   お願い、真美……死んでいいなんて言わないで……!」

そうして伊織は真美の肩を掴んで体を離す。
その目から亜美と同じように涙が流れている。
しかし、目つきは亜美とは全く違った。

伊織「それに亜美の気持ちも考えて……。
   生きて欲しくてあんたを守ったこの子の気持ちを、無駄にしないで……!」

その視線と言葉を受け、真美は今度は伊織にしがみつき、再び声を上げて泣き始めた。
伊織はそっと真美の手を握り、肩を抱いて二人で立ち上がる。
真美は泣きながら、伊織に手を引かれて妹の元を離れていった。

18:00 秋月律子

莉嘉「あっ……! ねぇ律子ちゃん、あれ!」

律子「えぇ。やっと見えたわね」

海岸沿いを手を繋いで探索していた律子達は、
取り敢えずの目的地に定めていた灯台をようやく見つけた。

見つけたとは言っても、別に探していたわけではなく
歩いていればそのうち着くことは分かっていた。
しかしそれでも自分の目で確かめられると多少気も落ち着く。

だが気を緩めるわけにはいかない。
律子は立ち止まり、そして莉嘉に向き直る。
そしてきょとんとする莉嘉に、真剣な顔を向けて言った。

律子「いい? もしあの灯台に誰が居たとしても、絶対に手を離しちゃダメよ?
   どうしてかはちゃんと覚えてるわね?」

莉嘉「う、うん! アタシたちが、お互いに協力しようとしてるってことを見せるため!」

律子「よしっ。それじゃ、行きましょう」

そう言って二人は再び歩き出す。
律子と莉嘉が手を繋いで歩いているのは、単純に仲が深まったからというわけではない。
互いに敵意がないことが第三者の目からも分かるようにと、律子が発案した一つの策だった。

尤も、これも絶対の効果を保証するものではない。
場合によっては一方がもう一方を脅して演技を強要していると、そう取られてもおかしくはない。
そしてその時は恐らく自分が脅していると思われるんだろうな、と律子は自覚していた。

もちろんそう誤解された時にはお互いに庇い合うという約束事はしている。
また仮に誤解されたとしても、
不意打ちで抵抗する間もなく攻撃され……という可能性はほぼゼロにできるはず。

律子は少なくともそう信じていた。
実際に効果があるかどうかは、恐らくもう数十分後には明らかになる。
目覚めてから三時間が経過し、完全に夜の闇が訪れるのも近い。
この状況であれば灯台に誰かが居る可能性はそれなりに高いはずだ。

灯台が近付くに連れ、莉嘉と繋がった自分の手が汗ばんでいく気がするが、
動揺を伝えてはならないと、律子はそれまで通りに莉嘉と二人で探索を続けた。

それからしばらく歩き、もう灯台も目と鼻の先と言えるまでに近付いた。
その頃になるともうはっきりと見える。
灯台の一階部分の窓から、明かりが漏れている。
見張りなどは立っていないようだが、ほぼ間違いなく中に誰か居る。

流石にこの段階になると二人とも緊張を隠せない。
黙って入口まで歩いたが、窓は締め切っていたようで声は聞こえなかった。

先に声で判断できれば楽だったのだが、聞こえなかったものは仕方ない。
律子は扉の前に軽く握った拳を掲げ、ひと呼吸置く。
そして奥まで音が届くよう強めに三回、扉を叩いた。

そのまま反応があるまで待つが、この数秒が律子には嫌に長く感じた。
十秒ほど経ったか、あるいはもう三十秒になるか、もう一度ノックした方が良いか。
と律子が同じように拳を上げかけた、その時。

  「……誰ですか……?」

扉越しに聞こえたこの返事に、律子と莉嘉は同時に目を見開いた。
聞こえた声は一つではなかった。
二人が同時に声を重ねていた。
そして律子達はそれぞれ、自分に聞き取れた方の声の主を、同時に呼んだ。

律子「千早……!?」

莉嘉「美波ちゃん!」

二人が名を呼んでから一秒も待たず、扉は開かれた。
そこに立っていたのは律子達の耳の通り。
その目で相手を確かめた瞬間、莉嘉は思わず美波に飛びついた。
そして直後、奥のもう一枚の扉から更に二人現れる。

アーニャ「Удивленный……! 驚きました……」

春香「律子さん! 良かったぁ……!」

莉嘉「アーニャちゃんも居たんだ! やったー! すっごく嬉しい!」

律子「千早、春香……!」

律子は765プロの仲間に会えたことや、
彼女たちが346プロのアイドルと共に居たことに安堵し、思わず涙ぐみそうになる。
しかし懸命に堪え、すぐに気持ちを切り替えた。

律子「と……取り敢えず、中に入っても良いかしら。
   もうずっと立ちっぱなし歩きっぱなしで……」

千早「ええ、もちろんどうぞ……なんて、別に私の家ではないのだけれど」

春香「椅子なんかも人数分ありますから! しっかり休んでください!」

こうして今、765プロと346プロのアイドルが
同じ屋根の下にそれぞれ三人ずつ揃った。
先に居た四人は律子たちを中へ案内し、六人全員で一つのテーブルを囲う。
そして自己紹介やここに至るまでの経緯など、各々が持つ情報を話した。

互いが持つ様々な情報の中、やはり一番の重みを持っていたのは、伊織に関するものだった。
しかし律子は、春香や千早ほどには動揺を見せなかった。

律子「……あの子なら確かに、
   そういう行動に至ってしまってもおかしくないかも知れないわね……。
   なんとなくそんな予感はしていたけど……嫌な予感に限って当たるんだから」

動じていないかと言えば当然そんなことはないが、
深く息を吐いて額に手をやる律子の表情は、混乱というより困惑に近い。
そしてそんな律子に、美波は恐る恐る問いかけた。

美波「律子さんは……竜宮小町のプロデューサーでしたよね。
   伊織ちゃんは私たちのことをどの程度敵視しているか、推測がついたりはしませんか……?」

律子「……残念だけど、自信を持って答えることはできないわ。
   普段の仕事の中でのアクシデントならあの子達が何を考えるか、
   ある程度は分かるつもりだけど……。あまりに状況が異常過ぎて……」

そこで律子は何かを考えるように目を伏せ、口元に手をやる。
そして数秒の沈黙の後、

律子「あの子の優しさと気の強さがどういう方向に行くか、完全には予測がつかない。
   ただ、簡単に人を殺す判断を下すなんてことは絶対にあり得ないわ。
   美波さんの武器を奪った時点では、本当に警戒心や不安がほとんどだったと思う。
   だからあなた達の考える通り、その後あの子に何も無ければ、
   説得に応じて協力してくれる公算は高いわ」

765プロの中でも特に伊織をよく知る律子の分析。
これを聞き、一同は取り敢えずこれまでの自分達の考えが
そう外れたものではないことを知って安堵した。

だが当然手放しでは喜べない。
律子が思うには、伊織が説得に応じるのはあくまで「何もなければ」だ。
その「何か」というのは、恐らく考え始めればキリがない。
答えが出ない以上、悪い想像はいたずらに不安を掻き立てるだけ。
だから律子はこの「何か」には敢えて深く言及しなかった。

しかしその「何か」は、
恐らく伊織自身の身に起こることではないと律子は考えていた。
仮に、そう、例えば……仲間が襲われ、傷ついてしまったとしたら。
それは伊織の心に大きな影響を与えることになるだろう。
伊織の優しさをよく知る律子は、
その嫌な想像がこれ以上加速する前に別の話題に切り替えることにした。

律子「ところでみんな、明日のことについてはどう考えてる?
   何時から行動を始めるか、どう行動するか、その辺りを聞かせてもらえないかしら」

美波「はい。一応、行動の開始は七時を考えてます。
   基本的には灯台を中心に他事務所同士の二人一組で探索して、
   他の子が見つかれば協力をお願いする……ということになってます」

律子「そうね、他事務所同士のペアを作るのは私も賛成。探索の範囲はどの程度?」

美波「細かくは決めてませんが、灯台が見える範囲内にしようかと……。
   私たちが居ない間に誰かが灯台に来て入れ違いになるのはできるだけ避けたいので」

律子「なるほど……。でもそれだと、ひと組を灯台周辺に置いて、
   他の組はより広い範囲を探索する、というのもアリよね。
   特に今は私たちが加わったわけだから、もっと効率よく行けるんじゃないかしら」

美波「ひと組を灯台周辺に……確かに、そうですね。
   もしそうするんだったら、灯台周辺というより上に登った方がいいかも知れませんね。
   そうすれば遠くの様子まで見ることができますし。
   もちろん一時間おきに下に降りて、一度エリアを移動する必要がありますけど……」

律子「灯台の高さは私も利用するべきだと思うわ。
   流石に森の中までは見えないでしょうけど、耳からもより情報を得られやすいでしょうし。
   私は異論は無しね。みんなはどう?」

千早「ええ、私もそれでいいと思う」

春香「あ、えっと……。ご、ごめんなさい、もう一回お願いします……」

アーニャ「私も、すみません……。よく、わかりませんでした……」

莉嘉「二人一組で、ひと組は灯台の周りで……? もうひと組が……?」

美波「あ、あぁ、ごめんね! 私たちだけで……!
   つまり、ひと組は灯台に登って周りを観察して、
   他のふた組はもっと広い範囲まで探索する、っていうことね」

律子「……アナスタシアと莉嘉はともかく、春香はもう少ししっかりしてもらわないと……。
   別に難しいやり取りをしてたわけじゃないんだから」

春香「す、すみません。二人共しっかりしてて心強いなーって思ってたら……」

律子「まったく……。美波さん達と会った時も、
   あなたのおっちょこちょいで色々と大変だったんでしょう?」

春香「うぅ、ごめんなさい……」

美波「ま、まぁでも、春香ちゃんのおかげで私たちは出会うことができたわけですから」

春香「……でもそれも、千早ちゃんが言ってくれなかったら
   あの毒ずっと置きっ放しだったかも……」

莉嘉「ほんと良かったよね! アタシだったら食べちゃってたかも……」

アーニャ「危なかったですが、もう大丈夫です。ぜんぶ捨てましたから。誰も危なくないです」

千早「そうね。一時は焦ったけれど、取り敢えずは危険を取り除けて良かったわ」

律子「とにかく、あなたはどちらかと言うと年長組になるんだから。
   ここでも私と美波さんの次に年齢が上なのよ? もっとしっかりしなさい、いいわね?」

春香「はいぃ……」

こうして序盤の緊迫した空気はいつの間にか消え去り、
まるで日常の中のような柔らかいものへと少しずつ変わっていった。

この空気の変化に気付いている者ももちろん居る。
しかし敢えて口には出さず、身を任せていた。
こんな状況ではあるが……いや、こんな状況だからこそ、和やかさは必要であると。

気を休められるときには、思い切って休めておこう。
四六時中張り詰めていてはきっと身が持たない。

六人はほんの一時殺し合いのことを忘れて会話を重ね、互いの親睦を深めていった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します

19:00 双葉杏

李衣菜「……そんな……」

みく「み……見間違い、とかじゃないの? か、勘違いとか!」

杏「……見間違いじゃないし、勘違いってこともまずないと思う」

あの後、杏たちは予定を変更してこの集落へと向かい、
その結果李衣菜たちと合流することができた。

李衣菜に案内され民家へ入り、まず杏はみくが横になっている理由を聞いた。
それから自分たちに起きたことを話した。
つまり、卯月が死亡したことを。

卯月の死を、三人はやはり信じられなかったようだった。
というより実感が湧かなかった。
あまりに冷静に話す杏の姿が、その言葉に実感を与えてくれなかったのかも知れない。

しかし次の瞬間、杏の言葉は急に実感を伴った。
ずっと黙っていたかな子が、顔を両手で覆い泣き始めたのだ。
その姿が、声が、三人に卯月の死を現実として実感させた。

李衣菜は唇を噛み、肩を震わせて俯く。
みくは腕で口元を隠し嗚咽を押し殺す。
蘭子はかな子と同じように顔を覆い、手の端から涙を溢れさせる。

杏はわずかに眉をひそめ、
きらりは真っ赤に腫れた目を薄く開いたまま、ただうつむいていた。

そのまましばらく経ち、声を上げて泣いていた者がようやく
しゃくり上げる程度に落ち着いた頃、杏は静かに言った。

杏「……悲しいのはしょうがないし、泣ける時には泣いていいと思うよ。
 ただ三日目の朝にはあんまり動揺しないように、覚悟はしておいて」

と、この言葉にほとんどの者が眉根を寄せた。
「三日目の朝」という言葉が何を意味するのか理解できなかったのだ。
杏はそんな彼女たちの反応を見、それから鞄を探って数枚の紙を取り出す。

杏「この中に書いてたんだよ。三日目の朝7時に、それまでの死亡者の名前が発表されるって。
 っていうかこれ、ちゃんと読んでおいた方がいいよ。
 最初の説明で言ってなかったこともいくつか書いてあるから」

そう言って杏は一番近くに居た李衣菜に書類を差し出す。
しかし、李衣菜はそれを受け取ろうとはしなかった。
李衣菜は紙を差し出す杏の顔を数秒見た後、俯いて声を絞り出すように言った。

李衣菜「なんで……そんなに冷静で居られるの?
    友達が殺されたのに、なんで……」

この李衣菜の言葉は、杏を責めているものではない。
それはここに居る全員が分かった。
皆もまったく同じ感想を抱いていたからだ。

李衣菜は床を見つめ、数時間前の自分を思い出す。
倒れたみくを発見した時、また殴られた事実が発覚した時。
自分はまるで冷静では居られなかった。
今でもあの時のみくが苦しむ姿を思い浮かべるだけで胸を掻き毟られる思いがする。

しかし杏の表情からは、混乱も悲しみも怒りも、何も読み取れない。
読み取れないからと言って、では杏は卯月の死に対し何も感じていないかと言うと、
当然そんなことはないと李衣菜も分かっている。

杏だって友達の死や殺した犯人に対し何か思っていることがあるはずだ。
殺された時には少なからず動揺したはずだ。

だが、にも関わらず、なぜ冷静で居られるのか。
李衣菜も他の皆も、ただただそれが疑問だった。

杏は李衣菜の言葉を聞き少しの間を置いて、

杏「冷静じゃなきゃ死ぬからだよ。
 死んだことを引きずっても
 卯月ちゃんは生き返らないし、無駄に犠牲者を増やすだけ。
 そんなことに使うエネルギーがあるなら自分が生き残るために使わないと。
 杏はそう思って、冷静で居ようとしてるだけだよ」

自分に集まる視線に向かってやはり落ち着いた声と表情で、そう答えた。

杏「あ、そうだ……。そう言えば他にもそっちに教えなきゃいけないことがあるんだった」

これ以上この話題を続ける必要がないとばかりに、
あるいは今自分が言ったことを体現するように、杏は話題を切り替える。
が、地図を開いて話を始めようとしたその直前
杏は一瞬動きを止め、そして顔を上げて言った。

杏「……かな子ちゃんときらりは向こうに行って休んでていいよ。
 あとは杏が話せば情報の交換は終わりだから」

かな子「え……?」

何故ここで自分達二人を先に休ませようとするのか。
せっかくなのだから最後までみんなで一緒に居ればいいんじゃないのか。

かな子は初め、そう思った。
しかし杏の目を見て、またこれから杏が話すであろう内容を推測して、
かな子は彼女の意図を察した。

かな子「うん……わかった。きらりちゃん、行こう?」

きらり「……」

かな子に促され、きらりは黙って立ち上がる。
そしてこの集落に来た時と同じように、手を引かれるまま部屋を出て行った。

李衣菜たちはそんな二人の、特にきらりの背中を心配そうに目で追う。
二人の姿が見えなくなったと同時に、杏は李衣菜たちに声をかけた。

杏「きらりのことも含めて、今から話すよ」

その言葉で李衣菜たちは杏に視線を戻す。
それを確認し、杏は地図を指さしながら話し始めた。

杏「まず大事なことから。二時間前くらいかな……。
 地図で言うとこの辺りで、双海亜美と双海真美に会ったんだ。
 それで、二人とも武器は大したものじゃなかったから、殺すなら今だと思って撃ったんだよ」

まるで何でもないようなことのように話されたせいで、三人の理解は一瞬遅れた。
そして一瞬後、杏が本当に人を殺そうとしていた事実を理解した。
みくは息を飲み、蘭子の手は震え始めてしまう。
だが李衣菜は膝の上で拳を握り、続きを促した。

李衣菜「……それで、どうだったの」

杏「逃げられた。多分弾は当たったと思うけど、殺せたかどうかは分からない。
 で……その辺りのことで、きらりがああなっちゃってるんだ」

みく「ひ……人が目の前で撃たれて、ショックだったから?」

杏「あー、えっと、それもあると思うんだけど……」

それから杏は、詳細まで話した。
きらりが亜実と真美の警戒を解いたこと、
自分がそれを利用して二人を騙し討ちしたこと……。

つまり結果だけ見れば、
きらりが騙し討ちに手を貸したことになるのだということを。

みく「……それじゃあ、きらりちゃんはそのことを気にして……?」

李衣菜「それ、ちゃんと言ってあげたの? きらりちゃんのせいじゃないって……」

蘭子「は、早く、言ってあげないと……!」

杏「もちろん、言ったよ。きらりが何もしなくたって
 どっちにしろ杏は撃ってたんだから関係ないって。
 それで一応納得はしたと思うんだけど、でも多分……原因はそれだけじゃないんだ」

そう言って杏はきらりが出て行った方へと視線を外す。
そして一呼吸置き、言った。

杏「自分で言うのも変だけど、きらりって杏のこと好きでしょ?
 だから多分、杏が人を殺すって決めちゃったのが嫌なんだよ」

それを聞いて三人は、確かにそうかも知れない、と思った。
きらりの性格や杏との仲の良さを考えれば、
杏が殺人を犯すということに酷く心を痛めているのは想像に難くない。

だがそれと同時に、本当にそれだけだろうかという気持ちも三人は微かに抱いた。
自分が殺人に手を貸すような真似をしてしまったこと、
親友が殺人に手を染めてしまうこと……。
それらは確かに優しいきらりの精神を摩耗させる要素としては十分だ。

しかしそれを踏まえても、今のきらりの落ち込み方は異様に思えた。
杏は気付いていないのか、気付いていて敢えて何も言わないのか、それは分からない。
分からないが、他に何か原因があるのではないか。

だがその考えはまったく根拠の薄いものであり、
三人が自分の気のせいだと思い直すのに時間はかからなかった。




かな子「えっと、じゃあ……私、多分もう少し起きてるから何かあったら言ってね。
    もし寝てても、起こしてくれて大丈夫だから……」

きらり「……」

かな子「……おやすみ、きらりちゃん」

黙って横になるきらりの背中に、かな子はそう声をかけて自分も休むことにした。
まだ寝る時間には早すぎるが、起きていてもすることがない。
初め、かな子は会話をして少しでも気を紛らわせようとはしていた。
だがきらりの状態を見てそれは断念した。

杏が亜美と真美を撃ってから、
きらりは杏ともかな子とも、会話らしい会話をまったくしていなかった。

かな子に背を向け床に寝るきらり。
しかしその目はそれまでと同じように薄く開かれ、どこともない空間をぼんやりと見続けていた。

きらりの瞳には、あの時の杏の顔が張り付いて離れなかった。
耳からはあの時の言葉が離れなかった。

 『杏はそんなの絶対嫌だ。友達が殺されるなんて絶対に嫌だ』
 『だから二人とも、力を貸して。生き残るために精一杯のことをするんだ……!』
 『杏……これ以上みんなが傷つくの嫌なんだよ』

そう言って自分を見上げる杏の表情は、
あんな状況でも自分に勇気をくれて、頼もしさも感じた。
この子と一緒ならきっとみんなで帰れると、そう思わせてくれた。
しかし……

 『撃たないわけないじゃん。やらなきゃみんな死ぬんだから』
 『それとももしかして、人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシとかって考えちゃう感じ?』

杏が人を殺す決意をしてしまったことは、きらりの心を強く締め付けた。
だがそれでも、その決意が優しさから来るものだと信じることができていれば、
きらりは恐らくここまで精神を摩耗させることはなかった。
心を痛めながらも、杏の覚悟を受け入れることすらあるいはできていたかも知れない。

きらりは信じたかった。
杏は本当は心優しい少女だが、
346プロの仲間を守るために仕方なくあんなことをするのだと。
友達のために、辛さを押し殺して決意せざるを得なかったのだと。

しかし、頭から離れない。
きらりがよく知る杏の姿とはかけ離れたあの表情が、あの言葉が。
中でも、あの時杏が一番最後に放った言葉。
そのたった一言が、きらりの心に、頭に、黒い塊としてこびり付いていた。

 『杏は嫌だよ。絶対に死にたくない』
 『自分が生き残るためなら』

 『他の誰が死んだって構わない』

……杏ちゃん、そうなの?
本当に自分が生き残るためなら、誰が死んでもいいの?
誰が死んでも、って……本当に、そうなの?

違うよね、そんなことないよね。
そんなつもりで言ったんじゃないよね。
ちょっと言葉を間違えちゃっただけだよね。
きらりが細かいことを気にし過ぎなだけだよね。

もう、寝よう。
これ以上酷い想像をする前に寝よう。
明日の朝になったら、きっと今日より少しは元気になってるはず。

……目が覚めたら、いつものベッドだったら良いのにな。

きらりは悪い想像をかき消すように、泡沫のような希望を胸に目を閉じた。
閉じた瞼から、雫が一筋流れる。
だが目を閉じても、瞼の裏に張り付いた杏の顔はなかなか消えてくれなかった。

19:30 星井美希

美希「あ、そう言えばどっちが先に寝るかまだ決めてなかったよね」

と、美希は会話が一区切りしたところで話題を変えた。
どちらが先に寝るか。
つまり、見張りの当番をどうするかという問題だ。

美希「真くんどっちがいい? ミキはどっちでもいいの」

喋りながら美希は床に座った未央を一瞥する。
目が合い、未央は視線を逸らした。
真はそんな未央の方に数秒目をやった後、美希に向き直り答える。

真「……ボクもどっちでもいいけど、それじゃあ先に寝させてもらってもいいかな」

美希「うん。ミキ、ちゃんと起きてるから心配しないでぐっすり寝ててね」

真「心配なんかしてないよ。えっと、交代は夜中の一時くらい?」

美希「もう少し遅くてもいいよ。ここってエリアのギリギリ端っこだから、
   動くのは八時の五分前とかでも間に合うの。
   だからミキ的にはできるだけたくさん寝ておいた方がいいって思うな」

真「いや、五分前は流石にやめた方が……」

と、ここで真は何か思い出したように口をつぐむ。
そして不安げに眉をひそめた。

真「ねぇ美希。ボクたちがこのエリアに来たのっていつだったか覚えてる?
 あと何分ここに居られるんだっけ?」

19時にカウントが止まるとして、再開するのは翌朝7時。
自分達に残された時間はどのくらいか、何時までこのエリアに居られるのか。
それを不安に思っての質問だったが、しかし美希は不思議そうに小首をかしげた。
質問がわかりにくかったか、と真は改めて尋ね直そうとしたが、
それとほぼ同時に美希は合点がいったように表情を変え、

美希「あっ、もしかして真くん、あの紙まだ読んでないの?」

真「えっ?」

そう言って美希は鞄を開けて数枚の紙を取り出しペラペラとめくる。
そしてその中の一枚の一部分を指さし、真に見せた。

美希「ほら、ここに書いてあるの」

真は紙を受け取り美希の示した箇所を見る。
そこに書いてあった内容を読み、真は美希の言った意味が分かった。

 『エリア滞在時間は19:00の時点でリセットされる』

つまり最後に移動した時刻に関わらず、
美希の言う通り八時ギリギリまでここに居られるということだ。

続けて紙を見ていくとそこには美希が示した事項を始め、
最初の説明では述べられなかったことが内容によって分類され記載されていた。
真はおおよそどういったことが書かれてあるのかを把握するため、
手早く紙をめくり全体にざっと目を通す。

 『死亡者の発表は三日目の7:00に一度だけ』
 『参加者の生死は首輪を通して確認される』
 『同士討ちでの死亡もカウントされる』
 『三日目の23:50から、生存者の少ないチームの首輪は警告音を発するようになる』
 『致命傷を負い死が確定していても三日目の24:00の時点で生きていれば生存者扱いとする』
 『勝敗が決すると共に勝者は首輪から射出・噴射される薬により眠らされる』
 『首輪を外そうとする、解体しようとする、機能を停止または変更させようとする等の動き、
 あるいは島の中心部から3km以上離れたことを感知すると、首輪は爆発する』

真の目に止まったもの以外にも、
知らなくても殺し合いには影響がない程度のことや
わざわざ説明するまでもないようなこと等、補足的な事項が色々と記載されているようだった。

しかし補足的とは言え、知らないよりは当然知っておいた方がいい。
量はそれなりにあるが寝る前に読んでおくべきかと真は考えたが、

美希「ミキ的には、それ読むよりはもう寝ちゃった方がいいって思うな。
  ミキと交代してからでも読む時間はあるし、
  それにミキもう全部覚えちゃったから、分からないことがあったら聞いてくれればいいの」

そう言って美希は真に早く寝るよう促す。
この状況下でしっかり書類に目を通ししかも内容を覚えたという美希に
真はやはり驚きを覚えたが、敢えてそれを口にすることはなかった。
それより美希の言う通り、確かにそろそろ眠りについた方がいいかも知れない。

いつも寝る時間よりは遥かに早いが、
途中で見張りに起きることを考えればそこまで多く睡眠時間を取れるわけではない。
そう思い、真は美希に紙を返す。

真「うん……。それじゃあ、ボクはもう寝るよ。
 一応言っておくけど、ちゃんと起こしてね?
 無理して美希の分の睡眠時間削ったりしちゃ駄目だよ」

美希「大丈夫、わかってるの。真くんこそ、ちゃんと眠らなきゃ駄目だよ?」

真「わかってるよ。それじゃおやすみ、美希」

美希「おやすみなさいなの。……人質さんももう寝ていいよ。その方がミキ的には助かるし」

真が横になったのを確認し、美希は表情を改めて未央に目を向けて言った。
未央は美希の言葉に従い倒れこむようにして横になる。
懐中電灯が室内を照らす薄明かりの中、
目を瞑って呼吸する未央の顔を美希はじっと見続けた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分週末とかになります

あとこれで一日目終了です
以降は翌朝まで移動は無いです
一応今アイドル達の位置が大体どんな感じになってるか貼っておきます

http://i.imgur.com/0MSei02.png

二日目
6:30 音無小鳥

小鳥「みんな、もう準備は出来てる?」

貴音「はい。すぐにでも出発できます」

やよい「す、すみませんお待たせしちゃって……」

響「ううん大丈夫、時間通りだぞ」

小鳥「……それじゃあ、行きましょうか」

その言葉を合図に、四人は小鳥を先頭にして歩き始めた。
西の方に見える灯台へ向かって。

本当ならやはり昨日のうちに向かいたかった。
しかし数時間歩いたことや精神的な疲労により、
日が沈んだ時点で思いのほか彼女たちの体力は削られていた。

そして何より心の準備が必要だった。
ゲーム開始直後ならまだしも、数時間も経てば灯台には誰か居る可能性が高い。
それが765プロの者ならば良いが、そうでなかった時。
疲れきった心と体で的確な判断と行動を選択できるかどうか、分からなかった。
そういった理由から四人は灯台を調べるのは日を改めることにし、
今こうして向かっている。

しばらく歩き、壁の汚れが見える程度に灯台に近付いた。
中に居るのであれば、それが765プロの者でありますように。
四人はそう願いながら歩みを進める。

しかしその歩みは数秒後、同時に止まった。
灯台の屋上の扉がゆっくりと開いたのが見えたのだ。

やはり誰か居たようだ。
四人は無意識的に息を殺し、その正体を確かめるためじっと目を凝らす。
そして次の瞬間、響とやよいはぱっと顔を明るくして声を上げた。

響「春香……! あれ、春香じゃないか!?」

やよい「そ、そうです! 春香さんですー!!」

二人に次いで小鳥、そして貴音も確証を得る。
朝日を浴びるように大きく伸びをするその少女は、確かに春香だった。

765プロの仲間を見付けた嬉しさに、響は両手を大きく上げる。
そして息を吸い込み……

貴音「響」

響「むぐっ……!」

力いっぱい春香の名を叫ぼうとしたところで、貴音が響の口を押さえた。
響は昨日のことを思い出し、首を縦に数度振る。
それを確認して貴音は手を離した。

響「……ご、ごめん。自分、ついまた……」

貴音「いえ、気にしないでください。気持ちが急くのも分かります。
  それに私も、仲間との合流は早いに越したことはないと思います」

やよい「わ、私! 早く春香さんに会いたいです!」

小鳥「そうね……。早く、合流しましょう」

そう言って小鳥は駆け出し、三人もすぐ後に付いて行く。
一歩足を出すごとに春香の姿がはっきりと見えてくる。
そしてそれから数十秒後、春香の視界もようやく、その端に動くものを捉えた。

春香「……あっ!? こ、小鳥さん! 響ちゃん、貴音さん、やよい!!」

春香はこちらへ駆けて来るよく知る顔を見て、
少し前の響ややよいと同じように顔を明るくした。
そして慌てて振り向き、屋上への出入り口から中へ向かって叫ぶ。

春香「ご、ごめん千早ちゃん! 一階の入口開けてあげて!」

千早「えぇ、わかった……!」

春香に続き屋上へ出ようと階段を上っていた千早は、その言葉を聞き踵を返した。
直前に春香が呼んだ名はしっかり千早の耳にも届いており、
事情の説明は必要なかった。

美波「! 千早ちゃん!」

アーニャ「どうか、しましたか? 何か急いでいるように見えます」

あと少しで階段を降りきるというところで、千早は美波達と鉢合わせる。
千早は慌てることなく、何があったか二人に手短に話した。

千早「765プロのメンバーが四人、今この灯台に向かってきています」

美波「えっ……ほ、本当!?」

千早「まず私が応対して今のこちらの状況を……
   つまり、346プロと協力していることを話します。
   新田さんとアナスタシアさんは、奥へ戻って律子と城ヶ崎さんにこのことを伝えてください」

アーニャ「Да……えっと、私たちは、出てこない方がいいですか?」

千早「……そうね。大丈夫だとは思うけど、念のために奥で待っていて」

千早の言葉に美波とアナスタシアは頷き、奥へ駆けていく。
その背中を見送って、千早は出入り口へと向かい、そして扉を開けた。

響「! ち、千早! 千早も一緒だったのか!」

やよい「千早さーん! よ、良かったですー!」

千早が外へ出たとき、小鳥たち四人はもうほぼ目の前まで来ていた。
響とやよいが真っ先に駆け寄り、再会を喜ぶ。

千早「我那覇さん、高槻さん……。四条さんと音無さんも……会えて、嬉しいです」

そう言って千早は四人に笑いかける。
小鳥がゲームの説明をしていたことに関しては、
千早は既に「やらされていた」ということで納得している。
そして今、765プロのメンバーと行動を共にしている姿を見て改めて確信した。

そんな千早に小鳥が何か話しかけようと口を開く。
しかしそれとほぼ同時に、千早の後ろからもう一つ影が飛び出してきた。

春香「本当に良かった……! 千早ちゃん、早く中に入ってもらおうよ!」

春香「あ、そうだ! その前に、私みんなに教えてくるね!」

千早「ま、待って春香!」

声を弾ませ中へ戻ろうとする春香を、千早は慌てて止めた。
そして振り返った春香に引き止めた理由を話そうとしたが、
その前に響が嬉しそうに春香に問いかけた。

響「ま、まだ中に居るのか!? 誰が居るの!?」

春香「律子さんと、それから346プロの人達も三人居るんだ!
   美波さんと、アーニャちゃんと、莉嘉ちゃん!」

響の問いに春香もまた嬉しそうに答える。
しかしそれを聞いた響の表情は一瞬強ばった。
響だけではなく、やよいと小鳥もまた同様であった。

春香「? どうしたの、響ちゃん」

響「あ、いや……。な、なんでもない!
  346プロの人が一緒って聞いてちょっとびっくりしちゃっただけだぞ!
  えっと、みんなで協力してるってことでいいんだよね!」

春香「もちろん! みんなすっごく優しくていい人達だよ!」

笑いながらそう言う春香を見て
上手く誤魔化せた、と響は心の中で胸をなで下ろした。
千早もまた、特に不審がることなく納得してくれたらしい。

響「そ、そっか。それじゃあ……」

と、ここで響はチラと後ろを振り返る。
その先に居るのは貴音と小鳥。
響の視線を受けて、貴音は静かに口を開いた。

貴音「双方で協力し合えることは真、よきことです。
   私たちもその輪へ加わることと致しましょう」

 『友好的な346プロの者は殺さない』
 『可能であれば協力関係を結ぶ』

それが昨晩、小鳥が響たちと交わした約束だった。
響達が小鳥に頼んだ訳ではなく、小鳥が自らそう言ったのだ。
小鳥がこの約束を口にしたのは、
響とやよいを安心させるために他ならない。
そして実際、二人はこれを聞いて表情に安堵の色を浮かべた。

もちろん既に死者を一人出してしまっているという事実は消えない。
しかしそれでも、これ以上犠牲者は出ないかも知れないという希望は
小鳥の狙い通り響達を少なからず安心させた。
だが小鳥は、本気で約束を守るつもりは無かった。

友好的な346プロは、確かにすぐには殺さない。
その代わり、人質として最大限利用する。

小鳥はそう覚悟を決めていた。

灯台へ入るまでの数秒間に、小鳥は早鐘を打つ心臓を鎮めることに集中する。

もう間もなく、346プロのアイドル達に出会う。
自分は覚悟を決めた。
そう、既に一人殺してしまったんだ。
もう後戻りはできない。

と、その時、小鳥は隣を歩くやよいが心配そうにこちらを見上げていることに気が付いた。
今の自分の心が顔に表れていたのかも知れない。
小鳥は長く息を吐き、

小鳥「ごめんね、大丈夫よ」

そう言って笑いかけた。
さっき自分はどんな顔をしていたのか。
やよいを安心させるために貼り付けた笑顔の下で、今どんな顔をしているのか。
それは小鳥自身にも、分からなかった。




律子「えっと、これで私たちからの情報は全部です。
   何か気付いたこととか、質問なんかはありますか?」

小鳥「……いいえ、大丈夫です。みんなは何かある?」

貴音「私も特に何もありません」

響「あ、うん……。自分も大丈夫」

やよい「えっと……私も、ないです」

律子「それじゃあ、これからの方針についても話しますね。
   まずは――」

小鳥達と346プロの三人は挨拶、自己紹介を交わし、
そして灯台組と小鳥達との間で互いに情報の交換をした。
ただし小鳥側は情報を隠した。
卯月の死に関する全てを、小鳥側は一切話さなかった。

何の為に隠したか。
不安にさせないためか、悲しませたくないからか、
協力関係を結べなくなるからか、信用を得られなくなるからか……。

小鳥と貴音、また響とやよい、
それぞれが考える理由に多少の差はあったがいずれにせよ、
今ここに居る人間が、この武器を使って、あなた達の仲間を銃殺しました……
などということをおいそれと話せるはずがない。
どうしても明かさなければならなくなる瞬間まで秘密にしよう、
と四人は昨晩話し合い、そう決めていた。

律子「――説明はこれで全部かしら。美波さん、補足はある?」

美波「いえ、今ので全部だと思います。ありがとうございます、律子さん」

美波は薄く笑って律子に礼を言う。
律子もそれに微笑み返す。
しかしそんな二人の隣で、春香は心配そうな目をして、響とやよいを見つめていた。

卯月の死を知る者達は皆、胸に抱いた事実と感情とを必死に押し隠していた。
だがやはり響とやよいは、
それを完璧に実行できるような性格も器用さも精神力も、持ち合わせては居なかった。

春香「……響ちゃん、やよい……。二人とも、大丈夫?」

二人の様子を見かね、ついに春香は声をかけた。
初めはみんなに会えたことの嬉しさが勝り気付くことができなかったが、
律子の説明の途中から春香は気付き始めていた。
また先に口に出したのは春香だったが、
律子と千早も二人の様子には気が付いていた。

しかし当然ながら、何があったのかまで気付いたわけではない。
殺し合いゲームという異常な状況に心が磨り減ってしまっているのだと、
また伊織の件を聞いて心配している、不安になっているのだと、春香達はそう思っていた。

律子「……ごめんなさい。やっぱり、伊織のことは
   もう少し慎重に話すべきだったかも知れないわ」

千早「我那覇さんと高槻さんは、少し横になって休んでいた方がいいかも知れないわね……」

やよい「え、あの、えっと……へ、平気です! 私、大丈夫ですから!」

響「そ、そうだぞ! なんくるないさー!」

三人に心配され、響達は慌てて健在を主張する。
様子を変に思われた、隠し事に気付かれるかも知れない、と焦りを感じたのだ。
しかしそんな二人に、今度は貴音がそっと声をかけた。

貴音「二人とも、無理は禁物です。
   今は千早の言う通りゆっくりと休んで、心を落ち着けることが肝要です」

 『無理に否定すると不自然に思われる』
 『だからここは素直に休んでおこう』

貴音の言葉はもちろん二人を心配しての物でもあったが、
裏には少なからずそのような意図が含まれていた。

響とやよいはその裏の意味まで読み取ったかどうかは分からないが
少し迷った結果、素直に従うことにした。

響「それじゃあ……休むことにするさー」

やよい「ごめんなさい……」

春香「謝ることなんかないよ!
   ほら、こっち来て! 二階にベッドがあるんだ!」

美波「あ、それじゃあ私、二人の荷物持って上がるね?」

アーニャ「私も、手伝います。えっと……ヤヨイ。荷物、持ちますね」

響「え、あ……ありがとう……」

やよい「あ、ありがとうございます!」

莉嘉「えっと、えっと、あっ! じゃあアタシはドア開ける!」

律子「別に無理に仕事探さなくても……」

昨晩野宿した765プロの者達を慮ってか、
率先して響とやよいの手助けをしようとする346プロの三人。
その優しさを受けて少々困惑気味の響達に、春香はにっこりと微笑みかけた。

春香「大丈夫だよ! 心配な気持ちや不安な気持ちも分かるけど……でもきっと大丈夫!
   だって346プロの人達、こんなに優しくて心強いもん!
   だから絶対、協力すればみんなで一緒に帰れるよ!」

そう言っていつものように元気に笑う春香。
その後ろで穏やかな笑みを浮かべる千早と律子。
そしてそんな765プロの皆と同じように笑顔を浮かべる346プロのアイドル達。
そんな彼女達から、小鳥はほとんど無意識に目を逸らした。

そこには、いつもの笑顔があった。
自分が大好きな光景があった。
自分が守りたい、守らなければならないものが、そこにはあった。

……守らなければならないものとは、何だったか。

  『あいつらのこと、よろしくお願いします!』

そうだ……みんなのことを、守らなければいけない。
みんなの、何を?

私はみんなの笑顔を、この幸せな光景を、守りたい……。

でも、それは今、ここにある。
みんな裏のない笑顔を、向け合ってる。
346プロの子達と……。

違う。
命があるから、笑顔があるんだ。
命があるから、幸せがあるんだ。
守るのは命……765プロのみんなの、命を守らなきゃいけないんだ。

殺さない。

……そう、人質だからだ。
人質だから、今はまだ、殺さない。
そう、人質だからだ、人質だから……。

みんなを守るんだ。
守らなきゃいけないんだ。
だからやるんだ、それ以外に方法は無いんだから。
だから私は……。

小鳥は何度も自分に言い聞かせた。
昨日と同じように、何度も、何度も。

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日か明後日投下します。

6:45 水瀬伊織

真美「……いおりん……?」

真美は小さな声で呟くように名を呼び、
突然立ち止まった伊織に不安そうな視線を向ける。
しかし伊織は答えず、見開かれたその目は探知機の液晶に釘付けになっている。

少し前に起床し行動を開始した伊織達は今、灯台を目指して歩いていた。
元々今日は初めに灯台へ行ってみるつもりではあった。
とは言っても、それを決めた時点ではまだ明確な目的があったわけではない。

しかし目覚めてすぐ、灯台へ向かうためのこれ以上ない理由ができた。
探知機に表示された四つの点が、灯台へ向かって移動していたのだ。
点の色は、そこに居るのが765プロの者であることを示していた。

後を追わない理由がない。
そう思い、仲間と合流すべく二人は予定通り灯台へ向かった。

そして伊織の足が止まったのは、探知機の画面に灯台が表示された時だった。
呼びかけても反応しない伊織を疑問に思い、
真美は伊織の手に握られた探知機へ目を落とす。
が、次の瞬間全身の血液が凍りつく感覚を覚えた。

灯台のある位置に、二種類の色が点滅している。
複数の点は完全に重なり、間違いなくそれらが同じ場所に居ることを示していた。

少しでも詳しい状況を把握するため、伊織は探知機を操作し灯台周辺を拡大する。
すると重なっていた点のそれぞれの細かい位置、また数が分かった。
どうやら、765プロと346プロが三人ずつ居るらしい。

と、そのうち765プロを示す二つが移動し、灯台の外へ出た。
そして初めに探知した四つの点が、
その二つの点に招き入れられるように灯台の中へと入っていった。

これを見て伊織は状況を推察した。
灯台の中に居た六人は恐らく、互いに協力し合っている。
どの程度信用し合っているかは分からないが
少なくとも現時点では協力する姿勢を見せている、と。

だがここで、不意に真美が伊織の思考を止めた。
伊織の腕にしがみつき、

真美「た、助けなきゃ……! みんな死んじゃう……殺されちゃう……!」

今にも泣き出しそうな顔で真美はそう言った。
伊織は真美の顔を見つめ、そして震える真美の手を握る。

伊織「……そうね。行きましょう」

そう言って真美の手を引き、駆け出した。

その後、二人が灯台へ着くこと自体は早かった。
だがそこからは彼女達にとって最大の慎重さを要した。

今の二人には、まともな武器がない。
真美は杏から逃げる際、唯一の武器である鎌を取り落としていた。
当然亜美のゴルフクラブも同様である。
現時点で彼女たちの持つ武器は、伊織の探知機と音響閃光手榴弾が三つ。

使いようによっては有用だが、
咄嗟に身を守るには心もとないと言わざるを得ない。

だから二人は、可能な限り灯台内部の把握に時間をかけた。
無警戒に中へ入って後悔することだけは避けたい。
真美には灯台の目視を任せ、伊織は液晶に映る点に集中する。

二人は音を立てぬよう近付き、聞き耳を立ててみる。
が、壁は厚く、波の音しか聞こえない。
こうなればもう、ノックでもしてみるしかないか……。
と伊織がそう考え始めたその時。
しばらく変化の無かった液晶に、動きがあった。

765プロを示す点の一つが移動を始めたのだ。
伊織は初め、もしかすると外へ出るつもりなのかも知れないと思った。
しかしどうもそうではないらしい。
灯台の中をうろうろと、円を描くように動いている。

それが螺旋階段を昇っているのだと気付いたのは、
頭上から声をかけられるほんの一瞬前だった。

貴音「……伊織と、真美でしたか」

恐らく気配を感じて様子を見に出てきたのだろう。
突然の声に驚いた伊織達が見上げた先には、
屋上から覗き込むようにしてこちらを見下ろす貴音の顔があった。
微かに安堵の色を浮かべていた貴音。
しかし、

真美「お姫ちん!!」

そう名を呼んだ真美を見て、表情を改めた。
そして、努めて落ち着いた声で真美と伊織に声をかける。

貴音「今から降りましょう。入口付近で待っていてください」

二人は指示に従い、入口の扉の前まで移動する。
伊織はその間念の為に探知機を注視していたが、
346プロの者に動きはないようだった。

貴音を示しているであろう点は階段を降りてすぐ扉へと移動し、
それに伴って目の前の扉が開かれる。
そして中から貴音が姿を現すと同時に真美はしがみつき、
声を殺して囁くように叫んだ。

真美「に、逃げなきゃ! 他のみんなも早く呼んで!!
   346プロの人居るんでしょ!? 逃げようよ!!
   殺されちゃう!! みんな殺されちゃうよ!!」

両手で貴音の服を掴み、必死な形相を浮かべる真美。
そんな真美の様子に貴音は一瞬目を見開いたが、数秒後、
真美の両頬にそっと手を添え、そして目線を合わせて言った。

貴音「……大丈夫ですよ、真美。ここには脅威になる者は居ません」

真美「で、でも、でも……!」

貴音「私は殺されません。ここに居る皆も死にません。
   ですから、落ち着いて。私の目を見て深呼吸をしてください」

目を見てはっきりと断言した貴音の言葉。
この言葉は半ば錯乱状態にあった真美の耳にもしっかりと届いた。
涙目ながらも真美は貴音の言う通り深呼吸をする。
そして真美が落ち着いたのを確認し、貴音は伊織へと顔を向けた。

貴音「他の765プロの者をここへ呼びましょう。
   何があったかは、皆で聞きます」

伊織「助かるわ、そうしてちょうだい。……真美」

と伊織は未だ貴音の服を掴み続けている真美を呼び寄せる。
真美は黙って手を離して伊織の元へ戻り、
ここへ来るまでと同じように伊織の袖をきゅっと握った。

伊織より背の高いはずの真美は、一回りも二回りも小さく見える。
一体真美に何があったのか……貴音の脳裏を最悪の予感がよぎる。

そしてその予感が外れていることを祈りながら、
貴音は灯台の中へ入っていった。

それから数分も経たないうちに、中に居た765プロのメンバーが次々と外へ出揃う。
伊織はその中にやよいと小鳥が居るのを見て、思わず目を逸らした。
しかしやよいは伊織と真美の姿を確認するやいなや、
真っ先に駆け寄って嬉しそうに声を弾ませる。

やよい「伊織ちゃん、真美! 良かったぁ……!」

だがそんなやよいとは対照的に、二人の顔は晴れない。
真美はずっと不安そうな表情で伊織の袖を掴み、
伊織はやよいと目を合わせたくないかのように下を向いている。

そしてそんな二人の様子を見てやよいが何か声をかけようとした直前、
最後に灯台から出てきた律子の声が伊織の目線を引き上げた。

律子「伊織! 本当に心配したのよ……!
   あなたと美波さんの件を聞いてから、もう心配で心配で……」

律子の口から美波の名が出たことで伊織の心臓は一瞬跳ねた。
しかしすぐに事態を把握し、平静を取り戻す。

伊織「それじゃ、中に居るのは新田美波ってことね……。
   ……間違いなく信用できるの?」

律子「ええ。先に出会ったのは春香達だけど、
   この子達の話を聞いてもまず間違いないわ」

律子の言葉に春香は何度も頷く。
伊織は春香を見、そして千早を見た。
その視線を受けて千早も静かに頷く。

伊織「……春香はともかく、千早がそう言うんならその通りなんでしょうね」

律子「それに私達はこの灯台で一晩過ごしてる。
   念の為交代で一人ずつ起きてるようにはしてたけど、
   346プロの子が起きていて765プロが全員寝てるなんて時間もあった。
   もしあの子達に敵意があったとすれば、とっくに襲われてるはずよ」

貴音「私も初めは警戒しておりましたが、
   彼女達の目からは一切の敵意も悪意も感じ取れませんでした。
   その点に関しては信用して大丈夫かと思われます」

律子の理屈に基づいた言葉と、貴音の感覚に基づいた言葉。
根拠は異なるが、どちらも十分な説得力を持っていると伊織は感じた。
自分の行いが原因で美波が765プロを敵視するというようなことも無かったらしい。
そのことに伊織はほんの少し安堵した。

伊織「……あんた達がそこまで言うなら私も信じるわ。
   本当にお互い協力してるのね」

この伊織の言葉に律子達はホッと胸を撫で下ろす。
春香は俄かに顔を明るくし、そして伊織と真美に声をかけた。

春香「そうそう、みんなで協力して解決策を考えてるの!
   だから伊織、真美! 二人も……」

伊織「嫌よ。私はそんな現実逃避なんて御免だわ」

春香の言葉を遮り、伊織はきっぱりと言い切った。
あまりにあからさまに拒絶され、春香は思わず言葉に窮してしまう。
そんな春香に代わって律子が口を開こうとしたが、
それすら遮るように伊織はすぐに続けた。

伊織「あんた達が信用できる相手と一緒に居るなら別に良いわ。
   私と真美は別行動を取るけど、そのことに対して文句を言ったりしない。
   でも、これだけは覚えておきなさい」

伊織はそこで言葉を区切り、少しの沈黙が生まれる。
その時……律子達は伊織の唇が震え始めたのに気付いた。
それとほぼ同時に、伊織は震えを抑えるように唇を噛む。
そして目を伏せ、震える声を押し殺すようにして、静かに言った。

伊織「346プロの中には……もう、私達を殺す気の奴らが居るわ」

この言葉の直後、伊織へ集中していた視線が、真美へと移った。
突然伊織の肩に額を押し付けるようにして、泣き始めたのだ。
まさか、とその場の数人の頭に浮かんだ最悪の想像は、
涙と共に発された伊織の言葉によって、事実だと告げられた。

伊織「亜美が……亜美が346プロの奴らに、殺されたのよ……!」

その瞬間、伊織と真美を除く全員の頭が一瞬真っ白になった。
真美は改めて事実を聞かされてしまったことで、一際大きな声で泣きじゃくる。
伊織も肩を震わせ俯き、涙を流している。

この二人の様子を見て、一同は呆然と立ち尽くしてしまう。
仲間の死という事実をどう処理するべきか、脳が混乱してしまっているのかも知れない。
しかし辺りに響き渡る真美の泣き声がその脳に、体に、じわじわと染み入ってくる。

だが彼女達はすぐに涙を流すことはなかった。
亜美の死を実感し涙が出てくるより先に、
背後の出入り口から、影が顔を覗かせた。

それは346プロのアイドル達だった。
突然聞こえた大きな泣き声に、
何か大変なことがあったのかも知れないと心配になり様子を見に来たのだ。

そんな彼女達に初めに気付いたのは伊織。
次いで伊織の視線を追って、他の765プロの者達も背後に立つ美波達に気が付く。

扉を開けた先に広がっていた異様な雰囲気に、346プロの三人は困惑した。
こちらを睨みつける伊織、その腕にしがみつき泣きじゃくる真美、
また振り向いた協力者達の悲哀に満ちた表情。

美波「な……何があったんですか?」

美波は短く、一番近くに居た小鳥にそう聞いた。
しかしこの質問に真っ先に反応したのは小鳥ではなかった。

俯いて泣きじゃくっていた真美は、耳に入った聞き慣れない声に反射的に顔を上げる。
そして346プロのアイドル達が目に入ったその瞬間、真美の様子が変わった。

真美「ひっ……!」

短い悲鳴を上げて真美は伊織の背中に隠れる。
呼吸は荒く、体は震えている。
先ほどまでの泣き声は完全に収まっている。
しかしそれは泣き止んだのではなく、泣き声を上げることすらできないほど
怯えきっているということは誰の目から見ても明らかだった。

あの子は自分を見て怯えている。
それに気付いた美波は、敵意のないことを示そうと、

美波「だ……大丈夫、私達は何もしないわ。だから安心して、ね?」

笑顔を浮かべ、そして優しい声で話しかけた。
だがその対応は、今の真美にとって完全に逆効果だった。

真美「いっ……嫌ぁあッ! やだぁああ!! やだああぁああああッ!!」

伊織「っ……やめなさい! この子に話しかけないで!!」

美波が優しく話しかけた途端、真美は半狂乱になって泣き叫んだ。
その異様な反応と伊織の怒声に、美波は肩を跳ねさせて口をつぐむ。
そして今までより更に濃い困惑の色を浮かべる346プロの三人に、
小鳥は目線を落としたまま言った。

小鳥「あの子の妹の亜美ちゃんが……346プロの子に、殺されたの」

それを聞き、美波達は息を呑んだ。
そして再び真美の方へ見開かれた目を向ける。
伊織はその視線から守るように真美の体を強く抱きしめ、
美波達を睨み返すようにして叫んだ。

伊織「そうよ……亜美はあんた達の仲間に殺された……。
   しかもさっきのあんたみたいに、笑顔で近付いて来て……!
   この子達が気を許した瞬間、銃で撃って殺したのよ!!」

これを聞き、346プロと765プロ双方に強い動揺が広がる。
不安や恐怖で思わず殺してしまった、ならばまだ心情的には理解できる。
しかし、そうではないと伊織は言う。

346プロの者が騙し討ちのような手段を用い、殺人を犯した。
そのことは同じ346プロの三人にとっては特に信じがたく、

莉嘉「う、嘘……そ、そんなわけ……」

莉嘉は思わず伊織の言葉を否定したい気持ちを漏らした。
莉嘉がまだ幼いことを差し引いても、
自分の友達が誰かを騙して殺したという事実はそう簡単に受け入れられるものではない。
しかし今の伊織には、莉嘉の心情を慮るだけの余裕は無かった。

伊織「『そんなわけ』……何よ。そんなわけないって言いたいの……?」

そう言い、伊織は莉嘉へと視線を移す。
その目には今まで伊織が抱いたことのない種類の怒りがこもっている。
そしてそれに気付き肩を跳ねさせた莉嘉に追い打ちをかけるように、伊織は大声で怒鳴った。

伊織「言ってみなさいよ……そう思うならこの子にそう言ってみればいいじゃない!!
   亜美が殺されたのは嘘だって、そんなわけないって、
   この子に向かってそう言ってみなさいよ!!」

律子「い……伊織、落ち着いて!!」

今の伊織は感情が制御できていない。
今にも莉嘉に向かって飛びかかりそうな伊織の肩を、律子は咄嗟に掴む。
しかし次いで律子の口から出た言葉は、律子自身の体と心を凍りつかせてしまった。

律子「莉嘉や彼女達に何を言ったって、もう……!」

もう、何なのか。

自分は今何を言おうとしたのか。
直前で飲み込んだ言葉が、胸の中を、頭の中をかき乱すのを律子は感じた。

伊織の肩に置いていた手を自分の口元へ運び、
そのまま膝から崩れ落ちるようにして、律子は地面に座り込んだ。

『亜美は二度と帰ってこない』

頭にこびり付いたこの言葉をかき消すように、律子は声を上げて泣いた。
そしてこの律子の泣き声が、他の765プロの者達の感情に、亜美の死を理解させた。
律子と同じように崩れ落ち泣き声を上げる者、声を押し殺しながら涙を流す者、
ただ表情を歪め、拳を握る者……。
仲間を失った悲しみに暮れる皆を、346プロの三人はただ見ていることしかできなかった。

しばらくその場には泣き声だけが響き続けるかと思われた。
だが唐突にその時間は終わりを告げる。

伊織「……諸星きらりと、双葉杏。やったのは多分この二人よ……」

脈絡なく発された伊織の言葉。
それを聞きある者は恐る恐る、ある者は驚いた様子で伊織に目を向ける。

伊織の目にはやはり皆と同じように涙が浮かんでおり、
その表情からは怒りも読み取れた。
しかし先ほどまでの感情の昂ぶりは既になく、
その場に居る者全員に情報を伝えるべく静かに伊織は話し始めた。

伊織「油断させたのが諸星きらりで撃ったのが双葉杏……。
   もう一人居たみたいだけど、そいつのことは分からない。
   私は実際に見たわけじゃないけど、
   でもその二人だってことは真美の話から考えて間違いないわ……」 

美波「き、きらりちゃんと、杏ちゃんが……」

そう呟いた美波に、伊織は目を向ける。
美波は思わず身を固くしたが、伊織はふっと目を逸らし、

伊織「……さっきは私も少し興奮してた。
   騙し討ちしたのは私も同じだし、亜美を殺したのはあんた達じゃない。
   もう、そこを混同する気はないわ……。それに、そういうゲームなんだしね。
   あんた達がゲームに乗り気じゃないってことも、信用してあげる。
   でも……」

と、そこで伊織は再び美波達へ視線を向ける。
そして莉嘉とアナスタシアを見て、静かに片手を出し、言った。

伊織「やっぱり、武器は渡してもらうわ。あんた達に配られた武器を出しなさい」

その言葉に、二人は困惑する。
自分の仲間が双海亜美を殺してしまったこと、
自分の仲間に双海亜美が殺されてしまったこと、
そのことに深い悲しみと罪悪感に近い感情を彼女達は持っていた。

自分達は、伊織の言葉を拒否できる立場には無いのかもしれない。
しかし武器を要求した伊織の真意が分からない。

身を守る武器を手に入れるためか、
あるいは765プロの脅威となり得る可能性を完全に排除するためか。
それならまだ良い。
だが、もしそうでないなら。
守るためでなく攻めるためだったなら、
自分が武器を渡したことで346プロの誰かが殺されてしまうかも知れない。

そう思うと、二人はやはり簡単に伊織の指示に従うことはできなかった。

とは言え、もしもここで伊織がより強く押せば二人はその指示に従っていただろう。
しかしその「もしも」は、現実とはならなかった。

律子「駄目よ、伊織……。武器は渡せないわ……!」

先程まで亜美を失った悲しみに打ちひしがれていた律子。
しかし今、その声色にはしっかりとした意志が宿っていた。
律子は立ち上がり、そして涙に濡れた目で伊織の顔を真っ直ぐに見て言った。

律子「武器を渡せば、きっとあなたは346プロの子を傷付けてしまう……。
   そしたら、今度はあなたが狙われるかも知れないのよ!」

伊織「……傷付けなくたって、どうせ狙われるわよ。亜美を殺した奴らにね。
   それとも何? あんた、私が為すすべもなく殺されてもいいって言うの?」

律子「っ……そんなはずないでしょ!? 私は、あなたのことを心配して……!
   もう……もうこれ以上、誰にも死んで欲しくないのよ!!」

伊織「……」

律子は自分のことを心配してくれている……そんなことは分かっている。
口には出さずとも、伊織は律子の気持ちを十分に理解できていた。
だがそれでも今の自分は、律子と話し合って意見をすり合わせることはできない。
武器の奪取は無理だ。
伊織はそう感じ、静かに目を閉じた。

伊織「もういいわ。真美、行きましょう」

伊織はそう言い、真美は少しの間を空けて黙って頷く。
そして二人は律子に背を向けた。

律子「なっ……ふ、二人ともどこに行くの!?」

伊織「言ったでしょ、あんた達とは別行動を取るって。
   そっちはお互い仲良くやってれば良いわ。
   その方が死ぬ確率は少なそうだし。
   でもこっちはこっちで、取るべき行動を取らせてもらうから。
   たださっき言った通り、
   やる気になってる346プロの連中も居るってことは忘れるんじゃないわよ」

慌てて声をかけた律子に、伊織は肩越しに目線だけをやって早口気味にそう答えた。
そして前を向き、真美と二人で歩き出した。

律子「ま、待って! 二人とも、お願い、待って……!」

必死に声をかけるが、二人は振り向くことなく去って行く。
だが律子はその場から動くことができず、ただ小さくなっていく二人の背中へ叫び続ける。
本当なら、今すぐ駆け出して力尽くでも止めるべきなのかも知れない。
しかしその場に居る誰も、それはできなかった。

伊織が単に346プロを警戒しているだけなら、間違いなく止めていた。
亜美が殺されたという事実があったとしても、きっと止めていた。

しかし律子達が二人を引き止めることができなかった理由は、伊織ではなかった。

美波に話しかけられて泣き叫んだ、真美。
彼女は去り際までずっと、そして今も何度も振り返り、
怯えた目で346プロの三人を見続けている。
そのことが彼女達にこれ以上ない躊躇を与えた。

美波達に敵意はないと、真美もきっと頭では分かっている。
だが真美の心は今や、完全に346プロへの恐怖に侵されてしまっていた。

亜美が殺されたこと。
しかも一度心を許した相手に殺されたこと。
その事実が真美の心へ与えた影響は計り知れない。
誰が何を言おうと恐らく彼女の中の恐怖心が消えることは二度とない。

346プロの者ががただ近くに居続けるだけで、
想像を絶する恐怖が、苦しみが、真美を襲い続けるだろう。
もしかすると、心が耐え切れなくなってしまうかも知れない。

真美の美波達に対する態度は見た者にそう思わせるのに十分なものであり、
そしてそんな状態の真美に、
346プロとの協力を強いることは彼女達にはできなかった。

どうすることが正解なのかその場の誰にも分からなかった。
真美の精神状態は心配だが、
殺される危険だけでも減らすためにここに居させるべきなのか。
それとも二人が自分の身を守れるよう、武器を渡した方が良いのか。
それとも灯台での協力を放棄してでも誰かが二人に付いて行くべきか。
それとも……。

考えれば考えるほど、いたずらに選択肢が増えていく。
そしていずれの行動を選択した場合を想定しても、
良い結果と悪い結果が浮かんでは消え浮かんでは消え、答えは出ない。

そうして悩むうちに二人の背中はどんどん小さくなり、
森の中へと入った後はあっという間に見えなくなってしまった。

残された者達は皆、しばらくそこから動くことができなかった。

今夜はこのくらいにしておきます
続きは多分次の夜投下します

7:40 双葉杏

李衣菜「……本当に行くの? まだ爆弾持ってる奴が居るかも知れないのに……」

そう聞いた李衣菜の視線の先には、
もう一つの集落へ行くための支度をする杏の姿があった。
周辺で爆発音がしたということは李衣菜たちも既に知っている。
そんな場所へ自ら赴こうとする杏を案じての言葉だった。

しかし杏はそんな李衣菜に対し、変わらず落ち着いた様子で答える。

杏「まぁ、やっぱり早いうちに調べておきたいしね。
 それに危ないのはどこも同じだよ。
 爆発起こした人がこっちの集落に来る可能性だってあるんだし」

その言葉に対する李衣菜、みく、蘭子の反応はそれぞれだったが、
緊張感が高まったという点では共通していた。
杏はそれを確認し、今度はきらりとかな子に目を向けた。

杏「それで、二人ともどうするか決めた?」

その言葉にかな子達は二人で顔を見合わせる。
そしてすぐに杏に向き直り、

かな子「私たちも……一緒に行ってもいいかな」

少し遠慮がちにだが、かな子は杏の目を見てそう答えた。
杏はかな子の返事を聞き、きらりに目を向ける。
きらりは慌てたように目を逸らしたが、覚悟を決めるようにぎゅっと目を瞑り、
そして杏と目を合わせて頷いた。

杏「……それじゃ、もうちょっと待ってて。もうすぐ準備終わるから」

そう言って杏は二人から目線を外し、支度の続きを始めた。

それから数分後、準備は整った。
必要最小限に厳選した荷物を持ち、杏は立ち上がる。

杏「それじゃ、行ってくるよ。何もなかったらすぐ戻ってくるから」

李衣菜「うん……気を付けて」

みく「……ごめんね。みく達、一緒に行けなくて」

杏「別にいいよ、謝らなくても。それよりちゃんと安静にしてなよ。
  あ、でももし何かあったらすぐ逃げなきゃ駄目だからね」

横になったままのみくに杏はヒラヒラと手を振って背を向ける。
その背中に向け、蘭子も声を搾り出すようにして声をかけた。

蘭子「あ、あのっ……! き、気を付けて、ください……!」

杏「お互いにね。さっきも言ったけど、危ないのはここも一緒なんだから」

杏はやはり落ち着いた声でそう答え、きらりとかな子を連れ部屋を出て行った。

7:45 星井美希

美希「ミキ的には、もうしばらくここで待ってた方がいいって思うな」

そろそろ準備しよう、行くなら早い方がいい。
そう提案した真に、美希ははっきりと反論を述べた。
その理由を真が問うより先に美希は話し始める。

美希「だってこっちから行くより、向こうから来てもらった方が安全なの。
  ミキ達があっちの集落に行っても、どの家に誰が居るかなんて分からないよね?
  でも家の中で待ち伏せしてる人達からは
  ミキ達のことが丸見えになってるかも知れないの。だからミキは反対」

この意見を聞き、真は実際に自分達が向こうの集落へ着いた時の状況を想像する。
そして、確かに美希の言う通りかも知れない、と思った。

次の行き先は今自分達が居る集落の北西にある、もう一つの集落。
その点については二人の意見は一致していた。
しかし出発は早い方がいいと言う意見について、美希は反対している。

美希「人質が居るって言っても、例えば家の中からいきなり撃たれちゃったりとか、
   物陰からいきなり襲いかかられたりとかしたらどうなるか分からないの。
   だからミキは、こっちが346プロの人を待ち伏せした方が良いと思うな。
   ここからなら誰か来たらすぐ分かるし、爆弾だって使いやすいもん。
 きっとそっちの方が良いの」

真「……でも美希、346プロの人がここに来てくれるとは限らないよ。
 確かに可能性としては低くないかも知れないけど、
 ここで待っていてももし誰も来なかったら……」

美希「じゃあ、午前中くらいだったら良いよね?
  12時くらいまで待って、それで誰も来なかったら出発するの。それじゃ駄目?」

真「……わかった。それじゃ、12時まではここに居よう」

その返事を聞き、美希は薄く笑った。
そして横でずっと黙っていた未央にチラリと目を向け、
俯き気味の未央の顔を覗き込むようにして言った。

美希「もし346プロの人が来たら、人質さんの出番だからね。
   ちゃんと人質さんになっててね? そしたら殺さないであげるから」

確認とも忠告とも取れるこの言葉に、未央は卑屈な笑みを浮かべて二度三度頷く。
美希はその顔を至近距離で数秒見つめた後、真に視線を外した。

美希「真くん、見張る場所とか決めよ? 作戦会議なの」

そうして二人は、更に話し合いを続けた。
未央は目を閉じて、二人の会話をただ黙って聞いていた。

8:00 水瀬伊織

伊織は草木の中にじっと身を伏せて探知機を注視する。
息を潜め、目と耳に神経を集中する。
聞こえるのは波の音と、真美の息遣い、それと、

凛「見えてきた……。智絵里、もうすぐだよ」

智絵里「う、うん……!」

微かに聞こえる346プロのアイドル達の話し声。
液晶に映る二つの点が最接近する。
とは言っても距離はそれなりにあり、気付かれる恐れはほぼない。

凛達が通り過ぎていったのを見計らって、伊織は木の陰からそっと頭を出す。
少し離れた場所に、恐らく灯台に向かって砂浜を歩く二人の背中が見えた。

そして、はっきりと見た。
二人の手にはそれぞれ武器が握られている。
一つはサバイバルナイフ。
そしてもう一つは、拳銃。

チャンスだ。
この機を逃さない手は無い。
少なくとも拳銃、できれば両方手に入れたい。

あの二人が765プロに対して友好的かどうか、それは分からない。
そして分からない以上、武器を奪うのに手段を選ぶことはできない。
交渉など論外だ。
相手が殺意を持っていた場合、今の自分達には拳銃から身を守る術がないのだから。

だから、やるしかない。
それが絶対のルールなのだから。

伊織は長く息を吐いて覚悟を決め、真美に目配せする。
それを見て真美は慌てた様子で耳を抑え目を瞑った。

真美が耳を塞いだのを確認して、
伊織は手に持っていた音響閃光手榴弾のピンを抜く。
そして、まだこちらに気付いていない凛と智絵里の背に向けて投げた。

手榴弾は弧を描き、二人の右上方を通過して、見事目の前に落ちた。

凛「っ!」

智絵里「ひっ……!?」

突然視界に映った飛来物に驚き、二人は思わず注視する。
そして次の瞬間。
智絵里が小さく上げた悲鳴ごと、その場を爆音と閃光が覆い尽くした。

その直後、伊織は森を出た。
凛と智絵里は伊織の狙い通り、砂の上に倒れ伏して身を固くしている。
二人に向かって走りながら、伊織は智絵里の拳銃と荷物を確認した。
智絵里は自分が銃を握っていることなど忘れているかのように、
頭を抱えて体を丸めている。

そして数秒後。
智絵里が握っている銃は強引に指から引き剥がされた。
また伊織は銃を奪うと同時に、
傍に落ちていた智絵里の荷物も自分の後ろへと放り投げた。

突然の出来事に智絵里は驚いて声を上げ、反射的に伊織の方を見る。
だが閃光を直視した目は、まともに働いてくれない。
ただそこに何者かが居るという、それだけの情報しか得られない。
そのことが恐怖心を更に掻き立て、敵の存在を確認したにも関わらず
智絵里は逃げることも立ち向かうこともできなくなってしまった。

しかしそのことが智絵里にとって幸いした。
無力に怯える少女の姿が、伊織に僅かな躊躇を与えたのだ。

つまりそれは、伊織に隙が生まれたことに他ならなかった。

凛「ぅあああぁあああッ!!」

突然の叫び。
それを聞き伊織が咄嗟に目を向けた直後。
伊織の両目を、痛みが襲った。

伊織が感じたのは目の痛みだけではない。
顔全体に、何かがぶつかったのを感じた。
少し遅れて口の中の不快な異物感にも気付く。
そこで伊織はようやく何が起こったか理解した。
爆音と閃光の衝撃からいち早く回復した凛が、敵の存在を感じ取り砂を掴んで投げたのだ。

砂粒は目を直撃し、伊織の視界は今や完全に奪われている。
それに対し凛の視力は、敵を視認できる程度には機能している。

凛は立ち上がり、利き手にナイフを構える。
今この瞬間は、自分以上に敵の視力は不自由になっているはず。
やるなら今しかない。
そう決断し、凛は足を踏み出して
伊織に向けてサバイバルナイフを思い切り振り抜いた。
しかし、

伊織「ッぐ……!?」

伊織を襲ったのは、頭部への打撃。
伊織はそれに一瞬怯むが、しかしこれは凛にとっても想定外だった。

切りつけるはずが、柄の部分で殴りつけてしまった。
視界の不良が災いし、凛は伊織との距離感を誤ったのだ。

失敗した、今度こそ……と凛はもう一度ナイフを振りかぶる。
だがそれと同時に、伊織は目を閉じたまま凛が居るであろう位置から距離を取った。
そして凛が距離を詰めようとした次の瞬間。
霞んだ視界に、もう一つの影が飛び込んできた。

真美「いおりん……!!」

待機するように言われていた真美だったが、
伊織の身に危険が迫ったと見て慌てて駆け寄ったのだ。
そして伊織の腕を掴み、

真美「こっち!! いおりん、こっち……!!」

そう言って森の中へ逃げようと必死に引っ張る。
しかしそんな真美の胸に、伊織は何かを押し付けた。
真美が視線を落とすとそこにあったのは、
伊織が智絵里から奪った銃だった。
そして真美がそれを確認したのと同時、伊織は目を閉じたまま怒鳴るように叫んだ。

伊織「撃って、真美! 早く!!」

真美はその声を聞いて、ほぼ反射のように伊織の手から銃を受け取る。
そして、伊織に切りかかった「敵」に向けて、構えた。

凛「っ……!」

朧げな凛の視界だが、銃口を向けられたことは分かった。
それが誰かも分からないし、周りの音もほとんど聞こえない。
ただ分かるのは、765プロと思しき人間が一人増えたことと、
相手が自分達に明確な敵意を持っているということだけ。

こんな状況で下手に身動きを取れるはずがない。
凛は間も無く自分を貫くであろう痛みへの恐怖に、思わず目を瞑った。

が、しかし。
完全に抵抗の意思を失った凛に向けて銃を構えた真美の手は、
これ以上ないほどに震えていた。

伊織「真美!? どうしたの、真美……!?」

未だ目を開けることのできない伊織は、
発砲音が聞こえないことに焦りを感じ真美の名を呼ぶ。
しかし真美の耳には伊織の声は届いていない。

いつの間にか真美の視界は涙に滲んでいる。
心臓は張り裂けそうに鼓動し、呼吸はまともに肺に空気を送っているのかすら分からない。

そして数秒後。
伊織の耳に聞こえたのは発砲音ではなく、
喉から漏れ出すような、真美の泣き声だった。

伊織がそれを聞いたのと、凛が決断したのはほぼ同時だった。
閉じた目を恐る恐る開けた凛は、なぜか敵が銃口を下げていることに気が付いた。
表情は分からず声も聞こえないため、理由は分からない。
しかし、今しかない、と凛はそう思った。

凛「智絵里、立って!!」

すぐ隣で震える智絵里の肩を抱き、凛はそう叫ぶ。
大声で叫んだ凛の声は、麻痺した智絵里の耳にも届いた。
智絵里は仲間の声にようやく動くことができ、凛の手を握って立ち上がる。
そして伊織達に背を向けて二人はその場から逃げ出した。

伊織「っ……この……!」

伊織は凛の声を聞いてほんの僅かに目を開けた。
真美が銃を握っていることを確認し、その手から銃を取る。
そして去って行く凛達の背中に銃口を向けた。
しかし、やはりまともに目を開けていられない。
しばらくなんとかして照準を定めようとしたが、
二人が木の陰に隠れて見えなくなった辺りで、伊織は歯噛みして銃口を下ろした。

俄かに喧騒は収まり、海岸には再び静けさが訪れる。
伊織の耳には、波の音と、真美の泣き声しか聞こえなくなった。

伊織は手探りで、智絵里から奪った荷物から
ペットボトルを取り出し、その水で目を洗った。

砂を洗い流し、何度か目を開閉させ、痛みが無いことを確かめる。
ついでに口もゆすいで砂を吐き出し、顔を袖で拭った。

その時になってようやく伊織は、真美の姿をはっきりと見た。
真美は地面にへたり込むように座り、両手をついて俯いている。
泣き声はもう聞こえないが時折しゃくり上げ、肩が跳ねる。
そんな真美の後ろで伊織は、激しい後悔と自己嫌悪を感じた。

自分の失態で、渋谷凛と緒方智絵里を逃がしてしまった。
それも美波の時とは違い、明確な殺意を顕にした上で、逃がしてしまった。
もうあの二人が765プロを敵視するのは、ほぼ間違いない。

なぜ逃がしてしまったのか。
躊躇してしまったからだ。
つまり自分は、この期に及んで未だ中途半端だったんだ。

自分が決めたと思っていた覚悟など、まったくの薄っぺらいものだった。
中途半端だったせいで、自分のみならず真美まで危険にさらした。
それだけじゃない。
凛に反撃された自分は、あろうことか真美を頼ろうとした。
真美の心が弱っているのを知りながら、銃を持たせて射殺を命じた。

自分は真美を守ろうとしていたんじゃなかったのか。
灯台であれだけの啖呵を切っておいて、いざとなるとこのざまだ。

その灯台のことだってそうだ。
自分のことを棚に上げて、346プロの騙し討ちを責めた。
亜美を殺した奴らとは無関係の三人に、八つ当たりのように怒鳴り散らした。

伊織は拳を握り、自分の意思の薄弱さ、一貫性のなさを責めた。
自分自身に虫酸が走る。
ここまで酷い自己嫌悪を覚えたのは伊織は初めてだった。

そしてそれと同時に、
自分が真美の精神状態を何も分かっていなかったことを恥じた。

たとえ何があっても、真美に撃てなどと言うべきじゃなかった。
反撃され危険が迫っていたとは言え、目が開かなかったとは言え、
それでも自分がなんとかするべきだった。

真美が銃を構えたまま泣き出すまで、気付かなかった。
真美はただ346プロに怯えているだけではなかった。
怯えているだけなら、ああはならないはずだ。
銃を構えることはできたのだ。
ならば、恐怖の対象を排除するためにそのまま引き金を引くこともできるはず。
しかし真美は撃たなかった。
それどころか泣き出してしまった。

真美の心の状態は自分が思っていたよりずっと複雑で、
ずっと深刻なものだったと、伊織はこの時になってようやく気付いた。

真美はあの時、確かに引き金を引こうとしていた。
346プロの者を殺そうという明確な殺意を、真美は確かに抱いていた。
あの時、あの瞬間は、自分が圧倒的に優位であることを感じ、
真美の346プロに対する恐怖心は影を潜めていた。
恐怖心に勝る復讐心が、あの時の真美の心には確かにあった。

亜美の仇を討つ。

昨日から今までの間に真美がそう考えたのは一度や二度ではない。
恐怖に震えながらも、その裏には確かに亜美を殺した346プロへの憎しみがあった。

346プロは怖い。
でも、亜美の仇を取らなければ。
復讐しなければ。

真美の心を、幾度となく殺意がよぎった。
しかしそのたびに……。
亜美のことを思い出すたびに、真美は分からなくなった。

 真美『や……やだ!! 真美、こんなの絶対いや!!』

 亜美『あ、亜美だってやだよ! 人殺しなんてしたくないもん!!』

 真美『亜美、作戦会議だよ! これからどうすればいいのか考えなきゃ!』

 亜美『うん! 人なんか殺さなくてもいいように考えよ!!』

自分も亜美も、人なんか殺しなくなかった。
だからたくさん考えた。
人を殺さないために、たくさん、たくさん、考えた。
その時の亜美の顔が、言葉が、今でもはっきりと思い浮かぶ。

二人で一緒に、一生懸命考えた。
人を殺さずに済む方法を、頑張って考えた。

そう……亜美は絶対に、人殺しなんか嫌だったんだ。

仇を討ちたい。
亜美を殺した奴らが憎い。
復讐してやりたい。

しかし亜美との思い出が、駄目だと言う。
あの時の亜美が、やめてと言う。
人を殺さないために二人で一生懸命話し合ったあの思い出。
もし自分が346プロの者を殺してしまったら、あの思い出を台無しにしてしまう気がする。
亜美との思い出を、亜美の思いを、台無しにしてしまう気がする。

凛に銃口を向けた時、真美の殺意は最大にまで高まった。
何かが違えば恐らく引き金を引いていた。
だがその瞬間、やはり亜美との思い出が心に浮かんだ。
だから、できなかった。

亜美のために殺さなければいけない。
亜美のために殺してはいけない。

どうすればいいのか、わからない。

矛盾する二つの気持ちは常に真美の中にあり、
それはことあるごとに頭と心を掻き乱して、少しずつ真美の精神を蝕んでいた。
そして、今。
実際に仇を討つ機会が巡ってきてしまったことは、更に大きく真美の心を削った。

伊織は真美のこの精神状態を、正確に理解したわけではない。
しかし自分が発砲を命じたことが、真美の心を更に弱らせてしまったことは分かった。

伊織はぎゅっと目を瞑り、座り込む真美を正面から抱いた。
胸の中でしゃくり上げる真美の頭を抱きしめ、
伊織は真美への懺悔とともに改めて決意する。

もう真美には何もさせない。
手を汚すのも心を汚すのも、自分一人でいい。
これ以上真美の心を傷付けない。
最後まで、この子のことを守り通す。
最後まで、絶対に。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明後日くらいに投下します

8:05 星井美希

美希「それじゃ真くん、向こう側よろしくね」

真「うん。美希も、その子のこと任せたよ」

そう言って真は、未央の鞄から手榴弾を三つ全て取り出した。
そして美希が向かっているのとは別の窓に見張りにつく。

二人は話し合った結果、美希が未央の挙動と南側の窓を見張り、
真が手榴弾を持って北側と西側の窓を見張ることになった。

今美希たちが居る部屋は、二人が最も待ち伏せに適していると判断し選んだものだった。
窓が北・南・西の三方向に付いており周囲を広く見張ることができる。
唯一窓のない東側には部屋への入口の扉があり、内鍵をしっかりとかけている。

窓のある方向から誰かが来れば、まず確実に自分達の方が先に相手に気付く。
仮に窓のない東側から来たとしても、
玄関を開ける音や部屋の扉を開けようとする音で気付くことができる。
この状況であれば、先手を打って行動できることは間違いない。
部屋の中央には大きめのテーブルがあり、
何かあった時には身を隠したり倒して遮蔽物として使ったりもできるだろう。
待ち伏せの準備としては恐らく万全だった。

ただやはり懸念材料は、「一時間ルール」の存在だ。
これだけの準備を整えていても、一時間に一度はこの場を離れなければならない。
確率としては低いがその間に敵が訪れることもあり得ないことではない。
人質が居る以上、不利になるということはないが、優位性は薄れてしまう。

もしエリアの移動中に敵が来たらどうするか、
その時の対策も一応考えては居るが、やはり多少不安であることには違いない。
が、そんな風に二人が胸に抱えていた懸念は杞憂に終わった。

真「っ! 美希……!」

真はギリギリ聞こえる程度の声で美希を呼んだ。
その声に美希が振り向くと、真は北側の窓から外を覗いたまま、
手だけを美希の方へ向けて手招きしている。

美希は姿勢を低くし、未央を連れて真の横に行く。
そして真と同じように僅かに顔を覗かせて外を見た。
すると、北北西の方角からこちらに向かって歩いてくる人影が目に映った。

人数は三人。
まだ十分な距離があり、こちらの存在には気付いていないようだ。

方角から考えて、北西の集落からやって来たのかも知れない。
武器は、分からない。
先頭を歩くアイドルは鞄を持っている。
後ろの二人は何も持っていない。
どこかへ落としたか、あるいは置いてきたか。
北西の集落へ置いてきたのかも知れない。
とすると、ここへ来たのは偵察か、調査か……。

分からないことをこれ以上考えていても仕方ない、と美希は思考を切り替える。
そして未央の襟元を掴み顔を寄せて囁いた。

美希「人質さん、出番なの」

そのまま襟首を引っ張るようにして、姿勢を低く保ち部屋の入口へと歩いて行く。
可能な限り素早く、音を立てないように扉を開けて廊下へ出る。
美希はそこで立ち止まり、振り返って真の合図を待った。
廊下からでは、北側の様子は見えない。
つまり人質を連れて出て行くタイミングは真次第となる。

そしてそれから何十秒かが経ち、真は美希に向けて頷いた。
合図を確認し、美希は未央の首元に鉈を押し当て、

美希「行くよ」

短く一言そう言い、未央の腕を掴んで玄関へと進んだ。

緊張しているのか、未央は廊下を歩きながら深呼吸する。
美希も、落ち着いてはいるが鉈を握る手には自然と力が入る。

そしていよいよ、二人は玄関へ立った。
目の前の、この扉を開け外へ出て、そして左を向いて数歩進めば、
こちらへ向かってくる346プロの三人が目に入るだろう。
そうなれば当然向こうもこちらに気付く。
人質が居ることにもすぐ理解するはずだ。

美希は軽く息を吐く。
向こうがこちらに気付けば、後は未央の命を盾に武装を解除させればいい。
手順は何度もシミュレーションした。
敵が起こす可能性のある行動もいくつか想定し、対応策も考えてある。

未央の呼吸はやはり深い。
美希は首筋に刃を当てたまま、扉に手をかける。
しかし扉を開けた次の瞬間、気付いた。

直前に未央が大きく息を吸い込んだのは、呼吸のためではなかった。

美希「ッ!!」

扉を開けるために美希が腕を離したその瞬間。
その一瞬の隙をついて未央は、体を捻って扉をこじ開けるようにして外へ出た。
咄嗟に反応した美希により少し首が切れたが、なんとか致命傷は避けた。

当然美希は、再び捕らえようと手を伸ばしてくる。
しかし未央はその美希の体を思い切り蹴り飛ばした。

未央「ぅくッ……!」

だが両手を縛られているため力が上手く伝わらない。
美希はよろける程度だったのに対し、
未央はバランスを崩して地面に倒れ込み、うめき声を上げる。

しかし未央にとっては、これで良かった。
ほんの数秒時間を稼げれば良かった。
未央は地面に倒れ込んだまま美希の方を見ることもなく、
再び大きく息を吸い仲間に向かって思い切り叫んだ。

未央「来ちゃ駄目ええええッ!! 逃げてぇえええええええッ!!」

……あの時。
真と対峙し、背後から美希に殴り掛かられ、追い詰められた、あの時。
壁を背にして未央が思ったことは何だったか。

自分が殺されるという恐怖と絶望。
それはもちろんあった。
しかしそれとほぼ同時に未央の心に生まれたのが、
自分の仲間が自分と同じように殺されることへの恐怖だった。

不意打ちで、挟み撃ちで、あるいは騙し討ちで、殺される。
この人達ならやる。
間違いなくやる。
自分が殺されれば、次は他の誰かだ。

そして、未央は思った。
そんなの嫌だ。
そんなことさせない。
そのためには……もう、これしかない。

未央が人質を志願したのは命惜しさからではなかった。
美希達が346プロの者を発見した時、それを真っ先に仲間に伝えるため。
そのために、未央は自ら人質となった。
そうすれば少なくとも自分の時のような不意打ちは無くなるはず。
敵がここに居ると、教えられるはず。

何もしなくてもどうせ殺される。
それなら友達を逃がして、殺されたい。
その一心を胸に、未央は裏切り者を演じた。
そしてこの瞬間まで演じ抜いた。

地面に横たわった未央は息を全て吐き終わった。
そして次の瞬間、首元に熱を感じる。
赤い飛沫が飛び散るのが見える。
もう声は出ない。
息も吸えない。

お願い、逃げて。

薄れゆく意識の中、未央は最期まで、口を動かし続けた。




本田未央 死亡




杏「ッ……逃げるよ!! 走って!!」

数十メートル先、自分達が向かっていた方向から聞こえた声。
それはしっかりと杏達に届き、
杏はすぐさま振り返ってきらりとかな子に向かって叫んだ。

二人は一瞬体を強ばらせたが、杏の剣幕に突き動かされるように踵を返す。
二人が走り出し、そして後に続いて杏も走り出そうとしたその時。
背後、遠くの方から物音が聞こえた。
杏はその音に反射的に振り返る。

そして杏の視界は捉えるべきものを真っ先に捉えた。
未央の声が聞こえた民家、その窓が開き、中に人が立っている。
その人物が346プロのアイドルではないことを確認した瞬間、
杏は躊躇することなく銃口を窓へ向け、引き金を引いた。

きらり「ひっ……!?」

かな子「あ、杏ちゃ……」

突然の発砲音に二人は振り返る。
そして立ち止まりそうになるが、

杏「いいから走ってッ!!」

杏は二人の目を見て怒鳴るように叫び前を向かせた。
そして直後、自分は警戒のため再び背後に目をやる。
窓ガラスは割れ、人影は既に見えない。
窓の下に伏せたか。
命中していればいいのだが……
と、杏が思ったのと同時だった。

もしこの時、杏が背後を見る際に体をひねる方向が逆だったなら。
あるいはあとほんの少しだけ早く振り返っていたなら。
結果は違っていたかも知れない。

右側へ体をひねり後ろを向いていた杏は、逆側……つまり、
進行方向に対して左側から、何か物音がしたのを聞いた。

そしてきらりとかな子もそれに気付いた。
見ると、背後から飛んできた何かが自分達のすぐ左隣に落ちて、
そのまま今向かっている方向へと転がっていく。

そして数メートル先で止まった。
それが何か分かった瞬間、先頭を走っていたきらりと
後に続いていたかな子の足は、地面に張り付いた。

真は、既に投げていた。
杏が発砲を止めたその瞬間に、
窓の下に身を伏せたまま、投げていたのだ。

ピンが抜かれて既に数秒経過した手榴弾が、
今きらり達の目の前に転がっていた。

いつ爆発するか分からない手榴弾が目の前に突如現れる。
そのことはきらりとかな子の頭を真っ白にし、体を完全に硬直させた。

特に先頭に立っていたきらりは、
ほんの数歩先にある手榴弾に完全に思考を奪われていた。
一体どう行動するのが正解なのか……などという迷いすら起こらない。

一瞬の間の後、ようやくきらりが起こすことのできた行動は、
本能に任せて身を守ることだった。

手榴弾に背を向け、目を強く瞑り、両手で頭を抱えて地面に座り込む。
そんなことをしても至近距離の爆発から身を守れるはずはない。
当然、近くに居るかな子と杏も、無事で済むはずがない。
しかし今のきらりは、目前の脅威にただ小さくなって怯えることしかできなかった。

そしてそんなきらりのすぐ後ろで、手榴弾は爆発した。




美希「真くん!!」

爆発音を聞いた直後、室内に戻った美希は姿勢を低くして真に駆け寄った。
既に体を起こし窓から外を覗いていた真は、声に反応して美希の方へ目をやる。
そして思わず息を呑んだ。

真「美希、その血は……」

美希「平気なの。ミキの血じゃないから」

短くそう言って、美希は真と同じように窓から顔を覗かせる。
それだけの説明だったが、真は事態を把握した。
直前の未央の叫び声は真にも届いていた。
だからそれ以上は聞かず、自分も再び外へと目を向けた。

手榴弾が爆発したであろう場所には濃い砂塵が立っている。
風がほとんど無いようでなかなか薄れず、その場がどうなっているかが分からない。

上手く投げられていれば、今頃は恐らく全滅しているはずだが……。
と、美希と真は早く砂塵が晴れるよう心の中で急かした。

が、数秒後、二人は目を見開く。
砂塵が晴れたその場所に、二つの影がはっきりと見えた。
一人は立っており、もう一人は座っているように見える。

まだ生きている。

それが分かった瞬間、真は立ち位置を窓の正面へと移した。
今度こそ、しっかり狙いを定めて投げてやる。
そう決心し、真は手榴弾のピンに指をかけた。

しかしそれを引き抜くのと全く同時。
斜め後方から、音が聞こえた。

全神経を窓の外に集中していたのが災いし、
直前までその気配に気付くことができなかった。
突然の物音に驚いて二人は振り返り、そして次の瞬間、

真「ッぐ!?」

真の胴体を強い衝撃が襲った。
不意を突かれた真は衝撃に耐え切れず、バランスを崩す。
そして後ろに倒れながらその衝撃の正体を見た。

赤城みりあが、自分の体にしがみついている。

一体いつから居たのか。
その答えが出る前に、真の思考は倒れた衝撃で中断させられた。
だが、倒れただけならまだ良かった。

最悪なことに……真は倒れた際、壁に頭を強く打ち付け、
そのせいで既にピンの抜けた手榴弾を取り落としてしまった。

そして次にみりあが取った行動は、深く考えての物ではなかった。
手榴弾はピンを抜けば爆発するということもみりあは知らない。
単純に、爆弾を投げさせたくないという一心からの行動だった。

みりあは美希と真が阻止する間もなく、
自分のすぐ傍に落ちた手榴弾を部屋の隅へ……
つまり真達から最も離れた所へ、手で弾き飛ばした。

美希「っ……!!」

それを見た瞬間、美希は部屋の中央へと走った。
みりあが起き上がり窓から外へ出ようとしているのが見えたが、
それすら一切無視した。

逃げる者を追うことを放棄し、美希が最優先で行ったこと。
それは、部屋の中央に置いてあったテーブルを蹴り倒すことだった。

ピンを抜いて何秒経ったか分からない。
だが少なくとも手榴弾を拾って外に捨てることは不可能だ。
今すぐにでも爆発してしまうかも知れない。

そう判断した美希が咄嗟に考えたのが、テーブルを遮蔽物にする方法。
説明書によると、この手榴弾は破片を飛ばして殺傷するタイプの物らしい。
テーブルの天板で少しでも破片を防ぐことが出来ればと、
これが美希に思い付いた最も「マシ」な方法だった。

この程度の遮蔽物で完全に防ぎきれるとは到底思えない。
しかし二人とも生き残るためには、賭けるしかなかった。

テーブルを倒した直後、美希は真へ向けて飛び、
真を庇うようにして重なる形で床に伏せる。

そしてみりあが身を投げ出すように窓の外へ出たのと同時に、
爆音が部屋を満たした。

分厚いテーブルの天板は、爆風によって飛び散った破片のいくらかは防いだ。
しかしやはり全ては防ぎきれず、天板を貫通した破片が、
数メートル先に伏せている美希達を襲った。

美希は真に覆いかぶさり、また真は美希の頭をだき抱えていた。
そして手榴弾の破片は、真の体を守る美希の背中数箇所と左足、
更に美希の頭部を守る真の両腕に突き刺さった。
その大半は天板を貫通したことにより幾分か威力が殺されていたため
致命傷には至らなかった。

が、それでも、

美希「ぅ、あっ……」

真「っ……美希! 大丈夫!? 立てる……!?」

美希「ミ……ミキは、平気。大丈夫だよ……」

苦痛に表情を歪めながら美希は答える。
しかし真が更に何か声をかけるより早く、
壁に手をつき息を切らせて立ち上がった。

美希「……逃げなきゃ……! 今は早く、ここから離れるの……!」

そう言った美希の視線の先には、窓から見える人影があった。

やはりどう見ても、少なくとも二人生きてる。
しかもその窓のすぐ向こうには、逃げ出したばかりの赤城みりあが居るはずだ。
爆破のショックからかすぐに動き出す気配はないが、
いつ武器を持って攻め込まれるか分からない。
そうなれば、今の自分達では応戦は不可能だ。

真も考えは美希と共通していた。
負傷した両腕を庇いながら立ち上がり、痛みをこらえて荷物を肩にかける。
そうして二人は細心の注意を払いつつ民家を出て、足早に集落を後にした。




みりあ「っう、くうッ……!」

窓の外へ身を投げ出したみりあは、しばらく地面に横たわったまま動けなかった。
肋骨の辺りがズキズキと痛み涙が滲む。

しかしみりあは歯を食いしばり立ち上がった。
みりあは、一部始終を見ていた。
杏達がやって来たことも、未央が首を掻き切られたことも、
手榴弾が杏達を襲ったことも、すべて見ていた。

あの時自分は物陰に身を潜めたまま、何もできなかった。
あんな思いはもう嫌だ。
だから、こんな痛みなんかで泣いている場合じゃない。

みりあの体を動かすのは何もできなかったことへの後悔。
そして、今目に映っている光景。

遠くに立つかな子と、その傍で座っているきらり。
それから、その場を彼女達ごと真っ赤に染め上げている何かが、
みりあの体をそこへ引き寄せた。

みりあ「っ……きらりちゃん、かな子ちゃん……!」

痛みをこらえつつ、みりあは二人の名を呼んで駆け寄る。
が、二人とも反応を示さない。
きらりは座ったまま俯き、かな子はそんなきらりの背中をじっと見たまま動かなかった。

その様子にみりあは更に不安を掻き立てられ、走る速度を上げる。
直後、気が付いた。
地面に座り込んだきらりが、その手に何か、赤黒いものを抱えていることに。
その瞬間みりあは一瞬内蔵を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
思わず足を止めてしまいそうになったが、堪えて進み続ける。
だが数秒後に、その足も止まった。
みりあは気付いた。

きらりが抱えているものは、多分、人間だった。

人間だとして、では誰なのか。
すぐに、分かってしまった。

爆発が起きるまでこの場にはきらりと、かな子と、杏が居たはずだ。
しかし今、杏が居ない。
それが何を意味するのか。
考えるまでもなかった。

きらりの腕に抱かれた杏は、ぼんやりと空を見上げているようだった。
しかし薄く開かれたその目は、ただ開かれているだけだった。
瞼はぴくりとも動いていなかった。

動くはずがなかった。
赤黒く染まった杏の体は、
酷いという言葉では到底言い表せないほどに損傷していた。
見るものによっては、恐らくあまりの惨状に胃の中身を吐き出してしまうほどに。
誰が見てもひと目で分かる。
こんな状態で生きていられる人間が、居るわけがない。

一体なぜこんなことになったのか。
その一部始終を、かな子は見ていた。

目の前に手榴弾が落ちた、その時。
きらりとかな子はそれが手榴弾だと分かった瞬間思わず足を止めた。

だが杏は止まらなかった。
それどころか逆に加速し、二人の横を追い抜いた。
震えるきらりの背後に回り込み、そして、手榴弾に全身で覆いかぶさった。
その直後、杏の腹の下で手榴弾は爆発した。

かな子が杏の名を呼ぶ間も無かった。
本当に、杏が覆いかぶさった直後に爆発した。
そうしなければ間に合わなかったのだ。
杏はそう瞬時に判断し、そして、自分が考える最善の選択を取ったのだ。
かな子を、きらりを、友達を守るための選択を、杏は取った。

そしてきらりは、杏の想いに気付いた。
杏がこれまで何を想っていたのか。
気付き、理解し……
きらりは意識を失った。

地面に倒れたきらりの横で、血に濡れた杏の瞳はただ空を映し続けた。




双葉杏 死亡

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日に投下します

死亡者(765)1名
死亡者(346)3名
生存者(765)13名
生存者(346)11名

これであってるよな?

一番現状有利なのは小鳥さんじゃね?
武器結構あるし固まってる今ショットガンあれば一気殲滅できるし、スタンガンあるから1人でも気絶すれば人質にできるし

sageてくれたら嬉しいんだがね

8:15 秋月律子

律子「っ……駄目。もう、遠くへ行ってしまったみたい……」

砂浜に残った足跡を見て、律子は唸るようにそう呟く。

数分前、彼女達の居る灯台に「あの音」が届いた。
春香と千早、また美波とアナスタシアは、
それが伊織の音響閃光手榴弾の爆音だと知っていた。
四人はそれを皆に伝え、そして、行動を起こした。

亜美の死が彼女達を動揺させたのは確かだが、
幸いにもそれで不和が生じるということはなかった。
寧ろ、既にゲームに乗っている者が居るからこそ
自分達はより強く結束しなければと、そう考えていた。
また所属事務所に関わらず、
この場に居ない他のアイドル達を案ずる気持ちも皆共通していた。

その気持ちがあったからこそ、
やはり伊織を放ってはおけないと一同は全員で音の方へ向かうことにした。

美波達346プロの三人は真美に接触するわけにはいかないが、
それでも伊織から聞いた双葉杏と諸星きらりの件がある。
仮に765プロだけで伊織と真美を探しに行ったとして、
もし杏達と遭遇してしまったら恐らく交戦は免れない。
それを避けるため、伊織達を発見するまでは美波達も同行することとなった。

が、音がしたであろう場所に一同が着いた時には、既に誰も居なかった。
足跡は残されていたが森の中へ消え、完全に行方知らずとなっていた。

それを見て皆沈黙し肩を落とす。
が、その沈黙は律子の落ち着いた声によって破られた。

律子「……仕方ないわ。これからは最初に決めた通り、
  探索組と待機組に分かれて行動しましょう」

それを聞き、数人は驚いて目を見開いた。

響「な、なんで!? 伊織と真美はどうするの!? 放っておいていいのか!?」

春香「そんな……! 律子さん、まだみんなで探せばきっと見つかります! だから……」

二人を探すのを諦めるつもりか、と響と春香は律子に食ってかかる。
しかしそんな彼女達に、
律子は努めて毅然とした態度で返した。

律子「放っておくわけでもないし、探すのをやめるわけでもない!
   ただ、このまま全員で探し続けると時間がかかりすぎるのよ。
   ゲームに乗り気な子が居ると分かった以上は
   バラバラで手分けして探すわけにはいかないのは分かるわよね?
   それなら全員で固まって探すより、
   他事務所同士のチームを複数作って動いた方がきっと早く見つけられるはずよ!」

これを聞き、響と春香は自分達の早とちりに気付いて押し黙る。
律子は二人がひとまず納得してくれたことを確認して、少し声のトーンを落として続けた。

律子「ただ、チーム編成は変えることになるわね……。
   探索側により多く人数を割いた方がいいわ。
   灯台に残るのは最低限で、346プロと765プロから一人ずつにするべきだと思う。
   残りのみんなは二つに分かれて、それぞれ346プロ一人と一緒に行動する……。
   これが今私が考えられる一番良いやり方よ。もし何か意見があれば、聞かせてちょうだい」

この状況でも可能な限り最善手を考え立案する律子。
そんな彼女の様子に、皆少なからず驚いた。

律子は亜美の死を知ったにも関わらず、冷静に考え続けている。
いや、亜美の死を知ったからこそ、
考えることをやめてはいけないと、律子はそう思っていた。

亜美の死に感じた絶望から律子を奮い立たせたのが、
伊織を、仲間を案じる心だった。
これ以上犠牲者を出したくないという思い一つで、律子は今動いていた。

そしてその思いは他の765プロのメンバーにも通じた。
それまでは亜美の死のショックが抜けきらず、
とにかく伊織を放ってはおけないという感情のみで動いていた者が大半だった。
頭は混乱で満ち、思考する余裕などなかった。
しかし律子は、感情に支配されることなく
頭を最大限に使って仲間を救おうとしてくれている。
そのことが、皆に落ち着きを取り戻させた。

春香「ご、ごめんなさい、律子さん。私、焦っちゃって……。
   わ……私も、それでいいと思います!」

響「じ、自分もごめん! 自分も、律子に賛成だぞ!」

律子「……それじゃあ、急いで相談しましょう。
  でも焦らないように、しっかり話し合って決めるわよ」

そうして一同は急いで、しかし冷静に、
これから誰がどう動くべきかを話し合い決めていった。

8:25 三村かな子

かな子「うあっ……!」

みりあ「か、かな子ちゃん! 大丈夫!?」

かな子「っ……はあっ、はあっ、はあっ……!」

何かに躓いたのか、かな子はバランスを崩して膝をついた。
そしてみりあの呼びかけに答える余裕もなく、
両手をついて荒い呼吸を地面に向けて吐き続ける。

みりあに比べ、かな子は既にかなりの体力を消耗していた。
それもそのはず。
今かな子の背中には、気を失ったきらりが抱えられていた。

かな子は杏の死を間近で見て茫然自失とし、
その後の民家で起きた爆発やみりあの声にすら反応しなかった。
しかしきらりが失神したのを見て、初めて動き出すことができた。

そしてそれと同時に、ここから離れなければと感じた。
また手榴弾が投げられるかも知れない。
あるいは別の敵がやって来るかも知れない。
とにかくここは危ない。
すぐ森の中に逃げなければ。

かな子は傍に立つみりあにそう言って、きらりを背中に抱えて歩き出した。
肋骨に痛みがなければみりあも手伝えていただろうが、それは叶わなかった。
そうして、自分より遥かに背の高いきらりを抱え、
舗装されていない森の中をかな子は走り続けた。

が、ここでついに限界が来た。

立ち上がろうとするも足に力が入らない。
人一人抱えて舗装されていない山道を走るのは、
相当な負担をかな子の両足に与えていた。

みりあ「休憩しよ、かな子ちゃん! 無茶して怪我なんかしちゃったら大変だよ!」

みりあはかな子の限界を察し、休憩を提案する。
かな子はそれを聞いてみりあに目を向け、
その時初めて、みりあが脇腹に手を当てていることに気付いた。

かな子「みりあちゃん……怪我、してるの……!?」

みりあ「えっ? あ……う、ううん、大丈夫だよ!」

かな子「そ、そんなはずないよ……! 見せて、早く!」

みりあは慌てて健在をアピールしたが、痛みを隠していることは明らかだった。
そしてみりあはかな子の必死な様子に観念したように、
服を捲って痛む箇所を見せた。

それを見てかな子は思わず息を呑む。
みりあの脇腹は、一部が赤紫色に染まり、見るからに痛々しく腫れていた。

その原因は、真だった。
あの時みりあが飛びついた際、真は咄嗟に反撃し、
みりあの胴体に思い切り膝を打ち込んだのだ。
そして不安定な姿勢ながらも十分な威力を持ったその蹴りは、
みりあの肋骨にヒビを入れていた。

骨折していることまではみりあにもかな子にも分からなかったが、
かな子はその痛々しい痣を見て、思わず目に涙を浮かべた。
きらりは意識を失い、みりあは酷い打撲を負い、
そして、杏は死んでしまった。
短い時間で起きたこれらの出来事は、かな子の心を確実に追い詰めていた。

だが同時にこれらの出来事が、
逆にかな子の心に折れることを許さなかった。

今無事なのは、自分だけ。
もし今、卯月を殺した者や杏を殺した者に襲われたら、
きらりとみりあを守ることができるのは自分だけ。
だから、自分がしっかりしていないといけない。

頼れる仲間を失ったことが、
無力な仲間が傍にいることが、かな子の心を支えた。

かな子はにじみ出た涙を拭く。
そして顔を上げてみりあの目をしっかり見て、言った。

かな子「……杏ちゃんのところに戻ろう。荷物を置いてきちゃったし、
    それに……杏ちゃんのこと、あのままにしておけないよ……!」

その言葉を聞き、みりあもまたかな子の目を見てしっかりと頷いた。

8:35 音無小鳥

小鳥「……先に入って。鍵をかけるから」

莉嘉「うん……」

小鳥に促され、莉嘉は灯台の中へと入る。
そして小鳥もそれに続いて入り、扉を閉めて内鍵を回した。

話し合いの結果、小鳥と莉嘉が灯台に残ることになった。
346プロの三人のうち一人灯台に残すのであれば、一番幼い莉嘉が妥当だ。
また765プロのアイドル達には全員、伊織と話をする機会が与えられるべきだ。
小鳥がそう言って、自分と莉嘉を待機組にするよう提案したのだ。

この提案に反対する理由も特に無く、皆納得し、
二人に灯台での待機と周囲の観察を任せた。
ただ貴音だけは小鳥の言葉の裏に気付いていたが、何も言うことはなかった。

『もし灯台に346プロの者が来たら、莉嘉を人質に武装を解除させられる』

それが、小鳥が自分達を灯台に残すよう提案した本当の理由だった。
346プロを人質に取るには、対象と二人きりが都合が良い。
他に誰か居ればその所属事務所に関わらず阻止される恐れがある。
そして人質はできるだけ、小柄で力の弱い人間の方がいい。

また、きらりとユニットを組んでいるということも莉嘉を選んだ理由だった。
伊織の言葉通り諸星きらりがゲームに乗り気なのだとすれば、
きらりを相手にした時の人質は
ユニット仲間である莉嘉が最適だと、小鳥はそう考えた。

とは言え、あくまでそれは最終手段。
莉嘉が765プロに仲間意識を持っている今なら、
自分が何もしなくとも莉嘉自らが相手に武装解除を呼びかけるだろう。
それが成功すれば、自分の敵意を相手に気付かせることなく無力化できる。
可能であれば間違いなくその方がいい。
その意味でも、莉嘉は最適だった。

そこまで考えて、小鳥は莉嘉を選んだ。
他の皆が伊織を案じるその隣で、
利用するなら誰が適任か、その算段を立てていた。

自分が今どれだけ最低な人間になっているか、自覚している。
でも仕方ない。
みんなを守るためなのだから。

前を歩く莉嘉の後頭部を眺めながら、
小鳥は何度言ったか分からない言葉を頭の中で復唱した。
が、ふと小鳥の思考は止まる。

莉嘉の肩が震え、嗚咽が漏れ始めた。
そして小鳥が理由を聞くより先に、莉嘉はしゃくり上げながら口を開いた。

莉嘉「ごめん、なさい……ごめんなさいっ……!」

小鳥「……どうして謝るの? 何か、あったの?」

唐突に泣き始め、謝罪の言葉を口にした莉嘉。
だが小鳥には謝られる心当たりはなく、率直にその意図を聞いた。
すると莉嘉は途切れ途切れに、答えた。

莉嘉「亜美ちゃん……殺したって……。
   きらりちゃん、と……杏、ちゃんっ……殺した、って……!」

しっかりした文章にはなっていなかったが、
この言葉で小鳥はすべて理解した。
莉嘉は、杏達が亜美を殺したことへの罪悪感に耐え切れず、泣き出してしまったのだ。

自分の仲間が相手の仲間を殺したことへの罪の意識。

この感情は、当然美波とアナスタシアも持っている。
また卯月の死を知っている765プロの者達も、
それを隠している分余計に強い罪悪感を持っている。

だが彼女達は、理屈を理解していた。
殺したのは自分じゃない。
自分の全く知らないところで起きたことなのだから、自分に責任はない。

実際にそう考えたわけではないが、
無意識下でその理屈を以て自らの罪悪感を薄れさせ、耐えていた。

だが莉嘉にはそれができなかった。
幼さゆえか、性格か、その両方か。
莉嘉の感情は、仲間の殺人をまるで自分の行いであるかのように捉えていた。
そしてその思いが、集団を離れ長い沈黙を経るうちに高まり、今爆発した。

莉嘉「ごめんなさいっ……亜美ちゃん……ごめ、なさい……!」

亜美に謝っているのか、小鳥に謝っているのか。
莉嘉は泣きじゃくりながらただただ謝り続ける。

そして小鳥はそんな莉嘉を見て、ぽつりと呟いた。

小鳥「……莉嘉ちゃんは、何も悪くないわ。
   それに、杏ちゃんと、きらりちゃんも」

莉嘉の前に膝を付き、
俯いた莉嘉の目を見るようにして小鳥は話す。

小鳥「あの子達もきっと、一生懸命なの。
   みんなのことを守らなきゃ、って、必死に、頑張ってるの……。
   だから……私はあの子達のことを責めたりなんかしない」

その言葉を聞き、莉嘉は涙に濡れた目で小鳥を見る。
その顔を見て、小鳥は自分の顔が酷く歪みそうになるのを感じた。
しかし必死に耐え、穏やかな表情を貼り付け、

小鳥「そうよ、悪くなんかないの。だって……仕方ないんだから」

安心させるために、心を落ち着かせるために、そう言い聞かせた。

8:35 渋谷凛

多分、もうすぐのはずだ。
凛は地図に目を落とし、何度目か分からないが灯台の位置を確認した。

伊織の襲撃を受け、凛と智絵里は海岸沿いを歩くのは
危険だと判断し森の中を行くことにした。

これなら一方的にこちらの姿だけが丸見えになるという可能性は低くなる。
灯台は視認できなくなるが、やむを得ない。
大体の位置はわかったのだし、問題ないはず。

そうして二人が歩くうちに、ふと生い茂る木々が途切れた。
見るとその空間は左右に長く伸びている。
どうやら小道のようなところに出たようだった。

凛は地図を見て、この道がどこへ続いているのかを確認する。

凛「左が灯台で……右が集落かな」

その声に智絵里も地図を覗き込んだ。
見ると、この小道は灯台と集落を結ぶものらしい。
左に進めば灯台に着き、
右に進めば、二つある集落のうち北西側の集落に着くようだ。

自分がいる場所を確認し終え、凛は智絵里を振り返った。

凛「……どうする? このまま灯台行くのでいい?」

智絵里「う……うん。やっぱり、気になるから……」

凛「うん……だよね。よし、それじゃ予定通りにしよう」

少し前の急襲を受け、二人はこのまま灯台へ行っていいものか初めは迷った。

765プロにはゲームに乗り気の者が居る。
もし灯台に居るのがそういう者達だったら、あまりに危険すぎる。
身を守る術はサバイバルナイフが一本。
もし相手の武器が飛び道具だったとすれば防ぎようがない。
またナイフより長く大きな武器であっても圧倒的に不利だ。

今の状態で誰が居るか分からない灯台へ向かうのは、やはり不安がある。
しかしその不安を、灯台への期待が上回った。
灯台を調べれば何か見つかるかもしれない。
上に登れば何か見えるかも知れない。
その思いは凛、智絵里ともに共通していた。

そうして二人は当初の予定通り灯台を目指すことを決め、
今も小道を北へ向かって進んでいる。

しかしあと少しで小道が終わって森を抜けるというところで、
二人は慌てて道の脇の木々に身を隠した。
そして顔を覗かせ、灯台を見る。

少し先に立つ灯台。
その屋上に、人が居る。
そしてそれは、346プロの者ではなかった。
見たことはない。
だが346プロの者ではないということは、765プロの者ということで間違いない。

そこに居たのが仲間ではなかったことと、
そして何より相手が持っていた武器が、凛と智絵里を木の陰に隠れさせた。
詳しくは分からないが、どう見てもナイフより拳銃よりもっと強力な銃だった。
それを見て二人は言葉にするまでもなく思った。
灯台に行くのは無理だ。
諦めよう。

二人は顔を見合わせて、森の奥へと戻っていった。
その直後、屋上に莉嘉が姿を現したのだが、凛達がそれに気付くことはなかった。

9:00 菊地真

真「美希、少し休もう……! 一度傷口を診ておいた方が良いよ!」

美希「はあっ……はあっ……!」

激しく呼吸を乱した美希は、真の言葉を聞いて頷き、地面に腰を下ろす。
美希の左足を直撃した破片は特に深くまで突き刺さっており、
機動力を失った美希は真に比べ遥かに体力を消耗していた。

真は座り込んだ美希の隣に膝をつき、鞄から未開封のペットボトルを取り出す。
そして痛みを堪えキャップを回し、美希の足に慎重に水をかけた。

真「大丈夫? 痛くない?」

美希「っ……うん。こんなの、へっちゃらだよ」

汗を滲ませながらも、美希は心配かけまいと真に笑いかけた。
だが真はそれに笑顔を返す余裕もなく、心配そうな表情を浮かべ続ける。

真「他にも傷あるよね? そっちの方も見せて!」

美希「……真くんも、手、怪我してるの」

真「ボクの傷は最後でいいから!」

美希「あっ……」

そう言って真は、美希の後ろに回って服を捲る。
一瞬、首を回して背後の真に何か言おうとした美希だったが、
真の表情を見て口を閉じ、正面を向いてじっと自分のつま先を見つめた。

美希「もう……真くんってば強引なの。
   流石のミキも、いきなり裸を見られちゃうのはちょっと恥ずかしいって感じ」

水のかかる冷たい感覚を背中で受けながら、
美希はまるで日常の中に居るかのように軽口を叩いた。
しかしその声には微かに苦痛を堪える強張りがあり、
これもまた心配させないための気遣いであると真はすぐにわかった。

しばらく黙って傷口周辺を水で洗っていた真だが、
ふと軽く息を吐いて美希に声をかけた。

真「……一応、これで傷口は洗ったよ。
 でも、多分……破片がまだ刺さってるよね。やっぱり、取った方がいいのかな……」

美希「ん……ミキ達お医者さんじゃないし、あんまり触らない方がいいって思うな。
   それにもし取った方が良くても、取るための道具がないの」

真「だよね……。じゃあもう、これくらいしかできないかな……。
  ただ水で流しただけで、意味なんてあるのか分からないけど……」

美希「絆創膏とか包帯とかも無いだもん、仕方ないの。
   でもミキの服ってきれいだし、バイキンなんか居ないって思うな!」

本気でそう思っているのかどうかは分からないが、
美希の言う通り雑菌を防ぐような道具が無い以上、気にしすぎても仕方ない。
もしかしたら何か良いやり方があるのかも知れないが、
医学の知識など無いに等しい自分達では、これ以上できることはない。

真「うん……そうだね」

真は短く一言そう言って、自分の腕にも片方ずつ水をかけた。
その時、思わず痛みに表情を歪めてしまい、
今度は美希が心配そうに声をかける。

美希「……やっぱり、痛いよね。ごめんね、ミキのせいで……」

美希「ミキの首とか頭とか守ってくれたから、怪我しちゃったんだよね?
   それにミキがもっとちゃんと気を付けてれば、こんなことにならなかったのに……」

真「美希のせいなんかじゃないよ。気付かなかったのはボクも同じだし、
  それに美希の傷だってボクを守ってくれたから負った傷だろ?
  だからなんていうか……おあいこってことにしておこうよ」

と、この場を収めるため真はそう言った。
しかし真は、本心では美希よりも圧倒的に自分の方に責任があると考えていた。
だがここでそれを言っても、美希も「自分の方が」と主張を返してくるだろう。
今ここでそんなやり取りを続けても意味がない。
そして美希はこの真の考えを知ってか知らずか、

美希「……うん。ありがとうなの、真くん」

それ以上自分を責めることなく、薄く笑って礼を言った。

美希「それじゃあ……これからどうする?
   ミキ的には、早く765プロの誰かと一緒になりたいって感じ」

と、早速美希はこれからどうするかという話題に切り替えた。
真は美希の意見を聞き、静かに頷く。

真「ボクも賛成かな。
  ただ、怪我のことを考えるとあんまり無茶しちゃダメだ。
  血はそこまでたくさん出てるわけじゃないけど、
  それでもできるだけペースは落とした方がいいと思う」

美希「うん……そうだね」

真「それに、隠しても仕方ないから正直に言うけど……。
  ボクはもう、手榴弾をあまり遠くには投げられない。
  無理に投げようとしたら、多分コントロールがきかなくなる。
  残されてるのは一発だけだし……。
  だから346プロの子を見たら、逃げるか隠れることを最優先に考えたいんだ」

美希「……うん。悔しいけど、ミキもまともに戦うのは無理だと思う」

と美希も自分の状態を正直に話した。

現状、二人とも戦力としてはほぼ無力。
しかし真は、その状況に気を落とすことはなかった。

真「まずは、できるだけ体を休めながら少しずつ北に向かってみようよ。
  森の中ならそう簡単に敵に見つかることはないだろうし、
  これ以上急いで集落から離れる必要もないと思うんだけど……どうかな」

そう言って冷静に、これから取るべき行動について確認を取る真。
そんな真を美希は数秒見つめ、そしてニッコリ笑って答えた。

美希「……あはっ。真くん、すっごく頼もしいの。
   うん、ミキもそれでいいって思うな」

この返事と笑顔に、今度は真も、穏やかな笑顔を返すことができた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日投下します

10:00 萩原雪歩

雪歩は今、途方に暮れていた。
昨晩北西の集落に向かっていたのだが、
探知機はそこに346プロのアイドルが六人も居ることを示していた。
そんなところに無警戒に行けるはずは無く少し引き返した後、
孤独に震えながら森の中で一晩を過ごした。

そして今朝。
今度は南東の集落に行ってみようと歩き始めた雪歩だったが、
まさにその方向から、今度は爆発音が聞こえた。
慌てて探知機を見たが、爆発が起きたのは探知可能な範囲の外側だった。
だが少なくとも、もうどちらの集落も安全ではないことは分かった。

雪歩はどうすればいいのか分からず、
集落から離れるために再び南下し海岸に出て、
文字通り右往左往したのち、とうとうその場に座り込んでしまった。
孤独や恐怖や不安、様々な負の感情が、雪歩の心を侵し始めていた。

しかし涙に濡れた雪歩の目に、探知機に起きた変化が映った。
北の方角から、765プロを示す点が二つこちらに近付いて来ているのだ。
雪歩は目を見開いて跳ねるように立ち上がり、北へと走った。
そして森に入り少し走ったところで、雪歩はようやく待ち望んだ顔を見ることができた。

雪歩「い……伊織ちゃん!! 真美ちゃん!!」

そう名前を呼んだ雪歩を見て、伊織は僅かに安堵の色を浮かべた。
そんな伊織達に雪歩は駆け寄り、そして勢いよく抱きついた。

雪歩「良かった……私、ずっと一人で……!
   すごく寂しくて……でも、良かったぁ、良かったよぉ……!」

そう言って、二人を抱きしめたまま泣き始める雪歩。
また真美も、雪歩の背中に手を回し、
ぎゅっと服を掴んで同じように泣いた。

伊織も本音を言えばもっと長く雪歩とこうして抱擁し、再会を喜びたかった。
しかしそういうわけにもいかない。
伊織は雪歩に抱きしめられたまま、呟くように口を開いた。

伊織「……雪歩、聞いて欲しいことがあるの」

雪歩「え……?」

その伊織の声色に、雪歩はただ事ではない何かを察した。
ゆっくりと体を離し、そして伊織の顔を見る。
伊織は雪歩の目を見つめ返し、

伊織「無茶を言うかも知れないけど……できるだけ、取り乱さないで」

そう前置きして伊織は、亜美のことを話し始めた。
それを聞いて雪歩が見せた反応は、伊織の予想を大きく外しはしなかった。

初めは信じられないような顔を浮かべ、
しかし伊織の表情と泣き続ける真美を見てそれが事実だと実感し、
地面にへたり込み、涙を流した。

地に手を付き涙を流す雪歩を見下ろしながら、伊織は眉根を寄せる。
泣いている場合ではない。
悲しんでいる場合でもない。
そんなことは分かっているが、それを口にすることはやはり胸を強く締め付けた。

だがそれでも口にしなければならない。
伊織は拳を握り、雪歩に向けて口を開こうとした。

しかしその直前、雪歩が顔を上げた。
そして未だ流れる涙を止めることなく、

雪歩「ど、どうしよう……。伊織ちゃん、私達、これからどうしたら良いのかな……!」

すがるように伊織を見つめてそう言った。
それを受け、伊織は言いかけた言葉を飲み込んだ。

雪歩の目は不安と悲哀に満ちている。
だが今、彼女は「これから」のことを聞いた。
恐怖と悲しみに包まれながら、決して絶望などはしていない。
雪歩の頭は既に「次」に切り替わっていることに、伊織は気付いた。

伊織「そうね……。これからどうするべきか。それを考えなくちゃいけないわ。
   だからもう一つ、あんたに大切なことを教えるわね」

伊織は座り込む雪歩を見下ろしたまま、静かに言った。
雪歩は一瞬の間を開けて涙を拭い、立ち上がって頷く。
それを見て伊織は、やはり落ち着いた声で続けた。

伊織「……346プロには、765プロと協力して解決策を探してるアイドル達も居るわ。
   北にある灯台に、みんな集まってる」

雪歩「え……?」

伊織「だから……もし雪歩がこのゲームに乗りたくないのなら、
   そっちに行ってちょうだい。私は止めないから」

雪歩はこの情報を聞いて目を丸くする。
亜美が殺されたという話の直後に今度は真逆の情報を聞かされたのだ。
困惑しないはずがない。

雪歩「ほ……本当に、協力してるの? だ、騙されてたりとか……」

伊織「それは無さそうよ。律子や貴音、千早がそう言ってたから。
   私も実際に見て、その点に関しては心配ないって信じることにしたわ」

雪歩「そ、そう、なんだ……。他には、誰が居るの?」

伊織「765プロはその三人と、小鳥、やよい、響、春香の全部で七人。
   346プロは新田美波、アナスタシア、城ヶ崎莉嘉の三人よ」

雪歩「……みんな、知ってるの? さっき伊織ちゃんが教えてくれたこと……」

伊織「知ってるわ。でもそれを聞いたからって、
   少なくともあのグループは敵対しようとなんてしないでしょうね。
   ただ……」

と伊織はここで一瞬目を伏せてひと呼吸起き、
再び雪歩の目を見て、言い切った。

伊織「はっきり言って、私は協力なんて無駄だと思ってる。
   ゲームに勝つ以外に生き残る方法なんて無い」

伊織「でも、その気じゃない子に人殺しを強制するつもりもない。
   だから雪歩、あんたはどうするか決めなさい。
   私達と一緒に居るか、それとも灯台に行って律子達と一緒に居るか」

雪歩「っ……」

伊織「すぐに決められることじゃないかも知れないけど、
   でも出来るだけ早く決めてちょうだい。決められるまで待っててあげるから。
   どっちにしろあんたと合流したら休憩するつもりだったし」

伊織はそう言い、チラリと真美に目を向けた。
真美は相変わらず伊織の袖を掴んだまま、俯いて時折鼻をすする。

伊織「……真美、少し座って休みましょう」

その言葉に黙って頷き、真美はその場に座り込む。
雪歩はそんな真美と伊織の様子を見ながら、
自分にとって恐らく最も重要となる選択を出来るだけ早く、
しかし早計に失することのないよう、一人目を瞑って考え始めた。

それからどのくらいの時間が経ったか。
雪歩はずっと閉じていた目を静かに開き、立ち上がった。

伊織はそれを見て、もう気持ちは決まったのか、と雪歩に問おうとした。
が、その時。
探知機に反応があった。

伊織が探知機を手に取ったのを見て、雪歩も自分の物を確認する。
するとそこには、765プロを示す点と346プロを示す点が複数表示されていた。
伊織と雪歩はこれを見て、その点の正体を察した。

真美「……いおりん……?」

探知機を見つめる伊織に、真美はか細い声で呼びかける。
伊織は探知機の液晶を伏せ、笑顔を向けた。

伊織「大丈夫よ。多分、律子達がここから離れたところに居るってだけ。
   でも346プロの奴らは居ないから安心して」

真美「りっちゃん達……? なんで……?」

伊織の嘘を真美は疑うことなく受け入れ、思ったことを素直に質問した。
そしてその質問に、伊織は少し考えて答える。

伊織「『解決策』とやらを探してるか、それとも私達を探しに来たか……。
   それか、その両方ね」

真美「真美達を探しに……?」

伊織「会って話でもしたいんでしょ。
   私達と一緒に来るつもりなのか
   それとも私達を灯台に連れて行きたいのか、それは分からないけど」

真美「え……や、やだ……。真美、やだよ。いおりん、真美……」

伊織「えぇ、分かってるわ。346プロの連中と一緒になんて過ごしてたまるもんですか」

と、ここで伊織は真美から雪歩に視線をやる。
雪歩はそれを受けて、伊織が何か言う前に先に口を開いた。

雪歩「私……行ってくるね。みんなのところに……」

伊織「……そう。いいわ、行ってらっしゃい」

雪歩は自分達とは別の選択をした。
伊織はそのことに特に傷付くことも悲しむこともなく、
落ち着いた様子でそれを受け入れた。
そしてそのまま続ける。

伊織「もし向こうが私達を探しに来たんだったら、伝言をお願いしてもいいかしら」

雪歩「あ……うん」

伊織「『私達は会う気はない。もし近付いて来るのが見えたら逃げるから、
   これ以上追い回しても時間の無駄』。そう伝えて。

雪歩「……うん、わかった」

雪歩はもう伊織からの伝言が無いことを確認し、
自分の荷物を持って出発の準備をする。

もうゲームが終わるまで雪歩に会うことはないだろう。
そのことを思い、真美は雪歩の横顔を不安げな表情で、
伊織はほんの少しだけ眉をひそめて見つめた。
が、去り際の雪歩の言葉が、その伊織の表情を僅かに変えた。

雪歩「二人とも、まだもうちょっとここに居るよね?」

伊織「……? えぇ、そのつもりだけど」

雪歩「ここに居てね。すぐ戻ってくるから!」

雪歩はそう言い残し、
伊織の返事を聞く間も惜しむように駆け出した。

雪歩は探知機に注意を払いつつ、木々の間を駆けていく。
そしてしばらく走ったところで、前方に人影が見えた。
念の為に身を隠し、それが誰かを目で確認する。

そこに居たのは、律子、貴音、響、それからアナスタシアだった。
伊織の言っていた通りのメンバーが居る。
探知機は、そこから更に離れたところにもう一グループ居るのを示していた。
恐らくそちらに居るのが残りのみんなだろう。

雪歩は一度呼吸を整え、そしてもう一度駆け出した。
と、少し進んだところで貴音がこちらに気付く。
それに続いて他の三人も雪歩に気が付いた。

響「ゆ……雪歩!? 無事だったのか!」

律子「良かった……! 雪歩、本当に……!」

貴音「真、安心致しました……」

雪歩を見て、アナスタシアは少しだけ緊張していたようだが
765プロの三人は各々無事を喜び、また再会を喜んだ。
しかし雪歩は、自分も同じように喜びたい気持ちをぐっと抑え、
そして第一声から話すべき話題を切り出した。

雪歩「あ、あの……! 実は私、さっきまで伊織ちゃんと真美ちゃんと一緒に居たんです!」

律子「え……!? ど、どういうこと?」

雪歩「えっと、それが――」

雪歩は、皆に経緯を話した。
そして伊織からの伝言を聞き、律子は唇を噛んだ。

会って話をすること自体、伊織は拒否している。
灯台に連れ戻されることを避けるためというのももちろんあるだろう。
だが律子は、拒絶の理由はそれだけではなく、
「一度協力を決めた者達を殺し合いに参加させたくない」
という思いが伊織にあるからだと感じた。

実際律子は、灯台での協力を放棄してでも伊織達の傍に居た方がいいのではないかと、
そう考え始めていた。
また律子の他にも、その選択肢を頭に入れていた者は少なからず居る。
伊織はそれを見越して、接触すること自体を拒むことで
「協力派」を自分の戦いに巻き込む可能性を限りなくゼロにした。

それは足でまといを増やしたくなかったか、それとも優しさからか、
それはもう確認のしようがない。
だが少なくとも律子は、きっと後者だろうと思った。

そしてだからこそ伊織の意志は固い。
ここで自分が接触をはかっても、本当に逃げて行ってしまうだろう。
律子は眉根を寄せ俯く。
そしてそのまま、

律子「……雪歩は、伊織達と一緒に行くつもりなのよね」

声を絞り出すようにしてそう聞いた。
雪歩はその問いを受けほんの少しだけ沈黙した後、
体にぐっと力を入れるようにして答えた。

雪歩「はい。ただ本当は私も……まだ、決められてないんです。
   346プロの人と戦うことになったら、攻撃なんかできるかどうか、わかりません。
   でも……私、伊織ちゃんと真美ちゃんのこと、守ってあげたいです。
   助けてあげたいんです。だから……!」

この雪歩の言葉を聞き、律子は顔を上げた。
そして一歩近付き、微かに震えた声で言った。

律子「二人のこと……あなたに、頼むわ」

伊織達に会うことはもう諦める。
律子の発言はつまりそういうことだったが、
これを一同は黙って聞いていた。
以前は異論を唱えた響も、伊織の意志と想いを考え、受け入れた。

伊織を心配する気持ちは皆同じだ。
しかし今の自分達には何もできない。
だから、雪歩に頼むしかない。
伊織達と共に行動することが危険を伴うのは百も承知だ。
だが雪歩もそれは十分に理解した上で、伊織と真美の傍に居たいと強く願っている。
だから律子は、自分達の想いを雪歩に託した。

律子「でも、お願い……。どうか無茶だけはしないで。
   それから、もし何かあればすぐに灯台に来るようにあの子達に伝えて。
   私達はずっと、あなた達のことを心配してるって……」

そう言った律子の目には涙が滲んでいる。
雪歩はそんな律子の目を見て、力強く頷いた。

響「ゆ、雪歩……!」

そしてとうとう我慢できなくなったのか、響が雪歩に抱きついた。
一瞬驚いて身を固くした雪歩だが、すぐに響をそっと抱き返す。

響「自分も……自分も、伝えて欲しい!
  すごく心配してるって! さっきは何も言えなくてごめんって……!」

貴音「私も……いえ。この場に居ない他の皆も、同じ気持ちです」

雪歩「響ちゃん、四条さん……。はい! みんなの気持ち、ちゃんと伝えます……!」

と、ここでアナスタシアがおずおずと、一歩前へ出た。
そして雪歩に向け、小さな声で言った。

アーニャ「……私も、です……。私も……死んで欲しくない、です……」

こんなことを言える立場にないかも知れない、とアナスタシアは自覚していた。
しかしそれは紛れもなく、彼女の本音だった。

所属事務所に関わらず、全員が伊織達の身を案じていた。
また誰ひとり、「346プロと争うな」という伝言は頼まなかった。
そんなことを言ったところで、もはや意味はない。
だから、それよりも無事を願う気持ちを伝えたかった。

雪歩はアナスタシアを含む皆のその想いを汲み、再びしっかりと頷く。
そして律子に向き直り、静かに言った。

雪歩「それじゃあ……私、そろそろ行きますね」

律子「……えぇ」

と、律子は別れの挨拶をしようとしたが、思わず口をつぐむ。
雪歩が不意に、右手の探知機に目を落としたからだ。
何かあったのか。
そう思い律子が尋ねようとしたその瞬間、
雪歩はその右手を、律子に向けて差し出した。

雪歩「これ、あげます……。私は伊織ちゃんと一緒に居るから、もう必要ありません。
   律子さん達が持ってた方がいいと思います」

これを聞き、律子は当然驚いた。
そして初めは一瞬断ろうとした。
しかし探知機から目を上げた次の瞬間には、それは諦めた。
雪歩の目が、断っても無意味だということを律子に直感させた。
だから律子は余計なことは言わずに、

律子「……ありがとう、雪歩」

一言礼だけを言ってその手から探知機と、それから説明書を受け取った。

探知機があれば他のアイドル達を見つけた場合、
同事務所のアイドルだけで交渉に向かうことが可能になる。
これで探索がずっとやりやすくなった。

律子は感謝の気持ちを込めるように、探知機を胸元でぎゅっと握った。

みんなにいい贈り物ができた。
そう思い、雪歩は薄く笑う。
そして、

雪歩「それじゃあ、行きます。
   他のみんなに……また会おうね、って伝えてください」

そう言って背を向け、これ以上名残惜しくなる前に駆け出した。

伊織達が移動していないことも、
周りに346プロの者が居ないことも、既に確認済みだ。
あと必要なのは、勇気だけ。
人を殺せるかどうかは、まだ分からない。
でも、二人を守るための勇気だけは絶対に忘れてはいけない。

雪歩はその想いを胸に、伊織達の元へ走り続けた。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日投下します

あとアイドル達の服装ですが、
>>59にもあるようにトレーニングウェアに着替えさせられてます

10:30 水瀬伊織

伊織は真美の隣で座ったまま、探知機を見つめる。
そしてしばらく後、物音のした方へと目を上げた。

伊織「……本当に戻ってきたのね」

その視線の先には、息を切らせた雪歩の姿があった。
そして伊織は雪歩の手に探知機が握られていないことに気付き、
改めてその意思を確信する。
つまり雪歩は、これからずっと自分達と一緒に居るつもりだということを。

真美「ゆきぴょん、一緒に居てくれるの……?」

雪歩が戻ってきたことに、真美は不安の中に微かな期待を込めた声で聞く。
雪歩は息を整えて二人に近付き、にっこりと笑った。
それを見て真美はほんの少しだけ表情を明るくし、
空いている方の手で、伊織にするのと同じように雪歩の袖をきゅっと掴んだ。

雪歩はそんな真美を見つめた後、
伊織にも目線をやり、伝えるべきことを伝えた。

雪歩「あのね、二人にみんなから伝言があるの。
   みんな心配してるって。もし何かあったらすぐ灯台に来ていいから、って」

それを聞き、真美は何も言わずに俯く。
伊織は一瞬目を伏せた後、

伊織「……そう。気持ちだけありがたく受け取っておくわ。雪歩も伝言ご苦労様」

なんでもないことのようにそう言った。
だがみんなの気持ちは確かに伝わったと、雪歩は薄く笑って伊織を見つめる。
その雪歩の視線を受けて伊織は、
これ以上余計なことを言われるのは御免とばかりに
わざとらしくため息をついて話題を変えた。

伊織「あんたも本当お人好しよね。探知機、律子達にあげちゃったんでしょ?」

雪歩「えっ? あ、うん……。伊織ちゃんの分があるから、もう要らないと思って……」

伊織「じゃああんた、今丸腰ってことじゃない。
   そんな状態でもし何かあったらどうする気なのよ」

この言葉に雪歩が答えるより先に、
伊織は自分の鞄を探ってその中から何かを雪歩に差し出し、言った。

伊織「これ、渡しておくわ」

伊織の手に握られたのは、円筒状の何かが二本と、紙が一枚。
そして雪歩が紙に大きく印刷された文字を読んだのを確認し、言葉を続ける。

伊織「最初に配られた私の武器よ。もしもの時のためにあんたが持ってなさい。
   上手く使えば身を守るくらいはできるはずだから」

雪歩「え? でも……」

伊織「いいから。受け取らないと今すぐ律子達のとこに追い返してやるわよ」

『もしもの時』
それは恐らく三人が離れ離れになった時のことを言っているのだと、雪歩は思った。

伊織の言う通り、今の自分には身を守る手段がまったく無い。
伊織と離れたあと再び生きて合流するために。
そのためにも、自分の身を自分で守れるようになっておくことは大切だ。

雪歩「……うん。ごめんね、伊織ちゃん。ありがとう」

自分の身を守るため、また伊織の想いを汲むため、
雪歩は二つの音響閃光手榴弾を受け取った。

伊織「……それじゃ、とっとと移動しましょ。
   早くしないと一時間経っちゃうわ。説明書を読むのはその後でいいわね?」

雪歩「あ、うん……!」

雪歩の同意を得て、伊織は真美を連れ歩き出し、
雪歩もその隣に付いて歩き出した。

伊織「取り敢えず二つの集落に誰か居ないか、確認しましょう。
   まずは南東側で、次に北西側。
   多分北西側には居るでしょうけど、
   もしかしたら居なくなってるかも知れないし、念のためにね」

と、歩き出してすぐ伊織はこれからの行き先を話した。
しかしこの言葉に雪歩は疑問を抱き、そしてすぐに口に出す。

雪歩「えっと……伊織ちゃん達も、その、北西側の集落に行ってみたの?」

伊織「『伊織ちゃん達も』ってことは、やっぱりあんたも行ってみたってこと?」

雪歩「あ、でも……私は、探知機で居ることが分かったらすぐ離れちゃって……」

伊織「……私も、行ったって程じゃないわ。
   外から様子を窺ってみただけだし、大した情報は得られてない。
   分かったのはそいつらがしばらくその集落に居座る気だろうってことと、
   双葉杏と諸星きらりはそこには居ないっていうことくらいよ」

雪歩「そ、そう、なの? じゃあ誰が……?」

伊織「残念だけど、遠目だったからはっきり誰かまでは見えなかったわ。
   飛び抜けて背が高い奴も低い奴も居なかったから
   少なくともあいつらじゃないってことが分かっただけ」

雪歩「えっと、それじゃ、しばらく集落に居座る気、っていうのは……」

伊織「その三人、集落から出ない範囲でエリア移動してたみたいなのよ。
   三人で固まって、家から家に移るって感じでね。
   だからしばらくその集落の中で時間を過ごすつもりだって分かったの」

この質疑応答で、雪歩はおおよそは理解した。
が、その中で一つ引っかかったことがある。
それは、伊織が見たというアイドルの人数だ。

雪歩「三人……? え? そこに居たアイドルって、三人だったの?
   北西の方の集落の話だよね……?」

そう言って雪歩は地図を指し、伊織が言っている集落と
自分が考えている集落が一致していることを確認する。
伊織は雪歩の指し示した集落を見て、頷いた。

伊織「そうだけど、それがどうかした?」

雪歩「えっと……。その集落って、昨日の夜までは六人居たはずなんだけど……」

それを聞き、真美はその目に一際不安の色を濃くし、
伊織は意表を突かれたように目を見開く。
しかし特に動揺することなく、伊織は冷静に思考した。

伊織「つまり……残りの三人はどこかへ移動したってこと?」

雪歩「う、うん、多分。あっ、も、もしかしたらもう一つの集落に行ったのかも……!」

北西集落に居た六人のうち、三人は南東集落に向かった。
可能性としては十分にあり得る。
しかし伊織はそれに対し首を捻った。

伊織「でも……その後もう一つの集落も見てみたけど、
   少なくともその時には誰も居なかったわ。
   まぁ見たって言っても、探知機を通してだけど……」

雪歩「あ、そうなんだ……。
   そっちの方は直接行って調べたりはしなかったの?」

伊織「本当はそのつもりだったけど、行こうとしたらあんたが探知機に映ったから」

雪歩「え、あっ……ご、ごめんね、私のせいで……」

伊織「別に謝ることないわよ。優先順位を考えて行動したってだけ。
   それより、早く集落が探知できる位置まで行ってみましょう。
   あんたの言ったことも気になるしね」

雪歩「う、うん、そうだね!」

そうして三人はエリア移動も兼ね、
まずは二つある集落のうち南東側の集落に向かって歩き始めた。

しかししばらく歩いたところで
探知機を持ち先頭を歩いていた伊織が足を止め、呟いた。

伊織「……居たわ。346プロが三人」

それを聞いて真美は身を固くし、
雪歩は緊張した面持ちで液晶を覗き込む。
すると確かに、346プロを示す点が三つ、集落内部に表示されていた。

伊織「あの時誰も居なかったのは、
   移動中でまだ着いてなかっただけ、だったのかもね……」

雪歩「じゃ、じゃあやっぱり今は、どっちの集落にも346プロの人達が三人ずつ……」

伊織「多分ね。まぁ私が見た北西の三人がこっちに移動しただけの可能性もあるけど」

伊織「もう少し北に行って、そっちの方も探知機で見てみましょう。
   そうすればはっきりするわ」

そう言って伊織は向きを変えて進み、二人も黙ってそのあとを付いていった。

が、少し進んだところで伊織は再び立ち止まる。
その手に握られた探知機には、またしても346プロが三人表示されていた。
つまりこれで、昨晩北西側で一緒に居た六人が今
二つの集落に分かれているということがほぼ確定した。

これを見て、伊織は眉根を寄せて考える。
北西側に居る三人が自分が見た三人のままだとすれば、つまり……

伊織「さっきの、南東側に反応のあった三人……。
   あれが双葉杏達のグループかも知れないわね」

その言葉に雪歩と真美は息を呑む。
そして伊織は二人に目を向けて静かに言った。

伊織「確認しましょう。今南東側に居るのが、あいつらなのかどうか」

双葉杏と諸星きらりは現時点で確実に765プロにとっての脅威となる存在である。
だからその二人の所在を確かめることが現時点での最優先事項だと、伊織は考えていた。

だが、それを聞き最も大きく反応したのがやはり真美だ。
亜美を殺した二人の近くに行くと聞き、恐怖が蘇ってくる。
伊織は自分の袖を掴む真美の手の震えを感じ、
その手を優しく握って落ち着いた声で言った。

伊織「大丈夫よ。向こうが私達に気付くような位置には絶対行かないわ。
   こっちには探知機があるんだから、安心しなさい」

その言葉を聞き、そして伊織の目を少しの間じっと見て、真美は黙って頷いた。
真美が納得してくれたのを確認し、伊織は次いで雪歩に目を向ける。
雪歩もまた、伊織の目を見て黙って頷いた。

伊織「……決まりね。それじゃ、行きましょう」

伊織の言葉を合図に、三人は南東側の集落へ向かった。
移動中、伊織は常に探知機に注意を払っていたが、346プロを示す点に大きな動きはなかった。

そしてとうとう、木々の間から集落の様子が見える位置までやってきた。

伊織「……大丈夫。距離はまだまだあるから」

呼吸が早くなっている真美に、伊織は囁くように声をかける。
真美は返事をする代わりに、伊織の袖を更に強く握った。

伊織の言う通り、まだ十分以上に距離はある。
向こうからはまず気付かれようがない。
しかし姿が見えないのは伊織達にとっても同じこと。
今居る場所からは、敵が居るであろう建物すら見えていない。
せめて姿自体は見えなくとも、居る場所だけでも視認しておきたい。

伊織はそれを雪歩と真美に伝え、了承を得た。
三人は森の中から出ないよう、集落周辺を時計回りに移動する。

その間、伊織は探知機と実際に見える集落の様子を照らし合わせながら、
敵が潜んでいる建物を慎重に探った。
そしてもうすぐ進めば恐らくその建物が見えるはず……
というところで、三人は同時に足を止めた。

それまで何の変哲もなかった風景に、突如異様なものが混ざった。

伊織「……何、あれ。血……?」

地面の一部に、広く赤いものが飛び散ったような痕跡がある。
伊織と真美は一瞬、それが一体何を意味しているのか分からなかった。
だが雪歩はすぐに思い当たった。

雪歩「ば……爆発、したんだ……。それで、ここで誰かが……」

今朝聞いた爆発音はこれだったのだと、雪歩は気付いた。
そして雪歩の言葉を聞き、伊織と真美もそれが爆発の跡だと知る。
つまり何か爆弾のようなもので、ここで誰かが負傷した。
土に染み込んだ血の量を見ると、あるいは死んでしまったのかも知れない。
まさか765プロの誰かが……と嫌な想像をしてしまった自分を伊織は戒める。
しかしそれを考えたのは伊織だけではなかった。

真美「ち……違うよね? ねぇいおりん、ゆきぴょん、違うよね?
   誰も死んでないよね? 怪我しちゃっただけだよね?」

早口気味に二人にそう問う真美。
「誰も」というのが765プロの人間を指すのか、
それとも346プロを含めた全員を指すのか、それは分かりかねた。
もしかすると真美自身にも分かっていないのかも知れない。
だがとにかく今は真美の不安を払ってやらなければ。
伊織はそう思い、努めて冷静に返事をした。

伊織「えぇ、その通りよ。だから変な想像をするのはやめましょう」

雪歩「そ、そうだよ! みんなきっと大丈夫だから、心配しないで?」

二人揃っての返事に、真美の表情は少し和らいだ。
伊織はそれに微かな安堵を覚えつつ、今自分が言ったことを頭の中で復唱する。
前半部分は真美を落ち着かせるための言葉だったが、
後半部分は自分に言い聞かせるためのものでもあった。

そうだ、勝手に悪い結果を想像したって何の意味もない。
それより今はやるべきことがある。

伊織「もう少し進むわよ……。
   そしたら、346プロの奴らの居場所が見えるはずだから」

その後少し進むと伊織の言った通り、
346プロのアイドル達が居る民家が見えた。
今伊織達が居る場所は特に草木が深く、身を隠すのにはちょうどいい。
三人はそこでしばらく様子を窺い、
どれだけの時間が経った頃か。

伊織「っ! 出てくるわ……!」

この言葉に、雪歩と真美は民家の出入り口を注視する。
伊織は液晶と民家との間を視線を行き来させる。
そしてそれから数十秒後、ついに姿を現した。

伊織達は息を殺して目を凝らし、
それが三村かな子、赤城みりあ、諸星きらりの三人であることを確認した。
伊織の推測を外し、そこに双葉杏はおらず、
またその様子も想像していたものとは少し違っていた。

赤城みりあが周囲を警戒し、そして三村かな子が諸星きらりを背負っている。
諸星きらりはぐったりとしていて、どうやら気絶しているようだった。

伊織達はそのまま黙って身を伏せ、
かな子達が別の家へと入っていったのを見届けた。
そして声を抑え、今見た光景について話し合いを始める。

伊織「……エリアを移っただけみたいね。あいつらもしばらくこの集落に居るつもりみたい」

雪歩「あ、あの子……気絶してたのかな。もしかして、爆発のせいで……?」

伊織「そうかもね……。細かい理由は分からないけど。
   でも気絶の理由なんてどうでもいいわ。
   大事なのは、これは間違いなく私達にとってチャンスってことよ」

伊織はそう言い、拳銃をぐっと握り締める。
亜美を殺した二人のうち、一人が今気を失っている。
つまりこれは仇を討つチャンスであり、
765プロにとっての脅威を一つ減らせるチャンスでもあるのだ。

この機を逃してはいけない。
敵は今、少し離れたところに見える民家の中に入っている。

問題はどちらの選択を取るかだ。
つまり、自分から民家に突入するか、
相手が次のエリア移動のため外に出てくるまで待つか。

どちらにもそれぞれ懸念事項はある。
前者は突入に備えられている恐れがあり、
後者はその時には既にきらりが意識を取り戻している恐れがある。

だがどちらにせよ、出来ればここで始末しておきたい。
そのためにはどうするか……二人の意見も聞いておこう。

そう考え、伊織は二人に話しかけるため探知機から視線を上げようとした。
が、しかし。
その直前で伊織の目は液晶に釘付けになった。

765プロを示す点が一つ、
北西側の集落に向かって歩いていた。

伊織の様子が変わったことに気付き、雪歩と真美も左右から液晶を覗き込む。
そして、二人同時に目を見開いた。

今一人で行動していると考えられるのは、
美希か、真か、あずさのうちの誰か。
だが伊織は直感的に、あずさだと感じた。

もしあずさだとすれば、
まず間違いなく346プロに対して敵意など抱いていない。
それに対し、今彼女が向かっている集落に居る者達は、
遠目から見ただけでも明らかに周囲を警戒していることは分かった。
つまり、少なくともある程度の敵意は抱いている。
もしそれが敵意で収まらず、殺意であったなら……。

伊織「ッ……急ぐわよ!」

そう叫ぶが早いか、伊織は真美の手を引いて駆け出す。
そして雪歩もそのすぐ後ろに続き、三人は北西の集落へと走った。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分土曜か日曜になります

12:00 三浦あずさ

木々の隙間から民家が見えた時、あずさは思わず嬉し涙を流しそうになった。
だがぐっと堪え、そこを目指して駆け出す。
目覚めた時から今までずっと一人でさまよい続けたあずさは、
人恋しくて仕方が無かった。

とうとう森を抜け、あずさは集落へと足を踏み入れる。
きっとここなら誰か居るはず。
そう思い、あずさは息を大きく吸って叫んだ。

あずさ「あの、すみません~! 誰か居ませんか~!」

この呼びかけに、やはりすぐには返事がない。
しかしあずさは諦めず、歩きながら人を呼び続けた。

あずさ「すみません、誰か~!
    私、あずさです~! 765プロの、三浦あずさです~!」

あずさは、分かっていなかった。
「音」は聞いていた。
一人さまよっている時、
どこか遠くの方から何度か大きな音がしたことには気付いていた。
しかしまさか本気の殺し合いが行われているとは、
あずさは考えていなかった。

だから、ここに居るのが例え346プロのアイドルだったとしても、
こうして敵意のないことを示していれば
向こうからも歩み寄ってくれるはずと、そう思っていた。
殺意を抱いて陰から様子を窺っている者が居るとは、
露ほどにも思っていなかった。

あずさ「すみません~、誰か居ませんか~?」

途中あずさは足を止め、一番近かった民家の玄関扉を叩く。
中に居るかも知れない誰かを呼んでみるが、やはり返事はない。

返事がないのなら誰も居ないのだろう、
とあずさは別の民家へと向かう。
そして再び、扉を叩いて人を呼ぶ。
それを繰り返しつつ、あずさは少しずつ進んでいった。

だがしばらくそれを続けるうちにあずさは徐々に不安になってきた。
これだけ呼んでも誰も出てきてくれないということは、
本当に誰も居ないのではないか。
きっと誰かに会えると思ったのに
まだ一人ぼっちで居なければいけないのか、と。

集落にたどり着いた喜びは少しずつ薄れ始め、
またじわりと視界が滲んでくる。
しかしあずさは立ち止まり、溢れかけた涙を袖で拭った。

まだだ。
まだ諦めるには早い。
まだ調べていない民家はあるし、
ひょっとしたら中で眠っている人が居るかも知れない。
次の家は、中に入って調べてみよう。
それに、仮に今は誰も居なかったとしても、待っていればきっと誰か来てくれる。

あずさはそう自分に言い聞かせ、顔を上げて再び前へ進みだした。
早く誰かに会いたいという願いが、あずさを動かした。

だがこのあずさの健気な願いは数秒後、
最悪の形で叶えられることとなった。

次はこの家を調べよう、
とあずさは数メートル先の民家に向けて歩いた。
見たところ玄関口は向こう側にあるようだ。
そう思い、その民家の壁沿いを歩く。
しかし壁の端に出て向きを変えたその瞬間、

あずさ「あぐッ!?」

強い衝撃があずさの頭部を襲った。
思わず後ろに倒れ込み頭を押さえる。
一体何が起きたのかと、倒れたままあずさは顔を上げた。
すると、見えた。

頭部へのダメージがあとを引き、視界がまだはっきりとしない。
だがそれでもあずさは見た。
誰かが何かを持って、息を切らせてそこに立っていた。

それは、李衣菜だった。
李衣菜がフライパンを持ち、そこに立っていた。
本来は殺傷の武器ではないフライパンだが、
言ってしまえば鉄の塊である。
至近距離での不意打ちに使えばそれなりの効果を発揮した。

が、やはり十分ではなく、
ダメージはあったもののあずさの意識ははっきりしていた。
そして李衣菜はそれを見て、

李衣菜「ッ……ぅあぁあああああッ!!」

倒れたあずさに馬乗りになり、その鉄の塊を再び頭部へ打ち下ろそうと振り上げた。

突然の脅威。
襲い来るであろう痛み。
それから身を守るため、あずさは咄嗟に
手に持っていた自分の鞄で李衣菜の攻撃を防いだ。
そしてこれが、あずさにとって最悪の結果を招いた。

それは様々な要因が重なって起きた出来事だった。

あずさが鞄で李衣菜の打撃を防ごうとしたこと。
李衣菜がその鞄に向けて繰り返しフライパンを打ち下ろしたこと。
あずさの静止を聞けるほど冷静ではなかったこと。
あずさが無警戒にこの集落に来てしまったこと。
李衣菜が765プロを敵視していたこと。

あずさの武器がフッ化水素酸だったこと。
この島で目覚めたあの時、刺激臭に驚いた彼女が慌てて蓋を閉め、
しっかり密閉したかを確認することなく鞄にしまい込んでしまったこと……。

危険な薬物が入った容器は、鞄の中で強い衝撃を何度も受けた。
そしてその結果、何が起きたか。

李衣菜が刺激臭を感じたのと、
あずさが悲鳴を上げたのは同時だった。

あずさ「ひッ……ぃああぁああッ!!」

突然顔を押さえて叫び声を上げたあずさと、目と鼻をつくような臭い。
それは一瞬にして李衣菜の思考を攻撃から退避へと転換させた。

何が起こったのかは分からない。
だがこの刺激臭と、三浦あずさの反応。
どう考えても危険な何かが今、ここにはある。
もしかしたら毒ガスのような何かかも知れない。

李衣菜はそう直感し、
半ば転がるようにしてあずさから距離を取り、

李衣菜「二人とも逃げて!!」

ずっと陰に潜んでいたみくと蘭子に向けてそう叫んだ。

それを聞き、みくと蘭子は森に向かって走った。
その後を追って李衣菜も走る。
走りながら李衣菜は振り向き、あずさの様子を見た。

あずさはよろけながら立ち上がったが、数歩歩いて再び倒れる。
そして、視力を失ったかのように手を前に出しながら、
その場から逃れるように地面を這って移動する。

その様子を見て李衣菜は、
心にこみ上げてくるものを必死に押し殺した。

仕方なかったんだ。
やらなければ、こちらがやられていたかも知れない。
あの危険物を使われていたかも知れないんだ。

そう言い聞かせ、あずさから目を逸らし前を向いて走り続けた。




あずさ「あぅ、あぁあッ……ゲホッ! ゲホッ!」

李衣菜達が去った後、あずさはなんとか
フッ化水素酸が撒かれた位置から距離を取った。
そして濡れたウェアを急いで脱ぎ、そのまま地面に苦痛に呻き続ける。

その苦痛に、また記憶の中にある説明書に、
自分に何が起きたのかを嫌というほど思い知らされる。
あの劇薬が眼球を焼くのを感じる。
間違いなく自分の両目はもう使い物にならない。

いや、両目が潰れただけならまだ良かった。
自分はあれを、頭部と両手に浴びてしまった。
脱いだウェアで急いで拭き取りはしたものの、もう……

伊織「あずさ……!? あずさ!!」

唐突に聞こえたその声に、あずさは反射的に顔を上げる。
そして直後、更に二人の声が自分の名を呼んだ。

伊織、雪歩、真美の三人が、恐らくこちらに向かって走ってきている。
それに気付いたあずさは、

あずさ「駄目!! 来ないでッ!! 私に近付いちゃ駄目!!」

これまで出したことのないような、怒鳴り声にも近い叫びを上げた。
それを聞き、伊織達は思わず立ち止まる。
そして足音が止まったのを確認し、あずさはゆっくりと立ち上がって言った。

あずさ「私に触ったら……みんな、死んじゃうわ……。
    だから、近付かないで、お願い……!」

この言葉に当然、三人は困惑する。
そんな彼女達に向けてあずさは苦痛に震える声で続けた。

あずさ「……私ね、すごく危ない酸を浴びちゃったの……。
    ほんの少し体に付いただけで死んじゃうような、危ない酸……。
    今も多分、体のどこかに付いてるわ……だから……」

伊織「は……はぁ!? 何よそれ……お、大げさに言ってるだけでしょ!?
   だってあんた、生きてるじゃない! そんな、少し付いただけで死んじゃうなんて……」

あずさ「すぐには死なないの!!
    今はまだ生きてるけど……きっと何時間かしたら、私は……!!」

そこで限界が来たかのように、
あずさは両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。

遅効性かつ致死性の高い酸。
そんな酸の存在など聞いたことはなかったが、
だからと言って完全に否定するほど三人とも短絡的ではなかった。
そして何よりあずさの悲痛な泣き声が、
その酸の存在に十分な説得力を持たせていた。

数メートル先であずさが、「自分に触れると死ぬ」と言い、泣いている。
この異常な状況で、伊織は考えた。
眉根を寄せて一瞬目を伏せる。
そして、

伊織「……二人とも、ちょっとここで待ってて」

雪歩と真美にそう言い、鞄を持ったまま静かにあずさに向かって歩き出した。
その気配をあずさはすぐに感じ取り、顔を上げて一歩後ずさる。

あずさ「だ……駄目! お願い、近付いちゃ……」

伊織「どこに浴びたの?」

あずさの言葉を遮るように、伊織は静かに聞いた。
その質問の意図が分からず沈黙してしまうあずさに、伊織は繰り返し聞く。

伊織「あんたが酸を浴びたっていう場所、教えなさい」

あずさ「あ……え、えっと、両手と、顔……」

伊織「……じゃあ両手出して。早く!!」

有無を言わさぬ伊織の指示に、あずさはおずおずと両手を前に出す。
すると伊織は更に、

伊織「もっと低い位置で。地面ギリギリになるように」

そう指示を追加した。
あずさは伊織の意図が分からぬまま、言う通りにする。
すると数秒後、突然あずさは肌に冷たい感覚を覚えた。
一瞬手を引っ込めそうになったが、すぐにその正体に気付く。
伊織が、ペットボトルの水を両腕にかけ始めたのだ。

その行動を見て、立ち止まった場所から動けなかった雪歩と真美も、
あずさの元へ慌てて駆け寄る。
そして自分達の鞄からも水を取り出し、あずさに声をかけた。

雪歩「か……顔も洗いましょう! あずささん!」

真美「水あるよ! あずさお姉ちゃん! 真美の水あげるよ!」

あずさ「あ、あの……え……?」

伊織「二人とも、焦っちゃ駄目よ。
   完全に洗い流すまでは、あずさの言う通り、触っちゃ駄目。
   水が飛び跳ねないように注意して。絶対に濡れないように気を付けなさい」

あずさ「……伊織、ちゃん……」

しっかり注意しろと二人に向けられたこの言葉。
だがあずさには、それが
「ここまで気を付ければ文句はないわよね?」
と自分に向けられているように聞こえた。
そして、先ほどまでとは違う種類の涙が溢れてくるのを感じた。

そんなあずさに、伊織は今度は顔を洗うよう指示する。
あずさは嗚咽を堪え、指示に従った。
出来るだけ水が撥ねないよう姿勢を低くしたまま両手で受け皿を作る。
そこに伊織が水をかけ、その水で顔を丁寧に洗い流す。
同時に雪歩と真美は、頭から大量に水をかける。

それをしばらく続け、あずさの皮膚に残ったフッ化水素酸は
他の誰に触れることなくすべて洗い流された。

だがそれでも、あずさの両目の痛みが消えるわけではないし、
フッ化水素酸が皮膚に付着してしまった事実も消えるわけではない。
そのことはあずさも分かったいた。

あずさ「……ありがとう、伊織ちゃん、真美ちゃん、雪歩ちゃん。
    でも……私は、もう……。だから、私のことは構わないで」

あずさはこの件で、346プロにはゲームに乗り気な者が居ることを知った。
そんな状況では、今の自分は足手まとい以外の何物でもない。
視力は失い、そして信じたくないが
説明書の通りであれば、自分が迎える結末はもう確定している。

また伊織達も、このあずさの考えは重々承知していた。
しかしそれでも、三人の答えは決まっていた。

伊織「……バカ言ってんじゃないわよ。
   そう言われて本当に見捨てるような奴が私達の中に居るわけないじゃない」

雪歩「そ、そうです! それにまだ、死んじゃうって決まったわけじゃありません!」

真美「一緒に居ようよ! ね、あずさお姉ちゃん! 一緒に居よ!」

伊織「っていうかここで置いて行ったら
   じゃあ何のためにあんたの体洗ったのかって話になるでしょ。
   一緒に居るためにその危険な酸ってのを洗い流したんだから」

あずさ「っ……」

あずさを守りたいという気持ち、
単純に一緒に居たいという気持ち、
それぞれの想いは様々だったが、そこには確固たる意志があった。
そしてその強い意志は確かにあずさに伝わった。
三人の言葉を聞いて、あずさは少しの間を空け、

あずさ「……本当に、一緒に居てもいいの……?」

震えた声で、希望を込めた言葉を口にした。

伊織「だからそう言ってるでしょ」

雪歩「も、もちろんです! 一緒に居てください!」

二人はそう返事をし、真美は黙ってあずさに抱きついた。
そして伊織はあずさの手を取り、

伊織「ほら、そうと決まれば早くどこかの家に入りましょう。
   色々話すこともあるけどまずはそれからよ」

そう言って一番近くの民家へとあずさを連れて入っていった。
あずさは久し振りの仲間との触れ合いに、
またしても嗚咽が漏れそうになるのを堪えた。

そして、願わくはあの説明書の内容が誤りであって欲しい、
例外があって欲しいと、心からそう祈った。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日に投下します

あと雪歩についてですが、
どこからともなくスコップを取り出す能力は無しで行ってます

12:40 多田李衣菜

李衣菜「な……何、これ……」

南東の集落。
その地面に飛び散った血飛沫のようなものを見て、
李衣菜とみくは息を呑み、蘭子は震えながら李衣菜の腕にしがみつく。

一体ここで何が起こったのか、原因を探すようにみくは辺りを見回した。
すると、離れた場所に目を引くものがあった。

みく「ね、ねぇ! あれ……!」

そう言ってみくが指した先にあったのは、窓ガラスの割れた家。
この状況を見て三人の鼓動は加速する。

数時間前、杏ときらりとかな子がこの集落へ向けて出発した。
「調べて何も無ければすぐ戻る」。
杏はそう言っていたが、結局戻って来なかった。
そして今目の前に広がっている光景。
もう間違いない。
ここで765プロとの戦いがあったんだ。
戦って、誰かが大怪我を負ったんだ。

それは杏達の中の誰かかも知れない。
そこに思い至り、李衣菜は行動を起こした。

李衣菜「わ、私、みんなを探してくる。二人は森に戻って、隠れて待ってて……!」

みく「え……!? だ、駄目だよ李衣菜ちゃん! 一人でなんて危ないよ!」

蘭子「さ、探すなら、三人で……!」

まだこの集落には敵が居るかもしれない。
そんな場所に一人で行こうとする李衣菜をみく達は当然止める。
だが李衣菜はそれをきっぱりと断った。

李衣菜「言ったでしょ、みくは安静にしてなきゃダメなんだって。
    ただでさえここまで走ってきて、相当無茶してるんだから」

みく「っ……で、でも……」

李衣菜「大丈夫、私は絶対無茶はしないから」

そう言って、李衣菜は次に蘭子を見る。
そして肩に両手を置き、言った。

李衣菜「ちょっとの間だけど、みくのこと、お願い。
    多分大丈夫だと思うけど、もし何かあったらすぐに武器使って逃げるんだよ」

その言葉に蘭子は逡巡したようだったが、
しばらくした後、自分の鞄をぎゅっと胸に抱えこみ、頷いた。
やはり不安や恐怖は拭い去れない。
しかしみくを任されたことに対する責任感が、蘭子の体の震えを少しだけ和らげた。

蘭子の意志を確認し、李衣菜は肩から手を離した。
そして一歩下がり、蘭子とみくの二人に視線をやる。

李衣菜「それじゃ……早く森に隠れて。
    二人がここから見えなくなったら行くから」

みく「……本当に、気を付けてね。絶対無茶しちゃ駄目だからね……!」

李衣菜「わかってる。だから、早く」

みくはまだ言いたいことがあるようだったが、
上手く言葉にできなかったからか、李衣菜に急かされたからか、
ぐっと飲み込んで踵を返した。

蘭子と二人森へ駆けていくみくの後ろ姿を見送り、
草木に紛れ見えなくなったのを確認して、
李衣菜も背を向けて駆け出した。

二人と別れ、李衣菜はまず窓の割れた民家へと向かった。
ある程度近付いたところで、可能な限り足音を消して慎重に忍び寄る。

どうやら人の気配はないようだ。
恐る恐る窓から中の様子を窺う。
やはり中でも何かあったのだろう、室内は相当に荒れている。

次いで李衣菜は玄関へと向かった。
が、壁の端まで行って向きを変えたところでその足はぴたりと止まる。

地面や玄関扉に、大量の血が飛び散っている。
先ほど目にしたものとはまた違う飛び散り方だ。

ここでも誰かが大怪我をしたのか。
誰も居ないということは動ける程度の怪我なのか。
それとも移動させられたのか。
一体、ここで何が……。

次から次へと湧いてくる疑問と嫌な想像を、李衣菜は頭を振って追い払った。
それより今は人探しだ。
集中しなければ。

李衣菜はゆっくりと長く息を吐き、もう一度神経を張り詰める。
そして、探索を続けた。
窓の割れた民家を調べ終え、次を調べる。
慎重に、一つ一つの民家の中の気配を探っていく。
誰も居ないことが分かれば、中に入って何か残されていないか探す。

そうやっていくつの家を回っただろうか。
李衣菜はそれまでと同じように、壁に張り付いて聞き耳を立てる。
窓の傍に行き、音を窺う。
だがやはり、ここにも人の気配はない。
中に入って詳しく調べよう。
と李衣菜が玄関へと向かったその時だった。

初めて、李衣菜の耳に何かが聞こえた。

気のせいかも知れないほど一瞬だったが、聞こえた。
今調べようとしていた民家ではない。
もっと離れたところだ。

李衣菜は目を閉じ、声の聞こえた方に神経を集中させる。
そして次の瞬間、確信に変わった。

間違いない。
どこかで誰かが話をしている。
みくと蘭子ではない。
ここから見て、二人が隠れている場所とは逆方向だ。

李衣菜は自分の足音でその声を消してしまわないよう、
ゆっくりと声のした方へと向かって歩き出す。
そして少し歩き、
声の発生源である民家を突き止めたと同時に、声の主も特定した。

それは、みりあとかな子の声だった。

李衣菜は思わず名前を呼んで駆け出しそうになる。
しかし寸前でその衝動を抑えた。

そうだ、安心するのはまだ早い。
二人以外にも誰か居るかも知れないんだ。
それはもしかしたら765プロのアイドルかも知れない。
みくと同じように騙されて一緒に居るのかもしれない。

と李衣菜の心に浮かんだ疑念はしかし、その後すぐに晴れた。
会話の内容を聞き取れる位置まで近付いた李衣菜は、
その会話から765プロの者が居ないことを理解した。

李衣菜はそのことに安堵したが、同時に不安も生まれた。
なぜ、杏の声が聞こえないのか。
嫌な想像が再び胸をざわつかせる。

これが杞憂で終わるのか、あるいは的中してしまっているのか。
かな子達に合流すれば、たちまちに結果は出るだろう。
李衣菜はほんの少しだけ躊躇し、
そして決意して、二人の名を呼んで目の前の扉を開けた。

13:30 渋谷凛

凛と智絵里は今、休憩を挟みながら森と海のちょうど境目辺りを歩き続けている。
少し前までは集落の近くまで行っていたのだが、
二人はそこへ足を踏み入れることはなかった。

元々は当然、集落を調べて手がかりや仲間を探すつもりだった。
しかし森の中から集落を見た途端、二人は躊躇した。

敵が身を隠せる場所が多すぎる。
あの民家のうち、どこに誰が居てもおかしくない。
こちらから向こうの姿は見えないが、向こうからはこちらが丸見えだ。
この中へ入っていくのはあまりに危険すぎる。

凛と智絵里は共にそう感じた。
不意打ちを受けたという経験が、
集落に対する二人の警戒心を最大値にまで引き上げていた。

だから二人は、集落の探索は後回しにすることにした。
それより先に海岸線の探索を済ませ、
可能なら仲間を増やしてから集落を探索しようと、そう決めた。

そうして今、探索を続けている二人だが、
流石にもう海岸沿いを探しても無駄なのではと薄々思い始めていた。
この島で目が覚めてから丸一日が経とうとしている。
それだけの時間が経てば海岸沿いを調べるくらいは既に誰かがしているだろう。
そして集落か、あるいは灯台に居場所を落ち着けていると考えるのが普通だ。
つまり、海岸沿いには手がかりも仲間ももう残ってはいないのかも知れない。

と、そんな風に考えながら凛が浜辺に目をやったその時。
ふとある一点に違和感を覚え、一度通り過ぎた目線を戻した。

凛「智絵里、あれ……」

凛は智絵里を呼び、違和感の元を指差す。
智絵里は凛の指したその先を見て、同じように違和感を覚えた。

砂浜の一部が、不自然に盛り上がっている。
誰かが意図的に砂を盛って山を作ったか、
あるいは……そこに何かが埋まっているかのようだと、二人は思った。

凛「……行ってみよう」

智絵里「う、うん」

短くそうやり取りし、二人は森を出て砂浜へと足を踏み出した。
一歩歩くごとに、徐々に詳細が明らかになっていく。
そして、その不自然な盛り上がりの形と大きさが分かった時、
二人は一瞬心臓が跳ねるのを感じた。

智絵里は思わずそこで立ち止まってしまう。
だが凛はぐっと体に力を入れ、更に数歩進む。
そして、たどり着いた。
足元で盛り上がっている砂を数秒見つめ、ごくりと喉を鳴らし、
膝を付いてそっと砂山の一部を手で払った。

すると、何かが見えた。
それを見て凛は確信した。
やはりこの砂の盛り上がりはただの砂山ではない。
何かがこの中に埋まっている、と。

凛はもう一度、今度は先ほどより多めに砂を払う。
埋まっている物が見える範囲が一気に広がった。

しかし二~三回それを繰り返したところで、凛の手は止まった。
彼女は「それ」に見覚えがあった。
質感や色に、心当たりがあった。

そんなはずはない、よく似た何かに違いない。
凛は自分に言い聞かせるように願いながら、
自分の心当たりが間違いであると証明するため、更に砂を払った。
だがそうして砂の中から姿を現したものは、
凛の願いを裏切った。

凛は呼吸を荒げ、黙ってそれを見つめる。
頭の中は真っ白なのか、
それとも様々な思考が入り混じっているのか、分からない。
だがそんな凛の頭は、智絵里の震えた口から出た言葉だけは瞬時に理解した。

智絵里「う……卯月ちゃ」

凛「違う!! そんなはずないッ!!」

智絵里の言葉をかき消すように凛は怒鳴った。
その剣幕に智絵里は肩を跳ねさせて涙を滲ませる。
しかし凛はそんな智絵里の様子など意に介していないかのように、
すっと立ち上がって智絵里の手を掴んで走り出した。

凛「行くよ智絵里! 早く!」

智絵里「えっ……い、行くって、どこに……!」

凛「卯月を探さなきゃ……! 集落に行ってみよう!
  きっとそこに卯月も居るから! みんなも集まってるかも知れない!」

智絵里「っ……」

あれは、どう見ても卯月だった。
顔は分からない。
でも体は紛れもなく卯月だった。

だが凛は信じたくなかった。
あれは卯月なんかじゃない。
早く卯月を見つけて、それを証明しなければ。

そのためには集落に行ってみるのが一番早い。
危険だろうがなんだろうが関係ない。
海岸なんかを歩くより集落に行った方が、
346プロの誰かに、卯月に会える確率は高いんだ。
ただただその考えを胸に、
凛は北西側の集落に向かって真っ直ぐに走り出した。

今日はこのくらいにしておきます
あと次スレ立てました
小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」 2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454423048/)
引き続きよろしくお願いします

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年02月07日 (日) 03:11:02   ID: lQpg8Cus

あずささんの展開速すぎて草
フッ酸って浴びたら死ぬレベルの劇薬じゃなかったんだな

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