盗賊「コインの表と裏」 (146)

・地の文あり
・R-18表現が少しあります
・胸糞注意

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1436888380

その日は酷い土砂降りの雨だった。
川は氾濫し、彼が立ち寄った村は増水に伴い農作物は全て台無しとなったらしい。

酒屋「やれやれ、これで当分は王都からの仕入れに頼るしかありませんね」

客「全くだ。それでも収穫期の後だったのは幸いだよ」

酒屋「違いない。それよりもお客さん、勇者様たちのお話は知ってますか」

客「ああ、魔王城に辿り着いたらしいな!」

酒屋「ええ。以前に王都でお見かけした時から、使命を必ず果たされる方と確信しておりました」

客「かーっ! これから魔物もいなくなって平和な時代か来るんだな。なあ、アンタはどう思う?」

村の酒場では今日も勇者の話題で溢れていた。
客はケラケラと愉快そうに、一人離れた席に座っていた彼に声をかける。


盗賊「……さあ。どうだろうな」

低い、少し掠れた声で彼はさも興味なさげに答えた。
その風貌は旅人と思わせるもので、擦り切れた外套と深く被った帽子が特徴的だった。
黒、と表現するのが正しい。帽子の下の彼の表情は暗く、陰気な様子だった。

客「アンタ、旅人だろう。勇者様の話とかよく聞いたりしないのかい?」

盗賊「聞くさ。だが、大して面白味のある話ではないさ」

男はグラスを空にすると、数枚の硬貨を置いて席を立った。

客「けっ。なんでえ……ツレないねえ」

酒屋「まあまあ。それにしてもあの方……見た事ありませんか?」

客「ばーか。見ようにもでっけえ帽子マブカで被ってりゃ、顔も見れねーよ」


雨の日は嫌いだった。激しくなる程にズキズキと古傷が痛む。
宿屋でベッドに潜り、雨の音を不快だと耳を塞ぐ。

盗賊「…………独りとは、こんなにも寒いものだったかな」

寒い。手足の先がキンと冷えている。
冷えた指先を擦る。温まらない指先を擦る、その仕草は祈りの様にも見えた。

生まれは貧民街。天涯孤独の身であり、喧騒の中で生きてきた。
行く末は暗殺者か、野盗か。ならず者である事は確定していたと思う。

―――1年ほど前だった。

「やめなさい」

凛とした声があの日、彼を貫いたのだ。その声の主は白く、気高かった。
貴族の家へと忍び込もうとした彼を偶然に見かけた彼女は強く咎めた。


「何故、貴方は奪うのですか」

生きる為だと言った。

「ならば何故、貴族を殺そうとするのですか」

ヤツは何度も俺たちを殺そうとしたからだと言った。

「では、貧民街を救うと言ったならば?」

…………。

「その右手のダガーは、まだ綺麗でしょう」

根拠は、と言った。

「暗殺者と言うには、酷く手が震えていたので」

救えるのか、と言った。

「……勇者様ならば」

信じられるものか……。

「では、明日の同じ刻限に此処に来なさい」


翌日、同じ時間に彼は足を運ぶ。確りと右手にダガーを握りしめて。
角を曲がった先、貴族の屋敷の門前―――彼女と、もう一人の男がいた。

勇者「どうだろうか。これで君を……君達を、救えるだろうか」

男は柔和な笑顔で彼を見た。男の足元にはしょんぼりとした貴族が正座していた。
察するに男は”勇者”と呼ばれる英雄であり、貴族を何らかの方法で律したのか。

勇者「……君の名前は?」

……盗賊、と言う。


勇者「どうだろうか。魔王を倒す旅路……付いてくる気は、ないかな」

隣では白い女が凛とした顔で盗賊を見つめていた。
その視線には何処か懐かしい感覚にも襲われた――それは、何処だったか。

勇者「彼女の強い推薦でね。生憎と僕らは人出不足……二人での旅に限界を感じている」

しかし、何故……ケチな盗賊である俺を。

勇者「彼女の強い推薦だからさ。それに君をコイツから救った手前、お節介というヤツさ」

半泣きの貴族に少し蹴りを入れて、勇者は笑った。
相変わらず、彼女は凛とした表情だった。

勇者の気まぐれ。そして彼女――僧侶の強い推薦。こうして盗賊は彼のパーティに入った。
勇者は優しく、正義感の強い人間だった。故に、決して盗賊を仲間と心の底から認める事はできなかった。
彼が”盗賊”で彼が”勇者”だったから――まるで、光と闇の様に、相反する存在である様に。


ある日の宿屋での出来事。別室で僧侶は既に熟睡していた。
盗賊も微睡んでいた所、勇者の帰りが遅く心配になり探しに出た。
勇者は呆気無く、宿屋の裏手で見つかり剣の鍛錬をしていたので大事には至らなかった。

盗賊「勇者、そろそろ眠ったらどうだ」

勇者「ああ……。鍛錬は終わったし、そろそろ寝るかな」

勇者「僕にはこの剣が全てだ。魔法も大して強くはない……だから、頑張らないとね」

盗賊「まあ、少なくとも俺よりは有能な事に違いないさ」

勇者「君には助けられているよ。君は……僕に出来ない事を、やってくれる」

盗賊「……勇者、お前は英雄だ。世界を照らす光なんだ」

勇者「そういう所はやっぱり、分かり合えないのかな」

盗賊「……もう、寝るぞ」

不毛だ、と言わんばかりに盗賊は踵を返した。
その背中を眺める勇者の眼は……酷く、冷たかった。


翌朝、直ぐに朝食を済ませて街を出発した。
王から贈られたらしい、二人を乗せた馬車を勇者が馬に跨がり引いて行く。

僧侶「盗賊! どうして貴方はそう、だらしがないのです」

盗賊「うるさいな。お前みたいに、いつも気を張っていたら疲れるだろ」

僧侶「貴方は気を張らなさすぎるの。もう少し、勇者様を見習いなさい」

勇者「まあまあ。僕だって、いつも気張っているわけじゃないからさ」

背後の二人を笑いながら宥める。僧侶は不服そうに、顔を河豚の様に膨らませていた。


盗賊「お前達と旅をして数ヶ月だけど……僧侶、お前、意外に可愛いな」

僧侶「………なっ」

勇者「こらこら。盗賊、彼女は純情なんだからからかっちゃダメだよ」

盗賊「そりゃ悪かった。神に仕える聖女様は、この前にお前と言ったパブの姉ちゃんとは違うもんなあ」

勇者「………盗賊ぅ」

僧侶「へえ。私が寝ている時、そんな所へ言っていたのですか?」

笑顔が怖いとはこの事だった。盗賊は何時も中立の勇者を引きずり落としてやったとほくそ笑んだ。
どうせ死ぬならば道連れだ――そんな楽しい、旅の道中でも勇者と盗賊の間には溝があった。
だが少なくとも勇者は盗賊への対応が冷たい訳ではなかったし、盗賊も勇者を嫌いではなかった。

ただ、手段のお話―――勇者の手は汚れてはならず、盗賊の手は汚れなければならなかったのだ。
それは誰が頼んだでもなく、盗賊が進んで行った所業。勇者はそれを知りながらも、心根で否定する事しか出来なかった。

とりあえずここまで
案外短くなりそうです


ある日、僧侶と盗賊は街へ買い出しへと出ていた。
その間、勇者は魔王城の手がかりをと王城へと足を運んでいた。

盗賊「なあ、僧侶」

僧侶「はい?」

盗賊「あの時さ、なんで俺をパーティに入れようって勇者に言ったんだ」

僧侶「あー……」

盗賊「正直、人殺しはしてないけど俺は確実に真っ黒な人間だったんだぞ」

僧侶「ですが、眼は綺麗でしたから」

盗賊「そんな理由で、英雄勇者様のパーティの人選をして良いのかねえ」

僧侶「……まあ、勇者様風に言えば……お節介、でしょうか」

それは―――気まぐれ、という意味なのか?
盗賊はそれを声に出すまいと堪える。勇者の”お節介”と僧侶の”お節介”は全く別物である事は察するに容易だ。


僧侶「実を言えば、貴方の事を知っていたからでしょうね」

盗賊「なんだって」

僧侶「黒い外套の盗賊と言えば、王都では有名でしたから――ね、盗賊」

盗賊「……マジか」

僧侶「人は殺さない、されど風の様に盗んで行く……ええと、確か」

盗賊「やめろ、やめてくれ」

僧侶「人呼んで、黒い旋風」

盗賊「ぬがーっ!!!!」

僧侶「くすくす。まあ、特徴的な風貌でしたから。真っ黒な外套と帽子、それに人殺しに慣れてない感じ」

盗賊「……くそ、忘れたい過去だな」

黒い旋風。黒い外套と帽子を身につけ、風の様に物を盗んでいく――貧民街では一躍有名人ではあった。
とはいえ誰かが名づけた二つ名。当の本人は大変不服だった。


僧侶「いえいえ。私は好きですよ、その二つ名――それに、とても格好良く思います」

どきり。

僧侶「それは褒め称える称号ですもの。貴方は命を奪わず、見境なく盗みを働いていたわけではなかったでしょう?」

どきり、と胸が高鳴る。いつからか、僧侶の笑顔に胸が痛む様になったのは。
自分が黒い旋風なら、彼女は白の―――いや、やめておこう。

盗賊「ふん。でもなあ、盗みが好きでやってた部分もあるぞ」

僧侶「そうなんですか?」

盗賊「ああ、貴族のヤツらはしこたま珍品抱え込んでるからな。必然的に、お宝は好きになるさ」
「例えばコレなんて、見た目程の価値もない偽物でな……賢者の石、らしいぞ!」

盗賊は外套から一つの石を取り出した。見窄らしい、それは唯の石に見える。
実際、鑑定も行ったが唯の石である事に間違いはなかった。賢者の石とは名ばかりの贋作だった。

僧侶「でも貧民街のみんなの為に、そんな贋作以外は大体を売却してしまうんですよね」

盗賊「くっ……そう、だな。値にならないもの意外は、売っ払う……」

話を反らしたかったのに、反らさせてくれなかった。なんと、手強い女だろうか。

僧侶「流石、黒い旋風様ですね」

盗賊「やめろ!!くそ、誰だ変な二つ名つけたヤツはーっ!」

くすくす、と笑う彼女は盗賊の手の石を手に取り、何やら神妙な面持ちで目を瞑る。

僧侶「……はい、これでおまじないを掛けておきましたから」

盗賊「なんだよ、それ」

僧侶「だから、おまじないです。盗賊が自分の為に持っているモノなら、貴方を守ってくれそうじゃないですか?」

盗賊「贋作の石がか?」

僧侶「私の念がこもっていますよ」

盗賊「なるほど、そりゃ効きそうだ……」

やれやれ、と石を返してもらい懐に仕舞う。
彼女のおまじないが掛かっただけで、こうも頬が緩んでしまうとは―――。


旅を続けて半年近く。新たに仲間が増えた。エルフの里を訪問した際、一人のエルフを魔物同士の抗争から救った。
それを機にエルフの里は魔王軍へ反旗を翻し、その使者として彼女――魔法使いを仲間として迎え入れる様に彼らに頼み込んだ。

魔法使い「ねえ、盗賊さん。勇者様と、僧侶さんってデキてるの?」

盗賊「あ?」

魔法使い「おっと……盗賊さん、僧侶さん狙いなのね」

盗賊「そんなんじゃない……」

魔法使い「ふーん。いやね、最近夜中に僧侶が出歩いてるからさ……勇者様と会ってるのかなって」

盗賊「俺という考えはないのか」

魔法使い「微妙」

盗賊「……まあ、僧侶もまだ若い。年頃の女なら、恋のひとつやふたつ……」

魔法使い「もしもーし。ぶつぶつ言いながらダガーをくるくる回すのやめて」

彼女が勇者と……そう考えただけでも、沸々と何か言いようのない感覚が渦巻いた。


魔法使い「私はさ、勇者様に助けられて、魔王に歯向かう事を決めたからね……ちょっと、妬いちゃうなあ」

盗賊「お前、勇者のこと?」

魔法使い「うん。好きなんだろうね。僧侶さんか、手強いなあ」

盗賊「一応、お前って魔族だよな」

魔法使い「別に人間に恋しちゃいけないルールはないよ。それに相手は勇者様なら、長老も大歓迎じゃん」

真っ直ぐな瞳は、恋い焦がれた女のそれだった。
短い期間とは言え、エルフの里での一件以来彼女は完全に勇者にお熱だ。
魔王の差し向けた軍勢から守り抜き、捕らえられた彼女を救ったのは勇者だった。

盗賊「救われたから、惚れるか……」

魔法使い「なんか言った?」

盗賊「別に。さあ、さっさと買い出しを終わらせよう」

早く、宿に戻って僧侶の顔が見たかった。
それは先程までの胸の高鳴りではなくて、魔物と対峙した時の感覚に似ていた。


その日の晩、魔王城までの進路が決まった。
その日から道中の魔物は格段に強さを増していった。

勇者は剣技は勿論のこと、魔法もめきめきと上達していった。
僧侶は回復魔法、補助魔法とみるみるうちに習得していく。
魔法使いは流石、エルフの血族だ……彼女の魔法は魔力のない盗賊からすれば魔王の様に見えた。

では、盗賊はどうだろうか。勿論、彼も成長を重ねていた。
その疾さには磨きが掛かり、最早誰にも追いつける存在ではなかった。
彼の弱点を見抜く力により、魔物は即座に致命を受けざるを得ない。

だが、彼自身に致命を貫く力はなくて、彼は最近では補助に回る事が多かった。
魔物の弱点を見抜き、それを勇者や魔法使いが攻撃……そして、倒し損ねた的を盗賊が刈り取る。

しかし、彼はそれで良かった。パーティでの役割は戦闘にのみ存在するものではない。
彼の使命は勇者一行を円滑に魔王城へと届ける事。その為ならと自らの手を何度も汚し続けていた。
勇者達には成し得ない事。つまり、勇者達へ牙を剥く人間の排除。

それは僧侶は勿論、魔法使いも知らず――勇者だけが、感づいている。
だが勇者は何も言わなかった。盗賊の行いが必要ではあった。だから、やはり、心根で否定するしかできやしない。


ある日の晩の出来事だった。
その日はとても月が綺麗で、相変わらず勇者は鍛錬に出かけていた。

盗賊がぼんやりと、夜風に当っていると女部屋の扉が開く。

僧侶「………あ」

盗賊「ん……なんだ、僧侶か。また寝てないのか」

僧侶「少し寝付けなくて。夜風に当たりに行こうかと思って……」

少し、伏せ目がちにそう答える彼女の姿は何処か淫靡に思えた。
以前、魔法使いが言っていた言葉が脳裏に蘇る―――まさか、と。

盗賊「……一緒に行っちゃ、悪いかな」

思わず、口をついて出た言葉。それは絞りだすような、少し掠れた声だった。

僧侶「え?」

盗賊「……悪いな、聞き逃しといてくれ」

バツが悪そうに盗賊は頭を掻いて、部屋に戻る。
僧侶は少し、戸惑いながらもその背中に声をかける事はなかった。

盗賊「これで勇者が部屋にいるなら、こんなに溜息もでないのかね……」

2つあるベッドはどちらも空だった。
薄々は感じ取ってはいた。勇者が鍛錬と言いながらも朝方まで帰ってこない事も多くなった。

いつからだろう。自分に言い聞かせる様になったのは……。

彼女には、彼がお似合いだと。


―――やるべき事を、やればいい。

勇者と僧侶が戻って来たのを確認した後、盗賊は夜明け前の街へ繰り出していた。
目標はやはり腐った貴族。己が利益の為に、人類に牙を剥く外道。

「……たす、けて」

盗賊「残念だが、聞けないな」

ざくり。ダガーが肉を斬る感触が手に伝わる。
物言わぬ亡骸となった”それ”を尻目に溜息をついて、盗賊は屋敷を後にする。

人類の敵は魔族のみではないという事が分かった時、盗賊は人の命を刈る事を覚えた。
人間の中にも魔族と手を組む外道は多く居た。そういう輩は勇者たちを罠に嵌めようと画策するものだ。

魔法使い「……見ちゃったよ、盗賊さん」

盗賊「……見てたのか」

魔法使い「眠れなくて、さ」

屋敷を出た所で、思わぬ声に肩が震えた。魔法使いは少し、眠たげな眼を細めていた。
内心、しまったと動揺はしていたが僧侶ではなかった事が安堵感を与えてくれた。


魔法使い「……人間も、人間を殺すんだね」

盗賊「そうだ。人間が必ずしも、魔族の敵と言うわけではないという事だな」

魔法使い「いつから?」

盗賊「……旅を始めて三ヶ月くらいからか。こうして、俺は手を汚して来たさ」

魔法使い「一人で?」

盗賊「言えると思うか。出来ると思うか。あの二人に」

魔法使い「だったら、私にも言ってくれれば良いのに」

盗賊「……これは、俺の役目なんだよ。お前たち、三人を魔王の元に無事に送り届ける」

魔法使い「………」

盗賊「俺は弱い。お前たちに比べて、な……だから、やれる事をやってるまでさ」


魔法使い「……知ってるの、二人は」

盗賊「勇者はとうの昔に感づいている。何度かそれとなく咎められはしたけどな」

魔法使い「……じゃあ、僧侶さんは」

盗賊「知らないだろ。知っていたら、どうなるか分かっているだろ」

魔法使い「そっか。じゃあ……秘密にしなくちゃ、ね」

盗賊「………悪いな」

魔法使い「私はエルフ……魔物だから。人間を殺す事に、そこまで抵抗はないよ?」

盗賊「言ったはずだぞ。これは俺の役目だ―――お前たちは、称えられなければならない」

キレイ事ばかりで旅は完遂出来ない。
ならば、汚れるのは最低限の人間だけでいい。

魔法使いは不満気に口を尖らせて、何も言わずに宿屋へと戻っていった。
嫌われただろうか。それでも盗賊はこの役目を辞める事はないと確信していた。


勇者「―――大雷撃魔法!」

魔法使い「いっけーっ! 大火炎魔法っ!」

二人の魔法の前に魔物の軍勢は塵芥と化していく。
されどうじゃうじゃと雲霞の如く――その数は減る様を見せない。

盗賊「くそ……この村事態が、罠とは思わなかった……な……」

僧侶「盗賊、今は話さないで……身体を、休めてください!」

立ち寄った村で、一行は窮地に追い込まれていた。
村は魔物の巣窟であったが、それを気づかせないだけの活気があった。
村人は優しく、笑顔の絶えない村だった―――だが、全てが一行を陥れる為だけの布石。

魔物「ぎゃはははは! どうだ、どうだ我らが智将の策は! 貴様らにも見抜けまい!」

軍勢たちが嘲る。勇者の歯ぎしりが確かに耳に届いた――盗賊は、僧侶の後ろで俯く。
不覚。その一言に尽きる。僧侶が回復魔法を翳してくれている、腹部を抑えながら盗賊もまた歯ぎしりした。


遡ること数時間前。
盗賊の早朝、一番の早起きだった。村はやけに活気がなく、人っ子一人出歩いていない。
不審に思いながらも宿屋から出ると一人の男に声をかけられた。

「勇者様一行はこちらに?」

盗賊「ああ、そうだけど。何か用か―――っ!?」

盗賊が言葉を終わらせる前に、彼の腹部には深々と長剣が刺さっていた。
口から血を吹き出し、男の顔を見る。その顔は、憎らしいほどに柔和な笑顔だった。

「やりました、やりましたよ魔王様! 我々の――勝利でございますう!!!!」

長剣を抜き取ると、男は魔王の名を叫びながら、声高らかに宣言する―――勝利を。
その雄叫びに呼応してか、村人たちがどこからともなく現れる。
あっという間に宿屋は囲まれ、盗賊は膝をついて村人たちを睨む。

「ははは、後はあの三人だけですね」

「これで我々も、魔王様の血肉となれるのですね」

「ですよね、智将様!」

村人を掻き分け、人間型の魔物がゆるりと歩いて来た―――その冷酷な眼差しが、鼻につく。

智将「そうだ、人間ども。これでお前たちは……魔王様の眷属となる事を許されるのだ」

「うおおおおお! ありがたや! ありがたや!」

……狂っている。魔物と通じる人間が居るのは知っている。何度も始末を繰り返してきた。
だがしかし、ここまで大規模に通じていた等とは思いもしなかった―――まるで、宗教の様な。

智将「盗賊、と言ったかな。貴様が一番厄介だった。人間を使い、お前らを始末しようとしてもしくじるばかり」

盗賊「と……ぜん、だな……まぬけ、め……」

智将「だがな、この村は魔王城の近くと知っているだろう。ならばこそ、人間が生きていられる環境なものか」
「故に、我らが生かしているのだ。そこまで頭が回らなかったのかな、黒い旋風とやら」

盗賊「お前にだきゃ……呼ばれ、たくないね……」

智将「ふふ、誇るが良い。勇者は勿論だが……魔族の間で有名だぞ、貴様の名は」
「我らの駒の人間を屠る上に、弱点を付くのが上手かろう―――窮鼠とは、先ず殺さねばな」

氷の様な表情がぎしりと歪む―――智将の手に魔力が灯る。

盗賊「……ちっ、甘ぇんだよ、ナメんじゃ―――ねぇ!」

外套の中に手を入れ、ダガーを取り出そうとした刹那――奔る、雷撃。

智将「む……っ!」

「ひぃいぃ」

「ぬわああ」

勇者「……やってくれるじゃないか、お前ら」

ばちばち、と右手に放った雷撃魔法が余韻を残していた。
盗賊を守る様に、その雷撃魔法は智将を含めた村人達を拘束する様に麻痺を帯びていた。


盗賊「よぉ……お寝坊さん」

勇者「すまない……僧侶、頼む」

僧侶「大回復魔法!!」

じわり、と傷が急速に修復を始める感覚に顔を曇らせる。
どうやら命拾いしたらしい。二人で登場、というのにはなんとなく釈然とはしないが。

魔法使い「わわわ、智将! やばいって~!」

智将「ほう。裏切り者のエルフか。お前には魔王様から言伝があるぞ」

遅れて現れた魔法使いが智将を見て顔を青ざめていた。
それを見て、心底愉快そうに智将は口元に手を当てていた。

魔法使い「何よ……」

智将「勇者の次は貴様らの里だ、とな」

魔法使い「―――――っ!」

魔法使いの顔が歪む。魔王の恐怖は、魔族である彼女がよく知っているのだろう。


智将「まあ良い。先ずは貴様らだ……二人、削ったも同然だ」

勇者「何を……」

智将「盗賊。貴様の傷……易々、治癒出来ると思うか?」

盗賊の腹部に激痛が奔る。回復魔法を受けてなお、傷は治りが遅く……それどころか、徐々に傷が広がりつつあった。

僧侶「そんな……回復がおいつかないなんて!」

智将「あの長剣には呪いが込められている。なに、死にはしない。僧侶、貴様が回復を確りとかけ続ければな」

僧侶「くっ……大回復魔法、大回復魔法!」

僧侶が魔力を更に込め始めて、漸く傷は広がるのを停止した。
完治させるには、更にかけ続けなければならないのだろう―――つまり、僧侶と盗賊は身動きが取れない。


勇者「貴様―――許さないぞっ!!!」

智将「許さんのはこちらだ。魔王様に歯向かう屑共。絶望の中で、嬲り殺してやる」

智将の言葉と同時、村人達の足元から”大きな口”が現れた。
悲鳴と共に村人達は飲み込まれ、咀嚼され―――やがて、奇形の魔物の形へと成した。

智将「嬉しかろう。魔王様の眷属として、存分に働け」

魔物「ぎゃははは、ぎゃははははは――――良い気持ちだなあっ!!!」

魔法使い「そんな、人間を魔物に……!」

僧侶「………二人とも、気をつけて」

勇者「ああ……こんな外道に、人間を殺す外道に俺たちは負けない!!」

――――人間を殺す外道、か。
治療を受けながら、盗賊は勇者の言葉に苦虫を噛み潰した様な顔になってしまう。

この失態は自分の責だと感じている。もっと卑劣に、疑り、村人を始末していれば。
もっと密に調査を重ねていれば―――こんな危機に陥らなかったのに。

例え、勇者に外道だと思われていたとしても。
例え、魔法使いに嫌われてしまったとしても。
例え、僧侶に蔑まれたとしても。

盗賊「……ちくしょう」


――そうして、戦いが始まり。
勇者と魔法使いが魔法を連発し、軍勢をなぎ払い続けていた。
軍勢の奥で智将はほくそ笑んでおり、じわじわと軍勢が数を減らしつつも焦る様子はなかった。

勇者「キリがない……が、確実に数は減っているぞ!」

魔法使い「ええ、こいつら一匹一匹は大して強くないわ」

そう、一匹一匹は村人たちが魔物へと変貌したもの。
これまでの道程で遭遇した魔物と比べれば、格が落ちる。

だがしかし、その奥に鎮座する智将は―――果たして。

智将「ふむ。中々やる……そろそろ頃合いか?」

にやり、と智将の口元が歪む。
宿屋に避難し、治療を受け続ける盗賊と僧侶はその表情を見て背筋に悪寒が走った。


盗賊「何を考えてやがる、あいつ……」

僧侶「……今は、信じるしかありません」

嫌な予感が、当たらなければいいのだが―――その瞬間、智将が吠える。

智将「さあ、貴様ら――― 一斉に、掛かるが良いぞ!」

智将の一声に、魔物達が集中的に魔法使いを狙う。
勇者を素通りして、魔物たちは死をも恐れんと魔法使いへと攻撃を繰り出す。

魔法使い「くっ……やってやろうじゃないの……っ!」

勇者「はあ、はあ! 魔法使い、今助けるぞっ!」

智将「勇者よ、よそ見かな?」

刹那、勇者の肩に智将の手が置かれた。
勇者が振り向いた時には、音もなく智将は真後ろに佇んでいた。

勇者が振り向き様、剣を薙ぐ――されど、幻影かの様に智将は掻き消える。


智将「おお、鋭い一閃だ。やはり貴様は……私、一人で戦うに限るな」

勇者「なに―――ぉ」

掻き消えた幻影はまた勇者の背後に現れ、今度は瞬きの後に智将の姿が掻き消えた。

――――勇者と、共に。

魔法使い「勇者様ぁ!!」

僧侶「そ、そんな……!」

盗賊「マジか、おい……くっ、まだ治らないのか!」

パーティを絶望の色が染める。
未だ多くの魔物は健在。魔法使いはなんとか数を減らし続けている。
盗賊の治療もあと少しで、完了すると思われる―――だが、勇者が智将と共に消え去った。

それが、どれだけの絶望だろうか。
盗賊は焦りながらも、腹の傷の癒やしの速度が徐々に遅くなっていくのを感じていた。


……結論から言って、勇者は無事だった。
完治した盗賊を筆頭に、三人は辺りを散策し――彼らが勇者を発見した時には、彼の足元に智将の亡骸があった。

勇者「………手強い、敵だった」

勇者の肩には盗賊の腹と同じような刺し傷があったが、盗賊の様な呪いを帯びている節はなかった。

僧侶「勇者様、よくご無事で……」

魔法使い「でもすっごいね。一人で幹部……てか、側近を倒しちゃったんだ」

勇者「側近なのか……道理で、手強いわけだ」

盗賊「はあ……マジで、心配したぞ」

勇者「悪かった。まだまだ修行が足りないって事だね」

僧侶「ほんとに、心配しました。とりあえず……戻りましょうか?」

魔法使い「そうだね。多分、村人は全員……」

勇者「……魔王信仰者、か」

三人が沈痛な面持ちで誰もいなくなった村へと歩を進めていく背後、盗賊は智将の亡骸をじっと見つめていた。
勇者と智将の戦いは壮絶だったのだろう。智将の四肢は欠損し、辺りには夥しく血液が散っていた。


盗賊「笑顔……?」

引っかかるのは、智将の表情―――それが、さも勝利したかのような”笑顔”だった事。

盗賊「おい、勇者。本当に大丈夫なのか?」

勇者「ああ、大丈夫だよ。僧侶が回復魔法をしてくれたら……直ぐに完治するさ」

僧侶「もうやってます」

魔法使い「歩きながら回復魔法とは器用な……」

盗賊「なら、いいけど……」

何かが、引っかかる様な―――。

盗賊「………ん?」

智将の手に、真紅の刃を持つダガーがあった。
それは鋭く、まるで呪いを帯びたかの様な血塗れのダガー。


盗賊「……これが、お前の武器だったのか?」

智将の手からそれを取り、盗賊は”鑑定”を行う。
盗賊は鍛冶屋の真似事が出来た。本職に遠く及ばずとも、武器の性能する程の審美眼は持ち合わせていた。

盗賊「耐久性は、皆無だな。一度刺したらぶっ壊れそうだ」

だがその刃は禍々しく、威力は尋常ではなさそうに思える。
少なくとも、盗賊の所持する愛用のダガーよりは圧倒的に。

僧侶「盗賊? 置いていきますよー」

盗賊「あ、あぁ……悪い、直ぐ行く」

盗賊は真紅のダガーを懐に、勇者たちの後を追う―――戦利品として、貰っておこうじゃないか。


一行は更に魔王城への旅を続ける。あれ以来、智将以上の手強い敵は現れなかった。
盗賊が不安に思っていた、手を汚し続けていた件についても僧侶は智将の口からの言葉は聞いていなかったらしい。
唯一、勇者と魔法使いだけがそれを知っている。それでいい、それで良かった。
あの村に帰った後、僧侶が村人だったモノの前で涙を流していたのを見て、再確認できた。

魔王信仰者と言えども――彼女にとっては、人間なのだ。

(つ∀-)


崩壊はある日、突然やってくるのだと知らしめされる。

あの村での出来事以来、何時も以上に敏感に盗賊は自分たちに牙を剥く人間を狩っていた。
その甲斐もあってか、一行は”人間”の妨害は少なく、魔王城の手前まで来る事が出来た。

魔王城の近くとはいえ、人間の集落は確かに存在する。
だがしかし、そこは魔王信仰者の巣窟でもある。故に彼らは身分を隠し、行商人と偽り停泊していた。
そして勇者の存在に勘が良く、気づいた魔王信仰者を……盗賊は今日も狩っていたのだった。

魔法使い「おかえり」

盗賊「なんで起きてるんだよ」

魔法使い「私達の為に働いてる、盗賊さんの為じゃない」

盗賊「……そうかい、じゃあもう寝るんだな」

素っ気なく言い捨てて、男部屋へと足を運ぶが――袖を、魔法使いに握られる。


魔法使い「駄目。今は……駄目だよ」

盗賊「……なに?」

魔法使い「ね……駄目、なんだよ」

様子がおかしいと盗賊は目を細める。魔法使いは少し悲しげに、笑顔を浮かべていたが。
微かに耳に声が届いた――これは、女の嬌声か。

「………ぅぁ、ゆっ、しゃ様っ! だめ、だめです……っ!」

「そん、な……はげし、あん! やぁ、奥は―――んぅ!」

盗賊「………魔法使い、ちょっと風に当たりに行くか」

魔法使い「そうだね。うん、賛成だよ」

扉の奥、肉と肉が交わる水音が耳に纏わりつく―――不愉快だな、と盗賊は奥歯を噛む。
魔法使いの手を引いて、急く様にその場を後にする。


宿屋の近く、水辺へと二人で座り込んで溜息をついた。
二人が好き合っているのが、薄々は気づいていたが――こうも、明確に誇示されると堪える。

魔法使い「変なの……なんで、わざとバラすみたいにやるんだろ」

盗賊「まあな。好き合っている、とも宣言もしていない割に……俺達を不眠症に仕立てあげようと、してるな」

魔法使い「実はね、今日だけじゃないんだよ」

盗賊「………」

魔法使い「盗賊さんは、夜中に……いないから、知らないかもだけど。最近は、毎日の様にあんな感じ」
「あの村での、後くらいからかな。最初は男部屋に僧侶さんが、行ってた……」

だとすれば、自分は彼らがまぐわった場所で睡眠をとっていたという訳か。
そう考えると気分が非常に悪くなる。


魔法使い「でも、最近ちょっと酷くて……勇者様、女部屋でもするようになってさ」
「僧侶さん、頑張って声殺すんだけど、まあ無理じゃない? それでもうなんか、辛くてさ」

今日こそ男部屋だったが、最近は女部屋で情事に移る事が多いのだろう。
その度に魔法使いは寝た振りを続けて来たのだろう。

魔法使い「だからさ、半分は盗賊さんを待ってたんだけど。もう半分はあの声が嫌だから、逃げて来ちゃった」

盗賊「………そうか」

脳裏に浮かぶ僧侶の凛とした姿。それは今はもう、淫靡に堕ちてしまったのか。
諦めた、とは言え一度は惚れた女性のそういった姿形は見たくなった。
愛し合っているならば健全な事だ―――だが、それでも彼女を穢された気がしてしまった。

盗賊「お前、辛いだろ」

魔法使い「盗賊さんこそ、辛いでしょ」

辛くない、と言えば嘘になるが。しかしもう諦めたのだ。魔法使いよりはダメージは少ないだろう。

魔法使い「はあ……なんだか今日は、月が綺麗に見えないね」

盗賊「そうだな。あんなに、綺麗だったのにな」

青白く照らす月は――何処かやはり、不愉快な顔をしていた。


それから毎晩、盗賊の帰りを待つ魔法使いと夜風に当っては二人が寝入った頃にベッドに帰る日々が続いた。
勇者が女部屋へ行く時は魔法使いはそれとなく、僧侶に事前に聞いて外出していた。

そんな旅が続けば……崩壊する事は、自明の理か。

盗賊「勇者、話がある」

勇者「………なに?」

馬車を停めて、僧侶と魔法使いが川で水浴びをしている間に勇者を離れに誘う。
どうにも智将での一件以来、勇者は少し荒んだ様に思える。

言葉の端々に棘が見え、それを隠す気にもない様に見受けられた。

盗賊「少しは、魔法使いの身にもなってやれ」

勇者「なんの事かな……はっきり、言えば」

盗賊「アイツは、お前が好きだった。だけど別にお前が、僧侶とつがいになろうがそれは勝手だ」

勇者「……」

盗賊「勝手だけど……見せびらかす様に、僧侶とまぐわるのはやめろ」

勇者「聞き耳を立てる方が悪いとは、思わないかい。僕らに外で犬みたいに、まぐわれと?」

盗賊「耳栓でもつけて、寝ろってか? そもそも僧侶は嫌がっていないのか」

勇者「僧侶が気になるの?」

盗賊「別に。とにかく、魔法使いの事も考えてやれ」

勇者「ふふ……分かったよ」

本当に分かったのだろうか。勇者は少し、苦笑しながら頷いていた。
しかしこれ以上、追求しても雰囲気が悪くなるだけか――盗賊はこれ以上、何も言えない。


その日の晩の事だった。
最後の街にて、四人は確りと魔王城への対策を練っていた。

勇者「――――以上、こういう風に攻めたいと思う」

簡潔に言えば勇者が先行し、残る三人は補助に回るという作戦だった。
確かに勇者の最近の成長は目覚ましく、一人で充分ではないかと思う時もある程だ。
魔法においては魔法使いを超え、回復においても僧侶を超えていた。
元より疾さを除けば盗賊など足元にも及ばない。

僧侶「……いよいよ、ですね」

魔法使い「ん、そうだね」

盗賊「……」

もうすぐ、この旅が終わる。長い様で、短いこの旅路が。
思い返せば多くの事があった。それは思い返すには時間が足りない程に。

勇者「明日、早朝に出発する。此処から1日も経たずに魔王城には到着するはずだ」

盗賊「この街が最後の補給地点か」

ちらり、と僧侶を見る。相変わらず凛とした表情だ――だが、淀んだ瞳になった。
聖職者の瞳をしていない。だが、それが愛に堕ちた者の末路なら何も言えやしない。


僧侶「……では、確りと準備をして明日を迎えましょう」

言うや否や、僧侶は自室へと向かう。勇者はその後を追い、何やら耳元で囁く。
少し驚いた様に、僧侶は勇者へと振り返る――そして、思いつめた様に盗賊を見て。

魔法使い「……」

盗賊「どうかしたか、僧侶」

僧侶「……いえ、別に」

勇者「はい、じゃあ解散。今日は早く寝ようね」

……よく言う。盗賊は内心、怒りにも似た溜息をつきながらベッドへと向かう。


―――その晩、やはり勇者は起き上がり外へと出た。
盗賊は行ったか、と溜息をつきながら彼もまた外出の準備をする。

魔王信仰者にバレてはいないだろうが、この宿屋を見張るくらいはせねばなるまい、と。
軽く身支度を済ませて、扉へ向かう。恐らく、魔法使いも外に居る事だろうし、二人で見張りをするのも良いだろう。



僧侶「……どこか、行くのですか?」



扉に手を掛けようとすると、逆に扉は一人でに開いて――居るはずのない人間が、顔を出した。


盗賊「……見張り。ていうか、なんで此処にいるんだ。勇者は……?」

僧侶「まあ、良いじゃないですか」

盗賊「……」

何か、はぐらかされた気がするが――とん、と胸を僧侶に押されて、少し後退する。

僧侶「最近、盗賊は私を避けますね。何か、したでしょうか」

盗賊「……そんなつもり、ないんだけどな」

もう一度、とん、と押される。少し後退する。

僧侶「……勇者様と、私の事が原因ですか?」

盗賊「……」

何も言えず、また押されて少し後退する―――ベッドへとぶつかり、腰を降ろしてしまった。
僧侶が盗賊を見下げている。その瞳はあの日に感じた射抜く様な、凛としたものとは真反対のモノだった。


僧侶「最後の夜くらい、私に、優しくしてくださいませんか」

盗賊「……お前は、勇者と好き合っているじゃないか」

僧侶「あの人は、私が支えなければならないのです。だけど、私は貴方に嫌われたく……ないのです」

盗賊「嫌ったり、していない。だけど、お前の今の言葉は唯の淫婦にも等しいこと理解しているか?」

僧侶は涙ぐみながらも、こくりと頷いた。
沸々と怒りが湧く。この人をこんな風にしたのは、あの男だから。

僧侶「勇者様を嫌わないで。あの人にも、あの人だけの苦悩がある。あの人の分まで、私が謝ります」
「この身を捧げろ、と言うのなら……貴方になら、抱かれても良いです」

聞いていられない――自分が惚れたのは、あの日の月の様に綺麗な、僧侶だ。


「―――――ぁ、め」



隣室から、叫び声が聞こえた。



「――――ん、ぁ」



まさか、と立ち上がろうとするが僧侶は盗賊の肩を強く抑える。

盗賊「……お前、そこまで堕ちたか」

僧侶「貴方に此処で抱かれる様に言われました。今日は、勇者様は……あの子、と……」

盗賊「お前は、それでいいのか」

僧侶「……勇者様が、そう仰るなら」

盗賊「―――――はは、狂ってるじゃないか」

愛は人を狂わせるのか。それとも元からこの人は、狂っていたのだろうか。
それに隣室から聞こえる喘ぎは、決して嫌悪の声ではない。
結局、女は愛に忠実か―――魔法使いもまた、愛される事を望んだと言うのか。


盗賊「悪いが、俺は惚れた女しか……抱かないんでね」

僧侶「……私は、違うと」

盗賊「確かに惚れていたけど。今の僧侶には失望したよ」

僧侶「……そう、ですか」

盗賊「俺の知ってる僧侶は、もっと崇高だった―――あの日、俺を救ってくれたのは、お前なのにな」

僧侶の手を振り払い、外へ出る。隣室の二人の邪魔をするつもりもない。

これで良いのだろう。四人のうち、能力に劣る自分だけが孤立したとしても大して魔王討伐の妨げにはなるまい。
世界平和などというものをガラにもなく目指していた。その実現のみが、勇者パーティの目的だ。
故に、個人的感情で輪を乱したりはしない。そう、使命を放棄したりはしない。


数時間、外の風に当って呆けていた。
途中、魔法使いが外へ出て来て、申し訳がちに「ごめん」とだけ呟いた様だった。

盗賊は特に反応する事もなく――情事の終わりを感じて、自室へと戻った。
勇者が明け方、盗賊の隣のベッドへと潜る頃まで、彼は眠れなかった。

盗賊(……旅が終われば、どこに行こうか)

寝息を立て始めた勇者の隣、盗賊は思案に耽る。
今となってはこのパーティへの信頼感というのは皆無に等しかった。
既に勇者を愛する二人と、孤立した便利屋の自分だけ。

盗賊(魔王は……きっと、勇者なら倒せる……)

ならば、魔王を倒した後はどうする。
この三人とこれから先にも付き合い続ける気にはどうもなれなかった。


盗賊(俺は僧侶に救われた。勇者の為にこの手も汚した。魔法使いも大事な仲間だった)

だけど、盗賊の心は今、濃霧に包まれた様な感覚に染められていた。

盗賊(………早く、魔王を倒そう)

全てが終われば、一人旅に出よう。
魔王を倒した後も、きっと平和を乱す者はいるはずだから。

盗賊(まるで俺が勇者みたいだな)

神の信託はなぜ自分を選んでくれなかったのだろうか。
もし、自分が”勇者”ならば、などと考えてしまう。

本当にそうだったなら―――誰もが、笑顔でいられた気がしていた。


翌朝、起きれば盗賊を除いた三人が談笑していた。
盗賊が挨拶を交わすと、普段通りに三人とも挨拶を交わす。
まるで昨日の出来事はなかったかのように。

勇者「よく眠れたかい?」

盗賊「お前のお陰で、よく眠れたよ」

勇者の背後で、二人が顔を曇らせた。
その表情が昨日の出来事が現実であった事を裏付ける。

勇者「……魔法使いは、受け入れてくれたよ。これでみんな、幸せでしょ」

ぼそり、と盗賊の耳元で勇者が囁く。


盗賊「……ああ、そうだな」

愛人だとしても、魔法使いはきっと受け入れたのだろう。
あの謝罪の言葉は、きっと後ろめたさからの言葉だったのだろう―――だけども。

盗賊「俺はお前らと、魔王を倒す事だけが……望み、だ」

勇者の眼を見て、言い切った。
そこに一切の偽りはなかった。昨日、全てを置いてきた。

勇者「そう。じゃあ、行こうか―――魔王を倒しに」

盗賊は頷き、僧侶と魔法使いの二人を見る。
二人は申し訳無さそうにこちらを見ていたが、盗賊が笑いかけると安堵した表情になった。

あの二人が幸せなら、それで良いと思った。
勇者の言うとおり、”みんな幸せ”だと感じていた。


魔王城は不穏な雰囲気に満ち溢れていた。
一歩進むごとに、心臓にナイフを突きつけられている感覚が増していく。

盗賊「……っ」

僧侶「なんという、瘴気……」

魔法使い「いよいよ、なんだね」

雰囲気とは裏腹に、拍子抜けする程に玉座までの道程はすんなりと進めた。
現れる魔物も、自分達が強くなりすぎているのかと思う程に手応えを感じなかった。

勇者「大丈夫、確実に僕たちは強くなっている―――今、決着の時だよ」

玉座へと通じる大扉の前で、勇者は振り返り三人へと笑いかける。


勇者「あの村での智将……彼は側近だったんだろう。それ以上の魔物は、いないとは思っていた」
「だけど、此処まですんなり来れたんだ。やっぱり僕らは強くなっているんだ」

僧侶「はい。だから……」

魔法使い「絶対、勝てるよね」

勇者「勿論。みんな、今まで有難う。此処まで来れたのは、みんなのお陰だ」

盗賊「………」

勇者「僧侶、魔法使い、盗賊……この戦いが終わったら、どうするんだい」

僧侶「私は……勇者様、と……」

躊躇いがちに、僧侶は頬を染めて言った。

魔法使い「わ、私も……出来たら、そうね……里には、帰りたくないかな……」

魔法使いもまた、躊躇いがちに頬を染めて言った。


盗賊「俺は旅に出ると思う。お前らの雄姿でも言い伝えながら、魔族の残党でも狩るさ」

偽りなく、盗賊も言った。

勇者「そうか。僕は王宮に迎えられようと思う。魔王を倒せば、次は人間同士の争いになるだろうし」
「魔王を倒せば、王は僕を王位を譲ると言うだろう。そうなると……僧侶は、王妃様だね」

僧侶「……はい」

魔法使い「わ、私は側室でも良いし」

勇者「うん。魔法使いは魔族の中でも平和的な、エルフとの架け橋になって欲しい……僕を、支えてくれ」

魔法使い「うん!」

盗賊「独り身には辛い話だな……」

勇者「まあまあ。盗賊も……また、僕の力になってよね」

盗賊「………ああ、たまには顔を出してやるさ」

勇者「じゃあ―――みんな、行こうか」

勇者が屈託ない笑顔を浮かべて、大扉を開く。
その笑顔の邪気のなさが、盗賊の心に迷いを孕ませる。

お前は一体、善人なのか悪人なのか―――分からないな、と。

ここまで
次から魔王戦
これだけで長くなりすぎたチーン


魔王「ようこそ、勇者諸君」

どんよりとした空気の重さに、思わず盗賊は膝をついた。
圧倒的な瘴気はまるで、泥沼の中を泳ぐ様な感覚を与える。

勇者「お前が……魔王か……」

人類の敵。永久の破滅、絶望を望むもの。
その者は玉座で威風堂々に構えていた。

魔王「然り。我が魔王なり。ふむ、我らが配下は手傷も負わせられなかったと見える」

勇者「当然。お前の側近以下の者に、僕たちが手こずるとでも?」

魔王「くくく、確かにな。智将ほどの魔物はおらぬ故……退屈、させてしまったようだ」

仰々しい黒衣に身を纏った、鬼のような形相の魔王は笑う。
一度笑うだけで、空気が振動して―――こうして、全員の心臓を震わせている。


僧侶「………はぁ、はぁ」

魔法使い「対峙するだけで……この、圧迫感……」

盗賊「智将なんて、足元にも及ばないだろうな……」

魔王「当然だ。本来、我が個として存在するだけで事足りるのだ」
「貴様ら人類全てと相対したとしても、我一個が貴様らを大きく上回っておる」

勇者「なら、重い腰を上げてさっさと僕らを殺しにくれば良かったじゃないか?」

魔王「馬鹿を言うでない。眷属を増やし、貴様ら人類と戦の真似事をしてやるくらいには我は飽いておる」
「神々の信託を受けた勇者一行。貴様らですら我の掌の上だ―――この世界、我が生きるには、まるでつまらぬ」

勇者「………」

魔王「とはいえ自害もつまらん。ならば、この世界で遊び尽くしてやるだけの事よ」
「故に、貴様らは我を楽しませる道化よ。くくく、ほれ、何時まで我に言葉を走らせる?」

ゆるり、と魔王は立ち上がり―――その黒い腕を、こちらへ向けて。


魔王「勇者と、その仲間たちよ。全身全霊を以て我を楽しませろ」
「それが出来たなら―――我もまた、朽ちる気にもなるかもしれんぞ」

ドス黒い魔力の波動を感じて、僧侶が杖を掲げる。
魔法使いがそれに合わせて、魔導書を開き詠唱を重ねて行く。

僧侶「―――大対魔防御魔法!」

魔法使い「大攻撃倍加魔法!」

勇者「行くぞ……魔王! お前を倒して、世界を平和にする!」

魔王「くっくっく――――さあ、我を愉悦へと誘え!」

放たれる漆黒の魔導弾。それは魔法耐性を上げられた身でも、致命になりかねない一撃。
それを盗賊はひらり、と身を交わし戦況の分析に入る―――弱点は、あるのか。

勇者は加護を受けた聖剣で、強引に魔導弾を弾き魔王の懐へと入る。

勇者「ぜあああああああああああああっ!」

魔王「ほう、思ったより素早い。だが、倍加を以てしても足りぬな」

ぎぃん、と魔王の手前で聖剣は止まる―――どうやら、障壁が張られているらしい。
勇者は舌打ちをしながら、何度も障壁へと剣撃を重ねて行く。


魔王「ふむ……もたぬ、か。その聖剣、やはり厄介よの―――くっくっく」

障壁が徐々に崩壊して行く。勇者の一太刀毎に罅が広がって行く。

魔法使い「―――勇者様、更に倍加魔法をっ!」

僧侶「聖域魔法! これで、魔王の防御力は落ちます!」

勇者への攻撃力の倍加魔法。これで勇者の一撃は更に倍。
加えて僧侶の聖域の展開。闇属性にあたる魔王の防御力はがくんと下がる―――。

盗賊はじっと戦況を読んでいた。戦闘に参加すれば、たちまち殺されてしまうだろう。
だが、自分の役目は戦況を読み弱点を探る事―――未だ、魔王に弱点は見えない。

刹那、勇者の斬撃が障壁を破る―――バリバリ、と障壁に込められていた魔力が空気中に胡散する。

魔王「ほう! 中々やるではないか……くっくっく、女ども、貴様らが邪魔だな!」

勇者「――――ぐあっ!」

障壁を破り、肩で息を始めた勇者を拳一つで吹き飛ばす。防御はしたものの、勇者は壁へと叩きつけられる形になった。
じろり、と魔王は魔法使いと僧侶を睨み―――二人の眼前へとあっという間に移動する。

僧侶「空間、移動―――くっ、大対物理防御魔法!」

僧侶の顔が青ざめる。歩を進めずに一瞬のうちに二人の眼前に現れた魔王にはどうやら空間移動の能力があるらしい。
驚きつつも、僧侶は物理防御を上げる魔法を唱えるが、魔王の狙いは先ずは魔法使い。

魔王「先ずは一匹……ふんっ!」

魔法使い「きゃああああああっ!」

物理防御魔法の恩恵を以てしても、魔法使いの防御力は後衛である事に変わりはない。
勇者同様に壁に打ち付けられ、魔法使いは血を吐いて動けなくなった。


盗賊「…………くっ」

盗賊は柱に隠れつつ、隙を伺うしかなかった。やはり、弱点はないのか。

僧侶「魔法使いさん! 大回復魔法!」

魔王「良い判断とは言えないぞ―――我を前に、目を逸らしても良いのか?」

僧侶へと漆黒の腕が振るわれる。
しかし、それを阻止せんと勇者が立ちふさがる。

勇者「させない……! 僧侶、魔法使いの回復を続けて!!」

僧侶「はい!」

魔王は邪悪な微笑を浮かべて、ちらりと盗賊を見た―――やはり気づかれていたか。

魔王「鼠よ。我の隙を伺っているのか? くく、一匹だけどうやらレベルの低いものが居る様だな」

勇者「…………僕の仲間を、馬鹿にするんじゃないよ」

勇者が剣を振るう。その言葉が、どれほど辛いか。

魔王「本心か? そうではないだろう、勇者……貴様は、あの鼠を疎ましく思っているのだろう?」

勇者「そんな事、ないさ――謀るか、魔王!」

魔王が笑う。盗賊は二人の言葉を一切聞かず、弱点を探す事に徹する。
手には真紅の刃を持つダガーがあった―――これなら、一度限りだが致命を負わせられると思っていた。


以前、智将が武器と使用していたであろう真紅のダガー。
街の鍛冶屋で正しい鑑定を受け、このダガーが強力な呪いを帯びた逸品だと知った。
耐久力はやはり脆く、一度限りの使用。刺せば一度、呪いが発動する―――が、その効果事態は鍛冶屋でも教会の人間でも分からない。

盗賊「やってやるさ……隙を、見せろ魔王……」

効果がわからなくても、呪いである以上はきっと魔王に致命の一撃を叩きこめる。
勇者や僧侶、魔法使いもこのダガーについては知らない。使用後にどんな副作用があるか、分からないからだった。

盗賊「………今となっては、副作用を期待してしまうな」

ふぅ、と心を落ち着けて勇者と魔王の戦いを見る。
僧侶は魔法使いを丹念に回復し、魔法使いも徐々に意識が取り戻しつつある。

勇者「うおおおおおおおお!」

魔王「ぬぅ……やる、ではないかああああ!」

徐々に魔王が勇者に押され始めている。
剣撃に押され、魔王は防御に徹している。

魔王「くっくっく、図に乗るなよ屑めが――――極大消滅魔法!」

魔王の両手から更にドス黒い瘴気が溢れ出る。
それは闇より出る全てを飲み込む、瘴気の波。触れればたちまち消滅する闇の坩堝。


魔王「闇に呑まれよ!!!!!」

勇者「くっ――――らあああああああ!!!」

勇者が聖剣を振るい、闇を切り裂く。それだけで、闇の瘴気は振るわれる。
それには意外だったのか、魔王は驚いた表情で―――始めて、後ろに後ずさる。

盗賊(―――――此処だ!)

完全なる魔王の死角。背後に弱点があった。

それは勇者の振るった聖剣による剣撃に払われた消滅魔法の余波が、魔王の黒衣を剥ぎとった。
禍々しい肢体が黒衣の下にはあった。血管の浮き出た、赤黒い身体の背中には瘴気を取り込む為か、呼吸口の様なものがあった。


曰く、魔王は瘴気を吸い上げ魔力を高める。
魔族は瘴気なしでは生きられない。瘴気とは魔力濃度が高まる程、発生しやすくなる。

故に聖職者などの浄化なしでは魔力は危険性の高い物質―――故に、魔王は魔力を統べる瘴気の王。

盗賊(つまり魔王は永続的に強くなる。魔力により瘴気を生み出し、それを更に吸い上げて、魔力を生産する)

放置すれば限界などなしに力をつける化物。だが、その特性故に背中の呼吸口は圧倒的な弱点だ。

盗賊「――――――しっ」

魔王ほどではないが、目にも留まらぬ速度で盗賊が動いた。
魔王の死角から死角、あっという間に背後に近づき勇者から退いた隙を突くべく、真紅のダガーを突き立てる。

魔王「……………通ると、思ったのか鼠」

が、しかし。

盗賊「なっ………ぐあああああああ!?」

魔王の腕が”増えた”――否、はじめから存在していた。
黒衣の下には更に一対の腕が存在していた。腹を守る様に、腕組の形で存在していたのだ。

魔王はその一対の片腕で盗賊の身体を掴み、締め付ける。

勇者「盗賊! 離せ、魔王!」

魔王「くっくっく、ならば力づくでそうさせてみるが良いぞ」

魔王は勇者を前に二本の腕で戦い、もう二本の腕で盗賊を手玉に取る。


魔王「我の弱点に気づいたのは褒めてやろう。最も、貴様のその陳腐な武器では致命にはなり得ぬがな……」

盗賊「あ、ああああ、あああああああ!」

ぎりぎり、と全身の骨が軋む音が聞こえる。
人間一人をつかむ程の片手で握りしめられ、盗賊は為す術もなかった。
勇者もまた、全面の二本の腕に苦しめられていた。

魔王「取るに足らん。如何に優れた武器とは言え、聖剣や魔法以外で我を傷つける事は出来ぬ。」
「しかし貴様の観察力、確かに極上のものである様だな。褒めてやろう、鼠―――む、勇者よ、剣撃を緩めるでないぞ」

勇者は叫びながら、斬撃を繰り返す。
いとも簡単に魔王は二本の腕で否しながら、背後の盗賊へと語りかける。

盗賊「あ、ああ……み、みんな……背中、の呼吸口が……弱点……だ!」

魔王「おお、美しいかな。偽りの友情か? 涙ぐましいな鼠よ。我は貴様が、実に気に入っている」
「こうして弱点を”敢えて”晒し、貴様の様な鼠に活躍の場を与えたのも……道化として気に入っているからだ」

盗賊「何を言って、んだよ……化物!」

辛うじて動く、左手のダガーで盗賊は魔王の腕を突き刺す。全くダメージは通っていない様だった。
魔王はぴくりともせず、勇者の鮮烈な攻めを防御している。


魔王「鼠よ、身の丈に合わぬ志を抱いた者よ。中々に我を楽しませたぞ―――貴様が、一番優れた道化だったのかもしれんな」

ゆるやかに、盗賊の眼前にもう片方の魔王の手が迫る。

勇者「やめろ、魔王! こっちに全力を注げ、魔王!!!!」

魔王「その審美眼、鼠には勿体無い。ひとつ、要らぬだろうよ」

ずぶり、と魔王の凶爪が盗賊の右目を抉った。

盗賊「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

僧侶「盗賊、いやああああ!!」

勇者「くっ……魔王!!!!」

魔王「くっくっく! 良い悲鳴じゃないか! くっくっく、はっはっはっは!!」

ぐしゃり、と抉りとった目玉を潰して魔王は笑う。
盗賊を投げ飛ばし、四本の腕が勇者へと向き合う事となる。

勇者「僕はお前を許さないぞ――――お前なんて、死んでしまえばいい!」

魔王「死ねぬ。我は不滅。我は永遠。我こそが魔王なり!」

魔王が吠える。


燃える。爛れる。痺れる。熱い。熱い。熱い。
右目が失くなった。吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ身体中の骨がバラバラになりそうだった。
それ以上に右目の喪失感と、激痛が盗賊の意識を引き千切ろうとしていた。

僧侶「直ぐに、回復魔法をかけます! 大回復魔法……っ!」

魔法使い「う、ん……ごめん、意識飛んでた……って、盗賊さん!?」

魔法使いは回復魔法を受けて、目覚めた様だった。
漸く回復した魔法使いの次に、と僧侶は盗賊への回復に移ろうとする。

盗賊「ま、て……僧侶、俺は……良い……!」

かざされた僧侶の手を掴んで、意識を朦朧とさせながら首を振った。

僧侶「で、ですが!」

盗賊「し、死ぬ様な怪我じゃない。それに、もう眼は……魔王に、潰された……修復はできない……」

魔法使い「………」

盗賊「元から、俺は……戦力としては、お前ら……にも、及ばない……!」
「俺の役割は……弱点を、魔王の……弱点を探る事だった! なら、もう役目は終えている!」

この怪我は死には至らない。だが然し、これ以上の戦闘は何も期待出来なかった。
真紅のダガーも魔王には恐らく効かない。それに僧侶の魔力も無尽蔵ではない。


盗賊「だ、だから……俺は捨て置け! 勇者と、魔王を……討ってくれ!」

僧侶「………で、でも」

盗賊「少しでも、俺に引け目があるなら――――世界を平和に、してくれ」

僧侶「!」

魔法使い「行こう、僧侶さん」

二人は観念した様に立ち上がり、今なお交戦を続ける勇者の下へと駆ける。

僧侶「………ごめん、なさい」

盗賊「――――」

僧侶の謝罪の言葉に笑顔で応えておく。
激痛に苛まれながらも、意識を飛ばさない様に盗賊は三人の戦いを見据える。

盗賊(………結局、大した助けにはなれなかったか)

真紅のダガーを見つめ、自嘲気味に笑う。

盗賊(だがそれでいい。魔王を倒したのはあの三人だ。俺は日陰の人間……俺は、称えられるには相応しくないほどに人殺しだ)


魔王「―――――ちっ、猪口才」

勇者「はああああああ!」

勇者が前に出る。戦線に加わった僧侶と魔法使いの補助は勇者を魔王に近づけた。
魔王が如何に強大とは言え、やはり多勢に無勢に見える。
だがしかし、それは勇者が居るからこその無勢―――勇者だけは、魔王も片手間には殺せない。

僧侶「大回復魔法、聖域魔法、大魔力倍加魔法!」

魔法使い「大攻撃倍加魔法―――極大炎熱魔法!!!」

魔王「ぐおおおおおおおおお!!??」

あの魔王が叫び声を上げている。

勇者「はあ、はあ―――極大雷撃魔法!」

徐々に押され始める魔王。
三人の呼吸はぴったりと合わさり、やはり盗賊の目に狂いはなかった。
むしろ、盗賊が負傷した辺りからどうにも三人の動きはよくなっていた。

盗賊(それが……俺がやられた、怒りの所為なら良いが)

どこか卑屈だった。だが、例え何が原因だとしてもあの魔王を倒せるなら良かった。

盗賊(勇者、お前が倒せ。そして僧侶と魔法使いを幸せにしろ……それが、俺への謝罪になる)

閃光が奔る。闇が呑まれる。勇者は確実に一歩、また一歩と魔王の力を削いで行く。


魔王「はあ、はあ……く、くくく、くっくっく! やるではないか塵どもめが」

三人から間合いを取り、魔王は傷ついた身体を撫でる。
これ程までに追い詰められたのは久方ぶりだと、そんな表情を浮かべていた。

魔王「これほどの力……神々も中々の勇者を生み出したものよ」

勇者「……」

魔王「互いに殆ど互角。後ろに控える女二人の分、我が競り負けておるか……」
「くっくっく、実に愉快―――この時を、どれ程待ち望んでいたか」

勇者「これからお前は、僕たちに倒される。それがそんなに、嬉しいのか?」

魔王「貴様らの絶望を想うと、愉快にも程があるからだ」

勇者「負けない、とでも思っているのか?」

魔王「くっくっく――――時に勇者よ、後ろの二人は貴様の女か?」

僧侶と魔法使いは、険しい顔で魔王を睨む。
この問いに一体、何の意味があると言うのか。

魔王「我は貴様らを見ていた。遠見の水晶球と言うな、エルフが作った逸品よ」

魔法使いが、ギリと歯ぎしりする。


魔王「うむ、滑稽だったぞ。勇者……貴様、正しく節操の無い男だ」
「まるで肉欲の塊。くっく! それに溺れる聖職者と、我が魔族の恥さらし!」

勇者「黙れ! この期に及んで、そんな言葉で僕たちを誑かすか!」

僧侶「……私は、勇者様を愛しております」

魔法使い「私も、魔族である事に後ろめたさなんて感じていない!」

魔王「咎めてはおらぬのだ。よくやったと言っておる」
「滑稽と言ったのは貴様らの”パーティ”だ―――ほれ、あの鼠よ」

盗賊「………?」

朦朧とする意識の中、盗賊は唐突に魔王に指を刺され訝しむ。

魔王「あの鼠、そこの聖職者を好いておるな」

盗賊「……過去の、話だな」

僧侶「………」

勇者「………」

魔法使い「だから、なんなのよ」

にやり、と魔王の顔が歪む。


魔王「おお、勇者よ。人のモノを取り上げるのは快感であったか?」

勇者「くっ……」

魔王「略奪する事こそが悦び。そう思える程に、快楽だったのではないか?」
「貴様、見せびらかす様にその雌犬の嬌声をひけらかしていたのう……!」

僧侶「なっ……!」

僧侶の顔に朱が交じる。そんな所まで監視されていたとなれば、必然か。
それに伴い、魔法使いの顔も紅くなる。見られていた事に、気づいたのだろう。

魔王「あの鼠を蔑ろに、剰え愛人として恥さらしを迎える―――くっく、鼠よ、さぞ辛かっただろう」

魔王が、盗賊に振り向き笑う。

魔王「そしてどうだ。あの鼠は完全に戦力外。貴様ら三人で我と対峙しているではないか」
「勇者、先程も申したな……あの鼠を疎ましく思っているのだろう、と」

勇者「彼は……大切な、仲間だ……!」

魔王「あれ程の仕打ちをしておいてか! これは滑稽! この魔王ですら肌が粟立つわ!」

勇者「黙れェ!!!」

魔王「それほど言うなら――――くっく、鼠を守ってみせよ」

魔王が盗賊へと四本の手を向ける。
渦巻く瘴気、齎される絶対の”死”―――今の盗賊に、それを避ける術はない。


盗賊(………ちっ、此処までか)

――――だが、どうして。

盗賊は思考する。何故、このタイミングで自分を殺そうとするのか。

魔王「―――――滅衝撃魔法!」

完全に魔王は勇者たちへ背を向けていて、弱点を完全に曝け出している状態だ。

僧侶「大障壁魔法!!」

加えて確かにあの一撃は自分は避けられないが、僧侶や魔法使いによる障壁を突破できない可能性もある。

魔法使い「大障壁魔法!!」

勇者が自分を助けようとした隙を狙うにしては、些かリスクが高いではないか。

盗賊(………俺は良いから、勇者、魔王を……)

まるで―――倒される事を選んだ、ような。


勇者「うああああああああああ!」

勇者の雄叫びと共に、魔王の呼吸孔に聖剣が突き刺さり、魔王を背中から貫いた。
えぐる様に剣を押しこみ、魔王は断末魔の叫びをあげる――――。

盗賊(………思い過ごしか? だが、どの道、俺は……助からない……)

魔王の放った最大の一撃は、僧侶と魔法使いの障壁に一瞬遮られるが、いとも容易く破る。
盗賊の全身を激痛が襲う―――それは、死を覚悟するには充分な程の激痛。

盗賊(―――――)

意識が遠のく。

僧侶「――――――!!」

光が消える。

魔法使い「――――――!?」

耳には、

勇者「―――――っ!!!」

みんなの叫び声と。

魔王「―――――くっく」

魔王の笑い声。


――――盗賊は悪夢を見ていた。

自分が、今まで殺した人間に無数の剣で突き刺される。
見れば誰もが勇者の為に殺した魔王信仰者だった。

その奥には魔王がいた。

何だ、この夢は。

魔王「くっく、鼠よ死の間際に見せてやろう。真の絶望を」

これも、魔王の力?

魔王「言ったであろう?」

何を。

魔王「我は確かに言ったよのう」

だから、何をだ。



魔王「―――――最初から、貴様らは我の掌の上だと」

他のSSも書いてたりすると手がつかなくなったり

勢いで書いた方も宣伝しておこう
鼻くそほじりながらどうぞ

魔王「今月の目標は魔王様好感度アップじゃ!」
魔王「今月の目標は魔王様好感度アップじゃ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437003468/)


僧侶「―――――盗賊、盗賊!」

光が見えた。
激痛の渦から這い出る様に、盗賊は目を覚ました。
薄らと目を開けば、僧侶が涙を流しながら回復魔法をかけ続けていた。

盗賊「………ぁ」

声が出ない。
身体は殆ど動かないが、奇跡的に原型は留めている。
どうやら彼女達の障壁が、盗賊を瀕死に追いやる程まで魔王の魔法の威力を削いだらしい。

魔法使い「やった、目を、目を覚ましました!」

魔法使いが心底喜んだ表情を浮かべている。
声は出ないし、身体は動かないがどうやら自分は生きているらしかった。

僧侶がかけ続ける回復魔法は微力だが、徐々に盗賊の身体に生気を吹き込んでいた。

勇者「………盗賊、魔王は……倒したよ……」

勇者の背後には魔王の亡骸があった。
どうやら本当に、倒した様だ―――なら、良かった。


勇者「―――――」

笑みを浮かべる。それはそうだろう。漸く使命を果たしたのだから。
これから世界平和が始まる。それを感じて笑わずにはいられないのだろう。

僧侶「勇者様もご自身で回復してくださいよ……魔王の最後の一撃、お腹に受けてるでしょ?」

魔法使い「アレなんだったんだろうね? 勇者様に外傷はそんなにないみたいだし」

最後の、一撃?

勇者「はは、ははははは!」

――――否、違う。
勇者はあんなに邪悪な笑みを浮かべて笑う人間だっただろうか。

僧侶「勇者、さま?」

魔法使い「ちょっと、勇者様ったら笑ってないで傷の手当しなよー」

二人が少し訝しげに勇者を見る。
盗賊は想う―――”それ”は勇者なんかじゃ、ない。

盗賊「…………に………ろ」

逃げろ、と声が出せない。
二人は不思議そうに、盗賊を見る。掠れながら、盗賊は繰り返す―――”逃げろ”。


勇者「ふう、やっと魔王を倒せたんだ。少し、嬉しくなっちゃったよ」
「ねぇ、僧侶……僕は、漸く……魔王を倒したんだ……」

するり、と回復魔法をかけ続ける僧侶の手をとり、抱き寄せる。

僧侶「ちょっ、何を――――んぅ!?」

貪る様な、激しい口吻。勇者は僧侶の制止も聞かずに唇を奪う。

僧侶「だめ、そんな事してる場合じゃ……ふぁ、ぅ……!」

魔法使い「勇者様! 今はそんな事してる場合じゃないよ!」

勇者「………うるさいなあ、魔法使い。君も欲しいのかい?」

魔法使い「な……や、ぁん!」

魔法使いの秘部に勇者は手を伸ばす。それだけで、魔法使いは制止の声を失くしてしまう。

勇者「なあ、盗賊―――僕はさ、君が大嫌いだったんだ」
「君は躊躇なく、人を殺す。初めから思ってたんだ……コイツ、薄汚い盗賊だし、なんかするだろうって」

器用に勇者は両手を使って、二人を艶めかしく弄くる。


僧侶「ひっ、ぁ……」

盗賊「――――ぁ」

勇者「僧侶? 知ってるよ。君が僕らに仇なす魔王信仰者を殺していた事」
「そうしたらさ、僧侶は君の行いを止められないって言うんだ……まあ、僕も助かってたから良かったんだけど」
「でもさ、僧侶ったら君の行いに失望するかなーって思ったらさ、結構君のやってた事、肯定的だったよ」

僧侶「は、ぁ……あぁ!」

勇者「君は自分の手が汚れている、だから僧侶には知られたくないって思ってたよね」
「だけど、実際は僧侶は大人だよ。いけない事だと知っても、信念の為ならば咎められないって言ってた」
「むしろ自分たちの為に罪を被った人間を愛おしく思いますとか―――馬鹿げてるよねぇ」

勇者「僕は言ったんだ。どんな事情であろうと、人殺しは良くないって。でも、僧侶はわかってくれない」
「だから君の事を心の底から仲間だなんて、思わなかったよ。まあ、僕に出来ない事をしてくれたから随分楽には此処まで来れたけどね」

勇者が魔法使いを開放し、拘束魔法を発動する。

魔法使い「あう―――勇者様、何を言ってるの!?」

勇者「はい、君は後から来た邪魔者だからね。今は大人しくしててね。後で、可愛がってあげるから」


勇者「それで、話を戻すけど―――何が言いたいかって言うと、ぶっちゃけ言って羨ましかったんだよね」
「正義の為に非道になれる。僕には出来ない。僧侶も、魔法使いも、信頼を置くはずだよね……」

僧侶「やめて、勇者様、やめ……っ!?」

勇者「君もね、本当は盗賊が好きだった。あの日、何で君が盗賊を僕らのパーティに強く推薦したのか、僕が知らないとでも?」
「君は昔、盗賊に助けられているだろう。君も貧民街の出身だものねぇ……最初に好きだったのは、盗賊だ」

盗賊「…………!」

僧侶「………でも、わたしはぁ!」

勇者「そう、今は僕が好きなんだよね。それってでも、同情でしょ?」
「僕は盗賊が羨ましかった。僕の好きな人に好かれてるし、正義の為に非情になれて、人一倍仲間思いだ!」
「そんな風に、羨ましくて羨ましくて、羨ましくて―――毎晩、苦悩してた僕への同情なんだろ?」

僧侶「違う、違う……私は、勇者様が……」

勇者「うん、本心だろうね。君は勇者である僕を支える為に、自分の想いよりも僕を優先したんだもの」
「僕がどれだけ酷く、雌犬の様に扱おうと……耐え忍んで、受け入れてくれたね。本当に、可愛い人だ」

勇者が僧侶の法衣を引きちぎる――肢体が露わになり、僧侶は叫ぶ。
魔法使いは信じられないと、絶望の表情を浮かべて地面に転がっているだけ。
そして盗賊はやはり声も出せず、その光景を眺めるしか出来なかった。


勇者「だけど君は、あの晩……僕が魔法使いを口説く為だけに、盗賊の部屋に行けって言った時さあ」
「少し嬉しそうだったよね。抱かれろ、とは言ったけど……なんだか、白けちゃったなあ」

僧侶「ちが、う……ちがう……」

勇者「でもいいよ。今は僕の事が好きなんだものね―――さて、盗賊?」

にこり、と盗賊へと笑顔を浮かべる。その目はドス黒く、淀んでいた。

勇者「君は間もなく死ぬ。だって、僧侶の回復がなければとっくに死んでるんだ」
「かけ続けないと死ぬよねえ……はは、死ぬよねえ! 最後はさ、僕と僧侶が愛し合ってる所を見て、死ねよ」

魔法使い「ゆうしゃさま……なんで、酷い!」

勇者「んー? だからさ、君は後からのぽっと出なんだから。黙ってなって……愛人にしてあげたじゃん」
「魔族なんて抱くの抵抗あったけど、案外エルフは人間と同じで良かったよ―――そうだ、君の里も僕のモノにしよう」

魔法使い「………なんて、ことを」

勇者「盗賊が言うからさ。魔法使いを泣かせるなって―――ああ、また仲間思いかよ、反吐がでるね」

魔法使い「最低……勇者様、本当に……最低!」

勇者「僕は元々こんな人間なのさ。嫉妬心が強くて、僕以上の人間は蹴落としたくなる」
「だから魔法使い、君も抱いてあげたんだよ。盗賊が憎いからさぁ!」

僧侶「どうして……そんな、ひどいこと……出来るのです……っ」

勇者「だから言ったじゃないか僕は、元々こういう……」


――――――魔王。

勇者「………なんだって?」

盗賊「………う」

勇者「ふぅん。”鼠”の癖に……」

盗賊「てめ……ま、お……」

勇者「………くっく」

笑みが、一層邪悪なモノに変わる。
それを見据えて、搾りかすの様な声を振り絞る。

盗賊「ま……おう、だ……」

僧侶「………そ、そんな」

魔法使い「勇者様が、魔王……!?」

勇者「くっく、そうだねえ。元々そうだったわけじゃないよ? さっき、そう”成った”んだ」

魔王の最後の一撃。


勇者「そう、魔王の最後の一撃は自身の魂を対象に貼り付ける魔法だったんだ」
「それには条件があって……狂おしい程に、ドス黒い感情の持ち主だったんだ」
「それに該当した僕は―――魔王の魂を与えられ、魔王と成った」

僧侶「そんな、ありえません……」

勇者「ありえてるんだよ、淫婦さん。魔王の魂が流れこんで来た時、気づいたよ……僕は元からこんな人間だって」
「欲望に忠実に、邪魔なモノを消す。それがどんなに心地良い事か。正義の味方なんて、クソくらえだよね」
「正義を志てた人ほど、悪になりやすいのかな~……でも、今は本当に良い気持ちだよ」

盗賊「…………ぺっ」

最後の力を振り絞り、口の中に溜まる血液を勇者へと噴いた。
勇者の足元に落ちたそれを、勇者は踏みにじる。

勇者「君はこの雌犬を犯してるとこ、見せながら殺そうと思ったけど……気が変わったよ」
「どうにも気に入らないし、今直ぐ殺そう。くっく、悪に染まった人ほど、正義になりやすいのかな~」
「そんな風に挑発しても、みーんな、死ぬ事には代わりないのに―――ねぇ、僧侶」

僧侶「あがっ、あぁ―――っ!?」

僧侶の腹を思い切り殴り、勇者は立ち上がる。
引き裂かれた法衣のまま、僧侶は地面に蹲る。


勇者が聖剣を手に、盗賊の前で邪悪な笑みを浮かべる。

勇者「僕に、疾さでしか勝てなかった、弱い虫けらなんて、殺す意味もないけど」
「魔王の魂が定着していない今、僕自身の力も弱まってるし、さっさと君を始末するに限るよね~……」

聖剣を振り上げる。ぺらぺら、と饒舌に語りながら。

勇者「死ね」

盗賊「―――――!」

あの悪夢の通り、盗賊は絶望していた。
何も、出来ない。彼女たちを助ける事もできない。勇者を”助ける”事も出来なかった。

魔法使い「―――――だめぇええええ!」

勇者「な……っ!?」

聖剣は盗賊へと突き刺さらなかった。その一閃よりも速く、魔法使いが眼前へと躍り出ていた。
力づくで拘束魔法を解いたのか、彼女は盗賊を庇う様に勇者へと立ち塞がり。

魔法使い「…………あ、ぁ」

身を挺して、聖剣から盗賊を守った。
その代償は―――彼女の心臓を貫いた、聖剣による一撃。


勇者「驚いた、自力で破るなんて。低俗な魔物にしては、やるね」

魔法使い「………そ、うりょさん! おね……がい!」

魔法使いの声に呼応して、勇者の背後で僧侶が手を翳す。


僧侶「―――――転移、魔法」


やめろ、と言いたくても、声がでなかった。




次の瞬間、視界が変わる。慣れた空間移動の魔法の感覚。
ぐるぐると、視界が回る。そして堕ちて行く感覚。


瞬きの後、盗賊は森の中に横たわっていた。
その隣には、魔法使いが尋常ではない血液を吐き出して倒れていた。

盗賊「…………ぁ」

魔法使い「ん? あぁ……なんとか、逃げれたんだね……」
「だけど、ふたりとも、動けないね……だれか、きづいてくれると……いいんだけど……」

馬鹿野郎、なんで僧侶と逃げなかったんだ。

魔法使い「ごめんね、盗賊さん。私……馬鹿だったなあ」
「勇者様がね、あの夜に……私を愛してくれるって……でも、嘘だったんだなぁ……」

違う、違うんだ……アイツは、アイツは……。

魔法使い「ふふ、でも……盗賊さん、そうじゃないって眼をしてるね……」
「そうなのかな? 嘘じゃなかったのかな? あれは……魔王の所為、なのかな……」

そうだ、きっとそのはずなんだ……。

魔法使い「だったら、しょうが……ないか……」
「でも……盗賊さん、本当に……ごめんね? 辛い思いさせて……私、馬鹿だったよ……」

恨んじゃいない。憎んでもいない。お前は自分に素直になっただけじゃないか。
だから、生きろ。お前が生きろ。

魔法使い「……………………」

なあ、おい。

魔法使い「……………………」


酷い土砂降りの雨の日だった。



その日、魔王が死んだ。



そして勇者が魔王となった。



それがこの日、起こった――――絶望。




- BAD END -

勢いでバッドエンドとか書いたけど、続きます(・ε・)


――――生きている。

盗賊「………生きている」

目覚めると、そこは古びた部屋の一室だった。
少し埃かぶっているが、綺麗に整頓されている。

盗賊「魔法使い、魔法使いは……うぐっ!?」

咄嗟に覚醒した頭で飛び起きるが、身体に奔る激痛に呻き声をあげてしまう。
その声を聞いてか、扉が開いて、老齢の男性が現れた。

神父「おぉ……目を覚まされたか」

見れば、僧侶と同じ聖職者の出で立ち。
それを見て此処が教会だと理解する。

盗賊「アンタが……なあ、もう一人、居ただろう……」

神父「………残念ながら、助けられませんでした」


盗賊「………っ! 蘇生魔法は!」

神父「心臓を貫かれていました。私が見つけた時には……既に、魂は天に召されておられた……」

盗賊「ふざけるな、ふざけるなっ! 何の、何の為の……教会だっ!」

八つ当たりにも等しい事を知っていた。
蘇生魔法が完全なるモノでない事も知っていた。

神父「蘇生魔法とは謂わば、肉体の死滅を防ぎ……魂を強制的に縛り付ける事で、治癒する魔法です」
「魂が剥がれ落ちてしまえば……どうする事も、出来ないのです……」

盗賊「……………っ」

現実というのは残酷だ。
魔法使いは二度と、この世に戻ってくる事はない。


魔王城から少し離れた森の中、この教会はあった。
神父は自分たちが立ち寄った最後の街から逃げ出した、謂わば”真っ当”な神への信仰者だった。
最後の街はやはり魔王信仰者の巣窟であった事から、彼は教会を森の中に建てたそうだ。

神父「………此処には、私しかいません。ですから、充分な埋葬は……出来ませんでした」

教会の裏手に小さな墓標があった。
簡素ではあるが、彼が立ててくれたらしい。

盗賊は祈りを捧げ、別れを告げる―――魔法使い、有難うと。

盗賊「………神父さん、助かった」

神父「いえ、当然の事を。しかし、何があったのですか……あんなに、酷い状態で……」

盗賊「…………」

神父「要らぬ事をお聞きしました。ですが、この森には一応は結界を張っております」
「その傷が治癒するまで、休んで行かれるといいでしょう。貴方は一週間も目を覚まさなかったのですから」

一週間という言葉に盗賊は頭を抱えた。
どれほどまでに勇者は魔王へと成ったのか、考えるだけでも恐ろしい。


盗賊「此処は……魔王城の、近くだろう」

神父「心配はありません。これでも私、昔は勇者様のパーティとしてお仕えした身ですから」

盗賊「なんだって……!?」

神父「ほっほ。まあ、古い話です。命からがら、私だけが魔王から逃げ出した」
「ですから、贖罪なのです。魔王城に近いこの場で、何時か勇者様たちをお助けする事が……私の、望みです」

僧侶はこの場所を意図して転移魔法を使ったのだろうか。
座標を咄嗟の事だから、指定できなかったとは思うのだが。
だとしたら、これは偶然か、奇跡か―――なんにせよ、盗賊は初めて神に感謝をした。

盗賊「神父さん、少し話を聞かせて欲しい」

ゆっくりと、盗賊は自分の素性とこれまでの顛末を神父に話した。
神父は驚きながらも、最後には涙をして盗賊を抱きしめた―――。

神父「おぉ、おぉ……なんと、なんと過酷な……貴方は、深い悲しみを背負っておられる……」

盗賊「………まだ、終わっちゃいない。勇者を……魔王を、倒さないと」

神父「良いでしょう、私の知る限りの情報をお伝えしましょう」

神父は盗賊を離し、教会へと足を運ぶ。
魔法使いの墓標へと最後に祈りを捧げ、後を追った。


神父は古びたノートを自室から持って、盗賊へと差し出す。
その中身は彼の手記であり、旅の事が事細かに記されていた。

神父「………私の、旅は智将の前に為す術もなく、終わらされてしまったのです」

手記にはこう記されていた。

『魔王の側近である、智将へと私達は魔王城目前で阻まれた』
『彼は残酷で、非情だった。民を盾に、私達の戦力を削いでいった』
『彼の操る呪術は強力で、彼が軍勢の武器へ付与した、治癒を妨げる呪いにより武闘家が命を落とした』
『そしては戦士は智将により、悪の心を植え付けられ……最後には、抗う様に自決した』
『私と勇者様は傷つきながらも、軍勢を背後に智将と相対した』
『だがしかし、勇者様は智将の紅いダガーで命を落とした』
『彼の武器には強力な呪いが掛けられており、即死の呪いだという』
『彼は何時か魔王ですら、この呪いで殺すとまで言った。それ程、強力な呪いなのだろう』
『勇者様は事切れる刹那、私を始めの街へと転移魔法で逃してくれた』
『私には最早、魔王へ立ち向かう力はない。次世代の勇者様が現れる事を祈る事しかできない』

盗賊「―――――」

神父「それが私の知る限り、智将の全てでございます」

盗賊「………つまり、この紅いダガーは」

一筋の光が見えた気がした。
血塗れの様に、紅く刃を染めるコレは魔王ですら、殺す事が出来るかもしれないのか。
ならば尚更一層に、あの時何故突き入れる事が出来なかったのかと。


神父「……魔王はそう易々と背後を取らせるとは思えません。それに、智将の呪いで殺せるかは分かりません」
「彼自身がそう言い張っていただけでしょう。それに呪いの発動後、使用者を呪う還元作用もございます」
「智将は呪いを自らの力に変える魔物。人間には死の呪いでも、彼には魔力源だったのでしょう……」

盗賊「…………」

神父「加えて、そのダガーは一突すれば壊れしまいます。精製出来たのは智将のみでしょう」
「そして魔王を倒すと言われる聖剣は……。申し訳ありませんが、命を投げ打ってでも魔王を倒す事は難しいかと」

盗賊「………だけど、やらなくちゃならない」

神父「貴方に、勇者様を刺せますか?」
「恐らく、彼は智将の最後の策に掛かってしまったのでしょう。悪の心を、植え付けられた……」

盗賊「ああ。きっと魔王は勇者の身体を乗っ取る事を考えていた。それは魔王の素振りから、間違いない」
「勇者が魔王を上回っているかもしれなかったからだ。だから、智将に命をかけた策を命じた」
「……ふふ、なるほど。見えてきた。俺たちは……掌の上、だったんだな……だが、俺は勇者を……」

――――刺す。

神父「………ならば何も言いますまい。貴方へ神のご加護があらんことを」
「情けないですが、貴方に縋る事しか出来ませぬ。貴方が、人類の最後の希望なのかもしれない……」

盗賊「失敗する確率のほうが、高いんだけどな」

神父「その時は、次世代の勇者様が現れるまで混沌の世が……」
「ですが、不思議と確信しております。神のご支持があったのでしょう……貴方が、何かを起こしてくれる、と」

盗賊「………俺は、信託を受けた勇者じゃない。ケチな、盗賊なんだよ」

盗賊は眉間にシワを寄せて、神父へと苦笑した。
命を投げ打ってでも―――勇者を、魔王を倒して見せようじゃないか。


翌日、神父の回復魔法もあって完全に回復した盗賊は魔王城へと向かう事にした。
潰されてしまった右目は見えないが、左目がある。右目を包帯でぐるぐると巻いて、装備を整える。
黒い外套と、黒い帽子。血塗れの二つを確りと身に付けて、教会を出る。

神父「お行きになさるのか」

盗賊「ああ。生き残ってしまったからな……それに、魔王は俺に死の間際に真の絶望を見せてやると言った」
「それにしては俺はまだ、希望を感じている。それに、気になる事もいくつかある……やるだけ、やらないとな」

神父「貴方は、何故その様に強く生きていられるのでしょう」

魔王の策とは言え、盗賊の旅は凄惨なものだった。
これほどまでに見事に絶望の淵に沈められたなら、常人なら這い上がる事は出来ないと思われた。

少し、考える素振りをして盗賊は笑顔を浮かべた。

盗賊「惚れた女と、”表側”の男が待ってるからな」

キィン、とコインを盗賊は弾いて―――魔王城へと歩き出す。

ちょっと短いけどここまで(・ε・)
また夜にでも

乙!
やっと追いつきました!

こういうダークヒーロー系な勇者モノって珍しいような気がするんですけど、何がきっかけで思いつきました?

終わらせますぞ

>>111
勇者が無敵の胸糞系SSを読んでた時に思いついたよ


魔王城には魔物はおらず、自分達が倒した魔物の死骸ですらそのままだった。
やはり、今の勇者に満足に魔王として活動出来る程の力はないと見える。

盗賊「………絶望、か」

確かにこれから起きる出来事は絶望なのかもしれない。
勇者が魔王として充分でなくとも、その力は絶大である事に間違いはない。
元より勇者にも叶わない―――なぶり殺しは目に見えている。

盗賊「だが……不思議と……」

絶望の中でも、足掻ける気がしていた。
”死”を覚悟した人間に絶望なんてものは唯の付加価値でしかないのだ。

玉座への大扉を開く。あの時、勇者が開いた様に。


勇者「………へえ、生きてたのか」

僧侶「…………あ、ぁ?」

玉座でふんぞり返る勇者の姿は一層に禍々しく変貌していた。
魔王の魂が定着しつつあるのか、身体は魔王へと徐々に近づいていると見える。

勇者「見ろよ、僧侶。君の愛しの彼だ。馬鹿だね、殺されに帰ってきた」

勇者はケラケラと笑いながら、ぐったりと彼の身体に撓垂れ掛かる僧侶に囁いた。
僧侶は虚ろな眼で、裸体を露わにしたまま身動きもしない。唯、壊れたように呻いているだけだ。

盗賊「……僧侶が愛しているのは、お前だよ」

勇者「まさか生きているとは思わなかったからさ。もう僧侶は壊れちゃった」
「生きてるって知ってたら、君の前で壊してあげたのにねぇ……ざーんねん」

盗賊「聞けよ、勇者」

勇者「………なんで、そんな清々しい顔してるんだい」
「君の愛しい人が、こんなに成ってるんだよ。僕はもう、魔王へと近づいて行ってるんだよ?」

盗賊「知るか。どれだけお前に絶望を見せられたと思ってるんだ」
「もうこの程度じゃ、物ともしないさ。残念だったな」

勇者「ふぅん。なんか吹っ切れてるね。そういえば……魔法使いはどうしたんだい?」

盗賊「…………」

勇者「そうか、死んだのか」

盗賊「…………」

これには流石に怒りが湧くのか、盗賊は勇者を睨みつける。
一歩、近づく―――まだ、まだ早い。


勇者「あっはっは、死んだんだ! そりゃそうか、心臓を貫いたんだ」
「蘇生魔法ですら、彼女を治癒する事は出来やしないさ……くっく、あっはっは!」

盗賊「そんなに面白いか、勇者」

勇者「ああ、面白いね。滑稽、実に滑稽だよ。それで盗賊、正義の味方にでもなりに来たの?」
「僕みたいに、悪に染まりなよ……。こっちは実に良い、満ち足りた気分さ」

キィン、とコインを指で弾く。
それは転がり、勇者の足元に―――そして、裏を天に向ける。

勇者「…………なんの真似?」

盗賊「ほらな、今はお前が裏なんだよ。それで、俺は表……まるで、コインの表と裏みたいだ、お前と俺」

静かに盗賊は語る。これまでの旅の思いを。

盗賊「始めは……お前の事、嫌いだったよ。正義感が強くて、優しくて……ああ、俺とは真反対だって思ったね」
「だけど、お前が本気で魔王を倒したいって思ってたから。僧侶がお前を強く信頼していたから」
「俺はお前の為に、この手を汚してやろうって思えた。まさか、それがお前の反感を買うとは思ってなかったけどな」

勇者「………ああ、鼻につくね。僕の為にって……君は結局、ただの暗殺者だ」

盗賊「違うね。正義ってのは時には非情だ。正義の為には、誰かが手を汚さなきゃならない」
「お前は英雄だ。汚れちゃいけない。だから俺が、その役割を担った―――それだけの、事なんだよ」


勇者「ふぅん。それで、何が言いたいのさ」

盗賊「お前は心底ド直球正義感野郎だからな。俺の事を最後まで仲間だと思えなかったんだろう」
「だから……智将なんかに、漬け込まれる。真面目すぎるヤツほど、”染まり”易いんだよ……」

勇者「…………」

盗賊「俺とお前がコインの様な存在だ。お前が言ったんだ。正義を志た人間ほど悪に堕ちやすいって」
「悪に染まった人間ほど正義に成りやすいって―――どうだ、表と裏の説明」

勇者「何を言ってるのか分からないね。仮にそうだとしても、それがどうしたって言うのだ!」

口調が変わる。
やはりか、と盗賊はほくそ笑む。

盗賊「はっはっは、素が出てるじゃないか”魔王”」

勇者「………貴様」

盗賊「確かにテメーは勇者だ。だが、同時に魔王でもある」
「あの時、最後の一撃とやらで勇者の魂にこびりついたんだろ……それが、最初から、目的だったんだろう」
「智将に回りくどく、勇者に悪の心を植え付けさせて……俺達の関係を滅茶苦茶にして……最終的には……身体を乗っ取る……」

ああ、全く。


盗賊「弱虫さんだな、魔王サマ。勇者に勝つ自信がそんなになかったのか? 自分の側近を捨ててまで、さ」

刹那、勇者の身体が動く。僧侶を放り投げ、盗賊へと駆ける―――速い。

勇者「人間ごときが、我を馬鹿にするか! 鼠が! 貴様など、一捻りよ!」

ぶぉん、と勇者の腕が盗賊の心臓を貫こうと放たれる。
しかし、盗賊はそれをひらりと交わし、勇者と距離を置く。

盗賊「ふぅ……。やっぱり、完全には魔王が定着していないらしい」

とはいえギリギリだった。もう数瞬、反応が遅れていれば心臓が取り出されていた。
それもあの神父に貰った、この不思議な腕輪のお陰か―――いつも以上に、疾く動ける。

神父『この腕輪は、貴方を正しく風へと変えてくださるでしょう』
『だがそれ以上に身体への負担は大きい。何れ、貴方は地を這う芋虫の様に成ってしまうかもしれませぬ』

だからどうしたと言うのか。死を覚悟した人間に後先など無い。

勇者「………貴様、何処でその腕輪を?」

盗賊「ん? あぁ、見覚えでもあるのか。確か前の勇者パーティの”盗賊”が身に付けてたんだっけな」


勇者「……ヤツが生きていると申すか。くっく、全くしぶとい」
「貴様と同じく、仲間に逃がされた腰抜けよ。貴様の方が仲間の敵を討とうとする分、幾分かはマシだな”盗賊”よ」

盗賊「……あの人は、立派に今も戦ってるさ。慣れない聖職者になって、罪を償い続けている」
「回復魔法だって未だに初歩的だし、結界だってそれほど大したものじゃなかった」
「だけど、テメーの近くで虎視眈々と機会を伺っているのさ―――俺みたいに、テメーをぶっ殺す人間が現れるのをな」

勇者「くっく! 面白い……貴様を殺せば、次は過去の遺物の番だ!」

勇者が地面を蹴り、盗賊へと腕を振るう。その速度は腕輪を着けた盗賊さえも肝を冷やす速度だ。
腕輪の恩恵あっても、速度は同等に思えた。盗賊はひらりと身を交わしながら、更に距離を取る。

勇者「ちょこまか、と……貴様、何がしたい!」

盗賊「残念ながら、俺には勇者ほどの馬鹿力はないし、魔法も使えないからな」
「それより、さっきから完全に人格が”魔王”になってるじゃないか。さっきまで勇者だったのになあ」

勇者「くっく、勇者と我の意識は今、混沌の中にある。どちらも存在し、どちらも存在しない」
「我は魔王であり、我は勇者である。だが既に意識は―――悪で覆い尽くされている!」

勇者はバチバチと両腕を天に掲げ、魔力を溜める。
不味いな、と盗賊は下唇を噛みしめる。雷撃は広範囲すぎて、流石に躱すことは叶わないだろう。
腕輪の恩恵で人智を超えた速度を手にした今を以てしても、難しい。


盗賊(……今か? いや、まだ早い―――だけど、このままじゃ)

勇者「くっく! この部屋を覆い尽くす程の雷撃だ! 如何に速く動ける貴様でも、これを躱す事はできまい」
「二度、我の攻撃を躱した事は褒めてやろう―――極大、雷撃ィ」


僧侶「―――――対、魔防御、魔法」

雷撃が放たれる瞬間、勇者の後ろで倒れこんでいた僧侶が詠唱する。
馬鹿な、と勇者が振り返る―――が、僧侶は確かに壊れた眼で二人を見ていた。

この一瞬の隙を盗賊は見逃さなかった。
完全に壊し尽くしたはずの、彼女の言葉に勇者―――否、魔王が驚いた隙を。

彼女は言葉に出しただけで、決して魔法を発動させた訳ではなかった。
それに気づけ無いはずはなかった。但し、それが本来の魔王であったならばの話だった。

『人呼んで、黒い旋風』

誰が付けたか馬鹿馬鹿しい二つ名。
それを好き好んでいた彼女に魅せつける様に、盗賊は今、旋風として駆ける。


盗賊「ああああああああああああっ!!!」

勇者へと突きつけるは”紅いダガー”。
智将から奪った、盗賊の最大にして最後の一振り。

勇者「―――――くっ、貴様っ!?」

勇者が詠唱を止め、後退する。盗賊の瞳に何かを見たのか。
盗賊の眼には勝利が確信されていた。故にそれが魔王を後退させるだけの、理由となる。

盗賊「喰らえええええええええええええええええええええええええええ!!!」

後退、後退、後退―――されど、前進、前進、前進あるのみ。
元より”疾さ”においては勇者を凌駕する。

例え魔王の力を加えたとしても、こちらもまた歴代の”勇者”の腕輪を加えた。
一撃、唯の一撃を与えるだけで良い。ならば、最後にモノを言うのは疾さであるのは必至。


『いえいえ。私は好きですよ、その二つ名――それに、とても格好良く思います』

彼女の言葉を思い返しながら――――

『流石、黒い旋風様ですね』


黒い旋風はありったけの思いを込めて、勇者の身体へと紅いダガーを付き入れた。


勇者「あ、あぁ……馬鹿、な……」

ダガーは深々と勇者の心臓へと刺さった。

盗賊「はぁ、はぁ……悪いな、テメーの身体が勇者である以上……俺の方が、まだ疾い……」

全身全霊の一撃。それに最上の速度。盗賊の身体はあっという間に、限界を迎える。

勇者「ごぼっ、貴様、貴様ァ……」

口から吐血し、勇者は盗賊へと手を伸ばす。

盗賊「俺は、黒い旋風で……こっちには、白い女神サマが……ツいてるんでな……」

ちらり、と僧侶を見る。恥ずかしくて、やはり正気の彼女の前で言えたもんじゃない。

勇者「あぁぁあ……盗賊、やる、じゃないか」

不意に口調が勇者のものへと変わる。
死の間際に奇跡でも起きたか。盗賊はにっと笑いながら、勇者を見る。


勇者「……悪かった。僕の、心が……弱くてさ……」
「あの時言ったことは……ぜんぶ、本当で……君が、うらやましかった……」

盗賊「…………」

勇者「君を仲間と、心の底から思えなかった、僕を恨め……」
「悪の心に唆される、弱い僕を憎め……」

盗賊「だから……コインだって言ってるんだ。お前がそうなった様に、俺もそうなるかもしれなかった」
「だけど、安心しろ。お前は……表として、死んで行け。お前に、裏はやっぱり似合わないさ」

勇者「……僕より、真っ当に……君が……表だよ……」

どろり、とダガーの刺し傷から”呪い”が溢れる――それは勇者の身体を駆け巡り、即死の呪いを成就させる。

勇者「とう、ぞ……まだ、おわって……ない、から……な?」

その言葉を最後に、勇者は倒れ込んだ。
どうやら無事、呪いは発動した様だった。例え魔王の魂が張り付いていたとしても、勇者の身体は耐え切れなかったらしい。

盗賊「…………ああ、終わっちゃいないな」

終わっていない。その言葉の通りだった。
盗賊は砕け散ったダガーを捨てて、勇者の亡骸を見下す。

刹那、勇者の身体から夥しい量の瘴気が吹き出す―――そうして瘴気が、魔王を形成する。


魔王「が、がががが……くっく、くっくっく! 我は不滅、我は永遠!」
「貴様が我を、智将の武器で殺そうとする事も……我は知っておったわ!」

盗賊「そりゃ、勇者と同化したなら……記憶だって、持ってるわな……」

魔王「然り!然り!故に初めから貴様は我の掌の上なのだ!」
「くっく、認めよう盗賊よ……我は確かに、勇者に勝てまいと思った。我も老いておった……故に、勝機は薄いと見えた!」
「だが我は魂の転移の法を知っておる。然らば、勝てぬ相手ならば取り込めば良い……逆もまた、然り!」

盗賊「だからわざわざ、智将にまわりくどい事させたんだろ……」

魔王「然り。手駒を一つ、削る事になったがな。悪の心で染める事は叶わず、悪の心の種を植えるで精一杯だったようだ」
「命を賭してもその程度とは、情けなし。しかし、見事、我の前に現る頃には育ちきっておった」
「随分と居心地が良かったぞ……くっく! そうして、こうして殺される可能性も知っておったのだ」

盗賊「…………」

魔王「勿論、この勇者の身体で貴様を殺せれば上々だったがな……。しかし、貴様は見事勇者を討ち取った」
「なれば、新たな依代として貴様の魂へと”我”を定着させよう―――くっく、くっくっく!」

盗賊は手を広げ、にっこりと笑った。

盗賊「出来るものなら、やってみなってな……」

魔王「―――――我は、永遠なり!!!!」

魔王を形成していた瘴気の渦が、盗賊を包み込む。
全身の穴という穴から、瘴気を取り込み―――盗賊は、その身体に魔王を許す事となった。


盗賊「…………馬鹿だなあ。こんな身体に入って」

魔王『な、なにを言っている……?』

盗賊「知らなかったのか。このダガー、使ったら呪いをそのまま使用者に返してくるんだ」

魔王『馬鹿な、貴様……死を、覚悟して……いたのか……!』

盗賊「こればっかりは、賭けだった。即死の反動が、即死なら全部おじゃんだからな」
「どうやら呪い返しまで、タイムロスがある様だ―――なら、充分だな」

魔王『おのれ、智将め、なぜ、この事を我に……っ!」

盗賊「テメーは信頼されてないんだよ。智将はテメーを殺す気満々だったからな」
「俺や勇者がテメーの掌の上だった様に、テメーも智将の掌の上だったんじゃないか?」
「俺は智将の賭けってヤツに乗ってやっただけだよ……」
「自分を犠牲にして、一人だけハッピーエンド迎える事を阻止したい有能なテメーの部下のな」

魔王『ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ……ならば、貴様の身体から、あの小娘に移動するまでよ!』

盗賊「…………させるかよ、なあ、僧侶」

ずり、ずりと。既に腕輪の副作用でまともに動かない身体を引き釣り、彼女へと近づく。
そして横たわり、眼の焦点の合わない僧侶の前で盗賊は屈みこむ。
愛おしい人を見るその眼は、今から為す行いには、およそ似つかわしくない。


魔王『待て、何をする―――やめろ、貴様!』

盗賊「悪いな、僧侶。直ぐに、そっち行くから……な?」

僧侶「…………ぁ、ぅ?」

外套から愛用のダガーを手に、最後の一振りを彼女へと振り下ろした。

僧侶「――――――」

首元を貫き、致死を与える。彼女が最後に、笑ってくれた気がした。

魔王『馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 貴様、惚れた女ではないのか! 仲間ではないのかあ!』

盗賊「壊れちまってるんだ。それに、魔王の子なんぞ……産ませる訳にはいかない」

魔王『!』

盗賊「ナメるなよ。お前の逃げ道は全部、塞ぎにかかってんだよ」
「それに勇者も言ってたじゃないか……俺は、正義の為ならどこまでも非道になれるって……な」

魔王『……なんという、なんという! 貴様、何故それほどまで……っ!』

盗賊「ぺらぺら、勇者が最後に抵抗して話してくれたし……」
「僧侶も、魔法使いも……俺に期待してくれた。それだけで、俺は……命を、賭けれる……」
「だって、俺の望みは……世界平和、なんだからな……ふふ、我ながら良く此処まで変わったもんだ」

絶望の中に、希望を見た。それだけで充分だと言う。

盗賊「さーて、そろそろ時間だ。一緒に……くたばれ、魔王」
「魂ってのは、数分で空に昇ってしまうんだろ? 残念だったなあ……街まで、徒歩で1日、か……」

魔王『貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!』


――――――どくん。




盗賊の身体が崩れ落ちる。


血塗れの僧侶の身体へと覆いかぶさる様に、倒れこむ。


不思議と心地良い。死とは、こんなにも優しげなのか。


――――生きている。

盗賊「…………なんで、だ」

静まり返った魔王城。そこで盗賊は眼を覚ました。
確かに呪いの反動は発動し、死を感じた。だけど、こうして生きている。

盗賊「………これ、か」

懐を見ると、見窄らしい石が砕け散っていた。
それは何時か、彼女がおまじないを掛けてくれた”賢者の石”の贋作だった。

盗賊「贋作、じゃないってか?」

まさかな、と砕け散ったそれを掴む―――が、サラサラと粉末状に消えて行く。

盗賊「…………なあ、僧侶。おまじない、効いたよ」

絶命している僧侶の上で、盗賊は涙する。
嗚咽を漏らし、やり切れない怒りや悲しみ、全てを吐き出していく。


盗賊「あ、あぁあ、あああああああああああああああああああああああ!!!」

生き残った。生き残ってしまった。
恐らく魔王の魂は胡散した。なのに自分も生きている。
そして仕方ないとは言え、勇者も、僧侶も自分が殺した。

盗賊「ふざけるなっ! ふざけるなっ! 何で、何で俺もお前らと……逝かせてくれないんだっ!」

追いかけたかった。勇者を、魔法使いを、僧侶を追いかけたかった。
だけども、二度も拾ったこの生命が―――そうは、させてくれなかった。

盗賊「うっ、うぁ……あああああっ! 畜生がっ! 生きて、生きてやるよ……っ!」
「お前らの、ことを……伝えて、平和な世界で……生きて、やる……っ!」

魔王城に響く、盗賊の嗚咽は何時までも止まる事はなかった。


その日も盗賊と魔法使いが魔王城から逃された様な、酷い土砂降りの雨だった。
川は氾濫し、彼が立ち寄った村は増水に伴い農作物は全て台無しとなったらしい。

酒屋「やれやれ、これで当分は王都からの仕入れに頼るしかありませんね」

客「全くだ。それでも収穫期の後だったのは幸いだよ」

酒屋「違いない。それよりもお客さん、勇者様たちのお話は知ってますか」

客「ああ、魔王城に辿り着いたらしいな!」

酒屋「ええ。以前に王都でお見かけした時から、使命を必ず果たされる方と確信しておりました」

客「かーっ! これから魔物もいなくなって平和な時代か来るんだな。なあ、アンタはどう思う?」

村の酒場では今日も勇者の話題で溢れていた。
客はケラケラと愉快そうに、一人離れた席に座っていた彼に声をかける。


盗賊「……さあ。どうだろうな」

低い、少し掠れた声で彼はさも興味なさげに答えた。
その風貌は旅人と思わせるもので、擦り切れた外套と深く被った帽子が特徴的だった。
黒、と表現するのが正しい。帽子の下の彼の表情は暗く、陰気な様子だった。

客「アンタ、旅人だろう。勇者様の話とかよく聞いたりしないのかい?」

盗賊「聞くさ。だが、大して面白味のある話ではないさ」

盗賊はグラスを空にすると、数枚の硬貨を置いて席を立った。

客「けっ。なんでえ……ツレないねえ」

酒屋「まあまあ。それにしてもあの方……見た事ありませんか?」

客「ばーか。見ようにもでっけえ帽子マブカで被ってりゃ、顔も見れねーよ」

酒屋「ふーむ。確か勇者様のパーティに、あの様な出で立ちの男が居た気がしましたが……」

客「あー? そんな馬鹿な。王都で有名な、黒い旋風とか言う義賊みたいなヤツだろ、それ」
「だとしたらあんな陰気な男じゃないな。それに黒い旋風ってヤツは正しく、風の様に疾いって噂だぜ!」

酒屋「ははあ……。確かに、そうですね。あんなに足を引き釣り歩いていては、風なんて夢のまた夢ですから」
「それに勇者様のパーティの方なら、こんな所で一人で飲んでいるわけもありませんね」

客「そういうこったぁ! 気を取り直して祝福だ! 魔王は死んだ! これからは平和な時代だーっ!」


雨の日は嫌いだった。激しくなる程にズキズキと古傷が痛む。
宿屋でベッドに潜り、雨の音を不快だと耳を塞ぐ。

盗賊「…………独りとは、こんなにも寒いものだったかな」

寒い。手足の先がキンと冷えている。
冷えた指先を擦る。温まらない指先を擦る、その仕草は祈りの様にも見えた。

盗賊「……祈りの仕草か。ふふ、僧侶、お前みたいだな……」

あれから、盗賊は魔王城を後にして王都へと真っ直ぐに向かっている。
今日で漸く王都まで後一歩と行った所だ。僧侶や勇者の様に、転移魔法を使えない彼は長く王都までの旅を続けている。

一刻も早く王都に伝えたいが、この口で王へと伝えたかった。
彼らの雄姿と、自分の罪と、魔王の最期を。

盗賊「全く、それにしても噂は広まるのが早い……」

あの日を境に、魔物が鳴りを潜めていた。
勇者が最後の街から魔王城へ向かった事を確認していた人間が、それに気づいて言ったのだ―――『魔王は死んだ』と。

盗賊「王に謁見して、詳細を語るまで……どれくらい、尾ひれがつくかな?」

くつくつ、と笑いながらベッドに更に潜り込んだ。
仲間は全員死んだ。独りの夜はこんなにも寒いものだったのか。

旅は確かに過酷で、盗賊は凄惨な目に合ったと言えよう。
だが、彼は決して彼らを恨んだりしていなかった。

だが彼は聖人ではない。身に降り掛かった出来事を忘れる事も出来ない。

盗賊「弟子入りでもするか」

魔王城の近く、古びた教会の神父が頭に思い浮かんだ。
ひとつ、先人に習い―――。


噂があった。

魔王を討った、”黒い旋風”と言う勇者一行の一人は人殺しだった。
その罪を償う為、彼は聖職者となったと言う。

彼はエルフと友好的で、最後に姿を見せたのはエルフの里だったと言う。

コインを指で弾き、”表”と”裏”と言う話を好んで説いていたと言う。

そして彼が生涯に愛した女性はたったの一人だったと言う。



- TRUE END -

くう疲(・ε・)
勢いで書いたから設定ボロボロっす
疑問点があればお答えしたいくらいにボロボロっす

ポルノグラフィティ大好きなのでこっそりぽいのを入れてたり
全部見つけられた人とはいいお酒が飲めそうですな

次のSSは比較的軽めのものを考えてます
また機会があればよろしくおねがいしますだ

それではまた(・ε・)

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom