男「何だアンタは」
男「なに…? 何処でその話を聞いた……」
男「……ふむ」
男「答えたくなければそれでいいさ、アンタの目を見れば大体分かる」
男「お嬢さん二人で俺みたいな独り者の家に来るというのも、まぁ悪くない話だ」
男「来るといい、茶を出そう」
男「ウチは少し町から離れるが構わないな? ……ん、魔法で飛べるだと?」
男「遠慮しておこう」
男「これでも俺は年寄りでね、歩いていたいんだ」
男「さて……アンタらの聞きたがっている女の話を歩きながらしようか」
男「あれは……今から800年ほど昔の事だったか……」
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……齢はたしか、あの当時は59になっていた頃だったか。
俺は昔に存在していた小さな国で騎士をしていてな、爵位を持っていた。
とはいえそこまで女に興味もなく、物欲もなく、戦いに飢えていた訳でもなく。
恐らくどんな貴族よりも俺は質素で、つまらない暮らしをしていたのだろう。
領地の管理は他の有力な貴族に明け渡し、そもそも財産を持たない様な俺ではとても貴族仲間として認められる事は無いだろう。
無駄に歳を重ね、残り短い人生を安いエールでも飲みながらぼーっと考えている毎日。
きっと俺の死に場所は村の酒場だったのだろう。
だがそんなある日だ、俺が酒場でうたた寝をしてから外へ出ると雨が降っていた。
老騎士「……ツイてないな」
< ザァァ・・・!
老騎士(雨ノ魔女が降らせているのかと思う程に降ってやがる、老体にこの雨は堪えるな……)
< バシャッバシャッ……
老騎士「ぁぁ……寒いな」
老騎士(錆びが酷くなっていた剣が、更に酷くなっちまうな……こりゃぁ)
老騎士(ん……?)
黒外套?「……」バシャバシャ
老騎士(こんな雨の夜になんだありゃ)
老騎士(……腰のあれは…ショーテル、か?)
黒外套?「貴公がこの地に古くから存在するギネヴィア家の末裔か」
老騎士「おう」
黒外套?「ここで死ぬか、お前の持つ屋敷を渡すか……選べ」シャキィ……
老騎士「おいおい……」チャキッ
老騎士(賊の類、或いは俺の先代達との戦いで生まれた敵か)
老騎士(若いな……しかも、強い)
老騎士(盾も鎧も、若さが持つ力強さもない……俺に勝てるわけねぇな)
老騎士「かかってきな……ッ」バシャバシャッ
黒外套?「逃げるのか老騎士」ザバッ
老騎士「こんなジジイと追いかけっこも出来ねえのか最近の若いのは、だらしねぇなぁ!?」バシャバシャッ
黒外套?「く、貴様ァ!」
老騎士(侮辱されて怒るか、となりゃ騎士同士の果たし合いがお望みの血統の因縁相手……ってとこか?)
老騎士(雨で足場が悪い、向こうもそれは条件は同じだが……)
老騎士(まいったな俺はもうここ何年も戦場から縁が無かったってのに)
老騎士(せめて満月の夜に老騎士死す……とか詩みたいな死に方が良かったなぁ、こんなデブの老いぼれが雨の中で殺されるんじゃなくてさ)
老騎士(まぁ、やるからには腕の一本は貰ってくが)バシャバシャッ
黒外套?「待てクソジジィ……!!」バシャバシャッ
< ザブゥッ!
黒外套?「っ……!?」ガクンッ
老騎士(今だな)クルッ
老騎士「おら、小銭だ受け取んな!」ジャラッ!
< ジャララァッ
黒外套?「ゥッ……! 貴様、俺を嘗めて……ッ!?」
老騎士「誰がショーテルなんざ片手に追ってくる奴を嘗めてるってぇ!?」バッ
< ガキィンッ!!
老騎士(ッ……! こっちが奇襲かけたってのに、こいつこれだけ重い剣を振れるってのか……!)
黒外套?「死ね! 死ね! 騎士の恥晒しが! 死ねぇ!!」ビュガガガッ
老騎士「ぎゃ……ぐぁああああっ!!」ズバァッ
< ドシャッ……!
老騎士「ぅ……ゥグ…」
黒外套?「手こずらせてくれるっ、おいデブジジイ……お前の屋敷の何処に金塊を隠している、言え」
老騎士「……ぁあ? 金…塊だと……」
黒外套?「80年前に我が家から奪った物だ、貴様の屋敷に代々隠されている」
黒外套?「言え、さもなければ苦しんであの世へ行くことになるぞ」ぐいっ
< ザクッ!
老騎士「ぎゃぁああああ!! ぁぁ、知らねぇ! 俺は何も知らねぇんだよぉ!」
黒外套?「……」グリッ…
老騎士「ぁあああぁああっ!!?」ズキッ
老騎士「げほっ、ぐぅぅうっ……誰か、誰か助けてくれ!! 金もやる! 何でもくれてやる! だから誰か……!」
黒外套?「……もういい死ね」ズボッ
< ズバァッ
────────── ザァァァ・・・
老騎士「……コヒュー……コヒュー…………」ガクガクガクッ
……一通り痛めつけて、最後に俺が喚き始めたらその黒外套の男は俺を切り捨てたよ。
腸を雨に晒し、顔を泥に晒し、恥を晒し。
目が見えなくなって、雨の音しか聴こえない中で俺は死ぬと思った。
全身が痛みとよくわからねえが……震えちまってんだ、あれは助からなかった、間違いなく。
目の前がどんどん真っ暗で落ちていく感覚になるんだ。
それでな、ここからいきなりだが……誰もいなかった筈のそこに女が一人現れたんだ。
目が見えなかったのに、死ぬ筈だったのに、唐突に俺の目にはその女が映り込んだんだ。
雨に濡れてんのに、平然としててな、しかもそれでいて……その女は俺が見たこともねえくらいに美しかった。
それがあいつ、俺のメイドとの出会いだ。
メイド「……まだ痛みますか?」
老騎士「……………あ…?」
老騎士(……侍女服…?)
メイド「私の声は聴こえていますね」
老騎士「……」コクン
メイド「では契約内容を確認しますが、それの説明は省きますか?」
老騎士「何を言っている……」
メイド「私に名前はありません、私には帰る場所も知り合いも友人もいません」
メイド「貴方を、私の主人としたいのですが宜しいですか」
老騎士「……」
老騎士(体の痛みが消えつつある、その上……なんだこの女は)
メイド「お願いです」
老騎士「……!」
メイド「私をお使い下さい、道具として」
老騎士「……何だお前は」
メイド「私は貴方のメイドであり、道具です」
老騎士(メイド……だと?)
老騎士(人の体を弄くれる魔法で、傷を治して黄泉を渡らせまいと導く効果を行使する……ただのメイドだと?)
老騎士「何者だ……俺の死に顔を拝みに来た悪魔か、魔女か…?」
メイド「悪魔ではありませんが、魔女です」
老騎士「使えと言ったな、言葉のままに捉えて良いのかそりゃ……本当なのか」ムクッ
メイド「ええ」
老騎士「随分突飛な話じゃねえの、侍女にしか見えねえが今俺が生きてる事が何より人間離れしてる証拠か」
老騎士「……さっきまでいた男は何処行った」
メイド「貴方の屋敷へ向かいました」
老騎士「なに? お前さん、俺の屋敷が分かるのか」
メイド「ええ、今朝貴方を見かけたので」
老騎士「…………」
老騎士(俺の事を見ていやがったのか、何なんだこの女)
老騎士(それよかどうすんだ? さっきの奴を捕らえて貰うために近場の領主に助けを乞うか?)
老騎士(つってもこの夜更けで、雨だ……今や大した知り合いも俺にいねえとなりゃ私兵は出して貰えねぇ)
老騎士(……)チラッ
メイド「……」
老騎士(『魔女』と言ったが……本物なら俺の手に負えねぇ、伝説上に生きるヤバい奴だ)
老騎士(それに子供でも知っている事だ、『魔女は好んで人間の前には現れない』)
老騎士(だがそれでも俺を救ったのも事実、そして魔女にも『救済ノ魔女』なんて例外がいる)
老騎士(……だがあんな屋敷の為にさっきの奴とやり合うのもな)
メイド「……冷えませんか」
老騎士「んぁ?」
メイド「貴方の齢ではこの雨は冷えませんか、私が治したのは貴方の傷と一部の状態だけです」
老騎士「……」
老騎士(見れば見るほど良い女だ、決して悪くない……独占したくないと言えば嘘になる)
老騎士(だがコイツが『魔女』だとしたら……)
老騎士「屋敷に帰る、だがそこには招かれざる客がいるわけだ」
メイド「そのようですね」
老騎士「お前をメイドとして雇いたい、回復が出来るならば傷つける魔法も使えると見たが、どうだ」
メイド「可能ですが、細かい調整は私の判断で行います」
老騎士「死ななければ何をしても良い相手だ、だが屋敷は壊すなよ? 特に屋根だ」
メイド「……」ペコリ
< フッ
老騎士「っ……!?」
老騎士(消えた……だが微かに誰かの気配、息遣いが雨で分かりにくいが感じる…)
老騎士(いるのか、俺の傍に)
< ザァァ・・・
< ジャブッジャブッ……
老騎士「……やっと屋敷に着いたぜ、流石にこの雨の中を移動すんのは堪えるな……」
老騎士「…ゼェ…ゼェ……」
< フッ
メイド「先ずは着替えましょうか、主」
メイド「体温が下がり危険な状態です」
老騎士「……」
メイド「……何か?」
老騎士「魔女なら服を綺麗にしたり暖められるんじゃねぇのか…?」
メイド「私はそういう魔女ではないので」
老騎士「そういう魔女って何だ」ヨロヨロ
メイド「先ずは着替えましょう」
────────── ガチャッ……キィィ……
老騎士(……五十年近く独りで住んでたこの屋敷に、女を入れる日が来るとはな)
老騎士(それも魔女で、希望して俺のメイドになった奴か)
老騎士(色々思うところはあるがどうせさっき死んでる筈の命、どうにでもなりゃいいか)
メイド「服はどちらに?」
老騎士「二階の寝室だ、そこのエントランスの階段を上がって西側の通路奥だ」
メイド「侵入者の足跡もそちらに続いていますが」
老騎士「マジか……」
< ガチャンッ ガシャァッ
メイド「荒らしていますね」
老騎士「寝室だぞ……勘弁してくれ」
メイド「どうしますか」
老騎士「聞くが」
メイド「はい」クルッ
老騎士「お前が本当にあの『魔女』なのか、俺は気になっている」
老騎士「どうなんだ」
メイド「証明できる程の能力を有した魔女ではありません、私は」
老騎士「そうなのか? 魔女ってのは天をも割れる存在だとばかり……」
メイド「故に、私を道具の様に扱って貰って構わないのです、それが私の在り方なのですから」
メイド「貴方の手元に在るのは、扉を開く鍵であり、敵を切り裂く刃でもあり、貴方を守る盾でもある」
メイド「使い方はお任せします」
老騎士「……」
老騎士「寝室にいる男を二度と来れないようにして叩き出せ」
メイド「……」ニコリ
老騎士(なんて顔をしやがる……)ゾクッ
────────── ガチャッ……キィィ……
男「歩かせてしまったな、ここがその屋敷だ」
男「話の続きは茶でも飲みながらしよう」
男「ん? メイドがどんな表情をしていたのかって?」
男「綺麗な顔で微笑んだよ、それが俺にはとても不気味で……可哀想に見えちまったのさ」
男「何でかは分からないんだがな?」
男「ただ、俺にはあの時のアイツが本心から笑ってる訳ではないとしか思えなかった」
男「やっぱり『魔女』だよあのメイドは、年寄りをここまで虜にしちまう位に不思議な魅力を持ってるんだから」
男「そして……お嬢さん二人もアイツと同じ、『魔女』なのだろう?」
黒髪魔女「……分かるんですか?」
金髪小魔女「分かる人間には分かるという事じゃないかしら、でしょう?」
男「ああ」
男「黒髪のお嬢さんも、小さなお嬢さんも、アイツと同じ空気を纏ってる」
男「伊達に800年も待ち続けてないさ、惚れた女を……」
黒髪魔女「……」
黒髪魔女「早く続きを聞きたいので、その……中に入りましょう?」
男「ああ」くすっ
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