< 学校 >
魔法剣士「……それじゃ、今日の魔法講義はここまで」
魔法剣士「魔法を扱えるようになる上で大事なのは、なによりも反復することだから、
予習と復習を忘れないように」
「はいっ!」 「はーい!」 「はいっ!」
生徒たちに背を向け、教室を出る魔法剣士。
魔法剣士(ふう……やっと終わった)
校長「やぁ、ご苦労さん」
女教師「お疲れ様です、魔法剣士さん」
魔法剣士「あ、どうも」
校長「ウチのような小さな学校は、そう多くの教師、講師を雇えないからね。
君のような剣と魔法を教えられる人に来てもらえると、非常に助かるよ」
女教師「ええ、すごいです! 剣と魔法の両方を講師資格を得られるほどに
習熟してる人は珍しいですし!」
魔法剣士「……大したことじゃないです」
校長「ところでどうかね? 今夜は教師陣による飲み会があるんだが……」
女教師「魔法剣士さんもぜひ!」
魔法剣士「すみません、今夜は外せない用事があるので……。
皆さんだけで楽しんできてください」
魔法剣士(剣と魔法を使えるからすごい……か)
魔法剣士(あの二人は心から褒めてくれてるんだろうけど──)
魔法剣士(どうしてもイヤミをいわれてるように聞こえてしまう……)
魔法剣士(だって今の時代、剣か魔法で食っていくつもりなら、
とことん剣を学ぶか、とことん魔法を学ぶってのが普通なんだから)
魔法剣士(剣のエリートを目指すならひたすら剣を、魔法のエリート目指すなら魔法を、
浮気なんかしちゃいけない)
魔法剣士(他のことを学ぶにしても、それはまずどちらかを極めてからだ)
魔法剣士(もちろん、俺はどっちも極められちゃいない。剣と魔法、共に二流だ)
魔法剣士(だから……剣の世界にも魔法の世界にも居場所はなく、
こんな田舎で剣と魔法を教えるくらいがせいぜいだ)
魔法剣士(はぁ……なんでこんなことになっちまったんだ……)
学校を出て、魔法剣士が帰路についていると──
魔法剣士「……ん?」
少年「恵まれない子供に、どうかお恵みを~! お願いしま~す!」
少女「よろしければお金を……」
魔法剣士(なんだありゃ……孤児ってやつか?)
魔法剣士(ま……たまにはいいことしなきゃ、な)チャリン…
二人の前にある缶の中に、小銭を入れる。
少年「お兄さん、どうもありがとう!」
少女「ありがとうございます」ペコッ
魔法剣士(さて……帰ろ。今度やる授業の準備して、とっとと寝よ)ザッザッ…
すると──
チンピラ「ガキども! だれに断ってこんなとこで商売してやがるんだ!?」グイッ
少年「な、なんだよお!」
少女「やめて下さい……」
魔法剣士(あららら……)
魔法剣士(よく分からんが、チンピラにもナワバリってもんがあるんだろうし、
ああなるのも仕方ないな……)
魔法剣士(ま、殺されはしないだろうし、いい勉強になるだろうさ……)ザッザッ…
チンピラ「──いってぇ!」
チンピラ「こ、このガキィ……噛みつきやがった!」
少年「お姉ちゃんに手を出すな!」
チンピラ「このクソガキが……!
大人しくしてりゃ、ちっと金を巻き上げるだけで済んだものを……
ブッ飛ばしてやる!」ガシッ
少年「あぐっ!」
少女「や、やめて……!」
魔法剣士「…………」ピタッ
魔法剣士(あれ……? なんで俺は立ち止まってるんだ?
あんなの放っておけって! 関わるだけ損なんだから!)
魔法剣士(だけど……このまま帰るってのも──ええいっ!)ザッ…
魔法剣士「……おい、やめとけって」
チンピラ「あぁん!?」
魔法剣士「そんな小さい子供痛めつけたって、なんにもならないだろ。
かえってアンタの恥になるだけじゃないのか?」
チンピラ「テメェにゃ関係ねぇだろうが!」
魔法剣士「……やるか?」ボワッ…
魔法剣士は右手に、小さな炎を浮かび上がらせた。
チンピラ(ぐっ、コイツ魔法を使えるのかよ!)
チンピラ「……ケッ、今日のところは見逃してやらぁ」
魔法剣士「…………」ホッ…
炎が威嚇の役目を果たし、チンピラを追い払うことができた。
少年「ありがとう、お兄さん! ──大丈夫、お姉ちゃん?」
少女「うん、平気……」
少女「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
魔法剣士「…………」
魔法剣士「なぁ、お前たち」
魔法剣士「よかったら、俺んちでメシでも食うか?」
少年&少女「!」
少年「行く、行く! 行くよね、お姉ちゃん!?」
少女「それでは……お言葉に甘えさせていただきます」
魔法剣士(いやいや、待て待て、なんで俺はこんなことしてるんだ!?)
魔法剣士は普段、他人に深く関わらず関わらせず、という生き方をしていた。
この一連の行動は、まさしく気まぐれとしかいいようがなかった。
< 魔法剣士の家 >
魔法剣士「町からは少し離れてるが、こういうところのがかえって気楽でな」
魔法剣士「多少散らかってるけど、入ってくれ」
少年「おジャマしま~す!」
少女「おじゃまします」
魔法剣士「とりあえず……なんか飲むだろ?
学校でもらったジュースがあったはずだから、ちょっと待っててくれ」
少年「やったぁ! ぼく、オレンジジュースが飲みたい!」
少女「コラッ! ……あの、おかまいなく」
魔法剣士(しっかりした姉と、元気な弟、か。いいコンビだな)
ジュースを飲む少年と少女。
少年「おいしい~!」
少女「とてもおいしいです」
魔法剣士「俺、ジュースなんか飲まないけど、とっといてよかったよ。
ところで二人は……姉と弟ってことでいいのか?」
少年「うん! だけど年は同じ! ぼくとお姉ちゃん、双子だから!」
魔法剣士「双子か……なるほどね」
(どうりで似てるわけだ。男女だから、瓜二つってほどじゃないが)
魔法剣士「だけど、双子なのにお姉ちゃんって呼ぶなんて珍しいな」
少女「わたしがそうさせました」
魔法剣士(……主導権は完全に女の子が握ってるってわけか)
魔法剣士「しっかし、なんでまたあんなところで物乞いしてたんだ?
親はどうしたんだよ?」
少年&少女「…………」
魔法剣士(あ、やべっ! こんなこと聞くやつがあるか!)
少年「ぼくらねぇ、親に捨てられちゃったの」
少女「入れられていた孤児院が、あまりにひどい環境だったので、
弟と二人で逃げ出してきたんです」
魔法剣士「そ、そうか……」
シ~ン……
魔法剣士(くっそ、こんな重い事情、コメントしようがないぞ!
と、とにかく……とにかくなんかいわなきゃ!)
魔法剣士「……まあ、この家もあまりいい環境とはいえないけど……
道ばたにいるよりはマシだろ。自分の家だと思って、くつろいでくれよ」
少年「うんっ!」
少女「ありがとうございます……」
少しずつ慣れてきたのか、部屋の中をうろつく二人。
少年「あっ、本物の剣がある! ってことは、お兄さん剣士なんだ!」
魔法剣士「ん……まあな。危ないから、さわるんじゃないぞ」
少女「こちらには魔法の本がありますね。ということは……」
魔法剣士「二人を助ける時にも炎を出したが、一応魔法も使えるからな」
少年「すごいや、お兄さん! 剣も魔法も使えるなんて!」
少女「剣士でもあり、魔法使いでもあるんですね」
魔法剣士「……ん、そう大したもんじゃないけどな」
少女「この本、少し読ませていただいてもいいですか?」
魔法剣士「どうぞどうぞ」
少年「わぁ~、剣ってかっこいいなぁ~」
少女「すごい……」パラパラ…
剣に夢中になる少年、魔法の本を目を輝かせて読む少女。
魔法剣士「…………」
魔法剣士(なにを……)
魔法剣士(俺はなにをいおうとしてるんだ? いっちゃダメだ、そんなこと!)
魔法剣士(だけど──)
魔法剣士「なぁ、二人とも……。
ウチで、ちょいとばかし剣と魔法を習ってみる気はないか?」
少年&少女「!」
魔法剣士(ああ、いっちまった……)
少年「いいの!?」
少女「ですが……魔法剣士さんもご自分の生活があるんじゃ……」
魔法剣士(そのとおりだ……断れ、断れ! さすがにそれは無理だ、っていえ!)
魔法剣士(同情かなんかでこの子たち引き取ったって、
この子たちにとっていいことなんかねえぞ……かえって傷つけちまう)
魔法剣士(うう……なのに……!)
魔法剣士「俺、これでも近くの学校で講師として雇われてるんだ。
まあまあ稼いでるし、独り身だから金には困ってない」
魔法剣士「だから……子供二人をしばらく世話するくらいの余裕はあるんだ」
少年「だったら……ぼく、剣を習う! 強くなりたい!」
少女「わたしも……魔法を習ってみたいです」
魔法剣士「よしっ、決まりだな!」
魔法剣士(……決まってしまった)
少年「お兄さんは学校でなにを教えてるの?」
魔法剣士「そりゃもちろん、剣と魔法だよ」
魔法剣士「どっちも教えられる資格を持つぐらいには習得してるからな」
少年「わぁ~、すごいや!」
少女「剣と魔法のエキスパートというわけですね」
魔法剣士「エキスパート……ってほどでもないけどな」
(どっちも五段階評価じゃ、よくて“3”ってとこだろうな。
他人に初歩を教えるには不足ないが、極めてるとはまるでいえないレベルだ)
少年「じゃあさ! さっそく──」
魔法剣士「おいおい、待ってくれ。二人とも疲れてるだろうし、俺も疲れてる。
今日のところはメシ食ってゆっくり休もう。な?」
少年「うん、分かった!」
少女「はい、でしょ」
少年「あ、ごめん、お姉ちゃん」
魔法剣士「いいよいいよ、かしこまらなくて。部屋は……あっちが空いてるかな」
空き部屋に、姉弟を寝かせる。
少年「ぐぅ……ぐぅ……」
少女「すぅ……すぅ……」
二人の寝息を聞きながら、晩酌する魔法剣士。
魔法剣士(なにやってんだ、俺……? 正直、自分でも分かんねえ)
魔法剣士(可哀想な子供を引き取って、いい人になってみることで
コンプレックスの塊である自分を少しでも慰めようってハラか?)
魔法剣士(だとしたら、我ながらみみっちい発想だ……)グビッ…
翌日──
ささやかな朝食を済ませると、魔法剣士が講師の顔になる。
魔法剣士「……さてと、今日は休日だし、約束通り剣と魔法を教えてやろう」
魔法剣士「やるからには俺は真剣に教えるし、二人もマジメにやること。いいな?」
少年「うん!」
少女「はい」
魔法剣士「じゃあ、最初に剣だ。外に出るぞ」クイッ
少年「よぉ~し!」
魔法剣士は少年に、軽めの木剣を手渡した。
魔法剣士「剣の握り方は……こうだ」ギュッ…
少年「こう?」ギュッ…
魔法剣士「ちょっと力を入れすぎだな……そうそう、そのぐらいだ。
構えは……うん、それでいい」
魔法剣士「んでもって、一直線にこう振る!」ブオッ
少年「だあっ!」ブンッ
魔法剣士「お、初めてにしちゃ、なかなかスジがいいぞ」
少年「ホント!?」
魔法剣士「よし、今のフォームを崩さないように素振り30回だ!」
少年「うん!」
魔法剣士「さて、君には魔法を教えてあげよう」
少女「よろしくお願いします」
魔法剣士「魔法にはたくさんの属性があるが、
最初に習うべき属性魔法は火、水、土、風、の四種だ」
魔法剣士「これを押さえておけば、他の属性もだいぶ習得しやすくなる」
少女「はい」
魔法剣士「そして、まず覚えるべきは火の魔法だ」
魔法剣士「魔法を放つには体内に眠る自身の魔力を練るっていうプロセスが必要だが、
火の魔法はさほど練らなくても放つことができるからな」
魔法剣士「ようするに、一番簡単な魔法だってことだ」
少女「はい」
魔法剣士「だけど、極めればとんでもない威力を出せる。
炎魔法で町一つが焼けた、なんて記録も残ってる。
決してあなどっちゃいけないぞ」
少女「肝に銘じます」
その夜──
魔法剣士「よぉし、二人ともよくがんばった!
今日は俺の大好物、デリシャスダケのキノコ炒めだ!」
少年「わぁっ! すごい! 美味しそう!」
少女「とてもいい匂いがしますね」クンクン…
魔法剣士「この辺じゃ北の山でしか採れない貴重品だが、今日は特別だ。
たっぷり食べろよ!」
少年「うん! いっただっきまぁす!」
少女「いただきます」
魔法剣士(独り占めして食べようと思ってた大好物を、
こんな大盤振る舞いしちまうなんて、俺って見栄っ張り……)
少年「お~いしいっ!」ブハッ
少女「口に食べ物を入れたまましゃべらない!
……魔法剣士さんってお料理も上手なんですね」
魔法剣士「まぁ、今日のところは材料がよかったからな」
魔法剣士「さてと明日は俺、学校があるから……家で大人しくしてるんだぞ。
帰ったら、また稽古をつけてやるから」
少年「うん!」
少女「はい、分かりました」
魔法剣士(できれば、コイツらを学校に通わせてやりたいが……
さすがにそんな金も権限もないからな)
魔法剣士(しばらくはこのまま、だな……)
こうして、魔法剣士と双子の奇妙な共同生活が始まった。
< 魔法剣士の家 >
魔法剣士「ただいま~」
少年「おかえんなさい!」
少女「お疲れでしょう。お風呂沸いてますよ」
魔法剣士「おお、ありがとう!」
(そこまでやってくれなくてもいいのに……ありがたいけど)
魔法剣士「んじゃ、風呂入る前にかる~く稽古してやるよ」
少年「うんっ!」
少年「あ、そうだ。お姉ちゃんも、ぼくらと一緒にお風呂入ろうよ」
少女「入るわけないでしょ!」
魔法剣士「よしっ、昨日やった素振りでかかってこい!」
少年「うんっ!」
少年「だあっ! とうっ! えいっ!」
ガッ! バシッ! ガガッ!
魔法剣士「うおっ、おっ!」
少年「だりゃっ!」ヒュッ
バシィッ!
魔法剣士を少し後ずさりさせるほどの、鋭い一撃。
魔法剣士(うおっと……ちょっとビックリしちまったよ)
風呂上がりには、魔法講義の時間。
魔法剣士「体内の熱を外に出すイメージで、手をかざすんだ」
少女「分かりました」
魔法剣士「最初はなかなかうまくいかないと思うが──」
少女「炎よ!」バッ
ボッ……!
魔法剣士「!」
魔法剣士「ま、まさか……いきなり炎が出るなんて……」
少女「でも……とても小さな火でした。魔法剣士さんの炎に比べたら……」
魔法剣士(いやいや、こんな早さで火を出せるなんてすごいって!
普通、もっとかかるもんなんだが……)
少年「ぐぅ……ぐぅ……」
少女「すぅ……すぅ……」
魔法剣士「よく寝てやがる……」
魔法剣士(いやぁ~、今日はビックリさせられちまったな。
二人とも、光るものを持ってる)
魔法剣士(どれ……ちょっと面白くなってきたかも)
< 学校 >
キーンコーン…… キーンコーン……
魔法剣士「おっとチャイムか。夢中になってつい時間を忘れてた」
魔法剣士「今日の剣技の講義はここまで!」
魔法剣士「剣ってのは恐ろしい武器で、剣術ってのは恐ろしい技術だ!
決して間違った使い方をしないように!」
「はいっ!」 「はーい!」 「はいっ!」
授業を終え、魔法剣士が教室を出ると──
女教師「お疲れ様です」
魔法剣士「あ、どうも」
女教師「なんだか近頃、魔法剣士さん、とてもイキイキしておられますね」
魔法剣士「そうですか?」
女教師「はい……なんというか、少し前までと比べて、
とても楽しそうに授業をしておられるというか……」
女教師「!」ハッ
女教師「あ、すみませんっ! 私、失礼なことを──」
魔法剣士「いえ、いいんですよ」
魔法剣士(前に比べて楽しそうに、か……たしかにな)
魔法剣士(あの双子を拾ったおかげで、俺の中に生きがいみたいなもんが
できたからなのかな……)
………………
…………
……
今回はここまでとなります
よろしくお願いします
~
ガッ! パシッ! バシィッ!
魔法剣士「よし、いいぞっ! もう一丁来い!」
少年「だあああっ!」シュッ
ビシィッ!
魔法剣士(……っとと。あぶねぇ、あぶねぇ……)
~
少女「……風よ!」
ビュオアッ!
魔法剣士「おおっ! おみごと! バケツが吹っ飛んでいった!」
魔法剣士(これで、火、水、土、風……基本四種は全て放てるようになった。
う~む、覚えが早いな……)
~
~
魔法剣士「──本当ですか!?」
校長「ウチの学校は君のおかげでだいぶ助けられているし、
近頃、君の授業は評判がいいからねえ」
魔法剣士「ありがとうございます!」
魔法剣士(この時期にこんなに昇給してもらえるなんて、ありがたい……)
~
女教師「この間、里帰りした時のお土産です。よろしかったら……」
魔法剣士「あ、どうも! ちょうど甘いものが欲しかったところなんですよ!」
女教師「あらよかった。お菓子、お好きなんですか?」
魔法剣士「ええ、アイツらが喜びますよ」
女教師「アイツら?」
魔法剣士「あっ!? ──あ、いや、なんでもないんです。ハハハ……」
~
~
魔法剣士(ポストに手紙……だれからだ?)ガサ…
魔法剣士(賢者から……!?)
『お久しぶり、元気でやってるかい?
ボクと君と剣士、学校時代はよく悪友トリオとしてつるんでたけど、
それぞれ大人になって久しく会っていない。
久しぶりに三人で会わないか?
というのも、ボクがいる魔法兵団と剣士が入った戦士団は
これまでいがみ合ってたんだけど、組織のトップ同士が結ばれたことで、
共同歩調を取るようになったんだ。
それで、たまたま剣士と話す機会があって昔話に花を咲かせるうち、
また三人で集まりたくなったんだけどどうかな?
都合のいい時期があったら、ぜひ教えてくれよ』
魔法剣士「…………」
魔法剣士(俺は“賢者”には“魔法”で勝てず、“剣士”には“剣”で勝てず……)
魔法剣士(二人とまともにぶつかるのを避けるうち、
剣と魔法、二兎を追うような形になって、
結局どっちの技量も中途半端になってしまった)
魔法剣士(どっちつかずなのは一番やっちゃいけないことだって、分かってたはずなのに)
魔法剣士(魔法兵団も戦士団も、超のつくエリート集団……。
それぞれ入団には、魔法と剣を“極めてる”ことが最低ライン……。
いずれ、コイツらは国の宮廷魔術師だの近衛兵だのになるんだろう……)
魔法剣士(こんな田舎で講師をやってる俺とは……比べ物にならない……)
魔法剣士(まだ俺のことを友だちだと思ってくれてたのは嬉しいけど──)
魔法剣士(会えるわけねーだろ……みじめになるだけだ)クシャッ…
魔法剣士(それに今の俺にはあの双子がいる。仕事だって認められてきた。
十分幸せだ……)ポイッ
魔法剣士は手紙をゴミ箱に投げ入れた。
~
~
少年「うわぁ~、いい眺め!」
少女「空気がおいしいですね。息を吸うたび、体の中がキレイになる気がします」
魔法剣士「な、たまにはピクニックってのもいいもんだろ?」
少年「うんっ! こんなとこ連れてきてくれるなんて、ぼくお兄さん大好き!」
少女「……わたしもです」
はしゃぐ少年と、かすかに頬を赤らめる少女。
魔法剣士「ありがとよ。俺だって、お前たちのこと好きだぞ」
少年「わぁっ! だってさ、お姉ちゃん!」
少女「あ、ありがとうございます……」
魔法剣士(そう、俺にはコイツらがいるんだ……!)
~
そう、全ては順調にいっているかように見えた……。
魔法剣士が双子を拾ってから、およそ半年──
< 魔法剣士の家 >
少年「だあああっ!」ビュオッ
魔法剣士「くっ!」ブンッ
バシィッ!
魔法剣士の木剣が、少年の手を打った。
少年「あだだっ……!」
少年「ちぇ~、今のはイケると思ったんだけどなぁ」
魔法剣士(今のは……危なかった……!)
少年「う~ん、まだまだお兄さんにはかなわないや!」
魔法剣士(いや……コイツの技量はもう俺とほぼ互角といってもいい。
今の勝負も、ほとんど腕力とリーチの差で勝ったようなもんだ)
魔法剣士「…………」
魔法剣士(なんだ……このもやっとした気持ちは……)
少女(火と風を組み合わせて……)
少女「炎の竜巻よ!」ババッ
ブオアッ!!!
赤い竜巻が、少女の目の前で舞った。
魔法剣士「…………!」
少女「ハァ、ハァ……どうでしたか?」
魔法剣士「あ、う、うん……。よかったよ、よかった」
少女「ホントですか!」
魔法剣士「うん……よくやった」
(ミックス魔法をこうもあっさり会得するなんて……)
少女「ありがとうございます!」
魔法剣士(俺が今のをできるようになるまで、
いったいどのくらいかかったと思ってるんだ……!)
夜──
少年「ぐぅ……ぐぅ……」
少女「すぅ……すぅ……」
魔法剣士(どうなってやがるんだ、コイツら……)
魔法剣士(このところ、加速度的に腕が上達していきやがる!
もうすぐ俺が教えられることなんて、なくなっちまうよ!)
魔法剣士(上達は嬉しいはずなのに……なんだ。なんなんだ、この俺の気持ちは!?)
魔法剣士(面白くない……!)
魔法剣士の中に、少しずつ少しずつ“何か”が溜まっていく。
< 学校 >
魔法剣士「…………」カリカリ…
魔法剣士「!」
魔法剣士(あ、また書き損じた。これで三度目だぞ……。なにやってんだ俺は……)
魔法剣士「くそっ!」クシャクシャ…
女教師「あの、よろしければ、私が書きましょうか?
だれが書いてもいい類の書類ですし、私は次の時間、授業はありませんし……」
魔法剣士「……すみません。お言葉に甘えます」
魔法剣士「では授業があるので……」ガタッ
女教師(魔法剣士さん、このところどうしたのかしら……)
< 魔法剣士の家 >
魔法剣士「よし……今日のところはここまで」
少年「え、もう? ぼく、もっとできるよ!」
少女「ワガママいわないの。
あなたは元気があっても、魔法剣士さんは学校があったんだから」
少年「うん……でもこのところ、ずっとこんな感じ……」
魔法剣士「……今ちょっと、学校が忙しくてな」
魔法剣士「魔法も……今日のところは自習しといてくれ」
少女「はい」
学校での授業にも、家での双子に対する指導にも、身が入らなくなっていった。
夜──
少年「お姉ちゃん……起きてる?」モゾ…
少女「ん? どうしたの?」
少年「最近さ、お兄さん、様子がおかしくない?
このところ、ずっとあんな感じなんだもん」
少女「……そうね」
少年「ぼくらで……どうにかしてあげられないかな?」
少女「だけど、わたしたちにできることなんて……」
少年「きっとあるよ! それにぼく、このままじゃお兄さんが
大変なことになっちゃうような気がして……不安なんだ……。
ぼくお兄さんのこと、本当のお父さんやお兄さんだと思ってるから……」
少女「分かったわ」ナデ…
少年「!」
少女「今度、魔法剣士さんになにか悩みがあるのかって聞いてみましょう。
わたしたちに話せば、少しはスッキリするかもしれないしね」
少年「うんっ!」
数日後──
< 学校 >
校長「えぇ~、皆さんも承知しているでしょうが」
校長「首都方面で続いている憲兵団と巨大強盗団の抗争が長引いており、
この地方にも波及するおそれがあります」
校長「生徒たちにも、積極的に注意を促すように──」
魔法剣士「…………」ボケー…
校長「!」ムッ
校長「コラッ、魔法剣士君! 剣と魔法を教えるだけが、君の仕事じゃないんだ!
自覚が足りないんじゃないのかね!?」
魔法剣士「は、はいっ! すみません……」
女教師(魔法剣士さん……)
< 魔法剣士の家 >
魔法剣士「……ただいま」
魔法剣士(あ~あ、今日も細かいミスを連発しちまった……。
──ったく、情けねえ)
魔法剣士(なんとかしなきゃな……。せっかく学校で認められてきたのが、
全部パーになっちまう)
少年「おかえんなさい!」
少女「おかえりなさい、でしょ」
少年「ごめんなさいっ!」
少女「おかえりなさい、魔法剣士さん」
魔法剣士「……おう」
三人とも互いに不穏さを感じ取っているのか、食事も無言で進む。
魔法剣士「…………」カチャカチャ…
少年「…………」モグモグ…
少女「…………」モグ…
無言の食卓が始まってからおよそ10分、少年が勇気を振り絞る。
少年「あ、あのさ! 魔法剣士さん!」
魔法剣士「……ん?」
少年「最近……ちょっと疲れてるよね?」
少年「ぼくたちにできること……なにかないかな?」
少女「わたしたちにできることがあれば、いって下さい。
子供なので、できることは限られていますが……」
魔法剣士「できること……ねぇ。ハハ、ハハ」
ついに子供に気づかわれるまで落ちぶれたか、といったような苦笑。
魔法剣士「むしろ、二人ともできすぎて困ってるくらいさ。
もうすぐ俺が教えられることなんて、なくなっちまうよ」
少年「えぇっ!? ホント!?」
少年「やった、やったぁ! ありがとう、魔法剣士さん!」
少女「ありがとうございます」
魔法剣士「教えられなくなるどころか、単純な技量なら、
二人のが上になっちまうよ。そう遠くない未来にはな」
少年「ぼくたちが上に!?」
魔法剣士「そしたら、俺はどうしよっかねぇ~」
少年「じゃあさ、じゃあさ! そしたら、魔法剣士さんがぼくたちの
弟子になればいいじゃない!」
少女「ちょっと! ……なにいってるのよ」
少年「えへへ……」
魔法剣士「…………」ピリッ…
子供特有の、率直で無邪気な提案。嫌味でも皮肉でもなんでもない。
しかし、これが今の魔法剣士の心にはなによりも効いた。効いてしまった。
魔法剣士「ふっ、ふざけんな!」
少年&少女「!」ビクッ
魔法剣士「そんなこと……できるわけないだろ! 俺にだってプライドはあるんだよ!
いくら、こんな生活しててもな……!」
少女「申し訳ありません。弟が変なこといって……」
少年「ご、ごめんなさい……」シュン…
魔法剣士(くっ、しまった……! 別に怒鳴りつけるとこじゃねえだろ……!)
「いや、今のは俺がわる──」
少年「あ、あ、そうだ!」ササッ
魔法剣士「?」
少年「こないだ、お兄さんさ、
お友だちからの手紙をまちがって捨てちゃったみたいだから、
ぼく、とっといたんだ!」スッ…
魔法剣士(これは……賢者からの……。ゴミ箱入れたのに……)カサ…
魔法剣士(なにとっといてんだよ……余計なことしてんなよ……)
少年「賢者さんって魔法兵団にいるんだね!」
少女「剣士さんという方も、戦士団に所属してると書いてありました。
すみません、勝手に読んでしまって……」
魔法剣士(うるせえ……)
少年「でも、お兄さんは、二人でもできない仕事をしてるんだよね。
だって、剣と魔法の両方を教えられるんだもん!」
魔法剣士(うるせえよ……)
魔法剣士(なんで賢者も剣士も、お前たち双子も、俺が持ってないものを持ってやがる。
なんで俺じゃねえんだよ──)
魔法剣士(──あ)
姉弟はまだ何かをしゃべっているが、もはや魔法剣士には聞こえない。
魔法剣士(やっと分かった……)
魔法剣士(俺がコイツらを拾ったのは──)
魔法剣士(コイツらに同情したわけでも、
“いい人”になることで、自分を励ましたかったわけでもない……)
魔法剣士(ただ……見たかっただけなんだ)
魔法剣士(この二人が俺と同じようになるのを──)
魔法剣士(自分の才能のなさに気づいちまうところを──)
魔法剣士(いや……そもそも俺が講師になったのって、
もしかしたら、生徒たちが自分の才能に悩み苦しむところを
間近で見たかったから……じゃないのか?)
魔法剣士(なんて……なんて醜い……。クソヤロウじゃねえか……)
魔法剣士(俺は最低の──)
少年「だからぼく、お兄さんみたいな人になりた──」
魔法剣士「うるっせぇんだよッ!!!」
魔法剣士「お前らに……お前らなんかに、俺のことなんか分かりっこねえんだ!
こんな……こんな俺の腐り果てた心根はッ!」
魔法剣士「才能に恵まれて……1を聞いて10を知れる……!
ふざけやがって……なんで俺じゃなくお前らなんだよ!」
魔法剣士「俺じゃなく……剣士と賢者なんだよォ!」
魔法剣士「だから、俺は……少しでも自分のみじめさをごまかすために……!
みんな俺と似たようなもんだと知るために……講師に……!」
魔法剣士「お前らさえいなきゃ、俺もこんなことに気づかなくて済んだんだッ!!!」
魔法剣士「────!」ハッ
シ~ン……
魔法剣士「…………」
少年「…………」
少女「…………」
凍りついたような沈黙。
魔法剣士「……あ」
魔法剣士「す、すまなかった……。ちょっと……頭冷やしてくる」
魔法剣士「今夜は戻らないかもしれないから……戸締まりして寝るんだぞ……」ギィ…
バタン……
魔法剣士は半ば逃げ出すように家を出た。
夜道をとぼとぼと歩きながら、後悔に更ける魔法剣士。
魔法剣士(なにやってんだ……俺は……)
魔法剣士(たかだか10歳ぐらいのガキ二人に、マジ切れする大人……)
魔法剣士(自分の卑屈さ至らなさを、ぶちまける大人……)
魔法剣士(どっちがガキなんだよ……)
魔法剣士(なにが“お前らなんかに分かるか”だよ)
魔法剣士(アイツらからしてみれば──)
魔法剣士(親に捨てられることもなく、不自由ない環境にいたのに
自業自得で剣も魔法も中途半端になったヤツのことなんか
分かりたくもねえよってなもんだろう……)
魔法剣士「ハ、ハハ……」
魔法剣士「と、とにかく戻るか……」
家に戻る魔法剣士。
ところが──
< 魔法剣士の家 >
魔法剣士「いない……」
魔法剣士「二人とも……出ていっちまったか……」ガクッ
魔法剣士「そりゃそうだわな……。二人の立場だったら俺だって出ていくわ」
魔法剣士(最初に危惧したとおりだった……)
魔法剣士(俺みたいなヤツが大した覚悟もなく引き取っても、
かえってあの子たちを傷つけちまうだけだって……)
この夜、二人が家に戻ることはなかった。
今回はここまでとなります
翌朝──
一睡もしないまま、学校へ通勤する時間となってしまった。
魔法剣士(あ~……もうこんな時間か)
魔法剣士(とても行く気になれん……)
魔法剣士(もういいや、行かなくていいや……)
魔法剣士(もうどうでもいい……)
魔法剣士(俺には人にモノを教える資格なんざありゃしないんだ……。
いや、それどころか生きる資格すら……)
………………
…………
……
< 学校 >
女教師(魔法剣士さん……)
校長「う~む、魔法剣士君はどうしたんだろうねえ?」
女教師「もしかしたら、急病で動けなくなってしまったのかもしれません」
女教師「あとで、様子を見に行ってもよろしいですか?」
校長「かまわんよ。最近、よくボーッとしていたり、
なにかとミスが多かったりしたから少し心配だな」
女教師「大丈夫ですよ……。魔法剣士さんに限って!」
女教師(とはいえ、私も心配だけれど……)
昼すぎ──
< 魔法剣士の家 >
キィィ……
女教師「すみません、勝手におジャマしま──」
女教師「!?」
女教師は、椅子に座ったまま虚ろな表情で呆けている魔法剣士を発見した。
魔法剣士「…………」ボケー…
女教師「魔法剣士さん、しっかりして! 魔法剣士さん!」ユサユサ…
魔法剣士「あ……どうも……」
女教師「お水を持ってきますね!」タタタッ
魔法剣士「…………」ゴクッ…
魔法剣士「ふぅ……」
女教師「落ちつきましたか?」
魔法剣士「ええ、おかげさまで……。無断欠勤の件ですよね……」
女教師「はい……校長先生も心配していましたので。
魔法剣士さんがこんな形で休むなんて初めてだったので……」
魔法剣士「わざわざ、すみません……」
女教師「よろしければ……何があったのか、教えていただけませんか?」
魔法剣士「…………」
魔法剣士(もうどうせ辞めるんだ……。
いっそここで、全てをブチまけちまうのもいいか……)
魔法剣士「分かりました、お話ししましょう……」
魔法剣士は全てを打ち明けた。
自分が剣も魔法も使える“魔法剣士”となってしまった、本当の理由を。
半年前から双子を拾い、養っていたことを。
そして──
魔法剣士「アイツらに八つ当たりしてるうち、気づいてしまったんです。
なんで俺は学校講師になったのか、双子を養うことにしたのかって」
魔法剣士「俺は自分のように才能に挫折していく子供たちを見て、
剣も魔法も中途半端になった自分を正当化したかっただけなんだ」
魔法剣士「俺は……最低の人間なんです……」
女教師「そんなことありませんよ」
魔法剣士「え?」
あまりにあっさりと否定されたので、魔法剣士は戸惑ってしまう。
女教師「だって本当に最低なら、授業でウソを教えたり、
引き取った子供たちに暴力を振るったりしてたはずです」
魔法剣士「いや……まぁ、さすがに俺もそこまでひどくはないっていうか……」
女教師「じゃあ、最低じゃないってことですね!」
魔法剣士「あ、いや……」
(なんだこの人、えらくグイグイくるな……ちょっと意外)
女教師「それじゃ、魔法剣士さんが最低ではなかったことが分かったところで、
次に進みましょう」
魔法剣士「は、はい」
女教師「シンプルな二択です」
女教師「魔法剣士さんは、いなくなった二人をどうしたいですか?
もう一度会いたいですか? 会いたくないですか?」
キレイな指先が、魔法剣士に突きつけられる。
魔法剣士「…………」
魔法剣士(さすがに……あのままにしておいたら、ダサすぎるよな……)
魔法剣士(それに、どこに行ったか心配でもあるし……)
魔法剣士「もう一度会いたい……。俺には失望してるだろうけど、
会って謝りたい……です」
女教師「決まりですね! では探しに行きましょう!
子供の足ですから、まだ遠くには行ってないはずです!」
魔法剣士「……はい!」
魔法剣士と女教師は町に入り、双子の捜索にかかるが──
< 町 >
町民「──昨晩? 子供二人? いや、見かけてないねえ」
女教師「そうですか……」
魔法剣士「ありがとうございました」
魔法剣士(弟はともかく、お姉ちゃんの方に一晩中歩くような体力はない。
そう遠くまで行けるわけがないんだが──)
町民「だけど、子供がいなくなったってのはちょいと心配だな」
魔法剣士「え?」
町民「ほら、あれ。強盗団」
町民「首都方面から逃げ込んできた強盗団が、北の山の方に行ったっていうんだよ」
町民「といっても、もう残り人数は少ないらしいし、
今頃憲兵隊が追い詰めてるだろうから、もうじきカタはつくだろうがね」
女教師「北の山……子供が行くような場所じゃありませんけど……」
魔法剣士「一応行ってみましょう。万が一ってこともありますから」
女教師「そうですね!」
北の山へと急ぐ二人。
すると、その道中で思わぬ再会をすることになる。
町を出て、北の山方面へ向かっていると──
魔法剣士「!」
魔法剣士「お前たち……!?」
剣士「お!? もしかして魔法剣士か!? 元気してたか!?」
賢者「やぁ、久しぶり」
旧友であり、魔法剣士が“魔法剣士”になった要因ともいえる二人。
女教師「お知り合いですか?」
魔法剣士「……古い友人です」
女教師(あっ、もしかして、さっきの魔法剣士さんの話に出てきた……)
魔法剣士「なんでお前たちがこんなところに……?」
賢者「実は、二人で君に会いに行こうとしてたところなんだよ。
手紙の返事がなかったから、昔の友としては不安でね」
魔法剣士「わ、悪い……色々あって返事できなくてさ……」
剣士「ま、いいってことよ! それより、お前も手伝ってくれねえか!?」
魔法剣士「手伝う?」
賢者「この先にある北の山に強盗団の一部が逃げ込んでね。
ボクたちも憲兵団から、討伐の手伝いを頼まれたんだよ」
剣士「また昔みたいに三人で暴れてやろうぜ!」
魔法剣士としては双子の捜索を続けたいところではあるが──
魔法剣士(ホントはこんなことしてる場合じゃないが……断れんよなぁ。
手紙を捨ててたって負い目もあるし……)
魔法剣士「……分かった。俺も手伝わせてもらうよ。
女教師さんは危ないですから、町に戻っていてもらえますか?」
女教師「分かりました。私はもう一度、町を捜索しています。
魔法剣士さん、お気をつけて……」
< 北の山 >
北の山のふもとには、憲兵団から逃れた強盗が多数たむろしていた。
「なんだアイツら!」 「憲兵じゃねぇようだ!」 「やっちまえ!」
剣士「バカどもが……オレたちのが憲兵よりよっぽどおっかねえぜ。
さ、やるか!」チャキッ
賢者「オーケー」バッ
魔法剣士(ついてきたはいいけど……俺にできることなんて……)チャキッ
戦いが始まった。
賢者「炎の竜よ! 悪しき敵を呑み込め!」
ゴォアアアァァァッ!
「ぐぎゃああっ!」 「ひいいっ!」 「ぐげあっ!」
火炎でできた竜が、強盗たちに裁きを与える。
剣士「戦士団仕込みの剣技、てめぇらにゃもったいねえぜっ!」
ザシュッ! ザンッ! ズバッ!
「ぎゃふっ!」 「うげっ!」 「がはぁっ!」
目にも止まらぬ剣さばきが、強盗たちを屍に変えていく。
魔法剣士(す、すげえ……二人とも、最後に会った時よりずっと腕を上げてる……)
魔法剣士(田舎でのんきに講師なんかしてた俺とは、ケタがちがうや……)
二人の実力は、魔法剣士の遥か上をいっていた。
当然である。
ただでさえ才能ある二人が、最前線でその才能を磨き続けてきたのだから。
剣も魔法も五段階評価“3”の人間と、どちらかしか使えないがそれが“5”の人間。
もし一対一で勝負をしたら、勝つのは100パーセント後者だ。
そういうものなのだ。
ザシュッ……! ドサッ……
剣士「よし、おおかた片付いたな!」シュザッ
賢者「うん、バッチリだ」
魔法剣士「…………」
魔法剣士(結局、俺は一人も倒さず終わった……。
ま、下手に活躍しようと無理してたら、足引っぱってただろうけどさ)
賢者「残るは……ボスと側近ぐらいのはずだけど……」
ボス「──テメェら! 近づくんじゃねえ!」
手下「近づくと、このガキども……整形しちゃうよ?」
強盗団の残る二人が、子供を人質に取るという悪あがきに出ていた。
憲兵隊が彼らを囲むが、うかつに手出しはできない状況だ。
憲兵「くっ……!」
剣士「どうしたんだ? なにがあった?」
憲兵「強盗団のボスと手下が、山にいた子供たちを人質にしたのです」
剣士「なにぃ!? 子供ォ!? ……なんでまた、こんなところに」
賢者「……要求は?」
憲兵「包囲を解いて自分たちの逃走ルートを用意しなければ、人質を殺す、と」
賢者「当然、そうくるだろうな……」
魔法剣士「!」ハッ
魔法剣士(あ、あの捕まってる子供はっ!)
ボス「オラァッ! 顔面切り刻んじまうぞ!」グイッ
少年「ううう……」ガチガチ…
手下「ボスの気は長くない。早くした方がいいんじゃないかな~?」グッ…
少女「…………」
人質になっているのは、行方が分からなくなっていた双子だった。
魔法剣士(なんでアイツらがこんなところに……!?)
魔法剣士(すでに二人はあんな強盗ぐらい撃退できる実力はあるはずだが……
ビビッちまって力が出せなかったようだな。無理もないか……)
魔法剣士(それに首筋には、ナイフが突きつけられてる)
魔法剣士(下手に動けば、グサッ……だ。どうすりゃいいんだ、こんなの!?)
魔法剣士(くそっ、俺のせいだ! 俺が強盗団のことを話してれば……!
俺に愛想を尽かしても、夜に家出するようなマネはしなかっただろう……!)
剣士「ちっ、どうするよ!?」
憲兵「この強盗団は凶悪です。一人たりとも逃すわけにはいきません!」
賢者「なら……子供二人を見殺しにすることも考えるべき、か……」
魔法剣士「ダ、ダメだっ! そんなのっ! 絶対ダメだッ!」
剣士&賢者「!」
魔法剣士「そうだ賢者、大魔法で二人まとめて倒せないか?」
賢者「可能といえば可能だ。けど、あの子たちも確実に巻き込んでしまう。
器用に強盗だけを狙う、というのはとてもじゃないが無理だ」
魔法剣士「なら剣士……!」
剣士「一人は斬れても、もう一人は子供を刺すだろう。
あの二人、同時に斬られないよう、絶妙に距離を置いてやがる」
憲兵「お二人が同時に攻撃するというのは?」
剣士「オレたちは長年コンビを組んでる間柄ってわけでもねえし、
まったく同時ってのは厳しい。
ほんのわずかでも時間差ができたら、あの子らのどちらかは刺されちまうだろうな」
魔法剣士「なんてこった……!」
魔法剣士(子供たちを無傷で助けるには、
強盗と手下を全く同時に倒さなきゃならないってことか……)
魔法剣士(だけど憲兵たちはもちろん、賢者と剣士が組んでもそれをやるのは難しい)
魔法剣士(なんたって、完璧に息が合ってなきゃならないんだからな……)
魔法剣士(……待てよ)
魔法剣士(同時に二人を倒す方法、一つだけある)
魔法剣士(いや……方法はあっても、できるわけがねえ! 机上の空論ってやつだ!)
魔法剣士(でも、やらないとあの二人のどちらかは死ぬ!)
魔法剣士(方法はあるし、やれる自信も……ある!)
魔法剣士(この場であの二人を無事に助けられる可能性が一番高いのは、俺なんだ!)
魔法剣士(だったら──)
魔法剣士「…………」ゴクッ…
魔法剣士「賢者、剣士」
賢者「なんだい?」
剣士「どうした?」
魔法剣士「一つだけ手がある。俺があの二人を倒し、子供たちを助ける」
賢者&剣士「!」
魔法剣士「──だから、お前たちは強盗どもの目をなんとかして
引きつけておいてくれないか」
魔法剣士「頼む!」
剣士「手がある、って……」
剣士「俺らでさえ手出しできないミッションを、お前がどうにかできるわけ──」
賢者「剣士!」
剣士「あ──いや……す、すまねえ」
魔法剣士「いいんだ。気にしないでくれ」
魔法剣士「頼む、俺に任せてくれないか」
深々と頭を下げる魔法剣士。
賢者「…………」
賢者「自信があるようだね。いいだろう、その提案に乗ろう!」
剣士「俺もだ!」
剣士「どのみち、あまり時間も残ってねえしな。
アイツら、今にも子供たちにナイフを突き刺しそうだぜ」
魔法剣士「ありがとう!」
今回はここまでとなります
なかなか包囲が解かれないことに、苛立ちを募らせる強盗たち。
ボス「オラオラァ! なにしてやがる! さっさとしねえと、
このガキどものツラァ、ズタズタにしちまうぞ!」グイッ
少年「あう、ううぅ……や、やめてぇ……」ガタガタ…
手下「口を裂いてあげようか、お嬢ちゃん。キレイになるよ~」ニヤ…
少女「…………」
少年(お、お兄さん……今頃、学校で授業してる頃かな……。
こんなことになっちゃって……ごめんなさい……)
少女(魔法剣士さん……助けて……ッ!)
ザッ……!
賢者「その子たちをはなせ!」
剣士「手下どもはみんな倒した! 粘ったって意味はねぇぞ!」
ボス「ハァ? なに寝言ほざいてやがる。
ここまできたら、とことんあがいてやるからな!」
ボス「ついでにいっとくがな、俺たちは投降するぐらいなら、
このガキども殺って、テメェらに殺される道を選ぶぜ! どうせ死刑だしな!」
少年「あうぅ……」ガチガチ…
手下「『強盗団は討伐したが後味の悪い結末になった』なんて記事が目に浮かぶよ」
手下「それがイヤなら、すぐに包囲を解くことだ」
少女「…………」ブルブル…
ボス「……いや待てよ。テメェらなかなか強そうだし、
ちょいとここで殺し合ってみせてくれやァ!」
ボス「テメェらのうちどっちかが死んだら、ガキのうち一人を解放してやってもいいぜ!
うはははははっ!」
剣士「なんだとォ……!? ふざけやがって……!」
賢者「でも、やるしかないね……。口で交渉するのはもう限界だ」
賢者と剣士が対決を開始する。
賢者「灼熱の炎よ!」ボワァッ
剣士「だりゃあっ!」ビュオッ
賢者(こうなったらもう──)バリバリッ
剣士(魔法剣士に賭けるしかねえっ!)シュバッ
もちろん、互いに負傷させないよう、手加減し合ってはいる。
とはいえ、常人からしてみれば、十分ハイレベルな戦いであるのだが。
少年「あああ……(ぼくたちのせいで……あの人たちまで死んじゃう!)」
少女「うっ……」グスッ…
ボス「うははははっ! いいぞいいぞ、もっと派手にやりあえや!」
手下「こりゃいい見世物ですね、ボス!」
賢者と剣士が戦っているスキに、強盗たちの背後に回り込んだ魔法剣士。
魔法剣士(よし……うまいこと死角に入れた!)
魔法剣士(あの二人があんだけ派手にやり合ってくれれば、
接近することはたやすいはず)
魔法剣士(あとは……タイミングを合わせられるかどうかだ)
魔法剣士(しくじれば、双子は刺されるし、賢者と剣士の奮闘も無意味になる)
魔法剣士「…………」
魔法剣士(思い出せ……俺が“魔法剣士”になるまでの日々を──)
魔法剣士(ガキの頃から、剣では剣士にかなわず──)
『アイツがいる限り俺は一番になれない! ……なら、俺は魔法だ!』
魔法剣士(魔法では賢者に及ばないと悟り──)
『なんだよ……俺は魔法の才能も今ひとつだってのかよ! やっぱり……剣にしよう!』
『ちくしょう……! 俺は剣と魔法、どっちの道を選べばいいんだ!?』
魔法剣士(──こうして迷い込んだ、中途半端な道)
魔法剣士(結局、俺は剣を極めることも、魔法を極めることもできなかった。
全ては俺のみみっちいプライドが招いたこと……)
魔法剣士(──だが!)
魔法剣士(俺だって……俺なりにやってきた!)
魔法剣士(剣士に追いつこうと、賢者に追いすがろうと、必死にやってきた!)
魔法剣士(なんとか剣と魔法で食っていきたいと……講師資格を取った!
剣と魔法の両方が使えることを生かせる職につけた!)
魔法剣士(今だって……生徒に教えるため、剣と魔法の勉強は欠かしちゃいない)
魔法剣士(そのことはだれにも否定させない! 俺自身も否定しちゃいけない!)
魔法剣士(おかげで俺は自分の剣と魔法のクセや速度は熟知している!)
魔法剣士(──そう! 俺ならやれる!)
魔法剣士(俺が“魔法剣士”になったのは、今日この日のためだったんだ!!!)
魔法剣士「炎よ……」ボワァッ…
魔法剣士「いけっ!」シュボッ
まず、魔法剣士が炎を飛ばす。
魔法剣士(ヨーイ、ドン!)ダッ
続いて、それを追うように魔法剣士が静かに駆け出す。
失敗も、後戻りも許されない。
チャンスは一度きり!
賢者「雷撃よ! 切り裂け!」
ズガガァンッ!
剣士「──おっとぉ! どりゃあ!」シュバッ
賢者「くっ!」サッ
剣士と賢者のバトルが続く。
ボス「もっと派手にやり合えやァ! どっちかが死ねばガキは解放すんだからよ!」
手下「……ボス、あの二人がフリとはいえやり合ってくれてるおかげで、
憲兵どもの包囲がだいぶ緩んでます」ボソボソ…
ボス「おう、狙い通りだな」ボソ…
手下「逃げるなら今かと」ボソッ…
ボス「だな。ひとまずここを逃げ切ったら、ジャマなガキどもはバラして、
また……どこかで旗揚げだ」ニヤッ
少年&少女「…………」
少年「ね、ねえ……お姉ちゃん……」
少女「……なに?」
少年「な、なんでかな……? とっても怖いのに、顔が笑っちゃう……」ハハ…
少女「わ、わたしも……なんでだろ……?」フフ…
ボス「!?」
ボス「このガキども、なに笑ってやがる!
この後なにがどうなろうが、テメェらは終わりなんだよ!」
「──いや、終わるのはお前らだ」
ボス&手下「え?」
──ザシュッ! ──ボワァッ!
コンマ一秒のズレもない、完璧な同時攻撃。
魔法剣士の剣は強盗団ボスの首筋を切り裂き、
魔法剣士の炎魔法は手下の顔面に炸裂していた。
子供たちに突きつけたナイフを食い込ませるヒマなど、あろうはずもなかった。
ボス「ぐげぇぇ……っ!」ドザッ…
手下「ばふぁっ……」ドサッ…
魔法剣士「ハァ、ハァ、ハァ……」チャキッ
魔法剣士「……大丈夫か?」
少年「お、お兄さん……!」
少年「お兄さん……! ぼく、待ってたよぉ……!
お兄さん来てくれるって、ぼくたち、信じてたよぉ……!」ウルッ…
少女「あ、ありがとう、ございます……」
魔法剣士「家からいなくなったから、心配したぞ……」
少年「ごめんなさい……!」
少女「すみません……」
魔法剣士「謝ることはない。謝らなきゃならないのは俺の方なんだからな。
それより、どうしてこんなところにいたんだ?」
少年「このキノコ……採ってたんだ」サッ
魔法剣士「……デリシャスダケ!」
少年「これ、お兄さん大好きだっていってたでしょ?
昨日、ぼくお兄さんを怒らせちゃったから……だから、ぼくたち……」
少女「だけど……山を下りていた時に、あの人たちに捕まってしまって……」
魔法剣士「…………」
ガシィッ!
二人を抱きしめる魔法剣士。
魔法剣士「ありがとう、二人とも……! 俺なんかのために……!
俺はもう、お前たちを離さないぞ! 俺たちはずっと一緒だ!」ギュッ…
少年「うっ……」ポロッ…
少年「うええぇぇぇぇ~~~~ん! おにいさぁぁぁぁぁんっ!」
少女「うわぁぁ~~~~~ん! うわぁぁ~~~~~ん! ああぁぁぁ~~~~ん!
魔法剣士ざぁ~~~~~~~んっ!」
剣士「魔法剣士……やりやがった」
賢者「二人を……同時に仕留めてみせた……」
剣士と賢者が魔法剣士に抱いている友情は、紛れもなく本物だろう。
だが、この二人が魔法剣士のことを見下したり、哀れに思う部分が
全くなかったとはいえるだろうか?
心のどこかで「魔法剣士は自分たちのせいで中途半端な技量になった可哀想なヤツ」
とは思ってはいなかっただろうか?
二人がわざわざ田舎にいる魔法剣士に会いにきたのは──
魔法剣士に対する後ろめたさを払拭するため、
あるいは、辛く険しいエリート街道を歩む自分がいかに恵まれてるかを再確認するため、
という部分もあったのではないだろうか?
しかし今、二人は心の底からこうつぶやいた。
剣士「アイツ、すげえな……」
賢者「うん……。あれはボクたちにはできないことだ」
女教師「あっ、魔法剣士さん!」
魔法剣士「女教師さん!」
女教師「子供たちと再会できたんですね!」
魔法剣士「ええ、おかげさまで」
女教師「よかった……」ホッ…
魔法剣士「あなたがいなければ、俺は立ち直ることができませんでした。
本当にありがとうございます」
女教師「いえ、そんな」
女教師(魔法剣士さん、なんだか生まれ変わったみたい……)
魔法剣士「さてと……それじゃ帰るか」
魔法剣士「二人が採ったキノコで夕飯にしよう!」
少年「やったぁ!」
少女「はい!」
魔法剣士「女教師さんもいかがです?」
女教師「はい、ぜひご一緒させて下さい!」
魔法剣士「二人はどうだ?」
剣士「いや、オレらはまた今度にするよ。事件の後処理もしときたいし。
それに──」
剣士「ジャマしちゃ悪いしな」ニヤニヤ…
賢者「うん」ニヤニヤ…
魔法剣士「?」
< 魔法剣士の家 >
得意のキノコ料理を、みなに振る舞う魔法剣士。
女教師「──まあ、おいしい!」
魔法剣士「ハハ、喜んでいただけて嬉しいです」
少年「魔法剣士さんのキノコ料理は天下一品なんだから! ね、お姉ちゃん!」
少女「わたしももっと練習して、いつか魔法剣士さんにわたしの料理を……」
少年「ん? なにかいった?」
少女「ううん、なんにも」プイッ
その夜──
魔法剣士「なぁ、二人とも」
少年「なに?」
少女「なんでしょう?」
魔法剣士「多分……そう遠くないうちにお前たちは俺よりすごい剣士と
魔法使いになるだろう」
少女「いえ、そんなことは──」
魔法剣士「いや、いいんだ。そうなって欲しいんだ」
魔法剣士「そしたら、俺を弟子にしてくれないか?」
少年「ええっ!」
少女「そんなこと……できませんよ」
魔法剣士「いや……俺もさ、いい年だけどまた修行し直したくなっちまったのさ。
まだまだ俺だってやれるって思っちまったのさ。
だったら、一番身近にいるお前たちに教わるのが、一番いいだろ?」
少年&少女「…………」
少年「……分かった! やるからには手加減しないからね、お兄さん!」
少女「わたしも……かまいません」
魔法剣士「よっしゃ! 決まりだな!」
魔法剣士「それじゃ、今夜はもう眠りな。昨日は野宿したんだろうし、
ろくに眠れてねえだろ」
少年「うん、おやすみ~!」モゾッ…
少女「おやすみなさい」モゾ…
少年「ぐぅ……ぐぅ……」
少女「すぅ……すぅ……」
ぐっすり眠る二人を見つめる魔法剣士。
その目はいつになく穏やかで、それでいて力強かった。
魔法剣士「ありがとう、二人とも」
魔法剣士「二人のおかげで、やっと俺も……前に進めるよ」
………………
…………
……
それから──
< 学校 >
「先生、さよなら~!」 「さようなら~!」 「バイバ~イ」
魔法剣士「寄り道せず帰れよ~!」
生徒たちに大きく手を振って応える魔法剣士。
校長「ふむ……」
校長「いつだったかの……あの欠勤の日以来、彼の仕事ぶりはずいぶんよくなったね。
彼自身も、なんだかたくましくなった気がするよ」
校長「なんていうのかな……。
流れが止まってよどんでいた川が、再び流れを取り戻したという感じだ」
女教師「ええ、魔法剣士さんはこれからもっとすごい剣と魔法の使い手になりますよ」
< 魔法剣士の家 >
ガッ! バシィッ! ガッ! ──ドカッ!
少年の一撃が、魔法剣士の胴に入った。
魔法剣士「ぐおおっ……!」ガクッ
少年「へっへーん」
少年「お兄さんはね、すぐフェイントに引っかかっちゃうんだな。
もう少し落ちついて、剣先を見た方がいいよ」
魔法剣士「なるほどな……俺って単純だからなぁ」
少女「弟が生意気ばかりいって、すみません……えいっ!」ゴツッ
少年「あだっ!」
魔法剣士「いやいや、剣の修行なんてこれぐらいでいいのさ。
それじゃ、次は魔法の講義を頼むよ」
少女「お任せを」ペコッ
女教師から嬉しい知らせが届く。
女教師「この二人の件ですけど、来月から学校に通わせてもらえることになりました」
魔法剣士「ホントですか、よかった!」
少年「やったぁ! やったね、お姉ちゃん!」
少女「ありがとうございます」
魔法剣士(二人がいたっていう孤児院ももうなくなってて、
出自がハッキリしないから、なかなか許可が下りなかったが……
よかった……)
魔法剣士「女教師さんが色々と働きかけてくれたおかげです!
本当にありがとうございます!」
女教師「私はなにもしてませんよ……。
魔法剣士さんが二人の保護者として相応しいと認められたからですよ」
魔法剣士「だけど、事務的なことはだいぶ手伝ってもらいましたし……」
少年「えへへ、これでぼくも学校に通えるのか~」
少女「…………」スタスタ…
少年「──ん?」
外に出た少女、それを追いかける少年。
少年「ねえねえ、お姉ちゃんなんで機嫌悪いの?」
少女「悪くない」
少年「ウソだよ! ねえ、学校通えるのに嬉しくないの?」
少女「嬉しいに決まってるでしょ」
少年「じゃあ……なんで、あんなにムスッとしてたの? ねえなんで?」
少女「……魔法剣士さんと、あの女の先生が仲良くしてたから」
少年「え!? なんで、お兄さんとあの先生が仲良くしてたら、
お姉ちゃんが機嫌悪くなるの? ねぇ、なんで?」
少女「…………」
少女「あなたには、まだ早いかもね」クルッ
少年「え、え、え? どうして?」
少年がこの答えに気づくのは、もう少し後のことになる。
こうして双子は学校に通い始め──
ワイワイ…… ガヤガヤ……
少年「その時さ、お兄さんがバーッと強盗団二人をやっつけたんだ!」
少女「とってもかっこよかったの……。思い出しただけでドキドキしちゃう……」
「へぇ~」 「すげぇ~!」 「先生ってそんなに強かったんだ~!」
~
女教師「今日のお昼、近くにできたパスタ屋にしません?
かなりおいしいんですよ」
魔法剣士「いいですね、そうしましょう!」
魔法剣士も、すっかり憑き物の取れたような表情になった。
< 魔法剣士の家 >
魔法剣士「今日の新聞は、と……」ガサ…
魔法剣士(『戦士団と魔法兵団で大スキャンダル』……? おだやかじゃないな)
『組織のリーダーである戦士団長と女魔術師の結婚によって、
長年のいがみ合いを解消し、共同歩調を取ることとなった戦士団と魔法兵団。
しかし、実はこの二人、ずっと以前に婚前交渉をしていたことが明らかになった。
当時の両組織の仲は非常に険悪であり、トップ二人が婚前交渉など、
絶対に表ざたになってはならない事態であった。
かといって婚前交渉に加え堕胎をしては、不名誉が重なることになるため、
女魔術師は仕方なく数ヶ月休暇を取り、密かに子を出産したのである。
なお、産まれた子供は双子であったらしく、内密に辺境にある孤児院に預けられ、
その後の消息は一切不明だという。
夫妻はすでにこの子供たちの親権については正式に放棄しており、
子供を探す意志もないことをこのたび表明した。
これらの行為に知識人からは、組織と名誉を守るための英断、親としての責任放棄、
と賛否両論の声──』
魔法剣士「…………」バサッ…
少年「ねえ、お兄さん、今日はどこか遊びに行こうよ!」
少女「ええ、この間買った新しい服を、魔法剣士さんに見てもらいたいですし」
少年(お姉ちゃん、やけにはりきってるなあ……)
魔法剣士「そうだな! 三人で町をぶらついて……メシでも食うか!」
少年「ぼく、チキンライス食べるぅ!」
少女「コラ! がっつかない!」
魔法剣士(この二人が何者であろうと、関係ないさ。
俺は“魔法剣士”として、これからもこの二人と生きていくんだから)
ドアを開けると、行楽日和の晴天が三人を待っていた。
─ 完 ─
以上で完結です
読んで下さった方、レスして下さった方、大変励みになりました
ありがとうございました!
このSSまとめへのコメント
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