律子「雨宿り」 (3)

コツン、と外の階段を叩く足音ではっと我に帰り、船をこいでいた頭をもたげる。
外を見やると、いつの間にか花曇りの空は、事務所の壁に似た頼りない色味をたたえていて、それが降らす霧雨もあいまって色々なものの境界が曖昧になっていた。

事務所の皆が出払っている時、こうして1人でいると、すぐにあの時の、私がまだアイドルだった時のことが思い返される。
--私、元は事務のアルバイトなんです。人手不足でしょうがなく...別にトップアイドルを目指そうなんて思ってませんので。
滅多なことを言うものじゃない。とよく窘められた。られる。

デスクにしまっている当時の写真を見返してみても、こんな私が本当にアイドルをやっていたのか、自信がもてない。
思えばペンライトや照明で照らされたステージの上も、ちょうど今この事務所のように薄く白んでいて、浮き足立っていて、現実味のないものだった。まるで魔法をかけられたように。

コツン、コツン。
耳にしみついた、くたくたの革靴が階段を叩く音で。
彼はいつだって、どこだって。
電話先から、ステージの袖から、今なら事務所のドアの向こうから、確かな場所まで私の腕をひいてくれる。

「律子、お前も来てたのか。今日休みの筈だろう。」

落ちる眉尻を懸命に持ち上げ、なるべくいつもの調子でこたえる。

「おはようございます。プロデューサー殿。」

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