悟沢空子「ハッピーかい、慕?」(76)
耕介「麻雀牌売ったわ」悟空「でぇじょうぶだドラゴンボールがある」
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の後日の話で、立-Ritz-の話。
アニメ咲-Saki-全国編公開を前に訪れた、
主人公声優交代オーディションという突然の危機を乗り越えた小林立と仲間たち。
アニメ全国編も無事終了し、再び平穏が戻ったかに見えたある日のこと――。
―東京 小林立の仕事場―
ガタッ ドンドンドンッ
あぐり「……なんや騒々しい」
紗「お客様……? 今開けますー」
バタンッ
鳥山「……うう……」
紗「あ、あなたは!」
立「鳥山先生!? どうしたんですか!?」
鳥山「やられた……不覚だった……」フラッ
紗「だ、大丈夫ですか!?」
あぐり「おいボロボロやんけアンタ!」
鳥山「早く……島根へ……」
立「?」
鳥山「慕ちゃんが……危ない……!」
―島根 白築家―
ピンポーン
慕「はーい」
ガチャッ
??「……よお、久しぶりだな」
慕「あっ、その声は……! 悟空さん!」
タッタッタッ
慕「よかった……。また会えた!」
悟空?「……おう、そうだな」ククク
慕(…………あれ? 何か雰囲気が……?)
慕(見覚えのある髪型とオレンジの道着……。確かにあのとき聞いた声……)
慕(なのに、何か違う感じがする……)
慕(……そういえばおもちがある……? 悟空さんじゃない……?)
悟空?「…………」ククク
慕「……えっと、今日はどうしたんですか?」
悟空?「おう、ちょっとおめぇの顔を見たくなってな。……それから」
慕「?」
悟空?「おもしれぇモン見せてやるよ。おい助手」
マンション横山「は、はいっ!」
グルグル ギュッ
慕「……? 自分の体を……椅子に縛り付けて……?」
マンション「縛り終わりました、悟沢さん」
慕「ござわさん……?」
悟空?「おう、ご苦労」
慕「あの……? 何を……?」
悟空?「敵の技だから印象はよくねえが……。まあ、舞空術や太陽拳だって最初は敵だったヤツの技だしな」
慕「?」
悟空?「なんつったっけな……。そうそう、ギニューってヤツの技だ」
慕「??」
悟空?「チェンジ!!」
カッ
―島根へ向かう車中―
ブロロロロ…
あぐり(運転手)「で? どういうことやねんオッサン?」
鳥山「……以前、わしと立ちゃんが世界を分割したことは……、知っとると思うけど」
立「…………はい」
鳥山「あのとき分かれた、わしの世界と立ちゃんの世界を……」
鳥山「……無理矢理に、また融合させた奴がおる」
立「!」
鳥山「おまけに、わしらが居るこの世界まで一緒にして……」
あぐり「なんやと……?」
紗「そんなことが……できるんですか……?」
鳥山「…………君たちも知っとるはず」
紗「?」
鳥山「ひとつの世界を生み出し司る、"創造神"――『漫画家』と呼ばれる存在ならできる」
紗「!」
鳥山「……わしらと同業者だよ」
紗「そんな……」
鳥山「……またひとつ、新しい世界が創られたんだ」
紗「……それにしても、私たちのいる世界まで一緒にするなんて……」
あぐり「ありえんわ、そんなん」
鳥山「……うむ、普通は無い事だね。昔のギャグ漫画なら割とあったけど……、ギャグ以外じゃなかなかね」
立「どうしてそんなこと……」
紗「一体……何者……?」
鳥山「――『HIDEKI大和田』。その筋では有名人だ」
紗「有名人……?」
鳥山「アウトローだよ」
立「!」
あぐり「アウトローて……」
鳥山「一言で言えば……なんでもあり。多少の矛盾や弊害が出ようとも勢いで押し切るタイプだ」
紗「!」
鳥山「そいつの立ち上げた世界である以上……、どんなデタラメでも起こりうると覚悟せんといかん……」
紗「そんな……」
鳥山「……それくらい躊躇なくやってのける相手だよ」
レオナルド「キューン……」(ありえん)
あぐり「そんなんで……やっていけとんのか、そいつ……?」
鳥山「……もちろん、だから敵も味方も多いって話だよ」
鳥山「最近じゃ、世界中の国家元首や著名人・政治家たちを同時に敵に回し続けとるって噂だ」
立「国家元首……」
鳥山「それでいて、某国の副総理的な人が絶賛してた事もあるとか無いとか」
紗「副……総理……」
鳥山「シャドルーとかいう裏社会の秘密結社とも繋がりがあるらしい……」
あぐり「秘密結社て……」
鳥山「あくまで噂レベルの話だけどね……」
あぐり「せやから言うて、なんで慕ちゃんが襲われなあかんねん?」
紗「そうです……。慕ちゃんと悟空さんは友達じゃないですか……」
あぐり「おう。あのときゆびきりして仲良しになったんやろ?」
紗「その慕ちゃんを襲うなんて……。それも鳥山先生の許可も無くなんて考えられない……」
鳥山「…………」
鳥山「今、慕ちゃんの家にいるのは……悟空じゃない……」
あぐり「!」
鳥山「……途中ですり替えられたんだ。まんまと出し抜かれたよ」
紗「すり替え……?」
鳥山「……君たちも会った事あるじゃろ。悟沢空子さんだ」
立「!!」
―島根 白築家―
慕(…………えっ)
慕(私が……私の目の前に立っている……?)
悟沢「…………フフフ」
慕(いつの間にか、椅子に縛られてる……。動けない!)ガタゴト
小野学「……うまくいったようだな」
マンション「あっ、か、監督!」
悟沢「おう、計画通りさ」
マンション「い、一体何をしたんですか……?」
小野「ボディチェンジってヤツだ。詳しいこたぁドラゴンボールを見ろ」
マンション「!」
慕(私の体が勝手に動いてる……! 私と離れたところで……)
マンション「じゃあ……、この慕ちゃんは……」
悟沢「ああ、アタシだよ」
マンション「……そんな……声まで変わって……」
悟沢「おうさ、アニメじゃそういう技になってるからね」
マンション「なんてこった……悟沢さん声の慕ちゃんなんて……」
悟沢「ヒッヒ! やっぱり若い娘の肉体はいいね!」
小野「……じゃあ始めちまうか。こんなもんは先にやったもん勝ちだ」
マンション「な、何を……?」
小野「アニメ化だよ、シノハユの」
マンション「!」
小野「こいつを使って、今から動画を撮影する……」
小野「それをアニメ予告編とでも称して配信し……、アニメシノハユの第一印象を世間に植えつける……」
小野「そうすりゃ、世間的に白築慕の声は悟沢空子で決定だ」
マンション「!」
小野「そのまま本編まで通ればそれもよし。後で変更されたとしても……、変えたという事実は物議を醸す……」
小野「いずれにせよ、話題作りには十分だ」
マンション「……それって、炎上っていうんじゃ……」
小野「注目の的と言ってもらおうか。人の目が集まりゃいいんだよ」
マンション(……なんか……。オレとんでもないことに手を貸してる気が……?)
ガタッ ゴトゴトッ
マンション「えっ、ビデオカメラに集音マイク……」
小野「撮影機材だよ。アニメ作るっつってんだろ」
マンション「えっとあの、アニメの作り方ってそんなんでしたっけ……?」
小野「普通は本人になんか出演してもらえるワケねえだろう、常識的に考えて」
マンション「……はあ」
小野「だから必死に似顔絵を描いて映像を作り、似た声の声優を見繕って吹き替え音声を入れてんだよ」
小野「……だが当然、金も手間もかかる」
小野「本人の演技と声が使えりゃ、それに越したこたあねえ」
小野「まして予算もとれねえゲリラ予告編だ、なるたけ安上がりで済ますに限るんだよ」
マンション(……いやそういうことじゃなく……)
小野「いいから手伝え。始めるぞ」
マンション「えっ?」
小野「お前しかスタッフ居ねえだろうが。照明板くらい持ちやがれ」
マンション「オレがですかぁ!?」
小野「そのために連れて来たんじゃねえか。早くしろ」
マンション「は、はいぃ!」
小野「始めるぞ」
悟沢「オーライ、いつでもいいわ」クックック
―車中―
紗「声が……乗っ取られる……?」
鳥山「うん。やつらの狙いはそれだよ」
紗「そんなこと……。一体、なんのために……」
鳥山「もちろん、慕ちゃんを悟沢さんの声にしてアニメを作るつもりじゃろう」
立「!」
あぐり「なんやと……?」
紗「そんな……」
紗「そんなことをして……どうしようと……」
鳥山「……当然、シノハユのアニメ化に影響を与えたいんだろうね」
立「!」
鳥山「慕ちゃんの声が悟沢さんだとなったら話題になる……。トントン拍子に話も進むじゃろ」
鳥山「本決まりの声優さんも、揉めることもオーディションやらも無く……。満場一致で悟沢さんになるだろうね」
紗「そんな……」
鳥山「いい意味かはわからんが、注目も集まる……。話題作りになるといえばなるかもね」
立「!!」
あぐり「……そない言うてもおかしいやろ、オッサン」
鳥山「ん?」
あぐり「吹き替えのキャストを代えるだけやろ? そない回りくどい事せんと、企画会議で言うたらええやんけ」
紗「そうですよ、あくまで声優さんがやるのは吹き替え……」
鳥山「そんな生優しいもんじゃない……。以前咲ちゃんの声優を代えようとしたときとはわけが違う」
紗「?」
鳥山「彼らは……、慕ちゃん本人の声そのものを変えようとしているんだ」
紗「えっ!?」
鳥山「放っておいたら……本当に慕ちゃん自身があの声になってしまうぞ……」
紗「!!」
紗「なんてことを……、大変!」
あぐり「……おう、えらいこっちゃで……!」
立「…………」
鳥山「立ちゃん?」
立「…………話題になるのなら、私はかまいませんけど」
紗「!?」
あぐり「……おい」
鳥山「…………そうかい?」
立「…………はい」
立「注目を集めてもっと売れてくれるなら……。いいことじゃないですか」
あぐり「おい立」
立「植田さんの時にも言いましたけど。強い力を持ったキャストになってくれるなら、それに越したことはありません」
立「アニメ化の無かった話を作ってくれるなら、私は願ったりですし」
立「別に、焦って行かなくてもいいんじゃないですか?」
紗「お姉さま……」
あぐり「お前……」
立「……私の目的のためなら……どんなことだって……」
鳥山「…………ふむ」
立「…………」
鳥山「無理せんでええぞい、立ちゃん」
立「!」ピクッ
鳥山「…………」
立「…………私は別に」
鳥山「…………」
立「…………」
鳥山「……今の言葉、本心じゃないよね?」
立「!」
立「なぜ……そう思うのでしょう……」
鳥山「ふっふっふ」
あぐり「?」
鳥山「わしももう、漫画家稼業も長い……。それくらいは見ればわかるよ」
立「…………」
鳥山「なあ立ちゃん」
立「…………」
鳥山「立ちゃんが漫画を描くのは……、親父さんを見つけるため、じゃろ?」
立「!」
鳥山「でも、今日まで未だ手掛かりすら掴めず……」
立「…………」
鳥山「咲-Saki-本編も、もう全国決勝が目の前……。来年十周年だよね? あっちの時間で」
立「…………はい」
鳥山「それだけ経つのに、親父さんは一向に見つからない……。情報の欠片も出てこない」
立「…………」
鳥山「シノハユは、そんなお前さんの最後の切り札……」
紗「!」
鳥山「あからさまに自分と同じ……。親御さんを失くして追いかける運命を背負った子を主人公にして……」
鳥山「お前さんは慕ちゃんに、自分自身を映したんだ……」
鳥山「父と母とは違いを入れたが……。失った肉親を追いかける姿を」
鳥山「……そして、いつかきっと出会える未来を」
立「…………」
鳥山「……すべては、親父さんに見つけてもらうため」
立「…………」
鳥山「……そうだよね?」
立「…………それがどうしたんですか」
鳥山「ん?」
立「いいじゃないですか……! 私がどんな理由で漫画を描いたって……!」
鳥山「……もちろん、それ自体を否定はせんよ。理由は人それぞれだからね」
立「だったら……。放っておいてください……!」
鳥山「……でもね立ちゃん」
立「…………」
鳥山「だからこそ。君は慕ちゃんに、特別な思いを込めたんじゃないのかな……?」
鳥山「わしと立ちゃんが、慕ちゃんと初めて会ったときのこと……。覚えとるけ?」
立「……ええ。世界を分割したときですね」
鳥山「うん。悟空と慕ちゃん、松実さん夫婦、わしらが顔を合わせたあのとき……」
鳥山「他のみんなには声色を変えて話しとったが……、わしにはわかった」
立「…………」
鳥山「慕ちゃんの声は……、立ちゃんの声だよね?」
立「!」ドキッ
鳥山「悟沢さんの実力は……わしもわかっとる。わしこそ一番わかっとるよ」
立「…………」
鳥山「でも……。いくらそれで人気が出たとして……」
立「…………」
鳥山「そこまで自分と同じ気持ちを込めて生み出した、あの子の声が……」
立「…………」
鳥山「あの子が母親と出会えたとき、おかーさんと呼ぶその声が……」
立「…………」
鳥山「『オッスオラ慕!』で、いいのかな?」
立「…………」
鳥山「……君は慕ちゃんに、そう言わせていいのかい?」
立「…………」
紗「鳥山先生……」
立「…………」
立「…………」
立「…………」
立「…………そこまでご存知なら、誤魔化す理由もありません」
鳥山「…………」
立「……仰る通りです、鳥山先生」
紗「!」
立「あぐり! 急いで!」
あぐり「おうよ!」
ズギャギャッ ブロロロロ……
―島根 白築家―
小野「始めるぞ。シーン1カット1、なくなった麻雀牌を探す慕」
マンション「あ、アクション!」
カチン
悟沢「ね……、ねえ! オラのマージャンペェがねえぞ! タマもチンもねえ……」
小野「カット!」
悟沢「……何だい?」
小野「後半のアドリブは不要だ」
悟沢「ははっ、ついやっちまった。わりぃわりぃ」
マンション「これはひどい」
小野「シーン3カット4、叔父に牌を売られたことを聞かされる慕」
マンション「えっ、叔父にって……耕介さんいませんけど……」
小野「おら着替えろ。お前がおじさん役だ」
マンション「えぇーー!?」
小野「早くしろ。カンペくらい用意してやる」
マンション「い、いいんですかそんなんでぇ!?」
小野「アクション!」
カチン
マンション「ま、麻雀牌だけどさ……。売ったわ」
悟沢「おう。つまりこの、鳥さんのペェを七つ集めりゃおかーさんが戻ってくるってわけだな……!」
マンション「そうさ、今こそアドベンチャーだ慕!」
悟沢「オラ、ワクワクしてきたぞ!」
小野「…………チッ、大根演技だな」
マンション(酷いストーリー捏造……)
小野「じゃあ次だ。麻雀大会のシーンいくぞ」
マンション「で、でも対戦相手が……」
小野「顔さえ映さなきゃ代役でいいんだよ。スタントマンと同じだ」
マンション「えぇー……」
小野「脇役なんざ後からどうとでもできる……。おい、エキストラ!」
エキストラ「はーい」
ゾロゾロ
マンション(ど、どこから出てきた……)
小野「シーン16カット23、麻雀大会で勝ち進む慕」
悟沢「うっひょー! こりゃいい配ペェだな!」
タンッ
悟沢「よーし張ったぞ! テンペェ即リーだ!」
タンッ
悟沢「ロン! 立直一発ペェ發イーペェコー!」
エキストラ「うわー」
エキストラ「やられたー」
マンション(……悪夢だなこれ……)
バタンッ
立「そこまでです!」
悟沢「!」
小野「!」
マンション「あ……立先生……」
立「マンションさんに……小野監督……。あなた達も関わってたんですか……」
小野「…………」
立「……どういうことですか、これは」
小野「……上の指示だ。原作者さんよ」
小野「アニメに関しては俺が全権を任されている……。口出し無用だ」
立「まだシノハユのアニメ話なんてどこにも出ていないはずですが」
小野「いいじゃねえか。どうせ主人公の声は悟沢さんでいいんだろ?」
立「いいえ、お断りします」
小野「…………ほう?」ギロッ
マンション「ヒィィ……」
小野「全国編のときにゃ咲の声でいいっつったじゃねえか。どういう心境の変化だ?」
立「シノハユにまでそう言った覚えはありません! あなたこそ、どうして勝手にこんなことを!」
小野「…………上の指示だっつったろ」
小野「お前さんがシノハユの原作者だろうと……。俺がどういうつもりだろうと……」
立「…………」
小野「もっと上からのお達しだ」
あぐり「もっと上……やと……?」
小野「今この世界の支配者……マスターはアンタじゃねえ」
立「!」
紗「……それって……」
立「…………大和田…………!」
小野「おうよ」
小野「話つけたきゃ、そっちとやってくれ」
立「それなら、その大和田さんを出してください! どこにいるんですか!?」
小野「知らんな。一緒に居たわけじゃねえ」
あぐり「……この期に及んで嘘つく気やないやろな」
小野「知らんつってんだろ」
立「くっ……」
鳥山「…………いや、そこにおるよ。その物陰に」
紗「!」
小野「……何?」
鳥山「おるんじゃろ、大和田ちゃん。出てきなさい」
スッ
大和田「…………」
立「え……? 下着姿の女性……?」
あぐり「黒レースの上下とガーターベルトに……フルフェイスメット!?」
紗(へ、変態だー!!)ガビーン
あぐり(なんやこの痴女様は………)
立「この人が……アウトロー……?」
鳥山「うむ……気を付けるんだ。体つきこそピチピチギャルじゃが……」
紗(表現が古い……)
鳥山「常時かぶっとるあのフルフェイスで、素顔を見た者はおらん」
大和田「…………」
立「……あなたが……この世界を……」
大和田「…………」
あぐり「…………」
紗「…………」
鳥山「…………」
小野「…………」
大和田「こんちゃかわー」(棒読み)
紗「!?」
立「」ビキッ
大和田「……よく私にお気づきで。さすが鳥山先生」
鳥山「ふっふっふ、ピチピチギャルの居場所ならすぐわかるぞい」
あぐり「ただのポンコツ昭和ロボやなかったんか……」
鳥山「サインほしいか?」
あぐり「いらんわ」
レオナルド「キューン」(いらん)
紗「大丈夫でーす」
鳥山「!」ガーン
立「……いや、今そんな場合じゃないですから」
立「答えてください。何のつもりでこんなことを……」
大和田「…………さあてね」
立「…………」
大和田「…………」
立「では……何をしにここへ……」
大和田「…………別に。ただの火事場見物物見遊山よ」
立「…………」
大和田「…………」
立「議論する気なし、ですか……」
大和田「…………」
立「……とにかく、シノハユ原作者としてこの状況は看過できません。撤回してください」
小野「……だとよ」
大和田「…………」
立「…………」
大和田「……それを決めるのは、私じゃないわね」
悟沢「……ああ」
紗「悟沢さんまで……」
悟沢「……本人の胸に聞いたらいいじゃねぇかい」
紗「本人……?」
悟沢「おい、そいつの縛りを解いてやりな」
慕「!」
マンション「えっ……。いいんですか?」
悟沢「ああ。体はアタシのもんだ、丁重にな」
マンション「あ、はい……」
パラッ
マンション「……はい、解けました」
慕「……ありがとうございます……」
立「……悟沢さん……。何をするつもりですか……?」
悟沢「あたしらが声を演(や)るのに大切なことは……。なにより、そいつのことを気に入るかどうか」
立「?」
悟沢「結局今日は、それを確かめに来たのさ……。なあ、慕」
慕「……はい?」
悟沢「お前の人生は……ハッピーかい?」
慕「…………?」
悟沢「ハッピーじゃねえなら、無理するこたあねえ。丸ごとアタシが代わってやるよ」
悟沢「この体と声をこのままアタシに渡して、裏で大人しくしてるがいいさ」
慕「!」
悟沢「……答えな、慕」
慕「……はい……?」
悟沢「お前の生きる目的は……。どうしても成し遂げたいことは何だい?」
慕「……それは……。勿論、おかーさんを探すこと……」
悟沢「おう、そうさね。…………それなら」
慕「?」
悟沢「それを成すには生半可な気持ちじゃ無理ってことも、知ってるかい?」
慕「!」
悟沢「お前が進もうとしている道は過酷だよ」
慕「…………」
悟沢「何年かかるかもわからない。心も体もボロボロになって、いい結果になるかもわからない」
慕「…………」
悟沢「自分が自分でなくなるような事すら起きるかもしれないね。声どころか、心も記憶も……」
紗(……それって、ナナさんのこと……)
悟沢「それでも気持ちを強く持って……、自分の意思を貫いて」
悟沢「ひとりで戦っていく覚悟はあるのかい?」
慕「…………」
慕「…………ひとりじゃないよ」
悟沢「?」
慕「確かに、おかーさんがいなくなったときは……。最初はひとりぼっちだと思ったけど……」
慕「私には、そこから出会った友達がいる!」
慕「閑無ちゃん……はやりちゃん……杏果ちゃん……悠彗ちゃん……」
慕「おじさんに質屋さん、玲奈ちゃん、陽葵ちゃん……全国大会で打ったみんな……」
慕「それに、鳥さんが……。ここに鳥さんがいる!」
スッ
紗(…………一索?)
あぐり(あんときのアレ……。ずっと持ってたんか……)
慕「私は……一人じゃない……!」
慕「支えてくれる友達が……。鳥さんが一緒に、ここにいるんだ!!」
慕「鳥さんたちと一緒なら……、怖いものなんてない!!」
立「慕……ちゃん……」
慕「決めたんだ! どんなことをしても、おかーさんを探し出すって!!」
慕「もう一度、大好きだよって言うために! たくさん友達ができたよって話すために!」
慕「私の声で……。おかーさんの知ってる、私自身の体と声で!」
慕「 そ れ が 私 の す べ て だ か ら ! 」
カッ
紗「――そのとき。慕ちゃんの背後に、大きな鳥の姿が浮かび上がったように見えました。
慕ちゃんをずっと見守っている、力強い友達が――」
バッシュゥゥーーン
ドォーン
慕「あ……体が……」
悟沢「…………ほう」
マンション「あっ、声が元通りに……?」
慕「元に……戻った!」
紗「慕ちゃん……!」
小野「ボディチェンジを自力で戻しただと……?」
鳥山「大和田ちゃんの支配を……撥ね退けた……」
大和田「…………」
悟沢「…………フフフッ」
悟沢「フッ……。アッハッハッハッハ!!」
マンション「ご、悟沢さん……?」
悟沢「……気に入ったよ慕。いい心の力を持っているじゃないか」
慕「…………」
悟沢「今のその気持ち……。忘れるんじゃないよ……」
慕「はい! もちろんです!」
悟沢「……いい返事だ。ハッピーだね、慕」
紗「悟沢さん……」
悟沢「ヒッヒ! 来た甲斐があったってもんだね!」
悟沢「おい、けぇるよ運転手。車出しとくれ」
マンション「あ、は、はい……」
小野「…………いいのか?」
悟沢「フン、しんぺぇすんな。今日はまだ顔合わせさね」
小野「…………」
悟沢「いつんなるか知らんが……。アニメ化なんざもっと先の話だろう?」
悟沢「吹き替えが要るときゃ、いつでも呼んどくれ! 特別サービス価格で演(や)ってやるよ!」カッカッカッ
立「悟沢さん……」
スタスタ
小野「…………」クルッ
スタスタ
立「……どこへ?」
小野「車が出るなら俺も乗るさ。置いていかれちゃかなわねえ」
立「……あなたは……一体何を考えて……?」
小野「…………」
小野「アニメ屋ってもんは、依頼があれば全力で受ける。それだけだ」
立「…………」
立「こんなことをしたって! 批判を呼ぶだけじゃないんですか!?」
小野「……俺の心配をしている場合じゃねえだろ、原作者さんよ」
立「?」
小野「予告編動画ひとつポシャったところで問題ねえ。まだどこにも出してなかった話だ」
立「…………」
小野「それより、手前の心配をしてやがれ」
立「?」
小野「アニメ化にゃ尺が足りねえよ。俺に絡む前にやることがあるだろうが」
立「…………」
小野「せいぜい、原作ストックを増やすこった。気合の入ったやつをな」
立「……気合……?」
小野「…………気の抜けたようなモンを俺によこすんじゃねえぞっつってんだ」
立「…………」
小野「……じゃあな」
スタスタ
紗「行っちゃった……」
慕「……えっと……、あの……?」
あぐり「おう、アンタは心配せんでええで。ちょっとあっちで休憩しよか」
慕「あ、はい……」
立(…………お願いね)チラッ
あぐり(……おう、今日のことは適当にごまかしとくわ)チラッ
……
鳥山「……さて、大和田ちゃん」
鳥山「君が集めた人たちはいなくなったわけだが……。どうするね?」
大和田「…………」
鳥山「…………」
大和田「……フン、プロットが崩れたわ」
立「…………」
大和田「私だけがいても意味は無いわ。退散させてもらうわね」
立「待ってください。その前に納得のいく説明を」
大和田「心配しなくても……。私の支配は、もうすぐ解けるわよ」
紗「?」
大和田「私は所詮、不定期連載……。長く居座るつもりは無いわ」
大和田「……それと、誤解がありそうだからもうひとつ」
立「?」
大和田「私は別に、あなた達の敵じゃないからね?」
立「…………」
鳥山「…………」
紗「…………」
大和田「……縁があったらまた会いましょう。良い縁であることを祈っているわ」
立「…………」
大和田「バイニー♪」
あぐり「……行ったか」
鳥山「おう、お疲れさん。慕ちゃんは?」
あぐり「問題なしや。今はベッドで寝とる」
鳥山「……そうか」
あぐり「目ぇ覚める前に全員いなくなっときゃ、変な夢やったで済むやろ」
紗「よかった……」
鳥山「しかし立ちゃん……。君も大変な連中を相手にしとるね」
立「…………大丈夫ですよ」
鳥山「ん?」
立「あの慕ちゃんを見ていたら……。弱音なんて吐いていられません」
鳥山「…………ほほう」
立「……慕ちゃんの言葉を聞いて、目が覚めた気がしました」
立「私は……、まだまだ足りなかった。気持ちの強さも、向き合い方も……」
立「何年も父さんのことが見えない状況に……ひとりで焦って追い詰められて……」
立「……気持ちのどこかで、諦めかけて心を閉じていたような気がします」
立「……慕ちゃんのように、仲間と支えあうなんて考えもしなかった」
立「私も……もっとがんばらなくちゃ。いつかその時、堂々と父さんに向き合えるように」
立「…………そう思わせてくれました」
紗「お姉さま……」
立「原作者が主人公に、気持ちで負けてるわけにはいきませんからね!」
あぐり「……ちょい待てやコラ」
立「?」
あぐり「ひとりで盛り上がりよって……。全然わかっとらんやんけ」
立「……えっ?」
あぐり「仲間と支えあうなんて考えもしなかったー言うんは聞き捨てならんで、オイ」
立「…………えっ」
あぐり「今までここにおったんは、支えあう仲間やなかったっちゅーんか? ん?」
紗「虎さん……」
あぐり「お前の漫画描いとるやつはな、もうここに二人おんねんぞ」
レオナルド「キューン」(うむ)
立「あぐり……」
あぐり「……お前がどう思うとるか知らんが、この際やから言うといたるわ」
立「?」
あぐり「お前に誘われてからこっち……。もう随分経つけどな」
立「…………」
あぐり「こっちかて嫌々やったら、ここまで付き合うてへんちゅうねん」
紗「……はい! 私もそうです!」
あぐり「……もうちょい、おのれの周りもちゃんと見とけや」
立「……二人とも……」
レオナルド「キューン」(三人だぞ)
立「……そうね、ごめんなさい」
あぐり「……おう」
立「…………それから、ありがとう」ニコッ
あぐり「……おっ」
紗「わぁ……」
立「?」
あぐり「ええ笑顔やんけ。初めて見たわ、お前のそんな明るい顔」
紗「私もです……」
立「…………そう?」
紗「ずっとなんていうか……。気が張り詰めたというか、近寄り難い感じがしてたから……」
あぐり「おう、そうやな。いつか言うたらなアカン思うてたヤツや」
立「……何よそれ」
あぐり「ヘッ、言葉の通りや。慕ちゃんに負けたない言うなら、もうちょい普段から笑うとけや」
紗「私も……笑ったお顔の方がいいと思います……」ウフフッ
立「……な、なによもう……」
紗「あ、照れた顔もステキ……」
立「ちょっと紗! からかわないで!」
鳥山「ふぉっふぉっふぉっ。こりゃハッピーだね、立ちゃん」
立「もう! なんですか鳥山先生まで!」
アハハハハ ウフフフフ
紗(…………あれ?)
紗(……なんか凄く丸く収まったっていうか……。実は最初から……?)
紗(…………)
紗(……『お前はハッピーかい?』……)
紗(……『気の抜けたようなモンをよこすんじゃねえぞ』……)
紗(…………)
紗(もしかしてもしかしてだけど……)
紗(二人とも……本当は慕ちゃんじゃなくてお姉さまに……?)
紗(…………)
紗(…………考えすぎかな)
あぐり「どした? 帰るで?」
紗「あ、はい! 今行きます!」
タッタッタッ
竹書房
大和田「今帰ったわ」
高橋イッペイ(竹書房会長)「…………ご苦労」
辻野「…………」
高橋「……で、首尾はどうなった」
大和田「今回は顔見せだけよ。まだ何もしてないわ」
高橋「あぁん?」ギロッ
辻野「……なんだと?」
大和田「…………もらった原稿料分の仕事はしたわよ」
高橋「お前の仕事は……。シノハユのアニメをうちの支配下に置くことじゃろう」
高橋「小林立を即潰すのはもはや下策……。ならば、アニメを制作著作竹書房にしてしまえと……」
高橋「お前が提案したから乗ってやった話のはずじゃろうが」
高橋「何もしとらんじゃあ済まさんぞ」
大和田「そんなに心配しなくてもいいわよ」
高橋「…………」
辻野(……腹が読めない女だ……)
高橋「……これで終わらせるわけじゃあるめぇ。次のプランは?」
大和田「原稿料次第ね……。依頼がなくちゃ、私は動かないよ」
高橋「寝ぼけた事ぬかすな。原稿料ってなぁ金を出す価値があるから出すモンだ」
大和田「あら、言うじゃない」
高橋「先に計画を聞かせてもらおうか。見通しくらいあって言うとんじゃろうな?」
大和田「…………聞くかい?」
高橋「あたりめぇだ。無いとは言わさねえぞ」
大和田「大丈夫よ。今回で大体状況はわかったわ」
大和田「本人が中々強い意志をお持ちのようだから……。それなら、周りから攻めていけばいい」
辻野「?」
大和田「シノハユのあの子……。慕ちゃんの最大の目的は、離れ離れになった肉親を探し出すこと」
辻野「…………」
大和田「誰かさんと一緒だね」
辻野「!」
高橋「?」
大和田「ねえ?」
辻野「…………」
高橋「?」
辻野(こいつ……何をどこまで知って……)
大和田「その、慕ちゃんの母親……。今までずっと行方不明、方々手を尽くしても一切出てきてなかったけど」
大和田「……最近の話じゃ、少し様子が判明している」
辻野「!」
大和田「まだ不明な点も多いけど……。どうやら、無事に生きてはいるらしい」
高橋「…………」
大和田「勿論、簡単には会いに行けない状況……。でも、全く手掛かり無しってわけでもないわ」
大和田「何をしているのかは不明だけど……。少人数で世界中を飛びまわってるみたいだ」
大和田「巷じゃ、裏社会で暗躍する闇の代打ち組織だなんて噂されているわね」
大和田「……そこで、ニーマンとかいうトップらしき女と仲良くやってるって話さ」
大和田「記憶を消されて囲われてるなんて疑惑もあるけれど……、何かを強要されてる様子は無い」
大和田「女同士、幸せそうなんじゃないかい?」
高橋「…………」
高橋「……だからどうだっちゅうんじゃ」
大和田「……相手の様子が分かっているなら、こっちにもやりようがあるわ」
辻野「?」
大和田「そういうことなら、あちらと同じ状況を作ってやればいい」
高橋「?」
辻野「?」
大和田「今ここに、立-Ritz-世界の裏で暗躍する闇のホモ組織の設立を宣言する」
辻野「は?」
辻野「おい、何を言って……?」
大和田「二度は言わないよ」
辻野「いや、全く意味が分からんぞ! どういうことだ!」
大和田「……ハァーッ……察しが悪いね……」
辻野「…………」
大和田「お前(辻野)、主人公の肉親。 ここ(竹書房)、その所属組織。 お前(高橋)、組織のトップ。 以上」
辻野「?」
高橋「?」
大和田「お前たち二人の組織だよ、ほら脱げ」
辻野「えっ」
高橋「えっ」
……
アッー!
カン
※このSSは漫画『立-Ritz-』および関連作品等を基にした二次創作であり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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