凛「キャスター?ハズレじゃない!」ちょびひげ「あ、そう。」(344)

凛「時間は完璧だったし、報告ではセイバーかアーチャーのはずよ」

男「そう仰っられても困りますね。」

男「大体、先ほど召喚は荒すぎではないでしょうか。天井から落とされるとは思いませんでしたよ。」

男「あーあー。私の口ひげが台無しですよ。腰も痛いです。」

凛「うるさいわね。ちょっと失敗しただけじゃない」

凛「それに英霊なら少し高いところから落ちても大丈夫でしょ?」

男「私は耐久には自信ないんですよ。ちゃんとステータス確認しましたか。」

凛「あ」

男「私を使役するのですから、せめて私の状態くらい把握していただかないと。」

凛「わかったわよ、もう。口うるさいわね」

ステータス
筋力E 耐久D 敏捷E 魔力B++ 幸運A+ 宝具A++
クラス別能力
対魔力A+ 単独行動E-

凛「ちょっと待ちなさい」

男「はい、なんでしょうか。」

凛「貴方、アーチャーでしょ」

男「・・・・・・」メソラシ

男「いえ、キャスターです。」キリッ

凛「あんたねえ…」

凛「対魔力と単独行動を持つ英霊が、キャスターなわけないでしょ!」

男「ここにいます。」キリッ


凛「令呪を持って命じる。アーチャー…」プルプル

男「わわわ、待ちなさい、お嬢さん。早まってはなりませんぞっ

凛「うるっさい!私に嘘をつくなーーーーーーーっ!」

ドーン

男「痛い痛い痛いです、わかりました、実はアーチャーです、嘘はつきませんから勘弁して下さい。」

凛「それで・・・、貴方の真名を教えていただけないかしら」フーッフーッ

男「君は失礼だね。まずは自分から名乗り出るのが礼儀だろうに。」

凛ギロッ

男「おっと、怖い、怖いですよ。実は召喚が乱暴なせいで自分が誰だか、正確に思い出せないのです。」

凛「はぁっ?貴方、自分が誰だか分からないっていうの?」

男「いえ、まあ、そうなのですが。」

男「一応、王様まがいのことをしていたはずです。」

凛「いやいや、貴方、自分の真名を思い出さないと宝具も満足に使えないじゃない」

凛「はあ・・・とんだハズレサーヴァントを引いてしまったわ」

男「申し訳ないですね。」

凛「まあいいわ。とにかく、貴方が自分が誰だかわかるまで派手には動けないわ」

凛「とりあえず、部屋を片付けてちょうだい」

男「一応、私、王様なんですけど。ああ、そんな怖い目で見ないでください!わかりましたから!」

男「ところで、貴方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」

凛「遠坂凛。凛と呼んでくれて構わないわ。」

男「では、凛さん、と。ご覧のとおり頼りないサーヴァントですが、誠心誠意、お使え致しましょう。」

凛「なんだか、当てにならないわね・・・」

凛(ん?)

ステータス
筋力D 耐久C 敏捷D 魔力B++ 幸運A+ 宝具A++

凛(ステータスが強化されてる・・・?私、何かしたかしら・・・)

凛(宝具以外、弱いことには変わりないけどね。)

凛(背は高くないし、猫背だし、ちょびひげなんか生やしてるし。心配になってきたわ)

学校・屋上(昼)

凛「学校に結界が張られているから、なんとかしないと」

男「学校に登校したのが不用心だったのですよ。」

凛「だって、まさか学校にマスターがいるとは思わないじゃない」

凛「聖杯戦争は秘匿すべきものよ。それが堂々と学校を襲うなんて、よほど切羽詰まってるのかしら」

凛「一般人を巻き込むなんて、三流の魔術師のすることよ」

男「一般人の被害を防げる可能性が生まれたのは良いことですが、」

男「すでに、凛さんの身に危険が及んでいます。ここは一旦退くべきでしょう。」

凛「あら。危険から私を守るために貴方がいるのではなくて?キャスター」

男「何事にも万が一ということがあります。」

男「想定外のことが起きている以上、慎重に行動すべきです。」

凛「キャスターの言い分は分かったわ。でも、誰かが一方的に力を付けるなんて許容できないじゃない」

凛「事態は悪くなる前に行動したほうが良いと思わない?」

男「ですが。」

凛「とにかく、私のことはキャスターが守ってくれさえすればいいの」

凛「まずは、結界の調査を優先しましょう」

男「・・・・・・わかりました。凛さんがそのように仰るのなら、従いましょう。」

学校・屋上(夜)

凛「何個か魔法陣を見つけて遅らせることはできたけど、作動させないのは無理そうね」

男「そうですね。これはかなり古い魔術です。」

男「解除しようと思えばできないこともないですが、リスクに見合わないでしょう。」

凛「結界に関しては打つ手はない、ということね」

男「いえ、これはある種神殿のようなものですから、使用者はかならず結界の中に現れると思います。」

男「危険ですが、私の対魔力なら耐えられるでしょう。そこを捕捉すれば、被害は出ないかと。」

凛「あら、随分と好戦的なご意見ね。珍しいじゃない」

男「ええと、その、マスターのご意向ですから。」アセアセ

凛「ふふっ、わかったわ、キャスター」

男「凛さん。少しまずいことになりました。急いでここを離脱しましょう。」

凛「え?」

男「早く!!」

男は凛を抱えると、屋上から飛び出す。
その数瞬の後、男が立っていた地面が大きく抉られる。

ランサー「ちぃっ。逃げ足がはええな。逃げられると思ってんのか。」


学校・校庭(夜)

凛「ああ、もう、離しなさいよっ」

男「分かりました。」

男「申し訳ありません。敵は私の想定よりかなり足が速いようです。」

凛「戦うしかないわね。キャスター、ここで何とかするわよ」

男は凛を下ろすと、後ろを振り返った。

ランサー「ほぅ。魔術師風情が外を出歩くとは、呑気なものじゃねえか」

ランサー「ここで出会ったのが運の尽きよ。大人しくしてくれたら苦しまずに済むぜ」

男「これはこれは。そう仰る貴殿はランサーとお見受けします。」

男「その赤い槍と、私が感知し、貴方がここに来るまでの時間。」

男「かくも足の速い槍兵は、この世に3人いるかどうか、といったところですか。」

ランサー「俺のことを知っているのは嬉しいねえ。こちらじゃ有名じゃなくてよ」

ランサー「良いぜ、気に入った。得物を持つ時間くらいはくれてやる」

男「いえ、これで十分です。」

ランサー「そうかい」ダッ

ランサーが一気に距離を詰めてくる。
キャスター相手に遅れを取ることはない。しかし、接近戦ならばより有利に戦いを運べる。
キャスターは、明らかに、遅い。

ランサー「もらった!」

ランサーの槍が突き出される。が――
それは空を切った。そらされたというべきだろうか。

自分とキャスターとの間に、一体のサーヴァントが唐突に現れていた。

ランサー「誰だ、テメエ。」

「坂本龍馬、といったら聞いたことはあるがでが。」

ランサー「もらった!」

ランサーの槍が突き出される。が――
それは空を切った。そらされたというべきだろうか。

自分とキャスターとの間に、一体のサーヴァントが唐突に現れていた。

ランサー「誰だ、テメエ。」

「坂本龍馬、といったら聞いたことはあるがでが。」

ランサー「ちっ」

ランサーは大きく後ろに距離を取り、思案する。
敵は、その場に突然現れていた。
少しあたりを見回したが、その場に魔術が展開されたような痕跡はない。
だとすれば、これは――

ランサー「なるほど、これがテメエの宝具ってわけかい」

男「さて、どうですかね。私がセイバーと同盟を組んでいるかもしれません。」

男「何がともあれ、術中に落ちたのは貴方です。」

男が構え、ブツブツとつぶやく。

ランサーは動かない。突然サーヴァントを召喚するような相手なら、慎重に戦ったほうが良い。
自身の持つ対魔力のスキルは直接的な作用にしか効かない。
仮に、坂本龍馬と名乗る男に斬られれば、それは致命傷となるだろう。
しかし、大魔術の類なら対魔力が効く。受け止めて、隙をつけば良い。

凛(やっぱりこいつ、何か隠してるわね。真名を忘れて宝具が使えないなんて嘘じゃないの)

凛(でも、令呪の縛りが効いてる様子はないわね・・・)

凛「え?」

凛の魔力が大きく消費された。アーチャーがさらに何かしようとしている。

凛「ちょっと、何勝手に――
轟音が鳴る。そして、目の前の光景に言葉を続けることはできなかった。

銃剣を担いだ兵隊が校庭に並ぶ。数は優に100人を超えている。
凛が見る限り、それらは全員サーヴァントのようだった。そんなことがありえるだろうか。
兵が機関銃らしきものを即座に配置すると、小隊から怒号が飛んだ。

「第一戦銃小隊、欠員なしであります。」
「第二戦銃小隊、欠員なしであります。」
「第一弾薬小隊、準備出来てるであります。師団長殿、指示をお願いするであります。」

師団長と呼ばれたカイザル髭の男が剣を構える。
勲章が胸に所狭しと並んでいるのが印象的だ。

唖然とするランサー。しかし、相手の行動を見ると思い出したように槍を構えた。

ランサー「テメエ、やっぱりキャスターじゃねえな。さしずめ――」

師団長「打ちー方、はじめー!」

機関砲がうねりをあげる。長銃のおまけつきだ。

ランサー「アーチャーってとこかああああああ!?」


凛(なにこれ。反則じゃない・・・)


男「ふむ。」

凛「なんなの、あのサーヴァント・・・」

凛が信じられないという目でランサーを見つめる。
すさまじい速さで動いているため、姿が朧げにしか見えない。
しかし、ランサーは全ての銃弾を躱しながら、確実に前進していることだけは分かった。

男「単純な身体能力では説明がつかないですね。あれは。」

男「陸運殿、どう思われますか。」

師団長「案ずるな。前に進んで来る限り、いずれは仕留めよう。」

師団長の言葉通りである。
弾幕は兵に近づくほど濃くなっていく。
槍が届く範囲まで接近することができれば、戦いになる。
しかし、そこまで近づく事、それ自体が不可能――

凛「ランサーが退こうとしないってのは、不自然ね」

男「間違いなく、切り札があります。本来の目的に戻りましょう。」

男「撤退の準備です。」

ランサー「つれねえな、オイ」

ランサーの声が響く。銃声の中でも声がよく通るのは英霊たる所以だろうか。
銃弾を器用にいなしてはいるが、そこから前に進めないのか、その場に留まっている

凛「どうやらもう進めないようね。そうしてずっと留まってなさい、ランサー」

ランサー「こっちの事情も知らないで、いい気なもんだな。嬢ちゃん!」

ランサー「まあ、ここまで近づけば十分だがな。」ボソッ

ランサーが低く呟く。
アーチャーに緊張が走る。その一言は、ハッタリなどではない。

ランサー「ここでテメエ等は脱落だ。冥土の土産に喰らっていけや」

男「離れろ、凛!」

ランサー「突き穿つ――――」(ゲイ―――――

ランサー「―――死翔の槍!」(―――ボルグ!!)

その瞬間、凛は男に投げ飛ばされていた。

凛がすりむいた顔を上げる。
そして、焼け焦げ、クレーターができた校庭を見回した。

宝具をまともにくらった正面の小隊と師団長は消滅していた。
それでも、まだ兵の半分はその場に留まっている。
明らかに落胆し、士気が落ちていたが。

凛「アーチャー?」

返事はない

凛「・・・・・・そこで何をしているの、アーチャー」

男「ギクッ。」

凛「ギクッじゃないでしょ!貴方主人を何だと思ってるのよ!」

凛「地面に埋もれてコソコソしてるなんて、一体どこが英霊なのよ」

男「いやあ申し訳ない。まさか本当に軍が吹き飛ぶ槍というのは想定外だったので。」

ランサー「テメエを狙った槍だったはずなんだが――、狙いが逸れたか」チッ

男「おや、まだまだ元気そうですね。私の兵もまだ戦えますよ。」

ランサー「いや、マスターから槍が外れたら帰って来いって話で――」

ランサー「誰だ!」

遠くで少年がビクッと肩を震わすのが見えた。
踵を返して、校舎の方へ逃げ込む。

ランサー「待ちやがれ!」

その後をすぐランサーが追っていく。

凛「どうして、こんな時間になんで学校に生徒が残ってるのよ!」

凛「追うわよ、アーチャー!」

男「ランサーが罠を仕掛けているかもしれません。」

男「慎重に進むべきでしょう。」

凛「わかってるわよ、もう。ほら、急いで!」

心臓を一突きされた死体が3階の廊下に転がっている。

凛「そんな、こんなことって――」

せめて看取ろうと身体を起こすと、それは桜の親しい友人、衛宮士郎だった。
凛は見知った顔に愕然とした。

男「助けたいのですか?」

無言で凛は頷く。奇跡的にまだ息はある。
難しいが、自身の持っている最高の魔術を結集すれば或いは助かるかもしれない。

凛「この宝石を使ってなんとかするわ。アーチャー」

それは、凛が10年間魔力を込め続けてきた、切り札中の切り札であった。
アーチャーが眉をひそめる。

男「君の判断は早過ぎるようです、凛さん。私をもっと信用していただかないと。」

男「わざわざマスターの手を借りずとも、彼なら私で治癒できると思います。」

凛「でも・・・・・・」

男「エネルギーの高い状態をある定常状態に戻すのは私の得意分野です。」

男「彼は、どうやら自力である程度再生しようとする能力があります。」

凛「え?」

男「それに働きかければ、恐らくかなり楽に蘇生できるでしょう。」

アーチャーは屈むと、破れた心臓の上に両手を当てた。
心臓が破れれば、普通の人間なら呼吸できるはずがない。脳に血液が送り込めないのだから。
しかし、衛宮士郎にまだ息があるというのが、すでに自然の理から外れた状態である。
理を乱している「中心」に従って、力を送り込んでいくと、少しずつ身体が戻っていく。

血管が繋がっていく。分裂しないはずの心筋細胞が分裂を起こし、肥大化していく。
骨が再生し、それにつながる筋肉が戻り、皮膚が塞がっていく。

どれだけ時間が経っただろうか。

血だまりの中で傷一つ残さず、衛宮士郎は完全に蘇生していた。

凛「信じられない・・・」

男「私も信じられません。」

男「さて、長居は無用です。とにかく、急いで撤収しましょう。」

男(この学生には不審な点が多すぎる。調べておかなくては。)

遠坂邸(深夜)

凛「今日は盛りだくさんだったわね」

男「だからあまり派手に動きまわらない方が良いと言ったのです。」

男「どうやら私がアーチャーというのも露見してしまったようですし。」

凛「あら、まともなマスターなら貴方がアーチャーなんて一目で分かるわよ」

凛「キャスター、なんて呼んでいたら私のマスターとしての適性が疑われる」

凛「これからは貴方のことはアーチャーって呼ぶわね。だって意味が無いもの」

男「あ、そう。」

男「いや、良い作戦だと思ったのですけどね。」

凛「あと。アーチャー、私のことは『凛』と呼びなさい。年上からさん付けはくすぐったいわ」

男「名前を呼び捨てるのは私がくすぐったいのですが。」

凛「良いわね」ギロッ

男「・・・わかりました。」

男「急いで撤収してしまいましたが、衛宮さんは大丈夫でしょうか。」

凛「大丈夫でしょ。だって完璧に治ってるんですもの」

男「いえ、私なら仕留めた相手がピンピンしていると知ったらもう一度襲うと思います。」

凛がキョトンとした顔をしている。
アーチャーが、少しは可愛らしいところもあるじゃないかと思案していると――

凛「ああん、もう!貴方が早く帰ろうとか言うから気づかなかったじゃない!」

男「いえ、私は気づいていたのですが。」

男「そもそも、衛宮さんをその場に置いていくよう指示したのは凛ではないですか。」

凛「」プルプル

凛「すぐ学校に戻るわよ」

男「はい?」

凛「一度助けた相手がまた死んじゃうなんて寝覚めが悪いじゃない」

凛「それなら助けないほうが良いわ。一回しか苦しまずに済んだのだから」

凛「早く、支度なさい」

男「凛、貴方は大丈夫なのですか。」

凛「私なら心配いらない。無駄口叩く暇があったらさっさと行くわよ!」

男(そういうところが心配なのです。もう一度ランサーと遭遇したらどうするのですか・・・)

ステータスが更新されました。

筋力D 耐久C 敏捷D 魔力B++ 幸運A+ 宝具A++

クラス別能力
対魔力A+ 単独行動E-

保有スキル
神術B++
「神」の術を再現するスキル。
時計塔が頂点の魔術とは異なる系統である。
基本的に神性に頼るため、マスターの魔力とは無関係に発揮される。
ランクB++であれば、一時的であればランクA+相当の魔術に匹敵する。

弾除けの加護B
飛び道具に対する防御スキル。
攻撃が単体の射出タイプであるなら、あらゆる距離から通じない。
ただし、ランクBでは複数の攻撃に対しては無効となる。

神性C カリスマA- 心眼(偽)C

衛宮邸(深夜)

凛「学校にいなかったから、とうとう、ここまで来ちゃったけど・・・」

凛「ちょっと、静かすぎない?」

男「もう手遅れかもしれません。ランサーが罠を張っている可能性もあります。」

男「ここは慎重に・・・

アーチャーが言葉を切り、唐突に上を仰ぐ。何者かが着地し、襲ってくる。
得物はわからないが、敵であることは間違いない。
防御が間に合わない――

士郎「やめろ、セイバー!」

セイバー(!!)

動きが止まる。

セイバー「何故です、シロウ!」

士郎「あいつらは知り合いだ、セイバー。攻撃する理由なんてないじゃないか」

凛「あら、攻撃する理由がないなんてことはないわ」

士郎「何言ってるんだ、遠坂」

男「凛、そこまでにしましょう。私は衛宮さんに助けられた。それが全てです。」

士郎「そうだぞ。遠坂は俺になんの恨みもないだろ」

士郎「・・・ちょっと待て。何でお前が俺の名前を知ってるんだ?」

士郎「というか、遠坂!?どうして夜遅くにこんな所をほっつき歩いてるんだ」

遠坂「色々と説明しないといけないことがあるようね。上がらせてもらえるかしら、衛宮君。」

士郎「ん、ああ、わかった」

遠坂「・・・まとめると、貴方は聖杯戦争という魔術師達の儀式に巻き込まれた」

遠坂「サーヴァントを召喚してしまった以上、教会に行かないといけないの」

士郎「わかった、教会に行けばいいんだな」

士郎「どこにあるんだ?」

遠坂「新都の方よ。衛宮君の安全も考えると、すぐに行ったほうが良いわね」

士郎「こんな夜更けにか。俺たちはともかく、教会は開いてるのか?」

遠坂「開いてないなら開けさせるわ。行きましょう。セイバーも一緒にね」

教会・外

凛と士郎が教会に入って数十分が経った。
沈黙に耐え切れなかったのか、アーチャーが口を開く。

男「ところで、お嬢さんはどこの英霊ですかな。」

セイバー「教える義理はない。私はまだ貴方のことを信用していません、アーチャー」

セイバー「お嬢さん、などと気安く話しかけないでいただきたい」

男「剣呑な英雄さんですなあ。」

セイバー「そもそも素性を知りたいなら貴方から名乗るべきでしょう」

男「あいにく、名乗るような氏を持ちあわせていないのですよ。」

セイバー「図々しいにも程がある。アーチャーもし私の主人を害するなら唯では済ませません」

男「君の主人はここの住人だろう。ならば、私が傷つけることはあり得ません。」

セイバー「口先ではどうとでも言える」

男「やれやれ、嫌われてしまったようです。」

頃良く教会から、凛と士郎が戻ってきた。
来た道を引き返す。

凛「良い、衛宮君。家に着くまでは貴方に危害を加えるつもりはないけど、」

凛「次会った時は、お互い敵同士よ」

士郎「なんだ、遠坂。俺のことを心配してくれてるのか」

凛「はあっ!?」

アーチャーは後ろで溜息をつく。
少年と少女の温かい交流を前にして、自分に居場所が全く無い。
セイバーは霊体化できないから付き合っていたが、
もう大人しく霊体化して魔力の消費を抑えようかと思案していたその時――

凛「なんなの、あの筋肉ダルマは・・・」

巨人が道路の中央にそびえ立つ。身長は軽く2mを超えているだろう。
隣の少女が礼儀正しく挨拶をしてきた。

少女「こんばんは、おにいちゃん」

少女「私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

イリヤ「イリヤって呼んで良いよ。おにいちゃんは特別だから」

凛「――あのサーヴァント、ステータスがカンストしてるじゃない・・・」

イリヤ「あら、凛もいたの。手間が省けてちょうどいいわね」

イリヤ「ごめんね、おにいちゃん。仮にもマスターなら、死んじゃっても文句は言えないわ」

イリヤ「やっちゃえ、バーサーカー!」

セイバー「危ない、士郎!」

セイバーが飛び出し、士郎に向かっていた斧剣を止める。
しかし、巨人の力に押されて後ろに吹き飛んだ。

士郎「セイバー!」

凛「バカッ、貴方が邪魔になってるのが分からないの!?すぐ下がりなさい!」

凛の剣幕に押されて士郎が後ろに転がり込む。それを追う斧剣。
あと一太刀で届く。
それを、体勢を立て直したセイバーがなんとか死守していた。

セイバー「士郎、下がってください!」

凛「アーチャー!」

男「何とかしてあげたいのですが、軽く手出しのできる状況ではありません」

男「凛も万全の状態ではない。ここは我慢です。」

凛が拳を固く握りしめる。
アーチャーの言ってることは正しい。

最優のサーヴァントであるセイバーと、最強のサーヴァントであるバーサーカーの一騎打ち。
これを支援しようとしても、アーチャーの宝具には荷が重い。逆に足を引っ張りかねないのだ。

凛(これが、普通の弓兵だったら・・・!)イライラ

男「私達とバーサーカーの距離を離してください。ランサーと同じ要領で時間を稼ぎます。」

凛「わかったわ、アーチャー。作戦があるから、協力しなさい」

凛「あと、今の私に魔力のストックは多くはないから、展開にはこのペンダントを使って」

男「承知しました。」

凛「セイバー!出来る限り私達との距離を取って!」

セイバーからの返事はない。バーサーカーの猛攻を抑えるので手一杯だ。
巨大な斧剣を軽々扱い、セイバーを翻弄するそれはバーサーカーの技とは思えなかった。
少しずつだが、確実にセイバーが押されている。
もう長くは持たないのは明らかだった。

凛「アーチャーが宝具を使うわ」

凛「セイバーが取り残されるから、令呪で貴方のところまで呼んで」

士郎「分かったよ、遠坂。でも、出来る限り早く頼む」

士郎「見ていられない」

バーサーカーを何とかしのいでいたが、とうとう均衡が崩れた。

斧剣がセイバーの腰を打つ。
見えない剣では勢いを殺しきれず、横に飛ばされ――
電柱に激突した。

セイバー「ぐっ・・・」

士郎「セイバー!」

僅かな隙を逃すバーサーカーではない。
斧剣を薙ぐと、セイバーがさらに奥へと吹き飛ばされた。

止めを刺そうとバーサーカーが追撃する。
これ以上は無理だと士郎が思わず口を開く。
凛は、最大の距離が稼げていると判断した。

二人の息がぴったりと重なる。

士郎「令呪を持って命じる――

凛「頼んだわよ、アーチャー!」

アーチャーによって放たれた、ありったけの宝石がバーサーカーに降り注ぐ。
放たれた、といっても投げただけだが、そこは英霊なのか、すさまじい速さと正確さだ。

凛「喰らいなさい!」

宝石は結界を作ると、重力と化して獣を襲った。

宝石は魔力が無くなればそこで終わる。全ては一時しのぎに過ぎない。
しかも、アーチャーが凛の宝石を放った時点で、彼は大した英霊ではない。
そう判断したイリヤは、二人を始末するべく指令を下す。

イリヤ「トドメよ、バーサーカー!」

しかし、士郎の令呪が間に合い、バーサーカー目の前からセイバーが姿を消す。

イリヤ「こんなところで逃げようとしても、同じなんだか・・・」

振り返ったイリヤの目の前に、軍勢が広がっていた。

凛は見慣れた光景が広がると思っていたが、それは過小評価だったらしい。
ランサー戦とは規模が違う。

道路から溢れ、森へと延々に兵達が連なる。その数は夜闇に紛れ、把握することはできない。
戦車やロケット砲もちらほら見えた。全て宝具のようだ。

凛はあまり科学には詳しくない。
詳しくはないが、ランサー戦とは時代が違うことはなんとなく把握していた。
こちらのほうが、より近代的だ――

呼び出す軍勢は、アーチャーに供給する魔力で大きく違うらしい。

凛「一体、何人いるのかしら」

独り言を思わず呟く。
士郎やセイバーも驚きを隠せていない。

凛「それにしても、重苦しいわね」

士郎「そうだな」

兵達から決死の覚悟が伝わってくる。
決死の覚悟という言葉すら生ぬるいかもしれない。
彼等、一人一人の表情や態度こそ違えど、纏わりつく雰囲気は同じ――

ここで、全員死のう。

それは、定められた運命に対する覚悟だった。

兵の中から、茶色のコートをまとった将校が出てきた。
アーチャーの前に頭を垂れる。

男『君たちには再び迷惑をかける。』

男『一秒でも長く、彼らを足止めしておいて欲しい。』

男『これは命令ではない。私からのお願い、と思ってくれ。栗林君。』

言葉の一つ一つが空気に溶けていく。

静寂が広がる。
葬式のような、祭りのような、ちぐはぐで重苦しい雰囲気が更に強まり、肌に突き刺さる。
凛は、アーチャーの悔悟と苦悩が混じり合った顔をただただ眺めていた。

栗林、と呼ばれた将校の口が動く。

将校「仰せのままに」

ドンッと大気が震え、耳が遠くなる。
あやうく失神しかけたが、凛は踏ん張って耐えた。
アーチャーに声をかけられ、その震えが兵達の怒号と気づく。

男「彼らが足止めに協力してくださっています。」

男「ここからは離脱しましょう。」

凛「ええ・・・そうね。」

士郎「セイバー、動けるか?」

傷つき、血が鎧にこびりついたセイバーを心配そうに覗き込んでいる。

セイバー「動くだけなら問題ありません」

凛「そう。じゃあ、行くわよ」

兵達から背を向け、一歩、そして一歩と踏み出す。
最後には、歩くアーチャーを置いて、逃げるように凛達は走っていた。
息があがり、足が痛んでも、構わず走り続ける。

彼らの覚悟は狂気のそれだ。

凛(どっちが狂戦士か、わかったもんじゃないわ)

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!」

遠くから、バーサーカーの雄叫びが聞こえた気がした。

Interlude 1

イリヤ「こいつら、なんなのよーっ!」

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■ー!」

最初、兵はバーサーカーを狙っていた。
しかし、全く効果がないとわかると、次にイリヤを狙ってきたのだ。
マスターが倒されれば、如何に強力なサーヴァントと言えど、消滅は免れない。

判断は非常に早かった。
数発の砲弾が直撃しても全く効果がないと分かると、全ての敵意がイリヤに向いた。
最初は砲弾。次に銃弾。最後は、文字通りの肉弾だ。

イリヤはバーサーカーの懐で震えている。
右腕には攻撃による痛々しい銃創ができていた。

バーサーカー「■■■ーーー!!!」

バーサーカーが銃剣で向かってくる兵士たちを叩き切る。
身体が欠け、満足に動くことができなくなっても、彼らは敵意を向けてくる。
切っても切ってもゾンビのように立ち上がる彼らを切り刻む。

心のないバーサーカーなら問題はないが、少女にはそれが堪えた。
バラバラになっても動き続ける彼らが、深く仕舞い込んでいたトラウマを呼び起こす。

イリヤ「もう、もうやめて、やめて、イヤ、イヤ、いやああああああああああああ!!!」

イリヤ「あ・・・」

バーサーカーにそっと締め付けられ、少女は気絶する。
理性のない彼の真意は分からない。しかし、そのほうが幸せだったかもしれない。
かの大英霊ヘラクレスも、他人の心まで守ることはできないのだから。

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!!!」

次々と突撃して、兵が虚無へと還っていく。しかし、将校は止める素振りを見せない。
彼らは、死んだ後も、故郷に帰ることができなかった者達。
名誉ある最期を禁じられ、命令に従い、生き地獄の中で生涯を終えた英霊たちだ。

再び家族の元にも戻れず、故郷の土を踏むことも叶わず、こういう形でしか帰ることは叶わなかった。

それが、仮初の姿であっても、故郷の土が踏める。
そして、最も敬愛する方の頼みで名誉ある死を迎える。
それは、彼らの喜びだった。そのことを、将校はよく理解していた。

その双眸にやどる光は、或いは狂気か。

将校「全軍、突撃だ」

地獄は、日が昇り、最後の一兵となった将校が自刃するまで続いたのである――

ここまでが、8000字程度です。作中で明日一日を終えるのに、9000字程度かかりました。
長すぎて読んでくれる方が全くいなくなりそうですが、自己満足のためにダラダラ続けていこうと思います。
誤字やおかしい表現を修正して、明日の朝か夜には投稿します。

遠坂邸(深夜~朝)

凛は家につくと、そのままベッドに倒れこむ。
バーサーカーを退治するまでという条件で衛宮君とは同盟を結んだ。
恐らく悪いようにはならないだろう――
そのまま微睡みに身を委ねた。

目が覚めると、見知らぬ建物の中にいた。
宮殿のような場所だ。

凛(ああ、これはアーチャーの記憶ね)

見知った姿が鎮座している。まだ随分と若い頃のようだ。

アーチャー「まだ、復興には時間がかかりそうだな。」

女「今は自分のことに集中してくださいまし」

アーチャー「地震は、やはり恐ろしいな。」

アーチャー「こうしている間にも、彼らは働いているのだぞ。早くせんか。」

女「ならば、尚の事、集中してくださいまし。刻印の移植は簡単ではないのですよ」

女がピシャリと言う。
随分と親しい関係のようだ。

アーチャー「しかし、この埋め込むというのは痛くて敵わん。」

アーチャー「少しは気が紛れるようなことをしてはいかんのか。」

女「そのようなことをなされると、明日の朝刊は殿下の悲報でうめつくされますわ」

女「今は、国の大事です。これ以上、貴方が愛する民を困らせたくはないでしょう?」

アーチャー「・・・・・・」

アーチャーが顔をしかめる。
よく見ると、その体は魔術刻印で埋め尽くされていた。
頭、肩、腕、胸、腹、背中・・・・・・刻印のない部位を探すほうが難しい。
凛は遠坂家6代目当主だが、刻印は片腕の前腕までだ。

魔術師の強さは、当人の才能と、代の長さに依存する。
刻印の数の多さと複雑さ。
それだけで、アーチャーが途方も無い魔術師であることが分かった。

女「ここまで移植が進んだ方は、少なくとも過去700年はおられないでしょう」

女「百代を超えたのは、殿下が初めてとお聞きしております」

アーチャーは何も答えない。
しばらくすると、女がためらいがちに口を開いた。

女「御父上は、埋め込む途中で体調を崩されてしまったそうではありませんか」

女「あなたは、大丈夫なのですか・・・?」

感情に乏しい顔のアーチャーが眉をひそめる。
どうやら、この話題は彼の逆鱗らしい。

アーチャー「父のことを軽々しく口にするでない。手元に集中なさい。」

女「・・・失礼しました」

女が作業に戻る。黙々と時間が進んでいく。

凛は魔術刻印を目で追っていく。百代を超えた刻印など、聞いたことはない。
恐らく、伝承にすら残らなかった、はるか昔の伝説的な魔術師なのだろう。
あのちょびひげは、キャスターとしては最高ランクなのかも――などとぼんやり考える。

刻印は奇妙に光って見えた。
とても美しい光だと、凛は奇妙な心持ちで眺め続ける。

だんだんと光が大きくなる。
そして、光に包まれると―――

現実に引き戻されていた。

目を薄く開く。
皺が深くなったことを除けば、やはり瓜二つだ。
サーヴァントの過去を夢に見るというのは本当なのだろう。

凛「もうちょっと寝かせて~」ムニャムニャ

男「起こして欲しいといったのは凛ではないですか・・・」

アーチャーは、少女の幸せそうな顔を覗き込む。

男(まあ、もう少し寝かせてあげますか。)

その後、彼は凛からの語彙力豊かな文句を、延々と聞かされる羽目になる。
目を薄く開く。
皺が深くなったことを除けば、やはり瓜二つだ。
サーヴァントの過去を夢に見るというのは本当なのだろう。

凛「もうちょっと寝かせて~」ムニャムニャ

男「起こして欲しいといったのは凛ではないですか・・・。」

アーチャーは、少女の幸せそうな顔を覗き込む。

男(まあ、もう少し寝かせてあげますか。)

男(工房の片付けでもしておきましょうか。あそこは雑然としすぎています)

その後、彼は凛からの語彙力豊かな文句を、延々と聞かされる羽目になるのだが、
現時点では、それをアーチャーが知る由もない。

遠坂邸(昼)

凛「これぐらいで勘弁してあげるわ。次はマスターの言う事にはきちんと従いなさい」

男「・・・従いましたとも。」

凛が睨みつけてくる。言った言わない論争では、口下手なアーチャーには不利だ。
何でもありません、次はきちんと従いますと釈明するとようやく解放してくれた。
アーチャーが胸をなでおろす。

凛「そういえば、アーチャー。貴方、聖杯に何か願いとかあるの?」

男「聖杯への願い、ですか。」

男「フグが食べたいですね。あと、沖縄に行きたいです。」

凛「」ズコー

凛「やけに具体的じゃない・・・理由を聞かせてもらえるかしら」

男「いやあ、生前はどちらも叶いませんでしたから。まあ、聖杯の力を借りる代物ではないですね。」

男「そういう貴方は、なにか願いとかないのですか。」

凛「ないわ。この聖杯戦争で、実力が証明されれば十分よ」

男「それはそれは。欲が深いですね。」

少し沈黙するとお互いに笑う。
昨日の戦いを通して、二人の信頼関係は強固なものとなっていた。
このサーヴァントでなければ、バーサーカーに遭遇した時点で敗北していた。

男「さて、今後の作戦はもうお決めになられましたかな。」

凛「まずは、学校の結界を調査するわ」

凛「ランサーは手がかりがないし、バーサーカーには今の時点では敵いそうもない」

凛「結界を張っているとしたら、ライダーかキャスターで、三騎士には劣るはずよ」

凛「衛宮君は戦力にはなりそうもないけど、セイバーは使えるわ」

凛「結界が作動すれば、相手は学校に現れるんでしょう?」

男「絶対、とは言いませんが。確率はかなり高いと思います。」

凛「賭けとしては十分だわ。相手もまさかセイバーとアーチャーがお出迎えなんて、想定外でしょうし」

凛「旅行の準備をしなさい、アーチャー」

男「旅行ですか。守りの固い遠坂邸から離れるのは危険ではないですか?」

凛「逆よ。アインツベルンに、この場所はバレバレになってる。」

凛「バーサーカーならこんな防御は軽々突破できるわ。一石二鳥の案があるから、良いから準備なさい!」

男「・・・申し上げ難いのですが、よろしいでしょうか、凛。」

凛「なあに?」

男「私、旅行の準備はお付きの者達が全部やってくれたので、不得手というか、勝手がわからないのです。」

男「できれば凛にやっていただければ、ありがたいのですが。」

凛「あら、そうなの。それなら、貴方の軍勢にちゃっちゃっとやらせれば良いじゃない」

男「魔力の浪費は避けるべきです。」

男「宿先から道具をここまで取るために徘徊するか、直接戦闘の役に立たないサーヴァントから、さらに宝具まで取り上げるか。選びなさいな。」

凛「もう、わかったわよ。私がすればいいんでしょ、すれば」

凛が自分の部屋に戻っていく。
男は急いで隠した顕微鏡と試験管を取り出すと、ため息を付いた。
工房から彼の趣味のために拝借したものだ。

男「顕微鏡や試験管も霊体化してくださらないでしょうか・・・」

衛宮邸(夕方)

凛「こんばんは、衛宮君」

士郎「遠坂!?どうしたんだその大荷物は。今日は今後の作戦を相談するだけじゃなかったのか?」

凛「そうよ。それと、今夜からここで寝泊まりするから」

凛「あっちの新しい方に良い部屋がたくさんあるでしょ?一つ借りさせてもらうわね」

士郎「」

凛「あら、お金のことなら心配しなくていいわよ。生活費なら渡すから。はい」

士郎の手元に大粒のサファイアが置かれる。
クエスチョンマークを物質化したならば、彼はそれらに押し潰されていただろう。
勝手に上がり込んで、奥へと向かう凛。
アーチャーが何やらペコペコと謝罪の言葉を口にしているが、耳に入っていないようだった。

セイバー「おや、凛ではないですか」

凛「こんばんは、セイバー。今日からこのお屋敷に厄介になるわね」

セイバー「そうですか。凛がいるならば心強い」

凛「お褒めの言葉ありがとう」

手をひらひらさせて奥へと向かい、部屋に入っていく凛。
少し遅れて、スーツケース6箱を抱えたアーチャーがふらふらとやってきた。
セイバーとアーチャーの目が合う。

セイバー「・・・」
アーチャー「・・・・・・」

しばらく沈黙する。

セイバー「一つお持ちしましょう」

アーチャー「ああいや、お心遣いありがとう。しかし、女性に荷物を持たせては格好がつきませんから」

筋力Dには少々厳しい重量の荷物を抱えながら、ふらふらと部屋へ入っていくアーチャー。
セイバーはその姿を見送ると溜息を一つついた。

セイバー(昨日のお礼をすべきだったのでしょうが、機会を逃してしまいました)

セイバーの脳裏に昨日の光景が蘇る。
あの兵達は、アーチャーの言葉ひとつでステータスがひとつ上がるほど心服していた。
円卓の騎士達と比べても仕方ないが、彼らのほうが遥かに堅い信頼関係で結ばれているのは疑いないと――
そこまで考えた時、かつての仲間を貶めてしまった自分に愕然とした。

赤髭の征服王<ライダー>を思い出す。
小娘と侮辱し、自らの在り方を完全に否定してきた彼と、アーチャーの姿が重なった。
アーチャーから、征服王の幻影を振り払う。

彼は貧相な痩せぎすの中年男性に過ぎないではないか。

自陣の先頭に立ち、軍を率いて雄々しく戦う威風堂々たる征服王とは違う。
軍の後ろで一言声をかけてコソコソと逃げる、そんな人間が王の器であるはずがない。
そもそも直接戦闘すれば、一撃で仕留められたはずだ。

唇をぐっと噛みしめる。

セイバー(何を考えているんです、アルトリア。彼は士郎と私の恩人なのです。)

セイバー(彼がいなければ、そもそも私はバーサーカーにやられていた)

セイバー(騎士王たるもの、同盟を結んだ相手、しかも命の恩人に礼を欠くべきではありません)

セイバー(先ほどまでの私はどうかしていた)

セイバー(次に見かけた時は、必ず礼を言いましょう)

物思いに耽るセイバーは、部屋から出てくる二人に、ようやく気がついた。
注意が散漫になっているようだ。
口論というよりは一方的に説教をされ、うなだれているアーチャー。

凛「だから言ったでしょ、目についた物を片端から持っていくのは無謀だって。部屋に荷物が入りきらないじゃない」

凛「もう一つ部屋を借りる羽目になるなんて、無駄遣いもいいとこよ」

凛「ほとんどアーチャーのために持ってきた荷物なんだから、自分で衛宮くんと交渉しなさいよね」

男「・・・おっしゃる通りでございます」

セイバーは口を開きかけたが、再びつぐんでしまった。
二人がセイバーの目の前を通り過ぎていく。

セイバー(次。次に見かけた時こそは、絶対に御礼を言いましょう)

セイバー(今日はどうも調子が悪いようです。気が立っているのでしょう)

その調子が悪い原因が感情であり、「嫉妬」であることに、セイバーは気づくだろうか――
王は心がわからない。

衛宮邸(夜)

士郎「作戦はだいたいわかった。俺も手伝うよ、遠坂」

凛「士郎が?あんまり役に立つとは思えないけど」

失礼なことを言われてムッとする士郎。しかも、いつの間にやら呼び捨てにされている。
どうやら、学校での完璧美少女優等生の遠坂凛は仮初の姿だったようだ。
少し怒りながら反論する。

士郎「俺だって魔術の修行を続けてきたんだぞ」

凛「へえ?一体どんな魔術」

士郎「強化の魔術だ。棒きれとか紙切れが、鉄パイプぐらいの硬さにできる」

士郎「あと、電化製品とか、道具の構造とか分かったりするぞ」

凛「ふーん。後で見せてもらえるかしら」

士郎「いつも工房で練習してるから、見せてやるよ。まあ、ほとんど成功したことないけどな」

士郎「最後に成功したのは、ランサーに襲われた時だ。それだって久しぶりだった」

凛「あら、工房なんてこの家にあったの?」

士郎「只の土蔵だけど、一応条件は満たしてるって爺さんが言ってた」

凛「爺さん?」

士郎「俺を育ててくれた人だ。俺の両親は10年前の大火災でどっちも他界してる」

凛「ごめんなさい、悪いことを聞いちゃったわね」

士郎「別に良いよ。昔のことなんて全然覚えてないし」

凛と士郎の会話が続く。アーチャーは二人のお茶を注ぎ、お菓子を足す。
一部屋多く借りることを士郎はあっさりと承諾してくれた。

しかし、タダというのは心苦しい。
こうして働いているのは、ひとえに申し訳無さのためだ。

大河「あら、ありがとうアーチャーさん」

男「いえいえお構い無く。」

煎餅を齧りながらテレビを眺めている藤村大河。
学校の教師をしているのだが、この不純異性交遊の現場を諌めるには役者不足だったようだ。

凛が鮮やかに丸め込んだ手口を録音すれば、「振り込め詐欺にご用心!」の宣伝に使えるのではないだろうか。
テレビの振り込め詐欺事件の報道を見ながら、アーチャーは、ぼんやりと考えていた。
「続いて、次のニュースです。本日の昼頃、冬木市で再びガスの事故が・・・

男「・・・どうぞ。」

セイバー「・・・・・・」

無言でお茶をすすり、菓子をつまむセイバー。
こちらを一瞥すらしない。

アーチャーはため息をつきたいのを堪え、菓子の包みを集めると、ゴミ箱に落とした。
何か悪いことをしただろうかと考えたが、あまり思いつかなかった。

大河「また集団ガス中毒ですって。怖いわねー。士郎も気をつけなさいよ」

大河「最近、街がぶっそうなんだから。学校に遅くまで残ると危ないわよ」

士郎「分かったよ藤ねえ。藤ねえこそ、この家に夜遅くまでいて大丈夫なのかよ」

大河「それもそうね。そろそろ帰ろうかしら」

彼女はすっと立ち上がると、テレビを消して、そのまま玄関へ向かっていく。
随分と奔放な性格のようだ。士郎が玄関まで見送りに行く。
原付の音が遠ざかると、再び居間に戻ってきて、凛に声をかけた。

士郎「じゃあ、見せてやるから土蔵まで来てくれ、遠坂」

士郎「あ、セイバーはここにいてくれ。気が散ると危ないんだ」

セイバー「わかりました、シロウ」

その場に再び座るセイバー。
二人が去っていけば、二人が残ることは必然だ。

セイバー「・・・」
男「・・・どうぞ。」

再び無言で茶をすすられる。
気まずさに辟易していたアーチャーだが、我慢するのは慣れている。
沈黙タイムトライアルを覚悟した矢先、セイバーが口を開いた。

セイバー「アーチャー!」

突然大声を上げられ、びくんと肩が跳ねるアーチャー。
何か失礼なことをしていないかと頭を回転させるが、彼に落ち度はないため回すだけ無駄である。
そのオタオタしている様子を見て、セイバーは躊躇いがちに言葉を続けた。

セイバー「・・・その。あの後、彼らはどうなりましたか。」

男「彼ら?ああ、バーサーカーと戦った方々ですか。」

男「玉砕を選んだようです。絶望的な戦力差でしたが、誰も戦いを放棄しませんでした。」

セイバー「そうですか。勇敢な兵士に慕われているのですね。」

男「彼らのほうが、私よりも遥かに強く勇敢で、そして立派でした。」

男「その彼らを再び苦しめた私が、英霊として扱われているとは、片腹痛いですな。」

自虐的に言葉を紡ぐ。その顔から表情を伺うことはできない。
再び沈黙が二人を支配する。
本心から思わず発した皮肉だったが、アーチャーは後悔し始めていた。

セイバー「・・・そうですか。」

セイバー「私は、貴方のことを勘違いしていたようです。アーチャー」

男「勘違い、ですか?」

セイバー「もっと傲慢な人間だと思っていました。」

セイバー「あれだけ兵の尊敬を集めていたのですから、そのような皮肉を言うとは思いませんでした。」

男が頬をかく。やはり、先ほどの言葉は失言であったらしい。
セイバーが、ふと思い当たる節をぶつけてみた。

表現方法を補足しておきます。

「」は通常のセリフです。
『』はある条件下でのセリフになります。
()はセリフ形式での思考です。
<>内はルビだと思ってください。
衛宮士郎<おひとよし>と書かれているならば、「おひとよし」と発話しています。

わかりにくい表現や逸話の多用は極力避けますが、真名がわからないと理解が難しい部分もあるかもしれません。
その時は読み流して、アーチャーの真名に目処が付いた時点でもう一度確認してくださるとありがたいです。
分かれば、「ああ、なるほどなあ」と思う程度には有名だと思います。

セイバー「一つ質問があります。貴方はどこかの国の王なのですか?」

男「それは、難しい質問ですね。王であるとも言えるし、王でないとも言える。」

男「貴方の王の定義は何なのですか、セイバー。」

暫し考える。
選定の剣を抜いた時から彼女は王であることを運命づけられたが、定義となると難しい。
考えながら言葉を紡ぐ。

セイバー「生前、私は王であることを目指していました」

男「ほう。」

セイバー「王になると運命づけられた以上、王たらんとしたのです。」

セイバー「弱きを助け、悪しきをくじく。民を救い、滅び往く国を救うことが私の使命だったのです」

セイバー「私にとって、王とは、民のために命を尽くして戦う者。その代表であることを神から授かった者です」

男「民草のための王、ですか。貴方の治世は素晴らしいものだったのでしょう」

男「さて、それを王とするならば。私は王とは呼べないと思います」

セイバーが驚いた顔をする。
一つは、彼女の治世を讃えたこと。先の第四次聖杯戦争では、彼女は、彼女の治世と共に嘲笑われていた。

もう一つは、彼が自身を王ではないと否定したことだ。
王ならば、少なくともセイバーの定義を否定することを始めるはずである。
では、アーチャーは王では無いのだろうか。

彼女はアーチャーが王であることは確信に近いものがあったのだが。

男「私は、民の模範としての存在でした。」

セイバー「模範、ですか?」

男「民の一人としての理想の在り方を求め続けたのです」

男「自ら力を振るい、民を守ることを私は嫌いました。」

セイバー「それでは、民が路頭に迷ってしまうではないですか――」

男「それは違います。」

アーチャーが力強く言い放つ。
どちらかと言うと朴訥とした話し方のアーチャーだが、今は流麗に言葉を紡ぐ。

男「民は迷える子羊ではありません。意思を持ち、自らの足で立つ人間です。」

男「王であることは神が与えるのではありません。民が与えるのです。」

男「王を自称し、覇道を唱えるのは覇者のすること。王者ならば、自然に民と共に王道を歩みます。」

セイバーは、少し前の彼の発言について考えていた。
民が王位を与えるなら、高貴な血筋などはたちまち根絶やしになってしまうだろう。
何をふざけたことを、と反論しようとした時、アーチャーが言葉を続けた。

男「だからこそ、私は民の模範であって、王ではないのです。」

セイバー「は?」

男「民と共に戦い、民と共に迷い、民と共に歩んだのが、私の生涯でした。」

男「王道などという一本道をまっすぐ歩けるほど、私の器は大きくは無かったのです。」

セイバー「それでは、貴方は暗愚な王だったのですか?」

男「私を暗愚といえば、それは民を暗愚ということと同義です。」

男「民を代表するものとして、私は理想の民であった。」

男「そう言い切れるように、努力したのが私の最高権威者としての在り方だったのです。」

男「私の国は一度滅びました。そして、私の命と共に、永遠に失われるはずだった。」

男「しかし、私が生き永らえ、国も滅びなかったのは、この努力が評価された結果だったのかもしれません。」

セイバー「滅びたのに、滅びなかったのですか?」

男「そうです。」

セイバー「それは、貴方が死を回避し、再び国を興したということでしょうか」

男「その表現には、少し語弊がありますね。」

男「国が滅んだ原因は全て私にありました。それでも、民は私と国を救いました。」

男「戦争に敗れ、全てを失わされた民の怒りは凄まじい物だったはずですが、彼らは全てを克服したのです。」

セイバーが無言になる。
この男は、どうやら王としての在り方を捨て、民として生き、挙句国を滅ぼした。
そして、国が滅び路頭に迷った民が、再び同じ男を王として立て、国を興したということだ。

セイバー「・・・はた迷惑な人間だ、貴方という人は」

男「・・・そうかもしれません。」

セイバー「いいえ、貴方は自分のしでかしたことを分かっていない」

セイバー「私は、民を救うために先頭に立ち、民のために生涯を賭しました」

セイバー「王としての責任を放棄して民を殺したのは貴方だ、アーチャー!」

アーチャーが沈黙する。
再び口を開いた彼の言葉を、セイバーは考え続けることになる。

男「私は民が理想とした人間の代弁者として、責任は全て果たしたつもりです。」

男「民を殺したのは、他でもない民自身の選択だったように思います。」

男「その選択に対して、民は過去の選択に対する責任を負い、私は――

男「民の未来に対して、責任を負ったのです。」

********************************************

凛「わかった?貴方の魔術は随分と歪められてるの」

凛「これからビシバシ鍛えていくから、ちゃんとついてきなさい」

士郎「まさか、爺さんが出鱈目を教えていたなんてなあ」

士郎はショックを隠しきれていない。
今まで命を危険に晒し続けてきた結果が、完全に無意味だったのではやりきれないだろう。

居間に戻ると、セイバーとアーチャーが雑談をしていた。
アーチャーから海洋生態系の神秘について聞かされているセイバーは、うんざりとした顔をしている。

士郎「なんだ、二人共随分と仲良くなったじゃないか」

セイバー「シロウ、お帰りなさい。鍛錬は成果がありましたか?」

士郎「いいや、さっぱりだったよ」

男「それは残念でしたね。」

男「明日から長い一日が始まります。十分に休息をとって、万全の体調で臨みましょう。」

凛「言われなくてもわかってるわよ。部屋に戻るわよ、アーチャー」

男「わかりました。私はこの家の防御を強化しておきます。おやすみなさい。」

士郎「セイバーもしっかり休めよ。おやすみ、アーチャー」

どうやら、セイバーは随分と疲れているようだ。
英霊であるはずのセイバーが眠気を催すはずはないのだが――

セイバーが、突然倒れた。

士郎「セイバー!?」

とっさに士郎が抱え込む。

士郎「すごい熱だ・・・ 遠坂を呼んできてくれないか、アーチャー」

男「承知しました。」

遠坂がやってくる。顔に手を当てて、難しい顔をすると士郎にあることを伝える。

遠坂「上手くマスターから魔力をもらってないみたい」

士郎「魔力を供給されなかったら、セイバーは消滅するんじゃないか?」

遠坂「その通りよ。今は召喚された時の魔力だけで何とかやりくりしてる状態だわ」

遠坂「このことは、いずれ対処しましょう。」

遠坂「すぐにどうこうできる状態ではないし、一気に悪くなるわけではないから。」

士郎が心配そうな顔をするが、遠坂が動かないのなら彼が悩んでも致し方がない。
遠坂に手伝ってもらい、鎧を解除させた。布団を引いて寝かしつける。
セイバーの希望で、部屋は士郎の隣にしておいた。

士郎「おやすみ、セイバー」

アーチャーが屋敷に防御を施し、夜がふけていく――
今宵も、月が美しい。

翌朝。

凛「分かった?今は学校は危険だから、士郎は残っていなさい」

士郎「仕方ない、従うよ遠坂」

寝ぼけていた凛であったが、士郎が当然にように学校に行こうとしていたため、完全に目を覚ました。
そこから口論がしばらく続いたのだが、士郎の敗北だったようだ。

不完全なサーヴァントすら連れず、敵の本陣のようなところに乗り込むのは自殺行為だと諭され、
セイバーの猛反対にもあった結果である。士郎には少し頑固なところもあるようだ。

凛「セイバー。しっかり士郎を守ってあげなさい」

凛「じゃあ、行きましょう。アーチャー」

凛とアーチャーが学校へ向かう。もちろん、アーチャーは霊体化した状態だ。
アーチャーの対魔力はずば抜けているが、凛は魔術に耐性があるというだけだ。
仮にも、敵の本陣に乗り込むにはそれ相応の覚悟が必要だが、それを自然体でやってのけるのが遠坂の血筋だ。

凛(気合を入れていかないと)

決意を内に固め、いつもどおりの一日が始まる。

学校(放課後)

最近、冬木市で多発しているガス中毒事件―― 、真相が不明であることはそれとなく学校に伝わっていた、
部活は停止され、下校時刻は繰り上げられた。

そんな空っぽの学校を、一人の魔術師が徘徊する。

凛「あった」

凛「貴方の魔術は便利ね、アーチャー」

男「魔術ではないのですが・・・ まあ、不自然な部分を見つけるのは私の十八番です。」

凛「十八番が多いのね、貴方」

アーチャーが少し誇らしげな顔をする。
皮肉のつもりで言ったのだが、伝わらなかったようだ。

凛「これで4つ目、と。はい完了」

凛「あとどれぐらいで作動するか、分かるかしら?」

男「一週間程度で発動するのではないかと。本丸を攻めていない以上、仕方ありませんね。」

屋上には、この結界が発動するための中心が存在する。
しかし、それに手をつけるには二人共、自身と系統の違う古代魔術についてあまりに無知であった。
代わりに、建物中に隠されていた小型の魔法陣を妨害している、というわけだ。

凛「あまり深入りしても仕方ないし、そろそろ学校は出たほうが良いわね」

凛「情報収集が必要よ。行くわよ、アーチャー」

男「どこに行くのですか?」

凛「新都の方よ」

冬木中央公園(夕方)

凛「アーチャーが魔力を感じるとか言ったからここまで来たのだけれど」

凛「ここには何もないじゃない」

男「ああ。凛には分かりませんか。」

凛がきょとんとした顔をする。
アーチャーが目を閉じる。
苦痛、苦悩、苦渋、激痛―― 強い呪いを受けて亡くなった人間が、これほどいるとは驚きだ。
呪いで死んだ人間は、呪いとして残る。それは人の輪廻か、原罪か。

怨念が語りかけてくる言葉を断片的に聞き取る。
断片であっても、この土地で何があったのか、アーチャーは正確に把握できた。

男「凛、一つ確認を良いですか?」

凛「なあに?」

男「10年前の第四次聖杯戦争は、どのように集結したのですか。」

凛「私も、詳しくは知らないんだけどね」

凛「マスターが聖杯の破壊を命じて、その余波で街が火災に飲み込まれたっていう話らしいわ」

男「そうですか・・・」

男「では、そろそろ戻りましょうか、凛。この土地は、長くいると危険です。」

男「私の宝具は人目につきやすいですし、そうでなくとも既に使いすぎています。」

凛「そうね。慎重に行動しましょう。焦る必要はないものね」

凛とアーチャーが帰途につく。

男(今は、貴方達を助けることはできません。もうしばらく、待っていてください)

アーチャーの魔術刻印がほのかに光る。
夕方は、逢魔が時と言われる時刻。歴史の重みが、彼と主人を、魔から守護する。
全ての街灯に明かりが灯り始める頃には、刻印は再び眠りについていた。

衛宮邸(夜)

凛「そう、セイバーに稽古をつけてもらっているのね」

凛「何事もほどほどにしておきなさい。いざという時に動けなかったら、意味がないんだから」

士郎「わかったよ、遠坂。今夜も魔術の修行をお願いできるか?」

凛「・・・あなた、本当に分かってるの?」

夕餉の時間ぐらい、口論はやめてほしいものだ。
アーチャーは更に口論を招くような発言を飲み込むと、料理に取り掛かる。
本来、アーチャーが食事を取る必要性は皆無なのだが、彼は食事が大好きであった。

男「いやあ、それにしても素晴らしい料理の腕前です、衛宮君。」

士郎「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ、アーチャー」

士郎「ああ、食器はそのままにしておいてくれ。俺が洗うから」

男「申し訳ないですね。」

士郎「申し訳ないと感じる必要なんかないぞ。この屋敷を強化してくれてるのはアーチャーだ」

皿を手早く片付け、台所に持っていく。
3人分の皿を洗い終えると、遠坂に声をかけた。

士郎「じゃあ、俺達は工房に行ってくるから、アーチャーは残っていてくれ」

二人が土蔵へと向かう。
すると、それを見計らったかのようにセイバーが居間にやってきた。

男「体調はどうですか、セイバー。」

セイバー「今のところ問題はありません。お心遣い、ありがとうございます」

感謝の言葉をぴしゃりと口にする。
あまり感謝されている気はしない。

セイバー「私の食事はどこですか?」

男「ああ、冷蔵庫に入っていますよ。温めますね。」

アーチャーが電子レンジで料理を温める。心なしか、少し楽しそうだ。
家電製品の進化は、アーチャーにとって喜ばしいことであるらしい。
食事を出すと、彼女はすごい勢いで食べ始めた。

下品な食べ方ではない。むしろ礼儀正しいのだが、とにかく回転が早い。
「おかわりをお願いします」と給仕紛いのことをさせられているが、居候なので文句は言えまい。
一通り食べ尽くすと、今度は矛先をアーチャーに向けた。忙しい英霊だ。

セイバー「アーチャー、昨日の話の続きなのですが」

男「おお、続きをご所望ですか!つまり、サンゴ礁は生態系の砦として5億年もの長きにわたり・・・

セイバー「そっちはもう聞き飽きました」

話がぶった切られ、アーチャーはかなりご立腹のようだ。

セイバー「昨日の話は、元を辿れば貴方が王か否かという話だったはずです」

セイバー「それがどうして、ヒドロ虫なんかの話に」

男「ヒドロ虫なんかとは失礼な。我々の人類の遥か昔からいるのです。人類の誕生には・・・

再び講義が始まる。
こうなってしまうと、アーチャーを止められる生物は存在しない。
セイバーはため息をつくと、ぼんやりと昨日のことを考える。

アーチャーの言葉を思い出す。
『私は―― 民の未来に対して、責任を負ったのです。』

アーチャーは、未来に対する責任と言った。
責任とは、結果について責を負うものだ。
未来という結果の出ていないことに対して、責任を負うことは不可能なのだ。

そもそも、この男は国が滅んだ原因は、全て自身にあると言った。
にも関わらず、国を滅ぼしたのは民の選択であったらしい。

王らしからぬ人間ではあるのだが――
全てを背負って立つその姿勢だけは、評価に値すべきなのかもしれない。

男「すいません。貴方の体調を考えず、つい話にふけってしまいました。」

男「何か私に用がありましたか、セイバー?」

唐突に長い話が終わったため、面食らうセイバー。
思わず、当初の予定になかった無意識を、話題として出してしまった。

セイバー「いえ、その。貴方は聖杯にかける願いはあるのですか?」

男「聖杯への願いですか。凛も同じことを聞いてきましたね。」

男「私は聖杯にかけるような望みを持ちあわせておりません。」

セイバー「・・・そうですか。」

男「貴方は何か願いがあるのですか?」

聖杯の話を始めるべきではなかった、と後悔する。
自分から聞いたのだ。聞き返されるのは当然だ。
あまり話したくはなかったが、ポツリポツリと答える。

セイバー「私は、もう一度、王の選定をやり直します」

セイバー「自身の選定をやり直して、私の国を滅びから救うことが私の願いです。」

アーチャーにも思う所があったのか、難しい顔をして考えている。

男「どうして、そのようなことを?」

セイバー「最初は、自らの治世の誤った部分を正そうと考えていました。」

セイバー「しかし、私は気づいたのです。全ての過ちの根本は、自分にあったのだと。」

セイバー「私は、王の器ではありませんでした。」

男「国が滅んだ全ての原因が貴方に起因する、と?」

セイバー「そういうことです」

男「その点は、自分に対する過大評価も甚だしいですなあ。謙虚な貴方らしくもない。」

聞いた瞬間は、彼が何を言っているのかセイバーには理解できなかった。
しばらくして侮辱されているということに気づき、彼女は激昂した。
思わず、剣を取り出す。

セイバー「どういう意味ですか、アーチャー!答えによってはここで叩き斬る!」

男「言葉の通りです。貴方一人で国が滅びるほど、国は脆弱ではない。」

男「それとも、貴方一人いれば、敵国を滅ぼせたのですか?」

男「国は一人の物ではありません。貴方がどこの国の英霊かは、私は知りませんが――」

男「しかし、これだけは言えます。国が滅びるのは常に民の意志です。王や貴族、政府が滅ぼすことは不可能です。」

剣に手をかける。

セイバー「では―― 私の国は民に見放されていたから、滅んだということですか」

男「恐らく、そうなのでしょう。」

セイバーは斬ることを決意した。
この男にここまで言われる筋合いはない。

民草に全てを捧げた結果、臣下には裏切られた。しかし、民にまで見捨てられた覚えはない。
ここまで侮辱されるのは、たとえ仮初の仲間であっても、一線を超えていた。

男「剣を抜く前に、一つ、お伺いしましょう。貴方の国は、本当に滅んだのですか?」

セイバー「は?」

男「貴方は王として民に尽くした御方だ。そのような王を前にして、民が国を滅ぼす選択をするとは思えません。」

男「もう一度聞きます。貴方の国は、本当に滅んだのですか?」

セイバーは、自身の国が滅んだか否かは知らない。
彼女に忠誠を誓ったはずの騎士達に反乱を起こされた。娘を殺め、屈辱と後悔にまみれた最期の瞬間。
自身の治世をやり直すべく、世界と契約を結んで、参加した聖杯戦争。

彼女は、英霊として招かれたため、現代の知識はある。
しかし、英霊の座にあって、過去と未来を全て把握したわけではない。

王である自身が滅べば、国は滅ぶと思っていた。
しかし、それは違う。

国を形作っているのは王ではなくて、そこに暮らす民だ。
たとえ王であることを宣言しても、誰もそれを認めなければ、狂人が一人いるだけである。
彼女は、その事実に気がついてしまった。

セイバーは混乱していた。
国とは何か。王とは何か。自分のしてきた事は、一体何なのか――

セイバー「わたし、は、

士郎「今日も収穫はなし・・・セイバー!?」

凛「ちょっと、貴方達何をしているの!?」

二人が帰ってきた。

セイバー「あ、いや、これは」

男「セイバーさんから、剣を教わっていたのです。私は自身の戦闘力が皆無で、それを恥じていたのですよ。」

士郎「なんだ、そんなことか。喧嘩してるのかと思ったぞ。居間で剣を抜くのはやめてくれ」

男「申し訳ありません。どうしても、と私がお願いしたのです。次からは道場で稽古をつけてもらうとしましょう。」

男「ところで、成果はありましたか?」

士郎「全然ダメだった」

凛「なぜか上手くいかないのよね。初歩中の初歩の練習のはずなんだけど」

男「そうですか・・・。」

どうやら、衛宮の訓練に関しては上手くいっていないようだ。戦闘では期待できない。
セイバーも魔力の補給がなく、十全からは程遠い。しかも、精神状態は不安定だ。
アーチャーがため息をつく。
今、バーサーカー陣営に襲われれば、我々はひとたまりもないだろう。

しかし、アーチャーと凛の予想に反して、事態は進んでいく。
正確に言えば、事態が何も進まなかったのである。
サーヴァントとの戦闘や、マスターとの接触もなく、不気味に時間だけが過ぎていった。

学校に行き、結界のチェックを行う。
魔法陣は全て処理した。これ以上、できることはない。
夕方になれば、新都や各地の調査をして、英霊の居場所に目処をつける。
夜には衛宮邸に戻り、食事を取る。

「冬木市で、また集団ガス中毒が発生――」

集団失神の原因は、キャスターであることは判明した。
周囲の人間から魔力を集め、拠点に篭もり、力を蓄えるのは彼らの常套手段だ。
命まで奪う気はないらしいと判断し、放置している。いずれは戦う必要があるだろう。

もう一つ変わったことと言えば、セイバーがアーチャーに全く話しかけなくなったことだろうか。
士郎・セイバー陣営との同盟に意義はあまり感じないが、
現時点でセイバーを敵に回す必要が無いのは大きかった。
手負いの獅子は、危険なのである。


Interlude 2

イリヤ「バーサーカー!?」

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■・・・・・・・」

目の前でバーサーカーが倒される。
倒したのは、『奴等』だ。

ニタニタ狂気の笑みを浮かべながら、敵が迫ってくる。
「「「我らの無念、思い知るが良い」」」「「「死ね」」」
首に手をかけられる。魔術が上手く使えない。出した右腕がちぎられる。

イリヤ「あ゙」
痛い。声が出せない。苦しい。助けて、バーサーカー・・・

イリヤ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

大声と共に、目が覚めた。

イリヤ「はあっ、はあっ、はあっ」
イリヤ「うっ」ズキッ

三日前の戦闘で負傷した右腕を見る。
イリヤの人形のように美しかった腕は、今やどす黒く変色している。腐敗のようなものは、肩まで広がっていた。
過呼吸気味だった呼吸を整える。

イリヤ(どうして。どうして、治らないの?)

女「お嬢様!?どうかなさったのですか」
女「イリヤ。大丈夫?」

メイドが二人駆け込んでくる。セラとリズだ。

イリヤ「心配しないで。私なら大丈夫よ。悪い夢を見ただけだわ」

セラ「悪夢を見られたのですね。しかし、これで三日連続ですよ」

セラ「せめて、三日前に何があったのかお教えくださらないと心配でなりません」

リズ「イリヤ。話して」

イリヤ「ちょっと敵に手こずっただけ。傷も魔術が効いてるし、すぐに治るわ」

セラ「しかし・・・」

イリヤ「しつこい。主人が心配するなと言ってるの。メイドなら、主人の言うことを聞くのが仕事よ」

セラがしぶしぶ引き下がる。
彼女の目から見ても、治癒が効いているとは到底思えなかった。

イリヤ(もしこのまま治らないなら、たぶん、長くはもたないわ)

イリヤ(ダメなら、早く、決着をつけないとね)

イリヤ「ん゙っ」ズキッ

再び痛みが彼女を襲う。起きている間はずっとこうだ。眠れば、再び悪夢を見る。
夢と割りきれてしまえば良いのだが、自らの無意識が及ぶ範囲ならあらゆる悪夢を再現させられている。

イリヤは水を一杯飲むと、再び眠りにつく。
とにかく、右腕の傷さえ治癒してしまえば、問題はなくなるはずなのだ。
自らの魔術と魔力を信じて、眠りにつく。しかし、彼女はすぐにうなされていた。

リズ「イリヤ・・・」
そっと顔の汗を拭く。
夢の中から彼女を救い出すのは、アインツベルンが誇るホムンクルスをもってしても不可能だった。

戦場の悪夢からは、未だ醒めない。

休日は忙しいので、更新はできません。
日数的には、一応折り返し地点まで来ました。

四日後。初めての休日が訪れた。凛が学校での決戦に向けて、部屋にこもる。
手持ち無沙汰のアーチャーが、衛宮の魔術特訓をサポートすることになった。

士郎「このロウソクの明かりを強くするんだが、上手く行かないんだ」

男「とりあえず、魔術を展開している貴方を解析してみましょう。」

男「では、お願いします。」

衛宮が意識をガラスに入ったロウソクに集中させる。
炎が少し揺らめくと――
ガラスの容器が粉々に砕けた。

士郎「あー。また駄目だったか。なにか分かったか、アーチャー?」

返事がない。

士郎「アーチャー?」

振り向くと、アーチャーが驚き、立ち尽くしていた。
想定外の事態に巻き込まれた人間は、こういう顔をするのだろうか。

男「衛宮君。君は、そうだな。果物ナイフに、強化の魔術を施してくれないか?」

士郎「分かったよ。でも、強化もほとんど上手くいったことは無いんだ」

土蔵に落ちていたナイフを取り上げる。
目をつぶり、意識を向ける。

「―――同調、開始」(トレース、オン)

「―――基本骨子、解明」
「―――構成材質、解明」

「―――構成材質、補強」
「―――全工程、完了」(トレース、オフ)

士郎「成功したぞ、アーチャー。こんなにうまくいくのは珍しいんだ」

士郎「何か分かったか?」

男「分かったことが二つあります。」

男「一つは、貴方が練習するべき魔術の方向性です。もう一つは、貴方が辿り着くであろう最終地点です。」

士郎「今ひとつハッキリしない答えだな。詳しく教えてくれよ、アーチャー」

男「確認ですが、君は一から剣、或いはそれに類するものを作ったことがありますか。」

士郎「昔、一回だけ作ったことがあるけど、爺さんに効率が悪いからやめろって言われてから作ってないぞ」

男「そうですか。」

男「貴方の魔術は剣という方向性で、ほぼ固定化されています。」

士郎「剣という方向性?」

男「基本的に、剣にまつわる魔術しか、貴方は使えません。」

男「原子を認識し、分子を理解することは、それの派生に過ぎないのです。」

男「投影の練習を、凛に頼んでしてもらいなさい。凛は基本が完璧ですので、役に立つと思います。」

士郎「なんだ、アーチャーが教えてくれるんじゃないのか?」

男「私は根本的に違う部分が多いので、教えるには不的確ですね。」

男「曾子も、習はざるを伝ふるか、と古来より戒めております。避けたほうが良いでしょう。」

士郎「そうか。それで、もう一つは何なんだ?最終地点、だっけ」

男「貴方は、剣を内包する世界を持っています。」

士郎「ちょっと待ってくれ、意味がわからない。」

男「言葉のとおりです。貴方の使える魔術は剣にまつわる物のみです。」

男「そして、その魔術は、その世界から引きずりだしたものに過ぎません。」

男「私が判明していることは以上です。とにかく、凛との鍛錬を欠かさないでください。」

士郎「・・・ちょっと腑に落ちないけど、分かったよアーチャー」

男「試しに、一本作ってみてください。お手伝いしますから」

士郎「そう言われてもなあ。 随分と久しぶりだから、どうなるか分からないぞ」

士郎が何もない空間に手を出す。
士郎「―――投影、開始」(トレース、オン)

先程よりも、無駄な工程が少ないため、アーチャーもほとんど何もしなかった。

士郎「ほら、これだ」

士郎が先ほどのナイフとそっくりなものをアーチャーに手渡す。
アーチャーがナイフを賛美する。
普通、投影魔術では、形状を現世で保ち続けるのは不可能に近いことであるらしい。

士郎「そろそろ昼飯の準備をするか」

二人とも居間に戻ると、衛宮が支度を始める。
ちょうど、凛も作業を終えたらしく、顔を出してきた。
衛宮の魔術回路について伝えると、少し驚いた顔をする。

凛「あら、そうだったの。基本があまりにもできてなかったから、気づかなかったわね」

どうやら、彼女のうっかり属性を発揮していただけらしかった。

昼食ができたが、セイバーが居間に来ないので、士郎が呼びに行った。
ここ数日、彼女が食事の時間をずらして、極力アーチャーを避けている。
そのことに、士郎は気づいていない。

セイバーと士郎が居間に入ってくる。
セイバーがアーチャーを見て、明らかに暗い顔をする。
それには触れずに食卓を囲む方が、互いのマスターの友好関係に重要だろう。

しかし、今日は特にひどく見える。
もっとも士郎は、それに気づいていないようではあったが。

士郎「遠坂は部屋で何してたんだ?」

凛「準備よ、準備。敵の胃袋に飛び込むんだから、完璧な計画で望まないと駄目じゃない?」

男(完璧にぽっかり大穴が開いているとか言うと、機嫌を損ねるんでしょうなあ・・・)

食事を終えると、衛宮はセイバーとの稽古に行き、凛はまた部屋に戻っていく。
屋敷の強化がひとしきり終わり、再び手持ち無沙汰になった。久しぶりの休日だ。

男(さて、衛宮邸の生物相でも調査しますか。面白い発見があると良いのですが)

あまりやることは変わらないようだ。

衛宮邸(夜)

男「だから、士郎君も趣味を持ちなさい。人生は楽しまねば、損なことしか残りませんよ。」

アーチャーが偉そうに説教する。
一日中、ほとんど休まずに働き詰めていたのが目についたようだ。
凛が加勢する。彼女にも思うところはあるようだ。

凛「アーチャーの言うとおりよ。大体、士郎は自分が楽しむことに関しては本当に無頓着なんだから」

凛「他人に尽くすだけ尽くして、後は何も望まないなんて、そんなのロボットじゃない」

士郎「ロボットなんて、失礼だな。やることが多くて、休んでいる隙がないだけだ」

凛「休んだことや笑ったことなんて無いくせに」

士郎が言葉に詰まる。

凛「だいたい、毎日自殺まがいのことをしていたなんて、精神がどこかおかしいのよ」

凛「貴方はもっと自分のことを考えなくちゃ駄目」

士郎「あーあー、わかったよ遠坂。これからは休むから、もう勘弁してくれ」

奥へと引っ込んでいく士郎。どうやら形勢不利と判断したようだ。
戦略的撤退である。
お茶菓子を持ってご機嫌を伺いにくる様子は、さながら尻に敷かれた亭主のようだ。

士郎「それで、今日はどういう練習をするんだよ遠坂」

凛「んー、それを考えていたのよね。私も投影魔術なんてマイナーなものはよく知らないし」

士郎「なんだ、遠坂もあまり詳しくないのか」

凛「すべての魔道士に聞いても、恐らく専門外だと思うわ。補助的にしか使わない魔術でしょうし」

凛「とりあえず実践あるのみ、というのが一番じゃないかしら」

凛「どのみち、きちんとした形で魔術が行使できるようになるのは10年はかかるから」

士郎「10年もかかるのか・・・ 今回には役に立ちそうもないな」

士郎「やっぱり、セイバーに剣を教えて貰っている方が良いのか」

凛「あら、役に立つかどうかなんて、やってみないとわからないじゃない」

凛「とりあえず練習よ、士郎。貴方の作った剣を見てから考えましょ」

士郎と凛が土蔵へと向かう。
ニュースをセイバーとアーチャーがぼんやりと見ていた。
また、ガス中毒事件が発生したらしい。
これが、恐らくキャスターの仕業であることは、既に突き止めている。

学校の魔術は、恐らくライダーの仕業だろう。
キャスターは魔術師の端くれらしく、注意深く、人々から魔力を集めている。
あのように乱暴に集めるやり方は、彼らしく無いとアーチャーは考えていた。

アサシン、という可能性もあったが、魔術に長けたアサシンがいたとしたら、
マスター数人ぐらいはとうの昔に事切れているだろう。
冬木市で殺人事件は、聖杯戦争が始まる前に一回だけ起きているが、それ以降は音沙汰無かった。

男(死体が巧妙に隠されていたら、厄介ですね。魔術を仕掛けたのが、ライダーであることを祈りましょう)

アーチャーが最も恐れているのは、凛に被害が及ぶことだ。
アサシンは、マスターを狙ってくる。
彼としてはサーヴァント戦の方が苦労が少なく好都合だ。

物思いにふけっていると、セイバーがこちらの方を見ていた。
いつの間にか、テレビも消されている。

セイバー「アーチャー」

男「お久しぶり、セイバー。今日は何ですか?」

ここ数日、一切話さなかったことなど無いように、切り返す。
セイバーの表情は相変わらず暗く、声は弱々しい。
それでも、少し落ち着いた様子で話し始めた。

セイバー「あの後、私は士郎に頼んで、歴史書を見せていただきました」

男「歴史書、ですか?」

セイバー「はい。『キョウカショ』というそうなのですが。」

男「ほう。どのように書かれていたか、興味深いですね。」

セイバーの表情が一段と暗くなる。
自殺二歩手前の人間は、こういう顔をする。
そういう顔を、アーチャーは見慣れていた。

セイバー「私が全てを賭けて奮闘したあの歴史は――」

セイバー「教科書に一行も書いてありませんでした。」

高校の教科書、という時点でアーチャーはその答えは予想していたのだが。
当人には、随分とそれが堪えたらしい。

セイバー「ローマの支配が終わると、アングロサクソン人がブリテンに侵略し――」

セイバー「ブリタニアを征服した。ただ、それだけのことしか書いてありませんでした」

セイバー「私のことも、私の騎士団のことも、私の国も。全て無かったことになっていました」

セイバーが引きつった、自嘲的な笑いをする。
自殺一歩手前の人間は、こういう顔をすることもある。

これは危険な状態だ。
アーチャーが話題を変えようとする。

男「貴方は、イギリスの出身だったのですね。」

男「アングロ・サクソンの侵入は、5世紀ごろと聞いております。」

男「異民族と戦いに明け暮れ、教科書に否定されており、剣を隠さなければならない女性・・・」

男「むう。存外に難しいですね。」

セイバー「心当たりがあるのですか、アーチャー」

男「貴方、というより、貴方達の存在は教科書には載せにくいでしょう。」

男「神話というのは、歴史学者が最も嫌うものの一つですから。」

男「世界で最も有名な英雄譚、アーサー王伝説。貴方はそこから来ている御方でしょう。」

セイバー「そこまで理解されていると、こちらとしては不都合ですね」

セイバー「貴方とは、少々話しすぎたようです」

セイバーの関心が、とりあえずは移された。
ほとんど口から出まかせの発言だったが、どうやら大きな情報を釣りあげたらしい。
このまま、話しを切って貰えれば、同居人が失意の内に自害するという事態は避けられるだろう。

いや、聖杯戦争としてはそれで良いのかもしれないが。
聖杯に願うことが無いアーチャーとしては、不本意な形で最期を迎えさせたくはなかった。
それに―― たとえ最後まで勝ち抜いたとしても、彼女の望みはおそらく叶わない。
彼は聖杯の正体に、薄々気づき始めていた。

セイバー「貴方のことを教えなさい、アーチャー。それで五分として許しましょう」

セイバーがとんでもない事を言い始める。
できれば、避けたいことではあるが、逃げられそうもない。

男「仕方ありませんね。ほら、教科書のここのページに載っていますよ。」

セイバー「へえ、貴方はこのキョウカショに載っているのですね」

セイバーがチクリと嫌味らしく言う。
世界で最も有名な伝説の参加者と、比べられるのは不公平だ。

セイバー「あ」

男「おや、何か発見がありましたか。」

セイバーが驚きに目を見開いている。
高校の教科書、しかもセイバーから見れば随分と後の歴史だ。興味があるとはあまり思えない
何か、そんなに珍しいものでも載っていたのだろうか。

男「あ゙」

そう。彼は失念していた。
歴史の教科書になら、必ず載っている。
かつて敵であった、盟友との写真が――

セイバー「ほーう。これは思わぬ収穫です。また後日、これについてはお話しましょう」

男「待ちなさい、セイバーさん。あ、こら。待ってと言ってるのが聞こえないのですか」

男「おい、こら待ちやがれ!あ、痛い、つねらないでください、イタタタタ!」

怯んだ隙に逃げられる。
男は頬をポリポリと掻いて、ため息をついた。

男(よく考えれば、今までばれないほうがおかしかったのです。これからは、気をつけましょう)

しばらくして、士郎と凛が、土蔵から戻ってくる。
凛が、もう指導できることはないと言う。
投影に関しては、やはりあまり詳しくはなかったらしい。

士郎「本当に、剣を作るのが俺の魔術なのか?ナイフしか出てこないぞ」

凛「貴方の技術がお粗末だからでしょ。練習すれば、たぶん剣が出てくるわよ」

士郎「そうだと良いんだけどな」

士郎「アーチャー、服が乱れているぞ。何かあったのか?」

男「いえ、庭に珍しいコオロギがいただけです。異常はありません」

士郎「そうか、なら良いんだ」

士郎と凛が、各々部屋へと戻っていく。その時、凛に呼び止められた。

凛「アーチャー、今から私の部屋に来なさい」

明日から、学校だ。サーヴァントとの決戦が近づいている。
恐らく、その作戦会議なのだろう。

男「了解しました、凛。」

凛とアーチャーが部屋にはいる。
そこには、冬木市の地図が広げられていた。赤い×がいくつか付いている。

凛「何か気づかないかしら、アーチャー」

試すように、凛が聞いてくる。
ここは、サーヴァントとして本領を発揮したいところであった。

男「これは、ガス中毒事件に代表される集団中毒があった場所ですね。」

男「しかし、あまり法則性のようなものは無かったはずですが。」

凛「実はそうでもないのよ」

凛「私の通っている学校周辺と、柳洞寺の周辺では、この事件が起きていない」

凛「本来、霊脈の上にある人間は、その影響を受けて魔力を多く持っていることが多いの」

凛「どうして、そんな美味しそうな人間を襲わないと思う?」

男「――なるほど。感服しました。」

凛「学校の結界は、キャスターの仕業ではない。恐らくライダーで、大穴がアサシンね」

凛「そして、学校周辺ではあまり事件を起こしていない。もう分かるでしょ?」

男「キャスターと、ライダーが同盟を組んでいるということですか。」

凛「そういうこと」

どうやら、洞察力でも彼女には敵わないようだ。
キャスターとライダーが同盟を組んでいる可能性が高いというのは意外だが、
言われてみると案外しっくりくるかもしれない。

不遇なクラスで手を組み、三騎士に対抗するのはうまい考えだ。

男「すると、学校ではライダーとキャスターが襲ってくる可能性があります。」

男「一体だけなら、何とかなるかもしれませんが。二体となると厳しいですね。」

男「セイバーを連れて行くのですか?」

凛「いいえ、あくまでも私達だけでやるわよ」

男「それは―― 危険ではないでしょうか。」

凛「セイバーはともかく、士郎は戦力にはならない。連れて行けば、そこを付け込まれるわ」

凛「駒を一つ、つまらない相手で失いたくはないでしょ?」

凛「それに、私達がこうして同盟を組んでいることは、イリヤとランサー以外、把握していないはず」

男「わかりました。私に、頑張れと仰るのですね。」

凛「その通り!よくできました、アーチャー」

男「からかうのも大概にしてください。それでは、凛には体調を整えてもらいましょう。」

男「おやすみなさい、凛。」

凛「おやすみなさい。アーチャー」

部屋から出る。決戦の日は近い。

男(さてさて、気を引き締めてかからないといけませんね)

アーチャーが天井へ登る。今宵は新月、星を見るにはうってつけだ。
静寂の中、白く輝く星が掻き消えるまで、眺め続けていた。

翌日。
昼休みを屋上で過ごす凛は、アーチャーと相談していた。
昼食は、コンビニで買ってきたペラペラなサンドイッチだ。

凛「だいぶ、酷くなってきてるわね」

結界の作動が、かなり近づいてきていることが、凛にも分かった。
今週中に発動するのは間違いないだろう。

男「まだ、大きな動きを見せている陣営がないのは不気味ですね。」

男「全ての陣営が、この結界に着目しているのかもしれません。」

凛「そうね。こんなバレバレな結界ですもの。こんなことをしてたら、真っ先に潰されるわ」

凛「でも、私は生徒として、堂々と出入りができる。この利点を生かさない理由はないと思わない?」

男「それもそうかもしれません。」

アーチャーは、遠坂凛という人間を理解し始めていた。
魔術師として冷酷な側面もありながら、「心の贅肉」とやらに逆らわない人間的な側面もある。
その二つを、上手く使い分けているのが彼女の在り方だ。

男「アサシンに動きがないのが不気味ですね。」

凛「基本的にマスターを狙うサーヴァントですもの。混乱に乗じて一発逆転を狙ってるはずよ。」

凛「もちろん、貴方なら見破れるわよね?」

男「それは、保証しかねます。もしかすると、とうの昔に我々に張り付いているのかもしれません。」

凛「そうかもね。でも、それなら手を出してこないなら理由があるはずでしょ?」

凛「手を出してきたときは、さくっと斬り伏せれば良いの。期待してるわよ、アーチャー」

アサシンを恐れず、往来を堂々と行動する。
凛の大胆さには、呆れることもあるが、やはり優秀なマスターなのだろう。

男(貴方がマスターで、本当に良かったです。凛)

男「今日の放課後はどういうご予定ですか。」

凛「今日は、学校からはすぐに帰るわよ」

凛「やるべきことはもう全てやり尽くしたし、毎日同じパターンで行動するのは危険なのよね」

男「なるほど。家に戻って英気を養うのですね。」

凛「あら、そんな呑気なことはしないわよ。アーチャー」

凛「今日は、目下のところ潜伏されている可能性が高い柳洞寺を調べるわ」

アーチャーが絶句する。
前言撤回。彼女の大胆さには、呆れるしか無い。

男「いや、それは危険すぎます、凛。」

凛「あら、大丈夫よ。調べると言っても、周りをウロウロするだけだから」

男「しかし、ですね・・・」

凛「キャスターの陣地の近くで行動を起こすのは危ないって言いたいんでしょ?」

凛「だとしたら逆ね。キャスターは自分の陣地を離れて魔力を集めてる。危険なのはむしろ遠方よ」

凛「直接戦闘になれば、アーチャーの対魔力を準備なしに突破するのは難しいと思う」

男「しかし、敵にはライダーが付いている可能性があります。」

男「私の宝具は、戦闘離脱や時間稼ぎには長けています。しかし、正体が分からない以上、警戒すべきです。」

凛「それも大丈夫だと思うわ。」

凛「ライダーは、この結界が作動すれば莫大な魔力を手に入れられる。」

凛「待っていれば、有利な状態に立てるのに、そんなタイミングで私達に攻撃を仕掛けるかしら。」

男「・・・おっしゃるとおりです。」

凛「ね?相手の意表を突いて、ガンガンいくわよ!」

放課後。

予定通り、学校をすぐ後にする。
柳洞寺は学校からは遠いため、それとも上手く要求を満たしている。
いくら理論的に安全とはいっても、わざわざ襲撃を受けやすい夜に見に行く必要はない。

柳洞寺は、冬木の霊脈、その中心地点だ。
聖杯戦争のはじまりの地は、柳洞寺周辺であったと言われている。

柳洞寺に到着すると、注意深く周りを巡る。

凛「なにか分かったかしら、アーチャー」

男「この結界は、普通のサーヴァントなら、そう簡単には通れそうにないですね。」

男「異物を阻む土地、というのでしょうか。自然霊なら通過できますが、サーヴァントは厳しいでしょう。」

男「もし、この中に侵入しようとすれば、正門をくぐるしかないと思います。」

凛「なるほど、守るに堅い土地っていうわけね・・・ アーチャー、隠して!?」

アーチャーが即座に神術を発動する。
凛が空気と一体化し、いわゆる気配遮断に近い状態だ。
普通の人間なら、到底気がつくことは不可能である。

しかし、サーヴァントの気配はまるでない。
凛は、一体何から隠れたのだろうかと訝しんでいると。

凛「もういいわよ。アーチャー」

男「どうしたのですか、凛。」

凛「いや、うちの学校の教師がいたのよ。驚いた、柳洞寺に住んでいたのね」

凛「最近学校が閉まるのが早いから、先生も割りと早く帰れるのかしら」

学校の先生というのが割りと面倒なことを凛は良く知っていた。
授業に部活、顧問の仕事にテスト、雑用が大量にあるのを見て、教師というのは一定の尊敬に値する仕事だ。

凛「まあ、そんなことはどうでもいいわ。どう、なにか分かった?」

男「サーヴァントの気配も遮断されているため、中の様子を探るのは不可能です。」

男「正面から覗けば、分かることもあるかもしれませんが、ライダーとの鉢合わせは避けるべきでしょう。」

凛「そうね・・・ 結局、収穫はなし、ね」

凛「戻りましょう、アーチャー。」

男「ええ。」

二人が衛宮邸へと向かう。
結界が作動するのは明日かもしれないし、来週にまで伸びるかもしれない。
しかし、いずれにせよ今回の聖杯戦争の鍵を握っているのは、学校の結界であった。

衛宮邸(夜)

士郎「そうか、柳洞寺にいったのか」

士郎「最近、一成にもあってないなあ。久しぶりに行くか」

凛「絶 対 に や め な さ い」

家にこもっているため、あまり士郎には緊張感がない。
緊張感はないが、常に張り詰めているのがこの少年の在り方のようだ。
一から魔術回路を作るような暴挙に出るような人間だ。死など、もはや恐れていないのかもしれない。

男(死を恐れない人間、ですか。悲しい歴史が繰り返されることは防ぐべきものでしょうか。)

食事を終え、食器を洗うと、またいつものように士郎は鍛錬だ。
凛は、自室に戻る。発動に備えて、色々準備することがあるらしかった。

そして居間には――
ニンマリと笑うセイバーの姿があった。このような表情は、とても珍しい。

男「何ですか、ニヤニヤ笑って。ごはん粒がほっぺに付いていますよ。」

セイバー「なに、それは本当ですか。」

男「ほら、ここです。」

自分の顔を指して位置を教える。
暫くして探り当てると、ごはん粒をつまんで口に放り込んだ。
少しだけバツの悪い顔をすると、話を始める。

セイバー「貴方は、この国の英霊だったのですね」

男「このような形で真名が判明するとは・・・ 全く、情けない限りです。」

セイバーがクスクス笑う。
笑った姿を見るのは、アーチャーにとって初めてのことだ。

セイバー「騎士は名乗られたら、名乗り返すのが礼儀です。」

セイバー「貴方は名乗ったわけではありませんが、近い行動をとってくれたので特別にお教えしましょう。」

セイバー「私は、アーサー・ペンドラゴン。アーサー王として、この国では知られているようですね。」

アーチャーが目を見開く。
真名を明かしてきたことにも驚いたが、何よりも――

男「アーサー王は、女性、だったのですね・・・」

アーチャーはショックを隠しきれていない様子だ。
アーサー「王」伝説というくらいだから、王様はアーサー。
しかし、目の前の女性が、かの有名な騎士王だとは思っても見なかっただろう。

男「そうですか。これまでの、貴方の話にようやく一本、筋が通りましたよ。」

男「民のために戦い、ブリテンを一時とは言え滅びの運命から救い。」

男「そして、最期には仲間の裏切りに合い、失意の内に滅びたアーサー王。」

セイバー「改めて、おっしゃられると心に来るものがありますね」

セイバー「貴方は、仲間と信じていた人々に裏切られたことはないのでしょう、アーチャー」

男「ええ、その通りです。」

男「全員が、これこそが正しい方向だと信じていた。その結果が国家の滅亡です。」

男「最後に決断を下したのは、私でした。しかし、それは民の代弁者としての決断のつもりです。」

男「民の模範であろうと心掛け、力を振るうことを避け続けた私は――」

男「結局、力でもって、全てを終わらせたようにしか、皆には映らなかったでしょう。」

男「私の目指した在り方は、私の愛する民の前では無価値だったのです。」

男「貴方は―― 最後の最後で、自分の正義を民よりも優先したのでは無いですか?」

セイバーが呆然とする。
「王は人の心が分からない」と言い残して去っていった騎士がいた。
彼女は、そんな彼を惰弱だと思い、気にすら止めなかった。

やはり、自分は王になる器などではなかったのだろう。
覚悟を決める前に、アーチャーが話を続けた。

男「いや、先程は失言でした。」

男「貴方は、王でしたね。自らの正義を示すことは、民よりも重要であるべきなのでしょう。」

セイバー「しかし、私は民のために――

セイバーが途中で言葉に詰まる。
アーチャーは話を遮ろうとはしない。
じっと、次の言葉を待つ。

どことなく、これが彼の言う「民の模範」としての在り方なのだろう、と納得していた。

セイバー「私は民のために、正義の戦いをすると誓ったのです」

セイバー「民を置き去りにした正義の戦いは、私の自己満足に過ぎなかったのでしょう」

セイバー「国を救うために、村を一つ犠牲にした。私の誓いは空虚となり、私の存在価値は無くなった」

セイバー「私の国は、私の無価値さと共に、歴史の闇に葬られたのですね」

セイバーが乾いた声で笑う。
自らの犯してきた過ちの数々を嗤う。
今まで、よくもまあぬけぬけと王などと名乗っていたものだ。

私を王と認めていたのは、結局のところ自分だけだったのだろう。
王を名乗る狂人の誕生である。
このような滑稽なことがあるだろうか。

男「貴方が、自身を無価値だと考えても、民はそれを許さないでしょう。」

男「何故ならば、貴方の理想のために犠牲となった命は、無価値では無いのですから。」

セイバー「それは、犠牲を増やしただけの暗君ということでは――

男「貴方の掲げた理想のため、進んで自ら犠牲なった人々が、どれだけいたのかご存じですか。」

男「『ブリテンの滅びの運命を救う。』ブリテンは確かに、異民族に滅ぼされたかもしれない。」

セイバーが唇を噛み締める。
他人から自らの国が滅んだというのを聞くのは辛いことだ。

男「しかし、その時には既に、貴方の正義は、貴方一人のものではなくなりました。」

男「民全員のものとして、共有されるようになったのです。」

セイバー「それは、一体どういう意味なのです――

男「簡単なことです。貴方の理想を実現させるため、民は千年に渡る努力をし続けました。」

男「貴方の名前が忘れ去られ。貴方の国も、貴方の敵だった国も滅び。」

男「それでも、民は決して、貴方の掲げた理想だけは忘れなかった。」

男「やがて。その国は、異民族の王を平和裏に廃止しました。彼は、最高権力者では無くなったのです。」

男「そして、民のことは民で決める国家として、生まれ変わることになります。」

男「王はいますが、飾りです。しかし、飾りは民の拠る所となる。」

男「わかりませんか、セイバー。民のために働き、挙句憎まれ、犠牲となるべき存在はいない。」

男「民のために民が働く、理想の国家です。」

男「言葉にすると簡単ですが―― その国家のために、夥しい血が流れてきました。」

セイバーは無言だ。
彼女が、何を考えているか分からない。
彼女が、本当に目指していた在り方とは全く異なることかもしれない。

しかし、アーチャーにとって――
それが、彼の人生を決定づけるほど。

その国家と、王の在り方は、理想だったのだ。


男「セイバー。貴方が、もし、王の選定をやり直すというのなら。」

男「貴方が亡くなって、千年の間、戦い続けた民の在り方を否定するという事になります。」

男「既に、貴方は未来に対する責任を負っているのです。」

男「彼らの努力、彼らの犠牲を無意味なものと切り捨てるのが、貴方の正義なのですか。セイバー。」

アーチャーが、激しい口調から一転して、優しく声をかける。
柄にも無く、熱くなってしまったようだ。
セイバーに自らの在り方を否定されることが、彼自身の在り方の否定に繋がる――

そんな自分本位な理由かもしれない。

セイバーが肩をふるわす。
アーチャーが心配になって、顔を覗き込むと、

セイバーは泣いていた。

男「こ、これは、申し訳・・・・・・

しどろもどろに謝罪を述べる。
アーチャーの言葉は、セイバーの耳には届いていない。
男が舌を噛みながら謝罪している様子を、セイバーはぼんやり眺めていた。

セイバー(ああ、この御方は―――)

セイバー(過去と未来を背負い、民と共に歩み続ける王だったのですね―――)

セイバー(死後のことなど、考えもしませんでした。そうですか、私は当に救われていたのですね)

セイバー(他でもない、私が救おうとした民達によって)

彼女の両目から、さらに光があふれる。
アーチャーに、私は問題ないと笑いかける。
その笑顔は、選定の剣を抜いた頃の、無垢な笑顔であった。


********************************

しばらくして、居間にアーチャーが一人取り残される。
士郎には、学校の結界を伝えていない。

最悪、ライダーとキャスターを一人で相手にしなければならない。
自分だけなら良いが、凛を守るには、どうしても足りない。

天井に登る。
今宵は曇天。虫の声に耳を澄まして、朝を迎える。

翌朝。

凛「じゃあ、行ってくるわね。士郎は家にいるのよ」

士郎「なんだ。今日はやけにしつこいじゃないか、遠坂」

凛「いいから。絶対に家にいるのよ」

士郎「わかった、わかった」

凛とともに学校へ向かう。
校門から学校に入ると、ぐっと空気が重くなった。

凛(アーチャー)

男(ええ。恐らく、今日でしょう。)

何食わぬ顔で教室へと向かう。
その横顔は、心なしか緊張していた。

授業が一つ過ぎる。授業の二つ目が終わった。
昼食を取るために、屋上へ上がった時――

世界が赤く染まった。結界の発動だ。

凛「アーチャー!」

男「問題ありません、凛。宝具は問題なく作動します。」

唐突に男が現れる。便利な宝具だ。

坂本「日本の夜明けは近いぜよ!!!」

凛(何かキャラが変わってない、アーチャー?)

男(久しぶりの手番で血の気が多くなっているのでしょう。)

坂本「あこに何かあるちゃー!」

凛「あ、こら、待ちなさい!」

教室は、阿鼻叫喚と化していた。学生が皆、倒れている。

他者封印・鮮血神殿<ブラッドフォート・アンドロメダ>
それは、効率よく血を摂取するための、胃袋のようなものだ。

男「一階からサーヴァントの気配がします、急ぎましょう・・・!?」

アーチャーが足を止める。
周囲を竜牙兵で囲まれた。骸骨剣士も真っ青の姿形だ。
彼らとは、ガス中毒事件の現場で交戦したことがある。
それほど難しい相手ではないが――

男(やはり、ライダーとは仲間ですか。厄介なことになってきましたね)

龍馬と凛がさっさと下へ降りていく。
純粋な戦闘力なら、彼のほうが遥かに上なのだ。

男(まあ、宝具は彼で占有されてますし、もう私にできることは、ほとんどありません・・・!?)

アーチャーは窓の外を見て、驚愕した。

男(なぜ二人がいるのです!)

校庭には、どうしてか、士郎とセイバーがいた。

士郎「なんだか怪しいと思ったら、大変なことになってるじゃないか」

士郎「行くぞ、セイバー」

セイバー「ええ、一階からサーヴァントの気配がします。行きましょう」

二人が周囲に警戒をしながらも、一気に進んでいく。
しかし、玄関から入ろうとしたところで、多数の竜牙兵に阻まれた。

セイバー「この程度、足止めにもなりません!」

斬っていくセイバーだが、動きに覇気がない。
やはり、魔力の供給が不十分、というよりゼロに近いのが祟っているのだろう。

士郎「投影、完了」

士郎が長剣を複製する。いつぞや見かけたものだが、正確な記憶はない。
しかし、剣から使い方が伝わってくる。

士郎(よし、何とかなる)

士郎とセイバーがゆっくりと前進していく。
目指すは、一階の教室だ。

坂本「どきーや!!!」

坂本龍馬、と名乗る男が片端から竜牙兵を叩き斬っていく。
ものすごい勢いだが、凛は置いて行かれそうだ。

凛「ちょっと、待ちなさ・・・

爆音がして、凛の横を弾丸が掠めていく。
彼が撃ったものだ。
自分のすぐ後ろにあった竜牙兵が飛び散る。

凛「危うく当たるじゃない!マスターを潰す気なの貴方!?」

坂本「すまんにゃ―!後ろにきぃつけやー!」

前だけしか見ていない男だと思ったが、存分視野が広い。
他人を駆使して戦うことに、坂本龍馬という男は長けているのかもしれない。
凛は、自身の守備範囲だけに集中していれば良い。後は、彼が始末をつけてくれる。
2階まで降りてこられた。

踊り場は竜牙兵で埋め尽くされている。
この突破には、少し時間がかかりそうだが――

凛「ガント!」

魔力の塊が放射され、竜牙兵に当たる。
それなりに怯むが、効果は薄い。しかし、それで十分だ。

坂本「とりゃっ」

気合の入らない掛け声で、隙のできた相手を崩し、斬り進む。
一連の動きには、無駄がない。
あまりに呆気無く倒していくため、相手の手強さを勘違いしそうである。

坂本「そろそろ一階に着くちゃー」

どうやら、気がつけば一階まで降りてきたらしい。

凛「サーヴァントの気配は分かるかしら?」

坂本「わかっちゅう。また敵が湧いてきちょるけ、すっといかーよ!」

一階には、更に多くの竜牙兵が待ち構えている。
しかし、凛は不思議と不安ではなかった。
坂本龍馬。万全であれば、この程度、修羅場ですら無いのだ。

三階・廊下

男「・・・・・・」

アーチャーは動かない。
竜牙兵に最初はパンチやらキックやらしてみたが、余り効果はなかった。
対魔力は、魔術にのみ有効である。物理攻撃を和らげてくれるわけではない。

彼の頭には、たんこぶができていた。

男「・・・・・・」

アーチャーは動かない。
神術を使い、周囲の空気と一体化したが、これは動けば気づかれる。
先ほどまでいたはずの敵を探し、竜牙兵がそこら中にいる。

廊下のどまんなかで、息を潜める。
それほど強い敵ではないと断じた竜牙兵だが、丸腰の彼にとって十分な脅威であった。
アーチャーは、作戦を練り続ける。

男(さて、どうしましょうか)

作戦立案という名を借りた、逡巡であっただけかもしれない。

一階・玄関

セイバーと士郎が竜牙兵の波を突破する。
心なしか、敵の勢いが落ちてきているようだ。
セイバーが次々と相手を切り伏せる。

そして、とうとう、本丸に出くわした。

セイバー「でりゃあああああああ!」

セイバーが目の前にいるサーヴァントに斬りかかる。
敵は妖艶に笑うと、衣を翻して、中空に消えた。

セイバー「士郎!まだこの周囲にいるはずです。気をつけてください!」

士郎があたりを見回す。
後ろから気配がした。すぐに振り返ると、サーヴァントがいる。
彼女が、自分に術をかけてきた。

士郎が後ろに2,3歩よろめくと、すぐにセイバーが斬り伏せた。

キャスターが叫び声を上げ、虚空に消える。
術の発動は、不完全であったらしい。

士郎「はぁっ、さっきのは危なかった。手応えはどうだ、セイバー?」

セイバー「敵の本体ではなかったようですが、効果はあったようです。敵が消えていきます。」

その場で竜牙兵が崩れ落ち、主人と同様に虚空へと還っていく。

その時、上の気配にセイバーが気がついた。

セイバー「士郎!下がりなさい」

上からなにか落ちてくる。それが無様に着地して尻もちを付いた。

男「君たちは・・・何をしているのですか?」

アーチャーが怒ったように話しかけてくる。
着ている服は、ボロボロだ。

セイバー「そちらこそ、何をしているのです。凛はどうしましたか?」

男「凛は、私の宝具で守られています。私よりも役に立つはずです。」

男「学校には来るな、と凛から申し上げられたはずですが。」

士郎がバツの悪そうな顔をする。

士郎「ほら、今日は遠坂の様子がおかしかっただろ」

士郎「何かあるかもしれないと思って、お前らを助けに来たんだ。――まずかったか?」

アーチャーが溜息をつく。
自らの命を危険にさらして救援に来た相手を無碍にできるほど、彼は冷徹にはなりきれなかった。

男「仕方ありません、来てしまったからには戦力として数えましょう。」

男「ライダーとキャスターが手を結んでいるようです。彼らを撃退しましょう。」

セイバー「キャスターなら撃退しましたから、残りはライダーのみですね」

男「・・・そうですか。」

男「戦闘力の差とは悲しいものですね」ボソッ

セイバー「何かおっしゃいましたか、アーチャー?」

男「いいえ、何も。急いで教室へ向かいましょう。」

三人が教室へと向かう。
既に、凛は教室に踏み込んでいるようだ。

セイバー「貴方はライダーと交戦していたのですね。手強かったですか?」

アーチャーは返事を返さない。
沈黙は金、とはよく言ったものだ。

凛「何よこれ・・・?」

一階の教室は、机や教卓が吹き飛んでいた。激しい戦闘の跡だ。
そして、背面黒板に―――

サーヴァントが磔になっていた。

慎二「ひいいいいい!命だけは助けてくれ!」

横で慎二が怯えている。彼がマスターだったとは驚きだ。
ライダーの首が、その場で360度回転すると、ボテッと落ちる。
そのまま、それは消えていった。

慎二「この役立たずが!こんなクソサーヴァントじゃまともに戦えるわけないだろ!」

坂本「此奴はどうするが?」

慎二が、ひっと息を呑み、黙る。
首には無機質な刀が当てられている。いつ跳ね飛ばされても、おかしくない。

凛「やめなさい、そいつは脅威じゃないわ」

刀を下げられると、とたんに慎二が喋り出した。

慎二「そうだ、遠坂。俺はお前の敵じゃない。ここからは逃がしてくれ!」

凛「ええ、必要な情報を話したら逃がしてあげるわ。」

坂本「おまんはそれでええだが?」

凛「三流にすらなれないマスターなんて、脅威じゃないもの」

凛「こいつがどういう経緯でマスターになれたかなんて知らないけど、魔術師でない以上、どうでもいいわ」

慎二「三流にすらなれない・・・?僕のことを言ってるのか?」

凛「ええ、そうよ。覚悟もなく、魔術師としての技量もなく聖杯戦争に参加した貴方は、三流以下よ」

凛「こっちは、遊びじゃないの。早く、誰がライダーを攻撃したのか言いなさい」

慎二「僕が・・・三流以下・・・」

慎二がブツブツとつぶやいて、黙る。

凛「ほら、早く言いなさいよ。死にたいの?」

慎二「黙れ」

慎二「だまれだまれだまれだまれ!」

慎二「僕を誰だと思ってやがる。間桐家の跡取り、間桐慎二だぞ!それを三流以下だと・・・」

慎二「お前のような出来損ないに教えてあげる理由はないね」

凛「じゃあ、もういいわ。いずれ分かることですし。」

凛が次の言葉を告げる前に、いつの間にか入ってきたアーチャーが声をかけた。

男「そこまでです。」

坂本龍馬が消える。
凛は後ろを振り向くと、アーチャーの他に、余分なおまけが二つ付いてきていた。

凛「は?」

士郎「やあ、遠坂・・・」

慎二「衛宮、助けに来てくれたのか!今こいつに侮辱されたんだ。やり返してくれ!」

凛「士郎、どうして学校に来てるのよ!今日は絶対に来るなと言ったじゃない!」

二人に叫ばれて、困惑する士郎。
凛は、「ああんもう、計画が台無しじゃない」と呟いている。
とりあえず、凛から対応することにした。

士郎「すまん、遠坂。今日は何かあると思って学校に助けに来たんだ」

凛「とりあえず、家に戻ったら説教だから。今、ライダーを倒した相手をこいつから聞き出してるの」

士郎「慎二がマスターなのか?」

凛「ええ、そうよ。魔術師になれないくせに、こいつは何をしてるのかしらね」

慎二が激怒して、大声で叫ぶ。
何を言ってるのか聞き取れないが、侮辱に対して反応しているのは分かった。

男「いい加減にしなさい、凛。相手の立場を尊重するべきです。」

男「慎二君、と言いましたか。何がありましたか。」

アーチャーが屈んで、目線を間桐慎二と合わせる。
半狂乱になっていた慎二だが、アーチャーに声をかけられると、驚くほど静かになった。
そして、ポツポツと語り出す。

慎二「僕は、確かに魔術師としての才能はない。それで、爺様には毎日嫌味を言われた」

慎二「今回の戦争に勝てば、魔術師として認められると思ったんだ」

慎二「でも、召喚されたサーヴァントは役に立たない上に、すぐに敗北した」

慎二「あんな雑魚で戦えって言われても、どうしようもないだろ!?」

男『ああ、そうですか。』

男『貴方は、最善を尽くしました。それは不本意な結果に終わったかもしれませんが――』

男『――どうか、自らを責めないでください。』

慎二「あ」

慎二が声にならない声を上げる。
短いやり取りの中で、彼の心は、確かに浄化されていた。
間桐家で魔術師として失望され、暴言を吐かれ続け、不必要となった存在。

彼の苦い人生が、終わりを迎える時が来た。

慎二「御言葉、ありがとうございます。」

慎二が深く頭を垂れる。
傍若無人であり、同級生を犠牲にしてでも事を成そうとした面影はない。
一体どんな心境の変化があったのか、彼とアーチャー以外は誰も把握してはいなかった。

男「誰が、やりましたか。」

慎二「葛木宗一郎という教師です」

男「そうですか、ありがとう。」

慎二が深々と再び頭を下げる。
ごめんなさい、ごめんなさいと呟き続ける彼の頭を柔らかく叩くと、
アーチャーは部屋からの退出を促した。

慎二がふらつきながら出て行く姿を、皆が呆気にとられた様子で見送る。

凛「あなた・・・一体どんな洗脳魔術を使ったの?」

男「いえいえ、ああいう人間は意外と根が深いですからね。」

答えになっていないが、なんとなく凛は納得した様子だ。

凛「とりあえず、救急車を呼びましょうか。事情は後で聞くけど、とりあえずここを離れるわよ。」

士郎「分かったよ、遠坂。」

学校の電話を借りて、士郎が通報する。
倒れた学生を後においていくのは心が引けたが、命に別状はないと言われて士郎は安堵した。
作動してすぐ、ライダーは倒されていたらしい。

凛(ライダーを倒したのは、葛木宗一郎。本当かしら・・・)

帰途に付く間、作戦を立て直す。
想定とは違ったが、少なくとも良い方向に転がり始めたのは、間違いなかった。

衛宮邸(夕)

凛「わかった?次から私の言うことはきちんと聞きなさい?死にたくなかったらね」

士郎「だから、反省してるって言ってるだろう、遠坂」

凛「どうだか。貴方みたいな頭の悪い人間には、何遍も同じことを言わないと駄目よ」

士郎がうんざりとした顔でアーチャーに助けを求める。
アーチャーは首をふった。
凛の猛攻に、巻き込まれたくはない。

セイバー「ところで、凛。葛木宗一郎が、柳洞寺にいるのは間違いないのですか?」

凛「間違いないってわけじゃないけど、可能性は高いわね」

凛「あいつが寺に入っていくのは見かけたし、柳洞寺にはサーヴァントがいる。たぶんキャスターね」

凛「とにかく、キャスターがライダーを潰してくれたのは、こちらにとっては好都合よ」

男「結局、同盟は杞憂だったということですね」

凛「そうね。唯一まずかったことは、私と士郎の同盟関係が相手に露呈したことだけよ」

ジロリと士郎を睨む。
士郎といえば、知らないふりをして料理に勤しんでいた。

凛「忘れてたら困るけど、同盟はバーサーカーを倒すまでよ」

凛「バーサーカーを倒せば、貴方達とは敵同士なんだから!」

凛がご親切にも忠告している。

アーチャーが少し考える。
士郎には、聖杯にかける望みはない。
ただ、去年の火災の原因が聖杯戦争であれば止めねばならない、と考えているようだ。

アーチャー自身にも願いはない。
セイバーは、どうかわからない。恐らく、願いは無いのだろう。

凛は、力を示せば十分だ。

男(とんだ茶番戦争ですね。誰も闘う理由は無い、ということですか・・・)

凛「とにかく、今日はバーサーカー戦の計画を練るわよ」

凛「ああ、士郎は魔術訓練をしておきなさい。今は少しでも戦力が欲しいから」

士郎「分かったよ、遠坂。話も大切だけど、全員飯だぞ。」

ご飯と聞いて、セイバーがいそいそと席に着く。
アーチャーは、料理を運ぶのを手伝った。
全員が席につくと、食事の始まりだ。
「「「「いただきます」」」」

戦争とは関係のない話をダラダラとする。
戦士に休息は不可欠だ。

士郎「こういうふうに食事を囲む日も、もうすぐ終わりだな」
士郎が、そうポツリとつぶやいていたのが印象的だった。

衛宮邸(夜)

セイバーは、やはり体調が良くないのか、すぐ部屋に戻って眠っていた。
士郎は、土蔵にこもって訓練の最中である。

凛「今の敵は、ランサー、キャスター、アサシン。そして、バーサーカーね」

凛「キャスターは、柳洞寺で葛木を操っている可能性が高い」

凛「バーサーカーは、アインツベルン城にいるんでしょうけど・・・詳細は不明ね」

凛「ランサー、アサシンは消息不明」

男「目下のところ、バーサーカーに勝てそうな陣営は我々だけですね。」

凛「そうね。状況は圧倒的に不利よ。たぶん、イリヤは静観してるんじゃないかしら」

凛「ライダーが倒れた以上、そろそろ動いてくる可能性もあるわね」

男「いよいよ、聖杯戦争が本格的に動き始めたということでしょうか」

凛「そうね。今回は、たぶん短期決戦になるわよ」

凛「バーサーカーは、一気に全陣営を片付けるだけの戦力を持っている」

凛「バーサーカーが、途中で倒れたら、最も戦力を温存した陣営の勝利が確定よ」

男「なるほど、良くも悪くもバーサーカー次第になりますね。」

凛「そういうこと」

凛「バーサーカー戦は、私が準備しておくから、アーチャーは屋敷の守りを固めておいて」

男「もはや、できることはほとんどありませんが・・・ わかりました。」

二人の話が終わる。
凛が居間から出ようとした所を、士郎に引き止められた。

士郎「見てくれよ、遠坂!」

士郎の手には、投影された剣が握られている。
土蔵の奥にあった刀を、投影したらしい。

凛「やったじゃない。何かコツでもあったの?」

士郎「剣を一から作ろうとしても上手くいかなかったんだ」

士郎「でも、剣そのものを再現しようとしたら、流れるように上手くいった」

凛「あら、上手く行って何よりね。コツを忘れないように、何度も練習したほうが良いわよ」

士郎「わかったよ、遠坂。今日は頑張ろうと思う」

凛「ほどほどにね」

凛があくびを一つする。
今日は長い一日だった。
「おやすみ、士郎、アーチャー」

「おやすみ」
「おやすみなさい。」

凛が寝床へと向かう。
アーチャーは、複雑な呪文を二つほど追加しようと庭へ向かう。
士郎は、土蔵へと向かった。今日は夜通し練習だ。

衛宮邸(深夜)

男「・・・?」

アーチャーは天井に上り、見張りという名の天体観測をしていた。
土蔵から、士郎が出てくる。
今日はこれで店じまいをするらしい――

と思ったが、門を開けて、外へと出て行った。

男(おや。こんな時に、何か用事でもあったのでしょうか)

アーチャーが士郎の後をつける。
士郎は、暗闇の中を危なげない足取りで進んでいく。
それは、どうやら柳洞寺の方へ向かっているらしかった。

男(・・・怪しいことになっていますね)

アーチャーは油断せず後をつけていく。
キャスターは、ライダーと交戦してそれなりに消耗しているはずだ。
だとすれば、これは――

男(誰の仕業か、突き止めねばなりません)

士郎は、彼のマスターではない。今ここで、術を解く必要はない。
冷徹な判断だが、それでも彼は、自身のマスターの身の安全を再優先とした。

これは、きっと夢だ。

おぼつかない足取りで指示に従う。

こっちに来なさい、こっちに来なさい。

柔らかい声が頭に響く。

声の正体をかんがえようとしたが、とちゅうでやめた。

かんがえるだけ、むだなことだ。

これはゆめだから

こっちにきなさい こっちにきなさい こっちにきなさい

もうなにもかんがえられない

あしをうごかす

みぎ ひだり みぎ ひだり






そして――

衛宮士郎は夢から醒める。

男「!?」

男が士郎を追って柳洞寺の階段を登ろうとした瞬間、悪寒がした。
これは、きっと不味いことが起きる。もちろん、根拠はない。

近接戦に最も強い英霊を召喚する。

坂本「今日は、えらい忙しいぜよ」

アーチャーは、飛び道具にまつわる者しか、呼び出すことはできない。
銃で戦う人間が多いため、英霊レベルの近接戦闘には不向きなのがほとんどだ。
その中にあって、銃の逸話がありながらも剣が一流の、この男を少なからず信頼していた。

男「気をつけていきましょう。何がくるのか、わかりませんよ。」

慎重に石段を登っていく。
そろそろ山門へ辿り着く、という時に上から声が降ってきた。

「すまぬな、お客人。ここから先は、通すわけには参らぬ」

石段の上に、よくは見えないが、人影があった。
龍馬がそれに声をかける。

坂本「おんしゃあ誰なが?」

佐々木「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

坂本「あっしは坂本龍馬やか」

佐々木「そちらは名乗るつもりはない、と」

男「色々と事情がありまして、そういうわけには参りません。」

男「無礼をお許し下さい。」

佐々木「いや、構わんよ。お主は、それほど剣術には長けておらぬだろう」

アサシンが、アーチャーの隣にいる男を眺める。
剣術をある程度鍛えたものならば、佇まいでそれなりに実力が伝わるものだ。

佐々木「互いに名乗りは済ませた―― では、果たし合おうぞ」

佐々木小次郎と名乗る男が、極端に長い剣を抜く。

坂本「物干竿ちゅうのはまっことじゃったか」

龍馬が一気に間合いを詰めると、三合ほど打ち合う。
僅かな間にも、攻守がめまぐるしく入れ替わっているのが見えた。
しかし、アーチャーはこれをのんびり眺める余裕はない。

男(では、脇を失礼するとしましょう)

互いの剣に無我夢中だ。
アサシンがアーチャーを斬るのは簡単だが、それでは決闘にケチがつく。

アーチャーが山門へと駆け上がり、とうとう柳洞寺に侵入した。

男(これは・・・もはや神殿というのが相応しいでしょうね)

柳洞寺の結界は、あくまで外に対する防御だ。
中に入ってさえしまえば、それはサーヴァントにとっては居心地の良い結界だ。

キャスター「あら、外の門番は何をしているのかしら」

キャスターがアーチャーに声をかける。
その手には、衛宮士郎が横たわっていた。

男「アサシンなら、私の仲間と戦っています。良い剣士のようですね。」

キャスター「ここを通さないのが、あれの役目よ。やっぱり、口先だけで役に立たないわね」

キャスターが、士郎を引き寄せる。
複雑な形をした刀を首に押し付けた。
どうやら、動けば命はないということらしい。

男「その男を、人質として考えているなら無駄ですよ。」

男「彼は、私のマスターでも何でもありませんから。」

キャスター「あら、そうなの。では、これでも喰らいなさい・・・!」

キャスターから魔弾が放たれる。
威力は凛のガンドの比ではない。
しかし、アーチャーは微動だにしなかった。

キャスター「無傷ですって・・・?」

もう一度、威力と量を上げて放つ。
爆音が響き、土煙が立ち込める。
しかし、その中にあって、アーチャーは余裕の表情だ。

男「魔力の消費は無駄です。話があります、キャスター。」

キャスター「聞く耳もたないわ。そんな顔、いつまでしていられるかしら」

キャスターが呪文を呟くが、アーチャーは何ら抵抗しない。
そのまま、魔術を直接喰らった。

キャスター「どう、アーチャー。空間が固定化された気分は」

キャスター「さすがの貴方も動けないみたいね。次は無事では済まないわよ!」

キャスターが魔術を360度に展開する。
魔法陣がアーチャーの周囲に広がり、ありったけの攻撃が放たれた。
魔弾のみなら、最大出力の攻撃だ。

キャスター(いない!?)

キャスターは自身の目を疑った。
サーヴァントを消滅させた手応えはない。
しかし、固定化したはずの空間から、アーチャーだけが忽然と消え失せていた。

後ろから、肩を叩かれる。
ゆっくりと振り向くと、アーチャーがにっこり笑って控えていた。

男「話があります、キャスター。」

キャスターがため息をつく。完敗のようだ。

キャスター「なにかしら、アーチャー。つまらない話だったら潰すわよ」

男「単純な話です。我々は、バーサーカーの対策を考えています。」

キャスター「それで?」

男「貴方と同盟を組んで、バーサーカーに対抗したいと思います。」

キャスターが考えるそぶりをする。
その時、暫く前からモゾモゾと動いていた士郎が話かけてきた。

士郎「ここは・・・?」

男「おはよう、士郎。どうやら、キャスターに一杯食わされたようですよ。」

士郎が眠たげな顔をする。話を理解している様子はない。
恐らく、キャスターの魔術から覚醒しきってはいないのだろう。

男「早く決めてください、キャスター。のんびりしていると、セイバーが来ます。」

男「話をまとめなければ、貴方を倒すため、彼女に手を貸さなければなりません。」

キャスター「脅しのような交渉ね。わかったわ、のってあげる」

キャスター「坊やはお返しするわ」

男「賢い選択です。」

セイバー「シロウ!!」

セイバーが階段を駆け上がって、山門に立ち塞がる。
剣を構え直すと、一気にキャスターに突進してきた。
キャスターが魔術を放つ前に、兵士が展開される。

セイバー「これはどういうつもりです、アーチャー!」

男「士郎なら、無事帰してもらえるようです。事情は後で説明します。」

男「撤退です、セイバー。」

セイバーが不満そうな顔をする。
しかし、事情が分からない以上、しぶしぶ話に従った。
セイバーが士郎を支えて、柳洞寺の門をくぐる。

アーチャーが門の脇にいる、アサシンに声をかけた。

男「彼は強かったでしょう。本人も満足のいく最期を迎えられました。」

男「彼に代わって、礼を言わせていただきます。ありがとうございました。」

アサシン「なに、礼を言わねばならぬのは此方だ」

柄のみになった得物を見せる。

アサシン「剣に捧げたこの生涯だが、最初で最後に斬った相手があれならば――
     
アサシン ――まあ、刀も満足であったろうよ」

アーチャー共々、階段を降りていく。
夜の闇に、三人は吸い込まれていった。

Interlude3

坂本「でりゃあああっ!」

一気呵成に踏み込む。物干し竿は、極端に刀身の長い刀だ。
間合いを詰めないことには、勝負にすらならない。

しかし、刀がうまく逸らされる。
間合いを詰めようとしても、アサシンがそれを許さない。
中距離の打ち合いは、流石に分が悪すぎる。

龍馬は大きく下がった。

アサシン「ほう。何か秘策があると見たが、如何に」

坂本「答え合わせぜよ!」

懐から銃を抜く。
アサシンが驚愕の色を見せた。少なくとも、一流の剣士のすることではない。

今度はアサシンから一気に距離を詰める。
それを見越していたかのように、再び刀を手に取り、踏み込んできた。

アサシン「・・・ッ!」

初めて、龍馬の剣が届く距離まで詰められる。
何合か斬り結ぶ。窮屈そうなアサシンではあるが、完璧に攻撃をいなしていた。
2,3歩下がり間合いを取ろうとするが、龍馬の剣はそれを許さない。

気がつけば、元の石段にまで戻ってきていた。

防御が比較的難しい、手元をしつこく狙ってくる。
二段打ち、三段打ちは当たり前のようにやってくる。それらを最小限の労力で躱す。
龍馬が呼吸を置いた時、アサシンが一気に反撃した。

アサシンが力任せに鍔を押し、斬り様に下がる。
一つ一つの動きは直線的だが、全体を見ると円を描いているような剣筋と錯覚する。
少しでも処理を誤れば、三枚おろしの完成だ。

坂本「まっこときついちゃー!」

それでも、発声するだけの余裕はあるようだ。
アサシンの攻撃は途切れないが、間合いが少しずつ近づいていく。
力は互角。剣技はアサシンが格上だ。

ならば―― 根性で喰らいついていくしか無い。

さらにアサシンの速さが増す。
もはや、常人の目では追いつくことは不可能だ。
ギリギリ全てをいなし、間合いから離脱する。銃を抜く隙はない。

一呼吸おいて、龍馬が仕掛けようとした時、アサシンが言葉を告げる。

アサシン「先ほどの剣で斬れぬのであれば、長々とした戦いになろう」

アサシン「緊張の糸が切れて勝負が決まるのは、つまらぬとは思わぬか」

龍馬は返事をしない。
彼の目的は、あくまでも主を守るために時間をかせぐことだ。

アサシン「坂本、といったか。この国の出身ならば、我が剣技はよく知っていよう」

アサシンが構えを取る。
一見、隙だらけだが、その分不気味だ。
龍馬は銃を抜くのを諦めた。恐らく、剣でしか打ち破ることは不可能だ。

上にアサシン。下に龍馬。間合いは、階段8段程度か。

睨み合う。
時間の感覚は既にない。

静寂が訪れる。

殺気を感じているのか、虫の声すらない。

あるのは、二人の息遣いのみ。

アサシンが僅かに動いた。
龍馬が、再び踏み込む。

佐々木小次郎、一世一代の大技が放たれた。

アサシン「秘剣――― 燕返し」

三方向から全く同時に斬撃が襲う。龍馬に躱す術はない。

むしろ、彼は躱そうとはしなかった。
動かぬ一点を狙い、無我夢中で、斬る。
耳に自らの身体が斬れる音が響く。痛みはない。

二人がすれ違う。

ちん、と刀が落ちる音がした。そのままそれが石段を転げる音が響く。

遅れて、血が噴き出る。目は見えなくなった。
それでも、自身が刀を握り続けている感覚は、きちんと伝わってきた。

神経は当に切れている。その感覚すら、幻影かもしれない。

しかし、龍馬は確信して遺言を残す。

坂本「刀は武士の魂ぜよ。おまんとは、引き分けちゃ」

斬られた龍馬が両膝をつく。そのまま、階段に寝そべった。

坂本「まっこと、しょうえい最期で・・・

言葉を終える前に、坂本龍馬が消滅する。
アサシンは手元の柄のみになった刀を見つめた。

アサシン「この身は武士ではないが―― それを言うのは、無粋というものか」

アサシンが一人呟く。
最後の最後で、油断があったのかもしれない。
剣を狙う剣は防ぎようがないが、その行為に意味がないと踏んでいたのは自身の驕りだ。

アサシン「一念鬼神に通じる、とはよく言ったものよ」

アサシン「主への忠義、しかと受け取った」

風がそよぐ。
徒手空拳となった剣士は、それを止めることはしなかった。

**************************
凛は周囲を見渡す。

そこは、一面の焦土。

地平線が見える。
その土地には、何もない。

凛(ここは、一体・・・?)

それは、アーチャーの記憶。夢の風景だ。
以前見たものとは打って違って、なんとも殺風景な光景だ。

凛がよくよく目を凝らすと、人がちらほらいるのが見えた。
一様にやつれ、感情を示さない人間が、ひたすら畑を耕している。

まるで、機械か何かだ。
生きることに意味はない。
空っぽになった人間が、ただ生きている。それだけだ。

凛は恐怖した。
この土地には、何もない以上に、何もないのだから。

***************************
少し時間が飛んだ。
周りの風景が回転する。
焦土だった土地は、建物がちらほら立っていた。どれも、吹けば飛びそうな代物だ。

砂利で作られた沿道には、多くの人が詰めかけている。

凛(あれは、何かしら?)
人々に合わせて、沿道に並ぶ。

遠くから車が来る。そこから、大きな歓声が上がった。
何もかも全てを失い、感情を捨てていた人々。
機械でしかなかった彼らが、感情を取り戻した。

落涙しながら、歓喜に震えて叫ぶ。
万歳。万歳。万歳、と。

車から人が降りる。歓声は一段と大きくなり、そして静まり返った。
どうやら、中心にいる人物が、彼らの話を聞いているらしい。

『あ、そう。』

聴き馴染んだ声が、遠くから響いた。
不思議と、よく通る声だ。
どこからかすすり泣きが、聞こえる。

虚ろな人間は、もうどこにもいない。

そこには、人がいる暖かさが戻っていた。

****************************
さらに時間が飛ぶ。
小屋のような建物は、高層建築物に姿を変えていた。
摩天楼、というのが正しい表現だろうか。

同じ土地とは思えなかったが、凛は確かに、ここがあの焦土だと確信していた。

凛(これは、アーチャーの記憶)

凛(一体、何を表しているのかしら・・・)

凛の疑問は、当然だ。
それは、あまりにありふれた光景だったのだ。

行き交う人々に、あの日の絶望はない。
忙しそうに文句を言いながらも、自分の人生をそれなりに謳歌している。

ラジオが街に流れる。
「・・・慢性膵臓炎との診断を受け、史上初めて開腹手術を受けることとなり・・・」

慌ただしく、人々は流れている。
あの焦土は、まるでなかったかのように。
彼の存在も、まるで大して重要なものではなかったかのように。

時は流れる。
彼の名を冠した時代は、過去の記憶となった。

そして、何もない、平穏な国が成る。

このありふれた光景こそが、彼の願い、なのかもしれない――

どこにでもある、そんな夢の町並みを眺めながら、凛は、そう解釈した。

衛宮邸(朝)

翌朝、凛の叫び声が衛宮邸に響き渡った。

凛「キャスターの術中に嵌った上に、同盟を結んだ!?」

凛「自分が何をしたのか分かってるの?キャスターよ、キャスター」

凛「よりにもよって一番信用出来ない相手と組んでどうするのよ」

男「しかし、士郎が人質に取られてしまった以上、どうしようもないでしょう。」

男「キャスターはアサシンと同盟関係にありました。」

男「バーサーカーと言えども、英霊4人相手では手こずると思いますが・・・」

凛「数は問題じゃないわ。質の問題よ!」

凛「キャスターってのはマスターを裏切ることが一番多いんだから」

凛「ましてや、アサシンと組んでるんでしょ?いつ寝首をかかれるか、分かったもんじゃないわ」

アーチャーが押し黙る。
しかし、あの状況では、他に選択肢は無かったはずだ。

凛「まあ、いいわ。貴方を責めるのはお門違いね」

凛「士郎!」

士郎「だから、謝ってるだろ。安易に術にかかってすまなかった」

凛「そういう意味じゃない!」

凛「だいたい、あんたが学校に行かなければこんなことにはならなかったのよ!」

凛「次からは、ちゃんと私の指示に従うこと。分かった!?」

凛の剣幕に押されて、コクコクと頷く士郎。
実際の所、彼がキャスターを退治したおかげで、随分と楽に学校の件は片付いたのだ。
その点もあって、昨晩はそれほど追求しなかった。

しかし、やはり士郎はマスターとして未熟だ。
そのことを再認識する。

士郎「ところで今日は学校は休みになったらしいぞ、遠坂」

凛「あんなことがあった後じゃ、学校も機能しないでしょ」

士郎「今日はどうするんだ?」

凛「士郎はセイバーの面倒を見てあげなさい。随分と調子が悪そうだから」

凛「あとは、魔術の鍛錬ね。セイバーが満足に動けない分、貴方には強くなってもらわないと」

士郎「わかった」

セイバーは、急いで駆けつけるために、昨晩もそれなりの魔力を消費したようだ。
魔力供給は、相変わらずゼロに近い。
現界していることすら、それなりにきつい状況だろう。

霊体化して、魔力の消費を抑えれば良いのだが、セイバーはそれができない。
生前に世界と契約を結んだためらしかった。

凛(もうひとつやり方があるけど・・・ 正直、そっちは無理そうね)

体液交換を強要して、セイバーに裏切られては元も子もない。
やはり、そちらは慎重に検討すべきだろう。

凛「アーチャー、少し話があるけど良いかしら」

男「なんでしょうか。」

凛「アサシンは、確かに佐々木小次郎と名乗ったのよね」

男「ええ。自らのクラスと一緒に、名乗りを上げました。相当の手練のようです。」

凛「冬木の聖杯戦争は、西洋の魔術が中心となって作り上げてるの」

凛「通常は、西洋にいる英霊しか呼び出せない」

男「私は、東洋の人間ですが。」

凛「そういえば、貴方も変ね。まあそれは置いておくわ」

凛「だから、通常の召喚とは異なる可能性があるの。推論の域を出ないから、危険だけどね」

凛「アサシンは、もしかしたら十分な戦いができないのかもしれないわ」

男「ふむ。」

凛「だってそうでしょ。ライダーとの戦いで、アサシンでなくて一般人の葛木を使った」

凛「少しでも勝算を上げるなら、アサシンを使ったほうが合理的じゃない」

男「だとすると・・・ アサシンは、満足に動けないということですか」

凛「予想に過ぎないけどね。でも、門だけを守らせるアサシンなんて――」

凛「あまりにクラスとかけ離れた運用方法よ」

男「なるほど。では、恐らくキャスターは。」

凛「戦力としてはあまり期待はできないわ」

凛「大凡、私達とバーサーカーが潰し合うのを待っている」

男「そして、現状我々は、切り札であるセイバーをかなり消耗させてしまいました。」

凛「そうね。かなり厳しいけど、やるしかないわ」

凛「何としてでも貴方には生き残ってもらって、キャスターと戦わなくちゃいけないの」

凛「ランサー陣営に動きは無いし、その点が不気味だけどね」

男「今のところ、士郎に頼るしか術はなさそうですね。」

凛「ええ。不本意だけど、バーサーカー戦の後も彼とは同盟関係を続けなくてはならないわ」

男「不本意という割には、どこか嬉しそうですね。」

アーチャーと凛の間に、唐突に沈黙が走る。
どうやら、これは触れてはならない事実だったらしい。

男「では、私は士郎君の様子を見に行って――

凛「待ちなさい、アーチャー。私が嬉しそうってのはどういうことよ!?」

さっさと土蔵へ向かう。
何やら怒鳴られているが、気にすることはない。
後が怖かったが、今の凛を相手にしなければならない恐怖のほうが勝った。


タイミングを測って、士郎に声をかける。

男「士郎、鍛錬はうまく進んでいますか。」

士郎「ああ、アーチャーか。あんまり上手くいってないな」

士郎「剣を再現する、っていう感覚はつかめたんだけどな。剣そのものをあまり見たことがなくて」

男「セイバーの剣はどうです?あれは強力そうですが」

士郎「やってみようとしたけど、絶対に無理だ。根本的に違うみたいだ」

男「ふむ・・・ では、私の宝具にある刀をお見せしましょうか?」

士郎「見せてくれるのか。それは有難いけど、魔力は良いのか?」

男「少しぐらいなら、凛も反対はしないでしょう。」

男「それっ」

アーチャーが中空から、剣をばらまく。
全て、立派な日本刀だ。

士郎「こんなにたくさん出してもらって、良いのかアーチャー?」

男「この刀は私の宝具のために奉納されたものですから。取り出す分には楽な部類です。」

士郎「ありがとう、アーチャー」

男「いえいえ、どういたしまして。」

アーチャーが土蔵から居間に戻る。
幸いなことに、凛は不在だ。
昼食時まで、もう少し時間がある。

男(外を出歩きたいですが、サーヴァントと出くわしてもつまらないですね。)

男(今日は、大人しくしておきましょう。)

待つことの大切さを、アーチャーはよく理解していた。

衛宮邸(夜)

遠坂「よく考えて行動しなさい!全くもう・・・」

遠坂「今日は何もしてないのに、なんだか疲れたわ」

士郎「すまん、遠坂。剣が作れてちょっと調子に乗っちまった」

遠坂「ちょっとじゃないでしょ。剣を10本以上投影するなんて、普通じゃないわ」

遠坂「それで倒れられたら、鍛錬の意味がないんだから」

士郎が珍しくシュンとしている。
普段はあまり反省しているような素振りが無いが、今回ばかりは応えているようだ。

遠坂「セイバーの調子はどう?」

士郎「あまり良くないらしい。今日は一日中寝てた」

遠坂「そう・・・」

士郎の焦りはもっともなものかもしれない。
サーヴァントが不完全な状態で、一歩でも早く力になりたいという願望。
それ自体は良いことだが、それで魔力切れでも起こされれば、元も子もない。

男「今後は、どういう予定で行くのですか。」

遠坂「セイバーがあんな状態だから、今は動きづらいわ」

遠坂「かと言って、こうして何もしていない時間が長いほど、危ないことも確かなのよね」

士郎「この屋敷は、とりあえず安全なんだろ、アーチャー?」

男「一応、可能な限り警戒を敷いていますが、キャスターに突破される程度です。」

男「敵に魔術師がいることを考えれば、過信は禁物かと。」

遠坂「とりあえず、明日はキャスター陣営と話あってみましょう」

遠坂「信用はできないけど、今すぐキャスターに攻撃される理由が無いわ」

士郎「バーサーカーか・・・ 俺たちでやれるのか?」

遠坂「五分五分、って言いたいところだけど、勝率は2割あるかどうかね」

居間に沈黙が訪れる。
バーサーカーの圧倒的な強さが、厳しい現実として立ちふさがっていた。

遠坂「とにかく、今日はもうゆっくり休みましょう」

士郎「そうだな」

話は終わった。
明日にならなければ、作戦らしい作戦は決まらないだろう。
二人が寝床へ向かう。

アーチャーは、縁台に出た。

男(坂本龍馬、か。おかしな男だったが、いなくなれば寂しいものだ。)

Interlude 4

キャスター「役に立たない門番ね!」

キャスターが大声で罵る。
準備はしていたが、アサシンが戦力外となったのは大きな痛手だった。
襲撃を察知してから、主人等を避難させて数十秒後。

生涯を捧げるべき相手に、魔術をかけるのは気が引けたが、背に腹は変えられない。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーー!」

キャスター「来たわね・・・!」

刀があれば、どうなっていたかは分からない。
しかし、唯一の得物を失ったアサシンが、かの大英霊ヘラクレスを止められるはずもなかった。

キャスター「お久しぶり、ヘラクレス。貴方は私のことなんて覚えてないでしょうけどね」

キャスターが全戦力を投入する。
先手必勝だ。

空間固定、時間遅延、空間離断、迷宮発動、最大出力の魔弾。
そのありったけを展開し、叩き込む。

バーサーカー「」

その破壊力をもってしても――
バーサーカーには、傷一つついていなかった。

キャスター「・・・ッ」

空間転移をして、境内の上空に逃げる。
結界に囲まれているため、柳洞寺は逃げ場がほとんどない。

術の解けたバーサーカーが追う。

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!」

門の影には、イリヤが控えていた。
本人は、キャスターの仕掛けたトラップを警戒しているつもりだ。

しかし、実際の所は――――
彼女の全精力が、バーサーカーの消費する魔力に充てられていた。

イリヤが唇を噛みしめる。
痛みに意識を取られれば、たとえ勝利が確定した戦いですら、行方がわからなくなる。

片腕は既に腐り落ち、右肩から異臭を放っていた。

黒い刻印のようなものが、右半身に広がっている。
それは、令呪であり、魔術刻印でもあるイリヤの身体を蝕んでいる諸悪の根源だ。
時間を経るにつれ、魔力の供給が難しくなる。

痛みに必死に堪えるその姿は、バーサーカーを操る多くのマスターが辿った末路を彷彿とさせた。

バーサーカー「■■■!!■■■!!■■■!!」

バーサーカーがキャスターに斬りかかる。
しかし、一瞬早く転移したキャスターが辛うじて斬撃を躱す。
柳洞寺は、文字通り粉々になっていた。

追いかけっこが延々と続く。
しかし、魔法まがいのことが長く続くはずもない。

キャスターが貯めに貯めていた魔力は、すでに底が見えてきた。

とうとう、バーサーカーの刃が彼女を捉える。

キャスター「ギャッ」

魔女らしく斬り刻まれ、無残な最期を迎えた。
正面切って戦えば、キャスターなど敵ではない。

イリヤ「よくやったわ、バーサーカー・・・ 次は・・・」

イリヤが崩れ落ち、石段から転げ落ちそうになる。
それを、バーサーカー持ち前の俊敏さを発揮し、支えた。
イリヤの代わりに、山門が土台から転げ落ちた。

静寂な山に、破壊音が轟く。

バーサーカー「■■■■■■■・・・」

そっと、懐に彼女を抱え込む。
この寺にはもう用はない。

そう考えているかどうか定かではないが、バーサーカーはゆっくりと階段を降りていった。

Interlude5

臓硯「もう一度、はっきりと言わんか。慎二」

慎二「ボ、ボクはもう間桐の家から出るって決めたんだ」

慎二「引き留めても無駄だからな」

慎二「魔術師の才能がない、と言われ続けるのはもう沢山なんだよ!!」

臓硯「ふむ。まあ、出るというなら止めはせぬ」

慎二があっけにとられた顔をする。
臓硯が慎二を全く止めないというのは、慎二にとって意外であった。

しかし、臓硯はおじの間桐雁夜が出て行く時も、別に止めはしなかった。
魔術師としての彼らに、何も期待はしていない。
唯一期待している点があるとすれば――

娯楽の提供だ。

臓硯「慎二よ。一応、お前はマスターだ」

臓硯「命を狙われては、長くは持つまい。教会へ行けば、良いように計らってくれるじゃろう」

臓硯が不気味に笑う。

慎二「お前に心配される云われはないね。まあでも、会うのはこれが最期だ」

慎二「一応聞いておいてやるよ」

慎二が逃げるように部屋を出た。
臓硯と桜が、食卓に残る。

臓硯「桜よ」

桜「はい、なんでしょうかお祖父様」

臓硯「間桐の家を出て行ったものがどういった末路を辿るのか、よく見ておくのじゃぞ」

たまらなく愉快そうに臓硯が笑う。
桜を救おうとして無残な最期を遂げた、哀れなおじを桜は思い出した。
この家から、出ようなんて考えてはいけない。

桜「――はい。」

桜が弱々しく返事を返す。顔色は悪い。
臓硯はその顔を見て、満足そうな表情を見せた。

臓硯(あの男なら、少しは楽しませてくれそうだ)



しばらくして、慎二が教会に辿り着く。
深夜にも関わらず、教会には明かりが灯っていた。

正面の扉を開く。しかし、教会の中に人の気配はない。
独特の長椅子にどっかり腰を下ろすと、神父の到着を待つ。
あの神父とは、何度か会ったことがある。あまり、良い印象は無かった。

言峰「やあ、少年。懺悔ならば、週末にもう一度来ていただけないだろうか」

死んだ目をした神父がするりと入ってくる。
最初の言葉が、これだ。先が思いやられるというものだ。

慎二「懺悔?ボクがそんなことをする必要なんてあるのかい?」

慎二「見りゃあ分かるだろ。聖杯戦争であっけなく負けて、教会に逃げこんだってわけさ」

言峰「ほう。庇護を求める、と」

慎二「もう聖杯なんかに興味はないけどさあ。限りある生命は大切にしないとね」

言峰「フフフ、おかしなことを言う。聖杯に興味がないだと?」

言峰「万能の願望機である聖杯を求めずして、一体お前は何を生きることに求めるのだ」

慎二「そんなこと、聞くまでもないじゃないか。お前ならボクの境遇くらい知ってるだろ?」

慎二「自尊心だよ」

言峰の眉がピクリと動く。
彼にとって、あまり面白い回答では無かったらしい。

慎二「さっさと案内してくれないかなあ。ボクは疲れてるんだ」

慎二「間桐家は教会にそれなりに貢献してるだろ?」

慎二「温かい食事と寝床ぐらいないと、割に合わないね」

言峰「教会は贅沢を禁じる場だ。しかし、最低限のものは用意してやろう」

奥に引っ込む神父。どうやら、ついて来いということらしい。
慎二も奥へと向かう。
その時、なにかとすれ違った気がしたが、それを気に留めることはなかった。

翌朝。

士郎が凛を叩き起こした。
凛が不機嫌そうに目をこする。

凛「なによ、士郎」

士郎「とりあえず、ニュースを見てくれ」

凛がぼんやりと居間へ向かう。
お茶を一杯飲むと、少しは頭が冴えてきた。
テレビの画面に目を向けると、衝撃的な映像が飛び込む。

凛「何なの、あれ・・・」

それは、誰かに向けた言葉ではない。
柳洞寺の全壊。

これが何を意味するか、彼女は瞬時に分かった。

凛「崖崩れではないようね。昨日相談したとおり、とりあえず柳洞寺へ行きましょう」

士郎「わかったよ、遠坂。朝飯は軽くで良いよな」

凛「ええ。あと、セイバーも連れて行きなさい」

凛「万が一、バーサーカーと出くわしたら勝負にならないわ」

二人が素早く支度し、準備が完了する。凛は完全武装だ。
そして、門を出ようとした時――

「よう」

後ろから、唐突に声をかけられた。
四人は一斉に振り向き、臨戦態勢を取る。
このタイミングで仕掛けてくるとは、最悪の展開だ。

ランサー「いや、そういうんじゃねえんだ。今回は」

セイバー「何をしに来たのです、ランサー!」

ランサー「話すとなげえんだが。いつからここは大迷宮になってんだ?」

ランサー「門をくぐった瞬間、異世界に吹き飛ばしやがった」

ランサー「最初は、樽詰めにされて串刺し。お次はレースゲームで爆死。」

ランサー「最期にはバーサーカーに連れ回されて、うっぷ・・・」

何か嫌なことを思い出したのか、見るからに調子が悪そうだ。

ランサー「とにかく、精神攻撃を受けまくって、こうしてここに居る、というわけだ」

男「ああ、それらは私の仕掛けた防御魔術ですね」

男「突破するとは、大したものです」

凛「貴方、ランサーの侵入に気付かなかったの!?」

男「・・・ええ。最後に警報を起動させるのを、失念しておりました」

凛が信じられないという顔をする。
同様のミスを彼女は繰り返しているのだが――
そのことで言い合いを始めては、ランサーどころではなくなる。

凛「まあ、いいわ。何しに来たの、ランサー」

ランサー「マスターの方針が変わってな・・・お前らに加勢してこい、だそうだ」

凛「はあ?貴方を信じられるわけないじゃない」

ランサー「そんなこと百も承知してるぜ」

ランサー「とにかく、バーサーカー相手に俺一人じゃ分が悪いって判断だ」

ランサー「ただ後ろから付いて行って、バーサーカーと殺り合う」

ランサー「文句はねえだろ?」

ランサーの提案に戸惑うものの、従う他ない。
ここで戦えば、唯でさえ少ない戦力がさらに削られるだけだ。
味方だとすれば、十分に心強い相手でもある。

凛「――わかった。ただし、貴方の横にはセイバーをつけるわ」

凛「何か変な動きでもしてみなさい。すぐに始末するわよ」

これはハッタリだ。
セイバーの戦闘力は、ランサーを下回るほど状態が悪化している。


ランサー「あいよ」

短く返事をされる。
一つ、彼に疑問をぶつけてみる。

凛「貴方がここに来たということは、キャスターはやっぱり負けたのね」

ランサー「ああ。バーサーカー相手に完敗だ」

ランサー「それを受けて、嬢ちゃん達がバーサーカー討伐に行くと思ったんだが――― 違うか?」

凛「ええ、そうよ」

士郎「何だ、話が違うじゃないか遠坂」

凛「いいえ、最初からその予定よ」

凛「キャスターが敗北、アサシンと共に滅んだとして考えるとね」

凛「もう、セイバーとアーチャー、ランサーしか残っていないわ」

凛「その三人が手を組んだ以上、バーサーカーが最弱になっているのは今よ」

凛「キャスターが、少しは肉達磨にダメージを与えていることを願うしかないわね」

士郎「なるほど、そういうことか」

ランサー「こっちのマスターも同じ考えだ。ま、短い間だがよろしく頼むわ」

凛と士郎が先頭を歩く。
アーチャーがすぐその背後。
セイバーとランサーが、そこからかなり離れてついてくる。

互いに交わす言葉はない。

バーサーカーとの戦い。
敗北すれば、ランサーのマスターを除いて、全員死ぬだろう。
そんなつもりは、凛にも士郎にも毛頭なかった。

しかし、たとえ僅かな可能性をつかみとって、勝利したとしても―――
そこからすぐにランサーと死闘を演じることになる。

互いを牽制しながら、バーサーカーと戦うのは、非常に窮屈だ。
そんな状態で、勝てるとは到底思えない。

しかも、敗色が濃厚となった時。ランサーを信じる他、選択肢は無くなっている。
生殺与奪が、この場にいないマスターに握られているのは良い気がしなかった。

凛(問題無いわ)

凛(こんな重要な決戦で姿も見せない臆病者に、私が負けるはずないもの)

凛が自分に言い聞かせる。
足取りは、決して軽くはない。

長い距離を、歩き続けた。
緊張感を持ち続けたため、戦う前から少しばかり、疲れている。

アインツベルン敷地内の手前まで辿り着く。
鬱蒼と茂った森には、罠が幾重にも仕掛けられていることが予想できた。

凛とアーチャーが目線を交わす。アーチャーが頷き、先頭に立つ。

男「では、私が解除しながら進んでいきますので、後からついてきてください。」

ランサー「へえ。テメエはキャスターの真似事もできるってわけかい」

セイバー「無駄口を叩く必要はない、ランサー」

ランサー「へいへい・・・ったく、重苦しくってしょうがねえ」

凛「信用出来ない相手に対して当然よ・・・諦めなさい」

ランサーが肩をすくめる。
もっとも、彼に課せられた令呪の縛りと比べれば、何でも無いものだ。
番犬は、それなりに自由な暮らしを、したいものなのである。

アーチャーが慎重に進んでいく。
彼一人なら、イリヤの不意を付く形で進入することすら可能かもしれない。

慎重に進んでいく割には、何か解除する素振りを見せない。

凛「何してるの、アーチャー?」

男「いえ、罠が無いのが不気味でゆっくりと動いてます。」

イリヤは、自分のサーヴァントに絶対の自信を持っていた。
恐らくこれは、彼女が侵入者を恐れないことへの裏返しだろう。
だとすれば、慎重に進むことにあまり意味は無い。

凛「さっさと行きなさい。無いものを探してもしょうがないでしょ?」

ランサー「じれったくてしょうがねえ。慎重なのも大概にしろよ」

ランサーにまで声をかけられる始末だ。
セイバーが何も言わないところを見ると、それなりに不満が溜まっているのだろう。

アーチャーはため息をつくと、いつもどおりの速さで歩き始めた。

それから20歩も進んだだろうか。
足元が爆発してアーチャーが巻き込まれた。

凛「アーチャー!」

男「ああ・・・ 私なら無事です。」

男「よく考えると、私を傷つけられるお手軽な魔術があるとは思えませんね。」

男「さくさくっと進みますから、ついてきてください。」

どうやら、ここは地雷原らしい。手の込んだことをしていたようだ。
爆発させながら、アーチャーが歩き続ける。
危険な匂いしかしないため、残り4人はかなり離れていることに、彼は気づいていなかった。

不意に、足元がなくなる。

凛「今度は落とし穴、っと」

凛「もういいわ、アーチャー。慎重に進みましょう」

穴の底へと叫ぶ。結構深くまで掘られていたようだ。
どうにかしてアーチャーが這い上がってくる。
土埃をはらうと、彼は憤慨して言った。

男「・・・私のあとについてきてください」

男「全く。他人の忠告に従うと、碌な事になりませんな」ボソッ

再び、アーチャーが慎重に足を進める。
その後は、比較的スムーズにアインツベルン城の入り口に着いた。

凛「さあ、いよいよね」

凛「ランサー、貴方が一番最初に入りなさい」

ランサー「貧乏くじを引けってわけかい。まあ外様じゃあ仕方ねえな」

ランサーが扉を開き、中へ入る。
安全らしいことを確認すると、全員が正面から入った。

今回はバーサーカーを討伐するための集団だ。
隠れる必要は、ない。
空っぽの大広間の奥へと、凛は声をかけた。

凛「イリヤスフィール!いるなら出てきなさい」

凛「貴方のことだから、侵入したことぐらいわかってるでしょ!」

イリヤ「・・・うるさい。頭に響くから、静かにしてちょうだい」

イリヤが一階から、バーサーカーを連れて現れる。
凛と士郎は、そのあまりの衰弱ぶりに驚いていた。

凛(なに、この臭い・・・)

腐卵臭と酪酸を同時に嗅いだような、ひどい臭いがする。
何よりも、イリヤの身体だ。

右腕は、恐らくない。
首から顔にかけて、黒いしみのような筋が広がっている。
太ももから、ふくらはぎにかけても同様だ。
恐らく、体幹にも広がっているのだろう。

凛(一体、誰が―― キャスターの術に引っかかった?)

凛(バーサーカーを連れたイリヤに、あんな術を仕掛ける余裕があったのかしら)

士郎「イリヤ。その・・・大丈夫か?」

士郎は素直な感想を口にする。
バーサーカーを連れ、脅威であることは間違いない。
しかし、今目の前にいるのは、瀕死の少女だ。

イリヤ「言いたいことは色々あるようね。」

イリヤ「でも、こっちはあまり時間がないの。」

イリヤ「聖杯を手に入れないとね。そっちから、まとめて来てくれたのは助かったわ・・・」

イリヤ「やりなさい、バーサーカー」

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーー!!!」

凛(うそっ。この前あった時よりかなり強くなってるじゃない!?)

凛(あの時は、狂化はしてなかったってこと?あの強さで?)

ランサー「こっちも、前は全力を出せなくてよ。ちょうど良いじゃねえか」

ランサー「派手にいこうや!」

ランサーが突撃した。バーサーカーよりも、さらに早い。
ステップとフェイントを駆使して、翻弄している。

セイバー「シロウ、私も行きます!」

士郎「ああ、でも無理はするなよ、セイバー」

セイバーが突っ込んいく。
体調は十分ではないが、ランサーだけ任せては意味は無い。
ここで、最大戦力を投入しなければ、敗北が決定する。

バーサーカーが戦斧を薙ぐ。
薙いだ後の隙を狙って攻撃することはできる。
しかし、その攻撃をも狙えるのが、バーサーカーの高い身体能力だ。

セイバーが突っ込んいく。
体調は十分ではないが、ランサーだけ任せては意味は無い。
ここで、最大戦力を投入しなければ、敗北が決定する。

バーサーカーが戦斧を薙ぐ。
薙いだ後の隙を狙って攻撃することはできる。
しかし、その攻撃をも狙えるのが、バーサーカーの高い身体能力だ。

ランサー「ちぃっ。やっぱり、槍が通らねえか」

狙いすました返す刃すら、紙一重で躱す。
ランサーの戦闘力は、決して侮れない。

ランサー「おい。いつまで、その剣を隠してるんだ。さっさと正体示して決着をつけろよ!」

ランサーがセイバーを挑発する。
セイバーは、ランサーとバーサーカーの戦闘についていけない。
本人の能力の問題というよりは―― やはり、マスターの問題だ。

士郎「セイバー!もう剣を隠すのはなしだ。全力でやってくれ!」

セイバー「わかりました、シロウ!」

隠し続けていた、黄金の剣が現れる。

ランサー「ほう、面白いもん持ってるじゃねえか。じゃあ、こっちも――

ランサー「全力といくか!」

ランサーが大きく間合いを取る。
その後を追うバーサーカーの間に、うまくセイバーが滑りこむ。

剣を隠した状態とは、根本的な威力が違うらしい。
あのバーサーカーとも、何とか互角に打ち合っている。

ランサー「刺し穿つ―――   死棘の槍!!!」(ゲイ・ボルク!)

ランサーの必殺の一撃が命中した。因果を逆転し、バーサーカーの心臓が貫かれる。
貫かれるはずなのだが――

ランサー「ちぃっ」

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーー!!!」

バーサーカーが気炎を上げて、ランサーに襲いかかる。
セイバーは堪らず、横に逸れた。
どういうわけか、槍は胸の前で止まると、ランサーの手元に戻ってきてしまった。

ランサー「一体どういうわけだ!!」

ランサーが激昂しながらバーサーカーと激突する。
彼が怒るのも無理は無い。この宝具は、彼の人生の代名詞なのだ。

セイバーが後ろから斬りかかる。
バーサーカーは斬りざまに間を抜けると、再びイリヤの前に戻った。
戦闘も、ふりだしに戻った。

イリヤ「あら、バーサーカーにそんな宝具は効かないわ」

イリヤ「・・・ッ」

彼女を覆っている黒い蔓が、短い時間でより広がっているように見えた。
これは、チャンスだ。

凛「一気に畳み掛けなさい!イリヤは限界が近いわ!」

ランサー「言われなくても、そのつもりだ!!!」

ランサー「力よ――

ランサーが鎧を解除し、ルーン魔術を展開するため上裸になる。
本気で魔術を行使する際は、金属類は厳禁だ。

その隙を逃すバーサーカーではないが、セイバーが再び間を割った。
何合か打ち合う。

剣を解放しているとはいえ、どうしても力負けする。
遮蔽物もなく、上手く立ちまわることも難しい。

先程まで、建物を巡っていたアーチャーが戻ってきた。
直ちに、詠唱を開始する。

アーチャー「この土地は、遥か古来より我が土地である。」

アーチャー「それを返さず、あまつさえ乱すのであれば、朝敵と謗られても文句はいえまい。」

アーチャー「八百萬の神々よ、鬼神となりて我らに加護を授けよ・・・!」

アーチャーが両手を鷹揚と延ばし、声を張り上げた。
セイバーとアーチャーの全てのステータスが、一段階跳ね上がる。

セイバー(このような魔術を持っていたのですか、アーチャー!?)

セイバーが再びバーサーカーと互角になる。
今まで、ステータスの低さは剣技でごまかしていたのだ。
その差が埋まるのであれば、何とか時間稼ぎにはなる。

ランサーの周りに炎が走る。
今度こそ、彼が繰り出したのは必殺の一撃だ。

ランサー「刺し穿つ―――   死棘の槍!!!!!」

バーサーカーの胸が貫かれる。
槍は、一直線に突き破った。

バーサーカー「■■■■■■・・・・

心臓を貫かれたバーサーカーが動きを止める。

凛「よしっ!」

凛がガッツポーズを取る。
この後は、ランサーと戦わなくてはならない。

しかし、これほど被害が少なくて済んだのだ。問題は、無いだろう。
そんなことを考えていると―――

セイバー「いいえ、まだです!」

目の前で、バーサーカーが再生しはじめていた。
再生というのは良い表現ではない。時間の巻き戻しや、呪いの類に近い。

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!!!!」

悪夢が復活する。

イリヤ「・・・バーサーカーの宝具は、彼の生き様そのものよ。凛」

イリヤ「ヘラクレスの12の試練って知ってる?あと11回は倒さないと」

凛がその真名を聞いて、恐怖に震えた。
ギリシャ神話の大英雄、ヘラクレス。
あれは、到底敵う相手ではない。

男「凛、しっかりなさい」

男「バーサーカーは無敵ですが、マスターは無敵ではありません」

男「とにかく戦っていれば、活路は見えてくるはずです」

凛「ええ、そうね・・・ 私としたことが、情けない姿を見せちゃったわ」

凛「セイバー!もう後がないわ。貴方の宝具、解禁しちゃいなさい!」

セイバー「わかりました」

セイバーに、魔力供給はなされていない。
宝具を使ってしまうと、もう長くは現界していられないだろう。
しかし、敵がこれほど手強いならば、出し惜しみはなしだ。

ランサー「刺し穿つ―――   死棘の槍!!!!!」

三度、槍が放たれる。
しかし、再び胸の前で止まると、ランサーの手元に槍が戻った。

イリヤ「同じ宝具は、効かないわ。残念だったわね、ランサー」

イリヤ「ゲホッ」

イリヤの可愛らしさとは程遠い咳がでる。
血が口から垂れ、床を赤く染める。
やはり、長くもちそうには見えない。

セイバー「ランサー、何とか隙を作ってバーサーカーを宙に上げてください!」

ランサー「そりゃまた無理難題だな!気に入ったぜ、セイバー!!」

ランサーが猛然とバーサーカーに突きかかる。
セイバーは後退した。
これから放つ宝具は、対城宝具。周囲への被害は、出来る限り避けるべきだ。

ランサーが槍を振るう。もはや、その速さは神速の域だ。
槍が刺さってはいるが、全て無効らしい。

攻撃は全く効かないのだが―――
それでも周囲を飛び回られると反応してしまう。

ランサーが大きく宙にはねた。
バーサーカーも上へ跳ぶ。

ランサー(これだと厳しいみてえだな)

セイバーは、まだ手を出そうとしない。

槍と斧がぶつかり、火花が散る。
空中戦では、移動ができないランサーが不利だ。
勢いに任せてぶつけた斧で、そのまま天井まで弾き飛ばされた。

バーサーカーが着地する。しかし、ランサーは落ちてこない。
ランサーを仕留めようと、再び大きく跳躍する。

その隙をつき、セイバーが聖剣を構える。
魔力の全てを、この一刀に送り込む。

黄金の剣に、魔力が集中する。
風が渦巻く。

セイバー「約束された―――勝利の剣<エクス・・・カリバアアアァ!!>」

光線が剣に収束し、束となってバーサーカーを貫いた。
そのまま天井も貫く。

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

崩れた天井とともに、落ちてくるバーサーカー。

凛「ふせなさい!」

地面に叩きつけられ、瓦礫が飛び散る。
アーチャーが戦艦のようなものを召喚し、凛と士郎を守った。
鉄に石がめり込む、重低音が響く。

凛「どうなったか分かる、アーチャー?」

男「しばらくすれば分かります。」

アーチャーが戦艦のようなものを解除する。
突き刺さっていた瓦礫が落ち、砂埃が舞い上がった。

砂塵で遮られてはいたが、起き上がる巨体は、朧げながら見えた。

凛「これだけの攻撃を受けて、まだ死なないっていうの!?」

バーサーカーに気を取られて凛は気づいていない。
セイバーが、瓦礫の影で横たわっている。着ていた鎧すら維持できていない。

士郎「セイバー!!」

ぐったりとしたセイバーを、容赦のない斧が襲う。

士郎が飛び出した。

凛「バカッ!」

凛が服をつかもうとしたが、届かない。
このままでは、全滅する――――

ランサー「ボサッとしてんじゃねえ!!」

ランサーがセイバーを蹴り飛ばす。
そのままセイバーが士郎に激突した。

ランサー「俺が時間を稼いでやるから、テメエらはとっとと・・・

「ほう。随分と話が違うではないか、ランサー」

全員が二階を見る。
凛にとって見知った姿が、そびえ立つ。

凛「言峰、綺礼・・・」

言峰「お前には、ただバーサーカーを討てと命じたはずだ。凛や衛宮を庇う必要はない」

ランサー「俺はテメエの言ってることに従っただけだぜ。」

言峰「まあ良い。アーチャー、聖杯が腐りかかっている。早く回収せねば、手遅れになるぞ」

アーチャー「分かっておるわ、言峰。」

アーチャー「王の財宝!」

アーチャーの周りに、夥しい数の宝具が展開される。

凛(何あれ、全部宝具なの!?)

アーチャー「雑種よ、せめて散り様で我を興じさせてみよ」

一気に宝具が射出される。狙いは全て、イリヤだ。
バーサーカーが、主人を守るための盾となった。

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」

幾つか宝具を弾いたが、大部分は身体を貫いた。
傷ついた部分から、再生していく。
しかし、容赦なく宝具は降り注ぎ続けた。

アーチャー「残り4つか。ハッハッハッ、少しはやるではないか」

イリヤ「~~~~~~~ッ!!」

イリヤは言葉を発することができない。
全身の激痛。あまりの痛みに気絶することもできず、白目を剥いている。
彼女の身体は、もはや、黒い回路で覆いつくされていた。

さらに宝具が射出される。
バーサーカーは奮起しているが、攻撃を全て防ぐことは到底不可能だ。
弾かれた宝具があたりで爆発する。

バーサーカーの身体が引き裂かれていく。
命を一つ削るのがやっとだった怪物を、いともたやすく潰していく。

あたかも、英霊をシュレッダーにかけているようだった。
それは、アーチャーにとって事務的な作業にすぎない。

アーチャー「最後の一つだ。ここでどうにかせねば、お前の主人ともども終わりだぞ!」

アーチャーが高笑いしながら宝具を展開する。
言葉の通り、バーサーカーが二階へ突っ込んだ。
身体が引き裂かれていくが、もう再生はしない。

それでも、バーサーカーの勢いは止まらない。
斧が振り上げられ、アーチャーを叩き潰そうと――

アーチャー「天の鎖よ!」

四方八方から、鎖が放たれ、バーサーカーに巻き付く。
ただの鎖ならば、容易に引きちぎっていただろう。
しかし、それは神性が高ければ高いほど強固になる、対神宝具であった。

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

アーチャー「獣は所詮獣であったか。これで終いだ。」


宝具が展開され、バーサーカーに突き刺さる。
完全に沈黙し、消滅した。

魔力の供給は当になくなっていたのだが、意思の力だけで現界していたのだ。


アーチャーが一階に飛び降りる。

アーチャー「この臭いはたまらんが、生き延びたことに免じて許そう」

イリヤは気絶していた。
もはや、生きているかどうか、傍から見ては分からないほど、酷い状態だ。

アーチャー「哀れなものよ。役割を果たすまでは、死さえ許されぬとはな」

アーチャーの腕が、イリヤの身体を貫いた。
苦しみに悶えて、びくびくとイリヤが動く。

アーチャーは何かを掴むと、そのまま腕を引き抜いた。
イリヤの胸から、血が噴き出る。

その手には、心臓が握られていた。

アーチャー「これはまた、随分と醜悪な聖杯だな!さぞかし面白いことになろうよ」

言峰「愉しみはとっておけ、アーチャー。幾つか、片付けるべき問題がある」

言峰「さて、ランサー。どういうことか、説明してもらおうか」

ランサー「それはこっちのセリフだ。マスターは影に引っ込んでいるんじゃなかったか?」

言峰「いや、器が乗り気ではなくてな。私は代理だ」

言峰「命令だ、ランサー。セイバーと、そこにいる男も倒せ。もちろん、マスターもだ。」

ランサー「そんな話に従うかよ。テメエは最初から気に食わなかったんだ」

ランサー「どうしても従わせたいってなら、令呪でも使うんだな!」

ランサーが、事実上の絶縁を宣言する。
言峰の表情をうかがい知ることはできない。

言峰「では、令呪にかけて命じよう」

言峰が腕をまくる。その腕には、十数本はあろうかという令呪が刻まれていた。

凛が臨戦態勢を取る。
セイバーは、もはや期待できない。
あのバーサーカーすら倒した謎の「アーチャー」に勝てるはずもない。

凛(タダじゃ死なないわ。見てなさい、綺礼・・・!)

言峰「令呪を持って命じる。自害せよ、ランサー」

ランサーが驚きに目を見開く。
槍をくるりと自分に向けて持つと、そのまま胸に突き刺した。
ランサーが血を吐く。

ランサー「どういうつもりだ、テメエ・・・」

ランサーが槍を引き抜くと、そのまま言峰に向かった。
驚くべき生命力だ。

アーチャー「天の鎖よ!」

再び、鎖が出る。ランサーは絡めとられた。

アーチャー「犬は犬らしく、大人しく主人に従っていれば良いものを」

アーチャー「死を命じられれば、疾く逝ぬのが礼儀であろう」

ランサーが、アーチャーにつばを吐く。
表情を変えずに、アーチャーは剣を取り出すと―――
そのまま首を刎ねる。

アーチャー「犬の躾がなってないぞ、言峰」

言峰「フフ、懐かれるのは致し方なかろう。滑稽な姿だぞ、アーチャー」

言峰がクツクツと笑う。

アーチャー「誰の許可を得て我の顔を拝するか、下郎。」

アーチャーが凛たちを見下ろす。
士郎とセイバーは、瓦礫の影にいる。

二人のアーチャーが、対峙した。

アーチャー「これはまた、貧相なのが残ってるではないか」

男「第八のサーヴァント、ですか。貴方は私と違い、随分と神々しいお姿ですね。」

男「最古の英雄譚には、あらゆる宝具を収集し、投擲して戦う王の記録があります。」

男「王の名は、ギルガメシュ、でしたか。」

アーチャー「その薄汚い身で、わが名を口にするか!!」

ギルガメッシュが激昂する。

ギル「しかし、我への最低限の礼儀を心得ていることは、評価してやろう」

ギル「特別に、話す事を許可する。口をきいて良いぞ、雑種」


男「全てを手に入れた王が、聖杯を求める必要があるのですか?」

ギル「何を世迷い言を。この世全てのものは、全て我に帰属する」

ギル「我の財を許可無く奪い合われては不愉快だ。」

ギル「本来の所有者である我の蔵に戻すのが、当然であろう」

男「それでは聖杯に願うことは何もない、と。」

ギル「さて、話は終わりだ。このままでは聖杯が腐ってしまうのでな」

ギルガメッシュが、数多の宝具を展開した。

ギル「失せよ」

大量の宝具が射出される。
突然のことに、アーチャーは全く対応できなかった。

いや。たとえ時間があったとしても、あの数多の宝具を防ぐ術を、アーチャーは持ち合わせていない。
世界がゆっくりと動いて見える。

最期を覚悟した――― その時だ。
目の端から、何かが飛んで来るのが見えた。

男(セイバー!?)

セイバーが目の前で剣を構える。
それは、無謀だ。彼女には、最低限の魔力しか残っていない。

バーサーカーの末期が再現された。
剣が次々と無防備なセイバーを貫いていく。

アーチャーは、自分だけに集中していた。
彼女の覚悟を無駄にするわけにはいかない。

気がつけば、射出は止まっていた。
バーサーカーを相手した際、彼は容赦なく打ち続けていたのだが。

ギル「ふん。興が削がれた。行くぞ、言峰」

ギル「おい、そこの雑種。セイバーに免じて、この場は許そう」

ギル「柳洞寺で待つ。そこで、聖杯は成るであろうよ」

ギルガメッシュが去る。

言峰「命拾いしたな、凛。楽しみに待っているぞ」

言峰も出て行った。

あとに残されたのは、崩れた城と一つの死体。
瀕死のサーヴァントと、二人のマスターだけだ。

士郎「セイバー!!!」

士郎「死ぬな、セイバー!」

士郎の最後の令呪が一画消費される。令呪は、絶対命令権にすぎない。
彼女を助けることは、不可能だ。

セイバー「シロ、ウ・・・」

駆け寄った士郎に、抱き起こされる。
致命傷が幾つもある。血が心臓の鼓動に合わせて噴き出る。

セイバー「令呪を、無駄にしては、いけないと、言ったはずです」

セイバーが、士郎の首に腕を回す。
そのまま、顔を近づけて口を吸った。

士郎が呆然とした顔をする。

セイバー「アーチャー・・・」

セイバー「士郎を、頼みます。私の、願いは、叶って、ますから・・・」

セイバーが目を閉じる。
そのまま、彼女は虚無へと還っていった――――

士郎「セイ、バー」

虚無へと士郎が呼びかける。その声は、果たして彼女に届いたのだろうか。

士郎「セイバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー!!」

叫び声が、虚しく城に響き渡った。

凛と士郎が無言で、穴を掘り終えた。
埋葬しよう、と提案したのは士郎だ。

腕がなかったが、あるべき所に腕を置く。
顔は苦痛に満ちていた。

苦痛に歪んだ顔を、すこしだけ楽な格好にしてやる。
死後まで苦しむ必要はない。

重苦しい沈黙が、三人を覆った。

男「全ての生には、別れがあります。」

男「せめて、笑って見送りましょう。それが、生きている者の責務です。」

アーチャーが地面に手をつく。
草木が芽で、花が開いた。
これで、少しは寂しくはないだろう。

凛「このあと、どうするの?アーチャー」

男「らしくないですよ、凛。もちろん、柳洞寺に向かいます」

凛「相手は、あのギルガメッシュよ。勝てるわけ、ないじゃない・・・」

凛「もしかしたら、貴方もセイバーと同じ末路を」

そこで凛がハッと口を覆う。
士郎が暗い顔で凛の方を見ている。

それは、怒りや悲しみの表情では無い。
言い表す言葉があるとすれば―― 諦念、だろうか。

男「ギルガメッシュは、聖杯の本質を私同様に見抜いているはずです。」

凛「聖杯の本質・・・?」

男「ええ。10年前の大火災、その被害者達が教えてくれました。」

男「あれは、この世全ての呪いを包含した災厄の類です。」

男「願望機としての機能はあるかもしれませんが」

男「恐らく、それは他人を害することでしか叶わぬでしょう」

凛「それって――」

男「ええ。例えば、お金持ちになりたいと願えば、周り全てを貧しくする。」

男「世界の平和を望めば、争いのないよう、等しく人類に滅びを与える。」

男「そういう形でしか、願いは叶わないでしょう。」

凛「じゃあ、ギルガメッシュは何を願うのかしら」

男「分かりません。しかし、碌な物では無いでしょうね。」

男が言葉を吐き捨てる。
これだけ負の感情を露わにしているのは、彼には珍しい。

男「私には、災厄を止める義務があります。生前からの誓いですから。」

凛「そう。なら、止めないわ」

凛「代わりに、私も連れていくこと。貴方だけを危険に晒すことは、できないわ」

男「しかし、ですね。」

凛「これは命令よ、アーチャー」

凛の目を見る。その決意は、堅い。
聖杯戦争の始まりから、彼女はこういう展開を覚悟していたのだろう。
魔術師とは、そういうものだ。

凛「士郎はどうするの?」

凛「もう、貴方が私に付き合う必要はないわ。むざむざ死にに行くようなものだしね」

士郎は答えない。
俯いて、ただ拳を握りしめているだけだ。
その目に、感情はない。

男(凛。少し外していただけませんか)

凛(なによ、アーチャー。秘密の話?)

男(貴方がいては、話しにくいこともある、ということです。)

凛「あー。ちょっとアインツベルン城を調べてくるわ。使えるものもあるかもしれないし」

凛「アーチャーはここに残ってなさい」

男「分かりました、凛。」

凛が城へと向かう。
二人が無言で、花に覆われたイリヤの墓を見つめる。

士郎「・・・セイバーには、憧れてた」

士郎「俺は正義の味方になりたい。セイバーは、俺にとって理想の存在だったんだ」

士郎「常に正しくあることを心掛け、それを貫く力もあった」

士郎「あいつは――――」

士郎が言葉に詰まる。
それを認めてしまえば、彼女の存在を汚すことになる。
それでも、士郎はその邪さも含めて、彼女を心から敬愛していたのだ。

士郎「俺の、初恋の相手だ」

男「そうですか。」

士郎「俺はもう正義とか関係なく―――― ただただ、許せないんだ」

士郎「ハハッ、正義の味方失格だな」

士郎の初めての笑顔。
このような形で見ることになるとは、思っても見なかっただろう。

男「いえ。貴方は、初めて自分の正義を見つけたのでしょう。」

男「その感情を忘れないで下さい。その正義は、誰かの借り物ではない。」

男「貴方だけの、正義なのですから。」

士郎「そういう解釈もあるのか。面白いことを言うな、アーチャーは」

士郎「だから―― 俺も、連れて行ってくれないか」

こう言うと、アーチャーはわかっていた。
これからの提案は、彼にとって残酷な選択だ。

男「はっきり言って、貴方は戦力にはなりません。」

男「ただし、一つだけ、強制的に戦力にする方法があります。」

士郎「なんだよ、勿体ぶって。難しいのか?」

男「いいえ、方法は簡単です。貴方の魔術回路を、私が借りて強制的に起動させます。」

士郎「そんなこと、可能なのか?」

男「全ては、貴方がどれだけ自分の魔術を理解しているかによります。」

士郎「失敗すると、どうなるんだ?」

男「死にます。」

士郎「そうか。頼んだぞ、アーチャー」

ためらいもなく、士郎が答える。
この男は、端から死を恐れていない。
アーチャーにとって、その姿はむしろ悲壮なものに見えた。

男「・・・わかりました」

男「凛。そろそろ戻りましょう。」

アーチャーが声をかけると、凛が奥からひょっこり顔を出した。

凛「そうね。とりあえず、衛宮君の家で一休みしてから、行きましょうか」

凛「急いでもしょうがないし――― 少し、疲れたわ」

男「わかりました。」

士郎「ああ、俺もそれで良いよ」

三人は墓に手を合わせて、城から去った。
願わくば、彼女が天国では幸せでありますように、と。

Interlude6

言峰教会の裏の顔は、聖堂教会としての役割だ。
地下室には、普段から人気はない。
しかし、今日は客人が簀巻にされ、転がっていた。

ギル「仕事だぞ、慎二」

慎二「なにするんだ、このっ! 教会が保護してくれるなんて嘘っぱちじゃないか!」

ギル「道化よ。悪いが今は付き合ってやる暇がない」

ギルガメッシュが、王の財宝から心臓を取り出す。
すでにかなり悪い状態になっていたのだが、聖杯としてはほぼ完成している。
既に6体のサーヴァントが取り込まれているのだ。

ギル「ふんっ!」

慎二の身体に、心臓が移植される。
魔術師としての才能は全く無いが、器としては十分機能する。

慎二の身体に、心臓が移植される。
魔術師としての才能は全く無いが、器としては十分機能する。

慎二「あがっ」

慎二がうめき声を上げる。移植した部位から、身体がブクブクと膨れ上がる。
しかし、思いの外、彼はよく耐えていた。

慎二「お前がどこのサーヴァントか知らないけどな・・・!」

慎二「間桐を舐めるなよ」

慎二「ボクは、魔術師としては三流以下だ。それでも、お前の野望ぐらいは分かるんだよ!」

慎二「絶対に――― 許さないからな!」

慎二「がああああああっ」

膨れ上がった身体から、腕が伸びる。
それが、慎二の身体に巻きつき、中に取り込もうとする。
許すわけにはいかない。ここで、飲み込まれれば全てが終わる。

ギル「道化師は道化に徹していれば良い物を。愚か者めが」

ギルが慎二の頭を強引に押しこむ。
埋没していく顔は、ギルガメッシュには見えなかったが――

彼の決意が、己に刻まれていた。

衛宮邸。目が自然と覚める。

外は暗くなってから、かなりの時間が経っているようだ。
宙には星空が広がっている。

凛「さて、そろそろ行きましょうか」

士郎「ああ」

士郎が短く答える。
彼は休まず、道場で瞑想をしていた。
セイバーとの稽古を積んだ、思い出の場所だ。

男「準備は良いですか。」

凛「ええ、休息は十分よ。作戦は道中、伝えるわ」

暫くお世話になった、衛宮邸を出る。全ての守備を、アーチャーは解除していた。

魔力を決戦に注ぎこむためだ。

凛「正面は、アーチャーに任せるわ」

男「士郎を、私と連れて行っても良いですか?」

凛「・・・わかったわ。任せたわよ」

凛「私は、裏から柳洞寺に入る。言峰の相手は、私がするわ」

凛「あいつとは、色々と因縁があるしね。私が適任だと思うわ」

士郎「ギルガメッシュが正面にいるっていう保証はあるのか?」

男「彼の性格を考えれば、確率は高いでしょう。裏にいるイメージは、あまりありません。」

男「彼は、『待つ』と言ってました。恐らく、目立つところにいるでしょう。」

士郎「そうか」

凛ですら緊張しているようにも見える。その中にあって、衛宮士郎は自然体だ。
仮に勝利したとしても、彼は回路の暴走で死亡する可能性が残されている。
にも関わらず、彼はあまりにも平穏だった。


作戦は決まった。

柳洞寺に近づく手前で、凛に別れを言う。
これが最後の挨拶かもしれない。凛と離れるのは、これが初めてだ。

男「ご武運を、凛。」

凛「ちょっと待ちなさい」

アーチャーを呼び止める。
手に刻まれた、令呪を掲げる。

凛「令呪を持って命じる。アーチャー、全力でギルガメッシュに挑みなさい。」

凛「重ねて命じる。必ず、勝ちなさい。負けるなんて、許さないんだから。」

凛が微笑む。令呪をすべて失った。
もはや、二人はサーヴァントでもマスターでもない。

凛が、短いスカートの端をつまんで、深い礼をする。
いわゆる、最敬礼というものだ。

凛「数々の御無礼、お詫びの言葉もございません」

凛「武運長久を、お祈り申し上げます」

男「堅苦しいのはやめてくれないか、後生だから。」

アーチャーが苦笑する。
親しい人に恭しい態度をとられるのは、苦手なのだ。

凛「じゃあ、そうさせていただくわね」

凛「士郎を頼んだわよ、アーチャー。貴方との聖杯戦争は、なかなか楽しかったわ」

男「私もですよ、凛。」

男『貴方の無事を、お祈りしております。』

儀式は済んだ。凛が別の道を進む。彼女が、後ろを振り返ることはない。

士郎「じゃあ、行くか」

男「ええ」

正面の石段を昇っていく。
静謐だった空間は、いまや、禍々しい気に覆われていた。
近づくにつれ、どんどん濃くなっていく。

石段を登り終える。
境内の空が、赤く染まっている。

足を踏み入れると――――

一人の英霊が出迎えた。

ギル「逃げなかった蛮勇は褒めてやろう」

ギル「セイバーが、自らの願いを捨ててまで救った男だ。よもや、つまらぬ願いをほざくのではあるまいな」

どうやら、聖杯にかける望みについて聞かれているらしい。

男「貴方ほどの英霊なら、あれの本質はもう分かっているでしょう。」

男「あれは災厄に過ぎない。私に望みがあるとすれば、あれを滅ぼすことだけです。」

ギル「やはり――― つまらぬ男よ」

ギル「我がこの聖杯を見極めていないとでも思ったか」

ギル「我がこの世界で受肉を果たしてして10年が経つ。その間、様々なものを見てきたが――」

ギル「やはり、醜悪なる人間が多すぎる。惰弱な雑種がいくら増えても、仕方あるまい」

ギル「我は、聖杯でもって、人類を間引きしようと思う」

ギル「この程度の災厄で消えるようであれば、最初から必要ないだろうよ」

男「ほう。彼らが築き上げた、この文明を不要と言いますか。」

男「その人間に価値を見いだせるか否か、それこそが己の力量でしょう。」

男「私には、彼らが必要のない存在とは思えませんね。惰弱とも思いません。」

男「存在するのならば、全てを包含するぐらいの懐の深さがなければ、到底王は務まりません。」

男「そうでしょう。英雄王、ギルガメッシュ?」

男「ああ、王には荷が重いかもしれませんね。私はこれでも、王よりは偉いですよ。」

ギル「その口で我が名を言うな、雑種」

ギル「神代の王と、力なき王を比べるとは、おこがましい奴よ」

ギル「我は、未来を見定めてやろうと決意していたが――― これだけ醜悪であれば、もはや我慢ならぬ」

ギル「我の手で直接裁いても良いが、その価値すら無かろうよ」

男「貴方は、裁く。私は、育む。」

男「これでは、私と貴方が相容れないのも、致し方無いでしょう。」

男「紹介しましょう。彼は、セイバーのマスターです。貴方には、復讐を誓っています――」

男「どうです。相手してやっていただけませんか。」

ギル「ほう。セイバーのマスターとな」

ギル「許す。存分に足掻くと良い」

ギル「ただし、そこの僭越王よ。貴様にだけは、慢心はせぬ」

ギル「我が全力で持って、潰す。我が名をみだりに口にすればどうなるか、世に理を示してやろう」

男「では、お言葉に甘えましょう。」

アーチャーが、士郎の身体に触れる。
「同調―――、開始」<トレース・オン>
それはどちらが発した言葉だっただろうか。

ギルガメッシュの眉がピクンとはねた。
能力自体は不愉快なものだが、見世物としては――― 面白い。

アーチャーの手から、夥しい数の魔術回路が士郎に侵食する。
合うものは一時的に結合し、合わないものは戻る。

士郎の回路は27本。アーチャーと比べれば、微々たるものだ。
回路が、全てつながった。

強制的に、魔力を流す。回路を強引に開いた。

士郎「―――!」

アーチャーから、膨大な知識を授けられていく。
多くは意味不明だ。知識が流れていく。
しかし、錬鉄と創生に関する項目は、彼の理解が及んだ。

士郎「~~~~ッ!! ―――ッ! ■■■■■■■!!」

彼の魔術は、剣を作り出すことでも、再現することでもない。
あらゆる剣を包含した世界を作り出すこと。それだけだ。

自然と、詠唱が二人の口からこぼれおちた。


「―――――体は剣で出来ている」(I am the bone of my sword.)

「―――――血潮は鉄で、魂魄は炭」(Steel is my body, and fire is my blood.)

「―――――幾度の戦場に在って不変(I have created over thousands of blades.)

 ただ一度の勝利はなく(Nothing has gained,)
 ただ一度の敗北もなし」(Everything has gone.)

「―――――担い手はここに独り」 (With stood pain to create weapons,)

「―――――剣の丘で、刀を鍛つ」(wanting of the sense of approval.)

「されど、この生涯に意味を求めん」(I have many regrets, but this is the only path.)

『その人生に、幸多からんことを。』(May you succeed.)

「この体は、きっと無限の剣で出来ていた」(My whole life will be "unlimited blade works".)

周囲の風景が塗りつぶされる。

それは、固有結界。
心象風景が具現化したもの。

世界からの祝福を受け、ようやく成立するほど弱々しいものでありながらも―― 
確かにそれは、世界を改変した。

何もない、焦土が広がる。一面、瓦礫の海だ。

ギルガメッシュが声を上げる。

ギル「ほう。これは、我が宝物庫にはないものだが、」

ギル「贋作を製作する結界とは―― つくづく、不愉快な奴よ」

士郎は、声をかけられても反応しない。
呆然と立ち尽くしている。
強制的に、起動させたのだ。廃人になっても、おかしくはない。

男「士郎?」

士郎「俺なら、大丈夫だ。今なら、幾らでも刀を出せそうだ」

男「・・・わかりました。」

男「ギルガメッシュ。偽物ついでに、もう一つお見せしましょう。」

アーチャーのそばから、一人、また一人と英霊が召喚される。
詠唱と共に、召喚が加速していく。

周囲は莫大な数の英霊で、埋まりつつある。

男『彼らは、偽りの英霊。世界に悪を成したと蔑まれた、我々の誇りだ。』

男『たとえ、世界が見捨てようとも、私は見捨てぬ。私は守る。私は救う。』

男『掲げた正義が偽りであり、守ろうとした物は幻影であり、その果てに全てを失っても』

男『彼らの捧げた命、彼らの掲げた正義、彼らが救おうとした信念は――――』

男『――――否定しようがない真実なのだ。勇敢なる独立義勇軍よ!!』

男『これこそが、「輝かしき大日本帝国」<日出づる我らが祖国>である!!』

アーチャーの周りに、一万は下らない兵が展開された。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
固有結界を、埋め尽くす。

ギルガメッシュは、奥へと距離を取った。

士郎が、刀を瞬時に投影した。全員に武器が行き渡る。
投影した刀は、アーチャーが見てきた日本刀だ。

男「我々の正義を示す時が来た!」

男「打ち倒すべきはものは目の前だ。遮るものはない。全軍・・・」

男『突撃せよ!!』

瓦礫が舞い上がる。一万は、彼が理論上展開できる数の1/200程度。
しかし、これが今の彼の限界だ。


靖国に祀られた、英霊たち。
本来、サーヴァントになるほどの霊格を持ち合わせていない彼らを、英霊として現界させる。
それが、「輝かしき大日本帝国」の全てであった。

偽りの宝具で武装された万の軍勢が、ギルガメッシュへと向かう。

建物が爆破され続けるような轟音を上げて、彼らは突き進む。

それを見て、なお落ち着き払っている英雄王の姿は、一層不気味であった。


ギル「贋作や偽造は本来憎むべきであろうが、ここまで数を揃えられれば、壮観ではあるな」

ギル「認めよう。やはり、貴様は我が全力を持って迎え撃つに相応しい相手だ」

ギル「我が宝物庫の鍵を開いてやろう!!」

ギルガメッシュが、鍵のような形状の物を取り出す。
それを展開する。紅の文様が、固有結界の天井にまで達すると――

彼の手元に、棒状のものが浮かんでいた。

士郎には、それが何であるかすらわからなかった。
アーチャーは、それこそが、彼の持つ最大の切り札であると確信している。

そして、それに勝ち目がないということも。

男「・・・申し訳ありません。力、及ばないようです。」


ギルガメッシュが、剣を手に取る。
剣が回転する。この世の全てを引き裂く、神の作りし剣。剣という概念以前の剣。

ギル「偽りの剣に、偽りの英霊。並のサーヴァントであれば通用したであろう!!」

ギル「しかし、それらは真に敗れるのが世の道理。天の理である。」

ギル「我が自ら理を示すのだ。拝して知るが良い、雑種共!!!」

ギル「天地乖離す<エヌマ>――――――――     

   ――――――――――開闢の星<エリシュ>!!!!」


乖離剣が、世界を割った。暴風が吹きすさぶ。
万の軍勢が、原初の地獄に吸い込まれ、断末魔の叫びを上げる。

士郎「がああああああああああああああああああああああああああああっ」

自らの固有結界を破壊された士郎の体から、血が吹き出す。
見た目以上に、中身は破壊されているはずだ。

強制的に引き出した上に、強制的に破壊されたのだ。無事であるはずがない。

乖離剣が、その役割を存分に果たす。
固有結界を破壊し、軍勢を虚無へと返し、衛宮士郎を瀕死に追いやり――

結界が消滅する。
禍々しい気で覆われた柳洞寺に、再び還った。


******************************

凛「何なのよ、あれは・・・」

凛が聖杯と思しき、肉の塊を見つめる。
塊の大きさは、泥に埋もれてよく分からない。

一人の男が出迎えた。予定通りだ。

言峰「久しぶりだな、凛」

凛「言峰綺礼・・・!」

凛「あんたが聖杯戦争の黒幕だなんて、思いもしなかったわ」

凛「どういうつもりで参戦したのかしら」

言峰「この聖杯は、一つの生命体のようなものだ」

言峰「あらゆる災厄、あらゆる呪いを受け、この世に生まれ落ちようとしている」

言峰「生まれてくる物に対して、祝福を授けるのは神父の役目だ」

凛「その聖杯が、人類を滅ぼすものだとしても?」

言峰「そうだ。生まれてくる物に、罪はない」



言峰「罪があるとすれば、生まれてきた物に対して呪いを授けることしかできない我等人類だ」

言峰「最後の審判。その時は間近だ」

凛「そう。それが貴方の答えなのね」

凛「一体、どういう経緯でそんな馬鹿なこと思いついたか知らないけど――」

凛「その野望は、とめてあげるわ」

言峰「まあ、そう急ぐな」

言峰「器が予想外に抵抗してな。生まれてくるのには時間がかかる」

言峰「6体のサーヴァントを取り入れてなお、世界が滅んでいないのはそういうことだ」

言峰「もう少し話をしても、罰は当たるまい」

凛が無言で宝石を取り出す。
言峰の全盛期は、当に過ぎ去っている。
しかし、それは彼の戦闘力を侮って良いという証左にならない。


凛「先に行かせてもらうわ・・・!」

凛が宝石を投げつけた。言峰の周囲で、爆発が起きる。
爆炎に紛れて、突っ込む。

神父が悠々と受けて立つ。凛に太極拳を教えたのは、言峰だった。
互いに、手の内は知り尽くしている。

言峰「強くなったな、凛」

言峰「10年前。私がまだ十分に若かった頃だが――」

言峰「私は聖杯戦争に参戦し、自らの欲望が何たるか、聖杯の答えを求めた」

凛が肉体を強化する。言峰は令呪の魔力を用いて、同様のことをした。
ひたすら掌底を打ち込む。

言峰「結果は、お前の知ってるとおりだ」

言峰「冬木の大火災。この世の災厄こそが、我が望みだ」

言峰「あれは不完全に終わったが、此度、願いは成就する。他ならぬ、聖杯の意志によってだ・・・!」


神父の蹴りが凛を襲う。防戦を強いられる。
ガードが破られ、腹にめり込む。

凛「グフッ」

凛が横に吹き飛ぶ。これは、モロに入った。
痛みのあまり、腹の中身を全てぶちまける。もっとも、胃酸しか出てこないのだが。

口の中に苦味が広がる。

凛「げほっ、げほっ」

言峰「大人しく、そこで見ておくと良い」

言峰「喜べ、凛。お前の親では叶うことのなかった根源への到達が、此度は叶うぞ」

言峰「わが盟友が、お前のサーヴァントをもうすぐ始末してくれよう」

言峰「7つの英霊の魂を飲み込んだ、聖杯の誕生―――」

言峰「何とも愉しみではないか。ハハハハハハハハ!!」

心の底から嬉しそうに、言峰が笑う。
邪悪の化身とは、こういうことを言うのだろうか。


最悪の災厄をもたらす人間は、常に、自らが善なることを信じて疑わないのである。

凛(正気、じゃないわ・・・)

凛の脳裏に、優しげな彼の笑顔が浮かぶ。

凛(アー・・・チャー・・・)

呼吸を整えると、再び立ち上がる。
ここで諦めては、士郎にもアーチャーにも、顔向けができない。

言峰「まだ、立ち上がる気力が残っているのか」

言峰「その気力に免じて少し教えてやろう。10年前の聖杯戦争でお前の父親を殺したのは」

言峰「私だ」

凛が絶句する。
言峰と、彼の父親の遠坂時臣は、同盟関係にあったはずだ。

凛「どう、して――――」

言峰「わが望みを知るためだ。あと、愉悦のためでもある」

言峰「父親の仇が後見人として、その娘に世話を焼いたのだ。」

言峰「真実を告げた時のお前の顔が十年間、愉しみでしか無かったが。なるほど、これは愉快だ!!!」

凛の顔が悔しさにゆがむ。彼女は全く気が付かなかった。
自分の父親を害した男に、幼い私は全てを託していたのだ。

凛「あんたを、絶対に許さないわ」

凛「覚悟しなさい、言峰綺礼。この代償は高く付くわよ!!」

再び、二人の戦いが始まる。
命と命を削りあう時間にのみ、生きている実感を得る神父にとって――――

それは大きな悦びだった。


士郎がひゅうひゅうとしゃっくりを上げるような音を出す。

死戦期呼吸。息を引き取る、と表現される末期の呼吸だ。

ギル「雑種。これが世の道理だ」

ギル「偽りの英霊を幾ら並べたところで、真なる力を前にしては、敗れるのみ」

ギル「お前の部下が如何に勇敢なところで、その真実は代わりはせぬ」

ギルガメッシュが、王の財宝を展開して、残兵を打ち払う。
乖離剣をもってしても、呑まれなかった兵達はそれなりの数がいたのだが――――

王の財宝<ゲート・オブ・バビロン>をもって最後の一兵まで討つ。

ギル「もうお前のお守りをしてくれる兵はない。幕を下ろす時だ」

男「そうですね。そろそろ、この聖杯戦争も終わりに致しましょう。」

アーチャーが平静に言葉を紡ぐ。


ギル「ほう。消える覚悟は、できたということか」

男「ええ。かつて、私の国のために多くの勇敢な兵が、犠牲となりました。」

男「その数は、250万柱に近い。彼らを救うことは、私にはできません。」

ギル「愚かな男よ。それだけの数を失わねば、自らの過ちにすら気づかないとは」

ギル「偽りも、数を揃えればそれなりに真実味を増す。愚昧さここに極まったな!」

男「私はそれでも、自らを愚かとは思わない。民と共に、ただ歩んで来ただけです。」

男「ギルガメッシュ。貴方は、自らの民に暴虐を振るうことでしか、在り方を示せない哀れな王です。」

男「私は、民と共に歩んでいきます。過去も、現在も、そして未来も。」

男「この国の民が、一人残らず滅びるまで。彼らと、私の在り方を模索していきます。」

ギル「何を世迷い言を!王たるもの――


ギルガメッシュが言葉を切る。
この男は、なにか企んでいる。

(まずい)

ギルガメッシュの顔に、焦りが浮かぶ。
奴の何かを、決定的に見落としている。

(ちがう)

断じて見落としていたのではない。はじめから、ごく自然にそれはあった。
それは、あまりにも自然であったのだ。故に、気にも止めなかっただけだ。





目の前の男が、最後の詠唱を開始した。






男『堪ヘ難キヲ堪ヘ―――』



これは、絶対に阻止せねばならない。




男『忍ヒ難キヲ忍ヒ―――』



ギル「乖離剣<エア>よ!」




右手に、彼が最も信頼する剣を取り出す。
この男に対して、少しでも隙を見せてはいけなかったのだ。




男『以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス―――』



ギルガメッシュの乖離剣が、アーチャーの胸を貫く。
詠唱は―――  止まらない。






男『日本国に、栄光よあれ<陽はまた昇る、我等の祖国>』





乖離剣を引き抜く。
アーチャーが、胸と口から血を吹き出した。
うめき声も上げず、倒れようともしない。

この国を守護してきた者の、堂々たる姿が、そこには在った。

男「ギルガメッシュ。ここは私達の国、民が安寧に住まう土地。滅ぼすことは、許さんよ。」

アーチャーが、消滅した。
どうやら宝具は、発動の前に効力を失ったらしい。

ギル「―――聖杯は、成った。我々の勝利だ」

ギル「この国は愚か、貴様の民は一人として、残さぬと知れ!」

ギルガメッシュは、そう言葉を告げた時に、違和感に気づく。
最後の英霊が消滅したのだ。聖杯の泥は、もはや世界を覆わんとする勢いで噴き出るはずだ。

しかし、静寂が未だ境内を支配している。


ギル「な、に―――――」

大地が鳴動する。天が割れる。
音楽のようにも聞こえる、高音の調べが鳴り響く。

それは、柳洞寺の龍脈を通して、魔力がその地に集約される音。

一条の光が、天の裂け目へと吸い込まれていく。

ギルガメッシュは光景に呑まれて気づかない。
彼の剣をもってしても切れなかった一筋の光が、天へと昇っていくことに。


***************************************

伊勢神宮

(早く支度をせんか、お戻りになられたのじゃ)
(ええい、朝から寝ぼけておるな)
(お戻りじゃ、お戻り。祀っていた何もかもが消えておる)
(急げ、場所はあの柳洞寺じゃ)
(早くせい!遅れては末代までの恥さらしぞ)

乃木神社

(お孫さんも立派になられたようでなにより)
(我が教育の賜であれば良いのだが)
(久々に顔を見るのは、楽しみでもある)
(全員、危急の時ぞ。皇国の興廃、この一戦にある)

護国神社

(お会いするのはこれが初めてだ)
(こらお前、何めかしこんでやがる)
(男なら裸一丁で万歳突撃よ)
(てめえは服を着ろ、ここにはまともな奴はいねえのか)
(ガハハハハハ)

***************************************

皇居

(久々に、夢を見ている)
(元気な頃の、父の姿)
(「少し借りて行くぞ。」と声をかけられる)
(「随分と年を取ったな。達者でな。」)
(ここでお別れだ。きっと、また何か守りに行くのだろう)
(父は、そういう人間だった)

???
(天ちゃんからのお願いだってさ)
(えー。面倒くさ)
(行ってあげましょうよ、少しはうちの社にも貢献してるんですから)
(仕方ないわね、力を貸してあげましょう)

とある古墳
(やれやれ、朝早くに叩き起こすとはどういう了見だ)
(なにぃ?さっさと出仕しろ?)
(もう休ませてくれよ。死んだ後まで働かせるなんてとんだブラック国家だ)
(あーあー、うるせえな。分かったよ、顔だけ出して、さっさと帰るからな)

***************************************


光が柳洞寺の上空に集まる。
中心点は、その遥か上空。

言峰「審判の時は来た!」

言峰が歓喜に打ち震えて叫ぶ。凛は、彼の足元でぐったりとしていた。
聖杯は、この魔力量の多さに喜んでいるように見えた。

凛が残していた宝石の幾つかが、魔力のあまりの多さに砕け散る。
その衝撃で、凛は目を覚ました。

凛(なに・・・これ・・・)

息を吸うたびに、魔力が回復していく。
それだけではない。生命力と呼ぶべきものも、回復していくようだった。


柳洞寺の結界に支えられ、マナの密度はどんどん濃くなっていく。
ギルガメッシュがいる場所ですら、その密度は神代レベルだ。

神の時代の再現。

ギルガメッシュが天を睨み、そして吠えた。

ギル「我を天より見下すとは、不敬であるぞ!!」

ギル「地に落ち、姿を見せよ。我は全ての神を呪っておるぞ!」

ギルガメッシュは神を呪う。
神が自らの延命のために産んだ、神に限りなく近い、人間。
自らの命を吹き込んだ他は、神は彼から全てを奪うばかりだ。

彼の民を。彼の命を。彼の友を――――――

ギル「エルキドゥ!!」

鎖が天へと延びていく。
それが向かう先には。

人間に限りなく近い、神。



白装束に身を包み、
髭は、腰まで伸びている。

右手には剣。
左手には鏡。
首元には勾玉。

現人神と畏れられた、かの大英霊。






男『これより―――  禊を始める』







そこにはギルガメッシュが憎むべき、神の姿があった。


鎖がアーチャーの体に巻き付く。強度は最大。
本来、天の鎖は神を縛るための鎖だ。

神であるならば、あらゆるものを、封じる。

この鎖があったからこそ、古代ウルクの神々は、ギルガメッシュには手を出せなかったのだ。

天より、アーチャーを引きずり落とす。

ギル「無様な姿よ。神も地に落ちたものだ!!」

男「いえ、落としてくださったことに感謝しますよ、ギルガメッシュ」

男「最後は、やはり民と共に歩みたいものですから」

たとえ地に落ちても、光が差す。
ギルガメッシュは苛立ちを隠せない。


ギル「神が民と共に歩む?何を血迷ったことを言う」

ギル「神は奪うことしかせぬ。神は科すことしかせぬ!」

ギル「貴様のような存在は――― 全ての民にとって災いしかもたらさぬぞ!!」

男「何だかんだと言って、民を愛しているのですね。やはり、貴方は王だ。」

男「この国の神は、貴方の国の神とは違って、何もしないことが多いです。」

男「言ってみれば、妖怪の類ですか。その存在に、意味がないことが殆どだ。」

男「それでも、民は神を敬った。そこで、彼らの安寧の土地を作ったのが私の祖先です。」

男「神としても、人としても、生を受けた時から。我々は民と共に―― 在るのです。」


ギル「もはや、貴様とは語る言葉はない。己の無力さに打ちひしがれるが良い!!」

ギル「我が友は、神を縛る鎖。現界したところで、何もできぬであろう!」

ギル「そこで大人しく、貴様の民が全て滅ぶ様を眺めると良いわ」

男「ええ、確かに今の私は無力です。」

男「しかし、この国の悪を清め、災厄を祓うは我等が最も得意とする、真の『神術』です。」

男「東の空を見なさい。太陽が、再びこの地を照らす。」

男「太陽を止めることを、貴方はできますか?ギルガメッシュよ。」

男「『陽は、また昇る。』太陽こそが、私が発した『禊』の言霊。その始発点であり、終着点です。」

ギル「おのれ・・・おのれおのれおのれおのれおのれ!!!!」

ギル「どこまでも憎らしい神よ!!冥土の土産に、我の怒りを思い知るが良い!!」


アーチャーが、左手の鏡を掲げる。
そこに映っていたのは。

怯え、余裕を無くし、雑種と彼が蔑むべき対象となったであろう――――― 己の姿だった。

ギルガメッシュ「雑種の分際で、我が姿を映すかあああああああああああああああああああああああ!!!!」

ギルガメッシュが、乖離剣をもって、鏡を貫く。
鏡が写しだすのは、常にありのままの現実であった。


ギルガメッシュ「がふっ・・・」

鏡の中の自分を貫く。それは、現実の自らを貫くと同義。

意図せずして、自らの剣で自らの命を絶つ。
その愚かな姿が、目の前に映しだされていた。

ギルガメッシュが、嗤う。

ギルガメッシュ(なんとまあ、生に執着した醜い姿よ)

知らず知らずのうちに、聖杯に汚染されていた王も――――

ここで、正気に戻った。


空が明けてゆく。
太陽が、柳洞寺の境内を照らす。

集約されたマナが、爆発的に反応を開始した。

言峰「・・・!?」

言峰綺礼が倒れる。
ぽっかりと空いた胸から、泥が噴き出る。

やがて、それも収まる。
泥は、空気に溶けて消えた。

凛が、起き上がる。

凛「アーチャー、貴方の仕業なのかしら・・・?」

目の前で、大きく成長していた聖杯が溶けていく。

人間が生み出したあらゆる呪いは、浄化する神の前では無力であった。
泥は浄化されていく。

もともと、池だったのだろう。
泥がなくなると、代わりに清冷な水が溢れる。


凛「慎二!?」

凛が、慎二がいるところへと、向かう。放っておけば、溺れてしまう。
彼女はなんとかして、彼を引き揚げた。
服を被せて、風邪を引かないようにしてやる。

凛「・・・アーチャー!!」

柳洞寺、その正門へと向かう。
恐らくそこで、彼は戦い続けているはずだ。

遠くで、洞穴が崩れる音が木霊した―――――

**********************************

英雄王、ギルガメッシュ。

彼の体は、聖杯の泥から作られている。泥が浄化されていくため、体は端から失われていく。

彼の霊格で何とか形は保たれているが、聖杯が消失した今となっては、もはや消える運命だ。

男「神は、結局奪うことしかできませんでした。」

男「私が謝罪するのは正しいかどうかは分かりませんが。」

男「神を赦してあげてください、ギルガメッシュ。貴方の眩さは、神ですら嫉妬を覚えたのです。」

ギル「これ以上我に恥をかかすな、雑種。敗けた相手に謝罪されるなど、屈辱にも程度があろう」

ギル「しかしまあ、名前だけでも聞いてやろう」

ギル「我を打ち破った褒美だ。有難く貰っておけ」

男「では、有難く。」

男「我が名は裕仁。2600年間、この国を守り続けた者たち。その124代目に当たります。」

ギル「ヒロヒト、か。」

ギル「その名、覚えておくぞ。再び見えたときは――――」

ギル「覚悟しておけ。ハハハハハハハ!!!」


ギルガメッシュが不敵に笑う。
笑い声が響いて、消えた。

凛「アーチャー!!」

凛「貴方、アーチャーなの!?その姿は一体・・・」

男「おはよう、凛。」

凛「おはよう・・・って何普通に挨拶してるのよ!?」

凛「ギルガメッシュはどうなったの。士郎は?それに、貴方の格好・・・」

男「質問が多いですね。」

男「単純なことです。貴方が聖杯戦争の勝利者です、凛。おめでとう。」

凛がポカンと口を開ける。

奥から、うめき声がした。

士郎「うう・・・」

凛「士郎!?」

凛が士郎へと駆け寄る。
全身状態を確認して、彼が無事であることに胸をなでおろした。


男「さて、そろそろ時間です。私の核となっている私は、間も無く消失します。」

男「核を失えば、私も長くは留まれません。」

男「聖杯は破壊してしまいましたが――― これで良かったでしょう?凛。」

凛がアーチャーの方を向く。
その双眸には、力強い意志が宿っている。

凛「ええ、構わないわ」

凛「アーチャー。何か、私達に言うことはないかしら?聖杯に代わって、願いを聞いてあげるわよ」

男「ふふ。では、二つほど」

男「自分の人生をしっかりと歩んでいくことが一つ。自分の未来は、自分で決めてください。」

男「自分の意思をきちんと表明していくことが一つ。自分の考えは、自分で伝えてください。」

凛「あら、随分と簡単なお願いね」

男「それならば安心です。意外と、難しいですから。」

男「ああ。とうとうフグを食べることも、沖縄に行くこともできませんでしたね。」

凛がクスリと笑う。


凛「それぐらいは、自分で頑張りなさい」

男「ええ。そうするとしましょう。」

士郎「アーチャー!」

士郎が叫ぶ。

士郎「最後に会わせてくれて、ありがとう」

男「礼を言うなら、彼女に言いなさい。言葉はきっと、届きますから。」

アーチャーの体が薄くなっていく。
朝日に溶けていくその姿は、凛の目には美しく映った。

凛「さようなら。アーチャー!良い旅路を!!」

男「さようなら。凛。」

男『貴方と貴方の御友人に幸多からんことを!!』

アーチャーが完全に消えた。
こうして、第五次聖杯戦争は終わる。

そしてこれが、最後の聖杯戦争となったことを、凛は後日知ることとなる。


凛「行きましょう、士郎」

士郎「ああ」

凛「慎二も、忘れずにね」

士郎「じゃあ、慎二も連れて俺の家に帰ろう」

二人は、太陽に向かって歩き始めた。

暖かな日差しが、二人の未来を照らしだす―――

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やすらけき 世を祈りしも いまだならず

くやしくもあるか きざしみゆれど

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<ステータスが更新されました>

真名:裕仁
身長:165cm / 体重:58kg
出典:歴史
地域:日本
属性:秩序・善
イメージカラー:紺
特技:海洋生物研究
好きなもの:整理整頓、野生生物/ 苦手なもの:装飾華美
天敵:なし
召喚:昭和天皇実録

筋力E 耐久D 敏捷E 魔力B++ 幸運A+ 宝具A++

クラス別能力
対魔力A+
単独行動E-

保有スキル
神術(偽)B++
「神」の術を再現するスキル。
時計塔が頂点の魔術とは異なる系統の魔術である。
基本的に神性に頼るため、マスターの魔力とは無関係に発揮される。
ランクB++であれば、一時的にランクA+相当の魔術に匹敵する神術を行使することができる。

弾除けの加護 B
飛び道具に対する防御スキル。
攻撃が単体の投擲タイプであるなら、あらゆる距離から通じない。
ただし、ランクBでは複数の攻撃に対しては無効となる。

護国の官軍 EX
あらかじめ地脈を確保しておくことにより、特定の範囲を"自らの国"とする。
この国内の戦闘において、彼の軍勢はAランクの「狂化」に匹敵する高い戦闘力のボーナスを獲得できる。

神術 EX
「神」の術を行使するスキル。
神としての存在が前提となるため、英霊である限り行使することは不可能。
仮に神となって行使することができれば、天地創造レベルの技が可能となる。
英霊に与える影響として、神性・カリスマ・心眼(偽)など様々なスキルを付与し、
筋力・耐久・敏捷のステータスをワンランク向上させる。

マイペース A+

マイペース。他人の忠告などを聞き入れた場合、幸運値などが激減する。
心眼も鈍る。うっかり属性が付与されたりする。
自分の考えで行動した場合、精神耐性を付与する。

宝具
「輝かしき大日本帝国(日出づる我らが祖国)」
ランク:A++ 種別:召喚宝具 レンジ:1~ 最大捕捉:2500000人 由来:靖国神社の英霊

召喚の大魔術。「戦前」の昭和天皇が行使できる唯一の魔術。
靖国神社に祀られた英霊が現実世界にサーヴァントとして召喚される。
召喚される英霊は、靖国神社の神術によって一時的に格上げされた擬似英霊である。
また、奉納された兵器も再現され、宝具として武装した状態で戦闘を行うこともできる。
大日本帝国軍が主力を占め、すべての英霊には戦闘続行Eが付与されており、全滅するまで延々と攻撃を行う。
召喚の鍵は天皇が握っているが、実際に運用するのは靖国神社であるため、
魔力が必要なのは、宝具を開放する際と、絶対服従の行使たる勅令を発する時である。
また、真名解放しなくても、部分的な運用が可能である。

『日本国に、栄光よあれ<陽はまた昇る、我等の祖国>』
ランク:DまたはEX 種別:転生宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

転生の大神術。「戦後」の昭和天皇が行使できる宝具。
大日本帝国が滅び、日本国が再び繁栄した歴史を昇華して自身の宝具に内包した。
歴代天皇の中でも昭和天皇のみが行使できる。
宝具を任意で発動することはできず、自らが滅ぶ過程で必ず発動する。
英霊としての自身の消滅を崩御という概念に置換し、すべての神社が起点となった日本を覆う大結界形成する。
そして、条件が揃えば、英霊を核とした現人神が現実世界に召喚される。
英霊としての能力は失われるが、神としての能力が発揮される。

ランクDは、条件が揃わず、単なる一回の復活として考えた場合の格付け。
英霊としての能力(スキルや宝具など)が全て失われるため、どうしようもない宝具である。

その他。

セイバー×:エクスカリバーに対する防御なし
ランサー△:互いに決定打を欠く泥仕合
エミヤ △:状況次第。遭遇戦はエミヤ有利、遭遇戦以外はエミヤ不利
ライダー×:ベルレフォーンに対する防御なし
キャスター○:キャスターの魔術では、対魔力を突破できない
アサシン○:集団戦闘に持ち込んで有利
バーサーカー×:十二の試練を突破する攻撃手段なし
ギルガメッシュ○:転生宝具が最高レベルで発動でする

ただし、マスターを狙うことを強制すれば、勝利はほぼ確定的。
しかし、その命令には絶対に服従しない。
令呪で服従させたとしても、彼の配下に殺害される。

予め考えていた設定は、以上になります。


エピローグ

凛「士郎?工房の片付けは終わったかしら」

士郎「どうしてこんなに散らかってるんだ、遠坂」

士郎「工房ってのは魔術師の生命線だぞ。きちんと整理しておかないと」

凛「はいはい」

士郎「ったく。片付けだけは下手くそだよな」

凛「文句は良いから、手を動かしなさい、手を」

士郎「手伝ってあげてるのはこっちなんですけど・・・」

士郎がブツブツ文句を言う。
無理もないが、凛がそれを気にする素振りを見せない。


お茶の準備をしながら、会話を続ける。

士郎「最近、桜がすごく明るくなってな。初めて会った頃とは別人みたいなんだ」

士郎「慎二のやつ、転校なんて突然だったよな。海外に行くんだってさ」

凛「へえ。あいつにしては、殊勝な心掛けなんじゃない?」

凛「私達も、いずれは海外に行くわよ」

士郎「へえ。って、俺もかよ。どこに行くんだ?」

凛「魔術協会の総本山、時計塔よ」

士郎「時計塔って言ったら、イギリスかあ」

士郎「セイバーの国であり、アーチャーの思い出の国か。一度、見てみたいな」


凛「あら、思ったより乗り気じゃない」

凛「そういえば、セイバーに会えたって、どういうことだったの?」

士郎「ああ。セイバーが、最後に、その・・・ キスしただろ」

士郎「あれで、俺に魔力を送り込んでくれてたらしい」

士郎「もう駄目だ、絶対に死んだ――― って時になって、セイバーがやってきて」

士郎「夢の中で色々と話せたんだ」

士郎「目が覚めたら、体が完全に治ってた。おかしな話だろ?」

凛「ええ、おかしな話ね」


凛が笑う。

お茶の準備が終わる。
二人の未来は、まだまだこれからだ。

凛「まあ、今は残り少ない学校生活を楽しみましょう。」

凛「自分の人生は、自分で歩んでいくんだから。ね?」

誰か書いてくれないかなー。
そうやって数年ほど待ち続けましたが、我慢の限界でした。

ぼくの考えたサーヴァントシリーズにすら、彼が登場しないとはどういう了見でしょうか。
やはり、みなさん畏れ多くてとても書けなかったのでしょうね。

あまり文章力が無く、ダラダラと続いて面白くなかったかもしれません。
文量だけは、軽いラノベぐらいになってしまいました。
最後まで読んでくださった方には、申し訳ない気持ちです。

登場人物と設定には、それなりに魅力があったと勝手に思っているので、
僕より良い物を書いてくれる人を、また待ち続けようと思います。

話は以上になります。駄文失礼しました。

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