【ラブライブ】ロング・ラブレター~漂流教室~ (130)
ドラマ漂流教室×ラブライブ
やってみたかっただけなので、配役とか展開とか
イミワカンナイとこもあると思います
それでも良ければ
1話
今を生きよう。
この一瞬を生きよう。
僕らは今のなかで。
生暖かい風が吹いていた。
絵里「……ふう」
絵里はショッピングモールの前のベンチに腰掛けてため息を吐いた。
先ほどから携帯を取り出して、電話帳を開いては閉じ、開いては閉じをくりかえしている。
絵里「……」
とある人物の名前の所で指を滑らした。
絵里「……なんで返事くれないのよ」
ぼそりと呟く。
そして、携帯の電源を落として、鞄の中へ投げやりに放り込んだ。
唐突に甲高い足音。
肩越しに振り返ると、サングラスをかけた背の高い女性がいて、
こちらのベンチへ優雅な物腰で腰掛けていた。
怪訝な表情で、絵里はその人物を見た。
女「……」
両唇の端を引きつらせる。
どうやら笑っているようだ。
絵里も愛想笑いを返す。
関わらない方が良いと判断し、すぐに視線を何もない空間へ戻した。
ガサリと音。
紙袋だ。
女が甘栗の袋を差し出していた。
絵里「あ、いえ結構です」
見知らぬ女性からもらうわけにもいかず、
絵里はすかさず断った。
しかし、女性はにこりと笑うだけだ。
絵里「……あの、本当に」
女「……」
女は絵里の膝の上に紙袋を落とす。
すぐに、両手を後ろに回し、
自分は受け取らないという姿勢を見せた。
絵里「え、ええ……あ、あの……ありがとうございます」
断ると逆に何かされるかと思い、
絵里はしぶしぶお礼を述べた。
そして、袋の中身を恐る恐る確認した。
入っていたのは、果たして甘栗だった。
絵里は顔を上げて、もう一度女を見た。
ベンチには誰も腰かけていなかった。
絵里「え……」
絵里は視線を下に向けた。
鞄がなかった。
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携帯、財布その他もろもろを無くした。
絵里「え……?」
絵里は携帯に登録していた様々な知人友人の電話番号が、
一瞬で無法地帯に放り出されたのを理解した。
絵里「うそでしょ?!」
まずい。あの一瞬で盗られたのか。
ベンチから立ち上がって、辺りを見渡した。
人影はもはやどこにもない。
個人情報の漏えい、プライバシーの侵害、
情報の授業で習ったような単語が次々と脳裏を過った。
絵里「……なんで、よりによって……今日なのよ!」
なにより、今、彼女と連絡できなくなってしまったのは非常にまずい。
絵里は鞄を探して当て所もなく探したが結局見つからなかった。
――――
―――
――
来週には卒業式。
そんな、胸の躍るような、切ないような、寂しいような。
複雑な感情が入り混じる放課後。
絵里と希は生徒会室に来ていた。
希「なんや懐かしいな」
絵里「ここでさ、希が窓を開いた瞬間タロットカードがぶわって飛んでいったりしたわよね」
希「あったあった……ふふ」
絵里「二人で作業してると、必ず先に希が音をあげて……」
希「えりちだって、手首がいたーいって、うちが揉んであげよったやん」
互いにくだらないことを言いあって、思い出に浸る。
絵里「希、来週には……私たち、こうやって同じ制服を着て、教室でご飯を一緒に食べることも、一緒に帰ることも無くなるのね」
希「そやな……でも、それが未来というものなんかもな」
絵里「寂しくないの?」
希「……せやなあ」
希は絵里の方に背を向けた。
希「しょうがないやん」
絵里は希がそんな風に、言葉を返すとは思わなかった。
絵里「なによ、それ」
同じ気持ちではない。
そんなちょっとしたすれ違いに、なぜか腹が立ってしまう。
絵里「私は……私は希が」
希「……言わんといて」
希はこちらを振り向かないまま絵里の言葉を制した。
絵里「……好きなの」
しかし、絵里は言葉を続けた。
希「えりち……」
絵里「気づいてたんでしょ……ひどいわよ、希は」
希「だって、うちら……離れてしまうんやで」
絵里「それでも……私は」
希「その話、今日は止めにしとこや……もうすぐ、昼休み終わってしまうし」
希は絵里の方を見ないまま、扉へと向かった。
絵里「日曜に! 日曜のお昼……予定開けておいて!」
絵里は逃げる背に叫んだ。
希は顎を引いて、こくんと頷いた。
離れても、二人が何かや誰かによって、
引き裂かれてしまうようなことがあったとしても、
互いに想いあっているならば、
大丈夫だと絵里は思っていた。
希ならば。私と彼女ならば。
それは、自分の一人善がりで、
希自身は、仲間や自分との分かれ、今を過ごすことで精一杯なのだと、
気づいてあげることもできていなかった。
絵里は、希の言葉を聞いてやれなかった。
――――
―――
――
警官「で、盗られたのは携帯と財布と、ペンとノートが入ったベージュのバックだね」
絵里「はい……」
警官がさらさらとペンを走らせる。
警官「ちょっと盗られた場所なんだけど」
簡易的な地図を描いて、ゴマのような点をぐりぐりとつける。
絵里「……あの」
警官「何かな?」
絵里「携帯が返ってくる確率は……」
警官「うん……その、うん」
警官は口ごもりながら、指を3本突き立てた。
眠いのでここまで
絵里「……」
絵里は深く息を吐いた。
警官は多少慣れた様子で書類をぺらぺらとめくり、
特に絵里に同情の言葉をかけることもなく、必要事項の記入が終わると、
警官「見つけ次第ご連絡します」
そう言ってペンを置いた。
――――
―――
――
卒業式の3日前。3年生は自由登校期間。
にこは部室の整理を、絵里は生徒会室の整理を手伝いに学校へ来ていた。
部室の前にいる人物を見て、絵里は隣を歩いていたにこの腕を掴み、階段裏に引きずり込んだ。
にこ「痛い!? あんた、なにすんの!」
絵里「しーッ!」
にこ「いや、しーっじゃなくて」
絵里「希と顔合わせずらいの……ほら、携帯無くしてから」
にこ「ああ……結局携帯見つかったわけ?」
絵里「いいえ……」
にこ「希と連絡も取ってないわけ?」
絵里「そうよ……」
絵里は肩を落とす。
にこ「暗い! めちゃ暗いんですけど!」
絵里「そうかしら……」
にこ「来なかったんでしょ、約束の場所に。それがあいつの答えってことじゃないの」
絵里「……うん」
にこ「あのさ、引きずってもお互い辛いだけじゃん?」
絵里「そうね……」
にこ「すぱっと諦めなさい。もうすぐ卒業式なのに、わだかまりのあるままお別れなんて嫌でしょ? それに、携帯無くなって連絡先も交換しなおさないといけないんだから……今のままじゃ聞きずらいんでしょ?」
絵里「うん……」
にこ「にこが間取り持ってあげるから……」
絵里「にこ……ありがとう」
にこ「あんたって肝心な所でたまーにダサいわよね……」
絵里「悪かったわね……」
にこ「あ、希が部室に入ってった……んじゃ、とりあえずあんたは生徒会室手伝ってきなさい」
絵里「ええ……」
にこは階段下からゆっくりと立ち上がる。
にこ「めんどくさい奴らねー」
ぶつぶつと呟いて、部室へ向かっていった。
絵里「……」
あの時、生徒会室で告白をしなければ、
今も普通に希とくだらないおしゃべりに花を咲かせていたかもしれない。
もしかすると、希はこうなることを分かっていたのだろうか。
絵里(違うのかな……)
彼女が望んだ結果だったのか。
分からない。
とにかく、言えることは、あの一瞬自分は選択を間違えてしまったのだ。
絵里は立ち上がる。時間だけは過ぎていく。
あの一瞬を引きずったまま。
絵里は希と過ごした日々を思い返しつつ、生徒会室へ向かった。
生徒会室は海未とことりが来ていた。
絵里「あれ、二人とも先に部室の方に行くって……」
海未「その予定だったんですが、意外と部室に集まるメンバーが多くて」
ことり「私たち、こっちを手伝うことにしたの」
絵里「そっか……。ありがとう」
コンコン。
扉がノックされた。
海未「はい」
入ってきたのは――確か、バレー部の2年生の子だった。
バレー部「あ、あの、すいません。絵里さんいますか?」
絵里「いるわよ?」
バレー部「こ、これ……良ければ、卒業式に渡せないかもしれないと思って……受け取ってもらえたら」
絵里「花?」
バレー部「私の気持ちです……」
そう言い残して、彼女は足早に部屋から出て行った。
花束の中に手紙が入っていた。
ことり「ラブレター?」
絵里「どうかしらね」
ことりが口元をにやつかせていたので、
絵里はわざとぶっきらぼうに言った。
ラブレターなんて。
海未「絵里はモテるんですよね」
絵里「モテるって言うのかしら……こういうの」
ことり「ことりは、ありだと思うよー」
絵里「ことりまで……」
ことり「でも、絵里ちゃんには希ちゃんがいるもんね」
絵里「……うん」
海未「絵里? どうかしましたか?」
絵里「あの子、私なんかのどこが良かったのかしら」
ことり・海未「「……」」
眠いのでここまで
絵里「はあ……」
海未「何かあったんですか?」
絵里「え?」
ことり「なんだか元気ないよ?」
絵里「あ、うん……あの、ね、私ってやっぱり頼りないわよね……」
海未とことりは顔を見合わせた。
視線だけで会話して、下を向く絵里の肩に手を置く。
海未「そうですね、確かに今の絵里は」
ことり「自信が無さそうだね」
絵里「やっぱり……そこかしらね」
海未「絵里が思う頼りがいのある人間とはどういうものなんですか?」
絵里「……例えば、豪華客船が沈みそうになって、水がもうそこまで迫ってきてる! って時に最後まで諦めるなって言って励ましてくれる人とか……」
ことり「す、すごく極端だね」
海未「それは最終的に、相手を守って死ぬという……」
絵里「ううん、そういんじゃないけど、自分を犠牲にすることじゃなくて……」
ことり「一緒に生きていく方法を考えられる人ってことかな」
絵里「そうそう」
海未「なら、今現在絵里は、そのくらい想える人がいますか?」
絵里「うん」
絵里は間髪入れず答えた。
ことりと海未が頬を緩ませる。
言って、絵里は頬が赤くなるのを感じた。
ことり「ふふ……」
海未「なら、大丈夫ですよ」
生徒会室の物品を整理しながら、そう言った今まであまりしなかった話をした。
真剣に話すと照れ臭い話も、なぜかことりと海未相手だと話せるようなこともあった。
卒業する前になって、絵里はもっと彼女たちとしっかりと話しておくべきだったなと後悔した。
卒業式まで、あと、3日。
――――
―――
―
穂乃果「ねえねえ、ちょっと休憩しない……?」
にこ「お昼まであとちょっとじゃない、って、あんたパン持ってきてたの?」
穂乃果「非常食だよー」
真姫「非常食なら、今食べちゃダメじゃないの?」
穂乃果「細かいことは気にしなーい」
穂乃果は袋を破いて、2口ほどメロンパンをかじる。
凛「凛もお腹すいたにゃー」
花陽「あ、おにぎり持ってきてるから後でみんなで食べよー?」
真姫「みんな準備いいわね……」
にこ「いや、あの二人の食に対するこだわりがおかしいのよ」
と、部室の扉がノックされる。
穂乃果「はーい」
穂乃果が駆け寄って、扉を開けると英語の男性教師が眉間にしわを寄せて立っていた。
英語教師「お前ら、廊下まで音が響いてるぞ。少しは静かにできないのか」
穂乃果「す、すいませんっ」
にこ「そんなにうるさくしてませんけど」
花陽「に、にこちゃん」
英語教師「なんだ1年ばかりか。部長は誰だ……君か?」
真姫「はい?」
英語教師「後輩の指導をしっかりしておかないと、周りから文句を言われるぞ」
にこ「あんたね……」
英語教師「先生に向かって、その口の利き方はよろしくないな。社会に出たら、苦労するぞ」
穂乃果「あの」
英語教師「それと、君」
穂乃果「は、はい?」
英語教師「スカートが短い」
英語教師はそれだけを言い残して、去っていった。
――――
―――
―
次の日。
雪穂「お母さん、ここに置いてあったメロンパン知らない?」
母「昨日、穂乃果が学校に持っていくって鞄に入れてたわよ」
雪穂「ええ!? うそでしょ!? あれ、友達のお土産の北海道限定のメロンパンだったんだよ!?」
母「文句は穂乃果に言いなさい。じゃあ、ちょっと表出てくるからキッチンの掃除お願いね」
雪穂「うぐぐ……我が姉の情けなさと言ったら」
母「台所に、サンドウィッチ作ってるからお腹空いたら食べるのよ」
雪穂「はーい」
雪穂は適当に返事を返して、姉の部屋に向かった。
扉を勢い良く開ける。
雪穂「お姉ちゃん!」
穂乃果「ほんわ?!」
雪穂は穂乃果が寝ている上にダイブする。
穂乃果「ぐ、ぐるしい」
雪穂「お姉ちゃん、私のメロンパン食べたでしょ?」
穂乃果「メロンパン? あ、あれ雪穂のだったの?」
雪穂「そうだよ! 友達からのお土産だったのに!」
穂乃果「ご、ごめんねー」
雪穂「そんなんで済んだら警察はいらないんだから」
穂乃果「でも、名前書いておかないと誰のか分からないよ?」
雪穂「なんだとうう?!」
雪穂は布団を引っぺがして、穂乃果の脇腹をくすぐった。
穂乃果「や、やっ……ひゃめっ……っっ」
穂乃果「雪穂だって、この間私の誕生日すっかり忘れて遊びに行ったじゃん!」
穂乃果が雪穂を押し返し、逆に馬乗りになる。
雪穂「お姉ちゃん、いつの話持ちだしてんの!? それ言うなら、この間私の漫画勝手に友達に貸したでしょ!」
穂乃果「ご、ごめんなさい」
雪穂「よわっ!」
穂乃果「それに関しては悪かったと反省しております……」
雪穂「もお! そこで謝ったら私の怒りの行き場所がなくなるじゃんか!」
穂乃果「怒んないで?」
雪穂「じゃあ、私の上から退いてよ、もう!」
穂乃果の下で雪穂がバタバタと暴れる。
穂乃果「……やだ、なんか可愛い」
雪穂「はあ?」
穂乃果は枕元にあった携帯を掴み、
カシャっと写真を撮った。
雪穂「……何撮ってんのばかああ!! アホ!」
穂乃果「わ、暴れないでよー」
雪穂の上から降りて、穂乃果が立ち上がる。
雪穂「お姉ちゃん、重たい!重た過ぎ!」
穂乃果「むっ!」
雪穂「パンばっか食べてるからそんな重たくなるんだよ」
穂乃果「なにをお!?」
その後、取っ組み合いに発展し、決着のつかぬまま、穂乃果は学校へ向かった。
――――
―――
―
卒業式まであと2日。
『アルミ、バッテリー、バイク、何でも回収いたします……その他、ゴミの処分……全てのことに対応します』
外から聞こえてくる廃品回収車の宣伝に耳を傾けながら、雪穂はお茶をすすり上げる。
雪穂「ぷは……」
亜里沙「そんなに一気に飲んだら体に悪いよ?」
雪穂「そんなこと言っても、イライラするんだもん! あー、うちの姉も回収してくれないかな」
亜里沙「ダメだよ。そんなこと言ったら」
雪穂「亜里沙もあの人と一緒に暮らしたらわかるよ。てか、絵里さんがお姉ちゃんだったら良かったのに」
亜里沙「お姉ちゃんはあげないよ?」
雪穂「じゃあ、私がこっちの子になる」
亜里沙「あ、それは大歓迎だけど……いいの?」
雪穂「いいのいいの」
亜里沙「私も、お姉ちゃんと喧嘩したりするよ?」
雪穂「うそ、するの?」
亜里沙「うん」
雪穂「どんな?」
亜里沙「宿題した? とか、夜遅くまで起きてちゃダメ、とか……色々過保護なの。だから、つい反抗しちゃって、言い返しちゃう時とか」
雪穂「なんて愛のこもったケンカ……。いや、それなんか違うくない?」
亜里沙「そう?」
雪穂「うん」
漫画の方しか読んでないけど、あれになるかと思うと怖すぎる...
亜里沙「前にね、お姉ちゃんがそうやって心配してくれてたのに私反発しちゃった時にね」
雪穂「うん」
亜里沙「お姉ちゃん部屋にこもっちゃって……こっそり覗いたらなんだかこの世の終わりみたいな顔してたの」
雪穂「へえ……まさかシスコンだったとは」
亜里沙「それ見てから、お姉ちゃんって私のことホントに好きなんだなって……あ、変な意味じゃなくてだよ」
雪穂「分かってるわよ」
亜里沙「だから、雪穂のお姉ちゃんも、どこかで落ち込んでるかもしれないよ?」
雪穂「落ち込むかは分からないけど……少なくとも、愛されてるのは分かる。う、自分で言って気持ち悪い」
亜里沙「あはは……でも、もう卒業式でしょ? それに、雪穂のお姉ちゃん県外の専門学校に行くんでしょ?」
雪穂「うん……」
亜里沙「だったらなおさら、これから会えなくなるよね……」
雪穂「分かってるよ……分かってるから、むしゃくしゃするんだもん」
亜里沙「寂しいよね。分かるよ」
雪穂「……なのに、本人普段と全然変わらないの。なんか悔しいじゃん。私ばっかり寂しいみたいでさ……っ」
亜里沙「辛いから我慢してるのかもね」
雪穂「そうなのかな……」
亜里沙「これから会えなくなっちゃうかもだけど、ずっと会えないわけじゃないよ……」
雪穂「うん……」
亜里沙「そうだ! 明日、卒業のお祝いに何か作ろうよ!」
雪穂「え、ええ……」
亜里沙「素直にならないと……きっと後悔しちゃうと思うの」
雪穂「……」
――――
―――
―
希「……」
希は給料袋を鞄に詰めて、腰を大きく折り曲げた。
希「今までお世話になりました」
神田明神の遥か上空の青空を見上げる。
あの日、雨を止めた少女の声がまだ耳に残っている。
神主「東條さん、向こうでもお元気で」
希「ありがとうございます。ウチ、お正月とか、大事な日の前とか……ここに寄りますね」
神主「いつでも、来なさい。あの、お友達も連れてね。お正月はあの子らのおかげで一層賑わっていたから。そうそう、この間金髪の背の高い子がきていたよ」
希「え」
神主「東條さんを呼んで来ようか、と聞いたんだが大丈夫と言ってすぐに帰ってしまったから忘れていた……すまないね。何か用事だったのだろうかね」
希「……いえ」
神主「……東條さん」
希「はい」
神主「口は一つしかないけれど、耳は二つついているのはなぜだと思う?」
希「……誰かの声を聞くためでしょうか」
神主「そうだね。自分の声と相手の声を聴くためにあるんだよ」
希「……」
神主「東條さん。自分の声も聞いてあげなさい。なんて、最後にお説教くさいことを言ってしまったね」
希「いいえ……でもどうして?」
神主「勘だよ。第六感というやつだ」
希「ふふ……っ持ってたんですか」
神主「うむ」
神主が腕を組んで顎を大きく引いた。
希はもう一度深くお辞儀し、慣れ親しんだバイト先を後にした。
希は絵里が自分の答えを催促しにきたのだと思った。
あの日、自分が答えを出さなかったから。
本当は行こうと思っていた。
だが、風邪を引いてしまったのだ。
熱もあって、とても行けるような状態ではなかった。
携帯に何度か連絡したが、返信はなく。
希が思うに、絵里は答えに気づいているはずだった。
希「……っ」
だから、連絡もよこさない。
会わないようにして、時が過ぎるのを待っているのかもしれない。
いいや、そんな自分勝手な人間だったとは思わない。
臆病なのは自分の方だ。
未来ばかりに目を向けて、
ついてもいない傷を怖がって、痛がっている。
愛想を尽かされたのはこちらの方だ。
この間、部室の掃除へ行った時もそうだ。
身を隠されたけれど、これも当然の報いだと思った。
避けられて然るべき人間なのだ。
彼女との未来を想像できない人間なのだ。
時間だけが流れていく。
真っ直ぐに、真っ直ぐに進んでいくのだ。
自らが止まっている時でさえ同じ場所に留まることはできない。
いつも真っ直ぐとは限らない。
いつも同じ速さとは限らない。
私はまだ過去を見ているし、彼女はもう未来を見ている。
背中合わせに。
本当はすぐ隣を歩いているのに。
昔の関係が調度良かったから、前に進みたくない。
でも、そんなことを言っても何も解決しない。
もう、卒業する。高校生ではいられないのだ。
希は自分が間違っているのだと言い聞かせる。
何度同じことを考えれば気が済むのか。
ぼんやり見ていた炉辺の花の前でしゃがみ込む。
早く、部室に行ってみんなの手伝いに行かなければならないのに。
枷をつけたように、足取りは重い。
バレー部「……あの」
声をかけられて、一瞬遅れて希は振り返った。
希「はい?」
バレー部「東條先輩ですよね」
希「そうやけど」
誰だっけ。
希は頭の中の引き出しを探る。
バレー部「バレー部の二年生です。折り入って、お話が」
希「あ、はあ」
希はしゃがみ込んでいるのも失礼かと思い、腰を上げる。
背の高い子。絵里くらいはあるだろうか。
バレー部「あの、私絵里さんが好きで……よ、良ければ東條先輩に協力していただけないかと……」
希「な、なんでうち?」
バレー部「東條先輩、最近……絵里さんをふったんですよね?」
希「……」
バレー部の生徒はこちらの顔色を窺い、続けた。
バレー部「なら、絵里さん今、傷ついていると思うんです。卒業を控えてるのに、そんな状態の絵里さん見たくないから……だから、私ダメもとでラブレターを送ってみたんです。私が何かの力になるからって」
希「そっか……」
バレー部「私、絵里さんのためなら……どこにだってついていきたい……東條先輩に負けないくらい、絵里さんを幸せにしてあげたい」
なぜか、娘をくださいと言われている父親のような気分を抱いた。
その後、絵里さんを私にください、と言いそうな勢いで、
バレー部「明日、ラブレターの返事をいただくことになっているので、良ければ……絵里さんの後押しをしてもらえませんか」
希「……それは、確かにうちにしかできんな」
バレー部「ですよねっ……お願いします」
希「うん……分かった」
バレー部「……ありがとうございます!!」
彼女は希の手を取って、ぶんぶん振り回す。
人懐っこそうな表情で笑った。
バレー部「思い切って言って良かったです! あ、連絡先交換してもいいですか?」
希「ええよ。頑張り」
バレー部「はい!」
最低だ。
最低の嘘つき女だ。
でもこれで踏ん切りもつくだろう。
バレー部の生徒がSNSを開き、
自分のQRコードを差し出してくる。
希「えりちな……案外寂しがり屋やから、かまってあげてな」
バレー部「え? そうなんですか、意外です……あ、交換できましたよ」
希「明日、うち何したらええ?」
バレー部「お昼に、生徒会室に絵里さんを呼んでもらって、二人きりにしてもらえたら……で、ちょっと一言背中を押してくれさえすればかまいません!」
希「分かったけど、今、うち……えりちと連絡取れんというか」
バレー部「そう言えば、絵里さん携帯盗られたそうですよ……ひどいですよね」
希「……え」
バレー部「じゃあ、また連絡しますね」
希「ちょ、ちょっと」
希が声が届く前に、彼女は走って行ってしまった。
――――
―――
―
次の日。
卒業式、前日。
矢沢家にて。
「おねえさまー」
集合住宅のとある一室で、花火が弾けるような音がした。
にこ「なにー?」
洗い物をしていたにこは振り返って驚いた。
虎太郎「そつぎょーおめでとー」
パンパン!
虎太郎がクラッカーを鳴らした。
ココア「こたろー早すぎ!」
ココロ「もー」
続けて、二人も手に持っていた紐を引っ張った。
にこの目の前で、色とりどりの紙吹雪が舞う。
にこ「な、なななな?」
ココロ「おねえさま、ちょっと早いけど……でも、明日きっとお姉さまお忙しいと思うから」
ココア「じゃじゃじゃーん! プレゼントを用意しました!」
虎太郎「た!」
虎太郎が姉二人に背中を押される。
よたよたとピンクのリボンでラッピングされた白い大きな箱をにこの目の前に差し出した。
箱の上にはひらがなで、『ごそつぎょうおめでとうございます』と書かれた厚紙が貼ってある。
めくると一人一人メッセージが書いてあった。
にこ「……いつも、ありがとう。おねえちゃん、だいすき」
にこはたった数行のそのメッセージを読み終える前に、
涙で文字がぼやけてしまった。
にこ「やだっ……あんたたち……っ泣かせんじゃないわよ」
にこは裾で目をこする。
にこ「開けていい?」
ココロ「ぜひ」
にこはできる限り丁寧に箱を開ける。
拭いたはずの瞼からまた涙がこぼれて箱の上にぽたぽたと落ちた。
にこ「……ケーキだ」
ちょっとこげた匂い。
お世辞にも上手いとはいえない生クリームのトッピング。
ケーキの上に思いっ切り差し込んだであろうイチゴ。
にこ「こんなの……いつの間に……」
にこはケーキを掴んだまましゃがみ込んだ。
にこ「……っ……へへっ……私、今、世界一幸せものよ」
虎太郎「……」
虎太郎が背中にしがみついてくる。
ココア「あ、ずるい!」
ココアが右端から、ココロが左端からにこに抱き着いた。
虎太郎「っ……う……ひっく」
にこ「ちょ、なんであんたが泣くのよ」
ココロ「……っ……ひ」
にこ「ココロまで」
ココア「だって、だって」
にこ「……」
妹達が泣くのも仕方がなかった。
卒業式の後、自分はこの家を出て一人暮らしを始めるのだ。
忙しかった母は、代わりに家にいる時間が増える。
にこ「ずっと会えないわけじゃないわよ」
三人の頭を順番に撫でる。
小さい頭。
それでも、前よりも背は高くなり、
考えることや言うことも変わってきて、
たまに、こちらがびっくりするような
大人びた発言もする。
三人の成長を間近で見れないのは残念だけれど、
旅立ちはいつか訪れるもの。
それが、にこが進むべき、今なのだ。
にこ「お母さんのことよろしくね。みんなで協力して、支えてあげるの。できるよね?」
泣きながら、三人が頷く。
にこ「ちょっと虎太郎、今、鼻水背中にすりつけたでしょ!」
笑い声が狭い台所で弾けた。
ココロ「あとね、おねえさま。これ……」
にこ「うん?」
ココロ「あしたになったら、あけてください……」
にこ「明日になったら?」
ココロ「はい」
にこ「わかった。楽しみにしておくわ」
ココロ「ふふ」
ココロが手渡してきたのは、青色の細長い箱だった。
白のリボンで可愛らしくラッピングされていた。
高級感の漂うそれは、ココロが用意したとは考えにくかった。
にこは、もしかすると母からのプレゼントではないかと検討をつけ、
明日を楽しみにして制服のポケットにしまった。
――――
―――
―
凛の家にて。
凛「なんだか、明日で絵里ちゃん達ともお別れって感じしないにゃ」
花陽「だよね」
凛母「花陽ちゃん、急に来てもらってごめんねー」
花陽「あ、いえ」
花陽母「いいのよいいのよ。卒業旅行についていくって言ってもハワイなんて、色々準備しないといけないからね」
凛母「なんで、ハワイなのよね。国内でいいじゃない」
凛「せっかくの卒業だし、どーんとしたいんだもん、ね」
花陽「うん」
花陽母「凛ちゃんはいいけど、うちの子ちょっと抜けてるから、こういう初めてのことって絶対何か忘れるのよね」
花陽「も、もうっ、お母さんっ」
凛母「そんなことないわよ。花陽ちゃん、これ、旅行用のバック何個か余ってるんだけど……どれがいい?」
凛「この黄色いケースとか可愛いにゃ。かよちんっぽくて」
花陽「そう?」
花陽母「いいんじゃないの?」
凛「あ、でもこっちの青いのも」
凛母「二人とも、お昼からまた行くんでしょ学校。とりあえず荷物ここに置いておくから、いるものあったら持っていきなさい」
凛「はーい」
花陽「ありがとうございます」
花陽母「じゃあ、お母さん達出かけてくるわね」
凛母「あと、戸締りお願いね」
凛「うん」
凛は二人の母親が出ていくや否や、
花陽のお腹周りに抱き着く。
花陽「り、凛ちゃん」
凛「最近かよちんパワー充電してなかったから……充電中にゃー」
花陽「もお、なにそれ」
凛「うおおお、力が漲ってくるにゃー」
花陽「くすくす……」
凛「凛、旅行凄く楽しみなんだ」
花陽「私も。でも、実際卒業するのは絵里ちゃんと、希ちゃんと、にこちゃんだけどね」
凛「外国って初めて行くんだよね。刺されたりしないかな」
花陽「……あるかもしれないよね。そういうこと」
凛が跳ね起きる。
凛「サバイバル用具も持っていった方が……」
花陽「た、たしかに」
凛「こっちの棚に……色々入ってたと思うんだけど」
凛が棚を引っかきまわし始める。
それが猫みたいで、花陽は小さく笑った。
――――
―――
―
正門の前に、二人の少女が身を小さくして立っていた。
穂乃果「……雪穂?」
それに、亜里沙も。
穂乃果「何やってるのこんな所で」
雪穂「え、えっと」
挙動不審に雪穂がどもる。
穂乃果「?」
亜里沙「ほら、頑張って」
穂乃果「何か用事?」
雪穂「う、ううん暇だから来た!」
亜里沙「ええっ」
穂乃果「……暇だから来たの? ええ、どんだけ暇なの? ぷぷっ」
穂乃果はつい笑ってしまう。
雪穂「む……っお姉ちゃん、バカでしょ……ホント、バカなんだから!」
穂乃果「な、なんだとう?!」
雪穂「お姉ちゃんに会いに来たのっ……察しろ!」
穂乃果「……え」
亜里沙「ほら、雪穂早く……」
通行人が三人を横目で興味深そうに見ていた。
雪穂は口を押さえ、鞄の中に手を突っ込んだ。
穂乃果は訝しげに首をひねった。
雪穂「……お、お姉ちゃん、この間のことだけどさ」
穂乃果「この間?」
雪穂「ほ、ほら……くっだらないことでケンカしたじゃん」
穂乃果「えー、忘れちゃったよ」
雪穂「な……っ?」
穂乃果「なーんて……」
雪穂が目の前から消えた。
穂乃果「あり」
振り返ると、なぜか亜里沙を引きずりながら離れていく。
穂乃果「……」
怒らせたみたいだ。
穂乃果は雪穂の背中に声をかけた。
穂乃果「雪穂!」
雪穂が立ち止まる。
穂乃果「ごめんっ! お姉ちゃんが悪かったです!」
合掌して、頭を下げた。
雪穂が振り向く。
穂乃果は視線だけを上に向けた。
雪穂「……もう、人のもの勝手に食べないでよ」
ぼそりと呟いて、亜里沙を残してこちらに早足で戻ってくる。
そして、鞄に突っ込んでいた手を抜いて、穂乃果の鞄に差し込んだ。
ずぼっ、と音がした。
穂乃果「な、なになに?」
雪穂は無言で亜里沙の元に戻って行く。
穂乃果「ええっと」
急いで鞄の中を確認すると、『ごめんね』と書かれた付箋にクッキーの入った袋。
穂乃果「……」
頭を上げると、雪穂と亜里沙はもう見当たらなかった。
※訂正
上の方でなぜか穂乃果卒業するみたいなこと書いてましたけど、
間違いです。仲直りのしるしとしてプレゼントを持ってきたということで。
脳内修正お願いします。
英語教師「君!」
穂乃果「はい!」
穂乃果は急に呼び止められ、背筋を正した。
英語教師「スカートが短い!」
穂乃果「……」
この間も同じことを言われたのを思い出した。
他の生徒と同じくらいだと穂乃果は思ったが、口には出さなかった。
絵里「あの……」
聞き覚えのある声に、穂乃果は視線を向ける。
穂乃果「絵里ちゃん」
絵里「スカートの長さについては既定の範囲内だと思いますよ。先生、最近赴任されてきたばかりですよね。前の校則と混ざってるんじゃないでしょうか?」
英語教師「なんだと……お前」
絵里「先生達が規則に則り学校を運営してくださっているおかげで、この学校の風紀や秩序が守られているのは重々承知しています。ただ、仮にも彼女はこの学校の生徒会長です。何か、ふざけた言動で遺憾に思われたのかもしれません。その点は、彼女の責任です。ただ、彼女はこの学校の生徒であることを誇りに思っています。先生、今一度、校則を確認していただけないでしょうか」
絵里はそこまでを一息で言い終えた。
英語教師は低く呻いて、
英語教師「そもそも、ここの校則が緩すぎるんだ。社会に出た時、お前らは必ず後悔する。だから、あえて言っているんだ。私は、君たちの先生だからな」
絵里は、このままこの教師と話していても、
互いに水を掛け合うだけだと思い、引き下がることにした。
絵里「分かりました。先生の仰ることも最もだと思います。ご教鞭感謝致します」
英語教師「分かればいいんだ。以後、気をつけなさい」
満足そうな顔で、校舎の中へ戻って行く。
穂乃果「絵里ちゃん、よく分かんないけど……ありがとう」
絵里「お礼を言われることは何もしていないわ。さっきの先生、話にならなかったし」
穂乃果「あの先生、ちょっと怖いんだよね。変な目で見てくるし」
絵里「……そうなの?」
穂乃果「気のせいだとは思うけど」
絵里「……そっか」
穂乃果「なんでもないと思う、うん。いこ! みんな待ってるよ」
絵里「あの、希見た?」
穂乃果「え、希ちゃん? 確か、今日来るって言ってたと思うけど」
絵里「そっか……私、暫く外で待ってていいかしら?」
穂乃果「いいけど……」
絵里「ありがと」
穂乃果「早く、いつもの二人に戻ってね」
穂乃果が絵里に抱き着いた。
絵里「やだ、なに」
穂乃果「幸せのおすそ分け」
絵里「なによそれ」
穂乃果「ファイトだよ!」
地面を蹴る音。
にこ「あんたら、何してんの?」
希「……」
にこと希が横から声をかけてきた。
絵里「あ、希」
希「えりち……」
にこ「あー、穂乃果、行くわよっ」
穂乃果「ガッテンです」
希「にこっち、ちょ」
にこは希の呼びかけに片手を振って返す。
絵里は希の方に向き直る。
希「久しぶりやんな……」
希が言った。
絵里「うん……」
希「……あの」
絵里「……あの」
希「えりちから、どうぞ」
絵里「あ、ううん。希から」
希「じゃ、じゃあ、あのな、バレー部の子から今日12時に生徒会室に来てって、言付かってる」
絵里「え、なんでそれ知ってるの」
希「うち、バレー部の子の相談受けよってな……応援してるから」
絵里「なにそれ、応援て……だって、私は私は希が」
希「うち、日曜に行かんかったやろ……携帯にも留守電入れたやろ?」
絵里「わ、私あの日……バカみたいな話だけど、携帯を無くしちゃったの……だから、留守電聞けてなくて」
希「……ホントに、無くしたんや」
絵里「え?」
希「ううん……」
希は彼女は自分の答えをまだ聞いていなかったのだと漸く理解できた。
そして、ずっと引きずらせてしまっていたのだ。
希「ごめんな」
絵里「私こそ、すぐに希に言えば良かったのに……」
希は校舎の時計を見た。
12時まで後5分。
何を迷っているのだろう。
あの子が、待っている。
早く、絵里に行くように言わなければ。
言わなければ――。
絵里「希……聞いて」
希「うちは、えりちとこのままでええんよ……」
絵里「私は……いや」
希「早く、行ってあげや……あの子、待ってる」
絵里「私は行くつもりなかった。私の意思を無視して、勝手に話を進めないでよ」
希「えりちこそ、うちの意思を無視してるやん」
絵里「だって、だって……希が、私のこと嫌いだって言わないんだもんっ。はっきり、私とは一緒にいられないって言わないのにっ……あなたの何を分かれって言うの? ねえ、おこがましいこと言うけど……私あなたのこと他の誰より分かってるつもりよ」
希「……じゃあ、はっきり言えばいいんやね」
絵里「……き、聞いてやろうじゃない」
希「うちは……」
希が息を吸い込んだ。
瞬間、体が後ろに引っ張られた。
希「!?」
足元が揺れている。
希はすぐに立つこともままならなくなった。
絵里「希!」
絵里が叫んで、希に覆いかぶさるように腕を回した。
希「っ……」
今まで体験したことのない程の揺れだった。
希は目をぎゅっと閉じて、無意識に絵里の腕を掴んでいた。
―――
――
―
2話
『子どもの頃から両親があんまり家にいることがなくて、自分の想ってることとか願ってることを口に出すことがあんまりなかったんよね』
『希って、聞いてあげないと何も言わないもんね』
『そう?』
『そう言う所たまにあるわ』
『そのせいか、クリスマスとか、誕生日にな……何が欲しいかって聞かれてもよくわからなかったんよ』
『欲しいものがないってこと?』
『うん、やから……テレビとか漫画とかで子どもがもらって喜んでるものを、そのままねだってみたりした』
『それって、自分では欲しいと想ってないけど、そういう風に模倣してたってことよね』
『そうやね。で、貰ったら記憶にある通りに嬉しそうに喜んでみるんや』
『なんだか、すねた子どもね』
『しょうがないやん』
『それで、今、欲しいものは? あるんでしょ? 言ってごらん』
『えへ』
『希の我がままが聞ける私はしあわせものねー』
『えりちっ』
――――
―――
―
穂乃果はクッキーの包みをちらりと見て、
にやついて、手に取って、そしてもう一度鞄に仕舞い込んだ。
ことり「……う、海未ちゃん」
海未「どうかしましたかことり?」
ことり「何か、感じない?」
海未「なにかと言われても」
ことりは海未にしがみつく。
海未「こ、ことり……?」
ことり「こわい……」
海未「ほ、穂乃果ことりが……」
穂乃果「……あれ」
にこ「ちょっ……なにこれ」
にこが穂乃果の手を握る。
穂乃果「もしかしてもしかしなくても……」
にこ「揺れてる……」
――――
―――
―
―――
――
―
希「……っ」
絵里「治まったみたい……」
希「えりち、もう大丈夫やから」
絵里「あ、ご、ごめん」
希は砂を払って腰を上げた。
絵里が希のスカートを掴んできた。
希「なんやの、もお」
絵里「つ、つい」
希「離して」
絵里「いや」
希はかまわず振り払う。
そして、
希「えりちが行かないなら、うちが帰る」
絵里「ちょ、答え聞かせてくれるんでしょ」
希「……」
それには答えない。
希は唇を噛みしめる。
素直になれない。
惨めな自分に腹が立つ。
絵里が他の子にとられるかもと知って、
動揺したことすら素直に認められない。
絵里「希、バレー部の子には、私はっきり断ってくる。きっと、彼女を傷つけると思う。私も希ももしかしたら逆恨みされるかもしれない」
希「せやな……」
希はふいに、絵里から視線を外し、正門を見た。
住宅街が広がって――いない。
砂漠。黒い砂漠。
絵里「やっぱり怖いし、それで希と私が上手くいく保証もない。でも、私は希が欲しいの」
希「え、あ、う、うん」
なんだろう。
気のせいかもしれない。
5秒経ってからもう一度見よう。
絵里「時間は限られてて、でも、それでも私たちは、今こうやってここで向き合ってるでしょ? だから、希もちゃんと考えてって……あの」
希は正門を見ていた。
希「……」
絵里「聞いてる?」
希「え、あ、ごめん。聞いてなかった……」
希は絵里の横を通り過ぎ、正門に向かって歩き始めた。
絵里「ちょ、ちょっと希ってば」
絵里の声を背に受けるが希は呆然と目の前の景色を眺めていた。
絵里「……なにこれ」
絵里が隣に並んで、ぽつりと呟いた。
土臭い風が吹いていた。
――――
―――
――
雪穂「な、なに今の……亜里沙大丈夫? けがない?」
亜里沙「うん……」
おばさん「ば、爆発よ!! 学校がガス爆発したわ!!」
奇声じみた声で、おばさんが走り去っていく。
指を差す方向は――。
雪穂「え……なに、うそでしょ」
雪穂は走り出した。
亜里沙「待って!」
――――
―――
――
――――
―――
――
『速報です。た、ただ今入りました情報によりますと―――音ノ木坂学院でガス爆発が起こり、行方不明者多数―――』
国語教師「……あの、これ」
職員室の小型テレビを見ていた国語教師は目を疑った。
地震速報ではなく自分の学校がガス爆発を起こしたというニュースが流れていたのだ。
用務員「……先生、外見てください!」
英語教師「どうされましたか?」
廊下から走りこんできた用務員の男性が、
震える手で窓を指さした。
その場にいた教職員は一斉に窓の外を見た。
英語教師「……な、なんだあれは」
続く言葉はなかった。
――――
―――
――
雪穂「……なにこれ」
雪穂は学校のあった部分に向かって呟いた。
亜里沙「学校が……消えた」
雪穂「爆発で……うそ?」
学校があった部分だけえぐり取られ、
まるで隕石できたクレーターのようだった。
そして、底の見えないダムのように、闇に包まれていた。
足を踏み出すと、がらがらと崖縁が崩れていく。
雪穂「お姉ちゃん……」
亜里沙「……」
暫くすると、サイレンが聞こえ始めた。
二人、何もできずじっとそこで突っ立っていた。
警察がやってきて、ロープやコーンで立ち入りできないようにしている間も、
雪穂と亜里沙はずっと穴を見ていた。
雪穂の脳裏では姉の姿が何度も何度も浮かび上がっていた。
30分程で人だかりができていた。
凛母「凛! 凛ちゃん!」
花陽母「花陽! 花陽!」
聞き覚えのある声。
雪穂は警官の静止を押し切って、
穴に向かおうとしている女性らの方を見やった。
雪穂「……おばさん」
凛母「雪穂ちゃん!?」
こちらに気が付いた彼女らが、人だかりをかき分けて、
近づいてい来る。
凛母「凛は!? 凛はどこに!?」
雪穂「……」
雪穂は視線を学校の方へ向けた。
花陽母「花陽は……花陽も一緒よね……」
凛母「凛! 凛! どいて! 凛!」
警官が必死に止めに入る。
今日はμ'sメンバーは全員集合すると言っていた気がする。
雪穂は現実的な感覚がなかった。自分は本当に学校の前に立っているのだろうか。
夢じゃないだろうか。穂乃果は本当にここにいただろうか。
亜里沙の手を無意識に握りしめていた。
――――
―――
――
希「……」
絵里「……」
後方で複数人の走ってくる音。
国語教師「……なんだこれは」
英語教師「……信じられん」
用務員「……ひい」
陸上部「なによ……なにこれ!? 先生!? 何が起こってるんですか?!」
国語教師「黙って……」
陸上部「先生!? 先生?!」
国語教師「黙れ!」
絵里と希の後方で鈍い音がした。
振り返ると、生徒が頬を押さえている。
希「……」
絵里「……」
国語教師「黙れと言ってるだろ!」
教師は般若のような面で、そう叫んだ。
陸上部の生徒は両手で頭を抱え込みながら、
校舎の方へ走って行った。
希「これ、夢? どこなん……」
独り言のように呟く希。
絵里は希と目が合った。
互いに理解できず、困惑していた。
国語教師「お前ら、こんな所で何を……」
英語教師「どうでもいい……お前ら、すぐに体育館に集まれ」
国語教師「……お前ら、元生徒会長と副会長だろ? 生徒を集めて回れ!」
希「……」
絵里「……」
――――
―――
――
―――
――
―
廊下を勢いよく走る音で、
バレー部は生徒会の扉をそっと開いた。
風のように、同じ学年の陸上部の子が走り抜けていく。
バレー部「なに?」
時計を見る。12時。
バレー部「あれ、あの時計もしかして……止まってるの?」
携帯を見る。
同じ時間を示している。
バレー部「絵里さん……遅いなあ」
さっきの地震でもしかして怪我をしたのだろうか。
心配になってきたが、すれ違うのも嫌なので、
もう暫くそこにいることにした。
―――
――
―
絵里「私、食堂回って体育館に行くから、希は反対側から見てきてくれる?」
希「うん、わかった!」
絵里と希は互いに背を向け走り出す。
先ほどの地震の余震も気になるので、
希と離れたくはなかったが、
それよりも今は生徒の方が心配だ。
絵里「怪我をしている人! 助けが必要な人、いませんか!?」
食堂には先生が一名残っていた。
パートのおばちゃんも二人来ていた。
何事かと、絵里の方を見つめていた。
絵里「……ええっと、ひ、避難指示が出ています。すぐに体育館に集まってください!」
理科教師「……」
理科教師が食べていたカレーを素早くかきこんで、
理科教師「おばちゃん、だそうなんで……逃げましょうか」
けだるそうに、誘導していた。
――――
―――
――
希「あ、あの」
1年生の教室を回っている時に、
教卓の下で生まれたての小鹿のように震える生徒を発見した。
希「大丈夫か?」
園芸部「は、はい……」
希「他に残っとる一年は?」
園芸部「わ、分かりません……たぶん、いないと思います」
希「そうか。みんな体育館に集まるように指示が出とる。立てるか?」
園芸部「なんとか……」
希「もし、他の生徒とあったら、体育館に向かうように言ってな」
園芸部「はいっ」
危なげな足取りで、彼女は教室を後にした。
希「あとは、うちのとこか……」
階段を上り、希はアイドル研究部の部室へと向かった。
扉が開いていた。
希「みんな……」
声をかけると、そこにいた5人が振り返った。
真姫「希……一体何が起こってるの」
みな、外を見ていたようだった。
希「わからん……」
凛「やっぱり、凛も屋上行ってみるっ」
凛が希の脇をすり抜ける。
希「凛ちゃん!」
花陽「花陽もっ……」
希「みんな待って! 体育館にいったん集まって!」
海未「希、穂乃果とにこが屋上に行ってどうなったか見に行ったんです。とりあえず、一緒に行きましょう」
ことり「……っ」
希「ことりちゃんは?」
海未「さっきから、頭痛がするみたいで……」
希「肩貸すわ……海未ちゃん反対側お願い」
海未「はいっ」
――――
―――
――
屋上につくと、にこと穂乃果がフェンスに張り付くように立っていた。
にこ「信じられないんですけど……」
穂乃果「なんにもない……ビルも人も……」
希「にこっち、穂乃果ちゃん……みんな、いったん体育館に集合して」
穂乃果「みんなどこに行っちゃたの……」
希は外をなるべく見ないように意識して、声をかける。
希「わからん……うちにも何が起こっとるんか……夢やないかとさえ思っとる」
穂乃果「夢……なのかな。さっきまで、雪穂と亜里沙ちゃんがいたのも……」
花陽「無くなっちゃったんだ……全部……学校だけ残して……全部」
凛「お母さん……達も?」
真姫「……そんなこと」
海未「核が落ちたんですよ……」
希「……海未ちゃん」
海未「原爆か水爆が落ちて……みんな一瞬で」
花陽「……いやあ」
花陽が崩れ落ちる。
にこ「海未……適当なこと言うんじゃないわよ」
海未「ですが……じゃあ……」
凛「夢だもん……これ、夢でしょ?」
凛も花陽に折り重なるようにして座り込んだ。
真姫「ママ……あの砂の下に……放射能に侵されて……」
にこ「だから……」
希「まだ! まだ……何にもわからんやん……わからんうちから色々決めつけてしまうんは止めよや」
希は自分の台詞になんの保証も持てないまま続けた。
にこの方を見る。きっと、自分もにこと同じような顔をしているに違いない。
眉間に力を入れる。
希「この砂の向こうに何があるかもわからんやん……みんなどこにいったかも、まだうちらわからんやろ? だから、落ち着こう?」
すすり泣く声を受けながら、希は言った。
穂乃果「……っ雪穂」
穂乃果が走り出す。
にこ「穂乃果!」
にこが追いかける。
希「にこっち!」
にこ「私が行くから、あんたはみんなを体育館に誘導しなさいっ」
にこの長い髪がすっと屋内に消えていった。
―――
――
―
カチカチ、と室内の蛍光灯のスイッチを入れたり切ったりするが、
電気がつく気配はない。
国語教師「くそっ……電気がきてない」
英語教師「……電話もつながらない」
用務員「……携帯も圏外のままです」
数学教師「なんなんだ……なんなんだこれ……」
用務員「ラジオは!?」
国語教師「……試したがそれもつかなかった……」
数学教師「……理事長は、確か理事長も来ていただろ?」
国語教師「理事長は、さっき来年度のPTA役員の会合に出かけただろ!」
数学教師「あの、あの女一人だけ逃げたんだ……」
英語教師「バカを言ってないで……体育館へ行くぞ!」
――――
―――
――
手に取った土は、少し油性にインクのような匂いがした。
にこ「……ホントに砂しかない」
穂乃果「……」
正門の前で足を止めた穂乃果。
前に進みたくても、進めないのか。
穂乃果「雪穂……っ」
名前を呼んで、彼女は再度走り出す。
にこ「……穂乃果っ」
穂乃果の走った砂の上に、
足跡ができていく。
にこ「何があるか分からないんだからっ……!」
にこが追いかける前に、彼女は砂に足をとられて派手にこけた。
穂乃果「……なんでかな、なんでなのかな」
怒らせたまま、
彼女は行ってしまった。
砂粒になってしまった。
母も父も。
穂乃果「っ……」
ありがとうって、言ってないのに。
まだクッキーだって食べてないのに。
絶対美味しいに決まってるのに。
どうして、あの時雪穂の顔をちゃんと見てやらなかったんだろう。
砂の上に涙が落ちる。
穂乃果「嘘だ……っ」
砂を握りしめた。
英語教師「おい! お前ら何やってるんだ!」
国語教師「体育館に集合しなさい!」
穂乃果「……」
すすり泣きながら、穂乃果が戻ってくる。
英語教師「泣くな! 体育館に行け!」
穂乃果「集まって、どうするんですか……」
英語教師「うるさい! お前らは言うことを聞いて集まっていればいいんだ!」
にこ「……」
英語教師が叫びながら、体育館へ走っていった。
にこ「行くわよ、穂乃果」
穂乃果「……うん」
――――
―――
―
絵里「携帯が使えない……」
真姫「電線も無かったしね……」
凛「……っ」
花陽「お母さん……」
海未「ことり落ち着きましたか……?」
ことり「う、うん……」
陸上部「……腕立てしよう。1、2、3、4、5―――」
園芸部「……」
国語教師「誰か、この状況に対して意見はないのか」
英語教師「今言えるのは学校の外が一瞬にして、塵になったということ。それだけだ。人もビルも」
用務員「やはり、核爆弾……」
数学教師「ひいい…放射能が」
理科教師「それは調べます。でも、なんでうちの学校だけ」
英語教師「わからん、しかし私たちはこうして生残ってしまった」
園芸部「生残った……みんな死んじゃったんですか?」
園芸部の一年生が、ふらふらと英語教師に詰め寄った。
英語教師「……っ」
園芸部「何が起こったんですかっ……?」
凛「そうだよっ! 何が起こったの?」
花陽「お母さん達は……」
絵里「もし、何か知ってることがあれば教えてくださいっ……」
園芸部「お願いですっ!!」
英語教師のスーツの襟を掴み、
園芸部の一年生は喚いた。
英語教師「うるさい! 甘えるな!」
英語教師は園芸部の生徒を払いのける。
園芸部「きゃあっ!?」
体育館に横倒しに倒れた。
穂乃果「はっ……」
穂乃果が駆け寄る。
穂乃果「大丈夫!?」
英語教師「くっ……はははっ」
英語教師が高笑いを浮かべた。
体育館の広い空間にこだまする。
英語教師「おまえらな、普段あれだけ怠惰な生活を送っておいて……何を言ってるんだ。こんな緩い校則で満足して、学校でお菓子は食べるわ、余計なものは持ち込むわ……制服はだらしない……数えあげればキリがない。この学校は……いや、最近の学校は緩すぎるんだ……スクールアイドル? ふざけた遊びのせいで、本文の勉学すら危ういじゃないか……笑えるな……こんな時だけ、お前ら、生徒面するなよ……」
理科教師「……」
絵里「ちょ……」
絵里が物言わんとした所で、
希に引き留められる。
希「……」
英語教師「はははっ……」
穂乃果「……どうして、どうしてそんな酷いこと言うんですか」
英語教師「酷いだと? いや、もはや……何を言った所で……」
理科教師「東條、絢瀬」
希と絵里の肩を引き寄せ、理科教師の男性が小声で話しかける。
理科教師「お前ら俺と一緒に図書館に来い。調べもの手伝ってくれ。こいつらに付き合ってると無駄時間を食う」
――――
―――
――
希は手に取った『サバイバルの基本』の目次をつらつらと目で追った。
希「目印にはタイヤ燃やすのもいいらしいです。煙が出て」
絵里「でも、車は必要よね。それに運転手も」
希「確かに」
理科教師「任せろ」
絵里「カーテンでもいいって」
希「見晴らしのいい場所でって……屋上やんな」
絵里「カーテンは音楽室にけっこうあるわね。それに文化祭の準備物として必需品だから……準備室にあるはずよ」
希「物品リスト見たら分かるな。去年作っといたかいあったな」
絵里「そうね……まさかこんな場面で役立つとは」
――――
―――
―
理科教師「これは箔検電器つって……」
真姫「物体に電気が帯びているかどうか調べるもの……」
理科教師「その通り。もし、ここに放射能があれば大気は電離しているはずだから、この先で箔は開く」
絵里「……なるほど」
絵里が服と服をこすり合わせて、検電器に近づける。
静電気に反応して、箔がふわりと開いた。
理科教師「……そういうこと」
真姫「なんで、私まで……」
理科教師「ここで箔が開かなくても、他の場所では違うかもしれない。お前らは理科の成績もいいし、作り方を覚えてる。これ、持っておけ」
言って、教師は地面に検電器を置いた。
真姫「……」
理科教師「……」
絵里「……」
箔はぴくりとも動かない。
理科教師「大丈夫なようだ。別の場所も調べてくる。絢瀬、東條と3人で屋上でのろしをあげてきてくれ」
絵里「はい……」
真姫「狼煙……」
絵里「行くわよ、真姫」
理科教師「怪我すんなよ」
――――
―――
―
絵里「ただいま……」
希「なんや、大したことしてないのに疲れた」
真姫「はあ……」
にこ「お帰り……」
穂乃果「何してたの?」
絵里「ちょっと狼煙を上げに」
凛「狼煙?」
海未「煙を高く上げて、発見してもらうためのものですが……」
凛「自衛隊とか……米軍とか……来てくれるかもしれないってこと?」
花陽「助け……来ないかな……怖いよ」
凛「かよちん……みんな同じにゃ。怖いとか言わないで……凛も怖いよ」
絵里「ここで待つしかないわね……」
海未「それは、ここで暮らすということですか……」
花陽「食べ物とか……どうしよう」
真姫「でもさ、誰が助けに来るのよ……」
絵里「それは……」
希「ほら、自衛隊とか……」
海未「核戦争なら……中東辺りの戦争が拡大して、日本にも落ちたってことですよね。それかアジア圏内のどこかの反日国が……」
真姫「どっちにしろ、世界的にみんな死んでるってことじゃないの……」
絵里はかける言葉を無くし、視線を落とした。
希が微笑みかける。
絵里はそれで、この絶望的な状況だというのにほっとした。
陸上部「……死んだんですかね」
園芸部「私、さっきまで園芸部の先輩達と一緒だったんです。こんなことなら、引き留めておけばよかった……」
穂乃果「……」
花陽「……お母さん……」
凛「かよちん……しっかり」
絵里「みんな……」
希「暗いこと考えるんは止めよ……な」
にこ「希、タロットで占ってみたら……」
希「……ううん、今は」
にこ「そ、そう」
陸上部「やっぱり……」
穂乃果「生きてるよっ。生きてる」
穂乃果が言った。
絵里は穂乃果の手が震えているのに気が付いた。
絵里「穂乃果……」
穂乃果「みんな、どこかで生きてるから……だから、そんなに落ち込まないで」
暗がりの体育館で、声だけは凛として聞こえていた。
だが、絵里には今にも泣きだしそうな穂乃果の顔がちらついた。
にこ「……穂乃果」
凛「うん、そうだよ。穂乃果ちゃんの言う通りだよ、ね? そうだよね」
真姫「適当言わないでよ……」
穂乃果「真姫ちゃん……」
海未「そうですよ……穂乃果。何も分からないのに、闇雲に安心するのは危険です……」
真姫「みんな、現実見なさいよ。見たでしょ……誰もいなかった。誰も……いない。砂しかなかった……核だとか、戦争だとか、何が起こってこうなったのかなんて私たちには意味がないでしょ……」
にこ「真姫ちゃん……っ」
真姫「だって……みんな死んだんだもん」
にこ「生きてるよ。穂乃果の言う通り、絶対生きてる! ココアもココロも虎太郎も、ママも、生きてるわよ」
真姫「……じゃあ、どこにいるって言うの。ねえ、絵里」
絵里「……なに」
真姫「どこにもいないのに、どこで生きてるか答えられる?」
絵里「……」
穂乃果「生きてるって!」
真姫「じゃあ、私たちだけサハラ砂漠にでもワープしてきたって言うの? イミワカンナイ……それこそ」
絵里「真姫……もう」
海未「絵里……気休めでの慰めはきっと逆効果です……」
真姫が立ち上がる。
穂乃果「真姫ちゃん……待って」
真姫「怖いんでしょ? 穂乃果」
穂乃果「……それは」
真姫「怖いとね、人って自分に嘘をついて心を守るようにできているの……でも、私、なんでだろう……全然怖くない」
にこ「真姫ちゃんっ」
真姫「今までの世界が……嘘だったのかもしれない。ママやパパに怯えながら暮らしていたあの現実が……」
真姫が歩き出す。
海未「……っ」
海未がその後についていく。
ことりを支えながら。
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん!」
みな、呆然と真姫達を見送る。
希「真姫ちゃん!」
希が叫んだ。
真姫は一度だけ足を止めたが、
やはりそのまま行ってしまったのだった。
――――
―――
―
絵里と希は屋上に来ていた。
先ほどの狼煙が全て燃えきってしまっていたので、
理科教師に言われて、新しいカーテンを探して、ドラム缶の中に入れた。
絵里「誰か……気づいて」
絵里が陽の光で眩い空を見上げた。
希もそれにつられて見上げる。
神田明神で見た、突き抜けるような空と違う。
どんよりとして灰色で。
希「上から見たらどんな風に見えるんやろね。砂漠の中にポツンと浮かんでる学校って」
絵里が視線を向けたのが気配で分かった。
希「何がなんだかわからん……でも私たちは生きてる」
希は屋上のフェンス越しに腰掛ける。
希「生きてる……んよね?」
手首を確認する。
親指の付け根には脈があった。
絵里「そうね……」
絵里はふっと笑う。
だね
※だね←脳内削除よろしく
希もふっと肩を落とした。
希「……あ……!」
絵里「なに?」
希「ウチ、バイトの給料明細見るん忘れてた……最後、いくらやったんやろ」
絵里「私なんて、部屋の植物にお水あげるの忘れてたわ……」
希「それに、ゴミ出してない。生ごみやったのに……最悪やわ」
絵里「あ、回覧板出しておいてって言われてたのに……忘れてた」
希「ガスの元栓も閉めてないかも……」
絵里「亜里沙……お昼ご飯何食べたかな……何も作らずに来ちゃった」
希「お腹空いたなあ……っ」
絵里「……私、私ちょっと行きたい所できた」
希「え?」
絵里「あっちの方」
希が見上げると、絵里は果てしない砂漠を指さした。
希「あ、あっちてどっちやん?」
絵里「……亜里沙のこと心配だから」
希「えりち、でもこの砂漠を探すんは無謀や……」
絵里「うん、そうだね。分かんない。でも、家で待ってるかもしれない……私の帰りを待ってるかもしれない」
希は砂漠を見た。
先ほどは、みんなの手前励ます言葉を言うしかなったが、
しかし、これのどこに希望があるのだろうか。
現実は砂漠しかない。
絵里が家族に会いたいのは分かる。
分かるけれど、危険だと思った。
希「……えりち」
絵里「会いたいの……亜里沙に。希もそうじゃないの?」
希「うちは……」
希は答えることができなかった。
先ほどの真姫の言葉が蘇る。
絵里「行くわ……止めても無駄」
希「……」
ふと、希は外を見た。
希「……あ」
―――
――
―
にこ「あんたたち、どこ行くっての?!」
穂乃果「……」
にこ「この先に何があるかわかんないのよ? 危ないから、引き返しなさいよ!」
凛「……」
花陽「……」
陸上部「……」
園芸部「……」
にこ「穂乃果、凛! 花陽も、ねえ!」
希「みんな!」
絵里「……はあっ」
砂に足を取られながら、希と絵里が追いつく。
希「みんな、どこ行くん?! 止まって! なあ!?」
穂乃果「……」
希「穂乃果ちゃん!」
穂乃果「希ちゃん!」
希「……っ」
穂乃果「行かせて……行かせてよ! 怖いんだよ! みんな……そうだよ! だって……大好きなみんながいなくなっちゃうのなんて耐えられないよ……でも、信じられない……信じたくない……っ」
凛「凛も……信じたくない。家に帰って、お母さん達がいるの確かめるにゃっ」
花陽「花陽も……」
希「真姫ちゃんは……」
にこ「教室で寝てたわ……」
辺りが突然暗くなった。
園芸部「なんですか……あれ」
園芸部が空を指さした。
陽が欠けていた。
絵里「日食……?」
希「日食って……まだ先なんやなかったか」
絵里「うん……」
――――
―――
―
同時刻。教室にて。
海未「なんですか、あれ……」
ことり「……太陽が」
真姫「日食だわ……でも、この地域で日食が起こるのはまだ当分先よ……今日この場所で起こるなんて……あり得ない」
真姫が席から立ち上がり、窓ガラスに張り付いて空を凝視した。
真姫「……違う時間帯……別の場所……ここは」
――――
―――
―
陸上部「狂ってる……狂ってる!」
陸上部が走り出した。
それを合図に、みな一斉に走り出した。
だだっ広い砂漠の上を、がむしゃらに。
希「みんな! ここでみんながバラバラになったらあかんて! なあ!」
にこ「……っ」
希「にこっち!?」
にこまでもが恐らく自宅の方向だと思われる場所へ走っていった。
絵里「行かせてあげれば」
希「……なんで」
絵里「確かに、他にどんな危険があるか分からない……でも、放射能はないって分かったし。それに、分からないじゃない。私たちも、先生も」
希「……でも」
絵里「それに、みんなもう子どもじゃない。自分で確かめないと納得するわけない……」
希「そうだけど……」
絵里「ね、それに……みんなが疲れて戻ってきた時に、あなたがあそこで待っててあげた方がいいと思うの」
希「うちが?」
絵里「女神が……帰りを待っているなんて、素敵じゃない」
希「…………なんやそれ」
絵里は笑った。
希は言葉を飲み込んだ。
そして、絵里もざくりざくりと砂を踏みしめて歩き出す。
希「で、えりちも行くんか……」
絵里「女神は一人で十分……私は……そうね、狩りに行くお父さん的な」
希「そのポジションはえりちじゃなくてええやろ……」
絵里「女神を守る相棒よ。譲れない」
大きく腕を振って、絵里は何もない空間を突き進んでいった。
希「なんなん……もお」
絵里の揺れる金髪を見つめる。
まっすぐに伸びる背中を見つめる。
どこまで行けるかわからないのに。
どこに向かうかもわからないのに。
それでも、愛するものがいると信じて。
希「……」
そのうち、太陽は完全に陰に隠れた。
希は正門の前に、ずっと立って彼らの帰りを待った。
希にはそれくらいしかできなかった。
希は探しにいかなければならない人間などいなかったから。
陽が再び光を取り戻した頃。
絵里の言っていた通り、数時間経つと生徒達は学校に戻ってきた。
酷く、疲れて。
園芸部「……」
陸上部「……」
二人は手を繋いで、戻ってきた。
どこかで一緒になったのだろう。
希の立っている場所まで来ると、力尽きたように座り込んだ。
希「……お疲れさんやったな」
そう声をかけると、互いに抱きしめあってわんわんと泣きだした。
園芸部「っ……うう」
陸上部「ひっ……く」
希「……」
希はずっと立っていることしかできなかった。
バカの一つ覚えのように。
それでも、
凛「希ちゃん!」
凛と花陽が少し泥だらけになって戻ってきた。
希「……お疲れさん」
花陽「希ちゃんっ……」
希「無事でよかった……」
それでも、
今までのどんな時よりも、
みんなという存在を強く感じられた。
自分自身が必要とされている、
みんなというものの一部だったことを理解できた。
穂乃果「……」
にこ「希……」
何時間も経ってから、穂乃果とにこが帰ってきた。
真姫「……にこちゃん、穂乃果」
にこ「真姫……」
穂乃果「へへ……」
心配して、真姫、海未とことりも待ってくれていた。
海未「遅いです……穂乃果」
ことり「良かった無事で……」
にこは誰よりも意気消沈した顔で、みなが座る横を通り過ぎて校舎へ向かった。
無言で、真姫がそれを追いかける。
希「……」
誰も、何も分からず、
何も見つけることができず、
そして、
絵里だけが戻ってこなかった。
――――
―――
―
穂乃果「歩けなくなって……泣いてたら、目印を置いてきたからこれをたどって帰りなさいって」
花陽「……きっと狼煙も見えるからって」
希「それで……」
花陽「自分は行くところがあるからって」
希(えりちの家なんて……もうとっくに着いとるはずやのに)
穂乃果「ロシアにでも行ったのかな……」
海未「まさか……」
穂乃果「でも、絵里ちゃんは絶対帰ってくるよ!」
希「せやな」
ことり「穂乃果ちゃん、タオルだよ」
穂乃果「ありがとう」
みな、泥だらけになった靴や顔を洗っていた。
喉が渇いた者はがぶがぶと犬のように水を飲んでいた。
希「なあ、穂乃果ちゃん」
穂乃果「なあに?」
希「うち、ちょっと探してくるわ」
穂乃果「……なら、穂乃果も行くよ!」
希「いいから、休んでて……膝擦りむいてるやん」
海未「私がいきます。体力はみんなの中であるほうですから」
希「わかった。一緒に行こう」
海未「ええ」
絵里の行く場所など見当がつかなかった。
だが、行くしかない。
目印もどこまであるか分からない。
希「走ろうか、海未ちゃん……」
海未「はい」
希は海未と共に砂漠の大地を駆け抜けていく。
希(えりち……無事でおってな)
――――
―――
―
絵里「はあっ……はあっ」
絵里は額にびっしょりと汗をかいていた。
こんなに歩いたのは何時ぶりだったろうか。
絵里「……はあっ……ん」
膝に手をついて、呼吸を整える。
途中まで走っていたが、
ついに体力が根負けした。
絵里「どこ……どこにいるのよ」
絵里はもはや、自分の家族を探してはいなかった。
凛や穂乃果、にこや真姫――。
みんなの家族を探していた。
途方もないことは自分でも気がついていた。
それでも、せめて、彼女の家族だけでも見つけたかった。
絵里「……っう……ひっく」
足にできたマメが痛い。
両靴とも手に持ち、そのあたりに放り投げる。
自暴自棄になった子どものように。
絵里は背中を丸めて泣き始めた。
それでも、前に進んだ。
絵里が立ち止まる。
目の前には大きな川が干上がったような後。
それ以上先に進むのは難しかった。
絵里「……っ」
座り込んで、痛めた足を擦る。
疲れがが心を病ませる。
膝をかかえて、絵里はもうそこから動けないような気がした。
足音がした。
海未「……絵里」
希「えりち……」
絵里は振り返る気力もなかった。
絵里「……ごめん……ごめんねっ」
希「なんで謝るん」
絵里「みんなの大切な人……見つけられなかった」
希「そんなん……そんなん別にえりちのせいやないやんか」
絵里「良くない! 良くない……のよ。だって、希……体育館で真姫が最後に言った言葉を聞いて……どこかほっとしてたでしょ?」
希「そんなこと……」
絵里「だから、私……諦めて欲しくなかった。希に、希にだけは……希望を持っていて欲しかったの」
海未「絵里……」
絵里「あなたが希望を捨てたら……絶対に奇跡は起こらない……奇跡じゃなくても……それに近い何かが」
希「うちそんなんや……」
絵里「でもね……ごめんね。やっぱり、何もなかった……やっぱり、何もないんだわ」
海未が駆け寄って、絵里の肩を抱いた。
少し混乱しているたのかもしれない。
あまりにも非現実的なことばかりが起きてしまって。
絵里は涙を拭いた。
海未「……」
絵里「ありがとう……戻るわ……学校に」
希「……うん」
絵里「私たちが戻る場所……もう他にないものね」
絵里は、希と海未に抱えられる。
希「……えりち」
絵里「なに……」
希「次は一緒に行こうな……一人で行かんといて」
絵里「……えっと」
海未「絵里……自分を犠牲にせずに」
海未が小声で耳打ちする。
絵里「別にそんなつもりじゃ」
希「うち、一緒に生き抜くことを考える……家族のことも考えるから」
絵里「希……」
希「うち……えりちにおらんなられたら……困る」
絵里「知ってた……」
希「そっか……」
絵里「キスしていい……?」
海未「ハレンチです……」
希「台無しやん……」
二人に引きずられながら、絵里は冷たい視線を浴びることになった。
時間は、砂みたいにさらさらと手の中を滑り落ちていく。
今、という砂粒がまた一つ零れていく。
すごく曖昧で、不確かで、それを人間は上手く掴めない。
不器用で、言葉を知らず、大切な瞬間を見逃してしまう。
私たちは今の中でしか生きていけないのに。
2話おわり。このEDが好きだった
>>18
漫画版とはかなり違う展開です
今日はここまで
懐かしい…
>>65の細かい後悔の言い合い、なんかよく覚えてるよ、こたつの電源とか
>>80
あの二人の掛け合いが好きだったんだ
――――
―――
―
3話
にこは膝に顔を埋めていた。
一年生の教室にいるのはにこと真姫の二人だけ。
にこは疲れ切っていた。
砂の上を走り回ったのもある。
真姫「……にこちゃん」
にこ「……」
にこは心のどこかで家族は生きていると信じていた。
探せば絶対に見つかる。
会えるのだと思っていた。
もしかしたら、誰よりも楽観的で能天気だったのかもしれない。
けれど、何もなかった。
にこの心は絶望に震えた。
にこ「あの……砂の下に埋まってるのかな。あの下に……」
真姫「それは……ないと思うけど。私たちだけ残して全てが埋まるのも消えるのも……考えにくいわ」
「お、おーい! だ、誰か!」
廊下を慌ただしく駆ける音。
用務員「お、おい誰かいないのか?」
にこ「……どうしたんですか」
用務員「あ、あの、あっちで……なにか……見つけたんだっ……何か、こう、何か!!」
真姫「何かって?」
にこ「何?」
用務員「なにか……その、刺さってた!」
――――
―――
――
車に揺られ、にこと真姫は用務員が見たという何かがある場所へ向かっていた。
助手席に座る真姫が、車のある部分に目を留める。
真姫「このカーナビ……」
用務員「ああ、それ壊れてるんだよ」
真姫は取り外して、
真姫「この工具使っていい?」
用務員「いいけど……何するんだ。まさか直すのか? まさかな」
にこ「……真姫ちゃん直せるの?」
真姫「さあ……」
真姫はドライバーで本体のカバーを取り外す。
真姫「でも……衛星が生きていれば」
ここまで
真姫「……」
車が停車した。
用務員「なら、ちょっとお嬢ちゃん待っててくれ、も一人の子一緒に来てくれないか」
にこ「いいけど、真姫、ここで車の番頼める?」
真姫「いいわよ」
にこが用務員と一緒に少しせり上がった砂の山に向かって走っていった。
真姫はそれを見送ると、また作業に戻る。
どうやらボタンを押す所が壊れて、接触不良を起こしているだけのようだ。
直接スイッチに触れる。
ブン――。
音を立てて、カーナビが起動する。
真姫「よし……」
ホーム画面の左隅に時刻が表示されている。
『2020/05』
真姫「……え」
プツッ――。
すぐに画面がブラックアウトした。
――――
―――
―
風が強く吹き付けていた。
砂ぼこりが視界をさえぎる。
用務員「ほら、刺さってるだろ!?」
にこ「……なにこれ」
何かの先端のような。
用務員「宇宙船か? まさか、みんな宇宙に逃げたんじゃ……そ、それなら全ての辻褄が合うぞ……」
にこ「……」
にこはついている土を払うように、それを蹴った。
電光掲示板がついていたようで、文字が流れる。
『TKYO-OSAK INORI NO.12』
にこ「……新幹線……?」
用務員「なんだって……知らんぞこんなの……見たことない」
にこ「ここって……一体」
――――
―――
―
アナウンサー「こちら、東京都にあります音ノ木坂学院です! 御覧ください! 目の前に広がる巨大な穴を! えー、私の肉眼で見る限りですね、辺りには瓦礫も、学校の敷地さえも存在しません! 誰が、誰がこのような光景を信じられるのでしょうか。ただ今入ってきております情報によりますと、学校内には生徒教師合わせて十数人以上いたものと見られております」
ヘリの上からその恐ろしさを目の当たりにしたアナウンサーは、生唾を飲み込んだ。
現実に起こったことなのか。
悪い夢でも見ているのか。
一体、彼らはどこに。
深い穴だった。
アナウンサー「……」
――――
―――
―
海未「あ、学校見えてきましたよ」
先を行く海未が、指をさした。
絵里「ほんと……」
希「……ほんまや」
希はほっとした。
何もないけれど。
絵里が守りたいと思っていた学校は残っている。
それが救いだった。
絵里「希、あなた……」
にこ「絵里! 希!」
希「……にこっち?」
真姫と用務員と一緒にこちらへ駆けてくる。
真姫「聞いてほしいことがあるの」
絵里「何か分かったの?」
真姫「まだ、仮説の域を出ないけれど……」
にこ「私たちもしかしたらみ」
柔道部「おい、マネージャー! もう帰んのかよ!」
校庭に声が響く。
マネージャー「うん、もう用ないし」
柔道部「こいつさ、お前に言いたいことあるって」
後輩「いいです、もういいですッて」
柔道部「今さら照れんなよ、な。マネ」
マネージャー「あのさ。私、そういうのいいから」
柔道部「あ、じゃあ、他に好きな人とかいるんだ」
マネージャー「いるけど……ていうかルックス的に、死んでもあんたとは付き合わないし」
柔道部・後輩「……」
マネージャーの切れ長の目が、希らの方へ向く。
マネージャー「さよなら」
希は小さく会釈した。
彼女は正門へ向かう。
マネージャー「……え」
外を見た瞬間、彼女はゆらりと地面に倒れた。
柔道部「ま、マネージャー!?」
希「まだ気づいてない生徒いたんや……」
後輩「な、なんだよこれええええ?!」
柔道部「うわあああああ?!」
彼らの叫び声が砂漠に飲み込まれていった。
―――
――
―
そして、初めての夜がやってきた。
園芸部「暗い……ッお母さん……怖いよ……」
花陽「こわくないこわくない……お米のこと考えよう」
凛「かよちん、凛がついてるにゃ」
真姫「うるさいわよ……眠れないじゃない」
穂乃果「お腹空いた……」
海未「穂乃果、みんな同じですよ」
ことり「でも、お腹空いたよね」
海未「……ええ」
陸上部「携帯……電池が残りわずかで、ライト機能が使えないです……うう」
園芸部「私、怖くて眠れないよ……」
穂乃果「穂乃果はお腹空いて眠れないや……」
海未「ちょっと、みんな勝手なことを言わないでください……修学旅行じゃないんですよ」
にこ「これってさ……やっぱり夢なんじゃない。寝て覚めたら元通りみたいな」
園芸部「それ、そうかもですッ」
陸上部「いいですね、それッ」
穂乃果「にこちゃん冴えてるうッ」
ことり「じゃあ、ことり寝よう」
穂乃果「穂乃果も」
みなそう言って、口数が少なくなっていった。
――――
―――
―
穂乃果「お腹空いた……」
お腹を抑えながら、ふらふらと廊下を歩く。
「ランランラン♪」
穂乃果「……?」
前方から声が聞こえ、穂乃果はとっさに柱に隠れた。
バレー部「ランランラン♪」
カートを押しながら、女子生徒が走り去っていく。
その上に、たくさんの食料を乗せて。
穂乃果「ちょ……」
しかし、余りにも不気味過ぎて穂乃果は声をかけれなかった。
―――
――
―
教師一同と、絵里、希が職員室に集まっていた。
国語教師「まだ4時前だぞ」
理科教師「……」
国語教師がライターに火をつける。
国語教師「なんで陽がくれるんだ……ッ」
数学教師「何もわからん……もう気が狂いそうだ」
絵里「……ッ」
希「うちの手、握ってて」
絵里は希の手を力強く握りしめた。
痛いくらいだ。
理科教師「先生方……」
英語教師「なんだ」
理科教師「矢沢達がさっき新幹線を発見したそうです」
国語教師「新幹線? それで、誰か、誰かいたのか?」
絵里「いえ、誰もいなかったみたいで……ただ、現代ではまだ開発されていないものみたいで……」
理科教師「ということはこの学校は……」
英語教師「何を言ってるんだ君たちは!? 訳が分からん」
希「……」
英語教師「君達はそんな戯言を、生徒の妄言みたいなものを信じているのかね? ははッ……はははッ」
絵里「こんな所で……何もしていない先生方よりよっぽど頼りになると思いますけど……」
絵里がぼそりと呟いた。
希が口を塞ぐ。
絵里「ッ……んむッ」
数学教師「……おまえ、平気そうだな。こんな状況だって言うのに」
数学教師が立ち上がる。
数学教師「楽しんでるんじゃないのか?! もしかして、お前……この学校と心中でもするつもりなのか?! お前ら、学校大好きだもんなあ?! そうか、わかったぞ!? お前らスクールアイドルの奴らが全員残ってるのが不思議だったんだよ……全部、お前らのせいだったんだ!!」」
絵里「はい?」
理科教師「ちょっと、落ち着いてください」
数学教師「お前らのせいだ!」
希「……」
―――
――
―
あまりにも煩く喚かれて、絵里と希は理科教師の計らいで屋上へ狼煙の火種を確認しに向かった。
絵里「なによッ……あれ! 私たちが悪いみたいに……」
希「不安なんやろ……」
絵里「え?」
希「自分が不安な時に、自分より弱い誰かをやり玉に挙げて恐怖心を和らげる……それが人ってもんやん」
絵里「つまり、μ'sがそのやり玉ってこと?」
希「でも、大丈夫……えりちはうちが守る」
絵里「……へ、平気よ」
希「暗いの怖いくせに。じゃあ、手離すで」
絵里「ダメよッ」
ピー。
絵里「ひいい!?」
絵里が思いっきり希を抱きしめた。
希「いたたッ…‥うちの携帯や……」
ポケットから取り出すと、電池充電のマーク。
希「ご冥福をお祈りいたします……」
絵里「……なんだか、すごく寂しい音」
希「せやな……」
絵里「やだ、希の顔も暗いわよ……」
希「えりちだって……顔面蒼白」
絵里「希、μ'sのせいって言葉……気にしてるんじゃないでしょうね」
希「そんなわけないやん」
絵里「傷ついたって顔してる」
希「あれで傷つかんわけないやんか……」
絵里「そうねえ……」
希「……あのな、うち昔こういう夢みたことあるん。小学生の時かな」
絵里「……」
希「その頃、両親とも全然喋らないし、転勤ばっかりで……周りとも上手く溶け込めなくって……人間が怖かったんよ」
絵里「希……」
希「もう、みんな……世界中何も無くなっちゃえ……とか思ってて」
絵里「夢よね……?」
希「そう、夢。うちとうちの好きな人以外無くなっちゃう……そういう夢やん」
希が絵里に微笑む。
絵里「暗いッ……さっきより、さらに暗い顔してるッ……もお、余計怖いから止めてよッ」
希「そういう顔なんよ」
絵里「どこがよ……可愛い顔してるんだから」
絵里は、希の顔を両手で挟む。
絵里「でも、不思議よね……携帯無くした時は全然喋らなかったのに、こうやって携帯が使えなくなって漸く仲直りして……」
希「仲直りしてくれるん?」
絵里「え? そこから……あなたやっぱり引きずってたのね」
希「だって……」
絵里「あー、もう私たち最初からケンカしてなかったでしょッ。この話は、これでおしまい!」
希「……ありがとう」
絵里「……私たちも寝ましょう」
希「うん」
二人手を繋いで、教室へと戻っていった。
今日はここまで
―――
――
―
学校があった場所には「KEEP OUT」と書かれた黄色のテープが張られ、
それでも人だかりの多くはそれを無視して、穴に近づこうとしていた。
花陽母「花陽! 花陽!」
凛母「凛ちゃんがいるんです! 離して!」
警察「危険ですから、これ以上近づかないでください!」
花陽母「うッ……どうしてッ……ひどいッ……」
誰かの母親だろう。
雪穂「……」
亜里沙「……」
雪穂と亜里沙は何時間もそこに佇んでいた。
報道員「あ!? 君たち、もしかしてここの学校の生徒!? 何があったか、知ってることあったら教えてくれないかな?」
報道員が亜里沙の目の前でメモを広げ、
ペンを突きつける。
亜里沙「あ……」
雪穂「……ちょっと、止めてください」
報道員「なんでもいいからさッ。俺たちもさ、何も分からなくて困ってるんだよね」
雪穂「亜里沙、いくよッ」
雪穂が亜里沙の腕を掴んで、人混みをかき分ける。
報道員「中に誰がいたのかな!?」
雪穂「ッ……」
亜里沙「う……ッ」
報道員「何も無いんだけど、これって、どういうことなのかな?!」
亜里沙「あ………ッ」
報道員「ねえ!」
亜里沙が頭を抑える。
雪穂は亜里沙を先に行かせて、振り返った。
雪穂「そんなことッ……こっちが知りたいから!!」
報道員が一歩たじろいだ。
女性報道員「先輩! ケガした女子高生の居場所突き止めました! それと、いなくなった女生徒の兄弟にアポ取れました!」」
報道員「でかした! そっちだ!」
理事長「すいませんッ……通してくださいッ。お願いしますッ」
雪穂「……あ」
雪穂の横をスーツの女性が通り過ぎる。
理事長「……ああ、なんてこと……」
膝から崩れ落ちた。
消防士「あなた、ここで蹲るのは危険ですから離れてくださいッ」
理事長は震える手でポケットから写真を取り出して、消防士に見せていた。
消防士は首を振って、理事長を立たせるとすぐにその場を離れていった。
理事長「ッ……」
彼女は目を見開いて、まるでこの世の終わりを見るように穴を見ていた。
絶望と混乱の中、雪穂は姉の声を思い出していた。
――――
―――
―
アナウンサー「ただいま入った情報によりますと、行方不明者は30名程度に及ぶとみられており、突然飛来した隕石、または巨大な地雷というような意見も出てきておりますが、いかがでしょうか?」
コメンテーター「しかし、謎なんですよね。どちらにせよ爆発で粉々になったと考えられていますが、それがこの学校の破片すらない。一体、どういうことなのでしょうか……」
町中のビルに設置された大型液晶パネルを大勢の人間が見上げていた。
理事長「……生きてる」
雪穂「え……」
理事長「ことりは……生徒たちは、きっとどこかで生きてる」
報道員「すいませんが! 事件のあった高校の理事長さんですよね!? 知ってる事をぜひ教えていただきたいんですが!?」
理事長「何ですか……離してください!」
警察官「そうはいきませんッ。逃げないでください。署の方でお話を聞かせてもらいます」
報道員「先に、こちらにも何か一言!」
報道員の横にいたカメラマンが、理事長にカメラを向ける。
理事長「生きていますッ!! みんな、どこかで生きているんです!」
警察官に取り押さえられながら、理事長が叫ぶ。
報道員「それは何か、根拠が!?」
理事長「私は、証拠が見つかるまで……絶対に、認めない!」
亜里沙「……」
雪穂「……」
今日はここまで
警察官「何を言っているんだ……この女」
雪穂「私も! 私も認めない!」
警察官「な、なんだ」
雪穂は警察官の腕を掴む。
雪穂「みんな、絶対に生きてる! お姉ちゃんは……どこかで生きてるんだから!」
亜里沙「そうだよッ! 生きてる!」
警察官「やめなさい、離しなさい!」
理事長「あなたたち……」
雪穂「お姉ちゃんも、海未さんも、ことりさんも……みんな……」
亜里沙「ひッ……う……ッ……」
―――
――
屋上。
花陽「……」
真姫「……」
凛「……」
花陽「……ッ」
花陽が嗚咽を漏らした。
朝日が昇っていた。
学校の外は相変わらず、黄砂のようなスモッグのような薄気味悪いもので覆われていた。
そして、見渡す限りの、絶望的な砂漠。
凛「かよちん……」
真姫「花陽……」
凛と真姫が互いに、花陽の肩を支えた。
園芸部「……うッ……」
陸上部「やっぱり……夢じゃなかったんだ……!!」
陸上部の悲痛な叫びが屋上に響いた。
――――
―――
英語教師「……とにかく、我々は暫くこの学校で生活しなくてはならなくなった」
教師が早口で捲し立てる。
英語教師「救助が来るまで、力を合わせて頑張るんだッ」
数学教師「それにわが校はいざという時のために、かなりの量の非常食を準備していたんだ。だから、安心しろ」
それを聞いて、生徒達からわずかに歓声が沸く。
真姫「助けなんて……」
凛「真姫ちゃん……」
花陽「……」
真姫「花陽……悪いけど、私は」
国語教師「た、大変です!」
教室の外から、国語教師が切迫した表情で入ってきた。
英語教師「な、なんだどうした」
国語教師「ない、ないんです! 購買のパンも貯蔵していた緊急用食料も! 全部! 全部無くなってるんです!」
数学教師「なんてことだ……」
その報せに、教室の空気は一気に悲壮感に包まれた。
生徒たちは口々に文句を言い始める。
絵里「……どうして。鍵も閉まっているのに」
希「管理してるのは教職員やん……」
穂乃果「それって……」
柔道部「食料ないって、そりゃないわッ」
真姫「……」
園芸部「ど、どうなっちゃうんですか。どうなっちゃうんですか……うッゥ」
凛「落ち着くにゃ……」
陸上部「どうするんですか!? 先生!?」
国語教師「静かに! 静かにしろ!」
マネージャー「あんた、探してきなさいよ」
後輩「ええッ」
教室内がざわつき、国語教師がいさめようとするも無駄に終わる。
海未「……ことり」
ことり「……鍵は、一部の人しか扱えないと思うんだけど」
にこ「それって……」
海未「……」
――――
―――
ゴク、ゴク。
凛「今日も水が不味い……ッ」
真姫「……そおね」
花陽「でもなんで水は出るんだろう」
真姫「タンクに貯蔵してるからよ」
花陽「へー……」
真姫(……つまりいつか)
真姫は考えて、ぞくりと背筋を震わせた。
考えないように、悟られないように、顔を拭く。
園芸部「今頃、こんなことが無ければ先輩達の卒業式だったのに……」
陸上部「そうだね……」
園芸部「お母さん……に会いたいよ」
排水溝へ、水がじゃばじゃばと流れていく。
―――
――
教室。
穂乃果「2020年って……どういうこと?」
海未「つまり、未来ということですか」
真姫「あくまで推測よ」
ことり「それって、私たち未来に来たの?」
真姫「カーナビゲーションの表示に2020年と合っただけで……」
海未「だとすると、2020年以降……かもしれないということにも」
ことり「20年以降の東京の姿が……こんなのなんて」
穂乃果「ふ、二人とも物分かりいいね……」
真姫「正確なことは分からないわ。カーナビゲーションに情報を送信していた衛星が2020年に活動を停止していたという可能性もあるし……」
凛「よくわかんないけど、結局みんな……どうなっちゃったの?」
花陽「し……しん……」
真姫「それは……」
海未「でも、そうなると生きているとも考えられますよね」
真姫「希望的観測だけどね」
穂乃果「う……うう頭が悪い穂乃果にも分かりやすく教えてください……」
真姫「つまり、元々私たちがいた場所で生きてるのよ」
穂乃果「もともと……いた場所?」
海未「今からしてみれば、過去ということです」
真姫「そうよ」
陸上部「わ、私も……いまいち分からないです」
真姫「だからッ」
海未「待ってください。例えば」
海未はチョークを手に取り、黒板で図解していく。
海未「私たちはのぞみに乗ったとします。他の人たちは、こだまに乗ったとしますね。同じ時間にそれぞれ東京を出発して、私たちが静岡まで行ったとしても、こだまに乗った人たちはまだ東京辺りにいるということなんです。ですから、今、それぞれ別の世界で生きているということに……」
海未は言いながら、自分で言っていることの突拍子も無さに驚いているようだった。
園芸部「じゃあ、お母さん達……東京の近くで生きてるかもしれないんですねッ」
海未「ちょっと違いますが、概念的には……ですよね。真姫」
真姫「まあ」
穂乃果「……うう……ますます頭が」
絵里「分からないわよね」
穂乃果「絵里ちゃん……」
絵里「今はまだ何も分からない……でも、みんな他の場所で生きてるから心配しないで」
静かに、絵里が言った。
凛「生きてるんだね……」
花陽「生きてるのに……戻れないんだよね」
園芸部「私たち……ここで死ぬんだ」
にこ「馬鹿言うんじゃないわよ……あんたたち、死にたいわけ?」
にこが一喝する。
希「にこっち……ちょ」
にこ「死ぬこと考えんじゃないわよ。生きること考えなさいッ」
絵里「……よし、希」
希「うん……」
絵里「これ、物理の先生と一緒に作ったやつ」
希「一人、一本ずつな」
希は紙袋から、筒を取り出して手渡していく。
にこ「なにこれ、卒業証書?」
絵里「ふふ……違うわよ」
穂乃果「食べ物?」
絵里「ううん、これは発煙筒よ。みんな、どこか遠くへ行く時は必ずこれを持っていって。もし何かあったら、この紐を引っ張れば煙が出てきてどこにいるかすぐ分かるから」
希「……必ず、うちらでみんなを助けに行くから」
園芸部「かっこいい……」
にこ「今作ったの? すごいわね」
絵里「さあ、みんなお喋りしている暇はないわよ。やるべきことはたくさんある」
希「……」
絵里はみんなを見渡す。
希は発煙筒を手渡しながら、どこか誇らしげに絵里を見ていた。
そう、やるべきことはたくさんあった。
私たちが、今どこにいるのか。
確かなことはまだ何もわからない。
とにかく私たちは、それぞれ全員役割を分担して、
1年生の教室に物資を運び、そこを本拠地として活動を開始した。
やるべきことがある時は幸せだった。
私たちは真剣に働いているその時間だけは、
どうしようもない不安や悲しさを忘れることができた。
今日はここまで
――――
―――
穂乃果「食べ物は、こんな感じで分けたらいいかな」
にこ「そうね……。食べ物を巡って争いとかいやだし」
穂乃果「うん、切ないよね」
にこ「私はあんたが心配だけどね」
穂乃果「そ、そこまで食い意地張ってないよ……」
穂乃果は段ボールの中身を一つ一つ確認する手を止めて、苦笑いした。
にこ「はいはい……」
足音。
にこ「ん?」
マネージャー「ねえ、あれ欲しい」
柔道部「へいよッ」
後輩「は、はいッ」
穂乃果「な、なに?」
にこ「なにやってんのよ、あんたら!?」
凛「なにするにゃ!」
柔道部「うっさい、じゃますんなッ」
後輩「ちょっと、離してくださいッ」
柔道部「私らは私らでやってからさ」
にこ「はあ?! どういうことッ!?」
穂乃果「に、にこちゃん落ち着いて。だ、大丈夫ッ、食べ物じゃないし……そんなにこれから使う機会もないと思うし」
にこ「だって」
穂乃果「ここで争っちゃったら……希ちゃんや絵里ちゃん達も悲しむよ」
にこ「ッ……けッ」
柔道部「よこしなッ」
穂乃果「……」
マネージャー「はんッ……」
にこ「あの顔……ッ」
穂乃果「どうどうッ」
柔道部らの考えていることは、穂乃果には分からなかった。
ただ、みんなが協力しなくてはいけない時ではあるが、
それを全員に受け入れてもらうというのは難しいのだと理解した。
希「あ、穂乃果ちゃん」
物資を運んでいたのぞみに呼ばれ、振り向く。
希「えりちが一年の教室で呼んでたで」
穂乃果「絵里ちゃんが?」
希「はい、にこっち追加物資や」
にこ「はいよ……。ちょっと聞いてよ希、さっきさー」
希「うん、どうしたん?」
穂乃果はにこの声を背に受けながら駆け足で教室に戻った。
教室には、絵里の他に理科教師と陸上部がいた。
穂乃果「絵里ちゃん?」
足に何か引っかかる。
陸上部「あ、ダメですよッ、それ引っこ抜いたら!」
穂乃果「え?! あ、おっとと」
絵里「あ、穂乃果、悪いんだけど……そこの工具もっていて、隣の教室の椅子と机全部バラしてもらっていいかしら」
穂乃果「う、うんいいよッ」
陸上部「ああ、後ろ、気を付けて」
穂乃果「わわ、ごめんねッ……、そ、それでみんな何をしてるの?」
絵里「ふふッ、後でね」
穂乃果「うん?」
理科教師「夜にはわかるよ」
穂乃果は首を傾げつつ、隣の教室へ向かった。
――――
―――
凛「希ちゃん、ここ缶詰置き場にしていい?」
希「ええよ、ええよ」
にこ「……うう、疲れてきた」
希「あと少しで休憩時間やし、ふんばろ」
慌ただしい靴音が聞こえた。
ことり「の、希ちゃんッ……ハアッ」
希「どしたん、そんな急いで」
ことり「た、食べ物があったんだけどッ……はあッ」
にこ「ちょっと深呼吸しなさいよ」
ことり「すーはー……と、とにかく一緒に来て」
生徒会室の前には人だかりができていた。
用務員「……ここから食べ物の匂いがするんだよ」
海未「生徒会室にそんなもの……ありましったけ」
ことり「なかった気がするんだよね……希ちゃん、何か置いてた?」
希「うちらも、何も置いてないで……」
希(……あれ、でも……ここ、確か……いやいや、まさか)
海未「中から鍵もかかっていて、希合鍵とか持っていませんか……?」
希「合鍵は作ってないんよ……ただ、ここの扉古いから、思いっきり押したらあるいは」
用務員「よ、よしッ……せーの」
用務員が力の限り、ドアに体当たりした。
がきんッ、と金属の留め金が外れ、扉が開く。
用務員「おわッ……!」
勢い余って用務員が転がり込んだ。
みな、小さく歓声を上げる。
中に入ると、机の上に山積みになった菓子パンや飲料があった。
用務員「やっぱり、あった!」
海未「な、なぜ」
用務員「パンだ! やった! 大量にある!」
用務員がパンに飛びついた瞬間だった。
伸ばした手を、箒の柄で叩かれる。
バレー部「人の物になにしてるんですか?」
用務員「いッ……」
用務員は痛む手を握りしめる。
その頬に、少女が柄をぐりぐりと押し付けた。
バレー部「そのまん丸のほっぺに針指して、パーンと割っちゃいますよ?」
希「何するん!?」
希はバレー部の体を押しのける。
バレー部「と、東條先輩ッ」
希「何しとん、こんな所で!」
バレー部「先輩には色々言いたいことがありますけど……まずは、みなさん、ここの食べ物は私が見つけて確保したものですから、これらが欲しかったら私の言うことに従ってもらいますから」
ことり「このパンはみんなのものだよ……?」
バレー部「いい子ぶって! あなたなんて、ラブライブで人気が出ただけの成金のくせにッ」
ことり「え、ええ?」
海未「あなたッ……」
バレー部「あんたたちμ'sの連中がしゃりしゃり出てきて結成しなかったらねえ!? 先輩は私のものになってたのにッ!」
バレー部は箒を振り回す。
みな、それを避けるために生徒会室の外へと逃げ出した。
バレー部「……東條先輩の裏切り者」
希「あ……ちょお」
バレー部はどこから持って来たのか、赤いポリタンクの蓋をあける。
用務員「そ、それはガソリンッ」
バレー部「そーれ!」
バシャアア!
と勢いよく中身をまき散らした。
廊下に鼻をつく匂いが充満する。
バレー部「……あはッ」
ポケットから出したマッチに、
なんの迷いも無く火をつけた。
バレー部「……」
バレー部が希の方を見て、わらった。
手からマッチが落下する。
火が一瞬で燃え広がった。
混乱と恐怖で、叫び声があがる。
ことり「きゃああ?!」
海未「ことり、下がって!?」
用務員「わああ?! み、水ッ!」
希「消火器ッ、消火器は?!」
海未「こ、ここにッ」
希「貸しいッ」
希はホースを外して、レバーを押す。
白煙が沸き起こり、火は程なくして沈下された。
生徒会室の扉は、すでに固く閉ざされていた。
用務員「いったん、ここから出られないようにしておいた方がいいッ」
希「……狂ってるんか」
――――
―――
園芸部「いやああああ??!!」
中庭から、生徒の絶叫が聞こえ、
絵里は教室から飛び出た。
校舎の渡り廊下には、
園芸部と花陽が共に蹲る様に体を丸めていた。
絵里「だ、大丈夫!?」
理科教師「どうした?!」
陸上部「園芸部ッ」
陸上部が、園芸部を抱き起す。
園芸部「せ、先輩ッ……ひッ」
園芸部が指を指す。
絵里は花陽の背中に手を当てながら、
そちらを振り返る。
絵里「……ッ」
希「えりち!?」
希や穂乃果が駆けつける。
希「ッ……」
穂乃果「あ……」
植木に沈むように、そこには数学教師の体が横たわっていた。
一本の白い紐が、首に巻き付いている。
理科教師が生徒達をすぐに教室へ誘導していく。
絵里は、初めて見る人間の死体に吐き気をもよおしながら、
これが自分たちの未来かと思うと何もかも投げ捨てて、
今すぐ泣き崩れてしまいたくなった。
希「……えりち」
希が絵里を中に入るよう促す。
英語教師「可愛そうに……現実の恐ろしさに打ち勝つことができなかったんだろう」
絵里は英語教師を仰ぎ見た。
英語教師「……」
彼はもう一度、可愛そうにと
口の中で呟いていた。
3話前半終わりです。
今日はここまで。
このSSまとめへのコメント
期待
教師は何もしねーのに威張って見下してばかりでぶっ殺したいくらいのカスだな。
こわいけど期待