女「君は実に馬鹿だな」(39)


ただ、ひもじくて泥を掴んで死んでいく者

身を立てようと、大樹の影に寄り添った者

鶏口になろうと、牛後にすら成れなかったもの

有象無象が集まりあって腐っていって

そんなどうしようも無く、覆せない事がいっぱいな

そんなありふれた、遠い何時かのお伽噺

その中のたった一片の

何も残せず、でも努力してもがいた、小さな小さなお伽噺


女「副長、いつもすまないね」
女「隊長だと言うのに、いつも君に訓練を押し付けてばかりで」

副長「いえ、女様に危険があってはいけませんから」

副長「私達は、食うに食えない者、どうしようも無くて親を殺した者、どうしようも無いろくでなしでした」
副長「それを女様は、手を差しのべ、拠り所と食べ物を与え、纏めて下さった」
副長「感謝こそすれ・・・」
女「よしてくれないか、むず痒い」

女「僕は、そんな聖人みたいな言われ方をされる人間じゃない」
女「こんな世の中で、身を立てるにも、保身に走るにも駒が必要さ」
女「君達の事をただ利用するだけ、それだけの事さ」

女「・・・ああ、そうそう、片付けが終わったら、いつもの所へ」

副長「・・・はっ!」


女「・・・」

僕の名前は女

騎士団の隊長、まぁ、騎士と言っても、元は傭兵団の様なものだから、きらびやかな玩具の騎士の様なものじゃない

女の癖に騎士なんかやってるのは、一地方の騎士(と言っても没落しかけの中流階級だけど)だったお父様の跡をついだだけ

僕にお金をつぎ込むくらいなら、妾腹に子供でもこさえてしまえば良かったのに・・・

この戦が始まって、もう六十年

男達はチャンバラごっこに夢中で、女達は今夜の相手に夢中で、なんて有り様

こんな世の中なのに、誰も国を変えようなんてしない

僕も、変えようなんて思わないけどね


ドア「」コンコン

女「ん・・・どうぞ、入って」


副長「・・・失礼します」

女「ん、いつも通りの時間だね」

副長「女様、もうこんな事は・・・」

そう言いながら、期待した様な目で、僕に近寄ってくる

男って、けっこう単純だよね

駄目だ駄目だ、なんて言いながら、結局は場に流されちゃう

女「君も馬鹿だね」
女「嫌なら来なければ良いじゃない」
女「確かに、僕が誘ったけど、これは命令じゃないんだよ?」
女「いつもこの時間に、この場所に来て、いつも同じ事を言うのは・・・」
女「君の意思に他ならないんだよ?」

副長の張り詰めたものを、ブーツのまま踏みつける

ほんと、どうしようも無いよね、男って

女「僕は君なんかより、力も弱いし、腕が立つ訳でもない」
女「嫌なら僕を突き飛ばす事も出来るし、力で捩じ伏せて、犯す事だって出来る」
女「でも、君は黙って僕に踏まれてる」

グリグリと強めに踏んでみる
顔を歪めるけど、痛い訳じゃない

女「踏まれるから嬉しいの?」
女「違うよね?」
女「この状況に酔ってるんだよね?」

足の力を弱めてみる
そんな目で見ないでよ

女「いいよ、いつも通り本番は無いけど、ちゃんとしてあげる」
女「命を預けてくれてるのに、申し訳ないけど」
女「君達なんかに、安売りはしたくないんだ」
女「僕の夢を叶える為にはね」

ほんと、どうしようも無いよね、女って


副長君、僕は君が羨ましくてたまらないよ

僕の隊だけど、君が隊を仕切っている
そりゃそうだよね
地方中流貴族の娘と、都市部に住む、没落貴族の妾腹の四男坊
どっちの下につきたいか、僕でも解るよ
本当に羨ましい

腕も立つし、学もある
妾腹でも男子であれば、今の時代、そうそう食いっぱぐれは無いさ
まぁ、それでも良いとこ次男坊までだけど
惜しむらくはそこだね

でもね、本当に羨ましいよ
男に生まれただけで、羨ましい

でもね、人を纏めるのは結局お金なんだよ


副長「失礼しました・・・」

ことが終わるとそそくさと帰ってく
まぁ、いつまでも居座られても困るけど

口を濯ぐ
今日はなんだかとても気持ち悪い
汚れるのが嫌だったんだけど
・・・こんなところで居座られても困るよ
いつまでも君なんかを相手してられないんだから

いつまでこんな事をしてるんだろう
中途半端なまま、中途半端なことをして、どれ位になるんだろう
まだ売れる内はいいけど・・・

今日は寒いなぁ
自分を抱き締めたって、暖かくなんか、なる訳ないのに

今日は目も乾くから、窓を閉めて寝よう
何だか、目が潤んで仕方がないね・・・


何にも変わらないまま、数日が過ぎた

国境沿いでは、農民達の小競り合いが起きたとか
大事になってくれないかなぁ・・・

女「やあ副長、今日も暑いのに、精がでるねぇ」

副長「暑いからこそ、重装にて訓練をしなければならないのです」
副長「ただ、確かに今日は暑いですね」
副長「何もかも脱ぎ捨ててしまいたいものです」

女「確かにねぇ・・・」

あ、そうだ

女「なんなら、皆の目の保養の為に、一肌脱いであげようか?文字通り」
副長「なっ!?」

皆の目線がこっちに向く
ほんと、どうしようも無いよね、男って


「隊長、マジで脱ぐんすか!?」
「マジかよ、隊長の裸みれんの?」
「隊長、最高っす!」
ざわざわ

副長「貴様等、静まらんかぁっ!」
副長「女様も、お戯れが過ぎますよ!?」

女「いいじゃん、いいじゃん」
女「でもなぁ、君達、僕の裸なんて見慣れてるじゃないか」
女「そんなの見たって嬉しいの?」

「何言ってんすか!俺ん時、あんまり服脱がないじゃないすか!」
「何度見たって嬉しいすよ!」
「お、俺、見たことないんだよな」

女「ふーん・・・?」
女「なら、脱いじゃおっかな!」

鎧をゆっくり脱いでいく

視線が、僕の一挙手一頭足に集中していく

羞恥心が無いわけじゃない
でも、そんな物、何の役にも立ちやしない

夢の為なら、捨て鉢にも何にでもなるさ


何も身に付けない、生まれたままの姿になる

裸になったは良いものの、日差しが直に肌にあたる
正直、鎧脱いだだけのほうが涼しく感じるなぁ・・・

「「「おおぉ~・・・」」」

何人もの盛った男達の前で裸になるなんて、無防備すぎる
でも、彼らは決して手を出さない

何でかって?
怖ぁい副長さんがいるからさ
彼も何人殺してきたんだか・・・
報われないってのに
ほんと、どうしようも無い

女「うん、やっぱり暑いね」
女「目の保養にもなっただろうし、もう良いだろう?」

言いつつ、袖を通していく

不満だろうね
ただ、裸を見せるだけ、それだけってのがさ
でも、それ以上は無い

ロハで見せるのはこれまで
抱きたければ頑張って出世し給え

世の中、お金なんだよ


平穏無事に日々が過ぎていく
このまま腐っちゃうんじゃないか、少し不安になる

どうやら、国境沿いの小競り合いが、拡散している様だ
きな臭いなあ・・・

動こうにも、規模が小さすぎる
あちらさんも、慎重にやりすぎなんだよね
もっと派手にやってくれれば、動きやすいのに

全く、嫌になるほど平和だ

平和が悪いんじゃない
戦なんて、無い方がよほど良い

でも、こんなお飾りみたいな僕に、なんの意味があるんだろう?
狡兎死して、とはよく言うけど、手柄も無ければ煮られもしないよ

全く、嫌だ嫌だ・・・


あまりにも平和過ぎる

あちらさんは、まだ動く気配は無いようだ

辺境の領主さんや領民には悪いけど、まだ皆動く気は無いみたい

税が納められなくっても、そんなのは所詮他人事

むしろ、領主さんには悪いけど、所領を奪い取ろう、なんて考えてるんじゃないかな

僕もそのうちの一人だけど

他国にも、自国にも敵がいるなんて、嫌な時代だよね

あんまり平和だから、たまには訓練でもしようと思う

僕に剣の腕はない

小さい頃、お父様に血を吐くほどしごかれたけど、駄目だった

細剣でも難儀してた位だから、僕には剣の才能は無いんだろう

これでも、普通の女よりは力があるから、専ら弩を使ってる

馬上での弩ならは自信あるよ、僕は


最近は、簡単に弦を引けるような弩も出来たしね

やっぱり、威力重視の弩砲や、大型で重い弩が多いけど、そんなの引けるわけないしね

馬上で使うから、それほど張力も強く無くて、軽い物で十分

でも、簡単に壊れるのが難点なんだよなぁ・・・

部品を小さくしたっていっても、壊れ過ぎだよ

無駄な装飾なんてするくらいなら、部品を強くする努力をしてほしい

手から流れるように射れる弩なんか、作れないものかなぁ・・・

連射出来たりしたらいいよね

っと、無い物ねだりしてても意味無いか

さすがに練習で、決して安くない特注品を、壊すわけにはいかないから、普通に流通してる弩を使う

流通してるといっても、やっぱり重いし、かさ張るし、矢も高いから、戦場でもあまり使われてない

弓の方が安いからね、維持だとかが


・・・普通の弩にも、巻き上げ式とか、導入した方が良いんじゃないかな

指と背中が痛いよ

この国は、もっと弩に技術を注いだ方が良いと思うんだ

確かに、弩じゃ捕虜を確保しにくいかも知れないけど、単純な威力、有効射程、兵の訓練の簡略化を考えるなら、弩を普及するべきだ

農民もすぐにいっぱしの兵になれる・・・女だって

足音が聞こえる

あんまり人が来る所じゃないんだけどな、ここ

まぁ、思い当たるのがいるけど

?「む、またこんな所で弩なんかを使ってるのか」

相変わらずだよ、本当に

女「弩なんかとは・・・」

君は強いから、そんな事を言えるんだよ

女「随分じゃないかい、女騎士さん?」


女騎士「い、いや、悪い」

端正な顔に、焦りが混じる

女騎士「私は、なにか君の気分を害する事を言ってしまったか?」

相変わらずだよ、ほんと

女「いや?ただ、僕はこの武器が好きなんだ」

いつも自信に満ち溢れてて

女「ほら、僕は剣が使えないだろ?」

人の心を掴んで離さない

女「これしか無いからさ」

君が羨ましいよ

女騎士「本当にすまない!」

頭なんか下げないで
らしく無いよ、そんな顔

女「気にしないでくれよ、僕と君の仲じゃないか」


女「そう言えば、あいつは?」

女騎士「あぁ、いつものだよ」

・・・また尻を追いかけてるのか、あの馬鹿は

女「で、なにか、用が・・・あった、んだろっ?」ギギギギ

全く、この弩は、随分、張力が強いな・・・!

女騎士「ん?ああ、国境沿いの件だ」

言いながら、僕の弩をいとも簡単に引いてしまう

女騎士「農民達のいさかいにしては、大事になって来ている気がする」

・・・何気なく構える様も、画になるもんだね

女騎士「隣国の干渉が有るのかもと思って、君に聞きに来た」カァンッ!

見事に的の真ん中に矢が刺さってる
素人でも、簡単に命中出来るんだ

女騎士「使ってみると、印象が違うな」


それにしても、素直過ぎると言うか、なんと言うか・・・

女「・・・気にしないで良いんじゃないかな」

女騎士「ん?」

女「干渉があるなら、もっと規模が広がる筈さ」

女騎士「そうか?」

あ、少しは疑う事を覚えたんだ

女「長引けば、疲弊するのはあっちだよ」
女「とにかく、今は様子見だね」

そう、今は動いちゃいけない

雑魚を釣ったって、意味が無いんだから

もしかしたら、大物が釣れるかも知れないなら、今は待つしかない


雨・・・

東の山を越えれば、砂漠なのに、この国はよく雨が降る

もともとは農業国なのに、今では軍事国家なのは、そのせいなんだろう

大河のおかげで、造船業もわりかし盛んだ

江賊達も今では軍属となり、二十年になる

潤った国だ

だからこそ、腐るのもはやいんだろう

忠誠心や愛国心が無い訳じゃない

けど、国を治す力も無ければ、熱意も無い

腐ってるからこそ、僕がいられるんだから


副長君は、今すぐにでも国民の安堵をするべきだ、と熱弁する

功名心と愛国心の篤い、血気盛んな人だと思う

女騎士君もそう熱弁している

僕はやっぱりおかしいのだろうか

ただ、お国が、お上が、動かんで宜しいと言ってるのだから、僕は正しいのだと思う

あちらさんは、こちらが軍を動かす事を待ってる

そろそろ落とし所かな、とは思うけど

大義が必要だよ、大義って何かは知らないけど

国民の命を、わざと危険に曝しといて、大義も何もあったもんじゃない

そう、個人的には、思う


数日が経ち、伯爵に呼ばれた

雨といい、呼ばれた事といい、最近は気分が乗らない日々だ

伯爵「そろそろ落とし所だと思ってな」
伯爵「国王はお心を痛めておられていた御様子、貴君の名を上申しておいたぞ」
伯爵「急ぎ致せ、とのお達しだ」

一体、幾ら掴ませた

伯爵「まぁ、うまくやり給え」

本当にいけすかない

女「有り難く拝領致します」

恭しく、剣を受け取る

醜い顔を更に歪ませて、見るに耐えない

女なら御し易い、とでも思ってるんだろう

伯爵「貴君には、目を掛けているからなぁ・・・」

欲に目のない愚物め・・・

女「・・・ご厚情、誠に有り難く存じます」

こんな奴にどれだけ体を捧げれば、夢に届くんだろう


夢の為に何人とも寝た

後悔なんて、していない

でも、いつまでたっても夢に届かない

こんな愚物でさえ、夢を掴めたのに・・・

そんなに高望みなんてしてない

女ってだけで、なんでこんなに難しくなるの?

後悔なんてしてないはずなのに、なんでこんな惨めなんだ

ねぇ、教えてよ

僕には愛も平等もくれないの?

これが試練なら、あまりに酷だ

あなたは地上なんて見てやしないんだ

なんであなたを信じている者同士が騙し合う、裏切り合う、殺し合う

あなたを信じられなくて、誰を信じたら良いんですか?


汚らわしい豚との、悪夢が終わった

心底ほっとする

またいつか、この悪夢を見なければいけないのだろうけど

女「それでは、準備がありますので、今日はこれで」
一刻も速く水浴びをしたい、速く、速く、速く・・・!

?「おぉ~う」

水浴び場に、馬鹿がいた

女「・・・どいてくれないか」

馬鹿「はぁ?なんでだよ」馬鹿「一緒に水浴びしようぜ」
馬鹿「たまにゃあ、良い女と水浴びと洒落こみたいじゃん?」


ほんと、この馬鹿は・・・!


女「何で僕が君と一緒に水浴びしなきゃいけないのさ!?」

馬鹿「一夜を過ごした仲じゃん?」
馬鹿「裸を見られるくらい恥ずかしくないだろ?」

女「ほんと、君は馬鹿だな!」
女「一度や二度寝たくらいで、自分の女だなんて!」女「思い上がるな、この馬鹿!」

全く、いつか役に立つと思って、関係を持ったけど、僕の事を自分の物だなんて思ってたなんて・・・

家柄も良くて腕も立つけど、この頭の悪さと、どうしようもない質の悪さは、ちょっと手に余るなぁ・・・

女「騎士君、僕は君の事を尊敬しているけど、恋心は持ち合わせていない」
馬鹿「えー、あんなに愛しあった仲なのにー?」ニヤニヤ

こいつは・・・!


女「・・・わかった」
女「一緒に水浴びしようじゃないか」
女「ただ、服を脱ぐ間、後ろを向いててくれないか?」
女「さすがに恥ずかしい」

素直に後ろを向いた、珍しい・・・
一回痛い目みせないと、こういう馬鹿は付け上がる

女「落ちろっ!」

飛び付いて腕ごと首に絡め、絞める
これならそう簡単には、外され無いし、身長差があるからすぐ落ちる

騎士「ぐえ!?でも、胸が背中に!」

やっぱり馬鹿だこいつ

女「・・・落ちたな」

死んでもいない様だ

とりあえず、そこらの木にでも縛りつけとこう

一晩中、そこで反省してい給え


・・・これは一体、どう使えばいいんだろう?

出立の準備に、弩の整備を頼んだところ

鍛冶屋「いつも御贔屓になってるもんで、つまらない物なんですが、こんな物を作ってみたんですよ」
鍛冶屋「いやね、うちの餓鬼が、バネで遊んでるのを見て思い付いたんですよ」
鍛冶屋「まあ、大した物じゃないんですが、何かに使って下さいや」

・・・だって

見た目はただの筒なんだけど、釦を押すと小さな矢が飛ぶ

仕組みは本当に単純で、筒の中にバネが入ってるだけ

所詮バネだから、そんなに飛距離も威力も無いし、何かに使えって言ったって・・・

とても小さいから、取り回しは良いだろうけど、戦さには使えないよね

こんな玩具作る位なら、弩の部品の強度を上げてくれればいいのに


まあ、この玩具もとりあえず使ってみよう

あの親父さん、いちいち感想聞いてくるから、後で煩いし

兵站の準備も整った

訓練も副長君が存分にやってくれた

・・・きっと大丈夫

僕だって上手くやれるさ

何度も上手くやって来たじゃないか

こんな所で、止まってなんかいられない

さあ、僕の夢の為に、そろそろ出発しよう

大丈夫、確実に近づいてるさ


国境沿いには、馬の足でも四日掛かる

歩きの物を含めれば更に、輜重車も有れば尚更だ

この暑さと、雨によるぬかるみで、遅々として進まない

やっぱり、こう言う所も見込んでるんだろうなぁ・・・

なんでこんな時期に、とも思ったけど、よく練られてると思う

刈り入れに忙しい時にちょっかい出せば、収穫が遅くなるし、兵站は敵地で確保、それどころか略奪により国内も潤ってしまう

どんどんこちらは不利になる、って訳か

普通は刈り入れ後に、戦さを仕掛ける物だけど、感心する

下策とも取れる物を、躊躇いもなくやってしまえるのは、相当名のある将か、あり得ない事だけど、とても頭の良い農民出の人間、なのかも知れない

嫌な予感が当たらなければいいけど


この湿気で、輜重車においてけぼりの、鏡面磨きの鎧も、僕の心みたいに雲ってしまう

軽量化と強度を増す為の溝も、なんだか虚しさを際立たせてる

いつかは着けなく日が来るのに

そう言ってるみたいだ

遅々として進まない行軍に、兵達の疲労も貯まって、士気も下がってきてる

兵站も無駄に消費される

あんな所、くれてやればいいじゃないか

そんな事を思ってしまう

じゃあ、なんの為にあんな豚と寝たんだよ

ああ、もう何もかもが嫌だ


嫌になる程の道のりを経て、ようやく辿り着いた

これも全て計算されての事なら、きっと敵は神様なのだろう

たかだか、農民に紛れて荒らしていたのだろうと、そう思っていたけど、そんな甘い考えを打ち砕かれた

田畑が徹底的にひっくり返され、蔵も民家も焼かれていた

ご丁寧に、塩まで撒いてある

軍の組織で無きゃ、こんな事は考え付かない

農民なら、絶対にこんな事をしない

田畑を拓く辛さを知る彼らなら絶対に

伝令は何をしていたんだろう

それ以上に、ここの領主はなにを考えていたんだろう
これは、決して農民同士のいさかいなんかじゃない

これを今まで放置していたなんて


暫く領内を見回ったが、敵らしき者に出会わなかった

不自然な程、静かなのはなんでだろう?

とにかく不気味だな・・・

見回って思った事だけど、弓や弩は使って戦闘をしてないって事と、まあ当たり前だけど騎兵はいないって事

白兵戦のみだと、そんな甘い事は考えちゃいけないな

飛び道具の無い戦場なんてあり得ないから

取り敢えずの情報収集もしたし、領主さんにでも話を聞いてみよう

相手の情報も何かしら入るだろうし、聞きたい事が有るしね


政庁の前を、随分、血色の良い兵士が守ってるなぁ・・・

兵站は足りてるって事なのかな?

鎧にも、武器にも傷一つ無いし、顔も綺麗だ

農地や、農民達とは大違いだ

きっと、余程の精鋭なんだろうなぁ・・・

その中でも、一際血色と恰幅の良い男が、破顔しながら近寄って来た

出迎えなんて、してくれるんだねー・・・

領主「遠路遥々、良く来て下さった!」
領主「農民達のいさかいとは言え、ちと手こずっておりましてな」
領主「何せ国境沿い故、兵を余り割けない為、援軍を頼ったのです」

・・・副長君を隊長だと思ってるみたいだね

確かに僕は鎧も着けてないし、小柄だし、女だし

女「いさかい、って言ってたけど、本当にそう思ってるの?」

僕が話し掛けた途端、顔が険しくなる

わかりやすい男


領主「隊長殿、愛娼を戦場に連れてくるな、とは言いませんが、躾がなっておりませんな」

僕を睨み付けながら、馬鹿な事を言ってる

副長君も、皆も笑いを堪えるのに必死みたいだ

笑い話じゃないよ、全く

女「これ見て、わからないかなぁ、男爵さん?」

陛下から拝命された剣と、爵位章の着いた袖を見せた途端、顔が真っ青になった

わかりやすいね、本当

領主「い、いいいいや、その、まさか貴女が団長様とはつゆ知らず・・・!」
領主「度重なるご無礼、何卒お許し頂きたく・・・!」

額を地に付けんばかり、ってやつだね

本当は不敬罪で斬首だけど、こんなのの首なんか欲しくはないよ


女「まあいいよ、許してあげよう」
女「まさか小娘が間借りなりにも一個の騎士団長なんかやってて、君より爵位が上だなんて、誰も思わないだろうしね」

顔を真っ青にしたまま、何度も頭を下げて、すみません、だって

謝る位なら潔く自決すればいいのに

女「それで、いさかいだって君は言ってたけど、どうみてもそう思えない状況なんだけど」
女「農地は荒らされ、蔵は焼かれ、農民は疲弊し血を流してる」
女「立派な侵略行為だとおもうけどなぁ・・・」

領主「あの・・・相手も農民でしたので、徒に兵を出しては騎士道に反しますし、何より、隣国に兵を差し向けられる口実になります故に・・・」

騎士道、ねぇ・・・
白々しいにも程があるよ、全く

女「民を守るも騎士道、それに自国領内での鎮圧なら、隣国も何も言えない」
女「むしろ、民を統治できていないと、隣国を批判し賠償を請求できたはずだよ」


女「悪いけど、君の事は陛下に御注進するよ」

領主「そ、そんな・・・」

女「ここの兵を指揮下におく、構わないね?」
女「君ももちろん部下として働いてもらう」

領主「・・・・・」

嫌なら、自分で解決すれば良かったんだ

さて、どうやって『鎮圧』したものだろうね

女「領主さん、相手はどんな攻め方をしてくる?」

領主「・・・赴いておりませんので、わかりかねます」

女「君たちの中で敵をみたのは?」

兵士「・・・・・」

女「・・・君たち、本当にどうしようも無いね」

さすがに呆れてきたよ・・・

もう一度、領内を見回って、農民に話を聞くしかないか・・・

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