モバP「不夜城は、眠らない」 (140)



お や く そ く
・シンデレラガールズの短篇SSです
・346? なにそれおいしいの?
・やや退廃的
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「――オジさん、ヒマなの?」


季節としては春だが、陽が落ちて夜更けともなってしまえば、通り抜ける風はやや冷たい。

そんな体温を奪われる渋谷の雑踏で独り、天を仰いでいると、不意に話し掛けてくる女性の声が僕の耳へ入った。

芯のしっかりした声だ。

大都会の人込みで呼び掛けられるなんて思いもしなかった僕は、驚いて音の主を探そうと目を動かす。

渋谷は、眠らない街。いついかなる刻も、多種多様な人々と明かりで溢れ返っている。

「そっちじゃないよ。こっち」

どうやら見当外れの方を向いていたらしい。再び女性の声がした。

今度こそ場所を掴んで、そちらを見ると。

まさにイマドキな女子高生――おそらく――が、ポケットに手を突っ込んで立っていた。

長身痩躯で、整った面立ちの少女。

しかしその目つきはやや棘があり、ぷくりとした下唇はへの字だ。

白いブラウスに黒いカーデガン、胸元には着崩した緑のネクタイ。

学生鞄を肩へ掛け、それを覆うように伸びる長い黒髪の下では、白銀のピアスが鈍く光っている。

「オジさん、ヒマなの?」

何故こんな夜遅くに女の子が一人で? という思考を遮って、再び、少女が同じ質問を僕に寄越した。

僕はと云えば、新年度早々に大ポカをやらかして、自らの不器用さに辟易としていたところで。

会社の残業帰りに、ハチ公前広場から僅かばかり顔を覘かせる空と星を眺めていただけだ。

「ふぅん、やっぱりヒマなんだね、オジさんは」

僕がどう答えたものか考えている間に、少女は勝手に納得した風で、二度、頷いた。

その勝手な合点っぷりにも色々云いたいことはあるのだが――

まず何より先に、僕は「オジさん」と呼ばれるほど歳は食っていない。

少なくとも、自分ではそう思っている。

「私からみればスーツを着ている男の人はみんなオジさんだよ。お、に、い、さん」

そんな僕のささやかな抗議を、彼女はさらりと受け流した。

「そんなことよりさ、ヒマなら、“コレ”で今夜私と遊ばない?」

妙に受け答えの手慣れた少女は、「コレ」と云いながら、小指と薬指だけを折った右掌を、僕に向けてきた。

相変わらずのへの字口、しかしその奥にはやや笑みを含んでいるとも受け取れる表情で。

中指の付け根には、学生という立場には不釣り合いなリングが坐っている。

すらりと伸びた指が印象的だったが、その行動の意味する処を考えると、思考は隅に追いやられてしまう。

つまり、三万円で、円光―か―ってということ。

「どう?」

彼女がひらひらと揺らす右手を視界に入れたまま、僕は固まった。

こんな可愛い子が円光だと?

美人局―つつもたせ―か?

仮に違うとしても、こんな年端も行かぬ少女と円光だなんて犯罪まがいなこと――否、明確に犯罪じゃないか。

円光と言葉を取り繕ったところで、実際はただの売春―ウリ―と何ら変わらないのだ。

一体全体、どうして円光なんか?

内心の狼狽を隠してそう問うと、

「だって、つまらないから」

少女は、不機嫌になるでもなく、笑うでもなく、ただゝゞ無感情に理由を述べた。

そう、本当に、あっさりと。

抑揚のない言葉……真意を量りかねるトーンだ。

「つまらない、って云うのは、充分な理由じゃない?」

まるで、それが然も当たり前であるかのように。

「おにいさんもつまらなそうにしてたからさ、似た者同士だと思って」

少女は、僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。

カルト宗教を盲信した人間に似た、迷いのない眼だった。

円光を重ねた者は、人を見抜く力がつくと云われる。

それは、不特定多数の、世代も業種も様々な人間と触れ合うからこそ会得するもので、一種処世術であろうが――

なればこそ、侮れないものだと思う。

「もう、じれったいな。いいんでしょ? はい、じゃあ、行こ」

どう対応したものか考えあぐねているうち、彼女は半ば強制的に腕を絡ませて僕を引っ張った。

思いの外、華奢な腕が生み出す強い力で、少しよろめいた。

結局、彼女の云うままに、夜の渋谷を元来た方向へと歩いてしまう。

まるで散歩に連れ出される犬のようだと、思った。

「改札の方は見ないで。交番があるでしょ。サツに絡まれると面倒くさいから、堂々としてて」

万一の時は、さしあたり、私は妹ってことにしてね――と、前を向いたまま付け加える。

オジさん、と僕を呼んだわりには、兄という設定なのか。

「父と娘がいいならそうするけど。どうする、パパ?」

流石にそれはかなり無理があるし、なにより僕の心へのダメージが大きいのでやめて貰いたい。

僕の身を削る抗議に、彼女は然もありなむと、何の感情もない顔で応えた。


ひとまず短いですがここまで。
空いた時間にぼちぼち更新していきます。

おひさしぶりです

こないだのはエタッたっけ?


援交を円光としているのは、
婉曲に書いた方が「っぽさ」が出るかなと思っただけで特に深い意味はありません

>>15
すいませんでした _○/|_
あれは収拾つかなくなったので根元からリライトして夏に本が出せたらいいな(願望)と思っています



腕を引かれたまま、109―マルキュー―を右手に見つつ道玄坂を登る。

道玄坂は夜も全く人の絶えない歓楽エリアなのだが――

だからこそ円光は慣れた光景なのだろう、周りの人間は、僕らのことなどちらりとも気に掛けない様子だ。

橙色の街燈に照らされた、酔っ払いのサラリーマンやコンパ明けの大学生たちを尻目に、どんどん坂を上がる。

このまま登り切れば、交番があるはず……

そこにこの少女を預け、保護してもらうのがいいかも知れない。

そう考えた矢先、彼女は右手の小道へ折れ、路地に足を踏み入れた。

ぬかった。

この慣れた感じ、渋谷でいつも遊んでいるのだから、地理は頭に入っていて当然なのだ。

お巡りさんの目をかいくぐることなど、彼女にとっては朝飯前だろう。

僕らの入り込んだ裏道は、道玄坂上の北隣、円山町のホテル街へと続いている。

濃密な男女のエリアだ。

短針がまもなく上を向こうかという時分。

だのに、ホテルの外壁や宿泊料金を示す看板は煌々と照らされ、眩しさに目を細める。

歓楽街を指して不夜城とはよく云ったものだ。

少女は、ホテルの当たりをつけてあるらしく、迷いのない足取りで小道を進んでいく。

宿泊料金と空室の有無をチェックして入ろうとする彼女を、僕は慌てて制止した。

首から上だけをこちらに向けて、強烈な怪訝顔を向けてくる。

「アンタ、ここまできてやめるの? 意気地なし? それとも不能?」

いつの間にやら、オジさんでもおにいさんでもなく、アンタ呼ばわりになっている。

しかも色々と僕の尊厳を傷つける言葉が聞こえたが、今はそれはどうでもいい。

なにも、身体を重ねるだけが渇きを癒す手段ではないはずだ。

さっき少女は「つまらない」と云っていた。

ならば、円光以外の方法で夜遊びしてみるのが、次善の策――そして苦肉の策じゃないかと思う。


フォローという名の蛇足:


凛「……なにこれ」

P「なに、って……今度獲ってきた主演ドラマの脚本だけど」

凛「見ればわかるって。いくらなんでもこの役どころは酷くない? エンコーだよエンコー!?」

P「異色の芥川賞作家、東町賢郎の原作でさ。凛も知ってるだろ? 受賞会見で風俗云々って言った人」

凛「そりゃ知ってるけれど!」

P「だから注目度はバツグンなんだよ。凛のこれからの女優キャリアに箔をつけると思って、な?」

結局、渋々ながら承諾した彼女の、その迫真の演技によってドラマは大反響を呼び起こしたとか――

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