提督「なに? RUSHだと?」 (24)
浜風「それではあなたの願いは一日のオリョクルを減らして欲しいということですね?」
58「そうでち! 朝も昼も夜もオリョクル、オリョクル! あそこは労働基準法を無視してるでち!」
憲兵「どうするよ? 浜風。一昔前なら潜水艦に人権はないからと突っぱね返せたかもしれないが、今は潜水艦の保護運動が高まってきている」
浜風「そうですね。ですから、減らしてあげようと思います」
58「本当でちか!? でも、一時的なものだったら困るでち」
浜風「ご安心を。私に任せてください」
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島風「提督! 早く、早く!」
提督「少し待ってくれ! 島風!」
島風「提督、おっそーい!」
提督「はあ、はあ。島風の足が早すぎるんだよ」
島風「えー! 提督おじいちゃんみたい!」
提督「そうかもな。年だ。今の俺は昔に比べ五十メートル走るのも何倍遅いことか」
島風「流石にそこまではないよ!」
提督「どうだろうな。島風も衰えたから、相対的にそう感じるだけかもしれないぞ」
島風「島風はずっと速いもん!」
提督「島風も日毎に走りのタイムが落ちてきているじゃないか。老いとは自覚しづらいものだ」
島風「うー!」
提督「あ! 待て! すまなかった! だから速度を落としてくれ!」
島風「………静かだね」
提督「俺たちの足音以外は聞こえない」
島風「昔はもっと騒がしかったよ」
提督「そうだったな。何十年も前のことだが、昨日のことのように思い出せる」
島風「あの時は提督だけじゃなく、みんなでこうして追いかけっこをしていたのにね」
提督「………ああ」
島風「どうしてこうなったのかな」
提督「俺と二人のかけっこでは不服か」
島風「そうじゃないけど」
提督「………さあな。時の流れというのは残酷なものだ。永遠だと思われた仲でさえ、いつの間にかバラバラになってしまう」
島風「永遠なのに時間経過で消滅しちゃうんだね」
提督「永遠にも経年劣化があるんだろう」
島風「どうしたらそこに留まれたのかな」
提督「どうしようもない」
島風「そうかもしれないけど」
提督「どうした」
島風「いえ、時間の流れも早くなったなーって」
提督「そりゃ歳をとれば、体感時間も早くなるさ」
島風「ねえ、提督は私と一緒にいてくれるの?」
提督「ああ、お前がどんなに走り続けても、ついて行ってやるよ」
島風「………そう」
提督「どうして泣いているんだ」
島風「っ泣いてなんかいません!」
提督「ああ。済まなかった! だから、ペースダウンしてくれ!」
島風「ねえ、提督」
提督「なんだ」
島風「昔はあんなに楽しく思えたかけっこも最近はなんだかつまらないです」
提督「………そうか。では、走るのをやめるか?」
島風「………いえ、走ります」
提督「なぜだ」
島風「走り続けていないと今日を生きれない気がするんです」
提督「………そうか。それなら走らないとな」
島風「それで沈みゆく太陽を追いかけ続ける日々月々です」
提督「なるほど。走ること自体が目的だった昔と違って、今はそれとは別の目的があり、それだからつまらなく感じるんだな」
島風「人生に生きがいを作れってよく言われてますが、逆ですよ」
提督「逆」
島風「そうです。生きがいなんてない方がいいんです。私にとって走ることを生きがいに感じてしまった時からですよ。走ることも生きることも虚しく思いだしたのは」
提督「どういうことだ。昔の走ること自体が楽しかった時も楽しいからこそ生きる活力になっていたんじゃないのか」
島風「うーん。どう言えばいいんでしょう。確かにそうなんですけど、今は昔と違ってどこかで「これは生に意義を与えるか」という視点があって、純粋に楽しめないっていうか」
提督「あれか。受験のための勉強はつまらないけど、同じ内容でも自学自習の勉強は楽しいみたいな感じか」
島風「そうかもしれません。きっと目的は行為を侮辱するんですよ」
提督「親切に似ているのかもな」
島風「親切?」
提督「ああ。例えば、重たそうな荷物を肩代わりしてやる行為を考えてみても、相手が若い美女だったら下心からだと周りに判断されるだろうから、彼女が明らかに困っていても親切行為ができないみたいな」
島風「本当に親切な人ならば衆人の評価なんて気にしないと思います」
提督「聖人ならそうかもな。でも、多くの人は違う。もし周りの評価で善悪が決まるならば、下心ありきの親切なんてものは悪い方だ。親切は無目的だから賞賛に値するんだから」
島風「でも、まだその親切には救いがありますよね」
提督「そうか」
島風「だって、自分は純粋に行為を目的とした行為とまだ納得できるんですから。彼は己で目的を横目に行為を侮辱しているわけではありません」
提督「島風、君は随分と変わった罪悪感を持っているようだ」
島風「そうなんですか?」
提督「ああ、そうとも。でも、それに苦しむ必要はないとも思う」
島風「わかりませんよ」
提督「こうして走り続ける。これはどうだろうな」
島風「どうだろうなってどういうことですか」
提督「君は今日を生きるために走ると言っているが、その目的を果たせているか」
島風「そうしないと一日に留まれません」
提督「太陽に追い抜かれて、月にも追いつかれた現状でもか?」
島風「何が言いたいんですか」
提督「いや俺たちのこの行為にどれほど意味があるのか、俺も気になっただけだ」
島風「では、もしこれをやめた後にどうすればいいと思いますか?」
提督「俺たちが置き去りにした鎮守府に帰るしかないだろうな」
島風「今更ですか?」
提督「そうだ。俺たちのやってきたことは無意味でしたと頭を下げて帰ればいい」
島風「許してくれると思いますか?」
提督「さあな」
島風「そうですね。きっと許しや罰なんてものもないかもしれませんね」
提督「どうしてそう思う」
島風「鎮守府を置き去りにしたと思っていますが、その実置き去りにされたのは私達かもしれませんから」
提督「そうだろうな。そもそも俺たちは置き去りにされるために走り続けてきたわけだしな」
島風「でも、それでも過去を維持できませんでしたね」
提督「そうだな。落伍者に追い抜かれてもう久しい」
島風「もう私達は鎮守府に必要とされてません。そして、鎮守府から離れたのは私達の方です。それに文句は言えません」
提督「それもそうだ」
島風「だから、私達は結局この今にしがみつくしか道がないんです」
提督「大変なことだ」
島風「だから、提督、私を捨てないでね」
提督「君が捨てない限りは大丈夫だ」
島風「提督には長生きしてもらわないとね!」
提督「最近の医学はすごいからな。平均寿命が400歳を超えたというニュースを何年か前に見たから、今は1000歳を超えているんじゃないか」
島風「でも、私達は時代遅れだからその恩恵は得られそうにないです」
提督「そうだな。ただでさえずっと走り続けた肉体だ。長くは持つまい。実は俺の目はもう随分前から見えないんだ」
島風「提督もですか? 私もなんです。なら休みましょう。少しだけ、少しだけ………」
提督「そうしよう。少しだけ、少しだけ―――――」
憲兵「世の中は大混乱に陥っているぞ」
浜風「そうですか」
憲兵「無茶苦茶やってくれたな。お前のせいで、世界のあらゆる時計が狂って無用のものと化した。針は自分を扇風機と勘違いしてるのか高速で回り続け、デジタルは数字を点滅させ続け、太陽と月はぐるんぐるんとスロット状態だ」
浜風「砂時計だけはしっかり動きますよ。ほら」
憲兵「それに何の意味があるんだ。これを見ろ。ロレックスの時計だ。五十万円したものだ。それが今では五百円だ」
浜風「よかったじゃないですか。良い物を安く買えて」
憲兵「良いわけあるか。一週間の本部への定期連絡は今やツイッター並みだ。「カップ麺なう」しか書く事がない現状だ」
浜風「楽できていいじゃないですか。いつも面倒に思っていたのでしょう。依頼も完了です」
憲兵「一日のオリョクルを減らすために一日を減らす奴がどこにいるんだよ」
浜風「労働時間を減らすなら一番手っ取り早かったので。それにブラック鎮守府に憲兵達からの注意なんて意味をなさないでしょう」
憲兵「それにしても悪魔的な解決だろ。これは」
浜風「そういえば、少し前に、いえもう何年も前ですが、58からまた依頼がありました。「八時間勤務から一週間勤務になったでち! しかも休みもないでち! このままでは死んじゃうでち! 助けて!」と」
憲兵「それはどうしたんだ?」
浜風「無視しました。潜水艦への権利運動も既に過去のものですから、私達が聞いてやる必要もないでしょう」
憲兵「そうか。くそ。新聞の記事も低俗になったな。バイブを使った新しいオナニーの仕方が一面を飾ってやがる」
浜風「日本人は時間に几帳面ですからね」
憲兵「バスは暴走族みたいに公道をアクセル全開で飛ばし、ドリフトに失敗して車体は横転し死者多数。電車は普通電車さえ駅に止まらず、脱線事故が起こっている。経済はズタズタだ」
浜風「ラブホテルは儲かっているようですよ。なにせ時間制ですからね、一回の行為の最中に料金が跳ね上がっていきます」
憲兵「男は早漏であるべきなんて風潮も生まれる始末だ。いよいよ世界も終わりだな」
浜風「いえいえ。もしかしたら、早漏こそ人間のあるべき姿かもしれません。挿入と同時に果てることは「わたしはアルファであり、オメガである」という神の似像に限りになく近づいているんですから」
憲兵「神が早漏かどうかなんてどうでもいい。問題は人間が時計に左右されるということだ」
浜風「超スピード社会の到来ですね」
憲兵「元凶が何を」
浜風「街はお祭り騒ぎです。集団自殺がそこらで起こり、サバトが開かれて乱交パーティーです」
憲兵「こんな世の中じゃ正気を保てる人間は少ないだろ」
浜風「正気を保つために残酷な時間の流れに反抗しようとした人達もいたらしいです」
憲兵「ほう、どうやって」
浜風「簡単な話です。太陽を追っかけて走り続けただけです。地球の回転が遅いなら、自分が動けばいいとね。玉乗りのように地球を回す生のための一世一代の大サーカスです」
憲兵「そいつらはどうなったんだ」
浜風「過労で死んだようです。彼らの成果は若くして死ねたことでしょう。若者は羨ましいですね。夭折なんて若い時にしかできませんから」
おわり
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