魔王子「僕が美しすぎて世界征服とかどうでもいい」 (100)
姫「…」
少ない乗客を乗せた馬車は揺れていた。
車内は会話もなく、ただ重々しい空気が流れている。
姫(もう国境は抜けた…どんどん近づいているんだ…)
姫(人間の敵。魔物の王がいる、魔王城が…)
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>魔王城
魔王子「僕は何て美しいんだ」
魔王子は姿見にへばりついていた。
側近「あのー…? 魔王子様、聞いてらっしゃいます?」
魔王子「僕の美しさは周囲の情報を遮断する。故に聞いていない」
側近「鏡を見るのをやめて下さい」
魔王子「くっ、何てことだ…あまりの美しさに目が離せない!!」
側近(あーもう)イライラ
側近(魔王様が志半ばでぎっくり腰を患われてしまい、魔王子様が志を継ぐしかないというのに…)
側近(肝心の本人が自分にしか興味がないナルシスバカという始末…あぁ、嘆かわしい!!)
魔王子「僕は鏡の精霊に魅入られたのか…。あぁっ、美しすぎるというのは、十字架を背負うことでもあるんだね…!!」
側近「うっせーわ」
魔物A「魔王子様、側近様」
側近「お、どうした」
魔物A「人間の小国の使いが魔王様にお会いしたいと」
側近「小国の使いが? 何も聞いてないぞ…困ったな、魔王様はぎっくり腰で休まれていらっしゃる」
魔物A「では魔王子様に」
魔王子「美しい」ウットリ
側近「あの魔王子様を人前に出せるか?」
魔物A「無理ですね」
魔王子「確かに僕が出て行ったら人を魅了してしまうね…あぁっ、僕はどうすればいいんだ!!」
側近「鏡と一緒に引きこもってろ」
魔物A「でも魔王子様に出て頂くしかありませんよ…」
側近「う、うぅむ…」
側近「待たせたな」
小国の使い「急な訪問で申し訳ありません。…えぇと、魔王様は」
魔王子「僕が代理の魔王子だ」
小国の使い「魔王子様。お出迎えありがとうございま…」
魔王子「待て。頭を下げるな」
小国の使い「は?いや、しかし…」
魔王子「もう1度言う。頭を下げるな」
小国の使い(魔物と人間は敵同士…。ならば容易に魔物相手にへりくだって見せるな、ということか!? 敵に忠言などと、なんと傲慢な…)
小国の使い(…それとも、こちらが下手に出ようと、人間と馴れ合いをするつもりはないという牽制か…! くっ、この魔王子、こちらの手を読んでいるのか…。なかなかの切れ者だな……)ゴクリ
魔王子(下からのアングルでは美しさがやや落ちるんだよ…あぁ危なかった)
側近(どうせろくなこと考えてねーなコイツ)
魔王子「ところで小国と言えば、宝石等の鉱物の産地だったな」
小国の使い「はい。実は本日、2品程魔王様に献上したいものが御座います。1つは我が国の鉱石から作ったこのダイヤで…」
側近「おぉ、これは見事な…」
魔王子「いらないよ」
小国の使い「なっ!?」
魔王子「もう1度言う。宝石など必要はない」
小国の使い「むむぅ…」
小国の使い(人間からの貢物は受け取らないだと…? クッ、手強い相手だな魔王子……)
魔王子(宝石など必要はない。何故ならどんな美しい宝石も僕の前では輝きを失ってしまうから…。何て罪深いんだ僕は)
側近「献上品は2つあると言っていたな。一応聞くが、もう1つは?」
小国の使い「は、はい。それでは少々お待ちを…」イソイソ
魔王子「?」
小国の使いは一旦その場から離れていく。
すぐに戻ってきたが、その時には、側に1人の女性を連れていた。
姫「…お初にお目にかかります。姫と申します」
側近「まさか、献上というのは…」
俯きがちな姫に代わり、小国の使いが頷く。
小国からの献上品とは、この姫のことだった。
>魔王の寝室
魔王子「パパ~ン、こういう(省略)ことがあったんだけど、このお姫様どうしよう?」
姫(何で寝てるんだろう魔王…でも怖くて聞けない)ブルブル
側近(何で寝室にヨソ者を入れるんだよ…バカなんじゃねぇの)
魔王「ほう、それでこの姫君を受け取ったと?」
魔王子「拒否したんだけど、どうしてもって言われてね~。ねぇねぇパパ~ン」
魔王「ふむ…聞けば、姫君を乗せていたとは思えぬ程貧相な馬車で来たそうだな」
側近「はい…魔王様、やはり」
魔王「うむ」
魔王(姫の献上を他国に知られたくないということ…小国は我々に取り入って、他国を出し抜こうという魂胆か)
側近(小国は周辺国とも度々小競り合いを繰り返している…何か企んでいるのは確実と言える)
魔王子「…」
姫「…」
魔王子(他国の姫君を見るのは初めてだなぁ。同じ王族だというのに、僕と比べて何て貧相なんだ!!)
魔王子(うん、でも容姿は悪くないかもしれないな。もうちょっと近くで、正面から見れば…)ジッ
姫「ひっ」ビクッ
魔王子「!?」
側近「どうされましたかな、姫君」(真っ青だな。あんな魔王子様とはいえ、魔王様の子息。怯えているのだろう)
姫「い、いえ…」ブルブル
魔王子「…っ」ブルブル
側近「魔王子様も、どうされましたかな?」(こちらは真っ赤だな。姫君の瞳に映った自分に発情でもしたか変態め)
魔王子(こっ、この女…)
魔王子(こんなに美しい僕を目の前にして、見惚れるどころか、怯えるだと!?)
側近「して…この姫君をどうされましょうか魔王様」ヒソヒソ
魔王「フン…小国の魂胆に乗るのは癪だな」
側近「では魔王様…」
魔王「フッ…そうだな」
魔王「姫君の首を、小国に送り返してやるか…!!」ニヤリ
姫「ひっ…」
魔王子「ちょっと待った!」
魔王「む。どうした魔王子よ」
姫「…?」ドキドキ
魔王子「パパン、このお姫様は僕が貰い受けるよ」
姫「えっ?」
魔王「なにっ」
魔王「一体何を企んでいる魔王子。この姫君をどうする気だ」
魔王子「パパンは黙っていてよ」
魔王「む…」
魔王子「このお姫様が僕の計画の鍵を握っているんだ。誰にも邪魔させない」
側近(珍しく真剣な表情をされている…)
魔王(ほう、これは…)ニヤ
魔王「魔王子…お前に託していいのだな?」
魔王子「任せてよ、パパン…」
魔王(魔王子め、いい表情をするようになったな…流石は我が息子、邪悪なる血は受け継いでいるか)ニヤリ
魔王子「…」ジー
姫「…?」
魔王子(このお姫様は僕の美しさに見惚れない程に怯えている…)
魔王子(恐怖心で僕の美しさに気づかない女性がいるなんて由々しい事態だ)
魔王子(けれど必ずこの臆病なお姫様を魅了してみせよう!僕の神々しいまでの美しさで!!)
魔王子「フフフ、ハーッハッハッハ!!」
魔王「頼もしいな、魔王子…!」
姫(な、何て邪悪な笑い…怖いっ!
>夜、魔王子の寝室前
姫「…」ドキドキ
姫(何とかこのお城に置いてもらえることになったけれど…)
姫(私がここに来た理由は1つ)
姫(その為には…)ゴクリ
姫は体の震えを抑え、意を決してドアノブに手をかけた。
姫「失礼します…っ!」ガチャ
魔王子「む?」
姫「きゃあぁ!?」
しかし、そこに立っていた魔王子は裸で腰にタオルだけを巻いた状態であった。
魔王子「どうしたのかな?」
姫「あのぅ、な、何をされているんですか…?」ブルブル
魔王子「あぁ気にしないで。風呂上りの日課なんだ」
魔王子(火照った僕の裸体…あぁ何て美しいんだ)ウットリ
姫(はっ、裸でニヤニヤしてる…怖い怖い怖い怖い)ブルブル
姫(だ、だめ怯んじゃ…。私がここに来た理由は、これの為でしょっ…)
魔王子「むぅ、こんなポーズも良いな」
姫(魔王子は鏡に見惚れている。今なら…)
姫はそっと魔王子の背後に近寄る。
姫「ごめんなさっ…」
魔王子「あ、そうだ。丁度君に見せたいものがあったんだ」クルッ ハラリ
姫「」
魔王子が振り返ったと同時にタオルが落ちて、局部が露わになった。
魔王子「僕のこの、パーフェクト…」
姫「いっ…」
魔王子「?」
姫「いやあああああぁぁぁぁ!!!無理無理、やっぱり無理いいいぃぃぃっ!!」ダーッ
魔王子「な…僕を見ても魅了されずに逃げ出すだと!?」
魔王子(こんなに美しいというのに)ウットリ
今日はここまで。
久々のスレ立てに緊張(´・ω・`)
>翌日
姫「あ、あのう…」
魔王子「もうすぐだ」
魔王子は姫を城から誘い出し、馬を走らせていた。
魔王子『魔物ばかりの城にいても気が休まらないだろう。我が国ならではの面白い場所に連れて行ってあげよう』
姫(って言われてついて来たけど…)
魔王子「ここだ」
姫「ここは…?」
魔王子が馬を止めたのは、虹色の霧が流れる森だった。
魔王子「夢幻の森という。美しいだろう。正に美しい僕に相応しい場所だ、ほらほら、ねっ?」
姫「何だか、怖い感じ…」
魔王子(な…こんなに美しい僕を見ていないだと!? クッ…まぁいい、今日の目的はそれじゃあない)ニヤリ
魔王子「この森は魔力が流れている。僕と居るから危険はないだろうが、たまに意地悪をしてくることもあってね。万が一の時の為に、これを君に預けておこう」
姫「これは…宝剣?」
魔王子「君のような非力な姫君でも扱いやすいだろう。それにその宝剣は――」
姫「…綺麗ですね」
魔王子「うん?」
魔王子は違和感を覚える。
姫が手にしている宝剣は使い勝手よりもデザイン性を重視した造りのもので、沢山の宝石で装飾されている。
姫はその宝剣に、ポーッと見惚れていた。
魔王子(確か彼女の出身である小国は、鉱物の生産地…)
姫「あっ。す、すみません、ボーッとしていて」
魔王子「いや…。それよりも森の中を歩こう」
魔王子は違和感を感じ取ったが、今はそれを無視することにして、姫に並んで森に足を踏み入れた。
姫(魔力が流れる森かぁ…何だか、魔物の国ならではって感じ)
姫「…」チラッ
魔王子「…」
姫(うぅ、無言は気まずいよ~…でも何を話せばいいのかわからないし…)
姫はこの慣れない雰囲気に居心地の悪さを覚え始めていた。
姫(何か話題ないかな、えーと、えーと)
姫「…あれっ?」
と、ふと前方の影に気付いた。あれは――…人だ。
足を進める度にその姿がはっきり見えてくる。遠くから見れば背が低い子供に見えたが、よく見ればそれはその女性が乗っている車椅子のせいで…。
姫「あ、貴方は…!!」
姫はその女性の顔をしっかり視認すると、驚き固まった。
?「…」
姫「ま、待って!」ダッ
車椅子の女性は姫に背を向け、立ち去ろうとした。
姫はそんな彼女を追って、必死に走った。
姫「待って、待って下さい!!」
だが走っても女性はどんどん遠ざかっていき、やがて霧の向こうに姿を消した。
姫「待って下さい…お姉様ぁーっ!!」
完全に彼女を見失った姫は途方に暮れていた。
だが同時に気付いたことが1つ。
姫「はっ」
周囲に誰もいない。
この森で頼りにしなければならないはずの、魔王子すらも。
姫「まっ、魔王子様っ!?」キョロキョロ
周囲を見回しながら必死に魔王子の名を呼ぶ。
しかし返事はない。
姫「ど、どうしよう…」
魔王子『この森は魔力が流れている。僕と居るから危険はないだろうが、たまに意地悪をしてくることもあってね』
魔王子からの忠告が今更になって身に染みた。
姫はどうしようもなくなって、その場に腰を落とした。
姫「う、えうぅ…」
こんな場所で自分はたった1人。そんな状況が怖くて、心細くて涙が出てきた。
もしかして自分はここで死ぬのだろうか。目的も果たせず、たった1人で。
姫「そんなの嫌ぁ…」
?「誰かいるのか…?」
姫「えっ!?」
声が聞こえて姫は振り返る。
今は誰でもいいから、自分に気付いてほしくて――
姫「――ひっ」
だけど「彼」の姿を見た瞬間、改めて姫は、ここが魔物の国だと実感した。
そこに現れた「彼」――いや、容姿からは男なのかどうかも判別できない。
顔貌は獣のようでありながらも、知性的な眼差しは人らしくもある。流れ落ちるような銀色の髪の毛は、陽の射さない森の中でも輝いて見えた。その美しい毛を掻き分けるようにしてそびえ立つ2本の大きなツノが頭を装飾し、彼の威圧感を際立たせていた。
姫「あ…ああぁ…」
胸板は「壁」のように分厚く、長く伸びたその両腕は獣をも弄びそうな程に筋肉質。身にまとっている粗末な布でさえも、貧相さを感じさせるどころか 筋骨隆々とした体躯を強調させていた。
極めつけは、彼の身体を覆うほどの、大きな銀色の翼。その翼が視界に入るだけで、まるで神の世界に来たかのような、そんな神秘性を秘めていた。
彼の強靭な肉体と、放たれる威圧感に、姫の体はガタガタ震えた
?「私が怖いか」
彼は姫の心を見透かしたように言った。
?「非力な人間にとっては仕方あるまい。だが私は何もしない――その剣を下ろせ」
姫「は、はい…」
宝剣を構えていた姫だったが、彼の言葉に逆らえるはずもなく剣を下ろした。
とにかく気分を害さないようにしないと――
?「魔神、という」
彼――魔神は姫と距離を縮めず、その場で名乗った。
姫「姫と申します…あの、迷ってしまって…」
その声が頑強な容姿とは不釣り合いに穏やかだったおかげで、姫はどうにかまともな言葉を返すことができた。
魔神「そうか」
魔神は短く返事を返すと、くるりと振り返った。
魔神「森の出口まで案内しよう。ついて来るんだ」
姫「えっ…は、はい」
姫は言われるまま、魔神の後を追った。
正直、まだ警戒心は消えていなかった。それでも、今は彼の言う通りにするしかなかった。
魔神「ところで、何故人間がたった1人でここにいる」
姫「その…魔王子様に連れてきて頂いたのですが、はぐれてしまって…」
魔神「魔王子が…そうか」
姫「魔王子…って」
姫は違和感を覚える。魔王子は魔物の王である魔王の息子。
その魔王子を呼ぶ際、魔神は彼を呼び捨てにした。
ならば、魔神は魔王子よりも高い地位にあるのだろうか。
もっとも恐ろしいと考えていた魔王に次ぐ筈の魔王子。しかしそれすらも格下に扱ってみせる魔神の存在。
もし本当にそのクラスの強敵がまだ他にいたとなれば、もはや魔物と人間の争いの結末は決まっている。
姫(……でも…)
争いの結末は、未だついていない。それはつまり……
姫「貴方は、魔王軍に所属していないのですか?」
魔神「…何故、そう思う?」
姫「だって――」
今まで人間と魔王軍は何度も戦いを繰り広げてきた。
姫も王族の人間として、伝聞は聞いている。だが、その中には――
姫「貴方のような魔物と戦ったという話は、聞いていませんもの」
魔神「そうだろうな…」
魔神は足を止め、姫に向かって振り返った。
魔神「私のような者が戦場に出れば――この姿だけで、人間を恐怖させることも可能だろうな」
姫「…」
姫は否定の言葉が出てこなかった。
事実、姫も魔神の姿を見ただけでその姿に恐怖したのだから。
魔神「争いにおいては力や戦略ばかりが重視されるが、容姿も案外影響力の大きいものだ」
姫「…容姿……」
否定も肯定もできない言葉だった。
確かに、威圧的な容姿をもった軍隊があれば、相手の士気を下げることにも繋がるだろう。
だが、例えば美男美女ばかりの兵団があったとして、その兵団は容姿を武器にできるだろうか。
敵にハニートラップを仕掛けるような戦略でもあれば多少武器にはなるだろうが、戦場においては関係ない。美醜に関係なく、力が無い者から死んでいく。それが戦場だ。
姫(だけど、この魔神さんは――彼の、容姿は……『特別』すぎる)
その容姿は威圧的にも、美しくも見えた。だが、ただの美醜で語るには、次元が違う。
確かに彼は容姿だけで、本能を攻撃する――畏怖という、争いにおいては致命的な感情を与えて。
魔神「だから、私は戦場には出ない」
姫「えっ…?」
その容姿が武器になり、人間との争いを有利に進めることができるのならば、何故戦いの場に出ないのか。
魔神はそんな姫の疑問を、躊躇することなく口にした。
魔神「争いが嫌いなのだ、私は」
それは単純ながら、姫にとっては想像もしていなかった答えだった。
魔神「他者に恐怖心を与えるなど不本意。この容姿は、私自身にとっても害悪」
姫「…」
考えれば単純なことだった。
姫も争いを好む性質ではない。それは姫の見た目や仕草にも反映されていた。華やかだけれど威圧感を与えない可愛らしいドレスも、お淑やかな振る舞いも、誰にも敵意を抱いていないという風に主張している。
だから、この魔神のような姿になりたいかと聞かれれば、全力で拒否したい所だ。
同じ争いを嫌う者としては、魔神の気持ちもわかるはずなのに――自分も見た目で判断していた。この魔神も同じなのだと、想像もしなかった。
姫(でもそれって…何て悲しいんだろう)
彼の容姿は、彼が望まない影響を人に与えてしまっている。
魔神「魔王子はそなたを信用していない。だからここに連れて来たのだろう」
姫「?」
何故、急に魔王子の話になるのか。だが姫は、それを問わなかった。
魔神「何か目的があって魔物の国へ来たのだろう」
姫「それは…」
目的があるのは事実。だが、口にできなかった。
魔神も、口をつぐんだ姫に追求はしてこなかった。
魔神「争いを好まないのなら、よく考えて行動することだ。そなたの行動が争いを激化させる原因になるかもしれないからな」
姫「…あのっ」
姫は、思い切って打ち明けようとした。
魔物相手、と考えればあまりに無謀な決意。だけれど、もうどうしようもなく 自分一人では抱えきれなくなっていたから――
だが――
姫「…えっ?」
いつの間にか、魔神の姿はそこに無かった。
姫「魔神…さん?」
気がつくと霧が晴れていて、森の外へ出ていた事を知った。
キョロキョロ見回して魔神の姿を探したが、あの存在感のある姿はどこにも見つからなかった。
姫(いつの間にいなくなったの…?)
魔王子「おーい」
姫「!!」
霧の中から魔王子が出てきた。
魔王子「あー良かった見つかって。流石の僕も焦ったよハハッ」
姫「あ、あの、魔王子様。森の中に、誰かが…」
魔王子「誰か?ああ、幻影だよ幻影」
姫「幻影?」
魔王子「あー、この森が見せる幻影だよ。よくあるよくある」
姫(じゃあ、あの魔神さんは――)
幻影。
今思えば、そう言われても違和感がない程、どこか現実離れした雰囲気を持つ魔神だった。
魔王子「そんな幻影よりもッ!! 目の前の、美しい僕を見なよッ!! アァッ、まるで神話の世界から姿を現した、美しき天使ッ!!」シュバシュバツ
姫(どうしよう…この人、本当にわけがわからない)
今日はここまで。
魔王子成分が足りぬッ!!(゜Д゜)
予想しておきますと、このssは全100レスくらいの作品になると思います(´・ω・`)
>魔王城
魔王子「光射すテラスでのティータイム…優雅な僕にはピッタリだね! あまりの美しいシチュエーションに涙が…」ポロポロ
姫(もしかしてこの人は情緒不安定なのかしら…?)
メイド「紅茶のお味はいかがでしょうか?」
姫「あ、とても美味しいです。私の国には無い種類ですねぇ」
魔王子「おや、わかるかい? 何を隠そう、それは人食い花の紅茶なのさ!!」
姫「」
魔王子「人食い花の香りはリラクゼーション効果があってね、人食い花はそれで油断した人間をパクリと食べるのさ」ハハハ
姫(もうこの国イヤ)シクシク
魔王子「紅茶によるリラクゼーション、素晴らしきひと時…出来ればこんな優雅な時間を永遠に過ごしてい」
側近「魔王子様ーっ!」
魔王子「汚らわしい声で僕のティータイムを邪魔するな!」
側近「汚らわしくありません! ていうかティータイムどころじゃありませんよ!」
魔王子「どうした何があった」
側近「勇者一行が攻めてきました!」
魔王子「おやおや。なら出迎えないと失礼にあたるかな?」
側近(おや、まるで動じていらっしゃらない。流石は魔王様のご子息)
魔王子「ちょっとシャワー浴びて着替えてくるから、1時間くらい待ってもらって」
側近「とっとと行け」
>魔王城、正門前
勇者「でりゃああぁぁ」ズバッ
魔物B「ぐわー」
勇者「クク、雑魚め。こんな雑魚ばかりでは腕ならしにもならん、出てこい魔王!」
威勢よく声を張り上げ、高々と剣をかざして格好をつけた青年。その後方から声援が飛んでくる。
女戦士「おー、かっこいいぞ勇者ー」
魔法使い「このまま魔王も倒しちゃえー」
僧侶「頑張りましょう、勇者さんっ」
魔物A(くっ、女3人引き連れて調子に乗りやがって…! 魔王様がぎっくり腰じゃなけりゃ、あんな奴…!)
「フッ、フフフフ…」
勇者「!? 何だ、この声は!」
「フフフフ……ハーッハッハッハッハッハ!!」
ズドオオオォォォン
勇者「!!!」
奇怪な現象は、突然の爆発だけで終わらなかった。
まだ昼間だというのに辺りは闇に覆われる。空には満天の星、その星々がある一点を照らしていた。
そして爆炎が消える。その中から現れたのは…
魔王子「お初にお目にかかる、勇者…。僕は魔王子、魔物の国の美しき王子さ」
勇者「魔王の息子…ということか?」
魔法使い「な、なにアイツ…正気!?」フルフル
女戦士「どうしたんだ魔法使い」
魔法使い「アイツ…今のだけで魔力の半分を使い果たしているわ…!!」
僧侶「まさか、膨大な魔力で星を召喚したの!? 隕石による攻撃……!?」
勇者「…」
女戦士「…」
僧侶「…」
シーン…
魔王子「さぁ! 僕が君の相手をしようっ!」ピシーッ
女戦士「派手な登場シーン演出しただけ…なのか?」
勇者「魔王の息子がただの馬鹿…ってことはないよな?」
側近(ただの馬鹿です)
魔王子「それにしても…」
勇者「?」
魔王子は勇者一行の面々を1人1人見た。
男1人に対し女が3人。そのパーティー構成を見て、魔王子はハァとため息をついた。
勇者「何だ」
魔王子「いや、ハーレムって男の憧れだよね、僕は好きじゃないけど。でもそうやって美少女3人に囲まれていると、羨望の眼差しで見られるだろう」
勇者「まぁな」フフン
魔王子「だから、ね…」ハァ
勇者「何だよ」
魔王子「いや~…」
魔王子は、今度は勇者の頭からつま先までをじっくり見た。
魔王子「ハーレムというのはいい男が作るから格好いいのであって。君がハーレムの中心というのは、こう…ねぇ?」
勇者「」
女戦士「男は顔じゃないんだぞ!」
魔法使い「そうよ、そりゃ勇者の顔は中の下だけど!」
僧侶「顔に目をつぶれば、勇者さんは名家の出身だし強いし悪くはないんですよ!」
勇者「君らフォローしてるようで俺を攻撃してるからね!? しかも敵、俺の顔について言ってるって確定してないからね!?」
魔王子「へぇ…勇者は強いんだ。だけど…」
勇者「だけど…何だ?」
魔王子「僕を倒せないようじゃ、パパンも倒せない。魔王を倒して世界を平和に導くことができる位の強さじゃなきゃ、な~んの意味もないよね?」
勇者「心配無用…」ダッ
勇者は魔王子のもとまで駆けた。
その跳躍力をもって、あっという間に魔王子の目前に迫る。
勇者「お前ごとき、さっさと片付けてやるよ!!」
魔王子「…」
刃が目前に迫っても魔王子は微動だにしない。
そして――
ズシュッ
魔王子「――」
勇者の剣が、魔王子の胴体を切り裂いた。
勇者「決まった…」フッ
勇者は付着した血を払うように、大きく剣を振って鞘に収めた。
倒した相手には既に興味をなくしたと言わんばかりに、魔王子に背を向け、得意気に笑う。
勇者「さぁ、次は――魔王だな」
魔法使い「ゆ、勇者…」
勇者「ん?」
「フ、フフフフフ…」
勇者「!?」ガバッ
魔王子「甘い、甘いよ君ぃ!! そんな激甘なことで世界を救えるのかい!?」
勇者「なんで…」
勇者は目を疑う。確かに自分は魔王子の体を切り裂いた。
それなのに、その白い肌には傷一つついてなくて…。
勇者「ってええぇぇ何で全裸なんだよ!?」
魔王子「服を切り裂いたのは君の方じゃないか」フッ
勇者「俺、上しか切ってないんだけど!? つーか恥じらえよ変態か!!」
魔王子「何を恥じらえというのだ、こんなに美しいのに…」
女戦士「…すげぇ」ゴクリ
魔法使い「うん…」ゴクリ
僧侶「何とご立派な…」ゴクリ
勇者「この際、全裸はどうでもいい! それよりお前、回復魔法もかけてないのに何で回復してるんだよ!!」
魔王子「僕はとても美にこだわりがあってね…」
魔王子は体を勇者に見せつけるように、両手両足を広げた。
魔王子「この美しい体に傷一つつくのも嫌なのさ。そんな美意識が生んだ能力こそが、この……超・回・復ゥッ!!」
勇者「超回復…だって!?」
魔王子「隅々まで見るといいよ、僕の肢体を!! 見ての通り、ダメージを受けても僕の体はすぐに元に戻る…頭と心臓を同時に潰さない限りね!! この能力には回復だけでなく、美肌効果もあってだね」ベラベラ
勇者(なるほどな。だが、それなら頭と心臓を同時に潰せばいいだけのこと)
勇者「戦士、魔法使い、僧侶、攻撃を――」
魔王子「そうはいかないよ」
魔王子は高く跳躍し、勇者と仲間達を遮るように、彼らの間に着地した。
その瞳は勇者の仲間3人を捉えている。
彼女らは(股間が気になって)固まった。
魔王子「喰らえ…」
勇者「やめろ、何をっ――」
魔王子「パーフェクトビューティ魔王子フラーッシュ!!」
カッ――――
勇者「!!!」
一瞬、強い光が放たれたような気がした。
見た所、仲間3人に異変はないが――
勇者「大丈夫か、3人とも――」
女戦士「す…」
勇者「す?」
女戦士・魔法使い・僧侶「「「素敵いぃーっ!!」」」
勇者「え」
女戦士「あれぞ美だよ~」メロメロ
魔法使い「私、魔王子様と戦えな~い」メロメロ
僧侶「あぁ、魔王子様…」メロメロ
勇者「あのう?」
女戦士「触んな童貞」ペシッ
勇者「」
魔法使い「勘違い野郎はマジ痛いわ~。私ら、ブサイクに好かれる為にオシャレしてるんじゃないんですけど~」
勇者「」
僧侶「強いのだけが取り柄だったのに、1人じゃ魔王子様を倒せませんものね…」
勇者「」プルプル
魔王子「男が泣くなよ」ポン
勇者「誰のせいでええぇ~」グスッ
魔王子「何てことだ、泣いたら美しくない顔が更に悲惨なことに!!」
勇者「うるさい!! もうやだ帰る! うわあん、マーマー!!!」ダーッ
魔王子「さ、君らもお帰り」
女戦士「えぇー、やぁーだぁー」
魔法使い「魔王子様ともっと一緒にいたぁい」
魔王子「僕を困らせるなんて、悪い子達だ」
僧侶「きゃーっ、魔王子様を困らせるなんてできなぁーいっ」
キャイキャイ
側近「…」
側近(魔王子様は誰一人として傷つけることなく、勇者を撃退した…)
魔王子「さぁ側近、パパンに今の戦いの報告に行こう」
側近「は、はい。今参ります」
魔物A「初陣ながら、お見事でした魔王子様」
魔王子「まぁね」
魔王子は魔物Aからガウンを受け取り、派手に広げてそれを羽織った。 そして、魔物達から送られる賞賛の眼差しを得意気に受け止め、堂々と廊下の中央を歩いていく。
魔王子「やはり僕の美しさは偉大だね。世界をも魅了できるよ」
側近「ですが勇者は…」
魔王子「あぁ、ブ男に嫉妬されるのには困ったね。ならもっともっと美しさを磨いて、ブ男も魅了してやろう!!」
側近(無理に決まってんだろ)
しかし魔王子は早くも自信満々だった。
そしてそこを曲がって魔王の所へ…という所で、角から人が出てきた。
姫「魔王子様…」
魔王子「おや、お姫様。見ててくれた、僕の勇姿?」
姫「そ、そのぅ…途中から見ていませんが…」モジモジ
魔王子「えっ、何で!? 美しい僕の勇姿だよ!」
姫「えーと…」カアァァ
側近(全裸だからだよ)
姫「そ、その魔王子様…大丈夫ですか?」
魔王子「え? 何が?」
姫「お体…」
姫は魔王子の胸にそっと手を添える。
そこは魔王子が、勇者に切られた箇所だった。
魔王子「あぁ大丈夫、僕には超回復という能力があるから。美を保つ為の素晴らしい能力さ!」
魔王子は得意気にそう言った。
けれど、姫の表情は晴れず…。
姫「でも…」
魔王子「でも?」
姫「切られたら…痛いでしょう?」
魔王子「…」
それは魔王子にとって、予想もしていなかった言葉だった。
魔王子(痛み、か――)
魔王子が超回復の能力に目覚めたのは、子供の頃。
彼にとって怪我というものは、放っておいても勝手に治るものだった。
だからといって、彼は怪我を全く恐れずに生きてきたわけじゃない。
怪我をすれば痛い。痛覚を無くしたわけではないので、それは当然のことだった。
だが、超回復の能力を持つ彼を心配する者はいなかった。
だから姫の言葉で魔王子は、言いようのない衝撃を受けた。
魔王子「切られたら痛い、か…。ハハッ、臆病なお姫様らしいねぇ」
姫「だって…」
魔王子「…大丈夫」
姫「っ」
何か言いかけた姫の頭に、魔王子はそっと手を置いた。
魔王子「僕は大丈夫。…心配してくれて、ありがとう」
姫「あ…」
彼の声は穏やかで、頭に置かれた手は柔らかくて、姫の抱いていた魔王子のイメージとは違っていた。
魔王子「さっ、早くパパンに報告しなきゃ。僕の美しさで場を収めたってね~♪」
そして魔王子は話を切り替え、姫をそこに置き去りにした。
姫(魔王子様…)
そして姫は、確信はないけれど、何となく、魔王子の動揺を感じ取っていた。
今日はここまで。
技解説:パーフェクトビューティー魔王子フラッシュ
高確率で相手を魅了する。ただし、全裸にならないと使えない。
>夜、魔王子の寝室前
姫(魔王子様はもう眠られたかしら…)
姫は寝室前で立ち止まっていた。
手をドアノブにかけようとしていたが、何かを躊躇してそこから動けずにいる。
姫「…」
魔王子『パパン、このお姫様は僕が貰い受けるよ』
姫(魔王子様は、私の命を救って下さった)
魔王子『魔物ばかりの城にいても気が休まらないだろう。我が国ならではの面白い場所に連れて行ってあげよう』
姫(この国に居づらさを感じている私を、気遣って下さることもあった)
勇者『うるさい!! もうやだ帰る! うわあん、マーマー!!!』
姫(襲撃してきた勇者様に危害を加えることなく、彼を帰した)
魔王子『僕は大丈夫。…心配してくれて、ありがとう』
姫「…」
姫(魔王子様は悪い人ではない…)
姫(だけど、私がこの国に来た目的は…)
姫(私は、どうすれば…)
「眠れないのかい?」
姫「…っ!?」
突然寝室のドアが開いた。
部屋の中から顔を出したのは勿論、部屋の主である魔王子。
魔王子「こんな時間にどうしのかな、僕の体目当てかい?」
姫「い、いえいえ」
ここにいる言い訳が見つからないのと、また訳のわからないことを言われたことで、姫は上手く言葉を返せなかった。
だが――
魔王子「あながち間違いではないだろう?」
姫「え――っ!?」
魔王子「望むなら。どうぞ、これ」ポン
姫「あ、え、えっ!?」
魔王子が姫に手渡したのは、夢幻の森の時にも渡した宝剣だった。
姫「え…っと?」
戸惑う姫に対し、魔王子は躊躇なく言った。
魔王子「君、小国の姫ではないだろう。小国から送られた暗殺者…って所かな?」
姫「…っ!!」
いきなり核心を突かれ、姫は言葉に詰まった。
魔王子「いいよ、その宝剣でやってみなよ。ただし僕を殺すのは、どんな実力者にも難しいことだけどね」
姫「…どうして、わかったんですか?」
魔王子「うん?」
姫は宝剣を構えることもせず、絞り出すような声で魔王子に尋ねた。
姫「どうして私が小国の姫ではないと…私、どこかで失敗をしましたか?」
魔王子「その宝剣を見た時の反応だよ」
姫「え…?」
姫は手に持っている宝剣を見た。
魔王子「君、その宝剣を見た時に何て言ったかな?」
姫「えっと…。綺麗、と言いました」
魔王子「それだよ」
姫「え?」
魔王子「その宝剣、レプリカなんだ。宝石も偽物なんだよね」
姫「え…っ、偽物…?」
魔王子「そう」
まだ理解が追いつかない姫に、魔王子は説明を加える。
魔王子「小国は鉱物の産地。その小国の姫君なら、宝石を見る目も肥えているはず。そんな姫君が偽物の宝石を綺麗と言うなんて、おかしいと思うじゃない」
姫「!!」
姫「…お見事です」
姫は肩を落とす。
この国に入ってから、ずっと小国の姫の振りをしようと意気込んでいた。
だというのに、まさか、そのたった一言で見抜かれてしまったとは。
姫「…でも1つ訂正をさせて下さい。私は、姫であることには間違いないのです」
魔王子「と言うと?」
姫「小国に戦争で敗れた国の、姫です」
魔王子「…へぇ」
小国は周辺国と度々小競り合いを繰り返している…そんな話を聞いたことがある。
敗戦国の姫が、小国に命じられ魔物の国に入り込むとは。いよいよ、きな臭い話になってきた。
姫「私は小国に命じられ、貴方と魔王の命を奪う為、貢物としてこの国に送られました…。ですが正体がバレてしまった以上、仕方ありません。この国の法で私をお裁き下さい…」
魔王子「待った待った。話が飛躍するなぁ~。僕は別に君を裁くつもりはないよ」
姫「ですが…」
魔王子「君に殺される程、僕もパパンも甘くはないよ。大事にはしないから、君は小国の言いなりになるのを止めて姿を消した方がいい」
姫「そうはいきません」
魔王子「うん?」
姫「私の姉が…小国に人質に取られているのです」
魔王子「ウゥン……」
姫「お姉様は…たった1人の私の家族なのです。だから…っ」
魔王子「…」
姫は宝剣を構える。
魔王子はそれを見ても表情を変えない。
魔王子「できるの? 君に」
姫「わ、私は…」
姫は体を震わせていた。
その顔は真っ青で、声もかすれていて――とても見ていられるものではなかった。
魔王子「無理だよお姫様には」
姫「…っ」
魔王子はゆっくり姫との距離を詰める。
姫が刺さないと確信してのことか、まるで警戒する様子がない。
そればかりか…
魔王子「試してみる?」グイ
姫「!!」
魔王子は姫の手をつかみ、僅かに震えていた剣先を支えた。いまやその切先は、心臓まで数センチを残してしっかりと魔王子を捉えている。
魔王子「まずはひと思いに、心臓から――」
握る手に、力が加えられた。
姫「――嫌っ!!」
そこで、姫は宝剣を床に落とした。
魔王子「………」
姫「やっぱり無理…私、できない! お姉様、ごめんなさい…」
姫は床にへたり込んでさめざめと泣き出した。
誰かを殺すなんてできない。でも、姉を救うことも諦められなくて。
魔王子「どうすればいいと思う?」
姫「わからない…」
姫は泣きながらも即答した。
姫「私には何もできない! こんな無力で臆病な私なんかに、何も…」
魔王子「何もできないわけじゃないよ」
姫「え…?」
姫は顔を上げ、魔王子の顔を見る。
魔王子は姫のことを見ていた。それも彼にしては珍しく、真剣な表情で。
そしてゆっくりと、姫に手を差し出した。
魔王子「助けを求めてみれば、いいじゃない」
姫は一瞬理解できなかった。
だが差し出された手を見て――理解して、慌てた。
姫「そ、そんな! 魔王子様のお手を煩わせるだなんて!」
魔王子「窮地に陥ったお姫様を救う…そんな僕、最高に美しいよね」
姫「私には、魔王子様に助けを求める資格は…」
姫は俯いた。
魔王子「僕は君が――とその前に、ごめん」
姫「え?」
魔王子はぺこりと頭を下げた。
魔王子「君を騙して、心を覗いたことが一度だけあるんだ」
姫「…えっ!?」
魔王子「夢幻の森に、行っただろう」
魔力が流れ、人に幻影を見せる、あの森のことか。
魔王子「あそこの森は入った者の心を映し出すこともできてね」
姫「えっ、あのっ、そのっ」アワアワ
その説明を聞いて姫は慌てた。
良心的に生きてきた姫とはいえ、覗かれたくない部分は持っている。
魔王子「慌てる程、深い部分は見ていないよ。僕が聞いた心の声は――」
姫『お姉様の為、私は彼を…。でも、誰かを傷つけるなんて嫌…そんなの絶対、間違ってる!!』
魔王子「あの時から僕は――君を救いたいと思っていたんだ」
姫「っ!!」
姫「わ、私…」
姫は再び泣き始めた。
姫「自分に仕方ないと言い聞かせて、貴方を殺すのを実行しかけた時もあった…。私ったら、何てことを…!」
魔王子「ハハハ。そんな揺らいだ心じゃ、この僕を殺せないくらい、わかっていたさ」
姫(穏やかな顔、柔らかい口調…彼は私を気遣って下さっている)
姫(魔王子様…この方は本当に優しい。それに何て、清らかな心の持ち主でしょう…)
魔王子「…」
~回想・夢幻の森~
魔王子『フフフ、姫様の本音を聞かせて頂こう』
魔王子『さぁ!! 僕の美しさを讃える声を聞かせるが良い!!』
姫『お姉様の為、私は彼を…でも、そんなことしたくない…』
魔王子『…うん?』
魔王子『馬鹿な…っ、心の中ですら、僕を美しいという声がないだと!?』
姫『……誰かを傷つけるなんて嫌…絶対、間違ってる!!』
魔王子『なんか深刻そうで美しくない。美しくないとか、絶対間違ってる』
~回想終了~
姫(魔王子様の表情…私のことに真剣になって下さっている…)
魔王子(姫様を救って、絶対に僕を美しいと言わせてやる!!)ゴゴゴ
今日はここまで。
実はいい人かと思いきや動機が不純なナルシスバカ、それでこそ魔王子だぜ!
>小国
王「姫を魔王の元へ潜り込ませ、数日経ったが…」
大臣「まだ、これといった動きは見られません。密偵の情報によると魔王は体調不良、との事ですが…」
王「それでも魔物の国の動きに変化がない所を見ると…」
大臣「恐らく密偵などにより、情報が漏れるのを踏んで、あえて魔王が弱っていると騙り、こちらを撹乱するつもりなのではないか、と」
王「そういえば、姫を送り込んだ際の使いも、王子ですら切れ者だったと報告していた」
大臣「野蛮な魔物共といえど、頂点ともなればそれなりの頭もあるようですな」
王「だが流石に、臆病で無力な姫が…まさか、暗殺者だとは思うまい。あとは誘惑して魔王の懐にもぐりこみ…隙を突けばいいだけの事」
大臣「ふふふ、きちんと夜伽を教え込んでから送り込んだ方が良かったですかな?」
王「かもしれんな、はははははは!!」
広間にて王と大臣の下卑た笑い声が響いていた。
ここら一帯の国と小競り合いを繰り返している小国の王。
策略を考え出す頭脳と大胆不敵な性格を兼ね揃えた彼は、人間の敵である魔王に対してですら、恐怖心を抱いていなかった。
兵士長「陛下!」
王「む。どうした」
兵士長「魔王国の魔王子が、城に入り込んできました!!」
王「何…っ」
魔王子「おっ、王様いたいた」
王「!!」
尊大な態度で広間に入ってきた魔王子は、部下の一人ですらも連れておらず、表情も声色も穏やかなものだった。
しかしその片腕には姫を拘束していて、姫の表情はやや固い。
計画がバレたか――王はすぐに察した。
王「これはこれは。魔王子殿、お初にお目にかかります」
魔王子「社交辞令的な挨拶はいらないよ。僕が来た理由はわかるね?」
王「さて、見当もつきませんな?」
だが王は知らぬ振りをする。
この程度のことなら想定の内、堂々とした態度を崩さない。
魔王子「このお姫様は小国の姫ではないんだってね」
王「おや、使いが説明を怠りましたかな? 失敬しました。彼女は確かに我が国の姫ではないが、捕虜としてそちらの国に贈与したのは確かです」
魔王子「で…彼女は姉上を人質に取られて、僕とパパンを殺すよう命じられたんだって?」
王「まさか」
王は驚くふりをしたが、用意していた言い訳を口にする。
王「でまかせですね。その姫君は我が国に恨みを持っています。ですからそう嘘を述べて、我が国とそちらの国の間に亀裂を生むつもりだったのでしょう」
魔王子「…それは本当かな?」
王「我が国のような小国が魔王殿を相手に喧嘩を売るのは、荷が重すぎますよ」
王は、困ったように眉を下げて自嘲気味に笑った。
王は魔王子と会話を交わしながら、広間全体の様子を伺う。
広間には兵士達が続々と入ってくる。
魔王子「まぁ、僕に嘘を見抜く力はないから――」
魔王子は会話に集中しているようで、王の方を向いたままだ。
弓兵がゆっくり、彼の背に回る。
王(よし――)
あとは隙を見て矢を射るだけだ――と思った時。
魔王子「さっきから後ろでコソコソ何やっているのかな?」
王(ちっ、気付いていたか)
面倒な――射姿の弓兵が魔王子に見つかれば、もはや言い逃れはできない。
必死に頭を動かして言い訳を捻り出そうとするが、
魔王子は相変わらずの微笑を浮かべたまま、ゆっくりと振り返っていき――
と、次の瞬間。
姫「え、えいっ!」
魔王子「――っ」ドサッ
王「!」
一瞬のことだった。腕に抱えられていたはずの姫は
魔王子の腕をねじり上げ足を払い、魔王子はそこに尻をついた。
姫(これで…いいのよね?)
~回想~
魔王子『王の前で僕は隙を見せる。そうしたら君は僕を拘束するんだ』
姫『えっ、でも…』
魔王子『大丈夫、僕に任せて♪ 君はお姉さんを助けることだけ考えているんだ』
姫『はっ…はい…』
~回想終了~
姫(信じますよ、魔王子様…)
姫「王様、彼を捕らえました…。お姉様を解放して下さい」
王「…」
王の表情は固い。
演技がバレただろうか――? 姫は内心ヒヤヒヤしながら、彼の表情を伺う。
王「…まぁ、いいだろう。兵士長、姉姫を連れてこい」
兵士長「はっ」
兵士長が姉姫を連れてくる間、魔王子は兵士達に取り押さえられ、両手両足を鎖で拘束されていた。
それに対し、魔王子は抵抗する素振りを見せる。
魔王子「縛られるなら薔薇を所望するよ。鎖だなんて、奴隷のようで美しくないなぁ」
王「聞いていた通りの変態だな」
魔王子「こうやって僕を拘束するってことは、やっぱりお姫様の言っていたことは本当なのかな?」
王「その通り。マヌケだな魔王子、まんまと罠にはまるとは」
マヌケなのはそっちだ――魔王子がそう思ったと同時、姫が叫ぶ。
姫「お姉様!」
姉姫「姫…!」
兵士長に連れられ、車椅子の女性が広間に入ってきた。
姫はすぐさま姉に駆け寄り、その体に抱きつく。
姉姫「あぁ姫、無事で良かった…魔王の元へ送られたと聞いて、どれだけ心配したことか…!」
姫「お姉様…お姉様ぁ」
抱き合う2人を横目で見て、魔王子はとりあえず安心する。
魔王子(まぁ良かった。さて、あとはあの二人が無事に開放されるのを待って、僕も抜け出すだけだね…)
しかし。
王「ご苦労だったな姫君よ――お前はもう、用済みだ」
姫「――えっ?」
魔王子「!?」
王の合図と同時、彼女らを囲んでいた兵士達が、一斉に武器を構えた。
姫「え…あっ…?」
状況を理解できないのか、姫の声は言葉にならない。
魔王子「なるほど…そういう手を使う」
冷や汗をたらしながら魔王子は呟いた。
魔王子「口封じの為か知らないけど、用が済んだら処分するってわけ。やることが下衆だね」
王「お前こそ。姫君と手を組んでいたのだろう?」
魔王子「――っ!」
読まれていたか――魔王子は動揺を悟られぬように、強がって笑ってみせた。
それを見て、王はフンと鼻を鳴らす。
王「お前の死体も姫君の死体と一緒に捨ててやろう。シナリオは、そうだな――人間との禁断の恋に溺れた魔王子による無理心中、というのはどうだ。魔物はますます、人間にとって忌み嫌われる存在となるだろうな」
魔王子「両種族の争いを激化させるつもり…!? やめなよ、死人を増やすだけだ」
王「あぁ、死人が出れば出る程都合がいい。魔物との争いで疲弊した大国へ攻め入れば、我が国にも勝機はある…!」
魔王子「…っ、全く理解ができないね…!」
王「お前の父も同類だろう。この世界を掌握しようという考えの持ち主だろう」
魔王子「あぁ、うん…僕はパパンの考えも理解できないよ」
王「ほう?」
世界を力で支配するのは、美しいことではない。
父はそんな美しくない世界征服をして、何を得ようというのか。
美しくあることが、何よりも大事なことではないか。
ならばそんなものは、とっくに得ている。
魔王子「だって僕は――」
そうだ、僕の美しさの前では――
魔王子「僕が美しすぎて、世界征服とかどうでもいい」
世界征服など、興味も失せる。
魔王子(だけど――)
魔王子は兵士達に囲まれている姫達を見た。
姫「ひっ――」
姉姫「あ、ああぁ…」
魔王子(この状況を何とかしなきゃ――美しくないよね!)
魔王子「あぁ何て醜いんだ!」
魔王子は広間中に響く声で叫んだ。その声で、注目は魔王子に集まる。
魔王子「考えることが矮小で、目も当てられない程醜いね。小国は鉱物の産地だけれど、その小国の王の人間性も鉱物同様…」
王「何が言いたい」
魔王子「わからない? 宝石のように美しくなるには、まだまだ程遠いって意味だよ!」
王「貴様…」
王の表情が歪んだ。
手応えを感じ、魔王子は続ける。
魔王子「君のような矮小な王に、この高貴な僕は殺せないよ。何故なら――」
王「超回復、か?」
魔王子「――っ」
知られていた。
魔王子(教えたのは勇者かな…あーあ、うっかりしてた)
人殺しなど、魔王子にとっては美しくない行為。だから、生かして帰したことについては後悔していない。
しかしあの時はつい、超回復について得意げに語ってしまった。そんな調子の良さは、反省すべき所だ。
王「頭と心臓を同時に潰さぬ限り、いくらでも再生するそうだな?」
と、今は反省している場合ではなかった。
魔王子は唇を噛み締め、無言を貫く。
王はそんな魔王子の様子を見て、ニヤリと笑った。
王「つまり頭と心臓を同時に潰せば死ぬということ――おい」
兵士長「はっ」
王は兵士長を呼ぶ。後ろに兵士達がついてきた。
その手には各々、武器を持っている。
姫「まさか――」
姫は顔を真っ青にして、その様子を見ていた。
魔王子「…いやぁ参った」
兵士達に囲まれた魔王子は苦笑いを浮かべた。
魔王子「勘弁してくれないかな? それは僕が1番嫌なことなんだよ」
王「ほう…ならば早めに終わらせてやろう」
剣先が魔王子の頭と胸元に突きつけられる。
同時に潰す準備は、既にできている。
姫「駄目っ…嫌、そんなの!」
姫は必死になって魔王子に手を伸ばすが、兵士達に掴まれたその細腕は、それを振り払うこともできない。
姫「魔王子様を殺さないで…! やめて下さい、お願いしますっ!!」
叫ぶ。それでも状況に変わりはない。
姫「魔王子様、魔王子様ぁ!」
何度目かの呼びかけに、魔王子がようやくこちらを振り返る。
その顔は涼しげで――いつもと同じだ。ちょっと変わっているけど、それでも優しい、いつもの魔王子だ。
王「やれ!」
だが、そんな魔王子は――
姫「嫌ああぁぁ――――ッ!!」
2本の剣に体を貫かれ、鮮血を散らした。
今日はここまで。
魔王子が普通にかっこよくて癪でした。
姫「あ、ああぁっ…」
姫はその場に泣き崩れた。
魔王子『あの時から僕は――君を救いたいと思っていたんだ』
優しくしてくれた魔王子が死んだ。
自分に同情し、味方になってくれたばかりに――
姫「魔王子様…魔王子様ぁ…」
名を呼んでも魔王子は蘇らない。
わかっていながらも未練を抱き、彼の名を呼び続ける。
姉姫「あ、あれ…」
姫「え…っ?」
姫は顔を上げる。
姉姫の指差した方向を見ると、血に染まった魔王子が――立っている?
魔王子「――…痛い」
彼の口から声が発されたと同時、場にはざわめきが起こった。
王「仕留めきれていなかったか…!? 追撃しろ!!」
今度は弓兵の放った矢が、魔王子の胸や頭に突き刺さる。
それでも魔王子は倒れない。
魔王子(…痛い)
姫『そ、その魔王子様…大丈夫ですか?』
姫『切られたら…痛いでしょう?』
魔王子(本当その通りだよ、姫様)
魔王子(誰だって痛いのは嫌だよね――それなのに争うから、痛いのも続く)
王「何故だ…!? 何故、倒れん!?」
何度も貫かれた魔王子の体は、血まみれで、面影はほとんど無くなっていた。
だが、奇怪な出来事は次の瞬間起こった。
王「…!?」
魔王子の体の傷が塞がる。だが、元の姿ではない。
明らかに魔王子の体は、筋肉が膨らんでいた。
魔王子「頭と心臓を同時に潰さない限り、僕の体はすぐに元に戻る――とは言ったが」
姫「この、声…っ!?」
声帯まで変形したのか、魔王子の声が変わる。
だがその声が流れた瞬間、広間はビリッとした緊張感に包まれた。
王(何故、だ――!?)
声に威圧された。そうとしか表現できなかった。
だが――たかが声で?
魔王子「頭と心臓を同時に潰せば死ぬ…って意味じゃないんだよ」
威圧感を纏った魔王子に追撃する者はいない。そうしている内に、魔王子の傷は全て塞がり――
魔王子「争いを避けてはきたが――やはり、争い自体を鎮圧する必要があるようだ」
王「…っ!!!」
兵士長「な…っ」
「魔王子の頭と心臓を同時に潰すと――『私』になる」
姫「あ、貴方は――」
そこに現れた「彼」―― その印象的な姿は、見間違うはずもない。
獣のような顔貌、知性的な眼差し、
輝く銀髪に、そびえ立つ2本の大きなツノ――
長く伸びた両腕は今、既に消えた傷跡を労わるかのように
彼のその強靭な体躯をしなやかに抱いている。
そして、その強靭な身体を覆う大きな銀色の翼――
姫「魔神…さん?」
そこに現れたのは、あの日、夢幻の森で出会った魔神であった。
魔神「魔神とは、魔王子の力を解放した姿――どちらも真の姿だが、私は魔神の姿を嫌っている」
その声は静かなものだった。
だが、その静かな声が通る程、広間は静まり返っていた。
皆、恐れていた。
目の前に現れた魔神の姿に圧倒され、動けずにいた。
姫(魔王子様が魔神さんだったなんて…)
ただ一人、魔神と面識のある姫だけは思考を冷静に働かせられた。
それでも自分に今できることはないと、その場にいた者たち同様、そこから動かなかった。
魔神「小国の王よ――」
王「…っ!!」
魔神と目が合い、名を呼ばれた。ただそれだけのことで、王の体は強張り、顔は青褪めていく。
殺される――そう言わんばかりの表情だ。
だが魔神は、ごくごく平坦な声で問いかけた。
魔神「私を敵に回したいか?」
王はガチガチになりながら首を横に振った。
策略を考え出す頭脳と大胆不敵な性格を兼ね揃えた、小国の王――そんな彼でも本能レベルで悟っていた。
魔神はそういうレベルの相手ではない。決して敵にしてはならない相手だと。
魔神「ならば良い――」
魔神は目線を戻す。
無言。それがかえって場の緊張感を高める。
魔神の視線は天井へと向いた。
それだけで兵士達の何名かがビクッと肩を鳴らした。魔神の一挙一動に、彼らは敏感に反応していた。
魔神「悪いが、突き破るぞ」
王「………え?」
王が間の抜けた声を出したと同時――魔神は屋根を突き破って、上空へ飛び立った。
破られた天井から空が見える。
まだ昼間で、さっきまで晴れていたというのに、空はみるみる内に暗く濁っていった。
不気味な空だ――まるで天変地異の前触れのような。
――全世界に告ぐ――
姫(…っ!? 魔神さんの声、でも…)
その声は頭に直接響いていた。
声が響くと同時、全員一斉に空を仰ぐ。
「滅びの神」――絵画であればそんな題名が相応しい光景だった。
天空より舞い降りた魔神が世界を滅ぼしに来た――そう思わせるような、凶悪な光景。
魔人が呼び寄せたのであろう暗雲は、太陽を覆い隠した。
そして、今はそこに… まるで太陽に成り代わったかのようにして、魔神が佇んでいる。
――銀色の、太陽
暗雲の下でも輝く、彼の見事な銀髪と銀翼は、人々をそんな錯覚に陥らせた。
「お、おしまいだぁ! 皆、殺されるんだ!!」
誰かがそんな風に叫んだ。
皆、恐怖心と絶望感に支配された顔をしていた。
姫(魔神さん…魔王子様!!)
ただ1人、姫は彼を信じて次の言葉を待った。
そして、次に頭に響いてきた言葉は――
――魔王軍に降伏せよ。争いは終わりだ――
それだけ言い残し、魔神は姿を消した。
・
・
・
>山奥の施設
姫「今日は少し肌寒いですね、お姉様」
姉姫「大丈夫よ姫、心地いいくらいだわ」
姫は姉姫の車椅子を押しながら散歩に出ていた。
魔神が全世界に降伏するよう告げたあの日――人間の国は次々と魔王軍に降伏を申し出た。
こうして両種族の争いは魔物側の勝利ということで収束した。
魔物C「あ、こんちは」
姫「こんにちは」ペコリ
各国に魔王軍の幹部が配置されるようになり、はや1ヶ月。
魔物が人間を蹂躙し抑圧する――初めの内は皆、そんな不安に苛まれていた。
姫(でも、今の所そんなトラブルは起こっていないようね)
少なくとも現在まで、魔物達は横柄なこともせず、人々は以前と変わらない暮らしを送っている。
小国より解放された姫も、のんびりした生活を送っていた。
姫(これも、彼のお陰よね――)
姫が思い浮かべた人物。
それは今現在、魔物の国の実権を握っている、平和主義者の彼だった。
姉姫「彼には感謝しても、し足りないわね」
姫と同じく平和を実感していたのか、姉姫がそんなことを呟いた。
姫「えぇ、本当に」
姉姫「姫。あれから彼には会っていないわね」
姫「…はい」
あの日、魔人化した魔王子は、宣告を終えると姿を消した。
恐らく魔王城に戻ったのだろうと思われるが、彼の元を訪れるのは躊躇われた。
姫「でも私、彼にまだお礼も言えていない…」
今の自分の立場では満足なお礼などできない。
だけどせめて一言だけでも、感謝の言葉を述べたい――。
姉姫「言うのは、お礼だけ?」
姫「…えっ」
姉姫の言葉に姫は硬直する。
姉姫「姫。彼のことを口にする時の貴方は、いつもと違うわよ」
姫「お、おおおお姉様!? なっ、何のことだかぁ!?」
姉姫「いいのよ姫。私がいるから、行くに行けないのでしょう」
姉姫の視線は姫の姿をしっかりと見据え、力強い。
姉姫「貴方は、貴方のやりたいように生きなさい」
姫「…」
>魔王城
魔王子「僕は何て美しいんだ」
魔王子は姿見にへばりついていた。
側近「あのー…? 魔王子様、聞いてらっしゃいます?」
魔王子「僕の美しさは周囲の情報を遮断する。故に聞いていない」
側近「鏡を見るのをやめて下さい」
魔王子「くっ、何てことだ…あまりの美しさに目が離せない!!」
側近(変わんねーな、この人は)イライラ
魔王のぎっくり腰は回復せず、魔王の国では事実上の政権交代が行われ、魔王子が実権を握っていた。
だが人間達に勝利を収めた後でも魔王子は人間達に危害を加えることはなく、魔王城も平和な日々を送っていた。
魔物A「魔王子様」
魔王子「後にしてくれないか。僕は今、美しすぎて何もできないんだ。僕は更なる美を追求せねばならないのに…アアッ! 僕自身に魅了されて、それすらもままならないッ!!」
側近(変わらないどころか、おかしさがエスカレートしてやがる)
魔物A「姫君が魔王子様に会いにおいでです」
魔王子「…っ、お姫様が?」ガバッ
今日はここまで。
ナルシスバカな魔王子を出したら安心。
>城門前
姫「…」ドキドキ
魔王子を待つ間、姫の気持ちは高ぶっていた。
別れてから1ヶ月――そのたった1ヶ月が、姫には1年も前のことのように感じられて。
と、足音が聞こえた。この軽い足音は――
魔王子「お待たせ」
姫「魔王子様!!」
姫の表情はぱっと明るくなる。
素直に嬉しく思える。また、魔王子に会うことができた。
魔王子「駄目じゃないかお姫様、こんな所まで来たら」
だが一方の魔王子は表情が固く、どこかよそよそしい。
姫(あ…そっか。今はもう……)
片や、世界を掌握した魔物の王。片や、亡国の姫。
2人の身分差は明らかなもので、下の立場の自分が、気軽に会いに来て良い相手ではないのかもしれない。
それでも言わねば。姫は意を決して口を開いた。
姫「魔王子様、私は――貴方に救われました」
魔王子「…僕は何もしていないよ。人間達を脅迫しただけだ」
姫「いいえ。確かにやり方は脅迫に近いものだったかもしれません。ですが――」
姫は知っている。
争いを嫌う魔王子の本心、魔王子の思惑を。
姫「魔王子様、私も貴方の心を覗きました」
魔王子「…えっ?」
それは、あの日、夢幻の森を訪れた時のこと――
姫「私、森で魔神さんに出会いました。彼は貴方の心を映し出した姿となって現れたのでしょう」
魔王子は一瞬、驚いた顔をしてから気まずそうに視線をそらした。
魔王子「参ったなぁ…。幻影を見たのは知っていたけれど。まさか、魔神の方と会っていたとはね」
魔王子「…それで、僕の心は何と言っていたのかな?」
姫「それは――」
魔神『だから、私は戦場には出ない』
魔神『争いが嫌いなのだ、私は』
姫「争いを嫌う貴方の本音です。そして貴方は、本当にこの世界から争いを無くしました」
魔王子「…まぁ、人間全体が魔王軍に降伏したわけだから、争いは止むよね」
姫「それでも事実、世界は平和になりました。私、祖国でもこんなに平和な生活を送った覚えがありません」
魔王子「だけど…」
魔王子は弱気に呟いた。
魔王子「人間達は魔神を恐れて争いを止めた。けれどそれは所詮、恐怖支配。人間への抑圧でしかないよ」
そう話す魔王子の表情は自嘲気味だった。
姫には、彼が何故そのような表情をするのかわかった。
魔神『私のような者が戦場に出れば――この姿だけで、人間を恐怖させることも可能だろうな』
魔神『他者に恐怖心を与えるなど不本意。この容姿は、私自身にとっても害悪』
不本意なのだ。
世界中の人々を恐怖させたという事が。
姫「魔王子様、1つだけ…私のわがままを聞いて下さいませんか?」
魔王子「うん? 何かな?」
姫「私と――デートして下さいませんか?」
魔王子「!?」
魔王子は目をまん丸くする――が、すぐにいつもの飄々とした表情になる。
魔王子「ん~、この美しい僕を独占するだなんて、意外と大胆なことを考えるなぁ」
姫「はい。是非、魔王子様とご一緒したい所があるんです」
魔王子「うーん…」
魔王子(僕は(鏡にへばりつくので)忙しいのだけれど…でも、お姫様がそんな風に言うのなら)
魔王子「まぁ、ちょっと息抜きするのもいいかな。是非、案内してくれたまえ」
姫「はいっ!」
>大国、首都
魔王子「これは…」
首都に足を踏み入れた瞬間、魔王子はその光景に目を疑った。
魔神が、いる。
広場のオブジェ、店頭に飾られた絵画、屋敷の外壁のレリーフ…至る所に魔神をモチーフにした芸術品が飾られていた。
魔王子「…どういうことかな?」
姫「魔神さんの姿は、良い意味でも人々の心に焼き付いたということです」
魔王子はもう1度、周辺にある芸術品を見た。
魔王子「…まるで神のような扱いだね」
姫「魔神さんが人々に植え付けたのは、恐怖心だけではないということです」
魔王子「……畏敬…」
そんな言葉が出てきた。
どの芸術品も、作り手による畏敬の念が感じられる。
姫「今はまだ人々の恐怖心も完全には払拭されていないかもしれません。ですがいずれ貴方は、神話に名を連ねるような存在になれると私は思います」
魔王子「神話…」
神話から生まれる芸術品や音楽、舞台――それらはどれも美しく、人々の心を魅了する。
魔神となった自分も、いずれそんな存在になる。すべてを晒してしまえば…恐ろしい姿で人の心を苛む醜悪な魔の存在となってしまうと 信じて疑わなかったのに…。
魔王子「…でもなぁ」
魔王子は少しだけ不満そうな顔をする。
姫「どうされたんです?」
これだけでは魔王子の心は晴れなかったか…姫は魔王子の顔を覗いて、そんな心配を抱く。
だが、そうではなかった。
魔王子「芸術品は魔神化した僕の姿ばかりだね! 今の僕も最高に美しいのに!!」
魔王子は髪をかきあげて不満を口にした。
これだけ多くの人がいるというのに、誰も自分に目を奪われていない。こんなにも自分は美しいというのに。
魔王子「やはり僕のパーフェクトビューティ魔王子フラッシュで…」ブツブツ
姫「魔王子様」
姫はクスクスおかしそうに笑いながら、魔王子に1枚の紙を手渡した。
魔王子「ん。これは――」
鉛筆で簡単に描かれたスケッチだったが――描かれていたのが魔王子だとわかる程度には、よく描かれている。
魔王子(僕の特徴を的確に捉えているんだから、美しくないわけがない。だけど、何か、こう…)
彼が自分に抱いているイメージほど、キラキラしていない。
描かれていた魔王子の表情は温和で、安心感を覚えさせる――そんな絵だ。
姫「私が描いたものなのですが…」
魔王子「へぇ、君は絵が得意なのか」
姫「えぇ、芸術の国の出身ですから」
芸術の国…その名の通り芸術に秀でた国だというのは聞いたことがある。ただ、軍事に関してはめっぽう弱いという話だったが。
魔王子(そう言えば…)
魔王子は、姫に宝剣を渡した時の反応を思い出した。あの宝剣に、姫はボーッと見惚れていた。
魔王子(あぁ、そうか。あの宝剣の宝石は偽物だったけど、お姫様はデザイン性に惹かれたわけか。なるほど、芸術品を見る目は肥えているんだなぁ)
そう思いながら、魔王子はもう1度スケッチを見た。
魔王子「…これは、君が抱いている僕へのイメージ?」
姫「はい。あまり似ていないかもしれませんが…」
魔王子「そういうことじゃない。フゥ…君は僕に、案外素朴なイメージを抱いているんだなぁ。僕は輝ける程に美しいというのに…」
姫「ふふ、確かに魔王子様は美しいと思いますよ」
魔王子「っ!!」
魔王子(初めて、お姫様に美しいと言われた…!!)
姫「だけど私が思う魔王子様の美しさは、容姿だけではないんです」
魔王子「…容姿だけではない?」
姫「はい」
その言葉で魔王子は、柄にもなく混乱した。
魔王子(容姿ではない美しさ!? な、何のことだ!? それ以外の美しさなんて…いや、これではまるで僕が容姿だけの男のようじゃないか!!)アワワ
姫「私が思う魔王子様の美しさは――内面から溢れ出る、慈愛の心だと思います」
魔王子「慈愛――?」
魔王子は再度、描かれた自分の姿を見る。
慈愛――描かれた魔王子は、慈愛に満ちている。
魔王子(これは、僕自身が気付いていない僕の姿…? 僕の本当の――)
魔王子は顔を上げる。
じっと絵を見られているのが恥ずかしいのか、姫は恥ずかしそうにモジモジしていた。
魔王子(僕は、僕が美しいと思う行動を取っただけなんだけど…そうか、そうだったんだ――)
魔王子(僕は、心も美しかったんだ!!)パアァ
姫(魔王子様は、心のお美しい方だわ!!)パアァ
姫「その…気に入って頂けましたか?」
姫は上目遣いで見つめてきた。
こんな才能がありながら、相変わらず弱気な姫が可愛らしくて、魔王子はフッと笑う。
魔王子「そうだな…僕の美しさを引き出すには、隣に女性を置いてみるといいかもしれないな」
姫「え、女性をはべらせるんですか!?」
魔王子「ただ女性をはべらせても美しさは引き出せないよ。勇者がいい例さ」ハハハハハ
姫はほっとする。が、勇者がナチュラルにバカにされたことについては、笑っていいのやら若干、複雑な心境だ。
姫「それでは…女性というのは…?」
不安を抱きつつも、恐る恐る尋ねた。
魔王子「勿論、僕の美しさを引き出してくれる女性のことさ」
そう言って、魔王子は姫を見つめた。
魔王子「僕の本当の魅力を教えてくれて、僕に新たな輝きを教えてくれた――たった一人の、女性」
姫「………えっ?」
魔王子「遠まわしに言うのはやめにする」
そして魔王子の表情は真剣そのものになり――
魔王子「君は僕の内面にある慈愛という美しさに気づかせてくれた。僕はもっともっと、美しくなれる」
魔王子「宝石よりも世界よりも君が必要だ。僕は、僕を他の何よりも輝かせてくれる君が好きだ」
姫「――」
姫は一瞬、ポカンとした。
それから数秒置いて、「ふふっ」と笑い出した。
姫「それは私への告白なのか、自分が大好きなのか、どっちですか?」
魔王子「勿論、両方さ!」
姫「もう、魔王子様ったら…」
そう呆れながらも、魔王子らしい。
可笑しくて、嬉しくて――姫は惜しみなく笑った。
姫「私も――」
姫は少し前から、はっきりと、この気持ちを自覚していた。
ちょっと変な彼。だけど優しくて、勇気があって、平和を愛する彼が――
姫「私も、貴方が好きです」
魔王子「姫様…」
魔王子「ハハハッ、やった、やったね!」
姫「きゃっ!?」
魔王子は突然、姫を抱え上げた。
そして人目をはばからず、くるくる踊るように回る。
姫「ちょっ、魔王子様、やだっ、恥ずかしっ…」
魔王子「君が、僕のお姫様になってくれたんだもの! 君といる時の僕は最高に美しい!! こんなに美しい瞬間を恥ずかしがることなんてないさ!」
「おっ、いいねー若いねー」「ヒューヒュー、やったな兄ちゃん!」「よっ、色男! 彼女さん泣かせんなよ!」
姫(あぁもう…)
やたらと目立って周囲からの注目と歓声を浴びるこの状態に、姫は真っ赤な顔を両手で覆った。
魔王子「約束するよ、お姫様」
魔王子は姫に顔を近づけ、囁く。
魔王子「僕は君の為に、今の平和を守ってみせる。僕達がいつまでも輝いていられるように――」
姫「……はい!」
未来はわからない。だけど彼を信じることができる。
二人で歩んで、沢山の笑顔が溢れる世界を作っていきたい。世界中の人々に、今自分達が抱いている溢れている幸せを分けていきたい。そう思える今はきっと――
魔王子「美しいハッピーエンドだよね!!」
Fin
ご読了ありがとうございました。
本編はこれで終わりですが、おまけを投下したいと思います。
このナルシスバカの物語をいい話で終わらせやしない。
余韻がブチ壊れますのでご注意。
おまけ1:魔王様がぎっくり腰になる前
魔王子「美しい」ウットリ
魔王「いい加減、鏡から離れろ馬鹿息子」
魔王子「離れたくても離れられない…僕の美しさは見る者の心を奪う」
魔王「少なくとも我の心は奪われていない」
魔王子「何だって、それは大変だ! よし、パーフェクトビューティ…」ヌギッ
魔王「そんな全裸にならないと使えん欠陥だらけの技は捨てろ」
魔王子「パパンの言っていることがわからないよ…こんなに美しいのに」ウットリ
魔王「この鏡のせいか」パリーン
魔王子「アァッ、鏡がッ!!」
魔王「これで少しは目が覚めるか…」
魔王子「破片1つ1つに僕の美しい姿が…あぁ、ここは楽園かい?」ポロポロ
魔王「楽園はお前の脳みそだ」
おまけ2:冬
側近「暖房をつけてはいるが、今日は寒いな」
魔王子「あぁ、いい風呂だった」
側近「裸で城内を歩くのはおやめ下さい」
魔王子「こんなに美しいのに?」
側近「そういう問題じゃなくて、風邪ひきますよ」
魔王子「ハハハ、風邪? 僕には超回復の能力があるんだ、風邪なんてひいたことないよ」
側近「…」
魔王子「それじゃあ、今日も僕の美しさを堪能しよう」スタスタ
側近「……」
側近(馬鹿が風邪ひかないっていうのは、本当なんだな…)
おまけ3:魔王子、負ける
魔王子「パーフェクトビューティ魔王子フラーッシュ!!」
勇者「…」シーン
魔王子「馬鹿なッ!? 美しさに磨きをかけたというのに、まだブ男を魅了できないだと!?」
勇者「ブ男って言うな!! そんな変態技が効くもんか!!」
魔王子「そうは言っても先日、パーフェクトビューティ魔王子フラッシュの凄さを君も見たはずだ」
勇者「ふっ、魔王子…お前がいくら美を磨いても、お前が俺から奪えない女だっているんだぜ」
魔王子「ほう? どんな女性かね」
勇者「俺の母さんだ!!」
母さん「あらあら勇者、今日も頑張っているのね」
母さん「皆が何て言おうと、勇者は世界一のいい男よ」
母さん「母さん、いつでも貴方の味方だからね」
魔王子「…あ、うん。そうだね」
勇者「ハーッハッハッハ!!」
魔王子(気の毒すぎて何もできないよ…)
これにて終了です。皆さん、お付き合いありがとうございました!
過去作もよろしければ宜しくお願い致します
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/
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