雪歩「梅雨の晴れ間に」 (13)

季節遅れのアイマスSSです
※地の文あり 短い
書き溜めてあるのでさっくりいきます

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「少し、寄り道でもしていこうか」

 収録を終えたスタジオから出ると、綺麗に晴れた空が頭上に広がっていた。プロデューサーは片手に提げていた群青色の傘を所在なげに揺らすと、笑みの形に細めた目で私を見る。

「あっ、いいですね。お散歩しちゃいましょう」

 私、萩原雪歩の手にも白い傘が、退屈そうにぶら下がっている。ずっと雨続きだった中での突然の快晴に、私の心もらしくなく浮き立っていた。変装用に身に着けていた帽子と眼鏡を、訳もなく直す。

「決まりだね。適当に歩いて、のんびり帰ろう」

「はいっ」

 微笑むプロデューサーの横に立って、ゆっくりと歩き出す。私よりも、頭一つ分くらい背の高いプロデューサーだけれど、歩くペースはほとんど一緒だ。きっと合わせてくれているのだろうけれど、そっと寄り添うような靴音が、とても愛おしい。

「しかし、今日はずっと雨だという話だったのにね」

 見上げるプロデューサーは、眼鏡の奥で苦笑いを浮かべていた。大きく無骨な傘は、私の華奢な傘よりも重そうだ。

「プロデューサーは、晴れと雨、どっちが好きですか?」

 聞いてみると、プロデューサーは目を細めて考える素振りを見せた。うぅん、と短く唸る。

「難しいね。いや、そう考えるようなことじゃないのは分かってるんだけど」

「えへへ。改めて聞かれると難しいですよね、こういうことって」

 そうだね、と答えるプロデューサーは、まだ考えているみたいだった。本当に、そんなに考え込むようなことじゃないのに。

 いよいよ黙り込んで首を捻り始めたプロデューサーと並んで、雨上がりの道を歩く。道路のあちこちに出来た水溜りに日光が反射して、きらきらと光っていた。

 まるで私みたい。

 そんな思いが、自然に浮かんできた。私の行く道は輝いている。そう思えるのは、きっと。

 隣を一緒に歩くひとを見上げると、目が合った。プロデューサーは、猫がそうするように、ゆっくりと目を細めて微笑む。

 高鳴る鼓動を隠す為に、私は俯いた。髪で上手く隠れてくれているといいけれど、きっと頬も耳も、真っ赤に染まってしまっているだろう。

「……雪歩は、晴れの方が好きそうだ」

「え?」

 不意に聞こえたプロデューサーの言葉は私にとって意外で、思わずその顔を見上げた。プロデューサーはさっきと変わらず、優しく笑っている。

「何だか嬉しそうに見えるからね。……違ったかな?」

「い、いえ。違わないですけど、そのぅ……」

 僅かに曇るプロデューサーの表情に、反射的に否定の言葉を口にした。私が今喜んでいるのは間違いない。けれどそれは、空が晴れたからではない訳で。

『あなたと一緒だから、嬉しいんです』

 まっすぐにそう言えたなら、もっと違ったのだろうけれど。そんな私にはまだ、なれそうにない。だから適当な返事を考えて、頭を必死で回す。何と答えれば自然だろう。胸の内を悟られないように、俯いたままで仕立てよく繕った言葉を探す。

「じゃあ僕も、晴れてる方がいいな」

 けれど、私が誤魔化しを口にするより早く、プロデューサーが言った。その一言は、それだけなら何でもないただの言葉だけど、でも、会話の流れからすれば意味が違ってくる。

「えっと、それは、その……」

 私の考えすぎでなければ、プロデューサーは『私が晴れが好きだから』晴れの方がいいと言ったのだ。それは私が言いたかった言葉そのもので、それをこともなげに言えてしまうプロデューサーのことが、今だけは少し恨めしい。

 けれどそれ以上に嬉しくて、私は慌てて俯く。頬が熱くなるのを感じたし、何より不自然なくらいに口角がつり上がってしまうのだ。

 私は、プロデューサーと一緒がいいな、と思う。色んなことで。例えば本や映画、食べ物や色遣いの好み。好きな天気。プロデューサーが好きなものを私も好きでいたいし、私が好きなものを、プロデューサーが好きでいてくれるといいと願っている。

 もしかしたら、プロデューサーの言葉は、私が受け止めた程に深い意味はないのかもしれない。けれど、それでもよかった。僅かでも、プロデューサーが私と同じことを思ってくれているのなら、それはとても素敵なことだから。

 だから、それを伝えたくて、私は顔を上げて、精一杯の笑顔を向ける。

「私も、おんなじです」

 プロデューサーは軽く目を瞠って、私の顔をしげしげと見つめる。恥ずかしいけど、私も目を逸らさない。少しの間、歩きながらお互いを見つめ合い続けた。

 先に視線を外したのは、プロデューサーの方だった。くすくすと、音を立てずに肩を揺らすプロデューサーにつられて、私も笑う。

「やっぱり、嬉しそうだね」

「はいっ。……ふふっ」

 並んで笑い合って、雨上がりの道を行く。降り注ぐ陽の光が、道の遠くの方まで輝かせている。私の行く道は、きっと輝いている。隣を歩くひとが、雨の時だって照らしてくれるから。

 ふと思い立って、背後を振り返ってみる。急に立ち止まって後ろを見る私に気付いて、プロデューサーが一拍遅れて立ち止まった。

「何か落とした?」

 怪訝そうな声を上げるプロデューサーに向き直って、笑いかける。

「いえ。ただ、綺麗だなって」

 私たちが歩いてきた道も、水溜りは光を受けて煌めいていた。当たり前なのだけれど、私にはとても尊いことに感じられた。

「そうだね」

 背中に掛かる優しい声に、胸が高鳴る。同じ景色を見て、同じことを想っている。それだけで。

 一歩、後ろ歩きで進む。

 見上げなくても、横に並ぶひとは笑っていると分かる。私が笑っているから。

「行きましょう、プロデューサーっ」

 くるり、と浮かれ調子でターンをして、今度は前向きに歩く。寄り添うようにそっと、横を歩く靴音。

 同じ道を、同じ早さで。ゆっくりでも一歩ずつ、大切に。そうやって歩いてきた道は輝いていて、そうやって歩いていく道を煌めかせる。

「……いい天気ですね」

 何となく思い立って、ぽつりと呟いてみる。特別な言い回しではないし、気付かなくても仕方ないのだけれど、だからこそ、気付いてほしい。

「本当だね」

 返ってきた言葉には、何か秘密を共有するかのような悪戯っぽい笑みが添えられていて、高鳴りっぱなしの私の胸を、一際大きく打つ。

 歌の続きを二人でハミングしながら、のんびりと歩く。

 そのまま少し歩くと、分かれ道に出た。まっすぐ行けば事務所で、脇に逸れれば公園に着く。

「……」
「……」

 どちらともなく、当たり前のように脇道に入る。何だかおかしくて、声を忍ばせて笑い合う。目配せもなく同じ道を選べたことが、もう嬉しい。

 心が近くにあるんだね、なんて。言葉にするには大胆すぎるけれど。



おしまい

以上です。短い。

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