めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」八幡「はい?」 (658)

俺ガイルのSSです。

短編ではないかもです。

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二月、初週の日曜日。

冬に突入してからそれなりの時が過ぎたというのに、吹きすさぶ風の冷たさは未だに衰えようとしない。

びゅーと風が吹くと、その冷たさに思わず体をぶるっと震わせてしまう。

それなりに厚着をしてきたつもりなのだが、それでもまだ足りないほどに寒い。今度ニット帽でも買って被ろうかなんてことを本気で検討し始める。実に俺には似合わなさそうだ。

早く暖房のついたところへ入らないと、このままでは凍え死ぬ。

そう考えて歩く速度を少しだけ早めると、俺は目的地の本屋が入っている大型ショッピングモールを見上げた。

八幡「……」

ついこの間まで、俺たち奉仕部は一色の手伝いでフリーペーパーを作るために奔走していた。

かなりギリギリではあったがそれもようやく終わり、久しぶりに新刊を買い漁ろうと思って本屋にやってきていたのであった。

しかしこんなに寒いと知っていれば家に引きこもっていたのに……。天気予報は吹いている風の冷たさも考慮してもっと詳しく報道するべきだと思うんですよねと、軽く恨み言を心の中で呟く。

まぁ、この地獄のような寒さもこのショッピングモールの中に入ってしまえばおしまいだ。

暖房を発明した奴って本当神かなんかだよな……。もっとも暖房を開発した奴が誰かなんて名前も顔も知らないのだが多分千葉県出身だろう。適当に感謝しつつショッピングモールの入り口の自動ドアに近づこうとする。

その時だった。

男1「なぁ、姉ちゃんちょっと俺らと一緒にいかね?」

男2「ほら、いいとこ知ってるからさ」

入り口付近にチャラそうな兄ちゃんが二人と、その二人に絡まれている女性が一人がいた。

まるでマンガやドラマなどで使われそうなほどあまりにテンプレっぽい絡み文句が気になり、思わずその方向を向いてしまった。

──後になって思えば、これが全ての始まりだったと思う。

八幡「……城廻先輩?」

その兄ちゃん二人に絡まれている女性には見覚えがあった。

肩まであるミディアムヘアーは前髪がピンで留められ、つるりとしたきれいなおでこがきらりと眩しく光る。

めぐり「いや、その、私用事があるのでー」

そのどこかほんわかとした、しかし今だけは少々焦りも含まれているような声にも聞き覚えがあった。

その女性の名前は城廻めぐり。我が総武高校の前生徒会長である。

なんでこんなところに……。いやそんなことは、今はどうでもいい。

チャラそうな兄ちゃん二人に囲まれているめぐり先輩は、明らかに迷惑そうにしている。

ここは俺がさらっと手を差し伸べて、めぐり先輩を助けに行くべきではないだろうか。

男1「そんなこと言わずにさ、ね?」

男2「面白いところだからさーまぁ一回来てみてよ」

めぐり「いや、あの」

いや、めっちゃ怖い。あの中に割り込むとか無理。

俺のチキンっぷりを舐めてもらっては困る。クリスマスシーズンを過ぎるとそこら中で投げ売りされるほどのチキンっぷりだ。なんなら年中投げ売りしているまである。

しかしここで見て見ぬ振りしてどっか行くのも、それはそれで後味悪いしな……と少しの間そこで立ち止まっていると、そのチャラい男たちに絡まれていためぐり先輩が何かに気が付いたように顔をバッとあげた。

……よく見れば、その顔は俺の方を向いているような気がする。

それに気が付くのと同時に、めぐり先輩が手を振りながらこちらに向かって駆け出してきた。

めぐり「あっ、比企谷くーん!」

八幡「えっ、ちょっ、城廻先輩」

男1「あっ、待ってよ君ぃー!」

そのまま城廻先輩はがばっと抱きつくようにして俺の手を取ると、そのまま俺のことを強引に引っ張りながら駆け出した。

めぐり「待ってたんだからね!」

八幡「あ、ああ、すんません……」

あのチャラそうな兄ちゃん達から離れるための演技だということには一瞬で気が付いた。

しかしそれは分かってはいても、腕にめぐり先輩の体温を感じてしまうと、つい鼓動が早くなる。

さっきまで感じていた寒さも吹き飛び、身体中が一気に熱くなったような感覚を覚えた。近い近い柔らかい近い近いいい匂い近いめぐりん可愛いよめぐりん。

めぐり「ごめんね、比企谷くん。ちょっとだけ付き合ってね」

八幡「えっ、城廻先輩!?」

めぐり先輩は耳の傍でそう小声で囁くと、俺の腕を取ったままそこから逃げるように走り出した。

後ろからあのチャラい兄ちゃん達の声が聞こえてきたが、一瞬振り返ってそちらの方を見てみると追いかけてくるつもりはなさそうだった。

それなら良かった、こんな町の中で鬼ごっことか勘弁して欲しいし。

そんなことを適当に考えながら、俺の手を引っ張って走るめぐり先輩についていった。



     ×  ×  ×


めぐり「いやー、ほんと助かっちゃった。ありがとうね、比企谷くん!」

八幡「いや俺、何もしてないですし……」

あのショッピングモールの入り口から少々離れたところまで走り、あのチャラい兄ちゃん達の姿が見えないところまでくると、ようやくめぐり先輩が立ち止まった。

それにしても、意外とめぐり先輩走るの早いですね……いきなりトップスピードで走り出したせいか、俺の心臓もばくばくいっている。……原因は、走ったことだけではないと思うが。

お礼を言いながら、めぐり先輩は俺の手を離す。自分の手に残る温もりに関しては無視することにした。いやだってドキドキするし。

めぐり先輩の顔を見てみると、ほんわかとした微笑みを顔に浮かべていた。

うーん、いつ見ても癒されるなぁこの笑顔。俺の疲れも一気にめぐりっしゅされたような気がする。

めぐり「いや、比企谷くんのおかげだよ。すっごい困ってたんだ」

八幡「あー、大変そうでしたね」

一瞬だけ、そのほんわかとした笑顔に陰が差す。しかしすぐにまたいつもの笑顔に戻った。

本当に俺は何もしていないのだが……。

まぁこの笑顔を守れたのなら良しとしよう。この人の笑顔は、我が総武高校の財産とも呼べるべきものだからな。

めぐり「お礼をしなくちゃね。比企谷くん、お昼はまだ食べてない?」

八幡「え、ええ、まぁ」

めぐり「じゃあさ、お昼奢っちゃうよ!」

ぱあっと笑顔を浮かべて、めぐり先輩がそう提案する。さっきからこの人の笑顔についてしか言及してない気がするな。それだけ素晴らしいってことなんだけど。

しかし俺はたまたま、あそこに立っていただけのいわば村人Aポジションの人間だ。

正直に言ってお礼を言われる筋合いすらないのに、飯まで奢らせてしまっては逆に悪いだろう。

八幡「いや別にいいですよ。俺はたまたま通りがかっただけですし」

めぐり「じゃあどこに食べに行こうか!」

聞いてなかった。聞けや。

八幡「いや、あの、城廻先輩?」

めぐり「あっ、そういえば最近あのモールの中に新しいお店が出来たんだって! そこにしよう!」

八幡「……」

結局話は聞いてもらえずに、そのままめぐり先輩にお昼を奢ってもらう流れになってしまったので、仕方なくそれについていくことにした。

今ここで学んだことがある。

めぐり先輩は意外と押しが強い。




    ×  ×  ×


めぐり「いやーおいしかったね」

八幡「そ、そうですね……」

めぐり先輩に昼飯を奢ってもらった後、ショッピングモールの中を先輩と二人で並んで歩いていた。

いや一応自分で金は払おうと思ったのだが、どうしてもめぐり先輩が出すと言って聞かなかったのだ。おかげでなんでこいつ女に金出させてんのみたいな周りから視線が酷かった。俺くらいの強靭なメンタルを持ってなかったら、多分その場で泣き崩れていてもおかしくないレベル。

さて、なんで俺はこんな美人な先輩と肩を並べて歩いているのか。

まぁ結局昼飯は奢ってもらってしまったわけだが、お礼というのはそれで済んだはずである。

ならば、めぐり先輩はこれ以上俺と一緒にいる意味も無いと思うのだが。

めぐり「あっ、見て比企谷くん。あれすごいねー」

八幡「あっ、そうすね」

なんだか楽しそうなめぐり先輩を見ていると、こちらから別れは非常に切り出しにくい。

しかしめぐり先輩は俺と一緒についてくるみたいな流れを醸し出していたので、こんな感じで二人で歩いているということだ。

めぐり「あれとかいい感じだねー」

八幡「そ……そうですね」

ちなみに俺の返しがほとんど同じような気がするのは、単に俺のコミュニケーション能力の欠乏からくるものだ。

こんな美人な先輩と至近距離で会話をすることに緊張してるからとかじゃないぜんぜんいしきとかしてないしちょうよゆう。

めぐり「そういえばさ、最近一色さん達どうかな?」

八幡「え、一色?」

しばらくそんな感じで会話を続けていると、ふと話の話題が一色のことについてになった。いや、一色さん「達」というのだから生徒会全員のことを指しているのだろう。

めぐり先輩がかつてそこにいて、今は後を託したそこのことを。

八幡「ああ、なんだかんだ結構上手くやってるんじゃないんですかね」

めぐり「そういえば海浜総合とのクリスマスイベント、あれって比企谷くん達が手伝ってくれたんだって?」

八幡「知ってたんですか」

めぐり「うん、後からね」

そういえば一色はめぐり先輩には相談してなかったんだったなぁ……。

それを聞いて、ふと去年のクリスマスのことを思い出した。

一色に依頼され、手伝ったあのクリスマスイベント。あれからもう一ヶ月と少しが経っている。ついこの間のように感じるが、もうそんなに経ったのか。時が経つのは早い。

しかしあれは大変だったな……雪ノ下、由比ヶ浜とも色々あったし……何よりあっちの生徒会長が無駄に曲者だったから本当にやりにくいったらありゃしなかったものだ。

めぐり「ちょっと遅いかもだけど、本当にありがとうね」

もし海浜総合高校の生徒会長があんな奴ではなく、めぐり先輩だったら俺ももっとやる気になってたんだろうけどなぁ……。いや、そのめぐり先輩が率いていた文化祭や体育祭もやる気だったかというと怪しいか。いやあれは相模が悪いめぐり先輩は悪くない。

八幡「別に城廻先輩がお礼を言う必要ないでしょう、あれは一色たちの問題ですよ」

めぐり「まぁまぁ。生徒会を手伝ってくれたのには、本当に感謝してるんだよ」

そう言うと、めぐり先輩の表情が暗くなる。そうして、少し俯いた。

めぐり「私はもうそろそろ卒業しちゃうからさ、あの大好きな生徒会を助けることはもう出来ないの」

八幡「あっ……」

騒がしいショッピングモール内でも、小声で呟かれたその言葉は不思議と俺の耳に届いた。

そういわれて、今の日付を思い出す。もう二月なのだ。

そして、めぐり先輩はもう三年生。あと一ヶ月もすれば卒業なのだ。

八幡「城廻先輩……」

少々暗くなってしまった雰囲気をどうにかすべきかと、先輩の苗字を呼ぶ。

しかし顔をあげためぐり先輩の顔には、再びほんわかぱっぱとした笑みが浮かんでいた。

めぐり「でも、比企谷くん達もいるから安心だね!」

八幡「……いや、俺たち生徒会じゃないんですけど」

そうは言いつつも、最近は実質生徒会みたいな状態になっているのは否めない。

特につい先日までやっていたフリーペーパーの件に至っては、生徒会より奉仕部の方が動員している人数が多かったほどだ。いやまぁ他の生徒会の面子は決算のあれこれで動けなかったと一色が言っていたため、決してサボっていたと言う訳じゃないのは分かっているのだが。

めぐり「これからも一色さん達が困ってたら、助けてあげてね」

八幡「まぁ、奉仕部として出来る限りなら」

めぐり「そっか、じゃあ安心だ」

そう言って笑っためぐり先輩を前に、思わず心臓がドキッと跳ねたような気がした。

やっべぇ、今の笑顔の破壊力はやばかった……。笑顔を向けるだけで男子の寿命縮めるとかマジなにもんだよこの人。もはや笑顔テロとでも名付けるべきだと思う。ちなみに他には戸塚もたまにそのテロを行なっている。

めぐり「あっ、プリクラがあるよ! そうだ、比企谷くん。私と一緒に撮ろう!」

八幡「えっあっちょっ、城廻先輩!?」

ショッピングモール内にあるゲームコーナーのプリクラの筐体を見つけると、めぐり先輩はてててーっと走り出してしまった。俺も遅れてそれを追いかける。

そういえば、もう卒業の時期だったのだ。

あのほんわか笑みを浮かべためぐり先輩も、内では寂しく思っていたりするのだろうか。

めぐり先輩は、自分がいた生徒会を大好きだと言っていた。

俺には今までに大好きだと胸を張って言えるような居場所はない。強いて言うなら自宅。

そこでふと、あの奉仕部の部室が頭に浮かんだ。

俺にもいつか。大好きだと。そう思える場所ができるのだろうかと。

そんなことを想った。

めぐり「ほら、撮るよ比企谷くん」

待ってだから近い近い柔らかい意外と大きい近い近いいい匂い近いって!!


ほんわかぱっぱめぐめぐめぐ☆りんめぐりんパワー!

あっはい、ども、普段俺ガイルRPGとか、過去にこまちにっきとか感謝のやっはろーとか書いてた者です。
少々長くなりそうなので、よろしければお付き合いくださいませ。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


めぐり先輩の件があった翌日。

月曜の朝はただでさえ布団から出るのが億劫なのだが、それに厳しい寒さが加わると本当にもう出たくなくなる。

いっそこのまま布団の温もりに身を委ねてしまおうと思ったが、小町に蹴り飛ばされて渋々家を出た。

寒い日の自転車通学というのは、耳は冷たくなるわ冷たい風はマトモに食らうわ、挙句ようやく体が温まったと思えば学校に着いてから汗が冷えて余計に寒く感じるわでろくなことがない。ちなみに夏はと言えば汗のせいでシャツが蒸れて余計に暑く感じるので、やっぱりろくなことがない。

教室に入ると、いつも通り誰とも挨拶を交わさずに自分の席に着く。

戸塚はまだ朝練が終わっていないのか教室に姿はなく、由比ヶ浜はいつもの三浦や葉山たちと輪を囲んで話をしている。

マラソン大会の一件によって葉山と雪ノ下の噂もすっかり息を潜め、あのグループも前と同じようになっているようだ。

ふと、あのグループの方に視線が向かってしまった。

三浦「でさー、今日の朝とかちょー寒くてさー」

三浦は進路の件が終わったからか、前より活き活きとしているように見えた。

それは俺が先日の件で葉山に対する想いなどの事情も知ってしまったからというのもあるだろうが、色眼鏡抜きで見ても今の三浦は前より可愛くなっていると感じる。

恋する乙女はなんとやらという奴だろうか。

そんな頭の悪そうなフレーズなどずっと馬鹿にしていたが、いざこうして目にすると意外と侮れないなと思う。

だが、その三浦ではない、別のところで違和感を覚えた。

戸部「わかるわー、今日とかもう布団から出るのめっちゃ嫌でさー」

葉山「全く、テストも近いんだから気を抜くなよ」

八幡「……?」

だが少しの間眺めていてもその違和感の正体が分からなかったので、俺はそれ以上あのグループの方を見るのをやめた。

別に戸部と俺の意見が被って一緒にすんなとか思ったわけではない。戸部と俺どころか、全人類の大半は冬の朝には布団から出たくないと考えているだろう。

まぁ、例え何かがいつもと違ったところで俺が気にすることでもない。

あいつらのことはあいつらでなんとかするだろうし、そもそも俺は人のことを気にかけてやれるほど余裕があるわけじゃない。自分のことすら上手く出来ているわけじゃないのにな。

そう結論付けて前の黒板の方に視線をやると、戸塚が扉を開けて教室に入ってくるのが見えた。

戸塚は俺の視線に気がつくと、そのまま真っ直ぐに俺の席にとててっとやってきた。

戸塚「八幡、おはよう!」

八幡「おお……おはよう」

ぱあっと輝く戸塚の笑顔を見て、俺の太陽はここにあったと確信した。

例え季節が冬で身を切るような寒さであろうとも、戸塚を見た瞬間に心がぽっかぽかになってくる。

戸塚「……どうかしたの?」

八幡「戸塚、俺の太陽になってくれ」

戸塚「は、八幡? 意味が分からないよ……?」

首を傾げてはてなという顔をした戸塚もやっぱり可愛い。いやもうほんと、戸塚が我が家にいれば冬の寒さに負けて布団に引きこもろうとか考えなくなるんだろうなぁ。



    ×  ×  ×


放課後の部室。

俺は湯呑みに口をつけ、一息に紅茶を飲み干してからほうっと小さく息を吐いた。

いや、暖房と暖かい飲み物というものは本当に良いものだ。

体が内外ともに温まり、先ほどまで感じていた寒さを感じなくなる。これで俺の太陽こと戸塚もこの場にいたら完璧だったのに。

確かな文明の勝利を感じながら、部室をちらっと見渡してみた。

いつも通りの位置に、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣の二人がいる。

その二人は雑談に花を咲かせており、俺は本のページを繰りながら落ち着いた声音と元気な声のおしゃべりに耳を傾けていた。

この前まで一色が持ってきたフリーペーパーの件で仕事に追われる日々が続いていたので、こういうまったりとした空気を感じるのは久しぶりであった。

もう一度紅茶を啜りながら、平和の尊さについて考えを巡らせた。戸塚が地球の神になったら世界平和が訪れたりしないかなー。

このまま平和な日々が続けばいいなと思っていると、部室の扉がトントンと短くリズミカルに刻まれた音がした。

……俺が平和を願うとろくなことが起きねぇなと、若干恨みがかった視線を扉に向けた。

雪乃「どうぞ」

そんな俺のことなどよそに、雪ノ下がそう声をかけた。いやまさかこの前のあれが終わった直後でまたすぐに一色が仕事を持ってくることなんてないよな……とそう思いながら開け放たれた扉を眺めた。

いろは「こんにちはー」

亜麻色の髪が揺れるのが視界に入ると、若干俺の中の警戒レベルが上がる。

遊びに来ただけだよな? そうだよな? 今日ならなんで奉仕部にいるんだとか聞かないでやるから、頼むから仕事とか持ってこないでくれよ。

結衣「いろはちゃんだ、やっはろー! 今日はどしたの?」

いろは「遊びに来ちゃいましたー」

っしゃ良かったぁ! 仕事じゃねぇ! と俺は心の中でガッツポーズをする。思わず、顔にもその喜びが浮かんでしまった。

そんな俺の表情を見てしまったのか、一色がジト目でこちらを見つめてきた

いろは「……なんですか、先輩。わたしが来て嬉しいのは分かりますけど、ちょっとそのにやけ顔はどうかと思いますよ」

八幡「ちげぇよ、お前が面倒事を持ってこなくて良かったとほっとしてたんだよ」

いろは「えー、まるでわたしがいつも面倒事を持ってくるみたいな言い方やめてくれません?」

いや、割といつも持ってくるよね? と同意を求めたアイコンタクトを部内の二人に向けると、雪ノ下はうんうんと頷いていた。由比ヶ浜はそもそも俺のアイコンタクトにどんな意味が込められているのか気が付いていないのか、きょとんと首を傾げていた。

まぁ仕事を持ってきたわけじゃないなら、別にいいんだ。もうしばらくこの平和を感じていたいと考えていると、その一色の後ろにもうひとりの人影が見えた。

その人物も部室に入ると、ほんわかとした空気が感じ取れた。

編まれたお下げをぴょこぴょこと揺らし、前髪をピンで留めているおかげで丸出しになっているおでこがきらりと光る。

その人物は、前生徒会長の城廻めぐりだ。

めぐり「失礼しまーす」

八幡「城廻先輩……?」

雪乃「こんにちは、城廻先輩」

めぐり先輩がこの部室に来たのは、随分と久しぶりのような気がした。

最後に来たのは、一色を生徒会長にしたくない云々の時だったか。あの件も今となっては随分と昔のように感じる。あの頃の奉仕部の空気を思い出したくないだけなんだが。

そういえば、あの時もめぐり先輩は一色と並んで部室に入ってきたんだったな。

その二人が並んで一緒にいるのなんて、生徒会が関係しない場だと初めて見るような気がする。一色がめぐり先輩を苦手そうにしてるせいだろうけど。

雪乃「今日は、どのようなご用件で?」

雪ノ下は椅子に座った一色とめぐり先輩に紙コップに入れた紅茶を出しながら、そう尋ねた。

そういえば自由登校期間であるめぐり先輩がここにいるというのも珍しい。今日は特別な行事があったわけでもない。……強いて言えば節分の日だが、さすがに節分だから学校に来るなんて奴はおるまい。

めぐり「いや、別に用件とかじゃないんだ。一色さんと打ち合わせが合って、そのまま奉仕部に行くっていうから私もついでに遊びに来たんだ」

結衣「打ち合わせ?」

由比ヶ浜がその言葉に引っ掛かったのかそう聞くと、めぐり先輩はあははと笑った。

めぐり「ほら、来月には卒業式だから。それで送辞と答辞を考えようって」

雪乃「なるほど、それで生徒会長の一色さんに……」

雪ノ下が納得したように頷くと、一色はうだーと机に突っ伏した。

おそらく現生徒会長の一色が送辞、前生徒会長のめぐり先輩が答辞を担当するのだろう。立場的にはそれが一番妥当と言える。

しかし一色はいまいち乗り気でないのか、はたまた苦手なめぐり先輩と一緒にいるのがあれなのか、ぶーくさ言いながら文句を垂れ流していた。……こいつまさか、めぐり先輩と二人きりになるのが耐えられなくて奉仕部に逃げてきたな?

そこでふと、昨日のことを思い出す。めぐり先輩と二人きりといえば、昨日俺がそうだった。

そういえば昨日はめぐり先輩と二人で飯を食べに行って、二人でウィンドウショッピングを繰り広げ、二人でプ、プリクラを撮ったりしたんだった……。

そのことを思い返すと少々気恥ずかしくなって、めぐり先輩から目を逸らして一色の方を向いた。

八幡「……で、まさか俺たちに送辞やれとか依頼しにきたんじゃねぇだろうな」

いろは「先輩が送辞やったら、三年生の方たちから大ブーイングですよ……」

おいそりゃどういう意味だと一色を睨みつけると、由比ヶ浜を挟んで横に座っている雪ノ下も同意したように頷いていた。あなた今日やたら頷いてますね。

雪乃「確かに比企谷くんが送辞を受け持ったら三年生からはこう言われるでしょうね、私たちを冥土に送り出すつもりかって」

八幡「人を死神みたいに言うのやめてくんない?」

雪乃「いえ、冥土へ手招きするゾンビみたいと言うつもりだったのだけれど」

笑みを浮かべてそう言った雪ノ下は実に楽しそうだ。

何か言い返してやろうかと思ったが、このまま言い合ってもどうせ雪ノ下に丸め込まれるだけだと考え直した俺は再び一色に目線をやった。

八幡「じゃあ自分でやりきるってことだな、えらいえらい。奉仕部に丸投げされると思って冷や冷やしたわ」

いろは「いえ先輩なら大ブーイングですけど、雪ノ下先輩とかならどうかなーって」

そう言うと一色はちらちらっと雪ノ下の顔色を窺った。しかし雪ノ下は首を横に振りながら、やらないわと断った。

雪乃「生徒会長がやるべきだと思うわ」

いろは「ええー、そんなぁー」

媚びるように声色を伸ばす一色は今日もあざとい。ほんとこの子ったらそういうのどこで覚えてきたのかしら……。

雪ノ下に断られると、次に由比ヶ浜のほうへ向いた。

いろは「えーと、じゃあ結衣先輩は……やっぱ雪ノ下先輩、送辞やってみません?」

結衣「なんであたし飛ばしたし!?」

いやぁ、一色の判断は妥当だと思うけどなぁ。こいつ、多分カンペ見ながらでも漢字が読めないとか言い出しそうだし。

雪乃「残念だけれど、それは一色さん自身がやらなければ意味がないわ」

いろは「うえー……」

しかし一色も本気で丸投げするつもりはなかったのだろう、じゃあ卒業式のお手伝いだけでもお願いしますねと言うとあっさりと引き下がった。……おい待て、どさぐさに紛れて変な約束取り付けるんじゃねぇ。

そんな奉仕部と一色のやり取りをしばらく静観していためぐり先輩が、突然あはっと笑い出した。

めぐり「一色さんとみんな、すっごく仲良いね」

八幡「仲良いっていうか、体良く利用されているだけなんですけど……」

俺がそう返すと、一色がえーそんなことないですよーと語尾を伸ばして反論した。こいつ、ほんと全ての行動をあざとくしないと気が済まないのだろうか。

めぐり「やっぱり昨日も言った通り、奉仕部のみんなが手伝ってくれれば生徒会は安心だねっ」

めぐり先輩が俺の方向を見ながらそう言った。あの、出来れば昨日の事とか言わないで欲しいんですけどって思った瞬間に、一色が身を乗り出してきた。

いろは「あれ、城廻先輩、昨日先輩と会ったんですか?」

そこに気が付くとは、やはり天才か……いや、ほんとなんでそこに気が付くかなぁこいつと若干恨みを込めた目線を一色に向けた。しかし一色は俺の方を向いておらず、めぐり先輩の方を向いてしまっていた。

めぐり「うん。昨日ね、比企谷くんに助けてもらったんだー」

結衣「え、えっ、ヒッキーに?」

ああー言っちゃったよこの人ーと思っていると、由比ヶ浜が興味津々そうに机に乗り出してきた。見れば、その横にいる雪ノ下までなんか興味深そうに聞き耳を立てている。

めぐり「昨日ね、男の人に絡まれてたら比企谷くんが助けてくれたの」

ほんわかぱっぱとした雰囲気を出しながら笑うめぐり先輩に対して、俺は額から冷や汗を流していた。いや、その俺マジで何もしてないんすけど……。

ああなんか変な誤解をされそうだなって横を見てみると、案の定由比ヶ浜と一色が食いついていた。

結衣「えっ、ヒッキーが……!?」

いろは「先輩が……? え、ありえないんですけど」

誤解も何も、そもそも信じてくれていなかった。そりゃそうか。俺が野郎に絡まれている美女を颯爽と助けるイメージなど、説明されようが思い浮かばないだろう。

いやー思ったより話が変な方向に行かなくて良かった。あとは適当に言ってればこの話題も流れるだろうと思っていた時だった。

めぐり「そのあとね、比企谷くんと二人でお出かけしたの。あっプリクラも撮ったんだよね、比企谷くん」

天然物の天然さんをナメていた。

まさか弩級の爆弾をいきなり投げ込んでくるとは思わなかった。

なんでそのこと言っちゃうんですかとやや責めるような視線をめぐり先輩に送ったが、当の先輩はほんわかと笑っているだけで俺の目線には気が付いていなかった。お願いだからこっち見てこっち。

そして横の由比ヶ浜、向かいにいた一色がガタンと椅子から立ち上がった。

結衣「プププ、プリクラ!?」

いろは「ちょっとどういうことですか先輩!」

八幡「なんで俺が責められてんだよ……」

こうなったら適当に知らん振りを続けて話題が次に移るまで待つしかないかと考えていると、めぐり先輩は自分の鞄をガサゴソと漁ると、光沢紙のようなものを取り出した。

……待って、まさかそれ。

めぐり「ほら、これなんだけど──」

いろは「ちょっと見せてもらっていいですか」

めぐり先輩が取り出した何かを見ると、一瞬で一色がめぐり先輩からバッとそれを奪い去った。

そしてそれを机に置くと、雪ノ下、由比ヶ浜の三人でそのプリクラを囲んで吟味するようにジロジロと見始めた。っていうか、やっぱりプリクラじゃねぇか!!

雪乃「……これは」

結衣「わ、わー……」

いろは「……先輩、随分と楽しそうですね?」

それを見た雪ノ下は手を顎にやりながら何かを思案し始め、由比ヶ浜は顔を赤らめながらそのプリクラをじろじろと見ており、一色は何故か責めるような目線を俺に送ってきた。いや、つい先日お前にも無理矢理写真撮られたことありましたよね……?

八幡「おい、恥ずかしいからもうやめろ……」

一応そう言ったのだが、三人はその写真と俺を見比べるのをやめなかった。いや、その、ほんと恥ずかしいんでやめて……。

雪乃「……一体、どんな脅し方をしたのかしら」

いや、めぐり先輩から頼んできたんですよ。ほんとだよしんじて。ぷるぷる。

結衣「……ヒッキー、ちょっと近寄り過ぎてない?」

俺は離れようとしたのに、めぐり先輩がもっと近寄んないと入らないよーって近づいてきたんだよ! ほんと近かったしいい匂いだったよ畜生!

いろは「……」

あの、一色さん? 無言で睨みつけられても反応に困りますよ? 心なしか今チッって舌打ちしませんでしたか? ねぇ?

めぐり「昨日は楽しかったよねー、比企谷くん」

しかしそんな不穏な雰囲気を知ってか知らずか、めぐり先輩はそう言って微笑みかけてきた。危なかった。中学生までの俺なら多分この後告白しにいって玉砕してた。

あのですね、めぐり先輩? めぐり先輩に悪気はないんでしょうけど、その微笑みは簡単に経験値の薄い男子を落とすから安易に向けるのはやめてくださいね? ほんまテロやでぇ……。戸塚にも今度気をつけるように言って置こう。

さて、未だにあのプリクラを掴んで離さない由比ヶ浜と一色からどう取り戻そうかと思考し始めると、机を挟んだ前にいるめぐり先輩が顔をぐいっとこちらに近づけてきた。

思ったより近い距離にまで顔を近づけられ、思わず顔を引いてしまった。あぶねぇ、今俺も顔を前にやってたら頭と頭がごっつんこしてたよ。

めぐり「そういえば」

しかしめぐり先輩はそんな俺のリアクションには構わず、その口を開いた。


めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」

八幡「はい?」

ほんわかぱっぱめぐめぐめぐ☆りんめぐりんパワー!(挨拶)

書き溜めしてから、また来ます。

めぐり先輩ってデコキャラだっけ?
そんなに強調されてなかった気がするが

>>42
6巻初登場
肩まであるミディアムヘアーは前髪がピンで留められ、つるりとした綺麗なおでこがきらりと眩しい。

8巻
お下げ髪に前髪をピンで留め、つるりとしたおでこが可愛らしい。

6.5巻
前髪はヘアピンで留められ、つるっとした綺麗なおでこに夕日が照り返し、彼女の人柄そのままの明るさを感じさせる。

一応ご参考までに。

今までの話の流れとは全く関係の無い話題を突然振られた俺は、少々混乱しながらもそのばれんたいんでーとやらが何なのかを思考する。

ばれんたいんでー……ああ、あの元プロ野球選手のボビー・バレンタイン氏を祝おうの日か。

あの千葉ロッテマリーンズの監督を務めていたことのある偉大な人であり、今でも千葉大学などの教授をやっているなど、この千葉県とは随分と馴染みの深い人物なのだ。

そんな大事な日を忘れるわけが……あれっ、このネタ前にもやったような気がするな。

八幡「……あのお菓子メーカーの策略ですよね、やたら煽ってチョコを売り出そうとする日」

結衣「うわ……予想通りのリアクションだ……」

由比ヶ浜の顔が妙に引きつっていた。その隣にいる一色もドン引きしている。その可哀想なものを見る目をやめろ。

八幡「いや、だってそうだろ。女から男にチョコレートを渡すという文化は日本独自だが、そのバレンタインにチョコを渡すとか云々の流れを広めたのはお菓子メーカーの広告なんだぞ」

雪乃「随分と詳しいのね」

そりゃまぁ、言い訳探しのために若き日の俺は散々調べ漁ったからな……。

だが経験値を積みまくった今の俺に言い訳など必要ない。今の俺なら無心で下駄箱の中を覗きこみ、無心で机の中を確認し、無心で放課後の教室でちょっと待ってみたりする。おい煩悩だらけじゃねぇか。

八幡「……まぁ、一応知ってはいます。妹以外からはほとんど貰ったことないですけど」

再びめぐり先輩の方へ向くと、俺はそう言った。

本当のところは『ほとんど貰ったことがない』ではなく、『全く貰ったことがない』が正解なのだが、そこに関して突っ込まないで欲しい。男の子として最後に残ったひとかけらの見栄である。

めぐり「あはは……比企谷くんにも、チョコ持ってきてあげるからね」

俺の自虐に対して、めぐり先輩は少々困ったような顔をしながらそう返してくれた。……待て、今めぐり先輩チョコくれるって言わなかったか?

一瞬俺の心臓がドキッと跳ねたが、すぐに冷静さを取り戻す。クールになれ八幡。これは社交辞令だ。

めぐり先輩のような人だと、チョコを配り歩いたりするのも毎年恒例だったりするのだろう。だから、それにも深い意味は込められていない。勘違いしてはいけない。

ふぅ、おっけー八幡クールダウン完了。

八幡「あっ、ども……」

簡潔にそれだけ言って軽く頭を下げた。これが最適な返しなのだ。変にえっとか言って固まるのが一番やってはいけないリアクション。それをやった瞬間、えっちょっとやめてくんないみたいな表情をもれなくプレゼントされるぞ多分。冗談でもチョコあげるとか言われたことないから本当かどうかは知らん。

変な黒歴史を作らなくて良かったと安堵していると、横からむーと唸る声が聞こえてきた。そちらを見てみれば、由比ヶ浜がぷっくらと膨れながら俺のことを睨みつけていた。何? フグ?

結衣「ヒ、ヒッキー、あたしもチョコ作って持ってくるからね!」

八幡「そうか……なら、リクエストしてもいいか?」

結衣「えっリクエスト!? ……えっあっうん、もちろんいいよ! なんでも言ってよ! えへへ……」

八幡「手作りじゃないチョコだと嬉しい」

結衣「手作り全否定!?」

いや、だってほらねぇ……?

去年のクッキー作り以来少しでも進歩しているのならいいかもしれない。しかしあれから九ヶ月近く、ついぞ由比ヶ浜が料理をしたとかそういう話を一度も聞いたことがない。俺だって好き好んで不味いものを食べたくはないのだ。

その由比ヶ浜はうえーんと雪ノ下に泣き付いていた。

結衣「あっそだ、もちろんゆきのんにも手作りチョコ持ってくるからね!」

雪乃「ありがとう、由比ヶ浜さん……私も手作りじゃないと嬉しいわ」

結衣「二人揃って辛辣!?」

あの雪ノ下が珍しく由比ヶ浜から目を逸らしながらそう答えていた。まぁ酷かったもんな、前に持ってきたクッキーの出来。

結衣「ヒッキーの馬鹿! 頑張ってるのが伝わったら男心揺れるって言ったのヒッキーじゃん!! ……あっ」

八幡「よく覚えてんなそんなの……」

怒りのせいか顔を真っ赤に染め上げた由比ヶ浜をよそに、去年のクッキー作りの際に言い放った自分の言葉を思い出した。いやぁ、懐かしいなぁ。まさかそれから今の今まで由比ヶ浜との縁が続くことになるとは、当時の俺には想像も付かなかった。

そんな俺たちのやり取りを、一色がふーんと興味深そうに見つめていた。

いろは「へぇー、先輩そんなこと言ってたんですかー」

八幡「昔の話だけどな」

いろは「あっ、そうだ。実はわたし結構お菓子作り得意なんですよー。葉山先輩にも頑張って作っちゃおうかなー。なんなら先輩にもちょっとだけ分けてあげてもいいですよ」

八幡「いらんわ」

えっ、何? こいつ実はお菓子作りが得意なんて設定まであったの?

なんていうか、もう特技欄にお菓子作りなんて書いてあったらそれだけであざといなって思う。あざといなさすがいろはすあざとい。

そう適当にあしらうと、一色はなんですかーとわざとらしく怒りながら胸元で拳を握った。

いろは「もう、先輩絶対疑ってますよね!? 私がお菓子作りなんて出来るわけないって」

八幡「ああ」

いろは「即答しないでください! いいですよ、だったらバレンタインデー楽しみにしていてくださいね! 絶対おいしいって言わせてあげますからね!」

腕を組みながら激おこぷんぷん丸とばかりに一色がそう言ってきたので、俺はへーへー期待してるよと適当に返しながら、再びめぐり先輩の方を向いた。さっきから話が脱線しまくりである。

八幡「で、バレンタインデーがどうかしたんですか?」

めぐり「うん、去年の総武高校のバレンタインデーのイベントって覚えてるかな?」

えっ、なにそれ初めて聞いた。この高校わざわざバレンタインにイベントなんてやってんの?

困惑しながら横を見てみると、雪ノ下もはてなと首を傾げていた。しかし由比ヶ浜は、あーと何かを思い出したかのように掌をぽんと叩いている。マジであったの……。

結衣「あれですよね、体育館に集まってパーティみたいなことやりましたよね」

めぐり「うん、そうだよ。そこで今年も生徒会でそれをやろうってことになって」

めぐり先輩がそう言うと、隣にいる一色がその言葉の後を継いだ。

いろは「そうそうそんなのがあるんですよ。そこでですね、奉仕部の皆さんの力を借りたいなと思いまして」

……結局、結局面倒事を持ち込まれるんかい!!

俺は肩を落としながら、露骨に嫌そうな顔になる。

八幡「……うちはなんでも屋じゃねーんだよって、前にも言わなかったっけか」

いろは「えー? そんなこと言ってましたっけ?」

きゃるんとした猫撫で声でとぼけやがった一色に対して、絶対にやりたくないと目線で訴える。しかし、そこで隣の由比ヶ浜がバンと机を叩いてきた。

結衣「いいじゃん! あたし達も手伝おうよ!」

そう言った由比ヶ浜の表情はやたらと輝いていた。しかしそれに対して俺の心は穏やかではない。あのね、誰もがバレンタインデーっていう日を楽しみにしているわけじゃないの。俺とかまさにその筆頭。あと単純に働きたくない。

雪ノ下も、あまり乗り気ではなさそうに目を細めた。

雪乃「……奉仕部の活動としては、どうなのかしら」

いろは「えー、そんなこと言わないでくださいよー」

まぁそれを言ってしまうとここ最近生徒会の手伝いばっかで、ほんと奉仕部の活動としてどうなのかとか言い始めたらここ数ヶ月何やってたんだって話になるんですけどね。

しかし何であろうとも俺は働きたくない。せっかく先ほどまで平和を享受していたのだ。もうしばらく平和の恩恵に与っていたい。どうにかうまく断ってくれないものかと、期待を込めて雪ノ下と一色のやり取りに耳を傾ける。

いろは「うう……だめ、ですか?」

雪乃「……んん」

一色が肩を落として雪ノ下を上目遣いで見上げる。じーっと甘えるような一色の視線を向けられ続けた雪ノ下は少し肩身が狭そうに身を捩って咳払いをした。あかん、雪ノ下さんほんとこういった言葉や仕草相手には弱い。このままでは陥落してしまう。

雪乃「……比企谷くんは、どう思う?」

居心地が悪そうにして一色から目を逸らすと、雪ノ下は俺にそう丸投げしてきた。おい部長、フリーペーパーの時といい、一色の頼みを真正面から断れないからって俺に投げるのやめない? あなた最近ほんと一色に対して甘過ぎますよ?

しかし、俺に最終決定権が委ねられているというのであれば答えは一つだ。前回とは違ってもう一色の泣き落としは食らわんぞ! 今度こそ俺は、俺は社蓄ライフを回避するんだ! と決意を強く固めた時、ぽんと優しく肩を叩かれた。

振り向いてみれば、めぐり先輩がほんわか笑顔を浮かべて俺の顔を見ている。

めぐり「比企谷くん達が手伝ってくれると、私は嬉しいなぁ」

八幡「うっ……!」

めぐり先輩の無垢な目線を向けられた俺の精神がぐらっと揺れた。小町の云々によって年下からの泣き落としに弱いと思えば、実は俺、年上からの頼みにも弱いのかもしれない。もうそれ断れない日本人の典型じゃねぇか。

さてどうやって返事をしようと思っていると、めぐり先輩はさらに言葉を続ける。

めぐり「今回のイベントは、私もお手伝いするからね」

八幡「城廻先輩も?」

思わずそう聞き返してしまった。めぐり先輩はとうに生徒会を引退した身であり、また自由登校期間なので学校に来る強制力すらないはずだ。

そう疑問に思っていると、めぐり先輩はあはっと笑う。

めぐり「このイベントはね、三年生も参加するんだよ。もちろん、受験が終わってる人が中心にはなりそうだけどね」

八幡「そうなんですか……」

二月十四日……大学受験の日程に詳しい訳じゃないが、まぁ終わっている人は終わっているのだろう。全員ではないのだろうが。

ふと、めぐり先輩の笑顔に陰が差した。

めぐり「このイベントはね、三年生にとっては最後のお祭りなの」

八幡「……あ」

そう小声で呟いためぐり先輩の表情は暗い。どう声を掛けたものかと考えていると、めぐり先輩は再び笑顔を浮かべながら顔を上げて俺の顔を見た。

めぐり「だからね、できればみんなの思い出になるようなイベントにしたいって思うんだ」

ほんわかとした笑顔、しかしその目からは真剣な想いがこちらにまで伝わる。やや抜けているような雰囲気を持ちながらも、確かに前生徒会長を全うした毅然さがあった。

そんなめぐり先輩にじーっと見つめられると、俺もそれに反対し辛い。

少しの間考える振りをしてみたが、もう仕方ねぇかめぐり先輩の頼みだもんなグッバイ平和と覚悟を決めた、

八幡「……分かりましたよ」

めぐり「ほんと? ありがとう!」

いろは「いやー、超助かりますよー」

そう言って生徒会長ズがわーいと喜びの声をあげた。あのな、別に一色のためじゃないからな、あくまでめぐり先輩の頼みだから聞いてあげるってだけなんだからな。そこんところ勘違いしないでよね!

八幡「……いいか?」

結局断りきれなくてすまんと雪ノ下の方を向くと、雪ノ下は深々とため息をついていた。

雪乃「はぁ……仕方がないわね」

しかし言葉の上ではそうは言っても、雪ノ下の表情を窺ってみるとそこまで嫌そうには見えない。そしてその隣にいる由比ヶ浜は元々賛成派だったので、喜びながら一色とハイタッチをしていた。

いろは「それではよろしくお願いしますね、結衣先輩!」

結衣「うん、こっちもよろしくね!」

別に奉仕部がいなくても十分みんなの思い出になりそうなイベントくらい出来そうなんだけどなーって考えるも、今更そんなネガティブ意見を言い出せる雰囲気ではなくなったので心の中に留めておいた。

部室の時計を見ると、もうそろそろ帰宅してもいい頃合だ。詳しい打ち合わせは明日以降になるだろう。

八幡「一応聞いておくけど、今回は時間は平気なんだろうな……あと答辞と送辞は大丈夫なのか?」

いろは「大丈夫だと思いますよー。バレンタインデーは来週の金曜日ですし、卒業式まではまだあと一ヶ月あるんでゆっくり考えます」

まだあと一ヶ月って言う奴ほど後でもう一ヶ月経ったのとか抜かすんですけどね……。まぁ、フリーペーパーの時のように日程に不安があるわけでもなく、文化祭やクリスマスイベントの時のように人材に不安があるわけでもない。

それなら平気かと、少しでもポジティブに考えることにした。

雪乃「それでは今日は解散にして、また明日以降詳しい段取りを話し合いましょう」

雪ノ下がそう締めると、各自自分の荷物をまとめはじめた。

また明日から仕事の日々かぁ……と心の中で愚痴りながら読みかけの本を鞄の中に入れる。俺にも社蓄の両親の血が流れているんだなぁとしみじみと感じる今日このごろです。

八幡「じゃ、帰るか……」

いろは「あっそういえば先輩、どんな感じでプリクラ撮ったのか教えてくださいよー」

えっ、またその話蒸し返すの!?

めぐめぐめぐりん♪めぐりんぱわー☆

ストーリー上の問題で原作11巻発売前に書き終えたいので、やや駆け足で書いていきたいと思います。
駆け足と言ってもストーリーを圧縮するという意味ではなく、一度に書く量が増えるってだけなんですが。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



      ×  ×  ×


翌日の放課後、俺はまたいつものように奉仕部の扉を開けて中に入る。

部室の中は既に雪ノ下によって暖気されていて、ほっと息を吐き、いつもの席に座った。

雪乃「どうぞ」

八幡「さんきゅ」

雪ノ下が淹れてくれた紅茶をふーふーしながら、湯呑みを口に運んだ。次の瞬間、体の中に暖かいものが流れていくのを感じる。

体の外も中も温まるのを感じながら、ほうっと息を吐く。あーほっこりする。このままぐーだらしていたい。

しかし今日からはバレンタインデーのイベントのなんちゃらとやらで仕事が始まるのであった。

何故俺が、リア充共がイチャコラするための場作りのために働かなくてはならないのか。もういっそ運営の手伝いという立場からなんとかしてイベントを瓦解させるような行動を取るべきなのではないかと一瞬魔が差したが、めぐめぐめぐりん先輩が涙を浮かべる光景も同時にイメージしてしまったためにその案はお流れになってしまった。

めぐり先輩を泣かせてもみろ。信者共に一瞬で殺されるだろうし、なんなら俺もそれに加わるまである。

だからと言って別に働きたくなるわけではないんだよなぁと思っていると、部室の扉がコンコンと叩かれる音がした。

雪乃「どうぞ」

めぐり「失礼しまーす」

雪ノ下が声をかけると、挨拶と同時に見慣れた人物が扉を開けて入ってきた。ほんわかとした空気が部室に流れる。

入ってきたのは、城廻めぐり。今回の依頼主の一人だ。

めぐり「こんにちはー」

雪乃「こんにちは、城廻先輩」

結衣「こんにちはー」

めぐり先輩が手を振りながら、雪ノ下と由比ヶ浜の二人に挨拶をする。その後、俺の方に振り向くとにぱーと笑いながらまた手を振ってきた。

めぐり「比企谷くんも、こんにちはっ」

八幡「あっ、ども」

軽く会釈を返す。あれっ、最初のこんにちはーは俺には向けられてなかったのかな……。俺の存在感の薄さは年々酷くなってきているような気がする。それとも単に同じ部屋にいる雪ノ下と由比ヶ浜の方が目立つだけだろうか。多分後者だな。

そこでふと、もう一人の依頼主の姿が見えないことに気が付く。

八幡「あれっ、一色はどうしたんですか」

俺がそう尋ねると、めぐり先輩は人差し指を顎に当てながらうーんと首を横に傾げた。うーん動作がいちいち可愛らしい。これがもし一色ならばはいはいあざといあざといと軽く流すのだが、めぐり先輩だと天然でやっている感じがして素直に可愛らしいと思えるのが不思議だ。……いや、まさかめぐり先輩が計算してこの動作をやっているわけがないだろ。ないよな。よし。俺たちのめぐり先輩が腹黒いわけがない。

めぐり「いや、私はさっき学校に来たばっかだから見てないや。ごめんね」

八幡「いや、謝らなくても」

そこで、そもそもめぐり先輩は授業があるわけでも生徒会の集まりがあるわけでもないということを思い出した。いいなぁ俺もこの時間から学校に登校してぇなぁ、俺たちも早く自由登校期間にならねぇかな。いやあと十ヶ月以上先の話だろうが。

しばらくめぐり先輩と由比ヶ浜たちの会話に耳を傾けていると、再び扉がこんこんと叩かれる音がした。

雪乃「どうぞ」

いろは「こんにちはー」

雪ノ下が声を掛けると同時に扉が開き、ぺこりと頭を下げながら一色いろはが部室の中に入ってきた。

めぐり「一色さん、こんにちは」

結衣「おー、いろはちゃん。やっはろー!」

二人がそう言うと、一色はどもですーと再び頭を軽く下げた。その後視線がきょろきょろと動くと、俺の方を向いて三度目のおじきをした。

いろは「先輩も、どもでーす」

八幡「……おう」

めぐり先輩といい、最初のこんにちはーには俺への挨拶は含まれていないのかなぁ。それとも、最初に挨拶をした後にまたひとりひとりに挨拶をしなくちゃいけないみたいな決まりがあるのだろうか。それ二度手間じゃねぇかな。

一色が席についてノートとペンを取り出すと、雪ノ下が軽く咳払いをした。

雪乃「それでは、バレンタインデーイベントの打ち合わせをするとしましょう」

雪ノ下がそう号令をかけたが、その前に前提として俺はバレンタインデーイベントとやらがどんなものなのかを全く知らない。それを知らなければ何も言えないだろうと考え、一色に向かって声を掛けた。

八幡「そもそもバレンタインデーイベントって、一体どんなことをやるんだ? 俺は去年出てないから知らないんだが」

いろは「わたしだって去年は出てませんよー」

そりゃそうだ、一色は一年生である。聞く相手をミスった。次に由比ヶ浜の方に目をやる。

結衣「えーとね、なんかみんなでお菓子とか食べてねー、ぱーって騒ぐっていうか」

アバウト過ぎてお菓子を食べる以外何も分からねぇ。これもまた聞く相手をミスった。次にめぐり先輩の方に目をやる。

めぐり「えーとね、場所は体育館を使うんだけど、そこで机を出してお菓子をみんなで食べるパーティをするんだよ。交流会とかそんな感じかなぁ?」

なるほど、分からん。いや由比ヶ浜よりはまだ伝わったのだが、そもそも俺には交流会というものがなんなのか全く分からないのだ。八幡には交流というものが分からぬ。八幡は、ただのぼっちである。本を読み、ゲームをしながら暮らしてきた。けれども他人の視線に対しては、人一倍敏感であった。

雪乃「なるほど、立食パーティのようなものね」

しかし同じくぼっちであるはずの雪ノ下にはそれだけで通じたようであった。そういや雪ノ下はパーティというもの自体にはそこそこ慣れていたのだった。となると、今この中で全く意味を理解していないのは俺一人ということである。こんな些細なことでも一人ぼっちになれるのが、さすが俺といったところか。

めぐり「一応、去年の様子を撮った写真も持ってきたんだー」

鞄をごそごそと漁りながら、めぐり先輩はそう言った。そして複数枚の写真を取り出すと机に広げた。

なるほど、こうやって画像として見せられるとどんな感じなのかイメージしやすい。

だがこういった写真に映っているのは大抵ウェーイ系なので、見ていて三秒で気分が悪くなった。よく見ると、一年生の時の葉山や戸部が映っている写真まである。

八幡「……ん?」

ふと、他にも知っている人物が映っている写真を見つけた。

その人物からは、写真越しでもそのほんわかとした人柄を感じられる。ていうか去年のめぐり先輩だった。

今より少々幼く感じられるその写真の中のめぐり先輩と今のめぐり先輩を見比べようと顔を上げると、めぐり先輩と目が合う。

すると、めぐり先輩の写真を見ていたことに気が付いたのか、焦ったようにバッとその写真を取り上げられてしまった。

めぐり「あっ、やだよもう……恥ずかしいよ……」

そっぽを向きながら小声で言っためぐり先輩の頬は、まるで桜色と表現するに相応しい色に染まっている。

そのままぷいっと顔をそむけられてしまい、ぷくーっとむくれてしまった。一色がやればあざとさを感じたであろうが、めぐり先輩がやるそれには本当に可愛らしいという言葉が似合う。

八幡「あっ、すいません」

反射的にそう謝ると、めぐり先輩は頬を膨らませながらも俺の顔を見た。

めぐり「もう、比企谷くんったら……」

そう顔を赤らめながら上目遣いでこちらを見るめぐり先輩を前に、ドキッと自分の心臓が跳ねて鼓動が早くなるのを感じる。めぐり先輩のそれは本当に卑怯だと思う。

思わずそのめぐり先輩の顔に見惚れていると、俺の脇腹にずびしっと指が突き刺さった。

八幡「いてぇ!」

めぐり「わっ、どしたの?」

俺の脇腹に指を突き刺した先を見てみれば、横にいる由比ヶ浜が何故かジト目で俺の顔を見ている。どこか、怒っているようにも感じ取れた。

八幡「何すんだよ……」

結衣「別に……なーんかヤな感じ」

別にというくらいなら人の脇腹を思い切り刺すな、痛いから。

それともあれか、さっきのめぐり先輩の写真をジロジロと眺めていたのが悪いのか。まぁ確かにデリカシーがなかったかもしれん。

いろは「あのー、そろそろ話進めてもいいですかねー」

コンコンと机を叩く音がしたので、そちらの方に顔を向けてみると今度は一色が若干ご機嫌斜めになっていた。

八幡「ああ、すまん。で、イベントをどうするかだったか」

素直に一色に対して謝りながら、由比ヶ浜から目を逸らすように机の上にある写真を見る。

この写真の中に写る人たちは皆楽しそうにお菓子を食べていたり、カメラにピースをしていたりする。うっ、リア充を見ていると鳥肌が。実は俺、リア充を見ると死んでしまう病なんです。

いろは「なんていうかですね、去年より盛り上げたいっていうんですか? そんなアイデアがあるといいなって」

まるで去年の体育祭の際のめぐり先輩の頼みのようだ。あの時もあの時で大変だったなと心の中で懐かしみながら、机に置いてある写真に目をやる。

八幡「こいつらすでに楽しそうに見えるんだが、これ以上何をする気だ」

いろは「それを今から考えるんですよー」

いや、そもそもこれ以上のプラスアルファが本当に必要なのかって意味なんだが。

そう言おうとしたが、一色の隣でよーしみんなで考えよーと手を天井に向けて突き出しているめぐり先輩があまりに可愛らしかったので、その言葉は呑み込むことにした。

めぐり「去年は去年で楽しかったんだけど、ずっとお菓子ばっか食べてると太っちゃうような気がするんだよね……」

そういってめぐり先輩は自らのお腹をさすった。大丈夫ですよ、どう見ても太ってるようには見えません。……自分のお腹をさする女子ってエロいなぁ、変なフェチに目覚めそう。

八幡「お菓子を食べる以外のことはしてないんですか?」

結衣「んー、ずっと食べて雑談ばっかしてたねー」

めぐり先輩への疑問は、何故か横にいた由比ヶ浜が答えた。

八幡「菓子食いながら喋ってるだけかよ、それイベントって言っていいのか……」

結衣「あ、あはは……でもほら、色んな人と知り合えるチャンスだったし」

由比ヶ浜の人脈の広さなどはこういう時のマメな行動故なのだろうなと感じた。その頃の由比ヶ浜なら適当に薄い笑顔を浮かべて空気に合わせながら色んな人の間を行き来していたのだろう、簡単にイメージができる。

雪乃「挨拶回りね……なかなか、大変そうなイベントね」

由比ヶ浜を挟んでその横にいる雪ノ下は、ふっと息を吐きながらどこか遠くを見るような目になった。ああ、あんかそういう挨拶とか大変そうですもんねお宅のお家。

にしても、イベントを盛り上げるための案か……他人を楽しませようなんて考えて行動したことなどほとんどないから分からん。

写真に写っているこいつらは実に青春を謳歌してそうだ。ぶっちゃければ、なんでこいつらを楽しませるために俺の頭を回さにゃならんのだと感じる。この体育館をお前らの墓場にしてやろうか。

そこでふと、体育館のイベントと聞いてとあることを思い出した。

横の由比ヶ浜、雪ノ下。そして前にいるめぐり先輩らをくるっと見渡す。由比ヶ浜がどうしたの? と首を傾げていた。

結衣「……あたしの顔に何かついてる?」

八幡「いや、体育館のイベントと聞いて思い出してたんだよ」

数ヶ月ほど前、秋に行なわれた文化祭の最後のステージを思い出す

俺は一人で、そして一番後ろで眺めていただけだったが、今でも目を閉じればすぐにその光景が目に浮かぶ。

忘れられない、あの光景が。

八幡「ほら、お前らバンドやってただろ」

結衣「ああー」

由比ヶ浜がポンと手を打った。雪ノ下も思い出したようにそんなこともあったわねと言葉を漏らした。

いろは「私も見てましたよー、あれすごかったですよねー」

八幡「まぁ、なんだ。せっかく体育館使うなら、前のステージ使ってなんかやるのも悪くないんじゃねぇの」

他の面子に向かってそう言うと、由比ヶ浜がいいね! とどこぞのSNSのボタンと同じ言葉を返してきた。他の三人も概ね賛成のようだ。

雪乃「一色さん、前のステージを使うことは出来るのかしら」

いろは「許可を貰えば大丈夫だと思いますー」

めぐり「そういえば去年はそこ使ってなかったね」

前のステージが使える可能性が濃厚であることを確認すると、次に考えるべきなのはそこで何をするかだ。

雪乃「確か、このバレンタインデーイベントって放課後に行われるイベントだったかしら?」

結衣「うん、そだよー」

イベントといっても文化祭のようなものとは、また違うらしい。

強制参加ではなく、放課後体育館に来ることが出来る奴だけでやろうみたいなイベントのようだ。まぁ強制参加じゃなかったからこそ、俺が存在すら知らなかったわけだが。知っていたとしても、多分行ってないだろうが。

雪乃「放課後から完全下校時刻までがイベントの時間と考えると、ステージで何かを出来るグループの数も限られてくるわね」

雪ノ下がそう言いながら白紙の上に案と問題点を次々と書き込んでいく。確かに、文化祭と違って一日中行うというイベントでもない。使える時間は決して多くはないのだ。

しかし一度案が出ると、これはどうだあれはどうだと次々と新しい意見が出てくる。その意見の中で使えそうなものは保留、明らかに問題があるものは雪ノ下に即座に却下された。

思ったよりかなり好調な滑り出しだ。

……あれっ、会議ってこういうものだったっけ?

雪乃「比企谷くん、どうかしたの?」

八幡「いや、文化祭とか体育祭、クリスマスイベントの時の惨状を思い出していた」

雪乃「……確かに、あの時は決して良い会議が出来ていたとは言えなかったわね」

見れば全員が少しだけ何か苦い過去を思い出したかのように苦笑している。一色は相模の件を、めぐり先輩は玉縄の件を知らないだろうが、とりあえずここにいる面子は全員一度は進まない会議について経験しているということだ。

それに比べて、今回はどうだ。

少数だというのももちろん意見が出しやすいという条件にはなっているだろうが、元々こういったものをまとめるのが得意な雪ノ下とめぐり先輩はもちろん優秀だし、由比ヶ浜や一色もイベントへのモチベーションの高さからか積極的に会議に参加してくれている。

少数精鋭のメンバーが揃っていることで、話し合いが実にスムーズに進む。こういった話し合いだと人数がいた方が逆に進みにくいとかあるからな。だから俺とかいるだけ邪魔だろうし正直帰りたい。女子四人に囲まれているこの状況も、実は結構肩身が狭いのだ。

それからしばらく女子四名の話し合いを眺めていると、下校時刻になる頃には白紙だった紙にはかなり多くの意見が書かれていた。

雪乃「それでは、明日からはこれらの中で実用できるものを絞っていきましょう。他の生徒会の人たちはどうしているのかしら」

いろは「あっ、さっきメール来たんですけど、今日決算の件がようやく終わったそうなので明日から加われるそうです」

雪乃「分かったわ、明日からは会議室を使った方がいいかもしれないわね。鍵を返す時に、平塚先生に明日の放課後の会議室の使用許可を頂きましょう」

荷物をまとめながら、雪ノ下が明日以降の予定を一色と話し合っていた。本当にこういった事務処理では右に並ぶものがいないほどの優秀な奴だ。

そんな雪ノ下と一色の二人を眺めていると、ふふっと隣から笑い声が聞こえた。

見れば、めぐり先輩が俺の隣に立っていた。

八幡「……どうしたんですか」

めぐり「いやぁ、一色さんと雪ノ下さんがすっごい仲良さそうでよかったなって」

八幡「ああ……確かにそうですね。最近のあいつらは仲良さそうだと思いますよ」

最初の頃こそ、あまり雪ノ下と一色の相性は決して良くはなかったと思う。しかし今ではなんだかんだいい先輩後輩関係を結べているようだ。

その光景は、少し前の雪ノ下を知る者からすれば微笑ましく映るだろう。

かく言う俺も微笑ましく見守っていると、めぐり先輩が俺の肩を叩きながら目を合わせた。

めぐり「比企谷くんだって、一色さんととっても仲良さそうだよ?」

八幡「いや、あれ仲良いとかそういうんじゃないんですって」

いいところ、利用しやすい先輩程度の認識だろう。悪ければ奴隷扱いまで見える。

だが、めぐり先輩はえー絶対仲いいよーと俺の反論を受け付けなかった。

そして俺の目をみつめてくる。めぐり先輩の瞳はとても純粋で、穢れがないように感じた。

めぐり「私も、比企谷くんと仲良くしたいな」

八幡「まぁ……俺なんかで良ければ……」

本気でドキッとしたが、辛うじてそう言葉を返すことが出来た。するとめぐり先輩はあはっとほんわか満載の笑顔を浮かべる。

めぐり「うん、じゃあ仲良くしてね。比企谷くん!」

にぱっと笑うその笑顔には、裏があるようにはとても思えなかった。

とても純粋で、とても綺麗で、ただ真実の笑顔。

その笑顔に引き込まれそうになって、はっと途中で冷静になる。

……今まで、あの笑顔で何人の男の子が落ちていったのだろうだと。

そんなことを、考えた。

めぐめぐめぐりん♪めぐりんぱわー☆

それでは書き溜めしてから、また来ます。



ホームルームを終えると、俺はマフラーとコートを装着し、荷物をまとめて席を立つ。

確か今日からは一色以外の生徒会役員たちも仕事に加わるため、いつもの奉仕部ではなく広い会議室を使うことになるとのことだ。

ホームルームの後に会議室に直行するのは体育祭以来振りだ。俺より会議室に行ってる奴ってこの学校でもほとんどいないんじゃないの? もしかして俺ってかなりこの学校に貢献してない? いや、やりたくてやってるわけじゃないのだが。

一応大学受験の時に履歴書に書くネタくらいにはなるかなと考えながら、チラッと視線を教室の中に移す。

見れば由比ヶ浜はまだ三浦、海老名さんと話しているようだ。

海老名「じゃあユイはバレンタインイベントの運営をやるの?」

結衣「うん! あっでも当日は多分一緒にいられると思うよ。そういえば優美子ってまたバンドやってみたりしない?」

三浦「マジで、やっていいん?」

そういえば三浦も、去年の文化祭のステージで葉山たちと一緒にバンドを組んで演奏していたのだった。

その時俺は何をしていたかというと、どこぞの誰かさんを捜して東へ西へ屋上へえっちらほっちら走り回っていて直接見ていたわけじゃないので、すっかり忘れていた。

三浦「あ、じゃあ……隼人たちに聞いてみて、いいって言うなら……」

顔を朱に染め、指をもじもじと動かしながら三浦がそう由比ヶ浜に返答していた。マズいよ、マズいですよ! 最近のあーしさんのヒロイン力が高すぎてマジあーしさんなんだけど。

結衣「ほんと? じゃあもしやるって決まったら連絡してね」

三浦「おっけー」

海老名「わたし達もなんか手伝えることあったら、言ってね」

結衣「うん、ありがとう! じゃあ部活行ってくるね」

由比ヶ浜はそう言って二人との話を切ると、てててーっと俺のところにまでやってきた。

結衣「ヒッキー、行こ?」

八幡「ん、ああ」

そういや由比ヶ浜たちの会話に聞き耳を立てていたので、先に教室の外に出ているのを忘れていた。少し周りを見渡してから、そのまま教室の外に出る。

放課後ということもあって教室に残ってた人も多くはなかったし、特に一番心配などこぞの誰かさんもいなかったし、まぁこの程度でどうこう言われることもなかろう。

廊下に出ると、再び厳しい寒さが体を襲う。早いところ、廊下にもヒーターの導入を願うばかりだ。

横を歩く由比ヶ浜も寒さのせいか、体をぶるっと震わせた。

結衣「うう、寒いねー。じゃあ部室行こっか」

八幡「今日は部室じゃなくて、会議室だって昨日言ってただろ」

結衣「え? ……あっ、そうだった!」

言われて思い出したのか、手の上に軽い握り拳をぽんっと叩いた。昨日の帰りに雪ノ下に念を押して言いつけられていたはずなのだが、もう忘れちゃってたのん……?

そのまま会議室へ向かうルートを辿っていると、途中で雪ノ下と出会った。

結衣「あっ、ゆきのーん! やっはろー!」

雪乃「あら、由比ヶ浜さん。こんにち──ちょっと由比ヶ浜さん?」

そのまま由比ヶ浜が雪ノ下に向かって飛び込むように抱きつくと、雪ノ下の体がグラッと揺れた。

うーん、人通りの多い廊下で堂々とゆりゆりするとは。まぁ、こっちとしては滾るものがあるからいいんですけどね?

結衣「えへへー、これならあったかいよねー」

雪乃「……暑苦しいわ」

結衣「えっ、苦しかった!? ごめんゆきのん!!」

ぼそっと雪ノ下が呟くと、由比ヶ浜がばっと雪ノ下から離れる。しかしそうすると、雪ノ下の顔がしゅんと落ち込んだ。

雪乃「あ、いえ、嫌だったわけじゃないの」

結衣「ゆきの──ん!!」

再び由比ヶ浜は満面の笑みを浮かべながら、がばっと雪ノ下に抱きつく。

雪ノ下が助けを求めるように俺の方へ目配せをしてくるが、当然俺はそれをスルーした。

……なんというか、なんだこれ。





     ×  ×  ×


ゆりゆりちゅっちゅ劇を経て、俺と雪ノ下、由比ヶ浜は会議室の前に来ていた。

すると、めぐり先輩が向こう側の廊下からやってきていることに気が付いた。めぐり先輩も俺たちに気が付くと、挨拶のつもりか軽く手をふりながらとっとこと俺たちの傍にまで歩いてくる。その姿はどこぞのハム野郎なんぞとは比べ物にならないほどに可愛らしい。

めぐり「あっ、みんな! おはよう!」

八幡「……城廻先輩、もう放課後っすよ」

ほんわかオーラを振りまきながら何故か朝の挨拶をしためぐり先輩にそう指摘すると、はわわっと自分の口を抑えた。

めぐり「あっ、そうだった! さっき学校に来たばかりだから、なんか勘違いしちゃった」

まぁ、バイトとかも最初に入る時とかはおはようございますとか言うし。慣れてくるとおはざまーすとかおーすとかって省略されてくるってどっかのバイトの先輩が言っていたような気がするけど、そもそもそこまで慣れるほどひとつのバイト続いたことがないので分からん。

めぐり「じゃあ改めまして。こんにちわっ、みんな! 今日もよろしくね」

雪乃「こんにちは、城廻先輩」

結衣「こんにちはー」

八幡「……ども」

改めて、にこやかに挨拶をしてきためぐり先輩に対して軽く頭を下げる。ああ~心がめぐりっしゅされるんじゃあ~。

もしもめぐり先輩と結婚したら毎日このほんわかとした雰囲気でおかえりっなんて言ってくれるのかな。それなら働いてもいいかな。結婚しよ。間違いなく振られるけど。

戸塚だけでなくめぐり先輩の笑顔もどこぞの美術館で永久保存するべきなんじゃないかなーと適当に考えながら、会議室の扉に手をかけた。鍵は開いておらず、中からは会話の声が聞こえる。ノックすると、どーぞーと間延びした声が聞こえてきたので、そのままガラッと扉を開いた。

会議室の中に入ると、中にいた一色と目が合う。

いろは「あっ、先輩!」

八幡「よお」

適当に手を挙げて一色に挨拶すると、とっとこと一色がこちらにやってきた。何? ハム太郎なの? 確かにハムスターに似てるところあるけど。あざといところとか。

いろは「あっ、結衣先輩、雪ノ下先輩、城廻先輩もこんにちはー。今日もよろしくお願いしますねー」

結衣「やっはろー! いろはちゃん」

雪乃「こんにちは、一色さん」

めぐり「よろしくねー、一色さん」

各位がそれぞれ挨拶を済ませると、俺は机の一番端にある椅子を引いてそれに座った。

すると、隣の椅子も引かれる音がする。見れば城廻先輩が隣に座っていた。

めぐり「お隣いいかな?」

八幡「えっ、ああ、どうぞ」

若干キョドり気味(編注:がっつりキョドってました)にそう返事をすると、めぐり先輩がふふっと笑みを浮かべる。いや、ダメとは言えない質問にいい? って聞くのは本当にズルいと思うんですよね。ほらバイト中のこれやってもらっていい? とか。他の客に対応中でもなければ断れるわけねぇじゃん。

結衣「あっ……むぅ」

雪乃「由比ヶ浜さん、どうしたの?」

結衣「い、いや、なんでもないよー」

そんなズルくも眩しいめぐり先輩から目を逸らすように会議室の中をぐるっと見渡した。

向こう側の席には、今日から参戦する生徒会役員が三名座っている。えーと名前なんだったかな……思い出せないので福会長と書記とあともう一人でいいや。

そして黒板の前で一色が一人でかっかっとチョークで文字を書いている。少しは長としての風格が出てきただろうか。

ふと、違和感を覚えて横のめぐり先輩をちらっと見る。めぐり先輩は、ん? と首を傾げていた。

めぐり「どうしたの、比企谷くん」

八幡「あ、いや、城廻先輩が前に立ってないで、こっちに座ってるのがちょっと違和感あるなって」

今までにこの部屋でめぐり先輩と会議をしたことは二度ある。文化祭と体育祭だ。

そして、そのどちらもめぐり先輩の位置は黒板の前であった。それが今では俺の隣になっているのだから、違和感を覚えるのも仕方がなかろう。

めぐり「一色さんも一人前の生徒会長だからね、一人で出来るよ!」

いろは「えーそんなことないですよー。あっ、だったら先輩一緒に前でやりません?」

八幡「やらねぇっつの」

しっしと手首を振ると、一色はもーなんでですかーとぶつくさ言いつつも黒板に再び文字を書いていく。本気で言っていたわけでもあるまい。

一色はチョークを置くと、こちらの方に振り返って堂々と宣言した。

いろは「それじゃあ、バレンタインデーイベントの打ち合わせを始めたいと思いまーす」

ま、よしんば本気だったとしても今のあいつならめぐり先輩の言うとおり一人でやれるだろ。

一色いろは。彼女はこの総武高校の立派な生徒会長である。





    ×  ×  ×


いろは「じゃあ、今日はここまでにしましょー」

一色がそう言って締めると、会議室内の空気が緩んだ。

会議の進行についてはすこぶる好調で、やることについてはある程度決まってきていた。明日か明後日にはステージで何かをやりたい有志団体を募るポスターも配布することが出来るだろう。

今日から会議に参加した福会長たちも積極的に意見を出し、また他の意見を可能に出来るか色々と考えてくれた。

あまりに滞ることもなく順調に進んだので、逆に不安を覚えてしまっているほどだ。

いや、当たり前といえば当たり前なのだ。

メンバーは(俺以外)全員高いモチベーションを保っていて、どこぞの文実の時の様に人数が欠落することもない。

そもそものイベント自体の規模も文化祭や体育祭に比べればはるかに小さいものだし、やらなければいけないこともそんなに多くない。会議の話題もやらなければならないことをいかにクリアするかというところより、プラスでさらにどう盛り上げるかというところが中心であった。

いろは「じゃあ、有志団体を募集するポスター作りお願いしちゃって大丈夫ですかー?」

この集まりのトップの一色も、どこぞの誰かさん──いい加減ぶっちゃけると相模のことだが──とは違ってきちんとやることをやれる人間だ。

雪乃「イラストを新しく用意する必要がありそうね」

そして変な足手まといがいないおかげで、事務仕事に置いて最強の雪ノ下のスペックが完璧に活かせる環境だ。ちなみに現時点俺はほとんど何もしてないので、足を引っ張ることすらしてない。

そんないい感じに回っている会議室の中を眺めていると、隣にいるめぐり先輩がふふっと笑った。

めぐり「本当、いい感じだね」

八幡「ええ、順調過ぎてびっくりしてます」

今まで関わってきたイベントでは必ずと言って良いほど何かしら面倒事があったものだが、メンバーが揃っていて、モチベーションがあって、日程にも余裕があるとこんなにもスピーディに物事が運ぶのかと感じる。

……ほんと、今までがおかしかっただけだよなあ……。

いや、当たり前といえば当たり前なのだ。

メンバーは(俺以外)全員高いモチベーションを保っていて、どこぞの文実の時の様に人数が欠落することもない。

そもそものイベント自体の規模も文化祭や体育祭に比べればはるかに小さいものだし、やらなければいけないこともそんなに多くない。会議の話題もやらなければならないことをいかにクリアするかというところより、プラスでさらにどう盛り上げるかというところが中心であった。

いろは「じゃあ、有志団体を募集するポスター作りお願いしちゃって大丈夫ですかー?」

この集まりのトップの一色も、どこぞの誰かさん──いい加減ぶっちゃけると相模のことだが──とは違ってきちんとやることをやれる人間だ。

雪乃「イラストを新しく用意する必要がありそうね」

そして変な足手まといがいないおかげで、事務仕事に置いて最強の雪ノ下のスペックが完璧に活かせる環境だ。ちなみに現時点俺はほとんど何もしてないので、足を引っ張ることすらしてない。

そんないい感じに回っている会議室の中を眺めていると、隣にいるめぐり先輩がふふっと笑った。

めぐり「本当、いい感じだね」

八幡「ええ、順調過ぎてびっくりしてます」

今まで関わってきたイベントでは必ずと言って良いほど何かしら面倒事があったものだが、メンバーが揃っていて、モチベーションがあって、日程にも余裕があるとこんなにもスピーディに物事が運ぶのかと感じる。

……ほんと、今までがおかしかっただけだよなあ……。

すると、突然扉がガラッと開けられた。長くて綺麗な黒髪が、ふわっと広がる。

平塚「そろそろ下校時刻だぞー……おっ、城廻か」

めぐり「あっ、平塚先生。こんにちはー」

ノックもなく会議室に入ってきたのは平塚先生だった。雪ノ下が「ノックを……」と呟きながら、平塚先生のところへ向かった。

雪乃「ちょうど今、撤収するところです」

平塚「そうかそうか、準備は順調かね?」

雪乃「はい、今のところ全く問題ないかと」

雪ノ下がそう答えると、平塚先生はうむと満足げに頷いた。次に俺の姿を見つけると、そのままこちらにやってきた。

平塚「比企谷、君はちゃんとやっているかね」

八幡「一応、やっているつもりですけどね」

平塚「城廻、比企谷はちゃんとやっているかね」

えっ、めぐり先輩に聞きなおすの? そんなに信用ないの? だったら最初から聞かないでください。

めぐり「はい、比企谷くんはちゃんとやってくれていると思います」

おお、さすがめぐめぐめぐりん先輩! 俺はそう答えてくれるって信じてましたよ!

めぐり「でも、比企谷くんの考えた面白いアイディアがないんですよね……」

げげーっとめぐり先輩の方を振り向く。まさかの女神の裏切りに、俺は動揺を隠せない。

すると平塚先生がポンと俺の方を叩きながら笑った。

平塚「いいじゃないか、比企谷。どうせだ、君の考えたアイディアでバレンタインデーイベントを盛り上げてみたまえ」

八幡「じゃあそうですね……いっそ、このバレンタインデーイベントで婚活でもしてみればぐぼあっ!!」

言い終わる前に俺の腹にじんわりと痛みが広がる。腹を抱えながら顔を上げると、平塚先生がパキポキと指を鳴らしていた。

平塚「二度目はないぞ」

いや、一度目で腹パンかましてるじゃないですか……。

それに、相手がいなくても楽しめるイベントになるんだからありっちゃありだと思うんだけどな……。

平塚「まぁいい、時間もまだ余裕があるだろう。しっかり考えたまえ」

そういい残すと、平塚先生は一色の方へ向かってしまった。結婚を焦り始めるようになると、腹パンして謝りもせずに去っていくようになるのか……。と恨みを込めて平塚先生の背中を睨みつけていると、背中をポンポンと叩かれた。

めぐり「じゃあ比企谷くんのアイディア、楽しみにしてるねっ」

めぐり先輩のほんわか笑顔にそう言われると、さすがの俺も嫌ですとは言えない。

……この素晴らしい笑顔に応えられるような、そんなアイディアを捻り出さなきゃな。



めぐめぐ☆ふぁいあーエンドレスナイッ!!

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


うん、全く思いつかない。

めぐり先輩にアイディアを出せと言われてから二日後の放課後、俺は会議室の机に突っ伏しながらぷすぷすと頭から煙を出していた。

今日はもう金曜日で、バレンタインデーまではあと丁度一週間である。

会議の進行そのものはすこぶる順調なままで、現時点では問題もイレギュラーな自体も発生していない。

ステージで何かをやろうという有志団体も現時点でそこそこの人数が集まっており、このまま行けば何事もなくイベントを進めることが出来るだろう。

場所は体育館を使用するのだが、普段の授業や部活動でも使用するために体育館の飾り付けやイベントのための云々をやるのはイベント前日の木曜日の放課後になっている。

イベント一週間前の現時点で残りのやるべきことはほとんど残っていなかった。

ただ、俺個人にはまだやることが残っている。

それが、めぐり先輩による「比企谷くんの考えた盛り上げる何か」を考えることである。

とは言っても、それが全く思いつかなくて結構本気で焦っている。あ、あれー? おかしいな……。なんか二日前めぐり先輩に楽しみにしてるねって言われたときはなんでも思いつくような気がしてたんだけど……。

そもそもバレンタインデーイベントなんてリア充共が適当に乳繰り合っているだけだろうに、それを盛り上げる方法など俺から生まれるわけもない。台無しにする方法ならいくらでも思いつくんだけどな……。

あーでもないこーでもないと頭の中で色々考えていると、コンコンと扉を叩かれる音がした。一色がどーぞーと声を掛けると、ガラッと扉が開かれた。

葉山「失礼します」

一色「わっ、葉山先輩! こんにちはー!」

なんかイケメンオーラを溢れ出している奴が入ってきたと思ったら、案の定葉山隼人だった。一色がすぐにそちらに駆け寄る。

一色「どうしたんですかー?」

葉山「やぁ、いろは。有志の団体書類を出しにきたんだ」

爽やかにそう言いながら一枚のプリントを一色に手渡す。

有志ってことはあれか、三浦たちとのバンドのやつか。ということは、葉山は三浦の誘いを受けてくれたのだろう。良かったな三浦。

葉山と一色のやり取りをなんとなく眺めていると、ふと振り返った葉山と目が合う。するとそのまま葉山は何故か俺の近くに寄ってきた。

葉山「調子はどうだい」

八幡「良いんじゃねぇの、良過ぎてやることがねぇ」

そっけなくそう返すと、葉山はそうかと軽く笑いながら襟足をかきあげる。こういったさりげない仕草ですら絵になるのだからイケメンは本当にズルい。世の中は不平等に出来ている。

葉山「そういう割には、随分と浮かない顔をしてるな」

八幡「気にすんな、いつもこんなんだ」

葉山「それもそうか」

納得されてしまった。いや自分で言っておいてなんだが、葉山にそう一瞬で納得されると我ながら悲しくなるな……。

八幡「……また三浦たちとバンドでもやんのか」

悲しみを誤魔化すように適当にそう言うと、葉山はああと頷く。

葉山「最後に何かいい思い出を残したいと思ってね」

八幡「最後?」

その単語に引っ掛かりを覚えて反射的に聞き返すと、葉山は一瞬驚いたような表情になった。しかしすぐにいつもの笑みを浮かべて俺の顔を見る。

葉山「あ、いや、二年生最後のイベントって意味さ。バレンタインデーイベントの後には期末試験があるし、それが終わったらもう終業式だろ」

八幡「……そうか」

どこか葉山からは何かを有耶無耶にしたいような印象を受けたが、そこにあえて突っ込むほど興味もないので短くそう答えた。実際このバレンタインデーイベントは三年生の最後のお祭りというだけでなく、二年生や一年生にとっても年度最後のお祭りのようなものだ。

葉山「前回、君は俺たちの演奏を見てなかっただろ。今回は見てくれると嬉しいけどな」

八幡「……ま、今回もどこぞの委員長が消えていなくなったりしなけりゃな」

去年の文化祭のことを思い返しながら、そう皮肉を返す。それに連なって、その後の屋上での葉山とのやり取りも思い出した。そうは言ったがさすがに今回もそのようなことがあるとは思えないし、もし一色がいなくなったとしても俺捜さねぇし。

葉山もそのことを思い出したのか、苦笑する。

葉山「ま、まぁ、そうだな……。じゃあ頑張ってくれ」

そう言って葉山は俺に背を向けて、会議室を後にしようとする。その時、その先の扉が開かれて会議室にほんわかオーラが溢れ出しているお方が入ってきた。案の定、城廻めぐり先輩であった。

そのめぐり先輩が葉山に気が付くと、ぺこっと軽くおじきした。そういえば一応文化祭の時の文実でもちょこちょこ顔を合わせてたな。

めぐり「あっ、葉山くん。こんにちはー」

葉山「どうも、城廻先輩。お久しぶりです」

葉山もそれに合わせて挨拶を返した。めぐり先輩がふふっと笑う。

めぐり「葉山くんは有志団体の申し込み?」

葉山「はい、そうです。今回もバンドをやろうと思いまして」

めぐり「前もすごかったもんねー、今回も頑張ってね」

めぐり先輩はそう葉山に言った後、次に俺の方にくるっと顔を向けてきた。ほんわかとした笑顔を向けられたおかげで、つい俺の表情も緩む。

めぐり「比企谷くんも、何かアイディア思いついた?」

八幡「いや、それがまったく」

やや心苦しく思いながらも、めぐり先輩に対してそう返事をする。事実だし。すると葉山がアイディア? と口を挟んできた。お前なんでまだいんだよ俺はめぐり先輩とサシで話し合いたいの早く帰れ。

めぐり「うん、比企谷くんにはね、イベントを盛り上げるためのアイディア出しを頼んでたの」

葉山「ああ、だからさっきまで浮かない顔をしていたのか……」

うるせぇ、同情するならアイディアをくれ。

そう心の中で悪態をつくと、ふと本当に葉山からアイディアを貰った方がいいんじゃないかという発想に行き着いた。

バレンタインデーイベントは強制参加ではないため、必然的に参加する面子はこういうイケイケ系が中心になる。ならば、そのイケイケ系の筆頭とも言える葉山の意見を聞くというのは悪くない考えだろう。

顔を上げて、葉山の顔を見た。

八幡「葉山は去年のイベントに出てたんだろ、何かやったら盛り上がりそうなことって思いつかないか?」

葉山「そこで俺に振るのか……」

苦笑しながらも、葉山は顎に手をつきながら思考し始める。しかしすぐに首を横に振った。

葉山「いや、俺には思いつかないな」

八幡「本当かよ、頼むよお前だけが頼りだ」

葉山「こんなところで頼られてもな……」

一瞬、葉山の顔に陰が差したような気がした。しかし俺が何かを言う前に再び笑顔を浮かべながら口を開いた。

葉山「なら、またどこかに出掛けて取材してくるとかどうかな? ほら、クリスマスの時みたいにさ」

八幡「取材か……」

葉山の言葉で、去年ディスティニーランドに行った時のことを思い出した。確かに、どこかから刺激を受けてそこからアイディアを出すというのは一つの手だろう。

問題は俺がどこにも出掛けるつもりがないことくらいだが……休日に外とか出たくねぇし。とそこで、めぐり先輩がぽんっと手を打った。

めぐり「それはいいかもだね。あっ、じゃあ比企谷くん、明日一緒にお出掛けしよう!」

八幡「ファッ!?」

思わず変な声が漏れた。えっ、これってまさかデートのお誘いってやつですか!?

先週の日曜日といい、まさかの二週連続でのめぐり先輩とのお出掛けである。

これはもう天命がめぐりんルートに突っ切っちゃえというお告げを出しているのかと感じていると、めぐり先輩がさらに言葉を続けた。

めぐり「ほら、一色さんとか雪ノ下さん達も呼んでさ」

八幡「あっ…………そうですね」

一体いつから──めぐり先輩と二人きりで出掛けると錯覚していた?

……イ、イヤダナー、めぐり先輩と二人きりで出掛けるだなんて思ってたわけないじゃないですかー。アイディア出しのための取材なんだから他の面子もいたって当然じゃないですかー。

めぐり「じゃあ、他のみんなも誘ってみるね!」

そうほんわか笑顔で言い残すと、ぱたぱたと一色たちの方へ向かってしまった。後には、俺と葉山が残される。

八幡「……」

葉山「ははっ……じゃ、頑張ってくれ」

その葉山も苦笑しながらそう言って今度こそ会議室を後にした。それを見届けると、俺はふうとため息をつく。

めぐり先輩が一色たちと話しているのを遠くから眺めながら、めぐり先輩について思考を巡らせる。

あの先輩は本当に優しい先輩だ。俺なんかにも分け隔てなく接してくれるし、きっとそれがいつものことなのだろう。

だがそんなありふれた優しさでも、俺みたいな馬鹿に勝手に期待させてしまうには十分過ぎるから困る。

今までにも散々勘違い故に痛い目にはあってきただろうと、強く自分を戒めてきた。

そんな俺が作り上げてきた防壁ですら、めぐり先輩の笑顔は簡単に乗り越えてくるから恐ろしい。

やっぱめぐり先輩ってパねぇわ……と、もう一度大きなため息を吐きながら、めぐり先輩のほんわかした笑顔を眺めた。



めっぐめっぐりーん

それでは書き溜めしてから、また来ます。



     ×  ×  ×


一夜明けて、土曜日の朝。

今日は葉山の考案、めぐり先輩の誘いによって、バレンタインデーイベントを盛り上げるためのヒントを得るために出掛けることになっている。

どこに出掛けるかなどは、めぐり先輩に一任してある。

なお、その肝心のめぐり先輩との連絡手段がなかったため、今日の面子の一人の由比ヶ浜に今日の予定をメールで教えてもらった。

小町「あれ、お兄ちゃんどっか出掛けるの?」

着替えてからリビングに向かうと、首を傾げた小町にそう聞かれた。その瞳はえらく不思議そうにしており、休日のこの時間にお兄ちゃんが出掛けるなんておかしいと雄弁に語っていた。

そんなに俺が休日に出掛けるのが珍しいかと、顔を小町の方に向けた。

八幡「ああ、だから昼は要らん」

小町「へー、誰と出掛けるの? 雪乃さん? 結衣さん?」

八幡「なんで真っ先にその二人が出るんだよ……」

他にもいるだろ、ほら戸塚とか、戸塚とか、あと戸塚とかさぁ……。材木座? 誰それ? 食えんの?

小町はふふーんと笑うと、てこてことこちらに近寄ってきた。

小町「お兄ちゃんがデートに出掛けるなんて、小町はとっても感動しているのです」

八幡「いや、デートじゃねぇし」

小町「で、どっちとデートに行くの? ほらほらYou言っちゃいなYO!!」

八幡「だからデートじゃねぇっつってんだろ……うぜぇ」

まるで酔っぱらったおじさんのようにウザ絡みをしながらこのこの~と体当たりをしてくる小町を手で押さえつけながら、はぁと大きなため息が出た。お前はどこのジャニーズ事務所の社長だ。

八幡「雪ノ下も由比ヶ浜もいるんだよ、そもそも二人きりじゃねぇ」

小町「は……?」

そういうと、小町の表情が一瞬凍りつく。

しかしすぐにハッと顔をあげると、今度は目を手でごしごしとこすって今度は芝居がかった泣き真似を始めた。目元にきらりと何かが光る。

小町「そっか……お兄ちゃん、二人ともを選んだんだね……。二股かもしれないけど、小町は応援してるよ……あれっ、涙が」

八幡「うっぜぇ……」

再び大きなため息をつきながら、まだ下手な泣き真似をしている小町に顔を向けた。

八幡「あのだな、今日は他にも面子がいるし、あくまで学校行事のためのリサーチみてぇなもんだ」

小町「他に? 誰がいるの? 戸塚さん?」

おお、ようやく戸塚の名前が出てきたか。出来れば一番初めにそれを思いついて欲しかった。

もちろん戸塚にも声を掛けたのだが、残念ながら土曜日の今日もテニス部の練習があるとかで断られてしまった。やっぱ俺テニス部のマネージャーとかになった方がいいんじゃない? 休日にも戸塚に会えるし。

八幡「いや、残念だが戸塚はいない。一色っていう前に言った現生徒会長と、城廻先輩っていう前生徒会長を含めて全部で五人だ」

小町「お兄ちゃんが五人で出掛ける方が、雪乃さんか結衣さんとデートするより信じられないんだけど……」

それな。

実際めぐり先輩に誘われてなかったら、間違いなく出掛けていなかっただろう。

俺なんかを自然と面子に含めてくれためぐり先輩の器の広さたるや、まるでQVCマリンフィールドの如くである。いや、その例えはどうなの俺。あっ、現在コラボ中なので是非グッズとか買ってくださいね。オンラインショップもあるぞ!

小町「で、その一色さんと城廻さんっていう人たちはどっちなの」

八幡「どっちって、なにがどっちだよ」

小町「性別だよ! 男の人? それとも女の人?」

八幡「いや、どっちも女だけど……」

小町「ハーレム!!」

小町の顔がぱあっと明るく光り、両手をぐっと胸元で握った。

小町「いきなり女の人を四人もたらし込むなんて、なかなか出来ることじゃないよ! さすがお兄ちゃん!」

八幡「俺はどこの劣等生のお兄様だ……」

こいつの頭の中と耳だけはえらくご都合主義みたいだが。

言うまでもなくあの四人ともが俺とそういう関係ではないし、そうなることもあり得ない。ていうか、本当になんで俺が混じってるんだろうね。バグ? 確かにめぐり先輩の可愛らしさは世界に混じったバグのようなものだが。

小町「で、その二人って可愛い? お義姉ちゃん候補に加えられるかな?」

八幡「いいから、お前はそろそろ勉強に戻れ」

追い払うようにしっしっと手を振った。小町はえーと明らかに不満を顔に浮かべている。

しかし、現時点で二月八日。小町の受験まであと幾ばくもない。こんなところで油を売っているわけにはいかないはず。

もしも受験云々がなかったのならまず初めに小町にバレンタインデーイベントの件で相談をしにいっていたのだが、そうしなかったのにはそういう事情があるからなのだ。

さすがにこの差し迫った時期に、変な面倒事を受験生相手に持ち込むわけにもいかないだろう。

八幡「なんか土産くらいは買ってきてやるから」

小町「あっ、じゃあプリンがいい」

八幡「へいへい」

そう言って、俺はリビングを後にしようとする。しかしその俺の背中に再び小町の声が投げかけられた。

小町「お兄ちゃーん」

八幡「……んだよ」

小町「一人くらいお持ち帰りしてきてもいいんだよー」

おい、お前どっからその言葉知ったんだ。




        ×  ×  ×


休日の千葉駅前は、人で活気付いている。

空は雲がほとんどない快晴であったが、空気はひんやりとしていた。

この千葉駅東口前がめぐり先輩が指定した待ち合わせなのだと、昨日由比ヶ浜から送られてきたメールには書かれていた。

コートのポケットから携帯を取り出して時間を確認してみると九時四十分。

集合時間は十時なので、正直に言ってかなり早めに来てしまった感はある。

もし遅れでもしたら女性陣になんて言われるか分からなかったので念のために早めに来てみたのだが、まだ誰の姿も見えない。

早めに来ても寒さに身を震わせる羽目になるだけだし、これはミスだったかもしれない。

寒さをしのぐために、近くにあるコンビニで雑誌でも読んで時間を潰そうかなんて考えていると、人並みの中にほんわかオーラを纏った人を発見した。

その人も俺の姿に気づくと、手を振りながらててっと小走りで寄ってくる。俺もそれに軽く頭を下げて挨拶をした。

そのほんわかオーラの持ち主はやはり城廻めぐりであった。今回のお出掛けの企画人である。

俺の側に立つと、にこりと微笑みを向けてくる。それだけで俺の心がめぐりっしゅされてめぐりんマジめぐりんって感じがしました。

めぐり「おはよう、比企谷くん」

八幡「ども、おはようございます、城廻先輩」

ふと、何かに違和感を覚えてめぐり先輩のことを見直してみる。

ああ、何かが違うと思ったら、今日のめぐり先輩は私服なのか。いつも見ている姿は制服かそれの上にコートを着ている姿が大半だから、いつもと印象が違うのだ。

とはいえ一応めぐり先輩の私服は先週も見てはいるのだが……まさか二週連続で見ることになるとは、先週の俺には予想も出来なかった。

めぐり「どうしたの、比企谷くん?」

八幡「あっ」

思ったより長い間じろじろと見てしまっていたのか、めぐり先輩が訝しげに俺の顔を覗き込んできた。

しまった、思わず見惚れてしまっていた……。めぐり先輩の魅了のオーラは本当に男の目線を引き付けてやみませんね、さっきから通り過ぎる野郎共の視線もちょこちょこ感じるし。『なんであんな目の腐った奴が、あんな美人さんと一緒にいるんだ』って感じの。

八幡「いや、可愛らしいなって、つい……。あっ」

めぐり「えっ、比企谷くん!? か、可愛らしいって……」

何言ってんだ俺は!!

つい本音が漏れてしまい、すぐに自分の口を閉じる。

そのめぐり先輩といえば、明るい太陽がコンクリートに反射したのが当たっているせいなのか、どこか顔を朱色に染めて、顔をぷいっとそむけてしまった。

とんだ失言だ。めぐり先輩も俺なんかに褒めてられても気分がいいわけがあるまい。

なんとか誤魔化そうと、言葉を捜す。頼むっ、戸部! 今だけお前のなんか適当に合わせるスキルを俺に貸してくれっ!!

八幡「あっ、いや、そのまぁ、ししし、城廻先輩の私服とか、見るの珍しいですし……き、気分を悪くされたらすんません」

めちゃくちゃキョドってしまった。おのれ戸部。なんもかんも戸部が悪い。全部戸部のせいだ。

しかしめぐり先輩はあははと苦笑しながら、顔をあげて俺の方を向いてくれた。微妙に耳まで赤くしているような気がしたが、もしかしたらお前なんかに褒められても嬉しくないんじゃボケェと怒り心頭なのかもしれない。マジかよめぐり先輩がそんな腹黒かったら俺は一体誰を信用して生きていけばいいんだ。

めぐり「あはは……べ、別に嫌だったってわけじゃ……」

小さい声で何かを呟いたような気がしたが、それはあまりにか細く、この駅前の騒音の前にかき消されてしまった。

それきり俯いてしまい、俺たちの間に気まずい沈黙が舞い降りる。

くっ、こんな時葉山ならなんて声を掛けてやるんだ……。何か気の利いた言葉でも掛けてやれればいいのだが、対女性コミュニケーション能力皆無のこの俺では全く想像も付かん。

仕方が無い……いっちょここらで、渾身の土下座というものを見せてやる時がきたようだ。

膝を地面につけようとしたその時、俺の背中がぽんっと叩かれた。

振り返ってみると、一色いろはがにっこにっこにーと笑みを浮かべていた。

いろは「おはようございますー先輩、城廻先輩」

八幡「お、おう」

めぐり「あ……一色さん、お、おはよう」

いろは「……どうかしたんですか?」

俺たちの雰囲気に何か違和感を覚えたのか、ジト目で俺の顔を見つめてきた。まるでこの空気を作った犯人が俺だと分かっているようだ。はい、その通りでございます。

だが、さすがに先ほどの流れを説明するのは率直に言って嫌だ。俺は咳払いをしながらなんでもねーよとだけ返した。

しかし一色はそれだけでは納得してくれず、ねー何があったんですかーと俺の肩を掴んでぐわんぐわんと揺さぶった。やめろ。酔う。吐く。

八幡「だーっ、やめろ離せ一色」

いろは「えーっ」

めぐり「い、一色さん、なんでもないから……」

肩を掴む一色の手を無理矢理引き剥がすと、ぶーぶーと文句を垂れながらもようやく追求をやめてくれた。

そういうしているうちに、由比ヶ浜を右腕にくっつけたままの雪ノ下がやってきたので、なんとか誤魔化すことに成功した。助かった……。

それにしてもあれですね、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、君たち本当に仲良いね? まさか外でもゆるゆりしてくるとは思いませんでしたよ。そのやり取りを見てるとなんだかぼくの心もぽかぽかしてきました。

もしかして実はめぐり先輩も百合で、めっぐりーん! はーい! めぐゆり、はっじまっるよー! とかならないですよねとチラッと様子を窺ってみると、もうすっかり普通に由比ヶ浜たちと挨拶をしていた。

先ほどまでの気まずい空気はどこかに消え、たちまち騒がしい雰囲気に塗り替えられた。ちなみに騒がしさの四割が由比ヶ浜で四割が一色、残りの二割を雪ノ下とめぐり先輩で折半していて、俺はその騒がしさに一厘足りとも貢献していない。

その由比ヶ浜が俺の姿にも気づくと、手を挙げて近寄ってきた。雪ノ下もそれに続く。

結衣「おはよう、ヒッキー!」

雪乃「おはよう、比企谷くん」

八幡「よう」

俺も短く挨拶を返すと、めぐり先輩がぱんと手を叩いて俺たちを見渡した。

めぐり「じゃ、移動しよっか! まずはあそこのショッピングモールから行こうと思います!」

結衣「そういえば、今なんかバレンタインデー特集みたいなのやってるって聞きました!」

いろは「えーっ、ほんとですかー!」

ざわざわと女性陣が移動し始めたので、俺も少し離れてその集団についていく。

その女性陣、雪ノ下、由比ヶ浜、一色、めぐり先輩らの背中を見て。ふと小町の言葉を思い出す。

ハーレム、だったか。

だが、例え集団の女性比率が高かろうとも俺のやることはいつもと変わりない。

いつも通り存在感を消して、空気と一体化することだ。


めっぐりーん

それでは書き溜めしてから、また来ます。

>>141
おう、11巻発売延期したけどどうすんだ
多少ペース落とすか内容増やしてもええんやで



   ×  ×  ×


結衣「あっ、これ超可愛くない!?」

いろは「これとかも、ちょーよさそうじゃないですかー?」

千葉駅からそのままやってきた、とあるショッピングモール。

バレンタインデー関係の広告や飾りがあちこちに並んでおり、あなたの大切な人に贈り物はどうですか。などと書かれている。

土曜日だからか学校帰りにたまに寄る時に比べて活気に満ちている店内の中でも、女子同士のお買い物というものはかしましいものらしく、その中でも由比ヶ浜と一色が一段と楽しそうにあちこちの商品を眺めていた。

結衣「ほら、これとかゆきのんに超似合うって!」

雪乃「えっ、その、由比ヶ浜さん?」

いろは「えー、でも雪ノ下先輩にならこっちもよくないですかー?」

雪乃「あの、一色さん?」

めぐり「あはは、雪ノ下さん、こういうの似合いそうじゃないかなぁ?」

結衣「あっそれ超似合いそうですね!」

雪乃「城廻先輩まで……」

そんな女性陣の盛り上がりを、俺は三歩くらい離れた場所から遠巻きに眺めていた。いやー、でかいショッピングモールはぼっちでいても人ゴミに紛れるからなー、別にぼっちでいても目立たないから嬉しいなー。

当然、あんな女子女子してる中に葉山レベルのコミュ力を持っているわけでもない俺が入っていけるわけもない。

ここにやってきてわずか三分、早くも時代に取り残されている俺であった。

結衣「ゆきのんゆきのん、これとかどう?」

いろは「雪ノ下先輩、これとか超いけそうじゃないですかー?」

めぐり「雪ノ下さん、こっちもどうかな?」

雪乃「あ、あの、三人共……今日はバレンタインデーのイベントの参考になるものを見に来たのだと聞いたのだけれど……」

で、そのうち由比ヶ浜たち三人はあれこれ服や装飾品を見ては雪ノ下に似合うかどうかを競い合っていた。その当の雪ノ下はというと、あたふたするばかりでどう反応していいのか分かっていなさそうだ。

いや、楽しそうなのはなによりなんですけど、今日ってバレンタインデーイベントの参考探しに来たんだよね?雪ノ下着せ替え人形化計画のために来たんじゃないよね?

とはいえ、俺があんな楽しそうにしている女性陣の間に水を差すわけにもいかないので、そのやり取りを遠巻きに見守ることにした。

雪乃「あ、あの……ひ、比企谷くん……」

いろは「いやー、雪ノ下先輩ってすっごいこういうのやりがいがあるっていうかー。ちょっと嫉妬しちゃいますけど、まぁ楽しいんでいいです」

雪乃「い、一色さん、ちょっと待っ……!?」

途中、雪ノ下から助けを求めるような目線を向けられたような気がしたが、すぐに一色にまたなんか服を押し付けられていた。もうすっかり着せ替え人形である。

そのまま一色が雪ノ下の手を引き、試着のためか更衣室の方に行ってしまった。あれ、本当に今日の目的忘れてないよね……?

若干不安になりながらそれを見送ると、由比ヶ浜とめぐり先輩がこっちの方にやってきた。

結衣「ほらほら、ヒッキーもこっち来てよ」

八幡「やめてくれよ……」

どうやったって女子四人、男子一人という構図では俺が気後れしてしまう。戸塚でもいるならともかく。

めぐり「ほら、ここの店メンズもあるから。比企谷くんの服も見てあげようか?」

八幡「い、いやぁ、大丈夫です」

めぐり先輩の提案を即座に、そして丁重にお断りする。先ほどの雪ノ下のような目に合いたいわけでもないし。

しかしそれを聞いた由比ヶ浜が目を輝かせながら、うんうんと力強く頷いていた。

結衣「あっ、それいいですね! ヒッキー、見に行こう!」

八幡「や、勘弁してもらいたいんだけど……」

めぐり「比企谷くん……ダメかな?」

八幡「うっ」

めぐり先輩に上目遣いをされながら、おねだりをするように言われると真っ向からは断りづらい。

あのですね、お姉さんキャラの上目遣いっていうのは最終決戦兵器な訳で、そうポンポン使うのはやめてください俺が死にます。

結衣「ほら、行くよヒッキー!」

八幡「あっ、おい!」

めぐり先輩の上目遣いの前に少しの間固まっていると、由比ヶ浜にコートの袖を引っ張られてしまった。振り払うのも憚れたので、そのまま店内の奥のほうに連れて行かれる。

ちらっと助けを求める意味でめぐり先輩の方を見ると、うふふとほんわか笑顔を顔に浮かべているだけであった。

めぐり「男子の服を見るのって初めてだから、ちょっと新鮮だなー」

えっ、めぐり先輩の初めて? 今初めてって言ったよね?

結衣「ほら、ヒッキーは服さえちゃんとしてればそれなりにちゃんと見えるんだから、真面目に選ばないとね!」

八幡「お前は俺のお母さんか……」

どこか妙に所帯染みていたりと、由比ヶ浜にはお母さんっぽい一面を覗かせるところがある。いや、こんなアホな奴がお母さんだったら息子が苦労しそうだなぁ……。主に料理面で。

めぐり「うーん、比企谷くんにはどんな服が似合うかなー?」

一方でめぐり先輩は服の並んでいる棚を見ながら、うんうんと唸っている。その悩んでいる姿も非常に可愛らしく、是非そのまま眺めていたいところだが、何が問題かってそれは何故か俺の服選びなのである。

どうやって阻止したものかと考えていると、つやつやとしている一色とどこか疲れた顔をしている雪ノ下がこちらにやってきた。ああ、雪ノ下さん、一色さんにキズモノにされてしまったんですね……。

いろは「何してるんですかー?」

結衣「あっ、いろはちゃん。今ね、ヒッキーの服を選ぼうってことになって」

八幡「あっ、馬鹿」

よりによって、こういうのに関わらせると一番めんどくさそうな奴に言うなよ!

見れば、案の定一色の目が興味深そうに見開かれている。俺の顔を見ると、なるほどーと頷いた。

いろは「なるほど、先輩の……面白そうですね、じゃあわたしもなんか選んでこよーっと」

八幡「いや、その、マジでやめてほしいんだけど……」

ちらっと懇願の目線を雪ノ下に向けると、その雪ノ下もどこか加虐的な笑みを浮かべていた。

雪乃「比企谷くんの……いいわ、私も何か見繕ってこようかしら」

八幡「や、そういうのいいんだけど」

雪乃「あなただって、さっき助けてくれなかったじゃない」

そう言って、雪ノ下はぷいっとそっぽを向いてしまった。

確かにそれを言われると厳しい。確かに、先ほど一色に連れ去られるのを見捨てたのは事実だし。

雪乃「あなたに似合う服を探すのは大変そうだけれど、なんとか一番マトモそうなものを見つけてみせるわ」

別に見つけなくていいんだけど、なんならそのまま帰ってもいいんだけどと思ったが、見れば雪ノ下の顔は燃えているように見える。だからさ、別にこれ勝負とかじゃないから。負けん気をこんなところで発揮しなくていいから。

雪ノ下がその場を去ったのと同時に、めぐり先輩が服を抱えて戻ってきた。

めぐり「お待たせ、比企谷くん」

いやーお姉さんのお待たせって台詞って何気に破壊力高いなー。これが陽乃さんだったら顔を引きつらせるところなんだが。

めぐり「じゃ、着替えてみよっか」

八幡「あ、あの、城廻先輩?」

思わずそんなことを考えていると、めぐり先輩から逃げ出す機会を失ってしまった。結局そのままズルズルと更衣室に入れられ、しばし女性陣の着せ替え人形にさせられる羽目になったのであった。

や、その。なんだ。何を着ても「その腐った目が邪魔ね……」とか抜かすのは本気で傷付くからやめようね。誰とは言わないけど。誰ノ下さんとは言わないけど。


>>148
うっおマジですか……残念。
でもこのスレを抱えているのという都合と、あとどう見ても胃がキリキリしそうな11巻のあらすじを見る限り、ほんのちょっとだけ延期嬉しい……。

まぁそういうことなら、ということで大幅加筆を予定していますので、もう少々お付き合いいただけたらなと思います。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



    ×  ×  ×


雪乃「おかしいわ、ファッションに問題はなかったはずなのだけれど」

八幡「おい、まだ引っ張るのかよ……」

俺を着せ替え人形にし終わった後、昼食をとり(女性四人に囲まれて食べるのはなんとも肩身が狭かった)、その後ショッピングモール内のバレンタインデー特集なるものをやっている広場にやってきた。

かなり大きいスペースが広がっており、その中では様々なチョコや飾り、ラッピング用品などが大量に並んでいる。

当然バレンイタンデーというだけあって、この広場にいる人のほとんどが女性である。正直男の俺は入りづらいことこの上ないのだが、一応仕事の取材ということなので帰るわけにもいかない。帰りたい。

しかし、このブースの基本はバレンタイン系グッズの販売である。これを眺めて、一体何をイベントに活かせというのだろうか。

いろは「あっ、あれ見てください、あの飾りつけとかちょっと真似出来そうじゃないですか?」

雪乃「体育館の飾りつけは木曜の放課後からでしょう、間に合うかしら」

めぐり「事前に作って生徒会室に置いて、木曜日に持っていくのもありかもね」

結衣「ここで何か飾りつけ用の材料とか買ってもいいのかな?」

いろは「はい、きちんと経費出るそうなので、ここで買っていっても大丈夫ですー」

と思っていたのは俺だけで、他の女性陣はちゃんとイベントに使えそうなものをしっかりと見ているようだ。

なるほど。体育館の飾りつけなど、そういう視点からここで学べることもあるのか。

去年のイベントの様子の写真を見た限りだが、体育館の飾りつけはあるにはあったものの割と簡素なものだったはずだ。

クリスマスの時のようにそれが小学生や保育児の作った物というのであれば、まだチープさも武器に出来ただろう。だが、さすがに高校生のイベントともなると適当すぎるのはあまり受け付けられないかもしれない

だからと言って、文化祭の時のように準備に長い時間を取れるわけじゃない。となれば、既製品を買ってそれを多少改造して使うというのは確かにいいアイディアだ。

八幡「一色、予算はどんくらいあるんだ」

いろは「まーぼちぼちですね。でも、さすがに体育館全体に飾りつけるのほどの量を買うのは難しそうです」

雪乃「なら、ステージと入り口周りに集中させるべきかしら」

めぐり「じゃあ、会場の壁には一年間のイベントの写真を貼るのはどうかな?」

結衣「あっ、それいいですね!」

雪乃「卒業式で使う写真との兼ね合いも考える必要がありますね、先生に一度相談を──」

会議室でもないのに、意外にポンポンと案が出てくる。実際にこういうイベントに足を運びに来たのは正解だったかもな。

他の面々とバレンタインデーのブースを見回りながら、イベントに活かせそうなものを捜す。

雪乃「……あれは、パンさん……!?」

結衣「あ、ゆきのん待ってー!」

その途中、雪ノ下が何かを見つけるとそれに向かってまっしぐらに雪ノ下が突撃してしまった。それを由比ヶ浜が追う。

一体何を見つけたんだと雪ノ下の向かった先を見てみると、そこにはパンさんを含むディスティニーランドのコーナーが広がっていた。ああ、なるほどね……。

別に俺はここで商品のチョコなどを見ても仕方がないので、向こうに行ってしまった雪ノ下たちを見届けると、また周りに目をやった。

俺が見るのは、例えばこのスペースで使われている飾りとかだ。バルーンとか、ポスターとか。この中で学校のイベントにも流用出来そうなものを捜し、そしてそれは本当に実行できるか脳内で考え直す。

まさか自分がこんなものを提供する側になるとは思わなかったなと、やや自虐的な考えになりながらブースを眺めていると、ちょこちょことコートの袖を引かれた。

振り返ってみれば、めぐり先輩がこちらを見ている。

八幡「城廻先輩、どうしたんですか?」

めぐり「ほら、比企谷くんにもチョコあげるって言ったけど、どういうのがいいかなぁって」

八幡「はい!?」

言われて、そういえば前にめぐり先輩がチョコ持ってきてあげるねなんてことを言っていたことを思い返す。

そういえばそんなこともあったな。その場の社交辞令だと思っていたから、すっかり忘れていた。

あれ本気で言ってたのか、めぐりんやっぱマジ天使かよ……と思いながら、周りに陳列しているチョコの棚をぐるっと眺めた。

八幡「まぁ甘いの好きなんで、チョコなら大体なんでも食えますよ」

めぐり「甘いのがいいんだね、分かった!」

そう答えると、めぐり先輩があはっとほんわか笑顔を浮かべる。

瞬間、周りの空気もほんわかとしてきた気がした。笑顔を浮かべるだけで空気まで変えるとか、めぐりんマジ天使。

いろは「へー、先輩って甘いの好きなんですねー」

俺とめぐり先輩の話を聞いていたのか、横から一色がぴょこっと湧き出てきた。なにやら興味深そうに至近距離から俺の顔を見つめている。

ちょっと一色さん近くないですかね、と身体を軽く引くと、一色が少し不満そうな顔になった。

いろは「この前のデートだとこってりしてたラーメン食べてましたし、こういう甘いの苦手なんだと思ってましたよ」

八幡「いや、甘いのは結構好きだぞ」

特にマックスコーヒーとか大好き。そのマックスコーヒーの味のチョコが普通に売っていればそれが最高なのだが、あれ市原サービスエリア限定で、しかも下りでしか売ってないんだよな……。

普通に一般販売してくれれば試験勉強の合間にでも食べるんだけどなと思っていると、一色の横にいるめぐり先輩もぴょこっと身を乗り出してきた。

めぐり「へぇ、一色さんって比企谷くんとデートしたことあるんだ」

いろは「そうなんですよー、この前先輩とデートしたんですよー、ねぇ先輩?」

ですよね? みたいな顔で俺の顔を見られても困る。いや、確かにしたんだけど、堂々とこいつとデートしたんですよーとか俺答えられないからね? いやだって恥ずかしいし。

すると、めぐり先輩がほんわかした笑顔を浮かべたまま俺の方に振り向いた。

めぐり「比企谷くんはモテモテだねー」

八幡「いや、そんなんじゃないんですけどね……」

あれはデートっていうか、葉山へのアプローチのために他のライバルと差をつけるための云々ってやつだったと思うが。ほら、安パイが伏兵だどうのこうのって言ってたあれ。

しかしそう否定すると、今度は一色が俺の顔を振り向きながら、キッと睨み付けてきた。

いろは「でも先輩、先週は城廻先輩とデートしてましたよねー?」

八幡「だから、あれもそういうのとは違うって説明しただろ」

そう言われて先週のめぐり先輩とのお出かけを思い出した。しかし、あれもデートと呼ぶかというとかなり怪しい。

あくまで、たまたま俺が突っ立ってたらナンパ師からの手助けになっただけで、その後のお礼云々と後になし崩し的に色々見て回っただけなのだから。

一応その辺りの下りは前に追求された時にしつこいくらいに説明したはずなのだが、一色はあざとく頬を膨らませると、むーっと俺の顔を睨み付けてきた。

いろは「でも、ほらプリクラとか撮ってましたし」

八幡「……まぁ、それはそうなんだが」

プリクラ撮っただけでデートって呼ぶのかなぁ……。しかし、例えば葉山が他の女子とプリクラを撮っていて「いや、デートじゃないよ」とか笑いかけてきたら[ピーーー]と思うし、もしかして先週のめぐり先輩とのあれはデートと呼んでもいいのか……?

いや待て、その理論でいくと俺は戸塚ともプリクラを撮りにいったことがある。ということは戸塚ともデートしたことがあると言えるのではないでしょうか。うん、いい響きだデート。あの時は約一名紛れ込んでいた気がするが、そっちの記憶はデリートしたい。

いろは「だから先輩、わたしともプリクラ撮りましょうよー」

八幡「やだ」

いろは「即答!?」

なんでそこでだからになるのか分からないし、そもそも女子とプリクラとかSAN値削れるからあんまりやりたくない。

一色がなんでですかーと俺の腕を取ってぶんぶんと振り回していると、その光景が微笑ましかったのかめぐり先輩があははと笑った。

めぐり「じゃあ、この後みんなでプリクラ行こうか」

結衣「プリクラですか、いいですね行きましょうよ! ほら、ゆきのんも!」

雪乃「別に私は……」

いつの間にか戻ってきていた由比ヶ浜と雪ノ下まで会話に加わっていた。由比ヶ浜が雪ノ下になんとかしてプリクラに参加させようと、必死にお願いをしている姿がなんとも微笑ましい。ところで雪ノ下さん、その手に紙袋を持っているということは、やっぱりあのパンさんチョコ買ったんですね……。

しかしめぐり先輩、そのみんなにまさか俺を入れていませんか? さすがにこの面子で一緒に撮るとか、俺には耐えられそうにないんですけど……。

葉山だったらこんな状況でも爽やかイケメンスマイルを浮かべながらさらっとやり過ごすんだろうなと思っていると、俺の腕を掴んだままだった一色の手がぎゅっと強く握り締めてきた。

八幡「……なんだよ」

いろは「いーえ、別にー」

そうは言うが、どう聞いてもその言葉の奥には何かが隠れているように感じる。

いろは「ほんとはみんなで撮りたいってわけじゃ……まぁ先輩ですし仕方ないですねー」

八幡「はぁ?」

意味が分からなくて聞き直したが、一色はそれには答えずにたたっと由比ヶ浜たちの輪に走り去ってしまった。

どうやらそのまま移動する流れになりそうだったので、俺も少し後ろから女性陣の後をついていく。

しかし今の一色の言葉の意味はなんだったんだろうな……。うんうんと考えても答えは出ず、ふと後ろを振り返ってバレンタインデー特集をやっているブースを見渡した。

やべ、結局ここを見てもめぐり先輩による「比企谷くんの考えた盛り上げる何か」を考えてなかった。

まぁ他にもいくつか回るって言ってたし、そこも見てからゆっくりと考えることにしよう。

そう思って前に視線を戻すと、思ったよりめぐり先輩たちと距離が離れていたので、早歩きでその後を追った。


     ×  ×  ×


ショッピングモールを出ると、再び冷たい風が体を襲った。

うう、さみぃ……早くドラえもんが未来からやってきてあべこべクリームとか渡してくれないかな……。寒いと暖かく感じるクリーム。でもあれを塗ると今度は暖房が掛かっている店内が寒くなるんだろうな……。

巻いているマフラーの位置を微調整しながら、ショッピングモール前の道、通称ナンパ通りを歩いていく。

週末の昼下がりだけあって人通りが非常に多く、女性陣から少し離れると見失ってしまいそうだ。

さすがにはぐれるわけにも行かないなと早歩きで追いつくと、由比ヶ浜たちが足音に気が付いたのか俺の方を振り向いてきた。

結衣「あっ、ヒッキー。いたんだ」

八幡「ねぇ、ナチュラルにいなかったことにすんのやめてくんない?」

確かに俺の存在感は薄いし、こんな人混みのなかでは忘れられてしまうのも仕方がないかもしれないが。

由比ヶ浜がそ、そういう意味じゃないよと手をぶんぶんと振りながら否定すると、ふと何かに気が付いたようにきょろきょろと周りを見渡した。忙しいやっちゃな。

結衣「あれ、城廻先輩は?」

八幡「ん、お前たちと一緒じゃねぇのか」

それを聞いて俺も周りを見回してみたが、確かにめぐり先輩の姿が見えない。雪ノ下と一色もはてなと首を傾げていた。

雪乃「あなたと一緒にいたと思っていたのだけれど」

いろは「わたしもそう思ってたんですけどー」

八幡「マジか。まぁ人通り多いし、はぐれたかもしれないな」

そう言いながら、後ろを振り返る。本当にすごい人混みだ。これならはぐれてしまった可能性も否定できない。

めぐり先輩を捜すべく来た道を引き返そうとすると、道の端にどこかで見たお下げがちらっと見えた。

そちらに目線をやると、やはりそれはめぐり先輩だ。

しかしよく見ると、その近くにいるチャラそうな男の二人組に囲まれるようにして何か話しかけられている。

これはもしかして……。

男1「この後ちょっとどう?」

男2「良かったら一緒に遊びにいきませんか?」

めぐり「あ、あの、私、他の友達と遊びに来ているので」

男1「友達? 女の子? だったらその子達も一緒でいいからさー」

八幡「……」

おいおいマジか。ちょっとはぐれただけでこれか。すげぇなナンパ通り。実際に見るのははじめてだが。

確かにめぐり先輩の容姿ならば、引く手数多であろう。

当のめぐり先輩は当然ながら迷惑そうにしているが、前と後ろで挟み撃ちにされるような形で囲まれており、脱出するタイミングを図りかねているようだ。

ふと、先週のことが脳裏を掠める。

まためぐり先輩が俺の存在に気が付いて、上手くあそこから脱出出来ないだろうか──

結衣「ヒッキー、城廻先輩見つかった? ……あれって、もしかして」

雪乃「なるほど、男に捕まっていたのね……仕方ないわ、私が──」

──なんてアホなことを考えていた、一瞬前の俺を酷く恥じた。

八幡「……俺が行く」

雪乃「え?」

めぐり先輩だって女の子だ。前後を知らない大の男に囲まれて、周りを見渡せるほど冷静であるとは限らない。

それなのにも関わらず、自分はまた突っ立っているだけの道を選ぼうとしたのか。

同じく女の子である雪ノ下ですら率先して助けに行こうとしたのに比べ、俺のなんと愚かしいことか。

本当に恥ずかしい。本当に阿呆だ。本当に馬鹿だ。死んでしまえばいい。

だから、さっきまで恥ずかしいことを考えていた俺を殺しに行く。

ここでめぐり先輩を救うことで、せめて少しでもこの恥を雪ごうではないか。

そう決意を固めると、俺はめぐり先輩を囲む男たちの方に向けて足を踏み出した。

八幡「すんません、うちの連れなんで」

男1「えっ?」

めぐり「あ、比企谷くん!?」

八幡「行きますよ、めぐりさん」

めぐり先輩の手を掴むと、そのまま強引に引っ張り出して男たちの囲いから脱出した。

そしてそのまま早歩きでめぐり先輩を引っ張りながら、雪ノ下たちと合流する。

ちらっと後ろを確認したが、男たちはちぇー男持ちかーと文句を垂れ流しながらどこかへ去っていった。とりあえず、これで一安心といったところだろう。

八幡「あっ、すみません城廻先輩。ちょっと強く引っ張っちゃって」

めぐり「……えっ、ああ、うん、大丈夫だよ」

結衣「へぇーヒッキー、かっこいいとこあるじゃん!」

いろは「今のはなかなか女子的にポイント高いですよ!」

雪乃「やるじゃない、比企谷くん」

八幡「別にそんなんじゃねぇよ」

女子たちが口々に褒めてくるが、本当に褒められるようなことではない。

先ほどまでめぐり先輩一人で脱出してくれないだろうかと思っていたような大馬鹿野郎だ。

もし雪ノ下が進み出していなかったら、俺はまた先週のように立ち尽くしていただけだろう。

だからいくら他の人から賞賛の声を受けても、俺の心は晴れなかった。

めぐり「ひ、比企谷くん!」

八幡「は、はい?」

突然、俺の腕が強く掴まれた。見ればめぐり先輩がその腕を掴んでおり、真っ直ぐに俺の目を射抜くように見つめている。

めぐり「ありがとうね、比企谷くん……助かっちゃった」

八幡「い、いや別に……」

馬鹿な考えをしてしまったという罪悪感が心を占めているせいか、そのめぐり先輩の真っ直ぐな眼差しを見ることが出来ず、思わず目を逸らしてしまった。

俺はそんな礼を言われるような人間じゃない。本来なら雪ノ下に言ってあげてほしい言葉である。

八幡「あのですね、城廻先輩──」

めぐり「めぐり」

八幡「えっ?」

めぐり「さっきみたいに……めぐりって、呼んで欲しいかな……」

そういえば、先ほどあの男たちの包囲からめぐり先輩を引っ張り出した時、ちょっと知り合い感を出すために名前で呼んでたな。あれも今思い返すと恥ずかしい。いやだってほら、よくドラマとかでもナンパ師から助け出す時って普段苗字で呼んでても名前で呼んでたりするじゃん……。

懇願するように上目遣いで俺を見るめぐり先輩は可愛らしいことこの上ないが、しかし名前で呼ぶのは恥ずかしいし、丁重にお断りしよう。

八幡「いや、その、城廻せんぱ──」

めぐり「め・ぐ・り!!」

八幡「あっはい、めぐり先輩」

めぐり「先輩もいらない!」

八幡「め……、めぐり、さん……」

めぐり「よし!」

そう呼ぶと、めぐり先輩の顔にいつも通りのほんわかした笑顔が戻ってきた。

意外と強引な時は強引だな、めぐりせんぱ……めぐりさん。これが年上のお姉さんというものなのか。

こう、普段はほんわかしているのに、いざという時はきっちりとして、時に強引な所がすごいお姉さんっぽい。どこかに、時々どころか常に強引なお姉さんがいたような気がするけど、そちらの方は今は除外しておこう。

めぐり「よーし、じゃあいこっか!」

めぐりさんがそう宣言して前に進み始めると、由比ヶ浜と一色もそれに並んで次の目的地に向かって歩き出す。

その背中姿をぼーっと眺めていると、雪ノ下がこちらに近寄ってきた。

雪乃「どうしたの、比企谷くん。またはぐれるわよ」

八幡「あ、ああ、すまん」

雪ノ下に言われて、俺も歩き始める。

しばらく雪ノ下と並んでめぐりさん達の後ろを歩いていると、俺はさっきの礼を雪ノ下に言ってなかったことを思い出した。

八幡「ああ、そうだ雪ノ下。さっきはありがとな」

雪乃「え……私、何かしたかしら」

その雪ノ下は訳が分からなそうにしていたが、俺はそのまま言葉を続ける。

八幡「さっき、お前がしろめぐ……めぐりさんを助けようとしてただろ。あれがなかったら、俺は前に進めてなかったと思う」

雪乃「どういうことかしら?」

八幡「……最初から助けようとしてたわけじゃなくて、めぐりさんが自分で抜け出してくれねぇかなって思ってたんだよ」

やや自虐的に笑いながら、先ほどの考えを素直に吐露する。

八幡「お前が助けに行こうとしたのを見て、やっと自分のアホさに気が付いたんだ。なんで男の俺が行かねぇんだって」

雪乃「あなたって人は……」

俺が全てを言い切ると、雪ノ下が額に手をやりながら、はぁと呆れたようなため息をついた。

しかしすぐにこちらの方に振り向く。その目は、どこか優しい。

雪乃「……まぁ、結果的にはあなたが助けたわけだし、私が礼を言われる筋合いはないわ」

八幡「そういうな。お前のおかげだよ」

雪乃「……そこまで言うのなら受け取っておくけれど」

そこで雪ノ下は言葉を切り、俺から目線を外すと前を見る。

少し前ではめぐり先輩が由比ヶ浜、一色と並んで談笑している。ちらっとめぐりさんの笑った横顔が見えた。

雪乃「あの城廻先輩の笑顔を守ったのはあなた自身なのだし、そこは堂々と胸を張っていいと思うわ」

八幡「……」

雪ノ下にそう言われて、前を歩いているめぐりさんの方を再び見た。

最初は見捨てるに近い行動を取ろうとしていた俺は、許されていいのだろうか。

俺は、胸を張っていいのだろうか。

罪悪感のせいで、素直にそうは思えなかったが。

雪ノ下の言葉のおかげで、少し気が楽になったように感じた。

八幡「……さんきゅ、雪ノ下」

雪乃「……その感謝は、何に対してかしらね?」

ふふっと笑う雪ノ下に釣られて、俺もふっと軽い笑みを浮かべた。

あの雪ノ下先生が言うんだから、間違いねぇんだろうな。

俺のこの手でめぐりさんを助けられたんだって、思ってもいいんだろう。

あのほんわかした笑顔が消えなくて済んだと、この手で守れたんだと思うと、俺はこの胸を堂々と張っていいように感じた。




    ×  ×  ×


八幡「……はぁ」

次に向かった別のショッピングモールに着くと、バレンタインデー特集をやっているブースを眺めるのもそこそこに、俺たちはゲームコーナーの方にやってきていた。

さっきのめぐりさんと一色の提案どおり、本当にプリクラを撮りに来たのであった。

当然俺は即座に辞退を申し出たのだが、何故か全員に却下されたため、結局五人でプリクラを撮る羽目になったわけだが……。

当然五人も入れば、その、中は結構狭いわけでしてね?

その、当然の結末として、そこそこ密着することになるわけで……。

八幡「……」

さっきのめぐり先輩の件とは全く別の意味で死にたくなり、俺は熱くなった頭と顔を冷やすため、少し離れたベンチで頭を抱えながら休んでいた。

ちらっとプリクラの筐体の方を見れば、由比ヶ浜と一色が雪ノ下を囲むようにしてきゃっきゃと騒いでいる。たぶん、落書きか何かをしているのだろう。

雪ノ下も最初の最初だけは遠慮気味だったのだが、いつの間にか撮る側に回っていた。今ではああいう風に由比ヶ浜たちと並んで楽しそうにやっている。ほんと良い友達にめぐり会えたなぁ。

ふと、そこでめぐりさんの姿が見えないことに気が付いた。

プリクラのところにはいないし、どこにいるんだろうと捜していると、ぴとっと俺の頬に冷たい何かが押し当てられた。

びっくりして振り返ってみると、そこにはマッ缶を持ったほんわか笑顔のめぐりさんの姿があった。

めぐり「はい、これあげる。さっきのお礼としては安いかもしれないけどね」

八幡「あっ、しろめぐ……めぐりさん、ども……」

そのマッ缶を受け取ると、めぐり先輩も俺の横にぽすっと座った。

缶のプルトップを開けると、そのままその中身を喉に流し込む。甘ったるい、いつもの味が口の中に広がった。

めぐり「イベントの話し合い中も、いつもそれ飲んでたよね」

八幡「ああ、見てたんすか……」

そういえばなんでめぐりさんは俺がマッ缶を好きなのだろうと疑問に思ったが、俺がそれを問う前にめぐりさんから答えてくれた。

思い返してみれば、会議室で行なわれる会議中はいつもマッ缶を飲んでいたような気がする。奉仕部の部室であれば、雪ノ下の淹れてくれた紅茶を飲んでいることが多いのだが。

八幡「……」

めぐり「……」

マッ缶の中身を飲み干すと、俺たちの間に沈黙が舞い降りる。

何か俺から声を掛けるべきかどうか考えていると、めぐりさんの方から口を開いた。

めぐり「比企谷くん……さっきは、本当にありがとうね……」

八幡「……礼なら、さっきも受け取りましたよ」

めぐり「それでもさ、もう一度お礼が言いたくて……」

めぐりさんはやや俯きながら、ぎゅっと膝の上に乗せた手を握った。そのまま、小さい声で言葉を続ける。

めぐり「実はさ、さっきの結構怖くて……だから、比企谷くんが手を引っ張ってくれた時……すごく頼もしくて……すごいかっこいいなって思った」

八幡「……」

ちらっと見てみればめぐりさんの顔が朱色に染まっているように見えたが、多分俺の顔も負けてないくらい赤くなっていると思う。

ああ、なんか暑いなー。このゲームコーナー冷房効いてないんじゃないのー? それとも本当にあべこべクリーム塗っちゃったかなー?

めぐり「だから──ありがとう、比企谷くん」

八幡「……どういたしまして」

再び礼を言うめぐりさんだったが、俺はそのめぐりさんの顔を直視出来ずにゲームコーナーの方へ目線をやっていた。だから、今めぐりさんがどんな顔をしているかは分からない。

分からないが──笑顔なら嬉しいなと、そう思った。

めぐり「ああ、そういえばさ、比企谷くん」

八幡「え?」

さっきまでとは打って変わって通常通りの声に戻っためぐりさんの方を振り返ってみると、表情の方も通常通りのほんわか笑顔に戻っていた。

それを見ると俺も先ほどまでの恥ずかしさが引いて、こちらまでほんわかしてきた。

めぐり「結局、何かイベントで使うアイディア考え付いた?」

八幡「……いやー、実は何も」

いや、それがマジで思い付いてないのだ。

先ほど行った所と今いるショッピングモールで、計二つのバレンタインデー特集をやっているブースを見回ったのだが、飾りつけとかそういう部分でのアイディアは出ても、盛り上げる何かみたいなものは思い付かなかったのである。

そう素直に答えると、めぐりさんがもう! とぷんぷん頬を膨らませて怒っていた。うっわ可愛い。ここにあざとらしさを感じないのが本物の天然さんである故なのか。

めぐり「あ……じゃあ、比企谷くん……」

八幡「ん、なんですか?」

めぐり「明日も、お出かけしない?」

八幡「え……?」

めぐりさんの突然の提案に、思わず聞き返してしまう。

まぁ確かに今日中にアイディアが出せていない以上、今週の金曜日に迫ったイベントの前の休日は明日しかない。足を使ってアイディアを捜すなら最後の日だ。

八幡「まぁ、俺はいいですけど。でもあいつらもいいって言いますかね」

めぐり「や、明日はさ、みんなでじゃなくて……比企谷くんと二人で、お出かけしたいなぁって」

八幡「……はい?」

思わず、間抜けっぽい声が出てしまった。今なんて言ったこの人?

めぐり「一色さんともデートしてたって言ってたし……もし良かったらさ、私ともお出かけしてくれないかなって」

八幡「……」

……これはあれですかね、ガチでデートのお誘いって思っていいんですかね。近くにドッキリ看板持った一色とかいないよね? いや、まだプリクラのところで由比ヶ浜たちときゃーきゃーやってるな。

もしそうであれば、これは人生初めてのデートのお誘いなのかもしれない。

雪ノ下や由比ヶ浜と出かけた時は誕生日プレゼントを捜すという名目があったわけだし、一色のあれもデートだって誘われたのではなく、騙されたような形で始まったデートだ。

めぐり「ダメ、かな?」

めぐりさんがやや不安そうな表情で、そう聞く。

……俺に出来るなら、この顔を曇らせたくない。笑顔のままでいてほしいと思った。

八幡「……俺なんかでよければ、いいですよ」

めぐり「本当? 嬉しいな!」

その笑顔を守れた。やったぜ。

……つい流されてオーケーを出しちゃったけど、大丈夫かな……。めぐりさんとデートとか、改めて意識してみるとめちゃくちゃ緊張してきたんだけど……。

めぐり「でも、自分なんかって言わないで欲しいな。私は比企谷くんと行きたいんだから」

八幡「あ……はい」

そう悪戯っぽく微笑むめぐりさんを前に、思わずどきっと自分の心臓が飛び跳ねたような気がした。

……その笑顔は、なかなかに破壊力が高い。

マズい、マズいって。

なんとか冷静さを取り戻さないと……。

こういう時は素数を数えるのがいいんだったな、えっと確か1,2,3,4、5,6ってそれただの自然数ですやーん。

めぐり「じゃあ比企谷くん、連絡先教えてもらっていいかな?」

八幡「ああ、どうぞ」

めぐりさんに言われるがままに電話番号とメルアドの交換を済ませると、プリクラの筐体の方から一色がたたたっと早歩きでこちらの方にやってきた。

いろは「先輩方ー、終わりましたよー」

めぐり「あっ、終わったみたいだね」

一色の終了宣言を聞いて、めぐり先輩がベンチから立ち上がる。

そして数歩前に進んだかと思うと、くるっと回り、ほんわかした満面の笑みを浮かべながら、俺に向かって言った。

めぐり「じゃあ比企谷くん、明日楽しみにしてるねっ!」

八幡「っ……!!」

……小町、お前は一人くらいお持ち帰りしてきてもいいんだよー、なんて言ってたけど。

どうも、お持ち帰りされたのは俺の心らしい。


ホンワカ(´・ω・`)メグリン

今回はここまでです。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



      ×  ×  ×


八幡「だーめだ、思いつかねぇ」

掴んでいたパソコンのマウスを投げるように放り出し、椅子の背もたれにだらしなく寄り掛かった。

チラッとパソコンの時間を確認すると、午後の十時を過ぎたところだ。めぐりさん達とのお出かけから帰宅して、もう一時間ほどが経っている。

家に帰ってからインターネットを使ってバレンタインデーイベントを盛り上げるようなアイディアというものを捜していたのだが、これがどうも見つからない。

めぐりさんには「比企谷くんの考えたアイディア」と言われている以上、そもそもグーグル先生に頼ること自体が間違っていたのかもしれないが、そうはいっても一人で考えるのには限度がある。

結局グーグル先生に頼っても、いい考えは浮かんでいないのだが。

大体俺がバレンタインデーを盛り上げる方法なんてものを考えること自体が無理なんだと通算数十回目の思考に陥りながら、ちらっと机の上に放置してある自分の携帯を見た。新着メールはない。

めぐりさんからは、後で明日のことについて連絡するねと言われている。

その言葉がさっきから妙に脳内を反芻し、心がそわそわとしてまったく落ち着かない。

こうやって携帯の新着を確認するのも、多分三分くらいぶりだ。

携帯から目を逸らすようにまたパソコンの画面に目をやり、グーグルにバレンタインデー関係のキーワードを打ち込む。

そしてマウスであれこれ動かして、上の方に出てきたサイトを確認した。

へー東京って大きなイベントたくさんやってんだなーどうでもいいーと眺めていると、自分でも気が付かないうちにちらっと視線が携帯の方に向かってしまった。

自分の目線がパソコンの画面ではなく携帯に向かっていたことに気が付くと、はぁと大きなため息をつく。

全く、昔クラスメイトの女子とメルアドを交換して返信を期待してた頃とやってること変わってねぇ。

出来ることならあまり思い出したくない過去のことが脳裏を掠める。

あれだけのことがあったのにも関わらず、未だに反省していない自分に嫌気が差した。

しかし、それと同時に。

妙に高まるこの胸の鼓動を感じるのを嫌ではないと感じている自分がいるのも、また確かであった。

ピリリッ! ピリリッ!

八幡「うおっ!」

自分への嫌気と、高まる期待という相反した二つの気持ちの間で揺れ動いていると、突然携帯からメールの着信を告げる音が鳴った。

ばっと掴みかかるように携帯を取り、メールを確認する。

アマゾンからだった。

八幡「ふざけんなこの野郎!!」

思わず叫んでしまい、携帯をベッドの上の布団に向かって投げつけてしまった。どんなにキレていても布団に投げる俺のチキンっぷりもとい理性を褒めてほしい。

とんだ肩透かしを食らってしまい、はぁと肩を落とすと、再び携帯がピリリっと電子音を鳴らした。

八幡「……」

今度はなんだ。二連続でアマゾンか。それとも近くの地域に住む性欲を持て余した人妻か。

もし材木座だったら着信拒否かましてやろうと決意を固めて携帯を布団から取り出し、画面を確認する。

FROM城廻めぐり

八幡「!!」

無機質なフォントで書かれていたその文字からは、何故かほんわかとする雰囲気を感じた。

すぐに指を動かして、そのメールの中身を確認する。

FROM 城廻めぐり

TITLE 明日の予定について


こんばんは、比企谷くん!(。・ω・)ノ゙

ちょっと遅くなっちゃってごめんねm(o・ω・o)m

もし良かったら明日、東京の方にも出かけてみようと思うんだけどどうかな?(・ω・?)

お返事、待ってます!。+m(´・ω・`)m+゚

八幡「ごはっ! どふっごほっごほっ!」

メールの文字列が目に入ってきた瞬間になんか俺の心臓が凄いことになり、思わず盛大に咳き込む。

な、なんだこの破壊力は……!?

由比ヶ浜のメールも顔文字を多用する女子高生スタイルであったが、これをめぐりさんが打っていると想像すると思わずこう、こみ上げるものがありますね?

やるじゃん顔文字……めちゃくちゃほんわかしたぜ……。

普段(´・ω・`)系の顔文字などあまり好きではなかったし、自分で使ったこともほとんど無かった。

しかしめぐりさんが使う分には全然構わないというか、一発で好きになりましたね。

少々ニヤけてしまっている自分の顔を抑えようとしつつ、もう一度メールの文章を読み返した。

どうやら、明日は東京の方に出かけようということらしい。

確かに都会の方が千葉より色々見るところも多いだろう。それに千葉県内で回るとしたら今日回ったところ以上のところもあまりない。

了承の意を書き綴ったメールの文章を作成すると、それをめぐりさんに向けて転送する。俺も顔文字とか覚えた方がいいのかな……今度由比ヶ浜にでも教わるとしよう。

さて、明日めぐりさんと東京方面でデートということになったわけだが。

そうか、デートなのか……。

…………。

とりあえず、なんだ。

お母様に頭を下げて、お小遣いの前借りをお願いしに行くか。




   ×  ×  ×


そして翌日、日曜日の朝を迎えた。

昨日と同じくほとんど雲の見えない快晴であったが、昨日に比べると僅かに空気が暖かいような気がする。

そんな冬晴れの空の下、俺はめぐりさんに指定された場所──魔境・新宿駅に俺はいた。

わいわいと賑わう駅前を眺めながら時間を確認すると九時三十分。本来の待ち合わせ時間より三十分も早い。

当然俺の家からは千葉駅より新宿駅の方が遠いため、昨日に比べるとかなり早い時間に家を出ている。一時間以上早い。

もちろんそんなに早く来る必要はないのだろうが……その、なんだ。

家にいるとそわそわしてとにかく落ち着かず、思わず早い時間に家を飛び出してしまったのだ。お前どこの遠足前の小学生かよってレベルである。

あまりにそわそわしているのを見かねたのか、小町がお兄ちゃん? 頭大丈夫? などとすごい心配そうに声を掛けて来たくらいだ。まさか受験寸前の受験生に心配されるほどとは思わなかった。

まぁそんなこんなで早めに家を出て、早くも新宿駅に着いたわけだが……。

八幡「……ここどこだよ」

新宿駅ってすごいね! まるで迷路みたいだ!

いや、迷路みたいというか、迷路そのものと言ってもいいだろう。

誰だよこんな風に作ろうと考えた奴。これ全部把握してる奴いるのかよ。

誰だかは知らないが新宿駅の構造を考えた奴に心の中で恨み言を吐きつつ、集合場所と書かれていた東口に向かう。

東口……これ本当にここでいいんですかね……? と内心不安になりながらきょろきょろと歩き回っていると、ふと知った顔を見つけた。

あの編まれたお下げ、見覚えあんなーと思って目線をやると──

八幡「し、城廻先輩?」

めぐり「ひ、比企谷くん!?」

──なんと、本人であった。

まだ集合時間三十分前なのになんでこの人いるんだろうとブーメラン的なことを考えていると、俺が何か言葉を発するよりに先にあちらの方から声を掛けてきた。

めぐり「び、びっくりしたー……まだ集合時間まで結構あるよ?」

八幡「あ、いや、それ言ったら城廻先輩もだと思うんですが……」

めぐり「あ、あはは、そうだったね」

俺がそう指摘すると、めぐり先輩は誤魔化すようにあははと笑みを浮かべた。

瞬間、いつものほんわかとした雰囲気が醸し出される。

その雰囲気を感じると、俺も動揺していた心を落ち着けることができた。

めぐり「比企谷くんとのデートが楽しみだったから、早めに来ちゃった!」

心が全然落ち着かなくなった。

何この人、天然で言ってるの今の発言?

そういうのマジで勘違いするんで控えた方がいいですよ!

八幡「あ、まぁ、いや、俺もそんな感じです……」

とはいえ、今日のデー……お出かけが楽しみでいてもたってもいられなくて早めに来たのは俺もなのだ。

しかし改めてデートって言われると緊張してしまう。

いや、別に付き合ってない男女でのお出かけもデートっていうのは知ってますけどね? 俺がデートっていう言葉に変な幻想を抱いているだけなんですけどね?

めぐり「ほんと? あはは、結構私と比企谷くんって気が合うのかもね」

八幡「そ、そっすね……」

そんな言葉を聞きながら、いやいや相手にそんな気はない、あくまで普通の会話をしているだけなのだと自分に言い聞かせる。クールになれ比企谷八幡。

ふぅ、ちょっと落ち着いた。この人との会話はいちいちこちらに気があるような言葉を使われるから心臓に悪い。

……いや、単に俺が自意識過剰なだけですね。そうですね。

めぐり「そういえば比企谷くん、さっき私のことまた城廻先輩って呼んだでしょ」

八幡「あっ」

突然めぐりせんぱ──めぐりさんが少しむっとした顔になったので何かと思えば、先ほどの俺の呼び方についての話だった。

そういえばさっきは動揺していたのもあって、咄嗟に今までと同じ城廻先輩呼びをしてしまった。

まぁ、まだめぐりさん呼びに慣れていないというのもあるが……それに女の人を名前で呼ぶの恥ずかしいんだもん……。

八幡「すんません、めぐりさん」

めぐり「ん、よし!」

俺が名前で呼ぶと、めぐりさんは満足気に頷いた。

めぐり「じゃ、行こっか!」

そんな何気無い動作にも可愛らしさを感じていると、めぐり先輩がぱんっと手を叩いてそう宣言する。

めぐり「時間に余裕出来ちゃったし、ちょっと行きたいところあるんだけどどうかな?」

八幡「もちろん構いませんよ」

そう返事すると、やったっ、とほんわか笑顔を浮かべながらその目的地に向かって歩を向けた。

そういや、この前一色と出かけた時はデートコース考えてこいとか色々言われたなぁ。

しかし今日のデートコースは全てめぐりさんに一任しており、実のところ俺はどこに行くのかすら知らされていない。

男としてはどうなんだろうなぁと思いつつも、こうぐいぐいと引っ張ってくれるめぐりさんに安心感を覚えているのも確かだった。

これが年上のお姉さんの包容力というやつなのだろうか。

今まで年上のお姉さんという存在と関わることがほとんどなかったので知らなかったが、存外悪くない気分であった。陽乃さん? いや、ちょっと記憶にないですね……。

めぐり「じゃあ比企谷くん、今日こそは頑張ってイベントのアイディア出しをしようね!」

やべ、完全に忘れていた。

そういや今日はあくまでバレンタインデーイベントのアイディア出しのためのお出かけである。

めぐりさんがデートって言うので、すっかり頭から抜け落ちていた。いや単なる言い訳だなこれは。

八幡「どんなのがいいんですかね」

めぐり「あはは、それを考えるためにきたんだよ」

めぐりさんと並んで、騒がしい新宿の道を歩く。

隣を見れば、ほんわか笑顔を浮かべるめぐりさんがいる。

その事実がなんだかむず痒くて、めぐりさんに視線を合わせられずに前を向いてしまう。

めぐりさんとの新宿デート。

それがどう転ぶかは分からないが、せめてこのほんわか笑顔を霞ませることだけはしないようにしようと、その時誓ったのであった。


めぐめぐ☆りんりん

すんません日が空きました。
お察しの通り、延期した11巻の発売日にすら完結が間に合わなさそうなので、気にせずゆっくりやっていきたいと思います。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



  ×  ×  ×


駅前から騒がしい通りをめぐりさんと並んで歩く。

都会オブ都会とも呼べる新宿駅の前であるということ、そして日曜日の昼前であるということから、非常に多くの人で賑わっている。

人ゴミが苦手な俺にとっては地獄のような空間だ。本当にこれだけの人がどこから沸いて出てきたのだろうと疑問に思う。人がゴミのようだ!

これがいつものように一人でぶらぶらと歩いているだけならば即座に帰宅を考えるほどなのだが、今日の俺は一人で出掛けているわけではない。

隣にいるめぐりさんをちらっと見ると、ご機嫌そうに鼻歌を歌っている。

昨日のようにめぐりさんとはぐれないように細心の注意を払って歩いているのだが、こうも人通りが多いとふとしたタイミングで見失ってしまいそうだ。

浅く息を吐いて気持ちを落ち着かせ、めぐりさんを見失わないように、そしてめぐりさんを置いていかないようにと、普段の歩調より緩やかに歩くことを意識する。

すれ違う人を避けると、またすぐに横に目をやった。ちゃんとめぐりさんはそこにいる。

どうにも気を張ってしまって落ち着かずにいると、こちらを向いためぐりさんと目が合った。

めぐり「どうしたの、比企谷くん?」

八幡「いや、昨日みたいにはぐれたらマズいかと思いまして」

俺がそう返答すると、めぐりさんが少し目を見開いた。

めぐり「気を遣ってくれたんだね、ありがと」

八幡「まぁ、人多いですし……」

めぐり「あ、じゃあさ……こうすれば、はぐれないよ!」

八幡「ふえっ!?」

そう言うのと同時に、なんとめぐりさんが俺の手を掴んできた。思わず変な言葉が漏れてしまう。ふえぇめぐりお姉ちゃんぐいぐい来るよぅ……。

驚きと戸惑いの目線を向けると、当のめぐりさんはあははとほんわかした笑顔を浮かべていた。

めぐり「これならはぐれる心配もないね!」

八幡「えっ、あっ、はい……」

唐突に手を握られた驚きのせいで、上手く言葉が返せない。大丈夫だよね、手汗とか出てないよね?

手から感じるめぐりさんの温もりを意識してしまうと、心臓がばくばくと音を立てて鳴り響く。はぐれる心配は無くなったが、代わりに過呼吸で倒れる心配が出てきた。

せめて表情だけでも平静さを保とうとするが、ぎゅっとめぐりさんに手を握り締められるとそれすらも崩壊してしまった。すぐにめぐりさんから目を離してそっぽを向く。

……出来れば、今の自分の顔をめぐりさんに見られたくはない。

鏡を見ずとも分かる。きっと自分の今の顔はさぞかし酷いものになっているだろう。小町辺りに見られたら多分キモっと一蹴されそうな感じだ。

めぐり「じゃ、改めてれっつごー!」

八幡「お、おー……」

めぐりさんがそう宣言しながら手を空に向かって突き上げると、繋いでいる俺の手も一緒に高く突き上げられる。

そんなめぐりさんの愛らしい姿を見て、思わずふっと笑いがこぼれてしまった。

年上らしい強引さと、先輩らしくないような無邪気さ。

そういう色々なところが混ざっているのが、めぐりさんの魅力なのだろう。




    ×  ×  ×


新宿の某巨大デパートの中に入っても、俺とめぐりさんの手は繋ぎっぱなしであった。

恋人でもないのにずっと繋ぎっぱなしはどうなのだろうかと横に並ぶめぐりさんの顔を見るが、あちらから手を離そうとする雰囲気は感じない。

かと言ってこちらから離すのも非常に躊躇われ、結果ずっと繋ぎっぱなしという状態である。

例え遅刻寸前で自転車を全速力で濃いでもここまではならないだろうという勢いで鳴っている心臓の鼓動を感じながら、少しでも気を逸らそうとデパートの中に目をやる。

駅や道だけでなく、デパートの中にも人が溢れかえっていた。

店内は家族連れ、カップル、女子グループ、カップル、カップルと様々な人たちで賑わっており、都会の人の多さを感じる。

ちょっと待って、カップルの比率高くない?

そう思いながら周りを見回していたが、ふと自分たちも端から見たらそう見えるのかという考えに行き着く。

瞬間、顔と頭が熱くなったように感じられた。このデパートの中、暖房効かせ過ぎだろ……。

ちらっとめぐりさんの様子を見てみると、そういうことは特に気にしていないのか、物珍しそうに周囲の様子を窺っている。

めぐり「わーすごい人だねー」

そう言いながらギュッと俺の手を強く握り締めてきた。同時に俺の心臓も握り締められたような感覚に陥る。

もう本当に心臓に悪過ぎるので思わずこの手を離したくなるが、この人混みだとまたはぐれる可能性も非常に高い。

何よりめぐりさんが手を離してくれそうにないので、なんとか冷静になれと自分に言い聞かせた。

八幡「そういや、ここでなんかバレンタインデーのイベントやってるんでしたっけ」

めぐり「あれっ、知ってたの?」

少しでも気を紛らわせるために適当な話題を出す。

昨日バレンタインデーのイベントのうんたらをネットで調べている時に、確かここのことも書いてあったはずだ。

細かいところまで読んだわけではないので、ここでイベントがあるということ以上は何も知らないのだが。

八幡「そんなに詳しくはないんですけどね」

めぐり「あはは、ここのイベントはなんかすごいらしいんだー」

当のめぐりさんもそこまで詳しくはないのか、それ以上の説明はなかった。

そのままデパート内を歩いていくと、真ん中の広場のようなところに出た。

その先では、ものすごい盛り上がりを見せているブースがある。何? アイドルでもきてんの? サイリウム持ってきてないんだけど。

よく見るとバレンタインデーイベント開催中と書かれた看板が立っている。ここで行われているのが、めぐりさんの言っていたイベントだろう。

やっていること自体は昨日の千葉のモールでのイベントと大差無いように見えるが、とにかく規模が段違いであった。

あまりの気合いの入れっぷりと人の多さを前に、思わず圧倒されてしまう。

めぐり「見てみて、比企谷くん! すごいよー!」

八幡「ちょっ、待ってくださいめぐりさん」

めぐりさんに手を引っ張られ、やや早歩き気味にその後を追う。

ブース内に入ると一層騒がしい雰囲気に包まれるが、そんな中でもめぐりさんのほんわか雰囲気は健在であった。

めぐり「わっ、このチョコ可愛いね」

八幡「うわっ、たっけぇ……」

めぐりさんが指をさした先のチョコを見る。

確かに凝ったデザインをしているなとは思うが、それより値札に目が行ってしまった。

いや、チョコに出す値段じゃねぇよこれ……ケーキをホール単位で買う訳じゃないんだからさ……。

そんなこんなで、めぐりさんとあちこちを眺めながらブース内を歩いていく。

このブース内は非常に盛況だが、そこから何か学べることは無いだろうかと考えを巡らせた。

何故盛況なのか?

人がいるから? チョコが豪華だから? そういう雰囲気だから?

八幡「学校でも大きいチョコレートケーキを出すとかはどうなんですかね」

めぐり「うーん、一応チョコレートケーキ自体は作るつもりだけど、ここにあるものほど豪華には出来ないかもだね」

思いついたアイディアを口に出し、めぐりさんとあれはどうだこれはどうだと、学校のイベントにも活かせないか話し合う。

そのまま話を続けていると、店員らしきお姉さんがこちらに向かっていらっしゃいませーと声を掛けてきた。

店員「こんにちは、カップルさん! バレンタインで彼氏に渡すチョコはお決まりでしょうか?」

めぐり「えっ? あ、あわわ、カップル!? そ、そう見えるのかな……?」

八幡「……まぁ、こんなところで手繋いでたらそりゃそうでしょ」

ばっと繋いでいた手を離し、顔を真っ赤に染めて動揺したようにあわあわとするめぐりさん。

いや、そう動揺されるとこっちまで恥ずかしくなってくるんですけど……ていうか、俺と手を繋ごうとした時はえらく普通そうにしてたのに、他人に指摘されて気が付いたんですか……。

そのやり取りを初々しいですねーと微笑みながら見ていた店員のお姉さんは、棚に並んだ商品を手を広げながら紹介してきた。

店員「そんなお客様にこちらのチョコなどはいかがでしょうか、本命としても渡せる物になっていましてー」

めぐり「ほ、本命!? ど、どうしようかな……」

なんでそこでチラチラと俺の方を見るんですかね……?

その光景を直視出来ずに、思わず視線を逸らしてしまう。

だが、ブース内のどこを見渡しても、そこにはカップルがうじゃうじゃと沸いていた。うっわーうっぜぇー。

いや、今日は俺も似たような感じなのか……そう考えるとまた顔が熱くなる。

さっきまでめぐりさんと繋いでいた手を見た。めぐりさんの手の温もりが今でも鮮烈に思い返せる。

めぐりさん……まさか他の男子にも気軽に手を繋いでいませんかね……俺じゃなかったら本当に一発KO物ですよこれ……。

再びめぐりさんの方へ視線を戻すと、店員のお姉さんと相談しながら何かを買っているようだった。

店員のお姉さんがありがとうございましたーと頭を下げるのと同時に、めぐりさんが何かが入った袋を片手に持ちながらこちらへぱたぱたとやってきた。

めぐり「お待たせ比企谷くん、ちょっと良いラッピング用紙があったから買ってきたんだー」

そう言うと袋の中からラッピング用紙を取り出して俺に見せてきた。どうやらチョコを買ったわけではなかったらしい。

本当にあそこで誰かへの本命チョコでも買っていたのなら俺としても困るからあれだったのだが……いや、誰に渡すかとか俺が知ったことじゃないんですけどね。

めぐり「じゃあ、次行こっか」

八幡「うす」

そう言って歩き出しためぐりさんの半歩後ろをついていくように、俺も歩き始める。

すると、くるっとめぐりさんが体を回してこちらの方へ振り返ってきた。

何かをして欲しそうな、そんな感じの印象を受ける上目遣いで俺の目を真っ直ぐに見ている。

……。

八幡「……はぐれてもなんですし、また手繋ぎますか?」

めぐり「うんっ!」

そう言うと、めぐりさんが満面のほんわか笑顔を浮かべながら俺の手をぎゅっと握った。

再び、俺の手にめぐりさんの体温が伝わる。それと同時に俺の心臓がまた飛び跳ねるように鼓動を打つのを感じた。

今日一日だけで、普通に生きてる時の何日分の鼓動を打ってるんだよ……と思いながら、めぐりさんと肩を並べて歩み始めた。




   ×  ×  ×


午前中はめぐりさんとあっちこっちを見て回り、時計の針が正午を迎えようとした辺りでめぐりさんがそろそろお昼にしよっか? と提案してきた。

俺としても少々小腹が空いてきたし、歩き疲れてもきたのでそれをすぐに承諾すると、近くにあったこじゃれたカフェの中に入った。

中はなかなかにオサレな雰囲気を醸し出しており、前に一色と千葉でカフェに行った時のことが思い出される。

店員に案内された席に着くと、めぐりさんは荷物を置いてちょっとお手洗いに行ってくるねとそのまま店の奥の方に歩いていった。

その背中を見届けると、俺はふぅ~と大きなため息をつく。

や、本当に疲れた……。

単純にあちこちを見て回ったから体力的に疲れたというのも当然あるのだが、それより精神面の疲労が半端無かった。

疲れたと言っても、もちろん嫌な意味ではない。

ただめぐりさんといると緊張しっぱなしなので、こうやって落ち着ける時間が欲しかったのは事実だ。

そもそもめぐりさんの手に触れるだけでもハードル高いっつーのに、そのまま手を繋いで新宿デートとかマジでメンタルゴリゴリ削れますって……。

もう一度大きなため息をつくと、午前中のことを振り返る。

最初のデパートを出てから、あちこちの服屋や雑貨を見て回っていたのだが、これもうバレンタインデーイベント関係ねぇな。

そういやイベントのアイディア出しも今日中に決めとかねぇとなぁと背もたれにだらしなく寄り掛かっていると、たったったっと足音がこちらに向かってきた。めぐりさんが帰ってきたようだ。

めぐり「もうっ、だらしないよ?」

八幡「ああ、すんません……」

めっと可愛らしく指摘してきためぐりさんに対して適当に謝りながら、椅子に座りなおす。

そして机の上にあるメニューを取り出し、そこに並んでいる字面と写真を眺めた。

この前一色と行った時も思ったが、カタカナでばーっと並んでいるのを見ても全然違いが分からん。

カレーとかグラタンとかみたいなのは普通に分かる。しかし、クロックムッシュとかリエットとか文字だけ見ても全然どんな食べ物なのかイメージ出来ない。

ラーメン関係だったらそれなりに分かるつもりだが、こういった洒落た料理関係の知識に関しては疎い。独り身の男子高校生がカフェのメニューに詳しいわけがないんだよなぁ……。

ただメニューの中には写真も一緒に載っているので、どんな料理なのかはなんとなく分かる。

文字だけ見ても分からない料理の写真を載せているのは親切だなぁと考えながら前のめぐりさんの方を見ると、うーんどうしようかなーと人差し指を顎に当てながら悩んでいる様子であった。

その人差し指が当たっている顎の少し上に視線をやると、めぐりさんの唇が視界に入ってきた。

めぐりさんの唇ってつるんしてるなという感想が浮かんだが、すぐにそれを打ち消すと再びメニューに目を落とした。俺は一体何を考えているんだ。

めぐり「比企谷くん、決まった?」

八幡「あ、いや、まだです……」

変なことを考えてたことがバレていないだろうかと一瞬ヒヤッとしたが、めぐりさんはそっかーと言いながらうんうんとメニューと睨みっこを再開した。

何を馬鹿なことを考えてるんだろうな俺は、と煩悩を消し去りながらめぐりさんの視線の先に目をやった。

八幡「めぐりさんは何か食べたいものでも決まったんですか?」

めぐり「うーん、こっちのパスタと、こっちのピザで悩んでてさ」

はぁ、カフェのメニューにある食べ物って軽食系が中心だと思ってたけど、ここ本当に色々あんのねぇ。

どうしよっかなーと悩んでいるめぐりさん(可愛い)を眺めていると、一つ考えが浮かんだので、それを提案することにした。

八幡「だったら、その二つを注文して二人で分けませんか? それならどっちも食べられますよ」

めぐり「えっ? 比企谷くんはいいの?」

八幡「まぁ、俺は別に食べたいのとかないですし、それにその二つとも旨そうですし」

そう言いながらメニューに載っているパスタとピザの写真を指差すと、めぐりさんがほんわかと笑いかけて来た。

めぐり「朝の時といい、比企谷くんって本当に気が利くよね」

八幡「ええ、そうなんですよ。気が利くから真っ先に集団から外れて空気悪くならないように配慮したりします」

めぐり「え? あ、あはは……」

うーんだめかー。めぐりさんに引きつった笑いで返されてしまった。

めぐりさんのように純粋な人にぼっちネタは少々受けが悪かったかなーと思っていると、めぐりさんがいつの間にか真剣な眼差しでこちらを見ていることに気が付いた。

めぐり「そういうのじゃなくてさ、文化祭の時とか、体育祭の時とかも……比企谷くんは色々気を回してくれてたもんね」

八幡「そんなんじゃないですよ、仕事だったからやってただけで」

めぐり「む、じゃあ今日のも仕事だと思ってやってるの?」

八幡「うっ」

痛いところを突かれ、今度は俺の顔が引きつる。

確かに今日のお出かけの目的は、あくまでバレンタインデーイベントのアイディア捜しだ。

しかし、今日のめぐりさんとのやり取りを仕事だと割り切ってやっているわけではない。むしろ仕事だと割り切るという手があったかと言われて気が付いたほどだ。

八幡「や、別に違いますよ……俺もめぐりさんと、その、出掛けるのは楽しいですし」

俺にしては珍しく素直な言葉が口から出てきた。まぁ楽しいんだけど心臓に悪過ぎることだけが難点かな……。

もしもこんなのが毎回のように続いていたら早死にする自信がある。将来のめぐりさんの彼氏には是非頑張って長生きしてもらいたい。

そういえばめぐりさんももう少しで大学に入学するのだし、そういった出会いなんかもあるのではないか。

その考えが脳裏を横切った時、不思議なことにちくりと何かが胸に刺さったような気がした。

……なんだったのだろう、今のは。少し気になって、自分の顔が険しくなるのを自覚する。

しかしめぐりさんはそんな俺には気が付かず、少々顔を赤らめて俯いていた。

八幡「……? どうかしたんですか」

めぐり「ああ、いや、なんでもないよ! あはは、比企谷くんも楽しいって言ってくれたなら嬉しいな」

再びめぐり先輩が顔をあげると、いつものほんわか笑顔が浮かんでいた。

それを見ていると、こちらまでほんわかしてくる。緊張していた心がめぐりっしゅされたような気がしてきましたね。

めぐり「じゃあ、そろそろ店員さん呼ぼっか」

めぐりさんが手を挙げながらすみませーんと声をあげると、それに気が付いた店員がこちらにやってきた。

その店員に向かってメニューに指を差しながら注文を告げるめぐりさんを眺めていると、ふと変な考えが頭に浮かんだ。

この人に好かれることが出来た男はとても幸せだろうな、と。

こんな美人で、優しくて、着立てよくて、ほんわかしていて、天然で、やることはきっちりやれて、ほんわかしている(二回目)こんな内外完璧な美少女、そうはおるまい。

そして、そんなめぐりさんがもし、もし誰かのことを好きになったとしたら、そいつは一体どんな野郎なのだろう。

──ほんの少しだけ、あり得ない妄想をする。

めぐり「では以上で。……比企谷くん、どしたの?」

八幡「いや、なんでもないっす」

今までの自分の経験を軽く振り返り、そして冷静さを取り戻す。

ふぅと軽く息を吐き、自分に落ち着けと言い聞かせる。そして顔を上げると、めぐりさんと目が合った。

なんとなくその目を逸らせないでいると、めぐりさんがにこっと笑いかけてきた。冷静さを取り戻したはずの自分の心臓が再び変なリズムを奏で始める。

自分の脳内に再び変な考えが浮かび上がるが、それをすぐに打ち消した。

目の前の人とは目を逸らさずに向き合えているのに。

どうして、自分の気持ちとは素直に向き合えないのかなんて。

そんな恥ずかしいことを考えているのを察せられたくなくて、思わずめぐりさんからも目を逸らしてしまった。


ほんわかめぐりんマジめぐりん

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


会計を済ませて外に出る。時間はまだ昼を少し過ぎたところだ。

まだまだ新宿の道には非常に多くの人が行き交っており、下手をすれば午前中より人が多いように感じる。

こんな寒い冬の休日くらい、お前ら家に引きこもろうとか考えないの?

いや、こうやって外を歩いている俺が言うのもブーメランかもしれないが、それにしたって人多過ぎんだろ……と心の中で愚痴を吐く。

都会は便利だが、人が多過ぎる。

やはり俺は千葉で一生を過ごそう……と改めて千葉に骨を埋める決意を固めているとし、横でぴょこぴょこと揺れるお下げが視界に入った。

カフェを出て、再び俺と手を繋ぎ直しためぐりさんはえらく上機嫌そうにしている。

ほんわかとした雰囲気を感じていると、めぐりさんがこちらを向き、俺の目を見た。

めぐり「じゃ、また色々回ろっか!」

八幡「そうっすね」

めぐりさんのほんわか笑顔を見ると、再び俺の心臓の鼓動が早さを増す。

ああもう慣れねぇなぁ、めぐりんマジめぐりんでしょ。

しかし、これもう段々とバレンタインデーイベント関係無くなってきている様な気がするんですけど、それはいいんですかね……。

まるで本当に、ただの男女のデートのような……。

めぐり「次はあっちの方に行こうよ」

八幡「えっ、ああ、はい」

ぐいぐいと俺の手を引っ張って先行するめぐりさんから離れないようについていく。

楽しそうなめぐりさんを見ながら、ふと思考を巡らす。

自分が難しく考え過ぎなのだろうか。

もっと簡単に、純粋に、単純に、このめぐりさんとの二人の時間を楽しむべきなのだろうか。

だが、決して俺はめぐりさんと付き合っているわけではない。

今までに女の子と二人で出掛ける機会などほとんどなかったので、どう割り切れば良いか分からずにもやもやとする。

世の中の男子諸君は付き合っていない女の子と二人で出掛けることにどんなことを思うのだろう。俺は世の中の一般男子からは少々かけ離れていると思うのでよく分からん。

女の子にかっこよく見られたいだとか、これを機にもっと仲を深めたいだとか、ゆうてこれワンチャン夜の部あるっしょとか、人によって思うことは違うのだろう。

なら、俺は。

比企谷八幡は、城廻めぐりと出掛けてどう思っているのか。

楽しいとは思う。

どきどきするとも思う。

けれど、それだけじゃない。

もっと、他に何かがあるような、そんな気がする。

めぐり「ねぇ、比企谷くん」

一人の世界に入り込みかけていた俺の思考は、めぐりさんの声で現実世界に引き戻された。

八幡「どうしたんすか、めぐりさん」

めぐり「や、なんか難しいこと考えてるような顔してたから、何考えてるのかなって」

少々心配するような顔をしているめぐりさんを見て、今考えるようなことではなかったかなと反省する。

今はめぐりさんと二人ででかけているのだから、俺がどう思うかより、めぐりさんのことを考えるべきだったな。

八幡「いや、バレンタインデーイベントのアイディアでなんかないかなって考えてまして」

適当に思いついた言い訳を誤魔化すように言う。

でも、そろそろマジでなんか考えないとマズいのは確かなんだよな……。

めぐり「んー、そんな難しく考えなくていいんだよ? 別に手間が掛かれば良いってものじゃないと思うし」

八幡「まぁ、そうなんすけどね……」

ただ少し、イベントの盛り上がりに貢献出来るような、そんなアイディアでいいとは思う。

確かにめぐりさんの言った通り手間がかかれば良いと言うものではないと思うし、そもそもそんなに手間が掛かるようなものは実行出来るかすら怪しい。

もっと簡単に考えるべきなんだろう。

今日のこのデートの意味と同じように。

八幡「……ん?」

そんなことを考えながら騒がしい新宿の街並みを眺めていると、ふとこじゃれた店が視界に入り込んだ。

お菓子屋か何かと思われるその店の前では、小さな机を出してチョコを売り出している。バレンタイン前なので、店の中だけでなく、外でも売り出そうとしているのだろう。

なんとなくそれが気になって見ていると、めぐりさんがぐいぐいと俺の手を引っ張った。

めぐり「ちょっと見ていく?」

八幡「じゃあ少しだけ……」

その店の前の机の近くにまでやってくると、店員のお姉さんがいらっしゃいませーと言いながらぺこりと頭を下げた。

なんとなくこちらも釣られて軽く頭を下げながら、机の上に並んでいるものに目を落とす。

よく見るとチョコだけでなく、何か別の物も一緒に売っているようだ。それを注視していると、店員さんがにこりと営業スマイルを浮かべながら高い声で紹介してくる。

店員「そちらはメッセージカードですよー、プレゼントのチョコと一緒にどうですかー」

めぐり「わっ、これ可愛い……ひとつください!」

八幡「メッセージカード……」

確かにプレゼントと一緒に手紙とかはよくある手法だ。昔は小町から何かプレゼントを貰う時には手紙も一緒に入っていたものだ。

ちなみに書いてある内容はおめでとうとかじゃなくて、次に小町がプレゼントして貰いたいリクエスト表である。本当にあの子ったら……まぁ買っちゃうけど。

しかし言葉では伝えにくいことでも、文字でならば伝えられるということはあるだろう。

それに文字は言葉と違って形として残るからな。聞き漏らしも聞き間違えもない。

プレゼントのリクエストなど、まさに言葉より文字の方が伝えやすいだろう。形として残るので聞き間違いをした振りをして安い物を買ってくる戦法が使えない。本当に小町に手紙でおねだりすることを教えた奴誰だよ……。

そんなことを考えていると、ふとそこからヒントを貰ったような気がした。

八幡「メッセージ……」

瞬間、そこでとあるアイディアが閃く。

このメッセージカード、イベントにも使えるんじゃないのか?

そのメッセージカードを購入していためぐりさんが買い物を終えると、そのアイディアについて相談することにした。

八幡「めぐりさん、確か体育館の壁際って特に何か飾るわけではないんですよね?」

めぐり「え? うん、写真か何かは貼ろうかなーって思ってるけど、さすがに全部は使わないよ」

八幡「じゃ、そこに何かメッセージコーナーみたいなのって作れますかね」

めぐりさんがはてなと首を傾げたので、俺はそのまま説明を続ける。

八幡「ほら、このメッセージカードのようなもの用意して、何かそれを貼るスペースがあったらどうかとか考えたんですけど……」

発想としては七夕の短冊や神社の絵馬に近いかもしれない。

ああいうのって、ただ自分の書いたものを飾るだけなのに結構盛り上がるからな。

昔、七夕祭りに行った時に小町が嬉々として短冊にお願い事を書いていたものだ。お兄ちゃんに友達が出来ますようにって。余計なお世話じゃ。

そう伝えると、めぐりさんはぱあっと笑顔を浮かべてうんうんと頷いた。

めぐり「いいね、それ! 採用!」

八幡「自分で言っておいてなんですけど、そんなすぐに採用していいんすかね……」

めぐり「いいに決まってるよ、みんなも反対しないだろうし」

ただのフラッシュアイディアだったのだが、めぐりさんの反応は良好だ。

まぁこれなら用意するのは紙とペンと、紙を貼る板かなんか程度だろうし、スペースさえ確保出来るなら経済面では特に負担を強いることは無いだろう。

めぐり「比企谷くんは素敵なことを考えるね」

八幡「別にそんなもんじゃないですよ、七夕の短冊みたいなもんじゃないですか」

めぐり「それでもだよ」

妙にぴしゃっと言い切られてしまった。

少し驚いてめぐりさんの顔を窺うと、大真面目な表情で俺を見つめている。

めぐり「比企谷くんの一生懸命考えてくれたアイディアだもん、絶対盛り上がるよっ!」

や、一生懸命っていうほどのもんじゃないですけどね……。

しかしぐっと拳を握って燃えているようなめぐりさんに水を差すのも気が引けたので、特に何か突っ込むことはしなかった。

めぐり「じゃあ早速明日みんなにも言おうね」

八幡「大丈夫ですかね……」

めぐり「大丈夫だよ~!」

めぐりさんが励ますように俺の肩をぽんと叩きながらそう断言してくれた。

……ふと思いついただけのものだったが、この人に太鼓判を押してもらえるなら大丈夫だと自信がみなぎってくるから不思議だ。

ありがとうございました~と店員のお姉さんの声を背中に受けながら歩き始めると、ばっと俺の手がめぐりさんに掴まれた。

めぐり「比企谷くん、絶対にイベント成功させようね」

八幡「……そうですね」

掴まれた左手にめぐりさんの体温を感じながら、今週の金曜日にまで迫ったイベントに想いを馳せる。

去年までの俺には無縁だったバレンタインデー。

だが今年はどういうわけか、そのイベントを盛り上げる側に立ってしまっている。

本当に何がどうなってこうなったんだっけな……と、横にいるめぐりさんに目線をやった。

楽しそうに笑っているそのめぐりさんの周りには、ほんわかとした雰囲気が醸し出されている。

俺もこのほんわかさにやられちまったのかなと、誰に聞かせるわけでもなく、ぼそっと呟いた。




   ×  ×  ×


太陽が沈み、あたりが暗くなっていく。

それでも新宿駅の前はまだまだ人が多く、騒がしく賑わっている。

そんな駅前に、俺とめぐりさんはいた。あっちこっちを周り、そろそろ帰ろうかという算段である。

結構歩いたからか、それとも他の要因のせいか、改めて自分の身体の調子を確かめると随分と疲労が溜まっているように感じた。

しかしその疲れをどうにか顔に出さないように努めながらめぐりさんの方を見ると、こちらは疲れ? 何それ食えるの? とばかりにいつものほんわかとした笑顔を浮かべている。

めぐり「ん~、今日は楽しかったね~」

そう言って両腕を高く突き上げながら伸びをするめぐりさん。同時に繋がれている俺の腕も万歳をするように高く上に挙がる。

めぐり「比企谷くんはどうだったかな、今日は」

ちらっとこちらを窺うように上目遣いで見ながら、そう尋ねてきた。しかしこちらも答えは決まっている。

八幡「そりゃ、俺だって楽しかったですよ」

めぐり「なら良かったっ」

今日だけで何度見たか分からない笑顔を浮かべながら、めぐりさんはぱっと俺と繋いでいた手を離した。

唐突に消えた手の温もりを求めるように手を少し握ってみたが、その手ではひんやりとした空気しか掴めなかった。

めぐり「また来れるといいね」

八幡「また……ですか」

そう呟きながら、その「また」の存在を考える。

めぐりさんと俺の今の関係など、依頼者と請負人だ。

つまりこのバレンタインデーのイベントが終われば、また今まで通りの先輩と後輩に戻る。

まして、めぐりさんは卒業を間近に控えた三年生だ。卒業してしまえば、先輩と後輩ですらなくなる。

もうすぐ自分らを繋ぐ縁など何も無くなるだろうに、めぐりさんはその「また」の存在を疑いもせずに言う。

人と人の関係なんて想像以上に危うい。比較的身近である奉仕部の彼女らとの関係だって、いつまでも続くなんて保障はどこにも無い。

卒業してしまうめぐりさんと俺の関係なんて、あと一ヶ月も続くか分からないだろうに。

めぐり「うん、またいつか比企谷くんとデート出来るといいなって」

八幡「……」

今まで他人との関係を続けようだなんて滅多に考えてこなかったから、よくは分からない。

しかし、俺が続けようと思えば──そしてめぐりさんもそれを望んでいるのなら、もしかしたら、俺たちの関係は続いていくのかもしれない。

八幡「……そうっすね。また今度、機会があれば」

めぐり「うん、楽しみにしてるよ」

そう言うと、めぐりさんはたったっと改札口へ向かった。なんとなくその背中を眺めていると、くるっとめぐりさんが振り返る。

めぐり「どうしたの比企谷くーん、置いていっちゃうよー」

ぶんぶんと手を振ってきためぐりさんがどこか可笑しくって、ふっと笑いが漏れてしまった。

八幡「今行きますって」

その背をゆっくりと追いながら、めぐりさんとの距離を詰めていく。

この関係も、これ以上詰めていけるのだろうか。

そんな俺らしからぬことを少しだけ考えた。

詰めれば詰めるほど、別れる時に苦しい思いをするのは理解しているはずなのに。




翌日の月曜日。

放課後の会議室に集まった奉仕部と生徒会の前で、昨日思いついたアイディアについて説明をした。

体育館の一角に、メッセージカードとそれを貼るスペースを用意するというもの。

めぐりさんはああ言ってくれたが、他の人はどうだろうかと反応を窺っていると、由比ヶ浜ががたっと立ち上がって前のめりの姿勢になった。ちょっと胸元にあるものが揺れたのが気になったが、そこからは全力で目を逸らす。負けない! 人間は欲望なんかに負けない!

結衣「いいじゃん! そういうの女子も好きだしさ!」

由比ヶ浜の反応は割と良好なようだ。目を輝かせながら俺の方を見ている。

その隣にいる一色は少々驚いたような顔つきになりながらこちらを見ていた。

いろは「うわ、先輩にしては普通にいいですね……びっくりしました」

八幡「だろ? 俺も俺にしては普通過ぎて、我ながら驚いてるくらいだ」

いろは「自覚あったんですか……」

ジト目になっている一色の目線を受け流しながら、ふっと自虐的な笑みを浮かべた。

本当に発案元が俺だとは思えないくらい普通だよね。まぁ元ネタとか七夕の短冊とかだから多少はね?

次に雪ノ下の方を見てみると、こちらも一色に似たような驚愕の表情を浮かべている。

いや、すごい分かるんだけど君たちその反応は失礼過ぎない? いや、すっごい分かるんだけどさ。

雪乃「意外ね、あなたならもう少し斜め下な発案をしてくると思ったのだけれど」

八幡「ほう。例えばどんなことを言い出すとでも思ったんだ、お前は」

雪乃「花火と称して火薬を用意して、体育館をパニックにさせて中止に追い込もうとするくらいはやりかねないと思っていたわ」

八幡「その発想をするお前の方がこえぇよ」

さすがの俺でもそこまではやらん。やるにしてもルームミストと称して消火器を使うとか、もうちょっと人的被害の無さそうなもので中止に追いやる。

他の生徒会役員の反応も概ね良好であり、そのまま採用となりそうな流れだ。

めぐりさんの方を向くと、ぐっと親指を立てながらこちらに笑顔を向けていた。うーん、確かなほんわかめぐりんパワーを感じる。

結衣「や、でも変な意味じゃないけど本当にヒッキーらしくないよねー。この前おでかけした時に考え付いたの?」

八幡「え? ああ、まぁ……」

さすがにここで堂々とめぐりさんとデートした時に思いつきました! とも言えなかったので適当に誤魔化しておいた。

案が通ったので自分の席に戻ると、めぐりさんがポンと肩を叩いてきたのでそちらを向く。

めぐり「比企谷くん、お疲れさま」

八幡「まだ早いっすよ、本番ではどうなるか分からないですし」

めぐり「大丈夫だって! 昨日も言ったけど、比企谷くんの一生懸命考えたアイディアだから、絶対盛り上がると思うんだ」

結衣「……昨日?」

げっと由比ヶ浜の方を振り返ると、何やら疑わしき目でこちらを見ていた。よく見れば、一色と雪ノ下まで身を乗り出している。

結衣「昨日、めぐり先輩と何か話してたの?」

八幡「えっ、あっいや、その相談みたいな」

めぐり「昨日はねー、比企谷くんと新宿にデートしに行ってたんだ~」

がばっとめぐりさんの方を振り返ったが、えへへ~とほんわかした笑顔を浮かべているだけで、爆弾を投下した自覚は無いようだ。

ギギギ……と再び由比ヶ浜たちの方を見やると、三人ともがじとっとした視線をこちらに向けている。

結衣「あっ、そ、そうだったんだ、あはは……」

雪乃「で、デート……そう」

いろは「新宿とか、随分とオシャレなところまで出かけてたんですね?」

うーん、なんかこの部屋寒い……寒くない? 暖房効いてるはずなんだけどなー。おかしいなー。

しかし、当のめぐりさんだけは暖かい笑顔を浮かべたままであった。




   ×  ×  ×


八幡「ふぅ……」

マッ缶の中身を全て飲み干し、空き缶を机に置くとカチッと音が鳴った。

今日の分の会議は先ほど終わり、皆はそれぞれ帰り支度を始めている。

窓から外を見やればすでにもう暗い。冬のこの時期は暗くなるのが本当に早いな。

先ほどのめぐりさんとの新宿デート云々に関しては、バレンタインデーのイベントのアイディアがまだ思いついていなかったからそれの取材で出かけただけと弁明をし、一応三人からのじとっとした視線からは解放されていた。

もちろん手を繋いだとかそこら辺の話は一切していない。さすがに恥ずかしかったので……。

八幡「……」

俺も荷物をまとめるとバックを肩にかける。片手に空き缶を持ち、そのまま席を立とうとすると、開いた方の手をぐいっと引かれた。

見ればめぐりさんが昨日のように俺の手を握っている。

めぐり「比企谷くん、一緒に帰ろ?」

八幡「ちょっ、めぐりさん!?」

ここ学校だからはぐれる心配とかないですよ? だから手を繋ぐ必要はどこにもないと思うんですけど?

しかしめぐりさんはそのまま俺の手を握ったまま、強引に引っ張って、ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら教室を出ようとする。

後ろでガッターンと椅子が派手に倒れるような音がしたが、そちらを振り向いている余裕はなかった。

廊下に出るとさすがに気恥ずかしくなり、申し訳なく思いながら控えめにその手を払った。

八幡「いや、あの、めぐりさん、別にここで手を繋ぐ必要はなくないすか……」

めぐり「あっ……ご、ごめん……嫌だったよね……」

しゅんと俯いてしまっためぐりさんの顔が暗く落ち込む。

うぐぐ、そう落ち込まれるとこちらまで落ち込んでしまいそうになるが、かと言ってここでもう一度手を繋ぎ直すのはさすがに躊躇われる。

ごほんごほんと誤魔化すように咳払いをしながら、慎重に言葉を選んでいく。

八幡「別に嫌とかじゃないんですけど……そのですね、さすがに学校では恥ずかしいというか」

ほら、付き合ってるわけでもないし。ねぇ? ただ勘違いしそうになるのとあまりの恥ずかしさ故にやめていただきたいというだけで。

俺がそう言うと、めぐりさんは顔を上げて俺の目を見つめた。

めぐり「嫌ではないの?」

八幡「ま、まぁ、嫌、ではない……です」

むしろめぐりさんの手とかずっと握っていたいまである。嫌な訳が無い。

すると、めぐりさんの顔にほんわかとした笑顔が舞い戻ってきた。

めぐり「そっか、ならいいんだ。……ごめんね、比企谷くん。場所もわきまえずに」

八幡「いや、本当に嫌って訳じゃなかったんで……むしろ嬉しいくらいですし」

そう言ってしまってから、はっと自分の発言を思い返す。

なんか今恥ずかしいこと言ってしまわなかったかと、めぐりさんの顔を見ると、ぷいっと顔をそむけられてしまった。

八幡「あっ、いや、すみません、なんか変なことを」

さっきからキョドりまくりで申し訳なくなるが、この状況で冷静さを保てというのも中々に難しい話だ。

めぐり「そっか、嬉しいんだ……」

八幡「あの、めぐりさーん?」

何か小さい声で呟いたような気がしたが、その声は俺の耳には届くことはなかった。

聞き直そうと声を掛けようとするが、その前にめぐりさんが笑いながらこちらを振り向く。

ほんわかとした雰囲気に圧倒され、今なんか言いました? とは聞きづらくなってしまった。

めぐり「じゃ、帰ろっか」

そのまま廊下を歩くめぐりさんの半歩後ろをついていくように俺も歩き出す。

カツンカツンと、俺とめぐりさんの足音が人気のない廊下に響く。

俺の心臓の鼓動まで響いていないだろうかと少し前を歩くめぐりさんを見たが、彼女はふふーんと何かを口ずさみながら一歩一歩楽しそうに歩いていた。

そんな楽しそうなめぐりさんが、いつまでも楽しそうにいてくれたらなと思う。

だけど将来、ほんわかと楽しそうに笑うめぐりさんの隣には、きっと違う人が立っているのだろう。

俺ではない、違う誰かが。




   ×  ×  ×


俺のアイディアが採用された月曜日の会議から数日が過ぎた。

今日はもう木曜日の朝で、バレンタインデーの前日である。

教室の端でぼっちで頬杖をついている俺にまで、活気付いているような、浮ついているような、そんな教室の雰囲気が伝わってきている。

そんな教室の中でも、一際騒がしいのはいつもの集団だ。

戸部「っべーわ、もう明日じゃん?」

大岡「やー、マジ俺ら今年もやばいかも」

大和「確かに」

教室中どこでも聞こえるような戸部の喧しいような騒々しいような、ていうか普通にうるさい声に対して、大岡と大和が重々しく頷いた。

そんな三人に対して、葉山は苦笑を浮かべながらまぁまぁと声を掛ける。

葉山「明日はイベントでバンドやるし、上手くやれればチョコくらい貰えるかも知れないだろ」

大岡「そりゃ隼人くんはそうだろうけどよー……」

そんな葉山の励ましはあまり効果がなかったのか、大岡は深刻そうに肩を落とした。あの僻み根性、なかなかにクズくて好感が持てる。俺くらいになれば黙ってスルーするのだが。

そういえば今の葉山の言葉で思い出したのだが、明日体育館で行なわれるバレンタインデーイベントではいくつかの有志団体が出し物を行なうはずであった。

そして葉山たちは文化祭と同様に有志でバンドを演奏するはずだ。確かその時のメンバーは葉山とそこにいる戸部、大和、大岡、そして……。

三浦「……」

近くにいる三浦は、やや目を細めて自分の神をくるくると指で巻きながら葉山たちのやり取りを眺めていた。

その三浦からは、いつもの堂々とした女王の威厳はあまり感じられない。朱に染まった顔つきで葉山のことを一心に見つめているその姿は、ただの一人の恋する乙女だろう。

その三浦の近くでは海老名さんと由比ヶ浜が立っていた。海老名さんは何やら真剣な表情でうんうんと何かに納得したように頷いている。

海老名「上手くヤれればチョコを……隼人くん、まさかそうやってヒキタニくんからチョコを」

その言葉が言い終わる前にすぱーんといい音が響き渡った。海老名さんの頭をはたいた三浦がポケットティッシュを取り出すと、そのまま海老名さんに押し付けていた。

三浦「海老名、鼻血」

姫菜「あ、ありがとありがと」

しかし海老名さん、今なんかおっそろしいことを言おうとしてなかったか……。何故か分からんけど尻の穴がきゅっと引き締まってしまった。

俺は誰にもチョコなんてやらんぞ、まして葉山になど……いや、そういえば戸塚に渡す用を考えていなかったな……何か渡すか? 戸塚にはホワイトチョコなどが似合うのではないだろうか。受け取っておくれ、俺のホワイトチョコを……。

いかんいかん、どっかの腐った意識が俺にも乗り移ってしまっているようだ。考えてない、白いドロドロとしたものを戸塚の顔にぶっかけたところを想像とか全く考えてない。あくまで溶かしたホワイトチョコだオーケー?

戸部「いやでもさー、葉山くんだったら普通にたくさん貰えるべ?」

葉山「あ、ああ、だったらいいな……」

なんもかんもあの葉山が悪いと視線をやると、ふと葉山の表情に影が差したように見えた。

八幡「……?」

何か違和感を覚えるが、それに思考を巡らせる前にホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

葉山「ほら、席つけ。戸部もな」

戸部「うえー」

渋々と言った様子で戸部も自分の席に戻る。先ほど言った言葉に関しては特に気にしていないようだ。

それを見た葉山も自分の席に向かって歩き出す。その葉山の顔には先ほどちらっと見えたような気がした影はどこにもなく、いつも通りのムカつくスマイルが浮かんでいる。

今見たのはなんだったのだろうかと考える前に、教室の扉が開かれて担任の教師が中に入ってきた。




   ×  ×  ×


そして授業を過ごし、帰りのホームルームが終わる。

ホームルームを終えた放課後の教室は賑やかになり始め、暖かい雰囲気が漂い始めてきた。

やれ明日のバレンタインデーイベントがどうのこうのといった声が聞こえてくる。

あんたら本当に青春してますねぇ、俺はこれからそのバレンタインデーの仕事に向かうんですけど、ちょっとくらい労ってくれてもよくない? いや別に本当に労ってほしいわけではないのだが。

今日の放課後の体育館では部活動は行なわれず、明日のイベントのための飾りつけなどの準備が行われる。

奉仕部も生徒会に混じり、これからその準備をする予定である。

正直に言ってこのクソ寒い日のクソ寒いであろう体育館で作業とか本気で凍死を覚悟しなきゃいけないレベルだと思うのだが、もしサボりでもしたら雪ノ下に北極海辺りにまで流されて本当に凍死させられそうなので、渋々手伝うことにした。

騒がしい教室を後にして廊下に出ると、冷たく乾いた空気が体を包み込んだ。

暖房の効いた教室に戻ろうという考えが脳裏を掠めたが、それはそれでリア充共の熱い騒ぎのせいで焼死するおそれがあったので、仕方なく体育館に向かって歩き始めた。

はぁ、なんであんな奴らのために俺は頑張ってしまっているのだろうと己に流れる社蓄の血を恨めしく思っていると、後ろからぱたぱたと後を追ってくる軽やかな足音が響いてきた。

こんな賑やかな歩き方をするのは由比ヶ浜くらいだろうと思って少し歩調を緩めると、すぐに横に由比ヶ浜が追いついてくる。

隣に並んだ由比ヶ浜がげしっと鞄で俺の腰を打ってきた。

結衣「なんで先に行くし」

八幡「いや、別に一緒に行くとか行ってないし……」

そういった約束をした覚えもないし、鞄で打たれる筋合いもない。ていうか地味に痛いからそれやめてね?

不満な様子でむくれていた由比ヶ浜だったが、すぐにいつも通りの様子に戻るとそういえばさと話を切り出してきた。

結衣「優美子と姫菜もさ、後で手伝いに来てくれるって」

八幡「そうなのか」

葉山たちグラウンドを使う運動部は今日も普通に部活だろうが、三浦たちは別にやることもなくて暇なのだろう。

由比ヶ浜と並びながら体育館に向かっていると、その道中でえっちらほっちら重そうな段ボール箱を運んでいるめぐりさんを発見した。

そのめぐりさんも俺たちに気が付くと、ほわっとした笑顔を浮かべ、手を振ろうとした矢先に両手がふさがっていることに気が付き、ものすごく慌てている。この流れ前にも見たな。

俺はすぐにそこに駆け寄ると、めぐりさんが落としそうになっていた荷物を支えた。

八幡「持ちますよ、めぐりさん」

めぐり「わぁ、比企谷くんありがとう!」

そのめぐりさんの持っていた段ボール箱を受け取ると、由比ヶ浜もたたっとやってきた。

結衣「あっ、城廻先輩こんにちは」

めぐり「こんにちはー、由比ヶ浜さん」

勢いでめぐりさんから受け取ったはいいけど、これすっげぇ重い……。多分イベント関係の荷物なんだろうが、一体何が入っているのだろうか。

そのまま三人で体育館まで歩いていると、由比ヶ浜が唐突に声を掛けてきた。

結衣「ヒッキーさ、結構気ぃ効くよね」

八幡「そりゃな。気が効き過ぎていつも教室では皆の邪魔にならないように過ごしてるし」

結衣「いや、逆に悪目立ちしてると思うんだけど……」

馬鹿なことを言うな、このステルスヒッキーの迷彩を見破れる者なんてそうそういない。ここからはステルスヒッキーの独壇場っすよ! ああ、戸塚は特別。英語でいうとスペシャルだ。

俺みたいにプロテクション(人間)を持っていると、あらゆる人間から目標にも取られないしダメージも軽減するしブロックもされない。いや、ブロックはされてるか。なんならスパム報告されてるまである。

結衣「気が効くのは、城廻先輩相手だからかな……」

めぐり「あはは、由比ヶ浜さんとはそういう話もできるんだね……」

八幡「?」

右隣にいる由比ヶ浜と左隣にいるめぐりさんが同時に小声で何か呟いたおかげで、どちらも何を言っているかよく聞き取れなかった。

まぁ何か大事な用事ならちゃんともう一度伝えてくれるだろうと考えていると、ようやく体育館に到着した。

中に入ったところで荷物を降ろすと、ふぅっと一息つく。

めぐり「ありがとうね、比企谷くん」

八幡「いえ、これくらいは」

そうは言ったが、手には結構な疲労感が残っている。めぐりさんこれ女手一つで運ぶつもりだったんですか……。

体育館の中には、生徒会役員が数名と、あといくつか段ボール箱がちらほらと置いてあるだけだった。

めぐり「今、雪ノ下さんと一色さんには生徒会に色々取りに行ってもらってるんだ」

八幡「ああ、なるほど」

ここに姿が見えないと思っていたらそういうことか。ていうか、俺たちもホームルーム終わってすぐにやってきたはずなのに仕事始めるの早すぎない? お前らんところのホームルーム数秒で終わってるとちゃいますのん?

めぐり「じゃ、二人ともイベントの準備をお願いね。 頑張るぞー! おー!」

八幡「お、おー……」

ぐっと握った拳を天井に向けて勢いよく突き上げためぐりさんに続いて、空気を読んで控えめに手を上げた。見れば隣の由比ヶ浜も少々戸惑いながらも小さく手を上げていた。

さて、これからがイベントの準備だ。

ひとまず何を手伝えばいいのかを知るため、奥の方で忙しそうにしている副会長に指示を仰ぐ必要があるだろう。


めぐめぐめぐりん☆めぐりんぱわー

アニメ11話、原作11巻、そして円盤特典α全てに目を通しましたが、このSSの設定は10.5巻の続きという設定のまま進行して行きたいと思います。よろしくお願いします。
だから11巻前に書き終えたかったんだよ(届かぬ想い)

具体的には葉山くんがチョコを受け取る云々辺りに違和感を覚えるかもしれませんが、御了承ください。
あと原作八幡もバレンタインといえばボビーを思いついてた辺りさすがだなーとか思いました。まる。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


八幡「ふう……」

俺は手に持っていた段ボール箱を雑に床に放り出すと、軽く息をついた。

体育館の中の空気は実に冷え込んでいるが、その中で動いている人たちの熱気とモチベーションはそれなりに高そうに見える。

バレンタインデーイベント前日のこの準備には、俺たち奉仕部や一色たち生徒会だけでなく、三浦や海老名さんといった有志でのお手伝いもそれなりにやってきている。

本日体育館が使えなくなった都合上、部活が休みになった体育館を使う部活の生徒が特に多い。バスケ部やバレー部などの一部の生徒が手伝いに来ているようだ。

そういった目立つ体育会系や生徒会がステージ周りなどの目立つところの準備を進めていたので、俺は入り口の近くでぼっち作業を始めることにした。

そう、自分で提案したメッセージカードを貼るスペース作りである。

この体育館の入り口の辺りのスペースは何も使わないとのことだったので、そこら一帯を自分のスペースとして使わせてもらうことになった。

思ったより広いので、メッセージカードを貼る板を固定するのも少々大変かもしれない。

さてどう用意しようかと思案し始めていたその時、入り口の方に、見慣れた白衣をふわっと広げながら入ってくる人が見えた。

その白衣の人物はきょろきょろと体育館を見渡した後に俺のことを見つけると、そのまま真っ直ぐに向かってくる。

平塚「ちっ、男女がいちゃこら青春してる空気が漂ってるな……」

何か恨めしげに呟いたのは、やはり平塚静(独身・アラサー)であった。

死ぬほど不満げに言うが、今俺の周りには青春してる空気なんか微塵もないんだよなぁ……。

八幡「なんで先生がここに……」

平塚「このイベントの準備の監督を丸投……任されたんだ。こういう仕事は若手に来るのが常だからな。ほら、私、若手だから。若手だから」

大事なことなので二回言いましたよこの人……。ていうか今、丸投げされたって言いかけましたよね?

少々の同情と哀れみの込めた視線を送ると、平塚先生はごほんごほんとわざとらしく咳払いをして誤魔化そうとする。

平塚「あー、時に比企谷はきちんと仕事をしているのかね」

八幡「めちゃくちゃやってますよ……この前も説明したと思いますけど、あのメッセージカードのやつを今作ってる途中です」

平塚「ふむ?」

俺がそう説明すると、平塚先生は興味深そうに俺の周りに散らばっている道具などをじろじろと眺めた。

一応この前の会議で平塚先生にもメッセージカードの件に関しては伝えてある。その際には雪ノ下たちと同じように随分と似合わないことを考えるじゃないかと言われたものだ。

平塚「やはり比企谷が考えたとは思えないアイディアだな……」

そして今再び、そのことを掘り返された。

八幡「いや、そんな俺が普通のこと考えたら似合わないですかね……」

平塚「ああ、似合わないとも」

八幡「即答っすか……」

まぁ自分でも似合わないと自覚はしているが、こうも他人に似合わない似合わないと言われ続けると、少しくらい肯定的な意見をくれたっていいじゃないかという気持ちにもなる。

平塚先生はステージの方に目をやりながら、言葉を続けた。その目の先には、めぐりさんや一色を中心とした輪が出来上がっている。

平塚「君がそうやって変わってきたような気がするのは、城廻のおかげか?」

八幡「んなっ」

思わず手に持っていたトンカチを落としそうになる。寸ででなんとか落とさずに持ち直すと、平塚先生の方を見やる。すると、何かニヤニヤとした顔面でこちらの方を見ていた。

平塚「ふむ、まさか城廻と君が……一体何があったのかね」

八幡「いや、別に何も……ていうか、なんでそこで城廻先輩の名前が出てくるんですかね」

冷静さを保つように努めながらそう軽く返す。

平塚先生は一瞬だけピタッと固まると、肩をわなわなと震わせながら何やら燃えた視線をこちらに送っている。

なんだなんだと思っていると、平塚先生は小さな声で言葉を発し始めた。

平塚「これは、とある目撃情報なんだがな……この前の放課後、廊下で手を繋ぎながら帰ろうとしていた男女がいたそうな」

八幡「へ、へぇ……」

平塚「聞けば女の方はお下げがよく似合う美少女で、男の方は程よく目が腐っていると言う事だが……答えろ比企谷、どおおおいうことだあああっ!!?」

平塚先生がそう叫ぶと同時に俺の両肩をがしっと強く掴んだ。

ていうか、あれ見られてたのか……放課後の会議室前の廊下とか他に誰もいないだろうと思ってたから完全に油断していた。

八幡「いや、その、その目撃者さんの見間違えじゃないんですかね……」

平塚「あんな目が腐った奴、お前以外に有り得る訳がないだろう!!」

目撃者あんたかよ。

それに目が腐ってるかどうかで人を判別するのやめてもらえません?

八幡「ほ、ほら、平塚先生、このメッセージカード使いますか? ほら結婚相手募集とか書いておけばどうふぅっ!!!」

話題を逸らすために別の話題を出したが、それを言い終わるより前に、腹部に強烈な衝撃を受けて俺はがくっと膝をつく。

鈍く走る痛みにうーんうーんと唸りながら腹を抑えて顔を上げると、平塚先生は、先ほどまでとは違うどこか優しい笑みを浮かべていた。

平塚「まぁ、君にそういう繋がりが出来たのであれば喜ぶべきなのだろうな。奉仕部の二人は知っているのか?」

八幡「いや……待ってください平塚先生……何か誤解を……」

痛みの引かない腹をさすりながら立ち上がって平塚先生の顔を見ると、きょとんと首を傾げていた。あんたその挙動死ぬほど似合わないから年齢考えろ。

八幡「別に俺とめぐりさんは、付き合ってたりとかはしてないんすけど……」

平塚「……ほう、なら何故城廻と手を繋いでいたり名前で読んでいたりするのか、説明してもらおうか」

げっ、やべ、思わずめぐりさん呼びしてたぜ……。

しかし平塚先生はそこまでして聞きたがるのだろう……あれか? 結婚を焦る時期になると男女の関係全てがそういう風に見えてくるのか? なにそれこわい。

とはいえ俺とめぐりさんの間には本当に何の特別な繋がりもないので、ここは弁解しておくべきだろう。めぐりさんのためにも。

八幡「あれはめぐ……城廻先輩がそうしろって言うからそうしてるだけで」

平塚「ふむ、随分と好かれたようだな」

八幡「好かれ……いや、あれはそういうんじゃないでしょ。城廻先輩は誰にでもああだと思うんすけど」

平塚「そんなことはないさ」

八幡「そんなことって……」

最後の平塚先生の言葉は、いつもよりどこか真剣さが含まれている。表情も先のような冗談めかした顔ではなく、真摯な優しい眼差しに満ちていた。思わず、俺は言葉を詰まらせる。

そんな俺の様子を見た平塚先生がくすりと笑う。

平塚「城廻は誰にでも優しそうに見えるが、気を許していない人間と手を繋ぐような子ではないと思うよ。それは君も分かっているだろうに」

八幡「……いや、ほら、ペットみたいにでも思われてるんじゃないですかね。忠犬ハチ公とか」

八幡だけにハチ公ってね!

ほら、文化祭でも体育祭でも今回でも文句一つ言うことなく身を粉にして働く俺の姿とかまさに忠犬みたいなところあると思う。多分駅の前で待ってても像とか立たないけど。

平塚「まったく、君のその捻くれ具合は去年と大して変わらんなぁ」

はぁ~とわざとらしいほどに大きなため息をついたまま、手をこめかみに当てて呆れているような平塚先生はいつも通りの平塚先生だ。

少し間を置いてこちらの方を向いた。

平塚「君自身はどう思う? 自分は変わったかと思うか?」

八幡「変わった、んですかね……」

平塚先生の言葉を受けて、ふとこの一年間近くを振り返る。雪ノ下と会って、由比ヶ浜と会って、戸塚と会って、めぐりさんと会って、一色と会って。

それまでの十六年間に比べ、随分と濃い一年を過ごしたのは事実だ。

去年の四月の自分と、今の自分を比べてみて、全く変わっていないとは言えないとは、自分でも思う。

ちょっとやそっとで変わるものが個性なわけがないとか言っていた頃に比べると確かに変わっているのかもしれない。自分の過去の発言を思い出しながら、思わずふっと笑いが漏れてしまった。

平塚「今の君ならば……他の子たちからの好意も、きちんと受け取れるようになっていると私は信じるよ。城廻だけじゃなくてね」

八幡「……いやそう言われてもちょっと」

平塚「さぁ、あとは自分で考えろ。死ぬほど悩んでそして結論を導き出せ。それでこそ青春だ」

ぱぁんと俺の肩を強く叩くと、平塚先生は白衣を翻しながら俺に背を向けた。

数歩進むと、そこでピタッと立ち止まる。そして首だけこちらを向くとにかっと少年のように笑った。

平塚「もう一度言うぞ。今の君ならばやれるって、私は信じているからな」

そう言い残すと、平塚先生はそのままステージの方に向かって歩き去っていく。もう立ち止まることはなく、俺はその背中をただじっと見届けていた。

平塚先生の言葉を脳内で反芻させながら、俺も振り返って作業場に戻る。

ぴゅうと近くの入り口から流れてきた冷たい風が、顔を撫でた。思わずぶるっと体を捩らせる。

寒さを忘れるために作業に打ち込もうと、先ほど雑に放り出していた段ボール箱のガムテープを乱暴に剥がした。

忘れようとしたのは寒さか、それとも他の思考か。

それすらも今は忘れようと、頭の中を作業のことでいっぱいに埋め尽くした。


めっぐめっぐ……めぐりさんの霊圧が……消えた……?

これから俺ガイル続最終話がTBS及びCBCにて放映予定です。お見逃しのないように。
また、思いつきで書き始めてしまったこのSSもそろそろ終盤です。もう少しだけお付き合いくださいませ。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



  ×  ×  ×


メッセージカードのスペース作りに一心に打ち込んでいると、聞き覚えのある騒がしい声が入り口の方から聞こえてきた。

見やれば、そちらには騒がしい声の主──由比ヶ浜と雪ノ下がいる。

その由比ヶ浜がこちらの存在に気が付くと、ぱたぱたと小走りでこちらに近寄ってきた。

結衣「あ、ヒッキー、作業の方はどう? 手伝う?」

八幡「いいや、順調だから平気だ」

自分が作成しているスペースを見ながらそう言った。事実、板を壁に貼り付けてあとはちょっと飾りをつける程度のものなので大したことはないし、手伝いも必要ない。

しかし、俺の作った渾身のメッセージボードを見ている由比ヶ浜の顔はどこか不満気である。

結衣「なーんか味気なくない?」

八幡「いや、味気とかいるの? 海苔じゃないんだから」

結衣「いるでしょ、せっかくのお祭りなのに」

雪乃「確かに、少々華やかさに欠けるわね」

二人にそう指摘され、改めて見直してみると確かにイベントのものとしては少々寂しかったかなと思い直す。

由比ヶ浜が自分の持っていたビニール袋から何か飾り付けの余りらしきものを取り出すと、ボードに合うかどうかうんうん吟味し始めた。

結衣「あたし達も飾りつけ手伝うよ」

八幡「別に一人で平気だ、お前はお前らでやることあんだろ」

結衣「やることって言ったって、この体育館の飾りつけの準備だもん! だったらヒッキーの手伝いしたって問題ないよね?」

八幡「む……由比ヶ浜が正論で攻めてくるとは……成長したな」

結衣「あたしのこと馬鹿にしすぎだから!?」

むっとした様子で由比ヶ浜は言い返してくるが、俺としては成長した娘を送り出すような気分である。この子ったらこんなに成長しちゃって……。

一方で雪ノ下は、じとっとした目線で俺の方を見つめている。

雪乃「一人で平気だとは言うけれど、あなたが一人でこういう飾りつけを出来るとは思えないわ」

八幡「どういう意味だ」

雪乃「あなたに飾り付けをするセンスがあるようには見えない、という意味よ」

八幡「ああ、そりゃ納得だ」

結衣「納得しちゃうんだ!?」

まぁ、そういうセンスがあるんならこんな無機質なボードになってねぇだろうしなぁ……。

俺がここで一人で飾りつけをしようとしても良さそうな出来になるとは思えないので、ここは素直に二人の手を借りることにした。

八幡「じゃあ悪いけど……少し手伝ってくれ」

結衣「もちろんだよ!」

雪乃「それでは、始めましょうか」

由比ヶ浜はそう言うと持っていたビニール袋を逆さまにして、中にあったポンポンやマスキングテープなどをばらっと床に散らばせた。

結衣「うーん、どれ使おうかな」

雪乃「……このパンさんの模様のやつを使うのはどうかしら」

八幡「お前、パンさんならなんでもいいって思ってるだろ……」

しばらく二人に手伝ってもらいながらメッセージボードを改造していると、入り口の方からあっれーと聞き覚えのある声が聞こえてきた。

一瞬で誰だか分かってしまい、自分の顔が引きつったのを自覚する。

ちらと隣に視線を走らせれば、雪ノ下もそっと眉をひそめている。そのまましばらく固まっていると、どんと肩を叩かれた。

陽乃「ひゃっはろー、比企谷くん、雪乃ちゃん、元気にしてたー?」

八幡「……なんでここにいるんですか」

ギギギっと壊れたロボットのように首だけ動かすと、そこにいたのはやはり雪ノ下陽乃であった。真紅のコートをふわとはためかせながら、手を上げてこちらを見ていた。

陽乃「冷たい反応だなあ、比企谷くん」

八幡「いや、今日普通の平日なんですけど、学校に部外者って入ってきていいんですかね」

陽乃「細かいことはいいじゃん、ちゃんと許可は貰ってるんだし」

陽乃さんはそう言うと、首にぶら下げていた許可証をふふんと見せ付けてきた。誰だよこの人に許可出した奴。

雪乃「……姉さん、用がないなら帰って」

陽乃「よよよ、雪乃ちゃんが冷たい……。じゃあ比企谷くん構ってー」

そう演技染みた泣き真似をしながら、俺の手を取ってきた。素直に受けるのもなんなので、あまり強くならない程度にその手を払う。

八幡「あー、ほら、俺たちまだ準備あるんで」

陽乃「おろ?」

陽乃さんは一瞬意外そうな顔をすると、にんまりと笑いながら俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。この人に見つめられると奥まで見透かされてしまいそうで、身を捩ってその視線から逃げ出した。

陽乃「ふーん……比企谷くん、彼女でも出来た?」

八幡「はぁ?」

雪乃「……」

結衣「ええっ!?」

あまりに予想していなかった質問が飛んできたので、思わず変な甲高い声が漏れてしまった。しかし何故か俺より、近くにいた由比ヶ浜の方が驚いたような声を出している。

陽乃「いやー比企谷くんの対応がなんか手馴れてたような気がしたからさ、なんとなく」

対応というのは、今の陽乃さんの手を払った一連のことだろうか。確かにめぐりさんのせいなのかおかげなのか、特別動揺することなく流してしまったが。

そう言ってから陽乃さんは俺、雪ノ下、由比ヶ浜の顔をじろーっと眺めていく。それだけで全てを把握してしまいそうで、この人には未だに適わないという気持ちになる。

陽乃「……雪乃ちゃんでも、ガハマちゃんでもないの? じゃあ誰?」

八幡「いや、そもそも俺に彼女とかいたことないんすけど……」

ただ一つ、陽乃さんが勘違いしているのはそこである。俺に彼女などいないし、いたこともない。

なんならこの先ずっといないまである……いや、でも養ってくれる人は欲しいからこの先もいないのは困るな。彼女は要らないけど養ってくれる人は欲しいと思う今日この頃です。

陽乃「へぇー……」

しかし俺がそう否定しても、陽乃さんは追及するような目線をこちらに向けるのをやめない。

美人に見つめられているはずなのに、この人に限っては見つめられるのは本当に良い気分じゃないなと目線を逸らしていると、丁度めぐりさんがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

めぐり「あー、はるさん。お久しぶりです」

陽乃「……めぐり、こないだ会ったばかりでしょー?」

てこてこ歩み寄ってきためぐりさんのおでこをちょいとつついて、陽乃さんは呆れたように言った。

めぐりさんはおでこを両手で可愛らしく押さえながら(可愛い)きょとんとした顔で陽乃さんの顔を見る。

めぐり「そういえば、どうしてはるさんがここに?」

陽乃「そろそろバレンタインデーイベントの時期だと思って、遊びに来ちゃった」

えーこの人今堂々と遊びに来ちゃったって言っちゃったよー。そんな人を学内に入れないでよー。ちょっと仕事してよ高校の受付さーん。

本当に、なんでここに来たのだろうこの人は。マジで友達いないんじゃないの? うっ、ブーメランが。

八幡「文化祭と違って、これって部外者も遊びに来てもいいイベントじゃないと思うんですが……」

陽乃「まぁまぁせっかくのお祭りなんだから気にしないの。明日も来ても良いかなとは思ってるんだけどね」

やめてくださいと視線で訴えかけたが、陽乃さんはそれを分かっているのか分かっていないのか、ふふんと軽い笑みを浮かべながら、俺たちの作っていたメッセージボードを見つめていた。

陽乃「でも、準備の日にただ遊びに来たってのも確かにあれだね。比企谷くん、何か手伝うことでもある?」

雪乃「邪魔だから帰って」

しかしその言葉には俺の代わりに雪ノ下の冷たい声が応えた。直接向けられたわけでもない俺までが冷やっとしてしまうように感じられた。あのね、君たちそういうのは家でやんなさいよ。

すると陽乃さんは心底つまらなさそうな顔を浮かべる。

陽乃「えー、じゃあわたしは比企谷くんとでも遊んでようかな」

八幡「いや、だから、俺もやることあるんすけど」

再び俺の腕に組み付いてこようとする陽乃さんを押しのけようと軽く手を払おうとする。

すると、俺と陽乃さんの間にめぐりさんが割り込んできた。

めぐり「あ、あの、だったらはるさんこっちの方を」

陽乃「……ふぅーん」

陽乃さんがじとーっとめぐりさんの目をみつめる。めぐりさんはやや動揺したようにそれを黙って受けていたが、陽乃さんはいきなりその目線を外すと再び俺の方を見た。

まるで全てを見通したとばかりににんまりと笑っている。その表情を見た瞬間に不快感を覚えた。それに合わせて俺の顔も微妙に強張っていく。

陽乃「……まさか、めぐり? へぇー、比企谷くん意外と手広いねぇ」

そう言った陽乃さんの声は本当に意外そうだった。ちらちらと俺とめぐりさんの顔を見比べている

何か言葉を返そうかと考えていたが、俺の口が動くより先に、めぐりさんが陽乃さんの手を引っ張りながらその場を去ろうとする。

めぐり「は、はるさん、いいからっ」

陽乃「ねぇ、比企谷くん教えてよ。めぐりと何かあったの?」

しかし陽乃さんはめぐりさんに引っ張られている手も意に介さず、無視したまま俺の方をじっと見つめている。

その眼差しからは、一体何を考えているのかは読み取れない。

八幡「……別に、雪ノ下さんが思うようなことは何も」

陽乃「わたしが思うようなことって何かなー、気になるなー、教えてよ比企谷くん」

めぐり「は、はるさん!!」

そこで、めぐりさんのものとは思えない大きな声が響く。

めぐりさんってそんな大きな声出せたのか……と驚いていると、陽乃さんも少々意外そうな顔でめぐりさんの方を見つめていた。

一瞬、一瞬だけなのだろうが、沈黙がその場に降りてきた。だが、その一瞬はずっと長い時間のように思えて、俺は呼吸することすら忘れた。

そんな一瞬の沈黙を打ち破ったのは、陽乃さんのくすりと口の端だけで笑う声だった。見れば、いつもの仮面のような笑みを携えている。

陽乃「そっか。君には人を変えちゃう何かでもあるみたいだね」

八幡「……?」

陽乃さんの呟いた言葉の意味が分からず、何も答えないでいると、陽乃さんが身を翻して俺たちに背を向けた。真紅のコートがふわっと広がる。

陽乃「なーんか邪魔しちゃったみたいだし、私は帰ろうかな。ごめんね、めぐり。後は頑張ってね」

めぐり「え、ええ?」

去り際にポンとめぐりさんの肩を叩くと、そのまま体育館の出口に向かって足を踏み出した。

しかしすぐにぴたっと立ち止まると、首だけこちらを向けてくる。その視線の先には雪ノ下がいるような気がした。

陽乃「……雪乃ちゃんも、頑張らないと取られちゃうかもよ?」

雪乃「……」

陽乃「じゃあね、比企谷くん。君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな」

八幡「……」

最後にそう言い残すと、カツカツと足音を響かせながら出口に向かっていく。

陽乃さんの背が見えなくなるまでそれを眺めていると、残された俺たちの間には微妙な雰囲気が漂っていた。

めぐり「あ、あはは……なんかごめんね、比企谷くん」

無理に浮かべたその笑顔からは、いつものようなほんわかさは感じ取れない。しかしそれでも、この雰囲気のままではいけないだろうという危機感を持っていることだけは感じられた。

八幡「いや、別にめぐりさんは悪くないですよ。それよりさっさと準備進めちゃいましょう」

俺もこの雰囲気を感じたままでいるのはさすがに居心地が悪く、なんとかしようとメッセージボードの方を見た。

結衣「あ、うん、そうだねっ、じゃあどうしよっか!」

雪乃「……」

由比ヶ浜もそんな俺の意図を汲んでくれたのか、わざとらしいまである明るい声を出して飾りつけのアイテムを手に取った。

一方で雪ノ下は口を強く結んだまま、目線をどこかにやっている。

しかし見ている先は、きっとその先にはないものなのだろう。

八幡「おい、雪ノ下」

雪乃「……えっ、何か呼んだかしら」

俺が名前を呼んでから、一瞬遅れて雪ノ下が反応する。

八幡「何かじゃねぇよ。ほら飾りつけの準備、続けるぞ」

雪乃「あ……そうよね……ごめんなさい」

雪ノ下がそう小さい声で謝った。

しかしその謝罪は、今の俺の言葉に対してではなく、別の何かに対しての謝罪のように思えた。




   ×  ×  ×


そのまま流れで巻き込んでしまっためぐりさんも含め、四人でボードの飾りつけを続けていく。

とはいえ、こういったセンスのない俺の意見はほとんど反映されない。

女子力の高い由比ヶ浜の指導の下、次々とメッセージボードが華やかに作りかえられていく。

めぐり「こっちはどうした方がいいかなぁ?」

結衣「そうですねー、あっ、これとかいいんじゃないですか?」

雪乃「由比ヶ浜さん、それでは色が合わないのではないかしら」

いつの間にか先ほどまでの気まずい空気も消え去り、和気藹々と作業を続けているように見える。

もしかしたら無理にそう演じているだけかもしれない。

しかし、少なくとも一息をつける程度の余裕は生み出せた。

そうこうやっている三人を眺めていると、いつの間にかメッセージボードの飾りつけが完成していた。

俺が作り終えたときのただの無機質な板ではなく、女子高生によるチューニングの結果、随分と生まれ変わっている。やだ……私可愛くなり過ぎ?

めぐり「うん、良い感じになったね」

結衣「ほんと、可愛くなりましたねー」

いやー俺の作ったものは可愛くなくて本当にすまねっすわー。

メッセージボードの近くの机に星やハードの形をしたメッセージカード、そしてペンなどを配置すると、めぐりさんが俺の横に立ってきた。近い。

めぐり「どうせだったら比企谷くん、何か書いてみたら?」

八幡「俺ですか?」

めぐり「比企谷くんの考えたものなんだし、最初に飾ってもいいと思うんだ」

そうかなぁと思っていると、由比ヶ浜もうんうんと頷いていた。ニワトリかよ。

でもまぁ、書きたいこともなくはない。

八幡「じゃあ、なんか一応……」

俺は机の上のペンとメッセージカードを取り出しながら、きゅきゅっと一文を書く。

そこに願うのは、ただ一つ。

結衣「あっ、小町ちゃんの……」

八幡「ま、高校の中に飾れるんだから縁起はいいだろ」

雪乃「そうね、確かに縁起はいいかもしれないわね」

小町の受験が成功しますように。

簡潔にそれだけを星型の紙に書き込むと、俺はメッセージボードの左上端にテープで貼り付けた。画鋲でも良かったのだが、散らばると危ないし。

めぐり「こまち……?」

八幡「俺の妹です、今年ここを受けるんですよ」

きょとんとした顔で小首を傾げるめぐりさんに、そう説明した。

すると、めぐりさんはあはっとほんわか笑顔を浮かべてマジめぐりっしゅされたぁぁぁあああ!!

めぐり「そっか。合格すると良いね」

八幡「そうですね……」

その優しい声音を聞いて、軽く頷く。

しばらく自分の飾ったメッセージカードを見上げていると、くいっとブレザーの袖が引っ張られた。

めぐり「あ、そうだ比企谷くん」

八幡「どうしたんすか」

めぐり「私も明日、なにか書いて飾っておくから、見つけてね」

八幡「え? あっはい」

よく意味が分からず適当に言葉を返してしまった。まぁ、明日もイベントのスタッフとして色々やっているだろうし、その合間にでもここにちょっと寄って見れば良いだろう。

いろは「せんぱーいっ、ちょっとこっちも手伝ってくださいよー」

ふと、後ろの方から声が聞こえてきたが、先輩とは言ってもここには色々な先輩がいる。

きっとめぐりさんが呼ばれたんだろうなーと無視していると、ガッと俺の背中に何か強い衝撃が走った。

八幡「……なんだよ」

振り返ると、一色がふくれっ面で口をとがらせている。

いろは「なんで無視するんですかー」

八幡「いや、他の人だと思ったんだけど……で、まだ何かやることあんの?」

いろは「はい、まだステージ周りの飾りつけとか終わってないそうなので、こちらの方が終わったんだったらそちらの方も手伝ってくれると嬉しいんですけどー」

ふっ、分かってたさ、俺の仕事がこれだけで終わらないことなんてさ。

仕事ってのは自分の分を早く終わらせると、他の遅い奴の尻拭いをする羽目になるから本当に理不尽である。いやまぁ今回に限っては俺何もしてなくて、ほとんど由比ヶ浜たちに丸投げしてたんだけど。

結衣「じゃあ、あたし達も行こっか」

雪乃「そうね」

由比ヶ浜と雪ノ下も一色の背を追うように続いていく。

俺もそれに続いて足を踏み出そうとした時、めぐりさんに声を掛けられる。

めぐり「なんかいいね、こういうの」

八幡「……そうですね」

なんだかんだ言って、俺はこのイベントの一連の流れを楽しんでいると思う。

自分も最初から携わっていて、そして会議で話し合ったことが今実現しようとしている。

それなりの苦労はあったが、それ以上の充実感を覚えているのは確かだった。

奉仕部や、生徒会、めぐりさん達とこうやって一から十までイベントを作り上げていって。

文化祭の時や、体育祭の時のような心苦しくなるようなことも起きていない。

楽しいなぁと思った。

それと同時に、陽乃さんの言葉が脳裏を横切る。


──君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな。

今の俺のこの状態は、本物と呼べるのだろうか。

多分、あの陽乃さんの言葉には、こんなものが本物であり得るはずがないという問いかけという意味もあったのだろう。

今の俺は、周りの状況を本物だと胸を張って言えるか。

否。

そう言い切るには、何かが引っ掛かる。

めぐり「……どうしたの、比企谷くん。みんな行っちゃうよー?」

八幡「あ、すんません、すぐ行きます」

その引っ掛かる何か。

それが何なのか、きっと俺は知っている。

それの解決方法が何なのか、きっと俺は気が付いている。

でも、俺はそこから目を逸らしたいと思っている。


──死ぬほど悩んでそして結論を導き出せ。それでこそ青春だ。


平塚先生の言葉が思い返される。

だとすれば。

なのだとすれば、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

俺は悩まず、考えず、結論を出すことなく、ただこの関係のままで停滞していたいと考えているからだ。

何故なら。

きっと、俺が変化を望んだとしても。

その先にあるのは、きっと幸福なんかじゃないだろうから。

そんな先に行くくらいならば、本物なんて──


続きます。



  ×  ×  ×


八幡「ふう……」

昇降口の自動販売機の近くにあるベンチにどかっと乱暴に座ると、疲れからか大きなため息が出てきた。

それから自動販売機で買ったマッ缶のプルタブを開けると、それをぐいっと自分の口に運ぶ。

すると、いつもの甘ったるい味が口の中いっぱいに広がった。

一度缶から口を離すと、再び軽いため息をついてから周りを見渡す。

外はもう随分と暗くなっており、グラウンドで活動している部活の人間らも撤収準備を開始しているようだ。

空気は澄んでおり、吹く風は身を切るように寒い。

しかし一度座ってしまうと立ち上がるのも面倒で、寒さを感じながらもベンチに座ったままでいた。

で、俺はなんでこんなところにいるのかというと。

先ほどまで一色の元で奴隷のように働かされており、ようやく一区切りが付いたところで隙を見て体育館から逃げ出し、こうやってMAXコーヒーを飲みに来ていたのであった。

今まで数多くのバイトをバックれてきた経験が今生きていた。大丈夫大丈夫、人はいっぱいいたから俺一人消えたところでバレないバレない。

しかし一色の奴、本当に俺をなんだと思ってるんですかね……せっかくバスケ部とか体育会の奴も大量にいるんだから力仕事なんてそっちに任せておけばいいだろうに、妙に俺に仕事を押し付けてきたような……。

数秒ぶりのため息をつきながら、すでに真っ暗な外をぼーっと眺める。

あと十分くらい時間潰してから戻れば良いかななんてことを考えていると、ふと校舎の方から足音が聞こえてきた。

最初は無視していたが、その足音がこちらの方に向かっていることに気が付くと、ちらとそちらの方に視線をやる。

すると、見覚えのあるお下げが揺れているのが見えた。

めぐり「や、比企谷くん」

八幡「めぐりさん……」

暗くて顔はよくは見えなかったが、このほんわかとした声は間違いなくめぐりさんだ。

めぐりさんはそのままこちらにまで近寄ると、ここ座るねと言いながらベンチの空いたスペースにちょこんと腰をかけた。

めぐり「ここで何してるの?」

八幡「サボりっすよ、どこぞの生徒会長様が人使い荒いんで」

めぐり「もう、比企谷くんったら」

やや怒った風に言いはするが、めぐりさんの顔にはどこか悪戯っぽい微笑が浮かんでいる。本気で怒っているわけではなさそうだ。

それでも俺はお姉さんにたしなめられたような感じになり、少しバツが悪くなって顔をめぐりさんから逸らす。

めぐり「もう会場の設営もほとんど終わったし、あとちょっとやったら終わると思う」

八幡「ん、分かりました」

軽く返事をしつつ、マッ缶を再び口に運ぶ。また甘ったるい味が口の中に広がる。

そしてそれだけ言うと、俺たちの間に沈黙が舞い降りてきた。

外はもう暗くて、グラウンドにも部活をしている生徒の姿が見えなくなってきていた。そのせいか、この周りには学校の中とは思えないような静寂が漂っている。

しばらくの間、俺とめぐりさんはその静寂を慈しむようにそっとしていた。

俺が座っているベンチの横にはめぐりさんが座っており、他の人の姿は全く見えない。

ただ、二人だけの空間。

今ここに流れている空気がなんとも居心地がよく、しばらくそのほんわかとした雰囲気を味わう。

そうしてどれくらい経っただろう。

一瞬とも何時間とも知れない間、その空気を感じていると、めぐりさんからその沈黙を破ってきた。

めぐり「比企谷くん」

短く、俺の苗字だけが呼ばれる。

首だけをめぐりさんの方に向けると、ほんわか笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。

この冷たい冬の空気の中でも、そのほんわか笑顔からは不変の温もりを感じる。

八幡「なんですか、めぐりさん」

めぐり「その……楽しかったなって」

そう、ポツリと言葉を漏らした。

八幡「イベントの準備が、ですか?」

めぐり「うん、全部。……奉仕部にさ、お願いしてよかったなぁって思った」

そう言うと、めぐりさんは空を見上げた。

俺もそれに釣られるように、首を上げて空を見上げる。その先の空には、星が綺麗に光っていた。

俺も先ほど、それと同じような感想を抱いていた。

楽しいなぁと。

めぐりさんと、奉仕部と、生徒会と、こうやってイベントを作り上げていくのは本当に楽しかった。こちらも、お願いされて良かったと思う。

めぐり「学校を卒業する前に、こんな楽しい思い出が出来て嬉しいよ」

続けて言ったその声音はどこか寂しげだ。思わず気になってめぐりさんの横顔を見やると、声と同様にどこか寂しげな表情を浮かべている。

八幡「……本番は明日っすよ。まだちょっと早いんじゃないですかね」

めぐり「ふふっ、そうだね。明日もあるもんね」

めぐりさんが笑うのに釣られて、思わず俺もふっと笑いが漏れてしまった。そのままめぐりさんは言葉を続ける。

めぐり「明後日も、その先も、ずっと楽しいといいなって思う」

八幡「……」

その言葉に含まれた意味はなんだったのだろう。

それを問うより先に、めぐりさんは微笑みを浮かべながら再びこちらを向く。

だがその表情は純粋な笑顔ではなく、先ほどと同じくどこか寂しさの色が混じっているもののように感じた。

めぐり「明日のイベントが終わったら、私たち三年生は卒業式まで学校に来ることってなくなっちゃうからさ」

八幡「……」

めぐり「あ、でも一色さんと答辞の話をしに学校に来ることはあるかもしれないけどね。……でも、明日が最後みたいな感じに……なっちゃうかなって」

言葉を続けるにつれその声はどんどんと小さくなり、最後の方に至ってはほとんど掠れ声のようになっていった。

俺たち奉仕部には先輩という存在はいない。だから、今まで卒業式というイベントに関してあまり意識はしてこなかった。

奉仕部云々を除いても、俺が知っている先輩はただめぐりさん一人だ。

だからこそ、そのめぐりさん自身から卒業するという事実を突きつけられると、途端に卒業式という言葉が重くのしかかってくる。

八幡「……別に、奉仕部にだったらいつでも遊びにきて頂いても」

寂しげな笑みを浮かべるめぐりさんにどう声を掛けて良いか分からず、なんとか搾り出した言葉がそれだった。

まるで社交辞令のようになってしまい、他に何か上手いフォローの仕方があったんじゃないかと、言ってから思い直す。

しかしそんな言葉でも一応めぐりさんの慰めにはなれたようで、こくんと頷いて笑った。

めぐり「あはっ、じゃあまだ比企谷くんと会うことも出来るね」

八幡「……ま、一色なんかも用もなく部室に来ることもあるし、別にめぐりさんが来ても平気なんじゃないですかね」

むしろあいつはなんでサッカー部のマネージャーの仕事やら生徒会の仕事やらを投げ出してこっちに来ているのか不明なのだが。あれか、今の俺のようにサボりか。奉仕部はサボり場を提供する所じゃねぇんだけどなぁ……。

めぐり「あはは、きっと奉仕部での居心地がいいんだよ」

八幡「そんなもんですかね」

めぐり「そんなもんだよ、私だっていいなぁって思うことあったもん」

イベントの会議などで奉仕部と一緒に活動していたことでも思い出したのか、くすりと笑うめぐりさん。

しかしこちらを見ているその眼差しはどこか真剣で、何か茶化す気にはなれなかった。

めぐり「きっとさ、一色さんも……私も、奉仕部での居心地の良さを少しでも感じていたいなって思ったんだ」

めぐりさんのその声からは、真面目さと、寂しさと、そして優しさが含まれているように感じる。

いつものほんわか笑顔とはまた違った一面を見せられて、思わずどきっと心臓が飛び跳ねた。

めぐり「もしも一色さんや私が同じ二年生だったら、違っていたのかな」

何が、とは言わない。

それでも何が違っていたら、ということを察することは出来た。

もしも、もしも一色やめぐりさんが俺たちと同じ二年生だったとしたら、あの奉仕部は今とは違う形になっていたのかもしれない。

もしかしたら、一色やめぐりさんがあの部室に自然にいた可能性だってあったかもしれない。

そんな、もしかしたらありえたかもしれないその夢物語は、妙にリアルに想像出来た。

でも、それはもうあり得ない仮定だから。叶わない仮定だから。

もしも出会い方が違っていれば、生まれた年が違っていれば、めぐりさん達との関係がどうなっていたかなんて──それを考えることに、意味はない。

しかしめぐりさんはそんな夢物語の話を、ちょっとゆるめのテンポでゆっくりゆっくりと続けていく。

めぐり「私が同じ二年生だったらさ、もしかしたら同じ奉仕部に入ってたかもしれない。そして、また比企谷くんに助けられちゃうの」

そして、俺の先輩は、何かを羨望したような、そんな瞳で俺の顔を見た。

めぐり「それでさ、きっと……」

びゅうっと、風が強く吹いた。

瞬間、俺の体にも冷たい空気が襲い掛かり、思わず体をぶるっと震えさせてしまう。

めぐり「へくちっ」

隣から可愛らしいくしゃみが聞こえた。……さすがに、この寒い中、長時間外にいすぎたか。

八幡「……体育館、戻りましょうか」

めぐり「えっ」

俺はそう言いながらベンチから立ち上がった。缶の中に微かに残っていたコーヒーをごくっと飲み干すと、近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。

八幡「さすがに寒いでしょ、ここ」

めぐり「……ああ、うん、今行くね」

一瞬めぐりさんの顔に何か影が差したような気がしたが、外は暗い。なので、その表情をよく見ることは出来なかった。

再び、びゅうっと風が吹く。

しかしその冷たい風は、何故か熱くなっている俺の顔には少し心地良かった。




   ×  ×  ×


いろは「ちょっと先輩、どこ行ってたんですかー!」

体育館に戻ると、俺の姿を見つけた一色がむーっと顔をふくれさせながらそう言った。

ちなみにめぐりさんはお手洗いに寄っていくとかで一緒にはいない。さすがにそれを待つのもあれだったので、先にこちらに来たというわけだ。

八幡「ちょっと自販機でマッ缶買って飲んでただけだ」

いろは「もう、捜してたんですからね! もっと働いてもらおうと思ってたのに」

マジかよ、もしここに残ってたらどんだけ無駄に働かせられていたのだろうか。やはり労働からは逃げ得。将来もずっと労働からは逃げ続けようと決意を新たにした。

八幡「で、今どういう状況よ」

いろは「もう大体終わってますねー、もうそろそろ帰れるかなって感じです」

だったら俺要らなかったんじゃね? むしろ俺がいなかったことによりここまで捗ったんだとしたら、席を外した俺には感謝してほしいまである。

そんな感じで一色と話をしていると、雪ノ下と由比ヶ浜もこちらにやってきた。

結衣「あ、ヒッキーだ。どこ行ってたの?」

雪乃「まさか、逃げ出したわけじゃないでしょうね」

八幡「なんでサボってたこと前提みたいな言い方されてるの俺……」

まぁ、サボってたんだけど。

責めるような雪ノ下の目線から逃れるように体育館の内装を見渡してみると、すっかりイベント用の内装に変わっている。あとは当日、ここで食べるチョコや、ステージに有志が使う楽器などを運ぶくらいだ。

八幡「もうすっかりイベントって感じだな」

いろは「はい、明日も色々ありますからね。明日はいきなりいなくならないでくださいよ」

八幡「ならねぇよ……」

そうは言ったが、当日大量のイチャついてるカップルとかリア充を目にしたら即座に逃げ出す自信がある。なんならイベントに来ないでそのまま直帰するルートを取るまである。

ていうか今のうちに明日休ませてもらって良いですかって頼んだ方がいいんじゃないの?

しかし俺が休みを申告する前に、由比ヶ浜が口を挟んできた。

結衣「そういえば、城廻先輩は? ヒッキーと一緒じゃなかったの?」

八幡「いや」

さっきまで一緒に外で話してたとは素直に言い出せず、短くそう答えた。

すると由比ヶ浜はそっかーとだけ呟くと、くるっと体をターンして背中をこちらに見せてくる。

結衣「そろそろ終わりの時間かな……」

雪乃「ええ。一色さん、切りが良くなったら……」

いろは「はい、そのつもりですよー」

そう言いながら三人ともステージの方へ向かっていく。少し遅れて、俺もその後をついていった。

いろは「じゃあそろそろ下校時刻なのでー、終わったところは帰っても大丈夫ですー」

一色がそう宣言すると、作業をしていたお手伝いの連中からうぇーいなどと声が上がった。大体仕上がっているところも多いし、すぐに皆帰りの準備を始めるだろう。

三浦「あ、結衣ー、この後サーティワン行かない?」

結衣「ええっ、今から!?」

海老名「優美子、もうだいぶ遅い時間だよ……」

三浦「じゃあ、普通にご飯でもいいけど」

結衣「それだったらあたしも行こうかなー」

いつの間にか近くにいた三浦と海老名さんと話をしている由比ヶ浜をちらと見やりながら、次に一色に視線をやった。すると一色もこちらを向いており、目が合う。

いろは「あ、じゃああとは生徒会でやりますから大丈夫ですよ?」

雪乃「そう? ここまでやっておいて変に遠慮する必要はないのだけれど……」

いろは「まぁ本当にあと大した仕事残ってないですし、明日も手伝ってもらうんですから、今日くらいは少し早く上がってもらっても」

八幡「じゃ、お言葉に甘えて」

いろは「……大丈夫とは言ったのは私ですけど、そうノリノリで帰ろうとされるとなんかムカつきますね」

え? だって普通、帰っても大丈夫とか言われたらウキウキ気分にならない?

前にやってたバイトの時とか上がっても平気だよとか言われたら秒速でタイムカード切って帰ってたぞ。なんなら上がっても平気とか言われなくても定時になってたら勝手に帰ってたレベル。次の日から気まずくなって、すぐ行かなくなったけど。

帰ろうとして体育館の入り口の方に目をやると、丁度帰ってきていためぐりさんが歩いてきているのが見えた。

めぐり「あれ、もう終わりの時間だったかな」

八幡「らしいっすよ、帰ってもいいって」

めぐり「そうなんだ。あ、一色さんごめんね、ちょっと長く離れてて」

いろは「いえいえお気になさらずー、もう帰っちゃっても平気なのでー」

帰っちゃっても平気のところが早く帰れのように聞こえたのは俺が言葉の裏を読みすぎているだけですかね……いろはす怖ぁ……いや、俺が勝手にそう思っているだけだし、実際勘違いであって欲しい。

いろは「じゃ、先輩方、お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」

八幡「おう、お疲れ」

雪乃「ええ、また明日」

結衣「お疲れー!」

めぐり「お疲れさまー」

ぺこりと一礼する一色を見てから、俺、雪ノ下、めぐりさんは荷物を取って体育館を出る。由比ヶ浜は三浦、海老名さんと行動するとのことで、そのまま体育館に残った。

並んで体育館を出た辺りで、めぐりさんが口を開く。

めぐり「楽しみだなぁ、明日。比企谷くんと雪ノ下さんはどう?」

八幡「……まぁ、一応」

雪乃「それなりには」

それに対して、俺たちの返事はやや微妙なものだった。本当に楽しみなのだが、いまいちそういった感情を素直に吐露することに慣れていないだけなのだろうと思う。

しかしそんな返事でも満足だったのか、めぐりさんは楽しそうにうんうんと頷いている。

めぐり「そうだよね、楽しみだよねー」

ほんわかとした笑顔を浮かべながらそう言うめぐりさんを見て、思わずふっと笑みが漏れてしまう。見れば、雪ノ下も似たような感じで優しい笑みを浮かべていた。

めぐり「ありがとうね、奉仕部に相談して本当に良かったと思うよ」

先ほど、外で聞いたものに近い言葉を掛けられる。それに対して、雪ノ下は軽く首を振った。

雪乃「本番はまだですよ、城廻先輩」

その雪ノ下の返事も、先ほど俺が言った言葉と同じだ。

雪乃「明日のイベントが終わってから、それからでも遅くはないでしょう」

八幡「ま、そうだな。もしかしたら明日いきなり失敗するなんて可能性もあるわけだしな」

雪乃「あら、まさかまだ中止に追いやる計画を諦めてなかったのかしら?」

八幡「最初からそんなこと考えてねぇよ」

こいつ、本当に人をなんだと思ってやがるのかしら。普通に明日サボろうかなーとしか考えてねぇよ。

めぐり「もうっ、失敗しないように私たちが頑張るんだよ?」

雪乃「ええ、そうですね。私たちの中から失敗に繋がるようなミスが起きなければいいのですけど」

八幡「それ、明日のチョコ作りに関わる由比ヶ浜のことを指してるんだよね、俺のことじゃないよね?」

明日のバレンイタンデーイベントでは、学校の予算で発注したチョコを振舞うことになっている。そのほとんどは単なる既製品だが、一部は当日家庭科室で作ったチョコレートケーキなどを持っていく予定だ。クリスマスイベントで学んだ技術を少し応用した形になる。

んで、何故かそのケーキ作りに由比ヶ浜がどうしても関わりたいとか抜かしたので、仕方なくそれに由比ヶ浜を面子に加えたのだった。

それを思い出したのか、雪ノ下は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながらため息をついた。

雪乃「そうなのよね……明日、由比ヶ浜さんを監視しながらケーキ作りをしないといけないのよね……」

そう呟く雪ノ下の声音は本当に不安そうである。逆の意味で由比ヶ浜の料理の腕は信頼されきっているようだ。

明日由比ヶ浜が手を加えたケーキには口をつけないでおこうなどと考えていると、あははとめぐりさんのほんわかとした笑い声が聞こえた。

めぐり「じゃあ、二人とも。明日もよろしくね!」

八幡「うす」

雪乃「分かりました」

俺と雪ノ下の返事が重なる。

今まで二週間近くの準備の結果が、明日のイベントで示されるのだ。

それを意識すると、少しだけ胸の中で何かが高まるのを感じた。

ついに、明日がバレンタインデーイベント本番である。


めぐめぐめぐりん☆めぐりんりーん

思いつきで立てたこのスレも、気が付けば(単純な文字数だけで比較すれば)薄いラノベに並ぶくらいにまでなってきました。
ラストデイまで、もう少しだけお付き合いください。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

乙です。
質問なんだけど、薄いラノベとこのssの文字数を教えて。



 *  *  *


夢を、夢を見てたんだ。

夢の中の君は、みんなに優しくて、ちょっと捻くれていて、そして周りの人たちに想われていて。

私は思ったんだ。

君自身は、誰のことを想ってるんだろうだなんて。

もしも、そんな人がいるなら。

私はその人のことがどうしようもなく羨ましい。

できれば、あなたの大切なひとが、私であればいいのに。

私であれば……。


 *  *  *




     ×  ×  ×


そしてとうとう金曜日、バレンタインデー当日を迎えた。

八幡「……朝か」

はっと目を開けると、俺の視界に入ってきたのは知らない天井──ではなく、いつもの俺の部屋の見慣れた天井であった。

近くに置いていた携帯を取って時間を確認すると、いつも目覚まし時計が鳴る時間の数分前。

目覚ましが鳴るちょっと前に起きてしまうと、数分間くらい睡眠時間が減ったような気がして損した気分になるな。

とはいえ、さすがにこの時間に二度寝でもしようものならば間違いなく遅刻確定である。小町に蹴り飛ばされる前に起きようと布団から出ると、ひんやりと冷たい空気が俺の体を包み込んだ。

……やはり冬の布団というものは最高だな、うん。

もそもそと布団の中に潜り直すと、携帯がピリリッと鳴った。

なんだなんだ、目覚まし機能消し忘れたっけかと携帯の画面を見てみると、メールが来ている。

こんな朝にメールが来るとは珍しい。ここ最近アマゾンで何か頼んだわけでもないし……それとも何かバーガーでも安くなるの? と思いながらフォルダの一番上のメールの差出人を見た。

FROM 城廻めぐり

八幡「!!?」

ガバッと被っていた布団を放り投げて、その携帯画面を穴が開くほどに睨みつける。もう寒さとか気にならない。

しかしこんな朝にめぐりさんからメールとは、一体何があったのだろう……と疑問を抱えたまま、携帯のメールを開く。

FROM 城廻めぐり

TITLE ハッピーバレンタイン!


おはよう、比企谷くん!(*´ω`*)

今日は待ちに待ったバレンタインデーイベントだねヾ(o´▽`)ノ

忘れたりしないように!( メ`・ω・´)ノ

じゃあまた学校で会おうね!(@・ω・@)ノ

八幡「……」

……………………。

はっ、一瞬天国に召されかけていた!

あぶねぇあぶねぇ……Anotherならそのまま死んでた。

正気を取り戻したところで、再びメールの文章を読み返す。

わあ、わざわざイベントのお知らせとか気が利くなぁめぐりさんは……まさか俺がサボろうとしていることがバレたのだろうか。だとしたらこのメールは釘を刺すためなのかもしれない。わあ、めぐりさんこわぁ……。

まさかめぐりさんに限ってそんな黒いことを考えてこのメールをよこしたわけないじゃないかHAHAHA!! と内心笑い飛ばしながら、三度メールの文章を読み直す。

うーん、毎度破壊力の高いこと高いこと。あの戸塚のメールの破壊力も役満級であったが、このめぐりさんも別ベクトルでとんでもない破壊力を持ったメールを送ってくる。

こんなにもほんわかするメールを作成出来る人間は他にいるだろうか、いやいない。(反語)

朝から心がめぐりっしゅされ、幸せな気分になりながら部屋を出て洗面所に向かった。

そんな幸せ気分るんるんと洗面所の鑑を見ると、大層気持ち悪い顔を浮かべている俺が映っている。

さすがに浮かれ過ぎたかとバシャバシャと冷たい水を乱暴に顔に叩きつけていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。

タオルで顔を拭いてから、そちらの方を見やるとまだ寝ぼけ眼のままの小町がふらふらとリビングに向かっている。

八幡「おう、おはよう」

小町「あ、お兄ちゃん……おはよう」

そう挨拶を返してくれた小町の声にはどこか覇気がない。普段ならドン!! とかいう効果音が出てくるほど元気なのに。いやさすがにそんなことないか。

今、小町の元気が無いように見受けられるのは来週の頭に受験が差し迫っているせいだろう。

まぁだからといって俺がしてやれることはほとんどない。せいぜい下手な刺激を与えないように気をつける程度である。

机の上にはすでに朝食が出揃っていた。おそらくすでに家を出たママンが作ってくれたものなのだろう。

お茶を淹れて椅子に座っている小町に渡してから俺も椅子を引いて座る。そして二人して手を合わせると、いただきますと小さく唱和した。

さあ、いっぱい食べようよ! 早起きできたごほうび~♪ とどこぞのうっうーなアイドルの歌を脳内で流しながら朝食を口に放り込んでいると、小町がちらちらとこちらを窺っていることに気が付く。

八幡「……なんだ、どうした」

小町「ん、なんかお兄ちゃんご機嫌だなって」

八幡「そうか?」

確かにハイターッチとかしたくなるような曲を脳内で流してはいたが、まさか声に出していただろうかと小町の顔を見てみると、何やら興味深そうな表情をしている。

小町「……もしかしてお兄ちゃん、今日のバレンタインデーが楽しみだったりする?」

八幡「お、分かっちゃうか……そりゃあ例年小町から貰えるチョコが楽しみだからな」

小町「え、今年はないよ」

八幡「うっそだろお前!!」

ガタンと机を叩きながら抗議するが、小町はしらーっとした目で俺を見ているだけだった。いやいやーそういうのいいですからー……え、マジでないの?

その事実を理性が認めてしまうと、思わず目が潤んでしまった。うっ、目にゴミが……。

そのまま机に突っ伏すと、はぁ~と小町の面倒くさそうなため息が聞こえてきた。

小町「……えー、なんでガチ泣きしてるの」

八幡「うう……俺の妹がこんなに反抗期なわけがない……ギブミーチョコレート……」

小町「はぁ、気持ち悪いなぁこのごみぃちゃん」

そう再びため息をつきながら、小町はいつの間にか食べ終わっていた食器を片付けてぱたぱたとどこかへ去ってしまった。

とうとう妹からすら見放されてしまった俺は今後何を希望に生きていけばいいんだ……。

希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が出てくるということなのだろうか。そうやって差し引きを0にして世の中のバランスは成り立ってるんだってどこぞの赤い林檎の魔法少女が言ってたな……。

このままじゃ絶望のせいでソウルジェムが濁りきって魔女になってしまう……いや、男だから魔法使いか……30歳までまだ時間はあるはずなんだけどなー、と頭の中でくるくると思考が廻り巡っていると、またぱたぱたと小町がリビングに駆け戻ってきた。

八幡「……?」

どうしたのだろうと突っ伏していた机から顔を上げてその足音がしてきた方を見やれば、そこには何やら箱っぽいものを持っている小町が立っていた。

小町「ん!」

八幡「何? カンタ?」

どこぞの素直になれない男子小学生がサツキに傘を貸したような感じで、その箱を突き出すように俺に渡してくる。

それを受け取ってまじまじと見てみれば、それはラッピングされたチョコレートのようだ。

八幡「……おお」

ハチマンは でんせつのちょこれーとを てにいれた!▼

八幡「……くれるのか」

小町「まぁ、一応ね……毎年のことだし」

八幡「マジかよ、俺は出来た妹を持てて幸せだ」

小町「小町は腐ったお兄ちゃんがいても、結構複雑なんだけど……」

貰えたチョコレートを抱きしめながら感動の涙を流している俺を見て、小町は呆れたような表情ではぁ~と今日何度目かになるか分からないため息をついた。

小町「小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに」

八幡「ばっかお前、俺はいつだって素直に生きてるぞ」

小町「そういう意味じゃなくて。いやまぁある意味素直かもしれないんだけど……」

いやほんと素直過ぎて進路希望調査票に専業主夫って堂々と書いちゃうレベル。実際働いたら負けとか言われるこの世界で自ら働く選択肢を取るとかマゾなのかと思う。

しかし小町は俺の言葉をふっと鼻で笑い飛ばしながら、暖かい微笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。その眼差しはどこか真剣で、どこか優しくて、そしてどこか哀しそうな色が見え隠れしている。

小町「……お兄ちゃんさ、本当は今日のバレンタインデー楽しみなんでしょ」

再び、最初の話題に戻った。その声音は茶化すようなものではない。

八幡「……別に、んなことねぇよ」

その小町の視線を受け続けるのが少し気まずく、俺は適当にそう答えつつ目を逸らす。すると小町も照れくさくなったのか、ふっふっふーと笑いながら先ほどまでの雰囲気を壊してきた。

小町「またまたー。もしもくれそうな人がいるんなら、その人にもちゃんと素直に言いなよ?」

八幡「何をだよ……」

小町「それはお兄ちゃんが考えて」

そう言うと、小町は悪戯っぽく微笑む。そしてくるっと背中をこちらに向けると、そのままリビングの扉を開けて去ってしまっていった。

ただ一人残され、俺は先ほどの小町の言葉を思い返す。

素直に、か。

それはやろうと思えば出来るものなのだろうか。

色々あって食べ損ねていた朝食に口をつけると、それはすっかり冷めてしまっていた。




   ×  ×  ×


さて時間が経つものは早いもので、いつの間にか放課後である。

ホームルームが終わると教室が再び喧騒に包まれる。今日は朝からこんな感じだ。バレンタインデーでああだこうだと、特に女子が喧しい。当然ながら俺は誰かと騒ぐような相手などいやしない。

しかし他のクラスメイトはぼっちじゃないのか、随分と多くの生徒が放課後のこの教室に残って雑談を繰り広げていた。ワンチャン自分にチョコ貰えるかも? と期待して残っているとしたらそいつはただの自意識過剰なだけの馬鹿だ。どうも昔の俺です。

そういうわけではなく、これからバレンタインデーイベントが体育館で行なわれるため、それの開始時間まで暖房の効いたこの教室で待っていようと考えている生徒が多いだけだろう。そして、俺はこれからそのイベントの運営に携わるわけだ。

やだなーこんなリア充どもをこれからずっと目にしながら仕事しないといけないのかー、本気でいやんなるなー、でもここでサボったらめぐりさんがどんな顔するのか分かったもんじゃないしなー。

はぁ~と人知れず大きなため息をついていると、教室の後ろの方からひときわ喧しい声が聞こえてきた。もはや振り向かなくても誰の声だかは分かる。戸部だろう。

戸部「っべーわ、今日のバンドめっちゃ緊張してきたわー」

葉山「おいおい、さすがに早すぎるだろ」

大和「でも分かる」

大岡「それな」

その会話を聞いて、そういえば今日のイベントではいくつかの有志団体が体育館の前のステージで何か出し物をするはずだったことを思い出す。

そして、そのうちのひとつが葉山率いるバンドだったはずだ。

三浦「あんたらしっかりしなよ」

そんな早くも緊張し始めていた三バカにに向かって、三浦が発破をかける。こちらはどうやらいつも通りの女王っぷりだ。

葉山「優美子はさすがだな」

三浦「べ、別に、これくらい普通だし……」

しかし、三浦の手元をよく見るとその手が微かに震えているように見えた。お前も緊張してんじゃねぇか。

その緊張の原因がバンドなのか、それとも他の事なのかまでは俺には分からなかったが。

葉山「……しっかりやろうな」

八幡「……?」

戸部達に掛けたその葉山の声には、妙に熱に篭っているように聞こえた。至って普通の言葉だと思うのだが、何故だがそこに違和感を覚える。

ただのイベントの余興なのにそこまで本気出すものなのか、と葉山たちの方へ再び視線をやると、葉山の近くにいた由比ヶ浜と目が合った。

すると由比ヶ浜がごめんと三浦たちに謝り、そのままぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。

結衣「ごめんごめん、待ってくれてた?」

八幡「いや、別に」

なんとなく戸部のやかましさが気になって葉山グループの会話を盗み聞きしていただけなのだが、由比ヶ浜はそれを待っていたと受け取ったようだった。

結衣「じゃあみんな、あたし先に体育館行ってるね」

葉山「ああ、結衣は運営側だったんだな。頑張れ」

優美子「あーしも後で行くから」

海老名「ユイー、頑張ってねー」

結衣「うん、じゃあまた後で!」

そう由比ヶ浜が葉山たちに別れを告げると、由比ヶ浜が行こっと先を促した。そしてそのまま教室の扉を開ける。

結衣「いやー楽しみだねーバレンタインデーイベント。ヒッキーはどう?」

寒々しい廊下に出ると、由比ヶ浜が明るい声で会話を切り出してきた。この子本当に元気ねぇ、アホの子は寒さを感じないのかしらん。

八幡「まぁ、そうだな」

結衣「おー、ヒッキーにしては珍しく素直だね」

八幡「今日だけで何人の片思いが玉砕するかと思うと、今から楽しみだ」

結衣「やっぱり捻くれてる!!」

由比ヶ浜ははぁ~と呆れたようなため息をつきながら、がくっと肩を落とした。そのまま俯くと、表情を暗くする。

結衣「……玉砕、なのかな」

そしてぼそっと、小声で言葉を呟いた。それは俺の耳にまで届いたが、なんて反応すればいいか分からずに黙りこくってしまう。

しばらく気まずい沈黙を味わっていると、由比ヶ浜がちらとこちらを見上げてきた。

結衣「……ヒッキーって告ったことあるんでしょ、どんな感じだったの?」

八幡「お前…………人のトラウマをほじくるのがそんなに楽しいか…………?」

結衣「わわわごめん、今のなし!」

ああ、今でも鮮明に思い出せる。折本への告白を断られた翌日、教室でひそひそ話をされた時のことが……。あっれおかしいな、目の前がちょっと歪んできた。

八幡「いや、気にしてないからいい。別に二人きりの時に告白したはずなのに何故か翌日にはクラス中に知れ渡っていて嘲笑のネタにされたこととか思い出してないから別にいい」

結衣「めちゃくちゃ気にしてるし!」

ばっかお前、本当に気にしてないって。こういう時って変に慰められる方がきついんだって。いやほんとマジで。

しかし幾分か気まずい空気がマシになったことを感じ取ると、俺はごほんごほんと誤魔化すように咳払いをした。

八幡「まぁ、あれだ。告白ってのは確かにリスキーな行為だけどな、その後どうなるかはそいつ次第なんじゃねぇの」

結衣「……その人次第」

適当に一般論っぽいことを言って締めようとしたが、由比ヶ浜は何から重々しく頷いていた。ちなみに俺の場合どうなったかはもう蒸し返さなくてもいいよね。

そんなこんなでいつの間にか体育館の前にまでやってきた。その中ではすでに生徒会の面々が動いているのが、外からでも見える。

体育館の扉を開けると、中にいた雪ノ下、一色、めぐりさんが同時にこちらの方を振り向いてきた。毎度思うんだけど君たち来るの早すぎね? 俺たちのクラスのホームルームが長すぎるだけなの?

いろは「あ、先輩、おっそーい」

そして俺と由比ヶ浜の存在に気がついた一色がこちらにとことことやってきた。その顔がどこかふくれていたが、俺としては別に怒られる筋合いはない。

それに続いて、雪ノ下とめぐりさんもやってきた。

雪乃「こんにちは。由比ヶ浜さん、比企谷くん」

めぐり「やっ、二人とも。こんにちは~」

結衣「やっはろーです!」

八幡「ども」

軽く頭を下げて会釈をすると、めぐりさんがほんわか笑顔を浮かべてうんうんと頷いた。瞬間にこの体育館中がほんわか雰囲気に包まれたような感覚になる。一家に一台欲しいね、全自動ほんわか機。

めぐり「今日はね、時間のあるメンバーたちにも来てもらったんだよ」

八幡「……メンバー?」

そのめぐりさんの言い方に違和感を覚えて、思わず聞き返してしまった。何、メンバーって? どっかの裏の組織だったりするの? しかしメンバーとかアイテムとかスクールとかブロックとか出てくる辺りっていつになったらアニメ化するんだろうね。三期はよ。

そんな俺の疑惑の顔に気が付いたのか、にこりと笑っためぐりさんがくるっと後ろを振り向いてどこかに声を掛ける。

めぐり「ね、みんな」

メンバー「ここに」

すると、スッとどこからか数人の生徒がそこに現れた。

なんだ、忍者か。いや、本当に裏の組織の暗殺者だったりするんじゃないの?

しかしあのメガネ達どっかで見たことがあるなと自分の記憶を辿ってみると、少し時間が掛かったが思い出した。

確かめぐりさんと一緒に生徒会を務めていた先代の役員達だ。文化祭や体育祭では随分と世話になったものだ。

そんなことを考えていると、再びめぐりさんはこちらの方に振り向くと、俺たちの顔を見渡す。

そしてぐっと握った拳を、天井に向かって勢いよく突き出した。

めぐり「よーしっ、じゃあ本番も頑張ろう、おー!!」

八幡「おー、おー……」

この人本当にいつもやる気だなぁ、と引き気味に俺たちもそのノリに乗った。それを見ためぐりさんはうんうんと満足げに頷く。

さて、バレンタインデーイベント本番だ。

さっきまではああ言っていたものの本当に心配させるわけにはいかない。

八幡「じゃ、やりますか」

軽く肩を回しながら、他の生徒会役員の手伝いをするために体育館の奥の方に向かった。

これから、長い放課後が始まる。



今回はここまでです。
ちょっといくつか。

その1
>>109-110
がダブル投稿になってて、本来投稿すべきシーンが抜けてたことに今更気がつきました。ハハッ。どうしよう。抜けてても一応物語としては問題ないんですけど。

その2
>>347
世に出たれっきとした商業作品と、素人が書いたSSを文字数だけで比べるのもあれだったかなとは思い直していますが。
300ページくらいのラノベが大体十数万文字くらいらしくて、このSSが今回の更新分含めて丁度10万文字くらいです。

その3
結衣さんがめぐりさんを呼ぶときにめぐり先輩だったり城廻先輩だったりしてますが、
これは私が、結衣さんがめぐりさんを直接呼ぶときは「城廻先輩」呼びで、
本人のいないところでめぐりさんを呼ぶ時(6.5巻365ページ末)は「めぐり先輩」呼びだということに先程まで気が付かなくて、それでごっちゃにしていたためです。すみません。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


八幡「よっこらせっと」

運んできた机を床に降ろし、一息つく。それからぐるっと体育館の中を見渡した。見れば生徒会役員や一部の手伝いの人たちがえっちらほっちらと机を運んだり、袋に包まれたチョコを皿に分けていたりしている。

だいぶ会場設営も終わりかけているようだ。あと数十分で会場を開放する予定だが、このペースであれば余裕を持って設営は終わらせられるだろう。

そのまま体育館の様子を窺っていると、ふと雪ノ下と由比ヶ浜、そしてめぐりさんがいないことに気がつく。

あいつら何をやってるんだろうと考えていると、一色がこちらに向かってぱたぱたと駆け寄ってきた。

いろは「せんぱーい! こっちはもう大丈夫なので、家庭科室に向かってくれませんか?」

八幡「家庭科室?」

いろは「はい。今、雪ノ下先輩たちが家庭科室でケーキを焼いているはずなんですけど、結構量あると思うので人手が必要かなと」

ああ、思い出した。そういえば雪ノ下たちはこのイベントで振舞うためのチョコレートケーキだったか何かを作るために家庭科室に向かったんだった。

いろは「だからそっちお願いします」

八幡「分かった」

そういうことならば行くしかあるまい。確か結構な量を用意する予定であったはずだ。それを女性数人だけで運ぶのはさすがに大変だろう。

俺と、そして同じく一色に仕事を頼まれたのか副会長が家庭科室に向かう。この副会長もよく一色に振り回されているようで、ちょっと同情してしまった。

やや駆け足気味に廊下を進んでいると、副会長が申し訳なさそうに口を開いた。

本牧「悪い、助かるよ」

八幡「別にいいよ、今更だ」

このイベントには企画当初から関わってしまっている。今更多少の肉体労働を押し付けられたところで悪く思われても、逆にこっちが困ってしまう。

まぁ実はサボろうかなんて変な考えをしたこともあるけど、実行に移していないのでセーフセーフ。

そのまま家庭科室に到着し扉を開けると、中には雪ノ下、そして由比ヶ浜、めぐりさん、メガネをかけた生徒会の書記、そして先代の生徒会役員たちがいた。

結衣「あ、ヒッキー!」

こちらに気がついた由比ヶ浜が手をあげてくる。それにようと軽く返しつつ、近くにまで向かった。

八幡「もう出来てるのか?」

雪乃「さすがに全部は無理ね。今出来ているだけでも持っていって、あとでまた取りに来てちょうだい」

家庭科室のテーブルの上を見渡してみれば結構な量のケーキが焼きあがっており、チョコの甘い香りが教室中に漂っている。ついでに視界の端で副会長と書記ちゃんが甘い雰囲気を醸し出している。おい副会長仕事しろ。

しかしこの短時間でこれだけの量を作りきっただけでも十分凄いと思うのだが、まだあるのね……まぁ任意参加とはいえ一応全校生徒が来てもおかしくないイベントなので、これでもまだ足りないのだろう。クリスマスイベントの時より多くの人数が来るかもしれないし。

八幡「ところで由比ヶ浜が作ったのって食える出来になってんの?」

結衣「ひどっ! 食べられるよ!」

雪乃「大丈夫だと思うわ、私がずっと監視してたもの」

結衣「監視だったの!?」

そっかー、あの雪ノ下さんが監視してたなら安心かー。……いやどうだろう、去年の春は雪ノ下が付きっ切りでも割とアウトな出来だったような……。

雪乃「……あなたが何を考えているのか、聞かなくても分かるような気がするわ」

雪ノ下がこめかみを押さえつつ、はぁとため息をついた。なに、エスパーなの? ……いや、相当不安気な顔してたんだろうな、俺。

雪乃「少し、食べてみてはどうかしら」

八幡「え?」

そう言って雪ノ下は並んであるチョコレートケーキのうちのひとつを指差した。おそらくそれが由比ヶ浜の関わったものなのだろう。

見た目は他のものとほとんど同じように見える。確かに見た目は旨そうなんだが、由比ヶ浜が作ったと聞くだけで不安になってしまう。

結衣「そ、そうだよ! そんなに言うならちょっと食べてみてよ!」

八幡「む……」

雪乃「今、切り分けるわね」

雪ノ下が素早く包丁でケーキの一部を切り取り、そして皿に乗せてフォークと一緒に差し出してきた。こうされると食べないとも言い出しづらい。策士か雪ノ下孔明。

……よし、俺も男だ。覚悟を決めようではないか。

結衣「……そんなに覚悟を決めたような顔をしなくても」

八幡「……いただきます」

フォークをケーキに突き刺し、そしてそのままそれを口の中に運ぶ。チョコクリームの甘みが口の中に広がり、それを味わいながら喉の奥まで飲み込む。

しばらく身体に異常が無いか確かめてみたが、特に問題なさそうだ。

八幡「おお、食える……食えるぞ……」

結衣「そりゃ食べられるよ……」

雪乃「どうやら問題なさそうね、私も少しいただこうかしら」

八幡「毒見だったのか、今の……」

まぁ、とりあえず由比ヶ浜が関わったケーキも食えることが判明した。これなら特に問題と言える問題もないだろう。

毒見……もとい味見も終わったことだし、ちゃっちゃかとケーキを運ぶことにしよう。あまり時間も余裕なさそうだしな。

八幡「じゃ、とりあえず出来上がったものだけでも運ぶか」

雪乃「気をつけて。決して落とさないように」

八幡「あいよ」

ケーキを入れた箱を両手で持ち、そのまま家庭科室を出る。重さ自体はそうでもないのだが、ケーキという性質上から乱暴に扱うわけにもいかないので、出来るだけ慎重に運ぶ。

すると、後ろから少し急ぎ気味の足音がこちらに近寄ってくる音がした。ちらりと視線をそちらに向けると、同じように箱を持っているめぐりさんが俺の横にやってきた。

八幡「あれ、あっちはいいんですか」

めぐり「うん。大体雪ノ下さんがやってくれたから、後は運ぶだけなんだ」

相変わらずハイスペックだなぁ、あいつ。由比ヶ浜を監視……もとい教育しながらあれだけのケーキを同時に作るなんて、そうそう出来ることじゃないよ! さすが雪ノ下様!

それと同時にクリスマスイベントの時のことが思い返された。あの時も雪ノ下は調理室の主となってガンガンオーブンを回してケーキを作りまくっていたものだ。

あの時より人数も時間も少なく、そして由比ヶ浜の監視も兼ねながらここまで出来るって……本当にあいつ何者なんだろう。

めぐり「さすがだよね、雪ノ下さん」

八幡「あー、まぁそうですね」

めぐりさんと一言二言会話を挟みながら、再び体育館に戻ってくる。

すると中にいた一色が手をこまねいてこっち来いアピールをしていたので、めぐりさんと並んでそちらに向かった。

八幡「これどこ置けばいい?」

いろは「そこの机の上に置いてください。あとはわたし達がやるんで、また家庭科室に取りに行ってください」

八幡「へいへい……」

一色に指示された机にケーキの入った箱を置くと、またすぐに家庭科室に戻る。その道中でめぐりさんがあははとほんわか笑いを浮かべた。

めぐり「なかなか大変だねぇ」

八幡「あと何往復すればいいんでしょうね……」

まだ一度しか往復していないが、すでにうんざり気味だ。

特別棟の一階にある家庭科室から体育館までの距離はさほど離れておらず、階段を使う必要も無いのだが、それでもケーキというものは運ぶのに普通の荷物より気を使う。あと同じくケーキを運んでいる副会長と書記ちゃんが後ろでイチャコラかましてるのが本当にムカつく。仕事しろ副会長。

そしてそれから数度、家庭科室と体育館を行き来し、雪ノ下たちが作ったケーキを次々と体育館に運んでいく。もうだいぶ体育館の近くにも一般生徒たちが集まってきており、開放を今か今かと待ちわびている。

そしてこれで何度目か、再び家庭科室の中に戻ってくると、テーブルの上にはもうすでにケーキはなかった。

室内を見やれば、中には雪ノ下と由比ヶ浜の二人しかいない。しかしオーブンはフル稼働しており、ウィーンという音と、甘い匂いがしてくる。

八幡「お、もうねぇのか?」

雪乃「ええ、今作っている途中よ。まだそこそこ掛かるから、あなたと城廻先輩は体育館に先に戻って運営の手伝いをしてもらえるかしら」

結衣「あたしはまだゆきのんのお手伝いするからね!」

八幡「分かった。じゃあ先に体育館行ってるな」

めぐり「二人とも、頑張ってね」

そう言いながら、俺とめぐりさんは家庭科室を後にする。まぁ雪ノ下が残るなら後はなんとかなるだろうと思いながら、廊下を歩き始めた。

その道中で、めぐりさんがとんとんと俺の肩を叩いてきた。振り向いてみれば、めぐりさんがふふっと微笑みを携えながら俺の顔を見上げている。

ほんわかとした笑みに思わずどきりと鼓動が早くなるのを感じたが、それを悟られないように極めて冷静になるように意識した。

八幡「どうしたんすか」

めぐり「もう、始まっちゃったね」

八幡「ん、もうそんな時間か……」

携帯を取り出して時間を確認してみれば、開始時刻の四時から数分過ぎていた。おそらくもう体育館には生徒たちが押し寄せてきているだろう。一色たちはうまくやれているだろうか。

めぐり「うーんちょっとドキドキするね、体育館の中はどうなってるかな」

八幡「リア充共が喧しく騒いでるんじゃないんですか」

めぐり「りあ……?」

あ、駄目だった。通じなかった。こういうところでパンピーとの壁を感じてしまうことって、あるよね。

げふんげふんと咳払いをして誤魔化しつつ、もう一度会話を仕切りなおす。

八幡「まぁ、もう結構人来てるんじゃないですかね、さっき体育館の周りに結構いましたし」

めぐり「そうだよね、みんな来てるよね」

前にめぐりさんから見せてもらった、去年の様子が映っていた写真のことを思い出す。あれに近い光景をこれから見に行こうというのだ。

うわー嫌だなーと俺の肩はやや落ち気味なのだが、隣のめぐりさんはうんうんと、とても楽しみそうにしている。

それに水を差すのも気が引けたので、その嫌な気持ちを顔に出さないように心がけた。

めぐり「みんな楽しみにして来てるんだし、頑張らないとだね。比企谷くんも頼りにしてるよ?」

八幡「ははは、それはどうも……」

まさか数秒前までイチャコラしてるカップルやらウェーイ系リア充どもを見に行くのとか嫌だなーとか思ってたとは言いだせず、引きつった笑いを浮かべながらそう返す。

そのままとことこと体育館の近くにまでやってくると中の騒ぎが聞こえてきた。この寒い外にまでその熱気が伝わってくる。

めぐり「わぁ、中はもう盛り上がってそうだね」

八幡「まだ始まって五分も経ってねぇだろ……」

あいつら火ぃ付くの早すぎない? 何、アルコールか何かなの? それともアルコールでも入れてるの? 未成年の飲酒は法律によって禁止されています。

はぁと軽くため息をつきながら体育館の中に入ろうとする。

瞬間、ふと手に熱い何かを感じた。

自分の腕の先に視線をやれば、めぐりさんが俺の手を握っているではないか。

八幡「……!?」

めぐり「比企谷くん、頑張ろうねっ!!」

俺の手を握っているめぐりさんの手に、さらに力がぎゅっとこめられる。そのめぐりさんの手の体温を感じながら、俺は軽く頷いた。

八幡「……はい」

めぐり「うんっ、じゃあ行こう!!」

そのまま俺の手を引いたまま、体育館の扉を開ける。

すると、わあっと生徒たちの熱気を帯びた歓声が俺たちを包み込んだ。




   ×  ×  ×


体育館に戻った後、俺は一色の指示の元、雑用やらなんやらを行なっていた。

この体育館で行なわれたバレンタインデーイベントには思ったより大勢の生徒がやってきたようで、冬なのにも関わらず体育館内の熱気は凄まじい。

見れば、葉山や戸部、三浦といった有志で出し物を行なう面子はもちろんのこと、その近くにいる海老名さんの側には川なんとかさんの姿も見える。川……、川なんだったっけな……まぁいいや、その川さんとかさんも海老名さんとわいわい(?)やっているようでよかった。仲良きことは良きことかな。

さらに他の所にも目をやると、知り合いが……知り合いが……そういえば俺、そもそも学校に知り合いの絶対数がめちゃくちゃ少なかったんだった。全然見当たらねぇ。ああ、奥の方で暑苦しいコートを着てる奴を見かけたような気がするけど、そいつは除外。

前のステージでは、有志の生徒がブレイクダンスを踊っていた。それを見ている生徒たちは机に置いてあるチョコやケーキなどを口にしながらそれに歓声や野次などを飛ばしている。青春してるねぇ、君たち。

その生徒たちの出し物の出来は上々だったようで、終わると同時に万雷の拍手が送られる。

俺はそれを横目に見つめながら、手に持っていた段ボール箱を舞台袖にまで運び込んだ。

八幡「これはどこに置いておけばいいんだ」

いろは「あ、そこに置いててくださーい」

そこって言われてもな。まぁ適当に置いておけばいいや。何かあっても怒られるのは俺じゃないだろうし。

八幡「次、なんかやることあんのか」

いろは「今のところはないんで、休憩してもらってていいですよー」

あ、やっと終わったのね。イベント開始から一時間ほどずっとこうやって運んだり雑用を押し付けられていたので、結構な疲労が溜まっていたのだ。

結局こうやってきっちり働いてしまっている辺り、やっぱり社蓄の血には抗えないんだと思い始めてきました。どうも俺です。

雪乃「ご苦労様」

結衣「あ、ヒッキーおつかれー」

めぐり「お疲れさまっ、比企谷くん」

八幡「ん、ああ……」

ねぎらいの声を掛けられた方を見てみると、そこには雪ノ下たちがいた。その手にはカメラやマイクなどが握られている。機器のチェックでもしていたのだろうか。そういえば有志団体の活動を記録するのも運営側の仕事だって言ってたな。

しかし雪ノ下は家庭科室であれだけのケーキを作成した後にこちらの仕事に加わっていたのだろうか。相変わらず仕事となると相変わらずものすごい動きを見せる奴だな。明日辺り倒れないか少し不安になる。

戸部「っべーわ、マジ緊張してきた」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたので、そちらをちらと見やれば、戸部がスティックと手に持ちながらだらだらと舞台袖の中に入ってきたのが見えた。それに続いて、葉山や三浦たちも入ってくる。

結衣「あ、優美子、隼人くん」

いろは「葉山先輩!」

葉山「やあ結衣、いろは。運営お疲れ」

緊張でかちこちになっている戸部たちとは違い、葉山はいつもの余裕そうな笑顔を浮かべたまま由比ヶ浜と一色に手を振っていた。

そしてその視線をそのまま横にずらしたかと思うと、俺とも目が合う。

葉山「雪ノ下さん、ヒキタニ君もいたのか。お疲れ様」

雪乃「あなたはこれからステージ?」

葉山「ああ、今やっている人の次なんだ」

はーんと興味もなかったので適当にそれを聞き流していると、その葉山の隣の三浦の姿が視界に入った。

三浦「……」

その顔つきは今までに見たことがないほどに真剣であり、思わず息を呑んでしまった。

確か前回、文化祭でここにいたときはえらくテンパっていたはずだったが、今の三浦からはまるであの時とは別人のようなオーラを纏っている。

葉山「今回は聴いてくれるんだろう、ヒキタニくん」

一体何があったのだろうか。よほど葉山とのステージを失敗したくないのだろうかと脳内で適当に考えていると、葉山がこちらに向かって話しかけて来たのでその思考を打ち切った。

話しかけられるとは思ってなかったので、少々驚きつつも適当におうとだけ返す。

そういえば前回は相模云々の件があったので、葉山たちのステージを目にすることはなかったのだ。

特別興味もなかったので気にしていなかったが、葉山のステージを見るのは今回が初めてとなる。

葉山「それはよかった」

何がよかったのだ。そんなに俺にバンド演奏を聴いてもらいたかったの? なんかどこからか腐腐腐とか笑い声が聞こえてきたような気がするけど、それは聴かなかったことにしよう。

いろは「あ、前の人が終わったようですよ。葉山先輩、スタンバイお願いします」

葉山「ああ。じゃあ行こうか」

三浦「ほら。戸部、大岡、大和、行くよ」

葉山と三浦が颯爽とステージに向かう後ろを、戸部たちはやべーなどと口々にしながら大人しくそれに従う。戸部お前海老名さんが見てるんだからちょっとくらいシャキっとしなシャキっと。別にバンドを成功させたくらいで彼女が心を開くとは思わないけど。

いろは「葉山先輩、頑張ってくださいねー!」

結衣「優美子、ファイトー!」

海老名「頑張ってねー」

一色たちの声援に、葉山は振り向いて軽く頷いて応える。

そしてそのままステージへ向かうと、葉山がギュイーンとギターを鳴らした。それと同時に客席の方からキャーッと黄色い歓声が上がる。葉山のファンの女子たちの声だろう。ははっ、上手く言えないけど死なないかな。

そして葉山はマイクを取ると、明るい笑顔を浮かべた。

葉山「みなさん、こんにちは。二年F組の葉山隼人です。今日は──」

相変わらず慣れたように言いやがるな。俺ならあんな人の前で堂々と喋るとか無理。キョドって何も言えなくなっておしまいだ。

葉山「──それではお聴きください、どうぞ!」

葉山がそう言い終わると、体育館の証明が暗くなり、そしてサーチライトがパッと葉山たちを明るく照らした。

戸部がドラムを叩き始めるのと同時に、演奏が始まる。

瞬間、ド派手なミュージックが体育館中を奮わせた。




   ×  ×  ×


自販機に小銭を入れるとチャリンチャリンと中に入っていく音が鳴った。それを聞くと、俺はマッ缶ではなく微糖の缶コーヒーのボタンを押す。

いやー葉山たちのステージは感動する出来だった。特にラストシーンで戸部が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった。

一応真面目な話をするのであれば、葉山のギターと三浦のボーカルがめちゃくちゃやばかった(小並感)。普段バンドになんざ微塵も興味を持たない俺でも思わず聞き惚れてしまったほどである。

単純に技術だけの問題じゃない。彼ら彼女らの演奏には何か惹きつけるものがあったのだ。

まるで、今この瞬間に燃え尽きるような、そんな花火のような刹那的魅力が。

それは俺だけではなく生徒全員が感じていたようで、体育館の中はそれはもう熱狂的な盛り上がりを見せていた。

あの演奏が終わった後のあいつらの表情を思い出す。

やりきったという顔をしていた三浦と──終わってしまったという、何かを失ってしまったことを惜しむような顔をしていた葉山のことを。

八幡「……」

で、その葉山たちの演奏が終わった後、俺は外の自動販売機にやってきてコーヒーを買いに来ていたのであった。

甘いケーキやチョコを食べていると、少し甘いもの以外を口にしたくなったのだ。

決して仕事がなくなってしまったから体育館の中に居場所がなくなったとかそういうわけじゃない。我が校にはイジメも仲間外れも存在しない。

やや暗くなった空を見上げながら、俺は近くのベンチにまで近寄る。

そしてドカッとベンチに座って、缶コーヒーのプルタブを開けた。このベンチは昨日の夜、めぐりさんと少し話をした場所と同じだ。

そのめぐりさんは先代の生徒会メンバーと楽しく談笑をしていたので、今日はこちらには来ないだろう。べ、別に嫉妬とかしてねーし! その輪に入り込めるわけもないから外に逃げてきたとかそんなんじゃねーし!

缶コーヒーをぐいっとあおると、口の中に苦味が染み渡ってきた。さっきまでチョコばっか食べていて甘くなっていた舌には丁度いい苦さだ。なんならもう一本買っていって体育館に戻ろうかなんて思う。

ふーっとため息をつきながら、外の冷たい空気を肌で感じる。さっきまでの熱狂を感じて熱くなっていた体にはその冷たい風すら心地よい。

しばらくの間、そうやってベンチの背もたれにだらしなく寄り掛かっていると、どこからか叫ぶような声が聞こえてきた。

八幡「……?」

叫ぶというより、怒鳴るという方が適切だったかもしれない。

なんだなんだ、学校の外でそんな怒鳴り合いだなんて穏やかじゃないわね。

ちらっとその声が聞こえてきた方に目線をやると、そちらの方からだだだっと勢いよく女生徒が走ってくるのが見えた。

外はもうすでにそこそこ暗くなっている。だから最初はその顔はよく見えなかったが、こちらの方に近づいてくるに連れてだんだんとその姿が鮮明に見え始めてくる。

なんとなく、本当になんとなく、その走っている女生徒のことを見やると、金髪の縦ロールが揺れている。

三浦「──!!」

八幡「三浦……!?」

思わずバッと顔を上げてその顔を見やれば、なんと三浦であった。

その三浦は一瞬だけ俺の方を睨むように見てきたような気がしたが、立ち止まることもなくそのままどこか奥の方にまで走り去ってしまう。

一瞬見えたその目元では、何かが光っていたように見えた。

葉山「優美子!!」

それから少しだけ間を置いて、先ほど三浦が走ってきた方向と同じところから三浦の名前を呼ぶ声と追うように駆け出している足音が聞こえてきた。

そちらの方を見てみれば、やはりそれは葉山であった。

葉山「くそ……」

その駆け出す勢いはだんだんと遅くなり、そしてしばらく走ったところで止まってしまった。

そしてくるっと周りを見渡すと、たまたま俺と目が合ってしまう。

八幡「……」

葉山「比企谷……!?」

葉山はなんでこんなところにいるんだと目を見開き驚いたような表情を見せてきたが、俺としてはたまたま居合わせてしまっただけなのでめちゃくちゃ気まずい。

どうしたものかとそのまま固まっていると、葉山が突然ふっと鼻で笑う。何がおかしいんだとその葉山の顔を見た瞬間、俺の息が止まったような気がした。

葉山「……そうか、君に見られるとはね」

その葉山の表情は、何かを諦めたような、何かを失ったような、そんな、悲しい何かに満ち溢れていた。


続きます



×  ×  ×


八幡「……三浦に告白されたんだな」

葉山「……ああ」

何故か俺の横のベンチに腰かけてきた葉山に向かって、俺は一応の確認を取った。

ここ最近の三浦の態度、先ほどの三浦の涙、そして今の葉山の態度。

これだけ揃っていれば他の状況は考えがたい。ほぼ間違いなく三浦が告白し、それを葉山は振ったのであろう。

横で腰掛けている葉山の顔を見やれば、哀しげな微笑を浮かべながらどこか遠くを見つめている。

その目には、一体何が映っているのだろう。

葉山「……優美子には、悪いことをした」

八幡「じゃあ振らないで、付き合ってやりゃ良かったじゃねぇか」

葉山「ははっ、いろはの時も君は似たようなことを言ったね」

そう軽口を叩くと、葉山は困ったように笑いながらこちらに顔を向けた。

葉山「全く君は、性格が悪いな」

八幡「何を今更」

葉山「それもそうだったね」

ははっと俺と葉山の乾いた笑みが重なる。

だが目は笑っていない。葉山の目はまだ、何か暗いものに染まっているように感じられた。

八幡「……正直、三浦を振るのは意外だったんだけどな」

葉山「どうしてそう思うんだ?」

思わず呟いてしまった言葉だったが、それに対して葉山は真面目な声音でそう問うてくる。

いやなんでもない……と誤魔化せるような雰囲気でもなかったので、ここは素直に何故そう思ったのかを答えることにした。

八幡「いや、てっきりお前も三浦のことを好きだと思ってたからな」

葉山「──!!」

俺はただ感じていたことをそのまま答えただけのつもりであったが、葉山の表情には驚愕の色が浮かんでいる。

目は見開き、口がぽかんと開いており、それを見た俺の方が、葉山もこんな間抜けっぽい顔で驚くこともあるんだなと逆に驚いたくらいだ。

少しして葉山がまた暗い表情に戻ると、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。

葉山「君はすごいな」

八幡「何が」

葉山「いや……」

言葉を途中で遮り、目を逸らして地面を見た。俺はそれにどう反応するか決めあぐね、黙って葉山の次の言葉を待つことにする。

何故今俺をすごいと言ったのか。その真意は一体、なんなのだろうか。

しばらく沈黙を感じていると、葉山の方から口を開いてきた。

葉山「なんで俺が優美子のことを好きだと思ったんだ」

八幡「……別に。勘だ」

本当は葉山が三浦を好きだと感じてきた根拠はいくらでもある。

今までの態度や、マラソン大会での言動、そしてここ最近の三浦とのやり取り。

八幡「それに千葉村でお前の好きな人のイニシャル聞いてるしな」

葉山「……ああ、そういえばあの時、君もいたんだったな……」

ふっと何か諦めたような、納得したような、そんな感じのため息をつく。

葉山「……そうだ、俺は優美子のことが好きだ」

八幡「……」

しかし、そうであれば純粋に分からないことがある。

何故、葉山は三浦のことが好きなのに振った?

普通ならばこれで両思いで付き合っておしまい、であるはずである。

いくら葉山が特定の女と付き合うという事実が周りの期待を裏切るとしても、さすがにそれだけで三浦を振るとも思い難い。

ならば何故? 何故、三浦のことを振ったんだ。

脳内でいくら考えても答えは出ず、代わりに答えを求めて葉山の顔を見る。

八幡「じゃあ、なんで三浦を振ったんだよ」

葉山「……彼女の想いに応えられないからだよ」

八幡「答えになってねぇよ」

ほんの僅か、自分でも語気が荒くなったのを自覚した。俺が苛立ってきているというのが分かる。

葉山と三浦のことなんてどうでもいいはずなのに。どうして俺はこう苛立っているのだろう。

……おそらく、三浦の真剣さを知ってしまったからだろう。

今から丁度一ヶ月くらい前、奉仕部に依頼に来た時に、三浦が涙を浮かべながら知りたいと呟いたことは今でも鮮烈に思い出せる。

俺らしくもないとは思うが、どうやら俺はあの真剣な三浦の気持ちに対して、理由も分からずにその想いを切った葉山に対して腹を立てているのだろう。


──まるで、自分を見ているみたいで。


すぐに自分に嫌気が差した。自分のワガママで人の真剣な想いを踏みにじろうとしているのは何もこいつだけじゃないだろうに。

葉山「……」

しばらく葉山は黙っていたが、ふと何かを決心したような、諦めたようなそんなため息をつくと、俯いていた顔をあげた。

葉山「本当は今月末のテストが終わるまでは黙っているつもりだったんだけどね」

八幡「……なんだよ」

葉山「実は俺、学校を卒業したら留学するんだ」

八幡「──!?」

今度は俺の顔が驚愕の色に染まる番であった。

そんな俺の顔がおかしかったのか、葉山がははっと軽く笑う。

葉山「前の君の問いに答えようか。俺の三年の進路は文系でも理系でもない、国際教養科さ」

八幡「あ、ああ……」

そこで、過去の葉山の進路についてのことを思い出す。

確かに留学するという選択肢を取るのであれば、文系でも理系でもない。俺の言う通りにしないという言葉にも矛盾しない。

そもそも葉山は文理のどちらかなどで選択などしていなかったのだ。

文系でも、理系でも、どちらでもない。

八幡「……」

葉山「親に言われてね、こればっかりは変えようがなさそうだ」

ふと、前に平塚先生と留学の話を僅かにしたことを思い出した。

──うちの学校は国際教養科もあるからな。留学志望の子もいるんだ。そういう子たちは早い段階から準備が必要だから、通常の学校よりも早いかもしれないな。

──ああ、でも葉山は出しに来ていたな。

言われてみれば、確かに自然と国際教養科に行くという選択肢は外してしまっていた。考えてみれば、あの会話にもヒントが落ちていたというのに。

葉山「……すぐに海外に行ってしまう俺なんかと付き合っていいとは思えなかったんだ」

葉山が漏らしたその言葉は重々しく、決してただ振っただけではないことを窺わせた。

そこで点と点が繋がったような気がした。葉山が常に女性と線を引いていた理由、進路を答えたがらなかった理由。

分からないのは、ただ一つだけ。

八幡「……なんでもっと早く言わなかったんだ」

留学するから三浦を振る。それで納得するかどうかはさておいて、まだ一応分かるには分かる。

だが、留学するという選択肢を取るのならそれはそれで隠す必要などないのではないか。もっと早く大っぴらに国際教養科に行くと宣言してしまえば良かったものの。

俺がそう言うと、葉山は俯きながら、慎重に言葉を選ぶように紡いでいった。

葉山「……なんて言えば良いかな、それで他の人たちの考えに変な影響を出したくなかったんだ」

八幡「……?」

葉山「もし俺が国際教養科に行くと前々から言っていたら……多分、優美子も行くと言ってしまうだろう」

そう呟く葉山の表情も声音も真剣そのものだ。俺は黙ってその言葉の続きを聞く。

葉山「でも、優美子まで留学は出来ない……それで優美子の進路に影響を出すわけにはいかない……」

八幡「……」

葉山「……いや、結局言い訳を重ねて、優美子の想いを受け止められなかっただけかもしれないな」

そう自虐気味に言うと、葉山はベンチから立ち上がり、ちらと俺の顔を見た。

葉山「見ただろ、俺の無様な姿を」

八幡「……無様とは、思わねぇよ」

葉山「そうか? それなら良かったんだけど」

ははっと、先ほどまでと違い明るく笑う葉山だったが、俺はそれに釣られて笑う気にはなれなかった。一体、何がおかしかったのだろう。

しばらくその笑みを浮かべていた葉山だったが、ふと真顔になると真っ直ぐに俺の瞳を射止めるように見つめてきた。

葉山「俺は優美子の気持ちに応えられなかった。だから君にはちゃんと応えてやってほしい──彼女たちにね」

八幡「……お前に何が分かる」

葉山「別に、勘ってやつだよ」

先ほどの俺のセリフをそのまま使われてしまい、俺は黙ることでしかそれに答えられなかった。

葉山「君には俺の二の舞になってほしくはない。だから君はちゃんと応えてやってくれ。その結果がどうなろうともね」




   ×  ×  ×


八幡「……」

葉山が去った後、俺がいつの間に体育館のところにまで戻ってきてしまっていた。

あのベンチから今いる体育館までの道のりは一切覚えていない。気がついたらここにいた、というやつである。

体育館の中はまだまだ生徒たちの熱気が渦巻いていた。しかし今の俺にはいまいち別の世界の出来事のようにすら感じられてしまう。

ちらりと入り口横の方へ目線をやる。そこには俺が手掛けたメッセージボードがあり、今も何人かの人がきゃいきゃい言いながら何かを書いてはボードに貼っていた。

正直に言って不安であったが、意外とあのメッセージカードは好評なようだった。ボードを見れば、結構な量のメッセージカードが貼られている。

戸塚「あ、八幡!」

材木座「む、これは八幡!!」

八幡「ん、戸塚か」

呼ばれた方向を振り返ってみれば、そこには戸塚彩加の姿があった。その横にいるのはざい、ざい、材なんとかさんだっけ?

戸塚「あ、今仕事とか大丈夫? 忙しそうにしてたからさっきまで話し掛けづらかったんだけど」

八幡「ああ、今は暇だから平気だ。むしろ仕事中でも話しかけにきてよかったぞ?」

戸塚「いや、それは悪いかなぁって」

悪いどころか戸塚が側にいてくれた方が仕事捗るだろうから、むしろ良いことだと思うんですけどね。

材木座「はぽんはぽん、この甘ったるい雰囲気は我らには受け難いものだな。そうだろう、八幡!!」

八幡「そういえば戸塚、お前もなんかこれに書いていったらどうだ?」

戸塚「このメッセージボード、八幡が考えたんだよね! すごいなぁ、ぼくもなにか書いていこうっと」

材木座「はちまーん! 聞け八幡!」

八幡「………あの、すみませんイベントスタッフなんですけども、騒がしい方には退場をお願いしたいんですけど」

材木座「八幡!?」

で、こいつ──材木座義輝は何故ここにいるのだろう。正直に言ってバレンタインデーイベントなぞこいつにとって苦痛以外何物でもないはずなんだが。でもまぁそれでもなんだか来る気はしてた。だって材木座だし。こまけぇこたぁ気にすんな!

戸塚と材木座と話していて少々先ほどまでの陰鬱な気分がいくらか晴れたことを感じながら、たくさんのメッセージカードが貼られたボードを見渡す。

戸塚「みんな色々書いてるね」

本当、ただ自由に書いて貼るだけなのによくもまぁこんなに好評だったものだ。考えたの俺なんですけどね。

その貼られているカードを見ていると、その内容は本当に人それぞれだ。

『○○ちゃんと一生一緒だよ!』

うるせぇ別れろ。

『期末試験で良い点数取りたい!』

イベント来る暇あるなら勉強しろ。

『リア充爆発しろ』

それな。ほんとそれ。それしかないまである。

『ハヤ×ハチが成就しますように』

ねぇよ、ねぇ。一生ねぇ。

『大志が高校受験成功しますように』

ああ、そちらの弟さんも受験でしたね。……ま、来たら可愛がってやるよ。

『けっこんしたい』

……早く誰か貰ってあげてよぅ! 俺が貰われちゃいそうになるから! 早く!

戸塚「あはは、みんな色々書いてるね」

うん、本当に色々書いてる、自由過ぎると言えるな。特に海老名さん。いやもうほんと早々にその夢は諦めていただきたい。

強いて言えば七夕でもないのに願い事関係が多い気がする。まぁ最初に書いた俺が小町の受験の成功を願うものだったし、別にいいっちゃいいのだが。

材木座「けぷこん、ならば我も書くとしよう!」

材木座がメッセージカードを取ると、ペンでキュキュッと何か書き始めた。おおう、こいつ字下手だな……一応物書きとしてそれはどうなんだ……いやまぁパソコンで文字を打つ時代なのだから必要ないのかもしれないけどさぁ。

『声優さんとケッコンしたい』

八幡「ラノベ作家じゃねぇのかよ!」

材木座「あっ……いや、それは我の力で為すべきものだからな……ハーッハッハッハ!!」

嘘付け、今素で忘れてたろ……。

だがまぁ、自分の力でなんとかすべきものは願い事なんかに託すものじゃないとは思う。しかし声優さんと結婚することは自分の力でなんとかなるようなものじゃないとは分かってるのねこいつ……。

戸塚「あ、ぼくも自分の力でなんとかしなきゃいけないことは書かない方がよかったかな……」

そう呟く戸塚のメッセージカードにはこう書いてあった。

『テニス部にたくさん新入生が入ってきますように!』

八幡「……別にいいんじゃねぇの。願いっつか、なんだ、決意表明とか、そんな感じで」

戸塚「うん、じゃあそういうことにするよ!」

そう言ってはにかむ戸塚の笑みはもうほんと尊い。お持ち帰りしたい。

しかしその瞳に宿る決意は至って真剣だ。心の底からテニス部が繁栄することを祈っているのだろう。

このテニス部部長は、俺なんかよりずっと、ちゃんと自分の居場所について考えているらしい。

戸塚「でもこういうのいいよね、自分の思いを書けるっていうの」

八幡「そこまで深く考えてたわけじゃないんだけどな……」

戸塚「そうなの? でも言葉では言いづらいことでも、文字でなら書けることもあると思うんだ」

八幡「そうかなぁ……」

その戸塚の言葉で、ふと、めぐりさんの言葉が脳裏を横切った。

──私も明日、なにか書いて飾っておくから、見つけてね。

そうだ、そういえば昨日そんなことを言っていたような気がする。

つってもな、メッセージボードに貼られているカードの枚数はもうだいぶ多い。さっきは運良く知り合いのものをいくつか見つけられたが、ここからめぐりさんの物一枚を捜すのは手間が掛かりそうだ。

しかし、その懸念は一瞬で晴れた。

たまたま見上げた、昨日俺が貼った小町の受験合格願いの横に、何故かほんわかする印象を受ける文字で書かれたメッセージカードが貼られていたからである。


『生徒会室に来てください めぐり』


一瞬で鼓動が早くなり、頭の熱が沸騰してしまいそうなほどに燃え上がったような気がした。

戸塚「……どうしたの、八幡?」

八幡「悪い、ちょっと用事が」

戸塚「そうなの、じゃあね八幡!」

材木座「いやしかし我が書いたヒロインの声優が……八幡? どこへ行く!?」




   ×  ×  ×


体育館から出て、生徒会室までの廊下を歩く。

あのメッセージカードには、別に俺宛だとは書かれていない。

実は全く別の人宛である可能性も高い。というか、今までの俺ならばその可能性しか信じなかっただろう。

だが、今の俺は。

あれが俺に当てたメッセージなのだということを理解してしまっていた。

八幡「……」

カツンカツンと俺の足音が人気のない廊下に響き渡る。

2月14日。

バレンタインデー。

女子からの呼び出し。

──……優美子には、悪いことをした。

先ほどまでの、葉山と三浦のことが思い返される。

……勘違いするなと、自分には強く戒めてきた。

しかし、状況は完全に揃ってしまっている。

もしも、もしも。

もしも、俺の思ってしまっていることが、勘違いじゃなかったとしたら。

八幡「……俺も、葉山のことは笑えないな」

今だけは自分のただの思い過ごしであって欲しいと思った。

勘違いであって欲しいと願った。

もし、めぐりさんがそれを願うのであれば。


俺は、その想いを斬るつもりでいるのだから。



続きます



    ×  ×  ×


生徒会室に向かう俺の足取りは重く、そして遅い。

あのメッセージに気が付かなければ良かった、なんて考えが浮かぶ。

例え本当に気が付かなかったとしても、それはただの問題の先送りにしかならないだろうに。

八幡「……」

冬の廊下は寒々しく、時折どこか空いた窓から冷たい風が入り込む。

その隙間風が俺の頬を撫でたが、俺の心の中の方が冷えているのだろうか、むしろ風の方が温かいなんて、そんな感想を抱いた。

さっきからいやに血流が早くて、体温が無駄に高い。それに反して頭の中はキンキンに冷えており、ありとあらゆる思考が脳内を巡り廻る。

カツンカツンと、ゆっくりと、ゆっくりと生徒会室に近づいていった。

生徒会室への距離が縮まっていくほど、俺の体がまるで重りでもついたかのように重くなっていく。

この先の生徒会室に向かったところで、待ち受けているのはハッピーエンドなんかじゃないことを知っているから。

いっそ全部なかったことになればいいのに。

そうやって心の中で現実逃避を繰り返していても、足は動いている以上、物理的にいつかは生徒会室に辿り着いてしまうのであった。

八幡「……」

そして、俺は生徒会室の扉の前に立っていた。

はぁとため息をついてから、決意を固めてその扉を二度叩く。カッカッと音が鳴り響く。

めぐり「どーぞー」

扉越しに間延びしたようなほんわかした声が聞こえてきた。これでめぐりさん以外の声が聞こえてきたらどれだけ俺は安堵しただろう。

しかしそれは聞きなれためぐりさんの声だ。それ以外誰の声でもないことは、俺の耳が証明してしまっている。

少し間を置いて、引き手に手をかけた。

その扉は普通の扉だったはずだが、今日は特別重いような気がした。それでもぐっと力を込めて無理矢理開け放つ。

中に入ると、その教室の奥に、女生徒が一人ポツンと椅子に座っていた。

めぐり「や、比企谷くん」

俺の姿に気が付いた女生徒──城廻めぐりは、小さく手をあげると、こちらに向かって軽くその手を振った。

もう片方の手には、何か小洒落たビニール袋のようなものを持っている。

八幡「……ども」

それに対して俺は軽く会釈だけ返すと、扉を閉めてからその生徒会室の真ん中辺りにまで進んだ。

今はもうめぐりさんのではない、一色のものとなった生徒会室に。

八幡「……メッセージカードのあれ、俺宛でいいんですよね?」

一応念のため、そう言って確認を取る。

もしもこれで否定してくれれば俺が単なる浮かれたアホだということで全ての決着は付くのだが──しかし、めぐりさんはこくりと首肯した。

めぐり「うん、そうだよ。よかった、気が付いてくれて」

つい先程、気が付かなければ良かったと思っていたことを思い出し、うっと言葉が詰まる。

そんな俺の様子には気が付いているのかいないのか、めぐりさんはいつものほんわか笑顔をその顔に浮かべたまま言葉を続けた。

めぐり「もしかしたら気付いてくれないかなとか不安だったんだけどね」

八幡「……まぁ、昨日言われましたしね」

昨日、めぐりさんが直々に俺に伝えたのだ。見つけてね、と。まぁ戸塚に言われなかったら忘れていたかもしれなかったが。

めぐりさんは本当に良かったよーと真っ直ぐに俺の目を見てきたが、その真っ直ぐな視線を受けるのがなんだか気まずく、俺は身を捩ってその視線から逃れるように目をそむけた。

八幡「……で、なんか用ですか」

俺は手近にあった椅子を引いて座ってからそう言うと、めぐりさんがパンと手を叩いた。

めぐり「あ、そうだね。まぁ用っていうか、ちょっとお話がしたいって感じなんだけど」

そのお話というのはなんなのか。

一つ、予想してしまっているものじゃなければいいがと、心の中で祈る。

めぐり「とりあえず、イベントは成功みたいだね。お疲れさま」

まず始めにめぐりさんが切り出してきた話題はバレンタインデーイベントについてのものだった。まだ終わってもないのに早すぎないかと心の中で少しため息をついた。

八幡「まだ終わってないっすよ」

めぐり「あはは、そうだったね」

言うと、めぐりさんは軽く微笑んだ。

めぐり「でも、ちょっと先に言いたかったんだ」

八幡「……そうすか」

まさかそれを言うためだけに、こんなところに呼び出したわけはないだろう。

それだけならばイベントが終わった後の慰労会でもなんでも、そこで言えばいい。決してそれが本題なわけがない。

……本当にただイベントの感想を言いあって終わることが出来るなら、もちろんそれの方がいいのだが。

当然俺のそんな小さな願いは届かず、めぐりさんは再び口を開く。

めぐり「比企谷くんのおかげでもあるんだよ」

八幡「別に俺は何もしちゃいないですよ」

俺がやったことなど、雑用がほとんどであり、決して目立った活躍をしていたわけじゃない。

それを言うのなら一色や雪ノ下の方がよほどイベントに貢献していたと言えるだろう。

めぐり「そんなことないよ、比企谷くんも頑張った!」

八幡「はぁ、どうも」

しかしめぐりさんが再びそう力強く言い放ってきたので、素直にそれを受け取ることにした。まぁあくまで比企谷くん『も』だしね。みんな頑張ってたしね。

決して俺一人だけを褒めているわけではないと自分に言い聞かせながら、めぐりさんの声に耳を傾ける。

めぐり「比企谷くんは本当に頑張ってくれたよ……」

八幡「……」

しかし続く言葉は、俺一人を指したものであった。めぐりさんはいつもの、ちょっとゆるめのテンポで、ゆっくりゆっくりと言葉を紡いでいく。

めぐり「比企谷くんはさ、雪ノ下さんみたいに目立った頑張り方じゃないと思う。でも、いつも気を遣ってくれてさ、皆のことを考えてくれてるんだ」

八幡「……買い被り過ぎですよ」

実際、そんな立派な奴じゃない。そんな風に言われるような奴じゃない、俺は。

めぐり「文化祭の時だってそうだったと思う。体育祭の時だってそう。皆のために動いてくれる」

八幡「そんなんじゃないです。ただ俺の性格が悪いってだけでしょう、あんなの」

めぐり「それに、この前の土日だって、わたしのことを助けてくれた」

八幡「あれだって、別にそういうわけじゃ……」

めぐり「じゃあどういうわけなの」

八幡「……」

そう言い返してきためぐりさんの声音は思ったより強く、思わず言葉に詰まってしまった。

めぐり「……比企谷くんは、本当は優しい人だと思うの」

俺が何かを答える前に、めぐりさんがそう呟く。

その言葉には妙に熱が篭っているように感じられて、俺の耳の奥にまですっと届いた。

俺が優しい、か。そんなわけはない。しかしそのめぐりさんの言葉を遮ることも出来ず、歯噛みしたままその言葉の続きを待ってしまう。

めぐり「だから、なのかな。わたしもさ、きっとそんな比企谷くんに惹かれちゃったんだよ」

ガサッと音がした。

めぐりさんの持っていたビニール袋から鳴った音であった。めぐりさんはその中からラッピングされた箱のようなものを取り出すと、それを自分の膝の上に乗せた。

めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」

八幡「……」

前にも、全く同じ問いを投げられたことがある。

しかし、今回はその時とはまるで状況が違う。

今回のその問いは何を問うためのものか。

そこに気が付かないほど、俺は鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。敏感で、過敏で、過剰に反応してしまう。今までずっとそうだった。

それでもそんなわけがないと、自分のことを戒めて生きてきた。

しかし、もしもそれが現実となって、目の前にやってきたとしたら。

比企谷八幡は、どうする。

めぐり「生徒会室に来てもらったのは、これのためなの」

俯き、自分の膝の上に乗せた箱を見るめぐりさんの表情はどこか緊張しているようにも見える。肩や手、そして声も震えているような気がする。

瞬間、生徒会室の空気が変わった。

それを俺は肌で感じてしまう。これからどうなるのかも、予想がついてしまう。

だから俺も決意を固める。これから、最低で、最悪な、それでも自分の信じることのために、やれることをやるのだと。

しばらく俯いていためぐりさんだったが、ばっと意を決したように顔をあげると、何の穢れもない瞳で、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。


めぐり「比企谷くん、わたしは──」


八幡「めぐりさん」


めぐりさんの言葉を遮るように、俺は声を被せた。

ぱちくりと、めぐりさんの目が見開いている。まるで肩透かしでも食らったかのような表情だ。

しかし俺はそれに構わず、そのまま続ける。

八幡「めぐりさんは、勘違いをしています」

めぐり「か、勘違い?」

八幡「俺は決してめぐりさんの言うような人間なんかじゃないです。優しくもないし、皆のことだって考えてるわけじゃない」

やや語気が強くなり過ぎてしまっただろうか。めぐりさんの顔が驚きの色に染まっていく。しかしここまで来て俺だって引くわけには行かない。

八幡「文化祭も、体育祭も、俺は自分のことだけを考えて行動しただけに過ぎません」

めぐり「で、でも」

八幡「それに、めぐりさんのことを助けたのだって、あんなの偶然でしかない……本当はあれ雪ノ下が助けようとしてたんですよ、それを横取りしてただけで」

めぐり「……」

自分の声が、頭が、体温が、だんだんと冷えていっているのを自覚する。それに伴い、めぐりさんの表情も冷たいものになって言っているように見える。

彼女にこんな顔はしてもらいたくなかった──かつて想った事を、今は己で踏みにじっている。

八幡「だから、めぐりさんはそんな幻想に何か勘違いをしてるだけです」

めぐり「……なんで、そんな」

八幡「……めぐりさんはこれから大学に進むんですし、色々な出会いがあるはずです。こんなところで変な勘違いをしていいわけがない。その言葉は、その時になって別の誰かに言ってやってください」

がたんと椅子が倒れる音がした。見ればめぐりさんが立ち上がって、目に涙を浮かべながら俺のことを睨みつけている。

その表情にはいつものほんわか笑顔の影もなく、ただ悲しみと、そして俺には分からない何かの色に染まっていた。

めぐり「なんで、そんなことを言うの……」

八幡「……俺みたいな最低な人間に、めぐりさんみたいな素晴らしい人が関わるべきじゃなかったんだ」

めぐり「……本当に、最低だね」

いつかどこかで、二度聞いたことのあるその言葉は、それまでとは違い、本当の意味を込めてそう告げられた。

そのままめぐりさんは片手に箱を持ったまま、生徒会室の扉を乱暴に開けると、廊下に出て行ってしまった。

扉越しに廊下を走る音が聞こえてきたが、俺はそれを追う気にはなれなかった。




  ×  ×  ×


一時間か、二時間か、なんなら一日か。

めぐりさんが生徒会室を出ていってから、無限にも感じるような時間が過ぎたような気がする。

しかしそう思って教室の上に掛けられている時計を見上げてみると、めぐりさんがここから出ていってからまだ三分と経っていない。

はぁとため息をつき、教室の外を見やった。もうとっくに日は暮れており、空には星が輝いている。

結局、俺は何をしたかったのか。

それは、めぐりさんの好意を逸らすことである。

三年生であるめぐりさんは、これから数ヶ月とせずに大学に入学する。そうなれば、きっと新しい人たちとの出会いだってたくさん経験するだろう。

そのなかで、きっといい人たちとの出会いだってある。

めぐりさんみたいな素晴らしい人ならば、きっと大学でも素晴らしい人と知り合えるはずだ。

だから。

だから、めぐりさんみたいな人が、俺なんて最低な人間に好意を抱いて、未来を犠牲にすることなんてない。

めぐりさんの未来のために。

八幡「……」

先ほどの葉山とのやり取りを思い出す。あいつもまた、三浦の将来を想って振ったのであった。

ほんと、俺が葉山に対して腹を立てていたのなんて滑稽極まりない。やっていることは全く同じなのに。いや、同族嫌悪というやつだろうか。

ふと、今まで掛けられてきた言葉を思い出す。

──今の君ならば……他の子たちからの好意も、きちんと受け取れるようになっていると私は信じるよ。

──君のいう本物ってやつを、いつか見せてくれると嬉しいな。

──小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに。

──結局言い訳を重ねて、優美子の想いを受け止められなかっただけかもしれないな。

八幡「……」

結局俺は、自分のことしか考えていない。自分のワガママのためだけに他人の好意を受け取らず、自分の気持ちを伝えられない。

そんな欺瞞な関係など、本物であるはずがないのに。

だが、これでよかったのだ。

めぐりさんはこれで目が覚め、きっと大学では楽しいキャンパスライフを送れることだろう。

俺はどうなのかは自分でも分からないが、それはおいおい考えていくとしよう。

そう、これで万事解決。今のめぐりさんには申し訳ないが、将来的にはこの方がきっといい選択だったはず。

俺なんぞと一緒にいても、幸せになどなれないのだから。

だから、これで──


バンッ!!


生徒会室の扉を力任せに開けたような音がした。思わずそちらを振り返ってみると、そこには一人、亜麻色の髪の女生徒の姿があった。

いろは「……先輩」

一色いろはは、目に何か光るものを浮かべながら、中にいる俺のことを睨みつけてくる。

八幡「……一色、どうしてここに」

いろは「先輩、答えてください」

俺の問いには答えず、一色はそのまま生徒会室の中に入ると、ずんずんと俺の側にまで歩み寄ってきた。

いろは「さっき、泣きながら走っていく城廻先輩を見かけました。教えてください先輩──何をしたんですか」



続きます

八幡「何をって……」

当然、先ほどまでのやり取りの詳細を一色に伝える義理などは全くない。

興味本位で詳細を聞かれても、正直に言って迷惑なだけだった。軽く苛立ってしまっているのを自覚する。

しかし俺の前に立った一色の顔を見上げてみれば、そこに冷やかしやおふざけの色は全く含まれておらず、むしろ一色の方が怒気を込めた目線をこちらに向けていた。

いろは「城廻先輩と……何があったんですか」

八幡「……なんでもねぇよ」

だが、興味本位で聞いていようが、大真面目に聞いていようが、あれについて答えるつもりは毛頭ない。

自分が最低なことをしてしまっているのは自覚している。理由はあれど、それについて誤魔化すつもりはない。だからと言って、ここで一色に懺悔をするつもりもなかった。

いろは「なんでもないわけないじゃないですか……」

それでも一色は引き下がってくれない。

目頭に光る何かを浮かべながらも、俺を責めるように睨みつけてくる。

いろは「城廻先輩を泣かせたのは先輩ですよね……!?」

八幡「……」

きらりと、一色の頬に一筋の涙が流れた。

何故、そこまでして事情を知りたがるのかは分からない。

だが、これは俺とめぐりさんの二人だけの問題だ。他人にべらべらと話すようなことではない。たとえ、一色が何を考えていようとも。

八幡「お前には関係ない」

ただその一言を告げ、俺は拒絶の意を示した。

そう、一色は関係がないのだ。この件に置いて、こいつは何の関わりも持たない。

持って欲しくないのだ。

あんな最低な、最悪な、斜め下どころではない手段を取ったことを、こいつに知られたくないと、純粋に思った。

そんな考えが脳内に浮かんで、はっと自虐的な笑みが勝手に浮かぶ。何を考えてるんだか。

あれだけめぐりさんを傷つけて、それをひた隠しにしたいだなんて、甘ったれた考えが浮かんでしまったことに反吐が出る。

いろは「関係ない……ですか」

ぼそりと、そう呟く一色。

その顔から怒気は抜けており、代わりに酷く哀しそうな表情を浮かべている。

一色の表情を見て、俺は少しだけ驚く。一色もそんな表情をするんだということを、俺は知らなかった。

いっそ全部話して一色に責められた方が楽になるじゃないか、なんてふざけた考えを実行する前に、一色が言葉を続ける。

いろは「……わたしは、関係のない他人なんですか」

その声はか細く、ともあれば聞き逃してしまいそうなほどに小さい。

しかしその声は、まるで世界から隔離されてしまったかのように静かなこの生徒会室の中で、俺の耳にしっかりと届いた。

いろは「そうかもしれません、わたしは結局先輩の中には入れなかった……でも、城廻先輩なら、きっと先輩のことを知ることが出来るって思ってたんです」

俺に向かって話しかけている、というよりはまるで独り言のように聞こえた。

具体的に何を指しているのか、何を話しているのか、聞いているだけの俺には全く分からない。俺はただ、黙って一色の呟きを聞いていることしか出来なかった。

いろは「でも、その城廻先輩も……こんなのって……」

ぐすっと小さな嗚咽が漏れた。見れば、一色の瞳には大粒の涙が溜まっている。

いろは「先輩が欲しがった本物って、こんなものだったんですか……!!」

八幡「……」

一色の必死に振り絞ったような声が、耳に痛い。

俺の欲しがった本物。

それは一体なんだっただろうか。

ふと、脳裏に浮かんだのはめぐりさんのほんわか笑顔だった。

かつて誓った、彼女の笑顔が霞まないようにしたいという想い。

本人にはとても恥ずかしくて伝えられなかったが、俺には確かな想いがあったのだ。

今はもう失くしてしまった想いが。

八幡「……一色」

いろは「……はい」

八幡「…………さっき、何があったかっていうとだな」

いろは「!!」

どういう心境の変化だったのだろう。自分でもよく分からない。先ほどまで何も言いたくなかったはずの言葉が、つい口から漏れてしまった。

一色に真実を伝えて、責められることによって、少しでも楽になりたいという気持ちも少しはあったかもしれない。

だが、そう言ってくれた一色に、真実を伝えたいと思ったのも確かだ。

関係ないだなんて突き飛ばしておいて、今更こんな虫のいいことを言って呆れられはしないだろうか。不安に思いつつ一色の顔を見やると、そこには優しい表情が浮かんでいた。

まるでどんなことでも聞いてやるという、そんな包み込むような母性を感じた。いや、これは俺の考え過ぎかもしれないが。

いろは「聞きますよ、先輩。何があったんですか」

八幡「……めぐりさんに告白されそうになる前に振った」

いろは「は?」

先ほどまでの優しい表情はどこへ行ったやら、一瞬でこいつは何を言ってるんだとでも言いたげな顔になった。

いろは「……なんで、城廻先輩を振ったんですか」

八幡「や、その……めぐりさんはもうすぐで大学に進学するだろ。きっとそこでも色々な人と出会う機会がある」

言葉を進めるにつれ、一色の顔に浮かぶ疑問の色が濃くなっていった。こいつマジで言ってんのみたいな視線が痛い。

八幡「俺なんかといてもいいことなんてないだろうし、それで大学でいい出会いをふいにしてもめぐりさんが可哀想だろ。だからめぐりさんのために俺は」

いろは「馬鹿じゃないんですか」

俺の言葉が言い終わる前に、一色がばっさりとそう切り捨てた。

いろは「城廻先輩は本当に先輩のことが好きだと思ってるはずです。少なくとも、わたしはそう感じてました」

八幡「お、おう……」

いろは「それが大学でいい人探せなんて言われたら、そりゃ城廻先輩も泣きますよ……」

はぁ~と呆れたようなため息をつかれた。こめかみを指で押さえながらため息をつくその姿は、どこか雪ノ下の仕草に似ている。

だが俺のこれとて真面目に考え抜いて出した結論だ。一言で切り捨てられる道理はない。

八幡「それにだな、俺が城廻先輩に好かれる筋合いがない。あんなのただの一時の気の迷いだ。あんな間違った始まり方で勘違いして、それでめぐりさんの時間を無駄にさせるなんて」

いろは「勘違いだっていいじゃないですか」

再び、俺が言葉を言い終わらないうちに一色に言葉を被せられた。

一色の表情を窺ってみれば、その瞳には真剣な意思が宿っているように見える。

いろは「勘違いだっていいじゃないですか、気の迷いだっていいじゃないですか、始まり方なんて、なんだっていいじゃないですか……」

八幡「……」

俺は、あんな偶発的な事故がきっかけで芽生えた恋情を、本物と認めることは出来なかった。

しかし、一色は言うのだ。始まり方なんて、なんだっていいのだと。

いろは「……そんなことより、先輩はどう思ってるんですか」

八幡「何をだよ」

いろは「先輩は、城廻先輩をどう思ってるんですか」

八幡「俺が、めぐりさんを……」

俺がめぐりさんをどう思っているのか。

その答えは、実はとうに出ている。

しかし、その答えを今更口に出すことは許されないだろう。

あんなことをしてしまった俺に、今更何かを言う権利などありはしない。

いろは「……言わなくていいです、その顔見てたら分かっちゃいましたよ」

八幡「は?」

だが、俺が何かを言う前に、一色は納得したかのようにうんうんと頷いてしまった。

何に納得したかは分からない。

だが、見やった先の一色の表情は、全てを見通したと言わんばかりだ。

いろは「大事なのは、始め方なんて過去のことより、今先輩方がどう思っているかじゃないんですか?」

八幡「……」

いろは「結局、先輩は城廻先輩の想いを受け止める覚悟が出来てないだけですよ」

耳が、心が痛い。

きっと、一色の言っていることこそが正論だと分かってしまっているから。

ふと、かつて平塚先生が言っていたことが脳裏を掠める。考えるときは、考えるべきポイントを間違えないことだ……だったか。

きっと今回は、盛大に間違えてしまったのだろう。

……きっとという言い方もおかしかったな。間違いなく、間違えたのだろう。

今、ここに至って、前に平塚先生が言っていた数々の言葉の意味を理解し始める。誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をうんたら……一色にも言われた通りだ。

覚悟が出来ていなかった。

なんだかんだと言い訳をして、めぐりさんの想いを受け止める覚悟が出来ていなかっただけなのだろう。

……なんだ、結局葉山と同じことを言っているじゃないか。

それに気付いた俺は思わずははっと笑みが漏れた。それに気が付いたのか一色が訝しげに俺の顔を見てくる。

いろは「なんで笑ってるのかは分かりませんが……とにかく、そうと決まれば今すぐ城廻先輩を追ってください。まだ学校内にいるかもしれませんから」

八幡「え、いや、でも」

いろは「まだぐちぐち言うつもりですか」

椅子から勢いよく立ち上がった一色は俺の側にまで近寄ると、俺の腕を力強く引っ張り上げ、無理矢理立ち上がらせる。

何をするんだと責めるような視線を向けると、一色はにっこりと笑顔を浮かべて、言葉を紡いだ。


いろは「先輩なら出来ますよ──わたしが好きになった先輩なら、きっと城廻先輩の想いを受け止められるって信じてます」


八幡「……一色」

いろは「さ、ほら早く追ってください。城廻先輩が帰っちゃってても知らないですよ!!」

バンッと俺の背中を勢いよく叩かれた。いてぇな……本当に、痛い。

その叩かれた勢いのまま生徒会室の扉に向かう途中、ちらと一色の方を振り向く。

八幡「一色、ありがとうな」

いろは「まぁ、ちゃんと参考にしてくださいね?」

その眼差しは優しさに溢れていた──かつて見た時と、同じように。

それを見て再び視線を前に戻し、生徒会室から出ようとその扉に手をかける。

と、そのドアががたっと揺れた。なんだ建付けでも悪いのかとか思いながら、やや力を込めて開け放つと、目の前に人が立っていた。

八幡「うおっ……」

まさか扉を開いた先に人がいるとは予想しておらず、思わず身を引いてしまった。バクバク言い出す心臓を抑えながら目の前の人物に目をやる。

ま、まさかめぐりさんが帰ってきたんじゃないのかもしもそうだったらどうしようなどと一瞬思ったが、そこにいる人物はめぐりさんではなかった。

八幡「由比ヶ浜……」

結衣「……ヒッキー」

そこにいた少女──由比ヶ浜結衣は、強張る口元で、掠れ気味に俺の名前を呟いた。



続きます。



  ×  ×  ×


いろは「ゆ、結衣先輩……!!?」

八幡「お前、なんでこんなとこに……」

生徒会室の中にいる一色と、俺の声が重なった。

まさかこんなところに由比ヶ浜がいるとは思っておらず、少々遅れて驚きがやってくる。

生徒会室の扉の前に立っていた由比ヶ浜は、俯き、胸の前で手を軽く握り締めた。

結衣「あ、なんか、ごめんね……」

八幡「あ、ああ……」

俺の問いには、答えていなかった。

俯いている由比ヶ浜の表情を窺ってみると、いつもの明るさの陰も見えない。

その視線は地面か、俺の足元の方へ注がれている。だが、本当にその瞳に何が映っているものは何なのかまでは、俺には分からなかった。

一瞬、気まずい空気が流れる。

どう反応したものか迷ったが、今の俺はめぐりさんをすぐに追わなければならない状況だったとすぐに思い出した。

悪いなと思いつつ、由比ヶ浜の横を通り過ぎようとする。

八幡「すまん、俺は少し用があるから」

結衣「待って!!」

だが、叫ぶような声で、俺の動きが制止される。

由比ヶ浜は生徒会室の扉前から退かず、俺の行く先を遮ろうとしてきた。

八幡「由比ヶ浜、そこをどいてくれ」

結衣「……」

言っても、由比ヶ浜に反応が見られない。

何故俺のことを引き止めたのかも分からないまま、数秒の沈黙が流れる。

由比ヶ浜の行動の真意が分からない。だが、俺もあまり悠長としていられない状況だ。

仕方が無い、もう片方の扉から出るか。

そう考えて踵を返し、生徒会室のもう片方の扉へ向かおうとする。

その瞬間、グイッと俺の制服のブレザーが何かに強く引っ張られ、俺は思わずバランスを崩しそうになってしまった。

八幡「うおっ……な、なんだよ……」

結衣「……待って」

振り返ってみれば、俺のブレザーを引っ張っていたのは由比ヶ浜の手だ。

掠れる様な、ともあれば消えて流れてしまいそうな小さい声で、由比ヶ浜は待ってと呟いた。

……何故、俺を引き止めるのか。

その真意を問おうと、俺は由比ヶ浜に向かって体を向ける。

八幡「由比ヶ浜、どうしたんだ」

結衣「……ヒッキーは、城廻先輩のところへ行っちゃうの?」

八幡「聞いてたのか?」

結衣「……うん、ごめんね」

そうか、先ほどの一色との会話を由比ヶ浜に聞かれていたのか。

……出来ることなら、由比ヶ浜は一番聞かれたくはない相手ではあった。

俺とて、そこまで鈍くはない。

結衣「やっぱさ、ヒッキーは、城廻先輩のことが好き……なんだよね」

八幡「……」

由比ヶ浜の言葉は、疑問……というより、半ば確信めいたような口調だ。

どうも一色といい、内に秘めていたはずの気持ちは周りの女性陣にはバレていたらしい。

今までは内に秘めているだけの、ふわふわとした、どこか浮ついた気持ち程度でしかなかったと思うが。

その気持ちは、先ほど確信に変わった。

だが、その気持ちを由比ヶ浜に伝えていいものか。

決心が決まらず、俺はただ沈黙で応えてしまう。

八幡「……」

結衣「……そっか」

だが由比ヶ浜は何に納得したのか、寂しげに、ポツリとそう漏らす。

由比ヶ浜の気持ちに、気が付いていなかったわけではない。

しかしめぐりさんと同様、今までその気持ちからは逃げ続けていた。

俺と関わり続けていても、決してその先に光はないだろうと。

結衣「……あたしさ、もしかしたらズルい子なんじゃないかなって思うんだ」

唐突に由比ヶ浜が呟いたその言葉はとても小さかったが、すっと俺の耳の奥にまで届いた。

由比ヶ浜の顔を見ると、その由比ヶ浜も俺の顔を見上げてきた。

目と目が合う。

由比ヶ浜の瞳は潤んではいたが、俺のことを真っ直ぐに見つめている。

その視線に捕らわれるような錯覚を受け、俺はその目を逸らすことが出来なかった。

結衣「ヒッキーの気持ち、分かってたのに……それでも、あたしのことを見ていて欲しいって思っちゃう」

段々と涙声になっていく由比ヶ浜の言葉に対して、俺はただ黙っていた。一言一句、彼女の気持ちを聞き漏らさないために。

結衣「ここをどいちゃったらさ、きっと二度とヒッキーに手が届かなくなっちゃう気がする……だから、どきたくない」

ギュッと、俺のブレザーを掴む由比ヶ浜の手に力が込められる。まるでその手を離したら、全部が終わってしまうと分かっているみたいに。

八幡「由比ヶ浜……」

結衣「……迷惑、だよね。ズルいよね、あたし」

はは、と自虐的な笑みを漏らす。その無理に浮かべた笑顔がとても痛々しい。

俺はめぐりさんを傷つけ、一色を傷つけ、そしてまた由比ヶ浜を傷つけている。

だが、俺の存在が人を傷つけているという事実は、それだけで俺自身をも傷つけた。

俺は、どうすればいい?

何をすれば、誰も傷つかないハッピーエンドに辿り着ける?

……馬鹿なことを考えるな。

そんなもの、ありはしない。誰も傷つかない優しい世界なんて、空想の中でしか存在し得ない。

もしかしたら、偽り続けることで、違和感から目を逸らし続けることで、嘘を吐き続けることで、そんな優しい世界に辿り付けるのかも知れない。

でもそれは、きっとただの欺瞞の世界でしかないから。

そんな曖昧な答えや、馴れ合いの関係なんて望んでいないのだから。

本物が欲しいから。

だから、俺は決める。

大切な人を傷つける覚悟を。そして、大切に想ってくれた人を傷つける覚悟を。

ちゃんと考えて、苦しんで、あがきもがいて、答えを出す。

八幡「……由比ヶ浜」

結衣「え?」

八幡「俺は、めぐりさんのことが好きだ」

結衣「──!!」

八幡「お前は、どう思う?」

結衣「あ、あたし……は……」

我ながら、残酷な問いだと思った。

だが、その気持ちを誤魔化して前に進むことは出来やしないのだ。

俺も、由比ヶ浜も。

結衣「あ、たし……は……」

由比ヶ浜の声に嗚咽が混じり始める。つっと滴が頬を伝い、その涙がポツンと地面に落ちた。

目頭に大粒の涙を溜め、顔を真っ赤に染め上げ、途切れ途切れに言葉を紡ごうとする由比ヶ浜の姿は痛々しく、思わず目を逸らしたくなる。

だが、俺はその由比ヶ浜から、現実から、気持ちから、目を逸らすわけにはいかない。

思わず逃げそうになってしまうのをぐっと堪えて、由比ヶ浜の言葉の続きを待つ。

結衣「……ヒッキーのことが……!!」

次の瞬間、由比ヶ浜の口が大きく開いた。全ての堰が切れたかのように、言葉が溢れ出す。


結衣「あたしはっ、ヒッキーのことが好き! ずっと前から好きだった!! あたしと付き合って欲しい!! ずっとずっと、一緒にいて欲しい!! だから、だから!! 城廻先輩のところに行って欲しくない!! あたしのことだけを見て欲しい!! お願いだよ、ヒッキー……あたしと、一緒にいて……!!!」


それは、由比ヶ浜結衣の本音なのだろう。

かつては人に合わせてばかりで、自分のことも言えず、ただ流されてばかりだった彼女の。

本物の言葉。

そして。

そして、俺は。

八幡「俺は、由比ヶ浜とは付き合えない」

これが正しい選択だったのかは分からない。

それでも、大切に思う誰かに嘘は吐きたくなかったから。

だから、ちゃんとした答えを。

誤魔化しのない、偽りのない、欺瞞ではない答えを、示したかったのだ。

言って、由比ヶ浜の顔を見る。

彼女は、どう受け取るのか。

結衣「……ヒッキーなら、そう言ってくれると思った」

そう言うと、由比ヶ浜はにっこりと優しく微笑んだ。

……その笑みを見て、俺は確信する。

間違っていなかったと。

この選択は、きっと間違っていなかったのだと。

決して、みんな幸せなハッピーエンドではないけれど。

それでも悩み抜いた末に出したこの答えは間違っていないのだと、そう胸を張りたかった。

結衣「ごめんね、ヒッキー。引き止めちゃって」

掴んでいたブレザーをぱっと離し、そして遮っていた生徒会室の扉の前から退く。

すると、その先の廊下への道が通じた。

結衣「そしてありがとう、ヒッキー。ちゃんと想いを伝えてくれて。ちゃんと受け取ってくれて」

八幡「……すまないな」

結衣「謝らないでよ、そっちの方が失礼だよ」

言いながらあははと笑う由比ヶ浜の笑顔に釣られて、俺も思わずふっと笑みが漏れた。

そうだったな。その気持ちに対して謝る方が失礼だったな。

八幡「ははっ、そうだな」

結衣「ヒッキーさ、もっと自分に自信持っていいんだよ。あたしが保障するから」

いろは「そうですよー、なんならわたしも保証しますよ」

生徒会室の中にいた一色まで出てきて、そんなことを言う。……ていうか、こいつさっきのやり取り全部目の前で見てたんだよな。うわ、なんか改めて認識すると恥ずかしい。

先ほどまでの俺は、めぐりさんと釣り合う自信が欠片もなかった。

一度はめぐりさんを背負う責任が持てず、逃げ出してしまったのだ。

だが、今は違う。

こんなにも素敵な女の子が、二人も俺を好いてくれたのだ。

ここで自分を卑下してしまえば、それはその二人に対する裏切りになってしまうだろう。

八幡「ありがとうな。由比ヶ浜、一色」

いろは「全く、世話が焼ける先輩ですね」

結衣「うん、もしもまた逃げたら本当に怒るからね」

八幡「もう逃げねぇよ……お前達のおかげでな」

一色と由比ヶ浜に背を向け、廊下の向こうに目をやる。もう大分遅い時間だ。人の気配も感じられず、ただ無機質な光景が広がっている。

さて、行こうかと思ったその矢先、ドンッと後ろから背中を押された。

振り向けば、由比ヶ浜と一色が笑顔で腕を突き出している。

いろは「ファイトですよ、先輩!!」

結衣「城廻先輩はさっき階段で上の方に登っていってたよ……頑張ってね、ヒッキー!!」

八幡「……ああ!」

ダッと廊下の床を蹴り上げ、近くの階段へと向かう。

まだ、本番は始まってすらいない。

全てはここからだ。




 *  *  *


「行っちゃいましたね、先輩」

「そう、だね」

「……よかったんですか、結衣先輩」

「うん、これでいいの。……いろはちゃんこそ、よかったの?」

「え、なんのこと……ああ、結衣先輩聞いちゃってたんでしたっけ」

「あはは、ごめんね……」

「そうですねー、まぁいいかって言われるとよくはないんですけどー。でもまぁ、いいかなぁって」

「なにそれ、おかしくない?」

「わたしもよく分からないんですよねー。でも、先輩の顔を、見てたら……別に……ぐすっ、いいかなって……」

「いろはちゃん……」

「あは、駄目ですね、わたし。いいって思ったはずなのに、先輩のこと、もう、諦め、ないとっ……うあ、うわああああ……」

「……いろはちゃんは、強いよ」

「ぐすっ……わたしなんて、まだまだですよ……」

「……ヒッキーったら、いろはちゃんまで泣かせちゃって。これで本当に逃げたら、絶対に許さないんだから」


 *  *  *




    ×  ×  ×


二段飛ばしで素早く階段を駆け上がり、二階の教室をくまなく捜し回る。

だが、全ての教室を見回っても、めぐりさんの姿はなかった。

なら三階か? それとも特別棟か?

一体めぐりさんはどこにいるのかと、駆けながら考える。

近くの階段に迫ると、上から誰かが降りてくるのが見えた。

いっそめぐりさんをどこかで見かけなかったか聞いてみるかとその姿を見上げると、思わず息が詰まった。

八幡「雪ノ下!?」

雪乃「あら、比企谷くん」

その階段の上から降りてきた少女──雪ノ下雪乃は、俺の姿を見ると同時に軽いため息をついた。

雪乃「あなた、こんなところで何をしているの」


続きます。

八幡「俺は……」

めぐりさんを捜しているところだ──

そう言おうとしたところで、一瞬躊躇ってしまい、俺の口が止まった。

今、俺がめぐりさんを追っている理由は決して褒められたようなことではない。端から見れば俺がめぐりさんを泣かせてしまい、それを遅れながら追っているという状況なのである。

その後ろめたさから、若干素直にそれを口にすることに抵抗があったのだ。

だが、そんな細かいことを気にしている状況ではないとすぐに考え直す。俺がめぐりさん相手にやらかしてしまったことは素直に受け止めるべきであるし、別に今それを説明しようというわけでもない。

雪ノ下にめぐりさんのことを見かけなかったか、それを問おうとしたその時、雪ノ下の方が先に口を開いた。

雪乃「あなたにこんなところをうろついている暇はないはずよ」

八幡「すまん、実行委員の仕事は後でやるから、今は──」

雪乃「そっちではなくて……」

はぁ、と雪ノ下はこめかみを指で押さえながら呆れたようにため息をつく。うん? と何かに違和感を覚えた。

てっきり実行委員の仕事を投げ出してうろついているものと思われていると考えていたのだが、雪ノ下の反応を見る限り何か的外れのようだ。

ならば雪ノ下のうろついている暇はないという言葉にはどういう意味が込められているというのか。

雪乃「……あなた、城廻先輩相手に随分と色々言ったそうじゃない」

思わず息が詰まった。

八幡「なっ……」

雪乃「どうやら、本当のようね」

そう言いながら睨みつけるような目線を送ってくる雪ノ下を前に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来ない。

どくんどくんと鼓動が素早く波を打つのを感じる。この冬の寒い学校の階段にいるのにも関わらず、体が熱で包まれているような感覚になった。

何故、雪ノ下がめぐりさんと俺のやり取りについて知っているのか。

その内容に関しては、俺が説明した一色と、それを聞いていた由比ヶ浜以外には知らないはずなのに。

そんな疑問が俺の顔にでも浮かんでしまっていたのか、何かを察したような雪ノ下はふぅとひとつため息をついてから、言葉を続けた。

雪乃「先ほどまで、私は城廻先輩と話をしていたのよ」

八幡「めぐりさんと……?」

雪ノ下がめぐりさんと話をしていた、という事実に俺は驚愕を隠すことが出来なかった。

何故雪ノ下がイベント中のこの時間に、階段の上から降りてきたか。

それは由比ヶ浜曰く、上に向かっていったというめぐりさんと話をしていたからだったのか。

きっと俺に対する失望の言葉をめぐりさんから聞かされたのだろうな。

そう思いながら階段の上の雪ノ下を見上げると、雪ノ下はコツコツと音を鳴らしながら階段を降り、俺の側にまで降りてきた。

雪乃「城廻先輩は自分のせいだと気に病んでいたけども」

八幡「いや、違う。悪いのは俺だ」

めぐりさんが自分のせいだと気に病んでいた……?

今回の件でめぐりさんに悪い点など一切存在していない。悪いのは全て俺だ。好意から目を逸らし、逃げ続け、言い訳で全てを覆い隠そうとした俺に全ての非がある。

だが、俺がそれを言わずとも、雪ノ下は全て分かっているといわんばかりに首を縦に振った。

雪乃「そんなこと言われなくても分かっているわ。城廻先輩はあなたのことを何も悪くは言ってなかったけれど、どうせあなたのことだからあなたが何か変なことを言ったのだろうと思っただけよ」

八幡「……まぁ、そうなんだけどよ」

嫌な信頼のされ方だった。事実、その通りなので何も言い返すことは出来ないのだが。

雪乃「あなたはいつもそうじゃない」

八幡「そうだな」

何も、言い返せない。

俺はいつだって間違ってきた。

それは今回に限ったことではない。俺は今までに幾度となく間違いを犯してきた。

だが、解は出てしまっても、解き直すことが出来る。それを学ぶことが出来たのは、あの奉仕部という場所だ。

今回も間違えてしまったけれど。

それでも、今から正しにいく。

彼女たちに、背中を押されてしまっている以上、もう二度と逃げたりはしない。

雪乃「……けれど、今のあなたはいい顔をしているわね」

八幡「は?」

唐突に変なことを言われてしまい、俺は一瞬呆気に取られてしまう。

こいつ何言ってんだとその真意を問うべくその顔を見ると、くすっと雪ノ下の顔に微笑が浮かんだ。

雪乃「ああ、勘違いしないで欲しいのだけれど、あなたの目が腐っていることに変わりはないわ」

八幡「うっせ。今更変わるもんかよ」

雪乃「そうね、今更ね。初めて会った時からその目は腐ったままだもの」

八幡「人の目がそうそう変わるわけねぇだろ」

雪乃「でも」

そこで雪ノ下が言葉を区切った。そしてその透き通るような青みがかった瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。

その眼差しからは、ほのかに暖かいものを感じたような気がした。

雪乃「今のあなたの目からは、何か強い意思のようなものを感じるわ」

八幡「ちょっと色々あってな」

雪乃「……由比ヶ浜さんと一色さんかしら」

八幡「!!」

雪ノ下はどこまで気が付いているのだろうか。

図星を突かれて狼狽する俺の様子がおかしかったのか、雪ノ下は再びくすりと笑う。

雪乃「その様子だと、本当に二人と何かあったようね」

八幡「……本当に、色々あってな」

先ほどの生徒会のやり取りが思い返される。冷静になってみるとかなり恥ずかしいことをやらかしたような気がするが、そのことで身悶えるのはめぐりさんの一件が終わってからでもいいだろう。

今は、背中を押された勢いのまま突っ走ればいい。

雪乃「彼女らの想いには気が付いていて?」

八幡「ついさっき聞いたよ」

雪乃「それでもここに来ているということは……あなたは城廻先輩を選ぶのね」

八幡「ああ、そうなるな」

雪乃「……そう。由比ヶ浜さんと一色さんの友人としては少し残念に思うけれど」

さりげなく由比ヶ浜と一色を友人と認めていることが少しだけ微笑ましく思った。由比ヶ浜はともかく、一色までいつの間にそういう仲にカテゴライズされていたのか。

雪乃「でも、あなたの好きなようにやればいいと思うわ」

突き放したような言葉の割に、その口元には微笑みを携えていた。

八幡「悪いな」

雪乃「私に謝っても仕方がないでしょう。由比ヶ浜さんと一色さんの所には私が行くわ」

そう言うと、雪ノ下は俺の側を離れ、下に向かう階段に向かって歩を進める。

その階段を降りる直前で、くるっと振り返って俺の方を見た。

雪乃「……あなたも、私の友人なのだから。上手くやれることを祈ってるわ」

八幡「は?」

信じられない言葉が出てきたので、思わず聞き返してしまった。

──なぁ、雪ノ下。なら、俺が友

──ごめんなさい。それは無理。

そんなやり取りをしたのはいつのことだっただろうか。一瞬で思い出せない程度には昔のことだったような気がする。

あの時はとてもとても、互いのことを知ることは出来ないと思っていたけれど。

今は。

八幡「意外だな。俺と友達になることなんかありえないなんて言われたような気がするんだけど」

雪乃「ええ、確かに言ったわ」

何の言い訳もせずに、雪ノ下はそれを認めた。

雪乃「……でも、過去の間違えは正すことが出来る。そうでしょう?」

俺の顔を見上げ、そう言って微笑んだ。

その顔を見て、俺は悟る。

こいつもまた、間違えの正し方を学んできているのだと。

雪乃「しっかりしなさい。あなたは私が友人と認めた人間なのよ。そこは堂々と胸を張っていいと思うわ」

八幡「……さんきゅ、雪ノ下」

雪乃「その感謝は、何に対してかしらね?」

ふふっと笑う雪ノ下に釣られて、俺もふっと軽い笑みを浮かべた。

この雪ノ下先生が言うんだから、間違いねぇんだろうな。

そういえば前にも同じような会話をしたような気がする。あの時といい、雪ノ下には救われっぱなしだ。

雪乃「さっきまで私と城廻先輩は四階の空中廊下のところにいたわ。多分、まだいると思うのだけれど」

四階の空中廊下……あの校舎と特別棟をつなぐ、屋根のない廊下か。いつぞや、雪ノ下、由比ヶ浜と話をしたことがある場所だ。

八幡「分かった。行ってくる」

雪乃「ええ。あなたなら上手くやれると信じて待っているわ」

そう言うと、俺は階段を駆け上がり、雪ノ下は階段を降りていった。




   ×  ×  ×


──今の君ならばやれるって、私は信じているからな。

──小町以外にも、そうやって素直に気持ちを伝えることが出来るようになればいいのに。

──君には俺の二の舞になってほしくはない。だから君はちゃんと応えてやってくれ。その結果がどうなろうともね。

──先輩なら出来ますよ──わたしが好きになった先輩なら、きっと城廻先輩の想いを受け止められるって信じてます。

──ヒッキーさ、もっと自分に自信持っていいんだよ。あたしが保障するから。

──ええ。あなたなら上手くやれると信じて待っているわ。


今まで受け取ってきた言葉が、まるで走馬灯のように脳裏を横切った。

そのひとつひとつが、今の俺の自信に繋がっていく。

もう、めぐりさんの想いから目を背け続けた時の俺ではない。

今なら。

今ならば、俺は全てを受け止め、そして全てを伝えることが出来る。

見つけにいくんだ。

本物と呼べる場所を。




校舎の階段を駆け上り、四階にまで辿り着く。そこから空中廊下へと出る踊り場にまで走った。

空中廊下へ繋がる硝子戸の前に立つと、俺は一度深呼吸をする。

そして意を決すると、その硝子戸を開き、そして空中廊下に踏み出した。

空は暗くなっていたが、星は明るい。月の光が、今いる場所を照らしている。

その光の先に、彼女が佇んでいた。

手すりに寄り掛かってぼーっとしていたようだったが、硝子戸の開く音に気が付いたのかこちらの方を振り向く。そしてそこにいた俺の姿を見つけたのか、はっとその表情が驚愕の色に染まる。

めぐり「比企谷くん……!?」

月の光に照らされた彼女の表情には、一言では言い表せないほどに複雑なものが浮かび上がっていた。

冷たい風が吹くと、彼女の髪をなびかせた。前髪が揺れると、つるりとしたきれいなおでこが月の光をきらりと反射する。

俺はそのめぐりさんの元に向けて、ゆっくりと足を向けた。

八幡「めぐりさん……話があります」

本物と呼べる場所を探しに行くのは、きっと。

今なんだ。


もう少しだけ続きます。



 *  *  *


俺が欲しがった「何か」。

それは一体なんなのか、きっと自分自身でもわかっていない。

言葉に言い表そうにも、なにも適切な言葉が思いつかず。

定義に当てはめようにも、どれもまちがっているような気がした。

ああでもないと考えても、こうでもないと悩んでも、明確な答えは導き出せないまま堂々めぐり。

結局、ただの言葉遊びなのだろう。

別に、俺が欲しいものは言葉なんかじゃない。

けれど、その欲しい「何か」が何なのか、形にして知りたいと思う。知って、安心したいと思う。

形のないものは、ふとした瞬間に消えてしまいそうだから。

もしかしたらそんな形もない、姿もない、存在しているのかもわからない「何か」を求め続けること自体がまちがっているのかもしれない。

その「何か」を突き詰めていった結果、何も残らないのかもしれない。

それでも。

それでも俺は。

その自分の欲しがった「何か」が何なのか、ちゃんとした答えを手にしたいと思う。

考えてもがき苦しみ、あがいて悩んで。

そうやって、めぐりめぐって、その先にあるものは。


 *  *  *




    ×  ×  ×


今、俺とめぐりさんがいる空中廊下には、屋根や壁などの遮るものは全くない。

頭上の夜空には空気の澄んだ冬らしく星が瞬いており、先ほどから冷えた風が強く吹き抜けている。

しかしそんな冷たい風を受けながらも、俺は自分の頭が沸騰しているように熱くなっていくのを感じた。

こんなにも熱くなっている理由は、ここまで全力で駆け抜けてきたからというだけではないだろう。

八幡「……」

めぐり「……」

星が輝く夜空の下、俺とめぐりさんの目線が交差する。

突然やってきた俺に対して、めぐりさんは困惑しているような表情をしていた。

あれだけ酷いことを言い放ちながら、何故俺が息も切らせながらめぐりさんの元にやってきたのか、おそらく理解していないに違いない。

無理もないだろう。

先ほどの俺はめぐりさんの想いを受け止める覚悟も出来ておらず、一度は振ってしまっているのだから。

しかし、あれから紆余曲折を経て、今俺は想いを伝えるために、ここに立っている。

──はずなのだが。

さて、参ったな。

めぐりさんに話があると切り出したはいいが、何から言えばいいのか。

いや、言うべきことがあるのはもちろん分かっている。

だけど改めてめぐりさんを視界に入れた瞬間、考えていた言葉は全てどこかに消え去ってしまい、頭の中が真っ白になってしまったのだ。

まぁ、どういうことかっていうと。

俺、今超テンパってます。

八幡「……あ、えっと」

めぐり「比企谷くん……?」

カッコつけられたのは最初だけだったようだ。

っかしーなぁ……さっきまでマジでなんでも出来るような高揚感に溢れてたはずなんだけどなぁ……。

頭が真っ白ましろ色シンフォニーになってしまっただけでなく、足はすくみ、腕は固まり、口はカチカチ歯を鳴らしているだけで次の言葉が続かない。

まさか話がありますなんて啖呵切ってから次に出てきたのが「あ、えっと」になるとは自分でも思ってなかった。典型的なコミュ障か。覚悟はどうした覚悟は。

先ほどまで大変複雑そうな表情を浮かべていためぐりさんも、話を切り出してきたはずの俺が何も言葉を続けなくてさすがに気まずくなってきたのか、どう反応したらいいか困惑しているように見える。

その様子がなんだか可笑しくて。

思わず、笑いがこみ上げてしまった。

八幡「はは、は……あははは……!」

めぐり「え、ひ、比企谷くん!?」

多分、今の俺は相当おかしいように見られているだろう。

はっきり言って自分でもおかしいと思う。

あんな酷いことを言った奴がなんか駆けつけてきて、そして話があると言いながら何故か笑い出す姿は、端から見たら完全にヤクかなんかをキメちゃった奴にしか見えないだろう。

それでも、何故かこみ上げてくる笑いを抑え切れなかった。

多分、テンションやらなんやらが一周ぶん回って振り切れてしまったかで頭がどうかしてしまったに違いない。

八幡「はっはっは、はっ、ごほっ、ごほっ」

めぐり「ちょっ、比企谷くん、大丈夫?」

笑いすぎて喉が詰まってしまい、咳き込んでしまう。心配したような声を出してめぐりさんが俺の側にまで駆けつけてきた。

ああ、腹が痛い。決して笑える状況ではないはずなのに、何故か笑ってしまったこの状況すら可笑しくて再び笑いそうになる。

自分でも訳が分からない。本当に頭イっちゃってるんじゃなかろうか。

めぐり「……ふふっ、比企谷くんったら、もう……」

俺の意味不明な笑いに釣られてしまったのか、めぐりさんも笑い出してしまう。

そこにこの数週間で見慣れた、ほんわか笑顔が浮かぶ。暗い夜空の中でも、その笑みは輝いているように感じた。

八幡「はは、あははは……!」

めぐり「ふふっ、もう……どうしたの急に……ふふふっ」

お互いに顔を見合わせて、この空中廊下に二人の笑い声が響き渡る。

ああ、その笑顔が見れてよかった。瞬間的にそう感じた。

俺の欲しがったもの。願ったもの。守りたかったもの。

それは一体なんなのか。

きっとその答えは、この笑顔にあるのかもしれないだなんて、漠然とした考えが脳裏を掠める。

そうだ、俺はこの笑顔を見たくて、霞ませたくなくて、守りたくて、ここに来ているのではなかったか。

八幡「……めぐりさん」

めぐり「うん」

ひとしきり笑ってから、めぐりさんの顔を見つめる。

先ほどまでのほんわか笑顔は一旦鳴りを潜め、真面目な表情に切り替わっていた。

その瞳には毅然とした、真剣な色が宿っている。

その目を見て、俺は意を決した。


言おう。

笑って体がほぐれたせいかどうかは分からないが、頭の中は妙に冴えている。

今から何を言うべきか、何を言いたいのか、明確に考えが出てきていた。

先ほどの生徒会室での失態を詫びようとも思ったが。

やはりその前に。

これを伝えてなくては始まらない。

八幡「俺は──」

気持ちを集束させるかのように大きく息を吸い込む。

冷たい空気と一緒に、愛しい想いが胸を満たした。

その気持ちを言葉に込めて。

俺は、心からの答えを口にする。


八幡「俺は。めぐりさんのことが好きです」

めぐり「──!!」

八幡「都合のいいことを言っているのは分かっています……。さっきは本当にすみませんでした。それでも、これが本物の気持ちです。俺は、めぐりさんとずっと一緒にいたい。この学校から卒業してしまってからも、ずっと一緒にいたいと思ってます! だから!」

胸の奥から溢れ出た想い。

今この瞬間、この言葉には嘘も偽りもない。それは俺が心の底から願い、欲し、望んだもの。

全てを振り絞り、勢いよく叫びを上げた。


八幡「だから! 俺と、ずっと一緒にいてください! めぐりさん!!」


めぐり「……ひきがや、くん」

俺の叫びに、めぐりさんは驚いたように目を瞬かせていた。

これで伝わったのだろうか。

正直、言ってから他にもたくさん言いたいことがあったなと思った。

顔をあげて、めぐりさんの顔を見つめる。

めぐりさんは、俺の言葉を呑みこんだように頷いた後。

にこりと。

ほんわかとした満面の笑みを、いっぱいに浮かべた。

めぐり「……はい、喜んで」

たたっと、めぐりさんが俺の側にまで駆け寄り、そして俺の手を掴んだ。

あたたかい。めぐりさんの手に掴まれた自分の手から、ぽかぽかとしたぬくもりを感じる。

めぐり「私も言わなきゃね」

そう言ってすぅと軽く息を吸い込むと、すぐにはぁと息を吐き出す。

そして俺の顔を見上げると、ふふっと笑みをこぼれさせた。


めぐり「私も。比企谷くんのことが好きだよ」


八幡「……ははっ」

最初にここに来た時とは全く別の理由で、再び笑いがこみ上げてしまった。

嬉しくて。

自分の好きな人から好きだと言われるのが、あまりに嬉しくて。

目の前のめぐりさんの姿がじわりとぼやける。くそっ、何やってんだ俺は。せっかく想い人が告白してくれたというのに、その姿も見れないというのか。

目から溢れ出る涙を拭おうとすると、がばっと俺の体がめぐりさんに抱きしめられた。

八幡「ちょっ、めぐりさん!?」

めぐり「ずっと、ずっと一緒にいようね、比企谷くん……」

八幡「……はい」

俺も、そのめぐりさんの体を抱きしめ返す。

全身で、めぐりさんの全てを感じる。

腕の中にいる身体からは、めぐりさんの温もりと鼓動が、柔らかな香りと共に伝わってきた。

めぐり「嬉しいな……。私、卒業したら、もう比企谷くんとお別れになっちゃうのかなって思ってた……。あんなお別れの仕方なんて……嫌だったの……。ずっと、不安で……」

八幡「めぐりさん……」

声を詰まらせながらも、そう俺の耳元で呟いた。

随分とめぐりさんを不安な思いにさせてしまったようだ。

けれど、もう二度とそんな思いはさせない。

俺が、ずっと側にいるから。

八幡「これからは、ずっと一緒にいますから……」

めぐり「うん、約束だよ」

そう言いあってから、ぎゅっとお互いの身体を強く抱きしめた。

そうやって互いのことを感じていたのは一瞬だったか、それとも何分という時間だったか。

俺には、その時間が永久のようにも感じられた。




   ×  ×  ×


そうして、校舎内である。

めぐり「へくちっ、うう、寒いね……」

八幡「ですね……さっみぃ……」

いくら抱きしめあっていたとはいえ、コートも着ずに長時間冬の外、しかも強い風も吹きさらしている中で立ち尽くしていたせいで身体は完全に冷たくなってしまっていた。ガチガチと身体の震えが止まらない。今の俺ならナチュラルにふなっしーの真似が出来る自信がある。

さすがにこれはヤバいと感じた俺は、めぐりさんと共に校舎の中に戻ってきたというわけだ。

無論、校舎の廊下も暖房が効いているというわけでもないので、寒いことに変わりはない。まぁ、風が直接当たらないだけ、幾分かはマシだ。

はぁ~と自分の吐息を手に当てて僅かな温もりを求めていると、めぐりさんがちらっとこちらの様子を窺っていることに気がついた。

ほふん、我とてそこまで鈍感ではない……どれ、男としてこちらから手を繋ぐくらいの度胸は見せたろうかいのうなんて手を伸ばそうとしたが、めぐりさんの手に持っている箱に気がついてすぐに手を引っ込めた。

別に手を繋ぎたいアピールとかそういうではなかったらしい。

つか、あの小洒落た箱は確か……。

めぐり「あのさ、比企谷くん、これ。さっき渡せなかったから……」

八幡「それは……」

思い出した。確かあれは、生徒会室でめぐりさんが大事そうに持っていたものだ。

そういえば、それを持ったまま生徒会室を出ていってたな。

めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」

八幡「……はい」

めぐりさんが手渡してきたその箱を受け取りながら、俺は首肯した。

バレンタインデー。

それはなんなのだろうか。

お菓子メーカーの策謀? 小町からチョコを貰える日?

いや、違う。

それは女の子が、好きな男の子にチョコレートを渡す日である。

めぐり「……本命チョコ、だからね?」

八幡「は、はひ……」

もうやめて! そんな上目遣いで渡されたら、俺のライフポイントは0になるわよ!

改めて、めぐりさんに渡された箱を見る。

しかしこの箱を包むラッピング、どこかで見たような……。

ああ、そうだ。思い出した。確か新宿に行った時にデパートでのバレンタインデーイベントのブースで買っていたものだ。

もしかしてあの時にこれを買っていた時には、俺に渡すつもりだったのん……?

八幡「これ、今開けていいっすか」

めぐり「ええ? まぁ、ダメとはいわないけど……手作りだから、上手く出来てるか不安だな……」

八幡「え、手作りなんですかこれ?」

めぐり「うん、そうだよ……」

そうもじもじして照れくさそうにしているめぐりさんは大層可愛らしい。

うわぁこの人今俺の彼女なんだなぁ……とか思うと俺まで照れくさくなってしまったので、自分の持っている箱に再び目をやった。

箱のようなものだったので完全に店で売っているものだと思っていたのだが……単にそういう包みらしい。

ラッピングを丁寧に剥がして箱を開けると、その中からハート型のチョコレートが出てきた。

ハート、ハートかぁ……。ド直球もド直球、100マイルストレートである。

八幡「……ん?」

そのチョコを取り出そうとすると、カタッと箱の中でチョコが入った包み以外の音がしたような気がした。

なんだろうと思い、その箱の中を見てみると、何かカードのようなものが入っている。

もしかして、これは……。

八幡「メッセージカード……」

めぐり「あはは、せっかくだしね」

バレンタインカードか……。クリスマスカードの次くらいにポピュラーだという話は聞いたことはあるが、本物を見たのは初めてだ。いやそもそも母親と小町以外からチョコを貰ったのは今年が初めてなんだから当たり前っちゃ当たり前なのだが。

これもまた、日曜日の時に買っていたものだろう。俺がメッセージカードのアイディアを思い浮かべた時のあのお菓子屋の前で見たやつだ。

そのメッセージカードを取り出して、そこに綴られた文面を読む──同時に、俺の顔が真っ赤に染まった。


『I LOVE YOU by Meguri』


たったそれだけの、簡素な文。

けれど、その一文には、今までの全てが詰まっているような気がした。

八幡「ありがとうございます……嬉しいです、ほんと」

めぐり「ちょっと恥ずかしいけど……でも、本当に比企谷くんのことが好きだから」

八幡「めぐりさん……」

ただそれだけの言葉を受け止めるためだけに、随分と遠回りをしてきたような気がする。

きっと、もっと簡単に、穏便に終わらせる方法もあったのだろう。

けれども、きっとそれでは俺は納得することが出来なかったと思うから。

面倒な人間だな、と自覚する。

しかし、これまでの過程と結末に後悔はない。

めぐりめぐってきた、全ての遠回りは必要だったと思うから。

今、この答えを手に入れるために。

八幡「俺も、めぐりさんのことが好きです」

これまでのまちがえと解き直し、全てがあったから、今こうやって、気持ちを伝えることが、気持ちを受け止めることが、出来るようになったと思うから。

めぐり「……うんっ」

ぱあっと、めぐりさんの表情にほんわかとした笑みが浮かんだ。

この笑顔の先。

俺はそれを知るために、きっとこれからも求め続ける。




   ×  ×  ×


バレンタインデーとは何か、知っているだろうか。

起源の諸説はあるが、ローマで兵士の婚姻が禁止されていたところを、キリスト教司祭のウァレンティヌスさんとやらが秘密に兵士を結婚させてたら、バレて処刑されたのが二月十四日だったとか。ソースはウィキペディア。

決して愛の日として相応しい成り立ちではないはずなのだが、いつの間にやら恋人たちの日になっていた。

そして日本においてはさらに独自の発展を遂げ、女の方から男に親愛の意味を込めてチョコを渡すだとか、義理チョコだとか友チョコだとか自分チョコ(これは俺もやった)だとか、原型を留めていない……とまでは言えないが、それでもなんだかよく分からない日になりつつある。

けれども、そんなよく分からないイベントでも、青春真っ盛りの高校生の男女にとっては決して小さくない出来事らしい。

そして今年に限っては、俺にとっても。

バレンタインデーという後押しを受け、俺は一人の大切な人と結ばれた。

ここに辿り着くまでに、多くの人に支えてもらい、背中を押してもらった。

しかし、誰も傷つかない優しい世界なんて存在し得ない。

俺がハッピーエンドを迎えた裏では、涙を流すことになってしまった人だっている。

それでも俺は、全てを受け止めて前に進もうと思う。

それが全ての応援してくれた人たちに対する感謝になるだろうから。


俺は忘れない。

このバレンタインデーの一日を。


遅くなって申し訳ないです。
次回で最終更新になると思います。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

最終投稿から、今日で一週間。
すんません、最後にエピローグちょろっと書いてそれで終わりにしようと思ってたのですが、そのエピローグが全然書き終わらなくて……。
あ、明日には、明日には書き終えて投稿したいと思っていますので、ほんとあとちょっとだけお待ちください。
ちなみに、なんか今の調子だとエピローグだけで2万文字オーバーする勢いです。ガハハ。ほんとすんません。

書き

終わらな


本当に申し訳ありませんが、あと一日か二日待ってください……



   ×  ×  ×


いろは『校舎に吹く風が暖かくなり始め、春の訪れを感じるようになったこの佳き日に卒業を迎えられました先輩方、ご卒業おめでとうございます』

一色のマイクを通した声が、粛々とした雰囲気の体育館に響き渡る。

俺は、雪ノ下、由比ヶ浜、そしてこの後答辞をやる予定になっているめぐりさん達と共に、体育館の舞台袖から一色の送辞を見守っていた。

リハーサルは何度もやった。カンペは一応用意してあるものの、見なくても全文暗唱出来るようにもなっているはず。

とはいえ、一年生がこれから卒業する全三年生の前で喋るというのは、俺には想像も出来ないほどのプレッシャーがかかっているはずだ。緊張で固くなってしまって変なミスをしないようにと、ただ祈るばかりである。

俺だったらこんな雰囲気の中、大勢の前で送辞などとても無理だろう。無理無茶無謀の三拍子が揃っている。紙まくって赤っ恥を晒す羽目になるのがオチだ。

本当に一色さん大丈夫かしらん……と心配になりながら一色の送辞を聞いていると、右隣にいる雪ノ下のそわそわとして落ち着かない様子が目に入った。

こいつもこいつで、やはり一色のことが心配なのだろう。なんだかんだで一色に対して甘いところあるからなぁ……。

いろは『卒業式を迎えた先輩方は今、夢と希望を抱いて、この晴れの門出の席に──』

雪乃「一色さん、平気かしら」

結衣「大丈夫だってば、いろはちゃんを信じようよ」

そんな俺と雪ノ下とは反対に、由比ヶ浜は至って平常そうに見える。

ある意味で一色を信頼し切れていないとも言える俺と雪ノ下と違い、由比ヶ浜はきちんと一色を評価し、無用な心配をせず、そして信頼して任せている。

もっとも奉仕部の中で一色に対して真っ当な評価を下していると言えるのが由比ヶ浜であった。いや、ほら俺とかお兄ちゃんスキルがあるせいか年下に対して激甘査定を下す癖があるし、雪ノ下さんはチョロノ下さんみたいなところがあるので……。

まぁ別に相手が年下じゃなくても割と甘い査定出している時はあるような気がするんだけどなーとか思いながら、俺はちらと左隣にいる人影の方に目をやる。

そこには、今回の卒業式の答辞の担当をする城廻めぐりの姿があった。

めぐり「そうだよ、一色さんは結構しっかりしてるから」

これから答辞が待ち構えているはずなのに、めぐりさんはほんわかと笑みを携えていた。さすがは前生徒会長を務め上げたことだけはある。

むしろ、前に出るわけでもない俺の方が緊張しているような気がした。

いくら前に出ることに慣れているとはいえ、これから卒業するというのにすごいなぁ……と考えたところで、俺の思考が止まる。

そう、これからめぐりさんはこの高校を卒業するのだ。

あのバレンタインデーから一ヶ月近く。

本日は、総武高校の卒業式なのであった。

で、なんでその卒業式に俺や雪ノ下、由比ヶ浜が本来二年生のいるはずの席におらず、舞台袖にいるのか。

これはもう簡単な理由で、前に一色が言った『じゃあ卒業式のお手伝いだけでもお願いしますね』という言葉が現実になり、奉仕部で卒業式の運行の手伝いをすることになってしまっていたからである。一色による奉仕部の酷使無双っぷりもここまで来るといっそ清清しい。

先月のバレンタインデーイベント、先月末の期末試験、そして三月に入ってから即卒業式の手伝いと来ているので、ここのところほとんどだらだらする時間が取れていない。やだ、俺の社蓄適応度高すぎ……?

この調子だと今度は入学式辺りでもこき使われそうな未来がありありと想像できる。総武高校に無事合格を決めた小町が関わってくる為、全く苦に感じず入学式のお手伝いをしちゃいそうなのが怖い。そのうち何を押し付けられても笑顔を浮かべながら仕事をこなせる進撃の社蓄の肩書きを手に入れられそうだ。社蓄の安寧、虚偽の休日、死せる奴隷に自由を……!!

まぁ、残りのわずかな休みも全部めぐりさんとの予定で埋まりきっていたりするのだが。

八幡「……めぐりさんは緊張してないんですか」

そのめぐりさんに声を掛けると、にこりとした笑みを崩さないまま俺の方を振り向いた。

めぐりさんの透き通るような瞳が俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。目と目が逢う。瞬間、好ーきだとーきづーいたー。いや、めぐりさんの場合どこぞの72さんより穴を掘って埋まってしまうアイドルの曲の方が似合ってそうだけど。こう、中の人的に。

しかし好きだと気付いたどうかは知らないが──目が合った瞬間、別のことに気が付いた。

わずかながら、めぐりさんの笑顔に影が差していることに。

めぐり「実はちょっとね」

あはは、と笑うめぐりさんだが、今度は明確に無理に笑みを浮かべていると分かった。

あのバレンタインデーから一ヶ月近く。同時に、俺とめぐりさんが付き合うようになってからも一ヶ月近く。

まだまだめぐりさんのことを知っているなんて偉そうなことを言えるほどではないかもしれないが、それでも少しはあの時よりめぐりさんのことを知ることが出来ている……と思う。

たとえば意外と甘えんぼだとか、結構食べる方なんだとか、お昼寝が大好きなんだとか。ええ、一度半ば強引に俺の部屋に上がり込んだ挙げ句、ベッドの上ですやすやと寝てしまわれた時にはどうしようかと思いましたね……。いや、何もしてないんですけど。ヘタレでごめんなさい。

あとはまぁ、めぐりさんの笑顔の種類だとか。

普段の笑み、ちょっと呆れてる時の笑み、無理してる時の笑み、心からの笑み。

もちろん他にもあるけど、あのほんわか笑顔にも色々あるんだということを最近段々と分かってきた。

そして今のめぐりさんの笑みからは、緊張で固くなっていることが感じられる。

他の人では分からないほど些細な違いかもしれないが、自分は分かっている。そんな優越感を覚えてしまうのは、付き合っている身としてはまちがっているだろうかなんて考えがわずかに脳裏を掠めた。

おっといかん、今は自分の中でどう思うかなんてどうでもいい。一色の送辞が終わる前に、めぐりさんに対して何か言葉を掛けるべきだろう。

八幡「……あー、まぁ、あれですよ、めぐりさんなら大丈夫だと思いますよ」

言葉に出してから、自分は致命的なまでに言葉でのフォローが下手だということに気が付いた。いや、我ながらなんかもうちょっと気が利いた言葉の選び方はなかったのん……?

しかし、俺の貧弱な語彙力では咄嗟に上手い言い方が思い付かなかったのだ。えるしってるか、いくら本で単語を大量に知ってても別にコミュ力に応用出来るとは限らないんだぜ。ソースは俺。

なので、言葉が足りない分は他で補うことにした。

そっとめぐりさんの手を取ると、その手に自分の手を重ねる。瞬間、ふわっとめぐりさんの体温が伝わった。

めぐり「あっ……」

八幡「……こんなことしか出来ませんけど、俺は応援してるんで」

めぐり「ハチくん……ありがとう」

この一ヶ月の間にいつの間にか定着していた俺の呼び名を口にしながら、めぐりさんが俺の手を握り返してくる。

めぐりさんの顔を窺うと、そこにはいつものほんわか笑顔が浮かび上がっていた。

その笑みからは、先ほどまでの緊張故の固さが消え去っている。

結衣「……むぅ」

後ろから誰かが唸るような声をあげていたので、振り返ってみると、なんとも複雑そうな表情をした由比ヶ浜が俺の方を睨みつけていた。

……あー、しまった。人目があることを意識してなかった。しかも由比ヶ浜。少々配慮に欠けていたかもしれない。

八幡「あー、いや、その」

結衣「……別に気にしなくてもいいよ、もうその話は終わったし」

気にするなと言う割に、その、由比ヶ浜さん、あの、なんか目からハイライトが消えつつあるのですがそれは……。

あのバレンタインデーの日、俺は由比ヶ浜の告白を真正面から断っている。

めぐりさんと付き合うことになった後、由比ヶ浜との仲はそれまで通り──というわけには全くならず、あの後になんやかんやあったのだ。いやもう本当に色々あった……。

まぁ紆余曲折を経て、奉仕部は前までと同じように集まることが出来た。大体雪ノ下の奮戦のおかげである。あれ以来雪ノ下には頭が下がりっぱなしだ。

ちなみにリアルに雪ノ下に頭を下げた──というか土下座をかました回数は片指の数で収まりきらない。あれっ、もしかして両指を使っても足りない……?

その雪ノ下先生は、由比ヶ浜の様子を見て、こめかみを押さえながら軽くため息をついた。

雪乃「……由比ヶ浜さん」

結衣「あ、うん、ごめんごめん」

一応言うと、本当に由比ヶ浜との一件についてはケリを付けている。

ただ由比ヶ浜は気にしていないかと言うとそんなことはないらしくて、時折由比ヶ浜は俺に振られたことをネタにして俺のことを苛めてくる。いやね、ネタにする程度にはもう過去のことだと割り切れている証拠ではあるのだろうけども、そのネタを振られる俺の身にもなって欲しい。俺の自虐ネタを振られた側の人間って、いつもこんな気分だったのだろうか。これからは控えよう……。

そんな由比ヶ浜から目を逸らすように、壇上で送辞を続けている一色の方を向いた。

いろは『皆様は頼りになる先輩として、私たちに優しく、時に厳しく指導をして──』

かむこともつっかえることもなく堂々と言葉を続けている一色のその姿は、とても一年生とは思えないものであった。

見た感じ一度もカンペに目を落とすこともなく、顔を三年生の方へ向け続けている。ああも立派にやってもらえると、一緒に送辞をうんうん言いながら考えた俺としても(結局送辞まで手伝わされた)考えた甲斐があるというものだ。

俺は忘れないからな、今日のこのステージを!

まるで娘が立派に巣立っていってしまったような気分になりながら、俺は一ヶ月近く前のことを思い出す。

あのバレンタインデーの後、俺は一色に正式に告白された。

その時点でめぐりさんと付き合っていた俺は、当然ながらそれを真正面から断った。

俺がめぐりさんと付き合っていることを知っていたのにも関わらず一色が告白してきた理由は、自分の中のケジメをつけるためだったとは後から知ったことだ。

まぁその一色とも後に色々あったわけだが、結局こうやって送辞の中身を考えるのに付き合わされる程度には元の仲に戻ったと言えるだろう。

もちろん一色が内でどう思っているのかまでは分からない。とはいえ、本人に気にしないでくださいと言われている以上は俺も気にしないでいるべきだと考えている。

……ただまぁ俺に気にしないでという割に、由比ヶ浜と同様に自分の中ではそれなりに気にしているらしく、たまーに部室内で『あー、わたしも彼氏欲しいなーちらっちらっ』みたいな話を振ってくる。いやね、別に嫌味とかじゃないのは分かっているのだが、俺にどうしろというのだ。

過去はどうあれ、一応俺は一度振った由比ヶ浜、一色との仲は悪くない状況であると思う。しかしその仲を維持出来たのは本当に雪ノ下の尽力によるところが大きい。

どのくらい大きいかって……まぁ、片指で数え切れないくらい土下座をかましたというところから色々察して欲しい。もしも雪ノ下がいなければ、俺はめぐりさんという恋人と引き換えに、別の大切なものを失うところであった。

これから雪ノ下相手に頭が上がることはないんだろうなーと思っていると、一色が締めの挨拶に入っていた。

いろは『先輩方のご健康とご活躍を心からお祈りし、送辞とさせて頂きます。卒業生の皆様、本当にご卒業おめでとうございます』

そう言って深々と頭を下げると、一色は毅然とした表情を崩さないまま舞台袖にまで戻ってくる。

だが、外から見えない位置にまでやってくると、はぁ~と大きな息を吐いた。

いろは「はぁ~~……き、緊張しました……」

八幡「お疲れ。まぁ、かなり上手くやれてたと思うぞ」

雪乃「素晴らしい出来だったわ、文句なしね」

結衣「いろはちゃん、お疲れ!」

めぐり「一色さん、お疲れ様! ほんと、すごかったよ!」

一色は近くにあった椅子を引くと、どがっと女の子としてはどうかと思うほど乱暴に座り、再び大きくため息を吐く。常に可愛い女の子を演じているところがある一色にしては珍しい挙動だった。そこに気が回らないほど、本当に疲れているのだろう。

しかしながら疲れこそは見えるものの、完全にやりきったという充実感に満ちたような表情をしている。燃え尽きたぜ、真っ白にな……。

八幡「……すごいな、お前」

思わず、そんな感嘆の声が漏れてしまう。

卒業式という緊張感マックスの状況で、大勢の前でかむこともない、つっかえることもない、カンペも見ないで、かつ聞き取れるほどの声で送辞を全て言い切るというのは相当の大仕事だ。それを、一色は一年生ながら完璧なまでにこなしたのだ。

これを賞賛せずにはいられなかった。

一色はやや驚いたような顔で俺のことを見上げると、えへへっとはにかむような笑みをこぼす。

いろは「わたし、ちゃんと生徒会長、やれてましたかね……」

八幡「ああ、お前は立派な生徒会長だ」

俺のその言葉に、前生徒会長のめぐりさんや雪ノ下たちも頷いて同意する。いや、ここにいる面子だけじゃない。おそらく、あれを聞いていた全ての人間が同意してくれるだろう。

一色いろは。彼女はこの総武高校の立派な生徒会長であると。

平塚『続きまして、卒業生代表による答辞に移ります』

しかしそうやってほっとしているのも束の間、平塚先生によるアナウンスが聞こえてきた。卒業式のアナウンスってもうちょっとお偉いさんがやるものだと思うのだが、若手じゃなかったんですか先生。

平塚『それでは卒業生代表の城廻めぐりさん、お願いします』

めぐり「よしっ、じゃあ頑張ってくるね」

アナウンスと同時に、めぐりさんが気合いを入れたようにぎゅっと胸元で拳を握る。

俺はそれに大きく頷いて、めぐりさんの瞳を真っ直ぐに見つめた。

八幡「頑張ってください、めぐりさん。俺はここから見てますから」

めぐり「うん! 見ててね、ハチくん」

そう笑いながら言うと、身を翻して舞台袖を出てマイクのある壇上へと向かった。

今のめぐりさんの笑顔はいつも通りの笑顔だった。こういった大舞台の前で話をする経験も今までに多く積んでいるだろうし、下手な緊張もしていないのであれば大丈夫であろう。そう、信じる。

結衣「……ヒッキーってさ、本当にめぐり先輩のことが好きだよね」

八幡「は?」

横から唐突に掛けられたその声に反応してそちらを向いてみると、由比ヶ浜が俺の方を見ていた。

その由比ヶ浜の顔には、どこか温もりのある優しい微笑みが浮かべられている。

八幡「いきなりなんだよ……」

まぁ、そりゃ好きだけど……かといって、他の人にいきなり指摘されると小っ恥ずかしいものがある。

そもそもなんでいきなりそんなことを言い出したのかと困惑した目線を送ると、由比ヶ浜は少し言い難そうにしながらも言葉を続けた。

結衣「なんていうかさ、今、めぐり先輩のことを見てたヒッキーの顔……すっごい優しいっていうか、あったかいって感じだったんだよね」

八幡「見んなよ、恥ずかしいだろ……」

つい反射的にそんな憎まれ口がこぼれ出てしまう。

いや、本当に恥ずかしいからやめてね? この前めぐりさんが俺の家に来た時、小町にもほとんど同じようなことを言われたけど、そういうこと言われても反応に困るから。

だが、由比ヶ浜は生暖かい視線を俺に向けるのをやめてくれない。

結衣「えぇー、でも、さっきみたいなヒッキーの表情、今までに見たことなかったもん……」

いろは「そうですねー、先輩あんな顔できるんだなーとか思いました」

八幡「おいお前らもうやめろ、やめて、やめてくださいお願いします」

一色まで話に乗っかってきて、俺はやや涙目になりながらやめてくれと懇願する。

しかし由比ヶ浜と一色はそのニヤニヤとした笑みを向けてくるのをやめない。やっぱ君たち振られたのめちゃくちゃ根に持ってるでしょ?

雪乃「……城廻先輩の答辞が始まるわよ、静かに」

そこで助け舟を出してくれたのは雪ノ下だった。おお、今の俺にとってはまさに《救済の天使/Angel of Salvation》だ。今の救いのタイミングの良さといい瞬速とか持ってそう。相手ターンにも唱えられちゃう。すかさずその助け舟に乗っかることにした。

八幡「そ、そうだな。ほらお前ら静粛にな」

結衣「むぅ……」

由比ヶ浜は納得いかなそうな顔をしていたが、状況が状況だけにすぐに黙った。あと今小さな舌打ちが聞こえてきたけど、一色さんには後でお話があります。

八幡「……」

壇上の方に視線を戻すと、丁度めぐりさんが答辞を始める瞬間であった。

めぐり『寒かった冬もようやく終わりを告げ、暖かい春の訪れが感じられるようになりました。この今日の佳き日に、私たちは卒業します』

マイクに向かって、めぐりさんはちょっとゆるめのテンポでゆっくりと、しかしとても聞き取りやすいように答辞を読み上げる。ここら辺はさすがだ。俺が無用な心配をするまでもない。

しかし、卒業……か。

めぐりさんの口から卒業するという言葉が発せられた瞬間に、ちくりと俺の胸の中が痛むのを感じる。

そう、めぐりさんはこれから卒業するのだ。

それは前から分かっていたことであるが、改めてその事実が重くのしかかる。

俺がめぐりさんと恋人として一緒の学校に在籍することが出来た期間は一ヶ月にも満たない。

今更どうこう言っても仕方のないことであるのは重々承知しているが、それでももう少し長い間めぐりさんとこの学校にいたかったと思わずにはいられない。

もう少し早く知り合えていたら……もう少し早く関わることが出来ていれば……。

そんな無意味な妄想が脳裏に浮かぶ。

めぐり『希望に満ち溢れた三年前の入学式から、気が付けばあっという間にこの日を迎えてしまいました。振り返れば──』

だが、過ぎ去ってしまった過去を取り戻すことは出来ない。なかったことにすることも出来ないし、消し去ることも出来やしない。過去のまちがえをやり直すことは出来るけれど、さすがに時間を巻き戻すなんて芸当は出来やしない。

過去は過去、そのまま受け止めるしかないのだ。

しかし過去を変えることは出来なくても、未来はこれから作り上げていくことが出来る。

将来どうなるかは今の俺には分からない。

それでも、せめてこれからは悔いがないように生きていきたい。

めぐりさんと二人で歩む未来を、輝かせたいと思う。

めぐり『──私はこの三年間の高校生活で、多くの人と出会ってきました。その多くの出会いは、今の私を形作る大切な思い出になっています』

……あれっ?

今の台本にあったっけ?

一応、一色の送辞云々の手伝いの際に、めぐりさんが読み上げる答辞の台本も事前に目を通させてもらった。まぁめぐりさんはちゃんと一人で答辞の内容を考えられていたようなので、中身に俺は関与せず、ほとんど一色の手伝いをしていたが。

だが、今の一文は事前に確認した台本には書かれていなかったような気がする。

単に俺が勘違いしているだけかと思い、近くにいた雪ノ下の方に目をやると、こちらもはてなと首を傾げていた。

雪ノ下も違和感を覚えているということは、まちがいなくこれは事前に準備していた台本とは違うということ。

となると、もしやアドリブか?

困惑しながらも、俺はめぐりさんの読み上げる答辞に聴覚を集中させる。


めぐり『そして──その多くの出会いの中で、私にも大切な人が出来ました』


顔から火が吹き出るかと思った。

あの人いきなり言い出してんの!? 待って、ハチマンはハチマンは何も聞いてないかもって驚いてみたり!

女性陣は知っていたのかと雪ノ下たちを見渡してみると、三人とも同じように驚いているようだ。

つまり、この場にいる全員に知らされていないということになる。

一瞬、体育館の中がざわついた様な気がしたが、そちらに関しては聞かなかったことにした。

めぐり『最後の文化祭、体育祭、先月のバレンタインデーのイベント、そしてこの卒業式……全て、彼の尽力なくしては成し遂げられませんでした。大変だったこともあります。しかし私の大切な人、そして皆の頑張りによって行事は大成功を収めることができました。これらの行事で得た思い出は、今でも大切な宝物です──』

雪乃「比企谷くん、少し落ち着きなさい」

無理だよ! 恥ずかしくて死にそうだよ!

燃え上がるような熱くなった顔を隠すように両手で覆いながら、俺は肩を震わせる。

あの人マジで何言っちゃってくれてんの……そういうのは本当にやめていただきたい。ほら、他の人からしたら何言ってるのか理解できないしね? それに俺の涙腺へのダメージがカンストしちゃう。

めぐりさんの答辞は続く。

めぐり『私が三年間、楽しい高校生活を送ることが出来たのは、同じ学年の皆さん、一足先に卒業された先輩方、親身になってくれた先生方、そして後輩の皆さん全員のおかげです。そして──私の大切な人。その全ての人に、この場を借りて感謝を伝えたいと思います。ありがとうございました』

ぽたっと、床に雫が落ちた。

自分の目頭が熱くなっていることに、少し遅れて気が付く。

雪乃「比企谷くん……」

結衣「ヒッキー……」

いろは「先輩……」

めぐり『この総武高校で過ごした三年間は、私の一生の財産になると思います。もう皆さんとこの高校に通うことが出来ないと思うと一抹の寂しさを感じますが、これまでの経験を活かして、これからの新しい場所でも頑張っていきたいと思います──』

壇上に立つめぐりさんの姿がぼやけて、うまく見えなくなる。

いかん、これはめぐりさんの高校最後の晴れ姿である。それを俺が見届けなくてどうする。

それは分かっているけれど、奥から込み上げてくるものを、抑えることは出来なかった。

めぐり『──最後になりましたが、この学校の先生方、後輩の皆さん全員のご健勝を心から祈りながら、答辞とさせて頂きます』

それでも、涙を拭いながら顔をあげてめぐりさんの顔を見ると、彼女の目元にも光り輝くものが見えたような気がした。

それまでずっと毅然とした表情を保ち続けていた彼女の顔が歪む。

熱い何かが篭った声で、最後の締めの言葉を言い放った。

めぐり『皆さん……本当に……本当に、ありがとうございました。私は、この総武高校のことがっ……大好きです……!!!』




    ×  ×  ×


短いホームルームが終わると、教室の中が騒がしくなり始めた。

本日は卒業式以外にやることはなく、もう他に授業も部活も何も行なわれない。いや、部活によっては各自で卒業する先輩とどうのこうのあるのかもしれないが、特に先輩がいるわけでもない奉仕部に関係はない。

椅子から立ち上がりながらなんとなく教室の中を見渡してみると、近くの席にいた戸塚と目が合った。

戸塚「あ、八幡。卒業式お疲れ様」

八幡「別に俺は何もしてないんだがな……」

戸塚「またまた。今回も八幡が頑張ってたこと、知ってるんだよ?」

そう言いながら、戸塚がにこりと微笑んだ。その無垢な笑みに引き込まれそうになる。うっ、いかんいかん、俺には心に決めた人がいるんだ……!!

ところで同性相手って浮気になるのかな? なるんだろうなぁ……。

戸塚「文化祭も、体育祭も、バレンタインの時も、卒業式も、八幡はすっごい頑張ってたって言われてたし」

八幡「それを蒸し返すのはやめてくれ……」

ふふっと悪戯っぽく笑う戸塚は天使だけでなく小悪魔めいているようにも感じた。天使と悪魔の両面を兼ね揃えてるとかマジで白と黒が組み合わさり最強に見える。

やはりというべきか、戸塚は先のめぐりさんの答辞で出てきた人物が俺のことを指していることに気が付いているようであった。まぁ戸塚には俺とめぐりさんが付き合っていることは伝えてあるし、当たり前っちゃ当たり前なのだが。ちなみに余談なのだが、伝えてもいないのに何故か材木座の奴にもいつの間にか知られていた。いやもうほんと最近会う度にウザ絡みしてくるのが心底鬱陶しい。

八幡「あー、戸塚もこの後テニス部の先輩となんかやるのか」

話を逸らすように適当に思いついた話題を出すと、戸塚はこくんと可愛らしく頷いた。

戸塚「うん、これから卒業のお祝いをするつもりなんだ」

八幡「そうか、じゃあもう行った方がいいんじゃねぇのか」

戸塚「そうだね……じゃ八幡、またね」

八幡「おう」

手を振って教室を出て行く戸塚を見送ってからもう一度教室の中を見渡すと、ひとつ騒がしいグループが視界に入り込んできた。

いつもの葉山と三浦を中心にしたグループである。

三浦「隼人は、このあとどうするん?」

葉山「この後はサッカー部の先輩の送迎会だな。だから悪いけど、今日はパスだな」

戸部「っべーわ、最後だからってぜってー色々言われるわー……」

葉山「でも、明日なら平気だと思う」

三浦「ふーん……そ、じゃあまた後で連絡する」

海老名「じゃあ今日は私たちと一緒に出掛ける? ユイは?」

結衣「あたしも今日は部活ないし、暇だよ」

あのバレンタインデーの日、色々とあったのは俺だけではない。

あそこにいる、葉山と三浦だってそうだ。

そしてその時、葉山は三浦の告白を断っているはず。

しかし教室の中で少々見た限りではあるが、ここ最近の葉山と三浦の距離はそこまで離れていないように感じる。

あの後、葉山と三浦の二人に何があったのかは知らない。興味もないし、知ろうとも思っていない。そもそも普段俺は葉山たちと関わること自体が稀なのだ、奴らの恋愛事情なんざ知るわけがない。

俺でも知っていることといえば、葉山の卒業後の進路が留学だと知れ渡った時には二年生中で噂になった程度だ。まぁ俺は噂話をするような相手はいないので、ソースは盗み聞きなのだが。

だがまぁ、由比ヶ浜の言葉の節々から察するに──まぁ、色々あったのだろう。きっと、悪くない意味で何かが、きっと。

葉山も大切な人を傷つける覚悟を、想いを受け止める覚悟を決めたのだろうか。

まぁその真相がどうだかは、俺の知ったことではないのだが。

葉山たちから目線を外して携帯を取り出すと、メールが届いていたことに気が付いた。

お、なんだなんだ。アマゾンかな。決算期前の三月は色々出るから結構買ったしなぁ……と思いながら、着信メールを確認する。


FROM 城廻めぐり


おいおいそういうのは早く言ってくれよ待ってろ今すぐメール確認すっから。

FROM 城廻めぐり

TITLE この後会えますか?


卒業式お疲れ様(≧∇≦)o

この後、会うことって出来るかな(。´・ω・)?

出来るなら、前の空中階段で待ってます(●´∨`●)ノ.+*゚



即座に今すぐ行きますと返信すると、俺はカバンを肩にかけて教室を飛び出していた。




   ×  ×  ×


教室を飛び出して、廊下を進んでいく。

その足取りは軽い。まるで羽が生えたようだ。今の俺ならば空だって飛べる! アイキャンフライ! 実際にやれば空どころか天国まで飛び立ててしまいそうなので、実行に移すのはやめておいた。

そんな道中で、一人のメガネを掛けた生徒とすれ違う。

別にそれくらい特別取り上げるようなことでもないだろう。しかし、何かが頭の片隅に引っ掛かったような気がしたのだ。

今のメガネ、どっかで見たことがあるような……。

──会長を、よろしく頼む。

八幡「!?」

どこからか響いた声に驚いて、バッと後ろを振り返る。

しかし振り返れども、そこにはガヤガヤと賑やかないつもの廊下の光景が広がっているだけだった。先ほどすれ違ったメガネの生徒の姿は、どこにもなかった。

……思い出した。さっきのメガネ、確か先代の生徒会役員のうちの一人だ。

先代の生徒会役員のめぐりさんに対する心酔っぷりはなかなかのものだったように記憶してる。当然ながら、そのめぐりさんと付き合うことになった俺に対しては思うことがあるはずだ。

けれども、今の言葉が先代生徒会役員たちの答えだとしたら──

八幡「……任せろ」

独り言のように、俺はそう小さく呟いた。

メガネの元役員の姿はどこにも見えない。ただで騒がしいこの廊下で、俺の呟きなんて届いているわけもないだろう。

それなのに、どこからか安堵したような声が聞こえたような気がした。




   ×  ×  ×


平塚「お、比企谷じゃないか」

八幡「あ、先生どもっす、そして失礼します」

平塚「まぁ待て比企谷、そんな急いで立ち去ろうとしなくてもいいだろう」

HA☆NA☆SE!!

軽く頭を下げて平塚先生の横を通り過ぎようとすると、すれ違いざまに肩をがっちりと掴まれてしまった。無視して進もうとするが、俺の肩を掴む先生の手は万力のように締め付けており簡単には解けそうもなかった。何、この人どっからそんなかいりき出てくるの? ひでんマシンでも使った?

諦めながら肩から力を抜き、平塚先生の顔を見上げた。この人ちょっと身長分けてくれないかなぁ……。

八幡「……なんすか、卒業式なんだから三年生のところ行った方がいいんじゃないんすか」

平塚「無論、ちゃんと行くさ。別れが惜しい生徒も結構いるしな」

はーん。さすがは生徒に対して世話を焼きまくっている平塚先生だ。きっと今の三年生にも関わってきた生徒が多数いるのだろう。

平塚「しかしその前に、君のことが気になってね」

なんでやねん。

思わず心の中で関西弁を使って突っ込んでしまった。

俺なんかより、これから卒業してしまう三年生たちに時間を割いてやればいいものを。

早くめぐりさんのところへ向かいたいのに……とやや怨恨を込めた目線を送ると、平塚先生はふっと笑った。

平塚「なに、いつも目が腐っている君が、目を輝かせて楽しそうに歩いていたら気にもなるだろう」

おおう、俺の目輝いてたのね……いや、これからめぐりさんに会いに行こうとしているのだから楽しみにしているのは確かなのだけれど、傍目から見てもバレる程とは……。

八幡「いや、まぁ最近ギアスでも習得しようかと思いまして、こう目をですね」

平塚「城廻か」

バレてた。

平塚先生にはめぐりさんと付き合い始めた云々のことについては一切話をしていないはずなのだが、どうも勘付いている──というか、ほぼ確信している節がある。まぁ卒業式の云々で学校にやってきていためぐりさんと二人で帰っているところを何度か目撃されてますしね、そりゃバレますよね。

その妙に生暖かい目線が妙にむず痒い。比企谷八幡が命じる、今すぐその目をやめろ!

が、当然俺に王の力など備わっているわけもないので、平塚先生がいきなりその視線を逸らしてくれるようなこともなく、そしてにやけた笑みを崩さないまま俺のことを見つめてきた。

平塚「まったく、お熱いことだな。ええ? まさか卒業式で惚気られるとは思ってもみなかったぞ」

八幡「あれには俺も驚いたんすよね……」

や、ほんとあの場であんなこと言っちゃって平気なんだろうか。

まぁそれについては後で話をするとしよう。

八幡「まぁ、めぐりさんも時折ぶっ飛んだことするっつーか、なんか強引な所ありますからねー……」

平塚「……君も変わったものだな」

八幡「なんすか、急に」

急に平塚先生の声音が、先ほどまでの冗談めいたものではなく、真面目なものに切り替わった。

声音だけでない。俺のことを見つめるその眼差しにも真剣さが宿っている。

俺の何が変わったというのか。訳の分からないその言葉になんと返せばいいか思案していると、平塚先生の手が俺の肩の上に置かれた。先ほどより平塚先生との距離が縮まったように感じる。

平塚「あれだけ捻くれた孤独体質を持っていた君が、そう楽しそうに彼女について語るようになるとはな。驚かずにはいられないよ」

そんなに楽しそうにしていただろうか。むしろ、やや呆れたくらいのトーンで話をしていたつもりだったのだが。

平塚「君を奉仕部に入れたきっかけになったレポートの内容、覚えているか?」

八幡「忘れました」

平塚「確か、青春とは嘘であるだとか、リア充爆発しろだとか」

八幡「忘れました」

いや、これっぽっちも覚えてない。青春は嘘であり悪であるだとか青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺いているだとか書いた覚えは全くない。そんな事実は確認できません。

平塚「あの時のレポート、実はまだ取ってあるんだ。どうせだし、城廻にでも渡そうかと思っているのだが──」

八幡「…………」

平塚「──比企谷。私が悪かったから、流れるように土下座をしないでくれ」

っべーわ、つい癖で土下座(ゲザ)っちまったわー。まぁ俺くらいのゲザー(土下座の超上手い人)になると気が付いたら土下座っちゃうところあるからな。いやもうほんとこの一ヶ月で何度雪ノ下相手に土下座かましたことか。

平塚「しかし、私は君なら出来ると信じていたよ」

八幡「……それはどうも」

バレンタインデーの前日準備の時に、信じていると言われた時の事を思い出す。

まぁ実際はあの直後に一度思いっきりやらかしているのだが、今こうやってなんとかなっているからセーフセーフ。

平塚「ふっ、生徒が成長していく姿を見ることが出来るのは教師冥利に尽きるな。君に恋人が出来るなど、とても昔の君からは考えることも出来なかったからな」

八幡「ええ、最高ですよ恋人がいる生活。先生も早く相手を見つけてぐふげぼがはっ!!!」

馬鹿な……今の一瞬で顔面と鳩尾と腹部の三箇所に拳を入れられた……!? まるで見えなかったぞ……!?

平塚先生にからかわれたお返しとして少々イジってやろうと思っただけなのだが、そこまで本気でキレなくてもいいじゃないですか……。

平塚「次は殺す」

いや、今のも十分殺意を感じたんですけども。

身体ががくがくと震えるのをなんとか堪えながら立ち上がると、平塚先生は廊下にある時計に目をやった。

平塚「おっと、これ以上城廻との時間を奪っては怒られてしまうな。私も馬には蹴られたくないし、退散することにしよう」

八幡「あっ、はい……」

正直に言ってこの先生、馬に蹴られたどころでは死なないだろうし、なんなら馬すら殴り倒せそうに感じる今日この頃です。

最後に平塚先生の顔を見上げると、にかっといつものかっこいい笑顔を浮かべていた。

平塚「比企谷、人生にゴールはない。恋人も出来ておしまいじゃないぞ。せいぜい愛想尽かされて逃げられないように努力を怠るなよ」

はっ、家具ごとヒモに逃げられた経験のある人の言葉には重みがありますね。

などと皮肉で返す気にはなれなかった。この平塚先生の笑顔に水を差す気分になれなかったのだ。単にこれ以上殴られたくないという気持ちもあったが。

八幡「……はい」

俺は素直に頷いて返すと、平塚先生も満足そうに頷いて、背を向けて廊下の向こう側へと歩き去っていった。

少しの間、ぼーっとその背中を見つめる。歩みを止めないその背は、遠く離れていく。

いつかあの人の背中に追いつける日がやってくるのかと。

そんなことを、思った。




    ×  ×  ×


陽乃「あ、比企谷くんだ。ひゃっはろー」

八幡「人違いです」

平塚先生と別れてから四階を目指して足早に階段を上っていると、上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

いや、そんなわけはない。そんなことがあってはならない。今日は卒業式で、ここは校舎の階段である。こんなところにいるわけがない。

そう素早く判断すると、俺はその階段に立つ人影の横を通り過ぎようとして──

陽乃「ちょっとー、別に逃げることないじゃない。失礼だなー、もう」

──がしっと、肩を掴まれた。あの、すれ違いざまに肩を掴まれるの今日もう二回目なんですけど。

その肩を掴む力は意外と強い。平塚先生といい、こう物理的な力の使い道をすごくまちがっている人が多いように感じる。もうちょっとその力を別の方向に活かすべきだと思うんです。例えばほら……世界平和とか?

俺ははぁ~とわざとらしく大きなため息をついてから、ジト目をその肩を掴んできた人物に向けた。

そこにいるのは、やはり雪ノ下陽乃であった。

八幡「……なんでここにいるんすか」

陽乃「後輩の卒業式に来るのくらい、そんなに変なことじゃないでしょ?」

ああ、そういえば陽乃さんは二年前にここを卒業したのだから、今年卒業する代とはギリギリ接点があるのか。ていうかめぐりさんとも繋がりあったな。

八幡「そうでしたか、じゃあ俺はこれで」

陽乃「まぁまぁ、もうちょっとお話ししていこうよー」

ちぃっ、自然な流れで逃げられると思ったのに!!

めっちゃ嫌そうな顔をしながら陽乃さんの顔を見てみると、にこにこと薄い笑みを携えている。はぁ、仕方ないので適当に相手していくか。早くめぐりさんのところにまで行きたいんだけどなぁ。

八幡「なんか用すか」

陽乃「あはは、ほんと嫌そうなリアクション取るねー」

そらそうよ。こちとら早くめぐりさんのとこに行きたいっちゅーねん。こんなところで足止め食らっとる場合やないねん。

陽乃「そんなに早くめぐりと会いたい?」

八幡「ごふっ」

そろそろ俺は仮面の購入を真剣に検討した方がいいかもしれない。

そんなに俺は分かりやすい表情をしているだろうか。

八幡「や、やだなぁ雪ノ下さん。ぼきゅがなんでめぐりさんと会おうとしてるなんてわかるんでひゅか」

噛んだ。もうやだおうちかえりたい。

それに対して、陽乃さんはけらけらと心底楽しそうに笑った。

陽乃「あっはっは、いやーもうアツアツだね」

ちなみに言っておくと、当然陽乃さんにもめぐりさんとの交際については報告していない。ていうか、会うのも結構久しぶりだ。なんでめぐりさんと付き合っていること前提で話を進めているのだろう……いや、案外めぐりさん側から漏れているのかもしれないなぁ……。

八幡「……じゃあ、そういうことで」

陽乃「まぁ、もう少しもう少し」

くっそおおおおおお! なに、なんなのこの人! 俺がめぐりさんと早く会いたがっているって分かってるなら早く解放してよぅ!!

そんな思いと恨みを込めた目線を送っても、陽乃さんはガシッと掴んだ俺の肩を離してはくれない。

八幡「まだなんか用でもあるんですか」

陽乃「まだ何も話してないんだけどなー……」

あれ、そうだっけ? もう一年分くらい話したような気がしてたんだけど。

八幡「じゃあお手短にお願いします」

陽乃「……比企谷くんってあれだよね、わたしの扱い結構ぞんざいだよね……」

そこに気が付くとは……やはり天才か。

陽乃「それはそれとして今度話し合うとして……どう? 比企谷くん」

八幡「どうって、何がですか」

主語も述語もあったもんじゃない質問に聞き返す。いやもうほんと何の用なの。

陽乃「……君の言う本物ってやつがなんなのかを聞かせて欲しいなって」

八幡「……」

陽乃さんが、まっすぐに俺の目を見つめてくる。

その瞳に宿るのは、好奇心か、それとも純粋な疑問か。

八幡「俺に聞くより、めぐりさんに聞いた方がいいと思いますよ」

そっけなくそう返すと、陽乃さんはくすくすと笑って答えた。

陽乃「めぐりとは、さっきまでお話してたよ」

ああ、だからこの人階段の上から現われたのか……なんかバレンタインデーの時の雪ノ下とも同じような感じで出会ったな。妙なところで姉妹のつながりを感じる。

陽乃「めぐりの答えは聞いてきたよ。だから、わたしは比企谷くんの答えが聞きたいな」

八幡「俺の……」

めぐりさんも似たような問いを投げかけられたのだろうか。だとしたら、彼女は一体何と答えたのだろう。

いや、それを推測することに意味はない。

俺の思う答えを、そのまま伝えるべきなのだろう。

八幡「俺は、自分のことを誤魔化さずにいられる相手との関係こそが本物だと思うんですけどね」

陽乃「ふーん……」

俺はそう答えたが、陽乃さんはえらいつまらなそうにそう呟いただけであった。その声音は冷えており、いつもの明るさの陰もない。

同時に表情も氷のように凍てつく。そうすると、雪ノ下に似ているなんて感想を抱いた。

陽乃「……比企谷くんにしては、随分と月並みな答えだね。もうちょっと面白い答えを期待してたよ」

八幡「はっ、俺に面白さを期待されても困りますけどね」

けれど、自分を誤魔化さず、相手に受け入れてもらおうとすることがどれほど難しいのか。おそらく陽乃さんは理解していない。

単純な答えなのだ。素の自分のことを分かってもらいたい。たったそれだけのこと。

しかし、仮に俺が言ったことが本物なのだとしたら。

自分のことを偽っているような、捻くれている人間というのは、自分で本物から離れていっているということになるのではないだろうか。

八幡「雪ノ下さんも、誰か本音を言い合える相手でも見つけることが出来たのなら、分かるんじゃないんですか」

自分で思ったよりも、攻撃的な言い方の皮肉になってしまった。

言ってから陽乃さんの顔色を窺う。

すると、陽乃さんの顔に浮かんでいたのは、どこか哀しげな、寂しげな、そんな表情であった。

陽乃「……比企谷くんも、そう言うんだね」

八幡「……」

比企谷くん『も』、とはどういう意味なのかは分からない。

しかし、今の陽乃さんからはまるで見捨てられた子犬のような印象を受ける。陽乃さん相手にこんな印象を抱くことになろうとは思わなかった。

ただひとりぼっちの寂しさを感じるんだ。

そう、いつぞやの自分と同じように。

八幡「結局、自分から問題を難しくしちゃってるんですよね。哲学みたいに」

やや自虐っぽくなりながら、そう呟く。それは陽乃さんに向けたのか、過去の自分に対して言ったのか、自分でもよく分からなかった。

かの邪智暴虐の王は、人を、信ずる事が出来ぬと言った。けれど、王は別に誰かに裏切られたわけでもない。誰も、そんな悪心を抱いてはいなかったのだ。

それでも、王は人を信じることが出来なくなっていた。それは何故か。その理由は外にはない、内にある。

そう、王は自分から勝手に人を、周囲を信じることが出来なくなっていったのだ。

陽乃「……失礼だなぁ、わたしが比企谷くんみたいに捻くれているとでも言いたいの?」

八幡「いやぁ、雪ノ下さんは割とガチで捻くれてるような気がするんですけど……」

特に妹への接し方とか超捻くれているような気がする。妹以外全部に対して捻くれていた俺とは真逆のようで、案外近いのかもしれない。

しかし俺が人に対して捻くれているだなんて言葉を使う時が来るとは思わなかった。だってブーメランだし。

俺がそう言うと、陽乃さんは目を丸くしていた。この人がこんな顔をするなんて珍しい。いや、この人に対して珍しいという言葉を使えるほど詳しく知っているわけではないが、少なくとも俺は今までに陽乃さんがこんな顔をしていたところを見たことはない。

陽乃さんはしばし唖然としていたが、突然ぷっと吹き出した。

陽乃「そっかー……人にそう言われるのは、はじめてかな」

そうなのか。確かに、陽乃さんに対して真正面から捻くれているなんて指摘しそうな奴なんていなさそうだ。思いつくのは平塚先生くらいか。

いつぞや、俺が嫌いだと面と向かって言ってやった時の葉山も似たようなことを言っていたような気がする。

八幡「案外、答えって近くに落ちているものなんじゃないですかね。でも、人って結構近くにあるものって分からなかったりするんですよ。捻くれてると余計に」

陽乃「……比企谷くん、恋人が出来たからって偉そうにこのやろー!」

八幡「あぷっ、ちょっ、やめっ!」

がしっと、突然頭が陽乃さんの腕に挟まれ、いわゆるヘッドロックというやつを決められる。

痛い痛い、でもなんか頭がミシミシと嫌な音を立てながら陽乃さんの豊満なバストにちょいちょい当たってる気がする。あっ待ってくださいめぐりさんこれは浮気とかじゃないっすノーカンノーカン。

陽乃「……めぐりにも似たようなこと言われたんだよね、『はるさんにも本音を言い合える相手が出来たらいいですね』みたいな感じのこと……」

陽乃さんが寂しげにそんな言葉を呟いていたような気がするが、その間も何故か俺の頭蓋骨を思い切り締め続けていた。あまりの痛みとおっぱいの感覚が同時に襲い掛かってきて天国と地獄をいっぺんに味わっているような気がする。

陽乃「……わたしから、勝手に真実から遠ざかってたのかな」

そう言いながら、ようやくぱっと俺の頭を解放してくれた。あー痛かった。がっつり極められてたしな……。べ、別にあの魅惑の胸元から離れてしまって残念だとか微塵も考えてないんだからねっ!?

自分の頭を押さえながら陽乃さんの表情を窺うと、すっかりいつものスマイルを浮かべていた。

陽乃「そうだねー、わたし、比企谷くんとなら付き合ってもいい気がしてきたよ」

八幡「すんませんね、俺には心に決めた相手がいるもので」

陽乃「そっか。めぐりは幸せものだなぁ」

そう言うと、陽乃さんは背を向けて階段を下っていく。その途中で、首だけを動かしてこちらを向いた。

陽乃「比企谷くん、もしもめぐりに飽きたらわたしに連絡ちょうだいね。まぁめぐりを泣かせたら許さないけど」

八幡「どっちですか……」

その俺の問いには答えず、陽乃さんはそのまま階段を下りていく。今度はもう振り向くことはなかった。

その背を見送りながら、俺は本物とは何かという疑問に想いを馳せる。

ああは言ったが、正直なところ未だによく分からん。

けれど、きっとそれは理詰めで導き出せるものではないのだろう。

もしそうであればもっと早く簡単に解答に辿り着くことが出来ている。感情が計算出来るならとっくに電脳化されているとは誰の言葉だったか。

となれば、人間の感情の問題か。

あの陽乃さんに理性の化け物とまで評された前までの俺では、無限に計算を続けていても理解することが出来なかっただろう。

俺が手に入れたと思っている本物だと思っている何か。

それを言葉にするのであれば何と表現するのが相応しいのだろう。

ふと、めぐりさんの笑みが俺の脳裏に浮かんだ。

そして同時に浮かんだ感情。

これこそが人間の感情の極み。希望より熱く、絶望より深いモノ──愛か。

どこぞの時をかける魔法少女の言葉が脳裏を掠めた。うーん、いきなりそんな言葉を思いついたのはこの前見返したばかりなせいかな。このアニメの主人公、なんか小町と声似てるよなーとか言いながら小町と二人で見たような気がする。

しかし、愛か。

その答えはなんともチープで──それほど、悪くない答えのような気がした。




   ×  ×  ×


陽乃さんと別れた後、俺は校舎の階段を上がっていく。なんだか随分と時間食った気がするなぁ……。

めぐりさんのメールには空中階段にいると書かれていたので、そこに繋がる四階まで向かった。

しかしあの場所か。

一ヶ月前、バレンタインデーの時にめぐりさんに告白した場所。

それが校舎と特別棟を繋ぐ、屋根のない空中廊下だ。

場所が場所なので、あの廊下を使う機会なんてそうそうない。俺もあの空中廊下を目指して歩くのはバレンタインデー以来だった。

階段を上りきり、空中廊下に出る踊り場へ立つ。

硝子戸の向こうには、愛しい彼女の姿が見える。瞬間、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

すぐに硝子戸を開けて、空中廊下に踏み出す。

外の気温はあまり低くなかった。三月に入って一週間ちょっとが経ったが、最近は寒さがあまり厳しくなくなってきており、コートがなくても外に出ることが出来るようになりつつある。段々と春が近付いてきている証拠なのだろう。

グラウンドの方からは騒がしい声がきゃいきゃいと聞こえてくる。卒業する三年生たちのものだろう。少し目線をやれば騒いでいる者や泣いている者など様々な人が入り乱れている。

それから空中廊下の真ん中に立っている彼女に目線を戻すと、その名を呼んだ。

八幡「めぐりさん」

同時に、彼女もこちらの方を振り向いた。おさげ髪が揺れて、前髪がピンで留められたおでこがきらりと光る。その綺麗な瞳が俺のことを捉えると、その顔にほんわかとした明るい笑顔を浮かべた。そのにこにこ笑顔が目に入った瞬間に俺の心が浄化されたような気分になる。この感覚……これが……これが、めぐりっしゅというものか。

めぐり「ハチくん」

めぐりさんにいつもの愛称を呼ばれると、自分の顔が緩んでしまったことを自覚する。

八幡「遅れてすんません」

俺はそのまま、めぐりさんの側にまで歩み寄った。

そして近くの手すりに寄り掛かりながら、めぐりさんの顔を見る。

八幡「どうしたんですか、こんなところに呼び出して」

めぐり「もう、こんなところなんて言っちゃダメだよ」

ぷんぷんと、わざとらしく怒り出す。そんな挙動も可愛らしい。そういった仕草にあざとさを感じさせないのが天然さんの天然さん足る故なのだろう。

俺が再びすんませんと短く謝ると、すぐに元通りの笑顔に戻った。

めぐり「最後にね、ハチくんと一緒にここに来たかったんだ」

その笑みに反して、口調はやや寂しそうだ。当然かもしれないが、やはりめぐりさんも学校を卒業してしまうことに対して色々思うことがあるのだろう。

めぐり「ここは思い出の場所だからね」

八幡「……そうですね」

あれから一ヶ月近く。そのわずかな間にも結構色々あったのでもっと長い時間が経っているような気がしたが、まだ一ヶ月も経っていないのだ。

あの時のことを思い出す。あの時、めぐりさんのことを追いかけられて良かったと心底思う。もしも自分の気持ちを誤魔化してめぐりさんのことを振ったままでいたならば、俺はどうしようもない後悔に苛まされていただろう。

俺の背中を押してくれた皆のおかげだ。

雪ノ下や由比ヶ浜、一色たちがいなければ俺は、こうやってめぐりさんの横に立っていることは出来ていなかったはずなのだ。

心の内で改めて皆に感謝を述べながら、ちらりとめぐりさんの方に視線をやる。そういえば言わなくてはならないことがあった。

八幡「……そういやめぐりさん、さっきの答辞のあれなんですか。めっちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど」

めぐり「あはは、ごめんねー」

謝罪の言葉を口にしている割に、めぐりさんの表情と口調に悪びれている様子はない。別に責めるつもりもないんだけどね。

とはいえ、あんなことを言い放った理由が気にならないわけではない。変な誤解を生んでも仕方のないレベルの発言だったのだ。

八幡「あれ、事前に考えてたんですか?」

めぐり「……いや、違うよ。最初は普通に用意してた原稿通りに進めるつもりだったんだ」

八幡「じゃあ、なんでいきなりあんなことを……?」

俺がそう問うと、めぐりさんは人差し指を唇に当てながらうーんと首を傾げた。思わずその艶やかな唇に視線が行ってしまう。俺は一体何を考えているのだろう。

めぐり「うーん、なんでだろうね……自分でもよく分からないや」

八幡「分からないって……」

めぐり「あはは、でもね、なんかいきなり言いたくなっちゃったんだよね」

そう笑いながらめぐりさんは手すりに寄りかかって、グラウンドの方に顔を向けた。その先には、たくさんの生徒がざわついている。最後の学校で、彼ら彼女らは何を想うのだろう。

めぐり「……みんなに、知って欲しかったのかもしれないね」

八幡「何をですか」

めぐり「ハチくんが頑張ってたことを……かな」

自分のお下げを指でくるくると巻きながら、しんみりとそう呟く。グラウンドを見ているその横顔からは、どこか寂しげな印象を受けた。

八幡「……」

そんなめぐりさんの呟きに、俺は咄嗟に反応を返すことが出来なかった。

別に、文化祭でも体育祭でもバレンタインデーイベントでも、そしてこの卒業式でも、俺はそんなに大したことをしたわけではない。けれどこの人は言うのだ、みんなに知ってもらいたかったと。

しばしの間、沈黙を尊んでいると、グラウンドを見ていためぐりさんの顔が俺の方に向いた。

めぐり「名前も出してないし、あれじゃみんなには伝わらないかもだけどね」

八幡「……別に伝わらなくてもいいですよ。むしろあれでめぐりさんが変なこと言われる方が嫌です」

実際、あんなこと言ってめぐりさんは他の三年生に何か言われてたりしないのだろうか。そちらの方がよほど心配である。

ちなみに当然俺は他の二年生にどうこう言われることはなかった。俺とめぐりさんのことを知ってるのなんて雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚くらいだし、めぐりさんの言った大切な人とやらがまさか俺のことだと疑ってかかる奴などいるはずがないだろう。俺の名前まで出さないでくれてよかった。

めぐりさんはやや俯いて、ポツリと漏らす。

めぐり「……そうかな。私は、ハチくんが頑張ってたこと、本当はみんなに知ってもらいたかったんだけどな」

八幡「……」

決して、俺はあれらの行事が自分なくしては成り立たなかったなどとは思ってはいない。俺がいなかったらいなかったで、きっと他の人がどうにかしてくれていただろう。

だから俺の行動がどうであれ、それを見知らぬ誰かとやらに認めてもらいたいだなんて考えちゃいない。

それに、仮にあれが功績と呼べるようなものだったとして、そんな不特定多数の人間に功績を認められることより──

八幡「今更知らん人にどうこう言われてもどうでもいいですし。それより俺は……めぐりさんに認めてもらえる方が嬉しいです」

──めぐりさんにそう言ってもらえることの方が、よほど嬉しいことだった。

めぐり「……」

俺の言葉が意外だったのか、ぽかんとしているめぐりさん。

しかし数秒後、その唖然としていた表情がほんわかとした笑みに変わった。

めぐり「あはは、そっか」

八幡「はい、そうです」

これが自分の本音であった。たとえ他の誰から認められなくとも、めぐりさんさえ認めてくれるのであれば、俺はそれでいい。そう思える。

しばらく笑っていためぐりさんだったが、俺の目を真っ直ぐに見つめると、その可愛らしい口を開いた。

めぐり「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私としては複雑かな」

八幡「え?」

めぐり「私としては……みんなのために頑張った自分の恋人の頑張りを知られないままなんて、そっちの方が嫌かも」

めぐりさんにそう言われてハッとする。この期に及んで、どうも俺はまだ自己中心的な考えから抜け出しきれていないようであった。

今の俺はぼっちではない。自分で言うのはまだ少し恥ずかしいが……俺は、城廻めぐりの恋人なのである。自分がどうなっても誰も悲しまないという理論は、今は使えないのだ。

たとえば逆の立場で、めぐりさんが奮戦していたのにも関わらず周囲にボロクソ言われてみたとしよう。……うん、まずキレるね。まちがいなくキレる。怒りを通り越してスーパーサイヤ人に覚醒するまである。

めぐり「だから、私としてはハチくんにはみんなに認められるような頑張り方をしてもらいたいなって思うんだよね」

八幡「……すんません、めぐりさんの気持ちまで考えてなくて」

めぐり「ううん、大丈夫だよ。でも、もう文化祭の時のようなやり方をやっちゃダメだからね?」

八幡「それはもう……はい、二度とやりません」

めぐり「ならよしっ」

頭をぺこぺこ下げながらそう答えると、めぐりさんは満足したようにうんうんと頷く。

めぐり「来年度は、私はいないからね。だからもう助けてあげられないの」

そう言いながら、めぐりさんが俺の前にまでやってきた。そのまま、ぱっと俺の手を取る。

前にも同じようなことを言われたことがあるような気がするな。確かそれは……めぐりさんと初めて学外で会った時のことだったか。思えば、あの時のナンパ師云々の出来事が全ての始まりだったような気がするなぁ……。

俺の手を取っためぐりさんの表情は明るい。

めぐりさんのあたたかい気持ちが、手を通して流れ込んできたように感じた。

めぐり「でもハチくんと一色さん達がいれば、来年の文化祭とか色々も安心だよね」

八幡「俺、来年度も文化祭とかの手伝いやるの確定なんすか……」

いやまぁ多分このままの流れだとやることになるんでしょうけどね、ええ。

めぐり「私が大好きなこの学校……生徒会……ハチくんになら、任せられると思うから」

所詮、俺はただの一生徒だ。優等生でも生徒会でもトップカーストでもなんでもない。出来ることにだって限りはある。

けれど、この人に託されて何もしないわけにはいかない。この学校の力になれるのであれば、なろうと思う。

八幡「まぁ、俺の出来る限りで頑張ろうと思います」

めぐり「あはは、これからの総武高校をよろしくね」

ぎゅっと、俺の手を握る手にさらに力が込められた。そしてそのままめぐりさんが一歩前に出る。

すると俺とほぼ密着する距離にまで近付いた。

八幡「めぐりさん……?」

めぐり「……ね、ハチくん」

至近距離から俺のことを見上げるめぐりさんは、どこか色っぽく感じた。どきっと心臓が大きく跳ねる。いつもは年下のようなあどけない笑みを浮かべるめぐりさんだが、今はいつもと違うように思える。艶かしいとでも言おうか。まるで年上の色香のようなものを漂わせてきた。

ごくっと、思わず息を?んでしまう。俺の目を見つめるその綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。そして視線が形の整った鼻、そして口元に移る。俺の視線がその口元で留まった時、その口が小さく開いた。

めぐり「目……閉じて欲しいな」

八幡「えっ、あっ、はい」

めぐりさんの色気にやられてしまったのか、心臓がばくばくいっており、頭も上手く回らない。何も考えることも出来ず、つい反射的にめぐりさんの命令に従ってしまう。

言われた通りに目を閉じると──


自分の唇に、柔らかくてあたたかい感覚がやってきた。


一瞬それが何を意味するのか、頭が理解してくれなかった。

思わず目を見開くと、零距離にめぐりさんの顔がある。

今のってまさか……。

>>621
ごくっと、思わず息を?んでしまう。→ごくっと、思わず息を呑んでしまう。

めぐり「……あはっ、しちゃったね」

八幡「は、はは……」

……その存在は都市伝説だと思っていましたが、今のってもしかしなくても……キス、というやつを、めぐりさんからされてしまったのではないでしょうか。

改めて見てみると、めぐりさんはちょっと背伸びをしながら、自分の唇の感覚を確かめるように手を当てていた。

めぐり「……私、はじめてなんだ。キス」

八幡「お、俺もです……」

俺とめぐりさんはまだキスをしたことはなく、手を繋ぐ以上のことはまだ経験していなかった。

だから今のがファーストキスということになる。あまりに唐突だったので、驚きが随分と遅れてやってきた。

めぐり「……実は今日、どっかのタイミングでやろうって決めてたんだよね」

八幡「……めぐりさん」

めぐり「あはは、いきなりで驚い──んっ!?」

言葉を言い終える前に、俺はめぐりさんを抱き寄せて、そしてめぐりさんの唇に俺のそれを重ねた。

瞬間、めぐりさんの小さな肩がぴくんと跳ねる。再び唇から柔らかい感触が伝わってきた。めぐりさんは急に唇を奪われて驚いているのであろうか、目も閉じず為すがままにされている。

しばらくの間、その体温を味わい続け……息が続かなくなってぱっと唇を離すと、めぐりさんは顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくとしていた。

めぐり「い、いきなりのセカンドキスだね……!?」

八幡「……本当は」

めぐり「え?」

八幡「本当は、俺からファーストキスを仕掛けようって思ってたんですけどね」

つい顔をそむけながら、ちょっと拗ねたような言葉が出てきた。

……実は、今日こそは自分からはじめてのキスを仕掛けようと密かに意気込んでいたのだが。

まさかめぐりさんの方から奪ってくるとは考えもしてなかった。

ちっぽけながら男としてのプライドがある俺としては、自分から行きたかったんだけどなー……。

めぐりさんはぱちぱちと目を瞬かせていたが、ぷっと突然堰が切れたように吹き出した。

めぐり「あははっ、ハチくんも同じことを考えてたんだね」

八幡「だーくそ、男からやるもんですよ、こういうのって」

頭を乱暴に掻き毟りながら、そう吐き捨てるように言った。くだらない価値観だとは思うが、これは気持ちの問題だ。

けどまぁ……何はともあれ、キス、しちゃったんだよな。

めぐりさんの顔を見ると、その口元の果実のように赤い唇につい視線がいってしまった。それを意識してしまうと、再び自分の中の鼓動が早くなってしまったように感じる。

うわぁ、なんか恥ずかしいぞこれ……キスなんてどこのカップルもやってるようなもんじゃねぇのか……。あの唇に触れた瞬間、脳はスパークして身体中が電気が走ったように痺れて頭の中は真っ白になり、唇の体温以外の感覚が消えたようになった。人間というのは、こんなすごいことをやることが出来るのかと、本気で驚愕したものだ。

ぼーっとめぐりさんの唇を凝視していると、がばっとめぐりさんが俺の方に向かって飛びかかってきて、抱きついてきた。

八幡「うおっ、めぐりさん!?」

めぐり「ね、ハチくん」

自分の身体にくっ付いてきためぐりさんが、俺のことをポツリと呼ぶ。ほんわかとした体温が、柔らかい匂いと一緒に俺に伝わってきた。

めぐり「私、ハチくんのことが大好きだよ」

八幡「……俺も、めぐりさんのことが好きです」

俺も両手をめぐりさんの背に回して、抱きしめ返す。強く自分に引き寄せるように抱き締める腕に力を込めると、んっとめぐりさんが息を漏らした。

八幡「愛してます、めぐりさん」

めぐり「私もだよ……ハチくん、愛してる……」

どちらともなく顔を近づけると、三度目のキスを交わした。

ああ、ここまで辿り着くのに随分とかかったなと思う。いや、めぐりさんのことを意識し始めるようになってからは一ヶ月ほどしか経っていないのだから、単純な時間面では長い時間ではないのだろう。

けれど、俺の中では途方もないほど遠回りをしてきたと感じた。

時につまずいて、転んで、まちがえて。

同じところをめぐりめぐって。

そうした果てに見つけた世界の光景は美しかった。

けれども、これで終わりではない。

俺はこれからも「何か」とやらを求め続ける。

この城廻めぐりと、一緒に。




   ×  ×  ×


めぐり「ハチくーんっ!!」

八幡「おっ」

遠くから、俺の名前を呼ぶ愛おしい声が響き渡る。

声が聞こえてきた方を振り返ると、めぐりさんがやや急ぎ足で駆け寄ってきていた。

めぐり「ごめんね、ハチくん。待たせちゃったかな」

八幡「や、俺も今来たとこです」

三時間待っていた程度なら誤差で済ませていいだろう。

めぐり「ほんとかなー? ハチくん、前も同じようなこと言いながらすっごい待ってたことあったよね?」

八幡「まぁそんなこともあったかもしれませんけど、今日はちょっと早く着いちゃっただけですって」

めぐり「そっか、ならいいんだ」

にぱっと、めぐりさんの顔にほんわかとした笑顔が浮かんだ。それを見るだけで俺の心の中が浄化されたかのように清らかになっていく。今日のめぐりっしゅノルマも達成だ。

うん、まぁ前に集合時間の五時間以上前から待っていたこともあったけど、確かに五時間は誤差とするには少々厳しかったかもしれないな。

めぐり「それじゃ、行こっか」

八幡「そうですね」

自然と、俺とめぐりさんの手は繋がっていた。手から伝わるめぐりさんの温もりが心地よい。

そのままめぐりさんと肩を並べて、俺たちは足を踏み出した。

めぐり「ねぇねぇ、ハチくん。今日は前にハチくんが美味しいって言ってたとこに行きたいな」

八幡「ラーメン屋ですよ? めぐりさんなら……あー、余裕で食べ切れそうだなぁ……」

めぐり「楽しみだねー、どんなところなんだろ?」

隣を見れば、めぐりさんがいつものほんわか笑顔を携えて楽しそうに話を振ってくる。

そんなめぐりさんを見ていると、俺も思わず顔がほころんでしまう。

すると、めぐりさんは緩んでしまった俺の顔を見て、またあははと笑った。

めぐりさんの笑みは、めぐりめぐってまた笑みになる。

だから、めぐりさんの笑顔が絶えることはない。

きっと、これからもずっと。




これにて、完結です。

当初は多く書かれていたいろはSSに対して、「お前ら後輩キャラだけじゃなくてちょっとは先輩キャラのめぐり先輩のことも書かんかい」みたいな反抗心を持ちながら、11巻発売前に中編程度のSSを投下する程度の気持ちで書いていましたが、いつの間にか作成期間二ヶ月、総文字数十六万文字オーバーとそこそこ長くなってしまいました。

最初から最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。

感想や質問、批評等を頂ければ、とても嬉しく思います。


現行スレ
八幡「俺ガイルRPG?」
八幡「俺ガイルRPG?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430984337/)

過去作
いろは「先輩、バレンタインデーって知ってますか?」八幡「は?」
いろは「先輩、バレンタインデーって知ってますか?」八幡「は?」 - SSまとめ速報
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小町「こまちにっき!」八幡「は?」
小町「こまちにっき!」八幡「は?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432110358/)
結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「は?」
結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「は?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432456542/)
川崎「けーちゃんの」八幡「はじめてのおつかい?」
川崎「けーちゃんの」八幡「はじめてのおつかい?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437635226/)
他にも色々。


他作品もよろしくお願いします。

それでは、他作品でまたお会いできればと思います。


最後に、八幡誕生日おめでとう!!

皆様ありがとうございます。
申し訳ありませんが、短編などを書く予定はありません。
俺ガイルRPGと、そのうち書きそうな新作をよろしくお願いします。

今更ながら感想を言いたくなった

最後まで描写が丁寧で嫉妬するクオリティだった
原作に真摯に向き合う姿勢が節々から伝わってくる
ゆいゆいが自虐ネタを言いはじめるぐらい感情を消化するまでを描き切ったっていうのが素晴らしい終わり方だったと思う
でもちょっと長くて退屈したかなかな、めぐりんのほんわか描写も多用しすぎてげんなりした
欲を言えばめぐりんのかわいさ描写ももう少し捻ってみて欲しい
ナンパ師から助けるっていう展開もドラマと転換点を作るにはいいけど場面だけど、ちょっと浮いてる感じ?
一度は何もできなかった八幡が勇気を振り絞るっていう二段階右折は確かに八幡っぽいけど、少しヒロイックすぎて胡散臭さがあった

だけど俺ガイルに対する理解度と技量はトップクラスだと思う
次回作にも期待!!

レスついてることに今更気が付いた
>>651
ありがとうございます、そう言っていただけると嬉しいです

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月20日 (土) 03:39:02   ID: k88kYGqN

この作者、他のSS完結させてないのに新しいSS書きすぎだろ

RPG続きはよ

2 :  SS好きの774さん   2015年06月26日 (金) 04:29:30   ID: gSUjcGyM

就活しろ

3 :  SS好きの774さん   2015年06月26日 (金) 23:42:14   ID: tSIuBSWT

いや、めぐりんかわいいから寧ろこっちでいいよ

ただ就活はせなあかんけど

4 :  SS好きの774さん   2015年06月28日 (日) 22:09:01   ID: 8d6ETu0B

最新刊の台詞をそのまま使うのは、ちょっと雑だよ
もう少し自分で考えて欲しいよ・・・

5 :  SS好きの774さん   2015年06月30日 (火) 10:28:10   ID: I2u4ckzr

いいじゃん別に面白ければ

6 :  SS好きの774さん   2015年07月07日 (火) 18:51:48   ID: JFvNdNYK

いいねいいね!
めぐりんサイコーだよ
続きに期待だわ!

7 :  SS好きの774さん   2015年07月12日 (日) 14:37:08   ID: YOXuulPT

このSSでめぐりんを好きになったわ

8 :  SS好きの774さん   2015年07月15日 (水) 14:33:41   ID: 79Iwn2BF

頼む....!早く続きを....!

9 :  SS好きの774さん   2015年07月21日 (火) 00:49:58   ID: 7P-0lE7R

プリーズ ギブ ミー 続き‼︎

10 :  SS好きの774さん   2015年07月23日 (木) 00:21:02   ID: 46lWRhCD

めぐめぐ次こそめぐめぐのターンか

11 :  SS好きの774さん   2015年07月23日 (木) 10:56:28   ID: Vyk8lyUR

何か告白の件から一気につまらなくなったな……キャラも展開も皆安っぽい。告白を断るまでは良かったけどその後がクソ青春ごっこにしかみえない

12 :  SS好きの774さん   2015年07月25日 (土) 00:27:17   ID: En5sroiW

面白いから期待!
最後までがんばってくれ!

13 :  SS好きの774さん   2015年07月26日 (日) 02:05:25   ID: ScbQHZBt

めぐりん可愛いっ!
続きはよ

14 :  SS好きの774さん   2015年07月26日 (日) 11:30:19   ID: 89mgncFn

青春もしたことない自宅警備員がよく吠えとるわい

15 :  SS好きの774さん   2015年08月01日 (土) 19:40:40   ID: H_0zztKh

めぐりんはかわいい(確信)

16 :  SS好きの774さん   2015年08月08日 (土) 03:05:56   ID: zgIYWNpf

乙乙
面白かったです!!

17 :  SS好きの774さん   2015年08月13日 (木) 09:02:36   ID: ZCA-boaZ

お疲れ様でした!
面白かったです!!

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