ANKO―地獄のオニばばあ―【ごちうさ】 (85)

―まえがき―

基本好き勝手やるので

いろいろ言いたいことはでると思いますが、気にせず言ってしまうといいでしょう。

複数回にわけての投稿となると思います(多少間隔があく場合があるかもしれませんがご容赦を)

では以下より本文です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1434896180

かつて誰かが言った―――

甘兎庵は地獄と・・・

それはなぜか?

それは甘兎庵の女主人が「オニばばあ」の異名を持つからであった。

ではなぜ彼女がオニばばあと言われるのか?

それは彼女の持つ数々の逸話から説明できる。

まず一つ目

甘兎庵店内における絶対的存在であること。

店内で女性に対し不埒な言動を取る男へは一切の容赦が無いのである。

そしてその対象は人間だけではない。

野良うさぎである。

この木組みの街は兎に角ウサギが多い。

そして彼らは隙あらば店内へ忍び込み悪さをする。

彼らへの対処も主人である彼女の仕事なのだ。


次に二つ目

そこからくる店舗内の物的および運営の管理。


そして三つ目

従業員への指導、評価の実施、メンタルヘルスへの配慮。

そして最後に四つ目に・・・

???「覚えておれ、このクソババァ」

女主人「ふんっ。一昨日来な。このクソジジイが」

 某喫茶店マスターとの確執であった。

 その戦いは常に苛烈なものであり
 
 いつしか誰かが言った

「あれが甘兎庵のオニばばあである」・・・と

~某日 甘兎庵店内~

リゼ「こいつは本当に大人しいな」(サワサワ)

ココア「あんこはホントに立派な看板うさぎさんだねー」(ナデナデ)

あんこ「・・・」

千夜「ふふ。ありがとう」

千夜「でもね。あんこも昔は随分とやんちゃくんだったのよ?」

ココア「えー?」

リゼ「本当か?……信じられないな」

~チリンチリン~

チノ「あの、すみません。こちらにココアさんは……」

千夜「あら。チノちゃんいらっしゃい」

千夜「ココアちゃんならココにいるわよ?」(スッ

あんこ「(キラーン)」(ダット

チノ&ティッピー「!!」

ティッピー「ノオオオオオオオオ」

 その日もあんこはティッピーを確認するや否や凄まじい勢いでティッピーを追い掛け回し始める。

 店内を駆け巡る2羽のウサギたち。

 やがて両者は店外へと飛び出し、その姿は少女たちの視界から完全に消え去ってしまった。

千夜「あらあら。あんこったらティッピーを見ると昔に戻ったみたいになるわね」

リゼ「そうなのか?」」

チノ「なんの話ですか?」

ココア「そういえば」

ココア「あんこって千夜ちゃんやシャロちゃんがちっちゃかった頃から居るって聞いたけど、どういう経緯で甘兎庵の看板うさぎになったの?」

千夜「んーそうね。あれは確か10年くらい前の話になるかしら」

千夜「あら?あなたは?」

 ある日、幼き千夜は道端に捨てたれた一羽の仔ウサギを見つけトコトコと近づいてゆく。

 その仔はボロボロの姿で弱々しく震えながらダンボール内から近づく少女をジっと見つめていた。


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         ∥:: :|       /:: ィ:: }
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         ソ -‐==<./:/
       / :: :#: :: :: :: :: :: `:く
      ′:: :: :: :: :: # :: :: :: :,

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   ニニ |∪ ,   ヽ: :: ニ二二工  
       从 ^   ノ:: \:: :: :::ノ
     / `ミ::¨´:: :: :: ::ヽ:: 〈
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   )   | :: { /:: :: :: :: / :: :: :: :: :: :: ::X/  /
  ノ | ̄ ̄V ̄ ̄し´ ̄ ̄ ̄し ̄VV|\/|

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千夜「……ただいまぁ」

婆ちゃん「お帰り。おやつの前に手を洗ってうがいしておいで」

千夜「はーい」(コソコソ)

千夜「ねえ。おばあちゃん………」

婆ちゃん「なんだい?」

千夜「今日はおやつを部屋で食べてもいいかしら?」(コソコソ)

婆ちゃん「………」

千夜「(ドキドキ)」

婆ちゃん「……今日だけだよ」

千夜「ありがとう。おばあちゃん」(トタトタ)

千夜「ほら。お腹空いてるでしょ?食べていいのよ?」

仔うさぎ「・・・」

 仔うさぎは目の前に差し出された栗羊羹へ警戒するように少し鼻をひくつかせ、やがてゆっくりと一口噛り付いた。

仔うさぎ「(モグモグ)」

千夜「どう?うちの羊羹は?美味しいでしょ?」

 口に含んだ羊羹を飲み込んだ仔うさぎはその味がたいそう気に入ったのか、それまでが嘘のような勢いで栗羊羹を貪りだした。

千夜「うふふ。どうやら気に入ってくれたみたいね」

 千夜はその様子をしばらく眺めてから、仔うさぎの傷の手当てをするための救急箱を用意するために部屋を後にするのであった。

千夜「あった」

千夜「急いで戻らなきゃ」(タッタッタ

 無事に救急箱を見つけることが出来たが思ったよりも手間取ってしまった。

 千夜は急いで部屋へと戻るが室内を見て思わず息を飲んでしまう。

千夜「―――!!」

婆ちゃん「………」

仔うさぎ「(パクパクパク)」

 そこには持ってきた栗羊羹を食べつくし、どうやって見つけ出したのか千夜が隠し持っていたお菓子を頬張る仔うさぎと、その様子を座りながらジっと見つめるおばあちゃんの姿があったのだ。

婆ちゃん「千夜」

千夜「は、はい」

婆ちゃん「なんだい?この子は?」

千夜「えーと……拾ったの」

婆ちゃん「元の場所に還してきな」

千夜「で、でも……その子、怪我をしててかわいそうなの」

千夜「お願い。ちゃんと世話はするから」

婆ちゃん「………」

千夜「そ、それにほら、うちは甘兎庵でしょ?」

千夜「きっとこの子はうちの看板うさぎになるわ」

 そう言いながら未だお菓子にがっつく仔うさぎをヒョイっと抱き上げ、ずいっとおばあちゃんの前に仔うさぎを差し出す。

千夜「今はちょっと傷だらけで汚れてるけど、こんなに可愛いのよ?」

 とても小さな身体

 黒々とした毛並み
 
 そして元の飼い主のうさぎへの謝罪のつもりなのか、わずかな気配りなのか、頭にちょこんと乗っかり仔うさぎの可愛さを引き立てる王冠。

千夜「ね?お願い」

婆ちゃん「………はあ」

婆ちゃん「分かったよ。アンタは誰に似たのか頑固だしね」

 しばらく考え込み、軽くため息をつきながらおばあちゃん―――甘兎庵の女主人の祖母は孫の申し出を了承した。

婆ちゃん「ただし、しっかりとアンタが面倒を見るんだよ?」

千夜「うん。ありがとう」

 祖母のその言葉を聞き千夜の表情がぱぁっと明るくなり、仔うさぎをギュっと抱きしめ喜びはねる。

婆ちゃん「その代わり、その子を看板うさぎにするからには、場合によっては私も教育をするかもしれないからね?」

千夜「うん」

婆ちゃん「まったく。とりあえず、その子に名前をつけてやんな」

千夜「あんこ」

婆ちゃん「あんこ?」

千夜「そう。この子はあんこ。黒くてちっちゃくてかわいいでしょ?」

 そう言いながら千夜はあんこと名づけた仔うさぎを見つめ「よろしくね。あんこ」と強く抱きしめるのであった。

あんこ「・・・」
 
 その間、あんこは彼女の言葉を理解しているのかどうか、ずっとお菓子を頬張り続けていた。


これは始まり

あんこの看板うさぎとしての始まり。

―連絡―

本日分はここまでです。

続きは明日以降で。

それから「あんこ」と名づけられた仔うさぎは千夜の看病の甲斐もあり見る見る回復してゆき、一週間が経つ頃にはすっかり元気な姿となっていた。

今も千夜に与えられた栗羊羹を元気に頬張っていた。


千夜「ふふ。すっかり元気なってくれて良かったわ」

あんこ「(パクパクパク)」

千夜「そうだ!シャロちゃんにも紹介してあげなくちゃ」

 千夜はあんこを持ち上げ部屋を後にする。

 その間もあんこは栗羊羹を器用に掴み抱えながら貪り続けていた……。

千夜「ほら、シャロちゃん。この子がこの前に話したうさぎさんよ」

シャロ「わーかわいいー」

あんこ「・・・」

シャロ「ねえ。お名前はなんて言うの?」

千夜「この子はね、「あんこ」っていうの」

シャロ「へーよろしくね。あんこ」

 幼き日のシャロが千夜の抱えるあんこの頭を撫でようとした時………それは起こった。

あんこ「・・・」(ガプ)

シャロ「―――!!」

なんと、それまで千夜の腕の中でぬいぐるみの様に大人しくしていたあんこは、千夜の腕から器用に抜け出すと差し出されたシャロの手に噛み付いたのだ。


シャロ「!!」

シャロ「い、いたい!!痛いよー」

 突然のことに軽くパニックを起こしながらシャロは腕をブンブンと振り回し、ぶら下がるあんこを振り落とそうとした。

 しかしあんこはよほどしっかりと噛み付いているのか一向に離れる気配は無く、どこか楽しげに振り回されていた。

千夜「よかった、あんこもシャロちゃんのことが気に入ってくれたみたいね」

 泣きながら必死にあんこを引き剥がそうとするシャロ。

 ガッシリとシャロに食いつきハシャグあんこ。

 すっかり仲良くなってくれたことを素直に喜ぶ千夜。

 シャロがあんこが解放されたのはこの後、彼女の泣き叫ぶ声を聞きつけたおばあちゃんが駆けつけた後の話であった。

シャロ「うう。ぐすぐす」

千夜「あんこ。シャロちゃんに遊んでもらえてよかったわね」

あんこ「(フンスフンス)」

 引き剥がされ千夜の腕の中へと戻されたあんこはいまだどこか興奮冷めぬという感じであった。

 千夜は新しい友情の芽生えを素直に喜んでいたが、対照的にシャロはその後もずっと愚図っており、おばあちゃんにしがみついているのであった。

婆ちゃん「千夜。その子を連れて家に戻ってな」

千夜「はーい」

 本当はもっとあんことシャロと遊びたかったのだが、確かに日も暮れてきてしまっている。

千夜「それじゃーまた明日ね。シャロちゃん!!」

千夜「ほら。あんこもお別れをしなさい?」

シャロ「ひい」

その後おばあちゃんも程なく戻ってきたのだが、おばあちゃんは戻ってくるなり千夜に対し「次からはもっと気をつけるんだよ」と注意をした。

千夜はそれがいまいちなんのことかわからなかったが、とりあえず「はーい」と頷いておくことにした。

それからおばあちゃんはあんこを千夜から受け取り、ジッと見つめながら「お前ももうあんな事するんじゃないよ?」と険しい表情で注意をしていた。

それに対しあんこは黒々とし、無表情な顔でおばあちゃんを見つめ返し続けるだけであった。

―連絡―

本日の更新はここまでです。

翌日

シャロ「ひいっ!!」

あんこ「・・・」

千夜「あんこったらシャロちゃんの事が凄い気に入ったみたいで朝からずっとシャロちゃんに会いたがってたのよ?」

 あんこは地面へ降ろされると同時に昨日の様に勢いよくシャロへと飛びかかる。

シャロ「痛い!痛いよー!」

あんこ「(ハグハグ)」

 いきなり飛び掛られ尻餅をついたシャロの顔へと覆いかぶさったあんこはそのまま彼女の耳や髪へと噛み付きじゃれ付く。

千夜「すっかり仲良しさんね」

シャロ「えーん。だれかぁ…たす……助けて」

 ばたつくシャロと大興奮のあんこを微笑ましく見守る千夜であったが、それは唐突に終わりを迎えた。

あんこ「~♪」(ヒョイ)

千夜「あ」

婆ちゃん「ふぅ」

シャロ「あぅいやあー」

婆ちゃん「ほら。もう大丈夫だよ」

千夜「おばあちゃん」

 あんこはシャロの叫び声を聞きつけ店から飛び出してきた祖母により引き剥がされるも、その手の中で必死に身体をバタつかせ抜け出そうとしていた。

婆ちゃん「ほら。もう大丈夫だからお前も泣くんじゃないよ?」

シャロ「う、うん。ありがとぉ」

千夜「おばあちゃん。あんこはシャロちゃんと遊んでただけなのよ?」

 どうやら幼い孫には自分のペットと親友が仲良く遊んでいただけにしか見えなかったらしい。

 頭に「?」を浮かべながら何故シャロが泣いているのかも、自分が出てきたかも分からないといった様子の千夜に軽くため息をつきながら、祖母は千夜にシャロに新作のコーヒー羊羹の試食をさせてやりなとその場を離れさせるのであった。

あんこ「~~~!!」

 離れてゆく二人の後を必死に追おうとするあんこであったが、その身は相変わらずガッチリと祖母の手に掴まれていた。

婆ちゃん「千夜にも後で少しきつく言っておく必要があるねえ」

あんこ「#」(ガブリ)

 イラだったあんこは祖母の手へ強く噛み付く。

婆ちゃん「っ痛」

 そしてあんこはその隙を見逃さずスルリと祖母の手から抜け出すと、そのまま街の通りを脱兎のごとき勢いで駆け抜けていってしまった。

婆ちゃん「しようがない仔だね……」

 あの後、あんこが逃げ出したことを聞いた千夜は祖母に「オニばばあ」と言い放ちシャロを連れて店を飛び出すも、夕暮れ時にあんこは何食わぬ顔で甘兎庵へと戻ってきた。

 そして結局あんこを見つける事が出来ずションボリとして戻ってきた千夜だったが、あんこが戻ってることを聞き泣いて喜んだ。

 本来は叱るつもりだった祖母も、その様子を見て仕方ないと今回は大目に見る事とした。

―――だが、それが栗羊羹よりも甘すぎる判断だったと後悔するのにさほど時間はかからないのであった―――。

千夜「いってきまーす」

婆ちゃん「気をつけるんだよ」

 その日、千夜はあんこを連れて散歩に出かけた。

 あんこを飼いだし三週間ほどが経っていた。

 思えば二人で出かけるはこれが始めてである。

千夜「どう?素敵な街でしょ?」

あんこ「・・・」

 千夜の腕の中であんこは実に大人しくしていた。

 それはまるでぬいぐるみの様である。

 だが、そのうつろな眼光が時折ギラギラと獲物を求める獣の輝きを見せていた事が千夜は気づくことなかった。

千夜「ここがうちのライバルのお店でオニじじいが居るラビットハウスなの」

 千夜はあんこを頭上に掲げ「いつか私たちでこのお店にギャフンと言わせましょうね」とはしゃいでいた。

 店内がちょうど見えるあんこの視線の先……店内を覗ける窓の向こうには……一羽の真っ白なアンゴラウサギとマスターと思しき老人がいた。
 
 その時、あんこの瞳が未だかつてない程に血走っている事に千夜はまたしても気づく事はなかったのであった。

 その後、二人は公園へと足を向けた。

千夜「ほら、あんこ。みんなと遊んできていいのよ?」

あんこ「・・・」(ダッ

 千夜があんこが他のうさぎさんたちと遊びたいだろうと思い、あんこを地面へ下ろすと同時にあんこはすぐさま目の前にいたウサギたちのもとへと駆けて行った。
 
千夜「やっぱりウサギさん同士で遊んだほうが楽しいのかしら?」

 目の前の普段の彼からは想像できないスピードで周囲のウサギたちを追い回すあんこを見ながら千夜はちょっと寂しい気持ちになる。

 だが、それはすぐに笑顔へと変わった。

あんこ「・・・」(フンフンフン

野良ウサギ「―――」

 あんこは追い掛け回していた一羽のウサギを捕まえると、そのまますぐに仲睦まじく戯れ始めたのであった。

あんこ「――!!」(ビクン

 あんこも嬉しいのか身体を忙しなく擦り付け、大きく飛び跳ねていた。

 その後もあんこは日が暮れるまで様々なウサギさんたちと戯れまわり、千夜もあんこが早くも公園の人気者になったと飼い主としてとても誇らしい気持ちとなっていたのであった。

千夜「暗くなってきたわね。あんこ、もう今日は帰りましょう?」

あんこ「・・・」(カクカクカク

 千夜はまだまだ遊び足りないと腰を振っていたあんこを引き剥がし、野良ウサギたちへ別れを告げ甘兎庵へと帰るのであった。

千夜「それじゃ今日もいってきまーす」

 あれから毎日のように千夜とあんこは公園へと遊びに行っていたのだが、その日、事件は起こった。

女性「きゃああああああ」

女性「なんなのこのウサギーーー!?」

あんこ「・・・」(フンスフンスフンス)
 
 そこにはいつものように元気一杯に腰を振るあんこがいた。

 ただいつもと違うところ……それは今回のウサギは野良ではなく、飼いウサギだということであった。

 必死にあんこを引き剥がそうとする飼い主の女性だったが、あんこは一向に離れようとせずに己の波動砲を女性のペットへと撃ち込み続けていた。

千夜「あんこーいたいた」

千夜「あら。今日はその子と遊んでるの?あんこは本当に人気者さんね」

女性「あ、あなた、コイツの飼い主?ちょっと早く私のうさちゃんから―――」

 女性の抵抗も空しくあんこが一度大きくビクンと痙攣をした。

女性「!!」

 あんこを掴む女性の手から力が抜けてゆく。

 その瞬間あんこはすぐさま脱兎のごとく何処かへと駆け抜けていった。

千夜「あら。あんこったらもういいのかしら?」

女性「……ちょっとあなた」

 あんこが駈け去った直後、怒気を孕んだ声が千夜へと放たれる。

千夜「?」

女性「この責任……どう取ってくれるの?」

千夜「え?」

 女性は怒りに我を忘れたかのように幼い千夜へと掴みかかる。

 千夜は訳が分からないといった感じで???を浮かべながら、さっきまでの笑顔が嘘のように恐怖に染まってゆく。

女性「お前はいったいペットにどういう教育してんだ?あっ?」

千夜「え?え?なん……で?だってあんこはっ……そのっうさぎさんとぉ」

 恐怖に涙を浮かべるが訳がわからずしどろもどろに途切れ途切れ答える千夜だが、女性は怒りが止まる所を知らず、ますます声を荒げていった。

 千夜はドラマで見たヒステリー女を思い出し、ガタガタと震えだす。

 だが、こんなときに限り周りに人の姿はなかった。

 その後も女性の怒声は鳴り止む事がなかった。

 そして家はどこだ?親は?などとますます犯罪者みたいな事を言い出す女性に千夜はもう震えながら泣く事しか出来なかった。

千夜「(きっと私は殺されちゃうんだ)」

 そんな恐怖感に支配され、心が絶望に染まりきりかけた時だった。

婆ちゃん「どうしたんだい?」

女性「あ?」

千夜「あ!!」

 千夜の顔が一気に晴れてゆく。

 そこにはおばあちゃんとあんこが居たのだ。

女性「あーーーそいつ!!」

千夜「おばあちゃん助けて。この人が……この人がぁ」

婆ちゃん「うちの孫が何か失礼なことでもしたのでしょうか?」

 それから先のことを千夜はよく覚えていなかった。

 ただおばあちゃんはしばらく女性に怒鳴られ続け、そして何故か申し訳なさそうに謝りだしたのだ。

 そして―――

婆ちゃん「お前はこの子と一緒に帰るんだ」

 そう言いながらあんこを千夜に押し付け、そしてそのまま女性とどこかへと行ってしまった。

 その日おばあちゃんが帰ってきたのは何時間も過ぎてからであった。

 そして千夜はあんこを公園で自由にさせてはいけないとキツク言いつけられるのであった。

千夜「なんであんな怒ってるんだろ?」

あんこ「・・・」

千夜「あんこはただ遊んでただけなのにね?」

あんこ「・・・」

千夜「明日はいよいよあんこの看板うさぎデビューなのにね」

あんこ「・・・」

千夜「……頑張ろうね!!」

―連絡―

本日の更新はここまでとさせていただきます。

本日もお付き合いありがとうございました。

千夜「よしっ!!あんこ、頑張ってね!!」

あんこ「・・・」

 今日は待ちに待ったあんこの看板うさぎデビューの日であった。

千夜「今日のために二人でいっぱい頑張ったもんね」

 腕の中のあんこを見つめながら千夜は今日までの特訓の日々を思い返す。

シャロ「ひいっ!!」

あんこ「・・・」

千夜「あんこ。シャロちゃんと遊びたいのはわかるけど我慢するのよ?」

 マテを支持してからあんこを地面へと下ろす。

あんこ「・・・」

千夜「そう。あんこ良い子よ」

あんこ「・・・」(ダダダダダダダダ

シャロ「!!」

シャロ「いやああああああああああああああああ」

千夜「あらあら」

あんこ「・・・」

 あんこの目の前には甘兎庵のスイーツが並べられていた。

千夜「あんこ。食べたいでしょうけど我慢するのよ?」

あんこ「・・・」(ガッガッガッガッガッガッ

千夜「もう。あんこったら」

千夜「きびしい特訓の日々だったもんね」

あんこ「・・・」

 辛い特訓の日々を終え、昨晩千夜はおばあちゃんにあんこへの躾は完璧だと報告をしていた。
 
 おばあちゃんは了承しかねていたが、孫の熱心な説得と両親が「いいじゃない」と後押しをしたことにより結果折れる事となった。

 だが当然ながらしっかりと言い聞かせることと念は押した。

千夜「でも、あんこならきっと大丈夫だよね?」

 これも全てあんこへの信頼あってのものだった。

千夜「おばあちゃんのためにも頑張ろうね?」

あんこ「・・・」

 そして、ついに今日この日

 あんこは甘兎庵が誇る看板うさぎとしてデビューを果たすのであった。 

千夜「それじゃあんこ!頑張ってね!」

 千夜はあんこのために用意された台座の上にあんこを座らせ、ファイトのポーズをしてからその場を後にした。

あんこ「・・・」

 あんこは台座に大人しく座っている。

 やがて店内にはまばらではあるが客の出入りが見られ始めた。

女性客「わーなにこのうさぎかわいー」

 開店から数時間が経ち、あんこの存在に気づいた客がここまでに何人か彼を褒め称え頭や背中を撫でてくれた。

 あんこはその間時折身体をくねらせたりするが、基本的にはずっとジッと大人しくしている。

 千夜も店の奥からその光景を眺め、あんこは立派に看板うさぎを全うしていると彼を内心で褒め、そして同時に誇らしい気持ちにもなっていた。

あんこ「・・・」

 千夜はすべてが上手くいくと確信した。

―――だが、事件はその時起こったのである。 

女性客「うさぎさん。これ食べてみる?」

 あんこの傍の席に座っていた客があんこに対し、一口ぶんのパフェの乗ったスプーンを差し出した瞬間……

女性客「きゃっ!?」

あんこ「パクパクパク」

 なんとあんこは差し出されたスプーンには脇目もふらず、一目散にパフェ本体へと飛び掛かり貪り始めたのだ。

女性客「ちょ、ちょっとー」

 女性客は驚きながらもあんこをパフェから離そうと手を伸ばすのだが

あんこ「・・・」(ヒョイ

 あんこは器用に手を避わし、後ろ足でパフェを蹴飛ばしその場から駆け出してしまう。

 それから店内が絶叫で彩られるのに時間はかからなかった。

あんこ「♪」

 あんこは店内を軽快に駆け回り目に付く甘味へ飛びついた。

 そして女性客へも飛びついては身体を這い回り

女性客「いやーっ!なにこれー!?」

 あんこが離れた顔にはべったりと粘着しつな液体がこびりついていた。

男性客「うぎゃあああー痛いっ痛いっ!!」

女性客「ちょっと離れなさい」

 すぐに別の席からも悲鳴がおこる。

 あんこが男の腕に噛み付きぶら下がっているのだ。

 引き剥がそうとするがガッチリと噛み付いているあんこはビクともしなかった。

 あんこが走るたびにいつもの静かな店内は今までに無い歓声に包まれてゆくのであった。

千夜「あんこったら。あんなに頑張って」

千夜「それにお客さんたちもあんこをあんなに可愛がってくれるなんて」

 店内の賑わいを陰から見守りながら千夜は心の中で「あんこ。頑張って」とエールを送っていた。

 そして同時にあんこを看板うさぎにしたのは大成功だと子供ながらに確信していたのであった。

 だが程なくして店の奥からおばあちゃんを始めとした大人たちが大慌てで駆け出してきた。

あんこ「(ビクッ)」

 あんこは自分を捕まえようと迫る存在に気づいたのか、倒れこんだ男の顔にへばりつき耳や鼻を齧っていたのを止め再度駆け出した。

千夜「?」

 店員たちは何故か客へ謝罪をはじめた。

 そして残りの店員たちもあんこを追い掛け回しはじめたのだ。

店員「待て、こらっ!!」

あんこ「・・・」

 千夜は物陰から見守っていたが今まで見たことの無い申し訳なさそうな顔でお客さんへ謝るおばあちゃん。

 そして店内を縦横無尽に駆け回るあんこ。

 流石に心配になり千夜もおばあちゃんのもとへ駆け出すのだが、それと同時にガシャンと大きな音がすした。

千夜「あんこ?」

 どうやら追い詰められたあんこが窓ガラスを突き破り外へ逃げ出したようであった。

 千夜は足の向きを変え誰よりも早く外へと飛び出す。

千夜「あんこ!どこ?」

 あんこの姿を求め周囲を見回す。

 何でこんな事になってるのかわからない。

 だけど、きっとこれは何かの間違いに決まってる。
 
 あんこは立派に看板うさぎのお仕事をしているだけなのだから。

あんこ「・・・」

千夜「あんこ」

 店から少し離れた場所にあんこはちょこんと座り込んでいた。

 あんこの姿を確認しホッと胸を撫で下ろし、あんこに「こっちへおいで」と手招きするのであった。

 あんこは少し警戒するも千夜の許へと駆け寄ろうとしたが、その時であった。

―――ガシッ!!―――

あんこ「!!」

千夜「え?」

 突如あんこの背中から漆黒の翼が現れ、その小さな身体は上空へと飛び立つ。

 ……いや、そうではない。

 よく見れば、あんこはカラスにその身体を掴みこまれ空中へと持ち去られてしまっていたのである。

千夜「あ、あんこ!!」

 千夜はあんこの名を叫びながら今まであんこの座っていた場所へと駆け寄るが、既にあんことカラスは天高くその姿を消した後であった。

その後のことはよく覚えていない。

直後におばあちゃんたちも店から出てきたが、泣きじゃくる千夜からあんこの事を聞き皆顔を見合わせるしかなかった。

そしてその日はその後すぐに店を閉めてしまった。

おばあちゃんたちは最後までお客さんたちに頭を下げており、お客さんたちも皆どこか怒っていた。

きっとあんこが居なくなった事が原因に違いない。

おばあちゃんも何か色々言いたげな様子ではあったが、泣きじゃくる私を見てため息をつくだけであった。

なんでこんなことになってしまったのだろう?

あんこ……早く帰ってきて。

―連絡―

本日分はここまでです。
明日以降は連続で更新していけるように努力します。
それでは本日もお付き合いありがとうございました。

 あんこが居なくなって数日が過ぎた。

 あんこのために用意した台座は今日もただポツンと寂しげに店内に置かれていた。

千夜「……あんこ」

婆ちゃん「あの子はカラスに連れてかれたんだろ?」

婆ちゃん「かわいそうだけど諦めな」

千夜「……あんこを探してくる」

千夜「きっとあんこは無事よ。ただどこかで迷子になってしまっているだけなの」

婆ちゃん「はぁ……好きにしな。ただし暗くなる前には帰って来るんだよ?」

千夜「うん」

千夜「あんこどこなのー?」

シャロ「あんこー」

 千夜はシャロとともに街のうさぎが居そうな場所を歩き回った。

シャロ「うぅなんで私があんなのを探さなきゃならないの?」

 本来なら付き合いたくなどなかったが、千夜はあんこがいなくなってからずっとベソをかいている。

 大事な友人のそんな姿は見ていたくないという思いが勝った結果あんこの捜索に付きあう事にしたが、ここにくるまでに数度うさぎの襲撃を受けた事で既に後悔気味であった。

 そんな気持ちでため息混じりに辺りを見回すシャロであったが、視界に不意に小さな黒い物体が入り込む。

 そして直後

シャロ「きゃー」

 あんこを知らないかと野良ウサギたちに聞いて回っていた千夜の耳にシャロの叫び声が飛び込んできた。

千夜「どおしたの?シャロちゃん!」

 急いでシャロのもとへと駆け寄った千夜だったが、目の前の光景に思わず息を飲んでしまう。

シャロ「―――!!」

あんこ「・・・」(フンフンフン)

 なんとそこにはシャロの顔面上で、その小さな可愛らしい身体を捩じらせるあんこが居たのである。

千夜「あんこ!!」

シャロ「ち、千夜。早く……早く……こいつをどけてー」

 目に涙を浮かべその光景を眺める千夜に対し、シャロは必死にあんこを引き剥がそうとしていたが、シャロの顔面にへばりついたあんこはビクともしなかった。

 かくしてあんこは無事に甘兎庵への帰還を果たしたのであった。
 

婆ちゃん「それにしてもよく無事だったね」

千夜「ねっ?言ったとおりだったでしょ?あんこはとってもお利口さんで強い子だもんね」

あんこ「・・・」(ハグハグ

 あんこはよほど疲れていたのか、店に戻るなり千夜から差し出される栗羊羹を一心不乱に貪り続けていた。

千夜「あんこ。また明日から看板うさぎとして活躍しなきゃいけないんだからそろそろ休みましょう?」

 栗羊羹を抱え込むあんこを抱き上げ千夜は部屋へ戻ろうとするが、それはおばあちゃんによってさえぎられるのであった。

婆ちゃん「千夜。その事だけどね。その子はもう店には出さないよ」

千夜「え?」

 それからおばあちゃんはあの日あんこがどれだけお客さんたちへ迷惑をかけたかを千夜に説明した。

 千夜はそれを信じられないといった表情で、あんこは他人事のように栗羊羹を齧りながら、その話を大人しく聞き続けた。

婆ちゃん「わかったね?」

千夜「そんな……何かの間違いよ。ねっ?あんこ」

あんこ「・・・」(ハグハグハグ)

千夜「あんこはこんなに大人しい良い子なの。きっと次は大丈夫よ」

千夜「それにカラスにさらわれても無傷で帰ってくる運の良い子なの。だからきっとお店にも幸運をもたらしてくれるわ」

 その後も千夜は必死に祖母を説得し続けた。

 祖母はずっと首を横に振り続けたのだが、孫の必死の頼みに、首を縦の振るまで絶対諦めないという姿勢についに折れてしまう。

 そしてあんこはこれからしばらくの間、祖母立会いの下での再教育、そして今後あの台座へ座る時は首輪をつけるという条件でもう一度だけチャンスを与えるのであった。

そしてそれから二月後。

そこには再び店の台座に座る看板うさぎあんこの姿があった。

またあんこの復帰の少し前から街に野良ウサギが異常に増加しちょっとした社会問題となった。

そのうさぎたちは皆どこかあんこに似ていると道を歩く千夜は思ったがきっと気のせいだろうと思っていた。

なぜならあんこが一番可愛いのだから。

―連絡―

本日分はここまでです。
次回のあんこの活躍にご期待ください。

あんこ「・・・」

 あんこは台座の上に大人しく鎮座する。

 ただし前回と違い彼には首輪がつけられており、そこから伸びる鎖により台座から大して離れる事は出来なかった。

 また「エサを与えないでください」という注意書きもされており今のところ前回のような騒ぎは起きずに済んでいるのであった。

千夜「……あんこ頑張って!」

 そんな彼を前回同様に陰から見守る千夜であったが内心は不満であった。

 あんこはあんな事をしなくても大人しい良い子なのに……そしてあれではあんこの魅力が半減してしまう……と。


 やがて店内が一番賑わう時間帯がやってきた。

 普段は閑散としている店内だが、この時間帯は学校帰りの女子によってとても華やかな空間と姿を変える。

女子高生「なにこの子かわいー」

 そんな中であんこの存在に気づいた女子高生たちがあんこへと群がり彼を可愛がりはじめる。

あんこ「・・・」

 揉みくちゃにされながらも、意外にもあんこはぬいぐるみの様に大人しくしていた。

千夜「………」

 そんな周囲を色めきたたせるあんこを見守りながら千夜は「やっぱりあんこはやれば出来る子だ」と確信するのであった。

あんこ「・・・」

 あんこもまた目をギラギラを輝かせながらどこか誇らしい表情をたたえていた。

 その後もお客さんたちにあんこは大盛況だった。

 皆、あんこをもふもふしながら幸せそうである。

 それまであんこを見守っていた千夜も、もう大丈夫だと思いその場を後にするのであった。

―――そして

女子高生A「ねえ、うさちゃん。これ食べてみる?」

女子高生B「ちょっと。この貼り紙」 

 一人の少女があんこに掬い取ったパフェを乗せたスプーンを差し出すが、一緒に居たもう一人の少女に止められ少し残念そうに差し出したスプーンを引っ込めた。

 その時である。

あんこ「!!」

女子高生「きゃっ!」

 それまで大人しかったあんこが突然暴れだしたのである。

 あんこはたった今スイーツを差し出した少女へ飛びつこうと身体をバタつかせる。

女子高生「ちょっとうさちゃん落ち着いて」

 その時抱えていた少女は暴れだしたあんこをなだめ様とするが、あんこのあまりのバタつきに思わずあんこを手放してしまう。

 自由になったあんこは一旦台座の上へと戻ると、器用に前足で首輪をスルリと外してしまう。

お客たち「!!」

 それを見ていた客たちは一瞬驚くが、あんこはそんな事を気にする様子も無く、瞬く間に近くのテーブルへと飛び移ってしまう。

 そして躊躇無くその席のお客の食していたスイーツを貪り始めるのであった。

 店内のざわめきの色が変わる。

 あんこは自分を捕まえようとした少女の手を軽やかに避け、その顔へと飛びつく。

 そして腰を高速で振り始めるのであった。

 程なく少女の絶叫が店内に響き渡る。

 そこからは地獄絵図であった。

 さっきまでとは立場が真逆となり、あんこは次々に少女たちの身体や顔へ飛びつき這い回り、マーキングを行っていったのだ。

 程なく再び店内から店員が駆け出してくるが、あんこは彼らをあざ笑うかのように軽やかに優雅にその小さな身体で店内を駆け回り翻弄する。

 そして店内のスイーツを次々と食い散らしてゆく。

 騒ぎを聞きつけ駆け寄った千夜にもその姿を誇らしく見せ付けた。

 その雄雄しき姿はまさに王者であった。

 そしてそれはあんこがおばあちゃんに取り押さえられるまで続くのであった。

―連絡―

次回
そしてあんこは真の看板うさぎとなる。
にご期待ください。

婆ちゃん「去勢するしかないね」

 その日の晩の会議での第一声がそれであった。

千夜「きょせい?」

婆ちゃん「玉をとって大人しくさせる事だよ」

千夜「玉?そうすればあんこはまた看板うさぎに戻れるの?」

婆ちゃん「………」

千夜「それならあんこ。頑張りましょう?」

 ケージ内でエサを頬張るあんこを見ながら千夜は今度こそとガッツポーズであんこへ同意を求めた。

千夜「今日だって途中までは大成功だったんだから。あんこはやれば出来る子だもんね?」

千夜「もう少しジッとしていられるようになればあんこはきっと皆から愛される看板うさぎになれるわ」

千夜「そうしたらお店に来るお客さんたちももっと幸せになれると思うの」

あんこ「・・・」

千夜「そしていつかはあんこもお嫁さんを貰って子供たちと一緒にもっともっと……」

 目を輝かせながら今後の展望に思いをはせる千夜であったが、その夢はおばあちゃんの一言で打ち砕かれてしまう。

婆ちゃん「去勢をしたらもう子供を作る事は出来ないよ」

千夜「え?」

 その後、去勢がどういうものかを説明された千夜は泣きながらに可哀想だから止めてあげてとおばあちゃんに懇願した。

 だが、今回のおばあちゃんは「ならもう二度とその子を店に入れるな」と頑なに千夜の願いを却下し続けるのであった。

千夜「でも……でも……そんなのあんこが可哀想だよぉ」

婆ちゃん「はぁ……」

 聞き分けのない千夜に対し、若干げんなりしながらも彼女の頭を軽く撫でながら、その視線をあんこの収容されているケージへと移す。

 そこにはこの騒ぎとは無関係と言わんばかりに栗羊羹を齧るあんこの姿があった。

 そんなあんこを冷たい目で見下ろしながら、おばあちゃんは千夜に「去勢でなければいいんだね?」と優しく囁くのであった……。

翌日

婆ちゃん「それじゃ行って来るよ」

その日、朝早くからおばあちゃんはあんこを連れ病院へと出かけようとするが、千夜は自分もついていくと聞き分けなかった。

千夜「一人じゃあんこがかわいそう。私も一緒に行ってあげたいの」

 付いてきても出来る事なんて何も無いんだから店で大人しく留守番してるように言われても千夜は食い下がり続ける。

千夜「ここ?」

婆ちゃん「そうだよ」

 結局、千夜に押し切られつれてきてしまった。

千夜「本当にあんこをキョセーしたりしないのよね?」

婆ちゃん「ああ。去勢はしないから安心おし」

あんこ「・・・」

 そこはどこか普通の動物病院とは違うように感じた。

 だがおばあちゃんはスタスタとあんこを連れドアをくぐり中へと入ってゆく。

 千夜も少し怖いと思いながらもこれから頑張るのはあんこなのだから、彼を応援するためにも自分が怖気づいていてはダメだと己を鼓舞し後に続くのであった。

 受付を済ませ、ロビーで待つも他に患者さんとその飼い主と思われる人たちはいなかった。

 内装こそ普通の病院と変わらないが、やはり千夜はどこか落ち着かずに終始そわそわとしている。

 時折ケージ内のあんこを覗き込むがあんこはまるで動じた様子も無くケージ内に鎮座していた。

千夜「あんこはやっぱりおりこうさんだね」 

 そしてやがてあんこの名前が呼ばれるのであった。

 診察室には一人の白衣の男がいた……恐らく彼が先生なのだろう。

医者「どうも」

千夜「………」

 何故だろうか?

 彼からは何か嫌な感じがする……どこがという訳ではないが……とにかく嫌な感じがした。

 強いて言うならあのワカメっぽい髪型と黒いタートルネックの服が癇に障ったのだ。

医者「わかりました。他ならぬ貴女の頼みじゃ断れませんしねぇ」

婆ちゃん「すまないね」

千夜がそんな事を思ってる間にも話はとんとん拍子に進んでいたのか、気づけば医者があんこをケージから掴み出そうとしていた。

あんこ「・・・」(ダット

医者「うわっ」

 それまで大人しかったあんこは医者の腕を伝い器用に駆け抜け、そのまま医者の顔へとダイブする。

あんこ「・・・」(ガジガジ

医者「いてて。や、やめろコイツ」

 そしてそのままあんこは男の顔を噛み付き攻撃を加えた。

 その瞳には「ボクは正義の味方なんだぞ」と言わんばかりの熱き炎が燈っているようであった。

婆ちゃん「すまないね」

千夜「ごめんなさい」

あんこ「・・・」(フンスフンス

医者「いや……気にするな」

 包帯を巻きながら医者は千夜とおばあちゃんに笑顔を向けた。

 だが千夜は腕の中のあんこに視線を落とす。

 普段のあんこはあんな乱暴な事をしたりしない。

 やっぱり、きっとこの医者は悪い人なんだと疑いの念を抱いていた。

医者「きっとこれからの手術が不安で興奮気味なんだろう」

医者「なぁに。そんな心配はすぐに無くなるから安心していいんだぞ?」 

 そう軽くいいながらあんこの頭を軽く叩く医者だが、千夜の胸から疑念が無くなる事はなかったのであった。

 そしていよいよあんこの手術が始まるのであった。

婆ちゃん「それじゃ千夜。あんたはここで待ってるんだよ?」

千夜「私もあんこの傍で応援してあげたい」

婆ちゃん「ダメだよ」

 千夜はあんこの傍にいたかった。

 だがそれは叶わなかった。

千夜「あんこ……頑張ってね」

 千夜はあんこの無事を願う。

 そしてまた看板うさぎとして、シャロちゃんを元気付ける素敵な紳士としての姿を私に見せてと思うのであった。

医者「それじゃはじめよう」

婆ちゃん「………」

 さっきの診察室の奥の部屋で準備を完了させた医者は、身体と頭部をしっかりと固定され横たわるあんこに向けメスを握る。

あんこ「・・・」

 あんこはプルプルと小刻みに震えさせるが、その小さな身体を固定する器具はいつもの軽快な動きを許さなかった。

 そして―――

医者「くっくっく。見ろ先の部分が入ったぞ」

医者「だがまだまだだ」

医者「ほら、入ってゆくだろ?見えるだろ?」

 あんこの目の前には、たった今自分がどうなっているのかが見えるようになる器具が置いてあった。

あんこ「・・・」

医者「見ろ。お前の頭に入ってゆくぞ」

医者「信じられるか?ぶっすりと刺さっているぞ?」

 あんこは自分の頭がメスで切り開かれてゆく様を瞬きをすることも許されずに凝視させられ続けた。

 やがてあんこの頭は綺麗に切り開かれ、小さなかわいらしい脳みそが露になる。

 あんこはプルプルと震えながらただただ自分のそれを見つめ続けるしか出来なかった。

 医者はそんなあんこの様子を楽しげに観察しながら、時折ピンセットのような物であんこの脳みそをツンツンとつつき、マッサージをするかの様に指でグニグニと揉むのであった。
 
婆ちゃん「遊んでないでさっさと終わらせな」

 部屋の片隅でジッと様子を眺めていたおばあちゃんだったが、遊んでいる医者を見かねさっさと手術を再開するように促す。

 その声は今まで聞いた事もないほどに低く冷たい声であった。

―連絡―
本日の更新はここまでです。
次回こそあんこ様は真の看板うさぎになります。

医者「は、はい」

 医者はそれまでとはうって変わり何かに怯えたように上ずった声で返事をし、作業を再開した。

医者「ほーら。お前のその可愛い小さなモノへズブズブと刺さっていくぞ?」

 医者は露出したあんこの脳へ細く鋭い金属の針を数本突き刺す。

 そして―――

医者「電気を流すぞー」

 あんこの小さなツルツルの可愛らしい脳へ電流が流される。

あんこ「―――」

 あんこは目を見開きながら、その黒々とした瞳は光を失ってゆく。

 医者が電圧をあげるたびに、あんこはプーと泣き声を発するが医者は愉快そうにその様を見下ろすだけであった。

「なんか薄気味悪い仔」

――え?
それが物心ついたボクが最初に聞いた言葉だった。

――・・・そうかボクの周りの連中へだね。
ボクと違って周りのウサギたちは品が無いものね。

「なにしてんのあんた!!」

――え?

 ゴッ

――イタイ。酷いよ。
ボクはただ周りのウサギたちを可愛がってあげてただけじゃないか。

「うわーーーーん。いたいよーーーー。」

「きゃあああ。大丈夫?―――ちゃん」

――どう?ボクが遊んであげていたんだ。
泣いちゃうくらい嬉しかったみたいなんだ。

「おまええええ」

 ドゴッ

「殺さないだけありがたく思いなさい」

「この街は野良うさぎも多いし、こういうことしても問題にならなくて助かるわ」
 
――いたい。さむい。なんでボクをいじめるの?
ボクが何をしたっていうの?
ひどいよ。


――なんでボクがこんな理不尽な目にあわないといけないんだろう?
ボクみたいな誰からも愛される天使みたいな子が・・・なんで?

――だけど神様はやっぱりボクを見捨ててなんていなかった。

千夜「あら?あなたは?」

――千夜みたいな素敵なツガイをくれたのだから。

――それからのボクの毎日はとても幸せな日々だった。
千夜はボクにとても尽くしてくれた。
毎日とても美味しい食事を給仕してくれた。
シャロみたいな可愛いペットを用意してくれた。
街へ散歩に出ればボクに仔供ねだるメスばかりがいた。

――毎日がとても充実していた。

――なのに・・・あれ・・・?
目の前が真っ白に・・・光に包まれていく・・・

――・・・あれ・・・ボク?
ボクの目の前に一羽のとても立派な毛並みをし愛らしく、そして同時にとても凛々しいウサギがいた。
それは紛れも無くボクだった。

千夜「あんこ。立派な看板うさぎになるのよ?」

――ち・・・ち・・・や・・・?
千夜の声がした。
目の前のボクがボクを見つめてる。

――こ・・・わ・・・い・・・
ボクの可愛い首と身体があれ?あれ?あれ?

――まぶしい。

あんこ「・・・」

 脳みそから針を引き抜かれるも、手術台に固定されたあんこは完全に白眼をむき、時折呼吸により腹部をヒクヒクとさせているだけであった。

医者「仕上げだな」

 医者は器具の置かれた場からボタン電池に似た丸く小さな金属片を取り寄せた。

 そして医者がそれを一度ピンセットで軽くつつくと、金属片の淵から鋭い鉤爪が勢い良く4本生える。

医者「よし」

 金属片の作動を確認してから、医者はそれを摘み取りあんこの脳へと置く。

 そして再び軽く金属片を突付くと先ほど同様に鋭い爪が生え、それはそのままあんこの脳みそへと突き刺さり固定された。

 それを確認した医者は手早くあんこの切り開かれた頭を元の状態へと戻してゆき、そして……。

医者「終わりました」

婆ちゃん「そうかい。ご苦労だったね」

医者「問題はないと思いますが念のために今日は入院させますか?」

婆ちゃん「いや。問題ないならいいよ」

医者「わかりました」

 こうしてあんこへの手術は無事に終了したのであった。

 その後、千夜は無事に手術を終えたあんこに抱きつきずっと離さなかった。

 あんこも静かに千夜にその身を委ね続けるのであった。

 そしてその日を境にあんこは変わった。

 散歩に出ても以前のように周囲のウサギたちとじゃれ付く事は無くなった。

千夜「あんこは本当にシャイね」

 店でも大人しく台に鎮座し、女性客や客のスイーツへ飛び掛ることも無くなった。

千夜「あんこはとってもお利巧さんね」

 だがシャロを襲う行為だけは変わらなかった。

シャロ「いやああああああああああ」

千夜「あんこは本当にシャロちゃんが大好きね」

あんこ「・・・」

 だがこれもおばあちゃんが制止すればすぐにその行動を止めた。


そしてそんな日々が10年近く続いたある日の事であった………。

ドゴッ

ティッピー「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

あんこ「・・・」

リゼ「縄張り意識が――」

千夜「―――恥ずかしがり屋くんだったのに、あれは本気ね」

 その日を境にあんこはかつての活発さを取り戻したのであった。

ヒュルルルル

ベシャ

千夜「あんこったらまたカラスにさらわれたのね」

 あんこは以前に増してカラスにさらわれる頻度が増えた。

 千夜は最近はあんこが元気に遊びまわっていて可愛いと喜んでいたが、それとは別で10年前のように突如野良ウサギが大量に発生し軽く問題となっていた。

シャロ「最近ウサギが増えて困るわ」

チノ「そうなんですか」

シャロ「しかもなんかやたらアイツに似てるし……」

チノ「そういえばなんだか皆さんどこかで見たような……」

ティッピー「ノオオオオオオオオオオオ」

あんこ&仔ウサギ軍団「・・・・・・」

千夜「あんこったらすっかりみんなをお父さんみたいに立派に引っ張っていってるわね」

ココア「もふもふしたいよー」

 その数週間後ティッピーが妊娠してるという事実に愕然とするチノとおおはしゃぎをするココアであった。

 またシャロとの絆を深めていったワイルドギースは忽然と姿を消したのであった。

――ん?あれ?ここは?
ボクは確か今日もシャロと愛を確かめ合っていたはずなのに?

――それにしても暗いな?
真っ暗だった。
でも徐々にボクの目は暗闇に慣れてゆく。
それにしてもなんだかくすぐったいな?

――!!

 そこには見るにおぞましい。

 そして見るに耐えない醜く太った全裸の男が居た。

 先ほどから感じていた感触は男がボクを抱きかかえ撫でているものであった。

――は、放せ!!
ボクは男の膝から飛び降り明かりのする方へと駆け出した。

――ん?あれは?
おばあちゃんだ!!

――なんでここに?
そうかおばあちゃんはボクを助けに来てくれたんだ。
看板うさぎのボクが居なくなったら困るもんね。

 だが、あんこの期待は無惨に裏切られる。

 おばあちゃんへ飛びつこうとしたあんこであったが、おばあちゃんは無慈悲にあんこを叩き落したのだ。

――え?

 ポテンと床へ落下したあんこの身体はそのまま転がってゆく。

 そして―――

ガシ

――!!
這いよってきた男がボクの身体を掴む。

――た、助けておばあちゃん。
目が覚めたら・・・何なのコレ?

 必死におばあちゃんを助けを請うように見つめるあんこであったが、おばあちゃんの口から出た言葉は予想外のものであった。

婆ちゃん「彼は私の元教え子でね。動物が大好きな子だからぜひにと頼んだら喜んで来てくれたんだよ」

 淡々と言葉をつむぐおばあちゃん。

 そして一呼吸を置いてから更に言葉を続けた。

婆ちゃん「強姦の教育をするためにね」

婆ちゃん「以前お前を無感情の置物にする施術をしたんだけど……どうやら無意味だったみたいだしね」

婆ちゃん「私も千夜のためにフォローはしてきたつもりだったんだけどね……やっぱりいるんだよね。一度地獄に堕ちないと分からない子は」

婆ちゃん「お前はどうも普通のウサギじゃないみたいだしね……特別授業として今回は強姦される痛みを学んでもらうよ」

――え・・・な・・・なにを・・・?

婆ちゃん「千夜が悲しむからあんたを処分なんてしないし、するような事態にはさせないから安心していいよ?」

 おばあちゃんが喋り続ける間、男はあんこの身体をベタベタを触り続けていた。

――はは・・・やめてよ・・・

婆ちゃん「たとえ命の危険にさらされても……私は絶対にお前を更生させてやるから安心おし」

婆ちゃん「あと今更だがね。私は甘兎庵の店主で看板うさぎのお前は職員で教育対象だという事を……よく覚えておくんだよ?」

 そう言うとおばあちゃんはドアを閉め部屋から出て行ってしまった。

 ボクはおばあちゃんの後を追おうと手を伸ばす。

 だが―――

――ははっ・・・なんでドアノブないの?

 次の瞬間ボクに今まで感じた事の無い衝撃が走る。

――ごめんなさいっ出して!出してください!
ボク今まで以上に良い子になるから!

――――
――――
――――

チノ「最近あんこは随分大人しくなりましたね?」

千夜「そうかしら?以前からあんこは大人しい良い子だったわよ?」

ココア「もふもふしててかわいいー」

ティッピー「(チノ。ワシカエッテイイジャロカ?)」(ビクビク

 その日、甘兎庵に産まれた仔ウサギたちを連れたココアとチノとティッピーが遊びに来ていた。

 普段ならティッピーが目に入り次第追い掛け回すあんこなのだが、今日の彼はとても大人しかった。

シャロ「最近あんこのヤツはずっとあんな感じなのよ……まぁこの方が私は助かるんだけど」

千夜「そういえば最近シャロちゃんにも飛びつかないわね?」

シャロ「なんだかまるで模範囚みたいね」

ココア「シャロちゃん。それは酷いよー」

――・・・

 少女たちの戯れをジッと見つめる。

 ココアがボクの傍に置いた仔ウサギどもがボクにまとわり付くがボクは抵抗しない。

――だけどティッピーとシャロを愛してあげたい。
きっと二人ともボクに構ってもらえなくて寂しいはずだ。

――だけど

婆ちゃん「ほら皆。お茶がはいったよ。」
 
 お茶を持ってきたおばあちゃんが帰り際にうずうずしてるボクを撫でながらこう囁いた。

婆ちゃん「この調子で頼むよ?」

 ボクは心の中で「はい」と答えることしか出来なかった――

甘兎庵には鬼がいた。

店と孫を守るためならどんな手段でも使う鬼がいた。

そう、彼女は甘兎庵の店主なのだから。


―完―

―連絡―
終了です。
これはなんだったのだろうか?
次回はあるとしたらあんこ大活躍なココアたちを相手にしたハートフルな内容を……。


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