――渋谷凛 手紙に困る
ありふれた白封筒には「渋谷凛 様へ」と書かれていた。
凛「また手紙来てるよ……」
凛は自宅の郵便受けを調べて溜息をついた。
渋々封筒を開けながら呟く。
凛「これで何通目だろ?」
手紙「愛する 渋谷凛 様へ 今日こそは僕の愛を分かって……」
手紙の主旨は大体一貫していた。
凛への一方的な恋慕をつづった物ばかりだ。
凛「こういうの困るんだけどな」
最初の内は、流し読み程度に内容を見ていたが、
次第に冒頭だけ読んで捨てるようになった。
何度も来る手紙の内容は、大体同じような物だったからだ。
そういう態度を取るようになってからも手紙は来た。
週に数回は投函されてくる。
切手も消印も見当たらないので、どうやら直接投函している様だ。
差出人は分からないし、住所や連絡先も書かれていない。
返事を出そうにも出せない手紙。
やがて、凛は封も切らず捨てるようになった。
それでも手紙は送られ続けた。
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ある日、凛は卯月と未央に相談してみた。
凛「ねえ、この手紙どう思う?」
何部が保管した手紙を卯月と未央に渡した。
二人は手紙を読んで顔を引きつらせた。
未央「うわあ……何これ?」
卯月「ちょっと自己陶酔が激しいですね……」
凛「こんなのが頻繁に投函されて来るんだよ」
未央「それは困るね」
卯月「ちょっと気味が悪いですね」
凛「でしょ? ファンの人じゃないよね」
未央「うん、ファンにしちゃ変だよ」
卯月「ファンの人なら事務所へ手紙を出しますよ」
凛「自宅に直接送って来るのは、やっぱりおかしいよね」
未央「差出人の見当はつくの?」
凛「見当もつかない。
文字はパソコンで打ってあるから筆跡が分からないし、
こういうの送って来そうな知り合いは思い付かない」
卯月「同じ人なんでしょうか」
凛「文体や内容は同じだから、多分そうだと思う」
――その頃、ストーカーの自宅では
僕は凛ちゃんに手紙を送り続けている。
それなのに、凛ちゃんは僕を無視し続けている。
この間、僕は見てしまった。
僕の手紙をポストから取り出した凛ちゃんが、
封も開けずに丸めて潰した所を!
僕の気持ちを踏みにじって……
僕はこんなにも凛ちゃんを愛しているのに……
僕の何がいけないんだ?
ひょっとして凛ちゃんには彼氏がいるんじゃないか!
そうだ! その可能性があるぞ!
だから凛ちゃんは僕に冷たくするのかもしれない!
凛ちゃんの彼氏はどんな奴だ?
ちくしょう!
そんな奴のツラを確認したい!
そうでなくても、僕は凛ちゃんの事をもっと知りたい。
凛ちゃんの日常をもっと知りたい。
凛ちゃんの日常を自分の物にしたい。
そうだ、凛ちゃんをもっと調べないと!
待っていろ、凛ちゃん。
――渋谷凛が感じるストーカーの陰
手紙は来なくなった。
が、それから感じるようになった。
追跡者の気配と足音を……。
都会の雑踏の中から視線を感じ、
通学路の人気のない道では足音を感じた。
凛はそんな追跡者の兆候を卯月と未央に話した。
卯月「正体は分からないんですか?」
凛「姿は見えない。でも、私を追っているのは分かる。
気配と足音が分かるから」
未央「おいおい……今度は尾行か~」
卯月「何もしてこないんですか?」
凛「今のところは」
未央「何もして来ない……それはそれで不気味じゃない?」
凛「そりゃあ、気味悪いよ」
未央「正体を突き止めたくない?」
凛「うん、はっきりさせたい。それで気持ちをはっきり伝えたい」
未央「それじゃあ協力するよ! 強力な助っ人も呼んでくる!」
卯月「二人きりで会うより、皆で会った方が安全ですよね」
――ストーカーの視点
僕はバイトを辞めた。
時間はたっぷり作った。
これで一日中追えるぞ、凛ちゃんの行動を!
今日は日曜日、凛ちゃんは犬の散歩に出た。
どうやら、アイドルレッスンに行かない日らしいぞ。
僕は曲がり角に身を潜めた。
ブロック塀に身を寄せて、頬にざらついた感触を感じつつ、
凛ちゃんの後姿を眺める。
今日も凛ちゃんは美しい。
後姿も魅力的だ。
左右に揺れるカラスの濡れ羽色をした長い黒髪……
ジーンズの上からでも分かるヒップ……
艶めかしい細い手足の動き……
ああ、凛ちゃんは美しい。
「ふふーん……つーかまえた!」
誰だ? このフードを被った女は誰だ?
突然僕の腕を掴んでどういうつもりだ?
「みんな! 出て来て!」
フードの女は大声を上げた。
あ、僕はこいつを知っているぞ!
凛ちゃんと同じユニットの本田未央って奴だ!
未央「しぶりーん! しまむー! 早苗さーん!」
本田未央は、声を張り上げ名前を呼んだ。
すると、僕のほうへ新たに女の子が3人寄って来た。
腕を掴まれたまま僕は女の子たちに囲まれた。
凛「あんたか……」
未央「ばっちり捕まえたよ!」
僕「な、な、な、何の話だ!」
未央「とぼけたってダメダメ~!
あんたがしぶりんを尾行してるって
あたしは全部御見通し!」
早苗「二重尾行ですよ」
卯月「私たち、みんなで凛ちゃんの周りを見張ったんです。
そうしたら、あなたが現れたので
未央ちゃんにマークしてもらいました」
僕は彼女たちの術中にまんまとはまってしまった。
なんてことだ、囲まれてしまって逃げられそうもないぞ。
未央「ねえねえ、しぶりんの知ってる人?」
凛「うん。この人、実家の店によく来る人だよ」
未央「あんた! しぶりんに変な手紙出したでしょ!」
僕「う……」
凛「私に付きまとってるでしょ」
僕「うぐ……」
凛「言いたいことがあるならハッキリ言ったら」
僕「そうだ! 僕は手紙も出した! 尾行もしてる!
でも、それは凛ちゃんが好きで仕方がないんだ……」
凛「私を好きなのはいいけど、そういうことされると困る」
未央「あんたのやってること、完全にストーカーじゃん!」
卯月「凛ちゃんは怖がってますよー」
早苗「付きまとい行為は立派なストーカーです!
ストーカーは犯罪です!
あなた、それ続けていると警察に捕まりますよ!」
僕「そ、そんな……僕はただ……凛ちゃんに……」
凛「話は聞くよ。あんたの気持ち話してみてよ」
―――渋谷凛 ストーカーから話を聞く
僕「僕は凛ちゃんの事がずっと好きです。付き合ってほしい」
凛「ごめん。気持ちには応えられないし、付き合うのも無理」
僕「僕の事嫌いですか? 僕は魅力ないですか?」
凛「あんたの問題じゃなくて……
その、今は付き合うとか興味ないんだ。
アイドル活動のほうに専念したいから」
僕「そ、そんなあ……」
未央「しぶりんの気持ち分かったでしょ」
卯月「もう変な事しちゃダメですよ」
早苗「今回はこれで一件落着かな」
凛「私の気持ちも分かって欲しい」
僕「僕はどうすれば……」
未央「魅力的な女の子はしぶりんだけじゃないって!」
卯月「普通にファンとして応援するのはどうですか?」
早苗「どんな気持ちを持つのも自由だけど、
女性を怖がらせるような真似はしちゃダメだよ」
僕「うう……ごめんなさい」
――ストーカーの自宅
クソ! 昨日は最悪だった!
まさか僕が捕まるなんて!
その上、女どもから説教かよ!
僕を何だと思ってるんだ!
ストーカーだと? 僕の一途な愛が!
本田未央……。
あの出しゃばり娘、絶対に許せん!
得意気に「悪い奴を捕まえました」みたいなツラしやがって!
友達思いの善人面しやがって!
おまえは凛ちゃんの騎士にでもなったつもりか!
僕の至福のひと時を邪魔しやがって! 許せない!
あのちっこいくせに高圧的な女……
346プロのHPで調べたら、片桐早苗という名前だそうだが、
あのオバサンも許せん!
元警官だか何だか知らんが、偉そうに講釈たれやがって!
犯罪者扱いされて僕は誠に不快だ!
あいつ、完全に不審者を捕えた時の対応だったな! 許せない!
島村卯月……。
終始苦笑いを浮かべながら哀れむように見やがって! 許せん!
僕はそんなに哀れか!
ああいうのも一種の見下した態度だよな!
あんな乳臭いガキに哀れまれる男か僕は!
カマトトぶって僕を諭しやがって! 許せない!
そうだ、今度から凛ちゃんと一対一になれる機会に行こう。
――渋谷凛の実家の花屋
凛「またあんた!」
僕「おいおい、客に向かって『あんた』はないだろ?」
凛「い、いらっしゃいませ」
僕「贈答用の花を買いに来たんだ」
凛「何をお探しでしょうか?」
僕「アンスリウムを貰おうか」
凛は、アンスリウムの鉢植えをレジまで持って行った。
凛「1,980円です」
男は支払いを済ませた。
凛「お包みしますね」
僕「いや、包装はいらないよ。凛ちゃんへのプレゼントだ」
凛「はぁあ?」
凛の顔は困惑に染まった。
眉を八の字に下げ、目じりが下がった。
僕「アンスリウムは凛ちゃんの誕生花だし、
花言葉は『恋にもだえる心』なんだ。
君へのプレゼントにピッタリだろ?」
凛「いりません!」
僕「もうお金は払ったから、どうしようが勝手だろ」
凛「それじゃあ、お金はお返しします!」
僕「プレゼント……どうしても受け取ってくれないの?」
凛「プレゼントって、あんたねえ、うちの店の花でしょ!」
僕「一度買ったから僕の物だよ」
凛「プレゼントだとしても受け取れません!」
僕「えー、君が受け取るまで帰れないな」
凛の顔は困惑から怒りへと変化した。
凛「両親を呼ぶよ!」
僕「ははは! 今の時間帯、両親不在なのは調べ済みだよう」
凛「もう帰って! 帰ってよ!」
僕「プレゼントは受け取るの?」
凛「受け取るよ。
その上で返事させて貰うけど……
私はあんたのことが好きじゃない。むしろ大嫌い。
言っても理解してくれないし、話通じないでしょ。
しかも、迷惑な事ばかり私にしてくる。最悪だよ」
――ストーカーの自宅
凛ちゃんは僕にハッキリ言った!
「大嫌い」
ショックだ! 僕は狂おしいほど愛しているのに!
なんで……なんで……凛ちゃんに僕の気持ちは伝わらないんだ。
何故なんだ!
凛ちゃんは僕を睨みつけた。
眉間にしわを寄せ、喰いしばった白い歯をむき出しにして、
冷たく鋭い眼で僕を睨みつけた。
あんな怖い顔もするんだ……凛ちゃん……。
怒った顔も素敵だったけど、僕に怒らなくてもいいじゃないか。
僕の部屋にはダーツボードが置いてある。
そこには、本田未央と島村卯月と片桐早苗の写真を貼っている。
その三葉の写真はもう穴だらけだ。
僕はダーツの矢を写真へ向かって投げつけた。
写真に写った本田未央の額に命中。また穴が増えた。
イラついた時はこうして鬱憤を晴らす。
はは、楽しいぞ。
きっと、凛ちゃんは悪い女どもに騙されているんだ。
だから、ああいう事を言ってしまうんだろう。
この女どものせいだ! もっと穴だらけにしてやる!
まぁなんにせよ希望はあるよ!
嫌い嫌いも好きの内って言うじゃないか!
凛ちゃんは僕の事を気にかけてくれている!
嬉しいな~。またお店に行こう。
――渋谷凛の実家の花屋
凛「あ、また来た」
僕「僕はあきらめないぞ。
嫌い嫌いも好きの内だ。君は僕の事が気になっている
それは何時好きに反転してもおかしくない心だよ」
凛「どこまで楽天的なの?」
僕「好きの反対は無関心だからね」
凛「無関心でいたいけど、あんたがちょっかい出してくるから
うっとうしくて気になるだけだよ」
僕「そうして僕を認識する内に、チャンスがあるんだ」
凛「ダメだ。話が通じない。
おとうさーん! おかあさーん!」
凛に呼ばれて凛の両親が店先まで出て来た。
凛の父「あなたですか。娘から話は聞いてます」
僕「えーと、ご両親ですか……はじめまして」
凛の父「毎度お買い上げ頂きありがとうございます。
ですが、それとこれは話が別です。
あの、娘に構うのは止めて貰えませんか。
娘はまだ高校生なのですよ。
しつこくされたら怖がります」
凛の母「凛も困っております。
どうか凛の気持ちを汲んであげてください」
――ストーカーの自宅
凛ちゃんの両親が出て来てしまった。
あの様子だと店で行動は起こせない。
次に行動を起こしたら、本気で怒られるだろう。
それどころか、営業妨害と言われ警察を呼ばれかねない。
クソ! 凛ちゃんの両親まで僕の恋路を邪魔するというのか!
僕は悩んだ。
どうして凛ちゃんは僕に振り向かないのか?
悩むうちに一つの台詞を思い出した。
凛「あんたの問題じゃなくて……
その、今は付き合うとか興味ないんだ。
アイドル活動のほうに専念したいから」
そうか!
アイドル活動に夢中だから、そもそも男に振り向かないのか!
僕の問題じゃないって凛ちゃんも言っていたな……
だったら僕に振り向かせるには、どうしたらいいか?
答えはシンプルだ……
アイドルを辞めさせればいいんだ。
アイドル活動に嫌気が差せば、凛ちゃんはアイドルを辞める!
そうすれば僕にもチャンスがある!
――346プロ主催の握手会
未央「ねえ! しぶりん大変だよ!」
凛「どうしたの?」
未央「あいつが握手会の列に並んでる!」
卯月「どうしますか、凛ちゃん?」
凛「仕事は仕事だよ。ちゃんと握手する」
凛は仕事に臨む決意を固めて、
握手会の会場に立った。
凛「ありがとうございまーす!」
次々にやってくる客の手を握りながら、
順調に握手会をこなして行った。
ついに、あいつがやって来た。
それでも凛は笑顔を崩さなかった。
僕「来たよ~ 凛ちゃん!」
凛「ありがとうございますう!」
凛があいつの手を握ったとき、
掌の感触に違和感を覚えた。
凛「え? なんかベタベタするんだけど」
凛の顔は笑顔から怪訝な表情に変わった。
唇を真一文字に結んで少し眉をひそめた。
そんな凛を見ながら、あいつはにやけている。
何か満足げな笑みだ。
凛は、あいつの両手と顔を交互に見ながら、次第に不安が湧いて来た。
僕「三日かけて溜めた僕のジャム。濃いのがたっぷり出たんだよお。
凛ちゃんの事を想いながら絞り出しました」
これを聞いた凛は、一気に不快となった。
顔をしかめ、唇の左端が吊り上り、左まぶたが硬直した頬に押し上げられた。
凛「ち、ち、ちょっと御手洗いに行ってきます!」
そう叫んで駆け足でトイレに逃げ込んだ。
凛「な……なにこれ、生臭い……べたつく……白く濁ってる。
これって男の人の……嫌だ」
凛は、石鹸をたっぷりつけた手をこする。
凛「嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌」
泡だらけになった手を蛇口から出る流水に浸し、
さらに何度もこすり続ける。
凛「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」
どれだけこすって洗っても、汚れが取れない気がして来る。
凛「最悪だよ……」
握手会終了後。
凛は、怖くて恥ずかしかった。
それでも勇気を振り絞り、今日の出来事を、
卯月と未央とプロデューサーにだけ話した。
未央「げえ……きっつ……聞いているだけで吐きそうだよ」
卯月「本当に気持ち悪いですね」
P「大変でしたね、渋谷さん。私たちは再発防止に努めます」
凛「本当に気持ち悪かったよ」
プロデューサーは、あいつを出入り禁止にしてくれると言った。
握手会は勿論、イベント全般での出禁を決行するそうだ。
P「このような目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません」
凛「まさかあんなことするなんて、想像もしなかった」
――ストーカー自宅
ちくしょう! ちくしょう!
ちくちくちくしょう!
凛ちゃんに僕の愛情を塗り付けた行為に成功したものの、
あの一件以来、どのイベントに行っても入れないじゃないか!
僕を何だと思っているんだ!
何が芸能プロダクションだ!
何様のつもりだ!
イベント会場で僕の顔を確認した途端、
警備員がやって来るなんて!
毎回毎回、警備員に両脇抱えられて退場なんて!
もうダメだ!
僕は凛ちゃんに近付く機会を失ってしまった!
何とか凛ちゃんと繋がる方法はないものか……
そうだ!
近付けないなら撮ればいいんだ!
そう思い立った翌日、僕は貯金を全額下ろした。
そして、カメラとレンズを買った。
高感度撮影に強くて高解像なフルサイズ一眼レフ、
それと組み合わせて使う望遠ズームレンズだ。
これで凛ちゃんを観察するぞ!
――346プロ
P「あの、渋谷さん、島村さん、本田さん、ちょっといいですか」
Pの個室に呼ばれた3人は、
パソコンの前に集まるように言われた。
P「これなんですが……見てください」
「しぶりん観察日記」と題されたホームページだ。
そこに載せられた写真を見た凛は、戦慄した。
凛「これ、全部隠し撮りだよ……いつ撮られたの……」
涙を浮かべてわななく凛の肩に、未央が手をかけた。
未央「しぶりん……落ち着いて」
卯月「凛ちゃん、気を確かに」
凛「ねえ、ページを削除することは出来ないの?」
P「それが……海外サーバーを経由しているので、難しいんですよ。
苦情を出そうにも連絡先がありませんし」
凛「それじゃあ、私は黙って撮られ続けていろっていうの!」
P「警察には相談してみますが……どこまで出来るか分かりません」
しばらくの間、凛は視線に怯えながら生活した。
繁華街に出る時は、帽子を目深に被りサングラスをかけた。
家にいる時は、カーテンを全部閉めた。
とにかく人目が気になった。
街にいる時、落ち着かず周囲を見回した。
道を歩く時、時折振り返ることが習慣になった。
入浴中も誰かに見られている気がした。
電話も盗聴されている気がしたので、なるべく使わなかった。
ベッドの中でも恐怖に怯え、毛布を被って震えた。
夢の中でさえ、あいつが出て来て迫って来た。
眠れず、休めず、食事も喉を通らない日々が続いた。
そんな生活は確実に凛を消耗させた。
未央「しぶりん……最近、元気がなくて心配だよ」
卯月「凛ちゃん……」
凛は卯月と未央に感謝していた。
事務所の近くに出かける時は、未央がついてきてくれた。
卯月は凛と同じ行政区に住んでいるので、
通学やプロダクション通いに同行してくれた。
誰かがそばにいてくれるだけで、頼りになると凛は思った。
凛が不安におびえる生活に、終わりがやって来た。
346プロの要請で動いた警察が、
サイトの削除と管理人の逮捕に乗り出してくれたのだ。
逮捕された管理人は、やはりあいつだった。
逮捕後、あいつは概ね犯行を認めた。
予想外にも、あいつは、警察に協力的な態度を取った。
それが警察に安心感を与えた。
また、初犯であること、卑猥な写真は撮っていないこと、
自宅内の写真は撮っていない事から、
検察の判断は甘い物となった。
あいつが警察署に留置されている間、
つまり裁判官が起訴内容を決める前の段階で、事は起こった。
弁護士を通して、プロデューサーとあいつは取引した。
サイトを削除する事、渋谷凛につきまとわない事、
これらを条件に被害届を取り下げる、という取引だ。
あいつは取引を飲んだ。
そして、被害届が取り下げられたことから、起訴は免れた。
裁判官が起訴内容を決める前に、事件自体が法的に消滅したからだ。
結果的に、あいつは厳重注意のみで釈放された。
前科もつかなかった。
安心出来る生活の満足感を、凛は久しぶりに満喫した。
あいつが処罰されるか否かなんて問題は、
凛にとってどうでもよかった。
凛が求めていたことは、元通りの平穏な生活なのだ。
監視の恐怖に怯えなくて済む生活。
凛は喜ばしく思った。
卯月「凛ちゃん。解放されて良かったですね」
未央「今度、久しぶりにパーッと騒ごうよ!」
凛「卯月、未央、いろいろありがとう」
未央は雑誌を持ってきて凛に見せた。
未央「自由が丘にチョコレートが美味しいお店があるんだって!
今度の休みに一緒に行こうよ~」
卯月「いいですね! 私もご一緒させてください!」
凛「ありがとう。一緒に行こう」
――海岸を歩くストーカー
留置場から出た僕は、あてもなく磯辺を歩いていた。
荒涼とした景色が、今の僕の心に合っており、深く染み入った。
僕はもう凛ちゃんに会えない。
会う機会を失ってしまった。
一方的に眺める事さえ許されない。
写真を撮る事さえ許されない。
僕が接することが出来る凛ちゃんは、メディアを通した偶像だ。
そうなったにもかかわらず、僕の心から凛ちゃんを排除出来なかった。
いつも凛ちゃんが僕の心に浮かんで来る。
今みたいな状況になってから、それは酷くなった。
触れることが出来ない美しい凛ちゃん。
触れることが出来なくなった美しい凛ちゃん。
僕は、心の中に浮かぶ凛ちゃんの姿に苦悶した。
凛ちゃんの存在は僕を苦しめるようになった。
あんなに愛していた凛ちゃんと、
もう会えないなんて、もう触れあえないなんて……僕はつらい。
そんな現実を直視すればするほど、凛ちゃんへの想いは募って行った。
愛する凛ちゃんの存在は、いつしか僕にとって苦悶となった。
そんなアンビバレントな感情に潰されそうになった。
荒涼とした磯に吹く凛とした寒風が、僕を刺激した。
突如、僕の中に危険な想念が生まれ、増長した。
その想念とは、こうであった。
「凛ちゃんを壊さなければならぬ」
すいません、今日はここまでです。
続きは明日書きます。
――ストーカーの自宅にて
僕は、通販で凛ちゃんを捕獲する為の道具を買った。
まず、カランビット・ナイフ。
強力な切断力を誇る三日月形の軍用ナイフだ。
これをちらつかせれば、凛ちゃんは恐れおののくだろう。
それから、催涙スプレー。
トウガラシエキスが、しばらく凛ちゃんの視界を奪うだろう。
凛ちゃんの行動パターンは把握している。
人気のない公園の前を通ることを、僕は知っている。
そこで襲撃しよう。
茂みに連れ込んで、叫ばないように脅して、
まずは僕の話を聞いてもらうんだ。
壊すのはそれからだ。
待っていろ、凛ちゃん。
僕は凛ちゃんと決着をつけに行く。
君を破壊することで、僕は凛ちゃんを克服する。
君を破壊することで、凛ちゃんはずっと僕の物だ。
君を破壊することで、凛ちゃんは僕を忘れない。
――渋谷凛の自室
凛「今日は楽しかった」
凛は卯月と未央から貰った腕時計を眺めた。
元気を取り戻した記念に貰ったその腕時計は、
メタルバンドもケースも銀色で、凛に似合っている。
凛「そろそろハナコの散歩に行く時間だ」
凛は立ち上がった。
飼い犬のハナコにリードをつけて、
母親に挨拶してから玄関を出た。
裏手の住宅街を一回りしてくる事が、
ハナコの散歩の定番となっていた。
追われている頃、そのルートを歩くのは嫌だったから、
ハナコの散歩は父親に任せていた。
今はもう大丈夫だ。
夜道も安心して出歩ける。
大好きなハナコと一緒に散歩に出ることも出来る。
――公園で待つストーカー
凛ちゃんは、いつもこの公園で休憩する。
犬の散歩の途中、ベンチに腰かけて缶コーヒーを飲む。
僕は、凛ちゃんの日課を知り尽くしていたし、
凛ちゃんが几帳面であることも熟知していた。
凛ちゃんに会うためには、ここで待っているだけでいい。
僕は木の幹の陰に潜んだ。
凛ちゃんが来るまで、息を押し殺して待った。
誰も来ない公園なので、寂しい雰囲気。
青白い街灯が何本か立っているが、
公園全体は薄暗くて活気がない。
僕「来た! あれは凛ちゃんだ」
犬を連れた長い黒髪の少女が来た。
公園の前にある自販機で何か買ってから、
公園の中に入って来た。
リードをベンチの足に結び付けて犬を繋いだ。
犬を見ながら少女がベンチに座り込んだ。
間違いない。あれは凛ちゃんだ。
僕はマスクとフードを被ってから歩き出した。
凛ちゃんの口を押えた時、噛まれても平気なように、
厚手の革手袋を歩きながらはめた。
静かに歩みを進め、凛ちゃんに近付いて行った。
マスクとフードに隠れて顔が見えないせいか、
歩み寄る僕の事を気に留めなかった様だ。
凛ちゃんの目の前まで来て、僕は立ち止まった。
僕を見た凛ちゃんは、缶コーヒーを飲む手を止めた。
驚いた様子ではなく、口を半開きにして呆然としていた。
きょとんとした凛ちゃんに向けて、
僕は無言で催涙スプレーを浴びせかけた。
攻撃された凛ちゃんは、
缶コーヒーを地面に落とし、両手で目を覆った。
目頭を押さえながらむせっている。
凛ちゃんの目から涙がこぼれて来た。
僕は厚手の革手袋をした左手で凛ちゃんの口を押えた。
予想通り、凛ちゃんは噛み付いてきた。
だが、凛ちゃんの歯は革を噛むだけで、僕の手には届かなかった。
僕「騒いだら切り刻むよ」
そう言って僕は、
右手に持ったカランビットの刀身を凛ちゃんの頬に当てた。
冷たく硬い金属の感触が頬に伝わった事だろう。
僕「これが何だか分かる?」
凛ちゃんは目から手を除けた。
涙に濡れて真っ赤に充血した目は、
怯えているらしく焦点が定まっていなかった。
ベンチの脇に繋がれた小型犬が、けたたましく吠え続けていた。
僕はその犬を無視して凛ちゃんを立ち上がらせた。
僕は凛ちゃんを茂みの中まで歩かせた。
茂みの中にある開けた場所に辿り着くと、
凛ちゃんの背中を突き飛ばし地べたに這わせた。
起き上がろうともがく凛ちゃんの上に、
僕は馬乗りになった。
体をよじった凛ちゃんを、左手で押さえつけた。
僕は凛ちゃんの肩を掴んで、仰向けにした。
向かい合う体勢になった。
僕「久しぶりだね、りーんちゃん!」
僕の挨拶を聞いても凛ちゃんは黙っていた。
その視線は僕の顔に向けられていなかった。
不安そうな色で染まり切った凛ちゃんの目は、
僕が右手に持っている得物に向けられていた。
薄暗い中で鈍い金属光沢を放つステンレスの白刃……
かぎ爪状に湾曲したカランビットの刃……
そちらに向けられていた。
僕は、カランビットの刃先を凛ちゃんの眼前まで持って行った。
凛ちゃんは、鋭利な切っ先を注視している。
僕「これ、カランビットっていう軍用ナイフなんだ。切れ味抜群だよ。
騒いだらさ、凛ちゃんがフィレ肉になるよ!」
凛ちゃんは、目に涙を浮かべながら歯をがちがちと鳴らした。
――押し倒された渋谷凛の視点
凛は恐怖と混乱に震えている。
僕「ねえ、聞きたいことがあるなら聞いてきてよ。
僕さあ、今日は凛ちゃんと話し合いに来たんだよお」
凛は、震える声を発した。
凛「そ、そ、それが話し合いに来た人の態度なの?
女を刃物で脅すなんて、恥ずかしくないの?」
あいつは寂しそうな顔を見せた。
僕「だって、こうでもしないとさ、お話出来ないでしょ」
凛「お、脅したって無駄だから。大声出すよ」
僕「お? まだ自分の立場がよく分かっていなのかな?
そんなに僕の力が見たいのか……
抵抗してくる凛ちゃんが悪いんだぞ!」
凛のみぞおちに、あいつはパンチを振り下ろした。
凛「ゲホッ! ごほっ ごほっ……」
僕「本当は愛する凛ちゃんに乱暴な事したくないんだけど
今日は本気だからさ、暴力もやむをえないよね」
凛「ふ、ふざけるな……あんたどういうつもり……
私はあんたと話す事なんて何もない
こんなことする卑劣な弱虫なんかと……」
男は無表情になった。
そして、左手の平手打ちで凛の頬を叩き始めた。
僕「この……分からず屋! 分からず屋! 分からず屋!」
あいつは何度も何度も凛の頬を叩いた。
すると、凛はか細い声で懇願し始める。
凛「やめて! 許して! 話はちゃんと聞くから!」
凛の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
僕「な、分かったろ? 女は男に力で勝てないって。
僕のほうが強いんだ。僕は弱虫なんかじゃないんだよお!」
鼻を鳴らしながら、凛は泣き続ける。
僕「へえ、クールな凛ちゃんも大泣きするんだね。
意外な一面を見ることが出来て感激だなあ」
口答えする気力すら失い、凛は黙って男の話を聞き続けた。
僕「もっと抵抗されるかと思ったよ。
叫んだり、大暴れしたり、顔につばを吐きかけてきたり、
そういう激しい抵抗を予想していたんだ。
それが、実際に押し倒してみたら……
こんなものかと拍子抜けだよ。
やっぱり凛ちゃんも女なんだね。
普段は強がってるけど、本当はか弱い乙女なんだねえ」
あいつは満足そうな笑みを浮かべた。
僕「さあ、一緒にお話しましょう」
すいません、今日はここまでです。
アニメ版シンデレラガールズのDVDを借りに行ってきます。
得体がしれない者や理由が分からない対象に、人は恐怖を感じる。
凛はこいつが何を考えているのか知りたくなった。
少しでも恐怖をやわらげる為にだ。
凛「な、何が目的なの? キスがしたいの? エッチがしたいの?」
顔を赤らめながら凛は訊いた。
僕「やれやれ……
僕をレイプ魔か何かだと思ってるのか?
そんな低俗な性犯罪者と同列に扱わないでくれ」
それを聞いて少し安心した凛は、別の質問を投げ掛けた。
凛「……ただお喋りがしたいだけ?
話相手になる位なら引き受けるよ。今回の事は目を瞑る。
だから、家に帰してよ……お願い」
僕「違う! 僕は凛ちゃんを克服するんだ!」
凛「克服? 私を?」
凛は訳が分からなくなった。
僕「僕は凛ちゃんを壊すんだ!」
凛は固唾を飲み込んで緊張した。
凛「……まさか、[ピーーー]気?」
僕「おいおい。今度は僕を殺人鬼だと思っているのか。
テッド・バンディみたいな快楽殺人者だと思うの?
やれやれだ……。
殺して楽しいとは思わないし、殺そうとも思わないよ。
殺しちゃったらさ、むしろつまらないと思うんだあ」
凛「じゃあ何なの? 意味が分からない」
僕「僕は凛ちゃんを生かしたまま切り刻む。
凛ちゃんの美を損ねるんだ。
凛ちゃんの魅力を僕がずたずたにする。
そうすることで、僕は凛ちゃんを断ち切れるんだ!
僕はもう凛ちゃんで迷うことはない!」
凛「な、何を言ってるの? 正気じゃないよ!」
僕「凛ちゃんは放って置いても劣化する。
男を知って女になる。年老いて醜くなる。
時が凛ちゃんの美を奪っていくんだ。
そうなる前に僕が美に終止符を打つ。
時なんかにやらせない。僕がやってやる!」
凛「そんな! あんたの勝手に付き合ってられないよ!」
僕「僕は僕の手で凛ちゃんの美に決着をつける。
それは僕の手で行いたい事だし、
時が美を奪うのを待てるほど気長じゃない。
もうね、凛ちゃんの美が僕の中で重圧になっているんだ。
凛ちゃん……君のことを想わずにいられない。
でも、それが僕にとってね、とても苦しい事なんだ。
我慢できない。待てない。僕自身の手で終止符を打ちたい。
僕は……僕は……凛ちゃんと決着をつける!
凛ちゃんの美を損なうことで、君を無価値にすることで、
僕は凛ちゃんと心から決別できるんだ!
そうすれば君を愛さなくて済むし、君への想いが浮かばなくなる。
苦しい想いを断ち切るには、愛する君を壊さなければ!」
凛は、そんな話を聞きながら気が遠くなりそうだった。
凛「私が……あんたをそこまで追い込んでると言うの……」
僕「君の美しさ自体が罪なんだよ。僕を苦しめる」
凛「そんな……あんたの勝手な思い込みだよ。
私には何の責任もない。責められても困る。
私があんたの重圧だとしても……
だからってあんたの思い通りになんかならない!
あんたの歪んだ願望に付き合い切れないよ!」
あいつは無表情になった。
僕「これだけ言っても分かってくれないのかあ。
もう話し合いはおしまいだね。
そうだ、僕のアイデアを聞いてほしいんだ」
凛「アイデア?」
僕「凛ちゃんの目をね、えぐり出そうかと思ったけど、それは止めたんだ。
だってさ、見えないとつまらないだろ?
切り刻まれた顔、そこに向けられる視線、分かって欲しいからね。
きっと切り刻まれた凛ちゃんは鏡を避ける。
でもさ、顔を映すものはそこいらにあるからね。
君は、不意にでも自分の顔を見なければならないだろ。
それにさ、他人からの視線を感じると、君は醜さを実感出来るだろ。
そうしてね、美を損ねたことを噛み締めて欲しいんだあ」
あいつは満面の笑みで笑った。
卯月に負けないくらいの楽しそうな笑顔だが、
卯月とは全く異質の笑顔だと思えた。
不気味なほど輝く目……狂気を映し出す笑顔……
笑顔の種類にも色々あるものだ、と凛は思った。
凛「サディスト……いかれてるよ……」
あいつは凛を無視して「アイデア」を話し続けた。
僕「そうだなあ、どこから手を付けようかなあ。
背伸びしてピアスなんか付けちゃってる耳……。
そんな耳から削ぎ落とそうかなあ。
いや、鼻を削ぎ落すのもいいかもしれないなあ。
凛ちゃんは鼻筋が綺麗だもんな」
凛「やめて……」
あいつは左手で凛の頬を撫でまわした。
凛は、頬に5匹の虫が這っている様に感じ、気持ち悪くなった。
僕「綺麗なほっぺだね。
きめ細かくてすべすべだ。若い娘の肌は綺麗だよ。
凛ちゃんは線が細いけど、ほっぺは意外に柔らかいねえ。
そうだなあ……
このほっぺをズタズタに切り裂こうかなあ」
あいつは凛の頬を強く摘まんだ。
凛「やめて! お願いだから! やめて!」
凛は身を捩って抵抗した。
僕「おや、抵抗が無駄だって、まだ分からないのかな?
うーん状況が見えてないなあ。
そうだ、まぶたを切り開いてやろうか?
見通しがよくなるぞ。
よく見えるようになるぞお」
凛「もう……やめて……」
その時、凛の耳に聞きなれた呼び声が聞こえてきた。
凛の父「りーん! どこだー! 近くにいるのかー! 」
凛の母「どこにいるのー!」
両親の声を聞いた凛は、渾身の力で叫んだ。
凛「助けてーーーーーーーーーー!」
凛の父「凛! 今行く!」
あいつは、凛の父の方を向きながら狼狽した。
しかし、すぐに凛のほうへ向き直った。
僕「こうなったら……一太刀でも浴びせてやる!」
あいつはカランビットで凛の顔を切りつけようとした。
あいつの頭上に上げられた白刃は、
弧を描いて左斜め上から凛に襲い掛かった。
凛は左手をとっさに上げた。
カランビットは凛の左手に当たって止まった。
凛は左手首に鋭い痛みを感じた。
僕「くそ! 切れない!」
あいつはもう一度カランビットを振り上げた。
しかし、刃は振り下ろされなかった。
あいつは勢いよく吹き飛んで凛の右側に倒れた。
凛の目の前には、拳を振り下ろした凛の父が立っていた。
凛「お父さん!」
凛が倒されたあいつを見ると、
痙攣しながら伸びてしまっていた。
パトカーで警察に連行される男を眺めながら、凛は父に訊ねた。
凛「お父さん……来てくれてありがとう。
でも、どうしてココが分かったの?」
凛の父「帰りが遅いからハナコの散歩ルートを探して周ったんだ。
そうしたら、いつも寄る公園にハナコがいた。
ベンチに繋がれたまま吠え続けていたから、
おかしいと思ったんだよ。
まさかと思ったんで、凛を必死に呼んだ」
凛の母「ハナコは凛を助けようと思っていたのかもね」
凛「あとでハナコにも礼を言わなきゃ」
凛の父「あんなのに襲われて……ぞっとしたよ」
凛の母「怪我したんでしょう?」
凛は、右手に持ったハンカチで左手首を押さえている。
凛「家に帰ったら包帯を巻くよ」
家に帰った凛は、傷にガーゼを当てて包帯を巻いた。
巻き終わる頃、凛の母が温かい野菜スープを持ってきてくれた。
凛「なんか、家に帰ってこういうの飲むと落ち着くよ」
事件後、凛は一週間ほど学校とアイドルレッスンを休んだ。
休養を取ったほうが良いと言う両親が休ませた。
休養の5日目に、未央と卯月が凛の部屋にやってきた。
卯月「凛ちゃん。無事で何よりです」
卯月は目に涙を浮かべながら凛にしがみついた。
未央「あいつが捕まって本当に良かった。
しぶりん。今度こそ安心して暮らせるね!」
凛「卯月……未央……心配かけさせてごめんね」
卯月「怪我は大丈夫ですか?」
未央「そうそう! 手首を切られたって聞いたよ!」
凛「大した傷じゃないから、すぐに治るし跡にもならないよ。
そうだ、二人にはお礼を言わなきゃ」
凛は卯月と未央から貰った腕時計を持って来た。
メタルバンドには真新しい傷がついている。
凛「この腕時計がナイフの刃を止めたんだ。
だから、大怪我をせずに済んだ。
なんだか、卯月と未央に守られた気がするよ
卯月。未央。
本当にありがとうね。」
――346プロ
休養が終わってから、凛はプロデューサーと話した。
P「この度は大変なことになりましたね。
私たちがお守り出来なかったのは残念です。
それと……ストーカーを甘く見過ぎていました。
もっと厳しい態度で接していれば、
こうはならなかったかもしれません」
凛「プロデューサーは悪くないから」
P「今後、ストーカー行為には更に厳しい態度で臨みます」
凛「そうしてほしい。他の子の為にも」
P「このようなことがあって……その……
今後もアイドルを続ける事は出来そうですか?」
凛「大丈夫。アイドルは続けるよ」
P「渋谷さんは強い方ですね」
凛「ここでアイドルを辞めたら、あいつの思い通りになる。
それは私が納得出来ないから!
私はあんな奴に負けない。
私の思い描いた未来を実現するように頑張る。
だから、アイドルは続けるよ!」
―完結―
レスで指摘された疑問点について、
簡単にお答えします。
>設定の甘さ
法律関係の設定の甘さなどは、確かにあります。
構想~執筆まで数日程のSSでしたので、
そこらへんは詰めが甘かったかと。
>ストーカーへの対応が甘い
厳しい対応で臨めば、最初の手紙連続投函の時点で警察沙汰です。
しかし、そうしてしまってはストーカーが暴れられませんからね。
追い詰められたストーカーが狂ってしまい、しぶりんを追い詰める。
追い詰められたしぶりんは、ストーカーと対峙して恐怖を克服する。
そういう所を描くため、恣意的にストーカーへの対応を甘くしました。
>金閣寺との類似性
ご指摘の通り、このSSは小説「金閣寺」の影響を受けています。
金閣寺では愛憎から来る狂気が建築物に向かいましたが、
このSSでは人物(しぶりん)に向かわせています。
美を壊したい狂気が向けられたとき、
向けられた対象が意志を持って抵抗したらどうだろう……という発想で書きました。
最後に、読者の方へ。
読んでいただきありがとうございました!
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