冒険者「未だ見ぬ世界へ」 (123)

海と森に恵まれたあるところに、
エルフたちが慎ましく暮らしていました。

彼らはほかの生き物よりも賢こくて、
人間よりもずっとずっと物知りでした。

季節は春、お日様が薄緑色の若々しい芽に
眩しい光を注いでいます。

そんな春空の下、二人のエルフが何やらお話をしています。

きれいな顔をした女のエルフと、
やっぱりきれいな顔立ちの男のエルフです。

女のエルフさんが口を開きます。

エルフ「私、決めたの」

男エルフ「何を決めたというんだ?」

訊き返す男のエルフさんに、彼女は予想外の言葉を告げます。

エルフ「私、新しい世界を見つけに行くわ」

その言葉に、男のエルフさんはポカンとした顔になります。
やや沈黙してから、彼は何とか言葉を引っ張り出します。

男エルフ「……病床から起き上がったと思ったら、
一体どうしたって言うんだ?
 本当はまだ熱が残ってるんじゃないのか?」

実は彼女、数日前に助かりそうもないほどの高熱がでたのです。

そこから奇跡的に回復したので、
友人である彼は喜んでいたのですが、
それも束の間、彼女がよく分からないことを宣言したので
すっかり困惑してしまいました。

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エルフ「死に瀕して気付いたの。 今の暮らしはつまらないわ。
 長の言葉に従って、狭い土地に拘泥しながら生きる。
 そんなの窮屈よ。息苦しいわ」

男エルフ「随分な言い種だね」

エルフ「本当のことよ。……とにかく決めたの。
 海を超えて新しい世界を見つけに行くわ。
 せっかく生きてるんだから、自由に生きたいのよ」

そう言うエルフさんの大きな眼はきらきら輝いています。

男エルフ「……異常なまでの鍛錬が趣味だったりと、
前々から変わり者だとは思っていたが、ここまでとはな」

彼がこう言うのも無理はありません。

エルフという種族は高い社会性を有しており、
同時に土地への執着も他の生物より強いのです。

エルフ「私からしたらあなた達の方が変わり者よ。
 よくこんなつまらない生き方をしていられるわね」

しかし、彼女はそんなエルフの性質を否定し、
新しい生き方を見つけようとしているのです。

一般的なエルフには理解できない考え方です。

男エルフ「……」

男のエルフさんは少し不愉快な気持ちになりましたが、
すぐに何でもない顔をします。

そうすることで相手よりも優位に立てると思い込んでいるのです。

男エルフ「……だいたい君には大切な役割が有るだろう。
 多くのエルフが食べる農産物を作るという役割が」

エルフは分業して生活しています。
そして、彼女は農耕に携わっていました。

エルフ「そうね。それも大事なことよ。
 でも私が本当に、本当にしたいことは違うのよ」

男エルフ「……まったく困ったものだ」

彼は冗談めかした調子でそう言いましたが、
本当のところとても困っていました。

エルフ「とにかく私はこの土地を出て行くわ」

男エルフ「……勝手にすればいいさ」

もはや彼女を説得することはできないと彼は判断しました。

エルフさんの眼の輝きを曇らせる術が
まったく思いつかなかったのです。

男エルフ「しかし、海に出るとしても船はどうするんだ?
 君は耕地を預かってはいるけど、
船なんて所有してないだろう?」

その質問に、エルフさんは自信ありげな笑みを浮かべます。

エルフ「ふふっ、船ならあるわよ!」ビシッ

男のエルフさんは彼女が指さした方を向きます。


船<ドヤッ!


男エルフ「……船というより舟じゃないか。
 帆は有るみたいだけど。
 あんなので海を渡るなんて自殺行為だよ」


舟<…デスヨネー


尤もな言葉でしたが、エルフさんは軽く流してしまいます。

エルフ「魔術でぱぱっと作ったの。
 一応、耐食性を高めてはいるから何も問題はないわ」

それを聞いて男エルフさんはますます心配そうな顔をしました。

男エルフ「……君の魔術でかい?
 すぐに壊れそうな気しかしないんだけど」

エルフ「……大丈夫よ、きっと。
 それで、貴方も一緒に行かない?
 周知のことだけど私は魔術がすごく苦手だし、
貴方に同行してもらえると心強いんだけど」

男エルフ「……いや、行かないよ。
 僕は君みたいな狂人じゃないからね」

その言葉にエルフさんは怒った顔をしました。
彼女は感情が顔に出やすいのです。
でもそれも彼女の魅力です。

エルフ「ふん、変人でも狂人でもなんでもいいわよ。
じゃあね!」

エルフさんは小走りで舟へと向かいます。

男エルフ「……もう行くのかい?」

エルフ「そうよ。今日は天気も良いしね」

男エルフ「はあ……まあ、君に幸あれ」

エルフ「ありがとう。
幸運とか当てにしてないけど」


こうしてエルフさんの冒険は始まりました。

どうして産まれちまったのか。


物心ついた時から——もしかすると産まれた時からの疑問。


答えは見つかってない。
それどころか考える事すら止めた。


死んだ方が圧倒的にマシって結論になるから。



周りの人間とは違った皮膚や髪や眼の色。

後ろ指をさされ、石を投げられた。

石なんかが頭に当たったってちっとも痛くなかった。
体は痛くなかったんだ。



人間の仲間になろうとしたこともあった。

気持ち悪いくらいに白い肌を焼こうとした。

ジジイババアみたいな白髪を染めようとしたこともあった。


でも無駄だった。


バケモノはバケモノのままだった。



——だったらバケモノで結構。


このまま生き抜いてやる。


死んだら終わりだろ。


考える事も、恨む事も憎む事もできないただの肉になっちまう。


生きてたときに臭かった奴らは、死んだらもっと臭かった。


そんなのやり切れねえよ。

俺はそうなりたくない。

生きて、生きて、生き延びて、幸せになってやる。

俺だって幸せになっていいだろ。

バケモノだって幸せになりたいさ。


だから貪欲に、利己的に、不遜に、暴力的に、衝動的に、
無慈悲に、狡猾に、独善的に、恥知らずに生きてやる。



——さて、育ててくれたジジイも死んじまった事だし、
新しい居場所を見つけなきゃいけない。


……そういえば昔に「海」ってやつについて話を聞いたことがあった。

ジジイ曰く、世界を覆っているたくさんの水のことだそうだ。

その最果てに何が有るかは誰も知らないらしい。

深い底に落ちてしまうのかもしれないと言っていた。


でも、興味深いじゃないか。


ぞくぞくする。



海の向こうを目指す冒険者になるのも悪くない。

——————
————
——


エルフさんが海に出てから数日が経ちました。

とても天気のいい日です。

エルフ「……ヒマね」

きゅぴー、きゅぴー

エルフ「私も自由に空飛びたいわ。
 ……でも私の魔術じゃ、ね」

空を優雅に飛ぶ海鳥を見て、エルフさんは溜息をつきました。

ざざーん……ざあぁ……

エルフ「……もう二週間近く同じ風景で飽きたわ。
舟の上じゃ激しい鍛錬もできないし」

エルフ「やっぱり道連れが欲しかったわね。
一人だと独り言も多くなっちゃうし」

その時、エルフさんは波にもまれている何かを見つけました。

エルフ「……何かしら?」

ぷかぷか

エルフ「こっちに流れてくるわね。……人間?」

こつんっ

舟>イタッ!

エルフ「……これって、やっぱり人間の男よね。
 ……死んでるかもしれないけど、取り敢えず」グイッ

エルフさんは顔色一つ変えないまま、
片手でその大きな漂流物を引き上げました。

どさっ

エルフ「……変な男ね」

エルフさんは拾った人間の気道を確保しながら、
首をかしげました。

実際、奇妙な男でした。

髪の毛や肌が真っ白なのです。

あまりに風変わりな姿なので、
何歳なのかよく分かりませんが、
まだまだ若い青年のようです。

冒険者「げほっ……」

エルフ「あ、蘇った」






冒険者「いやー、助かった助かった。
メシまで貰えるなんてホント有難いぜ」モグモグ

エルフ「貴重な食料なんだから味わって食べなさいよ」

冒険者「へいへい。あー、うめー」モグモグ

エルフ「……それで、どうして海面を漂っていたわけ?」

冒険者「航海の途中で難破したんだ。
アンタと同じようなボロ舟に乗ってたんだが、
でっけえ海の魔獣に襲われてぶっ壊された」

エルフ「へえ、海にも魔獣がいるのね」

そうです。
この世界にはとても恐ろしい獣が存在します。

一般に『猛獣』と呼ばれる動物よりも、
大きくて、強くて、賢い獣を『魔獣』と呼ぶのです。

そして、魔獣はとても残忍なのです。

冒険者「魔獣は生命力が強いから、何処にだっているぜ。
まあ、何はともあれ助かって良かったよ。
命を無くしたら何も出来ないからな」

エルフ「どういたしまして」

食事をしながら、冒険者くんはエルフさんの顔を
じいっと見つめます。

冒険者「あんた、美人だけど魔獣みたいな耳してるな」

エルフ「私たちはエルフって種族なのよ。
 魔獣なんかと一緒にしないでちょうだい」

エルフさんは少し不機嫌そうに言いました。

冒険者「そうかい。別に何でもいいんだけどよ。
 助けてもらった上、食事までくれたんだから、感謝するしかないぜ」モグモグ

エルフ「ああ、そう」

冒険者「それにあんた、いい匂いがするしな」クンカクンカ

エルフ「……もう何日も水浴びしてないんだけど。
 というか嗅ぐのを止めて。気持ち悪い」

冒険者「いや、熟成された女の汗の香りは
甘くてクセになる匂いなんだぜ」クンカクンカ

エルフ「うわあ……」ドンビキ

冒険者「あ、そんなに引かないで。冗談冗談」

エルフ「冗談に聞こえないんだけど。
 冗談だとしても気持ち悪いし」

冒険者「そりゃ失敬」

エルフ「……まあ、陸に着くまでは同船させてあげるわ」

出会ったのは変な男でしたが、
エルフさんは旅の仲間が増えたことを心の中で喜んでいました。

しかしエルフさんは素直に感情を出しません。

みっともないような気がしたのです。

冒険者「たすかるぜー」

エルフ「寝る場所は私と反対側ね。
 狭いけどガマンして」

冒険者「分かった分かった」





日が暮れて夜になりました。

大きなお月さまが、揺れる海に淡い光を落としています。

ざー……ざざぁ……

波の子守唄はすてきな魔法で、
エルフさんを気持ちよく眠らせます。

冒険者「……」ソッ

おや、冒険者くんが足音を忍ばせ、
エルフさんへと近付いています。

ぎしっ

エルフ「……んぅ?」パチ

エルフさんは舟の底が軋む音で目を覚ましました。

すると、びっくりした顔の冒険者くんが目の前にいました。

冒険者「……あー、こんばんは」

エルフ「……人の上に覆い被って何してるの?」

冒険者「んー……強姦?
 こんだけの美人を襲わないのも失礼かと思って」さらっ

エルフ「……髪の毛に触らないで」

冒険者「……恐怖してる臭いがないけど、実は期待してる?」

そう言いながら冒険者くんは
エルフさんの髪の毛を撫で続けています。

エルフ「馬鹿を言わないで」

冒険者「……しかし、女ってすごいよな。
自分から別の人間を作るんだぜ」

エルフ「そうかもね。
 それよりも髪の毛を触るのをやめてくれない?
 これで最後通牒よ」

冒険者「いやー、気持ちいいからさ。
ずっと触っていたいくらいだ」

エルフ「それはどうも、っと」

バキッ

冒険者「うげっ……!」ふら

エルフさんの拳が冒険者くんの鳩尾に刺さり、
たまらず冒険者くんはよろめきます。

エルフさんはその隙を見逃しません。

エルフ「とりゃっ」グイッ

ぐるんっ

冒険者「うおっ!?」

どてっ

冒険者「……ありゃ? 立場逆転?」

あっという間に冒険者くんは仰向けになり、
エルフさんを見上げる格好になってしまいました。



エルフ「くらいなさい、逆エビ固め!」ガチッ

冒険者「……いだだだだ! 降参! 降参……!」ギチギチ

エルフ「まったく。……反省してる?」グググ

冒険者「し、してます……! してますから……!」

エルフ「どうしようかしら」グググッ

親切を仇で返されて、エルフさんはご立腹です。

冒険者「ひー! 優しい人かと思ったら、意外に辛辣 !
 もうやらないから離してくれー!」

エルフ「……しょうがないわね」

エルフさんが体を離してくれたので、
冒険者くんはほっと息をつきました。

冒険者「た、助かった」

エルフ「今度同じような事をしたら海に投げ捨てるからね」

冒険者「わ、分かったよ」





ざざー……


冒険者「……暇だなあ」

突き抜けるように青い空の下、
冒険者くんはぼんやり呟きました。

エルフ「……空が青いわね」

冒険者くんと同じように、
エルフさんもつまらなそうな顔をしています。

刺激的な冒険を楽しみにしていたエルフさんは、
旅が思っていたよりも退屈で、
少し残念な気分になっていました。

冒険者「なあ、どうして空は青いんだ?」

脈絡もなく冒険者くんは質問します。

エルフさんは突飛な質問に少しの間、
大きなお目々をぱちくりさせましたが、
すぐに冒険者くんの質問に答えます。

エルフ「光が関係してるのよ。光には赤と青と緑の光があるの。
 太陽と地球の距離が変わることで、
赤に見えたり青に見えたりするの」

冒険者「ううん?」

冒険者くんは首をひねります。

エルフ「空自体の色は変わってなくて、
色々な条件で青色とか夕焼け色に見えてるだけなのよ」

冒険者「……ああ、なるほどね」

エルフ「分かったなら良かったわ」

冒険者「つまり、空は青いから青いんだな!」

冒険者くんは全然分かっていませんでした。





ぽつ……ぽつ……

エルフ「雲行きが怪しいと思ってたら本当に降り始めたわね」

冒険者「やべーな。どうする?」

エルフ「防ぐに決まってるでしょ」

エルフさんは道具袋をごそごそと漁ります。

冒険者「なになに?」

エルフ「ふふ、特別に私の虎の子、
エルフ七ツ道具を見せてあげるわ」

冒険者「うわ、何それダサい」

エルフ「…………」


ざああぁ


エルフ「あら、本降りになってきたわ」ギチギチ←腕ひしぎをかけている

冒険者「うぎぎぎ……。
 こ、こんなことをしてる場合じゃないだろ……! 
 雨にぬれちまうぜ……!」

エルフ「それもそうね。風邪を引いたらマズイわ」ぱっ

冒険者「ふう……」


エルフ「さて、と」スッ

冒険者「……なんだ、それ? 金属の球?」

エルフ「ごほん、これがエルフ七ツ道具の一つ、
魔力記憶合金——MMAよ!」

冒険者(……エルフ七ツ道具はやっぱりダサいよな)

冒険者「それで、その角ばった玉をどうするんだ?」

エルフ「それはね」スウッ

パキパキッ

冒険者「うお、でっかくなった」

エルフ「魔力が伝わると記憶していた別の形に変化する金属なのよ。
 魔力の種類ごとに様々な形状に変わるわ。
 今は雨をしのぐため、この通り傘にしたわけ」

冒険者「すげーな」

エルフ「しかも魔力は呼吸とか姿勢とか様々な条件で
簡単に形質が変わるから、それに対応する形状も無数にあるのよ。
 使いこなすのは難しいんだけどね」

冒険者「なるほどな。……しかし、大きさの割に軽いな」

エルフ「形状が変わっただけで物質が変わったわけじゃないもの。
 MMAの質量は最初の多面体の時から変わってないわ」

冒険者「そうなのか。
 ま、とにかく雨に当たらなくなってよかった」






エルフ「ふっ……ふっ……」

エルフさんは舟の上で体を鍛えています。

冒険者「もっと静かにやってくれよな」

冒険者くんはうんざりした口調で言いました。

さっきからエルフさんの動きに合わせて
舟がグラグラと揺れているので不快なのです。

エルフ「別にいまさら船酔いなんてしないでしょ」

冒険者「それもそうだけどよ」

エルフ「ふっ……ふっ……よし、終わり」

エルフさんは鍛錬を終えます。

冒険者「……しかし半端ねーな。
人差し指で逆立ちして腕立てとか普通できねえよ」

エルフ「鍛えてるから」

冒険者(……鍛えりゃ出来るもんじゃなくね?)



きゅぴー、きゅぴー


冒険者「……はあ。何にもしないってのも辛いんだな」

エルフ「そうね。でもそのうち陸に着くわよ」

冒険者「だといいけどな。
しっかしこの果てしない海の先には一体何が有るんだろうな」

エルフ「私たちが見たこともない新しい世界よ」

冒険者「新しい世界、ね。具体的には?」

エルフ「私たちの知らない動植物、天候、大地、人々。
枚挙に暇がないわ」

冒険者「なるほど。確かに俺の知らないものばかりだ」

エルフ「私はその知らないものを知りたいから旅に出たの」

冒険者「ふうん。それがエルフさんのの目的なのか」

エルフ「そうよ。あなたは?」

冒険者「俺は……俺も似たようなものだ」

エルフ「……そう」






エルフ「……さてと」

エルフさんは集中するように目を閉じます。

エルフさんの前には大きな丸い筒みたいな物が置かれています。
その中は海水で満たされています。

エルフさんはそれに魔力を注ぎした。

筒の中の海水が泡立ちます。

しばらく泡(あぶく)が上がった後、
水は先程までよりも透明になりました。

エルフ「これで飲料水になったわ」

冒険者「マジかよ!」

エルフ「マジよ。これが魔術式を組み込んだ濾過装置、
エルフ七ツ道具『MF』の力よ」

冒険者「こんな簡単にキレイな水ができるなんてな。
 驚嘆しちゃうぜ」

エルフ「まあね」

冒険者「早く飲んでいいか?
 てか飲むよ、飲んじゃうよ」

エルフ「味わって飲みなさいよ。
 というか、どうしてそんなに浮かれてるのよ」

冒険者「俺は透明な水を飲む機会なんて
今までめったになかったんだよ。 ほんとエルフさんに出会えてよかったぜ」

エルフ「……随分と過酷な暮らしをしてきたのね。
 その割に、着てる服はそこまで粗末じゃないみたいだけど」

冒険者「ああ、これは——」


——こ、殺さないでくれ! なんでも渡すから……!——


冒険者「……親切な奴に貰ったんだ。
 それよりも水をくれ!」

エルフ「はいはい、どうぞ」





それから日々は流れました。

エルフ「……波に揺られて早一ヶ月」モグモグ

冒険者「島という島も見えず、食糧も残りわずか」モグモグ

エルフ「飲み水は海水から生成できるからいいけど、
食糧が尽きるのは相当マズイわ」

冒険者「お得意の魔術でなんとかならないのか?」

エルフ「そうね、あなたの屍体からなら合成できるかもね」

冒険者「なにそれ怖い」

エルフ「冗談よ。
 そもそもエルフにとって動物性脂肪は有毒だもの」

冒険者「うん?」

エルフ「動物の肉を食べたら、お腹を下すのよ」

冒険者「へえ。やっぱり俺とは違う生き物なんだな」

エルフ「そうよ」

それきり冒険者くんとエルフさんは沈黙します。
喋ることがもう殆どないのです。

特に冒険者くんは自分のことについて話そうとしないので、
なおさら会話は行き詰まります。

しかし沈黙を破ったのは冒険者くんでした。

冒険者「しかし、なんで俺たちはこんなとこにいるんだろうなあ」

エルフ「もちろん舟旅に出たからでしょ」

冒険者「いや、そういうことじゃなくてさ。
どうして俺たちは産まれて、
どうしてこんな風に生きてるのか不思議でさ」

エルフ「不思議でもなんでもないでしょ。
 あなたの父と母が生殖活動に勤しんだ結果よ」

冒険者「……ああ。じゃあ、なんで世の中には父と母がいるんだ?
 俺やエルフさんがいるんだ?」

エルフ「……意味が分からないわ」

冒険者「んーと、どうして俺たちも、
海や山も他の生き物たちも存在するんだろうなって。
別に存在しなくたっていいじゃんか」

エルフ「なんだか哲学的な疑問ね。
私には分からないわよ。
きっと誰にも分からないわ」

冒険者「エルフさんにも知らないことがあるんだな」

エルフ「当たり前じゃない。
でも、あなたがそんな風に考えられるのは、
私たちが認識できて思考できるからよ。
 私たちがそこにいるからなのよ」

冒険者「……考えるだけ無駄ってことか?」

エルフ「そんなことないわ。そういう風に考える事って大事よ。
何かを必死に考えて、その答えを見つけられずに苦しんでるとき、
私たちはきっと成長してるのよ」

冒険者「……成長」

冒険者くんは初めて聞いた言葉かのように繰り返しました。
いまいち意味が分からなかったのです。


ちょっと考えた後、面倒になって
冒険者くんは考えることをやめました。

代わりに何処までも広がる水平線を眺めます。

冒険者「……しっかし本当に海の先には新しい世界があるのか?
 このまま何処にも付かない気がしてきたんだが」

エルフ「……大丈夫よ。世界は丸いから何処かに着く……はず。
 世界は丸いから大丈夫……」

冒険者「世界が丸いとかとんでもない話だな」

エルフ「計算したら、そうなるのよ。
 太陽とか月とかを観測して——」

こつんっ

舟<イテッ!

おや、舟に何か当たったようです。

エルフ「……何か当たったわね。何かしら?」

冒険者「また人だったりして」

エルフ「そしたらあなたを捨てるわ」

冒険者「えっ!?」

ぷかぷか

舟に当たったのは流木でした。

冒険者「木が流れて来たのか。
 あまり傷んでないみたいだな」

エルフ「……近くに陸地が有るのね!
やっと水平線ばかりの光景が終わるのね!」

エルフさんは大きな声をあげました。
その大きな瞳は喜びの涙で潤んでいます。

冒険者「あ、そうか!
これでこのまま野垂れ死にすることはなさそうだな」

エルフ「さあ、行くわよ!」

冒険者「おー」





しばらくして、二人は陸地に足を着けました。

エルフ「……ああ、地面の固さが身に沁みるわ」

冒険者「……フラフラする」

冒険者くんは体調が悪そうです。
しきりにフラついて、顔もぼんやりしています。

エルフ「船旅のせいで三半規管が変調をきたしてるのよ。
 そのうち良くなるはずよ」

そういうエルフさんの顔色も芳しくありません。

冒険者「気持ち悪い……」

エルフ「……取り敢えず舟が波の届かないところまで運んで。
 一応、用心して隠しておいて」

冒険者「俺一人でかよ……。ま、良いけどさ……」

冒険者くんは軽々と舟を持ち上げ、近くの茂みへと隠しました。

冒険者「運び終わったぞ」

エルフ「ご苦労様。
 ……陸酔いもだいぶ良くなってきたし、探検に行くわよ」

冒険者「あいあい」


海岸の少し奥には大きな大きな森が広がっています。

二人はその奥へと分け入って行きました。





森を散策中、二人は透明な水で満たされた泉を見つけました。

エルフ「あら、きれいな泉ね。久しぶりに水浴びができるわ」

よほど嬉しいのかエルフさんは声を弾ませます。

冒険者「……水浴びか」

エルフ「……覗いたらコブラツイストね」ニコ

冒険者「よく分からんが、危険なことだけは伝わった」

冒険者くんを見張りに行かせ、エルフさんは泉で沐浴します。

エルフ(気持ちいいわね)

かさっ

エルフ「…………そこ!」ヒュッ

エルフさんは物音がした茂みに、
小指ほどの長さの小枝を放ちました。

ザクッ

冒険者「ぎゃあああ!」

小枝は見事、覗きをしていた冒険者くんの額に刺さりました。

あまりの痛みに冒険者くんはゴロゴロと転がります。

エルフ「念のため小枝に魔力を流しておいて良かったわ。
 結構効くでしょ?」

エルフさんは冒険者くんへと近づきます。

冒険者「……いや、違うんだよ! 見張ってただけだ! 覗いてなんていないぜ!
 小尻がエロいなー、とか引き締まった太腿に頭を挟めたいなー、なんて一厘も考えてな……はっ!?」

エルフ「…………変態」



エルフ「……ほら嬉しいでしょ?
 私と一緒に水浴びできて」ミシミシ←水辺でコブラツイストを極めている

冒険者「げぼっ……! じぬ……!
 でもちょっと幸せ……! がぼっ……!」ジタバタ

エルフ「……そこまで行くと賞賛に値するわ。
特別にもっと密着してあげる」ミシミシッ

冒険者「〜〜〜〜〜ッッ!!」ピクピクッ


がさっ


その時、また別の物音が聞こえました。

エルフさんは音のした方に目を向けます。

今日はこの辺りで切り上げます。


【登場人物紹介】

冒険者——主人公だぞ! 調子のいい性格をしてるぞ!

エルフさん——女主人公だぞ! 怒らせると怖いぞ!

男エルフさん——もう出番がないぞ!

村娘「……!?」

見れば、女の子が驚いた顔で立っているではありませんか。

エルフ「あ、現地の人ね」ぱっ

冒険者「た、助かった……。死ぬかと思った」ゲホゲホッ

村娘「……」オロオロ

エルフ「はじめまして。あなた、ずいぶんと肌が黒いのね」

村娘「……」ビクビク

エルフ「……あなたのせいで怯えてるじゃない。
 責任取って去勢しなさい」

冒険者「いや、エルフさんのせいでしょ。
 てか責任取って去勢とか理不尽ってレベルじゃねーぞ」

村娘「……」

だっ

冒険者「あ、逃げた」

すてっ

村娘「あうっ!」

冒険者「そんでハデにこける、と」


女の子はうずくまったまま、中々立ち上がりません。

エルフ「ちょっと、大丈夫?」

エルフさんは手早く服を着て、転んだ女の子に駆け寄ります。

村娘「ひ、ひいい……」ガクガク

エルフ「別に取って食おうってわけじゃないわよ」

冒険者「俺は食うかもよ。別の意味で」ニシシ

エルフ「……口を閉じないと本当に去勢するわよ」

冒険者「……ハイ」

村娘「うう……」ポロポロ

女の子の膝には見るからに痛そうな擦過傷ができています。

エルフ「酷いわね。ちょっと待って……」

エルフさんは道具袋を漁ります。

そして奥の方から、長方形の白い箱を取り出しました。

冒険者「また七ツ道具か?」

エルフ「ええ、RHMS——簡易治療魔術装置よ。
 魔力を送れば傷の具合に合わせて
適切な治癒の魔術に変換してくれる優れものよ」

冒険者「凄すぎだろ。
 ちなみに、その道具たちは誰が作ってんだ?」

エルフ「私の数少ない友達よ。最後に仲違いしたけどね。
 さてと……」スウ

エルフさんは、RHMSからケーブルを取り出し、
取り外してあったシートに繋ぎます。

それからシートを患部の近くに貼り付ければ準備完了です。

エルフさんが魔術を流すと、
女の子の擦り傷はたちどころに治ってしまいました。

村娘「わっ、わっ」

エルフ「……これで大丈夫ね。
 さて、あなたの住むところまでちょっと案内してくれる?」

村娘「あ、えっと……」アタフタ

冒険者「さあ、行こうぜ」

村娘「は、はい……」





エルフさんと冒険者くんは女の子に案内されて村に辿り着きました。

二人はまず始めに村で一番の年寄りで、
村のみんなから敬われているお爺さんの家に行きました。

粗末な木造の家でエルフさんと冒険者くん、
さっきの女の子と長老さんの四人が円になって座ります。

長老「……何者じゃ? 人間なのか?」

長老さんは困惑した様子で訊ねました。

エルフ「私は人間じゃないわ」

冒険者「俺は……まあ、人間、かな?」

エルフ「……どうしてそこで歯切れが悪くなるの?」

冒険者「まあ、色々あるんだよ」

エルフ「?」

長老さんはさらに質問をします。

長老「お主らはどこから来たのじゃ?」

エルフ「海の向こうよ」

長老「……何じゃと」

エルフさんの言葉に、長老さんはポカンとしました。

長老さんは長く生きていますが、
海の向こうから
やってきた人に出会ったのは始めてのことでした。

長老さんは海の向こうなんてものはまったく知りません。

しかし海の向こうに人がいるかどうか知らないからといって、
エルフさんの言葉を嘘だとは決めつけません。

『長生きすると自分が殆んど何も知らないことを知る』
というのが長老さんの常日頃の口癖です。


長老さんはしばらく沈黙していましたが、
大事なことを思い出したので、それを二人に質問をしました。

長老「お主らは、悪いことをするか?
 嘘をついたり、騙したり、盗みをしたり、人を殺したりするか?」

エルフ「しないわ」

エルフさんはきっぱりと言い切ります。

長老さんは安心した顔になり、ゆっくりと頷きました。

長老「それならば良い。歓迎しよう」

しかし、そう上手くは行きません。

長老さんの家に、村の男の人が訪ねてきました。

村男「長老。巫者からの言伝だ。
 その男と女を今日中に追放しろだそうだ。
 そうしないと災厄が起こると言っていた」

長老「……なんと」

冒険者「んあ?」

エルフ「どういうこと?」

冒険者くんとエルフさんは首を傾げます。

しかし男の人は二人を無視して、女の子の方を向きました。

村男「今日の宵は巫者のもとに来る日だ。忘れるなよ。
 生贄を浄めるための儀式を行うのだからな」

村娘「……はい」

ぶっきらぼうに告げた後、
男の人はすぐに立ち去ってしまいました。


別に悪い人ではないのですが、
あまり他人と関わるのが好きではないのです。

エルフ「生贄ってどういうこと?」

村娘「カミサマへの生贄です」

冒険者「……はあ?」

長老「ワシらは生贄をカミサマに捧げている。
 ……そして今回はこの娘の番なのじゃ」

エルフ「詳しく聞かせてちょうだい」

冒険者「……」





エルフさんと冒険者くんは少し要領を得ない説明を聞きました。

それゆえに、エルフさんは確認のため聞いた話を要約します。

エルフ「つまり、アナタたちは少し前から魔獣を神と崇め、
満月の日には生贄として若い娘を捧げている。
 生贄の代償として魔獣は集落を襲わず、
他の弱小の魔獣も祀っている魔獣を恐れて、
この集落には手を出さないと」

長老さんと女の子は頷きます。

冒険者「魔獣、ね」

エルフ「満月ってもうすぐよね?」

村娘「……はい」

長老「とても心苦しいが、多くの生命を救うためには
どうしようもないことだ……」

エルフ「……まあ、私がとやかく口出しする問題ではないけど。
 ……あなたはいいの? 恐ろしい魔獣に食べられて死ぬのよ。
 それでもいいの?」

村娘「……怖いけど、それでみんなが無事なら、いいんです」

女の子は弱々しく笑います。

冒険者「……なんだよ、それ。
 自分を犠牲にして助けるほど他人に価値なんてねえだろうが。
 お前、バカじゃねえの」

冒険者くんはひどく怒った顔で言います。

村娘「ご、ごめんなさい」

冒険者くんが恐くて、女の子は思わず謝ってしまいました。

冒険者「……」

すくっ

エルフ「……?」

ぐいっ

長老「がっ……!? 」

冒険者「だいたいお前は何なんだよ。
 仕方のないことだったらお前が犠牲になれよ」

冒険者くんの次なる怒りの矛先は長老さんに向かいました。

長老さんの服の襟を掴んで乱暴に引っ張りあげます。

首がしまり、長老さんは苦しそうに呻きます。

エルフ「やめなさい」

冒険者「……」

ぱっ

どさっ

長老「ごほっ……ごほっ、ごほっ」

村娘「だ、大丈夫ですか?」

冒険者「そんな糞ジジイを労わってんじゃねえよ」

エルフ「……急にどうしたの?
 私たちは部外者なんだから口出しする権利なんて無いでしょ」

冒険者「大嫌いなんだよ、こういう奴が。
 調子のいい言葉並べやがって。
 どうせ自分が無事ならどうだっていいんだろ」

長老「……なんだとっ」

冒険者「……なんだよ、死にてえのか?」

長老「……っ」

冒険者くんに冷たく睨まれ、
長老さんは喉まで出かかった言葉を仕方なく押し戻しました。

エルフ「だからやめなさい」

冒険者「…………ちっ」

再びエルフさんに諌められ、
冒険者くんは渋々といった顔で引き下がります。

長老「……ワシが身代わりになれるならなっても良いさ。
 老い先短い年寄りが犠牲になった方が良いに決まっとる」

村娘「……」

長老「だがそれは不可能なのだ。
 カミサマは若い女しか要求しない」

エルフ「どうして?」

長老「分からん。味の問題だと予想されているが」

長老さんの言葉に女の子は肩をビクッと震わせました。
自分が生きたままバリバリと食べられるところを
想像してしまったのです。

長老「とにかく巫者は若い娘でなければカミサマを鎮めることは
できないと言っているのだ。
 巫者がそう言うのならワシらは従うしかない」

エルフ「……その巫者というのは何者なの?」

長老「カミサマと意思疎通ができる唯一の男じゃ。
その他にも不思議な力を持っている」

村娘「ずっと遠くの物事を見たり、聞いたりできたり、
どこに水が有るとか、果実が実ってるとかを知ってるんです」

長老「昔は普通の男だったんじゃがな。
 あまり多くのことを語らんから分からんが」

エルフ「なるほどね」

冒険者「気に入らねえ」

冒険者くんは吐き捨てるように呟きました。

冒険者「てめぇらはバカだ。魔獣が神さまなわけねーだろうが。
 あんなもん死に絶えた方がいい最悪のバケモノどもだよ。
バカだバカ、バカばっかりだ」

その言葉でみんなが黙ってしまいました。

エルフ「……」

エルフさんはじっと冒険者くんを見つめました。

それから口を開きました。

エルフ「……こうしましょう。
 私たちが件の魔獣を狩ってくるわ。
 そうすれば生贄を用意する必要もないでしょう?
 ついでに他の魔獣も駆逐しておくわ」

長老さんと女の子はポカンとした顔でエルフさんを凝視しました。

長老「……そんなことできるわけがない」

エルフ「できるわ。私、強いから」

娘「やめてください。死んじゃいますよ」

エルフ「死なないわよ。私、強いから」

あまりにエルフさんが自信たっぷりに言うので、
二人はまたもや沈黙してしまいます。

エルフ「それじゃあ、さっそく行ってくるわね」

冒険者「頑張ってくれ、エルフさん!」

がしっ

エルフ「あなたも行くに決まってるでしょ」

冒険者「マジかよ」ズルズル





エルフさんと冒険者くんは森の奥深くを歩いています。

大きな大きな森には大きな大きな樹がたくさん生えています。
さらにその内側に層をなすようにして
高さの違う樹々が密集しています。

そのため森の中は村に比べて涼しくなっています。

エルフ「いい森ね。樹木も壮健だし。
 開墾して農地にしたくなるわ。
 でも土壌は鉄分が多そうだし農業には不向きかしら」

エルフさんは辺りを見渡しながら言います。

冒険者「俺の故郷も農作物は少ししかできなかったな。
水を手に入れるのにすら苦労する不毛の土地だったからな」

エルフ「貧しい土地の生まれなのね」

冒険者「まあな。いやー、ホントに酷いところだった。
 とある魔獣を信仰しててさ。
 ここの土地のヤツらと同じように人間を生け贄として捧げるんだぜ」ニシシ

エルフ「……だから、さっきあんなに怒ってたのね」

冒険者くんは返事をせずに、
あからさまに話題をすり替えようとします。

冒険者「……そういや疑問だったんだけどさ、
どうして俺たちって言葉が通じ合うんだ?
 俺たちとあの村のヤツらとかもさ。すげえ今更だけど」

エルフ「……私が常に言語の壁を取り除く魔術を使っているからよ。
 ちなみに魔術の中でも最も簡単な部類に入るわ」

冒険者「なるほどな。
 エルフさんって美人な上に凄え力を持ってるよな。
 めっちゃ暴力的だけど」

エルフ「あなたが暴力的にさせてるんでしょ。
 ……さて、この辺りにカミサマが巣食ってるらしいけど」

その時、大きな何かが樹々の間で動きました。

大きな何かは二人に気付いたらしく、近寄ってきます。

冒険者「おっと、カミサマのお出ましか?」

それは人間の三倍はある大きな魔獣でした。

魔獣は凶悪な牙を向いて、獰猛な啼き声を上げます。

エルフ「……獅子みたいな魔獣ね。
 この大きさだと月に五人食べても不足しそうだけど」

冒険者「……意外に少食なのか?
 血の臭いがあまりしないな」クンクン

魔獣は今にも駆け寄ろうと前傾になっています。

エルフ「こんにちは。初めまして」

エルフさんは対話ができないかと挨拶をしてみますが、
魔獣は特にそれらしい反応はしません。

エルフ「……意思疎通できるほどの知能はないみたいね」

冒険者「ということは、こいつはカミサマじゃないのか?」

エルフ「おそらくね。よく見るとだいぶ痩せこけてる。
 食べ物を求めてこの辺りまで来たみたい。
 生贄を食べてるならもう少し肥えてるはずよ」

冒険者「なるほど」

その時、魔獣が二人へと駆け出しました!

冒険者「あ、エルフさん頼んだ」

冒険者くんは素早くエルフさんの後ろに回り込みます。

エルフ「……はあ、男なら女の子くらい守ってみせなさいよ。
 ——肉体強化」

エルフさんは魔術で身体能力を極限まで高め、構えを取ります。


エルフ「…………手刀打ち!」ブワッ


そして、見事魔獣の脳天に鮮烈な一撃を与えました。


頭骨がひどく陥没した魔獣は倒れ、
二度と起き上がることはありませんでした。

エルフ「ふう」

冒険者「……俺、あまりエルフさんを怒らせないようにするわ」

エルフ「それが賢明よ。
さ、早くカミサマを見つけましょ」

冒険者「ああ」

二人はさらに進んで行きます。

今日はこの辺で切り上げます。


【登場人物紹介】

冒険者くん——男主人公だぞ! キレると危ないぞ!

エルフさん——女主人公だぞ! 強いぞ!

村娘——心優しいぞ! ちょっとドジだぞ!

長老——亀の甲より年の功だぞ!

村男——もう出番がないぞ!





エルフ「……いないわね」

冒険者「そうだなあ」

カミサマ探しを初めてからだいぶ経ちますが、
二人は一向にカミサマに出会うことができずにいます。

冒険者「ホントはカミサマなんていないんじゃねーの?」

エルフ「何だかそんな気がしてきたわ」

その時、地面がカタカタと音を立てました。

エルフ「地震かしら?」

冒険者「……エルフさん。見ろよあれ」

冒険者くんは呆けた顔でとある方向を指差しています。

エルフさんもそちらに目を向けると——



ノシッ……! ノシッ……!


エルフ「……何よ、あの黒くて大きいのは?」

冒険者「……カミサマ、かな。
畏怖するのも納得しちゃうぜ」

ついに二人はカミサマに出会えました。
カミサマは森のどんな大木よりも背が高く、
どっしりとしていました。

地面の揺れはカミサマの歩いた振動だったのです。

エルフ「……ここまでとは思いもしなかったわ。
あんなの反則でしょ」

その時、カミサマは立ち止まりました。

そして、二人を黄色い眼で睨みつけました。

魔竜「……おい、そこの人間ども」

冒険者「……っ」

エルフ「……何かしら?」

魔竜はまじまじと二人を——というよりエルフさんを見つめます。

魔竜「……ほう、なるほど」

冒険者「……?」

魔竜「男よ。その娘を置いて去れ。
さもなくば食い殺す」

冒険者「あ、わっかりましたー」

冒険者くんはすんなり承諾してその場を立ち去ろうとします。

エルフ「……ちょっと! 待ちなさいよ!」

エルフさんはそんな彼を掴んで引き止めまします。

エルフ「女の子を置いて逃げるなんてそれでも男なの!?」

冒険者「女の子を置いて逃げたって男は男だよ。
 離せよ。俺はまだ死にたくない。
 幸せになるまでは死ねないんだよ」

エルフ「絶対に離さないわ」

冒険者「……だったら最終手段だ。……でやっ!」


むにゅっ


エルフ「きゃっ!?」ばっ

冒険者「それじゃあな! 貧乳おっぱい柔らかかったぜ!」

そう言い残して、冒険者くんは颯爽と逃げてしまいました。






その後、エルフさんは魔竜さんの手のひらに載せられました。
どうやら彼は棲家に向かっているようです。

エルフ「あの男、後で絶対に締め落とすわ」

エルフさんは先ほどのことに激怒しています。
エルフさんだって見た目通り女の子なのです。

ノシィッ、ノシィッ!

エルフ「……というか、何で掌に載せられてるのよ」

彼女がそう呟いた時、魔竜さんはピタリと立ち止まりました。

エルフ「?」

魔竜「……うーむ」じいっ

エルフ「……何よ」

魔竜「やはり美しい娘だ。
 村の娘では比べ物にならないな」

エルフ「そんなの当然でしょ。
 ……そして、あなたは美しい娘である私を食べると。
 野蛮極まりないわね」

エルフさんは思いがけない言葉に戸惑いましたが、
何ともないような顔で毒づきます。

しかし、やはり魔竜の返答は、
エルフさんの想像とは違ったものでした。

魔竜「まさか。人の肉はあまり好まん」

エルフ「……じゃあ、どうして生贄を要求したり、
私を攫ったりするのよ」

魔竜「我輩は人間を愛玩しているのだ。
 家にも、もっとたくさん居るぞ」

エルフ「……変な魔獣ね」

そう漏らしつつ、
もしかして生贄にされた女の子たちも生きているのかしら、
とエルフさんは考えました。





魔竜さんの手のひらに載せられたエルフさんが辿り着いたのは、
大きな大きな岩窟でした。

その横には簡易な小屋が作られています。

小屋の前でエルフさんは手のひらから降ろされました。

エルフ「……屍体?」

小屋の中には異様な光景が広がっていました。

小屋のなかには原始的な防腐加工が施された女の子の屍体が
ズラッと並べられているのです。

エルフさんは女の子たちの悲しい亡骸を
眼に焼きつけるように見つめました。

そして、微かに漂う腐敗と発酵の臭いを精一杯吸い込みます。
忘れないように、忘れてしまわないように。

魔竜「なかなか大したものだろう?」

エルフ「……ちょっとあなたの掌に載せてもらえるかしら?」

魔竜「ん? ……構わないが」すっ

魔竜さんは再びエルフさんを手のひらに乗せます。

彼は鈍感なためエルフさんの様子が
先ほどまでと違うことに気づいていません。

エルフ「あなたの顔の近くにまで寄せてちょうだい」

魔竜「……? ああ」

の目の前に来たところで、エルフさんは手を振り上げます。

エルフ「……この、バカッッッ!!」

そして、魔竜さんの大きなほっぺたを力一杯叩きました。

魔竜「な……!?」

エルフ「貴方は最低の屑よ! 絶対に許さないわ!」

魔竜「……貴様! 赦さんぞ!」

急にほっぺたを叩かれたり、悪口を言われて
魔竜さんはとっても腹が立ちました。

手のひらにいるエルフさんを握り潰そうとしますが、
ひらりと躱されてしまいます。

エルフ「……バカな爬虫類にはお仕置きが必要ね。
 こてんこてんにしてあげる」

優雅ともいえる動作で着地したエルフさんは
戦闘態勢に入ります。

こうして戦いが始まりました。



——————
————
——


貪る、貪る、貪る。

久しぶりの肉はそのまま俺の肉となるようだ。

活力が満ち溢れてくる。

骨の髄までしゃぶり回した後で、食事をやめる。

痩せこけた魔獣でも充分に満たされた。

さて、次はさっきの村に戻ってこれからの食糧を奪うか。




あの奇妙な女との旅はもう終わりだ。

正直、悪くはなかった。

あの奇妙な女は俺の知らないことをたくさん知っていた。

それにいい匂いがした。

だとしても、あのデカブツから救い出すまでの理由にはならない。

イノチをかける理由にはならない。


地面が揺れる。山が崩れるような大きな音もした。

さっきバケモノが立ち去っていった方からだ。

何か癇癪でも起こしたのだろうか。

とすれば、あの女は無事ではないかもしれない。


……そんなこと、俺の知ったことじゃない。


知ったことじゃないんだ。





アホみたいな集中豪雨を凌いだ後に村に向かった。

その道中も地面は不規則に揺れている。

あの女がデカブツと戦ってるという考えが頭を過ったが、
それはさすがに大それた考えだ。


村の人間はどこかに出かけたのかほとんどいない。

不思議だが、むしろ好都合だ。

閑散とした村を歩き回り、食糧を各家から一部奪っていく。

あまりに無防備で拍子抜けしてしまう。



食糧を探している途中、悪臭を嗅ぎ取った。

あまりの臭さに頭痛がする。

そして、その臭いには心当たりがあった。



悪臭の元である家に入ると、男が女を殺そうとしているのが見えた。

この土地で初めて会った女だ。

全身を切りつけられていた。

そして今は首を締められている。

臭い、臭い、臭い。

女の恐怖と戸惑いの臭い。

そして男の体臭と、異常な興奮——常軌を逸した性欲の臭い。
そして、ゲス特有の臭い。

この男が今までも同じことをやってきたのがよく分かる。

一風変わった格好や奇妙な顔つきから、
この男が「巫者」というヤツだろうと想像できた。

人を殺すことに快感を覚えているらしい。

昼間の話を聞く限り、
前の生贄の女たちにも同じことをしてきたんだろうか。

どうしようもない怒りがわいてくる。

別に俺には関係ないはずなのに、
俺はこの男を殺したくてしょうがない。



——だったら殺せばいい。


ナイフを抜く。これもある時に奪った物だ。

俺は人から奪うことしかできない。
でも、どんな生き物だって他から何かを奪って生きてるだろ。

……まあ、どうでもいい。

潮風ですっかり錆びついてしまったナイフを構え、忍び足で近寄る。

そして興奮状態の男の喉元に錆びた刃を押し込んだ。

ナイフは泥に沈むように皮膚を貫き、
そのまま男の意識とか性欲とか生命とかを簡単に奪っていった。


臭い。


——ああ、俺のニオイか。


逃げようとしたその時、倒れた男の耳から何かが這い出してきた。

デカくて黒いミミズみたいな——おそらく魔獣だろう。

……この男に寄生していたのだろうか?


気味が悪くなって俺は魔獣をナイフで突き刺した。


円筒型の黒いソレは気持ち悪く痙攣してから、動かなくなった。


女は間抜けヅラをしながら眼前の光景を見ている。
時間が止まってしまったみたいに動かない。

俺は背を向けてその場から逃げる。


女の悲鳴が俺の背中を押した。


——————
————
——

エルフさんと魔竜さんは長い時間戦い続けていました。

途中でこの地方特有の集中豪雨がありましたが、
戦闘は継続していました。

しかし、その長い戦闘も終わりが近づいています。

魔竜「おのれ、ひらひらと躱しおって……」

魔竜さんは息も絶え絶えになりながら毒づきました。

何度も何度も攻撃していますが、
エルフさんに一度も当たらないのです。

エルフ「そんな大味な一撃が当たるわけないでしょ。
 しかも動きに無駄が多いわ。
 疲れるのも当たり前ね」

エルフさんも平然を装っていますが、
実際のところはヘトヘトです。

どれだけ渾身の一撃を打ち込んでも、
魔竜の頑強な鱗に阻まれて傷一つ負わせられないのです。

しかし、エルフさんは勝機を見出していました。

魔竜「……くらえっ!!」

魔竜さんは勝負をつけようと全力で尻尾を叩きつけようとします。

エルフ「……っ!」

ひょいっ

魔竜「く……そォ……」

エルフ「……終わりよ!」

エルフさんは魔竜さんへと駆けます。

エルフ(この竜が無意識に庇っているところ……首の下!)

そうです、エルフさんは戦いながら
相手を観察し、分析していたのです。

そして相手の弱点らしきところを見つけ出していたのです。

エルフ「食らいなさい——貫手!」

魔竜「ぐっ……」

唯一の弱点である首下の逆鱗を貫かれ、
魔竜さんは大きな音を立てて倒れ込みました。

急所を突かれ、もはや立ち上がる力も残っていません。

魔竜「……我輩の負けか」

エルフ「……少しは反省したかしら?」

魔竜「……くっく」

エルフ「……急にどうしたのよ?」

魔竜「愉しかった。ここまで愉しんだのは久方ぶりだ。」

エルフ「いや、反省してよ」

魔竜「何を反省しろというのだ」

エルフ「生贄にされた女の子たちを殺して、
屍体を弄んだことよ」

魔竜「あれは我輩がしたことではないぞ。
 確かに我輩の所有物ではあるが」

魔竜の言葉にエルフさんは首を傾げます。

エルフ「……どういうこと?」

魔竜「少し前から巫者と名乗る人間が、
人間を私によこすようになったのだ。
 くれるというのならば貰っておこうと思ってな。
 元々は人間という存在すら知らなかったが、
それからは人間を好むようになった。」

エルフ「正確には人間の屍体を好きになったんでしょ。
 私が今まで見たどんな女より美しいのも当たり前よ」

エルフさんは呆れてため息を吐きます。
それから深刻そうな表情になりました。

エルフ「この残忍な行いをしたのは巫者という男のようね。
 ……あの子が危ないわ」

エルフさんは村で出会った女の子が、
夜になったら巫者のところに行くよう
言われていたのを思い出しました。

エルフ「あなたって飛べるの?」

魔竜「一応はな。飛ぶというか滑空だが」

エルフ「そう! それはいいわ!
私をちょっと村まで運んでくれないかしら?」

魔竜「……別に構わないが、少し待ってくれ。
 弱点を衝かれたんだ。まだ動けそうにない」

エルフ「そんなに大きな図体をして甘えたこと言わないの。
 さあ、飛びなさい! 早く早く!」

魔竜「……強引なヤツだな」

悪態をつきながらも、魔竜さん力を振り絞って起き上がり、
とっても大きなその翼を開きました。

エルフさんは七ツ道具RHMSで魔竜さんを回復させます。



少し離れたところから戦いを見守っていた村人たちは、
空飛ぶ魔竜さんの背中に乗るエルフさんを見て
歓喜の声を上げました。

今日はここで切り上げます。


【登場人物紹介】

冒険者くん——男主人公だぞ! ニオイに敏感だぞ!

エルフさん——女主人公だぞ! 貧乳だぞ!

魔竜さん——ちょっとおバカなトカゲだぞ!

村娘——痛い目にばかりあってるぞ!

巫者——喋る機会すらなかったぞ!





冒険者くんは走っています。

冒険者(……昼間のデカブツが集落の方に飛んでった。
 どうやらエルフさんは負けて、
怒ったデカブツが八つ当たりに来たってところか)

最初に上陸した砂浜についた彼は立ち止まって後方を確認します。

冒険者「……追っ手はいないな」

それから隠していた舟を引っ張り出し、海面に置きました。

冒険者「よし、準備完了。
 エルフさんには悪いけど俺は行くぜ。
 ……せめて生きてるといいけどな」

冒険者くんは名残り惜しそうにもう一度振り返ります。

エルフ「なにを言ってるの?」ニコ

冒険者「…………あるえー?」

エルフ「掌底!」

ぼごっ

冒険者「げぼっ!?」

エルフさんの一撃で吹き飛んだ冒険者くんは
海面で何度も跳ねてようやく止まりました。

エルフ「まだ終わりじゃないわよ」

エルフさんは一撃で既に満身創痍の冒険者くんに近づきます。

冒険者「ま、待て……! 話せば分かる……!」

冒険者くんはエルフさんの接近を遮ろうとして手を伸ばしました。

しかし、エルフさんはその腕を掴み、体を捻ります。

エルフ「一本背負い!」ブワッ

冒険者「……何度宙に浮けばいいんだよ」

今度は砂浜と森の境界あたりまで吹き飛びました。

エルフさんはまたも痛みに呻く冒険者くんに近づきます。

堪らず冒険者は謝罪の言葉を口にします。

冒険者「……うう、おっぱいを触ってすまなかった」

エルフ「本当にそれだけだと思ってるの」

冒険者「……見捨てて悪かった。あと、貧乳って言って悪かった」

エルフ「おふざけの時間はもう終わりよ。
……あなた、人を殺そうとしたわね」

その一言で冒険者くんの顔から表情が消え失せました。


冒険者「……」

エルフ「確かに巫者は悪人だったみたいね。
でもだからといってあなたが殺したらあなただって悪人よ」

冒険者「……ああ、そうだよ、俺は悪人だ。
 今までだって奪ったり騙したり脅したりしながら生きてきた。
 殺しまではいかなくても人を傷つけたことも何度もあった」

冒険者くんは毒々しい笑いを浮かべます。

どこか、悲痛です。

冒険者「……どこにも俺の居場所はないんだ。
 それなら俺は何にも束縛されない。殺すも奪うも俺の自由さ」

エルフ「……そうね、あなたの自由よ。
 でもね、自由には責任が付いて回るの。
 殺してもいい自由には、殺されてもいい責任がね」

冒険者「責任、ね。よく分からないな」

エルフ「それなら私が教えてあげるわ」

エルフさんは身構えます。

冒険者「……やり合おうってか」

冒険者くんもナイフを抜いて、彼女へと向けます。

エルフ「そんな粗末な刃物で私を殺せるなんて思ってないでしょうね」

冒険者「……あんたから疲労のニオイがプンプンするんだよ。
 涼しい顔してるがホントは疲れ切ってるんだ、ろっ!」ダッ

冒険者くんは不意打ちでエルフさんへと突進しました。


エルフ「——下段蹴り!」ブオッ

しかしエルフさんは冷静に対処し、
冒険者くんの脛に蹴りを入れました。

冒険者くんは顔を歪めますが負傷は覚悟していたので
立ち止まらずにナイフで突き刺そうとします。

冒険者「……うおおおお!!」ブンッ

エルフ「……よっと」

しかし彼女は柔らかな動作で
ペタンと仰向けになり、ナイフを躱します。

これには冒険者くんも不意をつかれます。
一瞬、驚愕で体が硬直してしまいました。

エルフさんがその隙を見逃すわけもなく、彼に追撃を加えます。

エルフ「——足払い!」ブオッ

冒険者「ぐあっ……」ドテッ


彼女の鮮烈な蹴りは再び彼の脛に当たりました。

踏ん張りがきかなくなり、冒険者くんは転んでしまいます。

一方、エルフさんはすかさず立ち上がります。

冒険者「くそっ!」ブンッブンッ

冒険者くんは自棄になってナイフを振り回しました。
なりふり構っている心境ではなかったのです。

エルフ「ていっ」ゲシッ

しかしやはり冷静な彼女の蹴りで、
ナイフを波打ち際まで蹴り飛ばされてしまいました。

エルフ「……もう終わりかしら?」

冒険者くんは肩を竦めます。
圧倒的な力量差を見せ付けられて、
逆に冷静になったのでした。

冒険者「やっぱり強いな」

エルフ「当然でしょ。……何だか余裕な顔ね。
 私があなたを殺すはずないとでも思ってるの?」

冒険者「そんなことねーよ。
 ただ、奥の手があるんだ」

エルフ「奥の手?」

冒険者「そう」


ミキャミキャミキャ



エルフ「っ!?」

エルフさんは驚いた顔で後ろに下がりました。

冒険者くんが異様な姿に変化したからです。

魔人「ということで、正体を明かしちゃうぜ」

エルフ「……魔獣だったの?」

魔人「半分は当たり。
 ……片膝はもうやられた。
 胸もズキズキするし、背中も痛いぜ。
 まあ、そっちも疲弊してるし、対等、かっ!」ヒュッ

エルフ(……っ!? 速い!)


魔人「……」

だんっ!

冒険者くんは地面を強く蹴り、
砂をうまい具合に散らしてエルフさんの視界を奪います。

エルフ「くっ……!?」

魔人「捕まえたぜ」ガシッ

エルフ(後ろ……!?)

エルフ「くっ、裏け——」

ゴッッ!

エルフ「……っ」

容赦無い殴打にエルフさんはふらつきます。

冒険者「かったい頭だな」

冒険者くんはエルフさんの服の襟を掴み、
何度も何度もエルフさんを殴ります。

何度も何度も。



ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!ゴッッ!




とさっ


エルフ「……ぅ」

冒険者「かったい頭だな」

魔人「かったい頭だな」
に訂正です。

エルフさんは倒れたまま少しも動けません。
意識が朦朧としていて、それどころではないのです。

魔人「きれいな顔が台無しだな。……なあ、今なら強姦し放題だよな」

エルフ「……っ」

魔人「じょーだん。そんなつもりはねえよ。
 初めて会った時だって別にそんなつもりは無かったんだ。
ただ、あまりにもキレイで見惚れてたんだよ」

エルフ「……」ググッ

意識が少しずつしっかりしてきたエルフさんは
立ち上がろうと力を入れます。

魔人「起き上がらなくていいぜ。
 俺はエルフさんを殺すつもりなんてないんだ」

エルフ「……」ググッ

魔人「ただ、あんたは優しすぎる。優しさは弱さだ。
 その優しさがいつか命取りになるだろうよ。
 老婆心からそれだけ教えといてやる」

そう言って、冒険者くんは元の人間の姿に戻りました。

その間にエルフさんは何とか立ち上がりましたが、
どう見てももう戦える様子ではありません。

冒険者「……それじゃあ俺は行くぜ。
 悪いけど舟は貰ってく……」

そこまで言って冒険者くんは話すのをやめます。

エルフさんに後ろから抱きつかれて困惑したのです。

冒険者「……あれか、当ててんのよ、的なヤツか?
 ほとんど……あんまり当たってないけど」

エルフ「……あなた、本当に辛い思いをしてきたのね。
人を信じることができなくなってしまうくらい」

冒険者「……やめてくれよ」

冒険者くんは子どもみたい声を出します。
まったくエルフさんの言葉通りなのです。

ふと、冒険者くんは気づきます。
冒険者くんを抱き締めるエルフさんの腕の力が、
だんだんと強くなっていることに。

エルフ「……知ってるかしら?
 私って負け嫌いなの」ギチギチ…

冒険者「……あれ、感傷的な雰囲気じゃなかったのか?」

そうです、全然感傷的な場面ではなかったのです。

エルフ「……でやっ!」ブンッ←ジャーマンスープレックス炸裂!

冒険者「……はははっ、アホらしい。
アホらしくて、何もかもがどうでもよくなっちまうぜ」

冒険者くんは宙を翻りながら、呆れた様子で呟きました。



ドシャアアアァァァッッッ!!



——————
————
——

その日の深夜、エルフさんは村に戻りました。

村人の殆んどは既に眠っているので静かなものです。

しかし長老さんは遅くまで起きてエルフさんを待っていました。

長老「お戻りか。……酷いケガじゃな」

エルフ「臆病な子どもにちょっと暴れられてね。
 べつに大丈夫よ。
 もう少ししたら自分で治すわ」

長老「そうか」

エルフ「あの娘の調子はどう?」

長老「さっき、ようやく目を覚ました」

エルフ「それはよかったわ。会ってもいいかしら?」

長老「勿論、構わない」

エルフ「ありがとう」

エルフさんはその場を去ろうとします。
しかし長老さんは彼女を引き止めて、一つ質問しました。

長老「……あの若者はどうしたんじゃ?」

エルフ「始末したわ」


長老「……そうか、残念だ」

エルフ「……残念? あなたには喜ばしいことじゃないの?
 乱暴なことされたじゃない」

長老「あれは、あの若者なりの優しさと正義だろう。
優しさを表すのが下手なだけで、優しいヤツだったんだ」

エルフ「……そうかもね」

長老「……引き止めて悪かった。
あの娘に会ってやってくれ」

エルフ「ええ」





村娘「……エルフさん」

エルフ「目を覚ましてくれてよかったわ。
大丈夫、そのうち良くなるから。感染症もないはずよ。
痛みを和らげる魔術をかけてあげるから、
またぐっすり眠りなさい」

村娘「……はい」

エルフさんは七ツ道具RHMSで女の子の痛みを鎮めます。

村娘「……あの」

エルフ「どうしたの?」

村娘「その、巫者が……死んだときに、変なものを見ました」

エルフ「変なもの?」

村娘「変な黒い生き物が巫者の耳から出てきたんです」

エルフ「……へえ」

村娘「あの男の人が殺したんですけど、何なのか分かりますか?」

エルフ「……いいえ。取り敢えず見てみるわ。
まだ巫者の家にあるのかしら?」

村娘「たぶん……」

エルフ「分かったわ」

娘「……あの、あの男の人は?」

エルフ「……悪いことをしたなら、
それなりの罰を受けなければいけないのよ」

娘「……あの人は、悪いことをしてません。
 巫者は様子がおかしくてわたしの言葉に
耳を貸そうとしませんでした。
 あの人が来てくれなければ、わたしは……」

女の子はぶるっと体を震わせました。

エルフ「……あなたは、何も気にしなくていいのよ。
 今はとにかく寝なさい」

娘「……はい」








エルフさんは巫者の家で見つけた不気味な魔獣の残骸を拾った後、
魔竜さんのもとに向かいました。

魔竜「また貴様か。また戦いに来たのか」
エルフ「違うわよ。これについて訊きたいの」

エルフさんは拾って来た魔獣を見せます。

魔竜「……寄生する型のヤツだな。しかも変り種のヤツだ」

エルフ「変り種?」

魔竜「寄生する魔獣には宿主を操るヤツも少なくない。
 だがそいつは極端でな、宿主の肉体を都合がいいように
まるきり作り変えるのだ。
 そのため宿主は超越的な感覚や能力を持つこともある。
 もちろん宿主の意識も改変されてるのだろう」

同じ魔獣なだけあって魔竜さんは
黒い魔獣について詳しく知っていました。
おバカなだけのトカゲではないのです。

エルフ「……なるほどね。因みにこれを取り除く術は知ってる?」


魔竜「いや……宿主を殺すしか他に方法がないだろうな」

エルフ「……しょうがない側面もあったのね。
……ありがとう。村に帰るわ」


魔竜「疲れているようだし、送って行くか?」

鈍感な魔竜さんにも気付かれるほど、
エルフさんの顔には濃い疲労が浮かんでいます。

しかし、エルフさんは首を振りました。

エルフ「結構よ。みんなの眠りを妨げるしね。
気持ちだけ受け取っておくわ」

魔竜「十二分に休養を取れよ。
 ……次こそは貴様に勝つからな」

エルフ「次なんてないわよ。明朝にはここを去るもの」

魔竜「……何故だ?」

エルフ「色々と有るのよ。
 久々の陸地なのにすぐ離れるのは残念だけど」

魔竜「……くっ、勝ち逃げするつもりか」

エルフ「そう思ってくれてもいいわ。実際、負けるのは大嫌いだしね。
 それじゃあ、おやすみなさい」

悔しがる魔竜さんをあしらって、
エルフさんは再び村へと戻っていきました。

——————
————
——


冒険者「……んあ」

目覚めると、冒険者くんは舟の上にいました。

太陽は既に高い位置にあります。

冒険者「……」

エルフ「あら、起きたのね」

冒険者「……エルフさん」

エルフ「ぐっすり眠ったわね。
 お腹は空いてない?
 島の人たちに貰った干し芋とか色々とあるけど」

冒険者「……どういうつもりだよ? 
 なんで俺を生かしてるんだ」

冒険者くんは不機嫌そうな口調で問います。
彼女の目的がまったく分からなくて不気味に思ったのです。

エルフ「あなたを見張るためよ。
 ……島もだいぶ遠ざかったわね。霞んで見えるわ」

冒険者「……見張るだと?」

エルフ「私は簡単に生命を奪うほど浅はかじゃないの。
 でも、あなたみたいな危険を放っておくわけにもいかないでしょ」

冒険者「……だから俺の近くにいて、俺を見張るってか?」

エルフ「そういうこと。
 あら、あの辺りに海鳥が固まってるわね。
 魚がたくさんいるのかしら」

冒険者「……あんたって変な人だな」

エルフ「よく言われるわ」

冒険者くんは何を言ってよいか分からず、
だんまりしてしまいます。

それから、しばらくして笑い声を上げました。

冒険者「そういことならエルフさんに付き合うとするかな。
 どうせ行く当てもないし。
 エルフさんが危険な時は見捨てるけどな!」

エルフ「ああ、そう……。勝手にしなさい」

エルフさんは呆れた様子で言いました。
それから怪訝そうな顔をします。

エルフ「……なんだか海が荒れてきたわね」

冒険者「……なんか、こんな事が前にもあったような……」

その時、波が急に荒くなりました。

エルフさんたちが乗った舟は激しく煽られます。

舟<ウワ-! オオナミダ-!

エルフ「くっ、ずいぶん揺れるわね!
 何がどうしたっていうの!」

エルフさんは舟にしがみつきながら悪態をつきます。

一方で、冒険者くんは別の懸念を思い浮かべていました。

冒険者「この感じ……!
 間違いない! アイツだ!」

エルフ「アイツってなによ!」

その時、海面を割って何かが姿を現しました

エルフ「なっ……!?」

波飛沫から現れたのは巨大な魔獣の触手でした。

本体は海の中に潜んだままですが、
その触手一本だけでエルフさんたちの乗る舟を
一撃で壊せそうなほどの大きさです。

冒険者「気を付けろ!
俺は乗ってた舟をこいつに壊されたんだ!」

その時、触腕の一本が舟に絡みつきました。

舟<ウワ、クッツクナ!

冒険者「おらっ!」ザクッ

すかさず冒険者くんがナイフで切りつけると、
触腕は舟から離れます。

エルフ「……どうやら怒ったみたいね。
このままじゃ危ないわ」

冒険者「魔術でなんとかならないのか!?」

エルフ「出来ないこともないわ」

エルフさんは道具袋を漁り、何かを取り出します。

冒険者「……その棒切れは?」

エルフ「エルフ七ツ道具が一つFMDS(魔術指向集約棒)よ」

冒険者「それがあれば倒せるのか!?」

エルフ「本体を水中から引きずり出さないと無理でしょうね。
でも撃退はできるはずよ」

冒険者「まじか! 頼むぜ!」

エルフ「言われるまでもないわ」

エルフさんはFMDSを触腕へと向けます。

それから魔力を全身に巡らせ、
呼吸、言葉、体の特定の動作を駆使して
魔力を魔術に変換します。

そして行使可能になった魔術を
出力する前にFMDSに集中させます。

そうすると、FMDSの先端部が発光し始めました。

エルフ「……はぁっ!」

白い炎が放たれ、猛々しくうねる触腕を焼きます。

触腕は炭化し、真ん中あたりからボロっと崩れ落ちました。


冒険者「……スゲえ」

エルフ「痛がってるわね。
もう一発……」フラ

どたっ

エルフ(……あれ?)

冒険者「……エルフさん?」

エルフ(そんな……私は放出系の魔術を使うのが本当に不得手だけど、
いつもならもう数発は使えるはず……)

実は、エルフさんは変わった体質で、
魔術を酷使しすぎて負担がかかり過ぎると、
動くことすら難しくなるのです。

そしてこの体質はエルフにとって致命的です。

冒険者「……おい、なに寝そべってんだよ」

エルフ「————————」ウゴケナイノヨ

冒険者「……何を言ってるんだ?」

エルフ(……しまった、会話の魔術すら維持できてないわ)

冒険者「……取り敢えず起きなよ」グッ

冒険者くんは動けないエルフさんの腕を掴んで引っ張ります。

エルフ「————」ドウモ

疲労困憊のエルフさんは、
冒険者くんの支えを借りて何とか立ち上がります。


エルフ「……っ!?」ドンッ

冒険者「のわっ!?」

ドテッ

冒険者「……おい! なにしや……」


ドゴォッ!


エルフ「……っ」

冒険者くんを庇って、
魔獣のもう片方の触腕の一撃をまともに受けたエルフさんは、
冗談みたいに吹き飛びました。

冒険者「なっ……」

ざぱあんっ

エルフ「……」

エルフさんは意識がないらしく、
海面にぷかぷか浮かんでいます。

冒険者くんはその様を見て、渇いた笑いを零します。

冒険者「……はは、バカじゃねえの? なに考えてんだよ。
 さっきまで俺を見張るとか言ってたくせによ」

エルフさん体に魔獣の触手が絡みつきました。
彼女を餌にしようとしているのです。

冒険者「……ふざけんなよ」

ミキャミキャミキャ……

冒険者くんは魔獣に変身して、
一飛びでエルフさんの近くに着水しました。

魔人「おい! その人を離しやがれ!」

エルフさんを捕らえていた触手を掴み、
激情に任せて引きちぎります。

そしてやっとのことで、エルフさんを助け出します。

魔人「よしっ! ……舟に戻らねぇと」

しかし、喜びも束の間。
二人の前には七本の触手が立ちはだかりました。


魔人「くそっ」

さらに健常な触腕と、焼かれて千切れた触腕までもが、
二人を追い詰めるためにゆっくりと迫ります。

冒険者くんは諦観した顔になりました。

魔人「……失敗したな。
 見殺しにしてりゃ俺は助かったかもしれないのに。
 ……ま、いっか。不思議と悔いはないしな」

そう言って微かに笑いま————

魔人「……んなワケ有るか!! こんな所で死ぬなんて死んでも嫌だっつうの!!
 なにより童貞のまま死んでたまるかボケ!!」

冒険者くんは勝手に怒り始めました。
そして乱暴にエルフさんの肩を揺すります。

魔人「エルフさん起きやがれ! 新しい世界を見つけに行くんだろ!? 
こんなとこで死んでらんねえだろうが! おい!」

エルフ「……——?」パチ

魔人「起きたか! 泳いで逃げるぞ!」

エルフ(……ああ、そういう状況なのね)

賢いエルフさんは周りを一目見て
大体の状況を把握しました。

二人は泳ぎ始めます。

しかし、触手と触腕は二人を逃がさないように
周りを囲んでしまいました。

エルフ(……どう見ても八方塞がりね)

魔人「……ちくしょう! 本当に終わりかよ!」

二人が絶望しかけたその時、エルフさんは何かを見つけました。

それは空を飛んでいました。

エルフ(……あれは)


ビュオオオォォ……ッ


ドゴオオォォッッ!


それが海面に衝突すると、
巨大な水柱が立ち上がり、
凄まじい波濤が発生しました。


魔人「うおっ……!?」

エルフ「——!」

二人は流されてしまいますが、
すぐに大きな手のひらで掬われました。

魔人「な、なにがどうなってるんだ!?

魔竜「……貴様!
 我輩を倒しておいてこのような雑魚に後れを取るな!」

そうです、魔竜さんが駆けつけてくれたのです。

エルフ(言葉は分からないけど、
何を言ってるかはおよそ察しがつくわね)

魔竜「まったく、だらしがないな。
 どれ、我輩がこの雑魚を片すところをしかと見ていろ」


魔竜さんは二人を荒波に揉まれる舟へと置きました。

魔人「いてっ! もうちょっと優しく降ろせっての」

エルフ(やっぱり言葉が通じないのは不便ね。
魔力を絞り集めて……)

エルフ「……もう大丈夫そうね」

魔人「お、言葉がまた分かるようになった。
言葉ってやっぱり重要だな」

そう言いながら魔人くんは獣化を解きます。

エルフ「それじゃ戦いを観てましょうか」

冒険者「デカブツとデカブツの戦いか。見ものだな」




魔竜「……今日の我輩は機嫌が悪い。
 初めて敗北という屈辱を味わったのだからな。
 悪いが、貴様で鬱憤を晴らさせてもらおう」

触手が魔竜さんに絡みつきます。

魔竜「ふん、私を引きずりこもうというのか。愚かな」

魔竜さんは両方の触腕を掴みます。

魔竜「逆に海中から引きずり出してくれるわ!」

そして、力一杯引っ張りました。

クラーケン<バタバタ…!!


冒険者「うわ、あれが本体か。気持ち悪いな」

エルフ「あれに喰べられなくてよかったわ」




クラーケン<バタバタ

魔竜「あの娘の技を借りるか」

魔竜さんは指先に力を入れて狙いを定めます。

魔竜「……はあっ!」

そして魔獣クラーケンの首を穿ちました。

……勝敗はたった一撃で決してしまいました。



エルフ「……今のは貫手ね。私の真似をしたのかしら」

冒険者「あのバケモノをすんなり倒しちまった。
 味方だと心強いなあ」




魔竜「終わったぞ」

魔竜さんはクラーケンの死体を携えながら、
二人へと近づきました。

エルフ「ありがとう、助かったわ」

魔竜「感謝は不要だ。貴様には恩がある。
 それに、これで一勝一敗と言えるだろう」

エルフ「……悔しいけど、その通りよ」

魔竜「……次の機会があったら決着を付けさせてもらうぞ」

エルフ「ええ」

魔竜「……旅の幸運を祈っている」

エルフ「ありがとう。幸運とか当てにしてないけど」

こうして彼らは別々の方角へと進み始めました。

今日はこの辺りで切り上げます。
ミスが多くてスミマセン…
今まで書いたssで一番ミスが多い気すらします…

【登場人物紹介】

冒険者くん——男主人公だぞ! 魔獣に変身できるぞ!

エルフさん——女主人公だぞ! エルフなのに魔術は苦手だぞ!

村娘——もう出番がないぞ!

長老——もう出番がないぞ!

魔竜さん——滑空しか出来ないから帰りは泳ぎだぞ! もう出番がないぞ!

クラーケン——後で魔竜さんのご飯になったぞ! もう出番がないぞ!





夜になりました。

半分だけの月が優しく光を注いでいます。

とても静かな夜です。

エルフさんは昼間のこともあってぐっすりと眠り込んでいます。

とても深い眠りです。

冒険者くんはそんなエルフさんの寝顔をじっと見つめています。

冒険者(……俺が殴った痕、ほとんど残ってないな。
魔術で治したのか?)

実際のところ冒険者くんの言葉通りでした。

外傷や目立つ傷だけ治したものの、
先ほどの魔獣の一撃も含めてエルフさんは満身創痍なのです。

今はそれを少しでも癒そうと、
エルフさんの体は頑張っているのです。

冒険者(……寝顔は子どもみたいだ。……綺麗だな。
 こんな綺麗なものがこの世に有るなんてな)

冒険者「世の中捨てたもんじゃねえのかも、な」

そう呟いて、冒険者くんは目を閉じました。

波は寄せては返します。
何度も何度も。
きっと悠久の間。

二人は永遠のそばで眠りました。
短い夜の間。





——次の日

エルフ「暇だしあなたに勉強を教えるわ」

冒険者「えらい唐突だな」

エルフ「3+6は?」

エルフさんは冗談半分に問題を出しました。

冒険者「えーと……」

冒険者くんは指を折ります。

エルフ「え……」

冒険者「9だ!」

エルフ「……20+17は?」

冒険者「……指じゃ足りないな。出来ねえや」

エルフ「……これから毎日勉強ね」

エルフさんは真剣な顔で言いました。







エルフ「…………」

エルフさんは瞑想しています。

冒険者「ふわぁ、今日もいい天気だな。
 ほとんど雨が降らないから助かるぜ」

エルフ「…………」

冒険者「食糧はまだあるけど、飲み水は不足気味だな」

エルフ「…………」

冒険者「島もまったく見えないな。
 いつになったら次の陸に着くのやら」

エルフ「…………」

冒険者「……おーい、エルフさーん」

エルフ「…………」

冒険者「聞こえてるかー」

エルフ「…………」

冒険者「……おーい」ツンツン

冒険者くんはエルフさんの肩を突きます。

しかしエルフさんは反応しません。

エルフ「…………」

冒険者「…………」

ふにっ

エルフ「……」




エルフ「ねえ、あなたは“反省”という言葉を
知ってるかしら?」ミシミシ…←卍固めをかけている

冒険者「あだだ! 出来心だったんです! 腰こわれるっ……!
 反省してます! もう二度としません! ホントにホントです!」

エルフ「……」ミシミシ…

冒険者「ウソじゃないよ!? ボクはウソつかないよ!?
 ホントだよ!? だから許して!」

エルフ「…………はあ」パッ

エルフさんは必死の懇願に仕方なく技を外しました。

冒険者「……あぁー、痛かった。ほぼイきかけた」

エルフ「逝かせてあげてもいいのよ」

冒険者「いや、遠慮しておくよ。
 ところで、ずっと目つぶってじっとしてたけど、
あれに何の意味があるんだ?」

エルフ「集中力を鍛えてたのよ。
 魔術を使うにしても集中力は大事だから」

冒険者「……あ、それで気になってたんだけどさ。
 どうして魔術を使って戦わないんだ?」

エルフ「使ってるわよ。いつも肉体を強化して戦ってるわ」

冒険者「そうじゃなくてさ。
 どうしてこの前の魔獣の時みたいに
離れた位置から攻撃しないんだ?
 離れた場所から攻撃できた方が有利だろ」

エルフ「そうね、あなたの言っていることは理にかなってるわ。
 最終的には海を隔ていても攻撃できれば最強ね」

冒険者「いや、そこまでは言ってないけど」

エルフ「でも、普通は魔術って発動までに時間がかかるのよ。
 いつでも有利とは言い難いわ」

冒険者「ふうん」

エルフ「そして何より私は複雑な魔術が苦手なの。
 七ツ道具のFMDSを使ってようやく人並みよ。
 この前に見せた炎の魔術があったでしょ。
 あれってエルフなら小ちゃい子でも使えるような初等魔術なのよ。
 算術で例えるなら九九のかけ算よ」

冒険者「九九のかけ算って何だ?」

エルフ「……。
 とにかく、戦闘において私の魔術は
身体強化ぐらいしか役に立たないのよ。
 それでさえも負担がかかってるぐらいだけど」

冒険者「なるほどな」





エルフ「よっ……と……」フラフラ

エルフさんは舟上で鍛錬をしていました。

冒険者「……どうしてこんなに揺れる舟の上で
逆立ちができるんだ?
 しかも片手でさ」

エルフ「鍛えてるから」フラフラ

冒険者(……そういう問題じゃないだろ)


冒険者「……でも鍛えてるって言う割には筋肉ないよな」

エルフ「余分な筋肉は必要ないのよ。
 筋肉が多いとエネルギーの消費量も多くなるし、
体も重くなるし良いことがないわ」フラフラ

冒険者「ふうん。
 まあエルフさんがムキムキなのも気持ち悪いけどな」

その様態を思い浮かべ、冒険者くんは苦々しく笑います。

一方、エルフさんは冒険者くんに得意げに語ります。

エルフ「戦いにおいて必要なのは
力を伝導するための柔軟性と骨の確かな硬さよ。
 的確な位置に的確な一撃を与えればそれで良いの」

冒険者「なるほどな」

エルフ「でも私は魔術で肉体を強化して戦うんだけどね。
あ、それと……」

その時、エルフさんは手を滑らせてしまいました。

エルフ「……あっ」グラッ

どぼんっ

冒険者「うおぉいっ!?
 ……エルフさんも時には失敗すんだなあ」

冒険者くんはそう言って海の中を覗き込みます。

エルフ「ブクブクブクブク……」

冒険者「……ちょっ、溺れてるのか!?
 ほらっ! 掴まれ!」





冒険者くんのおかげでエルフさんは何とか助かりました。

エルフ「……ねえ、驚愕的な事実を発見したんだけど」ビチョッ

冒険者「はい」

エルフ「私、泳げないみたい」

冒険者「みたいだな」

エルフ「今思えば、一回も足の着かない深さの川や泉に
入ったことがないわ。
 それなりに長く生きてるはずなのに」

冒険者「航海でそれは致命的じゃないか?」

エルフ「……そんなことはないわ。何とかなるわよ」

冒険者「……。
 それより早く着替えた方がいいんじゃねえの?
 風邪引くぞ」

エルフ「……反対側を見ていて。
 こっち見たら海に沈めるからね」

冒険者「へいへい」

エルフ「……助けてくれてありがとね」

冒険者「お、おう」

エルフ「……なに赤くなってるの?」

冒険者「なんでもねえよ。後ろ向いてるから早く着替えてくれ」

エルフ「……?」

冒険者(……礼を言われるのってなんかむず痒いな)





雨が降っていました。

雲が空の上を這うように流れていきます。

二人は七ツ道具MMA(魔力記憶合金)を
大きな傘の形にして雨を凌いでいます。

エルフ「……雨ね」

冒険者「……雨だなぁ」

エルフ「……暇ね」

冒険者「……暇だなぁ」

エルフ「ねえ、なんか面白い話してよ」

冒険者「なにその無茶振り。
 急に言われても思いつかないぞ」

エルフ「あなたの身の上話でもいいわ。
 あなたのこと、ほとんど知らないしね」

冒険者「俺のか? 面白い話ではないぞ」

エルフ「いいから話してみなさいよ」

冒険者「えーと、前にも話したと思うけど、
俺の故郷では魔獣を信仰してるんだ」

エルフ「ええ。
 人間たちの文化水準じゃ仕様がないのかもね」

冒険者「……それで、或る女が魔獣に捧げられて、
何をトチ狂ったのか魔獣は女を犯した。とんだキチガイだ。
 そんで人間と魔獣の間に子どもなんて普通は産まれないのに、
何の因果か女の腹には得体の知れないバケモノが宿っちまったわけだ」

冒険者くんはまるで他人事のように話します。
そうしないと辛くて辛くてどうしようもなくなるのです。

冒険者「魔獣は面白そうだからって女にバケモノを産ませた。
 そんで面白そうだからってバケモノを女に育てさせた。
 いっそ殺せばよかったのにな」

エルフ「……それで?」

冒険者「バケモノが生まれて間もなく母親が死んで、
バケモノはとあるジジイに引き取られた。
 このジジイがとんだ変わり者でな、
他のヤツらから離れた場所に住んで
魔獣を崇拝することも無かった」

エルフ「どうして?」

冒険者「ジジイは何も喋らないヤツだったから知らない。
 とにかくジジイは他のヤツらと交わろうとしなかった。
 それでもやっぱり繋がり無くしては生きていけないから、
バケモノを使い走りにしたんだ」

エルフ「……」

冒険者「バケモノは色んな人間に怖がられた。
 魔獣を信仰しているくせに、
ヤツらからは恐怖とか怒りのニオイしかしなかった」

エルフ「……」

冒険者「でもジジイからはそういうニオイがしなかったな。
 いや、体を水拭きすることさえめったに無かったから
すっげえ臭かったんだけどさ」

エルフ「……いい人なのね」

冒険者「そんなことはねーよ。よく怒鳴られたし殴られた。
 他のヤツらよりはマシだったけどな。
 ……あとジジイはよく言ってたよ。
『死んだら終わりだ。誰かを殺してでも生き延びろ。
 生きなきゃ何も出来ねえ。自分勝手に生きろ』ってな」

エルフ「……善良な教育者ではないわね」

冒険者「まあな」

エルフ「続けて」

冒険者「……その時の俺は——今もだけど——悩み苦しんでた。
 魔獣にもなり切れなくて、人間にも馴染めなくて、
自分が何なのか分からなかった。
 悩んで悩んで悩み抜いたけど、
自分がどうすれば良いのか全く分からなかった」

雨が少し強くなりました。

しかし冒険者くんの声は小さくなります。


冒険者「そんな或る時、ジジイが死んだ。……殺されたんだ」

エルフ「……誰に?」

冒険者「魔獣と村人たち。
 周りと馴染もうとしないジジイが前から疎ましかったみたいだ。
 ……ジジイはあいつらを嫌っていたけど何もしなかったのに。
 それなのに謂れのない罪で処刑されたんだ。
 もがれた首は村の真ん中に晒されてた」

エルフ「……そんなの酷いわ」

冒険者「だろ? それを見たら、なんか全部アホらしくなってさ。
 どこか違う世界を見つけるために海へと出たのさ」

エルフ「……」

冒険者「これで話はおしまいだ。
 どこも面白くねえな」

エルフ「本当ね」

冒険者「はは、手厳しい」

冒険者くんは嘯きますが、エルフさんは神妙な顔です。

エルフ「……居場所なら、どこにでも有るでしょ」

冒険者「どこに有るんだよ?」

エルフ「どこにでもよ。……すぐそばにも」


冒険者「……エルフさんが俺の居場所になってくれるってか?」

エルフ「言葉にしないでよ。風情がないわね」

冒険者「ははっ、俺にそんなものを求めるなよ」

エルフ「……それもそうね。強姦未遂のヘンタイだものね。
 それに美少女の顔を何発も殴ったクズ男だしね。
 しかも殺人犯。度し難いわね」

冒険者「返す言葉もございません」

エルフ「ま、私は何も気にしないことにするわ」

冒険者「……はっ! じゃあ、おっぱいを触っても
初犯になって罰が軽くなるのか!」ワキワキ

エルフ「…………」

エルフさんはため息を吐きます。



エルフ「ちょっと水遊びしてきなさい」ニコ



冒険者(……居場所か。……信じて良いんだろうか)

冒険者「……それより早くたすけてー!
 このままじゃ魔獣のエサになるゥゥー!」バシャバシャ




物語はここで一旦終わりとさせていただきます。


しかし、二人の冒険はまだまだ始まったばかりです。


二人はこれからも突き進んでいくでしょう。


未だ見ぬ世界へ。




おわり


尻切れトンボな感じでスミマセン。

実はまだプロローグに過ぎず、書き溜めも投下量以上あったりします。

しかし展開に詰まり、かつ時間的な余裕が殆んどないため、ここで完結とさせていただきます。

書き溜めが完成したら新しくスレを立てます。

計画性が無くてほんとにスミマセン…


【次回予告】

旅を続ける冒険者くんとエルフさん。

冒険の途中、行き着いたのは個性豊かな神さまの住まう異世界でした。

異世界で二人が(主にエルフさんが)大暴れ。

これには神さまたちも苦笑い。



続きはざっぱに書くとこんな感じです。
あんまり面白くなさそう!


ここまで見てくれて本当にありがとうございました。


次のタイトル決まったら教えて

マジで期待!タイトル決まったらここで知らせてくれたら嬉しいです!

おつ!おもしろかったよ

>>121>>122
タイトルは特に変えないと思います

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