島村卯月「葛根湯ください」(41)
ガチャ
P「おう、凛。おかえり」
未央「おかえりー」
凛「ただいま」
P「あれ?卯月と同じ現場だったよな?卯月と一緒じゃないのか?」
凛「お花摘み」
P「ああ、そうか」
凛「でさ、唐突なんだけど...」
P「おう」
凛「卯月のさ」
未央「うん」
凛「気になるんだよね」
未央「何が?」
凛「言い間違い」
P「言い間違い?」
凛「うん」
P「仕事上のミスか?ちょっと言い間違えた位別に気にする事ないぞ。そのミスを次に...」
凛「そうじゃなくて、言い間違いのレベルを超えたアレなんだよ」
未央「アレ?」
凛「仕事にも支障が出るほどのアレだよ...」
P「マジか」
ガチャ
卯月「島村卯月、ただいま喘ぎました!」
P「マジだ」
未央「あえぎ...?」
凛「『ただいま帰りました』だって」
未央「ああ...」
卯月「皆さん孔子なんですか?」
P「いいえ、違いますが」
凛「いや『皆さんどうしたんですか?』だって」
P「なんで解るんだよ」
凛「ニュアンスで」
卯月「?」
P「予想以上にアレだな」
未央「うん」
凛「さっきの現場では私がいたから誤魔化しが効いたけど普通に仕事は無理だよね」
P「よく誤魔化せたな...」
卯月「えっと、たまに...秋田寒いこと知っちゃいましたか...?」
未央「え?なんて?」
凛「『えっと、わたし...何かまずいことしちゃいましたか...?』だって」
P「現在進行形でまずいよ」
未央「言い間違いしてる自覚がないのが厄介だね」
P「いつからこんな事に?」
凛「兆候はあった。でもその時は言い直してたから間違ってる自覚はあったと思うけど...」
P「今は訂正すらしなくなったと...どうしてこんなになるまで放っておいてしまったんだ...!」
凛「いや、怖い話に出てくる住職みたいなこと言わなくていいから」
卯月「?」
未央「これ明日からの仕事どうすんの?」
P「とりあえずこれじゃ仕事にならないから美穂に代役として入ってもらう」
P「凛、未央、悪いが卯月が治るまで手伝ってくれ」
凛「うん」
未央「分かった、しまむーの為だもん一肌脱ぐよ」
卯月「島村卯月、サンバします!」
P「しなくていいよ」
凛「『島村卯月、頑張ります!』だって」
P「いや...なんとなくわかるよ」
卯月「?」
凛「で、何すればいいの?」
P「俺が聞きたい」
未央「ええ...」
P「まず原因はなんだ?」
卯月「姦淫...ですか?」
P「いや原因ね」
卯月「...ボク...たまりません」
P「え?」
未央「よくわかりませんって言ったんじゃない?」
凛「卯月に聞いてもわからないでしょ」
P「それもそうだな」
未央「とりあえず原因究明だね」
凛「原因...ストレス?」
P「まあ、それくらいか?」
未央「しまむー溜め込むタイプだから」
ガチャ
市原仁奈「おつかれさまでごぜーます!」
高垣楓「お疲れ様です。お仕事終わりましたー」
未央「おお!我が社が誇る癒し系アイドルが2人も!」
凛「なるほど2人に癒してもらってストレス発散する、と」
P「それだ!」
P「仁奈、楓さん実はかくかくしかじかで...」
楓「...成る程、それで癒しが欲しいと...でも具体的に何をすれば...」
仁奈「いやされたい時は、動物の気持ちになるですよー!」
P「成る程、アニマルセラピー」
凛「いや、なんか違うと思うけど」
仁奈「卯月おねーさん!コアラの気持ちになるですよー!」
卯月「殿間の気持ち...」
P「いや、コアラな」
未央「しまむー秘打でもあるの?」
仁奈「こうやって高い所にしがみつきやがるですよー」ブラ-ン
ガシッ
未央「しまむーどう?」
卯月「......」ブラ-ン
卯月「...これって菅野美穂が足るんですか?」ブラ-ン
P「菅野美穂?」
凛「『これってなんの意味があるんですか』だって」
未央「確かに」
P「正論だ」
仁奈「」ショボ-ン
楓「仁奈ちゃん、あぶないからおりましょうね」
P「あとは、楓さん頼みか...」
楓「あの私は何を...」
凛「とりあえず話してみれば?」
楓「なんか雑じゃありませんか?」
楓「あのー、卯月ちゃん?」
卯月「はい?」
楓「何か悩み事があるのだったら私でよければ聞きますよ?」
卯月「苗木...桃、ですか?特に梨ですけど...」
楓「?」
卯月「あ、強いて言うなら手グセが悪いことですかね!」
楓「!???」
未央「なんかややこしいことになってない?」
P「手グセが悪いらしいぞ」
凛「『強いて言うなら寝癖が酷いことですかね』って言いたかったんだよ、多分」
卯月「硬過ぎるとボサノバで...えへへ...」
楓「過多...?...ボサノバ?」
凛「『朝起きるとボサボサで...えへへ...』」
P「凛すげえ!」
未央「なんで解るの」
凛「ニュアンスで」
楓「あのー...卯月ちゃんはボサノバが好きなんですか?」
楓「いいですよねえ...ボサノバ。私ジャズとかも好きですよ」
P「おお、いいぞ!いつもの楓さんペースだ」
未央「いい感じに話を合わせたね」
凛「合ってるの?」
卯月「え?...あ、盗難ですか!」
楓「盗難!?」
楓「ああ、手グセが悪いから...」
凛「変な納得しちゃった」
P「ややこしい...」
未央「話があっちこっち行きすぎでしょ」
30分後
卯月「一億総活躍社会の幕開けですか?」
楓「はい、そうなんです」
卯月「資本主義の下にそれは成り立つんですか?」
楓「わかりません」
凛「なんか一周回って話が成り立っているように見える」
未央「全然成り立ってないんだけどね。楓さんの目に光が見えないけど大丈夫?」
P「よくこんな生産性のない会話を30分もしてられるな」
凛「ていうか、卯月の言い間違い悪化してない?私でも何言ってるかわかんないよ」
P「これもう言い間違いか?普通に一億総活躍社会とか言ってるけど」
楓「......」チラッ
未央「おおう...楓さんが今まで見たことないような顔でアイコンタクトしてくる」
凛「もう終わらせてくれってことかな」
P「楓さんは良くやったよ。症状は悪化したけど」
仁奈「zzz...」
P「どうすんのこれ」
卯月「三島由紀夫はかく語りき、ピザ屋のクーポンは即座に使え」
凛「うん、そうだね。期限切れちゃうからね」
卯月「......」ニッコリ
未央「仕事どころじゃなくない?これ」
卯月「北熊殺し、サンバします!」
P「遂に自分の名前まで...」
凛「もう怖くなってきたよ」
未央「どうすんの?プロデューサー、このままだとずっとサンバ島村だよ」
P「うーん...何か解決策は...」
ガチャ
輿水幸子「お疲れ様です!どうしたんです皆さん?暗い顔しちゃって!いつもはこの事務所にボクが来た途端明度が上がるっていうのに!」ババ-ン
P「...頼りにならなそうで、でもたまに頼りになって、こういう時頼りにならなそうな奴が来た...」
幸子「なんですかその言い草は!」
凛「幸子かぁ...」
未央「微妙だよね」
幸子「ふおぉ...なんですかこの雰囲気...」
P「かくかくしかじか」
幸子「成る程」
P「どうすればいい?」
幸子「簡単です!カワイイボクが卯月さんを癒してあげるんです!」
凛「いや、もうそれやったし」
未央「無理だってことわかってるから」
P「やめておけ幸子」
幸子「ぐぬぬぬぬ...」
幸子「やってやりますよ!」
10分後
幸子「小泉今日子、サンバします!」
凛「これ感染るんだ...たった10分でこの状態まで...」
P「なんでキョンキョンなんだ...」
未央「患者が2人に...」
卯月「......」ジ-
P「...ん?」
卯月「......」ジ-
P「どうした卯月?俺の顔をじっと見て」
卯月「うぎ...」
P「うぎ?」
卯月「...うぎぎぎギギギギィィぃぃ...ゥガガがガガがが...!」
P「卯月!おい!」
卯月「......ぅ...」
P「...え?」
卯月「...プ...プロ...デューサー...さん...」
未央「え?普通に喋ってる...!」
卯月「ごめん...なさい...迷惑...かけちゃって...」
卯月「凛ちゃん...未央...ちゃんも...ごめんなさい...」
凛「卯月!」
卯月「こんな...私じゃ...もう...アイドル...なんて...続けていけない...よね...?」
卯月「ごめん...ごめんなさい...」ポロ
未央「なんで...!なんで謝ってるの...!?」
卯月「ニュージェネで...もっと...いろんなこと...したかったのになぁ...」ポロポロ
未央「ちょっと待って...!」
卯月「アイドル...もっと続けたかったよぉ...う...うぅ...」ポロポロ
凛「...なにいってんの...?続けようよ!」
卯月「...ううぅ...?」
凛「卯月...!?」
未央「しまむー...?」
卯月「......ぅあ...」
卯月「......あ...あぃ...あ...あう?」
未央「...え?」
卯月「...あう...ああい!...うあ!」
凛「......」
未央「......」
P「...俺の責任だ」
未央「...え?」
凛「やめてよ!責任とか...!」
P「いや、俺だ...俺の役目なんだ」
凛「役目とかそういう...!」
P「卯月と約束したんだよ、絶対トップアイドルにするって」
P「俺は約束は守る。卯月に...勝手にアイドルは辞めさせない...!」
それから俺はプロデューサー業の傍ら必死に卯月の介抱をした。決して楽なことではなかったが事務所のみんなのバックアップもあって卯月は自分の名前をちゃんと言えるようになるまで回復した。中でも凛と未央の協力は絶大なものだった。未央曰く「卯月が治るまで手伝うって言ったでしょ」だそうだ。本当にありがたい。
あの日から5年の月日が経った。今朝の新聞の見出しに1人のアイドルの名前が轟いていた。『自称カワイイアイドル輿水幸子復活!』卯月と同じ症状だった幸子は今日この日を以って芸能界に復帰する。幸子もよくあそこから回復してくれたと思う。めでたい話だ。
この話を卯月にすると大変喜んだ。「私も早く復帰したいなあ」と言った彼女の遠くを見るような目はアイドル時代の彼女の目そのものだった。
「ねえ、プロデューサーさん」
「...どうした」
「もし私もアイドルに復帰するとして...」
「もし、じゃない。するんだよ」
「ふふ、じゃあ復帰して本当にトップアイドルになって...」
「おう」
「アイドルを引退したら、その時は...」
「その時は?」
「あの...えっと」
「......」
「ぅ......」
「......」
「葛根湯...ください!」
まだ 復帰は遠そうだ。
完
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